ちからこぶれ!ユーフォニアム (ブロx)
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前編

アニメ2期が始まった事もあり、気分転換に書いてみました。この作品は妄想の産物です。
・・・一体何を書いているんだろう。







 

 

 

私にとっての始まりは、滝先生との何気ない会話だった。

 

「黄前さん?どうしましたこんな時間に」

 

「すいません…。また携帯を……」

 

 関西大会への出場が決まり、いつも以上に吹奏楽の練習に熱が入ってしまった私こと黄前久美子は、またも携帯電話を音楽室に忘れてしまった事に気付いた。

 その時は、自宅で疲れた身体を休ませるリラックスタイム中だったのだが、以前にも携帯電話を忘れて顧問の滝先生に迷惑をかけてしまった事があり、私は急いで母校である北宇治高校へ再登校しに行き、職員室の扉をノックしたのだった。

 

「またですか・・・。と言いたい所ですが、私もよく忘れ物をしたり遅刻したりする事があるので、人のことは言えません。次からは気を付けて下さいね?黄前さん」

 

「…はい。すいません先生…。もしかして、これが元で教頭先生にまた何か言われたりしますか…?」

 

教頭先生が滝先生に対して、生徒を長く居残りさせるな等と小言を言っている事は以前聞いていた。

 

北宇治高校吹奏楽部は顧問の滝昇先生の影響で良くも悪くも変わりはじめている。今のところ良い結果を出してきているのだから、言うなれば我が部は成長しているといえるだろう。

 

「いえいえ。黄前さんは気にしなくていいんですよ。

・・・あんな口だけは達者なトーシロがよく教頭になれたものです。まったくお笑いだ」

 

―――――。

 

え。

 

いつもと違う口調と声質の滝先生を、私は驚愕の目で見つめた。

そこには、しまったという風な顔をした先生がこちらを見つめていた。

 

「・・・申し訳ありません。生徒の前で、失言でした。・・・・この事はあまり言いふらさないで下さいね?」

 

「はい」

 

その帰宅途中、私は急いで携帯電話をコールした。同じ吹部で友達の高坂麗奈に先程の滝先生の事を話したかったからだ。

 

『何ですって?』

 

「先生の知られざる一面だよ……。声のトーンすら野太くなってたし…」

 

現時刻は夜。といっても時期は夏なので、夜風がほどよく心地良い。

ずっとこの風に当たっていたいような気さえする。

 

もしも麗奈がここに居たなら、彼女の黒くて長い髪も、サラサラと美しく風になびいていただろう。

 

『久美子』

 

「何?…もしかして幻滅した?滝先生に」

 

『ありだわ』

 

「何が」

 

『そんな口調の滝先生がよ!』

 

麗奈はブレないなー。あやかりたいよ。 

その後、滝先生がどんなにすごいかかっこいいか等々を聞かされ、私は疲れていた身体が更にグロッキーになってしまっていた。

 

「ただいまー…。自業自得だけどもう疲れたー。おかーさーん、お風呂入っても良いー?」

 

『口だけは達者なトーシロばかりよく揃えたもんですなあ・・・。まったくお笑いだ。メイトリックスがいれば、奴も笑うでしょう』

 

 TVから音声が聞こえてくる。・・・気のせいだろうか。これと同じ台詞をついさっき聞いたことがあるような。

 

「おかえり久美子。お姉ちゃん帰ってるわよ?」

 

「おかえり、久美子。―――ただのカカシですな。俺達なら瞬きする間に、皆殺しに出来る。忘れない事だ」

 

TVの音声と全く同じ台詞を言いながら、右手の指をそれはもう綺麗な音を響かせながらパチン!と鳴らす自分の姉。

 

響け!ユビパッチン。

 

―――お姉ちゃん……。大学生になって家を出て行ってしまったものだから頭がイカれちゃったんだ…。

 

「何でお姉ちゃんがいるの」

 

「自分の家だもーん。帰ってきたっていいでしょー?それより久美子も見ようよ、映画」

 

「映画?」

 

「疲れてるんでしょ?疲れを吹き飛ばすにはこの映画が一番よ!」

 

わざわざ買ったのだろうか?DVDのパッケージを手に掲げながら、これ見よがしに見せ付けてくる姉。

視線を動かしてみると、全身にペイントを施し眼光鋭くこちらを睨む、筋肉モリモリマッチョマンが私には見えた。

 

「コマンドー?」

 

 

 

 

 

 

「ユーフォニアムはドイツで生まれました。オーストリアの発明品じゃありません。ヴァイマルのオリジナルです。

しばしマイナーと言われてましたが、今や巻き返しの時です」

 

「銀色のユーフォが好きです」

 

「ユーフォがお好き?結構。ではますます好きになりますよ、さぁどうぞ!私、田中あすかのユーフォニアムです!」

 

時刻は早朝。空き教室でマイ楽器であるユーフォニアムの演奏をしていた田中あすかは、ユーフォニアムの説明をして欲しいと、ある人物に頼まれていた。

 

「かっこいいでしょう?…んああ仰らないで!!4番ピストンは下!でもそんなの見た目だけで、夏は響くし春も秋も冬も時期なんて関係なしにいつも良い音色を叩き出します!良い事しかない!!

銀メッキもたっぷり光ってますよ。この光沢がどんな奴でも虜にする。どうぞ音を聞いてみて下さい!!」

 

美しい旋律が、空き教室に木霊する。

 

「良い音でしょう?余裕の音だ。金管が違いますよ」

 

「へ~、すごい…。・・・でも一番気に入ってるのは、」

 

「何です?」

 

―――相手と、目と目が会う。

 

「値段だ」

 

ガタガタッと教室の扉が開いたのも束の間、あすかのユーフォニアムは乱入してきた何者かに取られてしまった。

 

「ああッ!!!待って!!!それを持ってっちゃ駄目よ!!!待て止まれ!!!」

 

プス。

 

「う、にゃあああああああぁ……」

 

何かに刺され、あすかは意識が無くなった。死んでんじゃない?生きてるよ。

 

「麻酔針よ。人質確保」

 

笑みを浮かべる人物。事は予定通りに運んでいる。

 

「アジズ」

 

「なあに?」

 

「次の標的が来たわ」

 

「では静かに素早く、実行しましょう」

 

暗躍は、誰にも気付かれないからこそ暗躍という。

 

 

 

 

 

 

 徹夜をした。

昨夜、お姉ちゃんと「コマンドー」という映画を見た私は、その弾ける筋肉と飛び散る汗に魅了された。

聞けば、シュワ映画と言われるジャンルだという。せっかくなので私は幼少の時以来していないだろう正座での頼み込みを、姉にしていた。

 

『お姉ちゃん。君の持っているレッドブルとコラテラルダメージと、ラストアクションヒーローが見たい』

 

『他のも全部見せろって言わねえのかい?』

 

いい夜なので、シュワ映画を全部見た。そのおかげか、苦手な姉と距離が近くなった気がする。昔みたいに。…なんか嬉しい。

 

 

「あれ?今日は部活休み?」

 

「あ、久美子おはよう。そうなんだってー。何でも滝先生も軍曹先生もあすか先輩も香織先輩も今日休みなんだって。ちぇー…!チューバ吹きたかったのにー!」

 

朝、登校して各部活動の予定が書いてある職員室前の黒板を見てみると、本日吹奏楽部は休みと書いてあった。

 

「まあまあ、葉月ちゃん。……でもおかしいですね。みどりが朝錬に来た時は先輩達いたのに…」

 

そう話すのは我が吹奏楽部唯一のコントラバス奏者、川島緑輝ちゃん。名前はサファイアと読むが、本人はみどりと呼んでほしいそうなので私はそうしている。

そしてみどりちゃんに葉月と呼ばれたのは、チューバ奏者の加藤葉月ちゃんだ。よほど悔しかったのか、うずくまっている姿は全くお笑いだ。

 

「気分が悪くなって早退でもしたんじゃないの?」

 

「それが変なんです。何故か先輩方の外靴は下駄箱にあるまま。移動した後が無いんです。…理屈に合いませんよ」

 

「どこで先輩の下駄箱の場所を習ったの?」

 

「この間の放課後です。あすか先輩に、後輩の必修科目だって言われました」

 

「…しかし、だとすると確かに変だね」

 

「小笠原部長に聞いてみよっか?」

 

「久美子ちゃん!!」

 

 声がした方に目を向けると、茶髪のポニーテールが見えた。

綺麗に仕上げてあるポニーテールを上下に揺らし、息も絶え絶えにこちらに走ってきた人物は、2年の中川夏紀先輩。

つり目にもジト目にも見えるその瞳。それでいて下卑た光など宿さない綺麗な眼光。

控えめに言って天使だろう。

 

「あ、見てよ。先輩来襲だ。大型機11時の方向。小型機だと思うって?いいやあれは絶対着やせするタイプだね、間違いない。脱いだらもっと凄い」

 

「貴女何言ってるんですか葉月ちゃん!!先輩はあのままの大きさだからいいんです!」

 

「なんでもかんでも胸大きさおっぱい!!!みんな華の女子高生として恥ずかしくないの!?」

 

「…おはよう。元気そうだね、三人とも」

 

聞かなかったことにしてくれた。やっぱり、先輩はいい人ですね。

 

「と。そんな事より、今吹奏楽部に問題が起こってる。…いんや、正確には北宇治の部活動全体が」

 

「どういうことです?」

 

葉月ちゃんがそう言うと、右左と視線を動かし、内緒話だと言わんばかりに屈みこみながらこちらに顔を近づけてくる夏紀先輩。

 

「…部の代表者達がこぞって消えてるんだよ。あの黒板、おかしいと思わなかった?」

 

「おかしいって……」

 

再度、私は部の予定が書いてある黒板を見る。

 

野球部、休み。サッカー部、休み。剣道部、休み。バスケ部、休み。水泳部、休み。etc

 

「あ!ほとんどの部活が休みですね」

 

「でしょ?しかもこの熱い時期に水泳部すら休みってのはおかしいよ」

 

「ただの偶然じゃあ…?」

 

「この休みの部。調べたけど顧問の先生まで休んでるって話みたい」

 

―――それともう一つ。

 

夏紀先輩はその細長い人差し指を、まっすぐ私達の前に一本立てた。

 

「その先生達の登校した姿を見たって人が多数いる。つまり目撃証言があるって事。なのに今日は休みときてる。……こいつは何か裏がある」

 

奇妙な感覚が、背筋を這う。まるで、

 

「―――かき消す様に姿を消している。一人、また一人と」

 

「ハンターでもいるんですか?ここ」

 

どうやら、今日という日は私の人生で最悪になるだろう。

そんな予感がした。

 

 

 

 

 

 

 北宇治高校吹奏楽部部長、3年小笠原晴香は気付いてしまっていた。この騒動の元凶に。

部の代表者を教師も含めて消す。すると何が起きるか?その先は?結末は?

順を追ってシミュレートしていけば、自ずと答えは見えてくる。

今や失踪事件の事は学校中に広がっている。これこそが元凶の求めたものだ。

あの子達は、この学校に一種の極限状態を作ろうとしている。

 

「音楽室からサックスをとってこないと」

 

サックスとは、自身の得意楽器のバリトンサックスの事である。有事の際のみ使用できる特注品を、晴香は音楽室の隠し部屋で手に取った。

 

「こりゃ一人でやるしかねえぞ、晴香」

 

気合とともに、隠し部屋の扉を開ける。自分が何とかしなくてはいけない。今回はそういう類のもの。

 

だから、

 

「―――とっくに逃げたかと思ってた。部長」

 

「とんでもない、待ってたのよ」

 

音楽室に集まっていた、無数の黒ずくめの人影達に晴香は言葉と共にサックスを突きつけた。

 

「香織達はどこ?」

 

「まあ落ち着いて。そんなのを突きつけられては、ビビッて話も出来やしないわ」

 

「・・・・・」

 

―――だが下ろさない。

 

「部員達は無事よ、部長。少なくとも今のところは。これからどうなるかは貴女次第ってわけ。

無事取り戻したければ、我々真紅のサキソフォンに協力して?」

 

―――OK?

 

「オッケイ!!!」

 

ズドンッ!

と晴香は音を響かせた。続けて連続で吹き続ける。

 

―――ここから消えろクソッタレ!!!!!テロリスト共めえッ!!!チクショーおおおお!!!!

 

 手に持つバリトンサックスは、音圧を飛ばしている。人間は身体の約60%が水。度を越えた振動に耐え切れるものではない。

―――楽器とは、職人が手塩にかけて創る芸術品。時代が進み、名器と称されるようにもなれば、その値は億を越える額になる。

伝統ある北宇治高校吹奏楽部はそんな後の世の名器達を守る為、吹けば人間くらい余裕で失神させられる極大の音圧を出す楽器を有していた。

歴代の部長にのみ口伝でその存在は伝えられるが、しかし、それを吹けるかどうかはその代の部長の質による。

つまり今、その凄まじい音を世に出しているのは、晴香の恐るべき肺活量。

いい音でしょう?余裕の音だ。小笠原晴香は、馬力が違いますよ。

 

「はあ、はあ……!怖いかクソッタレ!当然よ。現吹奏楽部部長の私に敵うもんか…!!」

 

―――何よこれ。こんな安物をこの私に使わせるだなんて!

晴香は気合を叫び、悪態をついた。音楽は音を楽しむと書く。こんなのは音楽じゃない。史上最低の出来損ないだ。

しかし、確かな手応えは感じていた。こいつを喰らって失神せず生きていられる動物はいないはずだ。ましてやこの距離、音楽室でだ。

今日か明日には、このテロリストどもは土下座してるか逮捕される。シャンパン(ノンアルコール)でお祝いだ。

 

「―――試してみる?私だって吹奏楽部よ」

 

「嘘、でしょ…!?」

 

そこには、仁王立ちをしている敵の姿。

 

かわした? いいや。 当たらなかった? いいや。

かわさなかったし命中した。

 

ただ、敵の筋肉の鎧を破れなかった。

 

 

「これは音を出してるのよ!?……筋肉式防音チョッキとでも言うの!?」

 

「フッ――――!」

 

チクリ。

 

細い首筋に、違和感。

晴香が慌てて首に手をやると、そこには針のようなものが。

 

「う」

 

「麻酔針よ。本物の針使いたかったわ」

 

バタリと倒れ、意識が無くなる。

―――駄目だ。部長の私が何とかしなくちゃいけないのに。でも、もう意識が………!

 

「何の音ですか!?……一体これは?」

 

消えゆく意識の中、かろうじて部屋に入って来た人の姿を見れた。

 

―――ごめんなさい、黄前さん。

 

「彼女を止めて…。お願い…」

 

 

 

 

 

 

 音楽が響きわたる。金管木管弦楽器、高音、低音、パーカッション。それは一種のBGMのように学校の放課後を彩っていた。

練習しているのだろう、全く同じ音色。失敗する音色。上手い音色。吹奏楽部のある学校は、さながらオーケストラの会場だろうか。

 北宇治高校吹奏楽部が京都府大会に向けて猛練習を重ねる最中、顧問の滝昇はある人物と面談を行っていた。

 

『―――最近、元気がないと担任の先生から伺っています。調子はどうですか?』

 

『問題ありません』

 

面談の場所は職員室。滝の前には、居住まいをこれでもかという位に正した人物が椅子に座っていた。

両手は軽く握り、膝の上に置いているが、小刻みに震えていた。何かを必死に抑えている、ねじ伏せている、そんな風な姿勢。

 

『問題なしですか・・・。申し訳ありませんが、私の目にはそうは見えません。―――ちゃんと睡眠はとっていますか?』

 

『はい』

 

その人物の目元には、黒いくまが。そして余裕が無く充血した目付き。

滝はそう見て取ると、ある物を取り出した。

 

『なら結構です。―――さて、わざわざ呼び出したのは他でもありません。教師がこんな事をするのはどうかとは思いますが、退部したとはいえ、貴女が私の生徒である事に変わりはありません。気分転換したいと思ったら、これを是非見て下さい』

 

『……これは?』

 

『私の私物の映画DVDです。アクション映画というジャンルですね』

 

『何故既に吹奏楽部を辞めた私に、こんな気遣いをなさるんです?』

 

『どこかの馬鹿教師が貴女の事を心配しているんですよ』

 

手渡されたDVDには、「コマンドー」と書かれてあった。

 

『そのDVDでも見てリラックスして下さい、斎藤さん』

 

 

 

 

 

 

「葵ちゃん!?部を辞めたはずじゃ……?」

 

「残念だったわね、まだ在校生よ」

 

 かぶっていた黒い頭巾を取り、私の目の前に顔を見せたのは幼馴染の斎藤葵ちゃんだった。

我が部の目標が全国大会出場というモノになった際、賛成多数の中この人だけは反対していた。そして退部。

勉学に集中する。それが部と音楽を辞めた理由と、以前私は聞いた。

 

「貴女達が楽しく楽器を吹いてる間じゅう、ずっと復讐を想い続けてきた。ようやくその日がやって来たの」

 

「じゃあ、まわりのこの黒い人たちは……!」

 

「皆、意見の不一致で去年吹奏楽部を辞めざるをえなかった人達よ。・・・・長かったわ」

 

筒を取り出し、私に吹き矢を飛ばす葵ちゃん。

 

「きゃ……っ」

 

「あぶない、久美子ちゃん!!!」

 

咄嗟の出来事だった。押し倒されていなかったら、私は多分気絶している小笠原部長と同じ目にあっていただろう。

 

「ありがとうございます…。夏紀先輩」

 

「礼はいいから、早く立って!逃げるよ!!!」

 

「―――中川さん。去年の吹奏楽部を知ってる貴女が、私の邪魔をするの?」

 

「……葵先輩」

 

去年、二人の間に何かあったのだろうか。夏紀先輩の目には、言葉では言い表せない感情の渦が溜まっていた。

夏紀先輩に手を掴まれ、逃げ出す私達。

 

 

―――必ず、貴女の前に戻ってくるよ。葵ちゃん。

 

 

 

 

 

 中編に続く。

 

 

 



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中編

なんか続きました。しかも中編。時間設定がおかしいのはこの駄文が妄想の産物だからです。
私と一緒に、新しいユーフォssを作ろう。毎日が楽しいぞぉ?
悪魔に唆されたんです。






 

 

 

 

 『高校生になったら、今度こそ金賞をとろう』

 

 中学最後の吹奏楽コンクールでいい結果が得られず、屈辱感に苛まれた者は大抵こう考えるだろう。現に、私はそのように考え去年まで生きてきた。

屈辱を晴らす。過去に打ち勝つ。そうしなければ、悔しくて死にそうだった。比喩ではなく。

今のままでは駄目だ。弱いままでは駄目だ。私は、特別になりたい。

その猛々しい想いをフルートにのせ、当時私は放課後居残り練習をしていた。

 曲は、「ハンガリアン田園幻想曲」

 

『今日も良い音を響かせるね、あんたのフルート』

 

『―――傘木。何の用?』 

 

同じ1年生で同じ吹奏楽部、同じくフルート奏者。それがこの傘木希美という女だ。

何の用?とは言ったものの、この女がここに来た理由は一目瞭然。

私の金色のフルートとは違う、銀色のフルートを手に持ちここ北宇治高校の屋上を訪れる理由はただ一つ。

 

『勿論練習だよ。……今日も先輩達、一緒に練習してくれなかったね』

 

『…明日こそ絶対説得してみせる。だって、私吹奏楽好きだもの。合奏が、好きだもの』

 

音と音が重なり、一つの大きな音楽になる。だからこそ、コンクールで賞という結果が現れる。

 

『ハハ、流石だね。我が強敵?』

 

『傘木。言っとくけど、私はアンタに負けるつもりなんてサラサラ無いからね。

…我が強敵(とも)』

 

二つのフルートの合奏が響く。

それはまるでこれからの人生に明るい展望が待っているだろう、美しいメロディーだった。

寂しげな黄昏など吹き飛ばせ。我が学び舎よもっと彩れ。

私の音楽よ、どうか響き続けてくれ。

 

―――私達1年が3年の先輩達に何を言っても無視され始めたのは、その次の日からだった。

何もかもが無駄だったのだ。私は全てに失望し、吹奏楽部を辞めた。

 

 そして一年後、計画実行の前日。

その日の放課後、久しぶりに学校の屋上で私はフルートを吹く。

演奏する曲は、とある映画の劇中曲。そのアレンジ。

 

私の音楽よ、どうか轟け。我が学び舎を呪え。美しい黄昏よ、もっともっと憎しみを孕め。

 

―――その日、吹奏楽部で最後まで居残り練習していた1年・川島緑輝は、フルートの音色を聴いた。

それは美しい旋律で、しかしどこか調子が狂ったような、音階にひずみのようなものがある曲。

徹頭徹尾冷酷悲痛、まるで闇の夜空をかけめぐる死霊の恨みと呪いに満ち満ちた雄叫び。呪詛と憎悪のメロディーだったという。

今思い出しても、肌が粟立ち怖気がはしる。

この曲を聴いたことが無くとも、誰でも一度聴けば吹いている者が何なのかは分かる。

 

「―――悪魔が来りて笛を吹く」

 

次の日、テロリストの蜂起が北宇治高校を襲うのだが、川島緑輝はまだ何も知らない。

 

 

 

 

 

 

 ビデオカメラが回る。映像は放送室を経由してこの北宇治高校各教室のテレビに映る。音声は全校放送だ。

これは声明。去年あんな事件があったのにもかかわらず、何もしなかった無能な奴等への。

元吹奏楽部、3年・斎藤葵は息を吸った。

 

「―――お前らは私達学生を・・・・黙殺したんだ。

教師でありながら我々の人生に何の干渉もしなかった。

そのお前らが我々を、落伍者(テロリスト)と呼ぶぅ!!!

・・・だが今、迫害された者達の手に、貴様ら大人に反逆する強力な武器が与えられた!!!

よく聞け・・・、北宇治よ。夏の大会に出場する全ての部活動を棄権撤退させろ即刻!!!そして永遠にな!!!!!

【真紅のサキソフォン】は、要求が通るまで北宇治高校の教室を一時間に、一つずつ!!!爆破していく事を宣言する。

―――ただし、一つ目の爆破はこの無人の体育館倉庫で行う。

我々の力を貴様ら大人に示す為に、我らの人命尊重の証として!!

―――しかしだ!

・・・要求が入れられない時は、我らは迷う事無く、この学校の主要教室への爆弾攻勢を開始するだろう!!!一時間に一つぅ!!・・・・・・・??」

 

 何故かビデオカメラが下げられる。

何か問題があったのだろうか?カメラを持つ同志は震えながら、重い口を開いた。

 

「―――バッテリー切れですぅ……」

 

 

――――――――――・・・・。。

 

 

「―――切れたらさっさと入れ替えろマヌケェ・・・」

 

「すぐとってきます・・・・。放送室から・・・」

 

遠いわボケ。

 

「アジズ」

 

「何よお!!?」

 

「えっと、その呼び名やめません?・・・葵先輩でいいんじゃ」

 

「駄目よ」

 

「・・・了解ボス」

 

気を取り直そう。最後が切れたかもだけれど、声明は伝わったはずだ。

 

これは逆襲だ。この学校への、他人への、あの頃の自分への。

 

「皆!吹奏楽部をはじめ邪魔者は必ず来るわ!気を抜かないで」

 

 来やがれ、面ァ見せろ。

出てこい、チェーンガン(筋肉)が待ってるぜ。

 

 

 

 

 

 北宇治高校吹奏楽部の部員一同は、空き教室でテロリストへの緊急対策会議を行っていた。

テロの首謀者は元吹奏楽部員、3年、斎藤葵。

私、黄前久美子の幼馴染だ。

 

「じゃあ状況を整理するよ?・・・3時間前我が部の顧問が、香織先輩含め多数の生徒達と共に、テロリストに拉致された」

 

「成る程」

 

 夏紀先輩が机の上にこの学校の地図を広げながら、私達に説明する。

集まったのは2・3年生が少しと1年生が大多数。正直私達に一体何が出来るのか、とても心もとない。

 

「デカリボンとみぞれ達の情報で人質のいる位置は掴んだ。おおよそこの辺りに監禁されてるみたい。…そうよね?みぞれ」

 

「ええ。先生達人質は皆図書室に集められてる。そしてテロリストのメンバーは、去年吹奏楽部を辞めた現2年生。燻っていた火種が葵先輩の甘言によって着火、爆発して今回のテロってこと。

…さっきの声明といい、全くテロリストの典型ね。被害妄想もいいところよ」

 

「しかしどうやって爆破を?相手は核弾頭でも手に入れたんですか?」

 

物騒な事を言う葉月ちゃん。でも私は、葵ちゃん達が核を持ってたって不思議じゃないと思っている。

・・・あの時の葵ちゃん、目だけが光っていた。何をやってもおかしくはない凄みを私は感じていた。

 

「違うわ、後輩。…硫黄と酸素を使った簡易的な爆発物を作ったみたい。学校って、意外と危ない薬品が揃ってるからね。

隙さえ突けば、あらゆる爆弾テロに絡んだサイコ野郎の出来上がりよ」

 

デカリボンもとい吉川優子先輩が吐き捨てる。人質として囚われている3年の香織先輩を慕っている彼女からしてみれば、

テロリスト達はサイコ野郎どころか最低野郎なのだろう。

 

「・・・先輩方。私達はこれから何をしろと?」

 

「私達北宇治高校吹奏楽部は絶対全国に行く。その為には、」

 

「スピードが命よ。警察沙汰になる前に済ませましょう。表で見張ってる敵を黙らせて人質を奪還、敵本拠地の放送室をおさえて葵先輩をふんじばって音楽室に引き揚げる」

 

「恐ろしい相手ですよ…?」

 

「放送室はまるで要塞です。きっと敵が待ち構えてるに決まってます…!」

 

「・・・でも」

 

―――やるしかないでしょう?

 

夏紀先輩達の目がそう語っていた。周囲を見やれば、葉月ちゃん達も同じく。

 

「しかしどうやってです?…物理で殴れとでも?」

 

「ええそうよ」

 

「みぞれ、キツいジョーク言わないの。…幸いこの教室を見張ってるのは男子二人だけみたいだから、奴等を甘い言葉で誘ってこの教室の中に連れて来て。後は私がやるわ、いい?」

 

「…でも、やっぱりわたし達怖いです…!」

 

「よしてくれぇ…、恐れを知らぬ吹奏楽部だろうが!」

 

震える一年生。相手は先輩で男性だ。恐ろしくないと思う方がどうかしてる。

 

「―――私が行きます」

 

すっくと、麗奈が手を上げる。滝先生を助け出せるのならこの命だって惜しくは無い。

裂帛の気迫を私は感じた。

・・・その気迫は、図書室と敵の本拠地で振るわれるべきだ。

 

「麗奈、ここは私が往くよ。…滝先生を救いたい気持ちは分かるけど、女でしょう?現実を受け止めて」

 

「久美子。…でも!」

 

「先輩方。麗奈は図書室及び放送室への突入要因に最適で、優秀です。ご存知でしょう?」

 

一匹狼。特別な存在。それが高坂麗奈という人間だ。彼女が奏でるトランペットの音色は万人を奮わせる。

ということはつまりワンマンアーミーって事とおんなじこった。

こんな所で疲労してちゃだめだ。

 

「分かった。…久美子ちゃん、気をつけて」

 

「フォースと共にあれ」

 

みぞれ先輩ってマスタージェダイか何か? 風格ありすぎるよ。

 

 

 

 

 

 

 教室のドアを開いて外を覗くと、二人の男性が見えた。どうやらお友達みたいだね、二人で談笑して友情を示してる。

 

「あのぉ~…」

 

「おい。教室から出るんじゃあない」

 

「いやちょっと待てよ。・・・・ん~?」

 

教室から出た私を、靴の先から頭のてっぺんまで舐め回すように見る先輩。

 

「ほ~・・・、へいへ~い後輩の女子だ。悪かねえぜ?」

 

「良くもねえがな」

 

鼻で笑われる私。

 

「おいおい。何で?」

 

「小型機に用は無い」

 

HAHAHAッという笑い声。

何かがキレる音が、脳内に響いた。

 

「見ろ!!!ゾウさんだ!!!」

 

二人の後方に向って叫び、人差し指を伸ばす。後ろを向く男性達。

 

両腕を広げ、その無防備な頚椎目掛けて私はラリアットをぶちかました。

 

「…成長期の乙女をなめんじゃねえよ」

 

気絶した二人の耳にフーっと息吹と、冥土の土産とを与えてやる。

 

「この手に限る」

 

「久美子ちゃん、やる事が派手だねぇ…」

 

「終わったな。所詮、クズはクズなのだ」

 

夏紀先輩が呆れ、みぞれ先輩が嫌いな野菜(例えばブロッコリー)を見るかのような目で気絶した男性二人を睨む。

 

「よぉし!派手に行こう!!」

 

葉月ちゃんと優子先輩が周囲に檄を飛ばし、皆は颯爽と走り出した。目指すは人質が捕らえられている図書室だ。

 

「…でも夏紀先輩。放送室から敵の増援が来たらどうします?あと葵ちゃ、……葵先輩が外から戻ってきたら?この人数では心許ない様な」

 

「大丈夫。ちゃんと手は打ってあるよ、後輩」

 

走りながらウィンクをする夏紀先輩。

 

―――頼んだよ?塚本君。

 

そういえば。

いつの間にいなくなったのだろうか?私は葵ちゃんと同じく幼馴染の秀一が消えている事に気付いた。

 

 

 

 

 

 

 学校と言われる建物で欠かせない部屋がある。それは放送機材が置いてある部屋で、一般的に放送室と呼ばれている。

この部屋には学校の音響全てを管轄するボタンや機器が置いてある。

例えばどの部屋にピンポイントでマイク放送を流すか、ビデオ映像や朝・昼・夕方の音楽をどうするか等を設定できるようになっているのだ。

そして音楽室に次いで防音防壁がしっかりと為されており、その構造上一度立て篭もってしまえば外からは突入しづらいようになっている。(諸説あり)

 

 つまりここを崩すには、奇策を使う必要がある。

 

「よぉ待ちな!おいおいおい!!お前どこ行く気だ…?」

 

「おぉっと頼むよ気をつけてくれぇ!職員室の佐藤先生にデリバリーだぁ」

 

放送室近辺を警備していた【真紅のサキソフォン】の一味が、変な箱を持った一人の怪しげな男を問い詰める。

よく見てみると有名なピザ屋の格好をした、いかにもピザの配達に来ましたという風な男であった。

 

「悪いけど、許可の無い者を通すわけにはいかない」

 

「キョカノナイモノヲトオスワケニワ。いっひへへへへ!!!!お~い怒るこたぁないだろぉ?だったら佐藤先生に確かめろよ。

ペパロニのピッツァだぁ、激ウマだでぇ~!!」

 

「…分からない奴だね。この学校は今特別警戒中だ!」

 

「おや~?分かってないのはお嬢さんあんたの方じゃないか?これはあのドミノ○○のピッツァだぞ?

アツアツのうちに届かない場合は、代金をこの俺が払わなきゃなんねえんだ!

楽器買うのに倹約……おぉい触るんじゃねえよ!!!」

 

 もしやこのピザの配達人は自分達の敵では? そう考えた【真紅のサキソフォン】の一味は男のボディーチェックを始めた。

壁に押さえつけて腹と手を付かせ、ピザと書かれた帽子を取り、身体をまさぐる。

その光景は傍から見れば、女の子達数人が男に言い寄っているように見える。

 

「…何も持って無いね」

 

「異常なし」

 

「おい!言っとくが俺は心臓に持病があるんだ、訴えてやるからな!」

 

「うるさい!!」

 

もしや箱の中に何か仕掛けが?

 

「―――確かにペパロニだ」

 

異常なし。どうやらこの男は本当にピザの配達人のようだ。

 

「よし、ならこの男に用は無いわ。追い出しなさい」

 

「おいもういいぞ帰れ」

 

しかし、男は正面を向かず動かない。

 

「おい!帰れって言ってんだよ!!」

 

埒が明かない。業を煮やした一味の一人が強引に男をこちらに振り向かせた。

 

「ゥゥゥ・・・」

 

「…ん?」

 

そこには、

 

「ゥゥう、ゥううううううう!!!!」

 

泡を吹き痙攣して白目を剥いた、変わり果てたピザの配達人の姿があった。

 

「ひでぇ事しやがる……!」

 

「何もしてないわよ!こいつが勝手に倒れて…!」

 

泡を吹いて倒れる人間など、そう見れるものでもない。混乱するテロリスト達。

そこに、放送室の中に居た残りの【真紅のサキソフォン】のメンバー達が、報告を受けて放送室から続々と出てきた。

 

「ちょっと何やってるの?」

 

人が倒れたと聞いて見てみれば、そこにはピザ屋の制服を着た男が泡を吹いて痙攣している。

そしてザワザワと騒ぎ出している同志達。

 

「ピザの配達に来た男が発作を起こしてます…」

 

「どこの馬鹿だ、ピザ頼んだのは!!!」

 

「そんな事言ってる場合か!」

 

「急いで保健委員を呼んで保健室に運んで!!」

 

保健委員を呼びに行く、倒れた男を介抱しに来る人々。正に現場は大混乱だ。

 

―――時間は稼いだぜ?皆。

 

ピザの配達人もとい、吹奏楽部1年・塚本秀一は誰にも顔を見せずほくそ笑んだ。

この学校の吹奏楽部は男子部員が極端に少ない。そして自分は、その中でも特に存在感が薄い。

リーダーの葵さんがいるならまだしも、他の【真紅のサキソフォン】のメンバーに顔がばれる事はない。そして自慢じゃ無いが、自分は演技派だ。

一種の賭けではあったが、どうやら今回は大成功のようだ。

 

―――人質の救出は頼んだぜ皆。・・・怪我するなよ、久美子。

 

親愛なる己の幼馴染に、秀一は心の中で祈った。

 

 

 

 

「………はい?」

 

 図書室の出入り口で警備をしていた【真紅のサキソフォン】のメンバーは、いきなりぞろぞろとやってきた集団の言葉に耳を疑っていた。

ここ北宇治高校は、他校に比べて大きい図書室を有している。蔵書保護の為壁は分厚く、廊下から中を覗く事は難しい。加えて本棚等を使えば人質を監禁するのにはもってこいの部屋である。

大人達との交渉材料を他者に渡すわけにはいかない。当然ここの守りは鉄壁であった。

 

「だからさっきから言ってるでしょう?―――ここで何してやがんの?」

 

「…何ですって?」

 

こちらを射殺さんとばかりに睨みつけている、集団。数は5、6人。

何と書かれているのかはよく分からないが、集団の腕には腕章が付いていた。

 

「あたし達ゃ北高図書委員会のもんだ」

 

「あんたらがウチの優秀な図書委員を使わないで図書室に入り浸ってるって小耳に挟んだ。…まさか違うよな?」

 

隠蔽は万全だったはず。どこかから情報が漏れたとしても、ここが嗅ぎ付かれるわけが無い。

 

「……面倒な奴等が来たわね」

 

「ああ全くだ」

 

「―――ちょっと騒がしいよ。…一体何を騒いでるの?」

 

部屋の奥から現れたのは、金色の筒を持った背の高い女性。図書室の警備を任された【真紅のサキソフォン】サブリーダーである。

 

「じゃあそっちの姉さんに説明させてもらおう。

図書委員を使わねえ生徒は、ウチの図書室を跨がせるわけにはいかねえ。……ウチの委員の姿が見えないようだね。…見えるか?」

 

「・・・ァあ?」

 

―――何だこいつら。図書委員だかなんだか知らないがそんなの関係ない。我々の復讐を果たす為ならば、こんな奴ら全員素手でぶっ倒してやる。

 

 図書室の警備を任された【真紅のサキソフォン】サブリーダーの女性は、元々この学校の吹奏楽部のフルート奏者だった。

中学最後の大会で銀賞をとり、その屈辱感から高校では絶対金賞。

いいや、全国大会に出場してやる!と息巻きここの吹奏楽部に入部した。

その結果は見ての通り。先輩を説得させるどころか、部の和を乱す邪魔者扱いをされた彼女は部を退部し、この蜂起に参加した。

・・・自分と同じ学年、同じフルート奏者に傘木希美という人物が居る。

在部当時、彼女とは互いに切磋琢磨した仲で、強敵(とも)だった。

だから自分と同じく彼女も、この蜂起に参加するものだと思っていた。

 

『…ごめん。私はもうちょっと自分なりに頑張ってみる』

 

『頑張るって…! この学校が憎くないの!?吹奏楽部が!大人が!!』

 

『ごめん。これは私が、決めた事だから。…あんたこそ、馬鹿なマネはやめた方がいいよ?』

 

『―――うるさい。負け犬が吠えるな』

 

誘いを断った彼女がその後どうなったかは知らない。

ただ時折放課後に聞こえてくる綺麗なフルートの音色を、彼女は最近耳にするようになっていた。

それはとても高らかで、気高く。そして美しく、可憐だった。

己が自宅で奏でる黄金のフルートの音色とは真逆。

まるで人生の喜びに出会えた様な曲。

 

・・・それがとても忌々しい。とても、憎い。

 

「学校長から任された仕事をしてるんだ!今すぐこっから立ち去ってもらおうか!!」

 

「・・・・あんたそれ脅してんの?」

 

「ええその通り。そう言ってるんだよ!」

 

吹き矢を構えるサブリーダー。一歩でも足を動かしたら、吹き刺してやる。

睨みつけるその瞳が、彼女の思いを語っていた。

そして同じく、目を細める図書委員。

 

「……図書委員を、」

 

「―――なめんじゃないわよ」

 

「!?」

 

 対峙していた図書委員が急にしゃがみこみ、その背後から人影が躍り出る。

その人物はしゃがんだ図書委員の肩を踏み台にし、サブリーダーの顎に膝蹴りを食らわせた。

この高校に階段部はないけれど、綺麗な長い黒髪をはためかせる彼女はまるで黒翼の天使だ。

 

「……あ、あんたは…!」

 

「北宇治高校吹奏楽部、トランペットパート1年・高坂麗奈。―――滝先生は、返して貰う」

 

言うべき事はそれ以外何も無い。麗奈はその燃え上がる恋の炎、愛の力を全開にして図書室に突入した。

その姿はまるで、フォースを身体全体に纏わせてアクロバティックに戦うマスタージェダイ。

そして続々と図書室に突入し、人質開放及びテロリスト達をふんじばる吹奏楽部員と図書委員達。

 

「―――ここの図書委員や吹奏楽部員ってのは皆サイボーグみたいね、いや腕が立つわ」

 

「……傘木」

 

「や。久しぶりだね、強敵」

 

 いつの間にいたのか、サブリーダーの腕を押さえる傘木希美。

かつての同輩を見やりながら、希美はその口を開いた。

 

「あんた、馬鹿だよ。あの時言ったじゃない。こんな事したって何になるっていうのさ」

 

「その言葉、そっくりそのまま返すわ傘木。アンタ一体何やってるの?」

 

「あんた達を止めに来た」

 

止める?止めるだと?

 

「この高校が!吹奏楽部が私らに何をした!?…ァあ!?仲良し子良し楽しく音楽やりましょう?部員が集団で部を辞めてるのに何も問題は無いって?

冗談じゃない!!所詮は子供の戯けた行動だと思ってるんでしょう!それはこっちの台詞よ!!!」

 

―――何も知らない癖に!!口だけは達者なトーシロどもが!!!

 

「私達は必死だった!必死だったのよ!!上手くなりたかった!昔よりも今よりも誰よりも!!金を取って全国に行きたかったの!!!あんなぬるま湯の中じゃ、あのままじゃ悔しくって死にそうだったのよ!!!」

 

「―――分かるよ」

 

「だったら何で私達を止める!?傘木だってみぞれだって優子達だってこの気持ちを持っているのに!何で私の邪魔をするの!!」

 

―――これは復讐。否定され無視され、悔しさを昇華させる場を無くさせたモノらに対する復讐。

あんたら吹奏楽部が楽しく切磋琢磨し全国大会を目指して演奏をしている間、ずっとずっと私達は我慢していた。

だから邪魔するなよ。この蜂起は私達の正当な権利だろうが。

 

 呪詛と憎悪に満ちている彼女には分からない。

自分が今何を言っているのかを。己の支離滅裂さを。

それを聞いた傘木希美は一度瞳を閉じると、これまでの己の音楽を思い返した。

そしてゆっくりと瞼を開け、己の強敵(とも)をしっかりと見つめながら口を開いた。

 

「……ねぇ強敵。最近知った事なんだけどさ、音楽には一人じゃ出せない音があるんだよ」

 

「――――は?」

 

怪訝の目で、サブリーダーは希美の顔を見る。眼前にいる強敵の顔は何故か晴れやかで、彼女が放課後奏でるフルートの音色のように美しかった。

 

「あんた、部を辞めてから一人でずっとフルート吹いてたでしょう?もう合奏の意味、忘れちゃった?」

 

「……何、言ってるの」

 

「音楽は個人の力量が勿論大事だけど、一人一人の音色が合わさった音、合奏が如何に上手く出来るか。皆で出す音が如何に響くか。これが一番大切なんじゃないの?」

 

「は?皆で?そんな負け犬の理屈……!」

 

「強者の理屈を振りかざしてたから、私達は金賞をとれなかったんじゃないの?」

 

「何を………」

 

―――中学最後のコンクールは銀賞だった。だから、高校では絶対・・・。

 

―――絶対皆で、全国に行くんだ。

 

屈辱と共に、あの時そう心に誓ったのは一体誰だったか。

 

『先輩!皆で、合わせてみませんか?』

 

『一緒に練習しましょうよ!先輩!』

 

『先輩……。私、皆と一緒に全国に…』

 

 

「――――――やめてよ」

 

「あの人達と私達とじゃ、方向性は違ったのかもしれない。私達の音楽は、一年前退部届けを出したあの日に終わったのかもしれない。…でも!」

 

「やめてって言ってるでしょ!!!」

 

拒絶の声に耳を貸さず、手を差し出す私の強敵(とも)。

 

「あんたには私がいる。後輩だって、先輩だって!」

 

希美が後ろを振り向くと、そこには吹奏楽部の後輩達と監禁していた先輩達がいた。

全国を目指す、誰よりも上を目指す、現吹奏楽部員がそこに。

 

「何だかんだ言ったけど音楽って奴はさ、一人じゃ無い限り終わらないんだよ。

―――だから、一緒に続けようよ」

 

私達の音楽を。いつも屋上で明るく響いてた、私達の合奏を。

 

差し出す掌に暖かい感触が伝わるのを、二人は感じた。

 

 

 

 

「―――保健委員が来ましたけど入れますかあ!?」

 

「・・・その前にボディチェックだそれくらい分かるだろう!!!」

 

「…!」

 

時間稼ぎに成功した秀一はその怒声を聞き、驚嘆と同時に恐怖を感じた。

 

―――失敗だ。

 

声の主は、【真紅のサキソフォン】リーダー、斎藤葵。

 

「…図書室から連絡があったわ。ねぇ秀一君?あなた達、人質を開放したらしいわね?

――――それは、ビッグミステイクだぜ」

 

何かに刺され、演技ではなく今度は本気で秀一は意識が無くなっていった。

 

 

 

後編に続く。

 

 

 

 

 



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後編

3編も続いた訳の分からないこの駄文もようやく完結させる事が出来ました。
読んでくださった方、ありがとうございます。
 原作も素晴らしいですが、アニメの演奏シーンは本当に途轍もないものでした。
三日月の舞を聞いて、テレビの前で拍手したのは作者だけじゃないはず!
手記はここで途切れている








 

 

 

 

 北宇治高校図書室。

吹奏楽部顧問の滝先生をはじめ、多くの教師と生徒が監禁されていたここは、いまや私たち吹奏楽部の拠点となっていた。

 

「図書室を制圧!!!」

 

「はい!!!」

 

「…希美。静かに素早くとは変わらないね」

 

「みぞれだって」

 

 ハイタッチをする二人。

この図書室にのさばっていたテロリストのメンバー達を一網打尽にした立役者は、私の友人高坂麗奈と2年生・鎧塚みぞれ先輩だった。

その光景はもう凄まじいもので、みぞれ先輩が相手に触るだけでその人はドッカンドッカン吹き飛んでいった。

 

「みぞれ。あんたって冥王サウロンか何か?」

 

「違う。激流に身を任せてるだけ」

 

「流石みぞれ!私達に出来ない事を平然とやってのけるッ!そこにシビれる!!あこがれるゥ!!!」

 

 リボンが映える優子先輩が軽口を言い、希美先輩が握り拳を作りながら力説する。

みぞれ先輩は北宇治高校吹奏楽部、唯一無二のオーボエ奏者。

奏でられるそのオーボエの音色は、聴く者をみんな虜にする。まさに、あなたのとりこ。

伊達に誰よりも朝早く音楽室に来て練習していないのだ。

彼女こそが、天下無双。

 

「久美子。私、滝先生に褒められた…!」

 

「麗奈。お疲れ様」

 

 私、黄前久美子の友人である麗奈が興奮気味に私に抱きついてきた。

ポンポンと背中を叩き、彼女を労う。

好きな人に褒められれば誰だってこうなる。私だって多分、きっと、メイビー。

 

「ってそうだ!先輩方、敵の本拠地の放送室はこれからどうやって制圧するんです?」

 

この場にいない人物の事が何故か頭に思い浮かび、私は優子先輩に疑問を投げる。

 

「人質を奪還した事でこちらの戦力はぐっと上がったわ、後輩。

敵の期待を裏切っちゃ悪いし、堂々と正面から突入制圧しましょう」

 

「敵の戦力は低下してます!これなら緑たち、いけますよ!!」

 

「―――それはどうかしら」

 

 希美先輩に取り押さえられたテロリスト【真紅のサキソフォン】サブリーダーの女性が、私達に冷や水を浴びせる。

ムッとした優子先輩が恐ろしい形相で彼女に近寄ったが、希美先輩はそれを体で制した。

 

「優子、もうこの子は大丈夫だから。多分、私達に何か聞かせたいんだよ」

 

「あ、そう。じゃあどういう意味?テロリスト」

 

「人質はこの図書室にいる人達だけじゃないってことよ。あの葵先輩が、この事態を予測してなかったと思う?」

 

 人質はまだ他にいる。それを聞いた時、私には理解できなかった。

部屋を見渡すと、滝先生も香織先輩達3年生もここにはいる。他の部の人達だって。一体他に何が……?

 

「あの人は北宇治高校を、吹奏楽部を心底憎んでる。絶対次の大会になんて出させないつもりなのよ。

他の部は実はおまけ。その証拠に、【真紅のサキソフォン】のメンバーは全員が元吹奏楽部員。

一度部を辞めたアンタにはもうその意味が分かるでしょ?傘木」

 

 どういうことだろう?それを聞く為に私は希美先輩に目を走らせる。

そこには目を見開き、わなわなと震える先輩がそこにいた。

 

「……まさか、人質って…!!」

 

「そう。アンタ達の楽器の事よ。

あの人は、放送室にアンタ達の楽器を全部集めてる。それを部屋ごと爆破する事がこのテロの真の目的よ。

それに気付いてた小笠原部長は、真っ先に楽器を守る為に音楽室に行ってたけどね」

 

 頭が下がるよ。

そう言って、沈痛な面持ちでサブリーダーは目を伏せる。

どうしてこんな恐ろしい事に参加したのか。彼女の顔には後悔の念しかなかった。

 

「そんな…。…嘘だあああぁぁぁああ!!!!!」

 

「じゃあ放送で言ってた、体育館倉庫の爆破はまさか!?」

 

「ええ、最初に爆破するのは無人の体育館倉庫って言ってたわね。あれは嘘だ」

 

「最初からそれが目的か!ハメやがったなこのクソッタレ!!!!嘘つきめ!!」

 

「大人だの一時間に一つだの!!あれは私達を、騙す為の口実か!!」

 

 まるで悪魔…。

緑ちゃんがそう呟くのを、私ははっきりと聞いた。

そこまで葵ちゃんは、ドス黒い感情に満ち満ちていたのか。

楽器がこの学校から無くなる。私達の相棒が、これまでの頑張りが綺麗に跡形も無く。

私は、下っ腹に力を入れながらサブリーダーの女性に聞いた。

 

「―――先輩。爆破まで後どれ位ですか?」

 

「せいぜい三十分ね」

 

「四十秒で支度しましょう。スピードが命です、一分後に出発します!!!」

 

 檄を飛ばす私。

私はまだ1年生だけど、誰も口は挟まなかった。やるべき事はただひとつだという事を、皆自覚しているのだ。

 

「久美子ちゃん!!!」

 

「は゛い!!!あすか先輩!!!」

 

「私も一緒に行くわ!」

 

 低音パート3年・田中あすか先輩はそう言って腕をまくった。

楽器は必ず取り戻す。その瞳は決意と意志に満ちていた。

 

「あすか先輩も?…らしくないんじゃありません?」

 

「貴女の悪い癖が移ったのよ」

 

手をバシンと掴み合う私達。

 

「私達の楽器を。ユーフォニアムを取り戻しましょう。皆で!!」

 

「奪還して見せるわ、この手で必ず!!」

 

私達は力を込めた拳をつくり、それを天に掲げた。

 

 

 

 

 

『 ちからこぶれ!ユーフォニアム 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 筋肉が動いている。

武器弾薬をその手で掴み、海パン一丁でボートにのせる漢。

鉄の筒から出るタマタマなんぞ、たとえ当たろうともびくともしない。

それが彼の身体。言わば、筋肉式防弾チョッキ。

これこそが彼の切り札。

THE 肉体。

男の理想。女の憧憬。

人類ならばこの男を見て、何も感じないはずが無い。

圧倒的。ただひたすら、圧倒的。

力持ちとは、こういう事さ。

 

 

 

『メッセージは覚えたな?』

 

『コマンドー、カービー、コード・レッド、座標ね。オッケーよ』

 

『奴らが俺を見つけるまでは無線を使うな』

 

『どうしてそれが分かる?』

 

『島がドンパチ。賑やかになったらだ』

 

 

 貸してもらった映画は、本当にただのアクション映画だった。

筋肉モリモリマッチョマンが敵と戦う。分かりやすい勧善懲悪もの。

その筋肉の名はジョン・メイトリックス。

映画の中では常にジョークを飛ばすけれど、彼の意思は揺るがなかった。

―――娘を助ける。この男にあるのはただそれだけ。

絶対の意思と圧倒的な筋肉。

その姿に、私は惹き付けられていた。

 

―――こんな風にあれたら、私は何か変われたのかな・・・。

 

 

『店員さん。頼みがあるんですが』

 

『何です?』

 

『ここにあるシュワ映画全部下さい』

 

 

 私、斎藤葵は強くありたかった。

特別に、なりたかったのだ。

 

 

 

 

 

 

「作ってしまった……」

 

 手元に目線を落とすと、そこには自分が感情の赴くままに書いた計画書。

北宇治高校の部活動を夏の大会に出場させなくさせ、高校をぶっ潰す。

 そして、真の目的を遂げる。

日課になった筋トレと同じく研鑽に研鑽を重ね完成させた、まさに悪魔のような計画の全てがここにある。

武器や装備は整えた。・・・でも、

 

「本当に、これを実行していいのかな…」

 

―――実行すれば、もう後には引けなくなる。

鬱憤を、屈辱を晴らす。復讐を遂げる。

私の勝手な都合で、他人に迷惑をかけていいの……?

 

『―――ああ、気の毒に。罪の意識に苦しんで』

 

 声が響く。

人は何かを決断する時、心の中で天使と悪魔が戦うそうだが、それは本当の事だった。

 

あなた、誰……?

 

『本当は分かってるんでしょう?信じたくないだけで。―――ワタシは貴女よ』

 

そんな……。

 

『吹奏楽部で楽器を吹いてた時間の長さよりも中身の濃さだよねえ? あの頃の貴女は、真面目な吹奏楽部員だったわ。

先輩達のやる気の無さや無視にも負けず、己を磨き、周囲を説得し続けて自分の音楽を信じ続けた。

ほとんどの部員があの敗北主義者な先輩共が卒業して消えるのを待ってるのに、貴女と後輩は闘い続けた。

―――貴女達は、何も悪くない』

 

・・・・。

 

『この学校は何をした?…ん?顧問をはじめ学校の教師は、貴女を手助けするどころか音楽すら取り上げた。

ワタシは何もしていない。

この悲劇を許したのは、北宇治高校よ?よく考えてみなさいな。どちらが貴女の真実かな?

―――昇華したいでしょう?この胸にあふれるドス黒い想いを。もう一度綺麗な心で、自分の音楽を続けて生きたいでしょう?

 何もかもを一切無くしてやる。

赤の他人を拉致監禁するだけでいい。元々縁も所縁もない人間じゃないの』

 

耳を貸しては駄目だ。これは悪魔の誘惑だ。

 

『いけないの?』

 

 だって私の音楽は、まだ。

私は元北宇治高校吹奏楽部、サックスパート3年・斎藤葵。

そう、これは夢。現実じゃない。耳を貸すな。

 

『・・・そんなに現実に拘るなら思い出させてあげましょうか?あの一年前を』

 

見下す視線。

―――この部の秩序を乱しているのはあんた達だって事に、何で気付かないの?空気を読んでよ。

 

嘲笑う口。

―――全国にいけるって、まさか本気で思ってたの?

 

見上げる顔。

―――葵先輩。わたし達、この部を辞めます。わたし達に、居場所なんて最初から無かったんです。

 

お願いやめて!!!

 

『・・・貴女のせいじゃないわ』

 

この手で部を変えられてたら……!

 

『しょうがない。音楽性が違ってたんだ。

貴女をはじめ、可愛い後輩達はあの学校の吹奏楽部にゴミ扱いされ、音楽を捨てさせられた。私はそんなワルじゃない』

 

 悪魔の甘言に耳を貸した者がどうなったか。

ちょいと本やネットで調べれば、その末路がありありと書かれている。

 

『末路?終わりじゃない、始まりよ。貴女達の音楽が再生するだけ。

さぁ、私と一緒に、新しい音楽を創ろう。毎日が楽しいよぉ?』

 

 

決して終わらない貴女だけの音楽は、まだまだ続いていくんだよ?

 

 

「―――望みを言ってみて?後輩。何だってくれてあげる」

 

「葵先輩……。わたし、その計画に!」

 

 

 おいでよ。ここまでおいで?

人生は楽しまなくちゃ。だってまだまだこれからでしょう?

 

―――みんな、自分だけの夢を持つソリスト達だもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 北宇治高校図書室に監禁されていた人質が、吹奏楽部員に開放された。

その報告に【真紅のサキソフォン】のメンバー達は、浮き足立つ。

 

「アジズ…!!人質が開放って事は、私達はもうお終いって事?」

 

「いいえ。そんな事はありえないわ」

 

この鍛え上げた筋肉と、貴女達がいればまだ。

 

「この放送室が肝心要だもの。ここの爆破が完了すれば、大人達に我々の覚悟は十分に分かる筈よ。

その時再度、声明を出してダメ押しとするわ。…人質はあの子に任せておけば大丈夫だと思っていたけれど、残念ね」

 

 図書室の警備を任せていたサブリーダーは、私と同じく光に背を向けていた。

あの彼女が口を割るとは思えないが、念には念を入れようか。

 

「爆破を早めましょう。皆、急いで」

 

「…葵!!こんな事をして一体何になるっていうの!止めて、お願い!!!」

 

「晴香。目が覚めたのね?」

 

 吹奏楽部部長、3年・小笠原晴香。

いち早く我々の動きを察知し、計画を防ごうとした女性。

でも残念ね。貴女の努力は報われず、ここで大好きな楽器が壊れる様を見れるんだから。

 

「ねぇ晴香。頼り甲斐の無い部長・小笠原晴香?頼りになる副部長・田中あすかに、いつも劣等感を抱いてた晴香ちゃん?」

 

「……葵」

 

 嗤う私と、目を見開きながらこちらを見続ける部長。

 

「何で一年前、あんな事があった後にわざわざ部長になったの?誰でもよかったじゃない。

あの部を再生するなんて、率いるなんて他の人はおろか貴女には絶対無理なこと位分かってたでしょう?

まさか、滝先生が来る事を知ってたの?」

 

「………」

 

「ただの一生徒が知るわけ無いわよねぇ?貴女は偶々部長になって、ここまで来た。

偶々滝先生という敏腕教師が吹部に来て、府大会すら易々と突破させた。

全国大会だって夢じゃないと、あの頃をのうのうと生きた皆に抱かせた。

幸運ねぇ?部長?何もしていない無能の癖にね」

 

 貴女は特別でもなんでもない。

私と同じ、ただの凡人よ。

 

「先生が来る前のこの吹部の腕前を、忘れたとは言わせないわ。あの下手糞以下の演奏を」

 

「違う!皆自分なりに頑張ってた!!下手糞以下だなんて!」

 

「分かってないわね?下手糞と思うって事は、そいつは自分と同じ腕前だって事よ。

上手いと思ったらそいつは自分の三倍上手。あすかを見て?特別な人間が、下手糞だなんて思うわけ無いじゃない」

 

―――あの子、周りを歯牙にもかけていないじゃない?

 

「……、それは」

 

「一握りの特別はきっと分かってた。この部は踏み台、高校を卒業した後自分が飛躍する為の。

踏み台にしかならなかった、ハハ、このクソと同じ吹部を、部長になってまで何で守ろうとしたの?何も出来ないと分かってた癖に」

 

私達は、去年何も出来なかった同じ穴の狢よ。

 

「…一年前の吹部を、私は今も忘れた事なんて無いわ」

 

「可哀想に。罪悪感の塊ね」

 

「でもそれと同じくらい、今のこの吹部を想ってる。私は、吹奏楽が好きなだけよ」

 

「……――――」

 

「葵だって、そのはずでしょ?」

 

「……。いつの間にか、貴女も【特別】になったわけね。北宇治高校吹奏楽部・小笠原部長。

でも悪いけどその愛しの吹奏楽は、」

 

「―――ここで地獄に落ちる。とでも?」

 

 聞きなれた声。揺れるポニーテール。

振り返るとそこには白衣を着た人物と、床に押さえつけられている【真紅のサキソフォン】のメンバーが。

 

「中川さん、また会えたわね。いつの間に我が同志達を?」

 

「放送室の中で晴香部長といたのが間違いでしたね。この部屋の防音性、知ってましたか?」

 

「……ああ、成る程」

 

 一つしかない出入り口を閉じて、下らないおしゃべりをしていたのが間違いだったかな。

その隙に同志達は制圧されたようだ。でも、いくらなんでも早すぎる。

あれだけいた同志たちが、全員取り押さえられているはずが無い。

現に、中川さんは素早く出入り口を閉じた。

 

「フフ、私が気付かないとでも思ったの?中川さん。

貴女は僅か少人数でここに来た。少数精鋭といえば聞こえはいいけど、数の暴力の前では時間の問題よ。

 それにその白衣。塚本君を助ける保健委員のフリをして、皆の油断を誘おうとしたんでしょうけれど私は騙されないわ」

 

「…葵先輩、もう止めてください。今止めれば、貴女達に罪はありません」

 

「出来ない相談ね。今さらだわ」

 

 私は他人を拉致監禁して建物を爆破すると脅迫までした。

立派な犯罪だ。後には引けない、貫き通すしか道は無い。

 

「もうこんな悲しい事、しないで下さい…!楽器を壊すなんてそんな事!」

 

「……貴女は去年からそうだったわね。あのクズの先輩達を恐れて迎合していたけれど、楽器には真摯であり続けてた。

知ってるわよ?貴女があんな事を言った本当の理由」

 

―――性格ブス。

 

「あの史上最低の出来損ない共は傘木さん達だけじゃなく、楽器すらおざなりにした。

だからあんな事を言ったんでしょう?違う?」

 

「…私の事はどうでもいいじゃないですか。今すぐ楽器を返してください!」

 

「葵!」

 

「まあ待ちなさいな、中川さんに晴香。本当は分かってるんでしょう? 私達は仲間よ」

 

「仲間…?」

 

「そう。あの頃の吹部を辞めず、今まで部に所属してきた仲間。

罪悪感に種類はあるし、私はもう部を辞めたけれど、持っていた意地は同じだった。

去年辞めたあの子達の分まで頑張ろう。

あの子達と同じ徹を、新しく入ってくる後輩には絶対踏ませない。というね」

 

「だからってこんな馬鹿なマネをしていい訳が無い!」

 

「馬鹿なマネをしくちゃ吹部は変わらなかったのに?滝先生が来た時の混乱を思い出してみて?

ああでもしなきゃ、きっとこの部は変わらなかった。あの先生の事よ、全部見抜いてたに決まってる。

 私達がやるのはそれと同じ事よ。ただ規模が、部活から学校になるだけ。

学生とは、学校に生きていると書くのよ?生き辛い学校は変えなきゃ。私達生徒の手で」

 

「止めて下さい!!!」

 

 業を煮やしたのか、中川さんが私に突進してくる。

それを腹筋の力だけで跳ね返す。床に転ぶ中川さん。

 

「中川さん!」

 

「……私を怒らせないで?私を怒らせると、怖いよ?」

 

「なんて筋肉……」

 

 その通り。

今日まで休み無く鍛え上げた、練り上げ続けたこの肉体が私の唯一の自慢。

 

「私を倒したいならジョン・メイトリックスかイワン・ダンコ、ジョン・クルーガーかジャック・スレイターを呼んでくる事ね。ダッチでもいいわよ?」

 

「―――葵先輩。何でそこまで……」

 

「何で、ですって?」

 

「そこまで肉体を鍛え上げて恐ろしい計画を実行して、この学校と吹部に復讐しようとするなんて普通じゃありません!

何がそこまで先輩を駆り立てるんです?」

 

「…貴女には分からないでしょうね。過去を乗り越えようとしている【特別】な貴女には。そして晴香も」

 

 私は目を瞑り天井を仰ぐ。

この後輩と同輩は、前に進んでいる。去年から一歩も二歩も前へ。

誰よりも、上を目指して。それが私には【特別】以外の何に見えるというのか。

 

「私は、今まで自分を【特別】だと思ってた。同い年の本物に出会うまでね」

 

「あすかの事…?」

 

「私は自分を見つめなおした。そして気付いたの。私は本当は、ただの一般ピープルだってね。

だからこそ、私は【特別】になりたかった。吹奏楽の才能が無かった私は、後に残った勉強だけで【特別】になるしかなかった。

でも、勉強でも無理だった」

 

「才能が無いなんて、そんな事ない…!」

 

「葵先輩は、私たち後輩の面倒をいつも見てくれたじゃないですか!!」

 

 見下ろした先の視界には、必死な顔で下手な慰めを言う後輩と同輩の姿。

でもね?これは他ならぬ自分の事なの。自分が一番解かってるのよ。

 

「私は私にしか出来ないどでかい事をやって、せめていつか人生を振り返ってこう言いたいのよ。

どう?私やったわよ!私は!無鉄砲で野放図に生きたからこんな事やってやったぞって!!!」

 

私は【特別】でしょう?って誇りたいのよ。

 

「葵…」

 

「それがこの蜂起の真実よ。【真紅のサキソフォン】の子達は皆この意見に賛成してくれたわ。

私達は皆、【特別】を夢見るソリスト達だもの」

 

この気持ち、分かるでしょう?だから邪魔をしないでよ。

 

「―――ふざけないで下さい」

 

「…中川さん?」

 

「【特別】になる?こんな犯罪まがいの事をして?

この程度の事をやったぐらいで、【特別】になれると本気で思ってるんですか?全然、想像力が貧困ですよ」

 

「・・・何、ですって?」

 

膝に力を入れて立ち上がる後輩。

 

「私達は、そんなちっぽけな世界に生きてないんですよ。私達は吹奏楽部。

合奏という、大勢で奏でて合わせる事に命を賭けてるんです」

 

はっきりと、私に目を合わせてくる後輩。

 

「先輩は私を【特別】だと言いましたが、それは違います。私はただ無くしたくないモノに、自分を懸けているだけです。

そしてその思いは、多かれ少なかれ皆同じです」

 

しっかりとした足取りで、私に一歩近づく後輩。

 

「一年前、希美達が部を辞めて内心腐ってた私に貴女は言いました。―――頑張れ後輩。と」

 

「・・・・・」

 

「私にも後輩が出来るまで、その真実にはたどり着けませんでしたが、今の私なら分かります。

私達は頑張る事しかできないんですよ。例え傷ついて壊れそうな日でも、涙を流しそうな日でも!」

 

―――近づかないで。

 

「他人に迷惑をかけた位で、【特別】になんてなれる訳ない!何でこんな簡単な事に気付かないんですか!!!」

 

―――やめてよ。眩しい。

 

「日々を頑張る。生きていく。

誰より、上を目指すという気持ちを抱いて!貴女はずっとこの気持ちを持ってたんじゃないんですか?葵先輩!!!」

 

 

『―――ぶっ飛べ!!!』

 

『お前達は消去された』

 

『ここでいつも一緒にいるよりも、向こうにいて俺を信じて生きてくれ』

 

『オダチ チービア・ダスビダーニャ』

 

『人間が何故泣くか分かった……俺には涙を流せないが』

 

『俺たち移民の面汚しだ!』

 

『アアアアーーーーーーーーーー!!!』

 

『もう会う事は無いでしょう』

 

 

―――何故こんな時に映画の台詞を思い出す?

この台詞を言う人物に憧れてるから?

宇宙生物すら打ち倒す、無敵のあの人になりたかったから?

格好良く、生きていきたかったから?

 

『―――後輩の甘言に惑わされないで?ワタシと貴女は光に背を向けている。もう後戻りなんて出来ないのよ?』

 

 悪魔が優しく語りかける。

そうだ、そうだよ。私達はもう同じ穴の狢。後戻りなんて出来ない。

 

力強く扉が開く音。そして、手が掴まれて振り向かされる。

 

「葵ちゃん!今、戻ってきたよ!!!」

 

―――久美子ちゃんは昔からそうだ。掴んだ手は離さない。諦めない。

麻美子さんに、とても似てる。

 

『・・・望みをワタシに言ってみて?何だってくれてあげる。何を躊躇ってるの?』

 

『―――そうね、私の望みは一つだけだった。

今すぐアンタを……地獄に落とすことよ!』

 

 ぶん殴り消え去る悪魔。

その消える悪魔は、何故か綺麗な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 音楽が響く。

金管・木管・弦楽器、低音・高音・パーカッション。

それはまるで黄昏時の終わりを告げ、夜の訪れを知らせる合図。

 昼間にしか動けないモノがいるように、夜間にしか動けないモノもいる。

そのモノ達の鼓動を教える、生きている証である血潮を伝える。

さあ、私達の時間はこれからさ。

 

 じきに夜中が訪れる。0時を過ぎ、1時を過ぎ、草木も眠る丑三つ時。

何もかもが眠り、夜空には三日月が太陽に照らされ煌々と映えわたる。

家に帰ったらひたすら眠るだけ。自分は今日に至るまで、ここまでやってやった。

自分が一体どれだけやったか、空に映ってる月に誇ってやろう。

 空に浮かぶ月は、そんな自分の頭と頬を優しく撫でてくれる。

君の為だけに、この空と三日月はある。月の兎も女神も、今は君だけを見ている。

だから安心して、ゆっくりと今夜はお休みなさい。月の加護は、等しくあなたに降り注がれる。

 

 目覚めた時は、夜が白み始めてきている彼は誰時。

脈打つ心臓は身体の覚醒を告げ、南の空には寝る前に見上げたあの三日月が。

これは昨夜の続き?いやいや、今日の始まりを告げる合図だろう。

 今日のお前さんの頑張りは、これから始まるんだぜ?

いやに男前になったお月様。でもその激励が、やけに嬉しい自分がいる。

三日月だって、一夜中自分を照らし続けて目覚める自分を待っていてくれた。

 今度は自分が、それに応えて舞う番だ。

昼の月になって見えずとも、どうか私を見ていて欲しい。

 

 では、また今夜に。

 

 

 

 

 

 

 

 

「吹奏楽って、本当に良いものね」

 

 音楽は、常に私達の傍らにある。

私は関西大会に出場した北宇治高校の演奏を聞き、辛抱堪らず拍手の雨を降らせる。

全国クラスになれば、これを易々と超えてくる合奏がごろごろ出るが、私の人生で今最高だと思えるのはこの合奏だけ。

 

「すごく良かったよ、皆」

 

 そして私は席を立つ。 

結果は聞かない、聞くまでも無い。きっと、彼女達なら大丈夫だ。

 

「頑張れ皆。 信じてるよ、ドリームソリスター」

 

 自宅からテナーサックスを取ってこないと。

足取りは軽く、空気は美味しい。身体に気力がグングン湧き出てくる。

 一度止まった私の音楽は、新しく始まっているのだった。

 

 

 

 



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