【改稿版】 やはり俺の灰色の脳細胞は腐っている【一時凍結】 (近所の戦闘狂)
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プロローグ
今作はどっちかっつーと俺ガイル要素の方がデカいですし、八幡も形式的に無双します。
まぁ今作は作者が受験勉強の合間を縫って書いた気晴らし作品ではありますし、文書もつたないところがたくさん見受けられるかもしれませんが、ストーリーに関してはかなりの自信をもっています(←自意識過剰ww)
というわけで、平均評価が6を下回ったら投稿をやめるかもしれませんw
いや割とマジで
前作は本気で気晴らしのつもりで書いた奴だから結構テキトーなんですけど、今作は設定とかフラグとかちゃんと考えた結果自分でも結構自画自賛してたりしますw
あと書き溜め三話分くらいしかないから結構亀更新ですw
それでは、どうぞ
「助けてぇ……お兄ちゃん……」
「小町ぃぃいいい!!」
瓦礫に挟まり身動きが取れなくなり、弱りきっていた小町を見つけた。ここだけではない。この町中から叫び声や悲鳴、そして怒声が鳴り響く。
ここは千葉県三門市。そこはまさに、「地獄絵図」だった。
☆
俺、比企谷八幡は学校が春休み期間中であった。その日はアルバイトもなく本来ならば家でゴロゴロしているはずなのだが、最近ハマっているラノベを読み終えたのと、休日で両親が家にいるため本屋で何か新しい本を探しに行っていた。それから本屋で適当に二、三冊選び、会計を終えた時に外から異常な音が聞こえた。
それはまるで、今まで繋がっていた電線が切れて弾けたような。
すぐに店の表に出ると、建物が在った場所に黒くて丸い何かがバチバチッ!と音を立て、その建物を飲み込んでいた。
すると、その黒い何かからどう見ても地球上に存在していなかったであろう生物が飛び出してきた。大きさは十メートルを優に超え、一つしかない目であたりを見渡した。
ただわかったことは、「こいつらは俺たちを侵略しに来たんだ」ということだけだった。
俺は次の買い物を放棄して一目散に家へと走った。
だが、家にたどりついた俺を待っていたのは、絶望的ともいえる光景だった。
すぐそこにいる化け物が俺の家を破壊したのだ。家族の姿は見当たらない。瓦礫を掻き分けながら進んでいると、下半身が瓦礫の下敷きになっている小町を見つけた。小町を覆っている瓦礫を除けようとしたがあまりにも重く、俺一人では到底動かすことが出来ない。そして、化け物がこの近くでにいる以上、周りに助けを求めることもできない。小町を助けられるという可能性は、ほぼ完全に詰んでいた。
「お兄ちゃん…だけでも…逃げ…て…」
小町の眼は語っていたし、俺も十分理解していた。
小町は助からない。
そしてついに、化け物がこちらに気付いた。
――時間がない。どうすれば……。
その巨体を歩ませてくる。
――小町は助けられない……?
突きつけられた現実を前に動揺していると、その巨体はもう歩みを止め、目の前にいた。目線を上げると、その化け物は無機質な一つ目でこちらを覗いていた。その瞳はまるで、どこまでも続く闇への入り口のようで、この世の絶望を表しているかのように。
――嫌だ!死にたくない!!
その時、俺は初めて生を渇望した。
その化け物は小町に狙いを定めて襲い掛かる。俺はほぼ反射的に横に飛んだ。周囲に凄まじい破壊音が鳴り響く。その衝撃音が三半規管を狂わすほどに体を震わせ、受け身をうまく取れずに無様に地べたを転がった。
「……ツッ!」
痛む体に鞭を打ち、体を起こす。
見上げた視界に入ったのは、ちょうどその化け物が小町を咥えているところだった。小町は必死に残った両手で抵抗をしていたが、やがてその化け物に小町は叫び声を上げながら飲み込まれていった。
初めて生への欲求を得たが、同時に俺は小町という心の支えを失ってしまった。
その様子を、俺はただ傍観していることしかできなかった。
そのあと、俺は現実から逃げ出すように走り出した。何度も叫び続けた。「これは夢だ」って。妹を見殺しにして生への欲望を手に入れたことは、あまりにも残酷なことであった。
だが、いくら走ってもこの世界は俺を解放してくれない。肺の中の酸素が足りなくなり、胸が熱くなる。視界の端で自衛隊が駆け付けて応戦しているのが見えた。だが、その攻撃は全くと言っていいほど通用せず瞬く間に蹂躙されていく。
しばらく走っていると何かに躓いて、思いっきり転んだ。彼は躓いたものの正体を睨みつけた。だが、すぐにその目は恐怖へと変わる。
ここら一体、血の海になっている。そして、死体が道路を埋め尽くすほどに転がっていた。死んでからまだ時間がたっていないのだろう、漫画などで見る悪臭はしなかったが、鉄臭い血の匂いがあたり一帯に漂っていた。
俺が転んだ死体を見ると、その顔で、その死体が誰であるかはすぐにわかった。
山本大和。
俺の通う、三雲中学の同期で、よく俺にいじめを吹っかけて来てたやつだ。俺はこいつの死体を見て、「あぁ、死んだのか」と思った。同情も憐憫もない。ただ目の前の事実を受け入れた。
立ち上がり、再び掛け出そうとすると後ろからガシャンと音がした。振り返ると、先ほど見た化け物よりは小さい。だが、それでも俺の身の丈より大きく、その手にはブレードらしきものを備えた化け物が来た。
その化け物はその無機質な瞳で俺を見定めると、獲物を見つけた肉食獣かのように襲い掛かってきた。背を向けて逃げることはできない。すぐに追いつかれ背中を切り裂かれることは容易に想像できた。
俺はブレードを避けるため、全神経をその化け物の体の動きに集中した。
その瞬間、世界が止まった。正確には、世界の動きが極限まで遅くなった―――それこそ、スローモーション動画を見ているかのような。
彼はこれまでにほんの数度だけ、この世界を経験したことがある。世界がまるで灰色に染り、俺だけを世界という鎖から解き放ったかのような。
化け物の動きに合わせて、後ろに飛びつつそのブレードを避ける。しかし不運なことに、足元にある死体に気付かず無様に転がってしまった。急いで立ち上がろうとするが、目の前にその化け物が来て、俺の命を刈り取らんとその手に付いているブレードを振り上げた。
そのブレードを気力の無くなった目で見つめ、これまでの短い人生を走馬灯のように振り返りだした。
ほとんど覚えていない幼少期。親は小町に夢中で、構われたことはほとんどなかった。
小学校時代。俺はただ親に認めてもらいたくて、必死に勉強を積み重ねた。だが、両親は俺に振り向きはしなかった。学校では、ちょっと勉強ができるからという理由だけで周囲からいじめの対象となった。教師はそれを見て見ぬふりをしていたが、小町は俺の異変に気付いた。だが、学年が違うため、俺へのいじめに干渉することができなかった。だからこそ小町は、家と学校にいるとき、精一杯俺の話し相手をしてくれた。
そんな小町の努力もむなしく、小町を人質にさらに悪質ないじめへと展開した。その時の記憶はほとんど覚えていないが、それ以来周りの連中はただ俺を畏怖の存在として見るようになった。
中学校一年、いじめが再燃。俺の様子にさらに敏感になっていた小町はすぐに気づいた。だから、小町は家では精一杯俺の相手をしてくれていた。その頃からか、彼へのネグレクトは次第に虐待にとなっていった。俺はその両親への精一杯の抵抗としてアルバイトを始め、なるべく親がいるタイミングは家から出るようにしたりした。
そして、小町を死なせてしまった。
親にも認めてもらえず、認めてくれた小町はもういない。
「……散々な人生だったな」
吐き捨てるようにそう呟いた。
俺は静かに瞳を閉じ、迫りくるブレードを甘んじて受け入れようとした。
だが。
―――ガキィィィイイイイン!!
すぐ目の前で何かと何かがぶつかり合う音が響いた。目を開くと、日本刀のようだが刀身が黄色く輝いているブレードのようなものを握りしめ、化け物のブレードと鍔迫り合いをする、コートを羽織った男性がいた。その男性は力技でその化け物を押し返し、その反動で動けなくなっていたところに切りかかった。その化け物は切口から煙を出しながら動かなくなった。
「大丈夫か?少年」
化け物が動かなくなったことを確認して振り返った――二十代半ばほどであろう――その男性は、その突き刺した刀を片手に語りかけてきた。
☆
あの後、先ほど助けてもらった――忍田さんって名前だっけ――男性に連れられて避難所である中学校の体育館へとたどり着いた。診療所で怪我を見てもらったが体のあちらこちらに打撲と擦り傷という軽傷だった。避難所には思った以上の人が集まっていて、中学校の連中も当然集まる。だからそいつらにも絡まれないように、 そして現実から目を背けようと、俺は占領した陣地で蹲ることにした。
「比企谷君。隣座っていいか?」
ちょうど眠りこけそうになっていたところに、上の方から声を掛けられた。少し重たい瞼を開くと、そこには忍田さんがいた。俺が頷き姿勢を正すと、彼は俺の隣で正座をし話を切り出した。
「レスキュー隊から連絡があったのだが、君のご両親が自宅の瓦礫に埋まっているのが見つかったらしい。手を尽くしたそうだが後ほど亡くなられたそうだ」
「……そうですか」
俺は素っ気なく返した。
「随分と堪えてないみたいだな。普通、肉親が死んだら何か来るものがあると思うのだが」
もっともだ。だが両親が死んだところでなんとも思わなくなっていた。死んで嬉しかったとも、悲しかったとも。忍田さんは深く追及してこなかった。
「何か訳ありのようだな。家族はこれで全員か?」
家族。
その言葉で小町の顔が脳裏に浮かんだ。唯一俺を受け入れてくれた存在。だが、もう彼女はこの世に存在しない。その現実が、俺にわずかなでない動揺を走らせた。
「・・・妹がいました」
絞り出したその声は俺の中のいろんな感情がごちゃ混ぜになって飛び出した。今にも俺の中の何かが弾けてしまいそうな。
「妹さんと連絡はついたのか?」
忍田さんは確かめるように尋ねてきた。妹が死んで動揺しているのか、ただ連絡がないのか、それともそれら以外か。
「・・・町を襲っていたデカい化け物に喰われました」
そのセリフであの時の光景がフラッシュバックした。悲鳴を上げて飲まれていく小町をただ茫然と見上げることしかできなかった、俺の無力さに思わず歯ぎしりをしてしまう。
「気の毒だったな。これから君はどうしていくつもりなんだ?」
親切にも、忍田さんは一人生き残ってしまった俺の身を案じてくれているようだった。だが、小町以外の人間不信に陥っていた俺には何か裏があるように思ってしまう。小町がいなくなった今、本当の意味で孤独になってしまった。この避難生活が終わって俺を待っているのは、苦痛に塗れたクソッタレな中学校生活だ。その場にこの人はいない。一体何様だというんだ。俺と一体何の関係があるっていうんだ。そして、吐き捨てるように言った。
「両親の財産とりあえず相続して、中学を卒業したら働きに出ようかと思ってます」
これが俺がこれから生きていくうえで最もベストな選択肢だろう。
「君はそれでいいのか?」
「問題ありません」
むしろ、問題しかない。このゴミのような社会に期待することなんて何もない。そんな社会を高校、大学へと進んでいっても、待ち受けているのは裏切り、嫉妬、絶望。そんなことしかない。だったら進学なんてやめてとっとと就職するのがよっぽどいい。
「これは私の話なんだがな…」
だが、そんな俺の境遇や心中を察したのか、忍田さんは遠くを眺めるように話し始めた。
「私は今いる組織に入ってからそこそこ経つ。でも初めのころは右も左もわからなかった。でも、先輩達が色々と手ほどきをしてくれたおかげで今こうしていられる。それでもやっぱりこんな感じの仕事だから、当然人も死んでいく。中には俺を庇って死んでしまった先輩もいた」
「それが俺に一体何の関係が・・・」
何を言い出すかと思えば忍田さんの境遇だった。それは俺にとって何の価値のないものだ。それでも彼は俺が言ったことに構わず続けた。
「私のせいで先輩が死んでしまった時、私は壊れてしまいそうになった。そんな時に、私の先輩だけでなく同輩、それに後輩が私を支えてくれた。君にもそういった存在がいたんじゃないか?」
小町だ。
そう言いかけて飲み込んだ。
「俺は家でも学校でもボッチだったんで。支えてくれる人なんでもういませんよ」
「もう、いないのか」
しまった。
気が付かないうちにボロが出てしまった。俺が思っている以上に心に余裕が無いようだ。
「それはもしかして、君の妹さんだったんじゃないか?」
ビクリと体が震えた。図星だったからだ。
「どうやらそのようだな」
「あんたに何がわかるっていうんだ。あんたは俺と違って仲間に恵まれた。あんたは俺と違って家族にも恵まれた。あんたは俺と違ってッ……!!」
一気に心の内をまくしたてた。そして……。
「あんたに唯一を生贄にして生き残った俺の何がわかるっていうんだ」
その言葉を聞いた忍田さんの顔からは、僅かに漂っていた穏やかな雰囲気は完全に消え、代わりに厳かなものだけが残った。
「確かに君の気持ちは判らないし、理解することはできないだろう。だが、私だって支えてくれた仲間が死んでいくのは悲しいなんてものじゃない。そんな仲間のお蔭で、私は今日今、ここにいることができる」
忍田さんは一息おいて、
「目を覚ませ!!」
突如叫び出したため、思わずビクッとしてしまった。その声に周りの人たちが「何事だ」と言ってこちらを見てきた。だが、忍田さんはそんな周囲を全く気にせずに続けた。
「君の妹さんは君に後悔してほしいと思っているのか?絶対に違うと思う。君は妹さんが君に懸けた分、しっかり生きなければならないんだ。たとえ君を取巻く環境が最悪であったとしても、君は己を信じていかなくてはならないんだ。君も人間なんだ。迷ったりもするだろう。でも、君は自分を見失ってはいけない。現実から逃げてはいけない。現実と向き合い、消化していかなくては君は押しつぶされてしまう。妹さんのためにも、君は十分以上に生きなければならないんだ」
忍田さんの一言一言が、俺の心の壁を徐々に崩していく。
ある日、小町が俺に言ってくれたことを思い出す。
”もし世界中の皆がお兄ちゃんの敵になっても、小町は最後までお兄ちゃんの味方だよ?”
”でもね、もしかしたら小町はお兄ちゃんよりも早く死んじゃうかもしれないんだ”
”それでも絶対に小町はお兄ちゃんの傍にいる。だからお兄ちゃんは絶対に諦めないで。あっ、今の小町的にポイント高い!”
脳裏に小町が無邪気に笑う顔が写る。
そして……。
「・・・あれ?」
徐々に視界がぼやけてきた。二つの線が顔を走った時、ようやく俺は泣いていることを自覚した。
「これから、私たちは組織を公にする。ネイバーと呼ばれる異世界からの侵略者はこれからどんどん増えていくだろう。それには戦力が必要だ。私たちの背中を預けられる仲間が」
「私たちと一緒に来ないか?」
その問いに答えるのに、言葉はいらなかった。
この時、十三歳。比企谷八幡、ボーダーに入隊。
>>12月3日 一部に人称の誤りがあったことに気が付いたため訂正を加えました。
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原作開始前
第一話 弟子入り編―第一部
昼下がりの、この時期としてはなかなか心地よい風が吹く。
春。
二年前。俺、比企谷八幡はボーダーに入り、忍田さんに師事し剣術を習った。だがサイドエフェクトの副次的な影響のため、B級に上がって少したってからシューターとなった。家族はもういないため安い学生アパートでの一人暮らしを送ることになり、貯金を少しずつおろしながらだが奨学金アルバイトで学費と生活費をまかないながら過ごしていた。
今日は四月の上旬。まもなく高校に入学する。進学先はここら辺では一番の進学校である総武高校だ。元々勉強は得意で、一応主席合格らしい。その上特待生扱いで、入学金や授業料全額免除という素晴らしき待遇であった。
学校側が新入生挨拶をしてほしいそうなのだが、そんなことをすれば社会的に死んでしまうのは明確なので、丁寧に断った。学校側もそれなりに粘ったが、ボーダーからも何人か入学するようで、しかも先輩にもいるからそんなことでボーダーでの素晴らしきボッチ生活を終わらせたくない。
入学式は来週の火曜に執り行われる。入学前の課題も大したものはなかったため、防衛任務をそこそこ入れられた。これまで入れていたアルバイトに加え、ボーダーでの給料が加わり、だいぶ余裕のある暮らしになっている。
トリガーを起動し、警戒区域に設けられたフェンスを飛び越え、設定されている合流地点へと駆け抜けた。
ボーダー本部の南東にあるちょっとした空き地。そこに、上品な雰囲気の漂う顔の整った女性がたたずんでいた。
「遅れてすいません」
「いえ、まだ時間までまだありますし大丈夫ですよ」
事実、防衛任務は十四時からだが、今はまだ十三時五十分を過ぎたところだ。
「……あの、那須玲です。よろしくお願いします。」
「あぁ、比企谷八幡です。よろしく」
軽く自己紹介を済ませた。彼女はつい先日B級隊員になったらしく、今回が初めての防衛任務だそうだ。トリオン兵が出てこなくて暇なのもあり、防衛任務についての知識をいくらか教えることになった。
ボーダーでの防衛任務はB級隊員以上の者に課せられる。通常は一つの部隊だけで任務をこなすが、部隊を組んでいない者は部隊と連携して任務をこなすことは多々ある。だがごく稀に、ソロ隊員同士でシフトが組まれる。B級隊員は倒したトリオン兵の種類とその数によって収入が変わるが、A級隊員は毎月固定給がでるから大分有利だ。
時間にして十数分程度。ある程度話し終え、暇になり出した頃。
『ゲート発生、ゲート発生。座標誘導誤差2,18。付近の市民の皆様は避難してください』
「お。来たか」
アナウンスが流れると同時に、視界の端で黒いものがバチバチッ!と音を立てながら発生しているのが見える。
ゲートだ。
この世界と、近界と呼ばれる世界を繋ぐ門。初めはこの世界のあちらこちらで開いていたが、ボーダーが開発したゲート誘導装置により警戒区域内でのみ開くようになった。重い腰をゆっくりとあげ少し伸びをした。
「……それじゃあ、行くか」
「ええ」
短いやり取りを済ませゲート発生地点に向かっていると、
『ゲート発生、ゲート発生。座標誘導誤差0,36。付近の市民の皆様は避難してください』
二つ目のゲートが開いた。片方に集まっていると、ゲートから出てきたネイバーが警戒区域を越えるかもしれない。俺は二つ目のゲートの方に向かうことにした。
「カバーしきれんから、そっちは頼む」
「わかったわ」
そう言って、俺は二つ目の方のゲート発生地点へと向かった。
☆
俺が到着した地点ではほんの捕獲兼砲撃用トリオン兵「バンダー」が三匹いる程度だった。
「スパイダー」
左手に特殊な形のしたキューブを取り出す。
スパイダーとは、いわゆるワイヤーのようなものだ。
使い道は様々で、敵をこかすもよし、足場を作るのもよし。でもソロポイントに直結しにくいから不人気だ。
だが俺はちょっと違った使い方をしているが。
両端を射出されたスパイダーをすべてのトリオン兵に突き刺していく。そしてすべてのスパイダーが獲物にかかると、まだキューブ状であるスパイダーを一つにまとめ、巻き取らせる。
すると、トリオン兵たちは一気に引っ張られていく。
要は拘束具に似通った使い方をしているのだ。俺は人よりトリオンが多少多いから、スパイダーの先端を通常より硬く、頑丈にした。
そこにさらにスパイダーを撃ち込み、完全に身動きが取れないようにする。
「アステロイド」
こうなったらもうチェックメイトだ。
両手にこれでもかといえるほどのトリオンキューブを取り出し、細かく分割した。それをトリオン兵に向かって一気に射出した。
銃弾の雨のようにも視えるそれを撃ち終えると、後にはもの言わぬ藻屑と化した物だけが残った。
「まぁ、こんなもんか」
そして、もう片方のゲート発生地点で那須が倒せたかどうか確認するため、その場を立ち去った。
☆
「おいおい、マジかよ」
俺が那須のいる地点に到着して見たのは、かなりの数のトリオン兵が那須を襲っているところだった。バンダーが三匹、戦闘用トリオン兵「モールモッド」が四匹。昨日B級に上がったばかりの者には、もしくはB級下位の者では対処するのは困難だ。那須も部位欠損はしていないものの体のあちらこちらに切り傷がある。むしろ、これだけの相手に対してここまで粘っているという方が凄い。
彼女は間違いなく有望株だな。これまでにどこかの隊が目を付けたはずだ。そうでなくともこれから先彼女は色んな部隊から勧誘されるだろう―――とは言っても、俺には関係のない話だが。
彼は彼女のサポートをするため合成弾の作成に取り掛かる。
「那須!今から援護射撃をする!」
彼女はその声で俺が応援に駆け付けたことに気付き安堵の息を漏らしつつ、すぐ前にいたモールモッドから一旦距離をとる。
そして、普段封印している鎖を解き放つ。俺のサイドエフェクト、『思考速度加速』。これでしばらくの間世界を――0,01秒以下の世界を支配できる。その一瞬ごとにベストな選択を行うことが出来る。
そして周りの光景が一変した。世界はスローモーション動画のように、色は鮮やかではなくモノクロになる。それでも俺の体は通常通りに動かせる。
この世界をこれまでに何度か感じた事はあったが、サイドエフェクトであることを知ったのはボーダーに入ってからだ。
その高性能さゆえ、燃費が非常に悪い。忍田さんの指摘とアドバイスのお陰でこのサイドエフェクトの発動を単発的に、そしてより長く発動できるようになった。
代わりに、アタッカーとしての底は知れてしまったが。サイドエフェクトを常に使えればただ無双できるが、実際のところ20分くらいしか持たないし、次に使うことが出来るのは、最低でも6時間は必要なのだ。
「バイパー+メテオラ」
頭の上にできた二つの白いキューブが合わさって、一つに纏まっていく。そのキューブは次第に分割されていき、64個のキューブが出来上がる。
「トマホーク」
頭上で完成されたトマホークはトリオン兵へと降り注ぐ。それと同時に、サイドエフェクトを停止させた。
この弾種の組み合わせを使える奴はボーダーには殆んどいない。合成弾作成の技術レベルの高さ、そして複数のバイパーを同時に、尚且つ正確に操作せねばならないからだ。
この二つの困難さを俺はサイドエフェクトでカバーした。
合成弾を作る際に弾丸を練り、次に射出する弾丸の弾道を設定する。この作業を0.1秒で終わらすのだ。
そうして射出された弾丸はトリオン兵に降り注ぎ、それらはその機能を停止させた。
☆
「大分危なかったな」
俺は那須へ労いの声を掛けた。通常は一体から二体、多くても三体までしか同時に出ないため、ここまでトリオン兵が多く出ることは非常に珍しい。あとで本部長にどう報告するか考えていると、那須は少し困った顔をして訊ねてきた。
「ちょっとびっくり。普通あんなに多く出るものなの?」
「いや、普段はせいぜい一、二匹だ。今回はちょっと異常だったから、あとで本部長に言いに行かないとな。」
「ええと、どうして?」
那須は頭に?マークを浮かべる。
「今回みたいにイレギュラーな事態が起こった時、大規模侵攻とかの前兆かもしれないからな。用心するに越したことはない」
「なるほどね」
那須は俺の言葉にフムフムと頷いていた。
その後再び沈黙が漂い、俺にとっては気楽な、彼女にとってみれば大変気まずい空気の中時間を過ごしていった。シフト終わりの時間までトリオン兵が再び出てくることはなかった。
「俺は今から本部長にこのことの報告に行くけど、那須は本部に行くか?」
「うん、わたしも行くよ。だってわたしが戦ってたところで起こったことだし」
「そうか」
俺は短く返事を返すと、地下通路のある地点まで駆け出した。
☆
先ほど防衛任務を終えた俺と那須は、本部長にイレギュラーの報告に本部長室前に来た。中では何か厄介ごとでもあったのだろう、頭を抱えてため息を吐いている。
「お疲れ様です。本部長」
その本部長と呼ばれた人―――忍田真史は、俺の声にゆっくりと反応した。
「比企谷か。どうしたんだ」
「本日の防衛任務の時に、少しイレギュラーな事態が発生しました」
その言葉に本部長は目つきを変える。
「…詳しく聞かせてくれ」
そして俺と那須は、今日あった防衛任務でのイレギュラーな事態について報告した。本部長はしばらく考えこむと、「わかった。報告ありがとう」とだけ言った。
「本部長に聞きたいことがあるんですけれども……」
ちょうど話に切りが付いたところで、那須が本部長に質問を投げかけた。
「どうしたんだ?」
「B級に上がった時に言われたんですけれど、相手の合意があれば、師弟になれるんですよね?」
B級隊員になるとC級で取り扱っていた訓練用トリガーから実戦用トリガーに変わるのに加え、好きな人に師事することができるようになる。とは言っても、両者の合意が必要だが。
逆に正隊員がC級隊員を弟子にとることもある。この場合は、前々から知り合いだったりするケースがほとんどだ。
俺は物凄く嫌な予感がした。
「あぁ、そうだが。それが?」
「はい、その。比企谷君」
「えっ?なに?面倒くさいのは嫌……」
前もって釘を刺しておこうとした。だが、その言葉に鋭く反応した忍田さんが俺にタイガー睨みをしてきたため、続きの言葉が出せなくなった。それを確認した忍田さんは目線を那須に戻し、続きを促す。
その目線に返事をするように、爆弾を落とした。
「私を弟子にしてください」
「…………は?」
☆
俺と那須は現在絶賛対面中である。何それ全然うれしくない。
先ほど、那須から弟子入り志願をされ、俺が「嫌だ」と答える前に、忍田さんが「二人で話し合って決めなさい」と言ってきたため逃れることもできず、現状に至っている。一体何の罰ゲームなんですかねこれは?
「比企谷君って弟子をとったことあるの?」
「いや、それ以前に存在自体を全員に認識されていないからな」
「えーっと、その…ははは」
今から俺は那須に何を言われても突っぱねるつもりだ。まず師匠って弟子に何教えたらいいのかわからないし、俺自身ものを教えられるほど実戦経験豊富なわけではない。とどのつまり、俺以外のもっと実戦経験があり、優しくて親切なイケメン君に教えてもらった方がいいだろう。……なんだその気に喰わないリア充は。
「比企谷君ってボーダーに入ってからどのくらいなの?」
「まぁそろそろ二年くらいだな。それが?」
早速弟子にしてください的な話題から来ると思ったのだが、違うところから聞いてきたので少し意外だった。
「うん。比企谷君に師匠っていたのか気になったの」
「あぁ、忍田さんに剣術を教えてもらったな。最初のころはアタッカーだったんだが、いろいろあってシューターに落ち着いてな」
「本職はアタッカーなの?」
「いや、向き不向きで考えた結果だっていう話だ。ソロポイントも今やシューターの方が高いし、な」
「ふーん……」
そこで一旦会話が途切れた。俺は手元にあったマッ缶に口を付けた。口に広がるはずの甘さが今や気まずさとなってこの場の空気を支配した。
「比企谷君って私を弟子にとりたくないの?」
「当然だ。弟子にしたくなさ過ぎてむしろ今すぐ帰りたいまでである」
「うん、すごい喰い気味にレスポンスするね」
だんだんわかってきたが、那須はわりとはっきりと物を言うタイプのようだ。だから正論にはかなり敏感に反応する。逆に屁理屈には軽い反応しか示さない。
隠して腹の探りを続けるよりここできっぱりはねのけた方うがいいだろう。
だから、俺ははっきり拒絶することにした。
「俺が思うに、俺自身師匠に向いていないと思っている。俺はこれまで人とあまり関わって来なかったから他の奴ににものを教えたことは一度もない。教えてもらうってことも忍田さん以外にも弟子入りしてるし、こんなコミュ障に師事するよりもっとまともな奴にした方がいい」
言ってやった。
ここまで言えばさすがにこれ以上言い募ってくることはないだろう。
そう油断していたが、思わぬ方向に話が展開した。
「自分でコミュ障っていう割には会話ができてると思うよ? それに教えてもらっていたんだったらどこに注意して教えたらいいのかわかると思うし、何より私は比企谷君の弟子になりたいって思ったの。それじゃあ、ダメかな?」
片っ端から論破された。しかも最後にお願いまでされた。
かわいいな……。
じゃなくて。
(俺なりの)正論を論破しにかかってきたので、俺は逆に屁理屈をこねてみた。
「いや、その、なんだ。ここでの以外にもいろんなところでバイトしてるから教えたりする時間とかないだろうし」
「連絡先交換して空いてる時間帯とかにしたらいじゃない?」
「しばらくしたら学校始まるし」
「比企谷君は学校で何かやるの?部活とか」
「ぃや……それは……あれだ。あれがあれだから」
「あれって何?」
次から次へと論破されていく。まずい。
だがここで、更に俺を追い詰めるかの如く、悪魔が降臨した。
「珍しいな。あの比企谷が女子と会話か」
「……風間さん。どうしてここに」
「さっき緊急で会議があってな。その帰りだ」
そういいながら俺たちの会話の中に入ってきたのは、俺の数少ないボーダーの知り合いであり、A級5位部隊「風間隊」隊長。風間蒼也だ。
「隣座るぞ」
そう言って何気に会話に混ざる気のようで、睨み付けるに俺の方を見てくる。
「それで? お前等はどうしたんだ?」
「いや、特に何でもないんで」
俺は芽を早めに摘んでおこうと思っていたが、予想道りと言うか、那須が横やりを入れてきた。
「私が比企谷君に弟子入りしたいってお願いしてたところなんです」
ねぇ、余計な事言わないでくれますかね那須さん?
「……ほう」
風間さんの目が細まった。あっ、これアカン奴や……。そして、その細まった視線を今度は那須へと向けた。
「お前、ポジションは?」
「シューターです」
その時、風間さんが小声で「なるほど、迅の予言はこういうことだったのか」と呟いたのを俺は聞き逃さなかった。
「比企谷。お前、シューター教えられるのか?お前はアタッカーだったろう?」
あ、やばい。シューターに変えたこと風間さんとかに言うの忘れてた。
「今はシューターやってます」
「なんだと……?」
それを聞いた風間さんは顔を顰めたが、それと同時に悲しそうな表情もした。
「あのままでも十分強かったと思うんだがな、俺は」
かつて、風間さんとソロランク戦をしたことを思い出す。この人はボーダーにおいて存在感がほぼほぼなかった俺を逸材だと言って見出した。
部隊に誘われたが俺があっけなく断った。そのことでチームメイトが突っかかってきたこともあり、ランク戦をすることになった。
結果は引き分け。
最後の一戦まで5対4とまで縺れ込み、思わず切り札であるサイドエフェクトを使って何とか引き分けにした。
その一件から風間さんはちょくちょく世話を焼いてくれるようになった。ついでにスコーピオンの手ほどきを教えてもらったり。
「サイドエフェクトが原因か?」
「そうですね。シューターの方が効率よくサイドエフェクトを扱えるので」
それを聞いた風間は、若干ではあるが、残念そうな顔をした。
「そいつが無くても十分に強かったと思うがな、俺は」
「いや、限界はすぐにわかったんで。このまま続けるよりポジションを変えるべきだと思いました」
アタッカーだとサイドエフェクトを維持し続けねばならないのに対し、シューターならば断続的にサイドエフェクトを発揮することができるし、限界があるよりも可能性が広がっていく。
「比企谷」
「…はい」
「比企谷だったら師匠として申し分ない。弟子をとってもかまわんだろう」
どうやらこの人も俺を殺りにきたようだ。なに? なんなの? もうやだこの修羅場!
「そもそも比企谷は他人と関わるのを恐れすぎだ。その改善の一環としても弟子をとるべきだと思うがな」
「それってつまり…」
「あぁ。比企谷、こいつを弟子にとれ」
そしてついに、風間さんは命令形で俺に対して弟子取れ発言をしてきた。さっきまでの若干柔らかかった態度は一体何なんだったんだ?
そんな悪態を心の中でつぶやきながら、反論の糸口を探した。
「いや、でも、その」
「またそうやって言い訳をして逃げをするつもりか。ちょっと来い。お前にはしっかりとそれについての話をせねばいかんらしい」
反論をするつもりが地雷を踏んでしまったらしい。襟を掴まれながら、俺は風間さんに作戦室まで引き摺られていき、その先でたっぷりと折檻された。
その後、風間さんの立会いの下、俺と那須が正式に師弟関係になったのだった。
………俺の意思は?
感想、評価、誤字報告お待ちしてます。
11月24日 一部に原作との矛盾が生じたため書き換えを行いました。
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第二話 弟子入り編ー第二部+事故編ー第一部
先日、俺は風間さん立会いの下、那須を弟子にとる(強制)ことになった。あの後、風間さんが「もしこいつをほったらかしにしたら……わかっているな?」と釘を刺されたため、数日後、共同で使用できる訓練室で教えることにした。
訓練室の内装はシンプルで、白い壁に白い床、それだけだ。
訓練室では、コンピュータとトリガーをリンクさせ、トリガーの動きを再現するため、トリオン切れを起こさずに何度でも戦うことができる。
ゆっくりと訓練室に入り込むと、俺はトリガーを起動させて那須と対峙した。
「まずはお前の強みが何なのか、弱みは何なのか。それを見させてもらうぞ」
「わかったわ」
そう言うと、那須は臨戦態勢に入った。
楽な体制をとりつつも、即座に対応できるよう集中し、那須の出方を窺う。
「さぁ、全力で来い」
その言葉が引き金となり、那須は飛び出した。
☆
結果としては、どちらの意味においても予想以上だった。
もともとわかっていたとはいえバイパーの弾道を即座に引けるのは驚いた。機動力もいい。同じ場所でガンガン撃ちまくる馬鹿の一つ覚えというわけでもない。
だが、立ち回っている最中に相手から意識が逸れやすいことと弾種をバイパーの一つにしか絞っていないこと。そして――多くのシューターがそうなのだが――どうしても敵に弾を当てに行ってしまっていた。もっとも、『千発百中』をモットーとしているような弾バカ野郎は別だが。
シューターのポジションの強みは多彩な攻撃ができるところにある。上位のシューターにもなると、合成弾というものが使えるようになるが、これは流石にまだ早いだろう。
訓練室を出て、しばらく休憩をはさんでからロビーにて戦闘中の酷評と今後の方針について話すことにした。
適当にジュースを買ってからロビーにある椅子に腰かけて、向かいに座る那須に向けて話し(駄目押し)始めた。
「バイパーを即座に打ち出せるセンスは中々だと思う。機動力もいい。ただ、それだけなんだな。立ち回っている最中に俺から意識が逸れていたし、まぁB級に上りたてなんだったら仕方ないんだが攻撃に色がなさすぎる。シューターの強みは多彩な攻撃ができるところだ。…とまぁこんなもんだが、どうだ?」
粗方言い終え那須の顔色を窺うと、彼女はポカーンとしていた。片手に持っていたジュースを取りこぼしそうになったところでハッとしたようだ。
「おい、聞いていたのか?」
「う…うん。その、自分だったら気付かないところも沢山あったから、よく見ていてくれてるんだなって」
「ちげぇよ。風間さんに頼まれたからこうして言っているだけであって……」
風間さんがあの場にいなかったら、絶対に断り切っていた。
え? 違う? 俺が切り札使う前に風間さんが来たんだ。
……仕方ないだろ?
そのセリフを聞いた那須は、クスッと笑った。
「ふーん。聞いてた通り捻くれ屋さんね?」
「どのあたりがだ。ここまでまっすぐな奴なんてそうそういないだろ。むしろまっすぐし過ぎていて弟子入りの件をなかったことにしたいまである」
「ほら、捻くれてるじゃない」
那須はまるで面白いものを見つけたような顔で笑っていた。
ここまで無邪気になれるのもあれだな。というか面白いものってなんだ。俺の顔そんなに面白い? それって大体キモイと同義だよな。あっ、ちょっと目から汗が……。
「……ッ!!?」
その瞬間、悪寒を感じるような非常に嫌な視線を感じた。
周りを見渡すと、2人、異常な目でこちらを見てくる奴等がいた。既知感を抱くその瞳は、まるで泥塗れになって汚れきった沼のようで。
「……それじゃあ、今度までに練習メニューを考えておくから」
「……? わかったわ。ありがとね」
彼女は礼を言うと、再び訓練室に向かって歩き出した。もう少し訓練をするつもりのようだ。
そして俺は、嫌な予感を感じつつその場をとっとと立ち去った。
☆
俺は那須との訓練を終えてから俺の住居である学生アパートに帰った。そこそこ栄養バランスを考えた食事をとり、ヘッドホンを取り出して音楽を鳴らしながら机に向かう。
今日の那須との訓練で、あいつに足りないものは大体わかった。そこを踏まえた上で、何を伸ばすかを考えていく。
――立ち回る時に意識が俺から逸れたのは緊急で直した方がいいな。アタッカーを用意して対戦させるか。というかそれ俺だな。
――あとはシューターとしての役割も教えた方がいいな。基礎が完璧じゃない奴にはまずはここから教えた方がいい。
そんなことを考えながら、紙に書きだして練習メニューを構成していく。
小一時間ほどたったころ、少し切りがよくなったので伸びをする。時計を見るともう9時を過ぎでいた。風呂にでも入ろうかと立ち上がり、浴室に行く。いつも通り体を軽く洗い流し、湯船につかる。
そして、今日見た二人組について考えだした。
これまでに何度も見たことがある目だ。それに顔の方も見覚えがあった。だが、あの顔を少し思い出そうとするだけで、何故か頭が痛くなる。
――どこかで会った……!?
思い出せそうだが思い出せない。頭の中でフィルタリングされているような感覚だ。
気付かぬうちに30分ほど湯船につかっていた。仕方なくそこで思考を中断させ、湯船から上がる。
そしてそのまま歯を磨き、明日の朝食の用意をしてから布団に飛び込んだ。しこりはまだ、残ったまま。
明日は入学式だ。
☆
早朝。
目が覚めるのが早かった。昨日あったことが未だに尾を引きずっていたため、目覚めは最悪だったが。
寝ぼけ眼のまま俺は食卓に向かい、冷蔵庫から冷えたマッカンを取り出す。
二年半前に両親と小町を失ってから、家事等は一切合切すべてやるようになった。
先に朝食だけを食卓に並べてから、制服に着替える。昨日炊いた米に、野菜、そしてソーセージ。いつもの俺の朝の食卓だ。
制服に着替え終わってから、食卓に着く。
「……いただきます」
誰に向けたわけでもない言葉を呟くと、いそいそと食事を始めた。
☆
俺の住んでいる学生アパートと総武高校との距離は割と近めだが、徒歩で通える距離ではないため、先日中古の自転車を購入した。
アパート下の駐輪場に止めてある自転車を道路まで押し出し、またがって漕ぎ出した。
現在時刻は6時58分。 若干早いが、迷った時のことも考えるとこのくらいがベストな時間だろう。はい嘘ですただ暇だっただけです。
地図で見たところ、自転車で総武高校まで行こうとすると30~40分ほどかかる。だが電車を使おうとなると、駅まで5分、電車で乗り換えを含め20分、最寄駅から高校の校門をくぐるまで15分。自転車を使う方が微妙に早いのだ。さらに電車賃も浮く。電車賃って割と高いんだよな…。
住宅街で風を感じながら自転車を漕ぐ。
スクランブル交差点で信号につかまり、自転車を止める。
右側からに同世代ほどの女子が犬を連れながらランニングをしていた。
ところが突然、その犬が飼い主の下を離れて路上に駆け出した。
「あっ!!サブレ!!」
飼い主はその事態に動転しパニックに陥っていた。さらに運の悪いことに、そこに軽自動車が近づいてきた。
「おいおい、嘘だろ?」
しかもなぜか犬は道路上で立ち止まる。此処まで来ると、流石にその後に起こる構図が目に浮かんできてしまった。
さらに言えば、この場で間に合いそうなのは俺だけだ。
――事故保険入ってたっけ……!!
「ちょっと!?」
そんな声が聞こえる中、思いっきり舌打ちをし自転車を投げ出してその犬の下へ駆け込んだ。その犬の腹を抱えるように拾い上げ、そのまま抱え込んだ。
さて、ここからが勝負だ。
サイドエフェクトを発動させた。それと同時に周りの世界が灰色に染め上げられる。覚醒する意識の中、周りの正確な状況を確認し始めた。車と俺との距離はもう2メートルもないから、普通(・・)に避けては間に合わない。
だから、俺は飛び越えることにした。
犬を抱えていない方の手でまず、ボンネットに触れる。そのまま車の天井に転がりこみ、その勢いを緩和しながら地面に着地した。取り合えず危機は逃れた。
だが。
ほっと溜息を吐こうとし、立ち上がりながら正面を見やるともう一台車が来ていた。
俺の視界の死角にいたため、全く気付けなかった。その高級そうな車は勢いをほぼ弱めずに俺に突っ込んでくる。着地後の硬直状態にあったため、避けることが出来なかった。
大きなクラクションの音が鳴り響き、非常に鈍い音が俺の体の中に響いた。酷く歪みながら動転する視界。
無重力状態のまま思考を回転させた。
――あ、車に突き飛ばされたのか、俺。
車に突き飛ばされた勢いのまま俺は地べたを思いっきり転がった。もともと痛みには耐性があるからそっちは大丈夫だが、、だんだん意識が薄くなっていくのがわかった。
近くからは、「ちょっと!?大丈夫ですか!? あっ、救急車!!」と女の人が叫んでいる声が聞こえた。
すぐ近くが騒がしい。野次馬が集まって来ているのだろう。俺は見せもんじゃねぇんだよ。
――もう一本、マッカン飲みたかったな。
そう思いながら、俺は視界を暗転させた。
☆
目が覚めると、見知らぬ天井が見えた。意識を徐々に回復させながら周りの状況を確認しようとして体を動かそうすると、体のあちらこちらに鈍い痛みが走った。
「ッつう!?」
俺はこの痛みの原因がなんなのか考えていたが、どうやら病院にいるようだった。確か、車に轢かれたんだっけか。
「あ、目が覚めた?」
不意に掛けられた声に思わずびくっとしてしまい、そのせいでまた鈍い痛みが体を走る。
「あんまり無理しないで。右足と肋骨数本骨折、これに全身打撲。全治1か月なんだから」
声の主はベットの横にいるようだ。
目線を向けると、きれいなお姉さんがいた。どこかの高校の制服を身に纏い、ベットの横にある椅子に腰かけている。
「誰?」
俺はボーダーの中でもボッチなので、知り合いの人数もようやく五本の指を超えるといったところだ。俺は抱えていた疑問をぶつけた。
「んー、まぁ知らないのも仕方ないか」
彼女は大きく息を吐き、再び語り始めた。
「ボーダーB級5位嵐山隊オペレーター、綾辻遥です。比企谷君」
嵐山隊のことは聞いたことがある。構成はオールラウンダー2人にスナイパー1人の以前からB級上位にいる部隊だ。
なおさら疑問しか浮かんでこないんだが・・・・。
「だったらなんでいるの?って顔だね」
「いやまさにその通りなんだが」
彼女との接点は全くないはずだ。そもそもなんで俺の名前を知っているんだ? 病室の札があったか。
「私も事故の現場にいたのよ」
なんだと? って…。
「あぁなるほど……」
だんだんと疑問が解消されてきた。
どうやら彼女は俺が車に轢かれたところをたまたま見ていたようだ。どうやら俺の経過が気になったらしい。
「かれこれ事故から半日近くは昏睡してたんだよ?」
そう言われ病室の時計を見ると、時刻は午後7時30分を少し回ったところだ。結構寝てたんだなと思いつつ、もう既に夕闇に染まった窓の外を見た。
「犬は」
「え?」
「あの犬はどうなった?」
俺は先ずアホな飼い主の犬のことが気になった。案外突き飛ばされた衝撃で潰れてたりしてないだろうな?
「ちゃんと助かったわよ。飼い主さんが何度もお礼を言ってたよ」
どうやら俺の心配は杞憂だったようで、ちゃんと助かっていたらしい。まずはそのことに胸を撫で下ろす。
その時、不意に扉が開かれた。
「失礼します」
そういって入ってきたのは、十人の男性が見たとして九人が絶世の美女だというであろう女性だった。ちなみに後の一人はちょっと危ない奴だ。
☆
その女性はベッドの近くまで来ると綾辻に「大事な話があるから席をはずしてくれない?」と聞いた。綾辻はそれに頷き、「それじゃあ、またね」といってから帰っていった。
「お話し中ごめんね」
「いえ、大したことは話してなかったので、別に大丈夫です」
実際、事故の後にあったことを聞いただけだしな。
「それでなんだけど、私の名前は雪ノ下陽乃。私が何でここに来たかっていうと、今日あった事故の件で取引があったからなの」
「・・・・取引?」
思わぬ意外な言葉に首をかしげる。
「そう、取引。私の妹が乗っていた車が事故にあってしまったこと。あれを無かったことにしてほしの。
私たちの家は結構な良家でね。このことが公にばれるといろいろと不味いの。その代わり、入院中の治療費とかは私たちが全て負担する、ってことで」
「それは正直こちら側にとっても非常に有難いですので、俺はそれで構わないです」
俺は治療費等が浮いたことで内心ガッツポーズをしつつ、それを悟られないように一瞬目線を下におろす。
「それと、ご両親に連絡を取りたいんだけど、なかなか連絡先が取れなくって……。比企谷君、両親がどこにいるか教えてくれない?」
「他界しました」
そりゃ両親に連絡しないと不味いよな。まぁ俺の場合親が大規模侵攻で死んでから保護者がいないが。
「え・・・そうなの。ごめんね」
「いえ、別に気にしてないんで大丈夫です」
実際俺は全く気にしていない。むしろいなくなってくれて万々歳だ。
それを察したのか、雪ノ下さんはもうこれ以上言ってこなかった。だが、その目は少し面白いものを見つけたような危険なものだった。
ただ、俺はさっきから妙な感覚にとらわれていた。この目の前にいる女性に会った瞬間から違和感しか感じられない。美人で人当たりがよく、その振る舞い一つ一つが完璧に洗練されたような。まるで男たちの理想をそのまま絵に描いたような美人なのだ。
―――絵に描いたような……?
「比企谷君は総武高校に通っているんだよね?」
起きたてで覚醒しつつある脳を働かせていると、雪ノ下さんが話題を振ってきた。
それこそ、俺の思考を中断させるかのように。
「今日から入学予定でした。っていうかなぜわかったんです?」
「そこに制服置いてあるじゃない」
雪ノ下さんが指さした方を見やると、そこには制服が机の上に綺麗に折りたたまれてあった。その制服の彼方此方には擦り切れた後や血が滲んだような跡があった。服にはアフターケアとかないのかよ。ちょっと残念。
「あぁ、なるほど」
「ちょうど入れ違いになるのよね。私、総武のOGなんだ」
「へぇ、そうなんですか」
意外であった。まさかこんなところで
「私の妹も今春から総武に入学するの」
「妹?」
こんな姉がいたらさぞかし迷惑だろうな、などとその妹に同情しつつ、俺は感じていた違和感が段々形になってきたのを感じつつ、話を促した。
「うん。それなりに受験勉強頑張ってたからね、首席だったみたいだよ」
「首席…か…」
俺は思わずキョトンとしそうになったが、体裁を維持した。俺は学校から直接首席だと言い渡されたのだ。どういうことだ?
だがその疑問もすぐに解消されることとなる。
「新入生代表で挨拶してたからね。それとも何かおかしなことあったかしら?」
それを聞いて俺はようやく理解した。この人は新入生挨拶をする人が首席だという解釈をしているようだ。
ただ、この人にそれを言うとどつぼに嵌っていきそうな気がしたため、ここは敢えて伏せておく。
「いえ、なにも。それで、用件はさっきので全部っすか?」
俺は遠まわしに「用が終わったんならさっさと帰れ」と言ってみた。この人に対する鎌かけでもある。
さぁ、どう出る。
「面白いね、君って」
その瞬間、病室が絶対零度の空気に満たされた。俺はもう一度この人を見やる。
その目は先程までよりも細くなっており、瞳には温度が感じられない。口は微笑んではいるが、それだけだ。
ここにきてようやく、俺は先程までの違和感の正体を理解した。
この人は――いや、化け物は、自分がどれ程美人なのかを理解しており、どのような振る舞いがよりよく見えるのかを知っているのだ。
美人で人当たりがよく、親切で、誰とでも分け隔てなく付き合える。
まるで絵に描いたような理想的な女性だ。だが、理想なんてものは存在しない。
この女は――それこそ、ガンダムのような――超強化外骨格をしているのだ。
「確か、比企谷八幡君だったよね?」
怖い。ホントにコワイ。顔は笑っているんだが目は笑っていない。その体から放たれる冷気に冷や汗を流し、唾を飲み込む。
「そう…です」
ただそのことに返事をするだけでも凍り付きそうだ。俺はこの化け物を逆に睨み返すように言ってやった。なぜかやられっぱなしな気がしたからだ。
すると、化け物は愉悦に顔を歪ませ、こう言ってきた。
「比企谷君はホントに面白いなぁ」
その言葉でまた部屋の温度が下がった。この人の評価の基準が全く分からない。俺が抵抗すれば抵抗する分だけ、鎌を掛けようとすればしようとする分だけ、どつぼに嵌っていく。
「あたしの名前は雪ノ下陽乃ね。ちゃんと覚えてよ?」
再び、洗練されたような仕草を
「それじゃあ、私はこれで。またね?」
だか、俺に反撃を許す前に、陽乃さんは帰っていった。彼女の「またね」というセリフには寒気を覚えたが。
二度と会いたくない。
それが彼女に感じたことだった。
彼女が居なくなった後の病室は、まさに『台風一過の青空』だった。
☆
病院からの帰り道。私、雪ノ下陽乃は少し上機嫌に歩いていた。
今日、一昨日にあった交通事故の件の取引を、被害者である比企谷八幡に交渉しに行っていた。こういった交渉事は高校以来よく任されるようになった。特に苦でもないが、私のことを舐め回す様に見てくる男連中には少しうんざりしていた。今日の交渉相手も男だと聞いていたため、ため息を内心だけで吐きながら交渉相手のいる病室へと向かった。
だが、思わぬことがいろいろと発覚した。
彼は私と話すごとに顔をしかめていった。始めの内は気のせいかと思ったが、それは段々明確なものへとなっていった。
ときどき私も鎌かけをしてみたりした。でも彼は、ボロを出さなかった。
私は始め、雪乃ちゃんが新入生挨拶をすると聞いたから、首席だったのかなと思っていた。だけど、それ以外のことを喋りはしなかった。あの子はいつも正直だ。絶対に嘘はつかない。でもあの子の都合が悪い時、本当のことを言わない。
だから私は彼女は主席ではないと思った。いや、実際そうなのだろう。別に首席でなくとも、新入生挨拶をすることはよくある話だ。
そして、今日あった彼。
総武高校生であるということはすぐにわかった。そして、会話を重ねていくうちに”実は彼が首席なのではないか”と疑い出した。
だから私は、何度か鎌を掛けてみた。でも彼はその鎌のことごとくを避け切った。
更には、明らかに鎌かけと言えるようなセリフまで言ってきた。
”用件はさっきので全部っすか?”
つまり、彼は遠回しに”帰れ”ということで、私の出方をうかがったのだ。
これを聞いた瞬間、私は歓喜に包まれた。彼は気付いたんだ。いや、気づいてくれたんだ。私の仮面に。
だから私は、その仮面を取り外すことにした。
彼は私の本性に動揺しているようだったが、決して怯まなかった。あろうことか、私を睨み返してきたのだ。
「比企谷八幡君、か……」
私は彼の名前を呟いた。
彼が総武高校にで雪乃ちゃんと同級生になったことはおそらく偶然ではない。そう思えてしまった。
私ではあの子を救うことはできない。だからどうか……。
「どうか、雪乃ちゃんを救ってね」
そう呟きを零し、彼女は夕暮れに染まった道をゆっくりと歩いて行った。
後書きストーリー Vol.1
ずっと誰かを、探している。
切っ掛けは二年前くらいだろうか。私が友達と一緒に遊び半分で警戒区域内に入ってしまった時のことだ。
運悪く、そのタイミングで大型の近界民が飛び出してきた。
私は恐ろしくなって腰を抜かしてしまった。
他の女の子は蜘蛛の子を散らしたかのように大急ぎで逃げ出して、後には私一人が残された。
見上げると、真っ白な体に一つ目の化け物。
まさかこんなものが私たちを襲っているとは思いもしなかった。
いや、知ってはいたのだ。ニュース番組とかでよく放送されているのを見たことはあった。でも、あまりに非現実的なため、信じていなかったのだ。
化け物の大きな一つ目が私を捉え、勢いよく襲い掛かった。
私は「死んじゃうのか」と、ある意味他人事のように受け止めてしまっていた。
自分がすぐに死んでしまうなど誰が信じれるのか。
でも、私は死ぬことはなかった。
代わりに感じたのは激しい衝撃と、目の前にいる人の気配だった。
ゆっくりと目を開くと、日本刀のような輝く刀身の刀でその近界民を抑える男の子がいた。その背中は今まで見てきたどの男の子よりも大きかった。
その男の子は私がケガをしていないのを確認すると、一瞬でその化け物を切り捨てた。
瞬きをする間さえ与えなかった。
その男の子は私に振り返るとこういってきた。
「けが、無いか?」
一目ぼれだった。
その佇まいに、そのやさしさに、私は惚れてしまった。
その男の子は私が大丈夫なのを確認すると、ボーダー基地に連れて行ったくれた。
その後のことはほとんど覚えてない。
気が付けば家の前に立っており、日付もすっかり変わってしまっていた。
そして、彼の名前も、顔も、全部忘れてしまっていた。
辛かった。
思い出したくても思い出せない。
頭にフィルターが掛けられたように思考が曖昧になってしまう。
その日は大事を取って学校を休んだ。
その翌日。私が学校に顔を出すと、あの日一緒に行った友達からは随分心配されたけど、私は大丈夫だよ、の一言で一蹴した。
それ以来だろうか。私は男の子から告白されることが多くなった。
もともと容姿には自信があったし、当然と言えば当然か。
でも、告白が成功しないとなると、今度は外堀を埋めようとする男子が目に見えて増えっていった。
私はそれをいいことに多くの男子を使いパシリにしていた。
次第に彼のことを忘れていったことに気付かずに。
それから大分たってから。
突然、夢にあの日のことが思い出されるようになった。
初めて見たときはあまりに衝撃で思はず飛び起きてしまい、そのたび記憶のほとんどを失ってしまっていた。
それを繰り返すうち、私は誰かを探していることに気が付いた。
でも手がかりはほとんどなく、どうしようにもなかった。
でも私は知らなかった。
その彼とは、一年後、思いもよらぬ形で再開することになるとは。
ーーーーーーーーーーーーーー
後書き
はい、ここまで読んでくださってありがとうございます。
後書きストーリーでは、どのキャラかは明かしません。 というか最初のセリフあの映画のパクリやんけ! とか思っている人もいると思いますが、あの映画の記憶という点とボーダーの記憶消すアレとなんかイメージが合致しちゃって、「よし、書くか」という感じで書きました。
だってそっちの方がおもろそうやしww
あと作者は受験直前期なのもあって一月分の後書きストーリーと二月分は出せそうにないです(-_-;)
感想、評価、酷評、指摘して下さると幸いです。
あ、それと皆さん。よい御年を。
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第三話 事故編第二部+過去編
☆---side Hachiman Hikigaya---☆
事故が起こってからしばらく経った頃。俺はいつものように天井を仰いでいた。かれこれ俺の病室に結構な人数が来た。見舞いに来てくれたのは、忍田さんや林藤さん、三輪、綾辻、風間さんと那須だ。
ふと、昨日来た風間さんとの話を思い出す。
『那須だったな確か。あいつの実力はどんな感じだった?』
『そこそこっすね。鍛え方を間違えなければマスタークラスとも十分渡り合えるだけの実力はすぐにつけられるはずです』
『ほう、それはなかなか期待できそうだな』
『……変なプレッシャー掛けないでください』
とはいうものの、那須は実際上に行けるだけの素質を持っている。何度か手合わせをして感じたが、戦闘中の感を磨けばそれだけでも化けるだろう。
とはいえ、この状態では鍛えるもクソもないのだが。
だが以前、那須が見舞いに来た時に作成していた訓練メニューを渡しておいた。こんな時のことも想定しておくなんてさすが俺。……まぁ、毎日見たりするのが面倒なので勝手にやってもらうためにそれを作ったのだが。
一応経過報告も頼んでる。練習メニューがきつすぎるのもあれだから、調整しなくちゃならんからな。
今日あたりにも来るだろう。
そこで別のことに思考を傾けだした。綾辻のことだ。
彼女は連日でここに来てくれている。最近の様子を見ていて感じるのは、何かに追い立てられてきているという印象だった。ここから導き出される解は”綾辻はあの事故に対して何らかの責任を感じているのではないか?”ということである。
綾辻は事故の現場にいたわけだが、当事者の一人というわけではない。そしてそのことが、彼女の何かを縛り付けているのではないか?
いや、これではただの俺の先入観で見たものでしかないな。実際には俺の問題だ。
忍田さんのお陰で俺はあの時何とか自分を保っていられた。けれど、小町を失ったことは俺にとって簡単に片づけられるような問題ではない。
だから、俺はあれ以来必要以上に他人との関係を深めることをやめた。
これ以上失いたくないものを作りたくない。俺に分不相応の物はいらない。もうこれ以上傷つくのはもう嫌だ。
だから、俺は…………。
もう”俺”を、傷つけないために。
自分にそう言い聞かせてベット体を半身起こし、窓の外の景色を眺める。
小鳥が二羽、木の枝に止まっているのが見えた。うち一羽はもう片方にすり寄ろうとするが、もう一匹の鳥はその木の枝から飛び去った。
残された小鳥は、追いかけることはなかった。
そんな小鳥たちの様子を尻目に、自分の手元に視線を戻す。すると、不意に扉が開かれた。
「こんにちは、比企谷君。調子はどう?」
入ってきたのは、綾辻だった。彼女は総武の制服を着ていたから学校から直で来たのだろう。
「綾辻か。いつもすまないな」
「ううん、私が好きでやっていることだし」
綾辻はそう言ってくれた。だが、俺の中の何かが拒絶する。
『もうこれ以上期待させないでくれ』『これ以上同情しないでくれ』『これ以上絶望させないでくれ』
『もう、何かを失うのは怖いんだ』
綾辻は実際好きでやっているのかもしれない。そうでなければほぼ毎日来れるはずがない。でも、このまま高校でも友人関係が続くわけがない。俺のことに巻き込まれる必要はない。それが俺の運命だから。
だから、俺は…………。
「でも、もういいぞ」
「え……?」
綾辻の顔はキョトンとして表情を浮かべた。だが次第に、その意味を理解していく。
「それってどういう……」
「そのまんまの意味だ。お前は自分のエゴの為に来てるんじゃないのか?」
「そんなこと……」
「じゃあなんで毎日来てるんだ? そのことこそが事故で何らかの責任を感じたということじゃないのか」
「ち、違う……」
「違うっつってもそれはお前が思い込んでるだけだろ。お前のやってることこそが証明してんだよ。だから、そんなのはやめろ。むしろ迷惑でしかない」
綾辻に言い返させなかった。此処で言い返されたら終われなくなってしまう。
最後のセリフを言い終え、一度小さくため息をした。
そして、綾辻の顔をもう一度見やる。
「…どうして、そんなこと言うの……?」
綾辻の目尻には涙が浮かんでいた。
綾辻は持ってきた荷物を抱え込んで病室から飛び出した。
これで綾辻との関係はリセットされた。これでいい。
そのはずなのに。
そう思えるはずなのに、何故か胸が締め付けられるような感覚がする。
「クソッ、何なんだよ……」
その呟きが聞こえるものは、その部屋にはいなかった。
☆
それから暫らくしてからだろうか、再び病室の扉が開かれた。
「うぃ~っす、ハッチ。ぼんち揚げ食う?」
「結構です。出入り口は後ろです。お帰りください」
「いきなり帰れとかひどいな」
何故か目の横に星を飛ばしながら入ってきたのは、実力派エリートを自称する男、迅悠一だ。
一見ものすごくやられキャラのような雰囲気が出ているような気もするが、その実力は折紙付きだ。
かつて個人ソロランキングにおいてNo,2アタッカーの座に居座り続け、現在はブラックトリガー『風刃』を使用するS級隊員だ。また、強力なサイドエフェクト『未来予知』を持っており、見たことのある人間の未来を”視る”ことが出来る。……まぁ、その能力を使って痴漢行為に走っているんだがな。ある意味最強だろ。痴漢することにおいても。
「……そういえばさぁ、さっき綾辻がこの部屋から飛び出していくのが見えたんだけど、何か知らない?」
……あいつと廊下ですれ違った?
迅さんが来るまでそんなに時間たってなかったんだな。
「また、やったのか」
まるで確認するような、そして少し責めるような目線が突き刺さる。
そういや、似たようなこと前にあったな。まぁ、今となってはどうでもいいが。
「やっぱりまだ、他人といるのが怖いのか?」
……これ以上、他人と関わるのが怖いんだ。俺が虐められたときにその誰がは必ず俺と同じようになる。
だからもう求めたくなくなった。他人をもう俺のせいで傷つけたくない。あんな思いをもうこれ以上感じたくない。
わかってたんだよ、そんなことは。とっくの昔に。
「ハッチが他人の感情に敏感な気持ちもわからんでもないが、皆が皆ハッチのこと初めから傷つけようとしてるわけじゃないんだぞ?
きっとハッチの中学の時のやつだって今でもきっとハッチのことを心配しているんじゃないか? さっきの綾辻だって同じ。ハッチのことが心配だったからここに来てたんだろ? 他人の厚意くらいしっかり受け取ってやれ」
「嫌だったんですよ。俺と関わったらどうなるか。迅さんならわかるでしょう? 俺は必要以上に他人と関わりたくない。もう終わりにしたかったんですよ。アイツとの薄っぺらい関係を。今のうちに」
「だったらもう一回始めればいいじゃんか」
迅さんは俺の頭の上に手を置いた。
「終わらせたんだったらまた始めりゃいいじゃんか。今度はそう簡単に壊れたりしないようにさ。何があっても支えてくれる、ってのが友達ってやつだろ? 信じてやれよ。お前を信じようとしてくれている奴をさ」
俺の頭の上に置いた手でワシャワシャと撫でだした。頭揺さぶられるからやめろ。
その後は、たわいもない話をしていた。
未だに黒い感情が残っているのを感じながら。
☆---side Haruka Ayatsuji---☆
病室を駆け出して暫らく、私は町の中を歩き回っていた。
考えていることはもちろん、彼が私に言ったこと。
『お前がしているのはただのエゴでしかない。だから、そんなのはやめろ。むしろ迷惑でしかない』
実際そうだったのかもしれない。私は事故の目撃者だけど、それだけ。私は目の前であそこまで重症になるのは見たことがなかった。だから私は物凄いショックを受けた。
子犬を助けようと自転車を投げ捨てて飛び込んだ彼に、ある意味でヒーローのような肖像を押し付けていた。
でも、そんな彼を見ているうちに彼の瞳の暗さに気付いた。とても怖そうで、悲しそうで、寂しそうな。
だから私は彼が心配になって、毎日見舞いに行くようになった。けれども、彼は私のことを拒んだ。まるで自分が悪人であるかのように。
でも私はその行動の裏にある事に気が付いていた。
彼はきっととても優しいのだ。でも、彼の周りの人間はそのことをいいことに彼をイジメていたのだろう。そして、彼の周りにいた人たちも。だからこそ、彼は孤立することを選んだ。それが何よりもつらいものだとわかっていながら。
―――もう一度、彼に会いに行こう。
そして、彼と友達になろう。彼と一緒に歩んでいけるような、そんなものに。
そう思い、再び病院に向け歩み出した。
☆
病院の入り口で見知った人に出くわした。
「あっ、迅さん」
「よう、ぼんち揚げ食う?」
「あっ、いえ。結構です。それよりも用件は?」
「話に行くんだろ? ハッチにさ」
現在も迅さんのサイドエフェクトは健在みたい。私のこと見透かされて変な――どちらかといえば嫌な気分だけど、何かアドバイス的なことでもくれるのかなと期待したりしてみる。
「ハッチってさ、ああ見えて結構怖がりなんだ。昔何があったかは皆なんとなく察してはいるんだがなかなか踏み込めなくてな。
……まぁ俺が言いたいのは、ハッチに寄り添ってやってくれ。まだあいつは拒絶するかもしれないけど。あいつは他人の好意を素直に受け取れなし、捻くれてもいるけど悪い奴じゃないんだ。
だからあいつのこと、たのむな」
そう言った迅さんの瞳は、非常に切羽詰まったもののようにも感じた。
その一言を最後に、迅さんは手を振りながら立ち去って行った。
―――彼に寄り添うことはきっと難しいのだろうな。でも、こうして迅さんが話をしたのには必ずワケがあるはず。
私は気持ちを締め直し、彼の病室へと歩んでいった。
☆---side Hachiman Hikigaya---☆
迅さんが部屋を立ち去って何分かたった後、再び病室の扉が開かれた。
「こんにちは、比企谷君」
入ってきたのは綾辻だった。
とはいうものの、綾辻も何か話があるみたいだ。というか話が無かったら来んだろうな。
まぁあんなこといきなり言われたって理解不能に陥るだけだしな。
そのまま綾辻は俺のベットの隣まで来た。
「比企谷君と話がしたいの。私がこれまでずっと来続けていた理由とか比企谷君がさっき言ったことも含めて全部」
彼女は一度瞼をとじて深呼吸をしばらく繰り返してから語り出した。
「私ね、比企谷君のことが心配だったんだ。初めて比企谷君に会ったときは特に何も感じなかったんだけどね、毎日見てるとだんだん怖がってる風に感じたの。
だから毎日ここに来るようにしたんだ」
「比企谷君ってこれまで他の人から嫌われていたんだと思う。そうでなかったら私を追い出したりする理由なんてないんだもん。」
だから、と彼女は続けた。
「比企谷君。私と友達になってください」
それは、誰ももう見向きもしなくなったような言葉。俺が人生において一言も言われてこなかった言葉。そして、一番欲しかった言葉。
その一言が俺の芯をこれでもかと言うくらい熱くさせ、心が満たされていくのがわかる。
それでも、俺はその言葉を受け取りたくなかった。
俺は自分のせいで他人を、大切なものを傷つけてきた。それが何よりも怖かった。触れなきゃ壊れてしまいそうで、触れたら俺の何かが崩れてしまいそうな。
だからこそ俺はボッチになることを選ぼうとした。
「……欲しかった」
「え?」
「俺はもう逃げたくない。でも、もともと何処にいたのかも分からない。どこに逃げて、何が欲しかったのかも」
三年前から全く前に進めていない。少し自嘲げに笑った。
それでも綾辻も瞳は全く揺れていなかった。
「私が、その場所になる」
俺がピクンッと震えたのがわかった。目を合わせられなくなって手元に目線を落とす。拳は白くなるほど握りしめられ、小刻みに震えている。
「私が比企谷君の居場所になる。私は比企谷君から絶対に逃げない。だから比企谷君、私から逃げないで。目を背けないで。ここで逃げたら多分、一生逃げ続けることになると思う」
俺はどうしても二の足を踏んでしまう。これ以上踏み込ませてもいいのか。小町以外は受け入れられなかった心を拒絶させられるのが嫌だ。
どうしたら、いいんだ。
あの情景がまた浮かんできた。
視界は真っ黒でほとんど覚えていない。
全身が熱くなるほどに殴られ、蹴られ。
だんだん視界が真っ暗になっていく。シーツを掴んでいる手に籠る力は段々強くなる。
――――俺が何をしたんだよ!
―――もうやめてくれ
――もう嫌だ、
――嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
どんどん暗闇に落ちていく感覚に襲われる。
うまく息ができない。意識が段々遠のいていく。
でも突然、ふんわりと温かい感覚に包まれた。
「大丈夫?」
心配そうに見つめる彼女の瞳には打算的なものは一切なく、恐る恐るではあるが、力強く俺の手を握っていた。
……あったかい。
その手のぬくもりは、俺の冷え切った体の芯から温めてくれるものだった。
―――こいつなら、俺のことを受け入れてくれるのかも……。
そう思えた。
でも、まだわからない。だからこそ、俺は話すことにした。
「なぁ綾辻、聞いてくれないか?」
俺はあのころのことをゆっくりと思い出しながら話し始めた。
「俺が小学校に入った頃………」
★---Past story---★
彼は小学校の頃からずっと、親からネグレクトされていた。いや、もっと昔からだ。彼の妹である小町に、両親はずっと構っていた。
彼はそんな親に認めてほしいと思って、勉強を誰よりも頑張った。小学校以来のテストはすべて満点。成績も常にトップを維持し続けた。
初めのころは、彼の周りの者たちは凄いと言って、彼を褒め称えた。両親には何も言われなかったものの、彼にはそれは初めての経験だった。これまで他人に褒められたことのない彼は、それに鼓舞され、更に努力した。
運動面でも彼は屈することはなかった。
一回目の体力測定で、彼はあまりいい結果を残せなかった。それが悔しくて、彼は死に物狂いで縄跳びも跳び箱も必死に練習した。
結果、彼は運動面においても上位の成績を残した。
そんな彼を周りはさらに褒め称えた。
だが、そんな日々も毎日続くわけではなかった。彼に嫉妬した者が、彼を貶めようと工作をした。
彼はそれにまんまと嵌ってしまい、いじめられることとなった。
彼はかつてを取り戻そうと躍起になった。だがそれを周りは、ただ冷たい目でしか見なくなった。
担任の教師も――恐らくは面倒だったのだろう――そのいじめには何もしたかった。
翌々年、妹が入学してきた。彼の時とは違い両親は小町の入学式に出席した。
小町が受けたテストも、高めの点数でも褒め称え、低い点数でも叱ることはなかった。
そんな妹が羨ましかった。
何時しか彼は小町を避けるようになっていった。
しかしある日、偶々小町と話した日、彼女は彼に自らの思いを告げた。
”お兄ちゃんは、小町のこと、嫌い?”
それを聞いて彼は愕然とした。小町は彼のことを追いかけていたのだ。いや、彼を、兄として認め、尊敬していた。彼の知らないところで、小町は彼の努力する姿を見ていたのだった。
彼は深い自責の念にとらわれたが、それ以上に小町を守っていこう。そう決意した。
だが、彼が小学6年になったある日、その事件は起こった。
小町も小学4年になり、それなりに体も成長してきた。彼が昔から思っていたことだが、小町は将来有望だな、だなんて考えたりしていた。
彼はやはり普段からいじめを受けていたが、その内容は1年生だったころよりも悪化していた。荷物や上靴も持ち帰っており、家では食事も出されることがなくなってきたため給食までもを持ち帰るのが日常と化していた。
帰り道、いつもの様に帰途につくがなぜかそこでいじめっ子の一人と遭遇した。
そこで彼は小町がさらわれたことを知った。
”なぜ小町が?”と思いはしたがすぐに理解した。
彼らは飽きたのだ。普通に俺に暴力を振るうことが。
彼はすぐにそのさらわれたという廃工場にまで行った。
そこに着くと、普段からイジメて来ている奴ら数人と小町がいた。彼は小町の前で悔しかったが、そんなことに構っているわけにはいかない。
彼は土下座をした。
”お願いだ、妹を、小町を返してくれ”
☆---side Hachiman Hikigay---☆
「それからはただ殴られ蹴られだったな。気が付いたら小町がわんわん大泣きしながら抱き着いてきていたことだけは覚えている」
ここまで話すのにおよそ一時間程経ったような感覚だった。
時計の針を見ても指針はまだ半分も動いていないのに。
「妹さんは、小町さんは今、どうしているの?」
「大規模侵攻の時にネイバー共にさらわれた。今じゃ生きてるかどうかも分からん。ついでに言うと、両親もそん時に死んだ」
綾辻が息をのむのがわかった。
「小町が居なくなってから、俺は失うことが怖くなった。正直今までよく精神が安定していたと思う。
明日失くすかもしれないものがあるのなら、作らなければいいと、そう思ってた」
ボーダーに入ってからというものの、これまでの俺を否定され続けられているような気分だった。これ以上他人と関わると、裏切られたとき、失ってしまったときに俺は俺でいられる自信がない。
「大丈夫だよ。比企谷君と本当に一緒にいたい人は裏切ったりしないよ。だって比企谷君なんだもん。でも比企谷君はきっとこれまでにいろんな物が欲しくて手を伸ばして、両手は傷だらけになっちゃったんだよね。
もう拾えるものも拾えなくなっちゃうくらい。
だから私は」
綾辻は、見るもの皆を引き付ける、とても優しい笑顔でこう言ってくれた。
「君の傷口を、癒したい」
きっと彼女のような人とは出会えないだろうと、本心からそう思っていた。
もう寄りかかることのない、狭められた道を孤独に歩くものだと、そう思っていた。
少しは人に寄りかかっても、いいんだろうな。
俺はもう逃げたくない。だから。
「癒しの効果がマイナス確定だから無理だろ。スタート地点がマイナスだからな」
「現状がひどすぎた!?」
こいつのことを、受け入れてもいいのかもな。
事故編 完
今話は完全オリジナルかつシリアス感をできる限りだし、尚且つ伏線をばらまくことに成功しました。
シリアス感を出そうと必死になった結果がこれです。正直心情面では矛盾するところがありますが、僕の文章力ではこれが限界です。 おもんなかったら申し訳ない(ーー;)
次話が投稿できるのは大学が決まってからなので、多分来月末には投稿できないと思います。
再来月にまとめて二話出すかもしれないです。
評価、感想、誤字報告待ってます。
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第四話 弟子入り編―第三部
世界を変えているのは、いつだって独裁者だ。
アドルフ・ヒトラー然り、ロベスピエール然り、クロムウェル然り。
彼等は後の世では独裁者と疎まれているが、元々国に革命をもたらさんとして民衆を導いた。
だが次第に彼らは側近以外の反対意見を述べるものを片端から処刑した。そうなれば次に起こるのはクーデターと相場が決まっている。
だがその独裁者のお陰で世界が進歩したというのもまた事実なのである。第二次世界大戦後ではより現実的に平和を追求していけるよう国際連合が成立した。恐怖政治の後には二院制議会が成立し、人々の意見とのやり取りが活発になった。イギリス革命ののちには議会と国王の関係が改善された。
……とまぁ、長々と述べたが、結局何が言いたいか。
「おい、比企谷。こいつらとランク戦しろ」
目の前にいる二宮匡貴が俺を睨みつけながらブースを指さして言った。
……そろそろクーデターを起こしても問題ないよな?
☆---side Hachiman Hikigaya---☆
とある平日授業が終わった放課後、俺はボーダー本部へと繋がる地下連絡通路をぼんやりと思い耽る。
最近、どうにも那須の様子がおかしい。
というのもあくまで推測の域を出ないのだが。
俺が退院してからというものの、彼奴は妙に余所余所しくなった。
ボーダー本部で話をするときも、何かを言おうとして口を紡ぐ――といった具合だ。
かといってこちらから話を持ち掛けたりするのも酷だろうから、彼奴が話を持ち出すのを待っているが一向に話してこないため、気にするのをやめた。
面倒なのだ。
っとまぁこんな感じではあるが、那須には退院してからは練習メニューを組むくらいしかしていない。
単に機会がなかったのも理由の一つだが、どちらかというと俺が練習をできる限り見ないで済むように考えた。
なるべく誰かと一緒に居るのは避けたいが、面倒見ないと風間さんに叱られるため、周囲にサボっていないと思わせられる程度の加減をしている。
さすが俺。
だがさすがにそれもずっととはいかないから、直接的な指導も偶には入れないと風間さんにどやされる。
……俺って風間さんの事怖がり過ぎじゃね?
うん、よし。気にしたら負けだ。
などと思案に耽りながら本部へ続く道を歩く。
そして、通路の角を曲がった時。
「あっ」
「げッ」
思いもよらずトリオン体になっている那須と遭遇した。まぁ俺の方は本音がだだ漏れであったが。
「比企谷君……その、えっと、時間までまだ少しあるけど、どこかに行くの?」
「ん? あぁ、給料を貰いにな。それじゃあ」
ボッチ危うきに近寄らず。すぐさまその場から立ち去ろうとした。
だが、そんな俺を逃がすまいと那須は俺の衣服の袖をつかんだ。けれどもその掴んだ指先はとても弱弱しく、まるで何かを恐れているみたいだった。
俺にはその手を振り解くことが、出来なかった。
「じゃあ、さ。途中まで一緒に行かない? 私、となりのロビーに行こうと思ってたんだ」
受付近くのロビーといえば、女子たちが集まる花園だという噂を耳にしたことがある。近くに結構うまいと評判のクレープ屋が出店しているからだ。それゆえ、必然的にそのロビーはリア獣共(誤字に非ず)の巣窟になる。
逆に俺のようなボッチや非リア充達は食堂の一角のスペースに集まることで有名だ。こちらは一番ネットの接続がいいからだ。ちなみにその辺りのことを一部の人間は『ディストピア』と呼んでいる。何それ怖い。
「お一人様でごゆるりとどうぞ」
「どうしてそうなるの!?」
「ばっかお前一緒に歩いてたらそこらのバカにリア充と勘違いされんじゃねぇか。そんなの嫌だぞ俺」
やがて普通に誘ったら埒が明かないと悟った那須は、まるで意を決したかのように体ごとこちらに向けた。
「……大事な話があるの」
那須がようやく口にできた言葉の重みは、どこかに違和感を覚える。まるで知ってはいけないことを知ってしまったかのような、踏み込んではいけないところに踏み込んでしまったかのような。
俺はこんな時の対処法は残念ながら持ち合わせていない。
でも。
―――もし綾辻だったらこんなときなんていうんだろうな。
「まぁあれだ。どうせ行き先は隣なんだ。いちいち一緒に行くっつったって仕方ないだろ」
そのセリフを聞いて、那須は顔を明るくさせた。
俺はそんな那須をほっておいて、先に歩き出した。
☆
一体どうなっている。
俺は今、連絡通路の一角にある踊り場にて先日視界にとらえた二人組と遭遇してしまった。いや、正しくは連れ込まれたのだ。
連絡通路のなかでも監視カメラ等がないエリアで突如那須が襲われた。完全な不意打ちだ。
そもそもソロランク戦以外での戦闘行為は隊務規定違反となり、除隊とまではいかないまでも4000ポイントを没収され、マスタークラスになっていなければ訓練生に逆戻りとなってしまうのだ。
そしてそのあと、那須の腕を掴んで踊り場まで引きずっていくのを慌てて追いかけてしまった。トリオン体と生身の肉体との身体能力の差は歴然としている。
俺が踊り場にたどり着くと同時にあいつらは那須を人質にすることで今に至るわけだが、先ほどから那須の様子がおかしい。息遣いは荒く、顔はどんどん青ざめていく。
二人は那須の様子がおかしいことには一切気付かず、俺に向かって醜悪に満ちた目を向けてくる。
「なんで……」
二人組の内の一人――頭は金髪に染めており、那須を拘束していない方――は、様々な黒い感情を詰め込んだ声で話し出した。
「なんでお前がここにいるんだよ。なんで那須さんと一緒に居るんだよ」
「……は?」
そいつはまるで俺と以前にあったことがあるような口ぶりで話し出した。ていうか誰だよホント。
「覚えてねぇのかよ。まぁいい。覚えていないのなら思い出させてやるよ」
「そもそもお前みたいなやつと関わりをもっているって周りに露見するだけで恥だけどな」
金髪の奴に続いてもう一人――那須を拘束してい方――が厭味ったらしく続けていった。
「北条と小笠原だよ。第二小の時に同じクラスだった」
「な……!」
俺は先ず驚嘆した。まさかこんな奴らがボーダーに入っているとは思わなかったからだ。
そして次に感じたのは、自身から発せられた明確な殺意。
四年前、小町を連れ去って人質にし、俺に散々暴力を振るってきた奴等は七人だが、その中での主犯はこの二人だ。
そして北条は、小学校二年の時に初めて俺を嵌めた張本人だ。
親の仇――実際には妹の仇だが――と言っても過言ではないその相手を見て、平常心を保っていられることの方が難しいだろう。
正直今すぐ殴りたいのを我慢することで精一杯だった。
その衝動を理性だけで抑え込みながら、現在の状況を俯瞰する。
このスペースの近くに監視カメラは見当たらなかった。ということは、前もってここで何かをする証拠隠滅のために待ち伏せていたのか。
二人の目は明らかに人を何人でも殺しそうな奴のものだ。明らかに冷静さを失っている。
こいつらの目的はよくわからない。
俺と那須が一緒に居るのが気に喰わないのはまだわかりやすいが、なら何故あいつらはその那須のトリオン体を解除させて拘束しているんだ?
そして那須の顔色はますますひどくなっている。
もともと体力がないのか病弱なのかは分からないが、いずれにせよ拙い。
そして俺。
今は冷静な判断ができているが、何時理性が崩壊するか分からない。
現在の最優先事項は「那須を安静にさせる」こと。
その次に「本部長に現在の状況を報告する」こと。
那須を安静にするにはあの二人から解放させるのが絶対条件だとして。どうやってあいつらの気を逸らすかは既に考えている。
そして本部にここでの状況を少なからず認識してもらうには。
俺が考える最善の手で、動け。
☆---side third person---☆
同時刻。
「ありゃりゃ。やっぱりか」
ロビーにてサングラスを掛け、ぼんち揚げを食べる男がいた。
迅悠一だ。
彼がいきなり”やっぱりか”と言い出したのは、彼が持つサイドエフェクトによる。
『未来予知』
見た人間の未来を知ることができるというもので、ランク付けではSランクになる。
その場にいなくても、一度見た人間の未来がどうなったかわかるようだ。迅が考えていたのは、比企谷八幡の未来がかなり拙い方に傾いたからだ。だが、その未来のすぐ隣に最善の未来が存在している。
迅が見る未来は、不安定で大きなレールの上で玉を転がしているようなもの。そのレールは何本もあり、それぞれが良い未来、悪い未来を表す。
彼には比企谷が入院中に話した時に、暫らくしたらトラウマの対象とバッタリ会うことは分かっていたし、綾辻とのトラブルが解消されるのも視えていた。その前に会った時には、弟子入り志願されることもわかったいた。
弟子入りの件に関しては風間蒼也に話を持ち掛けた。本人も比企谷のことを気にしていたため、これがいい切っ掛けになればと言っていた。
そして、彼が今感じた比企谷の最悪の未来は、このままボーダー除隊+記憶封印措置というものだ。
勿論そうならないために、迅は先週からいろいろと行動を起こしていた。
この結果が吉と出ることを、信じてもいない神に祈りながら。彼は事後処理のことを考えながら人気店のクレープを頬張り始めた。
「さぁてと、忍田さんになんて言おうか……」
この辺、彼はかなりルーズであった。
☆---side Masataka Ninomiya---☆
そのスーツに身を包んだ影は、ゆっくりと本部基地へと歩いていく。
先日、知人である迅に頼まれたことを思い出していた。
だが、その予言は相変わらず的を射ないような曖昧なものばかりだった。二人組と比企谷が揉めていたら仲裁に行けだと? 俺に何をさせたいのか全く分からない。
だが予言とはそう云うものだ。
かつて俺が比企谷を弟子にしたとき、本部長からはなぜか念押しされるようなことを言われた。
”比企谷を、くれぐれも頼むぞ”
俺が比企谷を弟子にとったのは本当に偶然だ。たまたま訓練室のブースを覗いたときにあいつが練習している姿が見えた。
その姿を見た俺は確信した。”こいつは弱いが、強い”
強さとは言うまでもなく彼の潜在能力の方だ。彼の立ち回りにはあまりに無駄がなかった。あいつはまだ発展途上だ。使えるトリガーの種類も少なければ、攻撃が単調になる。だから弱い。
こいつは戦い方を間違っている。だったら俺が直してやる。
俺がこの男に興味を持った瞬間だった。
それからはある意味とんとん拍子で話は進んだ。本人は相当嫌がっていたが。
言うことを聞かなければ訓練室で制裁。実力が上がれば練習内容をハードにしていった。俺が見込んだ通り、メキメキと実力をつけていき、シューターの中でルーキーと目させる者たちの一人となった。
それに伴いチームへの勧誘も後を絶たなかったが、本人はすべて断った。
それもそのはず、ランク戦にしか興味を持たないチームにあいつが入るとは思えなかったからだ。
結果、アイツは自分の道を突き進み、一人ボーダーでも浮くようになった。
そんな比企谷のことを考えながら角を曲がった時、俺は驚嘆せざるを得なかった。
二人組に拘束された少女と、射撃トリガーを展開している比企谷の姿があった。
☆---Side Hatiman Hikigaya---☆
「おい、何をしている」
その声は妙にその空間に響いた。
声色はとても澄んでいて、だがそれでも呆れや叱咤を含んでいた。
その声の主を、俺はよく知っていた。
「二宮さん……」
「個人ランク戦を除く戦闘を固く禁ずる。そんなルールも分からんのかたわけ」
二宮さんの断罪により、その場は一時沈静化した。
だが。
「お……俺は悪くねぇ! 俺はただ助けようとしただけだ!」
「そうだ! 全部比企谷が悪いんだ!」
北条たちは自分達が助かりたいたいと思うあまり、俺を人柱に仕立て上げようとし出した。
こいつ等の常套手段だ。
これの所為で、俺は小中の頃に起きた事件の責任の全てを押し付けられた。
相変わらず反吐が出そうだ。
だが、那須がこれに待ったをかけた。
「違うんです! この人たちがいきなり襲い掛かってきたんです! 比企谷君は私を助けようとしただけで、何も悪くはないんです!」
那須は泣きそうな表情をしながら叫び出した。唇は青く、息切れを起こしているがその表情はある意味での安堵にも見えた。
「お前は誰だ」
「那須玲です……」
二宮さんは那須の名前を聞き出すと、どこか納得したような表情をした。
二宮さんは一瞬俺を一瞥したと思うと、三人がいる方へ向かい合った。
「お前等はこれが悪いと言う」
二宮さんは親指で俺を刺しながらいいのけた。いや俺さっきから何も言ってないし、若干空気になっていた感は否めないけどさ。扱い悪くね?「これ」とか物じゃん?
「お前はこれが悪くなく、こいつ等が悪いという」
これは撤回しないんだ。
「残念ながら俺はお前らがトリガーを展開して向かいあっているところしか見ていない。お前らの意見は完全に噛み合っていないから、俺には隊務規定違反というところしか判断できない」
二宮さんはその眼力でこの場にいる全員を睨み付けた。
そして二宮さんは脅しにかかった。
「俺が本部に報告して除隊措置になっても問題はないが、幸いなことにここには俺しかいないから、この件を握り潰すこともできる。だが」
そうってのけた時の二宮さんは何か楽しそうでもあった。顔は相変わらず仏頂面だが、目元が若干笑っているように見えてしまった。
「この件に関してはそうはいかない。ならばここで決めておくとしようか。どちらが悪なのか。その正義を示さんとするなら、その腕を以て示せ」
二宮さんは一区切りついたところで俺に向き合って言った。
「比企谷。こいつ等とランク戦しろ」
…………………ん?
後書きストーリー No.2
私は姉が大嫌いだ。
どんなことも完璧にこなし、またその容姿は見るものを引き付けて止まない。一度社交場に足を運べば、彼女に話しかけるものは後を絶たなかった。
そんな姉と私は頻繁に比べられることがあった。
「姉の様に如何せんパッとしないな」
そんな言葉を数えられぬほど聞いてきた。
言われた訳ではない。
でも、家の廊下を歩いている時にふとそんな言葉が聞こえてくるのだ。
悔しかった。
私には姉のような才能はない。
やがて私は、ある結論に到達する。
「姉が天才なら、私はそれに勝るほど努力すればいい」
それからの日々は苦渋に満ちた日々だった。
何度も心が折れそうになった。
何度も泣きそうになった。
何度も逃げ出したくなった。
それでも、私は諦めなかった。
あの人に近づくために。
あの人に追いつくために。
周りが何と言おうと、全て潰して回った。
でもある日、母に衝撃的なことを言われた。
『そんな事やっても意味なんてないから、あなたはただ勉強していい学校に行って私が選んだ男と結婚していればいいの』
まさか、実の母親にそんなことを言われる日が来るとは思わなかった。
私の中で、母親に深く絶望している自分がいた。
だが、私の中で炎の如く燃え盛る何かがあった。それは私の中でこう叫んでいた。
「死んでも負けてたまるか」
「死んでも諦めてたまるか」
その場では何も言い返さなかったが、その気持ちだけを心に仕舞い込みその場を立ち去った。
私はそれ以降、これまでと同じように――いや、それ以上に努力を積み重ねた。
それでだろうか。姉が以前にもまして妙に私に絡むようになった。
それも妙に私を貶めるようなことばかり言うのだ。
「もうやめちゃえば?」
そんなことも言われた。
でも私は頑として諦めなかった。
そして話変わって中学校では、周りからの嫉妬がどんどんひどくなっていった。
それが陰湿ないじめとして形を変えて私に降りかかった。
「どうしてこの人たちは他人の努力を認められないのだろうか」
そう悩んだ挙句、たどり着いた結論は簡単なものだった。
「だったら、この世界丸ごとヒトの意識を変えればいいんじゃない」
そして年月は経ち、高校に入学する時が来た。この地域で一番の進学校だ。
誠に悔しながら――失礼。誠に腹だたしながら、私は次席合格だった。それにもかかわらず、私が新入生挨拶をしなければならなくなった。
というのも、主席が頑として首を縦に振らなかったらしい。
……これは主席さんにお話が必要そうね。
そう心に決めた私は、新入生挨拶に向けて原稿を書き始めた。
そして入学式の前々日。私は普段通りの日常の中、父に呼び出された。
『高校から一人暮らしをしなさい』
どうして? なぜこんなに急に?
いろいろと聞きたかったが、父はそれを一掃し「急いで準備をしなさい。もし忘れ物があったら後から届けるから」と言われ、なされるがままに家を出た。
追い出されたのだろうか?
少しショックな反面もあったが、これまでになく心が躍っていることに気が付いた。
――家族からの柵から、漸く解放される……。
ついに雪ノ下雪乃は、自由を追い求める猫へと姿を変えた。
これからの高校生活に期待をしながら、下宿先のマンションへと車に揺られていった。
――――――――――
7月1日
誤字報告があったため修正を加えました。
二宮匡賢⇒匡貴
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第五話 弟子入り編―第四部
☆---Houjou Jousuke Side---☆
俺は那須さんのこと好きだった。
彼女は病弱で、あまり運動ができなかった。
そんな彼女を揶揄っている日々が、俺は好きだった。
俺は毎日帰るころには明日なんて揶揄おうか考えたものだった。
だが、そんな日々もやがて終わる。
あいつが。
俺の日常に、比企谷八幡が現れた。
アイツはクラスから押し付けられた委員長という役目の為、休みがちな那須の家へと赴き、その日のプリントを渡しに行くようになった。
担任から任されたそうだ。
担任からしてみれば、後日纏めて渡すのが面倒だから比企谷にさせていたんだろう。
だが、俺は嫌だった。
那須が休みの日にはいつも比企谷は彼女の家に言っているのだ。
俺が知らない彼女をあいつが知っている。
許せなかった。
だから俺はあいつに思いっきり当たった。
靴をゴミ箱に捨てるのも当たり前。あいつの鞄の中から財布を盗みだしたり、教科書を忘れた日には、あいつのロッカーから奪った。
「ざまぁみろ」と思いながら、泣きながら教師に謝っている比企谷を見ていた。
そんな日々もやがて一年たち、俺は小六になっていた。
俺以外にあいつに当たる奴らはそれで満足していたが、俺はそうはならなかった。
「まだ足りない!」
そう思った俺は行動を起こした。
友達を十数人誘い、あいつの妹を誘拐した。
あいつに妹がいることは有名だった。
誘拐した後は簡単だった。
あいつを工場まで誘導し、そこで妹を人質として徹底的に弄り続けた。
殴って、殴って、殴って、殴って。
手が痛くなったら今度は足で。
蹴って、蹴って、蹴って、蹴って。
それでもあいつは折れなかった。倒れなかった。
だったら。
そう思った俺は、ついにあいつの妹に手を掛けようとした。
だが、それは叶わなかった。
ボコボコに殴り続けてなお立っていたあいつは、俺の殴ろうとしていた腕につかみかかってきた。
振り解こうとする中、奴は今にも消え入りそうな声で、だがはっきりと言った。
「俺をいくら傷つけようが構わない。だがな……」
そこから、俺の意識は途絶えた。
気が付くと、俺は病院のベットで寝ていた。そしてその後俺たちは比企谷と一緒に警察に連行された。
年齢がまだ十二歳だったこともあり、全員が逮捕されずに不起訴に終わった。
この件は学校側から箝口令が敷かれ、俺たちはその件に関して何も言うことが出来なくなった。
だが、俺は納得がいかなかった。
こんな結果では、俺があそこまで当たりつくした意味がない。あいつの妹を攫ってまで得た物がこんなものでいいはずがない。
そこで、俺は小笠原と相談した結果ある噂を流すことにした。
「比企谷八幡は前科持ちだ」
普段からスキャンダルに飢えていたのか、この噂は学校内に瞬く間に広まった。
学校で立場が殆どなくなりかけていたあいつはそれ以降、那須さんとも話すことがなくなった。
『やってやった!』とその時は喜んでいたが、それで俺と那須さんの関係が変わるわけではなかった。
俺が話しかけようとするたびに那須さんは俺から距離を置いていった。
――何でだよ!?
その理由は一つしか考えられなかった。
比企谷だ。あいつが那須さんに何かした以外に考えられない。
結果、小学校を卒業するまで俺は当たりつくした。
“お前のせいで”
俺があいつに当たる時の常套句だった。
気が付けば那須さんは転校してしまった。そのことを知った時、ショックを受けたことだけは覚えている。他の記憶はほとんどない。
そして。
小学校以来、あいつと顔を合わすことは無かった。
そして中二の秋頃。俺はボーダーに入隊した。
理由は簡単だ。「かっこいいから」。
中学一年の冬。突如として現れた一団。
異世界から進行してくる「ネイバー」と戦う者たち。
その存在を知った時は憧憬に満ちた目で彼らを見ていた。
ボーダーに入ってすぐ、俺は幼馴染の小笠原と再会した。
俺はあいつと高みを目指し合った。
今となってはボーダー屈指の隊員にまでなった。
暫らくしてから、俺は那須さんがボーダーに入ったことを知った。
その時はとても心が躍っていた。
毎日のように彼女のことを覗き見し、彼女が笑っただけで俺も笑えた。
でも、そんな日々でさえも続かなかった。
あの比企谷だ!
あいつが那須の師匠になってしまった!
――あいつさえいなければ彼女は振り向いてくれたのに……!
――あいつなんてふさわしくない!
――あいつより俺の方が強いのに!
――あいつなんか……!
こロしてシまえばイいンダ
――そうだ、あいつを殺せば那須さんは振り向いてくれるんだ……!!
那須さんは今、比企谷に洗脳されているんだ。だから俺があいつを殺して那須さんを救い出さないと……!
暫らくしてから、俺は小笠原にも声を掛けた。
あいつも比企谷のことを憎悪していたようで、快諾してくれた。
だが、俺が後悔することになろうとは、この時はまだ微塵も考えていなかった。
☆---Side Hachiman Hikigaya---☆
敢えて言わさせてくれ。
「どうしてこうなった……」
俺が呟いてもそこには誰もいない。言ってて悲しくなる。
まぁ俺が悲しんだ所で慰めてくれる奴なんていないんだけどな。あれ? 目から汗が……。
今いるのはソロランク戦用の個人ブース。
室内には大きめのベットとタッチパネルのみという簡素なものだ。
ここで対戦相手を選択し、戦闘訓練となる。
ただ、戦闘訓練と言っても、コンピューターとトリガーを接続させ戦闘を再現させる、というものだ。
俺はベットに腰かけ、深呼吸をしてみる。
トリオン体でする呼吸は実体のものとは違い、やや機械的なものを感じる。
今考えているのはトリガーの組み合わせ。
相手はどちらも近接戦闘系――恐らく中距離もそこそここなすだろうが――だろう。
俺の本命は中距離からのトリオン量に物言わせる殲滅戦だ。どこぞのバカが真似た上に精度を上げやがった戦術ではあるが、局所においては札の一枚になるものだ。
あのバカとの一番の違いは、弾種の違いだけ。弾バカみたく全弾当てる気なんてサラサラないがな。
戦闘は十回戦で決まる。
この戦闘で相手をどう動かすかに思考を傾ける。
と言っても考えているのは戦闘スタイルの方ではない、別の方面にだが。
転送開始前。
大体のトリガーが決まり、転送開始のアナウンスが聞こえてくる。
最近ロクにやっていなかったランク戦。
どの程度できるか分からないが、適当に流すつもりでいる。
そもそもさっきの場に二宮さんが通らなければうまくいったんだ。
俺と二人が戦闘開始、と思わせて俺は通路周辺を破壊。
その場に駆け付けた隊員に那須は確実に保護される。
そして上層部にて俺とあいつらが貶し合うことで那須の弟子入りは無しになる。
最悪除隊処分を受けるが、まぁ悪くはない手法だろう?
それが、だ。
なんで、こうも巧くいかない。
そんな思いと共に、転送が開始された。
俺の鬱憤は、溜まったまま。
☆
転送されながら、ふと小学校の頃を思い出していた。
親から嫌厭され、学校でも虐められて、味方が小町以外誰一人としていなかったあの頃。
今では殆ど忘れてしまったが、誰かと楽しそうに話している記憶がある。
病弱で中々クラスメートになじめていなかったあの少女。
確か、名前は……。
☆---Side Rei Nasu---☆
転送が完了し、対峙し合う二人。
比企谷君は基本的には中距離からの射撃トリガーでの殲滅を戦術としているが、相手方は刀トリガー『弧月』を装備していることから近距離戦特化というように見られる。
距離がある状態で比企谷君が射撃トリガーを乱射すればごり押しで勝てるかもしれないが、懐に入られれば勝機は薄い。
それに相手は9000Pt越えの超強力なアタッカーだ。その手を考えないはずがない。
もしも相手方に蹂躙されたら……と考えると背中に悪寒が走る。
もともと私のせいで始まってしまった戦いに、思わず目を背けてしまった。
「何をしている。那須玲」
だが、そんな行為も隣に立つ人物に諫められてしまう。
二宮 匡賢。
シューターランキング1位。個人ランク総合2位で、私の師匠となった比企谷君を鍛え上げた師匠だ。
「元々はあいつら二人組が始めたことだろうが、渦中にお前もいた。当事者であるからには逃げるな。しっかり前を向け」
「でも……。もし、比企谷君が負けちゃったら……」
それを呟いた瞬間、二宮さんは急に呆れた表情になる。私は逆に、その表情の意味を図りかねてしまう。
「お前……。そんなことを心配していたのか?」
「……え?」
思わず見上げてしまった二宮さんの顔には、ある意味で不敵な笑みが浮かんでいた。
その表情に逆に動揺してしまうが、先ほどまでの不安感はそれによって吹き飛ばされてしまった。
しかし、私は分かっていなかった。二宮さんの言葉の意味を。そして、比企谷君の強さも。
彼は忘れてしまっているが、私は彼との関係を忘れた日は一度もなかった。かく言う私自身も会えなくなってからの3年もの年月が彼との記憶を朧げにしてしまったが、彼との思い出は今でも宝物のように輝いている。
再会してから暫らく経つまで思い出すことはできなかったが。
彼が事故にあったその数日後。
体の検査のこともあって、なかなか見舞いと訓練の打ち合わせに行けなかった日の病室の廊下で聞いてしまった、比企谷君の過去。
綾辻さんにだけ、漸く少し開いた、心の扉。
その様子を扉越しに聞いてしまった私は、その病室の扉を開けることが出来なかった。
どう表現して良いのか分からないけど、なんだかすごくこう、胸のところがモヤモヤした。
その気持ちの正体に気付くのは、意外とそこまで遠い未来ではなかった。
☆---Side Hachiman Hikigaya---☆
ソロランク戦での転送先は市街地となっている。
チームでのランク戦では多種多様な状況に対応できるようにと様々なフィールドが存在するが、ソロランクではそんな必要ねぇだろとばかりに転送先が固定化されている。
俺と同じように転送されてきたのは北条だった。
その目を異常なまでに血走らせ、手にしているアタッカー用トリガー『弧月』を握りしめている。
もはや何も言うまい。
こいつには何を言ってももう届かない。まぁもともと何も言うつもりもないが。
『ソロランク戦、スタート』
フィールドに戦闘開始を告げる音声が鳴り響いた。
その音声が鳴り終わると同時に、俺はシールドを展開した状態で追尾弾を射出した。
その様子を見て嘲笑うような表情を見せると、北条は壁ギリギリまでバックステップし、着弾ギリギリで前に突貫した。
その様子を見て俺は、大急ぎで弾を生成する。
だがもう遅い。
北条の振るったブレードはシールドを軽々と打ち破り、俺の体を切り裂いた。
俺の首は、胴体と別れた。
『第一回戦 勝者―北条仗助』
その音を聞きながら、俺は元のブースに飛ばされていった。
☆---Side Rei Nasu---☆
「そんな……」
私は、あまりにあっさり破れてしまった比企ヶ谷君に愕然とした。
今の戦闘で比企ヶ谷君がまともに攻撃ができたのは一回だけだ。
あとは相手のペースに持っていかれていた。
「やっぱり、中距離シューターの比企ヶ谷君には接近戦は難しいんじゃ……」
私はやっぱりうなだれてしまう。いくら比企ヶ谷君が中距離で格別な強さだったとしても、あの距離まで近づかれれば成す術はない。
私は思い描く最悪の未来にどうしたらいいのか迷っていると、隣にいる二宮さんからとんでもない言葉が聞こえてきた。
「ふん。アイツめ、相手で遊びやがって」
「……え?」
あまりに的外れに聞こえてきてしまう二宮さんの言葉に戸惑いを隠せないでいると、それを見た二宮さんが心外だとばかりに話してきた。
「おい。まさかあいつがあの程度だとでも思っていたのか?」
そう話した二宮さんはやはり不敵な笑みが見え隠れしていた。
二宮さん本人は自覚していないだろうが、たぶんかなり珍しいことだ。遠目で二宮さんを見たことは何度もあったが、そのすべての表情が仏頂面だった。
やはり弟子のこととなると嬉しいのだろうか?
「まぁ。負けるかどうかを判断するのは四回戦が終わってからにしろ」
それを皮切りに、再び二宮さんは視線を各ブースの戦闘状況が映し出されているモニターへと視線を戻した。
私の視線もモニターへ戻した時、ちょうど二回戦が始まった。
☆---Side Hachiman Hikigaya---☆
ちょうど三戦目が終わった。
今のところ三戦全敗で、十本勝負だからいいが五本勝負だともう既に結果が出るような結果だ。
だからこそ。
―――そろそろ、ギアを上げていこうか。
転送が終わり、四本目を告げるアナウンスが鳴り響いた。
北条は最初の頃の血走った眼からは多少の落ち着きを取り戻し、俺との勝負ももう既に勝ったものだと思い込んでいるようだ。その表情にも安堵と嘲笑が見て取れる。
―――悪いが、付け込ませてもらう。
即座に北条との距離を稼ぐために、北条の足元めがけて追尾弾を発射。土煙が上がると即座に通常弾を撃ち込みながらグラスホッパーを重ね掛けし、一気に後方へ飛ぶ。
土煙が晴れるまでの間に、ありったけのアステロイドを展開させておく。
その数二千。ボーダーでもこれだけ展開できるのは俺だけだ。……まぁ、操作の精密さは置いておいて。
土煙が晴れ、その展開された莫大な量のトリオンキューブを見て愕然としている北条に向かい、一言だけ呟いた。
「という訳でご退場願う」
言うが早いか、一斉に弾丸を射出された。
『四本目 勝者――比企ヶ谷八幡』
その音声と共に、元のブースに転送された。
☆---Side Rei Nasu---☆
「……うそ。すごい」
私が思わずモニターに見入っていると、となりの二宮さんが鼻を鳴らした。
「これで嵌ったな。比企ヶ谷の勝ちだ」
もう勝ったものだと断定してる。どういうことだろう?
いくら勝ったとしてもまだ一勝。相手の三勝とはあまり差がないが、いきなり埋められるようなものではないだろう。
それを聞いてみると、二宮さんは不機嫌ながら話してくれた。
「比企ヶ谷は最初の三回は負けていたが、実力差があったわけじゃない。
相手はこれまで簡単に勝てていた相手に驚くのと同時に焦る。そこからは簡単だ。焦って攻撃が単純化した相手を倒していく。負ければ負けるほど相手は焦るからな。その隙を突いていくだけだ」
「―――つまり、比企ヶ谷君は一戦一戦を使って相手を操っている、ということですか?」
「まぁ、そんなものだ」
私はそれに納得の意を伝えてからモニターを見ると、ちょうど五本目が終わったところだった。
結果は比企ヶ谷君の勝ち。これで点差は一となった。
さっきまでの不安は嘘のように無くなり、代わりに疲労感がどっと押し寄せてきた。
私の体はもともと病弱で、碌に運動もできない。
ボーダーによって病弱な体質が治るのか、という実験の対象になってから、私はトリオン体での活動に夢中になっていた。
息切れせずにずっと走り続けたり、外を散歩したり。
でもそれはあくまでトリオン体での話だ。
彼等にトリオン体を破壊された今、碌に立っていることもできない。
だんだんフラフラしてきた私を見かねて、二宮さんが声を掛けてくれた。
「そんなとこでフラフラするな。立っているのがしんどいなら座れ。目障りだ」
きつめの言葉ではあるが、なんとなく私を気遣ってくれていることは分かった。
その言葉に甘えて、私は近くのソファーに座り込んだ。
それを横目で確認した二宮さんは視線をモニターへと戻した。私もそれに倣い戦闘の様子を見る。
三戦目の途中で、目を充血させて襲い掛かる北条君を比企ヶ谷君が軽くいなしていた。
基本的に中距離戦がメインの射手は接近戦に弱い。
でも比企ヶ谷君の立ち回りはそんな概念がもともとないようなものだった。
少し距離が明けばアステロイドで制圧。
距離を詰められてもシールドを複数枚展開させて迫りくるブレードを止め、その間にグラスホッパーを足元に展開し距離を稼ぐ。そこからまたアステロイドで制圧する。
単純なようだがその合間には多くのスキルが使われていると二宮さんは言う。
「シールドを展開させるにしてもブレードの太刀筋がわかってないと全く意味がないし、そこから即座にグラスホッパ―を展開するのも意味が分からん。なんであんなに早くサブトリガーを切り替えられるのか。到底人間技じゃない。正直なんであいつが俺よりランキングが下位なのか分からん」
……それは比企ヶ谷君がランク戦に出ないからでは?
そんなことは口が裂けても二宮さんの前で言えないが。
その後も次々と勝ち星を挙げていった比企ヶ谷君はついに、3対7で比企ヶ谷君の勝利で幕を閉じた。
でも、私はこの時思いもよらないでいた。
最も大惨事になるのはこの後だということを。
☆---Side Hachiman Hikigaya---☆
このソロランク戦の後半は本当に味気ないものだった。
もともと狙っていたとはいえ、相手は完全に頭に血が上り単純な攻撃しかできていなかった。
手っ取り早くしたかったのもあったが、一日20分が限界のサイドエフェクトも節々で使った。
とは言っても最後の十本目など相手の血走った目が怖かったが。
ただ俺の中で不可解なことがあった。
どうして俺はわざわざこんな形式上だけの試合に参加させられたにも関わらず、本気で勝ちにいったのか。
別に勝つ必要の無いものだったはずだ。
負けたところで那須との弟子入りの件はチャラになるだけ。師匠があいつらになるだけだろうが俺には関係がなくなるはずだった。
「ふぅ……。人の心ってのは厄介に出来てるもんだな」
どれだけ考えても解は出そうになかったから、その言葉で思考を切り上げる。
もう必要もないし、トリオン体を解除してから扉に向かった。
だが、扉の前に立つと外から駆け寄って来るような足音が聞こえた。
――なんだ一体?
不審に思いつつも、ブースの扉を開けた。
やけにゆっくりと開かれた扉。その向こうに小笠原が立っていた。
冷静さを失っている証拠に目が血走っている。本気で殺す気なのか、トリオン体でもう既に弧月を振り上げていた。
一般人に攻撃が当たった場合に備えて気絶させるオプションはまだ銃系統にしか存在していない。
つまり、この攻撃をモロに食らえば惨殺されてしまう。
―――マズい!
「死ねェぇええエエ!!!」
その言葉と共に振りかぶられたブレードを見て、急いでサイドエフェクトをオンにする。
まだ振り上げられたばかりの弧月。そこに向かって一度頭を突貫させる。
何も頭がおかしくなったわけではない。武術でよくある刀の振り下ろしに対する動きだ。そのままバックステップしたり上体だけ左右に残っても、下半身はそのまま残ってしまい切りつけられてしまう。
ならば敢えて全身を刃に向かわせ、ギリギリのところで全身をひねらせるというものだ。
目論見通り、狙いを定めさせた頭に向かって振り下ろされたブレードをのところで体をひねらせた。髪の毛が何本か切れたが本体を斬られるよりはマシだ。
そのまま小笠原の腕を掻い潜り、そこから下の階のモニター前へと走り出した。このまま俺が応戦しても何方も隊務規定違反で切られるから、それをしても大丈夫な人の下へ行くしかない。
二宮さんは上層部のお偉いさん方にかなりの発言権を持っていることから、あの人の前で暴れさせれば俺に飛び火することは先ずあり得ない。
階段を降り終えた先には、かすかに様子を窺う二宮さんと心配そうな目でこちらを見つめる那須の二人がいた。
俺は真っ先に二宮さんの下へ向かった。
「師匠。マズいことになりました。あいつ等マジで俺を殺しに掛かってきました」
「だろうな。後ろの奴を見ればわかる」
そう言われ振り返ると、弧月を握りしめ、今にも斬りかかってきそうな二人がいた。誰であるかは言うまでもない。
「お前。いつの間にあんな恨みを買ったんだ」
「少なくとも師匠よりかは敵の数は少ないはずです」
憎まれ口を叩き合いながら臨戦態勢に入る。
俺はトリガーをオンにし、射撃トリガーを展開する。二宮さんも同じ状態だ。
周囲にいたギャラリーは何事かとこちらに集まってくる。
これであいつらは完全に詰んだ。それなのに、相手は完全に頭に血が上っているのか周りの様子に気が付いていない。
……これ、いろいろと事後処理めんどそうだなぁ。
場違いなことを考えつつも、二宮さんと近づいて作戦を聞く。
「師匠。これからの行動ですが……」
「あいつ等のトリオン体を破壊して上に突き出すぞ。ここには群衆の目もあるから嘘は吐けないだろうし、俺も上に報告すれば問題ない」
「了解」
そこで一旦会話を切り上げると、あいつ等がようやく口を開いた。
「お前なんか相応しくない。お前なんかが俺より強いはずがない……。俺は……俺は…」
「お前が那須さんに釣り合うわけがないんだ。俺は……」
「「お前を殺してでも、那須さんを守る!」」
そう叫ぶと、二人は一気に俺たちのいる方へ跳躍した。
「性質が悪いな。一度ああなったら自分の都合のいいようにしか人間は解釈しないからな」
二宮さんはそう吐き捨てると、射撃トリガーのトリオンキューブを展開させた。
「生憎だが、俺はそこまで優しくはない。精々上にする言い訳でも考えておくんだな」
そう言い終わるやいなや、トリガーを射出させようとした。
その瞬間。
「双方、武器を引けッ!」
その言葉はその場に驚くほど響き渡った。
余りに凛としており、だがその音には厳かなものがあった。
「何をしている」
その声の主を、俺はよく知っている。
ボーダー本部の指揮官。忍田真史だ。
二宮さんはその姿を見ると、どこか安心したかのようにトリオンキューブをしまった。
本部長はいったん辺りを見渡し、ギャラリーを解散を呼びかけてから俺たちの方に来た。
「話を聞こうか」
その言葉を以て、断罪が始まった。
後書きストーリー vol.3
私は、自分のしたことを決して許さない。
それは私が中学一年の二学期頃のことだった。
■■■に告白された。
”好きです。付き合ってください”
私は彼から差しだされた手から逃れるように、その告白を断った。
”友達じゃ……ダメかな?”
彼はそれで振られたことを覚ったのだろう。”わかった。時間をとらせてすまなかった。”とだけ言った。
私はこの状況に耐えられなかったこともあり、逃げるようにその教室から出ていった。
その後、校門前で待ち合わせていた友達に事の顛末を語ってしまった。
今思えばどうしてこんなことをしてしまったのか、悔やんでも悔やみきれない。
彼が私に告白したことは、翌日にはクラスメイトの全員が知っていた。
そう。全員だ。
別にそこまで広めるつもりはなかったが、なってしまったことは仕方ないとその話題で友達との会話に花を咲かせていた。
結果的に、■■■はクラス内でいじめられることになった。
私はその一端を見てしまったが、彼の靴箱がゴミ箱のような扱いになっていたり、机に落書きをされていたり。
その時は私も流石にやり過ぎでは思ったが、次第に流れて来た噂を聞いてからその考えを否定するようになってしまった。
”■■■は前科持ちだ”
この噂の真偽は分からないが、彼と小学校が同じであるクラスメイトがその情報を回したらしい。
そのうわさを聞いて『振っておいて良かった』と、友達と一緒に話していた。
でも、そんな先入観はすぐに砕け散った。
ある日の学校からの帰り道。私はある光景を見てしまった。
■■■が小学生くらいの女の子の手を握って歩いていたのだ。
私は彼が前科持ちであるという噂を聞いていたことから、これはまさにその犯罪現場ではないのかと疑った。
私は自らの中にある正義感から、彼を現行犯で捕まえてやろうと思い、二人の後をつけていった。
しかしその会話の内容を聞いていると■■■が女の子を誑かしているというよりも、女の子の方が■■■の学園生活を気遣っているような内容でしかなかった。
そしてある一軒家に二人は入って行った。
念のためにその表札を確認すると彼の名前だったため一先ずは安心した。しかし本当に大丈夫か不安になり、それを確認するためにしばらく家の裏にこっそり入り、夜になるまで中の様子を聞いていた。
そこで聞いたのは、まさに虐待の現場だった。
彼らの親が帰って来ると、すぐに両親たちの癇癪を起した声と彼に向けられて物が投げられているような音が聞こえた。
カーテンの隙間から覗けたのは、■■■が蹲っているところに蹴りを入れている両親の姿だった。
私はその現状に、現実を受け入れられないでいた。
それ以来、彼の噂の「前科持ち」であることに疑問符を持つようになった。
彼は本当にそんなことをするような人間なのか。
学園生活を振り返ってみても、彼が働いた悪事は何一つない。
周囲が彼に悪意を向けているだけだ。
調べてみたが、そもそも十四歳未満の男女は罰せられない。つまり、このことは彼が「前科持ち」であることを真っ向から否定していた。
私は噂の実情を調べるために、あの日見た女の子――彼の妹に話を聞くことにした。学校帰りに彼よりも早く彼女の通う小学校へ向かった。
校門前で佇んで兄が来るのを待っていたであろう彼の少女に、「兄はどういう人間なのか」「家族との関係」そして「前科持ち」という話について聞いてみた。
するとどうだろう。
彼女は途中から泣きながら話し出した。
”お兄ちゃんはとっても優しいのに、みんなはお兄ちゃんにだけ優しくない”
”お兄ちゃんは幼稚園の頃からお父さんとお母さんから相手にされなくなった。今ではもう虐待されている”
”お兄ちゃんをイジメていた人たちが□□を攫って人質にしたの。お兄ちゃんは私を助けてくれたのに、みんなお兄ちゃんのことをひどく言うの”
”この世界はお兄ちゃんが生きるには厳しすぎる”
私はその話を聞いて呆然としてしまった。
話し込んでしまったものの、彼が来る前に何とか彼女をあやして話を終えることができた。しかし、あの少女が泣きながら話していた内容をすぐには飲み込めなかった。
彼は一体どういう思いで私に告白してきたのだろうか。
私は彼とはすれ違ったら挨拶する程度の仲でしかなかったはずだ。そこに彼が何かを見つけたとしたら。
彼は悪意以外の感情にさらされたことがなかったから、すれ違ったら挨拶されることもなかったのではないだろうか?
もしかしたらあの日、差し伸ばされた右手は、救いを求めていたのではないのだろうか……。
今ある彼へのいじめは、私が発端と言っても過言ではない。
私はそのことを謝りたくて彼に近づこうと、その機会を探り始めた。
しかし、とある秋の日。ネイバーと呼ばれる別世界の生物が、私たちの住む三門市に襲来した。
都市は一時的に機能を失い、駆け付けた自衛隊も蹂躙される始末。私たちの家族もただただ逃げ惑っていた。
その最中、突如として現れた謎の一団がそのネイバー達を次々と倒していった。
私たちはその一団に誘導され、無事避難所にたどり着くことが出来た。
その中に入り、家族三人のスペースを探しているとき。
本当に偶々。■■■がその一角で誰かと話しているのが見えた。私はその内容が何故か気になってしまい、そちらに近づいてしまった。その話を聞いて頭が真っ白になったのは記憶に新しい。
彼の家族が彼一人を残して全員亡くなられたらしい。つまり、彼の妹のあの少女も殺されたということだ。
■■■の世界で唯一味方であった彼女が死んだことの意味を、私は理解してしまった。
私は、その場にそれ以上いることが出来なかった。
時期が経ち、学校が再開してから。以前の私なら分からなかったかもしれないが、今の私ならわかってしまう。彼は以前にも増して他人と自分を切り離すようになった。
私はそのことが辛かった。
――彼に謝りたい。
でも、そんな私を嘲笑うかのように年月は過ぎ去っていく。
結果、それ以来話の機会を見出せずに中学を卒業してしまった。高校も違う場所のようだ。
私は高校に入学しても、彼のことを忘れられずにいた。
私がふざけて友達に言いふらしたせいで、彼に悪意を集めてしまった。
彼は私のことを、どう思っているのだろうか。
今の私には分からない。けれど、私は――私だけは、私の罪を忘れてはいけない。
だから、私は自分のことを……決して許さない。
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第六話 弟子入り編―第五部
☆---Side Hachiman Hikigaya---☆
そこからの流れは速いものだった。
俺と二宮さんに関してだが、攻撃トリガーを展開させていたとはいえ相手が先に攻撃してきたことを考慮され、結果的に無罪放免となった。
しかしその一方で、真正面から「トリガーを使って」殺しにかかった北条と小笠原の二人に関しては、観衆のど真ん中で行ったこともあり最早言い逃れも出来ずにボーダーから追放されることとなった。記憶消去措置も含めて。
忍田さん曰く、彼らはこれまでにもかなりの問題行動をしていたらしい。
特定の人物に向かって脅しながらポイントを搾取したり、ボーダー外でトリガーの不正使用により恐喝をしていたり。
これまでは決定的な証拠がなく、本人たちも巧く偽装工作をしていたため手が出せないでいたのだ。
そう言った件も含めて今回で完全に追放が決まった。
それから数日。
俺は何故か那須と喫茶店でコーヒーを飲んでいた。
敢えて言わせてくれ……。
「どうしてこうなった……」
「……? どうしたの? 比企谷君」
「いや、何でもない……」
むしろ問題しかない。
何故こんな事態が発生したかを説明すると、事後処理が終わった後に二宮さんから呼び出しを受けた。
今では様子見以外の目的で連絡を取らなくなったこともあり、特に何も考えずに待ち合わせ場所に向かってしまった。
それが全ての過ちだった。
集合場所には何故か那須もいた。二宮さん曰く、「弟子が師匠の実力を把握していないとはどういうことだ?」とのこと。
それに師弟がお互いのことを知らなさすぎるというのはどうか、という忍田本部長による鶴の一声で俺と那須の懇親会が決まった。
何それ全然うれしくない。
ここで思春期の少年少女ならば「これってデートじゃね!?」などと胸を膨らますかもしれないが、残念ながら俺にはそんな気持ちは残存していない。
長らく続いた沈黙に耐え切れなかったらしく、那須はポツリポツリと話し始めた。
「比企谷君。あの騒動の前に、話したいことがあるって言ったの覚えてる?」
「あぁ、そんなこと言ってたな。色々ありすぎて忘れてたわ」
「実はね―――」
そして那須は、ポツリポツリと話し出した。
☆---Side Rei Nasu---☆
それは、本当に偶然だった。
私が師匠である比企谷君の下に修行の練習メニューの調整をお願いしに行く日のこと。確か、比企谷君は事故に巻き込まれて入院していたんだっけ。それで病院の中の個室まで向かって、ちょうど病室に入ろうとしたときにふと体が硬直してしまった。
誰かに向かって話しているのは分かったが、問題はその内容にあった。あまりに凄惨な、彼の過去。この話を聞いてしまって、この後どんな顔で会えばいいんだろう。最初はそんな思いを抱いていたが、そんなものが生温いとすぐに思い知った。話に出てきた、彼の妹を誘拐し彼らに暴行を加えた話。私はその話を知っていた。
なぜなら、その事件は私が小学生の頃にあったものなのだから。
ちょうど六年生のころだった。比企谷君が男子生徒数人に対して暴力を働き、結果彼一人が「前科持ち」のレッテルを張られたのだ。
この事件の真実を知っているのは、当事者である比企谷君と彼に苛めを働きかけていた者たちと、私だけなのだ。
何故私が知っているのか。
その事件の当日、私は珍しく学校に行っていた。
体が弱いこともあり、普段学校を欠席している私には、友達らしい友達は比企谷君しかいなかった。彼は学級委員長の仕事を押し付けられたこともあり、その日配られたプリントや課題などを毎日私の家まで届けてくれていたのだ。
そのついでに私は比企谷君とたくさんおしゃべりを楽しんでいた。
初めは少し嫌そうにしていたものの、暫らく経つとまんざらでもなさそうにしていた。
その日、比企谷君と一緒に帰ろうと彼に声を掛けようとした時、誰かが比企谷君に話しかけているのが見えた。
嫌な顔つきでニヤニヤと話す誰かとは対照的に、比企谷君の表情には暗い影を落としていた。
様子が変だと思った私は、こっそりと彼らの後を付けた。
たどり着いたのは町はずれの廃工場。
そこで見たのは、比企谷君が何人かの男の子達からただひたすらに暴力を振るっている光景だった。
『ヒドイ……!』
私はどうしていいか分からなかったがとにかく警察に電話を掛けることにした。
それが、さらなる大惨事に陥るとも知らずに。
急いで近くの公衆電話から警察に電話を掛け、その勢いのまま元の場所へと戻った。
比企谷君は未だに暴力を振るわれている最中だった。
もはや声も出ない。
そんな中、暴力を振るっていた男の子の一人が、近くに縛られている小さな女の子に殴りかかろうとした。
(危ないッ……!!)
思わず目を瞑るが、少しづつ目を開けた先には無事な女の子の姿があった。
そこに一先ず安心はしたものの、比企谷君の足下にさっき殴りかかろうとしていた男の子の姿があった。
比企谷君はその足元を一瞥すると、そのまま七人以上の相手に向かって殴りかかった。
結果は見えているはずなのに、私は彼を見続けてしまった。
結果的に言えば、比企谷君はすぐに全滅させた。
信じられないほど俊敏な動きで相手の急所を殴り続けたのだ。
暫らくして、比企谷君は女の子の縄を解いた。比企谷君の胸元で「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と泣き叫ぶ女の子に、よかったと安堵の気持ちがあふれた。
全員がまだ幼いこともあり、誰も逮捕されることは無かった。
事件に関与した人たちには停学処分になったが。
でも、事件の後、何故か事件が起きたことが広まっていた。その内容はあまりに理不尽なものだった。
“比企谷は複数人に暴行したことで少年院に送られた”
このことで彼には「前科持ち」のレッテルが張られた。
こんなことが許されていいのだろうか?
私は何とかしようと思い立ったものの、学校にあまりいけないこの身体ではどうしようにもなかった。
私は事件のすぐあと、治療の都合で学校を転学することになった。
そのまま私はやりきれない思いを抱いたまま、小学校を卒業した。
もう一度だけあの頃のような、誰にも、どんな悪意にもさらされない環境の中でもう一度お話をしたかった。
中学も違う学校に通うことになり、尚更会いにくい環境になってしまった。
中学での間も、その時の気持ちが行き場を失いつつあった。
仲のいい友達は一人も出来ず、一人ぼっちのまま時だけが過ぎていく。
何時しか三年の月日が経ち、記憶が薄れ始めてもその頃の思い出は私の中で輝き続けていた。
そして時間は元に戻る。
病室内での話をきっかけに、私は記憶を蘇らせることになる。
けれども彼は、私のことを忘れてしまっているみたいで。それに安堵しつつも、私は彼にどう話せばいいのか分からなかった。
それを、長年溜め込んでしまった思いをこうして今、漸く伝えることができた。
彼は――比企谷君はどう思っているのだろうか。
緊張に手が震えながらも、コーヒーのカップを啜った。
飲み終えてテーブルに置いたカコーヒーの表面に立つ波は中々収まらなかった。
彼は目を閉じて数秒間――その黙考を終え、ゆっくりと瞼を開いた。
彼の返答は、如何に。
☆---Side Hachiman Hikigaya---☆
正直、どうすればいいのか戸惑っていた。
俺にとって数えるほどしかない、小学校の頃の楽しかった思い出。
那須と最後に話したのはあの事件の前だったか。
あの事件は俺に対する慢性的な悪意が爆発した結果に過ぎない。あの時起こらなかったとしても、何時かは起きていた。
あの事件でまさか前科持ち呼ばわりされるとは思わなかったが、そんな下りがあったのか。若干記憶が曖昧になっていただけにそれに関心をもったものの、彼女が責任感を感じてしまう必要もないことを思い、少しだけ面倒に感じてしまう。
それに……。
「昔起きたことを言っても仕方ないだろ」
俺の一言に那須が硬直したのがわかった。
妹である小町以外にまともに話したことの無かった俺にとって、那須との談笑は唯一の楽しみだったのを覚えている。
中学に入ってからは親からのネグレクトが酷くなって、バイト等に勤しんでいるうちに記憶の片隅に片づけられてしまっていた。
俺も出来ることならあの頃に戻りたい。でも。
「那須は俺と元の関係に戻りたいみたいだが、それは駄目だ」
那須が息を飲むのがわかった。
顔に影を落とし、若干俯く。テーブル越しで見えないが、腕が僅かに震えていることからその両手は握りしめられているだろうことがわかる。
那須はあの頃の様にまたとりとめのない談笑をしたいみたいだが、それじゃあ駄目だ。
元に戻るということは退化することと同義だ。そもそも俺たちの関係は一度崩れ去った。
「那須が今抱いている感情は欺瞞だ。過去の事件の罪滅ぼしのつもりならなおさらだ。このまま元の関係に戻ったとしてみろ。お互いに気を使いまくらなくちゃならんくなる。
それはお前が望むものなのか?」
それこそおかしな話だ。目的を達成するのは容易だが、そこからが続かない。
それは元の関係に戻ったと言えるのだろうか? 答えは否だ。
でもここでもし那須のことを拒絶したとして、俺はそれで納得するのだろうか?
その答えは、否だ。
はっきり言って、この問題の解消策はもう浮かんでいる。
でも、それをすることはしない。いや、できないのだ。
もう一度その関係を構築できたとして、それを失った俺はどうなるのだろうか。「また失う」という、自分の闇の部分が語り掛けてくる言葉が俺を雁字搦めにしてくる。
俺は、どうするべきなのだろうか。
「――比企谷君は……どうしたいの?」
那須はそれでもなお食い下がるかのように問いかけてきた。
「俺は――」
失うことへの――ある意味でのトラウマが、問題の解消をさせない。
『ダメだよ!』
唐突に声が聞こえた気がした。
ひどく懐かしく、とても心に染み渡るその声色は。
「小町……?」
その声は、俺のことを咎めていながらも「がんばれ!」と背中を押してくれているように感じた。
思わず辺りを見渡してしまうが、当然その姿は見えない。
空耳ではあったものの、その心に響き渡った声色は暗雲の漂っていた心を清らかにさせた。
俺は。
俺の解は、漸く出た。
いや、解が出るまでには時間は掛かっていなかった。その解を述べる勇気がなかっただけなんだ。
(……ありがとな、小町)
心の中で小町にそう言ってから、俺は改めて那須と向かいあった。
「全てゼロに巻き戻せばいいんだ」
これは問いに対する視点の固定化こそが本当の問題だ。
昔の関係があったからこそ、「元に戻りたい」という考えが頭に浮かんでしまうのだ。
だったら視点を変えればいい。
全てを原点回帰させて、ゼロからまた関係を構築しなおせばいい。
「一度崩れたものを元に戻すことはできない。でも、もう一度始めることはできる」
初めは取り繕うことも多いかもしれない。虚偽で塗りつぶすこともあるかもしれたい。それに、時間が全てを解決してくれるとは限らない。
それでも抗わないといけない。
――そうだよな? 小町。
今はここにいない妹に向かって心中で呟く。
昔から助けられっぱなしだからな――。
一通り話を聞いた那須は、目を丸くさせながらも、「うんっ!」と返事をくれた。
その時の表情はさっきと打って変わって憑き物が取れたかのように晴れやかなものとなった。
弟子入り編 完
後書きストーリー vol.4
俺は彼女を救えなかった。
今でもその影響あってか、彼女との関係は希薄になってしまった。
彼女との付き合いは小学校以来になる。
うちの親が彼女の家の顧問弁護士をしていることもあり、家族ぐるみでの付き合いだった。
そんな彼女は四年生の頃、いじめを受けるようになった。
何が切っ掛けかは分からないが、放置しておくなんて俺にはできない。俺は彼女を助けたくて、彼女をイジメている人たちに言った。
“もうこれ以上■■ちゃんを虐めるのをやめてくれ。やった人は■■ちゃんに謝ってくれ”
俺はHRが終わってすぐに彼女たちにそういった。
彼女たちはすごく申し訳なさそうにしながらも、■■ちゃんにちゃんと謝ってくれた。
俺はこれで終わってしまっていたが、その後■■ちゃんが未だにいじめられていることを知った。
俺はもう一度彼女たちに話をしたが、彼女たちは何もしていないらしい。
それじゃあ誰がそんなことをしているのか。尚の事分からなくなった。
だから俺はそれまで以上に■■ちゃんと話をし、彼女が虐められないようにと必死になった。
それでも彼女が虐められている痕跡は消えることがなかった。
靴箱を覗けばゴミが入れられている。
下履きがないのに上履きがなかったり。
ただただ悔しかった。
俺なんかじゃ彼女を救えないのか。
何度も助けようと必死になった。
だけどある日。学校の廊下で俺はとある女の子に言われた。
言われてしまった。
“そんなやり方じゃ、誰も救えないよ”
それだけ言ってから、彼女はその場から立ち去ってしまった。
俺はしばらくそこから動くことが出来なかった。
頭の中でいろんなことを考えた。
彼女はどうしてあんなにも周囲から悪意を集めてしまうのか。
俺にはわからない。
じゃあどうすれば彼女を救えるんだ。
俺は色んな方法を模索した。
誰も傷つかないように、彼女を救う方法を。
その方法を知る人間を知るのは、高校に入ってからのことになる。
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原作開始
第一話 入部編―第一部
『青春とは、何と醜いものなのだろうか。
青春を謳歌せし者共は、自らと周囲を欺き続け、その環境に依存し続ける。
例を挙げよう。クラス内にはカーストが出来上がっている。上位に君臨している者たちは、その地位を維持するために下位の者たちに空気を読むことを強制する。
下位の者たちは上辺を飾ることで無難に過ごしつつ、上位に這い上がるためにその機会を虎視眈々と窺っている。
このような上辺だけの関係が真の青春と言えるのか。
だが、彼らはそれを認めないだろう。彼等は大声を上げて厚顔無恥にも青春を謳歌していると言うだろう。
これを命題として逆説を考えてみよう。上辺の関係に依存せず、周囲との関係に偽りのない者たちこそ真に青春を謳歌していると言えるだろう。
しかし、彼らはそれを認めないだろう。
底辺の者たちが戯言を喚き散らしていると断じるだろう。
なんと愚かなことか。
結論を言おう。
リア充爆発しろ。』
「なぁ、比企谷。私が出した課題は覚えているか?」
一通り俺が提出した作文を職員室で大声で読み上げた目の前の女教師――平塚先生は、眉間に皺を寄せながら尋ねて来た。
その作文は、提出日ギリギリまで仕上げるのを忘れていて、その時の深夜テンションで書き上げてしまったモノだった。なぜこんな蛮行に及んだのか今考えると少し恥ずかしい。
「確か、『高校生活を振り返って』というものだったはずですが」
「それがどうしてこうなった。なぜ同級生への犯行声明になった」
頭が痛むのか、平塚先生は頭を押さえながら原稿用紙を机に叩きつけた。
俺は「はぁ……」とだけ呟いた。
その返事が気に入らなかったのだろうか、先生は頭を抱えて苛立ちを表す。
一通り頭を振った後、先生は溜息交じりに呟いた。
「……君の目は、死んだ魚のようだな」
「そんなDHA豊富に見えますか? 賢そうっすね」
「真面目に聞け。小僧」
またもや頭を押さえながら先生は続けた。
「いや……確かに先生の年齢からしたら俺は小僧かもしれませんが――」
瞬間、俺の顔のすぐ横に風が走った。
「――女性に年齢に関する話をするなと教わったことは無いのか?」
鋭い眼光で威嚇しながら脅してくる。あれ? これ俺悪いの?
いや、あなたが気にし過ぎなんじゃ……。
でも先生の背後から迸るオーラに飲まれて何も言えねぇ……。
「すみません。書き直しま――」
そう言いかけたところで、平塚先生がさっきまでとは打って変わって思案顔になっていることに気付く。その様子に若干の違和感がした。
頭の中で結論が出たのか、さっきまでの苛立ち顔――般若面ともいう――とは打って変わって、玩具を見つけた子供のような顔になるや否や早速俺に呼びかけてきた。
「ちょっと着いて来たまえ」
☆
この総武高校は、校舎が口のような形で立ち並んでいる。その一角、特別棟の四階の一室の前に平塚先生に連れられてきた。
「君は暫らく外で待っていなさい」
返事を聞く間もなく、先生はその教室へと入っていった。
「入るぞ、雪ノ下」
「部屋に入る時にはノックをお願いした筈ですが。平塚先生」
「君はノックしたとしても返事をしないではないか」
「先生が返事をする前に入って来るんじゃないですか」
そんな教師とその生徒との会話が聞こえた。
そんな中、『雪ノ下』という名字に何か引っかかった。
――まさか…な。
「それで、用件は何でしょうか」
「おお、そうだったな。入れ、比企谷」
漸く本題に入ったか、部屋へ入室した。
教室の後方に下げられた机。窓から棚引く風。
その真ん中にポツンと椅子に腰かける少女は、ある意味での趣を感じるとともに、何らかの既視感もまた感じた。
「雪ノ下。彼は入部希望者だ」
「えー、あー。どうも、二年F組比企谷八幡です。……ってか入部ってなんだよ。聞いてねぇぞ」
そうつぶやくや否や、平塚先生は俺に職員室にいた時と同じような目で睨んで来た。これが蛇に睨まれた蛙という奴か。って誰がヒキガエルだ。
そんな皮肉を頭の中で繰り広げながらも話は進んでいく。
「あの舐め腐った作文の罰として、ここでの部活動を命ずる。作文の再提出も当然だが。異論反論抗議口答え等は一切認めない」
俺なんも出来ねぇじゃん……。
ある種の諦観も混ざったかのような表情を浮かべながらも先生は俺の不満を無視して続けた。
「という訳で、見れば分かるとは思うが彼はその腐った目と同様に根性も腐っている。それゆえいつも孤独で憐れむべき存在だ。この部で彼の孤独体質を改善する。これが私の依頼だ」
好き勝手言われたい放題じゃねぇか俺……。
別に俺は一人で過ごすのが好きなだけでボッチにならざるを得なかった訳じゃない。断じて違う。
……ホントだよ? ハチマンウソツカナイ。
「お断りします。その男の下心に満ちた下卑た目を見ていると身の危険を感じます」
彼女は本を膝の上に置くと両腕で自らの身を守るように抱きしめた。
それやられると結構傷つくんだぞ……。
というか断じて見ていない。そんな慎ましやかな胸など。
いや、ホントだよ?
「安心したまえ。確かに見た目は犯罪者予備軍かもしれないが、彼のリスクリターンの計算と自己保身はなかなかのものだ。刑事罰に問われるような真似だけは決してしない。彼の小悪党ぶりには信用していい」
いやそこは普通に常識的な判断が出来ると言って欲しいんですが……。
「小悪党……なるほど」
聞いてない上に納得しちゃったし。
「まぁ、先生からの依頼であれば無碍にはできませんし――」
彼女は取りあえず一通り納得できたのか、その依頼を承諾した。
なんであのセリフだけで全部通っちゃうんだよ……。
平塚先生は事が終わり安心しきったのか、後のことを全てこの少女に託し教室を去って行った。
後には俺と彼女だけが残された。
……気まずい。
☆
暫らく時間が経ってから。
俺はどうしていいか流石にわからずボケっと突っ立っていた。
「ぬぼーっとしてないでさっさと座ったら?」
相も変わらず彼女――雪ノ下、だっけ――が俺にそう促した。
促されるがままに椅子を引っ張り出して座ったものの、やはりそう簡単には落ち着かない。先生は孤独体質の改善などを依頼していたがどういうことなのか。
そもそもここなんなんだ?
「なぁ。雪ノ下……だったか?」
「ええそうよ。何かしら? 比企谷君」
「すまんが、部活やら何やら言われたんだが俺は何をすればいいんだ? そもそもここ何部?」
その質問を聞いた彼女は、読んでいた本を閉じてからこちらに視線を向ける。
「そう。普通に言っても面白くないからクイズをしましょう」
「クイズ?」
「ええ。ここが何部かを当てるものよ」
唐突に出されたものに俺は戸惑う。
この教室は殆ど何も使われていない。そして彼女は読書をしていた。
この環境のみからは文学部という解が出てくる。
しかしだ。先ほど先生がそれとなしに言っていた「依頼」という言葉。それが妙に引っかかる。
相談を請け負ってお悩み解決! っとかだったらまだわかりやすい。
でも平塚先生は俺の「孤独体質改善」を「依頼」していた。
お悩み相談とは程遠い。
それなら。
「何でも屋……みたいな部活とかか?」
「へぇ? その心は?」
「一見文学部にも見えるが、どうにもさっきの先生の話が気になってな。ただの文学部なら『この部で~』とか『依頼』なんて言葉使わないだろ? そこから導き出されるのは何でも屋……いわゆるボランティア部みたいなものだ」
どうだ?
自信満々に彼女へ視線を向ける。
でもこれ間違ってたら相当恥ずいぞ……。
「当たらずとも遠からず……というところかしら」
なんだよ違うじゃねぇか……。
少し気落ちした俺をみて面白かったのか、彼女は少し面白そうにした。
「じゃあさっぱりだ」
「そうね。流石に難しすぎたかしら。ならばヒントをあげるわ。今こうしていることが部活よ」
尚更分かんねぇよ。
「そうね……。あなたが最後に女の子と話をしたのはいつ以来かしら?」
なんで数年来喋ってないことになっているんですかね? 昨一昨日以来だよ! 綾辻と! 殆ど事務報告みたいなものだったけど……。ホウレンソウ大事! だからあの会話も大事!
っつってもまぁ、あれ以来そこそこ喋る間柄にはなったがな。
そんなアホみたいなことを頭の中で考えていると、雪ノ下は再び続けた。
「持つものは持たざる者に慈悲の心を以てこれを与える。人はこれをボランティアと呼ぶわ。それがこの部活動の基本方針」
そう言い終えると、彼女は立ち上がりこちらを見下ろした。いわゆる氷の女王様に睨まれた庶民です。
「ようこそ奉仕部へ。あなたを歓迎するわ」
歓迎されてる気がしない。
「なんだ? 俺には女の子との会話が足りてねぇって言いたいのか?」
「何よ。わかっているじゃない」
依然として雪ノ下はこちらを見下している。
すると、彼女は風で棚引いて乱れた髪を手で払う。
「悪いが他人に更生されるべきものは持っていないつもりだ。そもそも俺がぼっちなのは学校だけだ。俺はあくまでも学校という場所に重きを置いていないだけで、他の場所に知り合いくらいいる。そんな奴いくらでもいるはずだ。」
雪ノ下の目が細まっていく。こういうところはあの人そっくりだな。
思い出したくもない人だが……。
「あなたのその歪んだ性格は直さないと拙いレベルよ? あなたは学校に重きを置いていないとは言っているけどそれは逃げの一種よ。変わらなければ何の意味もないわ」
「会って数分の奴に俺の何かを語られたくないんだが。変われだって? それも現実からの逃げじゃねぇか」
会話してきてわかったことだが。
こいつ気に喰わん。
何がって。どこまでもまっすぐすぎるんだ。自分のしていることは間違っていないという信念の下に行動している。
その信念が他人に合わなければ他人の信念をへし折ってでも真っすぐに貫く。
たとえ自分が間違っていても、だ。
そこまで話をしたところで、部屋の扉が開かれた。
「やぁ、雪ノ下。調子はどんなものだ?」
さっきまでの会話を知ってか知らずか、先生は有無を言わさぬ勢いで話し出した。その際に俺をちらっと見たのを、俺は見逃さなかった。
「殆ど進んでいません。彼が問題を自覚していないせいです」
そうじゃない。
俺は自分の問題点を自覚している。そこからどう進めばいいか分かっていないだけだ。
去年よりかはマシにはなっているだろうが、それだけだ。少なくともこいつは俺に潜在する問題に全く気付いていない。
さっきの先生の一瞥は気になるが。
「そもそもなんですけど。先生、俺バイトしないといろいろと拙いんで入部したくないんですけど」
「……あ」
「なんですか? まさか今思い出したとかそんな事……」
「そっ、そんなこと、ないぞ?」
「おいちょっと待て。まじで忘れてたのか? 死活問題ですよ」
おいマジふざけんな。一日でもサボったりしたら俺死ぬぞ。
ボーダーの収入のお陰で多少ゆとりのある生活はしているが、部活に入るとなれば、それ相応の準備をしないと死ぬ。いやマジで。
「それじゃあ、俺はこの後バイトのシフトが入っているので」
そう部屋を出ようとしたところで声を掛けられた。
案の定、雪ノ下からだ。
「逃げるの? そうやって、自分の問題からも」
「は? 逃げてんじゃねぇよ。勝手に決めつけんな」
そこでまた俺と雪ノ下で睨み合う構図になった。
「ンンッ!」
わざとらしい咳をしたかと思えば、先生は何故か面白そうなものを見る目で俺たちを眺めていた。
ここで余裕があるのが大人の特権ってやつなのかな?
「古来より互いの正義がぶつかり合ったとき、勝負で雌雄をけっするのが少年漫画の習わしだ」
いきなり何? 理論がいきなりジャンプしてバトル漫画になってんだけど。悟空もびっくり理論だぞ。
「つまり、この部でどちらが人に奉仕できるか勝負だ!!」
先生は決めポーズを取りながら不敵な笑みを浮かべる。
おいおい。
「いやちょっと待ってください。俺バイトしないと死活問題なんですけど」
さっきまでの話忘れたのか?
「それなら空いている日をつくれ。それに、勝った方は負けた方に何でも命令できる、というルールはどうだ?」
強引すぎる……。
これがこの人がこの年になってまで結婚できない原因か……。
とはいっても、なんでもとは言うがこいつに何を命令すればいいんだ?
思春期真っ盛りな男ならエロい命令でも下すんだろうが、そんなものにあまり興味はない。明日の心配の方が大きいのに……。
「お断りします。その男が相手だと身の危険を感じます」
お。珍しく意気投合したな。
いいぞもっと言ってやれ。
「おっと、流石の雪ノ下でも恐れることがあるか」
平塚先生は雪ノ下を煽るようにつぶやいた。不敵に笑うその表情に凄まじい寒気を覚えながら、雪ノ下を覗いた。
……あ、めっちゃ怒ってらっしゃる。
「その程度の挑発に乗るのは癪ですが――」
そこからはもう十分だろう。
俺と雪ノ下の奉仕部での勝負が決まった。どちらが依頼者に奉仕できるのか。
まぁルールとかそういった云々は置いておいて、ただ一つ気になることがある。
俺の意思はどこ行った?
☆
その日の放課後。
強制入部させられた部活――奉仕部のことを考えながらボーダー本部への道を歩いていた。
四月だからか、徐々に遅くなり出した夕焼け空の下、ゆっくりと砕けたアスファルトの上を歩く。警戒区域は本来はボーダー隊員以外は立ち入り禁止だし、トリオン体でないと危険なこともあって通れないが、そうだと感覚が鈍くなってしまうこともあり、生身のままでいた。
通りを吹き抜ける風を頬で感じながら、今日であった彼女について考えてみた。
何故、あんなにも雪ノ下雪乃という少女はまっすぐなのだろうか。俺にはあの行動理念が分からない。ある意味において、彼女は人として崩壊していると言っていいのかもしれない。
まぁ、俺が言えたことではないが。
自己と他人との境界にある絶対的な「なにか」。そこに彼女は一体何を見ているのだろうか。
一旦思考を整理するために、目を瞑ってみる。真っ暗な視界には
ただ、どうしても彼女のことが――気に喰わなかった。
☆
ボーダー内はかなり閑散としていた。それもそうだ。
この時期、ボーダーでは重要なイベントが行われている。
――ボーダーA級チームランク戦。
ボーダー内でのトップチームの序列を決めるもので、ボーダーに来た連中は大体これを見るために会場、もとい実況席付きの大規模スクリーン室に集まる。
斯く言う俺も、各チームの調子を見るために本部に顔を出していた。
ボーダー内でボッチな俺も、本部長こと忍田さんに「お前そろそろチームに入れ」と言われてしまったことで、こうして入るチームの目星をつけるために様子見をしていた。
今日の対戦は現暫定一位チームの風間隊、同じく二位の冬島隊、三位の太刀川隊というカードが切られた。
この勝負で上位三チームの順位が決まる。
太刀川隊はコネで入られた新人の唯我とかいう奴のせいで足を引っ張られたこともあり、うまく勢いに乗れていないが、それでも二位をキープしている辺り流石と言わざるを得ないだろう。
冬島隊は隊長でトラッパーの冬島さんがエースでスナイパーの当真先輩を活かす戦術を採っている。
風間隊に関してはやはり全員がアタッカーとして相当の技術を持っていることからトップを走っている。
どのチームも熾烈な戦いを繰り広げているが、俺はそれを見ながらなえきってしまっていた。
……俺が入る余地ねぇな。
別に俺の技量が負けているなどという訳ではない。これでもシューターランキングのトップに師匠の二宮さんを押しのけて君臨しているのだ。
つまりだ。不完全なまま強いチームがあれば儲けもんだと思って来たものの、そんな都合のいいチームが在るはずもなかった。
そもそも上位精鋭チームに食い入るのがそんな中途半端で出来る由もない。見通しが甘かった。
ため息をつきながら会場を後にした。やっぱり加入するならB級チームだわ。
なんか取りあえず上目指せられそうなチームが居ればなぁ……。
――ついでに目標が一致していればベストなんだが……。
会場を出て暫らく歩く。
全体的に似たような通路が多いためここは迷いそうになる。
暫らく歩きながら思案に浸る。
クレープでも食べに行こうかと角を曲がったところで見知った顔があった。
「よぉ、ハッチ。今時間ある?」
訂正。見知らぬ顔だった。
「ありません」
「はっはっは。俺の未来予知を舐めてもらっては困るな。この後クレープ食べてから帰るつもりだったろ」
そう宣いやがる迅さんは、お茶らけた雰囲気をしまうと顔だけ笑いながら目つきだけ真剣にして続けた。
「チームのことで大事な話がある。聞いといて損はないぞ?」
なんでそのことを知ってんだよ……。大方忍田さんから聞いたのか。
あの人も余計な世話をするものだ。
俺は(あくまで)渋々迅さんの話を聞くことにした。
☆
ところ変わってロビー。
迅さんと向かい合いながら、おごってもらったクレープを片手に座る。
「いやぁ。悪いね、急に時間とっちゃって」
「別にいいですよ。それで、話ってのは?」
俺は早急に話題を切り出した。チームに関する情報は今の俺にとってのどが出るほど欲しい。
「これは予知の結果なんだけど、もう少ししたらお前のお眼鏡にかなうチームが出てくる。潜在的に十分A級チームに上がれるだけの力も持っているし、チーム全体の目標としてもお前と一致している。これ以上ない程の条件だと思うけど?」
マジか。
「とは言っても、それだけが条件ではないのでしょう? こうしてわざわざクレープおごってまで話すことではないでしょう」
それを聞いた迅さんは若干苦笑いを浮かべる。
「まぁ、ハッチの言う通りなんだけどさ」
「そのチームの人には合ったんですか?」
「まぁね。ハッチの二つ下なんだけどね。なかなかいい目をしてたもんでね」
迅さんにここまで言わせるか。なるほど、面白そうだ。
「それでなんだけど、その子、結構いろいろと厄介ごとに巻き込まれるだろうから、助けてあげてくれないか?」
「要はそいつの尻拭いをしろと?」
「まぁそうなんだけどね!? ハッチもキツイ言い方するなぁ」
苦笑いを浮かべたまま、迅さんは続ける。
「俺はこのチームに入るのがハッチのベストだと思う。俺ができるのはここまで」
そういうと迅さんはパフェの残りを一気に頬張り飲み込んだ。
「話は変わるけどさ、今日学校でいろいろあっただろ?」
「なぜ急にそんな話を……」
「いやさ、今日予知でハッチの走っているルートが急に変わったからね。どうしたのか聞こうと思って会おうとしたのもあったんだ」
何故か急に迅さんの顔の横に星が飛んだ。うわぁ、殴りたい。この顔面。
「今日かなりかわいい子と知り合った?」
「急に核心つつきますね。まぁその通りなんですけど。教師に強制入部させられた部活で会いましたね」
「それでそれで? その子の事どう思った?」
「嫌な奴」
それを聞いた迅さんは、若干面白いものを見る目をやめた。
「まぁ細かいことは知らないんだけどさ」
「いやじゃあなんで急にこの話題に触れたんですか? もう帰っていいですかね俺」
「まぁまぁ。でもハッチ。これから先結構大変かもしれないけど、ハッチにしか出来ないこともあるから、がんばれよ、部活」
それだけ言うと、迅さんは席を立った。
クレープを奢ってもらった俺が言うのもなんだけど、なんかイラッと来た。
俺も立ち上がって迅さんの小腹を軽く殴った。
「痛てッ」
それを見て一応すっきりしてから俺ももう帰ることにした。
面倒なことが起こらなきゃいいけど。
そう切に願いながらロビーから出る。
ボーダーの外に出て息を思いっきり吸ってみる。この辺りに人がいないせいもあるのか、妙に新鮮だった。
空はもう真っ暗になっていた。雲が掛かっているのか、月明りはあまり差し込んでいなかった。
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第二話 入部編―第二部
遅くなってしまって申し訳ない<m(__)m>
一応遅くなってしまった理由を説明しますと。
・俺ガイル一巻二巻が行方不明になった(泣)
・原作の二番煎じが嫌で頑張って粘っちゃった(;'∀')
・すげぇキリ悪くなってるのに何故か粘った(゚∀゚)
っていう感じです。
そろそろこの作品もエタったんちゃうか思うた皆さんには申し訳ありませんが、(評価バーが5を下回らない限り)この作品は完結まで持っていきます(゚∀゚)
あ、そうそう。活動報告の方でも話しましたが、今話で後書きストーリーはラストになります。
さて、それではお待たせいたしました。
感想、評価、指摘、誤字報告、お待ちしております。
奉仕部に強制入部させられた翌日の事。
ボーダーのシフトも二日続けて入っていなかったこともあり特に奉仕部に行かない理由もなかったが、そこは専業主夫志望を掲げる俺としては真っ先に家に帰りに行こうとしていた。
まぁぶっちゃけあいつと一緒に居たくないってのもあったんだが。
その矢先に……。
「おい、比企谷。どこへ行こうというのかね? この方向は靴箱のはずだが。今日はボーダーの防衛任務のシフトは入っていなかっただろう」
な……なぜだ。
SHRが終わると同時に教室を脱兎のごとく飛び出したはずなのに、俺の眼前には平塚先生が仁王立ちしていた。くそっ! 先生がこちらに来ることを想定していたのにその上を行かれたか……!
ちなみにだが、平塚先生は俺がボーダー勤めである事や家庭の諸事情についても一応把握している。授業のある時間帯に防衛任務のシフトが入ってしまったことや学校側に出した保護者の名前等を見れば、伝えなければいけないのは当然と言えば当然だが。
「ハァ……。わかりましたよ先生。行けばいいんでしょ」
それを伝えると、先生は満足そうに頷いた。
だが。
「わかってくれたようでうれしいが、私は奉仕部の顧問として君が部室までちゃんと行くかどうか見届けなければならない義務がある」
そういうや否や、先生は俺の腕に腕を絡めてきた。
ちょ……ちょっと? 先生もうアラサーにも関わらずたわわに実ったマウントフジがあるんですから……。
と、思春期の少年らしく少し戸惑ってしまった俺は悪くない。その腕に当てられた二つの果実の感触に浸っていると、平塚先生は俺に絡めた腕をそのままひねりあげた。
「痛ッ!」
「おい、どうした比企谷。女をエスコートするのが男の役割だろう? ほら、ちゃっちゃと歩け」
そんな俺の苦痛をなんとも思っていないのか、先生は面白そうに笑いながら体を押してくる。
ちょ、腕もげる! どんだけ暴力的なんだよこの人は! これがこの人が未だに結婚できない理由の一つなのか!
……そら出来ねぇわ。
なんだかさっきまで戸惑ったり動揺したりしてたのがアホらしくなってきた。
俺は大きな溜息を吐くと、先生の絞め技に身を任せ――というよりかは成り行きに身を任せ――そのまま部室まで向かって歩み出した。
☆
「時に比企谷。君には彼女はどう映った?」
特別棟に行くまでの道の途中。平塚先生は不意に何かを尋ねようとしてきた。
彼女とは、雪ノ下雪乃のことで間違いないだろう。
俺と彼女が話したのは、現時点ではあの放課後だけだ。あの時間だけで彼女がどういった人間かどうか判断するのは難しい。
とは言っても何も分からなかった訳ではない。一つは自己に対する絶対的な自信。それに伴うあまりにもまっすぐな性格。彼女は殆ど嘘を吐かない性格だろう。違ったとしてもそれに限りなく近いはずだ。あとすごく負けず嫌い。
わかったところはこんなところだろう。
確かに正直であることは美徳であろう。だが、俺にはそれが追随するものが気に喰わなかった。
これを踏まえて今、先生の問いに答えられる解は――。
「嫌な奴」
「……そうか」
そう言うと、平塚先生は肘関節の絞めを殆ど解き、そして少し悲しそうな表情になった。
その表情が示唆しているものは分からない。だが、俺の返答にマイナスのベクトルが付くとするならば、少なくともプラスに向いた返答を期待していたはずだ。
少なくとも俺の中で彼女に対してプラスの感情は殆どないと言っていいだろう。平塚先生もある程度は想定していたのか、すぐにいつもの表情に戻る。
「だがな比企谷。彼女は君が思っているほどの者ではないよ」
先生がそう言ってからは、会話はなかった。
その後は部室前まで二人で並んで歩き、そこで先生と別れた。
「失礼しまーす」
「あら、ヒキガエル君……だったかしら?」
「なんで俺が小学校の頃に呼ばれてた呼び名知ってんだよ」
「あら、無意識にそう呼んでしまったわ。ごめんなさいね、あなたから溢れ出る個性に思わず」
「一応霊長類に分類してくれるとありがたいが?」
厭味ったらしく返事をしながら前に座った椅子に座る。
いきなり罵倒とは、とても達者な口をしてらっしゃる。
「ところで、何しに来たのかしら? ストーキング?」
と、席に着いたタイミングを見計らって彼女が首を傾けながら尋ねて来た。ストーキングって……。そんなに危ない奴に見えるのか? 俺って?
「先生に連行されてきたんだよ。ていうか何だ? なんで俺がお前に気がある事前提で話が進んでるんだ?」
最後に返した返事に、彼女は再びコテンと首を傾けた。
「違うの?」
――自信過剰にもほどがあるだろ……。
「悪いが、俺とお前は初対面だろ? 知ってるわけがない」
「へぇ。てっきり私に気があるものかと」
「その自信過剰っぷりは一体どこから来るんだよ。っていうかお前絶対友達いないだろ」
「ええ、そうね。じゃあどこからどこまでが友達なのか定義してくれるかしら?」
「あ、別にいいわ。それもう友達がいない奴のセリフだわ」
そう言い終えて彼女の目を覗くが、若干の苛立ちが目に見えてわかった。
居ないんだな。殆ど鎌かけだったんだが……。
「っていうかお前、性別問わず人気ありそうなのにボッチ名乗ってるとかどういうことだよ」
そう言うと、彼女は目線を逸らした。そして一言。
「――貴方には分からないわよ」
彼女がこの言葉に込めた意味はおそらく相当に深い。
「私、昔からかわいかったから。近づいてくる男子は大抵好意を寄せて来たわ」
現時点では類稀な容姿という点しか評価することはできないが、雪ノ下雪乃が周囲の人間とは違うことは分かる。それゆえの苦悩だろうか。
雪ノ下は続ける。
「それを拒み続ければどうなるか。あなたにわかるかしら?」
彼女は本を読み終えたからか、席を立ち、近くの机の上に置いてあった本と取り換えた。仕方ないと納得していながら諦めきっていないその表情は、彼女の過去を物語っているようにも思えた。
「簡単な話だろう。女子全員の嫉妬をかっさらう悪女の完成だ」
俺は今まで皮肉られた分も含めて、少し嫌味っぽく返してみる。するとどうだろう。雪ノ下の顔が若干引きつった。
「まぁ、その通りではあるのだけれどもね……。おかげで私は毎日上靴とリコーダーを持って帰らないといけなくなったわ」
そのくらいは俺も経験はある。上靴はもちろん当たり前、教科書の一冊に至るまで常に目の届くところに置いていた。たとえトイレに行く時でさえ、俺は個室に入るとすぐにレインコートを羽織り、上から飛んでくる水しぶきに耐えたものだ。高校に入ってからは流石にそんなことは無くなったが、まだそんな段階まで来ていない辺り彼女はまだマシだろう。それなのにこんな程度で息切れしているような弱さに腹が立つ。
これが、俺が彼女を嫌う要因の一つだろうか。
彼女は続ける。
「仕方ないの。人は誰も完璧ではなく、弱くて醜くて、すぐに嫉妬し蹴落とし合う。優秀な人間ほどこの世界は生き辛い。不思議よね」
でも、と彼女は続ける。
「そんなのおかしいじゃない。だから、この世界を――人ごと変えるのよ」
「――努力の方向性がぶっ飛びすぎだろ」
ただ、彼女の気持ちが全く分からない訳ではない。俺が小中学校の頃に成した成果は全て他人に剥奪された。俺が持った他人との繋がりは家族も含めほぼ全員に否定されてきた。だったらそんなもの初めから必要最低限にしておけば良かったものを。といっても男子からちやほやされるだけでは解るわけがないか。
「そう。でも、貴方みたいに何もせずにのらりくらりと過ごしていくなんて私はしたくない。……貴方みたいに弱さを肯定するところ、嫌いだわ」
確かに俺は自分が弱いということを十二分に理解しているつもりだ。だから、俺は周囲という存在に期待しなくなった。一年前までは所謂対人恐怖症が完治していなかったこともあり、常に他人を遠ざけていた。それこそが俺の弱さだろう。これを肯定して受け入れることで俺は立ち止ることが漸くできた。しかし、彼女のそれは弱さ自体を否定してしまっている。
それで彼女は進もうとしているのだろうが、この様子ではすぐに限界を迎えてしまいそうだ。
どこまでも気丈で、脆く見えてしまった。
それでなのだろう。昨日から彼女のことが気に喰わなかったのは。
「そうか」
ぼそりと呟いてから、俺は手元の本へと思考を移した。
雪ノ下も俺からの返事を皮切りに「ええ。そうよ」とだけ言ってから、何も言わなくなった。
それからしばらくの間、部室内は静寂閑雅としていた。妙に大きく聞こえる時計の針の音が、時を正確に刻みながらも、教室に差し込む太陽と影、そして捲られていく本の頁数が時の移ろいを明確に示す。時折窓から吹き込む風は、春になったばかりの新鮮で心地よいものを運んで来ていた。
案外、こんな時間の過ごし方も悪くない。そう思えた。
――コン、コン。
ふと、扉がノックされる音が聞こえた。今まで余りにも静寂としていたことから一瞬「ビクゥッ!」と反応しかけたが、寸でのところで抑えることが出来た俺に喝采を送りたい。ったく急に来るなよ。
雪ノ下が「どうぞ」と声を掛けたことで、彼女は入ってきた。
「えっと、平塚先生に言われてきたんですけど……」
自信無さげに入ってきた少女。髪の毛はこれでもかと脱色され、頭に団子を結い、シャツは着崩してリボンも結われていない。
いわゆる天然ビッチという奴か。分類は霊長目人科人族リア充属パリピー種だな。
そんな風に彼女を観察していると、ふと目が合った。
ここでどこぞのイケメン君なら顔の横に星を飛ばしながら話しかけられるんだろうが、生憎俺はスクールカースト最下位のボッチだ。ここで何も上手いことは何も出来ない。
……と思っていたが、彼女の方が俺を見るなり叫んできた。
「な――何でヒッキーがここにいるの!?」
「いや、俺ここの部員だし」
っていうかヒッキーって俺の事? そもそもこいつ誰?
☆
「はぁ? 手作りクッキー?」
その後、依頼の内容を聞き出そうとしたところで部屋から追い出された。
と言っても彼女――由比ヶ浜というらしい――が単純に男に聞かれたくないからだろう。そう察したので適当に散歩に出た。その数分後に部室に戻ると今度は家庭科室に向かうとのこと。そこから冒頭に戻る。
「なんでまたクッキーなんぞ」
「なんでも渡したい人がいるらしいのよ。その為に練習に付き合ってほしいって。それが彼女からの依頼よ」
なんとまぁ乙女チックな。
大方告白とかのイベントで使うのだろうな。まぁ俺には関係ないが。
「で、俺は何をすればいいわけ?」
「味見役をお願い」
「へいへい」
そして座って由比ヶ浜が作るのを待つことにした。
「平塚先生に聞いたんだけど、この部って生徒のお願い聞いてくれる部活なんだよね?」
「それは違うわ、由比ヶ浜さん。この部は自立を促すことが目的よ。例えるなら、飢えている人に食糧を渡すのではなく食料の取り方――具体的には魚の釣り方などを教えるのがこの部活の本旨よ」
それを聞いた由比ヶ浜は「へぇ~、なんか面白そうな部活だね!」と、何故か目を輝かせながら答える。お前本当に理解してる?
「ってかお前友達いんだろ? そっちに相談したらいいんじゃねえの?」
俺はふとした疑問を由比ヶ浜にぶつけてみる。いかにもスクールカーストトップに君臨していそうな彼女のことだ、料理が得意な友達の一人や二人いるだろうと思ってだ。
でも由比ヶ浜は力なく頭を振る。
「いやぁ、あんまり話したくないし……。友達ともこういうマジっぽいの合わないし」
それはトップカーストに君臨するが故の苦悩なのだろう。常に周囲の様子を窺い、上手く調子を合わせる。張りぼてでしかないものに固執するのだろうな。
ある意味俺が一番嫌いなタイプだ。
まぁ今回の依頼には関係ないし、流しておくか。
☆
「どうしたらあそこまでミスを重ねられるのかしら……」
由比ヶ浜の調理は、それはもう酷いものだった。
まずにボウルに卵を割って落とす時に殻が入ったままだったり。砂糖を入れるとき、計量せずに投入していた。山ができるほど。
更には薄力粉と塩を間違えて投入しかけていた。
他にもいろいろあったが、これは酷い……。
皿に盛りつけられたそれは、ホームセンターで売ってる木炭だった。いや、最早毒だ、ダークマターだ。由比ヶ浜は自分の料理の腕の無さにしょぼんとしていた。
「やっぱりあたしって才能ないのかな? 最近皆こういうことしないらしいし……」
結果、彼女の口から零れた言葉は諦観だった。
才能がないから。それは物事を諦める時に使う非常に便利な言葉だ。だが、才能がなくとも最後まで努力を重ねた物からしてみれば堪ったものではない。それは自分がしてきたことを否定するのと同義だからだ。
由比ヶ浜の言葉を聞いた雪ノ下は、苛立ち気に語る。
「その認識を改めなさい。上手くいかない理由を才能がないからで片付けてはいけないわ。あなたは貴方が言う『才能を持つ人』が積み重ねてきた努力を知らない。今あなたは初めてクッキーを作った。上手くいかなくて当り前よ。上手くいけばそれこそ才能があるわよ。何の努力もしないで才能がないなんて愚の骨頂よ。それに、周りに合わそうとするのをやめてくれないかしら。すごく不愉快」
うわぁ……。
すげぇやこいつ。思っていること全部ぶちかましやがった。本人の気も知らずに。昨今のリア充にそんな事言ってみろ。逆上して「もう帰る!」とか言い出しかねんぞ。
「か――カッコいい!」
「「はぁ!?」」
なんて言ったこいつ!? カッコいいだ!?
相当キツイこと言ってたぞ!?
「あの、話を聞いていたのかしら……? 結構キツイこと言ったつもりなのだけれど……」
「確かにちょっときつかったけど、本音で喋ってるってわかって。何て言うのかな、雪ノ下さんが言っていることがズドーン! って胸の中に飛び込んできたの。ごめん、次はちゃんとやるから!」
余りのことに雪ノ下は言葉を失っていた。そりゃそうだろうな。逆上されると思っていたところをまさか謝罪されるなんて。
「正しいやり方、教えてやれよ」
俺の一押しで、雪ノ下は手本を見せながらやると言った。雪ノ下には悪いが、ここは由比ヶ浜の背中を押させてやる。彼女が殻を破れたのだ。ここで貶める理由はないだろう。
そして彼女たちは、調理を再開した。
今度はちゃんと作れるように。
暫らくしてから。
テーブルの上には二つの皿が。
一つにはきれいでかわいらしい形をしたクッキーが。もう一つの皿には、最早ホムセンで買って来たと言っても通用しそうな木炭が……じゃなくて黒焦げのクッキーが。
「どう教えれば伝わるのかしら……」
雪ノ下は、それはもう疲労困憊としていらっしゃった。
あれからも由比ヶ浜は奮闘(?)したが、なぜか根本的なところでミスをする。漸く匙を使うようになったと思ったらそこになぜか砂糖を山盛りに盛ったり。それでも何とか形状はクッキーに近づいていた。
というよりも……。
「なんでお前ら、美味いクッキー作ろうとしてんの?」
と、二人とも「何言ってんのこいつ? 死ぬの?」みたいなことを言いたげな顔をしてきた。
そりゃそうか。二人とも渡す側の立場でクッキーを作ってんだから。
「10分後、またここに来てくれ。本物の手作りクッキーってもんを見せてやるよ」
二人とも納得がいかなさそうな表情で部屋を出ていった。
こっからは俺のターンだ。
☆
「比企ヶ谷君、これはどういうことかしら」
二人が戻ってきて見せた俺の「手作りクッキー」は、それはもう酷いものだった。
皿の上にはきれいには並べられているものの、黒焦げになっているそれが。
「まぁとりあえず食べてみろよ」
二人は渋々といった感じでそれに手を付け、口に放り込み咀嚼する。するとまぁ不味そうな表情を。由比ヶ浜に至っては「不味い!」とまで言い出した。
それを見た俺は次の手に出る。
「……そうか。わりぃ。じゃあ捨てるわ」
そう言って皿を掴みゴミ箱に捨てようとする。
「待って!」
由比ヶ浜が慌てて止める。
手にしたクッキーの残りを口の中に放り込み無理やり咀嚼すると、何でもない事のように言う。
「そんなに不味い訳でもないし、形もそんなに悪くないしから食べられないことはないよ!」
「そうか。まぁこれ由比ヶ浜の作った奴なんだけどな」
二人して今度こそ「ハァ?」と言いたげな表情になる。まぁそれもそうか。
「いいか。男っていうのは単純なもんなんだよ。声を掛けられたらドキドキするし、おいしくなくても手作りクッキーをくれたら喜ぶ。おいしくなくても一生懸命作った気持ちだけ伝われば十分なんだよ。」
ここで、俺は中学時代の苦い経験を基に説明をした。悪まで俺の友達の友達の話としたが。
リア充な男でも、クッキーをくれたら少なからず喜ぶものだ。非リアにそんな事あってみろ。まず間違いなく狂喜乱舞するぞ。
まぁ例外もあるが。「何か裏があるのでは?」真っ先に疑うタイプ。こっちは圧倒的に少ないだろうしここでは伏せておくが。
それを聞いた由比ヶ浜は、恐る恐る尋ねてくる。
「その、ヒッキーも貰えたらうれしいの?」
「勿論だ。嬉しすぎて舞い上がるまである」
まぁそんな事天地がひっくり返っても起きなさそうだけどな。
それを聞いた由比ヶ浜は、何か納得出来たのか。
「ありがとう! 頑張ってみる!」
と、一方的に告げ、手を振りながら走り去っていってしまった。
流石の雪ノ下大先生もポカーンとしてしまっている。多分ああいうタイプの人間に出会ったのは初めてなんだろう。『こういうタイプの人間もいる』と、平塚先生が狙って由比ヶ浜をここに送り込んだとしたならば、とんだ食わせ者だ。
結局俺と雪ノ下は依頼解決の旨を平塚先生に伝え、教室に戻った。
その後、依頼は一件も来ることなく部活を終了した。
――暇すぎだろ、この部活……。
☆
翌日の昼下がり。
ボーダー本部の南東部にて、俺は那須隊の連中と合同で防衛任務に当たっていた。
那須は、去年の夏ごろに四人でガールズチームを結成した。アタッカー1人とスナイパー1人、那須がシューターの非常にバランスの取れたチームとなった。
本人は気にしていない――というか気付いていない――が、那須はボーダーの中でも屈指の人気を誇っている。その端麗な容姿が周囲の羨望を掻き集める。その上シューターとしても非常に優秀で、僅か四人しかいない合成弾生成が即座に作れる面子の一人だ。
このことあって彼女は色んなチームから勧誘されたが、最終的に自分でチームを作ってしまった。
と言ってもまぁ、ガールズチーム結成に呼びかけられた、と言う方が正しいが。
アタッカーの熊谷がメンバーを集めたのだ。他にも引きこもりオペレーターを連行してくるなど、中々に気概のある奴だな。
彼女たちは現在B級の中でも未だ16位で、余り成績は振るっていないみたいだ。那須一人でも戦況を変えられる程度の実力はあるが、それでもチーム戦となれば話は別だ。
他の二人がちゃんと役割を果たしていても、そこを狙われてしまうと弱い。
そこは二人も自覚しているようで、スナイパーの子――日浦はスナイパーランク二位のキノコ貴公子こと奈良坂に師事し、熊谷も太刀川先輩(アホ)とソロランク戦を良くしている。
まぁ、この話はここで置いておき。
「なぁ、ちょっと聞きたいことがあるんだがいいか?」
と、俺は熊谷と那須に昨日の件を尋ねてみる。
「何よ」
「どうしたの?」
「女子が男子に手作りクッキーを渡すことってあるのか?」
『どこで』『誰が』の情報を省いたが、まぁ聞きたいことは聞けるだろう。
俺は昨日、あくまで『手作り』を強調したが、女の子にとってのこの意味は男子たる俺には分からない。それ故、俺が昨日出したこの解は正しかったのか少し疑問に思えてしまった。
「――渡されたの?」
と、那須が何故か俯き気味に尋ねて来た。
どうした急に?
隣の熊谷と見比べてみるが――何故かこいつ、妙にニヤついていやがる。なんか腹立つ。
「まぁそういう訳ではないんだが。昨日クラスの女子が手作りクッキーを鞄の中に入れてるのを見てな。女子友達に渡す様に見えなかったから気になってな」
「そっか……。(良かった……)」
と、なぜか弁明のように返事をすると那須は安心した表情になるが、熊谷のニヤニヤした顔は元に戻らない。
「那須だったらどういう場合にそういうことをすると思う?」
「ふぇっ!?」
急に話を振られた那須は動揺する。……かわいい。
じゃなくて。
何故俺が話を振ったらそんな反応するのか少し理由が気になるが、尋ねたところで藪蛇にしかならないだろうから突っ込まないでおく。ソースは俺。
「……まぁやっぱり、異性に渡すとなればある程度の好意は抱いていると思うわね」
さりげなく那須のカバーをしたのか、その本意は分からないが熊谷の言っていることは確かだった。
「わ……私も、そう思うかな……」
今聞いた話を由比ヶ浜結衣の依頼に照らし合わせると、由比ヶ浜はお礼を言う相手にある程度の好意を持っている……か。
その好意は友人としてなのか恋慕としてなのかは分からないが。
まぁいろいろと分からないことは多いが、分からないことが多い以上考えても無駄だろう。分かるのは、知っていることと解る事だけ。
必要以上に由比ヶ浜に干渉したところで余計なお世話になってしまうだろう。
その後、再び軽く話し、那須に次の訓練に付き合う日取りを決めてからお開きとなった。
何故か熊谷が最後までニヤニヤしていたが。
後書きストーリー vol.5
私は幼馴染が大嫌いだ。
彼は「皆が皆友達になれる」と本気で思っているのだ。
小学校低学年の頃はまだ私自身にも無邪気さがあり、仲の悪い相手はいなかった。
しかし、それもすぐに終わる。
高学年になりだすと、周りの視線が次第に変わっていったことに気が付いた。
男の子たちは下卑た視線を。
女の子たちは妬んだ視線を。
初めはどうしてそうなってしまったか分からなかったが、次第に気付くようになった。
ある日、とある女の子から「恋愛相談」をされた。
『私は○○君のことが好きなのだけれども、どうやって好きって伝えたらいい? ■■さんなら経験豊富そうだし教えてくれない?』
このセリフを聞いて確信した。
『私は○○君のことが好き』
訳『○○君に手ぇ出すんじゃねぇぞ?』
『■■さんなら経験豊富そうだし』
訳『あんたどうせ男の子たちにちやほやされてんだろ?』
つまりはこういうことだ。
私は女の子たちから悪意にさらされていることに気付いた。
別に放っておいてよかった。
彼等彼女等が勝手に私にどんな付加価値を付けようと、私自身に害がなければ問題なし。そう割り切っていた。
しかしそこで、幼馴染が出てきた。彼は私が女の子たちに嫌厭されることを良しとしなかった。
彼は私が周囲に嫌厭されている分私に話しかけるようになった。
しかしそれは、彼女たちにとっては面白くない。それもそうだ。彼は容姿端麗、成績優秀だった。要は女の子たちの憧憬の的だった。
その彼が私にしか話しかけない。他の人に話しかけたとしても極僅か。なるほど確かに面白くないだろう。
そしてそれから暫らく日を置かずして、私への悪意はあからさまなモノになった。
上履きが盗まれていた。机の上が汚されていた。そして、根も葉もない私の噂が立った。
私は少しずつ周りの悪意に対して「そろそろ制裁でも加えようかしら?」と思い始めた頃。
ついに彼が動いた。
いや。この場合「動いてしまった」と表現する方が正しいだろう。
先生がいない放課後すぐの教室。ほとんどの生徒が教室にいるときに、彼はクラスメイト全員に向かって宣った。
『もうこれ以上■■ちゃんを虐めるのをやめてくれ。やった人は■■ちゃんに謝ってくれ』
それを聞いた瞬間、私はこの幼馴染を完全に見限ってしまった。
こんな大衆の前で謝罪するなど恥以外の何物でもない。しかもそれを彼に言われればやらざるを得ない。
彼女たちは上辺だけの謝罪を私へと済ませた。
そこからが本当にひどかった。
これまではこっそりとしていた虐めが本格的になった。
いや、内容自体は変わらない。やり口が非常に陰湿になったのだ。それも幼馴染の彼にばれないように。
彼はもう虐めは終わったものだと思っているのか、友達と一緒に遊びに行っていた。
その横で私が裸足で家まで帰っているのも知らずに。
そして、小学校を卒業し。
中学校に入学した私に待ち受けていたのは、やはり同級生の女の子の嫉妬だった。
そのころからようやく自覚しだしたが、私の容姿はいわゆる「かわいい女の子」に部類するもののようだ。
男の子から告白されることも日常茶飯事となった。
そうなれば周りの女の子たちは黙っていないことは目に見えていた。
また小学校の頃の様に根も葉もないうわさを囁かれ。チェーンメールで私への悪意を拡散して。
結果的に私は犯人を突き止め、公開糾弾をすることでそれを止めた。それで私への悪意が止まることは無かったが。
ただ、何故彼女たちは自己研鑽をしなかったのかが、気になった。
私が彼女たちよりかわいいことは分かったが、そこから何故上を目指さず蹴落とすことを考えたのだろうか。
そうか、この世界は優秀な人間ほど生きづらいのか。
優秀な人間はその才能を生かす場を与えられることなく散っていくのか。
そんなのまちがってる。
そうおもった。
だったら私はどうすればいいのか。結論にたどり着くのは簡単だった。
「この世界丸ごと、人々の意識を変えればいいんだ」
自分で言っていて荒唐無稽だと思う。だけれどもこうするしか道は残されていないように感じた。
でも、この夢が成し遂げられたとき、この世界はどれ程素晴らしいのだろうか。
たとえ私一人でも成し遂げて見せる。そう心に誓った。
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第三話 作家の中二―第一部
由比ヶ浜の依頼を解決した翌週の事。由比ヶ浜は結局クッキーを相手に渡せたのだろうか、そのクッキーを渡したのは誰なのか。ぶっちゃけそいつ滅べ――失礼、色々気になることはある。
だってわざわざクッキー渡すような奴だぞ? 絶対出来るだろ。
まぁ、依頼に関していえば彼女自身はそれで解決した様だったから、これ以上は何も言うまい。雪ノ下は少し不安げな様子ではあったが、「かまわんだろ」の一言で一蹴した。まぁ雪ノ下の気持ちも分からなくもない。これまでと全く違うやり方なんだ。不安を覚えない方がどうかしている。
閑話休題。今日、奉仕部の部室はそれまでと様子が違った。
俺が教室の右側に椅子を置き、左側には雪ノ下雪乃が座る。
窓から入り込む春風と、運動場から聞こえてくる声。
時計の秒針がチクタクと時を刻む。その音はこの教室内でも存在感を示す。
そして最も存在感がおかしいのが――
「それでよく見たら今ポタージュとコーヒーの缶が……ってヒッキー?」
「いや、何でもない」
御覧の通り、百合の花を咲かせる由比ヶ浜。
今週頭の部活始まってすぐくらいに「お礼」といってクッキーを貰ってから、毎日のように奉仕部に入り浸るようになっていた。その日は防衛任務が入っていたから五時ごろに部屋を抜けられたが、その後も部室にいたようだ。翌日の雪ノ下の憔悴しきった顔を見てすぐわかった。
しかもその翌日も来る。
その翌々日も来た。
最早「あ、そういえばいたな」と言い始める次元だ。物凄いスピードで雰囲気に溶け込んでいった。
普段は雪ノ下の隣を陣取り、まるで飼い犬の様になついていた。俺の席から若干遠い点に関しては絶対に言及してはいけない。絶対に。
少し遠目から二人を観察していると、ふと思うことがある。ただの百合にしか見えない……。
ゆっるゆっりゆっらゆっら~♪
話を戻す。
由比ヶ浜が雪ノ下に懐いてから何をしているかと言えば、何故か先ほどのような他愛無い話ばかりだ。由比ヶ浜が元々コミュニケーションが高いのもあってか、この部室の中でにぎやかな声が絶えない。
その光景は少し眩しくて。
こんな関係を友達同士と呼ぶのだろうか。少なくとも由比ヶ浜はそう思っていそうだな。
雪ノ下も、こんなにも純真無垢な人間を相手にしたことは無かったんだろう。反応を見ればすぐわかる。パーソナルスペースに躊躇いなく入り込んでいく由比ヶ浜に多少の拒否反応を示している。
しかし、彼女には悪意なんてものは少しも感じない。この感覚はおそらく長年ボッチ生活を営んで来た者ならわかるはずだ。それを雪ノ下も薄々と感じているようで、少しづつ態度が軟化していく。
だが、少し違和感もある。
彼女からは悪意は感じないが、何かを隠している気がするのだ。それは何か分からないが。
彼女とこれまであった事はあるはず無いし、何かをされた記憶もない。だから、初対面で何故俺のことを「ヒッキー」と呼んだのか――。
何かありそうだが、今はこれ以上考えないでおく。
――だって、この二人が本当に楽しそうだから。
☆
「ヒッキー! 一緒に部室行こうよ!」
相も変わらず元気なものだと思う。
さっき俺の方が先に教室を出たにも関わらず、クラスの友人たちに早々に別れを告げパタパタと追いかけて来た。
「ん。行くぞ」
俺は由比ヶ浜がある程度追いついたと思ったところで「まぁいいか」と思いゆっくり歩き出す。それを見て由比ヶ浜は置いていかれた子犬の様にしょぼんとしてしまった。
「ちょっと、待ってよぉ~…」
またパタパタと走りながら追いついてきたのを見て、歩く速さを落とす。
だが、俺としてはこの状況はあまりうれしくない。
由比ヶ浜は控えめに言っても「可愛い」女の子だ。学内カーストの最上部に君臨していることからも、その事実を裏付けている。
故に、俺は若干前を歩く。
決して隣には並び立てない、現状を表す様に。
「そういえばヒッキー?」
「なんだ?」
「うちの学校にいるボーダー隊員ってだれだろ?」
――来た。
これまで学校の方では話す相手がいなかった事もあり一度も聞かれたことは無かったが、上層部によるボーダーの宣伝が非常に上手いこともありボーダーはこの町のシンボル的存在だ。それ故日々の噂で「ボーダー」という言葉が交わされない日はないと言える。
ボーダーの公式サイトでは、どこの学校にボーダー隊員が居るかが紹介されているが、何人いるかは紹介されていない。まぁ、隊員の名簿は紹介されてはいるのだが。
去年までは三年生に「ボーダーの顔」こと嵐山さんがいたが、卒業と供に誰もいなくなったはずなのに学校が上がっていたことから、誰かボーダー隊員がいると話題になっていた。
――その話題の犯人、俺です。
なんて言える筈もなく。俺は教室の端っこでひっそりと過ごしている。
ぶっちゃけこの話題が上がった時、すごい居づらいです。
「去年までは嵐山先輩がいたけど、誰がいるんだろうなー? ヒッキーなんか知ってる?」
「……いや、何も」
「そっかー。さっきも葉山君たちと話題にはなってたんだけどね」
この話はマジで早く終わらせるに限る。いやマジで。
「なんか憧れるよねー! トリガーオン! ってさ!」
「そういや、昔そう言って女子にドン引きされてふさぎ込んだ奴がいたな。そいつ後でトイレですげぇ落ち込んでたけど。あれは笑ったな」
「うわヒッキー意地わる!」
いや、そりゃおもしれぇだろ。
ただそいつ、その後中二病拗らせてしまったんだがな……。
その後も由比ヶ浜と話しながら部室前まで着いた。
いや、着いたのは良いんだが。何故か雪ノ下が部室前でうろうろしていた。
いや何やってんだあいつ。
「どうした雪ノ下。部室は間違えてねぇだろ。」
「あら比企谷君。いえ、そうではなくて……」
何故か言いよどむ雪ノ下。埒が明かないので部屋を思いっきり引き開けた。
何故か吹き込む風。
何故か舞い散る原稿用紙。
もうそろそろ五月になるというのに何故かコートを羽織り、無駄に黄昏るバカ。
360度どっからどう見ても不審者だ。
「ぬぅ、漸く来たか……。待ちわびたぞ! 八幡!」
「場所間違えてんぞ。ほら、出口はそっちだ」
「うん、なんで窓の方指さしてるの? さりげなく自殺しろって言ってる?」
「ばっかお前。そんなことわざわざ口で言わなくても伝わるだろ?」
ってか素出てんぞ。
と、この不審者をどうにかしようとしていると雪ノ下と由比ヶ浜が気後れしながらも部屋に入ってきた。
二人とも怪しい人を見る目だ。
「あなたの知り合いのようだけど? 比企谷君」
「すまんな。こんな奴俺の記憶にない」
「モハハ―! 笑止! この剣豪将軍『義輝』のことを忘れるとはな!」
「と、こいつは材木座義輝。見ての通り心に病を負っている」
「知り合いじゃん!」
なんか一瞬材木座が俺の言葉にビクッと反応していたが、あえて無視しておく。
「見下げたぞ八幡……。かつては天命を共にしたというのに」
「体育のペア一緒になっただけだろ。んで、何の用だ」
粗方、散らばった原稿用紙を見れば分かるが。
「平塚女史に聞いたのだが、ここは奉仕部で相違ないか?」
「間違ってはないが、取り敢えず――」
俺は床に散らばっている原稿用紙を眺めて、心底面倒臭く思いながら。
「――この散らかした原稿用紙どうにかしろ」
「あっはい」
☆
「自作小説の感想が聞きたい……と」
材木座が自分で散らかした原稿用紙を拾い集め、いつもの面々が普段のポジションについてから話が始まった。
材木座は途中まで雪ノ下の前で中二を発揮してはいたが、流石は氷の女王、一瞬で陥落した。雪ノ下と由比ヶ浜に一応一通りの中二病の説明はしたが、材木座を屈服させるまでの手腕が流石だった。
「その気持ち悪い言動をやめてくれないかしら」「人の話を聞く時は目を見なさいと学校で教えられなかったの?」「何故もう四月下旬なのにコートを着ているの?そのグローブには何の意味があるのかしら。暑苦しいだけでしょう」
大体こんな感じだ。
雪ノ下自身には分からないかもしれないが、その言葉。中二病患者にとっては全部心にブスブス突き刺さるんだ……。
話が逸れた。
材木座曰く、「小説コンテストへ作品を応募したいらしいのだが感想を聞きたいから、読んでくれないか」とのこと。
「つまり私たちはこの小説の評価をすればいいと」
「はい……」
もう無残だ。
今にも土下座しだしそうな様子の材木座に思わず同情しそうになる。
「というかお前、兄貴に読んでもらうとかネットに投稿するって選択肢はなかったのか?」
「無理だ。兄上は一応忙しい身であるし、ネットは連中は、容赦がないからな。我死ぬぞ?」
なるほどな。
まぁとどのつまり、忙しい兄貴に迷惑は掛けられんし、ネットの連中に全否定されるのが怖いからここに逃げ込んできたと。まぁ、別にそれはいい。
ってなんでドヤ顔なんだよ。殴りたい。
「ってあれ? なんでヒッキー、中二にお兄ちゃんがいるの知ってるの?」
もう既に材木座の呼び名が中二になっている……。憐れ。それよりも由比ヶ浜、なんでこんな所だけ無駄に鋭い……。
「ケプコン、ケプコン! それはだな、我が兄義晴はあの――フゴァ!」
材木座の口封じ、完了。
「あれだ、昔こいつの兄貴に世話になってな。それでだ」
「ふーん?」
危ない……。こいつ何てこと言うつもりだったんだ。マジで焦った……。
一応納得はしてくれているみたいだ。嘘もついてないから問題ないだろう。
「まぁともかく、その依頼――承りました」
雪ノ下は依頼の承諾をする。まぁそれはいい。
いいんだが――。
「おい材木座。お前、明日までに心の準備しとけよ」
「何故だ?」
いやぁ……。何故って言われたら。
「そこにいるあいつ。――絶対にえげつないからな」
我らが部長様、ユキチェリーナ二世様だぞ。
☆
部活帰りに、夕焼け色で染まった歩道橋を自転車で渡る。
まだ夕日が落ちていないのを見て「まだ落ちてないのか」と歎息がでる。時間は既に十八時を四半刻程過ぎている。歩道橋からはビル群から外れて良く見ることが出来る。上を見上げれば半月が上っていた。
もう春分を過ぎたので、徐々に昼が長くなることを実感する。冬至を経るせいか、一日が妙に長く感じてしまう。
ふと横断歩道の前で信号が変わるのを待っていると、視線の先―横断歩道の向かい側―に飼い主と戯れる犬が見えた。犬は飼い主と戯れながら「キャンキャン」と、鳴いていた。
犬の飼い主はそのまま横断歩道を渡らずに歩道を歩いていく。犬の首輪に付けられたリードを話さないように握っていた。
車の信号が青から赤に変わろうという時、黒い漆塗りの車が駆け込むように過ぎ去っていった。
――あぁ、妙に既視感があると思えば。
アパートの部屋に戻ってから、ジャージに着替え制服を掛ける。
軽く食事をとってからが勝負だ。
それからは翌日の朝に至るまで材木座の小説とにらめっこだった。一応材木座には翌日来るように言ってあるから、とりあえず夜更かしでもしないと終わらなかった。読み終わるまでに八時間も費やしてしまったが、ぶっちゃけつまらんかった。結局話にオチがないし。二百枚近く書いておいて、その実はグダグダと文章を積み重ねた印象しかないまである。偶に「てにをは」の使い方を間違えているまである。
というか出てきた特定の登場人物、絶対にモデルがいる。こいつ等だけ妙にボロカスに言っているし、すぐに死ぬ。しかも言っているセリフが何故か聞き覚えがある。
なんか無駄に闇を抱えてんだな……。すげぇどうでもいいけど。
気が付いてカーテンを開けるともうすっかり日は上っていた。時計の時刻は午前6時32分。普段なら目を覚ましている時間だ。仮眠をとっても構わないが、この後起きられる自信がないからやめておいた。
朝風呂に入ってからはいつも通りのルーティーンで動き出した。マックスコーヒーを一缶開け、朝食を作る。
玄関の扉を開けると、誰に向けた物でもない声を。
「――行ってきます」
☆
クソねみぃ。今すぐ寝たい。
そんな愚痴を頭の中で消化しながら自転車を漕いで行く。時折眠気が襲ってくるが構わずペダルを踏む。
学校前に着くと、少し遅かったのか自転車置き場は殆ど占領されていた。
仕方ないので適当な場所を探して放置をしてやろうかと思っていたが、幸いちょうど一台自転車が止められるスペースがあったからぶち込んでやった。
「ヒッキーッ、やっはろー!」
と、そこで何故か元気そうな声をあげる由比ヶ浜が。ところで「やっはろー」って新しい挨拶か? キモイな。 漢字を当てると「
「どうしたの? 元気ないね?」
「どうしたもクソもあるか。あんな小説読んで元気有り余ってるお前がどうかしてるだろ」
「――ぁ。そうだね……。あれちょーおもしろくなかったねー。あたしもちょー眠いし」
「なんだ今の『ぁ』って。お前絶対読んでないな」
「そ……そんなことないし。これから全部読むし!」
「つまりこれまで全く読んでなかったと」
ある意味予想通りなのがイラつく。
早く席について寝たい。ここにいるアホを放置して俺は教室までの道のりをズンズンと進んでいった。
☆
時間は移って放課後。
授業は一通り寝たお陰で眠気はだいぶ収まった。ノート? んなもん一回の授業飛んだくらいじゃ問題ない。学年首席舐めんじゃねぇ。
部室には相変わらず雪ノ下が先についていた。
席に座りながら船を漕いでいるその姿はやはり絵になる。自他ともに認める美少女というだけあって、何時までも見ていられそうだ。少しづつ上昇する動悸に困惑してしまう。
しかし同時に、余りに無防備な姿をさらす雪ノ下を起こそうかどうか迷ってしまう。
冷静になれ八幡……! ここで起こそうとした時に誰かが部屋に入って来てみろ。犯罪現場で現行犯逮捕、弁論の余地なく牢獄行きだ。
逆に起こさずにいつもの定位置で本を読んでいたとしよう。入ってきた善意の第三者には冤罪を吹っかけられてもなんも言えねぇ……。
つまり、ここは部屋にいること自体が拙い。早急に回れ右をしようとすると。
「……んッ」
その少し艶めかしい声に思わず振り返ってしまった。
うっすらと瞼を開く雪ノ下と視線が重なったと思えば――
「……あら、不思議なモノね。あなたの顔を見た瞬間眠気が一気に飛んだわ」
「それはどうも。さぞ強烈な印象を与えますよ。俺の目は」
「ええ。その腐りきった目を見ていると何故か身の危険を感じるわ。その所為かしら」
「そろそろ危険人扱いやめてもらえねぇか?」
いつもの様に、お互いに毒を吐き合う。
見てくれに騙されなくて良かった……。こいつ、起こそうとしたらセクハラとかで訴えそうだ。
というか犯人扱いされなかったことに一番安堵している自分がいる……。
お互い寝不足なのは察し合ったのか、小説の話題に関しては何も話さなかった。
というか俺は話したくないが……。
少しして由比ヶ浜も来る。
「やっはろー! ゆきのん!」
「やっは――こんにちは。由比ヶ浜さん」
今さり気無くやっはろーって言いかけたな?
☆
「ゴラムッ、ゴラムッ! さて、感想を聞かせてもらおうではないか」
その後、材木座本人が到着してから評論会が始まった。
何故か上から目線なのは突っ込まないでおく。
――だってもっと突っ込む奴がいるから。
そんな俺の考えに応えるが如く、雪ノ下はいくらか前置きを置いてから話し出した。
「想像を絶するつまらなさだったわ。先ずタイトルが無駄に長い。心理描写が少なすぎる。その心理描写でさえ矛盾があるわね。ここで何故いきなりこの女の子は服を脱ぐのかしら。意味が解らないわ。ラブコメ的展開に持っていくのならこの女の子の気持ちが分からないといけないのに何故この主人公はことごとく無視するのかしら。ルビ振りに関しては良くわからないことが多いのだけれど、ここの『刃紅旋斬』、ナイトメアの要素がどこにあるのかしら。文章上の文法でさえ間違っているわね。ここの『頭痛が痛い』って二重表現になってるわ。そもそも『てにをは』でさえ間違えているわ。小学校で習わなかったの? それよりも気になる点があったわね。何故倒置法を無駄に多用しているのかしら。読みにくいわ。もしかして倒置法で喋るのがカッコいいと思っているのかしら。その価値観はすぐに捨てた方がいいわ。だって見ていて醜いから」
「ブフォ!!」
あ、血を吐いて倒れた。
きったねぇ花火だな。
でも流石にマジで材木座が死にそうだったから、雪ノ下にストップを掛けておく。雪ノ下はまだ言い足りなさそうな雰囲気だけど、一旦は抑えてくれた。まだあんのかよ。
ターンは変わって由比ヶ浜。
先ほどからずっとうつらうつらと船を漕ぎながら、声を掛けられたことでハッとするが……。
「なんだか難しい言葉、一杯知ってるね!」
「グボァ! ……八幡。お主なら――」
うわぁ、由比ヶ浜の奴えげつねぇ……。無自覚に材木座の心を抉ったぞ。
最早最後の頼みと――「お前なら理解できるだろ?」と訴えかけるその瞳を見る。もう材木座の心は折れ掛けていた。
俺は、二人の猛攻によく頑張ったな、と労うように。
「で、あれ何のパクリ?」
積極的に折りにいった。
「――ぶへぇぇぇぇえええ……」
説明しよう! こういうライトノベルを書いている連中にとって「あれ何のパクリ?」という言葉は心に突き刺さる。そりゃもう、すんごいくらい。現に材木座、ぶっ倒れた。
もう材木座は三角座りを決め込み、「ッァァァァァァァァァッァァァァァァァァァ~」と訳の分からん奇声を上げている。
流石に二人の視線がゴキブリを見る目に変わってしまったから材木座に声を掛ける。
「ま、大事なのはイラストだから、中身なんてあんま関係ないし気にすんなよ」
「ファ――」
あ、死んだ。
☆
「また、読んでくれないか?」
帰り際、材木座はふとそんなことを呟いた。
「はぁ? 何言ってんのコイツ、あんだけ言われてまだ足りないとか頭おかしいんじゃないの!?」
由比ヶ浜は最早材木座のことをただの変態としか見られず、雪ノ下も汚物を見る目に変わっていた。
しかし、俺は材木座の目が真っ直ぐなのに気が付いた。
その瞳は、格好をつけたいからだとか、周りから良く見られたいからそう振る舞う、みたいなそんな飾り物の感情を一切感じさせない。
書きたいことがあるから書きたい。
それが結果的に誰かの心に響き、それは巡り巡って書き手にとってもうれしいとなれば、それはもう作家病だ。
材木座義輝という人間は、もう立派な作家病だ。
そういう者にとって、描いた物語が誰にも評価されないのは何よりも辛い。
ならばせめて、誰かがちゃんと評価をしてやらないと。
「良いぜ、また持って来いよ」
「――感謝する」
材木座は今度こそ去らばとばかりに立ち去ろうとした。
「――ハァァアアアア!! 時間跳躍!」
バンッと扉を閉めて。
あの中二病だけどうにかならないのか……。
今話の感想の殆どが「原作そのままやんけ!」だと思うんですが、すっごい伏線混ぜてます。
おいおい回収しますけど、無意味に放り込んだ話ではないと思って頂ければ嬉しいです(言い訳)。
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第四話 姉の弟―第一部+テニスの王子さま―第一部
(ただのTwitterの宣伝)
Twitterの方で頻繁に活動報告をしております。
宜しければ、フォローの方宜しくお願いします。
@battlejunky_on_
それでは、どうぞ
さて、もう五月の中旬に差し掛かろうとしているこの時期。紳士淑女の諸君はさぞ憂鬱な時期に差し掛かっていることだろう。
一学期中間試験だ。
毎日部活に専念していたり、カラオケ・ゲームセンター等々で時間を潰したりするような者たちにとってみれば地獄のような時期だ。学校によっては夏休みが消える要因になり得るし、さらに言えば高校で留年をしてしまう要因にすらなり得る。
だが、学力が一定以上の者たちにとって、この定期テストは殆ど意味をなさない。常日頃からコツコツと勉強をしているものや元々の学力レベルが高校のそれを超えている場合、殆んど小テストとの違いを感じない。このような者たちは予想に違わず少数派だ。
そして、その少数枠に俺も入っていた。
ぶっちゃけバイト、防衛活動と勉強以外にすることが殆どない。べ……別に友達がいないわけじゃないんだからね!
そして、その少数派の者たちは試験の直前に頼られることが多いが、不思議と頼られた経験が一度もない。不思議だなぁ!
はてさて、ここまでグダグダと述べてきたが、結局何が言いたいか。
「比企谷君、ここちょっといい?」
俺が綾辻に勉強を二人きりで教えるのは間違っているだろうか?
☆
事の始まりは一昨日の夜。
俺は書類を忍田さんに提出するために顔を出していた。
防衛任務が終わってからで、時間は午後六時過ぎ。人も疎らになり始めていた。もう食事時なので腹が空腹を訴えかけて来る。
これはもう早くに帰るしかない。というか何故俺は締め切り前日までグダグダしていた。とっとと用事を済ませて帰ろうと決心して前を向いたとき、偶々視線を向けた先にいた人物と視線が合った。
「あ」
「お」
タタタッとその場から小走りで駆け寄ってきたのは綾辻だった。
少し走ったせいか頬が上気しているが、わざわざ走って来てまで話す事でもあるのだろうか?
「比企谷君! 久しぶり! 元気にしてた?」
「いやおまえは俺の親か。まぁいろいろあったけど何とか」
「いろいろって学校の部活の事?」
いや待て綾辻さんよ。何故にその情報を持っている?
「迅さんに聞いたんだけどね」
「……」
ある意味予想通り過ぎて困る。
「で、なんて聞いたんだ?」
「比企谷君がすっごい美人のいる奉仕部って部活に入部したって」
なんだそれ。全く事実とかけ離れているわけでもないのに、凄い悪意を感じる。何故奉仕部の名称をそのまま伝える? 他に『ボランティア系』とかの言い方があっただろ……。
と、ここで「そういえば……」と綾辻が尋ねて来た。
「そろそろどこの学校でも中間試験だったよね? 比企谷君は大丈夫?」
「まぁ何とか今年も特待生でいたいし、少し頑張らないと不味いけどな」
一応綾辻は俺が特待生であることは、以前俺の家庭の話で学費をどうしているのかを尋ねられた時に話してある。
「そういえば首席だったよね? それだったら今度勉強教えてくれない?」
「おう、いいぞ――って、え?」
二人きりなの? 勉強会って? 他に誰もいないの? いやまぁ確かに俺は勉強できる方ではあるけれども、それは流石に社会倫理的にアウトじゃ……。
そんな疑問を聞こうとしたが、綾辻はスルースキルを発動した。
「よし、きまり! それじゃあ今週末バイトなかったよね? 千葉駅前のサイゼに日曜の10時集合で!」
「いやっちょっと待て――」
「それじゃあねー!」
お待ちください綾辻様。なぜあなたが私のバイト先のシフトを把握しておられるのです。
☆
時は現在に戻り。
と、ここまでが勉強会が開催されることになった下りだ。
以前から勉強会は行ったことはあるが、いずれもバカ3人組に教えないといけなくなったので、それの手伝いを綾辻に依頼したのが理由だ。
しかし、二人きりで勉強会となると話は別だ。
「で、ここなんだけどさ……」
「えぇっと……?」
と、聞かれた場所を見やる。
内容を見てみると、なるほど難しい。普段バカ3人組に教えているのもあり、学力はそこそこの綾辻でも分からないのも無理はないと納得し、ふと身を乗り出し教えていく。
「で、ここでこの公式を使うと――」
綾辻が説明を聞きながら筆跡を目で追いかけていくのを見て、ふと顔と顔が近づいていることに気付く。
麻栗色の艶がかった髪。ぱっちりとした瞳に長い睫毛。桜色の唇に彩られた端正な顏。
今更になってしまうが、やはり彼女は美人なんだなと意識させられてしまう。
「――あれ、比企谷君どうしたの?」
思わず呆けてしまっているところに声を掛けられ、そういえば教えていたんだったと意識を覚醒させる。
「悪い――」
と、謝って綾辻の方を見ると、その顔が目と鼻の先に在った。
元々俺も綾辻も向かいの席に座っていたとはいえ、お互い身を乗り出していたのだ。そりゃあお互いの顔の距離も縮まるわけでして。
「ぁ――いや、何でもない。ちょっとボケーっと……って綾辻?」
「………」
よく見たら綾辻さんもボケーっとしてらっしゃる。どうなすった。
「おーい、綾辻さんや?」
呼びかけても返事がない。タダノシカバネノヨウダ……。
って何故か凍結してしまったので、目の前で手を振ってみる。
「おーい」
「――!」
声を掛けたところでハッとするや否や、顔が急に真っ赤に染まるや目を白黒させ、そしたら片手にペンを持ったまま「わー!!」と叫んで両手をブンブンと振り回しだす。
綾辻さんが壊れた……。
と、ふざけたことを考えていたが、だんだん収集が付かなくなってきたので、肩を抑えて落ち着かせる。
「落ち着けって!」
「あぅ……。ごめん……」
そこで一旦は落ち着いてくれたけど、また顔を真っ赤にさせて顔を逸らしてしまった。どうしたのか不思議に思ったが、ふと俺の手が肩に置かれている――実際には俺が置いたのだが――に気付いた。
「――わ、悪い……」
「う、うん……」
そこから暫らく。気まずい時間が――それはもう、尋常じゃないくらい気まずい時間が流れた。
早く話題を切り出すべきではあるんだろうけど、残念ながら俺にはそんなコミュ力はない! こんな時ほどボッチであることを恨んだことはない。
周囲の席から聞こえてくる喧噪が嫌に耳に入る。時折耳に入るソネット君の「ピンポーン」という音が頭に響く。
それから何分経ってからだろうか。いや、実際には数十秒しかたっていないかもしれないが、座っている席の通路側から唐突に声が聞こえた。
「あれ、ハル先輩……に、比企谷先輩?」
「あかねちゃん? やっはろー!」
「やっはろーです!」
「おう」
少なくともこの雰囲気になってしまったこちらとしては有り難いんだが……。やっはろーって何? 流行ってんの?
そんなこっちの疑問は意味を持たずに話だけが進んでいっていた。
「えっとですね……」
「どうしたのあかねちゃん?」
「友達から相談を受けまして……」
ふと彼女の隣を見れば、同い年くらいの男の子がいた。その少年は深刻に悩んでいるのか、表情に影を落としていた。
「話だけでも聞いてあげようと思ったんですけど、ちょっと私じゃ話にならなかったんで……。できれば先輩方にも聞いていただければと思いまして……」
その表情には陰りが刺しており、深刻さを物語っていた。
綾辻も流石に放っておけないと思ったのか、その少年に話しかけた。
「よかったら話だけでも聞くよ?」
その少年は影を落としたままではあったが、ゆっくりと頷いた。
☆
四人ともか席について、漸く話は始まった。
俺と綾辻は勉強道具を片づけて片側に座り、
「それじゃあ、先ずは自己紹介からだね。私は綾辻遥。一応ボーダーでオペレーターをしています。あかねちゃんとはボーダーで仲良くなったの。で、そっちが……」
と、綾辻が話し終えたところで俺に視線を流してくる。つまり彼女は俺にこう言いたいのだ。
俺に自己紹介しろと。俺に自己紹介しろとォォオオオオ!?
テンション間違えた。
それは置いておいても、これは深刻な問題だ。ここでの第一印象は今後の関係に置いて多大な影響を及ぼす。それは最低でも半年は続くと言われている。それは人間関係の間柄において非常に長いと言える。
いかに舌を噛まずに自己紹介するか。言う内容をあらかじめ考えておかなければいけないだろう。
仕方ない。
――SE発動。
頭の中でそう唱えると、いつもの様に世界が灰色に染まっていく。それと同時に何を自己紹介するべきかを考えていく。
ここで求められるのは俺個人の主要な情報。しかし、それを求められている情報を絞り込み一つの紹介文を完成させなければならない。
名前以外に於いて身体的な情報は目以外はいらないだろう。あと部活の話か。いや、これは相手に期待させ過ぎてしまう可能性をはらんでしまうからパスだ。となるとあとはボーダーでの綾辻との関係か――。
と、ここまでの時間およそ0.1秒。
こんなSEの使い方絶対に間違っていると頭の片隅で思いながらも文章を構成する。だって仕方ないじゃん。ボーダーだよ? だって綾辻と日浦だぞ? 日浦なんて特だ。だって那須隊であいつらに言ってみろ。翌日には迅さんに俺が自己紹介で噛んだって揶揄われる図が簡単に浮かぶ。
と、無駄なことを考えながら文章を構成し――結果、0.2秒で終わり。
ここでSEを切り、素面のまま自己紹介を始める。
「比企谷八幡だ。日浦とはボーダーでよく絡むな。こいつとはまぁ、腐れ縁みたいなもんだ。ボーダーではソロでシューターをしている。まぁ、よろしく頼んッ」
噛んだ。
やべぇぇええ! やらかした! てか最後だしバレてないよな? いやバレたか!?
得意のポーカーフェイスと共に頭の中で絶叫し尽くす。それはもう、盛大に。
「川崎大志です。三雲第一中三年です」
だが、俺の思考とは裏腹に、自己紹介は淡々と進んでいった。
あれ? これ恥ずかしがってた俺バッカみたいじゃん。ヤバい、悶えて死にそう。
「それで、相談っていうのは?」
ここで話を進めるべく、綾辻が切り出した。良かった。このままだと俺一人で勝手に暴走するところだった。
と、ここから真面目になろうと思う。
心労が重なったせいか、やはり表情は暗い。しかし、他人に相談しないと話が進まないことを察しているのか、ポツリポツリと話しだした。
「最近俺のねぇちゃんの様子がおかしくって――」
☆
それから五分ほどかけて、じっくりと彼の姉の現状を聞き出した。
この少年――川崎――からの話をまとめると、四月ごろから彼の姉が朝帰りするようになった。総武校に通えるほどまじめだったにも拘らず、だ。何をしているのか聞いても「あんたには関係ない」の一点張りで教えてくれない。「エンジェルなんとか」という店から姉あてに電話が来た。
なるほど、これは酷い。
何が酷いって。弟がだ。
姉がなんで「あんたには関係ない」の一点張りで教えないのか考えないのか。と言ってもまぁ、俺自身憶測の域を出ないが。
確かにこれだけの情報だとまだわからない事の方が多い。その「姉」が水商売をしているという根拠にはまだ足りない。だから酷い。
「比企谷君はどう思う?」
ずっと黙っていた俺に、漸くというより不意に話を振ってきた。
「――現時点ではまだ何とも言えん。その川崎の姉が水商売やらをしている可能性も否定はできんが、まだ何の情報もない以上結論を出すには早すぎる」
「――でもッ!」
そこまで俺が言っても下を向いていた川崎が、それに反論するように鋭く叫ぶ。だけどな川崎。それは姉弟としてだめだ。
「でもじゃない。確かにお前の言う通り、お前の姉はグレてしまったかもしれない」
「じゃあ早くどうにかしないと――」
「弟なら信じてやれよ」
それを言うと、川崎は口を噤んだ。
弟だからこそ姉を救いたい。その想いだけは決して間違ってなんかいない。
だからこそ俺は続けた。
「――それが、兄妹ってもんだからな」
☆
結果、俺と綾辻でこの話を受けることになった。
とはいえ、川崎の姉は総武校らしいから、俺が実行班で綾辻がサポートに回る形となった。まぁ当然の帰結ではあるが。
先ずすべきことは二つ。
その川崎の姉を特定する事。そして、姉のバイト先を特定する事。この二つはそこまで難しいことではない。
一応綾辻にはバイト先であろう候補の絞り込みを行って貰っている。と言ってもやることは「エンジェル」の付く店の名前をリストアップするだけだが。
さて。
そんなこんなでその日はお開きになった。
一応連絡先だけは交換して置き、川崎には短絡的な行動には陥らないよう十分に言い聞かせた上で姉に関する情報を持ってくるように依頼した。ついでに四月頃に何があったかについても同様だ。
敵を知り、己を知れば百戦危うからずとはよく言ったものだと思う。
何事においても実際に一番大事なのは情報だ。だから今回はゆっくり動くことにした。
――この姉弟が、間違えないように。
☆
そしてやってきました。月曜日。
俺は予め川崎――これからは大志と呼ぶ――から姉の情報は預かっていた。
『姉の名前は川崎沙希。高校二年で俺と同期。だけどクラスは分からない(安定)。身長は女子にしては高め。ポニーテールが標準。髪は大志と同じで若干青みがかかっている。』
と、ここまでが彼女の姉に関する情報だ。
ここまでそろっているなら、探すのは難しくなさそうだと思い、奉仕部にこの話を通すのはやめておいた。
ところで諸君。話は唐突に変わるが、体育の授業というものをご存じだろうか?
いや、誰でも知っていることを聞いているわけではないのだ。そう、俺がこの場で聞いているのは、体育の授業という名前に隠された本性という意味においてだ。体育の授業の中では、ふとこんな言葉が流れる。
「よし、じゃあお前等二人組作れ~」
ボッチに二人組は作れません。何故ならボッチだから。QED(証明終了)。
……。
という訳で、ボッチには特に居づらい環境と化すのだ!
だが先日、俺はついに究極技を編み出した。
俺は漸く、この地獄の五十分から解放される術を見出したのだ!
それは――。
「せんせー。体調が優れないんで壁打ちしてていいですか?」
この言葉のすごい所は、先ず第一点に「体調が悪い」と明言をしていないことにある。そして日本語の妙かな、この言葉だけだと大多数の人が「体調が悪い」と錯覚してしまうことにある。こうなってしまっては相手も強く出ることが出来なくなる。
そして第二点に壁打ちしていていいですかと言うことで、「見学する手段があるにも関わらず敢えて授業参加することでやる気を見せる」ことが出来るのだ。
そして最後に先生が返事をする前にその場を立ち去るという点だ。ここで先生に余計なことを言われる前に壁打ちを始めれば、先生も特に何も言わずに流すだろう。これを考えた時にはもう飛び上がって三周回って踊ったものだった。
これを考えた俺マジでボッチの鑑。……今度義輝にも教えてやるか。
壁際に行き、テニスラケットを構え、壁打ちをし始める。
この壁打ちで奥が深いのは、如何に回転を掛けて返すかだ。回転を掛けたボールはその壁で衝突する時、どうしても違う方向に跳ね返ってしまう。だからいかにして回転を掛けてボールを打ち出すか。
これが案外楽しいのだ。
本来的に比企谷八幡という人間はアウトドアな人間なのだ。それが何故かインドアになってしまっただけで、身体能力はそこまで悪くない――はずだ。
一人ラリーをこうして二三回続けていると、ふと後ろから声が聞こえた。
「あの……。比企谷君。ちょっといいかな?」
名前で呼ばれてしまっては仕方ない。っていうか学校で名前呼ばれたの久しぶりな気がする。どんだけ俺って。学校に認識されていないんだろうか……。
跳ね返ってきたボールを掴み、後ろを振り返った。
と、そこにいたのはショートカットに髪を切った女の子がいた。あれ? ここって男子のスペースだったよな? 端っこに行こうとし過ぎて女子側に行ってしまったか?
「今日ね、いつもペアを組んでいる人が休んじゃったからさ。ペア……組んでくれないかな?」
上目遣いでこっちを見て来る。何この可愛い生き物。ヤバい目が浄化されていく……! 目が……! 目がァァアア!!
そんなアホみたいなことを思いながらも、女の子とペアを組むにも少し問題だ。流石に。
「いや、女子は別の所じゃなかったか?」
「……僕、男の子だよ?」
……うそーん。
「やっぱり僕、女の子に見えちゃうのかな?」
本人は少し困ったような表情で「アハハ……」と笑うが、まちがっている。何がって? 性別だよ! 性別!
仕事しろよ女性ホルモン! あ、逆か。
じゃなくて。
「いや、ペアを組むのはいいんだが――」
「あぁ、自己紹介がまだだったかな? 戸塚彩加です。一応同じクラスなんだけどな……」
嘘だろ……。
同じクラスに居ながらこの天使の存在を見逃していた……だと!?
勝手に落ち込んでしまったが、取り敢えず授業中で先生に目を付けられたくなかったから二人でラリーを始めた。
「行くぞ!」
「うん!」
お互いになるべく打ちやすい所に打ち込んでいく。あらやだ、顔がにやけるのが止まんない。
汗が飛び交いながら、二人の間をボールが行きかう。こうして二人でラリーをするのがこんなに楽しかったなんて! ヤバい、俺今リア充してるぞ! 目を濁らせたままの青春だ! 何それキモイ! 玄冬は終わったのだ!!
こうして俺たちは、テンションがおかしくなりながらもラリーを続けていった。
そして。
「あ、ごめん!」
戸塚が返球を誤り、大きく右にずれたボールを打ち出してしまった。
オーケー、問題ない!
などとふざけてしまったが、俺はラケットを左に持ち替えてスライスをかまして返球する。
回転が勢いよくかかったボールは、戸塚の足下でバウンドし、抜けていった。
「あ、わりぃ。強く打ち過ぎたか?」
「……すごい」
「すごいよ比企谷君! 今のスライス! すごい回転掛かってたよ!?」
それはもう天使か? あ、違う。救世主だった。
表情には一切出していないが、心の中ではもうにやけたい放題だ。なんなら今から便器の中に顔を突っ込めるまである(錯乱)。
それから幾何か時間が経ってから、俺たちは一旦休憩を挟むことにした。
「比企谷君、テニス上手だね!」
席に座り一息ついてから、戸塚はそんなことを聞いてくる。やだなぁ! そんなことないって!
内心すごく照れ隠しをしながらも。
「まぁ、運動はできる方だしな」
不思議と口から出てくる言葉は、若干ぶっきらぼうになってしまう。腐れ落ちろ! この目と一緒に!
「比企谷君ってどこか運動部に所属してるの?」
「いや、そこまで頑張って運動はしたくないからな。どこにも属してないな」
とは言うものの。真面目な話、俺には部活動に所属できるだけの余力がそこまでないのだ。本来は所属もしたくない奉仕部だが、限定的にアルバイトと防衛任務の日程の空いた日に限り参加しているのだ。だからそこまで回す余裕もない。
俺が発した言葉を皮切りに戸塚が真面目な表情に切り替わった。
「良かったらさ……。硬式テニス部に入らない?」
「……」
「実はね……。うちのテニス部弱くてさ。今度の大会で三年生は引退するし、一年生は初心者さんが多くて必然的に僕たち二年生が頑張らなきゃいけないんだけど。二年生もそんなにうまいとは言えないんだ。だからか分からないけど、みんなのモチベーションも低くなってるって言うか。なんかこう、皆がぶつかり合う雰囲気がないんだ」
言っていることは理解した。要は三年生が引退すると、ただでさえ弱いテニス部がモチベーションの低下によって練習の質が下がり、さらに弱くなってしまう。しかも競い合う空気がないためにさらに拍車を掛けてしまっているということか。
「だから……。比企谷君が良ければなんだけど、テニス部に入ってくれないかな?」
……その涙で俺の腐りきった目も心も洗い流してくれ。
「さっきのラリーを見て思ったんだ。比企谷君は練習すればきっとうまくなると思うんだ。それに1人上手い人がいればみんなのモチベーションも上がると思うし」
その言葉を発した戸塚の目は何処までも真っ直ぐで。穢れを知らない純真で無垢で。
「悪いな戸塚。俺じゃあ無理だ」
なるべく傷つけないように。それでいて、気付かせないように。
「そもそも俺じゃ部活をする余裕もないしな。俺んち貧乏だから、俺も家に金を入れなきゃいけなくてな。わりぃ」
「いや、大丈夫だよ! むしろこっちも急に変なお願いしてごめんね?」
その場で結局話は終わってしまった。
俺としては、出来ることなら助けてやりたい。しかしそれはただのエゴだ。そんな事じゃあ彼女の希望に沿うことはない。
正直心配ではあるが、ここは本人で頑張ってほしい。
……あ、違った彼だった(泣)。
誤字報告、感想、指摘、評価、お待ちしております。
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