The Outlaw Alternative (ゼミル)
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プロローグ

以前指摘を受けた部分がまだ直っていないので後日改訂するかもしれません。


 

 

1999/08/08:

 

 

 

 

ペンシルバニア通り1600のウエストウイングのオーバルオフィス(大統領執務室)の今代の主の苦悩を完全に理解出来る者は、彼以外のホワイトハウスの住人には1人もいまい。

 

彼は複雑な背景を背負った男であり、父親であり、元軍人であり、アメリカ合衆国の現最高司令官であり、地球上で最も権力を持つであろう役職に就いた政治家であった。

 

――――だが彼自身、後半2つに関しては『便宜上』が付くと考えている。

 

今や自国の軍を真に牛耳っているのは、自分ではない他の人間だ。それは統合参謀本部の将官達であったり、自分以外に議会に巣食う政治家であったり、そのどちらにも顔が利く金持ちであったり。

 

ともかく今オーバルオフィスで文字通り頭を抱えているのは、苦悩し、絶望し、疲れ切った1人の男であった。

 

 

「神よ、お許し下さい…」

 

 

力無くそう呟きはしたが男は悟っている。神に祈ったって何の手助けもしてくれない事を。

 

むしろこれは贖罪の叫び。自分の無力さ故、何百人もの兵を死なせる引き金を抑え込む事が出来なかった事に対する懺悔の言葉だった。

 

本来ならこの場に引き籠ってないでイーストウイングの危機管理センターで副大統領や統合参謀本部以下の面々と共に極東の地―彼はどんな地かよく知っている。ああ忘れるものか―で行われている、歴史にも刻まれるであろう一大作戦の行く末を見守ってなければならない立場にある。

 

だが彼は部屋から出ようとしなかった。

 

ただその時を待っていた。もうすぐ日付が変わる時間帯にもかかわらず、明かりもつけないまま、

 

 

「………」

 

 

重厚なマホガニーのデスクに置かれたアンティーク調の電話がおもむろに鳴る。たっぷり2回ベルが奏でられてからようやく男は手を伸ばした。

 

電話の主からの言葉は簡潔で短く、すぐに受話器を元の位置に戻す。

 

最高級の革張りの椅子の背にもたれかかり、ぼんやりと男は天井を仰いだ。それからデスクの引き出しを開けると、中に収められていた物を懐に収め、立ち上がった。

 

部屋を出、主が姿を現した事への驚きと心配から声をかけてくる秘書達の声など聞こえない様子で男は廊下を進み、幽鬼もかくやな無表情で男はエレベーターに乗り込む。

 

目的地は地下に広がる一室である。

 

 

 

 

 

 

 

その部屋の主は余りにも小さかった。

 

子供だからではない。成長障害による小人症を患っているのでもない。列記とした青年だ。彼はベッドの上で二十歳になった。

 

彼には成長した人間に在るべきものが欠けている。腕があるべき所には両肘のやや手前からぽっかりと途切れており、両足の内片方も膝から先が無い。

 

四肢以外の場所も酷いものだ。人工呼吸器に繋がれ、内臓も半分以上が人工的に作られた紛い物で補われ、頭部もまた顔を隠すぐらいの範囲で包帯が巻かれている。

 

何せ発見された時は戦車級―憎きエイリアンの中でも最も人を食い殺している種類―にその身体を齧られ、顔まで食(は)まれ、一体誰なのか判別がつけれない有り様だったのだ。

 

認識票と肉もろとも戦車級の腹の中に収まらずに済んでいたある物が無ければ・・・・・・実の父親である彼でも分からなかっただろう。チェーンにぶら下がった認識票ともう1つ―――古ぼけた日本の御守り。

 

辛うじて心臓は生き残って動いてはいたのだが――――脳死同然の植物状態にある。

 

青年が大統領の息子でなければ安楽死処置がされていてもおかしくない。

 

2度と目覚めないと分かっていても、彼は出来る限りの手段で延命させ続けてきた。まがりなりにも与えられた大統領としての権限と権力、父親としての執念を用いて。

 

 

 

 

――――それにも限界が訪れようとしている。

 

もう、彼の息子の身体は限界なのだ。息子を1年近く任せてきた医者にそう告げられて、彼は窓の存在しない病室を訪れていた。

 

 

 

 

「すまない息子よ……本当にすまない」

 

 

涙はもう枯れ果てている。虚ろながら悔恨に満ち溢れた苦悶の表情を浮かべ、見つめ合う眼すら失った息子を見つめた。

 

 

「結局私はお前に何もしてやれずじまいだった。母親にもう1度会わせる事も、母親の生まれ故郷を守りきる手助けも、お前を無事人として戻してやる事も」

 

 

子供には聞こえない。青年には届かない。声を聞き取る耳も存在しない。

 

 

「その上私は、勇敢な兵を巻き込むのみならずお前の母親の地を穢す手立てを止める事すら出来やしない」

 

 

G弾と呼ばれるあの兵器。どれほどの威力か、そしてどれほどの傷跡をその土地に刻むのか彼は詳細に知る立場にある。

 

だがそれを止める事が出来ない。被害と戦果を両天秤に掛けた上での決定であればまだ納得は出来る。必要最低限な代償が必要なのだというならば、汚名も甘んじて受けてみせよう。責任を取るのが責任者の仕事なのだから。

 

しかしG弾の使用を何よりも後押しするのは目先の利益に群がる権力者達。腐肉に集り奪い合う許されざるハイエナの群れ。

 

権力という物は様々な要素が積み上がり、絡み合って形成されていく。金、物資、人脈、情報、暴力。

 

大統領である彼個人の権力よりも、彼に相反する側の人間達の権力の方が上回ったが為の、止められぬ悲劇。

 

『アレ』が使われた結果間違いなく起こるのはこのアメリカへの国際社会からの猛烈なバッシングだ。そして悲劇を招いた者達は、その権力でもってこういうに違いない。『自分達こそが正しいのだから刃向かうな』と。

 

 

 

 

 

…己の保身と利益しか求めないハゲタカが何をほざくか

 

 

 

 

 

彼が誰よりも怒りを抱いている相手は、そうと分かっていながらも何の手立ても打てなかった自分自身にである。

 

心臓近くから延びるコードに繋がれた機材がピー……と単調な電子音を発し、規則的な波形を映し出していた画面には平行な1本線のみとなった。

 

息子は最期の最期まで苦痛を感じないまま逝けたのだろうか?だがそれを知る機会はもうあるまい。

 

彼は懐に呑んでいた代物をゆっくりと取り出した。M1911コルト・ガバメント。遥か昔、異国の地で幸せの絶頂に居た頃から所持していた軍人時代からの記念品。

 

 

 

 

この病室には1人の疲れ果てた父親とかつて息子だった青年の亡骸しか存在しなかった。

 

咎める人間も、止める人間も、誰も居ない。

 

 

 

 

「…こんな形で逃げだしてすまない。だけど、もう―――――私は、疲れたんだ」

 

 

年老い、自分を知る伴侶も家族も友人も全て亡くしてしまった老人のような呟き。

 

 

 

 

 

 

――――司令部から命令を受けたHSST(再突入型駆逐艦)から弾頭が分離される。

 

 

スライドを引く。鈍く光る弾丸が薬室に装填。

 

 

――――ロケット点火。燃料を猛烈に吐き出し大気圏突入への軌道をプログラムに従い取る。

 

 

しばらく手の中の拳銃を見つめる。

 

 

――――引力に引かれ、摩擦熱で表面を真っ赤に熱されながらも軌道は外れない。

 

 

45口径の銃弾は熊すらも撃ち倒し、人間の頭部に当たれば間違いなく脳の大半を頭蓋もろとも粉砕してくれるだろう。

 

 

――――目標は甲22号目標、横浜ハイヴ。未だ数百人の兵が国籍問わず、人の住まう土地をこの手に取り戻すべく奮闘し続けている。

 

 

米神に銃口を押しつける。金属の冷たさが嫌に心地良い。

 

 

――――それぞれの部隊のCP将校が悲鳴混じりに戦場一帯からのいち早い離脱を指示してきて、兵士達に動揺と戸惑いが走る。

 

 

この引き金さえ引けば全てが終わる。

 

 

――――ハイヴ一帯の光線級が唐突に虚空めがけ照射開始。だが標的となったG弾は弾頭活性化の証たる重力場(ラザフォード場)にねじ曲げられて届かない。

 

 

なのに何故まだ引き金を引かない?

 

 

――――戦闘中の各戦術機機甲部隊、離脱開始。だがもう手遅れだった。

 

 

息子は逃げずにエイリアン共……BETAと勇敢に戦ってみせた。人の姿すら失ったのだって、撤退命令を無視してまで異国の地で危険に晒された避難民を逃がすべく部隊と共に踏みとどまった結果によるものだ。

 

 

――――もう誰にも止められない。効果範囲内全てを押し潰し、消滅させる黒い太陽。

 

 

子供は逃げなかったというのに、自分は死という救いへ向かって逃げ出すのか?それで父親として愛した女に、血を分けた息子に誇れるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

本当に、そんな終わり方で良いのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時計の全ての針が12を指す。

 

ワシントンの現在の時刻、〇時〇〇分。日本との時差はサマータイムで13時間。

 

横浜ハイヴ上空で生まれた黒球が巨大な構造物も、醜悪なBETAも、人の命も。全てを呑み込んで、各々を構成する物質を歪ませ、すり潰し。

 

――――全てを消滅させる臨界の効果が、時空や次元、因果にすら波及したという現実に、誰も気付かないまま。

 

そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――何なんだこれは」

 

 

つい数秒前まで自殺決行寸前だった事などすっかり頭から抜け落ちた彼は呆然とそう漏らすしかなかった。

 

遂に息を引き取ったばかりの息子の亡骸があった場所は光に包まれていた。息子は一体何処に行った?

 

もしこの場に香月夕呼という名の科学者が居合わせれば、彼女もまた驚愕の念に打たれると同時に光の正体も見抜いてみせただろう。

 

この光を、彼女はパラポジトロニウム光と呼んでいる。

 

 

 

 

次の瞬間頭を猛烈に殴打されたような衝撃に襲われ、彼は膝を突いた。

 

一体何だというのかこの感覚は。数度体験した網膜投影によるものとはまた違う。視界に見覚えのない光景が映し出されては脳に直接刻まれていく。

 

 

若い頃から魔法研究に携わり、一定の地位を気付いてきた自分。

 

――――そんな覚えは無い。この頃はまだ殻も取れない新米士官だった。魔法なんてお伽噺の産物じゃなかったのか。

 

スカウトを受け、他に集められた研究者と共に非合法な研究に携わっていく。次第に罪の意識に苛まれる自分。

 

――――嘘だ。こんなの全然知らない。

 

不意に訪れた転機。研究所の襲撃を機に、ただ1人の『完成作』である人造人間の赤ん坊を連れだし、追手の目が届かない世界へと逃げだした。

 

――――そんな筈、あの子は私と彼女との唯一の愛の結晶。兵器として作られた産物だという考えなぞ断じて認めない

 

平穏な暮らし。成長した子供がひょんなことから自身の正体に感付くという出来事もあったが、それでも親子2人の静かな暮らしは続く。

 

――――BETAのいない世界なのか?あそこは本当に逃げ出す様に離れなければならなかったあの異国の地、日本だとでもいうのか。BETAが存在しなければ、この世界もああも平和に発展出来ていたのだろうか?

 

不意に訪れる永久の別離。聖夜、混乱と焦燥の表情で自分を揺さぶる息子と、自身の身を襲った締めつけるような胸の痛みと共に記憶は途切れ。

 

――――此処ではない平和な世界の『私』はそうして死んだのか。悲壮な現実に耐え切れず自死に甘んじようとした自分と比べて、なんと幸せで穏やかな生涯なのだろう。

 

 

頭蓋の中に刷り込まれていく記憶……その代償の苦痛に喘ぎながらも、彼は顔を上げてベッドの方を見やった。

 

奇妙にも光は次第に縮まり、固まりつつあり、閃光の色も白から変化しつつある。

 

 

 

 

それは黒。

 

次元の狭間を切り裂いた隙間を覗き込んだかと思うぐらいの引きずり込まれそうな深さを湛えた闇。

 

 

 

 

強制的に覚え込まされていく記憶の本流も痛みと一緒にやがて収まり、意識もクリアになる。ゆっくりと未だ拳銃片手にふらつきながらも彼は立ち上がる事に成功した。

 

奇妙な感覚だ。今や別人――――違う、『もう1人の自分』の人生の記憶の存在に全く違和感を感じない。それどころか『ああそんな事もあったな』とまるで実際に体験したかのような感覚すら湧いてくる程。

 

 

「ゼロス」

 

 

改めてベッドに向き直ると、いつの間にか光は消え去っていた。ベッドの上の変化を捉えた途端、目が限界まで見開かれる。

 

息子の身体、四肢の内もう存在してなかった筈の両腕と片足が解けた包帯の先から唐突に生えていた。

 

それだけではない。中身の殆どを失って不自然にへこんでいた胸腹部は正常な膨らみを取り戻していた。表面を覆うシーツが見る見る間に紅く染まっていく。

 

頭部もまた包帯が解け、端正な造形が姿を現していたが、その顔にも多数の傷が刻まれていた。まるでずっと戦場に居て大怪我をしたばかりにしか見えない風体と化している。

 

フラットなラインを描いていた筈の心電図に起伏の浅い、しかし紛れもない心臓の鼓動が表示されだした。何らかの拍子で人工呼吸器が外れていたが、弱弱しくもしかし目に見える形で自力で呼吸しだしていて、不意に彼は歓喜の感情に襲われた。

 

どんな状態であれ、再び息子は息を吹き返したのだ。それだけでなく、理由はさっぱり分からない物の彼自身の腕と足すらも取り戻してまでいた。

 

 

 

 

ベッドに横たわっているのは彼の息子だけではない。

 

生気の感じられない亡霊の如き白髪の青年もまた、大きめのベッドにうつ伏せになって動かない。頬の傷跡を除けば美少女に見えなくもないが、とりあえず彼も傷だらけの様だ。

 

光と共に肉体を取り戻した息子と何処からともなく出現した重傷の青年、そしてもう1人の己の記憶の流入の理由に悩むのは後回しにして彼は大急ぎで医者を呼びに飛び出す。

 

 

 

 

 

 

だもんだから、白髪の青年の影に隠れて気付かれなかった新たな物品の存在――――黒曜石よりも深い漆黒の宝玉が埋め込まれた十字架の存在と正体に気付くまで、まだもう少し時間が必要になる。

 

 

『……一体全体何が起きたんでしょう』

 

 

彼らの出会い/再会はまあ、こんな感じ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今更ながら、ここで彼らの説明を行うとしよう。

 

『彼』の名前はレイス・シルバーフィールド。

 

ある世界では元科学者で元魔導師だった逃亡者であり、しかしれっきとした良き父親だった男。この世界では、張りぼて同然のアメリカ合衆国大統領を務めている。

 

 

 

 

息子の名はゼロス・シルバーフィールド。

 

ある世界では戦闘機人という名の兵器として生み出された人造人間であり、その実平穏を望んでいただけであり――――その為に管理局史上最強最悪のテロリストと化した、極端な男。

 

この世界ではある想いの為に軍人となり、極東で戦い、全てを失い、それでも死ねずもはや絶望すら感じないまでにボロボロになってしまった哀れな青年……

 

の、筈だった。

 

 

 

 

限りなく近く限りなく遠い、鏡越しの世界の様に、決して触れ合わない筈の世界の因果が交差した時。

 

彼らの物語が、産声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Muv-Luv  The Outlaw Alternative

 

プロローグ:Re-birth

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さあ、ご都合主義満載のハッピーエンドな『おとぎばなし』を始めよう。

 

 



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TE編1:ユウヤ・ブリッジスの憂鬱

※既にユウヤは魔改造済み。徐々にその実力を発揮していかせる予定です。


 

ユウヤ・ブリッジス少尉はゼロス・シルバーフィールド『中佐』の部下である。

 

実際にそんな立場になったのは先月ぐらいの出来事で、付き合いそのものは年初めにグルームレイク基地に中佐が赴任してきてからすぐだから大体4ヶ月程度か。

 

当時からゼロス・シルバーフィールド―並びにその仲間2名―は米軍内でも中々の有名人だったと言っていいだろう。

 

元々アメリカ合衆国大統領の息子であり極東で壊滅した部隊のただ1人の生き残りで自らも大怪我を負いパープルハート勲章を授与され、それでもなお長きに渡る昏睡状態から短期間で軍務に復帰、などと大々的に広告塔扱いされていたからユウヤも名前ぐらいは知っていた。

 

ユウヤが配属されていたグルームレイクに来てからは更にその名を轟かせてみせた――――良い意味でも悪い意味でも。

 

つーかぶっちゃけ悪名の方が多くね?とユウヤはブルームレイクでも積み重ねられていった逸話の概要を思い出してげんなりする。

 

 

 

 

『軍団規模のBETAの5分の1を単騎で撃破、誘因し、乗っていた戦術機が壊れても機体を降りて『生身』で更に撃破数を増やす』

 

『ぶっ続けでシミュレーターに乗り続けて逆に機械の方が根を上げた。本人は至って平気な顔をしていた』

 

『PXで喧嘩になった際特殊部隊上がりの屈強な男達10人相手に1人で血祭りにした』

 

『上官をぶん殴った経験あり。中には将官も含まれているが相手が悉く不正に関わった事が発覚してお咎めなしになったり行方不明になったりして有耶無耶になる』

 

『出鱈目な機動をやって乗ってる本人よりも機体の方が根を上げる。ログを調べてみると普通の衛士なら気絶物のGがかかってるのに本人は(ry』

 

『模擬戦にてF-15<イーグル>の改良型1個小隊で教導隊のF22<ラプター>1個中隊を殲滅。F22の内半数をスクラップにした』

 

 

 

 

前2つはともかく半分は実際目の前でやられたもんだから冗談のネタにすら出来やしない。

 

・・・最後のF-22撃破の下りは実際にユウヤもやらかした内の1人だったりするのだがそれはともかく。

 

 

 

 

付いた渾名が『鉄の鬼神(Dermon of Iron)』『壊し屋』『史上最強最悪の軍人』。

 

とにかく話題には事欠かないのがこのゼロス・シルバーフィールドという男。ユウヤ自身、ゼロスに対する印象は『無茶苦茶で破天荒で絶対に怒らせたくない相手』てなもんである。

 

それを差っ引いても、ゼロスには魅力があった。

 

とにかく人の都合なんて気にしない。人の抱える悩みなんて一刀両断、逆に悩んでた事自体どうでも良くなってくる。そんな気持ちにユウヤ自身させられた物だった。

 

部下や同僚など、『身内』に対してもかなり甘い。

 

ユウヤの事を腐す人間(半分日本人の血が流れている事だけでそうする輩がまた多い)が居ようものなら躊躇い無く喧嘩を買う。そして潰す。売られた当人のユウヤが逆に止めに入るほどの勢いで。

 

ありがた迷惑な話だけれど―――――そんな彼、そして彼の仲間に救われてきた事もまた事実。

 

 

 

 

まあ、それでも。

 

ネバダ州グルームレイクからはるばるアラスカまで3000kmオーバーの旅路を『戦術機』に乗って踏破させられる事に対しては、流石に一言物申したい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TE-1:ユウヤ・ブリッジスの憂鬱

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

荒涼な砂漠のど真ん中も地平線まで広がる緑豊かな大自然も、何時間もの間延々コクピットの中に閉じ込められてる身からすれば結構大差無い。どっちにしたって変わり映えのしない詰まらない風景でしかないのだから。

 

ようやく拡大した網膜投影の映像の中に目的地――――ユーコン基地の姿を捉え、ユウヤは深く深く息を吐き出す。

 

その音声を捉えたのか、繋ぎっぱなしの通信の向こうでからかうような男女の声が送られてきた。

 

 

『おいおいユウヤ、流石のトップガン様も3000kmもの距離の巡航飛行はお疲れか?』

 

「うっせーぞヴィンセント。こっちは同じ姿勢のままずっと管制ユニットに縛り付けられてるんだ、マトモな座席とコーヒーのあるそっちとは大違いなんだぞ」

 

『いいじゃないですか、そっちは人間工学と強化装備のお陰で快適な姿勢で居られるんですから』

 

『そーそー、座席は固いしコーヒーもマズイときたもんだし』

 

「なら替わるか?」

 

『そうしたいのは山々ですけどそちらから送られてくる機体データの分析を行わなければなりませんから』

 

『俺は整備兵であってユウヤ達みたいなトップガンじゃないから無理だって』

 

 

通信の相手はヴィンセント・ローウェル軍曹とリベリオン・テスタロッサ特務大尉。

 

ヴィンセントはグルームレイクに配属された頃からの相棒的存在で整備兵。軽薄そうな見た目の割に腕は一流、陽気で気が利き、ゼロス達が来る前はよく人間関係に関して彼のフォローを受けたものである。

 

リベリオンはゼロスと共に知り合った面子の1人。元は企業から出向してきた技術者であり開発してきた新兵器や戦術機の改造プランは多数。どれも高性能と評判でしかも凄腕の衛士でもある多芸家だ。ポジションは主に後衛。おまけに超絶美人。何という完璧超人。

 

2人共ユウヤの乗る機体に併走して飛んでいる輸送機、An225<ムリーヤ>の乗客として乗っていた。

 

An225が背負った2つの輸送コンテナに収められているのはリベリオンともう1人の仲間、ユーノ・スクライア特務中尉の機体である。

 

ユーノは顔に刻まれた傷の存在があっても10人中8人は女と見間違うほどの柔和な美貌の持ち主だが、常日頃から張り付いている笑みの下には修羅場を飽きるほど乗り越えてきた戦士の凄味が潜んでいる事をユウヤは知っていた。あの生気が抜け落ちた長い白髪はその代償なのだろう。

 

 

『ここまで動力系・管制系・機体各部にも異常警告や動作不良は無し・・・・十分なデータが得る事が出来ました。どうです、2人の方でも何か機体に違和感などは感じられますか?』

 

 

機体各所に設けたセンサーからの情報のみで結論を出すよりも、実際に機体を操る衛士でなければ気付けないような変化もまた重要な判断材料になる。

 

足元のペダルを僅かに踏み込んで機体を揺らし、両手足に伝わってくる振動から機体のコンディションを図ってみた。輸送機を挟み込むように飛ぶ2機の戦術機が小刻みに踊る。

 

 

『こちらアウトロー0、特に違和感とかはしない、快調なもんだ』

 

「こちらアウトロー3。こっちも全く機体に異常を感じない。このまま戦闘機動に移っても平気なんじゃないか?」

 

『あー、ユウヤ。そういう事はあんまり言わない方が良いぜ?だって・・・・・・』

 

 

ゼロスの言葉を遮ったのは索敵レーダーからの警戒警報。2機の戦術機が急速接近中。

 

 

『・・・・・・実際にそうしなきゃならなくなる羽目になりやすいからな』

 

『『ユウヤ・・・・・・お前(貴方)って奴(人)は・・・』』

 

「ちょっと待て!何だよその目、俺のせいなのか!?」

 

 

うろんげな目で揃って見つめられて思わず絶叫。ゼロス達と関わるようになってからしょっちゅうこんな反応ばかりしている。

 

ゼロス曰く「お前はツッコミ属性持ちだから仕方ない」だとか。コメディアンになった覚えは無い。

 

そこに今まで話に加わっていなかったユーノの声が割り込む。

 

 

『ユーコン基地の演習スケジュールにアクセスしたよ。広報用の撮影飛行の筈がどういう訳か本物のドッグファイトになっちゃったみたいだね』

 

「それでどうするんだ、あの軌道だと真っ直ぐこっちに突っ込んでくるぞ!」

 

 

仮にも上の階級の人間に対して相応しい口調ではないがこの部隊――――アウトロー隊ではいつもの事だった。

 

グルームレイクではトップクラスの腕前だったが問題児でもあったユウヤの方が、部隊の中では最も軍人らしく見られるほどなのだから。

 

 

『こっちから突っ込んで追っ払うなり止めるなりするしかないだろ』

 

『長距離巡航飛行後の戦闘機動テストとしても丁度良さそうですしね』

 

『ああそうそう、もし向こうが撃ってくるようだったら気をつけた方が良いよ。攻撃演習用に実弾も積んでるみたいだから』

 

『まあ頑張れよトップガン。俺には応援しか出来そうにないから。あ、でも絶対に機体傷つけるような真似すんじゃねーぞ!ちょっとでも痛めようもんなら整備兵一同でレンチお見舞いしてやっからな!』

 

「やっぱりかよおおおおお!それからヴィンセント、それはゼロスの方に言ってやれええぇぇぇぇぇ!」

 

 

抗議の悲鳴を上げながら輸送機の前方をフライパス。本来の飛行コースを外れ、接近中の2機に相対する軌道に機体を乗せる。

 

 

『オーバードブーストで真正面から突っ込むぞ。相手とキスだけはするなよ!』

 

「分かってる、そんなヘマはしないさ」

 

 

思考のスイッチを戦闘モードに切り替える。目線を動かすだけで網膜投影されたパラメータの中からコマンドを選び出し起動させた。

 

後ろの方で膨大なエネルギーが収束する音色が伝わり、直後機体ごと蹴りつけられたような衝撃と共に重力がユウヤの身体にのしかかってきた。ここ最近で慣れ親しんでしまった圧迫感。

 

 

『ロックンロォォォォォォル!!!!』

 

 

 

 

速度計が急激に数を増やしていくのに反比例して、闖入者との相対距離を示す数字がみるみる内に減っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嬲り回すかのように追い立てられ始めてからの10分程がF-15・ACTV<アクティヴ・イーグル>を操るタリサ・マナンダルには数十倍の長さに感じられた。

 

その焦燥の度合いは輸送機が往来する空路を突っ切る事も辞さないぐらいに追い詰められている程で・・・・・・それでも空中衝突は是が非でも回避すべくしっかり注意を払っていたから、こっち目がけて前方から飛んでくるエレメント(2機編隊)の存在にもすぐに気付く事が出来た。

 

相手の方も知らせる気満々なご様子で、レーダーの範囲圏内に達した途端前方のエレメントからもロックされたという警告が鳴る。

 

しかし、タリサの想定―そして彼女を追いかけていたSu-37<チェルミナートル>の度肝を抜いたのは―エレメントの接近速度がとんでもなく速かった事だ。

 

 

「何だ一体・・・!?」

 

『Yaaaaaaahaaaaaaa!』

 

『クソッタレェェェェェェ!!』

 

 

向こうの飛行速度は最低でも1000kmオーバーの亜音速。タリサ達の飛行速度と合計すれば軽く音速を超えていたに違いない。

 

その速度を維持したまま突っ込んできた2機は、付かず離れずACTVに食らいついていたSu-37との僅かな隙間に見事に滑り込み通り過ぎる。

 

泡を食ったのはむしろタリサとSu-37の方で、慌てて反発した磁石の様に距離を開けさせられドッグファイトを中断させられた。認めたくないが、例の2機に救われた事をタリサは自覚していた。

 

持ち前の負けん気からと『助けられた』事への無生な腹立たしさから、口から飛び出したのは礼の言葉ではなく甲高い怒声だったのはご愛嬌。

 

 

「バッキャロー、何考えてやがんだテメーら!」

 

『それはこっちのセリフだ。管制塔からの通信がこっちにも届いてたぞ。演習場から外れてこっちまで飛んできやがって』

 

「ンだとぉ!?」

 

 

突っ込んできた片割れらしい若い男からの通信に目尻が吊り上がる。網膜投影に移ったのは東洋系の青年の顔だ。

 

いつの間にか超高速で通り過ぎて行った筈の2機の戦術機が反転して、タリサのACTVとSu-37の後ろについていた。それだけであのエレメントの機体がかなり高い運動性能の持ち主である事を悟る。

 

亜音速を叩き出す高速直進性と反比例するかのような小回りの効く機動性能。その戦術機への興味がみるみるうちにタリサの中で膨らんでいく。

 

 

 

 

やがて目の当たりにした相手の機体は、タリサの期待に違わぬ物珍しさに満ち溢れていた。

 

まず目を引くのはスラスターの位置。目に見えるだけでも従来の戦術機と比べかなり多い。

 

F-15・ACTVは高出力化された1対の跳躍ユニットのみならず背部に1対、両肩部装甲にも1対のスラスターが増設され計6ヶ所もの推進機構は癖の強い操作性と引き換えに大きな機動力を得た機体だ。

 

だがACTV以上の機動力を秘めていると見せつけるかのように、その2機には更に多くのスラスターを備えているのが見て取れる。

 

ACTVと同じ3対6ヶ所以外にも太腿の裏側にも内蔵型の小型スラスターが1対、背部スラスターの1段下にも中心部に双発タイプの物をどちらの機体にも有していた。腰の跳躍ユニットも後部から腰の両横に移動しているし、従来品よりも薄く短くコンパクトだった。おまけにこっちも双発らしい。

 

加えて言うならば両肩のスラスターはACTVのそれよりもかなりスマートで、あれなら従来の機体同様自立誘導弾システムも運用できるだろう。

 

機体のカラーはそれぞれ靴墨より濃い漆黒一色と白と灰色の淡いモノトーン。機体のサイズそのものはかなり大型だ。

 

どちらも大まかな特徴は同じでもコンセプトそのものは別種の存在らしい。どちらとも両肩のスラスターの噴出口の下からは板状の小さな追加装甲が垂れ下がっていたが、漆黒の機体はその外側にSu-37と同じく固定式ブレードを、モノトーンの機体の方は大型ミサイルが取り付けられている。

 

ACTVでは背部スラスターの搭載によって潰されている兵装担架を、あの2機の場合はその背部スラスターの外側に移動する事で確保していた。

 

人間で言う脛から下、足首までの部分はこれまでの戦術機はどれも膝周りの半分ぐらいの直径まで先細りしている物だが、この2機は違う。より太く装甲も分厚く、外側に小型のミサイルポッドまで取り付けられてあるという重武装っぷりである。

 

他にもちょこちょこ相違点はあるものの、どちらもタリサが今まで目にしてきたどの機体とも違うし改良機にも見えない。間違いなく新型機だ。

 

どちらの機体の右肩には所属部隊を示すペイントが刻まれている――――数字の『0』と中心部に宝玉を備えた十字架が重なり、そのバックに銃と剣、いや黒い刀身のカタナが交差した緻密で印象的なデザイン。

 

 

『こちら合衆国陸軍所属、ゼロス・シルバーフィールド中佐』

 

「いいっ!?」

 

 

東洋系の衛士に続き通信を繋いできた相手に思わずタリサは素っ頓狂な悲鳴を上げかけ、慌てて飲み込む。

 

まさかよりにもよって佐官のお出ましとは。しかも強化装備姿という事は今タリサ達を止めに割り込んだ機体のどちらかの操り手に違いない。

 

 

『広報任務で飛んでた筈が何がどうなってガチンコのドッグファイトをおっぱじめたのかは知らんがここいらでお開きにしてくれ。こっちにも喧嘩売ろうってんなら高値で買い取っても良いんだぜ?』

 

『・・・・・・・・・・』

 

 

追いかけっこの間もこれまで無言だったSu-37のの衛士(無愛想なムカつく銀髪女のコンビ)は、所属が違うとはいえ上官に一言も言わないまま空域を離脱していった。

 

ぶっはぁ~、と盛大に一息つく。似たような音が通信の向こうから聞こえてきた。発生源は東洋系の衛士の方だ。

 

 

『・・・こんな際果てまでわざわざ戦術機で延々飛ばされたかと思ったらこんなお出迎えかよ。冗談じゃねえ』

 

 

向こうがそう吐き捨てるのもしっかりマイクに拾われてタリサに届いていた。

 

追っかけまわしてくれた相手が居なくなった段になってついつい勝気で短気てカッとなりやすい性格が首をもたげてしまい、上官の存在も忘れて噛みついてしまう。

 

 

「へーんだ、邪魔が入らなきゃもう少しでこのタリサ様が華麗な機動で逆転する所だったのによー」

 

『ハァ?何強がり言ってんだ。見てて良い様に追い立てられてたの、丸分かりだったぞ』

 

「んだとぉ!?」

 

『はいはい喧嘩すんなよそこの2人。せっかくこれから一緒にやってくってのに』

 

『喧嘩じゃなくて向こうが勝手に噛みついてきてるだけだっての』

 

『だからユウヤも煽るなって。つか、コイツはお前が入れられる部隊の人間だった筈だぜ?』

 

『え?』「へ?」

 

『タリサ・マナンダル。アルゴス小隊所属、だろ?』

 

 

銀髪碧眼の青年が悪戯っぽく笑ってみせた。

 

 

『つか、さっきのソ連軍の衛士もコイツらと一緒に組ませて俺らの方で色々仕込んでく予定の相手だから』

 

 

いまサラッと聞き捨てならないことおっしゃいましたよこの人。

 

アタシが、あのいけ好かない無愛想コンビと一緒に?

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ、ふ、ふ、ふっざけんなああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

今度こそ。

 

上官が相手である事をさっぱり忘れて、タリサは雄叫びを上げてしまった。

 

 

 




アニメ版のタリサの可愛さは異常。
チョビ可愛いよチョビ


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TE編2:篁唯衣の遭遇

フェニックス構想とXFJ計画。

 

どちらも大雑把にひっくるめてしまえば、既存の戦術機の改修・グレードアップを実現する為の研究だ。

 

フェニックス構想は第2世代機のベストセラーであるF-15<イーグル>をボーニング社の主導で、XFJ計画の方は日本帝国軍が運用するTYPE-94<不知火>を日米合同で強化していくプラン――――

 

 

 

 

というのがユウヤがユーコン基地を訪れて初めてのブリーフィングで聞かされた大まかな内容である。出発前にリベリオンから教えられた内容と何ら変わり映えしないというのがユウヤの正直な感想。

 

こう言ってしまうと確実にこれから共に働くアルゴス小隊の面々からの顰蹙を大いに買うのは間違いないだろうが、フェニックス構想の方はユウヤは然程興味を抱く気にはならない。

 

何故なら既に既存のF-15を改修・強化するという考えがここユーコン以外でも実行され、現実に達成された姿をユウヤは目の当たりにしているのだから。

 

 

「そっちが作った『アサルト』と『ブラスト』以外にも他がイーグルの改修型なんて作ったりしてたんだな」

 

「ボーイングの方はG弾などのBETA由来の技術応用に傾いたせいで予算を削られた戦術機開発部門を立て直す為の苦肉の策で提案したそうですよ。我々にとっては単なる商売敵の最後の足掻きでしかありませんけどね」

 

 

ブリーフィングルームの最後尾の列で隣のリベリオンとヒソヒソ話を交わす。

 

F-15・ACTV以外にもF-15の強化改修機は開発され、既に実戦配備が開始されているのをユウヤは知っている。というか、開発者が誰かも良く知っている。

 

 

 

 

新興企業のバニングス・インダストリーズが開発したF-15EX<アサルト・イーグル>並びにF/A-15<ブラスト・イーグル>。

 

リベリオン・テスタロッサこそが、バニングス・インダストリーズから鳴り物入りでアメリカ陸軍へと出向してくるやいなや、見事F-15の強化改修機を完成させてみせた張本人なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TE-2:篁唯衣の遭遇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美女の絹の如く滑らかな肌を水滴が滴り落ちていく。

 

もしその様子を見ている物がいたならば男はその完璧に整ったスタイルに口笛の1つでも吹き、同性であればその美しさに溜息を漏らしただろう。

 

そしてその芸術品の様に整った肢体の持ち主・・・・・・篁唯衣・帝国斯衛軍中尉は自身がそんな美しさの持ち主である自覚など殆ど持たぬまま手早く全身から水滴をバスタオルで拭いとった。

 

 

「ふう・・・」

 

 

長旅直後のシャワーで積もった垢と疲労感をさっぱりと洗い落とせた事に満足した唯衣は、丈の短いバスタオルを巻いただけというあられもない姿のままベッド傍へと歩み寄る。

 

小さな棚の上に置かれていたのは読みかけの資料――――XFJ計画に関わる主な衛士に関する情報だ。

 

丁度開かれていたページにはユウヤの写真。それを改めて穴が空きそうなほど見つめた唯衣は、やがて溜息を吐きだす。

 

 

「この男が―――・・・・・・」

 

 

今後のXFJ計画、そしてひいては日本帝国の戦況の今後の行く末を決めるかもしれない存在だと考えると、唯衣の背中にズシリと今から重荷が圧し掛かってくる。

 

しかもユウヤだけではない。いや、むしろユウヤと共に米軍から派遣されてきた『彼ら』の存在こそが、真に運命を握っていると言い換えても良いかもしれない。

 

唯衣の意識は数時間前の出来事・・・・・・・ユウヤとアルゴス小隊の間で行われた対人演習へと遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

演習の一部始終を記録・見物する為の指揮車両に『彼ら』がやってきたのは唯衣よりも後だった。

 

彼らはアルゴス小隊の先任中尉であるイブラヒム・ドゥール中尉と共に、さっきまでブリーフィングルームに出向いていたからだ。

 

 

「シルバーフィールド中佐、紹介しましょう。彼女が『XFJ計画』における日本側の開発主任であるユイ・タカムラ中尉です」

 

「帝国斯衛軍所属、篁唯衣中尉であります!」

 

「合衆国陸軍所属、ゼロス・シルバーフィールド中佐だ。よろしく頼む」

 

 

定規と分度器で測ったかのような完璧な角度の敬礼をしてみせた唯衣にゼロスも一応きっちりとした答礼を返す。

 

次にゼロスの取った行動に唯衣はその意味をすぐに理解できず反応が遅れた。

 

あまりに自然過ぎて差し出された手が握手を求めていると悟るまで数秒の間。我に返って泡を食いつつ彼女はその手を握る。

 

 

「個人的には長い付き合いを続けていきたいと思ってるから、よろしく頼むぜ」

 

「は、はあ」

 

「んでこっちがリベリオン・テスタロッサとユーノ・スクライア。俺の長年の相棒と戦友で階級はそれぞれ大尉と中尉な。特務、がつくけど」

 

「よろしくお願いしますね、篁中尉」

 

「よろしくね、篁中尉」

 

「は、はい!いえ、あの、こちらこそ!」

 

 

何というのだろう。堅くないというか、軍人らしくないというか、とにかく気負ってたのにいきなり出鼻を挫かれた気分に篁は陥る。

 

これもアメリカの国民性であるフレンドリーさって奴なんだろうか、とちょっと混乱。

 

しかし直後、唯衣は更なる混乱と驚愕に襲われる羽目になる。

 

 

「あ、ところでそのコーヒー、貰ってもいいか?」

 

「へ?は、ははい今お入れします!」

 

「いや、別に自分で淹れるからいいって。他にコーヒー飲む奴居るかー?」

 

 

と至って当然の様にそう聞かれても言い出す人間は1人も居ない。

 

当たり前だ。この部屋でただ1人の佐官に対して、気軽にコーヒーの注文を頼める軍人が居る訳・・・・・・

 

 

「あ、それじゃあ僕も貰うよ」

 

((((((って居た―――――――!!?!!!?))))))

 

「ユーノだけか?砂糖とミルクはどうする?」

 

「角砂糖3つ。ミルクは抜きでお願い」

 

 

これまた普通に『大尉』が注文を出して『中佐』がさっさと自ら彼に手渡すその光景に堪らず眩暈ががが。

 

様子からして彼らは立場を超えたずっと長い立場なのだからそれでいいのだろう、と唯衣は半ば無理矢理納得する事にした。自分だって巌谷の叔父様と似たようなものなんだし。

 

 

「・・・そろそろ始まるようですな」

 

 

空々しく呟かれたイブラヒムの言葉に、唯衣は慌てて液晶ウィンドウに向き直る。

 

 

 

 

 

 

 

 

イタリア、スウェーデン、ネパール―――――BETAによって国土の奪還を目指す国々から選ばれた者ばかりなだけに、対人演習中のアルゴス小隊の面々の機動はどれも目を見張るものがあった。

 

一方、件の米軍から派遣されてきた衛士、ユウヤ・ブリッジスの動きはというと悪くはない。むしろ実戦経験の無い身でありながら他の3名と拮抗した腕前と言って良い。

 

なのに別のウィンドウに表示されている当の本人の表情は苦虫を噛み潰したような様子で・・・・・・これは動揺、だろうか?

 

意識せずマイクに拾われた独り言が指揮車両内にも響く。

 

 

『クソ、OSが古いのに戻っただけなのにこれだけトロく感じるのかよ・・・!』

 

「何だって?」

 

 

ユウヤの発言に心当たりがある唯衣はゼロス達の方に目を向けた。リラックスした様子だが、そこからは今の部下の言葉に対する感想を何も読み取らせてくれない。

 

画面の中で事態が動きだしたのでまた視線をウィンドウへ。ヴァレリオの操るF-15E<ストライク・イーグル>が同じくユウヤのF-15Eと接敵。

 

ユウヤの仕掛けたスモークから見事な操作で離脱するのと入れ替わりに、タリサの操るF-15・ACTV(元はドゥール中尉の機体でユウヤに宛がわれる筈だったが搭乗経験の差からユウヤ本人が入れ替えを希望した)、が頭上からユウヤに襲いかかる。

 

ユウヤの反撃によりタリサは突撃砲を失うが、ビルを足場にして飛び跳ねるという機動で機体そのものへの被弾を免れてみせる。

 

そして始まるドッグファイト。ビルの谷間を部隊にユウヤが逃げ、タリサが追いかけるという格好。

 

 

『待ちやがれー!』

 

『こんな時にっ!』

 

 

逐一届く操作ログからはユウヤが弾切れになった背部兵装担架の突撃砲を切り離そうとした事を示しているが、代わりに動作不良によるエラーが表示されていた。

 

しかしユウヤには大した動揺や焦りは見られない。むしろ何かを待ち侘びるかのように、

 

 

『狙ってるんだろ、そうだ、そのまま追ってこい・・・・・・』

 

 

前方にコンサートホールが迫る。スピードを御し切れず手前で曲がらなければ建物に激突、しかし減速すれば撃墜が待つチキンレース。

 

ここぞとばかりにACTVが備える4発の大出力エンジンが本領を発揮し、F-15Eのいわゆる後方危険円錐域を取ると短刀をその手に装備。曲がる為に減速しようとすれば即座に襲いかかる気満々なのが見え見えである。

 

もはや建物は目前。ここだ、と直感したタリサは一旦上昇してから急降下。前方のF-15Eへと一気に飛びかかった。

 

 

『もらったああぁぁぁぁぁ――――――!!!』

 

 

 

 

――――だが予想は覆される。

 

F-15Eは殆ど減速しなかった。

 

 

 

 

 

『うおおおおおおおおっ!!』

 

 

跳躍ユニットは斜め下を向くと一瞬だけ爆発的に推力を発生させ、機体を斜め上へと急激に押し上げる。タイミングを合わせられ、ACTVの短刀は地面だけを傷つけ根元から折れる。

 

傍から見ていた唯衣は、ユウヤが引けに引けず減速の代わりに自爆を選んだのかと驚愕したが、それも違う。

 

F-15Eの主脚が持ち上がり、コンサートホールの壁面を蹴った。衝撃を主脚で受け止め跳躍ユニットを細かく噴かす事で打ち消す。

 

操縦桿を握る手の動きはまだ止まらない。壁面を更に数度蹴り上がりながら、主脚を思い切り振り上げさせた。

 

次の瞬間、操作された脚部の遠心力によってぐるん!とF-15Eの上下が反転。180度逆転した所で、向きを変えないまま再度跳躍ユニットに火が入る。

 

逆上がりと三角飛びを組み合わせた様なアクロバットにより、宙返りしながらタリサの頭上を飛び越えるという形で文字通り彼女の上を行く。ACTVの頭上を越える際、片手に保持していた突撃銃から模擬弾をばら撒くというおまけつきで。

 

ちなみに120mmの方に装填されていたのはキャニスター弾。発射後即炸裂する様設定してあったので、ACTVの頭上に狙い通りまんべんなく中身を降り注いでみせた。

 

 

「何ぃぃぃぃぃっ!?」

 

 

タリサの絶叫と共に、機体のてっぺんから肩部装甲の上半分が見事なまでに黄色に染まる。

 

 

『――――アルゴス2、頭部・両肩部大破認定。状況終了』

 

 

イブラヒムの終了通告は、タリサにとってはあまりに無情であった。

 

抗議の雄叫びを上げるタリサを余所に、1人ごちたユウヤのその内容は、

 

 

『・・・こちとらもっとおっかないのに散々追っかけまわされてきたんだ。自慢にはならないがな』

 

 

それを聞いて小さく笑いを漏らしたのはリベリオンとユーノ。

 

何笑ってやがる、と言いながらも自覚したようにそっぽを向くゼロスの反応がまた、何処か軍人離れした気安い雰囲気だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああいったのもまたこの国(アメリカ)独特の人間関係を示しているという事なのか・・・?」

 

 

ブツブツと口に漏らしながら、アルゴス小隊の経歴書の下に隠れていた別のレポートを手に取る。表紙には部外秘のハンコ。

 

今目を通していたのは各軍に問い合わせる事で簡単に手に入れる事が出来た『表』の書類だが、こちらは帝国情報省、つまり自国の諜報機関がまとめた調査資料である。

 

調査対象はゼロス・シルバーフィールド、並びにリベリオン・テスタロッサとユーノ・スクライア。

 

 

 

 

――――中身の方はといえば、半分ぐらいは『表』の方と大差無い。

 

父親は元日本帝国の駐在武官で現アメリカ合衆国大統領。母親は不明。

 

彼は優秀な成績で訓練校を卒業後、本人の希望で極東への派遣部隊に参加・・・・・・直後、98年夏のBETA日本上陸の際、撤退命令を無視して部隊の仲間と共に出撃。

 

近隣の帝国軍部隊と共闘ししばらく戦線を支えたものの、結果は彼を残して全滅。彼もまた重傷を負い、何らかの理由から昏睡状態のまま本国へ送り返されたとされている。

 

次に目覚めたのは99年明星作戦が発動した時期。今の彼の副官である2人、リベリオンとユーノの名前が確認されるようになったのもこの時期からだ。正確には、『それ以前からの2人の痕跡は確認できない』。

 

両名とも欧州からの難民を経てリベリオンは民間で技術者兼テストパイロット、ユーノは他多数の難民同様軍隊に所属し衛士としての才能を開花させ、そこをゼロスに一本釣りされた――――と調査書には載っている。

 

成程、難民出身なのであれば表に出る以前の足跡が確認出来ない点も納得はいく。イギリスを除いたBETAによる欧州占領の混乱は2人のような存在を多数生みだしたのだから。日本国内でも同様の事例は少なくない。

 

 

 

 

しかし、と唯衣は思い返す。

 

 

 

 

あの3人の雰囲気は階級や立場の壁など存在しない、明らかに友人・・・・・・否、それ以上の結びつきが3人にあるようにしか唯衣には見えなかった。

 

それこそ高々1~2年程度では足りない。長年共に歩んできたかのような―――――

 

 

「・・・そこまで推測するのは私の役目ではないな」

 

 

アルゴス小隊の面子同様、あのユウヤを除く米軍からの3人も実戦経験を有している。軍隊入りが遅いリベリオンとユーノもルーキーからは程遠く・・・・・・なにより戦った場所が普通とは違う。

 

2000年後半になって、ゼロスは2人と共にイギリスはドーバー基地へ。当時リベリオンが所属する企業で開発されたF-15の改良型2種の実戦テストを行う為だ。

 

数度のH12・リヨンハイヴから侵攻してくるBETAの『間引き』を経て彼らが直面したのは――――突然の大規模侵攻。

 

不意を突かれ、次々と部隊が脱落しされど敵の数が減らない地獄の中、彼らはたった3機で驚異的な戦果を上げ、大量のBETAを陽動し、撃破された他の戦術機の兵装さえ利用しながら傷ついた他部隊の最後の1機が撤退するまで戦い抜いたという。

 

その戦いぶりは遠く離れた日本にまで伝わった程だ。アメリカも自国が生んだそれも現大統領の息子だけあって大々的に宣伝だってしていたし、助けられた部隊の中に英国のとある王家にも名を連ねる高名な出の衛士も含まれていたとかで、その辺りもまた一部では話題だった覚えが唯衣にはある。

 

・・・・・・乗っていた戦術機が弾切れ燃料切れで小型種に取りつかれて壊されてからも今度は強化外骨格も用いず『生身で』更に撃破数を増やし続けた、という話は流石に眉唾ものだったが。

 

でも助けられた分助けようと再出撃した名家のお嬢様達が目撃者だのしっかりログにも映像に記録されてただの何だのかんだの云々。

 

 

「とりあえずは相当な武人でもあるという事なのだろうな」

 

 

そういう事にしとこう、うん。

 

ともかくその戦いにおいてそれぞれが生き残った者達から異名を与えられるまでの活躍をしてみせたのは紛れもない事実だ。

 

ゼロスはパーソナルカラーの黒とまさしく鬼の如き戦いぶりから『鉄の鬼神』。

 

ユーノはどんな状況からでも正確に射抜く技量から『魔弾の射手』。

 

リベリオンは重火力仕様の改良機を操り悉く無慈悲にBETAを爆砕していった事を指して『劫火の魔女』。

 

帰国後今度は合衆国軍でも有数の戦術機開発の場で有数とされるネバダ州グルームレイク基地にしばらく滞在。そこで一本釣りされたのが、

 

 

「ユウヤ・ブリッジス・・・」

 

 

あの模擬戦を見る限りでは、彼もまたアルゴス小隊に負けるとも劣らぬ技量であるというのは理解出来た。こちらに来る前の対BETA/対戦術機演習、双方ともトップの成績を修めていると経歴書にもある。

 

それでもやはり不安が残る。本当に彼は使い物になるのかと。戦術機の運用の仕方のてんで違う異国の、それもよりにもよってアメリカの衛士に満足に足る結果を出せるのかと。

 

―――――自分は彼を本当に御してみせれるのか。不安と緊張が脳裏を過ぎる。

 

 

「違う、そうじゃない。私が御してみせなければならないのだ!」

 

 

それに、唯衣の任務は単にXFJ計画での日本側からの調整役のみに止まらない。

 

XFJ計画のそもそもの発端・・・・・・帝国軍次期戦術機選定において不知火の改良型の開発が大筋として進められていた最中、突如待ったをかけて割り込んできたのがリベリオンが開発主任として籍を置くバニングス・インダストリーズである。

 

 

 

 

彼らが不知火改修の件で既に帝国軍と手を組んでいたボーニング社を押しのけるようにして形で売り込んできたのは、F-15の新型改修機2種類。

 

第3世代機にも劣らない機動力と近接戦闘能力を備えたF-15EX<アサルト・イーグル>と、攻撃機クラスの火力と格闘戦も可能な最低限の機動力を両立したF/A-15<ブラスト・イーグル>。

 

その他既存の戦術機でも簡単に運用可能且つ高い効果を期待できる各種新兵器、そして従来の戦術機の機動が過去の物にしてしまう驚異的な性能と操作性を戦術機に与える新型OS<EX-OPS>。

 

 

 

 

どれも米軍では一部で採用されたばかりの新型であり、しかも既に実戦で能力は証明済み――――彼らはそれを、帝国にも売ると言ってきたのだ。他でもない、非公式ながら大統領のお墨付きで。

 

唯衣のもう1つの任務は、それらが採用に足るかどうかの選定をこのユーコン基地で行う事。

 

これは先方からの提案で、各国から厳選された衛士達で新たな試験部隊を作って新装備のテストを行い、各国の機体との相性を確かめてから最終的に他の国々が自国に採用か否かを決めるという計画である。

 

提案そのものは強引かつ一方的に進められた物ではあったが、世界最大戦力の国の最高指導者が背後に居ては無碍にする訳には到底行かず。

 

先方からもしっかり最終的な決定権はちゃんと自分達にあると認めてくれただけまだマシだろう。その辺りはかの国にしては珍しい、と思われたのは日頃の行いのせいか。それを知ってどっかの大統領は思わず苦笑したという。

 

送られてきたそれらの資料映像の効果も大きい。映像を見た途端、大抵の人間が映像に釘付けになる結果となった。唯衣自身もそうだったのだ。

 

そうして幾つかの要因が重なった結果、唯衣は2つの重大な任務を帯びてこのアラスカの地に降り立ったのである。XFJ計画に賭けていたボーニング社からしてみれば二股をかけられたも同然で憤懣極まりないだろうが、日本もまた形振り構っていられないのが現状である。

 

というかボーニング社も裏ではかなり強引に計画を推し進めていたがぶっちゃけバニングス社もどっこいどっこいだったりする。

 

情報省の調査書によると、敵対する企業の一部がスキャンダルに見舞われたり時には経営者が唐突に病死・事故死した結果、バニングス社が得をしたこの数年事例が不思議なほど多い。かの企業も中々後暗い部分がありそうだ。

 

 

 

 

この選考計画に参加する国は帝国以外にはソ連・ネパール・スウェーデン・イタリア・トルコ・イギリス。

 

イギリス側の人員とは後日合流予定で、ゼロス達3人は当初から開発・運用に携わってきた立場としての教導役としてやってきた。XFJ計画における試験演習の合間合間にユウヤも教える側として加わるという。

 

つまりユウヤは唯衣の部下としてテストパイロットを務める傍ら、教導役としてユウヤが唯衣に教えるという複雑な立場になってしまうのだ。より一層人間関係に注意せねばならないだろう。

 

堪らず溜息が出てしまうほどに気が重い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、それらの情報を予め手にしてはいたが、実際に本人達に会ってみると、その――――色々な意味で予想通りだったリ、また違ったりして戸惑ってしまった。

 

佐官でありながら気軽に部下の分までコーヒーを用意してしまう気さくな上官。傷さえ隠せば歌舞伎の女形も立派に努めれそうな柔和な美貌の青年。軍服でも隠しきれないどころかまた別種の淫靡ささえ放ってしまうスタイルと小悪魔的な雰囲気の持ち主の美女。

 

正直人目を引くというか、濃過ぎる。ハルトウィック大佐の執務室に訪れて顔を合わせたユウヤがこちらに対し敵意を向けてきた時はむしろ逆にホッとしてしまったぐらいだ。

 

ここでの日々は間違いなく一筋縄ではいかない、と早々に悟る。早くも遠く離れた故郷の巌谷中佐に連絡を取りたい衝動に駆られてすぐに自戒。

 

いけないいけない、これからだというのに今からこんな気持ちでどうする私。

 

 

 

 

 

 

 

頭を振り、これからまずしなければならない事を脳内で整理し、そして出した結論は。

 

 

「・・・・・・とにかく明日はまず日用品を揃えに行こう」

 

 

もう良い時間帯だし、時差ボケをさっさと解消する為にも今日はもう就寝する事にしたのだった。

 

 

 

 



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TE編3:イーニァ・シェスチナの邂逅と最後の来訪者

 

ユーコン基地に所属する者達や家族が暮らす為に造られた都市であるリルフォートは、唯依にとっては珍しい物ばかりで満ち溢れる場所だった。

 

道はくまなく整備され、豊富な物資が店頭に並び、行き交う人々が笑い合っている。

 

 

 

 

そのどれもが、今の日本帝国には滅多に見られない光景。

 

 

 

 

日用品を買いにリルフォートを訪れた唯依は自分が今目にしている光景とこれまで故郷で目の当たりにしてきた風景との落差を今後の糧にすべく脳裏に焼きつけながらも、これからの自分が達成すべき課題に想いを馳せ――――

 

思考に没頭し過ぎて周囲に気が回らず、結果他の通行人にぶつかってしまう。

 

 

「あっ!」

 

「ん?」

 

「おや?」

 

 

衝撃で前のめりに転んでしまったらしい少女が唯依を不思議そうに見上げていた。

 

 

「ご、ごめんね!大丈夫?怪我は・・・・・・」

 

 

長い銀髪で無垢な瞳の美少女。慌てて立ち上がらせようと手を差し伸べ、ふと自分以外にも少女に手を伸ばしている人間の存在に気付く。

 

考え事に加えて私服姿なので気付かなかったが、相手は昨日顔を会わせたばかりの不思議な上官だった。その隣には同じく私服姿の副官の女性の姿も。

 

 

「し、シルバーフィールド中佐!?」

 

「何だ、篁か。奇遇だなこんな所で。そっちも買い物か?」

 

「は、はい!日用品を購入しようと思いまして!」

 

「そこまでカチンコチンにならなくてもいいですよ、篁中尉。相棒はそこら辺殆ど気にしませんから。ねぇ相棒?」

 

「いえ大尉、ですが・・・」

 

 

階級も付けず気軽な様子でかけてきたリベリオンの言葉にゼロスも同意する。

 

 

「そうそう、俺も堅っ苦しいのはどうも苦手だし、今はオフなんだから無礼講でかまわねーさ」

 

「しかし―――」

 

 

くきゅぅ~~~

 

 

小動物の泣き声にも似た可愛らしい音色に言葉は途切れ、次いで発生源の銀髪の少女に一同の視線が集まった。

 

 

「・・・・・・まずは腹ごしらえしないか?」

 

「ハイ・・・・・・」

 

 

無性に気恥しくなって、真っ赤な顔の唯依はゼロスの顔を直視する事が出来なかった。

 

――――少女の目が、リベリオンにじっと固定されているのも気付かずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TE-3:邂逅と最後の来訪者

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから10分後の現在。

 

人々の憩いの場となっている公園のテーブルの一角で、唯依はクレープ片手に固まっていた。彼女はクレープという食べ物の存在自体知らなかったのである。

 

 

「食わねぇのか?それとも他の物の方が良かったんなら悪かったな」

 

「いえその違います!別にそういうつもりじゃないんですが!」

 

「毒も入ってませんよ?」

 

「いやですから!」

 

 

自分も豪快にクレープに齧りつきながら余計な冗談を口にしたリベリオンの頭を軽くはたくゼロス。

 

その反対側にはイーニァが美味しそうに小さい口で自分の分にパクパク食らいついてみせていた。席の配置は丸いテーブルを中心にゼロスと唯依、リベリオンとイーニァがそれぞれ向かい合う形となっている。

 

唯依は唯依で、初遭遇の食べ物に忌避感半分興味半分。でも上官が自腹を切って買ってくれた物だったりするし、何より鼻をくすぐるフルーツと甘味の香りが・・・・・・

 

ええいままよ、と一口。

 

そして、

 

 

「~~~~~~~~~~!!?!?」

 

 

目を白黒させめまぐるしく表情を変える。唯依を良く知る彼女の副官や叔父がこの場に居たら微笑ましくも愉快そうに生温かい視線を送っていたに違いない。実際リベリオンが似たような感じだった。

 

 

「どうです、悪くないでしょう?」

 

「は、はい」

 

 

2口目。今度はじっくり味わうように咀嚼し何度も頷いてから、やがて口元が小さく笑みを形作った。

 

その時カシャリ、と奇妙な音がすぐ傍で鳴った。まるでカメラのシャッター音を電子的に合成したような音。

 

我に返って発生元を確認してみると、何やら手鏡大のプラスチックの小箱みたいな物を持ったリベリオンの姿。上の端の部分にレンズらしき物が内蔵されていて、唯依に向けられている。

 

 

「うん、良い絵が取れました。ユウヤやヴィンス辺りに見せたら喜びますよ」

 

「撮ったんですか、撮ったんですね!?お願いですから消して下さい後生ですので!」

 

「(別にそんな情報端末で撮影しなくても普通に記憶領域にしっかり保存してんだろうに)」

 

「(良いじゃないですか。これもまた風情ってもんですよ相棒)」

 

「(まあお前だし、今更な話か)」

 

 

あわあわと顔を赤くし日頃の厳格さもかなぐり捨て、リベリオンから携帯端末を奪おうとする唯依を軽くあしらいつつも声にも顔にも出さず目すら合わせないまま会話を交わす上官と部下。

 

 

「とりあえず篁、口元。クリーム付いてんぞ」

 

「あうっ!?」

 

 

一層顔を火照らせ口元をゴシゴシと拭うその姿を見、ゼロスはこう思う――――これもまたギャップ萌えってヤツかねぇ。

 

そしてイーニァがクレープを楽しむ手を止め、自分とリベリオンをじっと見つめている事にふと気付く。

 

 

「俺らにも何か付いてるのか?」

 

「・・・ううん。なんでもないよ」

 

 

そうは言うものの、少女の目線はしきりにリベリオンに向けられるのがバレバレである。

 

誤魔化すようにワザとらしく唯依は咳払いをすると、

 

 

「ところで、中佐と大尉もお買い物ですか?」

 

「ああ、細々とした物を色々とな。ま、とっくに一段落してコイツ(リベリオン)と一緒にこの街を見て回ろうとしてたとこだったんだけど」

 

「基地の中にれっきとした街がある此処と違って、グルームレイクは1番近くの街まで100kmは離れてる上に周りには荒野と砂漠しかありませんでしたからね。こういうのは本当に久しぶりなんですよ」

 

 

どうも奇遇にも唯依と殆ど同じ目的だったようだ。彼らもやって来たばかりなのだから長期滞在する以上買い出しは必須であろう。

 

残りの面々も交互に休暇を取って買い出しに出るとの事。

 

 

「篁中尉も買い物を?」

 

「はい。私の方も既に粗方終わった所で」

 

 

しばし考える素振りを見せてから、徐に笑みを浮かべたリベリオンはこう提案する。

 

 

「なら中尉も一緒に街を見て回りましょうよ。せっかくばったり出くわしたんですし、今後共にやっていく仲間同士の交流といきましょう」

 

「ええっ!?で、ですが・・・」

 

「あー、悪いが諦めろ。こういう時のコイツはブッ叩いても止まらん。俺も交流を深める事自体は賛成だしな」

 

 

大いに戸惑うが、元の所属は違えど上官からの誘いを無碍にする程度の図太さは唯依は持ち合せておらず。

 

 

「貴女も一緒にどうです?」

 

「・・・うん。イーニァもいいよ」

 

 

何故か銀髪の少女も参加決定―――――ところで少女の名前はイーニァというらしい。

 

結局優秀な軍人であっても人付き合いそのものに関しては柔軟性に欠ける唯依は、リベリオンの勢いのままリルフォート観光に雪崩れ込まれる羽目に陥るのだった。

 

 

 

 

 

 

「それにしても中々良い品揃えっぷりだなこの店」

 

「中佐はご自分で料理をなされるんですか?」

 

「ぶっちゃけ基地の食堂の飯より自分で作った方がよっぽど美味い」

 

「イギリスほどじゃありませんけどこの国も味付けもかなり大雑把ですからねぇ・・・」

 

「そうなのですか・・・しかし米軍では未だに天然物の食材を用いてると聞いていますが」

 

「材料の問題じゃねぇんだよ。材料よりも調理の仕方と味付けが肝心なんだよ。つーか醤油と味噌と白米も恋しくてしかたねーんだよ・・・」

 

「ゼロス、ないてるの?」

 

「泣いてんじゃねーやい。これは単なる心の汗だっ・・・!」

 

「(・・・?彼女、今中佐の名前を)」

 

「チクショー、せめて部屋に自前の冷蔵庫とキッチンさえあればっ!」

 

「無い物ねだりしてもどうにもなりませんって相棒」

 

「―――――そうだ篁!そっちの伝手で米と醤油と味噌こっちに送って貰えねーか!?」

 

「ええっ!?」

 

 

 

 

「一応軍人なんだしこれが当たり前だと分かっちゃいるんだけどなあ・・・」

 

「やはり湯船にのんびり浸かりたいですか?基地にはシャワーしかありませんからね」

 

「市井の者達の中には満足に風呂にも入れない者も多数存在するのですから、今の我々にはそれだけでも十分贅沢だと思います」

 

「それも理解してるけど、な。やっぱり1度慣れ親しんでると、な」

 

「あ、これイーニァがつかってるのといっしょだよ」

 

「(シャンプーハット・・・)」

 

「(微笑ましいですね)」

 

「?」

 

 

 

 

「やはり絵本1つとっても帝国とは大分作風が違うものばかりですね」

 

「でも日本だってグ○ム童話ぐらいは伝わってんだろ?」

 

「はい。そちらは童謡と並んで日本でも一般に広がっています」

 

「ゼロス、これは?」

 

「ああ勝手に離れちゃダメ――――んなぁっ!!?」

 

「・・・とりあえず、今すぐその本は元の所戻そうな?それは大人向けの本だから」

 

「イーニァはこどもじゃないよ?」

 

「と、とにかくダメよその本は!貴女にはまだ早過ぎるの!」

 

「そして何さりげなくレジに持ってこうとしてるかそこぉー!」

 

「いえ、ヴィンス達のお土産と今後の資料を兼ねて」

 

「何の資料なんですか一体!!」

 

 

 

 

 

 

そうして騒がしくもあちこちを転々とした4人がやがて辿り着いたのは、

 

 

「あ・・・・・・」

 

 

不意に唯依が立ち止まる。彼女の眼はショーウインドウに並んだカジュアルな服を捉えて放さない。まるで目当てのおもちゃの虜になった子供そっくりだった。

 

そんな様子の唯依を見、それからまずゼロスとリベリオンは顔を見合わせ、次いでイーニァとも視線を交わし。

 

直後、素早く両横に立ったゼロスとリベリオンによってガッシリと両腕を固定される段になって、ようやく唯依は我に帰る。

 

そのまま唯依はそのショーウインドウが並ぶ店の中に引きずり込まれていった。おまけとばかりにイーニァにまでコートの裾を引っ張られながら。

 

 

「すいません、彼女に店先に置いてあったあの服を。それから幾らか適当に見繕ってあげて下さい」

 

「なななな大尉!?わ、私は結構です!このような場所であんな服など!」

 

「きっとにあうとおもうよ?」

 

「言ったろ、こうなった時のコイツには勝てないって」

 

「OK!ワタシはりきっちゃいマスよ~!」

 

「張り切らないでー!」

 

 

最早涙目になりながらも結局上官に刃向かえぬままノリのいい服屋の店員まで加わってミニファッションショー開始。

 

まずは例のカジュアルファッションから。口では否定的な事ばかり漏らしていた唯依ではあったが、内心惹かれていた服を身に付ける事が出来て、思わず頬が緩んでしまう。

 

着替えさせた張本人のリベリオンと共犯のイーニァ&店員は楽しそうに笑い、溜息を吐きつつもいざという時は実力行使で主にリベリオンを止めに入るつもりだったゼロスまで感心した様子だ。

 

 

「やっぱり美人は何着ても似合うもんだよな」

 

「そ、そうですか・・・ありがとうございます」

 

 

もじもじと恥ずかしそうに身を捩らせながらも、ゼロスの褒め言葉に心なしか嬉しそうな様子の唯依。

 

・・・・・・慣れない状況に頭が熱暴走しかけなせいで、しっかりとカジュアル姿を撮影されている事に気づいていない。

 

 

「ホラお客様、こういうのもドーですかー!」

 

「きゃっ、そんな強引に、って此処で脱がさないで!?」

 

「私達も負けてられませんね。イーニァもお着替えしてみますか?」

 

「・・・うん、いいよ」

 

 

数分後、そこには今度はチャイナ服姿にさせられた唯依と同じく着替えたリベリオンとイーニァの姿が!

 

 

「ってきぐるみかよ!?」

 

「あ、可愛い・・・・お持ち帰り―――――はt!?そ、それよりた、た、た、大尉は何なのですかその破廉恥な格好は!?」

 

「ミーシャとおそろいなの」

 

「実用的なメイド服ですけど何か?」

 

「とりあえず本場のメイドに謝ってこい。何処が実用的だ一体」

 

 

ふわふわもこもこした焦げ茶の素材で出来たきぐるみ?(実際はパジャマらしい)に何故か熊耳付きのカチューシャまで装備したイーニァはまだいい。普通に『可愛らしい』の範疇だ。少なくともどこぞの雛見沢在住の少女の因果が流れこんじゃう程度には。

 

対してリベリオンはというと、そもそも何でこんな一般向けの服屋にこんな物置いてあんだとゼロスが叫びたくなるぐらい過激なメイド服――――らしき格好だった。

 

下着が普通に見えるぐらい短いスカートって意味あるのか。上のシャツもボタンが少なくて胸思いっきり見えてるし、カチューシャぐらいしかメイドっぽさ残ってないだろこれ。

 

これには流石の唯依も苦言を呈し、

 

 

「幾らなんでも破廉恥過ぎます!」

 

「おや、篁中尉の姿も中々男心を擽る格好だと思いますが」

 

「~~~~~!」

 

 

確かに深く切り込まれたスリットとか、布地がくり抜かれている胸元とか、そもそもぴっちりと身体に張り付くデザインなせいで平均以上のサイズの胸の膨らみが強調されている事に今更ながら思い至る。

 

この場で唯一の異性であるゼロスを見る。頬を掻きながら少し気まずそうに目を逸らされる。頭に血が上る。主に羞恥的な意味で。

 

 

「わ、私達軍人に相応しい格好という者はもっと実用的な――――」

 

「実用的?OK,ワカリマシタ!」

 

「え?」

 

 

ギラン!と(唯依にとって)不吉に輝くは店員の目。唯依の知覚外の速度で女性店員の両手が稲妻と化す。

 

 

「速い!?」

 

「ぶふぉっ!?」

 

「見えたっ!」

 

 

唯依が驚愕しゼロスが噴いてリベリオンは撮影機能を高速連射。

 

2秒前までチャイナドレス姿だった筈の唯依は下着姿と化していた。それも元から彼女を包んでいた自前の物ではなく、隠すべき部分が何処もかしこも透けた過激な一品へ。

 

・・・一体どうやって着せたのだろう?ゼロスの目ですら追い切れなかったのだが。

 

 

「だったらコレが1番ヨ!」

 

「なななこれは・・・・すすすすすす透けているぞ!?」

 

「実用的と言ったらコレしかないデショ?ホラ、あそこの殿方も貴女のセクシーなダイナマイトボディーにクリティカルしてマスヨ!」

 

「んなぁっ!!!?」

 

 

もう1度ゼロスの方を見てみる。今度は目元を隠すようにしながら、またも顔を逸らされた。微妙に顔も赤い。

 

 

「・・・刺激が強いのは否定しねぇよ」

 

 

そこが性的な話題への耐性が鍛えられていない唯依の限界だった。

 

 

 

 

「き、記憶を失えええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

 

 

涙声混じりの悲鳴と怒号と破壊音が交錯する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ううううう・・・巌谷の叔父様、私はもうお嫁にいけないかもしれません・・・・・・」

 

「大丈夫。その時は相棒に責任を取ってもらえばいいですからはぶっ」

 

「な~にほざいてやがるかこの元凶。そういう所自重しろっつってんだろコラ」

 

 

容赦なくゼロスに頭を小脇に抱えられて締め上げられるリベリオンだが、ちっとも堪えた様子はない。

 

疲れた様子で溜息をついてから、ゼロスは無造作に伸ばした手をさっきからうなだれっぱなしの唯依の頭に乗せた。

 

伝わってくる体温と節々が固い指先の感触に顔を上げ、それからようやく自分が今置かれている状況に気付く。こんな事をされたのは幼少期でも殆ど覚えが無いというのに、何故か不快感は湧いてこない。

 

 

「慰めにもならねぇだろうが、犬に噛まれたとでも思って我慢してくれや。それにしても綺麗な髪だよなー。触ってても気持ちいいし」

 

「はあ、ありがとうございます・・・」

 

 

異性、それもアメリカ人に女の命同然の髪を触れられていると理解していても拒絶する気にはならなかった。むしろ出会って間もない上官相手にこんな事をされている事への戸惑いの念が大きくてそこまで反応できない、というべきか。

 

しかし彼に他意はなさそうではあるし、指の動きも柔らかで優しく、今日1日振り回されて疲弊した唯衣の心が癒やされていくのを実感した。

 

 

 

 

ふと、彼女は思う。

 

最後にこんな風にして、現在の自国や世界の情勢を思い煩う事無く享楽を―――楽しむ時を過ごしたのは、どれだけ前だったのかと。

 

 

 

 

「ユイ?」

 

 

先程の服屋で唯一購入した熊をあしらった防止を頭に乗せたイーニァが唯依の顔を覗きこんでくる。

 

何故イーニァが唯依の名前を知っているのか、それに気付かないまま茜色に染まり出した空を見上げながら、ポツポツと言葉を紡ぎ出した。

 

 

「・・・中佐、大尉。私達は本当にこんな事をしていて、よろしいのでしょうか?BETAに蹂躙された国土には、満足に着る物もなく飢えを凌ぐのに精一杯な民が溢れているというのに・・・・・・・」

 

「そんなもん、仮にBETAがいようがいまいが必ずどこかにそんな場所が存在するに決まってるさ。少なくとも人が存在する限りは、な」

 

「ですが私は、私達は軍人です。そのような私達が、このような平安と享楽に浸るなど許されないのではないでしょうか!」

 

 

権力者の息子には徴兵を拒否する権限が与えられ、それを行使する者が殆どであるの憂いるべき現状だ。

 

唯依は違う。そもそも武家は国の為民の為戦う事が当たり前であるし、合衆国大統領の息子であるゼロスもまたその現状に憂いているのでは―――――

 

 

「ならそういう事なんだろうよ。少なくとも、お前の中ではな。別にそうやって堅っ苦しく生きるのもそっちの勝手さ」

 

 

だが彼は唯依とは違う。ある意味純粋で、ある意味無知な彼女はゼロスの本質をまだ知らない。

 

 

「俺達は俺達の目的の為に、だから軍に所属する事に決めた。俺はな顔も知らない人間を守る為だとか、愛国心だとか、そんな何処にでもあるような綺麗事なんざどうでもいいんだよ」

 

「っ!なら、何故貴方は戦うのですか!!」

 

「なもん決まってる。自分が満足する為さ」

 

「――――!!!」

 

 

急に不快感に襲われ、唯依は弾かれたように立ち上がる。今すぐこの場から去りたい衝動に駆られるがまま離れようとする。

 

 

「待って下さい、篁中尉」

 

「何でしょうか、テスタロッサ大尉」

 

 

しかし軍人としての性か、一応上官であるリベリオンに止められ反射的に足を止めてしまう。

 

 

「すいません。しかし相棒の事を勘違いされたままだとこれからの事に影響しそうでしたから」

 

「・・・何を仰りたいのでしょうか」

 

「確かに相棒は自分勝手ですが「ほっとけ!」、だからといって待ち受けている未来から目を逸らすような大馬鹿者でも、沈む船からそれを他の乗客に知らせないままさっさと逃げ出すような卑怯者でも断じてありません」

 

「・・・・・・?」

 

「要はですね、相棒にとって大切な人間というのは極少数ではあっても、その少数の人間を守る為であれば相棒は世界を救ってみせるし世界を敵に廻しても勝利してみせる―――――そういう人間だって事なんです。そしてこの世界にも相棒が守りたいと思っている存在は幾つもあります。つまり・・・・・・」

 

「中佐はその為に戦っている、と?」

 

「そういう事です。でしょ、相棒?」

 

 

話を向けられた本人は頭を抱えて悶絶中だった。

 

 

「だーっ!ハズい!ハズいんだよ!んなカッコつけた意思表明とか自分以外の口から聞かされたら滅茶苦茶きついぞ!?何だよこの羞恥プレイ!」

 

「おや、昔はしょっちゅう『世界も敵に廻してやる(キリッ)』なんてアリサとかに言ってませんでしたっけ?」

 

「殺せー!誰か俺を殺せー!!」

 

「(ところで『ハズい』とはどういう意味なのだろう・・・?)」

 

 

そんな事を思ってしまう程度には唯依の毒気は抜けさせられたようである。

 

 

「でもま、別に軍人だからってバカ騒ぎしたり遊んだりってのが許されないってのもおかしな話だと俺は思うぜ?人間たまに息抜きしなきゃ、いつかは溜め込み過ぎて一気に潰れたりするのははよくあるからな。実際似たようなの見た事あるし」

 

「そう、でしょうか」

 

「そうですよ。それに見える物、感じる物は場所によって様々ですから、そうやって自分を含めて色々な事を改めて確認するには遊びもまた必要だと私は思いますよ」

 

 

巌谷中佐を相手にしている時にも似た、年季と経験を感じさせる2人の言葉が唯依の心に沁み入る。

 

唯依は改めて今この場に広がる風景をしっかりと見回してみた。泣いている子供を慰める両親。怒る恋人を宥める男性。聞こえてくる笑い声。

 

唯依は頭でではなく魂で理解した。こういった活気に満ちた場所こそが、本来人が生きるべき姿なのだ。彼らが浮かべるような笑顔を取り戻す事こそが自分達の役目なのだ。

 

それを実現する為にも。それを達成する為にも、今から悩んで立ち止まってる場合ではない。

 

 

「ありがとうございます、中佐、大尉。自分がこれからどうしていくべきなのかが理解できました」

 

「いえいえ、別にお礼を言われるほどの事ではありませんよ。単なるおせっかいも同然ですし・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

「――――――どうして、なの?」

 

 

 

 

 

 

声をかけられて、イーニァもまた立ち上がってまっすぐ視線を向けてきていた事にようやく気付いた。

 

 

「どうしてゼロスもリベリオンもそんなにじゆうなの?イーニァといっしょで、2りもたたかうためにうまれたのに」

 

「イーニァ?一体何を言ってるの?」

 

 

彼女の言葉の意味が理解できない。2人がイーニァと一緒?戦う為に生まれた?

 

一方、問われた側の2人はただ首を竦めてみせ、唐突に問われた内容に対し決して戸惑った様子も見せず、むしろ笑ってすらみせた。

 

それも的外れな事を言われて嘲笑う訳でもなく、むしろ逆に言葉の意味をしっかりと理解し、肯定の意思すら覗かせた清々しいまでの笑みで、

 

 

「知りたいですか、イーニァ・シェスチナ少尉?」

 

「えっ、彼女も軍属なのですか?」

 

「そうですよ。イーダル試験小隊所属、彼女もまた篁中尉と共に訓練を受ける予定の1人です」

 

 

こんな幼い少女が。いや、帝国も今では16歳以上の少年少女も徴兵の対象なのだからおかしくはない。

 

ただ外見が、というよりもイーニァの放つ雰囲気がもっと幼い子供にしか思えなかったのだ。

 

 

「まあ、別にこっちも大層な事じゃないんだけどな」

 

「中佐?」

 

「ねえ、どうして?」

 

 

再度イーニァが問いかける。何処となく瞳は揺れ、声にも震えが混じっているよ気がした。

 

ゼロスは立てた親指で自身の胸元を示し、ハッキリと言い放つ。

 

 

「俺はただテメエで考え、テメエで悩んで、そしてテメエで決めただけだ。テメエがどう生き、どんな存在であろうとするのかを、な」

 

「たたかうためにうまれたのに?」

 

「生まれも育ちも境遇も知った事か。テメエの生き方なんざテメエで決めてナンボじゃねえか」

 

「・・・いーにぁにはわからないや」

 

「何時かはそんな時が来るさ―――――そん時は、イーニァが後悔しない答えを選べると良いな」

 

 

叔父様が自分に向けるものとよく似た、父性に満ち溢れた眼差し。彼も立ち上がり、軽くイーニァの頭もポンポンと撫でると、「じゃあまた明日な」と手を振りながら離れていく。

 

 

「本当に大切な事は自分で決めてこそ人間ですよ」

 

 

リベリオンもそう言ってから彼の後を追いかける。半ば呆然となって唯依が2人の後ろ姿を見つめている間に何時の間にやらイーニァも消えてしまっていて、1人唯依はベンチに取り残されていた。

 

 

「貴方達は・・・・・・一体何者なんだ?」

 

 

 

 

唯依の呟きは届かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻:リルフォートより北、輸送機用滑走路にて

 

 

 

 

「此処がアラスカかあ・・・やっぱりドーバーとは空気からして違うと思わない?」

 

「そんな事より迎えは何処なのよ。せっかくわざわざイギリスから来てあげたっていうのに」

 

 

オリーブドラブの布地に砂色のシャツとネクタイと、いささか地味な色合いの軍服に身を包みそんな会話を交わす女性が2人。

 

悪戯っぽい愛嬌も含んだ美しさもさる事ながら、周囲で各々の仕事を行っている者達(特に男性陣)の注目を引く理由は、髪型が違えど2人が全く同じ顔をしている事にある。

 

彼女達は一卵性の双子であった。同じ産湯に浸かり、同じ時を過ごし、同じ部隊で戦ってきた。部隊におけるポジションまでは違うが、双子故の前衛・後衛を互いに補う抜群のコンビネーションで名を馳せている。

 

彼女達の出自と戦歴を考えればもっと目立つ―悪く言えば装飾過剰な―特注の軍服を纏っていてもおかしくないのだが、それは彼女達自身が良しとしていない。

 

例えイギリス王家の血を引いていようと、戦場では1人の兵士として戦う事に決めているのだから。

 

・・・ただし、服務規定違反に引っ掛かりそうなレベルでスカートの丈を切ってさりげなく際どくしているのは、まあご愛嬌という事で。

 

と、ようやくお待ちかねの迎えの車がやってきた。運転しているのは2人も知った顔だった。

 

 

「待たせたね。もう半年ぶりになるかな」

 

「やっほーユーノ、そっちのはアンタの部下?」

 

「そうだよ、こっちに戻ってから見つけた逸材さ」

 

「合衆国陸軍所属、ユウヤ・ブリッジス少尉であります」

 

 

ユウヤの敬礼に2人は小悪魔の笑みを浮かべたまま、折り目正しい答礼を返す。

 

 

「英国陸軍より派遣されましたリーゼロッテ・グレアム」

 

「並びにリーゼアリア・グレアム」

 

「「両少尉、現時刻をもってアウトロー特別試験部隊に着任いたします」」

 

「遥々ようこそ2人共。部隊は君達を歓迎するよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――いよいよ物語が動き出す。

 

 

 



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TE編4:Meet the players

主人公なら主人公らしくラッキースケベな目に遭わせないとな!
…え?色々と違う?


 

少し早く来すぎたか、とユウヤは思っていたが、ブリーフィングルームには既に先客が居た。

 

銀の少女が2人。背丈やスタイルの差はあれど姉妹のように2人は似ていた。大きいショートカットの方は冷徹な視線を一瞬だけユウヤに向けただけだが、小柄な長い髪の少女の方はにこやかに笑ってユウヤに向けて手を振った。余りにも子供っぽい無邪気な笑顔は軍人とは思えない。

 

だがチラリと見えたウイングマークと所属を示す肩章からソ連軍の衛士であるのは丸分かりだった。人は見かけによらないものなのだと再認識。

 

 

「(ま、チョビも似たようなもんか。アレは流石に喧し過ぎるけど)」

 

 

現在部屋に居るのはユウヤ含めこの3人だけ。銀色の内小さい方はともかく、大きい方は明らかにお喋りの相手をしてくれそうな相手とは思えない。

 

他の連中もすぐにやってきそうにないと感じたユウヤは懐から携帯端末を取り出した。

 

数秒後、特徴的な電子音のメロディーが流れだし―――――何故か銀の少女達が反応した。ユウヤは知らなかったが、その音楽はロシアの民謡なのである。

 

音量は控えめにしていたのだが物音1つしなかった室内では意外と大きく響き、電子的な音楽と効果音を聞きつけたのかしきりに2人がユウヤの方を気にしだす。端末の画面に視線を落としているユウヤは気付いていない。

 

しばらくしてからふとユウヤが顔を上げると、何時の間にやら小さい方の少女が目の前まで近づいて同じように画面を覗き込んでいた。思わずのけ反ってしまう。

 

 

「・・・・・・なにをしてるの?」

 

「何って・・・・・・暇潰しのゲームだよ」

 

「げーむ?」

 

「まあ知らないよな。テ○リスってパズルみたいなゲームなんだけど」

 

「?」

 

 

不思議そうなあどけない表情だが視線は一時停止された画面に釘づけである。

 

と、鼻を鳴らす音が届いた。もう1人の大きい方の少女がユウヤにあからさまな侮蔑の嘲笑を向けていた。続いて呟かれたロシア語の意味は分からないがロクな内容ではあるまい。

 

こういう感情を向けられるのは生まれと見た目のせいでそれなりに慣れっこなつもりだったがやはり気に入らない。とはいえあの少女が向ける敵意はむしろソ連とアメリカがかつて敵対関係にあった国同士だったからこそのものだろう。

 

・・・・・・流石のゼロスも今回ばかりは上手くやれるのやら不安になってくる。信頼は、しているが。

 

考え事をしていたせいで目の前の少女の行動を見逃してしまっていた。彼女が行動を終えた段になってようやく我に返り、状況を把握する。そして慌てる。

 

 

「うおっ!?」

 

「んなっ、イーニァ!?」

 

 

少女―名はイーニァらしい―がどういうつもりかユウヤの膝の上に腰を下ろしていた。小さくも引き締まったお尻の感触がズボンの布地越しに伝わってくる。

 

 

「何だよ一体!?」

 

「イーニァ、早くその男から離れなさい!」

 

「ユウヤ、つづき、しないの?」

 

 

イーニァだけが呑気にそんな事をのたまう。ユウヤはいきなりの彼女の行動にどう反応すべきなのか思い浮かばず固まり、もう1人の少女の方は今にもユウヤに掴みかかりそうな般若の形相だった。というか実際そうした。

 

 

「き、貴様ぁ!この低俗な快楽主義者が!一体イーニァに何をした!どうやって誑かした!」

 

「お、俺は何もしてない!お前もすぐ傍で見てただろうが!」

 

「クリスカ、ユウヤは悪くないよ?」

 

 

イーニァの声もクリスカには届いていない。怒りの形相で顔を近づけてきたクリスカから反射的に離れようとユウヤが背もたれに背中を押しつけた。更に迫ろうと銃身をユウヤの方へ駆けるクリスカ。

 

さて、必要以上に重心が偏るとどうなるか?

 

後ろへ傾いて不安定な状態にあったパイプ椅子の角度は遂に限界を超え、一気に後方へと倒れ込む。

 

ブリーフィングルームの扉が開くのとけたたましい転倒音が鳴り響くのは同時だった。

 

 

「いてててて・・・・・・」

 

 

顎を引いて後頭部を強かに打ちつけるのは防げたユウヤだったが、代わりに腹にのしかかる少女2人分の体重をもろに受けてしまい圧迫感と鈍痛に襲われる。

 

少女達の身体をどかして文句を言ってやろうと、ユウヤは銀色の髪に視界を覆われながらも手探りで両手を動かしたその時。

 

 

 

 

むにゅう  「ふぁん」  ぽよん  「ひうっ!?」

 

 

 

 

この柔らかい2種類の感触は何だろうか。ヒュウ、と誰かが口笛を吹いた。

 

 

「ユウヤ、もっとやさしくもんでほしいな?」

 

 

何ですと?

 

慌てて身体を重みの下から引きずり出し身体を起こす――――イーニァとクリスカが胸元を押さえていた。イーニァはやはりぽわぽわした風だがクリスカは真っ赤な顔でもはや親の敵を見るような強烈な眼差しでユウヤを射抜いてくる。

 

もしかして、もしかしなくてももしかするんだろうか。

 

 

「やるじゃねぇのトップガン。まさか『紅の姉妹』の胸を2人纏めて揉むなんてな」

 

「女の子の扱いはもっとソフトにしてあげなきゃダメよ?」

 

「こ、こんんんんんおぉ変態!女の敵かよテメェェェェェェェ!!」

 

「ご、誤解だ誤解!」

 

 

 

 

言い訳も空しく、ゼロス達がやって来るまでユウヤはタリサとクリスカにボコボコニされたとさ。

 

余談ながらこの時の共闘(?)がきっかけで不倶戴天の敵対関係にあったタリサとクリスカの関係がちょっとだけ近づいたとかなんとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TE-4:Meet the players

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最終的に集まったのはユウヤを含め13名。席にはイブラヒムを含めたアルゴス小隊の面々にイーニァとクリスカ、先日別個に顔を合わせた唯依とグレアム姉妹、そしてゼロスとユーノとリベリオンが壇上に立っていた。全員BDU姿である。

 

 

「――――って感じでそれぞれ元の所属毎に持ち寄った自前の機体を使って同じ新装備を試験運用してもらう訳だが、整備は1ヶ所に纏めて行ってもらう。各機のデータを共有する許可も貰ってあるから、自分とこの以外の機体データが気になる奴は遠慮なく聞いてくれ」

 

 

それはつまり未だ試作段階にあるタリサのACTVやイーニァとクリスカが操るSu-37の実機データも自由に見れるという事だ。自分の機体に愛着のあるタリサやクリスカは何か言いたげにゼロスを睨みつけたが当人には気にした様子はちっとも無い。

 

 

「説明はこんな所だ。そんじゃま次は自己紹介といこうかね。初めて顔を合わす奴も居るこったし」

 

「それじゃあ前の座席順に順番に名前と所属を言って下さい」

 

 

そう告げたリベリオンは最も近くの席に収まっていたクリスカとイーニァを見た。

 

 

「・・・・・・ソビエト陸軍少尉、クリスカ・ビャーチェノワ」

 

「おなじく、いーにぁ・しぇすちなしょういです」

 

 

ぶっきらぼうな口調のクリスカの後方で密かに中指を立てるジェスチャーを向けていたタリサだったが、イブラヒムから無言でゲンコツを叩き込まれて涙目になった。

 

次はソ連組と反対側に陣取っていた双子が立ち上がる。

 

 

「イギリス陸軍所属、リーゼアリア・グレアム少尉」

 

「同じくイギリス陸軍所属、リーゼロッテ・グレアム少尉。これから皆よろしくね?」

 

 

双子の内、ショートカットの方が悪戯っぽい笑みを部屋中に振りまいてみせた。中々の美人なので、女好きなヴァレリオが微かに口笛を鳴らしてみせる。

 

ユウヤは2人の事を猫っぽいと感じた。血統書付きの双子だが性格は澄ました感じのタイプと人懐っこくやんちゃなタイプ、といった感じで別々っぽい。実際その通りだった。

 

壇上の3人の視線が双子の後ろに座る唯依に向けられる。

 

 

「日本帝国斯衛軍中尉、篁唯衣であります!」

 

 

彼女を見ているとユウヤの胸中がざわめく。ゼロス達と触れ合うようになってから自身の中に流れる日本人の血、そして自分達家族を捨てた父親への憎しみが転じて育まれた日本という国へ抱いていた嫌悪感は大分和らいだ(というよりどうでも良くなった)が、苦いものが浮かんでくる辺りまだまだ根は深そうだ。

 

こうなってくるとピシリと折り目正しく分度器で測った化のような完璧な敬礼をしてみせるあの姿さえも無性に腹立たしくなってしまう。思考を包もうとする黒い靄を振り払おうとユウヤは頭を振った。

 

 

「次はアルゴス小隊の面々だ。この5人と篁中尉には新装備の試験運用とは別にXFJ計画も手掛けてもらってる」

 

「―――アメリカ陸軍所属、ユウヤ・ブリッジス少尉であります」

 

「ネパール陸軍所属、タリサ・マナンダル少尉であります!」

 

「イタリア軍所属、ヴァレリオ・ジアコーザ少尉でありますっと」

 

「スウェーデン軍所属、ステラ・ブレーメル少尉であります

 

「トルコ陸軍所属、イブラヒム・ドゥール中尉だ」

 

 

複数の視線の内、唯依の視線が特に強くユウヤを見据えている。負けじとばかりにユウヤもまた強く唯依を見つめた。睨みつけている、と表現した方が正しい位の険しい目つきだった。

 

 

「(見てろよ、その澄ましたツラの度肝を抜かせてやる)」

 

 

そして注目は壇上に戻る。

 

 

「それじゃあまずは私から行きますね。リベリオン・テスタロッサといいます。合衆国陸軍特務大尉であり、今回貴方達に試験してもらう各装備の開発者でもあります。装備に関して意見や質問があれば遠慮無く私に聞きに来ても構いませんよ」

 

 

アメリカ組以外がどよめきを漏らす。ウイングマークを付けているのでリベリオンもまた衛士の1人である事は一目で分かっただろうが新装備の開発者でもある事は意外だったらしい。

 

次に1歩前に出たのはユーノ。相変わらずのアルカイックスマイルを浮かべたまま口を開く。

 

 

「僕はユーノ・スクライア。所属はユウヤやリベリオンと一緒でアメリカ陸軍の特務中尉ね。皆とは仲良くやっていければと思ってるよ」

 

 

―――――ふと気付く。ソ連組の様子がおかしい。ユーノから距離を取ろうとしているのかしきりに身体を椅子の上で動かしていて、イーニァなど少し怯えてさえいる様子だった。

 

前に聞いた事がある。ユーノの笑顔は別に意識して浮かべているのではなく、過去にロクでもない経験をしたせいで張り付いて戻らなくなってしまった表情だと。

 

 

「最後は俺だな。俺はゼロス・シルバーフィールド。アメリカ陸軍の中佐で今回の運用試験の責任者って事になっている」

 

 

おもむろにゼロスは無言になった。上官のいきなりの沈黙にミーティングルームの空気が次第に張り詰めていく。

 

たっぷり十数秒間を空けた後、

 

 

「ま、中佐なんて階級も半分コネとインチキでなったようなもんだから気楽に接してくれや。俺も堅っ苦しいの嫌いだし、最低限の礼儀位守ってくれりゃ充分だから」

 

 

いやちょっと待て色々とおかしくないかそれ。コネとインチキで中佐になったとか自分で白状する事じゃないだろ絶対。ほらみろタカムラなんかずっこけてるぞ。

 

最初の印象はかつて家に飾られていた日本人形そっくりな無機質感を唯依に対してユウヤは抱いていたのだが、ハトが豆鉄砲食らったような有り様の今の様子を見ているとそんな感覚もどっかへ飛んでいってしまったのを自覚した。

 

まあゼロスが相手なら仕方ない。仕方ないったら仕方ない。だって自分も被害者だし。

 

 

 

 

「んじゃ簡単に自己紹介が終わった所で早速始めるとしよう――――全員強化装備に着替えてシミュレータールームに集合。全員の腕をまとめて見せてもらうぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユーコン基地に於いてはシミュレーターを使った演習というのはむしろ珍しい部類に入る。

 

この基地では対BETA戦を想定した演習ではJIVES(統合仮想情報演習)システムを用いた実機演習が一般的なのだが、機体が整備で使用できない場合などではやはりシミュレーターが用いられる。各国からの兵が集められているだけあって他の基地と比べて利用されにくいシミュレーターであってもかなりの数が揃えられていた。

 

各々がダウンロードされた自身の乗機をシミュレーターで操る光景をユウヤは真剣な目でモニターで観察していた。その隣にはゼロス達も居る。見学組の内ユウヤだけ強化装備姿で残りの3人はBDUのままだ。

 

現在の演習はヴォールク・データ・・・・・・ハイヴにおける攻略演習である。

 

彼らは何度も繰り返してきた演習プログラムを行っていた―――――ただし、各自『単騎』で攻略という設定で。

 

シミュレーターでハイヴ攻略真っ最中の衛士達の顔に余裕はない。そもそもハイヴ突入など最低でも中隊規模、いや大隊規模でも全く足りないぐらいなのに自分1人(ソ連組だけ2人1組)だけで攻略してみせろなんて注文、出鱈目にも程がある。ユウヤも同意見だ。半分ぐらいは。

 

 

「テストパイロットに選ばれただけあってどいつもそれなりの腕、って訳か」

 

 

演習の感想が口から漏れる。ベテランでも1機だけで背部突入なんて状況ではそのBETAの濁流の前に『死の8分間』すら超えれず撃破されてもおかしくないが、既に1時間程経った現在も未だ誰1人撃墜されていない。

 

特に複座型Su-37を操るクリスカとイーニァなど上層部を突破し、中層に達しようかという勢いだ。撃破したBETAの数も他と比べ際立ってはいた、が。

 

 

「そろそろですかね」

 

「だろうな。もうすぐ何人かやられる頃だ」

 

 

ゼロスの発言通り、S-11の自爆ボタンが押され演習終了を示すアイコンが表示された。

 

まずはヴァレリオ、次にステラ。リーゼアリアも脱落しタリサも墜ちる。イブラヒムにやや遅れて唯依とリーゼロッテが同じタイミングで撃破認定、最後にクリスカ・イーニァコンビが中層始め辺りで遂にBETAに囲まれて身動きが取れなくなり自爆。

 

大半が機体に搭載していた弾薬をほぼ使い切り、近接戦用長刀を積んでいた唯依やリーゼロッテも使い物にならなくなるレベルまで得物を酷使していたとデータには残っている。

 

結局誰も反応炉に到達できないまま全滅という結果だったが、誰もがこれが当たり前の結末だと考えていた。むしろ自分だけでここまで攻略できたと思って満足そうにしている者すら居た。主にたりさとかタリサとかクリスカとか。

 

「で、ご感想は?」と言いたげな視線を送ってくる衛士達は少なからずそれなりのリアクションを期待していた。クリスカに至っては最も優秀なのはこの私達だなんて、勝ち誇った瞳が口ほどに内心を語っている。

 

 

 

 

だがしかし、ゼロス達の反応はとても素っ気ない。

 

 

「――――ま、こんなもんだろ」

 

「ええ、以上に皆さん優秀ではありますね」

 

「うぉい!何だよ、それだけかよ!?」

 

「ちょび、うるさい。キャンキャンほえないで」

 

 

毒吐くイーニァに噛みつかんばかりに詰め寄ろうとしたタリサを堂々と宥めるステラ。喧騒を余所にイブラヒムが代表者として問いかける。

 

 

「失礼ながら中佐、この演習はどういった目的で行わせたのでしょうか」

 

「理由は幾つかある。純粋に皆の技量を知るにはこのやり方が1番分かりやすかったってのもあるし、皆がどう考えて戦ってるのかを理解したかったってのもある」

 

「それで、中佐達のお眼鏡に俺達は適ったんでしょーか?」

 

 

ヴァレリオの軽口にリベリオンが男好きのする蠱惑的な笑みでもって答える。

 

 

「皆さんの技量はかなりのレベルにあると思いますけど、それでもハイヴを攻略するには不十分ではあります。ではそれは何が原因なのでしょうね?」

 

「それはやはり我々がまだまだ未熟だから、でしょうか・・・・・・?」

 

「うん、それはちょっと違うね。腕は十分だよ。ただここが足りないのさ」

 

 

ユーノが微笑みを張りつかせながら人差し指でトントンと叩いてみせたのは頭。オツムの足りない馬鹿扱いされたような気がして唯依の内心は憮然となる。

 

 

「つーわけで出番だぞ、ユウヤ」

 

「いや何で俺なんだよ。ここは上官が自分の実力を部下に教え込む場面だろ普通」

 

「貴女の操縦が1番癖が無くて見本にピッタリなんですよ。相棒達じゃ癖が強過ぎて参考になりませんし」

 

「自分はどうなんだよ自分は!?」

 

「私は戦域管制を行う役目がありますので。という訳で上官命令ですので大人しく従って下さいね」

 

「チクショウ!分かったよやれば良いんだろやれば!!」

 

 

もはや上官と部下というよりは学級委員長に仕事を押しつけられた不良生徒みたいなやり取りである。

 

 

「あの列の1番奥のシミュレーターを使って下さい。設定と中身の書き換えは完了してあります。機体は何時も通り強襲掃討仕様のF-15Eで構いませんね?」

 

「ああ、それでいい」

 

 

シミュレーターが閉じる寸前、ゼロスがこう付け加えた。

 

 

「何なら最速記録を1分更新ごとにビール1杯奢りってのはどうだ?」

 

「1杯じゃなくて1本にしろ!」

 

「OK、クリアできなかったら罰ゲームな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何なのだこれは・・・・・・」

 

 

唯依の呻きはまさしく他の衛士達の内心と一致していた。どいつもこいつも驚愕を顔中に張り付けていて、ロッテとアリアのグレアム姉妹だけはそこまで驚いてはいないものの視線はモニターに釘づけになっている。

 

画面の中のユウヤが操るF-15Eは、文字通り縦横無尽にハイヴ内を動き回っている。射撃回数は驚くほど少なく、着地する際着地地点に群がっているBETAの掃討か頭上から降ってきてぶつかりそうな個体を撃ち落とす時ぐらい。

 

とっくに中層に突入し、ソ連組が打ち立てた先程の最高記録をあっさり塗り替えて見せたユウヤは更に仮想空間に再現された地中内の敵地を跳躍ユニットと主脚を用いて駆け抜けていく。

 

進むにつれ現れるBETAの規模は数万体にも膨れ上がってユウヤに立ち塞がる。しかしユウヤはちっとも焦った様子も見せずただ辟易としながらも両手の突撃砲を乱射。機体を横抗の片方へ寄っていくとBETAの軍勢はユウヤの動きに釣られ、もう片方の壁が薄くなる。それでも数千体は犇めいていた。

 

跳躍ユニットの出力を全開にし急転換。薄くなった方へ機体の矛先を変えると躊躇い無く突っ込む。見物している側からしてみれば角度が急過ぎる上にあの速度では壁に激突すると誰もが思った場面だったが

 

 

『そうらよっ!』

 

 

三角飛びの要領でBETAの雨の隙間を潜り抜けると危なげなく着地。動きを止めず更に奥へ。

 

ありえない、と一同は思った。あのタイミングでは入力しても機体の反応が間に合わず、あえなく壁に激突して墜落している筈だ。

 

機体そのものは高性能ではあるが至って普通の量産機であるF-15E以外の何物ではない。唯依達の疑問は、リーゼアリアとゼロス達の会話によって氷解する事になる。

 

 

「ねえゼロス。あの機体に積んであるのって、やっぱりあの例のOSなんでしょ?」

 

「ご名答です。2人は既に見た事がありますからすぐに分かりましたね」

 

「忘れられる訳無いわよー。最初に見た時どれだけ驚いたと思ってるのさ。なんてったって光線級のレーザーまでひょいひょい避けちゃうんだもの」

 

『何ィ!?』

 

 

一同、騒然。落ち着いた物腰のステラまで口元を押さえて目を見開いてしまうほど。始めて話を聞かされた中で唯一落ち着いていたのは「そーなんだ、すごいねクリスカ」なんて発言を素直に受け止めてみせているイーニァぐらいだ。どちらかといえばどれだけ突飛な事なのかちゃんと理解していない感じにも見えなくもないけれど。

 

 

「別に照射のタイミングは分かるんだから寸前で軌道変えりゃいいだけの話なんだがな、実際の所」

 

「口で言うのは簡単ですけど、現実にはそれを実現できるだけの処理速度を持ったOSと完璧に作動させれるだけの機能を持ったハードウェアがあればこその話ですよ」

 

「それを実現させたのがリベリオンが開発した新型の戦術機用機動制御ユニット――――<EX-OPS>さ。今ユウヤが操作してあるシミュレーターにもそれが組み込んであるんだよ」

 

 

ユウヤの操る機体の動きはとにかく止まらない。動いて動いて動いて動いて、BETAに取りつかれる猶予を与えずさっさと醜悪な魔の手から逃れてしまう。

 

集められた者達全員、それなり以上の腕を持つという自負があった。けど今は、今まで積み上げられてきた自信と実績が胸の内で音を立てて崩れて行くのを誰もが自覚していた。

 

何て事だ。この野生の獣のように疾走する戦術機の姿を見ていると、自分達の操縦はまるで関節が錆ついたよぼよぼの爺さん並みに鈍く思えてくるではないか。

 

そうこうしている間にも遂にユウヤはハイヴ下層へと突入してしまい、一際規模を増したBETAの濁流に怯む事無く突貫していく。

 

 

『まだまだぁ!』

 

 

両手と左右背部マウントの突撃砲の120mmを4門同時発射。装填されていたキャニスター弾が36mmの同時連射を遥かに超える密度の散弾を前方へ放ち、BETAの壁に穴が開く。即座に埋まりつつある唯一の突破口に機体を滑り込ませ再度跳躍ユニットを全開。

 

――――突破した先に要塞級の巨体が立ち塞がる。ユウヤの顔に焦燥が浮かぶが思考は要塞級をかわす道筋を探し、手足はそれを実行に移すべく目まぐるしく働いてみせる。

 

左右?No、他のBETAでぎっしりだ。上?ダメだ、こちらも天井から降ってくるBETAの数が多過ぎてすり抜けるのは困難過ぎる。立ち止まる?馬鹿言うな。

 

前へ、前へ、前へ。それがハイヴ戦の、何より兵士の鉄則。動きを止めたら比喩でも何でもなく戦車級にたかられて喰われてしまう。突撃級に轢き殺される。要撃級に殴り潰される。要塞級の触手に溶かされ光線級のレーザーに焼き貫かれる。

 

そうなりたくなきゃ身体を、頭を、フル回転させ続けろ――――それがゼロス達に叩き込まれた教え。

 

 

 

 

―――――だから、前へ!

 

 

 

 

『うあああああああああっ!!』

 

 

リミッター解除。乗り手に限界以上のGが加わらないよう設定されている跳躍ユニットの安全装置はシミュレーターでも忠実に再現されていて、その鎖から解き放たれたF-15Eは更に加速した。

 

無茶な機動に身体が振り回されるのも慣れっこにさせられてしまったユウヤの身体は通常以上にのしかかるGもものともせず機体を操り続ける。機体の高度を下げ地面ギリギリまで這いつくばるようなコースを選択。

 

戦術機の全高は平均して18~19m前後。要塞級は全高だけで50mオーバー。先細りの10本の脚部と触手を修めた尾節、それに三胴構造の胴体で構成されている。

 

ユウヤは肩からねじ込むようにして要塞級の脚部と尾節の間に機体を潜り込ませた。脚先と胴体との間には十分な空間があったのだ。通り抜けざま、置き土産とばかりに要塞級の弱点である三胴接合部に36mm弾を叩き込む。

 

要塞級のトンネルから突破したユウヤの後方で自重に耐え切れなくなった要塞級が横倒しに崩れ落ちる。巻き添えで周辺に居た小型種が多数下敷きになっていたがユウヤが気にする筈も無い。

 

そこまで来てユウヤもリミッターをかけ直す。解除していたのは現実には僅か数秒足らずだったのだが操作していた本人にとってはその数倍にも感じられたし、顔にも大粒の汗が多く浮かんでいた。

 

しかし、その甲斐はあったと言える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――反応炉到達を確認。目標達成です。お疲れさまでした」

 

 

 

 

シミュレーターから出てきたユウヤをまず出迎えたのは・・・・・・歓喜の余り突撃してきたタリサのボディプレスだった。

 

 

 

 



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TE編5:彼と彼女の事情

 

「(・・・・・・またかよ)」

 

 

『それ』に気づいた時、強化装備姿のユウヤは吐き捨てるかのようにそんな感想を抱くしかなかった。

 

日本人のハーフという生まれが原因で味わってきた様々な不愉快な過去に起因するのか、気づけばユウヤは周囲からの視線に敏感になっていた。

 

周囲から浴びる視線の内、大体は好意的には些か程遠い感情孕みの物ばかり。

 

だが最近感じる視線に含まれているのは、嫌悪や侮蔑といった負の感情というよりは興味や戸惑いが多く含まれている・・・・・・気がする。

 

でもってそんな熱い(?)視線を送ってくる正体が誰なのか、見当がついているからこそユウヤの内心をかき乱す。

 

 

 

 

これが他の人間からなら平然と受け止めるなり無視するなり出来ただろう。

 

あの日本からやって来た、いかにも『日本人は偉いのだ』と言いたげないけ好かない女でなければ。

 

 

 

 

「(言いたい事があるんならさっさと言えってんだ)」

 

 

最初に顔を合わせた頃からそうだ。同じ空間に立ち会う度、無意識なのかそれとも違うのかは知らないが、気づけば頻りに彼女は自分に物言いたげな目つきを送るようにしていた。

 

それだけでも不愉快なのに、よりにもよって訓練機―――TSF・TYPE-97・<吹雪>に乗って東側との合同テスト参加しろと仰せつかられては、ユウヤの心は余計にささくれ立つのを抑えきれない。

 

 

「(見てやがれ、その澄ました顔に吠え面かかせてやる)」

 

 

あの日本人形野郎の言いなりになるのは気に食わないが、もちろん軍人である以上命令通りには従うつもりだ。

 

 

 

 

―――――その上であの女の予想を超えた結果を残して驚かせてやる。

 

そう固く誓い、ユウヤはヴィンセントががきっちり調整してくれたであろう機体の元へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

その姿を見送った唯依はヴィンセントと細かな機体調整について議論を交わしだしたユウヤの様子を一しきり眺めてからおもむろに大きな溜息を吐き出した。

 

誰も自分の姿を見ていないと思い込んでの行動だったがそれは間違いである。

 

 

「何やってるんですか?さっきから」

 

「ひゃわあっ!?」

 

 

突然背後から浴びせられた声に唯依は思わず飛び上がる。奇声を聞きつけたユウヤとヴィンセントが訝しげにこちらを見やるのにも気づかず、唯依は犯人が誰かを確認しようと勢いよく振り向き。

 

 

「て、テスタロッサ大尉!?失礼しました!」

 

「そこまで固くなる必要はありませんよ。それでどうしたんです?さっきからまるで恋する少女みたいにユウヤに熱い視線を送っちゃって」

 

 

雪の様に白い唯依の頬が瞬時に赤く染まった。

 

 

「そそそそそんなつもりは!誰が恋する乙女ですか誰が!」

 

「ほう、乙女ではないと?なるほど、このご時世いつ死ぬか分からないのですからさっさと貞操を捨てる気持ちも分からなくはないですね」

 

「そういう意味ではありません!私はまだ接吻すら行った事もありません!」

 

 

ハンガー中に響きかねない音量で叫んでしまった事に思い至った頃には時すでに遅し。

 

・・・・・・少なくともユウヤとヴィンセントの所にはしっかり聞こえたようである。「聞いたかユウヤ今の」「またからかってんのかあの人」とのやり取りは更に真っ赤になった唯依の耳には届きはしなかったが。

 

いっその事リベリオンに掴みかかりってもおかしくないくらいの剣幕で唯依は抗議の眼差しを向けた。

 

 

「た~い~い~!」

 

「ふっふっふ、けれど実際半分ぐらいはそんな感じでしたよ?あれだけ気にしていればユウヤの方も既に気づいているでしょうね」

 

「う、そ、そうでしょうか」

 

 

表情は常日頃から張り付けている凛としたものに取り繕おうと試みつつも、完全には隠しきれずちらちらと落胆や気恥ずかしさが見え隠れする唯依の様子にリベリオンは生温かい目を浮かべてしまうのを抑えきれない。

 

意外と顔に出やすいんですねこの娘、と感想を抱きながら言葉を重ねる。

 

 

 

 

「―――――で。何でそんなにユウヤに注目しているのか教えてくれませんか?もちろん貴女が良ければでよろしいですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           TE-5:彼と彼女の事情

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、困ったのは唯依の方である。

 

所属はどうあれ相手が上官である以上、世間話レベルの会話とはいえ下手にはぐらかす訳にもいかないのだが、さりとて上手く煙に巻くだけの弁術や器用さ、それを実行に移せるような性根を持ち合わせていないのが篁唯依という少女なのであった。

 

だからといって正直に白状するのも躊躇われる。内容的にも、立場的にも。

 

唯依は、どうやらユウヤが自分個人に対して良い印象を持っていない事に気付いていた。

 

だからと言って、それを直接指摘し、問い詰める訳にもいかない理由があった。

 

 

「(『彼ら』はその事に気付いているのか?その上で放置しているとなれば・・・・・・)」

 

 

ユウヤはリベリオンやゼロス達の直属の部下である。そんな彼に詰問し、仮に騒動になろうものなら事態は単なる試験部隊内の問題に収まらない可能性だってあるのだ。

 

何故ならユウヤは日米間の合同計画において政治的に選ばれたテストパイロットであり、そして超大国の最高指導者の息子の部下という立場なのだ。

 

 

「(もし私がブリッジスに詰問し、それがシルバーフィールド中佐の耳に入って彼が出てこようものなら、最悪XFJ計画に混乱をきたすかもしれない)」

 

 

部下が他国の軍人に些細な事で叱責された事に許容できず、それを大国の方針を決定する張本人に知らせた結果外交問題に発展――――

 

そんな事態は断固として阻止せねば。そう固く誓い彼に対しては最低限の接触に止めていたつもりだったのだが・・・・・・

 

 

「(申し訳ありません巌谷の叔父様。唯依はまだまだ未熟なようです)」

 

 

自省したって今の状況が変わる筈が普通はないのだが、その時ユウヤの搭乗する<吹雪>がその巨体を動かすべく主機を起動させた唸り声が格納庫内に響きだす。周辺に居た整備兵達が踏みつぶされないように退避していく。

 

演習場に向かいだした機体が目的地にたどり着くまで少し時間がかかるが、唯依も演習の様子を逐一チェックするために移動しなければならなかった。

 

 

「そ、それでは失礼します!」

 

「言いたい事があるんでしたらいっそ正直にユウヤに告げてあげた方が良いですよー。グダグダ引っ張り過ぎて余計に拗れるよりは余程マシでしょうからねー」

 

 

リベリオンのアドバイスを、速足で離れていく途中だった唯依には背中で受け止める事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけんなよ・・・!」

 

 

ユウヤは現在の状況に対し、怒りのこもった呻き声を堪らず漏らしてしまった。

 

それはJIVES(統合仮想情報演習システム)が想定した演習内容に対しての文句ではない。ハイヴから湧き出るBETAの封じ込め。その想定そのものは散々シミュレータでもやって来た内容だ。

 

思い返せば、現実にBETA相手の実戦は未経験なユウヤが現時点における敵勢力の規模―複合センサーの範囲内だけでも千単位。尚も増大中―を知らされても然程慌てなくなったのはゼロス達のシゴキがあったからこそだろう。

 

ぶっちゃけ思い出したくもない。訓練所の教官に散々日本人とのハーフである事を罵倒され続けた日々よりも嫌な思い出だ・・・・・・お陰でこれだけの技量と肝っ玉を手に入れる事が出来たのも認めるしかないが。

 

ユウヤが文句をつけたいのはただ1つ。

 

 

「何なんだよこの機体は!バランスが滅茶苦茶じゃねぇか!」

 

 

無線が仲間内どころかCPまで筒抜けなのも忘れてユウヤはそう絶叫してしまった。

 

グルームレイクの中でも1~2位を争う凄腕だったユウヤは、これまで自分が乗ってきた機体の性能を遥かに超えるピーキーっぷりを発揮し出した練習機に早くも振り回されだしていた。

 

戦闘機動を開始した途端、いきなりバランスが崩れる。

 

主機出力が低く、その癖反応が鋭敏過ぎたり妙なブレが生じたりして跳躍ユニットを用いた機動を行うと更に不安定になる。

 

それらの理由により高速機動中の移動射撃時に至ってはFCS(射撃管制装置)のロックオンシステムによる照準補正でもカバーしきれない程、着弾がブレる。

 

高出力・射撃戦重視の米軍機に慣れ親しんできたユウヤにとっては、まるで対爆スーツを着込んだ状態で薄氷の上でタップダンスを踊っている気分だ。機体の何もかもがユウヤの命令を聞こうともしない。

 

それでもあらん限りの意地と類稀なる操縦技術を振り絞る事で撃墜判定から逃れてはいたものの、それは<吹雪>に振り回されるユウヤをフォローするタリサ・ヴァレリオ・ステラといったアルゴス小隊の面々により援護があってこそ。

 

大体、この演習が開始されて5分も過ぎていない。

 

5分も経たない内に早くもユウヤは追い詰められつつあった。まともに動けない自分が受け持つ方面から、小さな穴に流れ込む液体の様にBETAの群れが集まりつつあった。

 

 

「(落ち着け。もっと冷静になってコイツがどういう機体なのか読み取るんだ)」

 

 

ただでさえタリサ達古参連中に情けない姿を見せている上、何よりユウヤにとって我慢ならないのは―――唯依もまたCPにてこの自分の無様な様子を見物している点だ。

 

先日顔を合わせたソ連軍の衛士、<紅の姉妹>ことクリスカとイーニァも別のエリアで似たような内容を行っているのだが、あの2人よりも唯依に対してこんな姿を晒している事の方が非常に腹立たしくてならない。

 

 

「(慌てるんじゃない。いつも通り、今まで通りに機体と1つになってみせろ)」

 

 

全ての感覚に神経を集中させろ。どれだけレバーを動かせばどれだけ機体が反応するのか。どれだけペダルを踏み込めばどれだけ跳躍ユニットが機体を加速させるのか。どれだけ連射すればどれだけ照準がブレるのか。それら全てを読み取り、己のイメージを現実に反映させろ。

 

思考を切り替え、初めて自転車に乗る幼児の如き細心の注意を払って主機の唸り声を、急激な収縮によって電磁伸縮炭素体があげる悲鳴を、地面を踏み締めた脚部や突撃砲の反動を受け止める腕部の振動を、1つ1つの情報を脳裏に叩き込み、統括し、ユウヤが思い描く理想の機動を実行する前にはどうすべきかという解決策へと繁栄していく。

 

横っ飛びしながらの掃射の命中率が微妙に向上した。急旋回後の着地から次の機動を行うまでのタイムラグが0コンマ数秒早くなった。

 

僅かな改善の兆しはどんどん累積していき、次第に周囲からもハッキリと目に映る形にまで昇華する。

 

 

『こちらアルゴス3。段々調子が乗ってきたじゃねーかヤンキー!』

 

「うるせぇ!まだまだこれからだ!」

 

 

アルゴス3、ヴァレリオからの冷やかしにも強気に言い返すぐらいの余裕をユウヤが取り戻したその時。

 

 

『バカ、油断してんな!アルゴス1、チェックシックス!』

 

「!!?」

 

 

アルゴス2ことタリサの警告に従い機体を反転。視界中に数十の戦車級の群れと数体の要撃級の姿が飛び込んでくる。

 

いつの間にか自分の<吹雪>を取り囲もうとしていたBETAの群れを撃退しようと慌てて突撃砲を連射―――しようとして警告音。36mmならびに120mm、双方共に弾切れ。

 

 

「(クソッ!素人じゃあるまいし!!)」

 

 

<吹雪>の癖を全身の感覚で読み取るのに気を裂き過ぎて網膜投影が映し出す残弾数の表示の確認を怠るなんて本末転倒だろうが俺。

 

ユウヤの技量を図る為と初めて乗る機体に慣らすのが目的の演習の為か、彼の<吹雪>の装備はやや変則的だった。手持ちの武器は日本で使用されている87式突撃砲が1丁。2ヶ所ある背部マウントに同じく87式突撃砲が1丁、そしてもう1つの背部マウントには近接戦闘用の74式長刀が搭載されていた。

 

突撃砲の予備弾倉は既にゼロ。背部の突撃砲も残弾は心許無いし、後方への迎撃手段はまだ残しておきたい。

 

切羽詰まった状況でありながら即座に踏ん切りをつく事が出来ず、ユウヤは貴重な時間を失ってしまった。

 

 

『ユウヤ、何やってる!カタナを使え!』

 

 

タリサがそう荒々しく急かすほどに、ユウヤと要撃級との距離は危険な程に詰まりつつあった。

 

 

「・・・クソッタレめ」

 

 

そう吐き捨てる。目の前に迫った要撃級がサソリの針にも似た形状の凶悪な前肢を振り上げる。

 

背後から蹴り飛ばされるような衝撃。長刀を固定していた背部マウントのロッキングボルトが爆破され、その反動で自動的に頭上に持ち上げられた腕部マニピュレーターの元まで長刀を跳ね上げたのだ。

 

長刀の重さに振り回されて機体のバランスがまたも崩れる。長刀を構えたまま前のめりになって倒れ込みそうな<吹雪>。そこへ要撃級がダイヤモンドすら超える高度の前肢を叩きつけようとするのを防ぐべく、アルゴス小隊の中でも射撃能力に定評のあるステラが援護射撃を放とうと試みる。

 

 

 

 

結論から言えば、その必要は無かった。

 

 

 

 

『――――えっ?』

 

 

<吹雪>の跳躍ユニットが吠えた。UN仕様の水色の機体が浮き上がったかと思えば、上半身の姿勢はそのままに前方へと鋭く跳躍を行った。

 

そのまま要撃級の頭上でくるりと1回転。判定の結果、要撃級は縦一文字に長刀によって撫で斬りにされたと評価されてキルカウント数1追加。

 

一部始終を目撃してしまったステラが間抜けな声を漏らしてしまうほどの曲芸機動。そして超反応。<吹雪>はそのまま危なげなく着地。

 

 

「刀は、嫌いなんだがな」

 

 

愚痴を吐き捨てながらユウヤはレバーとペダルを介して、機体に握らせた長刀を振るわせた。

 

ゴルフスイングの様に足元目がけ救い上げるような軌道の斬撃。地面に線をなぞるかのように足元に集っていた数体の戦車級が胴体から輪切りにされたと判定され、映像の中でしか存在しない血しぶきが舞う。

 

長刀を振り回した遠心力を敢えて抑え込むのではなく、その勢いのままユウヤは機体をその場で1回転させた。肩から先の位置を変えて今度は横薙ぎに一閃。横一文字に切り裂かれる別の要撃級。

 

動きは止まらない。クルクルとバレリーナ宜しく踊るようなステップを踏みながらユウヤは迫り来るBETAの一団へと<吹雪>を突っ込ませた。

 

<吹雪>が舞う度刃が閃く。胴体から両断される戦車級、尾節を根元から切り飛ばされる要撃級。時速100kmオーバーの突撃をマタドールみたくひらりと交わされたかと思えば、突撃級の脚部がまとめて切り落とされてバランスを崩し横転する。

 

闘士級や兵士級といった小型種に至っては、行きがけの駄賃とばかりに長刀で薙ぎ払われたり果てには爪先でまとめて蹴り飛ばされて文字通り粉砕される始末。

 

これが仮想演習でなければユウヤの<吹雪>はBETAの体液に塗れていたであろう。

 

 

『オイオイオイ、マジでやるじゃねぇかヤンキー!日本人だけにカタナの扱いはお手の物ってか!?』

 

「俺は日本人じゃねぇ!言ってる事が矛盾してるぞ!」

 

『背中は任せろアルゴス1。そのままどんどん化け物どもをサシミにして来いよ!』

 

「了解だアルゴス3!」

 

 

網膜投影された映像に仮想の鮮血の花を幾つも咲かせながら、ユウヤは再度新たに迫るBETAの団体に斬り込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

演習を終えて格納庫に帰還し<吹雪>のコクピットから出てきたユウヤを最初に出迎えたのは、先に戻って来ていたタリサとヴァレリオからの痛烈な背中への平手打ちの連打であった。

 

合同テストの結果は最高の結果だったといっても過言ではないだろう。ユウヤ達アルゴス試験小隊は時間内に受け持ったエリア内の全BETAの掃討に成功してみせた。

 

長刀を携えたユウヤが押し寄せるBETAの大群に飛び込み一斬の元に次々BETAを斬り伏せつつも陽動を行い、無防備に晒された横っ腹や背中にヴァレリオやステラの射撃。途中からは野生の獣じみた勘と化け物じみた機動力を有するF-15・ACTVを限界まで振り回せるだけの腕を兼ね備えたタリサも加わって勢いは更に加速し、見事設定された数のBETAを全滅させきったのだった。

 

掃討までのタイムは<紅の姉妹>の方が速かったのだが、それはユウヤが最初に<吹雪>の操縦に戸惑った分撃破数が少なめだったからである。

 

 

「まさか最初は手抜きしてたんじゃないだろうな。ええ、トップガンさんよ?」

 

「んな訳ねーだろ。乗ってる機体がポンコツみたいな代物だっていうんならポンコツに相応しい操縦の仕方に切り替えただけだっての」

 

「実戦を知らねー癖にあの数の化け物相手にしてもそんなにビビッてなかったしな。中々見どころのある肝っ玉じゃねーか!」

 

「ハッ!あの程度の演習ぐらい散々やらされてきたっての!」

 

 

正確には『アイツら』がやって来てからあれ以上の内容をやらされてきたんだけどな、と内心付け足すユウヤ。そうとは知らず馬鹿笑いを浮かべてタリサとヴァレリオは彼の背中を連打連打。強化装備越しでも結構痛いというか、衝撃で咽そうになる。

 

ステラの方は柔らかく微笑みながらこちらを生温かい目で眺めてきている―――だけ。2人を止めてくれる気配は無し。ブ○ータスお前もか。

 

 

「つかお前らどれだけ叩いてくんだよ!もう十分だろうが!」

 

「あー歓談中のところ悪いんだけど・・・・・・お客さんが来てるぜ」

 

 

ヴィンセントがその場に加わって声をかけてきた。しかし微妙に引き攣った笑みなのが腑に落ちない。問題発生の気配。

 

彼が指差す先へと顔を向けると、格納庫に差し込む夕日を背負ったシルエットが目に飛び込んできた。

 

顔が見えるぐらいの距離になると彼女に対する違和感に気付いた。人間味を抑え込んだような無機質なイメージをユウヤは日頃唯依に抱いていたつもりだったが、今の彼女はどことなく張りつめたというか、刺々しい感じを俄かに漂わせている。

 

 

「(俺が上手くやってみせたのが気に入らない、って辺りだろうなどうせ)」

 

 

よくある事だ。ユウヤにとっては忌々しい事に日本人である父親の遺伝的特徴を色濃く有しているせいか、右翼寄りの同僚や上官に目をつけられてはあれやこれやと難癖をつけられてきた経験を腐るほど積んできた過去から、唯依の異変もその類だろうとユウヤは捻くれた推測を巡らせた。

 

彼女の様子が少しおかしい事はユウヤやヴィンセントだけでなく他のアルゴス小隊の面々も敏感に感じ取っていた。今は事態の推移を固唾を呑んで見守る事しか出来そうにない。ユウヤが地雷を踏み抜かないようにと切に願う。

 

 

「本日の結果・・・・・・当初は乗り慣れない機体に戸惑っていたとはいえ、中々良い結果だったと言えるだろう」

 

「お褒め頂きありがとうございます、中尉殿」

 

 

たっぷりの皮肉を声色に乗せた返答。ヴィンセントがユウヤの背後であちゃーと顔に手を当てた。

 

唯依の口元が僅かに引き攣ったのは目の錯覚か。

 

 

「・・・・・・幾つか質問をさせてもらっても構わないか?」

 

「ええどうぞ、中尉殿」

 

「米軍では近接戦をさほど重視していないと耳にしているが、貴様は長刀を扱った経験があるのか?」

 

 

演習中にユウヤが行った長刀を用いた近接戦闘機動は弧や円を描くような、跳躍ユニットによる方向転換になるべく頼らず重量のある長刀を振るった際の遠心力を最大限活かしたものであった。

 

無理矢理な機動変更や無駄な跳躍を抑え、最低限の動きを止めないまま確実にBETAに一太刀浴びせていくその戦法は、決して一朝一夕で身に着く技術ではない。

 

そのような戦い方をよりにもよって射撃戦重視の米軍―G弾が開発されてからというものその傾向が顕著だ―が華麗に披露してみせたとなっては、流石の唯依も食いつかざるを得ない。

 

 

「・・・・・・ああいった戦い方を覚えたのは最近になってからですよ。今の上官が『どんな戦い方でも出来るようになっておいた方が良い』ってしごかれましてね」

 

「シルバーフィールド中佐にか」

 

「ええその通りです」

 

 

唯依は脳裏で資料を再現する。

 

ゼロス・シルバーフィールドの名実を世界に知らしめたイギリス・ドーバー海峡沿岸部周辺での壮絶な攻防戦において、彼は補給や損傷の為に撤退する他国の部隊を掩護するべく、文字通り鬼神の如く戦い抜いたのだという。

 

中でも大きな逸話の1つとしては、彼は弾切れになってからは戦場で先に撃破されてしまった他の機体の武装をその場で調達しながらも戦闘を継続したという物がある。

 

突撃砲などは通常マニピュレーターの表面から送られてくる信号を突撃砲内蔵の機器が受信する事で発射を行う(可動兵装担架に搭載されている状態で発射できるのもそれが理由だ)のだが、信号の受信不良などに備え従来の銃火器同様に引き金によって射撃ができるよう2重の機構が備わっている。

 

ゼロスが『現地調達』しては用いたのは火器のみではない。西ドイツ軍が採用したハルバード型の長刀BWS-8やイギリス軍の<要塞級殺し>の異名を持つ大剣BWS-3、フランス軍のフォルケイトソードといった長刀類を米軍の衛士でありながら躊躇いなくその場で用いて、まさに鬼神の如き暴虐を振るって戦い抜いたという――――

 

 

「『実戦じゃその場にある物も使って戦うのは当たり前、弾が切れても機体が動きさえすれば幾らでも戦いようがある』。そんな感じで散々仕込まれましたよ」

 

「なるほど、中佐の意見は尤もだ。実戦ではBETAの物量相手ではたかが戦術機1機が携行できる弾薬の量など無いに等しい。たとえ短刀しかなくとも弾が切れた状況下においてはそれだけでもあれば立派に戦闘を続行する事が可能であり、我々衛士にとってそれは必須の技能といっても過言ではないだろう。しかし、だとすればやはりあの御仁もまた米軍でありながら得物を選ばぬ立派な武人という訳か・・・・・・」

 

 

世界は広いな、と唯依の口から漏れる。怪訝な視線を送ってくるユウヤに気付いた唯依は小さく咳払いをして誤魔化すが、顔色の赤さはすぐには消えないので無理な話ではあった。

 

そしていよいよ『本題』へと踏み込む。

 

 

「貴様の観点からして<吹雪>の乗り心地はどう感じた?」

 

「率直に言って最悪ですね。中尉殿」

 

 

唯依のこめかみがピクリと引き攣り、やり取りの様子を窺っていた整備兵達が隠しつつもざわめきだつ。

 

 

「主機の出力が低すぎて米軍機であれば問題なく行える機動もまともにできやしない。なのに機体そのものはピーキーで、まるで興奮剤を打ったロバだ。あんな有様じゃいくら練習機だからっていっても、俺からしてみれば第3世代って銘打ってる癖にF-15当たりの第2世代機にも劣る機体ですよ」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・言いたい事はそれだけか」

 

 

そう問い返すまでの沈黙の長さが、唯依の仮面の下の心情を示しているかのようだった。

 

よく見れば、自分の二の腕に置いたもう片方の手がきつくその部分を握りしめ、国連軍の制服にしわを作っている。

 

『ポンコツみたいな機体』

 

彼は自分が吐き捨てたそんな言葉がどんな意味を持つのか本当に理解しているのだろうか。

 

<吹雪>は日本初の国産第3世代戦術機<不知火>の完成直後、それまで日本帝国で採用されていた第1世代型戦術機F-4J<撃震>から乗り換える衛士の機種転換訓練用に採用された試作型<不知火>をベースに新規に設計し直された機体である。

 

試作機の発展型とはいえ、完成するまでに注ぎ込まれた開発関係者達の血と汗と涙と時間と労力がいかほどの物なのか。それ以前に<不知火>が完成するまでどれだけそれらの苦労を積み重ね、BETAの被害が次第に膨れ上がる最中どれだけの苦汁を呑んで機体の完成を待ち詫びてきたのか―---

 

それを知らぬくせに仮にも日本人の血を引いていながらよくもそんな暴言が言えるものだ、と唯依は教えてやりたかったが、なまじユウヤがしっかりと優秀な結果を残している現実、そして合衆国大統領の息子の部下であるという要素から不用意に責め立てる訳にもいかず。

 

ユウヤの暴言への怒りとそれに言い返す訳にもいかないジレンマに苛まれる唯依は、怒りのあまり歯を食い縛りながらも口は閉ざし続け、殺気すら篭った目つきでユウヤをまっすぐ睨みつける事しか出来ずにいた。

 

叶う事ならこの横っ面に1発、いや武家の名門の名残として先祖代々伝わってきた愛刀でもって一刀に斬って捨ててやりたくすらあったが、立場から許される筈が無いしそもそも刀は唯依の自室に置かれていて手元には無い。

 

しばし、ユウヤと唯依は真正面から睨み合う。

 

視線を先にずらしたのは唯依が先だった。このまま続けていたら我慢出来ずに掴み掛かりかねない。

 

激情に容易く流されそうだった己を深く諌めながら、格納庫から出て行こうとする。

 

 

「(―――――ったく)」

 

 

唯依の輪郭が来た時と比べて急に縮んだ気がした。そんな感想を抱いたユウヤは頭をグシャグシャと掻き毟ってから刹那、離れようとしていた唯依の背中に向けて声を張り上げた。

 

 

「待ってくれ中尉!!」

 

「・・・・・・まだ何か言いたい事があるのか?」

 

 

剣呑さが増した唯依の目元を無視してユウヤはこう続けた。

 

 

「さっきの言葉、訂正しますよ」

 

「何だと?」

 

「確かに主機の出力は低いとは思いますが、それは米軍機と比較した場合であって機体の軽さを考慮すれば許容範囲でしょう。跳躍後の着地時においてバランスが崩れやすいと感じましたが、機体そのものの反応の鋭敏さをを活かして素早く次の機動に移る事を想定したものと推測しています。

 また跳躍ユニット使用による空中機動を行っている時に気付いたんですが、これまで乗ってきた戦術機に比べ機体各部を操作した際の<吹雪>の反応がより鋭敏なのは・・・・・・多分、前腕のナイフシースと頭部のレーダーマストが空力学的に重要な働きを行うからじゃないですか?」

 

「あ、ああその通りだ」

 

 

跳躍ユニットによって飛翔した際に感じた不自然な機体ブレは、<吹雪>という機体そのものが空力的な影響を受けやすかった為だ。

 

今ユウヤが述べた内容は<吹雪>や<不知火>の大きな特徴と言える。ユウヤ本人にそういった特性を説明せずじまいになっていたのだが、彼は1回乗っただけでそれに気づいたというのか。

 

 

「機体そのものは低出力でまとまっている割にマニピュレーター周りは硬めてあるのも長刀を使った格闘戦に重きを置いてるから。主機の出力が低い分燃料電池の燃費も良い。とどのつまりこのタイプ97は格闘戦を中心とした長期戦に重きを置いた機体なんだと俺は把握しています」

 

「・・・・・・つまり何が言いたい?」

 

「別に、ただやっぱりコイツは日本製だけあって米軍の戦術機からかけ離れたコンセプトで開発された機体なんだって事ですよ。あっちの機体に乗りなれた俺にはかなりの暴れ馬ですけど、それさえ除けば中々面白い機体ですね」

 

「先程までと言ってる事が正反対だな」

 

「俺からしてみれば、って言った筈ですよ。それにテストした機体の悪い所ばかり見て論うなんて真似はテストパイロットには許されませんし、それに――――」

 

 

そこまで言ってから、ユウヤも顔を横に逸らす。

 

まるで恥ずかしくて相手の顔が見れないといったような雰囲気を漂わせながら。

 

 

 

 

 

 

「・・・一方的に悪い所しか見ないで良い部分を見ようとも認めようともしないんじゃ、そいつは単なるクソ野郎だ――――そう教えられましたから」

 

 

 

 

 

 

 

彼の最後の発言にポカンとした表情を浮かべる一同。

 

不意に生じた沈黙を最初に切り裂いたのはヴァレリオとタリサが我慢できずに噴き出した爆笑だった。

 

 

「ぶあっはっはっはっは!何だよそれ!結局素直に褒めたくなかっただけなんじゃねーか!!」

 

「いやいやいやいや、流石トップガン殿は見る目があるねぇ!」

 

「うるせえ、こっちは真面目に言ってんだぞ!文句あんのか!?」

 

「まー仕方ありませんよ。何たってコイツはとびっきりのツンデレってヤツなんですから」

 

「ツンデレ?初めて聞くわね。どういう意味なのか教えてくれないかしら?」

 

 

こちらも大笑いのヴィンセントと上品に口元を隠しつつ唇の端に浮かぶ笑みを隠しきれていないステラ。唯依は呆気に取られた様子で固まっている。

 

 

「『ツンデレ』っていうのはですね、気に入ってる相手に対して日頃素直じゃないくせにたまーに優しくなったり素直になるようなヤツの事を指す言葉でね。最初に言い出したのはゼロス中佐達なんですけどこれがまたユウヤにピッタリ当て嵌まるんですよ」

 

「ヴィンセントテメェも余計な事教えてんじゃねえぞ!」

 

「それは良い事聞いた!今度からトップガンのあだ名は『ツンデレ』な!」

 

「ようツンデレ!素直じゃねぇなツンデレ!」

 

「ツンデレツンデレうるせぇ!」

 

 

未だ動かない唯依を置いてけぼりにして、囃し立てるタリサとヴァレリオ、その2人を追いかけまわすユウヤ達による鬼ごっこが開始される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立ち尽くす唯依の脳裏にはユウヤの言葉がリフレインし続けている。

 

 

『一方的に悪い所しか見ないで良い部分を見ようとも認めようともしないんじゃ、そいつは単なるクソ野郎だ』

 

 

――――自分は彼の本質や背景といったものを無視して、『日本人の血を受け継いでいながら米軍に組する裏切り者』というバイアスをかけてでしかユウヤを見ていなかったのではないか?

 

 

「(やはり唯依はまだまだ未熟です、叔父様)」

 

 

尊敬する巌谷中佐であればそんな色眼鏡をかける事無くユウヤのような米軍の人間相手でも平等に接していただろう。

 

一気に視野が広がったような感覚。

 

 

 

 

自分に足りなかったのはこれだったのかもしれない、と唯依は思った。

 

 

 

 



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TE編6:トレーニング・デイ

 

 

今ユーコン陸軍基地の格納庫には、世界中の軍事基地でも滅多にお目にかかれないであろう異様な光景が広がっていた。

 

 

 

 

―――富嶽重工製、日本斯衛軍正式採用機TSF-TYPE00<武御雷>

 

―――スフォーニ設計局製、ソビエト連邦軍正式採用機Su-37<チェルミナートル>

 

―――欧州連合次期主力戦術機、EF-2000<タイフーン>

 

―――フェニックス構想における実証実験機、F-15・ACTV

 

―――そしてF-15・ACTVとは別種の改修が施されたF-15系統の機体が4機。

 

 

 

 

各国を代表する最新鋭の第3世代機、もしくはそれらに負けぬ性能を誇る準第3世代機が1つの格納庫に集まり、ガントリーに直立状態で固定されたそれらは砂糖に群がる蟻の如く集う整備兵達の手によって実機演習前最後の点検が行われていた。

 

各機の乗り手である様々な国籍の衛士達は皆強化装備姿でその光景を興味深そうに眺め、雑談を交わしている。

 

 

「あのさあのさ。新しいOS・・・・・・<EX-OPS>だっけ?それに乗せ換えるのは良いんだけど、どうして管制ユニットまで弄ってるの?どうも中身ごと交換してるみたいなんだけど、OS書き換えるだけで十分なんじゃないの?」

 

「単にOSを書き換えるだけじゃまともに動かないからですよ。<EX-OPS>はOSだけではなく新しく開発した高性能CPUもひっくるめた1つの総称ですから」

 

「あれだけの動きを可能にする分処理する量も格段に違ってくるからな、ソフトだけじゃなくハードも改良する必要があったんだよ。ま、そっちも全部リベリオンが1から作ってくれたんだけどな」

 

「いえいえ、私はただ相棒が望んだものを用意しただけですよ」

 

 

リーゼアリア(イギリスの髪が長い方)の疑問に開発者であるリベリオンと発案者のゼロスが答える。

 

リベリオンの手には携帯端末。各機のOSと管制ユニットの換装作業の進捗をチェックしているのだ。技術者どころか<EX-OPS>の開発責任者であるリベリオンは今回の評価試験における教導役のみならず、ハード・ソフト両方のチェックを行う立場にあるのでかなりの仕事量を背負い込む筈なのだが気にする様子はない。

 

そこへヴィンセントが所々にオイルのシミを拵えた整備服姿で彼らの元にやって来た。何だか我が人生の春が来た!といった感じで喜色満面の表情を顔に張り付け、気持ち良さそうな汗をかいている。

 

 

「いやーやっぱ中佐達にここまで付いて来て良かったっすよ!砂漠のど真ん中に引きこもったまんまだったら日本やソ連やヨーロッパの第3世代機に触る機会なんて回ってこなかったに違いありませんもん!!」

 

「それは良かったじゃないですか。管制ユニットの換装とインストールはどの機体ももうすぐ完了しそうですね」

 

「ええ、どの国の連中も物分りが良いし意外と話せる連中でしたから、要点だけ教えたらすぐに終わりましたよ」

 

 

ヴィンセントはアラスカにやってくる前からゼロス達の機体の整備を行っていたので<EX-OPS>の換装作業も何度か経験済みだった。それを踏まえリベリオンの代わりに各国の整備兵の元に出向いて換装時の注意点等を教えて回っていたのだ。

 

2人のやり取りを聞いて眉を顰めたり顔をしかめたりしたのは唯依とクリスカ。国粋主義的な一面を持つ彼女達はお気に召さなかったようである。

 

 

「んじゃ各自自分の機体に乗り込んで最終チェックを行ってくれ。言っとくが起動させたその瞬間からお前らの機体は全くの別物に変わってるって事を肝に命じといてくれ」

 

『了解!』

 

 

三々五々に散らばり愛機の元に向かう選び抜かれた衛士達。

 

ゼロス・リベリオン・ユーノ・ユウヤ・ヴィンセントは彼らの背中を見送ってから、視線も交わさないまま徐に口を開いた。

 

 

「で、どれだけ無事に格納庫から出ていけるか今夜の飲み会の代金賭けるか?」

 

「うーん、僕は多分全員無理なんじゃないかと思うんだけど」

 

「私もユーノと同意見で」

 

「・・・俺も全員に賭ける」

 

「んじゃ俺も、全員格納庫から出る前に1回は転倒するに賭けますよ」

 

「それじゃあ賭けにならなくね?」

 

「というか、従来のOSに慣れきってるアイツらじゃあそこまでの余裕の無さに1発で対応できないと思うぞ」

 

 

賭けの結果は―――――予想通りだったとだけ言っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          TE-6:トレーニング・デイ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーうん、割と本気で正直スマンカッタ」

 

 

演習エリアに移動した合同試験部隊の間に広がるお通夜のようにどんよりとした気配に、無性に罪悪感に駆られたゼロスは額にでっかい汗を浮かべながら正直に謝罪の言葉を口にせざるを得なかった。

 

 

『ううう、アタシの機体が~・・・・・・』

 

『申し訳ありません巌谷の叔父様、唯依は帝国の誇りに泥を塗ってしまいましたっ・・・!』

 

『クッ、こんな無様な姿を晒すなど!』

 

『最初に乗った時でも機体に傷1つつけなかったのにねぇ』

 

『いやー揃いも揃って見事なまでにすっ転んじまったな』

 

 

上からタリサ、唯依、クリスカ、ステラ、ヴァレリオの順である。

 

地を這うようなテンションの理由、それは主機に火を入れ格納庫から主脚による徒歩で出て行こうとした頃に遡らなくてはならない。

 

 

『一応反応速度の大幅な向上に伴って機体の『遊び』も殆ど無くなってるって説明されてた筈じゃなかったっけ』

 

『泣き言は言いたくないんだけど、ここまで余裕が無いのはちょっと予想外だったかな・・・!』

 

『ロッテは良い反応してたんですけど惜しかったですね。タリサに巻き込まれてなければ無事に機体を無傷で格納庫から出せたでしょうに』

 

『ほっとけー!!』

 

 

双子の髪が短い方ことリーゼロッテが悔しそうにそんな呻き声を上げた。ユーノの指摘が耳に痛い。あと罵声を上げたタリサはもはや涙目だ。

 

そう、米軍組を除く戦術機に乗った全員が機体に一歩踏み出させて早々同時多発的に格納庫内で転倒、もしくは大きくバランスを崩してガントリーなり整備用の通路に激突したりと阿鼻叫喚の事態が勃発したのである。お陰でどの機体も大なり小なり機体の塗装が剥げ、擦れた傷跡が残っている。

 

奇跡的にも人的被害は出なかった―エリートを自負するパイロット達の心の傷を除いてだが―のは、予めそうなると予想して警告を発し整備兵全員を格納庫から避難させたヴィンセントの賜物であるが、物的破損についての始末書作成は免れまい、とゼロスは心の中で溜息。ついでに真面目な話跳躍ユニットの燃料に引火しなくて良かった、とも思う。

 

―――始末書についてはマルチタスクを使えば案外楽に作成できるからまあ良いとして。

 

この失敗に特にショックを受けてそうなのは唯依とクリスカとタリサ辺りか。

 

唯依は帝国斯衛軍、ひいては日本帝国の象徴ですらある<武御雷>という機体に傷をつけた事への悔根、クリスカは母国の誇りである乗り慣れた愛機をまともに動かす事が出来ずに痛くプライドを傷つけられ、タリサに至っては短気な性格が災いしてか慌ててリカバリーしようとして余計に被害を拡大させて仕舞いには唯一転倒せずに格納庫の外までもう少しの位置まで期待を進めていたロッテを巻き込むという体たらく。

 

なので傷のつき具合で言えばタリサのACTVが最も酷かった。<EX-OPS>に関しては最初はシミュレーターから始めて機体を壊したり怪我を負う前に慣らさせていきたい所だったのだが、実機演習が当たり前だというこの基地の風潮に流されてしまった事を今になってゼロスは少し後悔。

 

一応どの機体も致命的な損傷はせずに済んだし、良い薬にはなったとは思うが。

 

今更だけど頭ガチガチで時代錯誤な忠誠心とか愛国心に定評のある斯衛軍が大事な<武御雷>を弄るのに許可出したよな、とも思ったり。

 

 

『クリスカ、そんなになやまなくてもゼロスはきっとおこらないからだいじょうぶだよ』

 

『ごめんねイーニァ、心配かけて』

 

「まあ皆従来のOSにしか触れてこなかったんだから仕方ねぇさ。初めてこの<EX-OPS>に触れた奴にはよくある事だからあまり気にしないほうが良いぞ。実際ユウヤも最初の頃は格納庫から出るまでに3回ぐらい転んでたからな」

 

『俺の事まで引き合いに出す必要無いだろ!』

 

 

上下関係を無視した言い方だけどあえてスルー。この仲間内ではよくある事。イーニァに至ってはゼロスを普通に呼び捨てにしている始末だがこれも無視。

 

 

「さて、ここまで歩かせて来くるまでに新しいOSがどんな代物か少しは理解したと思うが、本格的な戦闘起動を実際に行うにはまだまだ不十分なのは自分達でも理解出来てるだろう」

 

 

ゼロスは人数分のサブウィンドウを表示させてそれぞれの顔を見回しながら告げた。

 

 

「だからまずは<EX-OPS>に乗せ変えた事で自分の機体がどれだけ変化しているのかを身体に叩き込んでいこうと考えてる。今から俺達の機体の動きに合わせて操作しながら、自分の機体の反応の変化に慣れていってくれ」

 

『了解』

 

『ところで中佐、もしかしてここでも『アレ』をやるつもりなのか?』

 

「そうだけど、何か文句でも?」

 

『・・・・・・いや別に』

 

 

ゼロスとユウヤのやり取りに違和感を覚える多国籍軍な面々。いっつも微笑を浮かべてるユーノはともかく悪戯っ子な笑みを浮かべてるリベリオンと疲れたというより諦観の表情で肩を落とすユウヤの様子がからしてちょっと不安だ。

 

一体何が始まるというのだろう?

 

ちょっとだけ不安な眼差しを部隊の面々がゼロスに向ける中、彼は音声データを再生させる。

 

 

 

ちゃんちゃんちゃちゃかちゃかちゃーんちゃかちゃかちゃちゃ♪

腕を前から上げて大きく背伸びの運動~♪

 

 

 

ドグシャァ!!!!と盛大にずっこける音が鳴った。

 

直立状態からいきなりその場に戦術機をコケさせるなんて何気に器用だなオイ、と口に出さず突っ込むのはユウヤ。

 

ちなみに戦術機ごとまさにギャグよろしくずっこけて見せたのは唯依である。<武御雷>をぎこちない様子で立ち上がらせながら彼女の悲鳴がオープン状態の通信回線中に響く。

 

 

『な、な、な、何故よりによってラジオ体操なのですか!もしや中佐殿は我々をからかっておられるのですかぁ!?』

 

「いやいやいや、俺は大真面目だぜ?機体の各部の細かい具合や反応をチェックするのに案外向いてるんだよ」

 

『うっ!そ、そうですけれどっしかしっ!』

 

『えーこちらアルゴス1からホワイトファング1へ。中尉殿、軍人なら上官の指示に素直に従ってみたらどうですか?大体他の連中はちゃんと音楽に合わせて動いてますよ、ほら』

 

『え、ええっ!?』

 

『よっ、ほっ、それっ、これっ、結構、難しいな!』

 

『まー戦術機が人と同じ形してるって言っても構造はまったく違うし、そもそも戦術機でこんな準備運動するのも初めてだからしゃーねーんじゃねーの?』

 

『クリスカ、こんどはからだをよこにまげるんだって』

 

『段々ノッてきちゃったけど、これって確かに関節部の慣らし運動には丁度良い感じよねぇ。思わないロッテ?』

 

『そうねアリア、いっその事本国の訓練校の操縦訓練課程の新しいメニューに申請してみようかしら』

 

 

普通に体操してる!?と慄く唯依。

 

1人驚愕する彼女を余所に、それぞれ感想を漏らすパイロット達の手によってラジオ体操を行う約1個中隊規模にも及ぶ各国の戦術機――――凄まじくシュールな光景がそこにあった。

 

ユウヤも<EX-OPS>に触れるにあたって初めてこのメニューをやらされた時は主に間抜けな音楽と戦術機で行うには馬鹿げた内容に激しく萎えさせられたものだが、皆の反応から分かる通り実際に行ってみるとこれが中々難しいのである。

 

訓練校で叩き込まれ、そして実戦で用いられる戦術機の基本動作といえば主脚で『走る』・跳躍ユニットで『跳ぶ』・突撃砲を『撃つ』・長刀や短刀で『切る』、この4つに大別されると表現しても過言ではない。

 

もちろんベテランの衛士などはデータの蓄積や学習能力を反映させる事でオリジナルの失速域機動を編み出したり格闘技の『型』を新たな動作パターンとして組み込んだりする事に成功しているが、しかし4つの動作の範疇からは抜け出せてはいなかった。

 

<EX-OPS>では違う。

 

反応性の向上は云わばオマケ。ゼロスが戦術機に乗り込んで戦うにあたり彼の意を汲んだリベリオンがこのOSに真に求めたものは、戦術機の戦闘機動を極限まで円滑に行う為の即応性と生身の肉体同然の動きを可能にする為の柔軟性。

 

つまり<EX-OPS>を極めるには、戦術機で人体が可能とするありとあらゆる挙動を再現出来るようにならなくてはならないのだ。

 

 

「こういう動作1つとっても上手くやれるようになってても損はしないと思うぜ。特に空力学的要素を重要視してる日本の機体じゃ細かい動作が重要になってくるからな」

 

『いっその事タイプ97にもこのOS載せればもっと上手く扱えそうなんだがな・・・・・・』

 

『アウトロー2からアルゴス1へ。その辺りは色々な兼ね合いがあるから今は難しいんじゃないかな。XFJ計画と<EX-OPS>やゼロス達が考えた新装備を採用してもらう為のこの教導は別口だからね』

 

『とどのつまり政治の問題って訳か』

 

『元々割り込んできたのは僕らの方だからね。これ以上余所の人の分を横からかっさらうのは問題があり過ぎるよ』

 

 

XFJ計画に技術協力を行っているのはACTVを開発したボーニング社である。そしてボーニング主導で順調に進んでいたXFJ計画に対抗する形でリベリオンが軍人との二足の草鞋で所属しているバニングス・インダストリーズが割り込んできた、という経緯が存在している。

 

つまりそんな状況でリベリオンならびにバニングス・インダストリーズ製の<EX-OPS>を<吹雪>や今後ユウヤが乗る予定の<不知火>試作改良機に搭載する事が認められる筈はないのだ。

 

オープン回線で話すにしてはえらく開けっ広げなアウトロー2ことユーノとユウヤの会話が唯依の所にも届いてくる。

 

なお、本来のユウヤのコールサインはアウトロー3なのだがアルゴス小隊への編入に伴い新装備の各国合同評価テストに於いてもアルゴス1で通している。

 

 

「まぁ個人的にはスムーズに他の国にも広まっていって欲しいと思っちゃいるさ。こちらアウトロー1から新OS初心者各員へ、現時点での感想や不具合があるようだったら教えてくれ」

 

『こちらアルゴス2、慣れてきたらかなり面白いなコレ!気持ち悪いぐらいに機体がスイスイ動かせるぞ!』

 

『こちらアルゴス3。アルゴス2に同意しますぜ。こりゃー1発で気に入りましたよ!』

 

『こちらアルゴス4。こちらも同じ意見です』

 

『こちらジャール1。特に機体に不具合は見られません。次の指示を』

 

『こ、こちらホワイトファング1。こちらも大丈夫です』

 

『こちらカリバー2(リーゼロッテ)!感想とかいいからさっさと全力で操縦させて!腕がむずむずしてきたわよ!』

 

『こちらカリバー1(リーゼアリア)、カリバー2!気持ちは分かるけどもう少し落ち着きなさい!それから相手は上官!』

 

『こちらアルゴス1、特に異常は無し』

 

『こちらアウトロー1(リベリオン)、こちらも問題無しです』

 

『アウトロー2、こっちも大丈夫だよ』

 

「おk、それじゃもう1回体操をしてから次は跳躍ユニットを使った空中での機動能力のチェックをしてくぞ。絶対に俺がいいと言うまで全開で吹かすなよ?特にアルゴス2、カリバー2、やらかした日にゃ基地中の便所掃除やらせるからな!」

 

『げぇ、それは勘弁!』

 

『き、肝に命じておくわ』

 

 

11体の機械仕掛けの巨人が、1対2基の跳躍ユニットから炎を吐き出して青空へと飛び立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の演習を終えて着替えた一同は衛士間の交流を深めるべく、基地内の歓楽街であるリルフォートに繰り出していた。

 

 

「あーあーつまんねーの!せっかくこれまで以上に思う存分ACTVを振り回せそうだったっていうのに、これじゃ不完全燃焼だっての!」

 

「さっきからチョビ、きゃんきゃんうるさい。だまって」

 

「ぬわぁ~にぃ~!?誰が『チョビ』だごらぁ!」

 

「はいはい噛みつかないの。まるで幼稚園か小学校の子供じゃないのさ。そっちの子も睨まない挑発しない」

 

「がるるるるるる・・・!」

 

「う~~~~~~っ・・・!」

 

「もはや子犬同士の喧嘩に思えてきたのは私だけかしら」

 

「おっ、それって上手い表現じゃねーのステラ。言い得て妙だぜ」

 

「日本には『喧嘩するほど仲が良い』って諺がありますが、2人とも似た者同士みたいなのできっかけさえあれば案外仲良くなったりするんじゃないですか?」

 

「「そんな訳ねぇ(ない)!!」」

 

「・・・・・・確かにそうかもな」

 

「くっ、何故私とイーニァまでコイツらの享楽に付き合わねばならないのだ」

 

 

愚痴ったり睨み合ったり宥めたり煽ったり突っ込んだり、往来のど真ん中で中々騒がしい。

 

なおソ連組は最初は参加拒否を申し出たがゼロスならびにリベリオンの『上官命令』の発動により強制参加と相成った。大本の所属は違えど軍人にとって部隊の上官からの命令は絶対なのだ。

 

 

「まったく騒々しい者達だ・・・・・・」

 

 

とやれやれといった風に呟いたのは賑やかな一団から僅かに後ろの方で距離を取って追従していた唯依である。

 

その口元がほんの僅かに緩んでいるのに当の本人も気づいていない。

 

 

「あれ?そういえば肝心のゼロスが居ないみたいなんだけどどこ行っちゃったか知らないユーノ?」

 

「彼なら先に店の方で準備をしてる筈だよ」

 

 

着いた先は外装からして落ち着いた雰囲気を漂わせるバーだった。店の名前は『TOPGUN』。

 

ゾロゾロと店内に入った一同は予め連絡を受けていた店員の誘導で2階部分のラウンジへ。

 

 

「よう、やっと来たか。準備はほぼ終わってるから適当に座ってくれや」

 

「ちゅ、中佐殿?その恰好は一体・・・・・・」

 

「ああ、キッチン借りて料理作ってる最中。とりあえず乾杯の挨拶だけしたらまたすぐに引っ込むから早く座ってくんねーか?」

 

 

BDUの上だけ脱いでエプロンを着用したゼロスに促されるまま一同は席に着く。ゼロスの横を通り過ぎざま彼らは中佐殿のエプロン姿を見つめざるを得なかった。だってえらく似合ってるし。

 

格好や雰囲気もアレなら始まりの乾杯の仕方も半分以上は戸惑った。明らかに欧米人でありながらどこからどう見ても日本流だったのである。動じていないのは彼と付き合いの長いリベリオンとユーノ、それに前の基地で慣れたユウヤぐらいか。

 

 

「そんじゃま代表者として挨拶――――てぇのはガラじゃないし料理の具合も気になるからまどろっこしいのは抜きにして乾杯っ!」

 

『早っ!』

 

「あ、ちなみに今回の飲み代は全て相棒持ちなので好きなだけ飲み食いして構いませんよ」

 

「さっすが大尉、話が分かるぅ!!!」

 

「ちょっと待て誰もそんな事言ってないぞゴルァ!?」

 

 

 

 

とにもかくにもこんな感じで第1回特別合同試験部隊交流会の始まりである。

 

 

 



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TE編7:酒と肴と思い出話と

「さて、まずは飲み物は何を頼みます?」

 

「ビール!もちろんジョッキな!」

 

「スタウトは置いてあるのかしら?置いてなかったらバー失格よ!」

 

 

さっさと厨房に引っ込んでしまったゼロスの代わりにリベリオンが場を仕切り始めた。一斉に酒の種類や銘柄を注文する声がラウンジ中に響き出す。

 

 

「クリスカとイーニァは何か飲みたい物はありますか?」

 

「・・・・・・オレンジジュースがいい」

 

「・・・・・・私もイーニァと同じ物で構わない」

 

「ああん?なーにガキみたいなの頼んでんだよ。酒場に来たんなら酒飲め酒!」

 

「うるさいチョビ。おさけはきらい」

 

「だからチョビって言うな~!!」

 

「何だよタリサ、似合ってるじゃねぇかそのあだ名。なあステラ」

 

「クスクス、ええそうね。私も似合ってると思うわよ」

 

「ぬぎぎぎぎ・・・!お前らまでそんな事言うのかよぉ~!」

 

「やれやれ、酒運ばれてくる前からもう酔っ払ってるんじゃねぇだろうなチョビは」

 

 

この数日見てきた時よりも一層ギャーギャーと五月蝿いタリサにうんざりした風にユウヤが頬杖を突いていると、たまたま真正面に座っていた唯依と目が合う。

 

母親が生前飾っていた日本人形を思い出させる鋭利な美貌の持ち主はユウヤ同様呆れた様子で大陸組とソ連組のやり取りを眺めていたが、彼の視線に気づくと一瞬だけだがキョトンとした驚き顔を浮かべた。

 

すぐにまた眉根を寄せて引き締まった表情を張り直したものの、瞬間的だが真正面から垣間見てしまったその表情がユウヤのイメージとは比べ物にならないぐらいに人間味に溢れていて、虚を突かれてしまった彼は反射的に顔を背けてしまう。

 

そして今度は相手に気づかれないようにしながら(本人視点)もう1度唯依の方を盗み見てみると。

 

澄んだ藍色の瞳とまたも目が合った。

 

 

「な、何か用ですか一体?」

 

「い、いやそんなつもりは無いぞ。たまたまだ、うん・・・・・・」

 

 

何だこのくすぐったさは。でもってリベリオンにユーノにチョビにマカロニにステラに英国野郎(ライミー)×2妙なニヤケ面浮かべてこっち見てんじゃねぇ!

 

ユウヤ共々生温かい視線を周囲から送られる唯依もまた、次第に頬に血の気が集まって目元が泳ぎだした。こんな目で見守られるのが苦手なのかもしれない。

 

だからって何でまた俺を睨みつける。

 

 

「タカムラはおこってないよ?はずかしくてほかにどうすればいいのかわからないだけだからゆうやがきらいになったわけじゃないよ」

 

「しぇしぇしぇしぇシェスチナ少尉!?」

 

「いやー若いって良いですなぁテスタロッサ大尉!」

 

「そうですね初々しいですねぇジアコーザ少尉!」

 

「ええい違う!じゃなくて違います大尉!私は別にブリッジス少尉に思う所など全くありませんしだだだ大体軍人たるものがそんな色恋など――――」

 

「おや、別に篁中尉のユウヤを見る目が恋する乙女みたいだなどと一言も言ってませんよ?」

 

「ですからッッッ・・・・・・!!!」

 

 

 

 

結局唯依はゼロスが手料理を運んでくるまで散々からかわれる羽目になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           TE-7:酒と肴と思い出話と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

和風の香りに不意に鼻をくすぐられた唯依は、自分とユウヤの間に置かれた両手鍋の中身を覗きこんで目を見開いた。

 

海外の酒場にやって来ていきなり日本の家庭料理筆頭とも呼べる代物―――肉じゃがを出されたらそりゃ驚く。

 

 

「ほれユウヤ、お前の好物だろ」

 

「ああ悪いな、わざわざこっちに来てまで作ってもらって」

 

 

小鉢代わりの底が深めの小皿に肉じゃがを取ったユウヤは手渡された箸で躊躇いなく料理を口に運ぶ。丹念に噛み締めて味わうことしばし。

 

 

「・・・・・・美味い」

 

 

口元を僅かに綻ばせながら静かに感想を漏らすユウヤ。

 

ゴクリと喉の鳴る音が聞こえてきた。発生源はタリサである。彼女のみならず米軍組以外のほぼ全員が視線を肉じゃがに集中させていた。

 

 

「なぁなぁなぁ、何だよその料理!ユウヤだけずっけーぞ!」

 

「なら自分で取って勝手に食えばいいじゃねーか」

 

「んじゃ遠慮なく!」

 

「イーニァとクリスカも食べてみるか?口に合うかは分からないけど結構自信作なんだぜ?」

 

「・・・・・・じゃあたべる。でもおにくはいらない」

 

「い、イーニァ、本当に食べるつもり?」

 

「だいじょうぶだよクリスカ、ゼロスのりょうりはきっとおいしいから」

 

「上官の手料理とは興味深いですね。私も1口頂きますわ」

 

 

次々、肉じゃがの入った鍋に手を伸ばす一同。とはいえ箸の使い方を知らない面々ばかりだったのでフォークに突き刺したりして口に運んでいく。

 

反応は劇的だった。くわっ!とタリサが目を見開くと絶叫した。

 

 

「うーまーいーぞー!!!」

 

 

・・・・・・巨大化して目とか口から光線を出しかねない勢いである。

 

ゼロス手製肉じゃがを口にした他の者達も一様に驚いた様子ながらもおいしい、とかこれは中々・・・などと称賛の言葉を呟いていった。

 

 

「で、では私も・・・・・・」

 

 

皆からやや出遅れて、おずおずと唯依も箸を伸ばす。煮えてやや形の崩れたじゃがいもをつまむと一気に口へと運んだ。

 

途端に固まる。

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・わ、私よりも美味しい」

 

 

愕然としたそんな呟きが聞こえたが耳に届いた瞬間、ユウヤはまるで我が事のように嬉しくなって思わず小さくガッツポーズすらしてしまった。

 

日本の家庭料理を日本人よりも美味くアメリカ人のゼロスが作るという構図が愉快痛快で仕方ない。

 

対して唯依はユウヤのそんな反応にも気づかずに肉じゃがの分析を開始。

 

 

「(素材そのものの問題ではない。調理法に工夫を加えてあるのか。だがこの照りの出具合や甘みは普通の肉じゃがとは一線を画している・・・!)」

 

 

無言で戦慄する唯依。箸と小皿片手にわなわなと震えているその姿を主にイーニァ辺りが見つめているのにも悟る余裕すら今の唯依にはなかった。

 

やがて固まったままだった両手をゆっくりと下ろすと、躊躇い気味に口を開く。

 

 

「ちゅ、中佐。誠に失礼かもしれませんが、この肉じゃがは一体どのようにしてお作りになられたので・・・・・・?」

 

「ちょいと裏技を使ってあるんだが、中尉の口には合ったかな?」

 

「私も母が存命の自分には料理を教わり、特に肉じゃがなどには自信があったのですが、これには完敗です」

 

「こちとら自炊歴10ウン年やってるんでな。レシピの数じゃ負けないぜ。ちなみにこの肉じゃがの隠し味はコーラなんだけど」

 

「何と!コーラを肉じゃがにですか!?」

 

「詳しいレシピはまた今度。他にも作ってる最中なんでな、すぐに持ってくるわ」

 

 

引き留める間もなく下の厨房へと戻っていく上官の背中を見送ってから感嘆の溜息を漏らしつつ唯依は視線をテーブルの方に戻してみると、ユウヤとタリサが肉じゃがの争奪戦を始めていた。

 

 

「もっとよこせ、ソイツはテメーだけの分じゃないだろええトップガン!」

 

「だからって肉ばっかりかっさらってんじゃねぇよチョビ!――――そこっ、横取りは許さねぇぜライミー!」

 

「こちとら上官なんだから大人しく譲りなよっ!!」

 

 

世界中から選ばれた歴戦のトップガン達と肉じゃが争奪戦を繰り広げている。ユウヤのその姿が微笑ましく思えて、気が付くと唯依はほんの微かに口元を緩めてしまっていた。

 

顔を合わせた当初はこちらに敵意を向けてくるなど不愉快な思いもさせられたし、武家出身という出自にありがちな『日本人ならばかくあるべし』という考え方から複雑な感情をユウヤに抱いていたのだが・・・・・・こうして多国籍な仲間達と料理1つを巡る子供っぽい争いを繰り広げている姿を見せつけられると、軍人としての振る舞いや所属云々すらも何だかどうでも良くなってきてしまう。

 

所属や国籍、人種以前に彼らは『人間』という1つの種に過ぎないのだ。そう、自分と同じ。

 

 

「・・・・・・何かご用でしょうかタカムラ中尉」

 

「「いただきぃ!!」」

 

 

「ってあああっチクショウ!!!」

 

 

ようやくまたも自分を見つめてくる唯依に気を取られたその隙に残っていた肉じゃがの大部分を奪われたユウヤが悲鳴を漏らす。

 

ガックリと目に見えるほど落ち込んだ。イーニァがわざわざ身を乗り出してまでよしよしとユウヤの頭を撫でてきた。クリスカに殺気を送られた。何でさ。

 

 

「そのだな、ブリッジス少尉は肉じゃがが好物だそうだが、もしや少尉の母君は日本人だったのか?」

 

「――――――いや違う。日本人だったのは父親の方です。俺と母親を捨ててどっかに消えちまったお陰でロクな目に遭った覚えがありませんよ」

 

「そうだったのか・・・・・・それは悪い事を聞いてしまったな」

 

 

ぶっきらぼうに吐き捨てたユウヤであったが、内心では家族を捨てた自分と同じ日本人の唯依にこうも素直に過去を話してしまった自分に対して驚きを感じていた。

 

唯依は唯依で、何故ユウヤが日本に関わる物を―ただし肉じゃがは除いて―嫌悪し敵視しているのか、その原因が理解出来た気がする。

 

 

「母親がまだ生きてたガキの頃はよく食べてましたけどね。その頃は肉じゃがが日本の料理だなんてちっとも知りませんでしたよ。ようやく日本の料理だって教えられたのは偶然ゼロスが自分で作って食ってるのを見かけた時でしたし」

 

「そ、そうか。私も亡くなった母から肉じゃがの作り方を教わったのだが、まさか遠く離れたこの地で食べれるとは思いもよらなかった。しかも思いもよらぬ材料であれだけの見事な味を出せるとは・・・・・・世界は広いな」

 

「まあゼロスだからな。あの人グルームレイクに居た時なんか向こうの食堂の調理担当に料理教えてたぐらいですよ」

 

「何者なのだ一体・・・」

 

 

気が付くと、ユウヤと唯依の間で形成されていた空気はとても和やかな友好的なものにすり替わっていた。

 

人間きっかけと共通点さえあれば意外とすぐに仲良くなれるものなのである。特に互いのお袋の味ともなれば尚更だった。

 

そこにグラスに注いだウイスキーを少しづつ舐めていたユーノが話に加わる。

 

 

「昔はゼロスもあそこまで料理にはハマっていなかったんだけどね。特にイギリスに行った頃から食べ物にこだわる様になったのかな?」

 

「そうそう、そういえばドーバー基地に居た頃なんかしょっちゅう食堂に潜り込んでは勝手に味付け変えようとしたり自分で料理作ろうとしたりしてたわね!」

 

「でもイギリスの料理は問題が多かったと僕も思うよ。味気ない携帯食料を食べ慣れてた僕でもアレはちょっと、ね」

 

「そういえばイギリスってメシがマズいので有名なんだってな!」

 

「米軍様は食糧難に無縁で豪勢な天然食材ばっかり食ってるから舌が肥えてるだけでしょ!あとそこのグルカ兵、もっぺん支配されたいっていうんならお望み通りにしてあげるわよ!?」

 

「はいそこ、メシの最中にケンカおっぱじめようとしてんじゃねぇ!」

 

 

追加の料理を持ってゼロスが戻ってきた。後続に大皿を持った店の店員達もやって来てテーブルに並べていく。

 

 

「凄い数、これも全て中佐がお作りになられたんですか?」

 

「仕込みや仕上げぐらいで他の部分はここのコックにも手伝って貰ったけどな。後でレシピ交換してくれって頼まれちまったよ。でもってこれは篁中尉に―――」

 

「こ、これはっ」

 

 

唯依の前に置かれた物、それは何処からどう見ても刺身であった。それも明らかに天然物でご丁寧に醤油とワサビまで添えてある。これも微かに漂ってくる香りからして天然物に違いあるまい。

 

このご時世、合成食材がもはや一般的な日本では武家の中でも上位クラスの地位かはたまた征威大将軍でもなければ滅多に食べられない組み合わせであろう。武家の中では比較的位の高い山吹色を与えられている唯依も、武家同士の大々的な催しの場において数えられる程度しか口にした事が無い。それも精々1口2口程度。

 

それが今、遠く離れた異国の地で自分の目の前に皿ごと纏めて差し出された現実に、唯依は眩暈にすら襲われた。

 

ちなみにこの世界でも醤油の存在はアメリカに広く伝わっており、日本がBETAの侵攻を受けてからは天然の大豆を用いた醤油の大半はアメリカ製しか存在しないとまで言われている。キッ○ーマン万歳。

 

とはいえ流石に砂漠のど真ん中の軍事基地までには普及していなかったらしく、個人で直接取り寄せようにも何週間もかかる上に購入可能数が制限されているのでどっかの誰かは苦渋を呑む羽目になっていたが。

 

閑話休題。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日ユーコン川で獲れたばかりのサーモンの刺身だ。脂が乗ってて美味いぜ。流石にアメリカじゃ本わさびは手に入んなかったからホースラディッシュを付けて食ってくれ」

 

 

なおホースラディッシュは別名西洋わさびとも言い、粉わさびの主な原料である。あまり知られていないがアメリカはイリノイ州は世界最大の生産地なのだ。

 

 

「ちちち、ちちちちちちちっちっちちちゅうちゅうちゅうちゅうちゅうちゅー!!!!?」

 

「ネズミの真似か?」

 

「はいまずは深呼吸して落ち着きましょうね。吸ってー吐いてー」

 

「す~・・・は~・・・す~・・・は~・・・」

 

「吸って吐いて吸って吐いて吸って吸って吸って吐いて」

 

「ひっひっふーひっひっふーってこじゃ深呼吸ではなくラマーズ法ではないですか!」

 

「そろそろ覚えておいても損は無いと思いますよ」

 

「私はまだ清い身ですしそもそも相手も居(お)りません!・・・ハッ!?」

 

「成る程、つまり男女関係はまだまだ初心者と。そうなるとユウヤは経験者としてリードしてあげなければなりませんね」

 

「やっぱりトップガン様は女の操縦経験も豊富って事かぁ~?」

 

「テメェら好き勝手言ってんじゃねー!!!」

 

 

いっその事帰りたくなってきたユウヤであった。ついでに自爆してしまった唯依に至っては真っ赤な顔でもはや泣きそうになっていた。

 

 

「だーかーらー、もう少しメシの時ぐらい静かにしやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」

 

「と言ってる相棒の声が1番うるさい件について!」

 

「どやかましい!上げ足取んな!とにかく美味い内に食っちまってくれ頼むから!」

 

 

ゼロスの一喝により場を収め食事再開。

 

 

「し、しかし中佐。このような物を本当に私が食べてもよろしいのですか?」

 

「だってその為に作ったんだぜ?日本人なら刺身の方が好みかと思ってな」

 

「ですが、このような贅沢など・・・・・・」

 

 

未だBETAの侵攻が及ばず、潤沢な豊かさを誇るアメリカという国ではこういった物を気軽に口にするのが当たり前なのだろう。

 

しかし日本では違う。今日この瞬間を生きるだけでも必死な人々の故郷を一刻も早くBETAから取り戻すべくに、日本国の代表としてはるばるアメリカにまで送り込まれた自分がこのような贅沢をしていていいのか―――そんな思いが唯依の脳裏を過ぎった。

 

 

「別に俺たちゃタダ飯食らってるわけじゃねぇんだからこんぐらいの贅沢は許しても良いんじゃねぇかと俺は思うがね。大体、勿体ねぇだろ。ウダウダ悩んでせっかくの食い物を無駄にする方が下らないだろーが」

 

「ちゅ~さ~!そっちだけ美味そうなの独り占めなんてずっけーじゃないですかー!」

 

「そっちにはカルパッチョ出してやったろうが!」

 

「おさかなおいしいねクリスカ」

 

「そうねイーニァ。ほら口元にソースがついてるわよ」

 

「タリサもそこの2人見習ってもうちょっと落ち着いて食え!」

 

「魚、天然物の魚・・・!」

 

「今の内に食い溜めしておかなきゃあむあむあむ!」

 

「あらあら凄い食欲」

 

「気持ちは分かるがそこの猫姉妹もがっつき過ぎだ!まったく、篁もあーだこーだ躊躇ってると他の連中に自分の分食われちまっても知らねぇぞ」

 

「・・・何だったら俺が貰うが?」

 

「いいやそれには及ばん!そ、それではいただきます!」

 

 

半ばからかうようなユウヤの申し出を突っぱね、顔を赤くしながら遂にサーモンの刺身を一切れ箸でつまんだ。

 

無駄に緊張のあまり若干手が震えて刺身を落としそうになりつつも、身の端を僅かに醤油に浸す程度で済ませてからゆっくりと口の中へ運ぶ。

 

濃厚な脂の甘みとそれに負けない鮭の風味、ふくよかかつキリリと立った醤油の香りが唯依の脳髄を蕩けさせた。

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・おいひい」

 

 

万感の篭った一言であった。

 

今の彼女は何かもう口元どころか仕事中は鋭利を通り越して冷たさすら感じさせるほど吊り上がっている眦すらちょっとだけ垂れ下がり、まさに好物を前にした幼女のようにあどけない微笑みを晒している。

 

もはや武家も軍人もへったくれもない、1人の美少女として料理を満喫している姿がそこに君臨していた。

 

 

『・・・・・・・・・・(じ~)』

 

「―――――――はっ!!!!?」

 

 

テーブル中の皆から注目を浴びている事にようやく気付いて我に返っても時既に遅し。

 

特にテーブルを挟んで1mも離れていない近さからこれまでの冷ややかなイメージを完全にぶち壊す惚れ惚れする位可憐な笑みを見せられたユウヤに至っては、まるで気になる異性と初めて手をつないだ思春期の子供のように心臓が大きく跳ねるのを自覚せざるを得なかった。相手に聞こえていない事を切に祈る。

 

――――そうか。これがリベリオンが言ってたいわゆる『ギャップ萌え』ってヤツなのか。

 

開かない方が良さそうな世界の扉がユウヤの中で内側から無理矢理解放されそうになっているのに本人は気づけない。

 

 

「・・・・・・アンタも、そんな顔をするんだな」

 

 

意識せず漏れたユウヤの呟き。

 

それが唯依の限界だった。

 

 

 

 

「き、きっ、きっ、きっきききき記憶を失えー!!!」

 

 

 

 

アッー!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあ先程は良いものを見させてもらいましたよ中尉殿」

 

「もう、本人は気にしているんだからこれ以上言わないであげなさいな」

 

「タカムラのえがお、かわいかったよ?」

 

「ちなみにあの瞬間の笑顔は既に撮影済みなので写真が欲しい方は何時でも言って下さいね」

 

「日本のサムライってお堅いのばっかりって聞いてたけど可愛い所あるものねえ」

 

「いい加減言わないでやれ、もうコイツのライフはとっくに0だ・・・・・・」

 

 

椅子の上で膝を抱えてどす黒いオーラを放ち出した唯依のあまりの様子に、最も唯依を嫌っていた筈のユウヤがフォローに廻る事態になっていた。

 

ゼロスとユーノとリベリオンには、そんな彼女の姿が一瞬オレンジ色の髪の2丁拳銃使いな魔法少女とダブって見えてしまったのは秘密である。中の人が一緒なんだから仕方ない。

 

結局残ったお刺身はゼロス達が美味しくいただきました。

 

 

「そーいえば中佐、今日乗ってた機体だけどアレって最初に中佐達が乗ってた機体とは別の機体だよな?」

 

「確かに、今日中佐達が乗っていた機体はF-15に連なる改良型のようでしたが・・・・・・」

 

「ああ、ありゃ新装備の教導用に持ってきた機体だ。この基地に来る時乗ってた機体は新型機の試作型だ」

 

「新型機・・・?それにこの基地まで乗ってきたという事は、グルームレイクからそのままあの機体に乗って無補給でこのユーコンまで飛んできたという事ですか?」

 

 

これには流石のステラも瞠目してしまう。ネバダの砂漠からこのアラスカ州ユーコン基地までは軽く2~3000kmはあるだろう。それだけの距離を無補給で飛行できる戦術機など常識では考えられない。一瞬何かの聞き間違いかと思ってしまったほどだ

 

 

「その機体についてはまた追々な。しばらくすれば皆が見る機会も回ってくる予定だからそれまで我慢してくれ」

 

「うおおおおっ!?本当かよ中佐!」

 

「そりゃあ楽しみだねぇ。でもあの<イーグル>の改良型見てると昔の事を思い出すわねぇ・・・・・・」

 

 

リーゼアリアは遠い目になりながら、鮭のカルパッチョの最後の一切れを名残惜しそうに飲み込んだ。その横ではジャンケンで負けたリーゼロッテが涙目で恨めしそうに自分の手を見つめている。

 

 

「もしかしてイギリスでの事かい?」

 

「そう。あの機体に乗った貴方達に私達は助けられたのよね」

 

 

猫っぽい双子の片割れの言葉に、周囲の者達はおおと興味ありげに身を乗り出した。面白そうな話には食いついてしまうのが人間の性である。酒が入れば尚更だ。

 

特にタリサなどは色黒な地肌の上からでも分かるぐらい顔が赤くなっているし、双子やヴァレリオにステラも少なからず酒精により白い肌が血色づいている。

 

 

「良ければ、その話について詳しく教えてもらえないかしら?」

 

「構わないわよ。そう、あれは――――――」

 

 

 

 

 

 

――――――雪の降る寒い日だったわ

 

 

そんな始まりと共に彼女は物語を紡ぎだす。

 

 

 

 

 



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TE編8:Demon of Iron

仲間の半分がもうやられてしまった。

 

前衛で生き残っているのはもう自分だけ。だけど前に出過ぎて退路を塞がれたから、自分もまたヴァルハラに旅立ってしまった戦友達の仲間入りをするのも時間の問題だろう。

 

 

『ロッテ早く、早くそこから逃げなさい!』

 

「もう無理よ、アリア。今ここで飛んだら光線級のいい獲物よ」

 

『だけど!』

 

 

自分1人―――戦術機1機を取り囲むのに軽く3桁に届きそうな数のBETAが包囲網を形成していて、更に前線から何百mも後方には今も撃破を免れた大量の光線級が犇めいていた。

 

彼女以外の勇猛果敢な衛士であってもこの状況に絶望し、とっくにS-11を起動させていてもおかしくはあるまい。

 

突撃砲の弾はとっくに全弾撃ち尽くし。愛機EF-2000<タイフーン>の全身に備えられたスーパーカーボン製ブレードも数え切れぬBETAを鎌鼬の如く切り裂いた代償にとうにその切れ味を失い、特に酷使された両腕部の物に至っては限界を迎え根元から損なわれていた。

 

機体自体も装甲部分には数え切れない量の傷が大小刻まれ、各関節部も長きに渡る戦闘機動によって激しく摩耗。跳躍ユニットの燃料もほぼ残っていない。

 

どこからどう見ても満身創痍。最後に残された無事な武器は自爆システムのみ。

 

ならば残る選択肢はこのまま戦車級に集られて生きたまま食われる恐怖にその瞬間が訪れるまで怯えるか―――――それとも自分目当てに集まったBETAどもを道連れに自分で幕を引くのか。

 

 

「ゴメンアリア、先に待ってるわね・・・・・・アンタは出来るだけ後から来てね?」

 

『止めなさいよロッテ、まだ諦めちゃダメ――――――』

 

 

自分ににじり寄るBETAを出来るだけ減らそうとMk-57中隊支援砲を撃ち続けていた自分の片割れの懇願を振り払うかのように、リーゼロッテは自爆装置を起動させるべく拳を振り上げ―――――

 

通信回線に突如飛び込んできた荒々しい男の声と、網膜投影されたメインカメラからの映像によって停止させられる

 

 

『とぉぉぉころがぎっちょん!!!』

 

 

突如地平線の彼方から空を切り裂くレーザーの光条。

 

空に存在する異物を確実に焼き尽くすとされる筈のそれの隙間を巧みに掻い潜って回避するという前代未聞の空中機動を繰り広げてこちら目がけ飛んでくる戦術機。

 

 

 

 

しばらく前にドーバー基地にやって来たアメリカ軍の連中が持ち込んだF-15系統の新型機、F-15EX<アサルト・イーグル>だった。

 

それを操るのはいけ好かない銀髪の男――――ゼロス・シルバーフィールド。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

         TE-8:Demon of Iron

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

両の腕部マニピュレーターに握られた突撃砲が火を噴く。自分の機体を包囲していたBETAが次々撃ち砕かれていく。

 

続けざまに別の声、更に戦域データリンク経由に空爆警報のウィンドウが視界内で開く――――『空爆』警報?光線級が居るのに?

 

 

「『嘘ぉ・・・・・・』」

 

 

自分と片割れの声が重なった。

 

2人の視線の先には他にももう1機、鋭い空中機動で光線級の照射を回避し続ける戦術機が存在した。最初の機体は漆黒だったがこちらは白と黒のモノトーンだ。こちらも<アサルト・イーグル>同様F-15に連なる機体のようだが各部が違う。

 

F/A-15<ブラスト・イーグル>。パイロットはユーノ・スクライア。

 

 

『アウトロー2、Fox1!Fox1!』

 

 

モノトーンの機体の両肩が瞬いたかと思うと、次の瞬間大型ミサイルが2発が光線級や要塞級が展開している前線の後方へ向け突き進んでいった。AIM-54<フェニックス>クラスターミサイルかと思ったが弾速が遥かに速い。まるでミサイルというよりは流星のようだ。

 

そのミサイルの正式名称はAGM-65、通称<マーベリック>。光線級は12秒間、重光線級では36秒間という照射インターバル間に前線の後方に布陣するBETAを即時殲滅する事を目的に開発された新型大型ミサイル。

 

射程は<フェニックス>には及ばないが、代わりの最もたる特徴は秒速1500mを超える飛翔速度だ。それにより光線級の再照射前に着弾をさせる事が可能となっている。誘導性能や精度も然程重要視されていないから高価な誘導装置も必要無くコストパフォーマンスも高い。

 

搭載弾頭は小型化されたS-11。

 

 

『対ショック姿勢!』

 

 

いつの間にか目の前に着地していた<アサルト・イーグル>がリーゼロッテを庇うようにミサイルが飛んで行った方向に背を向ける。警告の通信に反射的に彼女も身構えた。

 

遠方で大爆発。白い閃光が2つ同時に生じ、あっという間に強烈な爆風がリーゼロッテの元にまで到達してきて機体が揺さぶられる。

 

 

『こ、こちらCP!光線級、重光線級ならびに要塞級の8割の殲滅を確認・・・!』

 

『よし、これでかなり動きやすくなったな』

 

『それでも戦車級や要撃級はまだまだ腐るほど残ってるけど、もうひと踏ん張りって所かな』

 

 

驚愕に彩られたCPの報告に満足げな様子で頷くゼロスの声。気を抜かない方が良いとユーノが返しながら機体をゼロスの隣に着地させる。

 

大規模侵攻前の幾度かの『間引き』にて遠目から彼らの機体を確認した事があったが、間近で眺めるのは初めてだった。

 

全体的なシルエットはどちらもよく似ている。従来のF-15系よりも大型化しがっしりとした印象。特に既存の機体と大きく違うのは日本の鎧で言う『袖』の部分のような小型の追加装甲が肩部装甲の両端に備えられているのと、1対の可動式追加スラスターを背部に背負っている点だ。可動兵装担架システムはスラスターの外側に移動されている。両の腕部には格納式の固定ブレード。

 

<アサルト・イーグル>には袖の部分にソ連機やEF-2000にもみられるスーパーカーボン製ブレードが、<ブラスト・イーグル>には先程まで<マーベリック>ミサイルを収めていた大型ミサイルポッドが装着してあったが、左右3つずつのミサイルポッドはもう全て空で、カーボンブレードもBETAの体液と肉片がべったりこびりついている。

 

漆黒とモノトーンの機体は出鱈目な極彩色に染め上げられ、この2機もまた過酷な戦場を戦い抜いてきたばかりなのだと思い知らされた。

 

そんな彼らが助けに来てくれるなんて思いもよらなかった。

 

 

「アンタ達、何で・・・・・・」

 

『通信聞いて戦線崩壊しそうだからさっさと受け持ちの方面片付けて駆け付けただけだが?』

 

「そういう事じゃない!何でアンタ達が私達を助けに来たんだって聞いてるのよ!」

 

 

最初にこの米軍連中がドーバー基地にやって来た頃から、グレアム姉妹はゼロス達に良い感情を抱いてはいなかった。

 

元より政治的にも軍事的にもゴリ押してくる傾向が強い米軍だから気に食わない、という理由からではなく、顔を合わせる度顔を顰められたり何か言いたげな鋭い視線を送ってきたりといった個人的な問題からだ。

 

しかしゼロス達からしてみればそれも仕方ない事情があるのだが―何せ別の世界において妹分的少女を彼女達によって死に追いやりかけた相手にどこまでもそっくりなのだ―彼らがそんな事情を説明出来る筈がなく。

 

リーゼアリアとロッテのグレアム姉妹は末席ながらイギリス王家の一員に名を連ねる正真正銘のお姫様でもあるので周囲から注目を浴びたり―――良からぬ感情を孕んだ視線などにも耐性を付けてきたが、ゼロスのそれに至っては何故か無性に彼女達の気に障った。彼が合衆国大統領の息子という自分達に似た立場だからかもしれない。

 

もっとも向こうが面と向かって話しかけてくる事が無く、自分達も敢えて無視し続けたので明確な火種が彼らとの間に存在した訳ではないけれど。

 

だからこそ今の彼らの行動が理解できない。

 

ソッチだってボロボロじゃないか。だったらさっさと尻尾巻いて逃げればいいだろう。同盟を結んでいた日本にBETAが侵攻してきた途端に安保理条約をあっさり破棄して撤退した時みたいにさ。

 

 

『とりあえずそこの猫姉妹2号。ここは俺達で食い止めるからさっさと補給に引っ込んでくれたらありがてーんだけど?』

 

「初めて話しかけたと思ったらえっらく砕けてるわね!?大体誰が猫姉妹2号よ!私はまだ戦え――――」

 

『つい32秒前まで姉妹と最後の別れの言葉を交わして自爆しようとしてたのはどこの誰ですか』

 

 

通信回線に女性1人追加。いつもゼロスにつき従っていたあの褐色の女だ。

 

F-15系列2機に遅れて到着したのは何とF-4の改造機だった。重装甲で構成された第1世代の傑作機がベースとなったその機体はかのA-10<サンダーボルトⅡ>にも匹敵する重武装を従えて、重々しい着地音と共に狙撃位置についていたリーゼアリアの傍に降り立つ。

 

一言で言えば明らかに砲撃戦に特化した有様だった。分厚い各部装甲の中でも特に重厚な肩部装甲が平べったく小型になり、その上部に往年のカチューシャロケットを髣髴とさせる長方形型の大型ランチャーポッドがマウントされている。のみならず主脚の脹脛部分にも左右それぞれに戦闘ヘリが搭載するようなロケット弾ポッドを3つずつ取り付けてあった。

 

両手には米軍が採用しているAMWS-21突撃砲の狙撃向けらしき長大なライフル。背部の可動兵装担架にはAMWS-21のグリップ部分を取り外し、銃身に添わせる形で円柱型の大型ドラムマガジンの装着を可能にした火力増強モデルが背負われていた。

 

 

『アウトロー1よりそこのお姫様達へ。ここは私達が受け持ちます。至急後退して補給を受けてくる事を推奨します』

 

『だけど、アンタらだけでここを抑え切れるっていうの!?光線級の大部分は潰せたとはいっても、それ以外だけでまだ数千は残ってるのよ!』

 

『砲撃支援はどうなってるのかな?光線級を潰した今なら絶好のチャンスだよね』

 

『この地域で生き残ってる砲兵陣地は何処も弾切れだそうです。現在全力で砲弾を輸送中との事ですが20分はかかるでしょう』

 

『こっから最寄りの補給地点まで往復でどれぐらいかかる?』

 

『補給込みで最短10分前後』

 

『生き残ってる援軍がここに駆け付けるまでは?』

 

『現作戦地域の全戦術機部隊の41%が大破ならびに死亡認定。残りの部隊も大部分が補給の真っ最中もしくは戦闘可能限界地点(ビンゴ)で尚且つこの戦域で生き残っている部隊はもう自分達だけですよ。他の部隊が陣容を整えてここに駆け付けれるようになるまで15分は下らないでしょう』

 

『そっちの弾の残りは』

 

『ランチャーには最後の1斉射分残ってますけど、後はほぼカラッケツと言った所ですね。予備弾倉も残ってません』

 

『こっちも似た感じかな。僕自身はまだまだやれるけど』

 

『・・・・・・見ての通りよ。固定兵装もほぼオシャカ。もう直接殴るぐらいしか出来そうにないわ』

 

『57mmもこれが最後のマガジンよ。それにもう半分以上撃ち切ったわ』

 

『んじゃついでだ。そっちも猫姉妹も護衛ついでに補給してきてくれ。それまでここは俺が支えとく』

 

 

至極あっさりとゼロスはそんな事を言った。猫姉妹はコイツ何言ってんだろうな目をウィンドウの中で浮かべた。

 

リベリオンは目を細め、ユーノに至っては全く笑えない状況にもかかわらずうっすらと笑みを張り付けたまま。

 

 

「あ、あ、あ、アンタバッカじゃないの!この戦線をたった1人で抑えるなんて、自殺でもしたいのアンタ!?」

 

『うおーい、俺一応上官・・・・・・まあいいけどよ』

 

『良い訳ないでしょっ!こっちの都合も考えなさいよ!幾ら光線級を潰したからってこの戦域にはまだ何千もBETAが残ってるのよ!そんな場所にアンタを1人残して行くなんて真似っ・・・!!』

 

 

グレアム姉妹が1衛士として従軍しているのはイギリス王家としてのノブレス・オブリージュを果たす為。

 

もし自分達がこの場で殿を務め散ったとしても、それはイギリス王家としての務めを果たした立派な死として記憶されるに留まるだろう。

 

しかしゼロスの場合はどうであろうか。もし合衆国大統領の子息である彼を1人残して自分達だけ補給に向かったが為に死なせたともなれば、間違いなく最悪クラスの国際問題に発展するやも――――

 

 

『本当に1人で大丈夫なのかい?』

 

『アンタっ!?』

 

 

ユーノの問いかけに絶句したのはどっちだっただろう。

 

対するゼロスの答えは何処までも不敵且つ獰猛な笑みだった。

 

 

『俺を誰だと思ってやがる?俺を殺したきゃあの3倍は持って来いってんだ。なーにいざって時は生身で戦ってやるまでさ』

 

『戦術機に乗らない方が強いですもんね相棒』

 

『なら、お言葉に甘えさせてもらうとするよ。でも信頼はしてるけど決して油断しないようにね』

 

『わーってるっての』

 

 

彼らのやり取りにリーゼアリアとリーゼロッテは口を挿む事が出来なかった。

 

ゼロスの言葉にはやけっぱちな感情も気負いも英雄願望も含まれていない。ただ自分が出来る事を提案し実行に移す。それに対する強固な意志だけがそこにあった。

 

ユーノとリベリオンからも、ゼロスが間違いなくそれを実行しそして確実に達成するという確信と信頼しか感じられない。

 

これ以上自分達が抗議したって彼らの意思は覆らないだろう。直感的に姉妹は同時に悟る。

 

 

『んじゃさっさと補給してきてくれ。ほら行った行った。また取り囲まれる羽目になっても知らねぇぞ』

 

 

今になってようやく気付いたのだが、ゼロスの機体は兵装担架に西ドイツ軍の戦術機部隊が主に使用しているハルバード型長刀を背負っていた。

 

恐らくは撃破された西ドイツ軍の戦術機から拝借された物だろう。両手の闘劇銃を捨て機体に負けず劣らず酷使されて数え切れぬ傷とBETAの体液で酷く汚れているそれを2刀流に構える米軍機。

 

仲間達が戻ってくるまで決してここから退かぬ不退転の意思が背中から滲み出ていた。両手に剣を構えた漆黒の鎧に身を包む銀髪の男の姿をグレアム姉妹は幻視する。

 

 

『・・・・・・武運を祈ってるわ』

 

『主よ、この勇気ある者に神のご加護を』

 

 

俺は無神論者なんだけどな、と、去り際の言葉にゼロスは独りごちた。

 

 

 

 

 

 

ところで、ゼロス達に関しリーゼアリアとリーゼロッテが知らない事が幾つかある。

 

例えば魔導師もしくはそれに準ずる存在にしか用いれない念話という存在。この世界で念話を使える魔導師は現時点で3人のみ。

 

 

『(ですが相棒、貴方だって弾はもう残ってませんし、機体だってそろそろ限界なのでは?)』

 

『(だからってこの場をほったらかしにする訳にはいかねぇだろうが。機体が動かなくなってもそん時は本当に機体から降りて戦えば良いだけの話だしな。本気で全力出す訳にもいかねーけど)』

 

『(それにしてもその機体でもやっぱり相棒の操縦には耐えられませんか。こうなったら既存の機体をベースに作るのではなく1から戦術機を開発する事にしましょう)』

 

『(まだまだ俺の操縦が雑なんだって事か。まあそこまでしてくれるのはありがたいが・・・・・・もっともまずはこの状況をどうにかしないとな。っといい加減相手してやんないとな)』

 

 

BETAの波が着実に、ゼロス達が空けた穴をより高い密度で埋め尽くさんとにじり寄る。

 

 

『では最後の置き土産といきましょうか!』

 

 

両肩の鋼鉄の箱から煙の尾を引く物体が何発も飛び出す。

 

その正体はAPKWS――――簡単に言えば戦闘ヘリなどに搭載されるロケット弾に誘導機能を取り付けた小型ミサイルだ。戦術機用の多目的自立誘導弾システムのミサイルと違い、細い代わりに全長が長い。サイズと発射機が垂直発射ではなく直射型なので構造上の都合から従来の自立誘導弾システムより更に大量のミサイルを搭載する事が可能だ。

 

連続して放たれたマイクロミサイルの煙が何十条も絡み合い、迫り来る要撃級や戦車級で構成された醜悪な軍勢の頭上に降り注ぐ。

 

1発につき2kg以上の高性能爆薬が搭載されているので意外と威力も高い。直撃を食らえば全長19mを誇る要撃級でも一撃で撃砕出来るのだ。戦車級は言わずもがな、中型種の周囲に随伴する兵士級や闘士級などの小型種も弾頭の破片に切り裂かれ、爆圧にぐしゃりと押し潰されて複数が息絶える。

 

結果的には数千の中の100か200を減らした程度か。それでもこれからそのど真ん中に斬り込もうと目論むゼロスからしてみれば上々の露払い。

 

操縦席の中でゆっくりと首を回すゼロス。長時間狭い空間で同じ姿勢のまま操縦し続けたせいでガチガチに強張った首からバキボキポキと盛大な音が聞こえてきた。

 

 

『よし、んじゃあもうひと踏ん張り行くとするか』

 

 

まずそう呟いてから、3段ほど低い声で一言付け加える。

 

 

『――――Kill them all』

 

 

底が抜けそうな程両方のペダルに足を叩きつけた。猫姉妹に負けず劣らず底を突きかけのなけなしの燃料を最後の一滴まで使い果たす勢いで2対4基の跳躍ユニットを吠えさせ、最後のミサイル爆撃によって作り出された新たなBETAの穴へと機体を飛び込ませた。遺伝子操作と魔力によって二重に強化された肉体ではこの程度のGなんて遊園地のジェットコースターも同然だ。

 

二刀流に構えられた鋼鉄の巨人戦用のハルバード。<アサルト・イーグル>の両腕を横に広げ、そのまま機体の身を捩らせて風車か独楽宜しく1回転。

 

最初に振るわれたハルバードの刃が要撃級の横っ腹に深々と食い込んだ。

 

次の瞬間、あっけなく刃部分の接合部分が一瞬の鋼鉄の悲鳴と共に折れた。元の持ち主が撃破され、ゼロスに拾われてからも酷使されてついに限界を迎えたのだ。

 

 

『っていきなりかよ!?』

 

 

しまらねぇなオイ!と悪態吐きつつ機体を反転。勢いを殺さないまま残ったもう片方のハルバードで数体の要撃級の尾節を根元から切り落とす。

 

ついでにその流れで足元の小型級の集団を爪先で蹴り飛ばす。いとも容易く呆気なく戦術機の爪先のシミと化した小型種の残骸がこびりついている。

 

振り回したその脚を勢いよく下ろす。その先に戦車級が存在しているのには気づいていたが敢えて無視。ぐしゃりと機体越しに届く振動と感触。いくら戦車級が装甲車並みの体長を誇っていても数十トンもの鋼鉄の塊を一身で支えられる訳が無い。

 

その代償は視界の隅の方で踊る警告メッセージ。何度も戦車級を踏み潰してきたお陰で想定外の負担が脚部に蓄積されてきている証。

 

構うものかとゼロスは内心吐き捨てる。撃って斬るだけが殺す手段じゃないんだ。この身で1匹でも多くBETAどもの息の根を潰す手段があるというのなら躊躇いなく行使してやろう。それが戦いってもんだろうが。

 

でも俺の戦い方ってやっぱり機体に無理させ過ぎだよなもうちょい自重しよう、とも思ったりしたのはご愛嬌。戦術機に乗って最後まで戦い切るには機体の負担軽減も考慮するのが最重要だと分かっていても中々難しい。

 

当たり前の事でもあったが、気が付くと360度BETAに取り囲まれていた。と思ったらBETAの壁の一部が割れ、突撃級が巨大な攻城槌の如く突っ込んできた。機体を翻させて寸での所で回避。突撃級との間隔は3mも無かった。

 

突撃級を回避しざま、折れたハルバードの柄を一瞬で逆手に持ち替えさせると不用意に曝け出された突撃級の尻に柄を思い切り突き刺した。呆気無いぐらいに深々と突き刺さる柄。その突撃級は急遽制御を失って仲間である筈の要撃級と正面衝突した。

 

開いた側の固定式ブレードを展開する事で変則的な二刀流に切り替えて戦闘続行。斬るのではなく突く感じで機体の腕を操作する。

 

刃物を扱うというよりはむしろ素手での戦い方に近い感じだ。パンチが突き刺さるたび固定式ブレードも根元まで埋まる。刺すのではなく突くと表現した方が正しいか。下手に長物を振り回すよりよっぽどモーションが速い。

 

 

 

 

ふと、ゼロスは自分がいつの間にか笑っている事に気付いた。

 

いや違う。笑っているのは『俺』じゃない。もう1人の『ゼロス・シルバーフィールド』だ。

 

この世界の自分。愛する女も仲間もBETAに奪われて自らも生きたまま食まれた自分――――復讐者の自分。

 

魔法の世界の『俺』は呆れるほど人を殺してきたけれど、その行為自体に喜びを覚えた事は全くない。その時の身体を突き動かしていたのは激しい怒りであり、快感なんて縁とは縁遠い内容だった。

 

BETAに限っては違う。

 

幾ら殺しても罪にはならず、誰にも責められる事も無い。もう1人の『ゼロス・シルバーフィールド』が吠え立てる。全てを奪った化け物どもを殺して殺して殺しまくれ。

 

思う存分、殺し続けろ。

 

 

『ったく。楽しいねぇ全く。楽しすぎて――――狂っちまいそうだ!』

 

 

切る。斬る。Kill。

 

分割した思考の隅でチラリと索敵レーダーを確認。中心部に据えられた時期のマークを取り囲む赤い光点は全て敵を示している。あまりの数の多さにレーダー表示の大部分が赤く塗り潰されているように見えた。索敵範囲を変更してみると、他の方面から侵攻していた筈の生き残りのBETAもゼロスの元に進路変更してきたようだ。

 

 

『こ、こちらCP、北東部より侵攻中だったBETAの残存勢力が反転!そっ、そちらに向かっています!!』

 

『わぁってる!まぁだまだいけるぜクソッタレども!!』

 

 

遂にもう片方のハルバードも要撃級を唐竹割りにしたのと引き換えに折れてしまった。

 

だが武器はまだある。跳躍噴射。機体を飛びつかせた先には先程まで使っていたハルバードを超えるサイズの戦術機用の大剣が墓標の如く突き立っていた。

 

BWS-3・グレートソード。イギリス軍の正式装備である近接戦闘長刀は斬撃ではなく往年の馬上兵のような刺突を重視して設計された代物だが、そのサイズと重量なら振り回すだけでも威力は十分に違いない。

 

長剣のすぐ傍には突撃級の激突によるものであろう胸部の管制ユニット諸共大きくへしゃげたEF-2000の残骸。恐らくは猫姉妹の仲間か。ならば彼の分までこの剣にBETAの血を吸わせてやるのが何よりの弔いだった。

 

 

『悪いが借りるぞ!』

 

 

躊躇いなく引き抜き、その遠心力のまま肩の所まで持ち上げて両手で背負う形に背負う。

 

機体のパラメータチェック。既に全関節部で黄色以上の警告メッセージ。延々長物を振り回していた両腕部と無茶な機動を受け止め続けた脚部周りに至ってはとっくの昔に真っ赤だった。

 

それでもまだ機体は動く。戦い続けられる。

 

 

 

 

『C‘mooooooooooooooooon!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願いだから間に合ってっ・・・・・・!」

 

 

補給を終えて戦場へとんぼ返りする機体の中、リーゼロッテは悲痛な声を漏らした。

 

生き残っているBETA全てが内陸部から戦場の極一点へと方向を転じたという情報はとっくに彼女の元へと伝わってきている。彼女は片割れやユーノ達、その他補給を終えた生き残りの衛士達と即席部隊を編成して向かっている最中だった。

 

 

『大丈夫よロッテ。あれだけ大層な事言ってたんだから、あのバカは無事よきっと・・・』

 

「アリア、だけど」

 

 

血を分けた姉妹の言葉も今は余計に焦りを駆り立てる要素でしかない。もっとあの銀髪の男と親しいユーノやリベリオンが沈黙を保っているせいで尚更だ。

 

 

「もうすぐ見えてくる筈っ・・・!」

 

 

その呟きの通り、稜線を超えると十数分前まで自分達が居たその空間が視界に飛び込んできた。

 

数え切れないBETAの残骸と、もはやそれに埋もれる形になっている戦術機(仲間達)の亡骸。それらの間で未だ蠢く生き残りのBETA。

 

BETAの一団の中心部にて跪く形で動きを止めた1体の戦術機。まさかまさかまさかまさか―――――――

 

改良型F-15は各部に取りついた戦車級の重さに耐えかね、ゆっくりと後ろへと倒れ込んでいった。

 

 

 

 

その機体の胸部は装甲の大半が食いちぎられ、ぽっかりと管制ユニット内を外界に晒していた。

 

戦車級の1体がその醜悪な鼻先を管制ユニット内に突っ込んでもがいている。

 

 

 

 

『そんなぁ・・・・・・』

 

「嘘、嘘だよ。嘘嘘嘘嘘嘘嘘」

 

 

あの大馬鹿野郎。

 

あれだけ大見得切っておきながら結局死んでるじゃないか。

 

 

「嘘吐き・・・・・・嘘吐きぃ―――――――――っ・・・・・・・・・・!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――――誰が嘘吐きだってぇ?』

 

「えっ?」

 

 

別ウィンドウ内で拡大された改良型F-15の胸部付近で血飛沫が立った。

 

体躯の前半分を中に突っ込んでいた戦車級が不意に大きく1回だけ痙攣したかと思うと動きを止める。それから出し抜けに、戦車級に蹂躙された筈の管制ユニットの中からゼロスの姿が現れた。

 

トレードマークである銀髪のてっぺんからBETAの体液を浴び、その手には1振りの刃が握られている。

 

それは西洋の剣ではなく東洋、それも日本の代名詞の1つとも言える刀そっくりであった。但し普通の刀と違うのは、反りの無い刀身が漆黒であるという点。

 

その時機体をよじ登ってきた闘士級がゼロスの背後から飛び掛かるのがリーゼロッテの視界に移る。

 

 

「危ない後ろ!!」

 

 

振り向きざま一閃。

 

刃の閃きをリーゼロッテは追う事が出来なかった。上下真っ二つに割れて慣性に従いそのままゼロスの横を通り過ぎる闘士級の死体。

 

続けざまに機体に取りついていた他の小型種を次々と斬り倒し始めるゼロス。袈裟切り、撫で斬り、唐竹割り、突き。刃のみならず手足すらも、ゼロスにかかれば小型種程度なら一撃で沈黙させられていく。強烈な回し蹴りによって兵士級の図体が錐揉み回転した瞬間にはリーゼロッテも乾いた笑いを漏らすしかなかった。

 

ちなみに兵士級の全長は約1.2m、全高は2.3m。2~300kgは下らない筈。そんな巨体が人間の蹴り程度ですっ飛んで行く光景なんて夢としか思えない。

 

果てには戦車級すらも脚部を切り落として体勢を崩させた上に胴体部分を両断してしまう始末。胴体の直径だけでも刀の刀身の倍ぐらいあるのにどういう原理なのやら。

 

回線の向こうで随伴してきた他の国の衛士達が交わす呆然としたやり取りは猫姉妹達の内心そのものだった。

 

 

『あのヤンキー、何て野郎だ。ほぼ1人で戦況を引っくり返した上に強化外骨格も無しにBETAどもをぶった切ってやがる!』

 

『まるで戦鬼(オーガ)だ・・・・・・』

 

『そんな生易しいモノじゃない―――――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――ああいうのはな、鬼神(デーモン)っていうんだよ

 

 

 

 



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TE編9:Face to Face

 

――――――全高20mの鋼鉄の巨人が地面に足跡を刻む度軋み声を上げるフレーム、雄叫びを上げた跳躍ユニットによって蹴飛ばされたかの如く前へ前へと強烈に押し出される数十トンにも及ぶ機体。

 

山吹色に染め上げられた鉄の巨人の名は、TSF-TYPE00F<武御雷>。操縦者は篁唯依。

 

 

「何時まで逃げ回るつもりだ臆病者っ!」

 

『そんなセリフは1発でも当ててみてから言ってみやがれ!』

 

「抜かすなぁ!」

 

 

前方を疾走する逃亡者――――ユウヤの操るF-15E<ストライク・イーグル>の背中に向け突撃砲を照準・発射。

 

ユウヤ機は地面を蹴ってビルとビルの間の隙間に身を隠す。36mm砲弾は標的を捉える事なく空を切り、くっと歯噛みしつつ唯依は彼の後を追従すべく機体を操作。

 

横合いから殴りつけられるような重圧感が比喩でも何でもなく彼女の身体にのしかかった。急激な方向転換を終えて再びユウヤ機を視界に捉えた時には彼との差はまたも広がっていた。

 

このような追いつ追われつの状況が先程から延々と続いている。

 

機体性能は全体的に高性能に纏められた第2世代戦術機の傑作機であるF-15Eが相手とはいえ、生産性・整備性・操作性を犠牲に機体性能を極限まで突き詰めた第3世代機と評される<武御雷>の方が明らかに上。

 

――――でありながら何故、追いつく事が出来ないのか。

 

 

「(それは私が未熟だからだ)」

 

 

唯依の<武御雷>、そしてユウヤのF-15Eには<EX-OPS>が搭載されているが、新型OSに触れた経験はアラスカに来てから初めて触れた唯依に対しユウヤは何倍もの時間新型OSを使って機体を操ってきた。その経験の差がそのまま操縦能力の差として表れているのである。

 

機動性と運動性能は<武御雷>、それも一般衛士向けのそれとは違い主機並びに跳躍ユニットの出力が30%向上しているF型が上であっても、<EX-OPS>搭載により得た従来を遥かに超える鋭敏な操作性を未だに唯依は御しきれていなかった。

 

<EX-OPS>に慣れていない唯依の操縦はまだ無駄が多く、旧OSでは処理速度の都合上反映されなかった余分な操作が敏感に拾われてしまう場合もあれば<EX-OPS>の鋭敏さを当てにし過ぎてブレーキをかけるタイミングを失し曲がる際に予想以上に軌道が外側へと膨らんでしまう時もあった。それでも地面やビルに1度も強烈なキスを行わずに済んでいるのは、元々彼女が持ちうる高い反射神経と操縦技術の賜物である。

 

僅かな操作ミスが即機体に反映される、その度合いと頻度は旧OSの比ではない。直線では機体性能のお陰で差を埋める事が出来ているが、急な戦闘機動となるとユウヤの方のより滑らか且つ無駄の無い操作が発揮されてしまい、距離が開いてしまうのだ。

 

 

「(この機体でまた無様な真似を晒す訳にはいかない!)」

 

 

足元を突き破りそうなぐらいの勢いでペダルを蹴り、跳躍ユニット出力全開。見る見るうちにユウヤ機の背中が大きさを増す。

 

突き当たりが見えてきた。この一本道はもうすぐ終わり、必然的に曲がらなくてはならなくなる。

 

 

「これならどうだ!」

 

 

再び突撃砲が火を噴く。ここまでの追いかけっこでユウヤの機動の癖は大体だが読み取れてきていたので、予め曲がるタイミングを予測した上で弾幕を張る。

 

それはユウヤも織り込み済みだったのか、唯依の予想よりも一拍早くユウヤは機体を傾けた。大半の砲弾が空を切り……だが1発だけ、ビルの陰に消える寸前だったF-15Eに命中した。

 

当ったのは跳躍ユニットの先端部分。曲がる最中に片方の跳躍ユニットが使用不能判定を食らったせいでユウヤ機がバランスを崩す。同時に突撃砲が弾切れ。重石と成り果てた突撃砲を廃棄し、背面の兵装担架に搭載していた長刀に持ち替え更に加速。今こそ追いつくチャンスだ。

 

曲がり角を抜けると、やはりF-15Eが足を止めていた。向こうもかなりの速度を出していたので、その状態で跳躍ユニットが片肺となれば制御不能となって最悪ビルの壁面に突っ込んでいてもおかしくなかったがそこはやはり選び抜かれたトップガン、危なげなく制御し切って機体を安定させ着地してみせたようだ。

 

しかし足を止めたのは致命的。このまま撃たれるより先に叩き切る!

 

 

「はああああっ!!」

 

 

地面を思い切り蹴った上で跳躍噴射。機体は鋭敏に反応し二重に加速。瞬く間に長刀の射程内へとユウヤ機を捉え――――――

 

――――裂帛の気合を込め、唯依は一刀両断の袈裟切りを放つ。

 

 

 

 

 

 

取った、と唯依は確信した。それほどの一撃、それほどのタイミングだった。

 

そう、その筈だったのだ(・・・・・・・・)

 

 

「なん……だと……!?」

 

 

愕然と呻いた唯依の網膜に投影された画面の中では、振り下ろした長刀はユウヤ機に触れる事無く完全に空を切っていた。

 

正中線上を狙って真っ直ぐに振り下ろした筈の切っ先はしかし、ユウヤ機のすぐ横の地面を抉るに止まっている。F-15Eはその場に留まったまま一歩も動いていない。唯依の放った斬撃の軌道そのものが歪まされたのである。

 

渾身の一閃が外されたその理由を唯依が悟るのに数瞬の間が必要だった。

 

目前のF-15Eは両手に構えていた突撃砲(AMWS-21)を振り抜いた体勢で停止していた。

 

 

「(突撃砲で長刀の軌道を逸らした―――!?)」

 

 

斬撃が機体に食い込む寸前に突撃砲の銃床を刀身の側面に叩き付ける事で強制的に刃の軌道を捻じ曲げた――――操作の即応性と自由度に長けた<EX-OPS>だからこそ可能な対応。

 

まさかの不発に対応が遅れる唯依。それをユウヤが見逃す筈もなく、次の瞬間衝撃と共に唯依の全身が強烈にシェイクされた。遅れて壁にぶつかって跳ね返るボールの様に彼女を揺さぶる新たな衝撃。朦朧とする意識と視界。

 

機体チェック……頭部中破。メインカメラ損傷。予備センサーに切り替え。

 

 

 

 

再度網膜投影が映し出した光景――――視界が暗転する寸前に最後に唯依が目撃したのは、自身に向けられた突撃砲の120mm砲モジュールの発砲炎(マズルフラッシュ)であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        TE-9:Face to Face

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

「な、何だよその目は」

 

 

ユウヤがシミュレーターから出てきた途端、納得いかないという感情丸出しの視線に出迎えられた。

 

現在試験部隊の面々はシミュレーターを使って1対1での対人戦(時間制限有・管制無・それ以外の制約は無制限)を行っている真っ最中であり、1回勝敗がついたら即終了、全員分が終わり次第各対戦の映像を流して意見や問題点を全員でディスカッションしてからまた別の組み合わせで戦闘、という流れを延々繰り返していた。一応各員の設定担当としてリベリオンとイブラヒムがCP(コマンドポスト)に着いている。

 

視線の主はもちろんたった今彼に叩きのめされたばかりの唯依である。身長差ゆえ微妙に上目使いの形となっているせいで日頃よりも何だか子供っぽく見えてしまう。

 

段々と己の中で唯依に対してのイメージが当初の無機質な日本人形から遠のいて行っている気がするユウヤであった。

 

 

「今のは一体どういう事なのだ?」

 

「別に…大した事じゃありませんよ。予めコンボとして登録しておいた『突撃砲を使った近接格闘攻撃』を使っただけです」

 

「突撃砲を用いた近接格闘――――つまり突撃砲を長刀や短刀といった近接戦用兵装と同等に扱った攻撃という事か。そのようなやり方は初耳だが……」

 

「『突撃砲を手腕で装備した状態』という条件付きで発動するようモーションとコマンドを組めば誰でもやれますよ。これをやると突撃砲の内部機構がイカれる可能性がありますから多用は出来ませんけど、咄嗟の時には短刀を構えるより早いんで案外使えるもんです。対人戦でも不意をつけますし、生身に置き換えて考えれば格闘戦で銃使って敵を殴り倒すのは当たり前ですから―――――ま、これも受け売りですけど」

 

「それも彼(ゼロス)らからの受け売り、か」

 

 

一応理に叶っているかもしれないが、長刀でも短刀でも追加装甲でもなく戦術機の突撃砲で相手を殴り倒すなんて発想など並みの人間には思いつけない考えである。

 

一部にはYF-23<ブラックウィドウ>の標準装備であるXAMWS-24試作新概念突撃砲(ゼロス達の愛用武器でもある)のように格闘戦向けにバヨネットやスパイクを標準装備した突撃砲も作られてはいるが、やはり突撃砲を用いた格闘戦を実行に移す衛士など稀だと言っても過言ではない。

 

だが、唯依も『突撃砲は撃つ物』という固定概念に囚われていた事はまた否定出来ない事実である。

 

先程の様に突撃砲を廃棄して短刀に持ち替えるのが間に合わないタイミングではああした方がまだ速いのは自明の理だし、戦術機の膂力であれば突撃砲という鋼鉄の塊を振り回すだけでも十分な威力なのも結果が示している。上手くすれば要撃級程度でも殴り殺せるに違いない。

 

矢尽き刀が折れたのならば突撃砲で殴りかかればいい。ここに来て、戦い抜く事への飽くなき執念を唯依は改めて思い知らされた。

 

 

「それにしても、こちらに来てから驚かされてばかりで困ってしまいそうだ」

 

「俺はもう前の基地で慣れっこですよ。出会ってこの方アイツらに振り回されっぱなしで、俺はもう諦めました」

 

 

ユウヤは遠い目で空を仰いだ。もちろん天井に阻まれ青空なんぞ見栄やしない。

 

ゼロス達と関わってこの方、他の兵士と大乱闘を起こしてゼロスを止めに入るついでに巻き添えを食ってぶん殴られる事十数回。対人演習でゼロス達に振り回された結果、自他問わず高価な実機をぶっ壊し山程の始末書を書かされた回数9回。シミュレーター・実機・生身問わずハード過ぎる訓練で足腰が立たなくなったのは数え切れず。

 

ユウヤの心労――――プライスレス。

 

 

「いい加減慣れっこですけどね。訓練に付き合わされるようになってから腕が上がったのは事実だしこっち(アラスカ)に着てからゼロス達がやってる事もまだマシな方ですよ」

 

「あ、あれでそうなのか…」

 

 

唯依の額に冷や汗が浮かぶ。上官(しかも唯依が敬愛する巌谷中佐と同じ階級の人間が)手ずからコーヒーを振舞われそうになったり手料理を振舞われたり、挙句の果てにプライベートな買い物を共にしたりと、アラスカに訪れる前はまったく予想だにしなかった体験ばかり味わわされてばかりな記憶しか思い浮かばないのだが、あれで『まだマシ』…?

 

 

「以前から中佐達の性格はああだったのか?」

 

「前からゼロス達はああだったよ」

 

「…月並みな言葉だが、お前も苦労しているんだな」

 

「分かってくれるか……」

 

 

唯依の手が肩に置かれ、目頭が熱くなったユウヤは湧き出そうになった涙を堪えて目元を抑える。同情を示すかのように軽く肩を叩いてくれる唯依の気遣いが痛い。

 

……ところで場所を考えてみれば当たり前ではあるが、この場に居るのはもちろんユウヤと唯依の2人だけではない。

 

 

「(・∀・)ニヤニヤ」

 

「(・∀・)ニヨニヨ」

 

「ハッ!?」

 

 

邪な気配を感じて振り向けば、イイ感じに怪しい笑顔を浮かべるワカメ頭と白銀頭。

 

 

「いやぁ、仲が御宜しい様で何よりですね。ここまで手塩にかけて育ててきた甲斐があるってもんですよ」

 

「さっすがトップガン、あっという間にお姫様も撃墜成功ってか?俺も肖りたいもんだぜあっはっは!」

 

 

ヴァレリオの顔面に渾身の右ストレートをめり込ませてやりたい衝動に駆られたが、重苦しい溜息と共に胸の内から暴力衝動を吐き出す事で何とか堪える。

 

そしてリベリオン、お前は俺の母親か何かか。

 

 

「じ、ジアコーザ少尉!そちらの模擬戦はもう終わったのか!」

 

 

唯依が誤魔化す様に大音量でヴァレリオに問いかけた。もっとも滑らかな流線美を描く艶やかな頬は周知で赤く染まっていて内心の動揺を如実に周囲へ知らしめている。

 

このような反応を見せられてはやはり『不気味で無機質な日本人形』という第一印象は撤回せざるをえまい。

 

 

「(……幾ら『日本人』でもやっぱり『1人の人間』には変わりないって事か。もっと先入観だけで判断するような真似は控えてくべきだな)」

 

「俺の負けで終わっちまいましたよ。新しいOSに換えてから自分でもどんどん腕が上がっていくのが感じ取れてたんすけど、やっぱ油断は禁物っすよね~。調子乗って動き回ったせいで射ち抜かれちゃいました」

 

「貴方の相手はアリアでしたか。中々の接戦を繰り広げていましたけど最後に動きを読まれて狙撃されてしまいましたね」

 

「あのタイミングならギリギリ躱せると思ったんですけどね~。ちょっと調子に乗り過ぎちまったなぁ…」

 

「確かに新OSへの載せ替えによる操作性の向上によって機体性能を従来以上に限界まで引き出せるようになった事は大きいが、それでも衛士と機体どちらにも限界はある。己の技量の限界も見極めてみせなければそれが命取りとなりかねない。お互いまだまだ精進が足りないようだな、ジアコーザ少尉」

 

「その通りであります中尉殿――――――でしたらタカムラ中尉、夕食後本官と共に2人だけの自主訓練を具申致しますが、如何でしょうか?」

 

 

白い歯を光らせて(何故かキラーンと効果音まで聞こえた)さりげなく唯依の手を握ろうと詰め寄るヴァレリオ。

 

ユウヤは呆れの溜息を再度吐き出してから唯依の肩に手を置いて引き寄せ、ヴァレリオの魔の手から逃れさせた。

 

その際小さく唯依が「あっ」と声を漏らし、自分を引き寄せたユウヤの顔を呆けたように見つめていたのだがユウヤは気づいていない。

 

 

「止めとけよマカロニ。世間知らずの御姫様引っかけて手籠めにしようって魂胆満々じゃねぇか。しかも相手は上官だぜ?」

 

「おうおうカッコいいじゃねぇのトップガン。痺れるねぇ。それに男と女に国や階級差なんて関係ないもんなんだぜ?」

 

「……そんなありがちな考えのせいで煽りを喰らう人間も世の中存在するんだよ」

 

 

実感と憤りが複雑に混じり合った言葉に、流石のヴァレリオもこれ以上混ぜっ返す気が失せてしまう。

 

負の感情を俄かに醸し出し始めたユウヤにどう声をかけていいのか分からず、そんな自分を恨めしく思った唯依が唇を噛み締めた丁度その時、シミュレーターの中から激しい可動音の中でも聞こえるぐらいの絶叫が2ヶ所同時に響き渡った。

 

 

『負っけるかあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

 

『なっめんじゃないよおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』

 

「やっちゃえロッテー!」

 

 

接近戦が得意な前衛組同士で追いつ追われつ正面衝突、非常に白熱したぶつかり合いを繰り広げているのはタリサとリーゼロッテ。

 

一足先に模擬戦を終えたリーゼアリアは、外から姉妹に声援を送っていた。

 

対照的に静かな攻防を繰り広げているのはユーノとステラ。狙撃に長けた後衛同士、操縦の技量そのものよりも相手の動きを読み取って先に見つけて当てた方が勝ちと言うWWⅡの時代に逆戻りしたかのような戦いを静かに行っている。制限時間が近づいているのでそろそろどちらかが動きを見せる頃合いかもしれない。

 

 

「しっかし最近、シミュレーター使った演習が多くねぇか?いや別に他意はありませんけど」

 

「ジアコーザ少尉達昔からのアラスカ組は実機演習が当たり前だったでしょうから気になる気持ちは分かりますよ。ですけれどシミュレーターはシミュレーターなりに利点がありますから」

 

 

リベリオンが握り拳に1本だけ立てた親指で示した先には、ずらりと並ぶシミュレーターの中にタリサvsリーゼロッテ以上に激しく揺れ動く筐体が2台があった。その余りの激しさに何事かと近くによる気すら起きず、しかし興味を惹かれたユウヤ達先に模擬戦が終わった者達は模擬戦の内容をリアルタイムで見ようと試みる。

 

そして彼らは全く驚いた様子を見せなかったリベリオンを除いて驚愕に襲われる事になる。それぞれの驚きの理由は別々の内容だ。

 

 

『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!!』

 

『無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!!』

 

『まけないもんっ……!』

 

「こりゃ魂消たね」

 

「嘘だろ……」

 

「な、何という凄まじさ……」

 

 

オープン回線から轟いたのは真っ向勝負でぶつかり合う男性と少女の咆哮。仮想空間内で繰り広げられているのは両手に短刀を構えるゼロスのF-15Eと、両前腕部に装備したモーターブレードを展開したイーニァとクリスカが操るSu-37(複座仕様のUB型)による近接戦であった。

 

見物人(ユウヤ達)の度肝を抜いたのはその攻防の苛烈さ、展開の速さである。

 

残像すら見えそうな速さでぶつけ合う刃と刃。モーターブレードをモーターブレードたらしめる細かく回転した刃が実用一辺倒の無骨なスーパーカーボン製の折り畳み式ナイフの表面を削る時間は瞬きにも満たぬ時間。触れ合う度に火花が散り両者の装甲に触れては弾けて消える。文字通りに、火花散らす激し過ぎる攻防。

 

ゼロス機の攻撃はただ単純に速く、刺突と斬撃をありとあらゆる角度からあらゆる組み合わせで切れ目なく繰り出し続け、『紅の姉妹』機はマシンガンのような短刀による攻撃をゼロス以上のペースでもってひたすら捌き続けている。まるで全ての攻撃を先読み(・・・・・・・・・)しているかのようだ。

 

 

 

 

唯依は、富士教導隊や武家の衛士でもこうまでは出来ないであろう熾烈な激戦を続けるゼロスと『紅の姉妹』の技量に瞠目し。

 

ユウヤは、出鱈目を体現したかのような上官と互角の戦いを広げるイーニァとクリスカの評価を上方修正し。

 

ヴァレリオは、初めて見るであろう『紅の姉妹』の本気とそれに容易く付いていく米軍組の指揮官に対し感嘆の念を覚え。

 

リーゼアリアは姉妹の応援に未だ夢中。

 

 

 

 

呆気に取られる3人を我に返らせたのは冷静に観戦し続けていたリベリオンの声だった。

 

 

「ここまで相棒に付いていけるのは正直想定外でしたけど、そろそろ終わりますよ」

 

「御分かりになるのですか大尉?」

 

「ええ、そろそろ彼女達(・・・)が付いていけなくなる頃ですよ」

 

 

しばらくは互角の戦いが続いていたのだが、ほんの極僅かに少しづつではあるがF-15Eが繰り出す攻撃に対し、Su-37の反応にズレが生じ始めた。

 

未だ続く攻防はもはや長刀を主体とした近接戦に強く重きを置く日本帝国近衛軍所属であり武家の出として幼少より切磋琢磨して剣術を習得してきた唯依すらも手が届かない領域に達していたが、それでも次第にゼロス機の攻撃速度に『紅の姉妹』機の対応が間に合わなくなり出しているのが唯依でも見て取れた。

 

F-15Eが放つラッシュの連射速度がSu-37の防御を上回り、次第に短刀の切っ先がモーターブレードではなくその基部の前腕部を浅く削り、ソ連軍特有の寒冷地仕様の塗装が剥げて無機質な地金を晒した。

 

 

『よ、よくもぉっ!!』

 

『あせっちゃダメだよクリスカ!』

 

『ハッハァー!まだまだイケるぜメルツェェェェェェェル!!』

 

 

誰だよメルツェルって。ユウヤがボソリと突っ込んだが他に誰も反応する事無く、クリスカとイーニァが二人羽織で操るSu-37UBは追い込まれていく。

 

距離を取って仕切り直したくともゼロスはしつこくかつ的確に2人の後退に合わせて追撃を加えてくる為、全く差を開く事が出来ないでいる。そしてその間もゼロスの乱撃乱舞は操作ミスの1つも無く、勢いが衰える気配が見られない。

 

 

『オラァ!』

 

『――――ッ!!』

 

『クリスカ、ダメッ!』

 

 

ゼロス機が超高速の刺突を放つ。『紅の姉妹』機はそれをモーターブレードで受け止めようとし……その瞬間不自然に動きが揺らぐ。短刀を受けるのではなく後退しようとする動きを見せたが、先程までの動きとは正反対のギクシャクとした精彩を欠いた動きであった。鈍すぎる

 

何が起こったのかと唯依が疑問に思う間も与えず、ゼロスは短刀による刺突をキャンセルして次の攻撃を繰り出す。

 

短刀はフェイント、本命は――――――

 

 

 

 

 

 

 

鉄柱同士をぶつけ合ったかのような硬質の激突音。

 

振り上げられたF-15Eの主脚がSu-37の主脚間の付け根、所謂股間部分に鋼鉄の巨体が一瞬浮き上がるほどの勢いでめり込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

『なあぁっ…!?』

 

「oh……」

 

「やりやがった……」

 

 

クリスカの悲鳴とヴァレリオとユウヤの呻き。特にヴァレリオなど股間を抑えて微妙に前屈みの体勢になっていた。唯依に至っては大口を開けて固まってしまってすら居る。

 

叩き込んだF-15Eの主脚の膝関節部分よりやや下に存在する短刀や予備弾倉を格納する膝部装甲は破損しフレームにも若干ながらダメージが及んだものの、被害は相手の方が大きい。

 

何せ場所が場所である。要撃級の前腕による打撃対策や自決用爆弾(S-11)を保護する為に幾分装甲が厚めに取られているとはいってもそれは前面部に限っての事、主脚内の燃料タンクと腰部の跳躍ユニットを繋ぐ重要かつデリケートな部分に想定外の方向から叩き込まれた戦術機の『蹴り』は内部機構へ確実に被害を与えていた。

 

腰部フレームに異常。主脚の可動機構と燃料系統に損傷発生。跳躍ユニット使用不能。主脚歩行能力低下。

 

格段に動きがぎこちなくなるSu-37UB。それでもまだ終わっていないと言わんばかりに右のモーターブレードを突き出したが、どう見ても苦し紛れの反撃である。

 

ゼロスは機体を半身に開いて躱し、機体の目前をモーターブレードが通り過ぎた瞬間短刀を放棄してSu-37の右手を取った。

 

 

 

 

 

 

一瞬でクリスカとイーニァの視界が反転。

 

――――伸ばされた腕を取っての一本背負い。前代未聞、戦術機による投げ技である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「理解できたでしょう?相棒の操縦でもシミュレーターでの演習でなら実機を壊さずに済みますから重宝しているんです」

 

 

頭部・背部兵装担架・跳躍ユニット・主腕部等々、多数の破損判定を受けた上しっかりと地面に叩き付けられた衝撃も再現されて目を回したソ連組を指し示しながら笑顔でぬけぬけと言い放つリベリオンに対し、ヴァレリオと唯依は顔を引きつらせユウヤは頭を抱えながら内心同じ感想を共有する事となった。

 

 

 

 

 

………そういう問題か?と。

 

 

 

 

 

 



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TE編10:Runner/Shooter

別名:ツンデレ回(何


<2001年6月7日>

 

 

 

 

 

 

網膜投影に映し出される警告ウィンドウが規定進路からの若干の逸脱をユウヤに知らしめ、コクピットの中で彼は僅かに表情を歪ませた。

 

 

「クソッ、このじゃじゃ馬が…!」

 

 

ハイヴ内壁との間隔はまだ僅かながらの余裕があるものの―だがその『余裕』はほんの2~3m程度でしかない―太古より遥かな時間をかけて構築された鍾乳洞の様に天井や側部壁面が隆起していたりBETAが壁面に張り付いているのは当たり前である為、見逃せば機体のどこかしらが接触する羽目に陥ってしまうから少しも気は抜けない。

 

大体、今ユウヤが搭乗しているこの機体――――<不知火・弐型>に搭載されているOSは今やユウヤが慣れ親しむ<EX-OPS>ではなく旧来のキャンセル機能やコンボも搭載されていない反応速度が鈍重な代物なのだ。

 

<吹雪>でこの数週間日本製機体の慣熟訓練をこなした結果、米軍機と同等以上の成績を残せるほどの腕前に上り詰めたユウヤであっても、<吹雪>以上に滅茶苦茶な<不知火・弐型>の扱いにくさは演習を始めて以降度々ユウヤの額に冷や汗が浮かばせる程であった。

 

特にユウヤを悩ませているのは、機体特性そのものは<吹雪>寄りではあっても、各部出力が機体バランスをおかしくするほど高過ぎる点だ。主機と跳躍ユニットの出力が高過ぎるせいで日本機特有のセンサーマストや腕部ナイフシースを用いた空力制御の影響がモロに出やすく、より微細な姿勢制御が求められるようになった。

 

極めてクイックな反応を実現してくれる<EX-OPS>であれば最大限有効活用できたであろう特性も旧OSでは望むべくもないが、贅沢は言えない。

 

――――<吹雪>が興奮剤を打ったロバなら、<不知火・弐型>はジェットエンジンを搭載した軽自動車だ!

 

 

「なろぉッ…!」

 

 

天井からBETA群の落下を探知。高度を落としてBETAの落石(・・)を回避しようと試みた所でまたも警報。偽装横坑(スリーパードリフト)から更なるBETAの大群が現れ、地表とレーダーを覆い尽くす。

 

接近警報。BETAに足元が覆い尽くされた分ユウヤ機との高度差が縮まり、地表面に近づきすぎていると航法コンピュータが判断したからである。

 

本来ならこの時点で自動回避プログラムが機体の降下をキャンセルし、乗っているユウヤは下から突き上げられるような衝撃に襲われていただろうが現実にはそうはならなかった。

 

最初からユウヤは自動回避プログラムの設定を弄ってバイタルサインが危険域……気絶もしくはそれに準じた状態に搭乗者が陥った場合以外地表面に接近しても自動回避プログラムが作動しないようにしていた。

 

実はこのような設定の改変を行っている衛士は少なくなく、特にソ連・EU・日本帝国斯衛軍の前衛を担う衛士に顕著だ。BETAの軍勢に接近戦を挑む際、機体各部に備えたブレードベーンによるすれ違いざまの斬撃を伴った地表スレスレでの平面高速機動時に自動回避プログラムが一々作動しては命取りになるからである。

 

<不知火・弐型>にはSu-37やEF-2000<タイフーン>みたいな固定兵装は備えられていないが、外部からの操作で自分の操縦が勝手に捻じ曲げられるようではギリギリの所で活路が見いだせなくなってしまう――――そのような考えからユウヤは設定を操作しておいた。

 

脚部がベータに触れそうなほどスレスレの高度を維持して跳躍噴射を維持。ゾクゾクと湧き出るBETAがまるで波のように不気味かつ不規則にさざめき、そのすぐ上を通過していく<不知火・弐型>の姿はBETAの波に乗っているかのようだ。

 

局地的にBETAの数が急速に増加した事によりBETAの山が行く手を阻もうと急速に隆起していく。高度を上げて飛び越えようにも隆起と同時に天井部の偽装縦抗(スリーパー・シャフト)からも出現した大量のBETAがつらら宜しく道を塞ぐ。

 

舌打ち1つと共に視線で120mmを選択。両手腕並びに背部兵装担架に搭載した計4門の突撃砲が噴火の如く強烈な発砲炎(マズルフラッシュ)を吐き出した。

 

ハイヴ内の侵攻という設定なので、120mm砲に装填している弾種は例によってキャニスター弾。数千発の散弾がBETA製の壁に戦術機が通り抜けれるだけの大穴を一時的に拵え、早くも塞がりつつあった隙間を突破し先へと進む。

 

 

『チェックポイント3――――プラス1.74』

 

 

 

 

ステラから設定タイムに対する遅延を告げられて微妙に責められているような錯覚に陥ったユウヤは、操縦桿を握り締め直して遅れを取り戻すべく跳躍ユニットに蹴りを入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      TE-10:Runner/Shooter

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

整備パレットに降り立ったユウヤの元にヴィンセントがやって来てミネラルウォーターのパックを渡してくれたので、ユウヤは無造作に呷って程好く冷えた中身を一気に半分ほど飲み干す。軽くないGに散々苛まれた全身の筋肉がユウヤに抗議するかのようにみしみしと軋んだ。

 

 

「相変わらず調子良さそうじゃねぇか。とんとん拍子にスケジュールも消化出来てるし、これなら唯依姫もお気に召してくれるんじゃねーの?」

 

「どうだかな。とにかく俺は最大限の結果を出すまでさ」

 

「そうやって良い成績残してもスカしたフリするのもグルームレイクの頃から変わんねェなあ――――ほら、噂をすれば唯依姫のお出ましだぞ」

 

 

近付いてきた唯依にとりあえず礼儀上の敬礼を行う。どうせ遅かれ早かれデブリーフィングで話し合う予定になっていたというのに、せっかちな事だ。

 

 

「…やはりまだこの機体(不知火・弐型)の扱いに慣れていないようだな」

 

「時間の問題ですよ。けど癖は大分読み取れた。すぐにコイツの手綱を完全に握ってやります」

 

 

見栄から出てきた言葉ではない。ユウヤ自身の感覚では<不知火・弐型>を扱いこなす為のとっかかりは既に見つかっている。更に搭乗経験を積んでいけば自分の思い通りに動かせるようになる日もそう遠くは無いと己への贔屓目無しにユウヤは考えていた。

 

日本人嫌いのユウヤからしてみれば癪ではあるが、先に<不知火>系列の直系機である<吹雪>で慣熟訓練を積ませておくという唯依の考えは正しかったと言わざるをえない。

 

ゼロス達の言うツンデレ体質であるユウヤが当の唯依に向かってそう白状する日はまず訪れないだろうが。

 

 

「そうあって欲しいものだがな。<不知火・弐型>は、いやそのベースとなった壱型丙はかなり特殊な機体だ。その操縦には繊細さと大胆さがかなり高度なレベルで重要となる――――貴様に易々とそれが行えるかな?」

 

「長くは待たせませんよ。すぐに中尉のお望み通りの……いや、予想以上の結果を出してやります」

 

 

冷淡に、かつ珍しく挑発的に答える唯依を睨みつけるようにして、いっそ不敵な程の自信を込めてユウヤも言い返した。

 

僅かに不穏な気配が2人の間に漂い始めたのを敏感に察知し、先程の演習で随伴機として参加していたヴァレリオとタリサに他のメカニック達も俄かに手を止めてユウヤと唯依に注目する。

 

これってマズくね?と2人の最も傍に居たヴィンセントはすぐさま睨み合い始めた2人の仲裁に入れるように身構え、緊張でゴクリと喉を鳴らす。張りつめる空気。

 

 

 

 

 

 

――――何時かの焼き直しのように、先に顔を逸らしたのは唯依が先であった。

 

 

「だ、だが貴様の技量が高いお陰で当初の予定よりも遥かに速くスケジュールが消化されているのは事実だだ。『XFJ計画』は予想以上のペースで極めて順調に進行している。貴様の操縦能力なら自分でも言っている通り、<不知火・弐型>を見事に扱いこなせる日も遠くは無いと私も予想している!」

 

「そ、そりゃどうも…」

 

「………その、だな。きっ、貴様にはこれからも期待しているぞ!」

 

 

それだけ言い放つと唯依は回れ右してそのまま立ち去ってしまう。

 

すぐに背中を向けてしまったので彼女の顔が赤く染まっている事にユウヤが気付く事は無かった。

 

取り残されたのは唯依の背中を呆然と立ち尽くしながら見送るユウヤと何故か腰砕けになってフェンスに縋り付きながら乾いた笑みを浮かべるヴィンセント、そしてヴィンセントほどではないが脱力気味に肩を落とすその他大勢。

 

 

「……何だったんだ一体」

 

「つ、つまり唯依姫もツンデレだったっつー訳ね。なんつー似た者同士……」

 

 

 

 

真実を知らぬは言われた当人ばかりなり。

 

ついでに余談ではあるが、必死になって火照った顔を覚まそうと何度も顔を洗う唯依の姿が格納庫のトイレで目撃されたとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<同時刻:ユーコン基地南西の演習区域>

 

 

 

司令部や居住区など人が集まるユーコン基地中心部より南西方向に位置する演習区域は、他の演習区域と比べ張りぼてのダミービルの数が格段に少ないがそれには理由があった。

 

中心部より最も離れた位置に存在し、近くには宇宙往還機用の打ち上げ施設しか見当たらない南西の演習区域はその見晴らしがよく広大な地形を生かした実弾射撃用の演習場として利用されているからである。

 

そのような場所で動く人型のシルエットが2つ。漆黒の戦術機と白と灰色のモノトーンカラーの戦術機。パイロットは黒い機体がゼロス、モノトーンの機体がユーノ。

 

機体のコードネームは黒のゼロス機が<レイヴン>、モノトーンのユーノ機が<リンクス>と呼ばれている。基本的な機体構造はほぼ同一であり武装のコンセプト―近接戦向きか火力重視―とカラーリングのみが両者の違いである、まったく新しい次世代の戦術機だ。

 

2機の足元には大型トレーラーが数台停車しており、そこから約1km離れた別の地点にはストライカー装甲車をベースとした在米国連軍向けの指揮戦闘車両が停まっていた。足元のトレーラーの荷台に乗っているのは、各部が厳重に荷台に固定された突撃砲らしき新兵器が数丁。

 

今回この演習場に訪れたのは新兵器のテストを行う為であった。

 

 

「こちらアウトロー0、これより実射試験を開始するぞ」

 

『こちらアウトロー2。こっちもいつでも始めて構わないよ。こちらからのデータはちゃんと受信できてるかな?』

 

『アウトロー0(ゼロス)、2(ユーノ)。こちらCP、感度良好。そちらからのデータも仔細滞りなく受け取っていますよ。遠慮なく始めちゃって下さい』

 

「OK、手始めは基本モデルから撃ってみるか」

 

 

ゼロスが機体を操作して遠隔操作で荷台のロックを解除、突撃砲の1つを装備して構えた。

 

具体的に表現してみるならば、まず全長は日本の戦術機部隊が使用している87式支援突撃砲と同程度。戦術機の手の部分が入るグリップ部分から後ろが87式よりも短く、その分グリップ部分より先、特に砲身が長く太くなっている。砲身自体の直径は突撃砲の物より一回り以上太くなっていながら口径はより小型だ。

 

正確に言うとこの新兵器の口径は20mmと装甲車の機関砲並に小さいのだが――――

 

 

「それじゃあ試射を開始するぞ。3…2…1……」

 

 

火薬式の銃砲とは別種の連続した砲声、吐き出された超高速の砲弾が辺り一帯の空気を切り裂いた。砲口から飛び出した際の初速が高過ぎる余り大気の壁との摩擦熱によって曳光弾のような光の尾すら引きながら標的に吸い込まれていく。

 

今回標的としたのは幾重にも重ねた増加装甲や引退・解体された装甲連絡艇など。大気圏突入にも耐えられる強度を誇る耐熱パネルもそのまま外されぬまま持ってきた為、その強度は下手な追加装甲よりも頑丈だし、分厚く重ねられた追加装甲の方も120mm砲のAPFSDS弾(装弾筒付翼安定徹甲弾)すらも弾き返せるほどの強度に昇華している。

 

にもかかわらず、それらの標的は一瞬で穴開きチーズと大差無くなった。

 

着弾部周辺は酷く抉れ何十個ものトンネルが僅か20mmの砲弾によって拵えられていた。

 

 

「…やっぱ99型みたく跡形も無く、って訳にはいかないわな」

 

『当たり前ですよ。向こう(99型電磁投射砲)は120mm、こっちは20mmなんですからこれだけの威力が出せれば十分ですよ』

 

 

……日本帝国では未だ試作の域を脱せていないが、99型電磁投射砲と呼ばれる戦術機用のレールガンが存在している。

 

今ゼロスが試射した新兵器もまたレールガンの一種であった。だが99型が戦術機を超えんばかりの全長と120mmという戦車砲クラスの口径、専用の給弾用バックコンテナを含め機動力が制限されてしまうほどの重量を持ち合わせているのに比べ、このリベリオンが設計したレールガンはあらゆる意味でダウンサイジング化された代物であった。

 

動力源はレールガン本体のストック部分に内蔵されているパラジウムを動力源としたアークリアクター。これは<レイヴン><リンクス>にも大型版が搭載されており、アークリアクターから供給される膨大なエネルギーは燃料電池と推進剤の存在すら不要にする位だ。<レイヴン>と<リンクス>の跳躍ユニットはアークリアクターからのエネルギーを推進力に変換する形式となっている。

 

20mmという小口径であっても砲弾の威力は弾体重量×初速で決定されるという点からローレンツ力の働きで火薬方式よりも遥かに高速で射出する分威力は補えるし、砲身そのものにも頑丈で加熱しにくい新素材が用いられているのに加え、口径が小さいので相対的に砲身そのものの厚みが増した結果砲身の耐久性も向上した。

 

流石に99型の様な突撃級の軍勢を一斉射で消滅させれるような出鱈目な威力は獲得できなかったが、最前列の突撃級の甲殻を真正面から貫通出来るだけの威力はあるのでこの時点で従来の突撃砲とは比べ物にならない。99型の現時点での問題である耐久性・耐熱性もリベリオン謹製のレールガンは解決済みだ。

 

冷却材タンクは通常の突撃銃(アサルトライフル)の様にグリップ前方に装着されている。サイズは米軍の突撃砲(AMWS-21)のマガジンの半分。

 

弾薬用マガジンはこちらは87式突撃砲の物とよく似た細長い長方形型をしており、本体上部から銃身と水平に装填する。装弾数は3000発と増量(僅かながらマガジンの厚みが増し炸薬が必要無い分マガジン内のスペースが余分に取れる為)しているので長期戦という観点においても従来より有利だ。

 

またサイズも従来の突撃砲と比べればまだ大型ではあるが99型やMk-57中隊支援砲、長刀ほどではないのでBETAのど真ん中に突っ込んでもまだ振り回すのに支障はない。

 

そもそもゼロスやユーノの希望を受け『突撃砲と同様に近距離戦でも振り回せるレールガン』をコンセプトにリベリオンが開発した存在……いわゆる電磁突撃砲(アサルトレールガン)なのだから当然だ。

 

これならば例えハイヴに突入しても重さとサイズが仇になって身動きが取れずに喰われる、という事態も防げるだろう。もっとも威力が高いので、乱戦時は貫通した流れ弾による誤射に注意しなければなるまい。

 

 

「とはいえ普通の突撃砲よりも反動が強いから動き回りながら撃つ分にゃ注意が必要だろうな。特に空中じゃ油断すると反動でバランス崩しかねねぇ」

 

『とりあえずは1マガジン分丸々一気に撃ってみてください。計算上は全く問題ないと分かってはいますが、実際に長時間の射撃でレールガン本体と機体双方にどれだけの負荷がかかるのかデータを取っておく必要がありますので』

 

「おkおk」

 

 

言われた通り1マガジン分きっちり撃ち尽くした頃には標的群の原形は残っておらず、指揮戦闘車両の車内では機体から送られてきたデータが電磁突撃砲に全く問題が生じていない結果を示している事に対しリベリオンが満足げに笑みを浮かべた。

 

 

『次は僕の番だよ』

 

 

次はユーノが試射を行う番だ。彼の機体が装備した武器は一見たった今ゼロスが実射を行った電磁突撃砲に似ているものの、砲身と口径は一層大きさを増している上砲身を覆うバレルジャケットより更に伸びる砲身の長さが電磁突撃砲よりも延長されているので全長はこちらの方が長い。

 

 

『それじゃあ撃つね』

 

 

電磁突撃砲のそれよりも更に強烈な衝撃波が周囲を叩き、地面から巻き上がった砂がユーノ機を包んだ。ゼロスがフルオートで連射したのに対しこちらは1発ごとのセミオート射撃だった。

 

ゼロスが穴だらけにしたのと全く同じタイプの標的に大穴が生じた。容易くメートル単位の厚みを持つ標的の向こう側から飛び出した砲弾は更に飛翔を続け、たまたま直線状に在ったダミービルを半壊させてようやく止まる。

 

 

『やはり80mmともなると突撃級を纏めて射抜くにも十分な威力が出ますね』

 

『だね。だけど連射速度を遅く設定しているから流石に単独で軍団規模のBETAをまとめて一掃、っていうのは無理だろうけど』

 

「そりゃその銃もコンセプトが違うんだから当たり前だろ。向こうは120mmだぞ120mm、それを突撃砲並みの連射速度でばら撒くんだぜ?」

 

『99型はいわば重機関銃みたいなものですよ。こちらは精々突撃銃や狙撃銃程度ではありますが完成度には自信がありますよ?』

 

「大体99型の場合、『扱いが面倒な重機関銃を歩兵1人で何から何まで運用させて尚且つ敵陣の真っ只中を走り回らせる』ような運用法が取られちまってるからな。あれだけの威力とサイズならハイヴ攻略よかむしろ防衛戦とかで使った方が役立つだろ常識的に考えて」

 

『皆が皆ゼロスみたいに柔軟な思考の持ち主って訳じゃないさ。そもそもハイヴの攻略法自体『向かってくるBETAを皆殺しにしながら進むもの』って考えが一般的だったみたいだからね』

 

 

雑談を交わしながらユーノも1マガジン分の試射を終えた。新しいマガジンを装填するが、装填されている弾種は最初とは別物だ。

 

 

『次は弾種を散弾に切り替えて撃ってみるよ』

 

『では3時方向へ1000m移動し次の試射に移って下さい』

 

 

ゼロス機を伴い指示された地点に移動。並んでいたのはゼロスが撃ったような増加装甲や連絡装甲艇を用いた大型の標的ではなく、密集した戦車級や小型種を想定し直径数m程度の小型標的が何十体と狭い間隔で設置されていた。

 

ドバドバドバッ!!とこれまた壮絶ながら比較的低い連射速度で特量的な砲声が轟く。1個1個が親指大の散弾が光の尾を伴って一斉にばら撒かれる様子はまるで流星群もかくやの美しさすら感じさせる光景であったが結果は非常に凄まじく、標的の大部分が根元からごっそり粉砕されていた。

 

弾種を切り替える事で一粒(スラッグ)弾による中~遠距離間の狙撃から散弾による中~近距離での掃討戦まで即座に対応できるこの砲は多目的電磁砲(マルチレールガン)とゼロス達は呼んでいる。

 

 

『うん、悪くない。相変わらず良い出来だよ』

 

『お褒め頂き光栄です』

 

 

 

 

 

 

 

 

通信越しに笑みが交差し、試射はまだまだ続く。

 

 

 

 

 



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TE編11:ダークブルー(1)

作中の設定は小説版とマンガ版がごっちゃになっています。


――――グルームレイクよりもキツイな。

 

熱帯地方の軍事施設、グアドループ基地に対しユウヤが降り立ってから抱いた感想はそれであった。

 

ネバダの荒涼とした砂漠に囲まれた陸の孤島とも呼ぶべき土地のありとあらゆる生命から水分を奪い尽くさんばかりの乾いた熱気とは別方向の、人体から否応なく汗を滲みださせる蒸れた熱気。

 

どちらがマシかと聞かれれば、もはや慣れ親しんだ前者の方をユウヤは選ぶであろう。全身を包む湿気の強い空気が酷く不快だった。

 

『世界がビビッドカラーで出来てやがる』というヴァレリオの弁には同意できるものの、彼ほどユウヤはこの南国の環境を楽しめそうになさそうだ。

 

格納庫の日陰にて件のヴァレリオとボンヤリ戦術機発着場を眺める。殺人光線張りに強烈な直射日光の下、立ち並ぶ各国の戦術機に取りついては汗だくで作業を行っているヴィンセント達整備兵達の姿に彼らは同情と感謝の念を覚えざる負えない

 

――――視線を更に動かす。

 

『XFJ計画』関係の戦術機が並ぶ発着場よりも離れた別の格納庫の陰に、また別の戦術機が見え隠れしていた。ユウヤには見覚えのある機体だがヴァレリオにとっては全く初見の存在である。

 

 

「なあユウヤ、あっちに停まってる機体ってもしかして新型なんじゃねぇか?」

 

「ほっとけほっとけ。ありゃゼロス達が持ってきた機体だ。確かに新型だがマカロニ達が見物するにゃまだ早い(・・・・)そうだぜ」

 

「へぇ、『まだ』って事は遅かれ早かれ俺達にも乗せてもらえるって事か。そいつは楽しみだねぇ」

 

「さぁな……」

 

 

 

 

ヴァレリオと視線を合わさぬままはぐらかしながら、ユウヤは手元の既に常温まで温くなってしまったドリンクのボトルを勢いよく呷るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TE-11:ダークブルー(1)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても強化装備姿の時点でとっくに分かり切ってた事だけどよ~」

 

「何の話だ一体……」

 

 

また下らない話題だなこりゃ、と早々に悟りつつユウヤが白けた視線を向けると、ヴァレリオは下品な笑みを浮かべながらビシリと整備兵共々<不知火・弐型>に張り付いている唯依を指差した。

 

場所が場所という事で唯依も周囲の整備兵同様BDUの上を脱ぎ捨てタンクトップ姿となっている。しっかり身体のラインが浮き出る服装故にその瑞々しくも豊かなプロモーションが衆目に晒されていた。

 

タンクトップがタートルネックなのが惜しい、とにやけつつも独りごちるヴァレリオ。

 

 

「アレだよアレ。やっぱ良いトコの出だけあって食ってるもんが違うのかねぇ?同じアジア系でもタリサとは大違いだぜ」

 

「あのなぁ、アジア系はアジア系でもタカムラはジャパニーズでチョビの野郎は山岳民族だろ。全然人種が違うじゃねーか」

 

 

それからちょっとユウヤは考え込み、

 

 

「……あの育ち具合の違いがどこから来てるのかは俺も気になるけどな」

 

「ぎゃはははは!トップガンも言うじゃねぇか!」

 

「言っとくがチョビに箱の事バラすんじゃねぇぞ。マジで殺されかねない」

 

「分かってるって――――ところで『マジ』ってどういう意味だ?新手の米軍のスラングか?」

 

「『本気で』とか『本当か』って意味だな。ゼロス達がそう言ってるのが俺にも移っちまっただけさ」

 

 

彼らなら仕方ない、と納得する2人。

 

そこへ別の格納庫の方からリベリオンがやって来ると、途端にヴァレリオのテンションが急上昇した。

 

 

「いやぁ、やはり南国はネバダの砂漠とはまた違った熱さですね」

 

「いや~まったくもってその通りですね大尉!」

 

「鼻の下伸びてんぞマカロニ」

 

 

リベリオンもまた上はタンクトップ1枚という格好なのだが、唯依とは違い首まで隠れるタートルネックタイプではなく、胸元まで深く襟ぐりが開いた露出が多いタイプであり唯依やステラも遥かに超える大きさの代物が作る谷間も完全に丸見えとなっていた。膨らみに布地が引っ張られてしまうせいで腕を通す穴も大きくなってしった結果、一部ながら横乳すら見えてしまっている有様である。

 

しかもノーブラらしく先端の輪郭もかなりハッキリと浮き出てしまっているのが何とも扇情的で、これまたグルームレイクで耐性を付けていた筈のユウヤも若干ドキリとしてしまう。ヴァレリオに至っては言わずもがなだ。

 

と、おもむろにヴァレリオが非常に真剣な表情に切り替えるとユウヤが見ている前で彼女に耳打ちした。

 

 

「時に大尉殿、『例の物』はど~なっているのでありましょうか?」

 

「ふふっ、心配にならなくともしっかり準備してありますから安心して下さい。なにせ日本帝国からの直輸入品ですから。一見地味に見えても一度使用すれば、その破壊力は病み付きになる事請け合いですよ」

 

「そいつは楽しみですよ。じゃあ残りの半金は後程持っていきますんで――――大尉のお部屋に直接ね」

 

 

コロリとヴァレリオの表情の質が一転し、爽やかな笑みに切り替えると甘ったるさが滲む声で囁いた。リベリオンの耳を吐息で擽り、優しく彼女の手を取る。しかし余計な警戒心を招かないように必要以上に身体を密着させるような真似はしない。

 

シンプルかつ初歩的なテクの組み合わせではあるが、元より持ち合わせた整った顔立ちと相まって落ちなかった女は殆ど居ないヴァレリオの必殺コンボであった。

 

これでOKが出れば後はヴァレリオの計画通り朝まで男と女の実戦コース決定は確定も同然。果たして結果は――――

 

 

「フフッ」

 

「おおっ?」

 

 

間近で浮かんだリベリオンの蠱惑的な微笑に手応えありとヴァレリオは内心でガッツポーズ。

 

が、しかし。

 

 

「そうして誘惑されるのは女冥利に尽きますが御生憎様、私は身も心も…そして存在そのもの(・・・・・・)も相棒の物ですから」

 

「なん……だと……!」

 

 

ところがどっこい……!夢じゃありません……!これが現実……!!

 

 

「この後の交歓会にも遅れずに参加して下さいね。相棒達も張り切って色々と準備してくれていますから」

 

 

愕然とorz状態と化して真っ白になったヴァレリオに茶目っ気たっぷりのウインクを1つ送ってから、リベリオンはヴァレリオ達の方へと立ち去ってしまう。

 

ボンヤリと遠ざかるリベリオンの背中を目で追う――――丁度こっちを向いていた唯依と目が合った。慌てて逸らされた。何故だ。

 

一方、ヴァレリオはというとまさかの敗北がよほどショックだったのか、身体そのものが灰に置き換わったかのように何故か服諸共真っ白になってしまっていた。下手に突けばそのまま崩壊して風と共に消え去ってしまいそうなぐらいの燃え尽き具合である。

 

何だか不憫に思えてきたユウヤは慰めの言葉の1つでもかけてやろうとゆっくり手を伸ばし――――

 

 

「まぁいっか。とりあえず目の保養はさせてもらったし協力もしてもらってるんだから、必要以上の贅沢は軍人なら控えないとな」

 

「ハァ、心配して損したぜ。つか『協力』って何の話だ?」

 

「それはこの任務が進んでからのお楽しみって奴さ。いや~でも楽しみだな!明後日の撮影会じゃ水着撮影に大尉も加わるらしいし、いやあ広報任務様々じゃね~の!」

 

「……そもそも広報任務の方は例のゴタゴタを埋め合わせをするものの筈なのに、何で俺達米軍組も参加しなきゃならないんだ?」

 

「おいおい、こっち来る前にやったブリーフィングの説明、忘れたのか?それはゼロス中佐殿がアメリカ合衆国大統領殿のご子息で、お前はその部下だから――――だろ」

 

 

そもそも広報任務自体はユウヤがぼやいた通り、当初はユウヤ達がユーコン基地に赴任してきた際に首を突っ込んだ出来事……

 

『紅の姉妹』によるタリサ機撃墜未遂事件で台無しになった広報任務を穴埋めする為の今回のグアドループ基地来訪であり、東西を代表する機体以外の被写体となるのはタリサと『紅の姉妹』のみの予定であった。

 

広報任務にユウヤを含めたゼロス率いるアウトロー部隊も加わる様に命令が下ったのはグアドループに向かう直前の事である。

 

 

「アメリカの象徴である合衆国大統領の子息が率いるはBETAに故郷を奪われたヨーロッパからの元難民、加えて日本人(ジャパニーズ)の血を引く衛士も混じってるともなればまさに宣伝材料にはうってつけじゃねえか」

 

「……だろうな」

 

 

アメリカの象徴である大統領の子供が衛士として第一線を張っている、という事実だけでも『アメリカもまた対BETA戦争の為に血を流している』という点を周囲に強調するに十分な素材だ。

 

リベリオンとユーノの『ヨーロッパからの元難民』という触れ込みも合衆国内に数多く存在する難民層へのアピールには十分、そして日本人とのハーフであるユウヤの存在は冷え切った日米関係の修復への歩み寄りを示すかのようだ……広報任務にユウヤ達を加えたお偉いさん(・・・・・)の考えは大方そんな所だろう。

 

ユウヤからしてみればいい迷惑だ。誰も好き好んで日本人の血を引いてる訳ではないというのに……

 

 

「それにしても、人種からしてやっぱ暑さ慣れしてんのかねぇ彼女も」

 

「何がだ?」

 

「気づかなかったのか?大尉、全然汗掻いてなかったぞ」

 

 

ああその事かとユウヤは納得する。グルームレイク時代から見慣れていたのでもはや違和感を覚えなかったのだ。

 

 

「ネバダの頃からそうさ。昔っから野外演習で全員が汗だくになってる中1人だけ汗を一滴も流さないままケロッとした顔浮かべてたよ。まぁゼロスやユーノも似たようなもんだけどな。あいつらの体力はマジで化け物みたいなもんだからマカロニも気にしない方がいいぞ。張り合うだけ体力の無駄だっつーの」

 

「俺からしてみればお前(ユウヤ)も似たようなもんだぜ。実機訓練の度にF-15E(ストライクイーグル)や<不知火・弐型>で随伴してるこっちが付いていけないぐらい無茶な機動繰り返すくせに、機体から降りても平然としてるんだからよ。お陰でお前についていけないのが悔しくてタリサの奴も機嫌が悪くなってきてるし」

 

「こないだの演習の後吠えてたのはそのせいかよ」

 

 

演習後行きつけのバーに飲みに行った時も散々タリサから絡まれたのはそのせいか。先日酔っぱらった彼女に散々振り回された理由にようやく思い至り、余りの下らなさに思わず頭が痛くなるユウヤであった。

 

それから先程まで唯依やヴィンセントと談笑していたリベリオンの姿が消えてなくなっている事に気づき、ふと思った事が口を突く。

 

 

 

 

「……そういやゼロスとユーノは何処行ったんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フィィィィィッシュ!!!」

 

「いやあ大漁だねぇ」

 

 

人気の無い岩礁地帯にハイテンションな男の叫びが響き渡る。

 

釣竿片手に腰を下ろしたゼロスとユーノが餌付きの釣り針を海に投げ込む度、何らかの釣果がに当たるお陰で既に2人がそれぞれ持ってきた大型のクーラーボックスは魚がはみ出てしまうほど詰め込まれていた。基地の人間に情報料(缶ビールセットと釣果を使った料理の差し入れ)を払って釣りの穴場を教えてもらっただけの甲斐があるというものだ。

 

 

「けど意外だな。ユーノって結構釣り上手かったんだな」

 

「と言っても最後にやったのはまだスクライアの部族の世話になっていた頃だからかなり昔なんだけどね。大きくなっても身体がコツとか覚えてくれてて良かったよ」

 

 

よく見てみれば餌の付け方や釣った魚の口元から針を外す作業にも手慣れた様子で、釣るペースはユーノの方がゼロスよりも早い。クーラーボックス上に山と積まれた獲物の量もユーノの方が幾分多かった。

 

負けず嫌いなゼロスはこちらは魚のサイズで勝負だと言わんばかりに釣り針を水深の深い遠くの方へと投げ込む。

 

 

「釣れてますか?」

 

「おーう大漁だぜ大漁。幾らか干物にして持って帰ろうぜ」

 

「これだけあれば交歓会に参加する人達全員の分も足りると思うよ」

 

「それは重畳です。ではそろそろ私達も準備しに行きましょう。調理以外にもやる事は色々ありますからね」

 

「おkおk、それじゃあこれ巻き終わるまで待ってくれ」

 

 

何十mも投じた釣り糸を巻き取るべくリールを回しつつ、視線は海に消える釣り糸を見据えたまま会話を続ける。

 

 

「――――で、何か動きはあったのかよ」

 

「ええ、面白い具合にウジャウジャ蠢いてますよ。既に基地内から外へ非正規の回線を用いた通信を何度も傍受しています。通信先は沖合に潜む潜水艦で、そこから更に衛星回線を経てアメリカ本土へと指示を仰いでいる様ですね」

 

「相手は?」

 

「通信の内容から沖合の潜水艦の指揮官はクリストファー少佐、彼が報告を行っている本土の相手は『指導者(マスター)』と呼ばれる相手です。CIAの機密データファイルと音声照合を行った結果、キリスト教恭順派を纏め上げる指導者と判明しました」

 

「キリスト教恭順派――――ねぇ。やれやれ、宗教組織が兵隊乗せた潜水艦運用してるなんざ世も末だな」

 

 

ゼロスの嘆息。ユーノとリベリオンの苦笑。

 

 

「仕方ないよ。肥大化した宗教組織が独自の戦力を構築するのはこれまでの歴史が示してるし、何より僕らの時だってそうだ(・・・・・・・・・)っただろう(・・・・・)?」

 

「……違ぇねぇや」

 

 

最後に何の当たりも得ないままリールを巻き終えたゼロス達は立ち上がって片付けを始めながらも会話を続ける。

 

 

「恭順派は難民解放戦線(RLF)とも手を組んでいますから、国連軍の数多くを占めるBETAに占領された土地からの難民を中心にシンパの多い彼ら(RLF)ならば手を回して潜水艦の乗組員を自分達の仲間で構成する位簡単な事でしょうね。ついでながら、彼らの大半は気づいてもいないでしょうが潜水艦と艦載機の入手に関しCIAも1枚噛んでいる痕跡も僅かながら発見されました」

 

「 ま た C I A か 。……で、そいつらがこの基地(グアドループ基地)で動いてる目的は」

 

「イーニァとクリスカ。目的は2人の拉致」

 

 

一瞬だけゼロスの動きが止まった。頭を振りながらまた深い溜息を吐き出す。

 

 

お前(リベリオン)に頼んで広報任務に俺達も突っ込まれるよう指揮系統に手ぇ廻しといて正解だったぜ」

 

「どういった理由であの2人を狙っているのかはまだ詳細は不明なのでもっと突っ込んで調べてみる必要はありますが、やはり2人の出自が原因といった所かと。少なくとも今回の広報任務を立案したオルソン大尉は真っ黒ですよ。彼も潜水艦と連絡を取っています」

 

「潜水艦以外の連中の動きは」

 

「少なくとも歩兵一個小隊に不審な動きが。基地周辺のパトロールを行っている哨戒艇のスケジュールや人員にも急な変更が行われていますね」

 

 

普通の人間どころかそもそも人間ですらない(・・・・・・・)リベリオンが本領を発揮すれば、その場で機材無しに基地のコンピュータに侵入し通信ログや電子上の命令のやり取り、スケジュールの記録を一切の痕跡を残さず漁る事など自転車に乗るのと大差無い程に容易い。

 

しかし一個小隊、されど一個小隊。辺境の基地にそれだけの叛乱分子が存在している事自体由々しき問題であり、恭順派とRLFの構成や影響力の高さを認める他無い。

 

 

「ひと暴れして速攻でそいつらを潰してやりたい所だが、流石に基地の中で暴れる訳にもいかないしな……出来る限りあの2人の傍にくっついて連中が最後まで手出し出来ないよう見張ったままさっさと広報任務を終わらせて帰るのが妥当なんだろうけどよ」

 

「兵隊を集めている時点で強硬手段に打って出る可能性も低くはありませんよ。歩兵1個小隊程度で私達が負ける事は無い(・・・・・・・)でしょうけど、出来れば隠密に片付けたい所です」

 

 

――――誇張でもなんでもない。リベリオンの評価は心からの本心でもあり、純然たる事実でもある。

 

それどころかゼロスが本気になれば生身の彼相手でも戦術機一個師団ですら敵うまい。

 

 

「とにかく今は動きがあるまで放置しておくしかないだろうね。潜水艦を持ち出してきてるって事は向こうは海上ルートでイーニァとクリスカを島の外から連れ出す気なんだろうけど、どうせ気づかれないようにサーチャーを2人に張り付かせてあるんだろう?」

 

「ええもちろん。動きがあれば即座に分かります。今の所不自然な車両や船舶の出入りも見られませんし、2人の誘拐が実行されるのは明日以降かと。どうします相棒?」

 

 

しばらく黙考した後決断を下す。

 

 

「現状維持だ。向こうが動いたらイーニァとクリスカに手出しされる前にこっちで叩き潰す。対症療法になっちまうがこちらの動きもギリギリまで感づかせたくないしな」

 

「了解しました」

 

「ユーノも何時でも暴れられるように得物は手元に置いといてくれ」

 

「いつもそうしてるよ――――いい加減僕達も会場に向かうとしようか。色々な準備が待ってるからね」

 

 

ユーノも釣竿を片付けると行きよりも何倍も重さを増したクーラーボックスをヒョイと肩に提げて立ち上がった。

 

彼と同じようにゼロスもクーラーボックスを抱えてみると、未だ生きたままの鮮魚が中で暴れるのが伝わってきた。どう食べようか?シンプルに塩焼きや刺身にするのも良いかもしれないがどうせならもっと美味しく捌いてみたいものである。

 

 

 

 

先程までの不穏な会話が嘘の様に3人の足取りは軽やかであった。

 

 

 

 




ここまでがにじファンで掲載していた分です。
続きを読みたい奇特な方は感想の方にどうぞ。


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TE編12:ダークブルー(2)

何で自分の書く唯依姫はどんどんキャラ崩壊していくんだ?(汗


 

 

交歓会の会場であるビーチを目指しユウヤ達アルゴス小隊の面々が歩いていると、不意に香しい炒め物の匂いが鼻腔を擽(くすぐ)った。

 

嗅いだだけでも分かるぐらい美味そうな料理の匂いに釣られて真っ先にタリサは駆け出していき、残されたユウヤとヴァレリオとステラも自然と速足で会場へと近づいていく。

 

即席で組まれたセットを中心にテーブルやらバーベキュー用の機材が並べられた会場に辿り着いた一同は、特に美味そうな匂いの元凶を目視した途端ユウヤは脱力しヴァレリオとタリサは驚きと感心の感情が半々入り混じった表情を浮かべる事となった。

 

コテの2刀流で素早く祭りの代名詞的な鉄板料理――――焼きそばを慣れた手つきで炒めていたのはゼロスであった。エプロンを身に着け額にねじり鉢巻きを巻いたその姿はまさにテキ屋そのものであった。

 

日本の土なんて1度も踏んだ事が無いユウヤ達には日本のお祭りもテキ屋の存在も知る由もないのだが。

 

 

「へいらっしゃい!」

 

「やっぱりお前かよ…」

 

「食べるか?俺特製海鮮焼きそば。野菜は培養だけどシーフードは今日ゲットしたばかりの天然物ばかりだぜ」

 

 

いやぁ焼きそばソース手に入れるのに苦労したぜ帝国軍の連中に頼んでわざわざ日本から送って来てもらったんだからな、とイイ笑顔を浮かべて火の傍に居るせいで湧き出た額の汗を拭うゼロス。

 

何時の間に日本の連中とも仲良くなったんだよお前、と突っ込みたくなった衝動をユウヤはグッと抑え込んだ。焼きそばを作るゼロスの隣ではユーノまでなんか作っているし。

 

ちなみに一足早くゼロスの元にやって来ていたタリサはとっくの昔にゼロスから渡された海鮮焼きそばをかっ込んでいる真っ最中である。

 

 

「うーまーいーぞー!中佐おかわり!」

 

「はぐはぐはぐはぐ!」

 

「あむあむあむあむ!」

 

「喰うの早ぇよチョビ。もう少し味わって食ってやれ。でもってそこの双子は何処から現れやがった……俺にも1つくれ」

 

 

 

 

――――初めて食べる焼きそばは、ユウヤの口にも無事お気に召したと言っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TE-12:ダークブルー(2)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、スクライア中尉が作ってるのってバーベキューとはちと違うみたいですけどなんなんスか?」

 

 

ヴァレリオがヒョイと覗き込むとユーノは短めの串に小さくぶつ切りにした鶏肉を手早く刺しては焼いている所だった。

 

単なる鶏肉だけでなく輪切りにした白ネギやミンチを丸めた物も刺しては熱した金網の上に並べていっている。こちらからも肉の焼ける堪らない匂いが周囲に流れ、焼きそばを食べ終えたばかりのタリサを筆頭に他の参加者達が誘蛾灯に惹かれた羽虫の様にフラフラと寄ってくる。

 

 

「これは焼き鳥っていってね、これも日本のお祭りや酒場の屋台で人気のある食べ物なんだ」

 

「ふぅん、これが日本流のバーベキューなのね。このミンチを丸めた団子はなんていうのかしら」

 

「それはつくねっていうんだ。卵や砕いた軟骨も一緒に混ぜてあるんだよ」

 

「うんめぇうんめぇ!日本のバーベキューってこんなに美味いんだな!見直したぞユウヤ!」

 

「だから俺はアメリカ人だっつーの!」

 

「ゼロスー!私達にも1本頂戴!

 

「すまないがこっちにも1本もらえないか?」

 

「俺にもくれ!」

 

 

いつの間にか他の参加者達が小さな列を作って順番待ちをしていた。特に唯依共々はるばる帝国からやって来た日本人スタッフの割合が多かった。焼き鳥の匂いに望郷の念を懐いて誘われてきたに違いない。

 

ユーノの焼き鳥は帝国組にも好評だった。そもそも味付けからして日本風なのだから口に合うのは当たり前である。

 

 

「そういやリベリオンはどーしたんだ?」

 

「リベリオンならヴィンセントと機材の最終チェック中。それが終わり次第俺達の出番」

 

「……って事は例のアレか。いっその事軍人じゃなくて料理人か歌手にでもなればよかったんじゃないか?」

 

「あくまで趣味の範囲さ。わざわざ転職する位のめり込んでる訳じゃないしな。それにお前にも歌ってもらうからな」

 

「マジかよ……」

 

 

一瞬もったいないという思いが声に出しそうになったのを、串に刺さったつくねに勢いよくかぶりつく事でユウヤは無理矢理抑え込んだ。同時に『また付き合わされるのか』という諦めの嘆息も一緒に呑み込む。

 

照焼き風のタレを絡めてから焼き上げたつくねは、合成肉である上にユウヤの日本嫌いから来る偏見を差し引いても腹立たしいぐらいに美味かった。

 

チクショウビールが欲しい。確か向こうのテーブルにまとめて並べてあった筈――――

 

 

「ん?」

 

 

南国らしくビーチから生えたヤシの木の陰に見慣れた艶やかな長い黒髪が見え隠れしていた。

 

 

「………」

 

 

何となく悪戯心が湧いたユウヤは、焼き鳥が乗った紙皿を持ったまま唯依の死角となる位置に移動して彼女の背後に回り込む。砂を踏み締める音も交歓会の参加者達が立てる喧騒が掻き消してくれる。

 

度重なる実機やシミュレーターでの演習などで時間を共有している間にユウヤ内での唯依のイメージ、『不気味で愛想の無い日本人形』という偏見混じりの印象は大分和らいでいた。が、それでも基本彼女が四六時中張りつけているあの澄ましたツラを何とかして面白おかしく歪ませてやろうという思いをユウヤは未だに常日頃から抱き続けていたままだったので、その衝動に従い行動する事に。

 

――――ユウヤの性癖は潜在的なドSなのかもしれない。

 

 

「あのような……だがしかし……」

 

「(何ブツブツやってんだ)」

 

 

無事背後を取る事に成功。ゼロス達と付き合っている内に精神面や操縦能力だけでなく、白兵戦などの技量も―半ば否応無しに―鍛えられたお陰でこれぐらいお手の物だ。

 

 

「何1人寂しく眺めてんだタカムラ中尉」

 

「きゃっ!?」

 

 

気持ち大きめの声で唯依の肩を叩くと、予想以上に可愛らしい悲鳴を漏らしたので逆にユウヤの方が少し目を丸くしてしまった。勢い良く振り向く唯依。その顔は酒精以外の原因でやや赤い。

 

 

「なっ、にゅぁっ、ぶ、ブリッジス少尉!脅かすんじゃない!一体何だ!?」

 

「いや、タカムラ中尉が不審そうにコソコソしておりましたのでつい」

 

 

口調は一応丁寧ではあったが思い切り身も蓋もない言い分であった。しかし言い分としてはユウヤの方が正しいし唯依自身自覚もしていたので強くは反論出来ない。

 

 

「で、何故中尉はあの中に加わらないんです?」

 

 

ユウヤは焼きそばと焼き鳥を次々受け取りながらゼロスやユーノと気さくに会話している日本人勢を眺めながら問い詰める。

 

唯依を更に困らせようと口に出したのだが、それはユウヤ自身実際に感じていた疑問でもあった。

 

 

「それは………っ」

 

「は?よく聞こえなかったんですが」

 

「~~~~~っ、な、何でもない!!天然物の食材を使った焼きそばとか食べた事が無い焼き鳥などが気になっていたけど人が多くて貰いに行くのが恥ずかしかったとかそんな理由では断じてないからな!――――――って」

 

 

途中から無性に生暖かい物に切り替わったユウヤの視線にきづいてようやく自分の失言を悟る。

 

どうみても墓穴です本当にありがとうございました。

 

 

「(前にリベリオンがこういう人間について上手い表現をしてたんだが何だったっけな……?)」

 

 

黙考する事しばし。

 

 

「……そうだ、確かこういうのを『うっかり属性』って呼ぶんだったな」

 

 

焼き鳥の皿片手にポンと手を打って納得するユウヤ。それを聞いた唯依は――――

 

 

「……」

 

「オーライ落ち着いて話そう中尉。だからそのサムライソードをしまってくれ。そしてそんな代物一体どこから出した!?」

 

 

明らかに懐には収まりそうにないサイズの長物をどこからともなく取り出した唯依を、ユウヤは平身低頭して何とかかんとか抑え込む。

 

 

「とりあえず俺の焼き鳥分けてやるから落ち着け!ほら合成肉の割には中々いけるぞ!?」

 

「そ、そうか。ならありがたくいただこう」

 

 

鼻先に突き出された皿から1本手に取って唯依が口に運ぶと、つぼみが花咲いたかのように据わった目つきをしていた顔が俄かに綻んだ。

 

その顔に数秒ほどユウヤが見惚れてしまったのは墓場に持っていくまでの秘密である……もし食器が引っくり返った音が喧騒の中でもけたたましく響かなかったらまだそのまま固まっていたに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

音の出所に顔を向けてみれば睨み合うタリサとイーニァの姿。イーニァは先程まで姿が見えなかった筈だが何時の間に出席していたのだろう?

 

唯依共々しばらく様子を窺っていると2人の元まで言い争う声が届いてくる。やれせっかく気を聞かせてやったのにだのやれ肉は要らないだのやれすぐ怒鳴るのは弱い証だのやれふざけんなだのどうのこうのギャースカワースカ。

 

タリサは今にも飢えた獣のように飛び掛かりそうな雰囲気だし、イーニァの方も日頃のまるで幼児のようにボンヤリした空気が嘘のように冷たく鋭い気配を漂わせてタリサを睨んでいる。

 

 

「何をボーっとしている、あの2人を止めに行くぞ!」

 

 

食べかけの焼き鳥を放り捨てて唯依が割り込もうとしたが、ユウヤはまたも彼女の肩を掴んで逆に止めた。

 

 

「いや、その必要は無い――――」

 

 

何故なら唯依以外にも2人を止めようと無造作に近づく存在に気付いたからだ。『彼』ならば間違いなくあの2人も止める事が可能だ。

 

 

 

 

ゴゴン!!!、と芯まで響きそうな打撃音が連続した。

 

 

 

 

タリサもイーニァも揃って同じように頭を押さえてしゃがみ込んでいた。それを為したのはどういう原理か煙が立ち上る拳を構えながら拳を構えるゼロスである。

 

 

「はいそこ両成敗だ。せっかく皆集まってたのしく騒いでるって時にケンカすんなっつーの!」

 

「だ、だってコイツがせっかく親切にしてやったのに!」

 

「イーニァも悪いがタリサも悪い!好き嫌いは人それぞれだし、ちょっとした事で噛みつき過ぎだお前は。まったく小学生じゃねーんだぞ」

 

 

頭が痛いのはこっちだと言わんばかりに頭を掻き毟る。すぐさま反論しだしたタリサとは対照的にイーニァはしゃがみ込んだまま涙目でゲンコツを受けた部位を摩っていた。

 

 

「あたまいたいよう……」

 

「イーニァもいちいち人を怒らせるような言い方はしない方が良いぞ。言われた相手だけじゃなくて周りも嫌な思いをするし、そのせいでイーニァやクリスカまで辛い目に遭うかもしれないんだからな」

 

 

訓ながらゼロスもしゃがみこんでイーニァと目線を合わせつつ自分が殴った所に手を重ねる。

 

ゆっくりとした手つきで透き通るような銀髪を指で梳かしながら優しく叩かれた所を揉み解した。

 

 

「そんなのはイーニァもクリスカも嫌だろ」

 

「……クリスカがそうなるのはいや」

 

「だったら今度からはそうならないように気を付けるようにしないとな。んじゃ気を散り直して、イーニァも一緒に食べよーぜ。肉が嫌いなら俺特製の海鮮焼きそばはどーだ?肉入ってないぞ。魚は大丈夫か?」

 

「……さかなはだいじょうぶ。おにくがはいってないならたべる」

 

 

これで一件落着と相成ったが、未だ納得がいかない様子のタリサは気性の荒い猫そっくりの目つきでゼロスとイーニァを睨み続けていた。

 

 

「納得いかねー、私とアイツとで中佐の対応違うくねーか!?」

 

「対応が違うというか……イーニァへの接し方はアレね、本当に小さな子供を相手にしてるみたい」

 

「なーんだ。って事はやっぱりガキは向こうの方で私の方が大人っぽく見られてるって事か!なら仕方ないな!にゃっはっは!」

 

「大人、ねぇ?」

 

 

一転して態度を変え、胸を逸らして高笑いを始めたタリサの一部分にチラリと目を向けたヴァレリオはチラリとイーニァの方にも目を向ける

 

顔立ちや内面の幼さとは不釣り合いなぐらいには膨らんだ胸元――――日頃の訓練での強化装備姿を目撃していた時点で分かり切っていた事ではあるが、どうみても女としての成長ぶりはタリサよりイーニァの方が上であった。

 

というか、アウトロー部隊の女性衛士の中で最もバストサイズが小さいのはブッチギリでタリサだったりする。ちなみにもっとも巨乳なのはリベリオンで次点がステラ、3位は唯依とクリスカが接戦を繰り広げている、とかいった事情は余談である。

 

 

「どっちが子供なんだかねぇ」

 

「そんな事は言っちゃダメよ。気づかない方が幸せな時もあるんだから」

 

 

ステラのフォローも大概であった。

 

 

「それにしても、こんな時はあの子(イーニァ)保護者(クリスカ)が真っ先に出てくるものと思ったんだけど」

 

「イーニァのお姉ちゃんあそこに居るわよ」

 

 

南国らしくトロピカルな色彩を放つ魚の塩焼き(これもゼロス達が釣り上げた天然物)を貪りながらリーゼアリアが示した先では、険しい顔をしたクリスカが普段通りアルカイックスマイルを貼り付けたユーノと何故か睨み合っていた。

 

ユーノが立つ位置はクリスカとイーニァの中間地点、つまりクリスカの行く手を阻む位置取りだ。そもそもユーノも焼き鳥用の網を挟んでステラ達のすぐ近くに居た筈なのに何時の間に回り込んでいたのだろう?

 

よくよく観察してみればユーノに対し身構えているクリスカの額にはうっすらと汗が浮かんでいた。まるで蛇に睨まれたカエルのようではないか。

 

クリスカの警戒は海鮮バーベキュー串と焼きそばがのった皿を手にクリスカがユーノの背後からひょっこり顔を出した事でようやく解除された。

 

 

「はいこれ、ゼロスがくれたよ!クリスカもいっしょにたべよ、ねっ!」

 

「う、うん。そうね、ありがとう……」

 

 

妹の満面の笑みに毒気が削がれたのか、戸惑った様子ながらもクリスカも焼きそばの盛られた皿を受け取ると―イーニァから渡された物を放り出す訳にはいかない―静かに食事を始めるのであった。

 

 

「あれー?何かあったんすか?」

 

 

とそこに姿の見えなかったヴィンセントが新たに加わる。周囲をきょろきょろと見回しつつ調理を再開したゼロスとユーノの元へと無造作に近づいて行った。

 

 

「そこの御二方、ステージの準備できましたんでそろそろ準備お願いしまーす。あとユウヤは何処に――――」

 

「こっちだヴィンス」

 

「何だそこに居たのか。お前の分もチューンしといたからいっちょ盛大に決めてくれよ?」

 

「わーったよ」

 

 

ユウヤが唯依の元から戻ってくるのに気付くなりヴィンセントが不気味な笑みを浮かべた。

 

 

「……オイ、その顔は何だ」

 

「いやいや、相変わらず唯依姫と仲良くしてるみたいで。今のお前をレオンやシャロンにも見せてやりたいもんだよ」

 

「おいバカ止めろ。そんな真似しやがったらマジでぶん殴るからな……!」

 

 

怒気と殺気の篭った目つきでギロリと眼光を放ち出したユウヤから逃げるように顔を逸らしたヴィンセントにゼロスが労いの言葉と共に料理を渡す。

 

 

「準備と調整してくれてサンキューな。なぁ、誰かここ変わってくれねーか?焼きそばの材料はもう無いからユーノの代わりに焼き鳥の仕込み終わってる分焼いてくれるだけで良いんだけど」

 

「なら私が焼きますわ。元々バーベキューのお手伝い位はやりたいと考えていましたから」

 

「おー助かるわ。サンキューな」

 

「ふふっ、中佐は上官なんですから別に誰かに命令しても構わないんですよ?」

 

「こういう性分なんでな。元々そんな職業精神なんざ持ち合わせちゃいねーし」

 

 

問題ありげな発言を投下しつつゼロスはユーノとユウヤを引き連れて一旦その場を去っていった。

 

入れ替わりにエプロンを身に着けて鼻歌混じりにステラが残りの焼き鳥を焼き始めた。ピッタリと肢体のラインに張り付かせたエプロン姿という新婚ホヤホヤな若妻の様な華やかな色気を放ち出したステラを目で楽しみつつ、旧知の仲間達を見送ったヴィンセントは先程までユウヤと共に居た唯依の元へ向かう。

 

 

「どーもどーも、タカムラ中尉も楽しんでます?」

 

「まぁそれなりに、な。ところでブリッジス少尉や中佐達は一体何処へ――――?」

 

「そいつは見てのお楽しみって事で。すぐに分かりますよ」

 

 

ヴィンセントの言葉通りすぐにゼロス達が戻ってきた。しかし彼らが出てきた先は特設されたステージ上である。

 

スタッフの助けを借りてステージ上にドラムセットとベースとスピーカーが設置され、続いてエレキギターを肩から提げたゼロスとユウヤが現れる。ドラムにユーノ、ベースにリベリオン。

 

参加者達の注目が目立つ場所で準備を始めたゼロス達に集まりだした頃、前振りも合図もなく突然に演奏は開始された。ゆっくりとしたエレキギターの前奏を弾きながらゼロスが歌い始める。

 

だがバラード調のややのんびりとした曲調は序盤だけ。激しいドラムのリズムを合図に一転して荒々しいシャウトが会場中に轟いた。

 

 

 

 

――――それは全てを闇で覆い隠そうとする存在に反抗する者からの宣戦布告の歌。

 

 

 

 

唯依の耳朶を連打し続けるその歌は、彼女が初めて耳にする異国の歌でありながら彼女の脳髄と胸を強烈に震わせた。彼女だけでなくゼロス達と付き合いの長い米軍組以外の参加者達も初めて聞く曲だった。

 

 

「(こんな音楽、私は知らない――――)」

 

 

音楽に国境は無い、という言葉は音楽を語る上での上等文句ですらあるが、名言を示すかのようにゼロスの叫びを耳にした者達は瞬く間に揃って虜と化してしまった。

 

BETA侵攻による世界を包む窮状に文化の大半が消失・停滞したこの世界で、未だ直接BETAの脅威を受けず娯楽を発展させれるだけの余裕があるアメリカを除けば音楽もまた新たなジャンルが開拓される事は無く停滞の憂き目に遭っていた。

 

お決まりの国家を讃える軍歌や偉大な音楽家達が遺したクラシックにしか触れた事の無い者達。そんな彼らからしてみれば、ゼロス達の歌は停滞してきた者達の常識を吹き飛ばしてしまうほどのエネルギーに満ち溢れた歌だった。

 

1曲歌い終わる頃には参加者の大半がステージに集まっていた。国連軍・ソ連軍・帝国軍問わずゼロス達の歌に聞き惚れ、熱狂する。気がつけば唯依もその中に加わっていたし、イーニァまで他の参加者共々歌に合わせて飛び跳ねていた。はしゃぐ妹の隣で1人オロオロしている姉。

 

 

 

 

 

 

――――――宴は夜が更けるまで続いた。

 

 

 




ゼロスが歌った曲はFoo Fightersの『The Pretender』です。
投稿規約の問題上歌詞は書きませんでしたが、反骨精神たっぷりなゼロスにはピッタリだと思うんですよあの曲。特にサビの部分。
実はユーノにも『Thinker』歌わせたりリベリオンが『Fall』歌ったりユウヤの持ち歌がSUM41だったりとかいうネタも入れたかったんですけど、それも規約の問題上断念しました。残念。

アニメTE6話の女性キャラ勢可愛過ぎな件。


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TE編13:ダークブルー(3)

アニメ版TE6話7話と水着描写にスタッフ本気出し過ぎである。良いぞもっとやれ(何
カムチャッカ編は戦車の大砲がしっかりと高めの砲声を再現してたのに感動しました。あとラトロワ中佐ハァハァ (*'д`*)


 

 

 

――――発端はオルソン大尉が提案した東西陣営に分かれての対抗戦であった。

 

ボートレースに出る筈のイーニァが急に泣き出し、クリスカが宥めても止まらず、イーニァの代わりに唯依がクリスカとペアを組む事になり、それぞれのペアが乗った原動機無しのゴムボートが折り返し地点である小島まで大分接近した頃。

 

 

「おい、あっち(唯依とクリスカ組)何か様子がおかしくねぇか!?」

 

 

異変に気付いたユウヤはペアを組んでいたヴィンセントに戻って異常を伝えるよう告げてから海に飛び込み、唯依とクリスカが乗るボートへ向け泳ぐ。

 

荒い波を掻き分け息を荒げながらも2人のゴムボートに辿り着いた彼を出迎えたのは、意識を失っているクリスカと傍らに屈み込んで彼女の容体を調べている唯依であった。

 

 

「何があった!」

 

「分からない、急にビャーチェノワ少尉が倒れてっ…!」

 

 

唯依と協力してオールを手に元の海岸へ戻ろうと試みても、風と海流に流されちっとも前に進まない、逆にどんどん小島へ向けて吸い寄せられすらいた。

 

協議における不正対策のため救急キットは積んであっても無線機の類は与えられていない事が仇となり、詳しい状況を外部に伝える術は何1つ見当たらない。

 

そんな彼らに追い打ちをかけるかのように彼方の海から急速に暗雲が近づきつつあり、比例するかのように波風も強さを増していく。下手に身体を持ち上げようものならそのまま呷られて海の中に逆戻りさせられそうな程に波が高くなり出していた。

 

――――勢いを増す波風の音の中に不意に駆動音が聞こえた。焦りに支配されかけていた思考が不意にそれを認識し、唯依と2人ハッとなって音のした方角に顔を向けた。

 

 

「大丈夫かい?ヴィンセントから話は聞いてるよ」

 

「ユーノ!」

 

 

階級差など放り投げて、ユウヤは救援に駆け付けた仲間の名を呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TE-13:ダークブルー(3)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユウヤ達が乗るボートと同タイプの、しかし原動機付きという決定的な違いがあるゴムボートに乗ったユーノが3人の乗るボートのすぐ隣に滑り込んできた。砂漠の中のオアシスを発見した遭難者の様な気分ですぐさま現状報告。

 

 

「ロープはあるけど引っ張っていくには波が強過ぎて転覆の危険性が強すぎる。何とかこっちのボートに乗り移れないかな?」

 

「そうするしかないか」

 

 

波風が激しい最中ではそれもまた難しくはあったが、大波の最中ロープ1本だけで高速巡航するボートに振り回されるよりはまだマシ(ある程度速度を出せなければ海流に逆らい切れず前に進めない)なので、さっそく実行に移す。

 

万が一スクリューに巻き込まないよう原動機を完全に停止させてからユーノが3人の乗るボートの側面に張られているロープを握り締めて接舷し、波による船体の揺れのタイミングを読んでからまずユウヤがユーノのボートに乗り移った。

 

 

「俺がボートを押さえておくからユーノはクリスカをこっちに乗せてやってくれ」

 

「分かったよ。篁少尉、彼女をこっちに」

 

「は、はいっ!」

 

 

クリスカの両脇に腕を突っ込み真正面から抱き締める形で唯依が持ち上げる。脱力し切った身体は幾ら軍人の端くれとはいえ女の細腕には酷く重く感じられた。

 

不安定にも程がある最中、苦労しながらもクリスカをボート越しに身を乗り出して手を伸ばしてくるユーノへと渡す事に成功した。唯依の苦労が嘘のようにユーノは両腕の力だけでクリスカの身体を持ち上げ、ボートの底にそっと横たえてみせた。

 

顔の傷を差し引いても女、それも美女と見間違うほど端正な顔立ちの持ち主でありながら今彼が着込んでいるTシャツのすぐ下には極限まで引き締まったギリシャ彫刻のような鍛えられた肉体が隠れている事を、唯依はこれまでの合同訓練(何せ衛士強化装備は迷惑な程にボディラインが浮き出やすい)を経て実感していた。

 

 

「タカムラ中尉、早く乗り移れ!」

 

「いや、先にサバイバルキットをそちらへ!」

 

唯依側のゴムボートに積まれていた蛍光オレンジのバッグを更にユーノに手渡してからようやく唯依も大きく膨らんだゴムボートの縁に足を乗せた。

 

すると丁度その瞬間、大きめの波によって急に下から船体が押し上げられ唯依側のゴムボートが傾き、結果唯依の身体もユーノ側のボートの方へ前のめりになる形となり、その上縁に乗せた足を滑らせ大きくバランスを崩す。唐突過ぎて唯依は咄嗟に反応出来なかった。

 

 

「きゃあっ!」

 

「ぐおっ!?」

 

 

掬い上げられるかのように身を躍らせる羽目となった唯依は真正面からボートを接舷し続けていたユウヤに激突してしまう。濡れた素肌同士がぶつかり合う感覚。気が付くとユウヤの腕の中に唯依の柔らかく温かい肢体が収まっていた。

 

 

「動けないからとりあえず俺の上からどいてくれ……」

 

「す、すっ、すっ、すまないブリッジス少尉!ワザとでは――――」

 

「分かってるよそれぐらい。けどギリギリだったな。今の波で向こうのボートが転覆しちまった」

 

「乗り移ってる間にも大分流されてる。不本意だけど、この分だと元の浜に戻るよりあそこの島に向かって救援を待った方が安全だね」

 

 

雨粒に濡れた眼鏡越しに半ばシルエットと化した小島を見据えるユーノの意見にユウヤも同意する。他に良い選択肢も思い浮かばないし唯依もまたこの意見に肯定の頷きを返した。その顔はやや赤らんでいたが。

 

 

「そうだな、島に上陸して嵐が収まるまであそこで凌ごう!タカムラ中尉もそれで良いな!?」

 

「分かった、その意見に従おう!」

 

 

エンジン全開。強い波風が丁度進行方向に向かって流れていた為に数分と掛からず目的の島に到着する。

 

移動する間にも更に嵐は勢いを増し、空は今や墨汁を垂らしたかの様な暗雲によって完全に覆われてしまっていた。地平線の彼方から響く遠雷の爆撃音。閃光が一瞬だけユーノ達が上陸した砂浜を照らし出した。

 

ユーノとユウヤ、男手2人でロープを使い唯依とクリスカが乗ったままのゴムボートを引っ張り上げる。

 

 

「私も一緒にっ…!」

 

「中尉はクリスカを見ててくれ。ここは俺とユーノだけで大丈夫だ!」

 

 

ユウヤの言葉を証明するように2人がロープを引く度、ゴムボートは引き波とエンジン付きゴムボート+女性2人分の重量に完全に打ち勝つ形でグイグイと砂浜に引っ張り上げられた。

 

これもゼロス達と関わってから(半ば強制的に)行ってきた激しい鍛錬の賜物である。ゼロス達の生身での訓練は歩兵専門の特殊部隊より苛烈なのだ、自然とこれぐらいの体力は付かなきゃやっていけない。

 

……衛士として何か間違っている気がしないでもないが。歩兵一個分隊相手にガチの殴り合いやって勝てるぐらい強くなっていた時は思わず『何やってんだろう俺』と頭を抱えてしまったのは良い思い出だ。

 

ゼロス?彼なら一個小隊どころか一個旅団相手に勝ちかねない。生身で。

 

――――ユウヤのそんな想像が事実であると知るのは余り遠くないかもしれない。

 

 

あっさりと波打ち際よりも内陸寄りにボート諸共引っ張り上げられた唯依は驚きに目を丸くしていた。だがすぐに気を取り直してクリスカの容体を確かめる。

 

 

「容体は落ち着いているがこの天気だ、体温の低下を防ぐ為にも何処か雨風を凌げる場所を探さないと」

 

「ならあそこの崖の麓に丁度良い洞窟があったからそこに向かおう」

 

 

ユーノが提案。彼が指し示した先には確かに崖があったが、暗雲でしかも激しい雨風のせいで崖の当たりは殆どシルエットしか見えず、詳細など判別できない。

 

唯依だけでなく付き合いのの長いユウヤまでユーノの提案を疑ってしまうのも無理は無かった。

 

 

「本当にあそこに洞窟があるのですか?」

 

「これでも『眼』には自信があってね」

 

 

眼鏡の位置を直しながら、ユーノはこんな時でも変わらず笑顔を貼り付けながら擬似生体製の瞳を悪戯っぽく光らせた。

 

 

 

 

 

 

一同は砂浜沿いに広がる森に僅かに入った砂地にした草の生えた一帯を通って崖の麓を目指して歩いていた。雨に濡れた砂浜や草薮が密集した森の中間地帯に当たるその部分は砂浜や草薮のどちらよりも歩きやすく、体力の消耗や怪我などの危険を抑えられる。

 

未だ意識の戻らないクリスカはユーノが背負い、原動機無しのゴムボートに積んであったサバイバルキットを唯依が、ユウヤはユーノが乗っていたゴムボートに積んであったサバイバルキットを背負って進み続ける。またユーノはクーラーボックスも首からぶら下げていた。元々陸釣りだけに飽き足りずわざわざゴムボートを借りてまで釣りをしに沖合に出ていたのだという。

 

1番負担が大きいのは人1人背負っているユーノの筈なのだが、その足取りに疲れなど全く見受けられない。それにどちらかといえばこういった不整地を歩き慣れているような雰囲気さえ漂わせている。

 

そんなユーノを先頭に出発地点から崖までの中間地点辺りまで差し掛かった所で、トラブルが発生した。

 

 

「っく……!」

 

「おい、どうしたんだよ中尉――――っ!」

 

 

僅かな呻き声、吹き荒ぶ雨風の隙間から耳に届いたそれにユウヤが振り向くと唯依が右足を抱え動きを止めていた。

 

 

「足を痛めてたのか!?何時だ!」

 

「ボートを乗り移る時……バランスを崩した際に捻ってしまったようだ」

 

「あの時か…!」

 

 

忌々しげなユウヤの呟きは自分達を振り回す大自然に対し向けられた言葉だったのだが、自分に対し告げられたものと唯依は受け取ってしまい酷く消沈してしまった。

 

そんな唯依の姿を見せられたユウヤは、よほどの事でもない限り凛とした姿を崩そうとしない彼女が蹲ってしまうほど怪我の具合が悪いのかと彼もまた勘違いしてしまい、慌てて駆け寄る。

 

 

「大丈夫なのかい?」

 

「少し休めば大丈夫です。スクライア中尉はブリッジス少尉と共に先に行って下さい。私に構わず彼女(クリスカ)の方の優先を」

 

 

痛みを堪え毅然とそう告げたものの、ユーノとユウヤは唯依の意見に素直に従わずアイコンタクト。

 

どうする?この場に放置していくのは不味いだろうね。日頃の鍛錬とそれほど肉体を酷使していないお陰で体力的にまだ己に余裕があると判断したユウヤは決断した。

 

 

「いや、俺が運んでやる。アンタはジッとして楽にしてればいい」

 

「んなっ!?だ、だがしかし!」

 

「しかしも菓子もねーんだよ!手は空いてんだ、一々拾いに戻って来るよりこうして運んだ方が逆に手間がかからないだろうが」

 

「けどそれでは少尉の負担が大き過ぎるのでは…」

 

「大丈夫だ、問題ない。これぐらいの事でへばってちゃウチの上官達にゃついてけねーんだよ」

 

「そ、そうなのか……」

 

 

乾いた笑みを浮かべながらそんな事を言われてしまった唯依は額に雨粒以外の水滴を浮かべてから軽く溜息を漏らし、ユウヤに向けて手を伸ばした。

 

 

「なら世話にならせてもらおう。肩を借りるぞ」

 

「ちょっと待ってくれ、少し調節する必要がある」

 

 

ユウヤは唯依が背負っていた分のサバイバルキットを自分が背負っていた分と反対側、負い紐が胸の前で交差するようにたすき掛けに背負った。両手が自由になった所で唯依の元に屈み込む。

 

 

「よっと」

 

「一体何を……きゃあっ!!?」

 

 

問答無用で横抱きに持ち上げられた唯依は間抜け且つ可愛らしい悲鳴を漏らしてしまった。

 

今の唯依は完全無欠の御姫様抱っこ状態。一瞬思考停止した後再起動を果たした唯依の頭は顔面から耳に至るまで赤く染まり、突然のユウヤの暴挙に文句を言おうとしてすぐ目と鼻の先にきりっと引き締めたユウヤの顔が位置している事に気づき再び固まる。

 

背中と膝裏の固く膨れ上がった両腕の感触と意外と分厚い胸板の逞しさが無性に敏感に伝わってきた。女としての本能が否応無しに刺激されて、僅かに胸の奥がキュッとなるのを漠然と自覚しながら、年頃の美女と密着しながらも表情を変えずに前方を見つめるユウヤの横顔に唯依は僅かの間見惚れてしまった

 

……なのでユウヤもユウヤで想像以上に軽くも柔らかい唯依の肢体の感触を出来るだけ無視しようと内心いっぱいいっぱいだった事に、唯依は気付けないのであった。

 

その後唯依は洞窟に到着するまでお姫様抱っこのままユウヤ手ずから運ばれる事となり、その顔は何故か熱湯風呂から出たばかりの様に――――そして何故かユウヤも同様に真っ赤に頬を染めていたとかいなかったとか。真実は定かではない。

 

ただ一部始終を目撃したユーノは仲間達にこの時の出来事を語ってみせる度、独特のアルカイックスマイルを楽しそうに深くするのであった。

 

 

 

 

 

 

小島に辿り着いて既に数時間が経過していた。

 

なるべく風雨に曝されていない薪になりそうな枝木を集め、サバイバルキット内に在った着火剤を使って洞窟内で火を焚くとようやく風雨で冷え切った身体が温もりを取り戻していくのを唯依とユウヤは自覚した。未だクリスカの意識は戻っていない。

 

唯依とクリスカが乗っていたゴムボートに積んであった分のGPS発信機はうんともすんとも作動する様子を見せなかったものの、ユーノのゴムボートに積んであったGPS発信機は正常に作動している。嵐が通り過ぎ日が昇り次第再びゴムボートで海に繰り出し、元の浜に戻ればいい。もしくは出発するより先に救援が駆け付けてくれるだろう。食料や水も一晩過ごす分には十分なので、今の唯依達の間に然程の深刻さは漂っていなかった。

 

一心地付けた途端押し寄せてきた安堵感に思わず嘆息を漏らした唯依は、ユーノがびしょ濡れのTシャツを上に着たままである事に気づいた。ユーノの格好はユウヤの物と似たようなカーゴパンツタイプの水着にやや厚手の無地のTシャツといった格好で、下はともかく上だけでも乾かさねば体力を奪われかねない。

 

 

「スクライア中尉、その濡れた衣服も乾かすべきだ。脱いだ方が良いのでは?」

 

 

唯依の指摘にしかしユーノは首を横に振って拒否する。

 

 

「いや、僕は平気だよ。気にしないでくれて構わないさ」

 

「何言ってるんだ、ユーノも無理してないで脱いで乾かせよ、それ」

 

 

そこにユウヤも唯依の援護に加わると、こちらを見つめて無言の圧力をかけてくる2人の姿にやれやれと頭(かぶり)を振りつつ、観念したかのように苦笑しながらTシャツの裾をまくり上げた。

 

途端、息を呑む音が微かに聞こえた。発生源は唯依。気が付くと唯依は口元に手を当て、傷だらけのユーノの肉体を凝視してしまっていた。

 

彼女の視線の先にある露わにされたユーノの上半身は、大量の古傷に覆われていた。只の傷ではない、極限まで引き締められた筋肉を薄く覆う皮膚一面に爆弾の破片によって生じたあばた状の大小様々な傷痕や明らかに銃創と思しき丸型の古傷が何個も何個も刻まれていた。

 

データ上ではユーノは難民出身の衛士であるとされていたが、このような傷痕の数々はただの難民上がりの兵士が負うようなモノではないと断言できる。

 

強化装備では着色された被膜部分に傷痕が隠されてしまうので、更衣室を共有しているユウヤやヴァレリオ達はともかく唯依達女性陣は彼の傷跡に気付く事が出来なかったのだ。

 

 

 

 

――――彼は一体どのような生涯を送ってきたというのだ?

 

 

 

 

「中尉、その傷は……」

 

「何、どうって事ないさ。単なる過去の古傷だよ」

 

 

軽い口調とは裏腹に、ユーノの声色にはこれ以上触れさせないだけの何かが見え隠れしていた。ユウヤも何を言おうとしない。

 

唯依にはこれ以上問い詰める覚悟が湧いてこなかった。あそこまでの傷、どれだけの修羅場をくぐってきたのか唯依には全く想像もつかない。

 

呆然としている間に脱いだTシャツを熱気が当たり易い位置に広げたユーノは、不意に洞窟の外に顔を向けた。

 

 

「……大分収まってきたみたいだね。ちょっとボートを見てくるよ。忘れ物もしてきちゃったし」

 

「あっ……」

 

 

止める間も無くユーノが洞窟から出て行ってしまう。

 

腰を下ろしていた唯依は足首を痛めているのも忘れて彼を追いかけようと立ち上がりかけたが、ユウヤに肩を押さえられて断念させられた。

 

見てはいけない物を見てしまった錯覚に陥り、縋る子供のように不安定に揺れる唯依の瞳がユウヤを捉えた。

 

 

「ブリッジス少尉、スクライア中尉は一体――――」

 

 

だが唯依の疑問はまたも途中で途切れさせられる。

 

新たな女の呻き声がすぐ傍らで聞こえた。ハッとなって2人が注目すると、クリスカが目を開けてゆっくりと周囲を見回しつつ、緩慢な動作で身体を起こす所だった。。

 

 

「気が付いたのか、ビャーチェノワ少尉」

 

「ここは……私は……?」

 

「ゴムボートで競争やってる最中に急に意識を失ったんだとよ。嵐が来たから近くの島に上陸して嵐を凌いでる」

 

「ユウヤ…ブリッジス?貴様が何故ここに……」

 

 

何でフルネームでしかも呼び捨てなんだ?そう聞きたいのをグッと抑え、ユウヤは現在の状況とここに至るまでの詳細を唯依と共に聞かせていった。

 

 

「今はユーノがボートの様子を見に――――」

 

「ユーノ・スクライア……だと!?」

 

 

急に目を見開き表情を一変させるクリスカ。尋常ではないその反応にユウヤと唯依は疑問を抱かざるを得なかった。

 

そういえば昨夜の交歓会でもイーニァがタリサ共々鉄拳制裁付きの御叱りを受けていたにも関わらず、クリスカはユーノを前にしてまるで蛇に睨まれたカエルの様に凍り付いていたのをユウヤは思い出した。

 

もしやユーノとクリスカの間にはユウヤ達の知らない因縁でもあるというのだろうか?

 

 

「なあ、お前とユーノって一体どういう関係なんだ?どうしてユーノにだけそんなおかしな態度を取るのか、理由を教えてくれ」

 

 

率直なユウヤの問いに対し、クリスカの返答はユウヤを嘲笑うかのような――――だがその裏側に怯えの感情が見え隠れする、僅かに引き攣った笑みだった。

 

 

「何だ貴様、あの男の事に付いて何も知らないのか」

 

「んだと?」

 

 

激昂しかけたユウヤを今度は逆に唯依が彼を手で押さえ止める。

 

 

「良ければ、私にも教えてくれないか。ビャーチェノワ少尉はスクライア中尉について私達の知らない一体何を知っているのだ?」

 

「…………あの男の中にあるのは、闇と死だ」

 

 

少しづつクリスカは白状していく。

 

 

「たくさんの血、たくさんの死――――あの男(ユーノ)の中には大量の『死』と深過ぎて引きずり込まれてしまいそうな程の『闇』しか見えなかった……!!」

 

「何を言ってるんだお前……」

 

「……教えて欲しいのはこちらの方だ、ユウヤ・ブリッジス」

 

 

 

 

あの男は――――あいつらは一体何者(・・・・・・・・・)なんだ?(・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、小島の海岸。

 

 

「こちらハミングバード、イレギュラー(スクライア)を発見。単独の様だ」

 

『…マザーシップよりハミングバード。排除して構わん。死体は誰にも見つからないよう適切に処理しろ。以上』

 

 

ボートが係留されている砂浜近くの森の中に、沖合の海底に潜む潜水艦からSDV(特殊作戦用小型潜水艇)を用いて嵐の海を乗り越え上陸を果たした武装した男達が潜んでいた。

 

潜水艇の定員上たった4人の小規模なチームに過ぎないが、この小島に辿り着いた目標はどれも水着姿で武器の類など全く持ち合わせていないという情報なので然程脅威ではあるまい。むしろ決して証拠を残さず見つからない事により重きを置いて行動していた。

 

彼らが見つめる先には乗ってきたゴムボートに上半身を突っ込み、何かを探している様子のユーノの姿があった。男達がゴムボートの綱を解いて島からの脱出手段を奪おうとしていた丁度その時、ユーノがやって来たので森の中に隠れたのである。

 

幸いにも足跡の大半は打ち寄せる波や雨粒は大分減ったものの未だ強く吹き荒ぶ風によって散らされたのでユーノが気付いた様子は見られない。

 

 

 

 

――――現実には上陸当初から島中にばらまかれていた不可視化されたサーチャーが男達の姿を鮮明に捉え続けていたのだが、『魔法』という存在を与り知らぬ男達に気付けと言うのは酷な話だ。

 

 

 

 

ユーノの背中に消音器(サイレンサー)を取りつけたアサルトライフルの狙いを付けようとした仲間をリーダー格の男が制止する。

 

 

「急所が狙えないし死体に無駄な痕跡を残さない方が良いだろう。静かに忍び寄って素手で仕留めろ」

 

「了解」

 

 

忍び寄る足音は強い波風の音が掻き消してくれる。ナイフすら抜かず男は森から抜け出ると少しづつユーノの背中へとにじり寄っていく。

 

幾ら鍛えているとはいえ相手は衛士、元々人間やBETA相手に生身で戦う事を強いられる歩兵部隊の一員だった男はたかが衛士1人の始末ぐらい簡単な事だと思いつつ、優男の首を捻じり折れるまで残り3mの距離に近づく事に成功した。

 

後は一気に襲い掛かってその細い首に両腕を回せば良いだけの話――――

 

 

 

 

気が付くと銃口を真正面から覗きこんでいた。

 

 

 

 

「えっ」

 

 

最期に見たのはサイレンサー付のファイブセブン自動拳銃を自分に突き付ける優男の笑顔。

 

大部分が抑制された銃声と共に眉間に穴が生じ、後頭部から弾丸と共に中身の破片が飛び出していく。

 

身を起こすと同時に振り返りながら銃を構えたユーノは『仲間が殺された』と男達が理解し1人目の死体が崩れ落ちるよりも早く森に向けて片手で連射。一見無造作に放たれた弾丸はしかし的確に森の中に隠れていた男達の急所を撃ち抜いた。

 

 

「ばか、な」

 

 

それが隊長の遺言となった。

 

 

「殺しの年季が違うんだよ」

 

 

言い返す様にユーノもそう呟いてから後始末を始めた。

 

死体は装備や無線機ごと転移魔法で遥か彼方の海上に投棄すればいいだけの話だ。血痕も雨風が洗い流してくれる。

 

 

 

 

 




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TE編14:ダークブルー(4)

今度はクリスカのターン。
クリスカが微妙にちょろインキャラになってるかもしれませんがユウヤも一応主人公なんだから恋愛原子核持ちって事でもいいよね!?(何


 

 

ユーノが自分達以外の島への潜入者を排除したのと同じ頃―――――

 

 

 

 

南国の海を一変させた嵐はグアドループ基地をも襲撃していた。

 

空を暗く染め建物に叩き付けられる強烈な雨風に対する被害を最小限に防ぐ為、全ての演習や屋外での任務は中止となりほぼ全ての人員が屋内から勝手に出ないよう厳命され閉じ込められている。

 

唯一の例外は基地を守る警備兵であり、最悪のタイミングで巡回を命じられた彼らは揃って自らの不運と全身を嬲る気まぐれな悪天候に対し悪態を吐いていた。

 

 

 

 

故に、警備兵以外にこんな状況で好き好んで雨風を凌げる場所から抜け出るような輩など存在しない――――筈だった。

 

 

 

 

「急げ、また巡回の兵が戻ってくるまでに目標を確保するんだ!」

 

 

一寸先をも覆い隠そうとする暴風雨吹き荒れる屋外を進む数名の男達。

 

雨脚が強烈過ぎて殆ど役に立っていないレインコートの下には完全武装の戦闘服を身に纏っている。装備は全て国連軍のそれであり、またその中身……装備を身に着けている男達も所属自体はれっきとした国連軍の所属であった。

 

ただ忠誠を誓っている相手が違うだけだ。

 

 

「島の連中も別働隊が確保に動いてる。両方とも確保出来なければ意味がないんだ、失敗しようものならクリストファー少佐に何をされるか分かったもんじゃないぞ」

 

 

足音も自分達の痕跡もこの豪雨が全て洗い流し、覆い隠してくれる。

 

その点でいえばこの天気はありがたかった。雨のせいで警備兵に視認される可能性も大分低くなってはいるが、それはこちらも同じ条件だ。なるべく迅速に任務を完了しなければならない。

 

 

「警戒しろ。そろそろソ連軍の警備区域に入るぞ」

 

 

リーダー格の男が警告しながらも先頭に立って足を進めていた、その時である。

 

バキリ、と生木が折れたような音が雨粒と強風の大合唱の中でもしっかりと男の耳に届いた。誰かが不用意に踏み折ったのか、忌々しげに男は後ろに付いて来ている仲間の元へと振り返る。

 

ヘルメットの上にフードを被った仲間の後頭部が見えた。ふと違和感を覚え、一拍置いてその理由を悟る。

 

――――首から下は正面を向いていた。仲間の頭部だけが180度真後ろを剥いていたのだ。生木が折れたような音は仲間の頸椎が強制的に捻り折られた音。頭だけ前後逆を剥いた仲間の死体が、糸の切れたマリオネットの様に力無く水溜りの中へと崩れ落ちる。

 

 

「何――――」

 

 

続けて他の仲間達の頸椎も悉く粉砕されていった。奇妙なのは曲がりなりにも心身を鍛えられてきた屈強な軍人である彼らの命を刈り取っていく存在の正体がまるっきり不明な事である。見えない手によって(・・・・・・・・・)仲間の命が奪われていく。まさに悪夢のような光景。

 

 

「な、な、な……!?」

 

 

正体不明の死神に対する本能的な恐怖心から男は腕の中のブルパップ式アサルトライフルを持ち上げた。縦坑にはサイレンサーがねじ込んであるが、流れ弾が人の居る建物に飛び込めば騒ぎは避けられない。

 

男の頭からそんなリスクなどとうに吹き飛んでいた。恐怖に駆られるまま引き金を指をかけた。

 

不意に男の頭が見えない何かに抱え込まれた。まるで鋼鉄の万力そのものに締め付けられているような感触。

 

それが男の最期の記憶だった。頭蓋骨ごと男の頭が直角に倒れると雷に打たれたかのように1回だけ大きくビクン!と身体を跳ねさせ、すぐさま男の肉体は全ての生命活動を終えた。

 

 

 

 

 

 

数秒後、全ての不審者の排除を終えたと確認したゼロスはデバイスモードのリベリオンに透明化用の幻術魔法を解除させた。

 

髑髏を形取ったトレードマークの鉄仮面の下で小さく囁く。

 

 

「……Good night」

 

 

敵対者には永久の眠りを。それが彼ら異界からの無法者(アウトロー)の鉄則。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TE-14:ダークブルー(4)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユーノが洞窟に戻ってきた。

 

出て行く時には手ぶらだったのだが、戻ってきた彼は肩からクーラーボックスを、そして手には釣竿を持っていた。何でも元々釣りをしに海を出て行ったという話なのでユウヤも唯依も特に違和感は覚えなかった。

 

問題はクリスカである。ユーノの姿が再び洞窟に現れるなり目に見えるぐらい大きく震え、少しでも彼から距離を取ろうと後ずさりするなどといったあからさまな反応を見せる彼女を、ユーノはといえばやはり薄笑いを浮かべ続けるだけで何も言わない。

 

そんな反応が、クリスカにとってもまた彼女からユーノの本質らしきモノを教えられたユウヤと唯依にとってもいっそ不気味であった。

 

自然、彼らの間には険悪とまではいかないが少々不穏な気配が漂っている。

 

そんな中、ボンヤリと小さく爆ぜる焚火越しにユーノを密かに見つめていたユウヤは思考を巡らせる。

 

 

「(そういえばユーノ……いや、コイツだけじゃない。ゼロス達が軍に入る以前の過去について、俺は何も知らない)」

 

 

本当はユーノが単なるBETAに国を追われただけの難民上がりでない事はユウヤも昔から分かっていた。幾ら軍人とはいえ銃創や爆弾による負傷の名残を肉体に刻み付けた人間など、表向き宇宙からの侵略者としか戦争をしていないこの世界では極めて珍しい存在なのだから。

 

ゼロスもまたそう。現合衆国大統領の1人息子にして、大規模侵攻を受けた日本の地で生死を彷徨う重傷を負いながらも所属部隊の中でただ1人生還してみせた猛者――――以上。入隊以前の話を彼の口から聞かされた事はない。

 

リベリオンは更に輪をかけて謎の存在で、どうやってあれだけの知識と技術を蓄えどういった経緯でユーノと共にゼロスに拾われたのかは全く謎である。

 

彼らの繋がりの深さは単に拾った拾われたという関係からは程遠い。まさに何年にも渡って肩を並べて戦い続けてきた古強者の戦友同士のような、強固な信頼関係がハッキリと透けて見える。きっと彼らはユウヤには与り知らない大きな秘密を共有しているに違いなかった。

 

白状してしまうと、そんな彼らの信頼関係を度々見せられてきたユウヤは疎外感に襲われる事が度々あった。

 

 

「(でもコイツら(ゼロス達)は他の奴らとは違う)」

 

 

そう、日本人の血を引いているからといって一々その事を引き合いに出したりもしないし、蔑みもしない。

 

しょっちゅう振り回されはするがそこに悪感情など決して含まれてはおらず、馬鹿をやったり無理無茶無謀を繰り広げつつ目標に向かって突き進むだけの……迫害の対象である半日本人(ハーフジャパニーズ)ではなく、ヴィンセントの様に1人の人間として扱い、そして信頼してくれる大切な仲間なのだ。

 

少なくとも今はそれだけで十分だった。興味が無いと言えば嘘になるが、ゼロス達の過去を必要以上に探ろうとも思ってはいなかった。

 

誰だって痛くはない腹を探られたくはないだろうし――――勘ではあるが、秘密は持っていても騙してはいないだろうとユウヤは半ば確信していた。

 

 

「(……つっても、コイツら(唯依とクリスカ)や他の連中がどう思ってるかはまた別問題だがな)」

 

 

2人の美女もまた焚火を挟んで頻りにユーノへと視線を投じていた。果たして当のユーノはそれに気づいているのか、変わらぬ薄笑いを浮かべた表情からは全く読み取れない。

 

こういう人間関係の調整はヴィンセントが適任だろうに、とこのような状況に投げ込まれた自分の不運を声に出さずユウヤは嘆いた。

 

 

 

 

 

 

 

唐突にそれなりに大きめの音量の腹の音が洞窟内に響いた。

 

 

「そういえば腹が減ってきたな。この島に上陸して一体どれだけ経ったんだ…?」

 

「フン、軟弱な」

 

 

2度目の腹の音。今度はきゅう、と可愛らしい音色で、一同の視線が発生源である銀髪の少女へと注がれた。

 

特にたった今なじったばかりのユウヤから生温かい視線を送られてしまったクリスカは、白磁の様な肌を僅かに手に染めて彼から視線を逸らす。

 

 

「…無理すんな」

 

「クッ、そのような目で見るんじゃない!」

 

「だったら釣ってきた魚が残ってるけど食べないかい?サバイバルキットの保存食は一応節約しておいた方が良いし、放っておいても痛むだけだからね」

 

 

ユーノの提案でクーラーボックス内の鮮魚を調理する事に。といっても実際にはサバイバルキットに同封されていた護身用ナイフを使って腸を抜き鱗を取り除き、薪を細く削った串に刺して焚火で炙るだけのシンプルな焼き魚だ。

 

 

「ほら、食べろよ」

 

「………」

 

 

またもプイ、と顔を背ける。ユウヤが差し出した焼き魚をクリスカは受け取ろうとしない。

 

 

「腹減ってんだろうが。維持張ってないで食べとけよ」

 

「……低俗な資本主義者からの施しなど受けん」

 

「いやそれとこれとは関係ないだろうが!?」

 

「ふん…!」

 

 

ユウヤの怒声に更に意気地になったのか、決してクリスカは視線を合わせようとしなかった。交歓会でのタリサとイーニァの口論を髣髴とさせるやり取りだ。

 

そんな光景を見せつけられた唯依は頭痛を堪えるように額を押さえながら、仲裁に入る。正確にはユウヤ側に立ってこう告げただけだ。

 

 

「これは命令だビャーチェノワ少尉。食べられる内に食べておくのも軍人として重要な事だ」

 

「タカムラ中尉の言う通りだ。えーっと、確かこういう時は……そう、『腹が減っては戦は出来ない』だったよな?」

 

「はらがへっては?どういう意味だ?何かの諺の様だが」

 

「しっかりと食べておかないと、いざという時動きたくても動けないって意味さ。出来たら食べておいた方が良いと僕も思ってるよ。毒が入ってる訳でもないしね」

 

「……命令というのならば仕方ない

 

 

上官2人からの追撃に渋々といった体で受け取ると小さく焼けた身にかぶりついて食べ始めた。小動物を連想させる食べ方で意外と可愛らしい。

 

無駄に心労が嵩んだユウヤは小さく溜息を漏らした。それから何とも言えない視線を感じた気がして顔を動かしてみると、微妙に口元を緩めた唯依の顔が炎の向こう側に在った。

 

 

「どうしたってんだ一体」

 

「き、気にしないでくれ」

 

 

日本嫌いなユウヤがどういう訳か日本の諺を知っていて使ってくれた(尤も海外でも似たような格言が存在しているのだが)、些細な事かもしれないがそれが無性に嬉しかった――――等と素直に白状できるほど唯依は天真爛漫ではないのが悲しい所である。

 

 

「大分風が止んできましたね」

 

「うん、この分だと陽が上る頃にはまたボートで出発しても大丈夫なくらいには海も落ち着いているだろうね。今日中にはみんなの元に自力で戻れそうだ」

 

「海……か……」

 

「おい、大丈夫か?また顔色悪くなってきてるぞ。昨日もぶっ倒れたんだからあんまり無理すんなよ」

 

 

洞窟の広さと配置上近くに居るせいかクリスカの異変にユウヤは目ざとく気付く。そして唯依もまた。

 

そういえば、と唯依は昨日の出来事を思い出す。クリスカだけでなくイーニァも激しい動揺を見せるようになったのはボート競走で沖合に出る事が決定してからだった筈だ。

 

もしやと思い問いかける。

 

 

「ビャーチェノワ少尉は――――海が苦手なのか?」

 

 

途端、クリスカが大きく身体を震わせて動揺を見せる。ユウヤと唯依も日頃冷徹然と振る舞うクリスカが初めて見せる恐怖に怯える幼子のような雰囲気に面食らってしまった。

 

 

「……ああ………ああそうだ。私が海が怖いんだ。私もイーニァも海を見るのが初めてで……」

 

「初めてってお前、もしかしてユーコンから外に出た事が無いのか?」

 

「いや、そういう訳ではない。それに見るだけなら問題は無いんだ。だけどこんなに近くで目にするのは初めてで、沖に出た途端あんなに巨大で深い水の塊に引きずり込まれそうなそんな恐怖に襲われてっ……!」

 

 

海のど真ん中で意識を失った理由と怯えの理由を吐露されたユウヤがまず抱いたのは、『意外』という名の驚きの感情だった。

 

ユウヤにもクリスカの気持ちは理解できた。彼もまた世界屈指の大渓谷の崖っぷちに立った時や、初めて戦術機で高空に舞った際などに似たような錯覚を味わった事がある。

 

広大な大自然に対する己の小ささと言いようの無い孤独感。ユウヤが、そしてクリスカが感じた感覚を具体的に説明する事は極めて難しい。千遍他人から聞かされても、あの瞬間の感覚だけは直接体感しなければ真に理解する事は出来ないだろうとユウヤは思っている。

 

ただユウヤが驚いたのは別の理由だ。

 

あの共産主義流の愛国心の象徴のようなクリスカが―唯依が日本人形ならばクリスカは氷を削って作り上げた女神像だ―まさか自分と同じような感情を覚えるとは!

 

 

「何だその目は、ユウヤ・ブリッジス。何が可笑しい!?私の無様な姿を嘲笑っているとでもいうのか!!」

 

 

いきなり目尻を吊り上げて噛みついてきたので戸惑ったが、顔に手を当ててみてユウヤはようやく自分が僅かに口元を綻ばせていたのを実感した。

 

はぐらかすのは逆効果臭そうなで正直に白状する。

 

 

「嘲笑ってなんかいやしないさ。ただ意外だっただけでな」

 

「何が意外だというのだ……」

 

「お前さ、事ある毎に周りで噛みついてばっかりだろ。同じソ連軍の仲間相手でも固っ苦しく肩肘張り続けてるみたいだしな。そうやって皆に壁作ってばかりだったから、むしろそんな感じで弱みを曝け出してるのが意外だったというか」

 

「…っ!」

 

 

顔を更に赤くして今にも掴みかかりそうな剣幕に顔を歪めるのを見てむしろこちらの方かマズったか!?とユウヤは冷や汗を浮かべた。慌てて弁解する。

 

 

「べ、別にそれ自体が悪い事とは俺は思っちゃいないぞ!?」

 

「何だと?こんな私の無様な姿など、偉大なる国家への裏切り以外の何物でもないではないか!」

 

「だからそうじゃなくて!俺が言いたいのはな、そうやって少しは俺達にも弱みを見せてくれた方が良いって言いたいんだ!」

 

 

怒りの矛先を逸らそうと必死なせいか勝手に口が動き出す。

 

 

「……幾ら元の所属が違っても、今の俺達は仲間同士なんだ。俺も人の事言える立場じゃないが、これから先肩を並べて戦っていく事になるんだったらそんな必要以上に肩肘張ってばかりじゃ不和の元になりかねないし―実際そうなってるしな―逆に素直に弱みとか曝け出してくれた方がこちらもフォローしやすいし、何よりそっちの方がまだ人間味があってとっつきやすいと俺は思ってる」

 

 

ああクソ、何ガラでもないこっぱずかしい事言ってるんだ俺は。段々と恥ずかしくなってきてお声が大きくなるのを抑えきれなかった。

 

 

「とにかく俺が言いたいのはだ!」

 

「……っ」

 

「今の俺達は仲間なんだ、だからもっと俺達を頼って背中を預けたっていいんだ!今だってこうして俺も、ユーノも、タカムラ中尉だって居る。お前も、イーニァも、お互い2人きりしか仲間が居ないって訳じゃねーんだよ」

 

「………」

 

「勝手に孤高気取って孤立するよりは、仏頂面の仮面なんか捨てて仲間とバカやる方がずっと楽だし、今まで見えなかった事も見えるようになると俺は思ってる。その方がイーニァの為にもなるかもしれないしな」

 

 

そんな甘言に惑わされるか――――そう言ってやりたかった。

 

にもかかわらず、クリスカの口は動いてくれなかった。今のユウヤの言葉には脊髄反射的な反論を抑え込むだけの重み篭っていたからだ。当たり前だ、今ユウヤが放った言葉はかつてグルームレイクで同じように孤立し、ゼロス達に出会う事で変われた自分の事でもあるのだから。

 

――――ユウヤの感情は伝わってくる。彼は本気だ。本気でクリスカとイーニァの事を真摯に思って言ってくれているのだ。

 

このような感情をイーニァ以外から向けられるのは初めての経験だった。そう自覚した途端、急に胸元を大きな衝撃が走る。

 

 

「(な、何なんだこの胸の苦しさと身体の熱さは!?)」

 

 

アドレナリンが大量分泌したかのように心臓が大音量で速いビートを刻み、顔から胸から手足まで熱湯が体内を巡ったみたいにカァーッと火照り出した。ユウヤの顔をまっすぐ見つめる事が出来ない。

 

 

「ビャーチェノワ少尉、また顔が紅くなっているぞ。やはりまだ体調が優れないのでは……」

 

「あ、ああ、もしかするとそうかもしれないな、すまない」

 

「オイオイ、だから無理すんなって言っただろ。ホラ、ちょっと計(はか)らせろ」

 

 

ユウヤが身を乗り出してきたと思った次の瞬間、彼の手は銀糸の様な美しい前髪を持ち上げてクリスカの額に乗せられていた。

 

アメリカ人とのハーフからか、東洋系にしては彫りが深いユウヤの顔立ちがさっきよりも近くにある。伝わってくる彼の体温は長い間水着姿に晒されていたクリスカには酷く温かく思えた。

 

 

「~~~~~~~~~!?!!!?」

 

「うおっ、やっぱり熱あるんじゃねぇか!かなり高いぞ!」

 

「くっ、やはりあれだけの雨に打たれ続けたのが不味かったか!?」

 

「違う、違うんだ。そうではなくて……!」

 

 

慌てるユウヤ歯噛みする唯依。ユウヤの手の平に額を触られたままのクリスカはこれ以上ないほど情けない悲鳴を漏らしながら何故か固まったまま。

 

米軍と帝国軍とソ連軍、三者三様の衛士達が大騒ぎする光景をユーノはまるで子供達のじゃれ合いを眺める父親の様な目で、敢えて何も言わず眺め続けた。

 

 

 

――――騒ぎが収まる頃には朝日は昇り、ユーノの言っていた通り海も昨日の昼間と変わらぬレベルの穏やかさを取り戻していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どうして私がこんな目に……」

 

「どうしたもこうしたも、篁中尉達が遭難してスケジュールが狂った分の穴埋めの為でしょう?」

 

「それは分かっています!ですがアレはどういう事ですか!?」

 

 

唯依が指差す先、そこに広がっているのは遭難の責任を取るという名目で水着撮影に引っ張り出された唯依達を見物に来た野次馬共の人だかりであった。

 

その中にユウヤを筆頭としたアルゴス小隊やゼロス達実験部隊のみならず、唯依と共に参加してきた帝国軍の人間も多数含まれているのを目ざとく見つけた唯依は、今すぐこの場から逃げ出したい衝動に駆られていた。

 

但し本来今回の後方任務の責任者であるオルソン大尉の姿は見当たらない。『急病』だと唯依は聞かされている。スケジュールの遅延による心労で倒れたのではないかとも噂されており、それを思い出すたび唯依の精神状態はどん底に落ち込んでしまう。

 

そんな崖っぷちに追い詰められた心境の唯依を宥めていたリベリオンは彼女の肩に手を置いた。2人とも露出の多いビキニタイプの水着姿であった。特にリベリオンなど布地に比べて膨らみの大きさが吊りあっておらず、大きく横にはみ出した柔らかな膨らみが扇情的であった。

 

色気たっぷりなリベリオンの肢体に加え、胸のサイズは若干劣るものの平均以上に発達した男好みの豊かなスタイルを持ち合わせていながら必死に隠そうとしている唯依の姿に嗜虐心を刺激されたギャラリーのテンションは鰻上りである。

 

 

「まぁまぁそう言わずに。日頃篁中尉の命令通りに働いている部下達の慰問も兼ねていると思えば良いじゃないですか。私やビャーチェノワ少尉達も一緒なんですし」

 

「それはそうですが……時にビャーチェノワ少尉とシェスチナ少尉の『アレ』は一体……」

 

 

唯依とリベリオンから少し離れた場所では愛機とのツーショット写真を撮影中のクリスカとイーニァの姿。

 

彼女達もまた水着姿なのだが、色気重視の唯依・リベリオン組とはまた違う方向性の水着であった。

 

余計な装飾が無いピッチリとした紺色のワンピース風デザイン。隆起の規模は違えど中々豊かに持ち上がった胸元に張り付けられたゼッケンには『くりすか』と『いーにぁ』、ひらがなで2人の名前が。

 

 

 

 

――――何処からどう見ても完全無欠のスクール水着であった。

 

 

 

 

「何故あの2人はあのような格好なのですか!?」

 

「私の趣味です!日本から直輸入した本物のビンテージものですよ!」

 

「大尉ー!!?」

 

 

まさかオルソン大尉が倒れたのはこの人にも原因があるんじゃ……そんな想像に慄(おのの)く唯依。ダメだこの上官何とかしないと。

 

群衆の中に唯一この暴走大尉を止めれそうな銀髪中佐を見つけたので必死の祈りを込めてアイコンタクト。この人何とかして下さいよ上官なんでしょう!?

 

……え、こうなったら止められないから諦めろ?そんな悲痛な表情で首を横に振らないで下さい中佐殿。

 

 

「篁中尉もそんなに恥ずかしがらず楽しめば良いじゃないですか。その水着も似合ってますよ」

 

「どう考えても楽しめません!」

 

「そう言わずに。ほらユウヤも見てますよ」

 

「っ!!?」

 

 

指摘されて勢い良く顔を上げた唯依の視線が、ヴィンセントやヴァレリオ達に押されて最前列まで押しやられてきたユウヤとぶつかり合った。「何か言ってやれよ」と更に2人のVがユウヤを小突いている。

 

ハァと疲れた溜息を漏らしてから、ユウヤは照れ臭そうに頬を掻きながら口を開いた。

 

 

「まぁ、何だ――――そういう格好も似合ってるぜ、篁中尉」

 

 

興奮状態の観衆があちらこちらでざわめいているにもかかわらず、ユウヤのその言葉だけは何故かしっかりと一言一句漏らさず唯依の耳へと届いた。

 

 

 

 

一拍間を置き、ボンッ!と唯依の頭が沸騰した。

 

 

 

 

 

 

 

 

初々しいカップル二しか見えない2人とそれを冷やかす仲間達の騒動を、クリスカは目を細めてじっと眺めていた。

 

そんな彼女の手の中におもむろにイーニァの小さな手が滑り込んでくる。視線を下げると自分を覗き込むくりくりと大きな妹分の瞳と目が合った。

 

イーニァには余計な心配と苦労を掛けてしまった。その分の謝罪も込めて慈しむような微笑を浮かべながら前髪を救い上げるかのように頭を撫でてやる。

 

――――己のその動作に無人島の洞窟内でユウヤの手の平に触れられた時の事をつい思い出してしまった。勝手に顔が熱くなり胸の鼓動が早くなってしまう。どうしてか自分を制御する事が出来ずクリスカは酷く戸惑ってしまう。

 

隣に居るイーニァに内心の動揺を悟られまいとクリスカは面に出さないよう努力したつもりだったが、無駄な努力に過ぎなかった。

 

 

「よかった、クリスカもユウヤとなかよくなれたんだね」

 

「い、イーニァっ」

 

 

姉の滅多に見られない表情……恥ずかしさに顔を真っ赤にしながらも、まったく嫌な感情が伝わってくる事無く慌てた様子のクリスカにイーニァはとても楽しそうに微笑んだ。

 

 

「クリスカもいっしょにユウヤのところにいこっ?」

 

「うっ…………」

 

 

凍り付く事しばし。

 

たっぷり数十秒間微動だにしなかったクリスカはやがて酷く恥ずかしそうに、しかししっかりと柳眉な曲線を描く頤を下へと動かした。

 

 

 

 

「………分かった。イーニァがそう言うのだったら……」

 

 




捕捉:前回ユーノが使った銃はクーラーボックスの二重底に隠してあります。

さて今後ですが、少々迷っております。
このままアニメ版張りにさっさとロシアに行くか少しオリジナルの展開を挟むか、どちらが読みたいでしょうか?
オリジナル展開では横浜基地を舞台にオルタ勢を登場させる予定なんですが、ちょっとアレな展開と言いますか、もしかすると原作キャラを蔑ろにしていると思われかねない内容になりそうなんです。
個人的には書いてみたい話なのですが、とりあえず読者の皆様の意見に委ねてみようと考えております。
出来れば感想ついでに質問の方を答えて頂ければ幸いです。



感想絶賛募集中です~。


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TE編15:横浜基地最悪の1日(上)

書いてからまず思った事:やっぱりさっさと本編進めた方が良かったんじゃね?
…横浜勢登場と聞いて期待して下さった皆様誠に申し訳ありません、と謝らざるを得ない展開かもしれません。




そして絶望した!せっかくアニメでもラトロワ中佐活躍したのにちっとも中佐のエロい絵とか薄い本が増えないのに絶望した!


――――その日、国連太平洋方面第11軍・横浜基地は厄災に見舞われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7月の強烈な日差しと変わらぬ陰鬱さを漂わせる廃墟と化した街並みに辟易しながらも、横浜基地の正面ゲートを守る警備兵は通常通りの任務を遂行中だった。つまりこの正面ゲートに訪れる者が現れるまでひたすら銃片手に見張り続けているのである。

 

尤も、この任を与えられたその日から事前連絡も無しに現れるような不審者が正面ゲートを訪れた事など全く無かったと言って良い。故にここを守る門兵の士気は最低も同然であった。

 

 

「ん?おい見ろよ。誰か来るぞ」

 

 

呑気に大欠伸をしていた門兵の片割れがこちらに近づいてくる人影の存在に気付き、声をあげる。

 

相方から来訪者の存在を知らされたもう片方は驚いたとでも言いたげに両眉を持ち上げて額に皺を作った。どちらも退屈な仕事に腑抜け切っていたせいで、その人影は道のど真ん中に唐突に現れたのだという事にも全く気付いていなかった。

 

ゆっくりと近づいてくるその人物は国連軍のBDUを着ており、目深に野球帽を被って俯き気味なのでどんな顔立ちなのかはよく分からない。肌の色と体格から白人の男なのは間違いない。

 

男は大きなスポーツバッグを肩からぶら下げていた。中から金属がこすれ合う硬質な音が聞こえる。

 

 

「何だお前、そんな大荷物で何処行ってたんだ?」

 

「ちょいとした野暮用でな」

 

 

同じ勢力の所属と見て取った門兵が警戒した様子も見せず話しかけると相手の方も気軽に返事を返してきた。

 

 

「とりあえず認識票と許可証を見せてくれ」

 

「へいへいちょっと待ってくれ」

 

 

男がズボンのポケットに手を突っ込んで中を探るそぶりを見せると、身を捩った際に男の肩口や襟元が目に入った門兵は訝しげに目を細めた。

 

 

「お前、階級章は――――」

 

 

門兵が言い終わる前にポケットに突っ込まれていた男の腕が一瞬ブレ、空気を何かが切り裂く風切り音が聞こえた。2人の門兵の記憶はそこで途切れている。

 

ポケットから居合抜きの如く振り抜かれた男の手には漆黒の刀身を持つ異形の日本刀が握られていた。

 

今の斬撃は非殺傷設定なので命に別状はないし、肉体自体に傷も追わせていない。魔力によるスタン効果で精々数十分ほど昏倒しているだけだ。

 

一応門兵を気絶させた当人も悪い事をしているという自覚や罪悪感はあったので、熱中症にならないよう日陰まで運んでおく。しかし彼らの持つブルパップ式アサルトライフルを拾い上げた際、一瞬だけ呆れ混じりの嘆息を漏らした。

 

 

「せめて銃の安全装置は解除する位の警戒はしとこうぜ……」

 

 

門兵を運び終えた男は天鎖斬月を腰に挿しながらカバンの中身を取り出しつつ、閉じられたままの正面ゲートへと近づいていく。

 

スポーツバッグの中から取り出されたのはOA-93。M16アサルトライフルを拳銃並みにまで短縮・小型化した銃であり、小型ながら5.56mmライフル弾を使用する分火力が高く拳銃よりも小型種に効果的な事から戦術機乗りの間で一定の人気を博していた。100連発のドラムマガジンも併用すれば、有効距離こそ短いものの軽機関銃並みの火力を発揮する事が出来るし、火力の割に小型なので接近戦での取り回しにも優れる。だからこそこの銃を選んだのだ。

 

男の胸元で不意に黒色の光の粒子が生じ、全身へと広がっていった粒子は国連軍のBDUを丸々包みこんでしまった。黒色の粒子はやがて形を成し、黒革のライダースーツとボディアーマーを組み合わせたかのような衣装へと変貌する。更に頭部も野球帽ごと段階を経て覆われていくと、顔の部分が髑髏を模したデザインとなっている金属製のフルフェイスヘルメットと化した。

 

 

「こちらゼロス。今から中に入る。準備は出来てるか?」

 

『僕もいつでも動けるよ』

 

『とっくにに横浜基地の全システムは掌握済みです』

 

「分かってると思うが殺人無し、大怪我を負わせるのも出来るだけ無し、目立つ魔法を使うのも無しだかんな」

 

『それ、むしろ君の方が気を付けた方が良いんじゃないかな?』

 

「ほっとけ!」

 

『1本取られちゃいましたね相棒。それじゃあ警報を鳴らしますよ』

 

 

ゲートの目前まで近づいた男はおもむろに地面を蹴った。

 

加速も付けずにその場で軽く跳躍したにもかかわらず、男の身体は軽々と正面ゲートの高さを大きく上回り、そのままの勢いでいとも容易く鋼鉄製の門を飛び越えてしまう。

 

 

 

 

両の足底が地面に触れた瞬間、横浜基地中で一斉に警報が鳴り響いた。

 

まったく動揺した様子も無く、男は手近な建物を目指して前進していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TE-15:横浜基地最悪の1日(上)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

横浜基地の副指令を務める香月夕呼が異変に気付いた発端は、基地中で鳴り響いたけたたましい警報音――――

 

ではなく、地下奥深くに存在する自室にストックしておいたコーヒーが切れてしまい、仕方なく食堂に分けて貰いに行こうと地上部に通じるエレベーターを呼び出したのが始まりであった。

 

 

「……何で降りてこないのよ」

 

 

呼び出しボタンを連打しても降りてくる気配が見られない。このエレベーターを使える人間はおいそれと存在していないので、呼び出せばすぐに来るのが普通だった。

 

――――つまり普通ではない事態が進行している。夕呼自慢の明晰な頭脳が下した判断に促されるまま、夕呼は速足に自室へ戻るとインターホンで作戦司令室を呼び出した。

 

すぐに相手が出た。つまり細工されているのはエレベーターの制御系だけで基地内の通信回線は無事らしい。

 

 

「(いいえ違う、ここのエレベーターのセキュリティに細工できるなら通信回線を予め切断出来ていてもおかしくない筈よ)もしもし?指令室?副指令の香月だけど」

 

『香月博士!今すぐ作戦指令室まで来てください!』

 

 

焦った声の向こう側から耳が痛くなるほどの警報音が聞こえてくる。

 

 

「…何か異変でも?」

 

『し、侵入者です!現在基地は何者かからの攻撃を受けています!それに通信系統を除く基地中の全システムがこちらからのコマンドを全く受け付けてくれません!』

 

「なぁんですってぇ!?」

 

 

驚きはしたが、同時に夕呼は納得もしてしまった。地上部では騒々しく警報が鳴り響いでいながら夕呼の居る地下区画はエレベーターの件を除けば完全な平穏を保っているのだ。

 

つまりこの区画は地上から隔離されてしまったという事であり、取り残された夕呼は檻の中の鼠も同然である。

 

 

「基地内に居る兵との連絡は取れる訳ね」

 

『は、はい!今の所は!』

 

「侵入者についての情報は把握してる訳?」

 

『詳細については不明ですが、武装した男が2名、別々の場所で歩兵部隊と戦闘中との報告が……えっ、嘘!?』

 

「変化があったのならさっさと答えなさい!」

 

『しっ、失礼しました!2ヶ所で侵入者と戦闘を行っていた歩兵各1個小隊が戦闘不能に陥ったそうです!』

 

「何よそれ?」

 

『被害が加速度的に増加しているらしく現場では大混乱に陥っています!』

 

 

敵は何者だというのか。

 

オルタネイティブ5の過激派が送り込んだ工作員?それにしては確認されている限り敵が2名だけ、というのが解せない。

 

彼らは囮で本命の別働隊がこちらに向かっている、というのが最も高い可能性だが、セキュリティを突破してエレベーターを封鎖しておきながら何故通信回線は放置してあるのか、夕呼にはそれが引っ掛かる。

 

それに――――幾らなんでも堂々とし過ぎな気がした。陽動と混乱が目的なら爆発騒ぎでも十分な筈。わざわざ人前に姿を晒して暴れ回る必要は無い。それがまた違和感を感じさせた。

 

 

「……神宮司軍曹に連絡して完全武装で私の研究室があるフロアまで至急来るように伝えて。それから伊隅大尉を呼び出しなさい。確か今頃はシミュレータールームを使ってた筈だから」

 

『至急繋げます!』

 

 

すぐに夕呼直属の特務部隊A-01の現部隊長を務める伊隅みちると繋がった。

 

 

「伊隅、今すぐ速瀬と一緒に武装してまりもと合流した後私の研究室に向かいなさい。いい、大至急よ」

 

『香月副指令、一体何が起きたというのですか?』

 

「侵入者よ。今の所たった2人みたいだけどどれだけ伏兵が居るのか見当がつかないわ。だけど十中八九目的は私でしょうね。制御系が乗っ取られて地下直通のエレベーターが使えなくなってるもの」

 

『何ですって!至急部下と共に神宮司教官と合流後、そちらに駆け付けます!』

 

 

教え子時代の神宮司『教官』という呼び方を思わず口走ってしまった辺り、伊隅がどれだけ慌てているのかが如実に窺い知れた。

 

いざという時は無理矢理エレベーターの扉を開けてワイヤーを懸垂下降(ラペリング)してでも駆けつけてくれるに違いない。問題は彼女達の救援が間に合うか、だ。

 

 

「荒事は私の専門じゃないってのに……」

 

 

忌々しそうに独りごちながらも、夕呼は学術本や論文で山積みになった愛用のデスクの引き出しからH&K・USPを取り出した。護身用として一応所持していたが、実際に使う機会が訪れるとは思っていなかった。

 

不慣れな手つきでスライドを引き、何とか初弾を装填し終える。そこで視線を感じたので顔を上げた。

 

何時の間に部屋に入って来ていたのか、黒い兎の耳を模したカチューシャを付けた銀髪の少女が夕呼を見据えていた。

 

銀髪の少女の名は社霞という。いかにも持ち慣れなさそうに拳銃を握っているのを見られた夕呼は、何となく見られてはいけないものを目撃されてしまった感覚に囚われた。

 

 

「……大丈夫だから、アンタは部屋の奥に隠れてなさい。良いわね?」

 

 

 

 

霞は静かにコクリと頷くだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

甲高い警報音の合間から聞こえてくる激しい銃声は、うら若き少女達の元にも頻りに届いていた。

 

 

「ねぇ、銃声が近づいてきている気がするんだけど……」

 

 

そう漏らしたのは第207衛士訓練部隊の分隊長を務めている榊千鶴。彼女と犬猿の仲でありながら分隊随一の格闘センスを有する彩峰慧も、マイペースの象徴である鉄面皮を緊張で僅かに引き攣らせながら同意した。

 

 

「……さっき通り掛かった兵士の無線から聞こえてたけど、たった2人の侵入者に既にかなりの数の歩兵がやられたって」

 

「た、たった2人なのに!?一体どんなのが相手だっていうんですか~」

 

 

情けない悲鳴を上げたのは珠瀬壬姫で、その隣に立つ鎧衣美琴は「う~ん、この銃声は5,56mmかな。もう片方の銃声は5.7mmだねきっと」と1人銃声の内容を分析している。

 

そして訓練兵最後の1人で最後尾を歩いていた御剣冥夜は、背後から複数の覚えがある気配を感じ取って振り向いた。立っていたのは和装をアレンジした独特のデザインの帝国斯衛軍の軍服に身を包んだ4人の女性である。赤い軍服を着た1人が中尉で白色の軍服を着る残りの3人が少尉。

 

所属は違うとはいえれっきとした尉官である。訓練兵である冥夜とは天と地ほどの階級差だ。そうでありながら服が汚れるのも構わず冥夜の足元に跪いた彼女らの冥夜に向ける態度は、まるで主君に相対しているかのような雰囲気を漂わせている。

 

本来どこぞの訓練部隊の部隊長ほどではなくともそれなりに規律や上下関係に煩い冥夜からしてみればこのような態度は向けられたくないのだが、今は緊急時である以上呑気に文句をつけてはいられない。このまま話を進める事にする。

 

 

「冥夜様」

 

「月詠か」

 

「まずはこちらを。誠に勝手ながら火急の時と判断し、冥夜様のお部屋に入らさせていただきました」

 

 

赤服の中尉が恭しく差し出したのは皆琉神威、国連軍入隊の折剣の師匠より直々に賜った名刀であり、冥夜の愛刀でもある。丁度訓練終了後で身を守る得物は手元に持ち合わせていなかったので、非常にありがたいタイミングだ。

 

 

「危険が迫っております。我らが御守り致しますので、至急速やかに我らと共に安全な場所まで避難して頂きたく存じます」

 

 

第19独立護衛小隊の長を務める月詠真那に進言された冥夜は、戸惑ったようにその凛々しい美貌を曇らせた。振り返れば訓練兵仲間が4社4様の視線を自分達に注いでいる。

 

正直言って自分達の関係は決して良好とは表現できない。しかし苦楽を共にしてきたのは事実だ。皆を置いて自分だけ退くような真似は未だ未熟の身ながら一介の武士を自負する冥夜には出来なかった。

 

 

「ならば彼女らも私と共に避難しても構わないだろうか?仲間を置いて私だけ逃げるような真似など、私には到底――――」

 

「しかし冥夜様、我らの役目は………」

 

 

月詠の声が途切れ、彼女の視線が自分の後方を捉えたまま凍り付いているのを見て取った冥夜はハッとなって振り返る。遅れて月詠と冥夜の反応から他の訓練兵や跪いたまま平伏し続けていた月詠の部下達も異変を悟り、慌てて2人が見つめる先に顔を向けた。

 

 

 

 

――――亡霊が、そこに居た。

 

 

 

 

何時からそこに立っていたのか定かではない。その瞬間まで気配も足音も無く、長髪を首の後ろで軽く束ねた男が悠然と立ち尽くしていた。

 

『彼』に対しその場に居た者全員が『亡霊』という印象を抱いたのは生気が完全に抜け落ちたかかのような真っ白な髪のせいか。それとも危うい程希薄な気配によるものか。黒のロングコートを着て両手に拳銃を握り締めた亡霊の噂話など、冥夜は聞いた事が無かったが。

 

顔の上半分を覆うぐらいの黒いバイザーに目鼻が隠され顔立ちはうかがえない。ただ唯一露出している唇は薄く弧を描いているが、それもまた能面のように作り物めいた空虚感しか冥夜には感じられず――――

 

亡霊とは反対側の方から騒々しい複数の足音。10人近い重武装の歩兵が亡霊の姿を捉えるなり、一斉にアサルトライフルを構えた。

 

凍り付いていた冥夜達の間で再び時が動き出す。最初に動いたのはやはりもっとも豊富な経験をこなしている月読で、真っ先に主君を守るべく冥夜の手を掴んで引き摺り倒しながら警告の叫びを上げた。

 

 

「全員伏せろ!」

 

 

ハッとなって歩兵と亡霊との間に居た者は一斉に床へと這い蹲るか出来るだけ壁にへばりつくようにしながら頭を抱えて蹲った。亡霊への射線の間に遮る物が無くなったのを見て取った歩兵は問答無用でアサルトライフルの引き金にかけた指へ力を込められた。

 

亡霊の行動は引き金が完全に引き切られるよりも速かった。

 

獣が疾走するかのごとく地を這う様な身を低くした姿勢で冥夜達を飛び越えたかと思うと、次の瞬間には先頭の歩兵の懐に侵入していた。

 

驚愕に目を見張る歩兵のライフルの銃身を左の手の甲で跳ね上げると同時に撃針が弾薬の雷管を叩き、弾頭と発砲炎(マズルフラッシュ)が連続して噴き出す。強制的に銃口が頭上に向けられた結果、全ての弾丸は天井にめり込んだ。撃ち砕かれた天板と蛍光灯の破片が歩兵達の頭上に降り注いで小さな混乱が起きた。

 

左手で先頭の兵士の銃口を払いのけると同時に、亡霊の右手に握られていた拳銃が兵士の脇腹に押し付けられていた。発砲。腹の中を突き抜け内臓を掻き回す衝撃。呼気と胃液を強制的に叩き出された兵士が崩れ落ちる。

 

亡霊は全く動きを止めず、倒れ込む兵士の後ろへとクルリと回り込む事で歩兵の塊のど真ん中へと潜り込んだ。肘を折り畳み両腕を交差させた状態で2丁拳銃が火を噴く。着弾の度兵士の肉体が電気でも流されたみたいに瞬間的にビクリと痙攣する。

 

瞬く間の早業。亡霊に弾丸を撃ち込まれた歩兵達は最初の仲間以外1発も発砲する事無く、全員同じタイミングで崩れ落ちた。その中心では一瞬で10人近い完全武装の歩兵を撃ち倒した亡霊は同時に弾切れを起こした両手の拳銃から空になったマガジンを振り捨て、コート中に仕込まれた新品のマガジンを取り換えていた。冥夜達など最初からいないかのような素振りだ。

 

彼女達の額には大量の冷や汗が浮かんでいる。狭い空間とはいえあれだけの歩兵を全く息も乱さず倒すだけの戦闘力もさる事ながら、斯衛軍も訓練兵も問わず畏怖と恐怖心を覚えている1番の理由は亡霊が纏う雰囲気の不気味さに在る。

 

 

 

 

身体の向きが僅かに横を向いているせいで見え隠れする亡霊の口元に浮かぶ微笑は、一片たりとも変化を起こしていなかった。

 

何故笑って人を撃てるのか。理解しがたい未知の存在に対する無知が生み出す根源的な恐怖心――――アレは相手にしてはいけない。生存本能が警告する。

 

 

 

 

一方で、彼女達の中にはその警鐘が逆効果に作用する者も居た。

 

 

「う、うわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

「よせっ、神代!」

 

 

月詠の部下の1人である神代が背筋を震わす恐怖心を振り払うかのように裂帛の気合いを吐き出しながら、佩いていた長刀を抜き放ち亡霊へと斬りかかった。

 

彼女もまた年齢は冥夜ともさほど変わらぬうら若き乙女、しかし実際はれっきとした武家の跡取りであると同時に主君を守る盾となり剣となるべく厳しい修行を積んできた、紛う事なき1人の武士でもある。彼女の踏み込みは冥夜でも確実に捌けるか分からない程苛烈な踏み込みであった。

 

だが、しかし。

 

 

「・………」

 

「な、あっ!?」

 

 

冥夜達の眼がまたも驚愕に見開かれる。

 

神代が放った渾身の横薙ぎに対し、殆ど背を向けた状態だった亡霊の対応は極めてシンプルな物――――背を向けたまま1歩、大きく後ろへ下がっただけ。

 

たったそれだけで神代の斬撃は止められた。背中から神代にぶつかってきた亡霊の身体が柄頭を受け止めた事で、柄の延長線上にある刃も振り切られる途中で強制停止させられたからだ。

 

正確に神代との間合いと一閃のタイミングを計っていなければこのような真似が出来る筈も無い。背中に目でもついているのかコイツは!?と一同戦慄させられる。

 

 

「この賊がぁ~!」

 

「神代から離れなさい!」

 

 

仲間の危機を見て取った残りの白服、巴と戎も抜刀して上官が止める間も無く参戦。

 

亡霊は身体を90度回りながら更に背中へと体重をかける事で神代を自分ごと通路の壁へと叩き付けた。大の男と固い壁にプレスされた神代の背中と後頭部を衝撃が襲う。

 

それを見た巴は恐怖を怒りで薄らげつつ、冷静に仲間ごと切り倒さないよう横一文字ではなく唐竹割りの斬撃を繰り出した。戎は巴の攻撃がかわされた時に備え彼女の背中に隠れるような位置取りから突きの発射姿勢を取る。

 

振り下ろされる白刃――――それに合わせて響く銃声。

 

刀と共に大きく持ち上げた巴の両手を強烈な衝撃が襲った。強烈且つ予想外のタイミングで走った衝撃に逸らされていた背中が更に後ろへと押されバランスが崩れる。

 

その瞬間を巴は目撃していた。大上段に刀を構えた時点で既に相手の銃が腰溜めで向けられており、しかしその銃口が自分の顔より更に上に対し向けられていた事を。

 

 

「(柄に銃弾を…!?)」

 

 

衝撃の正体は両手からはみ出た柄の部分へ正確に当てられたから。何とか武士の魂である愛刀は手放しはしなかったが、両手が痺れて言う事を聞いてくれない上に大きな隙を晒してしまっている。

 

鋭い衝撃が巴の胴体を貫き、後ろへともんどりうって倒れこむ。

 

 

「巴!」

 

 

巴の背後に続いていた戎は自らの切っ先で巴の背中を貫かないよう身を捩る他無かった。上半身を大きく捻り軌道修正。散った仲間の無念を晴らすべく敵だけを見据え、ギリギリの瞬間まで巴の身体の陰に潜んだ状態から一気に躍り出、渾身の直突きを放った。

 

獲った!と戎は確信した。

 

その認識はすぐさま覆された。

 

死角から放たれた大木をも貫かん勢いでまっすぐ飛び出した刀身の側面に拳銃のグリップの底が触れた。

 

たったそれだけ。横合いから僅かな力を加えられただけで大きく軌道を逸らされた切っ先は亡霊の横を通り過ぎ、壁面へと突き立った。呆然となる戎。

 

 

「戎!」

 

 

一部始終を見届けていた月詠の警告も間に合わず、刀身を逸らしたのとは反対側の拳銃が吠える。鳩尾辺りに撃ち込まれた戎も巴の後を追った。

 

亡霊の背に挟まれてもがいていた神代も、顔すら向けられぬまま腋の下に回す形で押し付けられた拳銃に撃たれる形でやはり倒された。壁にもたれかかりながらズルズルと真下へへたり込む。

 

 

「貴様……」

 

 

月詠もまた刀を中段に構えてはいたが、部下とは違い冥夜を庇う位置から動こうとはしない。元より冥夜の身を守る事こそが彼女に与えられた勅命。今自分まで散ってしまえば誰が主君を守るというのか!

 

亡霊は刀を構えながらも動かない月詠に対しては襲い掛かるそぶりを見せなかった。攻撃してこなければ相手にしない、とでも言いたいのか。

 

 

「(何故、何故この者はこうも容易く人を撃てるのだ!?)」

 

 

冥夜の口の中は当の昔に干乾びている。そのくせ皆琉神威を握り締める手はじっとりと湿り酷く気持ち悪い。

 

超高速の白刃を銃弾で迎撃しいとも容易く捌いてしまうその技量も空恐ろしいが、もっと恐ろしいのは亡霊のありようそのものだった。

 

 

 

 

――――何も無い。何も無いのだ。

 

 

 

 

人を撃つ事への躊躇も嫌悪も喜びも悲しみも殺気すらも何も感じられない。まるで撃っている対象が紙の標的に過ぎない、と言いたげなぐらい感情に揺らぎが見られない。だからこそ、恐ろしい。

 

何を一体どうすれば、このような存在が生まれるというのか。

 

そのような思いを抱いたのは冥夜だけでなく、冥夜を守るべく立ち塞がる月読や伏せたまま恐る恐る顔だけ上げて事態を見守っていた訓練兵達全員が同じ考えを共有していた。

 

それ程までに、目の前の存在が恐ろしくて仕方ない。だからこそ、動けない。

 

 

「………」

 

 

彼女達の心境を透かし見るかのように、亡霊はしばらくの間冥夜達を見つめたまま動かなかった。

 

そのまま歩兵達の身体を跨いで立ち去って行く。冥夜達の興味が失せてしまったかのように。

 

 

 

 

 

 

やや離れた場所で再び銃声が交錯し始めるまで、彼女達は凍り付いたままだった。

 

 

 

 




マルチ投稿も解禁になったので一応聞いておきたいんですが、やはりこちらの方でもオリ主リリなの編を掲載した方が良いでしょうか?
こちらでも読んでみたいと思う方がいらっしゃるのでしたら一応掲載させて頂こうかと考えております。マブラヴ編だけじゃオリ主関係の設定とか分かり辛いでしょうし。


批評感想絶賛募集中です。


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TE編16:横浜基地最悪の1日(下)

大変お待たせいたしました、更新です。


 

 

「基地のシステムはまだ奪還できないのか?」

 

「だ、ダメです……!あらゆる緊急コードを入力しても全て弾かれてしまい、まったく操作する事が出来ません!」

 

 

横浜基地司令、パウル・ラダビノッドの静かな問いかけとは対照的に、女性オペレーターの声は混乱の極みとばかりに甲高く裏返っていた。

 

現在、基地機能に関わるありとあらゆる電子系統が使用不能と化している。明らかに外部からのハッキングによる物であり、同時に基地内に侵入者が現れた事から、ハッキングは侵入者の行動を掩護する為の行為であるのは明白だった。

 

侵入者の居場所を捉える為の監視カメラも、今はノイズしか映さぬ役立たずのインテリアと化してしまっている。

 

基地内の通信回線だけは無傷なままなので、各部隊からの報告は逐一今ラダビノッドが居る中央作戦指令室司令部まで届いている。だが通信可能なのは基地内に限った話で、別の基地へ援軍を要請しようにも外部への通信だけはピンポイントで妨害されている状態だ。

 

完全武装で基地内を駆けずり回っている歩兵達からの情報曰く、侵入者の規模は僅かに2名のみ。にもかかわらず侵入者と交戦し結果、行動不能に陥った友軍の数は今や3桁に届いているという。

 

 

 

 

たった2人で100人以上の兵士を無力化――――侵入者は一体何者だというのか?

 

 

 

 

強化外骨格でも装着した完全装備の機械化歩兵が襲ってきたというのならまだ納得できるが、生憎壊滅した歩兵小隊の生き残りによれば相手の武装は片方は2丁拳銃、もう片方はアサルトライフルを極端に切り詰めたピストルカービンに何とサムライソードという組み合わせのみだという。

 

おまけにその報告を最後に侵入者の行方が分からなくなってしまっている。

 

横浜基地は今や大混乱の坩堝と化し、特に中央作戦指令室は侵入者を発見しようと駆けずり回る兵士達の怒号混じりの通信、それらに一手に対応しつつ一刻も早く基地機能を奪還しようとコードを打ち込んでは弾かれて悲痛な表情を浮かべる、といったやり取りを繰り返すオペレーター達が醸し出す焦燥と絶望の気配が濃厚に立ち込めている有様だ。

 

 

「米国のコミックヒーローでもあるまいに……」

 

 

報告から伝わってくる侵入者達の暴れっぷりに、思わず重苦しい声でラダビノッドが吐き捨てたその時である。

 

ラダビノッドの背中側に存在している中央作戦指令室、その入り口が開く音を壮年の司令官は耳にした。

 

続いて聞こえたのは入室者を示す固い床を踏み締める軍靴の音……ではなく、弾薬を高所から落として跳ねた時によく似たキンキンキンという金属音であった。

 

予想と違う音に反射的に振り向く。

 

入口の方角から、金属製の缶にそっくりな代物がラダビノッドの元へ転がってくるのが目に入った。

 

缶状の物体を認識した途端、ラダビノッドは叫んだ。遅過ぎる、と本能が理解していても、それでも絶叫せずにはいられなかった。

 

警告の雄叫びを発しながら転がってきた物体、手榴弾の真上へ身を投げ出そうとした。手榴弾の爆発とそれに伴い撒き散らされる大量の破片、室内の部下達を死に至らしめかねないそれらを己の身で受け止めようとしたのだ。

 

 

「手榴弾――――」

 

 

轟音。閃光。

 

何も見えなくなり、何も聞こえなくなる。衝撃波に身体の中身を叩き潰されたり、金属片に全身を切り裂かれたりもしなかったが、その代わりラダビノッドはありとあらゆる感覚を一時的に喪失した。

 

たっぷり数十秒かけ、世界が色を取り戻し、音を取り戻し、自我が現世に復帰する。気が付くとラダビノッドは背中から指令室の冷たい床に転がっていた。

 

更に遅れて、新たに見知らぬ人物が中央作戦司令室内へと侵入している事にようやく悟る。

 

横たわるラダビノッドのすぐ傍に青年が立っていた。生気が完全に抜け落ちたかのような長い白髪を首の後ろで束ね、目元を分厚いバイザーで隠したロングコートの人物。彼の両手には2丁の拳銃。

 

地に這うラダビノッドに視線を向ける素振りが全く見られないにもかかわらず、片方の銃口は微動だにする事無く歴戦の司令官に据えられている

 

亡霊を連想させる白髪を備えた青年は歌う様に、ここには居ない誰かに告げた。

 

 

 

 

「指令室は確保したよ。後は君が用事(・・)を終わらせるだけだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TE-16:横浜基地最悪の1日(下)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もはや地上部分で盛んに交わされている筈の無線通信すら聞こえなくなった。内線電話で指令室に繋ごうとしてもうんともすんとも聞こえてこない。

 

静寂しか吐き出さなくなった受話器を舌打ちと共に放り出すと、アサルトライフルの銃口を部屋の入口へ向けている神宮司まりもと伊隅みちるに対して首元を親指で掻っ切るジェスチャーを見せつける。

 

 

「副指令、やはり今すぐこの部屋から離れて脱出すべきなのでは?」

 

「時間の無駄よ。襲ってきた連中は私が気付くよりもずっと前の時点で地下区画のありとあらゆるセキュリティを切り離してたのよ?どうせ通路を50mと進まない内に隔壁を下ろされて袋の鼠になるオチしか見えないわね」

 

 

苛立たしげに皮肉っぽく推論を口にする夕呼の姿に、しかしまりももみちるも否定する事が出来なかった。

 

実際、現在地こと夕呼の研究室があるB19フロアを含めた地下区画は、横浜基地において一際高度なセキュリティが敷かれた区画だ。

 

しかし現実はいとも容易く外部からのハッキングによってセキュリティは掌握され、直通のエレベーターも夕呼側からは全く受け付けない状態に置かれてしまっている。

 

通信途絶前に呼び寄せた3名の内、気心の知れた親友でもあるまりもと夕呼直属の特務部隊・A-01の指揮官であるみちるがこの場に辿り着けたのは、動かないエレベーターのケーブルを使って懸垂下降(ラペリング)してきた為。2人の顔や手、軍服やタクティカルベストにべっとりと張りついた埃やオイルが彼女達の苦労を物語っていた。

 

最後の1人でありみちるの部下である速瀬水月は現在部屋の外の廊下を警戒中。

 

そしてこのB-19フロアにはもう1人、夕呼の個人的な助手が居る。

 

 

「しかし侵入者の目的は一体……」

 

「こっちが聞きたいわよ――――って言いたい所だけど、真っ先に私の居る地下区画を隔離してきた辺り、私をどっかに逃がしたくないって考えてるのは間違いないんじゃない?」

 

 

護衛役の美女2人の顔色が一際緊張で強張った。

 

 

ヴァルキリー2(水月)、そちらに何か異変は無いか」

 

 

一層の警戒を促そうと部屋の外の部下を無線で呼び出す。壁を隔ててとはいえ距離はかなり近いのでそこまで妨害は気にしなくて良い筈だが……

 

 

『…………』

 

「ヴァルキリー2?水月?」

 

 

再度の呼びかけにも、帰ってきたのは沈黙のみ。

 

室内の緊張度と3人の警戒度が最大レベルへ上昇。

 

私物のH&K・USPピストルを構えるというよりは手にぶら下げながら愛用のデスクの後ろに立っていた夕呼は(万が一侵入者が突入してきた時はデスクの陰に隠れろとまりもに言われた)、まず廊下に通じる部屋の入り口とはまた別のドアに一瞬目を向け、すぐさま卓上のパソコンの画面へと視線を転じた。

 

溜息混じりに画面に表示された内容をまりもとみちるへ告げる

 

 

「……とっくに侵入者はこのフロアに侵入済み。速瀬もやられたそうよ」

 

 

何故分かるのか、と悠著な質問は行わない。

 

代わりにまりもとみちるは銃を握る手の力を強め、唇を噛み締める事で、心中を駆け巡る激情を静かに押さえ込んだ。

 

 

「私の合図で入口にありったけ撃ち込みなさい」

 

「「了解!」」

 

 

夕呼の視線はディスプレイへ、まりもとみちるの視線は入口へと固定される。

 

20代半ばながら一大基地の副指令……と同時に国連の極秘計画(オルタネイティヴⅣ)の立案者という世界有数の超重要人物である美貌の女科学者が見ているのは、隣室に潜む霞からリアルタイムで届けられる侵入者の動向だ。

 

霞は強度のESP能力者――――端的に言えばテレパシーの使い手だ。人の感情や気配に非常に敏感で、能力の応用により人間レーダーとして近付いてくる人物の接近や精神状態をいち早く察知する事すら可能である。

 

監視カメラといったセキュリティが潰されたとしても、銀髪の少女さえ居れば悪意を持った人間が存在を察知される事無く接近するのはまず不可能――――来るならさっさと来なさい、と口に出さず夕呼は冷たい敵意を侵入者へ注ぐ。

 

その時である。

 

画面を睨みつけていた夕呼の眉根が唐突に深い谷間を生み出した。

 

何故なら、件の侵入者の接近を簡潔な文面で知らせてくれていた霞からの実況が突然途切れた――――より正確に表現すれば、何か予想外の事に驚いたせいで勢い余って乱雑に幾つものキーを同時に叩いてしまったかのように、重要な意味ある文章から一転して意味不明なアルファベットの羅列しか吐き出さなくなったのだ。

 

まともな意味など皆無の文章が表示された直後、何種類もの音が同時に夕呼の耳に届いた。

 

鋼鉄を非常に鋭利なカンナで削ったようなシャァッ!という金属質の音。勢い良く蹴り開けられた扉が蝶番から外れんばかりに壁と激突する衝撃音。人間が呆気無く地面へ崩れ落ちた時に生じた鈍い音が2つ。

 

 

「えっ」

 

 

次に顔を前方へ向け直した時、人類最高の頭脳を自負する夕呼が持つ類稀なる処理能力でもすぐさま理解しきれない光景が室内に広がっていた。

 

何故入口の扉が外れて倒れている。

 

何故まりもとみちるも地面に横たわっている。

 

デスクを挟んで目前に立っている髑髏マスクは何者なのか。

 

何より不可思議なのは、ありとあらゆる変化全てが同時に発生している事だ。

 

このような状況になるにはまず扉を開け、次に室内に侵入し、間髪入れず侵入者の姿を捉え次第鉛弾をブチ込む気満々の護衛2人を沈黙させなければならないのだ。

 

まりもは歴戦の猛者でみちるは鬼教官(まりも)の薫陶を受けた特殊部隊の指揮官。臨戦態勢にあった2人を1発も発砲させずに同時に鎮圧できる超人など滅多に居まい。

 

……いや目の前の闖入者が仮にそうだとしてもおかし過ぎる。そこまでが人が素早く動けたとしても、それならば人1人分の大きさと質量を持った存在が超高速で移動したのならば相応の衝撃波が発生し、室内を蹂躙していなければおかしいのである。

 

しかし現実は衝撃波でありとあらゆる内装が蹂躙されてもいなければ、夕呼やまりもやみちるが壁に吹き飛ばされてもいない。乱雑に積み上げられた書類の1枚すらデスク上から滑り落ちていない。だが目前の状況が闖入者が音も無く、どころか音すらも置き去りにして行動してみせた事を示している。

 

――――まるで時が止まった中(・・・・・・・・・)1人闖入者だけが自(・・・・・・・・・)由に動き回っていた(・・・・・・・・・)みたいじゃないか(・・・・・・・・)

 

 

「…………」

 

 

夕呼は動けなかった。反射的に一応手にしていた拳銃の銃口を目と鼻の先に立つ不審人物に向ける素振りすら見せなかった。

 

この全身黒づくめ(衛士用強化装備に似ているが戦術機を操縦する為の装備ではなく、恐らく運動機能と防護能力を重視した別物と推測)の侵入者が、夕呼が知覚出来ないほどのスピードでまりもとみちるを倒してしまう実力者であろうという判断はまず正しい。

 

髑髏マスクの手には黒い刀身の直刃刀。背中には可能な限り短縮化されたアサルトライフルが背負われている。これだけ近ければ銃を持ち上げるより刃物の方が断然速というのは夕呼も分かっていた。そして夕呼の銃の腕前は正直全く当てにならないレベルだ。

 

だからこそ夕呼はまりもとみちるが倒れたと理解出来た時点で早々に抵抗を諦めた。白衣の天才美女は、無駄な行いは大っ嫌いな主義なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――アンタが香月博士、だな」

 

 

スカルフェイスが描かれた鋼鉄の仮面で頭部全体を覆った侵入者が確認の言葉を口にした。マスク越しの割にその声は鮮明に届いた。意外と若い声だ。

 

顔のペイントを除けば侵入者の姿は上から下まで黒一色。その分白い髑髏ペイントが際立って目に映る。手にしているのが異質な漆黒の刀ではなく大鎌であったならば、まさに死神としか見えなかったであろう。

 

 

「ええその通り。それで、ノックもアポも無しに私のプライベートな空間に土足で踏み込んできたアンタはどちら様かしら?」

 

 

顔全体を覆い隠すスカルフェイスを真っ向から睨みつけながら夕呼は尋ねた。

 

目の前の死神がわざわざ口に出して答えてくれるなんて当てにしていない。ただ口には出さずとも反射的にイメージさえしてくれれば良い。隣室の霞が読み取ってくれる事を目論んでの質問。

 

 

「そりゃ悪いな。どちらかといえば人を驚かすのが好きな性質なもんで。で、俺が何者かっつー話だけど――――」

 

 

だから、やけに砕けた口調で返事が返ってきた事に夕呼は驚きを覚えた。もちろん顔には1ミリも出さないが。

 

刀を握っていない方の手を顔の部分に当て、そのまま仮面を頭上へ持ち上げるような仕草を死神が見せる。

 

全く視線を外していなかったにもかかわらず、死神の手が顔から離れた時にはいつの間にか髑髏マスクが消え去っていて、鋼鉄に覆われていた素顔が露わになっていた。

 

銀髪碧眼、夕呼よりも年下の白人の若者である。

 

夕呼は青年を知っていた。報告書の写真で見た事がある顔。日本帝国軍の新型戦術機開発に関わる各国合同プロジェクトについての報告書、その中で真っ先に登場してきた人物だ。

 

 

アメリカ陸軍中佐、『(Demon)(of)鬼神(Iron)』の異名を持つ戦術機乗り、現アメリカ合衆国大統領の1人息子――――

 

 

「ゼロス・シルバーフィールドだ。今日はちょっくら挨拶に来させてもらった」

 

「…………」

 

 

馬鹿正直に素顔と本名を晒した侵入者の顔を、夕呼はついついまじまじと見つめてしまった。またもや現実を認識するまでタイムラグが生じてしまう。

 

……つまり何か、夕呼最大の敵対勢力が群れを成して犇めいている世界最強の大国、そこの指導者の子息がこの国連基地に直接殴り込んできたというのか。

 

 

「何考えてんのアンタ」

 

 

そんな発言が飛び出してしまうのもむべなるかな。

 

問いかけとしてではなく、大いに呆れてしまったが故の感想として夕呼は声を上げた。

 

 

「言ったろ、俺は挨拶に来ただけさ。ただアポなしで押しかけるのもなんだからちょいとばかしお節介を焼かせてもらったけど」

 

「……それはどういう意味かしら」

 

「この基地の防衛体制、特に兵達の精神状態」

 

 

夕呼がゼロスへ注ぐ視線の質が変化する。

 

目の離せない大馬鹿者を見る目から油断できない人物を警戒する目へ。握りっぱなしの拳銃を持つ手に篭る力が僅かに強まった。

 

ゼロスもまた、夕呼の内心を読み取ろうとしているかのように真っ直ぐ彼女の瞳を見つめた。

 

 

「部外者の俺が言うのもなんだがヒデェなここの連中は。不審者が近づいてきたら普通安全装置ぐらい解除しとくもんだろーに」

 

「でしょうね。私の部下に私の部下にそんな腑抜けが居たら即懲罰房に送り込んでやるわ」

 

「それはむしろやり過ぎな気がするが……ま、今日の体験は根性叩き直す良い経験になったんじゃねーか?何せたった2人の侵入者に良い様に暴れ回られた挙句逃げられちまった(・・・・・・・・)となりゃ、どんな恥知らずでも凹んじまうだろうし」

 

 

確かに、近年横浜基地に配属されている兵の大部分の士気が弛みつつあったのは紛れもない事実だ。

 

現在進行形で日本の国土の半分がBETAに侵略・占領されているどころか、この横浜基地も僅か2年前までは憎き地球外生命体の根城として利用されていたにもかかわらず。

 

基地として稼働してから1度も直接BETAの襲撃を体感していないが故に『此処は前線に非ず』、そのような空気が蔓延しつつあったのだ。現実には最終防衛ラインから僅かな距離しか離れていない前線に存在しているというのに、だ。

 

そしてそのような現状を夕呼が苦々しく思っていたのもまた事実――――

 

 

 

 

そこに何故、全く面識(・・・・・・・・・)のないアメリカ合衆国(・・・・・・・・・)大統領の息子が出張(・・・・・・・・・)ってくる?(・・・・・)

 

 

 

 

「ご心配どうも。けど生憎ここは私の基地なのよ。お分かりかしら?ここは、(・・・・)私の城なのよ(・・・・・・)

 

「わーってるって。勝手に殴り込んできて暴れ回ったのは謝るよ」

 

「謝って済むんなら警察も軍隊も要らないのよ。兵士なんて所詮は消耗品に過ぎないけどね、それでも無かったり勝手に減らされたりしたらそれはそれで困るのよ。私の兵に犠牲を出した落とし前はキッチリつけてもらうわよ」

 

 

しかもアンタの足元に倒れてる片割れは私の親友よ――――とまでは言わない。わざわざ教える義理も無い。

 

ゼロスが背負っていた小型ライフルを肩から下ろした。反射的に素早くもぎこちない動作で拳銃をゼロスへ突き付けるが、銀髪の青年は全く恐れる様子も無く両手を動かした。

 

槓桿を引き機関部内のボルトを前後させ、薬室内の未使用の弾丸を1発空中へ弾き出してキャッチ。掴んだ弾丸を夕呼の方へ投げる。テーブルの上を転がった弾丸を夕呼は拾い上げた。

 

ゼロスが投げ渡した5.56mmライフル弾は、ボールペンの先端にそっくりな弾頭部分が通常弾とは別物だった。指先でなぞると金属とはまったく別種の質感が伝わってきた。

 

 

「対人鎮圧用の硬質プラスチック弾だ。ここに来るまで相手してきた連中の胴体には当てても頭部には当ててねーし、精々着弾のショックでしばらく動けなくなるだけだ。この刀だって実際に斬……りはしたけど傷は1つも付けてないぜ。ここの2人だって気絶してるだけだ。ほらよく見てみろよ」

 

 

言われてみればまりもからもみちるからも血が流れ出ている様子は全く見られない。それどころか呼吸で豊かな胸元が上下動している様子すら確認できる。

 

 

「でもねぇ、それでもアンタ達が友軍の基地を襲撃した事は変えようのない現実なんだけど。しかも精々数百人程度叩きのめしても、まだ幾らでも兵士は残ってるわ。言っとくけど私はアンタが堂々と表玄関から出て行く許可を与えるつもりはこれっぽっちもないけど」

 

 

やや強がり交じりの反論に対し、ゼロスが見せた行動は不敵な笑顔を浮かべる事だった。

 

芝居っ気たっぷりに片手を持ち上げ、親指と中指でもって盛大に指を弾き鳴らすと短いノイズ音の直後、基地中の無線とスピーカーから声が流れ出した。

 

 

『香月副指令より基地内の全員に通達。これにて抜き打ち演習を終了する。繰り返す。香月副指令より基地内の全員に――――』

 

 

危うく驚きの声が迸りそうになったのを寸での所で押さえ込めたのは、全ての元凶である目の前の闖入者にこれ以上の弱みを絶対に見せてなるものかという、山よりも高くダイヤモンドよりも強固な夕呼のプライドの賜物であった。

 

流れ出した音声――――それは通信機の類を全く持っていない代わりに拳銃を握り締め、銀髪の侵入者と相対している筈の夕呼自身の声だった。

 

編集の痕跡がまったく感じられないぐらい自然な、偽りの己の声による放送を夕呼は呆然と聞き届ける事しか出来ない。

 

 

「青タンと兵士としてのプライドに傷を拵えた奴がそれなりに出ちゃいるが死人はゼロ。通信もきっちりカモフラージュしてあるから外にはまったく漏れちゃいない。流石に人の口までは完全には封じられねぇが、そのへんも『魔女』扱いされてるアンタなら何とかなるだろ」

 

アンタ、(・・・・)一体何者なの?(・・・・・・・)

 

 

今度こそ。

 

彼女の聡明すぎる知性でもまったく理解できない、得体の知れないと同時にとても恐ろしい存在を相手にしているかのように、夕呼は目の前の青年を見つめた。

 

 

 

 

 

 

「――――分不相応な力が有り余ってるくせに自分1人じゃ何も出来ない、自分勝手なタダの大馬鹿野郎さ」

 

 

 

 

 

 

ガシャガシャガシャ!と音を立てながらゼロスの頭部が再びスカルペイントのヘルメットに覆われた。

 

ひとりでに金属部品が組み合わさってヘルメットが構築されるその光景に、夕呼はゼロスの纏う装備が従来の衛士用強化装備や強化外骨格に使用されているテクノロジーとは別次元のレベルの技術が用いられているのだと見抜いた。

 

 

「霞にもよろしく言っといてくれ。今度来る時は他の仲間も一緒に来させてもらうぜ」

 

 

ゼロスが隣室へ通じる扉へ崩した敬礼の様なジェスチャーを送ってみせる。この男は最初から霞の存在にも気づいていたのだ。

 

すると再びヘルメットを被り謎の装備で全身を覆ったゼロスの姿に突如ノイズが生じた。夕呼が見ている前でゼロスの全身が透明になっていく。

 

 

「(光学迷彩ですって!?)」

 

「そんじゃま、押し付ける形になっちまうが後始末宜しくなー」

 

 

軽い口調の言葉を最後に、輪郭すら残さずゼロスの姿が完全に消え去った。

 

何十秒か過ぎた頃、隣室の扉が開いた。ずっと隣室に控えていた霞が姿を現す。銀髪の少女の登場に夕呼はゼロスが完全に立ち去ったのだと理解し、ようやくずっと握り締めていた拳銃をデスクの上に置く。

 

拳銃を持っていた手を広げてみると汗で酷く濡れていた。ここまで手に汗握る程緊迫したのは初めての経験だった。

 

 

「……霞」

 

「――――あの人の本心は殆ど分かりませんでした」

 

「それはアイツの心が読めなかったって事かしら」

 

「違います……部屋に入ってくるまでは普通に読み取る事が出来ました。けれど……上手く言えません。途中からまるで何人もの人の考えを同時に読まされた時みたいになってしまい、混乱してしまって……」

 

「高速思考、いいえ同時並列処理?どんだけ得体が知れないのよあのバカは………あーもうふざけんじゃないわよっっっ……!!!」

 

 

遂に我慢の限界だった。頭皮の状態が心配になってくるほどの勢いで頭を掻き毟り出す夕呼。

 

デスク上の拳銃を再び掴んで手当たり次第に乱射しだしかねない位荒れ狂う夕呼の姿を前にしても、霞は無言で見守る事ぐらいしか出来なかった。他にどうすればいいのか少女には分からなかったのだ。

 

 

 

 

全てのシステムが復旧した事を知らせる指令室からの電話のベルが鳴り響くまで夕呼の癇癪は続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ混乱覚めやらぬ横浜基地から悠々と脱出した2人の男と1人(?)のデバイスは基地前の坂をのんびりと歩いていた。

 

 

「さて、あとは香月って人がゼロスの予想通りに大人しくしてくれれば良いんだけど」

 

「大人しくするだろうさ。考え無しに脊髄反射で報復やらかすほど単純バカじゃないし、裏から手を回して俺らに嫌がらせしようにもそれだと政治的なリスクがデカ過ぎるからな」

 

 

ユーノの呟きに対し己の推論を述べるゼロス。

 

そこへゼロスの首元で揺れるリベリオン(待機モード)も話に加わってきた。

 

 

『その辺りは相棒のお父様の御威光さまさまですね。この世界の相棒の父上が一国の指導者に就いていると最初に知った時は非常に驚きましたけど』

 

 

アメリカ合衆国は、表でも裏でも夕呼が主導するオルタネイティヴⅣ反対派の中でも最大勢力と認識されている。

 

そして香月夕呼という女は天から二物も三物も与えられた存在だ。科学者としての側面だけでなく、政治家としても天才で悪辣な才能を発揮している。

 

そんな彼女が反対派最大勢力である大国の指導者、その1人息子にちょっかいをかけたとなればどれだけ面倒な事になるか、それが分からぬほど愚鈍ではない。

 

また、政治的な暗闘とは別の理由からも彼女の妨害は有り得まいとゼロスは読んでいる。

 

夕呼のホームグラウンドである横浜基地をたった2人だけで襲撃し、基地中の兵士を一方的に撃滅しながら容易く彼女の元まで辿り着ける程のゼロスとユーノ個人の戦闘力……数の力すら一顧だにしない、生半可な謀略など容易く食い破りかねない圧倒的過ぎる個の暴力。

 

それをこうも分かり易く見せ付けられたとなれば、夕呼ほど聡明でない人物でもこう思うであろう――――『怒らせれば最後、それこそ彼らは今日の様にあらゆる障害を排して直接殺しにくるに違いない』と。

 

 

「下手にちょっかいを出す訳にもいかない向こうは、その分のリソースを俺達の事について徹底的に調査するのに活用するだろう。でもって調べれば調べるほどこう思うようになる――――『俺達と手を組んだ方が格段にお得だ』ってな」

 

 

EX-OPS、<ストライクイーグル>をベースとした既存戦術機の改良モデル、そして次世代の超高性能戦術機……夕呼が欲しがりそうな手札は数多く存在している。

 

何なら直接夕呼と交渉するのではなく、オルタネイティヴⅣに多大な支援を行っている日本帝国を経由して働きかけるというのも手だ。特に日本帝国は国産新型戦術機の開発計画……XFJ計画を推進している真っ最中なので、特に戦術機関係の技術はむしろ夕呼以上に欲しがるに違いない。

 

またゼロス個人としても、夕呼よりは日本帝国と強固な友好的な関係を結びたい理由がある。

 

 

「どっちにしたってわざわざこっちが外に漏れないように通信封鎖しといてやったのに馬鹿正直に『たった2人の襲撃者に大暴れされて基地の兵士が揃ってボコられた挙句むざむざ逃がしました』なんて報告は絶対しねーだろうさ。一部の兵に緘口令敷けば抜き打ちの演習扱いで話ははい終わり、少しぐらいは外に漏れるに決まってるが、少なくともこれ以上の面倒事になる可能性は低いだろーよ」

 

『次にこの基地に来た時は彼女もさぞ面白い反応を見せてくれるでしょうね』

 

「そん時は出来ればちゃんとしたアポ付きで他の連中と一緒に来たいもんだがな」

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあアラスカに戻ろうか。幾ら転移魔法があるといっても、結構な時間をこっちで過ごしちゃったからね」

 

 

元より戦闘特化、しかもこの世界にやって来る直前の出来事も重なり、ゼロスもリベリオンも全盛期と比べ大きくその能力が制限されている結果、転移魔法や隔離結界などの補助魔法に関しては完全にユーノ頼りなのが現状だ。

 

ユーノが転移魔法用の魔方陣を展開するが、しかし、ゼロスは首を横に振った。

 

 

彼の瞳はこれまでとはうって変わって、ギラギラとした怒りに満ちた金色(・・)に輝いている。

 

 

 

 

 

 

 

「――――いや、まだ寄る所がある」

 

 

 

 

 

 




感想・評価随時募集中です。


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TE編17:死神

本当なら短めな分、予定では木曜に更新するつもりだったんですが仕事終わりに腸炎でぶっ倒れてちょっと死にかけてました。

……吐き気止めの点滴受けた途端、更に大量に吐いて状態悪化とか冷静に考えたら笑えない件。
でも速攻でほぼ完治してしまった分、今度は休みの間外に出れないのが辛く思えるという……我ながら単純というか現金というか。


 

 

北米大陸に多数存在する山脈の中でも有数の知名度を誇るロッキー山脈。

 

行き来の手段がヘリコプターのみしか使えない程深い山中にその豪邸は存在していた。

 

地球上に存在する大地の半分以上がBETAの手に墜ちた世界情勢にあっても存在している極少数の大金持ち、その中でも極めつけに奇特な人物が多大な金と労力を使って建てたとされる豪邸。

 

ある意味皮肉なのは、そんな施設を現在利用しているのが本来清貧を貫くべき立場にある存在――――聖職者、しかもキリスト教恭順派と呼ばれる新興勢力の指導者たる人物である事だ。

 

戦車でもなければ突破困難な強固な門戸と分厚い塀に囲まれた広大な屋敷を多数の重武装に身を固めた屈強な男達を守っている点もまた、宗教家が出入りする施設にしては大いに違和感を覚える光景である。

 

 

 

「クリストファー少佐、アラスカでの準備の方はどうなっている?」

 

 

世界を代表する一大宗教の中でも急速に拡大つつある新興勢力の長には全く見えない、鋭利な美貌の青年がナイフを弄びながら問いかけた。

 

青年の正式な名は誰にも知られていない。末端の教徒だけでなく、彼の側近の部下達からも単に『指導者(マスター)』とだけ呼ばれている。

 

もはや『無駄に』と表現した方が似合うくらいだだっ広い執務室には、革張りの椅子に悠然と腰を下ろすマスターと豪奢なデスクの前に直立不動しているクリストファー少佐と呼ばれた傷顔の逞しい男性の姿しか存在しない。

 

 

「……申し訳ありません。何者かの妨害を受け、予定の半数以下の量しか武器や装備をユーコン基地に持ち込めていない状況です」

 

「妨害を行っている勢力の情報は掴んでいるのか」

 

「米軍内部の協力者からも有力な情報は……ですが、私の勘では相手は恐らくクアドループでソ連のモルモットの確保を妨害してきたのと同じ勢力の仕業ではないかと」

 

 

自分達の計画が失敗続きにある現状を自勢力の頂点に立つ存在に直接伝えなくてはならなかったクリストファーの口調は強張り、酷く苦々しかった。

 

そんな部下の内心などどうでもいいと言わんばかりにマスターの思考や口調は冷淡の一言に尽きた。彼の声は氷山の遥か奥深くに眠る数万年前の氷塊の如く変化が無く、冷え冷えとしている。

 

 

「……最も可能性が高いのは、この国の大統領の息子が率いている例の部隊か」

 

「対象α(クリスカ)を確保しに無人島に上陸した部隊との連絡が途切れたのは大統領の息子の部下の排除を実行しようとした直前……・明らかに連中は予めこちらの動きを読んで対象αへ仲間を貼り付けていたに違い――――」

 

 

おもむろに、執務室への通信を知らせるアラーム音が鳴った。

 

このマスター専用の執務室への直通回線の番号を知る者は殆ど存在しない。部屋の主は僅かに眉根を寄せ、やや間を置いてから回線を繋いだ。

 

 

「誰だ」

 

 

静かに問いかける。小さな画面には通信相手の映像は映し出されず、スピーカーからの空電音のみが通信回線が問題なく繋がっている事を教えてくれた。

 

すぐさまスピーカーから返事の声が発せられ、執務室の空気を震わせる。

 

 

 

 

『たった今テメーらが話してた人間さ。どうも初めましてクソッタレ共、ゼロス・シルバーフィールドだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TE-17:死神

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

両者の反応は対照的だった。

 

 

「な……!!?」

 

「――――――、…………」

 

 

たった今話題にしていながらまさか通信してくるとは予想だにしていなかった人物の名前が出た瞬間、クリストファーの顔は心からの驚愕に歪み。

 

マスターの表情筋そのものはまったく微動だにしなかったが、他に目聡い人物がこの場に居合わせていれば僅かにひくついた瞼、そして微かに喉元から漏れた息を呑む音から彼もまた内心動揺しているのを見抜いたであろう。

 

口調と声色そのものは冷静さを保ちながら、マスターは通信機の向こう側にいる存在に話しかける。

 

 

「どうやってこの回線の事を知ったのか教えてもらえるかな?」

 

『クアドループ。俺達はハナっから全ての通信を掌握してそっちのやり取りを全部見張ってたのさ。

 ……つっても実際にはリベリオンに任せきりだったんだが、ともかくその時に潜水艦に乗ってたそこに居る筋肉モリモリマッチョマンの変態少佐とのやり取りを傍受してこの直通回線も見つけたって訳だ』

 

 

通信相手――――ゼロスは自分達の事を知っている。マスターとクリストファーが同じ建物、同じ室内に居て、たった今まで話していた内容までも把握している――――

 

右へ、左へ。視線を走らせた限りまったく異常は見られない。

 

が、眼球の動きだけで室内の観察を行ったにもかかわらず、たったそれだけの動作すらもこの場に居ない相手は把握していた。

 

 

『今更探したって遅いしお前らには見つけられねぇよ』

 

「貴様ぁ……!」

 

『こっちは忙しい身なんでな、さっさと本題に入らせてもらうぞ』

 

 

今にも殴り壊しかねない形相で通信機を睨みつけるクリストファー。

 

いかにも歴戦の猛者といった風情の戦士の憤怒などお構いなしにゼロスは一方的に言い放ってから、一瞬声を途切れさせた。

 

 

 

 

『――――テメーら、俺の仲間に手ぇ出したな』

 

 

 

 

マスターとクリストファーは最初、自らの背筋を貫いた極冷の電流の正体を理解する事が出来なかった。

 

強烈な悪寒の正体、それは殺気に対する恐怖心だった。たった一言発せられたゼロスの声を聞いた瞬間、2人は死神の大鎌が己の首筋に突きつけられる姿を幻視したのだ。

 

通信回線越しからでも死の錯覚を覚えてしまうほど濃密な殺意が2人を捕らえて縛り付ける。

 

 

『これは予告でも宣言でもない。宣告だ。お前らは、俺がこの手で、絶対(・・・・・・・・・)に、息の根を止めて(・・・・・・・・・)やる(・・)

 

 

一言一句に壮絶なまでの殺気と決意を乗せたゼロスの発言の意味は、クリストファーとマスターに対する死刑宣告だ。

 

一方的な決意表明を告げられても、鼻で笑い飛ばす真似など今の2人には到底出来なかった。現在地どころか会話内容までも絶対的な殺意を抱いた敵対者にリアルタイムで把握されている状況で能天気に構えていられる訳が無いのだ。

 

クリストファーが自前の無線機を取り出して屋敷を守る護衛達へ通信を送る。

 

 

「警備応答しろ!今すぐ厳戒態勢に移るんだ!」

 

『………』

 

 

聞こえてくるのは空電音のみ。人の声はまったく返ってこない。握り潰しかねないぐらいの力でトランシーバーを掴んでも意味は皆無だ。

 

 

「誰か応答しろ!おい、何故誰も応えん!?」

 

『無駄だ。お前らを守ってくれる護衛連中は全員とっくに片付けてある』

 

 

不意に何かの軋む音が2人の耳に届いた。クリストファーは護身用の拳銃を抜き放って音の聞こえた先へ銃口を向け、彼を更に上回る素早い動作でマスターが先程弄んでいたナイフを投擲した。

 

音の出所は執務室の唯一の入り口の扉。分厚い木壇で出来た扉に刃が突き立つが、軽いナイフが与えた衝撃だけでは重い扉に加えられた力を押し返す事は出来ず、そのままゆっくりと室内に向かって開いていった。

 

扉が開け放たれた事で廊下の様子が露になった。マスターが居る間は四六時中執務室の入り口前に張り付いている筈の護衛、クリストファーが入室した際にはしっかりとその存在感を示していた重武装の男の姿が、自らの肉体から流れ出た血の池の中で倒れ伏しているのが目に入った。

 

屋敷の内外に配置した、実戦経験のある元軍人ばかりで構成された重武装の護衛部隊が全滅?警告を発する暇どころか、1発の発砲すら許さずに?

 

戦場での経験を積む内に習得した血と火薬の臭いを敏感に嗅ぎ取る兵士としての第6感がまったく発揮されぬまま、気がつけば扉のすぐ向こう側まで忍び寄られてしまっていたのだとようやく理解させられたクリストファーは酷く動揺した。

 

信奉する指導者の目前に立っている事も忘れて絶叫する。

 

 

「何なのだ……貴様らは一体何者だというのだ!?」

 

『お前らみたいな宗教狂いと違って俺は神なんぞ信じちゃいないが、敢えてこう言わせて貰おう』

 

 

そして。

 

彼は言い放つ。

 

 

 

 

『――――――俺は、お前達にとっての死神だ』

 

 

 

 

ブツンと雑音を立てて通信が切断された。

 

今すぐこの場から移動すべきであった。間違いなく通信相手が送り込んできた刺客、あるいは当人はとっくにこの建物に侵入を果たし終えている上、そもそも執務室内の様子すら向こうにリアルタイムで把握されている状況である。

 

施設の運用、また護衛部隊の人員と装備を揃えるのに使った費用と労力を無駄にする事になるが、もはや選択肢は残されていない。

 

施設には大量の武器弾薬以外にも難民解放戦線(PLF)を筆頭とした提携中の非合法組織についての資料が多く置かれているので、それらを隠滅すべく非常用の自爆装置も作動させる必要がある。

 

 

「行くぞクリストファー。この拠点は放棄する」

 

 

デスクの中から自爆装置の操作スイッチを取り出しながらマスターは側近へと指示を飛ばした。

 

 

「……クリストファー?」

 

 

だが、忠誠篤い部下からの返事が聞こえない。

 

クリストファーは開けっ放しの入口へと身体を向けて仁王立ちになったまま動かない――――と思った矢先、いきなり糸を切断されたマリオネット宜しく、クリストファーの肉体が真下へと崩れ落ちた。

 

 

 

 

――――両膝を勢いよく床にぶつかった衝撃でクリストファーの身体が震えると同時、厳めしい顔立ちを備えた彼の頭部が首の上から転げ落ちる瞬間を。マスターはハッキリとその目で目撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ――――!?」

 

 

冷徹な美貌を保っていた青年の表情が今度こそハッキリと愕然の念に歪む。

 

頭部を失ったクリストファーの首の断面からは、今になってようやく頭を切り落とされた事を肉体が知覚したかのように大量の血が流れ出している。

 

一定のタイミングで鮮血が断面から大量に噴き出る様子から、首から下の胴体に在る心臓は未だ脈打ち続けているのだと把握する。肉体そのものが死を知覚できない程の速度でクリストファーの命は奪われたのだ。

 

誰が、どうやって、何時の間に?室内には自分とクリス(・・・・・・・・・)トファーしか居ないの(・・・・・・・・・)()

 

見えざる存在の手がマスターへも牙を剥く。

 

突如としてマスターの肉体が浮き上がった。喉元に極度の圧迫感を感じたと思うや否や、後ろへ引っ張られるのではなく掴まれた胸元をグイ(・・・・・・・・・)と強く押すような(・・・・・・・・)力でもって、マスターの身体がデスクの天板へと叩き付けられた。

 

胸元に加わる力は一層強さを増し、デスクから移動するどころか身体を起こす事も出来ない。

 

マスターの視界が歪み始めた。衝撃と窒息の影響かと思ったが実際には違った。風景に生じた局地的な歪みはやがて人の輪郭を取り、炙り絵のように急速に詳細な姿が浮かび上がる。

 

彼の肉体を押さえつけている存在の正体は――――まさに死神と形容する他ない。

 

装甲が施された漆黒の装束に、頭部を覆うヘルメットを唯一彩る髑髏のフェイスペイント。

 

 

「貴様は……何だ!?」

 

 

氷の仮面を脱ぎ捨てたマスターは混乱と疑問を露に目の前の存在へと言葉を吐く。

 

 

言っただろう?(・・・・・・・)『俺はお前達にとっての死神だ』、ってな」

 

 

数十秒前に聞いたのとまったく同じ声、同じ台詞。

 

通信回線越しに耳にした死刑宣告に篭められたそれを、更に万倍に凝縮してから溶岩に溶かし込んだような憤怒混じりの殺意。

 

死神の正体を理解する。死神の正体に心底驚愕する。

 

死神の正体が一体どういった存在なのかまったく理解できなくなって、喉の圧迫によって今や完全に呼吸困難に陥りながらも、それでもマスターの喉から掠れた絶叫が迸った。

 

 

「この――――怪物が!!」

 

「知ってるし、知った事か(・・・・・)

 

 

にべもなくマスターの発言を言葉の刃で切り捨てたゼロスは、マスターの存在そのものを切り裂くべく手にした黒い刀を持ち上げた。

 

逆手に握り、床に対し垂直に向けられた刃の切っ先がマスターの胸元へと突きつけられる。

 

無造作に言って良い程自然な動作で腕が落ちる。合わせて杭打ち機よろしく垂直落下した刃はマスターの皮膚をあっけなく切り裂き、心臓のど真ん中を貫いた。分厚い筋肉に包まれた臓器の感触は幾重にも重ねた薄いゴム板に似ていた。

 

挙句胴体を貫通して背中から突き出た刀身は、デスクの天板すらも貫いて飛び出す。切っ先から鮮血が滴り落ちて床を汚す。

 

マスターは1度だけ全身を痙攣させた後、微動だにしなくなった。これまた宗教家に似つかわしくない、高級な仕立てのスーツに生じた赤黒い染みが見る見る広がっていく。

 

するりと苦も無く刀身を引き抜いたゼロスは、刀身に纏わりついた鮮血を振り飛ばしながらデスクから離れた。屋敷の別の場所で別行動中のユーノに念話を繋ぐ。

 

 

「俺だ、こっちは片付いた――――」

 

 

フラッシュバック。足を止める。今となっては遥か昔の、たった今殺した者達と似たような手合いと敵対した時の苦い記憶が蘇える。

 

 

「――――ちょっと待ってくれ」

 

 

刀を握る方とは反対側の手の中に、巨大なクロスボウと銃剣を組み合わせたような武器が瞬時に構築される。振り返ると同時に、巨大な武器の発射口をマスターの死体に対し照準。

 

光弾が飛び出し、マスターの肉体の大部分がデスク諸共粉砕される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――昨日未明、キリスト教恭順派が所有する施設が炎上しているのが発見され、焼け跡から多数の死体が発見――――』

 

『焼け跡からは死体のみならず大量の武器も――――』

 

『――――また焼け残った建物の一部からは恭順派の指導者とテロ組織との関わりを示す書類が押収された事から……』

 

 

 

 




ネタバレ:TE4巻以降~AL編開始まではオリジナル展開予定。


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TE編18:神の与り知らぬ地

※今回の話は独自解釈的な要素が強く含まれます


 

世も末だねぇ、とぼやくヴァレリオの声がユウヤの耳朶を打った。

 

歓楽街に多数存在するアルゴス小隊行きつけの飲食店の1つ、『POLESTAR』での食事中での事だ。

 

 

「何の話だよマカロニ」

 

「コイツだよ、ほれ」

 

 

ヴァレリオが差し出してきたのは新聞。非常に意外な事に、このイタリア人は新聞や本を隅から隅まで読み尽くすタイプなのである。

 

まぁあまりに意外過ぎたものだから思わずユウヤが問い詰めてみた所、ヴァレリオ曰く『女を口説くのに使えるネタは豊富であればある程良い』との事。流石イタリア野郎と言わざるを得ないが、もう少し別の方向にその執念を使うべきじゃなかろうか?

 

理由はともかく、見た目に似合わぬ読書家兼勉強家なイタリア人からユウヤは新聞を受け取る。細くも軍人らしく隆起したヴァレリオの指先がトントンと示した部分に視線を集中させ、内容に目を通していく。

 

 

「『キリスト教恭順派の施設で火事……焼け跡から大量の武器が発見……難民系テロ組織との関わりを示す書類も』だぁ!?」

 

「恭順派ってあれだろ、『BETAは神の使いであり人類は滅ぼされる運命なのだー』とかロクでもない教えをブチまけてた奴らの事だろ?」

 

「そうね、だけど元々信者数が膨大なキリスト教の一派だったのに加えて、恭順派の指導者が謎が多いけどカリスマ性の高い人物だったせいで最近急速にその勢力を拡大しつつあったそうよ」

 

 

例によって同席していたタリサとステラも話に加わってきた。

 

ベクトルは逆方向だが美女・美少女と表現して差し支えない2人の顔色は何処となく優れない。恭順派について述べた時も、まるで嫌な事を思い出したと言わんばかりにつまらななそうな口調である。

 

 

「でもよステラ、その恭順派の指導者様とやらもこの火事で纏めて死んじまったらしいぜ?」

 

 

何かが複数、続けざまに砕ける音がすぐ横でけたたましく鳴り響いた。

 

 

「うわっ、大丈夫かよナタリー!」

 

「え、ええっごめんなさい。ちょっとボーっとしちゃって……」

 

 

顔なじみであるこの店の店員……ナタリー・デュクレールが料理の乗った皿を纏めて床に落としてしまったようだ。

 

接客中は臍だしタンクトップにホットパンツという妙に露出度の高い衣装でステラにも劣らぬ豊満な乳肉を周囲に見せつけている彼女だが、何だか今日の顔色は白色人種である点を差っ引いても嫌に白っぽく、血の気が足りていないように思える。

 

 

「何か今日は顔色悪いぞナタリー。どっか具合でも悪いんじゃないか?」

 

「だ、大丈夫、心配してくれてありがとうタリサ……」

 

「……で、マカロニは何でこの記事見て『世も末』だなんて言ったんだ?」

 

 

ユウヤが言葉の真意を問うと、ヴァレリオは頭の後ろで両手を組み、背もたれに身体を預けながら自説を述べ始めた。

 

 

「それはだな、幾ら規模が大きいからって一宗派に過ぎない連中が、こんな山奥の屋敷に武器集めてたんだぞ。トップガン殿はおかしいと思わねぇのか?」

 

「そんな風に言われなくたって俺だっておかしいと思ってるよ。テロ組織と繋がりがある証拠も見つかってるって事は、精々何処かの難民キャンプで暴動でも引き起こそうと企んでたんじゃないか?そんな真似して恭順派に何の得があったのかは知ったこっちゃないが……」

 

「なもん煽られて暴動起こしても、結局すぐに鎮圧される上にキャンプに暮らしてる連中への締め付けが余計に厳しくなって、逆に損するだけだっつーの」

 

「まったくね。おまけに締め付けが強くなればなるほど、難民達の反感も強さを増して更なる暴動の火種になる……まったく嫌な悪循環よね。PLF(難民解放戦線)に加わる難民キャンプの住民が後を絶たないのもそのせいなのよねぇ」

 

 

次々愚痴に加わる仲間達。彼らの発言に非常~に実感が篭っていたのは、彼ら自身難民であるが為に、実際にその現場を味わってきたからか故か。

 

おもむろにヴァレリオがテーブル上に身を乗り出し、いかにもオフレコな話題っぽく声を潜めて更なる爆弾を投下した。

 

 

「――――実はよ。こいつぁMPの知り合いから聞いた話なんだが、このユーコン基地に配属されてる各国の部隊の何人かもPLFの構成員だったとかでとっ捕まったらしーぜ」

 

「「マジかよ!?」」

 

「あらまぁ!」

 

 

押し殺そうとして失敗したユウヤとタリサの驚愕の悲鳴が重なった。クールビューティなステラでさえも口元を手で覆い、目を丸くして驚きを顕わにしていた。

 

そこから少し離れた位置では、落としてしまった皿を片付けていたナタリーが目に見えて分かるほど大きく肩を震わせていたが、突然の暴露に驚いたユウヤ達はフランス娘の動揺に気づけなかった。

 

 

マジマジ、とゼロス発祥の新語でもって肯定してから更にヴァレリオは続ける。

 

 

「一般の部隊以外にも施設警備部隊みたいな機密エリアの警備に配属されてた連中の中にも紛れ込んでたんだとよ。施設警備の連中は戦術機も使ってたからな、もしかすると最悪この基地ん中で実弾装備のAH(対人)戦をやる羽目になってた可能性もあったかもな」

 

「どーりでここ最近基地のあちこちが騒がしかった訳だぜ……ゾッとしねぇな」

 

 

多数の友軍兵士や歓楽街で働く一般人が逃げ惑う中繰り広げられる戦術機同士の乱戦――――流れ弾だけでもどれほどの被害が出るのやら考えたくもない。

 

ありえたかもしれない最悪の展開予想を脳内から消去しようと、ユウヤは何度も頭を振った。

 

 

「ったく、せっかく兵隊に志願して真面目にお勤めしてるアタシらの身にもなれっつーの!ただでさえ難民上がりってだけで馬鹿にしてくる大馬鹿野郎もいるってのによぉ!」

 

「そ、そうなのか」

 

「そーそー、例えばユウヤん所みたいな米軍上がりや性悪双子みてーなソ連軍の連中とかな!」

 

「う゛っ」

 

 

難民出身者な仲間達(特にタリサ)の発言に、人種差別は経験しても飢えや日々の寝床に苦労した事がないユウヤは、罪悪感を覚えてついたじろいでしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TE-18:神の与かり知らぬ地

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、言っとくが俺までそんな性根が腐ったような連中と一緒にするんじゃねーぞ!?」

 

「わーってるって。というかお前がそんなろくでもない奴だったら、あの鉄の鬼神に気に入られる筈もねーだろうしな」

 

「気に入られるどころか下手すりゃ不名誉除隊にレブンワースでの長期休暇のオマケが付いてくる事請け合いだろーよ……」

 

 

レブンワースとはアメリカ第一の軍刑務所が存在する土地である。

 

 

「……そりゃまたえげつねぇな。なるべく中佐の事は怒らせないようにしねーとな」

 

「てか話が脱線してないか。VGから振ってきた話だろ。結局マカロニは恭順派について何が言いたいんだよ?」

 

「つまり俺が言いたかった事はだな、この恭順派みたいに組織を武装化するような宗教組織は絶対碌な事を考えてなかったんじゃないのかって事だ。実際PLFの連中と手を組んで何やらかそうとしてたのやら、俺は考えたくもないね」

 

 

イタリア人らしい女好きの優男であるヴァレリオだが、今日の彼は妙に言動が刺々しい。

 

先程のタリサやステラのように難民の救済を謳っていながら逆効果にしか働いていないPLF(難民解放戦線)と手を組んでいた事に対してではなく、キリスト教恭順派そのものが武装組織化していた事に怒りを覚えているようにユウヤには思えた。

 

ヴァレリオの愚痴は続く。

 

 

「知ってるか?バチカンが無事だった頃なんか、そこじゃ教皇様や多くの司教様達が暮らしてたのによ、彼らの護衛はスイスの兵隊達に全て一任してたんだぜ。同じキリスト教信者の集まりなら見習えってんだ、まったく」

 

 

ようやくヴァレリオの憤りの理由がユウヤにも理解できた。今は無き、かつてのキリスト教の総本山がすぐ身近に存在したイタリア出身であるヴァレリオとしては、武装化を進めた揚句テロ組織とも手を結んでいた恭順派に含む所が多くあるに違いない。

 

 

「生憎そいつら(恭順派)はカトリックじゃなかったんだろーよ」

 

「カトリックどころか、プロテスタント(新教)も正教会も連中に門前払い食らわすだろーよ」

 

 

まったくである。主の御言葉の代表格である『汝隣人を愛せ』も、恭順派に限っては実践していたか全く怪しいものだ。

 

……それについては恭順派だけでなく、自ら恥ずかしげも無く『我々は神に愛されし存在』と嘯いているような人種差別主義者の白人にも言えるんじゃないか、ともユウヤは思う。その手の手合いにはユウヤも散々辛苦を舐めさせられたものだ。

 

ユウヤの髪よりも幾分濃密なヴァレリオの黒い瞳が日本人の血を引くアメリカ人を見据える。

 

 

「そーいやよ。米軍のトップガン様は教会に通ったりはしねーのか?アメリカ人だからやっぱ宗派はプロテスタントかよ?」

 

 

バチカンを失った現在でもキリスト教の中で最大勢力を誇るカトリックは、主にヨーロッパ――からの難民――や南米諸国を中心に広く信仰されている。

 

一方200年程前にヨーロッパからの移民が作り上げたアメリカ合衆国では、カトリックよりも歴史が浅いプロテスタントへの信仰が深く根付いている。何せアメリカ軍では基地の中のみならず規模が一定以上の軍艦にまで教会を設けたり、わざわざ大規模な部隊には必ず従軍牧師を配属させている程だ。

 

 

「いや、ガキの頃はよく家族に連れられて教会に通いはしたが……軍隊に入ってからはサッパリ足を運んだ記憶が無いな」

 

「あら、それはどうして?」

 

「そうだな。ハーフジャパニーズだからって馬鹿にしてくる周囲を見返そうとするのに必死だったのが1つ。それから――――ゼロス達があまりそういった宗教絡みの事が好きじゃないから、ってのも理由の1つかもしれないな」

 

 

ユウヤの話に対する、同じテーブルを囲む3人の興味が俄かに高まった。

 

 

「ゼロス達って教会嫌いなのかよ」

 

「教会というか、宗教そのものを嫌っているとかじゃなくて、信仰にずっぷりハマって抜け出せなくなったような連中を毛嫌いしてる、って言った方が良いな。俺も前の基地に居た頃酒の話でチラッと聞いた程度なんだが、昔宗教狂いの連中にロクでもない目に遭わされたって話だ」

 

 

苦々しく吐き捨てながらアルコール度たっぷりのウイスキーをストレートで一気に煽っていたゼロスの姿が、ユウヤの脳裏で詳細に再現された。

 

気に入らない相手には普段から不満や敵意を隠そうともしていないゼロスだが、あそこまで分かり易く嫌悪感を露わにしている彼の振る舞いは珍しかったのでかなり印象に残っている。

 

それも銀髪の上官だけでなく、白髪の優男や褐色美女までも同じような反応を示していたから尚更だ。

 

 

「宗教狂いな連中の事を『酔っぱらいの集まり』、って例えたりもしてたな」

 

「それはまた言い得て妙ね。事ある毎に神のお告げ、主の導きだ、何て言って無理難題や矛盾した主張ばかり口に出して他者の正論に耳を貸そうとしない人間は、まさに酔っ払いそっくりだもの」

 

 

ステラが関心交じりの疲れた溜息を吐く。ヴァレリオもタリサも同意とばかりに頷き合っている。

 

店の扉が開く音。新たに店内にやって来た人物達の正体に気づくなり、ユウヤ達は各々来客へ向けて手を振った。

 

 

「っと、こういうのを噂をすれば影って言うんだよな」

 

「何の話だよ」

 

「別に、こっちの話だ」

 

 

リベリオンとユーノを伴ってまっすぐユウヤ達の席へやってきたゼロスは、ユウヤのぶっきらぼうな返答に気を悪くした様子もなく、脇に抱えていた書類を無造作に机の上に投げた。

 

 

「ところでいきなりな話で悪いんだが――――今度俺達全員ソ連に行く事になったぞ。これ、その命令書な」

 

『………………………………ハァ!!?』

 

 

 

 

これが数週間前の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<2001年8月3日  ソ連カムチャッカ州アヴァチャ湾  ワスプ級強襲戦術機揚陸艦 LDH-7/USSイオー・ジマ>

 

 

 

 

 

 

「(……そういや共産主義国家じゃ神の存在を認めてねぇんだっけな)」

 

 

目前まで接近中の目的地、ペトロパブロフスク・カムチャツキー基地が存在するソ連の大地を揚陸艦の甲板上から眺めていたユウヤは、今回の遠征を最初に知らされる直前にアルゴス小隊の面々と交わした会話をふと思い出した。

 

今ユウヤの視界に広がっている光景は、出入りする数多の軍艦や基地から垂れ流される汚水で茶色く濁った海面、必要最低限の保守点検しか受けていないであろう港湾設備、どう見ても再舗装すべきであろう荒れ果てた凸凹の路面、座礁したまま無残な屍を晒され続けている軍用艦の数々。

 

絶え間なく湾内に響くのは様々な種類の砲音。空を見上げれば、見えるのは重苦しさ漂わせる鉛色のマーブル模様のみ――――

 

成程、確かに神の宿泊や寵愛とはまったく無縁な、陰鬱にも限度がある場所だ。極東ロシア最大にして最前線の基地のイメージからは非常にかけ離れている。

 

遠目に見える豆粒よりも小さな人影やせわしなく行き来する軍用車両、ぎこちなくもしっかり稼働中のガントリークレーンの存在がなければ、ゴーストタウンと区別がつかなかったであろう。

 

――――あるいは何度もBETA相手の激戦を経験し、耐え抜いてきた代償にここまで荒れてしまったのか。

 

<イオー・ジマ>の斜め前方にはソ連海軍の戦術機揚陸艦たる<ミトロファン・モスカレンコ>の船影。

 

ユウヤだけでなくゼロスやヴィンセントといった米軍組が乗り込んでいるこのUSS<イオー・ジマ>は就役ホヤホヤの最新鋭艦であり、船体には僅かなペンキの剥げすら見当たらない。

 

対照的に、就役から既に10年以上もの間荒れ狂う海を乗り越えながら前線と後方間の輸送任務を幾度となくこなしてきた<ミトロファン・モスカレンコ>の船体からは今やペンキの大部分が剥げ落ち、青みがかった薄灰色の塗料の代わりに潮風に痛めつけられて生じた錆の赤茶色が目立ちつつあった。ソ連海軍の揚陸艦にはユウヤを除いたアルゴス小隊他、国連軍の面々が乗り込んでいる。

 

就航し立ての新鋭艦を今回の遠征に引っ張ってきたのはもちろんゼロスである。「コネと権力は使ってナンボ」とは本人の弁だ。

 

ただゼロスがそうしたのには相応の理由があった事も、ユウヤは理解していた。

 

そもそも今回の遠征の目的は、大雑把に言ってしまえば<不知火(Type-94)弐型(セカンド)>を始めとする各国がユーコン基地で開発・運用試験中の新型機・改良機の実戦テストである(ただし<不知火(Type-94)弐型(セカンド)>については強化モジュール換装の先送りや完全に調整しきれていない部分が多く残されたままの実戦投入という事で、整備を担当しているヴィンセントなどは大いに不満な様子を見せている状態だが)。

 

その中にはゼロス達がグルームレイク基地配属当時から開発中だった新兵器……加えて次世代機(次世代機(・・・・)という表現、これが重要)も含まれている。

 

アラスカを丸ごと貸与してやっている間柄であり、表向きは対BETA戦争において共闘していながら、裏側では世界の覇権を握ろうと丁々発止の諜報戦を繰り広げあっているのがアメリカとソ連という国だ。ゼロスのみならずこの件に関わる米軍上層部の一派も、<不知火(Type-94)弐型(セカンド)>以上に機密性の高い次世代機をソ連の船に乗せる気には到底なれまい。

 

自身にとって初めての実戦の地となる大地をしばしユウヤは睨み続け……ふいと踵を返し、未だペンキの匂いが漂っていそうなピカピカの艦内へと引っ込んだ。

 

 

「(結局やる事は変わらない。俺の役目は最高の結果を出す、ただそれだけだ)」

 

 

『演習は血を流さない実戦であり、実戦は血を流す演習である』――――昔の先達は上手い事を言ったものだ。

 

ユーコン基地に赴任する以前からゼロスのしごきを受け続け、夢にまで出てくるほど対BETA戦の演習も積んできたのだ。

 

気負いすぎる事無く、普段通りの実力を発揮すれば絶対に生き延びられる――――ユウヤは自分に言い聞かせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて先に接岸して実戦試験を行う各国の実験小隊用の機体パーツや計測器材諸々を下ろし終えた輸送艦に続き、<イオー・ジマ>と<ミトロファン・モスカレンコ>も接岸を果たす。

 

それまでの間、出撃していた基地所属の戦術機部隊の生き残りがあと一歩の所で機体トラブルを起こし、ユウヤ達が見ている前で仲間の機体を巻き込んで墜落・爆散までの流れを一部始終目撃するという壮絶な洗礼を受ける羽目になったが、船からの積み下ろし自体は順調に進んだ。

 

ペトロパブロフスク・カムチャツキー基地の灰色の地面を最初に踏み締めた時、ユウヤは言いようのない重圧感が全身に覆い被さってくる錯覚を覚えた。

 

一瞬、内心で歯噛みしてから、纏わりつく重圧感を振り払うように早足に歩みを進める――――今からこんな体たらくでどうする。戦場の空気に呑まれるな!

 

 

「ユ~ウ~ヤ~!!」

 

 

盛んに行き来する運搬車両の駆動音越しでもしっかりと聞こえるぐらい派手な足音と共に、数日ぶりに耳にした声が近付いてくる。

 

 

「ズルイんだよこんにゃろー!よくも自分だけピッカピカの新鋭艦で優雅な船旅味わってんだよー!」

 

「し、仕方ねーだろ!大体俺の所属は米軍なんだ!自分の国の船に乗るのは当たり前だし、ヴィンセントもコッチの船に乗ってんのに逆に俺だけ別の船に乗せられるのもおかしいじゃねーか!常識的に考えて!」

 

「元は米軍(ヤンキー)でも今はこっち(国連軍)だろこの裏切り者!アタシだってピッカピカの新型艦に乗ってみたかったんだぞ!」

 

「それが本音かよチョビぃぃぃぃ!!」

 

 

いきなり飛びかかってきたタリサから理不尽な叱責とヘッドロックを受けてユウヤは悲鳴を上げる。

 

同じ小隊の仲間達は片や爆笑、もう片方はあらあらと微笑ましい視線を注ぐだけで助けてくれる皆無だった。この裏切者どもめ!

 

 

「はいはい上陸するなりじゃれつかないのそこー」

 

「それぐらい仲良しなのは良い事だけど場所とタイミングを考えないとねー」

 

「にょわっ!?な、何をするだー!」

 

 

突如拘束されるタリサの両腕。ユウヤの頭に齧りついていたタリサを引っぺがしてくれたのは英国の猫姉妹ことロッテリア、ならぬリーゼロッテとアリア姉妹である。

 

 

「周りの視線も少しは気にしなさい。ここはユーコンじゃなくてソ連、冗談の通用しない石頭の共産主義者が集まってるんだから」

 

 

言われてみれば、周囲から浴びせられる視線の質はかなり冷たい。

 

せっせせっせと船の積み荷の荷揚げする手を止めぬままユウヤ達へ視線を向けている基地の兵士達からは、こちらに対する敵愾心らしき暗く嫌な気配が滲み出ているようにすら感じられた。日系のトップガンとして良い意味でも悪い意味でも注目の的だったユウヤは、それが思い違いや錯覚ではないと見抜く事が出来た。

 

<イオー・ジマ>が積み荷を降ろす番が遂に廻ってきた。全長250mを超える船体後部に備える巨大な後部ハッチがゆっくりと上下に展開されていく。

 

ハッチは人員や貨物の輸送に携わる乗り物の例に漏れず車両が乗り込む為のランプを兼ねているが――――<イオー・ジマ>が運んできた中身を知らぬ者の予想と違い、船内格納庫で外の光を今かと待ち侘びていたのは、機体や兵装の部品を納めたコンテナではなかった。

 

次第に甲高さと音量が増しつつある駆動音が揚陸艦の内部から聞こえてきた。それも単体ではなく複数だ。艦尾側の海面がバタバタと激しく叩かれ、油と鉄錆に汚染された海水を盛大に撒き散らしていく。

 

後部ランプからゆっくりと姿を現したのは、1対の巨大なプロペラだ。そのすぐ下では圧縮空気によって膨らんだスカートと呼ばれるゴムクッションが船体を支えている。

 

 

「ありゃあ……LC(エアクッション型)AC(揚陸艇)か?」

 

 

騒々しい駆動音が四方八方に響く中でのヴァレリオの呟き。

 

LCACは単純に例えるならば大型のホバークラフトだ。戦術機を兵装共々1機丸ごと輸送出来る程のサイズと積載量を誇り、航行速度もスクリューを用いる一般的な船舶を大幅に超えている。主にBETA勢力下の海岸地帯へ戦術機を迅速に輸送するのが役目だ。

 

ヴァレリオやステラ等など欧州で戦った経験がある者達は何度か目にした事があるので、普通の船には存在しない巨大なプロペラが現れた時点で即座に正体を見抜く事が出来た。同時に船体を浮かし動かす為の主機の駆動音に違和感を覚えたのは経験豊富且つ機体の仕上がり具合に敏感にならざるを得ない衛士故か。

 

尤もヴァレリオの推測が正しいのは半分だけで、海面から浮いて移動するホバークラフト特有の滑るような後退につれ、船体の全貌が明らかになっていく。

 

LCACの最大の特徴である、戦術機や完全武装の機械化歩兵が納まる中央部の輸送甲板は完全に失われていた。

 

と言うよりはむしろ、2つの巨大プロペラの間にある昇降用の傾斜板を除き、目の前でスルスルと揚陸艇内から姿を現したホバークラフトからはLCACとしての名残は完全に失われていたのだ。

 

船体全体がやや角ばり気味ののっぺりとした船体に変貌し、艦首右側に位置していた操縦区画は中央部に移動。船体の各部に散在している横長のパネルハッチは一体何だろう?

 

 

「何だ、降りて早々集まってたのかよ」

 

 

猫姉妹に続いてゼロス・リベリオン・ユーノのいつもの3人がユウヤ達の元へやってくる。条件反射ですぐさま居住まいを正して敬礼。

 

この場の最高階級であるゼロスは手を振って敬礼を解かせた。右手を下ろすなり真っ先にタリサがゼロスに食いついてくる。もちろん話題はゆっくりと揚陸艦から出てくる謎のホバークラフトについて。

 

都合3台、<イオー・ジマ>から汚染された海上へ下り立ったホバークラフトの編隊は海上船舶としては信じられない高速でこの場から離れて行った。別の港湾施設へ向かったのだろう。

 

 

「なーなー今の何だよあれ!もしかしてアレもここでテストする奴なのかよ!」

 

「はいはいタリサ、興奮する気持ちは分かるけど少し落ち着きなさい」

 

 

例によってステラが窘めるもタリサの耳には入っていない様子。

 

詰め寄られたゼロスもいつもの事なので、気分を害した風でもなくリベリオンを示しつつ軽い調子で答えてみせた。

 

 

「ま、そんな所だ。つっても本命は別だけど、さっきのもこいつが考えた作品の1つさ」

 

「尤もアイディアそのものは以前から別の人間が提唱していたものに過ぎませんけどね。設計思想や運用概念を考えた人も一緒に来ていますからまた後で紹介しましょう」

 

 

改造ホバークラフト以外の積み荷も続々と<イオー・ジマ>から荷揚げされていく。

 

新鋭揚陸艦の積み荷の中にはコンテナのみならず、戦術機輸送用の自走整備支援担架も含まれていた。自前のタイヤをピカピカのランプとボロボロのアスファルトに刻みつけながら、港内へ直接直接下り立つ。

 

支援担架は空荷ではなかった。ブルーシートに覆われた戦術機を乗せた大型トレーラーが試験部隊にそれぞれ宛がわれた格納庫目指して走り去っていく。更にもう1台、後に続く

 

大型トレーラーをジッと眺めていたタリサは、張り付くように機体を覆っていたブルーシート越しの輪郭と支援担架とブルーシート間の隙間から垣間見えた姿から、今運ばれた機体がかつて1度だけ目撃した未知の戦術機である事を目ざとくも見抜いた。

 

中央アジア系の少女は、胸倉に掴みかからん勢いで再び銀髪の上官へと詰め寄った。

 

 

「今の機体、もしかしてあの時のか!あれも試験すんのかよ!?」

 

「アレについてもまた追々合同ブリーフィングの時に話してやっから落ち着け」

 

「う~……本当だよな?さっきの2機の事、ちゃんと教えてくれよ!」

 

「オーケー約束だ。そん時まで楽しみに待っててくれ」

 

「しっかし何と言いますか、<EX-OPS>といい、さっきのホバークラフトといい、戦術機といい……中佐達って新型兵器のビックリ箱みてーですね」

 

 

ヴァレリオの呆れ混じりの賞賛の言葉に、しかしゼロスは親指でリベリオンを示しながら首を横に振る。

 

 

「新兵器についちゃリベリオンのお陰であって俺の功績じゃねーよ」

 

「あら、ですけど<EX―OPS>の機動概念は中佐が考え出したのでしょう?あの概念を生み出し、現実の物にしただけでも十分な功績ではありませんか」

 

 

イタリア男に続いて北欧のクールビューティも褒め称えるが、賞賛に対してゼロスが浮かべたのは、口元だけで浮かべたとてもほろ苦い微笑だった。

 

 

 

 

 

 

「俺は凄くなんてないさ――――そもそも暴力以外の取り柄があったら、今頃こんな所に立っちゃいねーよ」

 

 

 

 

 

 

 




キリスト教といえばバチカンとかどうなったんだろうね、と思ったら主にヴァレリオが妙な方向へ向かってしまいましたw

<イオー・ジマ>については登場させてからwikiで調べてる最中にTDAで登場してるのに後から気づきました。
詳細な解説も無いようなので、この揚陸艇の仕様は一応現実準拠にしています。


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