美穂子姉さんはぽんこつ? (小早川 桂)
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美穂姉は愛しすぎている

依存系おっぱいちゃんが好き


俺には義理の姉さんがいる。

 

同じ金髪で、左右で違う色のきれいな瞳を持つおっとりとした少女。

 

特長をまとめると、そんな感じの姉さんは母性の塊だ。

 

優しい性格も、魅力的な微笑みも、甘い声も。

 

そんな姉さんは小さい頃から俺の世話を焼いてくれた。

 

「京太郎くん。はい、あーん」

「京太郎くん。大丈夫? けがはない?」

「京太郎くん。お姉ちゃんが勉強教えてあげるわね?」

 

だけど、ある時からそれは変わっていった

 

「京太郎くん。お姉ちゃんと一緒にお風呂入りましょう?」

「京太郎くん。……今日から京太郎って呼んでもいいかしら? その、私も名前でいいから……ね?」

「京太郎……一緒に寝よう?」

 

『一人の弟』への愛情は。

 

『一人の男』への愛情に。

 

まるで病んだように俺のことを想う姉。

 

「ふふっ……こうして体を結んでしまったらいつまでも一緒に居られるわね?」

「もう私のもの……」

「いっぱい愛し合いましょう……?」

 

だけど、俺の姉さんは――。

 

「美穂姉……」

「なに? 京太郎?」

「自分も一緒に縛ったら何もできないと思うんだけど」

「はぅっ」

 

――ちょっとだけポンコツだ。

 

 

◆◇◆『甘々』◆◇◆

 

 

「美穂姉。俺たちって姉弟だよな?」

 

「ええ。昔からの仲良し姉弟よ」

 

「だったら、この体勢はおかしくないか?」

 

美味しい夕食を頂いて風呂上がり。ソファに腰かけて麻雀雑誌を読んでいた俺の膝の上にまたがるようにして座る美穂姉。

 

今、俺たちは対面する形で抱きあっている。

 

顔の距離はゼロ。少し息を吸えば、ほんのりと柑橘系の匂いが鼻腔をくすぐる。風呂上りということで触れ合う肌からはいつもより温かい体温。

 

もたれかかるようにして肩に頭を預けている姉さんはキリっと緩んでいた顔を引き締めると、自信満々に反論を展開し始めた。

 

「そんなことはないわ。これも立派なスキンシップよ」

 

「スキンシップにしては過激な気が……」

 

「いいえ、違います。私が参考にした本の中の姉弟はみんなこうしていたもの」

 

「本って……この前まで読んでた少女漫画?」

 

「ええ。お姉ちゃんはまた一つ賢くなりました」

 

エッヘンと胸を張る姉さん。元々大きい双丘が余計に強調されてパジャマのボタンがはじけ飛んでしまいそうだ。

 

主張の激しいプロポーションとは裏腹に謙虚の固まりである彼女がこうやって自信に満ち溢れた姿を見せるのは珍しい。

 

ていうか、可愛い。

 

でも、それとこれとは話が別。

 

「美穂姉」

 

「なーに、京太郎?」

 

「漫画ではどこまでやってたの?」

 

「え、えっと……その……キスをしてから……ベッドに入って交わりまで……」

 

「じゃあ、美穂姉は姉弟でそんなことできる?」

 

「……恥ずかしくて今は(・・)出来ないです」

 

「だろ? だから、漫画と同じことをする必要はないんだよ」

 

「で、でもぉ」

 

「そんなことしなくても俺は美穂姉のこと嫌いにならないから」

 

「京太郎!」

 

「うわっと!」

 

感極まった美穂姉はまた覆い被さるようにホールドすると、胸にスリスリと顔を押しつけていた。とろけるような笑顔を見せている。ぴょこぴょこと跳ねる尻尾が幻覚で視えそうだ。

 

……犬みたいで可愛いな。

 

特に害もないので俺は頭を撫でながら、ほんわかとした時間を過ごすことに決めたのであった。

 

……だんだん俺も毒されてきてるよなぁ。

 

 

◆◇◆『こぴー』◆◇◆

 

 

俺の姉さんはなんでもござれの完璧超人だ。

 

料理を頼めばテーブルに色とりどりのメニューが並び、掃除を任せると塵一つなくフローリングが輝きを取り戻す。

 

勉学では常に学年上位をキープ。一位の冠を被って帰ってくることも多々あった。

 

家事も学業面でも、おおよそのことはトップレベルに位置していると思う。

 

さらには麻雀では全国大会へも出場したことがある自慢の姉。

 

おまけに美少女というオプションまでついている。天は二物を与えずというが、美穂姉に限っては枠に収まらない。

 

しかし、そんな美穂姉にも苦手なことがあった。

 

「ねぇ、京太郎」

 

「どうかした?」

 

「これはどうやって印刷するの?」

 

リビングで姉さんの記事をファイルにまとめていると、彼女はデジタルカメラを手にやってきた。指差す先には家庭用プリンター。

 

これら二種類のアイテムに共通すること……そう、美穂姉さんは機械が大の苦手である。

 

中学の頃にパソコンなんて使おうとしたら何故かコードに絡まってしまう程度には。

 

……あの時はエロかった。こう胸を押し上げたり、股を締め上げるようにボディラインがくっきりと……。

 

「……京太郎?」

 

「……あっ、ごめん。ちょっとボーっとしてて」

 

「大丈夫? お姉ちゃんと寝る?」

 

「どうしてそこに至るのかわからないけど、ようはカメラで撮った写真をコピーしたいんだよな?」

 

「そうなの。カメラで写真は撮れるようになったけど他のことはさっぱりで……」

 

ちなみにカメラの時はシャッターを押して写真を撮ることになぜか半日かかった。四苦八苦したが、その時の解決法が見本となって真似させること。

 

「OK。じゃあ、実践してみるから見ていて」

 

「はーい」

 

元気よく返事した姉さんからカメラを受けとると、中のSDカードを抜く。

 

そこからは簡単。

 

説明しながら動作を繰り返して10回目。

 

美穂姉は理解できたらしく嬉しそうに笑っていた。

 

「ありがとう、京太郎。やってみせるわね」

 

「おう。頑張って」

 

「えーと、まずは……」

 

頼りない動きながらも着実にこなしていく美穂姉。地頭はいいのでポイントさえ押さえれば何とか使用することができる。

ついにプリンターから動作音が鳴り、写真がプリントアウトされた紙が出てきた。

 

「やった! やったわ、京太郎!」

 

ピョンピョンと小さく跳ねる美穂姉。

 

……バルンバルン揺れよる……!

 

「……あ、ごめんなさい。はしたなかったわね」

 

でも、すぐに恥ずかしくなったのかうつむいて、そっと紙を取った。あれ以上テンションが上がると抱き着いてくるので、そう考えると助かったことになる。

 

天使かよ、と思いながらも俺は姉さんと喜びを分かち合うことにした。

 

「やったな、美穂姉!」

 

「京太郎のおかげよ!」

 

「美穂姉が苦手を克服しようと取り組んだからだよ」

 

「そ、そうかしら?」

 

「うんうん」

 

「なら、これからも頑張ります」

 

「俺も協力するよ。ところで、美穂姉」

 

「なにかしら?」

 

「何の写真を印刷したの?」

 

「気になるの?」

 

「まぁ、機械音痴の美穂姉が自分から言い出したから何か特別な物なのかなって」

 

「……わかりやすいかしら? その通り。特別な写真よ」

 

「やっぱりな。見せてもらってもいい?」

 

「はい、どうぞ」

 

美穂姉は快く写真が映った紙を渡してくれる。そこには高画質で拡大された俺の寝顔があった。

 

…………んん?

 

「美穂姉。これって……」

 

「そうなの! この前こっそり撮った京太郎コレクション! お部屋にいっぱい貼ろうと思って!」

 

「没収!」

 

「あぁっ!? クシャクシャにしたらダメぇ!?」

 

「あとで部屋にも行くからな?」

 

「うぅ……京太郎のいけずぅ」

 

この後、めちゃくちゃ部屋中に貼りつくされた紙をはがした。

 

 




不定期更新ですがやっていきます
SS速報で同タイトルありますが、作者は私です


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美穂姉は素直すぎる

◆◇◆『駄姉の誘惑』◆◇◆

 

 

『美穂姉。なにしてるの?』

 

『これは麻雀といって牌を使った遊びなの。京太郎くんもやってみる?』

 

『うん! やってみたい!』

 

幼少のころ。互いに打ち解け始めた時の会話。

 

これがきっかけで俺は麻雀を始めた。憧れていた姉さんがやっていたことを自分も純粋にやってみたいと思ったのだ。

 

今では男子の中でもそこそこの実力になっているはずだし――大会には出たことがないので正確にはわからないが――勝ち抜く自身はある。

 

ただ、それでも目の前の女性には勝てる気がしなかった。

 

「ロン。5200よ」

 

「うおっ。また捲られた……!」

 

「京太郎はトップだと急いで場を流そうとして手が単調になる癖があるから、気を付けないとね」

 

「精進します……」

 

「うん、よろしい」

 

パタリと手牌を伏せると椅子にもたれかかった。

 

また負けてしまったか……。

 

天井を眺めながら改めて美穂姉のすごさと実力の差を痛感する。

 

「やっぱ強えや、姉さん」

 

「京太郎よりも五年も長く麻雀をやっているもの。お姉ちゃんのプライドにかけても負けられません」

 

袖を捲って小さな力こぶをつくる美穂姉はか弱い少女に見えるのになぁ……。

 

それに俺は姉さんの本気モードを引き出せていない。右目を開かせることもできていないのだから、まだまだ特訓は必要みたいだ。

 

…………さて、と。

 

「じゃあ、美穂姉。俺は自室に戻って勉強して、そのまま寝るよ。おやすみ」

 

「ちょっと待って」

 

手首を掴まれた! 

 

ていうか、いつの間にそばに! 

 

普段からは想像できない俊敏な動きに驚いていると、姉さんはこの対局の前に行っていた約束の内容を口にした。

 

「勝った方が何でも一つ言うことを聞く……そんな約束をした気がするのだけど私の気のせいかしら?」

 

「あ、あったね、そういえば。いやー、うっかり忘れていた」

 

「……嘘は嫌いよ、お姉ちゃん」

 

あ、両目開いてる。やったぜ、目標達成。

 

……さて、現実逃避はここまでにしておこうか。

 

ダメだ、詰んだ。こうなったら何言っても看破されてしまう。

 

経験則から俺は大人しく投了する道を選ぶことにした。

 

「わかったよ、約束は守ります。男に二言はない」

 

「そう! お姉ちゃんは立派な弟を持ててうれしいわ」

 

「……で、何がいいの? あまり高い物とかは勘弁していただけると嬉しいです」

 

「大丈夫。麻雀は健全な競技だからお金が移動するようなお願いはしません」

 

「そっか! それなら安心だ。なんでもばっちこい!」

 

「じゃあ、今日はお姉ちゃんと一緒に寝ましょう」

 

「前言撤回いいですか?」

 

「男に二言はないのでしょう?」

 

「俺、実は心は乙女なんだ」

 

「なら、女の子同士でこれからは毎日一緒に寝ましょう」

 

「ごめんなさい。健全な男子なので本日だけでご容赦ください」

 

「素直でよろしい」

 

満足気にうなずく美穂姉。

 

流れに身を任せて了承してしまったけど……俺、大丈夫かな。

 

姉さんはとてもいい匂いするし、可愛いし、スタイルいいし、美人だし、おっぱい大きいし……天使だし……。

 

俺の理性が持つかどうか……。

 

…………よし、最善の準備をして戦いを迎えよう。

 

「美穂姉。俺、今から部屋にこもるけど入ってこないでね」

 

「ええ、それはいいけど……どうして?」

 

「ほら、美穂姉と一緒に寝るなら色々と準備が必要だから」

 

俺がそう言うと姉さんは何をどう受け取ったのか、ボンと顔を発火させ、ちらちらと目線を送ってくる。

 

……ん? 何を想像した、この駄姉。

 

なにかわからないけど、とりあえず話に乗っかっておこう。

 

「そ、そうよね。一緒に寝るなら(避妊具とか)準備がいるわよね」

 

「ああ。確かに(賢者モードになる)準備はかかせないな」

 

「で、でも京太郎は(避妊具を)用意できるの?」

 

「いつでもできるように(エロ本は)置いてあるから」

 

「そ、そうだったの!?」

 

「お、おう。だから、ちゃんと美穂姉の部屋に行くから」

 

「う、うん。……私もシャワー浴びなおそう」

 

「なんか言った?」

 

「う、ううん! そ、それじゃあ一時間後に私の部屋ね! ま、待っているから!」

 

その言葉で解散になった俺達は各自の目的を果たすためにリビングを出る。

 

一時間後に行われる戦争で勝利を得るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の九時過ぎ。

 

姉さんに言われた約束の時間。

 

『美穂子』と丸文字で書かれたプレートがぶらさげられているドアの前にいる。ちなみに俺と姉さんの共同作品だ。俺がボードを作り、姉さんが文字担当。俺の部屋にも似たような一品が飾ってある。

 

「……さてと」

 

大丈夫。本能は抑えた。

 

手も洗った。

 

シャワーにも入った。

 

下着も着替えた。

 

「……欲望丸出しじゃねえか! うおぉぉぉ! 煩悩退散! 煩悩退散!」

 

自分に絶望してドンドンと壁を叩いてしまう。それで気づいたようで透き通る声が聞こえた。

 

「きょ、京太郎? 入ってきていいわよ?」

 

「……お邪魔します」

 

大丈夫だ、落ち着け。KOOLになれ、須賀京太郎!

 

姉さんの寝間着ならいつも見慣れているだろう? なんならもっと過激な服装だって普段はしているじゃないか!

風呂上がりのバスタオル姿だったり、カッターシャツ一枚だったり……。

 

そういえば、俺のシャツとかよく無くなるんだよなぁ。――って、今は関係ないだろ。

 

今の状況は……そう! 昔のようにちょっと一緒に寝るだけさ。

 

そもそも一緒の布団に寝るなんて一言も言ってないし。

 

そう、そうなんだよ。

 

だから、ドアを開ければそこには――

 

「ど、どうかしら? その……パジャマを新しくしたのよ?」

 

――女神がいたよ、どうしよう、汚れた俺の心が浄化されちゃう……!!

 

似合っているか自信がないのか、新品のパジャマに身を包む美穂姉は恥ずかしそうにクッションを抱いて体を隠している。

 

でも、それで豊満なボディをカバーできるわけがなく、随所から可愛らしいパジャマ姿を目にすることができた。

 

「い、いいんじゃないかな。似合っているし」

 

「ほ、本当に? 変じゃない?」

 

「うん。姉さんに薄い桃色は合うし、水玉模様とか、ワンポイントのリボンとかすごくいいと思う」

 

「そう。ならよかった……」

 

ホッと胸をなでおろす美穂姉。

 

それでもまだ恥ずかしさがあるのか、頬は火照ったままだ。

 

綺麗に手入れされているのがよくわかる金色の髪。

 

雪のようにきめ細やかな白い肌。

 

「……俺たち義理……なんだよなぁ……」

 

……はっ! ダメだ、ダメだ! 邪心に流されるな!

 

頭を左右に振って、悪い自分を追い出す。浄化されたんじゃなかったのか、俺の悪魔!

 

「……? どうかした?」

 

「……あ、いや、なんでもないよ」

 

「そう? それじゃあ、その……ね?」

 

上目づかいで見つめてくる美穂姉。

 

ベッドの上に座る彼女は先に寝転がって、そっと毛布を誘うようにして開ける。

 

「京太郎。……来て?」

 

ま、負けない……!

 

俺は美穂姉の誘惑になんて負けない……!

 

そして、人生で最も長いと感じる夜が始まるのであった。




カット! このあとは刺激が強すぎる!!

一線は超えてないよ、とだけ。こっちの京ちゃんは寝相悪くないしね。


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美穂姉は怒ると怖い

 ◆◇◆『名前呼び』◆◇◆

 

 

 美穂姉は優しい。多少のワガママは受け入れてくれるし、基本的に折れるのは彼女だ(俺と争った時はこっちが妥協する)。

 

 だけど、少し頑固なところもある。

 

 例えば、家事の手伝いをしようと思っても全然譲ってくれないし、機械の操作も自分でやろうとして問題を起こすことも多々ある。俺に頼ってくるのは本当にどうしようもなくなった際のみ。

 

 そんな彼女だが中学生に入ってから必ず口うるさく注意することがある。

 

「あ、美穂姉。迎えにきたよ」

 

「京太郎」

 

 読書をしていた姉さんの顔がムッとなって本から現れる。

 

 自分のミスに気づいた俺はすぐに言い直した。

 

「ごめん。お待たせ、美穂子」

 

 それは名前呼び。

 

 彼女は外では絶対に名前で呼ばせたがる。

 

 理由を聞けば『こっちの方が恋人みたい』だから……らしい。

 

 最初はかなり恥ずかしかった。いくら姉とはいえ異性に多感な時期だったので、女性を名前で呼ぶのは抵抗があった。

 

 それも数年続けば慣れる。人間の適応力はすごい。

 

 今となっては至極どうでもいいのだが、姉さんがそれで満足なら結構。これといってデメリットもないので俺もそれに従っていた。

 

「ううん、私もさっき終わったばかりだから気にしないで」

 

「なら、良かった。今日はどこに行くの?」

 

「少し服を見たいの。その後、ディナーを食べて帰りましょう」

 

「遊ぶって言ってた部活の後輩さんは?」

 

「お別れしたわよ?だって、ここからは私と京太郎の二人だけの時間だもの」

 

「良かったの?」

 

「関係は良好よ。さぁ、行きましょうか」

 

 そう言うと彼女は腕を組んで寄り添ってくる。

 

 そんな体勢だともちろん柔らかな感触があるわけだ。

 

 だけど、俺たちは姉弟。

 

 姉さんの胸なんかで感じたりは………………します、すいません。

 

 だって、義理だもん。

 

 仕方ないじゃん!

 

 そんな内心を悟られないように気を配りながら彼女の小さな手を握った。

 

 互いに指先で遊んで、絡ませる。

 

 こんな握りかたをすれば俺たちがどんな風に見られるか。そんなのはわかりきっている。

 

 けど、構わない。姉さんが笑っているなら……別にいいや。

 

「……ふふっ」

 

「……なんだよ」

 

「京太郎はお姉ちゃんのこと大好き?」

 

「……まぁ、嫌いじゃないよ」

 

「……照れ屋さん」

 

「……ほら、はやく買い物行こう。俺、お腹空いたから」

 

「はーい」

 

 そこからは美穂姉と他愛もない話をしながらイルミネーションに照らされた街を歩く。

 

 そんな何気ない時間がとても楽しかった。

 

 

 ◆◇◆『姉モノ』◆◇◆

 

 

 良い子も悪い子も寝静まった深夜。

 

 リビングにて俺は美穂姉と対面するように正座させられていた。

 

 かれこれ一時間が経ち、足が痺れ始めるころ。限界が徐々に忍び寄ってきている。

 

「いやね、美穂姉。これは別にそういうわけじゃなくて」

 

「京太郎」

 

「はいっ!」

 

「正座。まだ解いちゃダメよ?」

 

「りょ、了解であります!」

 

 美穂姉はほとんど怒らない。

 

 失敗したら優しく諭して次の道を示してくれるし、すばらしい人格の持ち主だと評判が高い。

 

 そんな彼女も人間だ。

 

 やはり時には怒りを覚える時もある。

 

 おして、その時は必ずと言っていいほど両目を開いている。

 

 その瞳で見つめられるとまず動けない。

 

 言葉に重みが生まれて、相手は『イエスマン』と化してしまうのだ。

 

「京太郎」

 

「は、はいっ」

 

「どうしてこんなことになったのか、わかる?」

 

「え、えっと、それは……」

 

 思い当たる節は一つある。

 

 そして、その物証は現在進行形で目の前に晒されている。

 

 く、くそっ……!

 

 どうしてこれが美穂姉にばれているんだ!

 

 俺はしっかり何重にも仕掛けを施して隠していたのに!

 

 ……そう。

 

 俺と美穂姉の議論の種は男子高校生なら欠かせない代物。

 

「……はやりんのえっちな本を隠していたからです」

 

 弱弱しくそう答える。

 

 ちらと美穂姉の様子をうかがうが、俺の方をずっと見つめているままだった。

 

 そのまま三分。美穂姉はため息を吐いた。

 

 あ、あれ、違う?

 

「京太郎。お姉ちゃんが怒っているのはそのことじゃありません。別のことです」

 

「べ、別のこと?」

 

「ええ」

 

 彼女は大きくうなずく。

 

 そして、床に並べられたえっちな本の一冊を手に取って、正答を口にした。

 

「どうして姉モノが一冊もないのか。そこに怒っています」

 

「……は?」

 

「えっちな本を持つことはそういう年頃だからお姉ちゃんは何も言いません。けれど、どうして姉モノは一冊もないのかしら、京太郎?」

 

「えっ、な、なんでと言われても……」

 

 ある。

 

 確かに理由はある。

 

 姉モノは全て美穂姉に重ね合わせてしまうからだ。

 

 けど、それを言ったらきっとこの人は……。

 

 

『え! そ、そうだったのね……』

『なら、素直に言ってくれたらよかったのに』

『ここに実物があるから……ね? 京太郎?』

 

 

 こんなことがあってもおかしくない。

 

 それがわかっていたからこそ、あえて黙っていた。

 

「ぐ、偶然だよ。手に入ったのが偶然、姉モノがなかっただけで」

 

「……本当に?」

 

「ほ、本当さ! 姉モノが買えたら間違いなく姉モノを選んでいたって断言できる!」 

 

 嘘だ。買えないし、買わない!

 

 でも、ここで嘘を貫き通さねば、きっと悪い事態へと進むだろう。

 

 正直、両目を開けている姉さんには看破されている可能性が高いけど、それでも! 僅かな可能性に俺は賭ける!

 

「……わかりました。京太郎がそこまで言うなら信じましょう」

 

「姉さん!」

 

 バッと立ち上がって姉さんの手を握り締める。

 

 姉さんは頬をほんのりと赤くして、いつものように片目を閉じた。

 

「ただし、今すぐやってもらうことがあります」

 

「な、なに?」

 

「これを購入しなさい」

 

 そう言って姉さんが持ってきたのはノートパソコン(もちろん無線)。

 

 人差し指でなんとかポチポチ押して起動させると、あるページを開いて俺に見せた。

 

 そこにはでかでかと書かれた『ぼくあね!~弟しぼっちゃうぞ!~』のタイトル。

 

 ジャンルはアダルトコミックだ。

 

「み、美穂姉! これはちょっと!?」

 

「買ったらお姉ちゃんは許してあげます」

 

「いや、でも弟に姉が自らこれを推薦するのは」

 

「買いなさい」

 

「……はい」

 

 結局、即日配達で俺は買わされる羽目になる。

 

 これ以来、俺は姉モノ以外の本を買うのをやめることにしたのであった。

 

 




キャップみたいなお姉ちゃんほしい


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美穂姉は武器を得る

 ◆◇◆『勝負下着』◆◇◆

 

 

「あ、部長。遊びにきたんですか?」

 

「ええ。あなたのお姉さんにお呼ばれしてね」

 

 ピンポンが鳴り、ドアを開けると見覚えのある少女の姿があった。

 

 切れ長のまつげに二重瞼。スラっと鼻は出ていて、モデル顔負けの整った美人顔。スタイルもスレンダーで美しい流れを描いている。真っ直ぐに伸びる脚線美を惜しみなく晒していた。

 

 彼女の名は竹井久。

 

 俺が通う清澄高校麻雀部の部長で姉さんの友人でもある。

 

「まぁ、立ち話もあれですから中にどうぞ」

 

「お邪魔するわね」

 

 彼女が靴を脱いだのを確認すると、先を歩いて案内する。

 

 リビングのドアを開けると姉さんがソワソワしながら待っていた。

 

「……美穂姉。動きが怪しい」

 

「だ、だってお友達を呼ぶのは初めてで緊張しちゃって」

 

「じゃあ、私は美穂子の初めての人ってわけだ」

 

「わ、私の初めては京太郎ですっ」

 

「嘘つくなよ、駄姉」

 

「あ、相変わらずの溺愛っぷりね。普段の貴女からは想像できない」

 

「そ、そんなことないわ。私だってダメダメで……」

 

「……美穂姉がダメだったら結構な人がダメダメになっちゃうよ。美穂姉はしっかりお姉さん出来てるから」

 

「京太郎……」

 

「あ、ダメだ。このシスコンとブラコン」

 

 部長から背中に冷たい視線を喰らう。ついつい普段ののノリで返してしまったが今日は客人が来ているんだ。

 

よし、いつもは美穂姉が家事をしてくれるので、今日は俺が担当しよう。

 

「じゃあ、俺は洗濯してくるから。姉さんたちは楽しく女子会でもしておいでよ」

 

「はい、お言葉に甘えます」

 

「頑張れ、少年」

 

 声をかけてくれる部長にペコリと一礼して部屋を出る。すると、すぐに二人の談笑する声が聞こえてきた。笑い声が廊下に響く。きっと会話で盛り上がっているのだろう。

 

「……たまにはこういう日も悪くないな」

 

 そう呟くと俺は洗濯物を干しに、二回のベランダへと向かうのであった。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 私、竹井久は今日、県予選大会の後に親交を深めた須賀美穂子の家に遊びに来ていた。

 

 発端は昨晩の電話。

 

 私が風越との練習試合についてお願いしようと話したときに美穂子の家にお邪魔する流れになった。何やら悩みがあるみたい。

 

 それにしても須賀くんのことを大切に思っているのね。

 

 彼女は私と話しながらも時たまにチラチラとドアの方を見ていた。

 

 多分、心配しているのだろう。

 

 そんな姿を見ると思わず笑みが漏れてしまう。

 

「本当に美穂子は須賀くんのことが好きなのね?」

 

 私がそう言うと彼女は分かりやすいくらいに顔を一気に真っ赤にさせる。

 

 焦るように視線を横に流すものの、誤魔化せないと思ったのか視線を合わせた。

 

「大好きですっ。……男性として」

 

「弟とし……えっ」

 

「実はそのことで相談があってお呼びしました」

 

「えっ、えっ」

 

「経験豊富な上埜さんならどうにかしてくれるって染谷さんが……」

 

 あの子……!

 

 面白がって変なこと吹き込んだわね……!

 

「ちょ、ちょっと待って、美穂子! ストップストップ!」

 

「は、はい」

 

「いい? ちょっとだけ時間が欲しいわ。少し、少しだけ待ってくれる?」

 

「だ、大丈夫ですよ」

 

「ありがとう」

 

 えーと……私は今、すごいことを聞かされているんじゃないかしら。

 

 美穂子と須賀君は姉弟で、でも美穂子は男性として好きで……。

 

 ったく……なによ、この恋愛漫画みたいな展開。

 

 すごく好みなんだけど!!

 

 すっごく好みなんだけど!!!

 

「美穂子!」

 

「は、はい!」

 

「その件、私に任せて! 数多の恋愛を(少女漫画で)経験したラブマスター・久に不可能の文字は無いのよ!」

 

「た、頼もしい……」

 

 純粋な尊敬のまなざしが心に刺さる。

 

 この視線を裏切らないためにも精一杯の努力はしましょう。

 

 ……面白い方向に!

 

「早速、行動に移しましょう。美穂子、あなたの部屋に案内してくれる?」

 

「は、はい!」

 

 彼女に着いていき、たどり着いた部屋。ドアを開けて視界に飛び込んできたのは部屋に似合わないカッターシャツだった。

 

「? どうしてこんなものが?」

 

「あっ、それは京太郎が使っていたものでもったいないから私がお下がりを……」

 

「み、美穂子……」

 

 呆れた私は怪訝な視線を彼女に送る。

 

 美穂子は素直で嘘をつくのが下手くそだ。典型的なパターンでいつも目が泳ぐ。

 

 ……彼女も健全な高校生ってわけね。

 

「ち、違いますよ? 他意なんてあ、ありませんからね?」

 

「……まぁ、いいわ。貴女の下着を仕舞っているのは?」

 

「し、下着ですか? それならここに……」

 

 クローゼットの中のタンスの引き出しを開けると、並ぶ可愛らしい下着の数々。

 

 どれもおおらかな美穂子らしいチョイス。

 

 それもいいかもしれない。だけど、攻めるには物足りないわね!

 

「いい、美穂子。貴女の弟が好きなものは何だと思う?」

 

「好物なら把握していますっ。しょうが焼き、ハンバーグ、ポテトサラダ……」

 

「おっぱいよ」

 

「おっぱい……おっぱいっ!?」

 

「ええ。貴女にもついているこれよ!」

 

 自己主張の激しい胸をたぷたぷと揉みしだきながら言う。

 

 寄せれば凶悪なそれはこれでもかというくらいに揺れていた。

 

「う、上埜さん!? な、何して」

 

「須賀くんはね! 部活動中、和の胸に視線が何度も釘付けになっているのを私は見ているの!」

 

「…………へぇ」

 

 あ、やばっ。

 

 開眼してる……!

 

 羞恥は消えて、真顔になっているのが余計恐い。

 

 さっさと話題を変えましょう。

 

「と、とにかく! 貴女にも同じ、いやそれ以上の武器があるのだからこれを利用しない手はないわ。その為にも今から下着を買いに行きましょう」

 

「そ、それは勝負下着という……」

 

「その通り。さぁ、出かける準備をして。行くのよ、乙女の戦争に勝つために!」

 

「は、はい!」

 

 ふぅ。我ながらナイスアドバイスね。

 

 美穂子のその食べ頃な果実を使えば間違いなく須賀くんは女として性を意識するはず。

 

 これで美穂子の勝利は間違いなしよ!

 

「あ、上埜さん」

 

「なにかしら?」

 

「あとでその和さんとの件についても教えてくださいね」

 

「あっ、はい」

 

 

  ◆◇◆

 

 

「もう一サイズ大きくなりました……」

 

「美穂子ったら普段はキツいの使っていたのね」

 

「違いますよ? いつの間にか成長していたみたいで……」

 

「喧嘩売られてる? 買うわよ?」

 

 そんなやり取りをしながら帰宅。

 

 ショッピングをしている間にわかったのは美穂子の須賀くんへの愛情はかなり凄いというか、世間一般で言うならば……重い。

 

 いや、聞かされる聞かされる義弟自慢。

 

 どれだけ好きなのよ、この子って感じよね。

 こんなに好き好きアピールしていたら須賀くんも気づいていると思うんだけど……そこのところ、どうなのかしらね。

 

 何はともあれ、無事に帰還。靴を脱いで玄関に上がると美穂子の背中を押して彼女の部屋へ直行させる。

 

「う、上埜さん? これは一体……?」

 

「美穂子の部屋で早速、着替えちゃうのよ」

 

「い、今からですか?」

 

「そうよ。善は急げって言うじゃない?」

 

 それに私も結果が気になるし。

 

「いい? 美穂子の部屋には偶然にもこのエロい下着を活かせて、なおかつ須賀君に効果テキメンな服があるわ」

 

「……そんな服、あったかしら?」

 

「あるじゃない。そこに」

 

 そう言って指さすところにあるのは本人曰くおさがりのカッターシャツ。

 

 ここまでくればわかる人もいるだろう。私がお勧めしようとしているのはお泊り女子の攻め技の一つ。

 

「裸ワイシャツ……!」

 

 厳密には下着をつけるから違うけど。

 

「は、裸ワイシャツ!? は、破廉恥です!」

 

 普段から破廉恥以上のことしている自覚はないみたいね、この子。

 

「破廉恥でもやるしかないわよ。聞いて、美穂子? 清澄麻雀部の部員構成は知っているわよね?」

 

「……はっ」

 

「そう。女5に男1……。これが示す理由はわかるわよね?」

 

「は、はいっ。やらねばやられる……」

 

「そうよ。和もデジタル仲間として気に入っているし、優希も犬として気に入っているし、咲とは中学からの幼馴染……」

 

「……上埜さんは?」

 

「えっ」

 

「上埜さんは……私の味方ですよね?」

 

「え、ええ、もちろんよ。私は須賀君のことを好きになったりはしないから安心して」

 

「良かったです。上埜さんとはお友達でいたいから」

 

「わ、私も美穂子とは末永い付き合いをしたいと思っているわよ? それで須賀くんを落とすための方法を伝授するわ。私が教えるポーズ、セリフを覚えて、彼を誘惑するのよ!」

 

「お、おー」

 

 慣れない大きな声を出しながら美穂子は可愛らしい小さなガッツポーズを作った。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 最初は簡単に済ませようとしていた家事だったけど、気が付けば細々した作業にまで手を付けてしまうのはよくあることだと思う。

 

 終われば夕方で買い物を完全に忘れていた俺だったが冷蔵庫にあるもので何とか品を用意することはできた。

 

 今は部長と対面しながら食卓を囲っている。

 

「美味しい! 美味しいわ、これ!」

 

「喜んでもらえたら何よりです」

 

「須賀くん! 今度から私の弁当も作って!」

 

「週一でいいなら」

 

「ありがとう!」

 

 お礼を言って部長はまた食事に戻る。

 

 うん、こんなに美味しそうに食べてくれたら気分がいいな。

 

 つい弁当も引き受けてしまったけど、まぁ二人、三人も変わらない。

 

 それよりも気になるのは姉さんだ。

 

 三人で夕餉を楽しむ手筈となっていたが、立案者である姉さんは途中で具合が悪くなったのか、自室へと戻っていた。

 

 なので、今は俺と部長の二人きりということになる。

 

「ねぇねぇ、須賀くん」

 

「なんですか?」

 

「美穂子なんだけど大丈夫なのかしら?」

 

「俺も心配ですけど、姉さんのことですから今頃ゆっくりしていると思いますよ」

 

「私の相手は気にしなくていいのよ?」

 

「そういうわけにはいきませんよ」

 

「いいの、いいの。それにもう完食しちゃったし」

 

 ほら、と部長は空になった茶碗を見せてくる。おかずが盛り付けられていたプレートにもわずかなソースしか残っていない。

 

「驚いた。部長って早食いですか?」

 

「失礼ね。シェフの腕が良かったってだけよ。さ、私はもう帰るから美穂子の相手をしてあげて?」

 

 部長は口元をハンカチで軽く拭うとバッグを肩にかけて、立ち上がる。

 

「いや、でも」

 

「そもそも私を呼んだ美穂子が倒れている今、私がここにいる意味もないでしょう? だから、ね?」

 

「……わかりました。部長がそこまで言うなら」

 

「そうそう。素直な子は好きよ?」

 

「部長ももう少し素直な性格していたらモテると思いますよ?」

 

「シメるわよ」

 

「ごめんなさい」

 

「許してあげない。だから、今度、お姉さんにちょっと付き合ってね?」

 

 ドアを開けると振り向きざまに部長はウインクをして、そのまま出ていった。

 

 こういういちいち格好のいい行動ができるあたりに竹井久の魅力が詰まっていると再確認させられる。じゃないと、議会議長なんて役職に就けるわけがない。

 

「……ありがとうございます」

 

 だから、このお礼も別に聞こえてなくてもいい。

 

 部長を見送ると俺は言われた通り、姉さんの部屋へと向かった。一応、熱とかで寝込んでいたらいけないからお盆に薬とペットボトルの水を乗せて。

 

「美穂姉? 入っても大丈夫か?」

 

 コンコンとノックして確認を取る。

 

「え、ええ。どうぞ……」

 

 すると、中から震えたような声が返ってきた。これは結構重症かもしれない。

 

 少し焦り気味に部屋へと入る。刹那、電撃が体中をめぐる。

 

 ベッドの上で姉さんが女豹のポーズを取っていた。

 

 前を第一ボタンだけ留めて全開にしたワイシャツから覗けるきめ細やかで雪のように白い肌。黒を基調としたブラが下から支えて、さらに大きくなった胸が作り出す谷間。

 

 零れ落ちそうな肉感。

 

 ほんのりと朱色に染め上げられた頬。

 

 ……お、恐るべき吸引力。

 

「が、がおー。きょ、京太郎をたべちゃうぞ?」

 

「ぐはっ!?」

 

 お盆を落として、その場に膝をつく。

 

 ま、まずい。これはいかん。いかんぞ……!

 

 食べられてしまう……。

 

 もしくは食べちゃう……!

 

「きょ、京太郎?」

 

「来ちゃダメだ、美穂姉!」

 

「ダ、ダメよ。急に倒れたんだもの」

 

 そう言って姉さんは俺の制止も無視して、こちらに近づいてくる。

 

 距離が近くなったせいで、さらに強調されるおっぱい。

 

 エロい服装をした美穂姉はずっと俯いた状態の俺を抱きしめる。

 

「み、み、み、美穂姉!?」

 

「やっぱり熱い! 熱でもあるのかしら?」

 

 や、柔らかい!

 

 ふにゅふにゅしてる! ていうか、やばいやばいやばい!

 

 マシュマロみたいに押したらふんわりと返してくる弾力。

 

 漂う女性特有の甘い香り。

 

 ……楽園はここにあったのか。

 

「あ、あれ? 京太郎? 京太郎ー!?」

 

 そんな美穂姉の声を聞きながら、俺は意識を失った。




下着店の店員さんはマジですごいと思う。
皆もプロに任せてみよう。
マジでカップ数大きくなるから


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美穂姉は前を向く

ちなみに時系列はバラバラだったりする


「数え役満ー! 全国への切符をつかんだのは初出場の清澄高校だー!」

 

 麻雀長野県大会、団体戦決勝。

 

 俺の所属する清澄高校が龍門渕を捲り、全国麻雀大会への出場を決めた。

 

 みんななら可能性はなくもないと思っていたが、あんな大逆転で決めるとは……流石、咲だ。

 

 素質はあると踏んでいたが、ここまでとはな。

 

 あのツモ……。俺とは正反対。言うならば牌に愛された子、か。

 

 昨年の全国出場校の龍門渕、長野県最大手の風越を破っての勝利だ。さらに加えるならば前年度MVPの天江衣を倒した。

 

 話題性は抜群で、すぐにメディア注目の一校となるだろう。

 

 これは男子の個人戦も厳しい戦いになりそうだ。

 

 ……まぁ、自分のことは一旦置いておこう。どっちにしろ、負けるつもりはない。

 

 それよりも俺にはやるべきことがある。

 

「帰りは別で失礼します……っと」

 

 部長に祝勝会に参加出来ない旨をメールすると、今度は送信ボックスの欄をタップする。

 

 開けば一番上にひらがなで書かれた『ほてるのさんさんろくごうしつ』というタイトル。

 

 会場から最寄り駅まで歩いて15分ほど。その途中に目的の場所はあった。

 

 入り口をくぐり、豪華なロビーで部屋番号と名前を告げて数分後、彼女はやってきた。

 

「……ごめんなさい、京太郎。急に呼び出しちゃって」

 

 謝罪をする美穂姉の顔は綺麗な状態だった。化粧も崩れていない。家を出た時とほとんど変わっていないのだ。

 

 きっと……この人はまた……。

 

「……いいよ。美穂姉はこんな時くらいわがまま言っても」

 

「ありがとう。……じゃあ、ちょっと外へ行きましょうか」

 

「寒いけど大丈夫?」

 

「ええ。ちゃんと防寒はしているわ。それに風邪をひいても京太郎が看病してくれるでしょう?」

 

 そう言うと美穂姉はぶかぶかの夏コートから小さい手をちょこっとだけ出す。

 

 俺はその指先を掴むと、隣に並んだ。

 

「ふふっ、温かい」

 

 彼女は嬉しそうに微笑む。

 

 だけど、それはいつものとは異なった。

 

 喜が全てを占めていない。余計な感情が混じった作られた笑顔。

 

 そんな美穂姉を俺は見たくなかった。

 

 大会後の夜。すでに時間が遅いということもあり人はいない。

 

 少し歩いたところにあるベンチに無言のまま座ると姉さんは俺の肩に頭を乗せる。

 

「……ねぇ、京太郎」

 

「……なに?」

 

「お姉ちゃん、負けちゃった……」

 

「そうだね」

 

「あんなにみんなも頑張って、今年は絶対に優勝して全国に行くって努力したのに……ダメだった」

 

「…………」

 

「でも、でもね。私はスッキリしているの。みんなが頑張ってくれたもの」

 

「……美穂姉」

 

「だから、悔しくはないわ。全力を尽くした結果で」

 

「――美穂姉!」

 

「っ……!」

 

 彼女の名前を叫ぶ。

 

 嫌だった。こんな彼女を見るのが。

 

 嫌だった。俺の前でも強くあろうとする姉が。

 

 何よりも嫌だったのは、こんなときすら彼女に気を使わせている自分の無力さだった。

 

 俺はいつまでも姉にとっては頼ることの出来ない存在だと思われているようで。違う。俺も成長したんだ。もう自分で何だってできる。

 

 だから、俺は美穂姉に頼って欲しい。少しでも彼女を内側から支えてあげたい。

 

 いつのまにか、そう強く想うようになっていた。

 

「美穂姉。……俺の前では弱くていいんだよ」

 

「な、何を言っているの、京太郎」

 

「俺の前では強くなくていいんだ。頼りになる姉じゃなくて、ただの一人の女の子の『須賀美穂子』であってほしい。だから、だから……泣いていいんだよ、美穂姉」

 

「…………っ」

 

 そう言うと、彼女は透き通る両瞳を潤わせ、肩を震わせる。

 

 手を握る力は強くなって、手の甲にポツリポツリと水滴が落ちた。

 

「…………京太郎」

 

「うん」

 

「きょうたろぉ……!」

 

 繰り返し、俺の名前を呼んで姉さんは飛び込んでくる。

 

 ポロポロと涙が溢れだす。

 

 姉さんは泣いていた。

 

 彼女は一番上の学年で、キャプテンで、エース。

 

 そんな姉さんはきっとみんなの前では涙を見せることができない。

 

 強くあればならないから

 

 なら、俺は彼女の弱さを見せれる人間であろう。

 

「きょうたろぉ……きょうたろぉ……!」

 

 胸に倒れこみ、泣きじゃくる。

 

 俺はそんな彼女の頭を抱えるように抱きしめた。

 

 ここなら泣いても誰にもバレない。

 

 今だけはこうしておこう。

 

 時間の許す限り、いつまでも。

 

 

 ◆◇◆

 

 

「……ごめんね。恥ずかしいところ見せちゃった」

 

 さっきまでの自分を思い返す。

 

 目が真っ赤になるくらい泣いて、顔もクシャクシャになって、きっと今の私の顔はとうてい見せられるものじゃない。

 

 だから、ずっと俯いている。

 

「普段はもっと恥ずかしいことしているのに何言ってるんだか」

 

「あれは愛情表現だからいいんですー。もう……京太郎の前では尊敬できるお姉ちゃんでいたかったのに」

 

「……美穂姉は背負いすぎなんだよ。重たいものをたくさん」

 

「……背負う? 私が?」

 

「そう。いくら実力があっても姉さんは一人の人間に変わりはないんだ。もう少し周りに頼ってもいいと思うけど」

 

「そ、そんなつもりはないけれど……」

 

「なくても! 俺は美穂姉の家族なんだから、もっと頼ってよ」

 

「京太郎…………」

 

「みんな姉さんの力になりたいと思ってる。だからさ、もっと頼ってくれ」

 

 そう言う京太郎の眼には決意がこもっていた。

 

 強い、折れない炎のように燃える意思が。

 

「……うん。次からはそうしてみる」

 

「次から、じゃなくて。今から」

 

「えぇっ!? そんなこと急に言われても……」

 

「あるでしょ? 個人戦が」

 

「ええ、それはそうだけど……」

 

「優勝するよ、俺」

 

「京太郎……それは」

 

「難しいかもだけど。優勝して全国へ行く。これならどう?」

 

「……どういうこと?」

 

「鈍いなぁ、美穂姉は。弟に出来ることが、尊敬できる姉に出来ないわけないよね?」

 

「あっ……」

 

 そこまで言われてやっと彼の意図がわかった。

 

 わざと私を元気づけるためにこんな言い方をしているのだと。

 

 私が強い姉でいられる機会をくれたのだ。

 

「……ええ。じゃあ、それでお願いしようかしら」

 

 絶対に勝ってみせる。

 

 その意気込みを感じさせるように強い口調になって、自信に満ち溢れた笑みを浮かべる。

 

「やっと笑ってくれた」

 

 すると、彼もニコリと笑って、私の手を握った。

 

「っ!」

 

「やっぱり美穂姉は笑顔が一番似合っているよ」

 

「も、もうお姉ちゃんをからかわないの!」

 

「いつもの仕返し」

 

「……今日の京太郎は少し生意気よ」

 

 本当に。

 

 今日は散々な日だ。

 

 弟に泣き顔を見られて、

 

 励まされて、

 

 でも、彼の笑顔を見ると元気が出てくる自分がいて。

 

 ……これも惚れた弱みなのかしら。

 

「……京太郎のばか。ばか、ばか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………大好き。

 




「姉弟での優勝ですが、どんな気持ちですかー!?」
「昨晩、京太郎にいっぱい勇気をもらったので頑張りました」
「「「!?」」」
翌日、インタビューで紙面を賑わせたとか、なんとか。


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美穂姉は疲れを癒し、癒される

微エロ注意


 麻雀を長時間打つというのは意外に疲れる。ハンドボール部に所属してので体力には自身があったけど、思った以上に体に負担が来る。

 

 腰とか肩とか。途中でツモるのが辛くなるほどには。

 

 そんな事情もあり、姉さんの発案で俺達は練習後にはマッサージをするのが決まりごとになっていた。

 

 楽しくもしんどい特訓の後、各自それぞれが風呂に入り、三階の多目的ルームにいた。(ちなみに、うちは四人家族なのに三階建ての一戸建てでかなり部屋が余っている)

 

「悪いな、美穂姉。先にやってもらって」

 

「いいのよ。お姉ちゃんだもの。気にしないで」

 

「じゃあ、遠慮なく」

 

 服を脱いでマットの上に寝転がると、美穂姉はふくらはぎに手を添えた。ひんやりとした冷たさが気持ちいい。

 

「本気でいくからね」

 

 意気込むようにちいさな力こぶを作ると姉さんは閉じていた目を開眼させる。

 

 姉さんの眼は流れを読むのに長けている。

 

 それで流れが悪いところもわかるのだとかなんとか。

 

「……ここなんかどうかしら?」

 

 太ももの内側をなぞるようにしてこする美穂姉。

 

 あ、あかん! そ、そこはあかんって!

 

 変な電流が走る。押し寄せる快感の波。

 

「ふふっ、効いているみたいね。次はここっ」

 

「あふっ!」

 

「そのままここなんかもいじっちゃったりして」

 

「んんっ!? ね、姉さん! そこは」

 

「ふふっ。どうかしら?」

 

 美穂姉の手は徐々に上半身に上っていき、脇腹から胸板へと移る。スッと指圧している指が内側へと入り込んできた。

 

「つんつーん」

 

「美穂姉!? 本格的にそこは不味いぞ!?」

 

「大丈夫よ。ただのスキンシップだもの……!」

 

「荒い!? 息が荒いから!?」

 

「さぁ。お姉ちゃんに任せて?」

 

「んあ――――っ!?」

 

 この後、めちゃくちゃに弄ばれた。

 

 

 ◆◇◆

 

 

「……私は今、幸せの絶頂にいるのかもしれないわ」

 

 ――須賀美穂子はそわそわしていた。

 

 他人が見たら怪しまれるくらいには落ち着きがなかった。

 

 ちなみに一週間ぶりもう何回目かもわからない回数をこなしているにも関わらず、彼女は未だに緊張している。

 

へ、変なところはないかしら……?

 

 これでシャワーを浴びてから五度目の身だしなみチェック。

 

 パジャマも水玉模様で、ボタンもしっかり留めている。髪もちゃんと梳かしている。汗もかいていない。変な匂いもしない。

 

……し、下着も気合いを入れてきましたっ。

 

 気合十分。一線越えるつもり満々。 

 

 もしかしたら! もしかしたらがあるかもしれませんから!

 

「えへ、えへへへへ」

 

「美穂姉。準備できたよ」

 

「あ、はーい」

 

「じゃあ、いつも通りこれを首に巻いて」

 

「ええ、わかったわ。貸してくれる?」

 

 京太郎は中学までハンドボール部だったので体のケアには気を使っていた。なので、マッサージの腕もそれなりにあった。

 

 彼は美穂子の横に膝をつくと温水に浸したタオルを絞って渡す。

 

「これで5分くらい温めてくれ」

 

「ええ。わかりました」

 

 美穂子はそれを手に取り、髪をかき上げて言われた通りにしようとしたところで気が付いた。京太郎の視線が集中している。

 

「……京太郎?」

 

「……えっ、どうかした?」

 

「い、いや、そのなんでこっちのことをジッと見てるのかなーって。あ! き、気のせいだったらごめんね?」 

 

「……あー、その、言いにくいことなんだけど……」

 

 ポリポリと頬をかいて、彼は目をそらす。そして、ぽつぽつと言葉を漏らし始めた。

 

「その……美穂姉の髪をかきあげる仕草が艶めかしいというか……魅力的だったから」

 

 魅力的だったから、魅力的だったから、魅力的だったから……。

 

 頭の中で何度も反芻されて、染み込んでいく。

 

「京太郎」

 

「ん? なに?」

 

「お姉ちゃんも京太郎はかっこいいと思っているわ」

 

「……お、おう。ありがとう……?」

 

「ふふっ。どういたしまして」

 

「……」

 

「…………」

 

『………………』

 

 互いに赤面して、うつむく。

 

 どこか気まずい雰囲気になり、静寂が訪れる。カチコチと秒針が進む音が大きく聞こえた。

 

 結局、5分経つまで、彼らが喋ることはなかった。

 

「あ、5分経った」

 

「もう外していいかしら?」

 

「おう。じゃあ、美穂姉はそのまま楽にしていてくれ」

 

「寝転ばなくて大丈夫だったかしら?」

 

「今日はもう夜遅いし、肩だけだからな。座ったままでいいよ」

 

「そう言うなら、先生の言うことに従いましょうか」

 

「先生って大げさな……まぁ、いくよ。痛いところがあったら言ってくれ」

 

「京太郎はいつも優しくしてくれるから心配していないわ」

 

「なら、よかった」

 

 美穂子の言葉もあり、まず京太郎はほとんどゼロの力で彼女の肩周りを撫でまわす。こうやって徐々に力を入れていき、凝っている箇所を探すのだ。

 

「っう、あっ……」

 

「ごめん? 痛かった?」

 

「あ、ううん。気にしないで……」

 

 美穂子は思わず声をあげてしまった。自分の意中の相手に体を触られるのにわずかながら緊張があったからだ。

 

 だけど、あんなこと言っておいて、ここでやめてとは言えない。

 

「京太郎も……服の上からやったらわかりにくいでしょう? だから、その……ほら」

 

 そこまで言うと美穂子は突然、第一ボタンを外した。そうして肩口の部分だけ繊細な肌を露出させる。

 

「直接……お願い?」

 

「わ、わかった……」

 

 頬を朱に染めた美穂子と同じくらいに顔を真っ赤にさせた京太郎。それもそのはず。

 

 ボタンを外したせいで美穂子のはだけた襟元が見えるのだ。

 

 白い首筋の肌。浮き出した鎖骨と窪み。その先の大きな膨らみに続く。風呂上がりで上気しているせいで、魅力が何倍にも増している。

 

 さらに欲望を呼び寄せるのは肩にかかる黒いヒモ。これはもしかしなくてもブラジャーのもの。

 

「(く、黒!? 黒なのか、美穂姉!?)」

 

「んっ……どうしたの、京太郎? 続けて?」

 

「お、おう」

 

 そうは言うもののこんなにも女の子として意識してはやりにくい。

 

 だけど、ここで変に動きを止めてやましいことを考えているとバレたくもない。

 

 無心でやろう。そう決意した京太郎は両手を動かす。

 

「んっ、あっ……そこ、もうちょっと強く……っっ!」

 

 京太郎がマッサージを再開した途端、美穂子の体に電流が走った。

 

 生とではこんな違いがあるのか、と彼女は心底後悔していた。

 

 快感が違う。さっきまでとは大きく異なる。急に体温がポカポカと温まってきた。

 

 そんな状態になっているとも気づかず彼は手を動かし続ける。

 

「これなんかっ……どうだ?」

 

 ぐにぐにとほぐしてから、肩全体に覆い被さるように手を置くと、一気に掴み上げる。女子特有のやわらかい肌が吸い付くように引っ張られ、固まった筋肉を揉み解いていく。

 

「あぁっ! くぅ……んんっ!!」

 

 甘い声を出して美穂子は椅子にもたれかかった。意識ここにあらずと、うっとりした表情だ。

 

 赤く染まった目元が色っぽい。ほつれた後ろ毛や、うっすら涙を滲ませた瞳が普段の彼女とは違った魅力を与えているようで。

 

無心無心無心無心!

 

 もう我慢の限界だった京太郎は一気に攻める。確実に美穂子のツボを指で押していく。

 

 肩の端から首の根元まで徐々に移動していき、優しく、それでいて的確に美穂子の弱い部分を突いていく。

 

「ひゃっ、ぁ……ぁ……!」

 

「もうちょっとで終わるからな、美穂姉!」

 

「う、うん、がんばりゅっ!? んぁ、ひゃうぅぅっっっん!!」

 

 ビクンと体をのけぞらせて跳ねる美穂子。だらしなく開けた口からは透明な液体が垂れていた。服も乱れ、あと少しでも捲れてしまえば、ツンと尖った桃色の突起が露わになってしまうだろう。

 

だ、だめ……。気持ちよすぎて、もう何も考えられない……。今もこんな格好で……でも、嫌じゃない不思議な感覚。

 

「はぁ……はぁ……。どうだ、美穂姉。良かっただろ?」

 

 ニコリと笑って自信ありげに感想を求めてくる京太郎。

 

 ちょっと頭を回してから、経過を思い出し、彼女は答えた。

 

「う、うん。また……また今度もお願いするわね」



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美穂姉は合宿へ行く

 県予選大会も全て終わり、数日が経った夜。

 

 俺と姉さんはリビングにキャリーバッグを広げ、それぞれの着替えを詰めこんでいた。

 

「ねぇ、京太郎」

 

「なに? 忘れ物?」

 

「京太郎はどっちの下着が好み?」

 

「弟にそんな質問をするのはどうかな」

 

 最近、姉さんが部長に毒されている気がする。

 

 あの人、面白がって色んなことを吹き込んでそうだし。おかげで俺の理性はゼロに近い。

 

 我ながらよく襲わずにいるな……。

 

 いや、それが普通なんだけどさ!

 

「どうしたの? 頭痛?」

 

「いや、俺ちょっと煩悩が多いなぁって」

 

「まぁ! 姉弟おそろいね!」

 

 いいのか、姉さん……!

 

 そんなことで喜んで……!

 

 そんなやり取りも交わしつつ、さらに時計の針が進んで9時。

 

 準備が完了して一息ついた。

 

「ふぅ……思ったより時間がかかったわね?」

 

「姉さんが俺のバッグを漁らなかったらもう少し早かったと思うけど」

 

「あら? 京太郎だってお姉ちゃんの下着をチラチラ見てたでしょう?」

 

 あんな堂々とおっぴろげられたらそりゃあな!

 

 俺も健全な男子高校生なわけだし!

 

「それに京太郎が変なものを入れていないか確認していただけよ。何せ今日の合宿は」

 

「女子大多数の中に男一人、だろ? 俺もそれくらい理解しているよ」

 

 そう、俺たちがなぜこのような準備をしているのか。

 

 それは部長立案の風越、清澄、鶴賀、龍門渕による強化合宿が開催される運びとなったからである。

 

 その話を聞いた時、俺には関係ない話だと思っていたが部長は何故か俺も連れていく気満々。

 

 すでに許可も得ているとのこと。

 

『大切な部員の一人として置いていけるわけないわ!』

『部長……! …………本音は?』

『美穂子が面白くなるじゃない!』

『ギルティ』

 

 というわけで俺も無事に参加することになった。

 

 ……まぁ、和に東横さん、沢村さんと大きい人がたくさんいるし、役得でもある。

 

 このチャンスを生かして、どうにか仲良く。

 

 ……いつかは彼女になんて……ぐへへ。

 

「……京太郎」

 

 あっ、あかん。

 

 この声のトーンの美穂姉はあかん。

 

 開いた瞳がその証拠。

 

「な、なにかな、美穂姉?」

 

「他所の学校に迷惑をかけてはダメよ? 久の信頼にも関わってくるんだから」

 

「わ、わかってるよ。だけど、一緒に練習する上で仲を深めるというのも」

 

「京太郎はお姉ちゃんの友達と打ちましょう。そっちの方がきっといいわ」

 

「いや、俺のスタイル的には似ている和や沢村さん、加治木さんに聞きたいこともあるし、そこはこっちで決めさせてよ」

 

「……むー」

 

「膨れてもダメ」

 

「京太郎がお姉ちゃん離れして寂しいわ」

 

「美穂姉も弟離れしなよ」

 

「お姉ちゃんは京太郎に嫁ぐつもりだからいいの」

 

「……絶対に外でそれ言っちゃダメだからね」

 

「お父さんには許可はもらいました」

 

「親父ー!?」

 

 前々から姉さんの態度には不問だった両親だったが、こんな事情があったとは……!

 

 って、言ってるそばからもたれかかってきているし。

 

 ……いい笑顔しやがってちくしょう。

 

「……ふふ、京太郎ー」

 

「……はぁ」

 

 思わずため息をつく。

 

 美穂姉の行動にではなく、結局は許容してしまっている自分に対して、だが。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「じゃあ、美穂姉。俺は清澄のみんなと行くから」

 

「ひどい……。私を見捨てるの?」

 

「外でその台詞は不味いからやめて!?」

 

 そんな一幕があった朝。

 

 美穂姉は風越、俺は清澄の団体メンバーと行くために一度別れることとなった。

 

「ということが今朝ありまして……」

 

「あ、それ私が教えたやつ」

 

「竹井ィ!!」

 

 これがバスでの一幕。

 

 やはり姉さんが妙な知識をつけているのは悪待ち部長のせいだった。

 

 勘弁してほしい。俺の気力が持たないから。

 

「京ちゃん。疲れ気味だね?」

 

 可愛いらしい声が聞こえたと思えば、読書に励んでいた幼馴染みだった。

 

 ピョコンと跳ねた髪が印象的な小柄な文学少女である。中学の時にとある事情から喋るようになり、俺が麻雀部に入ったのに付いてくる形で入部した。

 

 ちなみに麻雀は強いのも知っているし、彼女の姉との関係も聞いている。

 

「ああ、咲か。ちょっと部長にからかわれてさ」

 

「最近、部長と仲いいよね? どうして?」

 

「ほら、姉さんとのつながりだよ。美穂姉が中学の大会の時に知ってたらしい」

 

「へぇ、美穂姉ちゃんが? 世間って狭いねぇ」

 

「だな。ところで、咲」

 

「なーに?」

 

「俺とお前の間も狭い気がするんだけど?」

 

 先ほどから隣に座る咲がどんどん距離を詰めてきてもう肩が擦れあうくらいに近くなっている。

 

「そうかなぁ? ほら、バスの中で迷惑かけちゃダメだし」

 

「貸し切りバスだぞ」

 

 麻雀部が男女共に全国大会に出場することになり、一番変わったのは周囲の対応。

 

 臨時予算がおりたし、応援団みたいなのも出来た。

 

 一種のフィーバー状態。

 

「いいじゃん、京ちゃん。中学の時は背中合わせに本を読んだこともあるし」

 

「そりゃそうだけど」

 

「…………ダメ?」

 

「……まぁ、いいよ。許可します」

 

「えへへ~。優しい京ちゃん好き~」

 

 スリスリと咲は頬をこすりつけると、そのままもたれかかって読書を再開する。

 

 その様子を前の席に座っている部長が愉快そうに見ている。

 

 言うなよ、絶対に美穂姉には言うなよ!

 

 視線で念を送ると彼女はグッと親指を立てる。

 

 悪どい笑みを浮かべながら。

 

 あ、これダメやん。

 

 こうして俺はどうやって向こうで美穂姉にフォローしようか頭を悩ませることになったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「到着ー!」

 

「こら、優希。大人しくせんかい」

 

「じゃあ、私は部長どうしの会合をしてくるから。須賀くんはどうする?」

 

「いや、姉とは後でも会えるので。俺はちょっと酔ったのでこの辺で外の空気を吸ってきます」

 

「大丈夫?」

 

「おう。これくらいならすぐに治るさ」

 

 心配してくれる咲の頭を撫でると、みんなから離れて駐車場をウロウロと徘徊し始めた。

 

 すると、車のそばにしゃがみこんでいた黒髪の女の子がいた。

 

 口を手で押さえていて、顔色も悪い。

 

 あっ、これは。

 

「うぇぇぇ……」

 

 あー、やっぱり。

 

 それの前兆だよなぁ。

 

「うっ、うぅ……」

 

 泣き始める女の子。

 

 ここにいるってことは四校の関係者で……あっ。見た覚えがあると思ったら、この大きな胸。

 

 鶴賀の東横さんだ!

 

「東横さん、大丈夫か!?」

 

「えっ」

 

「これを使って手を。服は……そうだ。良かったら、これを着てください」

 

「あ、は、はいっす」

 

 咄嗟にハンカチをかして汚れた口をきれいにさせると、バッグの中からジャージを手渡す。

 

 すると、彼女はそれらを受けとると、混乱しているのか、この場で着替え出した。

 

 ……見たいけど、見ちゃダメだ! 今こそ普段鍛えあげられた理性をフルに使え!

 

 素数を数えたり、般若心経を唱えたり、家で稀にだらける姉さんを浮かべたり。

 

 様々な方法で意識と目線をそらして清掃に励んでいると、チョンチョンと肩を叩かれた。

 

 振り返ると頬を赤らめた美少女と弾けそうな双山。

 

 身を包むジャージのチャックがボーンしそうだ。

 

「あ、ありがとうございます。えっと……」

 

「ああ、ジャージなら部屋で着替えた後に返してくれたらいいよ。もし俺がそれを着るのが嫌だって言うなら捨てても構わないけど」

 

「そ、そんなことないっすよ! すぐにお返しするっす!」

 

 東横さんは身を乗り出して俺の提案を拒否する。

 

 良かった。流石に嫌って言われたらショックだったからな。初対面だし仕方ない部分はあるとはいえ。

 

「そうか? なら、いいんだけど」

 

「あ、あの……すごく変な質問をしてもいいっすか?」

 

「えっと……ああ、俺の名前かな? 須賀京太郎って言います。清澄高校の麻雀部員です」

 

「あ、ご親切にどうもっす。私は鶴賀麻雀部員の東横桃子っす――って、そうじゃなくて!」

 

 彼女は俺の肩を掴むと、額がぶつかりそうになるくらいに顔を近づけて問いを放った。

 

「私の姿が見えるっすか!?」

 

「そりゃ、見えるけど」

 

「はうあっ!!」

 

「東横さーん!?」

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「うっぷ……。やっと着いたっす」

 

「こら、モモ。華の女子高生が恥ずかしいぞ」

 

「そういう先輩も顔色悪いっすよ」

 

「……蒲原の運転が悪い」

 

「あれー?安全運転したつもりなんだけどなー」

 

 ワハハと呑気に笑っているが、こちらはちっとも笑えない。

 

 初めての合宿でテンションが上がったのもつかの間。

 

 すぐに激しい揺れによる酔いが襲ってきて、私たち鶴賀麻雀部員はダウンした。

 

「早く部屋に行こう。風にあたって休憩したらなんとかなるだろ」

 

「そうっすね……」

 

 加治木先輩の指示に従って、私たちは用意された部屋へと向かう。

 

 しかし、予想以上に体へのダメージは大きかったらしく一歩進むたびに気持ち悪さが増す。

 

「おい、大丈夫か、モモ?」

 

「……ちょっとヤバいっすね。ゆっくり行くので先にどうぞ……」

 

「蒲原をつけようか?」

 

「いえ、部長ですし……それに他のみんなも結構アレなので……」

 

 見たらむっちゃん先輩もかおりん先輩も気分が悪そうだ。私より軽そうなだけ羨ましい。

 

 それが理解できているから先輩は申し訳なさそうに決断する。

 

「……わかった。だけど、本当に危険だと思ったら連絡するんだぞ?」

 

「はい。その時はお願いするっす」

 

 私がそう言うと加治木先輩は入り口をくぐり、中へと消えていく。

 

 ……さて、と。

 

「もう無理っすねぇ……」

 

 乗り慣れない車。遠足前の小学生のような昨晩の浅い眠り。

 

 それらの要因もあわさって、もう限界だった。

 

 せめて、誰にも見えないところで……。

 

 そう思って駐車場の端の死角へと移動する。

 

「う、動いた反動で……っ」

 

 反射的に口を塞ぐけどもう遅い。

 

「うぇぇぇ……」

 

 ……やってしまったっす。

 

 高校生にもなってはしゃいで吐くなんて……ちょっと恥ずかしくて死にたい……。

 

 思わず泣いてしまう。

 

「うっ、うぅ……」

 

 このままだと加治木先輩たちにみっともない姿を見せるどころか、心配までかけてしまう。

 

 でも、心が追い付いてくれない。

 

 落ち着かない。何もできない。

 

 そう思った時だった。

 

「東横さん、大丈夫か!?」

 

「えっ」

 

 突然、横から降ってきた声の主は金髪の少年だった。

 

 多分、同い年。彼はポケットからハンカチを取り出すと私の口に当ててくれる。

 

 き、汚いのにそんな躊躇なく……。

 

「これを使って手を。服は……そうだ。良かったら、これを着てください」

 

「あ、は、はいっす」

 

 口周りを拭うと、きれいな面に畳み直して渡してくれる。

 

 そのままバッグの中を探し出したと思えば新しいのがわかるジャージを手渡してくれた。

 

 え、えっと、とりあえず、着替えよう。

 

 あまりの出来事に気が動転していた私はその場で着替えを始める。

 

 上着を脱いだところで気づいてしまう。

 

 な、何してるっすか、私ー!!

 

 すぐに胸を腕で隠して正面の男性を睨む。

 

 でも、彼はこちらに背中を向けて眼を自分の手で覆っていた。

 

 その姿に安心して、ホッと息を吐くと急に体がポカポカと温かくなる。

 

 見知らぬ自分の世話をしてくれて、汚物まで処理してくれて、完璧な対応。

 

 それに加え、顔も整っている。

 

 そして、何より――。

 

 華の女子高生がときめかない訳がなかった。

 

 一度、意識するとその感情は急速に心を支配する。

 

 私の頭は彼のことでいっぱいだった。

 

 知りたい。

 

 彼のことを知り尽くしたい。

 

 頬が帯びた熱で熱くなる。

 

 すぅっと深呼吸すると彼の肩を小さく叩く。

 

「あ、ありがとうございます。えっと……」

 

「ああ、ジャージなら部屋で着替えた後に返してくれたらいいよ。もし俺がそれを着るのが嫌だって言うなら捨てても構わないけど」

 

「そ、そんなことないっすよ! すぐにお返しするっす!」

 

 私が口にする前に彼はフォローをいれてくれる。

 

 だけど、今はそんなことが聞きたいわけじゃないのだ。

 

「そうか? なら、いいんだけど」

 

「あ、あの……すごく変な質問をしてもいいっすか?」

 

「えっと……ああ、俺の名前かな? 須賀京太郎って言います。清澄高校の麻雀部員です」

 

「あ、ご親切にどうもっす。私は鶴賀麻雀部員の東横桃子っす――って、そうじゃなくて!」

 

 思わず興奮してしまい、須賀さんの肩を掴む。

 

 彼は私に対して自分から声をかけてくれた。

 

 つまり、それが示す事実は一つ。

 

「私の姿が見えるっすか!?」

 

「そりゃ、見えるけど」

 

「はうあっ!!」

 

「東横さーん!?」

 

 完璧っす。

 

 もう非の打ち所がない。

 

 今日、東横桃子は恋をした。




モモがいないと死ぬ病気に俺かかってるからすまんな


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美穂姉は勘違いしている

◆◇◆『likeじゃない、loveよ』◆◇◆

 

 

――そわそわ……そわそわ

 

そんな風に心情を表現する。

 

今朝、京太郎成分を補充してから別れた私だけど、そろそろ足りなくなっている。

 

……と、そんな一割程度の冗談は置いておきましょう。

 

「京太郎はまだかしら」

 

合宿所には私たち風越学園が一番乗りだった。どうやら話は先に通っていたみたいで今はみんな自由に行動している。

 

空いていた時間に京太郎の部屋を確認して、私も荷物を置いた後、ロビーに向かうと龍門渕の一行が到着していた。

 

「おーほっほ! 私たちが一番ですわ!」

 

「いや、須賀さんいるじゃん」

 

「こんにちは、みなさん。ところで、私の弟――清澄高校は見かけませんでしたか?」

 

「清澄?」

 

「咲かー? 咲は見ていないぞ」

 

「そうですか……。ありがとう、衣ちゃん」

 

「むっ、衣の頭を撫で……ふにゃあ」

 

「あら、凄腕ですわ」

 

小さい頃、京太郎を誉める時にやっていた癖で頭を撫でてしまったけど衣ちゃんは笑っていたので大丈夫……よね。そのまま全員と挨拶を交わし、またロビーでうろうろとしていると今度は鶴賀学園の加治木さんが声をかけてくれる。

 

そわそわ、そわそわ

 

「やけに落ち着かないな、風越の」

 

「あ、加治木さん。鶴賀のみなさんも……あら?」

 

彼女の後ろに見えるのは三人。副将戦に出ていた東横さんの姿が見当たらなかった。

 

「お一人いないみたいだけど風邪かしら?」

 

私がそう言うと加治木さんは驚いたような顔をする。

 

……? 私、なにか変なこと言ったかしら。

 

「流石だな。モモの姿が認識できていたのか」

 

「ええ。気配を察知するのに長けているから」

 

「なるほど。麻雀での完璧な読みはそんな理由があったとは。しかし、そのことを知ればモモも喜ぶよ」

 

「そうなの?」

 

「ああ。彼女は特異体質のせいで、その、なんだ。会話をできる人が少ない。初対面で申し訳ないが合宿で話してやってくれると嬉しいのだが……」

 

「それなら安心して。多分、私のだん――弟も東横さんの姿を見えていると思うから」

 

「弟……確か今回の合宿に参加するのだったな?」

 

「ええ。あ、安心して。麻雀の腕は確かだから」

 

「それに関しては心配してないさ。姉弟そろっての優勝は驚いた」

 

「ふふっ、ありがとう」

 

「その弟くんなのだが、不安があるとすれば……これも失礼なのだが女子ばかりの中に男子一人というのは」

 

「それも安心して。だって、京太郎は私にしか興味ないから」

 

「そうかそうか。姉にしか興味がない――」

 

瞬間、空気が変わった気がした。

 

なぜか目の前の彼女の笑顔が固まっている。理由がわからないので、私はニコニコしておこう。

 

「……一つ質問をしてもいいだろうか?」

 

「どうぞ、遠慮なさずに」

 

「それはLikeか? それとも」

 

「LOVEです」

 

「……そうか」

 

「ね? 安心でしょう?」

 

「あ、ああ。これで麻雀に集中できる。それではここで失礼するよ」

 

「はい。また後で」

 

手を振って鶴賀学園のみなさんを見送る。私の横を通るたびに微妙な表情をしていたけど、やっぱり変なことを言ったのかもしれない。

 

事実を伝えただけなのに……。

 

あとで京太郎に聞いておきましょう。

 

「そわそわ、そわそわ」

 

「口に出てるわよ、美穂子」

 

「あ、上埜さん!」

 

入れ替わるように後ろから声をかけてきたのは待ちわびた清澄高校の部長さん。

 

私の恋愛の師匠でもある。

 

「やっほー。ごめんなさい、遅れちゃって」

 

「約束の時間内だから問題ないと思うわ。それで私の京太郎は?」

 

「本音が漏れ出てる、漏れてる。あいにく、須賀くんなら酔ったとかで外にいるわ。すぐに入ってくると思うけど」

 

「じゃあ、行ってくるわね」

 

「待ちなさい、待ちなさい」

 

外へと向かおうとした私の腕を取る上埜さん。人指し指をこめかみに当てている。

 

「頭痛?」

 

「ちょっと友達が思った以上に重症でね。程度を弁えるか考え直しているの」

 

「あら、簡単な手当てならできるけど」

 

「自覚がないから治せないのよ」

 

「?」

 

上埜さんが言っていることがいまいち要領が掴めないけれど……きっと彼女ならなんとかしてくれるわよね。

 

なにせ疎い私と違って経験豊富なイマドキ女子なのだから!

 

「それで美穂子。須賀くんを迎えに行くのもいいけどあなたは部長会議があるじゃない」

 

「あっ」

 

「だから、一旦お預けよ。あまり遅かったら代わりに和に行ってもらうから」

 

「和……」

 

思い出す。前日に京太郎があげていた名前の中にあった。

 

清澄の副将でデジタル特化のインターミドルチャンピオン。

 

同じタイプの京太郎とは仲が良いことは聞いている。

 

「……いえ、やっぱり私が迎えに行きます」

 

「美穂子?」

 

「ほら、京太郎がもし最悪の事態なら着替えさせてあげるのは私だけだから」

 

「そっちの方が須賀くんにとって最悪の事態になりそうね」

 

「私にとっては最高の事態です!」

 

「私だからいいけど、他の高校のいる前でそれ言っちゃダメよ!?」

 

上埜さんが必死の形相で注意する。

 

私にとってはただの家族への愛情表現なのだけど……厳しい世の中になっちゃったわね。

 

「竹井? さっきから大きな声が聞こえて……あっ」

 

「ええ。察しの通りよ、ゆみ。なんとか説得したいのだけど」

 

「……須賀。聞いたところだと弟は君のことをLOVEしているのだろう?」

 

「はぁっ!?」

 

「……はい」

 

改めて人に言われると恥ずかして体が熱くなってくる。

 

頬も赤いだろう。

 

それと上埜さんがさっきからすごい肩を掴んで揺らしてくるのは何でだろう?

 

「なら、その愛を信じて待つのがいい女性なのではないだろうか?」

 

「はぅっ!?」

 

「なに感銘を受けているの!? その愛は嘘でしかないのに!?」

 

「……ごめんなさい。私、間違えてました。京太郎を信じて、会議に参加します」

 

「うむ。それが立派な愛の形だ」

 

「ちょっ、待って。ダメ。ゆみもなんか変だし、ツッコミが追いつかないっていうか須賀くん! 早く帰ってきて!」

 

明後日の方向へ向かって上埜さんが助けを求めて叫ぶ。

 

すると、それに反応する男性の声があった。

 

「部長? どうかしましたか?」

 

「京太郎!」

 

それが最愛の弟のものだとわかり、すぐに振り返る。

 

すると、そこには京太郎と――

 

「どうしたっすか、京さん?」

 

――弟の手を握って隣に立つ黒髪の少女が立っていた。

 

 

◆◇◆『姉は見抜いていた』◆◇◆

 

 

時はさかのぼること十数分。

 

「えっと、改めまして東横桃子です」

 

「須賀京太郎です」

 

互いにペコリと頭を下げる。

 

一連の処理が終わった後、俺たちは自己紹介をしていた。

 

あんなことがあったからこそ、こういう印象を決める挨拶は大切だと思う。

 

「さっきはありがとうございました。あのままだときっと……」

 

「いやいや、困った時にはお互い様ってことで」

 

「それでも……そうっす。何かお礼をさせてほしいっす!」

 

「お礼なんて気にしなくても」

 

「そういうわけにはいかないっすよ! このままもらってばかりじゃ申し訳なくてやりづらくなるっす……」

 

うっ。それは嫌だなぁ。

 

せっかくの好みの女の子に好感触を与えて仲良くなれそうなんだ。男心としても欲が出る。ここは無難な願いを叶えてもらうことにしよう。

 

「じゃあさ、麻雀を一緒に打ってほしいんだ」

 

「……へ? 麻雀っすか?」

 

「そうそう。男子って女子より実力が劣る風潮があるし。肩身が狭くて……」

 

「女子20人の中に男子一人で参加っすもんね」

 

「その通り。だから、東横さんが進んで参加してくれたらすごくありがたいかなって」

 

「そういうことならステルスモモにお任せっすよ!」

 

ステルスされると困るんだけどなぁ……。

 

まぁ、自信満々だし水を差すのはよそうなにより彼女の弾ける笑顔はとても癒される。

 

喜びを表すようにピョンピョンと跳ねて揺れる胸も素晴らしくて直視できない。

 

「……? どうかしたっすか、須賀くん?」

 

「……いや、なんでもないんだ。それより合宿所に行こうか。みんなも待っているだろうし」

 

「それもそうっすね! 行きましょうか!」

 

「ふぉっ!?」

 

東横さんは空いていた右手をぎゅっと握ってきた。あまりにも唐突なことに変な声をあげてしまう。

 

「と、東横さん!?」

 

「はい、東横桃子っすよー?」

 

ニパーって笑って可愛い……じゃなくて!

 

「手! なんで握ってるの!?」

 

「え? だって、友達ならこれがフツーなんじゃないっすか?」

 

「違う違う。男女の友達はこんなことはしません!」

 

「んー。でも、私はこうしていたいっすよ?」

 

天使かな?

 

天使じゃないよ。

 

女神だよ。

 

なんなの、この子。なんでこうも的確に胸キュンさせてくるの。

 

純粋無垢な好意ってヤバイわ。心が浄化されるかのような清さ。思わず一句読んでしまった。

 

うちの姉さんにも見習ってほしい。最近、かなりアグレッシブだから。

 

「さぁ、レッツゴーっすよ。須賀くんっ」

 

「……そうだな!」

 

もう考えることをやめた。

 

彼女が気にしないならいいじゃん。

 

この柔らかくてモチモチでスベスベな感触を楽しもう。

 

俺たちは楽しく会話をしながら合宿所へ歩きだし、ドアを開けて中に入る。

 

「ただいま戻りまし――」

 

「ちょっ、待って。ダメ。ゆみもなんか変だし、ツッコミが追いつかないっていうか須賀くん! 早く帰ってきて!」 

 

「――なんだ、このカオスな絵面」

 

そして、東横さんとの桃色空間は上級生三人によってあっけなく潰された。

 

なにやってんだ、この人たち。

 

それがロビーの惨状を見た感想だった。

 

加治木さんは額に手をついてため息を吐いているし、部長は今にも泣きそうな顔してる。

 

姉さんはそんな部長にガクガクと体を揺さぶられていた。

 

今、声をかけたら間違いなく巻き込まれる。自ら変な空間に飛び込みたくはなかったが、姉が主犯っぽいので仕方ない。

 

ため息を飲み込み、俺の助けを求めていた彼女に話しかけた。

 

「部長? どうかしましたか?」

 

「須賀くん!」

 

救世主が現れたのかと思わせる晴れ晴れした笑顔。こちらに駆け寄っては背中をバシバシと叩く。

 

「あなたは最高の後輩の一人よ! さぁ、あのボケ二人をやっつけて!」

 

え、なにこれ。ワケわかんない。

 

部長は動揺しているのか、普段のクールな面影は全くない。

 

とりあえず、落ち着かせようといつも美穂姉や咲を宥める時と同じように頭を撫でた。

 

「す、須賀くん……」

 

しおらしくなった部長は可愛かった。

 

「むー、須賀くんっ」

 

頬っぺたを膨らませて手を握る力を強くする東横さんも可愛かった。

 

「……京太郎」

 

背後に阿修羅の幻が見える美穂姉は超怖かった。

 

ハイライトが消えた瞳に直視された俺は二人から手を離し、姉の方へと向き直る。

 

「京太郎。そちらの方は?」

 

「えっと……この人は東横桃子さんって言って、鶴賀学園の部員さん」

 

「へぇ……その東横さんはどうして京太郎の手を握っているのかしら?」

 

あ、不味い。

 

責められる対象が俺から変わった。

 

「えっ、あっと」

 

「それに東横さんが着ている服って京太郎のよね? どうしてあなたが?」

 

「うぇっ!? そ、それは……」

 

「美穂姉。ちょっとこっち来て」

 

有無を言わさないような矢継ぎ早の質問に戸惑う東横さんをフォローする形で間に割ってはいる。美穂姉の手を引き、少し離れたところでこっそり話しかけた。

 

「美穂姉。実はこれには訳があって」

 

「それ相応のものでないと許しません」

 

「東横さんも酔って……吐いちゃって。それで着替えがなかったから俺のを渡したんだ」

 

「あら、それは大変!」

 

ちゃんとした事実を伝えると美穂姉の雰囲気がいつもの穏やかなものに戻る。

 

彼女は時たまに変な方向へと暴走するが根は優しい姉であることは俺がいちばん知っている。

 

美穂姉は東横さんの手を取ると、心配そうに尋ねる。

 

「ごめんなさいね、東横さん。私、勘違いしたみたいで」

 

「い、いえ。私も少しはしゃぎすぎたっす」

 

「ううん、いいの。加治木さんから聞いたわ。京太郎でよければ友達(・・)になってあげてくれる? ちょっとエッチな部分もあるけれど、根はいい子なの」

 

「こ、こちらこそお願いします!」

 

「私もあなたのお友だちになってもいいかしら?」

 

「ぜ、ぜひ!」

 

「ありがとう。じゃあ、一旦部屋に行って着替えてきて。それからまたお話ししましょう?」

 

「は、はいっす!」

 

美穂姉がそう言うと東横さんは『ヒヤッホォォォウ! 最高だぜぇぇぇぇ!!』とスキップしながらロビーから消えた。

 

「さて、と」

 

それを見届けると姉さんは振り向く。

 

閉じていた片目が開いた状態で。

 

あ、あれぇぇぇぇ?




短編は思いついたことをそのまま文章に出来るから気が楽でいい


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美穂姉は見逃さない

咲ちゃん? いいえ、咲さんです


「み、美穂姉?」

 

「京太郎……。お姉ちゃんはショックです」

 

「な、なにが?」

 

「京太郎が嘘をついたことが」

 

「いや、嘘なんかついてないって!」

 

「そうね。東横さんの服については聞いた通りでしょう。だけど、手をつなぐことは関係ないわ」

 

「うっ」

 

 くそっ、上手く流せたと思ったのに気づかれてた!

 

 俺だってたまには姉さん以外の美少女の手をにぎにぎしたくなる時もある。

 

 男だから。

 

 男だから!

 

「そうだぞ、須賀弟。君には少しがっかりした」

 

 加治木さんはため息を吐く。

 

 え? 俺なんかこの人にしたっけ?

 

 初対面のはずなんだけど。

 

「君のことは須賀姉から聞いている。君には大切な人がいるはずだろ?」

 

「え? え?」

 

「それなのに他の女子と仲良くイチャイチャと……それも本人の前でするとは鬼の所業だな」

 

「……うーん」

 

 この人もしかして盛大に勘違いしている?

 

 俺が東横さんを毒牙にかけようと思っているのかもしれない。

 

 ちょっと話が噛み合わないけど、これしか考えられない。

 

 そうだよな。いきなり後輩が男と手を繋いでいたら怒るよな。

 

 なら、精一杯誤解を解かなければ。

 

「いや、違うんですよ、加治木さん。俺は東横さんとは別に怪しい関係じゃ」

 

「当たり前だ。君の愛する者は姉である須賀美穂子だろう!」

 

「あっ、全ての謎が解けました」

 

 ギギギと首を美穂姉の方へと回す。

 

 彼女は頬に手を当てて、恥ずかしがっていた。

 

 その反応、ギルティ。

 

 俺は彼女に近づくとその頬を引っ張った。

 

「美穂姉ぇ? 嘘をつく悪い口はここかなぁ?」

 

「いふぁい! いふぁいは京太郎!」

 

「自業自得だろ!? ほら、早く本当のことを説明して!」

 

「ふぁい」

 

 了解の返事を聞いてからパチンと頬を離す。さっきとは違う意味で赤くなった頬っぺたをさすりながら、美穂姉は戸惑っている加治木さんに弁解を始めた。

 

「あのね加治木さん。京太郎って照れ屋さんだから今も必死に誤魔化そうと」

 

「それ以上嘘を重ねたら今度から一緒に寝ない」

 

「――ごめんなさい。嘘をつきました。京太郎は私より胸が大きい女の子が好きな男の子です」

 

「うぉぉい‼」

 

「いや、ちょっと待って。須賀くんの口からもっとすごいこと聞こえたのって私だけ? ねぇ、私だけ?」

 

 復活した部長が袖をグイグイと引っ張ってくるが無視。確実に話がこじれる。

 

 目の前の駄姉で手一杯だから。

 

「余計なことは言わなくていいんだよ、美穂姉!」

 

「あら、素直になっていいのよ? 昔、私の胸が膨らみはじめて急に抱きついて甘えてくれるようになった時のように!」

 

「人の黒歴史を暴露するのやめてくれる!?」

 

「ほら、今の方が膨らんでいるわ」

 

 腕で持ち上げて寄ってくる美穂姉。

 

 マ、マシュマロが二つ……!

 

「やめて! 犯罪っぽくなっちゃうから! 周囲の視線が辛いから!」

 

「その割にはチラチラ指の隙間から見てるわよね、須賀くん」

 

「須賀弟は巨乳好きの変態……と」

 

「ちゃ、ちゃうねん! えっと、その貧乳も! 貧乳も好きだから!」

 

「それ反論になってないわよ」

 

「須賀弟は胸フェチのド変態だったのか……」

 

「あなたたち! いつになったら部長会議を始めるんですの!?」

 

『あっ』

 

 龍門渕代表の叫びで騒ぎは終わりを迎えた。

 

 結局、誤解が誤解を呼び、それは解かれることのないまま、俺は部長会議に連れていかれることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、本日は自由行動。合同練習は明日の朝10時からでよろしいですわね?」

 

『異議なし』

 

「でしたら、解散! 部員たちにも教えてあげてくださいまし」

 

 龍門渕さんが最後を占めて、部長会議は終了する。一番年下の彼女が仕切っているのはきっと先ほどのやり取りが原因なんだろうなぁ。

 

「お疲れ様、須賀くん。ちょっといい?」

 

「あ、部長。お疲れ様です。俺も用がありまして」

 

「あら、奇遇ね。もしかしてあなたの部屋のことかしら?」

 

「ビンゴっす」

 

「大丈夫。今から私が案内して」

 

「私が案内するから問題ないわ、上埜さん」

 

「あ、そ、そう? なら、任せるわね」

 

 そう言うと部長は手を振って、清澄の部屋へと戻っていった。

 

 続いて俺と美穂姉も会議室を後にし、廊下を歩いていく。

 

「あ、三階だからね」

 

「ねぇ、美穂姉」

 

「そこを左に曲がって」

 

「いや、だから美穂姉」

 

「角から三つ目だからここね」

 

「なんで俺の部屋を知ってるんだよ!?」

 

 おかしい。実におかしい。

 

 俺が部長に部屋番号を聞こうとしたら案内役を買ってでた時から怪しいとは思っていたけど。

 

「どうしてって……京太郎の部屋は私が指定したもの」

 

「通りでみんなとはフロアが一つ違うと思った!」

 

「そう不満を漏らさないためにお姉ちゃんも一緒に過ごすから安心して」

 

「一向に満たせてねぇよ! 俺は年頃の女の子とキャッキャウフフしたいの!」

 

「私がいるじゃない。面白い冗談ね」

 

「全く笑えないんだけど!? 美穂姉は姉弟じゃん!」

 

「いい、京太郎? 義理の姉弟は結婚できるの。そして、今日私たちは同じ部屋に二人きり。後は……わかるわよね?」

 

「ああ、自分の貞操の危機がな」

 

「欲にまみれていいのよ?」

 

「ああ、ぜひとも溺れたいね。美穂姉以外の女の子と」

 

「ねぇ、スケベしましょう……?」

 

「なんて魅力のないお誘い!」

 

 そんなやり取りをしながら部屋のドアを開ける。

 

 すると、中では見知った人物が一人いすに座って呑気に読書をしていた。

 

「あっ、おかえり京ちゃん。もう部屋の前で漫才長いよー。待ちくたびれちゃった」

 

 んーっと伸びをしながら凝り固まった体をほぐすとトテトテと歩いて抱きついてくる。

 

 あまりにも自然な動きに反応が遅れてしまった。

 

「って、おい! なにしてんだよ!」

 

「ほら、言ってたじゃん。年頃の女の子とキャッキャウフフしたいって。だから、させてあげようと思って」

 

「えぇ……」

 

「それに京ちゃん成分補充しなくちゃ」

 

「咲ちゃんも京太郎成分がわかるの!?」

 

「あ、美穂姉ちゃんも来てたんだ。こんにちは」

 

「ええ、こんにちは」

 

 咲の挨拶に姉さんは笑顔で返す。

 

 ちなみに姉さんはこんなだが性格は聖人な上に天然も入っているので全く嫌みに通用しない。

 

 咲も苦笑いしていた。

 

「相変わらずだね、美穂姉ちゃん」

 

「……? 咲ちゃんも読書が好きなのは変わってないのね。最近、遊びにきてくれないから寂しいのよ?」

 

「ごめんね? 部活が忙しくって……」

 

「全国終わったらまた遊びましょう」

 

「うん! 久しぶりに美穂姉ちゃんと遊べるの楽しみにしてるよ!」

 

「そう、よかった。ところで、咲ちゃん」

 

「うん、なに?」

 

「ここに置いてあった私の荷物が見当たらないのだけど……どこか知らないかしら?」

 

「あっ、あれなら返しておいたよ。だって、ここは京ちゃんの部屋だもん。いらないよね?」

 

 ……ん? あれ、雲行きが怪しくなってきて……。

 

「……あら。でも、代わりに可愛らしいトランクがあるけど、あれは……」

 

「それは私のだよ? 清澄の部屋だけ偶然(・・)、四人部屋しか空いてなかったから私はここで寝泊まりする予定なの」

 

「……そんな咲ちゃんみたいな可愛い子と京太郎が二人なんて心配だわ。私もこっちに移りましょう」

 

「必要ないよ。私、京ちゃんのこと信用してるから」

 

「……うふふふふ」

 

「……あははっ」

 

 向かい合って笑いあう二人。

 

 仲睦まじい光景のはずなのに、なぜか俺はゾクリと寒気を感じたのであった。

 




ぽんこつが加速する……!


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美穂姉は甘えてくる

我が家ののどっちは色モノ枠だから許してね


◆◇◆『キングクリムゾン』◆◇◆

 

「部長! 咲が同室なんて聞いてませんよ!」

 

「そうですよ、上埜さん! 話が違うじゃないですか!」

 

「まぁまぁ、二人とも落ち着きなさい」

 

手で『抑えて』とジェスチャーする部長はさもあらんとした様子で緑茶を飲む。

 

俺と姉さんは咲の件についてきっと仕掛けたであろう彼女を問い詰めにきていた。 ちなみに当事者である咲も付いてきている。幼馴染は不満顔で渋々といった感じだったが。

 

「……はぁ、須賀くん。ちょっとこっちに来て」

 

「……? わかりました」

 

呆れた風に長く息を吐いた部長に手招きされて俺は彼女の隣に腰を下ろす。すると、部長は周囲には聞こえないように顔を寄せて小声で話しかけてきた。

 

姉さんとは違う甘い香りが広がる。普段とは違う異性を意識させるシチュエーションに心臓が落ち着きをなくすが、表面上はどうにかしてつくろった。偶然の産物だけど、日々姉さんからちょっかいをかけられているせいで耐性ができていたみたいだ。

 

「あのね? 今回の咲を投入したのはあなたの為なのよ?」

 

「俺のため?」

 

予想外の答えに驚きが隠せない。

 

失礼ながら部長ならば面白がってやっていると思っていたから。

 

「はっきり言って、美穂子はあなたのことが好きすぎる。二人きりになったら、それはもうあなたは食べられちゃう。不味いわよね?」

 

「おお……! おお……!」

 

「だから、私がいる間は守ってあげる。大切な部員の一人だしね」

 

「部長! 好きです、付き合ってください」

 

「ふぇっ!? な、なんでそうなるのよ!」

 

「す、すいません。部長が天使に見えて……」

 

「……あら? あなたを騙して食べようとする悪魔かもしれないわよ?」

 

「部長になら食べられたいです」

 

「だ、だからなんであなたはそういうことを……」

 

自分でからかっておきながら直球で返されると照れる部長可愛い。

 

あたふたと慌てる部長可愛い。

 

俺のなかで部長の好感度はうなぎ登りだった。

 

「お、おほん! ほら、これであなたへの話は終わり。次は美穂子よ、チェンジ、チェンジ」

 

彼女がそう言うと俺と美穂姉は場所を入れ替わる。ぷくっと頬を膨らませていたので間違いなく焼きもちを妬いていた。

 

「……はい、次は私ね?」

 

「そうよ。いい? まず、美穂子。あなたは外聞を取り繕いなさい」

 

「これでも充分抑えていますが……」

 

「「ええ……」」

 

俺と部長の声がシンクロする。彼女が常識人で本当によかった。

 

「と、とにかく。風越にはあなたを尊敬している子が多いんだから。せめて彼女たちの前だけでも好き好きアピールはやめなさい。わかった?」

 

「……はい」

 

「よし。その分、今なら須賀くん成分を補充しなさい」

 

「はい……!」

 

シュンと落ち込んでいたのも束の間。一瞬でキラキラと目を輝かせる姉さん。

 

お構いなしに背中から抱きついてくるが……まぁ、これで我慢してくれるなら甘んじて受け入れよう。

 

……こういう甘いところがあるから、今でもラブラブと引きずっているわけで。少しは厳しくした方がいいのだろうか。うーん……悩ましい。

 

「そういえば須賀くんって美穂子に抱きつかれてもあまり動じないわよね。おっぱい大好きなのに」

 

「いや、もう慣れたというかなんと言いますか……」

 

「京太郎くんは私の胸に興味がない数少ない男子ですから」

 

横からフォローを入れてくれるのは同級生の原村和。

 

でも、ごめんなさい、和のおっぱいにも興味があります。

 

必死に意識を麻雀に集中させているだけです。

 

「ほら、そういうの嫌がる女子はいると思ってさ」

 

「はい。あまり心地のいいものではありませんから」

 

「そう? 私は別に見られても気にしないけど?」

 

チラチラと指を胸元に入れて覗かせてくる部長。

 

彼女も巨乳とは言わないが、ある方だ。モデルに負けないスタイルの良さで、美穂姉や和とは違う大人の魅力の持ち主。

 

妖艶な笑みとの組み合わせによる破壊力は計り知れない。

 

「部長、やめてください。――立てなくなるから」

 

「じゃあ、期待通りにほれほれ」

 

「悔しい! でも、感じちゃう!!」

 

「ふふ~、京太郎~」

 

「ちょっ、美穂姉もどさくさ紛れにどこさわって!?」

 

ベタベタくっついてご機嫌だった美穂姉は部長とのやり取りに嫉妬したのか、冷たい手を服の中に忍ばせていた。

脇腹をツーっとなぞられ、変な声が出てしまう。

 

「す、すごい……! 禁断の姉弟愛! 生で見るのは初めての経験で……すごい捗ります!!」

 

「なにが!?」

 

ツッコミなんぞ意に返さず、和は開けていたノートパソコンに指を走らせる。

 

彼女は小説を書くのが趣味と言っていたが、もしかしてそれだろうか。

 

「素直になれない京太郎に今日も()美穂斗(みほと)は甘い誘いをかける。それを拒む京太郎! だけど、反応してしまう体! 美穂斗の手はするすると下へと伸びていき、顔を寄せ、二人は背徳を感じながらも熱い口づけを――!!」

 

「怖い怖い怖い怖い!? 美穂姉も流れに従わなくていいから!」

 

「でも、原村先生の為にも頑張らなくちゃ……」

 

「先生!?」

 

「わわっ、すごい……。和ちゃん、これ今度でいいから美穂斗を咲男(さきお)に変えて書いてほしいな」

 

「それでいいのか、咲!?」

 

なんか幼馴染みまで悪乗りし始めてこの混沌とした状況を楽しみだしている。

 

なんとかして止めなければ!

 

俺は急いで立ち上がる。

 

――今、思えばきっと多方から様々な出来事が起きていて失念していたのだろう。

 

俺をからかって、近くにいた部長。

 

いくら俺が女の子のスキンシップに慣れているといっても体の生理現象を自由自在に操れるわけではない。

 

だから、制服(ズボン)越しにもわかる不自然な膨らみが、彼女の目の前に現れたのも仕方がないことなのだ。

 

「え、え? 嘘? す、須賀くんのすごい……大きくて……はわわわわ!?」

 

ひどく赤面したと思うと、彼女は頭から湯気を出して、こてんと倒れる。

 

「久ぁぁぁぁ!?」

 

この騒動はさっきまで空気だった染谷先輩の叫び声で幕を閉じた。

 

あ、ちゃんと全員、怒られました。

 

 

◆◇◆『シャッターチャンス』◆◇◆

 

 

「あ、おはよう、京ちゃん」

 

目が覚めると幼馴染みが隣で微笑んでいた。手も握っている。

 

え、なんだ、この状況。

 

「もうまだ寝ぼけてるのー? 」

 

「咲、教えてくれ。なんでお前が俺の横にいるんだ?」

 

「もうっ。昨日から合同合宿で私たちは同じ部屋になったの! 覚えてないの?」

 

「――はっ!」

 

咲にそこまで言われて思い出した。

 

そうだ。俺たちは四校合同合宿に来ていたんだ。

 

……でも、昨日の記憶がほとんどない。

 

部屋決めで一悶着あって、部長に迷惑かけて、染谷先輩に怒られたところまではおぼえているんだけど……。

 

まるで、そのあとはまるっきり時間ごととばされたような変な感覚。

 

「咲」

 

「なーに、京ちゃん」

 

「昨日の夜って何してたっけ?」

 

「熱い夜を過ごしたよ?」

 

「そういう冗談はいいから」

 

「ぶー。と言っても私もほとんど覚えてないんだ。なんでだろ?」

 

どうやら咲も同じようだ。

 

……きっと疲れていたんだろう。

 

うん、そうに違いない。

 

そう結論づけて布団から起きあがると、すぐに着替え始める。

 

「ちょっ、京ちゃん! 乙女がいるんだから着替えるなら言ってよ!」

 

「ああ、悪い」

 

「シャッターチャンス逃しちゃったでしょ!」

 

「乙女どこいった」

 

「あ、私が着替えるときはじっくり見てていいよ?」

 

「あいにく、ちんちくりんには興味ねぇよ」

 

「昨日、貧乳も好きって言ったじゃん! 京ちゃんの嘘つき!」

 

「理不尽! てか、聞かれてたの!?」

 

ロビーでの一件の時、咲はいなかったはずだ。俺の声はこんなところまで響いていたのだろうか。

 

「違うよ。噂になってたんだ、清澄の男子は大きいのも小さいのも受け入れる胸フェチだって」

 

「やっべー、俺、今日の練習で相手されないんじゃね?」

 

完全に女子の敵じゃん。

 

出所はある程度絞れる。だけど、もうどうにもできないだろう。

 

部長になんとか協力してもらうとして……あ、でも部長とは昨日あんなことがあったし……。

 

うん、俺も精一杯麻雀へ取り組む姿勢で評価を改めてもらうとしよう。

 

そうすれば解ってくれる人もいるはず。

 

「俺が好きなのは大きいおっぱいだけだと!」

 

「解決になってない気がするなぁ……」




和は腐っているのです


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美穂姉は愛弟を見守る

うちの国広くんは知ってるよなぁ!?


しっかりと朝食をとり、力をつけた朝。大部屋には数多くの生徒が集まっていて、俺もその中にいた。

 

「では、今から二半荘ごとに交代の練習を始めますわ。このあとは各自適当に卓を囲ってやってくださいまし」

 

「じゃあ、みんな始めましょうか」

 

部長と龍門渕さんの掛け声にそれぞれが返事をして、いよいよ長野県決勝進出の四校による練習が始まる。

 

これは各校の実力向上ともう一つ目的があるらしい。

 

この前、部長が教えてくれた。内容は秘密らしいけど。

 

「よろしくっす、須賀くん」

 

考え事をしていると、トントンと肩を叩かれたので振り返る。

 

そこには白黒ボーダーの服に身を包んだ東横さんがいた。

 

「東横さん! 体調は問題ないのか?」

 

「おかげさまで! 須賀くんの方こそ大丈夫っすか? 色々とすごいことになってるみたいっすけど」

 

「ま、まぁね」

 

嘘である。

 

朝食ではかなりの女子に意識的に避けられた。普通に接してくれたのは姉さんと清澄の面子に今の東横さんだけ。

 

「そ、その東横さんは平気なのか? 俺が、そ、その」

 

「おっぱい好きでもってことなら気にしてないっす! だって、昨日で確かに知っていますから。あなたの優しさを」

 

「……東横さん」

 

「だから、嫌いになるなんてあり得ないっすよ。一緒に半荘打ちましょ?」

 

「お、おう! よろしく頼む! 誰も打ってくれなさそうだから助かったよ」

 

「……勝手にライバルが減ってくれて私はありがたいっすけどね」

 

「ん? なんか言った?」

 

「いえいえ。あ、それと用事があるんすけど……」

 

東横さんは周りを見回して、顔を寄せる。ほのかに漂う柑橘系のさわやかな香りが鼻腔をくすぐる。

 

そんな至近距離であることに照れもせずに彼女は小声で囁いた。

 

「今日の夜……部屋に遊びに行ってもいいっすか?」

 

「ぜひとも」

 

ノータイム、ノーシンキング。

 

いや、むしろ考える必要ある?

 

そんな愚問。悪いな、高久田。俺は先に青春を楽しむことになりそうだ。

 

責任? そういうことは大人になってからってパパ言ってた。

 

「ありがとうっす。今日の練習、頑張りましょう!」

 

「おう! 全力を尽くすよ」

 

「えらく仲がいいんだね、君たち」

 

東横さんと意気投合していると後ろから別の声がかかった。

 

もしかして同卓希望をしてくれる方だろうか。なら、必死にお願いしなくては!

 

「すみません! 一緒に打ってくれる相手を探していて、よかったら――」

 

絶句。

 

確かに声をかけてくれた人はいた。頬に星のタトゥーシールを貼った、小さく可愛い女性。

 

でも、その人の服装が問題だった。

 

本当に大切な部分しか隠していないような露出度の高い組み合わせ。むしろ、布面積より肌面積の方が大きいんじゃないか。

 

痴女。

 

真っ先に浮かんだのが、その単語だった。

 

「おや、どうしたのかな。二人して固まって」

 

「あ、いえ、その……」

 

狼狽する俺と東横さん。

 

この場合、なんとお答えすればいいのか。俺たちは知り得ない。

 

こんなタイプは初めてだから。

 

その様子を見た彼女は過去にも似た経験があるようで、ポンと手を叩く。

 

「……ああ、もしかして、この格好のことかい?」

 

「え、ええと……」

 

「それなら気にすることはないよ。ボクは好んで、これを着ているからね」

 

へ、変態だー!?

 

薄々とは感じていたけど、やはり変態だった。

 

好んで、自ら誘惑するような服なのは不味い。身長や体型も相まって幼女にしか見えない。

 

うちの副会長が目にしたら、翌日のニュースで画面越しにお会いすることになるだろう。

 

「えっと、恥ずかしくはないんすか?」

 

「もちろん。どうしてそんな感情を持つのか。ボクにはわからないよ」

 

「……?」

 

「言葉が足りなかったかな? ボクはこうして肌を晒すのが好きなんだ。いや、違うな。こうすることで欲が詰まった下衆い視線を一身に受けるのがたまらなく気持ちいいんだ」

 

「へ、へぇ……」

 

「あの好奇の視線で下から上までなめ回されるように見つめられるとゾクゾクする。背徳感、緊張感……多くのことを感じられるんだ。それがたまらない」

 

自分の腕を抱いて身震いする痴女。

 

その頬は恍惚と朱に染まっている。過去の汚い思い出にでも浸っているのだろうか。

 

とりあえず、東横さんとは離しておこう。純粋無垢という天然記念物を穢すわけにはいかない。

 

「東横さん。この人は俺たちと一線を画した人種だから、基本無視で構わないよ」

 

「で、でも、無視されるのは悲しいっすよ……?」

 

「うぐっ」

 

涙目でそんなこと言われたら、俺はもう何も言い返せない。

 

彼女もきっとその体質ゆえに思うところがあるのだろう。

 

うぅ……でも、彼女は綺麗なままでいてほしいし……仕方ない。

 

俺が間に入ることでカバーしよう。

 

「……わかった。でも、理解は難しいと思うから徐々に慣らしていこう。ね?」

 

「ひどい言い草じゃないか。君も同志だと言うのに」

 

「なんで俺がそっち側なんだよ!」

 

「す、須賀くんが露出趣味でも私は全然構わないっすよ」

 

「声震えてるから! 待って、東横さん! 俺はそんな趣味持ち合わせてないよ!」

 

「そうだよ、君。同志と言っても彼とは理念が似通っている点での話」

 

「理念……っすか?」

 

「そうさ。自分の欲望を包み隠さない。人間としてそれは恥ずかしいことじゃないよ。彼は叫んだそうだね。――『俺はおっぱいが大好き』だと」

 

「ぬぉぉぉぉぉお!!」

 

恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい!

 

どうしてそんな黒歴史をこんな思い返したら羞恥に悶え死にそうなことばかりやっている奴に言われなければならないのか!

 

しかも、キメ顔で!

 

「その時、感じた。君とは上手くやれそうだと。波長が合うのを直感的にね」

 

「認めてねぇけどな!」

 

「何を言う。こんなにもボクと長く会話できている時点で君は稀有な存在さ、京太郎」

 

「お前がボケまくるからだろ!? てか、さらっと距離詰めてくんなよ!?」

 

「さぁ、席に着こうか。熱い勝負を通してお互いをよく知ろうじゃないか」

 

「勝手に話を進めないでくれる!?」

 

俺の声もスルーして痴女は卓の上に置かれた牌をめくる。

 

書かれた文字は南。それを俺に見せて、ここに来てようやく名乗った。

 

「ボクは国広一。君の友になる者だ」

 

「俺はなる気ゼロだけどな!」

 

「あ、あの……私も友達になってほしいっす……」

 

「いいとも。今日はいい日だね。こんなにも輪が広がるなんて」

 

「ほ、本当っすか!? わーい!」

 

ぴょんぴょんと跳ねて喜ぶ東横さん。

 

あぁ~心がぴょんぴょんするんじゃぁ~。

 

やはり彼女をあの国広とやらと関わらせるわけにはいかん!

 

俺が守る!

 

そう意気込んで卓へ着こうとした時、また肩をトントンと叩かれる。

 

「なんですか、こちとら変態と女神で手一杯――」

 

「……沢村智紀。私も参加させてほしい」

 

「――ぜひ、よろこんで」

 

こうして面子がそろった俺たち四人の半荘が始まった。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「……あら? 面白い組み合わせじゃない」

 

そう呟きをもらしたのは、たった今、一位で一度目の半荘を終えた竹井久。

 

最後に悪待ちで龍門渕透華に振り込ませ、捲った清澄の部長である。

 

彼女の視線の先にあるのは一際異彩を放つ卓――京太郎たちのグループが打っている箇所だ。

 

「あら、京太郎も楽しそうね。お姉ちゃん嬉しいわ」

 

「……モモの奴……。あれほど須賀弟とは距離を置くように言ったのに」

 

「それはどういうことかしら、加治木さん。よかったらすぐにでも聞きたいわ」

 

「はいはい、ストップよ、美穂子。ゆみも……昨日はあんなことがあったけど彼も悪い子じゃないから」

 

どちらも大切なものになると我を忘れるのか、険悪になる空気。

 

それを止める久は自分の隣にいる透華が青ざめているのを見た。

 

「どうかした、龍門渕さん? 顔色、悪いようだけど……」

 

「いえ、その……うちの一がご迷惑をお掛けしてないかと心配してますの」

 

「……? 特に変な様子はなさそうですけど?」

 

一が何か言うと、京太郎が騒がしくツッコミ、桃子が楽しそうに笑って、智紀が喋ると場が静まる。

 

うん、いつも見ている光景だと久は思った。

 

彼女もかなり毒されているようだ。

 

「国広さん……だったかしら? なにか気になることがあるの?」

 

「……全く恥ずかしいのですけれど、一はその……露出の気がありまして……」

 

「あら、京太郎。楽しくやるのはいいけれど周りに迷惑をかけない程度にね?」

 

「速い!? もう向こうの卓に!?」

 

透華の説明が始まる前に興味を持たない美穂子は京太郎の後ろにみっちりとくっついていた。注意をしているものの顔はだらしなく、説得力は全くない。

 

「須賀姉は若干、弟を大切にしすぎる傾向があるようだ。微笑ましい姉弟愛だな」

 

「若干……?」

 

思わずツッコミかける久だったが、首をブンブンも左右に振って意識を切り替えた。

 

「と、とにかく休憩も兼ねて私たちも行ってみましょう? 各校のトップであるみんなには京太郎くんの実力も見てほしいかったし、丁度いいわ」

 

「……そうですわね。私も智紀と一緒に一を止めることに全力を尽くしますわ。決して悪い子ではないんですけれど……」

 

そう言って透華も席を立って、京太郎の卓へ向かう。あとに続く残った二人。

 

そこでふと思い付いた疑問をゆみは口にした。

 

「そういえば、名前呼びとは彼と随分距離が縮まったじゃないか、久?」

 

「それはその……昨日、あんなの見せられたら意識しちゃうに決まっているじゃない」

 

「ん? なんだって?」

 

「き、気まぐれよ! さて、うちの後輩は不甲斐ない麻雀を打ってないかしら!」

 

「……ふむ。まぁ、そういうことにしておこうか」

 

ゆみは微笑して、久と並んで場を覗く。

 

二半荘目の東二局。

 

一が満貫をツモって、そのまま彼女の親番へ。

 

親被りした桃子は苦い顔をしていた。

 

「ナイスツモっすね」

 

「ありがとう。みんなデジタル思考で防御が堅くてひやひやしたよ」

 

「とりあえず、俺も通用しそうで良かった」

 

「……流石。長野県一位」

 

「あ、どうもです。でへへっ」

 

美人に褒められて照れない男はいない。

 

いたら、そいつはホモかゲイかED(エンド・オブ・男性器)だと京太郎は思った。

 

「もう……デレデレしちゃって……」

 

「嫉妬?」

 

「愛弟の見境のなさに呆れているところです」

 

「でも、好きなんだろう?」

 

「世界一愛してます!」

 

完全に約束を忘れている駄姉の心の声に一同が少し引きつつも、麻雀は続けられる。

 

「……君も苦労する」

 

「え?」

 

「……身内に変態がいたら、フォローに疲れるでしょ?」

 

「おい、ちょっと待とうか。それがボクのことを指しているなら談義もやぶさかではないよ」

 

身を乗り出して反論しようとする一を智紀は手で抑えて、問いの答えを求める。

 

対して苦笑しながら京太郎は智紀の意見に賛同した。

 

「確かにちょっとネジが抜けているところがあって疲れちゃいます」

 

「……うん」

 

「……でも、やっぱり一緒にいたら楽しくて。だから、嫌だと思ったことはないっすね」

 

京太郎が迷う素振りもなく本心を告げると正面の痴女は破顔し、下家のステルスは安堵して、後方の駄姉は微笑んだ。

 

「……私も同じこと思ってる」

 

「それは光栄だ」

 

「……一が心配で来たけど、あなたはいい人で良かった。これで」

 

「これで集中して麻雀を打てますか?」

 

「……その通り。負けない」

 

「望むところです」

 

京太郎は口端を吊り上げると、智紀もうっすらと笑い返した瞬間。

 

「……お二人さん。良いところで悪いけど、それロンっす」

 

「速い!?」

 

東横桃子が申し訳なさそうに手牌を倒した。




ほんま短編書きやすい


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美穂姉は誰よりも弟を理解している

◆◇◆『頂に立つ、その為に』◆◇◆

 

 

桃子のロンをくらった京太郎が最下位となって迎えた東三局は重たい空気が続く。誰も鳴くこともできず、かといって手が進むこともない。

 

そして、十三順目の智紀。

 

「ん……」

 

白と九萬のシャボ待ちで聴牌。

 

だが、遅すぎるし、なにより九萬は出尽くしている。白は二枚残りしているが、ここはリーチをかけずにダマで突き通す。

 

「うっわ……」

 

――となった後、京太郎のツモは白。生牌で、自分の手が進まない状況でこれを切るべきか。

 

ツモの流れを良くするという側から見れば切るべきだ。

 

でも、彼はそんなものは信じない。京太郎には美穂子や咲、部長やみんなみたいに不思議な力など与えられていないのだから。

 

彼にあるのは小さな頭フル回転させて、必死こいて当り牌避けて、泥臭くアガるだけ。

白を手に加え、端っこの不要牌を捨てる。

次の順、もう一枚の白をツモしたので京太郎の疑惑は確信となる。これまた同様に河へ捨て、一向聴。

しかし、それは形になることなく今局は終了。智紀へノーテン罰符を全員が支払い、京太郎の親に流れる。

 

「デジタル同士はつまんないわねー」

 

「何を言っていますか。無駄のない洗練された打牌、動き。それが美しいのでは?」

 

「竹井も龍門渕も言いたいことはわかるが、私も今のところは不満だ。清澄の」

 

突然、ゆみが京太郎へと話しかける。いきなりのことに驚くかと思ったが、周りが考えるよりも京太郎は落ち着いた様子で苦笑いを浮かべた。

 

「……そう見えるでしょうか」

 

「私には、な。君は仮にも長野県一位だ。まだ本気を出していないだろう?」

 

「……そんなことは」

 

「京太郎」

 

ゆみの意見を否定しようとしたところで、京太郎は美穂子に遮られる。彼女の開けられた両目は京太郎をしっかりととらえており、離さない。

 

「格好いいところをお姉ちゃんに見せてね」

 

そう言って、彼女はニコリと笑う。

 

応援はたったそれだけ。

 

だが、そんな一言で奮起することが出来るシスコンがここにはいた。

 

「……わかったよ、美穂姉」

 

京太郎のスイッチは切りかわる。

 

決して今までも手を抜いてきたわけではない。

 

ただ、確かに京太郎はこの半荘は自分の実力と周囲の差を見るための様子見。悪い言い方をすれば捨て石の半荘にするつもりだった。

 

その予定を変更。

 

最初から全力で、自分の力をぶつけて戦う。

 

「これはちょっと疲れそうだ」

 

その言葉とは裏腹に顔は楽しそうだ。

 

「やれやれ。京太郎はお姉さんが大好きなんだね」

 

「まぁな。最高の姉ではあるよ」

 

「……やっぱり最大のライバルはお義姉さん……」

 

桃子はブツブツと呟くが、それは京太郎の耳には届かない。

 

しかし、彼の後ろにいた美穂子にはちゃんと聞かれていたのでリストへと名を記された。

 

「それと皆さんには謝っておきます。加治木さんの言う通りで、本当は様子見をするつもりでした」

 

「それなら気にすることないさ。ボクもまだ本気を出していない」

 

「そうっすよ! 私もステルスはまだ使ってなかったっすから!」

 

「……私もまだ本気出してないから」

 

「声が震えてますよ、沢村さん」

 

冷静に突っ込む京太郎。

 

しかし、彼の頭にはもう一つツッコミたいことがあった。

 

「えっと、国広……」

 

「一で構わないさ」

 

「なら、一。どうして服を脱ごうとしている」

 

「至極簡単。――より興奮して、パワーアップするつもりだからだよ」

 

「一! 屋敷での淫乱メイド服を禁止にしますわよ」

 

「……仕方ない。これは今度見せることにしよう」

 

「永遠に見せなくていいから!」

 

そんな一幕が終わり、東四局が始まる。

 

「うわぁ……」と思わず口にしてしまいそうになる手牌。塔子が一組しかないのは京太郎の特徴がよく出ていた。

 

須賀京太郎は不運である。

 

美穂子と出会って麻雀を始めたが、何度やっても当り牌を持ってくる。

 

それも自分のではなく他人のもの。

 

いくら読みを磨こうが、こんなハンディキャップを抱えたままでは意味がない。

 

勝てないのだから面白くない。

 

実際、麻雀を止めようと思った回数は数えきれない。

 

ただ、それでも彼が今もなお麻雀を続け、全国レベルへと到達したのはひとえに姉の献身にある。

 

彼女が諦めなかったから京太郎も諦めず、彼女が真剣だから京太郎も妥協をしなかった。なにより楽しめない自分の姿を見た時の美穂子の悲しげな顔を京太郎は二度と見たくなかった。

 

「……立直」

 

智紀が点棒を場に出し、アガリへの道を歩み始める。

 

待ちは分かりやすかった。

 

真ん中の数字に固まった捨て牌。

 

字牌は三順目の西のみ。

 

混全帯么九系統の役。

 

「うん、だよな。そうなるよな」

 

立直後の第一ツモが九筒。当然、切れずに手牌へ入る。

 

次いでまた九筒。

 

ポーカーフェイスを努める京太郎だが、心境は穏やかじゃない。

 

そして三順、またまた九筒。

 

これで九筒の暗刻が完成する。

 

「ああ、やっぱり……」

 

ここで京太郎は手牌から余分な(・・・)一つを放り捨てる。

 

「ついていない」

 

そして、四順目。引いてきたのは、九筒。

 

倒される14つの牌。告げられるアガリ。

 

「ツモ、赤1。1000オールです」

 

点数申告が行われるが、智紀の耳にその言葉は届いていなかった。

 

自分の当たり牌を完璧に止められたうえでの速攻。彼の手がほとんど硬直状態だったことを汚い河から察していたからこそ、彼女にもたらされた驚きも人一倍大きかった。

 

傍から見ればただ普通にツモって上がっただけに過ぎない。

 

現に桃子も変態もこれといって特別な思いは抱いていなかった。

 

しかし、外野の反応は違う。

 

彼が立直後に引いた牌を見ていたギャラリーだからこそ京太郎の引きの気持ち悪さを理解できた。初見のゆみは目の前で起きたことが未だに信じられず、関係者である美穂子と久に解説を求める。

 

「……京太郎はね、不運なの。いくら頑張っても頑張っても麻雀の神様は振り向いてくれなくて。……だからね、考えを変えることにしたのがきっかけ」

 

「……考えを変える?」

 

「そう。当たり牌はプレゼントで、それを使ってアガれるようになればいい。簡単に言えば当たり牌を寄せて、相手と被せる。そうすれば、ほら。京太郎もツモれるでしょう?」

 

「ツモれるでしょうって……」

 

あっけからんと言い放つ美穂子に思わずゆみは苦笑してしまう。

 

彼女も俗に言うオカルトを持たず、読みを磨いて上り詰めた実力者。だから、読みが的中する確率は低く、ましてやそれに合わせて自分の手牌を変化させていくのがどれだけ難しいことかを理解している。

 

それを京太郎はやってのけると言うのだ。

 

「……与太話はそれくらいにしてくれ。なにか彼にもオカルトがあるのだろう?」

 

「それが事実なのよねぇ。私の悪待ちも初見で見破られた時はちょっとショック受けちゃったし」

 

「そんなバカな……」

 

「ほら。今度はあなたの後輩ちゃんがやられたわよ」

 

「なっ!?」

 

久が指さす先にはたった今、ツモでアガった京太郎の姿があった。やけに二萬、五萬が多いことからそれが桃子のアガリ牌だったことが予測できる。

 

「あの技はもがいてもがいて、ようやくつかんだ一縷の光。不運を逆手に勝ちを得る。『反転世界』と私達は呼んでいるわ」

 

そして、自慢の弟の活躍にドヤ顔で語る美穂子。

 

久はやれやれと肩をすくめる。

 

「……モモの立直も判別できているのか」

 

彼女の力を身近で見てきたゆみには京太郎の不運もそうだが、こちらも驚きに値する事実だった。

 

ゆみにすら、そろそろ姿が見えにくくなっているというのに彼はいとも平然としているのだから。

 

「ゆみ。彼の師が誰か忘れたの?」

 

「そういえばそうだったな」

 

「はい。私が京太郎の師匠で自慢の姉で将来のお嫁さんです」

 

「後ろは余計よ」

 

「そんなこと言うから早速振り込んでしまったぞ」

 

「「ええっ!?」」

 

ゆみの指摘に二人は慌てて場を見るが不自然な牌の切り出しを確認して、ほっと安堵する。

 

「あれは故意の振り込みなの」

 

「……は?」

 

今度こそ訳が分からなかった。

 

差し込みではなく振り込み。それも自分が親で連荘しているにも関わらず。

 

「うーん、これは説明が難しいわね。まず私達と卓を囲んでいる四人では視点が違うのよ。さっきまでの京太郎くんのアガリをあくまで回し打ちした結果にしたかったんだと思うわ」

 

「それに何の意味があると?」

 

「東横さんの警戒を緩める為よ。最後での大きな一撃を彼女に与えるためのね」

 

「しかし、彼はモモのステルスを一度看破してみせたぞ? それだと無駄としか思えないが」

 

「ええ。でも、それは外野の私達だから気づけたことでしょう? きっと東横さんは今もステルスが破られたとは思っていないわよ。立直に振り込んでくれたし、さっきのアガリも偶然程度に思うでしょうね」

 

「そうでなくとも彼女に疑念を植え付けることができますから」

 

「……彼はそこまで考えて麻雀を打っているのか」

 

「『凡才は努力し続けなければ天才に勝てない』。京太郎はいつも頭の端っこに、この言葉を置いていますから」

 

 

◆◇◆『京太郎side』◆◇◆

 

 

「……さて、と」

 

順位は三位。しかし、ラスとは僅差で一位の東横さんとは一万点近くの差がある。実力差がある女子相手にここまで粘れたのは良かった。

 

幸いなことにあと二局ある上に最後は俺の親だ。

 

今回は小さな点数でもいいから上がって、次に繋げたい。

 

「……ふぅ」

 

九順目、聴牌。

 

うん、俺からしたら速くてけっこう。

 

高めで平和に一通の三翻。

 

安くて平和のみ。

 

立直をかけたいところだけど、そしたら警戒させてしまうし、何より俺のツモ運がない。

 

それにここでダメ押しもしたいから――

 

「失礼」

 

――浮いた六萬を曲げずに切り出す。

 

ダマで三索、六索、九索待ち。九で高め。

 

出てくるのを感情を抑え、待つ。

 

「――――」

 

次順、ステルスモードの東横さんが切ったのは九索。

 

俺の当たり牌。

 

――だが、それを見逃す。

 

「あー」

 

「これはね……」

 

「……む?」

 

「ふぅん……」

 

ステルスモードは龍門渕さんでも見破れない精度を誇る。周囲はそれがわかっているから、心の内で同情的な感情を抱いていることだろう。

 

しかし、背後で加治木さんと部長の反応は違った。

 

……気づかれたかな?

 

そして、さらにツモ切りが続いて二順後。

 

「ちょっと遅いけど最下位だし、立直」

 

国広くんが宣言する。

 

出てきたのは二枚目の九索。

 

「ロン。3900」

 

「おっと。これはついてない」

 

おどけた様子で肩をすくめる国広くん。

 

点数交換をかわしつつ、チラと東横さんの表情をチェックする。

 

……なにも変わらない。

 

いつも通り、自身の持つ力を信じて疑わない。

 

だとしたなら、この勝負――俺の勝ちだ。

 

新しく積み上げられた山から配られる手牌。

 

それらを整えることなく、一枚目を河へと捨てた。

 

「「「……!」」」

 

今までと違った打ち方に警戒を引き上げる三人。

 

即決から考えられるのはある程度、手役が完成した一向聴、二向聴の可能性。

 

三人に俺が聴牌への道が見えていると匂わせる。防御が固くなるかもしれないが、それでいい。

 

幻影に怯えてくれ。

 

この時、俺の手は四向聴。上がりにはほど遠かった。

 

緊張感が走る中、二筒、六筒を連打でツモ切り。疑惑が徐々に確信へと変わりゆく。嫌でも俺の当たりを考えにいれなければいけない。

 

回って、五順後。聴牌。

 

「これは……」

 

俺がこんなに速く聴牌するなど奇跡に等しい。つまり、俺の他にも聴牌している人がいるということ。

 

すんなり当たり牌が入ってくれて助かった。流れは来ている。

 

なら、攻めるしかねぇよな。

 

「立直!」

 

勢いよく八筒を滑らせ、宣言する。

 

断么九、三色。立直も入って満貫で逆転手。

 

待ちは――。

 

 

◆◇◆『桃子side』◆◇◆

 

 

「立直!」

 

対面の少年が高らかに聴牌したことを晒し、棒を場に置く。

 

来ましたか……。

 

河を確認したところ、最も危険なのは一枚も出てきていない萬子。染め手の可能性が高い。

 

けれど、彼はそんなわかりやすいことをする人間じゃない。知略を尽くして、裏をかくタイプだ。

 

昨晩、加治木先輩に須賀くんの部屋に遊びにいくのを止められた私は会いたい気持ちが抑えられず、ネットに上がった対戦動画を繰り返し見ていた。

 

引き締まった彼の横顔も格好良かったけど、魅せられたのはその逞しい腹筋……じゃなくて、プレイスタイル。

なら、ここはあえて萬子を切るべきだ。

 

幸いにも私が引いたのは六萬。これで七ー九の八萬の嵌張待ちから両面へと移行しつつ、躱すことができる。

 

そう考え、九萬子に手をかけたところで――再び思考は加速した。

 

……本当に?

 

本当に、これでいいのか?

 

今のは勝手に彼の性格を推し測って私が立てた予測。本来なら萬子など危なすぎるだろう。

 

不幸にも私は安全牌を持ち合わせていない。なら、この中で安全なのは……。

 

口を噛み締めて、指を横へとスライドさせる。掴んだのは頭にしていた五筒。

 

聴牌を崩してでも降りる。そうだ、無理することはない。

 

私は一位なんすから。

 

筋も切れてるし、側も捨てられている。

 

可能性はほぼない。

 

それにこんなことを気にし出せば可能性など無限に広がる。

 

最後に信じられるのは己の技術、勘、経験。それを考慮しても私はこれを選ぶ。

 

そして、なにより私が切ったのが当り牌だったとしても、彼はステルスモードの私を、これを見逃す――

 

「――ロン」

 

――は?

 

広げられる手牌。

 

断么九、三色……って五筒単騎……!?

 

思わず立ち上がってしまう。

 

「な、なんでそんなとこを……!」

 

「ああ。東横さんを狙い撃ちしたから」

 

「なっ……!?」

 

「君の今までの牌の並べ方、視線の動き、関わることを全て観察していたからな」

 

私の全てを観察……!?

 

な、なんて甘美な響き……じゃなかったっす!

 

それはきっと姉の美穂子お義姉様から伝授された技術だ。きっと私には理解ができても、真似はできない。それよりも問題は他にある。

 

「な、なんで私が見えているっすか! さっきまで普通に振り込んで」

 

「ああ、それ、わざとなんだ」

 

「はぁっ!? わ、わざと? な、なんでそんなことを……」

 

「今回、卓を囲んだ面子でオカルトを持っているのは東横さんだけで、ならば君が必ず一位でオーラスがやってくると思ったから」

 

「――――っ」

 

ゾクリと。

 

何か得体の知れない感情が全身をひた走る。

 

こんな芸当が本当に人間にできるのだろうか。加治木先輩でも、ここまで読んで、把握して、掌握できない。

 

麻雀には運という不確定要素が付き物で、絶対なんて有り得ない。

 

なのに、目の前の少年は何一つ疑うことなく私が一位になることを前提に、全局で餌を撒いたのだ。

 

己が頂点に立つ――

 

「立直、一発、断么九、三色、ドラ1で裏1。18000で……俺の勝ちですね」

 

――この瞬間の為に。

 

「……参ったっす。強いっすね、須賀君」

 

「東横さんもね」

 

「ありがとうっす。それに……カッコよかったですしね」

 

「「「!?」」」

 

「あ、ありがとう。お世辞でも嬉しいよ」

 

「いやいや、彼女の言う通りだとも。ボクも真面目な君の横顔を見て思わずビクンってなってしまったからね」

 

「おい、擬音が違うぞ」

 

「あはは。なんのことか分かりかねないね」

 

「……一が変態なのはいつものこと。それより私も楽しかった」

 

「ご満足いただけて俺としては安心しました」

 

「いや、本当に面白かったよ、京太郎。でも、まだまだボクは満足していない。次も熱い打ち合いを楽しもうじゃないか」

 

「うらやましいっす、国広さん。3位と4位は入れ換えっすから、私たちが交代っすね……」

 

「……でも、彼と打ちたい子はいないと聞いた」

 

沢村さんがボソリと漏らす。言われてみれば、たしかにそうだ。

 

「だったら、このまま――」

 

『続けちゃいましょうか』。そう言おうとした瞬間、まがまがしい黒い感情を背中に感じる。嫌な予感を胸に振り返れば、お義姉さんと嶺上さんがいた。

 

「それなら安心してください」

 

「私たちが入りますから」

 

「美穂姉に……咲っ!?」

 

「うふふ、京太郎。久しぶりにお姉ちゃん燃えてきたから相手をよろしくお願いね?」

 

「みんなの戦いを見てたら私も久しぶりに京ちゃんと打ちたくなっちゃった。……真剣に」

 

「「「ひっ!?」」」




闘牌シーンは本当に長くなるね……


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美穂姉は朝に補充する

◆◇◆『禁断の……』◆◇◆

 

 

「友だち、友だちっ。初めての男、でーきたっすよー」

 

 そんな自作の歌をメロディーに乗せながら私はルンルン気分で廊下を歩いていた。

 

 さきほどお母さんに須賀くんのことを話したら家に連れてきていいことになったのだ。

 

『お母さん! 私、初めての男の子が出来たっすよ!』

『あらあら~。桃子にも春が来たのね。いつ連れてくるのかしら?』

『いいっすか!? じゃあ、早速聞いてみるっす!』

 

 というわけで、お風呂あがりの私は須賀くんの部屋へ向かっている。

 

「えっと確かこの階のはず……あっ。見つけたっす! ……ん?」

 

 部屋番号を確認して、ノックしようとすると怪しげな行動をしている人物がいた。

 

 しゃがみこんで、ドアに耳を当てながら真剣な顔でキーボードを叩いている彼女は確か……。

 

「思い出した。清澄のおっぱいさんっす」

 

「……その呼び方はいささか不満がありますね、東横さん」

 

 ようやくこちらに気づいた彼女は眉を寄せて、不快を示していた。

 

「申し訳ないっす。つい特徴的だったので……」

 

「私には原村和という名前があります。それでしたらあなたは鶴賀のおっぱいさんになりますよ」

 

「あはは……。それより何してたっすか? やけに怪しいっすけど」

 

「それは……」

 

 おっぱいさんは周囲を見渡して誰もいないことを確認すると、私の腕をつかんで座るようにジェスチャーをする。

 

 そして、彼女の真似をするようにドアに耳を近づけると中から聞こえてくる。

 

『あんっ! 京太郎……もっと優しく……』

 

『悪い、無理だ。俺もう我慢出来ないから!』

 

『で、でも、そんな激しくされたら……!』

 

『何言ってんだ? これで終わりじゃないから覚悟するんだな』

 

『あっ、やっ、きょうたろぉ……!』

 

 

 

「――――!?」

 

 咄嗟に飛び下がって、叫びそうになるが原村さんに口を抑えられる。

 

「しっ! 静かに!」

 

「で、でも、これって……!」

 

「ええ。京×美穂か美穂×京のどちらがいいかを聞こうと思ったのですが、思わぬ幸運に見舞われました」

 

「不運の間違いじゃないっすかねぇ!?」

 

 何が好きで、姉弟のナニの実況を聞かなければならないのか。

 

 ていうか、私の初恋もう終わりっすか!? 一日しか経ってないのに!

 

「おや、悲しそうですね、東横さん。こんなに素晴らしいものが聞けるのに」

 

 ……おっぱいさんはどうして嬉々としてドアに耳を当てているのだろう。

 

 興奮してるし、鼻息荒いし、麻雀を打っている時の冷静な彼女の姿はどこにも見当たらない。

 

「や、やはり実戦と妄想では全然違いますね! たぎります!」

 

 その鬼気迫る表情はまるで阿修羅のようで、腕も八本に見えた。

 

 それくらいの速度でキーボードに指を走らせている。

 

「な、なにしてるんすか?」

 

「お二人の聖戦の様子をみなさんに知ってもらうために文章に書き起こしているんです!」

 

「せ、聖戦?」

 

「ええ。冬のネタはもう決まりました! これで勝つる!」

 

「なんすか!? いったい何の話をしているんっすか!?」

 

「あなたたちちょっと静かにしなさいよ」

 

「「!?」」

 

 突如として上から降ってくる声。

 

 見れば清澄の部長さんが呆れた顔をして、立っていた。手には丸めた雑誌を持っている。

 

「い、いや、これはおっぱいさんに誘われて」

 

「和~?」

 

「ち、違うんです、部長! これは美穂子さんもきっと望んでいることでして!」

 

「はぁ? ちょっとなに言ってるかわからないけれど……こそこそ変なことはしちゃダメよ」

 

「むしろ尊いことです!」

 

「あなたの尊いって卑猥なことだった覚えがあるわね……。東横さんもそんな趣味が?」

 

「ひどい二次災害っす!?」

 

「とにかく二人とも離れなさい」

 

 部長さんに襟を引っ張られて、ドアから引き剥がされる私とおっぱいさん。

 

 ちょっと理不尽っすけど……まぁ、結果的にはオーライっすね。

 

 これ以上あそこにいても心的ダメージしかないですし。

 

 されるがままに引きずられる私だったけど、おっぱいさんは必死の抵抗をしていた。

 

「ま、待ってください! 部長も聞いてみればわかります! 二人のやっていることが!」

 

「なに言ってるのよ。そもそも京太郎くんの部屋には咲がいて」

 

「――あれ? 三人でなにしてるんですか?」

 

「――ええ、ちょっと。ほんのちょっとだけ確認をする必要があるわね」

 

 激しい掌返し!

 

「でしょう! ささ、こちらへ」

 

 好機と踏んで熟年の執事のように席を用意するおっぱいさん。

 

 そこへしゃがみこむ部長さんと宮永さん。

 

 ドアに耳をくっつけている女子三人。これが花の女子高生と思うと悲しくなるっすね……。

 

『だ、だめぇ……。京太郎、そこは気持ちよすぎて……』

 

『美穂子のいいところは全部知っているからな』

 

『う、うん。私、全部京太郎に知られてるのぉ……。だから、もっと……ね?』

 

『わかってる。寝かさねぇよ』

 

 

 

「なななななっ!?」

 

 あ、なんか既視感。

 

 さっきの私と全く同じ反応をしてみせる部長さん。

 

 この人も大人ぶっているけどけっこう初っすよね。乙女思考なのまるわかりですし。

 

「あー、これは……」

 

 一方、私のライバルであろう宮永さんは苦笑いしていた。けれど、その顔に焦りはない。

 

「どうですか、部長! これはいいものです!」

 

「良くないわよ! って、咲!? なにしてるの!?」

 

「何って私の部屋だから、帰るだけですよ」

 

 ヒラヒラと手を振って宮永さんは戦場の入り口をくぐる。バタンと音を立てて、彼女の姿は消えてしまった。

 

「さささささ咲!?」

 

「咲さーん!?」

 

 さ、流石、須賀君の幼馴染っす。

 

 あんな状況にも物おじせず堂々と飛び込んでいくなんて……!

 

 世間で言う幼馴染ってこんなにも深い仲のことを指していたんすね……。漫画だけではやはりわからないことがあるものっす。

 

 こ、ここは私も行くべきっすか……?

 

 今引いてしまえば、なおさらふたりとの距離が開くだけ。

 

 な、ならば特攻するべき……!

 

「あ、す、すごいです……。今度は咲さんの喘ぎ声が……。これは京×咲の可能性も……」

 

「……おっぱいさん」

 

「東横さん。私は二回戦の様子を……って、え……」

 

 おっぱいさんは私を見て、口をつぐんだ。

 

 きっとそれは私が覚悟を決めた顔をしていたからだろう。

 

「も、もしかして……行くの、東横さん?」

 

「はい。……女として負けられないっすから」

 

「っ!」

 

「おっぱいさん。この戦いが終わったら……京×モモをよろしくお願いするっすよ」

 

「わ、わかりました。絶対に書かせていただきます」

 

 彼女の了承を得て、親指を立てる。

 

 自分の情事を聞かれて、文章にされるのは恥ずかしいっすけど……多分、気持ちよすぎて覚えられないような気が済ますから。

 

「後悔したくないから……東横桃子行くっす!」

 

 ドアノブをひねって、その扉を開ける。

 

 すると、視界に飛び込んできたのは――

 

「あっ、そこっ! 京ちゃん、気持ちいいよぉ」

 

「そうだろう? マッサージはもう手馴れているからな」

 

「きょうたろぉ。お姉ちゃんも……」

 

「はいはい。咲が終わったらなー」

 

 ――二人にマッサージを施している須賀君の姿だった。

 

「……ん? どうしたんだ、東横さん? 顔真っ赤にして肩震わせて」

 

「私のドスケベー!!」

 

「え? え!?」

 

 

◆◇◆『後日談』◆◇◆

 

 

「ふぅ……昨日は取り乱してしまったっす……」

 

 乙女として。いえ、それ以前に一人の人間として恥ずかしい勘違いの末に人生でも五指に入る黒歴史を生み出した昨晩。

 

 美穂子さんはと須賀君はただマッサージをしていただけで、そういうやましい関係ではなかった。

 

 でも、声は紛らわしかったし、おっぱいさんはあんなテンションだったし。

 

 色々と仕方ないと思うんすよね。

 

 そんな風に言い訳をしながら、私がいるのは件の姉弟の部屋の前。

 

 実は昨日、気が動転してしまい彼に遊びに来ていいという旨を伝えるのを忘れてしまっていた。それに一緒に夜を過ごすという約束も流れてしまう始末。

 

 時刻も朝の八時。

 

 十時には出る予定と加治木先輩が言っていたので、もう起きているはず。

 

 一度、大きく深呼吸をして、昨日のことは頭から放り出し、ドアを開ける。

 

「須賀君、おはようっす! 実は話したいことが」

 

「ハァ……ハァ……。寝起きで浴衣がはだけている京太郎もいいです……あ!?」

 

「鎖骨も、胸筋もたまらないよぉ……わわっ」

 

 半裸になった須賀君の上から写真を撮っている美穂子さんと腕に頬を擦りつけている宮永さんの姿が見えた。

 

 こちらに気づいた二人。

 

 重なる視線。

 

 止まる時間。

 

「あ、もしもし警察ですか。目の前に変質者が……」

 

 とりあえず現場に遭遇した私は市民の義務を果たすことにした。



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美穂姉は悪魔を呼ぶ

適任という言葉があってだね


◆◇◆『看病』◆◇◆

 

 

「くそっ、ついてねぇ……」

 

 そうぼやいて寝返りを打つ。

 

 恥ずかしいことに、俺は風邪をひいて寝込んでいた。

 

 幸いなのは微熱であること。

 

 不幸なのが美穂姉が休日登校の日であること。

 

 家には両親も仕事でいない。

 

 つまり、手助けを頼める人がいない状況にある。

 

 辛い、これが何気に辛い。

 

「あー、のど痛い」

 

 昨日、風呂上がりに美穂姉の作ってくれたアイス食べ過ぎたかな。

 

 美味しかったから仕方ない。

 

 今度、作り方を聞いてみよう。

 

「特別な調味料を入れてるって言ってたけどなんだろうな……」

 

 何はともあれ、まずは風邪を治してからだ。

 

 美穂姉が言うには助っ人を呼んであるとのことだが……。

 

「京ちゃん、お見舞いに来たよ」

 

「やぁ、京太郎。邪気に侵されたと聞いて助けにきたよ」

 

「京太郎くんの艶姿が見れると聞いて、急いできました」

 

 まさかこいつらのことじゃないよな……?

 

 むしろ悪魔の使者なんだけど。

 

「えっと……みんなどうしてここに?」

 

「ボクは急用でこれなくなった東横さんの代わりに」

 

「私はその国広さんに聞いて」

 

「私はちょうど咲さんと咲×京の可能性を探っていましたので、ついてきました」

 

 まともな助っ人一人もいねぇ……!

 

 本命はやっぱり東横さんだったか。

 

 美穂姉も流石に常識人を呼ぼうとしてくれたらしいが、来たのは……はっきり言ってポンコツばかり。

 

 いや、でも、俺が辛いということを理解しているなら普段のノリはないか……?

 

「何でも言ってね、京ちゃん! 私、頑張るよ!」

 

「友が困っているんだ、助けるのは当然のことだよ」

 

「私も家事は得意ですのでお任せください」

 

「みんな……」

 

 ……そうだよ。

 

 こいつらも普段はちょっとあれだけど、やるときは真面目なやつらだよ。

 

 疑っていた自分が恥ずかしい。

 

 心配してきてくれたのに……最低だな、俺。

 

「……ありがとうな、三人とも」

 

「お礼なんて水くさいよ。私たちの仲じゃん!」

 

「だな。……じゃあ、お粥でも作ってくれるか? あと、汗かいて気持ち悪いからタオルとか持ってきてくれると助かる」

 

「わかったよ。任せてね」

 

 オッケーサインを作ると咲は部屋を出ていく。それについていく一と和。

 

 良かった。

 

 これなら安心してゆっくりできそうだ。少し休ませてもらうことにしよう。

 

 俺もちょっとあいつらのことを見直さなきゃいけないな。

 

 

 

 

 

 

 

 数十分後。

 

 前言撤回。

 

 やっぱりこいつらダメだわ。

 

「……おい、咲」

 

「なに、京ちゃん?」

 

「この粥は誰が作った?」

 

「私だよ?」

 

 ……どうして和にやらせなかった……。

 

 口に含んだ時点でおぞましい味が広がった。

 

 思考的にも本能的にも理解を拒否する味覚。

 

 見た目はしっかりしていて、漂う匂いも美味そうで、食欲をそそって俺も楽しみにして食した。

 

 瞬間、頭に衝撃が走る。

 

 どうにかして吐き気を我慢して笑顔を作り上げた。

 

「……そういえば一と和の姿が見えないけど……どうしたんだ?」

 

 二口目を食べないですむように話題をそらす。こんなものをもう一度、食べたら待っている未来はDEATH or DIE。

 

 絶対に避けないと!

 

「和ちゃんは着替えを用意してくれてるよ。私に任せてくださいって息を巻いてた」

 

「それはそれで嫌な予感しかしねぇ……」

 

「あと国広さんはリビングで寝ちゃった」

 

「ますます意味がわからんぞ……」

 

「私の粥を食べたら急にバタッてテーブルに突っ伏しちゃって……」

 

 なるほど、すべてを理解した。

 

「疲れてるのかも。ここから龍門渕まで遠いから」

 

 違うぞ、咲。

 

 お前が作った兵器(おかゆ)で倒れたんだ、一は。

 

 南無阿彌陀仏。

 

 風邪が治ったら何かお礼してやる。

 

「ところで、京ちゃん」

 

「なんだ?」

 

「美味しかった……かな?」

 

「新しい味だったよ。世界観が広がった」

 

「良かったぁ。隠し味が聞いていたのかも」

 

「隠し味?」

 

「そうだよ。白菜、白ごま、白ネギ、白子、ホワイトチョコ……」

 

「白いものぶちこんだらいいってわけじゃねぇからな!?」

 

「あと…………愛情かな」

 

「…………お、おう」

 

「お、お、幼なじみとしてのだよ!? その、変なあれじゃないから!」

 

 あたふたと誤解を生まないように弁明する咲。

 

 その頬が朱に染まっているのは暑さが原因ではないのは、流石にわかる。

 

「あ、安心してくれ、咲。それで惚れるのは童貞だけだから」

 

「えっ、京ちゃんは童貞じゃないの!?」

 

「あっ、そういう捉え方しちゃった!?」

 

「京太郎くんはもう何度も突いて、貫かれていますから童貞でも処女でもありません!」

 

「それお前の本の中での話じゃねぇか!」

 

 突如として現れた和。

 

 咲とは別の意味で赤らんでおり、鼻息も荒い。

 

 もうやだ、この淫乱ピンク。

 

「と、とにかく、咲は料理作ってくれてありがとう」

 

「えへへ、どういたしまして」

 

 咲はお礼を言われて嬉しかったらしく、指をモジモジさせていた。

 

「じゃあ、次は私の番ですね」

 

 そんな彼女の横から身を乗り出した桃色少女の手にはタオルと寝間着のセットが用意されていた。

 

「どうぞ。体をふくものを持ってきました」

 

「あ、ああ、ありがとう」

 

「あと少しで温めたホットタオルも持ってきますので、そちらで気持ち悪い箇所は念入りにどうぞ」

 

「そ、そっか」

 

「着替えは通気性のいいものを選んできました。これで少しは楽になると思います」

 

「和、お前はいい嫁さんになるよ」

 

「そのセリフは私にはあまり効力がありませんよ」

 

「あ、いや、別にそういう意味で言ったわけじゃ」

 

「わかってます。でも、誉められて悪い気はしません。嬉しいですよ?」

 

 ニコリと年相応の笑みを浮かべる和。

 

 さ、流石、のどっち。

 

 本当に天使だった。

 

「では、京太郎くん。着替えてください。お手伝いしますから」

 

「お、おう。助かる――って、ちょっと待て、和! 一人でできるから!」

 

 あまりに自然な流れで服を脱がせようとするから、つい了承しかけた。

 

 気がつけば上半身を脱がされていた。

 

「の、の、和!? 」

 

「さ、早くしなければ体が冷えてしまいます。急ぎましょう」

 

「いや違うだろ! 自分で出来るから和たちは外に出ていてくれ!」 

 

「なるほど。それならお構いなく。着替えのシーンを写真に撮りたいので」 

 

「構うわ!咲も和を連れていってくれ!」 

 

「私も久しぶりに見たいかな~って」  

 

 ダメだ、味方がいない! 

 

 思春期の女の子ってこんなに男の裸に興味深々なの。いや、そんなことあるはずがない。 

 

「お、お前らは恥ずかしくないのか!?」 

 

「ええ。上なら普段から見慣れていますから。それよりも下を。Hurry up!」 

 

「デジカメ覗きながら言われて着替える奴がどこにいるんですかねえ!?」 

 

「なら、触ってもよろしいですか。筋肉の形を、その筋肉を堪能させてもらえれば私はそれで……!」 

 

「舌なめずり怖い!? てか、お前ら、本当にいい加減にし……ろ……?」 

 

 ……あれ? 

 

 なんで視界が傾いて……和たちが横になってんだ……?

 

 次いで、訪れる先ほどまでとは比にならない疲労感と痛み。 

 

 熱い。体が熱い。 

 

 やべっ。熱が悪化して……。 

 

「京ちゃん!?」 

 

「京太郎くん!?」 

 

 消えゆく意識の最後に聞こえたのは二人が俺の名を呼ぶ声だった。 



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美穂姉は恋敵に塩を送る

「あんたたちねぇ……自分がしたことわかってるの?」

 

 リビングにて私は怒気のこもった声を出していた。

 

 相手は咲や和といった後輩たち。

 

 二人とも正座して、落ち込んだ様子で私の説教を聞いていた。

 

 昨晩、美穂子が珍しく自分から頼みごとをしてきたと思えば愛弟の看病だった。同じ連絡を受けた東横さんと共に京太郎君の世話をする予定だった私がここへ来たときには時すでに遅し。

 

 中は惨状だった。

 

 泡をふいていた国広さん。汚れたキッチン。

 

 混乱した私の耳に届いた悲鳴をたどれば、ベッドから転げ落ちた京太郎君と涙目の咲たちがいた。

 

 彼女たちから説明を受け、今に至る。

 

「とにかく。後は私が面倒を見ます。あなたたちは家に帰りなさい」

 

「「はい……」」

 

 二人も反省しているようで、素直に返事をして家を出た。

 

 和はともかく咲は真面目にやっていたので心苦しいけど、ここにいてもやらせることがない。今回のことで反省して普段から女を磨くようになればいいんだけど。

 

「……さてと」

 

 色々としたいことはあるけど、まずは京太郎君だ。

 

 私は美穂子に事前に聞いていた場所を探して、看病の準備を始めた。

 

「……部長?」

 

「ええ、そうよ。無理に喋らなくてもいいわ。あなたは寝ていなさい」

 

「……すみません。迷惑かけちゃって」

 

「いいの。後輩は先輩に迷惑をかける義務があるんだから。それに私、こういうのに憧れていたのよ」

 

 実は嘘はついていなかったりする。まこはしっかり者で後輩というより友人感覚だったし、そういう意味では二年間も先輩風を吹かしたことはなかった。

 

 だから、京太郎君にはもうこれでもか、というくらいに頼ってほしい。それに彼も普段面倒見の良いタイプだから人に甘えるところも見てみたいしね。

 

 口に出したら『それが目的か』と突っ込まれそうだからもちろん内緒だけど。

 

「じゃあ、お言葉に甘えます……」

 

「そうそう。ところで、改めてご飯はどうする?」

 

「……うーん。お願いします」

 

「OK。なら、ゆっくりしていてね。作ってくるから」

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「京太郎君、出来たわよ~」

 

 どれくらい時間が経過しただろうか。思考がうまくまとまらないおかげで体感がよくわからない。廊下から部長の声が聞こえたと思うと彼女はお粥を盆に乗せて、部屋に来ていた。

 

 ……そういえばさっき頼んでたっけ。口直しもしたかったから。

 

「……ありがとうございます」

 

「起き上がれる?」

 

「それくらいは」

 

 見栄を張って言ってみたものの全身に力が入らず、起き上がるのにも一苦労だ。

 

 俺が四苦八苦していると様子をじっと隣で見ていた部長は何かいたずらを思いついたようで、いつもの小悪魔的な笑みを浮かべた。

 

「……食べさせてあげよっか」

 

「さ、流石にそこまでは……」

 

「遠慮しないで。ほら、あーん」

 

「え、えと……」

 

 遠慮するが部長は止めようとしない。……この人、反応を面白がってからかってるな。しかし、看病してもらっているのも事実。

 

 ……ここは病人らしく、甘んじて受け入れよう。

 

 抵抗する気力もほとんどなかったこともあり、諦めて彼女の言う通りに口を開けようとした。だが、その時、部長は俺が拒否する理由を別の方向で受け取ったらしくさらなる恥ずかしい行為を付け加える。

 

「あ、そうよね。熱いものね。ふぅ、ふぅ」

 

 耳にかかった髪をかきあげて、レンゲで救ったとろとろの白米に息を吹きかける。さらに、熱さを確かめるために端っこの部分を口に含んだ。

 

 え、え? 部長? それ……この後、俺が使うんですよね? 

 

 いいの? そんなことしちゃっていいの?

 

「……うん。あーん、して?」

 

 踏ん切りとか覚悟とか決まる前に差し出されるレンゲ。もう俺に逃げ道はなかった。

 

「……あ、あーん」

 

「美味しい?」

 

「……すごくさっぱりしていて食べやすいし、美味しいです」

 

「なら、よかった。じゃあ、次ね。あーん」

 

「も、もう自分で食べれます!」

 

 これ以上、こんなことされたら余計に熱が高くなる。おかげさまで、さっきから心音が速い。

 

 熱のせいだ。きっと熱のせいに違いない。

 

「あら、残念。なら、私は服を取ってくるから。しっかり食べててね」

 

 バタンとドアが閉まる音がすると同時に部長の姿が見えなくなる。

 

 廊下から足音が聞こえなくなったのを確認してから枕に口を当てて思い切り叫んだ。

 

 

 

 惚れてまうやろー!!

 

 

 

 ……あー、スッキリした。

 

 死ぬかと思った。萌え死ぬかと思った。

 

 風邪のせいで普段より心が弱くなっているのか、もうヤバかった。

 

 あーんされた時なんて、部長の唇に目がいってしまって、頭の中はもうグルグルと回って、味なんて全然わからなかった。

 

「はぁ……天使かよ」

 

 俺の周りに天使が多すぎる件。

 

 美穂姉、東横さん、部長……。

 

 一般男子から見たら、嫉妬されて罵られるレベルのラインナップ。

 

 そう考えたら俺は幸福者だと改めて感じる。

 

「ふわぁ……」

 

 ……飯食ったら眠くなってきた。

 

 少しだけ気も楽になったからだろうか。

 

 でも、部長が着替えを持ってきてくれるみたいだし……。

 

 うぅ、でも、睡魔が……押し寄せ……。

 

「……そういえば昔にもこんなことがあったような……」

 

 小さい頃に一度、俺が同じように倒れた時に……っと、やばい。眠い。

 

 閉じそうになる瞼を必死に開けようとする。

 

 しかし、そんなやり取りも数回を経て、呆気なく俺は夢の国へと旅立った。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「えっと、ここにパジャマがあって、下着も……いるわよね」

 

 美穂子に教えてもらった場所から必要なものを手に取っていく。

 

 は、恥ずかしいことじゃないわ。必要だもの。

 

 ……京太郎君はトランクス……。

 

「ていうか、美穂子はなんでこんなこと知っているのよ……」

 

 姉弟ってお互いの下着の場所まで把握してるものなのかしら?

 

 でも、美穂子は家事をしているみたいだし……きっとなにもないわよね。深い意味なんてないわよね。

 

 また階段を上り、ドアをノックする。

 

 だけど、返事はない。

 

 嫌な予感がする。

 

「京太郎君? 大丈夫――って、なんだ、寝ているだけかぁ」

 

 急いで扉を開けた私の視界に入ったのは、寝息を立てている京太郎君の姿があった。

 

 あらら、寝ちゃった……。

 

 苦し気な様子はなく、呼吸も整っている。

 

 汗もかいているようだ。

 

「うーん、やっぱり着替えさせた方がいいわよね……。変な意味はなくて」

 

 そうと決まれば早い。

 

 毛布をそっとめくり、上着のボタンを一つずつ外していく。

 

 はだける少し焼けた肌。

 

 露わになる引き締まった筋肉。

 

 ……ゴクリ。

 

「……はっ」

 

 なんで興奮しているのよ、私。違うでしょ、それじゃあ和と一緒じゃない。

 

 ダメよ、ダメ、ダメ! ブンブンと首を左右に振る。

 

 と、とりあえず、汗を拭きましょうか。

 

 持ってきていたタオルで上からなぞるように拭いていく。

 

 布越しにわかるゴツゴツとした隆起。

 

 す、すごい……。

 

 京太郎君って外見もスポーツマンだけど、やっぱり鍛えてあるのね。

 

 たくましくて、素敵……じゃなくて!

 

「……ふぅ。こんなものかしら」

 

 首筋。腕。脇下。男性特有の匂いに気分がそわそわと高揚するのを感じながらも終える。

 

 上は。

 

 ええ、上は。

 

「し、下もやらないといけないわよね……」

 

 うん……。

 

 だ、大丈夫。これは京太郎君が寝ているからであって、別に私が見たいとかそういうことじゃなくて。

 

 世話を頼まれている身として当然のこと。

 

 ちゃんと、ちゃんと頑張らなくちゃ。

 

「ご、ごめんね、京太郎君。私、ちゃんとやるから」

 

 手は京太郎君のズボンへ。

 

 はぁ……と深呼吸を挟む。

 

 他意はない。

 

 ええ、決して他意はないから。速攻で終わらせる。

 

「大丈夫! 京太郎君のがデカいのは前に知っている!」

 

 そう自分に何故か言い聞かせて、私は手を引き下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ。これで完了ね」

 

 初めての汗拭きを終わった私はある種の達成感に満ち溢れていた。

 

 京太郎君は右曲がりとか、かなり大きいとか、そんなことは全然わからないけど。目を閉じてたし。目を閉じてたし!

 

「流石に着替えさせることはできなかったけど……」

 

 寝ているのを起こしても悪いし、後で自分で着替えてもらおう。

 

 ぶっちゃけると私の理性が持たない。

 

 もう今も変な気持ちがまだ収まっていない。

 

「……ひとまずはこれで終わりかしら?」

 

  食事、片付け、着替えもすべて済ませた。

 

  国広さんは龍門渕の執事さんが回収してくれたから問題ない。

 

  うーんと背を伸ばし、一息つく。

 

「……ふふっ。寝顔は可愛いのね」

 

 顔が整っているのは周知の事実だが、キュート系ではない。

 

 ……普段見れない一面ってこういうことを言うのかしら。

 

「……ね、京太郎君」

 

 ぷにっと頬をつつく。形が変化するパーツ。

 

「……なんだか変に緊張してきちゃった……」

 

 この小さな空間に響くのは京太郎君の寝息だけだ。それが改めて二人だけの空間であることを意識させる。

 

 恋する乙女にとってこの一瞬がどれだけ貴重で価値のあるものかは計り知れない。

 

 私のキャラ的にも直接的なアピールは難しいし、彼の倍率も高いからなおさらね。

 

「…………」

 

 わかっているのにキョロキョロと辺りを見回し無人を確認する。

 

 京太郎君も寝ている。今、彼に何をしてもわからない。残るのは私の記憶にだけ。

 

 だから、だから、ちょっとだけ。

 

「……わがまましても、いいかしら」

 

 ぐっと身を乗り出す。

 

 近づくと距離に比例して大きくなる吐息。

 

 温かな空気がわかるほどに接近して、私の胸は緊張で張り裂けそうだ。

 

 柄にもなく真っ赤になっているに違いない。

 

 でも、それでも……。

 

「…………好きよ、京太郎君」

 

 意を決するように目を閉じて、唇を重ねる――

 

「……いやだよ……!」

 

 ――手前に京太郎君の口から発せられる大きな声。

 

 私はビックリして身をのけぞらせる

 

 起きてる!? ていうか、私、拒絶された!?

 

 おそるおそる彼の顔を覗き込む。

 

「……すぅ……すぅ」

 

 ……どうやら寝言のようだ。

 

 よかった……。嫌われたわけではないようね。

 

 それに変な雰囲気にのまれておかしい行動を達成しなくてよかった。

 

 ……うん、そうよね。ああいうのはお互いの気持ちが大切なんだから。

 

「……さて、用件もすませたことだし。私もそろそろ帰ろうかしら」

 

 この様子なら悪化することもないでしょう。

 

 そう思って立ち上がろうとした私だったが、ぐいっと手を引っ張られた。

 

 見れば京太郎君の手に掴まれている。離さないように、力強く。

 

「……ちゃん……」

 

「ん? どうかした?」

 

「……一緒にいて……お姉ちゃん……」

 

「――っ!?」

 

 やばい、やばい、やばい。

 

 今、何かすごいのがきた。

 

 形容できない感覚が胸に到来する。絶対脳から変な汁分泌しちゃってる……!

 

「そ、そうよね。一人じゃ寂しいわよね……」

 

 再び腰を下ろして、握り返す。

 

 お姉ちゃんが誰を指すのか理解していても、あの破壊力。

 

 ……まずいわね。どんどん深みにはまっている。抜け出せなくなっている。

 

「……私ってこんなにチョロい女だったのかしら」

 

 えいえいっと、またほっぺをつつく。

 

 ふわぁ……。寝ている京太郎君を見てたら私まで眠たくなってきちゃった。

 

 ……少しだけなら、いいかしら。

 

「……おやすみなさい、京太郎君」

 

 

 ◆◇◆『お返し』◆◇◆

 

 

「――で、長い時間同じ部屋に居たら今度は久が熱を出しちゃったわけね」

 

「……情けないったらありゃしないわね。お見舞い、ありがとう、美穂子」

 

「いえいえ。先日は弟がお世話になりましたから」

 

 そう。この前の京太郎君の看病をした私は見事にその風邪をもらい、寝込んでいたのだ。

 

 美穂子は心配して様子を伺いにきてくれたわけ。

 

「あれから京太郎君はどうなの?」

 

「おかげさまで元気になったわ。今日は休んでいた分の勉強を咲ちゃんに教えた貰うみたいよ」

 

「そう。なら、よかった」

 

「はい、りんご。切っておいたから適当に食べておいてね?」

 

「ええ。ありがとう、美穂子」

 

「気にしないで。じゃあ、私も失礼するわね。この後、個人戦へ向けての練習があるの」

 

「ここからしか見送れないけど、頑張ってね」

 

「うん。それじゃあ、また今度」

 

 フリフリと手を振って美穂子は部屋を出ようとして、なにかを思い出したようにこちらを向いた。

 

「あ、そうそう。勉強の後、京太郎もお見舞いに来るって言っていたわ」

 

「っ!」

 

「きっと謝り倒すと思うから、流しておいてあげてね」

 

「わ、わかったわ。美穂子はフォローの出来るいいお姉さんね」

 

「心がけているもの。またね」

 

 得意気に言って、彼女は部屋を出ていく。

 

 そ、そっか。

 

「京太郎君……来てくれるんだ」

 

 じゃあ、私の部屋にもあがってきて……パジャマ姿も見られて、あ、あーんとかされちゃうのかしら。

 

 ……スンスン。

 

 い、一応、着替えよっと。

 




京美穂じゃないとかツッコミなしな?


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美穂姉は彼色に染まりたい

寝落ちしたから予約投稿した


 ◆◇◆『姉弟デート+α』◆◇◆

 

 

 合宿が終わって数日。

 

 無事に姉弟で全国への出場を決めた俺たち。

 

 そこへむけての準備と調整を進める中、息抜きを込めて美穂姉とショッピングモールへ来ていた。

 

「美穂姉。今日はなに買うんだ?」

 

「東京でも浮かないように服をちょっとそろえたくて。荷物持ちお願いね?」

 

「そういうことなら任せろよ」

 

 確かに美穂姉の言う通り。

 

 都会の東京と長野では文化が違う気がする。実際はそんなことないんだろうけど、不安になるものだ。

 

 大都会へ出かけたこともないのだから仕方がない。

 

 はっきり言って俺もそんなに詳しいわけではないし、美穂姉もあまりファッションに興味なかったと思うんだけど……。

 

「目当ての物は決まってるの?」

 

「もちろん下調べは済んでいるわ」

 

 そう言うと彼女は肩に提げるトートバッグから一冊の本を取り出す。

 

 パラパラとめくる雑誌のあちこちに付箋と可愛らしい一言メモが添えられており、十分に知識は蓄えてきたようだ。

 

「ちゃんとアドバイスももらったのよ」

 

「へぇ、東横さん? それとも部長?」

 

「国広さん」

 

「そいつを俺に寄越せ。早く!」

 

 どうして数多ある選択肢の中でそんなピンポイントを選んでしまうのか。

 

 限りなくアウトに近いアウトだ。

 

「なんでよりによって一なんだよ、美穂姉……」

 

「だって、最先端ファッションなんでしょう? お姉ちゃん聞きました」

 

 もし、あれが最先端なら東京の風紀はボロボロだろう。

 

 世界で取り上げられる珍事、半裸の住人。

 

 ……嫌すぎる。

 

「とにかく、その雑誌に書いてあることは参考にしたらダメだからな」

 

「もう……京太郎はイケズなんだから」

 

 ぷくっと頬を膨らませながら、美穂姉は雑誌を俺に渡す。

 

 案の定、胸元がかなり開いていたり、やけに短いスカートがチョイスされていた。

 

「これからどうするの?」

 

「……せっかく来たんだし、店を見て回ろう。最悪、マネキンの一式そのまま買ったらいいし」

 

「流石にそれは嫌よ」

 

「……まぁ、そうだよな」

 

 柔らかいほっぺを膨らませる姉に俺は困り顔で頬をかく。

 

 女性は男の何倍にも外装に気を遣う。ちゃんと自分でコーディネートしたい気持ちは強いのだろう。

 

「だったら、京太郎が選んでちょうだい?」

 

「やっぱりそうなるか」

 

「ええ、国広さんのアドバイスを全部否定したもの。これくらい責任は取ってもらわないとね?」

 

「……俺に任せていいのか?」

 

「大丈夫。京太郎が選んでくれたものはなんでも嬉しいから」

 

「……そういうこと言うなよ、恥ずかしいから」

 

「それに京太郎の色に染まれるから」

 

「そういうこと言うなよ、恥ずかしいから!」

 

 なにはともあれ方針は決まり、俺たち姉弟のコーディネートが始まる。

 

「これはどうかしら?」

 

 白いレース生地のワンピースに紺のカーディガンを羽織った大人しめのコーデ。

 

 彼女の持つ元々の雰囲気との相乗効果で増した清楚な感じが良い。

 

「美穂姉らしくていいと思うよ」

 

「でも、これだと普段と一緒じゃない?」

 

「じゃあ、これは?」

 

 ドレスチェンジ。

 

 カーテンから出てきた姉さんはその場で一回転してみせた。

 

 白と黒のボーダーに紺のパーカーを羽織り、下は薄いベージュのスカートでまとめている。

 

 大人びたファッションだけど、彼女は見事に着こなしていた。

 

「どうかしら?」

 

「俺はいいと思う。いつもより攻めてる感じで」

 

「可愛い?」

 

「綺麗だよ」

 

「……これにします」

 

 照れないでくれよ、こっちも恥ずかしいんだから。

 

 実直な感想を述べ、購入を決意した美穂姉はレジに並ぶ。

 

 心の底から嬉しそうな満面の笑みを浮かべる美穂姉の横顔がチラリと視界に入る。

 

 ………………よし。

 

「美穂姉」

 

「なーに?」

 

「これも買おう? 金は出すから」

 

 そう言って返却するために持っていた一着目もかごの中に入れる。

 

「京太郎?」

 

「……さっきの美穂姉も良かったけど、俺的にはいつも通りの柔らかな姉さんが好きだから」

 

 恥ずかしいからあんまり言いたくなかったけれど、こういうのは誤魔化さない方が良い。

 

 予想外だったらしく俺の言葉に美穂姉は目を見開き、口に手をあてる。

 

「告白……!」

 

「そういう意味じゃなく。だから、これは俺が買うからたまに着てやってくれないか?」

 

「……京太郎がそこまで言うならお言葉に甘えようかしら」

 

「ああ。弟にささいな見栄を張らせてくれ」

 

「ふふっ。私はいいお姉さんですからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっぱい買っちゃったわね」

 

 服を買った後はいつもの美穂姉だった。

 

 家事モードに入った彼女は家に不足していたものを買いそろえていた。

 

 完全に目的が変わっている。

 

「もう大会期間中の買い物はいいのか?」

 

「……はっ!」

 

「素で忘れていたのか……」

 

「だって、どれも安くてつい……。最初の服だけじゃあダメかしら」

 

「……いや、別にダメってことはないけど。せっかくなんだから美穂姉にもファッションに興味を持ってもらおうと思って」

 

「……お母さんが買ってきてくれるから……」

 

「女子高生がそれはどうかな……」

 

 咲でも和や優希と一緒に女子会をしているというのに、うちの姉は……。

 

 今度、部長に相談してみよう。

 

「じゃあ、帰る? 」

 

「ええ。久しぶりにたくさん歩いたから疲れちゃった」

 

 そう言うと姉さんは肩に頭を預けるようにしてもたれかかってくる。そっと手を重ねて、指を絡ませて、密着する。

 

 仄かに香る花の匂いが心地よい。

 

「……ねぇ、京太郎」

 

「なに?」

 

「私たち、どんな関係に見えると思う?」

 

「……恋人じゃないか。なんか悔しいけど」

 

「残念。夫婦よ」

 

「そうきたかぁ」

 

 まさか一段階飛ばしてくるとは予想外だったなぁ。

 

 実際、過去に何度もカップル扱いされてサービスを受けたことはある。

 

 そのたびに姉さんはすごくいい笑顔をするので何とも訂正出来なかったのが懐かしい。

 

「姉弟と見破れる人はいないだろうな」

 

「それだけ仲がいいってことよ」

 

「えっ。なんで手を繋いでるのバカ姉弟」

 

 ……と、話をしていた瞬間、こちらに罵詈雑言をぶつける人物が現れた。

 

「あら? 久? どうしたの?」

 

「大方、同じ用事よ。……で、私の回答になってないんだけど?」

 

「恋人ごっこ中」

 

「嘘つくなよ」

 

「あっ、そうね。夫婦ごっこだったわね」

 

「ひどくなってんじゃねぇか!」

 

「夫婦漫才してる時点で説得力は皆無だと思うのは私だけかしら……」

 

 呆れた様子でため息をつく部長。

 

 もう彼女も俺と同じこちら側の人間だ。

 

 ふふふ。これから駄姉のボケに振り回される苦しみを共に味わってもらおう。

 

「部長も最初は楽しんでいたから罰が当たったんですよ」

 

「今となってはおりておくべきだったと後悔しているところよ」

 

 部長は荷物を下に置くと、そのまま俺の隣に腰を下ろす。

 

 ……あれ? なんで、こっち? 美穂姉の隣じゃないの?

 

「……部長?」

 

「……何よ。私が隣に座っちゃ悪い?」

 

「読心術!?」

 

「顔に書いてあるの。誰にだってわかるわよ」

 

「……そんなに分かりやすいですか?」

 

「ほら、思ってるんじゃない。かまかけて正解ね」

 

「あ、ひどい」

 

 見事に騙されて、内心を吐露させられた。

 

 部長はものの見事に機嫌を悪くしている。そして、何故か美穂姉も怒っているに違いない。

 

 だって、さっきから手にかかる力が強いし!

 

「いや、その別に部長のことが嫌いってわけじゃなくてですね! どうしてこっちに座ったのかなぁと」

 

「……特に理由はないけど……そうね。しいて挙げるなら……」

 

 ちらりと横目で美穂姉を見る部長。ごほん、と咳払いをすると美穂姉の真似をするように寄りかかってきた。

 

「ぶ、部長!?」

 

「……私も疲れちゃったから。こうやって京太郎くんに休ませてもらおうと思ったの」

 

 ほぁ!? 

 

 やばい、やばい、やばい、やばい!

 

 なんか姉さんとは違うヤワラカイ感触が腕にあるし、温かいし、甘い匂いするし!

 

「あれ? 顔が赤いわよ、京太郎くん?」

 

「そ、そんなことはないですよ」

 

「あら、そう? じゃあ、こんなことしても平気よね?」

 

「ふぉぉ!?」

 

 腕を組んで、さらに体を密着させる部長。

 

 もう完全にわかる。

 

 おっぱい。

 

 俺の大好きなおっぱいが当たって、形を崩していることが。

 

 いいのか!? こんな幸せを味わってしまって!

 

 頭を冷やすんだ! 須賀京太郎!

 

 とにかく全神経を下半身に集中させて抑え込むんだ!

 

 この時、俺はいかにして二人に恥ずかしい姿を見せないかで必死だった。

 

 だからだろうか。

 

 俺は気づかなかった。

 

『ふふふっ。京太郎くんは悪い子ね』

 

『……悪い子は久じゃないかしら』

 

 眼下でバチバチと火花を散らす、自分を挟み込む少女たちの様子に。

 



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美穂姉は自慢して、自爆する

 ◆◇◆『弟自慢』◆◇◆

 

 

 長野でその名を知らない者はいないと言われる麻雀名門校、風越女子。

 

 通う生徒のほとんどが青春を麻雀に注ぎ込む。全国の頂を目指して。

 

 ――といっても彼女らも華の女子高生。休憩時間はやはりガールズトークに花が咲く。

 

「それでね、男子の部だとこの人が強くて」

 

「でもでも、私はこっちの人が格好良くておすすめかなーって」

 

「あら、何のお話をしているの?」

 

「あっ、部長!」

 

「お、お疲れさまです」

 

 携帯を取り出し、談笑していた二人は部のトップの参入に驚きが隠せなかった。少なくとも彼女らが知る限り、部長の福路美穂子はこういった話題に疎く、避ける傾向にある。

 

 それが参加してきたとなると、お叱りに違いない。

 

 その結論に行き着いた彼女たちは急いで弁明を始める。

 

「ち、違うんです、部長。これはえっと……」

 

「そ、そう! 男子のプレイングも参考にしようと思って動画を見ていて」

 

「……? 別に怒ったりはしないわ。二人はどんなお話をしているのか気になっただけよ」

 

「え、え? そうなんですか?」

 

「ええ。私もいろんな子とお話がしたいもの。お邪魔だったかしら?」

 

「い、いえ、そんなことはありません!」

 

「むしろ、光栄です!」

 

「そう? なら、よかった」

 

 二人の一年生は憧れでもある美穂子を快く迎え入れて、席のスペースを作る。そこに腰を下ろすと美穂子は携帯をとりだした。

 

「キャプテン? 電話ですか?」

 

「ううん。私のおすすめの男子を紹介しようと思って」

 

「キ、キャプテンのですか?」

 

 これまた予想外のできごとに目を丸くする後輩たち。

 

 美穂子の口から発せられた言葉は普段の姿から想像しがたく、また彼女には興味のないジャンルだと判断していたからである。

 

「そうよ? 意外だったかしら?」

 

「い、いえ、そんなことはないです!」

 

「み、見てみたいです!」

 

「ふふっ、よかった。じゃあ、はい。この人なんだけど……どう?」

 

 画面に写る一枚の写真。

 

 中央に燻った金髪のイケメンの麻雀を打つ姿。真剣な瞳で場を見極め、熟考する横顔は知的で整った顔をより見栄えよくさせている。

 

「わぁ……!」

 

「だ、誰ですか、この人!」

 

 今日だけで何度驚ければいいのだろう。

 

 自分たちの全く知らない人物の登場。でも、確かに強い麻雀を打っており、どこかの試合にでていることに間違いはない。

 

「名前は京太郎っていって最近頭角を現した期待の新星よ。あなたたちと一緒で一年生」

 

「同学年ですかっ!?」

 

「そう。中学時代は公式戦には出ていないけどすごく強いんだから。プロのお墨付きよ」

 

「へぇ、そうなんですか……」

 

「麻雀も強くて、格好いいだなんて……いいですね!」

 

「でしょう! 京太郎の話をしたいのに華菜もコーチも聞いてくれなくて……」

 

「へぇ、池田先輩が嫌がるなんて珍しいこともありますね」

 

「ねぇ。あんなに普段はキャプテンにべったりなのに」

 

「まぁ、池田先輩はこういうのにあまり興味なさそうだし……」

 

「そうなの。だから、二人がこうやって彼の良さを分かってくれてうれしいわ」

 

 そう言って微笑む美穂子に二人は目を奪われる。

 

 大切なものを褒められて嬉しがる無邪気な子供のような笑みは、いつもの柔和なものとは違い、これもまた魅力的だった。

 

「……私ったらまた変なこと言ったかしら?」

 

「い、いえ、そんなことありませんよ!」

 

「それよりもキャプテンはこの京太郎さんと仲がいいんですか!?」

 

「ええ。もうかなりの付き合いね」

 

「じゃ、じゃあ、お願いがあるんですけど……いいですか?」

 

「なにかしら? 私に出来ることだったら遠慮せずに言ってね?」

 

「だったら、その……京太郎さんのこと紹介してもらっていいですか!?」

 

「……え?」

 

「見た感じすごく格好いいですし、キャプテンとの知り合いなら安心できるし、麻雀も強いならぜひとも一度会ってみたいなぁって」

 

「……へぇ」

 

 そう美穂子が声を出した瞬間、空気が一変したのを二人は感じた。

 

 母性を具現化したといっても過言ではない美穂子の聞いたことのない低い声。それも滅多に開かない両目を開眼させて。

 

 ジッと、ジッと見つめている。

 

 笑っているけど、笑っていない。

 

 そんな矛盾した表情。

 

「ひ、ひっ」

 

 思わず悲鳴を上げようとした、その時。

 

「なにやってるし、キャプテン……」

 

 美穂子の頭を叩く人物が現れた。

 

 具体的には先程も話題に上がっていた少女。

 

「い、池田先輩!」

 

「おう、ここは私が相手しておくからお前らはさっさと練習に戻るし。コーチが帰ってくるぞ」

 

「は、はい! そ、それじゃあ先輩方失礼します!」

 

「サ、サヨナラー!」

 

 後輩たちは急いでこの場を離れていく。姿が見えなくなったところで池田はため息を大きく吐いた。

 

 そして、頭を手で擦っている美穂子に呆れた視線を送る。

 

「……キャップ。我慢ができないなら京太郎の話を振っちゃダメって何回言ったらわかるし」

 

「だってぇ……」

 

「だってもないです! そんなんだから誰も話を聞いてくれないんですよ!」

 

「はうっ! ……反省します」

 

「全く……。このことは京太郎に報告しますから!」

 

「そ、それだけは許して。また京太郎に怒られちゃう!」

 

「自業自得だし! ほら、キャプテンも練習に戻りますよ!」

 

「あぁ~、引っ張らないで~」

 

 美穂子はジタバタと暴れるが、池田は関係なく引っぱって連れていく。

 

 今日も風越女子はいつも通りの光景で、平和だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ということがあったので、注意しておくし」

 

「もう姉さんは……。サンキュー、池田」

 

「池田先輩だし! 敬語使え!」

 

「じゃあ、俺は姉さんにお説教をしてくるんで切りますね」

 

「無視すんな! ったく、この愚弟は! キャップによろしくだし! おやすみ!」

 

「はい、おやすみなさい」

 

 面倒見のいい先輩だよなぁ、と思いながら俺は電話を切った。

 

 彼女はちょっとうるさいけど、後輩思いだし、美穂姉をかなり尊敬しているからこうやって注意勧告も引き受けてくれるからすごい助かる。

 

「さて……じゃあ、俺は姉さんとお話をしないとな」

 

 席を立つと、リビングへと向かう。

 

 ……たまには姉さんにも痛い目にあってもらおうか。

 

 そんなことを考えて、隣の部屋の主を呼びだした。

 

「美穂姉。ちょっと話があるんだけどー」

 

 

 ◆◇◆『姉褒め』◆◇◆

 

 

 シンと静寂が支配するリビング。

 

 そこで俺と美穂姉が向き合っていた。

 

 俺は仁王立ち。美穂姉は正座といういつもとは異なる立ち位置で。

 

 すぅっと息を吸い込む。

 

 そして、俺は口を開き、言葉を紡ぎ出す。

 

「いいか? 控えめに言って美穂姉って最高なんだよ。どこが最高ってもう全てなんだけど、そこら辺理解してないみたいだから、教えてやるよ。まず、なんといっても性格。いつも心配してくれて、失敗したら慰めてくれて、成功したら自分のことみたいに喜んでくれて。そういうの勘違いさせるから本当にやめてほしいんだよ。何回中学の時に同じ理由で違う男に告白されてたっけ。そりゃあ好きになっちゃうよ。そこまで自分に尽くしてくれたら勘違いしてしまうじゃん。その度に俺に彼氏のフリをさせてさ。俺だって美穂姉に何度ときめかされたか。正直、姉弟じゃなかったら今頃、恋人になってるからそこらへん気を付けてくれよ、本当に」

 

「…………は、はい」

 

「次に外見。もう襲われても仕方がないくらい抜群のスタイルしやがって。そのくせ何であんなにも密着してくるんだよ。最近は特にひどい。風呂上りはバスタオル姿で膝の上に座ってくるし、テレビを見てたら肩に頭を預けて微笑んでいてさ。勉強してたら後ろから覗き込んで胸を押し当ててきやがって……。良い匂いはするし、唇は色っぽいし、服装もだんだん大胆になってきて。どれだけ俺が困っているかわかる? もう俺のエロ本、いつの間にか姉モノばっかだよ、畜生」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「ダメ。今までもそう言って何度も破ってるから。だから、次はもっとひどい罰ゲームを用意する」

 

「え、えっ……」

 

「次はこれよりすごい文章を読み上げる。風越と清澄高校の全員の前で」

 

「ご、ごめんなさい! ついつい褒められて嬉しかったから調子に乗っちゃったの……」

 

 美穂姉は涙を浮かべて、抱き着いてくる。

 

 だから、それをやめろって言ってんのに……ったく、うちの姉さんは本当に困りものだ……。

 

「……わかったよ。でも、美穂姉もこれで俺がいつも受けている恥ずかしさを理解できただろ?」

 

「うんうんっ」

 

「言ってる方はいいかもしれないけど、言われている方はかなり恥ずかしいんだからな? それを踏まえて次からは二度とこんなことのないように。わかった?」

 

「気を付けます!」

 

「……それならよし。じゃあ、俺はもう寝るからお休み」

 

「……ねぇ、京太郎」

 

「なに?」

 

「その……仲直りに一緒に……寝たりなんか……」

 

「竹井部長に全てぶちまけるぞ」

 

「ええ、おやすみなさい。私ももう寝るわ」

 

 急いで姿勢を正して、手をフリフリと振る美穂姉。

 

 どうやら今回の罰は身に染みたみたいだ。よかった、よかった。

 

 これで今度からはもう少し落ち着いた態度でいてくれるだろう。

 

「ふわぁ……。明日は移動で早いし、しっかり睡眠をとらないとな」

 

 自室に戻り、ベッドに飛び込む。

 

 そうだ。明日から俺は全国大会の会場がある東京へと移動する。

 

 清澄は個人と団体の両方で全国行きを決めている為、期待は多い。

 

「全力を出し切ろう。そうすれば結果はついてくる」

 

 そう呟いて、部屋の電気を消す。

 

 迷いは吹っ切れた。

 

 あとは眠るだけ。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 あぁぁぁぁぁぁああ!!?

 

 なんでさっきまで俺、あんなこと言っちゃったんだろ!? 

 

 もういろいろと暴露しすぎだろ! いつもの美穂姉の感じを意識したら、あんな風にペラペラと内心がダダ漏れでひどすぎだろ!?

 

 もう死にたい、消して、消して、消して!

 

 美穂姉が気づいてなかったからいいけど、黒歴史の第一位にランクインする程度にはくっそ恥ずかしいことをしてるぞぉぉ、バカ野郎ぅぅぅ!!

 

 結局、この日は日が昇る頃まで眠ることが出来ず。

 

 翌日は姉弟そろって仲良く遅刻した。

 




台詞長文読みにくかったら言ってください


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美穂姉は夫婦になりたい

ちょっと遅れたけど、昨日はいい(11)夫婦(22)の日だったみたいですよ。


 ある秋の日。しのぎを削った全国大会も終えて、みんなは束の間の休息を楽しんでいた。

 

 咲たちはショッピング。染谷先輩は部長と龍門渕のメンバーと遊びに行くんだとか。

 

 そして、それぞれが外に出かけて遊ぶ中で俺たち姉妹はリビングで時間を過ごしていた。

 

『自宅でも体の触れ合うコミュニケーションによりリラクゼーションが期待できます。例えば、膝枕など程よい体温を感じる――』

 

 俺はテレビを眺め、姉さんは慣れない手つきでパソコンを弄っている。

 

 そろそろ受験を控える美穂姉だが、麻雀で有名な成績を残した彼女は大学への推薦が決まっていた。

 

 それでどうやら大学に進学するにあたってひとり暮しを始めるらしい。地元の大学だから実家暮らしでいいのにとか、1人には広すぎる部屋とか疑問はあったものの兎に角、ひとり暮しをする決意は揺るがないみたいだ。

 

 そこでせめてパソコンは使えないと話にならないということで、練習中である。

 

 教師役は俺。だから、こうして同じ空間にいるのだ。

 

「ねぇ、京太郎」

 

「なに、美穂姉?」

 

「さっき調べものしていたらわかったんだけど」

 

「うん」

 

「今日はいい夫婦の日らしいわ」

 

「へぇ」

 

「私たちにピッタリね」

 

「ちょっと待って。それはおかしい」

 

「……?」

 

「そこで心底不思議な顔をされるのは腹立たしい!」

 

 どうして姉さんはこうも純粋に不思議そうに首を傾げているんだろう。

 

 俺たちは義理だけど姉弟だ。家族というカテゴリだけど決して夫婦というパートナー同士ではない。

 

「私は京太郎が好き。京太郎は私が好き。ほら、夫婦じゃない」

 

「なにそのとんでもない理論。世の中、夫婦だらけになっちゃうよ」

 

「京太郎は私のこと……嫌い?」

 

「……好きだよ」

 

「異性として!」

 

「家族として」

 

「……いけず」

 

 美穂姉は小さく頬を膨らます。最近、部長と付き合いが多くなったせいでこういうあざとい行為が増えたのは本当にズルい。本人は無意識のうちにやっている天然だからなおさら立ちが悪い。

 

「まぁ、それは一度置いておきましょう。とにかく今日はお互いに感謝の気持ちを伝えるためにプレゼントとかするみたいよ」

 

「プレゼント……ねぇ」

 

「京太郎は何が欲しい?」

 

 そう言われてもなぁ……。欲しいものなんて急に浮かぶわけでもないし……。

 

 かといって、返答しないのもあり得ない。なぜなら、美穂姉がキラキラ輝かせた瞳をこちらに向けているから。

 

 この眼差しを裏切った時には俺は罪悪感で死ぬだろう。女の子の期待とはそれほど重い。

 

 ハイリスクハイリターンの危険な代物なのだ。

 

「……俺は後回しにして美穂姉からにしよう。美穂姉は何が欲しい?」

 

 ……これは決して逃げなんかじゃない。逃げじゃないんだからね!

 

「京太郎」

 

「その答えは想定内だよ。もちろんNOだ」

 

「冷たい! 京太郎からの愛情が今、欲しくなったわ」

 

「それは毎日あげているつもりだけど。俺、だいたい美穂姉のこと考えてるし」

 

「……その答えは想定外よ……」

 

 顔を真っ赤に染めて俯く美穂姉。

 

 ……普段から姉さんが言っていることの方が恥ずかしいんだけどなぁ。

 

 しかし、このままではまた姉さんは無理難題を吹っかけてくるだろう。俺もさっきみたいな返しは何度も使えない。なぜなら、俺も羞恥に苛まれるという諸刃の剣だからだ。

 

 本当は俺も穴ほって埋まりたい。美穂姉にはバレていないだろうが俺の顔も負けじと赤くなっている。

 

 というわけで、取るべき対策は一つ。姉さんの要望を先に潰すこと。

 

「……美穂姉。今日は久しぶりの部活休みだよね」

 

「え、ええ、そうね。京太郎と二人きりの時間が増えて姉さんは嬉しいです」

 

「だから、互いに癒しということで……今日は二人がリラックスできることをしよう」

 

「リラックス……例えば?」

 

 問われて、答えが用意できてないことに気付く。

 

 な、何かいい案はないか? この場を乗り切る手は――あっ。

 

「……ひ、膝枕とか?」

 

 その瞬間、ぐるりと顔をあげた美穂姉を見て口にしたのは間違いだと気づいた時にはもう引っ込みがつかないと理解した。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 膝枕。それはこの世に存在する最強の寝具の一つ。

 

 男にとっては夢の一つといっても過言でもない。

 

 仕事帰り。甘やかされて、膝枕されて、寝たい。そんな妄想をしたはずだ。

 

 俺だってするもん。

 

 可愛い彼女が頭を撫でながら、優しい言葉をかけてくれて、癒してくれるんだ。

 

 なんか……こう、さ。もう最高じゃん?

 

「さ、京太郎。遠慮せずにどうぞ」

 

「い、いや美穂姉……。そう言うけど……」

 

「いいのよ。私と京太郎は遠慮する関係ではないでしょう?」

 

「そりゃ、まぁ家族だからな」

 

「もうっ! 最初に言い出したのは京太郎なんだからね!」

 

「うぐっ」

 

 そこを突かれると痛い。たしかに原因は俺にある。……腹をくくるしかないか。

 

 ゴクリとつばを飲み込む。

 

 ……考えるな。やましいことをするわけじゃない。

 

 そっと、そっとそこに頭を乗せればそれだけで――。

 

 ぱふっ。

 

「はぅ」

 

 はっと口を押える。な、なんだ、今の声は!?

 

 思わず体を起き上がらせてしまう。

 

 経験したことのない気持ちよさに変になってしまった。

 

 美穂姉がクスクスと笑っている。苦笑いをして、気を取り直してもう一度。

 

 今度もゆっくりと傾けていき、膝にダイブする。

 

「――っ」

 

 至福。

 

 そう表現するのが正しい。頭を置いた瞬間、眠ってしまいそうになるような安らぎを得てしまった俺は快眠レベルに達する。

 

 眠りそうになったのを手の皮をつねることで我慢した。

 

「どう? 気持ちいい?」

 

「……こうなんていうか、やべえよ。とりあえず、なんていうかすごく気持ちいい」

 

「そう? 京太郎が気に入ってくれたなら嬉しいわ」

 

 頭を預けると一瞬、吸い込まれるような感覚に陥り、すでにフィットする。

 

 適度な肉つきと張り。若さあふれる健康的な太ももがあるからこそ。

 

 そして、熟練度は全く持って反する。

 

 例えるなら実家のような安心感。心から安心できるのだ。

 

 包み込むような優しさが確かにあった。

 

「……ふわぁ」

 

「大きなあくび」

 

「……それくらい気持ちいいってことだよ」

 

「ふふっ。このまま寝てもいいのよ?」

 

 美穂姉はいたずらするような笑みを向けてくる。彼女が目線を合わせようとすると、綺麗な金髪がかすかに触れてこそばゆい。

 

 なにより眠気が吹き飛ぶ衝撃があった。

 

 胸……! 圧倒的、おっぱい……!

 

 自然に前かがみになったことで彼女の持つ絶対的饅頭が近づくわけだ。

 

 もうやばい。だんだん近づいてきてるみたいで迫力がすごっ……んん!?

 

 な、なんだ、これ!? 急に視界が暗くっていうか顔全体に柔らかな感触が!?

 

 頭も顔もふにふにで包まれている!?

 

「あっ、京太郎。しゃべったらダメよー」

 

 棒読み! 見事な棒読み!

 

 も、もしかしなくてもこれはおっぱいっ!? 

 

 俺の顔に押し付けられているのはおっぱいなのか!?

 

「……京太郎君、いつも見てるものね? バレていないと思った?」

 

「ふ、ふがががっ!?」

 

「んっ……気にしないでいいのよ? 好きなだけ楽しんでくれたらいいの、私の膝枕」

 

 膝枕だけじゃないんだけどっ! 

 

 もういろいろとすごいことに……あっ。

 

 ……なんか……その、固くなってる部分があるような……。

 

 こ、これはもしかしなくても……あ、あれなんだろうか?

 

 ……やばい。意識したらさらに呼吸が苦しく……。ていうか、俺の一部分も固くなって……。

 

「……き、京太郎っ」

 

 甘い声。息がちょっとずつ荒くなっている。もう正常な判断ができなくなってきた……。

 

「み、美穂姉……」

 

「あー! 京太郎、なにやってるの!?」

 

「「っ!?」」

 

 跳ね上がるように俺達は咄嗟に離れる。

 

 後ろを向けばレジ袋をぶら下げた母さんがニヤニヤした顔でこちらを見つめていた。

 

「……二人とも顔赤いけど何してたの?」

 

「な、なにって膝枕だよ!? なぁ、美穂姉!?」

 

「そ、そうなの! 膝枕!」

 

「……のわりには、やたら距離が近かったような……」

 

「「き、気のせいだよ(よ)……」」

 

「……ふーん」

 

 訝し気な視線を送ってくるものの母さんは納得したのか買ってきた物を冷蔵庫にしまっていく。その途中で思い出したようにとんでもない爆弾を投下してきた。

 

「あ、避妊具は母さんたちの寝室にあるから……今度からは部屋でやりなさいよ」

 

「はい!」

 

「『はい』じゃないけど!?」

 

「それと何個か残しておいてね。母さんたちも使うから。いい夫婦の日だし」

 

「聞きたくなかったよ、その情報!」

 

「ほら! やっぱり夫婦の日ってこういうことをするのよ、京太郎!」

 

「だから、俺たち夫婦じゃないよね!? 枠組みに当てはまらないから!」

 

「今夜なればいいのよ! 夫婦に!」

 

「それはおかしい!」

 

 こうして日が変わるまで姉さんとの攻防が続けられるのだが、それはまた別のお話。

 




キャップみたいな清楚を具現化した少女に膝枕されたいだけの人生だった。


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美穂姉と咲ちゃんは織姫になりたい

七夕だし、久々にキャップと咲ちゃんとのイチャイチャを気楽に書きたかった。
ただそれだけなんだ。
※なので、短いです。


 我が家は世の中のイベントに敏感だ。親父も母さんもお祭りごとが好きなのが影響しているのかもしれない。

 

 そして今日は七夕。

 

 どこから買ってきたのか知らないが外から見ても目立つ大きな笹を庭に立てて、リビングでどんちゃん騒ぎをしていた。周囲の人も誘ったみたいでビール片手に日頃のうっ憤を晴らしている。

 

 もちろん未成年の俺たち姉弟は縁側へと避難。

 

 果汁ジュースと少量のお菓子を持って、星空を眺めていた。

 

「きれいだねー」

 

 いつものごとく遊びに来ていた咲が瞬く星の数々を目にして感想をつぶやく。

 

 確かにどの星も我こそは、と輝きを放っていて黒の空にちりばめられたそれは美しく映る。

 

「こういうのは都会じゃあ見れないよな」

 

 思い出すのは夏の全国大会。あの時も長野県勢でいろいろと出回ったものだが夜でも街の明かりが眩しかったのを記憶している。

 

「七夕だもの。きっとお星さまも頑張っているのよ」

 

「彦星と織姫かぁ。俺に織姫なんて一度も舞い降りたことはないな」

 

「私がいるじゃない」

 

「わ、私もいるよ! 京ちゃん!」

 

「咲は優しいなぁ」

 

 俺は隣で猛アピールをしている美穂子姉さんをスルーして幼馴染の頭を撫でる。だが、我慢がきかずに勝手に膝に頭を置いておねだりしてくる18歳金髪お姉ちゃん。

 

 仕方がないので髪を手で梳いてやると満足したみたいで起き上がった。

 

「優しい京太郎がお姉ちゃんは大好きです」

 

「はいはい」

 

「だからお姉ちゃんが織姫になります!」

 

「あっ結構です」

 

 駄姉の相手もほどほどに俺たちは鑑賞会に戻る。涼しい風が吹き、足をふらつかせながら空をただ見上げる。

 

「でも織姫と彦星って一年に一度しか会えないんだよね。美穂姉ちゃん我慢できなさそう」

 

「……確かに咲ちゃんの言う通りかも」

 

「好きすぎたのがいけなかったんだっけ? いちゃいちゃしすぎて働かなくなって無理やり離されたとか」

 

「うぅ、可哀想。好きな人と結婚したらずっとそばで話していたいっていうのはわかる気がするなぁ」

 

 文学少女の咲は純粋な乙女心を持ち合わせているみたいだ。

 

 とはいえ、俺も彦星の気持ちはわかる。きっと生涯で唯一の愛する人を見つけたならば全てを放り出して想い人と時間を過ごしていたいと思ってしまう。

 

 触れ合って、気持ちを通じ合わせたいと願ってしまうに違いない。

 

 そんなに相手を愛する二人が会えるたった一日という短い時間。

 

 俺ならばどんなことをするだろう……?

 

「……もし美穂姉が好きな人と一年に一回しか会えないってなったらどうする?」

 

「京太郎を殺して私も死にます」

 

「え? 匿名で聞いたのに名指し?」

 

「あの世で永遠の愛を誓いましょう、京太郎」

 

「怖い。怖いよ、美穂姉!」

 

 即答で心中宣言に我が姉ながらドン引きである。

 

 向けられる愛の重さに苦しみ半分、喜び半分だ。

 

 俺はとっさに咲へと話題を振ることで病んだ美穂子姉さんの視線から逃げることにした。

 

「じゃあ、咲は?」

 

「えっと……私はずっと一緒にいて離れたくないから」

 

「うん」

 

「京ちゃんを監禁する」

 

「なに? 最近の女子ってそういうのが流行りなの?」

 

 両隣から命の危険を感じる発言を頂いた俺はすぐさまその場から離脱しようとする。

 

 だがしかし、それぞれに腕と肩をつかまれて元の位置に強制的に戻されてしまった。

 

「どこにいこうとしたのかしら、京太郎?」

 

「せっかくの七夕なんだから外でお星さま見ていよ?」

 

 声音に普段の雰囲気が全く介在しておらず、妙な威圧感に圧された俺は素直に従って腰を下ろす。

 

 すると、今度は二人して腕を絡めて肩に頭を預けてくる。それぞれ女子特有の甘い香りが鼻孔をくすぐり、気が気でない。

 

 これだけ密着すれば咲の慎ましやかな胸でも柔らかさを感じてしまい、欲望を理性で抑え込むのに手いっぱいになってしまう。

 

「さ、咲さん? こんなことしなくても……」

 

「だーめ。今日は離しません。寝るときも一緒ですー」

 

「は、はぁ!? おい美穂姉も何か言ってやってくれよ!」

 

「私も隣で寝ますからね!」

 

「そうだった、この人は敵だった!!」

 

 少しでも美穂子姉さんに期待した俺がバカだった。

 

 振りほどこうにもがっちりと指先までつかまれていて身動きが取れない。背後から親父たちのからかう声が聞こえてくるが二人ともまんざらでもなさそうな表情を浮かべる。

 

 純粋な好意が伝わってくるだけに無下に扱えるわけがなかった。

 

「ずっとそばにいてね」

 

「彦星様?」

 

「はぁ…………」

 

 結局、俺は全裸になるという恥も外聞もない手段を取るまで手を握りしめたままだった。

 




夏コミ当選しています。
場所はこちら→土曜日 東地区 "ツ" ブロック 57a
サークル名は『Walking Trip』です。
よろしくお願いします。


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美穂姉は欲しいものがある

 ソファに寝転がり、たまっていた漫画の消費にいそしむ日曜の昼下がり。

 

 辛抱たまらず俺はチラリと様子がおかしい姉の様子をうかがう。

 

 いや、変なのはある意味でいつも通りなんだけど……。

 

「……なにか探し物?」

 

「う、ううん、なんでもないの。なんでもないのよ?」

 

「そう……なら、いいんだけど」

 

 もちろん、嘘に決まっている。

 

 何も用事がない人は10分もソワソワと俺の周りをウロチョロしない。

 

 正直言って気が散るのでやめてほしいんだけど、ここ数日の奇妙な行動の理由がわかるならと放置することに決めた。

 

 美穂姉は倹約家だ。

 

 出かける際にコンビニでわざわざ飲み物を買ったりしない。

 

 彼女は自宅で市販の商品より美味しいものを淹れることができるから。

 

 だというのに、最近俺の寄り道についてきては全く同じ商品を買うのだ。

 

 そして、同じ場所で、同じタイミングで飲み、偶然のように近くに置く。

 

 それこそ俺が間違えて美穂姉の方を飲んでしまうかもしれない場所に。

 

 ……いや、わかってるんだ。

 

 姉さんのいつもの不器用でまっすぐなスキンシップなんだろうなって。

 

 普段の方がもっと過激なのにどうして恥ずかしがっているんだろう。

 

 だいたい姉弟なんだから飲み回しくらいしても普通だ。

 

 意識しなければいい話だし……ここは乗るとするか。

 

 俺はわざと姉さんが飲んでいた缶を手に取り、ぐいっと傾けた。

 

「っ!」

 

 わかりやすい反応に笑いそうになるのを堪えて、俺は立ち上がる。

 

「部屋に戻って続き読んでくるから、お昼ご飯できたら呼んで」

 

 そう言って俺はリビングを出て──すぐに少しだけ開けたドアから覗き込む。

 

「…………」

 

 キョロキョロと誰もいないのに周りを見回す姉さん。

 

 父さんと母さんは今日も仲良く買い物に出かけている。

 

 行動に移すなら今しかないはず! 

 

 美穂姉は立ち上がると、キッチンへ向かい……手に何か持ってる。

 

 あれはジップロック……って、缶を入れた!? 

 

「ふふっ。これで京太郎成分がいつでも補充できるわ」

 

「……なーにしてんだよ、変態姉」

 

「きゃっ」

 

 ポンと本で頭を叩く。

 

 今までも衣服を勝手に持っていったりはしていたが、このパターンは初めてで対応に困る。

 

「とにかく、その手に持ったそれ捨てるから貸して」

 

「だ、ダメよ! これは必要なものなの」

 

「わかったよ。代わりに違うものあげるからさ」

 

「京太郎の生暖かい目が辛い! うぅ……わかったわ。でも、私は真面目なのよ? 一度話を聞いてくれないかしら?」

 

 今回の姉さんは偉く強情だ。

 

 あの姉さんがここまでワガママ言うのも珍しい。

 

 これは本当にこの変態行為に真剣な理由があるのかもしれない。

 

「……じゃあ、話してくれる?」

 

「え、ええ! もちろんよ!」

 

 俺たちはソファに腰を下ろして、向き直る。

 

 美穂姉は麻雀を打つ時のように真剣な顔をしていた。

 

「夏の県予選。私にとっては風越での最後の試合だったわ」

 

「そうだね。美穂姉は全力を出し切っていたと思うよ」

 

「それはもちろん私も自信をもって言える。あの時、できることはやった。だけど、最近になってどうしても考えてしまうの」

 

「……うん」

 

「もっと身近に京太郎成分があったならいい結果を残せたんじゃないかって」

 

「うん……ん?」

 

「だから、お姉ちゃんは考えました。京太郎成分が濃いものは何かって。これはその一つよ」

 

 美穂姉は恍惚とした表情でさきほど仕舞った空き缶を取り出す。

 

「この缶に飲み物を入れれば対局中でも京太郎と間接キスできる。京太郎を感じられる。ね? 素敵なアイデアでしょ」

 

「……一度洗ったら間接キスにはならないんじゃないの?」

 

「京太郎が口づけしたというのがポイントなのよ」

 

「そっか。でも、没収ね」

 

「ああっ!? 私の宝物が!?」

 

 美穂姉から空き缶を奪って、そのまま握りつぶす。

 

 悪いけどそんな行為を許すわけにはいかない。

 

 この姉は絶対に自慢する。

 

 そうなれば周囲に姉さんの異常なブラコンっぷりがバレて、きっとひどい事態に陥るだろう。

 

 というか、俺が引いている。

 

 まさかこんなしょうもないことのためだったとは……。

 

「ほら、泣き止んで。これは俺でもドン引き案件だから」

 

「うぅ……でも、でも……私も対局中に京太郎と一緒に居たかったんだもの……」

 

「仕方ないだろ? 俺は清澄。姉さんは風越なんだから」

 

「わかってるわ。わかってるけどうらやましかったの。休憩中に京太郎とお話しできる片岡さんが……」

 

「……あー」

 

 確かに俺は県予選の対局中に優希にタコスを届けた。

 

 あの時、やたらと美穂姉から視線を感じていたが、ようはやきもちを焼いていたのか。

 

 それならそういえばいいのに……。

 

「……他のならいいよ」

 

「えっ……?」

 

「こんな缶みたいな過激なものはダメだけど、他にできることなら協力するから。何すればいいか教えてよ」

 

「きょ、京太郎~!」

 

 美穂姉は感極まった様子で抱き着いてくる。

 

 何を要求されるかわからないけど……まぁ、できる限りはしてあげよう。

 

 姉のわがままを叶えるのも弟の役目だからな。

 

 

 

 

 

 これから数年後。風越のキャプテンは男子の学ランを着る伝統ができることを二人はまだ知るよしもない。

 




リハビリ中。なかなか雰囲気思い出せない~


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