レモン☆キャンデー (あやとっちぇ)
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プロローグ
夕陽が地平線の先に沈もうとしている。空はだんだんと藍色がかり、冷ややかな風が吹きはじめた。
九頭竜町に夜が訪れようとしていた。
二人の少女は、街灯の明かりの下、薄暗い街の中を歩いていた。彼女達以外に周囲に人影はなく、どこか不気味な空気が漂っている。
「どうですかカスミさん、見つかりました?」
一人の少女が、先頭を歩くもう一人の少女に話しかけた。
「ソウルジェムの反応が強くなったわ、近くにいるようね」
カスミと呼ばれた黒髪の少女は、手のひらに握られている物体を見た。鮮やかな薄紫色をした卵型の宝玉に、金細工の装飾を施したような外見をしたそれは、鈍い光を放ちながら、脈動するように明滅を繰り返している。
カスミはソウルジェムを目の前で掲げた。すると、ジェムの輝きは先ほどより強くなり、二人の周りを照らし始めた。
「ここね……」
カスミが目を向けた先には、ビルとビルの間に挟まれた小さな路地があった。
二人はゆっくりと路地へ近づいた。そして路地の入り口に足を踏み入れようとした。
次の瞬間、二人の眼前で空間がぐにゃりと歪み、閃光を発した。
視界がくらみ、思わず目を閉じる。
気付くと目の前の景色は一変していた。
彼女達の知る街の景色は跡形もなく、周り一面が狂気じみた紫とも赤ともつかない靄のようなものにおおわれ、周囲を渦巻いている。また、二人の入った路地は、せいぜい人間一人が通るのがやっとの狭い場所だったはずだが、この空間は、その何十倍もの奥行きがあるように感じられた。
少女二人は顔を見合せた。
「当たりですね! キュゥべぇの言ったとおりだ!」
「ユキ、落ち着きなさい」カスミが嗜めた。「確かにこれは魔女結界の入り口だわ、でも……。」
「どうしたんですか?」ユキが不思議そうに尋ねた。
「結界内部でもうひとつの精神波動を感知したわ」
「魔女が二体いるってことですか!?」
「いえ、反応の規模からして人間ね、第一同じ結界内に二体の魔女が存在するなんて不可能よ」カスミが言った。
結界とは、魔女の造り出す位相空間のことだ。普通の人間では結界を外から観測することは出来ない。一方で、極めて微妙なバランスの上で形成されているため、複数の魔女が一ヶ所に結界を作ることは出来ないのだ。
「可能性としては二つね、人間が魔女に捕まって、今まさに喰われている最中か、あるいは私達と同じ魔法少女が既に戦っているか」
「どちらにしてもいそぎましょう! 人間なら助けなきゃだし、魔法少女なら仲間になってくれるかも」ユキがカスミを急かす。
「そうね、なんにせよ私達のやることは変わらないわ。ただ……。」
カスミは神妙な面持ちで言った。
「十分注意してね、キュゥべぇの言っていたイレギュラーのこともあるし……。」
カスミの言葉にユキは思わず唾を飲んだ。しかし、今は迷っている時間はない、もし結界の中に人がいるとすれば、一刻も早く救い出さなければ命に関わるからだ。
救えるはずの命を救えないこと、それはユキにとって一番の恐怖だった。
「分かっています。私は私のできることをやるだけです」
ユキはそう言うと、自身の左手を空高く掲げた。その薬指には奇妙な意匠が刻まれた指輪がはめてある。
指輪は光を放つと、ユキの手のなかでコバルトブルーの宝玉へと姿を変えた。カスミの持つソウルジェムと同じものだ。
同じように、カスミもソウルジェム頭上に掲げた。
「変身!」
カスミとユキは同時に発声した。
二つのソウルジェムは眩い光を放出し、少女達の華奢な身体を包み込んだ。同時に、カスミとユキの身体のシルエットが少しずつ変わっていく。
やがて光は収束し、静かに消滅した。
二人は魔法少女へと変身していた。
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レモン☆キャンデー 1
ひかるは朦朧とした意識の中で目を開いた。
わたしは何をしていたんだろう。ここはどこ?
ひかるは自分の置かれている状況が理解できず、軽い混乱状態になった。
ひかるは必死に記憶をさかのぼる。しかし、頭の中はどこか曖昧模糊としていて考えがまとまらない。
そうだ、わたしは通っている中学校から、通学路を家へと向かって歩いていたんだ。体育の時間に私がミスをして、それでみんなに迷惑をかけて、しょぼくれながら家路についたのを覚えている。
ではここは通学路だろうか? うっかり途中で居眠りでもしてしまったのだろうか?
周囲に目を配ってみる。
紫とも赤ともつかない霧がかった空、地面から卒塔婆のように出鱈目に生えている石の柱、至るところに浮き出ている見たことのない文字、どれもひかるには見覚えのないものだった。少なくとも、ここが自分の見知った場所でないことは確かだ。
錆びた蝶番が軋むような、気味の悪い音がけたたましく鳴り響いている。そしてそれは、自分のすぐ近くから発せられているらしい。
そこでひかるは、自分の視点が妙に高いことに気がついた。
はて、わたしの身長はせいぜい140センチかそこらのはず。
ひかるは恐る恐る目線を下に向けた。
地面はひかるの目からはるか五メートル下にあった。
ひかるはぎょっとして、その場から後ずさろうとした。しかし、どれだけ手足に力を込めても、一ミリたりとも身体が動かない。
よく見ると、無数の白い人間の手のようなものがひかるの身体のあちこちを掴んでいた。そして、そのまま彼女の身体を巨大な白い柱のようなものに張り付けにしていたのだ。
ひかるは再びパニックになった。
こんな状況は現実では考えられない。そうだ、これは夢に違いない!
頬をつねろうにも手が動かないので、ためしに大声をあげてみる。
声はでた。しかしそれは、頭上から聴こえる更に大きな咆哮によって掻き消された。
何事かと頭上を見上げる。
ひかるは今度こそ発狂しそうになった。
そこにあったのは、全長にして十数メートルはあろうかという巨大な女性の胸像だった。自分が張り付けにされていたのは柱などではない、この巨像の一部だったのだ。
もはや叫び声など出なかった。激しいめまいがする、頭が痛い、わたしはどうなってしまうの?
気が動転し、あやうく気絶しかけたその時、遠くの方からこちらへと向かってくる二つの物体をひかるの視界が捉えた。
ひかるはその物体へと目を凝らす。物体が近づくにつれ、その姿がはっきり見えるようになった。
驚くべきことに、それは人間だった。それも、ひかるとほぼ同じ年齢、14歳前後の少女のように見える。それだけではない、二人の少女はそれぞれ奇抜なコスチュームに身を包んでいた。
一人は短髪で、肩から青いマントをなびかせている。白い手袋を付け、プリーツのスカートに紐のリボン、まるで中世の音楽隊のような出で立ちだ。一方で、もう一人は、すらりとした長身に艶やかな黒髪をした和装の少女だった。薄紫の着物に大きなリボンで帯を締めている。
謎の少女達は、巨像にむけて猛然と走り迫ってくる。と、突然巨像の身体が揺れた。同時に、さっきから聴こえていた蝶番のような音が一層強くなる。どうやら、この巨像は動くらしい。
もはや驚く気力すら残っていなかったひかるは、なされるがまま巨像の胴体に張り付いていた。
巨像は二本の腕を振り上げると、自身の頭部をがしりと掴んだ。
何をするのだろう? ひかるはただただ見ていることしかできなかった。
巨像はまたしても咆哮を上げた。そしてあろうことか、自分の頭をべきりともぎ取った。細かな破片がひかるの顔に落ちてくる。
巨像は向かってくる少女めがけて、自分の頭を投げつけた。風を切る轟音、頭は高速で回転しながら和装の少女の方へと飛んでいく。
なぜだかこの巨像は、あの二人の少女に敵意を持っているようだ。どっちにしてもあんな巨大なものが直撃すれば即死だろう。
「あぶない!」ひかるは咄嗟に叫んでいた。
しかし、ひかるの心配は杞憂で終わることになる。なぜなら、和装の少女は飛んでくる頭を、垂直に跳躍することで回避したからだ。
巨像の頭は少なくとも四メートルはあるはずだ。とすると、あの少女は自分の身長の三倍近くの高さを跳躍したことになる。そんなこと人間では考えられない。やっぱりわたしは夢を見ているんだわ。なんたってこんな不思議な夢を見るんだろうか。
またもや巨像が大きく振動した。頭のなくなった首の断面から白い泡ぶくが溢れてきた。それは一瞬で増殖すると、やがて先ほどもがれた頭と同じものに形を変えた。つまり、巨像の頭部が再生したのだ。
巨像は三度咆哮をあげると、せっかく生えてきた頭をまたしてももぎ取った。そしてやはり、和装の少女に向かってそれを投擲する。
その時点で、謎の少女達と巨像との距離は、目と鼻の先だった。巨像の頭はさっきよりもより短い時間で少女に到達することになる。
しかし、和装の少女は避けよとはしなかった。それどころかこちらに向かって一気に加速した。隕石のような巨大な頭が少女に迫る。
と、和装の少女より少し後方から向かってきていた音楽隊風の少女が、どこからか短いステッキのようなものを取り出した。長さは本人の肘から手先ほど、持ち手には規則的に穴が空いており、先端には雪の結晶を模したクリスタルがあつらえてある。
音楽隊風の少女はステッキの柄のあたりに唇をあて、まるでフルートでも吹くかのように息を吹き込んだ。実際、ステッキは管楽器のような涼やかな音色を発したが、それだけではない。和装の少女へと飛んでいた巨像の頭が、彼女に直撃する寸前でピタリと動かなくなったのだ。時が止まったかのように空中で固まった頭は、表面に霜が張ったように白くなり、薄く冷気を纏っている。
固まったままの頭を踏み台にして、和装の少女がさらに上空へと飛び上がる。巨像の全長よりさらに高く舞った少女は、いつの間にか手に持っていた日本刀を振り上げた。鍔はなく、刀身が垂直な刀だ。
落下のエネルギーを乗せ、巨像目掛けて刀を振りおろす。刀は抵抗なく巨像の体躯を一刀両断した。真っ二つになった巨像は音をたてて崩れていく。
ひかるの身体を掴んでいた白い手にも亀裂が入り、ついには粉々に砕け散った。不意に戒めから解放されたひかるは、そのまま重力に沿って落下する。
妙にリアルな落下の感覚。ひかるは意識が遠のいていくのを感じた。ただ、意識が完全に途切れる一瞬前、身体に小さな衝撃と人間の体温を感じた。
ひかるは眠るように気を失った。
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レモン☆キャンデー 2
久鳳麗香はひとり、オフィスビルの屋上から夜の町を見下ろしていた。赤毛まじりな長い髪が、ビル風に吹かれ舞い上がる。その合間から見える横顔は、精悍ながらもどこか大人びた妖艶さを感じさせた。
「やはりこの街に来ていたんだね」
突然、どこからともなく何者かの声が響いた。それは女声に近いかわいらしいものだったが、無論久鳳のものではなかった。この場に久鳳以外の人間はいないのだ。しかし、その気配は異様な雰囲気となって周囲に漂っている。
久鳳には声の主が誰か分かっていた。驚く素振りも見せず、ただじっと、闇に沈んだ街並みを覗きこむ。
「別に黄昏てる訳じゃないわよ? これから住む街の景色をちゃんと見ておこうと思ってね」
久鳳は視線を変えずに返事をした。
「これから壊す街、の間違いじゃないのかな」声は嫌みたらしく言った。
「なんのことかしら」
「君の蛮行をボクが知らないとでも?」
久鳳は鼻を鳴らした。
「魔法少女のことならなんでもお見通しってわけ? 恐れ入るわね」
「既に魔法少女達の間では有名さ、同族殺しのイレギュラーだってね。こんなことをしてただでいられるとは思わないことだ」抑揚の無い声が久鳳に言い諭す。
「へぇ、じゃあどうするの? 私のソウルジェムを没収でもする?」久鳳は変わらず平然と返す。
「いいや、そんなことはしないさ」
「なら放っておいてほしいわね、私は私の為に魔法少女になり、私の為にその力を使ってるんだから」
「物事を狭視的に考えては駄目だよ久鳳。君一人の行いが人類全体にとってどれほど不利益なことか解らないのかい?」
「不利益ね……」久鳳は呟いた。
「君が何を考えているのかボクには分からないけど、これ以上和を乱す行動はしないで欲しいんだ。これは忠告だよ、いずれ君は自分の首を締めることになる。ボクが言いたいのはそれだけさ」
ふと、立ち込めていた重苦しい空気消えてなくなった。
久鳳はそこで始めて背後を振り返った。そこにはやはり誰も居らず、ただ夜闇が広がっているのみだ。
忠告ですって? 私はあなたの言うことを信じたことなんて一度もないわ、六年前、魔法少女になったあの日からね。
また風が吹いた。冷たい夜風は九頭竜町の街中に吸い込まれていった。
奇妙な空間、吐き気のする空気、異形の怪物、そして謎の少女。それらはひかるのこれまでに体験したことのない異常な出来事だった。唐突に起きたその出来事は、ひかるの精神を混迷の中に突き落としたのだ。
なんだか気分が重い。思考も纏まらない。
まどろむ意識のなか、ひかるはあの時の記憶を反芻していた。
やっぱりあれはただの夢だったのかな、それにしては妙に現実的で、なにより冒涜的な夢だ。心が何かに侵食されていくような感覚、あれほど耐え難い不快感を感じたのは初めてだ。あんなものが現実であるはずがない、わたしは単に、酷い悪夢を見てしまっただけだ。
少しずつ意識が鮮明になってくる。
そういえば、あの時も同じような体験をしたな……。
ひかるは目を覚ました。一瞬、またあの不気味な景色が広がっているんじゃないかと不安になったが、目に入ったのは明々と光る照明に照らされた白い天井だった。
よかった、やっぱり夢だったんだ。
そう思って安心した瞬間、ひかるの視界の両端から、覗きこむように人間の顔が現れた。
ひかるは驚きのあまり奇声を上げながら身を起こした。勢い余って、片方の人の顔面に自分の額を打ち付ける。
「いったぁーっっ!!」
不意に頭突きを食らったその人は、顔を押さえながら後ろにひっくり返った。
「よかった、目が覚めたのね」
もう一人、反対側に座っていた黒髪の少女が、額を押さえて悶絶するひかるに優しく言った。
ひかるは、痛みに耐えながら辺りを伺う。ここはどうやら、何処かの家屋の一室らしい。白で統一された内壁に、机やクローゼットなどの家具がある。小さなソファの上には、ぬいぐるみがいくつか並んでいた。落ち着いた雰囲気の部屋だが、ところどころに女の子向けの小物やクッションが配置され、一目見ただけで十代の少女の部屋だと分かる。そこでひかるは、布団の上に毛布をかけられて寝かされていた。そして、ひかるを挟むようにして二人の少女が座っていた。どちらも自分と同じくらいの年齢に見え、そのことがひかるに少しばかりの安心感を与えた。
「あの……、ここは?」ひかるは恐る恐る尋ねた。
「ここ? 私の部屋よ、九頭竜町にある普通の住宅の一室」黒髪の少女が答えた。
ひかるは頭を押さえながらなんとか状況を整理しようとした。しかし、あまりに事態が唐突過ぎてついていけない。
「私、気を失ってたんでしょうか……。その……、記憶が曖昧なんです」ひかるはシーツの上で項垂れながら言った。
「昨日からずっと眠ってたわよ。あんな目にあったんだもの、無理もないわね」黒髪の少女が言った。
「え!?」思わずひかるが顔をあげる。部屋の窓から溢れんばかりの朝日が差し込んでいた。本当に朝までここで寝こけていたらしい。
「わたし事件か何かに巻き込まれたんですか?」
自分が気を失っていた間、一体なにが起きていたのか、思い出せないだけに恐ろしかった。
「ほんとに何も覚えてないの?」
黒髪の少女は目を丸くして聞き返してきた。
そんなことを言われても思い出せないものは思い出せない。ひかるは頭を抱えたまま再び俯いてしまった。
「魔女に襲われてたんだよ」
不意に声がした。先程ひかるから頭突きをもらった少女だ。まだ完全にダメージから回復していないのか、手で顔を押さえたままだ。
「魔女……?」
ひかるには何のことだか理解できなかった。しかし、なぜかその言葉に言い知れぬ悪寒を覚えた。なにか触れてはならないもの、そんな気がしてしまう。
「君を襲った怪物だよ、ほら、デカい銅像みたいなやつ」
頭痛がした。思い出す事を脳が拒否している、それ以上知ってはならないと……。
「あれは夢ですよ、現実じゃありません」
「夢ならなんで私達がその内容を知ってるのさ」少女は快活そうな短髪を揺らしながらひかるに近づいてきた。
「たまたまですよ」
ひかるは寒気のあまり小さく身体を揺すった。
「いきなりそんなこと言っても混乱するだけよ、ひとまず今は休みましょう」
今度は黒髪の少女が言った。
「安心していいわ、私達はあなたの味方だから」
「そうそう、今日土曜日だし、しばらくここで休みなよ。って、ここカスミ先輩の部屋なんだけどね」
短髪の少女と黒髪の少女は、ちょうどひかるの目の前に並んで座っていた。
「そういえば、私達の名前まだ言ってなかったよね」短髪の方が言った。
「私は小川ユキ、こっちは先輩の敷島カスミさん。 よろしくね」
そう言いながら差しのべられたその手を、ひかるは握り返すことができなかった。なぜなら、並んで座る彼女達の顔は、夢の中でに出てきた謎の少女と瓜二つだったからだ。
ひかるには、二人の顔を見ることができなかった。
「あれは、夢じゃなかったんですか? 」ひかるはなんとかそれだけ言い返した。
「そうね、信じられないかもしれないけど事実よ」 カスミが言った。
「あれが現実だなんて……」
できることなら夢だと信じたい、だが、突きつけられた事実がそれを許さなかった。
「まぁさ、小難しい説明はあいつにまかせようよ」
そう言いながら、ユキがソファの方を指差した。
「やれやれ、やっと僕の出番か」
声がしたかと思うと、ソファに並んでいたぬいぐるみの内のひとつが突然動き始めた。
ひょこひょこと床の上を歩いているそれは、全身が白く、猫によく似た姿をしていた。と言っても、実際の猫とそっくりそのまま同じ姿という訳ではない。言うなれば、猫と狸とキツネザルを足して割ったような感じだ。そして尖った耳の耳孔からは、長い体毛の房が伸びている。
突如現れた珍獣に動揺を隠せないひかる。というより、ひかるは先程からずっと動揺しっぱなしなのだが。
そんなことを知ってか知らずか、珍獣はひかるにむかって朗らかに挨拶した。
「やあ! 僕の名前はキュゥべぇ」
意外にもそれは、人間の少女のような可愛らしい声だった。ただ、喋っているにも関わらず、口元は少しも動いていない。まるでテレパシーか何かで直接脳に語りかけられているようだ。
「幻覚が見えてるんですけど……。」
「心配するな、私達にだってばっちり見えてるよ」ユキが言った。
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