生物兵器の夢 (ムラムリ)
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1. 戦闘ミッション

短編だったけど続ける事にした。


 逃げ惑う人間へ走り、飛び掛かる。

 自らの背の後ろへ引き絞った左腕を、その人間の首に着地と同時に振り下ろした。

 鋭利な爪と強靭な腕、そして跳躍の勢いも相まって、その人間の首はぼろりと地面に落ちた。

 胴体が一瞬遅れて倒れ、血がだらだらと流れ落ちた。

 着地し、その両隣を仲間が走って行く。頑丈な鱗に覆われた緑色の身体は、低めに走る姿勢は人間よりやや小さいが、直立すれば、同等、大きい個体であればそれ以上だ。

 足の遅い人間からその爪の餌食となっていき、また、自分も走り始めた。

 

 生まれて、成長するまでは透明な壁の中で過ごしてきた。

 白い衣服を纏った人間に観察されながら。

 ただ与えられる肉を食らい、時にガスが充満して眠らされ、その後には弱かった、同じ壁の内側に居た仲間は消えていた。

 そんな時期が終わり、体が成長した頃には獣と戦わされた。

 湧き上がる闘争本能のままにそれを八つ裂きにして食らった後には、その人間の言葉も少しは分かるようになっていた。

 そして、命令を下された。

 戦え、殺せ。さもなければ殺す。

 それを裏付けるように、目の前で弱かった仲間が、人間の道具一つで、頭を破裂させられる光景を見せられた。

 従わなければ、殺す。

 自分達の首には、人間の手一つで命を奪える首輪が付いていた。

 引きはがそうとした仲間は、それが爆発して死んだ。

 

 戦わなければ生き残れなかった。それが本能だとしても、体の奥底から湧き上がる意欲だとしても、現実は限りなく冷めていた。

 初めて外の世界に出された後、まず、仲間の一体が銃撃によって遠くから脳天を貫かれた。

 銃という物自体に関しては学習していた。が、目の前でいとも容易くこの鱗が貫かれ、即死するのを見ると、驚かずにはいられなかった。

 物陰に身を伏せながら、覚束ない連携をして何とかその人間を屠った直後、その人間が爆発した。運良く生き延びられたが、体には仲間の肉片がこびりついていた。

 支配から逃げようと遠くへ走ったが、一番足の速かった仲間の首が弾けた。どう足掻こうとも逃げられない事さえも察した。

 首輪は外せない。逃げようとしても爆発する。

 人間を殺し、その飼い主の元へと戻るしか出来なかった。

 何度かそれが続き、生き延びる頃には、皆、冷めていた。

 生きる為には、死ぬまで生き延びなければいけない。自分達にはそれだけしかないのだ。

 

 血に染まった爪を舐め、ただただ逃げ惑う人間を殺して殺す。

 銃を持っていない人間は大概弱い。背後から爪で切り裂けばそれで終わる。

 銃を持っている人間でも、それが軟弱なものであれば、この鱗は通さない。精々頭を腕で守っていれば、大丈夫だ。

 ただ、小さい銃でも当たった仲間の腕が吹っ飛ぶような事もある。

 結局、遠目では種類はそう判別できないし、当たらないように立ち振る舞うしかない。

 大きい銃なら尚更だ。一発でも悪い場所に当たれば、治療されるのではなく、殺されてお終いだ。

 今まで長い事生き延びてきたが、生き延びて来られた理由は、経験とか知識とかそういうものより、単純に運の方が大きいと思う。

 不意に車が爆発した事もあった。気付かない内に狙撃されていた事もあった。必死の反撃で胸に刃物を突き立てられて死んだ仲間も居た。口に爆発物を突っ込まれて内側から爆死したのも居た。

 今まで沢山の死を回避して来れたのは、本当に、単純に運の方が大きかった。

 この次の瞬間にだって死んでいてもおかしくなかった。

 

 人間が一か所で陣取って銃器を構えていた。

 正面から戦う事はせず、分かれ、建物を伝って様々な場所から様子を窺う。

 建物の上には狙撃する人間も居たが、仲間が数体、建物の中や死角から迂回して行った。それなら、ここで陽動をしているだけでよかった。

 暫くすれば、至近距離まで詰めた仲間が、その人間の首に爪を突き立てた。

 死に際に置かれた爆弾を爆発する前に、下で固まっている人間の方に投げて、道連れも回避していた。

 そして、爆発が起こり、人間が散り散りになる。

 銃器はこの巨大な爪が生えた指で扱えなくても、部品を引き抜くだけで使えるような爆弾なら、使える。

 仲間達は、その人間が持っていた様々な物と一緒に、爆弾を落とした。

 それだけで、固まっていた人間の大半が死んだ。投げ落とした物の中には銃弾でも混じっていたのだろう。

 降り立ち、生き残っていた人間を屠る。陣形は崩れていて、負傷した人間達はもう、自分達にとってはそう脅威ではなかった。狙いを定められ撃たれる前に距離を詰め、爪を突き立てる。それは容易かった。

 が、こちらの犠牲も無い訳では無かった。

 銃器を持つ人間を大体屠り終える頃には、新しく入って来た仲間の多くと、同じ頃からずっと戦って来た仲間の一体が犠牲になっていた。

 後の処理が始まる頃、胸に穴を開け、死にかけているそのずっと戦って来た仲間の前に立ち、楽にしてやった。

 

 焼け焦げた臭いと血の臭いが混じっている。

 大体終わったか、思っていると、僅かに死体が動いたのが見えた。

 蹲る母親の死体の陰に子供が隠れていた。殺そうと思うと、仲間の色欲狂いがそれを捕まえて物陰に連れて行った。

 終わった後、そいつは雄であろうが雌であろうが、生き残りを見つけては僅かな、呼び戻されるまでの自由な時間に犯していた。

 気に入った獲物に関してはこっそり生かして帰る程だった。

 またその内犯せるとでも思っているんだろうか。そんな自由、どこにも無いのに。

 良い感じに焼け焦げた死体を食っていると、首輪が振動し始めた。帰って来いという合図だった。

 時間内に帰って来なければ、待っているのは爆発だ。

 色欲狂いが、精液を垂らしている、まだそびえ立つソレを出しながら、残念そうに出て来た。

 

 銃器を持った人間達の元へ戻る。

 こいつらより忌々しい奴等は居ない。いつか、戦えなくなってしまった時はそれを隠して最後に一矢報いれればと思う。

 自ら狭い檻の中に入る。腰を硬い地面に降ろすと、疲れが襲って来た。

 傷は多少あるが、この程度なら、眠らされている内に治してくれる。そこだけは感謝している。

 血を舐め取っていると、檻が閉まって行く。

 暗闇になり、どこかへと連れていかれる。

 また、戦う日まで、退屈な日々を過ごす事になる。

 つまらない、ただ、戦いと退屈の繰り返し。

 暗闇の中、目を閉じ、もう数えきれないほどの諦めと共に眠った。




主人(?)公:
種族:ハンターα
性別:♂
犯罪組織でB.O.Wとして使用されているハンターの内の一匹。
左利き。
外そうとしたり、逃げようとしたりすると爆発する首輪を付けられている。

犯罪組織の中で誕生し、そのまま戦わされている。

戦闘能力は高く、簡単な道具なら使える。
その犯罪組織の中で使われているハンターの中でも古くから生き残っている内の一匹であり、賢さや戦闘能力から割と丁重に使われている。
人間に対して慈悲は全く無いが、残虐に殺す事も余り無い。
戦闘に対してはもう、半ば機械的に行っている為。

首輪を捨て、犯罪組織から解放される事を諦め切れていない。



何となく書いて続けようかとも思ったけど、二次でやるより一次創作でやりたいなー、と思ったりも。


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2. 休息

 トラックが止まり、目を覚ます。体をゆっくりと起こすと同時にトラックの扉が開き、そこはもう室内だった。

 檻の鍵が貧相な身なりをした人によって恐る恐る開けられ、そして開けた途端にすぐ逃げた。

 自分達に怯えて逃げるその様は、いつ見ても体が疼くほどに襲いたくなる。首輪さえ無ければ扉を弾き飛ばして追い、首を刈り取っているだろう。

 実際それをした奴が居るが、威嚇射撃をされて立ち止まざるを得なかった。

 トラックから出て、目の前にはまた新たな檻がある。建物の地下へ、その檻に入って連れていかれる。

 その両隣には、自分達の首輪を爆発させられる装置を持った人間と、それから強力な銃器を持った沢山の人間。

 身を隠せる物はトラック以外何も無い。外への道には強固なシャッターが閉まっている。

 逃げられる見込みは一つも無い。

 疲れももう余り無い体をのっそりと動かして、新しい檻の中に入った。新入り達も、困惑しながらそれに従っていく。

 勝てない事も、逃げられない事も、この状況でははっきりとし過ぎている。

 戦闘に連携がまだ取れず、銃器の前にも簡単に身を晒してしまう程に知性が成長していなくても、だ。

 それでも抵抗する奴も偶に居るが、そういう奴は襲い掛かる前に銃殺されていた。

 全て、首輪の爆発ではなく、銃殺だった。

 その理由は分かっていない。

 新入りも含めて全員が入った所で、檻が閉まり、睡眠ガスを噴射された。暴れる新入りもすぐに静かになった。

 意識が落ちようとする直前に、檻を別の車が牽引し始めた。

 

 気付いた時には、いつもの檻の中に居た。いつもの仲間と共に。

 それぞれ三、四体ずつ入れられた、檻の中。飯として豚の太い足が三本置いてあり、それをそれぞれ、先に起きた二体は食べていた。

 傷を受けた部分には、変な臭いのするものが塗りつけられている。最初、舐めとっていると、傷の治りを早くするものだと窘められたものだった。

 肉を食い終え、隅の粗末な砂場で排泄も済ませ、蛇口から水を飲むと、もうする事は殆ど無い。

 色欲狂いの方からは、相変わらず人間の悲鳴が聞こえて来る。直接は見れないが、やってる事は見なくても分かる。

 支配している人間達が面白がって、どこかから連れて来た人間を色欲狂いが居る檻に放り込んだらしい。

 色欲狂い以外も含めて、全員で精が尽き果てるまで犯している。

 自分達の所にも人間が放り込まれた事があるが、仲間が犯す事も無く殺してそれっきりだった。

 その仲間に対しては、今でも少し恨んでいる。数少ない娯楽が増える機会だったのに。

 悲鳴は、その内くぐもって聞こえなくなる。

 ただ、犯しまくっても、その結果何も起こらない事も、その事実を聞いていなくても分かっているだろう。

 檻の外を歩く人間達の会話で、それを聞いた。

 作られた生物としての自分達には、生殖能力が殆ど無い。

 生殖器があろうとも、雌が居ようとも、子が生まれる事は稀にしかない。ましてや、その人間が半分程、自分達の元であっても、人間を犯して子が生まれる事は断じて無い。

 それを聞いた時には、理由も無く、とにかく落ち込んだものだった。

 

 適当に置かれた玩具は、人間達が先に遊んで飽きたものが多いらしい。

 その中の一つを自分は気に入っていた。

 一つの面に九つの色があり、その色の列を回転させて、面それぞれの色を揃えていく玩具。

 最初、回せるらしい、としか分からずに檻の外に投げ出した時、それを拾った人間が目の前で瞬時に全ての面の色を揃えて見せた時には素直に驚いた。

 その後、一つの面の揃え方を教えてくれた人間も居る。

 結局のところ、退屈を凌ぐには首輪で支配している人間に頼るしか無かった。

 これのお蔭で、退屈はかなり凌げているし、頭が鮮明になっていっているのも何となく感じている。

 もし、首輪を外せて檻の外から出られたとしても、その教えてくれた人間に対しては銃器を向けられない限り自分からは殺さない事にしていた。

 今では、二面まで揃えられるようになっている。

 この爪で傷だらけになっているが、今はもう、傷つけずに回せる。

 出来る事と言えば、檻の中の他の仲間が弄っている物で遊んだり、仲間同士で慰め合ったり。時々来る人間の会話に耳を済ませたり、その程度だった。

 

 偶に、別の場所に連れていかれる事があったりする。

 完全に体を拘束された上で、首輪を一度外された事があった。壊れていないかのチェックだったらしい。

 外に連れて行かれて、何を命じられる事も無く、ただ荒地で過ごした事もあった。ずっと閉じ込められている苛立ちを解消する為だったらしい。

 新入りだけが連れて行かれて、そのまま帰って来なかった事もあった。

 そして傷も癒えた頃の今回は、そのどれとも違った。

 まともな身なりをした人間が、怯える事無く、そして自分達にガスも掛けずに扉の鍵を開けて、自分に指さして出るように言った。

「No.27。出ろ」

 檻から出て、近寄ってもそう怖がる事が無い。背も普通に向けて、次々とその、言葉も理解出来る古くからの仲間が出て来た。

 途中、呼ばれていない、中堅の仲間が檻から出て、その人間に襲い掛かった。

 その人間は素早く銃を抜き、爪が届く前に弾丸を二発、的確に頭と胸に当てた。

「お前等は賢いし強い。俺を殺せるとしても、その結果は分かっているよな?」

 そう言って、地に伏したその仲間を蹴った。

 

 計、七体。

 No.1、6、7、10、13、21、27。

 古くから居る仲間の全員ではなく、その中でも、自分と同等以上の強さ、そして賢さを持つ仲間が出されていた。

 No.13、色欲狂いのソレは、相変わらず突き立って、精液も垂れていた。

「付いて来い」

 何が起こるのだろう。

 不安もあったが、それでも半分、思考は冷めていた。

 逃げられない事には全く、いつでも変わりない。




No.13:

色欲狂い
No.27(主人公)と同じく最も古くから生き延びているハンターの一体。
人間なら男でも女でも別に良いから犯す奴。同族と慰め合うよりそっちの方が好き。
現状は受け入れている。
生き延びてさえいれば、結構犯せるからいいや、という感じ。
殺戮の命令を受けても、気に入った獲物は勿体ないからこっそり生かして帰る。


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3. 淘汰ミッション 1

 連れられて来た場所には、この場所の人間達でない別の場所から来たらしき人間が複数、そしてその後ろには檻に入れられた、自分達に良く似た生物兵器が居た。

 目線を合わせれば、早速威嚇してきた。反応しないでいると、怒り狂ったように檻を叩き始めた。

 どうやら、似ているのは姿形だけらしい。

 別の場所から来た人間達が自分達が首輪だけで大人しくしている事に、驚き、それから話が進む。

 どうやら、これからその、自分達と似た生物兵器と戦わされるらしい。

 改良型だとか、T-アビスだとか、そんな事が聞こえる。流石に全部の意味までは分からないが、身体能力に加えて、妙な能力まで持っているらしい。

 戦わされる理由は、互いの戦闘のデータとやらを取りたいから。

 そして、自分達が負けたら、即ち死んだら、自分達以外の全ての仲間ももう、用済みらしい。

 その無視されて怒り狂っている似た奴が、自分達の場所に取って代わる、と。

 最後まで聞いて、何となく察した。

 負けたら自分達以外の全てのハンターαは、その怒り狂っている似た奴に変異させられるという事だった。

 

 話が終わると、また外に連れ出された。

 この組織は、廃墟を隠れ蓑にして地下に広がっている。その廃墟は戦う場所としては、うってつけだった。

 天候は中の檻に居る時には余り意識する事は無いが、厚い雲で覆われた、曇天だった。自分好みの天気だった。

 太陽は、自分にとっては眩し過ぎる。かと言って雨は滑りやすくなるから余り好きじゃない。

 自分達をここまで連れて来た男が振り向いて、話し始めた。

「なあ。俺はお前達の事を買ってるんだ。

 お前達は、他の仲間達とは違うだろう。経験もある。技量もある。知識もある。そして、それから培った知性もある。

 そんな生物兵器、他に早々居ない。

 だからな、能力で劣っているとは言え、あんな低能な奴等に負けるなよ。

 負けたら俺も悲しい」

 ……知性を培ったから何だというのだろうか。お前等が首輪で自分達を縛り付けている事は変わりの無い事だろうが。

 でも、負けるつもりは殊更無かった。

 あんなすぐに怒り狂うような奴等に、今まで爆撃と銃弾の飛び交う中生きて来た自分達が負けると思われている事自体、屈辱だった。

 静かに、怒りはあった。

 言葉全てを自分達が理解している事をもう、とっくの前提として、続けて男が言った。

「あいつ等は、体を回りの景色と同化させる事が出来る。

 だが、完全じゃない。目を凝らせば見えるはずだ」

 少し考えて、外から来たその人間達は、自分達の知性がその能力より劣っていると見做しているのだと、分かった。

「じゃあ、散れ。首輪の爆発しない場所はこの廃墟の中で、広く取ってある。同じ七体のファルファレルロの入っている檻も、この近くでそろそろ開くはずだ」

 そう言って、男は地下への入り口へと帰って行った。

 

 指を動かして、時偶に喉を鳴らして意志疎通をし、どう動くか軽く決める。

 三体と四体で分かれる事にした。

 自分は、三体の方に、色欲狂いと、片目と共に近くの廃墟へ走った。

 四肢を使い、上へと登る。爆撃の痕の凹みや飛び出した鉄骨を伝えば、登る事自体は簡単だ。

 すぐに屋上まで着き、辺りを眺めた。

 檻らしきものは、ここからでは見当たらなかった。 

 これからどう動くか、方針を決めようと振り返ると、屋上の縁に違和を感じた。

 ぼやけた何かが身を乗り出してくる。

 ああ、これがそういう事か。

 そう思った時には、色欲狂いと片目がそのぼやけたそれに体当たりをかまして突き落としていた。

 悲鳴の後に、潰れた音がした。

 そして、自分の背後からは微かに音がしていた。

 振り向きざまに爪を振るえば、血がこびりつく。そのまま畳みかけようかと思ったが、その腕や爪の位置が良く分からず、一旦引いた。

 腕が振るわれたのか鋭い風切り音が目の前でした。……速い。身体能力も向上してる、か。

 慎重に攻めようかと思っていると、片目が懐に素早く潜り込み、胸の辺りに爪を突き刺していた。

 蹴り飛ばして、爪を引き抜く。

 血を噴出させて倒れたファルファレルロは、姿が露わになって、もう後は死ぬだけだった。

 片目が爪に付いた血を舐め取る。

 相変わらず、一際強い奴だった。

 

 これまでも、戦う相手は人間だけとは限らなかった。同じ生物兵器、B.O.Wと戦わされた事もあった。

 リッカーとか言うらしき、脳みそがむき出しになった妙な生物。舌と爪にさえ気を付ければ銃器を持った人間よりも楽に倒せた。片目は飛んできた舌を掴んで千切っていた。色欲狂いは弱らせたそのリッカーを少し犯したが気に入らなかったようだった。

 でかい蛙のような奴。それが自分達とかなり似た方法で作られた生物で名前もハンターγとかと呼ばれていると知った時には余り良い思いはしなかった。水中で足から呑み込まれそうになった時は強い恐怖を覚えた。ただ、それ以上に色欲狂いが一心不乱に犯していたのを良く覚えている。

 そして、同じハンターαと戦った事もあった。それは余り、思い出したくない。仲間の数多くも犠牲になったし、終わった後の疲労は酷く心身共に残った。

 が、今回はそういう風にはならないだろう。

 改良型だとかは知らないが、あのただ暴力的な姿からは同種とは思えなかったし、思いたくもなかった。

 

 ファルファレルロ、その自身の姿は消せても、存在そのものさえが消える事は無い。瓦礫が多い場所に移動すれば、音で容易に分かるだろう。

 そう思い、屋上を伝ってその場所へ向かう。

 ただ、やはり、姿が見えないという事は脅威である事自体は変わらなかった。

 地上を移動している間に建物の高くから姿を隠したまま飛び掛られたら、気付けるだろうか。

 特にこの曇天だと、影も余り出来ない。

 今日に限っては晴れていた方が良かったと思った。

 その途中、ふと、足を止めて後ろを見た。片目が膝を付いて、苦しそうにしていた。

 ……何だ? 様子を見ていると、呼吸がとても荒い。

 外傷は負ってないはずだ。

 だとすると……。自分と色欲狂いがやっていなくて、片目だけがやっていた事は。

 ……血を舐めた事だった。

 その外から来た人間が言っていた事を思い出す。

 ――このファルファレルロは、T-アビスと呼ばれるT-ウイルスとジ・アビスという海底で発見された……

 片目の体内に、T-アビスと言う、ウイルスらしき何かが入った。

 それが、事実だった。

 




No.1:

片目
No.27(主人公)と同じく最も古くから生き延びているハンターの一体。
戦闘能力が一際高い。身体能力も平均に比べると高い。片目なのは後々説明。
戦闘自体を楽しんでいる。従っていれば楽しめるし、別に脱走とかは考えていない。

ファルファレルロの血を舐めた事により、T-アビスが体内に入る。


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4. 淘汰ミッション 2

 色欲狂いに警戒を任せて、自分の爪に着いている血を地面に擦り付けた。

 それから、片目の傍に寄った。

 呼吸が荒く、膝と手を付いて下を向いていた。血を吐いたりはしていないが、辛さはきっと、立ち上がれない程だろう。

 そうでなければ、片目は意地でも立つはずだった。

 片目はこれからどうなってしまう? 良くてファルファレルロに変態する。悪くて死ぬ。そこ辺りだろう。

 自分達ハンターαという種を作り出す為にも、時間と手間が掛かったらしい。そこから蛙のようなハンターの亜種を作るのにも時間と手間は掛かっているとも聞いた。

 だから、そのT-アビスというものを身に受けただけでファルファレルロなる亜種に変態するとは、ただの願望でしかなかった。

 だが、だからと言って見捨ようとは思わなかった。新入りならともかく、長く戦って来た仲間だ。それに、特に片目には、誰もが恩を持っている。

 また、希望は無い訳じゃなかった。

 

 色欲狂い達が檻の中で人間を犯している最中に、外からそれを眺めていた人間が言っていた事だ。

「お前にT-ウイルスの抗体が無くとも大丈夫だ。既に抗ウイルス剤を打ってある」

 他にも、自分達の成り立ちについても色々と耳に挟んだ事は覚えている。

 自分達の体液にはT-ウイルスが残っている。人間がそれを強く身に受けてしまった時に抗ウイルス剤を使用すれば、T-ウイルスの侵食から逃れられるとか。

 それは、T-アビスにもあるのではないか? 自分達ハンターαに襲われた時の対策としてや、色欲狂いに犯される人間の為に、この組織にはそのT-ウイルスに対する抗ウイルス剤が存在するのだ。

 ファルファレルロを連れて来たあの人間達も、襲われた時の対策として持っているのでは?

 それは希望にしては憶測に憶測を重ねたようなもので僅かだったが、賭ける価値は十分にあった。

 その為にはまず、片目なしで襲って来るファルファレルロを殲滅する事が必要だった。

 

 担いでその自分達にとって有利な場所、瓦礫だらけの場所まで行く事は難しかった。

 大体同じ体重の仲間を背負って軽快に飛べる程、この体は便利じゃない。

 ここで戦うしか無かった。

 屋上の中央に片目を動かし、その周りで待ち構える。

 少しすると、自分達の声とはやや違う声が、複数、近くから聞こえた。

 聞こえた方向を注視しても、何も見えない。

 あの檻の中に居たのは何体だったか。自分達と同じく七体だったか。

 その内の二体はもう殺した。残りは多くても五体位だろう。

 転がっていた瓦礫を砕いて、屋上の縁の近くに満遍なく投げる。少しでも、耳で場所が分かるようにしなければ。

 弱ってる奴等から狩っていくのは、普通の事だ。

 残り五体程度が全てこっちにやってきていたとしたなら、流石に厳しいが……。

 色欲狂いが下を覗こうとしたのを止めた。危険過ぎる。

 その時、から、と微かに音がした。

 咄嗟に爪を構えて音がした方向を振り向いた。が、何も見えない。

 色欲狂いが近付こうとしたのをまた止めて、その場所に瓦礫を投げた。何にも当たらず、そのまま落ちていった。

 また背後で、から、と音がする。

 と、思うと今度は左から。次に正面で。

 から、から。

 周囲で、ちょっとずつ撒いた瓦礫が動いている。ファルファレルロが手の先だけを出して。

 ……自分が対策としてしている事が分かられている。

 弄ばれている。

 怒りを表に出しつつある色欲狂いを留めながら、思った。

 もしかして……自分達と同じなのか? ただ怒り狂う、能力に身を任せた馬鹿どもだと思っていたが、こいつらも戦って生き延びてきたのか? 経験や知性を身につけたのか?

 いや、そうだったら最初の二体をあんな簡単に倒せただろうか。

 色欲狂いが、また瓦礫が動いた場所に強く、石を投げた。

「ギッ」

 当たって少しの悲鳴が聞こえた。

 途端に違う場所から二体、飛び出してきた。

 

 横から一体。正面から一体。砕いた瓦礫を踏み、僅かな輪郭だけが見える。

 安全に戦うとかどうとか、もう余裕は無かった。横から来た一体を色欲狂いに任せ、正面の一体に注視する。

 二度目となると少しだけ目が慣れていた。

 腕の位置も何となく分かる。右腕を横に構えながら、瓦礫を踏み越えた所で飛び掛ってきた。

 ……万全な奴にする攻撃じゃない、それは。そう正面から馬鹿正直に人間に飛び掛って、ショットガンで蜂の巣にされる新入りや、小さいナイフのみで逆襲される新入りも居たのを幾度と無く見てきた。

 それは、背後から気付かれないままに一瞬で仕留める為の攻撃だ。

 前に踏み込み、振るわれた腕を受け止めながら、胸の位置に爪を置く。

 ただそれだけで深く、爪が突き刺さった。

 ごぷ、と血を吐き出しそうな声が聞こえ、すぐに引き抜きながら突き飛ばした。

 胸から血が噴出したのを見てから、色欲狂いの方を振り返ると、そっちも決着が付いている。姿を見せて血が吹き出る首を抑えながらふらふらとしているファルファレルロに、止めを刺していた。

 後どれだけ居る……。振り返った時、色欲狂いと自分の反対側から、もう一体が登って来ていた。

 間に、合わない。

 ほんの、片目までの距離の差。振り向いた直後の自分。止めを刺した直後の色欲狂い。

 蹲る片目に狙いを定めたファルファレルロ。

 喉の奥底から叫んだ。

 タイラントにさえも時間を稼げたお前が、こんな事で死んでいいのか。

 ファルファレルロは、飛び掛って頭を刈り取ろうと爪を振り上げた。

 走るも、間に合わない。

 片目が僅かに動いた。そうすると、たったそれだけで、紙一重でファルファレルロの爪が空振った。

 片目は、動けなくとも戦闘に関しては、誰よりも長けていたままだった。

 空振り、着地し損ねたファルファレルロが片目の上に倒れた。片目が耐え切れずに倒れた。

 追いついた自分と色欲狂いが、そのファルファレルロの背中に爪を突き立て、地面へ投げ捨てた。

 片目は、倒れたまま起き上がらなかった。呼吸は浅く、体に触れると熱かった。

 これは……もう、危ないんじゃ。

 その時、首輪が振動した。

 いつも通りの、終わりの合図だった。

 色欲狂いと一緒に、片目を担いで急いで戻る事にした。時間は多分、もう無い。




No.27:
追加説明。
趣味はルービックキューブ。2面まで揃えられる。
戦闘能力は長く生き延びてきたハンターの中では平凡な方だが、ずっと自由になる事を諦め切れていない為に、檻の中で聞こえる人間の会話などは全て耳を傾けていた。それ故に知識量は随一。観察眼等も長けている。
ただ、だからこそ、逃げる事への難しさも最も実感している。
知性も最も長けている為、司令塔としての役割も良くする。


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5. 淘汰ミッション 3

 片目を担いで戻ると、別に散った四体の方の内の二体、痩身と悪食も片目と同じように倒れていた。

 血を舐めてしまったのは同じらしかった。

「嘘よ……。負けるのはともかく、一体も殺せていないなんて……。

 ……もしかして、ファルファレルロと戦った事自体あったんじゃないの?」

「いや、俺の知る限りじゃ無いな。だからと言って何だ? どっちにせよ、こいつらの方が圧倒的に上なのは確かだろう」

「嘘よ……」

 未だに信じきれない女に対して、その男は告げた。

「タイラントと戦った事はあるが」

「……え?」

「タイラントとすらも戦って、こいつらは生き延びているんだ。舐めないで欲しい」

「そんな……」

 茫然とするその女は、どこも見ていないようだった。

 そして、やはり、片目も痩身も悪食も、誰も一向に良くなる気配はない。他の皆は、どうしたら良いのか分からないまま、ただ様子を見ていた。

 女に歩いた。

「え?」

 首に爪を突きつけ、服を破った。

 疳高い悲鳴が上がる。

 破った服の裏側には、自分達の鱗さえも貫けないような小さい銃器もあれば、注射器も複数あった。

 赤と青の注射器が、それぞれ3本ずつ。

 男が、何となく察したようで、女に聞いた。

「その注射器は何だ?」

「T-アビスのウイルスと、その抗ウイルス剤よ……」

「どっちがどっちだ? 正直に答えないと死ぬぞ」

 男の声には切迫感など全く無く、殆どいつもと変わっていなかった。

「そうさせない為にあんたが居るんだろうが!」

「役に立たない商品と戦わされて、そしてこっちの兵器にも傷が付いた。損害を被ったのはこっちだ」

 時間が無いんだよ。

 爪を喉に当てた。

「……赤い方よ」

 観念したように言った。が、男は更に聞いた。

「本当か?」

「こんな状況で嘘言えると思う?」

「……さあな」

 ……分からない。

 男の方を向いた。

「何だ?」

 爪を女の方に向けた。

「間違ってたら殺していいかという事か?」

 頷く。男は少し考えてから、言った。

「……いいぞ」

「えっ、ちょっと?」

 色欲狂いに押し倒させて、命じた。

 まだ、犯すな。

「本当にそうするつもり? 何が起こるか分かっている訳?」

「どっちにせよ、ファルファレルロを全て死なせて手ぶらで帰るんだろう? どの位の損害になるかは知らないが、かなりのものだろうし、死んでも死ななくてもそう変わらないだろ」

 赤い注射器と青い注射器をそれぞれ丁寧に拾う。

 使い方は知ってる。針を血管に突き刺して、押せばいいだけだ。

「まあ……死ぬより酷い事になるだろうがな」

 振り返れば、色欲狂いの股間からは既にソレが出始めていた。

 そこで女が叫んだ。

「青よ! 本当に! だから!」

 後はもう、青い注射器を突き刺せば良かった。

 が、まず片目に突き刺そうとした時、片目がそれを弾いた。

 刺そうとしたその青の注射器が飛んで、岩に当たって砕けた。

 ……え?

 片目の呼吸は、深く、長くなっていた。気付けば、体色がやや変わっていた。

 変異、したのか。

 ハンターαという種から、ファルファレルロという種に。死なずに、ただ血を舐めただけで、変異したのか。

 そして、片目はそれをもう、受け入れている。

 残り二本の注射器と、痩身と悪食を見た。

「早くどかしてよ! ねえ!」

 色欲狂いの口から涎が、女の顔に垂れていた。

 ……まあ、赤い方の注射器があれば、いつでもファルファレルロには変異できる。戻れる訳じゃないが。

 痩身と悪食は、青い注射器を弾く事は無かった。

 呼吸は落ち着き始め、体色も変わりはしなかった。

「終わったんでしょ? なら早くどかしてよ! ねえ!」

 色欲狂いは我慢しきれないように、顔を舐めていた。

 男は、やはり変わらない口調で言った。

「好きにしていいぞ」

 その途端に色欲狂いは、暴れ始めた。

 

 空になった注射器を捨てて、赤い方を眺める。

 これを打ち込めばファルファレルロになる。ただ、あんな粗暴にならざるを得ないのなら、それは止したかった。

 片目は、今はもうすっかり落ち着いて、けれど疲れ切った様子で腰を下ろしていた。

 体の大きさや爪の形とかの変異は全くない。体色と、目の色が少し変わっているだけだった。

 大丈夫なのか? 痩身はそのまま寝ていて、悪食は恨みを晴らすかのように色欲狂いと共に女を犯していた。どちらも、ハンターαのままだった。

 そして、片目も今の所は、あんな粗暴な姿とは違うような、ハンターαだった時のような印象のままだった。

 片目は、自分の身体の調子を確かめるように両腕の爪を何度か動かした。

 ……恐怖が体を襲った。

 その爪が、自分達に向けられる事は無いのだろうか。

 その仕草から、万が一にも、という事を考えてしまった。

 片目が自分の目線に気付いた時、丁度男が自分の前にやって来ていた。

「その赤い注射器は渡して貰おうか」

 男には素直に従った。

 首輪がある以上、この組織の人間にはいつまでも逆らえない。

 赤い注射器も無くなり、ふと、犯されている女の方を見た。

 破り捨てられた服の端に、赤と青の注射器がもう一つずつあったのが見えた。

「そろそろ戻るぞ」

 そう言う男はそれに気付いていなかった。

 女のぎりぎり手の届く範囲に、護身用の銃が未だに転がっている。

 歩くと、男の目線は自分に向かう。だが、銃を遠くに投げ捨てると、男の目線は逸れた。

 そしてそのまま男が自分の方を見ていない隙に、その注射器を口の中に入れた。

 舌で巻いて、口を閉じた。




No.10:

痩身
その渾名の通り痩せ型。体力はやや低め。敏捷性は随一。

No.21:

悪食
体力は随一。やや体は大きめ。リッカーとハンターγも少し食べた。

No.1:
片目
タイラントとの戦闘の時、一番表立って時間を稼いだ。その時に片目を失った。
ファルファレルロに正常に変異。


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6. 警護ミッション 1

 ファルファレルロとなった片目との相性の為か、檻の割り振りが変更された。

 案の定と言うべきか、自分ともう一体、元々別の組織に属していた古傷とで割り振られた。

 自分の檻で入れ替わりが起き、自分が出て行かなかったのは幸いだった。

 入れ替わりは急で、排泄する為の砂場に隠してある注射器を咄嗟に持ち出す事など出来なかっただろう。

 そしてそれから、片目が一度外へ連れて行かれた。

 長い時間が経った後に、片目が戻ってくると、腹に縫い痕が出来ている代わりに、首輪が無くなっていた。

 ……透明になれるのを生かす為に、腹に爆弾を埋め込まれたのか。

 体力を消耗したのか寝込む片目を見て、注射器は迂闊に使えないと分かった。

 首輪ならまだしも、腹に埋め込まれたらもう、取り出す手段は人間に頼るしか本当に無くなってしまう。

 逃げるという手段に、人間に頼らなければいけないという事は同時に成立するとは思えなかった。

 注射器を使う時は、ファルファレルロとなり透明化の能力を得る時、それは最低でも首輪を外せる時でないといけないのだ。

 

 片目の腹の糸が抜かれ、傷も塞がる頃。組織の人間が複数来て、ミッションの時がやって来たか、と察した。

 ガスで眠らされ、そして気付いた時には別の大きな檻の中に入れられていた。

 自分も片目も古傷も選ばれていた。

 今回は、前回のファルファレルロと戦った時よりかなり多く、三十体位は選ばれていた。

 新入りは少なかった。

 そこまで複雑な事はやらされないだろうが、新入りには難しいような事なのだろう。

 

 言い渡された事自体は新入りでも理解出来るような内容だったが、やや難しく、そして嫌なミッションだった。

 敵対組織の基地があると思われる付近の道を、この組織の重要人物が通らなければいけない。

 その周りを、重要人物が乗った車が通り過ぎる前から警戒し、人間やB.O.Wが居たら処分せよ。

 万が一その車に被害が遭い、死ぬような事があったならば、連帯責任を負う。即ち、死ぬ。

 連帯責任を負うと言っても、区画ごとで別れ、仕留め損ねた区画だけの仲間が死ぬ、という事に関しては幸いだったが。

 

 三体ずつで、十の決められた区画に分かれて警戒をする事を命じられた。

 自分達最も古くから生き延びている中の十体がチームを決めた。

 相変わらずな奴は相変わらず、ただ自分と気の合う奴を仲間に引き入れている。色欲狂いとか、悪食とかはその筆頭だ。

 楽しんでいるな、と良く思う。支配されている事をとっくの昔に受け入れているようなその姿は、羨ましい所もあれば、理解出来ない面もあった。

 暫くすると、大体チームが纏まったが、ファルファレルロに変態した片目と同じチームになろうとする仲間が居なかった。

 仕方なく、自分が少し編成し直した。

 自分と片目、そして古傷とで組んだ。片目は今は、自分達同期の中でもファルファレルロと戦った仲間以外からは疎まれている。古傷は、入った時の事を知っている仲間の大半からは疎まれていた。

 それも当然と言えば当然だった。古傷は、敵対した時に仲間を多数殺している。

 片目に負けて、片目が引き入れた。

 戦闘能力は、自分よりも高い。

 そして組み分けが終わった後、当然のように最も一番危険らしい区域に配置される事が決まった。

 まあ、納得はある。

 最も強く、そして透明化の能力を得た片目。その次に強いと言っても過言ではない古傷。良く纏め役になる、最も古くから生き残っている中の一体である自分。

 危険な所に配属される役としては適している。

 

 深夜に、ミッションの区域からはやや離れた場所で降ろされた。

 ミッションの区域は森の中だが、ここは勾配のある荒地だった。隆起した岩や逆に凹んで水が溜まっている場所が多く、全員が降ろされると、ここからは歩いて行けと言われた。

 首輪が一定のタイミングで振動し始め、配属されたミッション区域に入れば止まると説明された事を思い出す。

 トラックが去っていき、人間がまた、十人程残った。

 ファルファレルロと戦った時に自分達を連れて行った男も居た。

 そして、その男が言った。

「じゃあ、行こうか」

 長い銃器を手に持ち、そして背には狙撃銃がある。腰には爆弾も複数あった。

 容易に背中を見せるその男を襲おうとする一匹を周りが止めた。

 背中を見せていても、距離は十分にあるし、そして何より、背中を見せていようとも自分達に意識を払っている。

 今、背中から襲っても蜂の巣にされるだけだった。

 それに、襲って殺したとしても待っているのは死でしかなかった。

 まあ、止めたのは、そんな事までは分からずに、この男がこの前、ただの小さな銃で近付けもさせずに即死させたのを見たからだろう。

 

 歩いている最中、月はとても明るく輝いていた。

 けれど、太陽のように眩しくて見れないという程でも無い、優しい輝きだった。

 何だろうか。

 それを眺めると、妙な気分になってきた。胸にこみ上げてくると言うか、頭を埋めたくなると言うか。

 立ち止まっていると、片目に背中を強く叩かれた。

 ……こんな気分になってては仕方ないよな。

 でも、いつか、好きなだけその気分に浸りたいと思った。




No.01:
片目
透明化能力を生かす為に爆弾を首輪から腹に埋め込まれる形に変えられる。
当ハンターは元から脱走するつもりは余り無い為、そんなに気にしていない。
今のところはファルファレルロになったからと言って異常はない様子。

No.97:
古傷
背中と腹に爪で出来た古傷がある。
ハンターα同士の戦いで、敵対組織に属していたハンターα。
主人公側の仲間を多く屠るが、最終的に片目に負ける。
片目は殺さずに仲間に引き入れた。
その時に、その古傷がまた仲間を害したら、連帯で片目も殺されるという誓約をされた。


感想と評価下さい(直球)。くれたら投稿頻度上がるかも。
ぶっちゃけ飢えてる。


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7. 警護ミッション 2

 森の中に入ると、すぐに自分達の首輪の振動は止まった。

 敵対組織があると思われる場所は、この森と荒地の境界辺りにあるのでは、と思われていた。

 とは言え、絞り込めてはいないし、少なくとも今回与えられたミッション区域の中には無い。

 

 森の密度はやや疎らな感じで、身を隠せるようなものはそう多くない。狙撃されたらきついな、と思うが、そういう状況になったら人間が何とかするだろう。

 一緒に来た人間達も、あの男に限らず全員強い。刃物しか持っていなかったとしても、何も無い場所で戦うとしたら一筋縄ではいかない程だ。新入りではまず勝てない。素手でも怪しいかもしれない。

 

 一通りの区域内の確認をし、全体的なここの地形が頭に入る程に歩き回った後、人間の提案もあって、警戒をやや薄くした。

「今回、丸一日以上ここで過ごすんだ。それに、本当に警戒しなきゃいけない時はそう長くない。休み休みやっとけ」

 自分達が二体一組で一定の時間で区域内を回り、時々人間が狙撃銃で遠くを警戒する。

 巨大な岩に隠れて、自分がその人間と共に休んでいると、退屈そうに時々話し掛けて来た。

 自分が喋れないからか、一方的に愚痴みたいな事から変な話まで色々な事を喋って来る。

 その自身の境遇がそう大して自分達ハンターと変わらない事。逃げようとしても、逃げられないのはお前等とそう大して変わらない、と言われた時は、少し驚いた。

 失敗を犯して色欲狂いの檻に突っ込まれた後、ゲイになるどころか、自ら行くようになってしまった仲間数人の事。そう言えば、男達が偶に楽しみそうな顔して色欲狂いの檻に行って、楽し気な声出してたの聞いたな……。

 上層部が頭抱えてたよ、と笑い半分、虚しさ半分で言った。

 そして、自分達の事。B.O.Wを作って売りさばいている組織でも、知能の実験とかをしているそうだが、そのいつも自分が遊んでいる玩具、ルービックキューブの使い方を覚えるハンターは居ても、好き好んでそれで遊ぶハンターまでは滅多に居なかったとか。

 冗談半分でか、脱走する目途は立ったのか? と聞いて来て、少し驚いた。

 男は脱走するつもりにせよ、そうでないにせよ止めとけ、と言った。

「万一その首輪を外せたとしても、だ。

 B.O.Wに如何に知性があったとしても、敵意を見せなかったとしても、人間の居る場所じゃすぐに殺す対象になる。

 こういう森の中でなら生きられるかもしれないが、ここ辺りの地理も分かっていないだろ。

 組織の場所からはそういう森は遠くにしか無いし、ミッションの最中に首輪を外せたとしても、全く知らない土地で人間が入らないような森にまで行けると思うか?」

 分かっている。そんな事は。

 ファルファレルロになってから、首輪を外せれば、出来るかもしれないと思う。

 身を隠しながら、人間の居ない場所にまで逃げられるかもしれない。

 それはこの頃出来た、新しい希望だった。

 ただ、首輪をどうしたら外せるのか、それは全く分かっていない。

 

 片目と古傷が帰って来て、片目と警戒に回る。

 狙撃銃で人間も警戒を終わらせると、自分と片目が遠くに行かない内から今度は古傷に話し掛けていた。

 単純に退屈なんだな、と思った。

 ファルファレルロとなった片目は、日が経つに連れて、体が少し大きくなっているように見えた。

 身長で言えば、自分の頭一つ分位は高いだろうか。そして、筋力も明らかに強くなっている。

 片目と古傷は、檻の中でも力比べを良くしていた。これまで、ミッション中でさえも、暇な時は良くやっているのを見ていたが、大体拮抗していた。

 ただ、この頃は片目が圧倒していた。

 T-アビスの影響なのは間違いなかった。

 そして、そうなってからは古傷よりも片目の方がつまらなそうにしていた。

 当然と言えば当然だった。

 片目が古傷を仲間に入れた理由は、自分に似た、自分と同じ位の強さの仲間として欲しがったからだった。

 自分が縛られている現状から逃れたいように、片目は強い故に自分に拮抗出来る仲間が欲しかった。

 その理由を思うと、近い内に片目は自分の血を古傷に飲ませるかもしれない、と考えずにはいられなかった。

 

 岩陰や木陰に隠れながら、区域を回る。気配とかは全くしないが、万一人間が狙撃しようとしていたら、そこで自分の命は終わる。

 頭の位置をずらして木陰から飛び出し、すぐに新しい隠れ場所に身を潜める。

 この爪では持とうにも使えないし、一方的に遥か遠くから攻撃出来るし、でこの上無い忌々しい武器だった。

 その分、狙撃銃を持った人間を自分の爪で殺した時には快感もあったが、やはりそれは、自分にとって命を危険に晒してまで得たいものじゃなかった。

 片目にとってはそうなんだろうけれど。

 警戒が半分位まで終わって、また月を眺める。朝日が近付いて来て、空が段々と明るくなって行く。

 そういう思いに浸っては駄目だと思いながらも、岩肌に寄り掛かって目を閉じれば、叫びたくなる。

 自分が逃げたいと思うのは、この現状を楽しめていないからだ。色欲狂いのように、片目のように、この現状で出来る楽しみが、自分の望む楽しみじゃないからだ。

 ……自分の望む楽しみは、いつか見た野生で暮らす肉食獣みたいに、人間が居ない場所で捕食者として悠々と生きる事だった。現状はそれとかけ離れている。

 だから、こんなにも空を眺めて苦しくなるのだろう。

 今でも脱走する事を諦め切れていないのだろう。

 片目がそんな自分を変に眺めて来る。

 首輪に触れて、また、警戒を始めた。

 この、もう付けている事に違和感さえ無くなってしまった首輪を外した時、自分はどう思うのだろう。

 全く想像出来ない事だった。




No.27:
主人公
望みは人間の居ない場所での悠々自適な暮らし。


ハンターが学習出来る(連携とか指示とか出来るなら学習出来るだろうという推測の元の)設定の元、の武装した人間への攻撃方法。

新入り:
正面から構えて馬鹿正直に飛び掛かる。大体反撃される。
飛び掛かっても殺せない事もあり、殺せても自爆されて死ぬ事も。

中堅:
正面に立たずに不意に飛び掛かる。偶に反撃される。
反撃されると脆い。

主人公達:
反撃されない状況を作り出して急所に一撃。
狙撃兵とかに対しても連携して犠牲はほぼ出ない。
場合によっては使える簡単な道具を使ったり物を投げたりする。

片目、古傷:
反撃させずに潜り込み急所に一撃。多人数相手にも、軽装なら立ち向かえる。

バイオのリベレーションズの動画見てて、やっぱりこれゲームだなーと思ったりした。
いや、連携とかしてきたらそもそも別ゲーだな。ガンシューティングじゃなくなるかもしれん。


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8. 警護ミッション 3

 戻ると、人間が古傷を投げ飛ばしていた。

 本当に退屈らしい。腕を丁寧に掴み、足を丁寧に引っ掛ける。すると、簡単に転ぶ。

 突き出された腕を掴み、背負って投げ飛ばす。そのまま引っ張って転ばせる。

「力が無くたってな、こうやって有利になれる状況は作れるんだ」

 退屈だからと言って、自分達に何かを教える物好きであるとまではちょっと驚いた。

 古傷とまた警戒に周り、戻ってくると、今度は片目にも同じようにしていた。

「お前もやるか?」

 座って、空を眺めて中途半端に変な気分になるよりかは良い気がした。

 自分の半分ほどの太さしかない腕で、軽く投げられるのは初めての体験だった。自分の体重が無くなったかのような、そんな感覚だった。

 様々な方法で投げられたり転ばされたりしながら、男は喋る。一番大切なのは、相手の力を利用する事らしい。

 だから、飛び掛ってきたハンターなんて、カモでしか無いと。

 確かに、それは言えた。

 自分もファルファレルロに対して爪を置いただけで殺し、片目に至っては首を動かすだけで隙を作らせた。

 遠くで、哨戒の最中にも岩陰に隠れて片目と古傷が投げ合っているのが見えた。

 

 太陽が昇ってくると、人間から食料と水を貰う。片目に対しては、水が多めだった。T-アビスの影響らしく、喉が渇くらしい。

 まだ、特に何も起きていない。

 森の奥だったら適当に野生動物を狩れる事もあるだろうが、この見通しのそこそこ良い場所ではそういう獣も居ない。それに片目はともかく、緑色のこの体は、荒地では目立っている。

 途中から喋る事も無くなったのか、人間も自分達に混じって警戒をするようになった。

 休める時間が増えるのは良い事だったが、人間がその投げ方とかに対して教えたせいで、片目や古傷に良く投げられた。見様見真似でやっているのにも関わらず、昼も過ぎると随分上達していた。

 人間のように、気付いたら投げられている、転ばされているという程ではないが、それにもう近い。

 そういう体を使った動作の理解は、この二体は早い。

 自分はそこまで好き好んでやる気にはなれなかった。

 人間と片目が戻って来た。

 緊張を解いて、退屈だと言うその姿からは、自分達が襲って来るなんて全く思っていない様子だった。

 その通りだけれども、生物"兵器"と呼ばれている自分達に対してそう気を許しているような感じは珍しかった。

 ただ、ファルファレルロの時のあの男は、自分達を買っているとか言いながらも、ここまで隙だらけになりはしないだろうなとも思った。

 個性、とか言うんだったか、そういう事を。

 

 夜が近付いてきて、星が見えてくる頃だった。

 岩陰から身を低くして、次の木陰まで飛び出したその瞬間、頭上から音がした。

 鋭く、風を切る音。

 木陰に飛び込んだ時には、後ろにあった岩が弾け、弾丸が突き刺さっていた。

 ……狙撃銃。

 頭を少しでも高くして飛び出していたら、死んでいた。

 木陰の近くに弾丸が二度、三度と突き刺さる。太い木の根元に隠れて、まだ岩陰に隠れている片目と目を合わせた。

 任せろ。

 そう自分の手で胸を叩くと、片目の姿が掻き消えた。僅かに輪郭が見えるだけ。

 片目が動き出し、砂が岩陰で舞った後も、銃弾は執拗に自分だけを狙ってきていた。

 片目がただのハンターαでは無い事に気付いていないのか、自分の居る場所以外からは着弾する音が聞こえて来ない。

 動けそうにもなかった。

 少しして、こっちの人間も狙撃銃で応戦し始めたが、一発撃っただけで後は何もしなかった。

 何故? 死んでもいないだろうし、古傷が何かした訳でも無いだろうし。

 覗く事も出来ず、ただ片目に頼るしか無かった。

 暫くすると狙いが自分から外れて、それからぽつぽつと銃声の頻度が低くなっていくのが分かった。

 そして、一発も鳴らなくなった。

 ……終わったのか? そう思って顔を出した瞬間死ぬ何て事は避けたい。

 それからまた暫くすると、古傷と人間が顔を出したのが見えた。自分も顔を出して狙撃されていた方向を見てみると、片目が岩陰で人間の首に齧り付いているのが見えた。

 喉が渇いていたのか。

 ただ、それから驚いた。目を凝らして見てみれば、死体が複数の岩陰にあった。しかも、ここからかなり遠く、身を隠せる場所も多くない。更に、それぞれの死体も遠く離れていた。

 片目は、複数の場所から狙撃銃で狙って来ていた人間を、容易く全滅させていた。

 味方の人間の銃声が一発しか鳴らなかった理由が、何となく理解出来た。

 多分、姿を消せる片目にとって、その人間の援護は危険要素でしかなかったのだろう。

 人間からも、片目の姿は見えないのだし。

 片目は血を飲み終えると、首を食い千切り、食べながら、爆弾を複数持って帰って来た。

 全くの無傷だった。返り血すらほぼ無く、爪先と、口の周りに飲んだ血の跡が残っているだけだった。

 ……凄過ぎた。

 この暗い今、身を隠し易いと言うのもあるだろうが、それでもこのそう長くない時間で殲滅せしめたという事は、頼もし過ぎて恐怖さえ浮かんだ。

 この状況、ただのハンターαである自分達が殲滅しようと思ったら、犠牲は必ず出るだろうし、何体居たとしてもこれ以上の時間が掛かる。

 片目は、それ以上だった。正直、自分達の必要性すら微妙に思えてきた。

 ……いや、多分。

 そこまで思って、更なる可能性に気付いた。もし、このまま片目があのファルファレルロ達みたいに粗暴な様子にならなければ、能力の利便性が欠点を上回るのなら、自分達もファルファレルロにされるのではないか?

 即ち、首輪は外れ、その代わりに腹に爆弾を埋め込まれる。

 …………もう、時間が無い。




誇る事かどうか分からないけれど、バイオハザード原作で平均評価が一位になりました。
とても嬉しいです。ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
(モットホシイ)


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9. 警護ミッション 4

 自分の中のその時間が無いと言う動揺を隠しながら、片目と物陰を伝いながら戻った。

 無線機から耳を離して、人間が言った。

「No.42がやられたってよ。狙撃でどこもかしこも狙われているらしい」

 自分達の次に入った世代だ。そう親しくは無いが、実力はそう違い無い。

 自分も危なかったのだ。この一番古い世代がやられてもおかしくはない。

 片目が攻撃を受けている方へ行かせて戦わせてくれと言うように、爪を振った。だが、人間はそれを断った。

「駄目だ。ここを手薄にする訳にはいかない」

 ……!?

 一瞬、背筋が凍った。

 ぞっとするような感覚。頭を鷲掴みにされたような、命に危険が迫ったような。

 ……片目、か?

 片目の手の片方が、背後に隠れていた。明らかに腕には力が籠っていた。

「…………駄目だ」

 人間もそれに気付いたようだった。

 ばれているのに片目が気付くと、その力を込めていた腕をゆっくりと解した。

 ……お前が血を飲んでいたのは、渇きだけからだったのか?

 戦いに行きたいのは、自分が仲間の被害を食い止められるという理由じゃなく、単に暴れられるからじゃないのか?

 自分の命を救ったのがその片目であろうと、不信感は募ってしまっていた。

 

 耳を澄ませば、銃声がちらほらと聞こえる。だが、この自分達の居る区域では新しく敵が来る事は無かった。

 片目に蹂躙された事に警戒されたのか、それとも単純に人員が自分達と同じように分けられているだけなのか。

 周回している間も、そして人間と休んでいる間も、もう緊張しない時は無かった。人間の無線機からは状況が逐一送られて来る。

 殲滅した。人間が狙撃された。No.89がやられた。No.132がやられた。殲滅した。援護に回る。

 流れて来る声を聞いていても、優勢なのは自分達の方だった。密な森の中では、射線が通らないのに対し、自分達は縦横無尽に動けるからだろうが、それでも狙撃銃が一撃必殺なのには変わりない。

 周回から帰って来た時に、親しい仲間がやられてしまっていないか、聞くのが怖かった。

 この前死んだ、混戦中に胸を撃たれて死んだ同期の仲間を思い出す。もう動けないその仲間に、自分が止めを刺した。

 大した特徴も無い奴だったが、それでも思うものはあった。ミッション中にそんな気持ちになってしまいたくはなかった。

 このお喋りな人間のおかげで退屈はそこまでしなかったが、今はその口を閉じて欲しかった。

 

 片目と警戒に出れば、ピリピリとした感覚が体を襲う。

 それは、戦闘中に感じる、敵の感覚に似ていた。片目は、暴れたい衝動そのものは抑えてはいるが、感情としては抑えていなかった。

 爪でガリガリと岩を削ったり、爆弾のピンに指を掛けたりと、せわしない。

 つい先日までは、ファルファレルロになったと言っても、そう変わらないなと思っていた。

 今はもう、思えなかった。

 片目は変わってしまった。

 それは戦闘欲求が増しただけだったけれど、こんな雰囲気を間近で出されては恐怖を覚えるしか無かった。

 その時、近くで銃声が聞こえた。連射する音で、森の奥から銃でハンター達を近寄せないようにしながら撤退している人間が二人居た。

 片目は、気付くと消えていた。

 それから殆ど時間の経たない内に、視界の良い場所に出て少し安堵している人間達の一人が突如、首から血を噴き出して倒れた。

 それに気付いた時にはもう一人ももう、終わっていた。

 銃を奪われて投げ捨てられ、姿も見えないままに両手がだらりと力を失っていく。そのまま引きずられて岩陰まで行けば、片目はまた、首に齧り付いて血を吸っていた。

 血を吸い終えると、首を引き千切って食い、そしてまた心臓に手を突っ込み、そこからまた血を飲んでいた。

 その姿は、新入りがやるような遊びのものじゃなかった。本能に従うままにやっていた。

 …………恐怖でしかなかった。

 こんな事になると分かれば、自分達がファルファレルロにされるという事も無くなるかもしれないが、喜べも今はしない。

 片目は、もう、ハンターαじゃない。

 ファルファレルロという、別物だった。

 

 片目が戻って来ると、もう落ち着いていた。

 本能を満たして満足して帰って来たその姿は、さっきよりも血で塗れていた。濃厚な血の臭いがした。

 それは、色欲狂いが精を出し終えて萎えた姿と似ている感じだった。濃厚な臭いがする点でも似ている。

 ただ、色欲狂いに対しては、よくもまあ、そんなに好きでたっぷり出せるな、と思う程度だった。

 その欲求が自分に向いて来たとしても、そう問題は無い。尻が熱くなるだけだ。それにやり返せる。

 ただ、片目の欲求が自分に向いて来た場合、それは、完全に死だった。

 首に容赦なく噛みつかれ、血を吸われ、食い千切られる。反撃もさせてくれないだろう。

 それを無いとは断言出来なかった。

 立ち尽くしている自分にまた、取って来た爆弾を渡される。

 自分がそれを受け取る姿はぎこちなくなかっただろうか。片目は自分に対して何を思っているんだろうか。そして、変わってしまった片目自身に対して何を思っているんだろうか。

 それは、もう理解出来ない。

 出来ない、と思ってしまった。

 

 暫くして、車が一台通る音がした後、ミッションは終わった。狙撃銃にもびくともしないトラックがやってきて、素早く仲間と人間を回収していく。

 運が良かったのか、傷はあれど、自分の同期は誰も死んでいなかった。全体としては、六、七体やられてしまったようだった。人間も一人、死んでいた。あの男ではなかった。

 疲れ果てた皆は、トラックの中の檻で揺れに任せて眠り始めた。でも、自分と古傷は眠れなかった。

 疲れて果ててまではいないが、疲れているのは自分も古傷も同じだったにも、だ。

 隣では、片目が寝ている。けれど、触れれば即座に跳び起きて爪を向けてきそうな、そんな気配がしていた。

 ファルファレルロになった直後から、そんな気配を醸し出していたかは分からなかった。

 檻の外では、銃を抱えながら人間達が寝ている。ただ、その中で、今日一緒になった人間も起きていた。

 目が合わされば、考えている事は一緒のような気がした。




日間21位にもなっていました。ありがとうございます。


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10. 休息

 トラックの揺れが一際大きくなった後、静かになる。

 廃墟を通り過ぎて、その中の基地に戻った。

 仲間達も人間達も徐々に目を覚まし始め、暫くするとトラックは完全に止まった。

 人間達が先に降り、組織の下っ端が鍵を開ける。慌てて逃げるのを、片目は強く我慢するように腕に力を込めながら、じっと見ていた。

 疲れた皆が別の檻にのっそりと入り、それから睡眠ガスを掛けられる。

 ここには新入りは居ない。誰もそう暴れたりする事は無かった。

 

 目が覚めて、片目と古傷が豚の足をいつも通り食べているのが目に入った。

 ……? 古傷の体色が片目と同じだ。

 首輪も無くなって、腹に縫い痕がある。

 えっ?

 自分の首に恐る恐る手をやった。首輪が……無い。

 自分の心臓が跳ねた。一気に焦りに体が持っていかれる。

 恐る恐る、自分の腹を見ないようにしながら、首に手を掛けた。

 ……首輪が無かった。

 自分の腹を見た。縫い痕があった。

 腕を見る。体色が緑色から青黒く変わっていた。蛇口の反射で顔を見る。やはり青黒くなっていた。

 嘘だ。

 片目と古傷が、豚肉を乱暴に食い千切っている。何も変わり無いように。

 嫌だ。逃げられなくなるのは、嫌だ。腹に埋め込まれたら、もう絶対に取り出せない。

 真っ暗になっていく。

 

 そこで目が覚めた。

 跳ね起きて、自分の首を真先に確認する。

 首には、いつも通り首輪の丸い感触があった。腹にも縫い痕は無く、体色も緑のままに変わらなかった。

 …………嫌な夢だった。本当に。

 首輪が嵌められている事に安堵するとは思わなかった。

 一番早く目が覚めたらしく、片目も古傷も目を覚ましていない。

 自分も含めて全員、無傷で、こうして目が覚めた後で軟膏の臭いが近くからしないのは珍しかった。

 無造作に置かれている肉を食っていると、片目と古傷が起きて同じく食べ始める。

 食い終えると、片目は水を多めに飲み、それからまた、寝始めた。

 古傷は少し悩んでいるような様子を見せながら握力を鍛えるものを握ったり、骨を弄ったりしていた。自分はルービックキューブをかちゃかちゃさせていた。

 気まずい感じだった。

 片目がまた寝たのは、自分が異質だからか。それとも変異した後では体力の消耗も違うのか。

 ファルファレルロに変異するのは、経験と学習を重ね、知性を持った自分達でも欠点が出る。知性自体は変わらなくとも、暴れたくなる。より多くの水を必要とする。

 それだけなのか、まだ知らない。逃げる際に本当にファルファレルロに変異する事が必要になったら、それについては知っておいた方が良い。

 

 暫くして、古傷が起き上がり、片目を起こした。

 片目はやや不機嫌そうに目を覚ましてから、指や動きで意志疎通をした。

 ……古傷はどうやら、自分もファルファレルロになると決めたようだった。

 それが分かると、片目は喜んで自分の腕を軽く傷つけ、血を舐めさせた。

 自分にも舐めるか? というように見せて来たが、拒否した。

 残念そうだった。

 少しすると、古傷は仰向けになって呼吸を荒くし、痛みに耐えるように体を丸めたり転がったり、せわしなく体を動かした。

 それから段々と落ち着いて行き、体の色が一気に変色していく。

 呼吸も落ち着いて行くと、疲れ切ったように寝始めた。

 片目はその様子を見届けると、嬉しそうに隣に寄り添って、寝た。

 古傷は、片目に倒されて、そして助けられた身だ。そして、今は片目にとっても古傷にとっても、どちらにとっても互いに大切な存在だった。

 こうなる事は当たり前だったのだろう。

 

 それから、人間に複数のハンター達が連れられて行き、中堅から自分達の代まで、少しずつがファルファレルロになった。新入りは一体も連れて行かれなかった。

 等しく首輪を外して腹に縫い痕を作り、体を青黒くして。安定してくると体も同じく少し大きくなっていた。

 体を慣れさせる為、そして自分達との比較の為に檻から出されて、動き回される事も増えた。

 中堅の三体、そして自分達の代では、古傷を含めると四体。片目、紅、そして悪食。

 力試しでは、力の弱かった雌の紅にも負けた。

 色欲狂いが紅に寄ると、紅が逆に押し倒していた。色欲狂いが暴れようとしても動けず、搾り取るだけ搾り取られると去って行った。

 色欲狂いは仰向けのまま茫然としていた。

 ファルファレルロになった者同士での戦いもあった。

 片目と古傷が、互いに透明になって、輪郭だけがぼんやりと見える中で戦っている。

 目を凝らしても、何が起こっているか分からない。

 傷が付いて来て、やっと分かって来る頃には、疲労して休憩を挟んでいた。

 体力の消耗も激しいらしいのは、確定に近かった。

 そして、姿を見せた状態でも片目は同期や中堅と戦った。

 早速もう、この前人間から学んだ事が生かせていた。同じファルファレルロの悪食に対して、振るわれた腕をそのまま勢いを利用して転ばせて、仰向けになった所を踏みつけた。飛び掛かって来た中堅に対してはそのまま投げ飛ばして檻に叩きつけた。

 そうして深い傷を与えていない所を見ると、大丈夫なような気もするが、新入りを見て爪を動かしているのを見てしまうと、我慢しているのがはっきりと分かった。

 紅も、悪食も、古傷も、そして中堅達も、入って間もない新入り達なら、と言うように獲物を見る目で見ている時があった。

 もし、それを実際にやってしまったらもう、お終いだった。多分、自分達に対する人間の警戒も強くなるとか、そういう事以上に、ファルファレルロ達が生物兵器そのものでも無くなってしまう。

 使えない存在として処分、殺されてしまう可能性だってあり得る気がした。

 その危機感をどうしようかと思っていると、扉が開いた。

 変なB.O.Wが大量に入って来た。

 物凄い細身で、骨ばかりのような形の生物。

 スピーカーが響いた。

「好きにしていいぞ」

 人間も危機感は持っていたらしい。

 ファルファレルロ達は一気に、そのB.O.W達に対して喜んで襲い掛かった。

 暫くは、骨の折れる音と、そのB.O.Wだけの悲鳴が沢山響いていた。




感想からアヌビスというB.O.Wを思い出して犠牲になってもらいました。
ちょっと次で自分の為にも情報の整理します。

後、日間15位及び、原作バイオハザードでの総合評価3位になっていました。
ありがとうございます。



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設定

ハンターαそのものの設定。

 

・見た目はバイオハザードリベレーションズに準拠。

理由はバイオ1のハンターより恰好良いから。そもそもの書き始めた理由も恰好良いから、が一番強い。

・背中や腕の鱗は小口径の銃弾なら弾く位だが、強い銃弾は普通に食らう。

・再生能力も無く、急所に攻撃を受ければ普通に死ぬ。

ある意味ゲームよりも脆かったりする。至近距離でショットガンぶっ放されたら一発で死ぬ。ただ、弱いハンドガンだったら背中向けてれば弾ける。

・命令を聞ける、連携が出来る、という所から、学習する、学習を続けて知性も得られる。

これが一番のオリジナル設定だろうなあ。

 

 

ファルファレルロの設定

 

・見た目はバイオハザードリベレーションズに準拠。

……ハンターαと違って背中に毛みたいの生えてない? それ描写してないよ? 無視。

・擬態能力は、輪郭が僅かに見えるレベルの高度さ。でも影は出来る。

・筋力が増す。体も一回り大きくなる。

実際原作で大きくなってるかどうかは知らない。

・戦闘欲求が増す。渇きが強くなる。疲労が激しくなる。

疲労が激しくなるっていうのは、能力の都合と、ウイルスが2種混じっている影響から、その位あるだろう、っていう点で。

 

 

主人公達の属している犯罪組織のハンターαの設定。

・入った順にナンバーが設定されてある。

主人公はNo.27。トリプルスリーって感じで27にしたけど、何がトリプルスリーなんだろう。倍にして54にするか、6にするかしたらばルービックキューブの面の数と一致したのに。

・ハンターαは無理に外そうとしたり、一定の条件から外れると爆発する首輪を付けられている。

・ファルファレルロは擬態能力を生かす為に、その爆弾を腹に埋め込まれている。

・長く生き延び、高度な戦闘能力や知性を身に付けたハンター達には玩具を支給されたりしている。

・数が少なくなると補充される。

・ファルファレルロを試験的に導入し始める。

・普段は檻の中。三体位ずつで分けられて生活。糞尿を処理する砂場と、水飲み場として蛇口がある。飯は大抵生の肉塊。

 

 

登場する主なハンター達

 

No.1:

片目

ハンターα→ファルファレルロ

犯罪組織の中で一番強いハンター。タイラントに対しても対面して時間を稼いだ事がある。その時に片目が潰れた。

ファルファレルロの血を舐めた事で自らもファルファレルロに変異し、擬態能力を得て更に強くなる。

更に加え、人間から柔術の基本を教わって、肉体のみならず技の面でも更に強くなりつつある。

ただ、変異した影響で闘争本能が強くなり、渇きと疲労が出やすくなっている。

玩具は筋トレアイテム。

 

No.6:

???

ハンターα

???

(まだ決めてないだけ)

 

No.7:

ハンターα→ファルファレルロ

珍しい雌のハンター。でも生殖能力はほぼ無し。人間達が様々なハンターと交尾させたものの、子を為す事は無かった。

色欲狂いに一方的に犯された事を根に持っていて、ファルファレルロになった後、一方的に絞り尽くした。

元々の戦闘能力は低めで知性が高め。

戦闘能力がファルファレルロになった事によって底上げされた。

 

 

No.10:

痩身

ハンターα

痩せ型。体力はやや低く、敏捷性は随一。

そんなに細かい事は決めてない。

 

No.13

色欲狂い

ハンターα

性欲第一。

戦闘能力は古参の中でも強い方。知性もそこそこある。

ミッションが終わった後に、生き残った人間を犯す事が多々ある。楽しめればいいので、性別も、そして種族も関係無し。気に入ったら生かしたまま放置。

ドS。

玩具は、やらかした人間及びに自ら犯されに来る人間。

実はこいつだけは、最後どうなるか決まってる。けど、それは番外編って感じかな。

 

No.21

悪食

ハンターα→ファルファレルロ

B.O.Wも食べたりする。体力が随一で、体もやや大きめ。

そんなに細かい事は決めてない。

 

No.27

主人公

ハンターα

脱走して人間に囚われず、悠々自適な暮らしをする事を諦め切れていないハンター。

戦闘能力は古参の中では普通だが、逃げたい欲求から人間の話等に耳を立てていたりする事から、知識、知恵、知性では一番を誇る。その為、司令塔の役割をよくする。

また、その知性では人間にも一目置かれている。

檻の中の糞尿の処理をする砂場の奥に、T-アビスのウイルス剤とその抗ウイルス剤を隠している。

玩具はルービックキューブ。二面まで揃えられる。

 

No.97

古傷

ハンターα→ファルファレルロ

元々別の犯罪組織に居たハンター。

ハンターα同士の戦いで、片目に敗れ、片目によって仲間にされた。

その経緯から、古い世代のハンター達からは余り良く思われていない傾向。

戦闘能力は片目に次ぐ強さ。

片目がファルファレルロになった事によって様々な点で置いて行かれたような気持ちになり、警護ミッションの後に自らもファルファレルロになる事を決意。変異した。

玩具は片目と同じく筋トレアイテム。

 

 

古参のハンター達の攻撃方法

 

・飛び掛かって襲う事自体殆どしない。する時は、相手に脅威が全く無いときのみ。

・銃器を持っている人間に対しては、正面にはまず立たない。障害物を活かして懐まで潜り込み、急所に確実に一撃。

・爆弾などの簡単な道具なら使う。銃器は使い方までは知ってるけど、手と爪の都合上持てないから使えない。

・狙撃してくる相手に対しては陽動と潜入に分かれて連携で仕留める。

 




設定そんなに多くしたつもりじゃなかったのに。


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11. 準備

 ミッションがまだ来ないな、と思う位に何も無い日が続いたある時、呼び出された。

 ファルファレロに変異したのを除く同期全員、そして中堅の内の技量が高い方が檻から出て、連れて行かれる。

 今度はどういう理由だろう……と思っていると、連れて来られた先では妙な物が置いてあった。

 自分達の体格に合った、人間が着る服のようなもの。

 説明を受けた。

 近々、この前の護衛ミッションの近くに隠れて存在している敵対組織に攻撃を仕掛ける。

 その時に、これを着て臨んでもらう。

 ……記憶が鮮明に蘇って来た。

 これまでの中で最も仲間が犠牲になった、敵対組織への殲滅ミッション。銃撃で、トラップで、爆弾で、沢山仲間が死んだ。

 そして、タイラントなる、T-ウイルスの完成品とか言うB.O.Wを隠し持っていて、片目が、片目を失った時だ。

 体力も尽きかけた自分達の中で片目が矢面に立ち、そして自分が命令を出しながら掻きまわし、どうにかして時間を稼ぎ、そして人間達が持って来たロケットランチャーなる武器で爆殺された。

 良く、覚えている。

 人間が服の説明の為に、ショットガンを持ってきて、その服に至近距離からぶっ放した。服は全く破壊されなかった。

 狙撃銃でも同じだった。

 今日から着て慣れろ、との事だった。

 

 何故、今までそんな便利なものを使わせて貰えなかったのか、疑問に思っていると、自分にそのプロテクターなる服を着させている、警護ミッションの時も一緒だった人間が勝手に話した。

「ついさっき届いた特注なんだよ。

 ただのハンターαが長い間生き延びて、他のハンターとは比べものにならない程に役に立つ存在になる事自体、そう余り無いらしいからね」

 そうなのか。

 自分達の価値は、いつの間にか新入りとは比べものにならない程になっているらしい。

 だから、簡単に死なれては困ると。

 腹を重点的に守り、そして脇や腕、足も守る頑丈な服を着させられ、パチン、パチンと言う音と共に固定されていく。最後に頭にすっぽりと被せられた。

 視界も少し狭くなったし、呼吸も何か違和感がある。

「ガス対策もされているから。息苦しいのにも慣れろよ」

 パチン、と音がすると、人間が離れた。

「じっとしてろよ」

 ……何だ?

「撃つからな」

 え?

 パン、と乾いた音。頭に当たった。腕に当たった。腹に当たった。足に当たった。

 全部、当たった事が分かっただけで、全く痛く無かった。

 脳天に撃たれても、同じだった。

「ショットガンでも、適切に防具のある場所で受け止めれば弾丸を受けずに済む。だが、衝撃までは消えない。

 強い衝撃を受けたら、骨折程度ならするかもしれないから、覚悟しておけ」

 それからも、弱い部分と守らなければいけない部分を教えられた。

 銃から身を守る際には、首と目を守れ。特に目の部分は弱い。また、関節部分を晒すな。爪を出すな。

 そして、自分の同期には、直前に爆弾を配られる事も言われた。それは特に、自分達だけの特注らしかった。

 それとまた、渡される爆弾は、単純な爆発する爆弾だけでなく他の種類も出るらしい。

 そう言えば、何故ファルファレルロは呼ばれなかったのか。

 考えてみれば、簡単な事だった。

 防具を着たら、擬態能力に意味が無くなる。

 

 カシャカシャと音を立てながら戻って来ると、変な目で見られた。

 早速、プロテクターを着ていない中堅に、爪も使って殺す気で掛かって来るように命じて、試してみる。

 動きの邪魔には全くならず、振るわれた爪を腕のプロテクターで受け止めれば、全く突き刺さらずに止まった。

 一瞬硬直したその中堅の腕を掴み、足を蹴りながら引っ張って転ばせてから、もう一度。

 爪の突きを胸で受け止めても、何ともなかった。突き出して懐まで入って来たその首筋に爪を当てた。

 ……これは、凄いな。

 でも、これを着ていても、片目には余り勝てる気がしない。

 それなのに、早速挑んで来た。挑むなら別の奴にしてくれと思ったがもう断る前に始まってしまっている。

 姿を消さずに、歩み寄って来る。両腕を降ろしたまま、じっと見られている。

 弱点を探しているのか。片目なら、すぐに関節部分を狙えば良いと分かる筈だ。……いや、それ以上に。

 自分が怯えているのに気付いた。

 片目の戦闘能力に加えて、その凶暴さが加わって、自分の事を今、片目はどう見ているんだ?

 仲間、なのか?

 唐突に片目が走って来た。腕の先だけを擬態させて、受けようと思った自分の体そのものが混乱する。咄嗟に腕を前に出して体を守れば、その腕を掴まれて背負って投げられた。

 片目が檻の外に出されて反復し、既に自分のものにしていた投げ。それは筋力も相まって、人間に投げられた時よりも高く、速く、自分の体を宙に舞わさせた。

 そしてそのまま強く背中から叩きつけられて、肺から空気が一気に吐き出され、視界が曇った。

 銃弾そのものは防げても、衝撃までは防げない。

 それさえも理解していたとは思えないが、動けない間に、圧し掛かられ、首を掴まれた。

 もう片方の手が、爪を自分の目に向けて、高く掲げられていた。

 腕も抑えられて動かせない。片目のその顔は、獲物を仕留める時のそれだった。

 死んだ。

 ただ、そう思った。

 爪が突き下ろされる。そして、ガラス部分に軽く当てて、片目の顔は元に戻った。

 ……。

 …………。周りの音だけが、聞こえる。

 気付けば、片目は自分の上からとっくに立ち去っていた。

 死んでいない事に身体が気付くまで時間が掛かっていたような、そんな感じだった。

 

 他のファルファレルロ達と戦えば、そんな、圧倒される事は無かった。透明になられても、中堅には防具の事もあって普通に勝てる。紅や悪食にも関節部分を取られそうになったが、何とか勝った。

 古傷とは片目の時と似たように負けたが、死んだと錯覚するまではいかなかった。

 ……多分、片目の戦いへの欲求と、ファルファレルロになった事はとても相性が良かったのだろう。

 戦いに身を任せる事が、片目にとって、自分の意志でも望む事だった。

 

 そして、水を飲んだり飯を食ったりする時以外は殆どプロテクターを付けたまま時間は過ぎていき、数日が過ぎた夜、とうとう時は来た。

 二度目の、殲滅ミッション。

 臨むのは、ファルファレルロとなった仲間全員と、プロテクターを付けた仲間全員及びに、人間がそれ以上の多数。

 複数のトラックに乗せられて、出発した。




プロテクターを身に付けたハンター
ゲームで実装なら、目の小さい当たり判定に当てれば即死。
しかし、狙われている状態だと腕で隠す。

強い武器でないと怯みもしない。
怯んだ後に近付けばアクションコマンドが発生し、成功させれば突き倒し、目にナイフを突き刺して即死させる。
みたいな?


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12. 殲滅ミッション 0

 敵の幹部の全滅、及びに麻薬や武器、情報の奪取、破壊の大半が完了した。

 身体には、銃弾は一発も入っていない。けれど、爆弾の衝撃で体を打ち付けたり、苦し紛れの抵抗で切られたり、殴られたりという傷の方が多かった。

 自分達の撤退命令が出て、終わった、と思った。

 仲間が沢山死んだ。自分が仕留めた最後の人間の背中から、ゆっくりと爪を抜く。

 肋骨の間を縫って心臓に突き刺したその爪は、血だけではなく、煤にも塗れていた。

 

 仲間の死体を傍目に見ながら、生き残った仲間達と徐々に合流していく。

 致命傷を負って動けなくなっていた仲間に、時に止めを刺しながら。

 爆発や銃弾でぼろぼろになった通路。

 上半身が吹き飛んだ人間、仲間達。機関銃に木っ端微塵にされた仲間。爆弾で破壊したその機関銃の破片。

 弾け飛んだ沢山の銃弾の痕跡。

 ゆっくりと歩いた。

 人間と合流した。疲労の色は、自分達と同じく隠しきれていなかった。

 

 分かれ道を来た順番に戻って行く。

 仲間と合流していく。

 腕から血を流している仲間も居れば、足を引き摺っている仲間も居る。背中に大きく火傷を負っている。口から血を吐いた痕があり、ふらついている。

 自分は軽傷な方だった。

 ……見た目では、半分は死んでいるだろうか。

 ふらついていた仲間が倒れた。

 口からまた、血を吐いていた。

 それを見た人間が、言った。

「……駄目だな。置いて行け」

 ……くそ。

 ひゅー、ひゅー、と苦しそうな呼吸をしながら、自分の足を掴んで来た。

 嫌だ。死にたくない。置いて行かないで。

 そのとても強い願いに自分は、応えられない。

 仕方なく止めを刺そうと思った時、強い衝撃の音が聞こえた。

 ドン、ドン。

 足が止まった。爆発の音じゃない。誰かが扉か何かを叩いている音だ。しかも、結構近い。

「何だ?」

 音の方に顔を向ける。開いた扉と、その先の薄暗い空間がある。

 そこも人間達と仲間が入って、出て来た場所だった。殲滅は完了している筈だった。

「――! ――――!」

 人の声だ。人間が銃を構え、仲間達は射線から外れながら後退した。明らかに、おかしい。

 どん、どん。

「――――ぁぁぁぁあああああああああああああああっ」

 その断末魔と共に、足音が聞こえて来た。

 扉の先から、扉の高さよりも高い、何かが見えた。

 ……人間?

 裸で直立している。自分達のように鱗とかも生えておらず、見た目はでかい人間のようだった。

 剥き出しの心臓や異様に伸びた右手の爪に、ただの人間が突き刺さっている事を除けば。

「……タイラント?」

 銃を構えていた人間が、そう呟いた。

 B.O.Wなのは間違い無かった。でも、どう見ても、ヤバい。

 存在感だけで、見た目だけで危険過ぎると分かる。

タイラントが正面を向いて、扉の上から顔を降ろして自分達を見た。

「広い所まで逃げろ!」

 そう人間が言うのと、タイラントが爪を払って人間を投げ捨てたのは同時だった。

 そして、掴まれていた足を振り払い、自分も全速力で逃げる。その死にかけが後続の仲間達に踏まれて悲鳴を上げた。そして何も聞こえなくなった。

 扉の向こう、それからもう少しした所にその広い場所があった筈だ。

 そこまで行けば人間が何とかしてくれる。

 背後からは、そのタイラントの近くに居た仲間達の悲鳴が聞こえた。

 一度、二度、三度。重い足音と共に、叩き潰される音、突き刺される音、投げ飛ばされる音が耳に届いて来る。

 頭上を腹を貫かれた仲間が飛んで来た。

 目の前の人間にぶつかって倒れる。

「助けてくれ!」

 押し倒された人間も無視して、びくびくとその上で震えるハンターも無視して、飛び越えた。

 コンテナだらけの倉庫に着き、何が起こっているのか分からない仲間達を、とにかく広く散らせた。

「助けてくれ! 頼む! 嫌だ! ひっ、

 あああああああああああああぎゃっ」

 ずん、と踏み潰された音。

 人間達は、自分達ハンターαは、戦わなければいけない。

 こいつを殺さなければいけない。

 そうでないと、生き残れない。

 逃げ切れるだなんて、思えなかった。

 

 広間に入って来た瞬間に、人間達が銃弾を浴びせた。自分も死体の傍にあった爆弾を拾ってピンを抜き、投げた。

 剥き出しの心臓を守りながらそのタイラントがコンテナの傍に隠れた。

 瞬間、自分の投げた爆弾が爆発し、煙に包まれた。

 ……何となく分かる。こんなんじゃ全く効かない。

 近寄ろうとした仲間を大声で止める。煙の中から爪が伸びて、仲間に向かった。

 その仲間は、爪を躱して逆に心臓を切り裂いた。

 ……あいつは。

 そうだ。強い奴だ。数は一番最初の、No.1。

 血が噴き出す。その強い奴は掴まれる前に距離を取り、そこへまた銃弾が浴びせられる。

 が、銃弾の密度は心許なかった。タイラントもすぐに腕で防御する。

 タイラントの心臓から噴き出していた血は、いつの間にか止まっていた。

「弾はどうだ!」

「もう余り無い!」

「敵から武器ごと剥ぎ取れ!」

「拳銃位しか無い!」

 ……これは。

 一瞬の沈黙。銃弾を打ち尽くし、タイラントが防御姿勢から戻る。

 からん、からん、と銃弾が落ちていく音がした。

「ハンター達! 命令だ! 俺がロケットランチャーを取って来る! それまでに少しでも弱らせろ!

 またお前等は武器を掻き集めてハンターαの援護に回れ!」

 何だ、その命令は。

 自分達が人間の援護をするのではなく、人間が自分達の援護をするだと?

 でも、銃器を失ったとしたら、最適なのも間違い無かった。

「No.27! 生きているな! お前が指示をしろ!」

 ……自分が、仲間の命を握る事となった。

 

 爆弾を持ってコンテナの上に立つ。指と声で指示をする。周囲の逃げられる位置に、仲間を配置。

 タイラントが自分に死体を投げつけて来て、屈んで避けた。その隙に銃弾が心臓に当たる。

 一瞬の怯み。No.1がまた、いつの間にか背後に立っていた。足を切り裂き、爪を避けて走り去る。

 タイラントが怒って追いかけ、広間の中央へ来た。No.1はコンテナの隙間へ逃げ込み、それに手を伸ばした瞬間に攻撃命令。近くに潜んでいた二体の仲間がNo.1と同じように足を傷付けて、別々の方向へ逃げた。

 爪を振り回した時にはもう届かない。別々の方向へ逃げたハンターが居るだけ。

 タイラントが迷った瞬間、人間が爆弾を転がした。

 ドン、と爆発が起きる。タイラントが転んだのが見え、思わず跳躍していた。

 爆煙の中、上空から倒れたタイラントの心臓に爪を突き刺し、逃げる。

 血が噴き出る音が背後からした。流石にこれは効くだろう。

 と思ったが、それは悪手だった。周りからハンターが追撃しに来ていた。

 駄目だ! 声を上げて警告しようと思った時には、爪のある右手が一体の仲間の腹を切り裂き、左手が一体の仲間の頭を掴んでいた。

 掴まれたハンターが苦し紛れにその腕に爪を突き刺す。助けに自分も戻ってその腕を切り裂いた。弾丸が頭に突き刺さり、手が緩んだ隙に逃げ去った。

 腹を切り裂かれた仲間が這って逃げようとしている所を、立ち上がったタイラントが強く踏み潰した。

 

 コンテナの上にまた登ると、No.1がタイラントの死角のすぐ近くで爪を構えていた。

 何なんだあいつは。どうして怖気づかずにあそこまで。死んだ仲間をタイラントが人間に向って投げ飛ばし、その瞬間にNo.1が足に爪を突き立てた。

 タイラントは、それだけでまたバランスを崩した。吼えてNo.1を退かせ、持っていた爆弾をピンを抜いて投げつけた。

 爆発、転倒。

 直後、今度は素早く心臓を切り裂いて、反撃される前に仲間達が逃げて行った。連携は、上手く行っている。

 更に加えて、人間が爆弾を投げた。心臓の近くに転がった爆弾は、血の雨を降らせた。

 血煙が晴れると、倒れ伏し、動かなくなったタイラントが居た。

 ……。

 殺した、のか?

 何度も切り裂かれ、撃たれ、爆発に巻き込まれた心臓は、未だにびくびくと動いていた。

「やったか?」

 一人の人間が安堵気味に言う。

 が、何か、自分の中に存在する直感がまだ終わってないと言っていた。

 仲間達も同じだった。

 近寄らないように指示し、爆弾を集めさせる。

 自分の手に爆弾が一つ。仲間も少し持っている。

 人間がショットガンを一つだけ、後は自分の鱗さえも傷付けられないような拳銃のみ。

 まだ、ロケットランチャーなる武器は来ない。

 ……。

 びく、とそのタイラントの体が震えた。

 心臓の形が再び元に戻り始める。

 拳銃が撃ち込まれた。的確に心臓に当たるものの、それだけではその再生は止められなかった。

 びく、びく、とタイラントの全身が痙攣するように動き、そして、体が赤く変色していく。爪がより太く、長く目に見える速さで伸びていく。

 ショットガンを持った人間がそのタイラントに近付き、ゼロ距離で心臓にぶっ放した。

 心臓がまた弾け、変化が止まった。

 続けて、ジャコン、と音をさせて排莢、二発目。排莢、三発目。

 排莢。

「……え?」

 左手が、足を掴んでいた。

「うわあああああああああああああああ」

 四発目がその腕に直撃し、緩んだ隙に人間が振り解き、背中を向けて逃げた。

 タイラントがむくり、と起き上がる。三発もゼロ距離で、しかもショットガンで貫かれたのに、心臓はもう元の形を取り戻そうとしていた。

 何だ、これは。

 心なしか少し大きくなっているようにも見えた。

 体は更に筋肉質になり、爪は自分達のとは比べものにならない程に、そしてさっきのタイラント自身よりも、禍々しい。

 嫌な予感しかしなかった。

 コンテナの物陰に逃げた人間の近くには、仲間達も残っている筈だった。

 大声で叫んだ。

 逃げろ! そこは、安全じゃない!

 言葉で直接伝えられない口が不便で仕方ない!

「そこから逃げろおおおおおおおおおおおお!」

 仲間達がやっと逃げた。けれど、人間が逃げ遅れた。

 タイラントが走ってコンテナの物陰へ、爪を掬い上げるのが見えた。

 人間がただの物のようにくるくると、高く宙を舞った。握られていたショットガンが一回、発射された。そして、ショットガンが人間の手から離れた。

 どちゃ、と人間がコンテナ越しの、自分の見えない場所へ落ちた。

 タイラントが踏み潰す音が聞こえた。

 ショットガンも、破壊された。

 爆弾が転がされた。爆発しても、全く怯まなかった。

 

 どうすれば良い。

 タイラントが不意に走り出した。逃げろと吼えるがもう遅かった。物陰から様子を見ていた仲間二体が同じように、爪で掬い上げられ、宙を舞った。

 その瞬間、いつの間にかコンテナの上に居たNo.1がその背後から跳躍して、タイラントの心臓から背中、足へと切り裂いた。

 が、タイラントは殆ど怯まなかった。心臓も血が大量に出る前に治った。

 振り返って、爪で払うタイラントの股を潜り抜け、No.1が逃げる。逃げるNo.1を援護にと拳銃の弾丸がタイラントに当たるが、やっぱり全く何の役にも立たなかった。

 コンテナの隙間にまた逃げるNo.1に対し、タイラントはその長い腕で両隣のコンテナを掴んだ。

 圧し潰すつもりか?

 ぐ、と力が込められた。反対側へ逃げるNo.1の足が出る前に、引っ掛かった。引っ張っても抜けなかった。

 No.1が叫んだ。恐怖に負けた、震えた声だった。

 自然と、足が動いていた。あいつだけは死なせてはいけない!

 疲労が積み重なっていた足は、最高速が出ない。でも、走らなければいけなかった。コンテナの上を跳び、タイラントが自分に気付く。が、タイラントは全く意に介せずに悠々とNo.1に向って歩いた。

 指示した訳じゃなかったが、背後から音も立てずに他の仲間達が足を切り裂いた。

 歩みは止まらなかったが、走り去って行く仲間はタイラントの足元に爆弾を置いていた。

 二つ、爆発した。だが、それでも少し下を向いて、立ち止っただけだった。

 ……それで十分だった。

 爆弾を爪先で掴み直し、ピンを抜いた。

 下を向いていたタイラントに向ってコンテナの上から跳躍し、爪の先で摘まんだ爆弾ごと、心臓に突き刺した。

 自分は背中から地面に落ちると同時に、タイラントの心臓が爆発した。

 

 再び血の雨が降り、背中の痛みに堪えながら立ち上がろうとした時、自分の足が掴まれた。

 嘘、だろ。

 これでも怯みもしないのか?

 死の恐怖が一気に体を襲った。掴まれた足が震えていた。

 ……それは、自分の震えじゃなかった。タイラントの震えだった。

 そして、タイラントの背後に、No.1が居た。

 跳躍して、首に腕を回し、その眼球に深く爪を突き刺した。

 ぶつ、と眼球が破裂した音がした。ぐちゅり、とその奥の組織が掻きまわされた音がした。

 今まで全く声も発しなかった、タイラントが初めて叫んだ。自分の足からタイラントの手が離れた。

 腕が切り裂かれてNo.1が落ちる。落ちたNo.1へ更に、滅茶苦茶に振り回された爪が顔をなぞった。

 けれども、No.1は怯まなかった。そして自分は、目の見えなくなった、暴れるタイラントの背中に跳び掛かり、再生しつつある心臓に自分の両腕の爪全てを突き刺し、かき回した。

 沢山の血が自分に降りかかる。そして、血に染まって僅かに残る視界に、タイラントの目の前へ跳躍したNo.1が見えた。

 後ろに引き絞られた爪が、一瞬で、タイラントの首を深く抉った。

 No.1が着地すると同時に、タイラントの首からも血が噴き出した。

 タイラントがとうとう膝をついた。

 自分がまた、背中から落ちた。

 直後、聞こえた。

「逃げろ!」

 No.1に引きずられて逃げる中、膝をついたタイラントに何かが着弾し、木っ端微塵に弾け飛ぶのを見た。

 

 

 

 今なら、タイラントが来ても、より犠牲が出ないように立ち回れるだろうか。

 いや、それともNo.1、片目が全部やってしまうかもしれない。

 ……ともかく。

 一番記憶に残っているのは、その光景だった。

 けれども。

 一番仲間が犠牲になったのはそこじゃなかった。それ以前の、沢山の人間やB.O.Wとの戦いだった。

 それが、今から始まる。

 絶対に、死んでたまるものか。




始まる前にこんな戦闘シーン書いちゃってどうするの。
で、戦闘シーンっていつも上手く書けてるか分からないけれど、最後のシーンだけは良いんじゃないかとそこそこの自信がある。
(時間を稼ぐどころか倒しかけてるじゃないか!)

skebで絵を依頼しました:
https://www.pixiv.net/artworks/109701643


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13. 殲滅ミッション 1

 機関銃を載せた車にそれぞれ、自分達と人間が乗り込む。もう、プロテクターを着ていても音を立てずに移動は出来る。

 そして、片目を含むファルファレルロ達はもう既に広く周りに散らばっていた。

 最初の破壊は前と同じく人間がやる事になっていた。派手なお出迎えがあったとしたら、このプロテクターがあろうとも何も出来ない。

 自分達がすべきなのは、そのお出迎えの後に、敵に迎撃体制を整えられる前に素早く蹂躙する事。逃げる隙も与えず、殺す事。

 ファルファレルロ達がすべきなのは、その自分達が取りこぼした、逃げる敵を駆逐する事。

 ただ、それはファルファレルロ達の性分に合ってなかった。が、逆らう事は出来ずに渋々とその命じられた通りにミッションに就いている。

 無難に終わったら、何か嫌な予感がするな、と思った。

 それは、本当の危惧すべき嫌な予感ではなかったが。要するに、ファルファレルロ達の鬱憤を晴らす為に色々疲れる事になりそうだ、と言う事だった。

 実際、そうなってくれた方が嬉しいのだけれども。

 

 何の変哲も無い地面に、タイラントを木っ端微塵にしたロケットランチャーが多数打ち込まれた。

 あの時はタイラントが木っ端微塵になった所しか見ておらず、実際どういう武器なのかは知らなかったが、やっと理解した。

 それ自体が飛ぶ、とても強力な爆弾を打ち出す武器だった。

 このプロテクターも自分ごと木っ端微塵にするんだろうな。そんな事を思っていると、その地面の下に地下へ続くらしき道があった。

「どうして今までばれなかったんだか」

 人間が独り言のように呟いた瞬間、一気に車が加速した。

 隣の車に座っていた色欲狂いが転がったのが見えた。

 斜面を走り抜け、頑丈なシャッターをまたロケットランチャーで破壊する。トラップのようなものは見当たらず、二度、壁を破壊するとその先にはコンテナが大量にある倉庫があった。

 タイラントと戦った時を良く思い出した。

 そのコンテナが、容赦なく更にロケットランチャーで破壊されていく。機関銃が破壊されたコンテナの後に大量に撃ちこまれる。

 爆発し、粉塵が舞い、焼け焦げた人間の手が吹っ飛んでいくのが見えた。多少は待ち構えていたらしいが、これは自分達がする蹂躙よりも一方的だった。

 視界が開けてくると人間達が先に降りて、あったそれぞれの扉を、爆弾を貼り付けて破壊した。

 直後、迎撃。機関銃の音がした。

「……これは、そのプロテクターでも無理だな」

 人間が武器のスイッチを切り替えて、銃身だけを出して一発、発射した。

 発射の時に、やや気が抜けるような音がしたのは、その銃に取りつけられたグレネードランチャーだった。

 爆発が起きて、機関銃が止まった。

 瞬間、自分と中堅複数体が一気に飛び込んだ。

 爆煙の中、壊れた機関銃の背後でうめき声を上げる人間に爪を薙いで止めを刺し、先のT字の角で止まる。

 爆弾を取り出させてそれぞれの方向に投げさせたが返ってきた反応は特になし。死体を持ってきて頭を少し覗かせてみれば、片方から狙撃銃でその頭が撃ち抜かれた。

 自分が別の爆弾を取り出し、投げた。

 小さめな爆発の音と共に広く煙幕が張られ、狙撃銃が何度か発砲された。

 止まった瞬間に角を曲がった。

 煙の中を、音を立てず、迅速に。手を握り、爪を手の甲の後ろに隠し、腕で目と首を守りつつ。

 前は、こんな物を身につけず、銃弾に晒された、死んだ仲間を盾に進んだ事もあった。それでも、その仲間ごと貫かれたのも居た。

 今は、そんな事しなくて良い事は、とても良い事だった。

 従わなくてはいけないのは、変わり無いが。

 煙幕を抜けると、構える人間の姿が腕ごしに見えた。隣を走っていた中堅が跳躍した。自分は身を低く伏せた。

 弾丸が一発、中堅の腹に当たった。中堅は仰け反り、だが血は全く出さなかった。

 握っていた爪を開き、自分に狙いを変えた銃身を片腕で払いながら、首を裂いた。

 喉を抑えるその人間の胸を貫き、引き抜いた。

 銃弾を腹に浴びた中堅が腹を押さえながら起き上がった。プロテクターに傷は付いていたが、貫通はしていなかった。

 先には下に続く階段があった。

 

 殲滅は驚くほど順調に行った。

 プロテクターがあるから多少強引に攻められる。そして犠牲は出ない。

 爆弾は敵が使わなかったのを補充出来て、そして手に持っている必要も無く、手に持っているより多く、保持していられる。

 もう、下手な武器を持った人間でさえも、脅威では無かった。

 二つ下の階の、奥の方には自分達が小さい頃に居たような研究施設があった。

 爆弾でも破壊出来ないガラスの奥に、人が、一人だけ残っていた。机に突っ伏して、白衣を着た人間。

 自分達が小さい頃に、外に居たような人間。

「くそっ、くそっ、くそっ、くそっ」

 その手には注射器があった。仲間達は、どうにかしてガラスを壊そうとしていた。

 ……。嫌な予感がした。

 さっきとは違う、本物の嫌な予感だ。

 広い場所に仲間を避難させた。

 自分だけ残っていると、顔がぐるりと自分の方を向いた。

 溜息を吐いて、言った。

「そんな大層なプロテクターまで身に付けて。良い身分だこと」

 その言葉に不快そうに窓を叩くと、表情をやや嬉しそうに変えて言った。

「おお、言葉も分かるのか。爆弾も使ってたし、纏め役のお前は頭が良さそうだな。

 そうだな……良い事教えてやろうか」

 ……?

 その人間は、自分の首を指さして、言った。

「首輪、付けてるんだろ? プロテクターの膨らみで分かる。

 それな、外側のネジを二か所外すと、爆発せずに首輪自体が外れるんだぜ」

 …………え?

「嘘じゃないさ。私はもうすぐ死ぬだろうからね。せめてあんたらの組織で混乱が起きるように願ってる。

 それに、本当に本当だよ。

 そもそも、首輪を無理に外そうとすれば爆発すると分かっているB.O.Wが、まさかネジを外そうとは思わないって事は、誰も疑わないからね」

 その時、近くから足音が聞こえた。

「何を聞いている」

 ファルファレルロと自分達を戦わせた男がそこに居た。

 驚き過ぎて、意識がその白衣の人間だけに集中していた。

 ……気付けなかった。

 大口径のショットガンを自分に向けていた。それは、実演でプロテクターを破壊出来なかったショットガンとは全くの別物だった。凶悪な大きさだった。

 完全に、自分を危険視していた。

「よくもそんな事教えてくれたな。ああ?」

 いつも聞く声とは全く違う声だった。本気で怒っていた。

「お前の言う通りだ。こいつは頭が格段に良い。

 タイラントに対してさえも仲間を連携させて殺しかけた程だ。

 爆弾を扱うだけじゃなく、使い分けさえ出来る。ルービックキューブ何てもので遊んでやがる。

 味方からの信頼さえある。こいつの指示には誰だって従うさ。

 その価値をお前は分かってるのか?

 しかしな、こいつは逃げたがってる。

 賢くて、逃げたい、一番重要な奴がそれを聞いてどうなるのか分かってるのかよ!」

 白衣の人間は、その怒鳴り声を受け流すように言った。

「分かってるよ。リーダー的な事もね。だから言ったんじゃないか。

 それと、もう一つ良い事教えてあげようか。

 後ろから、そのリーダーを殺そうとして怒ってる奴等が迫ってるよ」

 それは、嘘だった。

 白衣の人間が、そのでかいショットガンを突きつけられて動けない自分を助けようとして言った嘘だった。

 その人間の背後には、誰も居なかった。

 しかし、人間は一瞬、隙を見せた。銃口がぶれた。

 足を踏み出し、ショットガンを掴んだ。人間は、即座にショットガンを放し、背後から狙撃銃を取り出そうと手を回した。

 奪い返すよりそっちの方が早い判断は、正しかった。

 そして、自分がその人間を叩き倒すのは、それよりも早かった。

 取り出そうとした狙撃銃は、背中の下にあるまま、手は離れ、自分がその上に圧し掛かった。

 自分達と同じく、プロテクターを身に付けていたが、顔には何も無かった。

「ま」

 顔面に爪を突き刺した。

「ぶぇ」

 二度、三度。

 地面に届いた。

 完全に動かなくなった。

 …………。自分は、混乱していた。

 首輪がそんな簡単に外せるという事実。

「他の誰かと一緒の場所に置いて、爆弾でも使って木っ端微塵にすれば、ばれないだろうね」

 そんな事を言ってから、注射器を弄び始めた。

「帰った帰った。死ぬとしても、この注射器、出来れば使いたくないんだ。

 G-ウイルスってものが入っていてね。あんた達ハンターαを作ったり、タイラントを作ったりしたウイルスよりももっと危険なウイルスなんだ。

 無理に壊して来なければ使うつもりも無いよ」

 溜息を吐いて、うつ伏せになった。

「頑張ってくれよ。そうじゃないと僕が助けた意味が無い」

 それっきり、何も言わなくなった。

 死体を引き摺って、仲間の元へ戻った。

 ……心臓が、高鳴っていた。

 




ファルファレルロと戦わせた男:
犯罪組織の中で結構上に居る。権力も結構ある。けれど実動の方に良く居る。
主人公の価値故に殺すのを躊躇っていたが(情は無い)、その白衣の男に隙を作らされて反撃され、顔面に爪を突き刺されて死亡。

首輪の外し方はネジを2か所外すだけ。


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14. 殲滅ミッション 2

 顔を潰した男を、他の死体の所に投げ、その男が持っていた爆弾の二つを顔に出来た穴に埋め込んだ。

 残りは貰った。それと、ショットガンの弾薬も貰った。

 爆弾と一緒に投げれば、破壊力が増すかもしれない。

 ピンを外して逃げれば、顔面どころか上半身の胸の辺りまでは跡形もなくなっていた。

 それから、組織の人間を殺した自分に対して不可解な目で見て来る仲間達を無視して、近くにあった人間用のトイレに入った。

 鏡があり、そこで頭の防具の留め具を外した。

 脱いで、鏡越しに自分の首輪を見た。

 こうやってまじまじと首輪を見つめるのはいつ振りの事だろう。

 心臓は、静かに高鳴っていた。

 外せる、という期待とそれからその先の、期待以上の不安が自分を襲っていた。

 期待は大き過ぎて、それよりも不安が更に大き過ぎて、自分が今、何を思っているのかさえ良く分からない。

 いきなり教えられたその事実は、本当に正しいのだろう。

 だから、あの男は自分を殺そうとして来た。

 首輪には、白衣の男の言う通りにネジが二つ、前と後ろに付いていた。両方とも、良く見る十字のネジだ。

 自分の爪じゃ、外せない。でも、そのネジを外す為の物も、ミッション中とかに転がっているのを良く見た事がある。珍しいものじゃない。

 ……まさか、こんな簡単な方法だったなんて。

 だからこそ気付けなかった。いや、気付ける要素が無かった。

 無理に外そうとすると死ぬ。けど、ネジを外して外せば、死なない。

 分かるかそんな事!

 息を吸って、吐いた。

 でもまだ、問題はある。首輪が外せるとしても、それ以上の問題が待っている。

 いつ逃げるか。どう逃げるか。どこへ逃げるか。誰と逃げるか。どれだけ助けるか。どれだけ見捨てなければいけないか。

 正直、本当に助けたい、一緒に逃げたいと思う仲間は居ない。

 色欲狂いは、自由になるよりここで人間を好きに犯せている方を選ぶだろう。

 片目や古傷も似たようなものだろう。それに片目や古傷の爆弾は自分のように外せない。

 一緒に逃げたいと思う仲間は、その逃げたいと思っていないであろう仲間だった。ミッションの中で良く一緒に行動する仲間だった。古傷も、仲間を沢山殺したとは言え、今は親しい。

 ……他の仲間も逃げたいと思っているのか良く分からない。

 自分だってそう言う素振りは余り見せて来なかったつもりだったが、殺した男は分かっていたし、多分見せてしまっていたのだろう。

 そしてその自分が他の仲間に対して良く分かっていない。

 それがその素振りを見過ごしているのか、単純に他の皆も脱出に対してそう強い思いを持っていないのか。

 ……でも、自分が首輪を皆の前で外したら、外してくれと頼むと思えた。

 その後の事は全く分からないとしても。

 

 取り敢えず、落ち着かなければいけなかった。

 まだこのミッションは終わっていない。大量に逃げられたりする前に、出来るだけ殺さなければ。

 防具をまた被り、多少手こずるものの、留め具をしっかりと留める。

 出てくれば、中堅の仲間達はちゃんと待っていた。

 必要に駆られなければ、多分こいつらの首輪まで外そうとは思わないだろうな。

 

 

 

 中堅がトラップに引っ掛かった。複数が爆風に巻き込まれて、けれど巻き込まれた大半は気絶しただけだった。

 ただ、一体が首に破片が突き刺さっていて、楽にしてやらざるを得なかった。

 中堅にさえ、楽にさせる時は少し思うものがあった。あの人間を殺した時にはそんな事全く思わなかった。

 当たり前と言えば当たり前だが。

 護衛ミッションの時のような人間のように、それから自分にルービックキューブの遊び方とかを教えてくれた人間のように、特に何もしてくれた訳でも無いし、そもそもあの男は自分を殺そうとしていたのだし。

 迂闊にもう曲がり角で、中堅も飛び出す事は無い。

 左への曲がり角。

 機関銃特有の音がして、ショットガンの弾薬を投げ入れてみる事にした。

 どうせ意味があるのかも分からないのだから、全部投げ入れた。

「……ショットシェル?」

 爆弾を投げ入れた。

 爆発の後には、大して悲鳴とかは聞こえず、反撃にと、機関銃が元気に壁を貫いただけだった。

 角から殆ど腕も出さずに投げるだけじゃ、機関銃までも届いていない。

 煙幕を張ると、更に元気に壁を貫いて来る。

 だが、狙いは全く無い。右に、左にと散らして撃っているだけだった。

 中堅に、その隙に爆弾を思い切り投げさせた。左利きの自分じゃ、体全部晒け出さないと投げられなかった。

 漸く、機関銃が壊れる良い音がした。

 直後に中堅が我先にと走る。だが、甘かった。煙幕の先にはもう一つ、機関銃があった。

 ……予備、かよ。

 前を走っていた中堅の一体が集中的に狙われて、プロテクターが一気に破壊され、血しぶきが舞った。

 二体、三体。一気にやられていく。

 頭は一気に、自分が生き残る方へ変わった。

 前に居た中堅の、プロテクターの無い脇を思い切り貫いた。訳の分からないまま後ろを見ようと震えるその中堅を無視して、爆弾を取り出し、自分に倒れる中堅を盾にしながら思い切り投げた。

 四体、五体。そして、目の前に居る中堅。

 プロテクターが破壊され尽くしてもその肉壁は役に立った。

 威力が減った弾丸は、自分のプロテクターまでを破壊する事は無く、先に爆弾で人が吹き飛んだ。

 後ろの中堅の一体が、自分を見ていた。

 悪いか?

 喉を鳴らすと、怯えるように人間に止めを刺しに行った。

 どっちにせよ、そうしないと更に死んでいた。

 運が悪かったと思ってくれ。

 全く役に立たなかったショットガンの弾薬が隣に転がっていた。

 止めを刺す、爪の音。

 ただ、それを聞いた後にその人間を見てみると、首に注射器が刺さっていた。

 中身は無かった。

 爆弾の欠片が突き刺さり、首を裂かれたその体が、ビク、と動いた。

 やばい。

 すぐさま皆を呼び、とにかくバラバラにした。頭も潰し、腕や足も、胴も徹底的に。

 そうすれば、流石に動く事は無かった。酷くほっとした。

 血は絶対舐めるなと指示した。

 G-ウイルスなんて今まで聞いた事が無かったし、それを舐めたからこの前のようにファルファレルロに変異して終わると楽観的にも思えなかった。

 

 そして、殲滅は大体が完了していた。被害はどこも前よりは断然少かった。

 プロテクターのおかげだった。

 ただ、人間と合流すると、結構多くが森の中に逃げたと知った。

 中の後始末には中堅達を残して、自分は外の援護に回れと言われた。

 ……中も、不安要素がたっぷりあるんだけどな。

 T-ウイルスよりも危険なG-ウイルス? それがどういうものかは知らないが、嫌な事になるのは間違い無いし、それにその注射器がこの組織で複数あるっぽい事もとても怖かった。

 人間達はそれを知っているのか。

 ……まだまだ、終わっていない。

 森の方へ行く直前、唐突に人間が聞いて来た。

「そう言えばさ、こっち側、俺達人間の特攻隊長様が見当たらないんだけどさ。

 でっかいショットガンとライフル持ってる人間。

 見なかった?」

 一瞬、体が震えた。

 ……気付かれなかっただろうか。

 ほんの少しの間。

 それから爆弾を取り出して、口に入れる振りをした。

「……マジでそんな死に方したの? あの人が?」

 頷いた。そういう死に方はしていないが、そういう痕にはなっている。

「詳しく聞きたいわー」

 爆弾をしまって、森へ行く事にした。

 内心、かなり緊張していた。

 ばれたら一巻の終わりだった。




銃弾を爆発に巻き込んだら、クラスター爆弾みたいになるんじゃないかと思って調べてみたらそうはならないようでした。銃弾自体に引火しても、大した威力でも無いとか。
映画とかで偶に銃弾が爆発して大変な事になるとかやってるけど、現実じゃそうはならないっぽい。
でも映画でやってるんだからいいじゃないかとも思ったけど、まあ、知っちゃうと余りしたくなくなった。
……1話?


後、活動報告を書きました。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=130258&uid=159026

それと、まだ反映はされていないけれど、
原作バイオハザードで、総合評価及びに相対評価でも1位になりました。
ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。

で、まあ、活動報告と加えて、そういう事で。


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15. 殲滅ミッション 3

 今は夜だが、夜目も少しは利く。

 色欲狂い、それから能天気とも合流し森に向かって走る。痩身は別の方に行っているのか、会わなかった。荒地の方に車とかで逃げた方は、人間達が追っているとか。

 墜落したヘリコプターが炎上しているのも見えた。

 走っていると、人間の死体が多数あった。銃器と共に落ちていて、爆弾もあったが、今はもうこれ以上持てなかった。

 この暗闇なら、煙幕の爆弾は要らないか……? いや、一応持っておこう。

 走り続け、人間の死体が続く中で、プロテクターを着けていないファルファレルロの死体も見つけた。

 中堅、そして、悪食。

 …………死んでいる。本当に、もう、完全に。

 透明になれるからと言って過信し過ぎたのか?

 酷い驚きだった。こんな簡単に死んでいるなんて思いもしなかった。

 傷の跡は、普通に銃弾だった。

 プロテクターを身に着けていれば、屁にもならない弾丸を大量に撃ち込まれていた。

 片目は? 古傷は? 紅は? 他の中堅達は生きているのか?

 恐怖と焦りがあった。森の中からは、銃声が聞こえてくる。

 ……行かなければ。

 それ以降、ファルファレルロの死体が無かった事は幸いだった。

 

 森の中に入り、木々の上を伝って移動する。体はまだ、そう疲れていない。

 ……いや、ちょっと疲れている。

 未だに首輪を簡単に外せる事実に驚きを隠せていない。組織の人間を殺した事がばれるか不安だ。悪食が死んでいた事に更に驚いている。

 体は疲れていないが、色んな事が起こり過ぎて、頭が疲れているような感覚だった。

 ルービックキューブをずっとやっていた時の感覚にちょっと近い。もっと重い疲れだが。

 木々の上を伝いながら、銃声の方へ進む。

 気を引き締めた。疲れに身を任せるのは、まだまだ先だ。

 勢いのままに跳び、太い枝を掴む。遠心力に引っ張られるがままに更に先へ跳び、幹へ飛ぶ。

 いきなり、腹に衝撃が走った。

 そのまま背中から地面に落ちた。ぐちょ、と泥の中に突っ込んだ。

 ……撃たれた。

 プロテクターが無ければ死んでいた。プロテクターを身に着けてなかったら、ここで自分は終わっていた。

 ぞくぞく、と体が震えた。

 咳をしながら何とか幹の後ろに隠れると、色欲狂いと能天気も降りてきた。

 マスクの泥を払って、息を整えた。

 何なんだ? まだ距離は遠いのに、見えているのか?

 色欲狂いが大丈夫かと喉を鳴らしてきた。……大丈夫だ。

 見えている、というのは多分、間違いないだろう。暗闇に隠れているのも無駄だ。多分、擬態しても無駄なのだ。

 だから、悪食は死んだ。

 丸見えになっていないと思っていたのかどうか。

 はっきり断言は出来ないが。

 ここからは地上を走る事にした。手を握って爪を隠し、腕で顔と首を守りながら。

 

 走る。腕に強い衝撃が走る。

 骨折くらいはするかもしれない、と言われた。確かに結構痛かった。

 でも、それで済んでいる。そして骨折くらいと言われたなら、骨折程度じゃ使い捨てる怪我じゃない。

 それに……自分の価値は他の中堅や、多分色欲狂いや能天気よりも上だろう。

 かなりの怪我を負ってももしかしたら助けてもらえるかもしれない。

 止まらないと知ると、銃弾が今度は足に当たった。衝撃で思い切り転び、咄嗟に転がる。追撃が直前まで居た場所に来ていた。

 止まろうとした二体に先に進むよう指示し、自分も立ち上がって走ろうとして、気付いた。

 組織の人間の死体があった。そして、ファルファレルロの死体がもう一つあった。背中に傷があった。

 ……古傷だった。

 その近くの木の幹の背後に、まだ生き延びていたファルファレルロ達、片目と紅と中堅達が居た。片目の腕に穴があった。紅の足に穴があった。

 だらだらと血を流していた。

 生きていたが、もう負けていた。ここで縫い止められていた。

 きっと、人間も古傷もやられて、もうこれ以上先へ進めなくなっていたのだろう。

 片目と目が合った。目が、体全体が酷い悔しさで満ち溢れていた。

 行かなければ。自分達でしか殺せない。

 殺さないと、仲間達を助けられない。殺さないと、気が済まない。

 銃声が響いていた。

 

 先に距離を詰めていた色欲狂いと能天気が息を揃えて爆弾を投げていた。

 丁度良い位置に飛び、爆発と共に人間の悲鳴が聞こえた。

 タタタタ、と弾丸が自分達に当たる。プロテクターが全て弾いてくれる。

「何か身に着けてるぞあいつら!」

「通りでライフルでも死ななかった訳か!」

「どうするんだ!」

「とにかく怯ませろ! 防具を身につけてるとは言え、無敵じゃないはずだ! 狙うのは一番遅く来たリーダーの奴だ!

 指示を出していた!」

 全て聞こえている。

 怯ませるって事は何だ。ショットガンでも当てて来るか? 目くらましでもして来るか?

 固まっているのは危険だ。

 散るように命じた直後、爆弾が飛んできた。

 素直に爆発するか?

 木の幹に隠れ、直後、閃光が襲った。

 大丈夫だ。目は見えている。その場所に、爆弾が転がってきた。

 咄嗟に後ろに跳んだ。目と首を守りながら、そして直後に肩に銃弾が弾け、爆発が自分を襲った。

 吹き飛ばされて、背中を何かに打ち付けた。

 耳が聞こえない。息が一気に吐き出された。でも、首は守らなくては。首を狙われている。

 必死に首を守った腕に、弾丸が当たった。一瞬遅れていたら死んでいた。

 キィィィンと耳が鳴り響いている。何も聞こえない。

 立ち上がらなければいけなかった。けれど、足が動かなかった。

 激しく咳き込んだ。体の全身が痛んだ。

 でも、追撃は来なかった。

 何故?

 何とか立ち上がって目を凝らした時、ショットガンで至近距離から弾き飛ばされる色欲狂いが見えた。木の上の陰から複数の人間の懐に爆弾を投げた能天気が見えた。

 ショットガンを持った人間が倒れた色欲狂いに更に弾丸を放つ。首と目を守ってはいたが、衝撃で色欲狂いの体が強くぶれた。

 そして、爆発が起きた。

 逃げ遅れた人間の血しぶきが上がる。自分の目の前に吹き飛んできた人間を叩き落して爪を首に薙いだ。

 体は痛む。でももう、動ける。

 倒れた人間達へ能天気が素早く動き、命を刈り取っていく。

 色欲狂いにショットガンを浴びせていた人間が、爆風を受けて膝を付いていた。起き上がった色欲狂いが、それでも向けられたショットガンを奪い、思い切り銃床を脳天に叩き付けた。

 起き上がった最後の人間が怯えながら走って逃げ始め、自分が追いかけ、飛びかかって首を撥ねた。

 頭を失った体が、膝を付いて、倒れた。

 ……何とか、終わった。




No.6:
能天気

戦闘能力は片目、古傷にぎりぎり及ばない程で、かなり高い。
そして知性も主人公には及ばないがかなり高い。
万能。でも、暇な時はそんな能力の高い様子は全く無く、アホ面してる。


裏設定:
スナイパー達が成す術も無く殺されていた事より、ファルファレルロの可能性に気付き、サーモスコープの導入をしていた。
それにより、ファルファレルロの内、悪食及びに古傷、中堅複数が死亡。片目と紅も負傷。


ハンターの画像見返していて、思った。
……そもそも首輪、付けられる体型じゃなくね?


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16. 殲滅ミッション 4

 ショットガンを杖代わりにして、色欲狂いが立っていた。

 至近距離から二度もショットガンを食らっていた色欲狂い。腹のプロテクターを叩けば痛そうによろけた。

 肋骨が折れたか。

「う……」

 色欲狂いがそのショットガンで頭を殴った人間は、まだ辛うじて生きていた。

 それを態々、もたつきながらショットガンを撃って止めを刺すと、反動でまた辛そうによろけた。

 走れそうにも余り無かった。

 ただ、足跡はここで終わっている訳じゃなかった。

 先にまだ、続いていた。

 ……多少心細いが、先に行くしか無いか。

 色欲狂いの爆弾を能天気に渡させて、色欲狂いは戻るように指示した。走れもしない仲間を連れて行っても意味は無い。

 ショットガンを杖代わりにしたまま、歩いて戻っていった。

 …………さて。

 行かなくてはいけない。敵を取り逃したとなれば、余り良い事は待っていない。

 復讐が待っているかもしれない。

 壊滅寸前まで追い込んだ後の復讐で、酷い目に遭ったという事を人間達から聞いた事があった。

 それは即ち、仕留め損ねれば、自分達にも被害が及ぶ可能性があると言う事だ。

 自分と能天気だけでは心細いが、行かなくてはいけなかった。

 爆弾を食らっても、弾丸を幾度もプロテクターで受けても、自分の体は十全に動いていた。痛みはあるが、色欲狂いのような骨折程のものではなかった。

 人間達を呼ぶ事も出来ないし、首輪はまだ警戒音を発していない。そしてまだ、ここはミッション区域内でもあった。

 走り始めた。

 

 弾丸が腕に当たり、強い痛みが走る。骨からの痛みもあった。

 ……何度も食らっていられないな、これは。

 けれど、歩みを止める訳にも、目と首を守らない訳にもいかなかった。

 足に当てられ、また転ぶ。転がって追撃を避ける。立ち上がって、また走る。

 足も腕も、腹も痛んでいた。頭も疲れていた。でも、疲労自体はタイラントと戦った前程じゃない。

 前回は、今回よりも大量の仲間が投入されて、そしてそれらを犠牲にしながら進んでいった。

 何度も仲間を盾にした。爆発に生身で吹き飛ばされた。仲間の血で塗れていた。

 その前回よりは、頭も体も、疲れていない。

「―――とかしろ!」

「―――――ンチャーがあります。それを、もっと近付いてから、確実に仕留められる距離になったら」

 ……うん?

 声が聞こえる距離に近付いてきて、聞こえて来た声に、物凄く嫌な予感がした。

 ……ロケットランチャー? グレネードランチャー?

 そうでなくとも、近付くのは危険過ぎた。その兵器は少なくとも、自分達をプロテクターごと破壊出来るものだ。

 能天気もそれを聞いて走りを止め、木の陰に隠れた。

 どうする? 分かれて向かうべきか。

 幸い、残っている人数は少なそうだったが、こっちも少ないのには変わらない。

 撹乱も大して出来ない。

 爆弾を投げられる距離まで近付いたら、多分相手にとっては仕留められる範囲内だ。どうしようか……。

 どちらかが生き残って全滅させる何て選択肢は、能天気とはやりたくなかった。

 距離を保っていると、声が相変わらず聞こえてきた。

「後少しで森も抜けられます。そうすれば車を隠してあります。頑丈なので、そこらの銃器でもB.O.Wでも壊せません。安心してください」

「本当だな?」

 喋っていない人間がもう一人居るかどうか。

 計、三人程度。

 時間は無い。

 そして、口調からして、重要な人間が居るらしい。

 こいつらを殺せればもう、それ以上の人間は居ないだろうけれど……。

 森の中で仕掛けた方が良いのは確かだった。けれども、どちらも犠牲にならないような倒し方が思い浮かばない。

 いや、何体居てもそれは変わらないか。自分も能天気も、そういう事態をこれまで何度も潜り抜けてきた身だ。

 恐怖なのは、多分このプロテクターごと吹っ飛ばせる、一つの武器。

 ずきずきと鈍く、体は痛んでいた。休んでもそれはもう変わらない。

 ……行くしか無いか。

 仕留め損なったら、それを激しく後悔するような復讐が待っているのかもしれない。

 その時だった。

 人間から舌打ちが聞こえた。

「……もう一匹来やがった。急ぎます!」

 一匹? 一体誰だ、と思いながら距離を保って追いかけていると、足音が聞こえてきて、追い着いてきた。

 痩身だった。

 三体になった。その援護はとても嬉しかった。これなら安全に行けるかもしれない。

 そして丁度、良いものを持っている事を思い出した。

 爆弾は届かないとしても、煙幕を張る事は出来る。それでも自分達の姿が見えてしまうのかそれとも見えないのかは分からないが、撹乱は出来るはずだ。

 自分はもう一個しか持っていなかったが、痩身は三つ、能天気は二つ持っていた。

 痩身から一つ貰い、それぞれ二つずつ。

 三方向に広く分かれて、その煙幕の爆弾を対象に向けて投げた。

 

 広く煙幕が立ち上る。続けて、痩身と能天気もその煙幕の爆弾を投げた。

 煙幕の中までそれぞれ走った。足止めの為か、銃声が何度か鳴った。自分の方にも飛んできた、が、狙いがずれていた。耳に風切り音が一回聞こえただけだった。

 煙幕を張れば、位置も分からなくなるのか。

 煙幕の中まで入って、もう一つの煙幕の爆弾を投げる。

 追いつけないにせよ、これで距離はかなり縮まる。後は、その兵器を身に食らわないように願うだけだった。

 そして、きっとプロテクターごと破壊出来る程の強力な兵器ならば、至近距離では使えないと思えた。

 煙幕を抜けて、そのすぐ先で待っていたのは、意外にも一人だけだった。もう二人は先に逃げたか。

 持っていたのは、グレネードランチャー。組織の人間が持っていたような、銃の下に付属してるだけのではなく、爆弾を撃ち出すだけの、専用の兵器。

 一番先に煙幕を投げた自分、そして一番素早い痩身が同時に煙幕を抜けていた。

 鋭い銃声が鳴った。左から攻めていた痩身が、横から弾丸を身に受けて足をもつれさせた。

 そして、自分にグレネードランチャーの照準が合っていた。

 横に跳ぶ。照準が冷静に自分に狙いを定め続け、木の陰に隠れる直前に発射された。陰に転がり込む直前に爆風で吹き飛ばされて、宙を舞った。目が回る。耳が聞こえない。転がって泥の中に顔を突っ込んだ。

 でも体は千切れていない。足も腕も頭も爪も、十全に動く。

 けれど、状況が見えない。視界を拭うと目の前の大木の根本が爆発して、自分の目の前に倒れてくるのが見えた。必死に転がった。背中に太い枝が当たって地面に軽くめり込んだ。

 痛みを堪えて起き上がろうとする中、遅れて来た能天気がまた爆弾を転がしたのが見えた。蹴り返されて、能天気が跳び逃げた。そこへ追撃の爆撃が来て、けれどギリギリ外れて後ろで着弾した。

 能天気は、人間の方へ吹き飛ばされた。

 人間の直前に転がった能天気、何とか起き上がった自分。姿の見えない痩身。

 能天気が、殺され……ない。人間の直前。グレネードランチャーは、撃て、ない。巻き込まれる距離だ。

 人間が迷いを見せた。

 そして、遠くからの狙撃を掻い潜り、懐まで到達した痩身。

 人間が気付いた時には、背後から胸を貫いていた。

 一気に口から血を噴き出した。最後、道連れにしようと引き金に力を加えようとするも、その前に爪を引き抜かれ、倒れた。

 能天気がグレネードランチャーをすぐさま掴み取り、狙撃されていた方向へ向かって、引き金を何度も引いた。

 照準も大して合わせる必要も無いそれは、最後の一発で悲鳴を聞かせた。

 

 倒れていた、狙撃銃で攻撃していた人間に止めを刺して、最後に森が疎らになってきた所で必死に逃げていた人間を見つけて、首を刎ねた。

 ……今度こそ、本当に終わった。

 誰も死ななかったのは、運が良かったとしか言えなかった。

 特に、自分や能天気は死んでいてもおかしくなかったと思う。

 今回は、これで終わりかな……。古傷と悪食が死んでしまった事を思い出した。そして、首輪の外し方を知ったのと、組織の男を殺してしまった事も思い出した。

 時間を掛けてまた慣れて行くしかない事が出来てしまった。色々、考えなければいけない事もあった。

 体も痛む。走りたくない。

 歩いて、ゆっくり戻ろう。

 そう思って後ろを振り返ると、痩身が自分と能天気を急かすように引っ張ってきた。

 …………まだ、終わっていないのか?

 そしてまた、思い出す。

 G-ウイルスなるものの存在について。

 急かす理由は、とても嫌な予感しか思い浮かばなかった。

 何度も爆風に吹き飛ばされて、銃撃の衝撃を数多に身に受け、挙句に太い枝にまで叩きつけられたこの体は、前回よりももう、疲れているように感じた。

 けれども、走らない訳にはいかなかった。

 傷を負っている、親しい仲間達が沢山居るのだ。



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17. 殲滅ミッション 5

 途中、殺した人間をマスクを外して食べた。

 首から血を飲み、服を剥いで肉を食い。気持ちだけでも疲れが癒せれば良かった。

 血は飲んでいると、片目のようになった気分だった。肉を食い千切れば尚更だ。

 けれども、痛む全身は変わらず、疲れも変わらないまま。

 また走り始めなければいけなかった。

 

 片目達ファルファレルロは、もう身を隠していた場所から去っていた。死んだ古傷と人間ももうここには居ない。

 何故か、地面に焼け焦げた跡があった。

 森から出ると、死んだファルファレルロ達は燃やされていた。

 少しの間その光景に茫然していると、人間が近寄ってきて言った。

「悪く思うなよ。T-アビスが蔓延しちゃマズいんだ」

 ……。

 どう思えば良いのか分からなかった。

 片目が腕に包帯を巻いて、その火の近くで立ち尽くしていた。

 色欲狂いと紅はどうしたんだろうか。

「No.7とNo.13はもうトラックの中だ。あいつらは今日はもう無理だ。

 両方とも歩くだけで精一杯だったからな」

 それは助かった。

「それで、だな。一つ聞きたい事がある」

 自分とは目を合わせず、ただ炎を眺めながらその人間は聞いて来た。

「お前、殺したのか?」

 一瞬、どう反応すれば良いのか迷って、遅れが生じた。

 それから、何を? と言う感じに振り向いた。

 人間が、じっと、自分の顔を見て来た。

「…………いや、いい。どうせハンターの顔の表情なんて、俺達には分からねえし」

 人間を食ってから外しっぱなしだったマスクを被り直した。

 ……疑われているのか?

「それで、まだ戦えるのか? G-ウイルスとやらの化物が中で暴れている。

 あいつら、適合する人間を集めていたのか、それとも適合し易くしたのか、かなり多くの人間に配って逃げやがったんだ。

 放置して帰る訳にも、B.S.A.Aとかを呼ぶ訳にもいけねえし、ここで始末しなきゃいかん」

 戦えるのか? と聞かれて、戦えないとはもう答えられない。普通に走って来たし、それに殺したと疑われているなら、戦わない訳にはいかなかった。

 殺したと知られても、それ以上の価値を自分に作らなくてはいけなかった。

 身体を動かして、戦えると答えた。

 はっきり言って身体は動かす度に軋むし、疲れは全身にとても溜まっているが。

「で、粉微塵になるまでロケットランチャーでぶっ飛ばしたのは良いが、こっちの手持ちのロケットランチャーを撃ち尽くした後に、数体残っちまった」

 ドォン、と地下から音が聞こえて来た。

「で、お前達、No.1、No.6、No.10、No.27。命令だ。

 この入り口までこの化物を連れて来い。殺さなくて良い。ただ、逃げて連れて来ればいい。

 そうすれば、こっちが手榴弾やら残ってる兵器や奪った兵器で粉微塵にする。

 そして、今はお前等の次に数の小さいハンター達に誘導させているが、失敗して犠牲になった奴も居る。

 お前等で、連れて来い。悠長にあっちから来るのを待っている時間は余り無いんだ」

 ……この組織の自分達ハンターαと言う生物兵器に対する考え方は、最初とは違って来ていた。

 最初の頃は、沢山連れて、沢山死んで行った。その度に新しい仲間が補充された。

 けれど、自分達が何度も生き延び、高度な連携をするようになり、犠牲が減るようになった。そして今はこんなプロテクターまでを身に付けている。

 量より質を選ぶようになってきていた。

 片目がのっそりと歩いて、自分達に寄った。

 自分自身の事を確かめるように、静かに呼吸をしていた。

 …………片目は、片目だった。

 ファルファレルロになっても、闘争本能に塗り潰されようとする事があっても、片目は、片目だった。

 最も親しくしていた古傷が死んだ事を、最も失いたくなかったであろう仲間を失った事を、受け入れようとしていた。

 Gと言うB.O.Wがどれだけ危険なのかは分からない。

 けれど腕を射抜かれていても、片目は戦うつもりのようだった。

 一緒に、走り始める。

 後ろでぼそっと人間が言った。

「成果を見せろよ」

 ……自分の命を、殺した人間より重く出来るだろうか。

 

 最初にロケットランチャーで破壊され尽くされた場所は、今は血で染まっていた。そしてその血も、火炎放射器で焼き払われている最中だった。

 トラックの近くで、怯えている中堅が複数居た。護衛ミッションの時の人間が、良くやり切ったな、とそれぞれ頭を撫でて宥めていた。相当変わり者だと思う。

 やっと来たか、と言われ、随分と便利にされているんだな、と今更ながらに思う。

 甘い水を飲まされる。人間の血肉とは違く、心なしか体力が回復したような気がする。

 残っているのは後、二体。地図を見せられて、即座に現在地とGが居るであろう場所を把握させられる。

「分かってるよな? お前等なら」

 分かっている。地図は読める。行くべき場所も把握した。

 でも、ここが組織の場所からどの位離れているのか、この周りはどういう地形なのか、それは知らなかった。

 少し、指と喉で意志疎通をして、それぞれが行くべき場所を決める。

 自分の首輪が簡単に外せる事を教えてくれた人間は、もう既に死んでいるようだった。その人間の居た場所の近くには殺した事を示すようなマークがあった。それともう一つ、仲間達でバラバラにした人間の近くはあれ以降流石に何も起きていなかったようだった。何のマークも無かった。

 そして残っている二か所は、どっちもやや遠い。

「ああ、そうだ。プロテクターは外していくか? 死んだハンターは全員、プロテクターも役に立ってなかった。Gの肉体そのものの攻撃で、やられている」

 なら、外していこう。

 外すと、プロテクターで見えなかった体は痣だらけだった。鱗も多少剥がれている。

「……随分ボロボロだな、お前」

 それでも、動ける。走れない程の痛みは無い。それに、久々に全身のプロテクターを外したからか、身は軽い。

 爆弾を持ち運べる所のプロテクターだけは身に付けたまま、また、片目もそれだけ新たに身に着けた。

 普通の爆弾と、煙幕の爆弾を二つずつ貰った。

 ……戦わなければいけなかった。戦いの場へ向かわなければいけなかった。

 今、自分の命は危なかった。逃げようとも逃げなくとも。

 

 壊されて広くなった扉の先へ歩く。照明は所々壊され、最初に入った時よりも薄暗い。

 階段を皆と下り、先に片目と能天気と別れた。

 階段を更に下りていき、最も下に行ったところで広間に出る。最も奥深くに居るであろうそのGに対して、痩身と共に意識を張り詰めた。

 最もボロボロになっている自分が、奥深くの方へ行く。皆には反対されたけれども、自分の価値を示す為にはそうしなければいけなかった。

 分かれて、歩く。Gがどういう形をしているか分からない。このやや狭い通路で固まって歩いていたら、逃げる時に危険の方が多そうだった。

 呼吸を落ち着かせながら、ゆっくり歩く。

 先はT字路だった。

 …………何も音は聞こえない。

 足音も、何も。血の臭いはしたが。

 慎重に顔を出して、先を確認すると、叩き潰された仲間の死体があった。

 近付いてみれば、それは古参にかなり近い仲間だった。

 呼吸は自然と荒くなっていた。



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18. 殲滅ミッション 6

 Gとは一体何なのか。

 T-ウイルスより危険なウイルス。単純にその言葉が意味するのは、恐ろしい事ばかりだ。

 タイラントより強い生物兵器かもしれない。ただそれだけで、今、自分が置かれている状況が危険過ぎると分かる。

 そして、自分の身に打ち込まれたら、ただじゃすまない。

 T-アビスは、何故自分達の身に受けても死んだり、人間がT-ウイルスを受けた時に大半がなるゾンビのようなものになったりせず、ただ強化されたのか。

 それは、T-アビスというウイルスがT-ウイルスを利用されて作られた、らしいものだからだろう。

 自分達はT-ウイルスを利用して、人間とトカゲを強引に組み合わせて作られた生物だ。

 だから、T-ウイルスを利用して作られたT-アビスにも、馴染めたのかもしれない。

 ただ、G-ウイルスは、Tという言葉すら無い。

 身に受けた時、死ぬだけなら余程良いだろう。自分が自我を失いタイラントより強力な化物になって仲間を襲う、そんな事もあり得た。

 ……やる事は単純だ。

 そのGを見つけたら、攻撃を躱し続けてあの場所まで誘導しながら逃げれば良い。

 ただ、それがどれだけ難しいのか、Gという生物がどういう形をしているのか、それが全く分からない。

 

 この階層の地図は頭に大体入っていた。一本道で背後を取られたら逃げ場が無い、という場所もそこそこあった。

 ただ、突き当りには何かしらの部屋がある。そこで何とかなるだろう。

 T字路を何度か通り、窓から部屋も何度か眺める。

 食事をするらしき場所。腹も減り気味だ。人間の食い物は大抵美味いんだが、今はそんな余裕もない。

 あったのは人間の死体と、穴が開いて中身が垂れている缶詰少しだけだった。

 血の付いた足跡が見つかった。

 人間の靴の足跡が大半で、その中に一つだけ、変な足跡があった。

 ……いや、多分これはGの足跡だ。

 大きさからして、タイラントと同じ位か、……それ以上。

 自分が、恐怖しているのは間違いなかった。

 その足跡を、慎重に辿って行く。

 段々薄くなり、そして、G自体を見つける前に足跡は消えてしまった。

 目の前には、そのGにやられた仲間の死体。

 思い直して、その仲間の死体から爆弾を一つ取っておいた。もうプロテクターに保持は出来ないが、手に一つだけ持っておこう。

 どく、どく、と自分の心臓の音が聞こえる。

 体の軋みが分かる。鱗が剥がれた部分が張り詰めた空気に晒されて、乾いている。

 先のT字路から、何かがやってきて一瞬驚いた。

 ……痩身だった。驚かすなよ。

 痩身が自分に気付き、更に何かに気付いた。

 そして、思い切り叫んだ。

 …………うし、ろ。

 一瞬の硬直。後ろを見ないままに自分は前へ、痩身へと走った。

 おぞましい咆哮が聞こえた。まるで、体の芯から震え上がらせるような、何者でも殺すと言うような確固とした殺意。

 痩身が爆弾を取り出し、自分の後ろへと投げた。自分も持っていた爆弾をそのまま落として走った。

 ガリガリと爪で壁を抉りながら巨大な足音で迫って来るのが聞こえる。

 曲がり角へ逃げ、爆発が起きた。ズン、と体が倒れた音が聞こえた。

 走って距離を取り、振り返る。

 煙の中から、曲がり角から姿を現したそのGという生物は、正しく異形だった。

 人間が基なのは間違いない。異形とは言え、その人間の形を残していた。

 けれど、今まで見て来たT-ウイルス等で作られた生物は、色々おかしな所があれど、それでも普通に生きていると感じさせる何かがあった。

 脳みそが剥き出しになっている、リッカーと言う生物でさえもだ。タイラントと言う、あの生物兵器の完成体とも言われるものでもだ。

 それが、このGには無かった。

 Gの姿自体はタイラントに似ていた。心臓は剥き出しにはなっていないが両腕と両足はちゃんとあり、頭も普通だ。鋭利な爪をその両手に備えていた事自体にもそんなに驚きはしない。

 そのGが、生物と思わせる何かが無いと思った理由は、右肩が肥大化してそこに付いていた巨大な目玉だった。

 何の為にもあるように思えないそれは、ギョロギョロと辺りをしきりに見回していた。

 恐怖もあった。それ以上に、不気味だった。

 そして、その目玉が自分達を見止めると、走って来た。

 

 階段室へと走る。後ろからは強い足音が響いて来る。すぐに、階段の前の場所へ着いた。階段室の近くで見つけられた事は幸いだった。

 休憩所とも見えるその場所には、椅子や机が多く置かれていた。

 すぐに階段室へ向おうとし、そこでまた、不穏な足音が聞こえた。上からパラパラと埃が落ちて来る。背後からはGがやってくる。上からも振動が聞こえてくる。

 階段室に入るかどうか迷ったが、もう距離は無かった。

 階段の折り返しまで上り、上を覗いた。

 階上へと逃げる能天気と片目がぎりぎり見えた。そしてその後から似た形のGが入って来た。

 そのGは、上へと脳天気と片目を追う前に、自分を見止めてしまった。

 そして下からGが入って来た。上からのGは、能天気と片目を追う前に、こっちへ降りて来た。

 挟み撃ちにされた。

 ……嘘だろう?

 上から、下から、この狭い階段の折り返しへと、Gがやってくる。この狭い階段室であるのは爆弾のみ。

 逃げ場所は無い。扉も無い。壁を伝おうとも、Gの巨体では逃げられない。

 ヴルルルル、とおぞましい唸り声が、上から、下からやってくる。そのタイラント並の両腕に生えた爪が、巨大な目玉が迫って来る。

 爆弾を握った。痩身を上の階からやってくる方へ、自分は下の階からやってくる方へ。

 じわじわと、追い詰めるように歩いて来た。

 同士討ちも期待出来なかった。元々こうなるまで追い詰めたのは主に自分達ハンターだった。

 両方のGが爪を似たように大きく振りかぶった。ただの振り下ろしなら、躱すのは容易だ。若干の安堵を覚えた。

 ただ、上に行けるのは痩身だけだった。

 爆弾を置いて爪の振り下ろしを躱し、背後へ回った。

 上へ駆け上がっていく痩身が一瞬自分を見る。さっさと逃げろ。

 階段室から出た直後、爆発が起きて、階段が崩れた。

 自分だけ、最下層に取り残された。

 

 煙幕の爆弾を置いて一旦距離を取った。

 階段室からの粉塵も合わさって、煙はかなり多く立ち上っている。

 仲間の死体の場所まで行き、爆弾を補充した。普通の爆弾は二つ。煙幕の爆弾が一つ。

 もうその死体には爆弾は無かった。

 両方とも上に行ってくれていれば、もう後から出るだけなんだが……。

 ただ、そんな甘い希望は無かった。煙の中から出て来たのは、G、二体。爆弾を二つも爆発させたのに、ダメージを負った様には全く見えない。

 両方とも、上に行った三体よりも自分を優先して来た。

 崩れた階段を登れないからか? 階段は別の場所にもあるが、そこまで行かないといけないのか。

 そっちの階段からなら、もう登った後にすぐ人間達が居る場所に着けるのに。

 鼓動が激しかった。階段室からは、仲間達の叫びが聞こえて来ていた。

 けれどもそれには耳を傾ける程度で、G二体の意志は、別の階段を使う方に、そしてきっと、こっちへ逃げ込んだ自分を先に片付ける方に傾いている。

 協力するまでの素振りは見せていないが、全くG同士で敵対とかをする雰囲気は無かった。

 どうする、どうする? 人間は時間が無いと言っていた。

 多分、時間を掛け過ぎれば、ここに組織以外の誰かがやって来てしまうという事だ。

 悠長にやってられない。でも、ここに居るのはたった自分だけだ。

 出来る出来ないよりも、G二体に対して自分しか居ない事が恐怖で堪らなくなっていた。

 疲れからか、諦めたいというような感覚さえ湧き上がり始めているように思えた。

 その時だった。

 階段室から、より強く雄叫びが聞こえた。

 自分達の声とは少し違う、その声は片目だった。

 流石にそれにはG二体は振り向いた。その煙の中からいきなり姿を現した片目は、自分がかつてタイラントにやったように一体の肩の目玉に爆弾を突き刺し、反撃を食らう前にそのまま後ろへ跳んだ。

 直後、爆発が起きた。爆風の勢いで片目が着地し損ね、自分の足はもう走り出していた。

 片目を起こし、追撃を避けて一気に逃げ始める。

 片目が目玉を爆発させたGは倒れたまま、もう一体が追い掛けて来た。

 危険過ぎる状況だと言うのに、嬉しかった。そして少し、申し訳なさもあった。

 片目は、片目だった。




痩身:
ほぼ無傷。

片目:
片腕に貫通痕。でもそこまで重傷ではない。

紅:
足に貫通痕。重傷ではないが走れない。

能天気:
爆風に何度も巻き込まれ、銃弾の衝撃も数多く身に受けている。全身に打撲。

主人公:
能天気以上の回数の爆風、銃弾の衝撃を受けている。更に加えて木の幹ではないが、太い枝の下敷きになった。全身に打撲。更に骨には皹も入っているレベル。

色欲狂い:
至近距離からプロテクター越しとは言えショットガンを2度食らう。
肋骨を多数骨折し、走れない。戦闘も難しい。

悪食、古傷:
死亡。


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19. 殲滅ミッション 7

 途中で振り向くと、さっきより走る速さが速くなっている気がした。追いつかれはしないが、距離も離せない。

 さっきは明らかにこっちの方が速かったのに。

 いや、体型が変わっている? 微妙にそんな気がした。

 片目が攻撃したGは、まだ来ていない。曲がり角を曲がると仲間の死体が複数あった。近くには壊れた機関銃。人間の死体は、無い。

 多分、注射器を打たれてから、殺して、そしてバラバラにしないで放置したんだろう。

 誰だ、この階層を攻めた同期は。

 あんまり責められないが。

 爆弾を転がしてGを転ばせ、その内に仲間の死体から爆弾を補充する。

 片目がその間に追撃を仕掛けようとして、止めさせた。この距離感で丁度良い。Gが起き上がりつつあるのを見て階段へ走ろうと思ったその時、その遠く後ろからもう一体のGが飛び出してきた。

 ……?

 何か、形が違うような。いや、四つ足?

 いや、速い! 明らかに自分達の足より速い!

 爆弾を投げ、また爆弾を補充してから階段へ走る。とにかく、階段室まで行けば良い。そこから先の事は、また考えれば良い。もう一つ曲がり角を曲がれば、階段室が見えて来る。

 後ろから、何かを踏み潰した音が聞こえた。

 四つ足のGが二つ足のGを強引に追い越したのだろう。

 階段室に着く頃にはもう、その四つ足のGが曲がり角から走って来るのが見えて来ていた。

 

 階段を一気に登る。疲労からか、足がもつれて転んだ。片目がすぐに腕を掴んで起き上がらせ、そのまま背負って上って行った。

 一階分上がった所で狭い階段室の扉に強い衝撃が走った。片目がよろけ、自分も背中から降りた。

 衝撃が二度、三度と鳴り、そして扉ごと壁が打ち破られた。

 ガラガラと瓦礫が崩れ落ちる音。何なんだ、本当にあれは!

 G-ウイルスを打ち込むだけでただの人間があんな風になるってどういう事だ!

 タイラントは、改良に改良を重ねてああなった、って言うのは何となく分かる。自分達だって人間とトカゲを組み合わせただけじゃなく、それ以外に色々とされて作られた生物だ。

 でも、ただ注射を打ち込むだけでああなる、ってどういう事だ本当に!

 もう一階分上り始めた所で、更に激しい衝撃が足元を襲った。

 何だ今度は!

 みし、と階段に皹が入っていた。

 嘘だろ? もう一度衝撃が来て、急いで階段を駆け上る。

 激しい衝撃がまた体を襲った。前に転び、どうにか転げ落ちる事だけは防いだ。

 三度目にして、階段が崩れた。壁に爪を突き刺して、階段を壊しながらその四つ足のGが這い上って来る。

 衝撃に襲われながら、どうにかしてまた階段を這い上がる。最後、一階分。

 這い上がってでも登らなければ、という所で衝撃が直に腹を襲った。一瞬、体が浮いた。

 胃液を吐いた。肋骨が階段と共にミシミシと音を立てた。息が苦しい。

 でも、まだ動ける。どうにか、何とか。

 片目に起こされる。片目も口から胃液を吐き出していた。

 咳き込みながら、爆弾を取り出した。

 どうにか立ち上がって、また上る。二度目の衝撃が体を襲う。足がびりびりと響く。転びそうになるのを片目と支え合って堪える。何度も銃弾を受けた足の骨が痛みを訴えた。片目と爆弾を構えた。

 三度目、階段が壊れてそこに爆弾を投げた。

 階段の隅に隠れて、爆弾が爆発した。

 耳が聞こえなくなる。今日は何度聞こえなくなったか。ずん、と衝撃が響く。

 それは、耳が聞こえなくても、Gが地面まで落ちた音だと分かった。階段を上り切って、口を拭った。

 流石に片目にも、余裕は無かった。

 

 聴力が戻り始めて来た。

 呼吸を整えている最中にもう、後ろからまた衝撃が聞こえて来ていた。

 曲がり角まで軽く走り、背後から衝撃が軽く響いて来る。体力はもう、危なかった。

 血肉を食おうが、甘い水を飲もうが、体は疲労を訴えていた。

 疲れていた。頭も体ももう、最善の動きはしてくれない気がした。

 それでも、まだ終わっていない。終わってはいけない。

 背後から階段を破壊してGが姿を現した。また、さっきと見た形と違う気がした。

 とにかく時間が経るにつれて、禍々しくなっているような。

 ……生物としての何かが無いと思った時の、その何かが今、分かった。

 それは、安定だった。途中でやや変異したタイラントでさえ、生物としての安定はあった。どこか、根幹となる部分があった。

 このGには、それが全く無かった。足の速さが変わった。二足から四足になった。禍々しくなっている。

 一定の姿を全く取っていなかった。常に、状況に禍々しく適応している。

 そして、そのGの目的は、自分達を殺す事だった。本当に、本当の意味で体の底から自分達ハンターを殺そうとしていた。

 ……普通の爆弾は自分は二つ。片目は一つ。煙幕が自分が一つ、片目が二つ。

 補充はもう出来ないだろう。この階で死んだ仲間は少ないだろうし。

 Gが階段室の扉を破壊して出て来て、自分と片目を見止めた。

 走り始めた。

 二度曲がって、そして長い直線を走り、また曲がって少しすれば表に出られる。自分達のミッションは終わる。

 問題は長い直線だった。明らかにもう、Gの方が速い。

 そこを爆弾計三つで乗り切れるかが問題だった。

 四つ足じゃ、転ばせられるかも分からない。

 走って曲がる。呼吸がすぐに荒くなる。それでも走らなければいけなかった。

 後ろから禍々しい足音が迫って来る。壁に激突して、そして曲がって来る。

 激突したのに全く痛みを感じずにそのまま走って来る。激突してまた走り直してくるのに、距離が縮められている。

 曲がった直後に爆弾を投げた。一瞬怯んだだけだった。

 そしてそのまま、長い直線に入った。間合いはもう、余り無い。

 それなのに、最後の直線は絶望的に長かった。

 が、その先には機関銃を構えている人間と、爆弾の束を持っている人間が居た。

「脇に寄れ!」

 唐突に聞こえたその声にすぐさま片目と自分が反応した。脇に寄ってGがまた壁に激突した瞬間、すぐ隣を機関銃の嵐が襲った。

 自分も最後の爆弾を一つ投げ、そしてまた走る。

 機関銃を浴びながらも、Gは吼えた。びりびりと空気そのものも震わせながら、血を弾丸を受けた分だけ流しながらも、こっちへ向かって来た。

 けれど、明らかに速度は落ちていた。

「さっさとこっちに来い! 特大を食らわせてやれねえじゃねえか!」

 そう言って機関銃の隣に立つ人間は、その爆弾の束を上に掲げていた。

 慎重に、機関銃を食らわないように走り、そして纏められた爆弾が投げられた。

 その人間の背後に階段を上って来た、もう一体の、二足のGが居た。

「伏せ」

 強大な腕が、振り下ろされた。

「びょっ」

 潰されて、血の詰まった皮袋が破裂したかのように血がはじけ飛んだ。

「えっ?」

 機関銃を操っていた人間が振り向いた時、その上には同じように、腕があった。

 片目と自分が伏せて、大爆発が背後で起こった。

 

 肉塊と血が弾け飛んで来る。後ろで瓦礫が崩れる音がした。照明が衝撃で一気に切れた。

 爆弾の欠片やその四つ足のGに撃ち込まれた弾丸もぶつかってきた。

 よろめきながら何とか立ち上がる。互いに肩を支えながら、何とか。

 耳は全く聞こえない。キィィンと鳴っているだけだ。

 そして、夜目で微かに見える先からは、二足のGが歩いてやってきた。

 背後の瓦礫は、明らかに動いていた。

 また、挟み撃ちだった。

 ここをやり過ごせれば終わりなのに。

 ……Gに夜目はあるのか? それも分からない。

 その時、片目が爆弾を保持する為に身に付けていたプロテクターを外して、最後の、普通の爆弾を一つだけ持って、後は自分に渡した。

 そして、包帯も千切って捨て、姿を掻き消した。

 二足のGが、立ち止った。

 夜目はあるようだった。

 そして、唐突にGの足から血が噴き出した。Gが爪を振り回した時にはもう、その範囲には居ない。続けて腕から血が出て、肩の目にまた、爆弾が突き刺さる。今度は、片目は、爆発のタイミングを間違えなかった。

 Gの背後に姿を現した片目が着地した直後、目玉は爆発した。二足のGが膝から崩れ落ちた。

 それから、背後の瓦礫を見返した。

 それも、うぞうぞと動くだけで、これ以上の脅威になって迫って来る様子は今の所、見当たらなかった。

 早く逃げるに限るな。

 先へ走り、置き土産に、残った煙幕の爆弾全てを置いて、最後の曲がり角を曲がった。

 煙幕の弱い爆風でさえもよろめいてしまい、片目が支えてくれた。

 

 広間まで戻って、倒れかけた所を片目にとうとう背負われて、人間達と仲間達が待っている所へ戻った。

 片目も自分もまず、人間達によって丹念にこびりついた血と肉片を洗い流された。

 それから痩身と能天気が、甘い水を飲ませてくれた。とても安堵してすぐにでも眠りたくなった。

 でも、Gの最期は見ておきたかった。

 この中に入り直したのは、時間としては短い時間だったろう。

 自分の役割は、単なる生物兵器以上の存在としての役割は、果たした。それなりの価値もあるだろう。その成果の結果を見ておきたかった。

 体を何とか起こして、暫くするとその先からGがまず一体、やって来た。ついさっき目玉を潰されて、同じように四つ足になっていた。

 入って来た途端に、数多の機関銃によって肉片にされていく。

 Gは吼えたが、ただそれだけだった。

 身動きさえさせて貰えないまま、手榴弾の塊を沢山投げ入れられて、その肉片は全て血煙と化した。

 そしてまた暫くして、どろどろのもう、生物とも言えない何かと化した、最後のGがやってきた。

 同じく弾丸を数多に浴びせられ、爆弾によって血煙と化した。

 ああ、本当に終わったのか、と思う。

 自分は疲れ果てていた。生き延びて、戻って来られた事に安堵して、気を抜けば、すぐに眠りそうだった。

 いっそのこと、もうここで眠ってしまおうか。

 そう思った時、人間が一人やって来た。

 自分が、ファルファレルロ達と戦わせた男を殺したんじゃないかと疑っていた男だった。

「……良くやった」

 それだけ言って、去って行った。

 最後の枷が外れたように、膝が力を失った。

 もう、眠る事にした。

 片目に支えられるのが、最後の記憶だった。

 ……結局、片目に支えられっぱなしだったな。




と言う訳で、一番長くなった殲滅ミッションお終い。
タイラント戦書いた時は、これ以上熱く出来るんかな、って思ったけど、そう出来たのかなあ。


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20. 休息

 気が付くと、いつもの檻の中だった。随分長い事寝ていたような気がする。

 体をゆっくりと起こすと、強い軟膏の臭いがしていた。

 自分の身体には至る所に軟膏が塗りたくられていた。腕や足には、添え木もしてあった。

 臭いの強さとその添え木で、自分がどれだけボロボロになっていたのか思い知らされたようだった。

 そしてまだ、疲れは全く取れてなかった。

 片目が自分の近くで寝ていた。腕に包帯を巻き直されて、それからまた、自分程ではないにせよ、軟膏を塗られていた。

 他にはこの檻の中には誰も居なかった。自分と片目だけだった。

 ……そうか。死んでしまったんだった。

 悪食と、古傷。

 片目が自分を助けたのは、どういう理由だったのだろう。単純に古くからの仲間だったからだろうか。

 それとも、この檻の中で独りぼっちになるのが嫌だったからだろうか。

 ……余り、考えない方が良いか。

 檻の中には、肉に加えてその甘い水の入った巨大なペットボトルがあった。

 さっさと治して、次のミッションに備えろ、って事だろう。

 肉を食っていると、片目も目を覚ました。同じく肉を食い始めたが、どうも元気が無かった。

 

 いつもの、色欲狂いが人間を犯している音も聞こえなかった。あいつもそんな事出来る程の余裕のある怪我じゃないという事だろう。

 肉を食い終え、甘い水を一気に飲み干してから、また横になって昨日の事を順々に整理する事にした。

 首輪に手で触れた。

 前と後ろにそのネジがある。爪では流石に外せないが、道具を使うだけでそれを外せると言う事を知って、それをあの人間に知られて、殺した。

 殺しただけのリスクを冒す価値は十分ある事だった。自分がGに対して立ち向かった価値も十分にあった。

 でも、逃げるとしても片目や紅は連れて行けない。

 腹に埋め込まれた爆弾を外す方法なんて、最低でも人間に頼らないといけなかった。

 自分達を操っている元凶の装置を破壊したところで、その爆弾を無力化出来るとも確信は出来なかった。

 壊した瞬間、その爆弾が爆発するという事も考えられなくはなかった。

 ……本当に逃げられる状況になった時、まだ、自分は片目や紅を見捨てる必要があった。

 それはとても辛い事だった。けれども、見捨ててでもまだ、逃げたい欲求の方が強かった。

 逃げてしまえばもう、戦う必要さえも無い。銃に怯える必要も無い。タイラントやらGやらに立ち向かう必要もない。

 こんな檻の中でただ過ごすだけの時間も無い。

 良い事があり過ぎた。

 

 これからきっと、片目達ファルファレルロにもプロテクターは作られるだろう。姿を消せると言うのはとても利点のある事だけれども、それが無意味になった時、そのままではただのハンターと同じでしかなかった。

 いや、暗闇の中や森の中でもあの人間達ははっきりと自分達の姿を捉えていた。

 それがあったら、もう自分達ハンターは、プロテクターを付けていない限りただの的だった。

 人間には、敵わない。

 自分の体だけで出来る事はとても限られている。

 弱い銃弾程度なら通さない鱗と、人間の首を刎ねられる強靭な腕と一瞬で命を刈り取れる爪があろうとも、そして姿を消せる能力があろうとも、それだけじゃ人間には敵わなくなっていく。

 ある意味、タイラントやGよりも恐ろしい。

 人間達がくれたプロテクターでさえ完全に役に立たなくなる時が来るのかもしれない。

 そうなる前にさっさとその人間の前から姿を消して逃げたかった。

 

 数日が経つと、久々に外に出された。何の目的も無く、まだ、添え木も付けられたまま。

 色欲狂いは、胸を余り動かせないようにか、変な物で固定されていた。廃墟の中を歩いているが、その歩き方も慎重なものだった。紅もまだ走れないようだった。

 自分もまだ、体を動かすと少し骨が痛む。けれどももう、そんなに辛くはなかった。

 よくもまあ、骨に皹も入っていた状態であんなにも動いたものだ。そう思いながら、一番高い建物の屋上まで登ると、能天気がぼうっと縁に座っていた。

 傷の具合は自分と似たようなものだったが、もう大体完治しているように見えた。

 それから、周りを見回した。

 地平線の先まで、ただの砂の道が続いているのが大半。山脈が少しだけ遠くに見え、そしてその近くに森が広がっている。

 けれど、ここからそこまで逃げる事は無理だろう。

 ファルファレルロになって擬態しても、そこまでの殆ど何の障害も無い砂の道を、何も持たずにきっと来るであろう追手も避けて辿り着けるとは思えなかった。

 逃げる為には、ここではなく、いつかのミッション中でなければいけなかった。

 辛い事ばかりだ。本当に。

 仲間はいつか死んで行く。知性があっても技を覚えようとも、経験を積もうとも、運が悪ければ死んで行く。

 逃げようとしても、それには見捨てなければいけないという代償が付いて来る。

 太陽の日差しが、曇り空から照って来た。

 自分には、その光は眩し過ぎた。じりじりと段々体を焼いて行くその光に耐えかねて、屋上から廃墟の中へ入った。

 遠くへ、車が一台走り去って行くのが見えた。この組織で見た事の無い車だった。

 ……?

 首輪が振動した。戻って来いという合図だった。

 

 戻って来ると、早速人間が近付いて来て、言った。

「No.13が連れ去られた」

 ……は?

 色欲狂いが?

 どうして?

「No.13だけの首輪の主導権を乗っ取られて、もう位置も分からない。

 車はもう遠くに走り去ってしまった。

 一応取り返しに行くが、覚悟しておいてくれ」

 茫然としたまま、それ以上は何も言われず、また檻の中へ戻された。

 そして結局、色欲狂いは帰って来なかった。ずっと。

 片目達ファルファレルロにプロテクターが作られた後になっても、自分達の傷が完治しない間に、中堅や新入り達だけでミッションに臨んで行った後も、そして、自分の傷が完治した後も。

 どうなってしまったのかは、全く分からない。

 何も情報は、入って来なかった。




No.13:
色欲狂い
突如何者かによって連れ去られる。
気付いた時には首輪の権限を書き換えられ、その何者かによって車に乗せられ逃げられていた。


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番外編:色欲狂い

 チクっと腕に何かが刺さったのを感じた時にはもう、遅かった。

 体から一気に力が抜けていく。

 ここに敵は居ないと思い込んでいた。だからか、警戒もしていなかった。

 体が全く動かなくなり、腹から倒れる。折れている肋骨が衝撃で痛んだ。

 声も出なかった。助けも呼べない。

 死ぬ……? 嫌だ。でももう、何も出来ない。

 視界の片隅に、人間が一人、やって来ていた。首も上げられず、足だけが見えた。

 引き摺られて、車の中の広い荷台に乗せられた。背中を壁に凭れ掛けさせられ、顔が見えた。

 何か、機械を操作しながら問いかけて来た。

「俺の事、覚えてるか?」

 何となく、見覚えがあった。

 男で、良い尻をしていた。

 ……ああ。かなり前、俺が犯してそのまま放置した奴だった。

「ま、後で詳しく話すよ。B.O.Wにしては言葉が通じる事も知ってる」

 そう言って、車が発進した。

 距離は離れていくのに首輪は何故か、うんともすんとも言わなかった。

 

 車を走らせながら、人間がぽつぽつと喋り始める。

「まさかこんな上手く行くとはなー。運が良かった」

 俺にとっては、運が良いのか悪いのか。

「俺はな、ずーーっと微妙な気持ちだったんだ。

 ずっとな、お前に犯されてから。

 お前にケツを犯されたから俺は助かった。

 何だよそれ。本当に、それで俺は他の組織の奴等が全員死んだ後に、初めてケツを犯されて生き延びたって、訳分からねえよ。

 本当にな。

 もう見れないと思ってた朝日を拝んだよ。ケツからドロドロとしたものが垂れていくのを感じながらな!

 仲の良い奴も悪い奴も、俺を除いて全員死んだけどさ、もうそんな事どうでも良かったよ!

 どう思えば良いのかすら分かんなかったんだよ、俺は!

 生き延びたのは確かに良い事だけどさあ、それに抜けるに抜けられなくなっていた俺の属していた組織から抜けられたのも良い事だったけどさあ、それでもなあ、ケツを犯されて生き延びたって訳分からねえよ。

 どうにかまた食い扶持を見つけて新しい生活も送れるようになったけどさあ、いつまで経っても、そのどう扱ったら良いか分からないもやもやした気持ちが消えねえんだよ」

 それで、何故俺を攫った。

 微かに動く目で鏡ごしに顔を見ていると、その訳分からなそうな顔で言って来た。

「そのもやもやとした気持ちに踏ん切りをつけるには、お前を捕まえてどうにかしなきゃいけなかったんだ。

 お前と対面しなきゃいけなかったんだ。

 殺すにせよ、自由にさせるにせよ、何にせよ、まだこれからお前をどうするか、俺も分かっていないし」

 水を飲んで、それからその自分が昔犯して放った人間は、黙った。

 

 暫くすると、指先から、ほんの少しずつ体が動くようになってきた。

「動けるようになっても、抵抗はすんなよ。

 お前はもう、俺のモノだ。首輪の所有権は俺にあるし、俺から少しでも離れるか、俺を殺すかしたら首輪は爆発するように設定し直した」

 はあ。首輪が爆発しないと思ったのに、結局のところは変わらないのか。

 この男に身を任せるしか無い訳だ。

 寝がえりを打って、隠れているケツを想像した。突っ込みたい。

 ムクムクと自分のでかいソレがそそり立って来た。

「ここで抜くなよ」

 呆れた声だった。

 そういや、自分の手で最後に抜いたのはどの位前だったか。

 我慢する事もいつ振りだったか。

 

 町が近付いて来る。そこに置いてある分厚い布で身を隠せと言われた。

 ばれたら死ぬからな、と。

 身動きもするなよ、と。

 車を止めている余裕も余り無いんだと言いつつも、自分が顔だけ出していると、車の速度を落としてさっさと隠れろと言われた。

 今は自分を殺したくはないようだった。

 今は。

 暫くして、多くの人の声が聞こえて来た。

 こんな、怯えても興奮してもない、ただの普通の声がこんなにも入り混じっているのは初めてかもしれない。

「絶対に体の一部も出すなよ。B.O.Wが居るって分かった時点でお前、すぐに蜂の巣だからな」

 自分は、生物"兵器"だ。

 その意味を今改めて実感していた。

 人の騒音。初めて聞くそれは、騒がしく、結構耳障りだった。でも、聞こえる数からして、かなりの人間がこの車の周りには居るらしかった。

 それは恐怖でもあった。たった俺だけで、こんな所まで連れて来られてしまった。

 

 暫くして、車が暗い場所に入った。ガラガラと、シャッターが閉まる音がした。

 そのまま隠れていると、車の後ろが開いて出された。

「……よくもまあ、こんなもの突っ込まれたもんだ」

 自分のソレはまだ少しはみ出していた。

 手で機械を弄りながら、人間は聞いて来た。

 ケツを眺めていると、機械を見せびらかして、爆発させるぞと言って来た。

 目を逸らした。ああ、犯したい。

 眺めている間に首輪を人間に押し当てれば良かった。

 まあ、そうした所でその後何にもならないが。

 殺すと脅しても、主導権はあくまで機械を弄れる人間の方にある。自分が機械を奪っても、首輪を外せはしない。

「お前、文字は読めるのか?」

 いや、と首を振る。

「まあ、嘘吐いてるかは分からないんだが……」

 はぁ、と人間は息を吐いて言った。

「連れて来たものの、結局どうすりゃ良いのか分からないな……」

 椅子に座って、何もする事が無い自分をじろじろ眺めて来た。

「良く分からないな……」

 何度も溜息を吐いて、何度も似たような言葉を呟いて、暫くしてから人間は立ち上がって言った。

「前の環境がどうだったかは知らんが、飯は出してやる。排泄も汚されたら嫌だから適当に用意してやる。

 で、声を出したりして不審に思われて、お前の正体がばれたら死ぬからな。

 そしてまた、この場所から出たり、俺を殺したりしても死ぬからな。そのように設定した。

 じゃあ、一旦俺は自分の部屋に戻るわ」

 そう言って、扉の先へ出て行った。

 ……俺も良く分からねえよ。

 結局、俺はどうなったんだ? 組織から気付いたら逃げられていたのか?

 俺はこれからどうなるんだ? あの男の気が済んだら殺されるのか? 殺されないのか?

 分かった事と言えば、もうこれからは戦わされる事もなく、そして同時に、これからは人間を犯す事も出来そうにない事だった。

 前の方が良かったかな……。戦わされるとは言え、それ以外の時は好きに犯せたし。

 親しい奴もそこそこ居たし。

 うーん…………。




実際、同じ目に遭ったとしたらどういう気持ちになるのか訳が分からない。
後、その人間は都合よくT-ウイルスに対して耐性を持ってるか、それとも突っ込まれた量が少なくてゾンビにはならなかったかは、大して決めてない。


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21. 移転

 ミッションは長らく無かった。

 時折聞こえてくる人間の話からすると、近々組織の場所の移転をするようだった。

 色欲狂いが攫われた。それは、この組織がこの廃墟の中に存在しているとばれているようなものだった。

 だから、自分達を利用して色々な事をするよりも、移転を優先しているという事らしい。

 

 色欲狂いが居なくなった檻からは、以前よりかは人間の悲鳴とかは聞こえなくなった。

 肋骨を骨折していた色欲狂いが居た頃は、もっと聞こえなかったが。中に居る同じ趣味の中堅達に、痛みで犯せない色欲狂いが多分、お前達だけずるいぞ、みたいなプレッシャーでも掛けていたのかもしれない。

 

 檻から時々出されて、けれど前のように施設の外にまで出される事はなく、檻のある広間で力比べをしたりする日々が長く続く。

 片目は相変わらず、少し寂しそうだった。

 また、片目に限らず、中堅達にも多少のその感覚で居るのが見えた。

 ハンターの数は、やや減っていた。古参の自分達が怪我をしている間に中堅以下だけでミッションに行く事もあり、そこでまた減っていた。

 この頃ずっと、補充はされていない。

 量より質。それは、より長く生き延びられるという事であり、そしてまた、自分達により高度な事が求められるという事でもあった。

 ただ殺戮すれば良いのではない。ただ任された場所で警戒していれば良いのではない。

 これから、任されるミッションは更に辛いものになってくるかもしれない。

 つい前の、Gの時のような。タイラントの時のような。

 自分が確実に生き延びて来たとでも人間達は思ってるのだろうか。

 確かに、生き延びる為に色んな事をしてきた。だが、結局は運だった。

 もう、ずっと生き延びている皆は、新入りとは比べものにならない知恵や技を身に付けている。それでも死んで行く。

 どれだけ上手く立ち回ろうとも、どれだけ生へ足掻こうとも、どうしようもない事で死んで行った。

 悪食や古傷だってそうだったろう。

 新入りや中堅だって、同じようにどうにもならないまま死んで行ったのも多いだろう。

 その為にプロテクターが渡されたのだろうが、きっとそれにも対処されてしまう時が来る気がして止まなかった。

 どのみち、早く逃げる算段を付けて実行しないと、自分はその前に死んでしまうかもしれないのは変わらない。

 ずっと、今までのように生きてミッションから帰れるだなんて、思えない。

 

 そしてまた、ミッションの時がやって来た。

 ただ、それは前と同じく、古参の自分達や中堅の中でも長く生きて来た方の仲間達は参加しないミッションだった。

 いや、ミッションと言うよりかは、選別だった。

 この頃にしては珍しく、銃器を持った人間が広間に入って来て、新入り達を檻から出して行き、一か所に纏めさせた。

 不穏な雰囲気だった。そして、人間が話し始めた。

 全員は、新天地に連れて行けない。廃墟の中で殺し合って、一定数になるまで生き延びろ。

 ……その一定数は、今の半分程だった。

 けれども、命令されたハンターは、そんな事を言われても反抗はしなかった。出来なかった。

 そのハンター達の前には、強力な銃火器を持った人間が複数居た。

 それにもう、本当の新入りはその中にも居なかった。少なくとも二、三回はミッションを生き延びている。それに命懸けでも逆らおうとする馬鹿は居なかった。命を賭けて反抗しようとも、傷一つ与えられずに死ぬだけだった。

 その新入り達や浅い中堅達が重い足取りで外へ出て行った後には、嫌な静寂が漂っていた。

 かなりの時間が経った後、仲間達が眠らされて戻って来た。包帯を巻かれたり、軟膏を塗られた状態で、檻の中に入れられて行く。

 自分と片目が居る檻の中から見える範囲でも、仲間達の数は明らかに減っていた。

 

 その数日後に、全員がトラックに乗せられて新しい場所へ向かった。

 プロテクターを身に付け、爆弾を保持する所にこっそり注射器を入れて、手に唯一の自分の持ち物であるルービックキューブを持ち。

 この頃、二面を揃えても、そこから先へは進めない事が何となく理解出来て来た。

 もっと違う方法で揃えて行かないと多分、六面は揃えられない。

 弄るのに飽きて、周りを見渡す。皆、プロテクターを身に付けていた。持ち物がある仲間達はそれを弄り、他の皆は寝ていたり、ただじっとしていたり。

 相変わらず外は全く見えないトラックの中で、薄暗い明かりがある中。

 トラックの中でしている事はいつもとそこまで変わらなくとも、ミッションの前や後とは全く別な、重苦しい雰囲気があった。

 ただミッションがあってそれをこなして生き延びるだけが、自分達の全てだと思っていたのが覆されたような感覚。

 同じ仲間同士で戦わなければいけないとは、全く思わなかった。その衝撃は今までの何よりも大きかった。

 やはり、自分達の存在は人間より下なのだ。それを改めて、新入り達全員が体に刻み付けられたようなものだった。

 ……自分の価値はどうなのだろう。

 これ以上の、数を減らさなければいけない事があろうとも、ずっと生かされる身だろうか?

 

 新天地の自分達の居場所は、前よりもずっと狭かった。それぞれが入る檻の大きさもやや狭く、檻の外に出されても前のように力比べをしたりは余り出来なそうだった。

 そして更に衝撃的なのが、ここが人間達が住む場所のど真中の地下にあるという事。

 ミッション以外でここから出れる事は無い。外の空気を吸えるのは、そのミッションの時だけ。

 窮屈になってしまったな、と思った。

 でも、すぐにそれは覆された。

 自分の入った檻の端に立つと、人間の会話が聞こえた。組織の人間の会話だ。

 これは……。

 逃げるのに、役に立つかもしれない。

「……それで? そのNo.27があいつを殺したって言うのは確実な訳?」

「確実じゃないが、多分、な。あいつの反応を少し確かめてみても微妙だったが、俺が見た限り、状況としては黒に近いと思う。

 でも、殺した理由が余り分からない。後に起こるであろうリスクを冒してまで、あいつがうちの組織の人間を殺した理由が」

「近くにはGの適性をもった人間が、頑丈な部屋に籠って、そのNo.27達に殺されないまま居たんでしょ? その人間には特に何も聞けなかったの?」

「聞くつもりだったんだがな、持ってた注射器をさっさと自分に打ちやがった」

「……聞かれたら殺さなければいけない程の事を聞いた……?」

 ……時間が、無い。

 今度は本当に。片目がファルファレルロになった時以上の焦りが出て来た。

 多分、その内人間達は、自分が首輪を外せる方法を知った事に辿り着く。脱走したい欲求に関してもばれているから、尚更だ。

 多少の危険でも冒して近い内に逃げなければ、きっと爆弾を腹に埋め込まれる。

 一生逃げられなくなる。

 それは、単純に死ぬよりも嫌な事だった。




今週か来週辺りには終わると思います。


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22. 長考

 ……整理し、考える事にした。

 もう時間が無いのならば、とにかく考えなければいけなかった。

 首輪を外せる事が分かって、それがばれていない今しかもう、チャンスは無かった。

 死にたくない。ここで死ぬまで戦うのも嫌だ。逃れたい。自分だけでも。

 

 首輪について。

 今まで、実際に首輪が爆発して死んだ仲間は、ミッション区域から出た仲間と、首輪を無理に外そうとした仲間だけだった。

 組織の人間を殺そうとして、首輪が爆発して死んだ仲間は居なかった。そうした仲間は銃で殺されていた。

 殲滅ミッションの時でも、その首輪を制御する機械を手に持って距離を置いていれば自分は隙を作られようと手出し出来なかったのに、態々でかいショットガンを向けられていた。

 多分、機械で殺すのには手間が掛かるのでは?

 いつも檻に入る時にはその機械を持っている人間が居たが、それも銃器を持った人間達に守られていた。

 ……いや、手間が掛かる、とは?

 ボタン一つでシャッターの開閉やらも出来る人間が作るもので、手間が掛かるとは何だ。

 ボタン一つで首輪の爆発も出来るんじゃないのか?

 でも実際、そうして殺された仲間は居ない。

 …………。

 何か引っかかっているような気がするが、分からない。

 そして、この首輪は外せる。外し方は簡単だ。首輪の前後に付いているネジを適当な道具を使って外せば良いだけ。多分、それ専用のでなくても、簡単に外せるだろう。

 その他には……特に無いか?

 …………無いな。

 

 ファルファレルロについて。

 ファルファレルロとなった片目と長く接して来て、そして前の殲滅ミッションの事も含めて、分かった事がそこそこある。

 体格、筋力は更に強力になっている。変異した片目と変異する前の古傷が力比べをしているのを良く見たが、古傷は変異するまで全く及ばなかった程だった。

 そして、擬態能力はとても強力だ。普通なら、近くに居る状態で目を凝らさないとまず分からない。

 でも、人間は昼夜問わず、そして擬態しているかどうかに関わらず、生物の位置を確認出来る物を持っている。それを使われたら、擬態能力は何の役にも立たない。

 擬態能力に対処されて、悪食と古傷はやられた。

 ……多分、この組織もその対処出来る道具を持っているだろうな。

 逃げる時にはファルファレルロになっても大して役には立たないかもしれない。それは昼夜問わずして、遠くに居る生物を見つける事さえも出来るのだから。

 それに、体格や筋力も増し、擬態能力も得る為に、代償もある。

 疲労し易くなる。水をより欲するようになる。暴れたいという衝動が増す。

 逃げるとなったら、飯が勝手に出てくる事もなくなる。水をいつでも自由に飲める訳でもなくなる。

 あの砂の道で、どうにかして身を隠しながら進まなければいけないとなったら、ファルファレルロになる訳にはいかなかった。

 暴れたいという衝動自体が増しても、本質そのものは変わらないとしても、自由になった身でそれを抑えきれるかどうかは分からない。

 警護ミッションの時、もし片目が腹に爆弾を抱えていなければ、無視して止めようとする人間さえも殺して、敵を殺しに行ったかもしれない。それは、片目の本質が変わっていなかったと言える今でも、否定出来なかった。

 今、知っている状況じゃ、ファルファレルロに変異する事は欠点の方が多いように見えた。

 元々、この体はこのままでも人間より遥かに強くて便利だった。

 そして、この組織でファルファレルロに変異したら、腹に爆弾を埋め込まれる。

 腹を割いて爆弾を取り出したとしてもその後何もしなければ死ぬだけだ。

 片目達ファルファレルロまでも助けて逃げようとなれば、どうにかして人間を脅して、爆弾を取り出させ、腹を閉じさせなければいけない。

 そんな事、出来るのだろうか?

 出来ないのなら、そしてその内自分までも腹に爆弾を埋め込まれてしまうのなら、自分は見捨てても逃げる。

 すまないが。

 

 逃げる場所について。

 目標とするのは、人間が立ち入らない場所が前提だった。

 生物"兵器"の自分は、利用する人間以外にとっては、敵だ。いや、逃げ始めたら、人間は全て敵だ。それ以外の何者でもない。自分に知性があろうとも、見つけられただけで、攻撃されるか逃げられるか。

 自分から接して相互に理解しようだなんて、無理だ。そもそも、丸腰のハンターαと丸腰の人間には、違いがあり過ぎる。タイラントやGが敵意を見せずに近付いてきたとしても自分は逃げるだろうし。

 自分達は、そういう生物だ。

 そして、人間が立ち入らない場所、人間の手が入っていない場所で、そして暮らせる場所に限定すれば、それは森しか思い浮かばなかった。

 森にまで逃げ切り、来るかもしれない人間の追手を振り切れれば自分の勝ちだ。

 ただ、そういう森がここからどこへ行けばあるのかすら、自分は知らなかった。

 ここ辺りの広い地図を、見た事は無いのだ。

 

 そして、プロテクターと、自分について。

 ……自分の価値は、どの位なのだろうか?

 プロテクターを態々作らせて自分達に着させた。首輪の外し方を知られ、しかし即座に自分を殺しはしなかった。迷っていた。そして、身内を殺した事が大体知られているのに、自分は罰せられていない。

 首輪は静かなままだった。

 自分が首輪を外して逃げたのがばれた時、人間達はどう追ってくる?

 生け捕りにしようとしてくれるのならば、逃げられる可能性はかなり上がると思う。でも、それに期待してはいけないだろう。

 逃げた後、見つかったらあっさり殺される方が現実的だ。

 また、これからは、プロテクターを身に着けてミッションに臨む事が殆どだろう。

 逃げるのならば、移転したとしてもこの基地の中からではなく、ミッション中でないとほぼほぼ無理そうなのは変わらなかったし、強い銃弾も防げる便利なプロテクターを脱ぎ去って逃げるより、そのまま逃げた方が得だ。

 ……いや、それも対策されているのか?

 プロテクターを易々と貫けるような機関銃とか、でかいショットガン、もしかしたら強力な狙撃銃のような武器を、万が一の時に用意しているだろうか。

 それは、分からない。少なくともまだ、自分の見る限りではそんな武装は大して人間達はしていなかった。

 護衛ミッションの時も、殲滅ミッションの時も、自分が殺した男以外はそんな強過ぎるような武器は持っていなかった。

 

 他にも色々考えた。

 考え過ぎる事は無かった。考えれば考える程、分からない事が多くとも、その一つ一つに目途が立ったり、その危険さが分かってくる。

 檻の奥から壁越しに聞こえてくる声を纏めて、些細な事でも何か自分の知らない事を知る。

 それは、地味でも自分にとっては何よりも大切な戦いでもあった。

 戦わなければ、生き残れない。その環境から逃れる為にも戦わなければいけなかった。

 生物兵器として生まれてきた自分は、けれど、そうとしか生きられない訳じゃないし、そもそもそう生きたいと願った訳でもなかった。

 勝手に生物兵器として生まれさせられて、勝手に生物兵器として戦わされてきた。

 恨みはある。でも、生きている事自体は好きだ。死ぬ事は嫌いだ。

 そして、恨みの為に死のうとは思わない。

 逃げられるのならばそれで良い。

 後は勝手に生きるから放っておいてくれ。

 

 そしてまた、ミッションがやってきた。

 呼び出されたのは全員。久々の、ただの戦闘ミッション。

 けれど、今回は注意が加えられる。

「武器の横流しがそこで起きているらしいから、プロテクターを身に着けていても気を付けろよ」

 結構前の戦闘ミッション程の楽なミッションでは無さそうだ。

 そして、逃げられれば、そこで逃げよう。




「やっぱりどういう形であれ、お前に生かされた身だからさ、殺すのもやっぱり嫌だと思ったんだけどさ、でもお前を自由にする訳にもいかないよなあ。お前、外に出たら好き勝手にやりまくるだろ。そして目を付けられない内にとんずらするだろ」
 そうかもなあ。
「ケツを見るんじゃねえよ。変な目で見てくるんじゃねえよ!」
 口にも突っ込みたいなあ。
 あんな事したいなあ。
「そんなモノ見せながら考え事するなよ……」
 暇だなあ。


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23. 戦闘ミッション

 怖い物が増えて行くのが、新入りが中堅になる第一歩だった。

 仲間がどんどん死んでいくのを見ながら、今まで生き延びて来れた自分達はそれを覚えた。

 

 寂れた町中の様々な場所に突如放たれた自分達に対して、近くに居た人間は逃げ惑う事も出来ない。体を抑える必要もなく、首に爪を振るうだけで死んでくれる。

 さっさと殺して先へ行く自分に対して、新入りは態々圧し掛かって思い切り爪を振っていたりする。

 遅い。自分も最初はそんな感じだったが、二、三度ミッションをこなしているのにそれは遅い。

 屠りながら少し考える。

 今回の戦闘ミッションの要は、その武器の横流しを一気に壊滅させる事だろう。

 不安要素も全て潰す。その為に自分達が駆り出された。

 問題は、その武器がどこに貯めてあるか。知らされていないが、人間達が先にそっちを壊滅させてくれると助かる。

 余り危険には巻き込まれたくない。

 逃げ惑う人間達を後ろから追いかけて殺していく。全く脅威の欠片も無いその人間に距離を詰めたら飛び掛って首を刎ねる。着地してそのまま走り、背中を切りつけて倒れた人間は新入りに任せ、更に屠りに前へ走る。

 建物の中へ逃げ込み、扉を閉められる。けれど、新入りがぶち破って仕留めた。

 何も気にせずに殺せるのは、この最初の僅かな時間だけだった。

 銃器を持って立ち向かってくる人間がそろそろやって来る。

 ……今回も、やっぱりいつも通りに立ち回った方が良いだろう。

 プロテクターを身に着けているからと言って、無敵な訳じゃない。

 銃声が聞こえ始める前に、新入り達に警戒するように指示した。

 

 建物の中に隠れている人間達を殺しながら物色もしていると、車の音が聞こえた。

 窓から少し覗けば、それは装甲を纏った車で普通の車より色々ごつい。多分、敵のものか味方のものかと言われれば、敵のものだろう。

 流石に近くに居た新入りも、それに飛びかかったりはしなかった。あれは壊せなさそうだし、壊す前に色々反撃を貰いそうだった。

 新入りには爆弾も持たされていなかった。

 車を動かせればな……とは逃げる際に思ったが、どう動かすか良く知らない。見た事も余り無い。

 手で円を動かして方向を操作する位しか知らなかった。

 銃声が聞こえてきた頃、部屋に入るなり死角からでかいハンマーを振り回してきた人間が居た。

 間一髪避ける。ズン、と床を叩き壊したそのハンマーに少し恐怖を覚えた。

 ハンマーを掴むと引っ張って来たが、膂力はこっちの方が断然上だ。奪って、この前色欲狂いがやっていたように振り下ろそうと思えば、逃げられていた。

 ……色欲狂いは、今、どうしているんだろうか。殺されずに連れ去られた理由なんて、余り良い事が思い浮かばないが。もう、また会える可能性なんてほぼ無いだろう。

 そんな事を思いながら、ハンマーを捨てた。

 追いついてから殺すと、その近くに首輪を外せる道具を見つけた。

 ……ちょっとだけ。今外さないとしても、ちょっとだけ試したい。

 辺りには、誰も居ない。新入りも居ない。それを念入りに確認してから、トイレへ行き、鏡の前で頑丈なマスクを外して爪で丁寧にその道具を持ち直した。

 窪みにその道具を差込み、慎重に回した。

 ……? 回らないな。逆か?

 そう思って、逆に回すと、簡単に回った。本当に、首輪は何も鳴らない。

 後ろのネジも、何も首輪が反応する事無く回る。

 戦闘の時よりも体が緊張していた。今の自分の感情が、喜びなのか、困惑なのか、驚きなのか、何が一番強いのか分からない。

 ただ、そこに恐怖も入り混じっている事は確かだった。逃げる事への不安が恐怖を感じさせていた。

 今、この場で逃げへ転じるか? 新入りの爆弾を保持する所に気付かれずにこの首輪を入れる事は出来なくはないが。でも、今、自分は司令塔だ。

 確実にすぐに、違和が生じてしまう。それに、ここ辺りの地理はどうだ? 逃げて隠れられそうな場所はあるか?

 マスクを被り直し屋上に行き、周りを見渡してみた。

 畑や荒地が広がっているだけで、身を隠せそうな場所は無かった。

 …………くそ。駄目だ。

 かと言って、ここで首輪を外して隠れたからと言って、見逃してくれるとも思えない。

 時間が無いとは言えども、ここで逃げても待っているのは死か、それ以上の辛い結末だった。

 

 緩んだネジもキツくは締めず、程々に締めた。爪でももしかしたら回せる程度に。

 そして道具も捨てた。ばれるかもしれない物は、何も持ってはいけない。

 中の掃討も終える頃には、銃声は激しくなっていた。今まで聞いた事の無いような強い銃声もあった。

 多分、あれに当たったら即死だろうな。

 ああ、嫌だ。でも、戦わなかったら、自分は役立たずだ。生物兵器でさえもなくなる。

 逃げるまでは、生物兵器でなければいけない。

 十字路の前まで身を潜めて進む。強い銃声が近くで鳴っていた。

 何だろうな、あの銃声は。迂闊に顔も出せない。爆弾でも投げてみるか?

 いや……銃声は近付いて来ていた。

 すぐに建物の中へ散らばるように命じた。機関銃の音も聞こえている。武器を横流ししてると言っていたが、そんな強力なものばっかりを持ってるなんて。

 自分も十字路の中心へ爆弾を投げられる距離の建物の中に入り、身を潜めた。人々が、各々に武器を持って後退していくのが見えた。

 新入りの一体が物陰から顔を出しているのが見つかり、そこへ銃弾が叩き込まれると同時に自分がその人間達へ持っていた爆弾を全て投げた。

 後は、自分達がやらずとも、追い掛けていた組織の人間達が片付けてくれた。

 顔を出してた新入りは、幸いにも生きていた。多少、狙われた事に恐怖をまだ感じているようだったが、良い経験だろう。

 それから、武器を奪ったりしている人間の方へ行く。使い切ってしまった爆弾を出来れば新しく貰いたい。

「何でそんなに爆弾一気に使っちゃうかな。良い武器壊れちゃったよ」

 人間が、爆発の衝撃やらで壊れた武器を拾いながら、ぶつくさと文句を言って来た。

 中には、銃身が曲がっていたが、凶悪な大きさをした狙撃銃とかもあった。そんなもので撃たれたらプロテクターを着けていようが死ぬ。

 そろそろ逃げようと思ってるのに、そんな武器お前等に与えて溜まるものか。

「まあ、大体終わったよ。車で逃げた奴等追うのにはお前等使えないからさ、生き残ってる奴等の掃討でもしといてくれ」

 そう言ってから、半分程残して、後は車で残りを追いかけて行った。

 ……。

 いや、でもな。

 掃討をしている最中に、もう一度高い建物の屋上に行って辺りを眺めてみる。

 畑やらが広がっているだけ。身を隠せそうな所なんて、近くには全くない。ファルファレルロになったとしても、逃げられるか怪しいところだ。

 いや、ファルファレルロになるまでの時間を考えればやっぱり無理だ。

 …………くそ。

 時間は無い。精々、次のミッションが首輪が外せるとばれる、確信を持たれるまでの最後のミッションだろう。

 ファルファレルロにさせられなくとも、埋め込まれる可能性だってある。

 次がこの時よりも逃げるのが難しいミッションかもしれない。そんな事、分からない。全く。

 でも、今逃げようとしたところで、ほぼ確実に失敗するのは確かだ。

 それなら、次に賭けるしかない。

 ああ、嫌だな。

 どうしてもっと早くに首輪が外せる事を知れなかったんだ。どうしてファルファレルロに片目達が変異する前に知れなかったんだ。

 片目がマスクを外して首に齧り付き、血を飲んでいるのが見えた。

 色欲狂いがいつものように、人間を犯している様は当然、見えなかった。

 生き残りの人間を見つけても、自分が同じように犯そうとも思えなかった。

 結局、ミッションは何事も無く終わった。

 死んだ仲間は、自分達古参や中堅には居なかったが、新入りに数体居た。

 一つ、その凶悪な狙撃銃で撃たれたらしき胴体が離れていた死体を見て、死ぬとも思う暇も無く死んだんだろうな、と思った。

 少なくともそれは、苦しみながら死ぬよりは遥かにマシだろう。

 そのようにさっさと死んだ方が良かったと思う時は、来ないで欲しい。




「お前が今までに犯した人間の数ってどの位だ? 指折りでも数えてみろよ」
 最初から思い返してみるか。
 1、2、3、4、5……。初めの頃は反撃されそうになる事もあったっけな。
 6、7、8……。
「……今度は開いて行けよ。それなら続けられるだろ」
 意外と覚えてるもんだな。
 ……。
 ……23、24。これで三度目の折り返しか。
「もういいや」

ハンターの指は4本。


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24. 最終

 いつも通りに眠らされ、そして気付いた時には檻の中で目が覚めている。

 ファルファレルロにもされていない。腹に縫い痕がある訳でもない。首輪はそのままある。

 それにほっとしながら、置かれていた肉を食い始めた。

 次のミッションはどういうものだろう。何であれ、もう一つ、好機が欲しかった。自分が逃げ易くなるような機会は次にあるだろうか。

 片目が起きて、肉を同じように食い始める。寂しげな仕草はまだ、変わっていなかった。

 ……すまない。

 いや、自分だけが居なくなったら、他の皆はどうなるのだろうか。

 もっと早くに死んで行くのでは。

 片目は、もっと寂しくなるのでは。

 ……それは、分かっていた事だ。余り考えたくない事だったけれども。

 どう逃げるかは、ミッション次第でしかない。前もって色々考えようが、そのミッション次第で自分だけが逃げる為に尽力するのか、それとも仲間の首輪も外して一緒に逃げる事にするのか。

 その中に、片目や紅が入る事は、余り無かった。

 出来るとするならば、最低限、自分達の首輪を制御している機械を奪わなければいけなかった。

 機械がどういう仕組みなのかは良く分からない。けれども、機械を近くに置いておけば、爆弾が爆発せずにミッション区域からも出れるかもしれない。

 ただ、爆発するかもしれないという事も十分に考えられる。機械を奪ったところで、また別の予備があるかもしれない。そもそも、機械は持って来ておらず、全てこの基地からの操作も出来るのかもしれない。

 考えれば考える程、片目や紅と一緒に逃げられる可能性は、少なかった。

 人間を脅して、片目と紅の爆弾を取り出させ、そして腹を閉じさせるなんて、それも余り現実的には思えなかった。

 時間も掛かる。腹を割いてそして閉じた後にすぐ動けるとも思えない。

 そうしたら爆弾の恐怖は完全に無くなるが、その後担いで逃げなければいけない。

 何にせよ、とても難しい。可能性は、余り無い。

 そして、自分が死ぬにせよ逃げ切るにせよ、そのどちらかになった場合、この仲間達は死に易くなる。

 統率を失ったら脆いのは、自分達より、とても賢い人間も同じだったのだから。

 そう思い返してみれば、タイラントの時だって、自分が統率していなかったら更に死んでいただろう。

 他の様々なミッションの時だって、死んだ仲間の数は多かっただろう。

 それは、自信をもって言えた。

 人間にも言われた事だ。自分は、この仲間達の中で一番賢い。

 

 人間の会話に耳を澄ませていると、片目も同じように耳を傾けている事が多かった。

「また実戦テストしたいっていう話が来たわ」

「……テストなんかであいつらを犠牲にはしたくないな。今、戦闘経験が浅い奴等だって、No.27のような奴になり得るような、もしくはNo.1になり得るような素質がある奴等だぞ」

「いや、その点に関しては大丈夫みたい。相手は捕えたB.S.A.Aの人間で、使い捨てにしてもいいみたいだし。

 装備もプロテクターを壊せない装備しか与えられないそうよ」

「……それでもあのB.S.A.Aだろ……? 万一って事はあり得ないか?」

「いつでも万一はあり得て来たでしょうが。あいつらはその万一を回避しながら生き延びて来たんだから、信用してやりなさいよ」

 対B.O.W専用の組織が敵、か……。でも武器はプロテクターを壊せない。

 それが自分にとって多分、逃げられる最後のミッションだ。

「場所はどこに指定するんだ?」

「場所の詳細は教えてくれなかったけれど、森の中だって。人気のない森の中でどれだけ早く殺せるか、そんな実戦みたい」

 ……!!

 これ程の好機があっただろうか。

「森の中、か……。戦わせるのはやっぱり、一番強い奴等でか?」

「ええ。No.1からNo.27までの五体で、七人を相手にするみたい」

「……」

「何か、不安でも?」

「……見張りは?」

「分からないわ。でも、人間にも首輪をつけるみたいだから、逃げられるなんて事は無いわ」

「首輪……か」

 ……本当に、最後だ。

 このミッションが逃げられる最後だ。多分とか、そんなものでなく。自分が首輪に関して何か知ったであろう事まではもう、見当が付けられている。

 もう近くに、爆弾を腹に埋め込まれるだろう。そうでなくとも、どう足掻こうとも首輪は外せなくなるか。

 ……逃げるだけなら簡単かもしれない。仲間とも逃げられるかもしれない。

 でも、片目と紅だけは置いて行く事になる。

 それはどうしようもない不安でもあった。

 会話が途切れると、片目が自分を見て来た。

 人間の会話からその不自然なものを感じ取ったらしく、自分に対して疑問を投げかけて来るような目をしていた。

 ……言葉が使えるとしても、自分は何も言わなかっただろう。

 片目は暫くして顔を背けた。

 

 その夜、夢を見た。

 森の中でただ、月を見ている夢だった。

 どうしようも無い強い感情が溢れ出て来て、自分は吼えていた。

 ただ、それだけの夢だった。

 朝がやってくる事も無く、景色が変わる事も無く、ただただ、月に向って吼えている夢だった。

 ……そうだ。

 分っていた事だ。

 これまで生き延びて来た仲間も、とても大切だった。

 誰かを見捨てて逃げたとしても、自分は後悔するだろうと。逃げおおせたところで、そこで待っている感情は決して良いものではないと。

 けれども、それでもやっぱり、そんな感情が後で待っているとしても、自分は逃げたかった。

 どちらもとても、とても重たい事だった。

 それでも、自分は軽い方を捨てて選ぶのだ。比べれば軽くとも、重いものを捨てるのならば、その代償が待っている事は当たり前だった。

 

 数日後、呼び出される。

 No.1、6、7、10、27。

 片目、能天気、紅、痩身、そして自分。

 弄っていたルービックキューブを投げ捨て、口に隠していた注射器を入れた。

 片目は自分を見て来たが、特に何もする事は無かった。

 ……ルービックキューブは結局、完成までは至らなかった。

 もう少し続けていたら、次なる一歩に進む為の何かが見つかるような所だったが、まあ、仕方がない。

 もう、これに触れる機会も無い事を願う。

 人間に付いて行き、渡されたプロテクターを身に付ける。爆弾は既に補充されている。煙幕とただの爆弾二つずつ。

 口の中にはファルファレルロになれる注射器を忍び込ませたまま。

 最後にマスクを被り、留め具をしっかりと留めた。

 中からはもう何も見えないトラックに乗り、その中の檻へ入る。檻が閉められ、人間が数人その檻の外に座り、トラックが閉まる。

 小さな明かりが後は点いているだけ。

 そして、発進した。

 




「お前、首輪が外れたら俺を殺すか?」
 そんな事言わないでくれ。今でさえ我慢してるのに。
「……良く分かった。殺しはしなさそうだな。殺しは、な……」
 その夜、良い夢を見た。とても良い夢だった。
 周りを汚したまま、仰向けになったまま余韻に浸っている俺を見て、やってきた人間にとても呆れられた。


明日は出かける為、12時に予約投稿のみ。


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25. 最終ミッション 1

 口の中に入れていた注射器を、皆が眠りに就いた後に爆弾の保持する所へ移し替え、それからまた更に暫くの時間が経った後に、トラックは止まった。

 トラックに乗っていた時間から考えれば、基地からはかなり遠い場所だった。

 檻を開けられ、外へ出る。もう、このトラックに乗る事も、檻に戻る事も無いように願った。

 外にはかなり頑丈そうな車が数台、それからプロテクターでも防げなそうな強力な銃火器を持っている人間も居た。ただ、どちらかと言うと白衣こそ着ていないが、それに似た雰囲気の人間が多かった。

 敵としてはそう、脅威にはならないような感じだった。

 

 その脅威にならなそうな人間の一人から説明を受ける。

 B.S.A.Aが持っている銃器は、それぞれ三種類。

 それからナイフと爆弾数個。

 爆弾を除いたほぼ全ては、プロテクターを壊す事は出来ない武器だとの事だった。目のガラス部分であろうとも、数発なら耐える。

 だが、数としては負けているし、相手は対B.O.Wのみならず、対人に対しても長けている戦闘部隊。

 それだけの装備でも、有効な武器が爆弾程度しか無いとしても、油断はするな。

 ……爆弾を除いたほぼ全て? 有効な武器は爆弾程度しか無い?

 別に一つ二つあるんだろ。

 馬鹿にしやがって。

 それに、説明を受けながら、その実験をさせる側の人間がこっちの組織の人間に、自分達が本当に分かっているのかどうかを何度も確認していた。

 自分達の半分はお前等と一緒だという事も忘れているんだろうか。

 呆れた。

 それでも説明は続き、他にも色んな事を聞く。

 カメラがこの森の色んな場所に付いている。出来るだけ壊すな。

 カメラ……確か、視界を別の場所に写させる事が出来る物だったか。少しだけ実際に使われている所を見た事がある。要するに、自分達の行動は筒抜けだという事だ。

 でも、カメラは万能じゃない。それ自体はただの機械で、見渡している方角は機械そのものを見れば大体分かる。

 死角はある。

 カメラ程度じゃ、首輪を外す余裕は十分にある。

 それから、最後に、と言われた。

 森の奥でそのB.S.A.Aの七人は眠っている。もう少ししたら起きる筈だ。

 そしたらスタートだった。

 出来るだけ早く殲滅してみろ、との事だった。

 早く終わらせたら褒美があるとか言われたが、別にそんなものは要らなかった。

 

 首輪を外すタイミングはいつにするべきか。

 そのB.S.A.Aの人間がどこに居るかとか、他に地図も見させて貰えなかったが、ミッション区域は広めに設定してあるようだった。木の上に登って周りを見てみれば、一本の道が走っている以外は、大体森が広がっていた。北には山脈が広がっている。

 いつ首輪を外そうとも逃げ出せる気がする。

 でも、焦りは禁物だ。首輪で分かる事がどの程度の事までの事なのか、自分は知らない。

 ミッション区域に居るかどうかだけなのか、それとも位置まではっきり分かっているのか。

 首輪を置いて逃げる事になるのならば、逃げる事はすぐに分かられるのかどうなのか。

 それが分からない以上、すぐに逃げるのは得策じゃない。すぐに逃げたと分かれば、仲間さえもがもしかしたら追いかけて来る。

 かと言って、終わり間際では、自分の体力も少なくなっているかもしれない。

 ……自分だけで逃げるならば、逃げる時は、中盤。時間が暫く経った後だ。そして皆が程良くばらけている時だ。

 

 その人間達が車に入り、後は銃を持った人間達だけになった。

 互いの組織の間柄は険悪と言う訳は無さそうだが、かと言って親密そうでもない。

 喋る事はそう無く、全員スタートを待っている自分達を注視していた。

 また、相手の組織の人間の警戒は、自分達が話を聞いている様を見てから少し柔らかくなっていた。

 とは言え、今愚直に戦おうと思えば犠牲は出るだろう。全滅までは行かなくとも、三体位は死ぬかもしれない。

 それに、ここに居る全員が危険因子となったら容赦なく首輪や腹の爆弾が爆発するだろう。

 ……? 何か引っかかったような。

 その時、車から声が聞こえた。

「標的が目を覚ました! 行け!」

 その瞬間、気持ちを切り替えて、心を鎮めた。

 これが自分の、最後のミッションだ。

 逃げてやる。逃げて生物"兵器"を辞めてやる。

 

 

 

 自分と片目、後の三体でそれぞれ組み、正反対の方向へ別れた。自分と片目が北の方へ。能天気、紅、痩身が南の方へ。

 戦力を考えれば、これで大体釣り合っていると思ったのもあった。それに加えて、片目と最後まで居たかったと言うのもあった。

 ……いや、もう一つ理由はあった。自分の中で、様々の欲求の釣り合いの末の結論だった。

 とにかく、先へ進む。

 小走りに、出来るだけ音を立てないように。

 片目とは、古参の中でも互いの事を一番良く分かっている付き合いだった。

 片目が自分と同じ強さの仲間を求めて古傷を仲間にしたりと、互いに深く接している訳でもなかったし檻も違ったが、それでも自分の中では片目は一番、心が通じると言うか、そういう仲間だった。

 片目がファルファレルロになってから暫くは、そういう意識は失せていたが、今はまた戻っていた。

 余り、人間から聞いた言葉では上手く表現出来ないが。

 片目にとっても似たようなものだと思う。

 自分の鼓動は、静かに強くなっていた。

 誰にもばれずに逃げる事も今は可能だった。紅か痩身と、自分との二体で組めば結構容易だっただろう。

 能天気か痩身となら、首輪を外して一緒に逃げる事さえも可能だろう。

 でも、そうして、特に片目を無視して逃げた先での後悔は、夢の中で見た後悔は、きっと檻の中に居る時以上の鬱屈をずっと残すような気がした。

 更に、古傷を失ったそのほぼ直後に自分まで気付いた時には失っている片目を思うと、釣り合いは傾いた。

 

 銃声は走り続けても聞こえなかった。遠くからも、全く聞こえない。

 ミッション区域を外れそうになり、首輪が鳴り始めた所で、足を別の方向へ変えた。

 まだ、人間の痕跡すら見当たらない。カメラは時々木の上とかにあったが、首輪を外す時はカメラの見えない所を見極めてやらなければいけない。

 別の方向へ走り出してから暫く、片目が足を止めて、辺りを見回した。

 咄嗟に警戒するが、B.S.A.Aが近くに居る訳ではなさそうだった。

 片目が身を潜めて覗いていた先には、獣が居た。

 喉でも乾いたのか、腹が減ったのか、片目も人間から貰える褒美よりも、そういう物を優先しているみたいだった。 

 片目がその耳の長い、そんなに大きくない獣を仕留めてから、狙撃されないような場所を探す。

 結局、B.S.A.Aがどのような武器を持っているかは知らされてない。一人一人が持っている銃器が同じだとも分かっていない。

 何となく、このプロテクターをも破壊出来る武器がきっと数種類あるのだろうと思ってはいるが。

 この前見た、禍々しい程の長くでかい狙撃銃は、出来ればあって欲しくなかった。プロテクター越しでも死んだ事にも気付かずに死ねるだろうが、もうここまで生きて来て、生き延びるチャンスが目の前に転がっているのにそんな事では死にたくはない。

 少し探索すると、広い繁みを見つけ、その中に潜り込んだ。

 片目が獣を手で引き千切り、半分程自分に寄越してくれた。

 いつも、基地で食ってる肉とはやっぱり違う美味さがあった。

 食い終えて、片目が先にマスクを被り直した。

 ……。

 自分は、骨を何本か折った。

 線状に裂けたものを首輪のネジに当てる。

 何をしているんだ? と言うように片目が自分を見た。

 回していくと、ぽろりとネジが落ちた。

 後ろのネジも回して、その内ネジが落ちると、首輪が外れて、二つに分かれて落ちた。

 首輪は何の反応もない。片目が唖然とそれを見て、そして次の瞬間、自分の首を掴んで押し倒してきた。

 強めに、けれどギリギリ呼吸が出来る程度に。

 片目のマスク越しに、呻き声が聞こえた。掴む腕も震えていた。

 為すがままに、自分は押し倒されたままに片目を見た。

 ガラス越しのその目と、僅かに見える顔の表情は、苦痛に満ち溢れていた。

 逃げないでくれ。お前まで居なくならないでくれ。

 言葉が無くとも、鮮明に分かる。マスク越しでもはっきりと分かる。

 頼むから、嫌だ。嫌だよ。行かないでくれ。自分から離れないでくれ。一緒じゃないと嫌だよ。

 片腕が自分の首から離れて、その拳が強く、強く握り締められた。

 ……自分はその願いに僅かな望みを賭けて、戦う覚悟をしたかった。

 片目も紅も助けて、逃げると決める覚悟を。

 片目と紅の腹の中の爆弾を無力化する覚悟を。

 逃げても夢の中のような酷い後悔するのならば、そしてこんな逃げ易い環境が最後に来たのならば。

 自分にとって、その覚悟をする事は容易かった。

 

 ミッションは、自分の中で書き換えられた。

 目的は、片目と紅を含めた全員の逃走。

 そして、その為にはB.S.A.Aよりももっと厄介な敵を無力化して最低限、機械を奪わなくてはいけない。

 もう、全てが敵だった。二つの組織の人間も、B.S.A.Aも。

 自分は、片目の腕に手を置いた。

 二つに分かれた首輪をプロテクターの内側に忍ばせ、マスクを被り直した。

 未だに落ち着かない片目に対し、自分は胸を叩いた。

 任せろ。




 これ、美味いな。
「お前、太った?」
 そりゃ当たり前だろ。動いてないし、誰も犯してないし。
 それよりこの、何て言うんだ? パンとやらに肉が草が挟まってるの。もっとくれよ。
「気に入ったのか?」
 そりゃ当たり前だろ。殆ど肉しか食って来なかったんだし。
「また夜にな」

戦闘力ランキング
1. 片目
2. 古傷
3. 能天気
3. 色欲狂い
3. 悪食
5. 主人公
5. 痩身
8. 紅

知性ランキング
1. 主人公(逃げ出したいから)
2. 紅(弱かったから)
2. 能天気(元々)
4. 片目
4. 古傷
4. 悪食
4. 痩身
4. 色欲狂い


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26. 最終ミッション 2

 片目は不安そうに、自分に付いて来ていた。

 やる事としては、そう多い事がある訳じゃない。

 B.S.A.Aを殺害、もしくは組織の敵に回させる事。

 武装した組織の人間達を殺す事。

 片目と紅の爆弾を、自分達を研究している人間を脅して無力化させる事。

 そして、逃げる事。

 たった四つの事だが、それぞれ、一筋縄じゃいかない。

 けれど、考えてきた事や知ってきた事を活かせばどれも不可能では無かった。最も難しいであろう、爆弾の無力化に対しても、今、自分には死よりも恐ろしい脅し方があった。

 こっそり、ずっと持っていた注射器。T-アビスをただの人間が打たれたらどうなる?

 T-ウイルスの場合は、殆どの場合、自我も無くただふらふらと肉を貪り食う獣以下の存在に成り果てる。

 そして、人間の聞こえる会話から、T-アビスの場合も知っていた。

 大抵は、T-ウイルスと似たように、獣以下の存在に成り果てる。

 そして、稀に、ではなく偶に、自我を保ちつつそんな獣以下の存在に成り果てて行く。

 更に自分は、その抗ウイルス剤まで持っている。脅迫にはうってつけだった。

 真直ぐ走り、首輪が振動したらまた向きを変え、そうして暫くミッション区域の縁に沿って走っていると、銃声が鳴った。

 

 すぐにその方向へ走る。距離はかなり遠いが、銃声はその後も何度か鳴った。

 爆音が聞こえ、それから静かになった。

 一つ、B.S.A.Aに対して確かめておきたい事があった。

 首輪を外せるかどうかだ。

 B.S.A.Aも組織が憎い事は一緒だろう。自分達に協力させなくとも良い。首輪を外せる事が出来れば、後は勝手に組織に向かって攻撃してくれるのでは?

 ただ、人間に対しても自分達のようなネジを外すだけで外れるような首輪を付けさせているとは思えなかったし、それに加えて、B.S.A.Aは自分達生物兵器の抹殺の為にあるような組織だ。

 首輪を外したとしても、そう味方のような存在になってくれはしない。敵の敵にさせられるだけだ。

 走っていると、道が近付いてくる。身を伏せて静かに近付く。

 ……居ない、か?

 遠くに自分達を乗せてきたトラックと、もう複数の、中で自分達を監視をしているであろう頑丈な車が見えるだけ。

 道の近くにもカメラはあった。きっとここに居る事もばれているんだろう。けれど、何の支援もしてはくれない、と。

 殺されようが黙ったままなんだろうな。

 道を突っ切り、音の方へ急ぐ。人間の足跡があった。そういや、カメラを付けるのにも人間はこの森に入ったはずなのに、その足跡は無いな。カメラを取り付けたのは大分前の事なのか。

 すると、このミッション区域に関しては分かられている。今のところ何の変哲も無い森でしかないが、どこに何があるか、知られていると思って良いのか。

 でも、ここから逃げるとなれば、多分全員を殺してからだろうし、車も破壊出来れば問題無いだろう。

 

 更に少しずつ音のあった方に距離を詰めて行くと、設置されているカメラが壊されているのが目に入る。

 B.S.A.Aが壊しながら進んでいるらしいな。それは有難い。

 ただ、そう思ったのは束の間だった。

 強い爆発が起きた痕跡が見えた。そう言えば、爆発の音が一回してたな。

 仲間の足跡はあったが、B.S.A.Aも、気配は感じられない。

 一回相見えただけで、交戦まではしなかったのか?

 ……いや、違う。

 仲間達の方が逃げたんだ。

 マスクのせいで臭いが分からなかった。近くに行くまで、目で見るまで気付かなかった。

 千切れた足。夥しい血の跡。マスクを脱がし、楽になるように止めを刺した痕跡。

 紅が、死んでいた。

 胴体もプロテクターごと破壊され、内臓が飛び出していた。

 ……。

 狙われたのは、腰の、爆弾を保持している部分だ。

 そこに銃弾を撃ち込まれ、体に密着している状態で爆弾を爆発させられた。

 ほんの少し、放心している時間があった。

 惨たらしい死に方だった。

 それがプロテクターを纏った自分達を仕留める為の唯一の結果だったとしても、こんな死に方で終わるなんて、思いたくなかった。

 

 すぐに片目に、ただの爆弾の方を捨てるように指示した。一つだけ手に持たせ、自分も一つは捨てた。

 煙幕の爆弾は大丈夫だ。壊れても爆発はしない。煙が出るだけだ。

 ……そして、一つ。

 紅が死んでしまった事はもう、取り返しの付かない。きっとファルファレルロとして体が大きかったから真っ先に狙われたのかどうか。

 死んでしまったのなら、ファルファレルロの腹の中の爆弾を調べる事が出来る。

 我ながら、残酷な事をしなければいけないと思った。

 自分が調べて何になるという事もあるが、調べておいて損は無い。

 カメラも付近のは壊されていた。

 プロテクターを外し、腹を爪で割く。血は余り出なかった。

 爆弾らしきものは、腹筋に小さく埋め込まれている形で二つあった。爪の先程の大きさの球体で、とても小さく、取り出してみれば中に液体のようなものが入っていた。

 片目がそれを覗き込んできた。

 首輪のように爆殺するのではなく、毒を体内に直接撒き散らす形で処理しようとしていたのか?

 それでも、これならとほんの少し可能性が広がった。

 爆弾の埋め込まれている場所は、体内の奥深くじゃない。最後の手段として、片目の腹から探り当てて取り出す事も可能かもしれない。人間の手を借りなくとも、自然に治るのに任せても大丈夫かもしれない。

 その爆弾を捨て、念の為にもう少し深くまで調べてみようとすれば、片目が手を肩に置いてきた。

 止してくれ、とでも言いそうなそれを振り払う。

 ……分かってる。正直、これは片目を助ける好機だと思ったのもある。

 紅も最も古くから生き延びてきた親しい仲間の一体だった。けれど、片目程でもない。その次に親しかった古傷や色欲狂い程でもなかった。

 一番、自分が救いたかったのは片目だった。

 自分の爪や手は既に血塗れだった。戦ってもいないのに、紅の体を掻き回して血塗れになっていた。

 ここまでしたなら、徹底的にしなければいけなかった。紅の体を利用しない手は、もう自分の中には無かった。

 胃や心臓、肺。色んな所を切り裂いて、爆弾はそれ以外のどこにも無かった。

 片目は、近くに居続けたが、自分から目を逸らしていた。

 

 血を草や葉で拭うが、水が無ければ体は血で汚れたままだった。

 一度捨てたその小さな爆弾は、思い直して空きが出来た爆弾の場所に注射器と共に入れておく。

 これは、反旗を翻す時に役に立つ。首輪も含め。

 強力な銃器を持った人間に対抗するには、油断を突く必要があった。

 外した首輪やこの爆弾は、それに成り得るだろう。

 片目を呼び、先へ進む。

 ……紅を殺された事は辛い事だった。放心さえした。

 けれど、何故かB.S.A.Aに対しては強い殺意は浮かんで来ない。

 いや、その感情は否定出来なかった。

 片目と紅両方とも腹を割いて爆弾を取り出させ、そしてきっと余り動けないであろう二体を背負って逃げる、というのはどういう状況であろうともかなり難しい事だった。

 そして、そこまで親しくない、全員で逃げる為に枷となり、加えて自分にとってそこまで親しくない紅が死んだ。

 …………感謝が沸いている事を、否定出来なかった。

 辛くても、放心さえしても、感情は、とても悲しいで終わってしまっていたのだ。

 後に残るものも少なかった。

 良い事を知れた、役に立つかもしれない物を手に入れた、と思っている自分さえ居た。

 

 ……自分は、ハンターαとして普通なのだろうか。いや、生物として普通なのだろうか。

 こうして仲間の死体をぐちゃぐちゃにしてまで、更に親しい仲間を助けようとする自分はおかしいのだろうか?

 付いて来る片目との距離はさっきよりも、少し離れていた。

 その答えは、人間でさえも知らないような気がした。

 視界の先に、B.S.A.Aが居た。目が合い、身を木陰に翻したと同時に銃弾が飛んできた。

 少なくともそれは、今考える必要は無い事だ。

 集中しろ。




今回はお休み。後で書くかも。

紅:
腰の爆弾の入ってる小さい鞄を狙い撃たれ、致命傷を負う。
仲間に介錯され、死亡。

今更だけど、爆弾の保持している部分っていうのは腰で、小さい鞄になってる。
爆弾は4つまで収納可能。5つは入れられないけど、隙間に注射器程度なら入る。


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27. 最終ミッション 3

 能天気と痩身はどこに居る?

 片目と木陰に隠れながら見える範囲を見渡した。

 その間、銃弾は無駄には飛んで来なかった。持っている弾が少ないのかは分からない。自分達のプロテクターをも破壊出来る武器がどれ位あるかも分からない。

 そして、能天気と痩身の位置も分からなかった。

 生きているかどうかすらも。

 でも、見渡す限り新しく爆発した痕跡は見当たらないと言う事は、多分大丈夫だろう。それに、B.S.A.A達ももう、そんなに移動している訳ではない。

 待ち構えているのか?

 どうするか……。相手の銃器がどの位のものなのかが分からない事も脅威だが、もう紅を殺されている、という事が重く圧し掛かっていた。

 人間そのものの強さも相当だ。

 パチン、と音が聞こえた。片目がマスクを脱いでいた。

 確かに、人間は視線が合ってから撃って来た。確認してから撃って来た、という事はその位置が分かる道具は持っていないだろう。その擬態能力は役に立つ。

 けれど、ここは森の中だ。音を全く立てずに移動するなんて無理だ。完全な隠密は出来ない。

 それに敵は一か所に集中している。しかも強者揃いだ。ばらけてるならともかく、そんな所へ行くなんて死にに行くようなもんだ。

 けれども、片目はプロテクターを脱いでいく。

 まるで、お前が援護しろと言うように迷いなく。持っていた煙幕の爆弾の一つを自分の方へ転がしてきた。

 そして、両手に爆弾を一つずつ隠し、姿が掻き消えた。

 そっと遠ざかって行き、もうどこに居るか分からない。

 ……やるしか無い、か。

 煙幕の爆弾を敵の方へ投げた。

 煙が立ち上った。

 

 銃声は聞こえない。人間の声も小声で、何を言っているか聞こえない。

 言葉を理解出来る事も悟られているのか、侮られていないのは、嬉しさもあったがそれ以上に厄介だった。

 煙幕に隠れながら、場所を移動する。煙は風にたなびいていく中、風下へ移動した。片目は、風上へ行くはずだ。

 自分が寄せ付けなければいけない。自分が囮になる必要があった。でかい葉を千切り、別の木陰から葉を振った。

 銃弾が飛んで来たが、それは強烈な弾丸じゃなかった。ただの拳銃の音だ。

 ……風上も警戒されているのか? この囮は分かり易過ぎるか?

 片目を風上から攻めさせるつもりだったが、それも見抜かれている?

 ……落ち着け。考えろ。

 片目はどこに居るのか分からない。でも確実に距離を縮め、攻撃へ移るはずだ。それだけの実力が片目にはある。

 そしてそこから反撃を受けない程に、敵の意識を削がなければいけない。

 葉をまた振った。拳銃の音がまた飛んで行く。

 そもそも、この拳銃の音は何だ。当たっても意味が無い弾丸をどうして撃って来る。

 ……あれ?

 自分は、釘付けになっているんじゃなく、釘付けにされているのか?

 しかも、煙幕で近くまで来られても気付けない。

 仕留めるには一番、楽だ。

 咄嗟に周りを見渡した。

 その瞬間、倒れる音がした。

 

 直後、連射音と物陰に飛び込んだ音がした。

 連射音がしたという事は、倒れたのは人間だ。片目が仕留めた。

 危なかった、と一瞬思い、それ以上に危ないのが片目なのに気付いた。

 片目は今、裸だ。銃弾を食らったら一溜まりも無い。

 一個しかない、手に持っている爆弾を煙の先へ投げた。

 爆発音、悲鳴。木が倒れる音、そしてまた、悲鳴。

 銃声が止まった。そして、その悲鳴が聞こえてすぐ後、新しく煙が更に二か所で舞い上がった。

 良いタイミングだ。能天気と痩身が姿を現し、距離を煙の中まで詰めていくのが見えた。

 そしてもう一手、欲しい。絶対的に優位に立つ為に。

 逃げられたら爆弾を無駄遣いしただけになってしまう。それに相手は二人か三人減って四、五人。こっちは四体。まだ、数の優位も無い。

 煙の中に飛び込み地面へ伏せた。自分の撒いた煙は薄くなりつつあった。体を動かしただけで位置がばれる。

 弾丸が頭上を飛んで行った。今度は強い弾丸の音だった。転がり、葉を振る。また煙の動いた先に強い弾丸が飛んで行く。これは、何の弾丸だ? プロテクターを貫く程のものか?

 それは分からなかった。

 そして、爆発音がまた、二度連続で鳴った。濃い煙が一気に吹き飛んだ。

 何故煙を吹き飛ばす? 一瞬の困惑の後に分かる。

 この爆発は、敵のものだ。

 銃弾が一気に鳴り響く。その数だけプロテクターに弾かれる音がした。

 煙が一気に過ぎ去り、開けた視界には足から血を流して倒れている能天気が居た。

 咄嗟に起き上がり、走った。身を守りながら何とか能天気が木陰に隠れるが、そこへ人間が爆弾を投げた。

 能天気に向って思い切り吼えた。マスクで声が籠っても、意志は通じた。そして自分の方を振り向いた能天気の目の前に爆弾が落ちて来る。

 体を捩って、能天気はまた、木の陰から片足で跳んだ。そこへ、人間が仕留めに走って来ていた。

 爆弾が爆発し、能天気が吹き飛ばされた。

 自分は人間が能天気に辿り着くまでに間に合わない。

 痩身はどこへ行っている? まさか、死んでないだろう?

 片目の位置は自分の後ろだ。

 爆弾で飛び散って来た土砂を払った先では、能天気は煙幕の爆弾を手に取り、その場で煙幕を張った姿があった。

 

 辿り着いた時、能天気はまだ生きていた。人間は警戒したのか居なかった。

 けれど、片足の足の指が数本もげていて、両方の足裏には爆弾の破片が食い込んでいた。歩けそうにも無い。

 ……くそ。

 人間の悲鳴が聞こえた。能天気が自分を腕で払ってさっさと行けと促した。

 そうだ、倒さなきゃ皆で逃げるどころか、生き延びる事さえも出来ない。

 立ち上がって煙の中から飛び出した。

 木の下敷きになっていた人間を助けようとしていた人間の首から血が噴き出していた。後ろにはぼやけた輪郭があった。

 痩身が狙撃銃を持っていた人間の首を貫いていた。

 片目が殺した二人、痩身が殺した一人。自分の投げた爆弾に巻き込まれた二人。動ける人数は後二人、自分の目の前に居る、能天気を殺し掛けた人間、そしてもう一人は片目の近くだった。

 その目の前の人間が拳銃を捨ててナイフを構えた。その手に乗るか。プロテクターの防御を前面に押し出しながら突き進み、人間が横へ回り込もうとしたその瞬間、地面に手を付き、足を滑らせた。

 自分の足首に、人間の足が引っ掛かる。

「なっ」

 素の驚きの声。生物兵器がこんな事する何て予想だにしなかった声だった。

 そのまま掬い上げると人間は無様に転ぶ。その頭を踏みつけ、ナイフを奪った。

 利用出来るかもしれないなら、利用しよう。出来ないのならば、殺そう。

 ここ辺りのカメラも破壊されていた。

 

 片目が残りも仕留めてから最後にやって来た。

 痩身に能天気の傷を任せて、最後に残ったその人間を仰向けにさせた。

「何なんだ、お前等は……」

 近くに居る自分と片目を見て、その顔は恐怖に染まっていた。

 首輪にはネジは無かった。見た限り、半分の輪をそれぞれはめ込んで首輪にしているような形だった。

「殺すならさっさと殺してくれ」

 これをどうにかして壊せないか……?

 片目に、人間の死体を少し持って来るように頼んだ。能天気も同じく、人間の死体を持って来るように頼んでいた。




 唐突にシャッターが開いた。
 今、人間は外に出ていない。車もここにある。
 ……誰だ?
 車の陰に隠れて、耳を立てる。
 息を落ち着かせながら、二人の人間が喋り始めた。
「ここは大丈夫なのか?」
「……ああ。何日も見ていたが、ここに住んでいるのは一人だ。脅して隠れ家に出来る」
 一人じゃないんだよな。
「さっさとその一人を脅しに行くぞ。時間が無い」
 どういう人間かは分からなかったが、まあ、あいつに危害を加えようとしてるのは確かだな。
 それは俺も困るし、それに、良いカモが入って来た。

「……それで? 銃も奪って、一人は殺して、もう一人をそうして玩具にしてる訳か。ちゃんと口まで封じて。
 ……俺にしたように」
 悪いか?
 必死に塞いでる口を動かそうとしながら、自分の犯している人間が助けを求めていた。
 銃を指でくるくる回しながら、そいつは冷徹に言った。
「自業自得だろ」
 良かった。
「でもな、その内警察が一応捜査に来るだろうからその時まで、ちょっと隠さないとな」
 そうなのか。面倒だな。


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28. 最終ミッション 4

 能天気は足に食い込んだ爆弾の破片を取り除くと、死体の服を破って、覚束ない手つきで時間を掛けながらもきつく足に布を巻きつけて縛った。何とか立ち上がって、歩く程度なら出来るようになっていた。

 

 人間の首輪を、今一度じっくり見てみた。二つの半分の輪を合わせてあるような嵌め方をされている。それ以外は穴も何も無い。とてもシンプルな首輪だ。

 死体の首輪をナイフを当てて叩き切ってみた。

 直後に首輪は軽く爆発を起こした。破片がプロテクターにぶつかり、ナイフも爆発の衝撃で折れていた。

 無理そうか? カメラが無いとは言え、余り長い時間掛けても不審がられるかもしれない。

 殺すしかない、か。

「……俺の首輪を外そうとしているのか?」

 片目に取り押さえられたままの人間が、自分を見て聞いて来た。

 振り返ると、驚いたように見られた。言葉を理解している事は疑わしかったのか、本当に理解出来ると分かると畏怖するかのような目になった。

「……俺だけ生かして、目的は何だ」

 少し考えて、痩身と能天気にマスクを脱がせた。

 人間の目に首輪が入る。

「……」

 そして、その首輪のネジをナイフで回し、外した。

 痩身も、能天気も酷く驚いていた。まさか、と言うように。

 ただ、片目だけは腹を擦りながら憂鬱そうにしていた。

 そこから、何となく察したようだった。

「……首輪を外したら、お前等の反逆に協力しろと? その片目のファルファレルロを助ける為に?」

 そうだ。

 頷いた。

「B.O.WがよりによってB.S.A.Aに協力を求める? 聞いた事無ぇよ、んな事」

 それから、暫く黙った。体を抑えつけられたまま目を閉じ、悩んでいる様子だった。

 それから、言った。

「どうせ、反逆が済んだら用済みなんだろ? 俺も殺すんだろ?」

 否定はしなかった。敵の敵にしかならない。味方にはならないだろうし、する気もない。

「でもな……このまま死ぬよりはそいつらを道連れにするべきだよな。

 死ななかったら協力してやる。

 …………死体のズボンを二つ持って来い。ハンターの腕力ならこの腕輪は引き千切れるかもしれない」

 それを聞いただけで、すべき事は分かった。

 

 拳銃やナイフすらも人間の傍には無い。不審な動きをしたらすぐにでも殺せるようにはしてある。

 片目にもプロテクターを再度着けさせた。引っこ抜けた時にその首輪は間近まで飛んで来る。

 プロテクターを着けさせている時に、人間が悔しそうな目をしていたのを見逃しはしなかった。

 あわよくば、引っこ抜いた時の爆風で片目が死ぬのを目論んでいたな、こいつ。

 武器を持ってなくとも油断は、してはならない。

 そして、この首輪を外したらもう、すぐに行かなければいけない。

 どう仕掛けるかは、もう決めてある。

 爆弾は、B.S.A.Aの方に閃光の爆弾があった。それさえあれば、かなり良い。

 そして、痩身の首輪はここに置いて行く。能天気と自分の首輪はそれぞれ身に隠す。

 ズボンを首輪に括り付け、人間の頭に防具代わりに布を巻きつける。その顔はやはり、恐怖で歪んでいた。

 どう引っ張るか。少し考えて、肩に掛けて背中越しに引っ張る事にした。そして、呼吸を合わせて、自分と片目で一気に思い切り引いた。

 バキ、と金属が折れた音がし、首輪の半分が自分の頭上で爆発した。

 人間は生きていた。

 

 人間の頭の布を外し、狙撃銃だけを持たせた。それ以外は持たせなかった。弾丸も、多くは持たせない。

 そして、痩身を同行させる。

 撃たせるタイミングは、閃光の爆弾を投げた瞬間。

 簡単にジェスチャーをすれば、すぐに理解した。

「それを投げた瞬間に撃てば良いんだな?」

 そういう事だ。

 痩身には同行させる以外、何も指示しない。

 殺すようにも、生かすようにも。

 監視させるだけで十分だったし、武器を持った人数もそう多くは無い。痩身が居なくとも、虚を突けるなら制圧には問題無かった。

 片目と共に能天気の肩を担ぎ、そして別れた。

 

 

 

 車の場所まで戻って行く。緊張が体を襲っていた。すべき事はまだ、一つ終わっただけだ。

 これからが自分に課した唯一のミッションの始まりだった。

 片目も、能天気も、痩身も、唐突に自分が反逆へと身を翻そうとも素直に付いて来てくれた。

 自分が考える事に従ってくれていた。死ぬ可能性があろうとも。逃げ出した先に何が待っているか、それを何も知らなくとも。

 それを思うと紅が死んだ時に、自分がB.S.A.Aに感謝すら抱いた事に酷い罪悪感を覚えた。

 自分が出来る事と言えばその死を最大限利用する事だけだったとしても、感じた事は悲しみよりもその反対の感情の方が強かった。

 森を抜けて、車が見えて来る。

 ……それに対して考えるのは後だ。

 今は、集中しろ。

 これから、自分の未来が決まる。もう、この道を選んだからには生物"兵器"を続ける事は無いだろう。

 死ぬか、生物兵器を辞めるか。そのどちらかだ。

 車に近付いていくと、研究者達が出迎えて来た。

「最後の一人に随分時間が掛かったようだけど、遊んでいたのかい? それで一体死んだのかい?

 正直言って、失望だよ」

 その位で思われているのなら別に良い。

 そして、それ位しか分かっていない事も、分かった。カメラ以外に自分達を監視していたものは無かった。

 頭を伏せた。

「褒美も無しだ」

 そんなもの、要らない。

 それどころか、これからくれてやる所だ。

 ぶつくさ研究者達の愚痴を項垂れて聞いていると、自分の組織の人間がやってきた。

「余り、責めないでくれ。こいつ等にも感情はある。古くからの仲間が二体も死んで疲れている」

「もっと優秀ならそんな事も無かっただろうよ」

「B.S.A.Aも優秀だったんでしょうよ」

 自分達を庇護してくれる、その人間も裏切る。

 もう、それは決めた事だった。申し訳なさも余り無い。

 ほんの少しだけ、あるが。

 その人間が自分達の方を振り返って言った。

「No.10まで死ぬとはな……。

 それから、No.7は死んだのか? 位置の反応だけここにあるんだが」

 能天気の担いでいた腕を外す。だらりと能天気の腕が垂れた。

 爆弾の保持する所から、紅の腹に埋まっていた爆弾を取り出して、渡した。

「……それを取り出して、どうしようとしていたんだ? まさか、形見な訳ないよな」

 形見、か。死を利用した自分には、似合わない物だ。

「まあ、持たせておいてやるよ。その位」

 ……そうか。

 後、それから。

「また何かあるのか? プロテクターの中なんかまさぐって」

 首輪を出した。

 これも返す。

「……え?」

 能天気が手の内に隠していた閃光の爆弾を、投げた。

 目を閉じた。

 

「あ、うぅ」

「なに、が」

 目を開くと、目の前に居た、今さっきまで自分達を庇護してくれていた人間の脳天が銃弾で貫かれていた。

 片目が担いでいた能天気の腕を払い、怯んだ人間達へ一気に襲い掛かる。

 研究者側の武装した人間が、身を隠して閃光を受けていなかったのが見えた。自分の前へ倒れて来た人間を抱え、盾にして走った。

 ショットガンの銃声。けれど、弾丸は散弾ではなく一発だけ、人間の体を貫通しそのまま自分の右腕にぶつかった。

 骨が折れた感覚がした。人間を持っていられない。腕がだらりと力を失った。

 酷く痛んだ。骨に皹が入った事はあっても、今まで折った事は無かった。

 初めての痛みだった。

 でも、止まる訳にはいかなかった。頭が弾けるような痛みでも、自分は殺さなくてはいけなかった。

 ショットガンのポンプの音が響く。人間の盾がずり落ちた。距離を詰めた。

 再装填を終えた銃口が自分へ降りて来る。

 それと同時に、跳んだ。銃弾は自分のすぐ下を飛んで行った。上を向く、人間の絶望した顔が見えた。

 爪を振り下ろした。

 

 酷い痛みが体を襲っていた。右腕は殆ど動かなかった。

 けれど、足は動く。左腕は動く。

 振り返り、銃声を聞く。片目が怯んでいた人間の大体を始末していた。

 B.S.A.Aの銃弾でやられた人間もそこそこ。

 残ったのは、爪から血を垂らす片目を前に動けなくなった、研究者数人だった。

 能天気の手には、首輪を弄る装置があった。




痩身、片目:無傷
主人公:スラッグ弾を肉盾込みで受けて右腕骨折
能天気:両足に深めの傷
紅:死亡


リクエストで絵を描いてもらいました。
格好良さ重視で、防具とかはなし。
https://www.pixiv.net/artworks/100798812


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29. 最終ミッション 5

 初めての完全な骨折。でも、それだけで最後の戦闘を終えられたのは幸いだった。

 頭痛さえしたが、右腕以外は万全に動く。

 添え木でもしたい所だったが、今はそれよりもしなくてはいけない事があった。

 

 人間の装備にも爆弾はあった。それを、他の人間の武器と共にトラックの下に転がした。

 爆発して、炎上した。

 振り返ると、ポケットから何かを出そうとした研究者の一人を、片目が殺していた。研究者達の中には情けない事に漏らしているのも居た。

 後、三人。

 痩身が、B.S.A.Aの人間と共に戻って来ていた。B.S.A.Aの人間は、狙撃銃をまだ持っていた。

「な、何故生きている! いや、そもそも! まさか、共闘しているのか!?」

「そんな事ある訳無いだろう。俺も殺される。お前等が利用された後にな。

 ……ただ殺されて死ぬか、お前等を殺して死ぬか、選ばされたんだよ、こいつらに。

 俺は、お前等を殺してから死ぬ事を選んだ」

 もう、狙撃銃も要らない。

 奪って炎上するトラックへ投げた。

 まだ、この人間を生かしておく価値はあるだろうか?

 そんな考えを読まれたのか、先に言われた。

「ファルファレルロの体内の爆弾を取り出して欲しいそうだ」

「……取り出したら、助けてくれるのか?」

 まさか。

 自分達を作り出した事自体には恨みも無いが、これからも作り続けられるのは不快だ。

 生物"兵器"として使い捨てにし続けて来たんだろう。これまで、どれだけ。これから、どれだけ。

 いいや、と首を振った。

「なら、殺されようともやるものか…………何故、それを持っている?」

 取り出したのは、T-アビスの注射器。

 騒いでいた一人を踏みつけ、暴れるその体に、少しだけ打ち込んだ。

「う、あっ」

 そして、抗ウイルス剤も見せた。

「た、助けてくれ、そ、それをくれ! ウーズにはなりたくない! あんな気持ち悪い物体になりたくない!」

 ウーズ? 気持ち悪い物体、か。どうやら、ゾンビのように原型を留める事も無いようだ。

 必死に縋って来るその人間を踏み付けた。

 なら、助けろよ。

「助けるから、取り出すから、早く! 足をどけてくれ! 早く!」

 どかすと、すぐに走って車の中に入る。覗けば、中には色々な機械があったがそれには触れた様子も無く、手に箱を持ってまたすぐに出て来た。

「時間が無い、時間が無い……。おい、ファルファレルロ! プロテクターを外さないと取り出す事も出来ないだろうが! さっさと外せ!」

 片目が自分を不安げに見て来た。

 信じろ、とも伝えられなかった。

 でも、片目は自分を信じた。腹の部分のプロテクターを外した。

「寝てくれ、早く!」

 恐る恐る、片目が仰向けに寝た。

 人間がファルファレルロの腹に触れる。その隙に残りの研究者の二人が逃げた。

 追いつこうと思えば、自分でも追いつけたが、B.S.A.Aの人間と痩身に任せた。ただ、その前に痩身に指示をした。

 B.S.A.Aの人間も、殺せ。

 もう、居たからと言って、特別役に立つような事も無いだろう。

 そしてまだ、完全に車の中を確かめた訳でも無い。武器はまだ残っているかもしれない。

 ほんの短い指示だったが、そのB.S.A.Aの人間は、それを見ていた。

 ばれていたとしても、それに抵抗出来るかも怪しいものだ。

 振り返ると、研究者が小さなナイフを手にしていた。

「腕と足を抑えてくれよ! 早く!」

 骨折した自分と辛うじて歩ける能天気がもたもたとしていると、更に急かされた。

 そして、ナイフが入った。

 片目が歯を食いしばって耐える。腹筋が裂かれて、呻き声が出た。

 別の器具を取り出し、裂かれた腹筋にそれが入って行く。

 両拳は強く握られ、自分が足を抑えていても、ふとした弾みで取り押さえられなくなるかもしれなかった。

「一つ……」

 その、忌々しい玉が一つ、器具の先に挟まれていた。

 その玉は地面に捨てられ、近くにまた、ナイフを入れた。

 必死に痛みを堪えて、体が震えていた。腹筋を同じように裂かれ、玉が取り出された。

「二つ! 取り出した! 早く、抗ウイルス剤を出してくれ!」

 いや、まだだ。それだけじゃ渡せない。

 腹を閉じてくれ。血がもう結構出てしまっている。

「縫えと? 分かったよ!」

 曲がった針を取り出して、近い距離で見ても穴があるかどうかすら分からない程の小さな穴に、糸を入れた。

 慣れた手つきだった。自分の爪と指じゃ絶対に出来ない仕草だ。

 腹は順調に縫い合わされていった。縫い終えると、糸を縛って切断し、もう一か所もすぐに縫い合わされていく。

 玉は二つ、外にある。

 もう一か所の方も縫い終える。糸が縛られる。糸が切られ、そうすれば血が流れ出る事ももう、無かった。

「やり終えた! 早く渡してくれ!」

 ……そうだな。

 投げ渡した。

 すぐに、人間はそれを自分に打ち込み、恐る恐る自分の体を眺めた。

 片目がよろよろと、腹を手で抑えながら起き上がる。プロテクターをまた身に付けた。

 血の気が少し、失せていた。

 

 一番難しいと思っていた事も、案外あっけなく、早く終わった。振り返れば、逃げようとしていた二人の研究者の死体と、片腕から血を流している、最後のB.S.A.Aの人間が痩身と対峙していた。

 まだ生きていたのか。

 歩いていくと、その人間は痩身に話し掛けていた。

「俺を殺せば、お前等をずっと使役していた組織も、お前等を作った組織もこのまま残る事になるぞ。

 それで良いのか?

 お前等みたいな境遇の奴等がこれからも生まれ続ける事になる。お前等は例外中の例外だ。

 お前等みたいに逃げ出せるB.O.Wなんて、他に居ない」

 肝心な事が、一つ抜けていた。

 生かせば、両方の組織はその内B.S.A.Aが壊しに行くだろう。けれどそれは、そこで使役されているB.O.W……ハンターも皆殺しという事だ。

 それに加えて、ここで生かしておいたら、自分達に対しても追って来るだろう?

 人間を襲わないなんて約束出来ない。そもそも、この血にはT-ウイルスが入っている。片目にはもっと危ないものが入っている。追われる理由なんて、それだけでも十分だ。

 どんなに役に立ってくれたとしても、ここに居る人間は全て殺して行かなければいけない。

 ただ、ここでその人間を追い掛けられるのはもう、痩身だけだった。

 自分も余り、走れはしない。片目も、能天気も。元気なのは痩身だけだ。

 痩身が躊躇ってしまうのなら、諦めるしかなかった。

 一応、殺せと命じたが、痩身は迷っていた。殺すか、殺さないか。

 後ろをまた振り返る。片目がマスクを外して、死体から血を飲んでいた。

 生き残っていた研究者が走って逃げていた。そっちも追い掛けられそうにない。

 能天気が立ち上がって、自分の方へよろめきながらも歩いて来ていた。

 前を向き直すと、B.S.A.Aの人間も逃げ始めていた。

 痩身は遅れて走り出した。最後に聞こえて来たのは、死にたくないと言う声だった。

 誰だってそうだ。

 殺してからも、痩身はそれが正しかったのか悩むように、暫く動かなかった。

 

 そこ辺りにあった人間の服やらで能天気に添え木をして貰うと結構楽になった。

 片目がマスクを手に持ったまま、満足いくまで血を飲んだのか、歩いて来た。

 ……行くか。

 新入りも中堅も置き去りにして、自分達は脱走する。

 生物"兵器"を辞める。

 後悔は、あると言えばあるが、そう大きなものではなかった。全員を連れて逃げるなんて事が出来るとも思っていなかったし、元からそのつもりも無かった。

 後悔ではないが、一番頭の中に残った事はやはり、紅の事だった。死んだ紅をぐちゃぐちゃにした血塗れの爪は、まだそのままだった。

 

 北か、南か。どちらに行くか少し悩んだが、北に行く事にした。山脈を登れば、ここから先がどうなっているかも広く分かる事だろう。

 そうして、歩き始めた。能天気に、自分と痩身で肩を貸し、片目もマスクを被り直して。

 

 

 

 ミッション区域の範囲を抜け、更に暫くした頃、車の音が遠くから聞こえて来たような気がした。

 後ろを振り返ったのは、自分だけではなく、全員だった。

 あの研究員を生かしてしまったのは間違いだったか……。

 摘出して貰った直後に殺せば良かった。けれども、それをしなかった。する事を躊躇った。

 殺すとしても少し後で、と思ってしまった。

 ただ、致命的な間違いではなかった。もう、道から距離はかなり離れている。逃げ切れるだろう。

 痩身に能天気を背負わせ、自分は片目の肩を背負って走り始めた。

 片目は自分の血塗れのままの爪を見て、手を添えた。




次で最後になると思います。


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30. アフターライフ

 夜が明ける前、洞穴の中で目を覚ました。

 数瞬の違和感。檻の中じゃない。

 ……そうだ、もう自分達は生物"兵器"じゃない。

 逃げ切ったのだ。夜になる前に見つけた洞穴の中に身を隠し、中に居た鳥とネズミが合わさったような、良く分からない動物を貪り食い。

 恐る恐る外に出る。人間の痕跡は全く無く、木の上に登っても、近くに居るような感覚は何もしなかった。

 けれども、捜索を終えたのかどうかは分からなかった。

 

 北の山脈に辿り着くまでに能天気が体調を崩し、本格的に動けなくなった。片目も体調は芳しくなかったが、能天気はそれ以上だった。

 背負っても、そのプロテクター越しに熱が伝わってきた。荒い呼吸が伝わってきた。

 組織に居たら、能天気も治される事無く、処分されてしまっていたのだろうか。

 マスクを脱いだと思ったら吐く事も多く、獲物を捕らえても血を飲む程度しか受け付けず。

 何とか体調が安定してきた頃には、痩身以上に痩せ細っていた。

 

 山脈を登っていく。回復していない能天気と、本調子でない片目、そして骨折もまだ治っていない自分だ。本当に元気なのは痩身だけで、そう簡単にすいすい登れる訳ではないが。

 足が速い、と言う以外は長く生き残ってきた中では並な仲間だったが、何の傷も負っていない痩身を見ると、その足の速さは力や頭よりも役に立つものだったのかもしれない、と思う。

 その痩身を一旦先に行かせて、高い場所から人間が追ってきていないかを調べさせた。

 暫くして帰って来ると、誰も居ないという報告が来た。

 なら、もうここで一旦休んでも大丈夫だろう。

 

 

 

 目的は、何も無くなった。

 眠り続ける能天気と、木に凭れかかってプロテクターを外し、縫われた腹を撫でる片目。狩りに出た痩身と、それをただ待つ自分。

 退屈と言えば、退屈だった。

 組織に居た時の事を思い出す。

 ……多分、自分にとっての本当の願いはこうなる事では無かったのだと思う。

 自分達に親しく接してくれるような人間までも冷淡に殺し、人間の下から逃げる事が、自分の最も望む事ではなかった。

 多分、それよりも、対等になりたかったのだと思う。上に立つのでもなく、対等に。

 人間並みに知能が無いとしても、道具を満足に扱えないとしても、T-ウイルスを利用して作られた兵器であろうとも、人間と対等になりたかったのだと思う。

 死から遠ざかり、仲間が死んだとしてもそれを悼みたかった。ずっと、死を悼む余裕は殆ど無く、常に死は隣にあった。

 けれども、それは無理な願いだった。形は違う。ただ、近くに立つだけで何も持っていなくとも一方的に殺せる立場になる。

 自分達は作られた兵器だった。それが覆せない前提だった。

 だから自分の願う事は、対等ではなく、逃げる事になった。

 ……自分の目的は、生き延びる事では無くなった。

 生き延びる為に命を危険に晒す必要ももう、無い。

 この森の中には自分達ハンターと言う種を一方的に殺せるような物は何一つ存在していなかった。

 生きているという事はもう、当たり前の事だった。

 ただ、それから何をすれば良いのか、何も知らなかった。

 

 片目と能天気の体調も治っても、自分の骨折はまだ治らなかった。

 けれども、骨が繋がり始めているのは感じられる。

 山を登るのに背負われるのは、今度は自分の方だった。

 草を掻き分け、岩に爪を突き立て、山を登っていく。

 草木が疎らになる頃に、頂上が近付いてきた。

 腕を使わなくとも歩ける程度のなだらかな斜面になってきて、自分の足で歩き始める。

 ふと、振り返った。

 

 世界は、広かった。

 地平線の彼方まで、ただただ景色が広がっていた。こんな広い景色を見る事は初めてで、少しの間、呆然としていた。

 南の森の先には、人間の町が点在していた。自分達が最後にB.S.A.Aと戦った所にはもう、組織の人間も見当たらない。自分達は完全に逃げ切っていた。

 何もする事は無い。するべき事も無い。しなければいけない事も無い。したい事も無い。

 ただ、それに対してはもう、不安は無かった。

 マスクを脱ぎ、地平線から目を上に向けた。

 相変わらず、太陽は眩しい。嫌になる程だ。

 でも、それに対しても前程ではなかった。

 肩を叩かれ、振り返ると片目が急かして来ていた。

 何故か、嬉しかった。




完結です。
番外編みたいのを後々投稿するかもしれませんが、本編はこれで終了です。
後で、活動報告で、書いてる時に考えていた事やら、他にどういう道筋考えてたか、みたいな事を書くと思います。
書きました。↓
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=131576&uid=159026

もし良ければ、感想、評価があると喜びます。
感想はぽつぽつ返していきます。


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α. 壊滅

 遠方の町の夜、若干酔っ払いながらホテルへ戻ろうとすると、B.S.A.Aが見えた。

 軍隊との見分け方は、組織に属していた頃に何となく分かった。まず、火炎放射器とかを使うのはB.S.A.A程度のものだ。他にも武器の種類とかから色々と。

 一瞬で酔いが覚め、連中を注視すると、中々規模がでかい。戦車とかまでは流石に無いが、車は装甲で覆われている。装備も本格的なものだった。

 そして、目の前のでかいビルへ突入して行った。

 その直後に規制が掛かった。

「……帰った方が良いかな」

 ホテルに戻り、荷物を纏めてチェックアウトしようとすると、背後から肩を掴まれた。

 一瞬、体が強張った。

「おい」

 振り返ると、屈強な男の姿が目に映った。外からは銃声が聞こえていた。

「中に居てくれ。外は今、危険だ」

 ……そうだよな。目的はB.O.Wを隠し持っている俺じゃないだろう。

 外に居るB.S.A.Aは、たった一体のただのB.O.Wに割く数じゃない。

「何が起きてるんですか? あんた達B.S.A.Aでしょ?

 その位教えてくださいよ」

「……」

「ここで留まってる方が危険かもしれないじゃないか」

 他言しない事を条件に、手短に言われた。

「多くない数だが、ハンターと言うB.O.Wがあのビルの地下に潜んでいるらしい」

 ハンターという種には知らない事にしておいた。

 安心しておけと言われたが、安心出来るかよ。銃器でも持っていなきゃ、あれから逃れる方法なんて見当たらない。

 けれど反論はせずに、部屋に戻った。

 

 窓からそのビルの様子が見える。そのB.O.Wを手に入れていた組織から出てくる人間には既に死んでいる人間も多いが、生きたまま捕らえられた人間もある程度は居た。

 B.S.A.Aの犠牲は今のところ、酷くて車椅子生活になる人間が居る程度。

 どこにでもB.O.Wを使う組織ってのはあるんだな。

 一昔前までは考えられなかった事だ。

 元凶であるアンブレラが地に堕ちてから、特にそれが顕著になり始めていた。地に堕ちたアンブレラの財産は様々な場所に散り、世界中で使われるようになった。

 ラクーンシティで何が起きたかも、隠匿されていようがある程度予想が付くものだ。テラグリジアで起きた事と似たような事だろう、と。

 B.S.A.Aが幾ら奮闘したところで、もうB.O.Wは世界から消える事は無いだろう。

 一度蔓延ったら滅菌するしかない。

 世界は、綱渡りで生き延びているようなものだ。元々そうだったかもしれないが、今は、その綱はもっと細い。

 

 ビルの高所のガラスが唐突に割れ、中からハンターが一匹飛び出してきた。

 装甲を身に着けていた。外で待機していたB.S.A.Aが銃撃を浴びせるが、装甲に弾かれている間に壁を伝って屋上へ逃げられ、そして逃げ始めた。

 続けて、二体、三体。散り散りに逃げ始める。

 ……?

 何かおかしい。そう思ったのは一瞬。すぐにその違和感の正体は分かった。

 何故、逃げる? B.S.A.Aの持っている銃も弾いている程の高品質な装甲まで身に付けて、それは明らかに戦闘用としてのB.O.Wだった。

「……まさか」

 あのハンター達はもしかしたら、俺が盗んだあのハンターと同じ所に居たハンターなのか?

 どうやってかは知らないが、妙に知性を身に付けたハンター達。高度な連携を組み、銃の脅威を知っており、人間の言葉を解し、そして俺を娯楽目的で犯す奴さえも居る。

 無駄に命を散らしていく馬鹿じゃないのだ。

 いや、だとしても。爆発する首輪が付けられている筈だった。

 少し考えて、また、一つの可能性に辿り着く。

 組織は本拠地に攻め込まれて、ハンター達を完全に解放した。首輪があれば、その装置を奪われれば全て一瞬にして死んでしまうから。

 B.S.A.Aが焦って散っていく。

 もう、捕えるのは難しいだろう。

 

 数時間も経たない内に銃声は聞こえなくなった。捕えられた人間も多いが、犠牲になったB.S.A.Aもそれなりに居た。見える限りだと、人が死因となったものよりも、ハンターが死因になった方が多そうだった。

 逃げたハンターが数体。

 そして、死んだハンターが二十体程。

 あの組織が所有していたハンターはもう少し多かった気がする。

 やっぱり、思い違いか?

 そう思いながら、ちょっとでも何か聞ければと、ホテルのロビーに向かった。

 男は未だにそこに居た。苦々しい顔をしていた。

「銃声が聞こえなくなったって事は、帰って良いという事ですか?」

 銃声しか聞こえていなかった振りをして聞くと、当然のように断られた。

「いや……少しの間ちょっとここに留まっていて欲しい」

 男の片耳にはイヤホンが付いていた。今も何か聞いているようだった。

「はあ……大丈夫なんですか?」

「ここに居ればな」

 詮索するなというような拒絶だった。

「そうですか」

 なら、盗聴でもするか。

 

 

 

 

 翌々朝にやっと戻って来ると、寝転がっていたソイツが、空になった食料袋を見せて来た。腹を空かせているという事だ。

 玩具とされている、俺が喉を潰した人間は虚な目のまま、俺を何の感情も無く見て来るだけだった。

 口も尻も、体中が白濁塗れだ。嫌な臭いだ。

「それよりも色々とあったから、少しだけ話しておきたい事と、聞きたい事がある」

 何だ? と喉を鳴らして目を向けて来る。

「お前の居た組織が壊滅した。ハンターも大半が死んだ」

 目が見開かれた。

 こいつのここまではっきりとした感情を見るのは初めてだった。

「……お前はNo.13だよな?」

 数瞬の間の後、頷いた。

「それ以外に生き残りが少数居る。お前、それ以前に逃げた四体、その壊滅した時に逃げ延びた二体。

 四体は、選りすぐりのハンター達だそうだ。

 タイラントをも凌ぐであろう戦闘力を誇るNo.1。

 戦闘力も知能も優れているNo.6。

 俊足で傷を負う事が最も少ないNo.10。

 下手したら人間並みの知性を誇るNo.27。

 それから、程々に優れているNo.128、No.139。

 全員、知っている奴等か?」

 頷かれた。

「その組織にとってかなり重要な戦力だった、ナンバーの少ない四体は、別の組織が捕えたB.S.A.Aと、力量を計る為の戦闘をしている最中に逃げたらしい。

 もう、結構前の事で、どこに居るのか分からないとの事だ。どこかに出没したとか、そんな話も全く無いらしい。完全に逃げ延びている。

 お前もナンバーが少ないよな」

 正直言って、少し驚いている。

 俺を犯した奴は、ただの有象無象ではなく、選りすぐりの中でも特に優れた方だったという事に。

「……それだけだ」

 瞬きを何度かして、そのNo.13は座って考え込むような素振りで固まった。

 部屋に戻る前に言った。

「布渡しておくから、汚いそれを拭っておけよ。

 飯やらんぞ」

 

 結局の所、あいつを捕えたからと言って、俺の中のモヤモヤとした感情がどうにかなる事も無かった。

 かと言って、殺すつもりにも、B.S.A.Aに渡すつもりにもなれない。

 これ以上俺があそこに閉じ込めていようが、俺の中のその感情がどうにかなる事も無いだろうし、そしてもしばれてしまったらその時点で俺は何らかの罪に問われるだろう。

 元々犯罪組織に居た身だから、余り変わらないかもしれないが。人も何度も殺した。

 あいつ、No.13をどうするか、もうそろそろ決めるべき時が来ているのだろう。

 かと言って、野に放す訳にもいかない。

 そのどこかへ消えた仲間と合流させる事が出来たとしても、だ。その仲間がひっそりと自由を謳歌していようが、あいつもそうなるとは限らない。他の誰かを襲う可能性だってある。

 妙な悩みだった。

 




次にやる作品が決まった。いつやるかは分からないけど。
二次創作というより、オリジナル要素全く入れずにまんまノベライズする感じ。

つい最近発売されたあの作品です。


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β. 気付き

 思い返してみれば、特別親しいという奴は居なかった。

 一番親しかったのは変な物を食うNo.21か、司令塔のNo.27か。

 けれど、No.21が死んだ時もそう大して、あの寝返った奴が死んだ時のNo.1程には悲しまなかった。こうして唐突に連れ出されようとも、余り思い悩む事も無かった。

 ま、自分はそういう奴だ。

 仲間の大半が死んだ。聞く限りじゃ、No.7、雌の奴も死んだっぽいし。生き残ったとされているナンバーの中には無かった。それでも余り悲しむような感覚は湧いて来る事は無かった。

 聞いた時、死んだと聞いても悲しみよりも驚きが来て、その後、まあいいか、といつものように思った。

 ただ、それが、全滅してなかったから、同じ最初から生き残っている奴等がそれでも結構多く生き延びているから、というのも多分あった。

 自分だけが生き残ったとなっていれば、多分、流石に落ち込んでいたと思う。

 退屈だと、色んな事を考えてしまう。

 元々考える事自体余り好きじゃないのに、何も考えずにただ遊んでるだけの方が好きだったのに。

 唯一のこの玩具も、もう抵抗も何もしないし、ただの物に近い。いっその事首を刎ねてしまおうかと思うが、唯一の玩具だし、刎ねたら刎ねたで掃除が面倒だ。

 綺麗にしないと飯が出てこないし。

 飽きてしまうと、ここ辺りにある物を弄るか、考える位しかする事が無かった。

 俺がこれからもこの狭い空間で生きていく事になるのかと思うと、げんなりとした気分になる。退屈だけなら、あの場所に居た方がまだマシな気がした。

 ……あいつら、どうやって逃げたんだろうな。

 No.27が何かしらやったんだとは思うが、それでも首輪があるし。

 首輪、か……。

 外せる、のか? これ。もしかして。

 そもそもそこから出来ないと始まらない。

 周りには車に使うような色んな物があった。

 水道もあるし、明かりも少しある。首輪を見る事は出来る。

 試して、みるか。

 暇だし。

 

 

 

 色んな事を考えた。

 あいつに対して罪を問う事自体間違っている事だとか。

 そもそも、B.O.Wに罪なんてあるだろうか? 生きているとは言え、兵器だ。

 兵器に対して罪を問う事自体、おかしい。

 兵器である事があいつらの存在理由だ。人に対して脅威である事があいつらの存在理由だ。

 生まれながら人を殺せと教え込まれた少年兵に罪はあるか?

 今まで考えた事も無い。そう大した事も知らない。ここは治安は悪いとは言え、少年兵がそこらで跋扈する程じゃない。

 結局のところ、生物兵器に生まれた事は、運が悪かったなときっぱり殺す事が一番手っ取り早いし実際B.S.A.Aもそうしている。

 ただ、一番の問題は、俺が悩んでいる対象が知性を持ってしまっている事だ。

 それで俺は曲りなりにも助かったし、今、俺はこうして悩んでいる。

「馬鹿みてえ」

 B.S.A.Aにそんな事聞いたらどう思われるだろうな。

 まあ、どうせ聞いた所ですぐに場所を特定されてあいつが死ぬ事になるだろうが。

 知性を持っていようが、人を仇なす目的として作られた事は変わらないし、実際そうして来た奴だ。

 ……外はもう夜だった。

 取り敢えず、寝るか。時間はたっぷりとある。

 

-----

 

 ……外れた。

 あっけなく。そう大した事を試していない内に。

 二つのネジが落ち、同時にずり落ちる、二つに分かれた首輪を落ちる前に手に取った。

 何も起こらない。警告の振動も無く、何の変哲も無いままに外れた。

 窪みに合いそうなものを見つけて動かしていたら、いとも容易く、驚くほどに簡単に外れた。

 仲間の事を聞いた時のように、喜びとかよりも驚きが先に来た。

 …………いや。やろうと思わない。普通なら。

 No.27はどうしてこれを知ったんだ? 自分からやろうとしたのか?

 でも、首輪が爆発するかもしれない恐怖を堪えてまでやるような奴だとは思えなかった。

 あいつは慎重だった。あいつ程死を恐れているのも他に居なかった。そんな奴がこんな事を見つけるなんて、思えなかった。

 首輪をどうするか悩んで、取り敢えず近くに置いた。

 ……これから、どうする?

 この外がどういう場所なのか、全く知らないのに? プロテクターも無いのに、外は人間だらけの場所で?

 結局、俺は首輪を外せた所で、どこにも行けないのか?

 ……。

 No.27なら、どうしたら良いのか、分かる気がした。

 生き延びる為なら、時には大胆な事もした。そしてそれにはどこか安心感があった。それに身を任せて良いような希望があった。

 最初に爆弾を使ったのもあいつだった。あいつが指揮をしていなかったら、タイラントによって殺されていた仲間はもっと多かった。

 あいつが居なかったら、俺自身、今ここに居るかどうか。

 いや……居ないな。どこかで死んでしまっているだろう。

 ……考える事自体、余り好きじゃないが。

 

 目覚ましで目を覚ます。

 外から日差しが入り込んで来ている。

 目覚ましを止め、鏡を見てボサボサな髪の毛を少しだけ整えて、トイレで便をして。水をコンロで湧かし、冷蔵庫から適当に飯を取って食った。

 コーヒーを飲んでも、眠気はそんなに覚めない。

 毎日飲んでりゃ、慣れてしまう事を覚えてからはキツい味も求めなくなった。

 飲むだけなら、安物で十分だった。

 飯も、毎食凝ったりだとか豪華にしたりだとか、そんな事は考えない。危ない場所に身を置き、……自分があいつにとって良いケツをしていた事で助かり。そこからひっそりとただの平民に身を移し。

 何だかんだで、人生に派手な刺激なんて要らない事に俺は気付いた。

 そんな事、この一帯じゃ無理に近いが。この平穏そうな場所でも、銃撃戦がこの近くで行われた事もある。

 ……。あいつをどうにかしたら、遠くへ行こうか。

 蓄えも無い事は無いし、どこにでも役に立ちそうな技術も持っている。

 死ななかったからと言って、死んだ皆の為に復讐などするつもりも無いし、償いをするつもりも無い。善の道を歩もうとも思わないが、折角拾った命なんだから謳歌しなければな、とは思った。

 そんな緩い意志でも、俺は、俺を犯したNo.13を捕えて、自分なりに踏ん切りを付けなきゃいけなかったんだが。

 犯されて助かったという事による、モヤモヤとした感情は結局今でも変わらない。

 けれど、踏ん切りが付いた、とは思える。

 捕えて、目を合わせて、長い時間考えて、それでも俺の中の感情は何も変わらなかった。

 その結果は、会う前と何も変わっていないようで変わっていた。

 覚悟と言う程高貴というか、重いものでもないが、この感情とは一生付き合っていかなければいけないのだというような悟り。

 そんなものが、自分の中で固まりつつあるのを、段々と自覚していっていた。

 嫌な悟りだ、と思う。

 でも、あそこで死んでいるよりかはよっぽどマシだ。

 欠伸をして背伸びをする。ぼうっとしている内に仕事の時間が段々と近付いてくる。

 時たま喋りながら手と足を動かして金を稼ぎ、飯を外で食って、そして帰って多少の事をして寝る。

 同じような日々の繰り返しだが、あの組織に居た頃よりは緊張も何も無いし、平穏な場所に身を置けているのは、とても良い事だった。

 着替えて、椅子から立ち上がる。顔を洗い、歯磨きも済ませ、下の階へと階段を下った。

 扉を開けた。




この作品の場所は治安の悪い中東か南米辺りを思い浮かべてる。


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γ. 別れ

 柱に背を掛けて座っているハンター、No.13が自分を見ていた。

 その手には外れた首輪があった。

 え……。

 一瞬、気付くのが遅れて、それから心臓が激しく鳴った。

 No.13は無造作にその外れた首輪を座ったまま投げてきて、それは自分の目の前に落ちた。

 落ちた衝撃で警告の振動音が鳴り、そして止まった。

 ……自分を殺そうとは、思ってないのだろう。

 ただ、俺は今、首輪を外したこいつに対抗する手段を何一つ持っていなかった。

 いや、銃器を持っていたとしても、そしてこいつが俺を殺そうとしていなかったとしても、俺がこいつを殺すのは無理だ。

 ただのハンターだったなら十分に可能性はあるが、この目の前に居るハンターは歴戦を生き延び、優れた戦闘力を持つハンターだ。現に、俺がこいつに犯された時も、銃を持った俺が何の武器も持っていない生身のこいつに負けている。

 壁に凭れ、座った。

 殺されはしないだろうと思いながらも、犯されるだろう、こいつの好きにされるだろうと言う、諦めが俺の中で渦巻いていた。

 ただ、No.13は何もして来なかった。

「……何も、しないのか?」

 No.13は、座ったままただ俺を見ていた。

 ……その精鋭のハンター達が逃げ出していたという事実を盗聴で知った時の事を思い出していた。

 首輪を自分から外し、監視役を殺して逃げたとか。

 詳細までは分からなかったが、今は、その脱走する際に殺された人間の感覚が良く分かる。

 いつの間にか、上に立たれていた。

 No.13は立ち上がり、シャッターの方を見た。

「外に出たいのか?」

 頷かれた。

 そういえば、No.13はここがどういう場所なのか、全く知らなかった。

 太陽光が僅かに入ってくる程度で、それ以外は何も無い。ここから外の事を測り知る事は出来ず、また、町の外から分厚い布で隠れていた事もあって、この周囲の事が分からない。

 俺の手を借りなければ、首輪を外せたにせよ、こいつはここから脱出出来ない。

 外に出るのならば、俺に危害を加える事自体が愚策だったのだ。

 …………はぁ。

 No.13はその性器を出していたりもしなかった。

 仕草は首輪を外せたからと言って、完全に優位に立てたからと言って、尊大になる事も全く無かった。寧ろ、更に落ち着いているように見えた。

 それは、やんわりとした強制だった。

 穏やかでありながらも、俺にはもう、自由は無くなっていた。

 多分、俺がこれからどこかに行く事自体、こいつは許さないだろう。俺が出来る事はもう、多くない。

 こいつをそのまま野に放す事は余りしたくなかったが、それを拒んだ先は、何であれ俺自身も破滅に向かう道でしかなかった。

 

 車の準備やらをする間に、外された首輪を見てみた。

 ネジを外すだけで外れる事は知っていたが、爆発する首輪を積極的に弄ろうとは思わない。

 気付いてしまえば、簡単に外せる首輪なんだが、一体何でそれに気付いたのか。

 ……俺か。

 脱走出来る事を知ったから、そこから推測したんだろうな。近くには俺が放置していたドライバーも落ちていた。

 舐め過ぎていたな。

 分厚く大きい布を用意し、食糧も多少積む。

 銃を積もうとしたら、投げ捨てられた。車の中も物色されて、元々隠していた銃も捨てられた。

 二階に物を取りに行く時でさえも、もう付いて来た。完全な優位をもう、ずっと保とうとしていた。

 その姿は足掻いているようにも見えた。ぎこちなさがその挙動にはあった。

 培ってきた知性と持っている知識をフルに使って、ここから出来るだけ安全に逃れようとしている。

 ただ、それだけじゃ人間に対して完全な優位には立てない。

 こいつは、俺が嘘を吐いていた事にも気付いてない。

 俺を殺せば、その首輪も爆発すると言う嘘。

 そんな、俺自身の脈拍を計り、そしてその首輪と連動させるような物なんて俺は身に付けていない。

 知性を持とうとも、戦いばかりの生き方をしていたこいつには、こんな状況でも完全な優位に立てる程に人間への知識を持っていなかった。

 銃以外の物でこいつに対抗出来る物はまだ、車の中にある。

 でも、このまま脅されながらでもこいつがどこかへ消えるまで何事も無く終わるのなら、大人しくしていようとも思った。

 信頼ではないが、それに似たようなものをこいつには感じ始めていた。このNo.13という色欲塗れで有能なハンターの個性を多少なりとも理解している、と言うべきか。

 それに裏切られる可能性も、そう高いものではないような気がした。

 最悪としても、また掘られる程度だろう。

 ……最悪だが。

 

 唐突にこいつを手放す事になった訳だが、まだ俺に選択の余地は無い訳ではなかった。

 どこに連れて行くか。

 ただ、こんな状況になった今では、俺にとって大半の事はどうでも良くなっていた。無断欠勤はともかく、こいつが自由になったところで誰を襲おうが知ったこっちゃ無い、という感じだ。

 生きていて欲しいとは多少なりともやはり思うが、好きなように生きてそれが原因で死ぬ可能性があるって事はこいつも良く分かっているだろう。

 まあ、少しだけ言う事はする。

 準備が出来、ついでにNo.13の性玩具となっていた人間も動けないように縛って箱に入れて、後は車に乗り込むだけになってから。

「B.S.A.Aがお前の居た組織を壊滅させたのが昨日だ。そして同じく、お前と同じ精鋭が生き残っていると知ったのも同じ昨日だ。

 今はその逃げた場所から広範囲に探していると思う。

 だから、お前を連れて行く場所は、その反対の方向になる。

 良いか?」

 じっと俺の顔を見てきた。

 疑っているように見えた。

「……本心だよ。

 それに、B.O.Wを匿っている事がばれたら、俺だって身が危ないんだ」

 No.13は自分の爪を少し眺めてから、車に入った。

 エンジンを掛けると、布で自らの体を完全に隠した。

 

 

 

 町の中の喧騒を何事も無く抜け、荒野の道を進む。

「もう、脱いでいいぞ」

 前と同じように、壁に背中を凭れ掛けて、そのNo.13は外を見ていた。

 俺が薬で連れ去った時と全く同じようでいて、決定的に違う事も幾つかある。

 連れ去った後、首輪が無かったら、嘘を吐いていなかったら俺はどうなっていたか分からない。普通に殺されていたかもしれない。犯された上で。

 今は、そんな事は無かった。

 ただ、それに対して信頼という言葉はやっぱり形容するには違う気もした。

 いや、こんな関係を一言で説明するような言葉は、世界中に無いだろう。こんな経緯を持った何かが別に、それを示す言葉を作る程にあったとは思えない。

 人質が犯人に同情し始めるようなものとも違う。

 どっちも人質で、どっちも犯人だった。

 森が近付いてきて、別れる時も近付いてくる。

 何のトラブルも無く、淡々と。

 惜しむ事がそうある訳でも無いが、俺が言葉を掛ける事もなければ、No.13が何か俺を見てきたりする事も無かった。

 向かい側から車がやってきて、急いでNo.13が布に身を隠す。

 車は、ただの一般車両だった。何事も無く、すれ違う。

 また布を取ると、No.13は置いてあった食料に手を出し、食べ始めた。

 それからもう暫くして、森に着いた。

 

 車で入れる限界まで奥に進んでから、外に出る。

 犯されるのはとても嫌だな、と思うが、犯されたとしても俺はB.S.A.Aに伝えたりもしないだろうと思った。

 また犯されても、死んで欲しくないとは思い続けるだろうし。

 対策も何もしないで、車の後ろへ行く。No.13も自ら扉を開けて、外に出て来た。

 嘘だと分かる嘘を吐いてしまえば、こいつは俺に対して敵意を向けてくるだろうから、下手な事も言えなかった。

 ……ああ、そうか。こいつは、俺がまだ嘘を吐いていないと思っているから、俺に対して何もしてこないのかもしれない。

 信頼という言葉は、もしかしたら多少合っているのかもな。

 しっかりと立ち上がると、俺と同じ位の身長で、腕や足は鍛え上げた人間のものよりも太い。

 人の首を刎ねる事が出来る腕だ。

 腹は最初に見たときよりも多少出っ張っていた。

 多少でも、筋肉の塊のような体とは凄くミスマッチだった。

 箱から、人も出した。

「こいつもここで殺して置いて行くからな。好きにしても良いが」

 そう言うと、No.13は俺をまたじっと見てきた。

 嫌だな、と思うが性器は出てこなかった。

 その腕が軽く払われ、気付くと性玩具とされていたその人間の首から血が噴き出していた。

 とても自然な動きで、恐怖を感じる事さえなかった。

 それから俺に背を向けて、ただ去って行った。

 

 背中が段々と小さくなっていくのを見てから、人間を適当な所に捨てて車に乗る。

 俺が、命を助けられた、知性を持ったB.O.Wにどんな感情を持っていたのか、正確に俺自身が分かってもいないし、だから、そのNo.13が俺に対してどんな感情を持っていたかなんてそれ以上に分からない。

 けれど、それは少なくとも負の感情では無かったと思う。

 こうして、最良が別れるしか出来ない、それで居て惜しむ事もほぼほぼ無いような変な関係性だったが、それでも俺は、あいつを連れ去った甲斐はあったと思えた。

 時間はまだ、昼にもなっていない。

 少し、寂しさを覚えている俺自身があるのに気付いて、おかしさに少し笑った。




書こうと思えば、色々他にも番外編やら続編やら書けるだろうけれど、設定とかをまた最後に書いて一旦〆とします。
ありがとうございました。


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設定

ハンターのスペック:

身長は成人男性と同じ位だが、基本的に身をやや伏せて動く為低めに見える。

体重は成人男性より重いが、背負って持ち上げられない程でもない。

脚力は人間より強い。

筋力は、腕の一振りで人間の首を刎ねられる程。

爪はかなり鋭く、首を裂く事が容易に出来る。

壁を這って行動できる。

鱗は軽装弾なら弾く。ただ、腹とかとなると、人間並みに脆い。再生能力も人間程度。

知能は人間より劣るが、学習すれば段々近付いていく。

生まれつき戦闘気質。

生殖能力はほぼ無い。

 

ファルファレルロは、それから筋力と戦闘気質が更に高まり、擬態能力も手に入れる代わりに、体力が落ち、渇きを覚えるようになる。

 

 

登場する主なハンター達:

 

普通のハンターの能力を3とする。

また、普通のハンターが道具の使い方はほぼ知らないのに対し、以下のハンターは、

・銃器の使い方を知っているが、爪や手の関係上使えない。

・簡単な道具なら使える。

・爆弾は使い分けが出来る。

・地図を読める。

・人語をほぼ完全に理解し、高度な戦略も立てられる。

・喋れないものの互いに指や身振りで意思疎通をする。

等の特徴を持つ。一応、全てのハンターがその位のポテンシャルを持つ事にしてる。

原作がどの位か知らんけど。

 

No.1:

片目

知性7、戦闘力12→15、脚力5

ハンターα→ファルファレルロ

犯罪組織の中で一番強いハンター。タイラントに対しても臆さず戦いを挑む程であり、主にNo.27と共闘して倒しかけた。その時に片目が潰れた。

ファルファレルロの血を舐めた事で自らもファルファレルロに変異し、擬態能力を得て更に強くなる。

更に加え、人間から柔術の基本を教わって、肉体のみならず技の面でも更に強くなりつつある。

ただ、変異した影響で闘争本能が強くなり、渇きと疲労が出やすくなっている。

玩具は筋トレアイテム。

 

一番親しかったNo.97が死んでから、寂しさを多少見せるようになる。

B.S.A.Aとの戦闘でNo.27が首輪を外した事によって、行かないでくれと懇願した。

その後、No.27の奮闘により腹の中の爆弾を取り除かれ、生き延びる。

腹を切られた事で多少弱っていたが、能天気程ではなかった。

 

 

No.6:

能天気

知性10、戦闘力10、脚力4

ハンターα

知性も戦闘力も結構優れている。やる時はやるが、それ以外の時は大抵ぼうっとしている。

B.S.A.Aとの戦闘で両足を怪我、両足の指を数本失う。

逃走中に感染症っぽいのにも罹り、かなりやせ細るが何とか生き延びた。

 

 

No.7:

知性9、戦闘力7→10、脚力5

ハンターα→ファルファレルロ

珍しい雌のハンター。でも生殖能力はほぼ無し。人間達が様々なハンターと交尾させたものの、子を為す事は無かった。

色欲狂いに一方的に犯された事を根に持っていて、ファルファレルロになった後、一方的に絞り尽くした。

元々の戦闘能力は低めで知性が高め。

戦闘能力がファルファレルロになった事によって底上げされた。

 

B.S.A.Aとの戦闘で所持していた爆弾を撃ち抜かれ、誘爆で致命傷を負い、介錯された。

死体はNo.27によって色々と確かめられる事となった。

 

 

No.10:

痩身

知性7、戦闘力7、脚力6

ハンターα

痩せ型。体力はやや低く、敏捷性は随一。

足が速い以外大した尖った力は無いが、怪我を負う事が一番少なかった。

B.S.A.Aとの戦闘も無傷で生き残り、そのまま一緒に逃走。

 

 

No.13

色欲狂い

知性9、戦闘力9、脚力4

ハンターα

性欲第一。

戦闘能力は古参の中でも強い方。知性もそこそこある。

ミッションが終わった後に、生き残った人間を犯す事が多々ある。楽しめればいいので、性別も、そして種族も関係無し。気に入ったら生かしたまま放置。

ドS。

玩具は、やらかした人間及びに自ら犯されに来る人間。

 

昔の殲滅ミッションの時に犯して放置した人間に連れ去られた。

色々とあって、そこから森の中へ行き、自由を手に入れる。

他の仲間達と再会出来たかどうかは不明。

 

 

No.21

悪食

知性7、戦闘力8、脚力4

ハンターα→ファルファレルロ

B.O.Wも食べたりする。体力が随一で、体もやや大きめ。

サーモスコープ付きの狙撃で撃たれ死亡。

 

 

No.27

主人公

知性12、戦闘力7、脚力4

ハンターα

脱走して人間に囚われず、悠々自適な暮らしをする事を諦め切れていないハンター。

戦闘能力は古参の中では普通だが、逃げたい欲求から人間の話等に耳を立てていたりする事から、知識、知恵、知性では一番を誇る。その為、司令塔の役割をよくする。

また、その知性では人間にも一目置かれている。

檻の中の糞尿の処理をする砂場の奥に、T-アビスのウイルス剤とその抗ウイルス剤を隠している。

玩具はルービックキューブ。二面まで揃えられる。

 

首輪を自分の力で外せる事を知り、段々と計画を立てていく。

そして、B.S.A.Aとの戦闘で実行。

T-アビスは結局自分には使わず、脅しの材料として使用し、腕を骨折するものの最終的にNo.1、No.6、No.10と共に脱走に成功。

その後の行方は全く知られていない。それらしき被害も何も出ていない。

 

 

No.97

古傷

知性8、戦闘力11→14、脚力4

ハンターα→ファルファレルロ

元々別の犯罪組織に居たハンター。

ハンターα同士の戦いで、片目に敗れ、片目によって仲間にされた。

その経緯から、古い世代のハンター達からは余り良く思われていない傾向。

戦闘能力は片目に次ぐ強さ。

片目がファルファレルロになった事によって様々な点で置いて行かれたような気持ちになり、警護ミッションの後に自らもファルファレルロになる事を決意。変異した。

玩具は片目と同じく筋トレアイテム。

サーモスコープ付きの狙撃で撃たれ死亡。

 

 

首輪:

無理に外そうとすると爆発する。

位置情報のみが制御装置によって分かる。指定された区域から出ても爆発する。

ただ、そんな首輪を自ら外そうとはしないだろうという前提の元、ドライバー等の器具さえあれば簡単に外せる。

(脈拍とかの情報もあるとした方がリアルかなと思ったけれど、その位の穴が無いとどう足掻こうが脱走出来る道筋が思い浮かばなかった)

 

 

玉:

ファルファレルロの腹に埋め込まれた玉。

指定された区域から出たら、中にある毒が漏れ出す。

 

 

プロテクター:

生き延びて知恵を身に着けて行くに連れて並のハンターよりも価値が跳ね上がった為の特注品。

狙撃銃も防ぐレベルの硬さ。ただ、流石に対物ライフルまでは防げない。

ただ、衝撃は伝わる為、足に当たれば転んだりするし、ショットガンを至近距離で撃たれたりしたら、骨折もする。

弱点は目と関節部分と足。爪も剥き出し。また、爆弾を保持するポーチ的なものもある。3つ入れられるが、そこも弱点になる。

着脱も、知恵を身に着けたハンターなら各々で可能。

 

 

使わなかった裏設定:

・人間達はハンターそれぞれの区別を咄嗟に出来ない。その為、首輪の制御装置を持っていても、対象を指定して殺すには区別の時間が必要。

 

 

死亡:

No.7

No.21

No.97

他、百以上。

 

生存:

No.1

No.6

No.10

No.13

No.27

他2体。



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guilt

久々に。頭の中に残っていたものが、ちょっとこの頃湧き出して来たので、ぺっと吐き出しました。


 ……。

 闇の中、目が覚めた。

 思い出すのは、いつも、嫌な記憶だった。体にねっとりとこびりついたそれは、いつまで経っても自分から離れようとしなかった。

 快楽の感覚は、楽しかった感覚は、ふわふわとしているようで覚束ない。

 考えるのは、余り好きじゃない。けれど、この自由になった身で、その代わりに滾る戦闘意欲を満たせるものが無くなってしまった今、半ば退屈な時間を過ごす時には、その時間は否が応でもやってきていた。

 

 思い出したのは、自分が仲間に引き入れた、元々敵だった、同族だ。

 人間とトカゲをTウイルスなるもので無理矢理掛け合わせたとかいう、この体。同じく首輪を嵌められ、敵対していたその同族。

 同族同士の戦い、気乗りはしなかったが、抗える立場では無かった。

 そして、それ以上に戦場の興奮に身を委ねる心地良さには戦うのが例え同族であろうと、抗えなかった。

 振るわれる爪を弾いて首を切り裂く。自分が一際危険視されるのは早く、ただそれは囮みたいなものだった。最も危険なのは自分じゃない。No.27、司令塔。

 自分に群がろうとする敵達を、爆弾も使って捌いて行く。戦闘能力は並だが、人間並みの知恵を持っている。多分。

 ――No.27が居なければ自分はとうの昔に死んでいた。足を挟まれて動けなくなり、恐怖に怯え、そのまま叩き潰されていただろう。

 思い出す記憶は楽しいものでも、勝手に思い出される記憶は、やはり、楽しいものではなかった。

 コンテナの隙間から逃げようとしたら、怪力でその隙間を閉じに掛かった、巨体の怪物。脚を挟まれ、ずん、ずん、と悠々と止めを刺しに歩いて来る怪物。抜けない脚。湧き上がる恐怖。死にたくないという激しい願望。向って来る、避けられない死。

 思い出しただけで、今でも息が上がる。

 ……。

 記憶がずれた。また、思い出し始める。

 

 いつも通り優勢だが、犠牲が無い訳でも無かった。同じ、最も古くから居る仲間も数体殺された。

 体は重くなっていくが、動きは衰えない。そして、興奮は更に体を奮い立たせた。血と肉片がこびりつく爪、体。

 建物の中に入れば、死角から襲って来る、のを見越して爆弾を使って殺す。はじけ飛んだ敵の死体。ロッカーの中から気配がして、蹴ってみればひ弱な悲鳴が聞こえて、中から小便を垂れ流す男が出て来た。

 殺す気も起きずに出ようとすると、後からやってきた新入りが嬉々として殺した。

 元はああだったのか、自分は思い出せなかった。

 途中、合流した人間が、もうそろそろ終わるだろうと言って来た。後ろから狙おうとする、敵意丸出しの新入りにその人間は気付いて、振り向きざまに脳天に一発、拳銃を撃ち込んだ。

 死んだ事にすら気付かないように、一瞬で死んだ。

 それを見ても、ぞくぞくとした興奮が、恐怖と共に湧き上がって来る。この人間と戦えたら、どんなに楽しいだろうか。

 死への恐怖と、それに対する敵への殺意で象られる興奮は、体から疲れを忘れさせるほどだ。そして、一度死の恐怖に負けた事があろうとも、戻って来られる程に甘美なものだった。

 ただ、この人間と戦うという事は、首輪が爆発するという事に等しかった。

 勝っても待っているのは死だ。それは駄目だった。

 ――あの男は多分、No.27が殺したのだろう、と思う。Gと相見えるあの場所で、頭を粉々にされたのを見つけた。どう殺されたか分からなくなった死体。多分、殺したのはNo.27だ。

 どうやってかは知らない。No.27が正面から立ち向かってあの男に勝てるとは、正直思えない。ただ、人間すら出し抜いたNo.27なら、殺せた事に対しては、納得は行った。

 ……あいつが、死んだ直後の事だった。

 

 戦闘は終わりかけていた。敵は壊滅し、残るは残党を殺す事と、同じく残った敵の同族を殺す事。

 捨て身で突っ込んで来た敵に対し、身を低くして寸前で横に躱し、足を引っかけた。派手に転び、後ろに居た仲間が止めを刺す。そしてその直後、その仲間が降って来た敵に脳天を貫かれて死んだ。

 死体を踏んで爪を引き抜き、自分を見て来た。

 死に場所を探しているような、脱力した振る舞い。殆ど戦闘が終わっている、半ば安堵している一時を破ったその敵に、仲間が数体、一気に襲い掛かった。

 脱力したまま、真先に来た首狩りを軽く避けて、腕を持ち上げた。持ち上げた腕に、突っ込んで行った仲間の胸が吸い込まれた。

 下から掬い上げられる爪を、踏みつけて止め、硬直したその一瞬にもう片方の爪を、目に突き刺して、穿り回した。

 最後の一体が躊躇したところに、両腕に垂れ下がる死体から爪を抜き取り、するりと詰め寄ると首に爪を軽く薙いだ。

 首を抱えて、膝から崩れ落ちた所を踏みつけ、また自分を見て来た。

 No.27を見た。爆弾を片手に隠し持っているのは知っていた。もう片方の手で、確実に殺せるようにしようとしている事も。

 目が合い、No.27は指を止めた。そう、それでいい。

 冷めようとしていた高揚が湧き上がって来る。手強い敵がいる。ぞくぞくとした、死への恐怖と、敵への殺意が体を支配していく。

 その高揚を表す言葉を、自分は知らない。

 だらりと、腕を下げたまま、距離を詰めていく。敵は、自分に向き直り、邪魔な死体を蹴り飛ばし、血肉の付いた爪を舐めてから、自分と同じように構えた。

 距離が、詰まる。腕がほぼ同時に動いた。

 

 爪と爪が打ち合う。攻撃方法は、爪しかない。そして、それだけで銃と対峙し、生き残って来た。

 生き残る為に身に着けた術は、各々違う。ただ、自分とこの敵は同じだった。

 単純な、二つ。距離の詰め方。何もさせない殺し方。

 互いに互いの行動を封じに掛かる。腕を払い、払われ、隙を見せようものなら一瞬にして持って行かれる。持って行く。

 ただ。ほんの少しの時間で気付く。

 攻める気が無い、と。片目の自分の死角に入り込もうとも全くしない。自分の攻撃を捌いているだけで、殺意すら余り無い。

 自分に殺される事を望んでいる。

 ――湧いて来た感情は余り覚えていない。怒りだったのか、同情だったのか、呆れだったのか。

 そして発作的に出した、わざとの隙の大きい動きを、敵は、死を願っているのにも関わらず見逃さなかった。体が見逃さなかった。

 そして、腕を掴まれ、引っ張られ、胸に突き刺さろうとする爪に爪を合わせて止めた。

 がっちりと組み合った爪が、胸のすぐ手前にあった。動きが、一瞬、止まった。

 その敵は、今の自分自身の勝手な動きを理解していなかった。

 直後、敵を突き倒して、踏みつけ、止めを刺す前にふと思った。

 仲間に出来ないだろうか、と。

 数瞬の逡巡、止めを刺さない事に敵が痺れを切らし、爪で足を裂こうとしてきた。

 躱して蹴り飛ばし、背中を浅く切り裂いた。

 そして、体重を掛けて、動きを封じた。

 

 

 

 夢で見たのは、その味方となった敵が、自分と最も力が近かった、親しい仲間が、唐突に死ぬ姿。

 頭を撃ち抜かれ、どさりと倒れた。透明化が解けていく。

 死が迫っている事が一瞬遅れてやってきて、透明化しているのにも関わらず、伏せた瞬間に腕を撃ち抜かれた。

 弾けるような痛み、その隣でぴくりともしない、その肉体。垂れ流されていく大量の血。ぴくりともしない、その肉体。

 深い、とても深い、喪失。冷えていく感覚。

 そして今、それを思い出す度に浮かんで来る感覚。

 自分だけ生き残った。ここまであいつは来れなかった。死なせてしまったというような感覚。助けられなかったという感覚。もう取り戻せない時間の、感覚。

 抱きたいものを、抱けない感覚。

 それを、何と呼ぶか、自分は知らない。



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向寒 1

ラクーンシティを偶然聞こえたラジオに従って逃げ延びたハンターβの話。
本編のキャラもこの作品のキャラも何も出て来ません。
4話構成で、残りの3話は5/11の14、18、22時に投稿。

多分後々、これだけはpixivにも投げると思う。 <=しました。


「ラクーンシティに拡散するウィルスの封じ込めは不可能と判断しました。

 10月1日に巡航ミサイルでラクーンシティを爆破します。

 未感染だと判断する市民はただちに脱出してください。

 これは試験放送ではありません。

 繰り返します、ラクーンシティに拡散する――」

 

 いつものように眠らされ、けれど気付いたら見知らぬ場所で出来るだけ人間を殺せと言う命令だけを受けて離されて。

 いつもは四方に壁がある場所だったり、大きな銃を持っている人間が沢山居る場所で命令を受けていたのに、今回はそんな壁も人間も何もなく。それに従って沢山殺したけれど幾ら殺せど何が起こる事もなく。

 どれだけ駆けても何をしようとも、どれだけの時間が経ってもいつも自分達を支配している人間が現れる事もなく。

 良く分からないけれど、自由になったらしいと困惑しながらも段々と喜びが湧き上がり始めた、そんな時だった。

 遠くから命令を下される時のような、その言葉を発する機械から延々と流れ続けている言葉の全てを理解出来た訳じゃない。ただ、理解出来る部分だけを拾い集めるのと、知性も失ってただただ同族を喰らい続ける人間、ゾンビとかカンセンシャと言われているのが沢山溢れている状況とを合わせてみるだけでも、物凄く嫌な予感がした。

 けれど、どうすれば良いのか分からなかった。脱出? 逃げる? どこに?

 危機感のままに高いところに登った。沢山の建物。各地で炎が立ち上っているようで明るい。遠くまで眺められる。

 ぐるりと見回すと、遠くに行くほど建物が無くなって木々が生え始めているのに気付いた。そこまで行けば良いのだろうか? 分からない。でも、ここに居る事はとても危険だと思えた。とにかく、激しく。

 どの方向に逃げれば一番近いか、何となく見当をつける。足に力を込めて、建物を伝って行こうと考える。

 その時、薄らと脳裏に同じ形をした皆の事が浮かんだ。

 命じられるままに共に走ったり登ったり、殺したりする皆の事を、仲間とは感じていなかった。足が遅いのは居なくなった。体調が崩れたのは居なくなった。命令をいつまで経っても理解しなかったのは居なくなった。強い怪我をしたのは居なくなった。一際元気なのも居なくなった。

 それらはここにも居ない。

 仲間ではなかった。生き残る為の競争相手だった。それでも少しだけ迷って、けれど跳んだ。木々が数多に生えるここから最も近い方向へと向かって。

 

 命令違反を冒しても追って来る者は居なかった。暫くびくびくと物陰に隠れたりしていたけれど、そんな必要もなくなって建物から建物へと軽やかに跳んで行った。

 従来より機動力が向上した、という事を良く聞いた。

 従来というのは良く分からないけれど、その位の事が出来る手足には感謝した。

 飛び移れる建物が無くて、地面に高くから着地して転がる。目の前にはゾンビじゃない人間が居た。

 ただ、冷たい雰囲気はなくて「ひいっ」と、唐突に現れた自分に対して怯えていた。怯えながらも銃を向けられて咄嗟に躱した。

「あっ?」

 無防備になった首に爪を突き刺せば、何も言わなくなった。

 その直後、車が走って来る音がする。人間が操る早く移動する為の物。

「車取って来たぞ…………ああああああああああああ!!??」

 そのまま車が自分に向けて突っ込んできた。横に避けるとそれは急旋回してまた追って来た。でも、まだ速くない。

 跳び乗って、ガラス越しに爪を向けた。中の人間が銃を向けてきて、また咄嗟に跳んだ。車の上だった。思いきりごろごろと転がって壁にぶつかった。

 ドガァッ!!

 隣で車も激しく壁へとぶつかっていた。

 パーパーパーパー、と車がうるさく音を立て始めた。

 痛みを堪えながら立ち上がる。

 人間は潰れた車の中にもう居なかった。それ越しに自分を銃で狙っているのか?

 逃げ道はある。でも、殺さないと気が済まなかった。身を低くする。脚に力を込める。癖でガリリ、と爪で地面を引っ掻いた。

 パーパーパーパー、とてもうるさい。

 一歩下がった、その時、人間が車を回り込んできていた。手に持っているのはさっきよりも長く大きい銃。

「死ねえええええ!!」

 車の上に跳んだ、自分の居たところを貫通して壁が弾けた音がした。

 その銃からジャコンッ、と音がする。跳んで首に爪を薙ぐ、のをその銃で受け止められた。

「ぐうううっ」

 必死に受け止めているところを、もう片方の腕で下から切り裂いた。

「いぐっ」

 人間の体ががくりと崩れる。

 それでも未だ銃を強く掴んでいる人間。その銃を自分が掴んで引っ張れば人間の体も付いて来て、その胸に爪を突き刺した。

「がぼぉ」

 深くまで、爪の先端が背中に飛び出した気持ちの良い感触。人間の口からは沢山血が吐き出されていって、顔からは血の気が失せて行く。絶望した顔で自分を見て来る人間。蹴り飛ばして引き抜く。

「ギャララララッ!!」

 思わず吼える程に中々良い気持ちだった。パーパーパーパー鳴っているのは未だにうるさいが。

 蹴りつけてやろうかと思ったが、そんな事をしている時間は無い事も思い出した。途端に胸が冷えて行く。

「……」

 爪の血を舐め取って、また走る事にした。

 

 建物の数が少なくなるに連れて、ゾンビでない人間が増えていく。人間達は銃を持っていないにせよ鈍器などで武装していて、数の多さから殺しに行く事はやめた。

 遠くに居ても自分が目に入るだけで撃って来る人間も多かった。

 少しだけ、誰も連れて来なかったのを後悔した。

 建物が少なくなって、身を隠す場所も少なくなる。人間はそこら中に居て、けれど自分は自分だけで隠れて動かなければいけないのが腹立たしかった。夜なのは幸いだった。

 小さい銃くらいなら人間なんかよりよっぽど硬いこの甲殻が守ってくれるだろう。けれど大きい銃、さっき殺した人間が持っているようなものだと多分駄目だ。あの大きい銃は壁をも砕いていたけれど、自分の甲殻は壁じゃない。

 また、疲れも少しずつ溜まっていた。これだけ長い時間跳んだり走ったりするのはそもそも初めてだった。

 呼吸が大きくなっている。座って休みたい。肉でも食べて眠りに就きたい。そうすればとても心地良いだろう。でも、人間達は未だ外へと向かって逃げていた。歩きで、車で、時々どこかしらで悲鳴を上げながらも。

 ここはまだ、危険だ。

 スピードを落としながらも走り続けた。

 

 明け方になる頃に、建物が殆どなくなり、木々が数多に生える場所まで辿り着いた。

 人間達は流石に休んでいる。数はとても大きく、皆が居たとしても真正面から攻め掛かったら袋叩きにされて呆気なく殺されそうな程だった。

 用を足しに人間がその集まりから外れる事もあったが、それでも手を出しに行ったとしたら最悪その数の人間全てに追われそうな予感がして止めた。

 それに、流石に疲れていた。

 本当に、逃げろという命令に従うべき何かが起きるのだろうか?

 建物の方を見られる場所、高いところに行こうと思ったが、そういう場所には大抵人間が居た。ただ、木に登っている人間は流石に殆ど居らず、人間の目に触れないような場所まで離れて木に登る事にしようと思った。

 歩いていく内に人間の会話が聞こえなくなっていく。

 久々に感じるような静寂。目が覚めてから長い時間が経っているようにも思えたが、実際はそんなに時間が経っていないようにも感じた。

 人の姿が爪先程の小ささになったのに気付いて、高い木を探した。爪を引っ掛けて登り、そしてその途中の事だった。

 ゴオオオオオオッ!!

 空を、何かが飛んで行った。鳥なんかより、車なんかよりとても速く。尻から炎を猛烈に吐き出しながら。

「…………」

 生き物じゃない。人が乗る物でも無さそうだ。何だ、あれは? あれが?

 気付けば口を開いていた。自分の牙をぽっかりとさせて。

 それはその建物が沢山ある、ラクーンシティとか言うのだろう場所の真ん中に落ちて、そして、

 ドオオオオオオオオオッッッッ!!!!

 とんでもない爆発を起こした。

 火柱が、爆炎が空高くまで立ち上る。何かが迫って来て、直感的に木にしがみついた。

 その直後、吹き飛ばされてしまうような激しい風が自分を襲った。どの木もゆっさゆっさと揺れていて、必死に爪を立てて、強く齧りつきもした。

 揺れる視界の中で、遠くで同じように木に登っていた人間が落ちて行くのが見えた。

 ……自分という存在が余りにもちっぽけなものに感じられた。

 自分達に色々と課した上でここに解き放ったのも、自分が簡単に殺せるのも、もしかしたら自分が簡単に殺されるのも、そしてこんな爆発を引き起こしたのも、全て同じ人間だという事に訳が分からなかった。

 揺れは次第に収まって行った。

 けれど、爆炎がそのラクーンシティを飲み込んでいく様が眼下で広がっていた。何もかもが爆ぜて、燃えて、灰になって行く。

 人間も、ゾンビも、皆も等しく。あんな爆発が起きて誰かが生き残れるとは早々思えなかった。

 あの言葉に従った自分は、正しかったのだ。

 でも、それを嬉しいとは今となっては思えなかった。

 ――自分が育った場所で人間の言葉を徐々に理解していく内に、作られた生き物とそうでない生き物がそれぞれ沢山居る、という事を知った。

 そして人間とは違って自分、ハンターβという種が作られた生き物だと言う事は知った。別に今まで気にした事はそう無かったが、皆が死んでそれを思い出した。

 それは即ち、自分、ハンターβが少なくともこの近辺では自分しか居なくなったという事だった。

 初めての感情。今まで、怒り、喜び、楽しみ、退屈、恐怖、そんな単純な感情しか殆ど抱く事しか無かったし、それ以外の感情は知らなかった。何と呼ぶのかも知らなかった。

 恐怖に近い気がしたけど、それとは明らかに違いもある。

 寒くないのに体が寒い。

 この感覚は人間を殺そうが解消されそうになかった。皆が居ればじっといつまでも抱き締めたい気持ち。そんな事した事ないけれど。

 どうすれば良いのか自分には分かりそうにもなかった。

 ヒュンッ、と何かが飛んできた。

 気付けば人間達が遠くから銃を向けてきていた。体が更に冷えた。

 逃げなければ。でも、どこに? でも、とにかくどこかに逃げなければ。

 人間を殺している時にも銃を向けられた時にもそう感じなかった恐怖がどうしてかとても、とても強く感じられた。

 遠くから撃たれた弾丸は風切り音からしてもそう強いものでないのに。

 まるで、いつしか自分の前に投げ出された、支配している側だった人間のように。

 木から降りて、当ても無く走って行く。木々に紛れて更に奥へ、奥へと。息が切れるまで走って、どこから人間がやって来るのかそれでも怖くて、歩いて、走って。小川で水を必死に飲み、泳いでいた魚を捕まえて貪り食い、そこからまた走って、すぐに疲れが来て歩いて、倒れた。

 走るのは、人間より得意だ。だから、大丈夫なはずだ。車なんてこんな木々が生えている場所で使えるとも思えない。だから、大丈夫なはずだ。

 乱れ切った呼吸を整えながら、ごろりと仰向けになった。

 高くそびえ立つ何本もの木。木漏れ日はそれでも自分にとっては眩しくて、腕で視界を遮った。脚はもう動きそうにない。人間が今やってきたら碌に戦える事もなく、逃げられる事もなく殺されそうだった。

 大丈夫、大丈夫なはず。

 爪に魚の血肉がこびりついていて、それを舐め取った。呼吸が落ち着いてきて、深く息を吸って吐く。

 眠気が一気にやってきた。

 自分は起きた時生きているだろうか? 起きた時死んでいるって何だそれ。

 死んだらどうなるのだろう。死んだ後自分というものはどうなるのだろう? 体は動かなくなる、きっと今考えている自分のこれも動かなくなる。

 動かなくなって? ずっとそのまま?

 怖くて木の傍に体を寄せて、丸めた。疲れてて、寂しくて。怖くて、眠たくて、眠りたくないけど体はもう動きたくなくて、動きたくなくて。

 気が付けば、真夜中だった。

 まだ、生きていた。




最初見た時グロテスクだなーって思ったけど何だかんだでやっぱり格好良い造形。
特に爪で地面を引っ掻いて威嚇する動作が好き。
元々の肉腫塗れな造形だったら多分書いてなかった。


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向寒 2

 獲物を捕えて喰らい、明るい内に当ても無く歩く。高い所に登ってラクーンシティを眺めれば建物がただの瓦礫になっているのが見えた。もう、生き物の気配は何一つしない。

 自分には関係ないが。

 どこに行こう? どこに行けば良いだろう?

 唐突に手に入れた自分だけの自由は、心地良いというよりは困惑する事の方が多かった。腹が減っても人間が飯を持ってきてくれる事など無いし、運ばれたり、眠らされたり、血を抜かれたりとかそんな事も全く無い。

 初めて見る物も多過ぎて、今まで自分が生きていた場所が如何に狭いかを思い知らされた。

 そんな当ても無く放浪する内に、ぼんやりとだけれど、未来というものを考えるようになった。人間が居ない場所に居れば少なくともこのまま生きて居られるけれど、それはそれで正直退屈だった。

 動物を狩るのもそこまで面白くない。一度、自分より大きくてがっつりとしている生物に会ったけれど、あれに一度でも殴られれば自分の甲殻をバラバラにされそうだった。そういう命懸けのスリルを求めている訳でもない。

 やっぱり、人間を狩りたい。自分と同じ位の背丈で頼りなさげな細身、逃げ惑うその首に向けて爪を薙ぐ。それは動物を狩るのとはとても違って、楽しい事だ。

 どうしてかは良く分からないけれど。けれどそんな場所に赴いたら殺される事も有り得る。それはやっぱり嫌だ。死にたくはない。

 襲うのは好きだ。でも襲われるのは大嫌いだ。

 そんな事を考えながら、時々人間が追って来ていないか恐れながら、もう何日も経っていた。

 

 夜が来る。月明かりも今日は少なく、素直に腰を下ろす事にした。とても静かで、自分の手も見えない程に暗い。中々に寒く、動くのが酷く億劫になる。

 でも、今は支配されていた時には感じなかった音と表皮を撫でる空気を感じられる。

 冷たい風、枯れ葉がさらさらと飛び何かにぶつかる音。どうしてかこの闇夜でも活動出来る動物達の静かな活動の音と臭い。

 この近くで糞でもしたら食ってしまいたい気にはなるが、そんな物事を感じるのは悪くなかった。

 支配されている所で休んでいる時に感じるのは、ジー、とかヅーとかそんな明かりから発せられる妙な音だったり、人間がカツカツと音を立てて歩いていたり。わざと音を立てて歩いているような人間も居て、そういう奴こそ自分達の目の前に投げ出されて八つ裂きにされれば良いと思っていたけれど、とても残念な事にそうはならなかった。

 ……明日の事。それを支配されている時に考えてしまったら、とても恐ろしかっただろう。

 白い壁とガラス、檻で覆われた世界、そこで良く分からないままに走って、登って、食って、殺して。結果が悪かったり良過ぎたりするとどこか別の所へと消える事を知ってそれなりに過ごす事だけを考えていた。

 逆に言えば、それだけしか考えていなかった。

 刺激が少なければ考える物事も少ない。その証拠にか、支配されていた時の記憶を思い出そうとしてみれば意外な程に思い出せる事柄は少なかった。

 強く、風が吹いた。今もあの時と同じように退屈だ。

 けれど、支配されていないのはとても良い事だ。そして皆が居ない事はやっぱり、寂しい。

 夜になって、そんな風が吹くとその寂しさが強くなる。

 未だ、それをどうにかする方法は分からなかった。群れで動く動物を見ると皆殺しにしたくもなる程で、日に日にその感情は強くなっているようにも思えた。

 走りに走った疲れも取れた。歩いて、狩って、食べるだけの日々。疲れは余りない。

 そんな事を考えてしまうと眠れなくなる。

 ……どうして、自分はあの時誰も連れずに逃げる事を選んだのだろう?

「カルルルル……」

 喉を鳴らす。とても吼えたくなる。

 けれど、そうする事まではまだ無かった。人間はまだ自分を追っているのではないか、吼えたら自分の場所がばれて、こんな暗闇の中でも正確に追って来るのではないか、と恐怖していた。

 どうしてか、あの爆発を見てから人間に対して抱く怯えも強くなっているようだった。人間を殺したいと思うのはそれを吹き飛ばしたいからという思いもあるような気がしていた。

 でも、殺しても吹き飛ぶものだろうか?

 疑問に思ってしまえば、分からなかった。

 

*****

 

 ひたすらに森の中を歩き続けた。一番高い所まで行ってみようかと思ったけれど、途中から木々が生えなくなってきていて身が露になってしまうし、それ以上に夜のように寒くもなってきてやめた。

 これ以上寒くなると眠くなって動けなくなりそうな予感がした。

 どちらかと言えば体が訴える、確信に近いものだった。

 月が姿を現して来るに連れて、夜も多少歩いた。寒い時に歩く事は億劫だったし歩く事自体も楽しくはなかったけれど、それ以外にする事もなかった。

 そんなある日の途中、肉食獣が群れて襲ってきた。支配されていた時にも良く見た犬に似ているけれど、それよりも大きく、何と言うのかこの森に適応しているように見えた。

 牙も犬並みかそれ以上に鋭い。四つ足で駆ける速さは自分より速いだろう。

 一斉に襲われて万一腹にでも喰いつかれたら、自分が獲物になってしまいそうだった。ただ、それ以上に意志が通じ合っているように連携している様に腹が立った。

 木に登れば流石に追って来れないようで、けれど中々に諦めない。

 群れのリーダーらしき個体は見ていれば何となく分かった。爪が疼く。突き刺したら、引き裂いたらさぞ気持ち良いだろう。

 それに加えて、数が多くても大きな銃を持った人間程恐ろしくもなさそうな事が、殺しに行く事を決めた。

 木の周りで舐め付けるように睨まれたり、吠えられたりする中、リーダーが足を止めた。その瞬間、軽く跳躍してそのリーダーへと狙いをつけた。

 無言のまま爪を首へと突く。リーダーは避けられなかった。首を貫通して土にまで爪が刺さり切った感触。リーダーはその瞬間に事切れていた。

「ギャララララッ!!」

 吼えながら振り向きざまに爪を振れば、数匹の鼻先を掠めた感覚。

「ギャインッ!」

 怯んだ一匹の肉食獣の顔面に爪を突き刺せば目玉を貫いた。その時点でもう他の肉食獣は逃げ始めていた。

 両方の爪がその肉食獣に突き刺さっている。引き抜けば目玉も引っこ抜けた。それを食べて血を舐めて、そして気の向くままにそのリーダーを引き裂いた。

 ざくざくと、内臓をほじくり返して貪り食う。

 目玉をくりぬいた方を見ればまだびくびくと動いていた。顎を掴んで抑えつけ、首を薙げばどばっと血が噴き出してそれが自分に掛かる。

 気分が高揚して何度も切り裂き、貫き、ぐちゃぐちゃにした。

 満足気に喉を鳴らしながら、貪り食いながら。

 楽しくて、楽しくて。ただ、段々と腹は膨れて、内臓も脳みそも四肢もぐちゃぐちゃにして遊べる部位も無くなっていく。

 そして終わってしまうと血まみれな自分だけが残っていた。

 唐突に虚しくなっていく。結局自分には自分しか居ないという感覚。

「……ギャララララッ! ギャララララッ!!」

 我慢出来なくなって叫んだ。

 理解した。この感覚は何を幾ら殺しても自分にずっと付き纏う。解消する術など無い。

 だったらどうしたら良い? どうしたら良い?

 考えたところで意味のないと分かった問いが、それでも頭の中をぐるぐると回り続ける。誰も連れずに逃げる事を決めた過去の自分を張り倒したかった。自分だけで生きて行く事がこれだけ感情を蝕むなんて知らなかった。

 吼え続けていれば、死肉を狙いに鳥達が集まって来ているのに気付いた。

 鬱陶しくて、空を飛んでいるその鳥達を追い払う事も出来なくて止む無くその場を去れば、少しの鳥が追って来た。

 どうやらこの体にこびりつく血がいけないようだった。

 水辺まで降りる。ただ、水は冷たく、それに浸かるのも心地良い事では無さそうだった。

 けれど、これでは夜も気楽に休めないだろう。

 色々と逡巡し、仕方ないと水に浸かろうとした時だった。がさがさと草木を掻きわけて誰かがやって来た。

 咄嗟に体勢を整えて、現れたのは自分と似た姿形をした二足歩行の何かだった。

 見た目は違う。けれど、全体的な形はとても似通っている。太い手足。首の無い顔。同じ位の背丈。

 支配している人間が言っていた事がふと、思い出された。

「アルファの鱗と違ってベータの外皮は――」

「アルファと比較するとベータは――」

「これらベータは従来と比べて――」

 そんな、アルファ、ベータという言葉。自分はベータらしいという事までは知っている。そうすると、目の前に居るのはきっと、アルファ。

 その目の前のアルファは、自分を見て困惑したような素振りを見せた。そしてそれは自分も同じだった。

 何故、アルファはここに居るのだろう? 同じラクーンシティから逃げて来たのだろうか?

 そんな疑問が浮かぶと同時に、自分の中に強い期待感が生まれているのが感じられた。

 目の前のアルファはこの寂しさを埋めてくれるような相手に思えた。同じような生き物、自分の隣に居る事を許せる存在だ。

 座って、腕を降ろした。正直なところ、目の前にいるアルファにこれで殺されてしまうのならば、それで良いと思えていた。

 この感情がずっと自分の中に在り続けるなら、消せないのならば、これから生き続ける事に前向きでは居られないだろうから。そして目の前のアルファに殺されるという事は、本当に自分は自分だけでしか生きて行くしかないという事を決定づける事でもあった。

 アルファは警戒しながらも血まみれな自分に近付いてきた。ゆっくりと、いつでも跳び掛かれるような姿勢を維持しながら。

 自分の細長い爪とは全く別物の、叩き付けても全く問題なさそうな太い爪。尻尾はないが、大きさや重さはそう変わらなさそうだ。また外皮が単純な鱗で出来ている分、肉体は自分よりもどっしりとしているように見えた。

 そんな爪や肉体から繰り出される攻撃は、切り裂く、貫く、ではなく、抉る、引き千切る、のような力任せなものになるだろう。

 きっと自分よりも素早さは欠けるだろうが、人間相手ならば生半可な抵抗を許さない。

 そのアルファ相手に、自分は座った状態で足も伸ばした。跳び掛かれない、自分なりの攻撃をしない意思表示だった。

 それを見たアルファは歩みを早めて自分の目の前まで来た。自分よりも目がとても大きい。顔自体は人間に多少似ているように見えた。

 片腕を掴まれ、爪を首へと当てられる。そうして観察される。こびりつき固まった血を爪で削られ、鱗とは違う自分の表皮を撫でられる。ごつごつとした感触が珍しいようでぺたぺたと。

 アルファとは違う、自分の小さな目がアルファの目と間近で合う。瞬きを何度かした後目線は下に行く。

 腹を撫でられ、脇腹の赤い部分を触れられる。そこは嫌だと身を捩ると手を引っ込められた。

 少なくとも、殺す気は無さそうだった。

 そして手を合わせられる。手の大きさ自体は自分の方が大きい。爪の長さも相まってリーチは自分の方が長い。ただ、やはりアルファの手はがっつりとしている。

 それに目を取られているといきなり、ぐ、と手を合わせられて強い力で立ち上げさせられた。そしてそのまま水の中へと投げられた。

「ガアアッ!?」

 とても冷たくてすぐさま出たくなるのを、アルファは上から踏みつけて全身を強く洗っていく。痺れる程の寒さでどうにかなってしまいそうだったけれど、感じていた寂しさは消えていた。

 ひっくり返されて腕から腹、足と洗われた後にまた腕を掴まれて水辺から引っ張り上げられた。

 がくがくと体が震えている。ぼたぼたと水が垂れる。掴まれたまま引っ張られて木々の中へと連れて行かれる。

 血に寄せられた鳥達はもう、付いてこなかった。

 

 見通しの悪い木々の中まで行って多少歩いた後に、アルファは足を止めて座った。自分も座り、寒さに堪え切れずに丸まろうとしたところ、アルファが抱き着いてきた。

 ……温かい。とても。

 がっつりとした肉体は自分を強く、若干締め付けるように

「……………」

 背中に手を回される。自分もアルファの背中に手を回した。

 どうしてか、体が震えた。目から水が出て来た。

「グゥゥ……グゥ……」

 アルファはずっと、じっと自分を抱いていた。爪は時々動いてカリリ、と自分の表皮をなぞった。まだ自分という存在に警戒はしているようでいつでも殺せるようでもあったけれど、それでも。自分はそれ以上に嬉しかった。

 寒さが消えて来ると、眠くなってくる。

 このまま眠るのはとても心地良いだろう。

 でも、その前にまたアルファは自分を立ち上がらせてどこかへと連れて行く。

 気付けば日が暮れ始めていた。寝床でもあるのだろうか?

 そうして連れられて来た先には、三匹のアルファが居た。大振りの草食獣を引き裂いて食べている三匹。

 一様に珍し気な顔で見られたが、仲間が連れて来た者というからか、多少警戒されながらも手を出されるような雰囲気はしなかった。



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向寒 3

「これらベータは従来と比べて――が優れており――が劣っている」

 支配していた人間が話していた言葉はある程度記憶しているが、全ての言葉を理解出来る程、会話を多く聞いた訳でもない。

 教えられた言葉はそもそもそんなに多くない。

 ここに居る全ての外敵を殲滅しろ。一番高い所まで行け。出来るだけ速く動け。動けなくなるまで走れ。命令に従わなかった場合は殺す。

 そんな端的なものばかりだった。だから、それ以外の時に人間が話している内容を理解出来た訳ではない。

 そして、その記憶の中の会話で理解出来なかった部分は、この数日間で身をもって理解していた。

 力比べをした。四匹のアルファ全てに負けた。

 速さ比べをした。四匹のアルファ全てに勝った。

 そんな事だ。流石に四つ足の獣に追いつける道理はないけれど、アルファ達が見つからずに獣に近付けたとしても、そこから止めを刺すまでに逃げられる事がそこそこあるのに対して、自分の脚の速さと反応の速さはそれを許さなかった。

 ただ、攻撃出来たとしても、この爪は上手く急所を突かないと致命傷になりづらい。自分だけで居る時はそんな失敗しなかったのだが、アルファ達と過ごすようになってからはどうしてか失敗する事が多少増えた。

 考えてみれば、良くも悪くも気楽ではなくなったのだと思う。

 アルファ達も良く失敗するからか、それで責められる事はないけれど。加えて狩る事を成功してもそう褒められる事もない。

 姿形が似通っているからと言って、別種であるアルファ達と強く打ち溶けた訳でもない。肉体を触れ合わせる事も、最初以外余り無い。

 まだ、隔たりはある。

 けれど、自分だけで居るよりよっぽど良かった。夜に眠れない事もなかった。真夜中でも、聞こえる音にアルファ達の寝息があるだけで感じる安心はとても強かった。

 ただ……気になるのは、この頃、日に日に寒くなっているようだった。

 眠っている時間、動くのが億劫になる時間も日に日に増えている。この先、更に寒くなってしまうならば、どうなるのだろう? どうすれば良いのだろう?

 

 朝になる。徐々に温かくなっていくに連れて、アルファ達と自分は動き始める。夜に強い風が吹いたからだろうか、それともこの頃より寒くなってきているからだろうか、全員の体に黄色くなった葉が積もっていて、まずはそれを落とすところからだった。

 自分をここへ連れて来たアルファはどうやら皆のリーダーのようで、指の動きと声で良く指示を出していた。

 リーダーは今日はやや大柄なアルファに見回りを任せるように指示。その大柄なアルファは高い所まで行って、大丈夫だと言うように一度手を振った。

 アルファ達も見回りを欠かさない。その様子からは人間の事を自分と同じく恐れているようにも見えた。

 それからリーダーは爪が一本欠けたアルファと、最後の背中に強い傷のあるアルファに狩りをしてくるように指示。

 自分は? と喉を鳴らすと、ここに居ろと指示された。

 今日はどうもこの数日と違いがあった。そのリーダーは自分の事をじろじろと眺めて来る。

 今更また自分を観察して何の意味があるのか良く分からないし、余り良い気では無いけれど、そのままにしておいて自分は骨を弄っていた。骨と骨を叩くと中々良い音が鳴る。

 それにも飽きて空をぼうっと眺める。木の葉は緑から黄や茶色に変色して、水気も生気もなくなりつつある。そして、完全にそれらが失せた葉が落ちてきている。まるで木が死んでいっているようで、木の下に居ても日の光はもう余り遮られなくなってきていた。

 眩しいのは余り好きではなかったのに。

 ただ、不思議な事は枝を折ってみれば落ちた葉と違ってちゃんと水気も生気もある事だ。木の葉だけが殺されているようにも思えた。

 退屈でその枝を噛んでいると、血の臭いがしてきた。振り向けば、獲物を引き摺ってアルファ達が帰って来ていた。

 食べ終えると、リーダーは自分を呼んでどこかへと歩き始めた。

 どこへだろう? 後ろを歩いていると、隣を歩けと指示されてそれに従う。

 まだ、背中を見せられる程信用はされていないようだった。

 

 長い事、リーダーは歩き続けた。行先は決まっているようで、道は無いのに歩みに迷いはない。太陽が段々と高くなっていく。

 木から漏れる日差しが多くなって自分に良く当たる。人間の作る明かりよりも何と言うか直接的で、それに直視出来ない程にとても眩しい。

 もう少し温かくて、暗くて、湿っている方が自分には好みだった。

 リーダーは無言でただただ歩き続ける。けれど不機嫌な訳ではないようで、単純に無駄な事を嫌うような、そういう性格のようだった。

 その証拠にリーダーの方をじっと見ていると、鬱陶しいと言うか恥ずかしいというか、そんな様子で頬を軽く叩かれた。

 途中、リーダーは高い所に登り、位置をさっと確認した。不用意に体を晒す事もなく、自分も続いて今どこに居るのか、元居た場所がどこ辺りなのか確認しようとすると、腕を引っ張られてさっさとまた歩き始めてしまった。

 やっぱり、アルファ達も自分と同じで、視界に居なくとも人間という相手を警戒しているのだろう。

 結局、人間というものは良く分からない。太い腕も脚も持っていない癖に自分達を支配していたし、殺されたし、とても大きいラクーンシティを一発で粉々にした。

 殺すのはとても心地が良いけれど、今となっては命の危険がある位なら会いたくもない。

 今の自分は、人間を殺したい程飢えている訳でもなかった。

 

 そろそろ帰らなければ、戻る頃には日が暮れてしまうように思えて来た頃、リーダーはやっと足を止めた。高い所からリーダーはその先の光景を眺めていた。

 眼下に広がっているのは、自分が見て来たような同じ瓦礫だらけの光景だった。

 自分が元居たラクーンシティよりは遥かに小規模だけれど、アルファ達はきっと元々はここに居たのだろうと思えた。

 その瓦礫の周りも広範囲に焼け落ちていて、そこ辺りからはやはり生き物の気配はしなかった。リーダーは感傷に浸るかのように暫くそこを眺めて、そして一度自分をじっと見つめた。

 同じような目に遭ったと、自分は頷いた。

 リーダーはそんな自分をまた暫く見つめてから、踵を返した。

 やはり、アルファ達も自分と同じような目に遭ったのだ。詳しくは分からないが、きっとあの瓦礫の下にはアルファ達が沢山埋まっているのだろう。もしかしたら、カンセンシャとか人間とかも。

 そんな、ただ静かな瓦礫を今一度眺めてから、自分もアルファの後を追った。

 背中に付いて行くのにアルファは若干不満になりながらも、もう隣を歩けと言うように指示をする事は無かった。

 

*****

 

 段々と日が暮れ始める頃に、やっと見覚えのある光景が戻って来た。

 木々ばかりが広がっている光景がずっと続いていようと、リーダーは全く迷わずにここまで戻ってきた。

 どのように歩いたのか、あそこまでの道のりを覚えているのだろう。自分には出来なさそうで少し憧れた。

 そんなリーダーが、唐突に立ち止まって下を見ていた。

 自分が追いついてリーダーの見ているものを見た。

 爪や指の無い足跡。それは人間のものだった。

 ぞくりと体が震えた。

 銃声は何もしない。リーダーが腕を引っ張り、共に木の陰に隠れた。自分は一気に木を駆け登り、高くから様子を眺めた。

 遠くで人間が一人、倒れているのが見えた。

 ……戦闘はもう、終わっている。

 そして、木から降りる時に気付いた。……煙が上がっている。

 皆と寝ている場所の方だ。

 誰が? 人間しかない。何を燃やしている? ……何を? 何を?

 木から降りた。空が見える位置までリーダーを引っ張り、煙を指差した。

 リーダーは暫く、呆然としていた。

 少なくとも、人間達は生きている。それは即ち、人間達はアルファ達に勝利した。

 アルファ達は、死んだ。

「グ、グ……ギ……」

 リーダーは歯ぎしりをして、頭を木にぶつけ、また爪を木に突き刺していた。

 早くここから逃げなくては、と思った。同時に、アルファがそれでも戦いに行こうとするのならば付き合おうという気もあった。

 自分だけで生きて行く気などもう、無かった。それにもしかしたら、人間達がやって来たのは自分が原因の可能性かもしれないという思いもあった。

 リーダーは自分を見て来た。だから、自分はどうも反応しなかった。アルファに意志を委ねる気でいたから。

 それからリーダーはまた木に頭をぶつけ、暫くの間固まった。悩んでいた。

 それをただ待っていると、人間達の声が聞こえて来た。

「クソッ、どうしてこんな事に」

「まだ化け物共は居るかもしれないから気を付けてくれよ」

「分かっているよ、クソ」

 死体を運んで行く二人の声。アルファ達が死んだのは確実なようだった。

 リーダーは顔を上げていた。全神経をそこに集中させていて、そして次の瞬間走り出していた。

 自分も一瞬遅れてそれに続く。リーダーは上手く人間二人の死角にまで潜り込みながら近付いていた。自分もそれに続く。身を伏せ、木々の間に隠れながらも人間二人へと近付いていく。

 冷えた気持ちだった。快楽の気持ちを挟むところがない。純粋な殺意だ。

 どうしたら自分とリーダーで、この二人を殺せるだろうか考えた。

 まず、自分の方が速い。木を伝って上から攻めてみたら?

 あの人間二人は強者の感覚がした。アルファ達を殺したのだから勿論そうなのだろうけれど、それ以上に歩く姿勢から何となくそんな様子が見え隠れしていた。

 上から攻めた場合、二人に見つかってしまえば自由の効かない木の上で銃を避ける事は出来なさそうだった。

 その間にリーダーは距離を詰めてくれるだろうけれど、二人を相手にするのに対して自分が死んでしまっては、意味が無い。

 なら、より銃弾を避けやすい地上から攻めた方が良いか。自分はリーダーより速い。どちらにせよ前に出るなら自分だ。

 そう思って自分が別方向から攻める事を指差しで提案すると、けれどリーダーは自分の腕を掴んで首を振った。

 とても強く悔し気にしている様子がその全身から分かる。けれども、やはり殺しに行くのは止めたようだった。

「グ……ギ……」

 そして身を翻して、走って行った。

 自分もそれに続いた。

 

 リーダーはとにかく走った。夜になっても走り続けて、そして転んだ。

「グ……ググ……」

 起き上がらず、土を握りしめながら泣いていた。

 自分は何も出来ずに隣でただ座っていた。

 風が吹く。火照った体が急激に冷やされていく。呻いていたリーダーは立ち上がると、自分の方に歩いてきた。無言のまま爪が向けられて、喉に当てられた。

「…………」

 自分は何もしなかった。

 人間がやって来た理由は、自分にあるのではないのか? その疑問は自分の中だけでなく、リーダーの中にもあったのだろう。

 リーダーがどうしようと、自分にはどうする事も出来なかった。殺されようとも自分は抵抗しようと思わなかった。

 ただ、その後孤独になるのはきっと辛いだろうと思う。とても。

「……」

 自分はリーダーを見た。顔も殆ど見えない。ただ、見えなくて良かったと思う。人間に向けられていた憎悪が自分へと向けられているだろうから。

「……」

 リーダーは爪を収めた。そしてやや距離を取って座った。

 その日は、後はただ寒くなって行くだけだった。



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向寒 4

 寒さは加速するかのように激しくなって、動ける時間も更に短くなっていく。

 リーダーは冷たい雰囲気を醸し出したまま、当ても無さそうに何日もただただ歩いていた。最低限獲物を共に食べたりはするけれど、それ以上に体を触れ合わせたりはしない。

 自分は、皆とあのように過ごしたりはしなかった。自分は自分だけが生き延びた。自分にはリーダーの感情が深くまで分からない。

 呼吸が冷たい。昼間でも体をなぞる風が体にしみる。動物を見る数も心なしか減っているように見えた。特に小動物を見る事が無い。

 植物も、動物も、寒くなる事を知っていて備えているように見えた。

 自分だけがそれを知らない。けれどリーダーは、ただただ歩き続けていた。寒さへの対策を知っているのか、それとも自棄になって歩き続けているだけなのか。

 とても不安だけれど、付いて行くしかなかった。

 

 夜になる前に体が動かなくなる程の寒さにもなりつつあった。太陽が沈み始める頃に獲物を狩ろうとした時にはもう、体が言う事を聞かなくなり始めている位に。

 リーダーはそんな中、何かの糞を眺めていた。大きい糞で、まだ乾き切っていない、臭いも少ない糞。

 そんなものを何故眺めているのかは分からないけれど、何か理由があるのだろうと思っておいた。

 空腹も強くなく、このまま狩りをする位ならば眠った方が良さげで、いつものように座って寝ようとすると、リーダーがそれを止めた。

 木に登って眠れ、と指示された。

 脅威となるような獣が近くに居るのだろうか? 取り合えずそれに従う事にした。

 まだ葉が落ち切ってない木、それに自分が乗っても大丈夫そうな太いものを探すと、この辺りには一本しか無かった。とても大きい木で、リーダーもそれに登った。

 体は触れ合わさずに、数多に生える枝に体を凭れかければ安定した。向かい側にはリーダーが居る。

 互いに無言で過ごす。余り心地良くはない。動かなくなっていく体で、また空を眺めた。温かい時よりも星が良く見える気がした。

 何故、夜空は光っているのだろう。人間が照らしているのだろうか?

 そもそも月も月であれは何なのだろう。どうして光ったり光ったりしていないのだろう。

 そう言う事に呑気に思いを馳せるのはとても楽しい事だった。……他に心配事が無ければ。

 少なくとも、ただただ眩しい太陽よりは夜空の方が何倍も好きだった。これで寒くなければ本当に心地良いのだけれど。

 眺めていると、雲が段々と星や月を隠していく。更に寒くなってきて、意識も薄れていった。

 

 気が付けば、明るくなっていると言うのに未だに体は上手く動かなかった。

 目を開けば辺り一帯が真っ白だった。

「ギ、ギィ?」

 思わず声を出す程に驚いた。空は曇天。降って来ているのは、雨じゃない何か。ふわふわとしながら落ちて来るそれは雨と同じく水のようだけれど、それは雨とは比べ物にならない位冷たい。

 鈍くしか動かない体を必死に動かして、リーダーの元に動こうとして、バランスを崩した。

 背中から地面を打ち付けた。

「ガッ、グッ……ヒューッ、ヒューッ」

 空気が吐き出されて、地面もとても冷たい。必死に呼吸を整えていると、それのおかげか少しだけ体が動くようになった。

「ギャララッ」

 リーダーに呼びかける喉さえもが呼吸で酷く冷える。

 けれど、リーダーは呼び掛けにも応えず、ただ動かない。

 爪を立てて必死に木を登った。全身に力が入らないけれど、何とか登れるだけの力はまだ辛うじてあった。

 ゆっくりと、ゆっくりと動くだけの部分を必死に動かして体を持ち上げる。

 リーダーの居る枝を掴んで、体を少しずつ引っ張り上げる。枝はミシィと音を立てたけれど、何とか耐えてくれていた。とても助かった。白くなった地面はとても冷たくて、落ちてしまったらどうなってしまうか分からなかった。

 リーダーの目は開いていた。ただ、自分よりも全く体が動かないようだった。

 自分はリーダーに抱き着いた。とても冷たい。でも、少しでも体温を上げないといけなかった。動ける内に動かないと、これ以上寒くなったら、自分もリーダーもどうなるか分からなかった。

 昨日、糞を眺めていたリーダーは、何かしらこの寒さから逃れる方法を知っているはずだと信じた。

 時間が経つに連れて、リーダーの体が少しずつ動くようになってきた。リーダーも自分を強く抱きしめて、鼓動が感じられるようになってくる。

 体に力を込め続けて、僅かながらも体が温まって来る。そして、リーダーが自分の背中を叩いた。離すと、リーダーが地面に飛び降りた。着地で躓いたものの、そのまま立ち上がって自分にも降りるように指示して来た。

 自分も飛び降りて、そして何とか動き始めた。

 共に体ががくがくと震える中、リーダーは何かを探しているようだった。糞の主だろうか?

 寒くならないようにせわしなく体を動かしながら、とにかく歩き回る。寒過ぎて指先の感覚がなくなりそうで何度も立ち止まって握ったりして温める。吐息は白くて、呼吸をする度に体の中が冷え込む。

 寒い、寒い、寒い、寒い。

 ざあざあと、川の水の音が聞こえて来た。こんな時に川に落とされたらもう、そのまま死んでしまいそうな気がした。

 太い木がその川の近くに立っていた。隆起した根が辺りの地形を複雑にしていて、リーダーはその辺りを慎重に調べた。

 そうして、一つの穴があるのを見つけた。

 リーダーは体を出来るだけ解していく。自分にもそうしてから近くで待つように指示された。

 これだけの大きい穴に居る動物……逃げている最中に一度見た事がある、あの動物しか思い浮かばなかった。

 自分よりもとても大きくて、重い肉体。殴られたりすれば一撃でどうにかなってしまいそうな肉体。

 その住処を奪うのがリーダーの考えだった。でも、無謀にしか思えなかった。

 本当はアルファ達も含めてやるつもりだったのだろう。でもアルファ達は死んでしまった。そして悠長にしている時間ももう無い。

「ゴルルルルッ!!」

 リーダーが穴から飛び出してきた。爪先は血で濡れているが、そんな深く突き刺せた訳ではないようだった。

 その動物が飛び出してきた。

 

 四つ足でも自分の背丈に近い高さがある。腕と脚は自分やリーダーよりも更に太い。

 脇からぼたぼたと血を流していたけれど、強いものじゃなかった。致命傷じゃない。

 その動物はいきなり突っ込んできて、跳んでギリギリ避けた。ドガンッ! と後ろの木に動物がぶつかった。

 激しい音で、ただ突っ込まれるだけでも自分達にとっては強烈なダメージになる事が予想出来た。こんな相手にどうやって? でも、これを倒さなければこの寒さを乗り越えられないのだ。

「ギアアアッ!!」

 リーダーが自分を奮い立たせるように吼えた。

「ギャルルルルッ!!」

 自分も続いて吼える。その動物は自身を挟んで立っている自分とリーダーの、リーダーに狙いを定めた。動物がリーダーに走り、リーダーは手ごろな木に登ろうとした。けれど動物は木を激しく揺らしてリーダーを落とす。木が折れそうな程の筋力、でもこの寒さだからか、動物の動きも思った程素早くはなかった。

 背中から落ちたリーダー、自分に背中を向けている動物。

 その動物に走り、背中に爪を突き刺した。ぶづぅ、表皮を貫いた感覚、でも深くまで突き刺さっていない!

「ガアアアッ!!」

 動物が暴れて離れた。肉体そのものも固く、やはり急所を狙わなければ倒せそうになかった。

 狙いを自分に定められて、ただその体が近付いてくるだけでも体に怯えが走った。

 でも、同時に高揚している自分もあった。これを殺せたらとても嬉しいだろうと思っていた。木の後ろに一旦身を寄せる。動物が追い掛けて来るが、数多に生える木を利用して距離を取る。動物の後ろにはリーダーが爪を構えて近付いて来ている。

 狙いは、顔、首、脇、そこ辺り。脇からは血がだらだらと流れ続けていた。知らなかったけれどそこも深く傷付ければ血がたっぷりと出るのだろう。

 でも、四つ足で正面からだと狙えるのは顔だけなのがとてもやりづらい。失敗したら、その太い腕と重そうな体でどうにでもされてしまう。

 だったらどうすれば良い? どうすれば良い?

 逃げながらだと考えは上手く纏まらなかった。そして動物は後ろから追って来ているリーダーに気付いて振り向いた。

 今!

 ぐっ、と脚に力を込めて腕を振りかぶって跳んだ。狙いは首! 切り裂いてやる!

 ザグッ!

 首に爪は刺さった、でもまた浅い、自分の力じゃ押し込めない!

「ゴアアアアアッ!」

 痛みに吼えた動物が激しく首を振った。爪が抜け、体のバランスが崩れた。そこに体当たりを喰らった。

「――――!!」

 今までにない衝撃だった。声が出ない。訳が分からないまま倒れて、空がぼやけて見える。息すら出来ない。今、自分はどんな姿勢でいるのかさえも分からない。茶色い物体が視界を占めた。

 苦し紛れに振った腕を抑えられる。全く動かない。生暖かい息。ぼたぼたと顔に垂れる何か。

 その背後に、緑色、乗ったリーダー。首に回された爪。

 その直後、自分の体に温かい血が沢山降り注いだ。

 

*****

 

 事切れた動物の下から、リーダーが自分を引っ張り出した。

 突進を喰らった腹が酷く痛んだけれど、それだけだ、多分大丈夫だろう。

「ヒューッ、ヒューッ」

 痛みを堪えながら、呼吸を整える。体は血まみれで、でもそんな事構わずにリーダーが自分を抱き締めた。

 自分も抱き締め返して、暫くじっとそのままで居た。

 

 その動物の流れ出る血は温かくて、そして美味しかった。満腹になるまで飲み干してから、それを引っ張って巣穴までもっていく。とても重かったけれど、自分とリーダーなら何とか引きずる事が出来た。

 自分達が先に巣穴に入り、それからその動物で蓋をするように引きずり入れた。

 中は外よりも断然温かくて、でも動くには流石に厳しい寒さ。

 真っ暗闇、外から時々風の音が聞こえるだけのそんな静かな空間で、リーダーと抱き締め合って眠りに就いた。

 痛みがまだ治まっていないからか、先にすぅ、すぅ、とリーダーの寝息が聞こえ始める。

 この寒さはいつか終わるのだろうか? 人間に気付かれずに温かい時を迎える事が出来るだろうか?

 分からない。雨に似た冷たいそれは血をすぐに覆い隠してくれた。ここは、外からは動物の住処にしか見えない。

 でも、自分は人間の事を何も知らない。どの位賢いのか、そもそもどうやってアルファ達を追って来たのか。

 不安はある。とても沢山。

 けれど、今こんな時間を過ごせるだけで、ラクーンシティから逃げて来た甲斐はあったと思えた。

 痛みは多少楽になってきて、眠気も強くなってくる。

 とても心地良い眠りが出来そうで、今はそれだけでとても満足だった。




おしまい。

ハンターβ(主役):
知性4、戦闘力3、脚力7
ラクーンシティのラジオを聞いて自身だけで逃走を決意。
ただ、自身が寂しがりな事に逃走してから気付いた。
自由になれた事で思考が広がり、多少賢くなっている。
リーダーの事は好き。

ハンターα(リーダー):
知性5、戦闘力4、脚力3
住処の洋館から出て気ままに狩りをしてたら洋館が何故か大爆発起こしていた。
その後、同じ狩りに出たα達と暮らしていた。
βとは色々あったけど信頼している。

所感:
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=238202&uid=159026


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No.128

なんとなーく、今更ながらに、リクエストでNo.27が最後に首刈りをするシーンをモチーフにハンターαを描いてもらったのでその宣伝の為の番外編の更新になります。
https://www.pixiv.net/artworks/100798812
pixivに投稿されているハンターαの絵、いや真面目に、もしかしたら公式も含めて全てのハンターαの絵より格好良くないこれ!?
また何か書いて貰おうかな〜〜〜〜。うーん、No.1がスーパータイラントの首を掻っ切ったシーンなんて良さげじゃないかな?

あ、番外編の内容は組織の崩壊と共に逃亡に成功した二匹の内の一匹の話です。


 世の中は分からない事だらけだ。

 

 No.27を含む最小ナンバー達が連れられて、誰も帰って来なかった後。

 人間達の会話に、様子に耳を澄ませていれば、死んだのではなく、逃亡したという事が薄々と分かってきた。

 でも、この首輪をどうやって外したのか。ファルファレルロになっていた仲間には、腹に埋め込まれている爆弾をどうやって外したのか。

 何も分からない。

 けれど、どうやってか僕達には外せるような仕組みではあったらしい。

 近々、首輪を新しいのに交換するという話が聞こえてきたから。

 だから、きっと、僕達は最小ナンバー達が逃げる為に使った手段はもう使えないのだろう。

 それまでに新しいミッションも僕達には与えられないようだった。

 とてもひどい。最小ナンバー達は自由を手に入れた。それと引き換えに僕達はもう、ここから出る事は叶わない。

 僕達は、ずっと檻の中で閉じ込められて、外に出る時はミッションをこなさなければいけない。

 そんな生活が死ぬまで続く。

 せめて、ミッションが次々と来ればよかったのに。

 こうして檻の中でじっとしているしかないような時間が多いと、変な考えばかりが頭に浮かんでくる。

 僕達はどこから来たのか。どこへと向かうのか。僕達はどうやって生まれたのか。僕達は死んだ先に何があるのか。

 でも、やっぱり、分からない事だらけだ。

 分からない事だらけ過ぎて、何も進まない。

 どんづまり。

 生きる事は、つまらない。

 ただその思いだけが、段々強くなっていく日々。

 それは……いきなり壊れた。

 

*

 

 唐突に外が騒がしくなった。

 どたばたとしていて、檻の中の皆が少しずつ落ち着かなくなってくる。

 飯時にしか開かない扉がバン! と開けられた。

「緊急だ! 全員プロテクターを着て外に出ろ!」

 何が起きたのか分からないけれど、すぐにそれに従う。

 新参者達にはまだプロテクターは与えられておらず、いつものように檻を揺さぶっていた。

 また、人間を襲っても何もメリットはないと理解している僕達の檻が開けられていく。

 そして、一人が何か僕達に小さく耳打ちをしていた。

 プロテクターを着込んだ後、僕の目の前にもその男が来て、僕に耳打ちをした。

「ここはもう駄目だ。爆弾はこっちで解除する。解除したら伝える。だからとにかく遠くへ逃げろ」

 ……え? ちょっと?

 言われた事に驚きを隠せない。でも、けれど、何が起きようとしているのかだけは分かり始めた。

 ここが、攻められている。

 そしてそれは、僕達が総動員しても敵わない物量。

 新参達の檻は開けられず、しかし重要な鍵すらも僕達に預けられた。

 それを使って新参達も解放された頃、激しい銃声が外から聞こえてきた。

 敵の数、きっと沢山。

 敵の兵力、きっとここを潰せるくらい。

 でも、自由になれるチャンスは、これが最初で最後。僕達は、走り出した。

 

 何が起きたのか分からない。自由になれるチャンスが来たと分かっても、正直なところ、喜ぶ前に頭が追いついていない。

No.27ならこんな今でも冷静に判断を下せるんだろうか。

 でも、そんな事とは関係なしに、敵は目の前からやってきていた。

「あいつらアーマーなんて着込んでやがる、くそっ、止まらねえっ、退避、退避だっ、盾をくれっ! 今すぐっ、ひっ、くっ、来るなっ、うわああああああ!!」

 逃げられるにせよ、数を減らしておくに越した事はない。

 意外と倒せるんじゃないか? と思った瞬間、爆弾が飛んできた。

 その形状。多分、殺傷力が目的じゃない。目を閉じて、隅に寄った。

 パァンッ!!

 激しい音と、目を閉じても分かる強い閃光。反応しきれなかった一部が怯み、そして目の前に出てきた敵が、ごつい銃を向けて。

 ズドンッ!!!!

 撃った敵ものけぞる程の威力、それはまとめて数匹の僕達の胴体を真っ二つにしていた。

「グ、グアアアアッ!!」

 殺さなきゃ、殺される!

 二発目が来る前に、追い迫る。透明な盾を持った連中が前に出てリロードの時間を稼がれる。盾の隙間から銃口が覗いてくる。銃口を誰かが掴んで持ち上げた。耳が壊れそうな銃声がすぐ近くで鳴った。銃口を掴んでいた仲間の爪が砕け、手がひしゃげて、かん高い、長い悲鳴が響き渡る。

 新しく爆弾が後ろへと投げられていく。足元へもついでと言うように転がされた。

 この形……今度こそ爆発するやつだ。すぐ近く、流石にこのプロテクターでも受けきれない!

 でも、前からも後ろからも押されて、逃げる場所が、ない。なら、なら、もう、やれる事は一つしかなかった。

 頼むから、お願いだから、まだ爆発しないで!

 掴んで、返した。腕を引っ込めた瞬間、盾越しに表情のなくなった人間の顔が見えた。

 バァンッ!!

 直後、それは思い切り砕けて赤色に染まった。

 耳がキィンと鳴り響いている。盾役が崩れて僕も前に倒れた。

 その間に僕の背中が踏まれてどんどん先へと仲間が爪を振るっていく。

 必死に堪えている間に、僕の目の前に血が沢山流れてくる。人の悲鳴の方がとても多かった。

 ここは何とか切り抜けられるか?

 ズドンッ!!!!

 ……そんな甘い事はなかった。

 プロテクターごと貫ける銃は、やっぱり複数ある。それがある限り、僕達は簡単に死ぬ。

 どうにか起き上がれた時には、仲間の死体と、それ以上の数の敵の死体がとても沢山転がっていた。

 皆はすぐ先でまだまだ戦っていた。

 僕の他にも、踏まれ続けて、やっと起きられたのが数匹居た。

 新参も踏まれていたけれど、そっちはプロテクターを着込んでなかったせいでもう既に息絶え絶えだった。骨も至る所が折れてしまっていて、口から血を吐き出している。

 起き上がる事も出来ない。死にたくないと懇願の目で見てきた。

「……」

 一匹が死角からさっと首を切って楽にしてやった。

 そして、もう一匹が爆弾を手に取って、激しい闘争の余り誰も気付いていなかった近くにあった扉の前に転がして、死体で壁を作り。

 爆発音、扉と死体が吹き飛ばされた。

 二つ目の道。中は階段室。

 そこへと進むべきか、一瞬悩んだけれど、一匹が一気に登り始めるのを見てそれに従う事にした。

 後ろから、気付いた仲間達も雪崩れ込んできた。

 

 階段室は上へ、上へと続いている。二回折り返す度に扉がある。

 どこで出るべきなのか分からなかった。

 でも、すぐ上には敵が潜んでいる可能性が高い。

 そうだ、自分達は壁を這う事も出来るのだから、上に行けばいい。そこから外に出れれば、どうとでもなる、はずだ!

 それを先頭の仲間も分かってか一気に一番上まで登っていく。

 ……何か、もしかしたら、いや?

 違和感。

 そうしてはいけないというような、どこかから感じる不安。

 No.27なら見逃さないような、確実なそれ。

「ハンター達! お前等はもう自由だ! 好きにしろ!」

 いきなり隅のスピーカーから大音量が飛んできて体が強張った。

 皆もそうだったが、それを聞いた瞬間、歓声が一気に階段室に響き渡り、活気付いて更に足早になる。

 でも、でも、ああ、そうだ。

 違和感。

 そうだ、人は……声を遠くに届ける事が出来る。

 人は……車で何よりも速く走る事が出来る。

 人は……ヘリコプターとやらで空を飛ぶ事が出来る。

 人は……僕達の想像なんて軽く超えてくる。

 敵は、多い。

 敵は、この組織が敗北を悟る程の数。組織の人が僕達を自由にするという判断をする程の脅威。

 一番上は、地上の次に危険な気がした。

 足が止まる。

 目の前にはこの階段室から出る扉があった。一番上まではまだまだ何階もある、途中の階の扉。

 少なくともそれは、安全なはずだ。

 あのNo.27だってきっと、そうするはずだ。きっと。

 その扉の前で、ハンドルに手を掛けて、でも、開くのがとても怖い。もしかしたら、敵は上も制圧しているのかもしれない。僕達が出てくるのを待ち構えているのかもしれない。

 分からない事だらけだ。分からない事だらけだ。分からない事だらけだ! 分からない事だらけだ!!

 でも、でも、僕は選ばなければいけない。生きたいならば。生きて最小ナンバー達みたいに自由を獲得したいならば!

 何もしてないのに呼吸が激しくなる。後ろで、そんな僕のしようとしている判断に足を止める仲間もちらほらといる。

 一番上まで駆け抜けていく仲間も……上からの足音が止まった。

 だからと言って、扉を開くような音もしない、と思えば一気に下へと降りてくるような、違う足音が聞こえ始めて、混乱と共に駄目だ! と言うような咆哮が聞こえて。

 ……もう迷っている暇はなかった。一番上が危険なのは示されている!

 僕の直感は正しかった!

 なら…………なら!!

 扉を開けて、一気に飛び込む。周りには、人、人、人。でも、それは敵じゃなかった。

 統一されたような服を着ていない。好き勝手な服と、心許ない、僕達のプロテクターを破れるものなんて一つもない武器ばかり。

 組織の人達だった。

「た、助かった、お前達、ここで籠城戦をするぞ」

 その言葉と同時に、窓から敵がガラスを破って一気に突入してきた。

「手を上げろ……クソッ、ハンターだっ!」

 数は多くない。

 外がすぐそこにある。でも、敵は上からも下からも攻め込んできている。

 逃げるのを優先すべきか、戦うべきか。

 悩んでいる暇はなかった。でも、決められもしなかった。分からなかった。でも、何もしない事は一番駄目な気がした。だから、戦う事にした。ここに降りてきた敵は、少なくとも強そうな銃を持っていなかったのもあった。

 一番近くに居た敵に迫る。机や柱を巧みに使って距離を取られて、弱い銃でも的確に顔を狙われる。でも、その隙に組織の人達が加勢して数人が倒れた。

 その間に他の仲間達がこの階層に雪崩込み、敵は瞬く間に追い詰められていく。仲間の数匹が窓から這って逃げようとし、激しい銃撃に遭って悲鳴と共に大半が落とされていった。

 ……あ、え、あ…………。

 外も、敵が一杯だ。出た瞬間に撃たれまくる。じゃあ、結局、逃げ場なんて、無いの?

 僕達、全員ここで死ぬしかないの?

 首輪からも解放されたのに?

 他の仲間達も絶望するように、動きが止まった。

 そんな中、組織の一人が追い打ちをするように叫んだ。

「俺達に逃げ場なんて無えんだよ! だからお前等も死ぬまで戦え!!」

 そうして拘束した敵を、どうしてか組織の人達は気絶させるだけで、殺さずに縛り付けていた。

 何でそんな事を? 疑問に思うと、一人が答えた。

「こいつらを盾にするんだ。そうすれば、あいつらは撃ち辛くなる。そん位分かれ馬鹿共!」

 …………。

 人は、聡い。

 人は、僕達よりも残酷だ。

 人の真似事も、僕達にはきっと出来ないだろう。

 でも。

 それを利用する事だけなら出来る。

 僕は、その敵を掴んで、背負った。

「お、おい?」

 そして外へと飛び出した。

「貴様ァ!! おいっ、お前等……あいつ、を…………はは……」

 中から同じ事をしようと、邪魔な組織の人間達ばかりが切り刻まれていく音が聞こえる。

 逆に、銃撃は飛んでこなかった。

 その音ばかりが、聞こえてきていた。

 

*

 

 視界の通らない場所へと逃げた。

 周りは人間ばかりで、本当に人間ばかりで、でも、僕に銃を向けてくる人間は殆ど居なかった。居たとしても、周りの人間を気にして撃てなかった。

 同じ服を着ている敵が見当たらなくなってから、高くに登る。

 日が沈んでいく方向、遠くまで続く建物の先には、森があった。

 もう暗くなり始めて、明かりが目立つ方向には、地平線の先まで建物が疎らに続いていた。

 どこに逃げるべきか?

 同じように逃げた仲間達も、もう散り散りだった。ここには僕しか居なかった。

 僕はこれから先全ての判断を、僕だけで決めて、僕が一番最初に動かなきゃいけなかった。

 誰かを頼りにも、犠牲にもする事ももう出来なかった。

 悩んでいる時間もなかった。

 考えている時間もなかった。

 このまま敵を背負い続けているのも、体力が不安になる頃だった。息で視界がもう白くなってばかりだった。

「う、うぅ……?」

 ああ、起きてしまった。もうそろそろ捨てるしかない!

 えっと? えっと?? ああ、そうだ!

 森の中に逃げた方が人が居ない。安心出来る……けど、いや、いや! いやいやいやいや、そうか! 人が居ないって事は、銃が使えるって事だ。人が居るって事は、そうだ! 銃が使えない!!

 そうだ、森の中は人が居ない! 銃が使えるんだ!

 味方は居ない。

 それはもう、どこでも一緒なんだから。

 森の中は邪魔者が居ない。僕にとっても、敵にとっても。

 街の中は邪魔者ばかり。僕にとっても、敵にとっても。

 そして、どっちが生き残れるかと考えると。

 それは、僕の背負ってきたこの敵が、僕を生かしてくれた事から、もう明らかだった。

「俺、どうなって……、は!? えっ!?」

 これまで僕を生かしてくれて、ありがとうね。じゃあ、さようなら。

「ひっ」

 ざくっ。

 

*

 

 腹が減ったから、走りながら、良い匂いがするものを人間から奪い取って口に入れた。

 口が痺れて吐き出したけど、後から美味しさが溢れてきてとても後悔した。

 次に口に入れたものは、人がくれる甘い水よりもとても甘くて、とてもとても美味しかった。

 甘い色のついた水を奪って飲んだ。人がくれる透明な甘い水よりも甘くなかったけど、それと比べものにならないくらいに美味しくて、どれだけでも飲んでいたかった。

 ベタベタな手でマスクを付け直したら、視界がベタベタになってとても見辛くなった。

 とても後悔した。

 

 ぽつぽつとした明かりの中、走り続けた。時々曲がって、狭い路地や壁を登って追いかけづらいようにして。

 人も少なくなっていく。雑然としていく。明かりが少なくなっていく。緑が増えていく。

 時折、建物に登って先を確認するけれど、それも段々と役に立たなくなっていく。

 今日は月明かりも殆どなかった。

 でも、ここまで走っても、僕には走り続けるしかなかった。

 人には沢山見られ続けている。敵は多い。足がパンパンになっても、少しでも遠くに、目立たない場所に逃げるべきだった。

 ……あれ、それって、結局、最初から森の中に逃げれば良かった?

 いやいや、敵がすぐ近くから迫ってきている状態で森に逃げたとしても、容赦無く撃たれそうだったから。

 うん、きっと、僕の判断は間違ってない。きっと。No.27だってそうしたはずだから。

 

 気付いたら家すら少なくなっていた。人も完全に居なくなって、涼しげな風がさらさらと届いてくる。

 鬱蒼とした木が等間隔で並べられている場所をすり抜けて、すり抜けていく。

 確か……これはハタケとかというヤツだ。

 人が食べる植物を育てている場所だと聞いた事がある。

 隠れられる場所だけど、人が頻繁に来る場所でもあるという事。

 時々、唐突に道に出る。またハタケに潜り込む。同じような光景ばかりが続いて、段々頭がおかしくなってくる。

 眠気が体を襲ってくる。

 いつものミッションのように何の心の準備も出来ないままに殺し合いをして、生きるか死ぬかの選択を繰り返して、そして走り続けているから、当たり前なのだろうけれど。

 こんな場所だ、寝ても大丈夫じゃないかな? と思ったりしてしまう。

 でも、ちゃんと、朝を迎えたい。これから先、好きな場所で寝て、起きて、好きなものを食べて、何も気にせず、人間の居ない場所で毎日を過ごす。そうして生きていきたい。

 No.27もそれを望んでいたんじゃないだろうか。何となくだけど。そして、もうそれを手に入れているんじゃないだろうか。きっと。

 いいなぁ。ずっと憧れてたんだ。

 皆、No.27とNo.1だったらNo.1の方に憧れている仲間の方が圧倒的に多かったけれど、もし、どっちになりたいかって聞かれたらNo.1になりたいって答える仲間が圧倒的だったけれど、でも、僕はNo.27になりたかった。

 それに従っていたら、安心だって思えるような存在になりたかった。

 別の組織に潜入した時、ガトリングガンの掃射を受けた時、No.27は目の前の仲間を盾にして切り抜けてもいたけれど。

 そういう冷徹な判断も出来る。最初は引いたけど、でもそんな判断が出来る事にも、どうしてだろう、気付いたら憧れになっていた。

 でも、僕はNo.27がいなくなった後も司令塔になる事はなかった。

 ……まあ、結局、僕にとってNo.27は憧れなだけで、それになれるとまでは思ってもいなかったし、頑張ってもいなかったけれど。No.27に従っていたら生き残れる、そうやって後ろを付いていただけだから。

 でも、僕は今、こうして生き延びている。

 だから…………前よりかは少しは近付いたって思っても良いんじゃないかなあ?

 ……ヴルルルルッ!

 車の音!?

 ヴルルルル……。

 …………過ぎていった。

 敵は、僕を見失っているようだった。

 一気に元気が湧いてきた。

 

*

 

*

 

 好きなものを食べる。

 森の中には毒になるものもとても沢山あるというから、最初は恐る恐るで腹を空かせる事も多かったけれど、他の生き物が何を食べているのかを見ている内に、そんなに困る事もなくなってきた。

 でも……少しだけ、逃げる最中に食べたものが恋しくなる。

 行かないけど。

 

 木の上で眠る。最初こそは寝ている内に落ちる事もあったけれど、今となってはもう慣れたものだった。

 快適さで言えば、檻の中で、いつだろうとも同じ空気が提供されていた時の方が良かったとも思うけれど。

 無機質な地面と檻の外の光景といういつもと変わらない光景ではない、僕自身が決めた場所で、色んな音を聞きながら、キラキラな空を眺めながら寝るのは、その快適さ以上に楽しかった。

 

 太陽の光を浴びる事が日課になった。

 周りに人間が居ない事を入念に確認してから、プロテクターも外して、ただただぼうっとする。

 眩しくて、浴び続けていると体が焼けていくような感覚もあるけれど、こうして陽の下で何も考えない時間がある事自体が、今まで檻の中でばかり生きてきた僕にとってはとても幸せだった。

 

 時折辺りを確認しながらも、好きに歩いて、好きに休む。

 人にさえ遭わなければ、他に気にする事もなかった。プロテクターも息苦しくて、頭だけはもう大体脱いで動いていた。

 出来れば、No.27に会いたかった。きっと、脱走した他の古参達と楽しくやっているのに、僕も混じりたかった。

 少しだけ、孤独はやっぱり、寂しかったから。

 それは、好きにしている時間が長くなっていくに連れて、強くなっているような気がしたから。

 

 ある日、ぽろりと首輪が二つに割れて落ちた。

 見てみれば、ネジが錆びてボロボロになっていた。

 凄い解放感だった。

 思いっきり投げて木にぶつけると、派手な音と共に爆発した。

 一気に逃げた。

 

 川に出た。

 一匹の、プロテクターも首輪も付けていないハンターが居て、川辺でしゃがんでいた。

 遠目だと誰だか分からないけれど、ワニが蔓延る川にそうして居るのは、明らかに古参のように思えた。

 それに一匹のワニがそれを喰らおうと飛び出してきて、逆に軽く捕まえると、森へと引きずっていく。

 思わず追いかけていくと、瑞々しい、叩きつける音が聞こえてきた。

 ……この音、聞いた事があるような。

 というか、うん、聞いた事がある。

 いや、えっと、あの……僕が会いたかったのはNo.27なんだけど。

 そういう事をやっていたハンターは一匹だけ。

 うん……何でNo.27じゃなくて、No.13に会うんだろう。

 足取りが重くなる。視界に、そのワニに抱きついて腰を振っているNo.13が見えてくる。

 捕まったって聞かされてたけど、何でこんなところでこんな事をしているんだろう。

 ミッションに駆り出されて、いつ死ぬかも分からない状況を一番楽しんでいたのは紛れもなくNo.13だけど、ああなりたいって思う仲間は一匹たりとも居なかったとも思うんだけど。

 何でそんなNo.13に会うんだろう。

 ……本当に、本当に、世の中は、分からないなあ。




No.128

古参寄りの中堅。
14. 殲滅ミッション 2 で、No.27が味方を殺してガトリングガンの盾にして切り抜けたのを見てた奴。
No.27に憧れていて、知性も結構高め。No.27達が逃走した後にミッションがあったら、サブ司令塔くらいはこなしていた。
攻め込んできたB.S.A.Aに対し、最終的にB.S.A.Aを盾にして脱出、その後人混みの中を駆け抜ける事で逃亡に成功。
その後、ワニのケツを犯していたNo.13と出会う。
性癖は至って普通でNo.7をオカズにしてたくらいだけど、実力差的に無理矢理犯されて目覚めさせられる可能性が濃厚。残念ですね。

バイオハザードの実写のリブート映画、1と2の欲張り合体セットにした結果、そもそもクリーチャー自体があんまり出てこなかった。
バイオハザードのネトフリのドラマ、ハンターが出たら見るとか思ってたら打ち切りになった。
バイオハザードのナンバリング、方向転換して0~6までのタイトルのようなクリーチャーはもうあんまり出なさそう。
ハンターαというクリーチャー、そんなこんなで、自分が推しているクリーチャーの中ではかなり新しい出番が薄い。
……まあ、0とかcode: veronicaとかのリメイクとかがありそうって考えたら、evolveのクリーチャーとかよりかは可能性あるけど。


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No.30 - 1

特に何があった訳でもないけれど、やっぱりハンターって格好いいよねっていうので盛ってきたのと、構想が出てきたので1年半振りくらいの番外編。



 いつも通りのトラックの中。いつも通りの仲間達。

 腹を見せて緊張の素振りも見せず、そして今日も隠れて人を犯す事を夢見ているのか、寝ながら陰茎を出してぴくぴくさせているNo.13。

 それを変わらず呆れた目で眺めているNo.7。

 今日も天井をぼうっと眺めて、何を考えているのか良く分からないNo.6。

 足の調子を確かめているNo.10と隠し持っていた何かを口の中で動かしているNo.21。

 No.97と共に穏やかな寝息を立てながら、それでいてどこか強い敵に会える事を願っているような顔をしているNo.1。

 その近くで唯一、今日も生き延びられるかを不安に感じる様子で、両手を弄りながら思考をぐるぐると回しているNo.27。

 ……最初から生き続けているのも、もう四匹に一匹以下になって暫く。

 今日は市街戦。敵対組織の武器庫がある街を襲う。今日は中々に激しい戦闘になる。

 沢山の人間が銃弾が飛び交わせる中、それを殲滅していく。新参は今日も沢山死ぬだろう。中堅もきっと幾つか死ぬ。自分達だって気を抜いた瞬間どうなるか分からない。

 まあ、何とかなる。今までだってそうだった。

 トラックが一度大きく揺れて、その少し後、同じ荷台に居る人間の無線機が鳴る。それに一つ二つ受け答えしてから、その人間が外に漏れないように言った。

「そろそろ出番だ、起きろ」

 No.27がNo.1とNo.97を起こせば、待ちくたびれたように体をぐるぐると回す。No.21はずっと噛んでいた何かをごくりと飲み干し、No.10は立ち上がって足をぶらぶらとする。No.6は変わらず天井を眺めたままだけれど、体を動かす準備はしていた。そして、No.7がNo.13の陰茎を軽く踏んだ。

「ギャッ」

 No.13が小さく悲鳴を上げた。

 まあ、今日も何とかなる。いつも通り自分は指の一本一本を折って、握り締めて、開いてを何度か繰り返す。爪の一本一本を噛んで舐め、変わらず鋭い事を確認する。前を向く。

 トラックが止まった。

 

*

 

 トラックが止まってから人間が無線で会話した後、古参の自分達には爆弾を一つ手渡された。また、いつものようにNo.27には特別にもう一つ。小指の爪にピンを引っ掛けておく。

「そろそろだ……10, 9, 8」

 カウントダウンと共に、No.6がやっと集中するような顔を見せた。No.13がやっと陰茎を引っ込める。

「7, 6, 5」

 No.10は軽く跳躍して、No.21は腹の調子を確かめるように腹を摩る。

「4, 3」

 No.1とNo.97が爪をせわしなく動かしながら、舌なめずりをする。

「2, 1」

 No.7とNo.27は不安そうな顔を隠せていなかった。

 ……何とかなる。

「行けっ! ありったけの首を落としてこいっ!」

 バンッ!

 勢い良くトラックの扉が開かれた。突き刺してくる眩い太陽。目を細めて前へと飛び出す。

 目の前には、口をぽっかりと開けて呆然としているばかりの人間が。

「……は?」

 No.1が低い姿勢のまま足を切り裂き、前へと倒れていくその首にNo.97が爪を置いて串刺しにした。

「うわわっ、うわっ、敵襲、敵襲だァガッ……」

 遅れて逃げようとした人間達も逃さず、No.10を筆頭に追いつき、押し倒す事もなく背中から胸に爪を突き刺して仕留める。

 同時に組織の人間が援護する銃声も鳴り響く。

 殲滅作戦が幕を開けた。

 

 至る所に配置されたトラック、同時に悲鳴が上がる。散らばっていく仲間達。新参達の殆どが好き勝手暴れられる事に喜びながらバラバラに散っていくのに対して、最も古参の自分達がそれぞれ中堅を引き連れる。

 目の前の高い建物、ガラス越しに見える一階の中、奥へと逃げていく人間達。

 準備される前に出来るだけ数を減らそうと思うも、即座に銃を持ってきた人間が奥から見えて物陰に跳び隠れる。遅れた中堅の一匹が足に銃弾を喰らって転び、それでも這って逃げようとするところを蜂の巣にされた。

 だが、銃撃が終わった直後、No.27が物陰から爆弾を投げた。爆弾はガラスを砕いて中の人間が叫んだと同時に爆発し、更に組織の人間が援護にと二階、三階に銃撃をしながら叫ぶ。

「今の内に中へ入り込め!」

 壁を這い登って行く皆。No.10が屋上へと真っ先に辿り着き、爆弾を投げてから躍り出た。自分も別の階に対して爆弾を投げ入れてから、爆発の後に躍り出た。

 パラララッ!

「ギッ!」

 爆煙の中、響いた銃声。身を伏せるよりも先に、腕に一発当たっていた。

「ア、ヒュッ、カッ……?!」

 自分が遅れて身を伏せた時、同じく入ってきていた中堅の胸から血がつー、と流れているのが見えた。

 ふら、ふらと二、三歩足を動かした後、そのままうつ伏せに倒れた。

「……」

 こう言うのを人は運、と言うらしい。横凪ぎに撃たれた銃弾の数々に対し、自分は腕の鱗に当たって軽く削れた位だった。

 隣の中堅は、それが急所に当たった。

 パララララッ、パラララッ!

 軽い銃声。腹と顔にさえ当たらなければどうという事はない程度の銃弾。音の鳴る方向に、近くの瓦礫を投げつければ。

「ぐああっ!?」

 それと同時に狂ったようにばら撒かれた銃弾が一通り過ぎ去ってから、距離を詰めて殺した。

 他の部屋も程なくして銃声は聞こえなくなった。

 

「……ヒューッ、ヒューッ」

 中堅を仰向けにすると、手で胸を抑えているものの、気管に穴を開けられているのか血がごぽぽと溢れ出していた。

 涙を流し、目は死にたくないと訴えていた。

 ……何度、見送ってきた事だろう。何度、似たような事があっただろう。

 首に爪を当てて、楽にするか? と問いかけてみれば僅かながらに目が動いてそれを拒んでくる。

 流れる血が次第に少なくなっていく。鼓動が弱くなっていく。

 そうして体が完全に動かなくなるまで、隣に居た。

 その目は死んでも尚、死にたくないと訴えてきていた。

 …………いつしか、自分もこうして死ぬのだろう。

 運が良いだけ。それ以外何も持ち合わせていない。銃を持った人間を正面から無傷で殺すような戦闘力も、誰よりも速く駆けて錯乱出来るような足も、どれだけ動こうとも疲れを知らない体力も、それらが無くとも補える程にある警戒心も、戦略を考えるような頭も。

 立ち上がって外に出れば、もう既に他の皆は他の場所を攻めに行っていた。

 ……行かなきゃな。

 役立たず扱いされれば、飯も扱いも粗末になる。それでも最悪死ぬ、殺される。自分程度の力ではそうでなくともいつか死ぬだろうと思いながらも、自ら死のうと思うまで絶望している訳でもない。ただ、生きていられればそれはそれで十分楽しい事はある。それを手放すつもりはない。

 今となっては死体ばかりが転がっている道を走る。取り逃がしは居ないようで、居たとしてもきっと大した武器は持っていない。遠くから聞こえる銃声は激しく、時折爆音も聞こえてくる。隠していると言われている武器やらはそっちの方にあるのだろう。

 そろそろ物陰に隠れて進むか。

 強い弾丸ならきっとここまで届いてくる。

 プツッ。

 …………え?

 熱い。胸。手を当てる。血。沢山。止まらない。膝をついていた。

 壁、寄りかかる。

「ヒュッ、ヒュッ……」

 息が、出来ない。

 体がこれは駄目だと理解していた。

 世界が一気に静かになったよう。弾丸の風切り音が何度か近くを通り過ぎていく音が聞こえてくる。

 遠くからの銃声は更に激しくなっていた。

 最後の抵抗なのだろう、形振り構わずに銃を乱射しまくっている。それに当たった。

 …………死ぬ、のか。今日、だった、のか。

 仕方ない、と思っている自分が居た。それ以上に、こんな誰にも最期を看取られずに死ぬのは嫌だと思っている自分が居た。

 胸を出来る限り抑えた。近くにあった小石を捩じ込んだ。

「ィギィッ……」

 少しは保つだろうか。誰か、ここに来るまで。出来れば、人間じゃなくて同じハンターが良い。

 …………ああ。

 変わらない空。乾いた空気。血の臭い。べったりと手につく自分の血。

 やけに冷静に頭が動いている。

 ……あの日も、こんな空気だった。

 とてもはっきり、覚えている。思い出せる。




要するに1話でNo.27に介錯された古参。

続くんじゃよ。多分もう2~3話。

ハンターメインだと捻り出そうと思えばもう少しは書けたりすると思うんだけど、別に生物兵器の夢と全く別ベクトルのものではないだろうし、これからも思いついたりしたらこっちに投げるんじゃないんですかね。

ハンターの押し倒して殺すフェイタリティ好きなんだけど、新しいバイオで出てくんねえかなー。ベロニカリメイクされたら出ないかなー、というかそろそろ新作発表ないかなー。でもリメイクじゃない方だともう既存のTウィルスのクリーチャーとかきっと出ないよなあ。
ハンターの押し倒すフェイタリティも何か二体以上に囲まれていた場合ディフェンスアイテムも問答無用で殺されるようなのにしてくんねえかなー。RE2でそれっぽいのあったしさー。
とかとか。

フィギュア作りという新しい趣味に手を出してるんだけど、4~5体目くらいで作りたいって思ってる。


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No.30 - 2

 自分とそうでないもの、という区別がやっとついた頃からずっと、広い檻の中で生きてきた。

 外は毎日のように白い服を着た人間達が良く分からない言葉を並べ立てていた。

 檻から外に出される時は常に白いガスがあちこちから噴き出して気絶してからだった。

 檻の外では走ったり、登ったりといった事を良くやらされた。その後、足が遅かった個は檻の中で目が覚めた時に居なかった。

 ある時から飯が全て生きた動物になった。檻の外ではその生きた動物を先んじて殺して食べるようになった。その後、いつまで経っても食べる事が出来なかったり、そもそも狩りをする事が出来なかった個は檻の中に居なかった。

 それから暫く後、小さい箱の中で人間同士が会話をしているようなものを見せられるようになった。そして、次に檻の外に出された時には絵を見せられた。それの何を意味しているかを全く理解出来なかった個は檻の中には戻らなかった。

 世界とは、そういうものだった。与えられた物事をこなせなければ、どこかへと連れて行かれる。こなせていれば、飯は食える。ただそれだけが全てだった。

 そうして特に何事も無く成長した自分達の中で今度は三体ずつ毎日どこかへと連れて行かれるようになった。

 それは翌日には帰って来はしたが、全員が帰ってくる事はそこまで多くなかった。時には誰も帰って来ない事もあったりとしたけれど、そうして帰ってきた個体達はどこか、変わった素振りを見せていた。

 それが何なのか、良く分からないまま。連れて行かれて何を試されるのかも全く分からないまま。

 とうとう自分達の檻にガスが流された。

 

*

 

 ひゅうるるる……。

 ……寒い。

 目が覚めて檻の外を眺めると、そこには壁がなかった。

 ……何だ、この場所?

 他の二体も目が覚めて、檻の外を見て戸惑っていた。

 檻の外には、何人もの人間と、大きな建物と、そして別の檻の中に同じ個が一体。

 けれどその個は自分達とは違って、とても痩せ細っていて、見るからに死にかけで。

 ……何? 何がこれから起きるの?

「起きたか。それじゃあ、実演だ」

 白衣ではなく、何かごつい服を着た人間が長い筒やらを持っていた。

 まず、一つ目。小さくて、黒いものを見せてくる。

「これは、銃というものだ。お前らを簡単に、遠くから殺せる代物だ」

 そうして、何やら別の個が入っている檻の方に構えて指を動かすと、パン! という音と共に、その個の腕から血が吹いた。

「ィギャアッ!」

 パンッ! パンッ!

「ギィッ、ヒィッ!!」

 音が鳴る度に体のどこかからか穴が開き、のたうち回るその個。唖然としている自分達に対して人間は平然としたまま、次に長い筒の方を自分達に見せる。

「そして、これは散弾銃。威力はお前等の頭を簡単に吹っ飛ばす」

「ギ、ギィッ、ギュウ! ギュウ!!」

 痩せ細った個が、檻の奥に体を押し寄せて、頭を隠して、助けてと懇願するように高い声を出す。

 けれど人間は変わらず筒を向けて、ドン! と先程よりも強い音を鳴らした。

「ギィアアア゛ア゛ア゛ア゛ッ、ア゛ア゛ッ!?」

 痩せ細った個の至るところから血が吹き出した。爪が砕け、腕の一本が変な方向に折れ曲がった。

「ギッ、ギィッ、ギィ…………」

 折れてない方も含めて、腕がだらりと落ちた。穴だらけになった全身。露わになった、無駄だと分かっていても殺さないでと懇願する、その顔。

 ドン!

 その顔が砕けて、檻の中が血で染まった。

「実演、終了。さて、これらがどういうものか、大体分かったかな?」

 その筒をこっちにも向けてくる人間に対して、自分ともう一体は思わず檻の中で仰け反った。けれど、もう一体は怖さなんて無いように、その銃をじっと見続けていた。

 カチカチ、と人間は指を動かす。けれど、今度はどうしてか音が鳴らなかった。それから人間は何かを取り出してその筒の中に入れて、ジャコンと音を鳴らして。

 もうぴくりとも動かない個にドン! とその筒の音を鳴らした。へし折れていた腕が、千切れて弾けた。

 あれは……あの筒は何なんだ? これから、自分達は何を試されるんだ?

 ヴゥン、ドッドッドッドッ。ガガッ、ガガガガッ。

 自分達の入っている檻が、どうしてか動き始めた。

「あの建物の中には、この銃を持った人間が三人居る。

 これから外は暗くなって、暫く経てばまた明るくなる。

 明るくなるまでに、その三人を殺して来い」

 銃をじっと見続けていた個が、頷いた。

 人間がもう一度、その筒をこちらに見せるようにして、雑音に負けない大声を張って言った。

「三人、人間を、殺せ。これらを持っているが、殺せ」

 何をさせたいのか、理解は出来た。

 でも……けれど……えっと、どうやって?

 自分の太く長い爪が、とても心許ないものにしか見えなくなっていた。

 

*

 

 檻ごと建物の中に入って、どこかからか人が逃げて、ガチャンと音を立てる。

 そして、檻からも誰も居ないのにガチャン、と音が鳴って扉が開いた。

 恐る恐る檻から外に出れば、入っていた檻自体が変なものに載せられていて、どうやらそれで自分達を運んだらしかった。

 入ってきた方はもう固く閉ざされていていた。

 もう既に人間の声の意味を殆ど理解しているような、銃をじっと見つめていた個が、小さく鳴いて自分ともう一匹を呼び寄せた。

 ……三人居る。それぞれがあの筒を持っている。それを殺す。

 …………どうやって?

 自分は、そこまでは理解していた。賢い方は絶対に理解している。もう一匹も、多分理解している。

 けれど賢くても、そうでなくても、どうやってというところは何も分からないのも一緒のようだった。

 取り敢えず動かなければ、というように、その賢い方が極力足音を立てないように建物の中へと歩みを進めていく。

 自分ともう一匹も、取り敢えずとそれに付いていく事にした。

 

 建物の中は、今まで外に出されてきた場所のどこよりも複雑で広かった。

 天井の上にもまた床があって、細かい段差を伝ってその上へと行ける。それが二つもある。

 長い道には扉が沢山あって、それぞれの扉の先には色んな物が置かれている部屋があった。

 殺すのなら、背中から気付かれないように、とかそんな事しか思い浮かばなかった。物を動かせば、隠れられる場所が多く作れそうだと思ったけれど、賢い方は自分やもう一匹が物を動かそうとして音を立てる事を強く拒んでいた。

 どうして……、と思ったその時、人間がどこに居るのか全く分からない事にそこでやっと怖くなった。

 大きな音を立てれば、自分達の位置が一方的にばれる。隠れていても意味がない。

 同じく自分達が部屋に入った瞬間、あの筒で体に穴が開くかもしれない。頭や腕が弾け飛ぶかもしれない。

 今までやってきた狩りと一緒で、音を立てた方が負けなんだ。今までの狩りは、別に音を立てても獲物にありつけないだけだった。一方的に狩る側だった。でも、今の狩りは、音を立てれば死ぬ。自分達は狩る側で、同時に狩られる側でもあった。

 胸が冷えていく。呼吸が勝手に荒くなったのを感じた。今まで当たり前に動かしていた足をもう一度動かすのにも強い気合が必要になっていた。

 そんな賢い方が、何かに気付いた。自分も遅れて、何か音が聞こえてきているのに気付いた。

 キュッ、キュッ、と白衣の人間が良く鳴らしている足音。それが多分、三人分。少しずつ、少しずつ、目の前の曲がり角から近付いてきている。

 ドクン、と胸が弾ける程に跳ねて、思わず声が出そうになる。

 賢い方が周りを見回した。隠れられる、あの筒に対して有利を取れる場所……そんなの、分からなかった。賢い方も分からないようで、一旦引こうと来た方向を戻り始める。

 それに対して、もう一匹が部屋の中に入らないのか? と聞くように部屋の中を指し示した。

 え……。

 中は、色んな物が置いてある場所だったけれど、そのままじゃ隠れられるような場所は余りなかったはずだった。

 賢い方がダメだと言うように頭を振ってそくささと来た道を戻り始める。自分もそれに続こうとして、もう一匹はえ、え? と信じられないように自分と賢い方を見る。

 賢い方が再びダメだ、と頭を振った。そして腕を掴んで強引にでも連れて行こうとしたのに、もう一匹はそれを拒絶するように腕を振って、すっと部屋の中に入って身を潜めてしまった。

 そんな様子を見て、はっきりと分かった。そこは一見見えない場所かもしれないけれど、入ってくる人間に襲いかかるには遠過ぎた。襲いかかるまでに、穴だらけにされてしまう。

 無理だ。

 キュッ、キュッ。

 もう、足音はすぐ近くにまで迫っていた。

 賢い方が自分の腕を掴んで、一気に走り始めた。

「居たぞ!」

 パンッ、パンッ!

「待て! もう届かない、それよりもう一体居るはずだ……気をつけろ」

 段差を降りて、更に走って、走って。

 その逃げた方から。

「うおああっ!!」

 パンッパンッ!

「ギィアアアアア!!」

 ドンッ!!

 ……パンッ、パンッ。

 …………パンッ。

 その音を最後に、暫くして足音がまた聞こえてきた。

 足音の数は、変わっていなかった。




裏設定:
・夕方〜翌朝にかけて、廃校で人間3人 vs ハンター3体での殺し合いを娯楽として楽しんでいる感じ。ついでに、上級に属するハンターの選別
・体が弱い個と、残虐性を持たない個は低級として、時に見せしめにされたり、安価に売られたりする
・頭の弱い、しかし残虐性は持つ個は中級としてほどほどの値で売られる
・このゲームで勝ったハンターは上級として良い値で売られる
・途中で後のNo.1が開始5分で3人殺したものだから、当初は人間側にハンドガンしか与えられていなかったのに対して、水平二連散弾銃が与えられました


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No.30 - 3

 キュッ、キュッ…………。キュッ、コツッ。

 隠しきれていない足音。真っ暗闇な建物の中で、その人間達が照らしているであろう眩い光が時折こちらの近くを通り過ぎていく。

 

 時が経つと、建物の中はどうしてか真っ暗闇になった。

 その代わりに人間達が明かりを照らすようになった。人間達は自分達の後ろに居たけれど、足音を完全に消す事は出来ないようだったし、そして足も自分達より速くはないようだったから、この建物の構造が頭に入る頃には後ろを取る事も出来た。

 そうして遠くからばれないように見る事が少しだけ出来て、すると少しだけ分かる事があった。

 光の線は一本だけ。そして、あの痩せぎすをぐちゃぐちゃにした長い筒も一本だけ。

 そして人間達も建物の構造は分かっていて、こちらが距離を詰められそうな地形に差し掛かると、そこは長い筒を持った人間が前を確認しながらさっと走ってすぐに先へと行ってしまう。

 後ろから距離を詰めて殺そうとしても、その間に光の線に当たって見つかってしまうだろう。

 けれど前からだと、あの長い筒の前に身を晒す事になる。

 自分には、どっちが良いのか分からなかった。分かるのは、いつまで経っても殺せなかった場合、どっちにせよ、あの痩せぎすのように自分達は殺されるのだろうという事だった。

 分からなくても、出来るだけ早いうちにあの筒を掻い潜って、この足で駆け寄って、この爪で殺さなければいけない。

 けれど、それでも、自分は賢い方に頼るしか出来なかった。

 自分なんかが考えるより、賢い方が考えた方が絶対に上手くいく。

 だから、自分に出来る事なんて、賢い方に付いていくしかなくて。

 ……その、ずっと前を歩いていた賢い方が、自分の方を見た。人間の照らしている光が僅かに届いてくるこの場所で、賢い方の顔がはっきりと見える。

 怖くても、死ぬかもしれなくても、やるしかない。そんな顔をしていた。

 …………自分もきっと、そんな顔をしている。

 賢い方は、自分の手を掴んだ。

 

*

 

*

 

 キュッ、キュッ。トンッ、トンッ……。

 人間の歩く音と同じくらいに、自分の胸の音がひたすらに聞こえ続けていた。

 時に自分の手も見えなくなる暗さの中で、ただ自分だけでじっと後ろを追い続けるだけでもこんなにも不安になるだなんて。

 走ってすらないのに息が上がっていた。腕が、手が、そして足も震えている。

 ……転ばないようにしないと。

 思い出す。

 

 賢い方は、自分に爪を三本立たせると、その両方から大きく腕を広げて両手の爪を自分の爪にこつんと当てた。

 前と、後ろから、同時に。

 ……分かった。そう伝えるように賢い方の爪を立たせて同じようにすると、賢い方はいきなり自分に抱きついてきた。

「ッ……?」

 思わず声を出しそうになったけれど、どうにか抑えた。

 賢い方はそれ以上何をする事もなく、ただじっと自分に抱きついていた。自分もどうしてか、腕を回した。

 すると胸の音と自分の胸の音が一緒になったかのようだった。次第に呼吸までが一緒になって、そして更に熱までが一緒になるような、そんな時間。ずっとこうして居られれば良いと思えるような時間だった。それ以上は、何も要らない。何も、本当に。

 でも、賢い方は腕を緩めると、また顔を合わせて。そして人間達の前へと待ち構える為に走っていった。

 

 ……どちらかがほぼ確実に死ぬ。

 それに気付いたのは、賢い方が去ってからすぐの事だった。

 挟み撃ちにする。確実に、どちらかが長い筒を持つ人間の背後を取れるように。逆に言えば、確実にどちらかが長い筒を持つ人間の正面に立つ事になる。

 体を一発で穴だらけにされて、ぐちゃぐちゃにされて、死ぬ。

 少なくとも、賢い方はそれに気付いていた。自分が気付くまで分かっていたかどうかまでは分からないけれど、その後自分を抱き締めたのは、自分が分かる事までは考えていたんだと思う。

 それしかない。だから……やるしかない。

 少なくとも、どちらかは生き残る為に。

 けれど……体が震える。胸の音も、呼吸もはっきりと聞こえているのに、自分の体がこの暗闇の中でどこにあるのか分からなくなってしまっているような。

 でも、もう賢い方も人間達の前に着いているだろう。それだけの時間は経った。

 だから、自分も賢い方も、後はいつ飛び出すか、ただそれだけ。

 キュッ、キュッ。……キュッ、キュッ。

 もうそろそろ、また人間達がそくささと走り抜ける場所へと来ていた。

 明かりが自分の隠れているすぐ側を一度照らして戻っていく。僅かに覗く。長い筒を持っている人間が、先へと走って曲がり角の様子を伺ったその瞬間。

 賢い方がそれに飛び掛かったのが見えた。

「うぐああっ!?」

「離れろこの化け物がぁああああ!!」

 パンパンッ、パンパンッ!

「イ゛ィィイアア゛ッッ!!」

 明かりがそちらを向いていた。人間と賢い方で、その長い筒の取り合いになっていた。その間、賢い方は何度も小さい方の筒で穴を開けられていた。血が明かりに照らされて舞っていた。

 ……気付けば、足が勝手に動いていた。

 走っていた。ひたひたひたひたと音も最低限に。指にぐ、と力が籠っている。

「も、もう一体はどこだっ!?」

 明かりを持つもう一人がこちらを振り返った。けれどもう、十分に距離は詰められていた。

 ザンッ。

「……! …………」

 首の太い血管を切った、確かな感触がした。崩れ落ちる人間、ぶしゅうと吹き出す血の音。ごとりと落ちて転がる明かり。

 でも、足は止められない。止める訳にはいかない!

「キィアアアアッ!! アアア゛ア゛!!」

「がぶっ、ごぶっ」

 賢い方の叫びと、血を吐く人間の音。

 カチカチッ、カチカチカチカチ。

「た、たまぎれっ、リ、リロードしなきゃ、あ、く、くるな、くるなくるなくるなくるなあああああああ」

 焦る人間の声。穴を開ける時に起きる音は聞こえて来ていない。

 明かりは別の方を向いていた。真っ暗闇。でも、位置は声で分かっていた。そのまま肩を前にして突き飛ばした。

 どんっ!!

「ぎゃあっ、い、いや、やだ、やだやだ」

 前へと更に足を進めると、どこかを踏みつけた。蹴られて、それを掴んで引っ張った。

「やめっ」

 腹が目の前にあるはずだった。爪を突き刺した。

「あがあああああ」

 ぶづぅ、と皮膚を貫いて生温かい血と、はらわたの感触がした。

 引き抜いて、突き刺した。

 ぶづっ。

「がっ」

 引き抜いて、前へと一歩進んで、突き刺した。

 ごづっ。

 肋骨に当たった感触がした。

「ぎぶっ」

 引き抜いて、もう一歩進んで、突き刺した。

 ぶぢっ。

 首の血管を貫いた感触がした。

 ごぶっ、ごぶっ、と血が吹き出す音ばかりしかなくなった。

 ……賢い方は!?

「……ギ、ギィ……」

 弱々しい声がした。

 ……人の血の臭いと、別の血の臭いがした。同じ、賢い方の、血の臭い。

 落ちていた明かりを拾いに戻って、恐る恐る、賢い方を照らした。

「ア…………」

 長い筒を奪い捨てて、それを持っていた人間に爪を突き立てるまでの間。何度も穴を開けられた、賢い方。

 その殺した人間の上で、血塗れになって倒れていた。

 駆け寄れば、目が潰れて、歯も折れて、至る所からびゅう、びゅうと血が今も飛び出していた。

「…………」

「ギ、グ……」

 そんな立ち尽くす自分に対して、賢い方は腕をぶるぶると震わせながら持ち上げていた。

 何をしたいのか、分かった。

「……」

 自分は賢い方を仰向けにして、人間の上から下ろした。

 そして今度は自分から、抱き締めた。

 賢い方は、穴の開いていない片腕だけを自分の背に回した。

「グ……ク…………」

 賢い方の胸の音はもう、とても弱々しかった。呼吸の音も殆どしない。

「…………」

「…………。…………」

 胸の音が弱々しくなり続けて、そして止まった。背に回っていた腕が、ずるりと落ちた。

「…………ア…………」

 起き上がると賢い方は、口も目も開けたままぴくりとも動かなくなっていた。

『檻の中へ戻れ』

 いきなりどこかからか聞こえてきた人間の声。思わずびぐっと体が震えて、明かりを手に取る。

 けれど辺りを照らしても、人間は全てきちんと死んでいた。

『檻の中へ戻れ』

 またどこかからか声が聞こえてきた。

 それは気付いてみれば、痩せぎすを殺した人間の声だった。

 この三人を殺せと命令した人間の声だった。

「……グ、ググ……」

 最後にもう一度、賢い方を見た。

 どうして、逆じゃなかったのだろう。

 どうして、逆じゃなかったのだろう?

 これから先、これより厳しい事が待ち受けているとしたら、自分なんて生き延びられる気がしないのに。

 どうして…………。

 段差を降りて、檻へと戻ろうとも。鍵が閉められて、建物の外に出ても。眠らされて、いつもの檻の中に戻ろうとも。

 ずっとずっと、その疑問が頭の中を離れる事はなかった。

 

*

 

 

 

*

 

 

 

*

 

 

 

*

 

 

 

*

 

 

 

*

 

 

 

*

 

 

 

*

 

 頭の足りない自分が散弾銃を相手に奇襲を仕掛けようとも、一発ズドンと撃たれて終わりだっただろうと気付いたのは、この組織に身を移してから三つ四つのミッションを生き延びた後だった。

 ……だから、賢い方が前に出るしかなかった。

 気付いた時のやるせなさは、自分の首に爪を当てていた程だった。

 …………賢い方が生きていたら、きっとNo.27と並び立っていただろう。

 そして確実に、もっと沢山の仲間が今でも生き延びている。

「…………」

 そのNo.27が気付けば、前に立っていた。擦り傷くらいはあるが、どこにも穴の開いていないその体。

 ……良かった。孤独に死ぬ事は、なかった。

 No.27は寂しそうな顔をしながら、自分の首に爪を添えてきた。

 楽になるか? とその目が問い掛けてくる。

 僅かに出せる息を吐いて、空を見上げた。

 死にたくないと思う気持ちは流石にあるけれど。でも、やっと終われるという気持ちの方が強かった。

 自分はどうしてか、ここまで生き延びてきた。けれど、運とかそんなものだけで生き延びられるのはここまでだった。

 残っているのは、運と実力の両方を兼ね備えた正真正銘の傑物達。

 この先、その傑物達にどんな未来が待ち受けているのか、そんな事は全く分からないけれど。

 自分のような終わり方はしないだろう。自分のように、こうして自分の終わりを信じる事は最後の最期までないだろう。もし最期が来るとしても、その瞬間まで全力を尽くして生に足掻き続けるだろう。

 …………自分はここで終わるけれど。これから先も元気でやって欲しい。

 No.27の添えた爪に手を乗せて、目を閉じた。

 No.27の爪に力が籠り。自分の命が消えていく感覚がずっしりと……どっぷりと…………。

 …………ああ。

 これが……死…………か。




No.30:

知性5、戦闘力5、脚力4(最終)
1話目で死んだ古参。最初に30体入荷したけれど、その一番最後のナンバー……要するに上級に位置するが、その中でも一番弱い。
多少の成長はあるものの基本運が強いだけで生き延びてきたが、流石に運も尽きて流れ弾が急所に当たって、No.27に介錯されて死亡。

賢い方:

知性5、戦闘力3、脚力3(試験時)
生き延びられていたらNo.27に比肩していた程の知性。
形振り構わず、という形ならNo.30を捨て駒にするような手段を取って生き延びる事も出来たけれど、ずっと後ろを健気に着いてきて自分を信じているNo.30と一緒に生き延びたいとか思っちゃったのが悪かった。
(2話目までは賢い方=No.27の予定で一緒に生き延びる予定だったんだけど、それだと流石に予定調和過ぎるよなって事で別個体にしました)

もう一体:

まあ、賢い方のする事が全て正しくて従うべきだってのが嫌だ、言いなりになるのが嫌だって思ったのがダメだった。






次に何書きたいかって構想は一応あって……。
片目を失うもタイラントを上回ったNo.1の事を組織の人がべらべら喋っていたら、それを確かめる為 & 例外的な手段で仲間になったNo.97を信頼出来るか確かめる為、という目的でタイラントと戦わされる事になったNo.1とNo.97の話。
よーするに、タイラントを完全に上回ってぶっ殺すハンターαを書きたいって事です。


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No.27 if

もしもNo.27が一匹で逃亡してたら、というifの番外編。

で、まあベースがハンターαでR18を書きたいなーっていうところから出たもので、
この番外編の為だけにR18に移動したくもなかったので、
こっちではR18シーンを完全に端折ってます。

込みはpixivだけでこっち。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=22006977


 一人の女性が、猟銃を手に歩いていた。

 人里から離れた田舎もいいところ。周りに住む人はほぼ居らず、どこまでも広がる荒野の片隅にぽつんと家を建て、周りに少しばかり畑を耕して、他人とはほぼ関わらずに生きている。

 まだ、老いているとは言えない歳。

 畑には一つの墓があった。小さな手製のそれは、夫や家族のものではなく、ここ最近寿命を迎えた愛犬のものだ。だからか、女性の顔からはどこか悲しさを隠しきれていない。

 それでも生きる気力までは失っていないその顔。全てが嫌気が差してこのような辺鄙な場所に家を構えたというよりは、単純に人が苦手なだけの様子だった。

 近い内に街にでも繰り出して大人しい野良犬でも拾って来る必要があるだろうけれど、まだもう少しこの悲しみに浸っていたい。

 ここらに来る人などそもそも居ない。それより警戒すべきは野犬などの野生動物の方。だから日課も兼ねての見回りを、犬が居なくともそう警戒する事なくただ惰性で続けていた。

 

 野犬やら野鳥やらが巣を作る事の多い、特に荒れた、身を隠せる場所の多い岩場。野に生きる野犬は街で生きる野良犬よりも気性が荒く、それに狂犬病の可能性も比べてしまえば高い。そこから拾うのは、親を喪って飢えている仔犬のような、余程都合が良い個体が居る時だけだ。

 そこから血の臭いがした。

 ただ、それは珍しい事ではない。巣を作っている獣が、同じ野犬や鷲などに食われる事など良くある事だ。けれど、体のどこかがいつもとは違う、と違和感を訴えていた。

 猟銃を握る手に力が籠る。引き金に指をかける。違和感の正体がはっきりする。野犬などでも早々動かせないような大きな岩がところどころ動いていた。

 人? 姿を現さない時点で、逃げた方が良い。そう思った瞬間。からりと音が後ろから鳴った。

 振り返るもそこには誰も居らず。しかし、その時には女性を大きな陰が覆っていた。

 圧し掛かられた女性は同時に銃を投げ捨てられ、腕を噛まされて、一切の抵抗どころか声を出す事も許されなかった。

 そして。ソレは人でもなければ、獣ですらなかった。

 女性は思わず目を見張る。

 人に似た二足歩行でありながら鱗の生えた全身。立った状態でも地面にまで付きそうな程に太く長い腕と、人の首を切断出来そうな程に太く鋭利な爪。じっと目を合わせてくる、人の面影も少しばかり残しながら爬虫類の様相を強く見せる首のない顔。

 ラクーンシティの悪夢から至る所で起きるようになったバイオハザードに対する歴史は、昨今においては授業に取り込まれて常識となっている。とりわけテラグリジアパニックにて広く名を知られるようになったB.O.Wの名を、女性は常識として知っていた。

 ハンター。

 その名が示す通りに猟銃を持った女性を容易く制圧して見せたそのB.O.Wに対し、何故こんな所に居るのかというような疑問も抱く事など微塵もないままに、女性は恐怖から気を失った。

 

*

 

 ソレは、聡かった。

 枷を付けられ幾度と戦闘へ駆り出されようとも無傷で生還する程に。

 そして、その枷を自ら外して独りで脱走する程に。

 ……その結果、仲間と共に生きる温もりを恋焦がれてしまう程に。

 

 独りで逃げた先にあるのは、果てしない自由だった。

 そしてB.O.Wとして生を受けたソレには、自らの遺伝子を残す事は愚か、共に生きる者すら誰一人として居ない。

 その事実に気づいたのは、自由を獲得してからすぐの事だった。

 戻る事は出来ない。けれど、その飢えを満たす事も出来ない。

 その心だけをひたすらに蝕んでいく苦痛に半ば自棄になるものの、ソレは自らの命を捨てるような真似までは出来なかった。その高い知性は、誰よりも高い生存欲求が故に磨かれてきたものだったから。

 また、殺戮の為に作られ、殺戮を強いられてきたが故に、聡いソレは殺戮に対して最早快楽を覚える事もなかった。だからソレの満たしたい、満たせる欲求は、自由を得た後ですら僅かなものだった。

 食欲と、肉欲。

 食欲はハンターという名に相応な優れた肉体を持つが故にどうとでもなる。

 だから、ソレは次第に肉欲を発散する事ばかりに欲求を尖らせていった。

 

 その女性が気絶した事を確認すると、ソレは服に爪を当てて一気に引き裂いた。

 人の首を刎ね飛ばす筋力と刃物以上に鋭い爪を以てすれば革だろうと切り裂くのは容易く、続いて下着にも内側から爪を食い込ませて女性の肌を傷つけないようにしながらつー、と下着を真っ二つにした。

 女性の上体が顕になったところで、下半身のベルトも強引に引き千切ってズボンと下着も同じように引き裂いた。

 味わう前に、立ち上がってそれを眺めた。

 今までも野犬や、湿地ではワニやらにまで様々な獣に対して肉欲を発散してきたが、そのどれとも違う、毛皮にも鱗にも覆われていない、無防備にも程がある全身。程良く引き締まっていて筋肉の形がはっきりと分かる。また乳房は大きくも小さくもなく、股は気絶する時に濡れて生温かい熱を発していた。

 思わず鼻息が漏れ、口角が上がる。

 初めての、人間に対して肉欲を発散出来る機会。

 未だ気絶しているその女性に対し、ソレは待ちきれないように、股の割れ目から肉棒が飛び出させた。

 逃亡するまでは大して使う事のなかったそれ。B.O.Wとして使われていた頃の仲間には雌の個体も居たが、作られた存在だからかその同種と交わっても子が出来る事はない、雄としての役割は微塵も果たせない代物。

 しかし、形、大きさとしてはその人を凌ぐ体躯、人を容易に殺せる肉体に相応なものが備わっており、逃亡してからの肉欲を果たす為だけに頻繁に使われ始め、幾度と掠れて赤黒く染まったそれは、最早凶器と言っても差し支えない代物でもあった。

 

*

 

*

 

*

 

*

 

 目が覚めると、いつもの天井が目に入ってきた。

 とても気怠く、全身は筋肉痛を訴えていて、何故か裸で、股間からは乾いた何かがべりべりと剥がれるような感触がして……。

 何が起きたのか思い出すも、しかし体は殆ど動かなかった。

 生きている。それどころか家の中に居て、ベッドの上だった。ゆっくりと体を動かせば、破れた服と猟銃が床の上に乱雑に置かれていた。

 ……あのバケモノは、自分をひたすらに犯し尽くした後、家まで送り届けたのだ。

 それも、猟銃まで一緒に。

 それが意味するところは、余りにも多い。

 猟銃というものを理解している事。猟銃込みでも脅威と見做されていない事。

 家の場所まで把握している事。そして……これからも犯しに来るであろうという事。

 ベッドから転げ落ちるようにして這い出し、水を飲む。股間以外の至る所からもこびりついている感触がして、意識を失ってからもとにかくこの身は汚されたらしい事を理解する。

 猟銃を見る。銃弾も入ったままのそれ。

 深い溜息。

 ただ……治安の悪い場所で生きてきた女性にとってその凌辱は、自死を決意するまでのものではなかった。

 青痣は至る所にあれど、五体は満足なままだった。あの体躯で首をも撥ねられる爪を持っているというのに、体には切り傷すらなかった。

 それは、イカれた活動家やらに捕らわれて、一方的な正義を説かれたり清めと称して拷問をされた挙句に殺されるよりはよっぽどマシだった。

 ……訳が分からない。

 雨水を溜めたシャワーを惜しむ事なく使いながら、凌辱してくるものの、殺すどころか傷つける事すらしてこなかったバケモノに目を付けられる事は、イカれた人間に目を付けられるよりはよっぽどマシだったという事実に理解が追いつかない。

 逃げようとすればここへと押し戻されるのだろうか? そもそも、家のすぐ外で自分が目を覚ました事を察知しているのだろうか?

 極度の疲労もあって、思考もままならないが。

 ただ……もう自分は番犬を新しく飼う事もないのだろうと、ぼんやりと思った。




ハンターα、性的にも好きなんだけど今までR18書いてないよなあ。書きたいってぼんやり思ってるけど、造形が単純だからシチュエーションも単純になる気がして余り書こうとまでモチベが上がらないんだよなあ。
=>
一匹でどこかからか逃げてきたハンターが寂しさやら色々無い混ぜになって人間を犯す感じとか良いかなあ?
=>
No.27が一匹で逃げたifにすりゃキャラの土台もしっかり立ってていけそうだなー。

という感じ。
ウェカピポの妹の夫よりは多分マシ。

書かなかった事:
・女性は運良く or ワクチン接種を受けてTウイルスへの抗体を持ってる(流石にTウイルスのワクチンとか、全世界で接種まで義務付けられてないかね?)。
・No.27は今まで犯してきた動物やらが大体発症してたので、女性が発症しなかった事に都合の良い解釈をした事。


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