ワン娘と俺氏と紫キャベ娘 (もちもちもっちもち)
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日記1

長らく執筆活動から離れていたのでリハビリと思って書いてみた。


 ○月●日

 

 モンスターに襲われました。

 絶海の孤島なので逃げ場がないぜ。

 最高責任者がハゲです。

 

 ――助けてぇ! クロノス先生!

 

 ふぅ、一度冷静になろう。

 遊戯王の世界にトリップ、ナウ。

 何を言っているのか分からないだって? 奇遇だね、俺もだよ。

 これでも転生当初と比べれば遥かに落ち着いているんだけど、こうして当時を振り返るとあの頃を思い出して色々と思い出したくないことも一緒にががが――。

 

 ――助けてぇ! クロノス先生!

 

 落ち着け俺、何のために日記を書き始めたと思っているんだ。

 状況を整理して事態を好転させる足掛かりにするためだろうが。

 話は変わるが、一口に遊戯王とは主に作品群を指す呼称であり、個々の呼び名は様々だ。

 アニメで例を挙げるのなら、初代から始まり、DM、GX、5D's――。

 ちなみに、遊戯王はGXの放送終了と同時に卒業しました。

 二十代先生、ガッチャ! アニメ面白かったぜ!

 理由は単純、周りに遊戯王をプレイする人間がいなくなったからだ。

 だから、次回作が5D'sだというくらいで、内容は勿論カード知識もそこまでしかない。

 

 またまた話が変わるが、何故遊戯王の世界に転生したなどと突拍子もない結論に至ったのか。

 簡単な話だ、受験勉強の息継ぎに掃除をしている途中、棚の奥から埃を被ったデッキケースを見付け、デッキの中身を一枚一枚捲りながら当時の思い出に浸っていた時、気付いたら見知らぬ場所にいた。

 んで、後は冒頭の通り。

 機械で出来た犬ころに追い掛け回されて、絶海の孤島なので逃げ場がなくて、道端で出会った最高責任者を名乗るオッサンがハゲてたんだよ。

 当時の頃の記憶は曖昧で、正直穴だらけの不安だらけ、断片的にしか思い出せないけれど。

 モンスターに、絶海の孤島に、最高責任者がハゲ。

 

 ――ここGXの世界だよ! 助けてぇ! クロノス先生!

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ○月□日

 

 こちらα、現在物置に潜伏中。

 現状整理という名目で、逃走中に拾ったペンとノートに日記を書いてます。

 今も遠くで犬の遠吠えに、彼等を従わせるデュエリストの怒声。

 ヤベェよ、俺ってば完全に指名手配中だよ。

 罪状って何だろう? 不法侵入だろ冷静に考えて。

 落ち着け俺、クールになるんだ、状況を整理しろ、その為の日記だろうが。

 

 現状を説明して説得を試みるA案――病院に監禁されますね分かります。

 素直に投降して説得を試みるB案――警察に連行されますね分かります。

 

 あれ、これって詰んでね?

 というか、此処がGXの世界だと仮定して、俺の戸籍とかってどうなるのよ。

 所持品とかトリップする直前に着てた部屋着のジャージ上下の文字通り身一つだよ。

 財布やら携帯やらあればまだ手はあっただろうに、何か他にないかと周りを捜索。

 そしたら出てきましたよ、現状を打破できそうな切り札が。 

 

 俺がいるのは何処だ? 遊戯王の世界だ。

 つまり、デュエルの結果が全てを決する世界だ。

 カードに魂を封印しようが、カードで相手を殺そうが、デュエルに勝てば許される世界だ。

 所持金に戸籍、ないない尽くしだが、それがどうしたというのだ。

 デュエルに勝てば、そうすれば俺を咎める者などいない。

 幸いにして、俺の手の中にはそのための手段がある。

 即ち、デッキとデュエルディスクだ。

 デッキを確認すれば、此処にトリップする前に見つけた懐かしのマイデッキ。

 此処に来る前同様、一枚ずつ中身を確認する度に蘇っていく当時の記憶が――。

 

 ――あれ? このデッキってどう回すんだっけ?

 ――あれ? このデュエルディスクってどう動かすんだっけ?

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ○月△日

 

 最初のデュエルの相手が仮面のコスプレ集団とか無理ゲーだろ。

 という訳で徐々に馴らしていこうぜ作戦を敢行。

 最初のターゲットはたまたま倉庫の前を歩いていたガキンチョ。

 ギリで勝利した。

 なんか懐かれた。

 

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ○月☆日

 

 ガキンチョの相手をしていたら丸一日が経過してしまった件について。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ○月∇日

 

 策士……!

 圧倒的な策士……!!

 

 現状を整理してみよう。

 俺氏、子供と一緒に倉庫へ潜伏中。

 ……いやね、違うんですよお巡りさん、これには深い訳が――。

 あ、アカンはこれ、傍から見たら誘拐と監禁のダブルコンボやん。

 俺だってね、何度も追い出そうとしたんだよ。

 親御さんとか心配してるだろうし、現にこの子の名前を呼ぶ声が外から聞こえることあるし。

 でもね、このガキンチョ、どういう訳か俺から離れたがらないんですよ。

 帰るように促せば泣きそうになる、暇があればとにかくデュエルを強請る。

 勝者権限で追い出そうとすれば、ボクお喋りだからお兄さんのこと喋っちゃうかも? である。

 策士……! 圧倒的な策士……!! 背中に悪魔の翼が生えてますよ! パタパタしてますよ!

 結論、お兄さんはガキンチョに屈しました。

 その結果得たものは心の底から微笑むガキンチョの笑顔だった。

 

 べ、別に情に絆された訳じゃないからね!

 勘違いしないでよね!

 ……おえ。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ○月×日

 

 ガキンチョと倉庫に籠って数日が経つが、永遠と引き篭もっている訳ではない。

 食料などの生活必需品については既に解決済み。

 というのも、ガキンチョが食糧庫への隠し通路を知っていたのである。

 褒めて褒めてー! 的な感じの純粋無垢な眼差しを向けられた。

 初邂逅時に「キミ、邪魔だよ」発言と虫けらを見るような眼が嘘のようである。

 取り敢えず拳骨一発、不法侵入は犯罪です。

 俺は良いのかって? 不法侵入と児童誘拐と監禁に窃盗罪が追加されるだけですがなにか?

 自分のことを棚に上げての説教に、しかしガキンチョは上の空。

 「初めて拳骨……初めて説教……」とかブツブツ呟いててちょっと不気味に思いました、マル。

 ちょっと頬が赤く染まっているのにドン引きしました。

 幻魔の扉とか、そんなチャチなもんじゃねぇ。もっと恐ろしいもん開いちまったぜ……!!

 

 続いて、俺のデュエリストとしての腕前だが、ハッキリ言って自信喪失である。

 あれから何度もデュエルしているが、ガキンチョの相手に勝率がギリで上回るレベル。

 どう見ても学生ではないだろう、入学前の子供相手にこの戦績とかマジ涙目である。

 とはいえ、一概に俺だけの問題ではないことは薄々と勘づいていたりする。

 俺自身のデュエルの腕前の低さもあるのだろうが、それ以上に深刻な問題があった。

 ぶっちゃけよう、カードパワーが違い過ぎます。

 俺にとってもガキンチョにとっても主力である融合モンスターを比較してもそれは明らか。

 

 なんやねん、闇属性モンスター2枚って!

 こっちは素材モンスター名指しで指定やぞ!

 ガキンチョのエースの素材条件ゆるっゆるやん!

 

 これで召喚されたモンスターが雑魚ならば別に問題はない。 

 だが、出てきたのは打点強化にコピー、更には道連れ効果内蔵の化物モンスター。

 インチキ効果も大概にしやがれ! と堪らず叫んだのは未だに記憶に新しい。

 他にも、魔法や罠、モンスターに至るまで個々のポテンシャルが違い過ぎる。

 これが俺のファンデッキでも勝てるのだから、所詮はガキンチョが相手ということか。

 相手が仮面のコスプレ集団ならば普通に負ける。

 最高責任者のハゲとかあれやぞ、なんとか流の師範代なんだぞこれ!

 アンダーグラウンドの帝王でグォレンダァ!! とかされちゃうんだぞ!!

 

 ボールを相手のゴールにスカイスクレイパー・シュート!!

 超エキサイティング!!

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ○月⊿日

 

 2人目のガキンチョにエンカウントしました。

 ガキンチョその1――紫キャベ娘でいいや見た目的に。

 人のことを誘拐犯扱いしてきたので紫キャベ娘をリリースして無実を証明してから逃走した。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ○月※日

 

 根城にしている倉庫は紫キャベ娘にばれている。

 なので、倉庫を放棄し、予てより考えていた島からの脱出のための準備を開始したのだが。

 行く先々で何故か紫キャベ娘にエンカウントするんですけど。

 ガキンチョその2――ワン娘でいいやもう、なんかポンコツ臭もするし。

 毎度のように何故か後からやって来るワン娘に紫キャベ娘と一緒にいるところを目撃され、その度に誘拐犯扱いされてるんですけども。

 俺は悪くねぇ! 絵面的には確かにその通りだけれども! 俺は悪くねぇ!

 イラッと来たのでデュエルした、辛うじて勝てた、改めて自分の弱さに凹んだ。

 

 勝者権限でワン娘に命令する絵面が、傍から見たらくっ殺みたいに見えることに気付いたのは、こうして日記を書いている時だった。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ○月∞日

 

 最近自分が犯罪者なんじゃないかと思えてくるようになった。

 いやね、今までの所業を思えばその通りなんだけどね。

 今までは元の世界に戻るためって免罪符があったからその辺を無視できた。

 でも、最近はそうも思えなくなってきたのである。

 

 

 ――んふっ、お兄さんみーっけ!

 

 ――お前……わたしを舐めているのか! 逃げずに勝負しろ!

 

 

 相手は子供、青年といっていい俺とは体格からして違う。

 加えて、遊戯王の世界にトリップした影響か、身体能力が飛躍的に上昇しているのであった。

 なるほど、俺がデュエリストになったからか――書いてて頭おかしく思えてきたよ。

 要するに、俺が本気で逃げに徹すれば、ガキンチョ二人を撒くなど造作もないのだ。

 しかしだ、しかしである。

 俺は見てしまったのだ。

 俺が二人を撒いた後、トボトボと帰路に着くガキンチョたちの後ろ姿を。

 追跡中にはあれほど活気に満ちていたのにも関わらず、二人の背中に漂う哀愁を。

 二人を照らす夕日が、それぞれから零れ落ちた雫をきらりと光らせたのを。

 

 思えば、不思議だった。

 学校に通うにはまだ早いと断じれる幼い見た目。

 にも拘らず、俺は二人の親の姿を見たことがなかった。

 此処は絶海の孤島、周りが学生やら教師だらけの中、幼子と呼べるのは二人だけ。

 こうして筆を執って文章に起こしている今も、俺の中の推測が確信を帯びていくのが分かる。

 なのに俺は、自分のことばかり優先して、ガキンチョたちに構ってやることも――。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ○月♪日

 

 とうとうこの日がやってきた。

 そう、俺はこれから、この絶海の孤島から脱出する。

 思えば、状況整理の意味で初めた日記も意外と続くものだ。

 しかし、それも今日で終わり。

 俺は島から出て、そして現実の元いた世界に帰る。

 今日はそのための第一歩を踏み出す晴れやかな日なのだ。

 

 にもかかわらずだ、俺の心は全然晴れやかじゃない。

 食料よし、水よし、舟も死んだら返す予定だ。

 荷物を詰め込み、帆を張り、後は櫂で漕ぐだけ。

 だが、一向に力は入らず、舟は風のみを推力として岸から沖へと進んでいく。

 いつしか櫂を置き、気付けば取った筆で現状を文字に書き起こしていた。

 分かっているんだ、俺が何故こんなにも悩んでいるのかが。

 選んだところでどうなるというのだ。

 所持金戸籍皆無、そんな俺にあるのはデッキとデュエルディスクだけ。

 そのデュエルの腕前だって、ガキンチョ相手に辛勝するレベルでしかない。

 この世界での俺という人間の価値など、その程度でしかないのだ。

 

 

 ――お兄さん!?

 

 

 だから、迷わずこのまま進め。

 

 

 ――待て! きさま、逃げるつもりか!?

 

 

 後ろを振り返るな、情に流されるな。

 

 

 ――また悪戯しちゃうよ! 悪いこといっぱいしちゃうよ! だから……だから……!!

 

 

 思い出せ、かつての自分が居た場所。

 

 

 ――卑怯者! 逃げるなど卑怯者がすることだ! それでもきさま、デュエリストか!

 

 

 温かい寝床、温かいご飯、温かい家族。

 

 

 ――叱って! いっぱい! たくさん! お兄さんが叱ってくれたらボク、いい子になるから!

 

 

 全部ここにはないものだ。

 

 

 ――逃げるな! わたしはまだお前に勝っていない! だから行くな! いかないでくれ!

 

 

 元あった形に戻るだけだ。

 

 

 ――お願いだから……!

 

 ――頼む……!

 

 

 ああ、でも。駄目だ。文字では偽ることは出来ても、心までは偽ることは出来ない。

 

 

 ――ボクを……っ!!

 

 ――わたしを……っ!!

 

 

 震える指が、不意に落ちてきた雫が、続く文字を歪ませ、滲ませた。

 

 

 ――おいていかないで!!!

 

 

 もうちょっとだけ、此処に居たい。

 それこそが、紛れもない俺自身の本心だったんだ。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 自首したら、超VIP待遇で迎え入れられた件について。

 

 いやあの、俺ってば犯罪者なんだってばよ?

 不法侵入に窃盗に暴行に児童誘拐に監禁だってばね?

 字面で改めて見たらなんなんだよこの超凶悪犯、即通報者だってばさ!

 

 舟で岸へと引き返し、紫キャベ娘とワン娘に両手を厳重ロック。

 人造人間ハゲとか無口剣士なんて目じゃないね、先攻1ターンでサレンダーするレベル。

 道中背中が痒くなった時に一度両手を引き剥がそうと力を込めたら物凄い目で睨まれたよ。

 涙目上目遣いがガキンチョにとっての最強の武器だと実感した瞬間である。

 そのまま島の中央に聳える校舎群へ向かった訳なのだが、道中すれ違う連中がもうね。

 俺は島中に指名手配されてる訳だから生徒やら教師に見つかり次第すぐに集って来るのだが、ガキンチョ二人を前に尻込みし、モーゼのように道を開ける始末。

 途中で会った、軍服に勲章を付けた厳ついおじさんなんか敬礼とかされちゃったよ。

 

 そして、到着しました如何にもな雰囲気の部屋。

 校長室だと最初は思ったけど違うよ、魔王とかが踏ん反り返ってそうなヤバい雰囲気です。

 現にね、最高責任者ことハゲの隣に控える参謀ポジのおじさんとか目がイっちゃってます。

 おいてめぇこっち見んな、ようこそ新しい実験動物的な眼で俺を見るんじゃねぇ!

 

 結論から言おう、二人の教育係に任命されました。

 最初は雑用から始めようと思っていただけに、まさかの重要職。

 辞退しようとしたらギュッと両手から無言の抗議。

 決して新入社員にしては破格の給与に目が眩んだわけではない、断じて違う。

 しかし、教育係か、中々に感慨深いではないか。

 そんな風に物思いに深けっていた俺に、最高責任者のハゲが問うてきた。

 

 ――君は二人にどのようなデュエリストになって欲しい? 君にとって、デュエルとは?

 

 おいおいおい、そんなフリを寄越されては、返す言葉などこれ以外には有り得ない。

 遊戯王界の理想の教師として名高い、彼が放った名台詞。

 相変わらずの穴ぼこ知識だが、彼の言葉は今もな鮮烈な輝きと共に心に刻まれているのだから。

 

 

「デュエルってのは希望と光を与えるもんだ。恐怖と闇をもたらすものじゃない」

 

 

 ハゲの目を真っすぐ見て宣言した後、こちらを見上げるガキンチョ二人を見下ろす。

 子供から青年へと成長する中、忘れてしまった大切なもの。

 そうだ、俺は楽しかったのだ。

 二人と過ごした時間が、交わしたデュエルが、楽しくて仕方がなかったのだ。

 だから、この気持ちを一緒に分かち合って欲しい。

 

 

「例えデュエルに負けても、闇は光を凌駕できない。そう信じて、決して心を折らないこと」 

 

 

 二人が立派に独り立ちできるその時まで。

 いつの日か俺が現実世界に戻っても、その先もずっと。

 

 

「ユーリ、セレナ。俺との約束、守れるか?」

 

 

 勝敗に関係なく、純粋にデュエルを楽しむ、そんな人間になってほしいから。

 

 

「んふっ、破ったら叱ってくれるんでしょ? で、守ったらいい子いい子。ボクとも約束だよ?」

 

「ふんっ、わたしはデュエリストだからな。強者の言うことを守るのはやぶさかではない」

 

 

 生意気な口ぶりに、乱暴に二人の頭を撫でる。

 ぐちゃぐちゃに乱れた髪に、しかし二人は擽ったそうに顔を緩ませるだけ。

 そんな三人の様子を、プロフェッサー・赤馬零王は穏やかな眼差しで見守るのだった。

 

 

「――ガッチャ。今まで楽しいデュエルをありがとう。これからもよろしくな」

 

 

 

 

 




最終回じゃないぞよ、もうちっとだけ続くんじゃ。

この話しで完結してもよくね?
そう思ったのは作者だけではないはず。


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日記2

 □月○日

 

 ハゲに教育係として任命された翌日。

 早くも挫折しそうです。

 

 いや、ちゃうねん。

 俺はおかしゅうない、おかしいんは周りやねん。

 なんやねんドローの練習って! デュエルマッスルってどこの筋肉やねん!

 ドローってカード引くだけやろ!? デュエルってただのボードゲームの筈だよね!?

 なにぶん俺は教育についてはずぶの素人。

 以前までワン娘の教育係を担っていた勲章おじさんにアドバイスを貰おうと訪れたところ、クソ真面目な顔でされた愉快な話は、今でもなお鮮明に蘇ってくる。

 ワン娘は勲章おじさんの発言を当然のように受け入れているし、紫キャベ娘はボクは優秀だから必要ないんだとドヤ顔しながら地味に自慢をしてくるし。

 

 という訳で、予定を変更。

 教育係として任命されたものの、ハゲは無茶ぶりをするブラックではなかった。

 俺に一週間ほど準備期間を与えてくれ、その間は自由にしてくれと。

 しかも、その間は有給扱い。

 ハゲって言ってごめんなさい! あんた最高だぜ、プロフェッサー!

 

 あっ、ちなみに初日はガキンチョ二人の相手をしてたら潰れました。

 少しは俺を休ませろ! 後二人とも、風呂やらトイレにまで着いてくんじゃねぇ!

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 □月×日

 

 一日掛けて島内を探検した。

 当然のように着いてきた紫キャベ娘とワン娘だが、ガイドの真似事をする姿が大変微笑ましい。

 張り切って道案内をしてくれる姿は、教育係を受けて良かったと心から思えるものだった。

 ただ、それで終われば良かったのに、素直に喜べない訳がある。

 

 勲章おじさんがストーキングしてくる件について。

 想像してみろよ、厳つい顔したガチムチのオッサンに四六時中後を着けられる図を。

 平静を装うのがやっとでガキンチョ二人の話どころかどこ回ったのかも全然覚えてねぇよ!

 いやね、気持ちは分かるよ。

 ポッと出の奴に今までの役職を奪われるとか、俺だったら絶対泣くね。

 でも俺としては普通に仲良くしたいので、出来れば今度からは同行してくれると助かります。

 

 それと、此処はGXの世界のようだが、どうやら時間軸が原作が始まる前のようだ。

 校長はハゲだけど、デュエル実技最高責任者がクロノス先生じゃないんだもの!

 もうね、滅茶苦茶悔しかったね、壁ドンとかしちゃったりさ。

 途中で寄った購買で色紙とサインペンを買った金を返せと叫びたかったね。

 でも、これだけだと原作よりも未来という線もあるのだが、それは違うと断言できる。

 

 

 ――男前ヒロインを見かけました。

 

 

 取り敢えずサイン貰おうと話し掛けようとしたらガキンチョ二人に止められた。

 HA☆NA☆SE! 絵面的に問題だけど! 男前ヒロインの見た目なんか幼いけれども!

 最終的には勲章おじさんまで出張ってきて引き摺られていきましたとさ。

 ちくしょう、絶対に俺は諦めねぇからな!

 

 しかし、改めて思うとおかしな点が幾つかある。

 男前ヒロインの見た目は中等部くらい、つまり原作はまだ始まってはいない。

 だが、それ以外の点に注目すると、おや? と思うことが多々あるのだ。

 一つは各寮の呼び名についてだ。

 それぞれがDMに登場する三幻神の名を冠した名前なのだが、なんか微妙に違うような。

 俺の原作知識は、遊戯王から離れて結構経っているので正直穴だらけ。

 だが、確か(三幻神)+(色)という組み合わせで、(三幻神)+フォースではなかった筈。

 他にも相違点はある。

 なんか授業というよりも、訓練的なニュアンスが生徒たちに施されているのだ。

 あと、女性寮が青色以外にもあったり、なんか矢鱈とデュエルディスクがハイテクだったり。

 一つずつならばさほど気にせずにいられるが、こうも続くと気になって仕方がない。

 

 ――などと日記に書きながら状況を整理している俺に天啓のような考えが閃いた。

 なるほど、それならば全て辻褄が合う。

 GXの世界なのに、何故か色々と存在する相違点。

 ふはは、謎は全て解けたぜ、じっちゃん!

 

 

 この世界の正体、それはずばり――タッグフォース!

 カードゲームも出来るギャルゲーと名高いあの名作の世界に俺はやって来たんだ!

 ということは、俺にもいつか可愛いヒロインが――!!

 

 

 この後、何故か紫キャベ娘とワン娘にビンタされたり蹴られたりした。

 マジ解せぬ。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 □月±日

 

 準備期間も今日まで、いよいよ明日から教育係としての日常が始まる訳だが。

 ごめん、辞退してもいいっすか?

 だってだって、遊戯王のルールって一見簡単に見えてメチャ複雑なんだもん!

 昔やってた頃は友達の間だけで大会とか出たことなかったんだけれども。

 準備期間の間、改めてルールのおさらいをと思って図書館に行った訳だけれども。

 

 タイミングを逃すってどういうこと?

 優先権ってなによ?

 ダメージステップってどんだけ手順踏むの?

 

 否が応でも理解せざるを得なかった。

 俺が遊戯王というカードゲームのルールをまるで理解していなかったということを。

 改めて俺の弱さを実感させられた瞬間だった。

 俺ってばガキンチョ相手に辛勝するくらいだし、たぶんその辺の学生に負けるレベル。

 そんな俺は準備期間最終日の夜、人生の先輩である勲章おじさんの元を訪れた。

 ちなみにガキンチョ達は先に寝かせてある、でないと地の果てまで着いてくるだろうし。

 どうにかして風呂とトイレにだけは着いてこないことを約束させたくらいなんだよ今のところ。

 そんなに俺ってば信用ないの? (しばらくは)何処にも行かないって約束したでしょうが。

 はい、元・不法侵入誘拐監禁暴行窃盗犯の言うことです。信用皆無だね、生きててゴメン。

 

 結論、教育係とか名ばかりでした。

 俺が教育係に任命されたのは、単純に二人が俺以外には懐かなかったからとか。

 ルールについては、デュエルディスクが勝手に処理してくれるからさほど問題ないって。

 最近の機械はハイテクだねぇ、お兄さん感心しちゃうわ。

 お蔭でなんとかなるだろうと前向きな気持ちになれた。

 ありがとう、勲章おじさん! クロノス先生の次くらいにいい先生になれると俺は思うよ!

 

 あと、去り際にデュエルの腕前を褒められた。

 それだけ強ければルールなど些細な問題だとか、間違いなく俺はアカデミア最強だとか。

 見た目通り不器用なのだろう、見え見えの世辞に俺が出来るのは苦笑だけだった。

 相談に乗ってくれたお詫びにと、プロテイン一箱をプレゼントして退室。

 よっしゃ、明日から頑張るぞ! 

 

 

 帰ったら紫キャベ娘とワン娘が起きててメチャクチャ叱られた。

 理由を聞けば、俺が二人に無断で出掛けたからだとか。

 どうやら俺には人権だとかプライベートというものが存在しないらしい。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 □月☆日

 

 前の日記から暫く、教育係として充実した日々を送っていた。

 俺が教えられることは少なく、逆に二人から学ぶことの方が多いくらいだ。

 正直、劣等感を抱かずにはいられなかったが、そんな俺をクロノス先生の言葉が奮い立たせる。

 

 ――生徒を導くことで、教師もまた成長する。

 

 クロノス先生!!

 そうだよ、教育だって教える側は全知全能の完璧な存在ではないのだ。

 一方的通行じゃない、教え子からも学ぶことで一緒に成長するのが教育というものなのだ。

 改めてクロノス先生の素晴らしさを再認識、早くアカデミアに来ないかな?

 それに、デュエル知識はアレでも、一般的な知識ならば俺に圧倒的軍配が上がる。

 というのも、紫キャベ娘もワン娘も一般常識というものがまるでない。

 家族とはデュエリストではないのか!? とか、ワン娘お前どんだけデュエル脳なんだよ。

 紫キャベ娘も、男の前で服をぬぐものではありません。

 無防備なガキンチョ二人に辟易、まったく俺が年上好きじゃなかったら色々とアウトだったぞ。

 という訳で、俺は二人からデュエル知識を、二人は俺から一般常識を学ぶのだった。

 教えた一般常識が二人に一向に反映された様子がないのは俺の気のせいだと思いたいけどね!

 

 ちなみに、本日の講義内容は互いにデッキを交換してのデュエル。

 基本的にこの世界の住人はデッキを複数持たないのは、DMとGXの視聴したことからも明らか。

 デュエリストにとってデッキは自分の魂の一部。

 二人も当然のように渋るが、俺だってなにも意地悪をしているのではない。

 カード知識は、あればあるだけ良い。

 俺の友達にもいた、こっちが使ったカード一枚でこちらのデッキ内容をほぼ把握する奴。

 これは豊富なカード知識があるからこそ出来る芸当で、そういう奴は大抵強い。

 他にも、他人のデッキを使用することで別視点で自分のデッキを見直せる。

 そうすることで今までは考え付かなかったコンボとか生まれたりするのだ。

 なので、デッキ交換デュエルはとても勉強になる筈なのだ。

 決して、たまには他人のデッキでデュエルしてみたいとか、紫キャベ娘やワン娘のパワーカード使って無双したいとかではない、ないったらない。

 

 結果を申し上げます、俺は一度も勝てませんでした。

 カードパワーはガキンチョ達のデッキが圧倒的に上なのに、なんで負けるのかって?

 毎回手札事故起こすんだよ! 見事なまでに引いたカードの組み合わせが合致しねぇんだよ!

 勲章おじさんの嘘つき! なにがアカデミア最強のデュエリストだよ!

 入学前のガキンチョに勝てないとかアカデミア最弱の間違いだろうがよ!

 ごめん俺のデッキ! もう浮気しないから! 俺にはお前達しかいないから!

 

 

 P.S.

 勝者権限により俺のデッキを公開させられた結果、ガキンチョ二人にドン引かれた。

 別にいいじゃん! 二十代先生カッコいいじゃん! 主人公と同じデッキ使いたいじゃん!

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 □月§日

 

 デッキのパワーが貧弱ならカードを買って補えばいいじゃん。

 それに気付いたのは、ガキンチョ達と一緒に三時のおやつを作っている時だった。

 俺の料理経験など凡骨レベルだが、ガキンチョ二人に至っては料理はおろか甘味を食べたことがないんだとか。

 基本的に男女差別するつもりはないけど、料理できるって俺的にポイント高いと思うんだ。

 ならばとハイテクなデュエルディスクでネット検索、こうして何度か一緒に作ってたりする。

 容器にプリン液を流し込み、冷蔵庫へ放り込み、目指すは購買部。

 シングル買いも良いが、やはり遊戯王もといカードゲームの醍醐味はパック買いだろう。

 俺よりもワクワクしている二人に急かされるがまま、一袋目のパックを開封する。

 

 

 フェザー・ストーム

 バースト・インパクト

 クレイラップ

 バブル・ロッド

 ワイルド・ハーフ

 

 

 ものすっごいピンポイントだなおい、なんの嫌がらせだこれ。

 全部専用サポートカードって、いや全員デッキに入ってるから問題ないけども!

 いや、たまたまだ、偶然ってあるよね。

 続けて次のパックを開封する。

 

 

 テイク・オーバー5

 コンタクトソウル

 クロス・チェンジ

 ENシャッフル

 Nシグナル

 

 

 嬉しい、でも複雑だ。

 前のデッキ交換デュエルの時もだが、俺って呪われてるのかな。

 ――病名・十代病、厨二かっ。

 そのあともパックを幾つか開封するが、出るわ出るわ、GXの主人公関連のカード。

 印象深いものから、主人公関連なんだろうけども見覚えのないものまで実に多種多様。

 というか、主人公関連のカード以外は全く当たらないんですけれども。

 それにしても、当時は未OCG化だったカードもあるが、あれから発売とかされたんだろうか。

 そんなことを続け、出会ってしまいましたよあのカードに。

 

 

≪賢者の石-サバティエル≫

通常魔法

「ハネクリボー」が破壊された時、デッキのこのカードを手札に加える。

ライフポイントを半分支払い、自分のデッキ、墓地にあるカードとこのカードを交換する。

交換したカードを使用した後、このカードを手札に戻す。

この効果で3度交換した後、次の効果をこのカードは得る。

このターン、対象となったモンスター1体は相手フィールド上にいるモンスターの数だけ、

モンスターの攻撃力を倍化させる。

 

 

 なぁにこれぇ(白目

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 □月●日

 

 強化したデッキでガキンチョ二人とデュエルした。

 全勝だった、無双しまくった、賢者の石マジ壊れカード。

 ワン娘には依然連勝記録継続中だが、まさか紫キャベ娘にも無敗とは。

 賢者の石の蹂躙ゲーの前では、ガキンチョ二人VS俺であってもあっけない結果だ。

 そんなこんななことが続き、途中から泣きそうになるガキンチョ二人。

 こらアカンとこっそり賢者の石をデッキから抜く。

 堂々と禁止宣言すればいいだろうがって? 手加減したってばれるとマジギレされるもん。

 一度ワン娘に接待デュエルでワザと負けたら、涙目で延々と睨まれたからね。

 紫キャベ娘とか目のハイライト消えたもん、夢に出てきたら俺漏らす自信あるよ。

 

 賢者の石を抜いた結果、紫キャベ娘には何度か負けた。

 だが、以前までは限りなく五割に近かった勝率がまさかの九割越え。

 毎度辛勝だったワン娘には、以前よりも余裕を持って勝利することができた。

 俺も強くなったって実感したよ、心なしか以前よりもデスティニードロー増えたし。

 取り合えず、これで教育係としての面子が保てるぜ。

 ふぅん、ガキンチョどもよ、師匠を超えるなど十年早いわ!

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 

 □月◇日

 

 毎朝俺のベッドに潜り込んできたガキンチョ二人が、今日はいなかった。

 そしてこの日、俺はついぞ二人の姿を見ることがなかった。

 

 

 

 

 




次回予告

紫キャベ娘&ワン娘「実家に帰らせて頂きます」
主人公「ちょ、待てよ!」

※嘘です。


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日記3

 △月※日

 

 ガキンチョ二人が行方不明になった。

 この日記については後日記したものだが、今でもぞっとするぜ。

 勲章おじさんにハゲ、天敵だったマッドのおっさんにも聞いてみたのだが、見事に空振り。

 過去に何度も行方不明になり、俺が来る前は何度も捜索に駆り出された勲章おじさんは冷静なもので、部下の人だろう人達に連絡し、捜索を敢行。

 俺は待っているように言われたが、はいそうですかと頷けるはずもない。

 

 二人が居なくなった理由だが、心当たりはあった。

 俺が強くなったからだ。

 もちろん、客観的に見れば俺などまだまだ、せいぜいが生徒といい勝負ができるレベルだろう。

 未だにガキンチョ以外とデュエルしたことはないので断定出来ないが、あんなに軍隊訓練染みた教育を施されているアカデミアの生徒が弱い筈がないのだから。

 GXならばクロノス先生にも勝てる自信はあるが、此処は似て非なる世界、タッグフォース。

 ガキンチョ二人からも分かるように、俺の時代とはカードのポテンシャルが違い過ぎるのだ。

 その点については俺も無問題だ、まだ見ぬ強者たちにおらワクワクすっぞ! とか思ってるし。

 

 だが、ガキンチョ共はどうだ。

 勲章おじさんに護衛され、お菓子を食べたことがないことからも容易に想像できる。

 ガキンチョ二人の世界というのは、俺が想像している以上にずっと小さい。

 そんな二人にとって、俺という存在は自分の成長を実感する物差しのようなもの。

 仮に俺が二人だったとして、全く勝てない、それどころか差が縮まるどころか広がるばかり。

 面白くないだろうし、自分は成長していないのだと思っているなど普通にあり得そうだ。

 だから、俺の前からいなくなった。

 

 気付いた時は茫然とした。

 だが、立ち止まったのは一瞬だけ。

 確かに俺は強くなったよ。

 でもそれは、新カードでデッキを強化したからだけではない、二人とデュエルしたからだ。

 前に行ったデッキ交換デュエル、あれのお蔭で新しいコンボを思いついたからだ。

 何よりも、俺はこの世界に来るまで遊戯王から離れていた。

 そんな俺に当時以上の熱を与えてくれたのは、二人がいたからなのだ。

 そして、それは二人にだって当て嵌まる筈なのだ。

 俺という存在が、二人を強くしたのだと、そう信じたかったんだ。

 クロノス先生だって言っていたではないか、教師と生徒は一緒に成長するものだって。

 教える立場の者が教わる立場の者から逃げてどうする!

 立ち止まるな! 足を動かせ! 今この瞬間もガキンチョ達は悲しんでいるんだぞ!

 

 途中、男前ヒロインに会ったが、もちろんサインなど論外だ。

 だが、これまでと同じように、ガキンチョ達の行方を聞けば、なんと心当たりがあるとか。

 思わず詰め寄り、おっかなびっくりした男前ヒロインは再度肯定。

 

 

 

 神様、俺は今ここに懺悔します。

 嬉しさのあまり男前ヒロインに抱き着いちゃいました。 

 ごめんなさい、もうしません。

 

 

 

 当然のように固まる男前ヒロイン。

 うん、見ず知らずの異性にいきなり抱き着かれるとか、即豚箱行きですね。

 本来ならば土下座コースでも生温い所業だが、今は一分一秒が惜しい。

 真っ赤になったまま動かない男前ヒロインを放置し、目撃証言のあった場所へと急ぐ俺氏。

 去り際に俺の名前と居場所だけ告げ、後日謝罪に行くことを決心しましたよ。

 

 そして、男前ヒロインが告げた場所に、二人はいた。

 俺の登場に逃走を図る二人だが、生憎と今の俺はデュエリスト。

 うん、意味不明な理由だけど、今なら初期の悟空とかなら倒せるんじゃなかろうか。

 おらの体はステンレスみてぇに鍛えてんだぞ! とか素で言えそうだぜ。

 そして、始まった逃走劇だが体格差も手伝い、開始数秒で二人を捕獲。

 首根っこを捕まえ事情を尋ね、黙秘権を行使する二人と根気比べを敢行。

 その時は既に日も暮れ、月も天高く昇り、空には満天の星空。

 そんな美しい景色を海岸沿いのこの場所で眺め続けていると、二人は少しずつ語りだした。

 

 内容は俺の想像していたことと殆ど同じだった。

 だが、驚きだったことが一点。

 俺が成長しない二人を見限って居なくなる……だと……!?

 俺約束したやん! (しばらくは)何処にも行かないって誓ったやん!

 はい、元・不法侵入誘拐監禁暴行窃盗犯の言うことです。信用皆無だね、生きててゴメン。

 

 それから暫く、二人の首根っこを離して立ち上がる俺っち。

 ガキンチョ二人の顔が絶望に染まる様子に見て見ぬ振りをし、一定距離を取って振り返る。

 慌てて追い掛けようとする二人を手で制し、デュエルディスクを構えた。

 たぶんだけど、今の俺が何を言っても二人には届かないだろう。

 ならば、デュエルで語る以外に方法はない。

 うん、今まで自覚なかったけど、この調子じゃあワン娘に偉そうなこと言えんわ。

 これって完全にデュエル脳です、ありがとうございました。

 

 デッキケースから賢者の石を取り出し、二人に見せてからデッキへと投入。

 たぶん、というか絶対に俺が手を抜いてるの二人とも気付いてたよね、今思えば。

 息を呑む二人へ一方的に告げた開始宣言により、俺vs紫キャベ娘&ワン娘のデュエル開始。

 初手から来た賢者の石で序盤から押せ押せモード。

 キレッキレのデスティニードローも後押しし、蹂躙するように相手の場を喰い散らかす。

 だが、ガキンチョ二人もただ一方的にやられていたわけではない。

 キモ竜で俺のモンスター達を道連れにし、続くターンでワン娘が猫娘を融合召喚して直接攻撃。

 甘いぞワン娘! 伏せカードオープン! 笛! クリクリーと相棒が颯爽登場!

 響き渡るbrave heart! 相棒ワープ進化! 相棒LV10モン! 粉砕! 玉砕! 大喝采!

 光が弾け、開けた視界に広がるのは更地になったガキンチョ二人のフィールド。

 へたり込み、俯き、月明かりがガキンチョ二人から零れる涙を照らし、嗚咽が静かに響く。

 

 今まででのデュエルでも群を抜いて、一方的な展開だった。

 だが、別に俺が主人公補正を得て超パワーアップしたわけではない。

 逆だ、二人が弱くなっているのだ。

 思い返せば、その兆しはあったんだ。

 俺が新カードを手に入れて何度かデュエルをしてからだろう、二人は負けることを恐れだした。

 勝てない悔しさよりも負けることへの恐怖が勝り、それはプレイングにも滲み出ていた。

 リスクを恐れ安全手ばかり選び、負けそうになるととにかく特攻。

 

 紫キャベ娘、キモ竜で俺のモンスター達を道連れにしたのは良いがブラフでもいいから一枚くらいは伏せて次のターンに備えなくていいのか。

 ワン娘、攻めることは大事だが俺の伏せカードに対してあまりにも無警戒過ぎるぞ。

 

 勝敗に関係なくデュエルを楽しんでほしい。

 その想いに偽りはないし、二人にはそんなデュエリストになって欲しいと心から応援している。

 だが、デュエルは楽しいことばかりではない。

 俺は基本的に自分に出来ないことは言わない主義だ。

 だから、こんな状況でデュエルを楽しめなんて口が裂けても言わない。

 GXの主人公もそのことに悩み、十代から二十代へ成長することでその描写は顕著になった。

 だからこそ、あの頃の彼と同じ状況に陥った二人に、俺は問いたかった。

 

 

 デュエルが楽しくないと思う時間は絶対にやってくる。その時、お前等はどうする?

 

 

 答えは言葉ではなく、行動で示して見せた。

 泣きながら、それでも必死に手札を、場を、墓地を、食い入るように何度も確認している。

 必死に模索しているのだ、この状況を切り抜くための方法を。

 二人はまだ、勝利を諦めてはいなかった。

 その姿はかつて存在し、いつの間にか失われてしまっていた、不屈の魂。

 立ち止まるのではなく、振り返るのでもなく、必死になって前へと進みだしたのだ。

 気付けば俺は心の底から笑っていた。

 教育係という、人生で初めて経験した、誰かを教え導くという立場から見た景色。

 今見た光景を、俺は決して忘れはしないだろう。

 

 

 教え子が諦めずに一歩前へと踏み出す、成長する瞬間というものを。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 

 □月▽日

 

 Q.何のことだ! まるで意味が分からんぞ!?

 A.いつもの遊戯王です。

 

 おい、みんな知ってるか。

 デッキからカードが創造されても、デュエルディスクって反則と見なさないんだぜ。

 あれから一夜明け、場所は俺に与えられた部屋。

 あの時の出来事について白昼夢を疑ったが、どうやら真実だったようだ。

 しかし、はいそうですかと納得できるほど、俺は遊戯王の世界に染まり切っていないようだ。

 

 結論から言います、俺氏デュエルに負けました。

 敗因とか言います、二人のデッキからカードが創造されたからです。

 

 れれれ冷静になるノーネ、文章に文字を起こして状況を整理するザウルス。

 教え子の成長する姿を見届け、しかし俺は一切手を抜かなかった。

 空気を読めとな? そこは大人しくやられるのが筋だろうがとな?

 偉大なるクロノス先生はな、進級or就職を賭けたデュエルで覚醒したコアラの学校生活の集大成と呼べる一撃をリミ解で強化した巨人兵でカウンターぶちかまして返り討ちにしたんだぞ!!

 締めるところはきっちりと締める! 獅子が我が子を千尋の谷に突き落とすってヤツよ!

 だが、二人は見事、俺の猛攻を防ぎ切った。

 墓地から罠発動した時はマジでビビったもん。墓地から罠だと!? とか叫んじゃったし。

 

 そして、返しの紫キャベ娘のターン。

 1.デッキが輝く。

 2.キモ竜を蘇生。

 3.融合。

 4.キモ竜の進化体っぽい超キモ竜爆誕!

 5.俺氏大ダメージ。

 え、なにそのカード。俺初めて見るんですけど。

 

 そして、次のワン娘のターン。

 1.デッキが輝く。

 2.猫娘を蘇生。

 3.融合。

 4.猫娘の進化体っぽい豹娘爆誕!

 5.俺氏大ダメージ。

 6.もう一度デッキが輝く。

 7.バトルフェイズ中に融合。

 8.豹娘の進化体っぽい獅子娘爆誕!

 9.俺死亡。

 え、なにそのカード。俺初めて見るんですけど。

 

 デュエル終了のブザーが鳴り響き、茫然とする俺とガキンチョ二人。

 かつてのデッキ交換デュエルの時に、二人のデッキレシピを俺は網羅している。

 流し読みだったからテキストまでは把握していないが、あのようなイラストは初めて見た。

 だから尋ねた、いつの間にそんなカード手に入れたんだって。

 そうしたらガキンチョ二人は応えた、カードは創造したって。

 

 

 どういう……ことだ……。

 

 

 ジャッジー! ジャッジを務められる方はおられるかー! 

 デュエルディスクのジャッジ機能が仕事をしないんですけども!

 後から確認したのだが、この時二人のデュエルディスクに異常はなかった。

 つまり、デュエルディスク的にはデュエル中のカードの創造はOK。

 俺、明日になったら海馬さん家の会社に抗議の電話をかけるんだ。

 

 とはいえ、傍から見れば最高に盛り上がる展開だったと言える。

 圧倒的ピンチを乗り越え、新たな力を手にして、強敵を打ち倒す。

 デュエル中はあまりの超展開にそれどころではなかったが、終わった今だからこそ思う。

 断言しよう、今までして来たデュエルの中で一番、ダントツにワクワクしたと。

 だから、俺は未だに固まっている二人に近付きながら、指を突き付け言ったのだ。

 

 ――ガッチャ! 最高に楽しいデュエルだったぜ!

 

 俺の教育方針はクロノス先生と同じ、飴と鞭。

 厳しくはするが、褒める時には思いっきり褒めるのだ。

 二人の頭を撫で回し、体を屈め、二人を力一杯に抱き締めた。

 一瞬ビクリと震え、恐る恐る俺を抱き締め返し、二人は泣いた。

 ワンワンと、今まで溜めこんでいたものを吐き出すように、二人は気の済むまで泣き続けた。

 途中、涙と鼻水で上着ぐっちゃぐちゃ、下着まで侵食する事態に顔を引き攣らせるも、俺は空気の読める大人であり紳士でもある。

 ガキンチョには厳しい時間帯でもあるせいか、二人はいつの間にか眠ってしまった。

 紳士である俺は二人をおぶり、アカデミアへとのんびりと帰宅。

 今でも二人を捜索中だろう勲章おじさんへの報告も忘れない俺マジ未来の社会人の鏡。

 部屋に戻り、二人をベッドに寝かせ、そして今のような日記作業へと移行中なのである。

 

 しかし、こうして文章に起こしてみると俺ってばマジで何様。

 結果的に二人の成長に繋がったが、俺がキチンとしていればもっと穏便に済んでね?

 罪悪感で胃がキリキリし出したので、俺氏恩返しを敢行。

 二人ともホント頑張ったし、何か贈り物がいいなと思い、デッキ弄りをしながら思考開始。

 食い物なら間違いなく喜ぶが、消え物はなんだか味気ない。

 今日という日は二人の成長の記念と俺への戒め、可能なら形に残るものが良いだろう。

 そして、ふと目に止まった、俺のデッキに眠る三枚のカード。 

 このカードを二人のデッキに組み込んだら強くね? そんな訳で即決断。

 紫キャベ娘のデッキに一枚、ワン娘に二枚投入し、最後に決め台詞も忘れない。

 

 ――ラッキーカードだ。こいつらがお前等のところに行きたがっている(キリッ

 

 二人が寝ていて良かった、言った後メチャクチャ顔が熱い。

 暫く床をゴロゴロと転がり回って羞恥心を静め、落ち着いたところで深呼吸、そして欠伸。

 いい加減に寝るかと思い、最後にもう一度日記を見返す。

 今までは俺が二人を寝かしつけねばならず、その時は決まって俺を中心に川の字。

 その際に両方から手を繋がれ、寝たら最後絶対に手は離れない。

 なので、今日は久方ぶりの一人寝である。

 ガキンチョ二人には悪いが、久方ぶりに到来したこのチャンス、堪能させて頂きます。

 さらば今日記を見ている俺、そして未来に日記を見返す俺よ。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 アカン、男前ヒロインに抱き着いた件、どうやって謝ろうか考えてへんかった。

 結局朝まで完徹、全く思いつかなかったので誠心誠意謝りました。

 衆人観衆の中でだったので俺氏赤面、突然の謝罪に男前ヒロインも赤面。

 そう言えばとガキンチョ二人が見つかったことを報告、ならば仕方がないとお咎めなし。

 俺の姿が抱き着かれたシーンを連想させるだろうに、そのことには触れない健気な姿。

 良かったですねと、そう言ってはにかむ姿は、幼い中に成長した彼女の凛々しさを滲ませ――

 

 ヤバいです、正直惚れそうになりました。

 さすがは俺に年上好きを芽生えさせた張本人、原作まで成長してたら俺絶対に陥落してたわ。

 

 

 

 

 




≪E・HERO オネスティ・ネオス≫……だと……!?
どうしよう、これって十代が使った判定していいのかな?
アニメで≪ネオス≫に≪オネスト≫を使った絵面がまさにこれなんだけど。

読者の皆が一押しする遊戯王の女性キャラって誰なんだろうとふと疑問。
ちなみに、作者が押すのはもちろん男前ヒロインです。


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日記4

 ☆月★日

 

 やっぱりプレゼントを贈るって面白いね。

 俺からの贈り物に、最初に気付いた時の二人の反応は実に対照的。

 紫キャベ娘は素直に喜び、ワン娘は敵の施しは受けんと突っぱねる。

 ふーんと俺氏クールに対応、返されたカードを紫キャベ娘にプレゼントしました。

 だってこのカード、紫キャベ娘のデッキにも問題なく入るし。

 慌てるワン娘、カードを奪い返し、俺と紫キャベ娘から距離を取りガルル……っ!! と威嚇。

 欲しいのなら素直になればいいのにと、俺と紫キャベ娘でニヤニヤ面で精神攻撃開始。

 ふはは、ツンデレっ娘をイジメるのってイケない扉開きそうで癖になりそうだぜ!

 結果ワン娘、意固地になったのか半泣きでカードを返してきたのでやり過ぎだと判断。 

 どうしても受け取って欲しいんだと俺超真面目顔、ワン娘赤面、カード受け取ってくれました。

 代わりに紫キャベ娘が敵になりました、おいその鞭どこから取り出した。

 ハイライト消えた目で振り回すな、俺がデュエリストじゃなかったら怪我じゃすまなかったぞ。

 鞭を振り回す紫キャベ娘、ワン娘抱えて逃げる俺、借りてきた犬のように大人しいワン娘。

 結局勲章おじさんが来るまでこの騒ぎは続きましたとさ。

 

 アカン、ただでさえ俺の中で高い勲章おじさんへの好感度がうなぎ上りですよ。

 これがギャルゲーで俺がヒロインだったら既に攻略されてるレベル。

 さすが出来る大人は違うぜ、クロノス先生の次に尊敬してます。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ★月×日

 

 教え子の成長が最近著しい件について。

 先日のガキンチョ二人の失踪事件以降、色々と吹っ切れたのだろう。

 紫キャベ娘との戦績は以前の状態に近いものになった。

 キモ竜の進化体の超キモ竜の恩恵もあるのだろうが、俺があげたカードがアカン。

 もう一枚あるからと、軽い気持ちで予備の方をプレゼントしてみたんだけどね。

 アカンです、召喚条件の緩い紫キャベ娘の融合体共と相性が良過ぎますわ。

 GXではキーカードだったから色々と心配したけど大丈夫だよね、紫キャベ娘も喜んでたし。

 

 ワン娘にはなんと、こないだ一対一では初の黒星を付けられちゃったぜ。

 色々と器用に熟せる紫キャベ娘と違って、ワン娘のデッキは悪く言えばワンパターン。

 特化型だから嵌れば強いのだが、戦術が攻めの一辺倒だから読まれやすい。

 なので、俺があげたのは搦め手を担えるモンスターとそれを召喚するために必要なカード。

 あのカード、俺がこの世界で手に入れたカードの中では賢者の石に次ぐレベルのパワーカードだから、正直手放すのは惜しかったが、ワン娘のためを思えばさほど苦ではなかった。

 初めて見るHEROだったけど、今まで俺が入手できたカードの傾向を思えば、十中八九間違いない、主人公関連のカードに違いないのだろう。

 ぶっちゃけ制圧力半端ないです、正直敵に回すとこれほどにウザいカードはないね。

 ある意味では賢者の石へのメタカードにもなるからね、あの見た目完全悪役モンスター。

 

 負けるのって悔しいけど、おかげで良いもの見れたから良しとします。

 ぴょんぴょん跳ね回って勝った勝った! と初白星を喜ぶワン娘マジカワユス。

 生暖かく見守る俺の視線に気付き勘違いするな! と顔真っ赤にして言い訳するワン娘マジツンデレ。

 あと紫キャベ娘マジドS、ワン娘を弄る様が神懸ってやがるぜ。

 定期的に悪戯をする紫キャベ娘だが、説教して終わると拳骨は? と聞かれた俺の心情察して。

 悲報、どうやら紫キャベ娘はドSでドMのようです。

 俺ってば天国にいる親御さんにどう顔向けすればいいの!? 助けて勲章おじさん!

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ★月Σ日

 

 勲章おじさんに紫キャベ娘のことを相談。

 性格を矯正するには外部からの衝撃が必要とのことだった。

 という訳で、やってきましたアカデミア校舎。

 

 外部からの刺激と勲章おじさんは言っていたが、それなら俺やワン娘が嫌というほど与えている。

 そこで俺は考えた、刺激の種類が偏っているのだと。

 以前も思ったが紫キャベ娘然り、ワン娘もだが、彼女達の世界はあまりにも狭すぎる。

 いやね、俺だってこれじゃあイカンと他の人とかと交流させてはみたんだよ?

 でもなんかね、アカデミアの生徒や教師から避けられているみたいなのよ、紫キャベ娘。

 訳を聞けば、ボクが強過ぎるからだよとか言ってたけどお前、俺より弱いのに嘘はアカンぜよ。

 そこで俺氏、紫キャベ娘と初めて会った時のことを思い出す。

 

 ――キミ、邪魔だよ?

 

 結論、性格に難ありですね絶対。

 デュエルが強い弱い以前にこんなんじゃあ誰も仲良くなりたいって思わないよ。 

 子供だからと、境遇のことも手伝って今まで許されてきたのだろう。

 だけどね紫キャベ娘、そんなんじゃ社会に出て通じないよ。

 俺っちもまだ社会には出ていない半人前だから偉そうなこと言えないけどさ。

 アカンですよ、元の世界のこと色々と思い出してきた、俺ってば受験生です。

 最近デュエルのことばっかで勉強を疎かにし過ぎである、今度勲章おじさんに教えてもらおう。

 

 という訳で、まずは紫キャベ娘の口調を敬語に改めるように言ってみた。

 慇懃無礼ってこういうのをいうんだねと思った。

 

 アカンぜよ、これって返って相手の神経逆撫でするわ。

 しかし、時すでに遅し、紫キャベ娘はこの話し方を気に入ってしまいました。

 うっわー、紫キャベ娘ヤッバいわー、超ムカつくわー。

 紫キャベ娘との生活も長いので、考えていることが筒抜けだから余計にね。

 直情型のワン娘との相性最悪、キャットファイトに展開しましたとさ。

 

 しかし、ここで諦めては教育係失格である。

 ガキンチョ二人を連れてアカデミア校舎へ、時刻はちょうどお昼時。

 ガヤガヤと賑わう食堂に溢れかえるアカデミアの生徒たち。

 まずは空気に慣れようと思ったが、ここまで多いと逆に気後れしちゃいそうだぜ。

 幸いにして、二人とも学食とか初めてだったみたいだから問題なかったけど。

 席の確保のため俺は残り、二人は券売機目掛けて突撃。

 やっぱりまだまだガキンチョだなーと微笑ましい気持ちで見送った時でした。

 

 

 女神様が降臨なさいました。

 

 

 ゴメン間違えた、男前ヒロインさんです。

 前回の謝罪では和解という形で終わったが、ドキドキする心臓、なんやねんこれ。

 男前ヒロインは相席はいいかと尋ね、俺氏即OK、一緒に居た友達連中に断りを入れて同席。 

 去って行った連中の後ろ姿に、慕われているんだなと思う俺だった。

 ちなみに連中の男女比は半々、原作みたいに女の取り巻きで固めている訳ではないらしい。

 去り際に男女共々から恐ろしい目で見られた、我らの女神に手ぇ出したら殺すぞ的な。

 ははっ、ホント慕われてるねとお兄さん空笑い。

 ところがぎっちょん、残念だが男前ヒロインそのうちやって来る主人公君に夢中になるのだよ。

 俺もある意味では主人公じゃないかって? 似ているのはデッキだけです残念ですけど。

 

 GX放送当時はガキンチョだった俺に年上好きを目覚めさせた張本人こと男前ヒロイン。

 確かに俺は当時の彼女に淡い気持ちを抱いた。

 しかし、それは主人公を支え、時には叱咤し、隣で歩み続けた男前ヒロインに対してだ。

 主人公に想いを寄せる男前ヒロインを、俺は好きになったのだ。

 彼女が成長し、いつの日か俺に当時の気持ちが再燃しても、きっと想いは告げないだろう。

 まあ、俺なんかが主人公に勝てるなんてミジンコ程度だって思わないけどね!

 それに、俺ってば主人公のことも好きだし、デッキ同じなの憧れからだし。

 

 ただし主人公、何故男前ヒロインの気持ちに気付かなかったぁ!!

 今では立派なガッチャ信者の俺だが、それだけは絶対に許さないんだかんな!!

 絶対に! 絶対に主人公が入学して来たら男前ヒロインの気持ち自覚させてやんよ!!

 

 そんな俺の心情は微塵も表には出さず、当時年上、今では年下の男前ヒロインと楽しく昼食。

 味よりも値段とボリュームの学食が、この時はどんな高級料理よりも美味しいと感じました。

 でも、そんな時間も長くは続かなかった。

 正直に白状します、ガキンチョ二人のことすっかり忘れてました。

 

 いやマジでゴメン。

 四人掛けのテーブル、向かい合って座る俺の隣にワン娘、男前ヒロインの隣に紫キャベ娘着席。

 紫キャベ娘、初っ端から慇懃無礼モード全開。

 男前ヒロインの顔引き攣ってましたよ、ほんとうちの子が申し訳ないっス。

 ワン娘、男前ヒロインの手前ということで抵抗できない状況を良いことに死角から俺を攻撃。

 絶対にこれ痣になってるよ、あとで覚えてろよワン娘。 

 その後は初日だから無理してはいけないとその場で解散。

 去り際に男前ヒロインからアドレスを頂きました、ありがとう家宝にします。

 幸福に浸かる俺の隣で紫キャベ娘とワン娘が揃って男前ヒロインを威嚇してました。

 失礼だろうと二人に拳骨。

 怒り狂うワン娘、久々の拳骨に頬を染める紫キャベ娘――アカン、悪手やった。

 そんな俺達の様子に苦笑しながら、男前ヒロインは帰路に就くのだった。

 

 

 その晩、男前ヒロインにメールを送る俺とガキンチョ達との攻防があったことを此処に記す。

 メール機能を搭載したデュエルディスクを取り返すのに日付が変わるまでかかりましたとさ。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ★月Ψ日

 

 ガキンチョ二人の社会復帰のためのアカデミア訪問もあれからだいぶ回数を重ねてきた。

 しかし、中々上手くいかない。

 手頃な生徒にデュエルを挑むも、相手は紫キャベ娘の姿を見た途端に拒否。

 別行動でデュエル相手を探していたワン娘はといえば、初対面の相手には基本喧嘩腰なので相手の反感を買ってデュエルにまで発展をしない。

 ハゲは二人に対して軟禁紛いのことをしていたが、それは彼なりの優しさなのだと気付いた。

 だって、見ている俺でさえキツイって思うもん。

 二人も全然気にしていない風だったけど、明らかに強がっているのが丸わかりだ。

 だから、どうせ傷付くくらいなら、そんな世界から切り離した方がずっといい。

 一見不愛想なおっさんだけど、さすがはアカデミアの最高責任者だと、ハゲを見直す俺だった。

 

 だが、このままでいいなどとは思わない俺。

 という訳で、唯一二人を拒絶しなかった男前ヒロインに協力を願いました。

 結果、生徒相手には消極的だった紫キャベ娘が超乗り気になりました。

 メッチャ笑顔だよ、でも目は笑っていません、アレは獲物を狩る眼だね絶対。

 ワン娘よ、言っておくけどやるのはデュエルだからね、リアルファイトじゃないからね。

 どちらが先に男前ヒロインを殺るか(誤字にあらず)揉めに揉めるガキンチョ二人。

 だったらと俺と男前ヒロインがタッグを組んでデュエルすることを提案。

 標的が男前ヒロインから俺に移りました、あれれ~?

 

 近頃の急成長に、二人同時に相手することが厳しくなってます。

 ガキンチョ二人の集中砲火に俺氏ピンチ。

 そんな俺の窮地に男前ヒロインが華麗に登場、エース降臨。

 久しぶりに見る儀式召喚に、なつかしーと呑気に召喚エフェクトを眺める俺。

 

 

 出てきたのは融合モンスター絶対殺すウーマンでした。

 

 

 ガキンチョ二人のモンスターを一掃。

 ポカーンとするガキンチョ二人、バサッと髪を掻き揚げる男前ヒロインまじ男前。 

 やはり俺の見立ては間違ってはいなかった。

 中等部の男前ヒロインでこの強さなのだ、高等部以上とか絶対修羅の国だろ。

 そしてデュエルの結果だが、俺&男前ヒロインのチームが勝利した。

 といっても余裕の勝利ではない、ギリギリ拾えた勝利だった。

 改めてガキンチョ二人強くなったと実感、あの状況で諦めなかったのは俺的にポイント高いよ。

 

 ガキンチョ二人、そして男前ヒロインの健闘を讃え、ガッチャと締めの儀式。

 不思議そうにそれを眺める男前ヒロインにガッチャ教について簡単に説明。

 結果、信徒が一人増えました、そして頂きました男前ヒロインの生ガッチャ。 

 むっすーとしているガキンチョ二人も、基本的に勝者には従う。

 男前ヒロインと握手を交わすガキンチョ二人に、良かったとほっと胸を撫で下ろすのだった。

 これを機にガキンチョ二人が男前ヒロインに心を開いてくれると俺は嬉しいです。

 

 だがしかし、その夜、ふと俺氏気付く。

 調子乗ってガッチャしたけど、したらアカンやん、これって教祖様の役割やん。

 どうしようと悩んではみるが、まるで良案が浮かばない。

 ならばと、ガキンチョ二人が就寝済みなのを良いことに、気分転換をしようと即行動。

 夜のアカデミアでも散歩しながら良い案でも浮かべばなんて、そんな感じです。

 とはいえ、前回ガキンチョ二人に無断で外出して怒られた俺は同じ轍は踏まないのである。

 

 

 ――夜風に当たってきます。探さないでください。

 

 

 書き置きを残して、それ行け夜のアカデミアを探検じゃあ!

 廃寮とかあったりするのかな? SALの研究施設とか? レッド寮とかボロいのかな?

 でもまずは灯台だ! 俺ってば灯台部の第三の部員になるのが夢なんだ!

 

 

 

 

 

 キャンディー咥えたロリに遭遇しました。

 

 

 

 

 




一体いつから――TSは遊矢シリーズだけだと錯覚していた?


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日記5

 ★月Ψ日

 

 Q.夜道を散歩中にロリに出会ったらどうすればいいの?

 A.第三者に誤解されて通報されるまでの時間との勝負です。

 

 ガキンチョ二人で慣れてはいたが、まさか更なるチビッ娘に遭遇しようとは。

 誰も予想なんて出来ねぇよ、当然正位置ぃ! くらいだよできそうな人。

 チビッ娘も同じ気持ちだったのだろう、キャンデー咥えたまま固まってやんの。

 取り敢えずハゲの所に連れて行こう、でもその前に勲章おじさんに電話だ。

 仮にこの現場を誰かが目撃したとして、勲章おじさんなら俺の無実を勝ち取ってくれる筈。

 

 デュエルディスクを操作するため視線を落としていた俺の視界に割り込む異物。

 顔を上げると、そこにはアメちゃんを俺に差し出すチビッ娘の姿が。

 なにこれ、俺にくれるの? ありがとう。いただきます。

 貰える物は貰うのが俺の主義なので、そのまま口にアメちゃんをシュート。

 

 

 ――この時俺は見逃していた、にぃと邪悪に微笑むチビッ娘の顔を。

 

 

 勲章おじさんに電話しようとする俺にチビッ娘連絡しないでお願いと懇願。

 胸の前で手を組んだ状態での瞳ウルウル上目遣い攻撃にタジタジになったぜ。

 男女平等を掲げる俺だが、子供と年寄りには比較的優しいことを信条としているのだ。

 ガキンチョ二人も子供だって?

 俺の心情なんざ関係ねぇ! クロノス先生と同じ教育者として教え子には心を鬼にしてます!

 そんな訳で電話を躊躇する俺だが、だからと言ってこんな夜中にこんなチビッ娘放置とか有り得ないでしょうよ。

 なのでと心を鬼にする俺に、チビッ娘にっこり。

 

 

 ――お兄ちゃん、ボクのアメ食べたよね?

 

 ――食ったけどそれが?

 

 ――じゃあ、ボクのおねがいきーて?

 

 

 この野郎って思ったよ、いや野郎じゃないけどチビッ娘だけれども。

 アメちゃん一つで買収されるほど安くはありませんと反論。

 決心が鈍らぬうちに勲章おじさんへの電話を試みようとする俺の耳にひぐっと引き攣る声。

 顔を上げる俺氏。

 ひぐっ……えぐっ……とチビッ娘、大泣きまで秒読み開始状態。

 超慌てる俺。

 お兄ちゃんがボクのアメ盗ったぁ! と謂れもない罪を宣いやがるチビッ娘。

 

 しどろもどろな俺と、泣きそうになっているチビッ娘。

 果たして、第三者の人間ならばどちらの言い分を信じるのだろうか。

 弁解の言葉など、子供の涙を前には例えそれが真実であったとしても意味などなさない。

 それでも、勲章おじさんならば俺の言い分を信じてくれるって思っているけれど。

 果たして、他の連中はどうだろう?

 

 

 ガキンチョ二人 → 教育係に性犯罪者が出たと幼い心に刻まれるトラウマ。

 男前ヒロイン → ゴミを見る眼差し。

 ハゲ → 問題が明るみになる前に俺の首ちょんぱ。

 マッド → これ幸いにと俺で人体実験。

 

 

 あれ、俺ってば知り合い少な過ぎね?

 いやいや、それ以前にだ、このチビッ娘、俺が電話を掛けた瞬間に絶対大声で泣く。

 するとどうなる? 人が集まるだろう大勢ね。

 仮にチビッ娘の泣き声を止めようとしてみろ、絵面的に完全アウトだろ。

 つまり、俺はチビッ娘の要求を呑まざるを得なくなった訳だ。

 

 俺が降参したことを悟ったのだろう、途端に泣き止むチビッ娘。

 そして笑う、お兄ちゃんありがとうと純粋無垢という言葉を体現したような表情で。

 この娘あざとい、超あざとーい。

 チビッ娘改め、あざ娘でいいやマジであざといし。

 パッと見、紫キャベ娘の同類っぽいけど、自分の武器を理解している分余計に性質が悪い。

 ははっ、最初は甘かったアメちゃんが今はしょっぱいぜチクショウ。

 

 あざ娘を放置する訳にもいかず、かと言って他にどうすることも出来ず。

 二人並んで座り、星空を見上げながら、BGMは波の音。

 己の無力感に打ちひしがれる俺に、あざ娘はぽつぽつと何やら語りだした。

 曰く、地元ではデュエルで敵なし、強者を求めてアカデミアまでやって来たとか。

 しかし、当然のように立ちはだかる年齢という壁。

 ガキンチョ二人が特別なだけで、基本アカデミアって中等部からだからね。

 という訳で、此処への連絡船に密航。

 既にアカデミアの制服は入手済みなようで、このまま生徒に紛れる予定だったとか。

 そんな時、変装前の姿を俺に見られ、現状に至ったのだとか。

 

 

 ゴメン言わせて、お前どこの恋する乙女だよ。

 

 

 どんだけフライングしてんだよ。

 この世界タッグフォースだから断言できないけど、その手法数年後に行われるかもなんだよ?

 なに、お前の知り合いに乙女的な苗字の女の子とかいるわけ?

 ボクっ娘つながりで知り合ったとかそういうノリですか?

 

 俺の視線をどう捉えたのか、照れくさそうに頭を掻くあざ娘。

 ちげーよ、褒めてねぇよ呆れてんだよ。

 追加でアメちゃんくれたけど、俺に同じ手は通じないぜと突っ返しました。

 そんなんじゃないとかぶーたれるが信じられるか馬鹿野郎、いや野郎じゃないけど。 

 むーっと頬を膨らませるな、一々あざといんだよお前の言動全部。

 というか、その大量のお菓子どこから取り出してんだよ、というかどんだけ食ってんだ。

 お菓子好きとかそんな可愛いもんじゃない、もはや甘味ジャンキーの域。

 

 俺にあざとーいが通じないと判断したのか、今度はあざ娘、俺にデュエルを要求してきた。

 これには疑うことなく了承。

 地元で負けなしとか、なにその魅力ワード。

 相手も遠路遥々アカデミアまで来たわけだし、少しくらい我儘聞いても罰は当たらないだろう。

 一応不法侵入者なあざ娘のため、少しでも騒音を抑えようとかつての根城である倉庫へ移動。

 深夜にロリを密室に誘う俺――えっ、なにこの文面、書いてて俺氏愕然としました。

 

 そして始まりました、デュエル。

 そして勝ちましたよ、デュエル。

 

 さしずーメ、あざ娘の出身地ーハ、どこかのスモールタウンだったノーネ。

 そのような場所でお山の大将を気取るなード、井の中のフロッグなノーネ! ゲロゲーロ!

 

 というわけで教えてあげました、クロノス先生に代わって世界の広さを。

 例えデュエルに敗れたとしても、俺など所詮は中等部レベル。

 くくく……即ち俺は高等部では最弱……ということになるわけで。

 デュエルの実力的には、始めてデュエルした時のワン娘とどっこいどっこいと言ったレベル。

 あとあざとい、モンスターまでもあざといとは。

 地元ではそのあざとさで対戦相手を油断させていたのだろうが俺には効かん!

 

 ――なんて思っていた時期が俺にもありました。

 

 あざとーいモンスター喰い破って出てきましたよ、なんかおぞましい融合モンスター。

 最初見た時悲鳴あげました、深夜で人気のない倉庫で見るもんじゃないぜ。

 こんなに可愛いのに失礼しちゃう、ぷんぷん! じゃねぇよホントあざといよあざ娘のやつ。

 巷ではこういうキモかわ? グロかわ? なんてのが流行っているのだろうか。

 ヤベェよ絶対そうだ、紫キャベ娘とかまさにそれだし。

 ワン娘はそのままでいてください、月に代わってお仕置きルートのまま純粋に育ってね。

 

 取り敢えずあざ娘のモンスターには退場願いました。

 いっけー! 鬼畜モグラであざ娘の融合モンスターに攻撃だー!

 さすがは鬼畜モグラ、EXデッキから出てくるモンスターに刺さる刺さる。

 脳筋のワン娘とかこいつ一体いるだけで動き止るからね。

 ホント鬼畜モグラまじ鬼畜。

 それにしても、あざ娘もやめればいいのに、ムキになったのかもう一度融合召喚。

 ふぅん、クマさんの次は羊さんかね、鬼畜モグラで返り討ちだこれ!

 んぎゃー!? 俺の鬼畜モグラがー!?

 

 ――そんな感じでデュエルは当初の予想に反し接戦でした。

 

 ヤバいわ、あざ娘とのデュエル面白い。

 長年遊戯王に触れてこなかったせいか、あざ娘のカードが俺には宝石箱のように輝いて見える。

 見たことも聞いたこともない、あざ娘の繰り出す未知のカードが俺の心を熱く燃やしてくるぜ。

 脳筋のワン娘、搦め手の紫キャベ娘、そしてあざ娘はといえばとにかくリカバリングが上手い。

 手札消費の激しい融合召喚で失った損失を即座にカバーし、次のターンに繋げる。

 毎ターン、次々に湧いてくるキモグロ可愛いモンスターに、俺はいつしか魅了されていた。

 最初はあまりのホラーチックな光景にドン引きだったが、中々どうして感じてしまう愛嬌。

 なんでだろうね、最初のあざとーいモンスターよりもこっちの方があざ娘っぽく感じるのは。

 

 だがしかし、キモ可愛い奴なら俺のデッキにいるのである。

 いでよキモイルカ! そして休日出勤だ我がデッキの過労死枠! コンタクト融合じゃあ!

 

 もう一度ここに記す、このデュエル勝者は俺で、敗者はあざ娘。

 俺の攻め手にリカバリングが間に合わず、最後はジリ貧だった。

 途中からは新しいお菓子を取り出す素振りも見せず、デュエルに夢中だった。

 いつの間にか舐めきり、後に残った棒が俯くあざ娘の口から零れ落ちてしまった。

 遅れて、負けた悔しさから零れる涙があざ娘からポタポタと流れるのだった。

 

 

 ――ガッチャ! 最高に可愛かったぜ、お前のモンスター!

 

 

 だから、もう一度デュエルしよう。

 そう言って伸ばした手を、あざ娘はパシッと払い除けた。

 そして、自分の足で立ち上がって、もう一回! とデュエルディスクを構えた。

 勝つまで! ボクがお兄ちゃんに勝つまで! だからもう一回! そう力強い言葉と一緒に。

 あざとくない、感情のタカが外れたガキンチョらしい姿に俺氏全力で承諾。

 よろしい、ならばあざ娘の気が済むまでデュエル三昧だ!

 

 でもまあ、子供は寝るのが仕事といいますか。

 十回ほどデュエルして、俺の連勝記録が途切れず続く中、あざ娘は寝落ちしました。

 糸が切れたって本当にいい表現。

 くーくーと音を立てる寝顔に俺氏苦笑、仕方がないとその辺の布をかけ隣に着席。

 はてさて一体どんな夢を見ているのやら。

 もっと、もっとぉ……とか呟いているから夢の中でもデュエルとかしてんのかね。

 

 でも、これであざ娘も満足しただろう。

 強者かはこの際置いておくとして、あざ娘よりも強い俺とデュエルできたのだから。

 俺が言うのはアレだけど、やっぱりあざ娘にはちゃんとアカデミアに入学してほしいわけよ。

 そしたら、毎日のようにデュエルの相手をしてあげるってばよ。

 だから、目が覚めたらちゃんと家に帰るように説得しようと思う。

 駄々捏ねたって、脅されたってもう屈しはしません。 

 今頃きっと、というか絶対あざ娘の親御さんとか心配しているだろうし。

 世の中にはね、家族に会いたくても会えない人とかいるんだよ、俺とかガキンチョ二人とか。

 

 ――ああ、元の世界に帰りたいなぁ。

 

 イカンぜよ、これ以上書いてたら泥沼にはまりそうな予感。

 という訳で本日の日記はここまで、俺もあざ娘に習ってもう寝ます。 

 お休みあざ娘、また明日。

 

 

 ――あれ、なんか忘れているような気が……。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ★月Ξ日

 

 朝、目が覚めると青筋浮かべたガキンチョ二人が倉庫の出入口で仁王立ちしていました。

 随分と長く夜風に当たっていたんだねと言われました。

 そう言えば書き置きにそんなこと書いてたなと今更のように思い出しました。

 

 探さないでくださいって書いたのに、なんて冗談から会話の糸口を掴もうとしたんだけどね。

 その時、俺のお腹でもぞっと動く何か。

 いつの間にか掛けられていた布からあら不思議、寝起きのロリが出てきたではありませんか。

 おはようお兄ちゃんとおめめぐしぐしからの朝の挨拶、今日もあざといなと思う俺、撮影は被写体に許可を取ってからと紫キャベ娘に苦言、ワン娘はどこに電話してるのかな?

 それから暫く、俺とあざ娘は勲章おじさんにハゲの元へと連行されていきましたとさ。

 そして、何故かあざ娘と一緒に説教を受ける俺なのだった。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ★月Θ日

 

 あれから数日が経ち、いよいよあざ娘との別れの日がやって来た。

 ハゲからの説教の後、あざ娘の両親への連絡も付き、迎えに来るまでの期間なんだけどね。

 世話係を命じられましたよ、ハゲから、あざ娘の。

 お前が最初に面倒見たんだから最後まで責任を持って一緒に居てやれとのことです。

 俺もそれぐらいだったらって安請け合いしたんだけどね、結局三日もかかることに。

 この島への連絡船って何日かに一便しかないんだって、まあ需要がないから仕方ないけどさ。

 

 その間はとにかく肩身の狭い思いをした。

 ハゲはあれ以来会ってないし、勲章おじさんは事情を話したら分かってくれたんだけどね。

 ガキンチョ二人からのプレッシャーがマジしゅごい。

 あざ娘と倉庫でやりあい(意味深)一夜明かして(意味深)から俺のこと無視してくるんスよ。

 そのくせ、俺があざ娘に構うとすんごい眼で睨んでくるし。

 お前ら俺にどないせいっちゅうねんホント。

 

 あざ娘もあざ娘でこの状況を面白がってガキンチョ二人を煽る煽る。

 俺があざ娘に構うとガキンチョ二人の不機嫌指数が増すのを良いことに、二人の目の前で抱き着いてくるなんてのは当たり前。

 俺が反省したのを感じ取ったのか、仕方ないから許してやると仲直りのデュエルをガキンチョ二人が申し出てきた時に、何故かあざ娘が俺とタッグを組むと提案。

 はい、仲直りデュエルというのは名ばかりです、メッチャ殺伐としてました。

 他にも、こんなにお兄ちゃん反省しているのにお姉ちゃんたち酷い! とか。

 どうしてお姉ちゃん達怒ってるの? アメちゃん舐める? カルシウム入ってるよ? とか。

 心配りのできる優しい娘じゃないかって? 言ってんのあざ娘だよ、ホントあざとーい。

 

 でも、いざ別れるってなったら寂しいもんだね。

 連絡船で迎えにやって来た両親の間に挟まれたあざ娘は、今までが嘘のようにだんまりで。

 いなくなって清々するみたいなこと言っていたガキンチョ二人も空気を読んで同じくだんまり。

 ぎゅっと握り締めたあざ娘デッキのトップを飾るカードに、俺の心情は複雑だった。

 記念にと思って、本土では発売されていないアカデミア限定パック奢ってあげたんだけどね。

 初めて見るカードだと珍しくあざとくない笑顔で笑う姿に、何が当たったんだろうと覗き見る。

 

 

 デストーイ・シザー・ウルフ

 

 

 こいつをLP4000の世界に解き放っちゃいけない(使命感

 しかし時すでに遅し、飛び回って喜ぶあざ娘に使用禁止とか言えるわけないやん。

 他に虎とかイカとか剣歯虎とか合成獣とか当たるし。

 ホントなんなのこのラッキーパック、あざ娘宛に製造されたとかなの?

 ならばと、俺もその後パックを買ってみました、結果は予想通り主人公関連のみでした。

 ――ちくしょう!!

 

 このまま湿っぽい空気のまま別れるのはなんだかなぁと思った俺。

 屈んであざ娘と視線を合わせ、いざ何かを言おうと思うも中々良案が浮かばない。

 とはいえ、安易にまたいつか会えるなんて約束はできないし。

 はてさてどうしたもんかと、答えの出ないことに悶々と悩んでいる時でした。

 

 

 ――ちゅっ。

 

 

 俺氏停止、ガキンチョ二人も停止、親御さんも停止。

 踵を返したあざ娘はパタパタと船へと乗り込み、親御さんも慌てて後を追い掛ける。

 暫くしてお兄ちゃん! と呼ぶ声が、船のデッキから身を乗り出すあざ娘の姿が。

 今度はキチンとアカデミアに入学すると、その時またデュエルしてと、今度は絶対に勝つと。

 先程の行為は今までのお礼とか、ははっファーストキスなんだって余計な情報をありがとう。

 ばいばーい! と笑って去っていくあざ娘に、釣られるように俺も手を振る。

 あざ娘の姿が、船が見えなくなるまで、ずっと。

 別れが辛いのは勿論あるけれど、本当の理由は違ったんだ。

 

 

 さて、後ろのガキンチョ達のことどうしよう。

 

 

 助けて勲章おじさん。

 ガキンチョ二人が怖くて俺っち後ろを振り返れないです。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ★月Ё日

 

 気付いたら日付が変わってました。

 

 そこに至るまでの記憶が完全に抜け落ちている件について。

 今日ほど日記の存在をありがたいと思ったことはないね。

 そして読み返す途中で俺は静かに日記を閉じました。

 なんだろう、自己防衛の一種? 世の中には思い出しちゃいけないことってあると思うんだ。

 体の至る所に鞭とか噛み付かれた痕とか見えるけど見なかったことにします。

 

 改めてクロノス先生を尊敬するぜ、これが教育者が通る試練ってやつなんですね。

 そんな感じの感傷に浸っていると、不意に感じた気配。

 同時に感じた、耳元への違和感。

 咄嗟にバチンと顔の側面をビンタ。

 何かを潰した感触、俺氏ビンタした掌を確認。

 

 

 

 

 メッチャ毒々しい色の蟲が潰れてました。

 

 

 

 

 ぎぃやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!? 

 

 

 

 

 




ARC-V45話視聴後「ナイトオブデュエルズざまぁ。トマト覇王化せんでええやん自業自得やん」
ARC-V125話視聴後「NTR展開はアカン。覇王化するのも当然の所業」

結論:蟲を使っての洗脳ダメ絶対。


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日記6

 ×月Φ日

 

 ここ最近眠れない夜が続いています。

 原因は蟲です、あの毒々しい色のです、むっちゃキモいのです。

 ヤバいよ、物音がした瞬間にあの蟲が潜んでいるのかと思って常時警戒心最高レベル状態。

 あれ以来音沙汰なしだったら問題なかったんだけどね。

 試しにバル○ン部屋で焚いてみたら……ひぃいいいいいいい!?

 出るわ出るわ、天井裏やら箪笥の裏やらそこら中からウヨウヨと。

 一匹見かけたら百匹云々言うじゃん? アレって本当のことだったんだね。

 という訳で、ハゲの所に言って部屋替えさせてと直訴しに行きました。

 雇用主は従業員大事にしないといけないんだぞ! じゃないと出るとこ出て訴えるぞハゲ!

 

 幸いにも、ハゲはこちらの要求に二つ返事で頷いてくれました。

 無理言ってごめんなさい、あなたの職場は素晴らしいホワイトな環境です。

 でもね、気になることが一つ。

 何故かハゲのヤツ、側近っぽいマッドを睨んでいたけどどういうこと?

 さてはマッドの野郎、ハゲに任されてた管理業務サボってやがったな。

 しっかり管理しろよと、証拠用にと集めた蟲の死骸を詰めた袋を突き出し部屋を後に。

 すぐにお引越しを敢行、新しい部屋に移り住んだは良いもののやはり落ち着かない。

 物音一つにビクつく毎日、神経質になり過ぎだと思うけど本当にあの蟲キショかったもん。

 そんな状態が暫く続き、大丈夫だと警戒心が解けるのに一月近く掛かっちまったぜ。

 お蔭でガキンチョ二人と男前ヒロインに余計な心配かけちまったじゃねぇかよ。

 

 だけど、悪いことばかりではなかった。

 心配してくれた三人が俺の為に料理を作ってくれたのだ。

 ヤバい、俺ってばマジで泣きそうになりました。

 というか、男前ヒロインって料理できたんだね。

 うん、大きさバラバラの上、具が固い、水っぽいカレーだったけど俺は美味しいと思ったよ。

 それにほら、こういうのって味とか見た目よりも気持ちが大事って言うし。

 

 俺が蟲の恐怖に怯えている間に距離を縮めたのだろう。

 ガキンチョ二人は男前ヒロインと普通に話しをするレベルにまで交流を深めていた。

 最初は険悪だった(ガキンチョ達が一方的に嫌っていた)が、やはり同姓だからだろうか。

 女の子トークで盛り上がる三人に俺氏ちょっぴり疎外感。

 べ、別にいいし、俺だって一人の時間とか欲しいと思ってたし。

 

 そんな訳で、話に夢中の三人にバレぬようこっそりと離れ、一人でアカデミア内を散策。

 ガキンチョ達と居た時は二人に構いっぱなしでゆっくり見られなかったが、めちゃ広いよ此処。

 ハゲから関係者用の札は貰っているので、心置きなく校舎内を見て回る。

 そんなことを続けて暫く、グーと鳴る腹の虫。

 示し合わせたように鳴る昼のチャイム、このまま学食に行こうにも距離がある。

 ならばと近場の購買へと直行、そして見つけてしまったのである。

 

 

 アカデミア名物、ドローパン。

 

 

 テンション爆上がりです。

 アカデミア探索で気付いたのだが、アカデミアには複数の売店が存在する。

 広さが尋常ではないので当たり前といえば当たり前の措置なのだが、どうやら今まで通っていた購買はドローパンの置いていないエリアだったのだろう。

 まだチャイムは鳴ったばかりなので、先客は女子生徒一人。

 確率的には然したる差はないが、俺は急ぎワゴンの前に立ち、意識を集中させる。

 

 ――見えたぞ! 水のひと雫!

 

 デュエリストとしての直感に従い、ドローパンの群れから一袋をドローしようと手を伸ばす。

 だが、狙いを定めたドローパンに同じように手を伸ばし、掴んだ者がいた。

 そう、俺よりも先に購買に来ていた女子生徒である。

 

 

 

 俺は笑顔で言った。これは俺の獲物だと。

 女子生徒は笑顔で言った。これはボクが先に掴んだのだと。

 

 俺は笑顔で言った。食い意地の張った奴めと。

 女子生徒は笑顔で言った。レディーファーストの心得もないキミほどではないと。

 

 俺は笑顔で言った。優しくされるのが当然とか思ってる女ってマジないわーと。

 女子生徒は顔を引き攣らせながらも笑って言った。君にはデリカシーというものがないと。

 

 俺は真顔で言った。太るぞと。

 女子生徒は青筋を浮かべながらも天使のように笑って言った。貴様はボクを怒らせたと。

 

 俺は真顔で言った。おいデュエルしろよと。

 女子生徒はドヤ顔で言った。キミは敗北という名の運命にあると。

 

 

 

 デュエルは熾烈を極めた。

 ハッキリ言ってこの女子生徒、相当強い。

 そして、それ以上に俺を襲った衝撃のせいで、デュエルに集中できなかった。

 女子生徒が繰り出すモンスター達が、あまりにも予想外だったから。

 何度か負けを覚悟したが、その度にM78星雲っぽいところから我がデッキの過労死枠が登場。

 手札から、墓地から、デッキから、更には除外ゾーンからでさえも。

 ぶっ倒しても! ぶっ倒しても! ぶっ倒しても! それこそゾンビのようにやって来る。

 そしてぇ! いくぜ起死回生のトリプルコンタクト融合! 敗北という運命を切り開けぇ!

 

 俺氏、勝利である。

 過労死枠からの休暇申請を受理し、勝利者権限でゲットしたドローパンを開封。

 刹那、購買部が目を開けていられないほどの光に包まれた。

 この輝き、香り、実物を見たことはないが間違いない。

 毎日限定一つの幻の商品、黄金の卵パンをゲットした瞬間だった。

 喜びに浸る俺の視界に、崩れ落ち悲壮感に満ち溢れている女子生徒の姿が映る。

 ふむと女子生徒と黄金の卵パンを見比べ、仕方がないと俺氏苦笑。

 黄金の卵パンを半分にし、立ち上がった女子生徒に無理矢理握らせ、そのまま指を突き出した。

 

 

 ――ガッチャ! お前のHERO、最高にカッコよかったぜ!

 

 

 だが、俺の笑顔と行為を勝者ゆえの余裕と施しとでも捉えたのだろうか。

 顔を真っ赤にさせた女子生徒は捨て台詞を残してその場からダッシュで去って行った。

 ポカーンとする俺だが、女子生徒はちゃんと黄金の卵パンを持って行ったしOKと判断。

 勝利の美酒ならぬ黄金の卵パンの味は本当に素晴らしかったとさ。

 

 その後、俺を探していたという三人組と遭遇。

 どこかに行くのなら一声掛けろともっともなことを言う男前ヒロインに叱られ俺反省。

 自分達に断りもなく何処かに行くなど許さんとガキンチョ二人に叱られながら俺は思う。

 同じ内容なのにどうしてガキンチョ二人と男前ヒロインとでは違って聞こえるのだろうかと。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ×月δ日

 

 次の日、ガキンチョ二人を伴い購買部を訪れるとあの女子生徒と遭遇。

 何も言わず開封したドローパンを半分に千切り、ずいっと俺に押し付けるように譲渡。

 そのまま何も言わずに去っていきました。

 

 ドローパンの中身を確認。

 黄金の卵パンでした。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ×月ε日

 

 その次の日も、件の女子生徒は半分に千切った黄金の卵パンを渡して去って行った。

 去り際に何か言いたそうだったが、最後まで何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ×月α日

 

 前日と同文。

 

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ×月β日。

 

 前日、前々日と同文。

 

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 

 ×月γ日。

 

 前日、前々日、前々々日と同文。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 以降、同じ内容の記述が続く。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ∩月○日

 

 俺氏、いい加減に堪忍袋の緒が切れました。

 言いたいことがあるのならハッキリ言えと、今日も何か言おうとするもそのまま去ろうとする女子生徒の腕を掴んで詰問開始。

 腕を振り払おうとする女子生徒を壁際に追い詰め、退路を塞ぐために両手で壁を着く。

 途端、顔を真っ赤にして慌てふためく女子生徒。

 あの時は気付かなかったが、こうして書いてて思ったんだけどこれって傍から見た絵面がね。

 はい、壁ドンですね。きゃー、俺ってば大っ胆ー。

 

 そのままの体勢で待つこと数分。

 俯いたまま何も言わない女子生徒にいい加減痺れを切らし掛けた時だった。

 ボソッと何か聞こえるがまるで聞き取れない。

 聞き返す俺、女子生徒僅かに声量を上げリトライ、もう一度聞き返す、女子生徒再チャレンジ。

 

 ――お前のHERO達もカッコよかった。

 

 ようやく聞き取れた内容がこれである。

 あ、はい。そうっスかと俺氏返答。

 そのまま待つこと一分、女子生徒全く反応なし。

 え、もしかしてそれだけなの? それだけ言うためにここ最近同じこと繰り返していたの?

 

 何も言えない俺の耳に届く複数の足音。

 直後に響く名前に女子生徒が反応、あのその名前と似たヤツ俺も覚えがあるんですけれど。

 固まる俺の肩を掴んだのは男前ヒロイン、腰にはいつの間にかガキンチョ二人の姿が。

 そのまま女子生徒から引き離され、何をやっていると説教をかまされる俺。

 しかし、俺はその時説教そっちのけで女子生徒をガン見していた。

 

 デュエルしている時にマジかと驚き、こうして注視してもう一度ビックリ。

 似ています、俺の知っている原作のキャラに。

 しかしだ、しかしである。

 俺の知っているのは()であり、俺の視線に気付き頬を染めながらも睨んでくる彼女(・・)ではない。 

 というか、俺の記憶が正しければ、彼の使用するモンスター達って全部世界に一枚だけって設定だったと思うんだけれども。

 確かめずにはいられない俺は説教をする三人を無視し、女子生徒に尋ねた。

 それは、彼女の苗字。

 

 まさかのビンゴです、でも同時にあることに気付く俺。

 此処はGXとは似て非なる世界、タッグフォース。

 実際にプレイしたことはないが、これにはオリジナルキャラも多数存在しているとか。

 カードゲームも出来るギャルゲーの名に恥じず、それは大半が女キャラと聞いている。

 

 同じ苗字。

 似た名前。

 異なる性別。

 どちらも使用するカード群は世界に一枚の設定。

 似ているけどよく見れば似ているだけで微妙に異なる容姿。

 

 

 

 謎は全て解けた――ずばり、彼女の正体はイヤッッホォォォオオォオウ! の身内か!?

 

 

 

 世界に一枚しかない筈のカード群を持っているのもそれならば納得がいく。

 カードデザイナーのパッパが息子と娘が喧嘩しないようにと同じものを二枚作ったのだろう。

 それにしても製作スタッフも中々に恐ろしい真似をするぜ。

 まさか既存のキャラにオリジナルの妹を強引に捻じ込んでくるとは。

 そんなことをしなければ俺だってここまで悩まずにすんだのに、全く困ったサプライズだ。

 

 スタスタと女子生徒――運命ちゃんと命名――に近付き、まずは謝罪。

 乱暴を働いたこと、怖がらせてしまったこと。

 最後に、良かったらもう一度俺とデュエルしてほしいと伝えるのも忘れない。

 年頃の娘がガチムチのどうみても悪役な集団を率いる図はなんとコメントすればいいのやら。

 だが、前回のデュエルは俺自身集中しきれないこともあり色々と心残りだった。

 だから、今度は真剣に彼女と戦いたい。

 そんな想いを乗せて差し出した手を、運命ちゃんはおずおずと、でも力強く握り返してくれた。

 良かったぜ、これで一件落着。

 これは俺の偏見かもだが、運命ちゃんのお兄さんってシスコンだろうと睨んでいる。

 仮にヤツの耳に今日のことが入った日には、空から奇声を上げながら降って来るに違いない。

 それがイヤッッホォォォオオォオウ! ではなく俺を呪う言葉とか想像するだけで勘弁です。

 

 そして後日、改めて運命ちゃんとデュエルした。

 ガキンチョ二人、そして男前ヒロインとも、運命ちゃんは何度も相手を替えて。

 最初は仏頂面だったけど、最後には笑っていたので俺の心はほっこり。

 その日は俺の奢りでドローパンパーティーを開催、もちろん俺の奢りだぜ。

 黄金の卵パンを見事引き当て喜ぶ男前ヒロインを見られたのだ、安いもんだと俺は思うね。

 でもね、引けなかったからって俺に当たるのは良くないと思うんだ。

 紫キャベ娘にワン娘といういつもの面子に運命ちゃんが加わり被害増大。

 やっぱり俺の癒しは男前ヒロインだけだと、しみじみと思ってしまうのだった。

 

 

 

 

 




主人公「勲章おじさん! 空からお――」
運命君「イヤッッホォォォオオォオウ!」
主人公「勲章おじさぁぁあああああん!?」


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日記7

 ※月×日

 

 ガキンチョ二人のドロー力を鍛えなくていいのかとハゲに問われた。

 馬鹿じゃねぇのと心の底から俺は思った。

 

 俺ってばあれだね、疲れているんだよ絶対。

 ガキンチョ二人から暇さえあればデュエルを強請られるのはいつものことなのだが、ここ最近にはこれに加えて男前ヒロインや運命ちゃんからも校舎で会えばデュエルしろの毎日。

 いやね、デュエルは楽しいよ? 俺的にはいつでもウェルカムだよ?

 だけどさ、物事には限度ってものがあるでしょ?

 たまには一人で海辺にでも出かけてボーと何も考えずに釣りでもしたいなー、なんて。

 そんなことを思っている時だった、ハゲに呼び出されたのは。 

 これ幸いにと勲章おじさんにガキンチョ二人を預け、俺はハゲの元へ。

 帰りに釣りでもしようとか思うんだ、遅くなったのはハゲとの話が長引いたと言う予定です。

 

 そして、冒頭のセリフである。

 ハゲだけに頭の不調を疑うが、ふと俺は気付く。

 いつも傍に控えていたマッドの姿がこの時には見えなかったのだ。

 此処に来るたびにいつもいるので不思議に思うが、研究所にでも籠っているのだと判断。

 用がそれだけなら早く帰りたいと思うが、どうやら先程のは前置きで、本題は別にあった。

 

 ――あの子たちが、最近よく笑うようになった。

 

 そんな前置きを経て、語られるハゲの胸の内。

 あの子達というのはガキンチョ二人のことであり、内容は俺が来る前の彼女達の様子。

 話を聞いていくうちの、大体予想通りだなぁと俺の感想は淡白なものだった。

 どちらも性格に難があり、隔絶された二人の環境がそれを助長させる。

 例えるなら二人とも箱入り娘というやつなのだろう。

 だから常識に疎く、悪く言えば空気が読めない、そのため余計に周りとの距離が開いてしまう。

 軟禁紛いのハゲの行いは、確かに二人とっては優しい世界だったかもしれない。

 でも、二人だって心の何処かでは思っていたはずだ。

 このままではいけない、でもどうすればいいのか分からない、何かやろうにも上手くいかない。

 

 そんな時だ、偶然俺がトリップしてきたのは。

 二人にとって、俺という存在は現状を打開するための切欠となった。

 紆余曲折を経て一応いい方向には進んだと思う、代わりに失ったのは俺の自由だったけど。

 遠い目をする俺がふと我に返った時、ハゲは頭を下げていた。

 二人を救ってくれて、笑顔を与えてくれて、ありがとうと、そんなことを言いながら。

 キラリと光を反射するつるっつるの頭皮が眩しいぜ。

 その眩しさに目を細めながら、同時に俺は思った。

 このハゲ、俺が今まで出会った中でも群を抜いて不器用な、カッコつけ野郎だと。

 

 だってそうだろう?  

 人払いのために傍仕えのマッドまでも退かし、ふざけた前置きを挟み、結果がこれだ。

 トップって体面気にするっていうけど、ここまで面倒な手順を踏んでくるとは。

 ハゲに比べればまだまだガキンチョな俺には、そういう大人の都合ってものはまだ分からない。

 でもさ、いいって思うんだ弱みを見せても。

 あれほどガキンチョ二人を大事に思っているのなら、誰でもいいから頼ればいいだろ。

 マッドはお勧めしないけど、勲章おじさんとかマジ理想の男だぜ、クロノス先生の次くらいに。

 

 

 紫キャベ娘が皆から避けられてるって知ってるのなら、アンタくらいは傍にいてやれよ。

 ワン娘からの我儘の一つや二つ聞いてさ、あいつの好きにさせてやれよ。

 

 

 それだけでも、きっと何かが変わっていたと思う。

 傷付けられるくらいなら、何も知られないように閉じ込めればいい。

 なるほど、ある意味では正解だ。

 でも、それってハゲの理屈で、ガキンチョ二人のことってガン無視してると思うんだよね。

 挙句、ハゲは二人には関わらずに遠くから傍観するだけって。

 俺に聞くくらいなんだからずっと気になってたんだろうが、ガキンチョ二人のことをさ。

 ハゲは知らないかもだけどさ、ここってば遊戯王の世界だ、デュエルが全てに関わっている。

 我が子同然に思ってる二人にデュエルの相手をしてみろよ、大喜びだぜガキンチョだから。

 

 そんなことを長々と思いながら、俺氏嘆息。

 あんた絶対に結婚とかできないわと呟くと、ハゲは言った――妻も子供もいると。

 俺氏驚愕、同時に可哀想に思ったり。

 こんな絶海の孤島に単身赴任とか、嫁さんも子供も中々に辛い境遇ではないか。

 という訳で、俺はハゲに言った。

 ガキンチョ二人は俺に任せて、今度実家に帰ったら家族サービスをしてくださいと。

 ハゲは俺の言葉に暫し思案、努力はするが結果は期待できないとかほざきやがった。

 らしいと言えばらしい発言に俺っち苦笑、ハゲも苦笑。

 

 それから暫く、近況報告も交えて雑談、そのまま解散の流れとなった。

 去り際に今度お子さんを紹介してくださいと社交辞令。

 貴様に娘達はやらんとハゲ超真顔。

 やっぱりこのハゲ面倒臭いと思いながらそそくさとその場を後にするのだった。

 

 帰りに海釣りをしたが結果はボウズ、ハゲと話したからかな?

 釣りって中々難しいんだね、面白かったけど。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ※月Д日

 

 ガキンチョ二人に強請られ、海へ釣りに出かけました。

 今日も魚は一匹も釣れませんでした。

 代わりに女の子が一人釣れました。

 リリースしようとしたら匿って欲しいと頼まれました。

 紫キャベ娘とワン娘というガキンチョ達に新たなガキンチョその3が加わりました。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ※月φ日

 

 ガキンチョその3――素足ちゃん――の正体、それはハゲの娘なのだった。

 聞けば、ハゲに会いに遠路遥々アカデミアまでやって来たのだとか。

 親思いな素足ちゃんに全俺が感動、ハゲとの感動の再会をプロデュースすると約束した。

 

 ありがとうございますと素足ちゃんはぺこりとお礼。

 おい紫キャベ娘、これが本当の敬語というものだ。

 ワン娘、お前も素足ちゃんを見習ってもう少しお淑やかってものを身に付けろ。

 

 結果、俺氏二人にフルボッコされるのだった。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ※月◎日

 

 ハゲと素足ちゃんの感動の親子の再会を企画する俺だったが、中々に計画が進まない。

 というのも、最近ハゲが忙しくて都合がつかないのだとか。

 緊急なら大丈夫なのだが、それだって話す時間は限られる。

 俺としてはじっくりと話をして欲しいと思っているので、親子の対面は先延ばしだった。

 申し訳ないと謝る俺に、無理を言っているのはこちらですのでと素足ちゃんホント大人。

 でもね、瞳に悲しみの色が過ったのを俺は見逃してはいないよ?

 ハゲが単身赴任という家庭環境、両親に負担をかけてはいけないとか思っているのだろうか。

 それが、素足ちゃんの見た感じの年齢よりもずっと言動が大人びている理由。

 

 優しい娘だと思った。

 同時に不器用な娘だとも思った。

 そして間違いなくハゲの娘だなと笑った。

 

 よろしい、ならばデュエルだ。

 キョトンとする素足ちゃんに、俺はデュエルを挑んだ。

 気の利いた言葉でも吐ければいいのだが、生憎と俺に出来るのはデュエルだけ。

 最初は冗談交じりだったデュエルも、最近では違う風に思えて仕方がない。

 この世界でデュエルモンスターが流行るのは、ある意味では自然なことだったのだと。

 これほどまでにコミュニケーションのツールとして役立つものを俺は知らない。

 遊戯王の世界では、皆がデュエルをする。

 そして、彼等のデッキにはそれぞれプレイヤーの個性が宿る。

 直情型のワン娘はビートダウン、紫キャベ娘はカウンターを利用するトリッキーなデッキ。

 それぞれがプレイヤーの性格を現し、だからこそ相手を知る方法として優れているんだ。

 優しくて、不器用で、そしてそれ以上に俺は素足ちゃんのことを知りたいと思った。

 そして、それ以上にどんなデッキを使うのかワクワクして仕方がなかった。

 

 認めよう、俺は完全にこの世界に染まり切ってしまったのだと。

 デュエル脳、万歳だ。

 だから素足ちゃん、俺とデュエルをしよう。

 そして楽しもう、ハゲに会えない寂しさがデュエルをしている時は紛れるくらいには。

 

 素足ちゃんのデッキの印象、それは未完成。

 プレイ中、ふとした時に思う。

 足りないと、もっと何かが出来る筈だと、そんな考えが何度も頭を過る。

 プレイスタイルは、なるほど光るものがあると思う。

 とにかく攻めまくるワン娘、搦め手を得意とする紫キャベ娘。

 対し、素足ちゃんは何でもそつなくこなす、悪く言えば器用貧乏だった。

 そして何よりも、ここぞという時に尻込みをしている。

 踏み出せるはずの一歩が踏み出せず、クールな表情に歯痒さが見え隠れをしている。

 

 やっぱデュエルってスゲー。

 素足ちゃんの心の内がガンガン俺に伝わってくる件について。

 俺ってばカウンセラーの素質とかあるんじゃなかろうか、デュエルカウンセラー的な。

 診断結果を申し上げます、この娘行動力とか半端ないけど口下手の所為で誤解されるタイプ。

 そんな素足ちゃんから想いを引き出す方法、それは――。

 ごめんなさい、全然思いつかないです。

 考えろ俺、こんな時あのお方ならば、偉大なるクロノス大先生ならどうする!!

 

 俺の脳裏に過ったのは、初期段階の典型的小物キャラだったクロノス先生。

 素足ちゃんってクロノス先生の嫌いなドロップアウトとは真逆なんだけどね。

 物語上仕方のなかったことなんだろうけど、常に主人公の障害として立ち塞がる最初の敵。

 ならば、俺もなろうではないか。

 ハゲという目標のためにやって来た素足ちゃんに立ち塞がる、超えるべき壁とやらに。

 

 

 ――だがしかし! まるで全然! この俺を倒すには程遠いんだよねぇ!

 

 

 瞬間、俺は弾けた。

 視界の端で何事かと目を疑うガキンチョ二人を見なかったことにしながら。

 テンションに任せてヒールを演じる姿は滑稽かもしれない。

 だが、デュエルの展開はまさに残虐非道の名に相応しかった。

 

 堅実に固めた素足ちゃんのフィールドを、連続変身召喚で更地に。

 極悪コンボに言葉を失う素足ちゃんにダイレクトアタックを決め、ライフは風前の灯。

 それからは煽る煽る、とにかく煽りまくる。

 ぶっちゃけ何言ったか全然思い出せないんだけど、とにかく思いつく限りの言葉を吐き出した。

 クロノス先生のような愛すべき敵キャラが理想だったんだけど、果たして結果は如何に。

 

 

 そして素足ちゃんのターン!

 デッキが輝く光景に俺氏デジャヴ! 

 え゛っ!? とか思っているうちに事態は急展開へ!

 

 

 素足ちゃんが出してきたのは、融合モンスターだった。

 やっぱり素足ちゃんのデッキってカテゴリ持ちだったんだね、名前とか素材とそっくりだし。

 そんな風に思いながらも、口に出せたのは乾いた笑い声だけ。

 デュエルディスクのジャッジ機能さん、お願いだから仕事してください。

 これって例のアレだよね、カードは創造したってやつ。

 素足ちゃんも「これが……EXデッキを用いた、召喚法……」とか驚いているし。

 というか、素足ちゃんの居た場所ってどんだけ過疎ってんのよって話だ。

 融合召喚とか遊戯王の初期からある由緒正しい召喚方法だよ、出来ないとかどんだけー。

 

 そして、そこから先は怒涛の展開。

 次々にEXデッキから繰り出される融合モンスターに、逆に俺のフィールドは更地に。

 良いね良いね、素足ちゃんのクールな仮面が剥がれてきている。

 自覚しているか素足ちゃんよ、今のお前ってガキンチョらしく感情剥き出しになってることを。

 しかし、頂けないことが一点。 

 返しのターンで「そんな契約は無効です!」と負うべき負債をなかったことに。

 素足ちゃんが社長になったらその企業は絶対にブラックだね、ハゲを見習え奴はホワイトだぞ。

 

 此処で負けるという手もあるが、俺は締める時は締める人間なのだ。

 良いか心して聞け、偉大なるクロノス先生はな(ry

 ふはははっ、素足ちゃんが王様なら俺ってば神様召喚しちゃうもんね!

 行くぜ究極コンタクト融合! レジェンダリー・ストライクだこれぇ!

 そんな感じで、返しのターンで素足ちゃんを返り討ちに、デュエルは俺の勝ちだった。

 悔しそうに拳を握り締める素足ちゃんの頭をぐしゃぐしゃに。

 突然の事態に慌てふためく素足ちゃんを見下ろしながら、何時ものように俺は言った。

 

 ――ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ! 後ごめん! なんか色々と言ったりして!

 

 うん、とてもではないが謝罪する奴の言動じゃないねこれ。

 反応のない素足ちゃんに背中でダラダラと冷や汗をかいている時だった。

 

 ――次は負けません。

 

 実に頼もしいコメントである。

 どうやら、素足ちゃんってば中々に負けず嫌いのようである。

 アレだけクールだった顔に浮かぶ負けん気に俺は堪らず声を上げて爆笑。

 腹を抱えて転げまわる俺が見たのは、真っ赤になって憤慨する素足ちゃんの顔だった。

 ホント、大人っぽく見えるけどやっぱりガキンチョはガキンチョ。

 だからこそ、ハゲとの再会を最高の形にしなければと更なる気合に燃える俺だったのだった。

 

 でもね、素足ちゃん。

 ムカつくからって紫キャベ娘やワン娘と結託するのって俺ってば反則だと思うんだけど。

 三対一とかどんな無理ゲーだよ、しかも罰ゲームありって。

 お兄さんなんか知りませんって? 

 ガッデム! せっかくの味方をみすみす敵に回すとか俺ってばマジ駄目人間!

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 わけがわからないよ。

 もう一度言います、わけがわからないよ。

 

 

 感動の親子の対面になる筈だったのに。

 俺の耳に届いたのは何度もハゲに呼び掛ける素足ちゃんの悲痛な叫び。

 仮面のコスプレ集団に拘束される紫キャベ娘とワン娘。

 その光景を茫然と見詰める俺。

 

 

 俺がいけなかったのだろうか。

 ハゲと引き合わせず、素足ちゃんを故郷に帰せばよかったのだろうか。

 違う、それだけは絶対に違う。

 子供が親に会いたいって思ってて、それを叶えることの何がいけない。

 そんなことを思うのって俺がおかしいのか。

 ふざけんなよ。

 俺にだって家族がいるんだ。

 それなのに、突然此処にトリップさせられて、この世界に留まって。

 

 白状するよ。

 俺は家族に会いたい。

 だから、今でも元の世界に帰りたいって思っている。

 でも同じくらい、ガキンチョ二人のために何かがしたいってそう思っているんだ。

 俺と違って、もう二度と親に会うことの出来ない二人のために、何かがしたいって。

 今にして思えば、俺が素足ちゃんに協力するのは、彼女に自分を重ね合わせたからなんだろう。

 親に会いたいって、そのために頑張ってここまで来た素足ちゃんに、俺は――。

 

 なのに、何故ハゲは素足ちゃんの声に応えない。

 どうして素足ちゃんを拒絶する。

 必死に声を張り上げる素足ちゃんが、泣いている彼女の姿が見えないのか。

 

 俺とした約束は嘘だったっていうのか。

 今度実家に帰ったら家族サービスをしてって。

 努力はするけど結果は期待するなって。

 これの何処が努力しているっていうんだ、期待とかそれ以前の問題だろうが。

 貴様に娘はやらんとか、いいのかこのまま素足ちゃん放置してよ。

 傷心に浸けこむぞ、素足ちゃんは俺が貰っちまうぞ、それでいいのかよ、おいハゲ。

 

 

「答えやがれ赤馬零王っ!! こっちを見ろ!! テメェのガキから逃げてんじゃねぇ!!」

 

 

 尚も背を向け続けるハゲ目掛け駆け出す俺に立ち塞がる仮面のコスプレ集団。

 俺はデュエリストだが、奴等はそれに加えて訓練を積んでいる。

 一対一ならばともかく、複数で来られてはこちらに勝ち目はない。

 でも不思議だ、頭ではそのことを理解しているのに、負ける気がまるでしなかった。

 

 

 

 視界が真っ赤に染まる。

 デッキからカードをドローし、目の前に翳す。

 瞬間、デュエルディスクを介していないにも関わらずモンスターが実体化。

 仮面のコスプレ集団を薙ぎ払い、開けた道を俺は突き進んだ。

 

 

 

 そして、全力でハゲを殴ろうと拳を振り上げた。

 

 そして、そんな俺の腕を素足ちゃんが抱き留めた。

 

 

 

 無言で振り解こうとするが、全身を使って素足ちゃんは俺を引き留める。

 離せと呟くが腕は解放されず、声を荒げ怒鳴り散らすが嫌々と首を振るだけ。

 そんな俺の視界を、突如発した閃光が塗り潰していく。

 発光元は素足ちゃんが嵌めている腕輪。

 その光は素足ちゃんだけではなく俺さえも包み込もうとしていた。

 

 それを見たのは、本当に偶然だった。

 赤くなった視界よりも更に赤いものが、固く握られたハゲの拳から滴り落ちていた。

 それが血だと気付いたのは、視界が白一色に染まり、暫く経ってからで。

 紫キャベ娘とワン娘が叫んだ俺の名前が、あの時最後に耳にした言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 わけがわからないよ。

 もう一度言います、わけがわからないよ。

 何度だって言ってやるぜ、わけわけんねぇよ。

 

 視界に広がるのは見慣れた校舎でも、生い茂る森でも、地平線まで広がる海でもない。

 大都市と呼べる、七色に光り輝く夜景だった。

 

 

 

 

 




素足ちゃん「ヒロインの交代、及びタイトルの変更をここに提言します」
紫キャベ娘&ワン娘「」


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日記8

 ∞月○日

 

 俺氏、もう一度異世界トリップを経験するの巻。

 

 わかるってばよとか口が裂けても言えません。

 前に日記で俺はこの世界に染まり切ったとか書いたけど、全然そんなことなかったよ。

 これが俺一人とかだったらさぞ慌てふためいていたんだけどね。

 隣には素足ちゃんもいるし、俺ってば一応年上だし。

 付いて来てください――そう言って歩き出す素足ちゃんの後に続きました。

 そして目的地にはすぐに到着しました。

 

 えっ、なにこのクソ高いビル。

 えっ、なんで素足ちゃん勝手知ったる我が家的な感じでいるの。

 えっ、なんですれ違う連中全員が素足ちゃんに頭下げてんの。

 

 なるほど、素足ちゃんは社長令嬢ってやつか!

 などという幻想は、なんか磯野っぽい人が素足ちゃんを「社長!」と呼んだ瞬間に崩れ去った。

 さすがは遊戯王の世界、前例があるせいで簡単に受け入れられるがなんか複雑です。

 そのまま社長室っぽい所に通されたんだけど、磯野もどきはそこでシャットアウト。

 「どこの馬の骨とも分からぬ者と社長を二人きりにするなど!」って俺信用無いね、当然だけど。

 素足ちゃんの無言の眼力の前に脆くも散っていったとさ。

 

 そして語られました、素足ちゃんから現状について。

 曰く、此処はスタンダードと呼ばれる、俺がいた融合次元と呼ばれる場所とは別次元。

 ハゲはそこの支配者で、アカデミアの実態とは前線基地。

 そこで他次元を侵略するためのデュエル戦士を育成し、世界を一つにするのが目的なんだとか。

 

 ごめん、意味が分かりません。

 メッチャシリアス口調で語るからとてもではないけど言い出せる空気じゃないけどね。

 なんやねんデュエル戦士って、やたら訓練的なことしてたのってそういう理由から!?

 ドローの訓練を行う光景に、遊戯王ってこういうノリだったなーと思った過去の俺でした。

 デュエルで侵略ってできんの!? そこまでデュエルって万能だったの!? 

 

 ツッコミたい衝動を堪え、最後まで語り終えた素足ちゃんは、俺に頭を下げてきた。 

 私の勝手に付き合わせて、巻き込んでしまってごめんなさいと。

 まあ、俺も薄々は感じてたんだけどね。

 俺が此処にいるのって、素足ちゃんが次元移動するのに巻き込まれたからだって。

 でも、だったら俺も謝らなくちゃいけないことがあるとも思うんだ。

 カッとなったとはいえ、素足ちゃんの親を目の前で殴ろうとしたし、怒鳴ったりもしたし。

 

 なによりも、俺はそこまで現状に悲観してはいなかった。

 融合次元からスタンダードに移動できたということは、逆もまたしかり。

 ガキンチョ二人のことは勿論心配だが、その点は大丈夫だと確信している。

 あの二人が乱暴に扱われる可能性は、ハゲがトップである限りはあり得ない。

 精々、以前のような軟禁生活に逆戻りってところだろう。

 勲章おじさんもいる訳だし、二人の安全は間違いないだろうと断言できるのだ。

 

 そして、頭が冷えた今だからこそ思うんだ。

 ハゲが素足ちゃんを拒絶したのには訳がある。

 目に見えたことだけで判断して、見えない部分をちっとも見ようとしなかった。

 あの親バカを、愛娘との再会に感情を殺し続けたあのハゲを、俺はもう一度信じようと。

 ガキンチョ二人にそうしたように、辛いことから子供を遠ざけようとするハゲの優しさを、俺は知っているのだから。

 

 だからと、なおも頭を下げ続ける素足ちゃんに俺は言ってやった。

 今度こそ、絶対に感動の親子の再会をプロデュースしてやるって。

 まさかの返答に、珍しく素足ちゃんポカーンとマヌケ面。

 それがなんだかおかしくて、相変わらず素足ちゃんの表情は俺の腹筋を崩壊させてくれるから。

 ゲラゲラと笑う俺に、「社長!?」と乱入して来た磯野もどきが突撃。

 負けじとデュエリストの身体能力で応戦する俺の姿に、拍子抜けでもしたのか。

 

 

 ありがとうございます――。

 そう言って微笑む素足ちゃんに、俺は絶対にハゲに会わせてやるんだって誓うのだった。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ∞月▽日

 

 素足ちゃんのママさんマジ妻の鏡。

 親戚の過保護なおじさん的なテンションで俺を敵視する磯野もどきとの争いから暫く。

 結局その日は素足ちゃんの好意で彼女の家で一泊することに。

 そしたら迎え入れられましたよ、素足ちゃんのママさんに。

 

 圧倒されました、色んな意味で。

 どんな髪型してんだよ、どんだけ厚化粧してんだよ、今まで出会った中で一番濃いです見た目が。

 見た目通り、さぞ高圧的な金持ち的社長夫人的なキャラを想像していたんだけどね。

 意外や意外、不器用な娘と夫を心配する、家庭を守る良妻って感じでした。

 いやぁ、俺が今までハゲの元で世話になったと話したら矢継ぎ早に繰り出される質問の嵐。

 最初こそ鬼気迫る感じにハゲお前なにしたの!? だったが、それは俺の杞憂だった。

 あの人ちゃんとご飯食べてます? とか、ハゲどんだけ心配かけてんねん。

 質問は夕食を過ぎ、風呂から上がって寝間着に着替えてからも行われたのだった。

 素足ちゃんも一緒に参加してたんだけど、あんな嬉しそうな母は久しぶりに見たって。

 相変わらずのクールな顔にちょっぴり浮かぶ喜色の色。 

 ちょっと前にハゲから拒絶されたというのに、本当に家族思いの良い娘だと思うのだった。

 

 

 あと、風呂に入ったからか、髪を解いて厚化粧落としたママさんマジ美人。

 人妻じゃなかったら危うく惚れるところでしたよホント。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ∞月△日

 

 素足ちゃんに協力者だという人物を紹介された。

 なんでも、ハゲの古くからの友人なんだとか。

 

 恰好も奇抜だけど、なにこのダンディーなおじさま。

 勲章おじさんとはまた別の意味で大人の魅力がむんむんの方です。

 ――もしかして……これが、恋……!? うん、ちょっとふざけ過ぎたよ反省反省。

 そんな感じの第一印象だったけど、話もそこそこにデュエルを申し込まれた。

 なんでも、俺の人となりを知るにはデュエルをするのが一番だとか。

 なるほどとか思う俺もすっかり遊戯王の世界に染まっているなと改めて思い、デュエル開始。

 

 結果だけど、普通に負けました。

 ただし、いつもやってるスタンディングデュエルじゃなくアクションデュエルで。

 

 素足ちゃんにスタンダード次元とか言われて、今までピンとこなかったんだけどね。

 こうも文化というかデュエルの違いを見せつけられるとさすがに実感しました。

 モンスターと共に地を蹴り、宙を舞い、フィールド内を駆け巡る。

 最初はスタンディングデュエルとの違いに戸惑ったけど、やってみたらこれがまた面白い。

 アクションカードの存在とか、プレイヤーがとにかく動き回らなくちゃいけないとか。

 突っ立って自分のデッキのみで勝負するスタンディングデュエルとは真逆の性質といえよう。

 デュエルの腕前だけでなく、身体能力や運も必要とされるのもその印象を後押ししている。

 でもね、これが俺みたいなファンデッキ持ちには堪らないのよ。 

 だって想像してみてよ、要するに自分の大好きなカード達との夢の共闘ってことだべ?

 時には協力し、指示を出し、勝利へ向かって一緒に突き進んでいく。

 仲間と一緒に戦っているんだって、これ以上に実感できるデュエルは他にないと俺は思うね。

 

 そして、おじさまからの合否だが、見事合格を頂きました。

 それを最初に聞いた時、そう言えばそんな理由でデュエルしたんだなと思っちゃって。

 だって、俺ってばアクションデュエルが面白すぎてそのこと完全に忘れてたんだもん。

 そのことを正直に告げたら、おじさまに大笑いされちまったぜ。

 キミは私を超えるエンタメデュエリストだとか言われちゃったけど、それってどういう意味よ。

 でも、俺達のデュエルを見た素足ちゃん感動したって言ってくれたから良しとしますか。

 

 無事協力者として認められたところで、話は本題へ。

 素足ちゃんがおじさまを呼んだのは、来たる融合次元からの侵略に備えてのことだとか。

 素足ちゃんの考えはこうだ。

 次元移動に関する技術は融合次元が圧倒的に上。

 必然的にこちらは受け身に回ってしまうが、ならば出来うる限り備えておくべきだと。

 デュエル戦士を育成しているアカデミアには純粋なデュエルの腕なら後れを取ったとしても、迎え撃つという性質上、戦いの舞台はこちらが選ぶことが出来る。

 故に、素足ちゃんはスタンダード特有のアクションデュエルで奴等に対抗すると考えていた。

 そして、そのためのデュエル部隊を設立し、そのトップをおじさまに任せたいとか。

 

 

 ――デュエルは争いの道具じゃない、デュエルは皆を笑顔にするためのものだ。

 

 

 長々と語り終え、それに対してのおじさまの返答はあっけないものだった。

 断られたことにショックを受ける素足ちゃんだけど、ゴメン俺も全面的におじさまに賛成です。

 デュエルで侵略戦争をするって時点で俺的には無理、想像もできない。

 でも、たぶんおじさまとは否定する理由が根本的に違っているのだと思うのですよ。

 結局、俺は此処とは違う世界の住人ということなのだ。

 俺のいた世界はこの世界のようにデュエルは普及しておらず、数ある遊戯の一つでしかない。

 そして、遊戯とはおじさまの言うように、誰かを笑顔にするためのものなのだ。

 そんなもので他次元を侵略? どんなに想像力を働かせても無理なものは無理です。

 

 落ち込む素足ちゃんを励ましながら、これからどうするのかと思案してみたり。

 とはいえ、俺に出来ることって正直なにもないのよね。

 融合次元へ移動するためのゲートは閉じられてるし、新しい物を開発するのには時間がかかる。

 一応、試作品ということで次元移動装置があるのだが、試作品故に性能は保証できないとか。

 飛ぶ場所はこちらで指定できず、完全にランダム。

 もし融合次元とは別次元に飛んで、そこに次元移動のための技術がなければ完全に積みだ。

 結局、待つ以外の選択肢はなく、それは今日明日なんて近日の話でもない。

 そんなこんなで今日の所は解散の流れに、勿論今日のことは他言無用です。

 素足ちゃんだいぶ落ち込んでるみたいだし、さてどうやって元気になってもらおうか。

 

 ――そんな俺を、不意におじさまが呼び止めた。

 おじさまは言った。ハゲのことは私に任せろと、彼の友人である私が絶対に止めて見せると。

 だから、素足ちゃんを頼むと、そして出来れば私の家族も――。

 

 この時の俺を、未来の俺は何度も責め立てるのだろう。

 何故真面目に対応しなかったのだとか、もう少し疑問に思っていればと。

 死地へ向かう者のような、ある種の決意を秘めたおじさまの瞳に、俺は最後まで気付くことはなかったのだった。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ∞月♡日

 

 おじさまが次元移動装置を使って他次元に渡った。

 素足ちゃんからその知らせを受けた後に、俺は後悔の想いを前日の日記に綴るのだった。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 アクションデュエル王座決定戦。

 だが、肝心のチャンピオンは何時まで経っても現れることはなかった。

 

 

「これはどういうことでしょうか!? 現役チャンピオンの榊遊勝選手が姿を見せません!」

 

 

 司会の言葉に、気持ちを代弁された観客は口々に言葉を言い放つ。

 負けるのが怖くて逃げたのだと、弱虫と、チャンピオンは臆病者だと。

 昨日まで榊遊勝のファンだった者が抱く失望。

 その心無い言葉は榊遊勝に届くことはなく、代わりに見えない刃となって彼の家族へ牙を剥く。

 

 

「お父さんは必ず来る! それまであたしが相手だ!」

 

 

 堪らず身を乗り出し、幼いその身で言葉の暴力に彼女は立ち向かう。

 そして、涙を流す愛娘の姿に、見ていられないと母親が彼女を後ろから抱き締めた。

 もういいからと、あんたの気持ちは分かってるからと。

 その言葉が、余計に少女の気持ちを高ぶらせていることを分かっていても。

 他に掛ける言葉を、母親は持ち合わせてはいなかったのだから。

 母親の辛さが分かるからこそ、少女もまた叫ばずにはいられなかったから。

 

 

「あたしがお父さんの代わりになる! あたしがお父さんのエンタメデュエルでお前に勝つ!」

 

 

 だから、少女は叫んだ。

 そして、そんな少女の想いに彼は応えた。

 

 

「あー、テステス。マイクテスっと……えー、選手交代のお知らせです」

 

 

 観客たちの罵詈雑言の中、その声は聞こえた。

 

 

「榊遊勝選手は一身上の都合で欠場。代わりの相手はこの俺、榊遊勝の一番弟子が務めます」

 

 

 突然の言葉に混乱する観客を尻目に、彼は選手ゲートから入場してくる。

 燃えるような真っ赤なジャケットを羽織った青年。

 途端、ざわめきが声量を増す。

 当然だ、誰も彼が何者なのかを知らないのだから。

 そんな観客達へと、突如響く場内アナウンスが説明を行っていく。

 

 大会の主催者であるレオ・コーポレーションの社長からの内容はこうだ。

 青年の言う通り、榊遊勝は都合により欠場。

 そのため、特例措置で代理として青年が挑戦者の相手を行うことを認めると。

 

 観客の反応は、当然のようにブーイングの嵐だった。

 当り前だ、彼等は榊遊勝と挑戦者のストロング石島とのデュエルを見に来たのだ。

 例え青年のデュエルの腕前が確かだったとしても、榊遊勝の代わりには成り得ない。

 少女や母親も、尊敬し愛する家族への罵倒の声が止んでも、困惑するばかりで。

 そんな空気の中、アクションデュエル王座決定戦は始まった。

 

 

「攻撃力の低いノーマルモンスターというのは仮の姿」

 

 

 だが、見る者全ての予想は裏切られる。

 

 

「その本当の姿を見て驚くなよ!」

 

 

 彼は、見る者全ての度肝を抜いた。

 

 

「俺は魔法カード、融合を発動!」

 

 

 それ以上に、見るもの全てを魅了し尽した。

 

 

「融合召喚!」

 

 

 気付けば、あれだけあった野次の全ては歓声へと変わっていた。

 

 

「来い! マイフェイバリットHERO!」

 

 

 青年が繰り出した、EXデッキと呼ばれる未知の場所から召喚されたモンスター。

 観客達は知らず知らずのうちに息を呑み、彼等の一挙手一投足に目を凝らす。

 最初は見る価値もない無名の選手だと、そう思っていた青年の評価は書き換えられていく。

 面白い、次は何をやる、自分達には想像もつかない凄いことをやってくれるに違いないと。

 その体に会場中の期待という名の重圧を背負いながらも、しかし青年は笑う。

 楽しくて、デュエルをするのが楽しくて仕方がないと、瞳を輝かせながら。

 

 

「教えてやるぜ! HEROにはHEROに相応しい、戦う舞台ってもんがあるんだ!」

 

 

 青年のデュエルは、一番弟子を名乗りながらも榊遊勝のものとはまるで違った。

 榊遊勝が観客に魅せるデュエルなら、青年は対戦相手と楽しむデュエル。

 常に見る者の目を向け、時に語り掛け、時には反応を伺い、観客と一体化する。

 それこそが、榊遊勝が唱えるエンタメデュエル。

 

 

「さあ、舞台は整った! そして! HEROは必ず勝つ!」

 

 

 対し、青年は観客達には目もくれず、一心に対戦相手だけを見続ける。

 ストロング石島のカード一枚一枚に瞳を輝かせ、全身で喜びを体現していた。

 このスタジアムにいる誰よりも、青年はデュエルを楽しんでいる。

 そして、青年という強烈な光に惹かれるように、観客に青年の想いが伝わっていく。

 

 

「くらえ!! スカイスクレイパー・シュート!!」

 

 

 進む方向は真逆、しかし齎す結果はどちらも同じ。

 青年のデュエルは榊遊勝とは異なる、もう一つのエンタメデュエルとしての完成形だった。

 

 

「――ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ!」

 

 

 瞬間、歓声が爆発した。

 観客たちは残らずスタンディングオベーション。

 口々に青年の勝利を、そしてストロング石島の健闘を称える。

 スタジアム中に蔓延る悪意の全てを、青年はたった一度のデュエルで笑顔に変えてしまった。

 そして、その中には、家族への心ない言葉に傷付いた少女と母親も含まれていて。

 

 

「……すごいっ、すごいすごい! お母さん! あの人すごいよ!」

 

「なんて、子なの……」

 

 

 笑顔で溢れたスタジアムを、敗北に悔しみながらも笑って勝者を称えるストロング石島を。

 そして、デュエルで笑顔を齎した青年の姿を、少女は瞳に焼き付ける。

 絶対にこの光景を忘れないために、そしていつの日か、そこに自分も至るために。

 

 

「あたしもいつか、あの人みたいにデュエルで皆を笑顔に……!!」

 

 

 この日、青年は一つの家族を救った。

 正史なら卑怯者と罵られる少女とその母親を、デュエルで笑顔にすることによって――。

 

 

 

 

 




とりあえず遊矢の振り子メンタルの原因であるフラグをへし折ってみた。
こういうことが可能なのが二次創作の醍醐味だと作者は思うんだ。

※補足説明
今回のデュエル、演出上の都合で使用したフィールド魔法について。
原作においてアクションデュエル中にプレイヤーがフィールド魔法を使用できるかについて明言されていなかったので、タグにあるように独自設定ということで本作では使用可能にします。
ちなみに、プレイヤーがフィールド魔法を発動してもアクション魔法は使用可能っす。
アクションフィールドをベースにフィールド魔法を張るというのが作者の認識なので。


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日記9

 ♪月〇日

 

 我ながらトンデモないことをしでかしたものである。

 まさかおじさまがアクションデュエルのチャンピオンだったとは、道理で強い訳だよ。

 まさかおじさまが大会ドタキャンして他次元へ移動するとは、チャンピオン仕事して下さい。

 

 なるほど、確かにハゲの友人だと思ったね。

 誰かに相談しないところとか、全部自分で抱え込んじゃうところとか。

 子供を巻き込みたくないって心根は分かるけど、もう少し周りに目を配ろうよ。

 おじさまが他次元へ移動したって教えてくれた時の素足ちゃんの顔とかさ。

 私の所為だって考えてるのが丸分かりなくらい悲壮感一色だったんだから。

 その上、ママさんに心配かけまいと表面上はいつも通りに振る舞う姿がもうね。

 

 改めて思う、我ながらトンデモないことをしでかしたと。

 おじさまの代理で大会に出場するとか、よくもまあ思いついたものである。

 渋る素足ちゃんを言い包め、いざチャンピオン代理としてスタジアムに立ってはみたものの。

 うん、超アウェーだね♪

 トンデモナイ場違い感だったが、いざデュエルが始まれば全然だったぜ。

 だって、チャンピオンのおじさまに挑戦できるほどの強者とデュエル出来るんだよ?

 強ぇやつと戦えるなんておらワクワクすっぞ! なんて感じでテンション爆上がりである。

  

 対戦相手の恰好がヒャッハー! な世紀末ファッションだって?

 遊戯王ならいつものことです。

 相手のエースモンスターの攻撃力が3000だって。

 遊戯王ならいつものことです。

 しかも相手はバーバリアン使いとな!?

 

 知り合うデュエリスト全員俺の知らないカードばっかだったから物凄く新鮮です。

 その上俺が遊戯王から離れていたからか、強化されたのだろう。

 懐かしいカードに知らないカード、そしてアクションデュエル。

 マイフェイバリットHEROと一緒に摩天楼の天辺でポーズ決めた時は喜び死ぬかと思った。

 スタンディングデュエルじゃこうはいかない、アクションデュエル様々である。

 とにかくね、もうね、面白かった!

 そして、名残惜しくもデュエルは終了、ガッチャ教徒の作法を終え、ふと我に返って会場を見た。

 

 わぁお、これまた見事な掌返しですなー(棒

 

 良いもんね、デュエル楽しかったし。

 べ、別にあれだし、俺ってばお前等のためにデュエルしたんじゃないんだからね!?

 ……おえ。

 でもまあ、最低限おじさまの代役は果たせたのではないでしょうか。

 おじさまだったら、これに加えた何かしらトンデモナイ事態に発展するんだろうけどね。

 アクションデュエルは素人同然の俺にはこれが精一杯なのですよ、ごめんねホント。

 

 

 でもね、嬉しいことがもう一つ。

 なんと、俺にファンが出来ました! しかも三人も!

 

 

 空気を読んで観客に手を振り、興奮冷めやらぬまま控室へ向かっていた時のことである。

 正面から、背後から、そしてすぐ横の扉から。

 現れました、同じ歳くらいの三人のガキンチョ達が。

 目の前で、自分の気持ちを身振り手振りで一生懸命説明する様がもう、嬉しいのなんの。

 だからかな、融合次元のガキンチョ二人を思い出して、ちょっちセンチメンタルな気分。

 うち二人はなんか紫キャベ娘とワン娘に似てたし、顔立ちとか特に。

 

 あまりに嬉しかったもんだからさ、あげちゃいました融合のカード。

 ちょうどアカデミアでパック買って当てたのが余ってたしね。

 残念ながら三人とも融合モンスター持ってないみたいだけど、そのうち入手するかもだし。

 当然口止めも忘れないぜ。

 俺のファンになる=カード貰えるとか思われたらカードが足りなくなるぜよ。

 

 

 ちなみに、その後誰がファン一号なのかで揉めに揉めたのは完全な蛇足だろう。

 ちなみに、勝者はトマ娘でした、ユズ娘と宝石ちゃんは残念でした。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ♪月○日

 

 今更だけど、俺の現状ってアレだよね、素足ちゃんに寄生状態。

 いやね、別に俺がスタンダードに飛ばされたこと盾にして脅迫してるとかじゃないのよ。

 あれだよ、俺一人暮らししたいんで出ていきます的な話を切り出すタイミング見失いました。

 素足ちゃんの家に厄介になってる訳だけど、俺ってば別に家事とか素人レベルなんですよ。

 その上、素足ちゃん家豪邸なので、掃除は業者雇ってるそうだからそういうの必要ないし。

 だったら素足ちゃんの会社の手伝いとかするのがいいんだろうけど、そうもいかないのである。

 というのも、素足ちゃんの会社が俺に対して超VIP待遇で配慮しているんだ。

 融合次元での一件で素足ちゃん俺に負い目感じてるし、しかも俺ってば先日チャレンジャーをおじさまの代理ってことで降したでしょ。

 お蔭で素足ちゃんが俺を特別扱いすること、従業員連中全然抵抗とかないわけよ。

 超ビビったよ、用事あって素足ちゃんの会社行ったら全員俺に頭下げて来るんだもん。

 そんな俺がですよ、今更アルバイトとかで下っ端として働くとか、それは無茶な話でしょうよ。

 唯一例外なのが社長の秘書っぽい磯野もどきだけど、あの人俺のこと超敵視してるし。

 あの人素足ちゃんのこと大好きだよ絶対、完全に親戚の娘に悪い虫付いたと憤る叔父の図。

 

 そんな訳で俺氏、自立するために素足ちゃん家からお暇させて頂きます。

 一応ハゲから貰った給料から宿泊代ってことで書き置きと一緒に残したけど足りるか心配。

 素足ちゃんとママさんに黙っていく理由とな?

 猛反対される構図がありありと浮かぶからだぜ。

 なので、そうなる前に新たな住居先を確保せねばなりません。

 じゃないと素足ちゃん家に強制送還とかされそう、というか絶対そうなる。

 

 お金はハゲからの給料がかなり残っているから問題なし。

 早速借家を求めてその手の店に突撃じゃあ!

 俺ってば一人暮らしとかするならロフト付きの部屋って決めてるんだ!

 

 

 悲報:俺って戸籍ないやん(白目

 

 

 やばいやばいやばい。

 寝泊り目的ならそれこそネカフェでも全然OKだけど、素足ちゃんにバレたら即終了や。

 素足ちゃん目線で立派な一人暮らしとか、今更だけどハードルたっけぇなオイ。

 別に素足ちゃんやママさんが嫌いとか、そんなんじゃ全然ないノーネ。

 特にママさん、ハゲが残した会社守らなきゃって思ってるから外では高圧的だけど、家庭に戻って身内の前に立つと、あんだけおっかなかった目尻が下がってホンワカさんになるんだもん。

 思うに、あの奇抜な髪型に厚化粧って、ママさんのなりの武装なんじゃなかろうか。

 そんなママさんが俺に心を許しているのは、気難しい素足ちゃんが心を許しているのもあるが、なによりも行方知らずだったハゲのことを知っているからなのだろう。

 最初、ハゲのことを知りたいって言ってきたママさんってなんか鬼気迫るものがあったんだ。

 それが、話すうちに表情が柔らかくなり、素足ちゃんもあんなママさんは久しぶりに見たとか。

 俺が居ればママさんの笑顔が増え、それを見て素足ちゃんが喜ぶ、そして俺は養われる。

 一見win-winな関係なんだけどね、それでも男として俺は年下に養われるつもりはありません!

 新生活が落ち着いたら手土産持参してお邪魔しますので、それまでの辛抱だぜ素足ちゃん!

 

 とはいえ、戸籍がないのでは部屋が借りれない。

 ならば贅沢は言わない、住み込みとかなら俺の男としての矜持が保たれると思うんだ。

 でもご飯とか自炊できるほどマメじゃないから、出来れば三食でてくるのが望ましい。

 そんな風に色々と条件を絞っているけど、これって全部素足ちゃんからOKもらうためだよね。

 なんか素足ちゃんがだんだん俺のオカンみたい思えてきちゃったぜ。

 

 そんな感じであーでもない、こーでもないと街を放浪。

 なんか時々っていうかかなりの頻度で視線を感じるけど、俺ってばそんなに不審者っぽいの?

 まあ悶々といかにも悩んでいる風だから近寄りがたいかもしれないけどね。

 このままではマジで補導されかねんと、一息ついた時だったと思うんだ。

 

 

 ○資  格  必要なし

 ○時  給  要相談

 ○仕事内容  デュエル講師の補助、他雑務

 ○そのほか  住み込みOK、三食おやつ付き

 

 

 とある塾の求人広告を見つけたのは。

 そして、その塾が俺とは無関係ではなかったのは、本当に運命という他ないのだろう。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ♪月∞日

 

 無事就職先が決まりました。

 遊勝塾っていう、おじさまの後輩が経営している塾でした。

 おじさまの娘でファン第一号のトマ娘が塾生でした。

 住み込み先の塾長の娘がファン二号でストロングなユズ娘でした。

 遅れて入塾してきたのがファン三号な宝石ちゃんでした。

 

 ふはははー、スゴイぞー(白目

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ♪月※日

 

 いやー、偶然って怖いなと思う今日この頃。

 無事働き先兼住み込み先が見つかったんだけど、なんの偶然なんでしょうね。

 此処って、俺のファン2号の父親が経営している塾で、ファン1号の学び舎だったんだ。

 しかも、俺の採用が決まった後にファン3号が来てそのまま入塾しちゃうとか。

 うん、ホント偶然ってこわいわー、マジオカルトだわー。

 

 そんなことがありましたが、俺氏今日から頑張って働くぞい!

 なんて気概はあっという間に消えてなくなりました。

 いやね、最初が肝心と仕事を覚えようと張り切りまくってたんだけどね。

 俺は甘く見てたんだ、ファンを持つっていうのがどういうことなのかを。

 

 

 お願いだからユズ娘や、俺の仕事盗らんといてくれへん?

 俺にこんな雑用させられない! とか、俺ってばそんな高尚な存在じゃないから。

 ごめんなさいトマ娘や、俺にエンタメデュエル教えてとかそんなの無理です。

 おじさまの一番弟子っていうのはね、口からでまかせです、だから無理なんだってば。

 これで何度目宝石ちゃんや、俺はあなたの家にはお呼ばれしません。

 あなたほど綺麗な瞳は見たことがない? パパに紹介したい? 俺の目って宝石扱いなの?

 

 

 紫キャベ娘とワン娘の相手してたからか慣れてたつもりだったんだけどね。

 女三人寄れば姦しいっていうけど、本当にその通り。

 ヤバいわこの三人娘、マジでぐいぐい来るんですけど。

 最初はあまりの熱血っぷりで若干引いてた塾長のテンションが心地よく思えるくらいですわ。

 

 後ね、実は俺ってば塾長にはかなり迷惑かけたみたいなのよ、いや俺だけの責任じゃないけど。

 聞けばね、俺が来る前に大量の入塾申し込みがあったんだって。

 でも、暫くすると入塾キャンセルの申し込みもまた大量にあったんだとか。

 元々暇があれば現役チャンピオンのおじさまが手ずから指導してくれたりもしてたんだけど、おじさまも忙しいから不定期だし、安定して塾生を確保できないからと常に経営は火の車。

 だから、今までは塾長と娘のユズ娘だけで経営が成り立ってたけど、そこへ大量の新規生徒。

 これは人手が回らんと求人募集を出したんだけど、結局それは無駄になってしまった。

 理由は簡単、未だおじさまの行方が掴めず、一番弟子を名乗る俺が遊勝塾と無関係だったから。

 二人から指導を受けられると思っていた連中は、俺達の不在に怒り、そのままキャンセル殺到。

 あまりのショックに塾長は落ち込み、求人広告の存在も忘れちゃってたんだって。

 

 最初面接に来た時はとにかく驚かれたよホント。

 そして、驚かれた経緯を聞いて俺は自分の安易な行動を恥じた、タダ働きも辞さない所存。

 でも、そんな俺に塾長は恨み言を吐く訳でもなく、挙句これで良かったのだと宣う。

 元々、遊勝塾はおじさまが地域の子供にデュエルを教えていたのが始まりで、後輩だった塾長はそんなおじさまに感化され、プロデュエリストの道を諦め、一緒に遊勝塾を起ち上げたんだとか。

 でも、暫くして気付いたんだって、塾長には指導や経営の才能がないって。

 正直、雇った俺の存在を前面に出せば、経営はV字回復、塾の規模も大きくなる可能性大。

 でも、それは同時に、塾生一人一人に接する時間の希薄化を意味する。

 勿論キチンとした体制が組めればそれらの問題も解決するのだが、塾長自身の気質といえばいいのか、街の小さな塾として少数の塾生と一緒に和気藹々とやるのが性に合っているそうな。

 だから君が気に病む必要はないと、そう言って俺を笑顔で励ましてくれたのである。

 

 もうね、アレだね、塾長マジ人格者。

 住み込みで食事も出るから生活費はほぼ必要ない、ハゲから貰ったお金はたんまり残ってる。

 だから、タダ同然の賃金でもいいので此処で働かせて欲しいと、俺ってば塾長に願い出ました。

 当然反対されたけど、俺には味方となる三人娘がいるのである。

 それに、なにも俺は塾長の話を聞いて絆されたからって理由だけじゃないのよ。

 俺ってばおじさまに任されたんだ、出来れば私の家族も頼むって。

 一方的だったし了承もしてないけど、それにメチャクチャ個人的な理由なんだけどね。

 おじさまの娘のトマ娘と、あと塾長の娘のユズ娘、似てるのよガキンチョ二人に。

 性格とか全然だし、似てるの顔立ちくらいなんだけど、ふとした時に重なっちゃうんだ。

 所謂代償行為ってヤツなんだろうけど、それでも俺には避けて通ることはできなかった。

 紫キャベ娘とワン娘に教えられない分、トマ娘とユズ娘に教えなくちゃいけないんだって。

 それにしても、日記でこんな風に言い訳してる俺をクロノス先生が見たらどう思うのかな。

 

 

 所詮はドロップアウトボーイに過ぎませんーノ、だったら自分の信じた道を貫くしかないーノ!

 

 

 一見貶してるようで実は励ましてる的な? うわー、クロノス先生だったらマジで言いそう。

 こんな感じでウジウジと日記に書き連ねている自分が情けなく思えて仕方がないぜ。

 俺ってばそう言うキャラじゃないし、それに次元移動装置が完成しないうちには動けないんだ。

 だったら、俺は俺に出来ることを精一杯やるしかない。

 ありがとう、脳内クロノス先生! 脳内でこれとか本物ってどんだけ偉大なんだよって話だぜ!

 よっしゃ! おらいっちょやってみっか!

 そんな感じで、明日の仕事も頑張ろうと張り切る俺なのだった。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ♪月×日

 

 朝一に素足ちゃんが来ました。

 案の定強制送還されそうになりました。

 俺氏断りました。

 

 

 ――教えてください! 私のどこがいけなかったのかを! 全部! 全部直しますから! 

 

 

 そしたら何故かこうなってしまったの巻。

 ゴメン意味わかんないよね、大丈夫俺も意味わかんないから。

 あのクールな素足ちゃんのあまりの剣幕に固まっている俺は、背後からやって来るもう一人の存在に気付かなかった!

 

 

 ――いなくなっちゃうの? お父さんみたいに、あたしを置いて……っ。

 

 

 おはようトマ娘、そして何故にお前も泣きそうになってんのよ。

 思考停止状態な俺から標的をトマ娘に移した素足ちゃんは、そのまま彼女に詰め寄った。

 そして始まる女のバトル。

 なんか俺の所属を巡って言い争っているんですが。

 やめて! 二人とも俺のために争わないで! なんて思ってたあの時の俺をぶん殴りたい。

 

 どうやら、俺ってばとんだロマンチストだったみたいだぜ。

 その時はあまりの事態に頭が追い付かず傍観決め込むだけだったけどね。

 こうしてトマ娘と素足ちゃんの言い争ってた内容を思い出してみると自ずと答えがでる訳よ。

 というか、なにゆえ気付かない俺のバカチン!

 

 素足ちゃんってば、ハゲのこと追って態々次元飛び越えるような娘なんだぞ。

 それなのに、結局ハゲは訳も話さずに素足ちゃんを拒絶したんだ。

 そんな状態の素足ちゃんに、俺は書き置きだけ残して碌に相談もせずに家を飛び出した。

 真面目な素足ちゃんのことだ、自分に原因があるとか考えてもおかしくないじゃんよ。

 トマ娘だって似たようなもんだよ、だっておじさま家族に黙って行っちゃったっぽいもん。

 他次元云々は他言無用、おじさまの行方だってそれは当然のように当て嵌まる。

 つまり、トマ娘ちゃんからしてみればある日突然おじさまがいなくなっちゃってことだ。

 今にして思えば、エンタメデュエル教えてって、トマ娘俺におじさま重ねてるよ絶対。

 

 二人からしてみれば、俺はいなくなった父親ポジ同然の存在。

 だから居なくなってほしくない、だから取り返そうと必死になる。

 うぉー! 目覚めろもう一人の俺! 千年パズルはどこじゃー! 闘いの儀して分離じゃー!

 なんて思ってる間に俺の所有権は勝者だと決定、あの俺の人権とかそこらへんどうなってんの。

 そんな感じに、当事者の筈の俺氏を置いてけぼりに二人はデュエルを開始した訳なんだけどね。

 

 

 

 

 えっ、チューナーってなに?

 えっ、シンクロ召喚ってなに?

 えっ、エクシーズ召喚ってなに?

 えっ、オーバーレイ・ユニットってなに?

 

 あれれ~、トマ娘ちゃんの持ってるカード、上と下で色が違って見えるような――。

 

 

 

 

 




オッ素「あの、私の登場シーンは?」
過労死「良いじゃないか、君は休めるんだから」


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日記10

 Α月Β日

 

 Q.カードを書き換えたんだけどどう思う?

 A.ふーん、それで?

 

 カードは創造したとか身近で頻繁に起こるんで別に驚かなくなってる俺氏です。

 こうして文章に起こすといかに奇天烈なことが起こってんだって分かるんだけどね。

 事実は小説よりも奇なりとはいうけど逆だね、慣れってホント怖い。

 カードは書き換えたとか不正以外の何物でもないのに当たり前のように受け入れてます。

 ははっ、俺如きがデュエルディスク様が下さったジャッジにケチつけるとかマジ何様。 

 それでね、第一回俺氏の所属を巡るデュエルだけどね、結果報告。

 

 

 デュエルディスクがぶっ壊れて試合中断しました。

 

 

 いやー、あのデュエルはホント俺の中の色々なものをぶっ飛ばす内容だったよ。

 元々融合デッキがEXデッキって呼び名に変わっているの疑問には思ってたんだけどね。

 素足ちゃんが呼び出したシンクロ、エクシーズモンスター?

 そりゃあんなのがいるんなら融合デッキなんて呼び名はおかしいわなって話ですわ。

 素足ちゃん曰く、まだ試作段階らしいんだけどそんなことはどうでもいいのです。

 今からでも遅くはない! トマ娘ちゃん俺と代わって! 素足ちゃんとやりたい!

 

 対し、トマ娘ちゃんは序盤から劣勢を強いられていた。

 今回のデュエルは突発的に行われたもの故に、通常のスタンディングデュエル。

 元来アクションデュエルを想定したトマ娘ちゃんのデッキには防御札が極端に少ないのだ。

 そこへ、素足ちゃんが繰り出すシンクロとエクシーズ、そして融合モンスター達。

 こらアカン、素足ちゃんの勝ちやわと、そう誰もが思ったその時。

 トマ娘ちゃんの首飾りことペンデュラムが光り、そしてカードが輝く。

 その見慣れた光景に俺氏空笑い、だが直後にデュエリストの視力で捉えた光景に俺氏覚醒。

 なんやあのカード! 上下の色が別々やん!? ペンデュラムスケール!?

 挙句の果てには上級モンスターをリリースなしで、その上複数同時召喚やと!?

 今からでも遅くはない! 素足ちゃん俺と代わって! トマ娘ちゃんとやりたい!

 

 しかし、そんなワクテカ感情は次の瞬間には吹き飛ぶことに。

 お楽しみはこれからだ! とテンションマックスなトマ娘のデュエルディスクがボンっと爆発。

 マジでか!? と慌てふためく俺氏は傍にあった水入りバケツをトマ娘にシュート。

 幸いトマ娘に怪我はなく、ほっとした途端にクチュンっと可愛らしいクシャミが。

 こらアカンとトマ娘を塾の風呂に放り込み、なんだかんだでデュエルは有耶無耶になったとさ。

 

 という訳で、俺氏改めて素足ちゃんとお話タイム。

 ハゲやおじさまの一件で身にしみているのに、同じ過ちを犯すとか俺ってばマジダメ人間。

 トマ娘の覚醒に頭が冷えたのか、対面に座る素足ちゃんはいつものクールな素足ちゃんでした。

 だがしかし、やっぱり素足ちゃんってば頑固者。

 俺が一人暮らししたい旨をそれとなく伝えてはみたんですけどね。

 私に養われることの何がいけないというんですか! って、頼むから落ち着いてクレイマン。

 アカンはこれ、下手に財力がある分否定の言葉が浮かばへんぜよ。

 こら攻め手を代えなアカンと、金銭面ではなく心情面で俺氏路線変更。

 年下で未成年な女の子に養われる俺の側から見た情けなさをプレゼンしてみたんだ。

 そしたら渋々、心情的にはNOだけど取り敢えずOKしかけた素足ちゃんだったんだけどね。

 

 ――だったらあたしん家に来なよ! お母さんも絶対喜ぶから!

 

 お願いだからトマ娘、話をややこしくしないで(白目

 お願いだからトマ娘、服着てタオル一枚とかおじさまに俺が顔向けできなくなるから(白目

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 Α月З日

 

 うわっ……トマ娘と素足ちゃん、仲悪すぎ……?

 

 俺氏の所属を巡る女の戦いから次の日。

 結果についてだが、引き続き塾長の許で厄介になることで落ち着いた。

 仮にトマ娘と素足ちゃんのどちらかに厄介になろうものなら絶対遺恨残るもん。

 あと、あの二人の相性だけど、水と油の関係です、つまり最悪ですはい。

 住まいは塾長のところだけど、二人の所には何度か足を運んでいるんだ。 

 というのも、素足ちゃんの所に行って確認取って、トマ娘の一家に打ち明けました。

 何をって? おじさまの行方についてだよ。

 

 仮にも一家の大黒柱がなんの前触れもなく失踪って、それを内緒とかムリゲーだろうよ。

 という訳で、素足ちゃんに了解を取って、一緒におじさまの家にレッツ&ゴー。

 そこでトマ娘とママンを交えて事情説明、最後におじさまを止められなかったことを謝罪。

 そしたらママンってば、あの人らしい……とか勝手に納得しちゃいました。

 トマ娘は年の所為もあり理解度は低いっぽかったけど仕方ないよね、デュエルで戦争とか俺だって今でも意味分かんないんだもん。

 とはいえ、これで取り敢えずは肩の荷が下りたぜ、おじさま俺に家族任せるとかどんだけよ。

 

 そして、そのままの流れで何故か夕食をご馳走になることに。

 舌が肥えている素足ちゃんも唸るレベルとか、トマ娘のママン料理ウマ過ぎ。

 そして、俺氏は久々の手料理に食って食って喰いまくっちまったぜ。

 アカデミアでは基本配食だし、素足ちゃん家はコース料理だったから食った気がしないのよ。

 そんな訳で箸が止まんないぜ! お代わりオナシャス! このエビフライほんと絶品っス!

 

 ――あんた家に来ないかい? 娘も絶対に喜ぶだろうし。

 

 お願いだからママン、トマ娘と同じこと言わないで(白目

 お願いだからトマ娘、話をぶり返さないで同調しないで(白目

 

 お腹が空いてそうな子を見ると拾いたくなるって、俺は犬猫ですかママンや。

 食事中ずっと俺のことニコニコしながら見ていると思ったらそんな理由からですか。

 ははっ、社交辞令ってことで受け取っておきます。

 だからね素足ちゃん、人様の家の箸をへし折るのやめてお願いだから。

 俺ってば塾長のとこに住むから、他のところには行かないから。

 

 以来、度々トマ娘と素足ちゃんの家に赴くことになった俺氏。

 トマ娘の家に行けば素足ちゃんが、素足ちゃんの家に行けばトマ娘がもれなく同行します。

 そんな交流が続くものだから、二人の親であるママンとママさんは自然と仲良くなりました。

 どちらも夫が別次元に単身赴任、だから気が合うんだろう、たまに二人で女子会しているし。

 そして毎度強制参加させられ夫への愚痴を零す捌け口になるのが俺の役目って訳よ(遠い眼

 

 

 素足ちゃんのママさんまじ泣き上戸、私の注いだお酒が飲めないの! って俺氏まだ未成年。

 トマ娘のママン言葉遣い汚ぇなおい、飲まねぇとシメんぞてめゴラ! とか俺氏まだ未成年。

 

 

 拝啓、遠い次元にいるハゲ及びおじさま。

 お願いだから早く帰ってきてください、俺の身が持ちませんから。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 Β月Α日

 

 悲報:最近ユズ娘の元気がない件について。

 

 デュエル塾を務める塾長の元に転がり込んで一月は経った頃だろうか。

 相変わらず閑古鳥が鳴いている遊勝塾だけど、塾の雰囲気は変わらず明るいもんです。

 最初は引いてた塾長のテンションだけど、今では逆に塾長がいないともの足りんぜよ。

 それに悪いことばかりではないんだ、未来の塾生候補とか見つかったし。

 休日にデュエルとか教えてたら塾に遊びに来て、そのまま居着いちゃったんだよね。

 赤青黄の信号機みたいなチビッコ達です、お兄さん元気のある子は好きだってばよ。

 

 そんな感じで塾の未来は明るいのに、ユズ娘の表情は暗いまんま。

 アレだろうか、宝石ちゃんと喧嘩とかしたのかな?

 あの二人ってトマ娘と素足ちゃんみたく喧嘩ばっかだけど、なんだかんだで仲良いし。

 デュエルの実力とか互角だから良いライバルになると思うんだけどな。

 

 宝石ちゃんで思い出したけど、なんかあの娘新カードのテスターになったんだって。

 話が変わるけど、なんと今いるスタンダード次元、融合モンスターって存在しないのである。

 というかEXデッキを用いた召喚法全部ないんだとか。

 よってシンクロやエクシーズも普及どころか存在すら知られていません。

 それを聞いた時は驚いたね、そして凹んだね。

 ストロングに勝てたのってEXデッキ使えたからじゃん、俺の方が全然有利じゃん。

 俺ってば実は強いんじゃね? とか自惚れてた過去の自分が恥ずかしくて仕方がありません。

 

 話を戻すと、EXデッキの普及による戦力増強を狙って新カテゴリを試作したのだとか。

 お前何処の天馬? って思った俺は悪くはない筈、別次元だから会長不在説が浮上しました。

 そんな訳でテスターを募集、俺氏落選、宝石ちゃん当選――ぢぐじょゔ!!

 マジでこれ呪いなんじゃないのって最近思うのです。

 新カテゴリ試したのに毎回手札事故起こして全然EXデッキ活用できないとかどゆこと!?

 開発が遅れてるシンクロはチューナー入れなきゃだから難しいけど、エクシーズなら俺のデッキにも無理なく投入可能だからってことで、何枚か試作されたもの試してみたんだけどね。

 毎度のようにEXデッキから消失して、デュエル後にEXデッキから見つかるのはどゆこと?

 素足ちゃんやトマ娘は問題なく使えるのになんで俺だけぇ!?

 こうなったらトマ娘が使ってたペンデュラムじゃあ! と意気込んだ訳なのだが。

 素足ちゃん曰く、ペンデュラムは使用方法が特殊過ぎて未だに生産できないんだとか。

 悔しそうだったね素足ちゃん、口には出さなかったけど、なんせトマ娘の象徴カードだからね。

 まあ、最初は格下だと思ってたトマ娘だろうに、近頃は徐々に勝率縮まってきてるし。

 その上、アクションデュエルだったら素足ちゃんよりもトマ娘の方が勝率良いから余計にね。

 

 現段階で試作可能だった三種のカテゴリのうち、宝石ちゃんが選ばれたのは融合。

 いやぁ、あの時の宝石ちゃん本当に嬉しそうだったよ。

 真っ先に俺に報告するとか、その上俺のデュエル見た時からずっと融合に憧れてたとか。

 しかも、選ばれた融合カテゴリが宝石ちゃんにどストライクときたもんだ。

 トマ娘や素足ちゃん家にお呼ばれしたし、今更な問題だと俺氏宝石ちゃん家で祝賀会開催。

 その時はユズ娘、普通に宝石ちゃんのこと祝ってたんだけれど。

 

 うーむ、こうして日記を書いてみたが、もう少し振り返る必要があるみたいだぜ。

 最近あったことといえば、宝石ちゃんの新デッキにユズ娘がコテンパンにのされたとかだろ。

 他には素足ちゃんにフルボッコにされたとか。

 後は、最初は互角だったトマ娘がペンデュラムを創造してからは一度も勝ってないとか。

 

 

 ――あれ? もしかしてユズ娘って最近負けっぱなし?

 というかこのシチュエーション、もしかしなくてもあの時と同じなのでは――。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 その日、柊柚子は最高にツいていた。

 

 

「天上に響く妙なる調べよ! 眠れる天才を呼び覚ませ!」

 

 

 召喚されたエースモンスター。

 直後の直接攻撃が決まり、相手のLPを削り切り、そして勝利が確定。

 あと一勝、あと一勝でようやく手にすることができると、柚子は興奮を隠せずにいた。

 

 そのチラシを目にしたのが、全てのツキの始まりだった。

 それは、近々開催予定のデュエル大会。

 それ自体はよくあるイベントの一つだったが、柚子の琴線に触れたのは優勝賞品。

 そこに記されていた一文は、地獄に垂れてきた一本の糸に等しい価値を秘めていたから。

 

 

 ――優勝者にはレオ・コーポレーション社製の試作融合モンスターをプレゼント!

 

 

 柚子は強くなりたかった。

 幼馴染は唯一無二のカードを、知り合いの社長は多種多様なカードを。

 そして、ライバルだと思っていた少女はずっと焦がれていた融合モンスターを手にした。

 柚子だけが、一歩も成長できないままなのだ。

 それを象徴するように、最近の彼女等からは一度だって白星を勝ち取ったことがなかった。

 挙句、仮入塾中の子供達にまで黒星を付けられるという事態が、柚子を更に追い詰めた。

 

 柚子は強くなりたかった。

 自分だけのカードが欲しかった。

 なによりも憧れの彼に少しでも追い付きたかった。

 

 融合、シンクロ、エクシーズ、ペンデュラム――。

 アクションデュエル王座決定戦以来、この世界にはEXデッキの存在が認知された。

 実際に世間が知るのは融合のみであり、柚子が他を知っているのは幼馴染がペンデュラム召喚を編み出し、他の二つの召喚法については赤馬家と交流を持つが故に知り得たことだったが。

 だが、EXデッキの存在もさることながら、それ以上に皆の心に刻まれた存在がいた。

 今でも思い出す、夢物語だけの存在だったHEROが現実の世界に颯爽と登場したみたいだった。

 子供がそのまま大人へ成長したみたいな、そんな彼に世界が熱狂したのだ。

 他三つの召喚法を差し置き、融合モンスターの試作カードが真っ先に製造された理由もそれだ。

 柚子も皆と同じ、というか身近で彼を見てきた分、その感情はより大きいものといえる。

 強さを求め、憧れの彼に追い付きたいと願う柚子が融合召喚を求めるのは当然の帰結だろう。

 

 そんな時、偶然目にしたチラシに柚子が飛びついたのはごく自然の衝動だった。

 優勝賞品の融合モンスターがなんなのかは不明だが、何もしないままでいられるわけもなく。

 とはいえ、本来なら柚子程度の実力では大会を勝ち進むのは万に一つもあり得なかっただろう。

 だが、開催者は参加者全てにチャンスを与えようとハンデを設けた。

 対戦相手と比べ、一定以上の年齢差がある場合には相手側の初期LP半減。

 なによりも、かつてないほどに円滑に回転するデッキが、柚子を決勝へと後押ししたのだ。

 今日の自分はツいている、だから勝てる、負ける筈がない。

 そう思って、向かいの建物で行っているもう一つの準決勝のデュエルの観戦に向かった柚子は、

 

 

「これで終わりだ! ――地球灼熱斬(アース・マグナ・スラッシュ)!」

 

 

 その声を聞いた瞬間、己の敗北する未来を幻視する。

 

 

「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ!」

 

 

 決勝戦の相手――アクションデュエル・現役チャンピオン。

 柚子にとっての憧れであり己の恩師でもある、真っ赤なジャケットを羽織った青年だった。

 でも、だからこそ柚子は諦めることができた。

 純粋にデュエルを楽しむ、他ならぬ彼が対戦相手だから、自分なりに精一杯楽しもう。

 負けることは悔しいけれど、それ以上に彼とのデュエルは純粋に楽しい。

 それに、仲間内では彼と公式戦でデュエルしたのは自分が初めてなのだ。

 皆に自慢してやろうと、そんな風に自分の自尊心を守りながら、柚子は青年とデュエルした。

 

 ――だけど。

 

 

「――――えっ?」

 

 

 勝ったのは、優勝したのは――柚子だった。

 まさかの番狂わせに、観客達のざわめきが会場を埋め尽くす。

 だが、結果は結果、表彰式は滞りなく行われた。

 表彰台の天辺に登り、自分よりも下の台に立つ、自分の目線よりも高い彼を見上げ続ける。

 準優勝賞品である、彼のデッキとは相性が良いとはいえない白黒のドラゴンのカードを、最初は驚きながらも、次の瞬間には嬉しそうに受け取った姿を、ずっと、ずっと、ずっと――。

 

 

「…………っ!!」

 

 

 無性に自分が恥ずかしく思えた。

 だって、どう考えても彼の目的は自分と同じ優勝賞品。

 にも拘らず、準優勝などに甘んじたのは、彼が柚子に情けをかけたから。

 デュエル中、彼の代名詞である融合召喚を一度も行わなかったことからも、それは明白。

 

 

 ――幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ。

 

 

 そして、彼の思惑は無事成就することになった。

 示し合わせたように、優勝賞品として渡されたカードの素材は柚子のカテゴリと合致する。

 例え彼が優勝したとしても、このカードは彼にとっては無用の長物。

 ならば、ここは彼の厚意に甘え、自分だけの融合モンスターを手にするべきなのに。

 柚子は差し出されたカードを受け取ることができなかった。

 

 惨めだった。

 それ以上に、彼にそんな真似をさせた自分の弱さが情けなかった。

 彼の戦歴に黒星という消えない汚点を付けてしまったことが恥ずかしくて仕方がなかった。

 なによりも、デュエル中の彼はずっと苦しそうな表情を浮かべていたから。

 その原因が、情けない自分を勝利させるために手加減をさせてしまったから。

 目標とした彼のデュエルを、大好きな彼の笑顔を、自らの手で貶め、曇らせてしまったから――

 

 気付けば、柚子は駆け出していた。

 あれだけ望んでいた優勝賞品を受け取らず、表彰台から、デュエル会場からも。

 そして、後ろから投げ掛け続ける、憧れの彼の声からも、まるで逃げるかのように。

 

 

 

 

 




白黒のドラゴン……ヤツは一体何者なんだ……?

そして、祝≪スカイスクレイパー・シュート≫のOCG化決定!
最近次々とOCG化されていく懐かしいカード達に作者は大満足なり。


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日記11

 Β月±日

 

 日記って素晴らしいねと思う今日この頃。

 最近のユズ娘の落ち込みように心当たりがあった俺は、過去を振り返るべく日記を読み返した。

 そして見つけた、今回のユズ娘に類似した事件を。

 

 ワン娘失踪事件の時とまんま同じやん!?

 

 顔立ち似ているけど、なにもこんなとこまで似なくても。

 要するに、身近な人達の急成長に、自分が成長していないみたく感じちゃったってことだ。

 今回の場合なら、身近な連中とはトマ娘であり素足ちゃんであり宝石ちゃん。

 特にトマ娘は幼馴染だし、宝石ちゃんなんてライバルだもん。

 ワン娘の時とは別の意味で焦り感じちゃうのは仕方がないと思うのです。

 

 という訳で、俺氏原因解決に奔走開始。

 要するに、ユズ娘に自分は成長しているんだって自覚してもらえばいいんだってばよ。

 だけど、あの時みたくデュエルで解決するのってリスク高いと思うんだ。

 結果的にワン娘立ち直ったけど、下手したらあのまま潰れてたかもだったんだし。

 ならば残された手段は一つ、新カードを入手して戦力強化しかないぜ!

 ここで新カード創造すればよくね? と思った俺氏マジでデュエル脳。

 

 そしたら、なんの偶然なのかね。

 近々行われる大会の優勝賞品がユズ娘の扱うカテゴリに合致する融合モンスターとの情報入手。

 というか、大会主催者、素足ちゃんとこの会社なんですけど。

 だったら融通聞かせてくれてもとか思ったんだけどね。 

 宝石ちゃんも新カードのテスターは実力で勝ち得たし、友達贔屓はダメ絶対ってことですか。

 付き合い長いから俺は誤解せずに済んだけど、やっぱりあの娘口下手で誤解されるタイプ。

 

 とはいえ、知ってしまった以上何もしないわけにもいかない訳で。

 それとなぁく本人の目に付く所にチラシを置き、大会に出れるように誘導。

 狙い通り、大会に参加するユズ娘に続いて俺氏もエントリー。

 いやね、もしユズ娘が負けても万が一、俺が優勝とかしたら優勝賞品ゲットできるじゃん。

 今なら分かるぜクロノス先生の気持ち、教え子のために何かがしたいって。

 

 しかし、結果的に俺氏の考えは杞憂に終わった。

 会場が別だったから知らなかったけど、なんとユズ娘決勝に進出、ついでに俺氏も進出。

 つまり、どっちが勝ってもユズ娘の願いは叶うって寸法よ。

 ならばと俺氏、ユズ娘が現時点でどのくらい成長してるか確認するために全力で当たる所存。

 という訳で合意とみてよろしいですね! それではロボトル――じゃなくてデュエルフェイト!

 

 

 フェザー・ストーム

 バースト・インパクト

 クレイラップ

 バブル・ロッド

 ワイルド・ハーフ

 

 

 ――なんだ、この手札は?

 

 

 カードエクスクルーダー

 

 

 オイオイこれじゃ……Meの負けじゃないか!

 どどどどういうことなのーネ!? なんだこの致命的にかみ合わない手札はザウルス!?

 こらアカンと防御札求めてアクションカードを探すも、全部が全部アクション罠。

 今日の俺ってば厄日な訳!? 他のデッキならともかくマイデッキでこんなの初めてやぞ!

 やっと手札に舞い込んだHERO同士で融合――しようとするが該当カードがEXにないです。

 ペペロンチーノ!? EXデッキの上限15枚を毎回適当に選んでるのが原因でアール!?

 EX枠がデッキよりも多いという二十代デッキあるあるがここにきて響いてきたぜ。

 

 勝敗をお知らせします――俺氏敗北なり。

 べ、別にいいし。ユズ娘が勝って自力で優勝賞品ゲットした訳だし。全然悔しくないし。

 まさかのマイデッキの反抗期に落ち込む俺氏は、ションボリしながら準優勝賞品ゲット。

 なんかメッチャ厨二臭いドラゴンだけど、なにこれ全力で俺のデッキ殺しにきてる。

 とはいえ、俺のデッキ他にドラゴン一枚しかいないし、しかもそいつ物理的に召喚不可能だし。

 今までの傾向から言って絶対手札にこないだろうけど、もう一枚のドラゴンが寂しがるし、一応自力で入手した、主人公カード以外では初めてのカードだし、ということでデッキに投入。

 最初に謝っておくよ厨二ドラゴン、君が召喚されることはたぶんというか絶対ないから。

 

 そんな風に新しい仲間の参入の感慨に浸っている俺はこの時、ユズ娘の異変に気付かなかった。

 うおーいユズ娘! お前何処行くそして優勝賞品は!?

 ユズ娘にカードを届けるという名目で優勝賞品を預かり、それいけユズ娘の元へ。

 早々に見失ったり、俺自身が道に迷ったり、そんな感じだけど遂にユズ娘発見したんだけどね。

 

 

 ――けしからぁん!!

 

 

 ゆ、ユズ娘見失って!! あと迷子になって!! そして到着が遅れてすんませんした!!

 突然のお叱りに俺氏反射的に謝罪、あとなんかユズ娘以外にもいるんですけど二人ほど。

 一人は見覚えがあります、というか俺の準決の対戦相手だあの娘。

 やたら動作が大仰で、その言動は俺に奴を彷彿とさせた。一、十、百、千、万丈目サンダー!

 その娘が柳眉を逆立てユズ娘に詰め寄ってるのを、もう一人の女の子が止めてんだけどね。

 なにあの娘、鉢巻きに下駄に恰好スケバンとか、素足ちゃんのママさんに匹敵する第一印象。

 

 

 ――憧れているのなら! 手加減させてしまったことを悔いているのなら! 逃げてはイカン!

 

 

 ど、どういうことだってばよ?

 パッと見、サンダー似の娘がユズ娘に詰め寄ってて、それをスケバンが止めてる構図。

 でも、スケバンが叱っているのはサンダー似の娘じゃなく、ユズ娘。

 冗談抜きで本当にどういうことだってばさ!?

 

 

 ――あの御方に付けた黒星に相応しい強いデュエリストになれるよう精進すればいいのだ!

 

 

 完全に出ていくタイミングを失いました。

 あの、なにこの空気、そしてユズ娘の覚悟完了! 的な瞳は一体なんなの。

 あまりの迫力にビビるサンダー似の娘、ついでに俺氏。

 だがしかしこれはチャンスだ! ここだ! 登場するなら此処しかない!

 

 

 ――受け取れぇ! ユズ娘!

 

 

 こんな時のためにと密かに詰んでました、カード手裏剣の練習。

 それを指で挟むクールキャッチで余裕に掴んだユズ娘まじストロング。

 受け取った優勝賞品に目を見開き、こちらを見るユズ娘に俺氏グッと親指突き立てる。

 うん、まるで意味が分からんけど空気読んで分かったフリしときます。

 そのままデュエル開始、そして見事融合召喚したモンスターでユズ娘勝利。

 決勝で戦った時以上のユズ娘のプレイングに、強くなったなぁと全俺が感動するのだった。

 

 で、結局なんでユズ娘はデュエルしたの?

 で、結局なんでサンダー似の娘はユズ娘にデュエルを挑んだの?

 で、結局なんでスケバンはユズ娘を叱ったの?

 

 未だに置いてけぼりの俺に、ユズ娘が差し出してきたのはブレスレット。

 私が強くなるまで預かっててって、絶対に貴方に相応しいデュエリストになるからって、あのユズ娘やお願いだから俺と言葉のキャッチボールしてくれない?

 というかこのブレスレット、ユズ娘が肌身離さずつけてた奴じゃん。

 返そうとする俺氏、私が勝ったら返してもらいますとユズ娘にっこり。

 それは憑き物が落ちたような、久方ぶりに目にしたユズ娘の心からの笑み。

 その笑顔が、あまりにもワン娘とそっくりだったものだから――

 

 うん、感極まって抱き締めちゃったZE!

 突然のことにパニくる仕草までそっくりなもんだからもうギュッと、ギュウっとね。

 当然のようにユズ娘赤面、どこからともなく取り出したハリセンで俺氏星になる。

 後日、謝罪に赴く俺は、ならばとユズ娘のブレスレットを肌皆離さずに付けることを約束。

 

 うん、ユズ娘の希望でブレスレットに紐通して首から下げてみたんだけどね。

 うわー、俺ってば似合わねー。

 でもまあ、ユズ娘嬉しそうだし、これで良かったんだろうと思う俺なのだった、マル。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇ 

 

 

 

 

 

 Β月×日

 

 道場破りがやって来た。

 ごめん嘘だわスケバンの格好した娘と、彼女に首根っこ掴まれたサンダー似の娘です。

 

 突然の来訪に戸惑う俺とユズ娘に、スケバンはサンダー似の娘を俺等の前にぽいっと。

 なんでも、先日の一件の事で話したいことがあるんだって。

 ちょうどよかったよ、結局俺ってばユズ娘に聞けずじまいだったし。

 

 1.ストロングとの試合を観戦していたサンダー似の娘、俺氏のファンになる。

 2.俺に会いたいと探すが見つからず、偶々参加した大会で俺氏と試合、本人大満足。

 3.決勝でまさかの俺氏敗北。

 4.ユズ娘不正したんじゃね? だって決勝の時の俺氏明らかに事故ってたし。

 5.俺氏に代わってお仕置きよ! と奮起し、ユズ娘にデュエルを挑む。

 

 わーい、俺氏のファンが増えたぞーい(棒

 ゴメン後でちゃんと謝るからマイデッキとちょこっとだけO・HA・NA・SHIさせてくんない? 

 なんで決勝の時事故ったの? ねえ反抗期? ていうかどんだけ俺に勝たせたくなかったの?

 原作主人公のファンデッキなんだから事故って当たり前の構築だって?

 俺は今までマイデッキ使ってで事故ったこと一度もねぇんだよ!

 EX枠だって今まで適当に突っ込んでたらピンポイントで使用できたんだよ!

 チクショウ文章に起こしたら全部俺が悪いみたいに思えるじゃねえかホントごめんなさい!!

 

 当人同士はデュエルをして和解したからと気にしてない風だったのがせめてもの救い。

 しかし俺氏、このままスルーする訳にもイカンと、俺に出来ることなら何でもすると約束。

 そしたらサンダー似の娘ってば、俺にデュエルを習いたいと懇願。

 お安い御用だと、常備している入塾用紙をプレゼントする俺ってほんとバイトの鏡。

 費用はこのくらい、必要事項記入してね、あと親御さんからのサインも必要なり。

 ところでスケバンの娘は体験入塾とかしてみない? あ、道場の跡取り娘なのそりゃ残念。

 

 というわけで、宝石ちゃんに信号機トリオ次ぐ第五の塾生ゲットだぜ!

 約束するよサンダー似の娘――否! 今日から君は二代目サンダーだ!

 昨日の君は過去のキミ! 今日を持って君はネオでニューなキミに生まれ変わるんだ!

 そうと決まればまずは君に合うカードを探さなくちゃ!

 俺のオススメはオジャマとアームドとユニオンの混合デッキなんだけどどうかな?

 そんなデッキ構築で回せる訳がないって?

 大丈夫俺も似たようなデッキ構築だけど普通に回せるから余裕余裕。

 

 よっしゃ行くぞ二代目サンダー俺に続けぇ! 

 この街の何処かにある筈のカードが捨てられた井戸探すんだなこれぇ!

 カードは拾った(キリっ

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 Β月◎日

 

 なんかこう、物足りなさを感じている気がする。

 住み込み先での生活にも慣れ、入塾者も増え経営も回復、彼女達との仲も良好。

 でもなんだろう、このポッカリと空いた、ふとした瞬間に空虚な気持ちになるのは。

 

 こんな時には気分転換だと、日の出前から近所へ釣りに。

 クソ眠かったけど、こうでもしないと一人になるとか無理ゲーなのよね最近。

 トマ娘とか素足ちゃんとかユズ娘とか宝石ちゃんとか二代目サンダーとか信号トリオとか。

 うん、慕われるのは嬉しいんだけど、俺ってばアレだから、年上のお姉様好きだから。

 ママさんとママンの女子会に誘われた時とかメッチャ張り切っちゃったのはいい思い出。

 ホントあの二人人妻じゃなかったらヤバかったわ、お姉様オーラで俺氏陥落してたわ。

 トマ娘と素足ちゃんが俺を挟んでガン飛ばし合ってたから全然楽しむ余裕なかったけどね!

 お願いだから二人とも仲良くしてくれないかなぁ喧嘩しないでさぁ!?

 

 ふぅと、浮きを見詰めながら過去を振り返る俺氏。

 カランコロンと、その音が聞こえたのはそんな時でした。

 後ろを振り返れば、朝日に照らされ光り輝くスケバンが――ふつくしい……!!

 

 曰く、日課の早朝ランニングなんだとか。

 ご精がでますねぇと何故か敬語で話してしまうのは何故なのかしら。

 そんな風に二、三会話を交わし、釣りを再開しようとする俺氏の隣にスケバン着席。

 あのっ、ボクお金とか持ってませんよとカツアゲを恐れ年下にビクビクする俺って……。

 だがしかし、それは全て杞憂に終わった。

 

 悩みがあるなら、自分なんかで良ければ相談に乗りますって――!!

 もしかしなくても顔に出てたの俺ってば恥ずかちー!?

 だが、気付けば俺は胸の内を吐き出していた。

 相手は年下で、知り合い程度の関係で、その上俺は自分の中の悩みを理解しきれていない。

 でも、なんでだろう、俺はスケバンに打ち明けていたんだ。

 たぶん、外見ではなくスケバンの中身の頼もしさに、何時の間にか惹かれていたんだと思う。

 

 スタンダードに来てから色々あった。

 本当に色々あって、でもたくさんの人に出会えた俺はすんごい幸せ者なんだと思う。

 でも、ふとした時に思っちゃうんだ。

 此処は大都会で、皆がデュエルを楽しんでて、それこそ争い事とは無縁の平和な世界。

 それこそ、俺が元いた現実世界と同じといっても過言じゃない。

 だけど、やっぱり俺ってば戻りたいんだ。

 田舎っつーか絶海の孤島で、生徒が実はデュエル戦士で、今思えば物騒な所だったんだけれど。

 うん、俺ってば早く融合次元に戻りたいとか思っちゃってるんだね。

 

 勲章おじさんに会いたい。男前ヒロインに、あざ娘に、運命ちゃんに、皆の所に戻りたい。

 あと、ハゲはやっぱりぶっ飛ばしたい。そしてマッドには二度と会いたくない。

 んで、ガキンチョ二人には謝らなくちゃだし、勝手にどっかに行ってごめんって。

 

 そんな俺の話を、スケバンはずっと黙って聞いてくれた。

 話の半分以上理解不能の筈だし、気の利いた言葉をくれた訳でもない。

 ただ黙って、俺が話終わるまで、耳を傾け続けてくれたんだ。

 いやー、お蔭でスッキリしましたわー!

 ランニング中にゴメンねと謝る俺氏に、気にしないで欲しいとスケバンがニッコリ。

 

 ――瞬間、ズキューン! と俺氏の心臓が撃ち抜かれた。

 

 皆にも覚えがある筈だ。

 見た目不良のキャラがふとした瞬間に見せる優しさに惹かれるシーン。

 正直、スケバンには初対面から怖いイメージしか抱いていなかった。

 ユズ娘のこと思いっきり怒鳴ってたし、二代目サンダーを屈服させてたし。

 だが、実際に接してみればどうだ。

 礼儀正しく、儀を重んじ、なによりも母性すら感じさせる包容力と漢な頼もしさ。

 言うなら、ママさんとママンに勲章おじさんの良いとこ取りをしたみたいな。

 

 そうか、無意識のうちに俺ってば求めていたんだ。

 融合次元でいう勲章おじさんポジ、言うなれば頼れる大人という存在を。

 実年齢こそ年下だが、早熟かつ醸し出すオーラがまるで同年代か年上と接しているみたい。

 こりゃスケバンなんて日記であっても記せんわと、この場を借りて新しい呼び名を考案now。

 彼女に別れを告げ、常備しているペンと日記にこれまでの顛末を記し、いざ――。

 

 

 ――姉御?

 確かにそう呼ぶにふさわしい風格の持ち主だがこれじゃあいきなり過ぎる。

 

 ――ゴンちゃん?

 確かに年下だから何の問題もないんだけど気安すぎではなかろうか。

 

 ――お館様?

 何故だろう、彼女とヒートアップし殴り合いに発展する光景を幻視してしまうのは。

 

 

 かつてこれほどまでに頭を悩ませたことがあっただろうか。

 いきなり過ぎず、気安すぎず、最低限の親しみがあり、その人の素晴らしさを醸し出す渾名。

 

 

 ――ゴンさん

 

 

 キタコレ。

 スケバンもとい、彼女をゴンさんとお呼びすることに決まった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 Β月Δ日

 

 俺のデュエルディスクが故障した件について。

 やはり信号機トリオとフリスビー代わりにして遊んだのがマズかったようだ。

 アカデミアの倉庫から借りパクして以来苦楽を共にした相棒の一大事に立ち上がる俺氏。

 スタンダードのくの字型も良いが、俺個人としては融合次元の男心を擽る剣型を勧めるね。

 一番はクロノス先生とお揃いのデュエルコートだけど。

 アカデミア中を血眼になって探したが結局見つからず失意に沈んだのは今でも忘れられません。

 

 そんな訳で、素足ちゃん家に入り浸る影響か、やたらとメカに強くなったトマ娘に修理を依頼。

 待つ間、遊びに来ていた信号機トリオにデュエルをせがまれたのでテーブルでデュエル。

 元居た世界だと当たり前のテーブルデュエルなのに、やたらと懐かしく感じるのは何故かしら。

 遅れてやって来たユズ娘も加わり、和気藹々とした時間を過ごしていたんだけどね。

 血相変えて俺のデュエルディスクを突き出してきたトマ娘による終了のお知らせ。

 致命的な故障でも!? と突き出されたマイデュエルディスクに表示された画面を焦り見る。

 

 

 

 

 ――移動先の次元を選択してください。

 

 

 

 

 




次回、エピローグ。





――スタンダード次元編が。


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日記12

 ∇月Δ日

 

 ビビった。

 何がって、俺のデュエルディスクに次元移動の機能が備わっていることがだ。

 

 素足ちゃんの会社の頑張りを知っている身としてはもう脱帽の域。

 だってね、スタンダードの次元移動装置って一室を占領する位のデカさなんだもん。

 それが、ちょいデカめの携帯サイズで可能なんだからもうね。

 俺のデュエルディスク明らかに型落ちっぽいのに、ほんとアカデミアの科学力は次元一ぃ!!

 

 とはいえ、これで融合次元に即レッツ&ゴーという訳にもいかんのですよ。

 というのも、スタンダードから融合次元への次元間にはプロテクトが掛かっているのだとか。

 詳細は不明だが、とにかく現状のままでは融合次元へはいけない。

 だが、この点についての解決策はある、というかおじさまが既に実践済みなのよね。

 ズバリ、別の次元から融合次元へ向かえばいいのだ。

 でも、これには移動先の次元に次元移動関係の技術がなければ積みという問題があった。

 だがしかし! まるで全然! 俺のデュエルディスクに掛かれば関係ないんだよねぇ!!

 

 ぶっちゃけ、次元移動装置の開発で一番難航してたのって、装置の携帯化なんだよね。

 移動先の次元に次元移動関係の技術がないのなら、こちらから持ち込めばいい。

 だけど、スタンダードにある次元移動装置は据え置き型、持ち込むにもサイズがデカ過ぎる。

 他にも燃料面とか量産面とか、問題など挙げればキリがない。

 だが、そういった問題も全て、メイド・イン・アカデミアのデュエルディスクで問題解決。

 携帯可能、燃料はデュエルエナジーだから供給可能、仕組みが分かれば量産もOK。

 ……うん、聞き覚えがあるっつーか意味不明なのがあったが、この話題には触れないでおこう。

 ハゲってばプロフェッサーって呼ばれてるけど、前任者がコブラとかないよね……ないよね?

 

 早速素足ちゃんの会社に俺氏のデュエルディスクの解析を依頼。

 開発班の人達ってば行き詰ってたんだろうね、後でドン引きするくらい感謝された。

 だけど、社長の素足ちゃんってば浮かない顔。

 次元移動機能を発見したトマ娘なんか、犯罪者になっちゃったみたいに罪悪感一杯だったし。

 泣きそうになるトマ娘を慰めるユズ娘なんか、逆に泣いちゃったりとかさ。

 

 ボクなんのことだか分かんなーい? 

 などとほざくつもりはない、というかいい加減俺ってば学習してんだ。

 融合次元へ渡る方法を手に入れた。

 だから、俺がスタンダードにいる理由もなくなった。

 皆とお別れをする時が、あまりにも唐突にやってきてしまったんだ。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ♪日℃日

 

 マイデュエルディスクの解析が終了した。

 量産化は時間が掛かるが、逆に言えば問題は時間だけだった。

 素足ちゃんからデュエルディスクを受け取った俺は、すぐに出発の準備に取り掛かった。

 

 何か言いたそうにしていた素足ちゃんに、俺は先手を打つ。

 それは、素足ちゃんがおじさまに語った内容。

 融合次元のデュエル戦士に真っ向から立ち向かえば、スタンダードでは太刀打ちできない。

 次元移動技術についてもそれは同じ、型落ちのデュエルディスクにすら敵わないのだから。

 よって、こちらから攻め入ればスタンダードの敗北は必須。

 だが、防衛戦でなら、アクションデュエルで対抗すれば、勝機はある。

 

 淡々と、論理的に為される説明に素足ちゃんが言葉を挟むことはなかった。

 だけど、頭では納得しても、きつく握られた拳が、感情が、それを受け入れることを拒む。

 素足ちゃんとて分かっているんだろう、俺を止める理由がないことに。

 現状、他次元に渡るメリットといえば、精々が偵察程度。

 融合次元の情勢に詳しく、EXデッキに、特に融合関係への造詣に深い俺以上に適任はいない。

 なにより、融合次元へ戻りたいという俺の想いを一番知っているのは素足ちゃんだから。

 

 俯く素足ちゃんの頭に手をやり、俺は彼女にもう一度約束した。

 絶対に感動の親子の再会をプロデュースしてやるって。

 融合次元に渡り、単身赴任中のハゲをぶん殴り、スタンダードまで引き摺って来るって。

 だから大丈夫、もう一度会えるから、だから泣かなくていいって。

 

 ありがとうございます――。

 泣き笑いでそう言う素足ちゃんに、俺は改めてハゲに会わせてやることを誓うのだった。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ε日≫日

 

 決戦前夜、という訳ではないんだけどね。

 翌日に他次元に渡る俺のために、皆がお別れ会を開いてくれた。

 次元戦争云々を吹聴する訳にもいかないので、遠くに旅立つってことにって名目だけど。

 だが、行先までは考えていなかったけどどうしよう。

 咄嗟にクラッシュタウンとか言っちゃったけどそんな町あるわけ――えっ、あるの?

 

 場所は住み込み先の塾にて行った。

 ホントお世話になりましたと俺氏、塾長にぺこり。

 家族を除けばおじさまの失踪を悲しんでいた塾長一家には事情は説明済み。

 ガイ先生――じゃなくて塾長! あなたの青春魂! 俺ってば絶対に忘れないぜ!

 塾長と熱いハグを交わし、そんな感じに、集まってくれた皆とそれぞれお別れをする俺氏。

 

 

 宝石ちゃん、ユズ娘とはこれからも仲良くしてあげてね。

 ――ユズ娘次第だって? さすがはワン娘に匹敵するツンデレ、素直じゃありませんなぁ。

 

 二代目サンダー、夢のオジャマとアームドとユニオンデッキを完成させられずにスマヌ。

 ――代わりにダーツ帝妖仙獣魔界劇団デッキが完成間近とな? なにそれしゅごい。

 

 ゴンさん、今までお世話になりましたぁ! ユズ娘と和解できたの貴女様のおかげです!

 ――クラッシュタウンでもお元気でって、それ嘘ですでもホントのこと言えないんですぅ!?

 

 信号機トリオも達者で暮らせよ、君達なら立派な少女探偵団になれるから。

 ――痺れるくらい意味不明? 大丈夫、そのうち分かる日がくるさきっとたぶんめいびー。

 

 

 ママンとママさんの手料理にも俺氏大満足。

 ママンの手料理が素晴らしいのは知っていたが、ママさんも料理作れたんだね。

 明らかにママンが作ったのとは異なる歪な形のところとかあるし、ママさんの手とか絆創膏だらけ。

 ふっ、そこに触れるほど俺は野暮じゃないぜ。

 不器用なのにママンに習って一生懸命作ったママさんの手料理だぜ満足するしかないだろうよ。

 それにしても、本当にママさんってば馴染んだね良い意味で。

 トマ娘のママン繋がりで色んなママ友できたって言ってたし、良きかな良きかな。

 なんでそんなこと知ってるんだって? 素足ちゃんが逐一嬉し気に報告してくるからです。

 

 だが、肝心の素足ちゃんの姿が見えない。

 先日の一件以来、なんだかんだで顔合わせてないんだよね。

 ママさんにも尋ねてみたが、最近研究室に籠りっぱなしなんだとか。

 キチンとお別れを済ませたかった身としては、色々と心残りなお別れ会になりそうだぜ。

 

 そんな風に思いながらも、山のように築かれたエビフライの攻略に差し掛かる俺氏。

 そして、そんな俺氏に声を掛けてきたのは、最近ずっと沈み込んでいたトマ娘とユズ娘。

 おいおいそんな風に落ち込んでばっかじゃなくて今日という日を楽しもうぜ。

 仕方のない奴めと皿に料理を盛って差し出すが、受け取りを拒否され沈み込む俺氏。

 間髪を容れずにデュエルを申し込んでくるが、今はそれどころではない、料理が冷める。

 他次元に行くってことはな! 当分はママンの料理が食えないってことなんだぞ!

 だから今日の俺氏は食い専です! 食い納めこそが本日の俺氏の最優先事項――

 

 

 ――恩返しデュエルがしたいんだ!

 

 

 なん……だと……!?

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

「究極の輝きを放て! シャイニング・シュート!」

 

 

 終わりたくない。 

 

 

「へへっ、ユーヤ相手にこいつを見せる時が来るとは思わなかったぜ」

 

 

 もっともっと、このデュエルを続けたい。

 

 

「俺はこれでターンエンドだ」

 

 

 別れたくなんてない。

 

 

「さぁ、ユーヤのターンだぜ!」

 

 

 このデュエルが終われば、彼は手の届かない場所へ行ってしまう。

 だから、その前に見て欲しかったのだ。

 この日のために準備した新しいデッキを、自分の成長した証を。

 

 

「…………」

 

 

 なのに、いざ始まってしまったら、縮こまってしまう。

 こんなの自分らしくない、自分が理想とするデュエルとは最も程遠いものだ。

 そんな風に考えて、ふと顔を上げた彼は、いつもと変わらずデュエルを楽しんでいた。

 悲しくないの? 寂しくないの? 別れが辛いと感じているのは自分だけなの?

 浮かんでは消え、それでも絶えず消えることのない疑問が口から零れることはない。

 少しでも長く、彼と別れたくないがために、デッキからカードを引くことができなくて。

 

 

「……ユーヤが何を悩んでんのかは分かんないけどさ」

 

 

 そんなユーヤへ、彼は声を掛けた。

 

 

「そんな風に縮こまってちゃ、できることもできないぜ」

 

「…………ぁ」

 

 

 それは、偶然にも今はいない父が放った言葉と同じものだった。

 何かを成すためには勇気が必要で、そのためには前へと踏み出さなくちゃいけない。

 それが例え、泣いてしまいたいほどに辛いことだったとしても。

 それさえも笑顔に変えて、最初はやせ我慢でも、それがやがて本物の笑顔になると。 

 

 

「ゆーやぁあああああああああああっ!!」

 

 

 それは、物心がつく頃から一緒に居た親友の声だった。

 

 

「ビクビクばっかりなんてあんたらしくないわよ! 恩返しするんでしょ! 今まで学んできたこと全部出し切るんでしょ! そのために一からデッキを作ったんでしょうが!」

 

 

 びしっとこちらにハリセンを突き出し、柚子は腹の底から想いを迸らせた。

 その瞳にできた、自分と同じ隈は、彼女が寝ずに新デッキの調整に付き合ってくれた証で。

 

 

「無様なものだな、ユーヤ」

 

「……レーちゃん」

 

 

 さすがは社長、こんな時でも重役出勤とは。

 色んな意味で呆れるユーヤは、レージが放った次の言葉でいつもの調子を取り戻すことに。

 

 

「体も貧相なら、頭の中身も空っぽという訳か」

 

「……その胸にぶら下げてる重り外してあげようか? 仕事してる時とか邪魔じゃない?」

 

「まったくだ。少しは君にも分けてあげたいくらいだよ。正直肩が凝って仕方がない」

 

「あははっ。少しは運動しないと、その胸みたいにぶくぶく肥えてもあたしは知らないよ?」

 

「羨ましいのなら素直にそう言ったらどうだ」

 

「ぜんぜん? これっぽっちも? うらやましくありませんけどなにか?」

 

「君のフィールドにいる彼女達が、君が私を羨んでいるなによりの証だと思うのだが」

 

「単純にあたしのデッキと相性がいいだけだよバカ! なに深読みしてんのさ腹黒メガネ!」

 

「アシスタントの彼女達と比べると哀れを通り越して悲惨だな……なるほど、これが貧富の差か」

 

「うがぁあああああああああああああっ!?」

 

 

 行き場のなくした感情を絶叫に変換。

 そしてふと冷静に返り、対戦相手の彼を見れば、ポカンと完全な困惑顔。

 あまりの恥ずかしさにボッと顔が火傷したみたいに熱くなり、恨めし気にレージを睨み付けた。

 

 

「君が負けることなど端から計算のうちだ。勝てる可能性など万に一つも存在しないのだから」

 

 

 そんなユーヤの視線を、レージは逸らすことなく真っすぐに睨み返す。

 

 

「勝たなくていい。だが、無様なデュエルだけは許さない。――君は私のライバルなのだろう?」

 

 

 スタンディングデュエルではレージが。

 アクションデュエルではユーヤが。

 それぞれの戦績は完全な互角、二人の関係が自然とそうなるのに時間は掛からなかった。

 だからなのか、ユーヤの心に、負けん気に火が点く。

 幼馴染と一緒に作り上げたデッキに目をやる。

 次から次へと掛かる、周りからの叱咤激励の声が、更なる闘志をユーヤに湧かせた。

 だからこそ、今度は真っすぐ前を向いて、彼と目を合わせることができたから。

 

 

「見てて。これが、あたしが今まで学んだきたことの集大成だよ」

 

 

 デッキからカードをドローする。

 それが、本当の意味での恩返しデュエルが開幕した瞬間だった。

 

 

 

 

「Here we go! It's a show time!」

 

 

 

 

 楽しめ。

 

 

「あたしはPスケールをセッティング!」

 

 

 この場にいる、誰よりも。

 今この瞬間を、彼とのデュエルを楽しみ尽くせ。

 

 

「レフトPゾーンに≪オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン≫をセット! ライトPゾーンに≪オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン≫をセッティング!」

 

 

 彼とデュエルする中で、気付いたことがあった。

 デュエルとはこんなに面白く、素晴らしいものなのだと。

 だからこそ、皆にもこの楽しさを知って欲しいと、心の底から思うのだ。

 

 

「揺れて運命の振り子! 迫り来る時を刻み未来と過去を行き交え!」

 

 

 それこそが、ユーヤのデュエルに対する想いの根源。

 ユーヤをユーヤたらしめる唯一無二のデュエルスタイル。

 父である遊勝とも違う、師である彼とも異なる、ユーヤが目指すエンタメデュエルの理想像。

 

 

「ペンデュラム召喚! ――来て! あたしのフェイバリットたち!」

 

 

 自分自身が笑顔にならなければ、誰かを笑顔になどできはしない。

 だから、何よりもまず、自分自身が笑顔になれるよう、目の前のデュエルを楽しもう。

 そして、自分が感じた喜びを皆に伝える、そんなデュエルを対戦相手と一緒に創り上げるんだ。

 

 

「≪オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン≫! ≪オッドアイズ・ファントム・ドラゴン≫!」

 

 

 デュエルは楽しく、楽しむなら皆で最高に盛り上がろう。

 ユーヤが目指す最高のエンタメデュエル、今日がその最初の一歩だ。

 

 

「さあ! お楽しみはこれからだよ!」

 

 

 他の誰でもない、彼に真っ先に見てもらいたいと、そう思っていたから。

 父の失踪で一時は失った、デュエルを楽しむ気持ちを取り戻させてくれた、大好きな彼に。

 

 

「手札より魔法カード≪ライトニング・チューン≫を発動! このカードの効果で、フィールドにいるレベル4で光属性モンスターの≪EMユニ≫をチューナーとして扱うことができる!」

 

 

 扇情的なマジシャンコスチュームを纏う金の獣人≪EMユニ≫、そして青の獣人≪EMコン≫。

 彼女達こそユーヤのエンタメデュエルのアシスタントを務める、その名は≪Unicorn≫。

 光が≪ユニ≫を包み込み、隣の≪コン≫へと静かに寄り添う。

 向かい合い、瞳を閉じ、手と手を重ね合わせた二人が次の瞬間、光となって弾けた。

 

 

「あたしはレベル3の≪コン≫にレベル4の≪ユニ≫をチューニング!」

 

 

 四つの光輪を三つの星が駆け抜け、生み出されるのは赤きドラゴン。

 

 

「その瞳に宿すは爆炎! ――シンクロ召喚!」

 

 

 それは、絆を司る力。

 

 

「レベル7! ≪オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン≫!」

 

 

 現れたのは、燃え盛る炎を宿したオッドアイズ。

 雄々しき咆哮を迸らせ、主を守護せんと力強く前を見据える。

 

 

「更に! レベル7の≪ペンデュラム≫と≪ファントム≫でオーバーレイ!」

 

 

 元は≪オッドアイズ・ドラゴン≫だったカードが分裂し、創造された二体のドラゴン。

 フィールドに発生した渦へと吸い込まれ、宇宙誕生を彷彿とさせる爆発が巻き起こる。

 

 

「その瞳に宿すは氷結! ――エクシーズ召喚!」

 

 

 それは、希望を司る力。

 

 

「ランク7! ≪オッドアイズ・アブソリュート・ドラゴン≫!」

 

 

 炎を氷が侵食し、水蒸気となって辺りを覆い尽くす。

 直後、美しい嘶きを轟かせ、霧を切り裂き現れたのは青きドラゴン。

 熱気と冷気は、しかし反発することなく、ユーヤを中心に交わり合う。

 そして、発生した水蒸気が空へと昇り、一つの巨大な雷雲を形作った。

 

 

「魔法カード≪ペンデュラム・フュージョン≫! あたしはPゾーンの≪ペルソナ≫と≪ミラージュ≫で融合召喚を行うよ!」

 

 

 二体のオッドアイズ達さえも呑み込み、稲妻を伴い舞い降りる緑のドラゴン。

 

 

「その瞳に宿すは迅雷! ――融合召喚!」

 

 

 それは、結束を司る力。

 

 

「レベル7! ≪オッドアイズ・ボルテックス・ドラゴン≫!」

 

 

 融合、シンクロ、エクシーズ――。

 ペンデュラム召喚を皮切りに、生誕した三体のドラゴンは世界にその存在を轟かせる。

 互いの誕生を祝うように、そして眼前に対峙する主の対戦相手を打倒するために。

 HEROは必ず勝つと彼は言い、見事実現して見せた。

 ならばこそ、そんな彼のHEROに打ち勝つ、これに勝るエンタメが存在するだろうか。

 

 

「行って! ≪メテオバースト≫! ≪アブソリュート≫! ≪ボルテックス≫!」

 

 

 バウンス、効果封じ、後続召喚で彼のフィールドを蹂躙していく。

 結果、場はゼロ、LPは風前の灯火、手札なし、その上一度だけ効果発動を無効化が可能。

 絶体絶命どころの話ではない、勝機などある訳がない。

 ユーヤの勝利を誰もが確信する中、立ち込めていた煙が晴れ、彼が姿を現す。

 

 

「…………ぁ」

 

 

 彼は、笑っていた。

 手札ゼロ、フィールドもゼロ、LP100――勝ち目なんてある訳もないのに。

 この逆境を、デュエルを、この場にいる誰よりも、心の底から、楽しんでいた。

 

 

「……敵わないなぁ」

 

 

 もし、デュエルの女神なんて存在がいるのなら。

 誰よりもカードを愛し、デュエルを楽しむ彼に微笑むだろうことは想像するに容易くて。

 

 

「今度は俺が、ここでの集大成を見せる番だ」

 

 

 それどころか。

 このピンチをどう乗り越え、この布陣を突破するのか、自分自身が見たがっていたから。

 

 

「俺のドローは奇跡を起こすぜ! 俺のターン!」

 

 

 そして、その言葉は現実のものとなる。

 

 

「光と闇の狭間より現れよ! ――アドバンス召喚!」

 

 

 白と黒。

 オッドアイズ達と同じ、異なる二色で彩られた、神秘的なドラゴンがフィールドに舞い降りる。

 

 

「これが相棒のもう一つの可能性の姿だ!」

 

 

 そして、ドラゴンに寄り添うように、深紅の鎧と純白の翼を持った天使が隣に降り立つ。

 

 

「くらえ! シャイニングブレス! バーサーカークラッシュ!」

 

 

 眩い光が視界を焼き、巨大な鈎爪がLPを削り尽くす。 

 デュエル終了のブザーが鳴り、達成感と虚脱感が同時に全身を襲って。

 地面に倒れ込んだユーヤが見上げた先で、彼は笑って指を突き出してきた。

 

 

「ガッチャ。楽しいデュエルだったぜ、ユーヤ」

 

 

 終わってしまったことは寂しいけれど。

 それ以上に楽しくて仕方のない、そんなデュエルを一緒に創り上げてくれた彼へ。

 

 

「こっちこそ。――ガッチャ、とっても楽しいデュエルだったよ」

 

 

 楽しいデュエルをありがとう。

 勝ち負けではなく、デュエルを楽しむ彼の礼儀に乗っ取って。

 溢れる涙を零しながらも、笑顔で恩返しデュエルを締めくくるのだった。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ★月♡日

 

 スタンダードとは別の次元に渡っての記念すべき最初の日記。

 色々あり過ぎて書き切れそうにないけど、これだけは伝えなければいけないと思ったんだ。

 

 

 ピエロのおじさん! このピリ辛レッドデーモンズヌードルってゲキうまっスね!

 

 

 

 

 




という訳で、本話をもってスタンダード次元編は終了。
次回から新次元編をお送りする次第、果たしてどの次元か読者の皆は分かるかな(棒読み
ちなみに、本作のユーヤのデッキはアニメ漫画OCGをミックスさせた≪EMオッドアイズ≫なり。


カバ「」
Unicorn「ふふん」

星読み・時読み「」
ペルソナ・ミラージュ「ドヤァ」

グラビティ「」
S・X・融合竜「儀式次元なんて存在しなかった」


キリもいいので、今年の投稿はたぶんこれが最後になるかと。
なので、ちょっと早いですが皆さま良いお年をお迎え下さい。


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日記13

シンクロ次元編スタート。


 %月‰日

 

 新次元に渡った当初、真っ先に俺が直面した問題が一つあった。

 土地勘? 戸籍? 人間関係? 住居? デュエルエナジーの補充方法?

 どれも困ってはいたが、しかしそのどれもが一番ではない。

 

 

 さっさと結論を述べよう――この次元、融合次元やスタンダードと流通してる通貨が違います。

 

 

 見ろ、ハゲから貰った札束がゴミのようだ!? 

 あの時の状況を現すならまさにそれ、やけになって滅びの呪文でも唱えてしまいたい気分。

 どんぐりピエロみたいなムカつく顔をした奴が描かれた、それがこの次元の通貨だった。

 今でこそなんて恩知らずな発言だと思うが、あの時はそれだけ切羽詰まってたのだ。

 土地勘なし、戸籍なし、知り合い皆無、住居不定、その上一文無しときた。

 当初の目的である融合次元へ渡れば大体は解決する問題だったが、それが出来ない訳もあって。

 ならばと職探しに走るが、上記のようにないない尽くしな俺を雇ってくれる善人はおらず。

 そのまま数日が経過、あまりの空腹に日記を書く余裕もなく、このまま野垂れ死にを覚悟した。

 そんな時だった、ガキンチョ達によく似たガキンチョ二人に出会ったのは。

 

 いやー、俺ってばそういう星の元にでも生まれたのかしら。

 日記と言えど個人名を出すのはアレなので、仮に二人をバナ男とリン娘と名付けよう。

 片やわんぱく坊主、片やオカン属性持ち――そんな二人が路地裏に暴漢に襲われていたのだ。

 筋骨隆々の巨漢が、背中でリン娘を庇い、小さな体で威嚇するバナ男を見下ろす構図。

 即通報回避不可待ったなしの状況だが、生憎お巡りさんは近くには不在。

 このままじゃあアカンと俺氏参戦、デュエルで不審者を追い払うことに。 

 

 しかし、言動やらプレイングがやたらと暴力的なのは頂けない。

 明らかに犯罪者な見た目だが、俺はクロノス先生をリスペクトする身、彼を光に導かねば。

 そんな訳で、暴力を振るう彼には振るわれる側の気持ちを知ってもらうのが一番だと判断。

 リアルダイレクトアタックして来た犯罪者を前に、我がデッキのヤンデレ枠を召喚。

 これぞ因果応報と言わんばかりに、奴の攻撃をそっくりそのまま跳ね返してやったぜ。

 最終的に過労死とジョグレス進化させて勝利、見事改心に成功する俺氏なのだった。

 

 やりましたよクロノス先生! 犯罪者を見事光の道に歩ませることに成功しました!

 なんか後半辺りから進んでヤンデレに攻撃して反射ダメージ喰らいにいってたけれども!

 メッチャはぁはぁ喘いでたけれども! 多少の代償は更生には付き物だよね!

 

 そんな訳で、偶然通りかかった高級車の持ち主に通報してもらい、犯罪者は連行されていった。

 その満足そうな後ろ姿は、出所後には真人間として世の中に奉仕してくれることだろう。

 ガキンチョ二人にもお礼を言われたし、テンションは最高にハイってヤツだった。

 だが、既に俺はこの時、限界を超えていたのだ。

 それこそ、通報してくれた高級車の持ち主の顔を認識できないくらいには。

 

 強靭な肉体を有するデュエリストと言えど、空腹には勝てない。

 それを証明するように、あまりの空腹に意識を失い、気付いたら見知らぬ場所で眠っていた。

 ガッチリと握られた両手の感触に、左右を見れば寝入っているガキンチョ二人の姿が。

 改めて二人を観察するが、やっぱりパッと見た印象は他次元のガキンチョ達にそっくり。

 バナ男は性別違うけど、紫キャベ娘もトマ娘もぱっと見は男の子みたいなもんだったし。

 理由とな? ぺったんこだからだよどこがとは言わないけれども。

 一人称がオレで言動は粗暴なバナ男だが、最後までリン娘を守ろうとするその意気やよし。

 思えば俺の周りって女の子ばっかで男の子皆無だったからお兄さんはとっても嬉しいです。

 

 そんな風に感慨に浸っていた俺の元に、ひっひっひっと不気味な笑い声と共に謎の人物が入室。

 奴こそは、俺に無一文という現実を突き付けてきた怨敵ことどんぐりピエロ。

 警戒する俺に、奴はまたもやひっひっひっと笑い、俺にとある物を差し出してきた。

 途端に鳴りだす腹の虫、しかし敵の施しは受けん! そう突っぱねる俺に、奴は言ったのだ。

 

 

 ――カップ麺を食べれば、みんな笑顔になりますよ。

 

 

 どんぐりピエロ――否、ピエロのおじさんの瞳を、俺は直視することができなかった。

 なにが犯罪者を更生させるだ! 光の道に戻すだ! 俺は何様のつもりだったんだよ!

 ピエロおじさんと目もまともに合わせれない俺自身の性根が、一番腐ってたんじゃないのか!

 ピエロのおじさんが差し出すカップ麺を受け取り、俺は一心不乱に啜った。

 平凡なカップ麺、だけどそれはスタンダードで味わったママンの料理に匹敵するほどで。

 あっという間に完食した俺に、ピエロのおじさんは笑っておかわりを差し出してくれて。

 その日、俺は新次元で体験した優しさという味に、只々ピエロのおじさんに感謝するのだった。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 %月&日

 

 曰く、俺はシティのHEROなんだとか。

 ピエロおじさんに言われた言葉に、俺は思った――だったらあんたは俺のHEROだぜ、と。

 

 俺が倒した犯罪者だが、どうやらただの犯罪者ではなかったみたい。

 星の数ほどのデュエリストを再起不能、セキュリティでさえ数で圧倒して漸く互角。

 犯した数々の極悪非道振りから、付いた異名がデュエリスト・クラッシャー。

 奴はこの大都市――シティを恐怖のどん底に叩き起こした、絶賛指名手配中の凶悪犯なのだ。

 

 ――えっ、なにそれこわい。

 

 確かにデュエル開始直後までは、中々な凶悪っぷりをあの犯罪者ってば披露していた。

 でも、後半からは大人しかったというかハァハァしてただけ。

 デュエルの結果に文句の一つも漏らさず、連行されても抵抗する素振りすら見せない。

 それどころか、清々しいまでの、なんていうか満足しちまったぜ的な表情だった気が。

 ピエロおじさんの言葉がすぐに合致できないくらい、それは犯罪者の人物像に重ならなかった。

 でもまぁ、ピエロおじさんがそう言うんならそうなんだろう、疑うなんてマジ以っての外。

 

 そんな訳で、行き倒れた俺をピエロおじさんが介抱してくれたのは、純粋な感謝からだとか。

 妻や我が子も怖がってましたからと、紹介されたピエロおじさんの家族を見て俺氏ビックリ。

 子供は分かるけど、奥さんまでピエロおじさんそっくりって物凄い運命を感じるのは俺だけ?

 その後もピエロおじさんや奥さん、子供達という家族の団欒と触れ合うこと暫く。

 その間、現実世界の家族を思い出し内心でちょっぴりセンチメンタルになっちゃった。

 

 ――はっ、としたね。

 急いで振り返ったね。 

 そこには頬を膨らませ不貞腐れているバナ男とリン娘の姿が――

 

 その後、完全に存在を忘れてた二人の機嫌を回復させるために俺氏奔走。

 そんな俺の姿を、ピエロおじさんとその奥様が微笑ましげに見守るのだった。 

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 %月!日

 

 翌日、お世話になったピエロおじさんの元からお暇することに。

 バナ男とリン娘も家族が心配するからということで俺氏と同伴。

 あと、俺の仮住まいについてだが、なんとガキンチョ達の孤児院に住まわせてくれるとか。

 二人からの熱烈なラブコールを断る理由もない。

 というか是非住まわせてください扱き使って構わないので新参者ですがよろしくおなしゃす!

 シティ滞在中は我が家でピエロおじさんからも誘われたが、それには丁重にお断りを。

 ホームレスの分際で選り好みとかなんて思うが、素足ちゃんの豪邸で俺氏お腹一杯なり。

 そして、ピエロおじさんの好意で俺達三人は車で孤児院へ送ってってもらえることになった。

 

 道中の車内、俺氏気付く。

 俺ってばデュエリスト・クラッシャー? のこと非難なんてできないじゃん。

 脳裏を駆け巡るのは、俺が融合次元にトリップした当初に犯した罪の数々。

 不法侵入婦女誘拐監禁暴行窃盗――ははっ、俺ってばマジE-HERO。

 トリップした時に持ってたデッキケースに入ってたのって予備のカードもなんだよね。

 アニメだと悪しき存在だったけど、HERO大好きの俺からすればそんなの関係ねぇ。

 だからこそ悔やまれる、何故E-HEROを使って運命ちゃんとデュエルをしなかった過去の俺ぇ!

 そんな風に、アニメでは叶わなかった悪と運命のHERO対決に想いを馳せている時だった。

 なにやら外が騒がしい、そしてバナ男とリン娘がべったりと窓に張り付いている件について。

 

 聞けば、シティのデュエルチャンピオンが近くにいるんだとか。

 それなんてストロング? アレかな、肩にトゲ的なもん着けた世紀末ファッションしてんだろ。

 ガキンチョ二人を微笑ましげに見やり、寄り道してくれた運転手さんマジできる大人。

 そのまま野次馬根性で、バナ男とリン娘を両肩に担ぎながらチャンピオンの顔を拝見。

 感想を述べると、ごめんスタンダードのストロングを貶すわけじゃないんだけどね。

 オーラからして段ち、似てるの肩に填めてるトゲだけやん。

 そんな風にほへーっと暢気に眺めていた時、事件は起こった。

 

 1.バナ男とリン娘が我慢できずにチャンピオンの前に飛び出す。

 2.憧れの存在を前にお目目をキラキラさせる二人に、チャンピオンからの贈り物。

 3.うちの子供がご迷惑をと保護者ポジということでチャンピオンに平謝りする俺氏。

 4.そんな俺の肩に手を置き「気にするな」と言って颯爽と去るチャンピオン。

 

 やばい、かっこいい、チャンピオン超かっこいい、あんな大人に俺もなりたい。

 聖人レベルに該当するピエロおじさんには届かないが、それでも刻まれたあの後ろ姿。

 ガキンチョ二人が憧れるのも無理ないわ。

 帰りの道中でチャンピオンについてガキンチョ二人と熱く語り合う俺氏なのだった。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 %月¥日

 

 先生って彼氏さんとかいたりするのかなぁ?

 そんな一文で始まる本日の日記では、孤児院の先生の聖女っぷりについて語ろうと思う。

 

 ピエロおじさんのお抱え運転手に送られ、やって来ましたガキンチョ二人の家である孤児院。

 正直に打ち明けよう、俺は不安だった。

 二人は快く承諾してくれたが、こういうことを言うのはアレだが所詮は子供との口約束。

 何処の凡骨とも分からぬ俺を、只でさえ大所帯だろう孤児院に住まわせるなんて。

 新次元にやって来て以来、社会の厳しさに荒んでいた俺の心は、そんな風に悲観的だった。

 

 ――結論から述べよう、1秒くらいで了承された。先生、彼氏候補に立候補していいっスか?

 

 もうね、先生ってばマジで俺のストライクゾーンど真ん中。

 優しく、包容力があり、芯が強く、美人――なによりも年上だ。

 眼鏡の似合う大人のお姉様って俺的にグー。

 ははっ、俺ってばもう張り切ってお手伝いしまくっちゃったぜ。

 塾長の所でアシスタント経験を積んだ俺に死角なし、家事に日曜大工まで何でもござれ。

 懸念事項だった孤児院の子供達との関係だが、此処は遊戯王の世界。

 万能のコミュニケーションツールたるデュエルで、今やガッチャ先生と呼ばれ親しまれている。

 今では皆の人気者だと自負してます、気分は歌のお兄さん。

 

 衣食住が確約され、児童達には慕われ、先生は美人で年上なお姉さん。

 このままこの孤児院に永住するもの悪くはないと思えるくらい居心地がいい。

 しかし、俺には融合次元へ戻るという目的があるのだ。

 そして、そのためには解消せねばならぬ問題があった。

 

 次元移動に必要なエネルギー源――デュエルエナジーの確保である。

 

 GXに登場した謎動力、供給方法はデュエルをすること。

 デュエリストから供給可能なのは一人につき一度のみ、対戦相手の強さと供給量は比例する。

 デュエルエナジーについて説明するのなら、要点は以上の通りだ。

 子細は記憶していないが、なんか危ないエネルギー的な存在だった気がするんだけどね。

 素足ちゃんと再三の実験の結果、人体に害がないことは確認済み。

 融合次元に渡るにはデュエルエナジーを供給しなきゃなのだが、今のところ全然だ。

 この次元の連中、言ってはアレだが弱い、というかカードに統一性がない。

 それこそ購入したパックでそのままデッキを構築したみたいな、寄せ集め感満載というか。

 中にはデュエリスト・クラッシャーみたいなキチンとしたデッキを持ってる奴もいるけどね。

 

 だけどまあ、理由については見当がついている。

 ピエロおじさんの元で厄介になり、孤児院で生活したからか尚更そのことを思うのだ。

 この次元、貧富の差がとても大きい。

 そして、大多数の人間が貧困層に属し、此処(孤児院)みたいに衣食住が揃っている環境が珍しいくらい。

 だから、嗜好品である遊戯王に回せる経済的余裕がないのだ。 

 聞けば、貰ったり拾ったりの寄せ集めで構築されたのが児童達のデッキなんだとか。

 ははっ、そりゃ無双する訳だよ、俺ってば最強とか思ってた過去を俺をぶっ飛ばしたい気分。

 

 以上のことがあり、必然的にキチンとしたデッキを組めた奴は必然的に強い奴扱い。

 孤児院の連中でいえばバナ男とかリン娘だろう。

 カードは拾ったであれほど完成度の高いデッキ作っちゃうとか、連中の運命力マジぱねぇっス。

 この間とかバナ男のデッキが輝いてシンクロ竜の進化体っぽい水晶竜とか創造しちゃうし。

 ホント二人の運命力ってどうなってんの?(大事なことなので二回言う

 

 そんな二人に主人公デッキで無双する俺氏の大人げなさよ。

 とはいえ、俺が融合モンスターを多用するせいだろうか。

 オレは融合じゃねぇ! と毎度のようにツッコむバナ男が実に微笑ましい。

 そんなバナ男に文句を垂れながらも世話を焼くリン娘は完全なオカン。

 争いを勃発させる二人をめっ! と叱る先生マジ女神さま。

 やっぱり先生、あなたの彼氏に俺氏を立候補させてくださいお願いします――

 

 なんて感じに先生にアピールしたのに冗談の一言で片付けられたマジ死にたい。

 そして、何故かバナ男とリン娘にガジガジと頭を噛まれた。

 マジでホントに解せぬ。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 オレっ娘――。

 

 

 一人称にオレ(俺、おれ)を使用する女性を指す言葉。

 同じく男性一人称を使用する女性としてボクっ娘が存在するが、オレっ娘の場合非常に気が強い女性が大半で、≪おっぱいのついたイケメン≫や≪漢女≫などがセットになることも。男性的な格好良さだけでなく、時折見せる女性的な一面を際立たせる効果も期待できる。

 もう一つボクっ娘との違いとして、≪現実における人数≫がある。

 幼少期には男兄弟や創作作品の影響などでボクっ娘になる女性もよくいるが、それもせいぜい中学生まで。それに対し、オレっ娘は高校生以上でも珍しくなく、下手をすると大人でもプライベートではオレっ娘を継続する女性が結構いる。方言などではむしろオレっ娘――あるいはオイラやワシなど男性的な一人称――の方が支配的、という地域すらある

 

 

 ――以上、とある百科事典を参照。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 ピッと、目を通し終えたデュエルディスクの検索機能を閉じる。

 

 

「…………」

 

 

 ジッとこちらを睨む、入浴中だった故に素っ裸な少女(・・)を見遣る。

 

 

「……なぁ、ユーゴさんや」

 

「な、なんだよっ」

 

 

 意を決して、俺は尋ねた。

 

 

「お前って男だよな」

 

「男じゃねぇ! オレは女だ!」

 

 

 悲報:バナ男じゃなくバナ娘だった件について。

 

 

 

 

 




神月アンナ「ユーゴがやられたようだが……フフフ、奴はオレっ娘の中でも最弱」
ジャッカル岬「主人公ごときに篭絡されるとは、オレっ娘属性の面汚しよ……」

海老&赤帽子「おい、デュエルしろよ」
オレっ娘属性「し、しょうがねぇなぁ! 仕方ねぇけど付き合ってやるよ!」


朗報:≪古代の機械巨人-アルティメット・パウンド≫がOCG化決定。
けど何故だろう、≪アンティーク・ギア≫特有の魔法・罠封じが搭載されていないのが、かつての墓地から蘇生不可だったヲーを作者に彷彿とさせるのだが……。


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日記14

 ♂月♀日

 

 悲報:バナ男じゃなくバナ娘だった件について。

 

 切れたシャンプーを詰め替えようと浴室に突撃した結果発覚した新事実。

 決め手はなにかって?

 ついてなかったんだよなにがって(これ以降はバナ娘の名誉のため削除

 無駄に洗練された無駄のない無駄な動きでデュエルディスクの検索機能を開く俺氏。

 とある項目を閲覧した後、俺は一つの真実に辿り着いた。

 

 ――へぇ、オレっ娘って結構多いんだな。

 

 などというどうでもいいコメントなどでは決してない。

 バナ男がバナ娘で、付いてると思ってたものが付いてなくて。

 そんな感じでグルグルと思考は堂々巡り。

 俺はまたもや無駄に洗練された無駄のない無駄な動きで浴室から退室するのだった。

 

 直後、浴室から可愛らしい悲鳴を耳にした俺は、バナ男じゃなくバナ娘なんだと改めて実感。

 その後顔を合わせた夕食が死ぬほど気まずい空気だったのは言うまでもなかった。

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 XY月Z日

 

 困った時こそ頼れる大人に相談だ!

 という訳で、俺氏はピエロおじさんに電話で人生相談をすることにした。

 

 事情を話し終えた後、それは大変でしたね、と真っ先に慰められた。

 ピエロおじさんのあまりの優しさに全俺氏が涙することに。

 勲章おじさんの武骨な感じとはまた別、親身な話術を前に気付けば全てを曝け出していたぜ。

 そして、ピエロおじさんからの返答は、実にシンプルだった。

 

 ――まずは謝罪から。全てはそこから始まるのですよ。

 

 ひーひっひ、と電話越しに聞こえる声が、その時は遠く聞こえたのが今でも記憶に新しい。

 そうだよ、俺ってば自分がどうすればいいのかばっかりで、バナ娘の気持ちは全然だった。

 今回の一件、一番傷付いているのは誰だ?

 そんなの、考えるまでもないことだろうが。

 こんなんじゃクロノス先生に顔向けなんてできない。

 紫キャベ娘やワン娘、トマ娘やユズ娘にだってそれは同じことなんじゃないのか。

 

 バナ娘は俺の教え子ではない。

 でも、居場所のなかった俺に、孤児院という新しい居場所を与えてくれた恩人なんだ。

 男じゃない? ――それがどうしたっていうんだ。

 恩人であり、デュエル友達であり、同じ釜の飯を分け合った家族。

 それ以上でもそれ以下でもない、重要なのはそこなのではないのか。

 無言の俺に、ピエロのおじさんはただ笑うだけ。

 でも、そこに心配の色が微塵も滲んでいなかったのは、俺がもう大丈夫だと信じているから。

 ははっ、やっぱりピエロおじさんってばマジできる大人。

 勲章おじさんといい、こういう大人になりたいって心底思うぜ。

 

 ピエロおじさんにお礼を述べ、本日の人生相談は終了。

 この手の相談事は慣れっこですからって、そう言えばピエロおじさんってば何者なんだろう?

 身形からしてどこぞの企業のお偉いさんってとこなんだろうけど。

 とはいえ、人様のプライベートを詮索するのはあまり褒められた行為ではない。

 改めてお礼の言葉を述べて、俺はデュエルディスクの通信機能を切るのだった。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 Z月YX日

 

 バナ娘に避けられまくっている件について。

 

 ピエロおじさんとの電話相談を経て、取り敢えずまずは謝罪からだと意気込み俺氏。

 だが、そんな俺の試みは最初の一歩を踏み出す前から頓挫することに。

 近付けば赤面して逃亡、声を掛ければ赤面して逃亡、デュエルを挑めば赤面して逃亡。

 いやどないせいっちゅうねん。

 アレですか、顔も見たくない声も聴きたくないと。

 そんなにも俺ってば嫌われてしまったというのか。

 

 そんな俺達の空気に充てられてか、どこかギクシャクしている孤児院。

 孤児院のチビッ子達には訳を聞かれ、先生には心配され。

 俺ってばマジ情けない。

 さりとて現状を打破する突破口は見つからず、俺はデッキ弄りを行うのだった。

 アニメ次元とでも呼べばいいのか、現実世界からトリップした俺を支えてくれた戦友達。

 こうしていると不思議と落ち着いて、そのうち良案でも浮かぶんじゃないかとちょっち期待。

 

 まあ良案なんて微塵も浮かんではこなかったんだけどね!

 とはいえ、最近焦り気味だった気持ちが一端リセットされた感じ。

 そこで俺氏、ふとデッキケースに眠る予備のカード達のチラリ。

 GX主人公が闇墜ちした悪しきカードとされている、原作では忌み嫌われていたカード群。

 リアルタイムで視聴した身としてはマジかっけぇ! くらいしか思っていなかったり。

 それでも、こうして予備のカードしてデュエルに使用していなかった、そんなカード達。

 でも、これってある意味では良い機会なのかもしれない。

 此処は遊戯王の世界で、カードとはデュエリストの象徴。

 リアリストたる俺としてはそんな馬鹿なと一笑に付すだろうが、今は藁にも縋りたい気持ち。

 デッキを新調することで、新しい俺として再スタートを切れるのではなかろうか。

 そんな気持ちから、悪しきHERO達へと手を伸ばした時だった。

 

 

 ――ダメェ!?

 

 

 そんな声の後、何故か俺氏の腕を抱き留め阻止するリン娘。

 何事!? とビックリ仰天な俺氏を尻目に、リン娘は嫌々と首を振るばかり。

 取り敢えずリン娘のしたいようにさせ、漸くして落ち着いた彼女に俺は問うた。

 だが、返って来た答えは、全く予期せぬものだった。

 

 

 ――そのカード達……その、物凄く嫌な感じがして……。

 

 

 キョトンとした後、心配性なリン娘の頭に片手をぽんっ。

 そして、もう片方の手を予備のカード達に伸ばし手に取る。

 次の瞬間、血相を変えるリン娘に、俺は笑って大丈夫だと答えた。

 たかがカード、されど遊戯王の世界では命よりも大事なカード。

 俺にとって、カードとは異世界で右も左も分からなかった俺を支えてくれた大切な存在なのだ。

 まして、デッキケースに入っているカード達は、俺が唯一現実世界から持ち込んだ思い出の品。

 だからだろうか、こいつ等が嫌われると、まるで俺も嫌われているみたいな気持ちになるのは。

 善のHEROと悪のHERO、でも俺にとってはどちらも大好きなHEROに変わりはないから。

 

 だから、できれば嫌わないで欲しい。

 そして、できれば好きになって欲しい。

 

 ポンポンっと、何度も、あやすように。

 そんな俺の気持ちが実を結んだのか、リン娘は元のリン娘に戻ってくれた。

 なんかぽーっと仄かに紅潮した顔で俺氏を上目遣い。

 おいおいなんだよそんなに見詰められると俺ってば照れちまうぜい。

 そんな桃色空気を払拭するべく、俺氏はかつてユズ娘にもやった奥の手を行使することに。

 

 即ち、ハグである。

 

 いやー、ワン娘もだけど、何故こうも彼女達は俺の父性とも呼ぶべきものを刺激するのかしら。

 顔も似れば、行動も似るのか。

 突然の俺氏の抱擁に、ハリセンではなくビンタで応えるリン娘。

 距離を取りうーっと威嚇する様は、ユズ娘ではなくワン娘を彷彿とさせる。

 だからだろうか、頑張らなくちゃって、そう思った。

 かつての教え子達に情けないところばかり見せていては、教育者失格。

 クロノス先生のような立派な先生になどなれる訳もないのだから。

 

 ごめん、そしてありがとう。――お陰でなんとかなりそうだ。

 そう呟く俺に、リン娘はぷいっとそっぽを向いてぼそっと呟く。

 あなたが暗いと皆も暗くなるから、だから早く元気になって――。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 XYZ月ZYX日

 

 警察に連行された。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 VW月XYZ日

 

 曰く、デュエリスト・クラッシャー逮捕の功労者ってことでお礼がしたいんだとか。

 そうならそうとちゃんと言ってよ俺ってば辞世の句とか考えそうになったじゃん。

 

 突然孤児院に押しかけて来たかと思えば、問答無用で俺氏を連行って。

 これって絶対俺誤解されてるよね、孤児院の子達とかご近所さんとか。

 お礼とかいいから孤児院に帰して欲しい、そして誤解を払拭せねば。

 そんな俺の切なる訴えを笑顔で却下したのは、胡散臭さ満点な年寄り連中で。

 行政評議会とか、あの俺社会科系はあんま得意じゃないので難しいこととか無理っス。

 

 暖簾に腕押しとはこのことか。

 とにかく俺の訴えは悉くスルーされ、いい加減に俺氏も我慢の限界。

 デュエリストとしての身体能力で強行突破という案も浮かぶが、前科付きは色々と不味い。

 ならばと、年寄り連中の押し付けがましい礼とやらを貰ってさっさと退散するに限る。

 今俺が望んでいるものと言えば、それは間違いなくバナ娘との関係修復。

 しかし、それは俺自身の手で解決しなければならない問題だ。

 よって、次点はデュエルエナジーの確保で、つまりは強いデュエリストと戦いたい。

 そんな俺氏の願いに、年寄り連中のリーダー格っぽい白髪の爺がニッコリ。

 

 ――シティで一番強いデュエリストと戦わせてあげます。

 

 後から思えば、連中が望む答えを俺が言ったからなのだと思う、そんな笑顔だった。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 XYZ月VW日

 

 物事を記憶する方法は数あるが、俺は根っからの書いて覚える派だ。

 融合次元へトリップした当初も、最初に起こした行動が日記。

 今更だが、どうやら俺は文字を起こすという行動が結構好きらしい。

 とまぁ、このような話題を出すのかというと、これには深い訳があって。

 

 

 フォーチュンカップの前夜祭で行うエキシビションマッチでチャンピオンとデュエルします。

 

 

 OK、一端落ち着こうか俺氏。

 まずはフォーチュンカップ、これについておさらいだ。

 とはいえ、これについてはバナ娘やリン娘から散々聞かされているので今更ではある。

 シティには大小様々なデュエル大会があるが、中でも二つ、規模が桁違いに異なるものがある。

 一つは、バナ娘やユズ娘が憧れるチャンピオンが王座に座るフレンドシップカップ。

 そして、もう一つが此度催されるフォーチュンカップだ。

 なんでも、かつてのチャンピオンが訳あって王座の地位を退位。

 それによって空位になった王座を巡ってというのが、今回の大会の目的なんだとか。

 シティのデュエリストなら誰もが憧れる、この街における二大大会の片割れ。

 それに、偶然とはいえ参加しちゃう俺の場違い感よ。

 絶対に出るんだ! と意気込んでいたガキンチョ二人に申し訳ない気分満載だぜい。

 

 そして、エキシビションマッチについてだが。

 本来ならフォーチュンカップの王者が務めるのだが、生憎と彼は不在。

 よって、フレンドシップカップ王者のチャンピオンが代役を務め、その相手が俺という訳。

 思うんだけど、これって挑戦者をチャンピオンが圧勝し、王者の威光を云々のアレだと思うの。

 これってお礼じゃなくてただの見せしめじゃね? と思ったのは一度だけではない。

 まあ良いんだけどね、お偉いさん方の思惑とか別にどうでもいいし。

 デュエルエナジーという目的もあるが、それを抜きにしてもワクワクが止まりません。

 だってチャンピオンとデュエルだぜ? 

 憧れの存在とデュエルする、こんなシチュエーションで高揚しないデュエリストなどいません。

 胸を借りるつもりで全力で当たる所存ですと、俺は昨日まで張り切っていた。

 

 だが、しかし――。

 

 デュエル開始前にチャンピオンとのマイクパフォーマンスをお願いしますって。

 あの会場の運営スタッフさん、そういう大事なことは前もって伝えといてくれません?

 ヤバいよ、只でさえここ最近今日という日が待ちきれなくて全然寝れてないのに。

 お陰で日記帳が口上を暗記するための書き取り帳みたいな感じになっている件について。

 前のページとか半端ない書き込み量でページが真っ黒クロスケなり。

 本来なら日記を書く余裕もないのだが、それだけ緊張してるってことで。

 

 噛んだらどうしよう。

 緊張のし過ぎで変な声とか出たりしないよね?

 というか、緊張のあまり覚えたこと直前で全部吹っ飛んだらどないすんねん。

 

 俺とて、過去におじさまの代役でアクションデュエル王座決定戦に出場した身。

 だがしかし、アレは前口上なんぞ無いに等しかった。

 口調は事務的で、口にしたのは最低限の状況説明だけ。

 他は全て素足ちゃんに丸投げで、後はデュエルに集中すればいいだけだった。

 こうして日記に書いてみると明らかになる素足ちゃんの出鱈目さと俺の不甲斐なさよ。

 

 しかもだ、これから行われるのはライディングデュエルなるものだとか。

 ルールは簡単、バイクに乗ってデュエルをする、ただそれだけ。

 ――危ないって! 降りてデュエルした方がいいって!

 そんな俺の扱く真っ当な意見は当然のように受け入れられる訳もなく。

 でも待て、思い返せばアクションデュエルも結構危ないような気も。

 実体化したモンスターに乗るとか、ある意味バイクに乗るよりも危険じゃね?

 加えて、妨害やアクション魔法、トラップなど多種多様なギミックなどなど。

 対して、バイクに乗るといっても、操縦はオートパイロットでどうとでもなるという。

 

 ――アレ? ライディングデュエルの方がシンプルで安全じゃね? そう思うのって俺だけ? 

 

 もうね、こうなったらなるようになるしかない。

 それにほら、俺ってば本番に強い漢だし? つかデュエリストだし?

 うん、デュエリストってことで色々となんとかなりそうに思えてきました。

 頑張るぞい! と闘志を燃やす俺氏に、ちょうどいいタイミングで声を掛けるスタッフさん。

 というか君メチャ若いね、バナ娘やリン娘と同い年くらいじゃね?

 名前を聞けば、遊戯王ファンならば誰もが浮かぶ有名フレーズが脳裏にリフレイン。

 一人思い出し笑いをする俺氏は前方不注意で、床にマイデッキをぶちまけることに。

 

 うわはずっ、マジ恥ずかしい、恥かちいよー!

 急ぎ掻き集める俺を手伝うこの子マジ良い子、トムの勝ちでーす! は伊達じゃないぜ。

 そんな風に内心思いながらもカードを集めきり、俺氏ほっと一息。

 だが、前を見遣れば、トムは一枚のカードを持ち、カードと俺とを何度も見比べる。

 対し、俺氏はデュエリストとしてのカード透視能力を用い、トムの持つカードをサーチ。

 結果、二十代先生のデッキに何故入っているのか理解不能なカード筆頭のアレだと判明した。

 確かにマイデッキとのシナジー皆無なんだけどね。 

 アニメでの活躍は散々だったから、だからこそ活躍させたいという想いが俺にはあって――

 

 

 ――レベルも攻撃力も効果も弱い……こんな雑魚カードをどうしてデッキに入れてるんですか?

 

 

 純粋に疑問でしかない、トムの問いかけに悪意はなかった。

 だからこそ、俺は何も言わなかった。

 この世に使えないカードなんてない。

 それを証明するにはデュエルしかないと、無言でその場を後にするのだった。

 

 

 ――あれ、マイクパフォーマンスで言うセリフってどんな感じだったっけ?

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

「デュエルはエンターテインメントでなければならない!」

 

 

 スポットライトが照らす先。

 世界に一つしか存在しないDホイール≪ホイール・オブ・フォーチュン≫に跨り。

 チャンピオンは観客に向かって高々に叫んだ。

 

 

「最初から全力で掛かっていたら一瞬だ!」

 

 

 チャンピオンの言葉に偽りはない。

 圧倒的な力で並居る敵を蹂躙し、そこが最初からあるべき場所であるかのように玉座に座る。

 孤高にして絶対、それはまさしく王者の風格。

 そんなチャンピオンの誕生に、シティが、世界が湧いたのだ。

 

 

「故に、己のピンチを演出し、鮮やかな反撃を持って、観客のカタルシスを掴む!」

 

 

 だが、そんなチャンピオンの瞳にあるのは憂いだった。

 王者であるが故に、強過ぎるが故に、孤高であるが故に、だからこそ足りないものがあった。

 共に研鑽を詰み、高め合い、高みへと昇るために必要不可欠な存在。 

 即ち、ライバルであり理解者。

 ある者は自分を利用しようと媚び諂い、ある者は裏切者だと敵愾心を剥き出しにされる日々。

 得た地位は現状を停滞させ、それが苛立ちへと繋がっていくという悪循環に。

 

 

「皆に宣言しよう! 今夜、奴を倒すターン数は――」

 

「おい」

 

 

 こんなものじゃ満足できない。

 そんな想いを抱いている時だった。

 

 

 

「デュエルしろよ」

 

 

 

 彼が、目の前に現れたのは。

 

 

「……貴様、は」

 

 

 その時初めて、チャンピオンは対戦者である彼の顔を見た。

 見覚えのある顔だった。

 子供達の保護者を名乗り、ペコペコと頭を下げる、己の意志を持たぬ弱者。

 今まで無言だったのも会場の雰囲気に呑まれたのだと、そう思われても仕方がないのに。

 だが、目の前の彼はどうだ。

 不遜な眼差しで、威風堂々とチャンピオンを見据える、その絶対的なまでの強者の佇まい。

 それを証明するかのように、あれだけ煩かった観客の歓声や雑言は静まり返る。

 無意識のうちに浮かんだ笑みは、歓喜だった。

 

 

「面白い……面白いぞ挑戦者! 言葉は無粋! デュエルで語れと! それが貴様の答えか!」

 

 

 滾る、滾る、滾る。

 呼応するように、デッキに眠る魂のカードが熱き咆哮を迸らせた。

 

 

「デュエルとは相手との対話! 貴様の魂の叫び、此度のデュエルでぶつけてこい!」

 

 

 ならばこそ、応えなければ。

 久方ぶりに対峙する、己が全力をぶつけるに足るデュエリストに。

 天を貫かんと掲げた指先は、そのための決意表明。

 絶対に負けない、絶対に引かない、絶対に勝つ。

 そのための宣言を、今ここに。

 

 

 

「クイーンは一人! この私だ!」

 

 

 

 フォーチュンカップの前夜祭。

 最強女王と無名のデュエリストとのエキシビションマッチが、開幕した。

 

 

 

 

 




シンクロ次元にこういう奴がいたら良かったのにという作者の妄想でも本作は成り立っています。

アークファイブ最新話で明かされた衝撃の真実。
零羅きゅんは男の子なのか、男の娘なのか、女の子なのか、TSさせるべきなのかそうでないのか。
長髪な零羅に衝撃を受けたのは作者だけではない筈だと思いたい。


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日記15

 $月£日

 

 エキシビジョンマッチを何とか乗り切り、時刻は深夜。

 俺はベッドの中で惰眠を貪っていた。

 というのは仮の姿で、真相は此度の失態を振り返りながら悶え休んでいたりする。

 

 クイーンは強かった。

 ぶっちゃけ、今までデュエルした中で最強だと断言できるくらいにはだ。

 デッキ構築力、卓越したデュエルタクティクス、観客を味方に付ける圧倒的なカリスマ性。

 俺なんかとは比べるのも烏滸がましくて、唯一勝ってるのって運というかドロー力くらい?

 というか、俺からドロー力を取ったら何が残るのかしら、馬の骨とか?

 ははっ、書いてて泣きたくなるとはこのことか。

 

 そんなクイーン相手に引き分けというのは、我ながら大金星だと思う今日のこの頃。

 

 はい、エキシビションマッチの結果はまさかの引き分けです。

 引き分けとか、そこそこある遊戯王歴で初めての事態だぜ。

 クイーンが使用した罠カードが原因だが、あの人ホント負けず嫌い。

 最初はね、俺もこの人スゲーって感心してたんだよ。

 魔法や罠、手札誘発など用いる札全てを使ってエースをサポートする彼女のデュエルスタイル。

 俺みたいに大好きなカード達全員で戦うスタイルとは真逆。

 でも、こんな戦い方もあるのだと、素直に感心したものだ。

 更には、前代未聞のダブルチューニングなるぶっ飛んだシンクロ召喚まで披露。

 全く、クイーンは最高だぜ! とあの時の俺は呑気にそう思っていたんだけどね。

 

 

 全ての始まりは、俺がクイーンのエースモンスターの進化体を正面突破してからだった。

 

 

 一瞬の静寂、直後に湧き上がる大歓声。

 デュエルには勝利していない、しかしある意味では勝利したも同然の結果だった。

 後から知った話だが、過去にクイーンのエースを倒したデュエリストは皆無なんだとか。

 進化体である暴君は言うに及ばず。

 そんな絶対無敵のエース討伐という快挙を成し遂げた俺に、観客の反応は自明の理。

 でもね、俺ってば見ちゃったんだよね。

 クイーンのデッキに、メチャクチャ見覚えのある光が宿ったのを。

 

 はい、カードは創造した(きりっ)です、本当にありがとうございました。

 それから出るわ出るわ、怒涛の勢いで繰り出されるエースの派生体たち。

 琰魔竜? アビス? ベリアル? カラミティ?

 悪魔がなんぼのもんじゃい! とばかりに意気込む俺氏が死に物狂いで討伐に成功。

 勝利を確信した俺氏が見たのは、再びクイーンのデッキから煌めく絶望の輝きで。

 レモン? バスター? セイヴァー? スカーレッド?

 気分はラスボスっぽい中ボス戦の後、連戦でラスボスと戦い、そのまま裏ボスと戦う感じ。

 

 正直、何度敗北を覚悟したことか。

 クイーンのデッキって防御札もだけど、蘇生札も中々に豊富でね。

 再利用とかされたらオワコンだったけど、そんな時にメタ的に突き刺さったカードがあった。

 何を隠そう、エキシビションマッチ前にトムから雑魚カード扱いされたアレだ。

 

 

 レベル3で!

 地属性魔法使い族で!

 攻守400で!

 1ターンに一度、相手の墓地カードを1枚除外するという効果を持つ! (←ここ重要!

 二十代先生のデッキに何故入っているのか理解不能なカード筆頭とされているあのカードだ!

 

 

 いやー、ホントあの娘がいなかったら間違いなく負けてたわ。

 とにかくぶっ倒したら即除外! 

 そんなことを繰り返したからこそ、悪夢再びなんて展開にならずに済んだのである。

 アニメでは活躍の場など皆無だっただけに、この娘も報われたのではなかろうか。

 だが、その為に払った代償は大きかった。

 具体的に言うと、この娘の戦線維持のためにカード使い過ぎてデッキ切れ寸前です。

 LPではクイーンを上回っていても、ドローが出来なければデュエルの続行は不可能。

 最後の賭けだとバーニングソウっにビヨンド・ザ・レインボーホールをブチかますが――。

 続く直接攻撃をクイーンに防がれ、この時点での俺のデッキ枚数はゼロ。

 敗北は不可避、でもサレンダーだけは絶対にしないなぜなら俺はガッチャ教徒だから!

 そんな俺の覚悟は次の瞬間、虹色過労死が粉砕! 玉砕! 大喝采! されて無と消えた。 

 クイーンの罠カードによって、此度のデュエルは引き分けという形で幕を閉じるのだった。

 

 観客の皆さんが満足したのがせめてもの救いか。

 クイーンのエースに進化体、派生体等々山ほど見れた訳だし、そりゃ満足せざるを得んわな。

 そんな感じでエキシビションマッチは大成功で幕を閉じ、翌日の本戦に胸が高まる。

 最後明らかに情け掛けられてるけど、あれだけ色々とぶった押したのだ、俺氏完全燃焼です。

 そんな俺に待ったをかけたのが、今宵の対戦相手であるクイーン。

 まるで射殺さんばかりの視線に、俺は悟った。

 クイーンはお怒りだ、そしてその原因が俺にあるということを。

 

 ゴメンないさい、決してワザとじゃないんです。

 エキシビションマッチ開始前のマイクパフォーマンス、途中でぶった切ってホント申し訳ない。

 でもね、これだけは言わせて俺も精一杯頑張ったんだよ!

 直前にスタッフさんからマイクパフォーマンスお願いしますと軽い気持ちで頼まれたけどさ。

 俺だって一生懸命考えて暗記してこのデュエルに望んだんだよ!

 でもね、忘れちゃったんだよ頭から完全に覚えた口上全部!

 クイーンが何か言っている間に思い出そうと必死になって頭を捻ったけど全く浮かばず。

 咄嗟に浮かんだ言葉は余りにも失礼極まりなくて、その上タイミングは最悪で。

 なんだよ、おいデュエルしろよって! どんだけコミュ障なんだって話だよ!

 

 死刑宣告を待つ被告人の如く、無言の俺氏に、クイーンは問うた。

 ――貴様の名は?

 だからこそ、俺は正直に答えた。

 ――決勝にて待つ。それまで貴様は絶対に負けるな。この私以外、誰にもだ。

 その言葉を最後に、クイーンはさっとロングコートを翻し、去って行ったのだった。

 

 あのー、クイーンさんや?

 大変申し上げにくいのですが、俺の出番ってエキシビションマッチだけなんですけど。

 本戦に俺の名前登録されてないんだけど。

 本来なら指摘すべき内容だが、これ以上にクイーンのお怒りを買う訳にもいかず。

 ふと視線を下ろせば、目に移ったのはデュエルディスクに表示されたデュエルエナジー残量。

 それは満タンを占める色に染まり、つまり先程のクイーンとの一戦のおかげな訳で。

 

 

 全くもって困ったことに、俺は今すぐにでも融合次元へ渡れるようになったのだった。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 -月+日

 

 フォーチュンカップ当日の朝。

 俺は行政評議会の年寄り連中に呼び出された。

 連中のいうお礼は終わり、これで漸くお役目ゴメン。

 何も言わず孤児院を出て行った訳だ、早いところ皆の誤解を解かねば。

 

 ――あなたにはフォーチュンカップ本戦に出場してもらいます。

 

 だから、年寄り連中の次の言葉に、俺の頭は咄嗟に理解することが出来なかった。

 茫然とする俺に、連中はつらつらと言い訳染みた言葉を重ねていく。

 曰く、昨夜のエキシビションマッチにより俺の知名度はシティ中に席巻。

 俺に関しての情報を求める連絡が大会運営本部に殺到する中、その問い合わせがあったとか。

 何故俺がフォーチュンカップ本戦に出場していないのか、という内容。

 時間の経過とともにそれは増していくが、本来ならばそれで終わりの筈だった。

 大会の出場は本人の意思次第、それが当たり前。

 でも、此処は俺の考える常識がまるで当て嵌まらない、そんな世界だったのだ。

 

 馬鹿な俺でも、行政評議会を名乗る年寄り連中が相応の地位に立つ者だと理解できる。

 だから、何らかの思惑が連中にはあって、俺はそれに巻き込まれた。

 所謂権力ってやつなのだろう。

 それを悟って、理解して、呑み込んで――当然のようにブチ切れて。

 デュエルエナジーが貯まって、次元移動が可能になって、でも俺はそれをしない。

 当り前だ、スタンダードの時と違って、俺はまだこの次元にやり残したことがあるんだ。

 

 

 俺はまだ、バナ娘にごめんって謝っていないのだから。

 

 

 本当ならフォーチュンカップのエキシビションマッチだって出るつもりはなかった。

 でも、出なければ皆に迷惑が掛かるから。

 だから、なるべく年寄り連中のやりたいようにやらせ、穏便に事を済まそうとしたんだ。

 それが、その結果がこれだ。

 俯き、乾いた笑い声が零れ、顔を上げた瞬間、年寄り連中が息を呑むのが分かる。

 視界が真っ赤に染まり、そのことを一瞬懐かしいと感じた俺の脳裏に浮かぶもの。 

 そうだ、融合次元でハゲ相手にやらかした、例の一件だ。

 でも、あの時止めてくれた素足ちゃんみたいな存在は、今は誰もいない。

 自然とデッキトップに手を掛ける俺を止める者は、誰も居ないのだ。

 

 

 次の瞬間、現れたモニターに映る映像に、俺の指は止まった。

 

 

 それは、本戦出場者の一覧が記されたトーナメント表。

 そこには俺の名前の他、見覚えの在り過ぎる名前が二つ、表示されていたから。

 冷水を浴びせられたみたいに思考が冷え、視線を外した先。

 未だに表情が硬い年寄り連中の中、唯一始終笑顔を絶やさなかったリーダー格のクソ爺。

 その顔を胸に刻む。

 絶対に大会が終わった暁には、その面に一発ブチかまし一生床の上で生活させてやると。

 

 ――バナ娘とリン娘、この大会に出たいってずっと言ってたからなぁ。

 

 トーナメント表に記された、彼女達の名前。

 結果的に願いが叶ったことを喜ぼうと、俺は自分に言い聞かせるのだった。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

         ┏ 俺氏

       ┏ ┫

       ┃ ┗ デュエルカウンセラー

     ┏ ┫

     ┃ ┃ ┏ ただのおじさん

     ┃ ┗ ┫

     ┃   ┗ マスクでナイトな人

   ┏ ┫ 

   ┃ ┃   ┏ 秘書子

   ┃ ┃ ┏ ┫

   ┃ ┃ ┃ ┗ リン娘

   ┃ ┗ ┫ 

   ┃   ┃ ┏ 匿名希望

   ┃   ┗ ┫

   ┃     ┗ ワンターンスリーキルゥ

優勝 ┫

   ┃     ┏ リアリスト

   ┃   ┏ ┫

   ┃   ┃ ┗ 不満足

   ┃ ┏ ┫

   ┃ ┃ ┃ ┏ バナ娘

   ┃ ┃ ┗ ┫

   ┃ ┃   ┗ 童実野高校の風紀委員

   ┗ ┫

     ┃   ┏ ゲンスルー

     ┃ ┏ ┫

     ┃ ┃ ┗ 闇御輿

     ┗ ┫

       ┃ ┏ クイーン

       ┗ ┫

         ┗ 雑魚だったろ、相手

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 -月+日

 

 本日の日記第二弾。

 長くなったので前後編でお届けしようと思う次第。

 ちなみに、間に挟んでいるのはトーナメント表だったり。

 実名は日記と言えど基本NGということで、名前については俺のフィーリングで決めています。

 

 どうやら本日は本戦出場者の紹介だけで、開幕戦は明日から。

 そんな訳で、俺氏含め本戦出場者である16名が会場へ終結することに。

 その中には当然のようにバナ娘とリン娘の姿もあり、当然のように怒られる俺氏。

 一応俺ってば被害者なんだけどね。

 自分達の許可なく何処かに行くなって、随分と懐かしいフレーズだなおい。

 まずは再会のハグを交わそうとしたら揃って距離を取られ、俺氏ぐすん。

 でもまあ、とにかく二人が無事でよかったぜ。

 ならばと、ここまでの経緯をしっかり者のリン娘に問うてみた結果なのだが。

 

 1.俺を連行した警察連中が孤児院に再び訪れたんだとか。

 2.警戒する二人に、フォーチュンカップ出場の招待状を授与。

 3.憧れの舞台に出れるとあってバナ娘は二つ返事でOK。

 4.止めようとするリン娘も流れで一緒に強制ゴー。

 5.一応リン娘の方から孤児院には連絡しているので、取り敢えずは大丈夫とのこと。

 

 俺は無言でリン娘の肩にポンっと手を置いた、ホントご苦労様です。

 そして、バナ娘に知らない人にはついていかないという常識を説くと決めることに。

 心配して損をしたと、でも二人が元気そうで本当に良かったと。

 ならばと、早々に問題を片付けようとバナ娘に接近。

 当然のように逃げ出すバナ娘を追い掛ける俺氏の背中に、その視線は突き刺さった。

 

 一つはクイーン。

 本来なら優勝者が王者への挑戦権を得るのだが、生憎現在の王座は空位のまま。

 よって、クイーンも一転してただの挑戦者な訳で、そんな彼女の熱視線に俺氏タジタジ。

 ごめんなさい、熱視線とか見栄張りました。

 視線で人が殺せそうです、寧ろ凍えそうです視線が寒々し過ぎて。 

 そんな彼女の雰囲気のせいか。

 いつの間にか色紙とサインペンを用意したガキンチョ二人も声を掛けることは叶わず。

 

 そして、もう一つなんだけどね。

 全身をすっぽりと覆うコートのせいで、性別すら判別できない。

 背丈はガキンチョ二人と同じくらい、恐らくだが歳もそう変わらない筈だ。

 その上、トーナメントに表示されている名前は匿名希望とまあ怪しいのなんの。

 そんな胡散臭さ満点の不審者に、何故か視線を向けられている訳なのだが。

 何故だろう、不思議と初対面のような気がしないのは。

 寧ろ、懐かしさと言えばいいのか、そんな温かな気持ちすら抱いてしまうのは。

 それと、気のせいか俺だけじゃなくバナ娘やリン娘にも同様の熱視線。

 特にリン娘に向ける視線には怒りというか、良くない感情が籠っているような。

 リン娘もそれを感じ取ったのだろう、俺の背中に隠れ、俺も安心させようと頭をぽんっ。

 途端、匿名希望は声にならない叫びを上げ、ズカズカとこちらにやって来るではないか。

 すぐに保護者っぽい人に捕まり遠ざけられたんだけどね。

 こちらも同様の全身を覆うコートを羽織っているが、ガタイの良さが半端ないぜ。

 デュエリスト・クラッシャーとタメを張れるのではなかろうか。

 そんな大人不審者が子供不審者の首根っこを掴み、掴まれた方がガミガミと文句で吠える。

 さながらヤンチャな小犬の手綱を握る飼い主の構図だった。

 うーん、やっぱり見覚えがあるというか、何処かで見たことのある光景のような。 

 

 そんなこんなな感じで、フォーチュンカップ初日を乗り切った俺氏。

 バナ娘とリン娘が子供で、俺が保護者だと知った運営スタッフさんが気を利かせてくれたのか。

 俺とバナ娘、リン娘で高級ホテルのような空間を貸し切れるということに。

 ナイス判断だぜ運営スタッフさん! 

 早速バナ娘に謝ろうとした俺の目の前で、バナ娘は個室に入り、カチリと扉をロック。

 立ち尽くす俺氏の肩を、背伸びしたリン娘がポンっと優しく叩くのだった、マル。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 Ζ月ΖΖ日

 

 朗報:リン娘、初戦突破!!

 

 めでたい、めでたいよ本当に。

 実を言うと、俺はともかくガキンチョ二人って前評判とかあんまりだったからね。

 そりゃそうだ、クイーンとエキシビションマッチでやり合った俺と違い、二人の前情報は皆無。

 一応天才キッズという触れ込みだが、見た目はどう見ても小学生そこそこ。

 二人と当たる対戦相手はラッキーだなと、そんな風に思われていたのだが。

 

 前評判なんざ関係ねぇ! と言わんばかりに、リン娘はエースモンスターをシンクロ召喚。

 豪快に初戦を飾ったことで、今では前評判に偽りなしと各雑誌で取り上げられていたり。

 一部ではコモンズのくせになんて心無い声もあったりするが、ある意味では当然だったり。

 もう一方のフレンドシップカップと違い、フォーチュンカップは格式高い大会で有名なのだ。

 基本的に大会出場者はトップスか、彼等に雇われたデュエリストに限る。

 コモンズであり、かつ子供な二人が出場するのは今までに類を見ない異常事態なんだとか。

 そんな状況下で、見事初戦を勝利で飾ったリン娘は良くも悪くも注目を浴びてしまうことに。

 でも、たぶんだが、リン娘が子供っているのが大きな要因なんだろうね。

 観客からの評判は肯定的な意見が大半。

 子供が頑張っている姿っていうのは、どの世代からも肯定的に捉えられるのが世の常だ。

 バナ娘の試合はまだ先だが、俺は微塵も心配などしてない。

 俺が孤児院に来た時は戦績はリン娘が上だったが、バナ娘が水晶竜を創造して以来完全な互角。

 二人と毎日のようにデュエルしている俺だから分かる、二人は日進月歩で成長していると。

 事実、先程のデュエルを観戦した限りでは、リン娘は前よりも強くなっていたのだから。

 

 まったく、小学生は最高だぜ!!

 

 そして、俺の方はだが、ダークホースやら台風の目扱いされてます。

 初戦については、デュエルカウンセラーだのプロフェッサーだの前書きの多いのが相手だった。

 奴については特に語ることはない。

 いや、語りたくないと言えばいいのか。

 見た目は虫も殺せぬ物腰の柔らかそうな人だったが、デュエルを進めるうちに少しずつ豹変。

 心理フェイズでこちらのメンタルを削り、その様子に愉悦する、まごうことなき魔性の変態。

 デュエリスト・クラッシャーのような犯罪者ではないが、予備軍間違いなし。

 おいおいこれじゃMeの勝ちじゃないか! と言わんばかりの手札だったのでワンキルを敢行。

 お陰で余計な注目を浴び、クイーンとの一戦はマグレではないと畏怖されることに。

 観客にドン引きされたよ対戦相手じゃなく俺が!

 じゃあお前等俺と同じ立場で仲良くあの変態とデュエル出来んのか、あ゛あ゛!?

 そんな感じで激おこプンプン丸な後味の悪いデュエルだったぜホント、ヽ(`Д´)ノプンプン

 しかし、今にして思えばデュエルを全力で楽しむガッチャ教の教えに反する内容だった。

 デュエリスト・クラッシャーと対峙した時以上の身の危険を感じたからだが、猛省せねば。

 

 話は変わり、次の勝者がリン娘の対戦相手。

 個人的に気になっている匿名希望の初戦とあって、俺氏とリン娘は偵察now。

 バナ娘はどうしたって? 

 誘ったけど断られたよ、トホホ……。

 

 基本、フォーチュンカップ出場者は開催地のスタジアムから外には出れない。

 俺なんかは軟禁目的だが、基本的に外部との接触を断つことで公平を期すためだ。

 それさえ守れば、待っているのは大会運営委員会によるVIPな待遇。

 こうして専用の観客席で優雅に黄色いいたちなるカップ麺を喰えるのもそのため。

 ピエロおじさんに触発され、今ではカップ麺がソウルフードになった俺氏。

 しかし、相も変わらず湯を入れてから出来上がるまでの待ち時間とはマジ苦行だぜ。

 なので、待ち時間はこうして日記を書いて潰しています。

 早くは始まらないからなー、匿名希望のデュエルー。

 ――などと、その時の俺は呑気にも思っていたんだけれどもね。

 

 

「二体のモンスターをリリースし、アドバンス召喚!」

 

 

 それは、機械というにはあまりにも大き過ぎた。

 大きく、分厚く、重く、そして大雑把すぎた。

 それは、まさに鉄塊であった。

 

 でも、一目で心を奪われた。

 大きさは力強さを、分厚さは頼もしさを、重さは逞しさを。

 一見大雑把に見えて、その実緻密な計算が施された完璧なフォルム。

 それは、古より伝わりし伝説の機械、まさに巨人の名を冠するに相応しい佇まいだった。

 

 

 

 

「起動しろ! いにしえの巨人! ――――≪古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)≫!!」

 

 

 

 

 匿名希望がデュエルで召喚したのは、俺が最も尊敬する理想の教師のエースカードだった。

 

 

「これで最後だ! ≪古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)≫で攻撃! アルティメット・パウンド!」

 

 

 うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

 クロノス先生ぇえええええええええええええええええええええええええええ!!!

 匿名希望ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

 俺とデュエルしろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

 

 

 

 

 




注)作中でも紹介したようにトーナメント表の名前は作者のフィーリングなので悪しからず。

原作アニメでは強キャラ扱いで作者も心からそう思うバナ娘。
シンクロ竜や水晶竜などOCGでも猛威を振るう結構なガチデッキのSR。
そんなバナ娘よりも強いと原作アニメで明言されたリン娘はさずがのストロングシリーズだぜ。


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日記16

 -月+日

 

 伸びた黄色いいたちを完食したその日。

 俺はこの世界にトリップして初めて、運命の出会いというものを果たしたと思う。

 それくらい、匿名希望のデュエルは、俺を心の底から満足させるものだった。

 

 アニメGXで、主人公に最初に立ちはだかる障害。

 我らが理想の教師たるクロノス先生の晴れ舞台は今でも鮮明に思い出すことが出来る。

 あの御方は実技担当の最高責任者であり、それはデュエルでも遺憾なく発揮されていた。

 所謂、暗黒の中世デッキ――そのデッキのエースカード≪古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)≫。

 最上級モンスターであり、しかしこのカードは特殊召喚が出来ないデメリットを抱えている。

 そんな制約がある中、あの御方はほぼ毎回異なる召喚法を決めているのだ。

 多彩なデュエルタクティクスはなるほど、さすがは実技担当最高責任者。

 卒業デュエルでの3体同時召喚なんかは満足するしかないじゃないか状態だったぜ。

 

 上級モンスターの代わりにシンクロモンスターが覇権を争う、それこそがここシンクロ次元。

 名前についてはアレです、シンクロ召喚ばっかりという俺氏の安易な発想から。

 とにかく、そんな中でアドバンス召喚からの≪古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)≫降臨の流れ。

 基本に忠実なプレイング、攻撃名を叫ぶところなんかも俺的にポイント高いよホント。

 うむ、やはり匿名希望は実に俺好みのデュエルをする奴だ。

 是非一戦交えたい、そしてアンティークギアに、クロノス先生について語り明かしたい。

 見るからに不審者スタイルな奴に不用意に近付いて大丈夫なのかだって?

 光のデュエルの象徴であるアンティークギアを使うデュエリストに悪い奴などいる者か。

 そんな風に、準決勝で当たるかもしれない匿名希望との対戦に胸を馳せていたんだけどね。

 

 

 ――俺はこの時、油断していた。隣で絶対零度の笑顔をこちらに向けるリン娘の存在を。

 

 

 俺が匿名希望とデュエルする。

 つまり、それは準々決勝でリン娘が匿名希望に敗北することを意味している。

 味方だと思っていた奴が次の対戦相手の勝利を嬉々として語るのだ、リン娘の怒りは尤もだ。

 怖かった、超怖かった、┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨ って鳴ってたよマジで。

 後退る俺氏を壁に追い詰め、壁ドン☆ とかされちゃったりさ。

 退路を断たれた俺氏に、変わらぬ笑顔を浮かべたまま、リン娘は弾む声音で問うてきた。

 

 ――わたしと匿名希望、どっちに勝ってほしい?

 

 返答は、わざわざ日記に記すまでもないだろうことは間違いなかった。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

         ┏ 俺氏

       ┏ ┫

       ┃ 

     ┏ ┫

     ┃ ┃ ┏ ただのおじさん

     ┃ ┗ ┫

     ┃   

   ┏ ┫ 

   ┃ ┃   

   ┃ ┃ ┏ ┫

   ┃ ┃ ┃ ┗ リン娘

   ┃ ┗ ┫ 

   ┃   ┃ ┏ 匿名希望

   ┃   ┗ ┫

   ┃     

優勝 ┫

   ┃     

   ┃   ┏ ┫

   ┃   ┃ ┗ 不満足

   ┃ ┏ ┫

   ┃ ┃ ┃ ┏ バナ娘

   ┃ ┃ ┗ ┫

   ┃ ┃   

   ┗ ┫

     ┃   

     ┃ ┏ ┫

     ┃ ┃ ┗ 闇御輿

     ┗ ┫

       ┃ ┏ クイーン

       ┗ ┫

         

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 αβ月γ日

 

 朗報:バナ娘、リン娘に続き一回戦突破!

 

 リン娘の壁ドン☆ から一夜明け、フォーチュンカップ二日目。

 一回戦の後半戦は順調に消化され、準決勝に進んだデュエリストが決定した。

 うち半分が俺の知り合いとか、中々に世間ってば狭いのかしら。

 はい、クイーンが知り合いとかデカい口して申し訳ありませんでした。

 

 クイーンについては心配していなかった。

 というか、俺が心配してるなんて知られたら野獣の眼光で射殺されるのではなかろうか。

 そもそもだ、あの人って観客へのファンサービスを忘れないエンターテイナーの鏡みたいな人だったと俺氏記憶しているんだけどね。

 決して後攻ワンキルなんて相手の見せ場ゼロなデュエルはしない人の筈。

 相手の人泣いてたよ、テンションむっちゃ高い人だったからその反動で一人静かに泣いてたよ。

 そんな対戦相手こと敗者には目もくれず、とある観客席へ向けてびしっと指差し。

 はい、俺目掛けてです、気のせいとかそんなのはありえねぇっス。

 テメェこら約束覚えてんだろな破ったらタダじゃおかねぇぞ! 的な宣言ですね絶対。

 俺ってば、実はかなりヤバい人に目を付けられたのではなかろうか。

 強きなお姉様に目を付けられる……ぼくぜったいにけっしょうでくいーんとたたかうんだ!

 

 バナ娘については、結構ギリギリな戦いだった。

 リン娘にもこれは言えて、さすがは本戦出場者と言うべきか。

 秘書子然り、童実野高校の風紀委員は相当なデュエリストと言える。

 やたら墓地肥やしをするカテゴリだと思ったら、満を持して降臨する光と闇の軍勢。

 アレはそう、現実世界で遊戯王に暗黒時代を齎したカオスを彷彿とさせる光景だった。

 秘書子、マジ恐ろしい子! だったぜマジで。

 童実野高校の風紀委員もそうだ、とにかくバナ娘のモンスターを寝取る戦法を取って来る。

 シンクロ竜を寝取られた時は流石に駄目かと思ったが、返しのターンで水晶竜を召喚。

 そのまま劇的勝利を飾ったバナ娘は、同日に行われたクイーン同様の注目度で語られるほど。

 やっぱり小学生は最高だぜ、ガキンチョ二人の成長速度マジパないっすわこれ。

 

 そんな訳で、一回戦は俺氏にリン娘、バナ娘の全員が突破。 

 そんなめでたい結果に、早めの祝勝会を企画した俺ってばマジせっかちさん。

 でもまあ、やって良かったと思うよホント。

 断られるかなぁと思ってバナ娘誘ったけど、なんとなんとOKとか貰っちゃったりさ。

 相も変わらず俺とは目を合わせないし、かと思えばチラチラと赤い顔で俺の顔見て来るし。

 それでもだ、一緒の空間で、以前のように一緒に食事を取ることが出来た。

 リン娘が仲介してくれたことも大きいが、それにしたって一歩前進だ。

 

 思えば、俺はピエロおじさんに言われたことに固執し過ぎていたのだろう。

 謝らなければ――そんな脅迫概念が俺の中にあったことは否定できない。

 少しずつ段階を踏み、機会を伺い、そして謝罪をする。

 正解かどうかは分からないが、今のバナ娘にはそっちの方が良いような気がするのだ。

 フォーチュンカップという非日常に身を置いているのだから、バナ娘への負担は少ないに限る。

 目の前のデュエリストに全霊を持って集中できる。

 そんな環境作りこそ、今の俺がすべきことなのではないのか。

 でも、だからといって、バナ娘への謝罪を蔑ろには絶対にしない。

 そんな考えから導き出した結論として、日記の中ではあるか俺氏宣言しちゃいます。

 

 

 ――俺、この大会が終わったら、バナ娘にキチンと謝るんだ……。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 a月α日

 

 匿名希望……奴は一体何者なんだ……。

 経歴や本名は勿論のこと、素顔すら判別できぬ謎のデュエリスト。

 ≪古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)≫の一件で俺の内にあった疑問が、殊更膨らんだ一日だった。

 

 本日は準々決勝戦。

 第一試合は俺氏――あっ、一応勝ちました。

 思うんだけど、このトーナメント表って行政評議会の老獪共が絡んでいるのではなかろうか。

 いやね、俺の対戦相手のただのおじさんね、アレだった。

 変人だった、具体的にいうと電波な人だった。

 初戦のデュエルカウンセラーといい、俺の対戦相手ってホントこんなのばっか。

 というかなんやねん、サイコデュエリスト? 俺にはそれになれる素質があると?

 あのすみません、そういう宗教系のお話って俺ってばお断りするって決めてまして。

 

 俺には精霊を統べる力があるとか、そんな謳い文句での勧誘を仕掛けて来るただのおじさん。

 確かに遊戯王、中でもGXではカードの精霊という存在が物語のキーとなっていた。

 遊戯王の世界にトリップした俺だって、最初の頃は俺にも精霊が! とか思ったりもしたよ。

 でもね、俺にカードの精霊なんて憑いてませんいたとしてもそもそも見えもしません!

 マイデッキの相棒がクリクリ~とか、伝説って? ああ! みたいな状況にもなってません!

 でももし、もしもただのおじさんの勧誘を受けることで精霊が見えるようになるのなら――

 くっ、これが宗教勧誘の常套句とでもいうのか!

 ただのおじさんめ、真理フェイズの扱いを熟知していやがるぜ!

 だが、情けない俺をマイデッキが後押し、気付けば手札がオイオイこれじゃMeの(ry 

 勧誘に応じない俺にリアルファイトを仕掛けてきたただのおじさんを返り討ちにするのだった。

 色々と遺恨の残るデュエルだったが、初戦と違いデュエルを楽しめたのがせめてもの救いか。

 サイキック族――俺の知らない未知の種族とかワクワクが止まらんじゃないですかこれぇ!!

 

 そんな経緯を経て、俺は選手専用の観客席へと急ぐ。

 暫しのインターバルの後、次に行われるのはリン娘と匿名希望のデュエル。

 勿論、俺が応援するのはリン娘だ(決して壁ドン☆ が怖かった訳ではない決して

 心の底からリン娘の勝利を願っている(もう一度言うが決して壁ドン☆ が怖かった訳では

 頑張れ! リン娘! 負けるな! (最後にもう一度、壁ドン☆ なんか怖くないもん

 

 

 そんな俺の前に、いつぞやの大人不審者が立ちはだかったのだ。

 

 

 常に匿名希望と一緒に行動を共にしていた、恐らくは保護者ポジだろう人物。

 こうして対峙すると改めて思うが本当にガタイが良い、男として憧れを隠せません。

 相も変わらず全身を覆うコートのせいで容姿は分からぬが、俺の熱視線に反応したのか。

 くぐもった声故に聞き取り辛かったが、大人不審者は口火を切って来た。

 

 ――何故お前はあの二人と行動を共にしている。

 

 キョトンとしたのは、質問の意図が見えなかったから。

 二人というのがバナ娘とリン娘を指すのだろうことは察せたが、俺に分かるのはそれだけ。

 だが、特段秘匿にしている訳でもないため、俺は正直に打ち明けた。

 犯罪者を襲われている所を助け、その経緯から孤児院に厄介になり、今は保護者として。

 懇々と説明する間、大人不審者は口を挟むことなく沈黙を貫く。

 それが俺には、先程の答えが相手にとって満足のいく回答ではないのだと思った。

 

 ――言い方を変えよう。お前があそこまで二人に固執しているのは何故だ。

 

 それを証明するように、大人不審者はもう一度訪ねてきた。

 俺に答える義務も義理もなく、なによりも俺は試合観戦のため急いでいる身だ。

 いい加減インターバルも終わり、そろそろ二人の試合も始まる頃合いの筈。

 だけど、俺は動くこともできず、律儀にも大人不審者に質問に考えを巡らせていた。

 何故かは分からない。

 この人から逃げてはいけないと、俺のデュエリストとしての直観がそうさせているのか。

 

 住所不定な俺に住処を与えてくれたから。

 温かいご飯を、温かい寝床を、温かい笑顔を与えてくれたから。

 俺と行政評議会との抗争に巻き込んでしまったから。

 

 色々な理由が浮かんで、だぶんだけどどれも正解だと思って。

 貸し借りの問題ならば、既に俺と二人はイーブンの関係だ。

 バナ娘への謝罪だって俺の自己満足から来るもので、そもそもバナ娘側はそれを拒んでいる。

 デュエルエナジーも満タンなのだから、今すぐにでも融合次元に渡るべき。 

 文字通り次元を移動する訳だから、今後二人とも会うこともないだろう。

 ならば、どちらを優先させるかなど誰の目から見ても分かり切ったことだろうに。

 

 

 

 バナ娘やリン娘を、トマ娘やユズ娘を見ていると、ワン娘や紫キャベ娘を思い出すから。

 あいつ等を見捨てたら、俺はもう一度二人を裏切ることになるから。

 そんなことをしたら、俺はもう二度とワン娘と紫キャベ娘に顔向けできなくなるから。

 

 

 

 いつの間にか、そう口にしてたものこそが答え。

 たぶんだけど、ずっと考えないようにしていたんだと思う。

 俺が融合次元からスタンダードに渡ったのは、素足ちゃんの次元移動に巻き込まれたから。

 そこに俺の意思は微塵もなくて、ワン娘を紫キャベ娘の教育係だって投げ出す気もなかった。

 でも、それは俺の都合であり、言い訳に過ぎない。

 融合次元に残された二人から見れば、俺は彼女達に何も告げずにいなくなった訳で。

 言葉で伝えることも、書き置きを残すこともせず、ある日突然に。

 そんな俺のことを、ガキンチョ二人はどう思っているのだろうかと。

 

 真っ先に融合次元へ渡り、二人に謝罪をするのが筋というもの。

 だけど、俺は出会ってしまったのだ。

 ワン娘と紫キャベ娘によく似た、別人だと一目で分かるのに、何故か重ねてしまう彼女達に。

 出会ったから、だからこそもう二度と同じ過ちを繰り返してはいけない。

 例え、俺がいつかは現実世界に戻る、本当の別れの瞬間が来たとしても。

 その時に笑って別れられる、そんな最高のハッピーエンドを迎えるために。

 

 などという俺氏の内心諸々を余すことなく曝け出して――はっっっとした!?

 

 ぎゃあああああああああ恥ずかちぃいいいいいいいいいいいい!?

 なに語ってんの!? なに語っちゃってんの!? なに恥ずかしげもなく熱く語ってんのよ!?

 日記にこうして書いている今でさえ悶絶ものの所業である。

 羞恥心から真っ赤になってあうあう言う、そんな俺氏を心なし温かな眼差しで見る大人不審者。

 やめて! そんな目で俺を見ないで! 殺せ俺を! 俺を殺すならカードで殺ぇえええ!?

 踵を返し、脱兎の如く俺氏。

 そんな俺のデュエリストとしての強靭な聴力は、大人不審者が漏らした言葉を拾っていた。

 

 

 ――ならばその想い、デュエルであの娘にぶつけろ。そうしろと私の実戦経験が言っている。

 

 

 あの時は羞恥心がマッハだったからそれどころではなかったんだけどね。

 行先とか考えずに無我夢中で走り回ったから迷子になるし、リン娘の試合には遅刻するし。

 そのせいでリン娘と匿名希望とのデュエルを完全に見逃す俺氏。

 デュエルの後、そのことをリン娘に謝罪する俺氏だったが、彼女は大丈夫と頭を振るだけ。

 それでも平謝りする俺に、ならばとリン娘は一つのお願い事をするのだった。

 

 ――匿名希望と……あの娘とのデュエルから逃げないで。

 

 リン娘と匿名希望のデュエル――結果はリン娘の敗北、匿名希望の勝利。

 にも拘らず、敗者のリン娘にはデュエルの勝敗よりもそのことの方が大事なのだと。

 元よりガッチャ教徒の俺がデュエルから逃げる筈もなく、二つ返事で了承。

 そんな俺に、リン娘は絶対だよ、と念を押し儚げに微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 準決勝、第一試合。

 片やクイーン相手に壮絶なデュエルを繰り広げた無名のデュエリスト。

 片や華麗なデュエルタクティクスで観客を魅了した選手名、匿名希望。

 観客は前歴のない対戦カードに、デュエルの開始を今か今かと胸を躍らせていたのに。

 

 

「――わたしは認めない!!」

 

 

 その声に。

 手を伸ばせば噛み付かんばかりのその気勢に。

 

 

「きさまが! きさまのような卑怯者がデュエリストなど! そんなこと断じて認めはしない!」

 

 

 こちらに真っすぐ突き出された腕を彩る、特徴的な意匠が施されたブレスレット(・・・・・・・・・・・・・・・・・)に。

 

 

「厄介払いが清々したか? きさまはわたしたちのことを疎ましく思っていたものな!? なら! どうしてわたしそっくりのあいつに優しくする? どうしてわたしの友と瓜二つの顔を持つ奴と一緒にいる? そうやってまたきさまは捨てるのか? わたしたちにそうしたように、また……ならば最初から優しくするな! きさまのそういう甘さが、わたしはずっと気に食わなかったのだ!」

 

 

 そして、なによりも。

 一陣の風が、フードの奥に隠された匿名希望の顔を曝け出させて。

 

 

「必死に、やっとの想いでここまで来て……こんな、……こんなの……っ!!」

 

 

 背は、少し伸びただろうか。

 髪は昔から変わらないポニーテールで。 

 頭から顔を覗かす大きなリボンは彼女の荒い気質に似合わず微笑ましくて。

 

 

「…………ゆるさない」

 

 

 ずっと待ち望んでいたのに。

 こうして再会することを夢見ていたのに。

 そのために、ずっと頑張って来たというのに。

 

 

「……ぜったいっ、絶対に許しはしないっ」

 

 

 どうして、こんなにも辛いのだろうか。

 

 

 

 

「きさまだけは―――絶対に許してやるものか!!」

 

 

 

 

 融合次元にいる筈のセレナが、そこにはいた。

 

 

 

 

 




わぁーい、感動の再会だぁーい(震え声


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日記17

 匿名希望の正体、それは融合次元にいる筈のワン娘だった。

 

 アイエエエ!? ワン娘!? ワン娘ナンデ!?

 おまん融合次元におるはずじゃろうがこんな場所になんばしょっとね!?

 紫キャベ娘は? 勲章おじさんは? 男前ヒロインは? 運命ちゃんは何処?

 というかハゲお前んのとこで預かってるガキンチョが家出してんぞぉおおおおおお!?

 

 などという思考は一瞬で沈静化した。

 間違っても表には出すことはないし、そういう空気では決してないし。

 アレだけ再会することを夢見ていたはずが、いざ対面すると何も言葉が浮かばず。

 それをどう捉えたのか、ワン娘はさっさとDホイールに跨りエンジンフルスロットル。

 今頃のようにデュエルが開始していることに気付き、でも俺は何もできなかった。

 

 ガッチャ教徒は全力でデュエルを楽しむ。

 でも、デュエルは必ずしも楽しいものばかりではない。

 ロック、バーン、デッキデス、パーミッション――なんてデッキは個人的に大好物だ。

 これでもかって妨害を掻い潜って勝利するってメチャクチャ爽快じゃね?

 そうではなく、全力でデュエルを楽しむことが、結果的に相手を不愉快にさせてしまうのなら。

 デュエルは相手がいて初めて成立する。

 だから、自分だけがデュエルを楽しむなんて、そんなことはあってはいけない。

 自分一人ではなく、相手と一緒にデュエルを楽しむ――これガッチャ教の真髄なり。

 

 俺にワン娘とデュエルを楽しむ資格などありはしない。

 他の誰でもない、俺がワン娘からデュエルを楽しむという気持ちを奪ってしまったのだから。

 誤解だと、今すぐにでも声高にして叫びたい。

 俺は被害者だと、赤馬家の家族戦争に巻き込まれただけだと、ワン娘を見捨ててなどいないと。

 でも、果たして今のワン娘にそれが伝わるのだろうか。

 ワン娘から見れば、俺はある日突然失踪し、彼女の教育係を投げ出した無責任野郎なのだ。

 俺とワン娘、両者の間にある認識の差異を正さねば前には進めないだろう。

 だから、今の俺達に必要なのは対話で、デュエルなんかをしている場合ではない。

 ガッチャ教の教えには反するが、ワン娘の為を思えば安いものだ。

 デッキトップに手を添え、降参の意を示す言葉を唱えようとして、

 

 

 ――匿名希望と……あの娘とのデュエルから逃げないで。

 

 

 リン娘と交わした約束が、サレンダーと言う未来を拒絶させる。

 そうだよね、俺ってば約束しちゃったもんね。

 ワン娘から一度逃げた俺が、もう一度逃げるなんて真似できる訳ないじゃん。

 それにだ、もう一つ大事なことを俺ってば見失ってたぜい。

 

 

 ――ならばその想い、デュエルであの娘にぶつけろ。

 

 

 この世界に置いて、デュエルとは万能のコミュニケーションツールであることを。

 物凄く今更な話だが、大人不審者の正体って絶対にあの人だよね。

 匿名希望の正体がワン娘だと判明した以上、大人不審者が()であることは間違いない。

 あの人はきっと、こうなるって分かってたんだろう。

 今のワン娘には何を言っても意味がないから、だからデュエルで気持ちを伝えろ。

 ありがとうございます、これまでワン娘の世話を焼いてくれて。

 だから、ここから先は俺が何とかしますさせてみせますとも。

 

 話は変わるが、俺はメタデッキをいうものが嫌いだ。

 中でも、特定の相手を想定した身内メタと呼ばれるものは忌み嫌っている。

 いや、たまたま偶然、対戦相手のデッキがそうだった分には問題ないのだ。

 更に言えば、想定した相手にただ勝ちたくてとかならもっと嬉しいです。

 メタって言い換えれば対策で、それって勝つための努力の形の一つだと思うから。

 先にも述べた通り、妨害札を掻い潜り掴み取った勝利は格別なものだと思っているし。

 俺が嫌っているのは妨害札ではなく、そのデッキを組んだ意図。

 ただ勝ちたいからというプラス感情ではなく、マイナス感情へ傾倒している別の想いなのだ。

 俺と言う一個人を想定して構築されたメタデッキを前にして、改めてこう思ってしまう。

 

 ああっ、俺ってばこいつに嫌われてるんだなぁ――と。

 

 ワン娘のデッキは、俺の知っている彼女ならばまず組まないだろう内容だった。

 俺の知っているワン娘のデッキは、直情型という気質を体現した愚直とも呼べるビートダウン。

 烈火のような苛烈な攻めは、ワン娘の長所であり短所。

 でも、目の前に展開された光景は、その真逆だった。

 融合を多用する俺をデッキの特徴を徹底的に殺しに来た、露骨なまでのメタデッキ。

 手札融合も、フィールド融合も、墓地融合も、除外融合も、デッキ融合すらも封じられた。

 必然的に守勢に回らざるを得ない俺を、アンティークギア固有の魔法・罠封じが攻め立てる。

 デュエルの最中、その気持ちは嫌と言うほどに伝わって来た。

 

 嫌いだ、大嫌いだ、言い訳なんか聞きたくない、絶対に、絶対にお前だけは許しはしない――。

 

 ワン娘は気付いているのだろうか。

 今の彼女のデュエルは、他ならぬ彼女自身が忌み嫌っている卑怯者がやる戦法だということに。

 例え俺が肯定しても、潔癖な彼女ならば到底受け入れられるものではないだろう。

 

 そこまで、それほどまでに俺のことが憎いのか。

 自分のアイデンティティーを曲げてでも、俺という存在を否定したいというのか。

 未だかつて、こんなにも苦しい勝負が、楽しくないと感じるデュエルがあっただろうか。

 今すぐにでもサレンダーをして、目の前のデュエルから逃げ出したい。

 自分のことを忌み嫌う相手とのデュエルがこんなにも辛いものだなんて知らなかったから。

 

 

「――また逃げるのか」

 

 

 不意に、その声が聞こえた。

 

 

「卑怯者。逃げるなど卑怯者がすることだ。それでもきさま、デュエリストか」

 

 

 けれど、何故だろう。

 他ならぬ、その言葉を吐くワン娘自身が。

 誰よりも、俺に対してよりも、自分自身に絶望しているように見えて。

 

 

「それとも……わたしが、お前に勝ったから……だから、いなくなったのか?」

 

 

 脳裏に過った、かつての光景。

 最初に出会ってから暫く、ずっと黒星続きだったワン娘。

 自分が弱いから、だから俺がいなくなると、そんな恐れを抱いた結果、彼女は行方を晦まして。

 でも、デュエルを通して成長し、ついに俺から初の白星を勝ち取った。

 ならばもし、逆に自分が強くなったと実感して。

 そんな時、目の前で俺がいなくなってしまったとしたら、ワン娘はどう思うのだろうか。

 ならば仮に、俺の失踪になんらかの事情があったとワン娘が理解を示していたとして。

 原因に思い至った時、それが自分のせいだと勘違いしていたとしたら。

 

 ふと、ワン娘にフィールドに目をやった。

 そこには≪古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)≫ともう一体、かつての俺がワン娘に与えた、見た目悪役なHERO。

 地属性が主なアンティークギアを闇属性に変えるという面倒な手順を経て、それは召喚された。

 墓地利用やドロー札を多用する俺にとって、奴は天敵と言っていい。

 攻めの一辺倒ではなく、搦め手という術を得た彼女は、昔より堅実なプレイングをしている。

 だけど、それはワン娘というデュエリストの強みを殺す行為だ。

 表面上は俺を圧倒していても、それは俺というデュエリストに対してメタをした結果。

 仮にワン娘本来のデッキで同じことをされていれば、俺のLPはとうの昔に尽きている。

 こうして今も俺が生き延びていることが、何よりの証だったんだ。

 ずっと疑問だった、ワン娘が本来の獣娘デッキではなく、アンティークギアを使う理由。

 態々不得手なアンティークギアを使っているのがもし、俺が考えている通りだとするならば。

 

 ワン娘は弱くなっている。

 なによりも、そうなることをワン娘自身が望んでいる。

 それが、他ならぬ俺が招いてしまった結果なのだとしたら。

 

 ≪古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)≫の召喚を目の当たりにできた興奮から、冷静な判断を下せずにいた。

 ワン娘への罪悪感から、デュエルに消極的になっていた。

 それが、ワン娘が抱える不安を煽る事態になっていたとしたら。

 自分が強くなったから、だから俺がいなくなったのだと思い込んでいるとしたら。

 だから、唯一俺に白星を付けたメタビートである獣娘デッキを封印したとしたら。

 使い慣れないアンティークギアで俺に挑んだが、少しでも自分を弱く見せるためだとしたら。

 まずはそのふざけた幻想をぶち殺す。

 そのために、為すべきことを成せなければ。

 

 

「…………」

 

 

 俺はワン娘の教育係だ。

 始まりはハゲから任されたからで、結果的に見捨てたことになろうと、次元を超えても。

 昔も、今も、これから先もずっと。

 いつかは訪れる、別れの瞬間まで、俺はワン娘の先生なんだ。

 

 

「――最強デュエリストのデュエルは全て必然!」

 

 

 証明しろ、このデュエルで。

 ワン娘よりも俺の方が強いということを。

 かつて付けられた黒星が霞むような、そんな圧倒的な強者であることを。

 

 

「ドローカードさえもデュエリストが創造する!」

 

 

 ワン娘のために、俺は最強でありたい。

 そうなれば、もうワン娘を悲しませずに済む筈だから。

 

 

「俺のドローは奇跡を起こすぜ! 俺の……タァアアアアアアアアアアアアンッッ!!」

 

 

 できるできないじゃない。

 やれ、やるんだ、やり遂げてみせろ。

 何度も味わってきた、何度も体感してきた、何度もこの目で見てきた。

 これまで戦ってきたデュエリスト達が成し得た奇跡を、この手で引き起こせ。

 

 

「俺はチューナーモンスター、≪ジャンク・シンクロン≫を召喚!」

 

 

 光り輝くデッキから、創造されたカードを引き抜く。

 EXデッキが更なる煌きを迸らせる。

 

 

「集いし願いが、新たに輝く星となる! 光さす道となれ!」

 

 

 融合召喚が封じられているのなら、別の召喚方法をすればいい。

 スタンダードではどれだけ試みても出来なかった。

 チューナーをデッキに入れれば手札に来ず、シンクロモンスターはEXデッキから消失する。

 俺には融合しかできないと、無理だと思い込んでしまった。

 でも、俺はワン娘の教育係だから。

 先生なら、教え子のためなら、不可能なんて可能にしてみせろ。

 俺のデッキなら、持ち主の想いぐらい汲み取って見せろ。

 

 

「シンクロ召喚! ――飛翔せよ、≪スターダスト・ドラゴン≫!!」

 

 

 綺麗だ。

 本当に、息を呑むほどに美しい、星屑の舞い散らすドラゴンだ。

 でも、駄目で、これじゃあ足りない。

 まだ、この程度のことでは最強は名乗れない。

 シンクロ召喚の極致、ダブルチューニングを操るクイーンに比べれば、所詮は付け焼刃。

 やはり、俺が最強を名乗れるとしたら、それは融合に置いて他にない。

 

 

「何度でも受け止めてやる! 全部吐き出せ! お前の悲しみを!」

 

 

 虚勢でもいい。

 俺は弱いけど、情けないけど、ワン娘にとっては裏切者でしたないかもしれないけれど。

 悩みがあるなら言ってくれ、打ち明けてくれ。

 生徒の悩みを受け止められないで、どうしてワン娘の教育係が名乗れようか。 

 

 

「――――いくな」

 

 

 ワン娘は、泣いていた。

 

 

「一度だ。わたしはまだ、お前に一度しか勝っていない。だから行くな。いかないでくれ」

 

 

 俺のせいだ。

 俺が不甲斐ないばかりに、自分のせいだと思い詰めさせてしまった。

 

 

「頼む……もう、どこにも行かないでくれっ」

 

 

 ならば、迷うな。

 反省だけをしろ、後悔など時間の無駄だ。

 俺が迷えば、後悔をしている間、ワン娘はずっと泣き続けることになるんだぞ。

 

 

「きらわないで……わたしをおいて、いかないで……!!」

 

 

 イメージしろ、最強の自分を。

 弱くない、情けなくない、不甲斐なくない、ワン娘を笑顔にさせる、そんな――。

 力が欲しい。

 圧倒的な、何者にも勝る、そんな絶対無敵の力が。

 でも、そんな力を手にして、ワン娘は笑ってくれるだろうか。

 力だけを求め、デュエルを楽しまない、恐怖と闇をもたらす、そんなデュエリスト。

 

 

 ――デュエルってのは希望と光を与えるもんだ。恐怖と闇をもたらすものじゃない。

 

 

 違う。

 違うだろう。

 他の誰でもない、俺がそんなデュエリストになっちゃいけない。

 デュエルは光だと、闇ではないのだと、そうワン娘に教えた、他ならぬ俺が、そんな真似。

 生徒は教師の背中を見て育つものだから。

 だから、強くなりたい気持ちは変わらないけれど、それは俺が求める強さじゃない。

 そうじゃなくて、俺が成りたいのは、あの人を置いて他には有り得ない。

 

 

 できることなら、俺はあの人のようなデュエリストになりたい。

 

 

 命を賭けた闇のデュエルで、自分の魂を奪われる、まさにその瞬間であっても。

 命乞いも、泣言も、逃げ出すこともなく。

 守るべきものの盾に、道標に、光に、理想の教育者であり続けたあの人のような。

 弱い時もあった、情けない姿ばかりだった、実技の最高責任者なのに勝率は全然だった。

 初期の頃なんて俗物で、一部の生徒ばかり依怙贔屓する姿は教育者失格だったかもしれない。

 でも、俺は知っている、あの人が人間として、教育者として成長していく過程を。

 誰よりも生徒のために一生懸命だった姿を。

 初めから理想の教育者だったのなら、俺はきっとこんなにも憧れなかった、共感しなかった。

 生徒と一緒に成長していったから、だからこそ俺は、あの人のような教育者になりたいんだ。 

 

 

「絶対無敵! 究極の力を解き放て! ――――発動せよ、≪超融合≫!!」

 

 

 クロノス先生(教師)主人公(生徒)達の光であったように。

 

 

「セレナの≪ダークロウ≫と俺の≪光牙≫、フィールドに存在する2体のM・HEROで融合!」

 

 

 だから、(教育係)も最後までワン娘(生徒)の光であり続ける。

 最強には成れなくても、ワン娘が抱える心の闇すらも照らす、そんな教育係になりたい。

 清濁全てを呑み込み、いつかは訪れる最後(別れ)の瞬間まで、輝き続けて見せると決めたから。

 

 

「闇は光を凌駕できない! これがその答えだ! ―――融合召喚、≪C・HERO(コントラストヒーロー) カオス≫!!」

 

 

 闇属性であり、光属性でもある。

 光の象徴であるクロノス先生と比べ、お前は半人前に過ぎんと嘲笑うNEW HEROの誕生。

 気付けば、俺は笑っていた。

 虚勢を張って背伸びをしても、カードが応える範囲には限界があるから。

 でも、今はこれでいい。

 足りないのなら補え合えばいい。

 クロノス先生も言っていたではないか、生徒を導くことで教師もまた成長するって。

 

 

「≪カオス≫でセレナの≪古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)≫を攻撃!」

 

 

 見ていてください、クロノス先生。

 アニメで主人公の最初の障害となって立ち塞がった、俺の憧れた人のエースモンスター。

 お前を踏み越えて、その先にあるものを掴み取るぞ。

 お前の真の担い手であるクロノス先生のような立派な教育者に、絶対になってみせるぞ。

 

 

「これで最後だ! ――響け! シューティング・ソニック!」

 

 

 流星がワン娘へと駆け抜け、直後に響くデュエル終了のブザー。

 クラッシュ寸前のワン娘を助け出し、抱えた彼女に言うべき第一声は。

 

 

「ごめん――――そして、ただいま」

 

 

 烏滸がましいかもしれないが、俺はやり直したい、

 俺はまだ半人前で、ワン娘もそれは同じで、だからこそできることがあるのだ。

 生徒を導くことで、教師もまた成長する。

 俺は、ワン娘と一緒にこれから強くなるんだと。

 だから、その為の仲直りがしたかったから。

 

 

「……もう、どこにもいくな」

 

 

 背中に回された両手が、ぎゅっと、絶対に離すものかと。

 

 

「ずっと、わたしのそばにいろ」

 

 

 懐かしい感覚に、帰るべき場所へ戻ってこれたんだと心の底から思えて。

 

 

「――ガッチャ。当たり前だろうが、俺はセレナの先生なんだから」

 

 

 

 

 




注)フォーチュンカップで行われるデュエルは全てシンクロ次元全域に生放送されています。


※補足説明
今回のデュエルで創造した≪ジャンク・シンクロン≫及び≪スターダスト・ドラゴン≫について。
本作の主人公の使用カードは≪十代が使用したカード≫という縛りを設けています。
ならば何故主人公が遊星のカードを使用できたのか、理由は以下の通りっス。

1.作者、≪劇場版 遊☆戯☆王 〜超融合! 時空を越えた絆〜≫を久方ぶりに視聴。
2.遊戯&十代&遊星vsパラドックスの変則デュエルで孤軍奮闘するパラドックスを応援。
3.主人公サイドがフィールド、ライフ共有なのを見ておやおやぁ?
4.十代の≪クリボーを呼ぶ笛≫の効果をターンプレイヤーである遊戯が使用。
5.これってフィールドにあるカードは味方全員で共有して使用してるってことになるんじゃね?
6.おっしゃ! ならパラドックス戦で味方が使ったカード全部十代も使ったってことにしたろ!


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