斯くして一色いろはは本物へと相成る。 (たこやんD)
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プロローグ 斯くして本物への歯車は動き始める。

初めまして
この作品は、やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。のifストーリーになります。

さて、このプロローグは自分が書きたい話を書くために、原作とのギャップを埋める目的で書きました。
なので今回いろはは出てきませんが、次回からバンバン出していくつもりです!

無理やりいろはルートに持っていくために話を作ったので
原作の解釈は甘々ですが、どうかご容赦を。

※バレンタインイベント後、雪ノ下と由比ヶ浜の二人が八幡をデートに連れ出して、二人同時に告白した。という設定で、それに対する八幡の返答シーンから始まります


 

冬の灰色の分厚い雲が頭上を覆っている。

雪で軽く湿った、それでいてどこか春の訪れを予感させる、そんな二月の地面をばつが悪そうに見つめ、言った。

 

「俺は今のこの二人に対する気持ちに……いや、そうじゃない。俺を見てくれる、…本当の意味で俺を見てくれる人たちへの気持ちに、名前を付けられないんだ」

 

いるはずがない。あるはずがない。と決めつけていた。

俺をちゃんと見てくれている人も、愛も、友情も。

“本物”と呼べるものなんて存在しない、と。

そんなものはすべて上辺だけのやり取りで、いつかは剥がれ、失ってしまう。

そう思っていた。

いや、そう思うことで目を逸らしてきた。

 

あの日、それを欲しいと願ったというのに、結局はまた目を逸らしている。

 

この一年ほどの間ですっかり広くなってしまった自分の人間関係の輪をぐるりと俯瞰するように、これまでに関わった人たちのことを思い起こす。

こんなにも自然に他人のことが思い起こせることに自分でも驚きつつ、自分の変化の源とも言えるその人たちの記憶を一巡りする。

 

そして…

 

改めてその“目を逸らしてきた”人たちのうちの二人である彼女らを、俺が次の言葉を紡ぐのを黙って待っていてくれる彼女らを、今度はしっかりと見据える。

 

「二人に対してだけじゃない、ここ最近で関わりが深くなった人たちに対しての気持ちが、今感じているこの気持ちがいったいどういうものなのか。俺にはまだわからないんだ。信頼感なのか、友情なのか、責任感なのか、嫌悪なのか。それとも、その……愛情…なのか、とか…」

 

そこまで言って自分でとんでもなく恥ずかしいことを口走っていることに気付き、いっきに顔を背けたくなる。

無意識に自ら羞恥プレイに身を投じるとかもしかしなくても俺ってMなのん?

 

しかしここで視線を外せば、きっともう俺のこの思いは言葉にならない。俺が欲した“本物”は、手に入らない。

 

「大切だってのは、はっきりとわかる」

 

そのことに嘘偽りはない。

誰かを大切に思うということは、その人を傷つける覚悟をすることだ。と、カッコつけた大人が言っていたように、俺は今目の前にいる大切な人を傷つけたくないがために、傷つけようとしている。

 

「でもその大切が、どういった類の大切なのかは、まだ判断できないんだ」

 

我ながらひどい言い草だと思う。

泣きそうになりながら自分の想いを言葉にし、ぶつけてくれた少女たちに対して、どちらを選ぶでもなく、ただわからないと、それだけを告げたのだ。

軽蔑されたって仕方がない。怒られたって文句は言えない。

だが、目は逸らさない。

それでもこれが、今の俺の、比企谷八幡の本心なのだから。

 

「だからその…今二人とそういう関係になることはできないし、この先もどうなるかは…その…はっきり言ってわからん」

 

そんなヘタレ腐ったセリフを吐く俺を、目の前の二人はただじっと見つめ返している。

そしてそのまま、誰も沈黙を破らない時間がしばし続く。

雪の降る中、野外で立ち話をしているのだ。当然手足は凍えるほど冷たいし、吐く息はことごとく小さな水滴に変えられ、白みがかって虚空へ消える。

 

でもそんな沈黙を俺は、どこか心地良いとさえ思ってしまう。

 

二人の少女が同じ男に同時に告白し、その両方を断った。という傍から見ればとんだハーレ…じゃなくて修羅場のはずなのだが、俺たちにとっては少し意味合いが違う。

二つの恋が終わった、というのではなく、何とも言い難い、そんなはっきりとしない何かが今始まろうとしているのだ。

お互いが今まで押し殺してきた“本物”をぶつけ合って、“本物”の端を捕まえようとしている、そんなひと時だった。

 

「そっか…」

 

強めの北風が吹き、枯葉と同時に頭上の雲を少し押し流していったのとほぼ同時に、三人の間に落ちた沈黙を破る声が聞こえた。

その暗くも明るくもない、ただまっすぐな声は、たった一言の中にいろいろな葛藤が詰められているようで、真正面でそれを受けた俺は内心で少したじろいでしまう。

 

強いな…と思う。

 

きっと彼女は今の一言に、全てを吐き出したのだ。先の数瞬の間に巡らせたであろうさまざまな思考を、その一言に。

そしてすぐに、いつも通りの底抜けに明るい声音で、笑顔で、彼女は…由比ヶ浜結衣は続ける。

 

「なーんかあたしたち、結局ヒッキーに上手いこと丸め込まれちゃったなぁ…ねー、ゆきのん?」

 

その隣に並ぶ同意を求められた彼女———雪ノ下雪乃は、これまで湛えていた僅かな微笑みをいっそう綻ばせ、慈愛に満ちた表情で相槌を打つ。

 

「そうね、まったくこの男は…まぁ、比企谷くんらしいといえばそうなのだけれど」

 

そう言った雪ノ下はどこかホッとしたような表情を浮かべていた。

 

「その…なんか、すまん」

 

うまく言葉が見当たらず、とりあえず謝罪する形になった。

とりあえず謝罪とかなにそれ超社畜スキルたけぇじゃん。まぁ実際は対妹スキルだったりするのはまた別の話。

すると由比ヶ浜が、すこし怒ったようにぷくーっと頬を膨らませて言った。

 

「もー、ヒッキーに謝られたらなんかこっちがつらいしっ!」

 

…謝罪したのに怒られました。

そして雪ノ下もそんな由比ヶ浜に賛同するように、

 

「まったくね。あなたの同情を買うなんて、一生の恥だわ」

 

…謝罪したのに罵られました。

仮にも今しがた告白した相手に対してその言い草はないんじゃないですかね…それ言っていいのは罰ゲームで告白して振られた時だけだろ。

え、もしかしてこれもそうなのん?

 

言葉にしたなら雪ノ下に永遠に口をきいてもらえなくなりそうな考えが浮かんだが、さすがにこの状況で本当にそう思うバカもいるまい。

 

「ぷっ」

 

さっきまで修羅場を演じていた後だというのに、こんな日常の一コマのような雰囲気で会話を進めていることに、なんだか不思議な感覚がして、つい吹き出してしまった。

 

「怒られて喜んでるとか…ヒッキーちょーキモい」

「ごめんなさい。わたしもそこまでだとは思わなかったわ…マゾ谷くん」

 

二人してゴミを見るようなジト目でこちらを見ていらっしゃる…

でも、そんな二人の反応がどこか懐かしくて、暖かくて、長い間冬の冷気に晒されているにもかかわらず、ずいぶんと気持ちがよかった。

あれ?今ので気持ちいいってのはちょっとヤバくないですか?

 

「いやその…なんだ。随分懐かしい気がしてな」

 

がしがしと頭を掻きながら、照れ隠しと同時に率直な感想を言う。

すると目の前の二人は一瞬キョトンと目を丸め、互いに顔を見合わせた。

しかしすぐに、どちらともなく

 

「そうね…」

「うん、なんか長かったなぁー」

 

と、感慨深げにこぼした。

そんな二人を見て、俺も改めて今回のことを振り返った。

今回のこと。と割り切ってしまうには幾分、いろんなことがありすぎたし、これはそもそもそんな一過性のものではなく、この二人と奉仕部という場所で出会ってから今までにあった色々なことが重なり合った結果なのだと思う。

 

そしてあの日、“本物”が欲しい。と二人に告げてから今日までの間に感じていた長い長い違和感のようなものに、俺達三人が抱えていた問題に、ようやく少し向き合えたような気がした。

これからその問題にどう答えを出していくかは、今の俺には、というか経験のない俺には、予測もつかないのだが。

 

依然として、手探りで“本物”を探し続ける俺たちに問題は山積みではあるのだが、それでも、今までのようにぬかるみの中で空回りしているような見苦しいもがき方ではなく、一つの解に向かってゆっくりとではあるが歯車が回り始めたのだという実感は、しっかりとこの胸を満たしていた。

 

あいつにも礼を言っとかないとな…

 

ふと、最近すっかり奉仕部の一員のように部室に居着いてしまっている困った生徒会長のことを思い出す。

彼女も彼女で、ここ最近の俺たちの空気感にだいぶ気を使ってくれてたみたいだしな。

と、そんなことを考えていると

 

「ヒッキー何してんのー!おいてくよー!」

「早く来なさい比企谷くん。今日はあなたの奢りなのだから」

 

いつの間にやら歩き始めていた二人からお呼びがかかった。

問答無用で俺の奢りが決定してるんですけど。俺の発言権はないんですかね?まぁないですよね、ごめんなさい。また謝っちゃったよ…。

 

「おう」

 

ぶっきらぼうに返事をして踏み出した俺の足元の脇の花壇には、いつの間にか顔をのぞかせていた太陽の光に当てられて雪解け水を滴らせた、真っ白なアザレアが咲いていた。

 

 




いかがだったでしょうか!

原作とは違って、かなりあっさりとこの大事なシーンを終わらせてしまいましたが、これも次回から心置きなくいろはを書くため...笑


感想、ご指摘などなどお待ちしております!


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1話 斯くして一色いろはの思惑は外れる。

週イチとか言ってたくせに翌日書いちゃいました笑
(UAが予想以上に伸びて調子乗ったとか言えない,,,)

今回のお話は本編第一話、という扱いになってます。

プロローグは少し硬くなりすぎたので、本編は軽くしようと決めていたのですが...
あんまり上手くいきませんでした←

まあ出だしはこんなものかなぁと、割り切りつつ読んでもらえると幸いです!

それでは稚拙な文章ですが、どうぞ。



 

Pipipipi……Pipipipi……

 

ぼんやりとする頭の奥にアラームの音が響いた。

最近は色々と考え事が多いせいか夜寝つけないことが多く、昨日もだいぶ夜更かししてしまったからか、夢からではなく真っ暗な暗闇からの目覚めと言った方がしっくりくる目覚めだった。

 

Pipipipi……Pipipipi……

 

「ん…うーん……うるさい…」

 

私は枕元に置いてあるはずのケータイに手を伸ばした。

ベッドの上で壁に身体を向けて横になっているわたしは、身体を半回転させるようにして後頭部へ向けて手を伸ばした。

すると思いのほか背中とベッドの端との隙間が狭かったことに遅れて気づく。

 

「え…」

 

そしてそのまま

ドテッ

と、鈍い音を立ててわたしはベッドから転がり落ちた。

こんなはずじゃなかったのに…

朝からついてないなぁ、と思いながらしばらくの間見慣れた天井を眺めていると

 

Pipipipi……Pipipipi……

 

今度は少し頭上から、やかましいアラームの音が聞こえてきた。

もう…

 

「うるさいっ」

 

ベッドの上から少し乱暴にケータイを掴み取り、すぐさまアラームを解除する。

はぁー、とため息をついて、自分の息が少し白いことに気が付いた。

そりゃそうか、まだ二月だもんね…

少し冷えた身体を両手でさすりながら起きあがったわたし、一色いろはは、顔を洗うべく洗面所に向かうのだった。

 

   × × ×

 

「うぅ…、さっむ~」

 

いつも通り電車を降りたわたしは、いつも通り寒い通学路を歩きながらぼんやりと考え事をしていたのだが、あまりの寒さについ声に出してしまった。

誰かに聞かれたかな…

と思いながら辺りを見回すが、幸い近くに人はおらず遠くにちらほら見慣れた制服が歩いているぐらいだ。

普段のわたしなら、今のを男子に聞かれてたらいいアピールになったかもな…とか考えたんだろうけど、あいにく今はそんな気分ではないのだ。

朝からついてなかったわたしは、そのままズルズルとそんな気分を引きずり、ここのところ多くなった考え事に気を取られていた。

一色いろは、絶賛お悩み中である。テヘッ

と心の中で軽く舌を出してみる。

んー、どうにも外と内が逆転してしまっているなぁ。

 

それはさておき、悩みというのはほかでもないあの奉仕部のことだった。

クリスマスイベントを手伝ってもらったぐらいから、わたしはあの妙に居心地のいい空間、奉仕部の部室にほぼ毎日顔を出していたのだけれど、ここ数日足を運べないでいる。

理由は数日前無事に…いや、無事にではないのか…終わった生徒会主体で行ったバレンタインイベントだ。

あの日、確実に奉仕部の三人の中で何かが崩れだしたのは疑いようもない。いや、それどころかもうすでに崩れかけていたのかもしれない。

ここ最近のあの三人を思い出すと、とても不安定な三角形の足場の頂点にそれぞれが立っていて、少しでも誰かが動き出したり外から揺さぶられたりすると、たちまちバランスを崩してしまうような、そんな状態だったのではないかと思う。

それがついにあの日、はっきりと強く揺さぶられた。

あー、あの時のはるさん先輩、めっちゃ怖かったなぁ~

 

そんなこんなで異常事態をきたした奉仕部の面々に、わたしは顔を合わせられずにいた。

それは単にそっとしておいた方がいいのではないかという思いだけではなく、あの心地いい場所がもう二度と戻ってこないのではないかという恐れからでた考えでもあった。

 

しかしそうも言ってられないのが、この総武高校で弱冠16歳ながら、生徒会長という重大な役職を背負っているわたしの心境だった。ま、悪戯の結果だけど。

二月も終盤にさしかかり、三年生の先輩方にとっては長い人生の中でもかなり上位に位置するであろうイベント、卒業式がすぐそこまで迫っていた。

こう見えてもわたしは、生徒会長に就任してからの約半年間で、それなりの仕事はできるようになってきた。

最初は全く手につかなかった行事ごとでのスピーチの原稿なんかも、このところは先輩たちの手を借りることなく、ほぼ完成させることができている。まぁ、結局最後は先輩にチェックしてもらってるんだけどね。

 

とはいえ卒業式なんて一大イベントの指揮は、これまでの仕事とは比べ物にならないぐらいのプレッシャーがあるわけで、今すぐに先輩たちに泣きついて仕事のちょっとした愚痴を聞いてもらって、そのあとで原稿のチェックなんかしてもらいながら雪ノ下先輩の淹れた紅茶を飲んで結衣先輩と談笑でも…そしてそして先輩をからかうのも忘れずに…

と、ついついそんな妄想がはたらいてしまうほどには、もうわたしの中であの空間の存在は大きいものになっていた。

 

やっぱり改めて考えてみても、このままじゃダメだ。とわたしは思った。

今日こそはあの奉仕部に突撃して、数日の疲れをゆっくり溶かしてもらうぞーっ!

よし、と自分に気合を入れなおして、こぶしを握った時だった。

すでに正門を抜け、正面の階段に足をかけたわたしの目の前に、その人はいた。

 

ポケットに手を突っ込んだ猫背に、わたしと同じマフラーの巻き方―――真似したのは私だけど―――、そして後姿だけでもわかるその圧倒的な負のオーラは、間違いなく先輩だ。

 

いつもなら、

せーんぱいっ♪

と、音符の付きそうな甘い猫なで声で呼びかけながら、制服の裾を掴んで上目づかいで見上げて、あざとい。と照れた先輩に一蹴される…というところまでが一連の流れなのだが。

さっき気合を入れなおしたにもかかわらず、どうしてもその一歩が躊躇われた。

そしてそうこう葛藤している間にも、先輩は昇降口の中へ、雑踏に吸い込まれるように消えて行ってしまった。

そしてしばらく先輩が消えて行った方をぼやっと眺めていた。

階段の一段目で立ち止まるわたしを不審そうな横目で流してくる数人の生徒が通り過ぎるのをいくらか数えたあと、ふと周りを見ればほかの生徒が誰もいなくなっていて、ずいぶん長くこうしていたことに気付いたので

 

「らしくないなぁ、わたし」

 

そうポツリと呟いて、わたしも自分の靴箱へ向かうことにした。

 

   × × ×

 

それからというもの、今日一日の授業は全く頭に入らず、ずっと上の空の状態だった。

今朝の先輩の後ろ姿が脳裏に浮かんでは、もしかしたらあの二人と何かあったのかも...とか、奉仕部はもう…とか悪い想像ばかり浮かんできてしまう。

 

昼休みには、いつも一緒にお昼を食べている二人の友人から

 

「どしたんいろはー?」

「そうそう、今日は朝からやけに元気ないじゃん。最近ずっとそうだったけど、今日は特にひどいよ?」

 

と、心配そうに尋ねられた。

その場は、

 

「えー?そんなことないよ~」

 

とパタパタ手を振って誤魔化したけど、何かとよく一緒にいる二人がダマされるわけなく、

 

「ま、いろはが話せるようになったらちゃんと話してね」

 

と、優しく微笑みかけてくれたのだった。

 

なんだかんだよくわたしのことを見てくれているのだ。

今度ちゃんと二人には話さないとな~、でも話したら話したで絶対面白がってあれこれ吐かされるじゃんこの話題…と思いながら歩いていると、いつの間にか奉仕部の部室の目の前まで来ていた。

朝のこともあるし、入りづらいなぁ…

どんな顔して入ればいいんだろ…

バレンタインイベントの後何もなかったなんてことはないだろうから、少なからずこの奉仕部に変化があることは間違いない。

わたしにその変化を受け入れられるだけの余裕があるだろうか。

あれこれ考えてドアの前で頭を抱え、うーっと唸っていると、右側から足音が聞こえてきた。

恐る恐る顔を上げるとそこには、

 

「おう。一色か、久しぶりだな。てか、こんなところでなに頭抱えてんの?」

 

と、いつものように心底気だるげに声をかけてくる、死んだ魚のような眼をした先輩が立っていた。

突然のことにビックリしたわたしは、頭を抱えたシュールなポーズのまま数秒間フリーズしてしまった。

硬直からなんとか脱して、あわあわと手を振り回したがうまく言葉が出てこない。

 

「え、っと…そのぉ…」

 

あーもう、せっかく久しぶりに先輩と話せるチャンスだっていうのに…

これじゃあまるで女子に話しかけられてキョドってる先輩みたいじゃん!

あ、いやさすがにそんなにキモくはないか。と、一人脳内でテンパっていると、

 

「なんだよ反応…俺何か変なこと言ったか…?あとお前、今絶対失礼なこと考えてただろ」

 

と、先輩が訝しげに言いながら少し距離を詰めてきた。

バレてるし…

いまだに上手く言葉が見つからないわたしの横を通り越すかたちで先輩がドアの前まで行き、寸前で振り返って少し照れたような、どこか優しさに満ちたような、そんな表情になる。

 

「一色。その…なんだ、あ、ありがと...な。いろいろと気つかってくれて…」

 

そして、急にお礼を言われたかと思うと先輩はわたしの頭に優しく手を乗せた。

 

え…?

 

ええええええええ!?

 

なにコレ!全然聞いてないんですけど!?

 

思考回路が完全にショートしたわたしはなされるがままに、先輩に手を乗っけられていた。

するとすぐに先輩が、

 

「な、なんだよその反応…こっちが恥ずかしくなるじゃねぇか」

 

と言って、手を引っ込めた。

あぁ、もう少しそうしててほしかったなぁ…と名残惜しそうに離された右手を眺めるわたしに、再度先輩は訝しげな顔を作った。

 

「マジでどしたのお前…。ま、まぁこんなところで立ち話もアレだ、入るぞ。ほれ」

 

そう言ってドアに手をかける先輩を、まだ少しぽーっとする頭を整理しながら見つめることしかできなかった。

今日ここに来るまであれこれと最悪の事態を想定したことからのギャップもあって、まるっきりいつも通りの先輩に、咄嗟にどう接したらいいのかわからなかった。

もうここには来ないのかもしれないと思っていた。

もう二度と、そのさりげない優しさに触れることはないかもしれないと思っていた。

そんな先輩が今、わたしの目の前で、わたしが想像の中で勝手に崩壊させてしまっていた奉仕部の部室に、何の気なしに足を踏み入れようとしている。

 

それにさっきの…。

 

つい先刻まで手が乗せられていた頭に意識を向けると、そこにはまだ仄かな暖かさが残っているようだった。

 

なんだ…全部私の取り越し苦労だったのか。

 

そう思うとなんだか急に、さっきまでの自分の態度が恥ずかしくなってしまい、顔が熱を帯びてくるのがわかった。

 

「ほんとあざといですよ…急にあんなこと…」

 

目の前の先輩には聞こえないように、ぽそりと小さく呟いた。

そして先輩が引き戸を少しずらすと、中から二人の女の子の話し声と、柔らかな紅茶の香りが伝わってきた。

 

ここ数日ずっと欲しがっていた日常が、やっと少し戻ってきた気がした―――。

 




いかがだったでしょうか!

なんというか...全体的に地の文が多くなってしまいました。
会話的なテンポが悪いのはどうにかしたいところです(-_-;)

次回も書け次第、更新という形にしたいと思いますので、
感想やご指摘など、お待ちしております!!

ではでは、引き続きよろしくお願いします。


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2話 斯くして一色いろはは本調子で本題へ踏み込む。

やっぱり書いてしまいました。
3日連投です。←

息抜きのつもりで書いてたら、結構長くなってしまいました...

長すぎるかな?とも思ったのですが、切るタイミングを逃してしまいました笑


内容の話をすると、今回はいろはが少しいつもの調子を取り戻した気がします。
(前回の読み直したらちょっとキャラぶれてた気がしまして...)

あと、地の文も少し硬すぎかな?という印象を持ったので、語り口を気持ち柔らかくしてみました!


それでは本編第2話です、どうぞ


「あ、ヒッキー遅い!なんで先行っちゃうし!てかなんであたしより遅いし!」

 

あ、結衣先輩だ。久しぶりだなー、この感じ。

先輩の肩越しに、ぷくーっと頬を膨らませている美少女が目に入った。

んー、やっぱりかわいいなぁ…こういう顔わたしがしてもほとんど効果がないのに、目の前の先輩は少し赤くなって言い訳をはじめた。

 

「いや、平塚先生に雑用押しつけられてただけだから」

 

それだけ言って自分の席に着こうと歩き出した先輩の後ろにわたしがいることに、結衣先輩が気付いた。

 

「あれ?いろはちゃんだ、久しぶり!やっはろー」

 

「こんにちはー、結衣先輩、雪ノ下先輩」

 

そう言ってわたしは相変わらず謎のあいさつを投げかけてくる結衣先輩と、その向こうで読みかけの本をパタンと閉じた雪ノ下先輩にあいさつをした。

 

「あら、ずいぶんと久しぶりね。一色さん」

 

と、一見淡泊にも思われるあいさつを返してきた雪ノ下先輩だが、実際には随分と優しい微笑を湛えていた。まぁ、普通の人が見てもわかんないんだろうけど。

 

ていうか…

なんか普通すぎません?こんなもんなの?

いろいろ考えてたわたしがバカみたいじゃないですかー。

 

そう思いながらもわたしは定位置に腰かける。その動きはほとんど無意識で、自分でもびっくりするぐらいしっくりくるものがあった。

 

「でもほんと久しぶりだよね、最近全然来ないから心配だったんだ~。なんかあったの?」

 

「あー、いえ、ちょっと生徒会のほうでバタバタしてましてー」

 

あなたたちに何かあったと思って悩んでたんですよ!

とは言えるわけもなく、適当にはぐらかした。

さすがに苦しいかな?とも思ったけどそうでもないらしい

 

「卒業式も近いものね。しっかり自立してくれてるみたいでよかったわ」

 

一瞬チラッと先輩の方に視線を向けた気がしたが、雪ノ下先輩が私の発言に同調してくれた。

この人に嘘をついておくのは後々怖い気もするけど、確かに卒業式の件でいろいろ忙しかったのは事実だし、まぁいっか。

 

「うちの備品も、たまには休ませないと長持ちしないもの」

 

「…ナチュラルに備品扱いするのやめてもらえませんかね」

 

「あら、私は一言もあなたのことだなんて言っていないわよ」

 

ぐぅ…と唸る先輩を尻目に、雪ノ下先輩は本を置いて立ちあがると、少し上機嫌に窓際へ移動する。

 

「一色さんも紅茶でいいかしら?」

 

「え、あ、はい。お願いしまーす」

 

んー、なんか…

普通すぎるというか、バレンタイン前に感じていた妙な違和感とか、微妙に取り繕った雰囲気みたいなのが一切感じられないんだよね…。

まぁそんなこと考えてても仕方ないか。今日はいっぱい甘やかしてもらうつもりでここに来たんだし、しっかり甘えないと損だよね!

 

   × × ×

 

それから私は、愚痴を聞いてもらったり、スピーチ原稿のチェックをしてもらいながら、久しぶりの奉仕部を満喫した。

 

「もうこんな時間ね…。今日はこの辺にしておきましょうか」

 

見ると、時計は既に完全下校時間の20分前を指していた。

意外と時間が経ってたみたいだ。ホントは今日、ひとつだけ先輩に相談したいことがあったんだけど、この調子だと明日も問題なく部活やってるだろうし明日でいっか。

それにしても、いったい何があったらあの雰囲気からこんな自然に戻れるんだろう…。

もしかして、先輩とあの二人のどっちかが付き合っちゃってたり!?…しないか。

まぁそれはないにしても、わたしが知らないところで何か大きなものが動き出した気がして少し不安なんだよね…先輩そういうのあんまり顔に出さないですし。

 

「それでは、私たちは先に帰るわね。比企谷くん、戸締りは頼んだわよ」

 

「おう」

 

「それじゃあ、お疲れ様。一色さんも」

 

「おつかれー、ヒッキー、いろはちゃん」

 

「あ、え、おつかれさまでーす…?」

 

「…なんで疑問形なんだよお前は」

 

どうやら結構な間考えてしまっていたみたいです。

その間に帰り支度を済ませた結衣先輩と雪ノ下先輩は一足先に部室を出てしまって、今この部屋にいるのはわたしと先輩の二人だけ…

 

…どうしてこうなった。

 

「ゆきのん待ってよ~!」

 

遠くで結衣先輩が雪ノ下先輩を呼ぶ声が聞こえ、そしてそのまま結衣先輩が雪ノ下先輩の腕に抱きついてゆるゆりしているところが想像できるまである。

 

てゆうか、わたしこの状況ちょっとヤバいんですけど…

ゆきのん待ってよ~♪

じゃなくて、あー、もう!

 

さっきまでは普通にいつもの一色いろはで居られたのに、二人っきりになった途端、またどうしたらいいか分からなくなってしまった。

わたしってこんなに純情な感じじゃなかったと思うんだけどなぁ…

それもこれも、久しぶりに会ったのに最初っから優しさMAXで接してきた先輩がいけないんです!MAXコーヒー並みに甘々な先輩のせいです!飲んだことないけど!

そうです、これは私のせいじゃない!

 

それにしても先輩帰る気配ないな…早く出ろってこと?

でもせっかく図らずも二人きりになれたんだし、明日にしようと思ってたけど、本当はもう少し話しておきたいことがあるんです。

 

「なぁ、いっし…」「あの、せんぱ…」

 

あ。

被ってしまった…

 

「…」

「…どうぞ、せんぱいから…」

 

「お、おう…その、あれだ。…なんか話があるんじゃねぇのかと思ってな…」

 

「え…?」

 

予想していなかった発言に、ただでさえ通常運転が怪しかったわたしは、またもや先輩の前で言葉に詰まってしまった。今日のわたしはどうかしてる。

ていうかわたし、そんな分かりやすいですかねー。

まぁ話があったのは事実だし、ここは素直に相談に乗ってもらうことにしましょう!

 

「いや、その…ないならいい。俺の勘違いだ、忘れ…」

「あ、ありますっ!」

 

やっちゃったぁぁぁ!

勢い余って食い気味に返事をしてしまった…。

 

「お、おう。そうか」

 

せんぱい引いてるじゃないですかー!

まぁ今のはわたしが悪いですケド...。

それにしても、このままではダメだ。

これじゃあ今日の目標の一つだった、“先輩をからかう”が達成されない…!

ここはひとつ、気合を入れてこっちのペースに持っていく必要がありそうです。

 

んんっ!

 

咳払いをひとつ。

喉の調子、良好。

萌え袖OK。

よし、いける。

 

先輩の制服の裾をちょこっとつまみ、片手は口元に当てて上目遣い。

そしてとどめは、吐息たっぷりの誘惑ボイスで…。

 

「せんぱい…相談が、あるんですけどぉ…。どこか…寄って行きませんかぁ…?」

 

みるみるうちに先輩の耳が赤くなっていき、先輩の目があたふたと泳ぎ始める。

そして最後にもうひと押しすれば、わたしの勝ちだ。

よし、これで今日のペースは完全にもらいましたよ!

 

…と、思っていた時期がわたしにもありました。

 

「なんでお前そんなに嬉しそうなの?若干にやけてるのが超怖いんだが…」

 

えっ、にや…ッ!?

うそ!そんな顔に出てた!?

うわぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!

 

ボッと火を噴くように、自分の顔が紅潮するのを感じる…。

 

「何やってんのお前…、はぁ…。寄り道なら付き合ってやるから、早く出ろ。下校時間過ぎちまうぞ」

 

「うぅ…。はい、お願いします…」

 

結局わたしが自爆しちゃいました、まる。

 

やっぱり今日のわたしはどうかしている…。

 

   × × ×

 

「あのー、せんぱい…頭おかしいんですかぁ?」

 

「いやお前、サイゼに謝れよ…。」

 

少々気まずい移動時間だったけど、何とかいつも通りの会話ができるまでには先輩との距離感を思い出し、先輩に相談事を聞いてもらおうとお店を探したところ…

サイゼに連れてこられました。

 

まぁ先輩ならたぶんここを選ぶと思ってましたけど…。

 

「それにあれだ、俺はそこまで頭はおかしくないと思うぞ?目とか目とか、あと目とか、諸々おかしいと自負している部分はあるが、相対的に見れば頭はおかしくない方だ。むしろ良いまである」

 

相対的に見て頭がわりといい部分なら、ほかのところはもう目も当てられませんね…。

 

「へぇー」

 

反応し始めるとめんどくさく長引きそうだったので、生返事で返すことにした。

まぁでも、この前先輩に連れて行ってもらったあの…まつたけ…?みたいな名前のラーメン屋さんはびっくりするほど美味しかったし、たまにはこういうのも悪くはないかもしれない。

先輩が普段どんなものを食べてるのか、ってことも今後の参考になりそうですしね♪

 

「で…一色、何頼む?」

 

メニューらしきものを差し出されたけど、こういうトコとは本当に縁がないから見せられても正直わからないんですよね~。

とりあえずはリサーチがてら、先輩のオススメでも聞いておきましょう。

 

「わたしあんまりわからないんで、せんぱいと同じものお願いしまーす」

 

「っ…。いちいち言い方があざといんだよ…。食えないない物とかあるか?」

 

「んー特にないです」

 

そこら辺はさすが先輩というべきでしょうか、しっかりわたしの好き嫌いまで確認してから注文を決めてくれます。

まぁそういうのって、妹さんへの対応で自然と身についただけなんでしょうけど…。て、それって妹と同列視されてるってことなのかな...? んー。

けどやっぱり、先輩のそういうさりげない気遣いみたいなのはちょっとだけかっこ…じゃなくて、あざとい部分ではあります。

それに、オススメを聞かれたのがよっぽど嬉しかったのか、ちょっとテンション上がってて可愛いし…。

 

わたしに食べれないものがないことを確認すると先輩は、メニューも見ずに呼び出しボタンを押した。

 

「え、せんぱいメニュー見ないんですか!?」

 

さすがに驚いて聞いてみると、先輩はなにやら不敵な笑みを浮かべていらっしゃった。

あぁ、これ絶対めんどくさいやつだ…。

 

「ふっ…。なめてもらっちゃ困りますよ一色さん。俺くらいのレベルになると、メニューなんざ見なくても、商品名を暗記してるのは当たり前…加えてキッチンから聞こえてるオーダリングコードを覚えてるまであるからな」

 

「うわぁ…」

 

これはさすがにドン引きますよ。

オーダリングコード覚えてるって何なんですか…。

もうサイゼリヤでバイトでもした方がいいんじゃないですかね?働きたくないでござる!って言ってる先輩はさすがに将来的にヤバいと思うので、ここらで社会勉強させとかないといけない気がするんですよ…わたしの将来のためにも。

 

   × × ×

 

結果だけ言うと、

先輩が注文してくれたドリアは、予想以上に美味しかった。

決して食レポみたいな感想が出てくるような美味しさではないけど、結構クセになる味で、普段から男子ウケを狙ってオシャレなカフェとかばかりに通っているわたしにはとても新鮮に感じられて、それがまた少しわくわくするような…そんな感じだった。

こないだのラーメンといいこれといい、どうやらわたしの舌にはこういった庶民的な味の方が合っているのかもしれない。

これもまた、先輩と一緒にいる時間が増えたことによって発見できた、自分の知らない一面だった。

なんか先輩とは、図らずも味覚が似ているようです…。

 

「どうだ?うまかっただろ」

 

「うぅ、悔しいですけど、はい…美味しかったです」

 

「おお…やけに素直だな…。まぁでも、一色はなんだかんだ俺と似たような味覚してる気がしてたんだけどな」

 

むぅ…それはその通りですが、先輩からそれを言われるとちょっとアレなんで。

いやアレってなんだよ。アレはアレですよ。わたしにも分かんないです。

まぁとにかく、先輩がいうのはダメです!先輩のくせに生意気です!

てなわけで…

 

「なんですかそれ口説いてるんですか味覚が同じだから君の作る料理なら美味しく食べられそうだよ毎朝俺の味噌汁作ってくれってことですか、ごめんなさいわたし朝はパン派なのでわたしがご飯派になってから出直してきてください」

 

ふぅ…。

少し気合い入りすぎたかな?

というか、よく考えたらこれ全然断れてないんだよね…。

 

「それで噛まないとか逆に怖ぇよ、あと俺何回振られればいいんですかね…」

 

まぁ、先輩はそんなことにはこれっぽっちも気付いてくれないんですけど。

まったくこの鈍感腐れ目さんは...乙女心というものが全く分かってないですね…。

そんなとこで期待なんてしてませんけど。

 

とまぁ、お腹もいっぱいになったことですし、このままだとズルズル脱線していきそうなので、本題に入らせていただきますか。

 

「せーんぱい、そろそろ本題に入らせてくださいねっ」

 

「え、いやなんで俺が脱線させたみたいになってんの冤罪だよね…ハチマンワルクナイ」

 

「くださいねっ」

 

「…は、ひゃい」

 

ふふっ、キョドってる先輩可愛いな~

でも先輩が悪いんですからね、わたしに口応えするなんて8年ほど早いんですよ!

あ、なんで8年かと言いますと、大学出て2年ほど腰掛けで働いたあと24ぐらいでは結婚をですね…そうしたら一応家主なわけですから多少の異議を認めるのも吝かではないといいますか…。

っと、脱線しちゃいましたね。

あまり時間もないのでおふざけはこの辺にしときましょう。

 

「それじゃあせんぱい、さっそくなんですけど…」

 

店に入って1時間弱、ようやくわたしたちは本題に入ったのでした。

 




全然話が進みませんね(-_-;)
自分の文章力、特にまとめ方の、低さに困っております...

ところで、少し雰囲気を変えてみた語り口はいかがだったでしょうか?
なにぶん創作物を書くのは初めてでして、色々手探りでやっていってる感じなのでなかなか安定しません...

なので、感想、ご指摘など頂けると、後学のためにもなりますので是非!


それでは引き続き、よろしくお願いします。


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3話 斯くして一色いろはは連絡手段を手に入れる。

すみません遅くなりました!!

実は昨日、話のアウトラインを書いてる手帳を学校に忘れて帰りまして...


と、言い訳はこの辺にして、

今回は後半地の文を少なめにして、なるべくいろはのリアクションというか心境というか、そういうのを出すように意識しました!

だんだん自分の中のいろは像が露見してきて恥ずかしいですね...(-_-;)


それでは本編第3話、どうぞ!



「………とまぁ、ざっくり言ってこんな感じです」

 

「なるほど…、いいんじゃないか?一色がそういうこと言い出すとは思ってなかったけどな」

 

ちなみに今日の相談内容というのは、もうすぐ卒業してしまう前生徒会長の城廻先輩のプチ卒業記念パーティーを奉仕部に手伝ってもらって開催したい。ということです。

本当は生徒会でやればいいのかもですけど、そうなると他の旧役員さんたちも呼ばないわけにはいかないし…正直、城廻先輩以外とは接点はほとんどなくて、交代式の時に軽く挨拶をしたぐらいだから特に思い入れはないんです。

それに、城廻先輩はやたらと奉仕部の三人を気に入ってる様子だったから、こっちの方が喜んでくれる気がしたんですよね~。

 

あとは…

 

「あともう一つ…当日ははるさん先輩も呼ぼうと思ってるんですけど…。大丈夫ですかね?」

 

わたしが言いづらかったのは、正直この部分が大きい。

バレンタインイベントの後の、はるさん先輩との関係性についてわたしはよくわかってないけど、顔を合わせたら多少なりとも気まずくなってしまうのではないかという不安はある。

 

「あぁ...陽乃さんか…」

 

一瞬先輩が、げっ、て顔をしたんだけど…やっぱりまずかったかな?

 

「まぁ、大丈夫だと思うぞ」

 

あれ?意外と大丈夫っぽい…?

奉仕部のことみたいに、今回もわたしの考えすぎなのかな…実はあんなのは日常茶飯事だったり?

でも、そこが大丈夫ならわたし的にもとてもありがたいです!

 

「ホントですか!よかったです。城廻先輩、だいぶはるさん先輩に懐いてるようですし、呼んだら絶対喜んでくれると思ったんですよ!」

 

やっぱり、どうせやるなら喜んでくれることは何でもしたいですしね!

 

「それで部室でも言いにくそうにしてたのか…」

 

「え、わたしそんなに顔に出てましたか…?」

 

「あぁ、たぶん雪ノ下たちも気付いてたと思うぞ。明日このことあいつらに話したら、そんなことかって笑われるかもな」

 

そんな軽いんですか!?

なんかもう、いろいろと空回りしすぎて嫌になっちゃいますよー。

 

「まぁでも、ホント一色には気つかわせてばっかだ…その、ありがとな」

 

と、少し照れ臭そうに言う先輩を見ていると、さっきブルーになりかけてた気分も、先輩に褒められるなら空回りして良かったかも!と一転してしまった。

 

やっぱわたしってすごい単純だなぁ…。

 

ま、それはさておき、気がかりだったこともクリアできましたし、明日改めて奉仕部に持っていく前に、もう少し内容を固めておきたいです。

 

「…それじゃあせんぱい、もう少し内容を…『プルルル…プルルル…』」

 

着信に遮られました。

 

「わたしじゃないですよ?誰か携帯でも落としてるんですかね?」

 

と、わざとらしく机の下を覗き込む。

 

「おい、俺だよ、ナチュラルに着信の可能性を否定するなよ、八幡泣いちゃうよ?」

 

「冗談じゃないですか~、それより出なくていいんですか?」

 

「あー、小町だし、後でも大丈夫だと思うぞ。さっきお前何か言いかけてたみたいだし。それに俺は、一色いろは攻略スキルは全然だが小町攻略スキルはそこそこ上げてる。いざとなったらコンビニの極上プリン買って帰れば問題ない」

 

いや、スキルも何もわたしもうほぼ攻略済みなんですけど…。

それより小町ちゃんって、確か先輩の妹さんだったよね?

…これはちょっとチャンスかも!

 

「いえ、わたしは大丈夫なんで、出てあげてください!」

 

「そうか、悪いな」

 

そう言って電話に出る先輩の声が、普段よりも少し明るい気がするんですけど…

やっぱり家族は強いなぁ...あ、いや先輩がシスコンなだけか。うん、そうだ。

 

「…あぁ悪い、連絡するの忘れてたわ」

 

「…わっかったって、埋め合わせは今度......」

 

「….ん?サイゼだけど......」

 

「…誰とって…ただのこうは…」

 

よし、ここだ!

 

「せんぱぁーい、何飲みますかぁ?わたしついできますよ~?」

 

ふふふ…。カンペキなタイミングです。

これできっと妹さんから今のは誰なのかと追及を受け、先輩は少なからずわたしのことを意識して返事をすることになります。そして同時に、妹さんにわたしという存在を認識させて外堀から埋めていくことも…我ながら抜け目ないです♪

 

と、先輩の電話が終わったようですね。

 

「お前なぁ…」

 

「まぁまぁ、それより、何だったんですか?」

 

先輩のジト目は軽く流します。

 

「え、あぁいや、ここ来ること言ってなくてな。晩御飯そろそろできるけどどこにいるのか、って」

 

「んー、そういうことなら帰った方がいいんじゃないですか?詳しい話はまた明日、奉仕部に行ったときにでもできますし」

 

「そうか、悪いな。じゃあ帰らせてもらうわ」

 

そう言って立ち上がろうとする先輩の袖を、キュッと引っ張って引き止める。

甘いですよ、せんぱい♪

 

「…?なんだ?」

 

「詳しい話は明日でいいんですけど、やっぱり少しはまとめておいた方がいいじゃないですかー」

 

「ああ、まぁそうだな」

 

「でもでも、妹さんをいつまでも待たせるわけにはいかないじゃないですかー」

 

「…何が言いたい」

 

「そういうわけで、ケータイ、交換しませんか?」

 

「は?やだよお前ガラケーじゃん、アプリ使えんし、頭悪そうなメール来たらどうやって返せばいいかわからん」

 

は?何言ってるんですかこの人。バカなんですか?

 

「そうじゃなくて!連絡先交換しましょうってことですよ!」

 

ホントにこの人は…どうやったらそんな発想ができるんですかね。

 

「あぁ、なんだそっちか。いいぞ」

 

あれ?意外とあっさり承諾してくれましたね。もっと渋るかと思ったんですけど...。

 

「ん、ほれ」

 

スマホを手渡されました。

 

「あ、わたしが打つんですね…」

 

というか、ロックもしてないスマホをこんな簡単に他人に渡すとは…先輩無防備過ぎませんかね?

と思ったけど、連絡先一覧を見て納得。メールもほとんど妹さんとだし…。

それにしても…

 

「せんぱい、女の子ばっかりですね…」

 

「ん?あぁ、最近は都合上連絡先交換することが多いからな」

 

いや、そういうこと言ってるんじゃないんですけど…。

 

「まぁいいです。それじゃあせんぱい、メールするんで、ちゃんと!返信してくださいね!」

 

念を押しとかないと次の日の朝、すまん寝てたわ。とか言ってきそうだからなこの人。

 

「っ…了解」

 

油断も隙もないですね、まったく。

 

ともあれ、無事先輩の連絡先もゲットできたことだし、お会計済ませたら今日はおとなしく帰りましょう。

普段なら、送ってください!と腕にしがみつくとこだけど、妹さんもかわいそうだし今日はやめといたほうがよさそうですね。

それに先輩には、こういう気の遣える女の子の方がポイント高い場合もありますし。

 

それから会計を済ませて外に出ると、予想以上に寒かった。

どれぐらい寒いかというと、一歩外に出た先輩がそのままUターンして暖房の効いた店内に戻ろうとするレベル。何してるんですかねこの人。

 

「なにしてるんですかー、早く帰らないと妹さんかわいそうですよ!」

 

「うっ…」

 

シスコン先輩にはこれだけで効果抜群のようです。

 

「それじゃあせんぱい、また後で~」

 

「ん、じゃあな」

 

そう言って自転車の鍵を開けつつ、遠くなるわたしの後姿をしっかり見守ってくれる先輩は、やっぱりあざといと思うんです。

そういうところ、好きですけど…。

 

 

   × × ×

 

 

家に帰ってシャワーを浴びた後、リビングでゴロゴロしながらさっそく先輩にメールを送ってみた。

 

『先輩、今日はありがとうございました!

あ、それとおめでとうございます。

人生で初めて女の子の方からメールしてもらえましたね!

まだ寝てないですよね?

返事なかったら電話かけまくりますからね~』

 

よし、送信。っと……んー、ちょっといきなりテンション高いかなぁ…?

いやいや、あの先輩はこれぐらい送っとかないと、たぶん返事は文量が半分ぐらいになって返ってくるだろうし。

 

…。

 

……。

 

んー、もしかしてお風呂とかかな?

いやでも、あの人のことだし見てて無視してる可能性もなきにしもあらず…。

 

…。

 

ていうかなんでわたしこんな携帯にへばりついてんの!?

先輩なんだし、いつ返信来るかわかんないし、時間の無駄じゃん!

 

……。

 

いやでも、普通あれだけ念押ししたら無視はしないよね…?

そんなに嫌われてたのかなぁ…

確かにちょっかい出すと決まってめんどくさそうな顔してるし…。

 

ピロン♪

 

あ、きた!

 

…って何わたしメールごときでこんなに舞い上がってんの!?

はぁ、もう…先輩のことになると調子狂っちゃうんだよなぁ~。

一色いろははもっとこう…男子を手玉にとってうまく扱わなきゃいけないのに!

まぁでも、そんなんで先輩を手に入れても…“本物”とは言わないか…。

 

と、メール読むんだった!

 

『おう』

 

…。

 

「みじかっ!!」

 

は!?なにコレいくらなんでも短すぎでしょ!

この二文字打つのにどんだけ時間かかってんですか…。

というかどの文に対する、おう。なんですかこれ!

先輩の中でのその二文字どんだけ万能なんですかもう…。

 

結果、半分どころか一言で返されました。

 

「むぅ…。まぁこんなのにいちいち突っ込んでたら先輩の相手なんてできないよね…」

 

そうです。こんなの予想の範疇ですよ!

…いや、さっきのは斜め上だったけど。

でもこんなことを気にしてたんじゃホントに先輩とは会話になりませんからね。

よし…

 

『なんですか照れてるんですか?

年上の女性に話しかけられた中二男子みたいですよ?

 

ところで、例の件なんですけど…

妹さんに予定聞いてみてもらえませんか?』

 

これでどうだ!

 

…。

 

……。

 

ピロン♪

お、今度は早いなぁ。

 

『うるせ。

 

それならさっき聞いたぞ

今年は卒業式早いらしくてな、

13日なら予定を空けとくそうだ。』

 

なんか文面だとわたしの扱いさらに雑くなってませんかね?

大丈夫ですかねこれ?

 

いやそれより、言われる前に仕事してるなんて先輩のくせになかなかやりますね。

こういう所の手回しは、さすが先輩ってとこですね。

 

『もう仕事してくれてるとか…Σ(・ω・ノ)ノ!

 なんか先輩らしくないです怖いです。

 

 でも、ありがとうございます...。』

 

あ、先輩顔文字とか苦手そうだな...。

まぁこれぐらいならいっか!

 

…。

 

……。

 

あれ、また返信来なくなったな。

んー、さすがにまだ寝たってことはないと思うんですけど…。

 

…。

 

……。

 

ピロン♪

 

お、きたきた♪

こんだけ焦らしたんだから、何か気の利いたことの一つや二つ思いついたんでしょうかね~。

...いや、ないか。

 

『まぁ、その…

 

 

 

 可愛い後輩の頼みだからな。』

 

「っ~~~~~!!!!」

 

…。

 

……。

 

ふぅ。

落ち着くのに数分かかったじゃないですか…。

なんなんですか先輩…急にこんなこと言うなんて反則ですよ!

 

「はぁ…」

 

なんだか今日は、振り回されてばっかりだなぁ。

主にわたしの心臓が。

 

可愛い後輩…。ふふっ♪

あ、スクショしとこ~っと。

 

べ、別に見返したいとかそんなんじゃないですからねっ!?

今後これをネタに先輩をゆするためなんですから!!

 

「ちょっといろはちゃん、さっきからどうしたの?急に大声出したりニヤニヤしたりバタバタしたり。騒がしいわよ?」

 

うぅ…ここリビングなの忘れてた...。

先輩のバカ!アホ!八幡!!

 

 

…。

 

……。

 

『せんぱいのバカ。

 

 

 

 おやすみなさいです』

 

もう今日は寝よ…。

 




書いているうちにだんだん、いろはってこんなキャラだったっけ...感が増してきた3話でした。

3話使ってやっと1日進みましたよ~
進度遅すぎ...(-_-;)


さすがに平日は少し投稿ペース落ちるかもしれませんが、今後ともよろしくお願いします!

感想、ご指摘、評価などなど、随時お待ちしておりますm(__)m


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4話 斯くして一色いろはは温もりになる。

お待たせしました!

いつの間にかお気に入りが50件超えててめっちゃ嬉しいです!

今回はなんと、オリキャラが初登場です!
初回、ということでキャラの紹介がメインになります。
なのでいろはの出番は少ないです、というかほとんど番外編みたいなものになってしまいました...

というか人生で初めてキャラクターというものを作ったのですが...
人ひとりの人格を形成するって、予想以上に大変な作業ですね(-_-;)

上手くできたかはわかりませんが、今後はこの子との絡みのシーンもちょくちょく出していきたいので、好きになってくれるとうれしいです!


長めだしだいぶ重めなキャラ紹介になるとは思いますが、、、どうぞ!



 とてつもなく眠い。そして何もかもがダルい。

 何の変哲もない、そんな朝だ。

 

目を覚まして布団から出るのがダルい。

 制服に着替えるのがダルい。

 学校用に薄い化粧を整えるのがダルい。

 靴を履くのがダルい。

 自転車を漕ぐのがダルい。

 

 そしてなにより…

 

「…茉菜の相手が一番ダルいです」

 

「えぇ~、いいやんこんぐらい~」

 

 そう言って例のごとく私の腕にしがみついて暖を取っているこの子は、真鶴 茉菜(まなづる まな)。私の数少ない友人の一人だ。いや、まぁ友人というより…手のかかる妹?みたいなものかな。…ごめんなさい調子乗りました友達です。

 駐輪場で茉菜に会ったのが運のつきだった。自転車から降りるや否や、この子は私の左腕にこれでもかと引っ付いてきたのだ。

 

「チサちゃんの腕あったかいけんクセになるんよ~」

 

まぁ別に、私も寒かったから嫌とかじゃないんだけど…その、重いし。

 あとほら、私にはない二つの暴力的な膨らみがさっきから私の腕をがっちりホールドしてるんですけど。何その重量感、羨ま…じゃなくてけしからん。

 ちょうどその間に腕を挟み込んでくるのやめてくれませんかね。

 なに食べたらこんなに大きく…愛媛には何かすごい食材でもあったりするのかな?

 

茉菜はこんな神奈川県みたいな名前して、実は中学校までは愛媛で暮らしていたらしい。そのことが私の友達になった遠因でもあるんだけど...。

 

「あったかいのはいいけど、その…周りの視線が痛いから、ね?」

 

 見ると、近くを歩く人たちがたまにチラチラこちらに目を向けてくる。

 私も茉菜も顔だちはいい方なので、こういうことをしていると自然と人目を引いてしまいがちだ。自分で言うのも恥ずかしいけど。

 そのことは今しがた周りを見回した茉菜も自覚していると思うのだが、それでもなお、茉菜は私の腕から離れようとはしない。むしろさっきよりも密着度が増してる気がするんですけど...。

 

「またまた~、チサちゃんそういうの気にせんやろ~?」

 

 う...。

 痛いところを突かれてしまった…。

 

 そう、実のところ私は周りの視線など全く気にしてはいない。というか、興味がない。

 かといって、茉菜のことが嫌で拒絶しているのではなく、ただの低血圧。朝はとにかくいろんなことがダルいのだ。

 

 そんなことは約1年間すぐそばで学校生活を送ってきた茉菜にはお見通しのようで、さっきの発言の効果はほぼ皆無だった。

 

 そんなこんなで私たちはそのまま、校舎の昇降口へ吸い込まれていく有象無象たちの流れに任せて歩いた。

 そしてここからいつも通りの学校生活が始まる。

 そんな、なんの変哲もない朝である。

 

 と、こんな面白みのない私の頭の中をいくら晒しても仕方がないので、ここで少し私自身の話をしよう。

 自分でも嫌というほど理解しつくした、茅ヶ崎 智咲(ちがさき ちさき)というどうしようもない人間のお話を。

 

 

   × × ×

 

 

 私には父がいない。

 そりゃあ私の遺伝子の半分はどこかの男の人から受け継いでいるから、探せばどこかにはいるのかもしれないが。そんなのを父と呼んだりはしないだろう。

 母は結婚することなく私を生んだ。17歳の時だったらしい。別にそのことに対して不満があるわけではなく、年が一般的な親子ほど離れていない分仲は良好だし、参観日とかは親が若々しいと女子としてはステータスだし、むしろ良かったと思っているぐらいだ。

 

ただ、母はかなり男クセが悪い。

 私を産んだのは17の時だから、そりゃあまだまだ女としては終わってないというか、むしろ始まってすらいないまである。そんなこんなで私の家には、小さい頃からいろんな男の人が出入りしていた。

 

まだ私が何も知らない無垢な女の子だった頃は、入れ替わり立ち替わりやってくる、時には優しそうなお兄さんだったり、時には気のいいおじさんだったりする男の人たちのことを少し嬉しく思っていたりもした。

 しかし、そう無知でいられたのも初めのうちだけだった。

 まだ小さかった私に対して最初は気を遣っていた男たちも、慣れてくると次第に態度が変わってきた。そのほとんどが、まるで私なんていないかのような態度を取り始めたのだ。

 

いや、それも違うか。

 

あの人たちは最初から私には興味を示していなかった。優しいと思っていたのも、気がいいと思っていたのも、後になってみると全部私から話しかけていて、そんな無邪気な目をした私に最初はみんな愛想よく振る舞ったのだ。

 それすらもわたしに対する愛情ではなく、母に対するもっとおぞましい何かがそうさせてただけなんだけど。

 

 そうして次第に私を空気扱いし始めた男たちに合わせるように、男が来ているときは母も私のことはいないものとして扱った。

 そうして部屋の隅でおもちゃをいじくっていた幼少期の私は、いろんなものを見て、聞いて、感じた。まぁ今思えば子供に何見せてんだよって話なんだけど…。

 

 小学校の中でだんだん年上の数が減ってきたころ、それに伴って私も次第に無知な女の子ではいられなくなった。

 

ああ、私の家は普通じゃないんだ…。

 

そんな風な自覚が芽生えてからしばらくは、色々なことを考えて、周りとの接し方もわからなくなっていた。ショックを受けたとかそういうのではなかったけど、どうにも周りの人間が全て作り物のように思えてきた。

 

誰よりも早くから、人間の醜い…“本物”の部分を見てきたからだろうか。それこそが人間の本質なのだと理解してしまったとき、ソレの扱い方が分からなくなってしまったのだ。

 周りの誰よりも長くソレを見てきた私だったが、結局のところ、見てきただけだった。随分と長い間見てきた。そのことに変わりはないが、ただそれだけだ。見てきただけ。

 

 しかしいつだったか、私は考えることをやめた。

 

 考えなくても、簡単なことではないか、と。

私は今まで何を見てきた?とても黒くて禍々しい物?

 いや、それだけじゃなかったはずだ。

 私は見てきたはずだ。

 ソレを何でもないように扱い、手のひらで転がす母の姿を。

 

 それに気付いてからは簡単だった。

 母に倣い、完璧な仮面を張り付けた。

 何事もそつなくこなし、人当たりがよく、他者の気持ちが理解できて、親しみやすい。そんな人間を演じることは、なんら難しいことではなかった。

 母からもらった整った顔立ちと豊かな表情。そして“小さい頃から変わらない”明るい性格を以てすれば、みんなが求める“私”はすぐに作り上げることができた。

 その反動なのか頭の中で理屈をこねくり回すようになったのだが、それはかえって好都合だった。

 見たものを考えて、理解して、演じる。

 

 それから中学を卒業するまでの数年間、私の人生は輝いていた。

 しかしそれはただ、自我を燃やして光を放っていただけだった。

 

 そして完璧な仮面は、悲しいほどに…完璧だった。

 

 際限なく、分厚く、広くなっていったその仮面は、ついに自重に耐え切れなくなって、崩壊をはじめた…。

 

 それからの私は、とにかくその仮面を補強することで必死だった。分厚いその内側から崩れていく仮面を、どうにかして取り繕った。

 幸か不幸かそれはすべて仮面の内側でのことだ。誰もそんなことには気が付く様子もなく、中学生が終わるその時まで、私はみんなの求める茅ヶ崎智咲を演じきった。

 そのころにはもう分厚かったあの仮面は、繋がっているのが不思議なぐらい薄く薄く、ただ私の内と外を隔てるだけの一枚の殻になっていた。

 

 そして春休みのあの日。

 

 ついにその殻も、粉々に砕け散ることになったのだ。

 

 

 砕け散った殻の中に残っていたのは、小さく…幼い少女のように感じられる“私”と、崩れ落ちた仮面の残滓だった。

 

 

 しかしそこには、ある日私が醜いと評し、理解したつもりでいた黒くて禍々しいソレは、残っていなかった......。

 

 

   × × ×

 

 

 とまぁ、そんな感じで総武高校に入学しました私は、ボッチだった。

 そりゃまあ…当然か。

 

「えっと、茅ヶ崎さん…だよね?」

「うん」

「じゃあ茅ヶ崎さん、アドレス交換しよ!」

「無理。別に私あんたに興味ないし」

 

 入学初日の放課後、連絡先を交換する流れになっているクラスの中でひとり早々と帰り支度をする私に話しかけてきた、秦野とかいう女の子。それに対する私の返答により、高校生活1日目にして私のボッチが確定した瞬間だった。

 

 別に彼女のことが気に食わなかったわけではない。ただ、興味がなかったのだ。他人のことも、他人から見た自分のことも...。

 

 

 そうしてボッチ生活を初めて2週間の私の心に、早くも変化が訪れた。

 春休みの“あの日”から文字通り誰にも興味を引かれなかった私だが、あるクラスメートがどうしても気に食わないという気持ちがあることに気が付いた。

 自分が有象無象のやからにどう思われようが知ったこっちゃない。ましてやその他人のことが気に食わないなど、あるはずもなかった。

 

 しかししばらく観察しているうちに、あることに気がついた。

 彼女、

 

名前は確か一色…だったかな?

 

 は、始まって2週間のうちに着々とファンを増やしていき、今じゃ学年の男子で彼女を知らない人はいない程らしい。

 しかしそのせいもあって女子にはいい顔をされておらず、さらにこのクラスのトップカーストに君臨する秦野に目を付けられたために、クラスに実質的な彼女の居場所はないように思われた。

 

 そしてその二つの状況の最大の要因となっているのは…

 

「あ、…くん、えぇ~どうしよう……うん、じゃあ………ね?」

 

 吐き気のするほど甘ったるい猫なで声。

 殴り飛ばしたくなる上目遣いのしっとりと濡れた目。

 誰に対しても徹底的なまでにふりまくあざとさ。

 

 彼女を構成するその要素たちが、男子を惹きつけ、女子を逆撫でる。

 

 

 そして私は誰よりも…それが気に食わない。

 

 

 どうしてこれほどまでに黒い感情が湧き上がってくるのか…

 いや、それはとうにわかっていた。

 

「一色さんといい茅ヶ崎さんといい、うちのクラスって変なの多いよね~」

「それな~」

 

 クスクスと笑い合う声が聞こえる。

 

 あぁ…

 

 あの張り付けられた笑顔の裏には、どんな顔が隠れているのだろう。

 

 いつからそれは外せなくなったのだろう。

 

その仮面の内側で、何を思っているのだろう。

 

 醜くもがいているだろうか。

 

彼女のあざとさに満ちた笑顔は、過去の私を見せつけられているようで…

 ひどく不愉快だった。

 絶対にこいつとだけは仲良くできないと思っていた。

 

 

『ねぇ、茅ヶ崎さん』

 

 

 そう彼女に声をかけられるまでは...。

 

 

   × × ×

 

 

 やっぱり過去なんてものは思い出すもんじゃないな。私の人生、わりと黒歴史多いし。特に“春休みのあの日”と“いろはとのくだり”はどうにも避けて通りたくなる。

 それに、トラウマも過去の恥ずかしい話も、そういうものはもう、今の私の糧になってそっと蓋をしたのだ。

 いつかその記憶すらも愛おしくなり、優しくひも解いていける時がくるまで、何よりも大切にとっておきたいと思うから。

 

 だから今は、腕にひっついているこの友人と…

 

 私をあの場所から連れ出してくれた恩人の隣で

 

 

 変わらぬ日常を謳歌していようと思う。

 

 

 ……ぇ

 

 …ねぇ

 

 

「ねぇチサちゃん!聞いとる?」

 

左腕が話しかけてきた。

 

「ほう…ついに私の腕にも寄生獣が…。あ、でも左腕だからミギーじゃなくてヒダリー?」

 

 最近読んだ漫画に、そんな名前のがいた気がする。

 あいついたら絶対日常生活楽だろうなぁ~、朝とか自分で動く必要なくなるじゃん?

 

「も~、何ぶつぶついいよん?てかさっきの話聞きよった?」

 

「え?あ、なんだ茉菜か…」

 

「なんだ、って…。チサちゃんひどいし~」

 

 んー、これじゃあ寄生獣というよりひっつき虫?

 なにそれ全然役に立たなそう…重いだけじゃん。

 

 あぁ、それより、茉菜なんか言ってたな。

 

「話がどうしたってー?」

 

「あ~、やっぱり聞いてないじゃん!」

 

「ごめんごめん…で、何だって?」

 

 うー、と小さく唸るように私を見ていた茉菜は、意に介してない私の様子に諦めたのか、私の腕にかけていた体重を緩めると、ちょっとばかし真剣な目つきになって二度目になるであろう話題を振ってきた。

 

「だから、いろはちゃんのこと!昨日はちょっとおかしかったし、大丈夫かなぁ」

 

「あー、そのことねー。私も昨日の夜考えてたんだけど、やっぱりただの男関係のトラブルってわけではなさそうだったよね」

 

「んー、心配だよね…なんかここ最近はやけに生徒会の仕事も根詰めてる感じやったし」

 

「まぁでも、いろははちゃんと、誰かに頼れる人だから大丈夫だとは思うけどね」

 

「それはそうだけど…、それなら私たちのことも頼ってほしいやん?」

 

 茉菜にそう言われて、昨日のことが一瞬フラッシュバックした。

 

 

『えー?そんなことないよ~』

 

 

そう言った彼女の顔には、私たちにはめったに見せない、外用の笑顔が張り付けられていた。

 

 彼女は普段私たちといる時は、あざとさとは程遠い自然体で接してくる。

 そんな彼女はとても清々しい笑顔で私に笑いかけ、心底楽しそうな悪戯っぽい微笑みで茉菜をいじるのだ。

 

 しかしごく稀に、彼女は私たちの前で仮面をかぶる。

 そうすると、いつも見ていて目に焼き付いているはずの彼女の素顔は、途端に霞がかかったかのようにぼやけてしまうのだ。

 

それでも、仮面に隠れてしまった彼女の顔は見えないが、その奥で優しく、泣きそうな顔をしているのは、見えなくてもわかる。

 

 それは私が、私たちが、彼女の…一色いろはのことを、誰よりも近くで見続けてきたからだ。

 彼女が私たちに顔を隠すときは、決まって彼女が手一杯になっている時だ。そんな時でも彼女は、私たちに心配かけないようにと気を遣って、隠れてしまうのだ。

 

 しかし私はそこまで分かっていてもなお、その仮面の先に踏み込むことができない。昨日も、あの生徒会選挙の時だって…。

 

 それでも…

 

 と、私は思う。

 

 今は他の人が担っているであろう役割。

 彼女の仮面を溶かし、その心に触れることができる役割に。

 選挙の時も、おそらく今回も…、私の友達に最も近付いたそんな羨ましい誰かさんが果たしたであろう役割を。

 

いつか私もそこに選んでもらえるように…

 

 今日も少しだけ、ほんの少しずつでいいから、彼女の“本物”を知れたらいいな、と。

 

 気合いを入れ直すように、あいている右手を、強く握った。

 血の巡りが悪くなり、少しずつ手が冷えていくのがわかる。

 

 

 するとすぐに、その温もりはやってきて…

 

 

 

「智咲、茉菜、おはよ!今日寒いね~、…あ、茉菜ズルいわたしも~」

 

 

 そう言って腕にしがみついてくるいろはの目はまっすぐで、

 

 いつも通りの、飾り気のないとびきりの笑顔を湛えていた。

 




いかがだったでしょうか!

智咲と茉菜はいろはの友人という立ち位置で、今後も活躍してもらうつもりなので、少し背景を持たせときたいな、と思いこの話を書きました。

話の途中で出てくる
”春休みのあの日”と”いろはとのくだり”
は、また時間があれば番外編、という形で書きたいと思ってます。


オリキャラとか超不安で正直ビビッてるのですが、
ご指摘、感想など待ってます!


それでは引き続き作品ともども、よろしくお願いしますm(__)m


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5話 斯くして一色いろはは不意の訪問を受ける。

お待たせしました!


今回は少し短めになってます。

明日は一日中机に向かってペンを握らなくてはならないので、今日書けているとこまでで投稿しておこうと思いまして...


それでは本編、どうぞ!


 昨日の夜、先輩とのメールのやり取りの後すぐにベッドに入ったんだけど、記憶があるだけでも時計の短針は2を指していた気がする…。

 

 『可愛い後輩の頼みだからな』

 

 ...。

 

 普段ならあんなこと絶対に言わないのに、急に優しくする先輩がいけないんですよ!

 

 昨日のことを思い出すと、途端に顔が熱くなるのを感じる。

 誰にみられているわけでもないけど、その火照る頬を隠すようにマフラーを鼻先まで引き上げる。

 

 このマフラー、先輩は全く気付いてなかったなぁ…。まぁ気付いてほしくてやったんじゃないけどさ。

 結衣先輩たちはさすがに気付いてるかな?こんなささやかな反撃じゃあの二人には敵うはずもないけど、それでもやっぱりこういう小さな積み重ねって大事だよね!

 

 もうすぐ学校だ。

 今日の時間割はちょっとしんどいなぁ…でも放課後のことを考えてたら授業なんて一瞬で終わっちゃうかも。

 などと、生徒会長にあるまじきことを考えながらいつもの通学路を歩いていたら、ふと路肩のカーブミラーに映る自分の姿が目に入った。

 寒さで少し猫背になっているわたしの姿は、高く引き上げたマフラーと寝不足の半眼とが相まってなんだか先輩みたいな雰囲気を醸し出していた。

 

 似てるっていうのもちょっと複雑な心境だけど…。

 

 自然と地面を鳴らす足音が早くなっているのに気が付く。こころなしか眠気も冷めたみたいだ。よし!今日も一日頑張るぞ…!

 

て、なんでこんなことで喜んじゃってんですかね、わたし…。

 

 

 いつの間にか近づいていた校門をくぐったわたしは、駐輪場の方に目を向けて先輩がいないか探してみたけど、どうやら今日はいないらしい。

 ここ最近のわたしの調査結果によると大体この時間のはずなんですけど、まぁこういうときもありますよね。

 あ、決してストーカーじゃないですよ。ただの身辺調査です♪

 

 今日は寒いし、先輩とのエンカウントは諦めておとなしく教室に行くことにしよう。ちゃんと放課後また会えるんだし。

 

 そう思って昇降口へ向かうと、明らかに人目を引いている百合百合しい二人組がいることに気が付いた。

 確認するまでもない。わたしの友人、茅ヶ崎智咲と真鶴茉菜だ。

 

 まったくあの二人は朝から公衆の面前でイチャイチャしやがって…。

 でもあれ、ちょっと温かそうだなぁ。

 

 よし、わたしも混ぜてもおっと♪

 

 

「智咲、茉菜、おはよ!今日寒いね~、…あ、茉菜ズルいわたしも~」

 

 一瞬ビクッとして驚いたような表情になった智咲の腕は温かくて気持ちよかった。なにか考え事でもしてたのかな?

 

「お、おぉ、いろは!おはよ~」

 

 なんだそのキョドり方は。

 

「あ、いろはちゃんおはよ~」

 

 こっちは普通。さっきの智咲の反応はわたしの気のせいかな?

 

「いろはと教室着く前に会うなんて珍しいね」

 

「そう?…あー、確かに言われてみればそうかも」

 

 だってわたし、いつもはもう少し駐輪場付近をウロウロしてから教室行ってるからね!なんて言えるわけないない。

 

「でしょ?いやーそれにしても…」

 

「...なに?」

 

「私は安心したよいろは…。わたしはいろはの味方だからね!」

 

「…え、なに?」

 

 それだけ言うと、智咲は一人で何か納得したようにうんうんと頷いては時折、茉菜とわたしが引っ付いている左右の腕を交互に見比べている。もう少し注意して視線を観察すると、智咲が自分の身体のある部位を注視していることに気が付いた。

 

 こいつは…!何が味方だよ失礼しちゃうなぁ!

 

「智咲……わたし、智咲ほど悲惨じゃないから。着痩せするだけだからね?」

 

 まったく。もう一度よく見比べてほしいよホント。茉菜は…まぁ例外として、わたしも平均ぐらいだし。それに智咲はなんていうか…

 

「雪ノ下先輩と競ってるじゃん」

 

「へ?ちょ、いろはぁ~、私さすがにそこまでじゃないって!」

 

「智咲それ雪ノ下先輩が聞いたら泣いちゃうよ?」

 

 わたしも人のこと言えないけど。知らないところで勝手に話題にあげられている雪ノ下先輩に心の中で謝罪しつつ、もういちど智咲のを見てみる。

 うん、やっぱり、ない。

 

 しばらくその話題でわいわいやっていると、今まで蚊帳の外だった茉菜が頬を膨らませているのが智咲越しに見えた。

 

「ねー、なんの話しよるん?わたしも入れてよ~」

 

 しかしこの話は...。

 私たちの沽券に関わる問題だ。ここで茉菜を入れることは…

 

 できないっ!

 

 ばっちり目があった智咲とわたしは、無言で頷き合った。

 

「「茉菜には関係ない!!」」

 

「え~、二人ともひどくない!?」

 

 膨らんでいた頬をより一層大きくした茉菜は、教室に着くまでしばらくぶーぶー言っていた。

 

 二人とこうやってどうでもいい話をしながら歩くのもずいぶん久しぶりな気がしたけど、いつもと変わらない二人の笑顔を見ていると自然と懐かしさは消えていて、いつもの日常の一コマになった。

 

 

…教室に来る途中で背後から可愛らしい小さなくしゃみが聞こえてきたのは、きっと私の聞き間違いだろう。雪ノ下先輩は朝早いはずだよね。うん。

 

 

 

× × ×

 

 

 

 そして昼休み。

わたしは今、友人たちの好奇心に満ちた4つの目に晒されていた。

 

 いつものように智咲と茉菜はわたしの机に弁当箱を持ってきて、近くの机を一つずつ寄せて座った。そこまではいつも通り…。

 私の正面に座った二人は弁当には手を付けず私の顔を覗き込んでばかりだ。

 

 私、気になります…!って感じ?

 

 二人の無言のプレッシャーにしばし圧倒されていると、智咲が口を開いた。

 

「私、気になります…!」

 

「言うんかい!」

 

 あ、声に出してしまった…。ついついツッコミを入れたけど、何が気になるって…?

 

「私たち、朝から我慢してたんですけど~?」

 

「そうだそうだー」

 

 なんか茉菜も乗っかってきたし…。

 

「えっと……何を?」

 

「「は!?」」

 

 うわっ!

 ちょっと急に大声出さないでくれるかなぁ…今のは普通にビックリしたし。

 

「いやいやいや、何を?じゃなくて!!」

 

 ちょ、智咲さん近い。

 前のめり過ぎ。

 そんな見つめないで近い。

 あと、睫毛長い…。

 

 はぁ…。

 

 やっぱり気付かれてたよね~、あはは…。

 

 わたしだって普通の女子高生。どっかの誰かさんみたいに、空気が読めない鈍感さんではない。

 昨日まで散々心配をかけておいて、ある朝すっかり晴れた顔をして学校に来る友人がいたなら、そりゃあわたしも気になる。ならないわけがない。

 

「話さないとダメ…だよね?あはは…」

 

「当然です」

 

 ですよね~。

 別に話すのが嫌なわけではない。この二人にはちゃんと知っていて欲しいとも思っている。

 

 だけど…

 

 最近のわたしの悩みの詳細を話すってことはつまり…

 

 せんぱいへの私のこの、…気持ちを、二人に知られちゃうわけで...。

 

 

 …やっぱ恥ずかしいし!!!

 

 

「ちょっと、なんでそんなにモジモジしてんの…?」

 

「いろはちゃんちょっとキモチワルイ」

 

「ちょ、キモ…っ!?」

 

 さっきと同じ体勢で、今度はジトっとした半眼でわたしを見つめる二人。

 

 …これはもう、逃げられそうもないですね。

 

 まぁでも、初めて打ち明けるのがこの二人なら。

 いや、この二人がいいとどこかで思っていた。

 

 

 もう…負けたよ、負けました。

 

 

 自然と気恥ずかしさは消えていき、胸に深く吸い込んだ空気が言葉の形を成して喉を逆流してくる…

 

「わたしね…実は好「い、一色さん…誰か呼んで…る、けど…」」

 

 誰だよこんなタイミングで!空気読めよ!って感じで声の主に振り返ると、理不尽なジト目に晒された気の弱そうな男の子は、言葉の尻をすぼませて泣きそうな顔になってしまった。

 

 おっと、私としたことがうっかり素が出ちゃいました♪

 

「ご、ごめんね~、で、どうしたの?」

 

 いつものあざとい営業スマイルで、男の子に問い直す。

 

「え、えっと…入り口で二年の先輩が呼んでるよ…それじゃあ」

 

 すっかり萎縮してしまった彼は用件だけ言うと足早に去ってしまった。

 マズったかなぁ…いや、いっか、もうそういうのは関係ないし。

 

 ていうか、いい感じで話し出せそうだったのに調子狂っちゃったじゃん!

 

 とんだ邪魔が入ったけどここまできたら後には引けないよね。

 それでは気を取り直して…

 

 

 

「…いろは、行かなくていいの?あれ」

 

「…え?あ、忘れてた」

 

 

 さっき男の子が言っていたのを思い出して、教室の入り口に目を向ける。

 

 

 

 

 そこには予想通り、わたしに腐った目を向ける先輩が居心地悪そうに立っていた。

 

 




いかがだったでしょうか?

内容がないって?

その通りです。まったく話が進んでません←


ともあれ初投稿から一週間が経ちました。
予想以上に多くの人に読んでもらえて、支えになっております笑

これからもお付き合いいただけると幸いです...



それでは引き続き、よろしくお願いしますm(__)m


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6話 斯くして二つの報告は事なきを得る。

お待たせしました!

今回は少し切るとこをミスっちゃいまして、長めになっております。


それはさておき、土日忙しかったんですけど合間を縫ってサイトをチェックしたところなんと...

日間ランキング23位にこの作品の名前が...

嬉しすぎてちょっとテンパりました笑


お気に入りもいつの間にか100件を超えていたようで、活動の励みになっております!



それでは三日ぶりの本編、どうぞ!


忘れていたというのはただの方便で、実は振り返った瞬間から…いや、さっきのイモ男子が呼びに来た時からなんとなく想像はしていた。想像というか、期待?みたいな。

けどそのことを智咲たちに悟られないように、とにかく逸る気持ちを抑えての対応だったのですが……なんか勘付かれてませんかね?なんで二人ともニヤニヤしてるの?

 

ともあれ、とりあえずは平静を装って席を立った。

なんだかんだ早く先輩とお話ししたいので…。

 

そんなわたしの心情を知ってか知らずか、ポッケに手を入れて廊下を眺めている先輩は気付いているはずのわたしの姿に反応しようとしない。

 

先輩のくせに無視とは生意気ですね...。

 

これは少しお仕置きが必要かもしれません。

 

 

「せーんぱいっ!急にどうしたんですかぁ?...あ、もしかして昨夜の続きをご所望ですかそうですか。せんぱい“初めて”でしたもんね~。でも、毎日はちょっとわたしもしんどいですよぉ…」

 

ガタッ!と教室内から椅子を鳴らす音が聞こえてきた。

ちょっとやりすぎたかな。と思ったけど、目の前でみるみるうちに赤くなっていく先輩を見ると、効果はあったようなので気にしない方向で行きましょう。

 

「ちょ、ちょっと一色さん!?誤解する言い方はやめましょうね??悪評が流れるのは慣れてるけど警察のお世話にはなりたくないからね??…とりあえずみなさん携帯しまってくれませんかね…!」

 

おぉ、先輩がめっちゃ流暢にしゃべってる…。

屁理屈を言うとき以外で先輩がこんなに言葉を継いでいるのを聞いたのは初めてかも。

 

「せんぱいキョドりすぎですキモいです…。ちょっとからかっただけじゃないですかぁ~、何焦ってんですか?」

 

「ばっかお前、ちょっと身の危険を感じただけじゃないですかぁ~」

 

む。真似してきやがりましたよこの人。

 

次はどうしてやろうかと頭をひねってみたけど、これ以上やると本当に先輩が通報されかねないので今回はこの辺で手を引くことにした。

 

「全然似てないしキモチワルイです。…それで、せんぱいが訪ねてくるなんて珍しいですけど、どうしたんですか?」

 

「ん。ちょっと放課後のことで連絡しとこうと思ってな」

 

「あー、例の件を奉仕部に正式に依頼しに行くんですよね?忘れてないですよ?」

 

わざわざ確認しに来るとか、わたしのことなんだと思ってんですかねぇ。

と、思ったがそうじゃないらしい。

 

「いや、そこまで過保護じゃねぇよ...はぁ」

 

お前こそ俺のことなんだと思ってんだよ。って感じで短くため息をつく先輩。

吐いた息とともに、警察に突き出されかけた緊張感も一緒に抜けて行ったのか少し柔和な表情になる。

ちょっとドキッとしてしまいました。チョロいな。わたし。

 

「そうじゃなくて、放課後平塚先生にちょっとした雑用頼まれてな。部室行くの少し遅れそうなんだが…一人で大丈夫か?」

 

 

……いや、それを過保護って言うんじゃないですかね…。

 

別にそれぐらいちゃんと自分で説明できますよ。失礼しちゃうなぁ。

 

 

でも…ここでそれを口に出すほどわたしはフラグブレイカーではありません。

せっかくなので、心配してくれている先輩にしっかり甘えとかないと♪

 

「なるほど…だったらわたし、生徒会室で待ってるので用事終わったら来てもらえますか?せんぱいいた方が安し…じゃなくて、使えるので!」

 

おっと危ない、つい本音が。

 

「お、おう。…てかなんで言い直したの合ってたよね今の」

 

「んんっ。せんぱいのくせに細かいとこ気にしすぎですよ?」

 

「こっわ、いろはす怖い。目が怖い。どっから出してんだよその声…」

 

「気にしすぎですよ?」

 

 

 

「…は、はい」

 

うむ。よろしい。

 

「…じゃあ、用はそれだけだ。昼飯邪魔して悪かったな」

 

「え、もう行っちゃうんですか~?もう少しお話ししましょうよ!」

 

「なんでだよ購買終わっちまうだろ」

 

そう言って先輩は踵を返す。

時計を見ると確かに購買が終わってしまうギリギリの時間だったので引き止めるわけにもいかず、いつも通り丸まった先輩の背中をしぶしぶ見送ることにする。

 

先輩が階段の踊り場に消えていくのを見届けてからわたしも踵を返すと、いつの間にか沈黙していたクラスのみんなが一斉に私から視線を逸らしたのが分かった。

 

どうやら少しはしゃぎすぎたみたいですね...。

 

最近先輩と喋っているときの自分がうまくコントロールできなくて、後々になってやらかしたと思うことが多いのは困ったことだ。

 

席に向かって歩き始めると、クラス内は少しずついつもの喧騒を取り戻し、わたしが爛々と輝く4つの瞳が待ち構える机に戻ったころには普段通りの昼休みの雰囲気に戻っていた。

 

この二人を除いて…。

 

「ふーん、なるほど。あれが…」

 

「いろはちゃんやるね~、年上いいなぁ」

 

なんか既に二人して納得していらっしゃるし...。

しかも、奉仕部についてじゃない方の内容だけを勝手に理解されてしまったようで、さっきまでの悩み告白ムードはきれいさっぱり消え去っていた。

 

 

「で、いろは。大体わかったんだけど、やっぱり本人の口から直接聞きたいじゃん?ね、茉菜」

 

「うんうん、色々詳しく聞きたいなぁ~」

 

 

ムードなんてなくても吐かされるようです♪

 

仕方ない、もう一度気を取り直して話すとしましょうか。

 

 

すぅ…っと息を吸い込んで…

 

 

「わたしね…実は……」

 

 

「......ということです。ここ最近私の勘違いで心配かけちゃったみたいで、ごめんね?」

 

 

わたしはこれまでの経緯を全て、二人の友人に話した。

 

大切な空間のこと。

 

大切な人たちのこと。

 

大切な……私の気持ち。

 

全てを話し終えるまで、二人は口をはさむことなく静かにわたしの言葉に耳を傾けてくれた。

その様子を見ていると自然と言葉は溢れてきて、全てを話し終えるのにそう時間はかからなかった。

あんなに話すのをためらっていたのに、不思議なものだ。

 

わたしの大切な気持ちを大切な友人たちに自分の口で告げられたことで、わたしの気持ちはいつになく晴々していた。

 

「じゃあその奉仕部?の人たちが、ずっといろはちゃんを助けてくれよったんやね~」

 

「そうそう!すごいんだよ、あの人たち。いつもは軽口の応酬してたり黙々と本読んでたりするだけなのに、そうかと思うとあっという間に解決策が導き出されちゃったりしててさ」

 

 

先輩たちはいつもわたしを優しく導いてくれる。

そんな先輩たちのことを二人に知ってもらえたことがたまらなく嬉しかった。

 

 

「いろはは…あの噂はもちろん知ってるよね?」

 

「噂…あぁ、先輩の、文化祭の時の?」

 

「そうそう、まぁ知ってるならいいんだ。いろははちゃんと知ってて、そのうえであの先輩を選んだんだとしたらその気持ちは本物だと思うし...。それに私も、いろはが選んだ人がうわさ通りの極悪人だなんて思わないからね」

 

「もちろん!それに、智咲たちならそんな噂に惑わされたりしないってわかってるから喋ったんだよ?」

 

「うんうん、わたしたちはそんなの全然気にせんよ~」

 

先輩の話をするとたいていの人は噂を思い出し、あの嫌われ者の話か、と勝手に納得してしまう。

ある女子は、わたしと先輩が一緒にいるのを見て勝ち誇ったように笑みを浮かべる。

ある男子は、なんで俺じゃダメなのにあんなのと一緒に、という顔をする。

 

先輩のことを何も知らないくせに、勝手なこと言わないでよ。

 

そう思うことが少なからずあった。

自分がコソコソ噂されているのは気付いても特になんとも思わないのに、先輩のことになると無視できなくなるっていうのもちょっとおかしな話だけど。

 

 

でも今目の前にいる二人は、さも当然のように噂のことを判断材料から外す。

 

 

「じゃあいろは、今度私たちのこともちゃんと紹介してね」

 

「よろしくねいろはちゃん」

 

 

そうやって二人は二人なりに先輩のことを、私の好きな捻ねデレさんのことをちゃんと知りたいと願ってくれる。

 

 

「うん、そのうちね!あ、でも先輩のこと好きにならないでよー?ただでさえ強敵揃いなんだから…」

 

 

そしてわたしは今一度、この二人に話してよかったなぁと、心から思った。

 

 

 

   × × ×

 

 

 

ギリギリお弁当を食べ終わった頃に昼休みが終わり、そのまま午後の授業も問題なく過ぎて行った。

放課後、生徒会室で待っていたわたしを先輩は約束通り迎えに来てくれた。

 

「なんかやけに静かだな今日は…」

 

隣を歩く先輩が、ふと疑問に思ったんだけど、という感じで呟いた。

静かというのは、学校がではなくわたしのことを指しているのだろう。

生徒会室を出て鍵を返しに職員室へ行き、そのまま奉仕部の部室に向かう間、まだわたしは一言も言葉を発していない。

だがその静寂も、居心地の悪くなる沈黙ではなく、どこか心地良い雰囲気を作り出してくれる。

 

「たまにはこういうのもいいじゃないですか~」

 

「…まぁそうだな」

 

先輩も同じだったらしく、わたしたちは二人でその暖かな空気を共有しながら足を進めた。

 

特別棟に入ったあたりから生徒の数も減り、わたしたちの周りだけでなくその場全体が静寂に包まれる。

 

廊下にはリノリウムの床を鳴らすわずかに高さの違う二人分の足音が、同じピッチで重なり合って響いているだけだ。

 

何も言わずに歩幅を合わせてくれる先輩の優しさが、音を伝って体中に響いてくるように感じる。

 

やっぱりたまにはこういう静寂も悪くないな、と改めて思う。普段のわたしからは全く想像できない雰囲気だけどね。

 

 

もう少しだけこうしていたい...。

 

 

しかし、そう遠くない奉仕部の部室へはすぐに着いてしまい、ささやかな幸せはしばしお預けになってしまった。

 

先輩が半歩前を行き、部室の引き戸を開けると、それに気づいた中の二人はいったん会話を止める。

 

「あ、ヒッキー!いろはちゃんも、やっはろー」

 

「こんにちは。一色さんは今日も来てくれたのね」

 

「結衣先輩、雪ノ下先輩、こんにちは~」

 

「おう。悪い、遅くなった」

 

せ、先輩が自らナチュラルに謝罪を…。

 

「別にかまわないわ。…それより、昨日はちゃんと一色さんの話を聞いてあげたのかしら」

 

二人分の紅茶を淹れながら、雪ノ下先輩は先輩に問いかけた。

わたしの、はなし?

 

「おう。今日一色はその話も兼ねてきたんだと」

 

あぁ、なるほど。

昨日の放課後突如二人きりになってしまったのは、どうやら雪ノ下先輩の意図するところだったらしい。

 

やっぱり雪ノ下先輩はすごいなぁ。

 

こんな人がライバルだなんて、いくらわたしでも勝てる気がしない...。

 

て、弱気になってる場合じゃないよね!

勝算がないからって諦められるほど、この気持ちは軽くない。

 

「それで一色さん、話というのは」

 

「あ、はい。実はですね......」

 

 

 

   × × ×

 

 

 

「…というわけなんですけど、どうですかね?」

 

どうですかね、と言ってみたもののこの二人が却下するとは正直思わない。

問題はその次なわけで…

 

「いいじゃん!うん…すごくいいと思う!」

 

結衣先輩が、うんうんと頷きながら賛同してくれる。

その純粋な笑顔は、見ているこっちまで暖かくなるような不思議な力がある。

 

「ええ、そういうことなら喜んで部室を提供するわ。私も小町さんや城廻先輩にはこの一年、随分お世話になったもの」

 

そう言ってくれると嬉しいです!

嬉しいんですけど…

問題はこれからなのだ。

 

...。

 

少し不安になってつい先輩の方を見てしまった。

 

慌てて目を逸らしたわたしの姿は、目の前にいる雪ノ下先輩には不自然に映ったみたいです。少し訝しげに眉根を寄せて、雪ノ下先輩が問うてくる。

 

「まだ何かあるようね。それに、その内容なら昨日のうちに話しづらかったことへの理由付けがなってないもの」

 

うぅ…。

 

やっぱり雪ノ下先輩にはいろいろと見透かされているようで、そのことが余計にこの後の話題を打ち出すのをためらわせる。

その話題を出して雪ノ下先輩が不機嫌になるとか、そういうことはないと思う。だけどこれまで奉仕部と関わってきた中で、はるさん先輩が絡んだときに何とも言えない違和感を感じることがあったのは事実だ。

そのことを思い出すと、今から自分がこの空間に歪を生じさせてしまうのではないかと悪い想像ばかりが巡ってしまう。

 

 

やっぱりここで言わない方がいいんじゃないかな…。

 

 

そんな消極的な考えがちらつき始めたとき、いつの間にそこにいたのか、先輩がわたしのすぐそばに立っていることに気が付いた。

 

 

「まぁ、そんなに考えすぎるなよ。大丈夫だ」

 

 

ぽす…と、先輩の言葉とともに暖かい感触がわたしを頭から包み込んだ。

 

突然訪れた心地良い感触に、目をぱちくりさせながら呆けていると、先輩が慌てたようにわたしの頭から手を放した。

 

名残惜しいという感情が前面にでていたはずのわたしの目から逃れるように、頬を掻く先輩の姿がそこにあった。

 

 

「あ、いや、すまん…つい小町用接待スキルが…」

 

 

言い訳をしながら赤くなる先輩は、どこまでもいつも通りで、不安に駆られていたわたしの心をゆっくりと溶かしてくれるような温もりがあった。

 

大丈夫、と先輩に一言そう言われただけなのに...。

 

...。

 

よし…!

 

と、先ほどの先輩とのやり取りを黙って見ていた雪ノ下先輩に向き直る。

 

もう、逃げない。

 

 

「その…はるさん先輩も呼ぼうと思うんですよ、城廻先輩もその方が喜んでくれると思うんですよね!」

 

 

…。

 

やっちゃったかな…。

 

 

「あー、めぐり先輩と仲良かったもんね!」

 

「そういうことね...。それでは、私が姉さんに連絡を入れておけばいいかしら?」

 

「え、え?」

 

「別に驚くことではないわよ。家族なのだから」

 

「え、ま、まぁそうですけど…」

 

あれ?全然頭が付いてこないぞ…?

 

先輩はというと、だから言ったろ?という顔をして少しにやついている。ちょっとキモチワルイ。

 

そうやって私が混乱している間に、話はどんどん進んでいく。

 

「あ、それならさ!大志君も呼んだらどうかな!お姉ちゃんも総武高校なんだし、来年から小町ちゃんと同じでここに入学するんだよね?」

 

「おいまて、却下だ。姉はともかくあのひっつき虫だけは小町から遠避ける必要がある。断固拒否だ」

 

「…ならそちらの連絡は任せて構わないかしら、由比ヶ浜さん」

 

「うん!任せてっ!」

 

「…スルーですか、さいですか」

 

 

…なんかもう、わたしの気持ち返してくださいよー!

 

うぅ…色々想像していた自分が恥ずかしくなります。

 

 

「場所はここでいいとして…いろいろ用意する必要がありそうね」

 

「んーそれなら、食べ物とか用意して、なんかパーッとやれる感じがいいと思う!」

 

「そうね、お祝い事なのだしどうせなら最大限楽しんでもらわないと」

 

 

よし!考えても仕方ない!

 

考えるのやーめたっ!

 

こうなったらもう何も気にする必要ないってことだよね!

 

 

「じゃあじゃあ、ケーキ焼くのとかどうですかね!」

 

「あらお帰りなさい一色さん。…その案、私も賛成ね」

 

あ、た、ただいまです...。

そんなにフリーズしてたのかわたし?

 

「ですよね!」

 

「それなら、調理室を貸出ししてもらった方がいいかもしれないわね。…そこの、えっと、ひ…比企…ひきが……。ガヤくん。もう小町さんにアポはとったのかしら?」

 

「おいこら、人を取り巻きのその他大勢みたいに呼ぶな。というかそこまで思い出したならくっつけるだけだろうが」

 

「…あらごめんなさい。いつも一人でいるあなたはその他“大勢”にすら属さなかったわね。失念していたわ。悪かったわね、モブガヤくん」

 

「モブのガヤとかさらに扱い酷くなってねぇかそれ…」

 

 

こういう軽口の応酬を聞いていると、本当にさっきの話のことなんて全く気にしていないんだな、って思いますけど…よくわかんないけどちょっと悔しいです。

 

ともあれ、わたしの杞憂に終わったのならよかった…

 

 

「で、どうなの?」

 

「ん。あぁ、13日なら空いてるみたいだぞ」

 

「そう、日曜日ね。それなら朝から準備して午後に開始、という段取りが妥当かしら。...午前中の調理室の使用許可を取っておかないといけないわね」

 

先輩たちも乗り気みたいですし、盛り上がりそう!

 

「それならわたし、料理手伝いますよ~」

 

チラッと先輩を見つつ...。

 

あ、目合っちゃった。

どうです?料理できるアピールですよせんぱい!

 

あ、目逸らされました。

 

向こうでボソッとあざとい言ってるの聞こえてますからね…むぅ。

 

「そうね、じゃあ一色さん、手を貸してもらえるかしら?」

 

「はい!まっかせてください!」

 

ここで先輩の胃袋を掴んでおいて、さらに妹さんにも家庭的な女だと思わせれたら一石二鳥ってわけです♪

 

「あ、あたしも手伝う!」

 

と、結衣先輩が前のめりで挙手している。

結衣先輩も先輩にアピールしたいのかなぁ。

 

あれ?でも、結衣先輩って…

 

「ゆ、由比ヶ浜さんはその人と会場の飾りつけをお願いするわ」

 

「ゆ、ゆきのーん!」

 

「会場設営は大切な役割よ。部屋の雰囲気が良くないと第一印象から楽しめないもの」

 

いや、それはちょっと苦しいんじゃ…

 

「ぜひ由比ヶ浜さんに、やってほしいの」

 

「っ、そ、そぉ?ならやろっかな…。うん、あたし頑張るよ!」

 

 

チョロかった。

 

結衣先輩チョロすぎですよ…。

 

まぁ、わたしも人のこと言えませんけどね?

 

「なんか結構おっきいイベントになりましたね!今から楽しみですよ!ね、せんぱい」

 

「ん?あ、あぁ。そうだな。俺も早く小町の喜ぶ姿が見たい」

 

「シスコンめ…」

 

 

そう言ってジト目を作って先輩を睨むわたしの心には、ここの部屋に入ってすぐのような不安は一切存在しなかった。

 

二月の寒さなどどこかに置き忘れたのか、春の陽気のようなこの部屋の空気は、無意識のうちに不安と緊張で固まってしまっていたわたしの心をゆっくりゆっくり溶かしてくれるようで、いつまでもこの温もりに浸っていたいと思うのでした。

 




いかがだったでしょうか!

この作品は陽乃さんを悪者扱いしちゃっている節があるのですが、自分は陽乃さん結構好きなので決してそういうつもりはありません笑


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7話 斯くして別れと始まりの春は訪れる。

お待たせしました!

私事ですが週末に一応最後になるマーク模試がありまして、少し勉強のほうに集中してたら更新遅れてしまいました...(-_-;)

ともあれ、自己採も上々で気分がよくなって、一気に書き上げた次第です←笑

ですがしかし(今度はなに!?)

しかし木曜日に今度はオープン模試がありまして...

模試多すぎて休日ないし教育機関ブラックすぎるだろ!って感じなのです笑


というわけで更新頻度はかなり落ちてしまうかもしれませんが、引き続き楽しんでいただけると幸いです。


それでは前置きが長くなりましたが、本編、どうぞ!





3月1日、晴れ。

今日はわたしが生徒会長に就任してから最も大きなイベントです。

今ここに立っているわたしの姿を昔の自分が見ても、おそらく誰か分からないんじゃないかと思う。それぐらい、過去のわたしからは想像のできない役職についている。

 

生徒の自主性―—などという言葉がすっかり形骸化しつつある現代の学校事情なので、生徒会長と言ってもそんなに仕事はないように思われるかもしれない。

実際わたしも自分が就任するまでは、中学の頃のやる気のない生徒会役員たちの記憶も相まって、生徒会室で判を押し続けるデスクワーク中の社畜のような姿を連想していたぐらい。

 

しかしここ総武高校は近年では珍しく、生徒会に決済案などがある程度全振りされ、学校行事などにおいても生徒会に多くの発言権が与えられているという体制が続いている。

そのおかげもあって、わたしの悲観していた生徒会像はいい形で裏切られ、今ではそれなりに仕事を楽しめるようになっている。

とはいえ、生徒会長になったことよりわたしが仕事を楽しんでることのほうが驚くべきなんだろうけど...。

 

確かにわたしはサッカー部のマネージャーもやっているから、人に奉仕する精神が欠落している系JKというわけではないのだけど、あれは仕事と呼ぶにはあまりにも手軽く済ませすぎている。

もともと男子の気を――もとい葉山先輩の気を引くためだけにはじめたマネージャー業だし、わたしはそのポジションを単に利用しているにすぎなかった。

 

この生徒会長の仕事を受ける気になったのも、最初は誰かさんの口車に乗せられて利用する目的だったのが実のところだ。

 

そうして軽い気持ちで始めた生徒会だったけど、実際の業務はなかなかハードだった。平日の放課後から、生徒会引継ぎ資料の確認をして調印。来年度予算案のドラフトの下書き、って何回下書きするんだろ…と思ってみたり。その他もろもろの雑務が波のように押し寄せてきた。

そしてその中でも特に苦戦を強いられたのが、意識高い系こと海浜高校生徒会さんとの合同クリスマスイベントだった。

 

けどあのイベントは、最も苦戦したかわりにわたしの内面に大きな変化をもたらしたと言えるイベントだった。

 

イベントが成功した後のそれまでに体験したことのないような達成感。

あの充足感は、わたしの中に確かに生まれたはじめての、“本物”と呼べるような感情だったように思う。

それはもしかしたら、準備期間中のあの日に聞いた先輩の言葉に感化されただけのものだったのかもしれない。

けど、それでも…

あの気持ちを知ったことで、わたしは少し先輩のことを理解できた気がした。

あんなに必死になって、自分をさらけ出して、柄にもなく声を震わせてまで、先輩が求めたものの一端を感じることができた気がした。

 

それからだよね…わたしが奉仕部に入り浸るようになったのって。

それに、仕事にもやりがいを感じれるようになったし、頑張りたいって思えるようになった。

 

やっぱり、全てのきっかけは先輩…。

生徒会に入ったのも、仕事が楽しくなったのも、葉山先輩に告白したのも。

振られたのに、どこかすっきりした気持ちになったのも…。

 

ホント、あの人が関わるといろんなことが新鮮で、予想なんてできたもんじゃない。

 

 

なんでこんなに先輩のこと…

 

 

最近頭のなかで考えを巡らせていると、どうしても先輩のことに行きついてしまうんだよなぁ…。どうしたものか…。

…ま、考えても仕方ないか!

 

と、そこでいったん思考をストップさせて全校生徒に向かって視線を下げると、生徒たちの視線は一様に体育館ステージ上のある一点…わたしの横にあるスクリーンに注がれている。

映し出されているのは、仕上がりを確認するために何度も何度も見直した卒業生に向けたビデオレター。

各部活動の部員や委員会の役員、そして目の前にいる卒業生が一年生だった頃の担任の先生方…それぞれが順に、今日総武高校を旅立つ卒業生に想いを語っている。

 

これ編集するのに、めっちゃ時間かかったんですよねー…。

まぁ、ちょうど奉仕部に行きづらかった時期だからよかったんですけどね。

 

コンピューターに強い副会長さんの助けを借りてようやく完成させたそのビデオレターを眺める卒業生の顔には、この三年間の営みを思い出しているのか、いろんなものを綯い交ぜにしたような色が浮かんでいる。

式も後半に差し掛かった頃だし、中には泣き出してしまっている女子の先輩も多い。

あ、城廻先輩なんか号泣してるし...。

 

『——————それじゃあ達者でな。いつか君たちと、酒でも酌み交わしながらここでの日々を笑って語れるのを楽しみにしている。…ふっ…そんなに悲しい顔をしないでくれたまえ。何かあったらいつでも連絡をしてくれて構わない。…け、結婚の報告とかはしなくていいからな!…絶対だぞ!』

 

スクリーンを見ると丁度、担任枠最後のひとりである平塚先生が、カッコいいのか残念なのか、なんとも締まらないセリフを残してフェードアウトしていくところだった。

 

ほんと、誰かもらってあげて...。

 

 

エンドロールが流れるスクリーンを見つめながら、溢れる涙と嗚咽を必死にこらえようとする先輩方の姿を見ると、頑張ってよかったという気持ちが込み上げてくる。

 

はじめて奉仕部の手を一切借りずに仕上げたわたしの中では最大級である大仕事は、どうやらしっかり成功を収めてくれたらしい。

 

天井に巻き上げられていくスクリーンを眺めながら感慨に浸っていると、体育館の電気がポチポチと明かりを灯していき、いきなり訪れた明るさに少し目を細めた。

 

そうだ、わたしにはまだもうひとつ大事な仕事が残ってるんでした。

 

でもこっちはしっかり先輩や雪ノ下先輩にチェックしてもらって完成させたやつだし、不安なんかも特にないですね。

 

半年間の生徒会長としての経験と、奉仕部の優秀な二人への絶対的な信頼とが合わさって、揺るぐことのない安心感をもたらしている。

 

あ、優秀な二人って…結衣先輩が優秀じゃないみたいですけど、違いますからね!!結衣先輩は少しアレなだけで、えと…そう、いい人だし!!

 

と、頭のなかでセルフ言い訳を展開していると、すっかり明るくなった体育館に教頭先生の低くよく通るバリトンボイスが響く。

 

『それでは続きまして、生徒代表送辞…』

 

声に合わせて、わたしは胸元のリボンをキュッとひとつ締め直す。

 

『生徒会長、一色いろは。』

 

 

「…はい!」

 

 

軽く吸い直した息を、お腹に力を込めて一気に吐き出す。

 

そしてステージ脇から、一歩、また一歩と、中央に向けて足を進める。

 

チラッと見えたステージ下のプロジェクター台の傍にいた先輩と目が合った気がしたけど、それは多分気のせいですよね。

 

そんなことが頭を過ぎり、中央にたどり着いたわたしは、明るくなった体育館の中でより一層明るいスポットライトの暖かな光に包み込まれると同時に、迷いのない瞳で館内のすべての視線を受け止めるべく、顔を上げた。

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

「どうぞ」

 

コトン、とわたしの目の前に紅茶を注いだカップが置かれると同時に、鼻腔をくすぐるいい香りが流れてくる。

 

「あ、どうもです」

 

紅茶を注いでくれた雪ノ下先輩にお礼を言いつつ置かれたばかりのコップに手をかけ、湯気の沸き立つ琥珀色の液体をちびちびと啜る。

ひとしきりその奥深い味を堪能してカップを置くと、

 

「はうー」

 

と、気の抜けた声が漏れてしまった。

今の絶対先輩のとこまで聞こえたよね…。

 

「あははー、いろはちゃんお疲れだね~」

 

「さすがに疲れましたよー」

 

どっと疲れが押し寄せてきた身体の重みをすべて机に預けるように肘をつく。

 

「いろはちゃん頑張ってたもんね!ビデオも送辞もすごかったし、先輩たちみんな泣いてたよー」

 

「由比ヶ浜もボロ泣きだったけどな」

 

「うっさいヒッキー!ていうかなんで見てるし!」

 

ぷくーっと膨れて右方を睨む結衣先輩の目は、確かに少し腫れていた。

 

「比企谷くん、暗闇に乗じて女性の顔を覗くのはやめなさい。ただでさえ気配のないあなたがそのようなことをするとなおさら質が悪いわ」

 

隣で聞いていた雪ノ下先輩が、先輩に援護射撃を放った。

すると責められた先輩は少し弁解の言を発した。

 

「雑用係で前にいたから生徒の顔が丸見えだったんだよ。お前のその頭意外と目立つし」

 

気だるげに指した指の先には、結衣先輩のトレードマークとも言えるお団子が首を傾げる結衣先輩に合わせて傾いていた。

何の事だかわかってない結衣先輩のことは無視して、先輩は閉じていた右手の文庫本にもう一度視線を落とす。

 

結衣先輩も大して気にならなかったのか、すぐに隣の雪ノ下先輩へのくっつき攻撃へと移行する。

タオルケットを膝かけにして本を読んでいる雪ノ下先輩の隣にぴたっとくっつき、タオルケットに足を突っ込んでめっちゃ笑顔です...。

雪ノ下先輩も少々嫌そうな顔を作って見せているが、実際に嫌がっているわけではなくむしろウェルカムなんじゃないかと思うまである。

 

「ゆ、由比ヶ浜さん、そんなに引っ付かれると本が読めないわ」

 

「えー、じゃあお話ししようよー」

 

「私は今そういう気分じゃ…」

 

「あ、そういえばこの前サブレの散歩してたらね、めっちゃ可愛い野良猫が…」

 

パタン。

 

「どうぞ、続けて」

 

「え、あぁうん。そんでね、その野良猫が―――———」

 

 

…猫の話になった途端目の色替わりましたよこの人...。

どんだけ猫大好きなんですかね。

 

とまぁ、そんな感じの百合空間をぐでーっと眺めていたわけですが、さっきからどうにも先輩の挙動がおかしい気がします。

あ、いや先輩がおかしいのは元からですけど。

なんかこう、もぞもぞというか、くしゃみを我慢してむずむずしているような…。

 

よく分かんないけどとりあえずかわい…じゃなくてキモいです。

あまり見すぎるとヤバい気がする。うん、いろんな意味で。

 

それでも先輩が何か言おうとしているのは分かったので、わたしから触れてあげた方がいいのかなぁ...と案じていると、廊下に響くパタパタという軽い足音に続いて、それとは相反する大きな音をたててドアが開け放たれた。

 

何事か、と四人分の視線がドアに集まる。

 

そこに立っていたのは、髪は乱れ目の下は赤く腫れあがっている、もうなんか色々とぐちゃぐちゃの顔で肩を上下させている城廻先輩だった。

 

「どしたんすか…」

 

「はぁ…はぁ…」

 

...。

 

「確か今、三年生は最後のLHR中だったはずでは…」

 

「はぁ…はぁ…」

 

…。

 

「え、えっと…あ!ハンカチ使いますか!?」

 

「はぁ…はぁ…」

 

…。

 

…返事がない。ただの屍のようだ。

 

じゃなくて!

息切れで返事ができないらしい。

みなさん質問はもう少し待ってあげた方が…いやまぁわたしも何をこんなに慌ててきたのかめっちゃ気になりますけど…。

 

 

 

「ふぅ~」

 

と、ようやく息を落ち着かせた城廻先輩は、しばらく呼吸のためにフル稼働させていた肺から、やっと言葉を紡ぎだした。

 

「いろはちゃん…っ!!」

 

と。

え、待ってなんでわた……ぐはっ。

 

潰れた肺から詰まっていた空気がなすすべなく押し出された。

城廻先輩がわたしの名前を呼ぶと同時に猛突進を仕掛けてきたのだ。

 

「いろはちゃん…いろはちゃん…っ!」

 

と、わたしに抱きついてからも名前を連呼してばかりいる城廻先輩の行動の意図がつかめなくて、わたしも奉仕部の三人も呆気にとられていた。

 

「え、えっと…城廻先輩。とりあえず、ちょっと苦しいんですけど…」

 

いまいち状況が飲み込めないわたしは、とりあえず押しつぶされたままの肺の開放を要求する。

 

「あ、ご、ごめんね!つい…」

 

何がつい…なのか分からないが、そう言って肺の圧迫からは解放してくれたものの、城廻先輩の手は未だにわたしの肩をしっかりとホールドしたままだ。

 

全く心当たりもなく、顔が近いせいで行き場のない視線を宙に彷徨わせていると、城廻先輩が次の言葉を発してくれた。

 

「いろはちゃん…」

 

また、名前でした。

 

「えっと…」

 

「あのね、わたしね、ホントはいっぱい言いたいことがあったんだよ?…だけどみんなの顔見たら、考えてたこと全部忘れちゃって…」

 

あはは…と照れたように笑う城廻先輩は、それでもこれだけはちゃんと伝えたいから。と続けた。

 

 

「ありがとね!」

 

 

満面の笑みで彩られた城廻先輩の顔は、涙やら洟やらでぐちゃぐちゃだったけど、これまでに見た中で一番輝いていた。

 

「それに、みんなも!今回もいろいろ頑張ってくれたんでしょ?」

 

「いいえ。今回はほとんど一色さんの仕事ですよ、城廻先輩」

 

「ああ、俺たちが手伝ったのは原稿のチェックぐらいですし」

 

「うんうん!ビデオのことだってあたしたちなーんにも知らなかったですし!」

 

「え、そうなの…?」

 

さっきとは打って変わって、ぽかんとした表情になる城廻先輩。

 

まだ少し理解の追い付いていないわたしを余所に、先輩たちが受け応えている。

 

それにしても、今なんかわたしちょっとバカにされた気がするんですけど...。

いや絶対されましたよね!?

 

だんだん話の流れが読めてきたわたしは、いまだに口を半開きにしてこちらを見ている城廻先輩に向けて、頬を膨らませてみせた。

 

「わたしだって成長してるんですからね…?」

 

少しいじけた声をだしてぶーぶー言っていると、フリーズから脱出した城廻先輩にもう一度ハグをお見舞いされた。

 

「そっか…いろはちゃんが…」

 

なんかまた泣きそうですよこの人…。

 

「あれ、すっごくよかったよ!みんな感動したって言ってたし、今までああいうのって部活内でやってるとこがあるってぐらいだったから…」

 

「えと…よ、喜んで頂けたなら、頑張ったかいがあるってもんですよ!」

 

なんか面と向かって褒められると、反応に困ってしまう...。

嬉しいんだけど、ちょっと恥ずかしいみたいな。

 

「うん!だから…ありがとね!」

 

またもや城廻先輩の歴代笑顔ランキングが更新されてしまいました。

 

依然として抱きつかれたままのこの状況に恥ずかしさを感じて顔を逸らしてみたものの、その先には保護者然とした奉仕部の面々の優しい微笑みがあって、さらに頬が熱くなっただけだった。

 

こうしていると、生徒会長をやっているとはいえやはり、わたしはここにいる中でも一番年下なわけで。

大好きな先輩たちに囲まれると、わたしはこんなにも素敵な人たちに支えられて、守ってもらって、ここまでやってこれたんだと改めて実感する。

 

今回の卒業式は、わたしなりにいろいろ考えて、なるべく先輩たちの手を借りずに生徒会のメンバーだけで準備から運営までを通したつもりだった。

 

それでもやはり、わたしの後ろには先輩たちがいて見守ってくれている。と考えるだけでどれだけ支えられたことか、自分はまだまだ守られてばかりの立場なんだということと一緒に実感する。

 

そんなことを考えていると、さっきまで感じていた今日一日の疲労感も、いつの間にか吹き飛んでいて…。

 

肉体的にも精神的にも温かいこの状況に、もう少しだけ浸っていたいと思ってしまい、わたしはそっと、温もりの中に溶けていくように瞼を閉じたのでした。

 

 

 

 

 

   × × ×

 

 

 

 

「それじゃあ13日、楽しみにしてるね!バイバイ!」

 

そう言って手を振りながら駆けていく城廻先輩に、わたしたちは軽く挨拶する暇すらなかった。

慌ただしく去っていく城廻先輩の後ろ姿を眺めながら、結衣先輩が初めに声を漏らした。

 

「なんか、嵐みたいだったね~」

 

あははー、とお団子をいじる結衣先輩の顔には、どこか寂しそうな表情が浮かんでいた。

 

「いきなり来て、全力で去っていったものね...。もう少し話したいこともあったのだけれど」

 

雪ノ下先輩が自ら話したいとは珍しいですね...。

 

「ま、仕方ないんじゃねーの?一応13日のことは説明できたし、めっちゃ喜んでたしな」

 

うんうん。

13日のことを話した時の城廻先輩の嬉しそうな顔は、こっちまで笑顔になるぐらい緩みきっていた。

 

LHRが終わった瞬間にダッシュでこの部室へ来たらしい城廻先輩は、教室で行われている生徒同士の写真撮影会に呼び出しの連絡が入り、急いで部室を去ることになった。

 

さっきまで一番温かいオーラを放っていた城廻先輩が抜けたからなのか、廊下にでたからなのか、一気に体感温度が下がった気がした。

 

「廊下ちょー寒くないですかー?」

 

城廻先輩が見えなくなった廊下に、いまだに視線を向けている三人に、中に入らないかという意味を込めて寒さを訴える。

 

すると少し間が空いた後、雪ノ下先輩が反応してくれた。

 

「そうね、もういい時間だし、今日はこの辺にしておきましょうか」

 

と、いつもよりは少し早いお開きを提案する。

 

部長の決定にほかの二人も納得のご様子で、そんじゃ帰りますか、といった雰囲気になったので、わたしもそれに倣って帰り支度をしていると、あることを思い出した。

 

「あ!そういえばわたし、生徒会室に機材運び込まないといけないんでした!」

 

すっかり忘れられて今頃生徒会室前の廊下に放置されているであろう、プロジェクターなどの機材一式のことが不意に頭に浮かんだ。

 

どうせなら思い出したくなかったなぁ...。

 

あ、でもこれは先輩に手伝ってもらえるチャンスかな...?

 

そんなことを考えていたが、わたしの期待は早くも頓挫した。先輩の一言によって。

 

「おう、そりゃ早く行かねぇとな」

 

戸締りをしながらこちらも見ずに先輩が言ってくる。

 

おっかしいなー、今の流れは先輩が手伝いに来てくれる流じゃないんですかねぇ。

まぁそんなに重い荷物でもないですし?男手なくても大丈夫ですけど?

 

と、少しむくれていると、

 

「何やってんだよ、早く行くぞ。悪い、二人とも戸締り頼むわ」

 

いつの間にか近くまで歩いてきていた先輩に、おでこを弾かれました。

 

 

むぅ...。

 

…あざとい。

 

 

またもや不覚を取ったわたしを置いて、先輩は早くも廊下を突き進んでいる。

 

「ちょっと、待ってくださいよー!あ、結衣先輩、雪ノ下先輩、お先失礼しますっ!」

 

ぺこりとひとつ頭を下げて、パタパタと先輩の後ろ姿を走って追いかける。

そう離れていなかった先輩の後ろ姿は、すぐに近づいた。

 

「もー、なんで先行っちゃうんですかー!」

 

右手に下げた補助カバンで、追いついた先輩の背中に追突する。

 

「いって...これから仕事手伝わせようっていう先輩に向かって背後から攻撃とか…いろはすドSなのん?」

 

わたしごときの体重を乗せたカバンアタックなど大した衝撃でもなかったようで、バランスすら崩さなかった先輩は、最大級に腐ったジト目をわたしに向けた。

 

いつもならこういう場合100%わたしが悪いのだけど、今回はちょっとだけ訂正を入れなければならない。

 

「わたし別に手伝ってほしいなんて一言も言ってませんよーだ」

 

「うっ...。まぁ確かに…」

 

ふふっ、今回はわたしの勝ちですね♪

 

「というわけで、あらぬ罪を着せられたわたしに、せんぱいは温かいジュースを奢る義務があるはずです!」

 

「はぁ?それは横暴すぎるだろ…」

 

「なんでですかー、せんぱいに拒否権なんかないじゃないですかー?」

 

「いやこっちこそ、なんでですかー」

 

「む。真似しましたね?というわけでもう一本追加でーす!」

 

「うぜぇ…」

 

「う、うざいとはなんですか!!」

 

「そのままの意味だ」

 

 

わーわーと、そんなやり取りを続けていると生徒会室に到着した。

 

「んで、これを中に運べばいいのか?」

 

「あ、はい。よろしくですっ♪」

 

「あざとい…」

 

先輩に言われたくないですよーだ!

 

だいたいさっきだって手伝ってくれないのかと思ったところにいきなり不意打ちだなんて...。

いつもいつも、狙ってるんじゃないかってぐらいのタイミングだし。

 

べーっ、と、機材を部屋に運び込む先輩の背中に向かって舌を出してみる。

 

当然気付くはずもないが、今しがたとった自分の謎行動に自分で恥ずかしくなり、勝手にひとりで頬を染めてしまう。

 

ホント、何やってんだろわたし...。

 

 

「おーい。何やってんの…終わったぞ」

 

「ひゃい!?」

 

 

うわぁぁぁああ!

 

やらかした!

 

少し浮かれ気分だった自分を戒めているうちにいつの間にか搬入作業を終えた先輩がわたしの顔を覗きこんでいて、急にかけられた声とともに2倍の驚きが襲ってきて変な声を上げてしまった。

 

うぅ…穴があったら入りたい...。

 

 

「何その反応…」

 

 

「い、いえ…その、何でもないです...。さ、さぁ!わたしたちも帰りますよせんぱい!」

 

 

全く誤魔化せてないけど鍵を閉めて背中をぐいぐい押していると、先輩もさして気にした様子はなく、

 

「わかったから押すなって…」

 

と、若干赤くなっているだけだった。

 

とはいえ少し気まずい空気が流れてしまったみたいで、わたしが職員室で鍵を返して再び出てくるまで、会話のない沈黙が続いた。

 

前回の沈黙は心地良かったけど、今回のはちょっと気まずいです...。

 

わたしが出てきたことを確認すると、先輩は無言のまま歩き始めた。

 

さっきと同じ沈黙の中、先輩の少し斜め後ろを歩いていると、ふと窓ガラスに映った自分の顔が目に入った。

 

...。

 

気まずいというのに、なんで若干ニヤついてやがるんですかねこの顔は…!

 

ぺちぺち、と緩んだ頬を引き締めるために軽く両手で叩いてみたものの、すぐにずりおちてきてしまう。

 

こんなのを先輩に見られるわけには...。

 

と、うつむき加減で表情を隠して歩いていると、先輩の足音が突然止まり、次いでゴトンという鈍い音が二つ響いた。

 

何事かと顔を上げると、

 

 

「ほれ、これでよかったか?」

 

 

と、先輩の言う所の千葉のソウルドリンク、もといマッ缶をわたしの前に突き出して顔を逸らす先輩が立っていた。

 

ぽけーっとして何とか両手を皿の形にした上に、優しくマッ缶が乗せられた。

 

わたしはと言うと、乗せられたその缶をまじまじと見つめ、いまだに上手く反応できないでいる。

 

「え、っと…」

 

やっとこさ絞り出した声も言葉を成しておらず、弱々しく空気に溶けていった。

 

そうしてなおマッ缶の不健康そうなパッケージを見つめていると、痺れを切らしたらしい先輩が口を開く――――――前にわたしの頭に手を乗っけた。

 

「へ......?」

 

「なんだ...その、お前も今日は頑張ってたみたいだし、少しは労ってやらないとな」

 

そこまで聞いて顔を上げたわたしはどんな顔をしていたのだろうか。

 

目が合った瞬間、もともと赤くなっていた顔をさらに朱くさせた先輩が反射的に顔を逸らした。

 

そして、照れ隠しのつもりなのか、わたしの頭をひとつくしゃっと撫でて…

 

「良かったと思うぞ、あれ。…お疲れさん」

 

それだけ言うともう一度わたしの頭をひと撫でして少々乱暴に手を放した。

 

そしてその顔をわたしから隠すように後ろを向いて歩きだし、プシッとプルタブを押して缶を開けて甘ったるいコーヒーを煽った。

 

その姿を、わたしは呆けた顔で見つめることしかできなくて...。

 

そのまま数秒間フリーズしたあと、一連の先輩の行動を頭の中で思い起こし、やっとのことで理解が追いついたのだが…。

そのせいでもう一度、今度は耳まで真っ赤にしてフリーズしてしまう。

 

 

は?え?今のなに!?

 

えっと、先輩がジュース買ってくれて頭撫でてくれてそれからお疲れって…ああああああ!無理!死ぬ!心臓が!

 

一色いろはの心臓はもうすでに限界を迎えています。

 

だいたいあの人はいっつもいっつもホント狙ってんじゃないかってぐらいのタイミングでわたしが欲しい言葉をサラッとボソッと言いやがるんですからまったく!!

 

人にあざとい言う前にそういうとこ自覚した方がいいんじゃないですかね!?

 

ていうか分かってやってるんじゃないですか!?

 

 

うぅ…。

 

 

ひとしきり頭の中でのパニックが落ち着いた頃、ちょうど先輩が歩みを止めて振り返ったところだった。

 

「置いてくぞー」

 

突っ立ったままのわたしにそう投げると、今度はちゃんと待ってくれるつもりなのか、歩き出そうとはせずにマッ缶の残りをちびちびと口に運んでいる。

 

 

そんな先輩のいつも通りの優しさと、そんな先輩のことを“いつも”通りと評してしまっている自分に気付いて、もうなんか色々と諦めに似た感情が湧き上がってきた。

 

これはもう、完全に…恋…ですかね...。

 

気付いてはいたが、どこかで言い訳をして自分の中ではまだ始まっていないつもりでいた恋心は、知らないうちにどうしようもないところまで成長してしまっていたらしい。

 

 

ひとつの結論に達したわたしは、今さら自分に問い直すのも馬鹿らしくなって、いまだにわたしの頭の中を埋め尽くしている先ほどの記憶を、全部ひっくるめて胸に落とすことにした。

 

それはすんなりと、それでいて確かな温もりを宿して、わたしの中に広がっていった。

 

 

先輩への気持ちを再々確認したわたしは、少し先で待ってくれている先輩の元へ向かうべく、しばし止まっていた足を動かした。

 

 

手には先輩がくれた温もり、頭には微かに残る先輩の手の温もり、そして胸には先輩への気持ちに火をつけた温もりが。

 

すっかり先輩に染まってしまったわたしは、もう後には引けないし引く気もないと、確かな二歩目を踏み出したのです。

 

 

 

 



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8話 斯くして彼は間違いから片足を脱す。


お待たせいたしました!

実は今日入試に行っていた筆者です。
軍服の試験管がかっこよくて男心がくすぐられました。
明日も試験じゃないのかって?
...細かいことは気にしちゃダメですよ♪

さて、今回は八幡視点で書かせていただきました!
なのでいろはがまったく登場しません申し訳ない...

次回はしっかりと登場させるつもいなのでご安心を。


それでは本編です、どうぞ!




 

人間という種は古来より、群れることで身を外敵から守ってきた。

 

人類に備わったその本能は、若者の言う所のイツメンなどから国家に至るまで、世界中のあらゆるところに見受けられる集団というくくりからも分かることだ。

 

大は小を兼ね、小は大に取り込まれていく様相は、一種の階級体系を模しているとも言えよう。

 

そんな弱肉小食の世界において個というものは極めて脆弱な存在であり、集団の歯車としてしかその存在の価値を見出すことができない。

一つの集団の中で自らの価値を認めてもらうには、その集団の中である程度の地位を獲得しなければなるまい。

もうひとつ大きな集団を考えてもまた然り。

大に混在する小の間でも新たな階級付けがなされ、大きな集団の中でそれなりに認められたければ、より地位の高い小集団に属する他ない。

 

つまり、学校という大集団において生徒が属する小集団というのは、自らのスクールカーストにおける地位を決める際、大変重要なウェイトを占めていることになる。

その小集団というのは、既出のイツメンやらであり、部活であり、はたまたクラスであったりすることもあるだろう。

 

しかし、だ。

 

世の中というのは残酷なもので、生徒が属すべき小集団というのは、その多くが予め決まっているようなものなのだ。

趣味嗜好の合わないヤツとはイツメンには成り得ないし、興味や適性のない部活へ入ろうと思う者もそういないだろう。クラスもまた然り、だ。

 

それを甘んじて受け入れるのか、それでもその運命に一矢報いようとするのか。

 

その選択は生徒当人に依るところとなっているが、実際問題それを覆すことができた者がどれほどいるだろうか。

そして仮に高校デビューに成功したとして、その先に手に入れた分不相応な地位で果たして満足のいく楽しい学校生活が送れているのかと問われると、それはまた別問題のように思われる。

 

斯くしてどこまでも現実的な社会像を体現している学校という集団は、のっぺりとしたその外見とは裏腹な、殺伐とした内情を孕んでいる。

 

そんなある種戦場めいた環境の中で、個というのはどこまでも無力である、ということは専ら共通認識として、ひいては具体的な事実として存在する。

 

俺なんかほら、個も個のぼっち代表だからスクールカーストの最底辺だし?なんなら底の床をなめずり回っているまである。

…まぁそれでも、雪ノ下みたいな例外も存在するのだが…。

 

と、そう思っていた時期が俺にもありました。

 

雪ノ下は強いから大丈夫?

 

そんなことがあるはずなかったのだ。

戦場で孤立した者が取り巻く障害を薙ぎ払い悠然と歩みを進める―――そんなことは漫画やアニメでの話で、現実にあり得るわけではない。

勝手に強いと決めつけて、あいつの弱さに気付いてやれなかった。

いや、気付いていて尚、そのことに失望する自分がたまらなく嫌で、見て見ぬフリで触れぬようにしていただけだった。

俺は俺でぼっちだのなんだの散々言っておきながら、あの空間が、奉仕部が、いつからかかけがえのない大切な場所になっていた。

 

そして俺はあの場所に…

 

おっと、この先は黒歴史を掘り起こしかねないからやめておこうね?

 

とかく長々と理屈を、もとい屁理屈を玉縄のろくろ回しばりにこねくり回したわけだが、結局何が言いたいのかというと…

 

 

最近後輩への接し方がわからない。

 

 

…どこから出てきたのかって?

ホントどっから出てきたんですかね。俺にもわからん。

 

ここのところ、小町と戸塚と日朝の次に俺の頭の中身を占領している問題。

それが件の生徒会長のことだった。

 

まぁ第四位と言えど、小町と戸塚の二強が既に俺の脳の80%を占めているから、パーセンテージ的には大したことないな、うん。四捨五入したらゼロだ。問題ない。

 

…とも言っていられないのが現状なわけで。

 

一応俺が推したことで生徒会長をやらされる羽目になったことや、立ち振る舞いがどこかラブリーマイエンジェル小町たんと似通っていることもあって、少々甘く接してしまっているのではなかろうかと、これまでにも何度か考えたことはあった。

 

しかし最近どうもそれだけではない気がしてならない。

 

気がするというのはそのままの意味で、気のせいだということも十分にありうる。

いや、むしろ気のせいだと思いたい。

 

あいつに対してそれ以外の感情が働いているとは、認めるわけにはいかないのだ。

 

一色いろはという人間が、どこまでも打算的で、自分の利益になり得ることをしっかり判断して物事に取り組む、存外に食えないヤツだということは、ここのところ彼女の補佐に度々駆り出されている身としては染みるほど分かったつもりだ。

 

そんな彼女が、学校イチの嫌われ者であるところの俺と行動を共にするというリスクを冒しているのは何故か。

それは彼女が、葉山隼人という腐れイケメン野郎のことを本気で好きだからという一言に尽きる。

 

いつぞや発覚した彼女のもう一つの性質として、意外と有能というのがあるが、そこからも分かるように彼女は器用な一面も持っている。そのことはあの雪ノ下の折り紙つきである確かな情報だ。

そしてその有能さたるや、仕事に限った話ではなく、こと恋愛においても例外ではない。

自分の魅力をしっかりと認識し、使えるものは何でも効果的に使う。

諸々の采配に優れている彼女は、ジャグラーばりに男を手玉に取っては、その扱いは常に自分の利益になるように仕向けている。

そして俺も例に漏れず、彼女の葉山隼人攻略の贄としての役割を果たしているに過ぎない。

自分に対して少なからず責任を感じている相手というのは、さぞ扱いやすいのではなかろうか。最近俺の召喚回数が飛び抜けて多いのも、きっとその所為だ。他意はない。

 

これは別に自分の気持ちに素直になれないツンデレ系男子の真似事などでは決してなく、相手の気持ちを考慮した思いやりに満ちた結論である。

相手の気持ちを勝手に勘違いして自分への好意だと思うようなことは、訓練されたこの俺にはあり得ない話だ。なにより、そういうのはもう折本ので懲りたはずだ。

 

 

だというのに、あのクソあざとい後輩ときたら…

 

 

――――――…お疲れさん。

 

「だぁぁぁぁぁああああああああ!」

 

思い出すだけで頭が沸騰しそうになる。

ソッコー黒歴史の仲間入りを果たしてしまった本日の放課後のやり取りは、彼女の髪の柔らかさ、そこから溢れた甘い香り、紅潮した頬や潤んだ瞳、湿っぽさを含みつつかすれた声や飲み下したマッ缶の甘さなどなど、未だはっきりと俺の五感に焼き付いて離れない。

 

あの時の俺はどうかしていたに違いない。

そもそもあんなことは、部室でサラッと言う予定だったのに…。

城廻先輩の突然の訪問もあって延々と引き伸ばされた挙句、あんな気まずい状況で言うことになるとは...。

 

凡人がイケメンの真似事をすると確実に黒歴史のネタになる。

という世の理を実感して、再度頭を抱えてソファーを転げまわったが、

 

「っ!」

 

ゴトン。

 

そう広くもない我が家のソファーには、男子高校生が横になって寝返りを打てるような幅などなく、俺の身体は重力に従って落下し、ほどなくカーペットと鈍い音を立てて衝突した。

 

ぶつかった衝撃で今日の記憶飛んじゃわないかな…

 

ないですよね。

 

そんなことができたら、俺と会話してしまった奴らが家に帰るや否や頭を全力で地面に叩きつけるという残念な世界が出来上がってしまう。

残念だったな、俺との会話は強制セーブイベントなので上書き不可だ。

なにそれ幻のキャラみたいでちょっとカッコいい。いや、ただのやる気削がれるクソイベですかさいですか。

 

 

「…なーにやってんの?お兄ちゃん」

 

 

ん、小町か。

帰りが少しばかり遅いんじゃないですかね。

寄り道なんかしてたら悪い人に声かけられるかもしれないだろ。

それに誰とどこに行っていたのかも重要だな。

もしあの害虫野郎と一緒だったりしたら俺は兄としてヤツを駆逐しなければならないんだけど、そこんとこ大丈夫?

 

と、ご帰還なさった比企谷家の天使の顔をさっそく拝んでやろうと、声の聞こえた方…頭の上らへんか?...に視線を向けた。

 

...。

 

縞パンですか。そろそろそういうのは卒業したお年頃かと思ってたけど、そうでもないらしい。

 

ていうかその角度じゃ顔がよく見えない。パンツ邪魔。

 

健全な男子高校生にあるまじき反応だと思われるかもしれないが、誤解しないでもらいたい。俺にも人並みの煩悩とか欲求とか、まぁそういったものは備わっておりますとも。

しかし、いくら千葉の兄妹がスタンダードに愛し合っているとはいえ、最終的に結婚しちゃうお宅もあるとはいえ、妹とは妹に過ぎないのだ。

身に着ける衣服は、自分と同じ洗濯機で同じ洗剤で同じように洗われた布きれに過ぎないし、すらりと伸びる二本の曲線は、その下に自分と同じ血が通っているというだけの細胞の集まりでしかない。

小町への愛情の深さでは誰にも負ける気はないが、それはあくまで妹への愛情だ。それ以上でもそれ以下でもない。

血が繋がっているのだから結婚することもできないしな。

まぁ繋がってなかったらするけど。

…あれ?これじゃあどこぞの高坂さんちと変わらないのか?

 

閑話休題。

 

つまるところ、

 

「小町ちゃん。人の顔の上に立つなんてお行儀が悪いですわよ。あとパンツも丸見えではしたないですわよ。お顔がよく見えないじゃない」

 

「何言ってんのお兄ちゃん…」

 

さっきとは打って変わって底冷えするような低い声feat.ジト目をお見舞いされてしまった。

ご馳走様でしたっ!

 

おっといかんいかん。

どこぞの氷の女王様に毎日のようになじられてるせいで変な属性に目覚めかけてしまっているのか…?

ここはやはり、愛する天使の顔を拝んで浄化してもらう必要があるみたいだ。

 

「お?小町、先に帰ってたのか」

 

上体を起こして反転すると、ぶかぶかのシャツにパンツ一枚という危険極まりない格好の小町が仁王立ちで見下ろしていた。

ていうか、また勝手に俺のシャツ着てるし...。

どうせそれ、風呂前には俺の部屋に脱ぎ捨てていくんですよね...?

 

「うん、ちょっとうたた寝しちゃってたぽい。お帰り、お兄ちゃん」

 

「ん、ただいま。てか、そんなカッコで寝たら風邪ひくぞ。3月って言ってもまだ夜は冷えるし、卒業式も近いんだから体調には気を付け―――」

 

「あー、はいはい分かってるってー。ちゃんとお兄ちゃんの部屋で布団にくるまって寝たから大丈夫ですよー」

 

「おい待て、なんで俺の部屋なんだよ…ていうか、それうたた寝って言わないからな。ガチ寝だろうが」

 

「もー、細かいこと気にしてたらワカチコになっちゃうよお兄ちゃん」

 

「古い。そんで逆だ逆」

 

「どっちでもいいのっ!」

 

ぷんす!と頬を膨らませた小町はすぐさま、んで?と話題を変えた。

 

「なんかいいことでもあったの?ほっぺたゆるゆるだけど」

 

「…マジ?」

 

「うん、マジ」

 

これはどうしたものか。

妹に会えた喜びで頬が緩んでしまうとは、なかなかの重傷ですね。

 

…なんてとぼけている場合ではなかった。

小町に悟られると色々とめんどくさいぞ…前にサイゼで電話した後も、家に帰って散々一色との関係について聞き出されたとこだし。

とりあえず自分の中でも整理できていないことをひとに話すのは非常によろしくない。それが小町ときたら尚更だ。あっという間に小町式で結論を出されてそれを飲まされかねないからな。

ここは一芝居打っておくべきだろう。

 

「小町に会えたんだ。嬉しくないわけがないじゃにゃいか」

 

…失礼、噛みまみた。

TAKE2

 

「小町に会えたんだ。嬉しくにゃい…」

 

どうやら蝸牛の怪異に取りつかれちゃったみたいですね。

近頃年下キャラの株が俺の中で上がってきているのは気のせいですかね。

 

…って、そうではなく。

 

ばつが悪く彷徨わせていた視線を正面に向けると、小町がしっかり俺の目の動きを補足していた。

誤魔化すつもりが、とんだ墓穴を掘ってしまったみたいだ。

 

「何があったんですかねぇー?小町気になるなぁー」

 

にやにやとこちらににじり寄りながら、悪戯っぽく細めた目で試すように俺の顔を見てくる。

小町よ、そうじゃないだろ?

 

「ダメだろ小町、そこはもう少しキラキラした目で、私…気になります!って言わないとだな…」

 

「んもう!そういうよく分かんない誤魔化し方はもういいから!何があったか小町に話してみそ?」

 

ガバッと覆いかぶさってきそうな勢いで一気に最後の距離を詰め寄ってきた小町は、もう我慢できない!とばかりに俺の目を覗き込んでくる。

 

こうなった小町はどうすることもできないというのは、15年も一緒にいるとさすがに分かっている。

そしてこういう場合に無駄な抵抗を続けていると、小町のご機嫌メーターが徐々に低下していくのは、半年ほど前に身を以て体験したばかりで記憶に新しい。

 

やらなくていいことはやらない。

やらなければいけないことは…比企谷に。

だったか?

 

なんか微妙に違う…?いや大体あってるな。

中学の頃、俺のクラスの奴らがよくやってたことだ。頼られてると勘違いしていた純粋な八幡君は、未来から来た猫型ロボットよろしく喜んでみんなのお願いを聞いてたんだっけか。陰でハチえもんとか呼ばれてないよね…?

なにこれ泣けてきたわ。

 

…とはいえ、どこぞの某くんの省エネ志向には大いに共感するところがある。

ここは俺も彼に倣って、手短に事を済ませるとしよう。

 

「胸が痛い」

 

うむ。いい感じである。

 

「えっと……二人のお義姉ちゃん候補を同時に振るなんていう調子乗ってるとしか思えない行動を今さら後悔してる、とか?」

 

どうやら手短過ぎて伝わらなかったらしい。

というか俺の黒歴史引っ張り出すのやめてもらえますかね...。

あれは確かに自分でも調子乗ってるとしか思えない発言だったけど。

それでもあの時の俺の本心を飾ることなく告げられたのは良かったと今でも思っている。

 

「違う。…あれは俺の中で納得して出した答えだ」

 

それは誰が何と言おうと揺るぐことがない。

 

「だよねー。雪乃さんも同じようなこと言ってたし...。小町としてはー、いつでも敗者復活戦をお待ちしてるんだけどなぁ~」

 

「無茶言うな、俺にもう一度あの修羅場を経験しろと...?」

 

八幡死んじゃうよ?

というか、これ以上寿命を縮めたらほんとにゾンビになっちゃうから。

 

「ま、ごみいちゃんには荷が重いか...。で、もっと小町にも分かるように説明してくれると嬉しいなぁー?」

 

ちっ、いい具合に話が逸れたと思ったんだが...。

仕方ないが、もう少し具体的に話すしかないようだ。

 

「左の肋軟骨辺りに疼痛が…」

 

おっと、ゴミを見るような視線を感じますね。

 

キッとしないでキッと…

 

これ以上やると本格的に小町の機嫌を損ねそうなので、そろそろ真面目に話をしよう。

 

「…前に話した一色って覚えてるか?」

 

「ほんほん、一色さんだね!まだお会いしたことはないから、小町的お義姉ちゃん候補にはまだちょっと届かないけど、予備軍としてはきっちりマークしてるよ!」

 

食い気味で反応する小町に少したじろぎながら、俺は話を続けた。

 

「そいつとの接し方がその…最近ちょっと分からなくなってきたというか…」

 

「気になる…と?」

 

「ま、まぁ…なんというか…そういうことだ」

 

ほーん。と、手を顎に当てて黙りこくってしまった小町は、しばらくして口を開いたかと思うと、ぶつぶつと聞き取れない声量で呟いているだけだった。

 

まぁ小町なりに色々考えてくれているのだろう。

これまでにも俺が奉仕部の雪ノ下や由比ヶ浜との間に何か問題を抱える度、こいつはそれを解決するために小さな頭を捻ってくれていた。

そんな慈悲深い比企谷家の天使は、きっと今回のことにもいい落としどころを見つけてくれるのではないだろうか。

女性関係には疎い俺のことはよく理解してくれている小町は、それをいいことに俺の外堀を勝手に埋めていくという裏工作を幾度となく画策してきたわけだが、それが本当に俺のことを思っての行動だということは理解している。少々やりすぎ感も否めないが...。

 

と、過去の行動から我が妹のブラコンぶりを分析して心労を癒していたのだが、そんな俺の甘々な考えは小町の一声によってかき消されてしまった。

 

「これは13日が楽しみだなぁ~、うんうん!…じゃ、小町お風呂沸かしてくるから、お兄ちゃんご飯炊いといて」

 

前半と後半でテンションが急変した小町は、これまでの会話は無かったかのようにすくっと立ち上がり、スタスタとリビングを後にした。

 

「こ、小町さーん…」

 

お預けをくらったカマクラの気持ちが少しわかった気がする。

何かしらのヒントが得られるのではと期待していた俺だったが、どうやら小町に新たなおもちゃをプレゼントしてしまっただけのようだ。

 

なんか出ていくとき若干ニヤニヤしてませんでしたかね…?

口元を押さえていたのは、真剣に俺のことを考えてたから無意識に当ててただけだよね?

 

 

まぁ、小町に頼りすぎるのもよくないか...。

だいたいそうやって小町にお膳立てしてもらってばっかりなのもあいつ等に悪いか...。と、俺らしくもない考えが浮かんだが、吐いて捨てそうになったその気持ちを、これもまた今の俺の本心なのではなかろうかと思いとどまって飲み下した。

 

世の中そう簡単にはいかないのが人生というもので、元よりハードモード設定な俺の人生においては尚更だ。

 

永久凍土のような俺の人生において長らく氷の下に眠っていた春が、ようやく芽吹き始めているのかもしれない。と、一色が聞いたら、キモチワルイです...。と一蹴されそうな詩的感情を弄んでいると、あながち間違いではないのかもしれないと思えてきた。

 

二つの想いに一応のケリを付けたばかりの俺は、それ以上に難解なもう一つの感情に行き当たってしまっていたようだ。

 

先ほど認めるわけにはいかないと、思いやりに満ちた判断で見て見ぬフリをしかけたこの感情には、果たしてちゃんと名前を付けることができるだろうか。

 

勝手に自分への好意と勘違いして舞い上がるのが愚かなら、自分への好意を勝手に勘違いだと決めつけるのもまた愚かというものではないか。

 

それに向き合っていくことは、あの場であの発言をした俺の望んだことであり、図らずもそれを聞いていた一色相手となると特に、逃げることは許されない宿命なのだと遅ればせながら自覚する。

 

 

さっきの小町のにやけ面を見た後だと13日のことが思いやられ、たった今自覚に至った決意が早くも揺るぎそうになるのをなんとか気を引き締めて立て直す。

 

 

…それにしても小町、縞々はちょっと子供っぽすぎやしませんかね?

大人すぎるのもお兄ちゃん的には心配なのだが、無防備なのはもっと心配なのだ。

 

先ほど眼前に広がった光景を思い出していると、妹の貞操観念が少し心配になってきた。

 

もう一度仰向けに転がった俺の無防備な腹にカマクラが腰を下ろしてきたことにより、珍しく働き者だった俺の思考は営業を終了した。

 



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9話 斯くして乙女の心は空回る。

お待たせしました!

気づいたら一週間経ってしまっていて本当に申し訳ないです...。
にもかかわらずまったく書けておらず、変な区切りになってしまいました。

少々夜の時間に余裕がなくなってきたので、これからは少し短めの区切りでの投稿が多くなるように思いますが、ご理解の程よろしくお願いいたしますm(__)m

それでは、今回はあの方々があの方と邂逅を果たすお話です。どうぞ!

追記:挿絵を追加してみました!右目描けない症候群によりいろはのお前誰感が加速しております...(-_-;)


「いーろは!」

 

「うっ」

 

前の方から声が聞こえたと思って顔を上げたのに、後方から不意打ちを食らって変な声が出てしまった...。

 

「おはよーいろはちゃん」

 

「二人ともおはよー、てかビックリするじゃん茉菜ぁ」

 

衝撃に遅れて耳に入ってきたその声の持ち主は、予想通り茉菜だった。

予想通りというのは言わずもがな、ぶつかった瞬間に伝わった女性として敵わない感触が、その持ち主が真鶴茉菜だということを物語っていたからだ。

 

というか、重すぎ大きすぎ柔らかすぎ!

ひょっとして結衣先輩にも負けてないんじゃ…?

 

女子のわたしでも少しそそられてしまうその質量感を背中に感じながら、至って一般的な自分の胸元を見下ろして複雑な気持ちになっていると、前に立つ智咲が改めて声をかけてきた。

 

「おはよ、んで…それ何やってるの?生徒会の仕事か何か?」

 

ソレというのは、今わたしの手元にあるコレのことだろう。

わたしは今朝早めに登校して、明後日に迫った卒業記念パーティーに必要なものをまとめた買い出しリストを制作していた。明日買い出しに行く予定なんだけど、食事とかも用意することにしたから結構な量になりそうで...。

 

「違うよ~、これは奉仕部のお手伝い…かな?」

 

自分で依頼しといてお手伝いって言うのも変な話だ。実際手伝ってもらってるのはこっちなわけだし…まぁ実行指揮は雪ノ下先輩だからやっぱりお手伝いで合ってるのかな?

 

ま、どっちでもいっか!

 

同じことを茉菜も考えたらしく、不思議そうな顔をした。

 

「お手伝いをしてくれる部活のお手伝い…?」

 

んー、と頭を捻っている。

 

「先に依頼したのはこっちなんだけどね」

 

「ますます意味わからん…」

 

と、今度は智咲も首を傾げている。

奉仕部のシステムやわたしの依頼内容を知らない二人には、確かに状況が伝わりにくかったかもしれない。

 

「奉仕部の先輩方と関わりの深かった人たちを呼んで、卒業記念パーティーみたいなのをやりたいなーって依頼しに行ったの。それでその準備をやってるってわけ」

 

たち、って言ってもここの卒業生で参加するのは城廻先輩だけなんですけどね。

ちゃんと説明してあげるわたし優しいえらい!

二人ともすごい納得したって顔してるし。

 

ん、納得した?何を?

 

「「なるほど…」」

 

「それで最近ずっと上機嫌だったんだね~」

 

後ろからさらに体重をかけながら、智咲と目を合わせた茉菜が質問ともつかぬ言葉を発した。

 

重い…潰れる…。

というか、

 

「そんなんじゃないって~」

 

勝手に納得しないでもらいたい。

わたしが最近学校に来るのを楽しみにしているのは、先に立つ計画だけが理由なのではないというか、むしろもう済んだことにいつまでも浮かれているからでありまして...。いいや、やめとこう。

ここで無駄に抗議したりすると、かえって二人の興味を引きかねない。

 

ここは早急に話題を変えなければ。

 

「ところで二人とも、今日はやけに早いけど、どしたの?」

 

「え、何言ってんのいろはー。もうすぐ予鈴鳴るよ?」

 

何言ってんのこの子は。って顔で見てくる智咲を、同じく何言ってんの?って顔で見返すという間の抜けた構図の中、ふと壁に掛かった時計が目に入り、智咲の言っていることが正しいことに気が付いた。

 

まさかこんなに作業に没頭していたとは...。すると笑い交じりの智咲の声が聞こえてきた。

 

「ま、好きな人のために頑張りたいって気持ちはわかるけど…ぷっ…あまり根詰めないようにしなよ?」

 

ちょ!

 

「ちがっ!そんなんじゃないって!」

 

反射的に出た声にほぼ全員が登校し終えて喧騒に満たされていた教室が、水を打ったように静まり返った。

 

まずったぁ…。

 

二人と会話していて完全に素だったし、何より普段は猫をかぶっている私があげた抗議の声に奇異の視線が刺さる。

 

キーンコーン―――。

 

どうしようこの空気…と思っていたところに、運よく予鈴が鳴り響いた。

 

なんとなく喋ったらいけない空気になっていた教室は、席につき始める生徒とともに、徐々に音を取り戻した。

 

何とか危機を脱し胸をなでおろしていると、未だに笑いをこらえている智咲と目が合った。

コノヤロウ…。

無言で睨めつけられた智咲はばつが悪そうに視線を逸らした。

 

「あ、でもさ、頑張って疲れたら、比企谷先輩が心配してくれるかもしれないよ~?」

 

なっ...。

 

耳元で囁かれたその誘惑に少し心が揺らいだが、先輩にはそれが通じないであろうことに思い当たる。

もともとそれは先輩がわたしに提案してきた葉山先輩攻略プランのひとつだったからだ。

 

「んー、それは…」ないと思うけどな~。と言いかけたが、智咲に遮られた。

 

「あー、なるほど。さすがのいろはも、初めて片思いする立場になって必死なんだね(笑)」

 

「だから、そんなんじゃないってばぁ!」

 

何言っちゃってるんですかこの人は!

だいたいこの間までわたしが葉山先輩に片思いしてたんだから、全然初めてじゃないし!むしろ片思いしか経験ないし!

あれ…?てことはわたしって結局、片思いするかされるかしかしてないのか...。

と、我ながら報われない人生だという衝撃の事実に行き当たったところで、またも教室の空気を変えてしまったことに遅れて気づく。

 

先ほどまで柔らかい感触に包まれていた背中に、大量の視線を感じる。

 

いつの間にか自分の席に撤収した二人は、おそらく遠くで口元を押さえていることだろう。

 

本日二度目の静寂に居心地の悪さを感じつつ、どうやってこの場から逃げ出そうかと思案していると、すぐ横のドアが開けられた。

 

頭髪が薄れかけ、1年生をもつにしては少々フレッシュさに欠けるんじゃないかと思われる担任の顔が、今日はやけに輝かしく映った。

SHRが始まってしまえば、さすがにみんなも落ち着くだろう。

 

「な、なんだね君たち…。…あ、こ、これは違うんだその…最新技術だっていうからつい……ばれないって言ってたのに…」

 

入り口に一番近い席に座るわたしが祈るような視線を向けたことで、先生にはこのクラスの好奇心に満ちたほぼ全員分の視線が、自分に向いているように錯覚したのだろう。

室内に顔を向けた先生が、少したじろいだ後、何かに思い当たったように弁明をはじめた。

 

…そういえばなんか、いつもと印象が違うような気がしないことも...。

 

同じことに思い当たったクラスメイト達も、近くの友達とひそひそ確認し始め、次第にわたしへの興味は削がれていった。

 

予想とは違う展開だったけど、運よく状況が変わったので良しとしましょう♪

 

先生は気の毒だけど…。

言わなきゃバレてなかったと思いますよ、その増毛…。

 

 

そして教室がひとしきりざわついた後、悔しそうな顔をした先生が半ばやけくそな口調で点呼を取り始めたのでした。

 

 

 

 

   × × ×

 

 

 

 

「あ、いたいた…。ほらあれ、先輩だよ」

 

昼休み。

校内某所。

 

わたしは今、友人二人と連れ立って人気のない場所へ訪れていた。

そこは先輩のいう所のベストプレイスである。

 

そして前方には、背後から近づかれていることに気付いていないのか気付いていて無視を決め込んでいるのか、丸まった背中に不規則に揺れるアホ毛を乗せた先輩が座っている。

 

なぜこうなったのかって?

私が聞きたいですよ…。

 

とはいえここまで来てしまっては仕方ない、ここはひとつ今のわたしと先輩との距離感を二人に見せつけて差し上げよう。

最近少しはいい感じだと思うんですよ♪

 

「せーんぱいっ」

 

ぴたっと、背後から覆いかぶさる形で先輩に身体を寄せながら声をかける。

 

甘い声とほぼ同時に触れたことで、触覚と聴覚の同時侵略を受けた先輩の身体が、ビクッと過剰に反応する。

 

 

よしよし、ファーストコンタクトは完璧ですね…

 

 

しかし今日の私は少々厄介なものを背にしてまして、これで終わるのは物足りない気がした。

 

後ろから抱きついた体勢のままで、不意打ちによる硬直が解けない先輩の耳に至近キョリから鼓膜を揺らす。

 

「少し付き合ってただけますか?せんぱい…」

 

ぶるっと身震いして耳を仄かに朱く染める先輩の体温がやけに近いことを今さら感じて、友人の前で調子に乗った自分がいかに暴走しているかを実感する。

 

気付いたはいいものの時すでに遅し。むしろ気付かない方が良かったかも...。

おそらく真横にある先輩の耳よりもさらに紅くなっているであろう顔を伏せ、先輩の左肩に顎を乗せた状態でぷしゅーっとなっていると、先輩がようやく口を開いた。

 

「なんだ、一色か…。重いし飯食えないから離れろ」

 

重いとはなんですか!

と、いつものように言い返せばいいのだが、自滅してフリーズ中のわたしにはそうする余裕すらなかった。

でも後ろで二人も見てるし何か言わないと…と思ったがなかなか言葉が見つからない。

 

急に背後から抱きついてきて急に黙りこくった後輩に、先輩は短い溜め息でもって諦めの意を表明した。

 

「はぁ…どした。何か用があったんじゃないのか?」

 

肩にわたしを乗せたままの状態で、顔を正面に向けた先輩が優しい声音になる。

が、先輩が気を遣ってくれたにもかかわらず友人二人にこの状況を見られている恥ずかしさと、不意の優しさにやられたわたしの感情は、しばらくの間わたしから思考を奪い去ってしまっていた。

 

あくまで無言を貫くわたしを急かしても無駄だと感じたのか、またも先輩が気を遣ってくれた。

 

「ほれ。これでも食って少し落ち着け。そして用が済んだら早く離れろ」

 

と、優しいのか素っ気ないのかよく分からないセリフとともに、食べていたキュービックラスクをひとつ、わたしの口元に差し出してくる。

 

ほんっと、こういうとこあざといですよね!

先輩のくせに…。

 

無言で口を開けたわたしに先輩は少し躊躇う素振りをみせた後、小さなラスクを放り込んでくれた。

 

閉じた唇の先と先輩の指先がわずかに触れ、そこから先輩の熱が伝わるかのように顔中が熱くなる。

 

このまま時間が止まってくれたらいいのに...。

 

なんて、似合うのは城廻先輩ぐらいだろうと思われるような乙女チックな考えが浮かんで、雲間から覗いた春の陽気とともにわたしの顔を温める。

 

 

【挿絵表示】

 

 

明後日の方向に顔を向けるこの人も、同じことを考えてくれていたらいいのになぁ...。

でもそれはないか。

こうやって優しくするのだって、きっとわたしと妹さんを重ねてつい甘くなっているだけだろうし、実際本人も言ってたことあったし…。

 

大体先輩が好きなのは、もっと大人しい清楚な感じの…言うなれば雪ノ下先輩のようなタイプの人だろう。

 

そして先輩が求めているのは、こんな強引で可愛げのない自分勝手な温もりではなく、もっと柔らかな、あの部屋のような温もりで…。

 

 

と、そんな消極的思考にシフトしかけたわたしの意識は、今一瞬完全に忘れかけていた背後の友人の一声によって急に現実に引き戻された。

 

 

「あのー、お二人さん。そろそろイチャつくのやめてもらってもよろしいでしょうか…」

 

 

そう、この場にいるのはわたしと先輩だけではなかった。

むしろあとの二人が、今わたしがここにいる理由なのだ。

 

失念していただけのわたしと違って二人の存在に気付いてすらいなかった先輩は、背後から急に声をかけられたことに心底驚いたようで、その声に反応してビクッと肩を震わせた。

 

それはつまり、先輩の肩に顎を乗せていたわたしにも衝撃が伝わるというわけでして...。

 

急に跳ね上がった先輩の肩にアッパーを食らったわたしは、カツっという奥歯の小気味良い接触音とともに後ろに反り返り、そのまま地面に背を着けてしまった。

 

仰向けになった私を今朝のよりもっと幸せそうなにやけ面で見下ろす智咲と茉菜と目が合い、その視線から逃れた先で振り返った先輩とバッチリ目が合う。

 

ホントにもう…

痛いし、恥ずいし、教室帰りたい...。

 

覗いていた太陽は、薄い春の雲に隠れてしまったようだった。

 

ちょっと甘すぎですよ…このラスク。

 

 

 

 



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10話 斯くして邂逅は始まりを告げる。


お待たせしました!


とはいえ2話を使って昼休みが終わっただけという、例に漏れない進度の遅さですね...
無駄に書きすぎなのは承知しております!←


あとは、智咲と茉菜のキャラわけがしっかりできているかが非常に心配です。
容姿とかについてもう少し細かく書いたほうが想像しやすいよなぁ、と思っている次第です。じゃあ書けよ。ごもっとも。
次回にねじ込みます!笑


それでは本編、どうぞ!



 

くっそビビったぁぁぁあああ!

心臓に悪いからやめてくれませんかねそういうの!

 

他にも人いたのかよ…一色だけだと思って少しカッコつけちまったじゃねーか…。

 

てか、なんでこいつ友達の前でまでベタベタしてくんの?バカなの?死ぬの?

 

そんな意を込めて一色の方をひと睨みしたのだが、完全にうわのそらな一色は文字通り遥か上空を眺めていらっしゃる。

 

ここで放置されても俺のステータスはDEXに全振りでSPは隠密にのみつぎ込んだ一極型なので、小器用に隠れて生きることは得意でも、勿論対人スキルなどは皆無である。

初対面の、しかも見るからにリア充な後輩女子との会話など、成立するわけがない。

 

とはいえ、留美やら小町やら一色やら、最近年下女子になめられがちである俺にもプライドというものがある。これ以上先輩としての面目を潰さないためにも、ここはひとつ威厳のある態度で接するべきだ。今後の人間関係を決定づけるのには最初の5分が肝要だと、誰かも言っていたしな。

 

「うっす…」

 

…うむ。我ながら自分の身を弁えた正しい挨拶だ。どんな相手にもまず敬意をもって接するのは人として大切なことだと思うんですよ。はい。

 

と、初っ端から完全に下手に出てしまった俺を品定めでもするかのように見つめてくる後輩女子。

その目を覗き返すわけにもいかず、未だフリーズ中の一色さんよろしく空を仰いでいると、鑑定を終えたのか、一色をノックアウトさせる原因となったものと同じ声音が聞こえてきた。

 

「いろはー、そろそろ起きたら?別に先輩の前でいじったりしないからさぁ(笑)」

 

それは翻訳すると『後でたっぷりいじってやるから覚悟しとけよ』ってことなのだろう。そしてその流れで『あのかっこつけてた先輩、ちょーキモかったよね~』みたいな会話に発展するところまでがテンプレ。

 

発言の真意はさておき、この二人もさすがに初対面の先輩への対応に困っているのだろう。いやむしろ初対面の先輩の対応の悪さに困っているのか。この場で唯一、全員と面識のある一色に間を取り持ってもらいたいのは俺と同じだろう。

幸い、呼ばれた一色はすぐにむくっと起き上り、何度か自分の頬を叩いてからこちらへ向き直った。…悪戯っぽい笑みを湛えて。

 

「ふぅ...。ところでせんぱい。茉菜の胸に何か付いてるんですか?」

 

茉菜、という名前は初めて聞いたが、それが誰を指すのかは確認するまでもない。

しかし、『そりゃまあたいそう立派なモノが付いてるじゃないですか。』と言えるわけもなく、万乳引力の法則に視線が引っ張られるのをなんとか耐えながら言い訳を模索する。

 

「ばっかお前何言ってんの、俺は何も…」…言い訳が思いつきません!

 

そこへさらに、鬼畜な後輩が追い打ちをかけてくる。

 

「あれれ~、おっかしいぞ~?」

 

何お前、どこのコナン君?見た目は子供、頭脳は大人なのん?

それにおかしいとこなど、俺の目とか性格とか思考とか挙動とか言動とか以外ないはずだ。

やべぇ超思い当たる...。

しかしそんなこと今言及されましてもね一色さん。どうしようもないことないですかね?

 

「わたしまだ、二人のこと紹介してないですよね?どっちが茉菜とか言ってませんよ?」

 

くそっ!謀ったな!!

やはり存外に頭の回る一色は、ここぞとばかりに畳み掛けてくる。

 

無理に言い訳を考える前に、もっと状況を正しく認識するべきだった。

俺としたことが、まさかリスク回避の選択を誤るとは...。

 

見ると茉菜さん(仮)ともう一人が、ゴミを見るかのような目つきで俺を見下ろしていた。

 

対峙して5分も経たないうちに早くも俺と後輩女子との関係性が決定づけられてしまったところで、本来の目的とは脱線しまくっていたであろう話題を一色が修正する。

 

「まぁ冗談はこれぐらいにして。せんぱい、紹介します」

 

つい先刻まで自滅していた事実は揉み消してしまったのか、ひとしきり俺の反応を楽しんだ一色の表情が少しだけ真面目なものになったかと思うと、すぐに和らぐ。

 

「手前から、茅ヶ崎智咲と真鶴茉菜。二人とも同じクラスのわたしの親友です」

 

親友…、か。

 

一色に正面からそう評することのできる相手がいたということに、失礼ながら驚いてしまった。

生徒会選挙の一件といい、こいつが同性からは良い目で見られていないことは明白だ。

それは決して一色の人柄が悪いからというのではなく、彼女の悪癖とも言えるあざとさが無意識に巡り巡って身近な女子たちを少しずつ不幸にしてしまっているというだけなのだが、高校生にそのことを正しく受け止めろというのは酷であり、結局自らの不幸の遠因を手短な発信源である一色に求めるところとなってしまうのだろう。

 

以前の彼女は、同性に疎まれることを上書きするかのように自らのステータスを積み上げることに専念しているようだった。

その一端として、葉山隼人という最大のステータスを欲したのは当然の帰結だ。

依然として好意はもたれないが、なめられることもない。

 

その立ち位置を求めたのは、一色であり、一色でない。

 

そんなことを本心から望んでいるわけがない。ということは、選挙の推薦人名簿を埋めさせた際にほんのわずかに零した、本心からでた悔しさの欠片からも十分に推し量れたことだった。

 

だがそれでも彼女は、これからも一色いろはであり続けるのだろうと、そう思った。

 

そんな一色に親友と呼べる相手がいたことに、驚きとともに安堵する自分がいることに気が付く。

 

そんな感慨に浸っていると、今しがた紹介された二人が改めて挨拶をしてくる。

 

「初めまして、さっきは急に声をかけちゃってすみませんでした(イチャイチャを邪魔しちゃってゴメンね☆)」

 

顔と声音が、謝罪の意を含んだ内容に全然一致しないのは気のせいだろうか。まぁいい。

 

「…いや、気付かなかったこっちが悪い」

 

軽く社交辞令を交わしたあと隣に視線を移し、自分の身を抱いて半歩下がった状態の後輩に詫びを入れる。いきなり見ず知らずの人間の腐った目に晒されては、こうなるのも無理はない。

 

「…さっきは悪かった」

 

「へ? あ、いや、大丈夫です。ちょっとびっくりしただけやし、その、慣れてるので...」

 

そりゃあそんなものをぶら下げてたら、不躾な視線を感じることも多々あるのだろう。

その寛大な心意気に感謝しつつ、本人の許しが下り一色によって奉仕部に通報される危険性が減ったことに胸をなでおろす。

 

初見の後輩の名前も分かり社会的に消される可能性も未然に防げたわけだが、未だに一番疑問な点が明らかになっていない。

 

「それで、どうして二人を連れてきたんだ?」

 

名前を聞いても思い当たる節はなく、一色に説明を要求する他なかった。

 

 

× × ×

 

 

「…というわけなんですよ、わたしは大丈夫って言ったんですけど」

 

「いいじゃんかー!いろは頑張ってるみたいだし、手伝いたいって思うのは友達として当然でしょ?」

 

こいつ本当に言葉と顔が一致しないヤツだな…。

めっちゃ楽しそうな顔してるんですけど...?

 

俺からは絶対に関わろうと思わないタイプだな…。

と、初対面の後輩の性質を勝手に評してみたものの、そもそも女子という時点で自分から関わろうと思うことなどない。茅ヶ崎だけじゃなく、女子全般に当てはまる感想だった。

しかしこれはあくまで女子の話で、男子には例外が存在する。いや、戸塚が例外なのだ。あとは…うん、特にいないな。

 

「わたしもわたしも!いろはちゃんが心配やけん手伝うの!」

 

こらそこ、跳ねるな。色々跳ねるからやめなさい。具体的には俺の心拍が跳ね上がるから。

 

しかしまぁ、そういうことか。

一色は本当に、いい友達を持っている。

こんなに思ってくれる友達がいるなら、わざわざ奉仕部に頼ることなんかなかっただろうに…。

 

そう思ってから自分の考えの至らなさに気付く。

 

一色いろはとは、そういう女の子だった。

彼女が見せる弱さはあくまで“見せる”ための弱さであり、“魅せる”ための弱さだ。

そんな彼女が、自ら友人の前で弱っている姿を見せようなどと思うはずもないな。

 

「もう、二人とも過保護すぎだって言ってるのに…せんぱいからも何か言ってくださいよー」

 

「確かに、関係のない人にわざわざ手伝ってもらうことでもないしな…」

 

「それに、奉仕部が助けられるってのも本末転倒な気がするし」

 

しかし一色を手伝いたいってだけなら、わざわざ俺に言いに来なくても勝手にできる範囲で手伝えばいい話だ。

それをわざわざ来たっていうのは、この二人もちゃんと一色のこと、一色の関わる環境のことを少しでも知りたいと思ったからではないだろうか。

 

…いや、考えすぎか。

茅ヶ崎見てるとただ楽しんでるだけって顔してるし。

 

そんな茅ヶ崎の顔が一層楽しそうに動いた。

 

「あ、なら私たちから奉仕部に依頼、ってことでどうですか?」

 

「...は?」

 

「だからー、忙しそうな友達を助けたいので手伝ってください」

 

そんな依頼にもなってないような依頼は、普段なら受け流すところなんだが…。

 

俺も、一色との関係を見つめ直すうえでこの二人のことには少し興味が湧いた。

俺が他人に、しかも後輩、それも女子に、興味を示すなんてどういう風の吹き回しだと、雪ノ下辺りは怪訝な目を向けてきそうな判断だな。

 

「…わかった。けど俺の一存じゃ決めれないから、部長には話しとく」

 

ま、なんだかんだ言って一色には甘い雪ノ下のことだ、その友達とあらば案外二つ返事で了承するかもしれない。

 

「ありがとうございまーす!とは言っても当日は予定が入ってるので、手伝えるのは今日と明日だけなんですけどねー」

 

…こいつらほんと、何しに来たの?

 

やっぱり何か企んでそうな笑顔が少し気がかりだ。

面倒なことを引き受けてしまったのかもしれない...。

 

しかしまぁ、俺は俺で一色と正面から向き合うって決めたんだし、まずは外堀から彼女を知るっていうのも重要だよな。うん。

 

「…助かる。じゃあ放課後、一色と一緒に奉仕部に来てくれ」

 

はーい!という元気な返事と、含み笑いを隠せてない返事が対照的な後輩二人の傍で一色は少し不服そうな顔をしていた。

 

あてが外れたみたいで悪かったな。

でも、さっきの仕返しとでも思ってくれないと割に合わないぞ。

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

う~、疲れたぁー…。

 

ていうか先輩、なんで了承しちゃうし!

 

先輩ならこんなめんどそうな話は迷わず断ると思って、しょうがなく二人を連れてきたのに…。

結局二人と先輩を接触させてしまっただけじゃんか…特に智咲と接点ができたのはまずいと思う。

 

どういうわけだか、普段は他人に毛ほどの興味も示さない智咲が先輩のことにだけはやたら興味津々というか…。

智咲って、茉菜とわたし以外の人にまったく興味がないって感じで、何考えてるのかわかりづらいのに、こういう時の悪戯っぽい笑みだけはわかりやすいからなおさら怖いんだよね…。変なことにならないといいけど。

 

昼休みも終わりが近づき、教室へ戻る廊下の上でわたしは事の行く末を案じていた。

 

そんなわたしの心情とは対照的に、嬉々とした表情の智咲と茉菜が両サイドから詰め寄ってくる。

…狭い。歩きづらい。

 

「で、いろはさんや。あれはいったいなんだったのかなー?」

 

「そうそう、すっごい仲良さそうやったし!」

 

まぁ、当然こうなるよね...。

友人二人の前でやらかした先の失態を思い出すと、数分前の自分を蹴り飛ばしたくなるが、起こってしまったものは仕方ない。それよりもこの二人の興味をどうこの件から逸らすかが問題なわけで...。

 

にしても…

 

「もしかして、もう付き合ってたり…?」

 

「お、チサちゃんもうそれ聞いちゃう?」

 

「そりゃあ一番気になるトコじゃん?」

 

楽しそうだなぁー、二人とも...。

 

そんな簡単に女の子と付き合ったりできるような人なら、それこそわたしに勝機なんかないんですよーだ。

 

「だからそれはないって~。あの人たぶんわたしのこと妹みたいにしか見てないし。それに奉仕部の二人を差し置いて、まだ付き合いの短いわたしが先手を取れるわけないしね」

 

そう。春から先輩と過ごしてきたあの二人ですらああなのだ。

わたしなんてまだまだ新参者。

最近ちょっと上手くいてるからって、楽観視できるような相手ではないのです。

 

「んー、そんなに手強いんや、その奉仕部の二人って」

 

「いろはで敵わないってそれよっぽどだよ?」

 

「そりゃあもう、あんなに素敵な人たちに囲まれてたら、わたしなんて相手にしてくれないのも納得っていうか…」

 

胸は雪ノ下先輩には勝ってるけど結衣先輩には負けてるし、学力はさすがに結衣先輩には負けないけど雪ノ下先輩には勝てっこない。

二人にない利点と言えば、後輩というステータスぐらいじゃないだろうか。

それすらも、先輩から妹と同列視される原因となってしまっては役に立たない。

 

「そんなにすごいんや!放課後楽しみやなー」

 

「いろはがそんな弱気なのも珍しいしね。(まぁあれだけ見るとそんな悲観するような状況ではないと思うんだけど…)」

 

後半はぶつぶつ言っててうまく聞き取れなかったけど、智咲の言う通り少し弱気になってしまっている。

 

この前の件もあって少し浮かれ気分だった私に対して、今日の先輩はいくらか余裕のある対応だったように感じ、意識してしまっていたのはわたしだけだったのかと思わされたからだろうか。

 

そんなところに奉仕部の話題がでると、否が応にも現状のわたしの不利を痛感させられる。

 

 

でも、それでも、諦めるつもりはない。

わたしが欲した本物は、間違いなくあの人なのだから。

 

こんなことを先輩に言ったら、勘違いだと言われるかもしれない。

 

確かにわたしは、先輩の求めた本物の空間に、本当の意味で居続けることはできないのだろう。

きっとあそこは、あの三人だからこその奉仕部なのであって、わたしの介在する余地はない。

 

それならわたしは、先輩のもう一つの本物になろう。

 

そう決意したのだから。

 

…諦めるなんて、もってのほかだ。

 

だから…

 

「まぁ、負けるつもりはもちろんないけどね♪」

 

弱気になることはあっても、諦めることはこの先絶対に、あり得ない。

 

「あ、いつものいろはちゃんやー」

 

「いろははやっぱそうでなくちゃね」

 

ましてや楽しそうなこの二人の心配にあずかるなんて、100年早いのだ。

 

 

キーンコーン―――

 

 

「やばっ、チャイム鳴っちゃった!」

 

「え、次って現国やなかったっけ...?」

 

さっきまでの心底楽しそだった顔に冷や水を浴びせられた二人の顔が徐々に強張っていく。

それを見ているわたしの顔も、きっと似たようなものだろう。

無意識に声が震えてしまう。

 

「ひ、平塚先生に…」

 

「「「…殺されるっ!」」」

 

 

先輩は授業、間に合ったかな...?

 

 

 

 





平塚先生ビビられてますね...。
いい人なんですけどね、八幡殴ったりしてるから...。

先生のかっこいいところもそのうち書きたいですね。


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11話 斯くして少女は温もりに触れる。


お待たせしました!

本日は次話更新とともに、第9話に挿絵を追加しました。
お目汚しかとは思いますが、一見していただけると幸いです。


さて、今回は久しぶりに智咲視点で進めています!

少し短いかもしれませんが、キリがよかったので投稿しました。
そしてこれから一週間ちょいテスト期間なので更新が滞ると思われますがご了承くださいm(__)m

それでは本編、どうぞ!




 

 

大して興味のない学問を、後学のためともっともな理由をつけて強要されるこのシステムに対する不満は、学生なら誰もが抱いたことのある感情だと思う。

何の役に立つんだ。こんなの社会に出てから使うのか。

 

否だ。

 

三角関数なんて使う機会があるわけないし、見知らぬ男に短歌を送られた挙句に機知を働かせて返歌しなければならない状況などまず訪れない。

 

それでも、なら学校での勉強に意味はないのか。と聞かれると、ないとは言えない。

 

直接的に役に立つ教科も存在するし、直接的にではなくとも受験必須科目として将来につながる科目も存在する。

 

そんなことは私を含めほとんどの学生が理解していることで、少なからず学歴が必要となる現代社会をまっとうに生きるためには避けて通れないことでもあるので、やむを得ず勉学に励む。

たかだか高校も一年になったばかりの小娘が何を分かった風なことを、と言われたらそれまでだが実際そうでも思わないと、たかし君の愚行に付き合ったりしている自分が空しくなってしまうのだ。

 

7限目の終了間際ともなると授業への集中力は残っておらず、ただひたすらにそんな屁理屈が頭に浮かんでくる。

 

仮にも進学校に通っている身なのだからもう少し気合を入れろと言われても仕方がないが、これでも定期テストではそこそこの順位に滑り込むぐらいには折り合いをつけているから問題ないはずだ。

少なくとも、右隣で堂々と授業ノートにメルヘンな落書きをしているぽわぽわしたやつよりはマシだ。と、今さら授業を聞く気も起きないので隣の茉菜の作品が出来上がっていくのをしばらく眺めることにした。

 

そうやって気を紛らわせているうちにも、時計の針は着々と進んでいる。

そして放課を告げるチャイムが鳴ると同時に、私は茉菜と連れ立っていろはの席に足を運んだ。

 

「いろはー、案内よろしくー」

 

とりあえず先手を打っておかないと逃げかねないからなー、この子は。

今回の件に関しては尚更で、私たちと先輩を引き合わせるのを結構渋ってたし。

別に私は横取りしようというわけではないのだ。

ただちょっと、ちょっかい出して楽しもうというだけなのに…。

 

あ、いやこれ私が悪いのか?

 

そうか、原因は私にあったのか…こりゃ失敬。

まぁそれを自覚したところで楽しいからやめんけど(ゲス顔)。

 

「お待たせー、そんじゃ行きますかね」

 

準備を終えたいろはもそこんとこの私の考えはお見通しなのか、諦めた感を醸し出しつつ素直に私たちを連れて行くことを容認した。

 

ていうか今日の昼休みにアポはとってあるから連れて行かないという選択肢はそもそも無いんですけどね♪

 

そのまま三人で奉仕部?の部室があるらしい特別等へ向かう。

 

「ねぇねぇチサちゃん、雪ノ下先輩ってどんな人なんかな? 由比ヶ浜先輩は話したことあるけど、いろはちゃんの話的には由比ヶ浜先輩にも負けない美人さんっぽいし、なんか楽しみやね~」

 

「ん? あー、うん。なんか美人ばっかで嫌になりそう」

 

冗談半分で答えたものの、その二人にさして興味が湧かないので続く言葉は浮かんでこない。

雪なんとか先輩も由比なんとか先輩も、名前は恐らくどこかで聞いたことがあると思うんだけど、それを覚えてないぐらいには興味がない。

奉仕部に行くのだって、ただいろはを手伝うためと、いろはを変えた彼が気になるだけなんだし。結局昼休みだけじゃ何も分からなかったからなぁ...。

 

おっと、彼って誰だっけ? いや今日の昼休み会ったばっかなのに...。

確か比企…比企が…える? ヒキガエル先輩?

まあいいや。ガマ先輩の名前にも大して興味はなかったということだ。

 

そもそも私が他人に興味を示すなんて、本当に珍しいことなのだ。

クラスの中でもいろはと茉菜の他に名前以外の情報を知ってる奴なんていないし、そもそも1年も終わるというのに名前すら半分ほど怪しい。

 

そう考えると、結局私が興味を示すのは友人二人のことだけなのだ。

なんせ自分のことにもあまり興味はないのだから…。

 

雪ノ下先輩のなんたるかをいろはが茉菜に話しているのを隣で聞きながら、私がガマ先輩(仮)に興味を引かれるのはやはりいろはが絡んでいるからなのか、とひとつの結論に達したところで、特別棟の一室の前でいろはが歩みを止めた。

 

ここか。

 

「着いたよー、まぁそんなに緊張しなくていいと思うよ? 特に茉菜」

 

「えっ、あ、うん。なんか無意識に緊張しとったみたいやね~」

 

あははーと頬を掻く茉菜が何をそこまで緊張しているのかは全く分からないが、私も一応友人に倣って深呼吸をしてみる。

すると微かな紅茶の香りが鼻腔をくすぐり、心地の良い暖かさが肺に溜まる。

 

コンコン

 

と、いろはがドアをノックすると、ほどなく中から凛とした声が返ってくる。

 

「…どうぞ」ガラガラ

 

そもそも返事を待つ気はなかったのか、その声といろはがドアを滑らせたのはほぼ同時だった。

 

「こんにちはー」

 

にぱっと飾り気のない顔で笑ういろは。

へぇ、私たちの前以外でもこういう顔するんだなー。

そんなことを考えつつ、私も茉菜と一緒に一礼する。

 

「やっはろー、いろはちゃん」

 

「おう」

 

「こんにちは」

 

三者三様に挨拶を返す先輩方。この人たちが、奉仕部か…。

一際ぶっきらぼうな返事をしたのは比企谷先輩。あ、そうそう比企谷先輩だ。名前思い出した。

 

「…すると、そちらが例のお客さんかしら」

 

「あ、そうなんですよー。昼休みに先輩には話したんですけど雪ノ下先輩にも通しとかないとって」

 

なるほど、凛とした声で訪ねてきたこの黒髪の美人さんが雪ノ下先輩か。

となると、さっきよく分からない挨拶を返してきたのが由比なんとか先輩ということか。

 

「話は大体聞いているわ。ありがたく手伝ってもらうことにするから、とりあえず自己紹介と仕事の説明ということで…どうぞ座って」

 

比企谷先輩の計らいで既に私たちが来るのは知っていたのだろう、予め用意されていた二つの椅子に座るよう促してきた。

私と茉菜が腰掛けるのを確認すると、雪ノ下先輩がもう一度口を開いた。

 

「改めて初めまして。2年の雪ノ下雪乃。この奉仕部の部長をやっているわ」

 

そして簡潔な紹介を終えると、隣に座る先輩へ目くばせをした。

 

「えと、あたしは由比ヶ浜結衣! 2年で、えーっとヒッキーと同じクラス! よろしくね!」

 

えへへーと笑うこの人は、たぶん茉菜タイプなのだろう。ぽわぽわした、言ってしまえばアホの子オーラを放っている。小学生のような自己紹介からもそのことは窺える。

まぁ悪い人ではなさそうだ。アホっぽいけど。

 

「はい次ヒッキー!」

 

「あー、2年…以下略」

 

「適当だっ!?」

 

「いや、だから俺は初対面じゃないんだって」

 

「あ、そっか!」

 

そういえばこの人とはつい数時間前にあったばかりだった。

すると、次はわたしたちの番かな?

 

茉菜はまだ先輩たちの名前を反芻して、記憶力の悪い頭に必死に詰め込んでいるところだろうからまぁ私からだろう。

記憶力が悪いとか、人のこと言えた口じゃないんだけどね。

 

「一年の茅ヶ崎智咲です。忙しい時に急に押しかけてすみませんが、少しでも役に立てたら幸いです」

 

堅いなぁ…。まぁ次の子で相殺できるからいっか。

 

「真鶴茉菜です! チサちゃんといろはちゃんと同じクラスです。よろしくお願いします!」

 

わー、よくできましたー。

由比ヶ浜先輩には勝ってるよ、たぶん。どんぐりのなんとやらだけど...。

 

これでお互いのことは把握できたはずで、雪ノ下先輩も本題に入ろうと口を開きかけたとき、左から咳ばらいが聞こえた。

 

「んんっ、そしてわたしが生徒会長のいっし…」「あなたは構わないわよ、一色さん」

 

いろはが自己紹介しようとしたが、雪ノ下先輩に阻まれてしまった。

 

「なんでですかー! わたしだけしないとなんか仲間はずれみたいです!」

 

「だってあなたのことは全員知っているもの。どちらかというと、一色さんが唯一ここにいる全員と仲間内なのよ?」

 

「唯一ってなんか結局仲間はずれみたいです先輩みたいですー」

 

ま、onlyもlonelyも似たようなもんだしねー。

ぷんすか言っているが、当然雪ノ下先輩はこれ以上取り合うつもりもないらしく、いろはから視線を外した。

そしていろはもその視線を別の方向に向けたようだが、「いろはすそれどういう意味?」とでも言いたげな比企谷先輩の視線とぶつかってしまい弾かれる。

ほんのり頬が朱いのは見なかったことにしてあげよう。

 

「…それじゃあ、役割を確認するわ。一色さん、リストは作ってきてもらえたかしら?」

 

「あ、はい。ちょっと待ってくださいねー」

 

そう言って少しの間カバンをごそごそして、いろはは今朝記入していたリストのようなものを机の上に取り出した。

 

「一応、費用の試算もしてみたんですけど、どうですかね?」

 

するとそのリストを一通り眺めた雪ノ下先輩が少し柔らかな表情になった。

 

「上出来だわ。それではこの通り、明日の買い出しもお願いできるかしら」

 

「え、あ、はい!」

 

急に褒められてびっくりしたのだろう。少し動揺していらっしゃる。

ここへ来る途中、いろはが茉菜に吹聴していた中に「雪ノ下先輩は怖い」とかいう失礼な内容があったはずだが…そんな感じは見受けられない。

そう言ってしまった手前もあってか、いろははびっくりしているのかもしれない。

 

「茅ヶ崎さんと真鶴さんも、同行してもらえるかしら。それとかなり荷物が多くなりそうだからそこの大八車も貸出しするわ」

 

そこのって…この部屋にそんなものが置いてあるようには見えないんだけど...。

と、6人中4人が辺りをキョロキョロしていると、忌々しげな声が飛んできた。

 

「おいこら、人を勝手に荷車にするな。…ま、人に引かれて転がるだけの人生もなかなか楽そうでいいけどな」

 

「さぞかし軽いのでしょうね」

 

「俺の人生の中身のなさを示唆するのやめてね」

 

……何言ってんのこの人たち...。

 

見ると隣のいろはも呆れたような顔をしている。

他二名はまぁ…お察しの通りきょとんとしている。

 

しかし当の本人たちは、何事もなかったかのように当日の段取りを相談し始めている。

 

これは確かに...。

 

こんなやり取りをいつも目の前で見せられているのだとしたら、いろはもなかなか苦労しているようだ。

あれに割って入るのは、とてもじゃないが気が引ける。

内輪ノリほど、外にいる人間を不安にさせるものはない。

 

しかし、そこはさすが神経の図太いいろはだ、「じゃあ飾り取ってきますねー」とだけ告げると視線で比企谷先輩に無言の圧をかけながら立ち上がり、連れ立って部屋を去って行った。

 

それを見送る二人の先輩はきっと先ほどのいろはと同じような顔をしているのだろうなと、その顔を窺ってみたが、そこには微笑ましいものを見つめるような、慈愛に満ちた表情が浮かんでいるだけだった。

 

…ほう。

 

まさか一日のうちに二度も、自分の常に反する感情が湧き上がってこようとは思いもしなかった。私は今、この奉仕部という関係性に少し興味を抱いている。

一色いろはは、今のままでは勝ち目がないと言ったが、果たしてそれは本当なのだろうか。

何かものすごく大事なことを、あの子が見落としているような気がしたのだ。

 

 

二人が出て行ってからは、元々面識があったらしい茉菜と由比ヶ浜先輩が何やら世間話に花を咲かせていた。

私と雪ノ下先輩はそれに参加するともなく相槌を打ち、温かい紅茶を啜る。

 

そうこうしていると程なく二人が段ボールを抱えて帰ってきて、元はクリスマス用だというオーナメントを改造していく作業に取り掛かった。

 

どれくらい作業をしていたのか、雑談をしながらひたすら手を動かしているうちに、部屋に差し込む光の量が次第に少なくなってきた。

 

そして間もなく、手を止めた雪ノ下先輩によって解散の指示が出される。

片付けは後輩の仕事。と、マネージャーとしての性なのか、ただのポイント稼ぎか分からないいろはの進言を、「手伝ってもらってる身だから片付けはいい」という先輩たちに言いくるめられ、私たち一年生は先にあがることになった。

 

「お疲れ様。明日は頼んだわよ」

「お疲れみんなー、また明日ね!」

「お疲れさん」

 

と、それぞれの労いの言葉にこちらも一礼し、

 

「明日10時ですからねー、せんぱい!」

 

といういろはの念押しとともに、私はその暖かな部屋を後にした。

 

追ってくる空気には、濃くなった紅茶の香りと少しだけ混ざり合った女の子の匂いを含んでいた。

 

たった数時間、違いと言えば陽が落ちかけていることぐらいなのに、最後に閉めたそのドアは来た時とはまた少し違って見えたのだった。

 



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12話 斯くして温度は重なり高鳴り合う。

お待たせしました!

高校生活最後の定期考査がゴミ点だったためパソコンを没収されていたため更新が遅れてしまいました...申し訳ないですm(__)m

まさか紙媒体に書きためることになるとは思いませんでした...笑

内容についてですが、途中から智咲と茉菜は空気になります。それだけです。あとはいつも通りです。


それでは本編、どうぞ!




 

カーテンの隙間から差し込む光が瞼越しに網膜を刺激してくるのを感じ、深い水の底から意識が吸い上げられるように夢から覚める。

いつも目覚まし時計に叩き起こされている私にとっては、久しぶりの気持ちいい目覚めだった。

 

「んっ、んん…」

 

あくびを噛み殺しながら大きく伸びをしてチラッと目を遣った目覚まし時計の二本の針は、丁度一直線に並んでいた。

 

まだ6時か…ちょっと早起きしすぎな気がするけどまぁいっか。

 

二度寝の線を排除し、まだ少し眠い目を擦りながら洗面所に向かう。

顔を洗い終えた後、そのまま早めの朝食をとろうかと思ったけどやっぱりシャワーを浴びることにした。

別に昨日お風呂に入り損ねたとかそういうのではないし、むしろいつもより長めに入ったまであるけど、それでもやはり念には念をというやつだ。決して多くはないチャンスに万全の状態で臨まないというのは、この戦局では望ましくないことでもあるし。

 

それにしても昨日は、あの後智咲と茉菜に特に何も言及されなかったけどなんでだろう。あの二人なら絶対色々聞いてくると思ったんだけど...。

はっ、もしかして今日直接見極めるつもりであえて何も聞かなかったとか…?

それはそれで怖いんだけどなぁ。

 

そんなことを考えながら服を脱いでいくと、日中の気温が上がったとはいえこの時間帯はまだ少し肌寒さを感じる。

 

「うぅ…寒っ。早くシャワー浴びちゃお」

 

 

風呂場に入った時に感じた床の冷たさも、身体を伝い流れていくお湯によって徐々に温められていき、それと同時にわたしの血の巡りも早くなるのを感じる。

 

こうして流れるお湯に身を任せていると何故か先輩のことが頭に浮かんでくる。

まぁ今日は先輩とお出かけだしそのせいだろうなという言い訳が一瞬浮かんだが、それもすぐにお湯とともに流れて行ってしまった。そんな言い訳では自分すら誤魔化しきれないみたいだ...。

たぶんこの頭から足の先までゆっくりと温もりに包まれていく感覚とか、妙に鼓動が早くなり全身に暖かな血が巡っていく感覚が、無意識的に先輩との記憶を呼び起こしているんだろう。

 

「はぁ…こんなことでまで先輩のことが浮かぶなんて、我ながら…」

 

まったく、朝からわたしの乙女回路は仕事しすぎですよ。本気を出すのはもっと必要な時だけで大丈夫なのに。もう少し先輩を見習って手を抜くことも覚えてくれないと困る。

て、結局先輩に繋がるし…。

 

これぐらいでいっか、あんまり長い間浴びてるとのぼせちゃいそうだし、いろんな意味で...。

 

って、通常運転に戻すつもりが先輩を引き合いに出して自爆しかけている時点でのぼせてるんだよなぁ…。うん、もう出よう。

 

風呂場の扉を開けると、油の跳ねる音とともに香ばしいにおいが漂ってきた。いつの間にかお母さんが起きてたみたいだ。

 

そんじゃ、朝ご飯食べて早めに準備しとこっと。

 

そんなわけで、メインの10時までまだ3時間以上あるが、少し早めの一色いろはの土曜日が始まった。

 

 

 

 

  × × ×

 

 

 

 

「あ、せんぱーい! お待たせしちゃいましたかぁ?」

 

現在時刻10時5分。

この遅刻は女子としてはむしろ時間ぴったりと言ってもいいぐらいだ。

そしてこういう時の対応は前回ちゃんと教えているはずなのです。

 

「あぁ、少しまっ…」

 

はずなのです。

 

「…い、今来たところです」

 

うん、よろしい。

まったく先輩は、一度言ったことはちゃんと覚えといて欲しいです。

わたしだけだったら別にかまわないというか、むしろ先輩らしさを感じられていいんだけど…生憎今日はわたしの他に二人もいますし。

友人として二人には、あまり先輩のことを悪く見てほしくないんだよね。

 

「おはようございまーす。…でもそれだとヒキタニ先輩も遅刻したことになりますよ? 女の子との待ち合わせに遅刻は厳禁ですよー」

 

「チサちゃん、ここはみんな遅れたんやし無かった事にしようよ…。比企谷先輩もそれでいいですよね??」

 

智咲の意地の悪い発言に、茉菜がすかさずフォローを入れる。

こういうとこ、なんかちょっと雪ノ下先輩と結衣先輩に似てるなぁ。

 

そして同意を求められた先輩はというと、腑に落ちないという顔をしている。

 

「いや、まぁ、いいけど…」

 

いいけど…『俺10時ピッタリには着いてたし、そもそもヒキタニじゃないんだよなぁ。いろはす怖いから言わんけど』って言いたそうな顔だった。

なのでわたしも、『わたし別に怖くないじゃないですかー』って顔を作って予定の消化を促す。

 

「まぁまぁ、ここにいてもなんですし、早いとこ買い出し済ませちゃいましょうよせんぱい!」

 

そう言ってしっかりと先輩の左腕を取る。

昨日の昼休みは少々やりすぎてしまったけど、今日はしっかりブレーキが効く程度にスキンシップを取って二人に見せつけないとですからね!

 

…と思ってたのだが、二人はわたしと先輩を置いて先に進んでしまっている。

まぁこれはこれで、先輩と二人でいちゃつきながら歩けるからいいんだけど…なんか腑に落ちないなぁー。

 

「……ちょっと一色さん? さすがに歩きづらいんだが」

 

「…へ?」

 

「いや、へ? じゃなくて..」

 

遠慮がちに向けられた先輩の目線を追うと、わたしが体に巻き込んでいる先輩の腕があった。…どうやら無意識のうちにかなり密着してしまっていたみたいです。

 

「あっ、す、すみません…」

 

「あー、いや、別に…」

 

うぅ…やっぱり最近先輩とのスキンシップがうまくいかない…。

まさか開幕早々にドジを踏むとは...。

先輩のことを意中の相手としてはっきり意識するようになってからというもの、今まで何の気なしに測っていた距離感が全然掴めなくなっているみたいです。

 

握ってしまった裾を離すわけにもいかず、先輩との気まずい空気を少しでも軽減するためにそのまま歩き出そうとしたとき、ふと視線を感じた。

 

これは気付いちゃダメなやつだ…。

 

そう思った時にはすでにわたしの視線は、前を行っていたはずの二人の視線と交錯していた。

 

こらそこ! ニヤニヤしない!

 

…無言で目を逸らさないでよぉ…。

 

含みのある流し目を残した智咲たちは、そのまま歩き出してしまった。

既に友人二人にいろいろ楽しまれてる感がしてならないんだけど...。

 

 

 

そんなこんなで歩みを進めたわたしたちは、駅近くのショッピングモールに到着した。ここなら一度で全て買い揃えることができるということでの選択だ。

 

先輩は、百均でよくね? とか言ってましたけど…。

 

せっかく先輩と出かけるチャンスだというのに近場ではもったいなかったので、千葉まで出てくることにしたのだ。うんまぁ、こっちが本音。正直百均と近所のスーパーで事足りる。

 

しかしこう広いと、どこから回ったものかと悩んでしまう。

とりあえず今日のプランを確認するためにみんなに声をかける。

 

「最初、何から買いますか?」

 

「んー、適当に近いとこからでいいんじゃない?」

 

どうでもいいよ、という感じで智咲が答える。この子買い物とか興味なさそうだからなぁ。

すると先輩が対案を提示した。

 

「いや、まずは買うモノを確認した方がいい。なるべく荷物を持って歩く時間は少なくしたい。どこで何をどれだけ買うか明確してからルート決めだな」

 

さすが先輩、すぐに効率のよさそうなプランを思いつく。まぁ自分の労力を最小限にしようとしてる感は否めないんだけど…。

 

「あ、じゃあその確認作業、手分けしてやりません?」

 

唐突にそう言った智咲の顔は、実に楽しそうに笑っていた。

間違いない。これは何か企んでる顔だ。

 

よく分からないけど阻止するべきだと思って意見を出そうとしたとき、智咲の提案に賛同する人が現れた。

 

「全員で回ると時間かかりそうやし、いいんじゃない?」

 

茉菜は恐らく智咲の意図するところは分からずに賛同しているのだろうけど、味方を得た智咲はさらにニヤニヤ度が増している。

 

「じゃあグッパで…」「いやいや、茉菜は私と行くから。比企谷先輩はいろはとお願いしまーす」

 

茉菜が班分けの案を提示しようとした瞬間、すかさず智咲がそれを遮った。

 

「じゃあ二人とも、1時間後にここで!」

 

そう続けると、そのまま茉菜の腕を引っ張って人ごみの中に消えていってしまった。

やっぱりそういうことだったか…。智咲は最初から、わたしと先輩を二人きりにする魂胆だったのだろう。

 

そして思惑通り残されたのはわたしと先輩というわけです。

いつもならなんてことない状況だし、むしろ二人きりになれて好都合ですらあるんだけど…。どうやらわたしはこういう不測の事態に弱いみたいで、二人が消えていった方を呆けた顔で見つめることしかできない。

 

「よく分からんが確かにこの方が効率いいし、俺たちも行くか」

 

柄にもなく動揺しているわたしをよそに、先輩はなんでもないように言って歩き始めてしまう。

 

なんでそんなフラットな対応なんですか…もう少し緊張してくれても...。

 

ぷくーっと頬を膨らませてみたのだが、先輩はこちらを振り返るつもりはないらしい。

せめてもう少し意識してくれるようになったらなぁ。

 

いや、それも無理があるか。

先輩のこの耐性は、普段から過剰にスキンシップを図っているわたしが悪いところもあるし。むしろ妹のように思われるようにわざわざ仕向けてたところもあるんだから...。

 

「まってくださいよー、せんぱいってばー!」

 

結局のところわたしは“わたしらしく”、先輩に甘えるほかないのかもしれない。

その“わたし”は、先輩に見せたい“わたし”ではない。むしろ逆をいっているぐらいだ。

何でもない時には普通にできるのに、意識すればするほど、本当の“わたし”は隠れてしまう。先輩といる時は、素のままの“わたし”を見てもらいたいんだけどな…。

 

いつもの甘ったるい声で先輩を追いかけながら、そんなことを考える。

こんなんだから、いつまで経っても妹ポジションなんですよね...。

最初の頃のアプローチの仕方をミスったんだろうなぁ…。

あの頃の私は、まさか先輩にこんな感情を抱くとは思ってもみなかったのだろうから無理もないけど。

 

「そういえば」と、少し長めの沈黙を破ったのは先輩の声だった。

顔は右手にあるホビーショップを向いているせいで表情は見えないけど、その声音だけでわたしへの気遣いが含まれていることがうかがえる。

 

「俺まだ何買うか知らないんだが…リストとか持ってんの?」

 

「はい、昨日部室に持ってってたやつが。見ますか?」

 

そう言って、雪ノ下先輩からのメモが新たに書き加えられたリストをカバンから引き出す。

 

「いや、あるならいい。店とかはお前の方が詳しそうだしな」

 

「まぁ先輩が料理とかしてるの、想像つきませんしねー」

 

少し茶化してみると、先輩もすかさず反撃してきた。

 

「いや、一色が料理できるってのも十分意外だけどな」

 

…なんですと?

 

「あー、バカにしてますよね絶対! こう見えても家庭的なんですから! だいたい、専業主夫志望なのにカップ麺ぐらいしか作れない先輩にだけは言われたくないですーっ」

 

気付いたらわたしはいつもの調子を取り戻していた。変に飾らなくていい、先輩との距離感を。

 

「こう見えてもって言ってる時点でもう…」

 

ボソッと言う先輩に「細かいこと気にしてたらハゲますよ」と返す。

 

こうやって普通に憎まれ口をたたけるのも、学校の男子の中では先輩ぐらいなんですよね。あ、戸部先輩はノーカンで。あれは気付いてないの承知でやってるので。ごめんね戸部先輩っ。

 

と、わたしの特別カテゴリから戸部先輩を無理やり締め出したことに心中で謝罪していると、先輩が思い出したように付け足した。

 

「まぁ、最近はそうでもないかもな…」

 

情報が欠落したその呟きは、しかしすんなりと腑に落ちる心地いい響きに感じられた。わたしが感じているこの気持ちの半分でも、先輩が同じく抱いてくれているのだとしたら、それはわたしにとって何よりの喜びだ。

 

言葉の端をぼかした先輩に倣うかたちで、わたしも感情は読まれないようにただ一言、

 

「へー」

 

と、気のない返事を添えておいた。

 

先輩との会話は、きっとこれでも成り立っている。そう感じられた。

 

 

 

  × × ×

 

 

 

「だいたいこんなもんですかねー」

 

喋りながらぼちぼち歩いていると、いい具合に時間が経っていた。

言いながら先輩に同意を求める視線を向けると、先輩も軽くうなずいてくれる。

 

「だな、今から戻ればちょうどいいぐらいか」

 

腕時計をチラッと見ながら言う先輩に、ふと思いついた提案を持ちかける。

 

「あ、どうせなら帰りは上通りませんか?」

 

「任せる」

 

「早っ。まぁいいです。それじゃあ行きましょう!」

 

 

このショッピングモール、一階は日用雑貨などを取り扱う店が多いのだが二階はアパレル系のショップが並んでいる。同じ道を戻るのもつまらないし、最近は忙しくてこっちのチェックができていなかったからちょうどいい。

 

ターゲット層の違いからか、二階に上がってきてから人口密度が増し客の年齢層が少し若くなった気がする。

隣を行く先輩はその変化を好む方ではないので、あからさまに嫌な顔をしている。

 

「なぁ、やっぱ一階で…」

 

「任せるって、言いましたよねー?」

 

「…はい」

 

「それにたまには先輩もこういう所に足を運んで、女の子との買い物に慣れた方がいいですよ?」

 

「小町で十分なんだよなぁ」

 

出たなシスコン!

どんだけ妹さんのこと好きなんですかホント...。

 

わたしもこんなお兄ちゃん欲しかったなぁ…。

 

っと、ダメダメ、先輩にそんな感覚を重ねたら自分で墓穴を掘りかねない。

 

そんなやりとりを続けながらたまに店の中を覗いたりしつつ歩き、合流地点の近くまで来たとき、ひと際存在感を放つ店が目に入った。

その店は高校生には少し手が出しづらい値段設定になっているが、それに見合ったデザイン性の高さである種学生の憧れの対象となっているブランドショップだった。

かくいうわたしも、クリスマスやら誕生日やらを使って地道にアイテムを集めている女子高生の一人だった。

 

その店の店頭に、期間限定と銘打った商品が陳列してあるのが目に留まり、ついそこで足が止まる。

 

このネックレス、可愛い…。

 

気付いたら手に取っていたそれは、あまり派手な主張はないがシンプルさの中に洗練されたデザイン性が感じられ、自然と視線を集める、そんな不思議な魅力を放っていた。

つまるところ、一目惚れしてしまった。

 

そのまま自然な流れでそれを首にかける。

鏡に映った自分の首元を見ると、自分で言うのもあれだけどかなり似合っていた。

 

しかしその鏡の斜め下、ぶら下がる値札に目が行ってしまい一気に肩が落ちてしまう。

 

これは、さすがに無理だな...。

 

溜め息を一つ零し、持っていたネックレスをそっとその場に戻す。

そのまま店を出ようと方向を変えたとき、今まで黙ってわたしの行動をぼーっと眺めていた先輩の口から思いもよらぬ言葉が飛び出した。

 

「買わないのか?…その、結構似合ってたと思うけど…」

 

「へ...?」

 

予期せぬところからの攻撃に、素っ頓狂な声が出てしまった。

 

似合ってる...って、確かに今そう言いましたよね!?

 

まさか先輩からそんな感想が聞けるだなんて思ってもみなかったし、しかも今回のはいつもみたいにわたしの誘導の結果じゃなくて、先輩の自発的な感想...。

 

頭の中がフル回転して現実がお留守になってしまっていたわたしの反応をどう捉えたのか、先輩が慌てて、というかキョドって弁解をはじめた。

 

「い、いや、似合ってるっつても俺のセンスじゃあてにならないし、お前が買わないってんならまぁ、そういうことなんだろうし…気にするな、忘れてくれ」

 

「え、いや、さっきの反応は別にそういう意味ではなくてですね…素で驚いただけと言いますか…」

 

早口気味でまくしたてた先輩とわたしは、揃ってそっぽを向いてしまう。

必死で弁解しようとしたのがかえって恥ずかしくなったのはお互い同じだったのだろう。

 

数瞬ののち、少し落ち着きを取り戻したわたしは、まだそっぽを向いている先輩の横顔に声をかけた。

 

「あの、ホントにわたしもこれは気に入ったんですけど…値札見てください、値札」

 

わたしに促されて値札を見た先輩は、納得した、という顔になる。

 

「これは確かに、高校生がその場の思い付きで買える額じゃねぇな」

 

「はい、なので残念ですけどこの子は諦めます」

 

諦める。とは言ったものの、さっきよりも買いたい欲求が強くなってしまっていることに気付く。

…先輩が褒めてくれたからだろうか。

しかし今現在の財布の中身を全てはたいても、とてもじゃないけど手が出せない金額なのに変わりはない。

誕生日を使うという手も思いついたけど、よく考えるとこの間先輩とのデートに履いて行った靴を買ってもらうので前借してしまっていたことを思い出す。

今月は残り20日ほど、一文無しで生活するのはさすがに無理があるし...。

 

やっぱり諦めるかぁ…。

 

けど、ここで落ち込みモードに入って先輩との時間を楽しめないのはもったいないよね!

優先すべきはネックレスではなく先輩との距離を縮めることだよね!

 

よし、まずはこの陰鬱な雰囲気を何とかしないと...。

 

「けどせんぱい、ネックレスなんてそのうち同じようなの見つかりますし、今日は運がなかっただけですよ! それより早く智咲たちと合流しちゃいましょう!」

 

何とかするつもりで調子っぱずれになってボリュームがだいぶ上がってしまったせいで、近くを歩く買い物客数人がこちらを振り返った。

 

一応わたしの容姿はそれなりなので、一度視線を集めてしまうとなかなか離れてくれない。

その中でちらほらと、学生たちが話しているのが耳に入ってきた。

 

―――なあ、あの子可愛くね?

 

―――でもあれ、隣にいるの…

 

―――え、あいつが連れかよ、意味分かんねー

 

明らかにわたしたちを指して噂しているその声は、おそらく先輩にも聞こえていることだろう。

 

先輩のこと、何にも知らないくせに勝手なことばっかり…。

 

けどわたしにはこの状況をどうにかするだけの度胸も策もない。ただ立ち竦んで、みんなの興味が薄れていくのを待つことしか...。

 

すると口を結んで沈んでいるわたしの額を先輩が軽く小突いてきた。

 

「アホ…でかい声出しすぎだ。目立つの嫌だし早く行くぞ」

 

そう言って先輩はわたしを連れて、軽い人だかりになっていたその場を抜け出した。

 

うぅ…結局最後はうまくいかないなぁ...。

また先輩に助けられちゃったし...。

 

 

けどまぁ、たまにはこういうのもアリかな…。

 

少し早足で歩くわたしと先輩の間には、先輩の手に引かれるわたしの腕がある。

 

きっと先輩は無意識にそうしているんだろうけど、いつもはわたしが何かとせんぱいを引っ張り回すことが多い、というかそれしかないから、こうして先輩に手を引かれているのがすごく新鮮に感じる。

 

背中越しのこの状況にまだ気づいていない先輩が少し可愛く見えて、ほんの少しイタズラしたい気持ちが芽生えてしまったわたしは、静かに手首を捻って先輩の右の手のひらに自分の左の手のひらを重ねた。

 

重ねた手のひらから伝わる温もりは鼓動までも伝えるように、触れているのはたった一点だけなのに体中を包み込んで、さっきまでの沈んだ気持ちをゆっくりと溶かしてくれるようで…。

 

二度目の温もりは、心音とともに呼び起こされた記憶を上書きする温度だった。

 





(話の中で)来年度になったらもう少し砂糖マシマシにできると思うのですが、なかなかそこまで進んでくれない、進度が遅い!笑


それにしても友人二人の扱いがテキトーなのをどうにかせねば...。


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13話 斯くして出会いと別れの準備は整う。

どうもお久しぶりです。

先ず1年間も放置してしまいましたこと、本当に申し訳ございません。
少し身辺が落ち着き始めましたのでじわじわと投稿を再開していきたいと思います!

本当に久しぶりなので書く前に自分の文章全部読み直さないといけないレベルでした笑


それでは13話本編です。どうぞ。



 

「ね、茉菜はどう思う?」

 

「どうって…アレほんとに付き合ってないん? 昨日も思ったけど」

 

「だよね」

 

「うん」

 

ただ今3月12日、校内某所。

私、茅ヶ崎智咲は、某液体蛇軍人よろしく段ボールを被っていた。

 

前方に見える部屋では賑やかな声が響いている。

 

「いいんかなぁ…こんなことしよって」

 

と、隣で同じく段ボールを被っている茉菜が今さらなことを言い出す。

 

「まぁまぁ、これもいろはのためだって」

 

そうは言ったが、漏れ聞こえてくる友人の笑い声に一抹の申し訳なさを覚えないでもない。しかし、いろはのためというのもまるっきり嘘というわけではないのだ。

 

「ちゃんと確認しないと...」

 

小さく呟いた私に、何か言った? と茉菜が問うてくる。

 

「なんでもなーい。さ、続けよ」

 

私は適当に誤魔化して、再び双眼鏡を目に当てた。

 

 

 

× × ×

 

 

 

「ふぅ…。こんなものかしら」

 

そう言った雪ノ下先輩の言葉には若干の疲れの色が見て取れたが、その顔はとても満足そうだ。

 

というか、ホントにこの量こなしちゃうんだ...。

 

一応わたしも一緒に作業してたとはいえ、目の前に並べられた料理の数々を見ると改めて隣に立つ雪ノ下先輩の超人っぷりを思い知らされる。

 

「改めて見るとすごいですね、この量…」

 

「そうね…しばらくはエプロンを着けたくない気分だわ」

 

ふう、と雪ノ下先輩がもう一度浅い溜め息をついた。

口にあてがったその手に続く華奢な腕を見ると、補佐程度でしか手伝えなかったことが申し訳なくなってくる。

 

「すみません、ほとんど任せちゃって…」

 

「謝ることは無いのよ、一色さんだってよくやってくれたわ。あなたがいなければ主賓の小町さんを駆り出さないといけないところだったもの。…料理、上手なのね」

 

そう言ってふっと笑った雪ノ下先輩は、出会った頃と比べると声音も幾分か柔らかくなった気がする。

普段の印象と違う柔和な微笑みを向けられると、なんだかむず痒くなって顔を逸らしてしまった。

 

「あ、ありがとうございます…」

 

お互いに柄にもないセリフを応酬したせいか、生ぬるい沈黙が流れる。

 

 

―――ガラガラ

 

 

するとすぐに沈黙を破る引き戸の音が調理室に響き、その後に少し気だるげな足音が続いた。

 

「二人とも、小町と城廻先輩はもうすぐ着くみたいだぞ。…って、すごいなこの量…」

 

主賓の到着を知らせに来た先輩が、テーブルに並ぶ料理を見て目を丸くしいている。

先輩が驚くのも無理はない。普通の高校生であれば、ビュッフェ形式のレストラン以外でこの量の食べ物を前にする機械などそうそうないでしょう。

 

ホントこれ、食べきれるか心配になるぐらいなんだけど…。

 

「そう、ならそろそろ運びましょう。そっちはもう終わったのかしら」

 

「大方な。まだ由比ヶ浜が凝ってるみたいだが、俺には分からん」

 

「なら大丈夫そうね。ああいうのは彼女に任せておけば間違いないわ」

 

「ああ、そうだな。…で何から運べばいい?」

 

「そうね…」

 

雪ノ下先輩が、何から運んだものかと一思案している隙に、すっと先輩に身を寄せて裾をくいっと引く。

 

「せんぱい…わたし、頑張ったんですけど」

 

精一杯の上目遣いで先輩を見上げる。

 

しばらく正面を向いたまま無視を決め込んでいた先輩は、粘っても意味がないと判断したのか、短く息を吐くとこちらに顔を向けてきた。

 

「あぁ、お疲れさん」

 

そう言うと少し躊躇う素振りを見せてから、ぽんぽん、と二度わたしの頭に優しく手を乗せてきた。

 

なっ…、またこの人は急にこんなこと…。

 

ただ労いの言葉をもらうだけのつもりだったわたしは、予想してなかった行動に少ししどもどしてしまう。

 

「あ、いえ…」

 

…...。

 

「……くん。比企谷君」

 

「「っ!?」」

 

完全に失念していた方向からの声に、先輩はさっと顔を逸らし、わたしはまだ先輩の裾を掴んだままだったことに気付き慌てて手を離した。

 

二人とも蛇に睨まれた蛙の如く固まってしまい、再び沈黙が流れる。

 

いや、わたしは蛙というより兎ですかね、先輩は蛙、お似合いですけど。

というか、さっきまでの優しい雪ノ下先輩帰ってきて…!

 

すると蛇…じゃなくて雪ノ下先輩がなぜか少し躊躇いがちに口を開いた。

 

「…私も頑張ったと思うのだけれど? 比企谷君」

 

「へ…?」

 

わたしと同じく、いつものように小言のひとつでも飛んでくると思っていたのだろう。先輩が間抜けな声を漏らした。

 

「えっと、それはつまり…」

 

雪ノ下先輩の意図するところを推し量った先輩が間抜けた顔で言い淀む。

同じく雪ノ下先輩の言葉の意図が伝わったわたしも、きっと同じような顔をしていると思う。

 

いやいや、え、雪ノ下先輩ですよね...?

 

当の雪ノ下先輩は、ただ無言のプレッシャーを放っている。

それを受けた先輩もどうしたものかと判断に困っていたようだが、わたしに頭ポンポンまでしてしまった以上ここで雪ノ下先輩の要求を無下にすることもできないと思ったのだろう。ごくっと喉を鳴らして、一歩雪ノ下先輩に近づいた。

そして先輩が恐る恐る右手を伸ばしかけたその時、黙っていた雪ノ下先輩が顔をあげた。

 

「冗談に決まっているでしょう。引っぱたくわよ?」

 

そう言った雪ノ下先輩の顔には、先ほどわたしに向けたものとは違う、意地悪そうな笑みが浮かんでいた。

そしてすぐにその笑みをしまうと、

 

「私はこのケーキを冷蔵庫に入れてくるから、大きいお皿から運んでもらえるかしら」

 

そしてそれだけ言い残して、完成したばかりのケーキを持って奥の器具室に消えて行った。

 

「「...。」」

 

残されたわたしたちは、幽霊でも見たかのような表情でしばしその場に佇んでいた。

 

 

 

   × × ×

 

 

 

「さっきの雪ノ下先輩、びっくりしましたね…なにかあったんですかね?」

 

お皿に乗せられた料理たちを部室へ運ぶ途中、話題の矛先は当然先ほどの雪ノ下先輩の言動へ向いた。

 

わたしの知る限りでは、雪ノ下先輩はああいった悪ふざけをする人じゃなかった気がするけど…。

 

「いや俺に聞かれても…こっちが知りたいぐらいだよ。心臓止まるかと思った」

 

先輩のほうにも心当たりはないみたいですね...。

まぁ確かに最近の雪ノ下先輩は少し表情が多くなったとは思ってましたけど、あそこまできわどい冗談を入れてくるとは...。

 

「ホント、あいつが言うと冗談に聞こえん…」

 

「ですねー」

 

あははは、と乾いた笑みを交わしながら、まだ変なものを見てしまった気分の消えないわたしと先輩は、言葉数の少ないまま部室へと足を速めた。

 

 

 

「由比ヶ浜ー、テーブルの準備できてるかー?」

 

部室の扉を足で器用に開けた先輩が、中にいる由比ヶ浜先輩に声をかける。

 

「あ、ヒッキー!って、うわ、すごいねその料理!」

 

いつも通りのオーバーなリアクションで、そのままぴょんぴょんと先輩のほうへ跳ねて行き、ほへー、と先輩の持つ皿の上の料理を眺め始める。

 

近い近い、結衣先輩顔近いですっ!

ずるい!

 

半分無意識のうちにジトッとした視線を向けていると、ようやく結衣先輩がこちらに気付いた。

 

「あ、い、いろはちゃん!?あはは…やっはろー」

 

わたしに気付いた結衣先輩は、さっと半歩身を引くと少し気まずそうに手を挙げてきた。

ここはあえてわたしから触れるようなことは今は避けた方がよさげですね。

余裕のある態度も牽制になる、らしいですし...!

 

「こんにちはー。教室の方もすごいですね、見違えました!普段の殺風景な感じ全然ないですよー」

 

「そう? いやー、そう言ってもらえると照れるなぁー、えへへ」

 

結衣先輩もすぐにいつもの調子になっている。

 

「で、由比ヶ浜。どのテーブルに置きゃいいんだ?」

 

「あー、そだった! んー、それ大きい方のお皿だよね? ならあのテーブルかなー」

 

結衣先輩の指示通り持ってきた料理を置き終わると、わたしと先輩は次の料理を運ぶために入口へ向う。

 

すると結衣先輩がぱたぱたと追いかけてきた。

 

「まってー! もう飾りつけ終わったからあたしも手伝うよ!」

 

そう言ってわたしとは逆側の先輩の隣につくと、並んで歩き始める。

 

「そういやゆきのんはまだ料理してるの?」

 

「いや、あいつは…」

 

せっかく忘れかけていた雪ノ下先輩の話題が不意に持ち出されたことで、先輩の不審者度が跳ね上がった。

 

「あー、雪ノ下先輩はケーキを冷蔵庫にしまってくるって言ってました」

 

「なるほどー。そんでヒッキーはなんでそんな変な顔してるの?」

 

わたしがフォローする形で答えたことで少し安心していた先輩が、再度目を泳がせ始める。

気持ちはわかりますけど、それじゃ結衣先輩に変な誤解されちゃいますよー。

その先輩はというと、

 

「い、いや、そのあれだ、もうすぐ小町に会えると思うとつい心がぴょんぴょんしてしまったというか」

 

などと意味不明な供述をしており…。

 

まったくこのひとは、言い訳するにしてももう少しましなのがあったでしょうに。

というか焦って真っ先に出てくる言い訳が妹さんだなんて、どんだけシスコンさんなんですかホント…。

 

「えー、なんか嘘っぽい」

 

シスコン丸出しの適当な言い訳を受けた結衣先輩も、当然納得してないご様子で。

しかしそれでも無理に言及するようなことはしなかった。

この辺の結衣先輩の引き下がり方も、少し変わったような気がしますね…。以前だともう少し食い下がって先輩を問い詰める勢いだったのに。

気を遣ってというよりは、とりわけ必死になることもないからいいやって感じがする。

先輩は先輩で、そんな結衣先輩の反応を特に気にした様子もなく、とりとめのない話題を振ってくる結衣先輩にいつも通り対応しているだけだ。

 

雪ノ下先輩といい結衣先輩といい、わたしの気にしすぎってだけかもしれないけど微妙に先輩との接し方が変化している気がする。やっぱりバレンタインイベントの後に何かあったんでしょうか…。

つい先日いつもと変わらない奉仕部の様子に安心したばかりなのに、自分の知らないところで起きたであろう少しの変化が、またわたしの心を不安にさせる。

そもそもわたしが知っている奉仕部なんてのもたかだか数か月分だけど、それでも関わりはじめてからの奉仕部のことは少しでも理解しておきたいと思ってしまう。

そうでないと、3人がどこか遠い所へ行ってしまって取り残されるような感覚に取りつかれるのだ。

 

「おーい、どうした一色」

 

「…え?」

 

「いや、えじゃなくて。皿運ぶぞ」

 

「え、あ、そうですね! お皿運ばないと!」

 

急に先輩に話しかけられて、調子っぱずれな返事をしてしまった。

 

「どしたのいろはちゃん、ぼーっとしちゃって」

 

結衣先輩もわたしを見て首を傾げている。

どうやら一人もやもや悩んでいた間に、調理室に着いていたみたいです。

 

「あはは、すみません。少し考え事してましたー」

 

どうも先輩絡みのことになると、時間を忘れて考え込んでしまうことが最近増えた気がする。

今日はわたし自ら企画したお祝いだというのに、しっかりしなくちゃ。出会いと別れを同時に祝うというのも少し横着かもしれないけどね。

 

「えー、大丈夫?いろはちゃん」

「疲れているなら少し休んでもいいのよ一色さん」

「…」

 

三者三様に気遣われてしまいました…。

 

「いえいえ、大丈夫です! それより料理運んじゃいましょう。みんな来ちゃいますし!」

 

そう言って三人に笑いかけてどのお皿を運ぼうかと選んでいると、さっきの自分の不安の原因がなんとなくわかった気がした。

城廻先輩が卒業して先輩の妹さんが入学すれば、当然わたしは2年に上がり、先輩たちは3年生だ。来年の今頃にはきっと先輩たちと同じように卒業祝いをやっているはずだ。

あと1年。どう願っても奉仕部の3人はわたしより1年早くこの学校を卒業してしまう。

大学生になって環境が変わって、卒業した後の先輩たちのことをわたしはそばで見ていることができなくなるのだ。わたしを残して先に行ってしまう先輩たちのことを無意識に想像して、取り残された気持ちになってしまっていたのかもしれない。

 

あとどれぐらい、このひとたちとこうして思い出を共有していけるのだろうか。

あと1年と言わず、もっとこの温もりの中にいたい。

来年もその先も、奉仕部の、そして先輩のそばにいられたらいいのに…。

 

と、意外と時間がないのはパーティーの準備の方でした!

城廻先輩たちが来る前にはやく料理を運んでしまわねば。

 

その時が来て慌てているのがみっともないのは、きっとどんなことでも同じなのだろう。

 

よいしょ、と。

運ぶお皿を決めたわたしは、少し先を歩く先輩たちの後ろ姿を足早に追いかけた。

 




久しぶりの投稿なので雰囲気がすこし変わってしまているかもしれませんが、これから徐々に調子を戻していけたらと思います!


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14話 斯くして雪ノ下陽乃は道化を演じ切る。




土下座







コホン、と咳払いをひとつ。

ここ、総武高校奉仕部の部室にいるみんなの視線がわたしに集まる。

提案したのがわたしなのだから、幹事をやるのも当然わたし。という流れだが、意外にも緊張してしまっているようで心拍が少し上がっているのを感じる。

頭空っぽのウェイ系が相手であればこういった幹事を務めるのも得意なものだが、この教室の集まっている面々を改めて見回すと、どうしても少し委縮してしまいそうになる。

そんなわたしの内情などつゆ知らず、先輩が腐った目線で「はよ」と急かしてくる。ひとの気も知らないで。

仕方ない、腹をくくりますか...。

 

「えー、それでは改めまして、…城廻先輩のご卒業、そして小町ちゃんと大志くんの合格を祝って…乾杯!!」

 

『乾杯!!』

 

と、わたしの音頭に続いて各々が手に持ったコップを掲げる。

唱和が終わると、それぞれのタイミングで今回の主賓のところへお祝いの言葉を送りに行く。と言っても、ほとんどの人がすでに個人的にであったり、あるいは別の機会に祝っているだろうから、挨拶自体は簡単なものになっていた。

 

その流れが落ち着いてきたら、今度は料理に舌鼓を打ちはじめる。立食パーティー形式にしたので、各々気になる料理の前で立ち止まってはお皿に盛り、適当な場所を見つけてそれを味わう。

奥のテーブルでは幼女の手を引いた川崎先輩が雪ノ下先輩に、並べられた料理について詳しく聞いている姿が見える。どうにもあの二人の組み合わせというのが意外だったが、実は話が合うのかもしれない。

それにしても川崎先輩、妹さんを連れていると若妻にしか見えないんですけど…。

 

また、窓際では平塚先生と城廻先輩、そして先輩と結衣先輩が集まっている。城廻先輩は奉仕部とも関わりがあったし、平塚先生とも親しげな様子だ。懐かしい話にでも花を咲かせているのだろう。

 

そうやって周囲を観察していると、自分の方に向かってくる二人に気付くのが遅れてしまった。

 

「いろはさーん、どうかしましたか? 早く食べないとなくなっちゃいますよー」

 

にこっと屈託のない笑顔で近づいてくるこの子があの先輩の妹だというのだからビックリだ。少し後ろを歩く男の子はちょっと犬みたいでかわいい。

 

「あ、小町ちゃん。ちょっとどんな感じかなーって見てただけだから大丈夫だよー」

 

「なるほどなるほど。っと、面と向かって自己紹介はまだでしたね。比企谷小町、15歳です。愚兄が迷惑をおかけしているかもしれませんが、これからも兄妹ともどもよろしくお願いします」

 

そう言ってペコリと頭を下げた小町ちゃんを見ていると、つい今しがた彼女の口から出た兄妹という言葉の信憑性がわたしのなかで早くも揺らぎはじめる。

 

「一色いろはです。一応生徒会長だから、入学して困ったことがあったら相談乗るよ! それにしてもしっかりしてるね小町ちゃん。先輩の妹とはとても…」

 

「あはは、一色先輩も苦労してそうですねー、色々と♪」

 

そう言って言葉とは裏腹に楽しそうに笑う小町ちゃん。ちょっと黒い。

これはなんかすでに色々ばれてそうな気がするんですけど…いや、ばれてないよね?普通に対人関係として、ってことだよね?

 

「確かに、先輩の捻くれた根性には困ってるっていうか…。あ、あと、いろはでいいよ小町ちゃん。」

 

「そうですか! その辺後ほど詳しく聞かせてくださいね、いろはさん♪」

 

そう言って小町ちゃんがスマホを取り出した。うん、やっぱり血の繋がりを詳しく調べなおした方がいいかもしれない。DNA鑑定はよ。

小町ちゃんに倣って携帯を取り出したわたしは、連絡帳を開いてスマホの画面に表示された小町ちゃんの電話番号とメアドを登録していく。

すると今まで完全に存在を忘れられていた子犬…ではなく大志くんが恐る恐るといった感じで口を開いた。

 

「あの…か、川崎大志っす! よろしくお願いしますっす! 一色先輩!」

 

わー、元気だなー、この子。

それにしてもめっちゃ緊張してるなー。以前のわたしなら間違いなくいじりたくなってたところだけど今は先輩も近くにいるし、それ以上に小町ちゃんという底知れない伏兵が現れてしまったのでからかうのはやめておこう。

決して、視界の端で揺れるポニーテールが一瞬止まったからではない。

比企谷小町と入力を終えた携帯をしまいながら、身震いしそうになるのを堪える。

 

「じゃあ小町ちゃんも大志くんも、4月からよろしくね」

 

「よろしくでーす。また近いうちにお茶でも♪」

「は、はいっす!」

 

そう言ってそれぞれ食事取りに行った二人を見て、わたしもそろそろ何か食べようかと思い始める。

 

それにしても小町ちゃんの最後の流し目は…やっぱり気づかれてる、もしくは探りを入れられているのかも。こりゃ色々と吐かされるのも時間の問題かなぁ…。

 

「恐るべし15歳…」

 

そう呟いてみたが、実際小町ちゃんに知られた方がわたしとしてもやりやすいのかもしれない。うまくいけば先輩に一番近いところからの援護射撃も見込めるかも♪

…って、小町ちゃん結衣先輩や雪ノ下先輩とも仲いいからそれは無理か…むぅ。

 

その時、不意に奉仕部のドアが開けられた。

 

 

   × × ×

 

 

ついに魔王が降臨したか…。

知っていたとはいえ毎度身構えてしまう来客に対し、ついそんな感想が漏れてしまう。

 

雪ノ下陽乃。彼女は底が知れない。

何を考え、何をするか、想像が及ばないことほど怖いものはない。

 

普段の俺なら、他人の言葉にそれほど焦ったりすることなどないのだが、雪ノ下陽乃は明らかに異質だった。

からかっているのか、忠告しているのか、ふざけているのか、本心なのか。毎度反応に困るのは、彼女が底の見えない目の奥で何を考えているのか、その目には何が見えているのか。

そしてそのつかみどころのない言葉はいつも、俺が無意識のうちに悩んでいることに対して、あまりにもまっすぐに突き刺さるのだ。

言うなれば、核心を突いている。だから毎度彼女の言葉に振り回されることになる。

 

しかし今日は…

 

「やっはろー、比企谷くん」

 

「どうも、お久しぶりです」

 

相変わらず覇気のない俺の声だったが、はじめて雪ノ下陽乃の目を出会い頭に受け止めることができたと思う。

いつもなら警戒の色を示して視線を外しうろたえる俺が普通に挨拶を返してきたことが意外だったのか、雪ノ下陽乃はほんの少し驚いたような顔をした。

 

「ありゃ、何かいいことでもあったのかなぁ? 比企谷くん」

 

「そりゃあもう、小町が受験合格したもんですから。自分の時より喜んでますよ」

 

「なーんだ、相変わらずだね」

 

「俺の妹愛は、いつまでも変わりませんよ」

 

軽口の応酬。いつもと同じように、掴めない相手に一方的に掴ませないようなやり取り。こちらからは見えないのに相手には見えるという状況ほど怖いものはない。

 

それでも目の前の完璧悪魔超人はいつも、まるで初めからわかっていたような顔で踏み込んでくる。

 

「変わらないことがいいこともあるけど、いつまでもそのままってわけにもいかないものだよ?」

 

本当にこの人は…。

思えばずっとそうだったのだ。俺が目を逸らし…いや、目を向けられることを避けていた所を、無遠慮に、不器用に、真っ直ぐ射抜いていた。

しかし今日は、今の俺は、その視線を掻い潜るような真似はしない。できない。

大事な部分を暈した言葉は彷徨うようで、しかして真っ直ぐに向かってくる。

だから俺も、暈した言葉はそのままに、真っ向から迎え撃つ。

 

「成長しますからね。気持ちは変わらずとも、関係は変わらずとも。…変わる何かはありますよ」

 

するとまた、驚いたような、何か言いたげな顔になる。

しかしその口が開かれる前に、横手から声がかかった。

 

「姉さん、時間はちゃんと伝えたはずでしょう?」

 

「もう、雪乃ちゃんてば細かいんだから」

 

そんな姉妹のやり取りが始まる。

 

「姉さんが自由すぎるのよ…。それより、城廻先輩にはもう声はかけたのかしら」

 

「さっき来たところだからまだだよ。ちょっと比企谷くんとお喋りしてたの」

 

姉の視線に合わせてこちらを見た雪ノ下は、

 

「あら、いたの」

 

などと抜かしやがる。

 

「おいこら」

 

「小町さんに引っ付いていると思ったのだけれど」

 

完全にシスコン認定されているが、今に始まったことではないし事実である。

しかし真のシスコンたるこの俺は、妹の楽しむところを邪魔しないこともちゃんと弁えているのだ。

 

「腹減ってたから飯食ってたんだよ。それに、城廻先輩とも少し話したかったからな」

 

今日も今日とてめぐりんワールド全開のあのお方は、妹小町に匹敵する破壊力を秘めている。むしろ血縁関係にない分城廻先輩に軍配が上がりかけるまである。上がらないが。

そんな先輩とも、卒業してしまえば会えなくなるわけで、積もる話もあるというものだ。

 

「食べ過ぎて主賓の取り分がなくなるのだけは勘弁してちょうだいね」

 

「さすがにそこまで食わん。…それにしても、相変わらず恐ろしいなお前の料理は。毒盛られたら気づかず完食して安らかに眠るまである」

 

「それは褒め言葉として受け取っていいのかしら」

 

「一応褒めてるつもりだ」

 

「そう。もう少し素直に言えないのかしら。あなたも相変わらず捻くれてるわね」

 

そんないつも通りのやり取りが始まったのだが、隣で聞いていた雪ノ下さんはまたも驚いた顔をする。

なにかおかしなことを言っただろうか。雪ノ下と顔を見合わせるが、特に思い当たるところはない。

しかし例に漏れず表情から何も読むことができない姉ノ下さんは、何か一方的に納得したようだ。

 

「へぇ、なかなか面白いことになってそうだね」

 

「…何がですか?」

 

「もう、わかってるくせに。…ありゃ、もしかして自覚ないとか? けど比企谷くんは、こういうの敏感なはずだよね」

 

「なんのことだか。もう少しわかりやすくお願いしますよ」

 

「わたしも捻くれてるって? 女の子にそんな怖い顔しちゃだめだよ比企谷くん。それじゃ、めぐりと少し話してくるから。後でゆっくり聞かせてね、雪乃ちゃん」

 

そう言って雪ノ下の方を一瞥して、窓際の集団へと向かっていった。

 

「相変わらず、さっぱりわからん」

 

「そうかしら? だとしたらあなた、よっぽどね」

 

…え?ゆきのん今のわかったのん?

どうやら八幡レーダーが鈍っていただけのようですね。察するのは得意だったはずなのだが。

 

「けど、あなたが気にすることではないわ」

 

そう言って雪ノ下も、姉の後を追うように輪に加わった。

 

 

   × × ×

 

 

教室の中から楽しげな声が漏れ聞こえるなか、わたしと茉菜はまだ段ボールを被っていた。

いろはが中学生となにやら話しているのを双眼鏡で見ていると、隣の茉菜がわき腹を小突いてきた。

 

「ね、ねぇ、だれか来よるんやけど…」

 

「え? …あ、ほんとだ」

 

茉菜に言われるまま視線を入口の方に向けると、そちらへ向かって真っすぐ歩いてくる人影が見えた。

その歩く様は、隠し滲み出るような品があり、それでいてどこか力強さすら感じられる足取りだった。

 

「きれいやね、あの人。誰なんやろ…?」

 

「確かに、中にいる人たちとはまた違った感じの美人さん…だ、ね」

 

視線を足元から顔に移していったわたしは、最後まで言い終わる前に言葉を詰まらせてしまった。

そして、おそらくみっともなく呆けているであろう自分の顔を想像しながら、静かに口を開く。

 

「な、なんで…あの人がここに…?」

 

「どしたん? ねえチサちゃん」

 

急に動揺しだしたわたしを不審に思った茉菜が、わたしの肩を小さく揺らしながら訪ねてくる。

 

「あの人、知り合いなん?」

 

知り合い。

それをどう定義するかにもよると思うが、わたしはあの人を知っている。言葉を交わしたこともある。

交わした、と言えるのかは実に微妙なところだが、以前あの人とははっきりと対峙したことがあるのだ。

 

教室に入っていくその顔を見ていると、自分でも気づかないうちに心拍が跳ね上がり、息が荒くなっていた。

わたしは今、どんな顔をしているのだろう。自分でもわからない。あの人に対してどんな感情を抱いているのかも分からない。

いつになく張り切って血を送り出している自分の心臓を押さえつけるように、胸の少し左側を強く抑える。

頭の中に直接心音が響いてくるかのように、音が大きくなっていくのを感じる。

このままここにいたら、わたしはきっと”また”おかしくなってしまう。そう思った。

 

「ま、茉菜、今日はもう帰ろう?」

 

「えー、どしたん急に?」

 

「いやー、ほら、料理見てたらお腹すいてきちゃったし。茉菜もこんなんじゃお腹いっぱいにならないでしょ?」

 

そう言って手に持ったスティック状の携帯食料を見やる。

 

「まぁ確かにそうやけど…形から入るって言ったのはチサちゃんやんかー」

 

そう言って少し頬を膨らませた茉菜だったがそれとほぼ同時に自分のお腹が鳴ったことにより、このまま引き上げることに反対できなくなってしまった。

茉菜と話しているうちになんとか落ち着きを取り戻したが、今はとりあえず早くこの場を離れたい。

 

「じゃあ、ごはん食べに行こっか」

 

体の訴えに素直に応じ、すでに食事気分になっている茉菜が段ボールをから出て歩き出した。

そんな現金な友人の背中を追って、わたしも段ボールから離脱したたのだった。

 

 

   × × ×

 

 

テーブルの上の料理も各々の胃袋に消え、一色から閉会の一言が告げられてからしばらく話していたみんなも、半刻もしないうちに三々五々と帰っていった。

 

3月も中旬になるとこの時間は過ごしやすいものだ。

しばらく歩くと西の空に朱がさしてくる。

 

奉仕部の面々が片付けを進めるなか、俺はというと昇降口を出て校門へと歩みを進めていた。

目的地が視認できる距離まで近づいたとき、好んで見慣れたくはないと思っていた後ろ姿を見つけ、少し身構える。

意識して抑えた足音に彼女はさも当然のように反応すると、これまた見慣れた、内の読めない表情で振り返る。

その所作はあくまで洗練されていて、ただ振り返っただけだというのに、優雅さすら感じるのだ。

さらにその挙動にはどこか冷めたものを感じるのが常であるのだが、今日の彼女からはそれが窺えない。

今日一日、何かが違う、と思っていたのは気のせいではないだろう。彼女もまた、何か違う雰囲気を感じ取っていたのかもしれない。

 

「こんな時間に女の子を待たせるのは感心しないよ、比企谷くん」

 

思ってもないことを言うのは、いつも通り。

そしてこちらもいつも通り中身のない会話に応じることにする。

 

「こんな時間じゃなくとも、あなたをどうにかできる人なんていないと思いますけど」

 

「ひどいなあ比企谷くん、これでもれっきとした女の子だぞ?」

 

そう言って表情を作るが、そこには心を感じない。

自分が本当にそう思っているかなど、彼女には関係ないのだ。

 

「それで…なんの御用でしょうか」

 

これ以上同じように言葉を交わしても、そこからは何も生まれない。

彼女もそんな会話をするためにわざわざ俺を呼び出したわけではないだろう。

 

「つれないなあ、比企谷くん」

 

「俺も今日は逃げたりしませんから。そんな遠回りしなくても大丈夫ですよ」

 

そして俺は、彼女の目を見る。闇を覗くような、それでいて鏡のようなその瞳を。

 

「へぇ…やっぱり」

 

俺の言葉を聞いた雪ノ下陽乃は、つまらなそうに呟く。

しかしその目と口は、力無くも笑っていた。

 

時刻は5時半。

逢魔が時とはよく言ったものだ。

 

夕日を背にした彼女は、疲れ果てた悪魔の嗤いを思わせた。

 

 




こうして唐突に現れる僕の駄文を未だに読んでくださる方々には感謝しかないですね…。

おせーよ!などの感想や誤字・脱字の報告も心してお受けします!


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