二度目の人生は長生きしたいな (もけ)
しおりを挟む

ありきたりな神様転生プロローグ

「さっさと目覚めぬか」

 

 突然の頭部の痛みで意識が覚醒する。

 

 状況が飲み込めず、とりあえず体を起こそうとするが動かない。

 

 仕方ないので視線だけ上げると目の前には小さな足の裏と白くスラッとした足、そして白地に水色ライン縞パンが見えた。

 

「起き抜けから変態行為か。元気な事だの」

 

 声につられて視線をさらに上げると、そこには薄い金髪を腰まで伸ばした、成長したら間違いなく絶世の美女になるであろうという顔立ちの10歳くらいの少女がこちらを見下ろしていた。

 

「絶世の美女か。まぁ当然だの」

 

 と、満足げな表情。

 

 あれ? 私、思っただけでまだ口に出していませんでしたよね。

 

「その通りじゃ。しかし儂は貴様の考えが読めるからの。悪いか一方的に話させてもらうぞ」

 

 考えが読めるとおっしゃいましたか?

 

 それはまたなんとも……プライバシー侵害もここに極まれりといった感じがしますね。

 

 そして縞パンがお似合いのこちらの美幼女はどちら様でしょう?

 

 例えるなら化物語に出てくるミスタードーナッツを「パないの」と言ってリスペクトしている某吸血鬼さんにそっくりなのですが、やっぱり血を吸うと中学生バージョンや成人グラマラスバージョンとかにパワーアップされるのでしょうか。

 

 そこはかとなく見てみたい気もしますが、血を吸われるのは勘弁願いたいので自分から言っておいてなんですがここはスルーさせていただきましょう。

 

 話を戻して、さてここはいったい何処なんでしょう?

 

 視界が美幼女で固定されてしまっているのでサッパリなのですが。

 

 いえ、これはワザと見ているわけではなくてですね。

 

 体が動かなくて仕方なくです。

 

 他意はありません。

 

 と言うわけで、なぜ体が動かないでしょうか?

 

 かろうじて視界を動かす事は出来ますが他はピクリとも反応してくれません。

 

 こうして自分の置かれている状況に頭が回り出すにつれて、逆に混乱が増していきます。

 

「全部説明してやるから少し落ち着け。うるさくてかなわん。よいか、貴様は死んだ。車にひかれそうになっていた子供を助けて代わりにひかれたのじゃ」

 

 言われた瞬間、頭の中にその時の映像が再生される。

 

 あぁ、そうでした。

 

 学校からの帰り道、近所の公園の前を歩いていた時、走ってきたトラックの前にボールを追いかけてきた子供が飛び出してきて……。

 

「そういう事じゃ。安心せい。あの子供は助かった」

 

 そうですか、それは良かったです。

 

 これで二人とも死んでいたりなんかしたら骨折り損のくたびれ儲け、いえ、丸っきり無駄死にですからね。

 

「動揺したりせんのだな」

 

 あ~~、そうですね~~。

 

 言い方は悪いですが見方によっては自業自得みたいなものですからね。

 

 それにやってみたい事は色々ありましたけど、幽霊になって化けて出るくらいどうしてもやりたかった事があったわけでもないですから。

 

「うむ、だがの。貴様のその行動は実は運命によって決められていたものじゃったのじゃ」

 

 運命……ですか?

 

「そうじゃ。しかも貴様のと言うより相手の子供のと言った方が正しい。あの子供はの、自分の代わりに死んでしまった貴様に恥じぬ人生を送ろうと将来医者になり多くの人の命を救う事になる。貴様の死はそのための切欠として用意されたものじゃったのじゃ」

 

 はぁ、そうなんですか。

 

 いきなりそんな事を言われても正直実感が湧かないんですが、自分の命が役に立ったって事は分かりました。

 

 父さんと母さん、それに妹、友達には悲しい思いをさせてしまうでしょうが、そこはまぁドンマイと言う事で何とか割り切ってもらいましょう。

 

 人助けで死んだのならそこまで無念と言う事もないでしょうし。

 

「貴様、やけにドライだの。逆に心配になってくるぞ」

 

 そうですか?

 

 これも性分なもので。

 

「まぁ、よいわ。話を先に進めるぞ。貴様の家族に対しては何もしてやれんが、運命の被害者である貴様自身には詫びとして他の世界への転生といくつかの特典を授ける事になっておる」

 

 転生に特典……何か聞いたことあるテンプレ展開のようですが。

 

「あぁ、貴様の国の時代ではなぜかバレてしまっているが、これは人類が生まれてからずっと続いているシステムなのじゃ」

 

 それはまた壮大なスケールのお話で。

 

 神様って随分とお優しいんですね。

 

「神にも色々いるがの。まぁ、それはいい。ちなみに転生先は決まっておるし、特典も状況と貴様にあったものを既に用意しておる」

 

 あ、選ばせてはもらえないんですね。

 

 王の財宝(ゲートオブバビロン)とか一方通行とか憧れてたんですが。

 

「そうじゃ。世界を壊すような力を認めてやるわけにはいかんのでの。ただ、その代わりと言っては何じゃが、その世界基準でじゃが裕福な生活、支配階層の出身の保証はしてあるぞ」

 

 それはそれで責任とか大変そうですが、貧乏よりかは断然いいので助かります。

 

「それでは、そろそろ行ってもらおうかの」

 

 もうですか?

 

 お急ぎなんですね。

 

「いつまでも儂の縞パンを見ていても仕方なかろう? それとももっとフミフミして欲しいのか?」

 

 そう、実は最初からずっと見た目年齢10歳の美幼女に頭をフミフミされていたのです……って、自分にそんな特殊な趣味はありませんよ?

 

「そうなのか? 前に来た奴に転生はいいからと言ってお願いされたのじゃが」

 

 その方は世間一般で言われる所のドMでロリコンの変態さんです。

 

 自分は……強いて言えばSでしょうか。

 

 怒られると分かっていても、必要以上に構ってしまって飼い猫に引っ掻かれるタイプですね。

 

「ふむ、なかなかに性質の悪い、いや、ある意味いい性格をしているようじゃの。まぁ、よいわ。では、そろそろ行くぞ。第2の人生、楽しむがよい」

 

 その言葉を最後に意識は沈んでいった。

 




現在H×HのSSをメインに進めているので、こちらは息抜き感覚でマッタリ行きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5歳、現状確認と行動開始

 いや~~、転生早々死ぬかと思いました。

 

 え? あぁ、いきなりそんなこと言われても困りますよね。

 

 説明しますと5歳の誕生日からこっち、一週間にわたってインフルエンザ並みの高熱で倒れていました。

 

 しかも表面上の症状としてはただの熱なのですが、実際はそうではなくて、前の記憶やら何やらその他もろもろマルッとひっくるめて頭に送り込まれていました。

 

 いえ、強制的に思い出させられたと言った方が正しいのかもしれません。

 

 頭の中の事ですから証拠やら証明やらと言われても困るのですが、感覚としては一週間前の自分と今の自分に齟齬は感じられません。

 

 体の外見は変わってしまってもその中身、この場合は魂でしょうか? それは同じだったって事なんでしょう、きっと。

 

 これぞまさしく転生ですね。

 

 え? よく分かない?

 

 そうですか……どう説明したらいいですかね。

 

 記憶やその時の感情なんかを脳内で追体験する事によって同じように成長したって言うのがイメージに近いでしょうか。

 

 その証拠に、生まれ直してからの5年間分の記憶や感情もしっかりとありますし、齟齬もありません。

 

 分かり易い例えを挙げると、お父様とお母様、ジュリア姉様に対して家族としての愛情を感じているということです。

 

 もちろん前世の家族に対しても変わらず愛情を感じていますが、そうですね……それはそれ、これはこれと言いましょうか、単純に家族が増えた感じですかね。

 

 まぁ、あちらの家族にはもう会えないわけですが。

 

 自分としては死別をしたわけではないので、遠い地で元気にやっている事を祈るばかりです。

 

 さて、根底が違うのならその後の成長も違うだろうという野暮なツッコミは聞きません。

 

 前の自分と今の自分、情報量で言えば圧倒的に前の方が多いのですからメインになってくるのはおのずと前という事になるのは自然な事でしょう?

 

 なんて、それらしい理由を考えてみた所で結果としての自分が今ここにこうしている訳ですから過程は無視しても問題ないでしょう。

 

 その過程のせいで、頭ん中はグルグルのグチャグチャ、熱で間接が痛い怠い動けないという転生早々死ぬかと思った一週間を過ごした事も、まぁ過ぎてしまえば些細な事です。

 

 もうちょっと優しい方法はなかったのでしょうかとは思いますけど。

 

 せめて半分が優しさで出来ている某解熱剤くらい……。

 

 水の秘薬と言うのでしょうか? そういったこちらの薬は飲ませてもらったのですが残念ながら効果は芳しくなく……。

 

 まぁ何とか無事にダウンロード? インストール? 出来たのですから文句を言うのは罰当たりなのかもしれません。

 

 さてさて、ではさっそく死にそうになりながら思い出した情報と現状のすり合わせをしておきましょう。

 

 まず初めに、ここはどうやら『ゼロの使い魔』の世界みたいです。

 

 魔法が使えて、ドラゴンやエルフ、精霊なんて不思議生物がわんさかいるファンタジーな世界で、でも他の作品と一線を画すように地球から銃や戦車、戦闘機なんてものが送り込まれているトンデモ設定なライトノベルの中の1作品ですね。

 

 ちなみに、そう考えた理由は単純に固有名詞が一致したからと、杖による魔法とその発動ワード。

 

 ハルケギニア、トリステイン、アンリエッタ姫、レビテーション、フライ、錬金などなど。

 

 よくある二次創作の様に、似て非なる世界かどうかは確認のしようもないですが、まぁ本物だろうと偽物だろうと世界観が同じなら認識としては問題ないでしょう。

 

 原作をしっかり覚えているわけではないですが、アニメ4期を全部見て二次創作も読むくらいには好きな作品だったのでちょっと嬉しいです。

 

 『かなり』じゃなくて『ちょっと』と言った理由は、医療や食事、娯楽といった文化レベルの低さや、戦争といった死亡フラグの多さがマイナス要因になっています。

 

 サービスなのか何なのかアンリエッタ姫と同い年の様なので、このまま行けば動乱の時代にまっしぐらでしょう。

 

 某苦労学生の口癖を真似て「やれやれ」と肩をすくませて言いたくなる気分です。

 

 まぁ基本的には他人任せで、虚無の使い手にして物語のヒロインであるルイズ嬢とその使い魔『神の左手』ガンダールヴにして主人公のサイト少年が何とかしてくれるだろうと高を括っていますが、モブキャラであろう自分の将来については不安が募ります。

 

 戦争が起こった場合、貴族である以上参加は避けられないでしょうし……。

 

 原作メンバーについては友誼を結ぼうとは思いませんが、じゃあ全く関わらないのかと聞かれればそれはそれで寂しいと思ってしまう俗物な自分。

 

 別に一緒にアルビオンに行ったり、水精霊騎士団に入りたいとは思わないのですが、出来れば原作キャラをちょっと遠くからでもいいから見ていたいと思うのは人情というものでしょう。

 

 特にエルフ耳でサイト少年に「胸革命(バストレボリューション)」とまで言わしめたティファニア嬢にはぜひ一度会ってみたいものです。

 

 煩悩9に知的好奇心1という割合でしょうか。

 

 ツンデレより素直&純真系、レモンちゃんよりメロンちゃんです。

 

 さておき、次は自分と家族のことを少々。

 

 今生の私はトリステインの伯爵アルテシウム家の長男カミル・ド・アルテシウムとして生まれました。

 

 父のダニエルは濃い金髪に童顔糸目でひょろりとした体形。

 

 たまに見開かれる瞳の色は鳶色ですかね。

 

 ホントにたまにしか見られませんが。

 

 糸目の人って、ちゃんと見えているか心配になります。

 

 お父様は悪い人ではないんですが、何よりも自分の研究を優先するタイプです。

 

 とは言ってもどこぞのマッドサイエンティストというわけではなく、領民が困っているのをチャンスと捉え役に立ったり立たなかったりする物を押し付けては試させるといった感じで、領民には呆れられながらも嫌われてはいないみたいです。

 

 メイジとしては土のトライアングルと水のドット。

 

 やっぱりこの世界で科学者と言えば土メイジですよね。

 

 錬金、仕組みは謎ですが汎用性が高く素晴らしい魔法です。

 

 母のイレーヌは腰まである薄い金髪に碧眼。

 

 優しい微笑みをいつも浮かべていて、これぞ貴族といった雰囲気のとても綺麗で絵になる人……なんですが、その実、裏のボスと言いますか、実権は全て掌握していらっしゃいます。

 

 たまに父に見せる微笑みながらプレッシャーをかける姿は傍目で見ていても恐ろしいの一言。

 

 あの眼力はぜひ見習いたいものです。

 

 メイジとしては水・風・土のラインと万能の才能の持ち主。

 

 ソツないお母様らしいです。

 

 10歳年上の姉のジュリアは外見こそ母親似ですが、誰に似たのかポジティブでアクティブでエネルギッシュで楽しい事が大好きなお転婆さんで周りを振り回すタイプ。

 

 自分にとっては歳が離れているのによく一緒に遊んでくれる優しいお姉ちゃんですかね。

 

 でも今年から魔法学院に通っているので、残念ですが今は家にいません。

 

 お姉ちゃん子の自分としては寂しい限りですが、我儘を言ってどうにかなる事でもありませんし長期休暇を心待ちにしておきましょう。

 

 メイジとしては土のライン。

 

 入学したてでラインと言うのはかなり優秀な部類なのではないでしょうか。

 

 この先、お父様みたいに土メイジとして突出するのか、お母様みたいに万能型になるのか自分の事の様に楽しみです。

 

 ちなみに私の容姿も母親似で、薄い金髪に碧眼で自惚れではなくそこそこ顔も整っています。

 

 まぁまだ5歳ですからこの先どう転ぶかは分からないですが。

 

 5歳までの性格は、引っ込み思案とまではいかないまでも押しは弱い方で、ジュリア姉様に連れ出される以外は外で遊ぶよりも読み書きのできるメイドと一緒に図書室で本を読んでいる事が多い子供でした。

 

 そのおかげで年齢以上に文字が読めるのには正直助かりました。

 

 しかし読んでいた本が『イーヴァルディの勇者』を始め、おとぎ話が中心だったので知識としてはあまり役に立ちません。

 

 その辺はおいおい情報収集していきましょう。

 

 今後の方針ですが、アンリエッタ姫と同い年という事は我らがツンデレヒロイン、ルイズ嬢の1つ上という事になります。

 

 ルイズ嬢が憐れなる主人公サイト少年を使い魔として召喚するのは彼女が16歳、魔法学院2年目の春の事ですから入学自体は15歳。

 

 つまり私が16歳の春に入学すれば同学年になれるはずですね。

 

 そこから逆算するとサイト少年が召喚されるまでの準備期間は今から12年。

 

 いつ何に巻き込まれても生き残れる様に、それまでに出来るだけ魔法は使える様になっておきましょう。

 

 後はベタですが領地経営ですね。

 

 自由になるお金は多いに越した事はないですから。

 

 二次創作知識は伊達ではないという事をお見せしましょう。

 

 まぁ、せっかく2度目の人生なんですから今度こそ長生きできる様に頑張っていきましょう。

 




ゼロの使い魔のSSを書くにあたって、ハルケギニアとヨーロッパの違いって考えさせられるポイントだと思うんですよ。
船を使って海には出れず、砂漠化とエルフによってアジアにも行けない。
しかし海はまだしも砂漠化前ならアジア方面と交易を行っていたかもしれない。
フッと思い付く所だとシルクや茶葉、漢方に見られる香辛料など。
その辺をどう作品に反映させるのか。
史実では烏龍茶を運ぼうとして発酵が進んでしまい紅茶になったとかなんとか……。
それまではハーブティを飲んでいたのでしょうね。
ファンタジー世界なんでぶっちゃけ何でもアリですが、その辺のバランスが考えていて面白い所です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

続5歳、近衛師団の騎獣って使い魔とは別なんですよね

 記憶が戻ってから半年ほど経ちました、カミル・ド・アルテシウム5歳です。

 

 午前中は魔法の訓練、午後は貴族として必要な座学の勉強や乗馬やダンス、バイオリンの練習など意外と多忙でありながら慣れてしまえばそれはそれで変わり映えしない平和な日々を送っています。

 

「お母様、おはようございます」

「おはよう、カミル」

 

 朝食を食べに食堂に行くとお母様だけが紅茶を飲んでくつろいでいました。

 

「お父様は」

「先ほど就寝したようですよ」

「そうですか」

 

 お父様は研究にのめり込んでしまうとしばしば昼夜逆転の生活になってしまいます。

 

 まぁ研究者なんてものはどこの世界でも同じという事なんでしょう。

 

 お母様は既に食べ終わってしまっているようなので、私もさっさと食事をしてしまいしょう。

 

「ところで、カミル」

 

 私が食べ終わるタイミングを見計らってお母様からお声がかかります。

 

「なんでしょう、お母様」

「魔法の訓練、無理はしていませんか」

「無理、ですか?」

「あなたの気持ちを尊重して厳しい方に頼みましたが、無理だと思ったら断ってもよいのですからね」

「い、いえ、大丈夫です。まだ系統魔法は習っていませんが、コモンマジックなどは自信がついてきた所です」

「そう……。でも体を壊したら元も子もないですからね」

「はい。気を付けます」

 

 心配そうな表情の優しいお母様と苦笑い全開の私。

 

 魔法を習うに当たって、

 

「お父様、もし戦争が起こったら私は貴族として戦場に出なければいけないんですよね」

「そうだな。貴族には国を守る義務があるからな」

「私は死にたくありません」

「怖いのか」

「はい、ですからなるべく厳しい先生をつけていただけないでしょうか。私は生き残る強さ、戦場に出ても家族の元に無事に帰って来られるだけの強さが欲しいのです」

「そうか……。分かった」

 

 子供がまだ漠然とした死に恐怖を覚えるのは不自然ではないと思い、うまく願い出てみました。

 

 そして両親が選んでくれた先生がグレゴワール教官。

 

 現役時代には中央のトリステイン魔法衛士隊の一つ『ヒポグリフ隊』に属していたエリートで、お父君が死去されたのを機に地元であるアルテシウム領に戻り結婚。

 

 今は当領の治安維持部隊の副官をなされている方です。

 

 一応色々と補足しておきますが、トリステイン魔法衛士隊と言うのは王家と王城を守る近衛隊で所謂花形職、エリートさんですね。

 

 領地持ちの方はほとんどいませんが、魔法の実力は折り紙つきの貴族の子弟で構成されており、血と魔法の腕を重視するトリステイン王国においてはお婿さん候補の最有力です。

 

 魔法衛士隊は教官の属していたヒポグリフ隊を始め、グリフォン隊、マンティコア隊の三部隊からなっており、部隊名にもなっているモンスター、もとい幻獣を騎獣としているのが特徴です。

 

 と言っても、皆さん名前だけ聞いてもこの三つの幻獣の区別がつかないと思います。

 

 私ですか? 私はアチラでwikiさんとお友達だったのでその辺の知識はバッチリです。

 

 ですがコチラとアチラで齟齬があるかもしれませんので、一応図鑑で調べてみました。

 

 グリフォンは上半身がワシで、下半身がライオン。

 

 ライオンはあのタテガミがチャーミングなのに下半身だけなんて勿体ないと思うのは私だけでしょうか。

 

 ヒポグリフも上半身はワシですが、こちらの下半身は馬。

 

 地球の伝承ではオスのグリフォンとメスの馬との間に生まれた、捕食者と非捕食者という有り得ない掛け合わせの幻獣とされていたと思いましたが、こちらではそういった伝承はなく、元からそういう生き物みたいです。

 

 真っ直ぐ走るだけなら魔法衛士隊で最速。

 

 しかし残念ながら小回りは利きません。

 

 馬ですからね。

 

 仕方ありません。

 

 ですが、風竜には敵いませんが、逃げ足が速いのは素敵だと思います。

 

 最後のマンティコアですが、ベースがライオンと言う事を除くと地球の伝承とははっきり言って別物。

 

 ただし、個人的には「良い意味で」と注釈を入れさせてもらいましょう。

 

 人面だった顔はライオンに、コウモリの様な皮膜の翼はワシに、サソリの様な毒針の尾は蛇の頭部へと変わっています。

 

 人面のライオンとか不気味過ぎますよね。

 

 あ、でも顔が人間からライオンに変わっても人語は話せる様になるそうです。

 

 それだけ知能が高いと言う事なんでしょうが、これは人によってはデメリットではないでしょうか。

 

 想像してみてください。

 

 可愛がっていたペットにある日突然「ウザい」「撫でるの下手くそ」「話しかけないでください。あなたの事が嫌いです」と言われてしまうシーンを……。

 

 私みたいについついちょっかいをかけてしまうタイプのアナタ。

 

 他人事ではないですよ。

 

 さておき、三つの幻獣について説明したわけですが、地球の伝承との齟齬は見られますが、『ゼロの使い魔』の知識との齟齬は見られませんでした。

 

 これには正直一安心です。

 

 今の所、この世界が『ゼロの使い魔』の世界だと仮定していますが、いつどこで思わぬ齟齬が発生するか分かりません。

 

 油断はできませんが、私みたいなモブキャラはなるようにしかならないのもまた事実なので、まぁつまりは平常運転ですね。

 

 ぼちぼち行こうと思います。

 

 さて、教官の訓練ですが軍隊上がりの上にスパルタで実践的なものですから、かなりハードです。

 

 まずは準備運動がてら訓練場をランニング。

 

 何周とは決まっていないので、息があがり膝が笑っても

 

「甘ったれるな。ここは戦場だ。立ち止まったら死ぬぞ」

 

 と限界の先を要求してこられます。

 

 のっけから軽く拷問ですね、はい。

 

 水分補給と息を整えるだけの休憩を挟んでからコモンマジックに移りますが、ライトやロック、アンロックといった生活を便利にする魔法は自習任せとなっていて、敵の目や耳を探る『ディテクトマジック』、メイジには効きにくいですが一般兵である平民には絶大な威力を示す『念力』、遠距離攻撃の基本『マジックアロー』、近接戦の『ブレイド』、これら4つの魔法を集中的に鍛えられます。

 

 とは言っても習い始めてまだ半年、ドットメイジにもなっていない私の精神力なんてたかが知れているので、1時間もしないうちに魔法は打ち止めになってしまいます。

 

 しかしそれで休憩できるのかと言うとそうではなく、回復するまでは座学で街や馬車の移動中に襲撃された時の対処法や戦場での簡単な戦術などを学びます。

 

 はい、全く持って無駄がありません。

 

 そして最後は決まって、空を飛ぶ『フライ』の練習。

 

 フライは正確には風系統のドットスペルに該当しますが、壊滅的なレベルで適正がない限りドットに上がっていなくても発動だけなら出来ます。

 

 フライは発動中に他の魔法が使えないという欠点がありますが、逃げるという一点においてとても優秀な魔法です。

 

 高度を上げてしまえば平民だろうとオークだろうと怖くありませんし、しかも回避方向が360度あるのでメイジからの攻撃魔法も地上にいるより回避し易くなります。

 

 と言うわけで、生き残る事を最優先に考えている私にとってかなり優先度の高い魔法と言えるでしょう。

 

 ちなみに練習方法はひたすら教官の手抜きに抜いた攻撃魔法を避けまくるというもの。

 

 まだ早く飛べない私は撃墜されない様に必死で飛び回ります。

 

 正直5才児にこれはないだろうと思いますが、将来の死亡フラグを考えれば頑張るしかありません。

 

 作中だとメインキャラは死にませんが、モブキャラの私はどうなるか分かりませんからね。

 

 ちなみにマジックアローとブレイドは自分の属性の色が出るのですが、私は水属性を示す濃いブルーでした。

 

 お父様やジュリア姉様の様に土属性で錬金ざんまいも魅力的だったのですが、生き残る事を考えれば治癒に秀でた水属性は大歓迎です。

 

 回復要員なら戦場では後衛で守ってもらえますしね。

 

 ただ魔法の素質は遺伝するそうなので、土属性を得意とするお父様と万遍なく地水風の三属性が使えるお母様から生まれた私は水属性をメインに土か風の属性が使える可能性があると言えます。

 

 先に挙げたように土属性のスペルである錬金には多大な憧れがあるので、出来たら土属性の才能が開花して欲しいと思っていますが、こと戦闘において風属性の攻守に優れた利便性の高さはそれはそれで魅力的です。

 

 それに何と言っても風属性の適正が高ければフライでの逃げ足が速くなりますからね。

 

 逃げるのが前提かよって?

 

 当然ですけど何か?

 

 名誉?

 

 なんですかそれ、美味しいんですか?

 

 全ては命あっての物種ですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この半年で、アルテシウムの領地がどんな所か大雑把にですが分かりました。

 

 アルテシウム領はトリステイン北部の国境沿いにある領の一つで、森を切り開いて開拓した歴史を持ちます。

 

 一応ゲルマニアとの国境に面していると言えなくもないのですが、ここより北の地域、ハルケギニア北部は深い森に覆われていて当然ゲルマニア側には街や村もなく、注意するのはもっぱら森からやってくる亜人が主となっているようです。

 

 ぶっちゃけると田舎ですね。

 

 まぁその分治安も良く税も他と比べて低い方ですし、住みやすい所ではないでしょうか。

 

 さてさてそんなのどかでのんびりしたスローライフを満喫できるアルテシウム領の特産品はと言いますと、王宮や晩餐会などに重宝され、他国にも輸出されている高級ワインを始め、ブルーベリー、ラズベリー、クックベリーなどのベリー系ジャム、松脂から精製したロジンなんかが挙げられます。

 

 えっ? あぁ、いきなりロジンと言われても馴染みがない人には分かりませんよね。

 

 ロジンと言うのはですね、端的に言うと滑り止めです。

 

 船の甲板に塗ったり、バイオリンなんかの弦楽器の弓に塗ったり、ちょっと変わった所だと手紙の封印なんかにも使われています。

 

 まぁそんな感じで、田舎だからこその特産品で勝負しているアルテシウム領です。

 

 聞いた話ではお父様はアカデミーに勤めていた際、今はもうお亡くなりになってしまっているお爺様に研究者としての実力を買われて婿養子になったんだそうです。

 

 政務や商売についてはお母様が取り仕切っています。

 

 女性のネットワークを上手く使っているんだそうですよ。

 

 さすがお母様。

 

 さて、そんなアルテシウム領ですが、いきなり新しい事を始めるのはハードルが高いので、まずは既存のモノに手を加えて行くのがベターだと思います。

 

 松脂の方はもう一つ必要なものがあるので、まずはお酒ですね。

 

 あまり子供のうちに目立つ行動を取るのは控えた方がいいとは思いますが、しかし熟成が必要なのものもあるので出来る範囲で今年から少しずつ動いて行こうと思います。

 

 と言うわけで色々作戦を考えてみたのですが、ここは自分の外見を活かし子供らしくおねだりするのがいいだろうという結論に達しました。

 

 なので、さっそくお父様の研究室に突撃いたしましょう。

 

 カミルいっきまーーす。

 

「お父様、お話があるのですが、今、大丈夫ですか」

「カミルか。あぁ、大丈夫だぞ。どうした」

「はい、ワイン用の葡萄の収穫がそろそろだそうですね」

「そうだな。今年も出来が良くて安心している」

 

 それは私にしても良かったです。

 

 不作じゃ頼みにくいですもんね。

 

「実験がしたいので良かったらワインと搾りかすを分けていただけませんか」

「……実験、だと」

 

 実験大好きっ子の琴線に触れましたね。

 

 しめしめです。

 

 糸目が若干開いていますよ、お父様。

 

「はい、新しいお酒に挑戦してみたいのです」

「ほほう」

 

 顎に手をやり楽しそうな表情で、こちらに推し量る様な視線を向けてきます。

 

「で、できれば、お父様と一緒に出来たら嬉しいと思っているのですが……」

 

 はい、子供っぽさの演出も忘れません。

 

 と言うか、お父様。

 

 何ですかその鳩が豆鉄砲くらった様な顔は。

 

 親子の親睦を深めようとする子供に向ける顔ですか、それ。

 

 地味に傷つきますね。

 

「ふふ、そうかそうか、最近は研究ばかりでおまえに構ってやれてなかったな。よし、一緒にやるか」

「はいっ♪」

 

 よし、土メイジの協力者ゲットです。

 

 研究バカ(褒め言葉)なお父様ですが基本的には良い人なんですよね。

 

 良い父親かは別ですが。

 

「じゃあ、どういう実験をするか聞かせてもらおうか」

「えっとですね、この前教えてもらった蒸留器を使って、ワインからと搾りかすからをやってみようと思っています」

 

 この日のために事前に色々と聞いておいてあります。

 

「後、ワイナリーを見学させてもらった時に発酵の話をしてもらいましたが、ガスが発生している時に瓶詰をしてしまいシュワシュワ感が残るか、日数を色々変えて試してみようと思っています」

 

 私の説明を聞き終わると、お父様は先ほどよりも真剣な表情で私の話を吟味していらっしゃいます。

 

 ワインを蒸留したものはブランデー、搾りかすを発酵蒸留したものはマールまたはグラッパ、発酵中に瓶詰したものはシャンパンです。

 

 知識としては知っていますが、実際にやるには試行錯誤が必要だろうと覚悟はしています。

 

「面白そうだな」

 

 おぉ、何か悪い顔になっていますけど、研究者っぽいです、お父様。

 

「では」

「あぁ、私も本気で取り組んでみよう」

「やたーーーー♪」

「ふふ、さすが私の息子。おまえも将来は立派な研究者だな」

「はい♪ お父様の息子ですから」

 

 嬉しくて自然と笑顔になっている自分に気が付きます。

 

 あぁ、私はこの人を父親と思って愛しているんだなと実感が広がります。

 

 うん、悪くないですね。

 




地理的なものはねつ造設定です。
アルテシウム領の北側には広大な森が広がっています。
このまま何事もなければ快適なスローライフなんですけどねw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6歳、意味のない独り言

 天高く馬肥ゆる秋、カミル・ド・アルテシウム、6歳です。

 

 今年の葡萄の収穫を前に去年作ったブランデーとマール、シャンパンの試飲会をしています。

 

 ちなみにワインを作った際に残る搾りかすを集め発酵・蒸留して作られるグラッパは樽で熟成させる必要がないため去年の段階で既に味見してあったりしますが、ワインしか飲んだ事のない人達にはなかなか刺激的だったみたいです。

 

 舐めるように飲む様に言ったのに、いきなり煽(あお)ったおバカさんがむせてしまい大変でした。

 

 蒸留してあるんだからアルコール度数が上がってて当然だと言うのに……。

 

 ですが、まぁ概ね好評でした。

 

 今年は蒸留する際の火力や時間を変えて、味や香り、アルコール度数の違いでどれだけ差が出るかを確認する予定です。

 

 ちなみに試飲に使わなかったグラッパを使ってリキュールの作成も試してみたのですが、なぜか女性陣にのみ好評で、男性陣に受け入れられたのはミントだけという結果でした。

 

 やはりフルーツの甘いお酒は女性向けということですね。

 

 その際、お父様に「薬草とかミックスしたら体に良さそうですよね」と唆(そそのか)したら糸目が少し開いていたので、そのうち研究してくれるだろうと思います。

 

 西洋版養命酒、できますかね。

 

 まぁそんなわけで熟成組の試飲です。

 

 まずはワインを蒸留して作るブランデーから。

 

 違いを確認するために常温と冷やしたものを飲み比べます。

 

 あ、「冷やす」と簡単に言っていますが、冷蔵庫もない、簡単に氷も手に入らない世界ではなかなか困難な作業なんですよ。

 

 今回は樽から一旦瓶に移し封をして、井戸に沈めておきました。

 

 封もコルクではなく、わざわざ錬金して密閉です。

 

 非情に残念な事に私にはまだ、えぇ「まだ」出来ないので止む無くお父様に頼みました。

 

 日本なら小川の流れにでもさらしておく所ですが、日本ほど地形に高低差があれば川の水流が早く水温も低いのですが、いかんせん大陸の川ではそうはいきません。

 

 まぁ、常温よりか幾分マシと言った所でしょうか。

 

 そもそも流れる大地の距離自体が雲泥の差なのですから仕方のない事です。

 

 話を戻しましょう。

 

 みなさんの感想を誘導するために「良い香りですね」と先に言っておきますが、まだ1年ものという事もあって味が尖(とが)っていて香りもまだまだで微妙な空気に……。

 

 慌てて「ワインと同じで熟成させればまろやかになって厚みが出たり、香りも良くなりますよ」と子供らしからぬフォローを入れてしましましたけど、所詮は子供の意見、感触はあまり良くありませんでした。

 

 次はグラッパを樽で熟成させたマール。

 

 スッキリして鋭角に突き抜けるイメージのグラッパより、香りが強く口当たりがまろやかになったマール。

 

 これは性別に関係なく評価が分かれました。

 

 私はグラッパの方が好きですけど、まぁ好みですからね。

 

 とりあえずブランデーよりかは高評価でした。

 

 最後にシャンパン。

 

 厳密にはスパークリングワインなんですけど、そんな細かい所はどうでもいいですね。

 

 結果は大絶賛でした。

 

 まぁ味はワインなんですから当然と言えば当然なんですけど、炭酸が苦手な人もいますからね。

 

 でも初めてのシュワシュワ感をみなさん楽しんでるみたいで安心しました。

 

 コルク栓を抜く時のポンっていう音もいいですよね。

 

 結果をまとめると、

 

 シャンパン > グラッパ = マール > リキュール > ブランデー

 

 といった感じになりました。

 

 くっ、私はブランデー派なのに……。

 

 5年です。

 

 5年後、絶対見返してやりますっ!!

 

 でもまずは開発中止にならない様にお父様とお母様にお願いしに行かないといけません。

 

 少量生産でもいいから継続する事が大切です。

 

「お父様、お母様、お願いが~~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は少し戻って、緑生い茂る夏。

 

 外に出る際のお目付け役兼護衛役のオーギュストを連れて北の森に入ります。

 

 オーギュストはうちに代々仕えてくれている下級貴族の長男で、現在23歳。

 

 うちの常備軍、治安維持部隊に属している風のラインメイジさんです。

 

 いざという時は私を掴んで飛んで逃げていただく事になっています。

 

 三十六計逃げるに如かず。

 

 放置しては危険な人間を捕食する亜人、オークなどに遭遇しても無闇に戦闘行為には及びません。

 

 音に敏感な所も視界の利かない森において、風メイジは優秀ですね。

 

 今はそんな感じですが、いつか私も領主の跡取りの責任として討伐隊に参加しなければならない事は覚悟しています。

 

 ですが、今の私はまだまだ系統魔法もおぼつかない子供で、戦闘になれば足手まといになるのは火を見るより明らか。

 

 教官の座学でも、部隊の中に一人でも足手まといがいる場合の危険性は教えられています。

 

 と言うか、実力が追い付かないうちに出しゃばったりするなと暗に注意されていますね。

 

 これについては特に反論する気もないので全面的に賛成です。

 

 戦術的にどうこうと言うより、正直しなくていいなら喜んで他人に任せます。

 

 ヘタレと言われようと怖いものは怖いでし、私に反骨精神なるものを求められても困ります。

 

 ですが、逃げてばかりもいられません。

 

 責任云々もそうですが、戦争に行く事を考えれば大変不本意ではありますが命を奪う事に慣れておく必要があるでしょう。

 

 その辺の「したくない」しかし「しなければならない」等の葛藤を自覚しつつ、今はまだ状況的に許される範囲において「少し猶予をください」そんな所ですね。

 

 さておき、今回は松脂を有効利用するための材料探しです。

 

 他にも家の書斎にあった薬草事典片手にどんな薬草が自生しているかの調査も兼ねています。

 

 と言うか、こちらは自分の目で確かめるのが目的ですね。

 

 近辺の薬草の分布ならお父様に聞けば分かりますから。

 

 研究大好きっ子にとって材料探しのフィールドワークは基本です。

 

 とりあえず今日は手始めに森に少し入って行った所にある湖の周辺を調べてみようと思います。

 

 とは言っても、ただ歩いているのも暇なので水メイジにおいてメインとなる医療行為について適当に考察でもしてみましょうか。

 

 あ、本当にどうでもいい、言ってみれば独り言なので過度な期待はしないでくださいね。

 

 ではでは、

 

 コチラの世界における医療行為と言うものは外科的、内科的といった区分はなく「水の秘薬を用いる」「水魔法のヒーリングをかける」「それらの併用」この三択しかありません。

 

 まぁそれだけ優秀で、かつ万能なのでしょうが、結局は水メイジに頼るしかなくメイジの数を考えれば万人が医療を受けられるわけもありません。

 

 こういった場合、普通なら知識層や平民の中から医学を進歩させる人間が出てきてもおかしくない、いや、むしろ出てくるのが必然だと思うのですが、現実にそれは叶っていません。

 

 理由を推察するに「知識層が少ない」というのが最大の要因ではないでしょうか。

 

 これが増えなければ学究の徒の分母が少なすぎて話になりません。

 

 「必要は発明の母」と言いますが、医療の発展に解剖は絶対に必要不可欠なプロセスで、しかしそれは明らかに異端な行為とされています。

 

 そもそも同族の死体を切り刻む行為は本能的に忌避される行為であるため、そういった事に自ら進んで着手できるタガの外れた狂人が出てくるためには分母を増やすしかありません。

 

 狂人という言い方にひっかかりを覚える方もいるかもしれませんが、解剖と言う言葉すらない文化圏において、その行為がどの様に人の目に映るか想像してみてください。

 

 普通なら土葬になる所をお金のない平民から死体を買い取り、人の目を気にして人里離れた建物の中で切り刻む。

 

 部屋には標本とされた部位が飾られ、大量の臓物のスケッチ、解剖や実験の器具が並べられている。

 

 正しくスプラッター映画でしょう。

 

 グロいです。

 

 そんなの見たら私は一目散に逃げる自信があります。

 

 現代日本においてお医者様は高収入で結婚相手として人気が高いですが、外科を始め、手術をされるお医者様の奥様達はちゃんと分かっていらっしゃるのでしょうか。

 

 今あなたが触られている手が普段人の肉を切り、臓物に触れ、血に濡れている事を……。

 

 医療行為です。

 

 人の命を守る尊い行為です。

 

 私だってアチラにいた頃に大怪我をすれば手術を受け、お医者様に感謝をしていたでしょう。

 

 ですが他人の手術を見る勇気はありませんし、まず間違いなくリバースですね。

 

 もし転生したのが現代日本で、頭の出来が良く、家が裕福だったとしても将来の職業に医者は選びません。

 

 家が医者だったら諦めるかもしれませんが……。

 

 あ、もしコチラの世界で研究をされる方がいらっしゃるなら神父様か葬儀屋さんになる事をオススメします。

 

 お金もかからない上に疑われずに死体を確保できますからね。

 

 さて、では知識層を増やすにはどうすればいいか。

 

 教育と聞くと日本人なら時代劇でよく耳にする寺子屋というシステムがまず頭に浮かぶと思いますが、西洋ではそれを教会が担うのが一般的です。

 

 ですが、それには平民の子供たちが家の仕事の手伝いをしないでいられる時間が必要で、加えて安定した紙の大量生産技術および印刷技術の発達が欠かせません。

 

 今、仮に私が領主の立場にいてその問題に着手するとしても活版印刷ならすぐ作れますが、紙の方はやや難しく、時間の方は完璧に不可能です。

 

 やるなら農業改革からしないといけないのですが、これについては思う所があるので詳しくはまた今度という事で……。

 

 さて、そんなわけで現状、知識層が増える事はありません。

 

 貴族や教会が利益を独占して階級制度を維持したいという一面もあるでしょうが、貴族だけ打倒しても教育が成されなければ何の意味もありません。

 

 ここで言う教育とは「文字が読めるようになる」「計算ができるようになる」ではありません。

 

 生き方、思想、信仰から全て変えて行かなければならないと言う事です。

 

 現代日本における自由や個人といった概念は、随分と新しい概念なのはご存知でしょうか。

 

 それまでは、生き方は決まっているものだったそうです。

 

 選択の自由はありません。

 

 それは貴族にしてもそうです。

 

 そして幸せの在り方も大きく異なります。

 

 死がずっと身近にあった時代、飢えずに生きる事こそが最優先で、「日々の糧に感謝します」と言う言葉には相当の重みがあった事でしょう。

 

 貴族も真剣に命よりも家と名誉が大事だと思っていたはずです。

 

 教育とは聞こえは悪いですが一種の洗脳なのです。

 

 よって既存の価値観に縛られた人間に現代日本の価値観を押し付けても理解される事はないでしょう。

 

 ですから、まっさらな状態の子供たちに教育を施し、その子供達が大人になってそこそこの地位に就くに従って徐々に国の在り方を変えて行くのが順当だと私は考えます。

 

 20年から40年くらいの遠大な計画ですね。

 

 しかしそこには当たり前ですが既得権益をかけた戦いが待っているでしょう。

 

 そして、もしそれに勝ったとしてもそれだけで国民が幸せになれるわけではありません。

 

 既存の社会システムを破壊して、何の歪みもなく新しい秩序を構築できるなんて考えている人は楽観が過ぎるでしょう。

 

 そして、これが重要なのですが「発展=幸せ」ではないのです。

 

 とても分かり易く説明しましょう。

 

 私の言葉を聞いている方、あなたは今、幸せですか。

 

 今までの人生で何度幸せを実感した事がありますか。

 

 私は……どうだったでしょうね。

 

 正直よく分かりません。

 

 不幸ではありませんでしたが幸せだったかと聞かれると言葉に詰まります。

 

 まぁ、私の事は置いておいて、それでも納得されない方のために次の話をしましょう。

 

 国民の幸福度を調べた世界のランキングというものがあるのをご存知でしょうか。

 

 皮肉な話なのですが、インターネットもない、車もろくに走っていない様な文明レベルの低い山間部のとある王制を敷いている発展途上国が、堂々の1位になった事があります。

 

 しかし、その後王様が国を発展させるためにインターネットを広めたために国民の幸福度はがた落ちしてしまいましたとさ。

 

 この事から学ぶべき教訓は、人間は隣の芝生が青く見える生き物なのだという事です。

 

 残念ですが、今あるものだけで満足できる人は非情に少ないと言わざるを得ません。

 

 つまりこれを逆手にとって幸せになる手っ取り早い方法は情報を制限する事です。

 

 外からどう見えるかは関係ありません。

 

 その辺の事を理解せずに自分の価値観を振り回すのはただの押し付けであり、現代日本の価値観に照らせば他人の自由を侵す行為です。

 

 統治者が目指すべき事は、衣食住の安定。

 

 民が飢えて死ぬことのない生活をおくれるようにすること。

 

 そして出来れば医療も受けられるようになれば御の字ではないでしょうか。

 

 後は外敵から守るとか。

 

 まぁ、要するに生活の安定が大事だと言う事です。

 

 主義主張やルール、社会のシステムなんていうモノはそのための詭弁でしかありません。

 

 6000年もの間、国が亡ぶような大きな戦争もなく、魔法がいかに強大な力であろうと瞬時にかつ無限に使えるわけでもない欠点を突けば物量で圧倒的に有利な平民が革命を成功させた事もない。

 

 そして貴族社会なのに奴隷や農奴のシステムがない。

 

 コチラの世界はアチラと比べて素晴らしい程に安定しています。

 

 何が言いたいかと言うと……言うと……なんでしたっけ?

 

 適当に思い付くままに話していただけあって脱線しすぎて訳分からなくなってしまいましたね。

 

 多分、手を出すなら医療くらいじゃないかとか、そんな所ですかね。

 

 話の内容には関係ありませんが、後は踏み外さない範囲で娯楽の充実とか。

 

 お酒もその一部ですしね。

 

 あ、ようやく湖に到着です。

 

 それでは余計な事に頭使かってないで、本来の目的に戻るとしましょうか。

 




まぁ、この話で何が言いたいかと言うと、主人公は内政チートを望んでいないと言う事です。
『発展=幸せ』ではなく『安定=幸せ』だと、そんな感じですね。
次回かその次にこの話はもう1度出て来ます。
今度は戦争に絡めて。
物語が進むのはその後ですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7歳、魔法もお酒も順調です

 早いもので魔法を習い始めて2年が経ちました。

 

 カミル・ド・アルテシウム、7歳です。

 

 細かい事ですが、ここで言う『年』という単位は365日ではありません。

 

 コチラの世界、ハルケギニアの暦は12の月と4の週、8の曜日から構成されていて1年は384日。

 

 地球より19日ほど多い勘定になります。

 

 公転周期、地球と違うんですね。

 

 興味深いです、はい。

 

 こう言うと「では自転は?」と続けるのが自然な流れですが、こちらの検証には絶対的に必要なものがあるのがお分かりになるでしょうか。

 

 そう、時計です。

 

 原作では登場しなかったので、どうしているのか皆さん疑問だったと思いますが、コチラの世界にも時計に相当する物はちゃんとありました。

 

 まぁ、そうですよね。

 

 ないと困りますもんね。

 

 照明器具である『魔法のランプ』とセットで貴族の部屋の必須アイテムとなっている『魔法の振り子』。

 

 減衰せずに一定の間隔で振動し続ける振り子を自動でカウントするマジックアイテムです。

 

 こういう発明は自然現象からヒントを得るものですから、考える事が似通ってしまうのは歴史の必然なのでしょう。

 

 単位は『スコンド』『ミニュット』『クル』と大きくなって行き、100スコンドで1ミニュット、50ミニュットで1クル、20クルで1日という計算になっています。

 

 最小単位で比較すると地球での1日は86400秒ですが、ハルケギニアではきっちり10万スコンド。

 

 数字が揃ってるのって、気持ちが良くないですか?

 

 そして脈の速さや「いち、に、さん」と口ずさむ感覚的な速さで比較する限り、秒とスコンドにそこまでの差は感じられませんでした。

 

 つまり1日が2割ほど長い事になります。

 

 その場合「地球より自転の速度が遅い」と評すればいいのか、「速度は同じですが立っている惑星のサイズが大きい」と評すればいいのかは迷う所ですね。

 

 とりあえずこれら、公転と自転の周期から分かる事は「ゼロの使い魔の世界は地球のあったかもしれない可能性の一つ」と言う考察は真っ向から否定されると言う事です。

 

 惑星の規格が違いますからね。

 

 それはもう別の星です。

 

 衛星である月も二つありますし、当然と言えば当然ですが。

 

 『魔法少女リリカルなのは』の設定のような多次元理論とまでは言いませんが、きっと地球と同時に存在する遥か宇宙の彼方、無数にある星の中の一つなのでしょう。

 

 もしかしたら遠い未来で『超時空要塞マクロス』の様に移民船団が組まれたあかつきには、たどり着けるかもしれません。

 

 まぁ虚無の魔法でならそんな事しなくても行き来できるわけですが。

 

 さておき、自分で覚えられない様な魔法については宇宙の果てにでもうっちゃっておいて、系統魔法の話をしましょう。

 

 魔法を習い始めて2年、雨にも負けず風にも負けず……とは言いませんが、家の事情やグレゴワール教官にどうしても外せない用事がある場合を除き、午前中だけとは言え休日である虚無の曜日以外、毎日欠かさず魔法の訓練に勤しんできました。

 

 まぁ、そうは言っても1日3時間くらいですけど。

 

 午後は貴族にとって必要な知識や技術を学ぶための時間なので、言い方は悪いですが魔法に構っている余裕はありません。

 

 そして子供らしく夜は眠くなってしまうので、夜間特訓とかは論外ですね。

 

 背、伸びなくなったら困りますし。

 

 原作の女性メンバーの中で1番背の高いキュルケ嬢が170ちょっと。

 

 当然ハイヒールを履くでしょうから、ダンスパートナーの理想としては180くらいが目安でしょうか。

 

 遺伝子的には問題ないので、後は健康的な生活を心がけるだけです。

 

 と言いますか、不摂生をするだけの娯楽がないので生活スタイルは自然とそうなるんですけどね。

 

 娯楽が少ないというデメリットが、まさかこんな所で役に立つとは……。

 

 まぁ全然嬉しくありませんが。

 

 テレビやラジオとは言いませんが、せめてもう少し実用書ではない本のバリエーションをお願いしたい所です。

 

 大人向けの破廉恥な描写のある本は当然読ませてもらえませんし、子供向けの本は冒険譚や偉人の伝記がほとんどで、この2年で正直飽きてしまいました。

 

 私としてはミステリー、しかも社会派ではなく本格派の「謎ありき」「これぞミステリー」みたいなものが読みたいと思う今日この頃です。

 

 コチラの世界は魔法のあるファンタジー世界ではあっても虚無魔法を除けばテレポートは出来ないわけですし、高位のメイジのかけたロックを低位のメイジのアンロックでは解けないわけですから、十分ミステリー小説が書けると思うんですよね。

 

 例えば、こんな感じです。

 

 …………………

 

 ……………

 

 ………

 

 …

 

 吹雪によって外界と閉ざされた貴族の館でスクウェアメイジである当主が死体で発見される。

 

 当日の朝、メイドが定時に寝室へ向かったところ、当主は不在。

 

 そんな事は今まで一度としてなかったため急遽屋敷中を探す事になったが、しかし結果は芳しくなく、最後に残されたのは鍵のかかった書斎。

 

 当主は普段から書斎で仕事をする際は部屋にロックの魔法をかけ誰も同席させる事がなかったのは周知の事実だ。

 

 ドア越しに呼びかけるが返答もなく、もし室内でサイレントの魔法を使われていたらどうしようもない。

 

 しかし室内で意識を無くしている可能性を捨てきれない以上このままと言うわけにもいかないが、スクウェアメイジのかけたロックを解除する方法がない。

 

 仕方なく最終手段を取るための許可を当主の子息である長男、次男、三男に取り、了承が取れたためドアを壊して侵入した所、机に突っ伏す形で頭から血を流して事切れている当主の死体を発見した。

 

 その場で確認した事だが、窓は扉同様ロックがかけられており、隠し部屋の類は存在していなかった。

 

 凶器は床に転がっている血の付いた抱えるほどの大きさの花瓶だろう。

 

 当主の死体は明らかに他殺である事を示唆している。

 

 そして現場はロックの魔法による密室。

 

 当然、犯人は屋敷内にいるメイジと考えられた。

 

 しかしここで問題になったのがメイジの格だ。

 

 現在屋敷にいるメイジは、ラインの長男、トライアングルの次男、ドットの三男、ラインのメイド長、ドットのメイドが3人。

 

 つまり誰が犯人だろうと当主のかけたロックの魔法を解除できないのだ。

 

 このままでは手詰まりなので、情報収集がてらメイドの噂話をまとめてみる。

 

 ①長男は父親に任された内政の仕事で大きなミスをして皆の前で叱責され、恥をかかされたことを不満に思っていた。

 

 ②当主はこのまま長男に後を継がせることに不安を感じていた。

 

 ③次男はメイジとして自分の方が優秀なのに、自分に劣る長男が後を継ぐ事を不満に思っていた。

 

 ④長男と次男の兄弟仲は最悪であり、次男は父親に対しても含む所があったようだ。

 

 ⑤三男は体が弱くメイジとしての才能にも恵まれなかったが、頭脳は明晰であったため書類仕事の面でよく父親をサポートしていた。

 

 ⑥三男は専属のドットメイジであるメイドとただならぬ関係である。

 

 お話の語り部である探偵役は最近代替わりした新米執事。

 

 魔法は使えないが、メイジ殺しと言って差し支えない実力を有している。

 

 謎解きの前に立ちふさがるロックの壁だが、死体の状況から違う答えを導き出す。

 

 当主は死体の状態を見る限り後ろからの不意打ちで殺されていた。

 

 これはロックの魔法を何らかの手段で解除して侵入していた場合には不可能ではないだろうか。

 

 つまり、ロックを解除したのは当主自らで、招き入れられた犯人は隙を見て当主を殺害、自分でロックをかけて偽装したのではという推理が成り立つ。

 

 そこで注目されたのが、使用人が扉を破壊する許可を3人の息子たちに求めた時の会話。

 

 試しにアンロックの魔法をかけてみる事すらせずに破壊を勧めた人物はいなかったか。

 

 皆が自らの記憶を掘り起こした結果、視線が三男に集まる。

 

 普段寂しげな微笑みを浮かべていた表情は抜け落ち、次いで観念したのか罪の告白を始める。

 

 自分は体も弱く魔法もろくに使えない。

 

 貴族の三男と言っても婿に行く事も出来ない。

 

 だからこそ少しでも家の役に立とうと学を付け頑張ってきた。

 

 そんな未来のない自分の気持ちを理解し、側で献身的に支えてくれたメイドと恋に落ちた。

 

 しかし当主である父は平民との結婚を認めてはくれなかった。

 

 あまつさえ、二人の仲を引き裂くために彼女に暇を出し、自分には小さいが領地を分け下級貴族から嫁を取ろうとなどと言ってきた。

 

 情けない事だが、自分では彼女と逃げても生きていける自信がなかった。

 

 だから彼女との未来を守るためにはこうするしかなかったんだ――――――――――――と。

 

 …

 

 ………

 

 ……………

 

 …………………

 

 ちょっと練り込みは甘いですが、とりあえず私がどんなものを求めているかは分かってもらえたと思います。

 

 どなたか書いてもらえませんかね。

 

 私のお小遣いじゃ作家の卵を囲ってパトロンなんてのは無理ですし、我慢するしかないんですかね。

 

 刺激が少ないと脳の情報伝達物質ニューロンの発達に悪いと言うのに……。

 

 こほん、盛大に話が逸れてしまいましたね。

 

 系統魔法の話です。

 

 2年の訓練の結果、私ことカミル・ド・アルテシウムは晴れてドットメイジになる事ができました。

 

 ぜひ盛大な拍手をお願いします。

 

 7歳でドットメイジ、なかなか良い滑り出しではないですか?

 

 系統は予想通り水でした。

 

 この『ドットメイジになる』という感覚は言葉で伝えるのが難しいのですが、魔法を唱える際のイメージの中で、系統ごとに色の分かれたカラーボールがぽっかり空いている穴にハマる感じと言えば想像がつくでしょうか。

 

 ちなみに、そのカラーボール自体、まだブルーのものしか頭に浮かんでこない状態です。

 

 魔法はとても感覚的なモノなので、このイメージもきっと私だけのものなのでしょう。

 

 他の色のボールや穴が増えたら掛け合わせとかも出来るようになるんですよね。

 

 あぁ、子供の様に胸が高鳴ります。

 

 実際、子供なんですけどね。

 

 とりあえず、これを励みにこれからも頑張って行こうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そういえばお酒についてご報告があります。

 

 なんと、シャンパンとグラッパが今年から本格的に販売目的で作成される事になりました。

 

 わぁ~~パチパチパチパチ~~。

 

 ……自分でやるとなぜか虚しいですね。

 

 私、気にしませんっ!!

 

 シャンパンについては熟成させる時間も必要ですから、今年から販売ルートに乗るのはグラッパだけですが、お目出度い事に変わりはありません。

 

 グラッパはワインを作る際の絞りカスが原材料ですから価格設定は低め……と言いたい所ですが、アルコール度数が高くワインよりも少量で酔っ払ってしまう事から客単価が下がってしまう事は目に見えていますから、そこは高めに設定してあります。

 

 ワインのグラス1杯とグラッパのダブルが同じくらいが目安ですね。

 

 ただし、店側には初回特典として5本に付きお試し用で1本を無料でサービスします。

 

 さらに試飲用の小さな専用グラスも10個付けちゃうという大盤振る舞い。

 

 まずは試してもらわないと話になりませんからね。

 

 もちろん王室や有力貴族には先に配る予定です。

 

 こういう手間を惜しむと後で余計な軋轢の原因になるからと、お母様が色々と手を回していらっしゃいます。

 

 お母様、さすが抜け目がないです。

 

 先に自分でも嘆いたように、ハルケギニアには娯楽がほとんどないですから新しいお酒は話題になるのは確実です。

 

 とは言っても、今はまだ不安と期待でソワソワと落ち着かない気分です。

 

 マールは熟成した時の味の変化の確認中でまだ様子見ですが、売り出す事は決定なので数は仕込んであります。

 

 リキュールは色々と研究中ですが、お父様が楽しそうですし何年もしないうちに形になると思います。

 

 ブランデーは、私の我がままで端っこの方でこっそり続けていますが、超限定生産のプレミアものになるか私専用になるかはまだ未定。

 

 焦っても仕方のない事ですから地道に行こうと思います。

 

 死亡フラグさえ回避できれば10年20年とかかっても問題ないですからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お酒についてはとりあえず形になってきましたから、少し今後の展開に思考を向けようと思います。

 

 あぁでも別に今すぐ何かすると言うわけではなくて、将来的な意味でです。

 

 まず前提条件として、前世での技術はあまり持ち込みたくありません。

 

 分かり易い所だと、武器や移動手段の発展は直に戦争に繋がってしまう危険があるので基本的に全面却下です。

 

 ちょっとした諍いから仮に戦争に発展したとしても、移動には時間がかかり、それには膨大な食糧と兵士への給金が必要になります。

 

 つまり簡単に殺せる武器と簡単に移動できる手段がないという事は、この点で遠まわしに戦争の抑止になるという事です。

 

 ここからは前に話した事と重複する部分がありますが、領地を統治している貴族がある程度の善政を敷けば、ハルケギニアはとても安定した世界と言えると私は思っています。

 

 人口は増え過ぎず、土地も足りなくならない。

 

 それだけで戦争をする理由を1つ減らしています。

 

 発展する事と幸せになる事はイコールではありません。

 

 農業や工業の発達で平民の生活が潤い、初等教育がなされ、魔法に頼らない土地の、建物の、交通の、自衛手段の開発が進むと、世界が開かれると同時に確実に狭くなります。

 

 そして足りなくなれば、当然他から調達する事になります。

 

 つまり戦争です。

 

 人は誘惑にとても弱い。

 

 そして同時に酷く貪欲です。

 

 生活に余裕が出れば出るほど新しい刺激を求めるでしょう。

 

 身近な所で簡単に想像がつくのがギャンブルです。

 

 ハメる人、ハメられる人、巻き込まれる人。

 

 そして人身売買や娼館が増えるでしょう。

 

 後は麻薬ですか。

 

 お金が全ての基準になり、他者の思いを平然と蔑ろにする。

 

 そんな腐った社会はごめんです。

 

 前世で学んだ歴史をわざわざ繰り返す必要はありません。

 

 魔法があるせいで貴族と平民の人種差別はありますが、魔法があるおかげで科学技術の進歩を止められているこの世界。

 

 戦争と闘争は人の性(さが)です。

 

 でも、この世界ならそれを最小限に抑えられる。

 

 大海には出ず、エルフのいる砂漠も越えられない閉じた世界。

 

 この箱庭に過剰な発展は必要ないと私は思います。

 

 原作のコルベール教諭のような天才の出現も歴史の必然ではあるのでしょうが、少なくとも私のいる間は安易な発展は出来れば止めたいと思います。

 

 説得できるといいのですが、もしできなかった時は……。

 

 おっと、思考がダーク面にいってしまったようです。

 

 こほん、仕切り直します。

 

 えっと、つまり何が言いたいかと言うと、世界に影響を与えない範囲で自分の領地を潤わせるためには何が出来るのかという話です。

 

 バランス感覚が大事ですね。

 

 生き残る事だけではなく、その先の未来も出来たら幸せでいられたらいいなと思っています。

 




内政チートって普通だったら戦争まっしぐらですよね。
土地が限られていると言うのが最大のネックです。
他のサイトで連載されているアンリエッタの兄に転生した話のSSでは、その辺ガッツリ練り込まれていて感心してしまう。
この作品では、6000年続いたハルケギニアのシステムを壊したくないと言うスタンスでいます。
決して腐敗した貴族を擁護するつもりはありませんが。
そしてゲルマニアが邪魔ですね。
プロットは一応出来ていますが文章に起こせるか謎……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8歳、ラグドリアン湖に来ましたよ

「おぉ、なかなかの絶景。景勝地としての有名は伊達ではありませんね」

 

 アチラの世界で行った事のある日光の中禅寺湖や箱根の芦ノ湖より大きそうです。

 

「ボートもあるみたいですし、どうせですから釣りでもしましょうか。釣れたら夕食に出してもらえるかもしれませんし」

 

 そうと決まれば即行動ですね。

 

「お母様~~、小舟で釣りに出てもよろしいですか~~」

 

 なんだか無駄にテンション上がってきますね。

 

 身も心も童心に帰る感じがします。

 

 おっと失礼しました、カミル・ド・アルテシウム、8才です。

 

 コチラの世界に転生してから3年、新しいお酒に掛かり切りだったのに加え、姉のジュリアがトリステイン魔法学院を卒業して家に帰ってきた事から、景勝地として名高いラグドリアン湖に家族旅行に来ています。

 

 原作ではアンリエッタ姫とウェールズ王子がキャッキャウフフと逢い引きをしていたり、水の精霊様が傍迷惑にも水位を上げて近隣の村を水没させたりとパワースポットならぬイベントスポットだったりしますが、その辺は原作の2年前とか言っていたはずですから今の時点では特に問題ないですね。

 

 ゆっくりと羽を伸ばさせてもらいましょう。

 

 そういえば初めて自領から出ましたけど、やっぱり馬車の移動は時間がかかりますね。

 

 スピードとしては徒歩の倍くらいでしょうか。

 

 空を移動する龍籠なら10倍くらい早いんでしょうけど、家族旅行とは言ってもそこは貴族。

 

 メイドや使用人、護衛も同行する事から龍籠では定員オーバーですし、何機も借りたらお金がかかり過ぎてしまいます。

 

 馬車で移動して途中で宿をとった方が安上がりなんですよね。

 

 まぁ急ぐわけではないですし、姉様の学院での話やこれからの研究の話をしていたら時間を持て余す事無く過ごす事ができました。

 

 その中で特に気になった話は我らがツンデレヒロインたるルイズ嬢の怖い方の姉、ヴァリエール家長女エレオノール様のお話。

 

 年齢的に一緒だからと予想はしていましたが、まさか成績でも土のメイジとしても主席を争うライバルだったとは……。

 

 一瞬「敵対フラグか」と焦りましたが、同じレベルで話せる相手というシンパシーで仲が悪かったわけではないと聞いて一安心。

 

 エレオノール様は原作通り優秀ですが、反面そのキツい性格のせいでお近付きになりたい男性陣を軒並みぶった斬っていたそうです。

 

 対照的に美形で要領のいい姉様は随分とおモテになったとか。

 

 あいにくと結婚を考えるようなお相手とは巡り合えなかったらしいのですが、姉様にその辺の心配は無用でしょう。

 

 まぁまだ8才の私にはそもそも縁のない話なので、ここはスルーさせてもらいましょう

 

 さて、お父様は別荘にて長旅の疲れを癒し、お母様と姉様は湖畔でティータイムと洒落込んでいます。

 

 私ですか? 私は釣り竿片手に一人で湖へGOですっ!!

 

 あまり離れてしまっては心配をかけてしまうので、転覆しても気付いてもらえるくらいの距離で釣り糸を垂らします。

 

 そして一時間経過。

 

「ふふ~~ふ、まずまずですね♪」

 

 今の所、収穫は虹鱒みたいな魚が3匹です。

 

 家族だけならもう1匹ですね。

 

 もっと釣れたらメイド達の食事に回してもらいましょう。

 

 さっ、続き続きっと――――――――――

 

「痛っ!?」

 

 餌を付けようとした針が指先に……。

 

 こんなうっかり属性みたいな展開はノーサンキューなんですが。

 

 痛いのは嫌いです。

 

 とりあえず、このままでは雑菌がはいってしまうかもしれませんから湖の水……では本末転倒ですから魔法で水を出して「コンデンセイション」傷口を洗って「ヒーリング」よし、これでいいですね。

 

 と思った所で、異変に気が付きました。

 

 不自然に湖面が盛り上がり、人の形になっていきます。

 

 これって――――――――――

 

「み、水の精霊……」

 

 えっ? なんで? なんで急に出てきてるんですか? さっき湖の水で傷口を洗おうとして止めた時に垂れた血が原因ですか? そういえばモンモランシー嬢も使い魔のカエルに血を持って行かせて呼び出してましたけど、でも私は呼んでいませんし、そもそも契約とかしていないのにおかしいでしょう。

 

 えぇ、正直パニック状態です。

 

 しかしそんなこちらの心情はお構いなしに会話が始められてしまいます。

 

「単なる者とは異質なる者よ」

「えっと、よく分からないのですが、それって私の事ですか」

「そうだ」

「そうですか、そうですよね……。はぁ、何かご用ですか」

「いや」

「はい?」

「数え切れぬほどの年月を過ごしてきた我だが、そなたの様な存在は初めてだ」

「はぁ、そうなんですか」

「ゆえに出てきた」

「えっと、つまり興味本位って事でよろしいですか」

「そうだ」

 

 そうだって言われましても……。

 

 透明だから分かりにくいですけど、なんとなくドヤ顔してそうな感じですね。

 

 そこはかとなく腹ただしい。

 

 ちなみに、原作では血を垂らした者の外見を模していたと思いますが、コチラの精霊様は私の外見ではなく女性型をしています。

 

 どちらの成人女性か知りませんが、なかなかのスタイルです。

 

 まぁ透けていますが。

 

 さておき、

 

「水の精霊様」

「なんだ」

「私の事を異質と呼ばれましたが、分かるのですか」

「そうだ。単なる者とは異質なる者よ」

「そうですか」

 

 一旦落ち着きましょう。

 

 これはチャンスかもしれません。

 

 「転生する前の世界ではコチラの世界の事は小説になっていて」などと荒唐無稽な話をわざわざしなくても、精霊様は私がどういう意味かはさておき普通ではない事を理解しています。

 

 これは上手く誘導してアンドバリの指輪をどうにかすれば原作崩壊ですけど最大の懸念材料であった戦争が回避できるかもしれません。

 

 長生きするためにも試してみる価値があるでしょう。

 

 よしっ!!

 

「水の精霊様。水の精霊様のおっしゃる通り、私は普通とは異なる存在です。それゆえに私はこれから起こるであろういくつかの未来を知っています」

「ほう」

「今から7年後、湖の底から秘宝のアンドバリの指輪が盗まれる事になります」

「なんとっ!?」

 

 おぉ、精霊様の体を構成している水が波打っています。

 

「そしてその後の精霊様の対応も知っています。湖の水を溢れさせ大陸ごと水没させ、アンドバリの指輪に辿り着こうとするはずです」

 

 精霊様は少し考える素振りをしてから、

 

「確かにそうするかもしれん」

 

 と同意してくれました。

 

「しかし、それは失敗する」

「なぜだ」

「アンドバリの指輪はアルビオン大陸、つまり浮遊大陸に持ち去られるからです」

「それは……」

 

 言葉を途切れさせ、さっきよりも長く考え込んでしまいました。

 

 そして、

 

「単なる者とは異質なる者よ、我はどうしたらいい」

 

 おぉっ、こっちから提案しようと思っていたのに向こうから助けを求めくれるなんて飛んで火に入る夏の虫とはこの事です。

 

 さて、受け入れてもらえるか分かりませんし次善の策もありますが、まずは提示してみましょう。

 

「私にアンドバリの指輪を預けてください」

「いいだろう」

「即答っ!?」

 

 あまりの驚きに精霊様に思わずツッコんでしまいました。

 

「うむ、単なる者とは異質なる者を信用しようと思う」

「あぁ、えっと、ありがとうございます」

「ただし、護衛として我の一部を同行させよ」

「構いませんが、どうやってですか」

「これを持て」

 

 そう言うと精霊様の体を形作っている水が輝き、それが収束すると直径5cmくらいの透明な水色の石が現れました。

 

「我は全なる一の存在。水のある場所ならばどこでも存在しているが、それ以外の場所でもこの水石があれば問題ない」

「便利ですね」

 

 後でブレスレットにでもして持ち歩きましょう。

 

「単なる者とは異質なる者よ。それでは我が秘宝を頼む」

 

 そう言うと湖面から精霊様の体を通り、手に載ったアンドバリの指輪が差し出されます。

 

「私の命に換えてもお守りします」

 

 こういうのは雰囲気が大切です。

 

 指輪を受け取り、左手の人差し指にはめます。

 

「うむ」

 

 用は済んだとばかりに水の盛り上がりが小さくなっていく――――――――――

 

「あぁ、それと」

 

 のを呼び止めます。

 

「なんだ」

「もし良かったら名前で呼び合いませんか? 『水の精霊様』と『単なる者とは異質なる者』では長ったらしくて大変ですし」

 

 そう言うと、いきなり周りの水面から水しぶきが上がり出します。

 

 お、怒ってます?

 

「ご、ごめんなさい。嫌なら別に無理にとは」

 

 見た目から感情が読み取れないので焦って謝りますが、

 

「いや、違うぞ。大丈夫だ。いいだろう。まずは単なる者とは異質なる者の名前を教えよ」

 

 とりあえず大丈夫らしいです。

 

 焦りました。

 

 水の精霊様は直接触れる事で相手の精神を乗っ取れるそうなので、意外と凶悪なのです。

 

「私の名前はカミル・ド・アルテシウムと言います。気軽にカミルと呼んでください」

「カミルか、分かった」

 

 水しぶきは続いています。

 

 本当に大丈夫なんですよね?

 

「では、我に名前を付けよ。我に名前はないからな」

「そうなのですか? それでは」

 

 ここはベタにウンディーネとかアクアとかでもいいですけど、せっかくですから日本の神様の名前から取らせてもらいましょう。

 

「ミツハなんてどうでしょう。別の世界の古い神様の名前の一部で水を表す言葉なんですけど」

「ミツハ……」

 

 水の精霊様が確認する様に呟くと水しぶきがどんどん激しくなっていき、最後には船をグルッと囲むように10メイル(m)くらい吹き上がりましたっ!!!!

 

「うわっ!? ミ、ミツハさん?」

 

 正直完全に腰が引けていますが、水の精霊様の様子を窺うと、

 

「気に入った」

 

 ボソッと一言。

 

「……へ?」

「我の事は今後ミツハと呼ぶがいい。カミルよ」

「あ、あぁ、はい、よろしくお願いします。ミツハさん」

 

 挨拶が終わった所で、今度こそ盛り上がりが小さくなっていき、静かな湖面に戻りました。

 

 それを確認して溜め息を一つついた所で、

 

「心臓に悪いです」

 

 緊張から解放された事で力が抜けてしまい、だらしなく船に横たわります。

 

 楽観的すぎるかもしれませんが、でもこれで戦争が回避できるかもしれません。

 

 少なくとも規模は小さくなるのではないでしょうか。

 

 願わくばアルビオン内だけで片が付くよう祈っています。

 

 王党派、ファイト。

 

 別件ですが、増水イベントがなくなるという事は、惚れ薬の解毒薬の材料である『精霊の涙』をもらいに来た際の主人公組vsタバサ嬢&キュルケ嬢ペアが発生しませんから、代わりにミツハさんを説得しなければならなくかもしれません。

 

 数多のSS作品の様に、間違っても惚れ薬を自分が飲まない様に注意しておきましょう。

 

 フラグではありませんので、あしからず……。

 

 『そもそも作らせない』と言う選択肢は、女子寮でこっそり作られているため、やはり難しいでしょうね。

 

 それにデレ100%のルイズ嬢は貴重です。

 

 欲望に負けないサイト少年は、まさに鉄の男と言っていいでしょう。

 

 別に尊敬はしませんが。

 

 もう一つの別件、モンモランシ家の交渉役破棄と干拓事業の失敗については、まぁ自業自得という事で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カミル、大丈夫?」

「わっ!?」

 

 小舟に寝転びながら今後の展開に思いを馳せていると、いつの間にか姉様の顔が目の前にありました。

 

「こら、人の顔見て驚くなんて失礼だぞ」

「ど、どうして姉様が」

「どうしたもこうしたもないわよ。お母様とお茶をしてたらいきなりもの凄い水しぶきが上がったのが見えたから心配になって見に来てあげたのよ」

 

 言われてみれば納得です。

 

 あれだけ派手な水しぶきが上がれば気になって当然ですよね。

 

「ご心配おかけしました。ありがとうございます、姉様」

「素直でよろしい」

 

 ニコッと笑顔の姉様は弟から見ても綺麗だと思います。

 

「見たところ特に怪我はないようね」

「はい、大丈夫です」

「それで何があったの?」

「えっと~~」

 

 どこまで話すべきか悩みますね。

 

 話が広がって現段階で色んな勢力に目を付けられるのは正直勘弁願いたいです。

 

 特にガリアには。

 

 神の頭脳ミョズニトニルンことシェフィールドさんとエンカウントなんかしたら生き残れる気が全くしません。

 

 所詮はドットメイジの子供でしかありませんからね。

 

 という事で、ここは誤魔化させてもらいましょう。

 

「私にもよく分かりませんが、多分水の精霊様にイタズラされたんじゃないでしょうか」

「(我はそんな事してないぞ)」

「(今は大人しく隠れていてくださいね)」

「(仕方ないの)」

 

 とっさに対応できましたけど、どうやらミツハさんとは声に出さなくてもテレパシーみたいにして会話が出来るようです。

 

 さすが精霊様、規格外ですね。

 

「へぇ~~、凄いじゃない。そういう話はたまに聞くけど、実際に見たのは初めてだわ」

「そうなんですか」

「えぇ、水の精霊は他の精霊と違って私たち人間に好意的でいてくれていて、その裏返しでたまにちょっかいをかけてくるって学院の本にも書いてあったわ」

「じゃあラッキーだったんですね」

 

 名前を呼び合う仲なのですから友達という事でいいのでしょうか。

 

 そうならば、ミツハさんと友達になれたのは正しくラッキーだと思います。

 

「そうね。じゃあ、私は戻るけどカミルはどうする」

「そうですね、もう少し釣りをしていこうと思います。夕食のおかずは任せてください」

「ふふ、楽しみにしてるわ」

 

 そう言って姉様はふわふわと岸に戻っていきました。

 

 フライの魔法って本当に便利ですよね。

 

「さて、釣りを再開しましょうか」

 

 今度はうっかり指を刺すなんて事はせずに餌を付け、釣り糸を垂らします。

 

「カミルよ。何をしておるのだ」

 

 湖面からニョロっと顔だけ出したミツハさん。

 

 なかなかシュールな絵図らですね。

 

「釣りですよ。魚を捕るんです」

「魚が欲しいのか」

「はい、夕食のおかずにしようと思いまして」

「ならば協力しよう」

「へ?」

 

 その瞬間、いきなり全方位から魚が小舟にダイブしてきましたっ!!!!

 

「ちょ、まっ、ストップ、ストップです。ミツハさん」

 

 慌てて静止の声を上げます。

 

「足りたか?」

 

 足りたも何も足の置き場もないほどの魚がビチビチしてますよ。

 

 と言うか、突撃されてぶつかった所が痛いです。

 

 痣にならないように後でヒーリングをかけなくては。

 

「あ、ありがとうございます、ミツハさん。でも少し多いですからリリースさせてもらいますね」

 

 人数を考えながら魚を湖に戻します。

 

 水の精霊様ってこんな事もできるんですね。

 

 釣り自体はもう一時間ほど楽しんだので、量が取れた事を喜びましょう。

 

「我は役に立つであろう?」

 

 いつの間にか全身モードになっていたミツハさんが、多分胸を張ってドヤ顔をしていらっしゃるご様子。

 

「そうですね、ミツハさんは凄いです。助かりました」

 

 と素直に褒めて、沈まない程度に頭に軽く手を乗せると嬉しいのか体が波打ちます。

 

 何か可愛いですね。

 

「そうだ、ミツハさん。私以外の人間がいる所では姿を隠していてくださいね」

「なぜじゃ」

「私の身に危険な火の粉が降りかかりまくります」

「我は護衛をすると約束した。指輪と一緒に守ってやるぞ」

「それは感謝感激雨あられですけど、私はミツハさんを友達だと思っているので、できれば友達にも危険な事はなるべくならさせたくないんですよ」

 

 私の言葉にまた体を波打たせるミツハさんですが、それが段々大きくなっていき、弾けましたっ!!!!

 

「なっ!?」

 

 しかし次の瞬間には何事もなかったようにまた湖面から現れ、

 

「カミルがそう言うなら仕方ないの」

 

 プルプルしながら納得してくれた様です。

 

 さっきのは喜びの絶頂の表現なのでしょうか?

 

 過激です。

 

 とりあえず全員分の魚もゲットできた事ですし、一旦岸に戻ろうと思います。

 

「あれ、カミル釣りはどうしたの」

 

 すぐに戻ってきた私を不思議に思ったのか、お菓子をパクついている姉様から疑問を投げかけられます。

 

「はい、なんか水の精霊様が魚をくれたみたいで」

「は?」

 

 まぁ普通そういうリアクションになりますよね。

 

 とりあえずそれは置いておくとして、お母様と姉様の後ろに控えている執事のローランに小舟指差し魚を頼みます。

 

「ローラン、僕たちとみんなの夕食に使ってもらえるかな」

「畏まりました。お心遣いありがとうございます。皆も喜ぶでしょう」

 

 最初、年上の人にこういう態度を取られる事にかなり抵抗があったのですが、時間をかけて何とか慣れました。

 

「それでは一旦失礼させていただきます。ポーラ、後は任せましたよ」

「はい、ローランさん」

 

 ローランは給仕をしていたメイドのポーラに一声かけ別荘に向かっていきます。

 

 ナイスミドルというか、絵に描いた様な執事で感心します。

 

 その後ろ姿を見送っていると、

 

「カミル、あなたも座りませんか」

 

 とお母様からお誘いがかかったのでテーブルに付きます。

 

「あなた、水の精霊様に気に入られでもしたの」

「は、はははは、そ、そうみたいですね。光栄な事です」

 

 いきなり直球きましたよ。

 

 ビビりました。

 

「お母様に聞いたけど、あなた系統は水だけなんだって? そのせいかもね」

「姉様は火以外3系統も使えて凄いですよね」

 

 土のラインに風と水がドットなんだそうです。

 

 このまま成長していけばお父様とお母様の良いとこ取りの様な形になる姉様。

 

 くっ、羨ましくなんてないんだからね。

 

 いえ、嘘です。

 

 凄く羨ましいです。

 

「あなたはまだ8才なんだからこれからよ」

「そうよ。私だって風と水がドットになるの大変だったんだからね」

「善処します」

 

 他の系統も魅力的ですが、でも今は得意なものを伸ばす方向で頑張っています。

 

 防御と回復に特化すれば生存率が上がりますし、そして危ない時は躊躇なく逃げます。

 

 プライド? なんですかそれ? 美味しいんですか? あぁ、あぁ、思い出しました。この前コンビニで売ってましたよ、それ。298円で。まぁ、買いませんでしたけどね。

 

 さておき、

 

「ところで姉様は帰ったらどうされるのですか? 研究ですか? それともパーティー巡りですか?」

「そうね、新商品のアピールを兼ねてパーティー巡りかしらね」

 

 口には出さないですが、当然旦那様探しも目的に入っている事でしょう。

 

 王宮にワインを卸してる関係で、変なやっかみを避けるためにウチの家は中央の権力に自分から近付かない方針をしています。

 

 なので結婚相手は自分で選んでいいらしいです。

 

「せっかく学院から帰って来たんですから少しはゆっくりしてくださいね」

 

 私はこの歳の離れた姉様が大好きなのですが、コチラの世界を自覚した時には既に全寮制の魔法学院に行ってしまっていて、長期休暇の時くらいしか会えませんでした。

 

 なので、卒業されてウチに返って来られて大変嬉しく思っています。

 

 ですが、それを表には出しません。

 

 なぜなら――――――――――

 

「なになに、もしかしてカミルはお姉ちゃんがいなくて寂しかったのかな~~?」

「内緒です」

「くぅ~~可愛いじゃないか、こいつめ」

「わっ!? や、やめてください、姉様」

 

 椅子の後ろに回り込まれて抱き締められてしまいました。

 

 その体勢だと姉様の適度に育って柔らかいものが私の後頭部に……。

 

「あ、当たってます。当たってますからっ」

「なにがかな~~このおマセさんめ」

 

 姉様は年の離れた弟がたいそう可愛いいらしいのです。

 

 その事は大変嬉しいのですが、羞恥プレイはやはり耐えられません。

 

「ほら、ポーラも見てますから。お母様も止めてください」

「ほほほ、いいじゃないですか、カミル。久しぶりなのですから甘えていなさい」

「良かったですね、カミル様」

「敵しかいないっ!?」

 

 その後も、姉様にいいようにオモチャにされ続けました。

 

 負けた気がしますが、嬉しかったので、まぁ良しです。




このご都合主義な展開は、プロローグでボカされた転生特典ゆえにです。
詳細はまだ内緒ですが、組んであるプロットでいくと12歳辺りで明かされる予定です。
水の精霊様ことミツハはこの作品のマスコット第1号的な扱いです。
もちろん1号がいれば2号もいますが、3号がいるかは不明。
登場をお待ちください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10歳、古き血の獣を拾いました

 水の精霊様であるミツハさんと一緒にいるおかげで、晴れて水のラインメイジに成長したカミル・ド・アルテシウム、10歳です。

 

 9歳の報告が飛んでいる事は気にしてはいけません。

 

 特に報告する内容がなかったわけではないですが、まとめた方が都合が良かったのです。

 

 さておき、それは後に取っておくとして話を進めましょう。

 

 ラインメイジにランクアップした事とミツハさんとの因果関係ですが、答えは水辺にありました。

 

 ミツハさんを自領に連れて帰って以降、午前中の魔法の訓練を減らし、加えて虚無の曜日は一日中、北の森にある湖でミツハさんと遊びがてら魔法の訓練をしていたのですが、水辺で魔法を使うと、なんと精神力の消費が少なくて済んだり、魔法の操作が楽だったり、威力が上がったりしているではないですか。

 

 『水の魔法を使うなら水のある所で』

 

 これは盲点でした。

 

 コロンブスの卵とはまさにこの事です。

 

 アカデミーもビックリの大発見ですね。

 

 あ、その可哀想な子を見るような目、地味に傷付くのでやめてください。

 

 コロンブス云々は冗談ですが、これが割と本気で気付かないものなんですよ。

 

 ヘタに杖から何でも出ちゃうものですからそういう発想に行かないんですね、きっと。

 

 水メイジの一度は言ってみたい決め台詞「雨の日の水メイジに勝てると思ってるのか」をマルッと忘れていたのは失態でした。

 

 いつか言ってみせます。

 

 後はそうですね、エネルギーや運動、分子や結合の状態などの物理知識を意識すると良いみたいですよ。

 

 メイジの使う系統魔法は「人の意思によって世の理を変える魔法」と言われていますが、変えなくていいのならそれは「世の理に沿って行使される力」先住魔法に近付く事を意味するのでは……と勝手に解釈しています。

 

 現代知識様々ですね。

 

 え、具体例がないと分かりにくいですか?

 

 そうですね、水分子の運動エネルギーを操作して氷とか水蒸気に状態変化させられます。

 

 後は揮発性の高い事を利用して霧も出せますね。

 

 これは奥の手に使えるので要訓練です。

 

 まぁそんなわけで、水辺での訓練の効率が良い事が分かったのでこれからもどんどんミツハさんと訓練していこうと思います。

 

 水辺にいるとミツハさんも喜びますしね。

 

 あ、そうそう、忘れる所でした。

 

 ラインメイジにステップアップした事に伴って、晴れて鬼軍曹ことグレゴワール教官から卒業となりました。

 

 4年間、本当にありがとうございました。

 

 これからも治安維持部隊の副官としてお仕事頑張ってください。

 

 そのうち亜人討伐でお世話になると思いますが、その際はどうぞお手柔らかに。

 

 って、はぁ~~、そろそろ覚悟しないといけませんよね。

 

 気が重いですが、責任から逃れるわけにもいきませんし、そのためにも訓練は欠かせません。

 

 と言うわけで、さっそくやって来ました定番の湖です。

 

 今日は虚無の曜日ですが、自主練に励もうと湖面に近付き呼びかけます。

 

「ミツハさ~~ん」

「……………………」

 

 あれ、いつもならすぐに出てきてくれるのですが、おかしいですね。

 

「ミツハさん、いないんですかミツハさん」

 

 何度か呼びかけると、漸くですが申し訳程度に頭から口辺りだけ出てきてくれました。

 

「どうしたんですか、ミツハさん。体調でも悪いんですか」

 

 そんな事が精霊様にあるかは分かりませんが、いつもと違う様子に心配になります。

 

「……………………」

 

 返事がない、ただの屍のようだ。

 

 なんてネタ言ってる場合じゃありません。

 

 しゃがみ込み、ちょっとだけ出てる頭に手を置き、撫でてあげながら気持ちを伝えます。

 

「何かあるなら言ってください。私達は友達なんですから」

 

 すると、ミツハさんの頭部が少しですが波打ち、それに呼応するかのように湖のあちこちで水しぶきが上がります。

 

 良かった、喜んでくれているようですね。

 

 水しぶきが落ち着くといつもの全身サイズになったミツハさんが事情を説明しててくれました。

 

「無礼な単なる者がいてな。少し気分を害していたのだ。カミルよ、すまぬ」

「それって、もしかして交渉役のモンモランシ伯の事ですか」

 

 思い当たるのはそれくらいしかないですけど。

 

「そうだ」

 

 やっぱりですか。

 

「『歩くな、床が濡れる』でしたっけ」

 

 驚きの表現なのか、ミツハさんが一度大きく波打ちます。

 

「それがカミルの知る未来の一つなのだな」

「えぇ、そうです。って、ごめんなさい。事前に言っておいてあげれば良かったですね」

「いや、大丈夫だ。我にはカミルがいればよい」

「くす、ありがとうございます。そう言ってもらえると友達冥利に尽きますね」

 

 本当にミツハさんは可愛いです。

 

 透明ですがハッキリと女性と分かる外見と幼さの残る声、古めかしくて尊大な口調も実直で天然な言動とのギャップでむしろ萌えますし、精霊様だと分かっていてもたまにグッとくる事があります。

 

 これがオジサンぽかったらと思うと百万倍くらいの差でミツハさんの勝利ですね。

 

 そういえばですが、他の精霊様ってどんな方たちなんでしょう。

 

 私が持っている精霊様のイメージはと言うと某人気RPGゲームのテイルズなんちゃらがベースになっているのですが、どう見てもミツハさんはお姉さんキャラには無理がありますし、やっぱり違うんですかね。

 

 オヤジなイフリートにお子様なシルフはまだしもノームは生き物として定義しにくいですし。

 

 コチラの魔法のイメージは、火は破壊、水は治癒と精神操作、風は飛行と分身、土は物質の変化と言われています。

 

 そのイメージから行くと、火の精霊様は願望ですけどやっぱりキュルケ嬢みたいなグラマラスなお姉さんを期待しちゃいます。

 

 手を出したら大火傷みたいな。

 

 土の精霊様は職人って感じの無口でイカツい感じ。

 

 風の精霊様は……性格の悪い紳士?

 

 黒執事のセバスチャンとかどうでしょう。

 

 あ、やっぱり今のナシで。

 

 もしそうだったら怖過ぎますから違うのにしておきましょう。

 

 えっと~~そうですね、昼寝大好き伝勇伝のライナ・リュートとか……って結局キレたら怖いか。

 

 まぁ原作でも出てきてませんし、きっと会う事もないでしょう。

 

 ……そこはかとなくフラグっぽいですね。

 

「カミル?」

「あぁ、ごめんなさい。何でもないですよ。ちょっと考え事です」

「そうか」

「訓練、始めましょうか」

「うむ」

 

 ミツハさんに真相を聞いてもいいんですけど、何となく知らない方がいい気がするのでここはスルーの方向で行きたいと思います。

 

「じゃあミツハさん、いつものやつお願いします」

「分かった」

 

 そう言うと湖面から発生した霧が辺りに広がっていきます。

 

 これはミツハさんなりのディテクトマジックです。

 

 一応注釈しておきますが、ディテクトマジックと言うのは魔力や生物を探知したり構造や流れを調べる魔法のことです。

 

 ミツハさんの存在をなるべく秘密にしておきたいと言う意味もありますが、基本的には凶暴な亜人や肉食動物が近くにいないか調べるためです。

 

 安全確認は大事ですからね。

 

 部屋くらいの範囲なら私にも出来るのですが、屋外で、しかも広範囲となるとミツハさんに頼るしかなくなってしまいます。

 

 さすが精霊様です。

 

「カミル」

「はい?」

「少し離れた所に傷付いた古き血の獣がおるぞ」

「古き血の獣……危ないやつですか」

「いや、人は襲わない」

「怪我してるんですか」

「そうだ」

 

 う~~ん、ちょっと迷いますが、今は余裕もありますし確認だけでもしておきましょう。

 

「どこら辺ですか」

「あの茂みの奥じゃ」

 

 人を襲わないとは言っても手負いの獣は何するか分かりませんから警戒はしたまま慎重に探します。

 

「あそこじゃ」

 

 太い木の根元、うろの様なくぼみに何か……。

 

「あれって、イタチ?」

 

 近付いてよく見ると、50サント(cm)くらいのイタチが白い毛並みを所々血で赤く染めて倒れています。

 

 イタチは意識があるらしく、近付いてきた私から逃げようとしますが体に力が入らないようで身をよじるのが精一杯といった感じです。

 

 これなら危険はなさそうですね。

 

 治療してあげましょう。

 

「怖がらなくて大丈夫ですよ。今、治療してあげますからね」

 

 言葉が通じるとは思っていませんが、少しでも気持ちが通じる事を期待して声をかけながら傷口に杖をかざします。

 

「ヒーリング」

 

 治癒魔法をかけますが、ラインメイジに上がったばかりの私の魔法では、どうやら止血するのが精一杯で傷口を完全に修復するには至りません。

 

 自分の力不足にネガティブになりそうになるのを首を振って振り払い、顔を上げます。

 

「ミツハさん、傷口に一滴かけてあげてください」

「分かった。古き血の獣よ、カミルに感謝するがいい」

 

 水の精霊様の宿った水は『水の精霊の涙』といって高い治癒力をもつ秘薬になります。

 

 それを媒介にしてヒーリングの効果を高め、再度魔法をかけます。

 

 今度は上手くいき、傷口が塞がったことにホッと一息。

 

 しかし忘れてはならないのが、治癒魔法の欠点は怪我が治っても失った血と体力が戻るわけではないところ。

 

 もしこのままイタチをここに放置していったら、逃げられず他の動物に食べられてしまうでしょう。

 

 治療した手前、それは避けたい。

 

 ということで、今日の訓練は諦め、最後まで面倒を見ようと屋敷に連れて帰る事にしました。

 

 屋敷の敷地に入ると洗濯物を干していたポーラが私に気付き声をかけてきます。

 

「お帰りなさいませ、カミル様。いつもよりお早いお帰りですね」

「えぇ、湖に行ったらこの子を拾ってしまいまして」

「イタチ……ですか? 食べるのですか」

「食べませんよっ!? 怪我をしてたので治療したんです」

 

 なんですか、この子の中では私は食いしん坊キャラなんですか。

 

「危なくないですよね」

「それは大丈夫だと思います。それに体力が回復したら元の場所に放すつもりですから」

 

 ミツハさんの言っていた古き血の獣というのが気になりますが、野生動物はなるべく野生にいるべきですからね。

 

「それでは血を拭くのにお湯とタオル、寝床用に籠にタオルを敷いて、餌は……乾燥肉とミルクでいいかしら。すぐに準備しますね」

「はい、お願いします」

 

 パタパタと小走りで屋敷に向かうポーラの後をゆっくり付いて行きます。

 

 治療が終わってから私に敵意がないと判断したのか、それとも体力の限界だったのか、腕の中で大人しく眠っている白いイタチ。

 

 原作のカトレアさんもこうやって動物の友達を増やしていったのかなと思うと少し愉快な気持ちになります。

 

 その後はお風呂場で血を拭き取ってあげてから、タオルを敷き詰めた籠に入れて私の部屋に運び、近くに餌を用意しておきます。

 

 最初、私の部屋に運ぶのは危険があるのではと反対されましたけど、小型の動物ですし大丈夫だと押し切りました。

 

 でも本当の理由はミツハさんに監視をしてもらうためだったりします。

 

 精霊は睡眠を必要としませんから、監視役にはうってつけと言うわけです。

 

 それにミツハさんは私よりずっと強いですからね。

 

 監視だけじゃなく護衛役としても凄く優秀です。

 

 まぁ人は襲わないと言っていましたから、その点は心配はしていないのですが念のために。

 

 何事も安全第一です。

 

 その後は部屋で趣味に勤しみ、何事もなく就寝。

 

 呼吸は安定していて寝苦しそうにもしていませんでしたから過度な心配はしないで済みましたけど、結局イタチはその日目を覚ます事はありませんでした。

 




イタチはどうなってしまうのか。
気になりますが、長くなってしまうので話を分けました。
次はイタチと定番の内政話を入れて、事件はその次ですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

続10歳、新しい友達ができました

 ぼんやりと意識が浮かび上がって行きます。

 

 目を開けると月明かりだけの薄暗い天井。

 

 視線を横にずらして窓の外に移すと、満天の星空に月が二つ。

 

 まだ日の出前ですね。

 

 基本的に、定時に寝て定時に起きる体内時計の整った私にしては、とても珍しい事です。

 

 やっぱり昨日の訓練をお休みしたせいでしょうか。

 

「昨日は……。あ、イタチは」

 

 おぉ、置いといた餌はきちんとなくなってますね。

 

 夜中にでも起きたんでしょう。

 

 一安心です。

 

 これなら近い内に森に帰せますね。

 

「ミツハさん、古き血の獣でしたっけ? 何か変わった様子はありませんでしたか」

「我には変わった様子というものが分からんが、カミルに危害を加えようとはしなかったぞ」

「部屋から出ようとしたり、走り回ったりは」

「うむ、していなかったな」

「そうですか、ありがとうございます」

 

 野生の動物なら目が覚めて知らない場所、しかも屋内にいたらとりあえず外に出ようとすると思うんですけど、人に慣れているのでしょうか。

 

 カトレアさんは例外として、馬や牛みたいに利用価値のある動物以外の純然たる愛玩動物、いわゆるペットはコチラの世界では珍しいはずですけど。

 

 他に考えられるとしたら使い魔のケースですが、隅々までは確認していませんが、見た感じルーンは無かったような……。

 

 あ、でも確か使い魔の契約はどちらかがお亡くなりになった時点で解消されるはずでしたよね。

 

 そういう可能性もありますか。

 

 まぁ暴れて欲しいわけではありませんから、大人しいのは大歓迎です。

 

 とりあえずまだ時間も早いですし、もう一眠りしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二度寝から覚醒し、朝食を食べて部屋に戻ると、こちらを見上げたイタチと目が合いました。

 

「あっ、起きましたね」

 

 近付いて抱き上げます。

 

 あぁ、もふもふしています。

 

 昨日は気付きませんでしたが、大きな青い瞳がクリクリしてて可愛いですね。

 

「傷は治しましたけど、どこか痛い所はありませんか」

 

 ベッドに腰を下ろしイタチを膝の上に乗せ、背中やお腹を撫でたり、手足や尻尾を摘んだりしてみます。

 

 なんて愛らしいんでしょう。

 

 いえ、痛がったりしないかチェックしてるだけで他意はありません。

 

「よし、特に痛そうにはしてないですね」

 

 良かった良かった。

 

「言葉が通じれば楽なんですけど、こればっかりは反応で確認するしかないですね」

「いいや」

「ミツハさん?」

 

 サイドテーブルの上に置いたブレスレットにハメられている水石から人形サイズのミツハさんが出てきています。

 

「カミルよ。その古き血の獣は人の言葉を解するぞ」

「ホントですかっ!?」

 

 ビックリして膝の上のイタチに目を向けると、

 

「(分かる)」

 

 耳からではなく頭に直接声が響きました。

 

「今のはあなたが」

「(うん)」

 

 おお、しゃべる動物とはさすがファンタジー世界。

 

「会話が出来るなら助かります。ではまず現状ですけど、昨日湖の近くで怪我して倒れていたあなたを治療して家に連れて帰って来ました。森に帰るのは元気になってからでいいので、それまではここでゆっくりしていて良いですよ」

「(なぜ)」

「なぜ?」

「(おまえ、優しい、なぜ)」

 

 質問の内容そっちのけで「人の言葉が分かると言っても片言なんですね」と余計な事を考えてみたりして。

 

「色々その場での条件とかありますが、それがクリアできるなら目の前で怪我していれば助けるのは当たり前だと思いますよ」

「(条件)」

「知りたいですか」

「(うん)」

「そうですね。まずは助ける手段があること。そしてその手段による損失を許容できること。時間とかお金とか道具とかですね。次に助けた事によって自分とその周辺に被害が出ないこと。助けた相手に殺されたら目も当てられないですから。後は助けた後の世話ができること。その世話の負担を許容できること。勝手に助けた場合、その行為は相手のためだろうと結局は自分勝手な行為です。だから助けた命に責任を持たないといけない。そんな感じですね。分かりましたか」

 

 人間ぽく首を傾げてるイタチに聞き返す。

 

「(分かる、でも、難しい)」

「そうですか」

 

 その可愛らしい仕草に自然と頬が緩みます。

 

 知能レベルは、小学生の低から中学年といった所でしょうか。

 

「そういえばまだ自己紹介していませんでしたね。私はカミル・ド・アルテシウム。カミルと呼んでください」

「(エコー、でも、名前、ない)」

「エコーが名前じゃないんですか」

「(違う、エコー、種族、人間、一緒)」

「そうですか。えっと、では何とお呼びしたら」

「(カミル、名前、付ける、欲しい)」

「私があなたの名前を付けていいんですか」

「(うん、お願い)」

「分かりました」

 

 ミツハさんに次いで2度目ですね。

 

 責任重大ですが、イタチと聞いて日本人が連想するのはこれしかないので悩まないで済みます。

 

「『イズナ』というのはどうでしょう」

 

 超有名、ご存知『管狐』です。

 

 狐と言いながら、あれはイタチですからね。

 

 ちょうどいいと思います。

 

「(イズナ)」

 

 響きを確認するように呟いてから、

 

「(名前、嬉しい、ありがとう)」

「気に入ってもらえて私も嬉しいです。よろしくお願いします、イズナさん」

 

 喉を撫でてやると、嬉しそうに喉を鳴らしています。

 

 あぁ、小動物って癒されます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日が経ち、イズナさんも無事に元気になりました。

 

 そこでイズナさんがどんな一日を送っているかここで紹介しようと思います。

 

 朝、メイドが来るより先に私の顔を舐めて起こしてくれます。

 

 これで起きないと段々と手段がエスカレートしていきます。

 

 まずは肉球で顔をムニムニ、次は指や手を甘噛み、ここまではサービスと言ってもいい快適な目覚めなのですが、それでも起きないと強硬手段で顔によじ登って来ようとします。

 

 イズナさんは軽いと言っても3kgくらいはありますし、そうじゃなくても毛むくじゃらなボディで鼻や口を塞がれてはさすがに寝ていられません。

 

 柔らかいのはいいのですが、痒かったりこそばゆかったりするのは耐えられません。

 

 顔を洗った後は一緒に朝食を食べます。

 

 さすがにテーブルを一緒に囲むとはいきませんので、イズナさんは椅子の下ですが。

 

 イズナさんの食事は野生動物だけあって基本は生食。

 

 雑食らしいのですが、家では肉か魚しか出しません。

 

 午前中、ミツハさんと湖に訓練に行く時は必ず付いてきて、周辺で木の実だったり虫だったりを食べています。

 

 泳ぐのは割と好きなようで、私達の休憩中に水浴びをしている事もあります。

 

 その後は岩の上で日向ぼっこをしながら濡れた毛を乾かす。

 

 見ていて和みますね。

 

 午後は、私が座学をしている時はその辺を走り回ったりしていますが、領地の方に外回りに行く時は馬車の中で私の膝の上を指定席にして付いてきます。

 

 そして夜、夜行性ではないらしく私が寝る前にはもう籠の中で丸まっていますが、私がベッドに入るとトテトテと近寄ってきて枕元で改めて丸くなります。

 

 冷える日は布団の中に入ってきてヌクヌクです。

 

 と、こんな毎日を送っているイズナさんですが森に帰る気はないそうで、すっかり私のペットという扱いになっています。

 

 危険もないですし、ご飯と寝床の心配もない事から満足なんだそうです。

 

 森の奥の奥の奥に行けば群がいるらしいのですが、エコーは子供を群で育てる関係で家族意識は薄く、群も増えたり減ったりは日常的らしいので別に戻らなくても大丈夫なんだとか。

 

 そしてイズナさん豆知識ですが、エコーは人間の言葉を話せるだけじゃなく、なんと魔法も使えました。

 

 と言っても私達の使う系統魔法ではなくエルフなどの亜人が使う先住魔法で、その中でも特殊な魔法『変身魔法』が使えます。

 

 ものは試しにと私の姿に変身してもらったのですが、ありきたりな表現ですけど、それは鏡の中から抜け出して来たようでした。

 

 魔法って何でもありなんだなと改めて実感です。

 

 質量保存の法則とか鼻で笑われちゃいますね。

 

 しかしこの魔法にも欠点がありまして、変身できるのは見た目だけ。

 

 私になったからといって、同じように話せたり魔法が使えたりはしません。

 

 中身は変わらず、外見だけ擬態する魔法のようです。

 

 きっと小動物が捕食者から身を守るために身に着けた能力なんでしょうね。

 

 この魔法、擬態される側からして見れば分身と言えなくもない現象ですが、そう考えると例の風のスクウェアスペルが気になります。

 

 分身体に固有の自我があり、魔法まで使えるというチート魔法。

 

 とんでもないですよね。

 

 どこぞの不人気教師の風最強説も納得です。

 

 そんな事ないと有り難いんですが、戦争中に風のスクウェアメイジと戦う事になった場合の対策も必要ですよね。

 

 後方支援希望とは言っても、怪我人が出るのは前線ですから遭遇しないとも限りません。

 

 と言うか、攻め込まれたら確実に殺られます。

 

 理想としては空中地上問わず複数の相手を一度に殲滅できる魔法。

 

 私だけでは無理でも、ミツハさんに協力を仰げば可能かもしれません。

 

 そのうち相談してみましょう。

 

 おっと、話が逸れてしまいましたので改めて、私の生活にイズナさんという癒しが追加されました。

 

 いつかエコーの巣にも行ってみたいですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わりまして、今日はお父様と領内のとある村に来ています。

 

「よし、発酵が終わって臭いがなくなってるな」

「では」

「うむ、次の実験に移ろうと思う。村長、これを肥料としてどのくらい撒けば効率が良いか、打ち合わせ通りに調べてくれ。今まで使っていた家畜の糞から作った肥料と比べると柔らかいから加減が難しいとは思うが」

「そうですな」

「だが、その出来次第ではこの方法を領地全域、ひいてはトリステイン中に広めていく大事業だからな。しっかりと頼む」

「責任重大ですな」

「あぁ、成功したらこの肥料の作り方を村の名前を取ってカザール式肥料とでも呼ぶ事にしよう」

「よ、よろしいのですか」

「ハルケギニアの歴史に村の名前を刻むチャンスだな」

「あ、ありがとうございます。精一杯やらせていただきます」

 

 何の話をしてるかと言うと、衛生問題の解決策として肥溜めで肥料を作っています。

 

 アチラで読んでいた二次創作でも定番でしたからね。

 

 私もそうですが、自分でやり方を調べた方も多いと思います。

 

 と言うわけで、試しているのは場所と時間がかかりますがなるべく臭くない方法です。

 

 深さ2メイル(m)くらいの穴に集めた人糞と落ち葉を一緒に入れ、発酵が終わり臭いがなくなるまでだいたい1年ほど放置して完成となります。

 

 期間を短くして水で薄めて使う方法もあるようですが、それだと臭いがキツイらしいので止めておきました。

 

 食べ物を作るのに人糞を使うという事に抵抗を感じるのは当然で、だからせめて臭いだけでもなくしておかないとと配慮した結果です。

 

 この肥溜め作りは、領地運営を仕切っているお母様に了承をもらい、お父様と協力して1年ほど前から取り組んでいます。

 

 村や街に公衆便所と排泄物の集積場を作り、そこ以外での排泄を禁止。

 

 村では各家に任せていますが、街では各家の排泄物を回収して街の外にある集積場まで持っていく仕事を作りました。

 

 街が臭いのも嫌ですけど、それよりももっと切実な問題として、この衛生問題を放置しておくと黒死病ことペストが流行る危険性があり、介入するのは長生きするために絶対に必要だと判断しました。

 

 知ってますか、ペストの死亡率って20%もあるんですよ。

 

 抗生物質なんて素人が作れるわけないですし、魔法を過信してもし駄目だったらなんて分の悪い賭けはしたくありません。

 

 その根拠として、ハルケギニア6000年の歴史の中でしばしば流行病として大規模な死者が発生した事があるそうです。

 

 もちろん平民だけでなく貴族の中でも死者が出ています。

 

 その原因がペストかどうかは分かりませんが、野ざらしの排泄物は菌や害虫の増殖するかっこうの苗床ですからね。

 

 無いに越した事はありません。

 

 あ、ちなみにですが、肥溜め云々の知識については自分で1冊の本にしたため、出入りの商人に賄賂を掴ませて「東方からの珍しい本が手に入ったのですが」と持って来させました。

 

 ネットスラングで言う所の自演乙ですね。

 

 後は実験大好きなお父様をたきつけるだけの簡単なお仕事でした。

 

 案外うまく行くものです。

 

 この政策が成功し、トリステイン、ひいてはハルケギニア中に広まる事を期待しましょう。

 

 こういうのは一部だけで実施してもあまり意味がないですからね。

 

 もしそれでも政策の甲斐なく、またはその範疇にないインフルエンザの様な流行病が猛威を振るう自体が起こってしまった場合は、ミツハさんに精霊の涙を大量に作ってもらい水の秘薬を安価にばら撒くなどの対策が必要になるかもしれません。

 

 戦争も怖いですが、見えないうえに逃げられない病気も怖いです。

 

 やっぱり長生きするためには、この2点が重要ですね。

 




ミツハさんに続き、マスコット②としてイズナさんが加わりました。
内政については定番なので今更ですね。
しかし作者はこういう細かい所が飛ばせない性分なので。
次話からようやく話が動きます。
が、かなり書き直さないといけないので、ちょっと大変です。
ご都合主義な展開は、まぁ諦めてもらうとして……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

続~10歳、非常事態発生ですっ!!

 困りました、困りました、困りました。

 

 はぁ~~、早口言葉で10回くらい言ったら問題が勝手に解消してくれないでしょうか。

 

 無理ですか、そうですか。

 

 はぁ~~、溜め息が止まりません。

 

 まさかこんな事で頭を悩ます日が来ようとは、さすがに予想外です。

 

 あれですか、日頃からブリミルにお祈りするフリをして転生させてくれた女神様にお祈りを捧げていたせいで、ブリミルがお冠とかそう言う事ですか。

 

 つまりこの事態はブリミルからの嫌がらせと。

 

 仮にも神様と崇められている存在がする事じゃありませんよね。

 

 そんな調子だから虚無関係で子孫に迷惑かけるんですよ。

 

 あ、どうも、絶賛現実逃避で負け惜しみ中のカミル・ド・アルテシウム、10歳の冬です。

 

 まぁ、嘆いてばかりいても仕方ありませんから少しは建設的に頭を使う事にしましょう。

 

 まず何が起こったかと言うと、姉様の結婚が決まりました。

 

 わぁ~~、パチパチパチパチ~~。

 

 ……………………。

 

 えぇ、ヤケクソですが何か?

 

 ……………………。

 

 止めましょう。

 

 不毛です。

 

 こほん、仕切り直しまして、姉様の結婚自体はお目出度い事なのですが、問題はそのお相手です。

 

 しっかり者の姉様の事ですから、どこぞのヒステリック女史のように行き遅れたり、見栄ばかり張って借金を増やすような貧乏くじを引かされる事はないと思っていましたが、まさかこんな結果になるとは……。

 

 いくら好きに選んでいいからと言って、何もわざわざアルビオン貴族の方を選ばなくてもいいじゃないですかっ!!

 

 その男性は、うちがアルビオンの窓口として取引している家の長男で、家柄も経営状態も問題なく、先日行われた顔合わせでも確かに人柄も良さそうではありましたが、問題はそこではありません。

 

 アルビオンと言えば、レコンキスタによるクーデターによりウェールズ王子を始め王に近い王侯貴族は全滅。

 

 そのレコンキスタも裏で糸を引いていた黒幕ガリア王ジョセフに見限られ、最終的にはこちらも全滅。

 

 つまり王党派に付こうと貴族派に付こうとアルビオン貴族に未来はないと言う事です。

 

 お先真っ暗ですね。

 

 最悪、姉様だけでも実家に呼び戻すという手もありますが、これは姉様自身が却下されると思います。

 

 姉様の性格からすれば、最後まで旦那様を支えきってみせるでしょう。

 

 えぇ、命の灯が消えるその瞬間まで……。

 

 グスン、泣いてないですよ。

 

 これは心の汗です。

 

 と言うか、泣いている場合ではありません。

 

 私の行動指針は『二度目の人生は長生きする』ですが、それはただ年を重ねると言う事を意味しているのではありません。

 

 それは平穏で満ち足りた人生を送り天寿を全うしたいという願いなのです。

 

 当然ですが、大好きな姉様を見殺しにするなんて選択肢は論外です。

 

 こんなの私のキャラじゃないのですが、こうなってしまっては覚悟を決めるしかありません。

 

 私は私のために私の願いを全てにおいて優先しますっ!!

 

 と、格好つけた所で出端をくじく様で申し訳ないのですが、まだ10歳の子供でしかない私では行動の自由度がほとんどありません。

 

 怒られずに済むのは徒歩またはフライで一時間で行って帰って来られるくらい範囲のみ。

 

 俗に言う「ご飯までに帰って来なさい」というやつです。

 

 勝手に自領から出るのなんて以ての外。

 

 つまり何をするにも協力者の存在が必要不可欠。

 

 候補は、まぁお父様とお母様しかいないわけですが、説明が難しいですね。

 

 転生云々、未来の知識云々は正直無理でしょう。

 

 むしろ信じる方がどうかしています。

 

 在り方の違いが分かるミツハさんは例外中の例外ですね。

 

 まぁ泣き言を言っても仕方ないですからどうにか上手くやるしかありません。

 

 最終目標を『アルビオンにおける内乱の阻止』として、考えられるいくつかの手段に対する情報収集と根回し、それにカモフラージュの理由を設定してお願いと説得をする。

 

 アンドバリの指輪がこちらにあるからと言って油断はできません。

 

 目標は、内乱の規模縮小ではなく、あくまでも内乱の阻止。

 

 場合によっては非合法な手段も取らないといけなくなると思います。

 

 その際、姉様を言い訳にはしません。

 

 これは私が幸せになるための単なる我が儘。

 

 歴史を変える事の、どう取ればいいか分からない責任なんて気にしません。

 

 これより先の未来は全て白紙です。

 

 考えてみれば、それが普通なのですから臆する事はありません。

 

 願わくば私と家族とその周りの者に幸多き未来が訪れますように……。

 

 ブリミルには願いませんけどね。

 




今話は問題提起という事で短いですが、これでやっと物語が動き出します。

と、その前に含んでおいてもらいたいポイントがあります。
問題、公爵と伯爵、身分の高いのはどちらでしょう。
これは当然公爵です。
では次の問題、公爵は伯爵に命令できるでしょうか。
これは出来ません。
公爵だろうと伯爵だろうと、はたまた男爵だろうと身分に違いはあっても、それは上司と部下の関係ではなく、あくまでも貴族は王にのみ仕えているのであって、命令を下せるのは王のみです。
とは言っても、王の定めた階級制度によって上位者に対して礼を取るのは当然で、しかも権力や財力で圧倒的優位に立っている相手に逆らう馬鹿はいません。
ただ、それは軍隊のような縦社会ではないと了解しておいてください。
言うなれば、放射状社会ですかね。
王を中心に貴族が散らばっていて、身分によって王までの近さが違う。
そして王と貴族の間に他の貴族が入る事はない。
そんな感じです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

続~10歳、まず初めに説得しなきゃいけないのは

「ほら、あ~ん。ふふ、こういうの懐かしいわね。カミルは覚えてないかもしれないけど、小さな頃にもこうやって看病してあげたことあったのよ。あの頃のカミルは本ばっかり読んで欲しがる大人しい子だったのに、私が学院から帰って来る度にちょっとずつ逞しくなっていって、今では魔法も領地運営の勉強も頑張ってて、まだ10歳なのに」

 

 姉様は一端言葉を切り、私の口元にスプーンを向けてくれます。

 

「あ~ん。よく噛んでゆっくりね」

 

 そして少しだけ気落ちした表情に変わり、いつも元気な姉様には似合わない寂しげな微笑みを浮かべます。

 

「このままカミルの成長を一番近くで見ていたいけど残念ね。自分で決めた事だから仕方ないけど」

「姉様」

「うん? 次?」

 

 催促だと思った姉様を続く言葉で止めます。

 

「結婚、して欲しくないです」

 

 無理なのは百も承知です。

 

 貴族の婚姻というものは軽々しく破棄できるものではありません。

 

 でも一縷の望みをかけて、思いが少しでも伝わるように……。

 

「カミル……もう甘えん坊なんだから。大丈夫、ちょっと遠くに行っちゃうけどお姉ちゃんはずっとカミルのお姉ちゃんだから」

 

 そう言って姉様は優しく抱き締めてくれます。

 

 でも違うんです、姉様。

 

 そうじゃないんです。

 

 理由は説明できませんが、私は姉様に死んで欲しくないだけなんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お見苦しい所をお見せしました。

 

 カミル・ド・アルテシウム、10歳の冬継続中です。

 

 アルビオンの事で思い悩んでいたら、うっかり風邪を引いて寝込んでしまいました。

 

 病気に対しては水の秘薬も対処療法的に症状を抑えたり、栄養補給で自然治癒力を高めたりしかできないので、こうスパッと治せたりはしません。

 

 まぁそのお蔭で姉様に看病してもらたわけですから、むしろ良かったかもしれません。

 

 アルビオンの事が上手く行こうと失敗しようと、お嫁に行ってしまう姉様に看病してもらえる事はもうないでしょうから……。

 

 さて、しんみりしていても仕方ありません。

 

 出来る事からサクサクやっていきましょう。

 

 まずはお父様とお母様の説得です。

 

 これに失敗すると家出を考えないといけないですし、後の計画が全て強硬策になってしまうので重要度は高いです。

 

 夕食後、姉様が席を外したタイミングで話を切り出します。

 

「お父様、お母様、少しよろしいですか」

「どうしました、カミル」

「折り入ってお話があります」

「随分と改まったな」

「なので、できましたら人払いとサイレントをお願いします」

「……いいでしょう」

 

 お母様が使用人に目配せをし、サイレントをかけてくれます。

 

「ありがとうございます」

「それでは要件を聞きましょう」

「はい。まずは紹介したい人……人? えっと、とりあえず友達を紹介させてください。ミツハさん出てきてください」

 

 私の言葉に応え、腕輪の水石から15cmサイズのミツハが出て来てくれます。

 

「彼女はミツハさん。ラグドリアン湖で友達になった水の精霊様です」

「なんとっ」

「これは……」

 

 二人とも驚いていますが、お父様に至っては大変珍しい事に完全に糸目が開かれています。

 

「内緒にしていた事に引け目は感じていましたが、事が事だけに軽々しく口に出来る事でもありませんでしたので」

「それは……まぁそうだな」

「カミル、ご挨拶させてもらっても大丈夫かしら」

「はい。ミツハさん、ご紹介します。こちらが私の父でダニエル、こちらが母のイレーヌです」

「水の精霊様、お初にお目にかかります。カミルの母、イレーヌ・ド・アルテシウムと申します」

「ち、父のダニエルです」

「うむ、カミルは我に名前をくれた無二の友だ。その方たちがカミルの身内だと言うのなら悪い様にはせぬ」

 

 相変わらず尊大な口調ですが、ミニサイズだといつも以上に愛嬌があって可愛いですね。

 

「しかし我は単なる者の区別がつかん。よってその方たち、我に血を捧げよ」

「血……ですか」

「うむ」

 

 さすがにいきなり血を寄越せと言われて二人とも困惑してしまっています。

 

 フォローを入れておきましょう。

 

「ミツハさん、それは一滴とかで大丈夫ですか」

「そうじゃ」

「そ、そうでしたか」

 

 お父様は愛想笑いで場をごまかし、お母様は胸に手を当て安堵の息を漏らしています。

 

 それからお父様の出したブレイドの魔法で指先を切り、ミツハさんに血を垂らします。

 

「我は全なる一の存在。我に用のある時は水辺にて血を垂らすがよい。場合によっては聞き届けよう」

「ありがとうございます、ミツハさん」

「気にするでない。これも友のためじゃ」

「それでもですよ」

 

 自己紹介も終わった所で、ミツハさんには一端戻ってもらいます。

 

「ふふ、カミルは凄い友達がいるのね」

「えぇ、最初は私も驚きましたが、大切な友達です」

「それで? 友達を紹介するのが目的ではないのでしょう」

 

 今まで隠していた精霊様と友達という爆弾は、十分にお母様の表情を緊張させる効果があったようです。

 

「はい。ご承知かと思いますが、水の精霊様との交渉役は代々モンモランシ伯爵家が担っていましたが、昨年その契約が解消されてしまうという事件がありました」

「えぇ、そうでしたね」

「ミツハさんから事情を聞いた所、原因は100%モンモランシ伯の礼を逸した言動にありましたので、これは言ってみれば自業自得なのですが、このまま家が衰退していき、あまつさえ爵位の返上となってしまっては本人はともかくご息女が可哀想です」

「それで仲を取り持とうと言うのかしら」

「はい、もちろん見返りはいただきますが」

「それにも腹案があるようですね」

「はい、モンモランシ伯爵領は隣国ガリアに面しています。まずはそちらとの新たな交易ルートの開拓と併せて関税の引き下げお願いしようと思っています」

「悪くないですね」

「それに加えてラグドリアン湖にて大々的な園遊会を開いてもらい、そこで提供される飲食の全てを我が領に独占して発注してもらうと言うのはどうでしょう」

「園遊会ですか」

「新しいお酒のアピールに丁度良いかと」

「そうですね」

 

 家の運営はお母様が取り仕切っているせいでお父様がすっかり蚊帳の外ですが、気にせず話を進めてしまいましょう。

 

「その関係で、モンモランシ伯にはヴァリエール公爵家への取り次ぎと協力を合わせてお願いしようと思っています」

「ヴァリエール公爵とはまた大物を」

「お母様はヴァリエール家のカトレア様の事はご存じですか」

「えぇ、噂程度には。病弱で治療もなかなか効果がないとか」

「はい、私は姉様経由で聞いたのですが、もしかしたらミツハさんなら治せる可能性があるかもしれません。長女のエレオノール様は姉様のお友達ですし、出来たら力になってさしあげたいのです。ただ、これだとウチの『中央にはなるべく近付かない』という方針に合わないので、事前にお母様にご相談をと思いまして」

 

 建前ですけどね。

 

 言いませんが。

 

「そうですか……」

 

 お母様が難しい顔でしばし考え込みます。

 

「カミル」

「はい」

「アルテシウムに不利益になりそうな事で言っておかなければならない事はありますか」

 

 あぁ、やはり隠し事があると分かってしまいましたか。

 

 さすがお母様、敵いませんね。

 

「不利益になるような事はないと確信していますが、実は少し調べものをお願いしようと思っています」

「調べものですか」

「はい、アルビオンについて」

 

 出来るだけ真面目な表情を作ったつもりですが、私の発言の意図に気付いた様子のお母様が、

 

「ぷっ」

 

 吹き出されましたっ!!

 

「ふふ、そんなにジュリアが心配ですか」

 

 笑われたのは大変不本意なのですが、事情を話すわけにもいきませんし、完全に誤解というわけでもないので反論できません。 

 

「……姉様には内緒でお願いします」

 

 お母様の中では、姉の事が心配で自分の秘密を暴露してでも嫁ぎ先を調べようとするシスコンの弟という図式が成り立っている事でしょう。

 

 これも姉様の死亡フラグをへし折るためです。

 

 我慢我慢。

 

「分かりました。モンモランシ、ヴァリエール両家に向かう際はダニエルが付き添い、協力が確約された時点で後の細かい詰めの話は私が受け持ちましょう。後はカミル、あなたの思うようにやりなさい」

「ありがとうございます、お母様」

 

 まだこちらを面白がっている雰囲気が窺えますが、とりあえずお母様からの了承は得られました。

 

 第一段階はクリアですね。

 

 姉様の結婚式までに話をまとめないといけませんから、明日にでも手紙の手配を済ませてしまいましょう。

 

 どちらの交渉相手も切羽詰まってますから問題ないと思いますが、こちらが子供という事で舐められてしまうかもしれません。

 

 気を引き締めて行きましょう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

続~10歳、モンモランシ伯爵邸にて

注釈ですが、サブタイの年齢は4月を基準に加算されていくので、年が明けても冬の内はまだ10歳という事でお願いします。
読み返してみたらモンモランシ伯がミツハさんを怒らせたのが10歳の話の中だったのですが、この話の中で「昨年」と言ってしまっているので、齟齬をきたさないために説明させていただきます。


「遠路はるばる、ようこそお出で下さった、アルテシウム伯」

「いえ、こちらから声をかけたのです。足を運ぶのは当然の事。むしろ、押しかけてしまって申し訳ない、モンモランシ伯」

「そう言ってもらえると助かる。ほら、モンモランシー、挨拶を」

「モ、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシです。アルテシウム伯、お会いできて光栄です」

「初めまして、Miss.モンモランシー。可愛らしい上に利発そうとは、伯もご自慢でしょう」

「ははは、分かりますか。親の私から見ても、社交界に出れば引く手あまたになるのは確実だと、今から心配しておる次第です」

「も、もう、お父様ったら」

「では、こちらも」

「お初にお目にかかります。カミル・ド・アルテシウムです。モンモランシ伯、此度は急な話にも関わらず時間を作っていただきありがとうございます。Miss.モンモランシー、社交の場に出る前にレディの様な素敵な女性にいち早くお会いできた事、始祖ブリミルに感謝します」

「お、お上手ですのね」

「伯の御子息も年齢以上にしっかりしておられるようだ。羨ましい事ですな」

「本人も頑張ってはいるようですが、まだまだ未熟者。いつボロが出るか冷や冷やしてますよ」

 

 と言うわけで、さっそくモンモランシ伯爵家にお邪魔しています。

 

 ただ「さっそく」とは言っても手紙のやり取りと移動で、お母様の了承を貰ってから一週間ちょっと経ってしまっていますが。

 

 電話がないのって不便ですね。

 

 まぁ作れませんし、作りたいとも思いませんが。

 

 さておき、手紙の内容は「昨年起こった貴家の災難に対して当家が力になれるかもしれない。一度会って話をしてみませんか」といったもので、半信半疑だとは思いますがリターンが早く好意的だった事からモンモランシ伯の焦りが窺えます。

 

 水の国と呼ばれるトリステインにおいて、水の精霊との交渉役という地位は存外高く、水の精霊の涙を使った秘薬によって利益と実質的な影響力を持っていたのですが、それが全てなくなってしまった。

 

 宮廷では「近々正式に交渉役を降ろされ、ラグドリアン湖から領地替えされる」との噂も立っているとかなんとか。

 

 景勝地としても有名なラグドリアン湖、その観光収入も併せて失ってしまっては今までの様な暮らしは到底望めないでしょう。

 

 一度覚えた贅沢を忘れられる人はそう多くありません。

 

 ゆえにモンモランシ伯は焦っている。

 

 予想していたとはいえ好都合ですね。

 

 歯の浮く様な貴族らしい相手を褒め合う型通りの挨拶を終え、客間に移動すると早々に本題に移ります。

 

「それでアルテシウム伯、本家の災難というのは水の精霊の一件の事という事でよろしいか」

「えぇ、その通りです」

「失礼だが、ラグドリアン湖から遠い領地のそなたに解決策があると言われても、こちらとしては半信半疑でな」

「まぁ当然ですな」

「だが、当家の現状は不確かな情報にもすがりたい程、切迫しているのが実情なのだ。ぜひ、力を貸して欲しい」

「私個人としては水の大家であるモンモランシ家と繋がりが出来るのは大変好ましいと思っているのですが、生憎と今回の交渉役は私ではなく息子なのですよ」

「ご子息が」

「カミル」

「はい。それではお話させていただきます」

「う、うむ」

「まず初めに、水の精霊様との一件の非がモンモランシ伯の失言にあったと解釈していますが、これはよろしいですか」

「あれはっ……いや、言い訳はするまい。あれは完全に私の落ち度だった」

 

 プライドの高い貴族が素直に自分の過ちを認めるなんて本当に堪えてるみたいですね。

 

「反省されている様で安心しました。もし傲慢な態度のままでしたらこのまま帰る所でした」

「そ、そうか」

「それでは条件を提示させていただきます。こちらには水の精霊様との仲を取り持つ用意があります」

「おぉっ」

「ただし、対象はモンモランシ伯ではなく、ご息女のMiss.モンモランシーです」

「なんとっ!?」

「私っ!?」

「えぇ、水の精霊様は大層おかんむりでして、さすがに伯と再度盟約を結ぶ事はお願いできませんでした」

 

 伯、顔が引き攣ってますよ。

 

「それにMiss.モンモランシーもいきなり交渉役に本決まりとはいきません。Miss.モンモランシーが魔法学院を卒業されるまでの期間をお試し期間として、本当に交渉役として礼節ある態度が取れるのか様子を見させてもらう事になります」

「18で卒業とすると約9年か……大変だと思うが、他に頼れる当てもない。頼めるか、モンモランシー」

「っ!? はいっ、お任せください、お父様。このモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ、杖に懸けて交渉役の任、全うして見せます」

「あぁ、子供の成長というものは本当に早いものなのだな」

「そうですな」

 

 お父様も含めて何か良い雰囲気になってしまっていますが、続けても大丈夫でしょうか。

 

「おほん、続けてもよろしいですか」

「あ、あぁ、すまない」

「この提案ですが、善意という訳ではありません。こちらにも下心があります」

「う、うむ、当然だな」

 

 貴族間でのこういった話の場合、普通は形のない恩を最大限に押し付ける事で後々まで影響力を残すものですが、今回は例外です。

 

「Miss.モンモランシーが仮の盟約を結ばれた暁には、3つの対価をいただきたいと思います」

「3つもか……」

「お父様」

「う、うむ、まずは聞こう」

「1つ目、我がアルテシウム領と隣国ガリアとの中継地点として新たな交易ルートの確立と、特定商人に対する関税の引き下げをお願いします。これは我が領とガリアだけでなく、流通の活性化による貴家の利益も見込める話だと思います」

「確かに」

「2つ目、Miss.モンモランシーの仮とはいえ交渉役就任を祝して、モンモンランシ家の安泰、ひいては水の国トリステインの安泰をアピールするためにラグドリアン湖にて他国の国賓を招いての大々的な園遊会を催していただきたいと思います。その際に饗される飲み物については、ぜひ我が領に一括でご依頼の程を」

「それはいいが、金がかかるな」

「3つ目、これは2つ目にもかかっているのですが、園遊会の話を国に通す前に、後ろ盾としてヴァリエール公爵家に協力を依頼して欲しいのです。その際に交渉カードとして我が家を紹介していただきたい」

「ヴァリエール家なら後ろ盾としては申し分ないが、その交渉カードというのは」

「次女カトレア様の治療」

「当てがあるのか? ヴァリエール公爵は大層親馬鹿でな。自分から言い出して出来ませんでしたでは済まされんぞ」

「対処療法ではありますが、水の精霊の涙を使った秘薬より確実に効果的な治療の当てがあります」

「私も水の大家として依頼された事があるが、あれは正直どうしようもなかった。ゆえにその治療とやらに興味があるのだが、教えてもらえるだろうか」

「はい。その説明も含めて、こちらからの提案の証拠を示させていただきます」

「おぉ、そうか。ぜひ、頼む」

「では準備として、水の張った桶をお願いしてもよろしいでしょうか」

「桶か。サイズはどのくらいだ」

「顔を洗う時のもので大丈夫です」

「分かった。持って来させよう」

 

 桶が届くと共に人払いとサイレントをお願いします。

 

「では、いきます。ミツハさん、出てきてください」

 

 テーブルから少し離れた床に置いた桶の水がうにょ~~んと盛り上がり等身大のミツハさんが現れると、モンモランシ親子の顔に驚きと次いで緊張が走ります。

 

「ミツハさん、彼女が新しく盟約を結んでもらう予定のMiss.モンモランシーです」

「うむ、我に再度盟約を結ぶ気はなかったが、カミルの頼みなので仕方なく契るのだ。カミルに感謝せよ」

「は、はい。この感謝の気持ちは一生忘れる事はありません」

 

 うわぁ、別名『誓約の精霊』と呼ばれているミツハさんの前で『一生』とか言っちゃいましたか。

 

 多分彼女はまだ知らないのでしょうけど、父親の方は青ざめてますね。

 

 ご愁傷様です。

 

 これから先、彼女が私に対して感謝の心を忘れて不敬な態度を取った場合、盟約が破棄される事もありうるという事がここに決まってしまいました。

 

 交渉のテーブルにつく場合、これは最悪と言っていいでしょう。

 

 こちらとしては棚から牡丹餅な気分ですね。

 

 有効なカードはいくつあっても困りません。

 

「では、その方の血を我に捧げよ」

「はい」

 

 これでモンモランシ家の方は無事終了ですね。

 

 次は大物ヴァリエール公爵家です。

 

 アチラでの知識通りだった場合、喧嘩っ早い性格の方たちが多いので気を付けましょう。

 

 おっと、忘れる所でした。

 

「あ、その『水の精霊の涙』ですが進呈しますので王宮への説明や根回しに使われて構いませんよ」

 

 ミツハさんの宿った水は『水の精霊の涙』という秘薬の材料になります。

 

 大さじ一杯で700エキューくらいが相場のかなり高価なアイテムです。

 

 あれだけあれば4~7万エキュー分くらいは取れるでしょう。

 

 こちらが何も言わなかったらそのままネコババさてれていたでしょうから、売れる恩は売っておかないと損になってしまいます。

 

 アチラの通貨と比べると1エキューは1万円に相当する感覚ですから、1万エキューは1億円。

 

 つまり4億から7億円を譲った形になります。

 

 ……金銭感覚がマヒしてしまいそうです。

 

 しかしっ!! アルテシウムの次期当主たる者、そのくらい慣れなくてどうしますっ!!

 

 あ、何となく言ってみたくなっただけなので気にしないでください。

 

 リアル執事のいる世界でドラゴンも魔法もありますが悪魔は聞かないんですよね。

 

 いても良さそうなものですが。

 

 いえ、会いたくはないですけど。

 

 可愛いメイドさんがいれば満足です、はい。




水嶋ヒロはいいけど、剛力さんはないわ~~。
と思っている作者です。

水の精霊の涙に対する注意事項。
水の精霊の涙はマインドコントロール系の秘薬に使われる材料でもあるので、市場に流す時は注意が必要です。
出来れば治療薬として加工してから流しましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

続~10歳、ラ・ヴァリエール公爵邸にて

 ラ・ヴァリエール公爵領からこんにちは、カミル・ド・アルテシウムです。

 

 モンモランシ伯にカトレアさんの治療をほのめかしてもらった所、すぐさまアポイントメントが取れ、お邪魔する運びとなりました。

 

 それにしても公爵邸、これはもう完璧にお城ですね。

 

 ウチにしろ、モンモランシ伯爵邸にしろ、比べるのもおこがましいレベルの大豪邸です。

 

 加えて内装、調度品、警備兵、使用人、どれを取っても桁違いのクオリティ。

 

 来て早々、牧歌的なアルテシウム領に帰りたくなってきました。

 

 正直、田舎者には精神的によろしくない環境です。

 

 つまり根が小市民の私は、あちらの狙い通りの効果を受けているわけですね。

 

 豪華な装飾は恫喝と同じです。

 

 費やしたお金は権力の証明ですからね。

 

 「身の程をわきまえろよ」と言われているみたいで、自然と身が縮こまります。

 

 しかも応接間で公爵と対面するとその滲み出るプレッシャーからストレスはさらに増大。

 

 もう帰っていいですかね? ダメですか、そうですか。

 

 はぁ~~、挫けそうです。

 挨拶が済むとMiss.モンモランシーは退席してルイズ嬢へ会いに行きました。

 

 魔法学院入学前に社交の場ではなく、個人的に友誼を結ぶ機会はそう多くないですからね。

 

 チャンスがあれば逃す手はありません。

 

 ちなみに公爵は私が残っている事に訝しんでいる様ですが華麗にスルーです。

 

 お父様に任せてしまいたいとも思いますが、これは私のワガママですから逃げるわけにはいきません。

 

 お父様とモンモランシ伯の説明が終わり、後を任された私と公爵の話し合いですが、意気込んだ割に拍子抜けするくらい何の駆け引きもなく、滞りなく終わりました。

 

 これもひとえに、それだけ公爵が病弱な娘の回復を願っていたという事の表れだと思います。

 

 公爵の家族愛の大きさに感謝ですね。

 

 ちなみにこちらが求めた条件は 四つ。

 

 一つ、園遊会への金銭を含めた全面的な協力。

 

 私の目的のためにも、新酒をアピールしたいアルテシウム家のためにも園遊会は実施してもらわないと困ります。

 

 二つ、アルビオン貴族の身辺調査。

 

 特に誰を調べて欲しいとは言っていませんが、高位貴族から調べて欲しいと依頼してあります。

 

 余談ですが、事が他国に及ぶとなると軽はずみな行動はできないため依頼の意図を質問されたのですが「私にとっては姉でしたが、もし公爵のご息女が他国に嫁ぐ事になったら心配ではありませんか」と説明したところ公爵は大きく何度も頷いていました。

 

 やっぱり家族は大切ですよね。

 

 三つ、情報の隠匿が可能な状態でのトリステイン国王との私的な謁見。

 

 私の様な子供では通常なら叶うような事ではないのですが、トリステインに並び立つ者なしとまで言われる大貴族ラ・ヴァリエール公爵が請け負ってくれたのですから期待しても大丈夫なのでしょう。

 

 四つ、私個人に報酬として10万エキュー。

 

 最後のこれは、それまでの三つがあまりにも簡単に通ってしまったので試しに冗談半分で言ってみたのですが、これも二つ返事でOKされてしまいました。

 

 ちなみに10万エキューがどれ程の大金かと言うと、小ぶりなお城が二つ三つ買えるくらい、または平民の年間生活費約800人分、シュバリエ年金なら200人分と言えばその凄さが想像がつくでしょうか。

 

 こんな大金がポンと出せる公爵って、本当に大物ですね。

 

 それに対して小市民の私ですが、貰えるものは貰っておきますし、あって困るものではありませんから有り難く頂戴しておきます。

 

 使い道は……本当に小説家の卵でも囲いましょうか?

 

 貴族が芸術家のパトロンになるのはよくある事ですし、上手くすれば私の読書欲を満たしてもらえるかもしれません。

 

 そんな夢のある話ですが今はとりあえずあたためておくとして、条件丸呑みという破格の譲歩をしてもらったのです。

 

 さっそく治療に移ろうという話になったのですが、あいにくとカトレアさんは公爵邸ではなく、公爵から割譲された領地フォンティーヌのお屋敷にいるそうなので、まずは移動となりました。

 

 馬車は2台用意され公爵と私たち親子で分かれて乗り、周囲を護衛の方たちが囲みます。

 

 病身で臥せっている所に大人数で押しかけるのも良くないので、モンモランシ伯は公爵邸に残って烈風の奥様とお茶をしているそうです。

 

 怖いもの見たさで会ってみたい気もしますが、藪蛇になる可能性もあるのでやめておきましょう。

 

 馬車に揺られること1時間、フォンティーヌのお屋敷に到着し、カトレアさんが臥せっている部屋に通されると、意外な事に動物のどの字もありません。

 

 多分ですが治療に邪魔になるだろうからと客間か何かを利用しているのでしょう。

 

 インテリアに目を向ければ、自室にしては部屋主の趣味嗜好が全く見えてこないチョイスになっていますし。

 

 あまりジロジロと観察するのも失礼なので、カトレアさんと簡単に挨拶を済ませ、治療の説明と準備として水さしとグラスを用意してもらいます。

 

 その間、会話は必要最低限に言葉少なに留めます。

 

 今回は姉様の事が最優先ですから相手が絶対に飛びつく『カトレアさんの治療』というカードを使って利用させてもらっていますが、経済協力が決まっているモンモランシ家とは違い、ゲルマニアとの交易ルートの見込めないヴァリエール家とは親交を深める気はありません。

 

 嗜好品の輸出産業が活発な我が領としては、社交の基本は広く浅く。

 

 ヴァリエール家の様な強過ぎる権力には敵も多いですからね。

 

 お得意様くらいの関係がちょうど良いと思います。

 

 さ、そんなわけですからちゃっちゃと終わらせてしまいましょう。

 

 グラスに水を注ぎ、水石のブレスレットを装備している左腕を肩の高さで横に振り、

 

「ミツハさん」

 

 召喚魔法よろしく名前を呼ぶと、応じるように水石が光を放ち、私の身長と変わりないサイズのミツハさんが現れます。

 

「まぁ」

 

 それを見たカトレアさんは口元に手をあて、驚きとも喜びとも取れる声をあげます。

 

「呼んだか、カミルよ」

「はい、さっきお話した、お願いしたいというのは彼女です。全身の流れのチェックと即時改善を彼女の命が尽きるまでお願いできますか」

「うむ、我は個にして全。そして単なる者の時間という枠組みに縛られぬ存在ゆえに可能だ。しかし本来ならその様な願いを聞き届ける事はないのだが、カミルの頼みならば引き受けよう。単なる者よ、カミルに感謝するがよい」

「はい、このご恩は一生忘れません」

「うむ」

 

 見蕩れる様な良い笑顔ですが、また軽々しく『一生』なんて口にして……。

 

 命の恩人に対するセリフとしてはポピュラーですが、『誓約の精霊』の前で誓った事には信仰的に強制力がついてしまうというのに……。

 

 まぁないとは思いますが動物関連で何かあったらお願いするとしましょう。

 

 何だったらサイト少年の事をお願いしてもいいわけですし。

 

「それではMiss.カトレア、水の精霊様の宿ったこのグラスの水を飲み干してください」

「はい」

 

 今回の治療の目的は、不調の原因解明とその根絶ではなく、あくまでもミツハさんの感知できる範囲において体内の循環を常に正常に保つという対処療法の究極系です。

 

 つまりカトレアさんはこれから一生ミツハさんを体内に宿して生きる事になります。

 

 ちなみに、この治療の有効性を確かめるために自領でかなりの人数で試してみました。

 

 もちろん私も飲みましたよ。

 

 それにより、ミツハさんが体内の循環を整えてくれる事によって様々な症状の緩和と、本人が自覚する前の段階での改善が可能である事が証明されています。

 

 私にしてもミツハさんにしても医学知識なんてありませんから、出来るのはこれが限界ですね。

 

「ミツハさん、どうですか」

「今まで見てきた単なる者と比べると最悪と言っていい。よく生きているな」

「そ、そんなにですか」

「うむ、修正は可能だが、これだけの淀みを急激に直してはかえって負担となろう。時間をかけて徐々に修正していく」

「どのくらいかかりそうですか」

「単なる者の枠組みで言えば、半年と言ったところだ」

「長丁場ですね。分かりました。大変でしょうがお願いします。ありがとうございます、ミツハさん」

「友の頼みだ。気にするでない」

 

 男前な台詞を残してミツハさんは水石に戻っていきました。

 

 本当に感謝感謝です。

 

 これで姉様を助ける見通しが立ちます。

 

「お聞きになった通りです。まずは半年ほど今まで通り安静に過ごされてください。その後で体調と相談しながら徐々に体を鍛えていけばよろしいかと思います」

「これでカトレアは助かるのだな」

「難しい質問ですね。水の精霊様にお願い出来るのは不調を自覚する前に治して体調を正常に保つ事です。もちろん水の精霊様が体内にいる事で、Miss.カトレア自身の自然治癒力や自浄作用も高まりますが、不調の原因を解明して根本から治すわけではありませんから厳密に言えば病気は放置されたままです。もし不調の原因が生まれつきのもので、それがMiss.カトレアの当たり前だった場合は今の方法ではどうしようもありません」

「そう……なのか」

「ただ、これまでのように痛かったり苦しかったりその都度水の秘薬を飲んだりという事はなくなると思います」

「そうか……いや、娘が苦しまずにいられるならそれだけでも有り難い事だ」

 

 そう言った公爵の表情はとても悲しそうで……。

 

 つい余計な事を言ってしまいたくなりました。

 

「これはあくまでも可能性の話になりますが、半年かけて体内の淀みを治した後に経過観察すれば、体のどの部位から不調になるか分かるかもしれません。特定の部位に原因があると分かれば治療の研究もしやすいのではないですか? せっかくMiss.エレオノールがアカデミーにお勤めなのですから、その伝手で人体について研究するのも手かもしれませんよ」

「人体についてか……。確かに過去にアカデミーでは非人道的な実験がなされていたと聞くが」

「いえ、そんな物騒な話ではありません。亡くなった方の体を遺族と合意の下で買い取り、解剖してサンプルを比較検討。それに基づいて体内の様子を探る魔法を作れば正確な診断が出来るようになります」

「だがそれは異端すれすれではないか?」

「自分たちにも利があると説明できれば大丈夫ではないでしょうか。彼らだって秘薬の効かない病気になるかもしれないのですから」

「あぁ、確かにそうだな」

「後は部位や症状ごとに特化した秘薬を研究するなり、思い切った新しい治療法を探すなりすれば良いと思います」

「うむ、少し考えてみるとしよう」

 

 その後は二、三言葉を交わして女性の寝所という事もあり早々にフォンティーヌを辞去、しようとしたのですが、お礼の晩餐会をぜひ今夜ここでという話をお父様が押し切られ、逗留する事に。

 

 リスク回避で夜までの時間はミツハさんへのお礼も兼ねて近くの湖でまったり出来たのですが、晩餐会ではまさかのヴァリエール家勢揃い。

 

 カリーヌさんやルイズ嬢はまだしも病み上がりのカトレアさんやアカデミーにいるはずのエレオノールさんまで同席されるとは……。

 

 なるべく猫をかぶってやり過ごしましょう。

 




カトレアさんの病気って何なんでしょうね。
分からないなら分からないなりに解決策を模索してみました。
とりあえずこれで時間稼ぎは出来ましたから、後は誰かが何とかしてくれるでしょう。
勝手に完治するかもしれませんけど。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

続~10歳、エレオノール女史

たまには違う視点から書いてみました。


 お父様から私の勤めるアカデミーに知らせが来たのは今から一週間前のこと。

 

 その内容は、一つ下の妹であるカトレアの病気について新しい治療法が見つかったから都合がつく様なら見に来るようにというものだった。

 

 それだけなら「またか」の一言で切り捨て、仕事に戻っていたと思う。

 

 私は絶望しかけていた。

 

 小さな頃からお父様がお金に糸目を突けずにハルケギニア中から優秀なメイジや高価な水の秘薬を集め、妹の治療に尽力してきたのを間近で見てきた。

 

 そして私自身も女だてらに必死で学問を修め、アカデミーの末席に名を連ねるまでになり、気付けば2年もの歳月が過ぎていた。

 

 それでも未だに妹の病気を治す糸口すら掴めていない。

 

「このまま私は何も出来ずに妹を死なせてしまうのかもしれない」

 

 その恐怖はさらなる焦りを生み、私を苛む。

 

 婚約者に当たり散らしてしまう事もある。

 

 アルコールに逃げてしまう事もある。

 

 貴族の子女たるプライドで何とか普段の体裁は最低限取り繕ってはいても、それもいつまで保つか……。

 

 少しでも可能性があるならその希望にすがりたいという想いはある。

 

 でもその期待が裏切られ、これ以上の失望を味わうのは私の心が耐えられそうもない。

 

 そんな微妙なバランスの精神状態に追い詰められている所に新しい治療法云々と言われても素直に「はい、そうですか」と信じられるはずもなく……。

 

 でも今回の手紙の続きには、水の秘薬の大家であるモンモランシ伯から『水の精霊の涙を使った秘薬よりも確実に効果が望めるであろう治療法』とお墨付きをもらっているとの一文が添えられていた。

 

 プライドが高い反面、責任を回避しようとする傾向の強いトリステイン貴族の内にあって、水の秘薬に関して権威あるモンモランシ伯が太鼓判を押す程の治療法。

 

 その意味を考えると、

 

「期待しても……いいのかしら」

 

 少しだけ心のシーソーが前向きに傾いた。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 でもそれからの一週間は大変だった。

 

 わずかに抱いた期待と不安は表裏一体で常に私の心をかき乱し、一度は前向きに傾いた心のシーソーも日によってあちらへフラフラこちらへフラフラ。

 

 休暇願いは出してあるし、龍籠の手配も済んでいる。

 

 でもそれまでに終わらせておこうと決めた仕事のノルマは日に日に溜まっていく一方。

 

 気もそぞろで集中できず、行く行かないの決断もできない。

 

 睡眠は浅くなり、食欲も下降の一途。

 

 普段周り事への関心の低い同僚や上司からも心配されてしまう程の有り様だった。

 

 そんな状態で、治療当日を迎える。

 

 日も明け切らないうちから目が覚めてしまったけど、全身を包む倦怠感からベッドを出る気も起きず、もやのかかった様な定まらない思考のままただ無為に時間だけが過ぎていき、ふと気付けば既に日も高くなってしまっていた。

 

 実家までは馬車なら2日かかる距離だけど、龍籠なら3クル(時間)もかからないで着く事ができる。

 

 でも、

 

「今から行ってももう治療には間に合わないわね」

 

 その事にちょっとだけ罪悪感を刺激され、胸の奥がチクリと痛んだ。

 

 私に残された選択肢は、今からでも龍籠に乗って今日中に結果を聞きに行くか、ここで何時来るかもしれない知らせをただ待っているかのどちらか。

 

 能動的に動くか、受動的に任せるか。

 

 そんな事をぼんやりとした頭で考えていたのが悪かったのか、喉の渇きを癒そうとして水を注いだグラスを、手元を狂わせ誤って床に落として割ってしまう。

 

 こんな時、普段ならメイドを呼んで始末させるか、少なくとも魔法で端の方へ寄せるかする所をなぜかこの時は反射的に素手で破片を拾おうとしてしまい、

 

「痛っ」

 

 案の定馴れない事はするものではなく、指先を切ってしまう。

 

 指先に走る鋭角な痛み。

 

 滲み出る血は赤い球を作り、口に含むと鉄の味が広がる。

 

「何してるのかしら、私」

 

 外からの刺激で淀んでいた思考が少しだけクリアになる。

 

 こんな状態が後何日も続くくらいならさっさと行ってスッキリさせた方がずっと良い。

 

 久方ぶりに働く事を思い出した脳みそは本来の私らしい合理的な答えを導き出す。

 

 それに反対する様に心の中で「でも」と言い出す弱気な私がすぐに頭をもたげてくるけど、なけなしの気力を振り絞ってそれを振り切る。

 

 やる気が萎えないうちに身だしなみを整えてしまおうと急いで湯浴みをし、この前婚約者にプレゼントされた、まだ袖も通していない金糸の刺繍がお洒落なエヴァーグリーンのドレスに着替え、鏡へと向かう。

 

 化粧やドレス、アクセサリーといったものは女にとっての戦装束だ。

 

 守りを固め、背筋を伸ばし、口元に余裕のある微笑みを浮かべれば、公爵家の長女に相応しい淑女たる私が出来上がる。

 

 最後に全身の映る姿見で出来栄えを確認し、若干頬の肉付きが落ちているのが気になるけど、目の下のクマが隠せている事でまぁ良しと頷き、カトレアの待つ実家へと龍籠を飛ばした。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 実家に着いたのは空が夕陽のオレンジ色に染まる時分。

 

 そこからは驚きの連続だった。

 

 カトレアの治療は、不調の原因から治すものではなかったのは残念だったけど、体内の流れを正常に保ち、わずかでも異常が発生すれば即座に対応するという今までに聞いたこともないもので、それにより妹が苦しみから解放されたと聞かされた時は思わず目頭が熱くなってしまったけど、その方法が水の精霊の分霊を体内に宿す事だと聞いて自分の耳を疑った。

 

 その場で何度も聞き返して間違いではない事を確認してから、何とかその事実を飲み込もうとするけど、研究者たる私の頭脳は「そんな事が可能なのか」という疑問で埋め尽くされてしまう。

 

 まず、水の精霊との交渉役は今現在空席のはずだ。

 

 そんなにホイホイなれるものではないでしょう。

 

 そうすると手紙にも名前が挙がっていた事からモンモランシ伯が交渉役に復帰されたのだろうか。

 

 次に、交渉役がいたとしても人間の事を「単なる者」と呼称する精霊がカトレア個人に対してそんな協力をしてくれるとは考えにくいうえに、そのためにどんな対価を用意すればいいのかなんて見当もつかない。

 

 それに加えて治療の内容についても半信半疑と言わざるを得ない。

 

 水の精霊の逸話として、敵意を持って触れられた場合に精神を乗っ取られてしまうという話は有名だけど、果たして人間に興味のない精霊がその体の事を理解なんてしているのだろうか甚だ疑問である。

 

 同族である人間だって人の構造についてはよく分かっていないのが現状なのに。

 

 魔法にイメージが大切なのは習いたての子供でも知っている事だけど、回復魔法においても当然それは適用され、目に見える外傷はまだしも体内の事となると正直魔力頼りになってしまい、水の秘薬にしても経験則か

ら集まった知識によって材料を調合しているに過ぎない。

 

 喜んでいる家族に水を差すのも気が引けるので諸々の疑問は当事者に聞けばいいと、モンモランシ伯とあたりをつけつつも確認を取ると、なんと治療を担当したのは魔法学院で友人だったジュリアの弟と言うではないか。

 

 確か10歳差だと言っていたはずだから、未だ10歳の少年が水の精霊と交渉し、見事その力を借りたという事になる。

 

 相手がモンモランシ伯だろうと簡単には信じられない事なのに、言うに事欠いてまだ10歳の子供がと言われても到底信じられる事ではない。

 

 という私の驚愕も、こうして実際に顔を合わせてしまえば心境がどうであろうと納得せざるを得ない。

 

 しかも水の精霊にも対面させてもらい、あまつさえ実験と称して自ら分霊を飲み込み、その場で出来る範囲で体調を整えてもらってはもうぐうの音も出ないというもの。

 

 その際、全身の怠さが取れると同時に胸部がやけにポカポカしていると感想を述べると、弟君に目を逸らされてしまった。

 

 ジュリアと違って慎ましい胸なのは自覚しているけど、それでも男の子は気になるものなのかしら。

 

 どうやら弟君はおませさんみたいね。

 

 度重なる衝撃と長年の懸案事項が落ち着いた事で張っていた気が抜けてしまい、じゃれあうカトレアとちびルイズを微笑ましい気持ちで眺めながら、今日は良い夢が見れそうだと誰にも聞こえない声でそっと呟いた。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 次の日、ここ最近の睡眠不足が嘘のような快眠でスッキリとした目覚めを味わい、和やかな雰囲気の中で朝食を済まる。

 

 テーブルに付く皆の表情も明るい。

 

 もちろん私もだ。

 

 でも食後のお茶に手を伸ばしつつ、ふと頭によぎる事がある。

 

 これまで勉学に励んできたのもアカデミーに入ったのも全ては病弱な妹のためだった。

 

 そしてそれは自分とは全く関係のない、とまでは言わないが、自分の知らない所で一定の成果を出してしまった。

 

 不調の原因が何であれ、症状が出ないならそれはもう健康と言って差し支えないと思う。

 

 そこで一つの問題が胸の内に浮かび上がってくる。

 

「これからどうしようかしら」

 

 普通に考えれば男子のいない公爵家の長女の責任として婿を取って家に入ればいいだけだ。

 

 それに対して特に疑問はない。

 

 貴族に生まれたからには当然の義務と言える。

 

 ただ、少しだけ、それだけでは何だか張り合いがない感じがしてしまう。

 

 一般的な貴族の女子は、まず始めに美しくある事と貴族らしい趣味を嗜む事を求められる。

 

 次に適度な魔法の腕。

 

 最後にきて、やっと教養だ。

 

 貴族の女子は戦場なんて命の危険のある所には出ないし、表向きには政治にも関わらない。

 

 つまり血の存続のための存在だ。

 

 それはとても重要な事であり、女にしか出来ない事なので文句のあるはずもないのだけれど、研究者肌で知識欲の強い私には物足りなく感じてしまうのではないかと少し不安になってしまう。

 

 そんな事を考えていると、お父様からジュリアの弟君と一緒に別室に誘われ、ある話をされた。

 

 それはカトレアの病気を完全に治すために人体の研究をするとしたら、アカデミーの考え方から反対は出るだろうかという相談だった。

 

 お父様が懸念している通り、その研究は異端に引っ掛かる可能性があると私も思う。

 

 死体を解剖するなど、普通の感性では受け入れられないだろう。

 

 しかもトリステインのアカデミーの研究は、そういった実利を求めるものより、宗教色の強いものの方が好まれる傾向がある。

 

 要は偉大なるブリミルによってもたらされた魔法が、いかに私たちに恩恵を与えているかといった魔法崇拝に則した研究だ。

 

 ちなみに私は土メイジでありながら水の秘薬の効果をいかに高めるかについて研究している。

 

 さておき、私がそう自分の見解を述べるとお父様は難しい顔になり「そうか」と一言だけ漏らし、その場は解散となった。

 

 私としてもカトレアの体を完全に治す手段があるのなら本心から手伝いたいと思うけど、死体の解剖はさすがに遠慮したい。

 

 それは私の許容範囲を越えてしまっている。

 

 誰かにやらせてレポートにまとめさせるという手もあるけど、出来れば絵でも見たいものではない。

 

 つまり私ではこの先の研究には携われないと結論づける。

 

 少しだけ生来の負けん気と研究者としてのプライドが騒ぐけど、やっぱり無理なものは無理。

 

 貴族の淑女としても当然駄目でしょうし。

 

 話を戻して、これからどうするかについては、トリステイン貴族の女子の適齢期は魔法学院を卒業する18歳から22歳というのが一般的。

 

 そうすると私の結婚は2年以内に行われる可能性が高い。

 

 結婚したら当然アカデミーは退職することになるでしょう。

 

「とりあえず今手を着けている研究をある程度形にしないと駄目ね」

 

 途中で投げ出すような無責任な事は研究者としてしたくない。

 

 そう考えがまとまった所で、一緒に退室した弟君を確保し、私室に招く。

 

 水の精霊と懇意にしているなら研究のヒントになるかもしれないし、久しぶりにジュリアの話も聞きたいわね。

 




長かった根回しもようやく終わり、いよいよ次回は結婚式でアルビオン入りです。
ロリなティファニアの登場ですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11歳、白の国アルビオン

 空飛ぶ船から実際にアルビオン大陸を目にした感想を一言。

 

「ラピュタとはスケールが桁違いですね」

 

 カミル・ド・アルテシウム、11歳です。

 

 アルビオン大陸ですが、アチラで言えばイギリスが丸々浮いているようなものですから、一角から見上げても全体像なんて掴めません。

 

 島の端っこで途切れた河が滝になり水しぶきを撒き散らす事によって出来た沢山の虹が綺麗ですけど、それよりも見渡す限り岩の天井が広がっている光景は圧迫感が凄いです。

 

 これを見てしまうと、大隆起と同じ理由で浮いていると思うのですが、少なくとも6000年もの間これだけの質量を有する物体が浮き続けていて風石の埋蔵量はどうなっているのか気になってしまいます。

 

 かの国では国内で消費される風石の100%を採掘により賄っていますし、大陸を浮かし続けるために消費される量と合わせても新たに作られる量の方が多い、または釣り合いが取れているという事なんでしょうか。

 

 大隆起然りですが、なんで風石ばかりがそんなに結晶化しているのか謎です。

 

 いや、それよりも大陸の底が抜けている状態でどうやって水がわき河が出来ているんでしょう。

 

 もしかして風石だけじゃなく巨大な水石でもありますか?

 

 疑問は尽きないので今度ミツハさんに聞いてみるとしましょう。

 さて、そんなわけでついに白の国こと浮遊大陸アルビオンの地に足を着けたわけですが、残念ながら即行動というわけにはいきません。

 

 そもそもこの地での日程は五泊六日と一見余裕がありそうに見えますが、ふたを開けてみれば自由に動ける時間はほとんどないのです。

 

 初日の今日は移動で時間を潰してしまうために、このままホテルに直行で終了。

 

 二日目の明日は相手方との挨拶と会食で1日が潰れます。

 

 三日目の明後日は姉様がアルテシウム姓でいる最後の家族団らんでアルビオン観光。

 

 四日目は諸々の打ち合わせとトリステインから来る招待客のお出迎え。

 

 五日目にメインイベントである姉様の結婚式。

 

 最後の六日目は帰るだけですね。

 

 つまりチャンスは結婚式当日のみ。

 

 あちら側の招待客の中にお目当ての相手がいる事は確認済みです。

 

 ターゲットと上手くコンタクトが取れさえすれば、私だけ滞在を延長する理由も作れますから、少ないチャンスを必ずものにしようと思います。

 

◇◇◇◇◇

 

 時間が飛びまして結婚式当日です。

 

 間の三日間は特にお話しする事もなく、強いて挙げればヴァリエール家の代表として姉様の友人でもあるエレオノールさんが来てくれた事くらいですか。

 

 それも姉様との会話がメインですから私はオマケもいい所でしたから割愛しても問題ないでしょう。

 

 さて、ハルケギニアの結婚式ですが、教会で始祖ブリミルに二人の愛を誓うだけのシンプルなもので、日本のように誓いのキスも指輪の交換もありません。

 

 よって姉様の式もつつがなく終了しましたが、むしろ本番は夜に控えた披露宴です。

 

 内容は舞踏会プラスαといった所ですが、主役のお二人は祝辞を述べる相手の対応で多忙な一時を送る事になるでしょう。

 

 その間に私はお目当ての相手にコンタクトを取らなくてはいけません。

 

 舞踏会という事でダンスに誘うのがスマートかつエレガントな方法だと思いますが、実は私、ダンスはおろかパーティーに出るのも初体験だったりします。

 

 が、頑張りますよ?

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 披露宴も中盤に差し掛かり、開始直後の浮ついた雰囲気がやや落ち着いた所で行動開始です。

 

 ターゲットの女性は柔らかいクリームがかった緑色の髪を結い上げ、ドレスは落ち着いた印象を与える紺色をベースに白いレースで飾られていて、薔薇のような華やかさはありませんが、百合のように清楚な美しさを滲ませています。

 

 ダンスの誘いも一段落したのか、魔法学院の同級生と思しき女性たちで会話に華を咲かせている所にタイミングを見計らって声をかけます。

 

「Miss.サウスゴータ、よろしいでしょうか」

「はい、あ、ミスタは確か新婦の」

「弟のカミル・ド・アルテシウムです。今日は姉の結婚式にありがとうございます」

「いえ、素晴らしい結婚式で、見ていて羨ましくなってしまいました」

「若輩者の私にはまだまだ先の話ですが、ミスほどの見目麗しい方なら引く手あまた。魔法学院を卒業されたらすぐなのではないですか」

「ふふ、残念ながらそういうお相手はまだ……。もしかしたらミスタが私の運命の相手かもしれませんね」

「それは光栄の至り。もしよろしければダンスを申し込ませていただいても構いませんか」

「えぇ、喜んで」

 

 本日の主役である新婦の家族であればトリステイン側の顔を潰さないために社交辞令でもOKしてもらえると計算していましたが、どうやら成功のようです。

 

 見るからに年下ですから変な下心がないという点も警戒心を下げるのに良かったのかもしれません。

 

 6歳差ですから11と17、子供扱いも当然ですね。

 

 さておき、マチルダさんの手を引いてダンスフロアへ向かい、まずは恭しく一礼。

 

 練習と本番では緊張度合いが違いますが、動き自体は数年間の練習により体に染み込んでいますからたまにぎこちない所があるかもしれませんが、概ね問題なくリードできていると思います。

 

「失礼ですが、ミスタはおいくつですか」

「誕生日がフェオの月(4月)の1日なので、もう11になりました」

「まぁ♪ 誘い方からダンスまで、その年でこれだけできれば将来有望ですね」

「すみません。こういった事は初めてなもので至らない所はお目こぼしくださると幸いです」

「いえ、皮肉ではなく本心からの賛辞ですよ? でも私なんかが初めてのお相手で良かったんですか」

「もちろんです。初めてのダンスがミスのような素晴らしい女性にお付き合いいただけた事は一生の思い出になります」

「ふふ、本当にお上手ですね」

「それに誰にも悟られたくない話をするにはダンスは打って付けだと思いませんか」

「それはどういう」

 

 彼女からの疑問の声を遮るように耳元に口を寄せ、

 

「モード大公のご息女について調べがついています」

 

 爆弾を投下します。

 

「なっ!?」

 

 慌てて体を離そうとする彼女の動きをターンをする事で周囲にごまかします。

 

「勘違いして欲しくないのですが、私は味方です。姉の嫁ぎ先であるアルビオンで騒動が起こる事を望んでいると思いますか」

「じゃあ、なぜそんな話を」

「大公に取次を頼みたいのです。出来れば早急に」

「それは……」

「後ほどお部屋の方にお邪魔させてもらえませんか? 詳しい話はその時に」

「そう、ですね。分かりました」

 

 会話はそこまで。

 

 曲の終わりと共に一礼して別れ、私は一旦頭を冷やすためにバルコニーへ出ます。

 

 季節は春を迎えていますが標高の高いアルビオンの夜風はまだまだ冬を連想させる冷たさがありますが緊張から高ぶった意識をリフレッシュさせるにはちょうどいいです。

 

 さて、これで何とかファーストコンタクトは成功ですね。

 

 彼女にはモード大公への取次と、私のアルビオン逗留を延期させる理由を作ってもらわないといけません。

 

 こちらが情報を掴んでいる以上、お願いも脅迫と取られてしまうかもしれませんが、姉様の安全を確保するためなら不本意でも他の事には目をつぶります。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「ふわぁ~~」

 

 眠いです。

 

 私たちメイドは基本早寝早起き。

 

 いくら仮眠を取らせてもらっても身体が夜は寝るものだって言ってます。

 

「ふわぁ~~」

 

 あくびが止まりません。

 

 お泊まりの貴族様が道に迷ったり何かご用があった時のための夜間見回りに当たるなんて運が悪いです。

 

 今のところお声がかかる事はないですが、最悪酔った貴族様に夜伽を強要される事もあると先輩メイドから聞かされていて、最初はちょっと緊張してましたけど大丈夫そうです。

 

 結婚式だったせいでしょうか。

 

 今日いらっしゃる貴族様はご家族連れが大半ですし。

 

 それにしてもウチの若様もついに結婚ですか。

 

 見た目は悪くないのですが、ちょっと優し過ぎるというか、気弱というか、真面目でいい方なんですけどね。

 

 これまでなかなかいいお話がなくて心配してましたが、これで一安心です。

 

 奥様になるジュリア様はとてもお綺麗で明るく気さくな方なのできっと上手くいくと思います。

 

 ただジュリア様は弟であるカミル様を大変可愛がっている、というか溺愛されていて、披露宴でも若様そっちのけで3曲続けてダンスしたりと、姉弟の関係にいけない想像をしてしまう同僚もいます。

 

 ですが確か21歳と11歳ですよね?

 

 年の離れた弟や妹って可愛いものなんじゃないでしょうか?

 

 私は末っ子なんでよく分かりませんが。

 

「ちょっと、いいですか」

「きゃっ」

「失礼、驚かしてしまいましたか」

「ししし失礼しました。貴族様。な、何かご用でしょうか」

 

 び、びっくりしました。

 

 後ろからお声をかけられるまで全然気付きませんでした。

 

 って、あら? この方は確か……。

 

「カミル様?」

「えぇ、カミル・ド・アルテシウムです。ミットフォード家のメイドさんですか」

「は、はい」

「これから姉の事よろしくお願いしますね」

「は、はい。って、い、いえ、あの、め、滅相もない、です」

「ふふふ」

 

 わ、笑われてしまいました。

 

 恥ずかしいです。

 

「そ、それでカミル様。ご用の方は」

「あぁ、そうでした。部屋が分からなくて困っていたんですよ」

 

 トイレに出て迷子という事でしょうか?

 

「それではご案内いたします」

「その前に」

「はい?」

「これを見てもらえますか」

 

 向けられた手には青く光る指輪が……。

 

 …………………………

 

 ……………………

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

「はっ!?」

 

 えっ?

 

 あれ?

 

 私寝てました?

 

 それも立ったまま?

 

 えっと、と、とりあえず落ち着きましょう。

 

 何してましたっけ?

 

 そう、カミル様にお声をかけられたんだ。

 

 それで……それで……そうです。

 

 部屋への案内を頼まれて……って、ここは……カミル様のお部屋みたいですね。

 

 じゃあ、案内はしたって事ですね。

 

 そのまま寝ちゃったって事なのでしょうか?

 

 服も特に乱れた様子はないし、身体にも違和感はない。

 

 うん、きっとびっくりした後で気が抜けちゃったのでしょう。

 

 ふふふ、それにしてもジュリア様をお願いされてしまいました。

 

 カミル様もジュリア様が心配なのですね。

 

 可愛がってくれるお姉様が他国に嫁いでしまって心細かったりするのでしょうか。

 

 むしろカミル様をお世話してさしあげたくなっちゃいますね。

 

 ご命令がなくても添い寝くらいなら……って、何考えてるのかしら、私。

 

 私って実は年下好き?

 

 新しい発見です。

 

 まぁ、それは置いておくとして、見回りの続きをしましょう。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 メイドさん、ごめんなさい。

 

 マチルダさんの所へ行くのはなるべく秘密にしておきたいんです。

 

 変な噂が立っては困りますし。

 

 それにしてもアンドバリの指輪は優秀ですね。

 

 不意打ちにはピッタリです。

 




ちょっと細切れというか、省き過ぎましたかね。
『家族の団らんでカミルを過剰にかまうジュリア』『カミルとエレオノールさんとの接待デート』を書く事もできたんですが、早くテファにたどり着きたくて省略してしまいました。
次こそはテファを!!
と言いつつもう一話間にかかるかもしれません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

続11歳、マチルダ・オブ・サウスゴータと密会

 私にはティファニアという可愛い妹分がいる。

 

 あの子は王弟であるモード大公の一人娘という止ん事無き立場でありながら、同時に王弟であってもその存在を隠さなければならない特殊な境遇を負っている。

 

 始祖ブリミルを信仰対象に掲げているブリミル教において、その直系の子孫である王家の血筋というものは何より尊いものとされている。

 

 でもティファニアの体には、ブリミル教において最も忌むべき敵対者の血も同時に流れてしまっている。

 

 それはエルフの血だ。

 

 私達は小さい頃からエルフを凶悪で恐ろしい存在として教えられる。

 

 「そんな悪い子はエルフに食べられちゃいますよ」といった感じだ。

 

 そうやって幼心に恐怖心を刷り込まれ、成長して歴史を学ぶようになると、その恐怖に肉付けがされる。

 

 聖地を奪還するための聖戦だ。

 

 始祖ブリミルがこの地に降臨した際に最初に足を着けたとされる地をブリミル教では聖地と呼んでいるけれど、ブリミルの手を離れて以降、6000年に渡ってその地はエルフの支配下に置かれている。

 

 そのため過去何度となく聖地奪還を謳った聖戦が繰り返し行われたが、しかしその悉くは失敗に終わっている。

 

 ブリミル教にとってエルフは天敵と言っていい。

 

 とは言っても、幸いにもここ数百年はこの手の遠征は行われていない。

 

 有り体に言ってしまうと、人類は懲りたのだ。

 

 精霊の力を行使するエルフと、意志の力によって魔法を使う人間では、その戦力差に圧倒的な開きがあり、10倍のメイジを用意しなければ歯が立たないと言われている。

 

 それだけの人、食糧、資金をつぎ込んで何とかエルフを退けたとしても手に入るのが見渡す限りの砂漠ではやる気もなくなるというもの。

 

 ハイリスクノーリターンではお話にならない。

 

 聖地のある砂漠に隣接している地方の人にしてみれば切実なものがあるのかもしれないけれど、浮遊大陸で生まれ育った私にしてみればエルフはおとぎ話の中の存在であり、怖いという意味において幽霊と差がない。

 

 だから大公に初めてティファニアと引き合わされた時も驚きはしても現実感はなく、実際に話してみればその心の根の優しさに惹かれ、気付けば大好きになってしまっていた。

 

 それから私はティファニアを妹として扱うようになり、ティファニアも私を「姉さん」と呼んで慕ってくれるようになった。

 

 しかしエルフの尖った耳は人々にとって恐怖の対象である事に代わりはなく、ブリミル教にしてみれば迫害の対象だ。

 

 もしバレてしまえば、異端者審問にかけられて死刑になるのは確実。

 

 だから私達は、大公家とサウスゴータ家の中で特に信用のおけるごく限られた人数だけで情報を共有して、ティファニアと母親であるシャジャルさんを全力で隠す事で協力している。

 

 それは上手くいっていると思っていた。

 

 そう、あのダンスの時までは……。

 

「モード大公のご息女について調べがついています」

 

 その言葉を耳元で囁かれた瞬間、あまりの衝撃に自分が何処で何をしている最中なのかを完全に忘れて、あやうく披露宴を台無しにしてしまう所だった。

 

 それを思い出すと原因である彼に対してふつふつと怒りが湧き上がってくるけど、同時に私の失態を誤魔化してくれたのも彼なので単純に責める事も出来ず、これに関しては胸中複雑なものがある。

 

 6歳年下の11歳の少年、カミル・ド・アルテシウム。

 

 年齢にしては落ち着いていて、貴族らしいリップサービスも様になっている事から将来プレイボーイになる素質が垣間見えるけど、初めてというのも本当だったみたいで所々で緊張しているぎこちなさが伝わってきたのが初々しくて可愛いと思ってしまった。

 

 まぁ直後の爆弾発言でそんなものは吹き飛んでしまったのだけれど……。

 

 後から周りに少し聞いて回った所、あの年で既にラインメイジの実力らしく、父親について回って領地運営にも手を出している将来有望な次期当主らしい。

 

 でもいくらなんでもまだ何の権限もない彼が独力でティファニアの事を調べ上げられたとは考えにくいから最低でも彼の親は関与していると思う。

 

 もしかしたら他にも協力している貴族がいるかもしれない。

 

 そうすると彼を抱き込んだり、口をふさぐ事は解決にならない。

 

 むしろ現状では一応味方らしいスタンスが、こちらのせいで敵対させてしまう事にもなりかねない。

 

 ティファニアの存在は、王宮に報告されなくても噂が流れるだけでもアウトなんだ。

 

 悔しいけどティファニアを守るためには下手に出るしかない。

 

 本当に味方なのかどうかは今考えても答えがでないけれど、何かしらの下心があって接触してきたのは確かなのだから交渉次第では丸く収められる可能性もある。

 

 しかも密偵や当主同士ではなく子供同士で接触をはかってきた事に、事を穏便に進めたい意図を感じられなくもない。

 

 そうすると、相手は何を求めてくるだろう。

 

 短絡的な所ではお金だけど、やり方がまどろっこしい気がする。

 

 大公というアルビオンでの後ろ盾を欲している?

 

 考えられなくはないけど、それなら婚姻関係を結んだオックスフォード家を挟まないのは不自然に思える。

 

 それ以外だと…………え、まさか、わ、私って事はない?

 

 あのダンスホールでの危険なやり取りは、良し悪しは抜きにして見れば、私に一生忘れられないくらいの強力な彼の第一印象を刻みつけた。

 

 そしてこの後は、夜の密室で二人きりで密談。

 

 秘密を共有する形で自然に私の懐に入り込んで、味方をする事で距離を縮めてくる。

 

 最終的には関係を強化するという建て前で結婚、なんて事に……。

 

 ま、まさかね、6歳も離れてるし、今回が初対面だし、お互い跡取りだし……。

 

 で、でも、う、うん、ティファニアを守るためなら仕方のない事よね。

 

 ないとは思うけど、万が一って事もなきにしもあらずだし、お姉ちゃんとしては妹のためにどんな風にも身を振れるように覚悟くらいは決めておかないと。

 

 カミル君か……まだまだ背伸びしてる感があってちょっと可愛かったかも。

 

 優秀みたいだし、成長が楽しみ……って、何考えてるのよ、私っ!?

 

 まだそうと決まったわけじゃないんだから先走り過ぎだわ。

 

 こほん、ここは一つお茶でも飲んで落ち着きましょう。

 

 はぁ、何だか違った意味で緊張しちゃいそうだわ。

 

 もうお姉さんをこんなに困らせるなんて悪い子なんだから。

 

 ふふ、お仕置きが必要かしらね。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 周りに誰の目もない事を確認してから一定のリズムでノックを3回。

 

 間を置かず、すぐに返事が来ます。

 

「こんな遅くにどなたかしら」

「夜分に失礼します。先程ダンスのお相手を務めさせていただいた者です。お許しいただけるならもう少しお話をさせていただきたく思い、恥を忍んで押し掛けてしまいました」

「積極的なんですね。でも私ももう少しお話したいと思ってました」

 

 扉がゆっくりと開き、逆光の中でシルエットが浮かび上がります。

 

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 部屋に入り、扉を後ろ手に閉めます。

 

 次いで杖を引き抜き、密談をする際のお決まり魔法セット、ロック、ディテクトマジック、サイレントを続けてかけていきます。

 

 これから話す内容を考えれば当然の処置。

 

 彼女もそう考えているのでしょう。

 

 特にこれといった反応は示さず、好きにさせてくれます。

 

「それでは改めて。Miss.サウスゴータ、夜分にレディの私室に押し掛けて申し訳ありません。なにぶん話す内容が内容だけに周囲を憚る必要がありましたのでご容赦ください」

「構いません。それにその配慮はこちら側のためなのですから、むしろお礼を言わせてください」

「それではお互い様という事で」

「はい」

 

 挨拶が済むと「今お茶を入れるのでちょっと待っていてくださいね」と言って彼女は席を外します。

 

 貴族の子女に手ずからお茶を振る舞われるなんて貴重な体験ですね。

 

 そんな風に思いながら一口。

 

「美味しいです」

「お口に合って良かった」

「よく自分で入れたりされるんですか」

「必要にかられてですけど。あの子の部屋にメイドを呼ぶわけにもいきませんし」

「そうですね」

 

 部屋に来るまではどう話を切り出そうか考えていましたが、この自然な流れに乗ってしまいましょう。

 

「色々聞きたい事もあると思いますが、まずは説明させていただいてよろしいですか」

「はい」

 

 彼女は姿勢を正し、正面から私の視線を受け止める。

 

「事の発端は、姉のジュリアがアルビオンへ嫁ぐ事を決めた事でした。お恥ずかしながら私は年の離れた優しくて気さくな姉が大好きでして、それゆえに心配でなりませんでした。ただし心配と言っても、嫁ぎ先で上手くいくかではありません。地繋ぎでない空に浮かぶ大陸、アルビオンという異国の統治について、内乱となる危険はないか心配したのです。ハルケギニア最強の空軍を擁する空に浮かぶアルビオンは、外敵から見れば難攻不落を地で行きますからね。まず心配するのは内乱というわけです。とは言っても私個人ではどうする事も出来ないので、そこはある有力貴族に交換条件を持ち掛ける事でお願いをしました。そして位の高い貴族や重職に就いている貴族から身辺調査を行っていきました。その結果」

「あの子の事が引っかかったと」

「はい」

 

 彼女にとっていかに今回の事が重大な問題かという事が、場に落ちた重たい沈黙から伺い知れます。

 

 その強張った面持ちを見るに、つい「そう悲観しないでください」と慰めてしまいますが、上辺だけの言葉では納得されるはずもないので根拠を挙げていきます。

 

「まず私達はアルビオンでの騒動を望んでいません。姉はもう嫁いでしまっているのですから、その姉がいかに平穏に過ごせるかが私達の最重要案件なのです」

 

 あの子を大切にしている彼女なら分かってくれると思います。

 

「次に、まだ私達はモード大公のご息女について全てを把握したわけではありません。不自然な物や人の流れから幽閉に近い形で母親と娘らしき存在を囲っている事くらいしか調べはついていません」

「えっ……そ、それだけ」

「まぁ親子が亜人、多分エルフであろうとは推測がついていますが」

「な、なにを根拠に」

 

 ワザとではないのですが、上げて落としたせいで狼狽が酷いですね。

 

「あの徹底した隠し方から王弟である大公でもその存在が明るみに出た場合、守りきる自信がないという事が分かります。それで平民や非合法な人身売買、要は奴隷ですが、その手の類は除外できます。王弟を正面から罰する事が出来る存在なんて限られています。つまりブリミル教絡みが有力となりますから亜人が候補に上がり、亜人の生態系の特徴から絞り込むとエルフの線が濃厚というわけです」

 

 実は吸血鬼とどっこいどっこいの確率だという事はあえて説明しません。

 

 面倒くさいですからね。

 

「はは、凄いのね」

 

 その乾いた笑いは、誤魔化す事は無駄だと観念したという事でいいですか。

 

「えぇと、話が逸れてしまいましたね。要するに私達は姉の平穏、ひいてはアルビオンの平穏を求めています。これには当然貴女達の平穏も含まれています。王弟を異端者審問、または内密に粛正なんて悪夢でしかありません。なので、私達と貴女達は協力できると思っているのですが、どうですか」

「貴方達は匿っているのがエルフだと分かっていて、その、怖くないんですか」

 

 ブリミル教に支配されたハルケギニアでは当然の質問ですね。

 

「私は別に。友達に水の精霊様とエコーという人語を解するイタチみたいな亜人がいますからね」

「は?」

「エコー、イズナって名前なんですが、イズナさんはお留守番をしてもらっているので無理ですが、水の精霊様ならすぐ会えますけど、会ってみますか」

「え、えぇ、じゃあお願いします」

「ミツハさん」

 

 腕を横に振るい名前を呼ぶと、腕輪の水石が光り、人型サイズのミツハさんが現れます。

 

「呼んだか、カミル」

「はい、彼女に友達であるミツハさんを紹介させてもらいたくて」

「そうか。単なる者よ、我とカミルは友誼を結んでいる。敵対しようとは思わない事だ」

「は、はい」

「ミツハさん、嬉しいですけど、彼女は心配しなくても大丈夫ですよ」

「む、そうか、すまなかったな単なる者よ」

「い、いえ、大丈夫です。気にしてません」

 

 ミツハさんには、それから二三言葉を交わしてから戻ってもらいました。

 

「というわけで、ミツハさんと友達の私にしてみればエルフなんてちょっと耳の尖った人と大差ありません」

「な、納得したわ」

 

 精神の乱高下で、表情がお疲れモードに入ってますよ?

 

 でも良い感じに吹っ切れたみたいですね。

 

「さっきの質問に対する答え」

「はい」

「あの子が安全に過ごせるならどんな協力でもします」

「ありがとうございます。大公に穏便に接触する方法が貴女しかありませんでしたから助かりますよ。無茶はしたくありませんからね」

「聞くのが怖い気もしますけど、その無茶は例えばどんな」

「雨の日にミツハさんに大公邸ごと囲ってもらって逃げ場をなくし、大公とエルフ親子以外の意識を奪ってから直接交渉ですね」

「ははは……」

 

 しないで済んで本当に良かったです。

 

「それでは、とりあえず貴女にお願いする事は2つ。大公への取り次ぎと、私のアルビオン滞在を延ばすための理由になってもらいます」

「取り次ぎについては明日早々にフクロウ便を飛ばしておきます。貴方については……そうですね、披露宴でお互いに関心を持ち、その後に、つまり今ですね、部屋を訪ね意気投合。私から我が家への逗留をお誘いしたというのでどうでしょう」

「ありがとうございます。それで構いません。両親には明日その話をしておきますから、案内を寄越してもらえますか」

「はい、任せてください」

 

 そんな感じで話は上手くまとまっていった…………はずだったんですけど。

 




すれていないマチルダさんに妄想モードを追加してみました。
勢いでやった。
後悔も反省もしている。
姉妹丼は駄目ですかね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

続~11歳、ティファニアとの出会い

「いないですって」

「はい、お嬢様」

「手紙で約束は取り付けておいたはずよね」

「はい、お嬢様」

 

 執事の返答にマチルダさんの表情が険しくなっていきます。

 

「それについて大公からお嬢様へお手紙を預かっております」

「貸してっ」

 

 ひったくるようにして執事の手から手紙を奪い取ると乱暴に封を破り、食い入るように目を走らせ…………そして、

 

「なに考えてんのよっ!! おじ様のバカーーーーっ!!」

 

 目の前にいない相手にも聞こえるような大声で罵声をあげられました。

 

 お気持ちは察しますが、はしたないですよ?

 

◇◇◇◇◇

 

 披露宴から一夜あけて、両親への説得は信頼されているのか意外にもあっさりと了承されると、なぜか本人が迎えに来てくれたマチルダさんとお母様が和やかな雰囲気で談笑する一幕となりました。

 

 若々しいお母様と大人びた雰囲気のあるマチルダさんが並ぶと…………いえ、すみません。

 

 姉妹に見えると言おうと思ったのですが、見えないですね。

 

 見た目年齢的にはイケますけど、髪の色から雰囲気まで違い過ぎました。

 

 緑の髪のマチルダさんは知的な印象と全身からできる女オーラが出ていますが、金髪のお母様はそういったものをふんわりとした柔らかい雰囲気で内側に隠していますから。

 

 もしかしたら本質的には近いものがあるのかもしれませんが、私にはちょっと分かりかねます。

 

 女性とはいついかなる時においても男性に推し量れるものではありませんからね。

 

 さておき、穏便にアルビオンでの滞在期間を延長できた私は、マチルダさんがセッティングしてくれたモード大公とのアポイントメントまでの三日間をサウスゴータ領の中心都市『シティオブサウスゴータ』内にある彼女の家の別宅でお世話になりながら、どうせだからとのん気にもアルビオン観光などして過ごしていました。

 

 アルビオンの首都であるロンディニウムや、シティオブサウスゴータの中を流れるモノウ川に沿って山の中腹にある湖まで遡って行った遠乗りも楽しかったですが、一番印象に残ったのは港町であるロサイスでのご来光ですね。

 

 落下防止のために腰に命綱を付け、手すりに捕まり、足を標高3000メイル(m)の高さから投げ出して大陸の端に腰掛け、地平線から登って来る太陽を眺める。

 

 もう圧巻の一言でした。

 

 どんな絵画でも表しきれない雄大な自然の美しさを感じました。

 

 アチラの世界で富士山のご来光登山が人気の理由が分かった気がします。

 

 ぜひ大陸の西側でも水平線に夕日が沈んで行く風景を見てみたかったのですが、あいにくとそちらには風竜などの危険生物が生息する森が広がっているとの事で残念ですが諦めました。

 

 ちなみにその広大な森は王国の直轄領で、人の手をあえて入れず、幻獣の繁殖地域にしているんだそうです。

 

 これがハルケギニアで質・量ともに最強と言われるアルビオンの竜騎士団を支える重要なファクターになっているのかもしれません。

 

 きっと竜騎士団の正規メンバーになるためには相棒を得るためにこの森に単独で入っていくという厳しい命懸けの試練がっ!!

 

 まぁ妄想ですけど、実際ありそうですよね。

 

 自分専用の風竜がいたら便利だとは思いますけど、リターンに対するリスクがサシでガチンコバトルでは私の感覚では釣り合いません。

 

 それに食費も馬鹿みたいにかかりますしね。

 

 毎日羊一頭食べられたら一年間で400から800エキュー。

 

 たまに乗るくらいでは割に合わないでしょう。

 

 使い魔ならその辺は諦めるしかありませんけど、水メイジの私ではその心配、もしくは期待も考慮に値しません。

 

 きっと陸生でありながら水に縁の深い何かが当たると思います。

 

 希望としては肩に乗れるくらい小さい子か、乗って移動できる子がいいですね。

 

 ルーンはせっかくですから会話が出来るようになるもので。

 

 まぁ希望通りになるとは思っていませんが、夢を見るのは自由ですよね。

 

◇◇◇◇◇

 

 さて、そうこうしている間に約束の期日となり、マチルダさんに連れられロンディニウム郊外にある大公邸へ向かったわけですが、ここで話は冒頭部分に戻ります。

 

 大公からの手紙を読んで絶叫したマチルダさんを宥め、落ち着いた所で手紙の内容を聞いてみると、

 

「シャジャルとティファニアを連れてほとぼりが冷めるまで雲隠れするから後よろしくね」

 

 と要約するとそんな感じの事が書かれていたそうです。

 

 そういう行動が取れるなら原作の流れは何だったのか疑問に思いますが、最高権力者である王様に睨まれた事で逃げきれないと思ったのか、実の兄ならば突っぱねれば妥協してくれると思ったのか、身内だからこそ意固地になってしまったのか。

 

 まぁ考えても仕方のない事は置いておくとして、今は現実に目を向けましょう。

 

 選択肢は2つ。

 

 マチルダさんに伝言を頼んで引き下がるか、探し出すかです。

 

 ま、考えるまでもないですね。

 

「マチルダさん、大公の行き先に心当たりはありませんか」

「そうね……確か西に向かった先の森の中にエルフが好みそうな別荘を建ててるって言ってたからそこかもしれないわ」

 

 もしかしてウエストウッド村の原型でしょうか。

 

「良ければ案内をお願いできますか」

「えぇ、私も一言言ってやらないと気が収まらないから」

「ではさっそく向かいましょう」

 

 お忍びという事で2人だけで来ていたのが幸いして、御者や護衛を言いくるめる労力をかける事なく、馬二頭で連れ立って森へ向かいます。

 

 余談ですが、この三日間で友好を深めた結果「マチルダさん」「カミル」と呼び合う仲になっています。

 

 フランクで世話焼きなマチルダさんの懐の広さは姉様の愛情の深さに通じるものがあって、ついつい甘えたくなってしまい、観光中に度々困ってしまいました。

 

「カミルよ」

「どうしました、ミツハさん」

 

 森に着くと、水辺以外では珍しい事にミツハさんが自分の意志で水石から現れ、

 

「この森一帯に我ら精霊の力を用いた魔法がかけられておる」

 

 危険を知らせてくれます。

 

「精霊の力という事は、エルフの魔法という事ですか」

「そうなるな」

「どんな魔法か分かりますか」

「うむ、これは幻惑の結界を作り出す魔法だ。結界内では認識を誤魔化され、目的地にたどり着く事が出来なくなる」

「シャジャルさんね」

「そうでしょうね」

 

 そんな事が出来るならなぜ原作でしなかったと再度思ってしまう私は悪くないと思います。

 

「ミツハさん、解除をお願いできますか。それと無駄な抵抗はしないで待っているようにと術者のエルフの方に伝えてもらえると嬉しいです」

「カミルの願いだ。引き受けよう」

 

 ミツハさんに頼りきりですが、相手がエルフでは割り切るしかないですね。

 

 友達として私ももっとミツハさんに何かしてあげられればいいんですけど、今のところ水辺に一緒にいるくらいしか良い案がありません。

 

 要検討ですね。

 

 そんな事を考えている内に、ミツハさんのかざした手から発生した霧が森を駆け抜けて行き…………?

 

「ミツハさん」

「なんだ」

「今ので終了ですか」

「うむ」

「何というか、さすがの一言ですね」

「? うむ」

 

 首を傾げ不思議そうにしてから「ま、いっか」という風に頷きを返すミツハさん。

 

 その妙に人間くさい仕草が可愛いです。

 

「エルフの方はどうですか」

「待っていると言っている」

「それは良かったです。では行きましょう」

 

 とんだ回り道をさせられてしまいましたが、終わりよければ全てよしです。

 

 説得、頑張りましょう。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 森の中を馬で進むこと20分強、ポッカリと開けた空間に出ました。

 

 そこには小屋と言うには立派な、丸太で作られた建物が一つあり、その前に目的の人物だと思われる男女と母親の後ろから恐る恐るこちらを伺っている少女がいます。

 

 馬から降りて近付いて行くと、母親と少女には確かにエルフの特徴である尖った耳が確認できました。

 

 耳に目がいった際、少女と目が合うと慌てて母親の後ろに隠れられてしまいましたが、好奇心に負けてまたチラッと顔を出します。

 

 その仕草が可愛くて笑顔で手を振るとビクッと全身を跳ねさせ、次いでアワアワと左右を見てから何かしらの葛藤と戦うように俯き、観念したのかウルウルした瞳を上目遣いにして小さく手を振り返してくれました。

 

 ぐはっ!? こ、殺す気ですか、この子は。

 

 萌え死にで吐血しそうです。

 

 断言しましょう。

 

 彼女は妖精なんかじゃない。

 

 彼女こそ地上に舞い降りた天使です。

 

「おじ様。これはどういう事ですか。お屋敷で会う約束をしたはずですが、私の勘違いでしたか」

「い、いや、これには訳があってだな」

「訳? 私に後の始末を丸投げして夜逃げする程の訳とはなんです」

「よ、夜逃げしたわけでは」

 

 私が可愛過ぎるティファニア嬢に悶えそうになっている横ではマチルダさんが大公に綺麗な笑顔で詰め寄っています。

 

 その威圧的なプレッシャーに冷静さを取り戻した私はとばっちりを受けても面白くないという事でアイコンタクトとジェスチャーでシャジャルさんに家に入っていいか問うと、シャジャルさんも大公たちは放置の方針らしく、苦笑しながら頷くと招き入れてくださいました。

 

 そして「お茶を入れますね」と言ってティファニア嬢にまとわりつかれながらキッチンに消えたシャジャルさんを大人しくテーブルに着いて待ちます。

 

 外観に対して内装は意外にも凝っていて、テーブルや椅子、棚や窓枠などに職人技を感じさせる見事な彫り細工が見て取れます。

 

 感心して見回していると2人がお茶を持って戻って来て、3人でテーブルを囲みます。

 

「私はシャジャルと言います。こちらは娘のティファニア。ほら、ティファニア。あなたも挨拶を」

「テ、ティファニアです。は、初めまして」

「初めましてティファニア。私はカミル・ド・アルテシウム。気軽にカミルと呼んでください」

「は、はい。カ、カミ、ル」

「はい、ティファニア」

「えっと、じゃあ私の事もテファって呼んでください。ティファニアって呼びにくいでしょ」

「そうですか? 特に発音しにくいとは思いませんけど、でも愛称で呼んだ方が仲良くなれそうなので、テファって呼ばせてもらいますね」

「はい♪」

 

 安心してくれたのか、やっと笑顔を向けてくれました。

 

 まさに天使の微笑みですね。

 

 気になったので年齢を聞いてみると、今年で11歳、同い年という事でした。

 

 ところでティファニア嬢と言えばついつい気になってしまう一部分についてですが、第二次成長は既に始まっているようで、緑色のワンピースからはまだまだ控えめですが確かな膨らみが見て取れます。

 

 これが後にバストレボリューションとまだ言われる成長を見せるかと思うと、人体の神秘について考えてしまいますね。

 

 さておき、こちらの挨拶が一段落した所でシャジャルさんとの会話に移ります。

 

「水の精霊のお友達というのはアナタですね」

「はい、ミツハさんは大事な友達です」

「ミツハさん?」

「友達になった時に名前をつけて欲しいと言われたので。友達を呼ぶのに水の精霊様では味気ないですからね」

「それは……」

 

 難しい表情で考え込んでしまったシャジャルさんの反応に戸惑っていると、次いで問いかけられた内容にさらに困惑が深まります。

 

「精霊と名前を呼び合う意味をあなたは知っていますか」

「いえ? 友達以上の意味があるのですか」

「これは我々エルフに伝わる言い伝えですが、精霊と心を通わせ名を呼ぶ事を許された者は大いなる意志の加護を受けし者であると」

「大いなる意志、ですか?」

「星の意志と言い換えてもいいでしょう。我々エルフを始め、精霊の力を借り受けて力を行使する者たちにとって、大いなる意志は絶対の信仰対象です。その加護を受けたあなたは」

 

 そこで言葉をためられ、高まった緊張からゴクリと喉が鳴ってしまいます。

 

「いえ、あなた様は我々にとって付き従うべき存在。王、主、救世主と呼び方は色々できますが、総じて上位者という位置付けになります」

「王に主に救世主……」

 

 身の丈に全く合わない、そのスケールの大きな言葉に上手く反応が返せません。

 

 助けを求めるように腕輪の水石に視線を落とし、友達の名を呼ぶと、

 

「ミツハさん」

「なんだ、カミル」

 

 テーブルの上のカップのお茶が盛り上がり、小さいバージョンで現界してくれます。

 

 それを見たテファが「わぁ♪」と嬉しそうな声をあげますが、今は構っている余裕がありません。

 

「聞いてました?」

「うむ」

「大いなる意志の加護とかその辺についてどう思います?」

「特に何も」

「何も?」

「大いなる意志の存在は否定しない。が、それは例外なく何者にも推し量れるものではない。我はカミルが単なる者と違う事は分かるが、それが大いなる意志に関係するかは判断できない。しかしカミルに名を許したのは単に我がカミルを気に入ったからであって、そこに他の何者かの意思が働いたとは我は認めない」

「ミツハさん…………ありがとうございます。私たちは私たちの意思で友達なんですよね」

「うむ、その通りだ」

 

 エルフの王とか予想の斜め上な話が否定された事に安心したのもありますが、最後に添えられたミツハさんの友情の深さが込められた言葉に自然と頬がゆるんでしまいます。

 

「シャジャルさん」

「はい」

「さっきの言い伝えは迷信という事で」

「そう、みたいですね。私も安心しました」

 

 いくら人間を愛した人でも、いきなりエルフの救世主が実は蛮族でしたと言われても扱いに困りますよね。

 

 兎にも角にも誤解が解けて良かったです。

 

 難しい話が分からず小さなミツハさんに興味津々なテファはいいとして、シャジャルさんと私の緊張した空気が落ち着きホッと一息入れた所で、図ったように外で言い合いをしていた2人が部屋に入ってきました。

 

 気を遣わせてしまいましたね。

 

 空気の読める方たちのようです。

 

 お茶を入れ替えにシャジャルさんが席を外し、4人掛けのテーブルには私の隣りにマチルダさん、正面にモード大公が座り、戻ってきたシャジャルさんがテファを膝の上に載せて、話し合いのテーブルが埋まりました。

 

 正直少し疲れてしまいましたが、本命はこれからですから気合いを入れ直さないといけないですね。

 





やっと、やっとティファニアを出せました。
ロリですが、既にツルペタではないご様子。
成長が楽しみですねww


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

続~11歳、粛清を回避するための提案

 対面するやいなやマチルダさんにマンツーマンで詰問される羽目になったモード大公とは自己紹介がまだでしたので、そちらを手早く済ませ、次いでシャジャルさんとティファニアの存在に気付いた経緯とアルビオンの国体を揺るがすような騒動は望んでいない事、それに対して協力関係を結びだい旨を説明します。

 

「本来なら2人の存在が露見した時点で命の危険があったからこそここに避難してきたわけだが、その相手、しかも水の精霊を味方に付けるような常識外れな相手の方から協力関係を申し出てもらえた事は我々にとって僥倖と言っていい。ただ……」

「何でしょう」

「君や君の家が家族の平穏のために動いているのは承知した。が、それだけでは釣り合いが取れん」

「釣り合い、ですか」

「うむ、まだ年若い君には分からないかもしれないが、秘密を共有する場合はそれ以外の所でも利害関係を結び結束を深める必要があるのだ。それが安心と信用に繋がる」

「共犯というだけでは足りないという事ですね」

「そうだ」

「では、大公様には何か腹案がおありですか」

「例えばだが、こういった場合は婚姻関係を結ぶのが一番手っ取り早い方法という事に昔から決まっているのだが」

「おじ様っ」

「落ち着け、マチルダ。公に出来ないティファニアではその役は難しく、マチルダはサウスゴータの跡取り娘ゆえに簡単には出せん。傘下の貴族の中から爵位の釣り合う娘を見繕っても良いが」

「いえ、それには及びません。と言いますか、できれば他の案をお願いします」

「ふむ、既にそういった相手がいるのかな」

「そうではありませんが、我が家の方針として結婚相手は自分で見つけて来るべしとありますので」

「ほほう、貴族の嫡男にしては珍しい事だ」

 

 家を継げない次男三男なら別ですが、確かに跡取りである長男に許嫁の一人もいないというのは珍しいと思います。

 

「我が家の輸出の主産業は嗜好品です。そのため不買運動などが起こらないように宮廷内の権力争いから距離を置いているのですが、その辺りに配慮すれば後は自由にしていいと言われています。先ほどの話は他国という事で影響は少ないのかもしれませんが、大公様は我が国の王ともご兄弟の関係にあるお方。非才の身では後にどんな波紋が広がるか見当も付きませんので」

「確かにそういった事情があっては仕方がないな」

「ご理解ありがとうございます」

「しかし、何も無しとはいかんぞ」

「おじ様、よろしいですか」

「何か考えがあるのか、マチルダ」

「はい。カミルが我が家に滞在している事は隠していませんので噂が広まるのは早いと思います。であれば、おじ様ではなくサウスゴータ家がアルテシウム家と関係を結ぶ方が自然な流れ。おじ様が動かれるのでなければカミルが懸念している影響も抑えられるのではないでしょうか」

「一理あるな。して、どうする」

「領地に港を持つオックスフォード家を巻き込んで、三家での経済流通協定を結びます」

「ふむ」

「一度、人・物・金の流れが出来てしまえば変えるのは容易ではありません。それにジュリア様の嫁ぎ先であるオックスフォード家を巻き込んだ事で、おじ様の影はより薄くなると思われます」

「カミル君、ワシは良い案だと思うがどうだね」

「確かに私にも悪い話には聞こえませんでしたが、事が領の経営に絡むとなれば決定権は両親にあります。なので申し訳ないですが相談してみない事にはなんともお答えできません」

「道理だな。では、今はその方向で話し合うとだけ決めておくとしよう」

「ありがとうございます」

 

 ふぅ~~、肩が凝る話でしたが、これで協力関係は結べたと見ていいでしょう。

 

 王族に連なる程の方だと、そうホイホイと相手を信じる事もできないとは実に大変そうです。

 

 などと気楽に構えている私ですが、貴族である以上、他人事ではないんですけどね。

 

 でもこれでやっと具体的な話に入れます。

 

「それではここからは、シャジャルさんとテファの身の隠し方についての提案に移りたいと思いますが、その前にシャジャルさん」

「はい、なんでしょう」

「先ほどテファには10月生まれと教えてもらいましたが、シャジャルさんは何月生まれでいらっしゃいますか」

「私ですか? 8月生まれですけど、それが何か」

「ではシャジャルさんには4ヶ月、テファには6ヶ月早い誕生日プレゼントを贈らせてください」

 

 手荷物からリボンをかけた小包を2つ取り出し2人の前に置きますが、しかし何かに感づいたシャジャルさんは受け取ろうとはせず、手を伸ばそうとしたテファの手もやんわりと止められてしまいます。

 

「シャジャル?」

 

 シャジャルさんは大公の声には応えず、包みから私に静かに視線を戻します。

 

「この包みの中からは精霊の力を感じます。マジックアイテムでしょうか」

「はい、そのマジックアイテムが今回の話の肝になります」

「先にどういったものか聞いても」

「もちろんです。形状はイヤリング。宝石の部分に水の精霊の力の結晶である水石を使い、見た目を変化させる変身魔法を付与した、ミツハさん特製のマジックアイテムです。その効果によってエルフの特徴とされる尖った耳を人間ものに変えてしまおうというのが、身を隠す方策の提案その1になります。ちなみにご存知かもしれませんが、この変身魔法は系統魔法のフェイスチェンジと違ってディテクトマジック、系統魔法の探査では見破れませんから、変えてしまえば後は安心して生活してもらえると思います」

「そうですか」

「やはり抵抗がありますか」

「ない、とは言えませんが、私たちの存在が主人やマチルダ、協力してくれている周りの方たちを危険にさらしているのは自覚しています。それに何よりこの子の身の安全には代えられません」

「お母様……」

 

 自分の手を包んでいる手に力が入った事で、気遣わしげに母親を見上げるテファ。

 

 シャジャルさんはそれに優しい微笑みで応える。

 

「カミルさん。プレゼント、有り難く頂戴します。待たせてごめんなさいね。テファも、もういいわよ」

「はい♪ カミル、プレゼントありがとう。開けてもいい?」

「はい、どうぞ」

 

 さて、このイヤリングですが金属部分はプラチナのような地金を使っていて、下に丸みのある雫型の水石をぶら下げるというシンプルかつベターなデザインをしていますが、目を引くのはその水石の色。

 

 それはサファイアでは最上級とされるコーンフラワーブルーと似ていて、矢車菊の青と呼ばれる深い色合いに加え、その透明度の高い輝きは海の煌めきを想起させます。

 

 まだお子様なテファは天真爛漫を絵に描いたように「キレー♪」と目を輝かせてハシャいでいますが、大人の女性陣からはとろけるような艶っぽい吐息に混じって感嘆の声が漏れ、大公はその予想される価値に眉を寄せて短い呻き声をあげています。

 

 そもそも水石自体が滅多に産出されない稀少鉱石ですし、ミツハさんお手製ゆえの高純度、さらにマジックアイテムという事を加味すると値段はつかないでしょうね。

 

 いわゆる非売品、国宝級というやつです。

 

 実際に作る前にイヤリング以外にもいくつか候補はあったのですが、パーティードレスには合わないだろうという理由でブレスレットや腕輪の類は早々に却下。

 

 耳繋がりでピアスも考えましたが、自然と共に生きるエルフに、体に穴を開けるという行為は抵抗があるだろうとこれも却下。

 

 見目麗しい女性に高価な貴金属では襲ってくださいと言っているようなものなので、防犯対策として人目に付きやすい指輪も却下。

 

 最終的にネックレスとどちらにするか迷いましたが、ドレスとの兼ね合いでより影響の少ない方という事でイヤリングに決定しました。

 

 服の下に隠せるというネックレスの利点は惜しいですが、イヤリングも髪を下ろしてしまえば目立たなくなりますから、その辺は妥協しました。

 

 ちなみにこのイヤリング、落下防止措置として一度身に着けるとミツハさんに頼まない限り外せなくなる仕様です。

 

 そこだけ聞くと呪いのアイテムみたいですが、いきなり変身が解けるのも、落として無くしてしまうのも問題なので当然の処置だと思います。

 

 さて、女性陣が鑑賞に満足した所で実際に装着してもらい、耳だけが人間サイズに変化するのを確かめます。

 

 取り外しができるのはミツハさんがいる間だけですから、今のうちに納得いくまで鏡の前で位置を調整してもらいます。

 

 お洒落に関して女性は個々人でこだわりを持っていますからね。

 

 男性にとってはどっちでもいいような些細な違いでも、意見を求められたら必ず答えるようにしておかないと機嫌を損ねる事態になってしまうので注意が必要です。

 

 ちなみに大公は、シャジャルさんがマチルダさんと話し合って決めた結果に頷くだけで済みました。

 

 運の良い事です。

 

 テファは母親任せでしたが、それも含めて母親とお揃いなのが嬉しかったのか、ご機嫌な笑みを浮かべています。

 

「それでは身を隠す方策の提案その2に移らせていただきます」

 

 緊張感はもはやありませんが、浮ついた空気が少し落ち着きます。

 

「今のシャジャルさんとテファは外見上完全に人間ですから、今までの様に人目を避けて引きこもる必要はもうありません。しかし、今まで執拗に隠してきた存在がいきなり出てきては無用な混乱を引き起こしかねません。ですから痛くもない腹を探られないためにも大公様にはお屋敷の使用人に対して、シャジャルさん親子を王室に連なる貴族ゆえの世間体から隠してきた平民の妻と実子であると説明していただきたいと思います」

「それは望む所だが、正妻として迎えろという事か」

「いえ、それは周りが許さないでしょうから、後継ぎに関しては別に正妻を迎えるか、養子を取る事をお勧めします」

「養子か……」

 

 その様子だと、大公の気持ちの中ではシャジャルさんが正妻なんですね。

 

「せっかくシャジャルさん達が大手を振って歩けるようになったのですから、政務については養子の方に丸投げして、今まで取れなかった家族の時間を大切にされてみるのも良いと思います」

「それも提案か」

「いえ、これは子供の視点から見た個人的意見。と言いますか、お願いですね」

「そうか……うむ、考えておこう」

「ありがとうございます」

 

 大貴族になればなるほど家族で過ごす時間は減っていくものです。

 

 基本的に子育てはメイドや家庭教師が行い、王族ともなれば親子といえど気軽に会う事さえ叶いません。

 

 それが間違っていると否定するつもりはありませんが、必要にかられず、なおかつ他に優先しなければならない事がないのなら、出来れば家族を省みて欲しいと思ってしまいます。

 

「次の提案その3ですが、その前にお聞きしたい事があります。シャジャルさんとテファは魔法を使うための杖を持っていらっしゃいますか」

「私は持っていませんが。テファ」

「これ、ですよね」

 

 予想通りの答えですね。

 

 しかし意外そうにしなければいけません。

 

「質問しておいて何ですが、なぜエルフであるテファが杖を? 偽装するなら2人とも持っていそうなものですが」

「偽装ではありません。精霊の力を行使する私に杖は不要ですが、テファは人間の血が入っているせいか精霊の姿を見る事も声を聞く事も出来ませんでした。ならば人間の使う系統魔法を使えるのではと杖を持たせました」

「使えたのですか」

「それが、よく分からないのです。いえ、全く使えないというわけではないのですが、なぜか魔法を唱えるとどんな魔法でも爆発を起こしてしまって……。原因は分かっていません。それでも自衛のためには使えるだろうと割り切ったのですが、本人は誰かを傷付けるのは嫌だと言っていて」

「ごめんなさい、お母様」

「いいのよ、テファ。あなたが優しい子で母さんは嬉しいわ」

「お母様……」

 

 テファの他者に対して優しい姿勢は生まれつきみたいですね。

 

 傷付けない魔法、忘却の虚無ですか。

 

「分かりました。ありがとうございます。それではまずシャジャルさんですが、万一のために杖を持つ習慣を付けてもらい、系統魔法のルーンを覚えてもらいたいと思います。杖さえ持っていれば平民は騙せますが、メイジに対してはルーンを唱えてみせないと誤魔化せませんから」

 

 いくら耳を隠しても先住魔法を偽装なしで使ってしまえば、エルフとは特定されなくても亜人という事はバレてしまいます。

 

「精霊の力の行使をやめる。と言えらたいいのですが、万一には備えないといけませんね」

「最初は慣れないとは思いますが頑張ってください。それでテファについてですけど」

「私?」

「はい、テファは爆発魔法以外の魔法を使えるようになりたいと思いますか」

「えっと……」

 

 落ち着かない様子で両親やマチルダさんの顔を伺っては、視線で自分で決めなさいと促され、目をぐるぐるさせながら一生懸命に考えるテファ。

 

 幼いテファの挙動は全てが愛くるしく、見ていて微笑ましい気持ちになれますね。

 

「あの、カミル」

「ん、なんですか」

「どんな魔法が使えるようになるかって分かる?」

「ある程度なら。聞きますか」

「うん、教えて」

「まず私が知る限り攻撃魔法は一つしかありません。エクスプロージョンという魔法なんですが、これは使い手次第で凶悪にも優しいものにも変わる魔法です」

「優しい攻撃魔法?」

「そう、爆風で二次被害が出る事もあるかもしれないけど、基本的にこの魔法は爆発させたい物だけを爆発させる魔法です。例えば、今テファの前にナイフを持った盗賊がいるとします」

「う、うん」

「エクスプロージョンを上手く使えば、ナイフだけや着ている服だけ、髪の毛だけなんて感じで怪我させる事なく爆破できるそうです」

「髪の毛だけって、ふふふ」

「ね、優しい魔法でしょ」

「うん、そう思う」

 

 なるべくネガティブなイメージを持って欲しくないので、嘘はつきませんが、テファの性格に合った使い方を強調させてもらいます。

 

「次も使う人次第で良くも悪くもなる魔法で、相手の記憶の好きな部分を消せる忘却の魔法。さっきの盗賊の場合で説明すると、悪い事をしようと思った記憶を消してから『あなたは道に迷ったんですよ~』『家に帰る途中だったんですよ~』と囁くと、あら不思議。平和的にお帰りいただけるという寸法です」

「ふふ、面白い」

「でも、この魔法の真骨頂は別にあります。それは心のお医者さんになれること」

「心のお医者さん?」

「そう、夜も眠れない程の怖い体験や、ご飯も食べられなくなってしまう悲しい体験。普通だったら自分の力で乗り越える事なんでしょうけれど、みんながみんな強いわけではないように、挫けて動けなくなってしまう人は必ずいます。そんな人に優しく手を差し伸べる事ができるのがこの魔法です」

「怖かったり悲しかったりする記憶を消してあげるのね」

「正解」

 

 トラウマや自殺を選ぶ程の辛い体験を苦しみながら多大な時間と労力をかけて克服するくらいなら、スッパリと消してしまった方が優しくもあり効率的だと思います。

 

「後は便利な魔法ですね。早く動ける魔法や、もっと遠くまで一瞬で移動できる魔法。物に宿った記憶を覗ける魔法に、自分のイメージした通りの幻を映し出す魔法。魔法を打ち消す魔法なんてのもあったはずです」

 

 異世界に行ける魔法についてはルイズ嬢が自分の力と想いで見つけた方が良さそうなので、ここでは黙っておきましょう。

 

「そ、そんなにいっぱいあるの?」

「私が知っているのはこれくらいですけれど、きっと本当はもっと沢山ありますよ」

 

 原作で出て来たのは中級まででしたからね。

 

 上級には物騒ないわくつきの魔法『生命』しかないというオチもあるかもしれませんが……。

 

「そ、そうなんだ」

「どうです、使ってみたくなりましたか」

「えっと、うん、そうね。今の爆発するだけの危ない魔法よりずっと良いと思うの」

 

 それは良かった。

 

 頑張って説明した甲斐があるというものです。

 

「カミル、ちょっといいかしら」

「どうしました、マチルダさん」

「えっと疑うわけではないのだけれど、聞いた事ない魔法ばかりで正直ちょっと信じられないというか……」

「それはそうですよ。これらは失われた系統の魔法なんですから」

「それって……まさかっ」

「そうです。テファの系統は虚無ですよ」

「なぜ、そう断言できる」

 

 困惑から驚きに変わったマチルダさんの反応とは対局的に大公は冷静のようですね。

 

 年の功でしょうか。

 

「逆にお聞きしますが、アルビオンには虚無に関する文献や口伝は残っていないのですか」

「ない。とは断言できんが、少なくともワシは知らん」

「ロマリアには虚無を専門に研究している部署がありますが、ご存知ですか」

「いや、知らぬ。が、考えてみれば確かにロマリアが始祖ブリミルの御業について調べていないわけがないな」

「場違いな工芸品という言葉はどうです」

「それならば聞いた事がある」

「聖地のあるとされるサハラから発見される事が多いそうですが、ロマリアはこれも独自の部署を設け集めているそうです。これも虚無に関係する物だとか。ちなみに横流し品が裏のルートで出回る事もあるそうですよ」

「ほぅ、カミルは博識なのだな」

「あ、いえ、訳知り顔で語ってはいますが、これらはブリミル教の神官に袖の下を掴ませれば意外と簡単に集まる情報なのでお恥ずかしい限りです」

「いや、そうだとしても見識を広めようとしたカミルの行為は褒められて然るべきものだ。現に役に立っているわけだしな。卑下する事はない」

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて後少し情報を開示させていただきます。虚無に目覚めるメイジは始祖ブリミルの直系の子孫である3王家の血筋に限定されています。ロマリアについてはその辺りが謎ですが、それについては今は別にいいでしょう。次に虚無のメイジを見分けるコツですが、これは普通の系統魔法が爆発してしまうことです。一目瞭然ですし、目印としては悪くないと思います。最後に虚無に覚醒するための方法ですが、王家に伝わる秘宝を同じく王家に伝わる指輪をはめて触れる事で覚醒するそうです」

「王家に伝わる秘宝と指輪というのは『始祖のオルゴール』と『風のルビー』の事だな」

「はい、トリステインだと『始祖の祈祷書』と『水のルビー』ですね」

 

 感心して何度も頷いている大公に、情報を処理しきれず混乱に拍車がかかっているマチルダさん、自分が使えるという魔法に思いを馳せるテファ、そして……。

 

「シャジャルさん」

「なんでしょう、カミルさん」

 

 何とも形容しがたい複雑な表情をしていらっしゃいますね。

 

 エルフとして、親として、その葛藤は相当なものなのでしょう。

 

 それを分かっていながら卑怯でも私は貴女にこうお願いします。

 

「テファを、貴女と貴女の愛した人との間に出来た娘を信じてあげてください」

「あなたはそれも知っているのですね」

 

 エルフにとって虚無の魔法は悪魔の力。

 

 『4つの悪魔が揃いし時、真の悪魔は目覚め、大災厄をもたらす』という予言もあります。

 

「自分の安全より相手を傷つける事を厭う心優しい貴女たちの娘なら、むしろ大災厄の抑止力になってくれると思いませんか」

 

 娘という事を強調して親としての良心に訴えかけます。

 

 せっかく粛清される未来を変えようというのです。

 

 どうせなら家族仲も良好でいて欲しいと思うのは、決して欲張りではないと思います。

 

「そう、ね。そうですね。ありがとうございます、カミルさん。私は何を迷っていたのでしょう。親が子を信じられなくてどうすると言うのです。この子にどんな力があろうと、それは優しい力になると信じます」

 

 そう言ってテファの頭を優しい手つきで撫でるシャジャルさんの表情は、慈愛に満ちていながらもどこか力強さを感じさせるもので、自然と『母強し』といった言葉が浮かんできます。

 

 そんな妻の肩に手を置き、頷いてみせる大公。

 

 事情は半分も分かっていないでしょうに、それを飲み込んだ上でなお相手を包み込める度量の深さ。

 

 そんな両親を見上げ嬉しそうにしているテファ。

 

 一枚の絵画のようなその光景に、マチルダさんも一息つけたようです。

 

 これなら色々と大丈夫そうですね。

 

 それから虚無に覚醒させずに魔法から遠ざけるか、覚醒すればコモンマジックも使えるようになる事から爆発云々の条件を欺きつつ自衛手段を得るか話し合い、後は……。

 

「最後に使い魔の情報ですが、虚無のメイジの使い魔は人間が喚ばれます。つまりそれだけで虚無だとバレてしまいますので、喚ぶ時、喚んだ後は情報の秘匿に気を付けてください」

「人が使い魔として喚ばれるのか」

「はい、基本は普通の使い魔召喚と同じく運命の相手が自動で喚ばれるそうですが、特定の人物を強く願うと喚べるという話もあります」

 

 原作での二度目のルイズとテファがそれですね。

 

「私の使い魔……」

 

 さて、再度妄想空間に突入してしまったテファですが、どんな人を喚ぶのか気になりますね。

 

 世界の修正力とかそんな感じで、ランダムでサイト少年を引き当てるならルイズ嬢と競争なんて事態になったりならなかったり……。

 

 特定の誰かなら、やはり大好きなお姉さんのマチルダさんでしょうか。

 

 粛清の回避が上手くいけば土くれのフーケにはなる事もないと思いますが、土のトライアングルになれる素質は変わらないので護衛としての力量には申し分ないです。

 

 使い魔のルーンですが、ジョセフ王より先に喚んだらミョズニトニルンになったりしませんかね。

 

 巨大ゴーレムにマジックアイテムの知識、加わえてシャジャルさんの協力があれば、ヨルムンガンドを越えるのも夢ではありません。

 

 見てみたいですね、ゴーレム無双。

 

 さて私も妄想はそのくらいにして、万が一にもバレてしまった際の緊急対策マニュアルの作成を提案して、長かった今回の話し合いを締め括るとしましょう。

 

 さすがに疲れました。

 




これで姉ジュリアの平穏を守るための工作の半分が終了しました。
もう半分は……もっと短く書けるといいな。

テファを虚無に覚醒するように仕向けたのは、ロマリアに目を付けられた際に抵抗するためです。
最悪、エルフ+虚無+土のトライアングルなら逃げ切れるでしょう。
原作では謎のままだったリーヴスラシルの能力どうしましょうかね。
魔法の器に適した能力……なんだろうな。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

続~11歳、アニメではよくある展開

 「幸せになりたかったら」から始まる有名な格言に従い、幸せを謳歌するため釣りに興じているカミル・ド・アルテシウム、11歳の夏です。

 

 例によって釣り糸を垂らしているのは「トリステインで避暑地と言えば」でお馴染みのラグドリアン湖。

 

 あのミツハさんとの衝撃の出会いからもう3年も経つかと思うと時の流れの早さを感じずにはいられません。

 

 小舟に揺られながら見た目に似合わずそんなお年寄りみたいな回想をしみじみとしていると暇を持て余している様に誤解されてしまいそうですが、これでも今回の来訪の目的であったお仕事は事前にきっちり終わらせてあります。

 

 一つは、ヴァリエール公爵がカトレアさんの治療の報酬として約束してくれた王様との謁見です。

 

 ワーカーホリックな王様を公爵が説得して避暑に連れ出し、引き合わせてくれました。

 

 そこまでして謁見を希望した理由は、カトレアさん同様、ミツハさんの分霊を体内に宿してもらうためです。

 

 どこまで効果があるか分かりませんが、トリステインの平和のために出来ればアンリエッタ姫が結婚して子供を産むまで長生きして欲しいと思っています。

 

 その際、王様から当然の様に報酬の話をされたのですが、長生きして国に尽くしてもらう事が報酬の様なものでしたので、迂闊にもこれに関しては全くのノープラン。

 

 かと言って断るのも勿体ないと欲を出してしまうのが小市民な私なわけですが、しかし王様の前でアタフタと醜態をさらしてしまったのは忘れたい記憶です。

 

 アンリエッタ姫と同い年なせいか非常に生暖かい視線を向けられてしまいました。

 

 そんな恥を忍んで得た報酬はと言うと、現金やお酒の取引、大きく出て領地なんて即物的な考えもありましたが、最終的にはフッと降りてきた天啓に従い、未来への布石を打つ事にしました。

 

 ただこれは五分五分よりも勝算の低い賭なので、内容に関しては伏せさせてもらいます。

 

 期待せずに待つ事にしましょう。

 

 話が一段落した所で大変名誉な事にアンリエッタ姫と会って行く事を許されたのですが、情報の漏洩を防ぐという大義名分を盾にやんわりと、しかししっかりと固辞させてもらいました。

 

 変なフラグは立てないに越したことないですからね。

 

 二つ目のお仕事は、こちらも避暑に来ていたカトレアさんの検診です。

 

 全なる一のミツハさん相手なので実際は何処にいても様子を聞く事が出来るのですが、ミツハさんは基本的に私以外とコミュニケーションを取ろうとしないので、端から確認しようとすれば必然的にその相手は私という事になってしまいます。

 

 とは言っても、ミツハさんの分霊を体内に宿してから既に目安としていた半年が経過している現状において、カトレアさんの主治医である水メイジの調べによって体内の水の流れが正常に戻っている事は確認されており、本人の自己申告でも体調に問題はないそうなので、この検診は最終的な確認作業以上の意味はありません。

 

 実際に質問してみても、

 

「ミツハさん、カトレアさんの体の中の流れはどうですか」

「問題ない」

「どこから淀みが発生するかは分かりましたか」

「循環の起点である心の臓から濁りが出るのはわかるが、それだけだ」

「濁りが出る頻度はどのくらいですか」

「日にもよるが、多くても日に数度といった所だな」

「その回復に問題はありますか」

「ない」

 

 といったように、心臓から送り出される血液に問題がある事は分かってもその原因は不明。

 

 しかし体調を正常に保つ事に問題はないという治療前に予想していた通りの結果でした。

 

 それを告げると公爵は喜んだり難しい顔だったりと忙しそうでしたが、後は公爵が医療の研究に踏み切るかどうかですので、私が今回のように検診を頼まれる事はもうないでしょう。

 

 研究については、カトレアさんと似た症状の被験体の選別や術後のモニターをミツハさんにお願いするくらいなら吝かではありませんが、解剖に関わるのは断固拒否の方針です。

 

 臓器は標本でも見たくありません。

 

 許容範囲はぎりぎり白黒スケッチまでですね。

 

 さておき、検診が終わると当然の流れのように夕食に呼ばれてしまい、今度こそ断ろうとしたのですが、次の日に顔を合わせる予定のモンモランシ家も呼ばれているとあっては強く出る事もできず、連敗となってしまいました。

 

 ただ大変有り難いことに、私が私的な交流を避けている事に気付いているフシのあるカトレアさんがルイズ嬢とモンモランシー嬢を女性で固まるという自然な流れでリードしてくれ、私は公爵や伯爵と仕事面の話に終始する事が出来ました。

 

 察しが良い上に、優しくて気の回る方って素敵です。

 

 ちなみにエレオノールさんはまだお仕事があるとかで合流はまだ数日先なのだとか。

 

 アカデミーの研究員も大変ですね。

 

 最後になる三つ目のお仕事は、お母様が進められていたものの最終確認を任された形で、モンモランシ伯爵と顔をつきあわせて書類整理に勤しみました。

 

 これは姉様に関わる昨年からのあれこれの結果、ガリア・アルビオン両方面への販路拡大が決まったため秋の収穫シーズンを前にお母様はアルビオンへ、私はモンモランシ領へと打ち合わせに足を運んでいる次第です。

 

 ちなみに、お父様は自領でお留守番しながら輸出入品の調整をされています。

 

 研究者肌のお父様は細かい数字の処理や合理的なシステム作りに強いですし、自分の研究に使えそうな物を吟味するという公私混同趣味丸出しな面もありますから、自領にこもっていますが別に貧乏くじを引いたというわけではありません。

 

 私としては家族旅行が出来ないのが少し残念ですが、新しい経済流通のスタートを中途半端に出来ないのも理解していますから、次期当主として我が儘を言うわけにはいきません。

 

 そんなこんなで来訪の目的であるお仕事は全て片付けてありますから、誰にはばかる事なく釣りに興じているわけです。

 

 それにイズナさんとミツハさんと一緒ですから寂しいという事もありません。

 

 しかもミツハさんのお陰で快適なんですよ。

 

 ミツハさんが小舟の床に湖から水の流れを作ってくれているので私は裸足になって涼を得、イズナさんは流れるプールのように小舟の周りや私の足下を流れて楽しんでいて、それを見るミツハさんの表情も柔らかい。

 

 そんな心穏やかな昼下がりの一時。

 

 こういうのを幸せと言うんですね。

 

 なんて思ったのが失敗でした。

 

 そのセリフはフラグです。

 

 案の定、空から降ってくる様なアクシデント。

 

 いえ、文字通り空から降ってきました。

 

 何が?

 

 女の子がです。

 

 ふと見上げた青空に突如映り込む天使と見紛う程の綺麗に光り輝く金髪。

 

 裾の広がったワンピースから女の子と判断。

 

 身長は私と同じくらいでしょうか。

 

 そこまで確認した所で、彼女が自分に向けて落ちて来ている事を認識するも呪文を唱えている暇はなく、とっさに受け止めようとしますが不安定な小舟の上という事もあって押し倒される形になってしまいます。

 

 運の良い事に舟は転覆せず、イズナさんも潰さずに済みました。

 

「いたた……」

 

 言うほど痛くはありませんが、とりあえず様式美として口にし――――――――――

 

「カミルっ」

「は?」

 

 思考を中断するように名前を耳元で呼ばれ、気付けば抱きしめられている様子。

 

 急展開に思考がフリーズしそうになりますが、

 

「カミル、カミル」

 

 と呼び続けている声に聞き覚えがありました。

 

「テファ?」

 

 半信半疑でその名を口にすると、今まで押し倒すように抱き付いていた女の子がガバッと勢い良く体を上げ、

 

「久しぶり、カミル。寂しくて会いに来ちゃった」

 

 と可愛い笑顔で可愛い事を言ってくるのは、間違いなくアルビオンで出会ったハーフエルフの少女ティファニアでした。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 目の前にいるのは間違いなくテファです。

 

 未だ四つん這いで覆い被さられている状態ですが、そこから感じる肌の温もりや、お日様に干した後のお布団のような心休まる匂いは、彼女が夢まぼろしではないと告げています。

 

 それを認めた上で、ではどうやって彼女は空から降ってきたのか。

 

 風系統の魔法であるフライをテファは使えませんが、誰かにレビテーションで運んでもらった可能性はあるでしょう。

 

 でも、いきなり視界に現れたのが私の錯覚でないとすれば……。

 

「テファ、おめでとうございます。虚無に目覚めたんですね」

「ありがとう、カミル。そうなの。カミルに会いたいって思いながらオルゴールに触ったら頭の中に呪文が流れてきて。カミルが教えてくれた中にあった好きな場所に一瞬で行く事ができる魔法でテレポートって言うみたいなの」

 

 この前打ち解けてくれた時よりも饒舌なのは、初めての魔法にテンションが上がっているせいでしょう。

 

 落ち着かせるように頭を撫でながら柔らかい髪に指を通します。

 

「ありがとうございます、テファ。会いに来てくれて凄く嬉しいです」

「えへへ」

「でも突然空から女の子が降ってきた時は天使かと思いましたよ」

「て、天使だなんて」

「太陽の光でキラキラと輝くテファの綺麗な髪は、きっと本物の天使の髪より綺麗ですよ」

「そ、そんな、褒めすぎだよ」

 

 身を起こして四つん這いから馬乗りの状態になり、真っ赤になった頬に手をあて照れているテファは凄く可愛いです。

 

 この下から見上げる体勢というのは、一部の成長度合いがよく分かりますね。

 

 既にレモンちゃんを越えています。

 

 ついつい視線が行ってしまうのは男の本能として仕方ないと自己弁護してから、私も上半身を起こし再度顔の距離を縮め、左手で体を支えながら残った右手をテファの頬に当てられた左手に重ねます。

 

「照れてるテファも凄く可愛いです」

「も、もう」

「こんなに可愛かったら天使よりも妖精さんの方が似合ってるかもしれませんね」

「知らない」

 

 イジメ過ぎたのかそっぽを向かれてしまいました。

 

「テファ」

 

 名前を呼ぶとチラッと視線をくれますが、また逸らされてしまいます。

 

 その態度にちょっとゾクゾクとクルものがありますが、人目のある所ではこのくらいにしておきましょう。

 

「良かったら、友達を紹介させてもらえませんか」

「えっ」

 

 自分たちしかいないものだと思ってましたね。

 

 びっくりして素の表情に戻っていますよ。

 

「ミツハさん、イズナさん」

 

 呼びかけるとミツハさんは私の背後に立ち、イズナさんは腕を伝って私の肩に登ります。

 

「ミツハさんとは前回会っていますけど改めて、水の精霊様であるミツハさんと、エコーという種族のイズナさんです」

「血の混じりし者よ、カミルへの無礼、先ほどは油断したが次はないと思え」

「は、はひっ。ご、ごめんなさい」

 

 ミツハさんは相変わらず過保護ですね。

 

 テファが怯えてるじゃないですか。

 

「ミツハさんミツハさん、さっきのはちょっと過激な愛情表現ですから勘弁してあげてください。そうですよね、テファ」

「え、えっと、はい、あ、愛情表現、です」

「ふむ、そうだったか。血の混じりし者は過激なのだな。覚えておこう」

 

 お茶目な冗談だったのですが素で乗っかってきますね、ミツハさん。

 

 そんな羞恥プレイに「あぅあぅ」と真っ赤になったテファが見られたので、むしろグッジョブです。

 

「イズナさんも仲良くしてあげてくださいね」

「(僕、イズナ、よろしく)」

「頭の中に声が……。えっと、ティファニアと言います。気軽にテファって呼んでね」

「(テファ)」

「うん、イズナ、よろしくね」

 

 イズナさんは小動物の可愛らしさ満点ですからね。

 

 テファの表情も自然と笑顔に戻ったようです。

 

「ところで、テファ」

「なに、カミル」

「いきなりこちらに飛んできてしまって大丈夫なんですか? 国宝である指輪とオルゴールに触っていたのなら大公かマチルダさんが一緒にいたと思うのですが」

「あっ…………えっと、うん、大丈夫、だと思う、きっと」

 

 視線逸らしてますし、駄目そうですね。

 

「テファ、疲れていませんか? さっきのテレポート、もう何度か飛べそうですか」

「うん、特に疲れたりはしてないよ。テレポートも大丈夫」

 

 エクスプロージョンみたいな規格外な威力でも、ワールドドアのような異世界に無理矢理ゲートを開くわけでもありませんから燃費が良いのかもしれません。

 

「私が一緒にアルビオンへ行ってそのまま滞在するのと、一緒にアルビオンに挨拶と説明に行ってからまたこちらに戻ってきて滞在するのと、どちらが良いですか」

「いいの?」

「はい、テファともっとお話したいですから」

「うん♪ 私も。じゃあ、えっと、どっちにするかちょっと考えさせてくれる?」

「いいですよ。好きなだけ悩んでください」

 

 ああでもないこうでもないと悩んでいたテファでしたが、最終的には前回がアルビオンだったので今回はトリステインという事に決まりました。

 

 一緒にアルビオンへ飛んで戻ると、心配していた大公・シャジャルさん・マチルダさんに詰め寄られ、まずは心配かけた事をテファが謝ります。

 

 落ち着いた所でテレポートの魔法の説明をし、私の方へ遊びに行く許可をもらったのですが、魔法学院が夏期休暇中という事もあってマチルダさんも同行する事になりました。

 

 大公とシャジャルさんは、久しぶりの二人だけの時間を楽しむそうです。

 

 私たちはそれからラグドリアン湖でのんびりまったり一週間ほど羽を伸ばし、手紙を書く約束をして二人はアルビオンへ帰っていきました。

 

 テファの最初の虚無魔法がテレポートだったのには驚きましたが、自衛のための魔法として忘却を使っていた事を考えれば、平和的かつ便利なテレポートに目覚めた事は、それだけ今のテファの生活が平穏である事のあらわれのようで嬉しく思います。

 

 もしものための緊急避難マニュアルの改訂が必要ですが、安全に逃げられる手立てが増えた事も喜ばしい事ですね。

 

 各国にダミーも含め、隠れ家を複数用意できれば完璧でしょう。

 

 そこはまぁ大公の懐事情次第ですけれど。

 

 さておき、テファが今後どんな虚無魔法に目覚めていくか楽しみです。

 




テファをヒロインにしようと思った時に最初に思い付いたのがこの展開でした。
親を殺されたり、街でエルフとして迫害されていないテファは原作より明るくお茶目なイメージです。
でも今話で一番気に入っている部分は、流れているイズナさんだったりしますww


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

続~11歳、転機

7/26 12:00 終盤の一部を編集しました。


 オーク鬼。

 

 2メイルほどの身長に豚の顔と肥満した肉体を持つ亜人。

 

 動いているものは何でも食べる悪食なため家畜だけでなく人間にも被害が出る。

 

 しかもオーク鬼にはオスの個体しか存在せず、母体として他種族のメスを必要とするため、生理的嫌悪感という観点で言えば亜人中堂々の第一位。

 

 そんなオーク鬼が発見された場合、領主は自ら討伐隊を組むか、傭兵ギルドに依頼を出すのが常である。

 

◇◇◇◇◇

 

 夏の盛りも過ぎ、煩わしかった蝉の声からも解放されたと一息ついた所に、領主の下へ舞い込んできたオーク鬼の目撃情報の知らせ。

 

 販路の拡大により生産力に余裕のない現状において、収穫シーズンを前に被害をわずかでも出すわけにはいかないため、アルテシウム領主は速やかに討伐隊を組織し早期鎮圧に乗り出した。

 

 目撃情報から今回のオーク鬼は洞窟など根城を持っているタイプではなく、10体から20体ほどのまだ新しいグループだと思われるため、メイジのみで構成されたスリーマンセルを4部隊組織し、2部隊が正面から押し込み、残りの2部隊が左右から回り込み側面から攻撃、ないし包囲殲滅する作戦を取る事となった。

 

 オーク鬼発見の知らせが届いた翌日、部隊は最寄りの村まで馬で移動し、周囲への警戒と目標の偵察、詳しい地形の確認をローテーションを組んで行いつつ夜を明かした。

 

 翌朝、明け方のまだ薄暗いうちに行動を開始。

 

 作戦通り部隊を展開し、所定の位置に着いた部隊から木の上にメイジを一人上げ、ライトの魔法で合図を送り合いながら襲撃のタイミングを合わせる。

 

 壁役の平民がいない今回の作戦は遠距離からの攻撃魔法で封殺するのが基本方針。

 

 その口火を切るのは、文字通り火メイジによるファイヤーボールの乱れ撃ち。

 

 細かい操作は気にせず、とにかく数を撃つ。

 

 火は生物の根源的な恐怖を掻き立てる。

 

 亜人であろうとその本能からは逃れられない。

 

 寝起きを襲われたオーク鬼は、直撃を受けたものは炎に包まれながらも暴れまわり、そうでないものもパニック状態に陥っている。

 

 それに追い打ちをかけるように風メイジが風を操って煽る事で火勢を強め、逃げ道を限定していく。

 

 本能に従い襲い来る炎から遠ざかろうとするオーク鬼。

 

 しかしその行く手を遮るように土メイジが作った巨大な土の壁が立ちふさがる。

 

 一体、また一体と力尽き倒れていくオーク鬼。

 

 後方支援として回復役兼消火要員である水メイジの内の一人、今日が初陣の少年はその光景に圧倒されていた。

 

 視界を覆い尽くす火の海、言葉は分からなくともその怒り、恐怖、絶望が伝わってくるオーク鬼の叫び声、料理とは全く違うむせかえりそうになる肉の焼ける臭い、肌を焼く炎の熱、暑さと緊張からか口の中が酷く乾き、思考までが溶けていく。

 

 地獄のようだ。

 

 そう呟いた少年に恐怖はない。

 

 考える事も感じる事も出来なくなった少年はその光景をただ見ている事しか出来なかった。

 

 しかし、それが致命的な事態を招く。

 

 一体のひときわ体の大きいオーク鬼、もしかしたら群れのリーダーだったのかもしれない個体が破れかぶれなのか、それとも一矢報いるつもりなのか炎にその身を投じた。

 

 所詮は悪あがき。

 

 スリーマンセルで少年と組んでいた火と風のメイジはそう判断し、発生までのタイムラグの短いスペルで足を止めようと即座に攻撃。

 

 次の瞬間、丸太のようなオーク鬼の太い腕が宙を舞った。

 

 ファイヤーボールを払いのけた腕をエアカッターが切り飛ばしたのだ。

 

 しかしオーク鬼は止まらなかった。

 

 残った腕で握りしめた棍棒を高らかと振り上げ、攻撃してきたメイジに突進して行く。

 

 弾き飛ばされそうになった二人のメイジはとっさにフライの呪文で上空にかわすが、視界のすみで少年を捉えた瞬間、自分たちの失態にその表情が凍りつく。

 

 二人には討伐任務以外にも少年の護衛任務が言い渡されていた。

 

 初陣という事もあるが、その少年は自分たちが将来仕えるべき相手であり、現在仕えている領主の子息なのだ。

 

 そのため他の部隊にはトライアングルが1人しかいない所をどちらもトライアングルで固められていた。

 

 先ほどの選択も普段なら間違いではない。

 

 突進してくる相手に対して長々とルーンを唱えている暇はなく、その中で火メイジは打撃力もあるファイヤーボールをぶつけ、風メイジは風で道を空けてしまわないように面攻撃のエアハンマーではなく、切断力のあるエアカッターを選択した。

 

 結果、相手の腕を切り飛ばす事が出来たし、自分たちの回避も成功している。

 

 単に討伐任務だけならそれで良かった。

 

 しかし今回は護衛任務も兼ねているのだ。

 

 当然、戦場では自己責任は当たり前で、危なくなったら自分で逃げるくらい出来なくては戦場に立つ資格はないが、護衛が護衛対象にそれを求めては護衛の意味がない。

 

 自分の身を挺しても護衛対象を守るのが護衛の仕事だ。

 

 つまり今の状況は明らかな失態であり、フライで飛んでしまったため距離も離れ、落ちるのを覚悟で他の魔法を唱えている暇もない。

 

 少年の前には倍はあろうかというオーク鬼の巨大が襲いかかり、振り下ろされれば人間の頭など跡形もなく破裂するであろう棍棒が迫る。

 

 二人のメイジは少年の悲惨な未来を幻視した。

 

 しかしその未来は予想もしなかった事態で覆される。

 

 正気に戻った少年が何かを叫んだ瞬間、少年とオーク鬼の間で突然爆発するように大量の水が弾けたのだ。

 

 その威力にオーク鬼はのけぞり数歩後退る。

 

 巨体に見合った質量のあるオーク鬼にはその程度の威力だったが、少年はそうもいかず、自分の起こした爆発で後ろに吹き飛んでいった。

 

 オーク鬼は文字通り水をかけられた事で気勢をそがれた状態になり、我に返った護衛のメイジは慌てて少年とオーク鬼の間に割って入る。

 

 数発の魔法によりオーク鬼を倒したメイジ二人は安堵の息を漏らし、振り返って少年の安否を確認しようとするが、そこには少年の姿はなく、呼べど叫べど返事は返って来ない。

 

 オーク鬼の掃討と消火活動を早々に終わらせた面々が辺りを捜索するも少年を見つける事は出来なかった。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「…………ここは」

「あ、カミル、目覚めた」

「テファ?」

「うん、久しぶり。って言ってもまだ二ヶ月くらいしか立ってないけど」

「えっと、ここは」

「私の家のお客様用の部屋だよ」

「…………大公はトリステインに別荘持ってたりは」

「お父様とマチルダ姉さんが今度買おうって話してたけど、急にどうしたの」

 

 テファの質問には答えず、寝起きの頭に鞭を打ち、手持ちの情報を整理します。

 

 思い出せるのは、地獄の様な光景から火の海を掻き分けて突進してくるオーク鬼と、視界いっぱいに広がった水、水、水。

 

 まぁ水の方は消火活動用に待機させておいた私のオリジナル魔法『水爆』を解放したせいなのですが。

 

 コンデンセイションで作った大量の水をこれでもかと圧縮して一気に解放するだけの簡単な魔法なのですが、生きているという事は無事敵との距離を空ける事に成功したのでしょう。

 

 そして吹き飛ばされた先で木にでもぶつかって情けなくも気絶してしまったと。

 

 そこまでは良いです。

 

 しかし、起きてみれば目の前にはテファがいて、私の寝ているのは自分の家の客間だと言い、しかし大公はトリステインに別荘を持ってはいないと言う。

 

 そこから導き出される結論は……。

 

「ねぇ、テファ」

「なに、カミル」

「ここは天国ですか」

「いきなりどうしたの」

「だって天使みたいなテファがいるし、きっとテファはみたいじゃなくて本当に天使で、じゃあここは天国って事に」

「も、もうまたそんなこと言って。カミル、まだ寝ぼけてるんでしょ」

 

 照れるテファは今日も可愛いです。

 

 と、現実逃避してる場合じゃないですね。

 

 そろそろ向き合いましょう。

 

「では、ここはアルビオンという事でいいですか」

「え、あ、うん、そうだよ」

「自領でオーク鬼討伐隊に混じっていたはずの私がどうしてここに?」

「えっと、それは…………」

 

 言いにくそうに言葉を濁された事で、いくつかあった可能性が消去されていき、一つに集約されます。

 

「もしかして、サモンサーヴァントですか」

「ど、どうして分かったのっ!?」

 

 あぁ、当たりですか、そうですか。

 

 

 きっと吹き飛んだ先に魔法陣がタイミング良く現れたのですね。

 

 

 そしてこちらの家具だか壁だかに衝突して気絶してしまい看病されていたと。

 

 

 どのくらい寝ていたか分かりませんが、あちらは突然私が消えて大変な事になっているでしょうね。

 

 

 それにしてもテファが私に会いたいと言って虚無魔法のテレポートに目覚めた時点でワザと考えないようにしていた可能性でしたが、まさか本当に喚ばれてしまうとは……。

 

 テファとは夏に一週間ほど一緒に過ごして、その人となりは分かっていますし、気心も知れています。

 

 明るく純真で優しく弄りがいがあって照れた顔も怒った顔ももちろん笑顔も素敵で可愛くて守ってあげたくなる系のまさしく天使や妖精といった女の子なテファに、好意を持っている事は否定しません。

 

 命をかけられるかと聞かれると胸を張って「はい」と言える自信はまだありませんが、一緒に過ごすために邪魔者を排除できるかと聞かれれば二つ返事で頷けます。

 

 そんなテファがご主人様なら、使い魔になる事に嫌やはありません。

 

 ですが、二点だけ気になる事があります。

 

 一つは、使い魔のルーンはやはりリーブスラシルなのかということ。

 

 これは契約するまで分かりませんから気にするだけ無駄なのですが、アニメ版では命を削る虚無魔法の増幅器であり、原作では不吉極まりない描写をされていて、正直ちょっと怖いです。

 

 まぁ「使われなければどうという事もない」と開き直ってしまうのが正解なのでしょうね。

 

 もう一つは、当然ですがロマリアです。

 

 コモンマジックが使える状態になってから表に出てきた今のテファなら系統魔法さえ使わなければアルビオンの虚無である事はバレないと思いますが、物事に絶対はなく、常にイレギュラーには注意しなければなりません。

 

 最悪バレた時は、ロマリアコンビをアンドバリの指輪、またはミツハさんに頼んで洗脳ですね。

 

 もちろん心優しい主人であるテファには内緒でです。

 

 殺しはまだ出来る自信はありませんが、洗脳くらいなら別に問題ありません。

 

 …………私、おかしいですかね?

 

 いや、きっと大丈夫なはずです。

 

 こんなの普通ですよ、普通。

 

 洗脳って単語のイメージが悪いだけで「テファはアルビオンの虚無ではありませんよ~」「アルビオンの虚無はまだ生まれていないだけですよ~」と、ちょっと強い催眠術をかけるだけです。

 

「カ、カミル?」

 

 っと、ちょっとテファを放置し過ぎたみたいですね。

 

 不安な表情をさせてしまいました。

 

「あぁ、すみません、テファ。少し考えに浸っていたようです」

「えっと、それで、それでね」

 

 テファが頑張って言葉を紡ごうとしていますが、さて、これは喚び出した者と、自分の意思でくぐったわけではありませんが召喚に応じた者と、どちらが切り出すべきでしょう。

 

 いえ、考えるまでもありませんね。

 

 男として、選択肢は一つです。

 

 テファの手を取ってベッドから降り、テファを椅子から立たせ、その前に片膝をつきます。

 

「テファ、貴女と生涯を伴にする事を許してもらえますか」

「えっ…………と」

「駄目、ですか」

「ううん、そうじゃくて、あの、えっと、それは使い魔としてって事……だよね?」

「使い魔になる事もそうですが、使い魔である前に一人の男として申し込んでいます」

 

 その言葉にテファは驚き、次いで真っ赤になりながらも、いつものように慌てるでもなく真剣な表情で聞き返してきます。

 

「私、ハーフエルフなんだよ? みんなの怖がるエルフの血が流れてて、私の子供も耳が長いかもしれないんだよ」

「構いません。テファはテファです。それに耳は隠せますし、もし系統魔法が使えなくてもシャジャルさんみたいに誤魔化せますから」

「本当に私で、私でいいの」

「はい、テファがいいです」

 

 言葉を受け取ったテファは一度俯き、再度上げられた瞳は涙で濡れていました。

 

「私もっ、私もカミルがいいっ!! 私に明るくて幸せな世界をくれたカミルが、初めての友達でもあるカミルの事が大好き」

「私もテファの事が好きです。きっかけは姉様の安全のためでしたけれど、一緒に過ごした日々は本当に楽しく、その中で見せてくれたテファの表情はどれも可愛く、美しく、愛おしく、魅力的で、私の胸を熱く、そして温かくしてくれました。テファ、私は病める時も健やかなる時も貴女と伴にあり、貴女を幸せにする事をここに誓います」

 

 立ち上がり、テファの頬を伝う涙を指で拭いながら気持ちを伝えると、テファはとても綺麗な微笑みを浮かべてくれます。

 

「私もカミルが、ううん、二人で一緒に幸せでいられるように頑張る事をここに誓います」

「ありがとうございます、テファ。それじゃあ」

「うん」

 

 テファは瞳を閉じ、精神を集中させルーンを紡ぎます。

 

「我が名はティファニア・オブ・モード。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

 

 ゆっくりと開かれたテファの瞳は熱っぽく潤み、顔は真っ赤に染まっています。

 

 半歩の距離を縮め、触れ合った指先をどちらともなく絡めます。

 

「テファ」

「カミル」

 

 息がかかる程の距離で互いの名を囁き、その響きが消える前に誓いの口づけが交わされました。

 

 唇から伝わる柔らかい感触とテファの体温。

 

 胸いっぱいに幸福感が広まります。

 

 しかし次の瞬間、いきなりメーターを振り切ったかのような容赦のない激痛が走り、それらの感覚は一瞬で弾き飛ばされてしまいます。

 

 そのまま体の内側から鋭い刃物が肉を突き破って出てくるような、神経を直接引っ掻かれているような抗い難い痛みが数秒にわたって続き、しかしルーンを刻み終わった瞬間、それが幻であったかのように唐突に消えてなくなり、終了の合図のようにカコーンと何か固い物が落ちた音が響きました。

 

「オ、カ、リナ?」

 

 激痛に耐えた疲労感から膝をついた状態で拾い上げたそれは、アチラの世界の楽器であるオカリナに見えます。

 

 とりあえず回らない頭で考える事は放棄して、まずは額に浮いたあぶら汗を袖で拭き、荒くなった呼吸を整え、落ち着いた所で先ほどまで激痛の走っていた部位、刻まれた使い魔のルーンに目を向けます。

 

 が、それは全くの予想外な結果で、驚きと困惑から思わず呟きが漏れてしまいます。

 

「右手という事はヴィンダールヴ…………なんでしょうけど、最後に漢字で『改』って付いているのはなんですか?」

 

 突然現れたオカリナといい、謎は深まるばかりです。

 




これこそが待ちに待った転生特典です。
『R』でも『α』でも『:2.0』でも良かったのですが、あえて漢字にしてみました。
とは言っても別にこだわりがあるわけでもないので不評が多いようなら変更も吝かではありません。
ただのヴィンダールヴではない事が伝われば良しです。
次回、その効果が明らかに……きっとなるはず。
それにしてもヴィンダールヴって、ガンダールヴとミョズニトニルンと比べると戦闘力という点でかなり見劣りしますよね。
基本的に他力本願ですし。
まぁ、ヴァージョンが上がってもその辺は変わりませんのであしからずという事で……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

続~11歳、ティファニア

前話のコントラクトサーヴァントのシーンを編集してありますので、お手数ですがそちらを確認の上でお読みください。


「右手という事はヴィンダールヴ…………なんでしょうけど、最後に漢字で『改』って付いているのはなんですか?」

 

 いつも落ち着いた雰囲気のカミルが嘘みたいに痛がったと思ったら、右手の甲に刻まれた使い魔のルーンを見て首を傾げている。

 

「カミル、凄く痛そうだったけど、もう大丈夫なの?」

「え、あぁ、大丈夫ですよ、テファ。でもちょっと待ってもらっていいですか」

「う、うん、じゃあ私お茶入れてくるね」

 

 私はそう言って部屋を出て台所に向かいながらさっきの事を反芻する。

 

 カミルと私、キ、キキキキスしちゃったんだ。

 

 思い出すと頬が自然と熱くなってくる。

 

 男の子の唇が柔らかいなんて知らなかった。

 

 繋いだ指先よりずっと熱いなんて知らなかった。

 

 無意識に指先が唇をなぞり、その事がとても恥ずかしい行為のようでさらに頬が熱くなって、そんな顔を誰にも、ううん、カミル以外には見られたくなくて俯いてしまう。

 

 マチルダ姉さんのアドバイス通りにカミルの事を考えながらサモンサーヴァントして良かった。

 

 痛い思いをさせちゃったのはごめんなさいだけど、これでカミルとずっと一緒にいられると思うと現金なもので素直に嬉しいと口元がゆるんでしまう。

 

 そ、それにプ、プロポーズされちゃったし。

 

 もちろんお家の事とかあるし、いきなりは色々、うん、色々無理だろうけど、その約束ができた事が嬉しい。

 

 そんな顔も見られたくなくて、そっぽを向きながらお母さんに火をつけてもらい、薬缶で湯を沸かす。

 

 それを待っている間、頭に浮かんでくるのはやっぱりカミルの事…………。

 

◇◇◇◇◇

 

 カミルと初めて会ったのは今年の春。

 

 お父さんが慌てた様子で「すぐに出かけるから準備しなさい」なんて言うものだからお母さんと一緒に大急ぎでお洋服だけ鞄に詰めて、まだ外も明るいから耳がスッポリ隠れる帽子をお母さんとお揃いで被って馬車に乗って向かった先は、静かな森の中の一軒のお家。

 

 エルフは人間にとってオバケみたいな怖い存在だから周りの人を怖がらせないためにお屋敷ではこっそりしていなくちゃいけなかったけど、ここなら危なくない範囲でならお日様の下でも自由にしてていいって言われて嬉しかった。

 

 最初お父さんは心配事があるのか難しい顔をしていたけど、お母さんが何か魔法を使ったら少し安心できたみたいで肩の力が抜けて私たちに笑顔を見せてくれた。

 

 その三日後、私、ううん、私たち家族にとって運命の日がやってくる。

 

 家の裏の切り株の所で懐いてくれたリスにご飯をあげていると、何かが一瞬駆け抜けた感じがして、次いでバタンというドアが勢いよく開いた音がしたので見に行ってみると、お父さんとお母さんの前に透明な女の人が立っていて二、三言葉を交わすとパシャンと地面に消えてしまった。

 

 驚いてお母さんに尋ねると水の精霊様だと教えてくれた。

 

 私はハーフエルフだからお母さんと違って精霊を見る事はできない。

 

 それをちょっと悲しいと思っていた私は、出来れば私もお話してみたかったなと思っていると、これからマチルダ姉さんとその水の精霊様のお友達が会いに来るからお出迎えしましょうと言われ、そのお友達という人、人? もしかしたらエルフかもしれない相手に興味を持った。

 

 でも肩に置かれた手で私を抱き寄せるお母さんが珍しく緊張しているみたいで少し不安を感じたのをよく覚えてる。

 

 待つ事20分、時間が経つほどに不安は大きくなっていき、仕舞いにはお母さんの腰に抱きついて待っていると、馬に乗ったマチルダ姉さんと私よりちょっと上くらいに見える男の子がやってきた。

 

 カミルの第一印象は、予想外でびっくりしたって言うのが本音。

 

 だって精霊様とお友達でお母さんが緊張するほどの相手が普通の人間の男の子とは思わなかったんだもの。

 

 チラチラ見ていると優しそうな笑顔で手を振られてしまい、慌てて挙動不審になっちゃったけど何とか振り返すと、その柔らかそうな金髪に綺麗な青い瞳の男の子は顔を真っ赤にして俯いてしまって、何かちょっと可愛いと思ってしまった。

 

 マチルダ姉さんがお父さんに怒ってるみたいだったから、私たちは先に家に入り、まずは自己紹介。

 

 そこでカミルが同い年だと知ってまた驚いてしまった。

 

 だって凄く落ち着いていて、しゃべり方も丁寧で、どうしても年上に見えてしまうんだもの。

 

 そんなカミルはお母さんと難しい話を始めてしまったけど、私はカミルの前のカップにピョコンと現れた水の精霊様の可愛らしさに目を奪われていたので気にならなかった。

 

 うん、自分の事だけど改めて思い返してみると、どうかと思う。

 

 でも難しい話はちょっと苦手。

 

 お母さんと一緒に毎日の献立を考えるのなら得意なんだけど……。

 

 その後もカミルは大人顔負けの態度でお父さんたちと話を続けているけど、蚊帳の外の私は精霊様とにらめっこ。

 

 それが一段落した所で、カミルが私とお母さんに誕生日にはまだちょっと早いけどお揃いの凄く綺麗なイヤリングをプレゼントしてくれたの。

 

 そのイヤリングは今も私の耳から下がっていて、多分一生外さない私の宝物。

 

 このイヤリングのお陰で私とお母さんは誰を怖がらせる事なく気兼ねなくお日様の下に、外の世界に出て行けるようになった。

 

 ずっと行けないと諦めていたマチルダ姉さんが話してくれた可愛い小物屋さんやお洒落なケーキ屋さんにも行けるようになった。

 

 月を見上げながら外の世界を想像するのも好きだったけど、やっぱり自分の目で見て、手で触れて、足で歩いてみるとその満足感は比べ物にならないくらい素敵なものだった。

 

 そう、私の狭くて不自由な世界を広げてくれたのは、暗く先の見えない未来を明るく照らしてくれたのはカミルだった。

 

 それにカミルは私の爆発しかしない危なくて嫌だった魔法の、想像もできないような可能性を教えてくれた。

 

 まだテレポートしか使えないけど、私の外の世界に対する憧れと、それを叶えてくれたカミルに対する想いが形になったみたいで、私はこの魔法が大好き。

 

 いつかはもっと色んな魔法を使えるようになりたいけど、カミルの説明によると、必要に迫られたり、使いたいぞ~って強い想いがないと難しいみたい。

 

 今が幸せな私にはきっとそういうのが足りないんだと思うの。

 

 難しい話が全部終わった後は、カミルが一泊してから帰るまでの時間、色んな話を聞かせてもらった。

家族のこと、領地のこと、魔法の特訓やお稽古なんかの普段してること、精霊様ともう一人のお友達のイズナのこと、カミルが行った事のある他の領地のこと。

 

 もちろん私の事も話したけど、私の話せる事は家族とマチルダ姉さんの事くらいしかなくて……。

 

 でもそんな私にカミルは「じゃあ、テファはこれからどんな所に行って、どんな事がしたいですか」て聞いてくれて、話が途切れたり暗い雰囲気にならずに済んだ。

 

 こういうちょっとした優しさや、さり気ない気遣いが出来るからカミルは大人っぽく見えるんだと思う。

 

「テファ」

「ん、なにお母さん」

「お湯、沸いてるわよ」

「あ、本当だ。ありがとうお母さん」

 

 いけないいけない、また考え事に夢中になっちゃった。

 

 マチルダ姉さんは、塔にこもって一人で遊んでいた時間が長かったせいだろうって言ってたけど、どうも私は自分の世界に入ってしまうと周りの事に気が回らなくなってしまうみたいで、お母さんにも今みたいによく注意されてるし、街中だと危ないから早く直したいと思っているんだけど経過はあまり芳しくない。

 

「カミルさんのこと?」

「え、な、何が?」

 

 お母さんの鋭い指摘に思わずとぼけてしまう。

 

「考えてたんでしょう?」

「う、うん…………そんなに分かり易いかな?」

「赤くなったり、口元がゆるんだりしていれば、ね?」

「は、恥ずかしい……」

 

 気をつけないと変な子だって思われちゃう。

 

「とりあえず、早くカミルさんにお茶を持って行ってあげたら。起きたてなら喉も渇いているでしょうし」

「う、うん、じゃあ行ってくるね」

 

 お盆を持ってカミルの待つ部屋に戻る。

 

 同じ屋根の下にカミルがいると思うと、つい嬉しくなっちゃう。

 

 思い返いてみると、春にカミルに出会ってから夏に私が押し掛けるまでの3ヶ月の中で、虚無に目覚めるまでの1ヶ月くらいは本当に寂しかった。

 

 最初の頃は急に広がった私の世界に笑ったり驚いたり喜んだり感動したりと忙しかったけど、それが落ち着くと今度は私を連れ出してくれたカミルに、私が見た物、聞いた物、嗅いだ物、触った物、食べた物、それに対して私が思った事、感じた事を話したくて話したくて仕方がなくなってしまった。

 

「私はあなたのお陰でこんなに幸せな気持ちになれたんだよ」

 

 そう言って、いっぱい「ありがとう」て伝えたかった。

 

 その気持ちに私の虚無は『テレポート』という形で応えてくれたんだと思う。

 

 そのお陰でカミルと一週間も一緒に過ごせて、話したかった事もいっぱいおしゃべりできたし、カミルの後ろに乗せてもらって遠乗りもしたし、ボートで湖にも出たし、カミルに教えてもらって釣りも覚えたし、釣った魚をその場で焼いて食べたのも初めてだった。

 

 あの一週間の事は、きっと一生忘れないと思う。

 

 だって、私が初めて恋をした一週間だったんだから。

 

 最初は感謝だったり憧れだけだったんだと思う。

 

 でも一緒に過ごす内に「もっとおしゃべりしたい」「もっと一緒に色んな事をしたい」て気持ちが大きくなって、ふと「あぁ、私はカミルの事が好きなんだ」て凄く自然にストンと胸に気持ちがおさまった。

 

 でも私には、みんなに怖がられるエルフの血が流れてる。

 

 耳を隠してもその事は変わらないし、もし私が子供を産んだらその子もまた耳が長いかもしれない。

 

 そう思うと、この気持ちを伝える気にはなれなかった。

 

 でも、アルビオンに帰ってから練習したコモンマジックの最後の締めくくりに使い魔召喚を行う事になって、マチルダ姉さんに「カミルの事を強く想いながらサモンサーヴァントすればカミルを喚び出せるかもしれないよ」てアドバイスされて、その気になってしまった。

 

 恋人や結婚は無理でも使い魔としてならずっと一緒にいられるかもしれない。

 

 そう思ったら、自分を止められなかった。

 

 そして召喚は成功。

 

 でも魔法陣から飛び出してきたカミルが壁にぶつかって、そのまま気絶しちゃったのにはびっくりしたな。

 

 慌ててお母さんに回復魔法をかけてもらってベッドに運んだ。

 

 そして今私が立っているドアの向こうには、一生を伴にする契約の口づけを交わしたカミルがいる。

 

 私は使い魔契約でいいと思った。

 

 でもそんな私にカミルはプロポーズしてくれた。

 

 嬉しかった。

 

 本当に凄く凄く凄く嬉しかった。

 

 カミルは私がハーフエルフだからって気にしない。

 

 私をちゃんと見てくれている。

 

 そう思うと胸が熱くなって、鼓動が早くなる。

 

 さっきは痛がるカミルにびっくりした後で逃げるみたいに出て来ちゃったけど、もう私たちはこ、婚約者なんだから、えへへ、うん、私のせいで痛い思いさせちゃったんだからちゃんと看病してあげないと駄目だよね。

 

 ひ、膝枕とかしてあげた方がいいかな。

 

 そんな事を考えながらカミルの待つドアをノックした。

 




テファにとっては当初白馬の王子様だったわけですが、一緒に過ごす事でそこに実感が加わり、正しく恋心となったわけです。
と、読者様に伝わればいいなぁ~~と思い、テファ視点で書いてみました。
夏の記憶にマチルダ・ミツハ・イズナが出て来ないのはご愛嬌ww
なんて、ちゃんと覚えていますが今回はカミルの事を回想しているので省いただけです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12歳、園遊会

 昼間の日差しは暖かく、夜風で凍える事もなくなった初夏のある日、景勝地として名高いここラグドリアン湖では、一年越しで計画されていた各国の王侯貴族を招いた大々的な園遊会が開かれています。

 

 開始の挨拶は、主催側であるトリステイン王国から国王自らが立たれ、水の精霊との新しい交渉役の誕生を発表し、新任の交渉役であるモンモランシー嬢が実際に水の精霊を呼び出すデモンストレーションが行われました。

 

 このデモンストレーションは、他国の王を筆頭に、ハルケギニア中から集まった有力者の前で行われる手前、自国の威信にかけて絶対に失敗は許されません。

 

 プレッシャー、半端ないですね。

 

 そんな文字通り一世一代の晴れ舞台を任された若干11歳のモンモランシー嬢は、可哀想なくらい緊張しているのが傍目からも容易に伝わってきましたが、そこは腐っても水の名門モンモランシ伯爵家のご令嬢といった所で、涙で潤む瞳、震える指先、ぎこちない所作と危なげは多分にありましたが、 見事大役を全うしていました。

 

 嫌だからと言って逃げられる状況ではありませんでしたが、それでも最後までやり遂げた所が凄いですね。

 

 ちょっと尊敬してしまいます。

 

 小耳に挟んだ噂話によると、今回の功績で彼女には国から精霊勲章が授与されるのでは、という事です。

 

 この精霊勲章というは、こういった荒事ではない功績に対して贈られる事の多い褒賞で、貴族にとってはお小遣い程度の金額ですが、受賞した本人が死ぬまで毎年200エキューが国から支給されます。

 

 これが世間一般でどの程度の金額かというのを具体的な例を挙げて説明すると、平民の兵士に支給される標準的な剣一本や軍馬一頭、貴族の子女が仕立てるドレスの一着から二着、野山で普通に採れる材料から作られた水の秘薬の中でも良質なものを小瓶でといった所になります。

 

 国からしてみれば、金額よりも名誉で働きに報いるといった感じでしょうか。

 

 裏を返せば、功績をあげるだけの実力や立場にいる貴族の忠誠を雀の涙ほどの金額で買う、または強いるといった見方もできますし、名誉を魚に本人または周囲のモチベーションアップも狙えます。

 

 一見すると良い事尽くめのようにも見えますが、出し過ぎては効果が薄れてしまいますし、ちりも積もれば何とやらという事もあって、実際は加減の難しい、バランス感覚が求められる案件だと思います。

 

 さて少し話の風呂敷を広げすぎましたが、モンモランシー嬢のデモンストレーションが終わると、あちらこちらでポンっポンっというシャンパンの封が開けられる小気味良い音が聞こえます。

 

 我が領の特産品ながら、お祝い事には欠かせませんね。

 

 モンモランシ家との事前の取り決め通り、今回の園遊会の飲み物についてはウチが全面的に任されています。

 

 全体量が多かったり、義理やしがらみもあってウチ以外の商品も並べられていますが、割合でいったら新商品を主軸に三割くらいはウチが占めています。

 

 宣伝効果はもちろんですが、売り上げの方でもなかなか美味しい事になっているとか何とか……。

 

 しかし個人的には非常に残念な事があります。

 

 私の秘密兵器であるブランデーが、量が足りないという事で御披露目できなかったのです。

 

 えぇ、未だに細々と作ってますよ。

 

 諦めません、勝つまでは。

 

 いつの日かきっと日の目を見ると信じて。

 

 我が野望は不滅なのですっ!!

 

 と、まぁそんなわけで園遊会の方は滞りなく進んでいますから、私は私で同年代の顔繋ぎの旅に出ようと思います。

 

 学院入学前の貴重な機会ですからね。

 

 個別に当たるのは効率が悪いので人だかりに特攻しようと思いますが、さて……。

 

「モンモランシー、大役お疲れ様でした。大変でしたね」

「ありがとう、カミル。でも貴方に言われると労いの言葉も皮肉に聞こえるのは私の気のせいかしら」

 

 まずは本日の主役と言っても過言ではないモンモランシー嬢の所へ。

 

 モンモランシー嬢とは同じ水メイジであり、家の事で顔を合わせる機会も多く、互いに跡取りという事で色恋を気にしなくていい気楽さから、良い友人関係を築けています。

 

「酷い言いぐさですね。気のせいですよ」

 

 満面の笑顔で応えると、モンモランシーの笑顔に青筋が浮かび、距離を詰めたかと思うと、すっと耳元に顔を寄せられます。

 

「(水の精霊とコンタクト取るの大変なんだからね。何かって言うとカミル、カミルなんだから。感謝は、してるけど、本来なら貴方がやる役だったんだから、その辺分かってるの)」

「(え~っと、そこは、ほら、お家のために頑張ってくださいという事で)」

「(そんなの分かってるわよ。ただそれじゃ不公平じゃない。貴方も何か苦労しなさいよ)」

「(無茶苦茶ですね……)」

 

 今、友人関係に苦労してますよ。

 

 ちなみに、私たちが話している間もモンモランシー嬢の周りの人だかりはなくなったわけではありません。

 

 つまり衆人環視の中、私たちはファーストネームで呼び合い、顔を寄せ合って、これ見よがしに親密さをアピールしてるわけですね。

 

 完璧に不可抗力ですが。

 

 そして案の定、女性陣からは黄色い歓声が上がり、逆に男性陣からは唸り声が響きます。

 

 何やら予想外な状況になっていますが、まぁ何とかなるでしょう。

 

「ミス・モンモランシ、宜しければそちらの殿方を紹介していただけないかしら」

「え、彼? 別に構わないけど」

 

 恋バナが大好きといった好奇心で瞳を輝かせた同年代の女の子が声をかけ、それに対して一瞬訝しげな表情を浮かべるモンモランシー嬢。

 

 その反応が二人の時間を邪魔した事に対する不満と受け取られ、周囲の勘違いは加速されていきます。

 

 面白そうですが、時間は有限ですし、わざわざ傷を深める必要もありませんから、この辺で止めておきましょう。

 

「(モンモランシー)」

「(なによ)」

「(きっと周りは私たちの事を恋人か何かと勘違いしてますよ)」

「はぁっ!? 何よそれ。有り得ないわ」

「有り得ないって……。そこまで言われると、さすがに傷付くのですが」

「あ、ごめんなさい。でもだってそういう目で見た事なかったし」

「まぁ、それは私もそうですが、とりあえず誤解を解きましょう」

「そ、そうね」

 

 モンモランシー嬢は女性側に、私は男性側に釈明をするのですが、後ろはワイワイキャーキャー楽しそうですね。

 

 さて、こちらはどう説明しましょうかと思っていると、

 

「失礼。ミスタ、ちょっと聞きたい事があるのだが」

 

 妙にキラキラとめかし込んだ同年代の男が前に出てきます。

 

「構いませんよ。私はカミル・ド・アルテシウム。そちらは」

「おっと、声をかけたこちらが先に名乗るべき所を失礼したようだ。僕はギーシュ・ド・グラモン。よろしく頼むよ」

 

 おぉ、胸元が開いていなかったので気付きませんでしたが、確かにこのヒラヒラ具合は面影がありますね。

 

「それでミスタ・アルテシウム」

「年齢も近いようですし、カミルで構いませんよ」

「そうかい? では、僕の事もギーシュと呼んでくれたまえ」

 

 友達一人ゲットでしょうか?

 

「それで、カミル。単刀直入に聞くが君はミス・モンモランシと恋人だったりするのかい」

「いえ、お互いに家の跡取りですからね。それはありません。だからこそ気安い関係で、私にとっては大事な友人ですよ」

「本当かい♪ それは良かった」

 

 周りからも安堵のため息が聞こえます。

 

 モンモランシー嬢は、家の跡を継げない次男三男にしてみれば正にドストライクですからね。

 

 高嶺の花であるアンリエッタ姫やルイズ嬢よりも、もしかしたら人気は上かもしれません。

 

 ただ、ギーシュ君。

 

 水の大家であるモンモランシ家のお婿さんは水メイジの方が有利かもしれませんよ。

 

 少なくとも土のドットが不利なのは確実です。

 

 しかも原作と違いモンモランシ家には財政的に余裕がありますから、逆に財政難なグラモン家には良い印象を持たないかもしれませんよ。

 

 まぁ頑張ってくださいとしか言えませんが。

 

 その後は、モンモランシー嬢を狙うなら安牌でありながら彼女と仲の良い私とはお近付きになっておいた方が得だろうと算盤を弾いた方々に自己紹介され、同じようにモンモランシー嬢から説明を受けた女性陣も加わって、お見合いパーティーのようになりました。

 

 爵位の低いご令嬢から見れば、伯爵家の跡取りである私もなかなか優良物件なので、少なからず声をかけられます。

 

 ま、私にはテファがいますから徒労になってしまうので申し訳ない限りですが。

 

 ちなみに、そのテファは残念ながら会場にはいません。

 

 いくらモード大公の娘でも平民のお妾さんとの子供では場違いというわけです。

 

 一緒に過ごせないのは残念ですが、テファに変な虫がつかないという意味では、歓迎すべき事かもしれません。

 

 テファと使い魔の契約を結んだ後の話はまた後で話すとして、今は顔を売る事に精を出しましょう。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 園遊会も無事に終わり、日が落ち、後2時間ほどで日付が変わろうかという時刻。

 

 個人的な用事までまだ少し時間のあった私は湖畔を散歩しながら時間を潰しています。

 

 『園遊会』『ラグドリアン湖』とくれば、アンリエッタ姫とウェールズ王子の密会に思い至ると思いますが、あれは原作開始の3年前、私と同い年のアンリエッタ姫が14歳の時ですから、今から2年後なので遭遇する危険はないはずです。

 

 逢い引きの邪魔をするほど野暮ではありませんからね。

 

 と思っていたのですが、

 

「止まりなさい」

「はい」

 

 なぜ、目の前にピンク頭がいやがりますか。

 

「この先は今、立ち入り禁止よ……って貴方、ミスタ・アルテシウム」

「ご無沙汰してます、ミス・ヴァリエール。何やら事情がおありな様なので、私はこれで」

「待ちなさい」

 

 逃亡は失敗したようです。

 

「ちっ…………なんでしょうか」

「今、舌打ちしなかったかしら」

「気のせいでは」

 

 スマイル、スマイル。

 

「こほん、まぁいいわ。ところで、こんな時間にこんな場所で何をしているのかしら」

 

 そっくりそのままお返ししたい所ですが、そちらの事情はむしろ知りたくないので流します。

 

「散歩ですが、何か」

「散歩ぉ?」

「それもそろそろ帰ろうと思っていた所ですので、失礼します」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」

「なんですか」

「少し付き合いなさい」

「え~~」

「『え~~』って何よっ!!」

 

 姉様やテファに関するあれこれや変なヴィンダールヴのルーンのせいで、もはや原作なんてあってない様なものですが、だからこそ私はアルテシウム伯爵家のスタンスとしてヴァリエール公爵家のルイズ嬢に必要以上に関わらない方が良いと思うのですよ。

 

「前から思ってたけど、貴方、私に対して隔意を持ってないかしら。今日の園遊会でも顔を見せなかったし」

「嫌ですね。何を言っているんですか」

「本当かしら」

「当然持ってますよ」

「持ってるのっ!?」

 

 自分から言っておいて、何を驚いているのやら。

 

 それにしても意外とショックが大きいみたいですね。

 

 上げて落としたからですか?

 

 まぁ、ちやほやされるのがデフォルトの公爵令嬢では耐性がまだないのでしょう。

 

「そ、そうなんだ。よ、良かったら理由を教えてもらえないかしら」

「構いませんよ。ではまず、ミス・ヴァリエールはトリステイン1の大貴族、ヴァリエール公爵家のご令嬢ですよね」

「そ、そうよ」

「しかも、恐れ多くもアンリエッタ姫殿下のお友達でもある」

「えぇ、大変名誉な事だわ」

「だからです」

「へ?」

「我がアルテシウム伯爵家は嗜好品の輸出を主産業としています。そのため交友関係は広く浅く、権力者には近付かない事を基本としていて、貴族間の権力争いには特に関わらないようにしています。不買運動でもされたら困りますからね」

「で、でも貴方はちぃ姉様の病気を治してくれたし、モンモランシーとは仲良しじゃない」

「カトレア様の治療については善意からでもヴァリエール家と繋がりが欲しかったからでもなく、交渉カードとして行った事です」

「…………どういう事よ」

「公爵から聞いていませんか」

「えぇ」

「それなら公爵が伝える必要がない。伝えるべきではないと判断したという事でしょう」

「何よ、それ」

「それを私から伝えるのは適切ではというのは分かってもらえますね」

「…………まぁ、いいわ」

「モンモランシーについては秘密の共有、家同士の繋がり、家格、メイジの系統、跡取り同士といった様々な要素が奇跡的に噛み合った上に、友人として馬が合った結果ですね」

 

 サラッと説明してしまいましたが、これは本当に奇跡的な確率で、モンモランシーと友人になれた事は私にとって嬉しい誤算です。

 

「つまり家のために、あえて私には近付かないようにしてるって言いたいのね」

「そうです。ヴァリエール公爵家は王位継承権を持つお血筋。公爵にその気がなくても王に不満があれば必然的にその勢力は公爵に集まる事になるでしょう」

「王家に逆らうような不遜な輩にお父様が唆されるわけないわ」

「私もそう思いますが、この場合公爵の振る舞いはあまり関係ありません。王家から見て不穏分子が公爵に接触している事実さえあれば、警戒し対処する口実になります」

「そんな…………」

「今のは悪い可能性の話でしたが、こんな可能性もあります。例えば、アンリエッタ姫がアルビオン王家のウェールズ王子に嫁いだとします」

 

 ルイズ嬢が背後を気にする素振りをしますが、そっちに誰がいるかなんて私は気付いたりしませんよ。

 

「その場合取り決めとして、お二人の第一子の性別に関わらず、第二子以降はトリステイン王家に養子に出す約定が交わされると思います」

「そういうものなの?」

「えぇ、そうすると恐れ多い想像ですが、人の命が有限である以上避けられない事態として現トリステイン王がお隠れになった際は幼い王子または王女が王位に就く事になり、当然それを宰相が支える事になりますが、さて誰になると思いますか」

「マザリーニ枢機卿、ではないのね」

「はい。その可能性も否定はしませんが、彼は他国の人間です。それは誰も舵取りをしなかった際の非常手段でしょう。というわけで、もうお分かりですね。第一候補はヴァリエール公爵です。ミス・ヴァリエールのお父上が引退していた場合は、三姉妹の内のどなたかの伴侶が宰相の地位に就き、実質的にトリステインを引っ張っていく事になります」

「普通に考えたらエレオノール姉様の結婚相手ね」

 

 結婚できればですが、言わぬが花でしょう。

 

「そうですね。しかしこの話にはまだ先があります」

「まだあるの?」

「はい、この手の流れで行くと、幼い王子または王女の結婚相手は有力貴族を味方に付けるためにヴァリエール公爵家から選ばれるのが普通です」

「それって…………」

「条件は厳しいですが、もしアンリエッタ姫とウェールズ王子の第二子が女児で、もしエレオノール様とカトレア様のお子様も揃って女児で、もしミス・ヴァリエール、貴女のお子様だけが男児だった場合、トリステインの王位に就くのは貴女のお子様という事になるでしょう。そうすると貴女も王家の仲間入りという事になって、アンリエッタ姫とは極近しい親戚という関係になりますね」

 

 ルイズ嬢は驚きの余り口をパクパクさせて言葉もないようですが、そこに追い討ちをかけるように背後の茂みから人影が飛び出してきます。

 

 失敗しました。

 

 少し時間をかけ過ぎたようです。

 

「なんて素晴らしいんでしょう♪」

「ひ、姫様っ」

「私がウェールズ様と結婚すると、ルイズと親戚、ううん、子供同士が夫婦になるならそれはもう家族だわ。私たち家族になれるのよ♪」

「ひ、姫様、離して、離してください。目が、目が回ってしまいますぅぅぅぅ」

 

 クルクル回る二人に苦笑を浮かべながら同年代の美少年が私に歩み寄って来ます。

 

 もうどうにでもなれですね。

 

「随分と面白い話をしているみたいだね」

「可能性の話ですよ」

「可能性か……」

「ちなみに自己紹介は勘弁してください。ミス・ヴァリエールはまぁ知り合いですから仕方ないですが、この後大事な予定が控えていますので面倒事は避けたいのですよ」

「あっちで姫とか言っているが」

「何のことやら聞こえませんね」

「ふふ、それじゃあ仕方ない」

 

 目の前で笑っている美少年とは、テファと結婚すると平民の妾腹という設定ですが、形式上は一応親戚という事になるのでしょうね。

 

 まぁ気にしたら負けなので、そこはスルーしておきましょう。

 

「それでは後の事はお任せして私はそろそろお暇させてもらいます」

「そうだね。僕たちもこれ以上長居している余裕はないし」

 

 そこで言葉を切った美少年はおもむろに手を差し出します。

 

「僕はウェールズ。ただのウェールズだ。良かったら君の名前を教えてもらえないだろうか」

 

 一瞬言葉に詰まりますが、こう言われてしまっては引き下がれません。

 

「カミルです。よろしく、ウェールズ」

「あぁ、カミル」

 

 握手を交わした私たちは笑顔で別れました。

 

 うん、何て言いますか、カリスマを感じてしまいましたね。

 

 これが王家のオーラでしょうか。

 

 小市民の私には持ちえないものですね。

 

 さて、いい感じに時間も潰せた事ですし、そろそろ用事を済ませるとしましょうか。

 

「ミツハさん」

「うむ」

「湖の対岸までボートで運んでもらえますか」

「分かった」

 




テファと早々にくっついた辺りに批判的な感想をいただきまして、自分としてももっと慎重に進めるべきかとも思いましたが、幼いテファの純粋な憧れと恋心で一気に押さない限り、いつまでたっても使い魔になれなさそうだったのでこのまま行く事にしました。
テファの思惑無しに運命だけで主人公を喚び出し、キスまでしておいて恋愛感情なしという展開もおさまりが悪い。
かと言って、魔法学院2年目まで引っ張るのは論外と、まぁそんなわけです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

続12歳、園遊会、その夜

8/22 12:10 書き直しました。



 ラグドリアン湖の畔でロイヤルな二人の密会に不運にも遭遇してしまった後、ミツハさんに湖の水の操作してもらいボートで対岸のガリア領地に侵入しています。

 

 今回の園遊会に参加したガリア貴族の大半がこちらの領地で宿を取る事は、商人からの情報や商品の流れから調べが付いています。

 

 そして近年体調の芳しくないガリア王の代役として二人の王子が園遊会に参加すること、その宿泊先として王家の別荘が使われることも併せて確認済みです。

 

 もうお分かりですね?

 

 この園遊会は警備の厳しい王宮から二人の王子を誘い出すための罠だったということです。

 

 ……何か暗殺者みたいですね、私。

 

 外見も右手のルーン以外はミツハさんの変身魔法で大人ヴァージョンに変わっていますし。

 

 違いますよ? あくまでも話し合い、説得しに来たんですからね? 勘違いしてはいけません。

 

 こほん、というわけで、まずは弟のシャルル殿下に会いに行きましょうか。

 

 外の警備兵は、ミツハさんの意思の宿った霧を発生させ、一定量吸い込んだ所で意識を奪い取ります。

 

 そこから記憶を覗いて、警備の配置や連携の仕方を把握。

 

 それに従って警備兵を操り、屋内の警備兵を騒がれない様に、奇襲によるミツハさんの水の鞭で慎重に削って行きます。

 

 水の精霊の『触れられるだけで意識を乗っ取られる』という能力、素晴らしいですね。

 

「カミルよ、単なる者の片付けは終わったぞ」

「ありがとうございます、ミツハさん。さすがですね」

「このくらい我にしてみれば造作もない。が、もっと褒めるがいい」

「さすが水の精霊様。格が違います。可愛いし強いし最強ですね」

「うむうむ、感謝するがいい」

 

 何だかミツハさんがやけに人間くさくなってきましたね。

 

 背伸びしてる感が可愛いから構いませんが。

 

 さて、それでは説得にかかるとしましょう。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 目の前でいくつもの氷のツララがシャルル殿下の体を貫いていく。

 

「どうして……」

 

 説得できると思っていました。

 

 追い詰めた後で救いの手を差し伸べるという古典的ですが、それ故に効果的な手法を取ったのですが、まさか加減を誤り暴発させてしまうなんて。

 

「こんな事に……」

 

 氷のツララに貫かれた勢いのまま殿下が後ろに倒れた音で我に返ります。

 

 後悔も反省も今は後回しです。

 

 今は殿下の命を助けなければいけません。

 

 駆け寄り、状態を確かめます。

 

 左の手の平と右の太股はツララの先端が反対側まで突き抜け、右肩と腹部は貫通こそしていませんが、かなり深くまで突き刺さっています。

 

 不幸中の幸いは、使われた魔法が氷だったために傷口からの出血がそれほど多くない事です。

 

 しかしツララを引き抜けば、どうなるかは目に見えています。

 

「ミツハさんっ! 協力をお願いしますっ! 私がツララを一本ずつ引き抜きますから治療をっ! 私も全力でヒーリングをかけますっ!」

 

 そんな私の叫びに対するミツハさんの反応はある意味で至極当然のものでした。

 

「カミルよ。そやつはカミルを殺すつもりで魔法を放った。万死に値する」

 

 結果だけ見ればその通りです。

 

 私に甘いミツハさんならそう答えるのも当然だと思います。

 

 でもそうさせたのは私です。

 

 暴発するまで追い込んだのは私です。

 

 死なせる訳にはいきません。

 

「そうかもしれませんが、でもこの人をここで死なせてしまうと私はもちろん、家族にまで累が及ぶ危険があります。それにはミツハさんと過ごしたいつもの湖も含まれます。この人のためじゃなく、私を、私たちを、あの湖を守るために協力してくください。お願いします」

 

 狡い説得とは思いますが、緊急時です。

 

 背に腹は代えられません。

 

「ふむ、そういう事なら吝かではないな」

「では、腹部のツララから行きますよ」

「うむ、任せるがいい」

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 ふぅ、危ない所でした。

 

 何とか一命は取り留めましたが、さすがに疲れました。

 

 正直もう帰って寝たい所ですが、今回の襲撃のせいで次の機会が巡ってくる可能性は限りなく低いですから、もう少しだけ頑張らないといけません。

 

「ジョセフ殿下、失礼致します」

 

 ノックはしましたが返事は待たずに部屋に入ります。

 

「ようやく来たか。随分と遅かったな。まぁ座れ」

「へ?」

「何を呆けている。話があって来たのだろう」

「え、えぇまぁ」

「自分で言うのも何だが、ガリアの王子が手ずからしゃくをしてやろうというのだ。無碍にする事もあるまい」

「そ、それはまた光栄な事で」

 

 え、ちょっと待ってください。

 

 何ですか、この展開は。

 

 何でこの人、こんな平然と歓迎してくれちゃってるんですか。

 

 私、見るからに不審者ですよ? 普通に考えたら暗殺者ですよ? 実際、この屋敷の内外問わず警備の方々にはミツハさんの接触による洗脳攻撃で無力化させてもらってますし。

 

 あ、でも、そういえばシャルル殿下も出会い頭は平然と杖を向けてきましたね。

 

 あれですか? 生まれながらに暗殺される危険のある止ん事無き身分の方々はその辺の肝が据わっていると。

 

 まぁ騒いだり取り乱したりして欲しいわけではないので好都合と言えば好都合ですけど。

 

 注がれたワインに口をつけながら何とか気持ちを落ち着けます。

 

「それで」

「は?」

「ワインを飲みに来た。というならそれでも構ぬが、話があって来たのだろう」

「えぇ、はい、失礼しました。それでは」

 

 咳払いをして誤魔化しますが、すっかり相手のペースですね。

 

 話を聞いてもらえるのは有り難いですが、調子が狂います。

 

「私はシャルル殿下に王位に就いてもらおうと画策する者で、此度はジョセフ殿下の説得に伺わせていただきました」

「ほう、説得とな。暗殺ではないのか」

「はい、ジョセフ殿下には生きていてもらわなければならない理由がありますので」

「こんな無能に利用価値があるとも思えんが、それ故に興味深いな。聞こう」

「まずは、これをご覧ください」

 

 右手のルーンを見せます。

 

「使い魔のルーン? 人間の使い魔とは珍しい」

「はい、人間の使い魔は虚無の証。私のこのルーンは始祖ブリミルに仕えし4人の使い魔の一角、神の右手ヴィンダールヴのもの」

「失われた系統と聞いていたが……ん、そうなると……まさか、俺が虚無だと言うのか」

「慧眼、お見それしました」

 

 何で分かったのか分かりませんが、話が早くて助かります。

 

「虚無は王家に連なる血統にのみ現れます。それを見分けるのは系統魔法が成功しないこと。そして虚無に目覚めるには決まった手順がございます」

「俄には……信じがたいな」

「心中お察ししますが、現実から逃げる事は叶いません」

「俺が虚無……」

 

 そう呟いたジョセフ殿下は泣き笑いのような形容しがたい表情をしていて、言葉をかけるのが躊躇われます。

 

 10分程でしょうか、ちびちびとワインを飲みながら時間を潰します。

 

 美味しいワインでしたが、どこのワインでしょう。

 

 商売敵ですね。

 

「すまなかった。続けてくれ」

「はい、ジョセフ殿下には虚無に目覚めていただきたいと思っています」

「いいのか? 俺が虚無に目覚めれば、俺を王に据えようとする輩が増えよう。それはシャルルを王位に就けようとするお前には都合が悪いのではないか」

「確かにそういった輩は増えると思われますが、虚無の担い手は王になるべきではありません」

「なぜだ……いや、そうか、聖戦だな」

「はい、聖戦が発動すればエルフに対抗するために虚無の担い手は前線に出なければならなくなりますが、王が前線出るなど論外です」

「確かにな。つまり俺が虚無に目覚めれば、王位はシャルルのものか」

「それが一つの狙いではありますが、後二つ狙いがございます」

「聞こう」

「一つは、ガリアの国力と虚無の威光を用いて、現在の腐ったブリミル教を牽制する事ができます」

「あぁ、それはいいな。自分たちは何もしないくせに金だけは強請ってくるウジ虫共には一度痛い目を見せてやりたいと思っていたのだ」

 

 激しく同意です。

 

 ブリミル教を否定する気はありませんが、今の在り方は改善すべきです。

 

「もう一つは、恐れながらご兄弟仲の修復の切っ掛けになればと」

「俺たち兄弟の仲が悪いと」

「恐れながら」

 

 ジョセフ殿下の表情が苦みばしった風に歪みます。

 

「それは俺がシャルルに抱いている劣等感について言っているのか」

「それもありますが、むしろ問題はシャルル殿下の方に多くございます」

「シャルルに?」

「はい」

「あいつは誰にでも好かれ、こんな無能な兄にも笑顔を向け、事ある毎に兄を立ててくれる出来た弟だ。そのシャルルに問題があると言うのか」

「はい、シャルル殿下の闇の部分については先ほど目にして参りました」

 

 ここに来る前に起こった例の惨事。

 

 シャルル殿下のエア・ハンマーをミツハさんに張ってもらったカウンターで反射して抵抗の無謀さを示してから王位に就く事に協力する誘いをかけたのですが、追い詰める過程で言葉の選択を誤り暴発させてしまったのです。

 

 『ウィンディ・アイシクル』

 

 原作でタバサが得意としていた魔法は、父親譲りでした。

 

 自爆とは言え怪我を負わせてしまった事は不本意ですが、しかし暴発した事でシャルル殿下が賄賂に手を染め、ジョセフ殿下を追い落とそうとしていた事の裏は取れました。

 

「シャルル殿下はジョセフ殿下に嫉妬していました。王に必要な国を治める能力についてジョセフ殿下には何一つ勝てないと。それ故に唯一勝てる魔法の腕に固執したのです」

「そんな馬鹿な……」

「それに加えて、シャルル殿下はどうしても王になりたかった。そのためには魔法の苦手な兄を貶め、寄ってくる輩のご機嫌を取り、賄賂にも手を染めました」

「シャルルに限って、そんな……」

「シャルル殿下は苦しんでいたのです。王になりたいという自分ではどうにも抑えられない衝動と良心との呵責に。大好きな兄が傷ついているのを見て暗い愉悦を感じてしまう自分の汚さに」

「シャルル……お前は……」

「シャルル殿下を地獄の苦しみから救ってさしあげられるのは兄君であるジョセフ殿下だけです。此度の虚無の一件は兄弟が腹を割って話す良い切っ掛けになると私は願っています」

「……そう、だな。うむ、お前の言葉を全面的に信じるわけにはいかないが、話してみない事には始まらないな」

「ありがとうございます」

 

 このために一年以上かけて園遊会を企画し、警備の厚いガリア城から引っ張り出して来たのですから、ぜひとも上手くいって欲しいものです。

 

「補足になりますが、いくつか虚無関連で説明を」

「あぁ」

 

 ちょっと呆けているようですが大丈夫でしょうか。

 

「虚無の覚醒は、王家に伝わる指輪をはめて、同じく王家に伝わる始祖の秘宝に触れる必要があります」

「土のルビーと……始祖の香炉だったか」

「はい」

「それだけか」

「はい」

 

 私の相槌に言葉を失ったジョセフ殿下はそのまま沈黙し、そして「愚かな」と吐き捨てました。

 

 多分ですが、虚無覚醒の伝承が権力争いのために故意に失われた可能性を考えたのでしょう。

 

 本来なら王家に連なる血筋に子供が生まれたら、全員試せばいいだけの話ですからね。

 

 まぁ、それについては最初から伝わっていなかった可能性もありますから一概には言えませんけれど。

 

「次に、虚無の使い魔は人間が喚ばれます。召喚する際は十分な配慮と準備をしておく事をお勧めします」

「平民や自国の貴族ならどうとでもなるが、他国の貴族だと面倒だな」

 

 私はそのケースですけどね。

 

「ん、男が喚ばれた時は男と契約の口付けをせねばならんのか」

「まぁ、そうですね」

 

 心底嫌そうな顔には私も同意します。

 

 ロマリアコンビは、まぁちょっとBL臭しますから大丈夫でしょう。

 

「ちなみにお前はどうだったのだ」

「私は幸いにも異性でしたので」

「ほぅ、お前の主は女か」

 

 あ、ハメられました。

 

 そうじゃなくても王家の血筋という事で候補が少ないのに、性別を知られるだけでその候補も半分になってしまいます。

 

「油断ならない方ですね」

「くっくっく、やられてばかりは性に合わないからな。ついでにオマエの主がどこの国の虚無か口を滑らせてもいいんだぞ」

「お断りします」

 

 くっ、弟の事で凹んでいたくせにもう復活ですか。

 

 まぁ太々しい方が『らしい』ですけどね。

 

「話を続けます。と言っても最後になりますが、虚無の担い手は一国に一人。ガリア、アルビオン、トリステイン、ロマリアで最大四人です」

「ロマリアもか」

「はい。多分ですが、建国した際に王家の血を入れる事は織り込み済みだったのでしょう」

「ありそうな事だな」

「そして担い手が死んだ場合、自国内に予備の候補がいた場合、そちらに虚無が引き継がれます」

「あいにくと俺は俺以外に同じ境遇の者に心当たりはないが、話題を振ったからにはいるのだろうな」

「はい、ガリアにはちゃんと候補の方がいらっしゃいます」

「誰だ」

「シャルル殿下のご息女、シャルロット様の双子の妹ジョゼット様です」

「双子……だと」

「はい、ガリア王家では双子は禁忌とされ、一方を殺すのが習わしだそうですが、哀れに思った夫人が身分と外見を偽って孤児院に預けたそうです」

「そうか、俺には姪がもう一人いるのか。その娘、ジョゼットが俺と同じだと言うのだな」

「はい、これを放置し、ロマリアに気付かれればどうなるか」

「小娘なら俺よりも御しやすいだろうな。では、そうなる前に始末しろと言うのか」

「いえ、まさか。保護して手元に置かれるのがよろしいかと」

「ふむ、これもシャルルと相談しなければならないな」

 

 さて、これであらかた説明できたと思います。

 

 兄弟仲が改善されてシャルル殿下が王位につけばジョセフ殿下の狂化は防げるはずで、結果としてレコン・キスタは組織されず、姉様の住むアルビオンが戦禍に巻き込まれる事はなくなるはずです。

 

 本来資源に乏しく地繋ぎでないため統治しにくいアルビオンは戦略価値の低い土地ですから。

 

 これで私が姉様の安全のために出来る事はお終いです。

 

 もしそれでも戦争が起こった際には、無理矢理にでも助けに行くしかないですね。

 

 他にもモード大公とシャジャルさんにマチルダさん、その周辺も合わせると……あれ? 逃げるのは無理でしょうか?

 

 えっと、相変わらずの他力本願ですが、ミツハさんとシャジャルさんなら精霊パワーでどうにかなりますかね?

 

 いえ、せっかくヴィンダールヴ改の力があるのですから火竜山脈やアルビオンの竜を集めて編隊を組めば……って、結局竜の力を借りている辺り他力本願ですね。

 

 うぅぅぅぅ、帰ったら修行頑張りましょう。

 

 夢は大きく、目指せスクエアです。

 




この展開で行くとシャルロット→タバサがなくなってしまいますが、姉様の安全のためには仕方ありません。

この話をもって姉様の死亡フラグ回避の話は終了ですので、次からはほのぼのとしたのが書けるはずです。

テファの甘ったるい話が書けたらいいな~と思っています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13歳、私とテファ、それとお母様

「わぁ~、ここがカミルが言ってた湖なのね」

「はい、ラグドリアン湖とは比べるべくもない手狭な所ですけれど」

「ううん、ここはこの小ささが絵本から飛び出してきたみたいで凄く可愛くて素敵だと思う」

「ありがとうございます、テファ。そう言ってもらえると嬉しいです。ここにはミツハさんとイズナさん、三人の思い出が詰まっている大切な場所ですから」

「いいなぁ、そういうのちょっと羨ましい」

「何言ってるんですか、テファ」

「えっ?」

「これからはテファもそれに加わるんですよ。これからこの湖は私たち四人の場所です」

「うん♪ そうだね」

 

 初めてテファを連れてきた際、そんな会話をしたいつもの湖ですが、改めてどんな所にあるかというと、トリステインの北側国境沿いにある領地の一つであるアルテシウム領において、さらに北側に広がる森の中にあります。

 

 この森は一応隣国ゲルマニアとの国境という事になっていますが、その規模は隣接してるとは言い難いほど広大で、そこは亜人や幻獣の跋扈する未開の地でもあります。

 

 当然奥に行けば行くほど命の危険は増していきますが、そんな森でも入り口付近は比較的安全で、ミツハさんと魔法の訓練に励み、それをよそにイズナさんが気持ち良さげに泳いでいる、そんな子供の頃から慣れ親しんだ憩いの場がいつもの湖です。

 

 しかし今ではそこでの過ごし方に新しいエッセンスが加わっています。

 

 それは、時に眠りに誘う日だまりの様な優しい音色であったり、またある時はついつい踊り出したくなってしまう様な陽気な音楽が流れるのです。

 

 その旋律に誘われる様に小鳥たちを始め、リスにウサギにシカにキツネにクマなどなど、動物たちも集まるようになりました。

 

 そんな今までの日常に変化をもたらしたのは、新しく日常に加わった私のパートナーであるティファニアです。

 

 ティファニアはアルビオンの大公家では平民のお妾さんとの子供という微妙な立場に加え、世継ぎにはしないというスタンスを明確にするために貴族令嬢のするような教育を受けさせる事ははばかられ、そのため昨年開かれた園遊会の後始末が落ち着いた夏頃からアルテシウムの家に花嫁修行に来ています。

 

 湖に連れて行ったのはティファニアがこちらに来て最初の虚無の曜日でしたから、もう1年ほど前になりますか。

 

 息子の婚約者が花嫁修行に来るという異例の事態に対して、我が家の反応ですが、姉様がお嫁に行ってしまって幾分寂しそうにしていたお母様は大喜びで迎え入れ、執務の合間に時間を合わせて一緒にお茶をする程です。

 

 使用人たちは当初、未来の伯爵夫人という事でかしこまっていましたが、今ではティファニアの愛くるしい人柄にすっかり気を許しています。

 

 元々田舎貴族という事で、ウチはその辺が緩いですからね。

 

 最後にお父様ですが、これはまぁいいでしょう。

 

 研究職の人間に研究以外の場面で社交性を求めてはいけません。

 

 しかも相手が子供で異性で息子のお嫁さんときては対応に困るのは火を見るより明らかというものです。

 

 さて、話を湖に戻しますが、最初は使い魔契約の時に降って沸いたオカリナの練習でした。

 

 それを聴いたティファニアがハープを奏でる様になり、私も幼少の頃から習っているバイオリンを持ち出し、新しい音を求めて軽快なテンポが出せて、かつ自然に調和する音色という事から木琴を用意したりもしました。

 

 さらに一緒に演奏したいと言うイズナさんにはカスタネットとタンバリンをプレゼントし、ミツハさんは音楽に合わせて水を飛ばしたりと視覚的に楽しんでいます。

 

 思いがけず悔しい思いをしたのは、イズナさんが後ろ足と尻尾でバランスを取って立ち上がった姿勢で、ぷにぷにした肉球の小さな手で楽器を叩く可愛さ爆発の姿を写真に残せなかった事で、「ガッデムっ!! カメラさえあればっ」と思わずキャラを忘れてネタに走ったほどです。

 

 ミツハさんの方ですと、水を使った楽器という事でグラス・ハープに挑戦した時は大変喜んでもらえた事が印象的でした。

 

 そんな賑やかになった湖での一時ですが、原作でムツゴロウ王国を作っていたカトレアさんとは違い、私の方で食物連鎖のヒエラルキーが無視されている現状にはしっかりと種も仕掛けもあります。

 

 それは右手の甲に刻まれたヴィンダールヴ改のルーンとオカリナの力です。

 

 あらゆる幻獣を操るというヴィンダールヴですが、『改』となった事でオカリナの音色に意思を乗せる事で幻獣以外の生物、動物や昆虫なども操る事ができるようになりました。

 

 文字通り『操る』事もできますが、基本的には無条件に好感度MAXな状態から『お願い』するといった仕様です。

 

 ちなみに湖で音色に込めている想いは「湖から見える範囲では仲良く」です。

 

 そんなおとぎ話の1ページの様に動物たちに囲まれながらハープを奏でるティファニアの姿は、妖精やお姫様といった美しさがあり、ついつい見とれてしまいます。

 

「カミル? どうかしたの」

「ん、何がですか」

「なんだか、ずっとこっちを見てるみたいだったから」

「すみません、邪魔しちゃいましたね」

「う、ううん、そんな事ないよ」

 

 慌てて否定するティファニアの可愛らしい素振りに頬がゆるんでしまいます。

 

「絵の授業の次の題材に、湖での一時、動物たちに囲まれてハープを奏でるテファを描いてみようかなと思いまして、その構図を考えていました」

「えぇっ!? そんな、は、恥ずかしいよ……」

 

 慌てるティファニアも可愛いですが、照れるティファニアの方が破壊力は上です。

 

「私の画力ではテファ本来の可愛らしさや美しさを十全に表現するのは難しいですが、全力で事に当たる事を約束しますので、ぜひ許可をください」

 

 芝居がかった仕草で恭しく礼を取ります。

 

「えっとね、カミル」

「はい」

「その絵は湖での一時なんだよね?」

「はい」

「なら、カミルも一緒に描かれてなきゃ駄目だよね?」

「えっと……」

「だからカミルも一緒に、出来れば、その、私の隣りに描いてくれるなら、恥ずかしいけど、い、いいよ」

 

 指を成長著しい胸の前でモジモジさせながら上目使いのコンボは反則です。

 

 何度見てもその可愛らしさに胸が高鳴ってしまいます。

 

「分かりました、テファ。私だけと言わず、イズナさんにミツハさんも加えた、みんなの絵を描きますね」

「うん♪ 楽しみにしてるね」

 

 自画像は絵画の基本ですから構いませんが、向こうが透けてるミツハさんは難しそうですね。

 

 全力で頑張りましょう。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 カミルの母イレーヌです。

 

 息子のしでかした案件に頭を痛めている今日この頃です。

 早熟だった息子は、使用人や家庭教師を困らせる事なく育ち、礼儀をわきまえ、無体な事もせず、勤勉で努力家、研究や領地経営にも意欲を示し、残念ながら他を圧倒するような才能に恵まれているわけではありませんが、逆に苦手な事もなく、このまま成長して行けば手堅く堅実な領主となる器だと、親の贔屓目なしに思っていました。

 

 実際、姉であるジュリアの結婚に際して、行動を起こす前にはきちんと私たちに相談を持ちかけ、モンモランシ家、ヴァリエール家との交渉も無難にまとめる手腕を見せました。

 

 しかし、いくらしっかりしていようと息子はまだ10を過ぎたばかりの子供。

 

 どこかで失敗するかもしれないと注意はしていたのですが、まさか他国とはいえ自国の王の兄弟でもあるモード大公のご息女を婚約者として連れて来るとは思いもしませんでした。

 

 しかもその娘さん、ティファニアさんは伝説の虚無のメイジで、息子がその使い魔になるなど想定外にも程があります。

 

 水の精霊様に気に入られているだけでも情報の取り扱いには注意が必要だというのに、虚無の系統などというブリミル教絡みの問題は一歩間違えれば大惨事が待っているのは火を見るより明らかです。

 

 せめてもの救いは、当事者を含む両家において問題意識を共有できている事と、息子の持つ虚無の知識でしょうか。

 

 知らなければ対処のしようもありませんから。

 

 ただ、息子いわくヴァリエール家との交渉で得たお金を使ってブリミル教の司祭から本国ロマリアの研究機関の情報を得ていたそうですが、説明している際の様子から何か誤魔化している雰囲気が感じられ、追求はしませんでしたが、後ろ暗い事があるのかもしれません。

 

 貴族の当主としては、時に物事を円滑に進めるために、または大を生かすために必要に駆られて、手を汚す選択に迫られる機会は何度となく訪れるでしょうし、人命がかかっていれば避ける事はできません。

 

 そのため清濁併せ呑む度量があるのは望ましい事なのですが、今回のそれはその片鱗なのか、小心ゆえの誤魔化しなのか……。

 

 とりあえず、こちらが断りづらい状況で婚約者を紹介した事は評価できます。

 

 息子の初の実戦であるオーク鬼討伐の作戦中に、不可抗力とはいえ命を助けられるというアクシデントを逆手に取って、あちら側の根回しを済ませた段階で命の恩人として紹介する。

 

 さらに、あちらの家庭問題を解決し、夏には一週間ほど一緒に過ごした実績を引き合いに出す。

 

 他国とはいえ自国の王の兄弟でもある大公家との話を断るのはそもそも難しいと言うのに、ティファニアさんは平民との妾腹で跡継ぎは他に養子を取るため極力しがらみは無くしてある事や、オックスフォード家・サウスゴータ家との経済協定の裏には大公家とは表立って繋がらないというアピールがあった事など、細々としたものまで挙げられてしまえば、最早こちらには頷く以外の選択肢はありません。

 

 我が息子ながら「お見事」と言わざるを得ませんが、アルビオンでの我が家の外交戦略はトリステインとは違う路線になるのは諦めるしかありません。

 

 そして、その事がトリステインにどう影響するかは未知数です。

 

 と、長々と説明させていただきましたが、息子の成長を嬉しく思いつつも、その結果に頭を痛めている現状というわけです。

 

 そんな私に癒やしを与えてくれるのは、新しく出来た娘のティファニアさんです。

 

 嫁ぎ先に花嫁修行に来ている以上、それはもう嫁と同義。

 

 使用人たちにもその様に言い含めてあります。

 

 彼女は問題の中心でもありますが、それはそれ、これはこれ。

 

 純真可憐という言葉を体現しているティファニアさんは、『理想の娘』の一つの形と言ってしまっても過言ではありません。

 

 貴族としての教育を受けていないため現時点では貴族の嫁として落第点ですが、それは後から覚えればいい事で、その優しい心根、柔らかい物腰、好奇心と行動力に見られる純真さ、くるくると変わる愛くるしい表情、美しい金の髪、ちょっとたれ目なのが愛嬌のある大きな瞳、スッと通った鼻筋、可愛らしい小さな口元、シミ一つない白い肌、スラッと伸びる四肢、成長著しい女性の象徴、聴く者に安心感を与える美声など、母親としての立場から見て、息子の嫁としては申し分ない所か、むしろお釣りが出てしまいます。

 

 本人たちも至って仲むつまじい様子で、午前中は天気の許す限り毎日一緒に森に出掛けていますし、午後は政務だったり授業だったりと別々になってしまいますが、その分夕食後に今日はこんな事をした、こんな事を習ったと会話に花を咲かせています。

 

 子供のそういう所は見ていて大変微笑ましく、このまま何事もなく時が過ぎる事を祈らずにはいられません。

 

 もちろん祈るだけではなく、そのための努力は惜しみません。

 

 いざとなれば泥も被りましょう。

 

 親として出来るだけの事はしてあげたいですからね。

 

 気が早いですが、元気な孫の顔も見たいですし。

 

 まずは結婚式が先ですが、魔法学院の入学前か卒業後かは迷う所ですね。

 

 ティファニアさんにベタ惚れな息子が心変わりするとは思いませんが、その場の勢いというものもありますし、変な虫が付いても困ります。

 

 ティファニアさんを入学させるかは、息子いわく幻覚を見せる魔法を覚えれば問題ないそうですが、今の所は保留、情報漏えい等の安全を取るなら却下。

 

 我が家としては外聞的に見栄を張る必要はないので、魔法学院を出ていなくても嫁として問題はありません。

 

 ただ3年間の寮生活で離れ離れになるのは、若い2人にとっては少々酷かもしれませんね。

 

 かといって、入学したらしたで互いの部屋に入りびたりそうで心配ですが……。

 

 これについては相手側の問題でもありますし、よく相談しておきましょう。

 

 色々大変ですが、家族の幸せのためです。

 

 頑張りましょう。

 




テファの事情について、カミルの実家にはエルフである事は伏せられています。
ミツハさんしか外せないマジックアイテムで耳を隠しているので、感覚としてはもう人間と変わりません。
テファは先住魔法使えない所か、虚無メイジですしね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14歳、内政とガリア、それと甘いひと時

 養蜂を始めて2年目、使い魔のルーンを地味に活用しているカミル・ド・アルテシウム、14歳です。

 

 養蜂について少し説明させてもらいますと、まず養蜂には2通りのやり方があります。

 

 1つは越冬中または春になって木のウロから出てきた女王蜂を捕まえて専用の箱に巣を作らせるという1年ごとの使い捨て方法と、もう1つは蜂の過ごしやすい気候に合わせて北上したり南下したりと巣ごと移動する方法です。

 

 私が取ったのは前者の方法で、ベリー農家を中心に副業という形で広めました。

 

 普通の蜂蜜は領内で平民向けに消費されますが、ブルーベリーやラズベリー、クックベリーなどの特定の花からのみ蜜を集めた蜂蜜は数量限定、高級蜂蜜として今年から貴族向けに輸出されます。

 

 ちなみに去年の試作品は王家や名だたる貴族の方々に宣伝も兼ねてお試しとして配ってあります。

 

「いいですか。貴族社会は馴れ合いの社会でもあります。そのため相手に『買ってやるか』と思わせるためには、この手の心配りをおざなりにしてはいけません」

 

 とは、お母様の有り難いお言葉。

 

 お酒の時と同じですね。

 

 さて、肝心のお値段設定ですが、平民向けだろうと嗜好品ゆえに元々お高めな蜂蜜。

 

 これが貴族向けの限定商品ともなればその値段は天井知らず、とまでは言いませんが、50gほどの小瓶で5エキューという超高級品。

 

 既に結構な数の予約が入ってる辺り、売っておいて何ですが、貴族の金銭感覚はいい感じにぶっ壊れちゃってますね。

 

 そんな養蜂事業ですが、実は蜂蜜に関しては副次的な扱いで、元々の主目的は蜜蝋の活用の方にありました。

 

 蜜蝋というのは、蜂蜜を絞った後の巣を湯の沸いた鍋に入れて溶かし、不純物をこしてから常温で冷ますと水と分離して出来る固体の事で、これに葡萄の種から絞ったグレープシードオイルを加え、最後にミツハさんの『水の精霊の涙』を一滴垂らせば…………はい♪ リップとハンドクリームの出来上がりです。

 

 2つの違いは、蜜蝋の量による固さの違いですね。

 

 これにマニキュアを加えた3点セットを貴族に仕えるメイドさんを中心に販売します。

 

 マニキュアは、松脂(天然樹脂)を蒸留してロジン(固体)とテレビン油(気体→樹脂状)に分け、そのテレビン油に夏の衣服やベッドシーツなどのリネン製品の原材料である亜麻の種から絞った亜麻仁油(乾性油)を加え、こちらにも『水の精霊の涙』を垂らして完成です。

 

 ちなみに、このマニキュアはお洒落目的ではなく、あくまでも爪の保護を目的としているので、あえて自然の色以外は着色していません。

 

 貴族から変な関心や不興を買っても面白くありませんからね。

 

 そして、もちろんこの3点セットにもリップとマニキュアに色を付け、パッケージに高級感を出した貴族向け商品を用意してあります。

 

 ただし、こちらの商品も化粧品ではなくケア用品としての販売です。

 

 『水の精霊の涙』が入っていますから効果の方は信頼でき、しかもケア用品という付加価値でさらに値段に色を付けられます。

 

 移動に時間がかかり、大量の荷を運ぶことが困難なハルケギニアにおいて、コストの面から輸出品はどうしても高級品に偏りがちですが、貴族向けと平民向けの商品を組み合わせ、今までの販売ルートをそのまま使う事でコストを抑え、人数比で言えば圧倒的に多い平民向けの商品も取り扱えるように苦心しました。

 

 屋敷のメイドに試供品を配り効果を確かめた上で値段設定の意見を集めて参考にしましたが、それでも新しい市場ですので不安は尽きません。

 

 もし失敗した場合は、蜜蝋はロウソクを作る方向で転用予定です。

 

 ロウソクは日常的に使うものですから、いくらあっても困りませんからね。

 

 こほん、えぇ~、それでは改めて確認しますが、これでアルテシウム領の特産品は各種アルコール飲料を筆頭に、元々のあったベリー系ジャムと滑り止めのロジンに加え、蜂蜜、リップ、ハンドクリーム、マニキュアと当初私が考えていた『自領に元々あるものに手を加えて何か出来ないか』というネタは出し尽くしました。

 

 姉様のゴタゴタがなければもっと早くに着手する予定だったのですが、5歳で転生を自覚してから早9年、大分時間がかかってしまいましたね。

 

 当分は今の事業の結果を見ながら拡大や撤退を精査していく事になると思いますが、将来的にはせっかく広大な森があるのですから植林と紙の製造をセットでできるといいなぁ~なんて考えています。

 

 ヴィンダールヴ改の力を使って、森の奥の奥の奥にいる幻獣とお話、騎獣になってもいい子を平和的かつ慎重に募って、他領に用立てるという事業も良いかもしれません。

 

 自領ではそんな感じですが、他でも新しい試みはしていまして、アルビオンのマチルダさんと姉様に依頼して、定番ですが外せない『ブラジャー』を作ってもらっています。

 

 アルテシウムのような田舎では通いの仕立て屋さんの規模も小さく知名度もありませんが、アルビオンでも有数の大都市『シティオブサウスゴータ』を有するサウスゴータ家と、他国との玄関口でもある港を有するオックスフォード家ならば申し分ありません。

 

 今は貴族向けのオーダーメイド品を徐々に広めて行っている段階ですが、いつかアチラの世界のように出来合いの平民向け商品がずらりと並ぶランジェリーショップができる日が来るかもしれません。

 

 女性の美へのこだわりは計り知れないですからね。

 

 男の私には分からない世界ですが、そこに商売の種がありそうな気がします。

 

 具体例を挙げるとするならエステサロンとかですね。

 

 アンチエイジングは一度はまったら抜け出せないと聞きますし、マッサージにお風呂、料理に加えてミツハさんにお願いすれば体の中と外から若返ること請け合いです。

 

 温泉が出るともっと良いのですが、火山はガリア南部かゲルマニア東部にしかなく望み薄。

 

 まぁ私は企画書だけ上げて、必要な設備や技術はお父様に丸投げして研究してもらいましょう。

 

 そういえば、カトレア様を治療した際にエレオノール様もミツハさんの分体を飲み、胸がどうとかおっしゃっていた気がしますが、その後成長したりはしたのでしょうか?

 

 ヴァリエール家と接触するのは避けたいので確認はしませんが、気になります。

 

 どうせですから、ミツハさんの分体を飲んで体内の流れを整える事に豊胸効果があるのか、メイドの中から有志を募って試してみましょうか。

 

 ティファニアには…………必要ないですね。

 

 エルフだからなのか、女性だからなのか、14歳にして既に身長は160、カップ数はよく分かりませんが胸はメロンちゃんに成長しています。

 

 私も身長は160を越えていますが、かかとの高いハイヒールを履かれると同じか、もしかすると…………。

 

 ううん、私はまだまだ成長期ですから問題ありません。

 

 問題、ありませんよね?

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「カミル~~ご飯できたよ~~」

「今行きま~~す」

 

 魔法の訓練で維持していた複数の圧縮した水球を上空に打ち出して花火のように破裂させ、湖のほとりに新しく建てたバンガローへと向かいます。

 

 そういえば言っていませんでしたが、ラインメイジからトライアングルメイジにこっそり成長しています。

 

 相変わらず重ねられるのは水オンリーですけれど。

 

 ランクアップのきっかけは園遊会の夜、不可抗力で殺してしまいそうになったシャルル殿下を必死になって治療した事です。

 

 今思い返しても、あの時ほど真剣に魔法を使った事はありませんでした。

 

 やっぱりいくら真剣に訓練に臨んでも、実際に命のかかった状況では全然違いますね。

 

 自業自得とはいえシャルル殿下には本当に申し訳ない事をしたと思います。

 

 身分を隠している以上、謝れませんから謝りませんけど。

 

 その辺は引きずっても仕方のない事なので、スッパリと割り切っています。

 

 王様になれたのですから、結果オーライですよね。

 

 

 

 

 

 …………?

 

 

 

 

 

 あぁ、はい、ガリアは今年、無事に世代交代されました。

 

 先代のガリア国王は昨年の冬を越せなかったため、春に『シャルル陛下』の戴冠式が盛大に行われました。

 

 王都リュティスでの戴冠式はさすがにトリステインの田舎貴族では出席できませんでしたが、ラグドリアン湖でのお披露目会には招待状が送られてきましたので、ティファニアも一緒に家族揃って出席しました。

 

 はい、ティファニアの記念すべき社交界デビューです。

 

 だと言うのに、当のティファニアはお母様の教育と本人の努力の賜物で、少し緊張は見られましたが慌てたり狼狽することもなく貴族らしく振舞えており、私はその美しさに気品を備えた姿に惚れ直していました。

 

 そうなると当然ティファニアの美しさに男性陣が吸い寄せられて来るわけですが、ティファニアは常に私の隣りに寄り添い、先制攻撃で婚約者と紹介する事で、軒並み鼻の下を伸ばしてはいますが妙な事にはなりませんでした。

 

 えぇ、ギーシュ以外は。

 

 彼のバイタリティは呆れるのを通り越して、ある意味尊敬するレベルです。

 

 婚約者の前で平気で口説き始めますからね。

 

 パーティ中じゃなかったら、決闘ものですよ。

 

 後でモンモランシーにそれとなくチクッておいたのは秘密です。

 

 そのモンモランシーですが、ティファニアを紹介したところ、婚約の事は素直に「おめでとう」と言って祝福してもらえたのですが、モンモランシーのティファニアの胸を見る目の厳しいこと厳しいこと。

 

 身長はそう変わらないのに対して、モンモランシーはスレンダー美人ですからね。

 

 相変わらずモテているのですから、気にする事もないと思うのですが、女性としてそういう問題ではないのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴァリエール家はスルーしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルビオン側は姉様とマチルダさんを始め、商売相手の貴族中心に顔合わせに励みました。

 

 浮遊大陸の御仁たちは、こういう機会でもないとなかなか会えませんからね。

 

 実はティファニアと一緒にたまにテレポートの魔法でアルビオンに帰省しているのですが、それは別口という事で。

 

 主役であるガリア側については、モンモランシ伯を通じて交易しているので独断で動く事ははばかられ、無難にお父様たちが新王への挨拶の列に並んだくらいです。

 

 私ですか? もちろん行きませんよ? ボロが出たら嫌ですからね。

 

 無事にシャルル陛下が誕生しただけで私は満足です。

 

 後は末永く兄弟が手に手を取り合ってガリアを盛り立てて行かれる事を祈るばかりですね。

 

 さて、随分と話が逸れてしまいましたが、いつもの湖のほとりに建てられたバンガローに話を戻します。

 

 今日は虚無の曜日。

 

 今までもそうでしたが、バンガローを建ててからはより一層湖に入り浸るようになりました。

 

 このバンガローは、冬場に暖をとるためと、ティファニアの趣味兼ストレス解消のために建てられました。

 

 どういう事かと言うと、母親のシャジャルさんとほぼ二人で生活してきたティファニアにとって料理は母親との楽しい協同作業であり、閉鎖的な生活の中で数少ない娯楽であったため実益のある趣味の位置付けにあったのですが、アルテシウムの屋敷に来てからは貴族らしく振る舞わなければいけなくなったために料理はおろか厨房に足を踏み入れる事も出来なくなってしまいストレスを感じていたそうです。

 

 浮かない表情のティファニアからその事を聞き出した時は、お菓子くらいなら作らせてもらえるんじゃないかと軽く考え、お母様に話を持ち掛けてみたのですが、

 

「いいですか、カミル。人を雇うという事は、仕事を評価し、その評価に見合った給金を払うという事です。そして貴族には貴族の、平民には平民の仕事があります。その職分を犯すという事は、相手の仕事を評価していないと言う事と同義です。仮にティファニアさんが貴方の言うようにお菓子を作ったとしましょう。それは日々テーブルに並べられるお菓子に不満があるというアピールになってしまいます。そうなっては最低でも厨房の使用人から一人は首を切らなければ場は収まりません。そしてその事は使用人の中で禍根として残るでしょう。それは巡り巡ってティファニアさんのためになりません。やり方がない事もないですが、今回はやめておきなさい」

 

 と、たしなめられてしまいましたが、最後にわざわざ付け足された「やり方がない事もない」という言葉の意味をお母様からのアドバイスだと察し、ティファニアと頭を突き合わせて出した答えが「屋敷で無理なら外に出てしまえばいい」でした。

 

 言い訳としては、「私の野営訓練の一環として自炊を体験してみる」というのを用意。

 

 私が従軍を想定して魔法の訓練に当たっていた事は周知の事実ですから、これが言い訳だと察しのついていない相手にも角が立たないで済みます。

 

 この案はお母様からも笑顔で了承をもらえ、どうせだからとバンガローを建てる事になった次第です。

 

「良い匂い……」

「寒くなってきたから今日はシチューにしてみたの」

「ナイスチョイスです、テファ」

「ふふ、さ、テーブルに付いて」

「あ、運ぶの手伝いますよ」

「ありがとう。じゃあ、サラダをお願い」

「はい」

 

 そんな感じで、私が魔法の訓練をしている間にティファニアが料理をするのがパターンになりました。

 

 一日中湖にいられる虚無の曜日のランチ限定ですが、ティファニアには良い息抜きになっているようで、私としてもティファニアの手料理が食べられて新婚気分の味わえるこの一時は特別な時間です。

 

 もはや貴族としての生き方に疑問を感じなくなった私には、この二人だけのとろけるような甘い幸せは叶わない夢ですから、余計に感慨深いものがあります。

 

「味、どうかな」

「野菜の旨味が出てて、凄く美味しいです」

「良かった」

「具もゴロゴロしてて食べ応えありそうで豪華ですね」

「一度細かく切った野菜を煮込んでから、後から具を追加してるの」

「手間のかかってる所にテファの愛情を感じます」

「えへへ、いっぱい込めてみました」

 

 一緒に過ごすようになって2年ちょっと。

 

 ティファニアも私の恥ずかしいフリに慣れ、切り返せるようになりました。

 

 最初の頃の照れて慌てるティファニアも可愛かったですが、今のはにかんだ笑顔のティファニアも負けず劣らずチャーミングです。

 

 貴族らしい振る舞いを覚え、ちょっとした所作に気品を感じさせるようになったティファニアですが、その心根の優しさや純真さは変わることなく、本当に素敵なレディに成長しました。

 

 その過程を側で見られたこと、これからも寄り添っていけることを神に感謝したいくらいです。

 

 分かってると思いますが、ブリミルにではないですよ?

 

 という不信心な台詞はさておき、せっかくティファニアが愛情込めて作ってくれた料理なのですから、冷めてしまう前に食べてしまいましょう。

 

「おかわりもあるから遠慮しないで食べてね」

「はい。3杯は余裕でいけます」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

(改訂中)14歳、春

前話『14歳、内政とガリア、それと甘いひと時』のボリュームを厚くしたいと思いまして、何話かに分けて書き直してみようと思ったうちの一話目です。

追記、9/11 13:00 会話文のみだった所に地の文を追加しました。



 3ヶ月ほど前、降臨祭が終わり年が明けると、ガリアから各国に凶報が届けられました。

 

 ガリア王ロムニ6世崩御。

 

 ついに来たか、と思いました。

 

 そして、事がここに至っては今更何かできる事はなく、例の園遊会の夜の説得が功をそうするのを祈りつつ、後は座して待つだけだったのですが、情勢が固まるまでの1ヶ月は正直気が気ではありませんでした。

 

 幸いにも私のそんな心配は杞憂に終わり、シャルル殿下の即位が特に大きな混乱もなく発表され、この春に戴冠式が行われる運びとなりました。

 

 大国ガリアの戴冠式ともなると国内の貴族だけでも参列者は相当数にのぼり、玉座の間のキャパシティから考えて他国からの来賓は王族と有力貴族の上位数名を招待するのが精一杯という事で、王都リュティスでのパレードや舞踏会とは別に、ラグドリアン湖にて他国の貴族へのお披露目を目的とした園遊会が開かれます。

 

 我が家もそちらに招待されているのですが、せっかくの機会ですからティファニアと2人、リュティスまで足を延ばしてパレード見物にくり出す事にしました。

 

 あ、もちろん2人と言っても護衛もいればメイドもいますから厳密には2人ではありませんので、残念ですが悪しからずという事で……。

 

 それでは、以下にその時の様子をいくつかピックアップしてご紹介します。

 

◇◇◇◇◇

 

 到着の予定が少し遅れ、日が落ちてからリュティスに着いた私たちは旅の疲れもあって予約していたホテルに直行し、明けて次の日……。

 

「うわぁ~~街も大きいし、人もいっぱいだし、凄い賑やかだし、何か、何か凄いねっ!!」

「あぁ、テファ。手を離してはいけません。迷子になってしまいますよ」

 

 朝日が昇って人々が動き出した街並みは、祭りの本番という事もあってまだ早い時間にも関わらず喧騒に包まれています。

 

 ホテルから大通りを人の流れに沿って小物なんかの露天を冷やかしながら足を進めて行くと、街にいつくかある大広場の一つにたどり着き、そこは多くの飲食店を中心にした屋台が建ち並び、さらに多くの人を集めていました。

 

 こういったお祭りが初体験のティファニアは、テンションが振り切れてしまっているようにハシャいでいます。

 

「カミル、あの屋台凄い美味しそうな香りがするけど、どんな料理かな」

「らっしゃい。さすが貴族のお嬢様は目の付け所、いやさ鼻の付け所が違う。この匂いはエルフの住む砂漠を越えた先の先、東方ならぬ南方から運ばれた、ここハルケギニアにはない新しい香辛料でさぁ」

 

 南方? 初めて聞く固有名詞ですが……。

 

「へぇ~~おじさん、どんな味なんですか」

「ちょっとピリッとしやすが、豚肉との相性はバツグン。この香ばしい匂いとも相まって、エールにもワインにも最高に合うツマミでさぁ」

「う~~ん、じゃあ2本ください」

「毎度ありっ!!」

「はい、カミル」

「え、あ、はい。ありがとうございます」

 

 前もってティファニアにはお小遣いを渡してあるのですか、ほとんど躊躇なく即買いしましたね。

 

「あ、本当に舌がピリッてする。ホースラディッシュ(西洋ワサビ)のツンとした辛さとは違う感じだけど、何て言うか後にひかない刺激的な味? ちょっとクセになりそう」

 

 この刺激は四川料理で食べた舌の痺れる山椒? 香りは全然違いますけど……。

 

 というか、南方てどこですか? アフリカですか?

 

「カミル? 口に合わなかった?」

「い、いえ、そんな事ないですよ。ちょっと舌の痺れる感じに驚いただけです。でもこれは確かにワインが欲しくなりますね」

「そうだね。あ、あっちにお酒の屋台があるよ」

「あ、待ってください、テファ。勝手に行っては駄目だと……」

 

◇◇◇◇◇

 

 広場で空腹を満たした私たちは違う大広場も見てみようと来た道とは違う大通りを歩いています。

 

「テファ。ちょっといいですか」

「どうしたの、カミル」

「これ可愛くないですか」

「うわぁ、可愛いウサギさん。ここ、ガラス屋さん?」

 

 のんびりと街並みを楽しみながら歩いていた私の目に留まったのは、可愛らしいガラス細工の並んだショーウインドウ。

 

「ちょっと入ってみましょうか」

「いいの?」

「私が見たいんですよ」

「クスッ。じゃあ、ちょっとだけだよ」

 

 珍しくお姉さんぶったティファニアの微笑みにドキっとしながら、店内にカランという来客を告げるドアベルの音を響かせます。

 

「おぉ、これは見事ですね。ガリアの王城ヴェルサルテイル宮殿ですか」

「凄いね。私こんなに大きなガラス細工初めて見た」

 

 店内に入るとまず目に付くのが、店の中心に据えられた台の上でその存在を最大限に主張しているガラスのお城です。

 

「そして値段もまた凄いと」

「8000エキューって、お小遣い何年分だろ」

「値段的にもサイズ的にもお土産には無理がありますし、あっちの小物を見ましょうか」

 

 凄いとは思いますけど、別に欲しいとは思いませんね。

 

 負け惜しみではなく、こういうのは机の上にちょこんと載っていて、気分で手に取って愛でれるサイズが良いと思うのです。

 

「うん。あ、こっちの子猫が丸まって寝てるのも可愛い」

「私はこの緑のカエルが好みですね」

「カミルはカエルが好きなの?」

「小さくて単色のやつ限定ですけどね。水メイジらしいでしょ」

「ふふ、そうだね」

 

 アマガエルって可愛いですよね。

 

 単色ではありませんが、モンモランシーが呼ぶであろうロビンくらいなら許容範囲です。

 

「テファはやっぱり可愛い系ですか」

「う~~ん、フクロウみたいに愛嬌があったり、ユニコーンみたいに凛々しいのも好きだよ」

「あぁ、フクロウは私も好きです。タカやワシの仲間なのに妙に可愛げがありますよね」

「首がグルッと回ったりね」

「そのまま一周回って元に戻っちゃいそうですよね」

「そうそう」

「そして勢い余って二回転、三回転」

「えっ」

「そのうち首から上だけが回りながら空に飛んで行ってしまって」

「えぇっ」

「後から羽ばたいて飛んできた胴体と空中でドッキング」

「凄いっ」

「なんて事になったら面白いですよね」

「え…………嘘なの?」

「え、」

「残念」

「えっと、」

 

◇◇◇◇◇

 

 

 フリーマーケットが行われていた2つ目の大広場を過ぎ、次の広場に向かう途中で大通りから一本裏に入ります。

 

「カミル、ここは……マジックアイテムのお店?」

「正解です、テファ。せっかくガリアまで来たのですから覗いて行こうと思って調べておいてもらいました」

「へぇ~~、トリスタニアのお店と全然違うね」

「お国柄ですね。規模が段違いというのもありますが、水の国と言われるトリステインの店では水の秘薬やその材料が主な商品ですけど、ガリアでは道具や人形といった土系統のものが多いんだそうです」

「そうなんだ。カミルは何かお目当ての物でもあるの」

「はい、一つはアルヴィーです」

「アルヴィーって、確か人形劇で見たあの小さな魔法人形だよね」

「そうです。踊ってるのも可愛かったですが、欲しいのは楽器を弾くタイプのアルヴィーで、できれば色んな楽器で楽団を組んでるのがあれば最高です。ドールハウスで持ち運びが出来るようにして、いつでもどこでも気軽に音楽が聞けるようになったら素敵だと思いませんか」

「うん、凄く良いと思う」

「婚約者から同意が得られた所で、店主。聞こえていたと思いますが、そういった楽器を弾くアルヴィーはありますか」

 

 私たちが入って来た事に気付いていながら会話の邪魔をしないように声のかけやすい距離で控えていた、気配りの出来る店主らしき人物に声をかけます。

 

「いらっしゃいませ、貴族様。管楽器はあいにくと取り扱いがございませんが、弦楽器と打楽器でよろしければ各種取り揃えてございます」

「うん? 人形に管楽器は無理だろうと思っていたのですが、『取扱いがない』という表現は曖昧ですね。それは違う店ならあるという事ですか」

「いいえ、貴族様。お察しの通り、呼吸のできない人形に管楽器を扱わせる事は通常不可能なのですが、王宮お抱えの工房では風石を組み込んだ管楽器を吹く事のできるアルヴィーがあるそうなのです。しかしこれが一般のルートで売られる事はありませんので、先程の様な説明をさせていただきました」

「あぁ、それは無理ですね。分かりました。それではヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、後あればピアノを見せてもらえますか」

「承りました。少々お待ちください」

 

 うやうやしく礼を取って下がる店主。

 

 貴族の扱いに慣れていますね。

 

 まぁ、マジックアイテムのお店なら当然と言えば当然ですが……。

 

「それにしても人形の演奏のために風石まで使うとは、さすがガリアと言いますか、なんとも豪気な話ですね」

 

 原作でも10mクラスの精巧なハルケギニアの模型を作っていましたし、財力と技術力という点で羨ましい限りです。

 

「ねぇ、カミル。風石ってやっぱり高いの」

「う~~ん、難しい質問ですね」

「え、えっと、じゃ、じゃあ説明してくれなく」

 

 怯んだティファニアにわざと言葉を重ねて長い説明に入ります。

 

「事は軍事に関わりますからね。軍の船を飛ばすにも風石は欠かせませんから。国内の風石産出量や予想される埋蔵量、現在の貯蔵量とこの先の需要の関係によって各国で相場は異なります。特に高いのはゲルマニアで、次点でガリア、トリステインと続いて、最安値はアルビオンですね。風石はどうやら大陸の西側の方が産出し易いらしく、そのためゲルマニアは国土と人口に対して産出量が圧倒的に少ない現状に加え、小国が寄せ集まって国体を作っている関係で小国単位で保有戦力を確保しようとする動きが強く、そのせいで価格が引き上げられてしまっています。ガリアも統治の内情はゲルマニアとそう変わらず、各領主が保有する戦力も馬鹿になりませんが、ゲルマニアよりも産出量が多いため価格はゲルマニアに比べて抑えられています。対して我がトリステイン王国は残念な事に風石鉱山が枯渇して久しく、100%輸入に頼っているという厳しい実情にありながら、小国ゆえに需要自体が少なく済み、加えてアルビオンと同盟関係にあるおかげで低価格で融通してもらっています。その輸出先であるアルビオンは豊富な産出量を背景に自国の輸出入に係わる商人に対して卸す風石価格を引き下げ、足代で国内の物価が上がらない様に調節しているため、国内の風石価格は破格となっています。分かってもらえましたか、テファ」

「もうっ、なんで説明しちゃうのっ」

 

 その怒ってふくれたほっぺが見たかったからとは言えませんね。

 

「テファはこの手の話が苦手ですよね」

「うぅ、お義母様にももう少し頑張りましょうって言われちゃってるけど、難しい話は頭がこんがらがっちゃうんだもん」

「応援してますよ、テファ」

「が、頑張ります……」

 

 さて、もう一つの目当ての商品は表だって売っている事はないでしょうから、アルヴィーを買って気を良くさせてから聞き出すとしましょう。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 3つめの広場では多くの大道芸人が今日まで鍛えてきた技を惜しみなく披露してチップを稼いでいましたが、さすがにここまで歩き通しだったために、ここらで一旦お茶にでもしようと喫茶店に入る事にしました。

 

「ご注文承ります」

「緑茶セットを2つ」

「かしこまりました。緑茶セットをお二つですね。少々お待ちください」

 

 喫茶店のチョイスは「東方から来た珍しい緑茶はいかがですか」という呼び込みに釣られて決めてしまいました。

 

「お祭りだと喫茶店に入るのも大変だね」

「そうですね。疲れていませんか」

「人混みにちょっと疲れちゃったけど、少し休めば大丈夫。本番のパレードもこれからだしね」

「楽しみですね」

 

 時間的にまだ余裕もありますし、急ぐ事もないでしょう。

 

「うん♪ あ、そうだ。場所取りしてくれてる人に何か買って行ってあげた方がいいかな」

「物よりもお金の方が喜ばれますよ。使い道を選べますからね」

「ちょっと味気ない気もするけど……うん、そうだね。じゃあいくらくらいがいいかな」

「そうですね、普段なら1エキューもあれば十分だと思いますけど、せっかくのお祭りですからね。奮発して5エキューほど出してしまいましょうか」

「ふふ、お祭りだとお財布のひもが緩くなっちゃうね」

「全くです」

 

 こういう時に気前良くしておかないと部下に嫌われてしまうという打算もあったりなかったり……。

 

「お待たせしました。緑茶セットになります」

 

 なんて話をしているうちに、記憶の底を刺激する様な懐かしい香りが運ばれてきました。

 

「緑茶って言うだけあって綺麗な緑をしてるんだね。香りは甘い感じがする」

「さっきの香辛料は南方と言っていましたが、こちらは東方のお茶。ガリアには珍しいものがありますね」

「遠い異国のお茶か……どんな味なのかな」

「百聞は一見にしかず、いただきましょうか」

「うん」

 

 ティファニアとは違った意味ですが、自分でもはっきりしない何かしらの期待をこめてグラスに口を付けますが、

 

「……(こんな味でしたっけ)」

「苦い……」

 

 2人揃って微妙な表情を浮かべる結果になりました。

 

「この苦さが緑茶の良さ……らしいですよ」

「カミルは平気なの」

「悪くはないですね。ほら、甘いもので口直しをどうぞ」

「う、うん、ありがと」

 

 さすがに餡子とはいかないようで、焼き菓子がセットで付いています。

 

「苦いお茶を飲んで甘いお菓子を食べると甘さがより強調されて、その甘さで満たされた口の中をまた苦いお茶でリフレッシュさせる。そうやって楽しむもの……みたいですね」

「甘いのがもっと美味しくなるのは嬉しいけど、私はいつものお茶の方がいいかな」

 

 まぁ、この苦さは慣れが必要かもしれませんね。

 

「じゃあ、その残りの緑茶は私がもらいますから、テファは別にもう1杯頼みましょうか。どれにします」

「いいの? それじゃあ、この『蜂蜜たっぷりジンジャーティ』にしようかな」

「甘い物も追加しましょうか」

「うん♪」

 

 

◇◇◇◇◇

 

 本日のお祭りのメインイベントであるパレードを最前列で見てからホテルに帰って来たわけですが、

 

「初めて見たけど、パレードって凄いんだね。演奏は歩きながらしてるとは思えないほど上手だったし、ボールや輪っかを何個も投げるピエロたちはワザと転んだり落としたりして思わず笑っちゃったし、空飛ぶゴーレムがまいてた花びらはクルクル回りながら降ってきて綺麗だったし、軍人さんの足並み揃えた行進も凄く素敵だった」

 

 ティファニアの興奮は未だ冷めていないようです。

 

「えぇ、竜騎士の曲技飛行も凄かったですよね」

「うん、ぶつかりそうになる度にドキドキしちゃった」

「さすが大国ガリアの国を挙げてのイベントです。熱の入れようが違いますね。わざわざリュティスまで足を運んだ甲斐がありました」

「うん、こんな賑やかなお祭りを見られるだなんて、何だか夢みたい……。きっと一生忘れないと思う」

「トリステインやアルビオンではこれだけの規模のものは出来ないでしょうから、次に見られるとしたらシャルロット姫のご成婚か、対抗意識バリバリのゲルマニアが何かした時でしょう。テファ、その時も一緒に見に来ましょうね」

「うん♪ 楽しみだね、カミル」

「はい」

 

 ティファニアの眩しい真っ直ぐな笑顔に胸を奥から温かい気持ちが全身に広がっていきます。

 

「カミル」

「なんですか」

「大好き」

「私も大好きです、テファ」

 

 ちゅ…………。

 

◇◇◇◇◇

 

 おっと、最後にお恥ずかしい所をお見せしてしまいましたが、概ねこのような感じにリュティスでのパレードを満喫した私たちは一泊した次の日、行きは時間的に余裕があったため実家からリュティスまで馬車でのんびり一週間かけて旅程を楽しんで来ましたが、園遊会の開かれるラグドリアン湖までの道行きは奮発して竜籠をレンタルしてガリアを空から眺めながらサクッと移動しました。

 

 私とティファニア、それと魔法の使えるメイドを加えた3人だけで。

 

 他の同行していた使用人たちはどうしたかというと、必要経費とは別に各自に10エキューずつ臨時ボーナスを渡し、行きと同じ行程で先に実家へと帰ってもらいました。

 

 人数分の竜籠を揃えるのは高くつきますし、会場には早く到着した貴族の受け入れ体制が整っているので、お母様たち一行が到着されるまでの着替えさえ用意しておけば、特に不自由をしないで過ごす事が出来ます。

 

 ちなみに私たちに同行している、ある意味貧乏くじを引く事になったメイドには他の使用人よりも多い30エキューを渡しておきました。

 

 懐も温まり、貴族のいない気楽な道中を楽しめるあちら側と、引き続き1人で貴族2人の世話をしなければならない彼女では、必然報いる額も変わってくるというものです。

 

 さて、思いのほか早く会場入りした私たちは、新ガリア王のお披露目会までの数日をガリア料理に舌鼓を打ちながら遠乗りや湖にボートで出たりとまったりのんびり羽を伸ばし、アルビオン一行が到着してからはモード大公やマチルダさん、姉様が身重のため1人で来ていた義兄さんと食事を共にして過ごしました。

 

 そうしてるうちに続々と集まってくる各国の貴族たちに紛れてお父様たちも無事到着され、いよいよ園遊会当日となりますが、我が家的には新しく立った他国の王様よりも重大事があります。

 

 それは『ティファニアの社交界デビュー』です。

 

 これには次期当主に婚約者ができた事で結婚の目途が立ち、将来的なアルテシウム家の安定を内外に示す効果があります。

 

 ただし、私たちの場合はティファニアの事情から気を付けなければいけない事があります。

 

 それはティファニアが、ウェールズ皇太子とアンリエッタ姫のイトコであるという点です。

 

 平民の妾腹という設定のため王位継承権はなく、モード大公が世継ぎには養子を取る事を公言してくれているのでそちらの存続にも関わりはありませんが、次世代の国を背負って立つ『自国の皇太子やお姫様が懇意にしている』という状況が出来てしまえば、どんな問題が大挙して押し寄せてくるか分かったものではありません。

 

 『あそこの商品がお気に入り』くらいの認識ならば話の種に手に取ってもらえる事も増え、贈答用の販売が伸びるかなぁというだけで済みますが、個人的に友誼を結んでいるというのは王室に取り入りたい輩から注目されてしまい、利用しようとする輩が必ず現れます。

 

 これについては出発前に事後報告という形で教えてもらったのですが、既にお母様とモード大公が対処に動かれていて、内密に王家と接触を図り、国王には兄弟からの、皇太子とお姫様には伯父からのお願いとして、公の席で言葉を交わす事のないように伝えてあるとの事でした。

 

 こういう事まで頭が回らなければ家を守っていく事はできないのだと痛感した出来事でした。

 

 反省して次に活かします。

 

 と、まぁそんなわけで、私とティファニアが注意しなければいけないのは、挨拶回りの最中にうっかり遭遇しない事と、話を振られた際は「王家に気安く近付ける身分ではありませんから」と牽制する事です。

 

 アイコンタクトや目礼くらいが許容範囲とお母様から申し付けられています。

 

 私としてはそもそも近付きたいとも思っていませんでしたから、好都合と言えば好都合です。

 

 あちらと無視する意図で合意が取れているなら願ったり叶ったりというものでしょう。

 

 可愛い奥さんと平和でのどかな日常、田舎貴族万歳です。

 

 ちなみに、ガリア側はモンモランシ伯を通じて商売をしているのでお父様がモンモランシ伯に同行する形で回り、アルビオン側は姉様のオックスフォード家、マチルダさんのサウスゴータ家と協定を結んでいる関係で営業努力はそちらにお任せし、お母様はトリステイン側を担当するそうです。

 

 最初私はお父様に、ティファニアはお母様に付いて挨拶回りをしますが、それが終われば後は同年代の輪で親交を深めつつ、ティファニアを紹介するのがお仕事になります。

 

 婚約者としてしっかりとティファニアをエスコートして、変な虫が寄りつかないように気を付けましょう。

 




地の文の追加、こんな感じでどうでしょう。
まだボリューム不足ですかね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

(改訂中)14歳、春、再びの園遊会

 毎度お馴染みラグドリアン湖、と言っても今回はガリア側ですが、新ガリア王をお披露目するための園遊会に家族揃って参加しているカミル・ド・アルテシウムです。

 

 モンモランシ伯とお父様に同行したガリア貴族への挨拶回りを終えた私は、お母様に付いてトリステイン貴族の挨拶回りへと向かったティファニアとの待ち合わせ場所に向かいますが、女性の方が会話に花が咲き易いためか、あいにくとティファニアはまだ来ていません。

 

 あまりキョロキョロしているのもマナー違反になってしまいますから、柑橘系のノンアルコールカクテルを片手に遠目で人の流れを観察していると、20分程してティファニアを連れたお母様を発見。

 

 あちらもこちらに気付いた所で2人が何やら二、三言葉を交わすとお母様はこちらに意味深な視線を送ってからきびすを返して再度人混みに消えて行き、ティファニアだけが不作法にならない程度に抑えられたら小走りでこちらに来ます。

 

「テファ、お疲れ様です」

「カミルもお疲れさま」

「お母様との挨拶回りはどうでした」

「緊張したけど、練習通り出来てたってお義母様に褒めてもらえたよ」

「それは良かったですね。頑張りましたね、テファ」

「うん、でもお義母様がずっとリードしてくれてたから、私は挨拶くらいしかしてないんだけどね」

「それでもですよ」

「そうかな」

「はい」

「そっか…………えへへ」

 

 照れながらも満足そうに微笑むティファニアの頭を撫でてあげようといつもの調子で手を伸ばしそうになりますが、ドレスアップのために結い上げている髪型が崩れでもしたら大変ですからここは我慢し、一緒に笑みを浮かべるにとどめます。

 

「この後は同年代が相手ですから幾分気が楽ですけど、姫様の動向にだけは注意を怠らないようにしましょう」

「あ、カミル、その事でお義母様から伝言があるよ」

「伝言ですか?」

「うん、えっとね、『自分の婚約者も満足にエスコートできないような体たらくをさらした場合はキツいお仕置きを覚悟しておくように』だって」

「お……ぅ、肝に銘じます」

 

 さっきの意味深な視線はそれですか、お母様。

 

「ふふ、頼りにしてるからね、カミル」

「全力でエスコートさせていただきます、My Princess」

 

 貴族らしい気取った仕草でオチを付けた所でティファニアに腕を差し出すと、そっと添えられる柔らかな指先。

 

 伝わる重さを確かめる様に視線を落とせば、同じ様に視線を送るティファニアの視線とぶつかり、顔を合わせて微笑み合う。

 

 こんな何気ない瞬間に、日だまりで丸くなって寝ている猫を見つけた時の様なほんわかした温かさが胸に広がるのを感じ、幸せな気分で満たされます。

 

 元気も充電された所で、同年代の間でティファニアを紹介して回るお仕事に取り掛かりましょう。

 

 こういった大規模な社交の場では暗黙のルールとして、まずは大きく分けて『大人』と『子供』、次に子供は『魔法学院入学前』と『魔法学院在籍中』にエリア分けされています。

 

 基本的にはこの枠組みの中で交流が持たれるわけですが、先程私たちがしていた様に親について回る場合はその限りではありません。

 

 このルールの意味は『責任の違い』で、『魔法学院入学前』は完全に子供扱いされ何かあっても「子供のする事ですから」と親が恥をかく程度で済みますが、これが『魔法学院在籍中』になると本人にも何らかの罰が下される様になります。

 

 基本的には各自の親にその判断が委ねられますが、あまりに大きな問題を起こした場合は停学や退学になるケースもあります。

 

 例えば、誰かを悪意を持って故意に大怪我を負わせたり、国際問題を起こした場合とかですね。

 

 たまにあるそうですよ? たま~~にですが。

 

 そういう程度と常識の解らない輩が勘当されて野良メイジになるわけですが、大体が高すぎるプライドが邪魔をして平民の生活には馴染めず、最後には盗賊に身をやつして元同朋の貴族が組織する討伐隊に討たれるというわけですね。

 

 さておき、つまり私たちのこれから向かう『子供』で『魔法学院入学前』のエリアは、まだ大人の真似事をするお遊びという位置付けになりますが、かと言ってそれが相手に対して気を遣わなくていい理由にはなりません。

 

 今はまだ子供ですが、後数年もすれば魔法学院に入学し、卒業すれば大人の仲間入りです。

 

 いつかは家を継いだり、国の要職に就く者も出てくるでしょう。

 

 個人の好き嫌いで仕事をするわけではありませんが、同じ条件下なら好意的な相手の方を選びたくなるのが人情ですし、信用と信頼のあるなしはここぞという場面で大きな違いになります。

 

 そういう先の事まで考えれば、当たり障りなく、広く浅くの実家の方針に今から従うのは当然の帰結と言えるでしょう。

 

 そうやって考えると原作でルイズ嬢を馬鹿にする貴族の子供たちとか有り得ませんね。

 

 いくら三女と言っても、上にいるのが結婚できない長女に子供の産めない病弱な次女では、公爵家を継ぐのはルイズ嬢である可能性が高く、将来泣きを見ること請け合いです。

 

 まぁ今生ではカトレアさんの病気は見た目治っていると言っていい状態ですし、それに伴ってフォンティーヌの領地は公爵にお返しして姓をヴァリエールに戻し、今はちらほらと挙がって来るお見合い話に対応中だとか。

 

 長女のエレオノールさんに至っては、妹の病気や目処すら立たない治療の研究による心労から解放されたためか悪い噂は一向に聞こえて来ず、むしろ今年度中にもご結婚されるそうです。

 

 本当ならこの春を予定していたそうなのですが、新ガリア王の式典を無視するわけにもいかず延期されたとか何とか。

 

 当事者側からすればいい迷惑でしょうけれど、お祝い事のブッキングなら悪くはないですよね。

 

 今年でエレオノールさんは24、ハルケギニアの婚期としては遅い方ですが問題にされる程でもありませんし、変に気を遣う事なく祝福できます。

 

 私にとってエレオノールさんはヴァリエール家の長女やルイズ嬢の怖い方の姉という肩書きよりもジュリア姉様の友達というウェイトが重く、より身近に感じていたので、ぜひ幸せになってもらいたいと思います。

 

 と綺麗に話をまとめた所で、魔法の使えないルイズ嬢の立場が公爵家を継ぐ可能性のなくなった事でより悪くなったという点については気付かない振りをしておいて、話を戻しましょう。

 

「テファ、まずは姫様の動向を把握しておきましょう」

「うん、そうだね」

 

 少々お転婆な所のある姫様ですが警護は常に付いていますし、人気のある方ですから探すのは容易のはず…………なんですが。

 

「カミル、いた?」

「いえ、見当たりませんね」

 

 子供のエリアだけでなく、まだ謁見の列のある王族に用意された特別席にもいらっしゃいません。

 

「ウェールズ王子にでも会いに行かれているんでしょうか」

 

 お仕事ほっぽりだして。

 

「恋人、なんだよね」

「大きな声では言えませんから『気持ちの上では』と注釈をつけなければいけませんけれど」

「好きな相手を隠さなきゃいけないなんて可哀想」

「仕方ありません。自身の結婚が国の行く末を決めかねない人達ですから」

 

 高貴なる立場には、それに見合った義務と責任があります。

 

 貴族である以上、程度は違えど、それは私やティファニアにも言える事ですが。

 

「とりあえず、いつ帰って来られても大丈夫なように、外側を意識しておきましょう」

「うん」

 

 さて、今日はいきなり人の輪に入って行くのではなく、ゆっくりとティファニアを紹介できる様に手近な所から個別に声をかけて行きましょうか。

 

「カ、カミル」

「はい、あ、ギーシュ。お久しぶりです」

 

 と思った矢先に、先を越されてしまった様です。

 

「…………」

「ギーシュ?」

 

 自分から声をかけて来たというのにこちらの挨拶に微塵も反応を示さないギーシュ。

 

 ある意味期待を裏切らない予想通りのリアクションで、ティファニアをガン見するのに忙しいご様子。

 

 と言うか、胸しか見てないですね、こいつ。

 

 これは殴ってもいいですよね? 駄目ですか、そうですか。

 

 とりあえず欲望丸出しの視線からティファニアを私の背に隠します。

 

 あ、ちなみにティファニアのドレスは水石のイヤリングとサファイアの指輪の色に初々しさと可愛らしさと春という季節を考慮して水色を選び、デザインはバックレスドレスで背中を出している反面、首もとまで隠したホルターネックで主張の激しい胸部は完全に隠してあります。

 

 それもギーシュの反応を見る限り焼け石に水の様ですが、それでも直接他人の目にさらすより百倍マシです。

 

 はい、独占欲ですよ? それが何か?

 

「ミスタ・グラモン、自分から声をかけておきながらこちらを無視した上に、ひとの婚約者に不躾な視線を送るとは、私に対して含む所がおありと見える」

 

 と言うわけで、手は出しませんが、代わりに皮肉の一つでも投下しましょう。

 

「え、あ、そ、そんなわけないじゃないか。ははは、いやだなぁカミル。いつもの様にギーシュと呼んでくれたまえよ。僕たちは友達じゃないか」

「その友達に無視されたわけですが」

「いやいやいや、それは見解の相違というやつさ。僕はただ美しい花に目を奪われていただけであって他意はないよ」

「花と言うよりたわわに実った大きな果実に吸い寄せられていた様ですが」

「それはアレだよ、アレ。君も男なら分かるだろう」

「ギーシュ」

「なんだい」

「自重しろ♪」

「ご、ごごごごめんなさい」

 

 満面の笑顔で釘を刺したら、全力で謝られました。

 

 なぜでしょうね?

 

「テファ、彼もこうして頭を下げている事ですし、先程の無礼は許してあげてもらえませんか」

「わ、私は気にしてないですから大丈夫ですよ。頭を上げてください」

「おぉ、見目麗しいだけでなく、その心根まで美しいとは」

「ギーシュ」

「はい、自重します」

 

 変わり身が早いと言うか、適応力が高いと言うか。

 

「こほん、では改めて紹介させてもらいましょう。彼女はティファニア。白の国アルビオン、モード大公家の側室令嬢で、私の婚約者です」

 

 シャジャルさんの立場ですが、実質的には本妻なのですが、対外的には平民という事で側室扱いとなっています。

 

「初めまして、ティファニア・オブ・モードです。カミル共々よろしくお願いします」

 

 お母様に仕込まれた、どこに出しても恥ずかしくない優雅な一礼をしてみせるティファニア。

 

 その気品を感じさせる美しい振る舞いに惚れ直してしまいます。

 

「彼はギーシュ・ド・グラモン。トリステインの武の名門、グラモン伯爵家の四男で、薔薇とフリル、それに異性と友好を深める事に情熱を燃やす男ですから気を付けてくださいね、テファ」

「意外と根に持つタイプなんだね、キミは。まぁいいさ。ううん、僕はギーシュ・ド・グラモン。二つ名は『青銅』。カミルとは2年前の園遊会で知り合ってからの友人です。それにしても貴女の様な美しい女性を射止めるとは我が友人ながら羨ましい限りです」

 

 トリステインの北端に位置する我がアルテシウム領ですが、近隣の領地の子息は歳が離れているため、前回の園遊会で知り合った同年代の友人たちと気軽に会うのは難しく、お母様に付いて商用で王都トリスタニアやモンモランシ領に赴いた際に何度か旧交を温める機会を設け、友人関係の継続に努めていたりします。

 

 モンモランシー本人やその周りの女子を誘うため、逆もしかり、の体のいい窓口にされている可能性も無きにしも非ずですが、それは言わぬが花でしょう。

 

 便利な橋渡し役として協力していれば、将来的に「昔世話になったから少し融通してやるか」なんて気を回してもらえるかもしれませんし。

 

 一応断っておきますが、もちろん打算だけで付き合ってるわけではありませんよ。

 

 癖はあってもみんな良い友人たちです。

 

 それとは別に貴族たる者、常に家の事を頭の片隅に置いておくのは当然の事です。

 

「ありがとうございます。でも、どちらかと言うと私が強引にカミルを攫った様なものなんですよ」

 

 悪戯心を滲ませた微笑みのティファニアですが、それって使い魔召喚の事ですよね。

 

「それはまた情熱的でいらっしゃる。カミル、こんな美女からアプローチされるなんて男冥利に尽きるじゃないか」

「そうですね。突然空から降って来たり、いきなりアルビオンの大公邸に喚び出されたりと過激ではありましたが、光栄な事です」

「カ、カミルっ」

 

 慌てるティファニア。

 

 せっかく被った猫の毛皮が剥がれてますよ?

 

「それはまた……。今の楚々として佇まいからは想像もつかないが、随分と活発なお嬢さんだったのですね」

「田舎貴族である我が家の家風に合った辺りから察してもらえると有り難いですね」

「なるほど」

「もうっ、カミルっ」

 

 こんな感じに良い意味で肩の力の抜けた私たちは、その後も順調に挨拶回りをこなし、懸念していた姫様と鉢合わせる事もなく、無事に一日を終えました。

 

 友人たちや新たに知り合った人たちの反応は概ね予想通りなもので、男性陣は一度は目を奪われ、女性陣は自分のものと比べ微妙な顔をしていたのはお約束ですね。

 

 「何に」とは今更なので言いませんが。

 

 その中でも身長はそう変わらないのにスレンダー美人なモンモランシーの視線は最初かなりキツく、矛を収めてからはティファニアに何か特別な事をしているのか、よく食べる物や好物は、などと質問責めにし、終いには私に「カミル、あなた婚約者に内緒で何かやってるんだったら告げ口しないであげるから正直に教えなさい」と尋問紛いの質問をぶつけてくる始末。

 

 ティファニアに関しては人体の神秘としか答え様がありませんでしたが、ミツハさんについて知っているモンモランシーならいいかと、ミツハさんの分体を飲んだ時のエレオノールさんの話をしておきました。

 

 あの様子では、きっと近い内に話を聞きに行くのではないでしょうか。

 

 女性の美に対する執着は呆れを通り越して、もはや尊敬するレベルですね。

 

 ところで男女共に無視できない存在感を示したティファニアですが、私の婚約者、つまりは売約済みとして最初から紹介された事で、変な軋轢を起こさないで済んだのは幸いでした。

 

 これでティファニアにも同年代の友達ができますね。

 

 アルビオンではその微妙な立場からマチルダさんしか結局身近にいませんでしたし、我が家に来てからも外に知り合いを作る機会はありませんでしたから。

 

 ティファニアが私と一緒に魔法学院に入学するかはまだ分かりませんが、それにもまだ2年程ありますし、お母様と相談して少し積極的に外に出る機会を作ってあげようと思います。

 

 その時はモンモランシーにもそれとなく頼んでおきましょう。

 

 彼女、長く集団の中心にいたせいか、面倒見が良く姉御肌なんですよね。

 

 ミツハさんとのコミュニケーションで苦労しているせいか、プライドは高くても高飛車ってわけでもないですし。

 

 ティファニアは少し天然さん入ってますから、そこも魅力の一つなんですが、彼女が見ててくれれば安心です。

 

 モンモランシ家とは家同士も密に連携していますし、二人が仲良くなってくれると嬉しいですね。

 




ティファニアを魔法学院に入学させるか、それが問題だ……。
筆が乗らなかったり、プロットを組み直したりしながら悩んでます。
そしてルイズの召喚するサイト少年を原作準拠にするか、本人の逆行にするか、転生者の憑依にするかもフラフラしています。
主人公の貴族に染まったスタンスで行くと、原作サイト少年だとアンチしちゃいそうで嫌なんですよね。
体面的に引けない場面とかあるでしょうし。
憑依なら、踏み台系ではなく常識人やヘタレを考えているので「郷に入っては郷に従え」という日本人らしい考え方でその辺の問題を解消できるのが魅力的。
ちなみにガンダールヴ以上の何かを付ける気はないので他の転生はなしの方向で。
ま、まだ14歳も続きますし、使い魔召喚は学院2年目なので、それまでじっくり考えてみます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。