狩人の証 (グレーテル)
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第1話「狩人」

 少々短めの話になりますが、よろしくお願いします。


 太い茎が巻貝状に丸まった奇怪な植物が群生し、太古の時代に栄えた竜の遺骨が数多眠る原始的な世界。人の文明の跡がほんの僅かに見られるこの古代林に、一人の狩人と一頭の鳥竜が対峙していた。

 方や濃い紫色をした、獰猛さと攻撃性を感じさせる刺々しいフォルムの防具を着用し、両手にそれぞれ防具と同じ濃い紫色の小柄な盾と小振りの剣を携えた狩人が。方や藍色の翼と黄金色の毛鱗を持つ、満身創痍の鳥竜がいた。翼には痛々しい切り傷が無数に刻まれ、頭部にもいくつかの損傷が見られる。足元にも若干のふらつきを見せながら目の前の敵に一層の敵意を向ける。

 夜鳥(やちょう)ホロロホルル。この古代林にて発見されるようになった、鳥竜種に属されるモンスターである。翼から振り撒かれる鱗粉には外敵の方向感覚を狂わせる効果を持ち、口部からは睡眠作用を持つ特殊な音波を放つ、実に厄介な性質を持つ。

 

 「ホロロ、ロォォ」

 

 しかしそれらの搦め手すらも眼前の狩人には通じない。鱗粉を避けるように回り込まれ、音波の当たらぬ間合いへ近寄られ、小振りの剣によって幾重もの手傷を負わされていた。切り傷から血液が流れ落ち、体力は徐々に擦り減らされていく。最早逃げ延びるだけの余力が残っているかも怪しい。我が身の重傷に掠れた息をつくホロロホルルに残された道はこのまま朽ち果てるか、自らの命を狙う外敵を討ち取るか、二つに一つだった。

 

 「……あと、もう少し」

 

 狙うは虫の息となったホロロホルル。一呼吸を加えたのちに携えた剣を構え、狩人は駆け出す。

 

 「ホロロッ!!」

 

 対するホロロホルルも無抵抗ではない。間合いを詰め寄せた狩人目掛け、傷付いた翼を広げて大きく薙ぎ払う。翼による攻撃は二度、三度と続けるが、狩人には避けられてしまう。この攻撃が無駄だと分かるや、ホロロホルルは次の攻撃の為に翼を羽ばたかせて滞空し、先端の欠けた鉤爪で狩人の構えた小さな盾を啄む。回避後の硬直を狙われ、腕に構えた盾で爪を受け止めている狩人の姿にもう一押しを加えようとして、両足が地に着いた。着いてしまったのだ。

 

 「……よし。ここだな」

 

 流れる血の跡が増えた我が身に鞭打ったホロロホルルの攻勢は、そう長くは続かなかった。これが、回避と防御に専念して待ち続けていた狩人の狙い。翼による攻撃の大振りな動作も、滞空したのちに繰り出された足の鉤爪による攻撃も、ホロロホルルの僅かに残った体力を消耗させ切るには十分。これだけ出血した体で暴れさせれば此方は少しの間耐えていればいい。後は相手の方から勝手に大人しくなってくれる。狩人側の攻勢が始まったのだ。

 

 「はっ!」

 

 狩人は両足を地面にしっかりと踏んばらせて腰を捻り、左手に持った剣を大きく振り抜く。刃が狙う先はホロロホルルの片足。弱った体の動きをさらに封じ、確実に仕留めていくのだ。片足に刻まれた傷の痛みに堪らず倒れ込むホロロホルルへ、続けて追撃。羽に、胴に、額に。小振りな剣から放たれる斬撃が倒れ込んだ夜鳥へ容赦なく叩き込まれていく。

 

 「キアアァ"ァ"ッ!! ッア"ァ"ァ!!」

 

 新たな傷の痛みに苦しみもがき、パサパサと羽を暴れさせる。これが最後の抵抗だとしたら、何という物悲しさだろうか。新しい傷を負わせていく度に、夜鳥の悲痛な叫びはやがてか細いうめき声へと変わり果てていく。

 

 「クルルル、クゥゥ……」

 「…………」

 

 その姿を見続ける事に忍びなさを感じた狩人は、剣の狙いを首へと定め、振り下ろす。目の前の夜鳥を狩るべき対象として今まで付けてきた傷の中で、最も大きな傷が刻まれる。傷口から多量の血を流し、程無くしてホロロホルルは絶命した。

 

 「っ、ぅ……」

 

 緊張がほぐれ、小さく呻く。回避と防御に専念していた狩人の方も、決して無傷ではない。携行していた薬品で和らげても襲う身体の痛みに顔を顰めながら剣に付着した血液を落とし、腰に納める。頭部を覆う防具越しに物憂げな瞳で見つめるのは、先程まで生きていたモンスターの亡骸。ホロロホルルの亡骸。戦いを制したのは、狩人であった。

 彼の名はアラン。過酷な自然の世界で生き、人間の力をはるかに凌駕する強靭な生物(モンスター)を狩る、狩人(ハンター)である。




 さて始まりました。こうして投稿してしまった以上はもう後戻りはできません。大人しく一人だけの世界で書き続けていれば良い物を……。
 これも更新が止まるなら、私に物書きとしての才能も資格も無いでしょう。とにくかくにも頑張ります。頑張らせて頂きます。


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第2話「龍歴院」

 地の文と会話文のバランスが難しいですね。狩りの描写が全然無くて困りました。


 「さて、着いたか」

 

 古代林での戦闘が終わり、飛行船に揺られる事数日。アランは目的の場所へと帰還した。高山地帯に建てられた巨大な石造りの構造物と、その構造物を利用して各種設備を整えた研究機関、龍歴院である。

 古代林に生息するモンスターの生態や、かつて存在したと考えられるモンスターの化石の調査が龍歴院の主な活動内容である。

 主な内容と言っても、それらの活動が精力的に行われ始めたのは飛行船技術が普及し始めた近年になっての事で、古代林の地質もその全てが判明した訳ではない。水源地や洞窟、広大な平原の広がるエリアから植物が視界を遮る密林地帯まで、古代林の様相は幾重にも変化しているのだ。

 これら各地域にどのようなモンスターが存在するのか。それを調査する過程で龍歴院の調査隊は運悪く夜鳥ホロロホルルに遭遇してしまい、助け舟として龍歴院所属のハンターであるアランに救援を要請したのだ。

 

 「怪我人が出てなかったのは幸い、かな」

 

 龍歴院が特設した付属の集会所にて、複数人の研究員に囲まれながら台車で運ばれていく夜鳥の遺体を、アランはじっと見つめていた。古代林での戦いを繰り広げたかつての相手の影が小さくなるのを見届けたアランはヘルムを脱ぎ、目鼻立ちが着々と大人へ向かっていく青年の素顔が外気に晒される。肌を伝う汗の跡を拭い、瞳の色と同じ黒い髪を軽く整えてから小さくため息をつく。

 

 「っ、少し当たり過ぎた。まだ引かなさそうだ」

 

 アランの着用している黒狼鳥の素材を用いた防具、薄緑色の皮膜と紫色の刺々しい甲殻で覆われたこのガルルガシリーズは高い防御力を持つが、夜鳥を狩猟する際に受けた痛みは思いのほか長引いていた。

 右腕と左肩、それから右足を動かす度に若干の痛みを感じてはいるが、アランはこれから先の予定についてを考える。確かに傷は痛むが、致命傷には至っていない。食事をしっかり摂ってから手持ちの回復薬を幾つか飲んで一晩眠れば何とかなる。アランがハンターとして今まで積み重ねてきた経験に基づく確信だった。

 

 「さて、後は……」

 

 台車に乗せられた夜鳥を見送ったはいいが、このまま集会所にぼけっと突っ立っている訳にはいかない。当初の目的を済ませる為にアランは、龍歴院の制服をかっちりと着こなした女性と、大きな書物を背負った一匹のアイルーの下へと向かう。彼女の方も、徐々に近付くこちらの存在にはもう気付いているようだ。

 

 「やあ」

 「おかえりなさい、アランさん。ホロロホルルの狩猟、お見事でした」

 

 軽く手を挙げて挨拶をするアランににこやかに微笑む女性。彼女はこの龍歴院の集会所の受付嬢。本職は研究職との事だが、古代林を調査する各研究員の助けになるハンター達の為に日夜クエストを斡旋しているのだ。

 

 「古代林で足止めされてた調査隊も無事に戻れたそうだね。間に合って良かった」

 「はい。今頃は調査していた周辺の報告と狩猟されたホロロホルルの解析で大慌て、でしょうね」

 

 人間の力の及ばないモンスターの脅威にさらされても尚衰えを知らぬ彼らの飽くなき探究心に苦笑しながらも、アランはその熱意を羨ましく思う。それから受付嬢と二、三口の世間話をした後、クエスト完了の手続きを行った。

 

 「アーラーンー」

 「あらんだにゃー」

 

 そんな折、アランの背後から近寄る一人と一匹の影。編み込んだ鎖の上から白い布を巻き付けた、という表現が似合う意匠の防具、フルフルシリーズを着込み、二つに折り畳まれた重量級の弩砲を背負った青年がアランの肩に手を置く。青年の傍にいるブレイブネコシリーズを着た白い毛並のアイルーもアランの足元をちょこまかと動き回っていた。

 

 「……ガッシュ」

 「おっす。さっき丁度ポッケ村から戻ってきた所なんだ。聞いちゃったぞ今の話、古代林の調査隊を助ける為にあの面倒なアイツを一人で狩猟したんだってな。さすがは我が相棒、惚れ惚れしちゃうね」

 

 アランに呼ばれた青年、名はガッシュ。短く切った茶髪に黄緑色の瞳、にやりと口角を上げた表情が軽薄な印象を感じさせるアランの同業者。身に着ている物からも察しの通り、彼もハンターなのだ。

 

 「ガッシュ」

 「いやでもね? 俺だって後れを取ったりはしないのさ。見てくれよこれ、フルフル装備。滞在期間は短かったけど、向こうで頑張って狩猟してさ、新しく作ったんだよ。まあアランの着てるガルルガ装備程固くは無いんだけどな。俺ガンナーだし」

 

 アランの肩に置いた手をぽんぽんと軽く叩きながらガッシュはもう片方の腕をアランに見せびらかす。アランの着ているガルルガシリーズよりも軽装なそれはガンナー用の防具に分類される。ガンナーは大量の各種弾薬や弾の調合素材を必要とする関係上、防御力の要である装甲を可能な限り削除してでも、動きやすさと携行する弾薬の積載スペースを確保する必要がある。彼、ガッシュが自らの防具を固くないと言っていたのはこれに起因している。

 逆に、アランの着る剣士用の防具はガンナーよりも間合いの狭い獲物を扱う関係上、強大なモンスターに近接戦闘を仕掛けざるを得ない。モンスターの攻撃を受けるリスクが非常に高い剣士の防具には、使い手を生存させる為の高い防御力が要求される。同じハンターの防具でも、剣士とガンナーとで大きな違いがあるのだ。

 

 「ガッシュ……」

 「はぁー、にしても良い所だったぜ? ポッケ村。龍歴院(ここ)やベルナ村よりもちっとばかし寒そうな場所だから不安だったんだけどな? 温泉があるとかで意外と村自体は温かいし空気は澄んでるし、出てくる料理の味も良いし、村人はいい人ばっかだったんだよ。でも3週間も滞在するのはさすがの俺も望郷の―――――」

 「ガッ、シュ!!」

 

 肩に置かれたガッシュの手を振り払い、アランは全力で握る。アランがあらん限りの力で握る、等とは微塵も考えてはいない。突然手を掴まれて狼狽しているガッシュにアランは眉間を険しくさせ、若干の怒気を含ませた声で告げる。

 

 「さっきの狩猟で肩が痛くてさ。あまり叩かないでくれると、助かるんだけど」

 「……ごめんなさい」

 「そんなに落ち込まなくても……いや、これがいつも通りのガッシュか」

 

 まるで力尽きたかのような謝罪と共にしょぼくれるガッシュ。彼は非常に調子に乗りやすいが、同時に非情に落ち込みやすくもあった。そんなガッシュに対してこれ以上の追及はやめておこうと考えていた矢先、ガッシュの隣にいたブレイブネコ装備のアイルーがアランに近寄ってくる。

 

 「にゃ、にゃ。あらん、あらん。ボクもいるにゃ、忘れちゃやなのにゃあーっ」

 「ごめんごめん、忘れてなんかいないよ。キッカも久しぶり。ポッケ村はどうだった?」

 

 キッカと呼ばれたアイルーは後ろ足で立ち上がり、アランの着ているガルルガ装備の中でも棘の少ない部分を狙い、両手の肉球をぽにぽにと押し当てている。これはガッシュとの会話続きで置いてけぼりにされたキッカの構って欲しいとの意思表示なのだ。

 

 「モンスターと戦う事もあったけど、旦那さんと一緒だからとっても楽しかったにゃ。旦那さんも、あらんに話したい事がいーっぱいあるにゃよ」

 

 ガッシュ達が出向いていた地、ポッケ村での出来事を身振り手振りで伝えようと、キッカは両手を振り、後ろ足でぴょこぴょこと飛び跳ねている。

 

 「そうだぞアラン。土産話が沢山あるんだ。まあ詳しく話したいから場所を移そうぜ。飛行船に揺られてたら腹が空いてさ、正直もう我慢できん」

 

 すぐに調子に乗り、すぐにしょぼくれて、すぐに回復したガッシュがアランにそう提案する。聞き耳を立てれば、確かにガッシュの腹の辺りから例の音が聞こえてくる。アラン自身も体を休めたかったので提案には同意だが、念の為に傍にいる彼のオトモアイルーに事の真偽を尋ねた。

 

 「……沢山、ねぇ? 本当かい? キッカ」

 「ほ、本当にゃっ。いっぱいあるにゃあーっ!」

 

 キッカから返ってきたのは、やはり両手の肉球によるぽにぽにだった。

 

 

 

 

 

 「……にしてもな、ハンターズギルドと龍歴院がモンスターの生態調査結果を交換し合ってるって話は聞いた事があるし、互いの所属ハンターを各地に派遣させる事があるってのも知ってたが、俺にもその番が回ってくるとはな。アランもとっくに各村に派遣されてたりする筈なんだろうけど、古代林の調査がしたい龍歴院の学者達はアランをあまり他所にやりたくないんだろうな。なんだかんだで夜鳥や黒狼鳥を仕留められるハンターって龍歴院(うち)でもそうそういないもんな」

 

 場所は変わり、ここは龍歴院内にある大衆食堂。飛行船に乗って行き来するハンター達で賑わうここでは酒と料理と喧騒に囲まれる事は良くある事で、各村での出来事や自らの実力自慢に騒ぐハンター達の活気に囲まれながら、アランやガッシュ達二人と一匹は小さなテーブルを囲んでいた。

 

 「黒狼鳥……あいつとはもう一人でやり合いたくないな。次やる時はガッシュの力も借りたい」

 「おうよ。いつでも借りてくれや」

 

 頼んだ料理と共に置かれた水の入ったグラスを仰ぎ、アランはガッシュとキッカの体験談を聞いていた。曰く、ファンゴの親玉はかなり厄介な奴だったと。曰く、白兎獣ウルクススは予備動作無しにいきなり突進をかましてきたと。寒冷地帯へ適応する為に毛皮を纏ったモンスターが多く、中でも草食種のポポから採れる肉や舌の部分、タンと呼ばれる食材が美味だったと。

 

 「っはぁ~。ポポもいいけど、俺はやっぱファンゴの肉だな。この味が堪らないんだ」

 

 熱せられたプレートに乗る、ほかほかと湯気を上らせているサイコロミート。サイコロの名の通り、立方体状にしたファンゴ肉の塊を焼き上げた清々しいまでにシンプルな一品だが、ファンゴの肉が持つ癖のある風味を気に入る者も決して少なくはない。かくいうガッシュもその一人で、山盛りに乗っているサイコロミートをフォークで二つ、一気に頬張りじっくりと噛む。サイコロミートで一杯になり、ぷっくりと膨らんだ頬のまま両目を閉じ、肉の旨味と食感を一しきり味わってから嚥下し、ため息交じりに絶賛する。

 

 「ポポといいファンゴといい、ガッシュは相変わらず肉か」

 「あー、アランはいつも野菜とか魚ばっかだもんな。肉も食わなきゃ元気でないだろ?」

 「そんな、肉もあるさ。ほら」

 

 アランが古代真鯛のアンティパストを完食した時の事。肉を一切食べていないかのようなガッシュの物言いに聞き捨てならぬと、アランは傍らに置いてある半分ほど中身の減っていた皿を見せる。古代林を含め、広い地域に生息する草食種のモンスター、リノプロスの肉を加工した生ハムと、飛行船を経由して入荷されるシナト村の特産品、完熟シナトマトを使った、その名もリノプロシュートの天空サラダ。ガッシュがファンゴの肉を好むように、アランが特に気に入っている一品である。

 

 「ああ、うん。アランはそれでいいか」

 「なんか、引っかかる言い方……」

 

 サイコロミートと合せて高玄米を掻っ込むガッシュの呆れた体の口調に釈然としないアラン。残りのサラダも平らげ、肉も食べてるのだと主張するが、ガッシュはこの話題にはもう触れる様子はなさそうだ。何が悪かったのかと少し落ち込むが、コンビでハンター活動をする程付き合いの長い友人との他愛のない話なのだから、どの道すぐに忘れるだろう。これで良いのだとアランは自分に言い聞かせた。

 

 (古代真鯛やシナトマトもいいけど、このベルナスも中々……)

 

 ベルナスとシナトマのパスタをフォークで巻いて一口。先程の落ち込みも忘れ、加熱されてとろとろになったベルナスの味に夢中になるアラン。戦いの中で受けた傷も、狩りが終わった後の疲れも、この時間が癒してくれる。そして、食事以外にも癒しの存在がここにはいるのだ。

 

 「にゃむぐぐっ、にゃはーっ。フワッフワッフルはいつ食べてもふわっふわなのにゃあー。にゃぐにゃぐっ」

 

 格子状の模様が入った焼き菓子を小さな両手で持ち、もぐもぐと咀嚼するガッシュのオトモ、キッカである。素のままで楽しんだり付属の落花生クリームを付けてみたりと、その味と食感を存分に味わっていた。場所によっては朝食として出る場合もあるが、キッカは菓子と考えているようだ。

 

 「ん、キッカ。口元汚れてんぜ」

 「むにゃう……旦那さん、ありがとうにゃ」

 

 たった今サイコロミートと高玄米を平らげたガッシュがキッカの顔を覗き、テーブルに置いてある紙ナプキンの束から一枚取り出し、キッカの口元に付いた落花生クリームをふき取る。

 

 「ガッシュ。顎にサイコロミートの食べかす付いてる」

 「おいおい、俺がそんなヘマする訳……あぁ」

 

 パスタを食べ終え、口元を拭っているアランの指摘にたった今同じくキッカの口元を拭き終わったガッシュが指先で顎を擦り見ると、確かに食べかすが付いていた。あり得ないと思っていた矢先、何かを察したような諦観に満ちた声音で天を仰ぐガッシュに、今度はキッカが紙ナプキンを持つ。

 

 「旦那さん旦那さん。今度はボクが拭いてあげるにゃ」

 「んぁ?ああ悪いなキッカ」

 「いいのにゃいいのにゃ。ボクにかかればこのくらい……にゃにゃいのにゃいっ、だにゃ」

 

 ガッシュの顎に着いたサイコロミートの油を綺麗に拭き取り、得意げに笑うキッカ。予定では一人で済ませるはずだったが、気心知れた仲間と囲む食卓のお陰で安心感が生まれたのか、クエスト帰りに残っていた痛みも随分と軽くなった。これなら明日には全快になっているだろう。体の調子を改めて確認したアランは安堵しながらグラスに残った水を一気に煽る。

 時間が経って温くなっている筈のそれは、すっきりとした喉越しをしていた。




 この小説における私なりの独自解釈ですが、食事スキルは無い物だとお考え下さい。食べるだけで火耐性が上がったり弾のダメージが上昇するからくりを言葉で表せません。
 もしゲーム準拠で食事スキル有になったら圧倒的不人気メニューが出たり、腕利きシェフ自慢の新作(笑)になりかねないのです。なので、この小説ではこういった名前の美味しいお料理ですよ、程度に捉えて下さい。
 それともう一つの独自解釈ですが、飛行船が発達したおかげで各地域の食材もある程度は流通が効いています。シナトマトとか空輸か直接シナト村へ向かわないとまずお目にかかれませんから。これから先も独自解釈が幾つも出て来ますが、どうかご了承下さい。


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第3話「古代林のゼンマイ茶」

少々間が空いてしまいました。もう少し字数を増やした方が良いのでしょうか……。


 「……で、だ。俺の話は大体終わったが、俺が居ない間、アランは何やってたんだ? のんびり採取ツアーと洒落込んでたって訳でもないだろ?」

 

 食事も終えて一息つき、今度はガッシュの側が聞き手になろうとしていた。自分がいなかった三週間、アランがどれだけクエストをこなしていたのかを聞く為に。それを聞かれ、腕を組んで唸っていたアランが片手を開き、これまでの出来事を大まかに思い出していく。

 

 「そうだな、まずこの装備を強化する為に鎧玉を集めて……」

 「ふむふむ」

 「それから調合素材を色々と揃える為に古代林を回って……」

 「なるほど」

 

 開いた片手の指を一つ一つ折っていくアランに相槌を打つ。

 

 「古代林で暴れてたイャンクックを狩猟したり……」

 「おっ? やるねぇ」

 「交易に向かってたオトモを休ませてあげたり……」

 「ああ、しっかり労ってやるのは大事だよな」

 「……そんな所かな?」

 「てめぇこの野郎っ!!」

 

 怒り心頭と言った様子で両手でテーブルを叩き、立ち上がるガッシュ。いきなり怒鳴られたアランと、隣で大声を出されたキッカが何事かとガッシュを見る。

 

 「どうしたんだガッシュ? いきなりテーブルなんて叩いて」

 「どうもこうもあるか!? リオレイアとかナルガクルガみたいな、おっかない奴らを狩猟したとか! そういう激闘があったろ!? 無いのか、無いんだな!? 返せこの野郎! お前に追い付く為にポッケ村(向こう)で装備を新調した俺の苦労を返せぇーっ!」

 

 テーブルから身を乗り出したガッシュがその両目から滝のように涙を流しながらアランの両肩をがっしりと掴み、ぶんぶんと揺さぶる。が、ガッシュは何かを思い出したようにすぐに両手を離した。

 

 「……っと、確か肩は駄目だったな。すまんすまん」

 「ああ、そこは覚えてたんだ。でも、ナルガクルガか……」

 「おっ? 今度こそ何かあるんだな?」

 「ああ。あれは……一週間くらい前、だったかな」

 

 含みを持たせたアランの言葉に先程の怒りもどこへやら、これから始まる話に顔を綻ばせるガッシュ。隣にいたキッカもまた、アランの話にわくわくしていた。

 

 「ベルナ村で依頼を頼まれたんだ。あの時は古代林での採取クエストだった」

 

 

 

 

 

 「新しいゼンマイ茶?」

 「そう、古代林で採れる特産ゼンマイを使ったゼンマイ茶。これをベルナ村の新しい名物にしようと思うの!」

 

 一面に広がる草原と山々に囲まれ、澄んだ青空には白い雲と黄色い飛行船が浮かぶのどかな村、ベルナ村に来ていたアランはベルナ村観光大使の肩書を持つ、ベルナ村の受付嬢の話を聞いていた。ベルナ村の村人たちに古くから飲まれているゼンマイ茶には独特の苦みが出ており、しかもパッとしない味だという。そこで彼女は古代林に群生する特産ゼンマイを用いた、新しいゼンマイ茶を作ろうというのだ。そして、行く行くはベルナ村の名産に加われば、とも考えている。

 

 「特産ゼンマイとなると、古代林か。場合によっては肉食モンスターが湧く所にも行く必要がありそうだ」

 「ええ。フィールドには危険なモンスターがいるから、ハンターに頼むしかなくて……」

 

 しかし、モンスターと戦う術や力を持たない彼女ら村の人間が狩猟場に赴く事は出来ない。よしんば足を踏み入れる事が出来たとしても、古代林には大人しい性格の草食種以外にも凶暴な肉食性のモンスターや甲虫種が数多く潜んでいる。果たさねばならない目的があったとしても、長生きをしたいのなら無暗に踏み込んではならない。

 

 「ベルナ村の観光大使として、か。大変だ」

 「今回のアイデアはなんとしても成功させたいの。お願いアラン君、力を借して!」

 

 そこで、クエストとしてハンターに依頼するのだ。モンスターの狩猟や捕獲、フィールドに生えている植物の採取等が出来る彼らの力を借りる事で目的の物、あるいは結果を得る。

 龍歴院が設立される過程で複数の小さな集落が寄り纏まった事で生まれた村として、ベルナ村は龍歴院と深い関わりを持つ村でもあり、龍歴院の所属ハンターであるアランも過去に多くの村人の悩み事を解決してきた。今回もその一つだが、こうして名指しで依頼されるのはそれだけ信頼されている証なのだろう。

 

 「名指しで頼まれたなら、頑張らない訳にはいかないな。ベルナ村にはいろいろと助かってるから、俺でよければ力になるよ」

 「アラン君……っ! ええ、一緒にがんばりましょう!」

 

 嬉しさに両目を潤ませてアランを見つめる受付嬢に、なるべく多めに採取して来ようとアランは計画を練っていた。

 

 

 

 

 

 「……ここにも無い、か」

 

 地を見れば隙間無く敷かれた落ち葉が絨毯のように広がり、天を仰げば太く大きな樹木から木漏れ日と共にはらはらと木の葉が舞い落ちている。端に転がっている腐った木屑から無数のキノコが生え、水を入れた風船のようにぷっくりと膨れたハチの巣が黄金色の蜜を垂らして甲虫種のオルタロスを誘き寄せている。

 龍歴院から送られる支給品に入っていた地図でいう所の、ここは古代林のエリア4。草食種の首鳴竜(くびなりりゅう)リモセトスが群れを成して草を食んでいるだろうエリア6へと続く道からそよそよと撫でる風の涼しさを感じながら、アランは特選ゼンマイを摘み取りポーチへと詰め込んだ。

 

 「もう少し探してみないと駄目だな」

 

 ポーチに入っているゼンマイの数にため息をつく。たったいまポーチに詰めた分を含めて、特産ゼンマイの数は七個。状況は当初に予定していたよりも捗っていなかった。

 

 (見つからない……いつもならとっくに集まってる頃なのに)

 

 採取系の能力に優れたレザーシリーズを着込んだアランは改めて防具の調子を確かめてみるが、クエスト出発前と同じくどこにも不調は見られない。

 

 「仕方ない。もう少し遠くへ……む」

 

 地図と睨めっこをしながら古代林を一周するコースを辿ろうとした、その時。何者かの視線を感じた。古代林の木々ががさがさと音を立て、舞い落ちる木の葉を増やす影の正体をアランは捉えた。

 

 「グルルルル……」

 

 闇へ溶け込むように発達した黒く滑らかな体毛、鞭のようにしなる伸縮自在の尻尾、前足から伸びる大きなブレード状の刃翼。後ろ足のみではなく、前足も含めた四つの足で這うように身体を支える原始的な骨格を持つ、飛竜。アランが感じた視線の正体、迅竜(じんりゅう)ナルガクルガである。

 

 「ナルガクルガ……!」

 「グャオオオオオオオオッ!!」

 

 目の前の小さな生き物が縄張りを荒らす敵だと認識したナルガクルガのバインドボイスを、アランは片手剣の盾で遮りながら冷静に彼我の戦力差を確認する。

 

 (……さすがに、拙い)

 

 アランが着ているレザーシリーズは採取系の能力に優れてはいるが、大型モンスターとの本格的な戦闘に耐えうる代物ではない。防御力に不安の残る装備で倒せる程、ナルガクルガは甘い相手ではない。アランは隣接するエリアへ撤退するべく、即座にポーチから小さな手投げ玉を取り出す。

 

 「そら」

 

 取り出した手投げ玉についている小さなピンを引き抜き、投擲。小気味良い破裂音と強烈な閃光がナルガクルガの眼前で炸裂。一時的にモンスターの視覚を奪う事を目的に作られた道具、閃光玉である。

 

 「ガウウッ!?」

 「悪いな、お前の相手をするつもりはないんだ」

 

 高い足止め効果を持つが、連続で使用する事で閃光玉の効果は徐々に弱まってしまう。そして、その足止めが成功したのならこの場に長居する必要はない。視覚を潰され悲鳴を上げるナルガクルガを尻目に、アランはエリアを移動した。

 

 

 

 

 

 「成程なぁ。さすがにレザー装備じゃ分が悪いよな」

 「そんな所。それとも、無理にやり合って大怪我でもしてほしかった、とか?」

 

 ヘルムを脱いだキッカの頭を撫でているガッシュに、アランは不満かを尋ねる。が、ガッシュは肩をすくめている。

 

 「いいや。それで、ゼンマイ茶の方はどうなったんだ? 俺はずっと前に飲んでそれっきりだが、あれパッとしない味だったろ?」

 

 初めてゼンマイ茶を飲んだ時の妙な苦みを思い出したガッシュがあからさまに苦手だという表情をしながらアランの話に興味を見せた。

 

 「それが……」

 「まさか、嘘だろ?」

 

 期待を膨らませるガッシュとは正反対の曇りを見せるアランの表情に、ガッシュは不安を募らせた。その後の顛末がどんなものになったのか、容易に想像できたからだ。

 

 「味がそれ程変わってなかったんだ。苦いだけで、パッとしなかった」

 「あちゃー」

 

 そいつは残念。そう付け加えて頭を掻くガッシュ。もし特産ゼンマイを使って味が良くなるのならば、偶の気まぐれに飲むくらいはとガッシュは考えていた。これから先、別の村へ赴く際の差し入れにするのも悪くはないとも考えていたが、その目論見も水泡と帰してしまった。

 

 「しかし、あのナルガクルガか……なあアラン、どうだ? 俺らで狩猟してみないか?」

 「クエストがあるなら、考えてみる」

 

 ゼンマイ茶から話題を変えて、ナルガクルガの狩猟を提案する。ガッシュの提案に、アランも別段嫌そうな素振りは見せない。アランにもやる気はあるのだと捉えたガッシュはにやりと笑った。

 

 「言ったなぁ? おっしゃあ、待ってろよー!」

 

 言うが早いかガッシュは立ち上がり、ファンゴの如く真っ直ぐに大衆食堂を走り去る。あっという間に姿が見えなくなったガッシュにアランはキッカと目を合わせて苦笑した。

 

 「楽しいご主人だな、キッカ」

 「にゃうっ」

 

 右の肉球をアランに見せ、キッカはにっこりと微笑んだ。数十分後、ナルガクルガの狩猟依頼を受けてきた旨の話を上機嫌で持ち込んできたガッシュの無邪気な姿に、アランは小さくため息をついた。




狩りの描写はいつになったら出て来るのやら。もう少々お待ち下さい。


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第4話「二人と一匹」

ぶっちゃけアランよりガッシュの方が書き易いと感じる今日この頃。
各キャラの個性を上手く引き出せるような書き方を目指したいですね。


 「うっしゃあ! 今日も絶好の狩り日和、ってな!」

 

 雲の上を行く飛行船の旅も終わり、飛行船から古代林のベースキャンプへ降り立ったガッシュは上機嫌に伸びをしていた。主人と同じく上機嫌なオトモのキッカが続き、いつも通りのアランが最後に降りる。ガッシュが絶好というだけあり、天候は快晴そのもの。吹く風がそれほど強くないというのもガッシュ個人としては喜ばしい事だった。

 

 「キャンプに着いたら、まずは腹ごしらえだな。……って、アランはまた携帯食料か? 不味いだろそれ」

 「ああ。物凄く不味い」

 

 二つのある物(・・・)を取り出していたガッシュは、同じくベースキャンプに設置されている支給品ボックスを調べていたアランを一瞥する。呆れ声のガッシュを横に、アランは簡素な作りの包装を破き、中に入っているブロック状の形をした茶褐色の固形物を口に含んだ。スタミナを回復させる為のアイテム、携帯食料である。

 口に含み、まずは噛む。固形物が形を崩していき、パサパサとした食感が口内の水分を一気に奪っていく。そうして細かく砕いたのちに、一気に嚥下して胃の中へと叩き送る。喉を通る際にぞわぞわと背筋をなぞっていく悪寒と口内にねっとりと残っている後味に、アランは顔を顰める。

 食料と名は付いているが、これに味を楽しむなどという高尚な行為は望めない。

 物凄く、不味いのだ。

 

 「良く食うなぁ、そんなもん。アイテムが結構整った今だと余計そう思うわ。俺にはとても真似できないぜ」

 「今は整っていても、モンスターと戦っている最中にビンが割れて使い物にならなくなる場合もあるだろう? なるべく節約したいんだ」

 

 非常食としても用いられる事のあるこの携帯食料はお世辞にも美味とは言えない。これは細菌の繁殖を防止する事と長期間の保存を可能にする事を目的に作られた結果、こういった味になってしまったからだ。また、この携帯食料は高いカロリーも含んでいる為、菓子と同じ感覚で頻繁に摂取した場合、短時間に著しくエネルギーを消費するハンターでもなければぶくぶくに肥えたみっともない体型になってしまう事は想像に難くない。

 それでもアランが携帯食料を使用するのは先程本人の口から述べられた、傷やスタミナを回復させる効果を持つ薬液の入ったビンの節約の為だった。ハンターが武器や防具とは別に装備しているアイテムポーチは持ち込める物の数に限りがあり、モンスターとの戦闘中にこれらのビンが破損してしまう場合がある。いくつか破損してしまっても問題なく狩猟を続行できるように、消費は最小限に留めておきたい。

 そこで、クエストに向かうハンターを支援する目的で用意された支給品の一つである、この携帯食料でスタミナを回復させるのだ。これはハンター各自があらかじめ調合する手間も無く、ショップで販売されている物と違って料金はかからない。つまりタダで使えるのだ。アイテムを節約したい時はこの上なく頼りになる事だろう。

 が、前述の通り味は最悪の部類に入るので使用するハンターは少ない。物資不足に嘆く新米ハンターも敬遠する事があり、資材を揃えられている中堅以降のハンターは聞くまでもない。

 

 「……それと、お前がそれ(・・)を持って来る為にポーチを詰まらせてるから、っているのもあるけどな」

 「ああ、それに関しては勘弁してくれ」

 

 若干の不満を持たせたアランの物言いに、何かを組み立てているガッシュはあっさりとそう返した。火を熾すための窪みが出来た台座、その両端に立てられたY字型の支え棒。実用性に重きを置き、携帯食料の包装に勝るとも劣らぬ簡素な外観のそれは、肉焼きセットと呼ばれる代物だった。

 

 「旦那さん、火の方もばっちりにゃ!」

 「おーし、ナイスだキッカ。それじゃ、早速やろうぜ」

 

 組み立て終わった肉焼きセットにキッカが火を点け、ガッシュがモンスターから剥ぎ取った生肉に手回し用のハンドルを取り付けた。肉焼きセットの名が示す通り、これは火を用いて肉を調理するための道具であり、その肉焼きセットには未調理のままの生の肉が使われる。

 ガッシュはこの肉を焼くつもりなのだ。

 

 「いつもの事とはいえ、良く用意するな。毎回毎回……」

 「あんな不味いモン食いたくないんだよ。アランと狩りに行く時だから出来る、っていうのもあるけどな」

 

 初めて携帯食料を食べた時の、あの何とも形容し難い不味さを思い出しては苦い顔をするガッシュ。多少の手間と時間が掛かろうが、ガッシュは肉の方が何百倍もマシだった。

 

 「今だって、ほら。待ってくれてるじゃん。アランってなんだかんだ言ってても大目に見てくれるんだよ」

 

 また、今回のクエストにアランが同行してるのもガッシュが安心して肉を焼ける理由に入っていた。肉を焼き終えてスタミナを回復させるまで、アランはガッシュを待っている。昔からガッシュがこういう性格である事、ガッシュとコンビを組んでの狩りが久々である事も加味して、今まで通り見逃していた。

 

 「別に、大目に見てる訳じゃないからな」

 「どっちにしても、こっちが助かってるのには変わらないんだけどな」

 

 生肉を支え棒へ乗せ、火で炙りながら慣れた手つきでぐるぐると生肉を回す。火の熱が肉に加えられ、表面にうっすらと焼き目がついていき、やがて肉の脂が垂れ落ちては火に燃やされ、じゅうじゅうと音を立てて火の勢いを一層強くする。

 

 「むっふっふ……」

 

 音の次にやって来るのは、匂い。焼けた脂の匂いが小腹の空いた胃袋を刺激し、ガッシュは頬を綻ばせる。このまま、今すぐに齧り(かじ)付きたい衝動を抑え込みながら二回、三回とハンドルを回し、肉全体に熱を加えていく。

 

 「上手に……焼けましたー!」

 「焼けたにゃーっ!」

 

 ハンドルを握る手を高らかに掲げるガッシュと、その隣でぴょこぴょこと飛び跳ねて祝うキッカ。一つ一つの工程をじっくり丁寧に仕上げ、ついにそれは完成した。肉焼きセットとガッシュの手によって、しっかりと焼き色が付けられた大きな肉の塊。焼けたばかりの肉の表面を熱せられた脂がじゅわじゅわと泡立ち、白い湯気を上らせていた。

 アランが摂取した携帯食料とは異なる、もう一つのスタミナ回復アイテム。こんがり肉である。

 

 「携帯食料じゃあ、こうはいかないよなぁ」

 

 ごくりと生唾を飲み、こんがり肉に噛み付く。外はカリカリ、中はふっくらとした食感。噛む程に溢れ出る肉汁を味わい、あつあつの肉を頬張り、はふはふと息をしながら飲み込む。

 自分の手の中で徐々に出来上がっていく工程を眺めながら、焼けたばかりの大きな肉に食らい付く。野性的でロマンに満ちたこのこんがり肉の魅力は、携帯食料では到底味わう事は出来ないだろう。ガッシュがこんがり肉に拘るのは、この一手間を掛けた食べるという行為を楽しむ為なのだ。

 

 「っぷはー、食った食った! さて、こっからは狩り(ハンティング)の時間だぜ」

 

 肉焼きセットの火を消し、骨だけになった元こんがり肉を片付けたガッシュは背中で二つ折りにされていた武器に手を伸ばす。ロックを外し、蝶番で繋げられたフレーム同士がガチリと重い金属音を鳴らして連結される。取り回しの悪さと引き換えに高い破壊力を得た弩砲、それがこのヘビィボウガンである。

 

 「よいせ……っと」

 

 ガッシュの扱うヘビィボウガンは鉱石素材を用いて製作された物で、名をアルバレストという。実用性と規格化を重視した構造の武骨で安価なヘビィボウガンだが、それ故に維持費を安く抑える事が出来、性能自体も決して悪い物ではない。じっくりと強化を重ね、オプションパーツのパワーバレルを取り付けたアルバレストにレベル2通常弾を装填し、再び折り畳んで背負う。

 

 「武器(そっち)は新しくしないのか?」

 「んぁ? あー……。今から新しいのを作ると手間が掛かるだろうからなぁ。このままこいつを強化し続けた方がいい気がしてな。防具新しくしたばっかだし、あんまり使いすぎると拙いんだよ」

 

 ショップが半額の時に弾を買い溜め出来なくなるからな。ため息交じりにガッシュがそう締め括る。まとめ買いや大量の調合によって弾丸を調達するガンナーの維持費は決して馬鹿には出来ない。そんな中でもし防具や武器を何度も新調し続けていたら懐事情は悲惨になる事は誰の目にも明らかだ。

 

 「まあ、愛着が湧いた、っていうのもあるけどな」

 「そっちが本当の理由だな?」

 「ばれたか」

 

 武器への愛着。それを聞いたアランは腰に納められていた自身の得物を引き抜く。紫色の甲殻を骨組にし、薄緑色の皮膜で作られた刀身。黒狼鳥イャンガルルガの素材を用いて製作された片手剣、ツルギ【烏】。製作してから実戦に投入されたのはつい最近の事だが、片手剣の特性である扱い易さを持ちながら良質な切れ味を持っている。マイハウスにある毒や麻痺属性の片手剣と合わせて、このツルギ【烏】も主力として長く使えそうだとアランは考えていた。

 

 「さて、と……」

 

 アランはツルギ【烏】を納刀し、ガッシュはキッカを見る。

 

 「キッカ、位置は分かるな?」

 「にゃうっ、ボクに任せてにゃ! にゃむむむぅ……」

 

 キッカは目を閉じ、両頬から生えているヒゲをぴくぴくと動かす。ガッシュのオトモ、キッカの能力であるモンスター探知の術である。通常、クエスト開始時はモンスターを探す為に各エリアを探索する必要がある。しかし、サポート傾向のオトモアイルーであるキッカがこのモンスター探知の術を使う事で、モンスターの位置を特定するのだ。

 

 「にゃむっ、見つけたにゃ! ボクに付いて来るにゃあーっ!」

 

 ぱっちりと目を開いたキッカがベースキャンプからエリア1へと走り出す。その意気揚々とした様子にアランは苦笑しながらガッシュを一瞥する。

 

 「行くか」

 「ああ」

 

 走るキッカに二人も続く。迅竜ナルガクルガの狩猟の為、ベースキャンプを後にした。

 

 

 

 

 

 「この辺りから気配を感じるにゃ。二人とも気を付けてにゃ」

 「……ここだったか」

 

 キッカ先導の下、アランとガッシュはエリア2からエリア4へ着いた。前回もここで遭遇した事をアランは思い出す。盾を装備した右腕に力を入れ、左手は腰のツルギ【烏】の柄へと伸びていた。

 

 「さぁーて、どこから来るか……」

 

 ガッシュも背負っていたアルバレストを両手で構え、周囲を見渡している。周囲の木々ががさがさと揺れる音を立てている。静かな古代林に聞こえるその音に、ブレイブネコランスを構えていたキッカが小さく震える。この場にいる何かの存在を感じる今、それがいつ来てもおかしくない状態だった。

 

 「にゃう……」

 「ビビんなよキッカ。腰が抜けたら終わりだ」

 「大丈夫にゃ。旦那さんも、あらんもいるにゃ。絶対負けないにゃ」

 「おし、いいぞ。その調子だ」

 

 出発前の快活さは無く、その体いっぱいに緊張を表していたが、ガッシュの言葉とアランの姿を見てキッカは奮い立つ。ふにゃふにゃになっていたヒゲをピンと伸ばし、ブレイブネコランスをしっかりと握った。

 

 「ガッシュ!!」

 「分かってらい!」

 「に、にゃうっ!?」

 

 突然のアランの叫びと共に二人は同時に、キッカが一拍置いてその場から飛び退く。飛び退いてから僅かな間を置いて、二人と一匹がいた場所に何かが飛来する。複数本の黒く太い棘のような物が一塊に纏まって地面に突き刺さっていた。

 木々の揺れる音が徐々に強まり、先程の棘を放った主がアラン達の前に姿を現した。全身を覆う黒毛と切り裂く為の発達を遂げた刃翼、長くしなやかな尻尾を持つ飛竜、ナルガクルガである。

 

 「お出ましみたいだな!」

 「ああ、行くぞガッシュ!」

 「ボクも頑張るにゃあっ!」

 

 体勢を立て直した二人と一匹は、それぞれの武器を構えてナルガクルガへ向き直る。

 

 「グャオオオオオオッ!!」

 

 空気をいっぱいに吸い込んだ肺から吐き出されるバインドボイスが古代林中に響く。ナルガクルガの相貌から溢れる明確な攻撃の意思がアラン達に向けられた。




次回で狩りの描写をしっかりと書いていきたいです。頑張りますとも。


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第5話「闇に走る赤い残光」

お待たせしました。今回は長くなったので半分に分けて、2話連続の投稿になります。


 「グャオオオオッ!!」

 「くそっ、いきなり咆えやがって!」

 

 ナルガクルガのバインドボイスに耳を塞ぐガッシュとキッカを後ろに、ツルギ【烏】を握るアランがナルガクルガに仕掛けた。モンスターの咆哮に対して有効な聴覚保護機構を持つガルルガシリーズの特性を活かし、バインドボイス中のナルガクルガへペイントボールをぶつけてから側面へ回り込み、後ろ足を二撃三撃と斬り付け、即座に離脱する。

 が、この程度では小さな切り傷が付いた程度で大きなダメージは望めない。事実ナルガクルガは堪えた様子もなく攻撃行動へと移っていた。前足の爪でしっかりと地面を捉え、大きく跳躍。大きく鋭い刃翼は木陰の差す古代林の風景から浮いた白色の防具を着たガンナー、ガッシュを狙っていた。

 

 「おわ、あっぶね!」

 

 バインドボイスの硬直から解けていたガッシュはアルバレストを抱えたまま転がり込むようにして回避する。初撃を躱されるも、ナルガクルガは再び跳躍。ガッシュの側面へと回り込み、刃翼による二度目の強襲を仕掛ける。

 

 「あぶねえって!」

 

 振り抜かれる左前脚の刃翼に対してナルガクルガの右前脚側へ転がる事で二度目の強襲を回避する。右肩に掠めた硬い感触に冷や汗をかきながらナルガクルガの姿を確認する。姿勢を低く屈ませ、両の前脚をぐっと曲げて力を溜めていた。ガッシュがナルガクルガの姿を見たように、ナルガクルガの両目もガッシュを捉えたままだった。

 ナルガクルガはまだガッシュを狙い続けている。溜めに溜めた力を使ってナルガクルガが跳び、爪をむき出しにした両前脚でガッシュを押さえつけようと飛びかかった。

 

 「グロオォォァアウッ!!」

 「ぬおりゃああああっ!!」

 

 ナルガクルガの繰り出す連撃にこれが最後の一手だと祈りながらアルバレストを放り投げ、ガッシュは緊急回避を行い地面に向かって飛び込んだ。後頭部を両手で覆い、腹這いの姿勢を取ったままどすりと鈍い音を立てて地面に打ち当たる。

 

 「た、た、助け……」

 

 ぜぇぜぇと息を切らしながら起き上がり、アルバレストを回収するガッシュ。短時間の間に連続しての回避行動は、ガッシュのスタミナを大きく消耗させる。カクつく足でその場から離脱しようとした時、背後からナルガクルガの唸り声が聞こえた。

 

 「グルルル、フシュルルルッ!」

 「おいおいおいおい嘘だろまだ来んのかよ!?」

 

 ナルガクルガの両目は依然ガッシュを捉え続けていた。雪山なら保護色になったであろう白を基調としたフルフル装備も、青々と茂る葉や木々が生み出す木陰が多く点在する古代林ではかなり目立つ。目立つ色をしているから、ナルガクルガの注意はガッシュへと向いていた。

 そして、この場にいるもう一人と一匹の存在への注意が散漫になっていた。

 

 「ふっ!」

 「んにゃあーっ!」

 

 再びガッシュへと飛びかかる為に四肢をぐっと曲げていたその時、懐へ飛び込んだアランのツルギ【烏】がナルガクルガの首元を斬り付け、アランと挟み撃ちを取る形で回り込んでいたキッカのブーメランが右脚の刃翼を狙い投擲する。

 

 「グァウウッ!」

 「旦那さん、いったん下がるにゃ!」

 「少し休めガッシュ! ここは任せろ!」

 「すまねぇキッカ、アラン! 頼むぜ!」

 

 意識外からの手痛い攻撃にナルガクルガは大きく怯み、ガッシュはこの隙を逃すまいと一度距離を離して疲労の回復を図った。

 

 「グルルッ、ガゥ!」

 「さあ、来い!」

 

 ガッシュの回復を確実なものとする為に、ナルガクルガの注意を引き付ける為に、アランはナルガクルガの真正面に立ちはだかった。眼前の邪魔者を砕かんとナルガクルガは大きく口を開き、その奥に見える牙をアランに向けた。真正面という最も危険な場所に立ちながら、アランは冷静に動きを観察する。一度目の噛み付きを躱し、二度目の噛み付きを盾で受け流す。

 

 「はああっ!」

 「にゃうー!」

 

 噛み付き攻撃後の小さな硬直を狙ったアランがツルギ【烏】でナルガクルガの下顎を切り上げ、鼻先を盾で殴る。腰の捻りを加えた打撃にナルガクルガは小さく怯み、背後に回ったキッカのブレイブネコランスがナルガクルガの後脚を突く。

 

 「グルルォアッ!」

 

 キッカの攻撃は意に介さず、ナルガクルガは大きくしなる鞭のような尻尾でアランを薙ぎ払う。ヒュンと空気を裂く音を立てる尻尾を躱しきれないと判断したアランは盾で受け止めようとするが、そこは片手剣の小さな盾。大型モンスターの強靭な肉体から繰り出された薙ぎ払いの衝撃を相殺しきれず、アランの体は後ろへ大きく下がった。

 

 「く、ぅ……っ」

 「グロロォア……グャウッ!」

 

 たたらを踏んで後ずさりながらも、地面を掴んで弾かれた勢いを減衰させる。盾で防いだとはいえ、一撃で大きく怯んだアランの姿に手応えを感じたナルガクルガがすかさず追撃を加えようとした時、火薬の炸裂する音が古代林に響いた。先程ナルガクルガが逃した獲物が反撃の爪牙を突き付けたのだ。

 

 「大丈夫か、アラン!」

 「ガッシュか、助かる!」

 

 ガッシュのヘビィボウガン、アルバレストからレベル2通常弾が発射される。火薬の燃焼ガスに押し出されて発射された際に保護外殻の役割を持つカラの実が二つに割れ、中から現れたハリの実がナルガクルガの背中と肩に鋭く、深く突き刺さった。

 

 「さすが旦那さんにゃ。このままイッキに畳んじゃうにゃーっ!」

 

 今回のパーティにおけるメイン火力が戦闘に参加し、勢い付いたキッカがナルガクルガの前脚目掛けてブーメランを投げた。ガッシュも続け様にアルバレストのトリガーを数回引き、体勢を立て直そうと離脱するアランを援護する。

 一発ならば耐えていただろうヘビィボウガンの弾丸を、二発三発と受けたナルガクルガは小さく悲鳴を上げて怯む。そこへブーメランを投げ終えたキッカのブレイブネコランスも加わり、少しずつダメージが蓄積していった。

 

 「キッカ!」

 「お任せにゃ!」

 

 レベル2通常弾を発射し続けている際にシャキンという甲高い金属音が、射手のガッシュとオトモのキッカの耳に届く。ボウガン内に装填されていた最後の弾丸を打ち切った合図、すなわち弾切れを意味していた。短い声の掛け合いで察したキッカがガッシュの再装填の時間を稼ごうと、ナルガクルガの前に躍り出た。

 

 「ほらほらこっち、こっちにゃー」

 「グルル……グァウッ!」

 

 ちょこまかと動くキッカを疎ましく感じたのか、ナルガクルガは前脚の爪で引っ掻き、牙で噛み砕こうとするが、アランやガッシュ達よりも体の小さなキッカはそれらをスイスイと避けていた。

 

 「にゃっにゃっ、にゃうーっ!」

 「グルルル……ッ!!」

 

 明らかに馬鹿にしに来ているキッカにナルガクルガは苛立ち、その感情の表れなのか尻尾を何度も地面に叩き付けている。

 

 「おし、待たせたなキッカ!」

 

 弾丸を再装填し、すかさず発射。レベル2通常弾が右の刃翼に突き刺さり、合わせて戦線に復帰したアランのツルギ【烏】が首元を斬り付ける。二人に続くキッカのブレイブネコランスがナルガクルガの尻尾を突いた際、ナルガクルガに変化が現れた。

 

 「グルルッ、グロロオォアアッ!!」

 

 一拍置いて強まる唸り声と共に大きく跳躍し、ナルガクルガはアラン達から距離を離す。尻尾の棘を逆立たせ、息を荒げたナルガクルガの赤く光る両眼がアラン達を睨みつけた。

 

 「グャオオオオオオッ!!!!」

 

 ありったけの力で出されるナルガクルガのバインドボイスが辺り一帯の空気をビリビリと震わせる。ナルガクルガは眼前の小物を縄張りを荒らす邪魔者としてではなく、全力を以て排除すべき敵と見なしたのだ。

 

 「怒らせちまったか! 来るぞアラン!」

 「ああ、分かってる!」

 

 アラン達へ剥き出しの殺気を向けるナルガクルガは今までとは比べ物にならない程の速さで跳躍する。正面から側面、側面から背後へ、アラン達に捕捉させまいと死角へ回り込んで振り切ろうと企んでいた。

 

 「グロオオァッ!! ガロロゥッ!!」

 「にゃ、にゃう……にゃう?」

 

 ナルガクルガを探そうとしきりに首を動かし、ぐるぐると目を回すキッカ。がさがさと地面の落ち葉を蹴散らす音とナルガクルガの唸り声は聞こえるのに、影から影へと動くその姿を一向に見つける事が出来ない。キッカの目はナルガクルガの姿を見失っていた。

 

 「くそ、すばしっこい奴だぜ!」

 「ど、どこに行ったにゃ!? 姿を見せるにゃ!」

 「奴の目を追うんだキッカ! 焦るんじゃない!」

 

 ナルガクルガの動きに翻弄され、虚空へ向けてブレイブネコランスを突きつけていたキッカはアランの言葉を聞いて冷静になり、目を凝らした。

 

 「にゃう、目……」

 

 ガッシュのアルバレストが、アランの両目が、ナルガクルガの影を必死に追っていた。奴の体を覆う漆黒の体毛が薄暗い古代林の背景に溶け込んでいようと、完全に姿を消した訳ではない。興奮状態の影響で充血したナルガクルガの両目が妖しく光り、薄暗い古代林にゆらゆらと残像を引く赤い二本線を奔らせている。その残像を追い、キッカの両目がようやくナルガクルガの姿を捉えた。

 

 「……来る!」

 「はいにゃ!」

 「おうよ!」

 

 アランの叫びを合図に、ガッシュ達は三手に分かれて飛び退く。直後、アラン達を囲むように跳躍し続けていたナルガクルガが右前脚の刃翼を振り抜く。刃翼が狙ったのはナルガクルガから見て最も手近にいたアランだった。

 

 「グロオォァッ!!」

 

 ナルガクルガはこちらの死角を取ろうと動き回ってはいるものの、姿を捉えて常に正面を向き合うようにすれば、最終的には正面から対応する事が出来る。迫る刃翼との間合いを見極めながら、アランは落ち着いて回避する。が、躱される事を見越してか、ナルガクルガは振り抜いた右前脚をしっかりと地につける。そうして右前脚を軸に体全体を使って半回転し、長い尻尾でアランを薙いだ。

 

 「な……っ!?」

 

 咄嗟に盾で防いだものの衝撃まで防ぎきる事は出来ず、ナルガクルガの尻尾に打たれたアランは弾き飛ばされてしまう。地を転がりながら体勢を立て直したアランへ更に畳みかけようと姿勢を低く構えるナルガクルガの体に小さなブーメランと数発の弾丸が突き刺さる。せっかくの追撃の機会を潰されたナルガクルガが邪魔者の姿、アルバレストを構えるガッシュと小さな犬歯を覗かせるキッカを睨みつけ、唸り声を上げる。

 

 「あらんに何するにゃーっ!」

 「くそ……大丈夫かアラン!」

 

 怒るキッカと心配するガッシュに片手を挙げて無事を知らせるアランは、腰のポーチから緑色の液体が入ったビンを取り出し、蓋を開けて一気に飲み干す。薬草とアオキノコにハチミツを調合した回復薬グレートが腕の痺れを和らげ、お返しとばかりにナルガクルガへ斬りかかる。ガッシュ達に注意が向いていたナルガクルガの横っ面にツルギ【烏】の刃を目一杯の力を込めて叩き込んだ。

 

 「ギャウッ!?」

 

 意識外からの急襲に頭をぐらつかせるナルガクルガへ続け様に横へ薙いだツルギ【烏】の刃が空を斬る。アランとの間合いを取ろうと、ナルガクルガが跳躍したのだ。

 

 「この野郎っ!」

 

 ツルギ【烏】を納刀したアランとブーメランを回収したキッカがナルガクルガを追跡する中、ガッシュのアルバレストが弾丸を撃ち続ける。右肩と右前脚の刃翼にレベル2通常弾が突き刺さり、アルバレストが弾切れの合図を告げた。

 

 「ああくそ、弾切れか……」

 

 引き金を引いてもまるで反応の無いアルバレストにレベル2通常弾を装填。そうしている内に遠くへ離れるように跳躍していたナルガクルガは頭を低くし、尻尾を天へと伸ばす。くるくると円を描くように尻尾を回し、逆立った尾棘を一層逆立てるナルガクルガの構えに、アランは背筋を凍らせた。ナルガクルガの両目が何かを狙うように、ただ一点を見ている。その先にいるのは、アルバレストに弾丸を装填している最中のガッシュの姿があった。

 

 「ガッシュ!!」

 「なん―――――うおっ、眩しっ!?」

 

 振り回す尻尾の勢いが徐々に強まっていく中、悲鳴に近い叫び声を上げたアランがポーチから閃光玉を取り出し、投擲する。ガッシュへ向けて尻尾を振るい、逆立つ棘が射出される寸前の事。ナルガクルガとガッシュの間に放られた閃光玉が強烈な光を発し、ナルガクルガとガッシュの視界を白く塗り潰した。

 

 「グギャウゥ!? ガウゥアッ!」

 「ぎゃああああっ!? 目がああっ!」

 

 アランの放った閃光玉による妨害が功を奏してか、ナルガクルガの放った尾棘は本来狙っていた位置を大きく外れた。ガッシュの身体へ殺到する筈だった尾棘は地に刺さり、背後の大木を穿ち、そしてガッシュの左肩の防具を射抜く。ナルガクルガへの追跡を諦めたアランとキッカは目元を押さえてのたうち回るガッシュの首根っこを掴み、エリアの端へと引き摺り運ぶ。

 

 「なぁ!? わぁっとと、今度はなんだぁ!?」

 「旦那さん! しっかりにゃ!」

 「ガッシュ、ガッシュ。聞こえるか?」

 「あぇ? ああ、キッカと……アラン、か? 何が起こったんだ」

 

 徐々に視力が回復してきたのか、フルフルキャップの奥でぱちぱちと瞳を瞬かせたガッシュがアランとキッカの姿を認識する。視界をアラン達の背後に向けると、視力を奪われた怒りを表すかのように右へ左へと手当たり次第に暴れ回っているナルガクルガの姿があった。

 

 「……これだ」

 「こりゃあ、あいつの……」

 「ああ。リロードの隙を狙っていたんだ」

 

 重苦しい語調のアランがガッシュの防具に刺さっていた尾棘を引き抜く。あの時、もし閃光玉を投げなかったならどうなっていただろうか。アランは手に持つ尾棘をガッシュの胴へ合わせ、可能性として存在していたもしもの未来を示す。それが意味する物に気付いたガッシュとキッカは引き気味に声を震わせた。

 

 「うわぁ……」

 「にゃう……」

 「悪い。もう少し早く気付くべきだった」

 

 防具越しに青ざめているだろうガッシュの表情を見て自責の念に駆られ目を伏せるアラン。が、ガッシュはアランの手にあったナルガクルガの尾棘をひったくり、放り捨てる。

 

 「いいや、おかげで命拾いしたぜ。キッカもありがとうな」

 「にゃうっ」

 

 リロード途中だったアルバレストへ完全に弾丸を装填し、アラン達の背後で依然暴れ回っているナルガクルガを見る。我武者羅に刃翼を振り回し、高く跳び上がって尾棘の逆立つ尻尾を渾身の力を込めて叩きつけた。

 

 「ガロロァッ! グロオオアゥッ!!」

 

 ナルガクルガの繰り出す技の中でも最大の脅威であろう叩きつけも、獲物が見えない状態ではその威力を発揮できない。虚しく空を斬るばかりの状況にナルガクルガは苛立ちを募らせていた。

 

 「アラン、いけると思うか?」

 「……あれならいける。キッカ」

 「にゃっふっふ……。ボクのとっておきを使う時、だにゃ」

 

 ある事を、ガッシュはアランに尋ねた。息を荒立たせ、両前脚の筋肉をぶるぶると震わせるナルガクルガを遠巻きに、短く返したアランがブレイブネコランスを背に納めたキッカを見る。円筒型の装置を両手で抱え、キッカは不敵に笑っていた。

 

 「この辺りに……にゃいっ」

 

 装置を抱えたキッカがエリアの中央へ向かい、辺りに散乱する落ち葉をしっかりと払い除けてから装置を設置した。装置の中央についているスイッチがキッカの小さな肉球に押され、作動し始める。装置の下面から注がれる薬液と共に太い骨組が地中深く潜っていき、内部に格納されていた細い骨組が放射状に広げられ、薬液によって軟化されていた土を一気に押し広げて折り畳まれていたネットが展開される。更に装置の上面から吹き出る紫色の煙がネット越しに作られた窪みに漂い溜まっていった。

 

 「これが……毒々落とし罠の技にゃ!」

 

 装置を仕掛け、罠が完全に張られた事を確認したキッカは両手を上げて万歳のポーズをする。この罠にあのナルガクルガを誘い込み、一斉攻撃を仕掛けるというのがアラン達の目論見だった。

 

 「俺が囮になる。ガッシュとキッカは―――――」

 「いつでも動けるように、だろ? 誘導頼んだぜ。火力は任せな」

 

 アルバレストを抱えて準備万端だと伝えるガッシュと、ブレイブネコランスを片手にふんすと息巻いているキッカ達の頼もしい姿にアランは小さく微笑み、毒々落とし穴の前に躍り出た。

 

 「ほらこっちだ! 来い!」

 「グャオオオオオオッ!!」

 

 きょろきょろと辺りを見渡していたナルガクルガが、その声を聞いた途端にアランへと振り返った。閃光玉の効果も消えて奪われていた視覚を取り戻した今、その原因を作ったアランへ向けて怒りの矛先を向けた。

 殺してやる。言葉を持たずとも伝わる、ナルガクルガの激情。アランの姿ただ一点を見つめ、その体をズタズタに引き裂いてやろうと長く鋭い刃翼を振り抜いた。

 

 「グロロオオアアァァッ!!」

 「くぅっ!」

 

 アランの肉体を、ガルルガ装備ごと刃翼が切り裂くその寸前。予めツルギ【烏】を納刀していたアランは真横に向かい緊急回避を行う。頭上で通り過ぎる鋭い音は、そのままキッカの仕掛けたとっておきへ向けて一直線に突っ込んだ。

 ハンターやオトモが乗ってもびくともしないそれは、大型モンスターの巨体が圧し掛かった事で生まれた加重を引き金に作動し、ナルガクルガの下半身が地面に埋まった。




戦闘描写って難しいですね。続きます。


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第6話「迅竜ナルガクルガ」

連続投稿第二弾です。


 「グァウッ!? ギャウウァッ!!」

 「ビンゴ! ナイスだぜアラン!」

 

 地面に紛れ込むようにカモフラージュが施されていた毒々落とし穴のネットがナルガクルガの後ろ足を絡め取り、ネット下に滞留していた紫色の毒煙を吸い込んでいく。ぴったりと着いている筈の地面が無い後ろ足は虚しく宙を蹴り、前脚をばたばたと暴れさせながら必死にもがいていた。そこへ吸い込み続けていた毒煙が体中に回り、頭部から肩周りへかけてキッカのブーメランが投げつけられ、ガッシュの担ぐアルバレストから放たれる弾丸が次々と突き刺さっていく。

 そこへ緊急回避から立ち直ったアランも参加する。罠から距離を離しているガッシュ達と違い、アランは自身も毒煙を吸い込む危険を考えてぐっと息を止めながら抜き放ったツルギ【烏】の刃でナルガクルガの背中を何度も斬り付ける。びっしりと生えた黒毛が切り散らかされ、その下にある皮膚に刃が下ろされる。

 落とし穴による拘束、毒による状態異常、キッカのブーメランにガッシュのヘビィボウガン、そしてアランの片手剣。これらのダメージが幾重にも重なれば、さすがの大型モンスターといえども重傷は免れない。刃翼を羽ばたかせて罠から抜け出した時には、ナルガクルガの片目が潰れた状態になっていた。潰れた片目を始め、アラン達から受けた傷から血を流していた。

 

 「グ、グウゥ……」

 「おーし、あともう一押し……あり?」

 

 四つの脚で踏ん張りながらもふらつきを見せたナルガクルガに追撃を加えようとした時、アルバレストは弾丸を発射しなかった。落とし穴のラッシュで畳み掛けていた際に弾切れを起こしていたのだ。

 

 「おいおい、こんな時にそうなるかよ!? えっと、弾、弾……あり?」

 

 弾薬専用のポーチを漁りながらレベル2通常弾を探す。が、でてきたのはほんの三発。先の攻撃でガッシュは携行できる分の弾をほとんど使い切っていたのだ。

 

 「にゃう、旦那さん! 早くしないと逃げちゃうにゃあーっ」

 「ああ、急いでるんだけどよ……ああもう! だったら……おい、アラン!?」

 

 このチャンスを逃すまいと思いながら、しかし焦る手でレベル3通常弾を取りだろうとするガッシュの手を、アランは掴んで止めていた。アランはポーチから取り出したペイントボールをぶつけ、傍観しようとしているのだ。そうしている間にも、ナルガクルガは撤退を図ろうとしている。よろよろとした足取りでアラン達から離れていた。

 ブレイブネコランスを片手にキッカが追いかけようとするも、それより早くナルガクルガは飛行し、エリアを後にする。ナルガクルガを逃してしまったのだ。

 

 「ああ、くそっ! どうしたんだよアラン!? もう少しであいつを狩れてたってのに……!」

 

 ナルガクルガが去り、先程の戦闘が嘘だったかのように静まり返ったエリア内でガッシュがアランに詰め寄る。それに対し、アランはガッシュをなだめる。出来るだけ狩猟に掛かる時間を短縮させたいガッシュの言い分も分かるが、こういう気の緩みそうな時こそ足元を掬われやすいのだ。

 

 「いいや、ここは逃がす方が良い。あのまま戦い続けてたら拙い事になってたかもしれない」

 

 先程、もし無理に追撃を仕掛けていたら思わぬ反撃を食らっていたかもしれない。もしそうなっていたら再装填にもたついていたガッシュを助けられる完全な自信はアランにもない。であれば、無理な追撃は避け、この場で一度体勢を立て直したのちに次のエリアでじっくりとあのナルガクルガを追い詰めればいい。それがアランの考えだった。

 

 「そう、か……。悪い、焦ってた」

 「まだ時間はある。それから……」

 

 回復薬とは別の、剣士のアランには縁遠い筈の弾薬ポーチからある物を取り出す。一纏めにされた、数十発分のレベル2通常弾。これを使えと、アランの目が物語っていた。

 

 「弾……?」

 「もう無いんだろう? 半額の時に買い溜めておいた」

 

 用意がいいよな、お前って奴は。アランから受け取ったレベル2通常弾を、それぞれ弾薬用のポーチとアルバレストに充ててガッシュは呟く。必要だから、とアランは返した。

 

 「キッカ、あとどのくらいだ?」

 「にゃ、もう少しだと思うけど……まだにゃ。大丈夫になったら、ボクが教えるにゃ。まかせてにゃ」

 

 左肩の被弾をそのままにせず、回復薬でしっかりと傷を癒したガッシュがキッカを見る。アランも回復薬と元気ドリンコを飲み下しながらキッカの言葉に耳を傾けていた。アラン達はナルガクルガを捕獲しようと試みているのだ。

 

 「もう少しで転ばせられると思う。その時が狙い目だ」

 「麻酔弾は俺だな。罠は頼むぜ」

 「ああ、任せてくれ」

 

 砥石でツルギ【烏】の切れ味も整え、準備は万端。最後の一手を決めるべく、アラン達はナルガクルガ追跡の為にエリア4を後にした。

 

 

 

 

 

 「グルル、グゥ……」

 

 天井に開いた穴から差す日の光が天然の照明になっているエリア7。リモセトスの腐乱死体やかつて大型モンスターが使っていたであろう巣の残骸が点在するこのエリアに、ナルガクルガは逃げ込んでいた。縄張りに侵入した者達に手傷を負わされ、ふらつく体に鞭を打つ。そんな傷だらけのナルガクルガの眼前を、一発の弾丸が通り過ぎていく。

 

 「やべ、外したか!?」

 「いや、いい! このまま仕掛ける!」

 「んにゃあー!」

 

 首を上げて此方の存在を視認したナルガクルガへ向け、ブレイブネコランスを構えたキッカとツルギ【烏】を引き抜いたアランが一気に畳み掛けた。ナルガクルガの眼前でキッカがちょこまかと動き回り、ナルガクルガの注意を引く。そうしている内に側面へと回り込んだアランがナルガクルガの後ろ足を斬り付ける。続けて二撃、三撃と切り口を加え、それに堪らないといった様子で悲鳴を上げたナルガクルガが跳躍してアラン達を引き離す。

 アラン達の背後にいるガッシュが俊敏さの欠けたナルガクルガの影をアルバレストのスコープでゆっくりと追従していき、数度にわたる跳躍の着地地点を予測して銃口を向ける。天井に開いた穴から差す光のお陰で視認性が上がり、その姿を捉える事も容易になっていた。

 アルバレストの引き金が引かれ、空薬莢が宙を舞う。銃口から吹き出す燃焼ガスに押し出され射出されるレベル2通常弾が次々とナルガクルガの表皮を穿っていく。

 

 「グギャアアァァッ!!」

 「むむっ。旦那さん、あらん! 獲物に弱りが見えるにゃ!」

 

 激痛にもがくナルガクルガの姿を見て、キッカが頃合いだと知らせる。そこへアランのツルギ【烏】の刃がナルガクルガの後ろ足を斬り付け、紫の防具を返り血に染めていく。止めに剣先を突き刺し抉り抜くと、ナルガクルガは地面へと横たわり四肢をもがかせた。身体を支える足へダメージが蓄積した事でバランスを崩し、ナルガクルガは転倒したのだ。

 

 「アラン!」

 「分かってる!」

 

 持ち味である高い跳躍力を失ったナルガクルガへ、アランはすかさずポーチから円盤型の装置を取り出し地面に設置する。しっかりと設置されたのを確認してから中央のスイッチを押し、離脱。一拍を置いたのち、装置から放射状に発せられた電流がナルガクルガの四肢と接触する。接触している皮膚から手足へ、手足から胴体へと伝う電流にナルガクルガはびくびくと全身を痙攣させた。

 

 「グァウッ……ギャウウッ!!」

 

 キッカの仕掛けた毒々落とし穴と対になるトラップアイテムであるシビレ罠を使い、アランはナルガクルガを拘束状態に持ち込んだのだ。ネットを張り巡らせて物理的に拘束させる落とし穴と違い、発せられる電気に触れさせるだけで効果を発揮するシビレ罠は、その優れた即効性の代償として落とし穴ほどの高い拘束性は持たない。現にナルガクルガは両前脚を動かそうとしており、罠を振り解くのも時間の問題だった。

 

 「ガッシュ!」

 「待ってましたぁ!」

 

 アランの声に応じ、アルバレストの引き金を引く。シビレ罠にかかっているナルガクルガの顔面に当たった弾丸が破裂し、白色の煙がもわもわとナルガクルガの顔面を覆う。続け様にもう一発発射。二つの煙が一纏まりに重なり合い、ナルガクルガの鼻孔へと吸い込まれた。

 

 「ガゥ、グ……」

 

 吸い込んだ煙、気化された捕獲用麻酔薬が徐々に体中を巡り、ナルガクルガの動きが緩慢になっていく。両の刃翼に勝るとも劣らぬその鋭い眼光が蕩けていき、やがてナルガクルガは前脚を枕にするように頭を垂れさせた。

 

 「クルルル……クフー……クルル、クゥ……」

 

 眼は完全に閉じられ、静かな寝息がアラン達の耳に入る。アラン達はナルガクルガの捕獲に成功したのだ。

 

 「おっしゃあ! クエスト成功だな!」

 「やったにゃあーっ! ばんにゃーい!」

 

 ガッツポーズを取り、狩猟成功の喜びを全身で表すガッシュとキッカ。湧き上がる感情に正直な彼らの姿にアランはガルルガヘルム越しに微笑む。賑やかで頼もしい、気の置けない仲間。彼らの助力が無ければ、今回の狩猟はもっと長引いていたかもしれない。

 もう一度、シビレ罠の上で寝息を立てているナルガクルガを見る。改めて、アランは共に戦う者達が持つ存在の大きさを再確認した。

 

 「あらん、あらんっ」

 「ん? ……ああ、ほら」

 

 呼ばれ、振り向く。右手を上げたキッカがじっとアランを見つめていた。右手の肉球とにやつくキッカ顔を交互に見て、その意図に気付いたアランが左腕のガルルガアームを外し、キッカとハイタッチをする。

 

 「にゃーん!」

 

 以前賑やかな主人だといっていたが、このオトモも十分賑やかだ。エリア7から移動する際、アランはそんな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 「……まだ持ってたのか、ガッシュ」

 「当然。満天の星空の下で食うこんがり肉も最高だからな」

 

 ベースキャンプへ辿り着いた時には、すっかり日が沈んでいた。僅かに冷えた空気が肌を包み、見上げれば無数の星々が夜の空に輝いている。時折見かける流れ星を肴に、ガッシュは肉焼きセットを広げていた。ガッシュの近くで両手をかざすキッカが、肉を焼く火で暖を取っている。

 

 「この後飛行船に乗るんだから、あまり詰め過ぎない方がいいんじゃないか?」

 「大丈夫だって。こんがり肉だぞ?」

 

 その言い分が理由になっているのか疑問に思う一方で、アランも軽食を作る為にベースキャンプにある簡易キッチンで火を熾していた。オレンジ色の淡い光が辺りを照らす中でベルナ村から持ってきたチーズを火で軽く炙る。チーズの表面が火の熱で溶け始め、全体の形がぐにゃりと歪んできた所でスライスされたパンに乗せ、食む。良く噛んで飲み込んで、夜の冷えた空気でチーズが冷めない内にもう一口食む。驚く程簡素な出来で、見方を変えればズボラにも思えるだろうそれは、これ以上付け足せばそれら全てが余計なものになりかねない程に美味だった。

 最後の一かけらをしっかりと味わったアランは、使い終えた火を消してガッシュを見る。火の上での数度の回転を終えてこんがりと焼き上がった肉に、ガッシュは思いっ切り齧り付いた。




焼きたてのこんがり肉ってどんなお味なのでしょう。あの大きな塊に齧り付くのも良いけど、少しずつ薄く切ってパンとかに挟むのも良さそう……むむむ。


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第7話「休日のアラン」

お待たせしました。第7話です。


 カーテンの隙間から日の光が差し込む寝室で、アランはうっすらと瞼を開けた。さっさと起きて、今日のやるべき事をしなければならない。夜に眠り、朝に目覚める現在の生活習慣ならば、それはごく当然の事だが、もう少しだけ、という気持ちが生む微睡(まどろみ)がアランをベッドに縛り付けていた。

 そんなアランのベッドに乗った一匹のアイルーが、アランの顔を覗いた。

 

 「旦那さん」

 

 重みを増し、徐々に閉じていく瞼に抵抗するアランの頬を浅くつつく。頬に当たるアイルーの手の感触がくすぐったいのか、アランは顔を動かしてアイルーのつつきから逃れようとする。が、身体はベッドに横たわったままなので当然逃れる事は出来ない。つつかれるがままだった。

 

 「旦那さん、旦那さん」

 「わか、ってる……」

 

 つつくだけでは効果が薄いと思ったのか、アイルーはアメショ柄の毛に包まれた肉球で二度、三度とアランの頬をぽこぽこと叩き、そこでようやくアランは目を覚ました。ゆっくりと上体を起こし、両手をアイルーの脇へ潜らせて持ち上げる。

 

 「ほら、今度こそ起きただろう? リリィナ」

 「まだダメにゃ。顔を洗ってこなきゃ、めっ! だにゃ」

 

 びしっ、という音が聞こえそうな勢いで右手を突き付けてきっぱりと告げるしっかり者然としたアイルーもとい、自身のオトモに寝起きのアランはため息をつく。休みの日ぐらいはいつもよりも長めのの睡眠が欲しいというアランのささやかな願いも、彼のオトモのリリィナには通用しなかった。

 

 

 

 

 

 「さて、と……」

 

 眠気もすっかり吹き飛び、軽い身支度を済ませたアランがテーブルに向かい、椅子に座る。目の前にあるのはすり鉢とすり棒、それから中身の入っていない大量の空の瓶と、清潔にした匙にハチミツがたっぷりと入った瓶、他にも棚から引っ張り出してきたいくつかの小物類が所狭しとテーブルを埋めていた。

 

 「それから、後は……」

 

 椅子の横に置かれた二つの籠、その内の一つに手を伸ばして青々とした葉を一掴み、すり鉢に入れる。そうしてすり鉢に入れた葉、薬草をすり棒で潰す。薬草の表面が破け、裂け目から溢れる緑色の果汁がすり鉢の底に溜まっていく。次に、もう片方の籠から水色の傘を持つアオキノコを、これまた一掴み取り出してはすり鉢の中へ放って、薬草と同じように潰した。徐々に量を増していく果汁に細かくなった葉とアオキノコを混ぜるように更に潰し合わせ、頃合いを見てアランは手を止める。

 何度も潰されてペースト状にされた薬草とアオキノコを、手元にあった匙を使って手頃な大きさの濾し布に包んでぐっと絞る。すると、すり鉢の底に溜まっていた果汁に、薬草とアオキノコのペーストから絞った果汁が継ぎ足された。これに簡単なろ過を済ませ、先程の空の瓶に詰め込めば、晴れて回復薬の出来上がりとなる。緑色の液体が入った瓶が五つ完成し、しっかりと栓をする。

 この工程を数度繰り返し、今度は回復薬の入った瓶にハチミツを一匙加えて撹拌させていく。これで回復薬の効果をさらに高めた、回復薬グレートの完成である。つまるところ、アランは調合をしていたのだ。

 傍から見れば簡単そうに見えるこれらの工程は、現地で行うと意外と失敗する事が多い。狩り場で調達する際はすり鉢を持ち歩く程の余裕はポーチには無く、仮にいくつかの道具を用意してもエリア内へ持ち歩く為に両手がふさがっては戦う事が出来ない。エリア端に一旦置いておく事も不可能ではないが、泥や生水が入れば衛生面で不安になるし、モンスターのブレスや毒液の流れ弾が当たれば悲惨な結果を辿る。手癖の悪いメラルーにくすねられでもしたらやはり悲惨な結果となる。

 加えて各アイテムを確実に調合する際の手引書となる調合書の存在もあり、どちらにしてもこれらの代物はベースキャンプへ置き去りにしなければならない理由が大きく、その調合の為に一々キャンプへ戻ってはクエストを成功させるまでの時間が掛かり過ぎてしまう。

 アランが安定して回復薬と回復薬グレートを量産しているのは調合書でしっかりと手順を確認しながら設備の整った環境で丁寧に工程を進めているからなのだ。

 

 「はぁ……」

 

 二つの籠の中身が空になり、テーブルにずらりと並ぶ緑色の薬液が入った瓶を眺めてため息をついたアランは、役目を終えたペースト状の薬草とアオキノコの残骸を燃えないごみ用のくずかごに放る。調合し終え、薬草の色と匂いが移った両手を水で軽く流してから調合に使った小道具の類をしっかりと洗浄し、棚に戻した。

 

 「旦那さん、お疲れ様にゃ」

 

 調合した回復薬をアイテムボックスに収納し、再びテーブルに着いて軽く伸びをするアランの前にマグカップが置かれる。中身は質素なコーヒー。リリィナからの差し入れだった。

 

 「リリィナ。いつも助かる」

 「ワタシは旦那さんのオトモにゃ。これくらい出来て当然にゃ」

 「それでもだよ」

 

 コーヒーを一口含み、リリィナの頭を撫でる。指の背で小さな額をなぞると、リリィナは目を細めてごろごろと喉を鳴らす。次に鼻の頭から鼻先に掛けて、ゆっくりと。

 

 「ふにゃう。旦那さん、そんなに撫でたら駄目にゃあ……」

 「いいや、やめない。リリィナが信じてくれるまでやるからな」

 「にゃう、にゃうぅ……」

 

 駄目だと言いながら、その言葉とは裏腹にアランの指へ鼻先をスリスリと擦り付けるリリィナ。

 続けてアランの指が顎を撫で、再び額に戻ろうとした所で我に返ったリリィナの両手がアランの手をぎゅっと掴み、主人に甘えたい気持ちを必死に振り払って待ったをかけた。

 

 「こ、降参にゃ。旦那さんの気持ちはよく分かったにゃ。だから、撫でるのは……恥ずかしいから、やめてにゃ」

 「なら、やめようかな」

 

 アメショ柄の毛並の手触りをもう少し撫でていたかったが、本人の申し出を尊重して手を離す。気の利くしっかり者だが妙な所で素直じゃないリリィナにアランは苦笑し、コーヒーをもう一口含む。

 自慢のオトモお手製のコーヒーを飲みながらのんびりと過ごす休日。数日ほど前の迅竜を狩猟した時の事が嘘のように静かで穏やかな時間。

 

 「フェニ」

 

 そんなアランへ、首輪代わりの赤いリボンに付いた鈴をチリチリと鳴らして近付く小さな生き物が一匹。鼻先、耳、四肢の先端を除く全身を白いふわふわとした毛で覆われたムーファの幼体。アランの家で飼育されているペットで、名をフェニーという。

 

 「フェニ、フェニッ」

 

 鼻先をアランの脛に擦り付けていたフェニーが、今度は両膝へ乗ってきた。小さな体とはいえ、それなりの重さはある。フェニーの体を支えている硬い蹄の感触が両膝に圧し掛かるが、アランはさして気にしている様子は無い。額から背中へ、フェニーの毛並を優しく撫でる。

 

 「フェニ、フェニィ」

 「ん、もっとか?」

 「フェニーッ」

 

 掌全体を使った撫で方から指先を使って櫛で梳くように撫でると、フェニーは体をプルプルと震わせてアランの頬に頬ずりをする。

 

 「気に入ったみたいだな。なら、今度は―――――」

 「アラン、いるか?」

 

 突然の事だった。今度は顎を撫でてやろうとした矢先、ノックも無しに家の戸が開いてガッシュとキッカが上がり込む。非常識な行動に見えるが、二人にとってはいつもの事。始めはまた何かしらのクエストに誘うのかと思っていたが、神妙な面持ちのガッシュを見て考えを変える。隣にいるキッカも、ガッシュ自身も、いつもの賑やかさがないのだ。そんな一人と一匹の姿にただ事ではない何かをアランは感じ、リリィナやフェニーに見せていた穏やかな表情は鳴りを潜め、大型モンスターを狩猟する際のような真剣な眼差しになる。

 

 「何か、あったのか?」

 「それが、なぁ……」

 

 彼らに、あるいは彼らを取り巻くものに対して何かあったのかと問うアランに、ガッシュはがしがしと頭を掻いて言い淀んでいる。キッカもキッカで、居心地が悪そうにしている。

 それから少しの間を置いて、ようやくガッシュが話を切り出した。

 

 「ギルドマネージャーから、俺らに話があるらしい。遠くの村から救援要請が出たそうだ」

 

 

 

 

 

 「ユクモ村と、ココット村に、ですか……」

 「そう。お前さん達二人に頼みたい。今回の件は一筋縄ではいかなさそうだからね」

 

 龍歴院の集会所に向かったアラン達へ竜人族の老婆が手に持つ虫眼鏡をきらりと光らせた。彼女はこの龍歴院の院長とギルドマネージャーを兼任しており、今回の救援要請にアラン達を向ける旨の決定を下した人物でもある。

 

 「やっとこっちに戻ってきたと思ったらまたですか? 今度はアランも。よっぽどヤバい奴でも暴れているんですかね?」

 

 そんなギルドマネージャーへの不満を隠そうとせずに、ガッシュが物申す。ガルルガ装備に着替えたアランはギルドマネージャーの話の内容を聞いて得心がいった。長い間、それこそ年単位でアランとガッシュはコンビを組んで狩りをしていた。それが数週間にわたりガッシュのみがポッケ村へ派遣されたのちに龍歴院へ戻り、再びアランとコンビでクエストに向かえると思っていた矢先にこれである。ガッシュの様子がいつもと違う理由はギルドマネージャーが下したこの決定にあったのだ。

 ガッシュの存在の大きさは、彼が不在の間に単独で黒狼鳥を狩猟した際に嫌という程思い知っている。アランとしても今回の話には抵抗があった。

 

 「ココット村に電竜、ユクモ村に泡狐竜が現れたのさ。危険度でいえばそこいらのモンスターなんか目じゃあない。跳狗竜や大怪鳥を狩ったばかりの若いのには、とてもねぇ」

 「……龍歴院にいる他のハンターには任せられず、現地のハンターだけでは対処が難しい」

 「御名答だよ。お前さん達二人には現地のハンターと共同して、これらモンスターの狩猟をお願いしたいのさ。幸い、古代林における脅威だった迅竜を狩猟してくれたおかげでしばらくの間は安全に調査が進みそうだからね」

 

 小さく呟いたアランに、ギルドマネージャーが頷く。電竜と泡狐竜。どちらも古代林に現れるようなモンスターではなく、アラン達もモンスター図鑑で見ている程度にしか情報がない。加えてこれらモンスターと大なり小なり交戦経験があろう現地のハンターでさえこちらに救援要請をするとなれば生半可な実力のハンターでは返り討ちに会って終わりである。ココット村、ユクモ村双方としてもこれ以上の被害の拡大を許す訳にはいかず、龍歴院としても余計な損失はなんとしても避けたいのだ。

 だからこそギルドマネージャーはアランとガッシュを向かわせる事にした。幾多のクエストに挑みながら必ず生還し、常にコンビで狩猟をしている関係上パーティ戦における立ち回りも心得ている。決して小さくない戦果である先述の迅竜ナルガクルガを始め、フルフルや黒狼鳥イャンガルルガを下した二人ならば確実に良い結果をもたらしてくれると信じていた。仮にこれ以上の人材を寄越せと言われたらギルドマネージャーは首を横に振っているだろう。

 

 「頼れるのが他にいないのさ。分かっておくれ」

 

 深い皺の目立つ両目がアランとガッシュをじっと見つめる。ギルドマネージャーとて、アランとガッシュが積み上げてきた物を、ガッシュが戻って来てからのここ最近の生き生きとした二人の姿を知っている。それでも大型モンスターの脅威が各地域に迫っているのなら、その脅威にさらされている者がいるのなら、見過ごす訳にはいかない。

 かつて龍歴院が助け合いの末に成り立ったように、人々は互いに力を合わせねば存続する事はできない。ギルドマネージャーとしても、これが最良の決断だった。

 

 

 

 

 

 「っだああぁぁ……。こんなのアリかよぉ、無いだろぉ……なあアラン、無いだろぉ!?」

 「事情ならガッシュも分かっただろう。放っておく訳にはいかない」

 

 夕方。再び自宅へ戻ったアランはすっかり意気消沈したガッシュ、キッカとテーブルを囲んでいた。始めはガッシュと同じように抵抗を見せていたアランも諸々の事情を聞いてからはギルドマネージャーの決定に肯定的だった。慢性的な人材不足を抱え、常に命の危険が伴うハンターの役割は誰にでもできる事ではない。そして、ギルドマネージャーから自分達にしか頼める者がいないと言われたのだ。アランとしても間髪置かずにガッシュと離れるのには思う所があるが、だからといってココット村やユクモ村の者達を見捨てて良い理由にはならない。

 

 「俺らが二人で行って、一つ一つ解決していきゃあいいじゃんかよぉ!」

 「片方を解決させてる内にもう片方が手遅れになっていたら?」

 「うがああぁぁーっ!!」

 

 たった今思いついた勢い任せの提案もあっさりと論破され、ガッシュはがしがしと頭を掻く。やけくそ、という言葉を全身で表していた。

 

 「はぁ……本当にさ、お前は人助けが好きだよな。お人好しだぜ、まったく」

 「そうか。ガッシュが言うならそうなんだろうな」

 

 ここまで嫌がっていたガッシュがとうとう観念したのか、小さくため息をついてアランをお人好しだと評する。昔からアランはお人好しだったとガッシュは思い返し、言われたアランも自覚があるのか全く反論をしない。村人が困っている、というワードで気持ちが切り替わる辺り相当なものだろう。

 

 「うっ、うぅ、あらん……」

 「あぁ、まーた始まったぞアラン」

 

 頬杖をついて半目になったガッシュの隣で、涙ぐんでいるキッカがひくひくとヒゲを動かしてアランをじっと見つめている。そんなキッカの表情にアランは既視感を覚えた。いつかの日に、こんな光景を見た事がある、と。

 

 「にゃああぁぁーっ! あらんと離れ離れになるなんてやにゃあーっ!!」

 

 椅子から飛び降りたキッカがてこてこと慌ただしい足音を立ててアランへ近付き、膝に飛び乗った。両手でしがみつき、泣きべそをかきながら狭い額をアランの頬へぐりぐりと擦り付けるキッカの姿は完全に駄々をこねている幼子のそれだった。

 

 「あらんも一緒がいいにゃ、旦那さんと一緒にいてにゃあ……にゃううーっ!」

 

 その時の感情が顔に良く出るのは主人と一緒のようで、キッカは一向に泣き止まない。どうしたものかとガッシュに視線を送るが、帰ってきたのは退屈だと言わんばかりの大欠伸。キッカを止めるつもりはないようだ。

 

 「そんなに泣くなキッカ。ほら」

 「にゃう……にゃ?」

 

 アランの手が、キッカの額に乗せられる。そのまま首から背中へ、ゆっくりと数回程撫でる。なだめるように優しく、丁寧な手つきで。

 

 「俺もガッシュも必ず帰ってくる。そうすればまた一緒に狩りに行ける。そうだろう?」

 「にゃう、でも……」

 

 そのまま撫で続けているとキッカの涙も止まり、落ち着き始めた。すんすんと鼻をすすっているキッカの額をさらに撫でる。

 

 「それとも、もうずっと返ってこないと思ってるのか? 俺もガッシュも、一度だって帰ってこれなかった事があったか?」

 「……ない、にゃ」

 「なら、今度も大丈夫だ。な?」

 

 親指の腹でキッカの目に溜まった涙を丁寧に拭い、アランは柔らかく微笑む。が、キッカはもう一度アランの首に両手を回して抱き着いた。まだ名残惜しさがあるのだろう。ガッシュとキッカがポッケ村に滞在していた三週間という期間も決して短くはなかったのだから。

 

 「フェニ、フェニ」

 「フェニー、乗るか? ……ん?」

 

 いつの間にか、ベッドで丸くなっていたフェニーがアランの脚を鼻先でつついていた。アランに撫でて貰っていたキッカを見て、羨ましくなったのかもしれない。一旦キッカを下ろしてからフェニーを抱っこしようとしたアランだったが、フェニーが次に鼻先でつついたのはキッカの方だった。

 

 「にゃうっ……な、何にゃ? どうしたのにゃ?」

 「フェニ、フェニッ」

 

 キッカの鼻と鼻同士を合わせたり、頬ずりをするフェニー。ふわふわとした体毛がヒゲに当たり、そのこそばゆさに身震いするキッカ。

 

 「や、やめてにゃ。くすぐったいにゃああ~っ!」

 「フェニッ、フェニィ」

 「にゃ、にゃうぅ~」

 

 されるがまま、フェニーの頬ずりを受けていたキッカをガッシュが抱えて椅子に座らせる。すると役目は終えたとばかりにフェニーはベッドに戻って丸まった。耳を澄ませば寝息が聞こえる。元々眠っていた所にキッカの鳴き声で起きたのだから寝付くのが早いのも無理はないかもしれない。大きめのクッションのように見えるフェニーの後ろ姿に、今度良い所の餌をあげようとアランは考えた。

 

 「ほれ。まあ、フェニーなりの気遣いってやつかもな」

 「だろうな」

 

 一連のやりとりを見ていたガッシュがもう一つ大きな欠伸をし、アランが苦笑する。しばらくすると、四つのマグカップを乗せたトレーを持ったリリィナがキッチンから戻ってきた。

 

 「旦那さん達ー、あったかいのが入ったにゃー」

 

 アランとガッシュ、キッカと空いている椅子の前にマグカップが置かれる。白い湯気がゆらゆらと上っていくリリィナお手製のコーヒーをアランが一口含み、反対にガッシュはそのコーヒーをじっと見つめていた。

 

 「……ガッシュ?」

 「いや、なんでもねぇ」

 

 一拍置いて、ガッシュもコーヒーを含む。静かだった。いつものガッシュと違うのは、今回の事がまだ響いているからなのだろう。リリィナも、ガッシュを心配そうに見ている。

 なんでもねぇったら。リリィナの視線に気づいたガッシュが肩をすくめてもう一度マグカップを傾ける。

 

 「なんていうか、リリィナのコーヒーが懐かしく感じてな。それもお預けになるっつうのがよ。……結構クるもんだぜ。知らねぇ場所に行くのは」

 「……ガッシュ」

 

 小さな呟きを、アランは聞き逃さなかった。

 

 「んぁ?」

 「この後、レストランにでも行くか? それ一杯じゃ足りないだろ?」

 「……その言葉を、俺は待ってたんだよ。アラン」

 

 アランの言葉に、にやりと笑うガッシュ。日が沈みかけた時間帯、込んでいる所もあるだろうが関係ない。もう一度会えるとは言ったが、だからといって何もしないというのは真っ平御免だ。盛大に食って飲んで酔ってやろう。アランの中で、この後の予定はもうそうなるのだと決めていた。ガッシュも断らない。大賛成だった。

 

 「どこかの誰かさんに倣って、たまにはファンゴの肉でも頼んでみるか」

 「ああ、やっぱ俺パス。明日は嵐になりそうだからな」

 「何だと?」

 「何だ?」

 「…………」

 「…………」

 

 アランの言葉にガッシュが即答し、両者の睨み合いが続く。リリィナが二人の顔を交互に見つめ、キッカはマグカップに息を吹きかけて冷ますのに必死になっている。

 

 「……っふ」

 「……くく」

 「ふっふっふっふ……っ」

 「っはっはっはっはぁ!」

 

 何が可笑しいのか、アランとガッシュは二人して爆笑していた。アランとガッシュ自身もよく分かっていないが、とにかく可笑しかった。

 

 「ふぃ、そうと決まれば……と言いたいが、もう少しぐらいゆったりしてても罰は当たらねぇなぁ?」

 「そうだな。当たらないな」

 

 痛くなった腹を擦り、目尻に溜まった涙を拭ってから二人はマグカップを再び傾けている。

 

 「で、だ。なんとなくだが、そろそろ上位ランクに上がれるんじゃないかって俺は思ってるんだよ」

 「考え過ぎじゃないか?」

 「そうでもないだろ。今回の話だって他には任せられないって事はだ、俺らにもっと上を目指せって意味があるんだよ。きっとそうに違いないぜ」

 「ふむ……」

 

 飛竜種と海竜種、どちらも大物に違いない。今まで通りの成果を出せば、もしかしたら、もしかするかもしれない。ガッシュはそう踏んでいた。

 アランとしては、そこまで期待するほどの事だろうかと考えていた。もし上がったとしても、それはそれで今までよりもさらに危険な役目に就く事になる。ランクの昇格が必ずしも良い事ばかりではないのだ。

 ただし、ランクの昇格によって得られる報酬が多くなり、リリィナへの褒美やフェニーにあげる餌も良い物になるのなら、それはそれで悪くはないとアランは思っていた。

 

 「どういう……事にゃ?」

 「フッ、リリィナちゃんにも分かる日がきっとくるにゃよ」

 

 アラン達の様子に首を傾けるリリィナを横目にキザったらしく鼻で笑ったキッカがマグカップを煽り、アラン達の物とは別にリリィナが淹れたホットミルクを一口味わう。一番最初に舌が触れ、じりじりと焼くような感覚にキッカはマグカップを置いた。

 

 「あっつにゃああーっ!!」

 

 キッカは猫舌だった。




ここにきてようやく触れましたが、アラン達はまだ下位ハンターです。
龍歴院にいる上位ハンターは数が少ない感じですね。力の強い個体を相手にする関係上、下位からやっと上り詰めたハンターも狩人としての生命を絶たれてしまう事が多々ある形です。全員が全員、死んでいる訳じゃあないですよ。怪我とかがほとんどです。

G級は……また今度のお話にします。


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第8話「旅立ちのベルナ」

お待たせしました。今回の話が今年最後の投稿になります。


 「リリィナ、新しい防具の調子はどうだ?」

 「少しぎこちないけど、飛行船に乗ってる間に慣れると思うにゃ」

 「なら、向こうでクエストに行く時には大丈夫だな」

 「にゃ。任せてにゃ」

 

 ベルナ村からオトモ広場へ向かう道の途中で、アランはフェニーの背に跨るリリィナに新調したオトモ装備の着心地についてを聞いていた。以前出向いたクエストの報酬で得た素材の一部を端材に変換し、アランはこれからの狩りの助けとしてリリィナにプレゼントをしていた。アメショ柄の毛を覆う黒、背に納める四つ又の刃、影に溶け込む漆黒の毛と鋭利な刃翼を持つ迅竜の素材を使った装備、ナルガネコ装備に身を包んだリリィナはアランにそう返した。新たな武具を贈ってくれた主人の期待に応える為に今まで以上の働きを見せようと、リリィナは一層のやる気を出していた。

 

 「それと、今から気張る必要はないからな。まだ楽にしてていい」

 「にゃ。任せてにゃ」

 「やれやれ」

 

 村を出る前から張り切っているリリィナに苦笑しながら、アランは目当ての人物を探していた。幸いにも、これといった苦労をする事無くその人物は見つかった草を食んでいるムーファ達の中でも特に体格の良い、背にはアイルー達が数匹は入りそうな程大きな荷台を乗せたムーファのすぐ近く。もっと正確にいうと、その体格の良いムーファに咥えられていた。

 

 「むうぅ~っ、んん~っ! うぅ、降りられないよぉ……」

 

 青と白を基調にしたワンピース状のゆったりとした衣服、背に掛かる程度の長さを持った金の髪、ぱっちりとした青い瞳とネコの耳を模した白のカチューシャ。先の尖った長い耳と四本の指を持つ、竜人族の女の子。

 アランが探していた人物である彼女は、衣服に付いたフードを背後のムーファに咥えられて宙吊り状態になっていた。手足をじたばたと暴れさせてムーファを振り解こうとするも、全く手を、もとい口を離す気配は見当たらない。依然として宙吊りになっているまま女の子はうなだれていた。

 

 「カティ」

 「ほぇ……? っあぁー! アランさん! リリィナちゃんも!」

 「また、みたいだな」

 「うぅ……。ここから降ろして下さいぃ……」

 

 アランに名を呼ばれた女の子、カティは宙吊りのまま目を見開いてアランとリリィナを見た。目に涙を浮かべて、助けてほしいという意思表示をしている。現在彼女が置かれている状況と幼さの残る彼女の容姿が相まって、非情に保護欲をかきたてられる光景だった。

 

 「分かった、少し待っててくれ。これは……時間が掛かりそうだな」

 

 この光景をもう少し眺めていよう、などという思いはアランには微塵も無いようで、すぐさま背後のムーファに近寄り、ガルルガアームを外してそっと額を撫でる。

 

 「フェフ、フェフ」

 「よしよし。ほら、良い子だから離してあげるんだ」

 

 カティのフードを加えたままふすふすと鼻を鳴らすムーファと、何とかしてカティを降ろしてあげようとするアラン。片手では駄目だと感じたアランは右腕の盾とガルルガアームを外してフェニーから降りているリリィナに持ってもらい、左手を額から喉へとなぞらせ、右手の指先で背中をわさわさと掻いていく。

 

 「アランさん、何とかなりそうですか?」

 「大丈夫だ。俺に任せろ」

 

 涙で潤んだ瞳のカティに短く返すアラン。ゆっくりと、ムーファの首が下がってきた。あともう少しで終わりそうだという希望を感じながら、決して油断や慢心は生むまいと意識を集中させてアランは撫で続けた。

 

 「フェフ。フェ、フ……」

 

 右手を額へ戻し、左手を頬に移して顔を集中的に撫でていくとムーファの頭はさらに下がっていき、カティの両足がようやく地に着いた。無論これで終わりという事はなく、ムーファは彼女の衣服に付いているフードを咥えたままだ。アランは続けて頬に当てていた手を顎へ潜らせ、指の背中で喉から顎へ何度も往復させる。顎と喉の起伏に合わせて指を這わせていくと、ムーファは口に咥えていたフードを離した。ムーファの意識はアランの方へ向いたのか、アランの顔へ頬ずりをし始めている。それに対してお返しとばかりにアランも撫でてはムーファが機嫌の良さを表すように首に結ばれたリボンに付いたベルをカラカラと鳴らしている。アランの両手にすっかり夢中になっていた。

 そんなムーファの様子を見てもう大丈夫だ、というサインの為にアランはカティのフードを軽く摘んで二、三度引っ張った。

 

 「はあぁ、降りられたぁ……。アランさん、ありがとうございますっ」

 「何とかなったみたいだな。言っただろう? 任せろ、って」

 

 胸に手を当てて安堵し、アランに向き直ってぺこりとお辞儀をするカティ。もう一方のアランも成体のムーファを何度も撫でていた所為か、いつの間にか両手の指の間に絡まったふわふわの体毛を一つの毛玉に纏めてポーチに仕舞う。目先の問題を解決したところでアランは本題に移った。彼女に用があってきたのは、何もムーファをなだめる為ではない。

 

 「頼みがある。しばらくの間、うちのフェニーを預かってほしいんだ。ギルドマネージャーからの通達でユクモ村に行く事になった。少し厄介そうな話だから、一緒に連れて行く訳にもいかなくてな。カティなら、と思ったんだ」

 「ユクモ村に、ですか? アランさんが?」

 

 怪訝な表情で首をかしげているカティに、アランはこれまでの経緯を簡単に説明した。

 ユクモ村とココット村、二つの村の付近にあるフィールドで大型モンスターが暴れている事。それらの各モンスターは現地にいるハンターだけでは対処が難しく、龍歴院のハンターの力を借りなければ解決が難しい事。そしてコンビで狩りをしているアランとガッシュが二手に分かれてそれらの問題解決の為に一時的に村を離れる事。

 

 「そんな事があったんですね。アランさんと、ガッシュさんが……」

 

 アランの話を聞いて、カティの想像の中にいるモンスターには角や翼が付け足されていき、凶悪なイメージで描かれていく。想像の中のモンスターが口から火炎を吐き出し、アランとガッシュが敢然と立ち向かっていく情景が浮かび上がっていた。

 

 「頑張ってくださいね。私、応援してますっ!」

 「ああ。ユクモ村の事は俺が何とかしてみせる」

 

 片膝をついてカティと目線を合わせる。リリィナに預けていたガルルガアームとツルギ【烏】の盾を受け取り、傍らにいたフェニーを抱っこしてカティの前に向き合わせた。

 

 「だから、カティにはフェニーの事を頼みたいんだ。安心して村を……おっと」

 「フェニ」

 

 抱っこしていたアランの手の中から離れたフェニーがカティに近付いて頬ずりをし始めた。

 

 「へ? わぁ……ふふっ。フェニーちゃん、くすぐったいったら」

 「フェニ、フェニッ」

 「むぅ……お返し、えいっ」

 「フェニフェニッ、フェニニッ」

 「えへへ、ぎゅうーっ」

 

 鼻先をすりすりと擦り付けてくるフェニーを両手でわしゃわしゃと撫で返すカティ。最後に額と額をくっつける。小さな動物と幼い少女が戯れている様子は、一つの絵画として描かれたかのような愛らしさと美しさを持っていた。

 そして、アランが密かに思っていた通り、カティがフェニーの筋力に振り回されている様子は見られない。フェニーも懐いており、カティも嫌がる様子を見せていなかった。

 

 「大体……三週間、だな。フェニーの世話については簡単に纏めておいた。困った事があったら父さん達に聞いてくれ。カティにならきっと力になってくれる」

 「はい。私に任せてくださいっ!」

 「フェニ!」

 

 フェニーを飼育する上での注意点や餌を与える時間、トイレの始末等が書かれたメモをカティに手渡す。早速呼吸が合ってきたのか元気いっぱいに返事をするカティと、彼女に抱っこされているフェニーが首の鈴を鳴らしている。

 

 「行こうか。リリィナ」

 「にゃ」

 

 新たな村での新たな狩りへ赴く前にアラン達は最高の激励を貰い、オトモ広場を後にする。

 

 「アランさーん! リリィナちゃーん! リィーリャーっ!」

 「フェニーッ! フェニーッ!」

 

 アラン達の後ろ姿にカティは手を振って、フェニーは小さく飛び跳ねて見送った。それに対して、アランも小さく振り返って片手を挙げていた。

 

 「さて、と。それじゃあアランさんのメモを……へ?」

 「フェニッ! フェニフェニーッ!?」

 

 やがて彼らの姿が見えなくなったところで、カティはアランから手渡されていたメモを読もうとした。瞬間、カティの身体がふわりと浮かび、両足が地面から離れていた。下を見下ろす(・・・・)と、ほんの少しだが先程よりも小さく見えるフェニーがいる。

 

 「ま、まさか……」

 

 ぐぎぎぎ、と音が出てきそうなぎこちなさでカティは背後へ振り返る。黒い皮膚に、全身を覆うふわふわの白い体毛。大きなかごを背中に乗せ、首元には黄金色のベルが付いた青いリボン。

 

 「フェフ」

 

 カティのフードを咥えていた、体格の良いムーファだった。ムーファの扱いに慣れているアランの手を借りて脱出し、そしてもう一度捕まったのだ。その事実をじわじわと実感させられたカティは再び目尻に涙を溜めて、手足をばたつかせるのだった。

 

 「だ、誰かぁ~! 助けてくださあぁ~い!」

 

 

 

 

 

 「んぁ? もう終わったのか」

 

 村に戻ると、いつものフルフル装備を着込んだガッシュとブレイブネコ装備を着たキッカがベルナ村の小さな屋台にてアランとリリィナを待ち構えていた。

 

 「待たせた」

 「うんにゃ、そうでもねぇ。まあ、座れって」

 

 口角を小さく上げて、ガッシュは右の親指で隣の椅子を指差す。アランとリリィナも遠慮なく座った。

 ここは龍歴院の集会所で営業しているアイルービストロの分店、通称アイルー屋台。ベルナ村の名産品であるチーズをフォンデュ料理にして提供する屋台で、村の人間や別の地方から観光に来た旅行客、そしてアラン達ハンター等、幅広い層に利用されている屋台なのだ。

 

 「おやおや、アランじゃないのさ。ガッシュから聞いたよ。違う村に行くそうじゃないのさ。ほらほら、ぼーっと座ってないでアランもお食べニャ。しっかり元気付けて行くんだよ」

 

 アイルーと名が付く事からも分かる通り、この屋台は獣人族のアイルーが経営をしている。白のエプロンに金髪のカツラをかぶった、女房口調が印象的なアイルー。屋台のおかみと呼ばれている彼女が、この屋台を切り盛りしていた。

 

 「アランの好きな物をたくさん揃えておいたニャ。しっかり噛むニャよ。それと、好き嫌いやお残しは駄目ニャ。いいね?」

 「待ったおかみ、俺もいる事忘れちゃあいないよな?」

 「大丈夫、大丈夫。アタシにお任せ、ニャ」

 

 おかみがぱちりとウィンクをして、四つのフォンデュフォークと大きな皿がアラン達の前に置かれる。ニンジンやブロッコリー、ナスにトマト、パンやハムなど、色とりどりの具材が盛られていた。これらの具材をチーズに付けて賞味するのだ。

 

 「ありがとう、おかみ」

 「おーっし、腹一杯食ってやるぞー!」

 「あつ、あっつにゃ……」

 「ふーっ、ふぅーっ。にゃむ」

 

 言うが早いか、二人と二匹はフォークを手に取り、思い思いに選んだ具材を一刺し。そうして屋台に備え付けられたファウンテンの頂上からとろとろと流れ落ちる玉子色のカーテンにするりと潜らせた。フォークに刺さった具材を包んだチーズがほかほかと湯気を立てている。アランとガッシュはそのチーズが冷めぬ内に、リリィナとキッカは逆にしっかりと冷ましてから頬張った。

 

 「所でアンタ達、良い人は見つけたのかい? 二人共もうすぐ二十になるんだから、そろそろ考えておいた方がどうだいニャ」

 「んぁ? あー……どうだろうな」

 

 おかみの切り出した話題に、ガッシュは曖昧な返しをする。見るからに興味がなさそうな彼の様子に呆れた溜息を吐きながら、おかみはチーズに包まれたナスを咀嚼し嚥下したアランへ視線を移す。ガッシュがこの様子だと、恐らくは彼も同じなのだろう、と。

 

 「右に同じく」

 「はぁ、やっぱり……。アンタ達ねぇ、ハンターの仕事に勤しむのも良いけど、一度でいいから恋をしてごらんよ。きっと人生も変わるニャ」

 「んな事言われてもなぁ。ああ、どうせなら同じハンターが良いよな。お帰りを待ってます、みたいなのは性に合わないんだよ。むず痒くなりそうだぜ」

 

 そうして話をしている間も、みるみる内に皿の中身が無くなっていく。エビを頬張るキッカとパンをチーズに潜らせているリリィナを余所に、おかみの言い分に対してのガッシュの意見がそれだった。根本にハンターとしての生活があり、加えて上昇志向のある彼にとっては隣に立って互いに高め合えるような相手が好ましいのだろう。

 

 「……俺は、何だろう。好きになった相手がタイプなのかもしれない。こればかりは、何とも……」

 「それでもいいけど、無関心になるのだけは駄目だよ。いいね?」

 

 黙々とチーズフォンデュを味わっているリリィナを隣に、一人悩み続けているアランをおかみは心配そうに見つめていた。合理主義的な所があるアランは、ガッシュのような遊びの部分が少ない。色恋沙汰など、それこそ絵本かおとぎ話の中の出来事なのではと思っている程に縁がないのだ。

 

 「ま、何とかなるだろ。って、おいキッカ! お前食い過ぎだろ! 俺にも寄越せっつの!」

 「にゃぐぐ、早い者勝ちにゃ……あっつ、あっつにゃ!」

 「ああーっ!? お前それ、最後のハムじゃんか! 食ったな、食いやがったなぁ!!」

 

 おかみの心配もどこ吹く風、ガッシュはいたって平静で楽観的だった。そんな彼の関心は隣にいる業突く張りなオトモに移っていた。アランとガッシュが話している間も、キッカは皿の中身をどんどん減らし続けていたのだ。ガッシュにばれて、キッカは慌ててフォークに刺さったハムを口の中へ突っ込む。が、まだチーズが冷めていなかったのか、口の中でとろける熱々のチーズにはふはふと息を吐いては吸っていた。

 

 「ふざけんなよこの野郎! 楽しみにとっておいたのに!」

 「はふ、あふ。あらんとおかみさんが話してる内に旦那さんが食べていいって言ってた気がするにゃ……にゃあ!? ふみっ、にゃぎゅうっ!?」

 

 食べ物の恨みは恐ろしいとはよく言ったもので、ガッシュの怒りは収まる気配を見せない。キッカの両頬を掴んでぐにぐにと引っ張っていた。対するキッカもやられたままでは終わらず、その小さな両手でガッシュの頬に肉球攻撃を繰り出していた。

 

 「このっ、このっ!」

 「んにゃあーっ!」

 「……駄目か」

 「恥ずかしいから、めっ、にゃ」

 

 リリィナを撫でようとして両手で防がれているアランの隣で、ガッシュとキッカは激しい攻防を繰り広げている。ガッシュが頬を引っ張り、キッカがぽこぽこと肉球で叩いている。

 

 「……アンタ達」

 「なん……ぁ」

 「にゃ、にゃあぁ……」

 

 徐々にヒートアップしていく彼らの熱は、おかみの一言で一気に冷やされていった。いつものようににこやかな笑顔なのにガッシュとキッカは得体の知れぬ威圧感に圧され、大型モンスターに睨まれたケルビのようにぶるぶると体を震わせて縮こまっている。

 

 「ここはお料理を食べる所で、暴れる所じゃあないニャ。まだやるなら、ゲンコツニャ」

 「ひいいぃぃっいひいいぃー!?」

 「にゃああー!? 反省しますにゃ! ごめんなさいしますにゃ! だから……い、命だけはお助けをにゃー!!」

 「まったくもうっ。これに懲りたら大人しくするんだよ」

 

 おかみのお仕置き宣言を引き金に悲鳴を上げ、互いに体を抱き合わせて許しを請うガッシュとキッカ。ガッシュ達の様子を傍目に見ていたアランとリリィナは、おかみを怒らせるとこうなるのかと戦慄していた。昔から世話焼きな性分で笑顔の絶えなかった姿を知っているだけに、直接怒られていないのに冷や汗が止まらなかった。

 

 「はぁ、助かったぁ……。仲良くしなきゃ駄目だよなキッカ」

 「そうにゃそうにゃ。ボクたち仲良しにゃ」

 「さーて、チーズチーズっと……あれ?」

 「にゃ……にゃう?」

 

 おかみの一声で喧嘩を止めたガッシュとキッカがフォークを手に皿を見ると、山のように盛られていた具材はなく、白一面の真っ平らがそこにあった。ガッシュとキッカは何かの冗談かと目を擦ってもう一度皿を見るが、やはり何もない。具材は無くなっていた。

 

 「俺とリリィナで楽しませてもらったぞ」

 「な、あ……えぇっ!?」

 「ガッシュ達が肉ばかり取って、ほとんど野菜しか残ってなかったからな」

 「いや、それは……そ、そうだ! ハムとかパンが―――――」

 「それでキッカと喧嘩してたんだろう?」

 「あぁ……」

 

 肉好きのガッシュと野菜好きのアランが並んだら、当然そうなる。彼らが雇ったオトモ達も味の好みは主人と似た傾向にあるので、減っていくのは殊更に速い。そして、キッカとのいざこざもあってガッシュは殆ど食事にあり付けていない。虚しく天を仰ぐガッシュの腹の虫がもっと食わせろと泣き喚いていた。

 

 「足りねぇ、足りねぇよ……こんなんじゃ……」

 「ほら、お食べな」

 「はぇ? っこ、これは……!?」

 

 ガッシュの前に置かれたのは、おかみからの差し入れだった。

 

 「名付けて、リモセラチーズのバゲットサンド。今度出そうと思ってる新メニューだニャ」

 「まさか、俺に……?」

 「お腹が空いてちゃあ力が出ないじゃないのさ。これを食べて元気を出しなニャ」

 

 手頃な大きさに千切った砲丸レタスの上にスライスしたシナトマトを乗せ、ムーファのミルクから作ったチーズとリモセラミを贅沢に挟んだバゲット。

 

 「やったぜー! いっただきまーす!」

 

 おかみ考案の新メニューを誰よりも早く楽しめる。先程までの消沈もどこへやら、ガッシュは喜色満面の笑みでバゲットに齧り付いた。バゲットの表面のザクザクとした食感に瑞々しい砲丸レタス、シナトマトのジューシーさとまろやかで濃厚なチーズの味、塩とスパイスの効いたリモセラミの旨味が重なり、噛めば噛むほど幸せな気分へと誘われていく。この新メニューは成功する。良く噛んでからごくりと飲み下し、ガッシュはそう確信した。

 

 「んんー! うまー!」

 「へぇ、羨ましい。おかみ、俺とリリィナ、あとキッカにもいいかな?」

 「うんうん、少し待っててニャ。皆、どんどんお食べニャ」

 

 続けて二口、三口と夢中になって食い付いているガッシュを見て、アランも思わず本音が出た。アランは堪らずおかみに注文する。おかみもそうなる事を予想してか、すぐさま二つの皿を出していた。ガッシュと同じものと、それよりも一回り小さいものが二つ。アラン、リリィナ、キッカで丁度一人と二匹分だった。

 

 「にゃ? ぼ、ボクもいいのかにゃ?」

 「阿呆。キッカお前、これ食わなきゃ損だぞ。めっちゃ美味いんだって!」

 

 おかみやアラン、そして主人のガッシュを見回したキッカは戸惑うが、他でもないガッシュ本人がそう勧めてきたのだ。発言者のアランは勿論の事、おかみもいつものにこやかな笑顔に戻り、リリィナも反対している様子はない。

 

 「い、いただきますにゃ……」

 

 アラン達が見守る中、キッカもバゲットを一口。瞬間、キッカは目を見開いて今にも跳び上がりそうになった。

 

 「にゃあー! とっても美味しいにゃ!」

 「ほらな。言っただろう? ほれ、どんどん食おうぜ!」

 「にゃ、食べるにゃー!」

 

 先程まで喧嘩していた二人の姿はどこにも無く、おかみの味に揃って舌鼓を打っているハンターとオトモアイルーの姿がそこにはあった。

 

 「ふふ……」

 

 内心で大成功だと思いつつ、おかみは微笑ましく眺めていた。これから村を離れて頑張ろうとする若者たちを沈んだ面持ちのまま見送るのは駄目だ。

 大切な仲間と離れ、落ち込んでいるだろう彼らを自慢の味で笑顔にする事、生まれ故郷を遠く離れていても彼らにベルナの味を覚えておいてもらう事。それがおかみの目論見だった。

 

 「うん。美味い」

 「にゃ。元気が出てきたにゃ」

 

 ガッシュとキッカが完食した中、少し遅れてアランとリリィナも完食した。腹ごしらえを済ませたアラン達はおかみと別れの挨拶を交わす為に席を立つ。

 

 「もう、行くんだね」

 「ああ。ありがとう、おかみ。おかげで元気が出たよ。行ってくる」

 「しばらく離れちまうが……なーに、心配ねぇ。すぐに戻って来るぜ」

 「……やだねぇ。泣かないって、決めてたのにさぁ」

 

 刻一刻と、その時が迫っていた。想いに逆らい潤んでいく瞳を何度も拭いながら、おかみはアラン達を見る。

 

 「アンタ達、向こうに行っても頑張るんだよ。親御さんたちの為にも、ちゃんと帰って来るんだよ。病気に気を付けて、風邪ひいたりするじゃないよ。いいね」

 

 鼻をすすり、滲む視界と震える声でアラン達に念を押す。最後に、一番最後に、おかみは一言、締め括った。

 

 「いってらっしゃい」

 

 

 

 

 

 ベルナ村から龍歴院へと向かう入口に長く立派な髭をたたえた男性と青の制服をかっちりと着こなした女性が立っていた。ベルナ村の村長と受付嬢だった。

 

 「とうとう、行くのだな」

 「ええ」

 「そなた達ならば、きっと良き未来を齎してくれるだろう。このベルナ村と同じように」

 

 地についた杖を片手に一人頷きながら、村長はかつての彼らを思い返していた。一人は困窮する村人の為に、もう一人は狩人としての功績の為に。それぞれの目的は違えど、彼らは力を合わせて立ち向かい、この村に住む者達に貢献してきた。

 

 「うっ、うぅ……二人共、本当に行ってしまうのね……」

 「うわぁ……」

 「ぐずっ、っう……ううぅ……寂しくなるわ。二人のいない村……グスッ」

 「だからってそんなになるかよ普通。おいおい、泣くなっての」

 

 涙をこらえ見送る。字面だけなら屋台のおかみと同じだった。が、目の前の受付嬢は遠慮なく涙を流していた。すする程度に収まり、鼻水が出ていないのがせめてもの救いだろう。一向に泣き止まない受付嬢に引き気味のガッシュが何とも言えない声を出す。こんな時どんな事を言えばよいものか。ガッシュは迷いに迷っていた。そうしている内に、隣にいるアランが受付嬢へそっとハンカチを手渡す。溢れ出る涙を拭い、ハンカチが濡れる。いつまで出続けているのだろうか。底無しにすら思える受付嬢の涙腺にアランとガッシュは互いに目を合わせて肩を竦めた。

 

 「ぐす……アラン君の、形見……うぅ」

 (死んだ事になってる……)

 

 両手でハンカチを握りしめている受付嬢の言葉にいたたまれない気持ちにされるアラン。勝手に殺さないでくれと言いたい衝動を抑えて村長を一瞥する。

 

 「すいません。もう、行きますね」

 「うむ。二人共、頼んだぞ」

 「はい。行こう、ガッシュ」

 「おうよ。やってやるぜ」

 

 防具を外した手で村長と握手を交わし、アランとガッシュ一行は龍歴院へと歩を進めた。徐々に小さくなっていく彼らの背中を、村長はいつまでも見つめている。かの村々へ向かい、件の竜を制するだけでは終わらないだろうという予感を、村長は感じていた。この二人と彼らのオトモならば、それ以上の何かを起こせると。

 

 

 

 

 

 「さてと、ここからは分かれ道だな」

 

 龍歴院の飛行船発着所。ここでは飛行船に乗り、各村に訪れに来た観光客を始め、食料や物資、研究員やハンターなど、あらゆる物が空路を経由して日々行き来している。そして今日は、アラン達もその中の一つに混ざる事になる。ガッシュはココット村へ、アランはユクモ村へ。それぞれに宛てられた任務に向かうのだ。

 

 「あらん、あらん」

 「ん?」

 

 キッカがガルルガフォールドに肉球を押し当てる。視線を下げると、涙ぐむ瞳でキッカがアランの顔を見上げていた。アランが片膝をついて目線を合わせると、キッカはすぐさま両手を広げて抱き着いてきた。肌に当たるヒゲと体毛のくすぐったさに我慢し、キッカに抱き着かれている体勢のままガッシュと苦笑し合う。

 

 「……頑張ってにゃ。絶対絶対、また会うにゃ」

 「分かってる。約束だ」

 

 ゆっくりとキッカの両手を離し、約束事でする指切りの代わりにキッカの両手をぎゅっと握る。柔らかな毛とぷにぷにとした肉球の感触を堪能してからアランは立ち上がった。

 

 「無事に狩猟できれば、ベルナに戻れる。そうすれば全部元通りだ」

 「だな。簡単で助かるぜ」

 

 キッカはガッシュの隣に、リリィナはアランの隣に直る。あと数分で飛行船は離陸する。二人の会話もこれが最後になるだろう。

 

 「余計な心配だと思うが……怪我、すんなよ」

 「分かってる。ガッシュは……心配なさそうだな」

 「っへへ、言うねぇ」

 「事実だからな」

 

 アランとガッシュが最期にしない最後の会話を繰り広げている内に、発着場の汽笛が出発の合図を出している。これ以上の長居をする事は出来ない。

 

 「今に見てなアラン。とびっきり最高の土産話を聞かせてやるぜ!」

 「ああ。楽しみにしてるぞガッシュ」

 

 がっしりと固く握り合う握手を交わし、アランとガッシュはそれぞれの飛行船に乗り込んだ。新たなる地に待ち受けるモンスターの脅威を打ち払い、再開の約束を必ずや果たさんという決意を秘めて。




今までで最も長くなっている気がします。このくらい長い方が良いのか、もう少し短めにした方が良いのか、未だに分からないです。

それはさておき、前書きの通り今回の話で本作『狩人の証』は書き納めになります。
年末で気が浮かれてしまいがちですが、どうか事故や病気にかからぬよう気を付けてお過ごしくださいませ。

それでは皆様、良いお年を。


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第9話「湯煙に包まれて」

新しい年が始まった、最初の投稿です。
ハンター生活はこの村から始まった、という人も多いのではないでしょうか。


 普段は見上げているムーファの毛のような白い雲が、今は肩のすぐ横を過ぎ去っている。ここはユクモ村へと向かう飛行船の上。時折日の光が照り返す白い雲の眩しさに悩まされる事があるものの、空の旅は順調だった。

 

 「ユクモ村……名物は温泉、か。大きな湯船でもあるのか?」

 「にゃ。どうやら石で出来てるみたいで、この温泉の為に訪れる観光客もいるらしいにゃ」

 「石、か……」

 

 これから自分たちが向かうユクモ村に思いを馳せる。ベルナ村でいうチーズやムーファ、飛行船や龍歴院のように、様々な名産品や独自の文化、風習がある。慣れない土地で四苦八苦する事も多くあるだろうが、それらの懸念と同量の期待もアランは持っていた。

 

 「温泉と言えば、湯に浸かる治療法があったな。確か……」

 「トウジ、っていうらしいにゃ」

 「そう、それだ。リリィナは物知りだな」

 

 それで病状が治るといわれても、いまいちぱっと来ない。飲んだり塗ったりする薬との違いは何か、どういった効能があるのか。まさに未知の領域と呼ぶに相応しく、アランは内心で笑む。早速ガッシュへの土産話が一つ出来そうだと。

 

 「ユクモ村について、いろいろと調べておいたにゃ。これも旦那さんのオトモとしての、ワタシの務めなのにゃ」

 「それは心強そうだ。頼りにしてるぞ、リリィナ」

 「にゃ。任せてにゃ」

 

 両手を腰に当ててしっかりと頷くリリィナへ労いの印に頭をなでようとして、伸ばした手が防がれる。相変わらず、褒められるのが苦手なようだ。ごく稀に撫でる事が出来るが、本当にごく稀で、ギリギリ両手で数えられる程度の物だった。

 

 (あとは……)

 

 傍らに置いてある木箱の蓋を開け、中身を一つ摘まんで取り出す。赤い液体の入った、掌ほどの大きさの瓶。片手剣に特殊な効果を付与するアイテム、刃薬。

 

 (他に適任がいない、か。悪くないと思うんだが……)

 

 泡狐竜タマミツネの狩猟と併せて命じられたアランの任務。それが龍歴院で新たに開発されたこのアイテムの試用だった。大まかな割合として、龍歴院に所属するハンターは大剣と太刀、双剣を扱う者がおおよそ半数以上を占めている。片手剣を使うハンターがいない訳ではないが、ギルドマネージャーによるとまだ日が浅いらしく、ハンターとしての基礎を覚えるので手一杯だという。

 こうして他の村の救援に向かわせられるだけの質を持つ片手剣使いのハンターであり、試作品の刃薬が想定より効果が薄くてもアランならば問題なく狩猟する事ができる。尚且つ無事に生きて戻れるという事が試作品のデータを確実に持ち帰れる事に繋がるという龍歴院の主席研究員の進言が後押しし、アランに白羽の矢が立った。

 

 (大剣……)

 

 遠い昔の事、件の片手剣を発端に受けた心無い言葉と仕打ちが脳裏に過る。今更武器を変える事は出来ないし、そのつもりもない。受け入れてくれる仲間がいるのだから、いつまでも引き摺る必要はない。アランは自らに言い聞かせた。

 

 「旦那さん? どうしたのにゃ」

 「……いいや、何でもない」

 「にゃう、気分が悪くなったらすぐに言ってにゃ。ワタシに任せてにゃ」

 

 不安げな声、心配そうに顔を覗きこむリリィナの姿にアランは我に返った。思い詰めている内に顔に出ていたようだ。

 

 「ニャンテンションプリーズ! 間もなくユクモ村に到着いたしますニャ。おきゃくサマ方、お荷物等を船内にお忘れのないよう気を付けてお降り下さいニャ!」

 

 ユクモ村が近い事を、飛行船に同乗するガイドのアイルーが快活に告げる。これ以上深みに嵌って彼女に余計な心配をさせてはならない。アランは思考を切り替え、飛行船の寄港に備えた。

 

 

 

 

 

 程無くして、飛行船はユクモ村の発着場に到着した。飛行船から降りたアランとリリィナが門を潜って石造りの階段を上がると、村の景色が露になった。

 周囲を山に囲まれた、起伏のある地形に建てられた木造の家屋。辺りに点在する木々には紅く染まった葉がはらはらと落ち、良く見れば家屋のそこかしこに赤い布を用いた装飾が見られる。何より目を引くのが、村の至る所から立ち上る湯煙。天へと伸びる白い湯煙が、木々を彩る紅葉の赤をより一層際立たせていた。

 上質な木材の伐採、加工技術を持つ林業と、美しい景色に囲まれた温泉を求める観光客に賑わうのどかな村。それがここ、ユクモ村なのだ。

 

 「にゃ。この村の村長さんはこの先にいるみたいにゃ。……旦那さん?」

 

 装着している者の持つ本来の毛並とは正反対の黒、顔面を覆うナルガネコヘルムから覗く両目がアランを見上げる。小さな手で村の奥にある石段を指し示した時、アランの様子が妙に不自然な事に気付いたリリィナが小首を傾げた。

 

 「……いいや、何でもない。行こうリリィナ」

 「わ、分かったにゃ」

 

 石段の更に奥に見える大きな建物。この村の中でも特に大きな湯煙を立たせている建物、人々に集会浴場と呼ばれるそれへ視線を向けていたアランが、リリィナの言葉で我に返り歩を進める。発着場を降りてユクモ村へ入った時から、このユクモ村に対してアランはある印象を抱いていた。

 

 (暑い……)

 

 山に囲まれた場所に置かれた拠点、という意味ではベルナ村とユクモ村は似ている。しかし同じ山でもベルナ村よりもずっと低い所に村があり、山間の谷に密集させた家屋の建築形態は窮屈さを感じる。そして村のそこかしこから立ち上る湯煙の湿気と暑さは、年中通して涼しい気候のベルナ村で育ったアランの気力をじわじわと奪っていた。

 この気候に慣れない事には始まらない。新たな村に足を踏み入れて僅か数分。早速一つ目の課題にぶつかったアランなのであった。

 

 

 

 

 

 時折向けられる村人達の視線を背に、石段を上がったアランはリリィナの先導の下、すぐに目当ての人物の元へと辿り着けた。首元から足首まで覆う衣服はベルナ村にあるワンピース型の物とは違い、一枚の長い布を直接体に巻き付けたかのようで、それらが着崩れないように腰帯で巻き留めている。顔一面を真っ白にして瞼の上に太く短い眉を描き、瞳の大きさがいやに小さく見える濃い化粧。幾重にも結われ、大きな髪飾りを施した長い黒髪はさながら冠のようにも見えた。

 長く尖った耳を持つ、竜人族の女性。彼女がこのユクモ村の村長で、アランの所属する龍歴院に救援要請を出した人物なのだ。

 

 「ようこそユクモ村へ、歓迎いたしますわ。龍歴院のハンター様」

 「初めまして、アランです。隣にいるのがオトモの―――――」

 「リリィナですにゃ。村長さん、旦那さんが来たからにはもう大丈夫ですにゃ」

 

 挨拶の後にこの村についてと、件のモンスターによって受けている影響を聞こうとした所でリリィナが話を脱線させた。慌ててリリィナを引っ込めようとするが、それよりも早く村長が反応していた。口元を手で遮り、上品に微笑んでいる。こちらに向ける視線には期待の色がはっきりと見えていた。

 

 「うふふ……ええ、お話は聞いておりますわ。とてもお強いのだとか」

 「出来る事をしている。ただ、それだけですから」

 「にゃ。旦那さんはとーっても強いにゃ!」

 「リリィナ」

 

 これ以上話が逸れては堪ったものではないと、アランは語調を強めにリリィナを鎮めた。

 場の状況を置き去りに言葉が独り歩きする事を、アランは由としない。中身の無い言葉でいたずらに安心を与えたり、不安を煽るような行為は危険だからだ。ギルドマネージャーの評価が過大である可能性も捨てきれず、だからこそ自分のハンターとしての能力は結果で伝えたいとアランは考えている。

 言葉の持つ力は大きい。大丈夫、問題ない、それらは信頼と確実さの存在する関係だからこそ許されるのであって、そうでない者に言うのは無責任な虚勢でしかない。ましてやこの地に住まう者達とアラン個人との間には信頼関係などというものは全くない。もしあらぬ事を言い触らしてそれらの言葉が反故になったら、そのような状況に陥る事だけはなんとしても避けたい。

 最悪の場合、自分の不誠実な態度や行動が原因となって龍歴院とユクモ村の関係が悪化するかもしれないのだ。その影響が少なからずベルナ村にも出ると考えれば尚の事、横柄な振る舞いや今回の任務を失敗するような事態は許されない。アランは慎重になっていた。

 

 「旦那、さん?」

 「後で話す。今は静かにしているんだ。いいな?」

 「にゃう……分かったにゃ」

 

 事実を言っているだけなのにどうして咎められたのか、その理由が分からずリリィナは首をかしげていた。全幅の信頼を寄せる主人の言う事だから間違いはないのだろうが、そのすべてを理解している様子はなかった。

 

 「いいえ、評判通りの腕前でないと困るわ。村にいるハンターだけじゃ無理だと思ったから呼んだのだから。そうでしょう? 村長」

 

 背後から掛けられた声に振り返ると、視線の先には同業者が腕を組んで佇んでいた。防御力はアランの着るガルルガ装備と比較すると圧倒的に貧弱で、身体全体を保護する為の物が胸や肩、腕や脚を保護するのみでその隙間からちらちらと肌を見せている。強固な甲殻や金属製のプレートは無く、かわりに布や毛を主に使っている。まるで防御力は必要最低限にしか持たせていないとでもいうかの如き軽装は、丸々と露出した一面肌色の腹部を覆うメッシュ状の生地が最もその印象に拍車をかけていた。

 漆黒の毛であしらわれたその防具には、アランも見覚えがある。見覚えがある、どころの話ではない。隣にいるオトモのリリィナが同じモンスターの素材で作られた防具を着ていて、数日ほど前に防具の元になったモンスターを狩猟しているのだから。

 ナルガ装備、それが彼女(・・)の着ている防具の名だ。

 

 「あなたに何かあったら。そう思えば、せめてこれくらいはさせて下さいな」

 「私一人でも平気。余所者の力なんていらないわ」

 「君が、この村のハンターか?」

 

 村の中という事もあってか頭用の防具は着けていないらしく、目鼻立ちの整った素顔が外気にさらされている。肩甲骨の辺りまで伸びた黒髪を高い位置で一つにまとめたナルガ装備の少女が、紅色の瞳に宿す敵意を隠そうともせずにアランを睨みつけていた。

 

 「……だったら、何?」

 「泡狐竜タマミツネ狩猟の救援要請を受けて龍歴院から来た。俺はアラン、アラン・ベルーガ。協力して事に当たろう」

 

 右腕の盾と、ガルルガアームを外す。握手の意を込めてアランが差し出した手は、腕を組んだままの少女に握られる事はなかった。アランの手を一瞥した後に、少女は再びアランを睨みつける。

 

 「……………………」

 「……いいや、何でもない」

 

 アランは差し出した手を戻し、ガルルガアームと盾を装着し直す。ここまで拒否反応を見せると、誰が予想しただろうか。アランは焦る。このままではとてもじゃないが任務を遂行させることは出来ない。

 

 「……サヤカ。サヤカ・ミカヅキ」

 

 ぽそりと呟いた少女、サヤカの声に二、三度手を動かしてガルルガアームの装着具合を確かめていたアランが彼女の顔を見る。険しい目つきには今までと同量の敵意が込めているが、確かに聞こえた。彼女の名前が。

 

 「私だけ名乗ってないのが不公平なだけ。役立たずの雑魚だったら……ただじゃおかないから」

 

 踵を返してサヤカが去って行く。その姿が村人の陰に隠れるまで、アランは彼女の華奢な背を見続けていた。

 

 「彼女が、この村のハンター……」

 「にゃうぅ……! なんなのにゃ、あの態度! あれが旦那さんに向かって言う事かにゃ! 許せないにゃあーっ!」

 

 怒り心頭といった具合に両手を握り、地団太を踏むリリィナ。ギルドマネージャーからの指令とはいえ、ユクモ村の危機に駆け付けたアランを拒絶するサヤカの物言いがリリィナの琴線に触れたのだろう。アランは片膝を着き、リリィナの頭に手を置いてなだめる。

 

 「いいかリリィナ。俺は彼女に何を言われても、腹を立てたりはしない。向こうにも事情があるかもしれないからな」

 「だからって旦那さんにあんな事言っていい理由にはならないにゃ! 悪口にゃ!」

 「それでも、今は我慢するんだ。いいな」

 「にゃ、ぅ……悔しいにゃ。でも、旦那さんの言う事だから……我慢する、にゃ」

 

 俯き、手を震わせているリリィナの姿にアランは罪悪感を感じずにはいられない。忍耐という名の苦行を強いている。このまま黙らせ続けていたらストレスを溜めて身体を壊してしまう可能性もある。アランは左のガルルガアームを外した。

 

 「何か、訳があるようですね」

 「ええ。あの子の事はハンターになる前から知っていますわ。……何の為に、ハンターになったのかも」

 

 ナルガネコヘルムを脱がし、その奥にあるアメショ柄の毛をゆっくりと撫でる。いつものような抵抗を見せないリリィナをそのまま撫で続け、アランは村長の方へ顔だけを向けた。彼女の顔にあるのは会ったばかりの時に見せた優美な笑みではなく、沈痛な面持ちだった。

 

 「この村のハンターとして、あの子は良く頑張ってくれていますわ。それでも、泡狐竜タマミツネ……あの子の事は、彼女だけでは厳しいと思いましたの。これ以上、あの子に無理をさせる訳には……」

 

 彼女の装備を見れば、その実力もおおよそは推し量れる。それでも別所から人を寄越す事態になるのは、それだけ件の竜がこの辺り一帯に住まうモンスターの中でも特に強い力を持つ個体だという事を意味している。

 

 「どうか……どうか、お力添えをお願いしますわ。ハンター様」

 「我々には龍歴院から言い渡された任務があります。泡狐竜を狩猟するまではたとえ出て行けと言われても残りますよ。……彼女の事も放ってはおけない。そう、感じますから」

 

 そして、それらの事情と併せてアランが呼ばれたのは、彼女、サヤカの身を案ずる村長の判断でもあるという。リリィナがアランを悪く言われて憤ったように、彼女、サヤカにも村長にそう思われるだけの何かがある筈だとアランは踏んでいた。近寄り難い雰囲気を持つ彼女の奥に秘める、人を惹き付ける何かを。

 

 「リリィナ。ベルナ村と同じように、この村でもお前が胸を張って自慢できるハンターに俺はなってみせる。必ず、必ずだ」

 「旦那さん……」

 

 撫でるのをやめた手でナルガネコヘルムを着せ、ガルルガアームをはめ直す。ユクモ村の抱える問題を解決するにはタマミツネを狩猟する必要があり、その為にはサヤカの力が不可欠で、今のままではガッシュと狩る時のような連携は望み薄だ。まずはアランがハンターとしての自身の能力を示して彼女を認めさせなければならない。

 

 「その為に、まずは……」

 「まずは?」

 

 アランが立ち上がり、リリィナが見上げる。一つ一つ、着実に実績を重ねて村人達の信頼を獲得し、その上で改めてリリィナに思う存分自慢話をさせてあげよう。

 無責任な虚勢ではなく、ありのままの事実として。

 

 「宿を探そう」

 「……そうだったにゃ。お家がないと旦那さんの為にコーヒーを淹れてあげる事も出来ないにゃ……」

 

 一応、所持金は多めに持って来ている。他にも装備の整備をする為の加工屋や、アイテムを揃える雑貨屋を探す必要があり、何がいるかと考えればその分だけ問題は山積みになっていた。

 直後、宿は既に用意してある旨の村長の言葉に彼らが救われたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 「お母さん、身体の具合はどう?」

 

 「……そう、良かった。大分良くなってきてるけど、まだ心配だから」

 

 「今日ね、龍歴院って所からハンターが来たの。渓流に現れたタマミツネを狩猟する為に、って。私一人でも平気なのに、村長やコノハが聞かなくて」

 

 「アラン……何とか、って名前。どうせ、今まで来たろくでなしと同じよ。今に尻尾を巻いて逃げ出すに決まってるわ」

 

 「ハンターになり始めた時からずっと何とかなってたんだから、私なら大丈夫」

 

 「農場に行ってくるね。きっと、ハンゾーが修行に夢中になってると思うから」




そんなこんなで新キャラ登場です。女の子ですよ、女の子。
ただ、お世辞にも友好的とは言い難いですね。幸先の悪いスタートになってしまいました。どうしましょう、これ……。
次回は戦闘シーンの予定です。彼女は一体どんな武器を使うのでしょうね。


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第10話「歪な共同戦線」

新キャラとの初めての実戦です。
今回、誤用表現のある箇所があります。ご了承ください。


 地続きの道を、一台の荷車が進んで行く。二人の狩人と二匹のオトモアイルーを乗せた荷車は、ユクモ村と縁のある狩猟場、渓流へと向かっていた。

 

 「グァッコ、カコッ」

 

 まるまるとした体に二本の脚と短い羽、長い首を持つ小型の鳥竜種が平たい嘴を開いて鳴き声を出している。御者のアイルーに手綱を握られた丸鳥(がんちょう)ガーグァが狩人達の乗る荷車を牽引していた。

 

 「陸路を行くとはな。狭い道を行くから少し不安だったが、案外力があるんだな。あのガーグァってモンスターは」

 「…………」

 「向こうでは飛行船で移動する事が多いんだ。村と近い狩猟場は海に囲まれていて、船を使って近付く事も……いや、何でもない。忘れてくれ」

 

 荷車に乗る狩人、アランは同乗するハンターのサヤカに話題を振るも、彼女はそれに答える気配はない。村を出てからじっと目を閉じ、ベースキャンプへの到着を待っていた。アランが話を持ちかけた途端に瞼を開いて睨み黙らせる。慣れ合うつもりはないらしく、その瞳には拒絶の意思が表れていた。

 

 「ハンターさん、到着しましたニャ。ベースキャンプですニャ」

 

 御者のアイルーの言葉と共にがたがたと揺れていた荷車がぴたりと止まる。視線を移すと、そこには抉られた岩が生み出す天然の天井に古代林のベースキャンプから見える開けた景色を比較するが、簡素なテントと赤と青の納品・支給品ボックス等、アランにも馴染みのある物が設置されていた。

 

 「……クエスト、忘れてないでしょうね」

 「渓流にいるジャギィノス五頭の討伐。サブターゲットはジャギィ十頭の討伐、だろう?」

 「今回はこの辺りの地形を覚えるのが目的。あいつらじゃ小手調べにもならないから」

 

 柄を強く握り、武器の具合を確かめていたサヤカが素っ気ない態度でアランに確認を促す。ユクモ村が抱えている、いくつもの問題。それはアランが龍歴院で聞いていた時とは、少々事情が異なっていたようだ。

 ユクモ村の付近に位置するこの渓流で、泡狐竜タマミツネが姿を現したのは聞いている。が、それに触発されてかお零れに肖ろうとする小型モンスターのジャギィや、上質な水源を求めて大型の海竜種である水獣(すいじゅう)ロアルドロスが出現したとの事。

 上質な木材であるユクモの木が採れるこの渓流が、これら様々なモンスター達の終結する危険地帯とされている為に村の人間が立ち入りできる状況ではなくなってしまっていたのだ。林業を再開できる目途が立っていない以上、ユクモ村を成り立たせている経済の一角がその機能を停止せざるを得なくなっている。

 それだけで村が衰退する事はないだろうが、どちらにしても大きな打撃となってしまう事は想像に難くない。今回のクエストは鳥竜種の小型モンスタージャギィノス、並びにジャギィを討伐し、村の人間達が林業を再開できるようにする為の安全地帯の確保だった。

 

 「それにしても、珍しい武器を使うんだな。君は」

 

 一しきり具合を確かめてから腰へ納刀された、柄に繋がれた大きな塊。短いリーチと高い破壊力を誇り、防御の要である盾を持たず、しかしその見た目に反した高い機動力を持つ打撃武器。

 ハンマー。それが彼女、サヤカが扱う武器だった。防具と同じ迅竜ナルガクルガの素材で製作されたヒドゥンブレイカーに素直な感想を持ったアラン。龍歴院が擁するハンターの武器事情を知っているだけに、記憶の中を辿ってもそれらしき形跡はない。この武器を扱うハンターに出会うのはこれが初めてかもしれない。

 

 「……それが、何か問題?」

 「いいや、問題はない。ただ相手の使う武器は把握しておきたい。いざ攻撃を仕掛けようとして、味方を巻き込んでしまったら大変だから」

 

 パーティを組んでモンスターを狩猟する際、気を付けなければいけない事の一つが同士討ちである。モンスターを狩る為に製作された武器が持つ大きな刃や弾丸は、人体に当たればひとたまりもないのだ。そして、その同士討ちが発端となってパーティ内の雰囲気が嫌悪になり、まともな連携も取れなくなる、という事態は決して稀有な例ではない。

 ましてや初めて組むパーティであれば尚の事で、一層の注意が必要になる。

 

 「そっちが近寄らなければいいだけの話じゃない。そんなの」

 「……分かった。以後気を付ける」

 

 彼女の言葉で確定してしまった。現段階ではガッシュの時のような狩りは望めない。リリィナだけを連れた方がまだ効率が良いかもしれない程、彼女との協力体制が出来上がっていないのだ。今回は地形を覚える事が目的だと言っていたが、そんな悠長な事はしてはいられない。いつタマミツネがこの渓流に現れるのかも分からないのだから。

 

 「ハンター殿、オトモ殿。セッシャ達がついていますゆえ、心配は御無用ですニャ。此度のイクサも無事、大勝を得られましょうぞニャ」

 

 思案を巡らせるアランと、その傍らにいるリリィナに話し掛けるミケ柄のアイルーが一匹。傷跡によって塞がれた片目、文献で見た事のある意匠の甲冑と背負われた抜身の太刀。オトモ武具、武者ネコ装備に身を包んだアイルー。彼の名はハンゾー。アラン、リリィナと共に今回のクエストに同行するサヤカのオトモアイルーなのだ。

 

 「ハンゾー。黙ってて」

 「ニャ? しかし主、ハンター殿は主の力に……」

 「黙って」

 「ニャう……承知、ですニャ?」

 

 友好的と捉えられるオトモの言葉を、主人のサヤカが封殺する。彼女、サヤカにオトモがいる。それが意外だった。そして、オトモのハンゾーは彼女の持つ拒絶的な雰囲気に気圧されていない。それどころかサヤカに意見しようともしている。その意見も黙らされては、釈然としないと言った様子で小首を傾げている姿からも、萎縮していないだろう事は目に見えて明らかだった。

 

 「それにしても、まさかオトモがいたとはな。ハンゾー、ってい―――――」

 「先に言っておくけど」

 

 青い支給品ボックスを開け、中身を取り出すサヤカに話しかけようとして遮られた。緑色の薬液が入った瓶。ギルドから支給される専用アイテムの応急薬を手に、サヤカはアランを睨みつける。ユクモ村で初めて会った時と変わらない拒絶と敵意を宿し、ハンゾーを後ろへ隠すようにしてアランの前に立ち塞がった。

 

 「ハンゾーに何かしてみなさい。その時は……」

 

 握っている応急薬の瓶が軋んでいる。手を出せば潰す、そう言っているのだろう。華奢な体躯の少女だからと侮ってはいけない。彼女もハンターなのだ。幾多の大型モンスターを狩猟して鍛え上げられたその肉体には見た目からは想像もできないほど高い身体能力を持っている。場合によっては成人男性すら捻りかねない。

 

 「肝に、銘じておく」

 

 無論、アランとしてもそんな真似をするつもりはない。もしそうなれば彼女との信頼関係の構築も絶望的になり、何より無害な動物に危害を加える事はアランとしても抵抗があった。彼女の後ろにいるハンゾーと隣にいるリリィナを見る。この小さな体を傷つける場面を想像すれば、それだけで虫唾が走りそうになる。

 

 (庇っている……あのオトモは、仲間として見ているのか? だとしたら、誰にでも俺の時と同じ反応という訳ではない、と)

 

 数歩分の距離を置いて警戒しているサヤカに気の落ち込みを感じつつ、アランも支給品ボックスの中身を見る。応急薬が二つと携帯食料が二つ、残っていた。それぞれ四つずつ入っている手筈になっているので、そうすると彼女は自分の分だけを受け取っている事になる。

 

 「全部取っている、って事は無いんだな」

 「後から文句言われるのが面倒なだけ。さっさと支度してくれないかしら」

 「分かってる……ほら。元気ドリンコ、いるか?」

 

 アランはポーチに入っている黄色い液体の入った瓶、スタミナ回復アイテムの元気ドリンコを二つ取り出し、サヤカに見せた。

 

 「な、何よ。急に」

 

 アランの突然の行動に、サヤカは思わず後ずさりする。警戒は解かないまま、彼の手にある二つの瓶をちらりと見た。

 

 「ハンマーはスタミナが生命線だろう? 多めに持っておいて損はないはずだ」

 「余計なお世話よ。ジャギィノス相手に随分と舐められたものね」

 

 混じりけのないアランの善意だったが、サヤカには見くびっていると捉えられてしまったようだ。よくよく考えてみれば、確かに小型モンスターのジャギィノスを相手に手持ちのアイテムを渡す程の長い時間を掛けるのは可笑しい。

 

 「そんなつもりはなかったんだが……。そうか、悪い事をした」

 「ハンゾー。行くわよ」

 「あ、主……?」

 

 アランを一蹴したサヤカがベースキャンプから繋がるエリア1への小さな道へ向かっていく。その後ろにいたハンゾーが置き去りにしてよいのかとサヤカを見るが、サヤカに待とうとする意思は見られない。その様子にハンゾーは大人しく諦め、アラン達へ小さくお辞儀をして後について行った。

 ユクモ村に来てから、謝ってばかりいる。元気ドリンコをポーチに戻しながらアランはそんな事を考えていた。正確に言うと、彼女といる時だが、どちらにしてもそう大差はない。

 

 「ガッシュのようにはいかない、か……」

 

 ナルガネコヘルム越しにリリィナの頭を軽く撫でてから彼女らの後を追う。アランの言いつけもあって今まで黙っていたが、サヤカの言葉を聞けば聞くほどリリィナは不機嫌になっていた。

 

 

 

 

 

 小さな滝から流れる水に浸された高い段差の目立つ場所、エリア1。雷光虫らしき群生する小さな光と、野良個体のガーグァが水中へ平たい嘴を啄ませている穏やかな光景がそこには広がっていた。ここならば、命を脅かす捕食者が来る事もないのだろう。実際かなり狭い地形であり、とても大型モンスターが入り込めるような場所ではない。加えて前述の通り水も豊富にあるここは、食物連鎖の最底辺にいる彼らにとってまさに楽園なのだ。

 

 「ハンター殿ー! こちらですニャー!」

 

 エリア1の北、手に持つ地図にあるエリア4へ向かう出入り口でハンゾーが手を振っていた。初対面にも関わらず友好的で、道案内をしようとする親切さもある。ハンゾーはそんな性質を持ったオトモだった。

 

 「待っていてくれたのか。助かるよ」

 「いえ、お気にニャさらず。こたびのお力添え、まことに感謝ニャり」

 (ふむ……隷従させてる、って事はなさそうだ。俺が嫌われているだけか?)

 

 導かれるままにハンゾーへ近付いて、エリア4へと入ったアランとリリィナ。先のエリア1とはうって変わり、起伏や傾斜があまり見られない広い平面と、打ち捨てられたいくつかの廃屋の目立つ景色が広がっていた。ここならば大型モンスターが現れる可能性も高いだろう。

 

 「……来てたのね」

 「ああ、彼が案内をしてくれたからな」

 

 そして今は、大型モンスターではなく、数等の小型モンスターがたむろしていた。紫色の体色に細長い尾と小さなエリマキを持つ鳥竜種のジャギィと、一回り大きな体躯に垂れ落ちた長い耳を持つ雌の個体のジャギィノス。今回のクエストのターゲットとサブターゲットだ。

 

 「ギャオ、ギャオッ」

 「グォウ、グワォッ」

 

 こちらの存在に気付いたようで、威嚇の声と共に一目散にこちらへ向かってきた。先頭にジャギィが二頭、その後ろにジャギィノスが一頭。その後方には更に数頭が控えている。

 

 「ハンゾーは下がってて」

 

 ヒドゥンブレイカーに手を伸ばしたサヤカがジャギィへ向けて吶喊する。両手でしっかりと柄を握り、振り上げる。ハンマーの背がジャギィの顎を打ち上げ、その体を大きくのけ反らせる。真横にいるもう一頭のジャギィの噛み付きを横転で避け、ヒドゥンブレイカーを握る両手にぐっと力を込める。

 

 「せぇいっ!」

 

 二頭の陰に隠れているジャギィノスの動向に視線を向けながら、初撃を当てたジャギィへ一気に踏み込んで脇腹へヒドゥンブレイカーの槌頭をめり込ませると、薄紫の体躯が宙を舞い地へ横たわる。たったの一撃で肋骨を折られてしまったのだろう。痩せた横腹に大きな窪みを付けられたジャギィはびくびくと痙攣していた。続けて左足を軸にその場で回転し、腰の捻りと回転の遠心力を乗せたアッパースイングをもう一頭のジャギィの顔面へ叩き込む。皮が剥け、目を潰されたジャギィが無残に打ち捨てられ、瞬く間にジャギィの亡骸が二つ出来上がった。

 

 「グォウッ」

 

 ジャギィが蹴散らされている間に、その陰に控えていたジャギィノスが体を横へ向けてタックルを仕掛けようとしていた。全体重を乗せたタックルを危な気なく避けたサヤカは、先のようにヒドゥンブレイカーの柄をぐっと握って力を溜める。タックルを避けられ、体勢を立て直したジャギィノスが噛み付きを出してくるが、それも難なく回避する。転がっての回避ではなく、力を溜めながらの移動による回避で、だ。一拍の間を置かねば攻撃が出来ないが、その鈍重さからは想像できない程の高い機動力をハンマーは持っているのだ。

 

 「ウォウッ、ウォアァッ!」

 

 体を横へ向けた二度目のタックルも歩行による回避運動で避け、ヒドゥンブレイカーを天へと振り上げる。サヤカの両目が注視し、狙うのはただ一点。体重を乗せたタックルを躱されてよろめいているジャギィノスの首。

 

 「っだあぁ!!」

 

 大きくのけ反らせた全身の筋肉が持つバネの勢いを使い、ヒドゥンブレイカーをジャギィノスの首へと一気に振り下ろす。V字に曲がった首が地面と槌頭に挟まれ、呻き声を上げる間もなく絶命するジャギィノス。お世辞にも頑丈とはいえない小さな鳥竜種の身体ではハンマーの一撃を耐える事は難しく、たった一回の被弾によって骨を砕かれてしまう。ジャギィ達にとって、彼女の攻撃は全てが致命傷に繋がるのだ。

 

 「ギャオゥッ、グォアッ!」

 「ウォアッ、グォウッ!」

 

 振り下ろしたヒドゥンブレイカーを構え直すサヤカに警戒し、威嚇するジャギィとジャギィノス。ジャギィが三頭とジャギィノスが二頭。それがエリア4に残っているこのクエストのメインターゲットとサブターゲットだった。

 

 「あれは俺がやろう」

 

 サヤカの前へアランが躍り出る。その手に持つのは、一振りの剣と小さな瓶。

 

 「まずは、こいつだな」

 

 蓋を開け、中に入っている赤色の薬液をツルギ【烏】の刀身へ流し掛ける。少量ではなく、瓶一つ分の薬液全てを刀身の両面へ流した。ぽたぽたと刃先を伝って地面へ垂れ落ちていく程、たっぷりと。そうして薬液の掛かったツルギ【烏】の刀身を盾に接触させ、さながら火を点けるマッチ棒の如く、一気に振り抜く。盾との摩擦で生まれた火花を種火に薬液が燃焼し、赤い炎を燃え上がらせる。この燃焼によって薬液の成分を刀身に蒸着させると、ツルギ【烏】は淡く点滅する赤い光を纏わせた。

 龍歴院が開発した試作品。片手剣の火力向上を目的に製作されたアイテム。名は、会心の刃薬。

 

 「……?」

 「まあ見ていろ。リリィナはそのまま待機だ」

 「にゃ。旦那さん、頑張ってにゃ!」

 

 自分の使う武器を燃やして何をしようとしているのか。アランの行動に怪訝な顔をするサヤカと、主人への信頼を隠そうともせずに手を振っているリリィナ。

 

 「ニャむむ……何やら面妖なワザを使いますニャあ。ハンター殿は」

 「いや、これを使うのは今回が初めてなんだ。少し不安だったが、何とかなりそうだ」

 

 会心の刃薬が施されたツルギ【烏】をまじまじと見つめているハンゾーへ、アランはもっと良く見せてあげようと少しだけ剣を近付けて見せる。無論、サヤカがそれを黙って見ている訳がないので、本当に僅かな距離だが。

 改めて、アランはゆっくりと歩を進めていく。威嚇し、縄張りを荒らす者を包囲せんと隊列を成すジャギィの群れへ。あっという間に、アランは囲まれた。獲物を追い詰め、勝ちを確信したジャギィ達が小賢しく飛び跳ねてはアランを見ている。その内の、一匹のジャギィが噛み付こうと向けてきた牙を、身を捻ってあしらう。続けてもう一匹のジャギィとジャギィノスも加わってアランを襲うが、これも躱す。三方から挟み撃ちを仕掛けてはいるが、統率者のいない彼らには連携というものはない。牽制も本命もない、それぞれが身勝手に襲い掛かる不揃いな爪牙なのだ。

 

 「ギャオッ、ギャオウッ!」

 「グォワァッ!」

 

 三対一という数的優位にあるにも関わらず、中々仕留めきれないジャギィ達にしびれを切らしたのか、控えていたジャギィとジャギィノスが攻撃に参加する。これで状況は五対一。アランはより不利な状況へ陥っていく。

 

 「ニャニャっ!? 包囲されてしまいましたニャ! あれではハンター殿は……っ!」

 「終わりね。大口叩いて囲まれて、そのまま餌にでもなるつもり? それで救援に来たなんて、良く言えたものね。まったく……」

 

 アランの姿を遠巻きに見ていたハンゾーが大袈裟に驚き慌て、サヤカは冷淡に吐き捨てる。このまま取り囲まれて食われる、それで終いだ。サヤカはそう思っていた。

 例外があるとすれば、ハンゾーと同じく見守っているオトモのリリィナだった。ハンゾーのように露骨な狼狽をする事も無く、リリィナは主人の動向をじっと見ていた。旦那さんなら何の心配もない。ナルガネコヘルムから覗く彼女の両目からはそんな言葉が浮かび上がるようだった。

 

 「はあぁっ!!」

 

 数に任せて一斉に飛び掛かるジャギィ達をギリギリまで引き付けてから、その場で一回転。回転の勢いを乗せて振り抜かれたツルギ【烏】の刃がジャギィ、ジャギィノスの喉や顎へ深い切創を刻み、更にその深部、表皮を切り裂いた先にある筋肉を会心の刃薬が持つ高熱によって加熱させる。跳躍した勢いを相殺され、地へと寝転ぶジャギィの群れ。ほんの一瞬きの間に、状況は逆転していた。喉を切られた個体はそのまま絶命し、何とか生き伸びたジャギィノス達も間髪置かずアランのツルギ【烏】に喉を裂かれて事切れた。

 サヤカとアランの戦果を合わせて、ジャギィが五頭とジャギィノスが三頭。初めてパーティを組んでの狩りとしては、出だしは順調といえる。恐らく。

 

 「あいや、お見事ですニャ! ハンター殿!」

 「あれでも、俺は役立たずか?」

 「……今日は、地形を覚えるのが目的。私はそう言った筈よ」

 

 ツルギ【烏】を納刀し、サヤカを見る。対するサヤカも、アランへと感嘆の拍手を送るハンゾーと、やはり大丈夫だったと自慢げに頷くリリィナを交互に見比べては否定する。まだだ、まだ認める訳にはいかないと。

 

 「ターゲットはまだ残っているの。遅れないで」

 

 討伐したジャギィの亡骸から剥ぎ取った素材をポーチへ詰め、エリア4の北にあるエリア5へ続く道の入口で立ち止まっている。サヤカはアランの動向を窺っていた。

 

 「遅れるな、か」

 

 小さく、サヤカへ聞こえないように呟くアラン。先程のように置き去りにしていく気配はなく、あくまでこちらが動くのを待っているように見える。彼女の思惑は分からないが、アランは彼女が自分の事を待っているのだと、そう捉えた。

 この後も順調に討伐数を重ね、アランとサヤカ、リリィナとハンゾーはメイン、サブ共にターゲットを達成させてクエストを成功させたのだった。それでも、彼女との距離は未だ遠いのは言うまでもない。




今回誤用している、蒸着という言葉。本当はもっと難しい工程を経ている表面加工技術なのですが、この小説では『液体を燃焼させて、蒸発した液体の成分を付着させる』くらいの大雑把な意味合いで捉えて下さい。

で、今回登場した会心の刃薬の個人的な解釈が『熱』でした。表皮を斬りつけ、筋肉へ高熱を加える事で追加ダメージを与える、といった具合です。溶岩を泳ぐモンスターもいますが、流石に甲殻ではなく直接肉を焼かれたらダメージはあるだろう、と。
火や氷のような各属性は甲殻や鱗に影響を与える物と考えて、その上でこのアイテムがどういった働きをするのかを私なりに考えた結果こうなりました。

次回、他の刃薬も独自解釈が出て来ます。無理矢理な感はありますが、どうかご容赦ください。


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第11話「渓流の水獣」

お待たせしました。投稿です。
今回も独自解釈が入りますが、どうかご容赦ください。


 「ねぇ、サヤカ」

 「なに? コノハ」

 

 渓流のジャギィノス掃討から数日。サヤカは数少ない友人の少女を自宅へ招いていた。

 少女の名はコノハ。ユクモ村でギルドガールを務めており、村のハンターであるサヤカや、今は諸々の事情で龍歴院から派遣されたハンターのアランにクエストの紹介を行っている受付嬢なのだ。ギルドガールとしてはまだまだ経験の浅い新米らしいが、必ずや自他共に認められる敏腕受付嬢になろうと日々研鑽を重ねる努力家でもある。

 

 「あのハンターさんの事、信用できない?」

 「すると思う? 私が」

 「そっか。そう、だよね……」

 

 拒絶を続ける変われない無二の親友の姿に俯くコノハ。彼女は、サヤカはまだ忘れられないのだろう。サヤカを良く知るコノハも忘れる事はない。サヤカを今のサヤカに変えてしまった、あの日の出来事を。

 

 「そんなに落ち込まないで。村は私が何とかしてみせるから」

 「……うん」

 

 コノハの願っている言葉とはかけ離れたサヤカの言葉。サヤカはあのハンター、アランを受け入れるつもりはない。ハンゾーもいるとはいえ、あくまでも自身の力で解決し続けようとするその姿がコノハは辛い。

 

 「しかし、良かったのですかニャ? 主の兵糧は余裕がない状態。あの時、ハンター殿の申し出を断ったのは……」

 

 兵糧。それはハンゾーなりの言い方で表す、サヤカの使うアイテムボックスの中身の事だった。蓋を開いて見れば、回復薬や砥石、元気ドリンコ等の狩りをする上で使うアイテムが入っていた。が、その数はとてもじゃないが潤沢とはいえず、その有様を表すのなら心許ないと言った所だった。サヤカ自身もアイテムポーチにそれ程アイテムを詰め込んではいない。ハンゾーの言う申し出とは、渓流のジャギィノス掃討のクエストにてアランが渡そうとした元気ドリンコを受け取らなかった事を指している。もし受け取っていたら多少なりとも余裕が出ただろうに、サヤカはそれを断った。サヤカの懐事情を知るハンゾーにはそれが分からなかった。

 

 「いいのよ。私にはハンゾーがいるんだから」

 「ニャムゥ……」

 「それに、コノハもね。だから……私は大丈夫」

 

 釈然としないといった様子のハンゾーを抱っこするサヤカ。ハンゾーのミケ柄の毛並みに頬ずりをするサヤカの姿はとても落ち着いており、アランに嫌悪の感情を見せていた時とはまるで別人のようだった。

 

 (サヤカ……)

 

 どうする事も出来ず、ただ両手を握りしめるだけのコノハ。自分の言葉は、もう届かないのかもしれない。もう、あのハンターに頼るしか他に方法はないのかもしれない。それでも、己の無力を知ってしまった今でも、サヤカに変わってほしいと願わずにはいられなかった。嫌悪と拒絶で凝り固められた彼女ではない、今ここにいるハンゾーを抱きかかえている彼女がサヤカの本当の姿なのだから。

 

 

 

 

 

 「熱い……」

 「にゃ、うぅー……」

 

 宿舎に備え付けられた湯船から上がったアランの一言がそれだった。腕も足も真っ赤になり、肩からはほかほかと湯気が上っている。木製の椅子にどっかりと座って天井をぼーっと見つめる。同じく湯から上がったリリィナもアランと同様に天井を見ていた。

 

 「ハンター様、、オトモ様、どうぞですニャ」

 

 ガラス製のコップが二つ、テーブルに置かれる。中身は透明な液体で、置かれた拍子にその表面がゆらゆらと揺れていた。声の聞こえた方へ振り向くと、空の盆を手に持つアイルーが一匹。彼はこの宿舎で働くアイルーで、今はアランとリリィナのルームサービスを担当していた。

 

 「ありがとう。助かるよ」

 

 コップへ手を伸ばすと、触れた指先からはひんやりと冷たい感触があった。そのまま一口含んで、こくりと喉を鳴らす。湯に浸かって火照った体にすっと浸透していく清涼感に瞳を閉じて小さく深呼吸をするアラン。湯から上がって飲む冷たい水がとても心地がよかった。

 

 「っぷはー……。すっきりにゃ」

 「この渓流天然水は、ユクモ村に住まう人々の生活を支えている大切な水なのですニャ。ハンター様とオトモ様にも、きっと気に入っていただけると思いますニャ」

 「にゃ、とっても美味しいにゃ。ありがとうにゃ!」

 

 ぐったりとしていたリリィナもルームサービスの出した渓流天然水によって元気を取り戻し、水分を含んでくしゃついているアメショ柄の顔に笑顔を咲かせる。ここの所仏頂面でいる事が多かった彼女だが、笑っていられる時間が少しでもあるのは幸いであった。

 

 「あの湯に浸かるのにはどんな効果があるんだ?」

 「ニャ、よくぞ聞いて下さいましたニャ。あのユクモの湯には体の血のめぐりを良くする効果があるのですニャ。さらにさらに、えっと……えっと、シンシンカンシャ?」

 「新陳代謝かにゃ?」

 「それですニャ! 新陳代謝が活発になり、老廃物が出ていくのですニャ。そして、お風呂から上がって冷たいドリンクをぐいっと一杯! これが、ユクモの湯の楽しみなのですニャ。体も健康になり、日々の疲れを癒す温泉を今日も沢山のお客様がご利用なさっているのですニャ」

 

 盆を手にすらすらと説明をするルームサービス。村の事になると饒舌になるのかもしれない。次第に片手で盆を持って、もう片方の手を使って身振り手振りを含んでの説明になっていた。

 

 「そして、ユクモの温泉は浸かるだけではないのですニャ。温泉から出る蒸気を使い、農場で採れた新鮮なお野菜やお肉、お魚たちを蒸すお料理もございますニャ。これは蒸す事によって―――――」

 

 立て板に水。このまま止めなければずっと話していそうな勢いのルームサービスを眺めては微笑むアラン。止めはしない。リリィナに笑顔をくれた者の言葉を、どうして止められようか。

 ありがとう。小さな小さな働き者へとアランは彼の言葉に耳を傾けながら、内心に感謝の言葉を贈った。

 

 

 

 

 

 「到着しましたニャ。ハンターさん、後はお願いしますニャ!」

 

 サヤカとハンゾーが荷車から降り、それに続くようにアランとリリィナもベースキャンプへと足を着ける。背後へ振り向くと、荷車を引くガーグァとそれに乗る御者のアイルーが背を向けて村へ続く道へとまっすぐ走り去っていた。

 渓流に縄張りを持つようになった水獣ロアルドロスの狩猟。それが今回のクエストの内容だった。先日向かったジャギィノス討伐で村の人間が林業の為に渓流へ訪れる事が出来るようになったとはいえ、ここには危険なモンスターが多く生息している。今回のターゲットになっているロアルドロスを始め、アラン達がユクモ村へ訪れた目的である泡狐竜タマミツネも後に控えているのだから。

 

 「…………」

 「…………」

 

 今日も彼と彼女の間には言葉が無い。重苦しい沈黙の中でアイテムボックスにあるガラス瓶がかちりと鳴り、防具同士がかたかたと当たる音だけが耳に入っていた。

 

 「……ほら」

 

 だから、近付く為のきっかけが欲しかった。サヤカには無くとも、アランはそれを求めている。

 目を細めて警戒するサヤカに元気ドリンコを手渡そうとする。透ける黄色の液体が瓶の中でゆらゆらと揺れていた。紫色の甲殻と、漆黒の毛。その間にたった一つの瓶があるだけなのに、彼女との距離がとても遠く感じる。

 

 「あなた……」

 「今度は大型モンスターだろう。長期戦になるかも―――――」

 

 彼女の中にある何かが、アランを邪魔をしている。手を伸ばしても、足を詰め寄せても、彼女のいる所に届かない。この声も、声に乗せた想いも、彼女に届ける事が出来ない。

 

 「いいえ、結構よ。携帯食料だけで十分」

 「……そうか。分かった」

 

 そして、伸ばす手は今日も届かなかった。アランの手にはビンが握られたまま、サヤカはベースキャンプを離れていく。サヤカとアランを見比べておろおろしていたハンゾーも、アランにお辞儀をしてサヤカの後をついて行った。

 

 「にゃうぅ、言い返してやりたいにゃ。ぎゃふんといわせたいにゃ……!」

 

 ナルガネコヘルムの奥でふんすと鼻息を荒げるリリィナ。手をふるふると震わせ、その足は今にも地団太を踏みそうだった。

 

 「まだ、駄目か……」

 

 元気ドリンコをポーチへ戻し、アランはため息を一つ吐いた。

 

 

 

 

 

 全身を覆う黄色の皮と鱗、後頭部から首全体を覆うスポンジ状の大きな鬣が時折辺りへと小さな水しぶきを撒き散らしている。水生獣ルドロスの群れの中で一際大きな体躯を見せる雄の個体、水獣ロアルドロスが這うように地に着いた四つの脚で渓流のエリア5、周囲を木々に囲まれた薄暗いフィールドを闊歩していた。

 

 「ハンゾー。細かいのをお願い」

 「なら、リリィナにも頼もうか」

 

 サヤカの言葉に従い武者ネコノ太刀を抜刀するハンゾーへ続くように、リリィナもナルガネコ手裏剣を背から抜く。背後から聞こえる声にサヤカが振り返り、アランと目が合った。直接言葉を交わさずとも、彼女の視線が物語っていた。余計な事を、と。

 

 「大丈夫だ。リリィナは役立たずじゃない」

 「……だと、いいけれど」

 

 だから、アランは否定する。リリィナは違う。アラン自身が何かを言われるのは構わないが、リリィナまで役立たずと言われる筋合いはないのだ。

 サヤカは目を細めて、ヒドゥンブレイカーの柄へと手を伸ばし、ロアルドロス目掛けて一気に駆けて距離を詰めていく。

 

 「はあぁっ!!」

 

 物音に気付いたロアルドロスの首が振り向いた瞬間、ヒドゥンブレイカーを振り上げる。ハンマーの背がロアルドロスの顎を打ち上げ、小さくのけ反った。これだけでは大したダメージは与えられないが、ターゲットの狩猟に入る為の初手としては上々だった。

 

 「キュオウッ、キュオオォッ!」

 

 サヤカの発する敵対の意思、不意打ちに放ったハンマーの一撃、サヤカの背後にいるアラン達やハンゾーの存在を認識し、ロアルドロスは雄叫びを上げてルドロス達に攻撃命令を下した。

 

 「クォウッ、クォッ!」

 「クォアァッ!」

 

 ロアルドロスに危害を加えられて憤慨するルドロス達。鳴き声を聞き付けた他の水生獣が忽ちの内にぞろぞろと集まっていき、ロアルドロスの率いるルドロスの群れはサヤカとアラン、ハンゾーとリリィナ達へと喚き立てていた。

 

 「ハンゾー!」

 「お任せあれニャ!」

 

 ロアルドロスと正面からにらみ合うサヤカをカバーする為に彼女の背後へと移動するハンゾー。武者ネコノ太刀を両手で握り、その刃先をルドロスの群れへと向ける。

 

 「リリィナ、あのオトモが危なくなったら助けるんだ。いいな?」

 「旦那さんがそういうなら、そうするにゃ」

 「任せたぞ。いつも通りにな」

 「にゃ。任せてにゃ」

 

 ナルガネコ手裏剣を手にリリィナはルドロスの群れへ向かい、アランはロアルドロスの後ろ足へと回る。アイテムポーチから取り出したペイントボールをロアルドロスにぶつけてからツルギ【烏】を抜き、重撃の刃薬を塗布する。盾と剣の摩擦で生まれる火花で燃焼させ、刀身に緑色の薬液を蒸着させた。

 

 (焦らず、少しずつだ……)

 

 無数のささくれが出来た塗膜に包まれたツルギ【烏】をロアルドロスの後ろ足へ叩き込む。一度ではなく、続けて二度三度と斬り付けてから離脱。ロアルドロスの反撃がない事を確認してから、今度は尻尾へと斬り付けた。

 

 「でやあぁっ!」

 

 右と左から、それぞれ弧を描くように襲うロアルドロスの噛み付きを躱し、ヒドゥンブレイカーを首元へと叩き込むサヤカ。スポンジ状の鬣へと槌頭をめり込ませ、中に含んでいた水分をばしゃりと飛び散らせる。

 

 「キュオゥッ、キオォッ!」

 「クォオウッ」

 

 ロアルドロスが吐き出す、真っ直ぐに飛んでいく水ブレスを横転で躱した所へ、背後にいるルドロスの水ブレスがサヤカを襲う。ロアルドロスの物と違い、放物線を描く小さな水の塊は、彼女に当たる直前で鉱石製の小太刀に阻まれた。ルドロスの水ブレスを防いだのは、武者ネコノ太刀を構えるハンゾーだった。

 

 「主、お怪我は!?」

 「平気よ。その調子でお願い」

 

 背中合わせのまま、サヤカはロアルドロスを、ハンゾーはルドロスの群れを睨む。手近な一匹へと狙いを定め、ハンゾーは一気に間合いを詰め寄せてから武者ネコノ太刀で斬り付ける。

 

 「クォウッ、クゥゥッ」

 「切り捨て……御免ニャアーッ!」

 

 額へ、前足へ、顎へ。短い悲鳴を上げるルドロスの身体へと連続斬りを見舞い、続けて二体目へ向けて跳躍。落下の勢いを乗せた武者ネコノ太刀を首元へと振り下ろす。

 

 「クォオッ!」

 

 この勢いのまま三体目を狙おうとした時、ハンゾーの背後から一匹のルドロスがハンゾーへ圧し掛かろうと大きく上体を起こしていた。ハンゾーの体勢は既に三匹目へ向かおうとしている最中であり、ルドロスの存在の認識に一歩遅れた事で回避は至難を極めている。

 

 「ニャ、迂闊―――――」

 

 ハンゾーへ圧し掛かる寸前、ルドロスの顔へと二つのブーメランが飛来。飛び掛かろうとした姿勢から一転、ブーメランのダメージによって姿勢を崩したルドロスは背中から地面へ転がり、じたばたと四肢をもがかせて悶絶していた。

 

 「……巨大ブーメランの技にゃ」

 

 ルドロスへ向けて投擲し、U字を描いて戻ってきた二つのブーメランを片手でキャッチしたリリィナが小さく呟く。

 

 「ニャウ、かたじけない……。助かりましたニャ、オトモ殿」

 「旦那さんの言いつけだから、助けたのにゃ」

 

 転倒したルドロスへ、リリィナはもう一度二つのブーメランを投擲。腹と後ろ足へ切り込みを入れ、再びリリィナの手へとブーメランが戻っていく。

 

 「今度は油断しないように、にゃ」

 「然り。このハンゾー、もう油断せぬニャ!」

 

 ハンゾーとリリィナの活躍によって、ルドロスの群れは着々とその数を減らしていく。そして、オトモ達は一層奮起する。自分たちの活躍によって主人が動きやすくなると信じて。

 

 

 

 

 

 「キュオゥッ、キュオォッ!」

 

 ロアルドロスは首を左右に振り、手当たり次第に水ブレスを吐き出しながらエリア5を爆走していた。エリアの端へ差し掛かると同時にぐるりと体を転げさせて方向転換し、再び爆走。ハチの巣の出来た小さな木や倒木を蹴散らしながらアラン達へ目掛けて突っ込む事もなく、只々走り回っていた。アランはその姿を目で追い、サヤカもハンマーの構えを解かずにじっと気を窺っていた。

 

 「こう動き回られてると困るな」

 

 アイテムポーチへ手を伸ばし、閃光玉を握るアラン。そのまま空へ放ろうとして、やめる。今コンビを組んでいるのはガッシュではなくサヤカだ。これから行う行動の一つ一つを口頭で伝えなければならない。

 

 「少し、目を閉じていろ」

 「……何をするつもり?」

 「あいつの足止めをする」

 

 長々と説明する暇は無い。一度手にある閃光玉をサヤカに見せてから、爆走を続けるロアルドロスの軌道を先読みして投擲。素材玉の中で絶命した光蟲が、眩い閃光を放った。

 

 「キュオオオォッ!?」

 

 眼前で炸裂する強烈な光をまともに浴びたロアルドロスは爆走する足を止め、大きく体をのけ反らせた。先程まで右へ左へと爆走していた足はぴったりと止まり、一時的に視力を奪われたロアルドロスはきょろきょろと辺りを見渡していた。無論、時間経過で目が見えるようになるのだから首を動かした所で見える訳もない。

 

 「……足止め、ね。そう言う事」

 「足に行く。頭は頼んだ」

 

 絶好の攻撃チャンスの到来に、アラン達はそれぞれの持ち場へと向かう。サヤカのヒドゥンブレイカーがロアルドロスの鬣を殴打し、アランのツルギ【烏】が後ろ足へ切創を刻む。

 

 「ギュアァウッ!? キュオオォォ!」

 

 視界を潰された所へ襲う突然の痛みにロアルドロスは堪らず暴れだす。前脚が空を引っ掻き、尻尾が地面を打ち、明後日の方向へ水ブレスを吐き出していた。

 

 「……ここだ!」

 

 水ブレスを吐く瞬間の硬直を狙い、アランはロアルドロスの後ろ足を二、三度と切り続けた。重撃の刃薬によってささくれ立ったツルギ【烏】の刃が表皮を裂き、その奥に見える筋肉を少しずつ切断していくと、後ろ足へ集中的に蓄積していった痛みに堪らなくなったロアルドロスは転倒し、地面へと体を投げ出した。

 

 「だあぁっ!!」

 

 転倒したロアルドロスの鬣へ、サヤカのヒドゥンブレイカーがめり込む。何度も振り下ろされるハンマーの打撃に立派な鬣は次第にその形を凹凸模様に歪められていき、含んでいた水分が土へと吸収されていく。

 後方にいるアランもサヤカに続くように、ロアルドロスの尻尾へ向けてツルギ【烏】の刃を振り抜き、予めつけていた切り込みを深く、更に深く刻んでいく。

 

 「キュオゥ、キュウゥッ!」

 

 もう一息の所で、ロアルドロスが起き上がる。纏わりつくアラン達を振り払うようにその場で一しきり暴れると、ロアルドロスはアラン達から背を向けた。無理に深追いせず、余裕を持って退避していたサヤカが怪訝そうに見つめ、アランはロアルドロスの向いている方向を目で追い、その意図に納得する。今のロアルドロスの状態と、このエリアにいる彼我の状況に。

 

 「エリア移動か」

 

 エリア5の西。皮がはがれ、中身がくりぬかれた倒木が傍らにあるエリア6へと続く通り道へ、ロアルドロスが歩を進めていく。取り巻きにいたルドロス達の数を減らされ、分が悪いと判断したのだろう。含ませていた水分が減って萎んだ鬣を揺らしながら、ロアルドロスはエリア5を後にした。

 

 「危ないにゃ、旦那さん!!」

 

 アランがツルギ【烏】を納刀しようと、腰へ目線を向けた時だった。リリィナの叫び声に顔を上げると、ヒドゥンブレイカーの柄を握るサヤカが力を溜めたままアラン目掛けて一直線に向かっていた。紅色の両目はアランをしっかりと捉えている。サヤカがハンマーの構えを解く事なく、刻一刻とアランとの距離を詰めていた。

 

 「何を―――――」

 「頭を下げてなさい!」

 

 彼女の意図が分からず、アランは反射的に彼女の言葉に従い片膝をつく。ハンマーがアランの眼前へ近付いていき、そのまま後ろへと通り過ぎて行った。サヤカが狙っていたのは、アランではなかったのだ。

 サヤカの姿を追って振り返ると、背後には一匹のルドロスがアランに飛び掛かろうと身を低く構えていた。

 

 「でやあぁ!!」

 

 奇襲を企んでいたルドロスへ、サヤカは溜めに溜めた力を一気に開放する。下から上へ掬い上げるようにヒドゥンブレイカーを振り上げ、僅かに掠めた地面が大きく抉れる。抉り、巻き込んだ土ごとヒドゥンブレイカーの槌頭をルドロスの腹へめり込ませ、器用にもそのままルドロスの体をハンマーで持ち上げたのだ。

 

 「クォ、オォ……」

 「こ、のっ!」

 

 ヒドゥンブレイカーを大きく振るい、槌頭の上で呻き声を上げるルドロスを遠くへと投げ飛ばす。ほんの一瞬宙を舞った後に地面へびたりと打ち付けられたルドロスはアラン達への反撃を諦め、重たい足取りでロアルドロスが通って行ったエリア6への道へと逃げ帰っていった。

 

 「旦那さん!」

 「リリィナ……」

 「申し訳ありませぬニャ、ハンター殿。よもや伏兵がいようとは……」

 「いいや、平気だ。何ともない」

 

 焦りを見せた声のリリィナと、武者ネコヘルムに小さな絆創膏を貼っているハンゾーがアランへ駆け寄る。討ち漏らしがいた事に関して、アランはリリィナ達を責めるつもりはない。というよりは、そこまで意識が回っていない。彼女の、サヤカの行動に呆気にとられていたのだ。

 アランの視線は、しゃがんでヒドゥンブレイカーの手入れをしているサヤカに向いていた。携帯砥石を取り出し、ヒドゥンブレイカーの槌頭に付着したロアルドロスの鬣の欠片や血液をこそぎ取っている、サヤカの姿に。殴打時の打撃の衝撃を和らげる、緩衝材という名の邪魔者になるそれらを排除し、武器本来の威力を取り戻したヒドゥンブレイカーの柄を二、三度と握り直したサヤカは腰へと納刀し、立ち上がる。

 

 「君は……」

 「閃光玉のお返し」

 

 ぽつりと呟かれたアランの言葉を、きっぱりと告げるサヤカの言葉が遮る。

 

 「貸しを残したままでいるのが嫌なだけ。それだけよ」

 

 爆走を続けていたロアルドロスを止めたあの閃光玉。アランにとっては使う必要があったから使っただけのアイテムだが、それがサヤカを動かした。理由や動機はどうあれ、サヤカは救ってくれたのだ。

 

 「主、主ー! お待ち下さいニャー!」

 

 ロアルドロスを追う為、エリア6に向かう道へ歩を進めるサヤカ。オトモのハンゾーも、アラン達へ小さくお辞儀をしてから背を向けて歩きだす主人を追っていく。

 

 「少しは近付けた、のか……?」

 「にゃう、ワタシにはよく分からないにゃ」

 

 未だに彼女の全容は分からないが、それでもほんの僅かに光明が差している。信頼を築く為の希望がまだある事に安堵し、アランも彼女の後を追った。

 ロアルドロスの狩猟と、彼女との距離を今よりも縮める為に。




重撃の刃薬には、こういった解釈をしました。
燃焼させ、蒸着させる際にわざと薬液の成分を不揃いに固まるようにさせ、刃の部分と刀身にのこぎりのようなギザギザとした塗膜を付けて与える破砕ダメージを上げる、といった具合です。

減気の刃薬はある程度考えが纏まっているのですが、心眼の刃薬をどうしようか悩み中です。
難しい……むむむ。


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第12話「水獣ロアルドロス」

今回も独自解釈ありでお送りいたします。
沢山の方からの感想・評価を頂き、この度評価の欄に色が付くようになりました。それと併せてお気に入りの方も少しずつ増えている事、作者として嬉しく思います。
これからも狩人の証をどうぞよろしくお願いいたします。


 西南から北東へ、縦に長く伸びた地形を小さな川が縦断して流れている。最も深い所では人間の膝辺りまであるこの川が特徴のエリア6にロアルドロスはいた。闘争の末に傷を負い萎み、大きな凹凸をいくつも刻まれた鬣を同エリアの南西に位置する滝へ突っ込み、失われた水分を補給していた。

 透明度の高い、渓流の上質な水をたっぷりと浴びたロアルドロスは上機嫌に鬣をふるふると震わせていた。が、その上機嫌もすぐに損なわれる事になった。

 エリア6へ、アラン達が入ってきたのだ。それはロアルドロスにとって自らに傷を負わせた侵入者達との再会であり、再び数少なくなった己の領域を荒らされようとしている事を意味していた。

 

 「キュオオオォォッ!!」

 

 口から白い息を吐き、怒気を孕んだロアルドロスの鳴き声がエリア中へ響く。さらさらと流れていく小さな川のせせらぎを掻き消すその声が再びルドロスの群れを呼び寄せた。先程まで嫌という程見せられた黄色の身体を持つ小型モンスターがわらわらと湧いては、皆一様にアラン達を睨んでは警戒の意思を見せている。先程と同じ状況が繰り返されようとしているのだ。

 

 「主! 彼奴等めはセッシャにお任せあれ! ニャアーッ!」

 「リリィナ、さっきと同じように頼む」

 「にゃ。任せてにゃ」

 

 言うが早いか、抜刀した武者ネコノ太刀を手にルドロスの群れへ一目散に突撃するハンゾー。彼のフォローにリリィナを向かわせ、アランはツルギ【烏】へもう一度重撃の刃薬を蒸着させる。空の瓶をポーチへ戻した頃には、既にヒドゥンブレイカーを握るサヤカがロアルドロスへと肉薄していた。

 

 「でやあぁっ!」

 

 振り上げ、放たれる一撃。ヒドゥンブレイカーがロアルドロスの鬣に水しぶきを上げさせる。軽く頭を揺さぶられたロアルドロスに手応えを感じたサヤカが即座に離脱。直後、ぐっと体を縮めていたロアルドロスが一拍の間を置いて繰り出すタックルは虚しく空を押し出していた。

 ごろごろと転がる体が川に飛び込んだ所でアランのツルギ【烏】が尻尾を斬り付ける。エリア5での戦闘で付けていた切込みへ二回、三回と斬った時、ロアルドロスの体が大きく姿勢を崩していた。意図的に体を投げ転がしたタックルの時とは違う、想定外のダメージによるものだった。

 

 「キュオオオォォッ!?」

 

 透き通る川の水に鮮やかな赤が滲んで混ざっていく。突如襲う激痛に倒れ悶えるロアルドロスと、川に赤を混ぜている源になっているロアルドロスの一部。ロアルドロスの尻尾が切断されていたのだ。

 

 「キュウゥ、キュオオゥッ!!」

 

 切り取られた尻尾とアランを見比べ、ロアルドロスは標的を変えた。サヤカを尻目にアランへ大きく口を開き、水ブレスを放つ。真っ直ぐ迫るそれを、間一髪でツルギ【烏】の盾で阻むアラン。前方に加え、そのまま立て続けに左右へも放ち、計三方向にブレスを吐いてから再び爆走し始めた。

 

 「こ、のっ!」

 

 背後から狙うサヤカのヒドゥンブレイカーが打つよりも早く走り出したロアルドロスが周囲へ水ブレスをばら撒き、アラン達を大きく引き離す。手応えの無い空振りに終わったヒドゥンブレイカーを握り、歯痒そうに眉を歪めているサヤカを横目にアランはアイテムポーチに手を突っ込み、中身を手繰る。

 

 「またか。なら―――――」

 

 取り出すのは閃光玉。先程と同じ状況に持ち込まれたのなら、こちらも同じ手を使えばいい。その為の手札はまだ残っているのだから。

 

 「目を閉じ……何!?」

 

 手に持った閃光玉をそのままに、アランは眼前の光景に目を疑った。爆走を続けるロアルドロスの進路上に、サヤカが立ち塞がっていたのだ。予め進路を予測し、回り込んでいたサヤカがヒドゥンブレイカーの柄をぐっと握って力を溜めていた。

 

 「何をする気なんだ! 危ないぞ!」

 

 サヤカと近く、アランとは遠い距離にいるロアルドロス。アランが全力で走っても追い付くことは出来ず、閃光玉を使えばロアルドロス諸共サヤカの視界も遮ってしまう。焦る気持ちが大きくなっていく中、アランは事の顛末を見守る以外の選択肢を選ばせてはくれない状況に歯軋りをするばかりだった。

 

 「…………」

 

 サヤカは目を細め、迫るロアルドロスとの間合いをじっと見極める。水ブレスを吐き散らし、足音を立てる黄色の巨体へとヒドゥンブレイカーを大きく振り上げた。

 

 「っだああぁ!!」

 

 反り返った体の勢いも利用して振り下ろされた漆黒の槌が、ロアルドロスの頭へと叩きつけられる。サヤカのハンマーに打たれた頭をぐらりと揺らめかせ、ロアルドロスの体が小さな川へと横たわった。

 

 「キュオォッ!? キュオオゥッ!!」

 

 転げた体を起き上がらせようとする手足は虚空をふらふらと彷徨わせてもがいている。度重なる頭部への殴打によって、ロアルドロスがめまいを起こしていた。体内を流れる狂走エキスの影響に

よって息切れ知らずのスタミナを持つロアルドロスの爆走を、サヤカは気絶を狙う事で強引に止めてみせたのだ。

 

 「なんて無茶を……」

 

 好転した状況をぼーっと見ている訳にはいかない。ロアルドロスがめまいを起こしたのを確認してから、アランはポーチから青色の薬液が入った瓶を取り出す。たっぷりと刃に塗り付け、盾と刀身を擦り合せる。

 小さな火花が青い炎を生み、ツルギ【烏】の刀身に緩やかな明滅を繰り返す青色の塗膜が覆う。それは剣が本来持つ鋭利な刃を潰し、まるで打撃武器にでも変異させたかのような分厚い塗膜だった。

 減気の刃薬。それがアランの使ったアイテムの名である。

 

 「はあぁっ!」

 

 アランが刃薬を塗り付けている内にロアルドロスの頭へと陣取っていたサヤカがヒドゥンブレイカーの柄をぐっと握り、一歩離れた場所から力を溜めて回転攻撃を加える。両手で柄の端を持ってぐるぐると体を回転させて振り回すヒドゥンブレイカーがロアルドロスの鬣を何度も叩いていた。

 サヤカと離れた位置にいるアランも、ロアルドロスの後ろ足を集中攻撃し、着実にダメージを稼いでいた。ツルギ【烏】から感じる感触に、アランは違和感を感じた。黒狼鳥の刃が表皮に触れる度に、まるで打撃武器でも扱っているかのような手応えを感じさせた。

 

 「離れるぞ! もうすぐ起き上がる!」

 「言われなくても!」

 

 鬣を殴り続ける回転の勢いを利用し、止めとばかりにロアルドロスの顔面へアッパースイングを見舞い、サヤカとアランは離脱した。

 

 「キュウ、キュアルルル……ッ」

 

 めまい状態から立ち直ったロアルドロスが、天地の感覚を確かめるようにゆっくりと立ち上がる。サヤカのハンマーに打たれた鬣はボロボロと欠片を飛び散らし、欠けた部分からぼたぼたと水がしたたり落ちていく。水分を含んだばかりだったスポンジ状のふくらみは見るも無残な姿へと変貌していた。

 

 「旦那さん! 細かいのは何とか退治できたにゃ」

 「残るは大将首ただ一つですニャ!」

 

 それぞれブーメランと武者ネコノ太刀を手に、リリィナとハンゾーがアラン達の下へ戻ってきた。辺りを見ればルドロス達の亡骸が横たわっており、傷付いたルドロスの中には逃走を図る者もいた。

 ロアルドロスが右へ左へ首を振って見渡せど、周りには味方がいない。アランが尻尾を切断し、サヤカがロアルドロスの鬣を部位破壊した今、ロアルドロスは満身創痍という言葉がぴったりと当て嵌まる程消耗しており、更にロアルドロスをよく観察すると頭部をぐったりとうなだれさせ、口の端から涎を垂らしていた。

 

 「キュウゥ……キュウ」

 

 鬣を壊され、ハンマーの打撃を受け、片手剣に塗布された減気の刃薬の効果を受けたロアルドロス。水分を補給したのも束の間、ロアルドロスは一気に疲労状態に陥っていた。水ブレスを吐くだけの気力もなく、ただ立ち尽くしている。アランとサヤカが懸念していためまい状態からの反撃はなく、攻撃をしようとする気配も見られなかった。

 

 「でやあああぁっ!」

 

 反撃が来ないと踏んだサヤカが即座に攻撃へ転じる。ヒドゥンブレイカーを振り上げ、先程よりも低い位置にいるロアルドロスの頭部へと振り下ろす。

 鈍い音が響き、頭部に生えているトサカが砕ける。致命的なダメージを受け、二歩三歩と後ずさったロアルドロスは弱々しい呻き声を上げて地面に横たわった。

 

 「見事討ち取ったようですニャ、主」

 「大分弱ってたみたいね。ハンゾーもお疲れ様」

 

 ハンゾーが武者ネコノ太刀を背負い、サヤカがヒドゥンブレイカーを納刀する。 今回のクエストのターゲット、水獣ロアルドロスの狩猟は討伐という形で成功に終わった。

 

 

 

 

 

 日が傾き、橙色に染まった道を一台の荷車が進んでいた。御者のアイルーに手綱を握られたガーグァの力強い歩みに、繋がれている荷車ががらがらと揺れている。

 

 (早かった。思っていたよりも、ずっと……)

 

 荷車に乗っている狩人、サヤカは今回の狩りを振り返っては内心にそう呟いていた。邪魔者になると思っていた龍歴院のハンターが、思っていたよりも動きが良かったのだ。

 更にその前の出来事も、サヤカは振りかえる。あの時のクエスト、ジャギィノス掃討の時に見せた動きもそうだった。複数頭のジャギィとジャギィノスに囲まれた状況からたったの一撃で不利な状況を打開させた上で致命傷を与え、無駄のない動きで一匹残らず確実に絶命させていた。ロアルドロスの尻尾を切断できたのも、打撃武器のハンマーにはできない芸当だ。これだけ多くの素材を持ち帰る事が出来たのはいつぶりだろうか。

 

 「…………」

 

 俯かせていた視線を少しだけ上げる。前に図鑑で見た程度しか知らない黒狼鳥の甲殻で作られた紫色の防具を身に纏う片手剣使いの男。男とは言っているが、青年といった方がしっくりくる。皺はないし、肌も瑞々しさを失っていない。外見からは自分と歳はそう変わらないように見えた。

 

 「……どうした?」

 「っ、何でもないわ」

 

 視線の先にいる男、もとい青年と目が合った。サヤカは慌てて目を逸らす。向こうの意識も完全にこちらへ向いているようで、じっとこちらの様子を窺っていた。

 

 「何よ」

 「どうして、あんな無茶をしたんだ」

 「……何の話よ」

 「ロアルドロスの突進を止めた時の事だ。あんな無茶を続けてたら……」

 「貸しを作りたくないって言った筈よ」

 「閃光玉の事、なのか。あれはそんなつもりで使った訳じゃない、俺は―――――」

 

 アランが何かを言おうとした時、荷車が止まった。荷車を引いていたガーグァはぴったりと脚を止めており、御者のアイルーがこちらへ振り返っていた。

 

 「ハンターさん、村へ到着しましたニャ!」

 

 アランの話に取り合うつもりがないのか、御者の声が聞こえた時にはサヤカは荷車から降りていた。続くように、ハンゾーも降りる。それから少し遅れてアランとリリィナも降りた。帰り道では夕暮れていた空もすっかり暗くなり、各所に設けられた、紙で囲われた独特な造りをした灯りの柔らかな光が村を照らしていた。

 

 「怪我をしないか、心配だった」

 

 アランの両目が、真っ直ぐサヤカを見ていた。ぐっと握る両手は怒りに震えているものではなく、何か強い意志を秘めているかのようにしっかりと握り締めていた。サヤカを見ている彼の目も同様に、憤りや憎しみの無い、不純の無い目だった。

 

 「タマミツネは、まだあの渓流にいる。余計な傷を増やしたくなかったんだ。貸し借りなんかじゃない」

 「……そう」

 

 アランの言葉に短く返し、サヤカは村へと歩を進めていく。アランは彼女の後ろ姿、歩く度に揺れる彼女の黒い髪を見る。まだ、彼女には届かない。今日も、届かない。

 

 「宿に戻ろう。リリィナ」

 

 サヤカについて行きながらも時折こちらへ振り返っては手を振るハンゾーに、アランは小さく手を上げて返した。

 

 

 

 

 

 「リリィナ」

 

 宿に戻ったアランはガルルガ装備を脱ぎ、ナルガネコ装備を着たままのリリィナを呼んだ。

 

 「どうしたのにゃ。旦那さ、ん……」

 

 呼ばれるが早いか、とてとてと足音を立ててリリィナがベッドに座っているアランの下へ向かい、体を強張らせた。正確にはアラン本人ではなく、アランの手に持っている物を見て、である。

 

 「あの、旦那さん。それは……」

 「ブラシ、しようと思ってな。久々だから鈍ってないか心配だ」

 

 震える指先が、ある物を指差す。アランの手にはブラシが握られており、アランはリリィナの毛の手入れをしようと考えていたのだ。

 

 「わ、ワタシは平気にゃ。毛繕いなら自分でも―――――」

 「そうじゃなくて、俺がリリィナにしてあげたいんだ。ほら」

 

 空いた手で膝を叩き、アランが招いている。ここに座れと言っていた。こうなってしまっては降参するしかない。主人が座れと言うなら、リリィナには逆らう事は出来ない。

 

 「にゃうぅ、こうなったら腹をくくるしかないにゃ……」

 

 ナルガネコヘルムとナルガネコメイルを脱いでベッドの端に丁寧に折り畳んで乗せておき、リリィナはアランの膝へ乗る。

 

 「そんなに身構えなくても、乱暴にはしないぞ?」

 「だからなのにゃ……。旦那さんがとっても優しいのはワタシも良く知ってるにゃ」

 「それじゃあ、やるぞ」

 

 両手の指をもじもじと弄るリリィナ。背中に感じるブラシの感触。上から下へ、アメショ柄の毛をブラシが丁寧に梳いていく。何度も、何度も。毛の上をブラシが通っていく度に耳がぴくぴくと動き、尻尾がびくりと反応する。

 

 「にゃう……」

 

 主人であるアランもとうの昔から知っているが、リリィナは撫でられるのが苦手である。それは触られるのが嫌いなのではなく、恥ずかしくて照れてしまうからという理由からくるものであり、実は撫でてもらう事自体は嫌いではない。むしろ嬉しいと思う位である。アラン限定で、という注釈が入るが。

 

 「んにゃあぁ……」

 

 そんな複雑な事情を持っているリリィナがなぜ今まで頑なに撫でられるのを拒否し続けているのは、何故か。

 

 「はにゃう、ふにゃあぅ」

 

 そう、ひとたび甘えるモードへのスイッチが入ってしまうともう歯止めが効かなくなってしまうのだ。

 故にリリィナは己を律し、一歩離れた所からしっかり者のオトモとして主人に尽くす。主人の、ハンターの生活の手助けとなるオトモアイルーが主人に甘えようとするのは間違いで、それでは主人の枷になってしまうと思っているから。

 

 「だんなさん、だんなさん」

 

 とはいえ、主人の言葉に逆らえず、どこにも逃げ場のない状況で主人に撫でられ続ければあっという間にこの通りである。ふりふりと尻尾を揺らし、弛緩しきった両目がじっとアランを見つめ、鼻を近付けてはアランの頬に擦り付ける。

 

 「リリィナ、ほら」

 「にゃあん。もっと撫でてにゃあ……」

 

 額に置かれた主人の手にぐりぐりと頭を擦り付け、喉をごろごろと鳴らすリリィナ。そんなリリィナの毛並の感触を、アランも存分に堪能する。額を撫で、頬を撫で、顎を撫でる。鼻の頭へ指を滑らせ、再び額へ戻す。

 そうしてアランに撫でられ続けて、しばらくの時間が経った。

 

 「にゃ……だんな、さん……」

 「リリィナ、眠たいのか?」

 「みゃう」

 

 こくり、こくりと、リリィナが舟を漕いでいた。心地よさのあまり、眠気も来てしまったのだろう。目も半開きの状態で、今にも閉じようとしている。

 

 「分かった。今日は一緒に寝ようか」

 「にゃあ。だんなさん……」

 

 部屋の明かりを消し、リリィナを抱えてベッドへ横になる。枕へそっと頭を乗せて、起こさないように優しく頭を撫でて寝かしつける。隣からすやすやと静かな寝息が聞こえる中、アランは部屋の天井を見つめて思案に耽っていた。サヤカ・ミカヅキの事についてである。

 記憶の中を探り、ジャギィノス掃討とロアルドロスの狩猟で見せたあのハンマー捌きを思い出す。ガッシュとの狩りのように自分がモンスターの頭へ張り付く事はなかったが、それで正解だったのかもしれない。減気の刃薬があるとはいえ、サヤカと共に頭に張り付けばその分だけ同士討ちの危険が高くなってしまう。元々ハンマーがめまいを誘発できる打撃武器である特性上、このまま裏方に徹した方が彼女の能力を存分に発揮できるのかもしれない。

 無論、彼女との信頼関係を築ければの話だが。

 

 (リリィナ……)

 

 少し首を傾ければ、すぐそこには安らかな寝息を立てているオトモの姿があった。このユクモ村に来て、彼女、サヤカと出会ってから随分と我慢をさせ続けている。リリィナの憤りを我慢しろと抑え続けるのはもう終わりにしなければならない。

 アランも明日に備えて目を閉じる。沈んだ日が昇るまでの間、閉じた瞳の向こうに見えた光景には、隣り合って並んだ二人と二匹がユクモ村を歩いていた。

 

 

 

 

 

 満天の星空の中で、満月が輝いていた。一面真っ黒の水面に、黄金色の真円が映し描かれていた。

 エリアの総面積の割合を表すと、ここは陸よりも水辺の方がおおよそを占めており、その水辺に群生する小柄な人間ほどの高さの草が印象に残るここは、渓流のエリア7と呼ばれている場所だった。そしてこのエリアで、一頭の竜が静かに佇んでいた。

 

 「…………」

 

 ふわりと開いた蓮の花弁を思わせる頭部と背のヒレ、胸から尻尾の先端へかけてブラシのように生え並んだ濃い紫の体毛、前足から伸びる長い爪。薄桃色のグラデーションがかかった白色の鱗に覆われた体を丸めてリラックスしていた竜は、首を上げて辺りを身渡す。縄張りを荒らす者はおらず、縄張りを賭けて争おうとする者もここにはいない。穏やかで静かなひとときだった。

 

 「クォオォ……」

 

 竜は眠たげに一つ大きな欠伸をして、尻尾を水浸しの地面に擦り付ける。二度、三度と往復させると、地面に泡が立っていく。戯れに生み出した細かい気泡が小さな泡となり、小さな泡はやがて大きな球となって宙を漂っていく。一つ、二つ、三つと、漂った泡の球が弾けては消えていき、また新たな球が宙を漂う。その一つ一つを目で追って、竜はまた欠伸をしていた。

 

 「クオゥ」

 

 空と地上と水面に、無数に映る月に囲まれて竜は眠りにつく。闘争と喧騒の末に訪れた静けさに身を委ねて、うたかたの夢を見るために。




今回の独自解釈が、減気の刃薬でした。厚ぼったい塗膜で刃を覆う事で武器を一時的に切断から打撃属性に変化させる、というものです。なので本作品に限った話ですが、減気の刃薬を使った状態では尻尾切断が不可能になっている、と解釈させて下さい。
刃物で頭を斬ってるのに気絶を誘発できる仕組みがどんなものかと私なりに考えた結果、こうなりました。もし小説内でも減気の刃薬が気絶もできて尻尾も切断出来る代物だったらいよいよもって重撃の立場が分からなくなってしまうのです。
なので、気絶と疲労の誘発なら減気の刃薬を、ひるみの頻発と尻尾の切断を含めた部位破壊の容易化なら重撃の刃薬に任せればいいという結論に至り、様々なアイテムを駆使して立ち向かう片手剣らしくなるように差分化を図ったのです。
尚、元々打撃武器のような見た目をしてる片手剣もあるってツッコミはナシの方向でお願いします。ご了承ください。


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第13話「妖艶なる舞」

お待たせしました。
リアル生活での色々なゴタゴタと新作のXXが楽し過ぎて更新が遅れてしまいました。
レンキンスタイル、楽しいですね。


 「―――――じ、……るじ! 主!」

 「……ッ!!」

 

 布団を振り払い、バネでも仕込まれていたかのようにベッドから跳ね起きる。きめ細やかな白い肌からはじっとりと汗が出ており、長い黒髪が首筋に張り付いていた。

 

 「は、ぁ……っ」

 

 荒い呼吸に大きく上下させていた肩が、次第に小刻みに震える。サヤカは二、三度と、大きく呼吸をして弱々しく縮めていた肩を落ち着かせ、気持ちを整えた。カーテンの隙間から日の光が差し込んでいる。少女、サヤカにとってとてつもなく悪い寝覚めで迎える朝だった。

 

 「ニャ、にゃぐぐ……おはようですニャ。主」

 「は、ハンゾー……?」

 「ええ、セッシャですニャ。主が随分とうなされていたようでしたから、心配になって起こそうとしたのですニャ」

 

 声が聞こえた方向へ振り向く。ベッドの陰になっている所へと視線を移すと、そこには背を床に付けて後ろ足の肉球をこちらへ見せているハンゾーの姿があった。起き上がった拍子にひっくり返してしまったのだろう。サヤカは慌ててハンゾーを抱きかかえて、荒れた毛並みを整えた。

 

 「そう……悪い事をしちゃったわね。平気?」

 「いえいえ。常日頃からセッシャは鍛錬を重ねておりますゆえ、この程度ではびくともしないのですニャ。それより主、お体の方は大丈夫ですかニャ? 何か、怯えているように見えましたが……」

 「ううん、私なら平気。心配してくれてありがと」

 

 武者ネコヘルムは被っておらず、八の字に眉間を曲げたハンゾーの表情から心配している様子がはっきりと読み取れる。そんなハンゾーに申し訳なさを感じつつも、サヤカは心配してくれた礼と、跳ね除けてしまった事への謝罪の意味を込めて、彼の小さな額をそっと撫でた。白と薄茶と黒が合わさったミケ柄の、少し硬めの毛の感触が心地よい。

 

 「むっ! そうですニャ、主。汗もかいてるようですし、セッシャが湯浴みの支度をしてきますニャ。少々お待ち下されニャ!」

 「あ……」

 

 ふと思いついたようにぽんと手を叩き、サヤカの手の中からするりと抜けたハンゾーが部屋を出ていく。とてとてと足音が聞こえては、慌ただしく物音を立てている。それだけでハンゾーがせっせと準備をしている事が分かった。

 

 「……また、見たのね」

 

 ハンゾーがいなくなり、再び一人になった事で先程の悪寒が蘇ってきた。震える体を抱きしめたサヤカは掻き消えてしまいそうな、とても小さな声でぽそりと呟いた。

 

 「コノハ……お母さん……」

 

 瞳から零れた雫がベッドへ落ち、斑点へと変わる。一つ一つの小さな斑点は徐々に繋がっていき、やがて大きな染みとなっていく。細い指で何度拭っても、一向に治まってはくれない。

 

 「私、わたし……っ、うぅ……」

 

 瞼の奥から溢れ出る止め処の無い熱を、サヤカはただ拭い続ける事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 「恥ずかしいにゃあ……」

 

 両手で顔を覆い、恥じらう表情を隠しているリリィナ。彼女は昨晩の事を思い出し、盛大に悶絶している。両手の隙間から覗く顔は真っ赤になっており、額から蒸気が出てきそうな勢いで上気していた。

 

 「分かった、悪かったって。次は控えめにするから、な?」

 「うぅ……お手柔らかにお願いにゃ」

 

 リリィナを悶絶させている原因、彼女の主人のアランがため息交じりにそう呟いた。リリィナの脳裏に浮かぶのは昨晩の自分の姿。ごろごろと喉を鳴らし、猫撫で声で主人にすり寄るだらしのない姿だった。

 

 「そうだな……リリィナ、しばらくそっとしておいた方が良いか?」

 「お願いにゃ旦那さん。少し、落ち着きたいにゃ」

 

 再び両手で顔を覆い、ぶんぶんと首を振るリリィナ。そんな彼女の様子を見て、アランは小さく微笑む。こんなに慌てるリリィナを見るのはいつぶりだろうか。

 

 「分かった。雑貨屋に行ってくる」

 「うぅ……行ってらっしゃいにゃ」

 

 ガルルガ装備とは異なる趣の、外出用のベルダー装備に着替えたアランが扉に手をかける。アランが宿を出る前に振り返ると、片方の手で顔を隠していたリリィナが空けたもう片方の手を振っていた。リリィナからは見えていないだろうが、それでもアランはリリィナへ向けて軽く手を振ってから宿を後にした。

 その後、買い物は滞りなく行われ、アランはいずれ来たるタマミツネ狩猟に備えて装備の手入れや刃薬やシビレ罠等の各種アイテムを揃え、その日を費やした。

 

 

 

 

 

 「……以上が、今回のクエストの内容になります」

 「遂にこの時が来たようですニャ、主!」

 

 概要を伝える受付嬢の言葉にふんすと鼻息を吹かし、興奮冷め止まぬといった様子のハンゾーがサヤカを見上げていた。

 ジャギィノスの掃討とロアルドロスの狩猟を終え、渓流に生息しているモンスター達を制していくサヤカとアラン達へ、遂に件のモンスター、泡狐竜タマミツネ狩猟の依頼が来たのだ。

 

 「タマミツネは以前狩猟に向かったロアルドロスよりも強力なモンスターです。決して準備は怠らず、万全の状態で挑んで下さい」

 

 受付嬢、コノハの言葉に頷くサヤカ。タマミツネを狩猟する風景を想起して気合を入れるハンゾーとは異なり、彼女の表情は一切の油断を取り払うように気を引き締めている。

 アランにとってはそんな彼女を見るのはいつもの事だが、ほんの一瞬だけ、コノハはアランとは反対にそんなサヤカへと悲痛そうな面持ちを見せていた。

 サヤカの身を案じているように見えるコノハの表情に気付き、アランは一瞬思案を巡らせるも、すぐさま思考を別の事へと移らせる。アランにとっての目下の問題は解決していないのだ。

 

 「来たか……」

 

 今の彼女との共同戦線にどうしたものかと迷わせる、ため息のような呟きだった。隣でアランを見上げているリリィナも、腕を組んで俯いている彼の仕草から余裕のなさが窺えた。だから、リリィナは彼の防具に軽く手を当て、アランの気を引いた。

 

 「旦那さん」

 「リリィナ? どうした」

 

 ガルルガフォールドに当たった小さな感触に気付いたのか、アランは片膝をついてリリィナと視線を合わせる。リリィナの思惑通り、彼の視線はこちらへと注がれた。

 

 「大丈夫にゃ旦那さん。ワタシがついてるにゃ」

 「そう、か……そうだな。分かった。頼りにしてるぞ、リリィナ」

 「にゃ。任せてにゃ」

 

 両手をきゅっと握り、リリィナは真っ直ぐにアランを見つめる。彼女がいつも言っている言葉に、アランは微笑んだ。慣れない土地と上手くいかない出来事で、弱気になっていたのかもしれない。

 元気付けてくれた礼にと、アランはガルルガアームを外し、リリィナの頭へと手を伸ばす。彼女の頭を撫でようとしたアランの手は、彼女の両手に阻まれた。

 

 「それは恥ずかしいから、ダメにゃ」

 「そうか……」

 

 先日の事もあってか、今日のリリィナは一層隙がなかった。ぷに、という心地よい肉球の感触を味わえただけでも良しとしようと、アランはおとなしく引き下がり、ガルルガアームを嵌め直した。そうして、頭の中でタマミツネを狩猟するにあたっての対策を始める。必要なアイテム、心掛けるべき戦術、小型モンスターによる妨害への対策を、アランは考え抜く。

 そして、彼女、サヤカとの信頼関係の構築。これがアランにとって一番大事な案件だった。良好な関係を築ける、最後のチャンスだろう。件のタマミツネに悩まされているこのユクモ村の為にも、たった今喝を入れてくれたリリィナの為にも、アランはしくじる訳にはいかない。万全の体制と、細心の注意を以て挑まんという決意をアランは己が胸中に込めた。

 

 「よし、リリィナ。気合を入れて行こう」

 「にゃ!」

 

 ガルルガアームの具合を確かめたアランに、リリィナはしっかりと頷いて応える。大切な主人の為なら、何の努力も惜しみはしない。アランのオトモとして、全力で狩りのサポートに挑む。それはリリィナにとっていつもの事だった。自分のやるべき事、目的がはっきりしているのだから、何も迷う必要はないのだ。

 

 「……サヤカ」

 「なに? コノハ」

 

 アランとリリィナが互いに励まし合っている中、サヤカとコノハも同様に、それぞれ言葉を交わし合っていた。

 

 「必ず、帰って来てね。私、待ってるから」

 「うん。ありがと」

 

 震えていたコノハの手を、サヤカがそっと握る。コノハの手を包んだ、温かいサヤカの両手。アランがいる手前、張りつめた表情は崩していないが、それでもコノハを案ずる気持ちを偽るつもりはない。サヤカもコノハも、互いに互いを無二の親友として大切に思っているから。

 

 「私なら大丈夫。いつもみたいに、ちゃんと村に戻って来るから」

 

 サヤカの紅い両目が、コノハを見つめる。コノハが小さく頷くと、サヤカは手を離した。

 

 「ハンターさん、こっちは準備万端ですニャ! 用意が出来たら乗って下さいニャー!」

 

 荷車を繋いだガーグァに乗る御者のアイルーが、小さな手を振っている。渓流のベースキャンプへ向かう村の出口で待機していた。

 

 「…………ッ」

 

 サヤカがアランへ牽制の意を込めて一瞥し、マイハウスへ戻っていく。それに続くように、ハンゾーがお辞儀をしてから彼女の後を追っていく。彼女の腕前は、ジャギィノス掃討とロアルドロスの狩猟で既に見ている。彼女の火力を活かす為に自分がサポートに徹する環境が整えられれば、たとえタマミツネが強力なモンスターであろうと狩猟する事が出来る筈だ。

 タマミツネに対して不確定な情報がまだあるものの、それだけは、アランは自信と確信をもって言えた。

 

 「あの、ハンターさん」

 

 アランも準備を整えようと宿へ向かおうとした矢先、サヤカと話していた受付嬢、コノハが声を掛けてきた。彼女の声に、アランはゆっくりと振り返る。視界に入ったのは、不安げな表情をしたコノハの姿があった。

 

 「その、サヤカの事……怒ってます、よね?」

 「いいや」

 

 即答だった。アランの言葉に、コノハは耳を疑った。コノハをそうさせている当の本人は、どこにもおかしな様子は見られない。彼は至って自然体だ。

 

 「ただ……そうだな。君が彼女を大切に思ってるようで、少しホッとしてるよ。それじゃあ、俺も準備があるから、これで」

 

 片手を軽く上げて、アランは宿へと戻る。リリィナも、それに続く。余所余所しそうに、コノハへと会釈をしてから。

 

 「一体、どういう……」

 

 アランの言葉の意図が分からず、コノハは怪訝な表情のまま、黒狼鳥の甲殻に身を包んだ彼の後ろ姿を見送った。

 

 

 

 

 

 「主、村の為にも、此度のイクサは決して仕損じる訳にはいきませんニャ。ゆめゆめ油断なされぬよう、どうかお気を付け下されニャ」

 「ええ、分かってるわ。ハンゾーも気を付けてね」

 

 ユクモ村から出立し、ここは渓流のベースキャンプ。アランとサヤカはいつもの通りに、これといった会話のないまま到着した。正確に言うと、サヤカがアランの持ちかける話を突っぱねているのだが。

 

 「ハンター殿。此度の救援、誠に感謝なりですニャ。このイクサ、共にカチドキを挙げましょうぞニャ!」

 

 元気いっぱい、力一杯に両手を握り、アランにも向き直るハンゾー。狩猟達成を目指して今回のクエストに挑む彼の瞳はとても純粋だった。

 

 「…………」

 「あ……ああ、そうだな。一緒に、頑張ろう」

 「ニャ!」

 

 ハンゾーの背後からこちらへ視線を注ぐサヤカに意識が向いて、どうにもぎこちなく曖昧な返事になってしまうアラン。が、それでも感じ良く受け取ってくれたのか、ハンゾーは満足げに頷いていた。頼もしい救援だと思ってくれているのだろう。彼、ハンゾーはこのユクモ村で出会った当初から友好的だった。

 

 「旦那さん、こっちはいつでも行けるにゃ」

 「分かった。行こうか、リリィナ」

 「ニャ? ハンター殿、支給品は持って行かないのですかニャ?」

 

 地図と携帯砥石を数個、ポーチに詰めたアランがエリア1へ向かおうとする。その背中へ、ハンゾーは問いかけた。

 

 「ああ。ギルドからの支給品はここに置いていく。ポーチの空きもそこまでないし、一度ここまで逃げ込む事も考えてるんだ。ここに来るのは大袈裟かもしれないけど、体勢を立て直すにはうってつけの場所だから」

 

 事実、アランのポーチには応急薬や携帯食料を詰め込めるだけの余裕はない。タマミツネの体液への対策に持ってきた消散剤や各種刃薬に加え、落とし穴やシビレ罠も持っている。そしていつもの癖か体に染みついた惰性か、弾薬用のポーチにも通常弾を忍ばせている。

 そんな状態で支給品にまで手を回す訳にはいかず、だからアランは支給品ボックスにあるアイテムはそのままここに置いていく事にした。万一に撤退する時の事を考えて、回復手段を残す事で保険にしておくのだ。保険があれば、心持ちにも幾分かの余裕が生まれる。余裕を持たせる事で、多少のミスやトラブルが起こっても軌道修正を容易に出来る。自分一人で狩る訳ではなく、ここにはリリィナを始め、サヤカやハンゾーもいる。故にアランはもう後がない、という状況に陥る事はなんとしても避けたいのだ。

 備えよ、常に。訓練所で教わった教訓を忘れず、アランは今まで以上に余念なく入念に備えていた。

 

 「……と、いう訳だ。君もアイテムは十分に持ってるだろうから、前みたいに元気ドリンコは渡せない。けど、向こうで危なくなったら言ってくれ。渡すだけの余裕は持たせてみせる」

 「…………」

 「主、いかがなされたニャ?」

 「……行くわよ。ハンゾー」

 「あ、主? 主ーっ!」

 

 アランをじっと見つめるも、サヤカはそのまま一言も語らずにベースキャンプを後にする。彼女の様子に訝しむハンゾーも、しかしどうする事も出来ずに彼女の後に続いて歩いていく。

 アランも遅れまいと、彼女達について行く。アランは心なしか、アイテムポーチが出立前よりも重く感じていた。

 

 

 

 

 

 ギルドからの目撃情報を頼りに、アランとサヤカ達の一行は真っ直ぐエリア7へと向かっていた。麦に似た人の背を越える背丈の植物が群生し、お世辞にも良好な視界は望めそうにない景色の広がるエリアだった。さらにエリア全体のほぼ半分ほどが水浸しの陸になっており、群生する植物の向こう側には大きな湖が広がっている。エリア自体の広さはそこそこあるだろうが、実際に狩猟するとなると、こちらが有利になれる場所はかなり限られているように見えた。

 

 「あれが……」

 

 サヤカが小さく呟く。周辺のエリアへ巡回していなかったのか、目的のモンスターはすぐに見つかった。体を丸めてリラックスした状態で佇んでいる件のモンスター。泡狐竜タマミツネだ。そして、タマミツネの様子を窺うように、遠巻きにはルドロスが数匹いた。

 

 「なれば一番槍は! セッシャが頂くニャーッ!」

 

 言うが早いか、ハンゾーは背に担いだ武者ネコノ太刀を抜刀し、タマミツネへ向けてまっしぐらに突撃する。

 どたどた、ばしゃばしゃと足音を立て水を踏むハンゾーに気付いたのか、タマミツネが首を上げてこちらを一瞥した。ハンゾーが距離を詰めていく間、タマミツネは尻尾を地面に擦り付ける。すると、あっという間に地面が泡立つ。

 

 「ニャッ!? これは、なんと面妖な……!?」

 

 不幸にも、タマミツネの立てた泡に突っ込む形になってしまったハンゾーが、体中についた泡に狼狽する。

 

 「ニャッ、ニャッ……! この、取れないニャ!?」

 「ハンゾー!」

 

 ハンゾーが両手を我武者羅に振り回して泡を払おうとするものの、一向に泡は取れる気配がない。タマミツネの意識がハンゾーへ向き、彼を助けようとするサヤカがヒドゥンブレイカーを握り、タマミツネへ向けて接近する。

 

 「ハンゾーから離れなさい!」

 

 接近する最中に溜めた力を使い、ヒドゥンブレイカーを振り上げる。その槌頭は、タマミツネが大きく跳躍した事によって空を打つだけに終わる。タマミツネの挙動にアランは以前狩猟した迅竜ナルガクルガの面影を感じながら、しかしそれとは似て非なる動きをするのかと観察する。

 どちらにしても、あのままサヤカだけに狩らせる訳にはいかない。ツルギ【烏】を抜刀し、会心の刃薬を塗布する。アランに続くように、リリィナもナルガネコ手裏剣を引き抜いた。

 

 「ハンゾー! 無事!?」

 「ニャウ……不覚。主の手を煩わせてしまうとは」

 「出過ぎると危ないわ。無理はしないで」

 

 ヒドゥンブレイカーを手にしたまま、サヤカはタマミツネに立ち塞がる形でハンゾーを背後へ匿う。

 

 「クォオッ」

 

 危なげなく距離を取って回避したタマミツネがぱかりと口を開けると、サヤカへと半透明の球体を吐き出した。ふわふわと漂う大きな球体が、真っ直ぐ、ゆっくりとサヤカへ向かっていく。

 

 「シャボン玉……コノハの言ってた通りみたいね」

 

 横へ転がり、タマミツネの吐いたシャボン玉を避ける。標的のいなくなった空間へふよふよと漂った後に、シャボン玉は地面へ落ちて滞留する泡の塊になった。あれもハンゾーの身体に纏わりついていた泡と関係があると、サヤカとアランは推測する。

 あれを浴び過ぎたら危険だと、実物を目の当たりにして認識を確たるものにした。

 

 「リリィナ、牽制を頼む。あの泡には、気を付けてな」

 「お安い御用にゃ!」

 

 力強く頷き、リリィナはタマミツネの側面へ回り込むように立ち回る。時折、遠巻きにいるルドロス達の動向にも視線を向けながらタマミツネへ向けてブーメランを二つ投擲。タマミツネの右肩と背ビレを浅く斬り付けた。

 

 「クゥウ……ッ」

 

 大型モンスターへ与えるダメージとしては非常に小さく、手応えはまるで無い。が、タマミツネの意識をサヤカ達から別の物へ向けるには十分で、リリィナへと首を向けるタマミツネの後ろ足へ、アランのツルギ【烏】が濃い紫の毛を僅かに斬り散らす。アランを疎ましく思ったのか、タマミツネはブラシのような尻尾を振ってアランを追い払おうとする。大型モンスターの巨体から繰り出される尻尾に当たってはひとたまりもなく、アランは深追いはせずに後退した。

 

 「でやあっ!」

 

 リリィナからアランへ、注意が向いていたタマミツネの隙を見逃さないサヤカがヒドゥンブレイカーで無防備な顎を打ち上げる。続け様にヒドゥンブレイカーを振り下ろし、タマミツネの左前脚に槌頭を叩き込んだ。僅かに怯んだタマミツネに、アランのツルギ【烏】とリリィナのブーメランが尻尾と脇腹を斬り付ける。一度距離を離したサヤカと入れ替わるように前へ出たハンゾーの武者ネコノ太刀がタマミツネの額を捉えた時、タマミツネに異変が起こった。跳躍し、アラン、サヤカ達から離れたタマミツネの相貌がアラン達ただ一点を見つめていた。

 

 「コオオオオォォッッ!!」

 

 薄紫のヒレは紅く変色し、両の前脚は小刻みに震え、タマミツネはありったけの力で咆哮する。目に見えて分かるタマミツネの外見の大きな変化とピリピリとした辺りの空気が、本格的な闘いの合図を告げていた。

 タマミツネは怒り状態になったのだ。

 

 「グルルル、グォウッ!」

 

 ばら撒いた泡を利用し、側面から回り込むように地面を滑走するタマミツネ。直線的な突進ではなく、弧を描いて接近するトリッキーな挙動は、アラン達に標的の予測を困難にさせていた。

 振り上げたタマミツネの尻尾が狙ったのは、アランだった。

 

 「こっちか!」

 

 紫色の甲殻へ叩きつけられるブラシ状の尻尾を、小さな盾で受け止める。かろうじて直撃は避けられたが、受け止めた衝撃までは相殺しきれず、痺れる腕を庇いながら大きく後ずさる。

 

 「な……あぁっ!?」

 

 体が後ろへのけ反り、たたらを踏んだ足が泡を踏んだ。バランスこそ崩されながらも何とか踏んばっていた足が、その摩擦を失えばどうなるか。泡が絡まった踵がつるりと滑り、アランはその場で盛大に尻餅をついた。

 

 「グロロゥ、ゴウゥッ」

 

 空中で体を捻るようにジャンプし、シャボン玉をばら撒くタマミツネは、次の標的をサヤカへ定めた。タマミツネはヘビのように全身を左右にくねらせ、水中を泳ぐかのような動きで地上を滑走する。摩擦を低減する泡を駆使し、かつ自身の巨体を使って轢き潰さんとする突進を、サヤカはハンマーを手にしたまま前転し、何とか回避した。

 

 「この、なんて速さなの!」

 「うぐぐ、何という身のこなしか!? 目で追うのもやっとですニャ!」

 

 サヤカ達のすぐ横を通り過ぎたが、タマミツネは突進の勢いをそのままにぐるりと反転し、再び突進を敢行。飛び退いたハンゾーとサヤカの間を滑走していく。

 

 「まだ来るわよハンゾー! 気を抜かないで!」

 「承知! ……ニャ!?」

 

 二度目の突進を終え、なおもサヤカ達を狙うタマミツネへと、体勢を立て直したアランがツルギ【烏】で斬りかかり、リリィナもブーメランで応戦する。タマミツネの意識が彼等へ向いたのを見て、サヤカがヒドゥンハンマーの柄を握り力を溜めている中、ハンゾーは自らの体に起きている異変に気付いた。

 

 「こ、これは一体……ニャッ、ニャアアーッ!?」

 

 体に纏った泡が、いやに多かった。タマミツネの突進を避ける際に、地面に設置されていた泡を踏んでいたのだ。結果、体中に纏わり付いた泡が、ハンゾーの小さな両足を浮かす程に増幅していた。その特性を理解しきっているタマミツネとは正反対に、ハンゾーは滑る体でバランスを取ろうとしてジタバタと手足を動かして暴れている。ハンゾーは自らに掛かった状態異常によってあらぬ方向へと動き回り、自由な移動が困難な状態に陥っていた。

 

 「ハンゾー! っ、あ……!?」

 

 パニック状態のまま地面を滑っていくハンゾーに気を取られたサヤカへ、タマミツネの放ったシャボン玉が当たる。ナルガ装備に纏わり付いた泡に、サヤカは忌々しげにタマミツネを睨みつけた。ハンゾーを助けようにも、その道中にはタマミツネが設置した泡の塊が無数に散りばめられ、それらを避けながら進もうにもタマミツネの妨害がないとは限らない。そして、自らも泡を浴びている以上、もう一度泡を浴びてしまえばハンゾーの二の舞になってしまう。サヤカがハンゾーを救うのは困難な状況に追い込まれた。

 

 「くっ……!」

 

 サヤカには、サヤカを見るタマミツネが、まるで目論見通りだと嗤っているかのように見えた。事実、サヤカは思うように身動きが取れなくなってしまったのだから、タマミツネからすれば状況は好転している。アラン達さえいなければ、このままサヤカ達を丸め込めるのだから。

 

 「リリィナ、行けるか?」

 「にゃ。任せ……にゃ!?」

 

 サヤカの状態を見て、アランはリリィナにハンゾーの救出を任せようとしていた。小回りの利くアイルーのリリィナなら人間よりも小柄で、なおかつ機動力もある。リリィナならばタマミツネの妨害と設置された泡の塊を避けながらでも、ハンゾーを救うには十分に余裕がある筈だ。

 

 「クォゥ、クオォッ!」

 「オゥッ、クゥオッ!」

 

 が、アランの背後に見える気配に、リリィナが視線を向けた。そこにはアラン達の劣勢を感じ取ったルドロス達が、ここぞとばかりに妨害を仕掛けようと接近していたのだ。

 

 「ルドロスか!」

 「もう、こんな時に! あっちに行くにゃ!」

 

 ブーメランを投擲し、ルドロスを追い払う。リリィナがルドロスに気を取られている内に、タマミツネの意識がハンゾーに向いている事を感じ取ったアランがタマミツネへ接近する。振り上げたツルギ【烏】をタマミツネの前足、正確に言えば爪の部分へ刃を振り下ろし、弾かれた。

 

 「な……!?」

 

 弾かれたツルギ【烏】の刃先が空へ向かい、アランが大きく体をのけ反らせる中、タマミツネが標的へ目掛けて滑走する為に両足にぐっと力を込めていた。

 タマミツネが見ている物、タマミツネの視線の先にある物が分かり、アランは再びタマミツネへ斬りかかる。先程弾かれた足ではなく、しっかりと刃の通る胴体へ。とにかく攻撃を加えて気を逸らそうとするが、片手剣が与えられるダメージはとても小さく、タマミツネの足止めをする事は叶わない。アランの攻撃を掻い潜ったタマミツネは勢いよく滑走し、狙った標的へと向かっていく。

 標的は武者ネコ装備に身を包むオトモアイルー、ハンゾーだった。

 

 「やっと取れた……待っててハンゾー! 今行くわ!」

 「ッ! ダメですニャ主! こっちに来ては―――――」

 

 アランとリリィナがタマミツネの気を引いていたからか、サヤカは無事にハンゾーの救出に向かう事が出来た。サヤカの手には消散剤が握られており、これを使う事でハンゾーの身体に纏わり付いている泡を取り除く事が出来る。

 ハンゾーまでの距離は、あともう少し。一刻も早く、ハンゾーを助けたい。そんなサヤカの想いは、彼女の背後から急速に追い上げ、そして追い越した大きな影に打ち砕かれた。

 

 「うぐっ……ニャアアアアーッ!!」

 

 大きく振り上げたタマミツネの尻尾が、勢いよくハンゾーへ振り下ろされる。体に纏った泡がばしゃりと散らされ、小さな獣人族の体が宙を舞った。タマミツネは辺り一帯へ散りばめた罠に引っかかった外敵である、泡まみれになったハンゾーを狙っていたのだ。

 

 「ハンゾー!」

 「うぅ、ぐ……なんの、これしき……」

 

 エリア7に響く、悲鳴にも似たサヤカの叫び声。ハンゾーは武者ネコノ太刀を地面へ刺し、それを支えにしてふらふらと揺れる体で立ち上がろうとする。防具のお陰で多少は和らいでいるが、それでも大型モンスターの攻撃に直撃したダメージは大きかった。

 ハンゾーに打撃を与えたタマミツネは、アランとサヤカへ向けてシャボン玉を吐いてから一度反転して距離を離し、再びハンゾー目掛けて突進する。

 

 「駄目だ、間に合わない……!」

 「うぅ、速過ぎるにゃ!」

 

 湖を背後に、よろめいているハンゾーへと、刻一刻と迫るタマミツネ。アランの走力ではタマミツネに追い付く事が出来ず、リリィナも同じく間に合わない。

 

 「お、おのれ……!」

 

 狙われているハンゾー自身も、地面に突き刺してあった武者ネコノ太刀を引き抜いて迫るタマミツネへ向けるが、震える刃先はとても心許なく、弱々しかった。

 まずは一匹。自身の状況に確信を持ったタマミツネの思惑は、ヒドゥンブレイカーを放り捨てて身軽になったサヤカによって阻まれた。

 

 「ハンゾー……ハンゾー!!」

 

 サヤカの手が、ハンゾーを突き飛ばす。再びハンゾーの体が宙を舞い、サヤカが身代わりになる形でタマミツネの突進を受けた。

 

 「が、っあ……!?」

 

 その巨体が持つ重量と、泡による滑走によって得たスピードの乗った頭突きがサヤカの腹部に当たる。タマミツネはそのまま自身諸共湖へと飛び込み、サヤカを水中へと突き落とした。

 

 「そんな、旦那さん……」

 「…………ッ」

 

 声を震わせるリリィナに、アランは何も言葉を返さない。ツルギ【烏】の柄を強く握り、タマミツネが飛び込んだ湖を睨みつけていた。 

 

 「主、どうして……」

 

 サヤカに突き飛ばされたハンゾーが立ち直り、その目にした物は、使い手のいなくなったヒドゥンブレイカーと、辺りを見渡せども見えない主人の姿だった。どれだけ目を凝らしても、どこにもいない。自分を助けて、代わりに犠牲になったのだ。

 

 「どうしてセッシャを……何故です!? 何故セッシャを庇ったのですニャ!! どうして……どう、して……ニャアアアアァァッ!!」

 

 立ち尽くすハンゾーの手から、武者ネコノ太刀が抜け落ちる。そうして、主人を呑んだ湖へ、ハンゾーは絶叫する。怒りか、悲しみか、湧き上がる感情を吐きだしても、返ってくるのは静寂だった。

 

 「……リリィナ」

 「にゃ、旦那さん? これは……なるほど、そう言う事にゃ」

 

 アランはツルギ【烏】を納刀し、ポーチに詰めていた閃光玉をすべて取り出す。それらをリリィナに手渡し、叫ぶハンゾーを見つめたまま眉間に皺を寄せ、先程よりも一層強く両手を握っていた。

 湖面から上がり、けたたましく水しぶきを上げたタマミツネが、アランとリリィナ、そしてハンゾーを睨む。まるでタマミツネが、次はお前達だとでも言っているかのように。

 

 「出来るか?」

 「にゃ!」

 

 閃光玉を受け取ったリリィナは、彼が何をしようとしているのかを感じ取る。オトモとしての自分が、今何をするべきなのかを。だから、リリィナはアランの言葉にしっかりと頷いた。アランが望む事を成さんとする、その意思の助けになる為に。

 

 

 

 

 

 (くる、しい……息が……ッ!)

 

 暗い、暗い湖の中で、サヤカはもがいていた。必死に足をばたつかせ、呼吸のできる水面へ、あわよくば陸へ上がろうとしている。が、衣服のようなナルガ装備は水中では大きな抵抗になり、足が着かない水中という事もあってか、サヤカは天地の判別が困難な状況に追い込まれていた。

 足首を保護する防具が邪魔になって水を蹴り出す事が出来ず、呼吸が出来ない苦しさから逃れようともがく度に体力を消耗し、息が続かなくなっていく。苦境から脱出しなければならないのに、負の循環ばかりが続き、サヤカは更なる苦境へと陥っていた。

 

 (このままじゃ……痛っ!?)

 「ッ!……ゴボッ!?」

 

 もがいている最中、サヤカはタマミツネから受けた突進のダメージが体に響き、思わず呻き声を上げてしまう。しかし、ここは地上ではなく水の中。体内の酸素が吐き出され、サヤカはさらに息が続かなくなっていた。

 

 (そんな……私……ここまで、なの……?)

 

 これ以上酸素を出すまいと両手で口を押さえるが、もう吐きだす息があるのかもサヤカには分からなかった。もう力が残っていないのか、ばたつかせていた足はいつの間にか動かなくなっており、水面に上がる事が出来なくなっていた。

 

 (逃げて……ハン、ゾー……)

 

 湖の底に沈もうとしているのに、体はもう動かない。意識を保っているのも難しくなったサヤカは、最後に救っただろう自身のオトモの無事を祈るしかなかった。

 そうしている内にも意識は遠のいていき、サヤカの瞳がゆっくりと閉じられる。自力ではどうする事も出来ず、諦観の念が水底へ沈んでいくサヤカを徐々に支配していく。

 

 「ッ……ッッ!」

 

 サヤカの意識が完全に無くなる寸前。何かが、サヤカの腕をがっしりと掴んだ。




モンハンの水中戦については、3Gの体験版で少し触った事があります。
むかし着衣泳をした事がありまして、水中戦をやってて『なんで防具着ててこんなに早く泳げるんだろう』って思った事がありました。
その後、すぐに『ハンターだから』って答えが浮かんで納得させられてしまいました。


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第14話「サヤカ」

久方ぶりの更新です。時期の関係もあってか、更新並びに執筆も滞りがちになってます。
※サブタイトルを変更しました。


 (どこだ……どこにいる……っ!)

 

 暗い、暗い湖の中。アランは両手をかき分け、水中を進んでいた。この冷たい水の中へ落ちた、一人の少女を助ける為に。

 

 (いた……あれか!)

 

 眼球に触れる水の痛みに耐えながら、水底へ沈んでいくナルガ装備を纏った少女、サヤカの姿を捉えた。自分も水の中へ飛び込んだからといって、必ず彼女を救えるとは限らない。

 それでも、今のアランには一切の迷いや躊躇いはなかった。彼女を救いたいという目的と、その目的を成す為には何が必要なのか、どうすれば良いのかが分かっているからだ。

 

 (もう、少し……よし!)

 

 拙さの見える動きで手繰り寄せる手が何度も水を握りながら、アランの手が遂にサヤカの腕を掴んだ。

 

 「……、……ッ!?」

 

 後はこのまま水面へ上がれば。そこまで考えが至った時、詰まるような息苦しさに見舞われたアランが空気を吐き出した。自由に呼吸のできない、慣れない環境下での活動が、アランの身体に想像以上の負担を強いていたのだ。

 このままでは息が続かず、助けに来たつもりが共倒れになってしまう。

 

 (このまま、上がれさえすれば……!)

 

 ここで離したら、もう二度と掴めないかもしれない。彼女の腕を決して離すまいと、アランは握る手に一層の力を込めた。

 

 

 

 

 

 「ん、ぅ……」

 

 瞼が開き、おぼろげな景色が少しずつ広がっていく。目が覚めると、そこはベースキャンプのベッドの中だった。

 

 「ここ、は……」

 

 少女、サヤカはベッドに寝かされた状態から起き上がる。傍らには彼女の扱うハンマーのヒドゥンブレイカーと、アイルー模様の見慣れぬ壺が置かれていた。

 

 「私……、ッ」

 

 タマミツネの突進から、ハンゾーを庇って湖に突き落とされた筈。そこまで記憶を辿っていき、サヤカは背筋を凍らせた。あの時、湖に突き落とされたあの時、自分にはもう陸へ上がるだけの気力は持っていなかった。沈んでいくだけとなり、その後に辿っていく運命は一つしか無い筈なのに。今、こうして生きている。

 何故。サヤカの頭の中を、一つの疑念が埋め尽くしていった。

 

 「……ようやく、起きたかにゃ。その様子だと、まだ状況がよく分かってないようにゃねぇ……」

 

 思案に耽るサヤカを余所に、エリア1からベースキャンプに入ってくる小さな影。あのガルルガ装備のハンターのオトモが、こちらをじっと見ていた。

 

 「しょうがないから、あれからどうなったのか。ワタシが全部教えてあげるにゃ」

 

 そうして、リリィナは語り出す。サヤカが抱いている疑問、意識のなかった空白の間に起こっていた事の顛末を。

 

 

 

 

 

 「ホラ! めそめそしてないで、こっちを手伝うにゃ」

 「ニャ……。しかし、主が……」

 

 リリィナの小さな手が、ハンゾーの丸くなった背を叩く。背を叩かれて振り向いたハンゾーの顔には、喪失感がありありと表れていた。ハンゾーが呆然とするのも無理はない。目の前で主人を失い、さらにそれは自分自身が枷になった事によって招かれた結果なのだから。

 だが、ハンゾーに喝を入れるリリィナの目には強い意志が宿っている。成すべき事が分かっている、確かな光の宿った瞳がハンゾーを見ていた。

 

 「あのハンターさんを助けたいなら、ワタシの旦那さんに任せるにゃ。ほら、そっちも持つにゃ!」

 

 半ば強引に押し付けられる形で、リリィナの手にあった閃光玉の幾つかが、ハンゾーの手へと渡る。リリィナの主人、アランが何をしようとしているのか。この時のハンゾーには、まだ分かっていなかった。

 

 「……ハンター殿が? 本当に、主は……」

 「時間がない。今はリリィナの言う通りに動いてくれ」

 

 ハンゾーが受け取った閃光玉に戸惑っている間にも、状況は変わり続けている。湖から上がったタマミツネは既にこちらを狙っており、水中へ沈められたサヤカも未だに上がってこない。水中という特殊な環境と、タマミツネから受けたダメージによって、サヤカは自力での脱出が困難になっているのだ。

 

 「リリィナ。ここは任せる」

 「は、ハンター殿ぉ……!」

 

 ハンゾーにとって、藁にもすがる思いだった。湖面を、サヤカが落とされたであろう場所をじっと見るアランの後ろ姿に、ハンゾーは瞳を潤ませていた。

 黒狼鳥の甲殻を身に纏ったその背中が真っ直ぐに湖面へと走り、飛び込んだ。

 

 「さ、ここからが大変にゃ。泣いてる暇は、もう無いにゃ」

 「グルルル……ッ!」

 

 アランが湖へ飛び込んだ頃には、タマミツネは再び自身にとっての万全な状態へと整えていた。尻尾に生えるブラシ状の毛を使い、自身の動きの要となる泡を生み出しているのだ。リリィナとハンゾーという仕留めそこなった邪魔者を、今度こそ完全に消し去る為に。

 

 「大事なご主人を助けたいなら、ワタシの言う事をしっかり聞いて、キビキビ動くにゃ!」

 

 標的を定めたタマミツネへ、リリィナは一つ目の閃光玉を投擲する。辺り一面を真っ白に埋め尽くす強烈な閃光が、タマミツネの眼前で炸裂した。

 

 

 

 

 

 「……ワタシの旦那さんがハンターさんを助ける為に湖に飛び込んで、その間にワタシ達でタマミツネを食い止めていたのにゃ。旦那さんから渡された閃光玉を、ぜ・ん・ぶ、使ってにゃ」

 「達? それじゃあ、ハンゾーは……!」

 

 リリィナの言葉に、サヤカの目が見開かれる。徐々に意識がはっきりとしていくにつれて抱き始めた、サヤカのもう一つの疑問。先程から姿の見えないハンゾーに、サヤカは思わず語調を強めた。

 

 「オトモ殿ー! 言われた通り、生肉の方を揃えましたニャ! あとはこれをじっくりと焼き上げれば、ハンター殿の腹も満たせる筈ですニャ」

 「ハンゾー!」

 

 エリア1への入口から聞こえるその声に、サヤカは跳ねるように立ち上がりベッドから離れた。キャンプ内の辺りに見えたのはぽつりと置かれた肉焼きセットと、大きく膨らんだポーチを腰に下げるハンゾーの姿、そして支給品ボックスに寄りかかるように体を預けているガルルガ装備のハンターの姿だった。

 

 「あ、あるじ……?」

 「ハンゾー、ハンゾー!」

 

 呆気にとられているハンゾーへ駆け寄り、サヤカは彼を抱きしめる。彼女の腕に抱かれるまで呆然としていたハンゾーがやがて我に返り、じわじわと目尻に涙を溜めていった。

 

 「主……主が、生きて……っ」

 「良かった、ハンゾー……!」

 「申し訳ありませんニャ、主。セッシャが、セッシャの所為で……」

 「ううん、いいの。ハンゾーが無事でいてくれたなら。それより……」

 

 腕の力を緩めたサヤカが、アランの方へと視線を向けた。未だに支給品ボックスに寄りかかり、俯いたままのアランへと。水に濡れたガルルガヘルムに隠れた彼の瞳は、良く見るとぴったりと閉じられていた。支給品ボックスに体を預けている彼は眠っていたのだ。その傍で、リリィナが黙したまま肉焼きセットを組み、生肉を乗せている。火を点け、ゆっくりとハンドルを回し始めた。

 

 「ん、リリィ、ナ……?」

 

 サヤカ達の声に反応したのか、アランの首が上がり、ぼんやりと瞼を開かせた。二、三と瞬きをし、意識をはっきりさせ、サヤカ達の存在をはっきりと認識した。傍らにいるリリィナに、隣り合っているサヤカとハンゾーを。

 

 「ああ……気が、付いたのか。気分はどうだ? 痛む所は?」

 

 疲れの窺える、弱った声音だった。それでもアランはサヤカの身を案じている。そんな彼に対しても、サヤカは疑問を抱いた。間違いなく、湖に落ちた自分を助けたのは彼なのだから。

 

 「……どう、して」

 「ん?」

 「どうして、助けたの。私は、あなたに……」

 

 そうした一連の疑念を、サヤカはアランに問いかけた。言いよどむような、途切れ途切れの言葉で。後ろめたさのようなものを感じているのか、サヤカは視線を俯けている。今まで見せていた近寄りがたい雰囲気は、今の彼女には微塵も見られなかった。

 

 「どうして、か」

 

 リラックスする姿勢に入ったのか、ガルルガヘルムを脱いだアランが遠くの雲を眺めてため息をついた。

 

 「目の前で死なれたら寝覚めが悪い、っていうのは、ある。ただ……それよりもっと大事な事だな」

 「大事な、事……?」

 「ああ。ただし、その前に……リリィナ」

 

 頷くアランの前へとリリィナが歩み寄り、手に持ったある物を差し出した。

 

 「はいにゃ、旦那さん。ワタシがじっくりと焼き上げた、おいしーいこんがり肉にゃ!」

 「いつも助かる」

 「熱いから気を付けてにゃ」

 

 リリィナが手に持っていたのは、ほかほかと湯気を立てた焼きたてのこんがり肉だった。サヤカを助ける為に単身湖へ飛び込んで体力を消耗したアランへの、リリィナからの贈り物だった。

 

 「それを話すのは後にしよう。少し、休みたい」

 「そ、そう……」

 

 アランの言葉に、戸惑いながらも頷くサヤカ。助けられた手前、強く言えないのだろう。この時は珍しく、アランに対して聞く耳を持っていた。

 サヤカの返答を聞いてから、アランはこんがり肉を一口齧る。狐色の表面、均一に焼き目の付けられた肉が、噛むたびに肉汁を溢れさせていく。自慢のオトモの丁寧な仕上がりもさる事ながら、冷えた体にじんわりと染みわたっていく出来たての温かさが、アランにとって何より有難かった。

 

 「主、どうぞニャ」

 

 黙々とこんがり肉を喉へ通していくアランの様子を見ていたサヤカへ、ハンゾーからもこんがり肉が手渡される。リリィナが焼き上げた物とは違い、強めの焼き目が付けられた、所々に小さな黒の斑点模様の見えるこんがり肉だった。そのこんがり肉は、アランが手にしている物よりも一回りほど小さい。サヤカの身の具合を案じたハンゾーが予め小さくしておいたのだ。

 

 「セッシャもサムライの端くれ。炊事もこの通り、ですニャ!」

 「ありがとう、ハンゾー。とても嬉しいわ」

 

 サヤカはハンゾーの焼いたこんがり肉を受け取り、小さく齧る。

 さく、と音を立てる焦げの部分が、少しだけ苦かった。

 

 

 

 

 

 「さて……話を続けようか。俺がどうして君を助けたか、だったか」

 

 その温かさと美味しさに夢中になったのか、アランはあっというまにこんがり肉を食べきっていた。進んで片付けを買って出たリリィナに後を任せ、アランはサヤカと話す事に集中する。

 

 「あの時、俺には君を見捨てる選択もあったのかもしれない。その上で、俺は君を助ける事にした」

 

 見捨てる。それはサヤカが描いていただろう、あの時の結末だった。誰の助けも無く、諦観の念に飲まれて窒息し、息絶えるという結末。

 しかし、今こうしてサヤカは生きている。アランの手に救われて。

 

 「この渓流にいるタマミツネを狩猟できたとして、そしたら村の抱えていた問題は解決できる。それでも、もし君を見殺しにしていたら……そこに君の姿がいなかったら、村の問題を解決できたと、本当に言えるか?」

 

 アランの脳裏に、サヤカの身を案じていたあの受付嬢と、ユクモ村の村長の姿が浮かんだ。そして、彼女のオトモアイルーである、ハンゾーも。目の前で主人を失えば、彼は、そして彼女たちはどれだけの絶望や喪失感を味わう事になるのだろうか。それを思えば尚の事、アランはサヤカを見捨てる訳にはいかなかった。

 

 「それに、君のオトモが泣いていた。君が生きて戻ってくる事を望んでいるんじゃないのか」

 「……逆だったらどうしていたの。あなたが湖に落とされて、そしたら私は……私だったら、あなたを見捨てていたかもしれないのよ! それでもあなたは助けるって言うの!?」

 「ああ、きっとな。それに、危なくなってもリリィナが助けてくれるからな。俺の事は大丈夫だ」

 「な……っ」

 

 肉焼きセットを分解したリリィナが任せてと言わんばかりに胸を張り、サヤカはアランの言葉に息を飲んだ。反対に、ハンゾーは何かを言おうとしては言いよどみ、がっくりとうなだれている。サヤカに庇われた件が後を引いているのだろう。リリィナのような自信を、ハンゾーは持てなかった。

 

 「…………あいつらとは、違うの?」

 「なに?」

 「にゃ?」

 

 ぽつりと呟かれたサヤカの言葉に、アランとリリィナ、更にハンゾーも反応した。呟いてから我に返り、サヤカは顔を上げる。針のむしろとはよく言ったもので、彼女の目の前には彼ら三つの視線が向けられていた。

 

 「主、今のはどういう―――――」

 「ち、ちがっ! 今のは、その……!」

 

 疑問に感じたハンゾーの声も遮り、サヤカは慌てて訂正しようとする。が、状況はそれを許してはくれない。アラン達の視線が、サヤカを取り巻いているこの場の雰囲気が彼女に説明を求めていた。

 

 「何か、ありそうにゃねぇ?」

 「…………」

 

 雰囲気ではなく、言葉ではっきりと説明を求めるリリィナ。そんな彼女の言葉に自らの体を抱くようにして両の腕を掴み、サヤカは俯いている。小さな肩を小刻みに震わせるその姿が、彼女の華奢な体を弱々しく見せていた。

 

 「……四年前。私が14の頃、ハンターを初めてまだ一年足らず位の時……そうね、ハンゾーもいなかった頃の話よ」

 

 小さな声で、サヤカは語り始める。彼女の口振りからして、ハンゾーにも秘密にしているようだった。

 

 「ユクモ村のハンターになった私に、渓流に現れたアオアシラの狩猟の依頼が来たの。その時は別の地方から来ていたハンターもクエストに参加してきたの。断ろうとしたけど、コノハ……あのギルドガールの子が心配だからって聞いてくれなくて、結局二人で行く事になったわ」

 

 明らかに何かがあったであろう話を、彼女に無理に喋らせて良いのか。少なくはない負担を彼女に負わせる事にアランの中で決して小さくない迷いがあったが、大人しく聞き手に徹する事にした。アランには、それ以外の選択肢はなかったのだ。

 

 「最初は良く思ってなかったけど、それでも二人で行くならちゃんと狩猟できる。そう、思っていたわ」

 「思っていた?」

 

 サヤカの言葉に引っ掛かりを覚えたハンゾーは首をかしげ、アランが眉を顰める。アランの隣にいたリリィナも口にこそ出していないが、その顔を覆っているナルガネコヘルムの奥で怪訝な表情をしていた。

 

 「そのハンターは怪鳥イャンクックの装備を着ていた。私が着ていた装備よりずっと優れた素材を使っていた防具よ。普通に考えれば、苦戦する事は無い筈だもの」

 「それは、つまり……」

 「ええ、普通じゃなかったのよ。そいつは一度ネコタク送りになって、それっきり狩りには参加しなかったの」

 

 話していく内に、サヤカの脳裏にはあの時の光景が嫌でも浮かんでいた。駆け出しの頃から使い続けてきたユクモノ装備を擦り切らせ、あの両腕に何度も打ち付けられながらもハンマーを握り続け、そうしてようやく狩猟したアオアシラの姿を。それと同時に、自分とは正反対の、憎らしい程に防具を日の光に照り返して近付いてくる能天気な顔をした男の姿も。

 

 「結局私一人で狩る事になって、手持ちのアイテムも殆ど底を尽きたわ。それでもアオアシラは何とか狩猟できた。そうしたら、途端にそいつは現れてきたの。狩猟に加わってないくせに、素材だけは手に入れようとしてきたわ」

 「それでも、ギルドの定めたルールでは……」

 「もちろん、報酬は二人分に分けられるわ。ネコタクを使った分を差し引かれたうえで、ね」

 

 当時まだオトモを雇っていなかった彼女にとって、たった一人で、誰の助けもない状況での狩りを強いられていたのだ。当時の彼女では苦戦は免れない相手であろうアオアシラを、クエストの形式上は、話に出ていた男とのペアとして。

 忌まわしい記憶が蘇り、サヤカはきつく握り締めた両手を怒りに震わせていた。

 

 「村に戻ってから、全部白状させたわ。そいつは今まで、3人以上のパーティとでしか狩りに行ってなかったのよ。一人で行く時も採取クエストばかり受けていたらしいわ。それがある時パーティを追い出されて、一人で途方に暮れていた時にユクモ村に通りかかった。イャンクックの装備を着ていたのも、そのパーティで狩った素材で作ったらしいわ。本人の実力なんて、何もなかったのよ」

 「高を括っていた、のか……?」

 

 性能の良い装備を着ているから、クエストに失敗する事はない。サヤカの話から、アランはその男の心情を予想した。あくまで、予想だ。当事者ではないから合っているかは分からないが、限りなく正解に近いであろう事は容易に想像できた。

 

 「恐らくね。楽勝だと思ってた相手にネコタク送りにされて、すっかり怖気づいたみたいだけど。おかげで私はその後の事を全部押し付けられたわ」

 

 彼女の話から、アランの着るガルルガ装備も同じような手口で手に入れたと思っていたのだろう。タマミツネの狩猟にも、きっとどこかで逃げ腰になるかもしれない。かつてと同じ事が繰り返されると思えば、彼女が今まで警戒していたのも無理はないのかと、アランは考えた。

 

 「クエストをリタイアする事は?」

 

 リタイア。それはクエストの成功を諦めて、村へ帰還する事を指す。当然、クエストをリタイアすれば報酬を得る事は出来ないし、記録上では失敗として見なされる。

 しかし、リタイアは何ら恥じる事ではない。矜持に縛られ、成功が困難な狩猟を無理に続行すればどうなるだろうか。それは自らをより危険な状態へ陥らせる事になり、そのまま命を落とす事や、あるいはハンターとしての生命を断たれる事にも繋がる。時には諦めて手を引くという決断が下せる判断力も、ハンターには必要なのだ。

 そんなアランの疑問に、サヤカは首を振って返した。既に事の顛末は聞いたが、彼女はそんな状況にあっても、クエストを成功させていたのだ。

 

 「……出来なかったわ。何が何でもクエストを成功させて、報酬を手に入れなければいけなかった。あの時の私には、諦めて次を探す余裕なんて……」

 

 ハンターという役割はその命を危険にさらす事が多い分、見返りとして得られる報酬も大きい。彼女がハンターを始めた、そして今も続けている理由は彼女を取り巻く経済的な事情が大きく関わっているだろう事が、彼女の言葉の端々から窺えた。

 窺えはしたが、アランはそれ以上の事を彼女が言わないのであれば聞かない事にした。人それぞれハンターを目指す理由はあるが、それを根掘り葉掘り、本人の意向も無視して聞く側が聞きたいだけ聞き出そうとするのは抵抗があったからだ。

 

 「そうか。……それで、君が俺を避けていたのは、それが理由か?」

 「……話を続けるわね。その男が村を出て行って、少し経った時の事よ。そいつとは別の、インゴット装備の男が村に来たの。旅の途中で訪れたって言ってたけど、そいつは四六時中防具を着ていたわ。顔を見せなかったの」

 

 彼女の話は更に続いた。アランを拒絶する、本当の理由を告げる為に。

 

 「最初は、あいつと同じ腰抜けだと思っていたわ。でもクエストには成功したの。その男も、ちゃんと狩猟に参加してね」

 

 それが普通なんだろうけど。そう付け加えて、彼女は顔を俯かせた。同時に、何かに怯えるように、また肩を震わせている。

 

 「その後だったわ。素材を剥ぎ取って、ベースキャンプに戻って……そうして、そいつは私に襲い掛かってきた」

 「何だと……?」

 「そいつは私が着てた防具を、手で掴んで無理矢理剥がそうとした。怖かったわ。怖くて、必死で抵抗した。とにかく暴れて、そうしてる内にそいつの顔を殴っていた。被っていた防具の上から何度も、動かなくなるまで殴ったわ」

 

 先程と同じく、サヤカの脳裏にかつての光景が蘇る。乱暴に肩を掴んで覆い被さってきた男の身体、防具の隙間から聞こえてくる荒い息遣いを。ただ一つの事だけを考えて動いていた下劣な獣の輪郭が、今でも鮮明に浮かび上がってくるのだ。

 あの時、身が竦んだまま男にされるがままでいたら、どうなっていただろうか。ほんの一瞬、そんな汚らしい想像が膨らみ、一気に嫌悪感が湧き上がってきた。

 

 「目が覚めない内に村に戻って、すぐに家畜用の檻の中に入れてやったわ。迎えの荷車に積んであった縄で縛り上げてね。後から分かった事だったけど、そいつは別の地方で何度も犯罪を犯していた最低の男だったのよ。それを隠す為に名前を変えてハンターになって、顔がばれないようにいつも防具を着ていたってわけ。私の事も、クエストが終わった後なら大した抵抗も出来ないと思ってて、事が終わったらさっさと別の地方に逃げようとしてたらしいわ」

 

 聞いているだけで反吐が出そうな話だった。それを直に経験した彼女は、それ以上に辛かっただろう。アランの手に力が入り、ガルルガアーム越しに爪を掌に食い込ませていた。

 

 「その時の事はすぐにギルドに報告されて、そいつもギルドナイトに逮捕されたわ。ハンターの資格も剥奪されて、今も牢屋の中で暮らしてる。それでも、私は何も安心できなかった。その時の事が何度も夢に出てきて、眠れない日が続いたわ。長い時間を掛けて少しはマシになってきたけど、ついこの間、その時の事が夢に出てきたの。思い出さない訳がないのよ」

 

 

 

 

 

 「そいつの使ってた武器が、あなたと同じ片手剣だったから」

 

 何も、言葉が出てこなかった。彼女の言葉に、一瞬の間思考を真っ白に塗り潰されたアランが我に返る前に、リリィナが声を大にして反論し始めた。

 

 「ただの言い掛かりにゃ! 旦那さんが悪い事をしてる訳じゃ―――――」

 「そんな事! 私だって分かってるわよ!!」

 

 主人の名誉の為に違うと物申すリリィナを、サヤカは遮った。今までアラン達が聞いた事も無い、ありったけの大声で。肩を大きく上下させる程荒い呼吸を繰り返し、サヤカはリリィナを睨みつけた。

 

 「……だから、分からないのよ。何もしてないから、あいつらとは違うとでも言うつもり? 今度こそ大丈夫だって、信用できるって、本当にそう言い切れるの? ……出来る訳ないじゃない。そんな事、誰が言えるのよ!!」

 

 初めに会った者には反故にされ、次に会った者にも裏切られ、そうして次に出会ったアランはどうなのか。サヤカにはアランを信じるだけの気力も希望も持てなかったのかもしれない。

 なまじ今までの手合いと違っていたからこそ、違うのではという思いも芽生えてしまう。しかし、それが違っていたら。彼も彼らと同じだったならば、一体どうなってしまうのだろうか。これ以上、あの時のような絶望を味わいたくはない。それならばいっそ、素性の知れぬ余所者は誰も寄せ付けずにいればいい。それがサヤカの出した答えだった。

 だが、今。アランを見ているのはサヤカだけではない。彼女の持つ閉ざし切った答えを打ち崩す者が、彼女の隣にいた。

 

 「セッシャは、信じたいですニャ。ハンター殿の事を」

 「……え?」

 

 意外な者の声に、サヤカは目を丸くする。声の主はハンゾーだった。

 

 「ハン、ゾー……?」

 「主が今話した事は、セッシャも存ぜぬ事でしたニャ。しかし辛い身の上ゆえ、それも致し方ありませんニャ。それを踏まえた上で、セッシャはハンター殿を信じますニャ」

 

 アランは信用できる。ハンゾーはきっぱりと、サヤカにそう告げた。

 

 「主が出会ってきた者は、確かに不埒な輩でしたニャ。しかし、ハンター殿もそうなのでしょうかニャ。ハンター殿は、その命を賭して主を救って下さった。その行いは、その不埒な輩にも出来たのでしょうかニャ」

 「それは……」

 

 確固たる意志を持ったハンゾーの目を直視できず、サヤカは目を逸らした。自らの主人を真っ直ぐ見つめたハンゾーと違い、サヤカの中で一つの迷いが生まれていたからだ。今度こそ、なのか。あるいはまたしても、なのか。サヤカは葛藤し、答えの出ない板挟みに苛まれていた。

 

 「……俺は」

 

 戸惑うサヤカを、アランは真っ直ぐに見つめていた。

 

 「俺は、君だけを危険に晒すつもりはない。もし君が危なくなったら、何があっても助けてみせる。絶対にだ」

 「なんで……なんで、そんな……」

 

 一つ一つ、ゆっくりと。サヤカに言い聞かせるような口調でアランは話し掛けている。それとは反対に、サヤカの声は震えていた。吹けば飛んでしまいそうな程、今の彼女は弱々しかった。

 

 「このクエストに参加したのも、君を見捨てて逃げる為じゃない。タマミツネを狩猟して、ユクモ村が抱えている問題を解決する為に、ここにいる」

 

 ベルナ村を発つ時から、そしてサヤカと出会ってからも、アランの目的は変わらない。そして今、サヤカが明確な拒絶の意思を見せていた理由も分かった。だから、彼女が抱えている物にも、アランは向き合おうとしていた。

 

 「でもそれには君の力もいる。この目で見て、分かった。アレは俺とリリィナだけじゃ手に負えない。俺一人では無理で、君がいないと出来ない事なんだ。だから……だからお願いだ。俺とチームを組んでくれ」

 「主、セッシャからもお願いしますニャ。ハンター殿を信じてくだされニャ!」

 

 サヤカを救った行動が功を奏してか、サヤカの説得にハンゾーも加わる。ハンゾーの言葉が後押しし、サヤカはゆっくりと顔を上げ、アランの目を見つめた。あの能天気な顔をした男のような腹立たしさはなく、醜い本性を冷たい鉱石の鎧に隠した獣のような汚らしさはない。

 もしかしたら。そんな思いが、葛藤を続けていたサヤカの中で強まっていた。

 

 「本当、に……私……」

 「行こう。今度は、二人でだ」

 

 差し伸べられたアランの手に応えるようにサヤカも手を伸ばし、引っ込める。彼女はアランの手を取る事はなかった。

 

 「っ…………」

 「……そうか」

 「ニャ……」

 

 駄目だった。差し伸べた手が力を無くして下がっていき、ハンゾーもくったりとヒゲを垂らして落ち込んでいた。

 

 「違うの。あなたが思っている事とは、違う」

 

 沈痛な面持ちのアランに、サヤカが訂正を加える。違うとはどういう事なのか、アランは眉を寄せ、ハンゾーは首をかしげた。

 

 「もし私だけだったら、ずっと避けたままだった。でも今はハンゾーがいて、ハンゾーが信じたあなただから、私も……私も、あなたの事を信じてみたい。でもその前に、あなたに言わないといけない事があるの」

 

 彼女は決して拒絶されていたわけではない。ハンゾーを通して、アランの言葉は届いていた。その上で、サヤカはアランの手を取らなかった。彼女の言う、言わないといけない事の為に。

 

 「ありがとう。私を助けてくれた事、ハンゾーを守ってくれた事。それから……今まで酷い事を言って、本当にごめんなさい」

 

 彼女の口から出た謝罪に、アランは呆気にとられていた。それを言う為に、彼女は断ったのかと。今まで彼女に拒絶される事はあったが、謝罪される日が来ようとは思いもしなかった。よくよく思い返してみれば、彼女とここまで長く話をしたのも初めてかもしれない。

 

 「謝ったからって許される訳じゃないわ。でも、それを有耶無耶にしたままでいるなんて絶対に嫌。悪い事をしたのは事実だもの」

 

 改めて、過去の事についての謝罪をするサヤカ。今まで見せていた張り詰めた雰囲気は無く、どこかしおらしさを感じる。今まで見た事のない彼女の表情の数々に目新しさを覚えている余裕はない。今はタマミツネ狩猟のクエスト中なのだから。

 

 「成程、そういう事だったのか……。分かった。それじゃあ、もう一度だ。タマミツネを狩猟したい。俺とチームを組んでくれるか?」

 「ええ、私で良かったら協力させて。絶対に力になってみせるから」

 

 クエスト中に築けた信頼関係、という事にふと気付き、アランは昔の事を思い出した。賑やかで頼もしい、あのヘビィボウガン使いの事を。タマミツネの狩猟までにと考えていた彼女との共同戦線も、そのタマミツネ狩猟のクエスト中に築いている。妙な共通点に小さく笑みをこぼしつつ、アランはリリィナに向き直った。

 

 「……と、いう訳だリリィナ。力を貸してくれるか?」

 「ぷいっ、にゃ」

 

 今まで静観し続けていた彼女は、アランに呼ばれて不機嫌そうにそっぽを向いていた。

 

 「謝ったからって、すぐに許せる訳じゃないにゃ。でも、ワタシは旦那さんのオトモにゃ。旦那さんがハンターさんの事も大事に思ってるなら、ワタシは旦那さんの為に動くにゃ。今度また旦那さんの足を引っ張るような事をしたら……その時は、ゲンコツにゃ」

 

 アメショ柄の毛が覆う、薄桃色の肉球に隠した爪をきらりと光らせる。憤りを隠してはいないが、その言葉の端々からその心情が窺える。許さない、とは言っていないのだ。

 

 「リリィナ、偉いぞ」

 「ぷいっ、にゃ」

 

 サヤカを拒否しないリリィナを、アランは褒める。それがこそばゆかったのか、リリィナは再びそっぽを向いていた。

 

 「あ、主! 不肖ながらこのハンゾー、このまま引き下がるわけにはいきませんニャ! どうかもう一度、挽回の機会を与えてはくれないでしょうかニャ!」

 「勿論よ、ハンゾー。私が生きているのも、今ここにいるのも、全部全部、ハンゾーのお陰なの。だから、これからも私のオトモでいて。一緒にがんばりましょう」

 「あ、主……っ!」

 

 サヤカの言葉に鼻をすすり、両手でごしごしと目を拭うハンゾー。サヤカが危機に陥った原因を作ったのもハンゾーだが、アランと近付くきっかけを作ったのもハンゾーなのだから。サヤカがハンゾーを見限る訳がないのだ。

 

 「残り時間も多くはなさそうだ。行こう」

 

 アランの言葉に頷くサヤカ。新たな関係の下、二人と二匹はベースキャンプを後にする。目指すはタマミツネの狩猟、クエストを成功させて村へと戻る為に。

 

 (リリィナには、ああ言ったが……)

 

 一歩一歩、足を踏み出す度に感じるふらつき。多少は楽になったとはいえ、そのすべてが治る事はなかったようだ。

 

 (早く終わらせる事が出来ないと……長引いたら、拙い)

 

 ガルルガヘルムを被るアラン。ようやく彼女とチームを組む事が出来たのだから、なんとしても今考えている事態だけは避けたかった。




次回の更新も少々間が空きそうです。ご了承ください。


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第15話「泡狐竜タマミツネ」

期間が空いてしまいました。これも全てXXの仕業です。
防具合成、楽しいですね。


 重く感じる足取りに、アランは拭えない不安を抱く。そんな折にナルガ装備の少女から声を掛けられたのは、ベースキャンプを抜け、更にエリア1を出ようとしていた時だった。

 

 「あの……」

 

 背後から聞こえる声に一度立ち止り、アランはゆっくりと振り返る。色々な物が、彼女の中で尾を引いているのだろう。少女、サヤカの表情はお世辞にも晴れやかとは言えなかった。そうなれる状況でもなかった。

 

 「教えてほしいの。今の状況で、どれくらいの勝算があるのか。そもそも、今の私達に勝てる見込みがあるのかを」

 「やりようならあるさ。考えがある」

 

 エリア1から続く、広く平坦な場所。所々に人が使っていたであろう廃屋が横たわるエリア4の入口で立ち止っていたアランが歩みを再開し、サヤカもそれに続いた。

 

 「タマミツネが泡を使って地上を移動するのは、もう分かってるだろう。俺達は足が滑って、奴は自由自在に動き回れた。アレはかなり厄介な特性だ。警戒と対策を怠ったら、まず生き残れない」

 

 タマミツネはあの泡を辺り一帯にばら撒いて、外敵を絡め取る算段なのだろう。あの泡を浴びる事で、外敵にとっては足場を不安定にするトラップとなり、逆にタマミツネ自身にとっては素早い身のこなしを可能にする機動力の要となる。

 この厄介な特性によってアラン達は見事に翻弄され、結果的、撤退を余儀なくされた。忘れようにも、忘れられない。サヤカにとって、もそれは身を以て思い知らされた事なのだから。

 

 「それともう一つ。あいつの爪が硬かったんだ。片手剣が弾かれるくらいだから、あの部位は相当硬く出来てる」

 「爪……? 何か関係があるの?」

 「憶測だが、大きな関係がある」

 

 ツルギ【烏】を引き抜き、その切れ味を目視で確かめる。サヤカが意識を失っている間に研いでおいた刃はいつもと変わらぬ鋭さを持っていた。

 ほんの一瞬、アランは過去の出来事を振り返る。この剣が弾かれたのは、あの黒狼鳥を狩猟した時以来だろうか、と。

 

 「あれは泡で滑る体を支える為の物なんじゃないか、俺はそう考えてる。俺達の足は泡の所為で滑っていたが、タマミツネはあの硬い爪を使って地面を捉えてる。地面に爪を引っ掛けるようにしてな」

 

 人間の足はつま先が地面をしっかりと蹴る事で走る事が出来る。しかしタマミツネの発する泡によってそれが阻害され、結果地面を滑り回る事になってしまう。泡で滑るという同じ条件の下でタマミツネが地上を自在に滑走できるのは、あの長く固い爪が地面を引っ掻いて勢いを付けているからだとアランは考えていた。

 

 「それじゃあ、あの爪に傷を与える事ができれば……」

 「いや、それはどうだろうな。あの速さに追い付いた上であの小さな爪を狙うのは相当難しいと思う。たとえ急所じゃなくても、奴に攻撃を加えるだけだったら、恐らくは難しくない筈だ」

 

 サヤカの考えに、アランは賛同しかねた。確かに、原因が分かれば元を断とうとするのは間違いではないが、それが出来るかどうかは別なのだ。比較的小回りの利くアランの片手剣では弾かれてしまい、サヤカのハンマーは高い破壊力を持つものの、どうしても一拍の間を置いてからでないと攻撃を繰り出せない。

 無理に攻撃をねじ込もうとすれば、その分だけリスクも高まる。言うまでもなく、そんな力押しは愚策であり、彼女にそんな負担を強いる訳にはいかない。それに、今の自分の身体がどこまで持つのかも分からない。念の為に持ってきた、ある物を使ったとしても。

 故に、アランは考えた。可能な限りリスクを抑えて、尚且つ着実にタマミツネを追い詰められる方法を。

 

 「攻撃を加えるだけなら? 一体どういう事よ」

 「……これと、君のハンマーが鍵になる」

 

 曖昧さの見当たらないアランの言葉に、サヤカは疑問を抱いた。タマミツネの機動力の要となるであろう爪を無理に狙う事なく狩猟できる方法があるのかと。リリィナの証言によれば、彼が持って来ていた閃光玉はもう尽きている。それを踏まえた上で、あの動きを封じる事が出来るのだろうかと。

 

 「奴の疲労を狙うんだ」

 

 そんなサヤカの疑問に答えたのは、アランのポーチから出された青い液体の入った瓶だった。

 

 

 

 

 

 微かに残っていたペイントボールの匂いを頼りに、歩を進めて辿り着いたのはエリア5。大きな切り株が目につきやすいこのエリアで、アランとサヤカはタマミツネとの二度目の交戦を繰り広げていた。

 

 「来る……っ!」

 

 短く跳躍して繰り出す、タマミツネのサマーソルト。一回、二回と。アランを打ち払おうと振り上げたタマミツネの尻尾は空を切り、僅かに土を巻き上げるだけに止まった。

 

 「本当に、これで良いのかしらっ!」

 

 アランがタマミツネの尻尾を避けている間に、隙を窺っていたサヤカのヒドゥンブレイカーがタマミツネの肩を殴打する。小さな力を溜めた、浅い手応えの攻撃。片方が注意を引き付けつつ、もう片方が小出しに攻撃して離脱する。先程からこれの繰り返しだった。

 

 「ああ、今はこれでいい!」

 

 肩に感じた感触に振り返るタマミツネの顎を、アランのツルギ【烏】が切り上げる。これも、傷を与えているとはとても考えられない。が、今はこれでいいのだ。あくまでも、今は。

 

 「ふっ!」

 

 アランに向けられたタマミツネの牙が、ツルギ【烏】の盾と擦れて火花を散らす。盾にぶつかるタマミツネの牙を受け流し、続け様にもう一撃。タマミツネの喉へ向けて刃を振り抜く。減気の刃薬に覆われた分厚い刃が、鈍器で叩きつけたかのような鈍い手応えを感じさせた。

 

 「はぁっ!」

 

 タマミツネの尻尾に叩き込まれる、サヤカのヒドゥンブレイカー。前からはアランが、背後からサヤカが。先程現れた邪魔者がまたしてもしつこく付き纏ってくる。

 

 「グルルル、グオォ……ッ!」

 

 アラン達から距離を取るように大きく跳躍するタマミツネ。大きなヒレをほんのりと紅く変色させたタマミツネが、抱いた苛立ちを表すように尻尾を荒っぽく地面にに擦り付けている。タマミツネの感情が乗り移った泡は大小の均整が取れていない、不揃いな大きさの泡の数々を生み出していた。

 間合いを離したタマミツネを警戒し、アランとサヤカは体勢を立て直す。そんな折、アランは視線を横へ移してリリィナ達を一瞥した。

 

 「えい、にゃっ」

 「うにゃあぁーっ!」

 

 ブーメランが飛び、武者ネコノ太刀が振るわれる。リリィナとハンゾーが行っている事、それはタマミツネが設置していく泡の塊を壊していく事だった。

 ベースキャンプから移動し、タマミツネと交戦している現在まで、リリィナとハンゾーはタマミツネと直接的な戦闘は一切行っていない。アランとサヤカの行動範囲を狭め、尚且つ自分に有利な状況を作り出している機動力の要を除去するという、ただ一つの目的の下に行動していた。

 

 「今の所は上手く行ってるけど、油断は禁物にゃ」

 「承知ですニャ!」

 「それと、気を引かれやすくなるから、あまり大声を出さない方が良いにゃ」

 「にゃぐ……承知、ですニャ」

 

 着々と課せられた任務をこなしていくリリィナとハンゾー。アラン達はフィールド内を自由に駆ける事が出来、タマミツネを狩猟する為の立ち回りを展開していく。彼女らは全く戦闘に参加していないが、しかしアラン達の狩りに大きく貢献していた。

 

 「ハンゾー達、上手くやってるみたいね」

 「ああ、細かい修正はリリィナに任せよう。俺達はこっちだ」

 

 アランとサヤカの会話を遮るように、タマミツネが迫ってくる。分泌された滑液を体毛で擦らせ、生み出した泡を利用した体当たりを、二手に分かれて回避する。初撃を躱されたものの、タマミツネはすぐさま反転。標的を分散させ、片方に狙いを定める。タマミツネの突進が向かったのは、ガルルガ装備を纏うアランだった。

 

 「こっちに―――――」

 

 タマミツネの動き、彼我の距離を見極めながら回避行動をしようとした時だった。突如、アランの両足がかくりと曲がり、地面に膝が付いたのだ。それを引き金に、末端から脱力していく感覚がアランを襲う。先程見せていた立ち回りが嘘のように倦怠感に満ち満ちていた。

 

 「っ、ぅ……」

 

 眼前にタマミツネが迫っている状況で、回避は間に合わない。アランは何とかして、片手剣の小さな盾で受け止める。が、タマミツネの巨体から繰り出された突進の前では有効な防御策とは言えず、アランの身体はあっさりと弾き飛ばされた。

 

 「グルル……」

 

 アランを弾いたタマミツネが背後を振り返る。視線の先には横たわるアランの姿があった。散々付き纏われていたお返しが出来た事に清々したのか、まるで挑発しているかのように紅く変色した頭部のヒレをひらひらと動かしている。

 

 「……効き目が、切れてきたのか」

 

 手早くポーチに押し込んであった瓶を一つ取り出し、その中身を一気に飲み下した。喉を通り、胃の中へ向かっていく液体が体中の疲労を消していく中、同じくタマミツネの突進を避けていたサヤカがアランへ駆け寄る。まだ関わりの浅い彼女にも、今のアランの様子が変に見えていたのだ。

 

 「平気?」

 「問題、ない」

 

 サヤカに短く返したアランがタマミツネへ向けて駆け出す。小振りな得物の片手剣に似つかわしい軽快な足取りだが、サヤカは妙な違和感を感じていた。

 まるで、彼が何かを誤魔化そうとしているかのような、そんな違和感を。

 

 「グルルォ……ッ!」

 

 小さく跳ねるタマミツネが、泡玉を一つ吐きだす。続け様にもう一度跳ねて、今度は泡玉を三方向へ放った。そうして二連続で吐きだされた泡の後に繰り出された、タマミツネの本命の一撃。突進で手応えを感じたアランへ目掛けて大きく跳躍。着地と同時に独楽のように激しく回転し、桃色の飛沫を上げながら辺りの木々や草花を蹴散らしていた。

 が、タマミツネから見れば残念な事に、アランには避けられていた。タマミツネが着地したすぐ傍で減気の刃薬を付与し直し、即座に反撃に転じている。減気効果の乗ったツルギ【烏】の刃がタマミツネの肩に狙いを付けていた。

 

 「だあぁっ!」

 

 ツルギ【烏】を振りかぶるアランにサヤカも続く。柄をぐっと握り、力を溜めた一撃をタマミツネの脇腹に加えた。

 

 「グ……ッェオ」

 

 槌頭がめり込む感覚に手応えを感じた時だった。サヤカのハンマーの一撃を受けたタマミツネが多量の涎を吐きだしたのだ。頭部と背に並ぶヒレはぺったりと垂れ萎びており、怒り状態の時に見せていた紅色は一転して蒼白になっている。

 アランとサヤカの攻勢を受けて身じろいでいるが、その動きは先程の俊敏さを微塵も感じられない程鈍く、どこか気だるげなのだ。

 

 「これは、まさか……」

 「効いてきたみたいだ。一気に畳み掛けよう」

 

 タマミツネの豹変ぶりにサヤカが訝しみ、アランは口角を小さく上げる。アランが考えていた、タマミツネの機動力を攻略する為にベースキャンプで打ち合わせた即興の戦略。タマミツネを疲労状態へ持ち込んだ後に、一気にダメージを稼ぐ事。

 サヤカのハンマーによる打撃と、アランの用いた減気の刃薬の効果がここに来て現れたのだ。

 

 「グ、グゥ……」

 

 前脚の肩付近に張り付いているアランを追い払おうと、タマミツネは顎を開け、その奥に見える牙を向けた。ぐらぐらと揺れている、上手く狙いの定まらない牙は距離を離したアランにあっさりと避けられ、虚しく空を食むだけに留まった。

 アランに手傷を負わせず、タマミツネはならばとサヤカへ狙いを変える。もごもごと顎を動かして口内に溜めた滑液に空気を入れ、それを風船のように膨らませてからサヤカに吐き出し、泡は一瞬でぱちりと弾けた。少し前の時と同じくサヤカを絡めてやろうと吐きだした泡はあっさりと霧散し、そのお返しとばかりにサヤカのヒドゥンブレイカーがタマミツネの頬を殴り抜いた。

 

 「グウ、ゥッ」

 

 アランとサヤカの挟撃に堪らなくなったのか、そこから抜け出そうとしたタマミツネが体に残っている泡を使って滑走し始めた。一度距離を離してからアラン達へ向き直ろうと、地面に爪を突き立てて反転しようとした時、再びタマミツネに災難が訪れた。

 

 「グ、グッ……ギャウゥ!?」

 

 反転しようとした体があらぬ方向へ滑り続け、それを修正する為に前脚の爪で何度も地面を引っ掻きながら、それでもタマミツネは盛大に横転した。疲労状態の影響か、反転した際に生じる遠心力に引っ張られた事により起こった事故だった。タマミツネはアラン達から逃れる筈が、逆に彼らにつけ入るチャンスを与える事になってしまったのだ。

 

 「大型モンスターは大きな力を持ってるが、その分だけエネルギーの消費も激しい。タマミツネの動きは素早いが、疲れた時なら速く動けはしない」

 「疲れてるせいであの泡も上手く制御できなくなって、思うように動けなくなる……」

 

 サヤカの呟きにアランは頷く。そして二人は裏方へ回していた戦力も投入させる事にした。

 

 「ハンゾー!」

 「リリィナ!」

 「お任せあれですニャ! 主!!」

 

 横転した体を起こそうと四肢をじたばたと暴れさせているタマミツネへ、アラン達は一気に畳み掛けた。アランのツルギ【烏】が前脚へ、ハンゾーの武者ネコノ太刀が背中のヒレへ、リリィナのブーメランが尻尾へと向かっていく。

 

 「はああああぁぁっ!!」

 

 タマミツネの頭へ張り付いたサヤカも、ハンマーによる猛攻撃を仕掛けていく。両足を大きく開いて重心を低くさせ、ヒドゥンブレイカーの柄の端を両手で握り、縦方向に連続で振り回す。そうして数度の打撃を加えてから前のめりに体を傾け、ありったけの力を込めて振り下ろした。

 

 「グ、グ……ギャウゥ」

 

 アラン達の攻勢に晒されていたタマミツネが起き上がり、大きく首を振り回してアラン達を払い除ける。尻尾に生える毛が散り、頭部に打撲跡を刻まれ、鱗が剥げた姿は痛々しく、遭遇した当初に見せていた優雅さとは遠くかけ離れていた。

 余りの劣勢ぶりに辟易するかのように、タマミツネは涎を垂らしながらくたくたになっている足取りでエリア6に続く道へと向かおうとしていた。

 

 「エリア移動……? 餌を食べて体力を回復するつもりなのか」

 「さっきみたいに動き回られたら厄介ね。急いで後を追いましょう」

 「あぁ……水を差すようで悪いが、武器の切れ味は大丈夫か? 不安ならここで研いでおいた方が良い」

 「切れ味? ん……少し心配ね。待ってて、すぐに終わらせるから」

 

 タマミツネを追跡する為に、アランは新たに会心の刃薬を付与し、サヤカはヒドゥンブレイカーの切れ味を回復させてからエリアを後にする。

 

 

 

 

 

 「グム、ォウッ……モグ……」

 

 かつて、水獣ロアルドロスを狩猟する際に訪れたこのエリア6で、一頭の竜が一心不乱に水面へと頭を突っ込んでいた。エリアの南にある大きな滝のすぐ傍、小さな魚達が集まっている小さな池にタマミツネは陣取っていた。

 

 「モゴ……ッゴゥ、ム……」

 

 アラン達との交戦で消費したスタミナを回復させる為に食糧を摂取していたのだ。池に棲む小魚達を捕まえ、そのまま丸呑みにしているのだ。大型モンスターの大きな体を支える為には、小魚の一匹や二匹ではとても足りない。次々と小魚を捕らえていく折、タマミツネは二匹同時に飲みこむ事もあった。

 

 「にゃぐぐ……彼奴め、腹ごしらえをしているとは! ここはセッシャにお任せくだされニャ!」

 

 言うが早いか、ハンゾーがアラン達を背後に四足歩行で駆けていく。アイルーである彼は人間のアランとサヤカよりも足が速く、あっという間にタマミツネのすぐ傍まで接近する事が出来た。タマミツネは小魚を捕まえる事に夢中になっているのか、ハンゾーの接近に気付きもしない。

 

 「うにゃああーっ!」

 「ッグ、ギャウァッ!?」

 

 雄叫びと共に繰り出すハンゾーの大車輪が、タマミツネの頬を何度も斬り付ける。そこでようやくタマミツネも気が付いた。アラン達が後を追ってきた事を。

 

 「コオオオォォォッ!!」

 

 先程受けた手傷と大事な食事を邪魔された事が重なり、一気に怒り状態へと移行するタマミツネ。ヒレを紅く変色させ、食事を邪魔したハンゾーに目もくれる事無くアラン達へ目掛けて突進を敢行した。白いシャボン玉に混じって赤や緑のシャボン玉をぷかぷかと浮かばせながら、タマミツネはエリア中を縦横無尽に駆け回る。アラン、サヤカ、リリィナが散開し、タマミツネの動向を警戒する中、地上を泳ぐ独特の軌道と、泡が生み出す機動力でアラン達の追撃を振り切っていた。

 

 「む、またもや面妖な泡を! セッシャが成敗して……ゴニャッ!?」

 

 先程と同様に、タマミツネが撒き散らす泡を弾こうとハンゾーが武者ネコノ太刀を振りかぶった時だった。エリアを横断するように流れる小さな川の底に転がっている小石にハンゾーがつまずいたのだ。そうして盛大に転んだハンゾーが、たまたま宙に浮かんでいた赤いシャボン玉に体当たりをする形で泡を浴びてしまったのだ。

 

 「ハンゾー! うぁっ!?」

 

 滑走し続けるタマミツネが目を付けたのは、ハンゾーに気を取られているサヤカだった。せっかく訪れたチャンスをみすみす逃すはずが無く、すぐさま突進を仕掛け、サヤカを突き飛ばした。

 

 「く、このっ!」

 

 地面を転がるサヤカへすかさず畳み掛けるタマミツネ。起き上がろうとしているサヤカへ詰め寄り、大きく顎を開く。その奥に覗く牙が狙うのは、体勢を立て直す暇も与えられないナルガ装備の少女だった。

 

 (駄目、避けられない―――――)

 

 お世辞にも、防御力に優れているとはいえない装備での被弾。それが大型モンスターの物ともなれば、致命傷は免れない。

 

 「おおおおぉぉああっ!!」

 

 サヤカが迫り来る痛みに耐えようと、ぐっと瞳を閉じた時だった。横から強引に割り込んできたアランがタマミツネの頭にしがみついたのだ。

 

 「グゥ、ッギャウ、グウアア!!」

 「こい、つ……っ!」

 

 傷を負わされただけでは留まらず、更に顔にしがみつかれたとあっては疎ましい事この上ない。サヤカの事も忘れてタマミツネは首を振り回し、アランを振り落そうと我武者羅に暴れ始めた。それに対してアランは頭部のヒレを鷲掴みにして食らい付き、タマミツネはアランを払い除けようと更に激しく暴れている。

 

 「な、ぁ……っ!?」

 

 大型モンスターに素手で掴み掛る。それがどれだけ危険な事か、ハンター稼業を営んでいる者なら誰でも分かる筈だ。そんな行為は決して勇敢などではなく、危険の域を超えた無謀な行いである事を。

 そして、その無謀を彼は行った。自分の身を危険に晒す事も厭わず。

 

 「ふぅ、まったく……。さっきから危なっかしいネコだにゃ。突っ込み過ぎると危ないから、気を付けないと駄目だって何度も言ってるにゃ」

 「にゃぐ……面目ありませんニャ。セッシャの不覚に、またしても主が……」

 「くよくよする暇があったら旦那さんを手伝うにゃ。ほら、駆け足!」

 「は、はいですニャーッ!」

 

 いつの間に近付いたのか、リリィナがサヤカの傍に立っていた。彼女の小脇には武者ネコヘルムにバッテン印の絆創膏が貼られたハンゾーが抱えられており、彼をすぐさまアランのサポートへ向かわせた。

 

 「ほら、今の内にゃ。ぼさっとしてないで、一旦体勢を立て直すにゃ」

 

 リリィナがサヤカの手をくいくいと引っ張り、離脱を促す。が、サヤカはタマミツネに掴み掛っているアランから視線を外せなかった。彼は未だにタマミツネとの取っ組み合いを続けており、そこに加勢したハンゾーの武者ネコノ太刀がタマミツネの後ろ足を斬り付ける。纏わりつく者が増えた事に手を焼いているかのように、タマミツネは苛立たしげな唸り声を上げていた。

 

 「……不思議、って顔をしてるみたいだから、教えてあげるにゃ。旦那さんは言ってたにゃ。ハンターさんもあの村の一部だって。あの村の為に、あの村で暮らすハンターさんの為に、旦那さんはここにいるにゃ」

 「ユクモ村の為に……? 私の、為に……?」

 

 赤い泡を浴びているハンゾーの大車輪がタマミツネの尻尾を斬る中、サヤカはリリィナの言葉を聞き、ベースキャンプで話していた時の彼の言葉を思い出す。彼は命懸けで己の言葉が真である事を証明しようとしていた。

 

 

 

 

 

 「うおおおぉああ!!」

 

 ハンゾーも加わったタマミツネとの攻防は、アランとハンゾーに軍配が上がった。背を後ろへ反らし、頭を大きく振りかぶってタマミツネの顔へ目掛けて振り下ろす。アランはガルルガヘルムを使った頭突きを、タマミツネの左の眼球へお見舞いしたのだ。

 

 「ギュオ"オ"オオアアァァッ!!」

 

 凄まじい苦痛に苛まれたタマミツネが、今まで聞いた事のない、おぞましい悲鳴と共に横たわる。

 これで体勢を立て直すだけの時間は稼げただろうか。内心に心配しつつも、アランは目の前の竜から目を離さない。むくりと起き上がり、恨めしそうにこちらを睨むタマミツネに次の手を考えていた時だった。

 

 「…………っ、ぁ」

 

 再びアランの身体を襲う、力が抜けていく感覚。たった一歩ですら動くのも億劫になる程の倦怠感に全身が包まれていく。防具が水浸しになったのも関係しているのか、思ったよりも効力が切れるのが早かった。

 

 「駄目だ……今、は……」

 

 アランは急いでポーチを開け、ビンを探す。半透明の黄色い液体が入った二つ目のビンを取り出したのとほぼ同じタイミングで、タマミツネの突進がアランを弾き飛ばした。

 

 「っあ……!?」

 

 通常時よりも威力の増した突進を受け、手に持っていたビンが宙を舞い、地面を転がる。

 

 「うにゃああーっ! ハンター殿に手出しはさせ―――――」

 「グオォアア!」

 「ぐにゃああーっ!?」

 

 アランの救援に駆けつけるハンゾーが武者ネコノ太刀を振りかぶり、タマミツネの尻尾に薙ぎ払われた。二度、三度と地面をバウンドし、サヤカとリリィナのいる場所まで転がされていた。

 

 「グルルル、グオオォ……!」

 「う、ぐ……っ」

 

 怒るタマミツネは身動きが上手く取れないアランへと前足を振り下ろす。かろうじてツルギ【烏】の盾で遮るが、タマミツネは盾ごとアランを押し潰そうと前足に力を込めた。

 

 「何とかして……う、くぅ……」

 

 徐々に迫る自分の腕と、タマミツネの鋭利な爪。刻一刻と苦境に追いやられていく状況に、アランは自力での脱出が困難になっていく。抵抗が弱くなっていくアランに、今度こそ確実な勝利を確信したタマミツネは次第に冷静さを取り戻していき、視界の端に映る邪魔者共へと意識を向けた。

 

 

 

 

 

 「旦那さん!」

 「あのままだと拙い事になりそうね。早く助けに―――――」

 

 ナルガネコ手裏剣とヒドゥンブレイカーを構えるリリィナとサヤカへ向けて、タマミツネが泡を吐く。アランを助けようとするサヤカ達を、タマミツネから見れば折角のチャンスをふいにしようとする者達をけん制しているのだ。

 

 「私達を近付けさせないつもり!?」

 「もう、本当に厄介な泡だにゃ!」

 

 未だに伸びているハンゾーを抱え、泡を回避するリリィナとサヤカ。何とかしてつけ入る隙がないかと目を凝らすが、こちらを妨害する事に専念して泡を吐き続けているタマミツネの布陣には一向に隙らしい隙が生まれない。

 

 「……セッシャに、お任せ下されニャ。彼奴めに、近付かずに近付いてご覧にいれますニャ」

 

 リリィナに抱えられていたハンゾーが意識を取り戻した。それと同時に、サヤカ達にとって気になる事を呟いていた。

 

 「どういう事? 何か作戦があるの?」

 「一つだけ、ありますニャ。その為には、彼奴めの注意を逸らす必要があるのですニャ」

 

 彼女たちからすれば、ハンゾーにはこの状況を打開する策があるとも捉えられる。そして、タマミツネの意識さえ別の物に移す事が出来ればより成功に近付くという。ハンゾーの言葉を聞き、真っ先に動いたのはリリィナだった。

 

 「なら、その役目はワタシに任せるにゃ。あいつの気を引くには、いい物があるにゃ」

 

 ハンゾーが何をするかまで聞く事なく、リリィナはタマミツネの気を引く為にサヤカ達から離れた。ナルガネコ手裏剣を納刀し、代わりにポーチから取り出したのは一組のポンポンと、小さなホイッスル。

 

 「……コレはあんまり使いたくなかったけど、今は旦那さんを助ける為にゃ。ワタシのとっておき、応援ダンスの技にゃーっ!」

 

 ナルガネコヘルム越しにホイッスルを咥え、両手にポンポンを持つ。そうしてリリィナはぴょこぴょこと小刻みなジャンプを繰り返し、身振り手振りを大きく利かせてホイッスルを鳴らした。

 

 「グオゥ、コオォッ」

 「ーっ、ーっ! ーっっ!」

 

 当然、タマミツネの意識はリリィナへ向けられ、リリィナを狙い始めた。タマミツネの口から吐き出される泡を、リリィナは器用にもダンスを続けながら細かく移動して避けている。それが余計癪に障ったのか、タマミツネはハンゾーとサヤカの事も忘れてリリィナを集中狙いし始めていた。

 

 (む……意外と間抜けな奴で助かるにゃ)

 

 内容は分からないまま囮役を引き受けたが、とにもかくにも、ハンゾーの秘策を阻止される訳にはいかない。

 

 (待っててにゃ旦那さん、絶対に助けてみせるにゃ……!)

 

 危機に陥った大切な主人をを救う為、そして主人の願いであるタマミツネの狩猟を成功させる為、リリィナはさらに大きなホイッスルの音をエリア6に響かせた。

 

 

 

 

 

 「教えてハンゾー! もう時間がないの!」

 「主。セッシャを槌に乗せ、彼奴目掛けて撃ち出すのですニャ!」

 「……は?」

 

 リリィナがタマミツネを引き付けている一方、ハンゾーから伝えられた秘策がそれだった。余りにも突飛過ぎる内容に、サヤカは理解が追い付いておらず、只々目を丸くしていた。

 

 「さあ主、セッシャを撃つのですニャ!」

 「え……えぇっ!?」

 

 いつの間にやら、ハンゾーはサヤカのヒドゥンブレイカーの槌頭に乗っていた。手に持つ武者ネコノ太刀が狙いを付けたのは、無論タマミツネだ。まるで獲物はまだかと待ちわびているかのように、両手で握ったハンゾーの武者ネコノ太刀、その刃先がきらりと光る。ハンゾーは本気だった。

 

 「うぅ……信じてるわよ、ハンゾー!」

 「承知ですニャ! 彼奴めに一泡吹かせてやりますニャ!」

 

 こうしてサヤカが戸惑っている間にも、アランはさらなる窮地へと追い込まれている。一刻も早くアランを救い出さねばならない以上、もたもたしている場合ではない。サヤカも覚悟を決め、ハンゾーが乗ったハンマーを大きく振りかぶった。

 

 「いっけええええぇぇぇぇっ!!」

 

 重量武器であるハンマーを軽々と振り回すサヤカの、渾身のフルスイング。ハンマーに載ったハンゾーの小さな体は、さながら大砲から発射された砲弾の如く、真っ直ぐな軌道を描いて飛翔した。

 

 「ウニャアアアアアアァァァァーッ!!!!」

 「グ? ッギ―――――」

 

 溢れる闘志と、気合に満ちた雄叫びが、小さな体に秘められた大きな力を更に高める。音を抜き、空を裂き、放たれたハンゾーの一撃はタマミツネの鱗を易々と貫通し、背に並び生えているヒレの一つを千切り飛ばした。

 

 「オ、ッオオオ……オッ、ォ……」

 

 空を舞うヒレが、ぱしゃりと水しぶきを上げる。リリィナに意識が向いていた所へ舞い込んだ唐突な重傷にタマミツネは悲鳴を上げる事も出来ず、途切れ途切れの呻き声を上げ、激痛に体を痙攣させていた。

 

 「ひにゃあああーっ!? 着地の事は考えてなかったにゃああーっ!?」

 

 タマミツネに起死回生の一手を打った当の本人は、エリアを横断する川へと顔面着陸を行っていた。大きな水しぶきを上げ、大きくバウンドし、なおも勢いは止まらなかった。

 

 「にゃごっ、ゴニャゴニャゴニャゴニャアアーッ!!」

 

 あの爆鎚竜(ばくついりゅう)と見紛うかという勢いでごろごろと地面を転がり続け、東南にある採掘ポイントに盛大にぶつかる事でハンゾーはようやく停止した。

 

 「う、にゃうぅ……」

 「デタラメというか、らしいというか……とにかく、よくやったにゃ。グッジョブにゃ」

 

 ぐるぐると目を回しているハンゾーに労いつつ、ポンポンをポーチに戻したリリィナがぽつりと置かれていたビンを回収する。今のアランが動き続ける為に必要な物だからだ。

 

 「リリィナ、なのか……? とにかく……今の、内に……」

 「グウウオォ!!」

 

 タマミツネが硬直している間に脱出しようと、アランが這っていた時だった。激痛によるショックから立ち直ったタマミツネが、再びアランへ向けて爪を振り上げていた。お前だけは逃さない。散々手傷を負わされ、好転していた状況をひっくり返された怨念の宿った凶刃がアランに振り下ろされる。

 

 「まだ、来る―――――」

 「やああああぁぁっ!!」

 

 振り下ろされるタマミツネの爪を、ヒドゥンブレイカーが阻む。アランとタマミツネの間に割り込んだサヤカのハンマーが、タマミツネの爪との押し合いを挑み始めたのだ。両足が地面に食い込み、ヒドゥンブレイカーが軋みを上げる。重傷を負ってはいるが、それでも大型モンスターである。その力は強く、大きい。

 そんな大型モンスターとの力比べなど、とても人間の身体で出来る事ではない。タマミツネの身体から繰り出される凄まじい負荷に歯を食いしばり、サヤカはタマミツネの力に、同じ力で真っ向から立ち向かう。サヤカは一歩も引くつもりはなかった。

 

 「君は……」

 「早く下がって! そう長くは押さえられない!」

 「旦那さん、受け取ってにゃ!」

 

 サヤカがタマミツネを食い止めている内に、アランはタマミツネから離れる。直後、リリィナから投げられたビンを受け取り、その中身を見る事なく一気に飲み下した。何を持って来てくれたのかは、見なくても分かる。今のアランに必要な物、今のアランが動き続ける為に必要な物だ。

 

 「リリィナ……助かる!」

 

 再び感じる、体が徐々に軽くなっていく感覚。混濁した地面と鮮明に見える落葉の中に一人の少女の姿と一頭の竜を視認した。アランはツルギ【烏】を抜き、サヤカと押し合いをしているタマミツネの懐へ一気に潜り込む。刃薬の薄れた刃を一気に振り抜き、首を覆う淡白色の鱗を斬り付けた。

 

 「おおぉああっ!」

 「ギャウアァッ!?」

 

 再び劣勢に持ち込まれたタマミツネ。アランの剣に続くように投擲されたリリィナのブーメランが、アランが頭突きをしたタマミツネの左目を斬り付ける。追撃に二つ目のブーメランを投げられ、タマミツネは堪らず後ずさりする。泡による滑走ではなく、四肢を用いての後退だった。

 

 「何とか間に合ったみたいね」

 「ああ。君達がいなかったらどうなっていたか……本当に、助かった」

 

 手を軽く握り、自分がまだ生きている事に安堵するアラン。これもリリィナと彼女達との協力関係があってこそ出来た事。無意識の内にアランは小さな笑みを浮かべていた。

 

 「っ……そ、そう」

 「来るぞ!」

 

 肩をびくりと跳ねさせ、サヤカはアランから目を逸らす。対して、アランはタマミツネの動向に警鐘を鳴らしていた。ぐっと体を丸め、しかし目はアラン達を見ている。一拍の間を置き、タマミツネは口から泡ではなく、水を出した。今まで見せていた泡のような単発の物ではない。絶え間なく出続け、鋭く研ぎ澄まされた、細い刃のような水を。

 

 「水ブレス!? 拙い、回避して―――――」

 「いや、このまま突っ込む」

 「え、何を……!?」

 

 直接アラン達を狙うのではなく、周囲一帯の物もまとめて薙ぎ払うタマミツネの水ブレスに、アランは何の迷いもなく駆け出した。サヤカは己の目と、アランの正気を疑った。あれだけの事をしてようやく助けたのに、自分から死に飛び込もうとしているのだから。

 

 「死ぬ気!? 馬鹿な真似はやめて! 待って、駄目……アラン!!」

 

 サヤカの叫びも届かず、アランは真っ直ぐにブレスへと突っ込んでいく。サヤカの脳裏に、あの鋭い水がアランの身体を真っ二つにする場面が嫌でも浮かんできた。

 

 「っ……!」

 

 サヤカがアランを諦めた、その時だった。アランはタマミツネの水ブレスへ目掛け、飛び込むように跳躍する。ブレスが体に触れる寸での所で体を捻り、きりもみ回転しながらこれを回避していたのだ。水ブレスを通り過ぎ、前進していた勢いをそのままに、アランは更にタマミツネへ肉薄する。タマミツネは未だに水ブレスを出している最中であり、アランから逃れる事が出来ない。

 

 「おおおおぉぉああ!!」

 

 肘を引いてから振り上げる、右腕の盾を使った全力のアッパーがタマミツネの顎を強引に閉ざした。噛み合わされた歯と歯の間から水ブレスが吹き出し、タマミツネの頭ががくりと天を仰ぐ。

 

 「今だ! 奴の頭を!」

 「まったく、無茶して……!」

 

 タマミツネは頭を上げたまま動かず、何かしらの抵抗を見せる雰囲気はなかった。アランは終わりの時が近い事を感じ、サヤカもその時を迎える為に今まで以上に強い力を柄に込めた。

 

 「これ、で……!!」

 

 ハンマーは振り下ろされ、タマミツネの身体がゆっくりと横たわる。体に刻まれた数々の傷から、赤い血が川に混じって流れていく。

 

 「グゥ、オ……オオォ……」

 

 弱々しい呻き声を最後に、タマミツネはピクリとも動かなくなる。辺りには川のせせらぎだけが絶えず聞こえていた。その静かな音が、アラン達に告げていた。長きに渡って繰り広げられた狩猟に、遂に終わりの時が訪れたのだと。

 

 「やっと、終わったわね」

 「村に戻ろう。村長に―――――」

 「その前、にっ!」

 

 剥ぎ取りナイフを抜いてタマミツネに近付こうとした所で、アランはサヤカに肩を引っ張られた。今にも詰め寄って来そうな剣幕で、胸倉でも掴んでくるのではという雰囲気でもあった。

 

 「見てて危なっかしいから、さっきみたいな無茶はもうしない事。いいわね?」

 「いや、あれは―――――」

 「い・い・わ・ね!」

 「わ、分かった」

 「まったく。……本当に、危なっかしいんだから」

 

 ふん、と一つ息をつき、サヤカはタマミツネに近づいていく。彼女に少し遅れて、アランもタマミツネの亡骸に剥ぎ取りナイフを差し込む。使えそうな部分を採れるだけ採っていくような愚はせず、鱗やヒレ、尻尾に生えている毛を少量だけポーチに入れて、それで終わりである。

 残りは、ここに置いていく。このタマミツネを自然に還す為だ。遺体に残っている血肉が土を豊かにし、ヒレや骨は小さな生き物たちの棲み処になる。そうして豊かになったこの土地を求めて、新たな生き物達が集まり、新たな生命の営みが繰り返されていく。

 モンスターの存在が、出現した一帯の生態系や人間達の活動に影響を及ぼしているからこそ、ハンターは狩猟に出向いている。中にはその枠に収まらない者もいるが、ハンターズギルドの理念に則れば、モンスターのことごとくを駆逐する為にハンターを差し向けているのではないのだ。

 

 「これだけあれば、十分ね」

 「リリィナ、村へ戻……ん?」

 

 クエストクリアの報告をする為の素材を手にするサヤカと、彼女の言葉に頷くアラン。後はベースキャンプへ戻り、帰りの竜車に乗るだけだ。アランは振り返り、そこに居るリリィナの姿に小さく声を漏らした。

 

 「はぁ、またこのパターンかにゃ」

 「にゃ……にゃぐぐ……」

 「ま、結構頑張ってたから、今日の所は目を瞑っておくにゃ」

 「せっしゃにぃ……おまかせあれ、ですにゃあぁ……」

 

 未だに目を回しているハンゾーを、リリィナが肩に担いでいた。ハンゾーの中ではまだタマミツネと戦っているのか、時折武者ネコノ太刀を振っているかのような仕草をしていた。が、肝心の武者ネコノ太刀はハンゾーの背にあり、つまるところハンゾーは何も持っていない手をぶんぶんと振っている事になる。

 

 「早く行こうにゃ。旦那さん」

 「分かってる」

 

 珍しく、リリィナがアランにそう催促していた。アランの防具が水に濡れているのが気になってしょうがないのだ。そわそわとしているリリィナに短く返し、アランは踵を返してサヤカと共にエリア6を出ていく。

 ベースキャンプへ戻る道中、ハンゾーを担ぐリリィナはアランの背中から目を離さなかった。

 

 

 

 

 

 ベースキャンプへ辿り着いてから少し経った時の事。迎えの竜車に揺られ、一行はユクモ村への帰路についていた。村へ着いた時にはすっかり日が落ちており、灯台の火の柔らかな光が村を照らしていた。

 

 「いっ、たぁ……結構貰ってたみたい。明日は大人しくしてた方が良さそうね」

 

 竜車から降りたサヤカが、軽く肩を回しながら顔を顰めている。腰に納刀したハンマーがずっしりと重く感じる程、体もくたくたになっていた。

 

 「とりあえず、細かい後処理はコノハに任せて、あなたも今日は休んで―――――」

 

 しばらくすれば空腹感も訪れるだろうが、とにかく今は休眠を摂りたい。そう思ったサヤカがアランにも休養を促そうと、まだアランが乗っているだろう竜車の方へと振り返った時だった。

 

 「……アラン? アラン!!」

 

 竜車から降りたすぐ傍で、アランが力無く倒れ、指の一本も動かさずに横たわっていた。




これぞ勝利の鍵、名付けてハンゾーバズーカ。
……というのはさておき、過去作品でオトモ同士による合体技があったので、ならばハンターとオトモによる合体技みたいなものがあってもいいんじゃないかな、と思ってためしに取り入れてみました。

今回のお話もそうですが、少々文字数が多くなってきているような気がします。もう少し削りたいと思いつつ、ついつい色んな所をいろんな風に書きたくなってしまい。その結果がこれです。
上手く行かないものですね。

※追記。『モンハン商人の日常』の作者、四十三さんからイラストを頂きましたので、こちらにて掲載させて頂きます。満月を背に佇むタマミツネと、それに立ち向かうサヤカとハンゾーのコンビですね。とても格好良い、素敵なイラストをありがとうございます。

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第16話「触れ合う手と手」

久々の投稿になります。一部分ですが、今回は試験的に一人称視点の文で書いてみました。
あまりにも難しくて、途中で投げそうになりました。


 「これでよし、にゃ」

 

 小さな体の彼女は滞りのない、てきぱきとした手際で水に浸した布巾を絞り、ベッドに寝かされている主人の額に乗せていた。

 事の発端は、サヤカ達がタマミツネを狩猟し終えてユクモ村に帰った時の事だった。ユクモ村に辿り着いたすぐ後に、アランが気を失って倒れた。サヤカ達はすぐにアランが使っている宿に彼を運び込んだ。アランは高熱を発し、苦しんでいたのだ。

 

 「ハンターさんが薬を飲ませてくれたし、今の所はこのまま安静にさえしてればきっと大丈夫にゃ」

 

 言葉とは裏腹に、彼女は不安な様子を見せている。大丈夫。その言葉は、自分に言い聞かせているように思えた。

 

 「もし知ってるのなら、教えて。彼は何を隠していたの」

 「……旦那さんから黙ってるように言われてるから、ハンターさんに教える事はできないにゃ。でもこうなった以上、ハンターさんも知る必要があると、ワタシは考えるにゃ。だから、特別に教えてあげるにゃ」

 

 サヤカは知りたかった。アランが倒れるに至った原因を。彼のオトモであるリリィナならば、何か知っているかもしれないと。

 

 「……これにゃ」

 「これは?」

 

 彼女が取り出したのは、黄色い液体が入った小さなビンだった。元気ドリンコには見えそうもない。もしそうならば、彼が口封じをする理由にはならないのだ。

 だとしたら、一体なんなのか。その答えは、彼女の口から明かされた。

 

 「旦那さんがハンターさんと狩猟したロアルドロスの体液、狂走エキスを使って調合したアイテム。強走薬グレートにゃ」

 「強走薬、グレート……!?」

 

 そのリリィナの言葉に、サヤカは耳を疑った。

まさか彼が、そんな物を使っていたとは。驚愕へと変わっていく彼女の表情がそう物語っていた。

 

 「……彼は、幾つ使ったの?」

 

 服用すれば、一時的に無尽蔵のスタミナを得る事が出来る強走薬。そして、ロアルドロスを始め、特定のモンスターから入手できる狂走エキスを使って調合した物、強走薬よりも更に高い効果を使用者にもたらすアイテムが、この強走薬グレートなのだ。

 それだけを聞けば、使用者に大きな力を与える便利なアイテムに思える。しかし実際は、その真逆であった。

 無尽蔵のスタミナを頼りに動き続ければ、動いた分だけ効き目が切れた時に身体に負担がかかる、とても危険な代物。短時間に過剰摂取をしたら、それだけで身体を壊しかねない劇薬なのだ。

 

 「ワタシが数えてた中では、三つにゃ」

 

 あの短い間に、アランは三つも使っていた。強走薬の効果が切れて、一気に疲労が圧し掛かってきたであろう身体を動かし続ける為に、再度強走薬を服用する。そうして、彼はタマミツネの狩猟を成し遂げた。その行為によって相当な負担がかかってしまう事も、恐らくは承知の上で。

 サヤカに隠し、ハンゾーに悟らせず、リリィナにも黙らせて。そうしてアランはずっと無理をし続けていたのだ。接触を拒み続けるサヤカの信頼を得る為に。

 

 「主、ただ今戻りましたニャ」

 

 もっと早く彼を信じていたら、こんな事にはならなかったのだろうか。サヤカが終わりの見えないもしもの話を繰り返し考えている内に、アランの防具を加工屋へ運びに行っていたハンゾーが戻ってきた。

 

 「加工屋殿曰く、ハンター殿の防具は酷い水やられになっていたようですニャ。しかし、一晩ほどの時間があれば、修理は可能との事ですニャ」

 「そう……助かったわハンゾー」

 

 防具に纏わり付いた水がスタミナの回復を遅延させるという水やられ。もしかしたら、それを補う為の強走薬だったのかもしれない。だとすればこうして薬を飲ませてベッドで寝かせているだけでは治療が長引いてしまうかもしれない。

 一刻も早い手立てを打たねば。ハンゾーの報せを聞き、サヤカは一層の焦りを感じていた。

 

 「むむ。ハンター殿の容体に気を取られ、肝心な言伝を忘れる所でしたニャ。主、コノハ殿と村長殿が主を呼んでおりましたニャ」

 

 そんなサヤカに新たな報せが伝えられる。ハンゾーは、ごしごしと額を拭っていた。

 

 

 

 

 

 「さあ、長居は無用にゃ。さっさと卵を納品して、旦那さんの下に戻るにゃ」

 

 見慣れている景色。渓流のベースキャンプで、一人のハンターと一匹のアイルーが身支度をしていた。ナルガ装備に身を包んだサヤカと、同じくナルガネコ装備のリリィナである。

 彼女らがここにいるに至ったのは、村長からのクエストの依頼。ガーグァの卵の納品だった。

 

 「あまり長居は出来そうにないわね。早く終わらせないと……」

 

 村長の提案とコノハの後押しによって決まった、タマミツネの狩猟で体調を悪くしたアランへの贈り物。それがガーグァの卵だった。高い栄養価を持ち、ユクモ村でも食材として親しまれているガーグァの卵の、更に高い価値を持つとされる野生のガーグァが産み落とす天然物の卵ならば、きっとアランの療養の助けになる筈。それが、村長とコノハの考えだった。

 

 「……それにしても、意外ね。あんなにあっさりと引き受けてくれたなんて」

 「旦那さんの身がかかってる大事な時に、しのごの言ってる場合じゃないのにゃ」

 

 先程の発言から分かる通り、ここにはリリィナがいる。アランのオトモである彼女がここにいるのは、サヤカがクエストへ出発する前に彼女に同行を申し出たからだった。

 お世辞にも、ハンゾーは卵を運ぶような繊細な作業には向いているとはいえない。そこで、アランのオトモであるリリィナならばどうだろうかと、サヤカは考えた。

 タマミツネの狩猟でも終始ハンゾーを導き続けていた彼女がいれば、このクエストを成功させる確率は大きく上がるかもしれない。問題は、彼女がサヤカを快く思っていないという所にある。今までの行いの数々を見れば、それも致し方ないのだが。

 それを踏まえた上で、サヤカは断られると予想をした上で提案を持ちかけた。が、意外にも彼女は二つ返事で付いてきた。主人であるアランの具合が少しでも良くなるのなら、リリィナにとってもこの提案に乗らない選択肢はない。共通の目的の下に、リリィナとサヤカの間には奇妙な共同関係が出来上がっていた。

 

 「地図を持って出発にゃ。さあ早く、急ぐにゃ」

 

 彼女はもう、キャンプからエリア1へと続く道の入り口で待っていた。が、あくまでも、サヤカを置いていくつもりはないらしい。

 

 「平気よ。この辺りの地理なら体で覚えてるから」

 

 青の支給品ボックスには手を付けず、サヤカはリリィナと共にエリア1へと進んで行く。元々大掛かりな戦闘も予想されない運搬クエストで、支給されたアイテムを使う事の方が稀なのだ。それに渓流を騒がせていたタマミツネが狩猟された今、危険とされるモンスターは精々小型の鳥竜種くらいしかいない。

 しかし運搬中に妨害にあったとなれば話は別で、だからこそサヤカはリリィナという護衛を必要としたのだ。

 

 「ここには三匹……。いつも通りね」

 

 今日も変わらず、ガーグァ達は餌を求めて水に浸された地面を突いていた。早速、サヤカはヒドゥンブレイカーを抜刀する。背後を見せた瞬間に一気に接近して、軽い一撃を加えて驚かせる算段でいた。

 

 「刺激を与えて、あのガーグァ達を驚かせるの。そうすれば卵を産み落とす筈よ。気付かれないように、後ろからそっと近づかないと。臆病な性格だからすぐに逃げられてしまうの」

 「だったら、ワタシに良い考えがあるにゃ。ここで待ってるにゃ」

 

 そんなサヤカに、リリィナが待ったをかけた。言うが早いか、彼女はがさがさと地面を掘って地中へ潜ってしまった。時折、リリィナがいると思われる場所からは小さな土煙がぽふぽふと吹き出ている。その土煙が、真っ直ぐにあのガーグァの下へと向かっていく。

 何をするつもりなのか。サヤカはじっと、土煙の跡を目で追っていた。

 

 「グアッコ、カコッ」

 「カッコ、カコッ」

 

 ガーグァ達も土煙に気付いたのか、三匹は土煙を囲むようにして集まり、不思議そうに首をかしげていた。土煙の正体が餌になる小さな昆虫か、はたまた見た事も無いご馳走でも埋まっているのか。それを確かめる為に、囲んでいた内の一匹が、土煙を突こうと平たい嘴を伸ばした。

 

 「うにゃあーっ! にゃにゃっ、にゃーっ!!」

 

 嘴が突く直前、地面からリリィナが飛び出てきた。ガーグァ達が食糧だと思っていたのは、一匹のアイルーだったのだ。リリィナは大声を上げながら、両手をぶんぶんと振り回してガーグァ達を威嚇していた。

 

 「クァーッカカッ!?」

 「クァッ、カーッ!」

 

 突然現れたリリィナを見たガーグァ達はたちまちパニック状態に陥った。右へ左へ、バタバタと体を揺らしながら右往左往とエリア1の中を一しきり走り回り、茂みの向こうへと逃げ帰っていった。

 

 「まさか、こんな方法があったなんて……」

 「驚かせるだけでいいなら、お茶の子さいさいだにゃ。ちなみに、これは旦那さんが教えてくれた方法にゃ。さてと、これで卵が手に入る―――――」

 

 ガーグァが逃げ帰ったのを見てから駆け寄ったサヤカと共に、リリィナは周囲を見渡す。先程までガーグァ達が居た所には小さな黒い粒のようなものが落ちていた。

 

 「卵じゃないにゃ」

 「全部、ガーグァのフンね。乾燥させれば薬になるけど、今は必要ないわね」

 「む……うにゃ」

 「こればかりは仕方ないわね。他のガーグァを探さないと……」

 

 目当ての物を得られず、がっくりとうなだれるリリィナ。しかしここで立ち止まったところで、卵を得られる訳ではない。サヤカは彼女に手招きして、エリア4へと続く道へと歩みを進めていた。

 

 

 

 

 

 「ここにもないにゃ。全部フンだにゃ! どうなってるにゃ!」

 「二匹しかいないなんて……参ったわね。このままじゃ日が暮れちゃうわ」

 

 皮のはがれた倒木が横たわる、廃屋の目立つエリア4に移動したサヤカ達。しかしまたしても収穫はなく、リリィナは細い後ろ足で地団太を踏み、サヤカは焦りを募らせていた。

 日が暮れるまで時間をかけるつもりはないだろうが、今は一刻も早くクエストを終わらせる必要があるのだ。それがここまで出てこないとなれば弱音の一つも出てしまうのも無理はなかった。

 

 「もしかしたら……あそこなら、あるかもしれないわね」

 「んにゃ、何か考えがあるにゃ?」

 

 ふと思いついたようなサヤカの物言いに、リリィナは首をかしげる。この渓流の地形と、先日のタマミツネの狩猟を終えた事を合わせて考えれば。幾つかの推測がサヤカの頭の中で出来上がり、一つの筋道を立てていく。

 

 「可能性の話よ。でも考えてる通りなら、ガーグァ達はあそこに集まってる筈……こっちよ、ついて来て!」

 

 ただの可能性に過ぎないが、他に宛てがあるのかと聞かれれば首を縦に振る事が出来ない。この案を思いついたサヤカにも、サヤカを不思議そうに見るリリィナにも。

 エリア4の北。サヤカ達がタマミツネと最初の交戦を繰り広げたエリア7へと駆け出す。淡い期待と、僅かな望みを抱いて。

 

 

 

 

 

 「にゃ……」

 「良かった。思ってた通りだったわ」

 

 背の高い黄金色の植物と、水に浸された地面。そこに集まっているのは、実に五匹の集団を成しているガーグァ達だった。

 

 「タマミツネを討伐したエリアに、川があったのは覚えてるかしら。タマミツネの身体から血や細かい肉が一緒に流れて、ここのエリアに辿り着いたんじゃないかって考えたの。臭いに釣られて小さな虫が集まって、それを求めてガーグァ達はここに集まったんじゃないかしら」

 

 ガーグァ達は、皆一様にその嘴で地面を突いていた。時折首を持ち上げて咀嚼するような素振りを見せている。ここにはたくさんのご馳走がある事が窺えた。

 

 「ねぇ。さっきの潜ったの、もう一度出来ない? あれだけの数を全部驚かせるのは、私じゃ難しいわね。あなたがいてくれたら、もしかしたら……」

 「むっ。そ、そこまで言うなら、どーしても! って言うなら、やってあげてもいいにゃ。ワタシがひと肌脱いであげるにゃ」

 「ええ。あなたの力が、どうしてもいるの」

 

 サヤカの言葉を聞き、リリィナは先程よりも勢いよく地面を掘り進み、ガーグァ達を難なく驚かせていた。右往左往と走り回ってから、慌ただしい足音が茂みの向こうへと逃げ込んでいった。後に取り残されたのは、サヤカとリリィナだけ。目当ての物を探すべく、彼女らはくまなく周囲を見渡した。

 

 「卵、卵……うう、また無いのはいやにゃ」

 「諦めないで。きっとどこかに、……?」

 

 次々と見つかる、ガーグァのフン。僅かに見出した望みすらも断たれてしまうのか。そんな考えがよぎる中、サヤカは群生する植物の根元に光る、ある物体を見つけた。

 

 「これって、まさか……!」

 

 植物をかき分けて、その光の正体をしっかりと両目に捉える。大きく、丸く、そして艶のある表面。さんさんと降り注ぐ日光を黄金の輝きへと変化させ、その物体はただならぬ存在感を放っていた。

 

 「やっぱりだわ。ガーグァの金の卵っ!」

 「うにゃ……金ぴかだにゃ」

 

 先程の焦燥から一転。サヤカは一気に表情を明るくさせ、リリィナも物珍しそうにその黄金の卵へと視線を注いでいた。

 

 「これを納品すれば、きっと村長達も喜んでくれるわ。アランの身体も、すぐに良くなってくれる筈よ」

 「うにゃ。そうと決まればさっそく納品にゃ。ここはワタシに任せるにゃ!」

 

 言うが早いか、リリィナはその小さな両手でしっかりと卵を持ち上げる。アランと共に向かったクエストの数々で鍛えられたリリィナの身体は、大きく重たい卵を抱えても尚、ふらつく様子は一切見られなかった。

 

 「なるほど……。だったら、周りの警戒は私の役割ね」

 

 一歩一歩、リリィナはバランスを崩す事なくベースキャンプへと歩みを進める。彼女の運搬を手助けする為に、サヤカはポーチから幾つかの閃光玉を取り出し、いつでも投擲できる姿勢のまま周囲への警戒をし続けていた。

 

 

 

 

 

 「ただいま。ハンゾー」

 「む、戻られましたか。主」

 

 卵を無事納品し終え、私達はアランのいる宿へと戻ってきた。扉を開けて部屋へ入ると、そこにはアランの額へ布巾を乗せるハンゾーと、元々ここで働いていたルームサービスの子の姿があった。

 

 私達が卵を運んでいる間にアランの看病を任せていたけど……大きなトラブルもなかったのかしら。ルームサービスの子も最初はパニックになってたけど、今は落ち着いてるみたい。二人で力を合わせて、ずっと一緒に頑張ってくれてたのね。

 

 「今戻った所。様子はどうかしら」

 「薬が効いてきたのでしょう。だいぶ落ち着いてきましたニャ」

 

 ハンゾーの代わりに、ルームサービスの子が答えてくれた。彼の顔色を見ると、呼吸の荒さも殆どなくなっている。

 

 薬が効いてきたのかしら。何にしても、悪化してなくて良かった。

 

 「偉いわハンゾー。あなたも、色々と助かったわ」

 「ニャ、ワタクシはハンター様のルームサービスですニャ。必要な物があったらワタクシに申し付け下さいニャ。すぐにご用意いたしますニャ」

 

 ハンゾーも、ルームサービスの子も、彼のオトモも。いつでも動ける状態のまま、じっと彼の目が覚めるのを待っていた。そんな時、私の視界に彼の手が映る。片腕だけが布団から出ていて、私はその手へ向けてゆっくりと腕を伸ばしていく。そうして私は両手で、彼の手をそっと包むように握った。

 

 あの時、この手が掴んでくれなかったら。きっと今も湖の底にいて、もう二度と戻ってくる事はなかったのかもしれない。

 もしあなたがいなかったら、私は今頃……。

 

 「……ぅ」

 

 ベッドから聞こえる小さな声。視線を向けると、彼の目がうっすらと開いていた。起き上がりたいのか、ゆっくりと上体を動かしている。その拍子に、私が握っていた彼の手は離れてしまった。

 

 何だか名残惜しいような気がしたけど……よく分からないわ。何なのかしら。

 

 「君、は……」

 「気が付いたのね。ハンゾー、水を持って来て」

 「承知、ですニャ」

 

 私は彼の背中へと腕を回して、彼がふらついて倒れないように支える。こうして近くで見ると、意外と彼の背中は大きくて、支えてる手からは硬い筋肉の感触が伝わってきた。

 

 ハンターだからっていうのもあるけど、しっかりした体つきをしてるのね。今まで考えた事も無かったし、防具の上からじゃ分からなかったけど……性別の違いもあるのかしら?

 

 「あの時村に戻って、それから……」

 「すぐにここに運び込まれたの。防具は加工屋の方に預けてるわ」

 「ハンター殿、どうぞですニャ」

 

 ハンゾーが持ってきた水を一口飲んで、彼は小さく息を吐いた。

 

 「そうか。加工屋に……」

 「それで、具合の方はどうかしら。もう少し横になってるか、もし食欲があるなら少しくらいは食べておいた方がいいわ。栄養を摂っておけば、それだけ早く体も良くなるから」

 「…………」

 

 ガーグァの卵は大切に保管されている。本人の要望があればいつでも食事を用意する準備は出来ていた。けど、一向に彼からの返事が来ない。じっと私の方を見たまま固まっていた。

 

 まるで何か、驚いているように見えるけど……どうしたのかしら。

 

 「な、なに?」

 「いや、こうして気を遣ってくれてるのが意外で。随分と雰囲気が変わったように見えて、少し驚いてる」

 「……。……え? え!?」

 

 ようやく話してくれた彼の言葉を聞いて、ほんの僅かな間、頭の中が真っ白に塗り潰されたような感覚に陥った。彼にとっては何気ない一言のつもりなのかもしれないけど、それでも私を混乱させるには十分だった。

 

 「な、ぁ……そん、な……っ」

 「この村で会ったばかりの頃の尖ってる感じが無くなってるような、そんな気がするんだ」

 「うぅ、それは……その……」

 

 ただただ慌てるばかりで、上手く言葉が出てこない。彼の言葉の一つ一つに翻弄されて、私は何もできなくなっていた。この妙にむず痒い空気から抜け出したいような、もう少しこのままでもいいような、変な感覚。居心地が悪い筈なのに、こういうのも悪くないかもって思う自分もいて、とにかく訳が分からなかった。

 

 何、これ……。何なのよ、一体……。

 

 「……ふふ」

 「こ、今度はなに……?」

 「いや、今までの睨んでた顔を思い出してた。今の方が自然な感じがしていいな」

 「~~~~っ!!」

 

 前言撤回。今すぐ止めさせなきゃ。

 

 「へ、変な事言わないでっ! 私の事なんていいから!」

 「慌ててる姿を見る事も無かったな、そういえば」

 「や、やめてってば、もう……。それで、何か食べられそうなの?」

 

 強引に、私は話の流れを変えることにした。彼のされるがままに言われ続けていたらどうなってたか、あまり想像したくなかった。本当に、どうにかなってしまいそうだったから。

 

 「そうだな……。少しだけ、頂こうかな」

 「分かったわ。出来るまで横になってて。ハンゾー、後をお願い」

 

 私はすぐに立ち上がって部屋を出る。心なしか、普段よりも早足になっている気がした。

 

 ちゃんと美味しく作れるかしら。舌に合えばいいけど、なんだか不安になってきたわ。

 

 

 

 

 

 「ささ、ハンター殿。しばしお休みくだされニャ」

 

 肩を押すハンゾーの肉球の感触が、アランへ横になるようにと促している。ハンゾーに続くように、ルームサービスのアイルーがそっと毛布を掛け直す。

 

 「……旦那さん」

 

 ハンゾー達の背後から、リリィナがアランを見つめていた。アランの身を案ずる両目は、安堵に包まれながらも、未だに不安の色を含んでいた。アランが目を覚ました安心と、再び症状があったするのではというもしもの可能性がリリィナの中でぐるぐると回り続けていたのだ。

 

 「心配かけたなリリィナ。もう大丈夫だ」

 「旦那さんなら大丈夫だって、信じてたにゃ。でもあんな無茶は、もうやっちゃ駄目にゃ」

 「分かった。次から気を付ける」

 

 ベッドで横になったまま、アランはリリィナの額に手を伸ばす。ゆっくりと近付けたアランの手が、リリィナの毛の感触を捉えた。リリィナはアランの手を拒まず、逆に彼の手に自分の両手をそっと添えている。リリィナは普段のような嫌がる素振りを見せていなかった。それから少しして、リリィナの額から手が離れた。アランの方から離したのだ。

 

 「お待たせ。少し冷ましておいたけど、まだ熱い所もあるから気を付けて」

 

 部屋の外から聞こえる足音が近付き、盆を持ったサヤカが部屋の中へと入ってくる。それに合わせて、リリィナが毛布を退かしてアランをそっと起こす。サヤカが持ってきた盆には、一つの小さな器が乗せられていた。

 

 「これは……」

 「お粥、っていうの。具合が悪くなった人は、これを食べるのよ。これはガーグァの卵も一緒に混ぜてあるの。栄養たっぷりだから、きっと体もすぐに良くなると思うわ」

 「すぐに、か。それなら……」

 

 器の中身は、多めの水で煮込んだ米に、溶いた卵を混ぜたものだった。アランは早速、木製のスプーンを手に一口、二口と手を進めていく。味はまだよく分からないが、熱すぎず、冷めきっていない程よい温かさに、アランは次々にスプーンを動かしてく。

 

 「ねぇ、なるべく少なめにはしておいたけど、だからって全部食べる必要はないわよ?まだ完治してないんだから、あまり無理はしないでね」

 「ん? いいや、これくらいなら平気だ。全部いける」

 

見る見るうちに減っていく粥をみて心配になったのか、サヤカは思わず口を滑らした。彼が無理に腹に詰めようと、一気食いをしようとしているように見えたのだ。が、それはどうやら杞憂だったようで、アランは苦しい様子は見せていない。それから程無くして、アランは完食していた。

 

 「本当に、全部食べちゃうなんて……」

 「だから言ったじゃないか。これくらいなら平気だ。それより、もう少し欲しい。まだ残ってるか?」

 「ええ、まだ残ってるけど……本当に少しだけよ? あんまり食べすぎるのも良くないんだから」

 

 部屋から出たサヤカが、再び新しい粥を持って来る。先程よりも少ない、半分にも満たない量だった。しかし手を動かす速さは変わらず、新しく持ってきた粥は数分と経たずにアランに平らげられてしまった。

 

 「もう終わりか」

 「物足りないだろうけど、今は我慢して。残りは氷結晶で囲んで保管してあるから、ちゃんと治ったらまた作るわ」

 

 空になった器を下げようと、サヤカが手を伸ばした時だった。彼女の言葉に、アランは妙な引っ掛かりを覚える。氷結晶についてではない。その後の言葉に引っ掛かりを覚えていた。

 

 「なに、君が作っていたのか?」

 「え? ……あ」

 

 今出された粥を作ったのは、サヤカなのか。思えばいつもこちらが頼めば軽い食事を作ってくれるリリィナは、ずっとアランの傍にいた。ハンゾーも、ルームサービスのアイルーも、ここにいる。アランの言葉を聞いて、何かに気が付いたように目を丸くするサヤカを、アランはじっと見つめる。

 

 「あ、あのっ!? それは、えっと……」

 

 盆を手に、再び狼狽するサヤカ。違うと言おうにも、事実なので否定できない。何かを言い返そうにも上手くいかず、アランの視線から目を背けるようにそっぽを向く以外、なにも出来なくなっていた。

 羞恥か、はたまた別の感情か。サヤカはうっすらと頬を赤らめて俯いていた。せめてもの抵抗にと、手に持っていた盆で体を隠しながら、サヤカはアランの疑問に答えた。

 

 「……ええ、作ったのは私。あなたのオトモにも、手伝ってもらったけど」

 「リリィナが?」

 

 サヤカの言葉に、アランはリリィナの方へと視線を向ける。意外だった。今までサヤカに対して良い感情を持っていなかった彼女が、サヤカと協力して何かに取り組んだ事が。

 

 「ガーグァの卵を手に入れる為に、一緒について来てもらったの。断られると思ってたけど……」

 「旦那さんの為にゃ。これくらいへっちゃらにゃ」

 

 話に挙げられた当人のリリィナは、別段嫌がっている様子は見せなかった。心なしか、サヤカに対しても不快感を表していないようにも思える。

 彼女らに何があったのか、アランは不思議で不思議で仕方がなかった。もしやリリィナも具合が悪いのではと思ったが、彼女は至って健康そのもの。ますます訳が分からなかった。

 

 「旦那さん、食べたら横になってにゃ。何かあっても、ワタシ達がいるから大丈夫にゃ」

 「む、むぅ……」

 

 釈然としないまま、アランはベッドに横になる。自分が眠っている間に何があったのか。様々な推測が頭の中で一しきりぐるぐると回ったが、何にしても今までのような不仲の状態でないのなら何でもいいかと、アランは適当に結論付ける事にした。

それから、腹が満たされた事で訪れた眠気に見舞われて、アランはすぐに眠りについた。

 

 

 

 

 

 それから翌日の事、アランはすっかり良くなっていた。強走薬を使っていた時の、体が重くなる感覚はどこにもない。快調そのものだった。

 

 「旦那さん、身体の調子はどうにゃ?」

 「全快だリリィナ。心配かけたな」

 

窓から差し込む朝日の眩しい時間帯。アランはサヤカ達にも完治した事を伝えようと、宿から出ようとした時だった。背後からリリィナが声を掛けてきたのだ。

 

 「そうにゃ、旦那さん。昨日の夜に手紙が来てたにゃ。旦那さん宛ての、大事なお手紙らしいにゃ」

 「手紙?」

 「これにゃ」

 

 リリィナが両手で大事そうに持っている手紙を受け取る。赤の封蝋に見える紋章は、龍歴院の物だった。封蝋を剥がし、中に入れられている折り畳まれた書をゆっくりと開いていく。

 

 「これは……そうか。そう、だな」

 

 文字を目で追っていき、手紙の内容に目を通すアランの顔が徐々に曇っていく。いつか、この時が来るとは思っていた。今がそのいつかだったというだけの事なのに、それがとても口惜しく思えてしまう。願わくばもう少しだけでも、共にありたいのだ。

 

 「残された、時間は……」

 

 リリィナから手渡された龍歴院からの手紙。そこにはベルナ村への帰還の旨の内容が書かれていた。

 




前回の投稿からの間にスイッチ版XXや新作のモンスターハンターワールド等、色々な発表がありましたね。
猛者は両方とも買うんでしょうか。

※追記『モンスターハンターRe:ストーリーズ』、『とあるギルドナイトの陳謝』等の作品を書かれている皇我リキさんよりファンアートを頂きましたので、ここに掲載させて頂きます。
ハンゾーとサヤカのペアですね。とても愛らしい、素敵なイラストです。ありがとうございます。

【挿絵表示】


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第17話「それぞれの場所」

お久しぶりです。
本当に、お久しぶりでございます。


 「―――――じ、―――――るじ、主!」

 「ひゃあああっ!?」

 

 窓から眩しい光が差し込む時間。少女は一匹のアイルーを弾きながら、跳ねるように起き上がった。

 

 「はぁ、はぁ……ハン、ゾー?」

 「うぐぐ、にゃう。おはようございますニャ、主」

 

 床の方を見ると、ハンゾーがひっくり返っている。また、あの時と同じ事が起こっていた。決定的に違うのは、あの時のような嫌な汗が出ていない所だろうか。

 

 「ご、ごめんね。また乱暴しちゃって」

 「いえ、セッシャは日々鍛錬を重ねておりますゆえ、この程度ではビクともしませんニャ。それより主、どうやら呼吸が乱れている様子。ここは一つ、茶でも飲んで一息つきましょうニャ。少々お待ち下されニャ」

 「う、うん。ありがとね。ハンゾー」

 

 ひっくり返った拍子にボサついた毛並をそのままに、ハンゾーは台所の方へと向かっていく。それを見送るサヤカの心中は穏やかではなかった。

 

 「い、今の……まさか……」

 

 震える両手を頬に当てるサヤカ。眠っている間に見ていた光景を思い出すと心臓の鼓動が強くなり、みるみる内に顔を紅潮させていく。氷結晶をいくら積んでも冷めない熱が、サヤカの頬を温めていた。

 

 「こんな、こんな事って……」

 

 夢の中に出てきたその男は小振りの剣と盾を腰に携え、紫の甲殻で出来た防具に身を包んでいる。彼はそよ風に揺れる黒い髪をそのままに、優しく微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 「準備はいいかしら?」

 「ああ。いつでも出られる」

 

 ここは、渓流のベースキャンプ。いつものように支給品をポーチに詰め、アランは地図を手にエリア1へと向かう準備をする。目的は渓流で採れるハチミツの一種、ロイヤルハニーの納品である。所謂、採取クエストだった。

リリィナとハンゾーがいないという点を除けば、他に変わった点はどこにもない。今回はアランとサヤカの二人だけでクエストを受注していた。

 

 「良かったのか? オトモを連れてこなくて」

 「えっ? あ、えっと……ほ、ほらっ! 今日はアランのリハビリのためのクエストなんだから、ハンゾー達も連れて行ったらリハビリにならないんじゃないかって思って……だから、その……」

 

 バツが悪そうに視線を泳がせているサヤカを、アランは何も言わないままじっと見つめている。その視線に居心地の悪さのようなものを感じてか、サヤカは顔を俯かせ、もじもじと両手の指を絡ませていた。

 

 「……迷惑、だった?」

 

 やがて、耐え切れなくなったサヤカが思い切ってアランに問いかけた。目尻に涙を溜め、上目遣いで彼の顔を見ながら。アランは静かに首を横に振り、それをしおらしさを見せる彼女の質問への答えにした。

 

 「いいや、君がいるなら心配はいらない。行こう」

 

二人が受注したのは比較的危険の少ない採取クエストであり、フィールド内を闊歩する大型モンスターも確認されていない。それでも肉食の小型モンスターは各エリアにおり、リリィナとハンゾーがいない分の人手の減少は大きい。

 それでも、アランは不安を感じてはいなかった。出会った当初のわだかまりも、渓流を騒がせていたタマミツネの狩猟も乗り越えたサヤカがいるのなら、何の心配もいらないのだ。

 

 「私がいるから、って……あっ、ま、待って!」

 

 ベースキャンプを背に歩を進めるアランを、サヤカは慌てて追いかける。

 いつかの時とは逆の光景になっている事に、アランはそっと微笑む。その一方で、このクエストには感じなかった別の不安が彼の中で膨らんでいた。

 刻一刻と、その時は迫っていたのだ。

 

 

 

 

 

 かつてタマミツネと大立ち回りを繰り広げた、エリア5。小型モンスターのジャギィ種も見当たらない静かなここには、過去の戦闘の傷跡があちらこちらに残されている。エリアの中心にあった大きな切り株はごっそりと抉られており、タマミツネを狩猟していた時の、あの激しさをアラン達に思い出させていた。

 

 「静かね」

 「ジャギィやガーグァはいない、か。それで、ハチの巣は……」

 

 周囲を見渡し、脅威になりそうな存在がいない事を確認する。そうしてアラン達は目当ての物、つまりロイヤルハニーが採れるハチの巣を探す事にした。

 程無くして、それはすぐに見つかった。細い木の枝から吊るされた、大きなハチの巣。無数の擦過痕が刻まれ、荒れに荒れた土壌の上に。タマミツネとの狩猟に巻き込まれて破壊される事無く、しかしその巣はごく少量の蜜をぽたりと垂らしていた。

 

 「どうだ、採れそうか?」

 「うーん、駄目ね。ほとんど土と混じってる。巣から垂れてくる方を貰いたいけど、全然量が足りない。これじゃ使えそうにないわ」

 

 ハチの巣が出来ている根元。本来ならばここにたっぷりの蜜が溜まっている筈なのだが、それらしき物は見当たらない。サヤカの言う通り、巣から垂れ落ちたハチミツは土と混ざってぐずぐずになっていた。

 欲しいのは空のビン四つに入る程度の量。今回のクエストの成功への証明として採取するには、ここの巣から採れる量では到底足りそうにないのだ。念入りに探した所で、手に入るのは精々虫の死骸くらいのものだろう。今回のクエストに必要な物とは思えないし、そもそもそんなものを活用できる機会を探す方が圧倒的に難しい。

 

 「そうか。他に宛てはあるか? ハチの巣がここにしかないなら、このクエストは……」

 「心配しないで。多分、あっちの方ならあるかもしれないわね。ついて来て」

 

 ここではロイヤルハニーを採る事が出来ない。二人は早々に見切りをつけ、エリアを離れる。サヤカの案内の下、タマミツネを討伐したエリア6と、彼女らが初めてタマミツネと遭遇したエリア7を抜け、西にあるエリア9へと到達した。

 

 「着いたわ。ここならタマミツネやロアルドロスが入った形跡もなさそうだし、ロイヤルハニーもすぐに集まるはずよ」

 

 北と南、それぞれの端に小さな段差がある以外は、比較的平坦な地形のエリア。東には蔦で出来た橋があり、北側には皮のはがれた大きな倒木がある。

 

 「ほら、あそこ。見えるかしら」

 

 サヤカが指差した先、エリア西の外周。赤く染められた木の骨組みのようなものが置かれた場所に、ハチの巣はあった。日の光を跳ね返して黄金色の艶を見せるたっぷりの蜜が、大きく膨らんだハチの巣から溢れ返るようにとっぷりと垂れ落ちていた。

 

 「あれだけあれば、すぐに集まりそうだ」

 

 地面に溜まっている蜜の量も、先程のエリアにあった巣の物とは明らかに違っていた。

 これならば、クエスト内容に定められた必要数のロイヤルハニーを納品できる。アランとサヤカは空のビンを出して、すぐさま採取の為に巣へと近づいた。

 

 「ロイヤルハニーは普通のハチミツとは少し色が違うの。まずは私が先に採るから、その色を見て……っ!?」

 

 ビンの栓を開け、ぽたぽたと垂れている蜜を集めようと巣へ近付いた時、サヤカの身体が岩のようにがちりと固まった。

 

 「どうした?」

 「あ、あ……あれ……」

 

 突然の事にアランは眉を顰め、彼女の顔を窺う。ハチの巣を見ていない彼女の視線の先には、あるものが地を這っていた。

 頭、胸、腹からなる三つの部位で構成された身体と、その身体を支える為の三対の脚。黄色と緑の色が鮮やかな甲殻に、太い木の枝も難なく断ち切れそうな力強さが窺える立派なアゴ。

 彼女の視線の先にいたのは、甲虫種に分類される小型モンスター、甲虫(こうちゅう)オルタロスであった。

 

 「オルタロスが、どうしたんだ」

 「……て」

 「なに?」

 

 サヤカは手に持っていたビンを落として、アランの肩をがっしりと掴んでいた。黒狼鳥の甲殻を通して、サヤカの手が震えているのが伝わってくる。サヤカはあのオルタロスに怯えていた。

 

 「アレ、何とかして。私……虫、駄目なの」

 「なんだって? それじゃあ、今までどうやって―――――」

 

 アランが疑問を投げるよりも早く、オルタロスがアラン達の存在に気付いた。糧にしているハチミツを盗られると思ったのか、はたまたテリトリーに侵入した外敵と見なされたのか、オルタロスは真っ直ぐアラン達を目指して、その六本の足を忙しなく動かしてはカサカサと足音を立てて駆け寄って来ていた。

 

 「ギュイ、ギユゥオォ」

 「いやああぁぁ! こっち! こっち来てる! 駄目アラン何とかしてぇ!!」

 

 アランの肩を掴んでいるサヤカの手に力が入る。自身の着る防具から甲殻が軋むような音が聞こえたアランはぞっと背筋を凍らせ、額に冷や汗を浮かべた。慌ててサヤカを離そうと体を揺するが、がっしりと掴んだ手は離れる気配がまるでない。言葉による説得が必要だった。

 

 「ま、待て! 分かった、何とかするからその手を離すんだ! そんなにしがみつかれてたらこっちも動けない!」

 「で、でも……うぅ、分かった」

 

 サヤカがその言葉を信じ、ゆっくりと、躊躇うように肩から手を離したのを確認すると、アランはすぐさまオルタロスへ目掛けて地を蹴り駆け出す。

抜刀したツルギ【烏】の刃が捉えたのは頭と胸を繋ぐ節の部分。黒狼鳥の素材を加工して作られたその刃は、小さな甲虫種の身体をあっさりと両断する。衝撃に脆いその体は、断たれた拍子に脚も千切れ飛び、アランの足元でオルタロスだった甲殻の断片が散らばっていた。

 

 「ほら、これでいいだろう?」

 「う、うん……」

 

 念の為に、アランはオルタロスの死骸を遠くへと放る。生き物の死体にこんな真似をするのは気が引けるが、サヤカがあのまま動けないのも、それはそれで困るのだ。

 

 「……ひぅ」

 

 遠くへ放ったオルタロスの足が僅かに動き、サヤカの肩がびくりと跳ねる。オルタロスの残骸から目を離さず、気を抜かず、すり足でゆっくりとハチの巣へと距離を縮めていた。

 

 「まだ駄目なのか?」

 「へ、平気、だから……」

 

 オルタロスの亡骸をさらに遠くへやろうとするアランを、サヤカが止める。その言葉と彼女の表情は正反対の模様を見せており、時折動くオルタロスの脚を見ては再び肩をびくりと跳ねらせていた。

 

 「ほら」

 「……?」

 

 このまま放置しておく訳にもいかず、アランは紫色の甲殻に包まれた防具を外し、素手の状態でサヤカへと手を差し伸べた。いきなりの事に意図を読み取れず、サヤカはアランの顔と手を見比べて首を傾げている。

 

 「手を握るんだ。そうすれば少しは落ち着くはずだから」

 

 その言葉を聞いて、サヤカは恐る恐るアランの手へと自身の両手を伸ばした。ナルガアーム越しに感じるアランの手の感触は、サヤカの気持ちを少しずつ落ち着かせていた。

 

 「少しは楽になったか?」

 「うん、もう大丈夫。あの……ありが、と」

 「よし、それじゃあ採取をしようか」

 

 サヤカの手が感じていた感触が離れていく。アランはもうガルルガアームを嵌め直して、手には小さなビンを握っている。両手が空へと伸びていき、サヤカは名残惜しくなったのか、思わず小さな息を漏らしていた。

 

 「ぁ……」

 「どうした?」

 「ううん、何でもない」

 

 二人はハチの巣の下へと再び歩み寄る。先程までパニック状態だったサヤカはすっかり落ち着きを取り戻し、アランと共にロイヤルハニーと、少しばかりのハチミツを採取し、しっかりと栓をしてポーチに詰め込んだ。

 

 「結構集まったな。これだけあれば十分だろう」

 「あとはキャンプに戻って納品すれば終わり、だけど……」

 

 サヤカはエリアの西にある道を一瞥し、思案を巡らせる。このまますぐに村へと戻るのは、どうにも抵抗があったのだ。

 

 「ねえ、アラン。少しだけ、回り道してもいいかしら」

 「回り道? そうだな……目的の物は集まったから、あまり長居しないなら平気だと思う」

 「本当? 良かったぁ……。目当ての物はこっちにあるの。ついて来て」

 

 差し出がましいようで言い出すのに抵抗があったが、アランはあっさりと了承してくれた。もう少しだけ、長居が出来る。サヤカはすぐさま、一瞥していた道を指差し、逸る気持ちを表すように、その足取りを急がせた。

 

 「向こうに……ぅ!?」

 

 サヤカの指差した先を目で追っていき、アランは息を飲んだ。サヤカが向かった先、エリアの西にある、いくつもの蔦が絡み合って出来上がった吊り橋のような道がそこにあった。

 

 「あ、あれを渡っていくのか……?」

 「ええ、そうよ。こうやって、絡まってる蔦に足を乗せるの。人が乗ったくらいじゃ千切れたりしないから、心配しないで」

 

 言うが早いか、サヤカはもうその道と呼んで良いのか分からない道をスイスイと渡っていた。置いていかれると困るので、アランも続いて蔦へと足を踏み下ろす。足場になりそうな太い蔦を見つけて、とにかく慎重に進んでいた。

 そんな折、アランはうっかり、蔦の下に広がる風景を見てしまう。一面が霞に覆われた、地表の見えない真下の風景を。

 

 「何でオルタロスが駄目で、これは平気なんだ……」

 

 不和を乗り越えて分かり合えたような気がしたが、今回の件でサヤカに抱いた謎が出来たアランであった。

 

 

 

 

 

 「ウニャ、ハンターさん。今日も採りに来たのかニャ」

 「ええ。はい、いつもの」

 

 獣人族が棲み処を置く狭い岩場、エリア3。古代林で見かけるような樹木とは仕組みの異なる緑色の植物に囲まれたここで、サヤカはアイルー達と取引のようなものをしていた。

 

 「確かに、受け取ったニャ。あとは自由にしていいニャ」

 

 サヤカがポーチから出していたのはマタタビだった。アイルーにマタタビを渡して、それを対価にして何かを得ようとしているのだろう。アランに手招きをして、サヤカはエリア奥の段差を上っていた。

 

 「この上にあるの。んしょ、っと……」

 「上か……」

 

 サヤカの後ろに続いていたアランが、サヤカを見上げる。

段差を上っている最中の、サヤカを。

 

 「っな、あ……ッ!?」

 

 アランは見てしまったのだ。闇夜に紛れ込んだかのような錯覚を見せる漆黒に包まれた、白を。ナルガグリーヴの隙間から覗くサヤカの太股を。

 

 「……っ」

 

 ガルルガヘルムの奥で赤面しながら俯くアランの脳裏に浮かんでいるのは、つい先程見た景色。数多の狩りの中で引きしめられ、尚且つ傍目からもその柔らかさが想像できそうな瑞々しい肌。そこから視線を上へ向けた先にある曲線を思い出した所で、アランはぐっと歯を食いしばる。

 

 「アラン、どうしたの?」

 「……何でも、ない。なんでも、ないん、だ」

 

 閉じた瞼の奥に見えた景色に悶絶しながら、アランは段差に手をかけ、直後に手を滑らせた。

 

 「ッ、あああーっ!?」

 

 どしりという重い音を皮切りに、アイルー達が一斉に毛を逆立ててエリア中を駆け回り始めた。

 

 

 

 

 

 「平気? 凄い音だったけど……」

 「いいんだ。きっとこれは天罰だから」

 

 縦に長く、横に狭いエリア2。岩場で占められたこのエリアで、アランとサヤカはマタタビとの交換でアイルー達から受け取った特産タケノコを抱えながら、このエリアを渡ってキャンプへ戻ろうとしていた。

 

 「とにかく、君は何も悪くないんだ。それだけ分かってくれればいい」

 

 傍らに断崖絶壁が見える中、サヤカが急に立ち止まったのは、そこいらを呑気に歩いているガーグァ達の間をすり抜けてエリア1へ辿り着こうとしていた時だった。

 

 「どうした?」

 「…………名前」

 

 アランに返ってきた小さな声。それはガルルガヘルムの向こうから微かに聞き取れた、サヤカの声だった。

 エリア1へ向かおうとしていたサヤカが振り返り、アランと向き直る。その目つきは真剣そのものだ。気の置けないあの親友のような、軽口の一つでも叩くような雰囲気は微塵も感じられなかった。

 

 「私の事、名前で呼んで。君じゃなくて、サヤカって」

 

 過去の出来事。具体的にいうと、アランがユクモ村に来て、サヤカに会ってからの事を思い返す。彼女の事を名前で呼んだ事があったか。結論は、まるで思い当たる節がない、だった。今になってそれを言われるという事は、名前で呼んでも良いと思われるだけの信頼関係を築けたからだろうか。

 そんな事を思いつつ、アランは早速名前で呼ぼうとして、出そうとした声が喉の辺りで急に詰まってしまう。

 

 「…………、…………。…サヤカ」

 

言葉で言い表せない妙な緊張感に邪魔をされながら、アランはなんとかして名前を言おうと声を振り絞る。

 サヤカ。アランが呼んだその名は、その名前の持ち主の耳にしっかりと届いた。

 

 「……うんっ」

 「っ。ぁ、あ……」

 

 頬を薄く染め、柔らかく微笑んだサヤカが頷く。その笑みを見た途端、アランの身体がびくりと強張らせた。

大型モンスターを狩猟している時とは違う緊張を感じるアラン。心臓の鼓動が次第に強まり、胸の奥が徐々に熱くなっていく奇妙な感覚に見舞われた。

 

 「行こ、アランっ」

 

 再びエリア1への道へと振り返り、サヤカは歩きだす。その足取りは軽く、そのままスキップでもしそうな程上機嫌な足音を立てていた。

 

 (なんだ、一体……)

 

慌てて、アランはサヤカの後を追う。急に様子が変わったサヤカと、そのサヤカを見てから妙に落ち着かなくなっている自身に戸惑いながら。

 

 

 

 

 

 ユクモ村への帰り道。アランとサヤカはいつものようにガーグァに牽引される荷車に揺られていた。

 

 「お疲れ様。上手くいって何よりね」

 「ああ。体の方も何ともなさそうだ」

 

 ヘルムを外しているからか、サヤカの表情がはっきりと窺える。荷車で村へと戻る道中、風に乗ってふわりと揺れる髪を手で押さえてリラックスしていた。

 目を細めて心地よさそうにしている様子を、アランはじっと見ている。それから少しして、アランの視線に気付いたサヤカと目が合った。

 

 「どうしたの?」

 「いや……なんでも、ない」

 「んー、本当に?」

 「本当だ。なんでもない」

 

 気になったサヤカが問いかけるが、アランからは曖昧な返事しか返ってこない。さらに気になったサヤカが腰を浮かせて身を乗り出し、アランをじっと見つめる。アランは顔を横に向けてしまった。これ以上何か聞くことは出来なさそうだと、サヤカが諦めて腰を下ろそうとすると、荷車ががたりと大きく揺れた。

 

 「そう……ならいいけど―――――きゃっ!?」

 「っ、危ない!」

 

 ガーグァがけん引している荷車の上で中腰になっている状態のサヤカは、あっという間にバランスを崩して倒れ込む一歩直前になっていた。

 アランは慌ててサヤカの肩を掴むが、なおも小刻みに揺れる荷車の上でしっかりと受け止めるのは難しく、サヤカがアランに向かって倒れ込む形で二人はもつれ合ってしまった。

 

 「意外と、揺れるな。怪我は……あ」

 「ううん、私は平気。たまにあるのよ。小さい石に引っかかって……ぁ」

 

 もつれ合った状態から立て直そうと二人が顔を上げると、お互いの顔が真っ先に視界に入る。アランがサヤカの肩を掴んだ状態のまま、二人は腰を掛け直すという目的も忘れて見つめ合っていた。

 

 「…………」

 「…………」

 

 吐息と吐息が混じり合ってしまいそうな、もう少し近付けば鼻先と鼻先が触れ合う程の至近距離。アランはサヤカの目を、サヤカはアランの目を覗く。荒く揺れる荷車や髪を撫でていた風の事も意識の外に追い出され、サヤカはアランの腕にそっと両手を添えた。サヤカに触発されたのか、はたまた無意識の内にか、サヤカを受け止めていたアランの手にも力が入る。丁度、サヤカを抱きしめようとする形になっている。

 少しずつ、ゆっくりと。アランとサヤカは徐々に身を寄せ合っていく。ナルガヘルムを脱いだサヤカの髪の甘い匂いに鼻孔をくすぐられ、アランの思考はすっかり弛緩しきっていた。

防具越しに触れあう事に夢中になり、サヤカ以外の物に意識を向ける事が出来ない。荷車が今、どの辺りを走行しているかなど、とっくの昔に頭の中から消えていたのだ。

 

 「ハンターさん、村へ到着しましたニャ!」

 「ッ!」

 「っ!」

 

がたがたと揺れていた荷車の動きがぴたりと止まる。御者のアイルーの声によって二人の意識は一気に現実へと引き戻され、二人はバネで弾かれたように離れ、それぞれが腰かけていた場所へと戻ってしまった。

 

「…………」

「…………」

 

二人の間に圧し掛かる沈黙。何をやっていたのか。いや、何をやろうとしていたのか。熱を持った体と高鳴り続ける心臓をそのままに、アランとサヤカは二人して下を向いて先程の一連のやりとりを思い出しては内心で悶絶していた。

 

 「ハンターさん、降りないのかニャ?」

 「あ、いや……今降りる」

 

 首を傾げるアイルーに促されて、二人はようやく荷車から降りて村へ入ろうと思い至る。

 

 「…………」

 「…………」

 

 軽く荷物を纏めてそれぞれの自宅へと戻る。アランとサヤカはそれぞれ、時折ちらりと隣にいる人物を一瞥する。が、たまたまタイミングが合わさったのか互いに目が合い、再び下を向く、という行動を何度も繰り返している。先程の荷車の上での出来事が頭から離れないでいた。

 

 「ニャニャ。お戻りになられましたかニャ。ハンター様」

 

 そんな二人の帰りを待っていたのは、村の集会浴場の番台を担当しているアイルーだった。

 

 

 

 

 

 ユクモ村に備え付けられてある農場。木の実やキノコ、ハチミツや鉱石に魚まで採取が出来るこの場所で、二匹のアイルーがせっせと特訓に勤しんでいた。

 正確には一匹が特訓し、もう一匹がその監督をしている形ではあるが。

 

 「ぜえっ、ぜえっ、ウニャアーッ!」

 「次は丸太で特訓にゃ。モンスターの攻撃にもビクともしない頑丈な身体を作るにゃ!」

 「は、はいですニャーッ!」

 

 農場の外周を、後ろ足で駆けるハンゾー。いつもの武者ネコ装備に加え、石を使った(おもり)を巻きつけて走っている。アランとサヤカがクエストに向かっている間、リリィナは彼ら二人からの要望により、ハンゾーの特訓のコーチを務めていたのだ。

 

 「ふんぐぐ、ニャーッ!」

 「もっと腰を入れて頑張るにゃ! そんな事じゃあ大切な旦那さんのオトモは務まらないにゃ!」

 

 リリィナに言われるがままにハンゾーが向かったのは、ロープで吊るされた大きな丸太。これを手で押して、振り子の要領で返ってきた丸太を体で受け止めるという物だった。

 

 「もう、一度……ニャギャアーッ!?」

 

 最初の一回は体で受け止めたものの、ハンゾーの身体は二度目の挑戦にてあっさりと弾き飛ばされていた。ぼてぼてと地面をバウンドしながら転がり、ハンゾーは仰向けのまま目を回している。

 

 「うぐぐ……なんの、これしきニャ!」

 

 武者ネコヘルムにバッテン印の絆創膏が貼られたハンゾーが再び立ち上がる。力一杯丸太を押し、先程弾き飛ばされた時よりも強い勢いで帰ってきた丸太をがしりと受け止める。

それからハンゾーは2回、3回と丸太を受け止め、弾き飛ばされればすぐさま起き上がって丸太に向かっていく。気合と根性を支えに、ひたすら自分を鍛え上げていく。

 

 「うにゃ。主人の為にがんばるその気持ち、ワタシもよく分かるにゃ」

 

 丸太を使った鍛錬に打ち込むハンゾーの姿を眺め、うんうんと頷くリリィナ。自分を雇ってくれた大切な主人のアランに対して、何が出来るだろうか。手探り状態の中で模索し続けていたあの頃を振り返る。

 

 「体を動かしたら、次は頭を動かそうかにゃ」

 

 武者ネコ装備に増えていく絆創膏など気にも留めず、ハンゾーは一心不乱に丸太を受け止めていく。彼に必要なのは、勝手に突撃を繰り返さない、そこで一歩踏みとどまろうとする冷静さだとリリィナは考える。オトモアイルーとして自らが培ってきた経験の数々を引っ張り出し、何を教えようかと考えを巡らせるリリィナであった。

 

 

 

 

 

 「……と、いう訳ですニャ。タマミツネを狩猟し、村の平和を取り戻してくださったハンター様に、この村の温泉で疲れを癒して頂こうと思いまして」

 

 石の階段を上った先にある集会浴場。その中にある温泉が使えるようになった。それが、クエストから帰ってきたアラン達を待っていた番台のアイルーから伝えられた事だった。

 

 「集会所の温泉って、今は清掃期間中だった筈よ」

 「ええ、そうですニャ。だから、特別に、なのですニャ」

 

 うんうんと頷きながら、番台は手に持った扇をばさりと広げる。

 

 「さあさ、こちらはいつでも準備が出来ておりますニャ。ユクモ自慢の温泉を心行くまでご堪能くださいませニャ」

 

 

 

 

 

 湿り濡れた石造りの床を素足で歩く。辺り一面を湯気が包むここは、ユクモ村の集会浴場と呼ばれる場所である。村で待ち受けていた番台のアイルーに案内されるがままにここへ来たアランは、一言も声を発する事なく、ユクモの湯に浸かっていた。

 

 「…………」

 「…………」

 

 どういう訳か、サヤカも共にいた。それも、アランのすぐ隣に。

 

「何で、サヤカもここに……」

「混浴なの。ここの温泉」

「そう、なのか……」

 

集会浴場にある温泉は体を洗い流す場なので、防具の類を装備したまま入る事はまずない。男であれば貸し出されるタオル一枚を腰に巻く程度にしか着る物はなく、女の場合も大した差はない。体に巻くタオルが大きいか小さいか位の僅かな差なのだ。

タオル一枚を体に巻いただけのサヤカの肢体に思わず視線が向き、すぐに目を逸らす。ウェストのくびれや細い肩、すらりと伸びた健康的な足にくっきりとY字を描く胸の谷間も、立ち上る湯気の曇りやゆらゆらと揺れる湯の水面に薄らと遮られながら見えていた。

堪らずアランは、少しずつサヤカから離れようとする。が、ここは湯の中。ゆらゆらと波紋が広がり始めた事と、彼女がその不自然さを察知するのには、そう時間はかからなかった。

 

 「アラン。どうして離れてるの?」

 

 少しずつ離れていこうとするアランに気付いたサヤカの声に、アランはびくりと肩を跳ねさせた。

 

 「……嫌、だった? 私が隣にいるの」

 「いや、そんなつもりじゃなくて。その……分かった、分かったから。もう動いたりしない」

 

 物悲しそうに見つめるサヤカに根負けして、アランは元居た場所に腰を下ろす。どういう訳か、アランはサヤカに逆らえなくなっているような気がしていた。二人で向かったあの採取クエストの時といい、今回の温泉の事といい、あの目に見られると断れなくなってしまう。

 

 「じゃあ……もう少し、近くに行ってもいい?」

 「っ……もう、好きにしてくれ」

 

 嫌ではない事が分かったので、サヤカはさらにアランに近付く。アランの隣に近付くにつれて、心臓の鼓動が強くなっていく。温泉の湯とは違う熱の温かさに、サヤカは得も言われぬ心地よさに頬を緩めていた。

 

 「なんか、楽しいね。こういうの」

 「楽しい?」

 「私ね。今、とっても楽しい。こうして誰かと一緒にクエストに行って、一緒に温泉に入って……アランと一緒にいろんな事が出来るのが嬉しくて、こんな毎日がずっとずっと続いてくれたらって、そんな風に思えるの」

 

 心に芽生えた心地よさのままに、サヤカはその思いの丈を静かに呟く。

ずっと続いたら。その一言に、アランは胸がぐっと締め付けられるような苦しさに苛まれた。

 

 「駄目だ。それは出来ない」

 

 やがて、重苦しい声音でサヤカの申し出に否と答える。俯き、サヤカから目を逸らすアランの表情に、サヤカの顔も曇りを見せる。サヤカは不安に眉を寄せて、アランの顔を覗きこんだ。

 

 「アラン?」

 「龍歴院から通達が来たんだ。俺はもう、向こうに戻らないといけない」

 

 このまま黙っているままでいる訳にもいかない。アランは全てを白状する事にした。

 

 「俺とリリィナはタマミツネを狩猟する為にこの村に来た。あの渓流でタマミツネを討伐して村が穏やかになった今、俺はもう必要ないんだ。ここにはもういられない」

 「……そう。そう、よね。元々その為に、こっちに来たんだから」

 

いつか言おうと思っていて、ただそれが今になっただけの事。アランがこの村へ来た、当初の目的は達成された。あとは故郷のベルナ村へ帰り、今まで通りの生活に戻るだけだ。

それなのに、それがどうしようもなく口惜しくなってしまう。少しずつ、確実に迫ってくるその事実に、胸が苦しくなってしまうのだ。

 

 「いつ、帰るの?」

 「……四日後。四日後に、ベルナ村に行く飛行船が来る」

 

 本当は、明日にでも帰る事は出来る。ベルナ村へ向かう飛行船が明日、このユクモ村に来るのだ。もっといえば、帰る為の荷造りも一通り済ませてある。それでも四日後と答えたのは、アランなりのせめてもの抵抗だった。何に対しての抵抗なのかは本人にも分からないが、それでも抗わずにはいられなかった。

 

 「四日……四日後に来るのね」

 

 四日。それが、サヤカに残された時間。アランと一緒にいられる時間だった。今日のように二人でクエストに行くべきか、それとも村を回っていくべきか。様々な考えが浮かび上がり、頭の中で議論を繰り返していた。

 

 「だ、だったら!」

 

 ばしゃりと湯を跳ね散らし、サヤカはアランへと向き直った。サヤカが勢いよく動いた事で、タオルに巻かれた胸がふるりと揺れ、アランの視線がちらりとそちらへ向かってしまいそうになるが、何とか堪える。何とか耐えて、サヤカの両目を見続けた。

 

 「だったら……もう少し、この村を見ていって。もっと見てもらいたい物、いっぱいあるから」

 

 

 

 

 

 翌日。アランとサヤカは、なるべく二人きりになれるような状況を作るようになっていた。

 

 「ここは足湯になってるのよ。こんな風に座って、足だけ温泉に浸かるの」

 「足用の温泉……。結構、熱いんだな」

 「もう。そんな端に寄ってないで、もっとこっちに来て」

 「待て。そんなに、腕を引っ張ったら……っ」

 

 小さな腰掛けに隣り合うように座り、足湯を堪能する二人。あの採取クエストの帰りの時のように、アランはまたあの甘い匂いを感じて落ち着かなくなっていた。

 足湯に浸かりながら、サヤカからベルナ村の事やアランがコンビを組んでいるもう一人のハンターについて聞かれたりと、二人は会話に花を咲かせていた。

 

 「今日の特訓は肉焼きセットを使って肉や魚をこんがりと焼く事にゃ。その為に、まずはこの農場で魚を釣る所から始めるにゃ。生肉は旦那さんから幾つか貰ったから、これを使うにゃ」

 「はいですにゃ。師範!」

 「にゃ……師範?」

 

 アランとサヤカが足湯に向かっていた一方で、ハンゾーはタマミツネの狩猟を経て、今までよりもより一層の修練に励むようになり、そんなハンゾーの特訓をコーチ役として手伝うようにと、アランはリリィナに言い渡していた。

 

 「んしょ、っと……これはサシミウオね。アランはどう? 何か釣れた?」

 「こっちも釣れた。小金魚だな」

 「あまりやった事がないのよね。釣りの為に採取ツアーに行くのって」

 「たまにはこういうのも悪くないだろう? ……また小金魚か。結構多いな」

 「そうね。誰かと一緒なら、結構いいかも。あ、はじけイワシ」

 「一人だったら欠伸が止まらなそうだ。また、小金魚」

 「同じのばっかり来てるわね。あ、またサシミウオ。これで二匹目ね」

 「……小金魚」

 

 次の日は二人で渓流へ向かい、のんびりと釣りを楽しんでいた。日が昇るのも、沈むのも、あっという間に起こっている程、二人は時間を忘れて二人きりの時間に夢中になっていく。

 そうして、三日目の夕方。アランはサヤカの自宅に招かれた。他でもない、サヤカからの頼みで。

 

 「……この、人は」

 「サチエ・ミカヅキ。私のお母さんよ」

 

 アラン達の前にいるのは、病的な細さの四肢をベッドに寝かせた女性。青白い血色のやつれきった顔は瞼が閉じられており、眠っている事が窺える。

 

 「これが、私がハンターになった理由。お母さんを看病しながら生活するには、たくさんのお金が必要なの」

 

 今は、何とかなってるけど。

そう締め括り、サヤカはぐっと両手を握っていた。一方で、アランは息を飲んだまま、サチエと呼ばれたサヤカの母親の顔をじっと見ていた。

 

 「昔は目を開ける事も何度かあったけど、半年くらい前から殆ど目を覚まさなくなってるわ。いつも、私の方から話し掛けてる。相槌もないから、一方的だけど」

 「いつから、こうなんだ」

 

 髪や鼻筋にサヤカの面影を感じながら、アランはサヤカに問いかけた。依然変わらず、サヤカの母へと視線を注いだまま。

 

 「五年前ね。今まで見た事がない位大きな嵐が、ユクモ村に来た日の事だった。私のお母さんはその時、タケノコを採るために渓流に向かっていたの。お母さんを助ける為に、その時の村のハンターだった私の兄が助けに向かったの。名前はゲンジ。ゲンジ・ミカヅキっていうの」

 

 そして、サヤカの話が始まった。一回り程年が離れている事、とても頼もしい人だった事、ハンターとしての実力もあった事。一つ一つ話していく度に、サヤカの表情が優しくなっていく。それだけで、良好な家族仲である事が窺えた。

 

 「一晩が経って、嵐は去ったわ。お母さんも村に戻って来て、命は助かった。けど、意識不明の重体だった。何か月もかかって治療を続けたけど、良くなったり悪くなったりを繰り返していって、今は見ての通りよ」

 

 快方に向かえば希望を抱き、衰弱していけば見ている事しか出来ない焦燥感に駆られ、ハンター生活を続けていく中で立ちはだかってきたものに疲弊しながら、それでもサヤカは生き続けていた。

サヤカの母親の命を、彼女の兄がその身と引き換えにして繋いでくれたから。彼女の父が、今もどこかで奔走し続けているから。だからサヤカは今も戦い続けていた。

その行為は、果たして誰にでもできる事なのだろうか。もし自分だったら出来ただろうか。アランは自身に問いかけ、しかし出てくる答えはどれも揺らいでいた。そして、同時に思った事もあった。サヤカは強い。自分よりも、ずっと。

 

 「サヤカの兄も、村を出たのか? 母親の治療費を集める為に」

 「……ううん。もう、いないの。お母さんは助かったけど、渓流に向かった兄は帰って来なかった。ギルドの人が来て捜索を続けてたけど、それも打ち切り。消息不明って事で話が終わったわ。生きてるか死んでるかも分からなかったの」

 

 もう諦めてるわ。とっくの昔に。いなくなったって考えた方が、辛いのもすぐになくなったから。

 アランの疑問に首を振って返したサヤカが俯く。先程の表情から一転して悲しみに満ちたサヤカの顔を見ると、身を切られるような心持ちに苛まれる。それでも、それを表に出すような真似はせず、アランはただ、サヤカの話を聞き続けた。

 

 「医者をやっていたお父さんも、村を出て街に向かったわ。ここよりも情報が集まる場所だから、そこにならきっとお母さんが助かる方法もあるから、って。そしたら、家には私とお母さんが残ったわ。街に行ったお父さんからの仕送りがない月もあったから、自力でお金を集める方法を見つける必要があった。それが、ハンターになる事だった」

 

 ハンターになる者には、様々な理由がある。名声を求める者、己の力を極める者、断ち切れる事のない絆を求める者。そして、生活の為に金銭を求める者。

サヤカも、その一人だった。彼女は年端もいかない身一つで、自然の中で生きる力の数々に挑む事を選んだのだ。

サヤカの話を聞きながら、アランはサヤカと彼女の母の顔を見比べる。サヤカをここまで突き動かしたこの女性は、とても素敵な人だったのだろう、と。

 

 「……ぅ」

 

そんな時。アランでも、サヤカのものでもない誰かの小さな呻き声が聞こえたのは、心を痛めたアランがサヤカの母の手をそっと握った時だった。

 

 「……ゲ、ン……ジ」

 「な、に……!?」

 「え……? お母さん、なの……? 」

 

 手を握ったアランは驚愕に目を見開き、サヤカは飛び付かんとする勢いでサチエが寝かされているベッドに近付いた。

 

 「お母さん! ねぇ、お母さんっ!!」

 「……嵐、が……ぅ、ぁぁ……」

 

 必死に声を掛けるサヤカを余所に、苦悶の息を漏らしていたサチエはすぐに反応がなくなる。彼女は気にかかる言葉を残しながら、再び眠りに就いてしまった。

 

 「……眠った、のか?」

 「アラン……今、何をしたの? 今の一体、何なの!?」

 

 今まで見た事がない程必死な剣幕で、サヤカはアランに掴み掛った。何をしたのか、何がきっかけだったのか、サヤカは聞き出そうとしていた。今まで眠ったままの母が、ほんの僅かとはいえ意識が戻ったのだから。

 

 「手を握っただけだ! それ以外は何もしていない、本当に何もしていないんだ!」

 「そう、なのね……ごめんなさい。急に掴んだりして。でも……」

 

 しかし、アランも動揺を隠せないでいた。ただ、ただ手を握っただけなのだから。それで何かが起こるなど思いもしていなかったのだ。

 

 「こんな、こんな事があるのね……」

 

 サヤカはアランと同じようにサチエの手を握り、そしてアランへと向き直る。

 サヤカは確信した。アランに母の事を話して良かったと。タマミツネとの狩りを終えてから今の今まで悩み続けていたが、間違ってはいなかったと。アランはきっと、周りにいる人達を変えるなにかを持っているのだ。誰かの為に、何かの為に向けたひたむきな気持が、奇跡を起こしてくれたのだ。

 

 「ねぇ、アラン。アランが嫌じゃなかったら、もう少しだけこのままお母さんと一緒にいてあげて。お願い」

 「ああ、嫌じゃないさ。リリィナ達が戻って来るまでここにいる」

 

 アランが傍にいる事で、何かが変わるかもしれない。アランと触れ合う事で、良い兆しが現れるかもしれない。いいや、何も起こらなかったとしても、このまま何もせずにアランを宿へ帰す訳にはいかない。サヤカに出来る、サヤカなりのお返しがしたいのだ。

 

 「本当! 良かった……待っててね。今お茶淹れてくるからっ!」

 

 そんなサヤカの頼みを、アランは快く引き受けてくれた。間を置かずに帰ってきた返事にサヤカは笑みが浮かべ、急ぎ足でキッチンへと向かっていった。

 

 「そうだ、せっかくだから夕飯も食べていって。とびっきり美味しいタケノコご飯を作るから!」

 「なに? サヤカ……行ってしまった」

 

 それから少しして、キッチンの方からは微かにだがサヤカの鼻歌のようなものが聞こえてきた。その歌を聞いていると、アランの顔は次第に綻んでいく。サヤカが幸せそうにしていると、アランも嬉しい気持ちになってくる。サヤカが暗い顔をしていると、アランも落ち込んでしまう。アランにとって、それは少しくすぐったいような気がして、それ以上にとても心地の良い感覚だった。

 

 「このまま、時間が止まってくれたら……」

 

 無論、アラン自身も分かっていた。そんな事は起こらないと。だからこそ、せめて彼女の前でだけは何事もないように振舞い続けた。

サヤカが笑ってくれれば、それでいい。サヤカが喜んでくれるなら、アランはそれで十分なのだから。

 

 

 

 

 

 そして、四日目の朝が来た。アランとリリィナがベルナ村へ戻る日である。飛行船の発着場にはユクモ村の村長を始め、コノハやハンゾー、そしてサヤカ達村の者達が見送りに来ていた。

 

 「ハンター殿。いえ、アラン殿。オトコとオトコに別れの挨拶は不要ですニャ。また、またいつか……どこ、かで……ズビビッ」

 「全く、こんな事で泣きべそかいてるなんて。今までの特訓の成果はどこへ行ったにゃ」

 「泣いてなどいませぬニャ。これは、ただの汗ですニャ!」

 

 くしゃりと顔を歪ませては、ごしごしと両手で顔を拭うハンゾー。思えば、タマミツネを狩猟したのは彼の活躍があったからこそ出来た事かもしれない。サヤカと共に在れる道を開いてくれたのも、彼がいたからだった。

武者ネコヘルムを脱いでいる彼の頭を、アランはそっと撫でる。毛の質はリリィナよりも硬く、そして短かった。

 

 「アラン。私、もっと頑張る。お母さんが目を覚まして、あの頃みたいに一緒に暮らせるように。ハンター生活を続けて、今まで変な奴らに会った事もあったけど、でも、アランにも出会えた。たくさん辛い事があって、嬉しいと思う事も少なくて……でも、アランが奇跡を起こしてくれた。ならきっと、また奇跡は起こってくれる。お母さんも、きっと戻って来てくれる。いつか、きっといつか。そう信じてるの。アランが、それを教えてくれたから」

 

 続いてハンゾーを傍らに置くサヤカと向き直り、彼女の紅い瞳をじっと見つめる。サヤカは兄の話をしていた時のような、優しい顔をしていた。

 

 「……サヤカ」

 「なに? って、これ……剥ぎ取りナイフ?」

 

 アランがサヤカに向けて出した物。それはアランが腰に下げていた、片手剣よりも更に小振りな刃物。ハンターならば誰もが持っている、所謂剥ぎ取りナイフだった。

 

 「こんな物しか渡せないけど、良ければ受け取ってくれ」

 

 受け取ったナイフの外観を流し見ると、鞘にはベルトや防具とぶつかったのだろう擦れた跡が付いていた。ナイフの柄は塗装が擦り切れており、下地の金属の色がうっすらと見えている。アランが長い間使い続けていただろう事が窺えた。

 サヤカはアランからの贈り物の剥ぎ取りナイフを大事そうに両手でぎゅっと握っていた。

 

 「うん。大事にするね」

 「お客サマー! そろそろお時間ですニャーッ」

 「っ……あぁ、くそ」

 

 飛行船で待っているガイドのアイルーの声。時間が来てしまった。

 

 「行ってあげて。あの子達のお仕事もあるから」

 「……わかった。行こう、リリィナ」

 「にゃ」

 

 一歩一歩踏みしめながら、飛行船に乗り込んでいく。ガイドのアイルーはアランとリリィナが乗り込んだのを確認して、発着場と繋がっているゲートを閉じた。飛行船に連結されていたロープも解かれ、ゆっくりと高度を上げていく。

 

 「アラン! もう風邪ひかないでね! 向こうに行っても、ずっとずっと元気でいてねーっ!」

 

 徐々に、徐々に。ユクモ村の風景が遠ざかっていく。コノハや村長を始め、手を振って見送る村人たちの姿も小さくなっていく。ナルガクルガの装備に身を包んだ少女、サヤカの姿も。彼女は精一杯の大きな声で、アランに向かって叫んでいた。いつまでも、いつまでも健やかでいる事を願っていた。

 

 「ああ、約束する! だからサヤカも、サヤカもずっと元気でいてくれ!」

 

 目を熱くさせながら、肩で息をしながら、アランもサヤカに叫び返していた。二人が叫んでいる間も、飛行船はいつものように定められた空路を進んでいる。声が届かなくなっても、きっと想いは届いている。アランはただひたすら、小さくなっていくユクモ村を見続けていた。

目では見えなくなる程小さくなるまで。涙で滲み、雲に遮られるまで。

 

 

 

 

 

 こうして、アランの任務は終わりを迎えた。ユクモ村を騒がせていたタマミツネは無事討伐され、村には再び平穏な一時が訪れたのだった。

 

 

 

 

 

 「ちっきしょお……やっぱり納得いかねぇよぉ……」

 

 時は遡り、アランがベルナ村を発ってから少しした時の事。アランと共に村を出た若きハンターは、飛行船に設けられた一室でそうぼやいていた。

 

 「ボウガンの整備も終わってる。腹も減ってねぇし、これといってやる事も特にねぇ。暇すぎるぜ」

 

 飛行船が向かうのは、とある伝説が言い伝えられている村。その名はココット村。

 かの村に向かうのは、ユクモ村へ向かったアランの戦友。その名はガッシュ。

 

 「……ちきしょう、向こう着いたらとりあえず何か食いまくってやる。アランに話す土産話も作りまくってやる。だからさっさと着いてくれよ。暇なんだよぉ!」

 

 ココット村を騒がせている電竜(でんりゅう)ライゼクス狩猟の為に、龍歴院が向かわせたハンターである。

 




という訳で、ユクモ編はこれにておしまいになります。
で、最後の方に出てきた彼をメインにココット編が始まる形になると思いますね。

もしかしたらまた更新が遅れるかもしれませんが、どうかお付き合い下さいませ。


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番外編「ワタシの大切な人」

今回は本編の続きではなく、とあるキャラに焦点を当てた番外編です。
色々とあって、こんな感じのお話を書きたくなった次第です。

余談になりますが、本日を持ちまして狩人の証が1周年を迎えたようです。いつの間にか、って感じですね。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。


 「リリィナ、加工屋に行こう。素材が集まったから、装備を新しくするんだ」

 「うにゃ? 旦那さん、装備を新しくするのかにゃ」

 「いいや、リリィナの装備だよ。俺からの贈り物だ」

 

 紫色の甲殻を持つ鳥竜種の素材を使った防具を着た彼が、漆黒の毛と鱗を持つ竜の素材を集めた袋を手に振り返る。

 

 「にゃ……ワタシに?」

 「いつも頑張ってくれてるからな。今より良い防具にしておけば、怪我があっても軽く済むだろう」

 

 首を傾げると、彼は頷いた。そして彼は、袋に詰めた素材といくらかの金銭を一緒にまとめてマイハウスの戸を開く。彼の後に続くように、彼女、リリィナも加工屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 始まりは、この世界のどこかにある、小さな集落での事だった。二十と幾つかの獣人族が集まって出来た集落に、彼女はいた。アメショ柄の毛に包まれた、幼いながらに賢いアイルー。名は、リリィナ。

 

 「にゃあ、今日もいっぱい獲れたにゃ。リリィナの言った通り、一人一人で釣るより、皆で大きな網を引っ張った方が大漁だったにゃ」

 「にゃう、リリィナ。次はどうしようにゃ。教えてにゃ」

 「リリィナ。昨日言ってた壁の修理、バッチリ終わらせたにゃ」

 

 集落にいる若いアイルー達は考えて動くのが苦手らしく、困った事があればすぐに彼女に相談を持ちかけていた。そうしてリリィナがリーダーシップを発揮していた時の事。集落で暮らすリリィナは、ある情報を耳にした。

 

 「人間の、ハンターと一緒に狩りをするアイルー?」

 

 それが、オトモアイルーの存在だった。体は小さく、硬い甲殻もないアイルーが、人間と共に強大なモンスターに立ち向かい、狩猟しているというのだ。

 

 「にゃ。人間と、一緒に……」

 

 長のアイルーが言うには、人間と共存関係にある社会を築いているアイルーも少なくはないらしい。料理屋を営んだり、旅館で働いたりと、その形態は多岐に渡る。そして、そのオトモアイルーも、そんな形態の一つだという。

ここにいるアイルー達と、何が違うのだろうか。まだ若く、集落の外へ出た事がないリリィナは、見た事も無い人間という種族と共に暮らすその在り方に強い興味を持ち始めていた。

 

 「ワタシ、オトモアイルーになりたいにゃ」

 

 やがて、リリィナは決心する。この集落を、生まれ育った故郷を出て、人間達と共に在る生き方を選んだのだ。

 が、その選択の末に待ち構えていた生活は、お世辞にも順風満帆とは言い難い物だった。

 

 

 

 

 

 「それじゃあ、この紙をよく読んで、当てはまる所に印をつけて下さいね」

 

 数日ほど歩き、辿り着いた場所。それがベルナ村だった。集落から最も近い場所にあり、尚且つオトモアイルーを斡旋してくれる場所のある村を長から聞き、リリィナは旅に出るのに必要な荷物と共に集落を出た。道中は狭い山道を登ったが、目的の場所に着くと、そこはこれまでの道のりの険しさを忘れる程、とてものどかな場所だった。

 

 「にゃ、これで大丈夫ですかにゃ」

 

 言われた通りに手渡された紙へ印をつけ、目の前にいる竜人族の少女に返す。彼女がオトモアイルーへの道を希望する者達を斡旋しているらしい。

 

 「これだと……うん、あなたのサポート傾向はカリスマですね。ハンターさんは勿論、一緒に戦ってくれる他のオトモさんも奮い立たせてくれるサポート傾向なんです」

 

 ハンターと共に、そして同族であるアイルーと共に戦うサポート傾向、カリスマ。故郷でリーダーシップを発揮していたリリィナにとっては、これ以上ない程ピッタリな性質を持ってるサポート傾向だった。早速、リリィナはその竜人族の少女、ネコ嬢の案内の下に自身のオトモアイルーとしての情報を登録した。あとはオトモアイルーを求めるハンターがここを訪れて、雇用されるのを待つのみだ。そうすれば、リリィナはオトモアイルーとしての第一歩を踏む事になる。故郷にいた時から、リリィナが夢見た景色を見る事が出来るのだ。

 そう、雇用されれば。

 

 

 

 

 

 「悪いね。僕が探してるのは回復のオトモなんだ。カリスマの君は雇えない」

 

 それが、ネコ嬢の下に訪れたハンターの言葉だった。断られるとは思ってもおらず、リリィナはがくりと首をうなだれさせた。それでもリリィナはめげずに、その時が訪れるのは待つ事にした。

 

 「アタシが探してるのはボマーのオトモさね。アタシと一緒に狩り場を爆発の光で包んでくれる、最ッ高に刺激的なオトモを探してるのさ。ハッキリ言わせてもらうと、アタシはアンタみたいな大人しいネコちゃんには用がないのさ。悪いけど他を当たるんだね。……ほら、マタタビでもやるから元気出しな」

 

 それから数日の事。リリィナはやはり雇われる事はなかった。気前のいい女ハンターはそう言いながら、ポーチから取り出したマタタビと、いくらかの金銭を手渡された。

 たまたま、ハンター側が求めているサポート傾向と違っていただけなのだ。ネコ嬢の必死のフォローもあり、リリィナはそう自分に言い聞かせ、再び時を待った。

 そして、時は訪れた。リリィナの心を挫く時が。

 

 

 

 

 

 結局雇用されないまま、数か月が経った。後からオトモになる事を志望して入ってきたアイルー達が次々と雇用されていく中、リリィナは変わらず残り続けていた。そして、いつものようにハンターが訪れた。恰幅の良い体格の、盾斧を背に携えた男だった。

 

 「カリスマのオトモって、何が出来るんだ?」

 

 ネコ嬢からリリィナの能力を聞いた男の言葉が、それだった。男は気の抜けたように口をぽかりと開けていた。

 

 「俺様が欲しいのは、罠をじゃんじゃん使ってくれる、ア・シ・ス・ト・の! オトモだ。それに、もう一匹オトモを雇わないと使えない(・・・・)オトモなんて、誰が雇うんだよ。もう一匹雇うなら、同じアシストでいいじゃんか。二倍罠を使ってくれるんだからな!」

 

 大口を開け、男は天に向かって豪快に笑っていた。そして男は、アシストの能力を持つオトモを二匹雇った。男は早速アイルー用の装備を買い与えようとしているらしく、雇ったアイルー達と朗らかに話しかけていた。

 

 「ま、そういうこった。そんな使い道の分からねぇ能力持ったネコなんか、俺様はいらねぇのさ。んじゃあな」

 

 男も、男に雇われたアイルーも、心底ご機嫌そうな顔で去っていく。その背中を、リリィナは心底憎々しげに、そして悔しさを隠さずに見続けていた。

 

 「にゃ、ぅ……」

 

 目を熱くさせ、両手をぶるぶると震わせていた。生まれて初めて、リリィナは挫折を味わっていた。故郷では、数多くのアイルー達が助けを求めていた。その一つ一つを自分は解決に導いてきた。それが今ではどうだろうか。他を当たれと何度も言われ、そして今、必要ないとまで言われたのだ。何も思わない訳がない。

 

 「うぅ、ううぅ……っ!!」

 

 それでも、リリィナは諦めきれなかった。何より、自分を送り出してくれた故郷のアイルー達の姿を思い浮かべると、このまま帰る事も出来ない。それを恥じる気持ちも邪魔をして、リリィナはこのベルナ村に留まり続けていた。

 回復、アシスト、コレクト、ファイト。あらゆるサポート傾向を持ったアイルー達が次々と雇われていく中、しかしリリィナだけが取り残され、いつしか彼女よりも前に訪れたアイルーがいなくなった。リリィナが一番古い、オトモ志望のアイルーとなったのだ。

 次第に、リリィナは疲弊していった。後から斡旋される為に入ってきたアイルー達が雇われて、自分は雇われていないのだ。このまま止まり続けるのか、それとも恥を忍んで故郷に戻るべきなのか。リリィナはもう、どうしていいのか分からなくなっていた。

 

 

 

 

 

 それから更に数か月後、オトモを求めるハンターの往来が少なくなってきた時の事だった。

 

 「あ、アランさんっ」

 「久しぶりかな。カティ」

 「はい。最近はクエストに行く事が多かったですから」

 「ああ。ガッシュの方が落ち着いてきたんだ。そろそろ、オトモを雇ってもいいと思ってさ」

 

 上機嫌に話す、ハンターとネコ嬢。リリィナが今まで見て来たハンターよりも若いその男は、鮮やかな緑色を持つ何かのモンスターの素材を使って揃えた防具に身を包んでいた。

 

 「オトモアイルーを雇いに来たんですね。今だったら……アシストとファイトが多めにいますね」

 「アシストと、ファイトか……ん?」

 

 周りにいるアイルー達を一しきり見渡し、そのハンターは此方へ近付いてきた。目当ては、すぐ隣にいるアイルーだろう。何せ、ハンターからの需要が高いアシストのアイルーなのだから。

 

 「君が、良さそうだな」

 「…………」

 「君だよ。ほら、俯いてないで」

 「……え、にゃっ?」

 

 今回も駄目だろう。そんな気持ちになり、すっかり落ち込んでいたリリィナの手を、そのハンターは握っていた。リリィナは、軽くパニックになっていた。

 

 「うん、君がいいな。俺の所で頑張ってみる気はないか? それとも、駄目か?」

 

 ハンターから言われた事をじっくりと確認しながら、リリィナはじっとハンターの目を見つめる。かつて見た女ハンターのような残念そうな色も、あの恰幅のいい男の侮蔑するような目もしていなかった。

 

 「……ワタシ、カリスマってサポート傾向にゃ。何が出来るのか、よく分からないらしいにゃ。役に立てるか、分からないにゃ」

 「そうか。なら一緒に見つけてみよう。ここにいてばっかじゃ、何も見つからないだろう?」

 「きっと、他のアイルーを雇った方がいいにゃ。そっちの方が、狩りもしやすくなるにゃ」

 「それは無理だな。俺はもう、君を雇うと決めたんだ。君でダメなら、今日はもう誰も雇わない」

 「っ……ワタシ、ワタシ……」

 

 ハンターの言葉の一つ一つに、気持ちが動かされていく。体の奥からこみ上げてくるもので一杯になり、上手く言葉が出てこない。

 

 「君はどうしたいんだ? 役に立つか立たないかは、考えなくていい。君がどうしたいかを聞きたいんだ」

 

 手を握ったまま、ハンターがそう訊ねてくる。落ち着かせるような、柔らかい声音で。やがてリリィナは顔を上げ、キッパリと自分の今の気持ちを告げた。急偽りのない、混じり気のない本心を。

 

 「……オトモアイルーに、なりたいにゃ」

 「それじゃあ、俺と一緒に頑張ってくれるか? 俺のオトモアイルーになってくれるか?」

 「……はい、にゃ。一生懸命、頑張りますにゃ……!」

 

 握られているハンターの手を握り返し、リリィナはしっかりと頷いた。

 

 「俺は、アラン。アラン・ベルーガ。君の名前を教えてくれ」

 「……リリィナ。リリィナ、ですにゃ」

 

 彼女らは互いの名を教え合い、彼が暮らすマイハウスへと向かった。

 

 

 

 

 

 「リリィナ、見てごらん。あれがマッカォ。常にチームで行動する厄介なモンスターだ」

 「にゃ……4匹いるにゃ」

 「ああ。だから、落ち着いて、1匹ずつ倒していくんだ。いいな?」

 「うにゃ、頑張るにゃ」

 「待て。一人でやるんじゃない。俺と一緒に、だ」

 

 早速、アランはリリィナを連れてクエストに向かっていた。場所はすっかり行き慣れた古代林。目的はこの古代林にたむろしている鳥竜種のマッカォの討伐である。リリィナのオトモアイルーとしての初陣に、アランは一つ一つ、確かめていくように手解きをしていった。

 

 「リリィナ。これが薬草、こっちは特産ゼンマイだ。二つとも、ハンターの生活に役立つアイテムなんだ」

 「にゃ! ならすぐに―――――」

 「待った。ここにある物を採れるだけ採ったら駄目なんだ。だから、ここにあるのを少し採るだけでいい」

 「にゃう……どうしてにゃ?」

 「あとで教えるよ。さあ、キャンプに戻ろう」

 

 規定数のマッカォを討伐した帰り道。アランはリリィナに、古代林に群生する植物の数々を見せながら帰っていた。道中で幾つかのアイテムを採取しながら、である。役に立つというアイテムを見つけたのに、アランは少し採るだけでいいと言ったのだ。リリィナは、こんなにたくさん生えているのだから、もっと採ってもいいんじゃないかと思った。が、主人の言う事に素直に従った。

 

 「……にゃ、そう言う事だったのかにゃ」

 「ああ。だから、たくさん採らなくてもいいんだ」

 

 アランの話を、しっかりと聞くリリィナ。確かに、あれらの植物はハンターとしての生活をする上では、持っていて損はない。しかし自らの生活の為に行き過ぎた収穫をしてしまえば、あの一帯の自然のバランスが崩れてしまうかもしれないのだ。たくさんあるからと採れるだけ採れば、あそこに生えている植物が無くなってしまう。後から理由を教わり、リリィナは納得した。

 

 「旦那さんは、凄いにゃ。ワタシにいろんな事をいっぱい教えてくれるにゃ」

 「そうか。でも、オトモアイルーの事については、何も知らないんだ」

 「にゃ……意外にゃ。旦那さんにも分からない事があるなんて」

 「ああ。だから、一緒に覚えていこう。リリィナはオトモとして、俺はリリィナの旦那として。一緒に分かっていこう」

 

 一面を覆う夜空。その真っ暗なカーテンの中で大小様々に輝く星々を眺めながら、アランはベルダーネコ装備に身を包んだリリィナの小さな額を指でなぞった。続けて頬から顎へ向かい、鼻の頭へと指を動かしていく。

 

「なるほど、ここがいいのか」

 「にゃ……にゃうぁ、にゃあぁ……っ、にゃ!?」

 

 アメショ柄の毛に触れるアランの指に、リリィナは筆舌に尽くし難い感覚に目を細める。初めてオトモアイルーとして雇用され、初めて人肌の温もりを知ったリリィナは、そのままアランの手の中で、何もかもをアランに委ねようとしていた。この心地よさの中に、いつまでも、いつまでもいたいと思い始めた所で、リリィナは我に返った。

 

 「だ、駄目にゃ旦那さん。それ以上はダメにゃ!」

 「ん、そうか。残念だな」

 

 アランの手を薄桃色の肉球で押し返し、ぶるぶると顔を振り回しているリリィナ。甘えては駄目だ。自分は主人であるハンターのサポートをするオトモアイルーなのだ。これではいけない、もっとしっかりしなければならないのだと、リリィナは思い至っていた。

 

 「こんな事じゃ、ダメにゃ。もっと、頑張らなきゃ……にゃ!」

 

 それから、リリィナの戦いが始まった。オトモとして狩りに出向くのは勿論、アランが好む食事を用意しようとキッチンに立ち、回復薬というアイテムを作るために様々な書を読み漁り、活力壺やブーメランなどの狩りに役立つアイテムの製作法を模索した。

 

 「にゃ……また焦げちゃったにゃ。ダメダメにゃ。でも諦めないにゃ。頑張るにゃ」

 

 失敗した物は、全部自分で片付けた。成功した物は、いち早くアランの下へと運び込んでいた。温かい内に出すのが良いと、聞いた事があったから。

 

 「うにゃ、今回のは良さそうにゃ。自信あり、にゃ!」

 

何より、アランの喜ぶ顔を見たかったから。自分を雇ってくれた大切な人に、一つでも多く、どんな事でもいいから自分に出来る事をしてあげたかった。

 

 

 

 

 

 そうして、数年の歳月が過ぎた。リリィナは今日も、とても幸せな日々を過ごしている。

 大切な人と、大切な人がコンビを組んでいる騒がしいハンターと、そのハンターのオトモと。後者二つに関しては時々煩わしく思う時もあるが、暇な時など何処にもない。それでも、リリィナはアランの為に何かをできるこの日々に、とても充足感を感じていた。

 

 「リリィナ、新しい防具の調子はどうだ?」

 「少しぎこちないけど、飛行船に乗ってる間に慣れると思うにゃ」

 「なら、向こうでクエストに行く時には大丈夫だな」

 「にゃ。任せてにゃ」

 

 そして、今日もそんな一日が始まる。アランの為に全力を尽くす一日が。

 今日からしばらくの間、彼の故郷であるベルナ村を離れる事になる。飛行船に乗り、別の村へと向かうというのだ。とても危険なモンスターが現れて、村に住む人々を悩ませているらしい。その解決の為にと主人であるアランが選抜されたのは、リリィナにとってとても誇らしく思える事だった。

 そして、自分はそんな誇らしく思える人のオトモなのだ。その事実が、リリィナを奮い立たせてくれる。

 

 (ワタシに、任せてにゃ!)

 

 アランからの大切な贈り物。新たに新調したナルガネコ装備のヘルムの奥で、リリィナの瞳がきらりと光っていた。

 




という訳で、アランのオトモのリリィナに焦点を当てたお話でした。実際カリスマのオトモって使い道を探すの難しそうですよね。
こちらの方では、お転婆なキッカや突撃癖のあるハンゾーをしっかりと引っ張っていったりと、その能力を発揮できてましたが、それもアランとの出会いと成長があっての事なのかなと思ったりする今日この頃です。

そして、『モンハン飯』の作者、しばりんぐさんがイラストを描いて下さり、並びに掲載許可も頂いたので、この場をお借りして紹介させて頂きます。


【挿絵表示】


こちらの愛らしいイラストを見て、今回のお話を書こうと思った次第です。これはもう、掘り下げるしかないなと。
素敵なイラストをありがとうございます。『モンハン飯』、皆さんも是非読んでみて下さい。
読んでみて下さい。


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第18話「英雄の住まう地」

お久しぶりでございます。
色々と忙しかったりで書けず仕舞いでした。今回短いですが、どうかお付き合い下さい。


 「本当に、こうするしかなかったのでしょうか」

 「言ったであろう。相手は飛竜、お主一人では荷が重い」

 「ですが、私は……」

 「ワシらも手は尽くした。お主を失う訳にはいかんのじゃ。よいな」

 「……はい」

 

 

 

 

 

 「ふぃ。やーっと着いたか」

 

 退屈な空の旅を終え、ガッシュは足音を大きくして地に両足を着ける。背には折り畳んだ弩砲を携え、乳白色の皮で仕立てられたフルフル防具に身を固めている。彼は一匹のアイルーを小脇に抱えたまま周囲の景色を見渡した。

 

 「さーて……」

 

 小さな雑貨屋に行商人で訪れているだろう竜人族の老婆。槌の叩く音が聞こえる加工屋と、そのすぐ傍に居を置く武具屋。飛行船の発着場から軽く見渡す限りではそれ位しかなく、ベルナ村のように忙しなく行き来している飛行船も、龍歴院のような大きな施設もない。

 いまいち、ぱっとしない。それがココット村を見たガッシュの最初の感想だった。

 

 「ははーん、あれか」

 

 村へ入り、歩を進めていく。するとガッシュは長く、先の尖った耳を持つ背の低い老人と、その傍らに佇む同業者(・・・)の姿を見つけた。

 

 「ふむ、お主が龍歴院から来たハンターじゃな。よくぞ来てくれた」

 「ああ。事情は向こうで聞いてる。随分と困ってるらしいな」

 

 皺に覆われた隙間から覗く老人の鋭い眼光がガッシュを射抜き、ガッシュもまた、それに物怖じせずにじっと見返している。先端の尖った細長い耳、人間の老人と呼ぶには一回り以上は小さい体躯、鳥に似た形をした両足首。

ベルナ村のカティと同じ竜人族の彼が、このココット村の村長である。同時に、龍歴院に救援要請をした人物でもある。

 

 「うむ、状況は知っての通りじゃ。この村から近い猟場の森丘に電竜が現れた。奴は森丘の生態系の頂点に立ち、この村に及ぼした影響も決して少なくはない。早急に手を打たねばならぬ」

 「結構ヤバい感じか。とにかくそいつを何とかすれば全部解決するんだな」

 

 飛竜は同じ空を飛ぶモンスターでも、例えばイャンクックやホロロホルルなどとは比べ物にならない程桁違いの力を持っている。村に住む専属のハンターだけでは手に負えないという事例もあり得るほど、一筋縄ではいかない相手なのだ。この村が抱えている事態の深刻さは、たった今対面している村長の面持ちからも容易に想像できた。

 

 「話が早くて助かるのう。このままでは村にいる者達も(まま)ならなくなってしまうのでな。どうか、頼まれてはくれぬか」

 「言ったろ? その為に来たんだ。俺らに任せときな」

 

 ただ、ガッシュからすればやる事は始めから変わっていない。ライゼクスを狩猟する。それだけなのだ。

 

 「と、いう訳だ。これから仲良くやってこうじゃんか」

 

 コキコキと首を鳴らし、ガッシュは村長の傍らに立つ狩人を一瞥する。伏し目がちな琥珀色の瞳を、ガッシュは真っ直ぐ見ていた。

 

 「俺はガッシュ。あー、こっちのは気にすんな。お前は?」

 「……アンジェです」

 

 小脇にかかえた、未だに鼻提灯を膨らませているキッカの事を思い出して、そのまま放置する。互いの紹介を済ませ、ガッシュはアンジェと名乗った少女の装備を改めて見ていた。

背に携えた柱状の獲物と腕に固定された大盾、そしてその二つを持て余すのではないかと思わせるほどの小柄な体。その身に纏うのは緑色の甲殻と鱗、そして鉱石を加工して製作された防具。長大なリーチを誇る槍と大きな盾を揃えた武器であるパラディンランス、そして雌火竜の素材を用いたレイアシリーズに、彼女は身を包んでいた。

 

 「へぇ、いい装備じゃん。ランス使いなんだな」

 「っ……これは、その……」

 「あん?」

 

 ハンターの身に纏う装備から、そのハンターの実力を推察する事が出来る。レイア装備を着る彼女は、素材の元となったリオレイアを狩猟した事のあるハンターという事が窺えた。ライゼクスと比較すれば危険度こそ低いが、それでも同じ飛竜種を狩猟できる実力を持っているという事に繋がるのだ。

 そんな予測から何の気なしに振り出したガッシュの話題に、アンジェは顔を俯かせ、その表情を曇らせていた。

 

 「……何でも、ありません」

 

 そんなアンジェの様子に頭に疑問符を浮かべるガッシュだが、ふとある話を思い出した。良質な素材を使った装備を着て狩猟に挑んだものの、受けた依頼に失敗して自信を無くしたというハンターの話は龍歴院にいた時も小耳に挟んでいる。きっと彼女もそんな所なのだろうとガッシュは結論付けた。

 その上で別の所から救援を頼んで狩りに挑むというのだから、傷に塩を塗られるようなものなのかもしれない。

 

 「何でもない、ねぇ。ま、俺も力になるからよ。そんなに落ち込んでたって始まらねぇじゃんか。元気出していこうぜ?」

 「……はい」

 (うっわぁ……すっげえやり辛ぇ……)

 

 思わず、にが虫を噛み潰したように顔を顰めるガッシュ。話せば話す程疲れていくようで、実際この数分の間、たかが数分の会話ですら疲れていた。これがアランだったらまるで疲れないし、何ならまだまだ会話を続けられる自身すらある程なのに。

 

 「まあいいや。荷物は後にするからよ、どこか飯食える所に案内してくれ。俺今腹減ってんだ」

 「……はい」

 「あー、あぁ……」

 

 背を向けて歩きだすアンジェの後を追っていく。何を言ってもぼそりと呟くだけで、何ともやり辛い。飛行船での空の旅とは違った疲れが、ガッシュの肩にずっしりと圧し掛かっていた。

 

 

 

 

 

 「……悪い、疲れてんのかな。良く聞こえなかったからもう一回言ってくれねぇか?」

 「デスカラ、今はこちらのメニューは、お出しデキマセーン。アイムソーリー、ヒゲソーリー」

 「うっわ、まじかよ……」

 

 ガラリと空いたレストラン。ぽつりと置かれた皿に置かれたホットサンドと、温かそうな湯気を上らせるオニオニオンのスープ。

大好物のブルファンゴのステーキにするか、はたまた趣向を変えてモスポークのカツレツにするべきか。そんな悩みを抱えながらレストランの中へと踏み入ったガッシュを迎えたのは何とも寂しい軽食だった。

 

 「森丘にいるなんとかってモンスターの所為でさ、食材の調達も上手く出来てないんだよね。せめてランポスの群れさえ何とかできれば、少しはいい物も用意できると思うんだけど」

 「ソレマデは、ワターシのマカナイで我慢してクダサーイ」

 

 丸眼鏡を掛けた片言な口調の店主と、この店で働くウェイトレスから語られる村の状況。それはガッシュが当初思っていたよりも深刻であった。論より証拠とはよくいったもので、目の前に置かれた皿の中身が雄弁に物語っていた。

 

 「なんてこった。そんなにやべぇのかよ」

 「ライゼクスが現れてから、森丘に出る事を禁じられて……その、ごめんなさい」

 

 申し訳なさそうにうつむくアンジェ。血のつながった娘か、あるいは自分の娘同然に育てでもしたのだろうか。この村の村長はアンジェの身を案じて、相当慎重になっていたのかもしれない。結果、この有様になってしまった訳だが。

 

 「ともかく、その森丘の地形も知りたいからな。ちゃちゃっと片付けてやろうじゃんか」

 

 ウェイトレスが持ってきたホットサンドを二口で完食するガッシュ。中に入っているのはオーソドックスなハムエッグ。こんがりと焼き目のついた表面のサクサクとした食感に厚めに切ったハムの旨味と、甘く味付けされた卵のふんわりとした舌触りを、ガッシュは思う存分味わい尽くす。これで腹が膨れたわけではないが、この村の状況でこれ以上を望むわけにもいかない。

 

 「アンタらも苦しいだろうけど、それももう少しの我慢だぜ。俺が全部何とかしてみせっからよ。また美味いもん食わせてくれよな!」

 

まずは森丘に生息するランポスの討伐からである。分厚いステーキを腹一杯食べる為に、とにもかくにもやるしかないのだ。

 

 

 

 

 

 

 「さて、支給品は取ったな? 忘れ物はないか?」

 「……問題ありません」

 

 周りを岩壁に囲まれた狭い空間。テントと支給品ボックスが置かれたここは、森丘のベースキャンプ。フルフル装備のガッシュとブレイブ装備のキッカ、そしてレイア装備のアンジェは早速ランポス討伐の依頼を受けていた。全ては美味いステーキの為、もとい、ライゼクス狩猟への足掛かりにする為である。

 

 「キッカ、デカいのはいそうか?」

 「……うーん、今の所は何もないみたいにゃ。大丈夫にゃ」

 

 エリア1へと繋がる小さな洞窟の入り口でヒゲをぴくぴくと動かしているキッカ。彼の証言から、少なくとも今の内はライゼクスによる乱入はなさそうだ。

 

 「とりあえず、俺達はパーティを組んだばっかだ。お互い勝手が分からないから、今は固まって動く。大型モンスターが来るかはキッカが分かるから、今の内は心配しなくていい」

 「……はい」

 

 相変わらず、反応が小さい。これがアランならばもっと上手くやれていたのだろうと内心にボヤキながら、ガッシュは背に納刀していたアルバレストを展開。コッキングレバーを引き、初弾を薬室へと送り、再び納刀する。

 

 「うっし、こっちは準備OKだ。いつでも行けるぜ」

 「……では、参りましょう」

 

 レイアヘルムから僅かに覗くプラチナブロンドの髪を揺らし、アンジェが先導する。キャンプを抜け、エリア1へと出る。穏やかに草を食む草食竜アプトノスを横目に、一行は真っ直ぐエリア2へと向かっていた。

 

 

 

 

 

 「……して、首尾はどうかニャ」

 「今の所、問題はない。このまま監視を続行する」

 「龍歴院から来たハンターの方はどうニャ」

 「そちらも同じだ。今の所は、な」

 「了解したニャ。ご当主にはそのように伝えておくニャ」

 「ああ。任せたぞ」

 

 「……さて、私も戻りましょうか。お店の準備をしませんとネー」

 




今回からココット編になります。アランがユクモ村にいた時の、一方その頃、みたいな具合で進行していきますね。
今年はこれにて書き納めになりますが、来年からも更新を続けていきたいと思っております。
それでは皆様、良いお年を。


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第19話「群青の狩人」

実生活の方が忙しく、あれやこれやとやっていたら3ヶ月ぶりの更新になってしまいました。
見限られてないか心配です。


 「ギャオッ!」

 「ギャウッ、ギャアッ!」

 「ギャッ、ギャウゥ!」

 

 青々と生い茂った草原を、けたたましい足音が蹴散らしていく。足音は小型の鳥竜種のモンスターによるものだった。常に複数で行動し、じわじわと獲物を追い詰める狡猾な狩人。快晴の空を思わせる鮮やかな青の鱗に身を包んだ狩人。名はランポスという。

 鋭い爪と牙をむき出しに、組み敷いた包囲網の渦中にいる獲物へにじり寄ろうとするその身体を上質な鉱石で鍛えられた大槍の穂先が捉える。

 

 「ギャウアッ」

 

 鱗を貫き、肉を穿つ。確かな手応えを手に感じ、すぐさま大槍を引き抜く。レイア装備に身を包み、小柄な身の丈に見合わぬ長大なランスを扱う少女、アンジェは張りつめた感覚を纏わせながら大きな盾に身を隠した。

 

 「っ……?」

 

 常に複数頭で行動するランポスの習性から、すぐに群れの中の一頭からの攻撃が来ると予想しての防御行動だった。が、いつまで立ってもランポスが飛び掛かって来ただろう、大きな衝撃が来ない。代わりに背後から聴こえた重厚な火薬の炸裂音。この狩りに同行していたガッシュのアルバレストの発砲音だった。

 

 「あんまり突っ込むなよ! あっという間に囲まれちまうぞ!」

 

 アンジェへ飛び掛かろうとしたランポスを撃ち抜き、その背後にいた群れのランポス目がけて数発の弾丸を発砲。固まって機を窺っていたランポス達を散り散りに分散させた。

 

 「はっ!」

 

 ガッシュの援護によって散開した内の一頭に、アンジェはすぐさま狙いを定めた。ぐっと腕を締め、肘と脇腹でランスの柄をしっかりと保持し、身を低く構えて地を蹴る。多量に消費するスタミナと引き換えに繰り出すランスの大技、突進である。

 一直線に、全速力で駆け抜けた勢いを乗せた渾身の一撃がランポスの太く発達した脚を捉えた。黒の斑点模様がついた青空色の皮を貫き、ランスの穂先がランポスの脚の骨を砕く感触をはっきりと伝えてくる。が、先程の刺突よりもより深く突き刺さったのが仇となり、アンジェが槍を引き抜く事が出来ないでいた。

 これでは後退する事が出来ない。刺し貫いたランポスの肉体が、アンジェの手に持つランスをがっしりと掴んでいるようにさえ思えた。

 

 「グァオッ、ギャウォ!」

 

 これをチャンスと見たのか、アンジェの左側面、丁度ランスを握っている側から二頭のランポスがアンジェ目がけて突っ込んできた。上手く身動きの取れない相手の死角に狙いを定め、跳躍するランポス。このまま二頭がかりで飛び付いて仕留めればいい。二頭のランポスは顎の奥に潜ませていた牙をぎらりと光らせ、前足と後ろ足の爪も総動員させてアンジェを抑え込もうと画策していた。

 

 「だから、あっぶねぇっての!」

 「ハンターさんはボクが守るにゃ!」

 

 間一髪、アルバレストの放った弾丸が落下する一頭を撃ち落とし、もう一頭はアンジェの傍へ回り込んでいたキッカのブレイブネコランスが受け止める。

 

 「にゃぐぐ……ふにゃうっ」

 

 否、完全に勢いを受け止めきれなかったのか、キッカは尻餅をついていた。彼らが一瞬の間を繋いでくれたおかげでアンジェは焦る気持ちを持ちつつも、何とかランスを引き抜く。

 

 「く、ぅ……たぁっ!」

 

 ようやく引き抜けたランスを薙ぎ払い、横倒しに弾き飛ばされたランポスがガッシュの放ったボウガンの弾を浴びて絶命する。

 

 (さて、あと何頭だ……)

 

 フルフルキャップの奥からアルバレストのスコープを覗くガッシュの瞳が、周囲をしきりに観察する。これで討伐したランポスの数は六頭になり、生きているランポスがまだ四頭残っている。ランポス達の横やりに警戒しつつ、空になったアルバレストの弾倉に通常弾を装填。コッキングレバーを引いて初弾を薬室へ送り、再び周囲を見渡す。少し離れた場所ではキッカとアンジェがランポスと交戦していた。

 キッカは一体ずつ狙いを絞ってランスを振るアンジェの傍に張り付き、背後や側面から近付くランポス達をブーメランを投げて牽制している。キッカのサポートもあってか、アンジェは一頭、また一頭と着実にランポスを討伐していた。

 

 「ギャウッ、ギャウォッ!」

 「ギッ、ギャオウッ!」

 

 群れの仲間達を討たれて勝つ手だてが無くなったのか、残った二頭のランポスがガッシュ達に背を向け、一目散に逃げていく。ガッシュは追いかけようとするキッカの首根っこを掴み、討伐したランポスの亡骸から適当な鱗や皮を剥ぎ取っていた。

 今回のクエストの目的であるランポスの討伐は達成できたといっていいだろう。これだけの素材を持ちかえればクエスト成功の証明にもなる。森丘全体とまではいかないが、これだけのランポスがいなくなればそう遠くない範囲内でならハンターではない村の人間でもキノコや薬草を取りに来る事ができる筈だ。

 

 「キッカ。この辺りにデカい奴はいるのか?」

 「にゃ? 少し待ってにゃ。……うーん、近くにはいなさそうだにゃ。一つだけ大きいのがいるけど、とっても遠くの方にゃ」

 「いない、ねぇ? ま、とにかく帰ろうぜ。お前もそれでいいだろ?」

 

 手頃な大きさに剥ぎ取ったランポスの皮と鱗、それから牙をポーチに詰めてから、ガッシュはアンジェへと向き直る。不思議な事に、伏し目がちな彼女の表情は曇っていた。クエストには成功したというのに、である。

 

 「なんだ? 腹でも壊したか?」

 「……いえ、何でもありません。村へ戻りましょう」

 

 日が沈みつつある森丘の空へ背を向け、ベースキャンプへと歩みを進めるアンジェ。何事かと目で追うガッシュは、怪訝そうに眉をひそめていた。彼女とすれ違うほんの僅かな瞬間、彼女の両手がぐっと握り締めていたのを見たのだ。先程の俯いた顔も、まるで何か悔やんでいるかのようにも感じ取れる。

 

 「はぁ……なんつーか、訳ありだよなぁ。どう見ても」

 

 彼女の後を追うように、ガッシュはキッカを連れてキャンプへと足を進めていく。何が原因でそうなっているのか、今はまだ分からない。でも、そう遠くない内に分かる。

 なんとなく、ガッシュはそんな予感を抱いていた。

 

 

 

 

 

 「いやぁーまさかランポス仕留めたくらいでここまで食える物が増えるなんてなぁ。最高だな」

 「とんでもない。私達ただの村人からすれば、ランポスも危険なモンスター。ハンターさんのお陰で食材を確保できてワターシとっても助かってマース。感謝してマスヨ」

 

 夜。ココット村へ戻ったガッシュとキッカは例の店主のいるレストランにいた。テーブルに並べられたものの数々を見ては、ガッシュはごくりと生唾を飲み下す。香ばしい匂いのする温かいパンに、瑞々しさを保ったまま盛り付けられた砲丸レタスとオニオニオンのサラダ、綺麗に焼き上がったサシミウオのムニエルと細かく刻んだパセリの乗ったコーンスープ。そして、アプトノスのステーキ。

 ブルファンゴのものではないが、紛れもない本物である。熱せられたプレートの上で横たわっているステーキがじゅうじゅうと音を立てている。

 

 「ささ、冷めない内に頂いてクダサーイ」

 「当ったり前だろ! んじゃ、さっそく……」

 

 言うが早いか、ガッシュはすぐさまアプトノスのステーキにナイフを入れ、適当な大きさに分けた一切れを一気に頬張る。僅かに赤みが見える加減に焼き上げられたアプトノスの柔らかな肉を、溢れ出る肉汁と共にじっくりと噛み締めながら飲み下す。続けてもう一口。次はパンにコーンスープを一潜りさせ、甘いコーンとふんわりとしたパンの食感を楽しむ。一度味わえば、ガッシュの手はもう止まらなかった。

 

 「あっつ、あっつにゃっ……」

 

 ガッシュの隣に腰かけているキッカも、サシミウオのムニエルを堪能していた。猫舌の所為で何度も息を吹いて冷ましながら、であるが。

 

 「そういえば……ハンターさん達しかいませんネ? 一緒にクエストに行ったお嬢さんはどちらヘ?」

 「途中でボクたちとは別の方に行ったにゃ。多分お家に帰ったんだにゃ」

 「ああ、なんか変だったからな。ありゃあ大人しく寝てた方がいいかもな」

 「待って下サイ。変、とは何デスカ?」

 「んぁ?」

 

 ガッシュ達がいるカウンターの向こう。キッチンにて食材と格闘していた店主がガッシュの言葉に耳聡く反応する。そして身を乗り出してガッシュへと顔を近付けている。

 

 「もう一度聞きマス。変、とは何デスカ?」

 「あ、あぁ。あいつ、アンジェの事だよ。クエストが終わった後さ、何か落ち込んでる感じだったんだよ。クエストは成功したのに、なんか納得がいってないような……とにかく、変な感じでさ。だから今ここに居ないのもそれが原因なのかって」

 

 店主の様子に圧されたガッシュが、簡単な経緯を話した。今日出向いたクエストの事、その終わり間際に見せたアンジェの不審な様子の事。そして、今ここにそのアンジェがいない事も。

 

 「そんな事があったのデスカ……」

 「詳しい事情とかはよくわかんねぇけどよ。まぁ何とかなるだろ」

 

 あまり深く考えていなさそうなガッシュはそう締め括り、ステーキの付け合せに添えられていたポテトフライへとフォークを刺す。ワッフルカットされたものを三つ、一気に噛んでいく。油で揚げられた衣がザクザクと音を立て、中から現れるホクホクとしたポテトの食感と混ざり合っていく。実に幸せそうに、弛緩した表情で噛み締めるガッシュとは反対に、視線を落とす店主の顔には影が差していた。

 

 「まだ、ご自分を責めておられるのですね」

 「んぁ?」

 「なっ、何でもアリマセーン! それよりも大丈夫でしょうか。まだ危ないモンスターがいるんですヨネ?」

 「あぁ、それな。龍歴院でもある程度調べてあるんだよ。で、実際にこっちに来て色々と見た限りでいうと、俺の予想が正しけりゃあ……」

 

 

 

 

 

 「…………」

 

 鬱蒼と生い茂る木々に囲まれた森丘の一角で、竜は無心に肉を食んでいた。全身を覆う黒の混じった濃緑色の甲殻は至る所が棘のように鋭く尖っており、長い尾の先端は鋏のように二股に分かれている。太く鋭い翼爪の備わった翼で獲物を押さえつけながら、竜は獲物の皮を口先で噛み、ゆっくりと引き千切っては地面へと放り捨てていく。黒の斑点模様が映える青い皮は黒く変色した血液にまみれており、そこいは元々あった鮮やかさなど一かけらも見当たらない。

 前脚と後ろ足にそれぞれ大きく湾曲した爪を生やし、一層派手な鶏冠を持つ、この森丘に生息する鳥竜種、ランポス達のリーダー。名はドスランポス。ランポスよりも力と知能に優れ、尚且つ恵まれた立派な体格はただの血肉に変えられ、今は竜の胃袋を満たす食糧となっている。

 

 「ッ? ……ッ、ッッッ!!」

 

 大きな弧を描く刃のような鶏冠の生えた頭をゆっくりと持ち上げ、竜はこの場にいない何者かの気配を察知しようと、辺りを何度も、何度も見渡した。

 ここにはいない何かに、竜は苛立たしげに唸りながら翼に生えた爪で乱雑に地面を引っ掻いていく。抑えきれない闘争本能の衝動に駆られるままに、竜は翼を広げ天へと飛翔し、空を塞ぐ厚い雲の中へと一直線に突っ込んでいく。月と無数の星々が照らす夜空を、翡翠色の稲妻が数多と迸り、夜陰に包まれた森丘の静謐(せいひつ)の瓦解を示すかのように、自らが突き入った雲を乱雑に引き裂いた。

 やがて竜はしきりに翼を羽ばたかせ、自らのテリトリーを巡回し始める。唸り声を上げ、視線を巡らせ、そして森丘の隅々まで届くように一層強く咆哮を上げる。

 ここが誰の縄張りであるか、この場所が誰の物であるのか、それをまだ見ぬ何者かに思い知らせるために。

 

 

 

 

 

 「そう遠くない内に鉢合わせる」

 

 

 

 

 

 「ギヒオオオオォォォォッッ!!」

 

 彼の竜の名は、電竜(でんりゅう)ライゼクス。

 この森丘の生態系の頂点に立つ者である。

 




次回は例のアイツが出て来ます。思いっきり暴れ回らせたいですね。

感想や評価の方、いつでもお待ちしております。


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第20話「電の反逆者」

約3ヶ月、ほぼ4か月ぶりの更新になってしまいました。
大変お待たせしました。待ってないかもしれないけどお待たせしました。


 月の明かりが窓から差し込む頃。蝋燭の火が灯された部屋で、少女は鋼の槍を黙々と研磨していた。穂先へ向かってゆっくりと砥石を滑らせていく彼女の心中は穏やかではなく、今行っている手入れすらも気を紛らわせる為に行っているような気さえする程である。

 彼女、アンジェの頭の中にあるのはベルナ村からやって来たハンターと、そのオトモアイルーについてだった。

 彼らを見ていると、誰かと共にいると、あの時の光景を思い出す。脳裏に焼き付いて離れる事はない、取り返しのつかない出来事。彼らを傷つけてしまわないか、不安でならない。とても怖い。

 

 「…………」

 

 気が付けば、槍を研ぐ手も止まっていた。手は震えていて、これでは砥ごうにも砥げない。アンジェは諦めて槍を畳み、壁へと立てかけた。椅子に腰かけ、窓から夜の空を眺める。件の竜はまだ森丘にいる。彼らとはまた狩猟に出なければならない。

 

 「……彼らは、私が守る」

 

 震える手をぐっと握り、内から沸き起こる不安を抑え込もうとする。共に立ち向かう仲間などいてはならない。望んではならない。

 だから、アンジェは思い続ける。自分は独りでいなければならないのだと。

 

 「あの時と、同じにはさせない。絶対に」

 

 そうすれば、もう誰も傷付ける事などないのだから。

 

 

 

 

 

 「森丘にライゼクスが現れたとの報せがあった。ハンター殿、狩猟を頼みたい」

 

 森丘でのランポスの討伐を終えてから数日。重々しく告げられたココット村の村長の言葉に、アンジェは顔を強張らせ、ガッシュは不敵に口角を上げていた。

 電竜ライゼクス。ガッシュがこの村へ訪れた目的の、この村を脅かしているモンスターである。

 

 「…………」

 「来たか。思ってた通りだぜ」

 

 頭の中ではすでにライゼクスを狩猟するイメージを構築していた。飛竜種なら何頭か狩った事がある。陸の女王の名を持つリオレイアやポッケ村へ行った時に討伐したフルフル、それらとは骨格が異なるが迅竜ナルガクルガも征している。

 持ち込む弾の数や弾を調合する為の素材、モンスターの動きを封じる罠や閃光玉に堅固な甲殻を破壊する為のタル爆弾。相手が相手なだけに、道具をケチるような真似は出来ない。むしろすべて使い切るくらいの勢いで挑まねばならない相手になるだろう。

 

 「今すぐ出発……は、出来ないよな。あー、アイテムとかいろいろ買っていかねぇ? 出来たらそっちでも弾とか持っててくれると─────」

 「……私が、一人で倒します」

 「は? いや、いきなりなに言って─────」

 「それでは」

 「お、おいって!? ちょ、待てって!」

 

 雑貨屋で品物を物色しながら、ガッシュは雑談なり作戦を立てたりするつもりでいた。ところがアンジェは思い詰めた顔のまま踵を返して、ガッシュの制止も碌に聞かずに自宅のある方向へと歩を進めてしまっている。あっという間に背中は小さくなっていた。

 

 「うにゃ。フラれちゃったにゃ」

 「はぁーあ? どうすりゃいいんだ、ったくよぉ……」

 

 こてっと首を傾げるキッカとがしがしと頭を掻いてぼやくガッシュ。今から追いかけるのも無駄に疲れそうで乗り気になれない。

 

 「仕方ねぇ、俺らだけで行こうぜ」

 

 結局アンジェを交えた買い物は諦めて、ガッシュはキッカと買い物に向かおうとした時の事だった。

 

 「ハンター殿」

 「んぁ? あぁ、村長さん?」

 「……お主らに頼みがある。どうか、聞いてはくれぬか」

 

 ガッシュ達が振り返った先にいた小さな人影。そこには神妙な面持ちでガッシュ達を見上げるココット村の村長の姿があった。

 

 

 

 

 

 「おぉっ? 半額!」

 

 ココット村の雑貨屋。そこでガッシュは商品棚の真ん中に半額と書かれた書置きに真っ先に食い付いた。

 

 「よっしゃあラッキー! ちょうど弾がたらふく欲しかったところ……んぁ?」

 

 先程アンジェに同行を断られた事などすっかり忘れ、回復薬が入った瓶やトラップツールが雑多に置かれた棚を見渡す。店主の女性がどんよりとした様子で椅子に腰かけていたのに気付いたのは、半額になった通常弾の価格に目を輝かせていた時だった。

 

 「なんか、元気ねーな」

 「あ、ハンターさん……」

 

 半額の文字を見て上機嫌になっていたのも束の間、ガッシュは力無く見上げる女性の方に関心が向いてしまった。放っておいて買い物に集中したいが、一度気になってしまうと無視するのは中々に難しい。とりあえずガッシュは店主の話に耳を傾ける事にした。

 

 「森丘に縄張りを作ったなんとかってモンスターのお陰でね、売り物を仕入れてくる事が出来なくなっちゃって……。そんなこんなでここ最近は全然売り上げが無くて困ってるのよ」

 「うっへぇ、なんてこった」

 「旦那も新しい薪を切りに行く事も出来なくなって、なるべく火を使わないようにしなきゃならなくて。鶏も怖がって卵を産んでくれないし、もう大変なの」

 「……マジかよ。俺らよくこっちに着けたな。下手すりゃ飛行船も落とされてたんじゃねぇの?」

 

 思い返せば飛行船の中ではやる事が無く、移動中の殆どをベッドで眠りこけていた記憶ばかり。しいて言えば船旅の途中で寝相の悪いキッカが寝てる最中に顔に圧し掛かって来た事もあったが、それ位かとんでもなく退屈だった事くらいしか記憶に残っていない。

 何とも呑気な空の旅で、そうしている間もここで暮らしている人々はライゼクスの存在に悩まされていたのだろう。

 

 「この際だからここに並んでる物は全部半額! ハンターさん、あのおっかないモンスターを何とかしてちょうだい!」

 「任せとけって。すぐにあったかい飯が食えるようにしてみせっからよ」

 

 朝起きて働いて、温かい料理で空腹を満たして、夜になったらベッドで横になって疲れた体を休ませる。そんないつも通りの生活を送りたいだけなのだ。

 龍歴院から発つ前は乗り気ではなかったが、改めてこの村の実情を見てみると考えも変わってくる。それにアンジェの事も気掛かりだった。放っておけないというよりは、避けられたままでいると後々面倒な事になりそうで困るからだ。実際、今のままでも十分面倒臭いとガッシュは思っている。

 

 「あ。そんじゃあさ、これからの狩りの為にいっその事ここにあんの全部タダって事に─────」

 「それはダメ」

 「だよな」

 

 

 

 

 

 実に充実した買い物を済ませたガッシュとキッカは村の外へと向かう出口で待っている竜車へと向かっていた。既に準備を済ませていたアンジェはガッシュ達の姿を一瞥して、彼が抱えていた物を見て僅かに目を見開かせる。

 

 「よう。待たせたな」

 「…………」

 「ん? ああ、これか。大タル爆弾だよ。他にも……ほら、罠だって持ってきたぜ。シビレ罠に落とし穴。動けなくなった所をこいつでドカンだ。大型モンスター相手ならこれくらいはやらないとな」

 

 木の板を鉄の枠で囲ってある煙筒型の大きな入れ物。大タルだった。それも只のタルではない。中には可燃性の爆薬がぎっしりと詰め込まれた大タル爆弾である。

 モンスターを狩猟する際、特に今回のような危険度が高く設定されているモンスターに効果的なダメージを与えられる心強い味方となるその爆弾を、アンジェはまじまじと見つめていた。

 

 「そんなにビビんなって。蹴ったくらいじゃ何ともねぇよ。んなデリケートに出来てたら移動してる間に竜車が石でも踏んで揺れたらアウトだろ。俺らごと燃えちまうじゃんか」

 

 抱えていた爆弾を地面へと下ろす。ガッシュは呆れたような顔でドスンと重い音を立てた爆弾を軽く小突き、何ともないとアンジェに言い聞かせるように手をぶらぶらと振っている。

 

 「……これが、爆弾」

 「は? なんか言ったか?」

 「ハンターさん、そろそろ時間だぜ。乗ってくれ」

 

 アンジェの小さな呟きを聞き逃したガッシュが耳を傾けようとした時。アンジェの方へ体を傾けたガッシュの耳が拾ったのは、竜車に繋がれたアプトノスの手綱を握る男の声だった。

 

 「だとさ。仲良くやってこうじゃんか。仲良く、な」

 「一緒に頑張ろうにゃハンターさん。サポートならボクに任せてにゃ。しゅっ、しゅっしゅっ!」

 

 竜車へ乗る前にアンジェに釘を刺すような物言いをするガッシュと、同じくアンジェへ向けて今の気合の入り様を見せるように軽快なステップからのシャドーボクシングを見せるキッカ。

 ガッシュ、キッカ、アンジェ。三者三様の思いを胸に、彼らを乗せた竜車は進む。場所は森丘、ターゲットは電竜ライゼクス。

 

 

 

 

 

 「むむむ……見えたにゃ。旦那さん、ハンターさん。ついて来てにゃ!」

 

 数時間にも満たない程の間を竜車に揺られたのち、ガッシュ達は無事に森丘のベースキャンプに到着した。ギルドが用意した支給品をポーチに詰め、四足歩行で駆けていくキッカの後を追ってエリア1へと足を進めていく。

 

 「あ……あのっ」

 「ん?」

 「あの、あれは……」

 

 背後から聴こえるアンジェの声に、ガッシュは脚を止めて首だけを振り向かせる。控えめに訴える彼女の視線の先には、ベースキャンプに置き去りにされている大タル爆弾の姿があった。

 

 「ああ、それはまだ使わねぇ。まずは小手調べ……威力偵察ってやつだな」

 「使わない……?」

 「罠と一緒に仕掛けて待ち伏せに使うのもアリだけどな。今回はあいつの動きもよく分かってない部分が多いし、俺らがしっかり連携して狩りが出来る訳でもねぇからよ」

 

 大型モンスターの強固な甲殻にダメージを与えられる貴重なアイテムである大タル爆弾。モンスターを狩猟する為の最初の一手として使えそうだが、彼は置いていくという。それにはガッシュなりに理由があった。

 その一つ一つを説明して、アンジェを納得させていく。モンスターの動きを観察する為、そして、共に狩猟する仲間になれるように関係を築いていく為に必要な事だった。

 

 「だからそいつは置いていく。まだ信用できねぇし、信用されてないからな」

 「っ、それは……」

 「まぁ、なんだ。時間はたっぷりあるんだからよ。焦らずいこうぜ。俺もギスギスしたまんまってのは嫌だからな」

 

 ガッシュは未だに納得が出来ていない。自分たちが避けられている事、一人で倒すといっていた、彼女の頑なな態度にも。

 あいつならもっと上手くやれるんだろうと、ガッシュは考えてしまう。穏やかで落ち着いていて、大人しそうに見えて熱い一面を持つ、親友とも相棒とも呼べる存在の事を。今頃は件のモンスターを狩猟して、村が抱えている問題も解決しているのだろう。

 だからこそ、こんな所で手をこまねいている場合ではないのだ。この少女とも打ち解けて、この森丘に君臨する飛竜を制し、困窮する村人達の生活も元に戻し、そしてベルナ村へと戻るのだ。

 

 「んじゃ、そろそろ俺らも行こうぜ。キッカ、案内し……あぁ?」

 

 改めて自分がやるべき事を再認識したガッシュは再びエリア1へと向かう道へ向き直る。大型モンスターの存在を探知できるキッカに案内を頼もうと辺りを見渡し、その姿を探してはどこにもいない事にガッシュは気が付いた。

 

 「いねぇ!? あいつ勝手に行きやがったなぁ!!」

 

 

 

 

 

 「到着にゃ! 旦那さん、ハンターさん、ここにモンスターが……にゃ?」

 

 巨大な岩が丁度エリアの中央に鎮座している、森丘のエリア4。ベースキャンプからここまで一気に走ってきたキッカはようやく立ち止まり、ここにモンスターの気配がある事を確信する。そして、その事をガッシュ達にも伝えようとして、彼らが後ろにいない事に気付いた。右を見ても左を見てもいないのである。

 

 「いないにゃ……どこに行っちゃったにゃ。うぅ、旦那さん。ハンターさん……」

 

 ひとりぼっちの状況に心細くなり涙ぐむキッカだったが、すぐに背後から足音が聞こえた。フルフルの皮を使った防具に身を包んだガッシュと雌火竜の素材で作られた防具を纏うアンジェである。

 

 「いた! キッカ!」

 「にゃ、旦那さん? 旦那さんーっ!」

 

 一面に広がる草原の中にぽつりと佇むキッカを見つけたガッシュはすぐさま近寄り、キッカもガッシュへと駆け寄っていく。そうして思いっ切り抱きつこうとジャンプしたキッカの顔を、ガッシュは両手で鷲掴みにしていた。

 

 「むにゃ?」

 

 両手と両足が宙ぶらりんになったまま、キッカは何が起こっているのか分からないとばかりに目を丸くしている。それとは対照にフルフルキャップの奥から覗くガッシュの目は怒りに満ち満ちていた。

 

 「ぜぇ、ぜぇ……この、やっと追い付いたぞこの野郎。まぁーた勝手に行きやがっててめぇこらぁ!!」

 「にゃむにゃむにゃむにゃむぅ~!」

 

 顔を掴んで持ち上げたまま、ガッシュはパン生地をこねるようにキッカの顔を揉みくちゃにしていく。

 

 「だいぶ前に俺らがアランとイャンクック狩りに行った時もやったなぁ!? 俺が弾調合しててアランが武器砥いでる時に勝手に行きやがったなぁ!? なぁーんでまたやらかしてんだろうなぁホントによぉ!」

 「むにゃにゃにゃあ~!? ほへんひゃはいにゃあぁ~!?」

 

 頬をつまんで引っ張り、餅のように伸ばす。ガッシュがそろそろ下ろしてやろうかと考えていた時、彼の後をついて来ていたアンジェが足元を通り抜けた大きな影に気付き、空を見上げた。

 

 「っ……二人共、あれを!」

 「あぁ? ……あ」

 「にゃむにゃむにゃ……にゃ?」

 

 アンジェの声に従い周りへと意識を向けると、すぐに空から何かが羽ばたいている音が聞こえてきた。野鳥や伝書鳩のような小さなものではない。巨体を飛翔させるための巨大な翼が、大量の空気を押しのける重厚な音。やがて両足を地に着け、翼を小さく畳んで周囲を見渡し、アンジェたちの存在に気が付いた。

 

 「めっちゃこっち見てるなあれ」

 「にゃ。ばっちり見つかってるにゃ」

 「マジかぁ……予定にないぜこんなの」

 「あれを、あれを倒せば……!」

 

 刺々しい甲殻、湾曲した刃のような鶏冠、裏側が透けて見えるほど薄いトンボの翅のような筋のある翼膜の翼を持つ飛竜。舞い降りた飛竜はその攻撃的な見た目に違わぬ獰猛さを持つようで、同じエリアにいるガッシュ達をすぐさま自らのテリトリーを荒らす外敵と見なしたようだ。

 

 「仕方ねぇ。やってやるぜ!」

 「にゃ。ボクも頑張るにゃ!」

 

各々がそれぞれの思いを胸に背の武器を抜き放ち、森丘の生態系の頂点に立つ存在は己の存在を誇示するように咆哮する。今回のクエストのターゲットである電竜ライゼクスとの初遭遇は、思いがけないトラブルとともに訪れたのだった。

 

 「ピキイイイイィィィィヒュルルルル!!!!」

 「うわ鳴き声きめぇ!」

 




次回の更新もなるべく早めにできたらと思っています。
もうしばらくお待ちください。


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第21話「今度こそ」

お待たせしました。更新です。
今回も独自解釈盛り盛りです。ご容赦ください。


 「気を付けろ! なんかやってくるぞ!」

 

 先手を仕掛けたのはライゼクスだった。大きく胸を反らし、頭を持ち上げる動作。他の飛竜にも見られるその動きはブレスを吐く動作に似ており、事実ライゼクスは大きく口を開けて雷属性のエネルギーを持ったブレスをガッシュ達へ目掛けて発射していた。

 

 「おおっと、あぶねぇっ!」

 

 ライゼクスのブレスを回避する為にガッシュはアルバレストを抱えたまま転がり、難なくブレスを回避していた。お返しとばかりにアルバレストのスコープを覗き、クロスヘアをライゼクスの翼に合わせて即座に引き金を引く。アルバレストのバレル内に刻まれたライフリングによって弾丸は螺旋状に回転しながら射出され、スコープの狙い通りに翼へと着弾する。が、翼には目立った傷はなく、翼爪に浅い溝が付いた程度だった。

 

 「えいにゃっ! このブーメランを受けてみるにゃ!」

 「はっ!」

 

 ライゼクスのブレスを皮切りに、既に散開していたアンジェとキッカがライゼクスを挟み込むような位置取りをしていた。キッカの投擲したブーメランがライゼクスの頭上を飛んでいき、アンジェのパラディンランスの穂先は脚を捉えたものの、当たり方が悪かったのか甲殻に受け流されてしまう。手応えの無い感触に顔を苦くさせつつ、アンジェは更にもう一撃を加えようとランスを突きだすが、ライゼクスが翼を羽ばたかせて飛んだ事で避けられる。突如襲った風圧にアンジェは盾に身を隠すことでやり過ごした。キッカは風圧を防げずに地面を転がっている。

 

 「クァオオォォ……ッ」

 「何だ、何してきやがる……!」

 

 アンジェたちの頭上を飛ぶライゼクスは大きく口を開き、先程と同じように雷属性のエネルギーを溜めていく。数秒の間を置いて吐き出されたのは、蛍光色の光を纏った、雷の柱だった。

 

 「……は? なんだあれ?」

 

 ガッシュが呆気にとられている間に、雷の柱は地面を走るような挙動であらぬ方向へと向かっていく。アンジェやキッカを狙っている訳でもない、ガッシュを狙っているようにも見えない、ライゼクスとガッシュの間を通り抜けるように、ただ斜めに移動しているだけである。

 

 「んだよ驚かせやが……ってえぇ!?」

 

 危険な物ではないと踏んでか、ガッシュはライゼクスの放った雷の柱を無視して再度スコープを覗こうとする。その後異変に築いたのは、スコープを覗こうとした瞬間、再び雷の柱を見た時だった。

 

 「はあぁっ!? なんだよそれ!?」

 

 明後日の方向へ向かっていた雷の柱が突如その進行方向を変え、ガッシュ目がけて突っ込んで来たのだ。突然の出来事に絶叫するも回避は間に合わず、ガッシュの身体は雷の柱と衝突して地面を転がっていた。

 

 「ぶえっへぇ!? いってぇな畜生!」

 

 悪態をつきながら上体を起こし、ガッシュはすぐさま弾薬が入っているポーチを確かめた。薬莢の破損や火薬への引火は見られず、いたって無事である。防具の素材に使われているフルフルの皮が雷属性のエネルギーを分散させてくれたお陰だった。

 

 「さすがフルフル装備だ。なんともないぜ」

 

 ガンナーの着る防具は剣士用の物よりも火や雷、水や氷といった属性への耐性が高く作られている。それはボウガンに装填する弾丸に詰められた火薬や、ニトロダケが素材に使われている、弓に装填する強撃ビンへの引火や湿気による破損を防ぐためである。

 遠距離から狩りを行う特性上、モンスターからの攻撃は火や雷属性のブレスを用いたものが主となり、その対策としてガンナー装備には高い属性耐性を持つような加工が施されているのだ。また効果は比較的弱いものの、ボウガンにも同様の加工が施されている。

 

 「無事と分かりゃあ、キッカ……なんだぁ、ありゃあ……」

 

 ボウガンも問題ない事を確かめたガッシュは戦線復帰し、キッカ達の援護に回ろうとした時の事。ガッシュは我が目を疑うかのような光景があった。ライゼクスが蛍光色に光る頭部の鶏冠から雷を放出していたのだ。

 

 「ふにいぃ~! 旦那さん助けてにゃあぁ~っ!?」

 

 雷は剣のような形状をしており、雷を発生させている鶏冠を頭ごと振り回してキッカを斬り付けようとしている。見た目が見た目なその使い方も使い方であった。幸いターゲットにしているキッカの身体が小さい事と、キッカ自信がパニック状態であちらこちらへデタラメに走り回っている事が合わさって何とか凌いでいる。ライゼクスの注意がキッカに向いている隙に、アンジェはライゼクスへ肉薄。ランスの狙いを翼膜へと定めて刺突する。続けて更に二連続で穂先を翼膜へと突き入れ、足へ向けてランスを薙ぎ払った。

 

 「こっちを、向いて……っ!」

 「よし、キッカは逃げられた! 閃光玉使うからお前もいったん下がれ!」

 

 アルバレストを折り畳んで背負い、小脇にキッカを抱えたガッシュがポーチから閃光玉を取り出し、いつでも投擲できるように待ち構えていた。アンジェが後退して体勢を立て直せるように、ライゼクスの動向を一瞬たりとも逃さずに見続けている。

 

 「まだ……行けます!!」

 「は!? おい待てこら! 下がれっつの! 体力持たねぇぞ!!」

 

 閃光玉の光でライゼクスを怯ませ、その隙に一度仕切り直しを図る。そんなガッシュの計画はライゼクスに接近し続けるアンジェの思惑に阻まれた。彼女はガッシュの制止を振り切り、まるで何かに憑りつかれたようにライゼクスに肉薄し続けている。このまま攻撃をしていたらいずれ体力が底を突き、息が切れて下がれなくなってしまう。背に悪寒が走ったガッシュは未だに腕の中で息を切らしているキッカを地面に置いてアルバレストを展開。レベル2通常弾を装填していつでも撃てる状態にしていた。

 

 (彼らは必ず……必ず守ってみせる……! っ!?)

 「な、ぁ……っ!?」

 

 アンジェの両肩が僅かに上下し始めた頃、ライゼクスが反撃を開始し始めた。

 

 「ギオオォォッ」

 

 ライゼクスがアンジェへ向けて翼を薙ぐように振り回したのだ。ライゼクスも飛竜の名を冠するように、その体には飛ぶための翼が当然ついている。そして、それを攻撃する為のものとして使ったのだ。ガッシュやアンジェが着ている装備の元になったフルフルやリオレイアには見られない特徴であった。

 

 「ヤバいぞあれ……! おい! 援護すっからそこから下がれ!」

 

 間一髪、薙ぎ払ってきた翼を盾で防げたものの、アンジェはその場から離脱する気配を見せない。続けてもう一度、ライゼクスの翼による薙ぎ払いが繰り出される。アンジェはこれも盾で凌ごうとするが、完全に受け止めきれずに弾かれ、横倒しにされていた。

 

 「まさか、あいつ……くそ! こっち向けこの野郎!」

 

 嫌な予感がしたガッシュは展開したアルバレストの引き金を引く。狙いはどこでもいい。とにかく攻撃を加えて注意をこちらに向けるのだ。

 

 「ギアオオォォ……ッ」

 

 ガッシュの存在を疎ましく思ったのか、ライゼクスは背後にいるガッシュへ視線を向け、先端が二股に分かれた鋏のような尻尾を閉じたり開いたりさせてガチガチと打ち鳴らしている。すると尻尾から徐々に蛍光色の稲妻を発生させていき、遂に鋏のような尻尾は電気を纏わせているような形態へと姿を変えた。

 

 「んだよまだ何かあんのかよ……っ!」

 「クァオオオォ!!」

 

 尻尾の先端に雷が充填されていき、膨大な光を含んだ尻尾をライゼクスは地面へと叩きつける。尻尾が地面とぶつかりあった瞬間、ライゼクスの尻尾がブレスを放った。溜めに溜めたエネルギーを開放して照射された雷はガッシュへ向けて一直線に放たれる。

 

 「な……うおぉっ!?」

 

 アルバレストを抱え、大きく横へ跳んで回避する。持ち直したガッシュが途中で置いてきたキッカを見るが、彼は体力の回復を終えてアンジェを救出しようと迂回している。キッカを心配する必要が無くなったガッシュはアルバレストの引き金を引く。が、弾が出てこなかった。

 

 「は!? んだよこんな時に! キッカ、行けるか!?」

 「任せてにゃ! うらにゃー! ハンターさんから離れろにゃーっ!」

 

 キッカはアンジェを庇うようにライゼクスの前に立ちふさがり、ブレイブネコランスを振り回し、ブーメランを投げる。目の前に現れた小賢しい存在を払い除けようと、ライゼクスは鶏冠を振り回し、翼爪で薙ぎ払う。が、これらを持ち前の小さい体ですり抜けたキッカがブレイブネコランスで反撃する。大きく飛び跳ねてから振り下ろしたランスが鶏冠を強打する。どこまでも纏わり付こうとするキッカにライゼクスはついに痺れを切らした。

 

 「ピキィイィィイヒルルルルルッ!!!!」

 

 口から白い息を吐き洩らし、翼を広げて咆哮する。ライゼクスが怒り状態になったのだ。ライゼクスの視線はキッカとアンジェに向けられている。あらゆる手段を尽くして叩き潰そうと、明確な敵意を持ってただ一点を見つめていた。

 

 「ギギ、ギッギッギ……ッ!!」

 

 続けて、ライゼクスは翼を開いては閉じ、まるで翼を擦り合わせうような仕草を繰り返した。尻尾に雷を充填させていた時のように、両翼には次第に蛍光色の稲妻が現れていく。それは翼爪から翼膜へと伝播し、発生した雷は勢いを増し、ついに翼爪を包み込む程の膨大な輝きを放った。電力が満タンまで充填されたのか、ライゼクスは満足そうに翼を広げていた。向こう側が透けて見えるほど薄く、蜻蛉の翅のような網目状の模様が走る翼膜は充填された雷のエネルギーによって輝きを放ち、まるでステンドグラスのような絢爛な様相を見せている。が、それは死の危険に満ち溢れた残忍な輝きである事を、アンジェ達はすぐに思い知らされる事になった。

 

 「ハンターさん、ここは一旦逃げようにゃ。ボクがアイツを─────」

 「駄目……ネコさん!!」

 

 再びブレイブネコランスを構えるキッカを突如アンジェが捕まえ、盾の中へと抱き込む。ランスは放り投げられており、アンジェは防御する事、キッカを守る事だけを考えていた。

 

 「ギォオオオアッ!」

 

 ライゼクスが大きく振り上げた翼を叩きつける。雷を纏った翼爪は盾を構えたアンジェを殴打し、叩きつけると同時に纏っていた電気が周囲に飛散。まるでその場で落雷が起こったかのように電気エネルギーの爆発が起こったのだ。

 長い時間攻撃を続け、立て続けにライゼクスの攻撃を防いでいたアンジェにこれを防ぎきるだけの体力は残っておらず、盾を構えていたアンジェの身体はあっさりと弾き飛ばされた。

 

 「ぅああああああああああぁぁ!?」

 

 受け身も満足に出来ず、アンジェは何度も地面を転がっていく。ようやく勢いが止まったものの、アンジェは起き上がるのも精一杯になる程深刻なダメージを受けていた。

 

 「あう、うぅ……」

 

 アンジェの腕の中にいたキッカがもぞもぞと動き、盾の陰から身を出す。苦悶の表情を浮かべるアンジェを一瞥して、キッカはライゼクスへの怒りに拳を震わせていた。

 

 「にゃうぅ、こんにゃろー! ハンターさんに何するにゃーっ!」

 「だ、め……ネコさん……逃げ、て……」

 「女の子をいじめるなんて最低な奴にゃ! ボクが成敗してやるにゃあーっ!」

 

 鶏冠から雷の剣を発生させて振り下ろすライゼクスの頭を掻い潜り、キッカはブーメランを投擲。弧を描いて投げられたブーメランは翼膜を傷つけ、僅かに出血させた。続けて火薬の炸裂音が響き、空を裂いて飛翔するカラの実の弾頭が翼爪に突き刺さる。キッカが視線を横に向けると、アルバレストを構えながらアンジェの下へ向かうガッシュの姿があった。

 

 「よし、そのまま引き付けてろキッカ!」

 

 弾切れになったアルバレストの弾倉へレベル2通常弾を装填し、すぐさま発砲。5発の弾を一気に撃ち切る。2発が背中の甲殻に当たって跳弾、3発が翼に命中し、キッカのブーメランと同じように甲殻を破って出血させた。

 

 「一旦引くぞ。どこかで回復して仕切り直し─────」

 「旦那さん逃げてにゃ!」

 「うおぉやっべえぇ!!」

 

 アルバレストを折り畳んで背負い、気を失いかけているアンジェを抱えて逃げようとした時の事。ライゼクスが翼を羽ばたかせて飛翔し、ガッシュとアンジェのいる場所目掛けて急降下し始めた。明らかに何かをする気のライゼクスに冷や汗を浮かばせ、アンジェを抱えて大きく横へ跳ぶ。

 

 「ギギッギ、ギオオォッ!!」

 

 降下していく勢いを乗せ、ライゼクスは両翼を交互に叩きつけていく。ガッシュ達がいた地点を無数の打撃と放電が襲い、周囲の地形を徹底的に踏み荒らし、草花という草花を根こそぎ蹴散らしていた。太陽が高い位置にいるにもかかわらず、ライゼクスの繰り出す放電は目が痛くなる程眩い。あの輝きに見惚れてはならない。この状態のライゼクスは手が付けられない暴れっぷりを見せている。今の状態で手に負えるような相手ではない事はガッシュは勿論、キッカも察知していた。

 

 「キッカ、お前ランス持ってこい。一旦引くぞ」

 「にゃ」

 

 ポーチから取り出した閃光玉をライゼクスへ投擲。強烈な閃光に視界を奪われたライゼクスは標的を見失い、自身の周囲を手当たり次第に攻撃しまくった。翼が岩を叩き付け、鶏冠の剣が空を斬り、尻尾から放つ雷は明後日の方向へと放たれている。

 

 「旦那さん、ハンターさんの武器を持ってきたにゃ」

 「よし、そんじゃあさっさと逃げるぞ」

 「にゃ!」

 

 アンジェを抱きかかえたガッシュとパラディンランスを持ち上げているキッカがエリアを後にする。案の定、幸先の宜しくない威力偵察に終わってしまった。

 

 

 

 

 

 「よっこらせ、っと。ここならあのデカブツも入って来れないだろ」

 

 人一人が通れる程度の小さな入口を潜り抜けた、周囲を木々に囲まれた場所。ここはエリア12。この森丘で暮らす野良アイルー達の棲み処だった。

 

 「うーっす。ちょいと場所借りるぜ。少し休ませてくれや」

 「ニャニャ? 人間が何の用ニャ。ここはボクらの住む場所ニャ。とっとと引き返すニャ! さもなくば……」

 

 アンジェをゆっくりと横にするガッシュとパラディンランスを置いて一息つこうとするキッカ。そんな彼らを快く思わない野良アイルーはモンスターの牙で作ったピッケルを構え、ガッシュ達を追い払おうとにじり寄っていた。

 

 「そっかそっかー。そりゃそうだよなー。俺らみたいな余所者がお邪魔しちゃあ悪いよなー。この場所貸してくれたらお礼にこのマタタビをやろうと思ったんだけどなー。だぁーめだぁーよなぁーあ!」

 「ようこそボクたちの棲み処へ! どうぞごゆっくりしていってニャ!」

 「めっちゃ現金な奴だなおい」

 

 ガッシュはキッカへのご褒美兼泥棒ネコのメラルーへの対策として常備しているマタタビをチラつかせ、野良アイルーはあっさりとガッシュ達の要求を受け入れた。数秒と経たず豹変したその態度に苦笑しながら、ガッシュはポーチから取り出したマタタビを野良アイルーへと放り投げた。

 

 「旦那さん。ハンターさん、大丈夫かにゃあ……」

 「さあな。横になれば少しは楽になるだろ。キッカ、枕になってやれ」

 「分かったにゃ。ここはボクにお任せにゃ」

 

 ブレイブネコ装備を脱いだキッカが仰向けに寝転がり、彼のお腹にアンジェの頭を乗せて横向きに寝かせる。キッカのふわふわとした感触の白い毛並が傷ついたアンジェの頬を優しく受け止め、快眠効果を促す。逃げている途中で気を失っていたアンジェの表情は幾分か和らいでいるような気がした。

 

 「さて、と……ほれっ」

 

 横に寝かせたアンジェへ向けて、ガッシュはアルバレストを展開。弾丸を装填し、間髪入れず発砲した。銃口から緑色の薬液が噴霧され、防具を纏ったアンジェの身体に付着していく。弾薬に回復薬を調合させた弾丸。回復弾だった。

 

 「ん、ぅ……」

 

 続けて2、3発の回復弾を撃ち、いくらかの時間が経った時の事だった。それまで閉じていたアンジェの瞼がゆっくりと開いていき、アルバレストの調子を確かめていたガッシュと目が合った。

 

 「お、気が付いたか。あぁ、まだ動くなよ。結構痛いの貰ってたみたいだからな。もう少しだけそうしてな」

 

 地面に敷いた麻布の上にカラの実とハリの実を並べ、アイテムポーチから工具セットを出し、中身を広げる。糸鋸でカラの実を半分に割り、二つに割った一方にハリの実を入れ、もう片方には火薬を入れて雷管を詰め込む。それら二つをしっかりと噛みあわせて外側からネンチャク草の成分を抽出した接着液で隙間を埋めていく。粘着液が乾いたら、今度はアルバレストの薬室に入るようにカラの実の表面にある無駄な凹凸をやすりで削って均一にならしていく。ガッシュは消耗したレベル2通常弾の調合をしていた。

 

 「……どうして、助けたのです」

 「死なれたら寝覚めが悪いからだよ。聞きたい事もあるしな」

 

ガッシュは慣れた手際で弾薬を作りながら、アンジェの問いに即答した。

 

 「お前さ、村にいる時にアレを一人で倒すって言ってたろ」

 「……ええ」

 「それってさ、アレに困ってる村の奴らを何とかするよりも大事な事なのか。あいつらが困ってるのを何とかするよりも、一人で倒す方が大事なのか」

 「っ、それは……」

 「俺らの事が邪魔って訳でもなさそうなんだよな。さっきキッカを助けてたし」

 

 ライゼクスが翼に電気を纏っていた時、ガッシュはアンジェがキッカを盾の中に匿っていたのを見ていた。邪魔だというならあんな真似はしない筈。むしろキッカを餌にしてさっさと安全な場所まで逃げている筈なのだから。村にいた時は接触を避けていながら、しかしキッカを気に掛けるような素振りまで見せている。ガッシュはそれが不思議だった。

 

 「……共に戦ってくれた人達がいたんです。私に戦い方を教えてくれた人達が」

 

 「彼らはいつも私を導いて、守って……そして、傷付いた。大怪我を負って、ハンターの道を諦めた。私が、そうさせたのです」

 

 まだ体が痛むのか、横になったままのアンジェが静かに語りだした。ガッシュ達を避けている理由、アンジェにそうさせるに至った、過去に起こった出来事を。

 

 「沼地に現れた二頭の毒怪鳥の狩りが終わった後の事でした。空から降り立った紫色のリオレイアが私達を襲ったのです」

 「……聞いた事ねぇな。紫? リオレイアが?」

 

 リオレイアといえば森に溶け込むような緑色の鱗と甲殻を持った飛竜の筈。それはアンジェの着ているレイア装備が物語っている。だというのに、アンジェの話の中に出てくるリオレイアは体色が紫色だというのだ。ガッシュは首を傾げたが、一先ずはアンジェの話を聞く事に従事した。

 

 「狩りが終わった後で体力もアイテムも消耗していて、私達は抵抗する事が出来なかった。そのリオレイアはあまりにも強大で、私達は逃げる事すら満足に出来なくて……だから彼らは私を守る為に……囮、に……」

 「……まさか、死ん─────」

 「生きてます。生きているから、辛いんです!! 今も、生きて……いる、から……」

 

 アンジェが声を荒げ、やがて嗚咽が混じっていく。目を見れば今にも涙が零れ落ちそうな程溢れていた。

 

 「彼らの在り方を奪って、自由を奪って、なのに私は生きてる! ハンターとして、体の不自由もないまま!」

 

 アンジェの話は一旦途切れ、しばらくの間粗い息遣いが続く。色んなものが混じって頭の中がぐちゃぐちゃになっている。ガッシュはアンジェが落ち着くまで待ち続けた。

 

 「きっと、私はまた繰り返してしまう。あなた達の誇りを……自由を奪い、あなたの未来を奪ってしまう。あなたの自由を奪う事で、あなたと関わる人々を、傷付けてしまう……!」

 

 「もうあんな事を繰り返したくない! 人ひとり守れない私にどうにかできる相手ではないことくらい、分かってます。それでも……それでも、もう……」

 

 頬を伝っていく涙を両手で顔を覆って隠す。表情を隠した手の向こうでアンジェは歯を食いしばり、ぐっと堪えている。そんなアンジェの頭にガッシュはそっと手を乗せた。

 

 「んだよ。無愛想なのかと思ったら、ただの優しい嬢ちゃんじゃねぇか。心配すんな。俺らはそんなにやわじゃねぇ」

 

 レイアヘルム越しにガッシュはアンジェの頭を鷲掴みにしてわしゃわしゃと乱雑に撫でまわしている。突然の事に戸惑うアンジェを余所に、ガッシュはさらにアンジェに話しかけた。頭に置いていた手を退かし、アンジェをゆっくりと起こす。

 

 「なあアンジェ。もう一個聞いてもいいか。そのレイア装備は誰かに倒して作って貰った物じゃあないな?」

 

 ガッシュの問いに、アンジェは小さく首を振った。

 

 「だったらやれる。そんだけ辛い思いして、自分がいなくなっちまえばいいって思ってさ、それでもまだ強くなろうと頑張ってるんだろ。あとは俺らがちゃんと仲間になればいいだけだ。一人じゃないだろ、俺らもいるんだからよ。なあキッカ─────」

 

 アンジェだけでも、ガッシュとキッカだけでも駄目なのだ。しかしガッシュは知っていた。それは裏を返せばここにいる者達が力を合わせれば決して越えられない相手ではないという事を。力を合わせる事で、人はどこまでも強くなれる。それは今までに何度もコンビを組んで狩りに挑んだ親友のアランが教えてくれた事なのだ。

 そしてガッシュは今回の狩りに欠かせない身軽な遊撃隊長のキッカに視線を向けると、彼は大の字になって横たわり、盛大に鼻提灯を膨らませていた。

 

 「……ぐぅ、ぐぅ」

 「寝てんじゃねえタココラァ!」

 「にぅっ!?」

 

 呑気に膨らんでいるキッカの鼻提灯をガッシュはデコピンで壊し、キッカを夢の中から引き摺り戻した。

 

 「むにゃにゃ、ハンターさんの枕になってたらボクも眠たくなってたにゃ……にゃっ! ハンターさん、気が付いたにゃ。良かったにゃぁ! ぎゅうーっ!」

 「ね、ネコさん。くすぐったい……」

 「ぎゅうぎゅうーっ!」

 

 2、3度顔を洗って目を覚ましたキッカがアンジェを見るなり、両手を広げてアンジェに抱き着く。アンジェの枕になる為に防具を脱いだままなので、アンジェはキッカの毛並を存分に味わわされていた。

 

 「ったく、調子の良い奴。で、どうだよ。リベンジといこうじゃんか。今度は、俺ら全員でな」

 

 ガッシュは立ち上がり、アンジェを立たせようと手を差し伸べる。対するアンジェは戸惑いながらも、差し伸べられたガッシュの手をじっと見つめていた。

 

 「……本当に、いいんですか? 私は……もう一度、誰かと共に戦っても……」

 「いいんだよ。俺らはその方が面白くてわくわくするんだからよ」

 「にゃ!」

 

 ゆっくりと伸ばしていくアンジェの手を、ガッシュが強引に掴んで立たせた。

 

 「じゃ、行くか。まずはキャンプに戻らないとな」

 「キャンプに?」

 「ああ。アレをやる為に、な」

 

 

 

 

 

 岩と木々に覆われた天然のトンネルの奥。南側の小さな広場にある池でライゼクスは羽を休めていた。一しきり暴れ回って疲れたのか、体を覆っていた雷は鳴りを潜めている。ライゼクスは池の水を飲んでから、トンネルの中を悠然と闊歩していた。トンネルを抜けて北の広場に入りかかった時、ライゼクスはある物を見つけた。モンスターの肉だった。

 

 「……?」

 

 ライゼクスは首を傾げつつ、その肉へ向けて歩を進める。暴れ回った後の身体は水だけでは物足りなかったので、ライゼクスにとっては丁度良かった。そのまま肉へと歩を進め、一口で齧ってやろうと首を伸ばした時、ライゼクスの足元が突如沈下した。

 

 「ッ!? ギオオォッ! ギキュルルルル……ッ!?」

 「よし掛かった! 耳塞いでろよアンジェ!」

 

 ライゼクスの両足が地面に埋まっているのを確認したガッシュ達が広場の端にある茂みから飛び出し、アルバレストを展開する。生肉と落とし穴を使ったガッシュ達の策、罠を用いた待ち伏せだった。

 

 「行けよオラァ!」

 

 アルバレストの銃口に差し込まれた円筒状の物体がライゼクスの頭部に命中。数秒の間を置いて円筒は爆発した。ガンナーが扱う、モンスターの甲殻にダメージを与えられる強力な弾丸。名を徹甲榴弾という。

 

 「よしキッカ、次だ!」

 「はいにゃ!」

 

 ガッシュの傍らに控えていたキッカが先程と同じ円筒型の物体、徹甲榴弾を銃口に差し込んで装填する。キッカの足元には同じような物がいくつもあり、すぐさま次弾を装填できるようにしていた。

 

 「OKにゃ旦那さん!」

 「おっしゃあ!」

 

 キッカの合図と共にガッシュは徹甲榴弾を発射する。この弾は爆発する特性上、通常弾や貫通弾よりも弾丸が大きくなっている。そこでこの弾を銃口に装填し、ボウガンに装填したレベル1通常弾を使って射出するのだ。

 

 「次だキッカ!」

 「完了にゃ旦那さん!」

 「当たれよっ!」

 

 装填、発射、装填、発射。罠から抜け出せないまま立て続けに起こる頭部での爆発にライゼクスはぐったりとした様子で上体を地面に寝かせていた。

 

 「ライゼクスの動きが止まった……?」

 「あれだけ頭を揺らされたんだ。気絶したんだよ。よしキッカ、次! 拡散弾だ!」

 「お任せあれにゃー!」

 

 キッカが両手で持ち上げた、先程の徹甲榴弾よりも大きな弾丸をアルバレストの銃口に差し込む。そして装填が完了した合図を聞いてガッシュが発砲。弾丸はライゼクスの背中に当たるとバラバラに分解し、中から掌サイズの塊が無数に出てきた。塊は地面やライゼクスの身体に当たった瞬間、爆発した。徹甲榴弾よりも更に高い破壊力を持った弾丸、拡散弾である。

 

 「アンジェ、そこの爆弾をあいつに向かって転がしてくれ。全部使っていいからな!」

 「ぜ、全部ですか!?」

 「ああ全部だ。ここで使い切る!」

 

 ガッシュに言われるがまま、アンジェは茂みに隠してあった大タル爆弾を横に倒し、ライゼクスへと向かって次々と転がしていった。

 

 「こ、これで良いのでしょうか?」

 「ああ、バッチリだぜ。オラアァッ!」

 

 拡散弾の爆発と大タル爆弾の爆発が重なり、白い光が広場を絶え間なく照らしていく。やがて落とし穴から徐々に後ろ足が見え始めてきた。罠が壊されようとしているのだ。

 

 「そろそろ罠が壊れる! アンジェ閃光玉頼んだぜ!」

 「は、はいっ! ……えいっ!」

 

 翼を羽ばたかせてネットを引き千切り、ゆっくりと着地しようとしたライゼクスを光蟲の光が襲った。空中での姿勢制御が出来なくなり、悲鳴を上げながら墜落していくライゼクス。足をばたつかせてもがいている所を、再びガッシュの放つ拡散弾と徹甲榴弾がが雨あられと降り注いでいた。

 

 「グァオォ……ギォ、ォ……」

 

 突然の出来事の連続に堪らなくなったのか、ライゼクスはトンネルへと踵を返して猛然と走り去って行く。南の広場から聞こえる翼の羽ばたく音を聞きながら、ガッシュ達もこの場を離れる準備をしていた。

 

 「あれだけ撃てば甲殻はボロボロになってる筈だ。さっきよりは楽にダメージが入る筈だぜ」

 

 落とし穴があった辺りを見渡せば、ライゼクスの体の一部だった甲殻や鱗の断片がそこかしこに転がっている。これら自体は爆発の影響で武具の素材に使えそうにはないが、ガッシュの放った弾丸の威力を物語るには十分すぎた。徹甲榴弾と拡散弾。この二種の弾は取り回しが悪く使う場面を選ぶ代物だが、それに見合う破壊力を持っていた。

 

「まさか、あの時爆弾を持って来ていたのはこの為に……?」

「まあな。さて、あと一息だ。あともう少しで倒せる」

 「もう少し……でも、爆弾はもう……」

「とっておきがまだあるんだよ。あいつが全身に電気を纏った時。そこが狙い目だ」

 

 不安を募らせるアンジェを元気付け、ガッシュはライゼクスが飛び立った空をじっと眺めていた。

 




今回出てきた徹甲榴弾と拡散弾の解釈。弾の大きさが同じには思えず、このような形に落ち着きました。銃口に弾を装填して、レベル1通常弾と一緒に発射するという解釈です。
ライフルグレネードという武器から着想を得ました。

次回の更新はまだ未定ですが、なるべく急ぐつもりです。ご了承ください。


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第22話「電竜ライゼクス」

お久しぶりです。生きてます。


 「体に電気を纏った時? あの状態のライゼクスの攻撃は苛烈です。それでは先のようにこちらが追い詰められてしまうのでは……」

 

 ライゼクスは体の各部位に電気を充填させて戦闘能力を強化する性質を持っているモンスターである事が分かった。それぞれ頭部、両翼、そして尻尾に電気を纏って繰り出す攻撃の威力を飛躍的に高める事が出来る。そして、そんなライゼクスの能力を目の当たりにしたうえで、ガッシュはライゼクスの身体に電気を溜めさせようというのだ。

 これに対してアンジェは戸惑い、彼の意図が上手く読み取れずにいた。先程の大タル爆弾を使った待ち伏せの他にもまだなにか策があるというのだろうか。

 

 「ところがどっこい。あいつにとっても良い事だらけって訳でもなさそうなんだよな」

 

 一般的な飛竜種の骨格をしていながらそれらとは全く異なる戦い方を繰り広げるライゼクスとの戦闘はガッシュにとっても今までにない強烈な印象を以て記憶に刻まれるものがある。その中でも特に気になっていた場面があった。それはライゼクスの猛攻によってアンジェが窮地に立たされ、そんなアンジェを庇おうとするキッカがライゼクスへ果敢に立ち向かった場面であった。

 

 「あいつの翼……もっというと電気を纏ってる場所だな。で、そこにキッカの投げたブーメランが当たったんだよ。そしたらな、そこから血が出てたんだ。最初攻撃してた時にはうんともすんとも言わなかった場所がだ」

 「え、そんなの覚えてないにゃ。そんな事があったのかにゃ旦那さん」

 「うんお前少し黙ってな」

 

 ガッシュにとってキッカはあの強敵に止めの一手を加える手がかりをくれた大事な存在だったが、当の本人はそんな事はまるで覚えていなかったらしい。こいつはどこまでいってもこいつなんだと、ガッシュは内心ため息をつきながらアンジェに話の続きを伝える。

 

 「つまりな、あの状態になった時のあいつは肉質がかなり柔くなってる。お前のランスだって弾かれないしボウガンの弾もきちんと刺さる」

 「爆弾の影響で甲殻が破損した今なら、より多くのダメージを与えられる……?」

 「おう。そういうこった。だから頭も翼も尻尾もビリッとさせて、フルパワーになったあいつにこっちもフルパワーでぶつかる。それであいつをぶっ倒す。それでめでたくクエストクリアだ。ただし、弾の準備に時間がかかる。だからそれまで時間を稼いでくれると物凄く助かる」

 「分かりました。任せて下さい」

 

 以上が、キッカの行動がもたらしたヒントを基に練られたガッシュの作戦だった。これに加えてガッシュがポーチに忍ばせている『とっておき』も使って全て終わらせるのだ。そこへ至る道程は苦しくなるだろうが、ガッシュは決して悲観はしていなかった。

 

 

 

 

 

 ライゼクスが降り立った場所は先程と同じエリア4。擦過痕のある土や放電によって焼け焦げた草などが散見される。激しい戦闘の跡が残るこのエリアをライゼクスは闊歩していた。どうやらここはライゼクスにとってお気に入りの場所らしい。ガッシュ達のような縄張りを荒らす侵入者がいないか、首を大きく上げて周囲を見渡している。ガッシュ達は岩陰に隠れながら息を潜め、その様子を窺っていた。

 

 「ボク達を探してるみたいにゃ」

 「ならここにいるってきちんと教えてやらなきゃな。そらよっ!」

 

 岩陰に隠れながらポーチの中を探り、手に握った閃光玉を投擲。視覚をかく乱されたライゼクスの悲鳴が聞こえると同時に岩陰から身を乗り出し、アンジェとキッカが武器を抜刀してライゼクスに接近する。

 

 「たぁっ!」

 「えいにゃーっ!」

 

 走る勢いをそのまま乗せたランスはライゼクスのひび割れた甲殻に深く突き刺さる。穂先の振動が柄に伝わり、柄を握る手に確かな手応えを感じていた。

 

 (凄い……今まで上手く傷を付けられなかった甲殻が、こんなに……)

 

 ランスを振るう一突き一突きに意識を集中させながら、アンジェは絶え間なく通常弾を撃ち続けているガッシュの姿を一瞥し、すぐさまライゼクスへの攻撃を再開する。

 

 (必ず成功させる。彼らの努力を無駄にしない為にも、必ず……!)

 

 今の自分は独りではない。ここには力になってくれる仲間がいる。声を掛けあい一丸となって立ち向かっていく状況に、胸の底から湧き上がる熱がアンジェを奮い立たせる。久しく忘れていた感覚を思い出したアンジェは、いつしか最初の頃の陰りと迷いは鳴りを潜めていた。

 

 

 

 

 

 「ギオオオオォォッ!!」

 「よし、この状態だ! ここからチャンスを作り出す!!」

 

 戦闘開始から数十分程が経った時の事だった。ライゼクスが雷を充填できる部位すべてにエネルギーが満ちた状態へと変化したのだ。ガッシュ達が当初予定していた作戦通りに進めたいが、相手も生き物である以上万事が滞りなく進む訳ではない。この状態から繰り出される攻撃を凌ぎながら、尚且つ最高威力の攻撃を以て反撃するのだ。

 

 「にゃうう、ヒゲがピリピリするにゃ」

 「ネコさん。なるべくでいいので、私の傍から離れないで下さい。危なくなったら守ります」

 

 翼を広げ、帯電させた翼爪から稲妻を迸らせるライゼクス。それと同時に鶏冠を伸縮させながら尻尾を開閉してさらに電気を発生させている。森丘一帯の穏やかな天候は一転し、ライゼクスが立て続けに行っている放電によってまるで大嵐の中へ突っ込んでいるかのような騒々しさに包まれていた。

 

 「ガッシュさん!」

 「あぁ、何だぁ!?」

 

 ライゼクスの発する放電の音に掻き消されまいと、アンジェの声は自然と大きくなる。ライゼクスと相対したまま背後を振り返らず、背の向こうにいる安心感の源へ胸中の素直な思いを投げかけた。

 

 「信じています! あなたの事を、あなた達となら、必ずやり遂げられると……!」

 

 このクエストが失敗する事など、もう頭にはなかった。目の前の相手にひたすらに立ち向かい、そして勝つ。そんなアンジェの思いに、ガッシュは二つ返事で応えた。

 

 「当たり前だろ! 任せとけって!」

 「攻撃は私とネコさんが食い止めます! 時が来るまで隠れていて下さい!」

 「頼む! 時間稼ぎは任せたぜ!」

 

 ライゼクスが翼を羽ばたかせて滞空したのを皮切りにアンジェはランスを携えたまま片膝を地に着けて盾を構え、キッカがアンジェの背中に両手を添えて支える。

 

 「ギッキギ、ギキオオォ!!」

 

 翼を広げ、空中からアンジェへ目掛けて一気に滑空していくライゼクス。着地と同時に翼爪を交互に地面に叩き付けていく。その巨体と電荷状態となった翼の放電はアンジェの構える盾に容赦なくぶつかる。翼爪が盾に傷を付け、爆ぜる稲妻が更に深い傷を刻んでいく。衝突した際の衝撃がレイア装備を軋ませ、しかしアンジェはキッカの支えも借りてこれに耐えた。滑空状態から突撃を行ったライゼクスは今、アンジェとキッカの背後にいる。

 

 「ッ……やああぁ!!」

 

 膝を落としていた状態からアンジェはライゼクスのいる背後へと振り返り、ランスを突きだす。片膝をついた状態から立ち上がる際の踏み込みと振り返る際の腰の捻りを加えた一撃はライゼクスの鋏状の尻尾を穿った。痛みを感じたのか、ランスが貫いた尻尾がびくりと波打つ。

 

 「ボクがいる事を忘れてもらっちゃ困るにゃ! うらにゃーっ!」

 「ギアアァァッ!!」

 「ひーんごめんなさいにゃーっ!」

 

 アンジェの反撃に続こうとライゼクスの側面へ回り込んだキッカがブレイブネコランスを構えて翼を狙おうと振りかぶるが、近寄って来るなと言わんばかりのライゼクスのブレスがキッカを狙う。最初にガッシュを襲った柱状の雷が二つ同時に吐き出される。ある程度進んで軌道を変えると同時に、それぞれの柱が二つに分裂する。合計で4つの柱が移動しながらキッカに襲い掛かっているのだ。これにはキッカも堪らずじたばたと逃げ回り、偶然アンジェの傍を通りがかった際に彼女の盾に隠れて難を逃れる事が出来た。

 

 「ネコさん、大丈夫ですか?」

 「ふにぃ、危ない所だったにゃ。ありがとうにゃ」

 「ギ、ギ、グウゥゥ……ッ!」

 

 唸り声を上げ、怒りを露にしたライゼクスはアンジェへと振り返り鶏冠から雷の刃を発生させる。頭部を振り回しながら迫るライゼクスの動きを、アンジェはレイアヘルム越しにじっくりと見つめ、軌道を予測していく。そうしてライゼクスの雷の刃が盾に接触する瞬間、アンジェは盾を装備した腕でキッカを抱きかかえると盾を斜めに構えて雷の刃を受け流しつつ背後へとステップを踏んで更に衝撃を緩和させる。

 ライゼクスの攻撃を凌ぎ、しかしアンジェの両目は次の一手へ向けてただ一点を注視していた。ライゼクスの頭が振り切り終わったタイミングを見計らい、今度は前方へとステップを踏んでライゼクスとの距離を詰めながらランスを突きだす。ステップの勢いが合わさり、丁寧な手入れが施された鋭い穂先は鶏冠の甲殻を貫きライゼクスを出血させた。

 

 (もっと時間を稼がないと……っ!?)

 「凄いにゃハンターさん。よーし、ボクも─────」

 「待って! あれは─────」

 

 一歩も引かぬ覚悟でライゼクスの猛攻を凌いでいくアンジェ。ランスを握る手に力が入る中、ライゼクスが再び翼を羽ばたかせて飛翔した。先程のような滑空攻撃をするのかと考えたが、そうするにはアンジェとの距離が近すぎる。ガッシュは再び岩陰に隠れて気を窺っており、キッカはまだ腕の中にいる。ブレスによる攻撃をするのでもなく、ライゼクスは一層強く翼を羽ばたかせて高度を上げていく。アンジェのカウンターに続こうと腕の中から出ようとしたキッカを、アンジェはランスを放り投げて盾の裏に隠すように抱きしめた。

 

 「ギオオオオォォォォッ!!」

 

 空中で両翼を大きく広げ、電荷状態になった翼爪を一層輝かせたライゼクスがアンジェを狙って一気に降下。着地と同時に翼を地面に叩き付け、充填させた電気を一気に開放する。大タル爆弾の爆発に勝るとも劣らぬライゼクスの大放電を受けたアンジェは即座に構えていた盾ごと吹き飛ばされ、レイア装備を身に纏った小柄な体は一しきり地面を転がった後に岩壁に叩き付けられて静止した。

 

 「あうっ!? っ、ぅ……」

 

 ライゼクスの急降下と大放電の威力から立ち直る事が出来ないのか、キッカを腕の中に隠したアンジェは倒れたままうずくまっていた。やはり全身が電荷状態になったライゼクスの戦闘力は圧倒的で、先程まで攻勢に出ていたアンジェ達の形勢があっという間に逆転してしまったのだ。未だに身動き一つとれていないアンジェに止めを刺さんと、ゆっくりと歩を進めていくライゼクス。そしてアンジェを叩き潰す為に、電荷状態の翼を大きく振り上げる。自力で逃げる事も出来ない絶体絶命の状況に陥ったアンジェを救ったのは、彼女の盾に隠れた小さな勇者だった。

 

 「こんにゃろー! ハンターさんはボクが守るにゃー!!」

 

 盾の裏から飛び出したキッカがライゼクスの頭に飛び掛かり、そのまま背中の方へとよじ登っていく。棘のある甲殻を器用に避けながらライゼクスの背中に跨り、キッカは腰のポーチから魚を模ったアイルー用の剥ぎ取りナイフを手に持った。

 

 「フェニーと鍛えたボクのロデオ、お前に味わわせてやるにゃー!」

 「グッグギ、ギギッギギオオォォ!!」

 

 背中に張り付いたキッカの感触が不快なのか、ライゼクスは頭を左右に振り回し、小刻みにジャンプしている。そんなライゼクスの背中から振り落とされまいとキッカはトゲにしがみつきながら手に持ったナイフを甲殻の割れ目に何度も突き立てていた。

 

 「ネコ、さん……」

 

 キッカの勇気ある行動に救われたアンジェは、自分が未だに窮地から脱していないのも忘れてライゼクスの背に跨るキッカの姿を見つめていた。そんな彼女の身体に吹きかけられる、緑色の霧。岩陰から姿を現したガッシュの放った回復弾だった。

 

 「悪い! 待たせたな!」

 「ガッシュ、さん……」

 

 アルバレストを小脇に抱えたまま片手でアンジェの首根っこを掴んで引き摺るガッシュ。少々乱暴なやり方だったが、至近距離で暴れ回っていたライゼクスから距離を離す事が出来た。

 

 「ごめん、なさい……私、役に立てなくて……」

 「なに言ってんだよ。全然そんな事ねぇって! あんなデカブツ相手に逃げも隠れもしないんだからよ。お前が頑張ってくれたおかげで準備は万端だ。サンキューな」

 

 アンジェと協力関係になる事が出来れば、このクエストは成功する。そんなガッシュの予想は先程のアンジェの立ち回りを見て再度間違ってはいなかったと確信に至るものがあった。彼女との信頼が無ければ今行おうとしている作戦も成功してはいなかっただろう。ガッシュは感謝してもしきれない思いだった。

 

 「うらにゃー! いい加減、観念しろにゃー!」

 

 ガッシュの放った徹甲榴弾と拡散弾によって傷つけられた甲殻に、キッカの持つナイフが深々と刺さる。背を刺激する鋭い痛みに堪らなくなったライゼクスは翼を出鱈目にばたつかせながら地面に倒れ込んだ。

 

 「旦那さん、今がチャンスにゃ! ビシッと決めちゃえにゃ!」

 「おっしゃ、行くぜ!」

 

 二つ折りにされたアルバレストの機関部にガッシュの用意した『とっておき』が装填される。そうしてフレーム同士を連結させて抜刀状態のアルバレストを形成。トリガーを引くとアルバレストの銃口から僅かに赤い光が灯り、光は徐々に大きくなっていく。やがてフレームの連結部分からも漏れて見える程大きな光になると、アルバレストの銃口から大きな炎の弾が射出された。

 

 「光れええええええぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 射出された弾丸はのた打ち回っているライゼクスの胴体に着弾すると同時に大爆発を引き起こした。アンジェが先程見ていた大タル爆弾の比ではない。ライゼクスの身体が丸ごと包み込まれる程の、まるで地上に太陽が下りてきたのかと錯覚するほどの巨大な炎がライゼクスの身体を焼き焦がしていた。

 

 「─────、─────!!」

 

 炎の中で、黒い影が暴れ回っている。ライゼクスの物と思われる悲鳴も、その体に充填した電力が許容量を超える損傷を受けて爆ぜていく音も、全てが激しく燃え盛る炎に掻き消され、ライゼクスは炎が収まると同時にその爆心地の中心で息絶えていた。

 

 「これが、とっておき……」

 「おし、これでクエスト完了だな」

 

 アルバレストを折り畳んだガッシュがライゼクスに近付いていき、適当な鱗と甲殻の欠片をポーチに入れていく。クエストが完了した証明として、ギルドに提出する為である。

 

 「しっかし、大丈夫かなーこれ。状態が良くないから駄目だーとか言われねぇかな。なあアンジェ、お前証人になってくれ……なにやってんの?」

 

 一通り剥ぎ取り終えては、剥ぎ取った素材の状態を見てぼやくガッシュが目にしたのは地面にぺたりと座り込んだままのアンジェの姿だった。

 

 「その……やっと終わったと思ったら、足が……」

 「ハンターさん、ホッとしたら腰が抜けちゃったのかにゃ?」

 

 強力なモンスターが多く存在する飛竜種であるライゼクスとの激闘を終えて、アンジェは緊張の糸が途切れていたようである。キッカが立たせてあげようと手を貸しているものの、一向に起き上がる気配がない。しばらくは治りそうにないと見かねたガッシュがアンジェに背を向けてしゃがみこんだ。

 

 「マジか……しょーがねぇなぁ。ほらよ」

 「……あの、これは?」

 「負ぶってやるから乗っかれよ。歩けねぇんだろ?」

 「いえ、恥ずかしいので私は……ひゃあぁっ!?」

 「ほらほら、ハンターさんはえむぶいぴーなんだから遠慮しないでいいにゃ。思う存分旦那さんを使ってにゃ」

 「ね、ネコさん!?」

 「お前あとで覚えてろよ」

 

 ガッシュの提案に抵抗があるアンジェだったが、そんな彼女の背中をキッカがぐいぐいと押し出し、無理矢理ガッシュに負ぶらせる。パニックになってきょろきょろと辺りを見回すアンジェだが、ガッシュ達にされるがままになっている状況は変わらぬままだった。

 

 「うし、そんじゃあキャンプに帰るか」

 「え!? このままですか!? あ、あのっ! えぇっ!?」

 

 羞恥で顔を紅くするアンジェと、そんな彼女を負ぶってキャンプへの道を歩むガッシュ。二人の得物を担いでのしのしと歩を進めるキッカ。彼らの顔に陰りはない。成すべきを成した晴れやかな雰囲気が彼らを包んでいる。

 ガッシュ、アンジェ、キッカ。彼らの奮戦により、ライゼクスの狩猟は見事成功に終わる事が出来たのだった。

 

 

 

 

 

 「恥ずかしい……」

 「んだよ。まだ言ってんのか?」

 

 ライゼクスの討伐が完了してから翌日の事。ガッシュ達はアプトノスの牽引する竜車に揺られながらココット村へ戻る道を辿っていた。アンジェの傍らではキッカが鼻提灯を膨らませている。

 

 「しょうがねぇだろ歩けねぇんだから。あのまま置いて行く訳にもいかねぇって」

 「それは、その……。え……?」

 「んあ? ……何だ、やけに人だかりが多いような」

 

 会話の途中で唐突にアンジェの表情が固まったのを見て、ガッシュは彼女の視線の先を追った。ココット村はもう目と鼻の先にあり、そこには多くの人がガッシュ達の乗る竜車を待ち構えていた。そこには村人とは異なる意匠の衣服を身に纏っている者達もいる。村の外から来た観光客というのも考えられるが、ガッシュはどうも様子が変に見えてならなかった。

 

 「アンジェ! アンジェー!」

 「お父、様……?」

 「は? 親父だぁ?」

 

 そんな人だかりの先頭に立つ、大きく腕を振ってアンジェの名を呼ぶ男性の姿にアンジェは信じられない物を見ているような素振りを見せていた。男性の傍らにはメイド服に身を包んだ女性の姿も見える。明らかにそこらの村人には見えないのだ。

 

 「なんだありゃ? おいアンジェ。どういうこったよ」

 

 手っ取り早く疑問を解決したくなったガッシュがアンジェに詰め寄る。そんなガッシュに対し何か思い詰めていたような顔をしていたアンジェは、やがて意を決したように神妙な面持ちで、静かにガッシュに話しかけた。

 

 「……まだお話していませんでしたね。ガッシュさん。あなたがベルナ村の生まれならば、アルミエーナ家の事は御存じですね?」

 「そりゃまあ、俺の村じゃ知らない奴はそうそういないと思うぜ。龍歴院が持ってる飛行船を使って流通経路を作って商売を始めた大金持ちだってな。ベルナ村と他の村とを飛行船で行き来させて自分ち村の特産品を相手の村に売ったり買ったりして、そうしていく内にいつの間にかハンターも行き来するようになってたんだっけな。……で?それがどうしたよ」

 「……私は、その家の娘です。本当の名はアンジェリカ・アルミエーナ。今まで隠していた事をお詫びします」

 「あーなるほどね。つまり金持ちん所のお嬢さんだったって事。はっはーんなるほどね。……ん? あー? あ?」

 

 

 

 

 

 「はああああああああああ!?」




 ライゼクス格好良いですよね。防具もいいデザインしてるし適度に強くて戦ってて楽しいし、いいモンスターだと思うんですよね。青い方? ……さて、何のことでしょう。

 さて、今回も最後の方で独自解釈というか私の勝手な妄想が出て来ました。はい。
 MHXになってから過去作の村との行き来が出来るようになったのはなんでかって話なんです。どうしてだろうって思ったんですよ私自身。
 そこでふと思いついたのが龍歴院の飛行船でした。龍歴院が使ってるあの飛行船を研究のための移動以外にも使おうとした誰かがいたんじゃないかって思ったんです。そんでもって過去作の各村との繋がりを持たせようとしたんじゃないかって思ったんです。全部私の妄想の中のお話ですしこれから先の物語にどこまでかかわっていくか分からないけどそう思ったんです。
 少しだけ本音を言いますと最初の方の話のあとがきでも食材とかは飛行船に乗って運ばれてくるって書いたのをそれっぽくつじつま合わせしてみたかっただけですハイ。これからこの要素が本編にどう絡んでくるのかと聞かれると上手くお答えできないです。今回限りで出て来なくなる可能性も無きにしも非ずなので。

とにもかくにももう少しでココット村でのお話も終わりになります。続きも少しずつ書いていきますのでもうしばらくお待ちください。
感想評価お待ちしております。


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第23話「一難去ってまた一難」

お久しぶりです。
書くことへの熱が上手く出ない時期が続いてました。


 (うーん……)

 

 アプトノスの引く竜車が止まり、アンジェが竜車から降りる。彼女の後に続くように、ガッシュはいまだに鼻提灯を膨らませているキッカを小脇に抱えて降りた。

 

 (いきなりの事過ぎて実感沸かねぇ……。嘘じゃなさそうだけどよ)

 

 すぐ目の前で父親らしき人物の熱い抱擁を受けているアンジェの後姿を見ながらガッシュは小さく唸っている。

 

 「アンジェ……あぁ、良かった。飛竜を討伐すると聞いて屋敷を飛び出してきたのだ。怪我はないか? もう大丈夫だぞ。腕の立つ医者を大勢連れてきた。痛む所があればすぐに言いなさい」

 「お、お父様……私なら平気です。少し痛むだけですか―――――」

 「何いぃぃ!? 体が痛むだとぉぉ!?」

 

 遠慮がちなアンジェの小さい声をアンジェの父親の絶叫に近い大声が遮る。アンジェの父親はすかさず背後に控えていた医者や従者の方へ必死の形相で振り返った。

 

 「娘を竜車へ乗せろ! 近くの別荘で緊急手術を行う!」

 「へ? あの、お父さ―――――」

 

 大した傷じゃない、とアンジェ自身が訂正しようとするよりも早く、彼女の父親の指示で動く従者達がアンジェをあっという間に囲んで彼らが乗ってきたであろう竜車へと運び込まれてしまった。ガラス窓の付いた豪奢な竜車ではすでに御者が手綱を握っており、いつでも出られる状態に持ち込まれている。アンジェの父親が竜車に乗り込もうと振り返った一瞬、ガッシュと目が合った。鬼気迫る様相の眼差しを一身に受け、ガッシュはびくりと体を強張らせる。

 

 「今は火急の事態ゆえ失礼するが、事が終わり次第詳しい事情を聞かせてもらう! もうしばらくこの村に留まっていたまえ!」

 「え? いや、ちょ―――――」

 「出せ!」

 「はっ!」

 

 アンジェの父親と、彼の周りに仕えている従者達の放つ気迫に押され、ガッシュが狼狽している間に竜車はすぐさま村を発ってしまった。

 

 「……やべぇ、まじやべぇ。なんつーか……やべぇ」

 

 徐々に去っていく竜車の後姿を眺めていると、両足が小刻みに震えてきた。同時に、小脇に抱えていたキッカの事を思い出して視線を落としてみる。彼は未だに鼻提灯を膨らませていた。

 

 「ぐぅ」

 「なんで起きねーんだこいつ……」

 

 

 

 

 

 「……って事があってさ。もう訳分んねーや」

 「おやおや、それはそれは……」

 

 アンジェがアンジェの父親に連れていかれ、手持ち無沙汰になったガッシュはこの村に何度も通っている小さなレストランに足を運んでいた。相変わらず人気のない店内をちらりと一瞥しながらガッシュは店主に事の次第を話している。キッカは隣の椅子の上で眠っている。

 

 「ご頭首はお嬢様の事を大層、それはそれは大層気にかけていますからね。私の方にも使いのアイルーが中々の頻度でやってきたものです」

 「そりゃそうだよなぁ。自分の娘がハンターなんかやってたらそりゃあ……ん? 今なんて?」

 「あぁ、そういえばまだ言ってませんでしたね。実は私、アンジェリカお嬢様のお父上に仕えてる身なんです。今もこうして村の人間の中に溶け込みながらお嬢様の動向を伺っていたのですよ。もちろん、あなたの事も。この村に来てからのあなたの行動はすべてあちらに伝えてました。いやぁ、今まで黙っていて申し訳ない気持ちでいっぱいです」

 「白々しく聞こえんのは気のせいか?」

 「まあまあ。何はともあれ件の竜も退治してくれましたし、こちらとしては大助かりですよ。さ、そろそろお腹も空いてくる頃でしょうし、今日は大サービスしちゃいますよ」

 

 店主は丸眼鏡を掛けた目で小さくウィンクすると厨房の奥へと入っていった。何かの下ごしらえをしているらしく、規則正しく叩く包丁のトントンという音が聞こえてくる。グラスに入ったぬるめの水を一口含んでガッシュはため息をつく。

 

 「んなこと言われてもなぁ……。さっきのアレのせいでそんなに腹減って……、……減ってきたわ。なんで分かったんだ?」

 「むにゃ……おさかな……」

 「まだ寝てんのかこいつ」

 

 眉を顰めるガッシュ。店主の話が引っかかるが、しかし体は正直だった。具体的に言えば空腹である。空腹になるにつれて、ガッシュの関心も厨房の方へと向かっていった。

 

 「あー……めっちゃいい匂い」

 

 厨房の方から漂ってくる匂いに意識が向き、次第に夢中になっていくガッシュ。揚げ物を作っているのだろうか。チリチリ、ピチピチと弾けるような音が聞こえてくる。どんなものが出てくるのだろうか。厨房の向こうで出来上がっていく何かに思いを馳せていると自然と顔も綻んでくる。先ほど店主が気になる事を言っていた気がしたが、そんなものは目の前に置かれた料理を目にした今ではもうどうでもよくなっていた。

 

 「ささ、出来立ての熱いうちにどうぞ」

 「おぉー、旨そう。それじゃあ早速っ!」

 「いただきますにゃ!」

 「起きてたのかお前……」

 

 ナイフとフォークを手に取り、切込みを入れるべく狙いを定めるのは皿に乗せられた掌ほどの大きさの揚げ物。ざくりと心地の良い音を立てて衣が裂け、その隙間からさらさらと肉汁が流れてくる。続けてナイフを入れ、一口大に切り分けて断面を見てみる。ガッシュはこの料理が自身の予想していたものとは違っているのに気が付き、眉を顰めた。

 

 「肉だ」

 「ええ、肉です。メンチカツですからね」

 

 店主曰く、ミンチにしたアプトノスの肉を揚げたものらしい。肉だけという訳ではなく、よく見れば細かく刻んだ玉ねぎも混ざっていた。早速一口頬張る。サクサクとした衣の歯触りと、噛むことで出てくる肉汁が口の中を旨味で満たしていく。ミンチにされたアプトノス肉もひとたび噛めばあっという間に解れていくほど柔らかい。時折噛み潰す玉ねぎのシャキッとした触感とほのかに感じる甘みがガッシュの頬を緩ませる。付け合わせのパンも美味く、これをメンチカツに挟んでみたら面白そうだとガッシュはなんの気なしに考えていた。

 

 「うん、うまい」

 「それは何より。あぁ、ソースとレモンを忘れずに。それがあるともっと美味しいですからね」

 

 言われるがままガッシュはメンチカツにソースをゆっくりと垂らす。黄金色に揚がった衣に濃い色のソースが染み込んでいき、その上からさらにレモンを少し絞る。そうして切り分けたメンチカツに思い切りかぶりつく。初めに感じるのは先程とは一味違う衣の触感。香ばしく仕上がった衣のサクサクとした歯触りとソースの染み込んだしっとりとした柔らかな衣の味わい。噛む度にソースを吸った衣とミンチにしたアプトノス肉の肉汁が合わさり、より濃厚な味へと変化していく。そしてあらかじめ絞っていたレモン汁のすっきりとした酸味がメンチカツの濃厚さを程よく中和してくれる。

 ガッシュは感動した。肉を使い、油で揚げ、それでいてもたれていくような重さがない。パンと一緒に食べてもいいしそのままでもいい。ベルナ村ではブルファンゴのステーキばかりかっ食らっていたが、こんな肉料理がこの世にあったとは。あれはあれで好きなのは揺るがないが、これもこれで好きになりそうだ。否、恐らくもう虜になっているだろう。現にメンチカツの乗っていた皿は既に空になっていた。

 

 「はー、もうなくなっちまった。でも旨いもん食えて幸せだぁ……」

 「ふふ、それは何より。おかわりはいかがです?」

 「おうよ。クエスト終わりで報酬も貰ったしな。今日は腹いっぱい食いたい気分だぜ」

 

 狩りを終えた達成感と満腹による充足感に包まれ、ガッシュは日が沈んで空が暗くなるまで上機嫌のまま一日を過ごしていた。

 

 

 

 

 

 次の日の朝。ガッシュは寝泊まりしている宿の戸を叩く音で目が覚めた。

 

 「んぁ、なんだぁ……?」

 

 微睡む目をこすりながら戸に手を伸ばす。こんな朝早くから来客なんて珍しい。そんな呑気な考えを頭の片隅に浮かべながら。

 

 「あー、どちらさんっす……か」

 

 開いた戸の隙間から差し込んでくる日の光の痛みも忘れ、ガッシュは目の前の光景に口をぽかんと開いて呆然としていた。戸に手を置いて固まっているガッシュを囲むように黒服の男たちが待ち構えていたのだ。あの時アンジェを竜車に乗っけていった、アンジェの父親が従えていた従者達だった。

 

 「ガッシュ・バートン様。ご頭首の命によりお迎えに参りました」

 「え……」

 

 眉一つ動かさず淡々と告げる黒服の男と、そんな彼とは対照的にガッシュの顔は次から次へと冷や汗が浮かび上がっていく。

 

 「いや、ちょ……待っ―――――」

 「アンジェリカお嬢様もお待ちしております。さあ、こちらへ」

 「こちらへってどういう……わ、ちょ、待てって待てって! うっそマジ勘弁だから! キッカ助け寝てんのかよお前えええぇぇぇ!!」

 

 じりじりと後ずさりながらガッシュは戸を閉めようと腕を引く。が、戸が閉じるよりも早く黒服たちが宿の中へ雪崩れ込み、ガッシュを囲んで担ぎ上げ、竜車の中へと連れ込んでいく。座椅子に座らされる直前。彼は自身のオトモの安否が気になり振り返るが、彼は未だに夢の中。黒服の男に抱きかかえられながら心地よさそうに鼻提灯を膨らませていた。

 

 「うおおおおぉぉぉ!? 誰か……誰か助けてくれええええぇぇぇぇ!!」

 

 先程まで寝泊まりに使っていた宿が遥か向こうへ遠ざかっていく。ガッシュが泣いても叫んでも誰も彼を助けるものは現れなかった。

 

 

 

 

 

 「いやぁ助かりました。ハンター様のおかげで当分の間はこの村も安泰でしょう。うちの村にも若いハンターがいますが、流石にあのリオレウスを相手にするのは難しく、今回こうしてお力添えを頂けたのは何より幸いで……」

 「…………」

 

 それはこの世のどこかにある、小さな小さな村での出来事だった。村の名物にと建てられた風車の回るのどかな雰囲気の感じられる村で、白髪と小皺が目立つようになってきた年齢の男性が止まらぬ冷や汗を拭いながら、荷台に乗せられた“ある物”を眺めている女に平身低頭していた。

 金属とモンスターの甲殻で作られたドレス。そう形容するのがしっくりくる防具を身に纏い、腰には極めて細い刀身をした剣を携えている。どちらも同じモンスターの素材から作られているようで、共に紫色を基調とした甲殻や鱗が各所にあしらわれていた。村にいる者でなくとも、女の成りを一目見ればわかるだろう。彼女がハンターだと。

 何より、彼女と相対している男性その人が彼女を呼んだのだ。ハンターとして、村の近くに現れたモンスターの狩猟を依頼するために。我が子を死地へ追いやらぬためにと、決して多くはない財の殆どをはたいて依頼したのだ。そしてそれは一切の滞りを見せることなく終わり、更には討伐よりも難易度が高いとされる捕獲という形で終わらせていた。

 モンスターの図鑑や村の外からくる商人が売りつけてくる素材の端っこ程度でしか知らない火竜リオレウスが目の前で規則正しい寝息を立てている。いびき一つをとっても村の家畜のアプトノス等とは比べ物にならず、男性はその圧倒的なまでの火竜の巨体とそれを捕獲せしめた女の平静としている様子が異様に感じてならない。火竜も女も、どちらも等しく恐ろしかった。

 

 「あの、ハンター様……?」

 「……失礼。少々考え事を。用は済んだ事だし私はこれで失礼するよ」

 

 女は男性から渡された報酬金を受け取ると、村を出るべく火竜の乗せられた台車に背を向ける。その途中、村長が言っていた件の狩人が捕獲された火竜を呆然と見上げていた。

 装備はレザーシリーズに武器はハンターナイフ。一目見ればすぐに分かる駆け出し具合だった。村付きのハンターがあれでは空の王者の名を持つリオレウスを相手にするのは無謀すぎる。他の誰かに声がかかるのも無理のない話だ。女は一瞬横目にその姿を捉え、すぐに視線を戻して村の出口で停まっている竜車へと向かう。恭しく礼をする御者のアイルーに女は次の目的地を静かに告げた。

 

 「ココット村へ」

 「はいですニャ。うにゃっ」

 

 アイルーが手綱を握り、竜車に繋がれたアプトノスがのしのしと重たい足を持ち上げて竜車を引いて進んでいく。目的は行く先の村にある飛行船の発着場。本当の目的地はココット村から飛行船で向かうベルナ村であった。ここからココット村、そしてその先のベルナ村まではかなり長い道のりになる。今から竜車を急がせたところで大して時間は変わらない。故に竜車の進みには慌ただしさはなく、女も呑気に遠くの景色を眺めており、アイルーも急かされないと分かってからは鼻歌交じりに手綱を動かしている。一行の旅路はいたって悠長であった。

 



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