魔法少女と悪を背負った者 (幻想の投影物)
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新月訪れし
不幸・転生


にじふぁんより移動してきました。幻想の投影物です。


ここは全てが真っ白の部屋。

ここにあるのは白い椅子と白い机。

その椅子に座ってこちらを見ている老人だけであった。

 

「よくぞここまできた。まあ、座るといい」

 

そう言って目の前の老人は着席を促してきた。それに従い素直に座り、老人に向きなおって言を紡ぐ。

 

「それで、やっぱり俺は死んだんですかね」

 

「…理解が早い。その通り、だと言っておこう」

 

やはり想像どおりらしい。だが未練は無いし、残すようなこともしなかった。生来より人よりも運が悪かっただけ。小さい頃はいつも大きな怪我をしてばかりであったし、かつあげ等もざらであった。死因もそれと同じで、運悪く重傷を負い、運悪く病院に着くまでの間に処置が間に合わなかっただけだ。思考の海から浮上したその時、老人が感心したように口を開いた。

 

「激昂しないのだな、久しぶりに見るパターンだ」

 

「いや、したところで何が変わる。というわけでもないですし、あなたが悪いわけでもないでしょ―――」

 

「いや、実は私のせいだ。」

 

「は?」

 

生前の考え事が吹き飛んだ。いやいや、この人何をおっしゃっているのか?まさか魂を連れていく死神か人の魂を管理する閻魔―――

 

「後者の回答が近しいであろうな」

 

「人の考え事に口はさむのはどうかと、というかやっぱり読めたんですね、心というか頭の中」

 

「That’s right.ついでに私は『神』だといっておこう」

 

そのたたずまいや態度からある程度の予測はしていたが、面と向かって言われるとより一層、目の前の人物が神々しくも見えてくる

 

「それはともかく、あなたがやったと?」

 

「うむ、それで間違いない」

 

要するに俺はこの御老公のせいで死んだと……

あるんだなーそんなミス。神様も万能ではないってか

 

「That’s right.あと、君のそうなった原因は管理の時にまれに起こりうるミスでね、『今』の君にあるはずの幸福を入れ忘れ、平均値-2くらいの量で輪廻から送り出してしまったのだよ」

 

「はぁ。つまり、俺の今までの不幸はそれが原因でもたらされたと。先ほどパターンって言っていたということは他にも何人かいて、それでこれを聞くと殴りかかってきた。ということですか」

 

「先ほどから実に察しがいいな。それで私に掴み掛かるかね?それで君の憂さが晴れるならとことん付き合おう」

 

老人はそう言ってニヒルに笑ったが、ため息ばかりが出てくる。

 

「そんな度胸も趣味もないので遠慮します。で、死んだことはそうとして、こうして話すということはこのまま死んだ先には行けないということですね?」

 

「ああ。その他にも事があるのでここに留まってもらったが、君に対する謝罪をせねばなるまい。こんな言葉でも受け取ってほしい。

―――すまなかった」

 

「いいですよ。俺が怖かったのは、死んだ先は何も考えられない『無』しかないのか、それともってところだけでしたから。というかもう少し感情こめましょうよ」

 

「なかなかに面白いことを考える。普通、その年の頃はもっと楽しむものだとも思うがね。まぁ、感情の方は少しばかり難しいが」

 

それからはしばらくの間、二人は会話を続けた。内容はこれからの事について。これまでの不幸な人たちはこのままリセットされ輪廻に戻っていくか、記憶を持ったまま輪廻に入るというもの。

後者はいわゆる『転生』で元々居た世界とは違う法則がある世界に行くというものであり、生きたい世界があるのなら自分で選べるらしい。だが、前者と後者のどちらの場合も蘇ったとき、自分で選んだ特典を持つことができ、その特典の制限はその世界によって変わるが、神に匹敵するほどの力は選べず、地球全体規模の大災害程度が限界らしい。(十分だと思うが)

また、どんな能力であっても、神が思考を読み取り、その力を決定するとのこと。ちなみに、その力を使い世界の運行に危害を加える、もしくは世界を滅ぼそうとすると、この神とは関係なく『世界』自身からのペナルティがあるようだ。要約すると「この世界に入れてやったんだから勝手に暴れるな」とのこと。世界とて生きているのだから当たり前だとは神(老人)の談。

しばらく思考にふけり、出した答えは

 

「分かりました。『転生』にします」

 

「あいわかった。特典のほうはどうする?」

 

「『この世全ての悪(アンリ・マユ)』でお願いします」

 

「……アレとて神の一柱、神には近づけぬといったが?」

 

「いえ、fateというゲームに出てくる聖杯の泥と彼の英霊としてのスペック、加えて俺の考えた追加要素さえあればそれでいいです」

 

「ふむ、本当に変わった奴だ。今までにはない新しいタイプだよ。どれどれ?……ほう、これはまた面白い。まさに信仰を受けて力をつける神、いや畏れを形成し形作る妖怪のような存在が近しいか……。ふむ、承諾しよう。君はその道を歩むことに迷いはないな?」

 

「ええ、決して」

 

老人…いや、神はこちらの目を覗きこんできた。

その真っ直ぐな視線を、真正面から受け止める。

 

「…ならば送ろう。世界はどうする?」

 

「ランダムでお願いします」

 

そうか、といって神はあごひげを撫でた。

どこかしらおもしろげに笑うと。

 

「それらの願いは確かに受け取った。これは定型文だが君にも送っておこうか

―――次なる人生こそ君に多くの幸あらんことを―――

これから悪を背負わされる者に言うのも変なことだが、謝罪と一緒に受け取ってくれたまえ。

ではさらばだ。選んだ力とその特性ゆえに、一つどころの世界に留まることは難しい、かつ渡ると同時、その世界に囚われてしまうという奇妙な現象が起こるため、君の魂はもう輪廻に来ることも無いだろう」

 

そう言ったと同時、俺の内面には変化が訪れ、足元には底の見えぬ大穴があいた事に気づいた。これは……

 

「ああ、言い忘れていたがすでに力はついている。魂の進化とも劣化とも取れぬ異例ゆえ年齢の成長は打ち止められているだろうな。死にはするので気をつけるように」

 

「りょーかい。俺はオレとして楽しませてもらいますかね…ッ!?」

 

そう言い残し『悪』となり口調も魂も変わった青年は穴に落ちた瞬間、苦悶の表情を浮かべながらこの白の世界から姿を消した。

そこに残されたのは再び神が一人だけ。

 

「ふむ、中々に面白い。元々が背負わされたモノゆえに、人の負の感情を吸い取り、自らの力へと変え、泥へと還元する能力か。まぁ今回の峠を越えた後、あ奴の生きざまを覗いてみるのもよかろうて」

 

依然と終始変わらぬ口調で神はひとり呟いた。

ふと何かに気付いたようで、感慨深い表情から一変。初めのような無表情になり、姿勢を正し、ある方向を向いてその言を紡ぐ。

 

「よくぞここまできた。まあ、座るがいい」

 

これからも神は魂を導き続ける。それがこの神の役割であるのだから。

輪廻は終わらない。

 




さて、短めのお話なのは目をつむってください。
はじめまして皆様。これからこのサイトにお邪魔させていただきます。


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人物・紹介

説明会です。ネタばれはないのかも。
次に飛ばしてもらって大丈夫です。


主人公

 

アンリ・マユ(この世全ての悪)

 

特徴

生前は高校生。生まれ持った不幸に嘆きつつも、それを受け入れたのが小学校頃だったので、常にというわけではないが、何事に対しても冷静思考を巡らせることができる(あくまで思考であって、表情や表現は人並みにしている)。決して某フラグメイカーの様に髪がツンツンしていたり、赤みかかったりはしていない。そして「不幸だ」とも「なんでさ」とも言わない……かもしれない。

名前は生前の名前を輪廻の際に置いてきたのでそのまま自分が貰った能力『アンリ・マユ』を使用している。身体的特徴はほとんど原作のアヴェンジャーと変わりないが、元々の主人公の容姿をしているため、身長や体重はそれに準じたものとなる。口調そのものはどこにでもいるような口調だが、一人称が『俺』から『オレ』になるなど、いくばくかの影響はあるようだ。

 

能力

前の話で神様が言ったことと同じ。基本スペックは『英霊アンリ・マユ』だが、聖杯からあふれた魔力と悪意の塊の『泥』や彼自身がつけた能力のうちの一つに『人の悪意や負の感情を他人から回収し、自身の一部である泥と同化させる』という能力がある。神の言った通り、人々の『悪意』を『信仰』や『畏れ』のような祈りへ変え、己を保つとともに自分自身の魔力限界量(要はMP)を底上げしているため、実質上の『魔力切れ』の現象が起きない。

他にも、原作Fateの似非神父のように泥を触手の様に鞭として使ったり、更にはその泥に乗って空中戦闘をも可能にした。ちなみにホロウの『繰り返しの四日間』に出現する『無限の残骸(アンリミテッド・レイズ・デッド)』もむしろ本体ともいえる泥を応用して再現可能であるため、一対多数や諜報活動、身代わり等の時は重宝できるが、泥自体が(本人がなるべく抑えているとはいえ)悪意と魔力の塊なので案外容易に発見される。パロメータは神の加護もあり(悪が神の加護を受けるというのもおかしな話だが)、基本的に原作よりいくばくかの上昇をし、低~中程度のランクの英霊となら少しは渡り合えるだろう。泥そのものは地面から染み出てきたり、虚空から現れるので奇襲にも有効である。

 

ステータス

 

クラス:アヴェンジャー

真名:アンリ・マユ

性別・年齢:男・17~18(外見年齢)

属性:虚無

身長:174cm

体重:59kg

パラメータ:()内は泥でブーストもしくは何らかの方法で強化時

筋力・D(C+)

耐久・E(D+)

俊敏・C(B+)

魔力・B-(EX~∞)

幸運・C

宝具・D~B+

クラススキル

対魔力:D

一工程による魔術を無効化する。効果としては魔除けの護符程度。

 

浮かばれぬ怨恨:A

傷を受ければ受けるほど、傷を負わせた相手に対して魔力ダメージを追加する。なお、傷を負わせた相手にのみ効果がある。

ランクAは与えたダメージと同等の魔力ダメージを負わせるまで追加可能。

 

保有スキル

殺害権限:―

人類に対する絶対殺害権限。英霊クラスの超人であろうと、人間である限りアンリ・マユには勝てない。ランクがないのはこれを保有する英霊がいないので、彼だけの神秘の独占により神秘性が向上しているから。

 

聖杯:EX

聖杯とつながりがあると付属されるスキル。召喚後の現界維持だけでなく、その他の魔力も聖杯からのバックアップを受けることができる。ランクによって受ける恩恵(魔力)が増減し、一時は聖杯そのものであったので魔力を消費する行動すべての恩恵を受けることができる。

 

神性:C+(A+)

元は悪神であり、本来は最大の神霊適性を保有するのだが、彼自身は背負わされた人間に過ぎない。だが、魂を管理するほどの神格者と魂が触れ合ったことにより、いくらかの適性を得た。

 

単独行動:―

マスターからの魔力が絶たれても現界していられる能力。ランクがないのは、聖杯(泥と悪意)からの無限のバックアップによって魔力が尽きることがないため。

 

宝具

偽り写し記す万象(ヴェルグ・アヴェスター)

ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人

由来:ゾロアスター教経典「アヴェスター」の写本

「報復」という原初の呪い。

自分の傷を、傷を負わせた相手の魂に写し共有する。仮に右腕がなくなった場合にこの宝具を使うと、相手の右腕が同様に吹き飛ぶことはないが、感覚がなくなり、動かすことも出来なくなる。条件さえ満たせば、全ての相手に適用できる。高い魔術耐性を持つサーヴァントであっても問答無用である。

しかし、発動は対象一人に対して一度きり、放つのは自動ではなく任意発動。軽症ならばさして障害に出来ず、かつ今後同じ相手には使えなくなり、一方、致命傷では死亡してしまうため使うことができない。使いどころが非常に難しい上、互いに重傷を負って動けないという困った状況が出来る。本家アヴェンジャー曰く「傷を負わねば攻撃できない、クソッタレの三流宝具」。

なのだが、神が手を加えたので『対象に対して何度も使用可能』という利点を得た。ランクやその他は上記の三流より推測したもの

 

無限の残骸(アンリミテッド・レイズ・デッド)

ランク:B+ 種別:対人(自身)宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人

由来:不明

もとは『繰り返しの四日間』で出現したアヴェンジャー本人の残骸だったのだが、このたびは宝具として昇華された。聖杯の泥を形成し、疑似的なサーヴァント(分身)を造り出す能力である。

ランクはFate/Zeroのアサシンから拝借。アサシンと違いその形と色はどのようにでも出来るのだが、上記のとおり元々が『人の悪意や負の感情』で出来ているので諜報にはあまり向かず、常に負のオーラを撒き散らしているので、アンリ本人を知る人なら気配で気付かれる。それ以外でも異様な雰囲気で消される可能性も。

この宝具は常時発動しているようなもので、アンリ本人が無意識下で『アンリ・マユ』の形を造っている。ただ本人を形作る泥は、元々の人間の体がベースとなっており、悪意を撒き散らすことはないので、彼自身と対峙しても、癇に障るような言動を言わない限りは悪意に曝されることはないだろう。

オリ宝具その一

 

この世の全ての悪背負わされし者(アンリ・マユ)

ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:無し 最大捕捉:現惑星の全人類

由来:無し

主人公が『この世全ての悪』となる時に神に頼んだ「加えたい能力」が宝具となっている。最大捕捉人数からもわかるように地球に生きる全ての人たちの悪意や負の感情といった人間の負の面を際限なく吸収し、魔力と泥へ変える宝具である。

これも無意識下での常時発動型の宝具であり、『この世』の『人間』すべての負を対象とし、負を魔力へと変換する宝具である。ただ、無意識下なのは魔力の『貯蓄時』であり『使用時』は使った分だけの人間の負の感情が魔力とともに使用者に流れ込んでくるという欠陥も併せ持つ。どんな状況であろうがそれを止めることはできないので、これもまた「クソッタレ」宝具の一つといえよう。だがこれにより、事実上無限の魔力をアンリは保有している。ランクが低いのはあくまで対象が『人間』限定であるためと、元々伝承として残されたわけでもなく、歴史が無く神秘性が低いため。ちなみにこの泥の魔力はアンリ以外は使用できない。(悪意に呑まれ廃人になるからでもある。)

もしも、『このアンリ・マユ』が伝承として綴られ、歴史家に紐解かれるようになるまでの年月と伝説を残せばランクが上昇し、今以上の効率で魔力に変換できるであろう。

オリ宝具その2

 

 

サブキャラクター

 

 

特徴

言わずと知れた魂の管理者。輪廻する魂を延々と浄化と回収を繰り返し、送り出している。神といえど、彼(?)一人でそれらの『作業』をおこなっているので、当然何年かに一度のミスがある。が、この作品の主人公の様に不幸だったりと、ミスした人間には死後、その魂を自室に連れてきて念入りに『転生』させる。主人公の後に来た人物がいたようだが、本編には何のかかわりもないのでご注意を。

作中には登場しないが、他の神やその眷族からはその役割上「管理人さん」とさん付けで呼ばれるほどの人気(?)をもつ。その世界では割と有名神のようである。

 

能力

基本、人の魂の管理という大きな仕事に就いているので、『万能』といっても差し支えないほどの力を持っている。あくまで『力』なのでミスもあるが、それをこの能力で補うことができる「使い勝手のいい能力」とは本人の談。浄化を行わず、送り出す『被害者』たちに能力をつけるのもこれを使用している。

『被害者』たちが浄化を行わずとも再び送り出すことができるのは、ミスをした場合は魂の中身に空きができるので、「その空き容量に記憶と人格を突っ込み、他の部分を浄化したと同時に能力を授ける」という力技極まりない方法を使っているため。

ちなみに『被害者』と話をしている際も並列思考で次々と魂の管理をしているので、ゆっくり話すことに管理の弊害はない。むしろ人間と話をすることができるので、新たな刺激にはちょうどいいとも考えている節がある。だからといって罪の意識がないというわけではない。

 




連続三島
今北産業

……なんか似てるわよね。


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生贄・悪神・召喚

第一町人、発見。


 先ほどの白い世界とは一変し、真っ黒で真っ暗な闇の世界がある。そこはいわゆる世界をつなげるトンネルのようなもので、普通の人間ではまず、お目にかかることも無いだろう。だが、苦悶の表情を絶やさず、痛みに耐えられぬ悲痛な声を張り上げ、誰にも聞かれることなくただ下に堕ちてゆく肉塊が一つ、そこには存在していた。

 

「ギィ―――ガッぁ!ウゲ…ぎッアああ嗚呼ああ嗚アアアアああ嗚ああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪アアアアアアアアアアアアアァッァ!!!!!!」

 

 その肉塊からはこの世のものとは思えぬほどの奇声。もし、これを聞き続けていた人間がいるとすれば、その人物は確実に発狂するだろうというもの。

 神の座でもある『白い世界』からここに堕ちてきた彼がこうなっていることには原因がある。

 彼が望んだ『力』は『この世全ての悪』の『英霊』としての能力という選択をしたことが入っていることに起因する。元々、原作の英霊となったアンリ・マユ。生前は魔術を知らず、加え、呪いなどの人を苦しめる魔術が発達した村で悪神として祀られ、苦しめられ、名前をはぎ取られ、この世の悪を『背負わされた』、ただの青年がそのスペックのまま英霊の座へ登録された。ゆえに英霊として彼と同じ存在、それを強化したような形に成ろうとするのなら、同じ手順をこのトンネルの中で『世界そのもの』から受けねばならない。

 それゆえに彼は苦しみ続けているのだ。

 

「アがぁ、ギイ………カハぁッ!!!!」

 

 痛みは、苦しみは、憎しみはまだ終わらない。だが気絶することも死ぬことも許されない。それでも自己を『保たされて』、延々と堕ち続けてきた彼は、いつのまにやら。ただの肉塊から人の形へと近づいていた。

 それでも己が望んだ力。何の苦労も無く手に入れることができるというのだから、この程度は甘んじて受け入れなければならない。生前の不幸によって養われた忍耐強さは、この時になって真価を発揮するとは、まったくもって皮肉でしかない。ただ、それでも、耐えることができたのならば――

 

「ヅゥあッ!ゴオェエエ!!」

 

 最後のトドメと言わんばかりに体の二か所を突き破るような、今までとは比べ物にならないほどの痛み。もはや痛みと形容することすら難しいそれを最後に、ようやく儀式は終了したようである。

 とたんに訪れた静寂に気が安らいだのか、単に精神が限界を迎えたのかはわからない。ただ言えることは、意識を手放した彼が延々と世界の間を堕ち続けることを始めた、というだけ。

 

 

 

 

 

 あれから何時間。何日・何月もの日がたったのだろうか。

 時間の感覚が判らなくなるほど昔に『この世全ての悪』をその身に刻む儀式を終え、自我と理性を取り戻した彼……いや、アンリ・マユはいい加減、堕ち続けるこの状況に飽き飽きしていた。時折動かす指や腕は人間のものとは思えないほどに伸びたり円を描くように曲がったりしている。

 そうした思わず目をそむけたくなるような単独エクソシストショーを繰り広げた彼は、気だるそうな溜息と共に言葉を吐き出した。

 

「オレの受け入れ先ってどんな所かねぇ?さっさと自分の足で歩きたいんだがなぁ」

 

 少しばかりあきれも入ったようだが、それも仕方のないことだろう。これまでの間、彼は自分の能力の確認と実証を繰り返し、完全に使いこなせるようになっていたのだから。もっとも、それを以ってしても世界の壁を越えることはできなかった辺りが彼の力にはたやすく限界があることを悟らせる。

 傍目で見ると危ない人の様に、ブツブツと一人で愚痴り始めた彼は今やただの肉塊から立派な人の形にまで復元されていた。

 ボサボサの黒い髪に、額には赤い布のバンダナ。上半身は裸同然であり、腕には黒い包帯のようなものを手の甲から肘のあたりにかけて巻いている。足にも同じものがあり、こちらは踵(かかと)を除いて脛(すね)から足の甲にかけてだ。ぼろ衣を腰布として使っているように深紅の布が巻かれ、その下には原作と違いしっかりと赤い布の下着をはいている。その全身には呪いの印である黒と赤の模様がのたうちまわるように描かれている。その呪いの模様も時折蠢いているあたりも、見る人によっては嫌悪感がわき出るだろう。

 彼が望んだ通りのサーヴァント『アンリ・マユ』としての彼の姿がそこにあったのだ。

 相も変わらず無限に堕ち続けていることには変わりないが。

 

「…ん? 何だこりゃ。なんか引っ張られるような感覚…まさか、召喚か」

 

 ちりちりと全身がむず痒くなるそれは、これまでに感じたことの無いものだった。

 そして、彼の予想は大当たり。彼を受け入れる世界の入り口でもある裂け目へようやくたどり着いたのだろう。引っ張られるような感覚は、世界そのものか魔力を持った人物が彼を召喚したことに他ならない。

 期待と興奮で顔をニヤケさせながら待っていると、彼の居た世界の一部にひびが入る。それはドンドンと大きくなり、ついにはピシッ、パキッと音を響かせながら世界の隙間が彼を受け入れるために口をあけていく。

 そうした罅の間をすり抜けると、彼にとっては久しい地球の景色が―――

 

 ―――無かった。

 

「ハァ?」

 

 アンリを待ち受けていたのは、決して地球のモノではない、いや、この世のものではないような全てがねじ曲がったような空間だったのだ。ドロドロと肌を伝うような空気は人を不快にさせ、そこに存在する物は見るだけで嫌悪感を呼ぶような形状をしている。だが、ここに入ったその瞬間、彼に負の感情が流れ込み、自身の泥の絶対量が増加したのを感じた。

 それは確かに『人間』が造りだした空間であるという証、同時に気付いたのは―――

 

「なるほど。人間の負の感情をそのまま世界として創られた『固有結界』みたいなもんか」

 

 『固有結界』。

 それは展開した本人の心情風景を現実へ侵食する『大禁呪』のことである。彼が一人納得を浮かべると、その世界に不釣り合いな明るい感覚を感じ、そちらにまだ慣れない明りの中で視線を向ける。

 すると、そこにいたのはマスケット銃と呼ばれる現代からみると古い武器を携えた少女で、その少女にはあまりにも不釣り合いなほどの大きさの砲身には、これでもかというほどの魔力が感じられる。

 しかし、衝撃的だったのは彼女の銃口が向けられるソレはその銃を向けるに値する存在だったのだ。

 彼女の眼前に存在する大きな目玉には、直接髪の毛と人間の口がついたようなグロテスクな外見をしていて、その球体からは毒々しい色に染まった血が流れている。マスケット銃を構えた黄色の衣装に身を包んだ少女にはその巨大な髪の毛の束が向かっており、それは人間をたやすく握りつぶせるほどなのだろうと、アンリはその強度を予測した。

 そんな時だった、均衡状態に陥っていると思われた少女は好戦的な笑みをその怪物に向け、重心に貯めていた魔力を更に集束させたのである。

 

「ティロ―――」

 

 言葉と共に、一段と砲身の魔力が高まった。どうやら必殺技を打つらしい事が見受けられる。

 だが―――その時、彼女の後ろに小さな影が浮き上がっていた。巨大なマスケット銃を構えた少女は眼前の化け物に神経を注いでいて、気付いていないようにも見える。それに気付いた瞬間、アンリは己の足を獣の如く不格好に、それでいて常識外の速度でその少女へと飛びかかっていた。

 

「フィナーレ!」

 

 少女の叫びと共に、大爆発が巻き起こる。煙が晴れるとあの怪物は髪の毛を残して巨大な風穴を空けており、かと思えば、小さな黒い卵のようなものになって姿を消してしまった。

 だが、彼女の後ろに在った影が実体を持ち、腕だけの化け物がその掌にある鋭い歯を覗かせて襲いかかっている。その風を切る気配に気づいたのか、彼女が其方に振り向いたときには既に腕だけの化物との距離は―――

 

「え?」

 

 悪寒に従って振り返った少女は心底不思議そうな声を上げた。目の前には大口を開け、その歯で切り裂かんとする化け物がその瞳に映っていたのだから。だが、時既に遅し。銃を取り出すスペースも、生成する時間も、急場に対応できる経験でさえも、彼女には不足していた。

 その化物の残骸が彼女の首をもぎ取ろうと指を伸ばした瞬間―――間に割って入る影がひとつ。

 

「シャッオラァァアアアアアア!!」

 

 ズチャアッ、と肉の引き裂かれる不快な音と共に、少女の眼前に迫っていた化け物が僅か数センチというところで真っ二つにされた。切り裂かれた化け物は面に受ける空気抵抗を受けながら、少女の両脇をすり抜けると重力に引かれ、地面へと落下し跡形も残らず消滅した。

 少女はよほどの油断と恐怖を覚えていたのか、後になって襲ってきた緊張からその場にへたりこみ、化け物を切り裂いた人物をただ、茫然と見上げる。化け物を切ったと思える、歪な形をした逆手の短剣を両手に持つその『男』は、少女に笑いかけながらこう言った。

 

「あーっと、成程? 嬢ちゃん、アンタがオレの『マスター』か」

 

 そこまでが限界だったのだろう。

 張りに張った緊張の糸がぷっつりと切れ、なぜか心にわだかまりを残すよう、掛けられた言葉の意味を疑問に感じ、少女は意識を手放す。その直後、目の前の男――アンリは仕方ない、といった風に片眉を吊り上げて彼女を抱きとめるのであった。

 

 

 

 

 

「う……ん」

 

 いつの間に移動していたのだろう。そんな疑問がわきあがる前に、慣れ親しんだ触感が手から感じられる。目を覚ましたその場所は自身がよく知る場所、自室のベッドの上だったのだ。

 

「よう、目ぇ覚めたか」

 

 意識が落ちる直前、聞いたことがある声色に気付くと反射的にその方向を見る。

 すると、そこには気味の悪い刺青を全身に施した男が立っている。自室にまで連れてきたのは感謝するが、この男が天涯孤独のこの体に何かするかもしれないという脅威から構えを取ろうとしたが、アンリはふざけたように笑い、落ち着けよ、と自分の体をベッドに戻してしまう。

 

「っと、混乱してっとこ悪いが、パスも繋がってるようだな。お嬢ちゃんがオレを喚んでくれたみたいだが……なんか身に覚えとかはあるか?」

「……無い、と思うけど」

「---だよなぁ」

 

 とりあえずは言葉を返したものの、頭の中ではパス? 喚んだ? という言葉が駆け巡っている。この状況が分からず、初対面の男の前で首をかしげていると、目の前の男が深呼吸を促してきたのでそれに従って呼吸を整える。ようやく正気を取り戻すことができたと同時、己のうちから湧きあがってきたのは数々の疑問であった。

 

「あなた、誰なの!?何で使い魔を倒せたの?どうして私の家を知っているの?こたえなさい!」

 

 矢継ぎ早に浮かんだままの言葉をぶつけるが、まだまだ落ち着けてはいなかったようで、後半に行くにつれて語調は強まっていく。そんな感情の爆発にもアンリは嫌な顔をせずに余裕のある表情で聞き届けると、パンっと柏手を鳴らして場を整えた。

 

「オーケー、オーケー答えっからちょいと落ち着け、な? ほらもう一回深呼吸だ。吸ってー吐いてー吸ってー吐いてー」

 

 再び言われた通りに深呼吸をする少女。

 その目はいくらか落ち着きを取り戻し、今度こそ理性的な光が灯っていた。

 そんな彼女はいつの間にか黄色い宝石を胸のあたりに携え、再び問いを投げかける。

 

「―――ごめんなさい。私としたことが取り乱してしまったようね。それで、改めて聞きたいのだけれど……あなたは誰? 使い魔をどうやって倒したの? 私の家を知った理由と、どうやって私をここまで運んだのかを答えなさい」

「おぉっと、質問増えてねぇか?」

 

 おどけたように言う男は、何となく軟派な感じがして気に食わない。

 額にしわを集めて、彼女は再度男に問うた。

 

「いいから答えなさい」

「へいへい、そんじゃ一つ目からだな」

 

 よいしょ、とひとつ指を立てると、彼は己の身のうちを明かし始める。

 

「まず、オレはサーヴァントって呼ばれる存在で、クラス名はアヴェンジャー…復讐者ってやつだ。あんたが召喚した英霊っつぅ存在なんだが、最初に言ったクラスとかは肩書きで、本当の名は別にある」

「…なら何で偽名を教えたの?」

「…おいおいそう睨むなもうちょい冷静になってから教えるっつの。まぁ気を取り直して二つ目、さっき言ったようにオレは英霊ってやつだ。英雄が化けモン一匹倒せん道理もねぇって話だ。そんで……三つ目の答えなんだが、お前さんが気を失ってから、真っ白なしゃべる小動物に聞いたんだよ。まぁ、家聞いたら答えてすぐどっかに消えたんだがな」

「キュゥべえのことね」

「キュゥべえっていうのかアレ。…んで、まぁ最後。アンタを運んだのはあんたがオレのマスターだからってのと、ちっちゃい女の子を路地裏に転がしとく趣味はオレには無いからだな」

「…へぇ、そうなの」

 

 素直に答えた男にも驚いたが、中にも驚愕に値する単語が入っていた。『サーヴァント・アヴェンジャー』『英霊・英雄』そして『マスター』。英雄の部分は理解できるが、英『霊』であったり、そんな存在を自分が『召喚』したことであったりと僅かな疑問は尽きなかった。だが、そうした中で仮にも自分の事を(マスター)と呼ぶのだから、答えるだろうと思って警戒を怠ることはせず、さらに問いを投げかけてみることにする。

 

「聞きなれない単語が多くて、少し混乱しちゃうわ。私がマスターというのなら答えなさい。あなたの正体と英霊、それからマスターについて詳細にね」

「あらま、マスターとしての命令ならそうしますかね。んじゃ、長いがよーく聞いてくださいや」

 

 おどけたようなしぐさをしたのち、面倒だが仕方ない、と手を腰に当てる彼。

 一転して真剣な表情に切り替わり、一呼吸を置いてアンリは話し始めた。

 

「英霊ってのは生前、その功績をたたえられた人物が伝承となって『英霊の座』ってとこに登録された奴の事だ。一口に英霊といっても純英霊と反英霊がいる。前者は名の通り正義だかヒーローだか呼ばれる奴らだ。後者はその逆、ヒーローと相対した悪だったり退治された化け物だったりするのもいる。そういった奴らを『英霊の座』から魂をコピーして大量の魔力の塊…『エーテル体』で構成された最上位の使い魔の事だな。

 大抵、英霊は宝具っていう必殺アイテムを持ってる。『アーサー王ならエクスカリバー』、『クー・フーリンならゲイ・ボルグ』って具合にな。

 それから、オレ自身はそう名の知れたものでも無くてな、反英霊にってヤツに属してんだ。まぁ英霊のなかでもオレに負けるような雑魚はいないってぐらいの『最弱の英霊』だが。そこは置いとこう」

 

 無駄な語りに厳しい視線を向ける少女にへーこらしながら、彼は先を続けた。

 

「大抵、英霊が召喚されるような事態が起こるのは『聖杯戦争』か『人類の危機の殲滅』の二つ。だが、オレ自身がまずイレギュラーな存在だと言っとく。それで、『マスター』ってのはあんたが思った通りの存在で命令を下せる立場だ。つまりは英霊の召喚主であり、主様だ」

「でも、本当にあなたが英雄だというのなら、そう簡単に言うことは聞かないと思うけど?」

「そりゃそうだ。本来ならこの権限が必要なのはさっき言った『聖杯戦争』……名前の通り『聖杯』っていうなんでも願いをかなえることができる御都合満載の杯を取り合う二人一組のマスターとサーヴァント七組の殺し合いだけだからな。

 その戦争は最後に残った一組だけが勝者と認められ、その前に聖杯が姿を現す。さっきイレギュラーつったのはこのことでな。その戦争が始まる予兆として、マスターの体のどっかに英霊っつー規格外の存在を縛り付ける絶対命令権『令呪』が現れるんだ。だが、聖杯も戦争も無いってのに、あんたの左肩にオレの令呪があったから、あんたがオレの主っつぅワケだ」

 

 少女はそれを聞き、幸い半袖だった左肩の服をまくってみると『逆月に二本の絡み合った線があり、それを囲むように円が描かれている模様』確認し、息をのんだ。

 

「お、見つけたみたいだから話を進めるぜ。その令呪は三回こっきりの使い捨てでな、最後の一回を使うと英霊はマスターからの魔力供給を離れ、徐々に魔力をなくして消滅し、座にもどる。

 だが魔力のほうは心配しなくてもいいぞ? オレを喚んだことにいくらか使ったみてぇだが、オレが持ってる宝具のおかげで魔力の供給はいらねえし、オレ単品でも行動できる。

 最後に、オレがいる利点についてはさっきみてぇな化けモンとの戦闘の手助け、それからどんだけ離れてても、その令呪から繋がったパスを通しての距離が関係ない念話ぐらいだな。邪魔だと思ってんのなら―――その令呪で自害を命じてくれ。それだけでオレは居なくなる」

 

 そう言い括って彼は沈黙した。もっとも、にやけ笑いをしながら、だが。

 沈黙が続き数分、彼女は意を決して口を開いた。

 

「そうね、自己紹介をしましょう」

「………ハ?」

 

 唖然。アヴェンジャーの表情はそれに尽きた。だが少女は構わずまくしたてる。

 

「あなたは反英雄といったけど、悪い人じゃないみたいだしね。私の名前は『巴マミ』ここ、見滝原町の平穏を守る『正義』の『魔法少女』よ。これから戦うんだったらよろしくね? アヴェンジャーさん」

「おお、おぉ!! あぁ面白ぇ! こいつは随分とトンだマスターに当たったみたいだなぁ!」

 

 突如、大声で笑い出したアヴァンジャー。その奇行に名を名乗った黄色の少女、巴マミはその職業柄、同学年のクラスメートともあまり触れ合わないゆえに、なにがいけなかったのかとあわてだす。

そのコメディちっくな場面は続き、笑い終えたアヴァンジャーは挑戦的な笑みを浮かべ言葉を返した。

 

「たしかにそうだ!まずは名前の交換がマスターとサーヴァントの契約。ならば名乗ろう。オレの真名は『アンリ・マユ(この世全ての悪)』だ。さぁて―――本意も本意。同意の上、ここに契約は完了した。これよりこの身はアンタの盾となり、剣となろう。

 クソ古い宗教の悪神を背負っただけのザコに過ぎねぇが、それでもいいなら。オレはアンタと共にあろう!」

 

 そうしてその夜、一組の奇妙な主従が生まれた。

 片や人を守り、『希望』を導く正義の魔法少女。

 片や人に怨まれ、『この世全ての悪』を背負う悪の英雄。

 彼らがこれから紡ぎだす物語は一体どう転ぶのか?救いが存在しなかった『絶望』の世界に異物の 『悪』が紛れ込み、『舞台装置』の歯車もまた、動き出した。

 




とりあえず、試験的に投稿はここまで。次回更新は何日後です。

現在までの読了、お疲れさまでした。目を休めてお大事に…


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魔・世界・魔法少女

修正完了です。投下


「魔術に聖杯…ねぇ」

 

「魔法少女に魔女…ってか」

 

「にわかには信じられないけど、あまり意味はないようだ。その結果が地球の科学と同じなら、その程度のエネルギーじゃ宇宙は救えないよ」

 

「…キュゥべえ、なんのこと?」

 

「長くなるけど、聞くのかい?」

 

「……今はいいわ」

 

あの夜から一夜明けた。

その日の午後、マミが小学校から帰ってきてから、情報交換として各々の世界の『特殊な事情』を互いに話し合った。

誰もアンリの服装に突っ込まないのは御愛嬌である。

アヴェンジャーが魔術についてこんな簡単に話したのは、キュゥべえという存在が居たからでもある。帰ってきたマミの肩に乗っていた白い生物。もといキュゥべえが言うには、もしこの世界に魔術の歴史があったなら、自分たちがすでに発見し、その理論について研究か何かを進めてあるはず。と言ったからだ。

その考えをまとめるようにキュゥべえが口(?)を開いた。

 

「とにかく、君の言う『聖杯』があるならともかく、魔術じゃ宇宙の延命はできない。男の君が魔力を持っていたりと中々興味深い話だけど、僕はこのあたりでお暇するよ。契約者を探さないとね」

 

「あ、おい! まだ続きが・・・って行っちまったよアイツ」

 

アヴェンジャー改めアンリが引き留めようとするも、その願いもむなしく、キュゥべえは姿を消した。どうやら他の魔法少女の候補を探しに行ったらしい。

ちなみに彼が引き留めたのは、魔術について話したことは『科学で再現できることは魔力を使ったものと手順は違えど同じ結果にしかならない』ぐらいのものであり、『魔術回路』や『サーヴァント』、『根源』について等は全く話していない。・・・もっとも『回路』については誰にも話す気はないのだが。

 

「キュゥべえはまぁ…今はいいでしょう。それでアンリ、こちらの魔法少女についてはこれで全部話したと思うけど、魔術の続きって?」

 

「ん? ああ、さっきあいつが言ってたエントロピーをも覆すかもしれないってのが、オレのいう『魔法』だって言いたかったんだが、・・・アイツも気が早いもんだ」

 

「『魔法』? 魔術と何が違うのかしら」

 

「よく言われる質問ベスト3のトップをよくぞ聞いてくれましたっと。

 それはともかく、魔法はさっき言った魔術と違って『どんだけ金と時間をかけても科学では結果をもたらすことができない』っていう反則の塊でバカげたシロモノだ」

 

「ふーん、アンリはどんなものがあるか知っているの?」

 

「つっても全部の説明はできねぇんだけどな。全部で5つあってな…っと、

 第一魔法は『無の否定』。実際のとこ知らん。使い手はすでに死んでるらしい。

 第二魔法は『並行世界の運用』。ゼルレッチっつう爺さんが使えるんだが、よくわからん。

 第三魔法が『魂の物質化』。死んだ人を蘇らせることもできるらしい。

 第四魔法なんだが、これ本当に誰も知らないんだよなー

 最後に第五魔法で『青』。詳細はしらんが、使ってる奴の歩いた後には草木一本生えないとか言う物騒な噂しかないから、『時間旅行』か『破壊』に関するかもって噂もある」

 

あいも変わらずの長話。まだ小学生だというマミに聞かせるのも難しい単語が多く、普通なら首をかしげるであろうそれらであったが、マミは少々特殊な生い立ちゆえに積み上げてきた知識を使い、アンリの話を真剣に聞き入っていた。

 

「詳細はともかく、名前だけでもとんでもないものばかりね。それじゃあ本当に魔法よ。私たちのとは全然違うみたいだし」

 

「だからこそ、魔術師たちも『魔法』って呼んでるんだがな」

 

呆れながらも二人して同意する。アンリはその魔法にも再現できなかった世界そのものからの移動をどうやって果たしたのか。と考えるまでの思考にマミが行き着かなかったのが、まだ幼いゆえだろうと思い、魔法についてを話していたその内心で、ここにいる理由を聞かれずホッと息をつく。いざとなれば令呪があるからだ。

だが突然、思い出したかのようにマミは話を切り出してきた。

 

「そう言えばアンリは反英雄って言っていたわよね?昨日の時の自己紹介で悪とか神様とか言っていたけど、どこの英霊なのかしら」

 

どうやらアンリ・マユについては知らないようだ。

確かに、いくら知識をつけようと、それは大人の様に自分ひとりで何でもこなせるようになるためであり、ゾロアスター教などはその宗教の人や歴史には悪いが、日本人にとって雑学の域といっても過言ではない。辞書でも『アンラ・マンユ』と出るほどだ。

キュゥべえはアンリ・マユの名称からその正体をすでに一部は看破できていたようだったが、マミは知らない。説明が面倒だと思った矢先、いい方法をアンリは思いついた。

 

「あ、そうだ。マスター。チョイと目をつむってから、オレに集中してみてくれ」

 

「え?ええ・・・」

 

いぶかしみながらも言われた通りに目をつむり、アンリに意識を向けてみる。

 

「あら?なにかしら、これ。頭の中に表が・・・」

 

「そいつがオレの能力を現すパラメータだ。真名がわかってるなら説明もわかんだろ」

 

どこか投げやりに説明をするアンリ。彼とて多少は疲れたようだ。

マミの頭にはこんなものが映っていた。

 

クラス:アヴェンジャー

真名:アンリ・マユ

性別:男性

属性:虚無

身長:160~165cm

体重:52~54kg

パラメータ:()内は何らかの方法で強化時

筋力・D(C+)

耐久・E(D+)

俊敏・C(B+)

魔力・B-(EX~∞)

幸運・C

宝具・D~B+

クラススキル:アヴェンジャー

 

対魔力:D

一工程による魔術を無効化する。効果としては魔除けの護符程度。

 

浮かばれぬ怨恨:A

 

 

保有スキル

 

殺害権限:―

聖杯:EX

神性:C+(A+)

単独行動:―

 

宝具

 

両者ともに静かになった。マミはこのステータスを読み取るのに集中しているようである。

対してアンリは疲れたとも諦めたともいえる表情で別の部屋に移動。彼女が読み終えるのを待つことにした。

 

 

 

時は流れ、外はすっかり日が落ちている。マミの片手には辞書があり、読めない字はそれで何とか呼んでいるらしい。

だが、その近くにアンリはいなかった。彼は台所でマミの夕飯を作っていたからである。マミの好物を知らないので、マミでも食えそうなものを、と考え生前の家事スキルを発揮し、簡素に栄養バランスのとれた晩飯を作っていた。豆腐と葱の味噌汁に鮭の焼き魚、白ご飯とありあわせのサラダ。…材料を勝手に使うあたり、なんと言おうか……

…余談だが、恰好は英霊時の服装そのままである。

とりあえずは完成したので、いったん食事をとらせようと思い、パラメータの読み取り作業を中断させるためマミの部屋に呼びに行った。

アンリが部屋に入った瞬間、何かが腹のあたりに飛び込んできた。耐久がEのアンリは「ウグッ」とむせながら、ぶつかってきたマミに目を移した。

 

「どうして最初に言ってくれなかったのよ!あなたは何も悪くないじゃない!あんなふざけた理由で殺されて、それで…それでぇ……!」

 

苦笑するアンリは、マミからほどほどの悲しみと怒りを感じた。あのステータスにある『このアンリ・マユ』の生い立ちを見て、これほど感情的になってまで自分を心配してくれたようだ。

何故かは知らないが、マミから発せられる悲しみや怒りといった負の感情が『人より異様に傾きやすい』ので、『この世の全ての悪を背負わされし者』を使いながら彼女からの穢れを吸収する。

そうして泣きやむまでの間、子供を諭すように頭をなで、アンリはこう言った。

 

「ったく、別にマスターがそこまで悲しむ必要もねぇだろうさ。すでに死んじまったもんはしょうがねぇし、オレはここに『いる』ってだけで十分だ。

 それによ、マスター、世界は続いている。

 死亡済みであろうが死後痛みにのたうちまわろうが、今もこうして生きている。

 それを―――希望がないと、マスターは泣くのか?」

 

それは引用された台詞。

彼はいくら似せても『アンリ・マユ本人』になることはできない。だが、彼に近づくことはできるし、このように理不尽に嘆くマスターを叱責するにはこの言葉しか思いつかなかった。

泣きじゃくるマミの顔を、食事に使わせようと思い持っていた手拭いで拭きとった。

 

「なに、ずいぶん集中してたようだから晩飯、簡単なものだが作っといた。

 いろいろ聞いて、今みたいに泣いて疲れただろ?マスターは飯食って風呂入ってさっさと寝といてくれ。

 明日っからの魔女退治、オレもついてくからよ。な?」

 

「…ええ、ありがとう。アンリ」

 

まだ涙目ながらも、アンリの励ましと慰めでいくらか調子を取り戻して、気丈にふるまうマミ。アンリはその手を引いてダイニングへと連れて行ったのであった。

 

 

 

 

 

夕飯の後、いつの間にかキュゥべえも姿を現し、いつものマミの自室にて明日以降の予定を二人+一匹で話し合っていた。

初めに口を開いたのはマミ。先ほどとは正反対の笑みを浮かべていた。

 

「さっきはありがとう。こっちが逆に慰めて貰っちゃったわね」

 

「いんや、マスターの管理も従者(サーヴァント)の役目さね。そう気にすんな」

 

「?僕がいない間に何かあったのかい」

 

「「いや別に」」

 

「まったく、わけがわからないよ」

 

そして二人は笑い始めた。昨夜の様なものではなく、ただ純粋な可笑しさとして。ただ一匹、キュゥべえは理解できないようだが。

 

「昨日魔女を倒したわけだし、私のソウルジェムにも反応がなかったから今日は大丈夫だったけど、明日からまた探索を始めましょう。アンリの戦いを一度ちゃんと見ておきたいしね」

 

「了解だマスター。オレも「ああ、そうだ!」――どうした?マスター」

 

「それよ、その『マスター』って呼び方。私のほうが年下だし、これから名前で呼んでくれるかしら」

 

それを聞き、こいつもよくある難関か、と内心苦笑する。

 

「へいへい、そんじゃマミと…あぁ、やっぱこっちのが呼びやすい。今度からそう呼ぶさ。それと、言いかけたが明日は『霊体化』してついてくから人目は気にすんな」

 

「霊体化? そんな魔術があるのかい?」

 

「いいえ、サーヴァントの能力の一つらしいわ。他にもアンリから色々聞いたけど…やっぱりキュゥべえには秘密にしておこうかしら♪」

 

意味ありげにマミがほほ笑むと、キュゥべえは小さく息を吐く。

 

「へぇ…まぁ、あまり魔術には期待していなかったからね。別にいいさ。明日、アンリが能力を使うときがあるならその時にまた来るよ。じゃあねマミ、アンリ」

 

そう言うと例のごとく、キュゥべえは夜の闇にまぎれ溶け込んでいった。

白い体のはずなのだが、宵闇と一体化するのは何とも不思議な光景であったが。

 

(ん? そういやアイツ、負の感情が全くなかった。常にポジティブ思考の持ち主なのかね?)

 

見るたびにキュゥべえが怪しく見えてくるアンリだが、気の迷いだと思考を払った。

そして…

 

「明日、戦いがあったらアンリのバックアップは任せて。絶対に守るから」

 

マミが決意のこもった瞳をこちらに向け、まっすぐに彼を見据える。それに対しアンリは

 

「なぁに、マミを守んのがサーヴァントの役目だ。そっちの支援なんざいらねぇぐらいあっという間に勝っちまうから、そっちこそ覚悟しとけよ?」

 

いつものニヤケ顔で勝ち誇るように宣言した。それに答えるように会釈をし、眠りに入るマミ。アンリは霊体化し、屋根の上に移動して己がマスターの家を荒らそうとする不届き者がいないか警戒に入るのであった。マンションの最上階なのだが。

 

 

そして、虫の音が響く夏の夜、この世全ての悪を受け入れた見滝原町の運命は回り続ける。

初陣の時は――――――近い。

 




マミが感情的なのはまぁ…魔法少女だからじゃないですかね(苦笑)
名台詞改造しましたし、ここからドンドン物語を発展させていきとうございまする。

それでは、お疲れさまでした。
目にはブルーベリーがいいと聞きますし、ドライフルーツを丸かじりなんてどうでしょう? 私もよくやっています。


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夢見・宝具・魔女

戦闘会。修正はしましたが、どうにも担当が苦手で……
担当なのに苦手って、どういうことでしょうね。
ですが、これ以上うまく書けるのも6人の中にいませんし、大目に見てください。…勉強させておきますので。


ここは高速道路……なのだろうか。何台もの自動車が押し合い、潰れ合い、横転している。どのフロントガラスにも赤い液体――血液――が飛び散り、それを流す人々は皆が痛みと恐怖で顔が歪んでいた。その中には、前方席を上から押しつぶし、他の車に乗られた悲惨な一台の車がある。

中にいる人物へ視点が変更したようだ。その人物の視界そのものらしく、景色がかすんでいる。…そして、一つの影がこちらに伸びており、影の元には、白が特徴的な不思議な生物がこちらを見ていた。

 

記憶の再現らしく、唐突に頭の中に声が響く。

 

<君の願いは?>

 

すがれるものが見つかったからだろうか、その視界からは左手が白い生き物に向かって求めるように伸ばされる。その人物の願いは決まっていた。

 

<助けて…>

 

視界は暗転し、意識が浮上する。

 

 

 

 

「…………はっ」

 

夢を見ていた様だ。赤と黒の特徴的な男―――アンリは、目を覚まし思考にふける。

 

(やっべぇ、今のって多分マミの……いや、そしてキュゥべえ…!?)

 

そこまで考え頭を振り、思考を放棄した。そして思考を切り替え、急ぎマミの元へ向かう。

あの『夢』はパスを通じ、マスターとサーヴァントがそれぞれの記憶の一部を垣間見る現象であり、Fateの遠坂凛と衛宮士郎も体感していたものと同質であろう。マミからの記憶が『契約』したときの光景だとする。ともなれば、マミは自分が『力を授かった』時の光景を夢で見た可能性がある。いくらグロテスクな魔女との戦いに慣れていても、あの光景はさすがにまずい。

そうこう考えるうちにマミの部屋までたどり着いた。

 

「マミ!大丈夫か!」

 

バタン!と勢いよく扉を開けた先に居たのは―――

 

「ひゃあ!ど、どうしたの?アンリ?」

 

いきなりのアンリの登場により、驚愕で腰が抜けたマミがいるだけ。

主の無事を確認でき、アンリは安堵の息を吐いたのだった。

 

 

 

 

なんやかんやあって朝食後の午前9時――――

 

「なるほどね。近くに魔女でも出たのかと思ったけど、そういうことだったの」

 

「朝っぱらからアホな勘違いでバカ騒ぎしてすまんかった!」

 

そこには日本の誇る謝罪方法『土下座』で頭を下げるアンリの姿があった。

手から肩にかける流動的なライン。腰から足の先には驚くほど美しいZが幻視され、かの『会長』直伝ではないのか、と見紛う程のもの。

 

「それにしても契約のパスによる記憶の流出ね……私が見たのはそちらの魔術についての知識が少しあったわ。それで、アンリはあの時のを見ちゃったのね?」

 

「…ああ」

 

すがすがしい快晴の朝に似合わず、気まずい空気がその場には流れだす。

だが、そこでマミがゆっくりと口を開いた。

 

「まあ、いいんじゃないかしら。過ぎたことだし、それに生きていればそれでいいって、昨日私に言ったのは誰だったかしらね?」

 

その言葉にアンリは頭を上げ、口をひきつらせながらもマミの顔を見た。

 

「あー、オレ。です」

 

「ハイ、よろしい」

 

アンリが召喚されて二日目。この二人の間にはしっかりと主従関係が結ばれたらしい。……だが、想像してほしい。この時、高校生ほどの男が小学生の女の子にいいように遊ばれるという、かなりシュールな場面であることを。

それはともかく、マミは満足そうな表情をしてアンリに言う。

 

「その夢の事は置いといて、今から魔女を探しに行くわよ」

 

その言葉に反応し、アンリは自らの頬を両手で叩いて気を引き締める。

 

「っし! …っと。了解だ。そういや魔女はどうやって見つけるよ? 『魔女の口付け』でマーキングされた奴の後でも追うのか?」

 

「残念ながら違うわ。魔女を見つけるのはこれ」

 

そう言いつつ懐から取り出したのは、マミの『ソウルジェム』。

()()()()()()、黄色い宝石がかごに覆われているようなデザインのそれだった。しかし、それに『拘束』という単語が浮かぶのは気のせいであろうか?

 

「これが魔女の魔力に反応して光を放つの。後はこの光を頼りにって・・・あら?」

 

「ん? どしたよ、なんか調子でも悪いのか?」

 

「いえ、一昨日に魔力を使ってから一度も『グリーフシード』にもあててないのに、濁りがほとんど無いのが気になって……」

 

不思議そうに頭をかしげるマミ。それに心当たりがあるのか、アンリは気付いたような表情で言う。

 

「…たぶん、『あれ』じゃねぇか?昨日、マミが泣きついてきた時「ちょっ!!」…まぁ、その時にオレの『宝具』を使って負の感情を吸いだしたんだよ。そんときにマミの現存魔力も少し大きくなったから変だとは思ったんだが…んあ? お~い、どしたよ」

 

マミの顔が驚愕の一色に染まった。しかしすぐに立ち直り、アンリへ問いを投げかける

 

「あなたの宝具にそんなものがあったのは覚えてるけど、それって吸い取った後にその人に魔力を与えるものなの?」

 

「いや、吸われた奴は気分爽快! ぐらいにはなっても、魔力が回復したりはしねぇ。それに、オレの魔力は普通なら他人に分けることはできない仕組みのはずだ。仮に分けてもソイツは発狂するだろうしな」

 

それを聞くとマミは少し考え込むが、一つの可能性に行き当たる。

 

「契約のパスがあるから、かもしれないわね。それ以外はあまり考えられないけど…そちらの魔術って不具合が生じたりはしないの? 『夢』では意外と理詰めのものだったけど…」

 

「いや、むしろ穴だらけつってもいいかもな。記憶の代わりに知識として見ただろうが、第五時の聖杯戦争でキャスターがアサシンを召喚するとか、ルールの穴をついたこともできたからよ。今回は『戦争』ってわけでもないし、上手いことオレの宝具の穴をついて魔力だけが持って行かれたのかもしれん」

 

疑問は尽きぬばかりである。

しばらく頭をひねって考えた二人だが、判断材料が少なすぎるゆえに答えが出るはずもない。

 

「あ~、ここまでだ! ここで悩んでても日が暮れちまう。その間に魔女に人が食われんのも胸糞わりい。わからん事はほっといてさっさと行こう」

 

「…それもそうね。このことはまた今度にしましょ」

 

このままではよくないと思い、しびれを切らしたアンリが無理やり話を変えた。マミもそれに同意し会話をきりあげるのだった。

 

「それじゃ探しましょうか。アンリは霊体化してちょうだい」

 

「おう」

 

気合いを入れなおし、玄関に出た二人。魔女を探しに町へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

家を出てから魔女は見つからず、すでに時計は午後の6時を指している。

赤く染まった夕焼けの下、ようやく光を放ちだしたソウルジェムを手に、人気のなくなった路地裏を歩くマミの姿があった。

 

≪どうだ?かれこれ9時間くらいは経ったが、反応あるか?≫

 

≪ええ、ここの奥から。ソウルジェムが反応してる≫

 

念話で互いの意思交換をする。ついに魔女の反応を見つけたらしい。

 

≪結界に入ったらすぐに実体化する。魔女がいるとこまではそれぞれで探す。見つけたら念話(レイライン)で集合だ。それでいいか?≫

 

≪異論は無しよ。それじゃ、行きましょう≫

 

結界に飛び込んだマミの傍らにはアンリが姿を現した。

 

「うっわ、これまた趣味の悪いこって」

 

「…ここの魔女はずいぶん派手好きの様ね」

 

そう言った二人の前にある結界は、装飾過多といっても過言ではなかった。

路地裏の薄暗い壁とはうって変わり、豪邸の様な建物にこれでもかというほどそこかしこに張り付く宝石や金銀財宝。それが普通の物ならまだしも、その貴金属はどこか色がくすみ、外観も関係なくバラバラにくっついていることでどことなく不快感が漂う。

 

「来たわ!使い魔よ!」

 

「わかってる。ンじゃまた後で!」

 

出てきた使い魔は、ピッケルやスコップを持ち、ぼろ布をまとったミイラのようだった。使い間には必ず魔女から役割を仰せつかるが、この使い魔の役割は『発掘』のようだ。

それを見て走り出した二人。マミの手にはいつものマスケット銃、アンリの手には先日の使い魔を切り裂いた、歪な形をした二つの逆手短剣。『右歯噛咬(ザリチェ)』と『左歯噛咬(タルウィ)』を出現させ、二手に分かれて使い魔を掃討してゆく。

 

アンリの振るう剣には型など無く、本能のまま力任せに剣が振られる。その剣はソードブレイカ―の役目通り、彼にむかって振りかぶられるピッケルを巻き取り、もう片方の刃で使い魔達を切り裂いていった。たとえ英霊として最弱であれど、神の加護により、下位ながらも同じ英霊と渡り合える力を持った彼の前には、化け物たる使い魔であれどもその勢いは止められなかったようだ。

対するマミも、負けてはいない。リボンで敵を縛り上げ、それを銃でまとめて葬り去るという効率のいい戦法を行う。迫りくる大多数を縛り、撃つ。縛り、撃つ。

確実に、蔓延る使い魔達はその数を減らしていった。

 

 

それを繰り返し、二人が十分離れたところでマミからアンリに念話が入った。

 

≪魔女を見つけたわ! ええっと、場所は…≫

 

≪アンリがそこからすぐに行き当たりを右に曲がって直進したところだよ≫

 

≪≪キュゥべえ!?≫≫

 

≪まったく、アンリの力を見る頃にはそっちに行くと言ってたじゃないか≫

 

どうやらキュゥべえが正確な位置を教えてくれたようだ。そのことに驚きつつも、アンリは言われた通りに歩を進める。曲がった角の先には二人が見えた。

 

「見つけたっと、ありがとなキュゥべえ」

 

「ええ、こっちは平気よ。キュゥべえもありがとう」

 

「ここで二人が死ぬのも寝覚めが悪いからね。当然のことだよ」

 

澄ました(ように見える)顔で言うキュゥべえ。苦笑しながらも、二人は魔女のほうを向く。

 

「そーかい。しっかし、あれが魔女か・・・キモッ」

 

「気をつけてね、私の銃じゃあまり傷がつかなかったわ」

 

そういったアンリたち三人の前にいる魔女の名は『エイミー・ド・ナルシッソス』。

『潔癖の魔女』であり、その性質は『傲慢』。その体はギラギラと輝く宝石や金が不出来な球体に張り付いていて、球体自身も垂れた脂肪のようにぐにょぐにょと蠢いている。

あまりにもあんまりな外見にうんざりしていると、その表面に張り付いていた宝石が離脱し、三人に襲いかかってきた。

 

「甘いわよ!」

 

ギギギギィン!と弾き返した音が響く。マミはリボンを宝石の射線上に展開し、その全てを防ぎきったのだ。

そして、アンリがリボンの合間を走り抜ける。

 

「ちょっと!アンリ!?」

 

独断専行したサーヴァントに、マミは驚愕の声をあげるが、対する彼はニヤケ面で答えた。

 

「さっそく宝具を使う。ちょいと気分が悪くなるかもしれねぇが、我慢してくれよ…マミ!キュゥべえ!そこからしっかり見ておきな!

無限の残骸(アンリミテッド・レイズ・デッド)』ォ!!!」

 

「なっ…!?」

 

「これは……負の感情の塊?」

 

宝具の真名解放をきっかけに、彼周辺の虚空・地面からは、見るもの全てが不快になるような漆黒の『泥』が湧き出る。そのほとんどが魔女に向かい、内一つの泥の塊がアンリの足下からも出現した。

 

「ッヅゥ!? 痛ってぇぇえええ!!」

 

その宝具の特性ゆえ、湧き出た分の悪意や悲しみ、怒りに晒され頭が割れるような痛みを覚えるアンリだが、それでも動きを鈍らせない。叫びで痛みをごまかしながら足元の泥を操作し、魔女へと一直線に向かった。

宝具を発動させてからは何故か先ほどより動きが鈍くなった魔女だが、一直線に己に進むアンリを黙って見ているはずもない。こちらに飛ばす宝石の量を増加させるだけでなく、同時に体に張り付いていたの金装飾の一部を、いくつもの刃の様に変えて泥を切り裂いている。その近くには残った使い魔も集合し、泥のバリゲードとなっていた。

 

「あんまり無茶はしないでちょうだい!」

 

声とともに、後方からいくつもの銃声が鳴り響く。マミの援護により、アンリに向かった宝石を撃ち落としたのだ。

頼もしい後衛に感謝しつつ、魔女に向かって全速力で駆け抜ける。

 

「サンキュ!このまま突っ切らせてもらう!」

 

防ぎきれなかった何体かの使い魔が泥にのまれ、その規格外の悪意に耐えきれず内側から自壊してゆく。何かに怯えるように金製の刃を増やしていた魔女だが、防ぎきれずに泥の一部がその体に触れた。

その瞬間

 

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

使い魔のように消滅はしなかったが、魔女は不快な鳴き声(ヒメイ)をその結界に響き渡らせた。よほどの衝撃だったのか、金や宝石は力を失うように地面に落ちる。当然ながら、アンリがその隙を見逃すはずもない。

 

「くらっとけ!!!」

 

間を詰め、肉薄。掛け声とともに泥を纏わせた『右歯噛咬(ザリチェ)』を力任せに横なりに振りぬいた。泥によって延長・肥大化された斬撃は、奇声をあげ続けていた隙だらけの魔女を、近くの使い魔ともども一刀両断にする。

魔女の内側の肉がはじけ飛び、やがてすべてが幻想のように塵へと消えると、魔女がいた場所からはグリーフシードが出現し、アンリはそれを空中で掴み取る。同時に結界は消え失せ、すっかり暗くなった空の下に静かな路地裏が戻ってきた。

 

「グ……」

 

武器を消し、泥の悪意によって痛みを覚える頭を右手で抑えながらも、軽い足取りでマミのいる場所にアンリは駆け寄った。

 

「お疲れさん…あの泥にゃ触れてないな?」

 

「大丈夫よ。私自身は何ともないし、掠ってもいないわ」

 

「そいつは良かった。あんときゃ援護サンキューな」

 

「ええ、ちょっと危なっかしくてつい手をだしちゃった」

 

「おかげで邪魔もなくたどり着けた。マミもやるもんだ」

 

パチン!と二人でハイタッチ。互いを健闘し合い、初陣が無事に成功したことを喜び合った。その後はすぐさま、マミがグリーフシードをソウルジェムに押し付け、穢れを吸収する。それを見てからキュゥべえが疑問を挟んだ。

 

「アンリ、さっきのは一体なんだい?さっきの泥からは絶望なんて比じゃないほどの何かを感じたけど」

 

「ああ、お前には言ってなかったか。ありゃ宝具っつうもんでな? 英雄のシンボルがそのまま武器になったようなもんだ。…まぁオレの場合、使うのに大量の魔力がいるわ、疲れるわ、頭痛が痛いわの三重苦でな。あの泥を使った分の悪意(デメリット)だけ全部こっち来て、残りは全部魔力が霧散するっつうド三流の宝具だ。ったく、まだ頭が痛ぇ」

 

「……へぇ、そうかい」

 

どこかトーンが落ちたようなキュゥべえの声。いつも通りの珠玉の瞳が、爛々と輝いたような感じがあったが、二人はそれに気づくことはなかった。

 

「まぁ、君が戦ってくれるなら魔女も倒せるだろうし、これからもマミをよろしくね。アンリ」

 

いつもの調子に戻ってそう言い残すと、キュゥべえは使い終わったグリーフシードを背中の虚空に回収し、路地裏の闇に消えた。宝具に対する言及も、なにもせずに。

 

「? なんだったんだ、アイツ」

 

「さあ…キュゥべえもいろいろ考えているんじゃない?」

 

そう言うと、二人もまた帰路についたのであった。

 

 

 

 

その帰り道、周囲には人影も見えないので実体化しているアンリは、ふと思いついた提案をマミにしていた。

 

「なあマミ、なんか服買ってもいいか?」

 

「服を? またどうして服なんか…」

 

「いや、もし誰かにオレの姿を見られたときは、さすがにこの格好じゃあまずいだろ?そのもしもの時のために何とか言い訳できるようにさ」

 

「言われてみればそうね。それじゃ明日は服屋に行くからどんなのが欲しいか霊体化しながら教えてちょうだい」

 

「おう、ありがとな…ん? あ」

 

服を買うことを決定したはいいが、彼はまた何かの問題点に気づいたようだ。

 

「今度はどうしたの?」

 

「いやぁ…オレも正式にこっちの世界にとどまることになりそうだし、いざって時に戸籍が要りそうだなぁって思ってよ…」

 

「戸籍…そうねぇ……」

 

そう、召喚されてこの世界に来たアンリは戸籍というものが存在しない。こんな幼な子の家に住み着いて、服を着ていたとしても全身刺青で身元不明の男……どう考えても怪しすぎる。通報しますか、しませんか? が、リアルに起こってもおかしくはないのだ。

 

「これも明日、服買ったら役所行って何とかするしかねぇか……どう説明すればつかまらねぇんだろ……色々オレってアウト過ぎんだろ」

 

初陣で高揚した気分も、途中で気付いた大きな見落としにアンリの気分は底に沈んだ。

 

「私も何とか手伝うから、ね?」

 

「すまねえな…」

 

そして年下のマミに慰められるアンリ……これまたシュールな絵がここにあった。

 

だが、この後日、アンリは天気を見て大きな問題に直面する。

 

 

その力の一端を見せ、勝利を収めながらも日常の罠にはまった『この世全ての悪』(笑)。彼は新たな世界で今日も生きていくのであった。

 




さぁ、次回は法廷で会いましょう! …ということにはなりませんので、ご安心を。

マミさんが大人すぎる…というのは、なのはちゃんが同じくらいな考えしてるので、まぁ良いかな…と。
戦闘時の泥の使い方は、黒桜が鞭とか変形とかさせてたので、宝具ともなるとこのぐらい…いや、それ以上を目指そうという感じです。

では、お疲れ様です。休憩を大事にネット環境を利用してください。
熱中症にもお気をつけて


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日常・再開

タイトル通り、日常会です。
アンリさんの能力研究、は~じま~るよー(ウザ



日曜日。

それは職業、学業に従事している者を問わず、大多数の人が休みの日であり、一週間の憩いの時間を連想する人もいるだろう。二人も例にもれず、この日曜日は魔女の探索をやめ(先日魔女を倒し、早々に出現もしないだろうと考えたため)、住民登録の手続きと衣服を調達する予定だったのだが……

 

「雨、降ってんなぁ」

 

「そうねぇ」

 

ザァァァ……と、天から降り注ぐ神の涙。こればかりは、どこかに恨み言をぶつけるわけにもいくまい。

加え、見た目の問題上、アンリは着の身着のまま人の前に姿をさらせないので荷物を持つことができない。ゆえにマミが買って帰るしかないのだが、この雨天では買ったものが濡れてしまう。

このままでいても埒が明かないので、渋々といった表情でアンリが切り出した。

 

「マミ、金渡してくれ。自分で服買ったらそのまま戸籍の手続き済ませてくるから」

 

「えぇぇ!!?」

 

マミが驚くのも仕方がないだろう。上半身裸・赤い腰布一丁・全身刺青・肌の色etc.etc……ここまで記した他にも突っ込みの入れようは多々存在し、外を出歩くだけでもきつい問題点を抱えているのだ。

有名な国家権力の象徴『赤いランプ』が回るかもしれない。

 

「でもさすがにあなた一人じゃ、ちょっと…ねぇ?」

 

「よく考えたらさ、オレみてぇなのがマミの傍にいるともっとヤベぇと思うんだよなぁ」

 

追記事項:誘拐疑惑 までが追加されようものならば、確実にブタ箱が待っている。さすがにそれは不味いと考え、先の提案をしたのであった。

 

「そういうわけだからマミは家で待機しといてくれ」

 

「はぁ…仕方ないわよね…それじゃ、はい。」

 

「ん。おお、結構あるな」

 

渋々といった表情のマミからは、アンリへと衣服の予算と黄色いチェック柄の傘が手渡された。その額は結構なものであり、彼女には市からの補償金が出ているのであろうと予想される。

玄関前まで移動すると、バッ! と傘が開かれた。

 

「頑張ってくるからな~。行ってきまーすっと」

 

「気をつけて、行ってらっしゃい!」

 

右手をひらひらと振り背を向けて歩き出す。後ろのマミから見送られ、この日に初めて、別行動を開始するのだった。

 

 

 

 

「嗚呼、周囲の視線が痛かった…」

 

数十分後、何とか赤いランプのお世話にはならなかったものの、近くにあるデパート(この町の洋服店などはすべてデパートなどにに集約されているらしい)に行くまでの間、周囲の通行人からは好奇の目で見られ、アンリはうんざりしていた。

 

「さっさと探すか。ええっと服、服は、と。…ああこっちか」

 

客や店員からの奇異の視線を向けられながらも衣服コーナーを見つけ、そちらに向かった。その中にいる店員を発見し声をかける。

 

「すみませーん」

 

「あ、はい。どうなされましたかお客さ……!?」

 

「いや、落ち付いてください。普通に買い物しに来ただけで不審者ではねーですから!」

 

「し、失礼しました……。コホン! 本日はどのようなものをお求めで?」

 

さすがに驚きはしたものの、咳払いで気持ちを切り替え、すぐさま営業スマイルへと変わる店員。まぁその口は少し引き攣り、どことなく高い声の返答であったが。

 

「っと、この刺青が上手いこと隠れて黒か赤の模様が入ったのありませんかね?予算は6万円位なんですけど」

 

「それでしたらこちらにどうぞ。ご案内いたします」

 

注文の内容から、まともな人であると判断した店員は通報の考えを思考の隅に追いやり、アンリを目当てのコーナーまで案内した。これで第一関門突破といったところか。

修羅の門を通るがごとき覇気を携え、店員を多少おびえさせながらも先に進むと…

 

「こちらの品はいかがでしょうか?お客様のご要望通り、上下セット。色合いは黒地に赤のラインがデザインされたライダースジャケットですが・・・」

 

「(…金ぴか(ギルガメッシュ)の色違いっぽいなこれ)まぁ、これがちょうどいいか。あ、そっちの黒シャツも一緒に」

 

「承りました。ではレジにどうぞ」

 

そこまで言って店員は服を持ってレジへと移動すると、アンリもそれに続いた。レジに到着するとバーコードを読み取り、値段が表示される。

 

「こちらの上下セットが一品とこちらのシャツが二枚。合計で36896円になります」

 

「じゃあこれで。あ、更衣室借りていいですか?出来ればすぐに着替えたいんで」

 

「40000円ちょうどお預かりします。ええ、それでしたら左手の道をまっすぐ行った先にあるのでご自由にどうぞ。それではこちら3104円のお返しになります。レシートは…「ああ、要りません」はい。それでは、またのご来店をお待ちしております」

 

説明された通り移動し、早速、更衣室に入って着替え始めた。

おそらく値段は違えども、その服はギルガメッシュのライダースジャケットと同系の物であり、その違いといえば、下のシャツが黒いことと、入ったラインの色が赤色で二本という点であろう。

 

「ん。こんなもんか。しっかし似合ってんのかねぇ?」

 

肩を回してサイズや動きやすさの確認をし、同じように靴屋に向かう。こちらは無難にスポーツ用のシューズ(黒)¥4980を購入。何故か足に巻いてあった黒の包帯(アヴェンジャーの画像参照)が伸びたので、足全体に隙間なく巻いて靴下代わりにした後、再び確認してから店を出た。

 

 

 

 

着替えた姿で市役所へと足を進める。先ほどより視線の数は減ったが、今度はその格好とはジャンルの違う傘の色合いの不釣り合いで、少し目立っていた。

 

「まぁこんなもんでいいだろ。次は、っと」

 

もう慣れたのか、そんなこともどこ吹く風。こちらに来てから叩き込んだ頭の中の地図を思い出し、役所へと歩を進める。

 

「おぅわ!?」

 

が、突如激しい光がアンリを包んだ。

 

 

 

 

視界を麻痺させるほどの光が消えたのを確認して顔を覆った手をどかすと、見たことのある場所にいた。

 

「久しぶりだな?そちらでは3日ほど経っているか」

 

後ろから聞こえてきたのは、懐かしい知神(ちじん)の声であった。

 

「ったく、いきなりどうした、神さんよう?」

 

当然、そこにいたのは、いつぞやの自分を転生させてくれた神である。

驚いたものの、まぁこんなこともあるか、となるべく平静に返事を返した。

 

「ふむ、突然すまないな。頃合いだと思って声をかけたまでだ『この世全ての悪(アンリ・マユ)』。中々その格好も似合っているぞ」

 

「へぇ? そりゃ、ありがとよ」

 

お互い親しい雰囲気で会話を始める。久しい再会に両者の顔はいい笑顔であった。

突如、右手のひらを上に向け、神は一枚の『用紙』を虚空から出現させてアンリへと渡す。

 

「これはお前の住民票の写しだ。受け取っておけ。すでに生活面の資金も公的な理由で済ませてあるから心配はいらん」

 

「ハァァ!?」

 

なんと、その用紙にはアンリが見原滝町の住人の一人ということが記されていたのだ。

びっしりと書き込まれた個人情報に、本物だということが証明されている。

 

「いや、え? いいのかよ…こんなことやっちまって」

 

「いや、私ではなくそちらの『世界』が用意したものだ。情報としては日本の巴家へ養子に入った、という情報のはずだ」

 

内容はほぼその通りであり、登録名は「巴・M・アンリ」、追記事項には「■■族に捨てられた『忌み子』を巴夫婦が旅行先で引き取り、養子として登録」と記入してあった。

 

「この■■族、てぇのは?」

 

「実際に存在する部族で、『この世全ての悪』を生みだした村の末裔たちだよ」

 

「マジか!? つうかさ、なんだこの設定」

 

「私も知らんし、別になんでもない。ただの世界の『修正力』だ。まぁ…お前の情報に限定されたものだがな」

 

そこでいったん区切り、神は続ける

 

「そういえば、お前へ言わねばならぬことがあった。あのキュゥべえという個体を知っているな?」

 

「ああ、アイツって負の感情が全くねぇし、最近は薄気味悪く思ってたんだが、なんかやらかしたのかよ?」

 

「あやつの種族『インキュベーター』のしていることだがな?しばらく様子を見ておくといい」

 

「『インキュベーター』……。そりゃまたどうして? あいつのやってることは、人類にとって危険な化け物退治の手伝いみたいなもんだろ?」

 

確認するように繰り返すと、湧き上がってきた疑問を口に出す。

いつものように軽く返されると思っていたが、対する神は重く首を横に振った。

 

「あ奴らもまた『抑止』の一種、『真祖』のようなものなのだが…まあ、君には気をつけてほしいのだよ」

 

「…へいへい、御忠告は心にとどめておきますよ」

 

あくまで忠告。だが、この神が直々にいうことだ。

ここですべてを明かしたというわけではないのだが、アンリが警戒するには十分な情報であった。

 

「何の因果か、再び出会ってしまったが、今回の再会(コレ)はそちらの世界からの干渉(おせっかい)で起こった現象だ。二度目はないのでな、……先の事はしっかり覚えておくことだ」

 

そう言うと右手を掲げる神。そのまま振り下ろすと蜃気楼の様なものが現れ、その向こうにはアンリがここに来る前の景色が映っていた。

 

「これをくぐれば戻ることができる。今度こそさらば、だな」

 

「おう、こんな奴にいちいち忠告ありがとよ。もし、また会えたらそんときゃゆっくり、茶でも飲もうさ」

 

「ほう、嗜好品としては悪くない。ちょっとした約束といこうか?」

 

「そりゃいい! 約束だ。そんじゃ『また会おう』」

 

「ああ、『また』」

 

果たされることなどない『約束』。それを交わし、アンリは歪んだ景色を通る。再び視界は光に閉ざされる。静かに目を開けると、さきほどの役所までの道に戻ってきていた。

 

「ロマンチックだねぇ……約束だぜ?神さん」

 

その呟きは誰にも聞かれず、人ごみにまぎれていくのであった。

 

 

 

 

時間は午後の5時半。いくつかの袋を抱えてアンリは巴家に帰宅していた。

 

「ただいまーっと」

 

「あ、お帰りなさい!どうだった?」

 

「ご都合展開があってな、問題はないさね。ああこれと、これ、冷蔵庫に入れといてくれ」

 

流石にあの神に再会したとは言えないので、事実をはぐらかす。帰りに余った金銭で買ってきた食材を片づけ、リビングに集合。一服ついてから、あの用紙をマミに渡した。

 

「ほいこれ、親御さんを理由付けに使ったのは悪いが、こういうことになった」

 

「別にいいわよ。それにしても巴・M(マユ)・アンリねぇ…これは義兄妹としてかしら?」

 

「いや、保護者としても兼ねているらしい。年齢欄も18になってんだろ?」

 

「あら、本当ね。これからどうするの?」

 

「現状維持。『お偉いさん』が言うには、生活費の問題も無い、とさ。」

 

お偉いさんという言葉でごまかしながらも、アンリはカーペットに寝転んだ。手足を放り出すような形で、十分なリラックスができる体制をとる。

 

「大丈夫?だいぶ疲れているみたいだけど…」

 

「なぁに、問題ないから先に飯食っててくれ。今日はピザ買ってきたからよ」

 

「はいはい。それじゃ休んでおいてね?」

 

「おう、今日はこのまま休むさね」

 

そう言って霊体化して消えたアンリ。彼はそのまま自分の部屋(元両親が使っていた部屋)へと移動したのだった。

 

 

 

 

「さてと…」

 

時刻は午後11時。流石に雨の降る外にいるわけにもいかないので、あてがわれた部屋にて彼は瞑想していた。

 

「ちょっとやってみるか…魔力の補充にな」

 

そう言って、彼は…

 

「『この世の全ての悪(アンリ)背負わされし者(・マユ)』……」

 

宝具を発動した。

 




いやまあ、これぐらいしか考え付きませんよね。
それから、修正力が働いたのは『マミが喚んだから、世界が受け入れた』ためです。さすがに、自分の舞台に上がらせるんですから、チケットの発行ぐらいはしますよね。『世界』といえど。

では、お疲れさまでした。
下のほうには『適当』に解説入れたいと思います。
ほとんど役に立ちそうにもないですが……

次回は、時系列が二年ほど飛びます。


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夏休・紅槍・蒼桃

対人戦が難しい…

今回の話は、前回より二年が経っています。
しつこいようですが。


宝具の実験をしたあの夜から、すでに2年もの時が過ぎた。

二年という歳月は、変化が多々ある。アンリは泥の頭痛に『多少は』耐えられるようになり(武器を幾つも出す程度ならばの話。泥そのものを多量使用すると頭痛は酷い)、マミは見原滝中学校へと進級し、中学2年生となった。その間に倒した魔女は数え切れず。何度もアンリの腕やら足やらがパージしたこともあった。(とはいっても、彼の性質上すぐに生えてきたが)

そうして、今の季節は再び夏。それも夏休みに入った頃であり、現在マミは早いうちに宿題を終わらせるために、家で課題をしている。ここ数日の間に魔女を何体か連続で倒したから、しばらくは平気だろう。ということでアンリは暇つぶしに街で散歩していた。

 

「あ!しましまのおにいちゃんだ!こんにちは!」

 

「こんにちは。おお、大きくなったな坊主」

 

突然話しかけてきた男の子に、薄く笑って挨拶を返す。

しばらくすると、その子の母親が歩み寄ってきた。

 

「あら、アンリさん。うちの子がすみません」

 

「別にいいっすよ。来年からこの子も小学校だったっけか?友達たくさんできるといいっすね」

 

「はい、ありがとうございます。ほらジン。今からお買物でしょう?」

 

「はーい! またね、おにいちゃん!」

 

「おう、またな」

 

今の会話からもわかるようにアンリはすっかりこの町に馴染んでいた。

この2年の間、マミが学校に行ったりする暇な時間は、見滝原町の魔女探しを兼ねてゴミ拾い、公共施設の掃除などで時間を潰していたからである。(悪神が善いことするというのも随分アレだが…)

そういった慈善的なことやっていたからかは知らないが、時に学校側から子供たちの教育の一環として一緒に町の掃除や、演説をすることもあった。

この見た目については経歴にあった通り、部族から忌み子として捨てられた時に刻まれたこの全身の模様が成長をなくした。という設定が、この町に住む人間全員に知れ渡っている。(なぜか全く怪しまれない)

 

まあ、そんなこんなですっかりこの町の一員になれたオレが何をしているかというと……

 

「この辺も異常なし…っと。次はあっち行ってみるか」

 

一つの習慣と化した散歩(魔女探し)中である。

先日倒したばかりなのでこの日は出ないだろうと思われるが、せっかくの中学校生活全てをこのことに消費してマミの青春をつぶすのも忍びないと彼は考えた。ゆえに、こうして彼一人で探索をしているのだ。

ちなみに、探す目標は集約された負の感情――淀んだ魔力――を目印にしているらしい。

 

「ここも異常なしか…んー、今日はこれまでかね」

 

まだ昼前なのでいったん家に帰ろうと思ったその矢先、様子のおかしい男性を見つけた。

ふらふらと歩く様子は夏の猛暑のせいだとも見えるが、その瞳は生気を無くしている。間違いなく、『こちら側』に魅せられた犠牲者であることを示していた。

さらに、決定的なのは――

 

「あれは……やっぱりあったな、『しるし』か。……最近、出現率が高ぇが…何が起こってる?」

 

疑問に思いながらも、その男性の首筋に『魔女の口づけ』を発見する。魔女の絶望に惹かれた、負の感情をため込んでしまった人間ということを示す文様。

魔女を探した場所が場所だったので、すぐさま霊体化して後をつけた。

 

しばらく尾行は続き、行き着いた場所にあったのは、隣町が近い廃ビルだった。魔女特有の濁った魔力も感じられ、ここが魔女の住処とみて間違いないだろう。

そこまで確認すると、

 

「案内ご苦労さん。ゆっくり寝てな」

 

首筋に一撃…という技は使えないので、ほんの一瞬泥に触れさせて強制的に気絶させる。ついでにその男性から負を回収すると、ビル入り口の前に移動した。

結界に入る前にマミにパスを通じて念話を行う。

 

≪よう、結界見つけたからパパッと片づけてくる。昼ごろには帰るから心配はいらん≫

 

≪了解よ。あんまり無理はしないでね?≫

 

≪ほいほい。そんじゃまた後で≫

 

そう言って念話を切り、結界へと突入した。

 

 

 

 

結界内。

ほとんど法則を作り替える魔女の結界には珍しく、ビルの内部をそのまま使用された壁には、おそらく絵具であろう落書きと、人骨が材料のオブジェが乱立していた。

だが、見た目ばかりではなく、その場にいる使い魔がいてこそ、魔女結界の恐ろしさは倍増する。だというのに……

 

「おっかしいな?使い魔の影も形もねぇぞ」

 

アンリの言うとおり、そこにあるのは『結界のみ』。使い魔だけが作る安定しない結界とは違い、しっかり安定した不快適な空間は魔女の物に違いない。にもかかわらず、結界のそこらじゅうにいるはずの使い魔が一匹たりともいないのだ。

一応は罠の可能性を考慮して警戒しながら進んでいたアンリだが、少し離れたところで爆発音が響いたのを聞き、その場所に向かった。

群れている使い魔たちを押しのけ、泥で喰らいつくし、魔女の間へたどり着いたのだが、

 

「愚オオオオオオ!!!」

 

「煩い奴だねぇ! …さっさと消えなよ」

 

槍舞を踊る先客がいた。

ボロボロの画材道具を模した魔女と、いくつもの多節槍を操る『紅い魔法少女』。不思議なのは、ほとんどの使い魔がその場にいるのも関わらず、その魔法少女が狙うのは魔女だけであるという点か。

 

「そーらよっ!」

 

だが、この騒乱もその槍がいとも容易く魔女を貫いたことによって終わりを迎えた。

結界は掻き消え、使い魔達は主を失ったことで散り散りになる。だというのに魔法少女はそれを追うそぶりすら見せない。マミ以外の魔法少女を見て感心していたアンリだが、使い魔の脅威を見過ごすわけにはいかず、すぐさま宝具を発動させた。

 

「何やってんだ!『無限の(アンリミテッド)残骸(レイズ・デッド)』ォ!!」

 

「ッ…なんだアンタ!?」

 

泥の気配に気付いて此方を見据える魔法少女だが、それを無視して全ての使い魔を泥に飲み込んだ。すべてを飲み込ませてから、その泥の中で使い魔を変形させた泥の刃で切り刻み、細かくなったら泥ともども魔力として霧散させる。一匹ほど取り逃したようだが、大きな脅威はこれで去ったといえよう。

 

「…!」

 

が、宝具を解除した直後、背後から殺気を感じる。反射的にそちらを振り向くと、件の魔法少女がいつの間にかグリーフシードを手に持ち、こちらへ槍をつきつけていた。こちらも逆手短剣の『右歯噛咬(ザリチェ)』と『左歯噛咬(タルウィ)』を顕現させ、対峙する。

 

そして、動き出した。

少女の持っている槍が迫り、アンリの喉笛に向かう。それを紙一重でかわすと、懐に潜り込んで彼はタルウィを振るった。胴体を分断せしめんとする勢いであったが、彼女が引き戻した槍の節にある鎖で刃を絡めとられる。

すかさず武器を捨てたアンリは、持って行かれた武器を泥へと還元し、気体へと変化させる。目くらましの要領で舞い上がった蒸気は、少女の視界を遮りアンリを安全地帯へと向かわせる時間を作った。

 

「はぁっ!」

 

「シャァ!」

 

アンリが武器を泥で形成しなおし、少女が体制を持ち直した時間は同時。気っ込むタイミングも同時に切り結びに入る。

少女の小手を狙った斬撃を彼女はひらりとかわし、自身を覆うように伸ばした多節槍が休場のガードゾーンを作る。アンリが攻める瞬間を決めかねている間に、突如方向転換した槍の穂先が彼の額に突き進んだ。

 

「クハハァッ!」

 

彼は猟奇的な笑みとともに、両手の武器でその槍へと『噛み付いた』。ギチリと軋んだ音が響き渡ると、一瞬遅れて彼女の槍が木っ端微塵にはじけ飛んだ。

破壊された武器を破棄すると、少女は再びソウルジェムから己の武器を取り出し、下段へと構え直す。対するアンリも翼を広げるように武器を歪に肥大化させ、迎撃の態勢をとった。

しかし、唐突に、口を開いたのは、紅い魔法少女だった。

 

「野郎、もったいねぇことしやがって。どうやったかは知らねぇけど、なんで奴らを消したんだ?」

 

もったいない。

アンリは使いどころが違うだろう、という言葉を飲み込んで、それにあきれながらも返答する。

 

「ハァ? 危険な芽を摘むに越したことはねぇだろうが。こちとら必要以上に戦いを増やしたくねぇんだよ」

 

「なんだ、事情を知ってんのか、そんなの自分の必要な分だけ狩りゃあいいハナシだろうが?」

 

確かに、その話なら『魔法少女として』の効率はいいだろう。だが、関係のない一般人を巻き込むのは『気が引ける』アンリは、その考えを聞いた瞬間に彼女に対して敵意を向ける。

緊迫する空気。正に一触即発の中だったが、唐突にアンリは武器を消した。

驚愕しながらも警戒を解かない魔法少女に、彼は言葉を投げかける。

 

「あーもう、アホらしい。んな事よりとりあえず座れ。まずは情報交換といこうや」

 

「……アタシが乗るとでも?」

 

「ハッ、好きにしやがれ。オレにとって必要以上の戦いは面倒だってだけだ」

 

鼻で笑い、そう告げたアンリに、魔法少女は舌うち一つ。

 

「チッ! 白けちまった、しょうがない。話だけは聞いてやるよ」

 

押し負けたのか。変身は解かないが、武装解除してアンリと向き合って座る魔法少女。アンリにとってこれ以上は無益の戦闘は、なんとか回避できたらしい。

早速、アンリは話を持ちかけた。

 

「そりゃ何よりだ。まずは自己紹介といこう。オレはアンリ。『アンリ・M(マユ)・巴』だ。アンタはなんていう?」

 

「……杏子。『佐倉(さくら)杏子(きょうこ)』だ。もう一回聞くけど、なんでアンタは奴らを消した? もっと育ててからグリーフシードを収穫したほうが効率いいだろう?」

 

「なーる。そういう魂胆ってか? なかなかテメェらには甘美な提案だが、無関係な奴を巻き込んでまで魔力を保つこともねぇだろうが。ま、他になんかあんなら答えるが?」

 

そう答えると、魔法少女――杏子――の機嫌はさらに低下したようだ。

聞きあきたかのように溜息を吐くと、彼女は忌々しげに口を開く。

 

「結局アンタもそういう性質かよ…。じゃあ次だ。アンタは『男』だってのに、さっきのは何だ? 何で男が使い魔とやりあえる?」

 

「佐倉も魔法少女ならキュゥべえから聞いたことはあるだろ。『英霊』って言葉に聞き覚えは?」

 

次の疑問は至極単純。ゆえに、同じく簡潔に彼がそう返すと、彼女は考え込むようなしぐさをとった。

 

「ああ……アンタがあの『アンリ・マユ』か。御大層な名前だねぇ。

 アンタが戦えるってことはわかった。でも、何でいちいち首を突っ込む? アタシらと違ってグリーフシードも要らないだろうに」

 

「自分の住んでる町を守ろうと思うのは当たり前だと思うがな?

 お前も……いんや、こういうのは言ったところでそのやり方が変わるわけでもねぇか…」

 

「いい子ぶりやがって…でもまあ、よく判ってるみたいじゃあないか。アタシの知りたいことも聞き終わったし、ここらでお暇させて貰うよ。

 アタシも、あんたみたいなヤツは気に食わないからね」

 

そう言って立ち上がった杏子。しかし、アンリがそれを引きとめた。

彼の頭には、意地の悪いことが浮かぶ。

 

「まあ…ちょいと待ちな」

 

「なに? まだ何か用でも…」

 

そういって振り返ろうとした彼女は、膨大な魔力の蠢きを感じ取ったが――遅かった。

 

「『この世の全ての悪背負わされし者』」

 

「なにっ!?」

 

アンリは突然宝具を使った。

先の言葉が何を意味するかは知らないが、完全に変化した辺りの雰囲気に、杏子は警戒態勢に入るが……想像とは違い、外見上は何の変化も起こらない。

だが、アンリは満足そうに笑った。

 

「まあ予想通りってか? ちょっと話しを聞いてもらった足止め料だから受け取っとけ」

 

「おい待て! 今どうやってソウルジェムの穢れを…!」

 

なんと、アンリはソウルジェムの穢れをそっくりそのまま回収していったらしい。

今度は杏子が引きとめようとするが…

 

「じゃ、また今度な~」

 

聞く耳持たずというように霊体化してその場を去ったアンリ。

魔女のいなくなった廃ビルには、杏子が一人残される。そんな彼女はというと…

 

「今度会ったら、絶対絞めてやる…!」

 

当然の報いとはいえ、不穏な考えを巡らせていた。

アンリに幸あれ。

 

 

 

 

その後目を覚ました男性を介抱し(変な頭痛の原因は熱中症ということに)、町を悠々と歩くアンリはマミと念話を行っていた。

 

≪終わったぞ。今そっちに向かってる≫

 

≪お疲れ様。どうだった?≫

 

≪別の同業者に会った。名前は佐倉杏子。オールレンジの多節槍を使って戦う紅い魔法少女だ。だが、もし出会ったら気ぃつけろ≫

 

≪? どうしてかしら≫

 

マミはほかの魔法少女と会ったことがないらしく、素直に疑問を返した。

 

≪実は…≫

 

そこで、彼は魔法少女として利害関係の不一致で戦闘が行われるかもしれないことを話した。事実の確認はキュゥべえで、ということも伝えると、マミはでも…とそれに対する策を尋ねる。

 

≪そう…どうにかして説得できないかしら?≫

 

≪ありゃ無理だ。一応話したが、会話だけで納得なんかするタイプじゃない。っと、それより本当に気をつけろよ? アイツ口悪かったし、ただでさえマミはメンタル弱そうだしよ≫

 

≪ちょ…! それどういう意味!?≫

 

≪………ハッハッハ!! じゃあな、やっぱ夜まで帰らんから宿題頑張れよ~≫

 

≪待ちなさい!まだ話は終わってな―――≫

 

「ブツッとな。――やっちまったなぁ…久しぶりに」

 

強制的に念話を終わらせて、彼は深いため息をついた。帰ってからのお叱りが面倒だが、致し方あるまいと自分の口の軽さに頭を抱えていたのであった。

 

 

 

夕方も近い午後5時ごろ。

場所は変わってCDショップ前。そこには桃色と青色の頭髪を輝かせた二名の少女がアンリと会話していた。

彼らは初対面、という雰囲気はなく、和気藹々と話し込んでいるようだ。

 

「それでさあ。入院してる恭介っていう幼馴染がかなり落ち込んでて…アンリさんはどうしたらいいと思う?」

 

「そうさね……音楽家を目指していた、っつうなら、その恭介って奴が好きそうな音楽関連のものでも見舞い品にしたらどうだ?

 ここもちょうどCD売ってるしよ、掘り出し物なら簡単に見つかりそうだしな」

 

「そっかぁ。いよっし!そうしてみるよ。ありがとね、アンリさん!」

 

「えっと、さやかちゃんの相談に乗ってくれてありがとうございます」

 

「ああ、人の愚痴を聞くのもオレの趣味だから、そうかしこまらなくてもいいって。鹿目ちゃんもなんか相談あったらオレに言ってみな?」

 

クカカカカ、とどこぞの蟲爺のような軽快な笑い声を響かせると、鹿目(かなめ)と呼ばれた桃髪の少女は、あわてるように首を振った。

 

「わ、私は今は大丈夫です。…でも今度なにかあったら相談してもいいですか?」

 

「おう、どんと来い。そういや、美樹ちゃんもその恭介の見舞い、今度つき合わせてくれないか? 暗くなってるやつはオレが明るく仕立てあげてやるよ」

 

「あははっ、それなら是非お願いします! でも恭介は洗濯物じゃないですよっ!」

 

そういって、美樹と呼ばれた青髪の少女は冗談に突っ込みを入れる。

彼と談笑している二人は『美樹さやか』と『鹿目まどか』という中学一年生の少女たちだ。ここ最近、数カ月の間に知り合った駄弁り仲間である。

そのきっかけは、マミの通う見滝原中学から、彼女らが属するクラスが授業の一環としてアンリのところへインタビューをしたことからである。そのインタビューの代表としてこの二人が来たときに仲良くなったのが始まりだ。

 

「お、話している間にもう5時半か…そろそろ帰っときな。夏休みだからって遊んでばかりはダメだからな?」

 

「アンリさんまで先生みたいなこと言うんだ~? ま、そりゃそうだね。そんじゃまたね、約束忘れないで下さいよー!」

 

「アンリさん、また今度」

 

まだ夏ゆえに日は高いが、彼女らは中学生。元気に帰宅したのだった。

 

「気ぃつけろよ! ……にしても『約束』、か。神さん元気にしてんのかね?」

 

二人を見送り、あの言葉を思い出した。すでに二年も前のこととはいえ、どういう構造なのか、彼の中ではずっと記憶に残っている。一字一句間違えずに思い出せるほどに。

しばらく感傷に浸っていた彼だが、次いで思い出したことに、額に右手を当てて困ったようなしぐさをする。

 

「しっかしマミの説教どうすっか…この間はお小言無視して霊体化したら、不安になったのか泣き出したしなぁ……」

 

そう言うとアンリも帰宅した。

この後、家に帰ったアンリがどうなったかはご想像にお任せしよう…

 

 

 

 

かくして、役者はそろった。

左手に絶 を抱えた 年は、心の を い尽される。

青髪の少 はそ によって に余 ができる。

桃髪の少 も『この 全ての 』に 敬を抱 てい 。

赤髪の魔少 は の力を利 するつ り いる。

何より…金の少女は、もっと 大 な関 りを持ち、孤独の を打 破った。

 

残るは一人……黒き 廻の時 生き 、紫の 女である。

 

小さな変化を抱え、物語は本筋へと移行する。

絶望はたった一人が受け持ち、希望が広がった。

集約した絶望は、そのまま彼のエネルギーへと変換される。

この変化は、やがて襲来する圧倒的な絶望にどう立ち向かうのであろうか?

 

パーツはそろっている。

組み立てさえも終わっている。

 

全行程を終えた一握りの幻想空間(へいこうせかい)

時計の針はゆっくりと、動き始めたのである。

 




予想以上に加筆。千文字くらいかな?

次回は人物紹介(変更点)と、今までに出したオリジナル魔女の紹介の予定です。
いらないなら、すぐに次のお話に入る予定ですが……

とにかく、お疲れさまでした。


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人物・設定・変更点

人物紹介です。
詳細設定です。
飛ばしてもかまいません。


 

人物・設定・変更点

 

魔女

 

 

エコー・ド・ナルシッソス 美貌の魔女

性質:陶酔

 

冒頭でマミにフィナられた魔女。

見た目は2メートル大の大きな眼球であり、綺麗な瞳の下に直接口が付いていて、美しい金色の髪が瞳から円形に1メートルほど離れたところから生えている。☼←こんな感じでもっともっさり

この魔女は昔に褒められた箇所がそのまま巨大化してこの姿になったと推測される。弱点はその美しい瞳と髪を傷つけられることなのだが、結界に入った者に例外なく見せつけてくるので簡単に隙を作ることができるだろう。

 

 

使い魔

役割:人体・自賛

 

魔女に使われていない人体のパーツがそのまま使い魔となった。ただ、魔女を褒めるためにその全てのパーツにはギザギザの歯がついた口がある。

この口は魔女の「他の人にも褒めてほしい」という望みをかなえるためなのだが、それが自分自身の自画自賛である限り、決して魔女は満足できないだろう。

大きさは魔女と違って標準サイズ。

 

 

 

アントワヌス 潔癖の魔女

性質:傲慢

 

初めてアンリが戦った見せ場用の魔女。

潔癖の名の通り、汚いものが大嫌い。故にアンリの宝具の泥に触れた途端に無防備になった。

見た目はおおよそ3~4メートルほどの脂肪の塊で、その醜さを隠すためにキラキラした宝石や金銀財宝を張り付けている。ただ、この宝石や金を剥がすことができないと物理的なダメージは入らないので、汚す物を所持していない場合は爆薬や炎などでダメージを与えることが有効。

 

使い魔

役割:発掘

 

大きさは約1.5メートルほどの人型をしたミイラ。見た目は魔女とは反対にボロボロの布を纏っているみすぼらしい姿。常に城の壁に張り付いた宝石を発掘し、魔女に献上している。

基本は魔女の絶望や望みから出来ているが、この結界の宝石に目がくらんだ人間も素体となっていることがある。全員がピッケルやスコップなどの発掘用の道具を所持していて、攻撃方法が物理攻撃しかないため、見た目とは裏腹に素早い動きをするから注意が必要。

 

 

 

エイミー・ウェインズ 絵心の魔女

性質:指導

 

杏子がアンリと出会ったときに倒された魔女。

自分の使い魔達に絵心の名の通り、芸術について教師の様な事をしている。だが、使い魔達が一切学習できないので結界は常に授業中であり、この中に足を踏み入れたものは強制的に『授業』に参加させられる。

見た目は顔がパレットで隠れた女教師で、体のいたるところに画材道具が張り付いている。

魔女の中では珍しく、敵対意志を持つ者にしか攻撃をしない。熱心に授業を聞いていれば、それだけで捕えた人間を解放することもある。一応、授業はそれなりに形になっているので、もしも絵について学ぶのなら結界に入ってみるのも一興かもしれない。

この魔女の結界内の文字は魔女文字そのままだが、見た瞬間に翻訳された内容が頭に浮かぶ便利仕様。

 

使い魔

役割:無知

 

絵心の魔女の使い魔。延々と授業を続けさせるために生み出された。その姿は幼い人が描いた落書きの中の人物の様な形をしている。魔女と同じく、敵意を持つ者以外には攻撃をしない。よって、この使い魔が魔女となるには相応の年月が必要である。……実際は臆病なだけだが。

 

アンリの泥にのまれてその全てが蒸発したように見えたが、実は一匹だけ逃れていた。

 

 

 

 

キャラクター変更点

 

魔法少女

 

巴マミ

 

言わずと知れた魔法少女の先輩。

最大の変更点はアンリと暮らしていること。豆腐メンタルは変わらないが、原作と違って両親が死んでからはアンリが家族となったために独りではなかったので精神的に余裕ができ、少しは心理的に強くなった。

バトルの面では大きな成長を遂げていて、アンリが泥を剣や銃、鞭などに変えるトリッキーな戦法だったために、その場に合わせての連携がこの上なく上手くなった。

彼女特有の『ティロ・フィナーレ』はアンリが魔力回復を受け持つため、大幅強化して健在。

 

 

佐倉杏子

 

原作との相違点は殆んどない。だが、アンリがホイホイとソウルジェムの穢れを吸い取ったのを見て、次に会ったらひっとらえて利用しようと考えている。

これより原作までの一年の間に一応はマミと邂逅するが本作では語らない。

 

 

暁美ほむら

 

逆行した精神が移るまでの間にもアンリと出会ってはいないので変更点は無し。

 

 

 

魔法少女候補(現段階

 

美樹さやか

 

アンリの駄弁り仲間その一。お軽い活発な性格や、おちゃらけた言動はそのまま。主人公の呼び名は「美樹ちゃん」

アンリについての認識は「頼りになるお兄さん」であり、事故にあった恭介のお見舞いを相談するあたりはかなり親しい仲といえよう。

最初の出会いは、学校の総合の時間の課題「見滝原町で有名な人についてまとめよう」でアンリをインタビュー相手として選んだことから。余談だが、彼女たちのグループは見事当選した。

 

 

鹿目まどか

 

アンリの駄弁り仲間その二。普通を体現したかのような中学生なのに桃髪とはこれいかに。呼び名は「鹿目ちゃん」

さやかと違って、アンリへの認識は「尊敬する憧れの人」。そのため、アンリの前での言動は少し丁寧な言葉遣いになる。出会った当初は「刺青の怖い人」だったのだが、上記のインタビュー中の会話により打ち解けた。それ以来は町で出会うと宿題や勉強について相談することもしばしばある。

強大な魔法少女の素質は今はまだ持っておらず、暁美ほむらが出現すると同時に発現すると予想される。現在はまだキュゥべえの存在を認知できない。

 

 

サブキャラクター

 

上条恭介

 

すでに入院中の身。この後閑話にてアンリと出会うため、変更点の詳細は省く。ここで語れるとするならば、悲劇は回避されるかもしれないということだろうか。

 

 

志筑仁美

 

アンリの事はまどさや伝いに聞いている。そのため、認識は「一度はお話ししてみたい相手」であり、直接面識はない。本作ではあまり接点のないキャラクターのために登場の場は少ないが、語られる事はあるかもしれない。

 

 

 

その他 小話的な設定……

 

アンリ・マユ → アンリ・M・巴

転生者。まどまぎ原作の事は一切知らず、知っている創作作品はFate系統のみ。

 

作中での彼の二年間の趣味は自身の宝具の実験であり、世界の狭間で出来なかったことを確認している。

例として

悪意の感じない泥製の諜報動物 → 成功。(集中力が多大に必要。実証者マミ。が、この後悪意にあてられ一時ノイローゼ。

無意識下での発動と、意識下での発動の泥の貯蓄量 → 一部成功。(特定できる個人に限り多量の『負』の吸収が可能。不特定多数は失敗。五話目の最後にて実験

などである。

 

 

杏子とアンリの口調はかぶりやすい……など

 




……こういうのっているんですかね?
作者たち自身の確認としても投稿していますが。

とにかく、こういう形で本文中の説明不足は解消していきます。
一種の逃げの一手ですね。


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緩衝・聖夜・二人

独自理論がぶっぱされます。
特にのちに響くようなこともない、一発ネタではありますが。


さやかとアンリが約束した年のクリスマス。外はすっかり日が暮れ、雪が降る夜である。見事ホワイトクリスマスになったこの日、当のアンリといえば…

 

「へぇ、ここがその病院か…」

 

「そう。ここが恭介のいるところ!」

 

肌寒い外に揺れる黒と青が特徴的な二人。美樹さやかとアンリは例の人物が入院しているという、とある病院の入り口付近に集合していた。

 

ここ見滝原は、ここ数年で近代化させる都市開発がすすめられた地方都市であるが故、このような病院なども、マミらの通う学校と同じく大きな改装が行われているため、設備も充実しているらしい。

アンリは、そんな経緯を持って建てられた立派な病院を感心して見上げていた。

 

ただ…

 

(宗教が違うってもなぁ…聖夜に悪神が人を見舞うのはどうなんだか…)

 

内心引き攣った笑みを思い浮かべていたが。

 

「んで?病室は何番だ?」

 

「……3階の××号室。個室で治療してるんだ」

 

「そこまで酷ぇのかよ…。ま、うだうだ言ってても仕方ない。いこうぜ」

 

「うん。こっち」

 

そうして二人は病院へと足を進めた。

 

 

 

 

××号室にて。

12月といえど温暖化の影響で温かいためか、訪れた部屋の窓は開放的に開け放たれており、そこからそよぐ風がカーテンを幻想的に揺らしている。日常にふと気づくことができる美しい空間が、そこにあった。

 

そして、部屋の主となる少年も、窓を見つめ静かに佇んでいた。

 

「恭介!」

 

美樹さやかは、目当ての人物――上条恭介――に満面の笑みで呼び掛ける。

入室したことにようやく気付いたのか、彼は幼馴染を温かく迎え入れるようにふわりとほほ笑んだ。

 

「……さやか、かい? またお見舞いに来てくれたのかな」

 

「ふっふっふ。今日は紹介したい人がいるの!」

 

その言葉に、ふと疑問を浮かべる少年。

いったい誰なのか、記憶の限りにある候補を探したが思い当たらず、彼は問うた。

 

「さやか、誰がき―――?」

 

その言葉をさえぎるように病室の扉が開かれ、アンリが入室する。彼の顔には、いつものにやにやとした笑みが貼り付けられていた。

 

「よう、アンタが上条恭介だな?はじめまして……になるな、巴・M・アンリだ。今日はよろしく」

 

「えっ……アンリ、さんって、さやかのよく言ってた……」

 

こちらにニヒルに笑いかけてくる、思いがけぬ人物の登場に一時放心する恭介。

当然、口を衝いて出るのは混乱した言葉であり…

 

「あぁ、さやかの彼氏さんかな?」

 

「「いや、それはないから!」」

 

息のあったツッコミをもらう。そうして部屋は笑い声に包まれた。

 

 

 

少し落ち着いた3人は姿勢を正し、それぞれが向かい合うようにして座った。

当然、恭介はベッドの上だ。

 

「すみません。この日(クリスマス)に連れてくるような人ですから勘違いしちゃって…」

 

「ハッ、悪いのは美樹ちゃんだってだけだろ」

 

「ハハ……それはともかく、どうしてあなたほどの人が僕なんかの所に?」

 

苦笑する二人であったが、やはり恭介にはアンリが来るのに思い当たる理由がない。

どうやらこの会談は、さやかのサプライズ、ということになっているらしい。そう考えたアンリは、カラカラと笑った。

 

「いや……なに、美樹ちゃんがアンタに喝を入れてほしいつってな?」

 

「いやいやいや。見舞いに行きたい言ったのはアンリさんのほうでしょう!?」

 

「そうだったか? ……まあ、喝を入れときたいのはマジの話だ」

 

「は、はぁ……?」

 

身に覚えがないが、何かしてしまったのかと恭介は不安になる。

何やら不穏な空気が流れ始めたところ、ここで突然さやかが立ち上がり、

 

「それじゃアンリさん。後はよろしく!」

 

と軽く敬礼して部屋を出てしまった。苦笑し、アンリは言う。

 

「そうおびえなさんな……。で、だ。ちょっとした相談役のオッサンだと思って話してほしいんだが、恭介君はバイオリンやってたんだって?」

 

「あ、はい。でもこの手になってからはどうにも諦めがちで……すいません。最終的な診断はもう少し経ってから出るらしいんですが、どうにも治るのかが不安で……」

 

そう言って、彼は感覚の無くなった左手を右手でさすった。

顔に陰りがさしているのは気のせいではないのだろう。つまり、それほど彼にとって深刻な問題ということだ。

だが、アンリはそんなこともお構いなしに、信じられないことを言う。

 

「そのことだが、別に完治しなくてもいいんじゃねえか? 別段、永遠に動かせないから切り落そうってわけでもなし。それなら、日常生活に支障も無えだろうしよ」

 

「……、ッ!!」

 

そんな爆弾発言を、アンリは投下した。

恭介は今までバイオリン一筋でやってきたのに対し、あまりにもな言い草である。こんなことを聞かされて恭介は黙っていられない。その右手は、握りつぶさんばかりにシーツを押しつぶし始めた。

 

「……初対面で何を言うかと思えば、僕をあざ笑いに来たんですか? あなたに何がわかるんです!? 僕の手が治らなくてもいいとでも言うんですか! 他に道があるからその道を進めと? ふざけないで下さい……! そんな言葉はもう聞きあきたんですよ……。僕だって…………」

 

言葉を続けるごとにしぼんでゆく音量。いつしか恭介の目には涙があふれており、それが寝ているベッドのシーツを湿らせる。

思春期の少年の心は脆い。まして、身体の異常が確認されればなおさらだろう。

だが……

 

「すっきりしたか? そんじゃ続けるからよーく聞きな」

 

そんな恭介の様子にもピクリとも反応せず、あきれた表情のアンリは言葉を区切って溜息を吐いた。

 

「そりゃあ恭介君がバイオリンができなくなって悲しいだろうさ。オレだって自分の手がそんなことになったら恭介君と一緒で、周りにあたっちまう」

 

自分はもう、体の欠損さえ簡単に()()がな。という言葉は呑み込んで、彼は本心を告げる。小さく首を振り、さも悲しいかのように。

 

「――なら!」

 

「最後まで聞けって。でもな? 手が無くなった訳じゃあるまいしさぁ、大げさすぎるんだよ」

 

そこまで言うと恭介はアンリを睨みつけ、部屋は静かになった。

 

「これは本当の話だ。最近じゃ腕まではいかねぇが、米国では失われた指を生やす魔法の粉みたいなのまで開発されたって話だ。

 ――そんな風に日々、医療は進歩を続けてる。まぁ何が言いたいかってぇとだ」

 

「…」

 

一泊の間。恭介に心を落ち着かせる時間を作ると、彼は柔らかな声量で言い放つ。

 

「お前も歩け。先の道がなきゃ作ればいい。まだ、立ってさえいねぇんだろ?」

 

「立って、いない…?」

 

彼の言葉を復唱し、恭介は身を見開いた。

立ってさえいない。そうだ、自分は……

 

「面倒だし、お前って言うがな? お前さん、ずっとこの病院でくすぶってるらしいじゃねぇか。見舞いの客がいなかったら独りで声を殺してみっともなくピーピー泣いてよぉ、それでも手前は男かってんだ」

 

「え、え?何でそのこと…」

 

「医者に聞けば一発だろ。シーツの涙が痛々しいって、看護婦さんは嘆いてたぜ?

 くくっ……まぁ、それはともかくだ。……お前さんも人間なら、やることはひとつだけだ」

 

場の空気を変えるためだろうか。アンリは表情筋の力を抜き、ただ、前の一点のみを見つめるようにして言い放った。

 

「動かないもんは気合いで動かせ。お前一人が立ち止まるってんなら、オレが周りを巻き込んででも進ませてやる。それでも左手の事が不安なら、オレがその不安を貰ってやる。だからさし差し伸べた隣人の手ぐらい、その手でとってやるくらいの事はしろ……て、の!」

 

「わわ!?」

 

強引に恭介の怪我した手をとったアンリ。突然つかまれた痛みと驚愕で恭介は目を白黒させていた。すると、横からもう一人の手が伸びてきて、二人の手と繋がる。

その人物は……

 

「さやか…?」

 

「あたしも恭介を引っ張るから、一緒に歩こう? 幼馴染じゃない。他人ってわけでもないんだしさ」

 

「あ……」

 

恭介……彼は初めて、さやかの瞳を直視した。

その瞳は、空のような、どこまでも飛び立たせてくれるような澄んだ青の瞳が揺れている。その美しさに、彼は自分の見ていた音楽の世界を思い出した。

 

「そーゆーワケだ。頑張りな(ボーイズビー)少年(アンビシャス)!」

 

しっかりと二人の手が重なったことを見届けたアンリは、二人から離れて窓に手をかけた。

三階という高所。手のつながった二人を祝福するように噴出した風は、窓際に立つアンリの姿勢を追い込むほど。

 

「「アンリさん!?」」

 

「おーう、すっかり息ぴったりじゃねぇか?その調子で頑張れ、オレも陰ながら応援するからよ?そんじゃ、またな!」

 

自分のことはどうでもいいのか、左側に重心を置いて寄りかかっていた彼は、切り倒された樹木のように窓から飛び降りる。驚いた二人はそろって窓から身を乗り出し、下に落ちたと思われるアンリを探すが……

 

「ちょっとここ3階……!! って、えぇ!?」

 

「いない……一体どこに……?」

 

下にあるのは、通行人が夜の街を歩く様だけ。

街灯の明かりを頼りに探せど、アンリの姿は影も形も無く、揃って呆然となる。それにさやかはうっかり言葉をこぼした。

 

「あーもう、打ち合わせと違………あ」

 

「さやか?打ち合わせってどういうことかな?」

 

気付いても時既に遅し。手のつながった先、その手の持ち主のほうを向くと、空気をゆがませて此方を見る恭介。いかにもなオーラが立ち上っていた。

何という喜劇だろうか、といった突っ込みを入れるわけにもいかず、頭の中がぐるぐるになったさやかは口を衝いて出る言葉を吐き出し始めた。

 

「えっと、その、ね? アンリさんが恭介励ましてくれるって言ったから、二人で最後は恭介と手を取り合ってハッピーエンドでしたっていうかなんていうか……その、全部恭介のために最後だけは仕組んでそれ以外はアンリさんが話持って行ってその……あの……え、っと…………」

 

「くっ…」

 

「へ?」

 

「アッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!」

 

「き、恭介……?」

 

さやかが必死に言い訳したところ、恭介は腹を抱えて笑いだす。何が起きたのか、精神まで疾患したのかと、むしろお前が落ち着けという思考に陥るさやかだったが、笑い終わった恭介はこう続けた。

 

「初めて見たよ。さやかのそんな取り乱したとこ。ッハハハ……ああ、面白かった!」

 

「え? ちょっ、それどういう…」

 

「もしかしたらこのためかもしれないね。アンリさんの狙いは」

 

明るい顔に戻って恭介はそう言った。さやかは元の明るさを取り戻した恭介に内心安堵するも、その言葉の意味が分からず首をかしげる。

 

「最初はあんな風に言ってたから、けなしに来た嫌なやつかと思ってたけど―――でも、違った。思い出させてもらったよ。後ろ向きなことなんて考えてなかった、小さかった頃の話をさ。

 ……それに、あの言いぐさは僕とさやかをくっつけようとでもしてたんじゃないかな? 僕らは幼馴染なのにさ、アンリさんってホント不思議な人だね」

 

「っ……それは、まあ不思議だけど。私もびっくりしたし…」

 

付き合う、なんて。

そんな言葉を言ってから、さやかの肩が少し、震える。

 

「今度会ったらどうやって姿を消したのか聞いておかないとね」

 

「……そう、だね」

 

先の言葉を聞き、さやかは恭介の方向に体を向かせ、手を握りなおした。今度は彼女の纏う雰囲気が変わったのを感じ、恭介は彼女を見据える。

 

「さやか?」

 

「恭介、あのね……」

 

震える声は、なにかを我慢しているのか。滲みだした涙は、何かに悲しんでいる――もしくは、喜んでいるのか……そんなことを考え始めた恭介には、

 

「あたし、あんたの事が……本当は―――」

 

予測なんて、つけられるはずもなかったのだろう。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ま、これでハッピーエンド。ってか?」

 

さやかが意を決したころから、しんしんと、音を消すように雪が降り続いていた。

病院からさほど遠くも無い路地裏には、黒い人影が蠢いている。――苦悶の声をもらしながら。

 

「痛ッ……! 慣れない魔術は使うもんじゃねぇか……」

 

アンリが出血する右腕を抑えながら最近編み出した泥の活用(自分の体ともなる泥で動物を作り、そのすべての五感を共有する方法)で二人の様子をうかがっていた。

ここにいるのは、あの時、霊体化で姿を消し、ここで諜報用に作った泥の動物で二人を見ていたからである。

それだけのはずなら、頭痛もほとんどしなくなった。だというのに、なぜ怪我をしているかというと……

 

「『GEOFU(ギョーフ)』と『ANSUR(アンスール)』と『KEN(ケン)』、そして『EOLH(エオロー)』、か……魔力任せに無理やり正常発動させようとすると、こうなっちまうとはなぁ…固有結界のオーバーロードでもないってのに、魔力もかなり持ってかれたしよ、難儀なもんだ」

 

魔術の強制使用。恭介の手をとった時、保有スキルも無いのに代価は全て自分持ちで祝いをかけたからである。その祝辞ともなる内容は、“自分自身の概念を基にして使用したルーン魔術”であった。

GEOFUは『贈り物』を意味する。それで関係をこじらせないようにした。

ANSULは『口』つまりは言葉を意味し、少し積極的になれるようにした。

KENは『火』。その意味の中にある自分の力(回復力)を助長させるために使った。

EOLHは『保護』の意。それを逆位置として使い、自分がその負担を請け負えるように仕向けた。

そうして恭介の読み通り、二人の仲を進展させるようにしたのだ。とはいえ、既存する魔術法則もないこの世界で勝手に魔術を使用したのは、彼にとって大きな痛手だったようだが。

 

「ったくよぉ。オレは『衛宮士郎(セイギノミカタ)』でも、その皮をかぶってるわけでもねぇんだから、これっきりにしないとな?

 ……にしても、オレも最悪だなぁ。人の心を無理に進ませるなんざ、どっちかっつうと悪よりじゃねぇか。そのまますぎるがな」

 

自分の在り方を思い出し、苦笑したアンリ。だが、その顔は、とても満足げな表情であった……

 

 

 

 

町には雪が降り続く。聖夜の下で二人はどうなったのか……それは、またのお話。

 

そして悪神は絶え間なく蠢き続ける。彼の周りの負を全て背負うために。

 

 

たとえ、何が立ちはだかろうとも。

 





ふぃ~。一番の黒歴史(緩衝版)投稿完了です。
ルーンの知識が「はぁ? 何言ってんだコイツ」なのは、うちの設定担当『栄司』が未熟なせいです。

南山でした。
そして、難産でした。(わけがわからん)

では、お疲れ様です。


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月の頃は
変化・契約・布石


大体2000字くらい増えました。


心底あきれた表情。加え、額に手を当てながら彼女は口を開いた。

 

「それで、右肩から先が動かないですって?」

 

「まぁな。霊核に直接ダメージ入ったから修復に時間がかかる。戦えない訳じゃないから安心しろって」

 

いつものようにカラカラと笑うアンリだったが、彼の右腕はピクリとも動かずに垂れ下っている。

先日の上条恭介と美樹さやか両名へのルーン魔術の強制使用。魔術の手順、等価交換の原則を無視し、彼だけができる、ありったけの魔力での発動によって、アンリは弊害をこのような形で被っていたのだった。

 

そんなあんまりな言い様に、マミの口からは諦観を含んだ溜息までもが吐き出される。

 

「そういう問題じゃないでしょう! もう……『正義の味方の真似をしてくる』だなんて訳の解らない(正反対な)ことを念話で呟いてから数ヶ月(・・・)。いきなり居なくなって何をしていたのかと思えば……」

 

「反省はしている。だが後悔はしていない。むしゃくしゃして……はいないな」

 

「どこの情緒不安定な秋葉の加害者よ!? もう、そんなになるまで無理しないでちょうだい……」

 

「あー、っと? すまんかった。(やべぇ、殆んど自傷行為でした。なんて言えねぇな…)」

 

すっかりマミも中学校の最上級生になった、ある日の午後、アンリはひょっこりとアパートに姿を見せた。どうやら、これまでの数ヶ月の間、マミから離れて自由行動をとっていたらしい。

ちょくちょくと念話で連絡はとっていたようだが……

 

まあ、その結果はご覧の有様である。アンリは内心大焦りで冷や汗をかき、マミはマジ泣き寸前の大惨事。彼女の方は、アンリが居なくならなかった嬉しさと怪我をして帰ってきた悲しみで心が整理ができていないのだ。

……ちなみに、この日は夜までの時間全て、アンリが慰めに費やしたらしい。

 

 

 

 

後日は快晴の朝だった。

鳴り響くアラームが自己主張を始め―――運命の一か月(・・)が始まりを告げる。

 

 

 

 

その朝、リビングでは、何やら提案を持ちかけているアンリがいた。どうやら、マミに令呪の使用を促しているようだ。

 

「どうしたの? 令呪を使ってほしいだなんて……

 これって、いざという時の絶対命令権じゃなかったの?」

 

「そうなんだが……まぁ、実験さね。令呪の権限はどこまで効果が及ぶのか……ってな。

 なに、使うのは一画だけだしよ。この紙に書いてあることを読んでくれれば、それでいいって」

 

飄々とした態度でそう言い、指で吊り下げていた紙を渡す。帰ってきて、早速こんなことばっかり……などと思いながら、渋々マミは納得し、初の一画目の令呪を発動する準備に入った。

余談だが、ここの令呪は何故か魔力を持たない(魔力の運用を出来ない)人間には視認できないので、いままでそれで問題になったことはない。魔力……いや、魔法少女の候補生以外には見えないようになっているらしく、マミはこの令呪を隠すために失敗談をひとつ持っているとかいないとか。

 

「ハァ、あなたの判断だもの。仕方ないわね………ええっと?

 『令呪を以って命ず。新たな主従(・・・・・)の契約を交わす事を許可する』? ……って、ええ!!?」

 

すらすらと読み上げ、その内容に驚くも時既に遅し。

魔法少女として戦う時と同じ感覚。抜けていく魔力とともに、左肩から熱を感じると共に三画のうち『円』が消滅した。

 

―――令呪:残数2画

 

マミは熱が引くと同時に理由を聞いた。

『新たな主従』―――これまで一緒にやってきた仲でありながら、この内容は信じられないものであり、アンリに見切りをつけられたかと思ったからだ。

 

だが、彼はそれを首を振って否定した。

彼女を疎めるように、その瞳を見つめて口を開く。

 

「落ち着けって。オレの魔力が他の奴にも供給できるかの実験だから、マミとの契約が嫌になった訳じゃない。いわばオレにも『使い魔』ができるかどうかの実験で心配だったから令呪のブーストをかけて貰っただけだっつの」

 

「よかった……」

 

心底安堵した息を吐く。本当にただの実験だと知って安心したらしい。

――同時に、時刻は登校時間が近いことを確認し、再び驚愕する。

 

「いけない! もうこんな時間!?」

 

「あ、やっべぇ……じゃなくて、さっさと着替えろ! 荷物の準備はこっちでしておくから!」

 

「ありがと!」

 

数か月の空白があったとはいえ、『家族』として付き合ってきたのは既に3年。その経験によって、慌てながらも作業分担はしっかりこなす両者であった。

今日は一段と騒がしい朝になったようだが、そのせいで令呪とともに、アンリに刻まれていた呪いの刻印も薄らと光を放っていたことに、ついぞ気づくことはなかったのだった。

 

 

 

 

キーン コーン…

物悲しく鳴り響く終業のベル。夕焼けの空の下、今日も無事に見滝原中学校の授業が終了した。

3年生のとある教室では、マミがテキパキと帰り支度をしていた。魔法少女という危険な役を持っている彼女は、当然のことながら部活動には入っておらず、来る日も来る日も早々に帰宅するのである。そんな彼女の本来の史実と違う事は―――

 

≪これから巡回に入るから、いつも通り準備をお願い≫

 

≪りょーかい。……今そっちに分体を送った。今回の形状は狼。触っても悪意の感染も無いステキ仕様だぜ? 石の上にも三年ってな≫

 

≪もう……あんまりふざけ過ぎると、いつか痛い目見るわよ?≫

 

≪ヘイヘイわーかってるって≫

 

≪調子いいんだから…≫

 

そう、彼との会話である。先ほどのやり取りからも伺えるように、警戒態勢の日は学校が終わってからは、こうして連絡を取り合っていた。

最近は彼の宝具、『無限の残骸』を器用な制御が可能になってからというもの、こうして動物を模した泥を2体分までなら、宝具の解放無しで操作できるようになったので、マミの元へフォローをするために送っていたのだ。

真名の開放を行わずとも、ある程度一部の力が行使できる……『風王結界(ストライク・エア)』のような効果が近しいだろう。あれも、真名の開放によって風を操ることができるが、開放前の状態でも光を屈折して剣を隠していた。

 

 

 

 

夕方。

所変わって場所は中学校にほど近いカフェテラス。町に住む人たちの明るい声をBGMに、マミは捜索を続けていた。

 

「まどか、CD買ってもいい?」

 

「うん。いつものだね」

 

同じ中学校制服を着た少女たちの何気ない会話もマミにとって力になる。この笑顔は、自分たちが魔女の脅威から守れているという証。ゆえに心は明るく。しかし決して表には出さず、歩きだすのであった。

不意にソウルジェムがわずかながらも発光を始めた。手に握った淡い黄色の光が、魔的要素のある方向に尾をたなびかせている。マミはすかさず、ラインを通した念話をつないだ。

 

≪見つけたわ。反応からして使い魔だけど……≫

 

≪はいよ。そういや、あいつらはマミの周囲10メートル以内にひそませてある。それと、そっちの結界を特定したんでな。その狼についていってくれ≫

 

≪解ったわ。……そっちは何してるの?≫

 

≪使い魔と交戦中だ。…って危ねっ! すまんまた後で――≫

 

「≪え!?ちょっと≫……って切れちゃった。ま、アンリなら大丈夫よね」

 

彼も使い魔と交戦中だったようだ。途中で通信を断ち切られたのが心配だったが、実力は信頼はしているので、指示された狼が居る方向について行った。だが、次に聞こえたのは彼女のよく知る者の悲鳴。

 

≪助けて…≫

 

(キュゥべえ!?)

 

懇願――という感情を含むには程遠いが、はっきりとテレパシーを拾うことはできた。声を聞きながら歩みを速め、使い魔が展開しているらしい歪な空間を見つける。

店内改装のお知らせという看板を無視し、結界に突入する。早々に変身を済ませると、捻じれ曲がった道を人間を超越した脚力で飛び進んだ。

 

その先に居たのは―――

 

「冗談だよね…!?」

 

「うわぁっ!」

 

使い魔に群がられている、さきほどカフェテラスで見かけた印象的な髪を持つ二人。

マミの目下では、鹿目まどかと美樹さやかが身を寄せ合って使い魔に囲まれていたのだ。しかも、その腕に抱えられていたのはボロボロのキュゥべえ。それを見た彼女の行動は早かった。

 

高台から飛び降りると、垂れ下っている鎖に触れて魔力を通す。多少の恐怖は致し方ないと断じ、その鎖のすべてを円状に彼女らの周りに敷いた。魔力を通した鎖はマミの手足のごとく、イメージを忠実に再現し―――込めた魔力を、爆発させる。

 

「「!?」」

 

「キィア――――」

 

茨によって動かされた、彼女らの命を奪う凶器もろとも、消し炭へと変える。

脅威が去ったことを入念に確認すると、変身を解いて歩み寄った。

 

「あなた達、危ない所だったわね。もう大丈夫よ」

 

「…どちら様?ってなにコイツ!?」

 

さっそうと二人の前に現れるが……当然ながら、その突然の出来事に頭がおいつかないようだった。とはいえ、それにかまう暇も無いので、アンリの使いの狼が二人を守った事を確認し、その二人を尻目に行動を続ける。

 

――使い魔たちが、先ほどの倍の数は湧いて出てきたのだから。

 

「自己紹介は後。その前に―――ひと仕事、片付けないと」

 

ソウルジェムを両手に収め、手短に魔法少女へと変身する。

余計な手間は省き、まずはこの二人を守るために行動。見せつけるように……だなんて、愚の骨頂であるがゆえに。

 

「ハッ……!」

 

幾多の砲身を縛った使い魔に向け、出現させたマスケット銃全てを軍隊のように――一縷の容赦もなく発射の指示をだす。

やはり、所詮は使い魔であったということか。魔女からこぼれおちた欲望の副産物などでは、それら魔力の塊に耐えきれるはずもなかった。

たった一発。それだけで、この世から姿を消したのだ。

 

「…………」

 

「す、すごい……」

 

二人は放心するように見とれていた。そして、危険が去った事を確認したのか、泥の狼も空に溶けるように、その身を魔力へと還していく。

宣言通りひと仕事を終えたマミは、周囲に他の気配を感じ上を見上げる。すると、挑発的に口を開いた。

 

「残念だけど、結界は移動したわ。この二人がいる手前、私は動けないから貴女にゆずってもいいわよ?」

 

「……用があるのは、魔女じゃないわ」

 

アンリ譲りのマミから発せられた軽口。それを受け取ったのは、三人を見下ろす黒髪の魔法少女であったが……愚かな人物ではなかったようだ。

それだけ言い放つと、その場から姿を消す。――瞬間移動を行ったように。

 

 

 

 

 

 

「……どう?」

 

「助かったよ! ありがとう、マミ」

 

場所は同じくして。

彼女たちはキュゥべえの外見的な怪我を治療し、一息をついていた。

マミはキュゥべえの感謝を受け取るが、それをまどかたちに譲る。

 

「お礼はこの子たちに言って。遅れちゃったしね」

 

「うん! ありがとう、まどか! さやか!」

 

「なんで名前知ってんの!?」

 

さやかの突っ込みが入るが、キュゥべえは昔からそういうタイプだったので気にはしなかった。つづけて互いに感謝を預け合い、それぞれの自己紹介に入る。

 

「そろそろ落ち着いたかしら? それじゃぁ、自己紹介しておくわね」

 

言いながらも魔力を霧散させ、変身も解く。すっかり制服に戻った彼女は両親からもらった名をにっこりと誇らしげに言った。

 

「巴マミ。あなた達と同じ見滝原の生徒よ。よろしくね?」

 

「変身した!?」

 

「いえ、こちらこそ!」

 

「そしてこの子がキュゥべえ」

 

「よろしく」

 

同時にキュゥべえも紹介しておく。前の二人の反応は様々だが、このような非常識な出来事は衝撃には違いないらしい。が、マミは何かに気付き、キュゥべえに疑問を投げる。

 

「ひょっとして、この子達も……」

 

「うん、そうだよ…まどか、さやか。実は君たちにお願いがあるんだ」

 

「お願い?」

 

「あたしも?」

 

再び戸惑う二人。その二人にキュゥべえはにっこりと笑いながら運命の言葉を掛ける。

 

「あのね、僕と契約して」

 

そうして……

 

「魔法少女になってほしいんだ」

 

舞台装置の歯車が回り始めた。

 

 

 

 

 

 

その夜、マミは自室に二人を案内していた。

多少の距離があり、夕暮れはとっくにすぎ去っていたが、二人とも両親からの了解は受け取ったらしく、こうして付いてきたというわけだ。

 

「もう一人同居人が居るけど、彼も関係者だから気にしないでね? ただいま!」

 

「うわぁ…」

 

「素敵…」

 

二人は、思わず感嘆の声を上げる。その原因は、マミの家は整えられたヨーロッパ風のきれいな部屋であったからだろう。アンティークな家具が少々と、中央に備えられたガラスの三角テーブル。部屋の片隅にある怪しげな呪いっぽい落書きは無視して、リビングに上がった二人。

すると、台所から新しい人物が声をかけてきた。

 

「お帰り。それといらっしゃい。紅茶と菓子を用意しといたからお客人のもてなしは出来てるぜ。お二人さん?」

 

「あら、ありがとう。アンリ」

 

「「アンリさん!?」」

 

「よーう、ひっさしぶりだなお前ら。美樹ちゃんはこないだのクリスマス以来だな?」

 

クカカカカ……と、夜には少々不気味な笑いが漏れる。

まどかとさやかは頬をひきつらせていたが、あっさりとスルーしたマミは、ふと問うた。

 

「あら、知り合いだったの」

 

「なぁに、ちょっとした駄弁り仲間だ。…ほらほら、席についたついた」

 

「あ、はい」

 

「はーい」

 

アンリが促し、そうして皆が座ると、キュゥべえが居ることに気付き、アンリは口にする。

 

「なるほど、候補生(・・・)だったってわけか」

 

「そう。だから連れてきたの。それじゃ二人とも、さっきの事について説明するから、よく聞いてちょうだい。見える貴女達は知らないと駄目だから」

 

場を整え、マミがそう切り出すとアンリは台所に引っ込んでいった。

 

「大体終わったら呼んでくれ。それまで晩飯作ってるからよ」

 

そうしてアンリが退室し、説明が始まった。

 

「魔法少女は、キュゥべえとの契約によって成り立つ存在なの。こちらの願いを何でも叶えてもらえる代わりに、魔法少女として死と隣り合わせの戦いをすることになるわ」

 

「戦い……」

 

「願いが何でも……」

 

そうして、ソウルジェムや使命について。そして叶えられる願いや契約後の危険性。それを聞くたびに候補の二人は一喜一憂の反応をしていた。

その中、まどかは気になった疑問を口にした。

 

「マミさんの他に魔法少女はいるんですか?」

 

「あ、そうそうさっき話した例の転校生とか! こっち襲ってきたけど……」

 

「ええ、私も見かけたけど、彼女も魔法少女でしょうね。強い魔力を持ってるみたいだったわ」

 

その問いの答えはイエスだった。加えて、長年の洞察力からその力量を計りとる。次に魔法少女の対立、報酬の奪い合いについての説明を聞き、悩む二人。

危険とはいえ、契約に踏み切ることもあるだろう。マミはせっかくの候補生を無下にするわけにもいかないので、ある提案を考えた。

 

「ねぇ、二人ともしばらく私の魔女退治に付き合ってみない?」

 

「「ええ!?」」

 

「魔法少女がどんなものか、自分自身の目で確かめてみればいいと思うの。身の安全は、この身に代えても保障するわ。後アンリもね」

 

危険な事につき合わせるのは忍びないが、二人を守るのは彼なら造作も無いだろうと考えた故の決断である。押しつけに過ぎない――と考えるのが普通だが、生憎アンリは殺されても殺しきれない存在。

防御や囮に関しては一級品であるゆえに、この二人を守るきることは間違いなく可能だろう。

 

「そういうわけでお願いね?アンリ」

 

「へいへい、了解マスター。ってな? そういう事らしいから守りは任せときな」

 

「アンリさんも戦えるの?魔法少女でもなさそうだけど…」

 

「くははっ、それは明日になってのお楽しみだ。……ウチも晩飯に入るし、今日はここで解散だ。御供はつけるが、気をつけて帰れよ」

 

そうしてその夜は解散となった。まどかとさやかはそれぞれの家に帰り、この場の四人は明日に向けての準備を整える。

 

こうして最初の一日は無事にその役目を終えたのであった。

 

―――黒き天に輝く逆月は、ひっそりと町を照らす。

 

 

 

 

 

 

 

次の日、放課後の廃ビル前には霊体化したアンリが立っていた。視覚を遮断して魔力の流れを感じ取りながら、念話を行っているようだ。

 

≪そこにほど近い廃ビル前、結界を発見だ。ちょうど来るころにはマーキングされた奴が屋上から出てくるだろうからフォロー頼む≫

 

≪解ったわ。今そっちに向うから待ってて≫

 

≪あれ? アンリさんも念話使えるんだ。それにマーキングって≫

 

「≪あれま。……まぁ、説明はちゃんと被害者を確保してからだな≫っと、こっちだ!」

 

念話で話すうちに三人の姿が見え、廃ビル前に集合する。ちょうど屋上にはアンリの読み通り、飛び降りようとしている女性がいた。

しかしそれを見逃すはずもなく、マミは瞬時に変身し、リボンを出現させて落ちてきた女性を優しく受け止め地面に下ろす。落下の衝撃は完全に殺しきれたようだ。

 

「マミさんっ!」

 

「大丈夫、気を失ってるだけ……魔女の口づけ…やっぱりね」

 

「口づけ?」

 

「アンリも言ったけど、詳しい話は後! 魔女はビルの中よ。追いつめましょう!」

 

「「はい!」」

 

マーキングを確認し、急ぎビルの中へ入る三人。彼女らを後ろから覗き見ている黒髪の魔法少女が居ることを確認し、一人霊体化を解いたアンリは声をかけた。

 

「よう、追わねぇのかよ魔法少女サン?」

 

「ッ!!?」

 

よほどこの場に彼が居るのが予想外だったのか、後ろをとられたことが信じられないのか、驚愕を隠そうともしない黒髪の少女。しかし、主導権を握ったアンリは、気にせず質問を投げかけた。

 

「なーる? テメェが例のストーカーさんか。どっちにしろ鹿目ちゃんに何か用があるってのか?」

 

「あなた、一体何者?」

 

「質問で返す――いや、英霊だと言っておこう。あんたも魔法少女ならこう言えばわかんだろ」

 

逆に問いで返してきた魔法少女には、いつもの問いを返した。

かつて紅い魔法少女――杏子と問答した時と同じ光景が焼き直される。だが、唯一違ったのは……

 

「英霊? 残念ながら心当たりはないわね。もう一度答えなさい、あなたは何者?」

 

(……ふぅ、ん?)

 

英霊の事を知らなかった。――とすると、疑問が生じる。

居なくなっていた数カ月のうちに、キュゥべえには「なるべく多くの魔法少女に穢れを吸えるオレの事を伝えておけ」といった内容の伝言をしていた。故に、国内の魔法少女には彼の事が伝わっているはずなのだ。実際、数か月の間は各地を回って魔法少女の穢れ吸いを行っていたし、キュゥべえ自身からも確認はとっており、目の前の少女は明らかに日本人だ。

 

問えど、尽きぬは疑問ばかりなり。中の様子が心配になってきた彼が次にとった行動は――

 

「ワッケわかんねぇ。とりあえず後で、だなぁ!」

 

「待ちなさ……消えた!? まさか、私と同じ――」

 

――逃げであった。

制止と困惑が入り混じった声を振り切って霊体化し、彼はマミの元へと向かう。

走りながらもその姿は変貌してゆき、最終的には――四足の獣が、ビルを駆けていた。

 

 

その頃、ビル――いや、結界内部では大立ち回りが繰り広げられていた。

四方八方から迫りくる先日と同系の使い魔達を、マミは空中に拡散させたマスケット銃で片っ端から撃ち落とす。候補の二人の周りには、いつの間にか出現した真っ黒な狼と鷲がおり、二人へと迫る敵をその爪と牙で引き裂いている。時折出現する彼女らの影から伸びる刃のようなものも、守護を請け負っていた。

 

その調子で結界を進み、扉を開いた先にある最奥の円形ホールにて魔女を発見した。

 

「あれが『魔女』よ」

 

そう示した先にいたのは、薔薇園の魔女『ゲルトルート』。

八足の馬の様な体系に蝶の羽が生え、頭はバラのついた泥で包まれている。

初めて魔女の姿を拝んだ二人は、その醜悪な外見に嫌悪の感情をあらわにしていた。

そんな二人を安心させ、マミは攻撃態勢に入る。

 

 

着地と同時に小さな使い魔をつぶすと、ようやくこちらに気づいた魔女が鎌首をもたげる。ソファーのようなものを投げつけると、背中に生えた不格好な羽根で高速に飛び回り始めた。

 

「遅い遅い♪」

 

これまた、アンリ譲りの凶悪な引き裂かれた笑み。両手から先の空間に出現させた十六丁のマスケット銃を、胸元のリボンで同時に抱えて正確に狙い撃つ。いくつかは壁や地面に外したが、一撃・二撃と命中するごとに魔女の羽は掻き毟られ、見るも無残に砕けていった。

が、それをものともせず、反撃のためこちらに向かう魔女に――クスリ、と笑みをこぼす。

刹那、壁や地面に埋まった弾丸からリボンが生え、魔女をがんじがらめに縛りあげたのだ。アンリの狼と鷲も、動きを抑えるために魔女の足を食いちぎって拘束すると、鷲が形を崩して魔女を地面に張り付ける楔となった。

驚く二人を背に、マミは出現させた巨大な砲身へ昨日以上の魔力を集結させる。

 

「これが私の戦い方! 未来の後輩に…カッコ悪いとこ見せられないもの!!」

 

照準を魔女へ固定。寸分の狂いなき正確無比な魔弾が―――

 

「ティロ…フィナーレッ!!!」

 

火を…いや、魔力を撒き散らして爆発する。集束された魔力が魔女を貫通し、内部へ直接爆破をかけたのだ。

そうして、使い魔と同じように魔女はその命を可憐に散らした。グリーフシードが出現し、主を失った結界は速やかにその役目を終える。長らく住人を失った廃ビルは静けさを取り戻し、また一つの平和がもたらされるのであった。

 

さきほど拾ったグリーフシードを見せ、説明を開始する。あらかたの説明が終わった時、マミは振り向いて言った。

 

「あと一回ぐらい使えそうだし、このグリーフシードあなたにも分けてあげるわ

 ―――暁美ほむらさん?」

 

「………」

 

ちらりと視線を移した先にいたのは、さきほどアンリと相対した魔法少女『暁美ほむら』。ちょっとした皮肉もこめて報酬の分けを話したが、彼女の答えは当然のごとく、

 

「いらないわ。それはあなたの獲物よ。自分だけのものにすればいい…」

 

拒否。そう言った彼女はその場を離れ、マミ達の前から姿を消した。

 

 

 

廃ビル前、操られていた女性が目を覚ましたのでそちらのフォローを行った後。姿を消していたアンリも集合し、今日の事を話し合っていた。

 

「もう、どこに行っていたの?」

 

「わりいわりい。ちょいとばかし鬼ごっこをな?」

 

「アンリさん、結局何もしてなかったね」

 

「おっと、お前の近くに狼と鷲が居ただろう。狼は途中からオレだったんだからな」

 

鷲だけが変形していたのはそのためだったらしい。

 

「ええ!! アンリさん狼男だったの!?」

 

「違うっつの!能力の応用であの姿になってただけだ!」

 

どうやら魔女の足を食いちぎった辺りからはすでに居たようだ。

その後、こうして遅れて姿を現したのは宝具の影響だと説明した。

 

「宝具? 何それ?」

 

「ああ実はな……キュゥべえ、後は頼んだ」

 

「やれやれ、しょうがないな。後日改めて話しておくよ」

 

今まで空気だったキュゥべえが仕方ない、といった風に了承する。

その後の丸投げか、というさやかの突っ込みはスルーされたようだ。

 

「ま、そういうわけだ。今度からはちゃんと人の姿になるから心配すんな」

 

居なくなっていた間にキュゥべえには二つの宝具について話しておいたので、その方向で話は落ち着いた。その後、英霊について軽く説明して解散したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

そして、深夜。

薔薇の魔女と戦った廃ビルの屋上に二つの影があった。

 

「さて、来たか」

 

片や紅と黒の暗黒のような存在。片や黒と紫の宵闇のような存在。

されど、対照的である二人は、どこまでも反対方向に向き合っていた。

 

「こんなところに呼び出したからには、さっきの答えをくれるんでしょうね?」

 

「おうとも。渡しといた紙にも書いてあったろうが。そちらこそ、来たからにはオレの質問には答えてくれよ?」

 

「約束は守るわ。それじゃ話してくれるかしら……『英霊』について、『あなた』について。そして――『宝具』について」

 

「願いは聞き入れた。では、奇想天外なお話をお聞かせいたしましょうかね――」

 

夜は更け、淡々と真実のすべてが語られていく。

包み隠さず全てを喋り、自分の目的のために互いを利用するために。

そこには、己の利しか存在し得なかった……だが、時間とは数奇なものだということを、この二人は改めて思い知ることになる。

 

 

暗い夜は、まだ――明けない。

 





はてさて……鬨の声は挙げられた。
これより紡がれますは、悪神紀行の途となりましょう。

さぁさ皆様お手を拝借。いざ行きましょうぞ、舞台の先へ物語の先へ!


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真実・分岐・呪文・菓子

スピード展開。
皆様、高速の旅をお楽しみくださいまs――――


草木も眠る丑三つ時。とはよく言ったもの。しかし……彼らは一睡することもなく、ただただ―――その(まこと)に踊らされていたのだろう。

 

「チッ、冗談にしては出来過ぎだ。そうか……マミの違和感は魂の在り所だったワケかよ

……あん畜生がっ!」

 

「それはこちらの台詞よ! あなたの存在は、インキュベーター達にとっては最大のイレギュラー。むしろ自分たちのしていることに真っ向からケンカ売られているようなものじゃない! 本当、よく見逃がされていたものね」

 

かつて、薔薇の魔女の巣窟となっていたビルの屋上では、二つの影が怒りをたぎらせてていた。真実が明かされるごとに互いの信念が打ち壊されていき、互いにすべてを晒し合い、それぞれの事実に激昂するのは、仕方がないと言えるだろう。……とはいえ、二人がなぜこんなことになったのかは以下のとおりである。

アンリ・マユは魔法少女の真実を知り、いずれ魔女へと至る運命ともう一つの可能性について自分の予想が当たっていた事を呪っていた。そして、今になって神さんから忠告を重く受けていたのだ。

暁美ほむらは彼の宝具とそのあり方についてを知り、今までの逆行で現れなかった事を怨んでいた。彼が幾多の逆行に現れてさえいれば、最高の友が何度も惨めに死に消え去る様を止められたかもしれないのだから。

いうなれば、そのどちらもが正しく認識していたことを、正面から捻じ曲げられたようなものだ。歯を噛み砕かんばかりに滾った怒りを自ら魔力へと変換させ、ある程度落ち着いたアンリは提案を持ちかけた。

 

「協力、なんてどうだ? オレは鹿目ちゃんが奴と契約するのを防ぎ、その『ワルプルギスの夜』を倒すことを手伝ってやる」

 

「…こちらにとって魅力的な提案な事は確かね。でも、あなたのメリットが入っていないのじゃないかしら?」

 

「あるさ。オレの、メリットは…」

 

そこで言葉を区切る。さらに、心底愉しそうな笑みを口が裂けるまで引き攣らせ、吐き出すように言葉を紡いだ。

 

「『インキュベーターども』の策を片っ端からぶっ壊すことができるって事だ。『魔法』の無駄遣いをする奴らにいい灸を据えてやることもできるしな。この上ない悪党として、宇宙に喧嘩売ってやろうじゃねぇか」

 

「わかった。それじゃ交渉成立ね。……私が居ないところでは、まどかを、お願い」

 

「ああ、重々承知だ。そういや一つ頼みがある」

 

「? なにかしら」

 

「ああ、今までの繰り返しでマミを喰ったらしい魔女についてなんだがな? 実は―――」

 

その頼みもほむらは承諾し、ここに新たな決意が芽生えた。協力体制をとったこれからの二人の願いが叶うのかは、まだ誰にもわからない。

 

ほむらが居なくなり、アンリは一人、暁の空を眩しそうに見つめながら呟いた。

 

「第三魔法 魂の物質化、か…この借りは返すからな。神さん」

 

その言葉が届いたのかは定かではないが、昇る日の光に負けじと一つ、流星が輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

「もうだれにも頼らない…か。結局、私は弱いままだった………」

 

 

 

 

 

 

 

次の日の放課後、上条恭介の個室にはさやかがいつもの見舞いに来ていた。

晴れて思い人同士になった二人の耳には、片方ずつイヤホンが繋がれており、さやかの持ってきたCDを一緒に聴いている。不意に……恭介の目からは、涙がこぼれだした。

 

「………っ…うっ………ッ……」

 

「恭介?」

 

彼のただ事ではない様子に、彼女は一旦音楽を切って心配げに訪ねた。

だが、彼の顔に浮かんでいたのは悲壮ではない。それは―――歓喜。

 

「……大丈夫。僕の手が動かせる(・・・・)ようになるって聞いたら、ついね……」

 

そう、アンリとの邂逅から早一ヶ月ほど。彼の手に傷は残るものの、このままリハビリを続ければ『確実に弾けるようになる』と医師から診断されるほどに回復していたのだ。

実はアンリの意図せぬところで、「火のルーン『KEN』」の持つ『自分の力を助長する』という効果が発揮され、彼の前向きな意思と手を動かそうとする祈りが影響したおかげで、つぎ込まれた余分な魔力を無意識に使用し、確実にその手を癒していたからである。

『自身の解釈による法則の行使』は、上条恭介の意志をも反映したらしい。

 

「うん。よかったね……本当に」

 

「ああ。これで聴かせることができるから…ね」

 

窓から吹き抜ける風が、二人を祝福するかのようにして吹き抜けて行った。

 

 

 

 

また、次の日。

病院には、まどかを連れてさやかが再び見舞いに来ていた。

 

「あれ?早いね。上条君、会えなかったの?」

 

「集中検査するってさー。劇的に治ったきっかけを検査するためだって医者が必死に言ってた。恭介も勢いにのまれて苦笑いしてたし」

 

「アハハ……」

 

彼の怪我は良好に向かったものの、病院側としては黙っていられない、医学的にも『あり得ない』奇跡。まさか別の法則が働いているとは思いもよらないだろう。

 

「キュゥべえも待たせちゃったね。んじゃ、帰ろっかー」

 

「うん」

 

そう言って病院を出た二人だったが、まどかが何かに気付きその方向を指し示した。キュゥべえが確認しに行くと…

 

「これは……グリーフシードだ。孵化しかかってる!」

 

「なんでこんな所に!?」

 

病院の駐輪場。その一角には、張り付いたカマキリの卵のようにグリーフシードが怪しい輝きを放っていた。その羽化直前のグリーフシードに危険を感知し、そこから逃げることを提案したキュゥべえだったが、先日マミと話した事を思い出したさやかが叫んだ。

 

「あたし、ここでコイツを見張ってる! まどかはマミさんかアンリさん呼んできて!」

 

「え…!?」

 

自分がここに残り、危険を承知の上での提案をした。その事にまどかとキュゥべえは絶句するが、恭介という思い人を見捨てられない一心もあり、その決意は固い。

キュゥべえもさやかの元でテレパシーの電波塔役を果たすことを誓い、そんな友人の心境を計りとったまどかは急ぎマミかアンリを探しに行った。

そして、とうとうその場所は結界に呑まれてしまうが、さやかとキュゥべえは孵化寸前のグリーフシードを見つめていた。

 

「怖いかい? さやか」

 

「そりゃあ、まあ当然でしょ」

 

「願い事さえ決めてくれれば、この場で君を魔法少女にしてあげられるけど?」

 

「ん…いざとなったら頼むかも。でもまだ遠慮しとく」

 

まだ自分には頼れる人物がおり、守りたい人もいるのだ。願いではなく自分の力でその人たちを守ればいいのである。力が足りなければ、頼る人もいるのだから。

 

「あたしにとっても大事なことだから。いい加減な気持ちで決めたくないし」

 

そういった彼女には、迷いは感じられなかった。

 

 

 

 

数分後、結界の外では

 

「マミさん、アンリさん、ここです!」

 

「ええ!」

 

「っとと、そう焦るなって」

 

戦える人物が到着していた。マミがソウルジェムをその空間に掲げると結界に穴があき、それに3人は乗り込んだのだが……

 

「ワリィ、お先に!」

 

「あ、ちょっとアンリ! また勝手に…」

 

アンリが先行しながら霊体化して姿を消した。とはいえ、そんな突拍子もない事もいつも通りのため、彼と出会って何度目になるかもわからない溜息を吐いたマミは、すぐさま立て直してキュゥべえに連絡を入れた。

 

≪キュゥべえ、状況は?≫

 

 

 

 

 

先行したアンリはすれ違いざまに使い魔達を自らの剣で切り裂きながらも、一直線に進んでいた。一つ目ネズミの使い魔はご自慢の出っ歯で先を防ごうとするが、アンリの体に触れた場所から逆に喰われて行ってしまう。

ほとんど無視に近い形で強行突破を試みている彼は、一つの願いを託していた。

 

「暁美ちゃん、二人の足止めは頼んだぞ……」

 

一応心配だったので泥動物を何体か彼女の影にひそませておいたが、今回の『策』はスピードとの勝負である。

 

「……まだか!」

 

一つの、間取りを無視して建てられた扉。

そこを開け、黒字の水玉模様の端を渡り終えると、今度は犬のような使い魔たちが控えていた。

 

「邪魔するなよ……『無限の残骸』ィッ!」

 

彼の左腕が丸ごと泥の波へと変貌し、眼前の使い魔をその奔流の中に呑み込んだ。

彼の動向は獣のように縦に割れ、全身に張り付いた呪いの刻印は赤黒い発光を始めた。今の彼は、全身に魔力を滾らせた強化状態であった。

 

最後と思しき扉をあけると、結界の中では見られないような鮮やかな水色が見えた。

それすなわち――到着である。

 

「ま、間に合った…」

 

「グリーフシードが…孵化が始まった!」

 

キュゥべえの言うとおり、グリーフシードには変化が訪れていた。だが、その二人を完全に素通りし、彼は変貌させた左腕を地面に縫いつける。

 

「『告げる(セット)』!」

 

彼の立つ場所からは、宝具の泥が複雑な魔法陣を描き出し始めた。その勢いにさやかとキュゥべえは魔法陣から急いで離れていくが、それを確認すると、彼は魔法陣の作成を手短に正確に済ませ、詠唱を開始した。

 

「『――――告げる。

 汝の身は我が元に、我が命運は汝の業に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ』」

 

そこでマミとまどかの二人が到着したが、その場には直接感じ取れるほどの膨大な『マナ』が溢れ始めた。目に見える魔力の奔流は、彼の『黒きオド』と世界の『緑のマナ』で美しいコントラストを迸らせる。

 

「キュゥべえ! アンリは何をしようとしているの!?」

 

「解らない。こんな膨大な魔力、今まで一度も使われた事なんてないんだから。あり得ないよ。これじゃぁ、町一つが消し飛ぶレベルだ」

 

その言葉で場は騒然とするが、桃色の少女はあることに気づく。

 

「みんな、あれって!」

 

まどかが指した先にいたのは、羽化を終え、完全に姿を現したお菓子の魔女『シャルロッテ』。

ぬいぐるみの様な愛くるしい姿をした、魔女の中でも珍しい外見で嫌悪化の抱かないタイプ。だが、その身は周りの空中を漂う『泥の武器』に囲まれ、それに触れないようにするために魔法陣の中心から動けていない。

アンリの詠唱は続いていく。

 

「『誓いを此処に。

 我は常世全ての悪と成る者、

 我は常世全ての善を敷く者。』」

 

善悪の入れ替わった詠唱。身を預けるのは契約者の背負う業。

善悪はその場で変わる物。身を預けたのは絶望の変じた存在。

 

「『汝三大の言霊を纏う七天、

 素の産声に応えて来たれ、天秤の崩し手よ――――!』」

 

調和を乱す、世界に定められた螺旋の運命を覆す言霊。

次第に中心へと収縮する魔法陣。辺りを漂うマナはその勢いで突風を起こす。外野となった彼女たちが肌に感じている魔力が、痛みを感じるほどの限界まで圧縮され……

―――閃光を放った。

 

 

 

 

「うう……あれ?」

 

マミ達3人が目を覆った手をどけると魔女のおどろおどろしい結界も、無骨ながらも神秘を携えた魔法陣も消え失せていた。アンリの姿を探していると、辺りを漂う煙が吹き荒れる風によって取り払われる。

その先には人影が見え、三人が目に焼き付けた光景は―――

 

「実験、成功だ」

 

「ワーイ」

 

肩の上にお菓子の魔女を乗せたアンリ。

さらには、なぜかその魔女は嬉しそうにしている。結界が無いのに外に出てくることができる魔女を即座に危険と判断し、マミは銃を出現させた。

 

「アンリ、早く離れて! 危な…」

 

「大丈夫だって、実験成功だ。つっただろ?」

 

「ツッタダロー」

 

「え……お話、してる!?」

 

「「ええ!!?」」「なっ……」

 

が、なぜか魔女と一緒になって呆れていた。そこでまどかが魔女と意思疎通できるようになっていることに気付き、今度は四人そろって驚くのだった。

勘のいいキュゥべえはすぐさま立ち直り、ある可能性にたどり着いた。

 

「アンリ、まさか君はその魔女と」

 

「当たりだ。コイツと『契約』させてもらった。もう本能を基盤ごとぶっ壊して、引っ張り出した理性もあるから人は襲わねえし、むしろ役に立つ。主にオレの、だがな」

 

そう、サーヴァントとの契約の呪文。あれは使い魔として最上級の存在である英霊を従えることができるものであり、怪物と知られる『メデューサ』が人の姿で理性を持って召喚されたことから、一つの可能性としてアンリが考えていたことだったのだ。

繋がったパスに流れるのは『魔力』ではなく、『絶望』。アンリが泥を使ったときに流れる負が全てシャルロッテに渡り、シャルロッテがその絶望を己の活力――魔力へと変換してアンリへと分配する。いわば簡易的な『永久機関』を作成したのである。

 

「そんな……こんなことが」

 

「どうした? キュゥべえ」

 

あまりの事に絶句を通り越しているキュゥべえ。引き裂いた笑みを漏らすと、そのままキュゥべえが居なくなったので、流れ的にその場は解散となった。とりあえずまどかとさやかには後日、説明をするとして、アンリとマミも家に戻ったのであった。

 

 

 

 

「ワハー」

 

マミ宅。リビングにはアンリとマミが向かい合っており、その表情はいつもより真剣だ。場には重い空気が流れ、二人は沈黙している。

……ただ、シャルロッテが呑気にアンリの頭上に居ることで、シリアスもぶち壊す勢いだが。

それはともかく、アンリは話し始めた。

 

「マミ、この前の令呪でやってもらったことがこれ…『魔女との契約』だ。踏み切ったのは別の要因だが、この件に関しては手ごたえとして令呪(サポート)ありきで何とかなったから感謝してる」

 

「それは解ったわ。その魔女に害がないのも理解できてる。でも、その他に話したいことって何かしら?」

 

「それは、だな。……いや、言おう。心して聞いて欲しい。これは信頼できる筋からの情報だがな…」

 

決断してアンリは話し始めた。魔法少女とは、キュゥべえ達『インキュベーター』が宇宙の寿命を延ばすための手段として創りあげた、エネルギーの搾取手段でしかないという事。

魔女は魔法少女が絶望し、ソウルジェムを完全に濁らせた時、魂の穢れと共に変化した成れの果てであるという事。

その時に心の天秤が傾き、第二次成長期の少女が持つ希望が堕ちることで、膨大な『感情エネルギー』が発生し、インキュベーターはそれを回収する事を繰り返してきたという事だ。

 

マミは話が進むたびに顔が蒼白になってゆく。アンリが言ったことは信じられないが、同時に、彼自身を信頼している自分がその言葉を受け取ってしまう。経験談として、魔力が回復していないときは暗くなりがちだったこともあったからだ。

そんなないまぜになった感情は言葉となって飛び出し、マミは自分を抱えてうずくまってしまった。

 

「ソウルジェムが魔女を生むなら… みんな…最後は死ぬしかないじゃない!! 私はどうすればいいのよ!!?」

 

極限まで開かれた瞳は震え、声は掠れたように吐き出される。

 

「落ち着け…マミ!! 気をしっかり持て! …ックソ、『この世の全ての悪背負わされし者』!! シャルロッテ、お前も手伝ってくれ!」

 

「イタダキマス?」

 

感情は爆発し、疑問は不安を生み、揺れる心はソウルジェムを急速に濁らせていく。それを見過ごすわけにもいかず、宝具を任意発動し、シャルロッテの助けも借りて穢れを次々と吸い取っていく。

浄化と濁りの均衡は取れているが、このままでは埒が明かないと思ったアンリはマミの肩を掴み、しっかりと自分の眼と彼女の眼を合わせて叫んだ。

 

「マミ! 違うだろ!? お前にはオレが居る。いつでも、どんなに離れていても穢れを背負うことのできるオレが居るんだ!

 それに、お前はお前で魔女にはならなかっただろう? 自分を強く保った証拠はマミ自身が証明した! 既に嘆きは乗り越えることが出来ているんだ。だから……」

 

――いつもの強く、優雅なマミ自身であって欲しい。

 

そう、彼ははっきりと告げた。

 

「あ、ああ……」

 

「大丈夫だ。マミの心はマミだけのものだ。こうして知ったからにはお前も魔女にはならないから。だから信じてくれ、マミを。自分自身を。足りないなら、オレもいる。鹿目ちゃんや美樹ちゃん、アイツらや、信頼を寄せている友達も――居るだろ?」

 

彼女はいまだ揺れる瞳ではあったが、ソウルジェムの汚濁はおさまった。

『自分自身を信じる』。この言葉を抱いてそのまま彼女は眠ってしまう。この数年間の自分の持っていた世界が崩れてしまい、限界だったのだ。

寝てしまったマミを寝室へ運び、ベッドに寝かせてからアンリは再びリビングへと戻った。

 

「お疲れさん、シャル」

 

「ケプッ」

 

「ちょいと喰わせ過ぎたか。……だがよ、ありがとな? オレ一人じゃ吸収しきれなかっただろうしな。……うし、今は安定してるし、いい夢見てるみたいだ。幸せなオーラがパスを通じて流れてきた」

 

「シアワセー?」

 

「ああ、まだ思い出してねぇか。今つなげてやる……ほら」

 

「! ♪~」

 

「気に入ったか?今度は自分で感じられるように頑張れよ」

 

「ハーイ」

 

そうやって肩の上に移動したシャルロッテといくらかの会話(?)をし、アンリも休憩に入った。シャルロッテは元気に返事をした後はそのまま眠ってしまったようだ。

 

 

初めて出会った夜のように、一度は騒がしくなって、また静けさが漂う夜に戻る。

こうして、真実という試練を越えた彼らには、シャルロッテという新しい家族と、マミの成長という結果がもたらされたのであった。

 

 

 

 

 

史実の物語はその形を失い、骨組みだけが残った形になった。その骨組みにも新たな骨が加わり、新しい形を作り上げていく。それは、初めより美しいものになるか、重心が崩れて全てが壊れてしまうのかは分からないが……今はただ順調に積み上がってゆく。

 

真に完成した物語を知る者は――誰一人として、いないのであろう。

 





マミらせてたまるか。
怒涛の展開でした。

まぁ……一家に一台は欲しいですよね。シャルロッテ。
お菓子代は浮くし、チーズさえ与えれば出費は済むし。

Q<この物語に、救いはあるんですか!?
A<救いがないなら、自分で作ればいいじゃない。

この小説誕生秘話でした。


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休業・人間・解明

アンリさん、バトルよりマッドサイエンティストのほうが似合う気がする。
変な笑い方とか。


「あれ……」

 

ここはどこ? 私はアンリからあの事(・・・)を聞いて……あの事ってなんだっけ? それより、アンリって誰だったかしら?

 

「どうしたんだい、マミ? 怖い夢でも見たのかい」

 

「あらあら! 怖かったわね? もう大丈夫よ、マミには私たちが居るからね」

 

パパ、ママ! 違うの。怖い夢を見たんじゃなくて、何か忘れているような……

 

「そう……大事な事なら思い出さないと。あなたも考えてみてくれないかしら?」

 

「う~ん。もしかして、友達と何かの約束をしたんじゃないかなぁ?」

 

ううん。たしかアンリって名前の人で、その人は友達じゃなくて、なんていうか、その……

 

「そうか、もしかしてマミの大事な人かい? よ~し! ここはひとつ、パパがその人と話をつけようじゃないか!」

 

ち、違うのパパ! そうじゃなくて家族っていうか……あれ? でも私の家族はパパとママと私だけなのに…どうしてそう思ったんだろう?

 

「やっと思い出してくれたのね? よかった。マミがあの人の事を忘れたらだめでしょ? 私たちも、そろそろ行かないとね」

 

「そうさ、マミを任せられる人が……僕たちの代わりに、たくさんの事をこの子に教えてあげてくれた人が待ってるんだからね?」

 

え? パパ! ママ! どこに行っちゃうの!? 私を置いていかないで!!

 

「私たちはずっとそばには居られないけど、あの人は違うでしょう? 私たちが居なくても、もっといろんな人に頼らないと! 貴女は一人じゃないんだから」

 

「そうそう。マミが『――――』になったからって、一人になることはないんだからさ。……もう、僕らともお別れしなくちゃね? 僕たちは居てはいけないんだから」

 

! あ、ああ…思い出した。でも、なんで二人ともその事……

 

「……こんな体たらく。彼一人に任せることしかできなかった。こんな両親でごめんね」

 

「でも、マミには幸せになってもらわないといけないから。だから僕らはさよならだ」

 

さよならって………そうだよね……ううん、そうよね。

パパ、ママ……

 

「最後に一つ。居なくなった私たちは思い出の中に残るから」

 

「マミは僕らを背にして歩いて欲しい」

 

「私たちはずっと先で待ってるから。ゆっくりとくればいいのよ。何十年もかけて、ね」

 

「僕らもずっとそこにいるから。だから――」

 

「「またね、マミ。愛してる」」

 

ずっと忘れない。ありがとうパパ、ママ。私も愛してる……また、ね………

 

 

 

 

 

「私も、愛してるわ……」

 

目の前にはいつもの天井。

マミの目に、悲しみの涙はなかった。

 

 

 

 

 

 

そしてリビング。

いつものテーブルにはいつもの華やかな朝食が置いてあった。

 

「……平気か? ちょっと泣きそうな顔してるぞ」

 

いつの間にか此方の顔をアンリが覗きこんでいた。

 

「大丈夫。懐かしい……『夢』見ちゃって」

 

「そうか……それで、どうする?」

 

主語が無いが、彼の言わんとすることは分かる。このまま魔法少女を続けるか否かだろう。確かに彼が居れば魔女を狩らずとも普通に暮らすことはできる。もう危険な目に合わなくても済む。だが……

 

「決まってる、私は魔法少女を続けるわ。今までと同じでしょう? 違うのは、知ったか知らないかだけ。……でも、少しは休憩させて貰うわ」

 

「あいよ。その分はオレがちゃんとやっとく。しっかり休みな」

 

消え入りそうな声に、対照的な明るい声で彼は返す。

家族として―――その安心感を、ほのかに滲ませて。

 

「お言葉に甘えさせてもらうわね。……でも、それじゃあ彼女達の体験ツアーはどうしようかしらね?」

 

「オレが言っとくさ。『ガイドが不調のため、しばらくは中止です』ってな」

 

「そうね……ふふっ」

 

いつもより、ずっと穏やかな朝。悲痛な真実にも負けぬ、幸せな時間だった。

 

 

絶望の夜は明け、希望の朝が始まった。

これから始まるのは、救いを振り撒く物語。

陳腐な話ではありますが、話の種には持ってこい。

救いは誰に? いえいえ、スポットライトは人の数だけ用意します。

誰もが光を浴びましょう。

誰もが主役になれるでしょう。

悪役にも損はさせません。

 

終わったのは不幸な物語。

始まったのは幸せの結末。

 

舞台装置は止まらない。役者の応募は締め切った。脚本だけが決まらない。

そんな自由な幸せを描いた物語。

未来は明るく、ただ一人だけが損をする。さあさ皆さまお手を拝借……

 

 

 

 

 

「開演時間と洒落込みましょう」

 

 

 

 

 

 

 

その夕方、まどかはほむらと結界での足止めの事について聞き、その流れの中でもしもマミが死んでいたらという仮説の後、言い合いに発展してしまった。そして、去り際のほむらの態度には疑問が残り、それがまどかの不安を募らせている。

 

そうこう考えている間に、空には星が瞬く夜となっていた。慌てて家へと歩を進めるそんな中、見知った姿を見かける。だが、その様子は――

 

「どうしたの仁美ちゃん。今日のお稽古事は…」

 

「…」

 

いや、何かが変だと思った。そんな仁美の首には『魔女の口づけ』があったのだ。

 

「あら、鹿目さん。ごきげんよう」

 

しかし、そんなまどかの驚愕も、心配も、魔女に魅入られた彼女――志筑仁美にとっては蚊帳の外。どこかうつろな様子で此方を見た瞳には、生気の色が見受けられない。

どこに行こうとしているのか問いただすが、よくわからない答えが返るばかり。果てには――

 

「そうですわ。鹿目さんも是非ご一緒に……!」

 

誘いの声がかかってしまう。そんな中、いつの間にか同じようにうつろな人たちが背後に並び歩いていた。

 

(この人達も、まさか…)

 

同じく魔女に惹かれた彼女らを見過ごすことはできない。

そう思い、頼れる人物に連絡を取ろうとするが、彼女は連絡手段としてのつながりが無い事を思い出す。そうしているうちにどんどん彼女達は進んで行ってしまうので、仕方なく、なしくずしに自分もそれに付いて行ってしまうのであった。

 

 

 

 

到着した先はさびれた工場だった。自分たちが入ると同時にシャッター・窓・ドアのすべてが閉まり、一つの密閉空間が作られる。その部屋の中心には、自らの失態に絶望した男が椅子に座っていた。

 

「今の時代に俺の居場所なんて、あるわけねぇんだ…」

 

語り終わり、一人の女性が洗剤のふたを外し、他の洗剤が注がれたと思しきバケツへと近づく。それに疑問を覚えたまどかだが、不意に母の言葉を思い出していた。

 

≪いいか、まどか。こういう塩素系の漂白剤はな、他の洗剤と混ぜるととんでもなくヤバい事になる。あたしら家族全員、猛毒のガスであの世行きだ。絶対に間違えるなよ≫

 

それは何気ない生活のルール。だが、絶対に間違えてはいけない日常の落とし穴。危険性に気付いたまどかの行動は早かった。が、

 

「駄目っ!それは駄目!!みんな死んじゃう!!」

 

「邪魔してはいけません!」

 

仁美に腕で遮られ、行動を止められる。腕を掴まれ仁美が語りだし、周囲の人々のボルテージは最高潮になってしまう。そんなことで皆が死んでしまっては元も子もない。まどかは仁美の腕を振り払い、走り出した。

 

今にも洗剤が入れられそうになったバケツをひったくると、全力で窓の外へ勢いよく投げ捨てる!

ガラスの甲高い割れる音と共にバケツは外にぶちまけられ、窓が割られた事で密閉空間からも脱したかに思えた。しかし、ここにいるまどか以外の人物は皆、魔女に惹かれ、死を願わされた者たちばかりである。彼女のその行動は見逃せるはずが無く、まどかへその部屋にいた全ての人物が殺到する。

必死に逃げようと思い、近くのドアへと身を隠す。間一髪、彼らの手に捕まることはなかった。鍵が付いていたのでそれを閉め、外から人が来られないようにした。後は自分が脱出し、彼らを死なないように見張るだけなのだが……

 

(あれ……ここって……物置き!?)

 

この部屋は出入り口の無い物置であることに気づく。

さらには、間の悪い事に―――いや、魔女に惹かれる人物が集まっていた場所なのだ。それはもう、当然のように、

 

「――――あ」

 

忽然と現れたハコの魔女と人形の使い魔。この工場を根城にしていたのであろう。

ゆえに、ここで死なせた人物のエネルギーを吸い取るために、近くの部屋で待機していた、と考えるのが妥当だ。

だが、彼女に迫るのは使い魔たち。醜いドールが四肢を拘束したかと思うと、まどかは肉体が弾けるように結界の中へと招かれてしまったのである。

 

彼女がいた証明でもある、まどかの影は、失った主を追うかのように揺らめき―――消えた。

 

 

 

 

電脳空間、といったところか。

魔女の結界は、広大な海に幾つものモニターが浮き並ぶ奇妙な一つの大部屋空間。

そのモニターすべてに、今まで何もできなかった彼女のコンプレックスとなる場面が映し出されている。それら一つ一つは忘れたくとも忘れられない思い出であり……一つ一つが、己の罪の証でもあったのだろう。

 

―――これって、罰なのかな

 

だが、結界に捕えられた以上、当然まどかは獲物で狩られる対象。

 

―――わたしが弱虫で嘘つきだから

 

結界の中は弱肉強食。モニターの映像は、獲物を逃さぬ罠に過ぎない。

 

―――きっとバチがあったたんだ

 

ましてや一般的な少女にその運命から逃れる力など持ち合わせているはずがない。

 

―――きっと

 

じりじりと、電脳を支配する影()喰らいつく。

 

「■■■■■■■■■■■■――――ッ!!!!!」

 

ハコの魔女、H.N.エリーがいる真上の空間へと。

 

「……え?」

 

疑問――声をあげるが早いか。魔女の空間は、獣たちに蹂躙されていく。

 

突如まどかの(・・・・)影の中(・・・)から、いつしかのビルで見た、漆黒の『鷹』と『狼』が現れ、使い魔達をその爪と牙で引き裂いたのである。

 

野生の荒々しさの他にも、知性を持って獲物を食らう、人間の様な凶暴性を見せるその二匹。人形の使い魔を完膚なきまでに破壊した後、モニターに扮した魔女にまで喰らいつく。砂嵐を写したテレビの様な殻が破壊され、肉塊のような人型の魔女が姿を現したと同時。

 

「「■■■■■■■―――!!」」

 

魔女はその身をバラバラに解体される。さながら人が獣に()われているように。なおも、残酷に。

分裂した狼に四肢を引き抜かれ、胴体のみとなった魔女は腹を引き裂かれ、臓物と魔素を撒き散らす。残った頭は鷹に叩き潰されると、どこまでも無力に、悲鳴も上げられぬまま消滅した。

存在証明であるグリーフシードを残し、部屋の外では洗脳された人々が気を失って倒れる。

 

「あなた達は……」

 

そう問いかけた獣たちの様子は先程の凶暴さが嘘のよう。

濁りきった泥のような――それでいて、澄み切った心情を持つ獣たちは、まどかをやさしく見据えると、

 

―――ピィ!

 

突然、鷲が鳴いた。驚き振り返った先にいたのはよく知る人物。

 

「……約束は守ってくれたようね。ありがとう」

 

「オォン」「ピィィ」

 

ほむらが感謝を告げると返事を告げ、静かに魔力へと体を還元する二匹。

その役目を全うし、残酷なれど、英雄には違いないその勇姿は溶けるように消えていった。

 

残るは、紫の魔法少女と、桃の普通の少女。

 

「鹿目まどか…」

 

「ほむらちゃん…」

 

この後まどかはほむらに送られるが、残念なことに、帰り道は終始無言であったという。

 

本来ここにいるはずの青い少女はその身を天秤には置かず、自らの幸せをつかんだ。

正史とずれていく物語にも終わりは来る。

 

ただ―――この夜は、確かに明けたのだろう。

 

 

 

 

 

某所。普段は昇らない電線の鉄塔の骨組みにキュゥべえと、ある少女が佇んでいた。

その少女は、片手に菓子袋。電波塔に吹く風に紅い髪をなびかせ、とても上品とはいえない態度で菓子を食い荒していた。

 

「いやあ、まさかキミが来るとはね」

 

その傍らには、白き契約者――キュゥべえ。

それが、ごく自然であるかのように、隣に立っていた。

 

「こっちはマミの奴がしばらく動けないって聞いてわざわざ来てやったのに、話が違うじゃんか?」

 

「悪いね、この土地にはまだあの獣を扱う人物もいるんだ。伝え損ねただけなんだけど」

 

「はぁ? なにそれ、ちょぉムカつく。チョーシに乗ってるんじゃないよ」

 

そう言うと立ち上がり、さらに危険な体制へと移ったが、少女自身には怯えを全く感じない。それもその筈――

 

「でもまぁいいや、こんな絶好の縄張り、ちょうどアイツも見つけられるかもしんないしねぇ」

 

「どうするんだい、杏子?」

 

「決まってんじゃん。ブッ潰しちゃえばいいんでしょ?全部」

 

彼女は、紅き魔法少女。

最後のピースは、当てはまるために姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

「……………来たか」

 

二つの影がアンリの体に消える。

 

「実験は再び成功。そんでもって、予想は答えとピッタリでした……ってところか」

 

「ドシタノー?」

 

「おう、協力サンキュな? シャル」

 

「テヘ(*゜ー゜)」

 

場所は、マミのアパートの屋上。アンリの周囲には『泥』でその体を構成された様々な種類の動物が佇んでいる。象もいれば、ジャガーやシマウマ。ガラパゴスオオガメなど、種族は一切関係ないらしい。重量は相当のはずだが、所詮これらは『魔力の泥』。重さなど、存在しないかのようにひしめき合っていた。

 

彼はまたしても実験を行い、自分の予想が当たっていたことで喜び、シャルの頭を撫でた。

 

「『魔法』は不完全だったつー事か。そりゃそうだわな? 大量のエネルギーは指向性を持って働かせれば『大抵は』望み通りの事が起きる。だが、それにはしっかりとした指向性と使う時期・方向・場所・陣が無けりゃ望んだ事は簡単なもの以外は絶対に起きねぇ。聖杯みたいなもんだ。あれでさえもかつて、アインツベルンが『魔法』を取り戻すために作っただけの手段にすぎねぇ」

 

彼が調べていたのは『魔女は人間で在るか否か』という命題を明かすため。

体と魂の変質はどうなっているのか。変異した魔女のシャルロッテ、そして自然に発生した魔女の体と魂を宝具を使って出した自分の一部(・・・・・)である泥へと喰らわせた時、消さずに自分へと戻してその魂の感覚を調べ上げた。

その結果は……

 

「白、だな。……シャル、喜ぶべきかは知らんがお前まだ『人間』らしいぜ?」

 

「エー!?」

 

「感情こめろ。40点だ」

 

間違いなく人間である、と出た。

もともと、肉体を『魔法少女』という形に代えられているのに、更に魂の形が絶望向きになったせいで、その魂に引っ張られた肉体も醜いものになっただけ。本質は人間であり、人間であり続けるからこそ、自身の殺害権限(・・・・)が働いて(・・・・)あっさりと『異形』を殺すことができた。

本来であるなら、異形を前に、アンリは為す術もなく嬲られるだけだというのに。

 

なお、この仮説を証明したのは、彼自身の中に『ハコの魔女の魂』が入ってきたこともある。彼の所有する壊れた聖杯には、魔力だけではなく『人間の魂』をも永久に保管することができるからだ。今まで魔女を喰らうように倒したことはないため、終ぞ気づくことはなかったのだが。

 

ともかく、アンリは魔法少女の真実を聞いた時、魂がソウルジェムというものに変化し、その肉体は魂が砕けない限り回復し続けるのならば、インキュベーターたちは 『第三魔法:魂の物質化』 を使えるのかと思ったがゆえに、『ハコの魔女』を喰らった。

だが、第三魔法は『魂そのもの』に命を与えることで不老不死と化し、より高次元の生物へと肉体と魂を昇華させるためのものであり、こんな不完全なものではないと最近思いだした(世界からの電波を受け取った)からだ。

 

ならば魔女になる前とその後の魂はどうなっているのか?

その結果が今出した通り、『人間のまま』である。

 

「まあ、魔女の場合、どっちかっつーと魂は人間、体は『死徒』みたいなもんか」

 

「?c(゜.゜*)エート」

 

「死徒はとある世界の吸血鬼の広義、だな」

 

「???」

 

「っと、難しかったか。……端的に言えば、人間から一つランクの上がった上位存在だな」

 

体が似ているといったのは死徒。いわば吸血鬼のような存在で、上位には『死徒27祖』という者もいる。

ここで魔女と共通するのは、血を吸った相手を自らの手下とし、いくつかの段階を踏んでそれもまた死徒と成る工程を持つからである。魔女のほうも、使い魔が魔女から独立し、何人か人を殺すと同じ種類の魔女へと進化する。

彼は今まで『成った』魔女を見たことはないが、キュゥべえからその特徴ぐらいは聞いたことがあった。

 

「……とまあ、こんなとこか。まぁ、人間のままだし、頑張ればヒト型になれるんじゃねぇか? 出来なくても、オレの泥をまとわせればそれでいいだろうしよ」

 

「キョウミナイネ」

 

「クカカッ、そうかそうか! っと、向こうの鉄塔からなんか変な電波も感じるし、そろそろお開きにするか。そんじゃ戻るぞ……『散開』っと」

 

「ハーイ」

 

待機する全ての動物をどこかへと走らせ街へと溶け込ませる。それを見送ってから、シャルロッテと共に姿を消したアンリ。彼の暗躍は、まだ始まったばかりである。

 




いきなりですが、シャルロッテのステータス載せておきます。


シャルロッテ・ステータス
マスター:アンリ・マユ
クラス:キャスター
真名:シャルロッテ
性別・年齢:女性・?
属性:混沌・中庸
身長:25cm
体重:2kg
パラメータ:()内は結界内で強化時 []内は第二形態(結界内のみ)
筋力・C+(B-)[B+]
耐久・C(B-)[B+]
俊敏・C(C+)[B]
魔力・A(EX)[EX~]
幸運・A(A+)[D]
宝具・C~A++
クラススキル:キャスター
陣地作成:A
魔術師として有利な陣地を作り上げる技能。“工房”を越える“結界”を形成することが可能である。

道具作成:E
結界内でのみ具現化された魔力を帯びた物質を作ることができる。

保有スキル
お菓子のお城:A
お菓子を作ることができる、無制限に『実体のある』お菓子を作る『魔法』レベルなので高ランク。なお、チーズ類は作れない。

戦闘続行:A
往生際が悪く、瀕死の状態でも戦闘を続行するスキル。自身の肉体は人から外れているのでとてもタフ。

単独行動:A+
マスター不在でも行動できる能力。元から実体を持つので自分の考えのままに行動できる

自己転生:B+
自身の肉体を全く別の肉体に変化・適応させる能力。元の姿に戻ることも可能。

怪力:C
一時的に筋力を増幅させる、魔物・魔獣が保有する能力。結界内でのみ常時発動し、使用中は筋力を0.8ランク上昇させる(D→C-)

執着:A
自身の在り方。特定の人物以外からの精神攻撃を無効化する能力。これを打ち破るには保有者への信頼関係を構築するほかない。自分の興味を持ったモノへ依存しやすい。

宝具
『固有結界・お菓子の魔女(Charlotte)』
ランク:A++ 種別: レンジ: 最大捕捉:
由来:自身の在り方
展開した結界がそのまま宝具へと昇華された。この固有結界は通常のそれとは異なり、世界からの修正力を受けないので、展開に魔力を必要としない。
術者が選択した周囲の生物全てを取り込む事ができ、その大きさ・質量を関係を無視することができる。この結界内で命を落とした場合、その人物の魔力は全て術者へと流れ込む。
この結界には『使い魔』という存在が出現し、おもに術者の求める物を探しているが、侵入者を発見すると襲いかかってくる。使い魔は一体一体が全能力ランクEのサーヴァントと同等の戦力を保有する。
結界と外の情報は完全にシャットアウトされ、術者と同じ系統の魂を持つ者しか結界に侵入できない。なお、結界内に存在する物質の物理法則は殆んど無視されている。
常時展開されるべき結界が宝具となったことで、魔女の代名詞ともいえる『絶望』を扱えるようになったため、術者の視界内に限定されるが、前話の様にアンリ・マユ同様『負』を吸収・放出可能となった。

『形態移行(セカンドシフト)・自身転生(フォルムチェンジ)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:0 最大捕捉:1人
自身を全く別の肉体に変化させることができる宝具。固有結界を使用したときのみ使用可能な宝具であり、その姿によって若干ステータスの変動もある。
ただし、変化できる姿は一定の概念からは遠ざかることができず、ステータスの変動も元のステータスより±1ランクしかできない。
とある形態の時のみ幸運がワンランク減少し、爆裂・熱波系の攻撃が弱点とになる。



ステータス高めなのは、原作ほむらの台詞から予想してちょっと強めにしました。マスターのアンリと戦った場合、余裕でシャルロッテが勝ちます。
これはサーヴァントとしてスキルが明確になり、霊体化こそできないものの、魔力(絶望)供給で大幅に強化されたことにも起因します。それではみなさん、恵方巻きに変身する日をお待ちください


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街角・再怪・左右・噛咬

前と同じあたりで戦闘描写に力を入れる。
逆に読みにくくなったかもしれませんが、キャラの感情重視ということで。


冷たい風が頬を打ち、町の明かりが尾を引くように前から後ろへ流れていく。

またひとつ、街灯を蹴って飛んでいる影は、青年の姿をしていた。

 

夜明けの頃。アンリとシャルは魔女狩りに出ていた。

マミにしばらくの休息を与えるため、その間の町を二人でしっかりと守ると誓ったからである。当然、使い魔一匹逃がす訳にはいかず、シャルのようにおいそれと契約する事も出来ないゆえ、いくら魂がまだ人間の括りにいたとしても、殺し――喰わなければいけないと判断したからである。

といっても、彼の元はただの人間であり、英霊と言っても『救うための力』ではなく、『壊すための力』を有しているのだ。ならば、切り捨てるものは切り捨て、足りない力は他人から貸してもらうほかない。切り捨てるそれがまだ人間であってもだ。

そこに葛藤など、あってはならない。

 

大通りから見える路地裏を見やり探しつつ、彼は町中に解き放っていた獣の一体と鉢合わせになる。いくら形状が違えど、それは自分自身を構成するものと同じに他ならない。それぞれが一瞬の交差で見つめ合うと、別方向に軌道を変え夜の闇に溶け込んでいった。

 

彼らの居た大通りには、太陽の光が差し込み始める。

 

 

 

 

 

 

「結局は見つからずじまいか……平和はいいことだが、どうにも」

 

「ソダネー」

 

その日の昼。彼らは探索を打ち切り、とある電波塔の上から町を眺めていた。

ここまでの間、使い魔さえも見つけることができなかった。大抵の魔女の活動時間は夕暮れから夜明けまでの間であり、シャルのように突然孵化でもしない限り魔女が昼に現れることはほとんどない。

今は太陽が真上に来ており、マミも学校に登校している時間帯である。彼女も今頃はアンリお手製の弁当とシャルロッテ印のお菓子をクラスメイトにおすそ分けしていることだろう。

あくまで魔法少女の仕事を休憩しているだけで、学校に行かない訳ではない。彼女は正史と違い、学校では人気者で友人も多い。今の彼女を覇気つけるためにも友人とのコミュニケーションを大切にしてもらいたいのだ。なにより……

 

「日常ほど、良い安定剤はないって聞いたこともあるからなぁ」

 

 

閑話休題。

アンリたちにとっても、この時間帯は休憩時間でもあるので、彼らは適当に町を歩いていた。もっとも、彼の足は一つの人が集まっている、ある場所に向かっていたのだが。

 

「こんにちは。あら、可愛らしいぬいぐるみさんね? アンリさんもこういう一面があったんですか」

 

「時田さん、どうもっす。実はぬいぐるみじゃないんっすよ。ほら、シャルロッテ、挨拶」

 

「コンチャー」

 

おお、と一同からは感嘆の声が上がる。

 

「すっげー兄ちゃん!どうしたのコイツ!」

 

「オレの村での呪術の一種を使って……そうだな、こっちでは『付喪神』みたいなモンでな。こうして自立意識を持たせてみたんだ、っつーわけで力もあるし、かなり賢い。これからはコイツもこれからお願いしますってな」

 

「フッフッフ。いいわよ。それじゃアンリちゃんに続いてこの町のマスコット決定ね!」

 

「ちょ、町内会長!?何すかマスコットって!」

 

「実のところ去年から決定してたのよ!ほら、アンリちゃんの模様をまねたキーホルダー!!」

 

「い、いつの間に……」

 

「「「「アッハッハッハ!!!」」」」「ナカマー? ナカマー!」

 

上の人たちはこの見滝原町内会のメンバーであり、その顔ぶれといえば、この町に立っているビルの社長から近くの家の住人まで様々であり、その誰もがこの町を思う気持ちであふれる人たちだ。

 

この数年間アンリが慈善活動をしていた所を見たこの女会長が建てた会合で、2年前から結成されている。会議などといった堅苦しい事は無く、一人が町の為にやりたいと思った事を皆でするといったノリで、気のいい人たちがたくさん集まっている。

先程の説明で皆が誰一人疑問を持たなかったのはアンリが最初の会合の折「実際に存在する呪術の発達した村から捨てられた忌み子」と説明をしたからである。それ以来、アンリ頼みで来た人を簡単な占いや、愚痴を吐きだす心理治療まがいの事が出来る人として受け入れられ、親しまれてきたのだ。

 

「それはそうと、そっちは最近どうだ? 数カ月いなかったオレが言うのもアレっすけど」

 

「中々売上が伸びなくてねぇ……そうだ、シャルちゃんをモデルに家の会社でマスコットグッズにしてもいいかしら?」

 

これはまた、と言って息を吐く。どうだと肩のシャルに問いかけてみれば、

 

「イイヨー」

 

町内会長は、シャルが快く承諾したことで舞い上がる。

おそらくモデリングのための写真を欲しがったのだが、何を思ったのかアンリにも要求してきた。

 

「? いいっすけど……」

 

「それじゃ寄って寄って! ……そうそう、そんな感じで!ハイ、チーズ!」

 

デジタルな電子音が響くと、続いていくつかの写真を撮られた。

それらすべてがご満悦だったのか、彼女は満面の笑みを浮かべて、

 

「いい感じにできたわ。ありがとうね?」

 

「(o*゜ー゜)oワクワク」

 

「そんじゃ今日はこれまでっすかねぇ。もうこんな時間になったみたいだし。島野さんはこれから老人ホームじゃないですか?」

 

「覚えててくれたんだねぇ。うん、若い子たちに負けないように頑張るよ」

 

「バイバーイ!」「今度は、マルクナルドで集まりましょうか」「さぁ、これから忙しくなるわよ!」「社長。案件の作成しておきました」「それじゃあねー」

 

口々に言いたいことを話し合った一同が、次々と自分の業務、自分の日常へと戻っていく。二人、最後までカフェテラスに残ったアンリは、小さく笑ってシャルを撫でた。

 

「……よかったな」

 

「ウン♪」

 

多少異様だが、刺青男とぬいぐるみが仲よさそうに笑っている光景。

微笑ましい、と周りの人間が少し瞬きをしている間に、彼らの姿も消えていたのだった。

 

 

 

 

 

 

時は過ぎ去り、夕刻となった。

見滝原中学校の校門には、最近の廃工場倒壊、ここの生徒が被害にあった集団催眠自殺などのほとぼりが冷めるまで、授業を終えたら即下校というシステムになったらしく、幾人もの生徒が校門から去っていく光景が見られた。

 

そして、そこに近づく影が一つ。普段なら不審者として扱われそうなものだが、一度は講義を開きに招かれた客。その立場を利用して、校門前で佇んでいるアンリの姿があった。

そんな彼に、話しかける青髪の少女。

 

「あ、アンリさん! どしたの? こんなとこまで来て」

 

「美樹ちゃんか、いや実はな……っと」

 

ほかに多くの生徒がいる手前、小さな声で彼は説明した。魔法少女の真実と、そのせいでマミはしばらくの間は休暇を取り、その間はツアーは休止で自分がその分の魔女を狩る事。魔女になっても魂は人間のままである事などだ。

話を聞き終えたさやかの顔色は悪かった。まぁ、当然ともいえるが。

 

「嘘、そんなことって……」

 

「残念ながら本当だ。わりぃが鹿目ちゃんにも言っといてくれねぇか?」

 

そんな大役を押しつけていいのか、という思考も片隅にはあったが、『裏』を知っている人物にはなるべく広めておかなければならない。まして、契約前の候補生ならなおさらだと考えた。

一度はショックを受けていたさやかだったが、顔つきは真剣なものに変わる。

 

「うん分かった。伝えておくから。それじゃあ、また」

 

「またな……なに、強いもんだな、人間って奴は」

 

とはいえ、人を簡単に捨てた自分が言える義理ではない。とアンリは嘲笑する。

そう思っているとマミが学校から出てきたようだ。此方の姿を見つけると近くの友達と軽く別れの挨拶をし、駆け寄ってくる。表面上は取り繕っているが、まだその心情は傾きやすい天秤だな、という印象をアンリは感じていた。

 

「ごめんなさい。待ったかしら?」

 

「いんや。ああ、さっき美樹ちゃんにも『あの事』言っといたから。言伝になるが、鹿目ちゃんも大丈夫だろう」

 

あの事、と言って昨夜の真実を思い浮かべるが、マミはその思考を振り払った。

不幸などと、思ってはいない。ただ自分は間が悪かったのだと、言い聞かせて。

 

「そう……それじゃ家までお願いね?」

 

「りょーかい。行きますか」

 

声色はどこかぎこちない応答ではあったが、二人は歩きだした。

そしてこの送迎、マミが十分に乗り切れるまでは一度も変身させないためにアンリが出した提案だ。変身すれば魔力を消費し、その分ソウルジェムが黒ずんでマイナス思考になりやすく、せっかくの休憩も無駄になるためである。

当然、最初にマミが言った感想は「アンリって、案外過保護なのね」だ。

 

「そういやマミ」

 

「なにかしら?」

 

思い出したように、唐突に切り出したアンリ。一体どうしたというのだろうか? そうしていると、彼は少し陰りの見える顔立ちで次を告げた。忘れてはならない、あの存在の事を。

 

「キュゥべえだがな。アイツをどうする?」

 

「!!」

 

そう、キュゥべえについての処遇。インキュベーターのやり方やその目的が分かったのはいいが、これまでの間、マミとアンリは少なからずキュゥべえと過ごしてきた。

時にはテレパシーで位置を知らせてくれたり、またある時はちょっとした相談のはけ口として付き合ってくれたこともあり、肉体的にも精神的にも、キュゥべえに助けられたことも少なくは無いのだ。

もちろん、キュゥべえにとっては魔法少女の精神状態を安定させ、効率的に魔女を狩らせる事によって彼らのエネルギー収集効率を上げる過程にすぎないのだろう。だが、裏があったとしても、彼には実際に恩と借りがあり、それを無下にできるほど彼らは冷酷にキュゥべえを切り捨てられない。

 

だからこそ、マミが出せる判断は、一つしかなかった。

 

「出来る事なら……キュゥべえも『――――』してあげたいわ…」

 

――ちょうど、近くを暴走バイクが走り抜けたせいで聞き取り辛かったが、彼女の決心は固い。あきれるように、しかし眩しいものを見るようにアンリの目は細まり、マミの提案に諾の意を告げる。

 

「そうか……分かった。そんじゃやってやる」

 

「え、でもどうやって? キュゥべえ達はみんな…」

 

「ちょいとやり方は荒いが、確実にあいつだけは『――――』出来るだろうよ。それともなんだ? オレは今までマミの言った事を出来なかった時は在ったか?」

 

「ふふっ、それもそうね。でも洗濯はどうだったかしら?」

 

「い、今はもう出来るからいいだろ! ……ったく、昔の事ぶり返しやがって」

 

「アハハッ!ごめんなさい。でもお願いね?」

 

「ハイハイ。マスターの言うことはやって見せますよっと。それがサーヴァントの生きがいさね」

 

久しぶりに主従だということを主張し、笑う二人。彼らはキュゥべえを『――――』することに決めたようだ。どういうことになるのかは……また今度である。

 

そうして家に着いたマミをシャルロッテが出迎えた。アンリが外にいて、マミが家にいる間の守りはシャルに一任してある。元々の魔女としての能力とサーヴァント補正の付属スキルによってシャルは大幅に強化されているからだ。

アンリも当然だが、手練れの魔法少女が2人来てもシャルは倒せないほどの強化を施されていたのだ。自宅警備を任せるに、これほど頼もしい存在もいないだろう。

 

そうして家を後にしたアンリは再び夜の街へと繰り出た。夕暮れ時の学校で美樹さやかとの会話中、今度は色つきの鷲を2体さやかの影に潜ませたので、それぞれ一体ずつが守りにつくであろうから、今夜の美樹さやかと鹿目まどかの安全は保証されている。今回はアンリ一人での戦闘となる。

 

マミ達魔法少女とは違い、ソウルジェムを持たないアンリが魔女を捜索するのはかなり骨が折れることは間違いない。

いつも捜索手段として使っているのが、獣の形の泥。オート操作で命令を実行し、獣という指向性を持たせた形なので泥も殆んど消費せず使い勝手がよいが、今は宝具補助なしの限界数をすでに他の人物への警護に当たらせているゆえ、その身一つで捜索をしなければならない。

だが、自分の主の為にも、アンリはサーヴァントとしての身体能力をフルに生かし、結界の捜索を行っていた。疲れを知らず、物を摂らずとも自分で魔力を生成できる彼は、ただひたすらに淀んだ感情の混じった魔力を探し、夜の街を走り抜けていた。

 

遂に―――

 

「見つけた。かなり不安定だな……これは使い魔の結界か」

 

不安定な出入り口を武器で引き裂いて広げると、すかさずその中へと潜り込んだ。

 

 

 

 

少し進めば、すぐに使い魔を発見。見た目はおもちゃのプロペラ飛行機におさげの女の子がのった落書きのような姿をしていた。居るのはこれ一体だけらしく、近くに似たような魔力の波長は感じられない。保有する『負』もあまり感じないことから、これはほとんど人を殺していないらしい。

 

「発見。っつーかアレってアイツと会った時の奴か?」

 

まぁいい、早めに終わらせよう。そう言って泥を発動。自律思考を持たせた泥が作れないだけであって、普通の泥は鞭一本分くらいなら作りだせる。それを使い魔に命中させようと大きく振りかぶったところで――

 

「待ちな!」

 

弾き飛ばされた。目標に当たったと思った瞬間、横から伸びてきた『それ』は使い魔を弾き飛ばし、別の通路へと吹っ飛ばした。使い魔自身がバリアの様なものを張っていたので、おそらくはノーダメージだろう。

すぐに追おうとも考えたが、ここにあった結界が引いていき、どこかに移動したことで再び気配を見失う。すぐに見つかるだろうと舌打ちをすると、アンリは声の方へと振り向いた。そこにいたのはいつしかの――

 

「よーう。ひっさしぶりだなぁ?会いたかったよ、悪神サマ」

 

「お前か…随分立派に育ったじゃねぇか、『佐倉』?」

 

凶悪な笑みを張り付けた紅槍の魔法少女。佐倉杏子がそこに佇んでいた。槍を構え、肌に焼けつくような殺気を此方へ飛ばしてきている。対するアンリも口元まで裂けた笑みを張り付ける。

客観すればどちらが悪人か判別のしようがない状況。悪、ということであればアンリに軍配が上がるであろうが。

 

とにもかくにも、劇的な出会いには変わりなかろう。

どうにも、演技掛った口調で杏子が口を開く。

 

「あいも変わらず使い魔も狩り尽くすってか? もったいないなぁ。全世界共通語だぜ?」

 

「そういうテメェもなかなかに曲がった根性が板についたじゃねぇか。こんな子に育ってオレは悲しいよ」

 

よよよ、とアンリは心にもない事を言い放ち、杏子の琴線に触れる。

言わば挑発行為であったのだから、それに彼女が乗らないはずもない。

 

「っけ、心にもない事言いやがって。アタシはアンタに育てられた覚えなんざ……」

 

言うが早いか、二等辺の穂先がアンリを捕える。そのまま槍は引き絞られ――

 

「無いっての!!」

 

アンリへと発射される。魔法少女としてずっと戦ってきた、熟練の彼女が放った一撃。

恐るべき速度の槍は、真紅の閃光と成りて彼の喉笛をかっ喰らった。かのように思われたが、

 

「甘えっての」

 

恐るべき動体視力で捉えられ、穂先の腹から叩き落とされる。いつの間にか彼の左手に握られていた歪な剣によってだ。この数年間着続けたおかげか、すっかり自分の普段着として情報を登録されたライダースーツを消し、鮮血を塗りたくったような戦闘装束を纏う彼が悠然と構えてそこに居た。

 

低く腰を落とし、飛びかかる獣のような体制をとる。

 

「おいおい、結構本気で投げたってのに弾きやがったよ。……おまけに、前と違って随分けったいな恰好じゃねーか」

 

「こちとら伊達や酔狂で英霊なんぞやってねぇさ。ついでにこれはオレの本気の戦闘服さね」

 

「へぇ、アタシとやり合おうってか?」

 

軽口をたたくが、先のは正真正銘全力の一撃。冷や汗が吹き出そうになるが、汗腺をカットした杏子は余裕を持って返答を待った。さもなければ、ペースをつかまれる。

 

「まあな、こういう雰囲気は大抵がこのまま戦うパターンだ。来るなら先手は譲るぜ?」

 

「面白いじゃねーか!しっかりと躾けてからアタシの回復台としてヤンよぉっ!」

 

「上等ォ! 来いよ、人間ッ!!」

 

同時、ドォッと地を蹴る二人。ヒト(・・)ヒト(・・)の戦いが始まった。

 

「シッ――!」

 

まずは先手。

杏子の下段から振り上げた槍がアンリの二の腕を狙う。それをザリチェで受け止め絡ませ、武器を封じたが、杏子の槍は持ちて半ばから節を増加。重心を失った穂先はするりとザリチェから抜け出し、放物線を描いてアンリの頭部を狙う。

彼は身を屈んでそれを避けると、ばねの原理で伸ばした刃でお返しとばかりにその足を切断しようと一閃を放つ。が、武器を絡められて体ごと杏子の頭上へ投げ飛ばされた。

 

「危ない危ない、乙女の足を切ろうなんざ随分外道じゃないか!」

 

「乙女だぁ? 寝言は寝てから言いやがれ!」

 

空中に泥の足場を出現させると、それを蹴って急降下。同時に泥をも細かい針へと変えて雨を降らせる。

衝突。再び刃と刃が交差する。杏子の槍は伸び、その手に握る一本と後方から連動する無数の棍がアンリへと飛来、同時に降り注ぐ元泥の針をすべて弾き飛ばす。そのいくつもの斬撃と打撃がアンリを掠り、その肌に傷をつけていくが、ただそれだけ。アンリ自身は一度もまともに当たらなかった。

そして剣舞の押収は続く。

 

「そらそらそらそらそらそらァァァッ!!!」

 

突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。

 

 

「クッ、ハハハハハハハハハァァァッ!!!」

 

防ぐ。防ぐ。防ぐ。防ぐ。防ぐ。防ぐ。防ぐ。防ぐ。防ぐ。防ぐ。防ぐ。防ぐ。防ぐ。防ぐ。防ぐ。防ぐ。防ぐ。防ぐ。防ぐ。防ぐ。防ぐ。防ぐ。防ぐ。防ぐ。防ぐ。防ぐ。防ぐ。防ぐ。防ぐ。防ぐ。防ぐ。防ぐ。

 

正に一進一退の攻防が繰り広げられ、両者の武器はとめどなく破壊され、創造される。

不意に、杏子の槍が突きから左薙ぎに変わった。だが、突然の変化に大した動揺も無く、アンリは再び刃を受け止め、捻り上げる。が、杏子は両手に槍を握り、同時に袈裟切りと逆袈裟に放った。アンリはそれを受け止める。そのまま武器破壊を行おうとし、

 

「おぉ……ぜえぃっ!!」

 

「―――チィッ」

 

予想以上の力に支え切れず、逆短剣を破壊されアンリの両腕を通過するように刃が通り、両腕が切断された。切断された腕は武器を握ったまま転がり落ちるが、流れる血は無く、代わりに『黒い靄』がアンリの腕の切断面から滲み出ていた。そう、視認できるほどの人々の負の感情が魔力を帯びたモノ――それが、彼の体に循環しているのである。

それを見た杏子はぎょっとするが、込み上げてきた嘲笑そのままに叫ぶ。

 

「アンタもよっぽどの化け物じゃないか! 血さえ出ないなんてねぇ? お次は足を貰うよ!」

 

「そこが甘えって言うんだよ。この程度、ただのパージだ」

 

嘲笑しながら突撃してくる杏子にもアンリは恐怖を見せず、あくまで冷静だった。形作るようにアンリの両腕からもやが伸び――高い金属音が響き渡る。

 

「んなあっ!?」

 

「クカカッ」

 

元通りに『生えてきた』アンリの手に収まる、地面に突き立てられたタルウィによって止められる。確かに切ったはずの両腕がいまだ健在な事に驚愕し、杏子には一瞬の隙ができた。

そこを狙ってアンリは首を刈りに行くものの……

 

「しまっ――って無い!!」

 

付け込まれ、首を狙った一撃を引き寄せた槍で大きく弾く。容赦なく首を刈りに来た光景にぞっとするが、先の攻防の結果、まだ自分が有利な事は自明の理。そう感じた杏子だったが

 

強化開始(呪いは鈍いか?)。第二ラウンドスタートってな」

 

「んなぁ!!?」

 

アンリの全身に奔った模様に、黒い泥が塗りつぶすように出現した瞬間。アンリの纏う空気が一変する。縦に割れた瞳孔と刻印は赤黒く発光し、彼が動くたびに残光を引いて景色を変える。

獣が風下を得たかのごとく、彼の動きはより俊敏に変貌した。

 

迅すぎる。

最初に杏子が感じた感想がこれだ。拮抗していた先ほどと違い、より獣じみた……いや、予測の出来ない動きになり、彼を捕えるので精一杯になったのである。先ほどまで押していたというのに、その攻防が途端に入れ替わった。

剣線の中。彼の腕は人体的にあり得ない方向へ圧し曲がり、あまつさえは新たな腕が虚空より出現する始末。先ほどからもそうであったのだが、いざ守りに入るとこの上なく厄介な曲芸であると、杏子は思っていた。

 

何よりアンリ自身がこの戦闘を楽しみ、格段とその手数と重さを増加させてゆく。

左手の『左歯噛咬(タルウィ)』は『熱』の意味を持つ通りに戦いを燃え上がらせ、右手の『右歯噛咬(ザリチェ)』は『渇き』の名のままに所有者へ渇きを与え、闘争へと追い立てるのだ。

加速の限度を知らないのか、と突っ込みたくなるほど彼は留まるところを知らない。ジリ貧に持ち込まれてしまっているのだが、何よりもこの実力差が気に入らない。

 

「クッ、この、ままじゃ……終われないんだよ!!」

 

焦るあまり、彼女は身を引き絞って己が矢であるかのように飛び出した。疲れを知らない英霊と違い、杏子には疲労が貯まる。打ち付けられる一撃は腕に響き、確実に自身を陥れる。その末にはこの行動。

アンリの瞳に、魔力の発光とはまた違う火が灯ったのが見えたが、もう遅い。

 

「クッ……!」

 

ならばせめてと、渾身の力を込めた一撃。杏子は全ての力を込めた突出の砲撃。アンリは英霊としての全能力を込めて刃を振り上げる。

アンリの刃が掬いあげるように翻った暁には――

 

 

バギィッ、と武器が砕けた音が路地裏に木霊し、決着はついた。

杏子の槍は刺し伸ばされた形で、アンリの剣は――その曲がった刃が、杏子の首を捕えた形であった。杏子の槍は中ほどから砕け、アンリの体には傷一つ付けられていない。

 

正に、詰み。

 

「これでチェックメイトだ。大人しくしろ」

 

「クッ……アタシも年貢の納め時ってか?」

 

忌々しげに首の刃を見つめた彼女。だが、彼の返答は意外なもので――

 

「ああ? 何言ってやがる」

 

「アタシが居るから取り分が減っちまう。だから殺そうとしてんだろう?そんくらいは分かって――」

 

「違うっつの。そりゃあさっきは楽しかったが、んな面倒なことはやらねぇよ」

 

「はぁ?じゃあコレは一体何だってんだ!」

 

「丁度いい、このまま聞いてくれや。チョイと長い話にはなるがな――」

 

彼女には簡潔に話した。ソウルジェムの真実と……もう一つ、協力を呼びかけたのだ。『ワルプルギスの夜』の討伐依頼を。

 

「ふぅーん? ソウルジェムが濁りきったら魔女にねぇ…そんなの浄化し続ければいいだけの話じゃないか。んなゾンビみたいな体っては気に食わないけどさ」

 

首に刃を突き付けられながら話を聞いた杏子は、素っ気なく反応を返した。

浄化し続ければいい、という言も、目の前にいる男がいれば無理な話ではないがゆえに。

 

「あーあつまんねえ。もうちょっとリアクションはねえのかよ? こう、なん……だと? とかよ」

 

「この状態でそんなことしたら、頭と胴がオサラバしちまうだろうが。阿呆かテメェ」

 

「あ~そうだな。で? でっけえ魔女の方のご返事はどうだ」

 

そう聞き、アンリは首から剣を離し、霧散させる。

杏子は自由になった体をコキコキと鳴らし、答を返した。

 

「ったく。……しょーがねぇ、乗ってやるよ」

 

その代わり、と杏子は意地の悪い笑顔を作る。多少いやな予感がよぎっても、ここで返さなければ話は進まないと思ったアンリは、彼女に何を思ったのかを聞き返した。

すると、彼女の提案は――

 

「これからしばらく、お前んとこに世話になるし、穢れの回復役になって貰う」

 

「アァ!? オイオイ何の冗談だよ」

 

「対価としては安いもんだろ? アタシは残念ながら根無し草の身でねぇ。それとも、アンタはこんなか弱い乙女を危険な夜の街に放り出す趣味でも持ってんのかい?」

 

「乙女ってオマエ、それこそ冗談――」

 

言い終えないうちに、アンリの腹からは鈍い音が響く。

見れば、先の戦闘よりもいい動きで彼の腹に一撃を放った杏子の拳がめり込んでいた。それはもう、深く深く。

 

「ッヅ、グ……!」

 

「え? なんだって? もう一回言ってくれるか?」

 

「お、乙女であります……ハイ」

 

「ふふん。そんじゃ宜しくな?」

 

いまだ腹を押さえているアンリに杏子はイイ笑顔を向ける。顔をひきつらせ、何とか手で返事をしたアンリはそのまま巴宅まで連れていくのであった。

いつの時代も女性は強い。後にアンリはそう語ったという。

 

 

 

 

 

 

「『解』・『伝』っと」

 

「ん? 何やってんだ」

 

結局、マミの家までゆっくりと歩いている二人。その途中でアンリが何かを解除し、再び何かを飛ばしたのを見た杏子は尋ねる。泥が指の先から出ていく光景は、意外とエグイものであったが。

それはともかく、そのことかと返したアンリは、続けて言った。

 

「何、お前に協力を取り付けれたってのを、ちょいと伝言にな」

 

「なんだ、アタシ以外にも居るのかい?」

 

「まあな。オレもソイツから誘われたクチだ」

 

ふーん? と彼女は興味なさげに言い捨てる。

両手を組んで後ろに回すと、彼女は先の会話を思い出した。

 

「しっかし、ソウルジェムが本体で、この体は強化された遠隔操作の抜け殻みたいなもんだって? にわかに信じがたいもんだねぇ」

 

確かめるように後ろに回した手を握り、開くが、長年慣れ親しんできた自分の体には変わりない。契約時もそのような兆候は一切感じられなかった故に、気にはしているのだろう。

そんな彼女に、苦笑したアンリは冗談交じりに提案を持ちかけた。

 

「なら、試すか? ソウルジェムを大体100メートルぐらい離すと肉体の機能が停止すると言ってたが……」

 

「流石にやめとくよ。そこまで確信持っちまったら、もう引き返せない気がするしさ」

 

「そうかい。そりゃ残念」

 

「おい、どういう意味だよ?」

 

「さあなぁ? クカカッ」

 

あの激しい戦闘で刃を交えた雰囲気はどこへやら。とはいえども刃を交えた者同士、なにかが心に伝わったのだろうか、すっかり仲が良くなっているのだった。

……他人同士の衝突があり、互いにその身をすり減らして初めて、人間は相手の歯車と噛み合うのかもしれない。それは、人が生きていく中で一度は通る道だろう。今の彼らには、その表現が合っているのだから。

 

 

 

そしてこの後。

杏子を連れて家に着いた時にもひと騒動が起こるのだが、それはまたの話。

 

残る期限は2週間。その日に最大の運命が覆され、幸せを得られるのかどうかは、まだ決まった訳ではない。

だからこそ、この先を知る時の少女と悪の青年は奔走するのだ。

 

たとえその身を、犠牲にしても。

 




アンリ君が悪人化していく……いや、悪神だから良いのかもしれないけど。

えっと、言い忘れてましたが、ここの主人公そのものに恋愛描写はありません。
とりあえず恋愛要素はさやかちゃんと恭介君に任せておいて、主人公は駆け回り、いつでもニタニタ笑う派ですから。

では、今回10000字オーバーということもあって、お疲れさまでした。


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誘惑・葛藤・回避・答案

アンリが杏子に協力を取り付けたころ、まどかは自室のベッドで呆然と天井を見上げていた。

さやかからの衝撃の報告、そして先ほど飛んできたアンリの伝言動物から『魔法少女体験コース休止』の一報を聞いてから実に3時間が経過した。

尊敬していた人物の事実。自分が憧れた魔法少女の残酷な真実。インキュベーターの目的。これらの事は彼女の心を追い立てるには十分だった。

 

「ほむらちゃん…………」

 

もう一人。自らが知る魔法少女の名を知らず内に呟いていた。

彼女はこの事を知っているのだろうか? 彼女は初めてその姿を現した時から不思議な雰囲気を纏っていた事を思い出す。

もしかしたら謎の魔法少女――暁美ほむらが何かを握っているのかもしれない……が、そこまで考えて頭を横に振った。もし彼女が知っていたとしてもずっと黙っている必要性が考えられなかったからだ。

しかし、考えれば考えるほど情報の足りない自分では、泥沼へとはまっていく。

 

「やあ、元気かい? まどか」

 

それを契機と断じたか。突如自分しかいないはずの部屋に響いた声。

 

「キュゥ、べえ……」

 

「そうさ、僕だよ。久しぶりだね」

 

お菓子の魔女の一件から、すっかり姿を見せなかったキュゥべえが、ひょっこりと傍らに現われていた。

彼(?)は変わらず、愛くるしいぬいぐるみの様な姿だが、事実を知ったからこそ分かる……いや、感じる。此方を見つめる紅い瞳には、なんの感情も見いだせない。そこには一種の恐怖さえも覚えるほど。

それでも彼女は聞かずにはいられない。かくも己は愚かであったか。幾度も同じことを聞き、己を苦しめることを望んでいるのか。それすらも自分の心が訴えているように思えて、震える声帯を体ごと揺らしながら、彼女は口を開いていた。

 

「どうして……」

 

かすれるように、おのれの無力さが染み渡る。

 

「?」

 

「どうしてキュゥべえはそんな事を続けるの……?」

 

言った。聞いてしまった。どくどくと心臓は早鐘を打ち、いやな汗さえ滲ませて、声も生まれた小鹿のように震えていたが、それでも尋ねる事が出来た。

 

「……なんだ、まどかも知っているのかい。さて、なんでと言われても、やむを得ない事情があり、その結果としてこうなっているだけさ」

 

「事情? そんな――」

 

勝手な、とはいえない。

己とて、『勝手な事情』とやらで魔法少女になろうと……いや、己の願望をかなえようとしているのだから。

それすらも見越した上か。ある筈のない掌を転がすように、キュゥべえは淡々と告げる。

 

「全てはね、この宇宙の寿命を延ばす為なんだよ。君は『エントロピー』という原理を知っているかい?」

 

小さく首を振ったまどかに、彼は録音を聞かせるような返答をする。

 

エントロピー。熱力学の第二法則ともいわれる原理。

この世を循環するエネルギーは変換するごとにロスが生じ、全体的に見たエネルギーは減少していくという考え方の事だ。

『燃やす為の木を育てるための労力』が『火を燃やした際に生じるエネルギー』と釣り合っていない事が分かりやすい例の一つであろう。木とて、育つためには燃やされる以上のエネルギーを消費して成長していくのだから。

 

「僕たちは、そう言った宇宙の寿命(エネルギー)を減らさないよう、この法則にとらわれないエネルギーを探し求めてきたんだ」

 

「…………」

 

それは、あまりに広大な救済。種族を懸けて探し続ける労力を、誰が頭ごなしに否定することができようか。いや、出来る筈がない。人類さえ実現不可能な『全種族の協力』を為しているというのだ、この目の前の生命体―――孵す者(インキュベーター)

 

「長い旅路。その末に見つけたのが魔法少女の魔力だよ。僕たちの文明は知的生命体の感情をエネルギーに変換する技術(テクノロジー)を開発したんだ。……ところが生憎、当の僕らが感情というものを持ち合わせていなかったからね。

 また、長い時間をかけて……宇宙の様々な異種族の中から君たち人類を見出した」

 

その先を要約するとこうだ。

人間の感情は、その一生を生きる間に作るエネルギーをはるかに凌駕していたとの事。人類の第二要素(たましい)は、第三要素(せいしん)は、『法則』を覆すエネルギーたり得るものであった。

とりわけエネルギー搾取の効率がいいのは『第二次成長期の少女』の希望と絶望の相転移。

つまり、脈動するかのような活力あふれる魂が、絶望に支配される瞬間の転落時、まるで全てを焼き尽くす程の炎が、凝縮された一瞬に燃え尽きるようにしてエネルギーを発生・放出する。

そうした莫大な……いや、絶大なエネルギーを回収し、宇宙そのものへと還元することで世界を存続することが、彼らインキュベーターの役割なのだという。それはもはや、インキュベーターとして生まれた限りの、運命にさえなっていると。

 

あまりに、壮大。

あまりに、絶大。

それゆえに、彼女が激情に動かされるには、さほど時間を必要としなかった。

 

「どうして!!? 最初あなたと会った時、そんなことは一言も言わなかったじゃない!!!」

 

当然まどかは葛藤する。なるほど、宇宙のためといえるなら聞こえはいいが、一考すれば犠牲になっているのは同じ人間という種族そのもの。インキュベーターに人間が食いつぶされているという現状。だからこそ、それは人として正しい感情だ。

キュゥべえはそれこそ、本当に、ただ『無情』に、応答。

 

「『聞かれなかったから』さ。さっきだってそうだろう? 君は僕に『どうして』と訊ねた。だから僕は『質問』に『答えた』だけさ」

 

どこまでも、『生きた機械』でしかないのだ。

彼らの運命は生まれたそのときより決定している。ならば、そこに『人間』だろうと『母星』だろうとが入力すれば、インキュベーターの一端末は静かに動き出す。

 

「だからって……たくさんの人が死んだりする理由にはならないでしょ!?」

 

「ホント、君たち人類の価値基準は理解に苦しむね。今現在で70億人近く、しかも単純計算で四秒に一〇〇人ずつ増え続けている君たちが、魔女の被害にあう、ごく少数の単一個体の生き死にでそこまで大騒ぎするんだい? 見てきた中では、自殺なんてことをしている固体さえいる。僕たちがその『無駄』を有効活用しているだけじゃないか」

 

あくまでキュゥべえ達の考えは効率を重視する。それこそ家畜と飼い主の関係のようにだ。

そのためならば関係はいらない。感情はいらない。『情』など、あってはならない。

 

「そんな風に思っているなら、あなた、やっぱり私たちの『敵』なんだね」

 

「やれやれ、藪蛇だったかな……ああ、そうだまどか」

 

明らかな敵意。向けられるそれを違えるほど愚かではない高等生物(キュゥべえ)。話すことは終えたとばかりに、窓から出ようとして立ち止り、キュゥべえは言葉を区切った。こちらを振り向き、その感情の無い瞳をまどかへ見据える。

それを受け、吸い込まれそうな錯覚を覚えたが、まどかは負けじとその目を見つめ返した。

頭の中には、残酷で幼げな声が響いてくる。

 

「その中でも、君は歴代でも見た事の無いほど最高の魔法少女(ねんりょう)の才能を持っているんだよ」

 

「……!!」

 

「この宇宙の為に死んでくれる気になったら、いつでも僕を呼んで。待ってるからね」

 

表情筋を引き攣らせただけの笑み。そう言い残し、窓の外へと身を翻してキュゥべえの姿は消えた。

 

「…………」

 

まどかはただ、枕を抱きしめ俯くことしかできなかった。縋る友達も、頼れる先輩も、気に掛ける両親もいない現状。言えない今、己の無力に痛感する。

 

―――そうして時は過ぎて往く。

 

 

 

 

 

同日、キュゥべえとまどかの対談の続く中、杏子を連れ帰った巴家はというと……

 

「あっ、あなたこの前の魔法少女(どうぎょうしゃ)じゃない! ちょっと、アンリ! どうして彼女がここに居るの!?」

 

「お隣に迷惑だからボリューム下げろよ。まぁ、そりゃこっちの台詞だ。まさかコイツと一緒に住んでるとは思わなかったよ。アンタそういう趣味でも持ってんのかい?」

 

「笑えねぇからな? 冗談にしては随分へヴィだからな?」

 

「あははは。わーってるよホントにただの冗談だから掴み掛かんな息が苦しい」

 

胸倉を放すと彼女はフローリングにすとんと座る。うけけと笑った愉快犯に、悪神は憂いの息を吐く。これで何度めだろうか、と。

 

「ったく、調子のいいこった、……ここに世話になるなら家主に挨拶ぐらいしとけ」

 

「ま、そういうわけだ。アタシは佐倉杏子だ。これからよろしくな?」

 

犬歯を光らせ、挑発気味に笑いかけながら挨拶をした。

マミの方は二人がここに来るまでに、アンリからの念話で『討伐の協力者(ホームレス)を拾った』としか聞かされていないので、当然ながらこの事を知らない。

ましてや、連れてきた相手がアンリ不在の期間中に魔法少女の在り方で意見が合わず、対立した相手だというのだからなおの事タチが悪い。家族なだけに怒りの矛先はアンリを素通りし、杏子を問い詰めるために井の字を額に張り付けた。

 

「と・に・か・く、どういう心変わりかしら? あれだけ効率重視で周囲の被害を考えなかったあなた……いえ、佐倉さんがワルプルギス討伐に出ようだなんて」

 

「コイツが居るからに決まってんだろ? コイツさえいれば補給用の魔女なんざ狩らずとも、発散の時にソウルジェムを濁らせず全力出し放題。さらには衣・食・住を提供してくれんだ。しかもデカイ魔女一匹殺るだけでこんな好条件が付いてくるときた。それに乗らない手は無いだろ?」

 

「お買い得物件を条件にしたのがマズッたか……オレも進歩ねぇなぁ…………」

 

「ハァ…呆れた。あなた、どこまでも自己中心的なのね。アンリ! 本当に彼女が協力者で大丈夫なの?」

 

振り向けば、苦笑いを含んだ顔がそこにあった。

 

「あーっと、まぁ……実力のほどは申し分ねぇさ。少しの辛抱だしよ。ワルプルギスの夜をブッ飛ばすまでの期間だけここにいるだけだ。抑えてくれると助かるってな。……そんじゃ、ちょっと寝室を整えてくるから後は頼んだ」

 

ひらひらと手を振って退出したアンリを見て、またマミはため息を吐いた。

最近アンリが自由すぎではないだろうか? 家族として接するのも長いあまり今まで忘れていたがアンリはサーヴァント(従者)なのだ。令呪でも使って「私の言う事を聞きなさい」とでも命令してやろうか?という考えが一瞬、頭をよぎる。

 

(それでも結局、アンリはみんなのために動いてくれるばかりだものね)

 

いままでのアンリの行動でほとんどが良い結果に向かっていた事を思い出し、その考えを捨てた。何より、なぜか紅い服の黒髪ツインテールがパクリ疑惑で乗り込んでくるような気がしたのでやめておく。

 

「仕方ないわね…佐倉さんはそこの左の部屋を使いなさい。…それから、シャルー!!」

 

「...∴(* ゜-)ハーイ」

 

そうマミが呼ぶと、台所からチーズを口にくわえたシャルロッテが駆け寄ってきた。買い置いている間に乾燥しきったのか、ボロボロと床にチーズのかけらが散らばっていく。

 

「うわっ!なんだコイツ!?」

 

「シャルは私たちが留守の間、佐倉さんの見張りをお願い。何か悪いことしようとしたらガブッとしてもいいからね?」

 

「(*'-')ゞリョウカイ」

 

「ハァ?ちょっと待てコイツが監視って……いや、それよりどうやって噛み付く、」

 

「ゴボッ」

 

「は?」

 

突如シャルロッテの口からは、恵方巻きのような体と鋭い牙を覗かせる口を持ったナニカがとび出てきた。その巨体は部屋を埋めるほどであり、その口は突然の事で硬直している杏子の頭をすっぽりと覆っていた。言わずと知れた、恵方巻きボディである。

 

「こら! ここで大きくなっちゃだめでしょ。早く戻りなさい」

 

「(*_ _)ゴメンナサイ」

 

突然のことで、盛大な首ポロが繰り広げられそうになったが、マミが叱ると再び元のぬいぐるみの様な姿に戻るシャル。先ほどの変貌ぶりに驚くことしかできない杏子はかなりどもっていた。

 

「な、ななななななんだ今のぉ!! つうかコイツが何なんだ!!」

 

「この子はシャルロッテ。現在はアンリの使い魔兼『魔女』をやってるわ。そういうわけだから、これから宜しくしてやって頂戴ね♪」

 

「ヽ(▽⌒*)ヨロシゥ♪」

 

「魔女ォ!!?」

 

こうして彼女達の談話は続いて言った。すぐに杏子へ多少の説明がなされたが、それを聞いて杏子はさらに呆れ果てたらしい。早まったのはどちらだと愚痴をこぼしている姿が見られたそうな。

 

その後はマミとシャルの杏子イジリが始まり、アンリが寝室の準備と明日の予定を練って戻ってくるまで散々な目にあったとか。だが、アンリだけは「マミも中々黒くなったものだ」と言ってしみじみとアンリはマミの成長を喜んでいた。ほろりと涙がこぼれ、怨念のような亡霊を描きながら涙は靄となったが。

 

「ぜんっぜん!!喜ばしくねぇから!!!」

 

……約一人、報われぬものもいるようだが、まあ。

 

―――あとは時間が解決してくれるだろう…

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

「いってきまーす!」

 

「危なくなったらすぐシャルに任せろよー!」

 

「ええ、大丈夫ー!!」

 

今日は一日、取り逃した使い魔は分体に任せ、今日は休憩のつもりなのでシャルをバッグに忍ばせておいた。いざという時の最終防衛手段である。

こんないつもの朝と違うのは―――

 

「ったく、後もうちょいでアレが来るってのに随分と呑気なモンだな」

 

昨日、新たに戦線に加わった杏子の姿だろう。

彼女はやむにやまれぬ事情があり、小学校中退というなんともいえぬ経歴を持っている。そのやむにやまれぬワケというのは……いや、ここではそう深くは語るまい。

 

「何ならお前も遅くはねぇ。オレが勉強見てやらんことも無いぞ」

 

「ジョーダン。アタシはもうしばらくこのまま気楽に生きるさ」

 

「ハッ、そうかよ。まぁ、ご教授願いたいときはいつでも言いな」

 

それとなく勉学の話を振ってみたが見事にあしらわれたようだ。薄く笑いながら肩をすくめて見せるアンリはどこまでも人間くさかった。

そうしてマミの見送りを終え、リビングへ戻った矢先、杏子がある事に気付いた。

それは―――

 

「なあ、ところでよ」

 

「ん? 何だ」

 

「なんでアンタは、いつも他人のための事ばかりしてるんだい? 少なくともアタシが見た中じゃ、アンタはいつでも自分の為に動いてるとこを見たことがないんだけど」

 

「オレが?………そうか、そうだったか。―――クカカカカカカカッ!」

 

問いかけたのち、彼は盛大な笑い声をあげる。

腹を抱え、涙が零れ始めるほど。一体どれほどドツボにはまったのやら。

 

「お、おい!」

 

「そうか……忘れてちゃぁ世話ねぇな。覚えてなかったら、ワルプルギスに殺されても文句は言えねえ」

 

アンリは何かを懐かしむような表情になり、その場に乱雑に座った。

そのカーペットの上で天井を仰ぎ、両手で体を支えた体勢になる。

 

「ま、座れ。オマエになら話しても面白そうだ」

 

「まったく、なんだってんだ……まぁアンタの事だ。ツマラナイ話じゃないんだろ?」

 

出会ったころのような挑発を返す杏子に、目を細めてニタリと笑いかける。

 

「まあな、ちょっとした昔話だが……聞くか?」

 

「ま、これからは暇だし聞かせて貰うとするさ」

 

「それじゃ、話そうかね。御講演のほど、お聞きくださいってな」

 

芝居がかった口調はそのままに、彼はつづけた。

 

「……英霊ってのはその人物の死後、伝承として語られたことでその話を元にして神格化された人間や物語の人物だって事は知ってるな?」

 

「キュゥべえから少しは聞いてる。で、それがどうしたって?」

 

「オレも元はただの人間だったんだよ。しかも『現代』の、な」

 

「ハァ!!? けど、アンタの名は――」

 

「そう。『アンリ・マユ』。ゾロアスター教の最高神と対立する悪神であり、遥か昔の宗教のもの。だけどな? オレはそんな高貴な存在でもねぇし、悪神そのものでもねぇ。爪は黄金でもないしな。

 ――そんなオレだが、生前はとても『不幸』だったんだ」

 

「不幸? そんな程度で神と同列の存在になるなんて…」

 

「普通に無理だ。だけどな? その原因がその同列存在の『神』。しかも限りなく存在する、全ての世界の魂を管理するほどの最高クラスの奴が関わっていたとすればどうだ?」

 

「待てよ……それじゃまさか!」

 

「その通り。原因はソイツのせいであり、オレはソイツとであった。そこでオレは変わった…いや、変えて貰ったんだ。向こうにとっちゃ、『人と話したい』ほうが本音らしいがな」

 

この先はご存じの通り。彼はこの力を手に入れ、この世界に落ち、そしてマミと出会った。キュゥべえと会い、まどかやさやかと知り合い、杏子と対峙した。

そして、平穏な日常を、温かな人とのふれあいを今生で網羅した。生前では味わえなかった幸福を、この新たな体に浴び続けたのだ。

 

そうするうちに、いつしか彼はあることを考えるようになった。

 

「『この幸せを壊さないためにもオレが全部背負ってやる』ってな。いざって時は、オレがみんなの感情の的になるんだ。そうして悪役ができれば、自然とオレ以外が笑顔を取り戻せる。もう一つの出来ることは―――」

 

この世界を壊したくない。世界が危機に陥るのなら当然だ。自分が『戦って打ち破る事の出来る脅威』と戦い、なるべく人を守るために自分ができる事をしたかった。

そのため自分は『悪そのもの』ではなく、『悪を背負う』事を続けるのである。

たとえその世界に居続けることはできなくとも。

 

「まさか、死ぬ、つもりじゃねぇだろうな…?」

 

「それこそまさかだ! どうやっても、死ねない体になっちまったからな……でも、ま、この世界からは、消えるかもしんねぇな」

 

淡々と告げられた事実に、杏子は目を剥いた。

 

「消えるって……っ、マミはどうするつもりだよ!」

 

マミとは元々敵対していたが、■■のような家族を失わせる気持ちにまでさせたくない。

失ったからこそ、他人であっても家族の事には口出ししなければならないのだ。

 

だが、アンリにとってはそれも小さな問題だったらしい。

 

「マミにはすでに言ってある。そしたらアイツ、なんて言ったと思う?

 『それじゃあ、私が死んだらあなたの元へ行くわ。契約の(つながり)はあるんだから、それを辿ってでも追いついてあげるから覚悟しなさいね? 兄さん』だとよ。まったく、逞しいこった」

 

そう言って穏やかな笑みを浮かべた。

―――所詮、自分は異邦者。受け入れられても、自分が異邦であると思う限り、いつかはその場所を去らねばならない。だが、そんな自分について来てくれるというのだ。

これが、何とうれしい事だろうか。瞳を閉じたアンリには、その時の憧憬が浮かびあがっていた。

 

「でも、そんな事ホントに出来んのかよ」

 

「できるさ。人間はいつだって最悪の状況を乗り越えられたんだ。世界の壁如きに止められるものじゃないってな。…ま、当然シャルもついてくるだろうがな」

 

「へぇ、マミも中々。って、ん? そうするとこの町はどうするんだ。アイツが居なくなるとしたら、魔法少女になる奴はしばらくいないだろうし、ワルプルギスの夜なんてデカブツが来たこの街で狩りをするもの好きなんて……」

 

「ま、そこはお前に任せるさ。この町は頼んだぜ?」

 

「ハァァ……やっぱそうなるわな。でもアタシに任せるってことは、好きにしてもいいってことになんのか?」

 

「そのあたりは、後々考えるさ」

 

「そんな事だろうと思ったよ。ま、アンタが消えちまうんなら、いい稼ぎ場を陣取っとくのも重要か」

 

そう言うと立ち上がり、杏子は部屋の外へと向かう。

首を鳴らしているあたり、多少の疲労がたまっているようだ。

 

「ちょいと長話を聞いて疲れちまった。外の空気を吸ってくるさ」

 

「普通は話すほうが…いや、何も言うまいか。 ああ、これは一応持っていけ。小遣い程度にやるよ。……夕暮れには戻ってこい」

 

「お、サンキュー。そんじゃあな」

 

言い残して退出。それを見送ってアンリは一人となった。

 

「……話すってのは、中々に面倒さねぇ。まあいい。一応張らせとくか」

 

そう一人ごちて、監視兼使い魔掃討の分体を放つ。そして部屋の掃除を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

しばらくの時間が過ぎ、太陽は真上に差し掛かる頃となった。

街を歩く杏子の手にはスナック菓子があり、どうやら渡された駄賃で買ったらしい。

 

それからしばらく進み、噴水が中央にある公園にたどり着いた。今はまだ昼の為、まだ保育園や幼稚園に入る前の幼児を連れ添ったママさんたちがちらほらといる程度だ。

まっすぐに噴水の近くにあるベンチに腰をおろし、スナック片手にボーっと空を見上げる。

 

「『幸せ』かぁ……アイツはなーんて馬鹿な事、考えてんだろうなぁ」

 

アンリが提唱した『幸せを守る』。

それは綺麗な理想に聞こえるが、その実、欠点だらけの戯言と同義だ。その覚悟が現しているのは、あくまでアンリが守れるのは物理的な被害であって、精神的なものまでのカバーはできないと公言しているようなものである。そんな欠点を――

 

「その辺考えてんのかよアイツ……でも、考えてんだろうな。意外とぬかりないし、いつでも余裕そうだしな」

 

杏子から見た彼はいつでも自然体だった。多少のボケに動揺はするが、それも一瞬の事。

昨日戦った時でもそうだ。高速で槍を投げても、無数の刃に襲われていても、腕を落とされても、常に笑みを浮かべていた。しかし、それは狂気や威嚇、敵意が籠ったものではなく、単純に楽しそうな笑み。見る者がみな安心できるような笑みだ。

――だからこそ、一種の恐怖を相手に与えるのだろうが。

 

「惹きつけてそれで終わりってか? 人の笑顔をみりゃそれで満足ってか? アタシにはちょっと、わかんねぇよ……」

 

杏子はベンチにしだれかかる。そんな彼女の足元にはいつの間にか黒犬が待ての態勢で座っていた。おそらくは彼の使いだろうと当たりをつける。

 

「ちょっと疲れたな……。これ、アンタにやるから、寝てる、間は頼ん、だ」

 

「ゥオン」

 

了解! と言わんばかりにひと鳴き。それを見た杏子はゆっくりと目を閉じ、暖かな光を浴びながら眠りに就いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ウォン!オン! ≪起きぃや嬢ちゃん≫」

 

「ん、なんだ。もう夕方か……?」

 

ひと眠りしたおかげで気持ちもすっきりした杏子は、例の黒犬の鳴く声で目を覚ました。

だが、あたりはもはや―――

 

「あっちゃー、もう真っ暗じゃんか。こりゃあ戻ったら大目玉喰らうかな」

 

すっかり暗くなっている。頭上には夜空の星が瞬き、杏子の寝ていたベンチには近くの街灯の明かりが照らしていた。誰もいなくなった公園には、多少の寂しさが残っているのみ。

 

「ま、落ち着いたしさっさと帰ろうかなっ、とぉ………ん?」

 

ふらりと歩き出した杏子の視界の先にはこの闇の中でも映える青い髪を持つ人物ともう一人が見えた。その持ち主が着ている服は少し、見覚えがある。

 

「ありゃあ、マミのとこのガッコーの制服か……? こんな時間までお熱い事」

 

少し興味があった杏子はその二人をつけて見ることにした。黒犬は何も言わなかったのでそのまま二人を追う。その先にあったのはとても豪勢な屋敷。女のほうが男を見送るころを見計らない、彼女は声をかけた。

 

「こりゃまたご立派な家だねぇ。さしずめおぼっちゃまってとこかい?」

 

「!!!」

 

杏子はほんの興味心から話しかけていた。いつもなら気にとめることも無かっただろうに。

 

「あ、あなた誰よ…」

 

「野次馬Aとでも言っておこうか?」

 

「ええ~、ふざけてんの?……て、あれ? その変な感じの犬、もしかしてアンリさんの……」

 

杏子の隣にいる、靄を撒き散らしている黒犬を見た少女が問いかけた。

 

「何だ、アイツを知ってんのか?」

 

「ってことは、あなた魔法少女なの?」

 

「およ、正解さ。なんで知ってんのか知らないけど、この時間にもなると魔女も出てくる。そろそろ気をつけた方がいいんじゃないかい?」

 

「ご心配どーも! ここにいてアンリさん知ってるってことは、近くに来るでっかい魔女倒すの手伝ってくれるんだよね? あたしは何にも出来ないけど、頑張ってね! それじゃ機会があったらまた会おう! なんちゃって」

 

彼の関係者らしき少女は、そうおどけて駆け足で走って行った。

杏子は、夜の闇に呑まれ彼女の姿が見えなくなるまでそちらを見続けていた。

 

「頑張れか……久しぶりに聞いたねぇ。中々嬉しいもんじゃないか? ……さてと、アタシも戻ろうか」

 

彼女もまた帰路についた。心には、ほんの少しの温かみを感じながら。

 

 

無論、家で待っていたのは暖かいご飯だけでなく、マミからの説教もあった事をここに記しておこう。蛇足というものは、時に必要かもしれないのだから。

 




上条君とさやかは、退院祝いに夜の街を単車飛ばし―――てはいないですが、お祝いで遊びに行ってました。

では、そろそろワルプーとの対戦も近くなってきました。
大幅書き直しをしますので、時間がかかるかもしれませんね。


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独善・痛魂・対策

どんどん文章力が低下していく……
しかもダラダラ長くなる始末。


あれから二日。ほとんど隠す必要も無くなったほむらの知識を存分に活用し、次の魔女の出現予想地に三人は集まっていた。月光が照らし出すのは、寂れた工場と3人の長い影のみ。

余談だが、全てを話したのは等価交換をしたアンリだけであり、杏子やマミ。ましてや、まどかには時間逆行の事は話していないと追記しておこう。

 

「ここで次の魔女が出現か……本当に出んのかよ?」

 

「ええ、間違いないわ。この工場の環境は魔女の姿形とも合致する点が多い」

 

鉄骨の上に座り、どこまでも事務的にこたえるほむらに、杏子は疑いの目を向ける。彼女はそれすらも軽く流していたが。

 

「ふ~ん。ま、ワルプルギスが来るまで体が訛ってもいけねぇし、今回はやってやるよ」

 

「……感謝はしておくわ」

 

「素直じゃねぇな? そんなんじゃ彼氏もつくれねぇぞってなぁ、くかかっ」

 

「そういうあなたは彼女でも見つけたらどう?」

 

おおっとぉ。と大げさに手を振るアンリに、協力者を間違えたかと額に手を当てるほむら。なんだかんだ言って、アンリの前では鉄仮面すらはがされるようだ。

 

「いらねぇよ。仮にできても、最期は置いて行っちまうのが関の山だ」

 

魔法少女たちはアンリの憂いを帯びた表情が一瞬見た気がしたが、瞬きの間にはいつものニヤケ顔が覗いていた。とはいえ、気に掛ける暇さえないので、忘れることにしたが。

 

「それもそうね。―――ッ、来たわ」

 

それを聞き、ほむらの視線を追うと魔女の結界独特の魔法陣が出現しているのが見えた。

太陽とシンボルの絡み合った不思議な紋章。――間違いなく、魔女のものだ。

 

「そんじゃ、気楽にいきますかね」

 

「油断してやられんじゃねーぞ、佐倉」

 

「それはあなたも同じでしょう」

 

首をコキコキと鳴らす杏子に、逆手短剣を弄びながら笑いかけるアンリ、それを咎めるほむらと、同時に立ちあがって結界に飛び込んだ。

 

結界に突入してみると、これまた不思議な空間。世界の法則が影絵で表現される世界だった。

さらに、結界は一本道の単純な構造。全体的にモノクロだが、視線の先には太陽を模したと思われる赤いオブジェが一つ立っており、実際に眩い光を放っていた。

その一つ手前にはなにやら黒い人型の物体が祈っている。

 

この魔女こそ『影の魔女・エルザマリア』。

その性質は『独善』であり、何もかもを救おうとして全ての生命体を自らの結界に引きずり込む。祈りの体勢は崩される事は無く、常に全ての命に祈りをささげているのだ。

 

その祈りが贄を呼ぶためか、純粋に絶望に対して祈っているのかは、定かではないが。

 

「あの魔女は樹木の形状をとって攻撃してくる、特に大木で埋め尽くすような範囲攻撃には注意しなさい。木に捕われて身動きを取れなくなっている間に、使い魔に串刺しにされる可能性があるわ」

 

「あいよ、リーダーってな」

 

「分かった! …ってなんでそんなこと知ってんだ?」

 

「前に倒した時の使い魔が逃げ出していたの! それより……来るわよ!!」

 

後付けの理由を口早に告げ、三人は魔女へ躍りかかった。

ほむらが魔女の特徴を知る理由は『逃げた使い魔が成長した』・『前に戦ったが深手を負わせるにしか至らなかった』・『戦っている途中で気付いた』の三つを通すつもりらしい。

これならば、ワルプルギスが来るまでの魔女もそんなに多くないため、十分ごまかせると踏んだ故の理由付けである。

 

侵入したのが魔法少女だったからか、単に入ってきた救済対象の生命であったからかは知る由もないが、ずっと祈りを捧げる魔女の後ろ髪(カゲ)が鋭利な刃物と成り、三人に向かって襲いかかってくる。その脅威は杏子が投げた槍に負けず劣らずの速度でそれ以上の質量がこちらに向かってきた。

 

「そぉら、廻せ廻せぇ!!」

 

そんな攻撃に怯みもせず、杏子は手に持った槍を手前で回転させて枝を切り落とす。魔女自体は此方を向いていないが、それで仕留めたと思わなかったのか。枝は際限なく伸びてきている。

 

「アタシが防御に回ってやる、今のうちにそのまま突っ切りなぁ!!」

 

そう声を張り上げながら槍を廻す手を休めない杏子。アンリとほむらはそれに静かに頷き、ほむらは空を蹴りながら、アンリは泥で創りあげた魔女への道を駆けながら最高速度で魔女へと接近する。

だが、ここで忘れてしまってはいけないのが、ここが結界の中だと言う事。ここは魔女に仇なす者が戦う戦場であると同時、魔女にとってのホームグラウンドでもあるのだ。

 

つまり―――

 

「ぉわっ!?」

 

「アンリマユ!! くっ……先に行くわ!」

 

魔女の手足であり、目と耳でもある使い魔はどこにでもいるということだ。

泥の足場を走るアンリは下方向を見ることができず、よもやこの負の塊を突っ切ってくる事が無いと高をくくっていた事が重なり、突如下から出現した使い魔から不意打ちを受けたのである。

 

この使い魔は魔女が『救った』命の塊であり、その中身は動植物から始まり様々なもので構成されている。たかが『人の負』は『混沌と化した命と意思』にはなんの効果も無かったのだ。さらにはヒト以外の生物も含まれるため、『殺害権限』のスキルが働かない。最弱ではなくなったが、いまだ英霊としての実力が低いアンリには、まさに天敵と言える相手ともいえよう。

 

だが、この程度でやられる訳ではない。弾きだされた空中で新たに泥を練り上げ、既存種より一回り巨大化した漆黒の大鷲を作り上げる。その大鷹は使い魔を弾き飛ばすと、アンリの体を引っ張りあげた。

 

「っとぉ、手癖の悪い使い魔だ」

 

創造した大鷲へ飛び乗ると、ほむらへ無事のうまを伝えた。そのまま挑戦するように相棒の逆手短剣を構え、使い魔と交戦を開始した。

それを見た彼女は再び魔女へと肉薄し、魔力で強化した銃弾を撃ち込む。

タタタンッ、と銃器独特の発砲音を響かせ、射出した弾丸は魔女へと吸い込まれるようにして命中した。だが―――

 

「この程度じゃ効いてないようね」

 

撃ち込まれた場所にはゴルフボール大の穴があき、文字通りハチの巣となった魔女だったが、一瞬にして撃ち込まれた箇所を再生させた。魔女は攻撃を受けても変わらず祈り続けている。

 

「そこどいたぁ!!」

 

使い魔を相手にしたアンリよりも早く、杏子が全ての枝を刈り尽くして魔女へと到達した。無言で了解を受け取ったほむらがその場を離れると、愛槍を上段で回転させながら魔女へ刃を接触させた。

ギギィ、と鋭い木材を裂くような音を響かせ、ついに魔女は祈りの体勢を崩す。ほむらはその隙に取り出していた手榴弾のピンを抜こうとしたが―――

 

「佐倉杏子! 離れ…ッ!」

 

「クソッ…!!!」

 

祈りを邪魔された事に憤慨したのか、倒れかけた体勢からノーモーションで髪が大木へと変貌し、二人を覆い尽くす。呑まれた二人のうち、杏子は自身の槍で脱出を図ったが、ほむらはそうもいかない。

彼女の場合は元々、虚弱な体であるが、それを魔力で強化し補っていた。つまりは従来の魔法少女と異なり、彼女の身体能力としてのスペックはそれほど高くない。加えて彼女には魔法少女特有の具象化された『武器』が無く、あるのは時間を止める能力と身を守り、無限に収納できる『盾』のみだ。攻撃方法は、現代兵器に魔力を通したものしか使用できない。

 

「くっ、う……!」

 

「待ってろ!今すぐ出してやる!!」

 

杏子が救出に向かおうと穂先を大木の根元に捕え、切り落とそうとする。元々のエネルギー供給源を切り離せば、本体から切り離された箇所は消滅する事を先程経験したからだ。

 

「おぉぉっ!」

 

掛け声とともに魔力をこめた刺突の一撃は、バッサリと魔女の髪を両断する。晴れて自由の身となったほむらは、あの密度の中でも離さなかった手榴弾のピンを今度こそ抜き放ち、3秒ほどの猶予の間にありったけの魔力をつぎ込み、魔女へと投擲した。

 

「離れて!!」

 

「言われなくても!」

 

刹那、爆音が響き渡る。普段では絶対に使えない魔力の極限消費による一撃は、結界全域に轟音を響かせた。消費した魔力は使ったそばからアンリが吸収しているようで、未だそちらを向くことはできないが、使い魔と交戦しているであろうアンリへと、ソウルジェムの穢れが急激な勢いで向かって行く。

視界は未だ爆発の煙で見えないが、その向こうで動く様子がうかがえない事を確認すると杏子が呟いた。

 

「……やったか?」

 

「おそらくは。これでくたばったんじゃないかしら」

 

そう言って二人は武器をしまい、構えを解いた。杏子はアンリの方を向いて終了のよしを伝えた。だが、ほむらは何かをいぶかしんでいる。

 

「おーい! おわったみたいだ!」

 

にっ、と笑った杏子がアンリのいる方向へ笑いかける。だが、

 

 

「馬鹿どもが! 早く構えやがれ!!」

 

 

アンリからは焦るような返答、途端に後方に感じた違和感に気付き振り返る。

 

そこには此方に迫る無数の枝。巨木や細木・大小様々な凶器が二人を貫かんと迫っていた。武器を取り出すにも、時間を停止させて逃げるにももう遅い。最低でも、次に来るであろう衝撃に耐えられるよう痛覚を遮断した二人だったが―――

 

「……う、ん?」

 

「来ない…?」

 

体に来るべき突き刺さる感触が全く感じられない。遮断したのは痛覚のみ。まだ触覚は生きているので体には貫かれる異物の感覚が来るはずだった。だが、無い。

まさか、と違和感を感じた二人が目を開けた前にいたのは―――

 

「ったく、再生分は3ヶ月チョイか。ま、使い魔の魂喰ったから五分五分かねぇ?」

 

迫っていた全ての枝に刺し貫かれ、広がった枝も虚空に浮かぶ泥で防いでいるアンリの姿だった。

腕を切り落とされた時のように、傷口から出ているのは血ではなく、黒い靄。それが立ち上っていない無事な部分は首から上だけであり、左腕ははじけ飛び、両足は千切り取られ、心臓など、様々な臓器があるべき腹は地面に斜めに縫いとめられている。

そんな怪我をしても彼は何ともないかのように言った。

 

「いまから隙を作る! そしたら、全力で叩き込め!!」

 

「「な……」」

 

「返事ぃ!!!」

 

「「っ、了解!」」

 

あまりの事に呆然としていた二人だが、アンリの叱責によって各々の得物に魔力を注ぎ込む。魔力の高まりを感じたアンリは歯を食いしばる。そして―――

 

「『偽り写し記す万象(ヴェルグ・アヴェスター)』!」

 

真名の開放。彼の持つ最後の宝具が発動した。

見えない呪いは魔女へと一直線に伸び、傷を付けた相手へと自分の傷を複写する。突如襲った『体はあるのにそこになにも無いような痛み』に対応などできるはずもなく、魔女はアンリを貫いたまま声の無い悲鳴を上げてのたうちまわる。髪の毛が変じた枝はずるずると引き抜かれ、魔女は完全に無防備となった。

 

「そぉ、れぇえ!!!」

 

「……喰らいなさい!」

 

「!!?」

 

そんな中、新たな脅威に対応できるはずもなく―――

 

「~~~!!―――!!!」

 

渾身の二撃をその体で受け止める。その瞬間、当然ながら魔女の周囲は爆散し、魔女もそれともども体を分解していった。

 

―――かくして、影の魔女(エルザマリア)はこの世界から消滅した。

 

魔女の崩壊と同時に世界に亀裂が入り、ガラスの砕けるような音と共に再び静かな夜が戻ってくる。モノトーンの景色には色が戻り、冷たい月光が降り注ぐ廃工場へ彼らは帰還した。

 

「大丈夫か!?」

 

結界が消滅してすぐ、杏子はアンリのもとへ駆け寄る。その反応も当たり前だろう。一般人はともかく、普通の魔法少女でも死に至るほどの傷を受けたのだ。

当のアンリはというと―――

 

「……なんともねぇよ」

 

「本当に!?」

 

「だぁーから! 大丈夫っつってんだろ!」

 

何事もないように、その体組織の全てが元に戻っていた。

アンリは普通の英霊とは違い、通常時のエーテル体の『ベース』こそ人間だが、『構成された体』は非常用の実体エーテルではなく全て泥で出来ている。つまり、この泥が無くなるほど消費するか、英霊の核といわれる『霊核』を直接攻撃しない限りは『消滅』しないのだ。

 

まあ、先程のように縫い止められてしまえば体は動かせず、本人による魔力の過剰使用によって閑話のように霊核を自ら傷つけることもあり、あくまで『不死身』なだけで『無敵』ではないのだが。すべてを消し炭にする大質量の魔砲などは天敵に属すと言っていいだろう。

 

「それぐらいにしておきなさい、佐倉さん。彼も大丈夫そうよ」

 

「いい加減元に戻れって、そらよっ」

 

「アタッ! ……とと。悪いね、アタシもどうかしてた」

 

アンリから額にパッチンをくらって杏子は正気に戻る。やはり、彼女と言えどこれほどまでの悲惨な場面を見た事がなかったのだろう。それとも―――いや、

 

「そんじゃ、今日は解散だ。ほむら、これでしばらくは出ないんだな?」

 

「ええ、出たとしても主を失った使い魔くらいのものよ」

 

「ああ……となると、マネキンが出るのかねぇ」

 

「何だ?心当たりでもあんのか」

 

「昨日な、ちょっと買物遅くなったろ?そんときに結界見つけたんで入ったんだよ。そしたら大量のマネキンみたいな使い魔の中に、これまた可愛らしい子犬がいたんで思わず『おう、何だあの可愛らしいの』っつちまったんだよ」

 

「結界に紛れ込んだ、ただの犬じゃねぇか。それがどうしたんだ?」

 

「まあ、それ言った途端に妙にこっちに懐いてな? すり寄ってきたんで撫でてたらさ、その犬から異様に暗い雰囲気を感じたんだよ。人以外の心を感じられないからおかしいな?と思ってちょいとよく見たんだ。そしたら―――」

 

「あ、もう大体分かった。そいつが魔女だったってことか?」

 

「その通り。んで、びっくりしたから、もう反射的にザリチェ出しちまって」

 

「そのままバッサリ。そして使い魔は逃がしてしまったというわけね」

 

「暁美ちゃん正解。使い魔はまだ狩ってねぇから二・三体はいると思う」

 

にしても随分読まれやすいな。オレってサトラレだったか? という声は無視して、ほむらは小さく頷いた。

 

「それじゃ暇があったら狩っておいてあげる……それじゃ、また今度」

 

「ん、じゃーな」

 

「次はアンタの家だったな」

 

そういうわけで、解散した一行からほむらが離脱した。

彼女が見えなくなると、予報通りの雨が降り出した。

 

「おお、降ってきたか」

 

「あーらら、傘ないのにどうすんだよ」

 

それを聞いたアンリは目を光らせると、手の中に泥をかき集めた。取っ手から形を作られていったそれは―――

 

「ほらよ、今作った」

 

「お、サンキュ。……にしてもホント便利だねぇ」

 

「応用発展なんでもござれではないから、時と場合にもよるがな」

 

彼らの手には古風な紅と黒の番傘が握られる。一度番傘ってのさしてみたかったんだよな、とはアンリの談。

 

「……にしても」

 

「ああ」

 

「「疲れた……」」

 

二人もアンリが作った番傘をさして帰路につく。今回の魔女は二人が経験した中でも難敵だったので、その言葉が現すようにその足取りは重かった。

 

 

 

 

 

後日、放課後になってから巴家一行は暁美ほむらの住むマンションへ訪問していた。

 

「それで、巴マミ。どうしてあなたがいるのかしら?」

 

「いいじゃない。ワルプルギスの夜が来るころには私も復帰するつもりなんだし」

 

「暁美ちゃんの家凄ぇな。この中央の額縁、どうやってぶら下がってんだ?」

 

「これ、この町の地図か? いろんなとこに丸印がついてら」

 

「△C( ̄~ ̄ )モグモグモグモグモグ」

 

……正に一家総出の大訪問となったが

 

「はぁ、シャルロッテ。ここであまり食い散らかさないでちょうだい」

 

「ング……ゴメンネ」

 

「それじゃ、本題に入るわよ。『ワルプルギスの夜』の出現位置及び対策会議を始めます。まず出現予測位置は……」

 

中央に置かれたテーブルの上に広げられた見滝原の地図。幅の広めの川をまたぐ大橋を教鞭で指し示す。海を一望できるスポットとしても有名な場所らしい。

 

「この大橋付近に出現する事が可能性として最も高いわ。統計結果からしてこの説が最も有効よ」

 

「統計ぇ? ……この町にワルプルギスが来たなんて話、聞いたこと無いよ?」

 

「ええ、どういう意味かしら、暁美さん」

 

「……キュゥべえから今までワルプルギスが現れた地理情報を元に予測したものよ、悔しいけど、信憑性は高いわ」

 

今までこんな、真実を知った上での対談が出来ることなどなかった。だが、だからこそこうしてごまかすしかない、とほむらは考えている。

その説明に納得したのか、杏子は小さく感嘆の声を漏らした。

 

「なるほど、アイツ『嘘』はつかねぇもんな」

 

確かにこれは嘘だが、全てが嘘というわけでもない。ほむらと情報交換してすぐ、実際にアンリが聞いたというのもあるが、今までの繰り返しの中で得た統計にすぎない事を、ここで今まで全ての事象を見てきたであろうキュゥべえを引き合いに出すことにより、彼女達に信じさせるには十分だった。

 

だが、そう言った策も、

 

「なかなか興味深い話をしているじゃないか」

 

「「「「!!?」」」」「(・_・)?」

 

本人を前にすれば茶番となり果ててしまう。

狙ったのか、名前を呼んだからか、今まで彼女達の前には一切、姿を見せなかったキュゥべえが背後に立っていた。まどかと同じく、真実を知っているゆえにその目からは何の感情も感じられないという事をひしひしと感じ取る。

 

「どこから沸いて出やがったテメェ………」

 

憎悪とともにキュゥべえに槍を突き出すが、キュゥべえは動じていない。

 

「やれやれ、僕をゴキブリみたいに言うのやめてくれるかな」

 

「あぁ!?」

 

「落ち着け佐倉。さっさと槍仕舞え、あぶねぇから」

 

「……チィ」

 

そう言うとアンリに従い槍を仕舞う。キュゥべえは槍を向けられた事を憤慨もせずに続けて言った。その声には、槍を向けられたという恐怖も怒りも感じられない。

 

「なにやら、ワルプルギスの夜を倒してくれる算段をしてるみたいだから、助言をしようと思ったんだ。アレは僕らにとっても頭を悩ませるものだからね」

 

「『倒してくれる』? ……まぁいいわ。言いなさい」

 

それじゃあ、と言葉を区切るキュゥべえ。

 

「僕らインキュベーターでも計算をしてみたよ。君の言うとおり、大橋付近にワルプルギスの夜は出現する。…それから、これは知ってたかい? 魔女には特有の文字形態が存在することを」

 

「で、それがどうしたって?」

 

「過去にアレを見た事のある個体からの情報によると、ワルプルギスの夜は『舞台装置』という異名を持ち『無力』の性質を兼ね備えているんだそうだ」

 

『舞台装置』と『無力』。

この二つは、出現地が何かの舞台を表しているのかもしれず、そこで何もできなかった者たちを表しているだけかもしれない、とキュゥべえはつづけるが、戦うことに関してはまったくと言っていいほど情報が集まらない。

 

「それだけ、なの? キュゥべえ」

 

「残念ながらこれだけさ。後は強大な力を持っているがゆえに『結界』を必要としない。……そうそう、逆さからひっくり返ると、地上の文明が全てひっくり返ってしまうらしい……まあこの程度だね。僕から言えるのはそれだけさ」

 

「話は聞いたわ。消えなさい」

 

「………分かったよ。ああ、そういえばアンリ、なんでそ―――」

 

突如、言葉を区切ったキュゥべえの体には、縦に赤い線が現れたかと思うと、その線に沿って肉体のずれたキュゥべえは絶命した。

実行犯はアンリ。事前に皆キュゥべえには体のストックがあると聞いていたのでそこまで驚きはしなかったが、彼が突然このような行動をとったので部屋は一気に静かになる。

だが、アンリは武器を消し、マミに向いてこう言った。

 

「はぁ……マミ、本当にやんのかよ?」

 

「ええ、それでもキュゥべえですもの。だからこそ、よ」

 

「ヘイヘイ」

 

マミとアンリはそれぞれにしか分からない事を話す。皆は頭上に疑問符を浮かべていたが、きりがないと感じたのか、ほむらが次を切り出した。

 

「それはさておき、どう思う?」

 

「そうだなあ……にしても今の情報、なんか役に立つようなとこあったか?」

 

「少なくとも『舞台装置』で『無力』っつーからには本体は何もできない要塞で、攻撃は使い魔任せってとこじゃねぇか? ……ま、その分使い魔は嫌っつうほど出てくるだろうがよ」

 

「そういう訳でもないわ。アレ自体は超火力の一撃をノーモーションで仕掛けてくるし、使い魔たちもどこかで見たような怨霊が具現化したものが襲ってくる。……まぁ、集中砲火を浴びせればいいかもしれなけど、問題は使い魔よ」

 

「ん? やけに知ってるじゃん。戦った事でもあんのか?」

 

「…………」

 

戦った、と言えばそうなることになる。

だが、ここで切り出してしまえばあらゆる意味で事態が転覆するかもしれないと、ほむらは思考する。が、そんなことは、彼にはお構いなしだったようだ。

 

「話しちまえよ。今回は大丈夫だと思うぜ」

 

「オイ、どういうことだよ?」

 

「……余計な事を」

 

「おお怖い怖い!」

 

オレ如きではさしでがましいようでして、いやぁ実に申し訳ない。と続けるシラの切り様。いつかこの道化から黒色をはぎ取ってやると思いつつ、結局、自分で決めた戒めの鎖が外れる音が、ほむらの中で響いた。

 

「……仕方ないわね。それじゃ、あなたに賭けて話してみましょうか。

 ―――私は…」

 

そうしてほむらは語る。己の長い、長い『過去』について。

一度目に、ある魔法少女に助けられた事。その人に憧れたが、その人が死んでしまい、やり直しを求めた事。

二週目に、その憧れの人と共に戦い、楽しかった時間の中、最後の最後で真実を知った事。

三週目に、ある時、全てを打ち明けたが分かりあえず、ある青の魔法少女が魔女化した事がきっかけとなり、金の魔法少女から同士討ちした事。そして二週目と同じ結末になり、憧れのその人を魔女化する前に撃ち殺し、ある決意をした事。

四週目にワルプルギスとの戦いの中、最後までその人を守るために契約させなかったが、キュゥべえの口車に乗せられて、最悪の形で契約させてそのまま魔女化させてしまった事。

そして、五週目。今まで一度も現れた事の無かった者の登場で計画したことが全てが狂ってしまっている事。

 

「―――以上が私の戦い。今回も、あの子を守れきれなかったら、すぐに次へと移るつもりよ。貴方達を見捨ててでも、ね」

 

「はっきりしたところ、アタシは嫌いじゃねぇけどな」

 

「強がりはよしなさい。拳から血が出てるわよ」

 

長話の中、話を聞いていたアンリ以外は、話の魔法少女についての検討がついていた。同士討ちをしたのが誰なのか。全てが狂ったという今回のその人物について。

そんな中、アンリが話しだす。

 

「はっ、要約すっと、完全に狂わせた原因ってのが、オレって訳だ。繰り返してんなら、ある意味で必ずオレは覚えているはず、だがそれが無いという事で、今回の大番狂わせは確定していると」

 

「その通りよ。あなたが全てを狂わせた。……おかげで前回のうちに考えていた計画がほとんど使えなくなったわ。まぁ、少なくとも狂ったのは私にとっていい方向に。今のところは、ね」

 

そんな事を言っても普通は信じないだろう。が、今回は全員がそれぞれの方法で真実を乗り越えてきた。加え、ほむらは己の無力さと、もう一つの事実を痛感している。

―――アンリと関わったものは、必ず何かが変わっている。

 

「アンタの言い分はよーく分かった。ワルプルギスをブッ倒す為だ。時間の巻き戻し伝々はともかく、アンタをそうまでさせたっていう、ある魔法少女ってのは一体誰なんだ?それに、魔女化した奴は? アタシやマミは多分違うし、アンタが成った訳でもない。数が合わないじゃねぇか」

 

「そうね。私もアンリがいたからこそ、何とか無事だったのに。私は多分…同士討ちを始めた方でしょ……?」

 

「ええ、そうよ。でも今回、魔女化した魔法少女は契約をしていないわ」

 

あっさり同士討ちの発端を認められて沈むマミだが、それを無視した杏子が疑問を掲げる。

 

「じゃあ、一体誰が―――?」

 

「言っちまえよ、そっちも。皆でそうやって話しても大丈夫だったんだ。今度はみんなで守って貰おうぜ」

 

「「アンリ(オマエ)知ってるの(か)!?」」

 

「一応、ま、暁美ちゃんに聞いてくれ」

 

結局最後まで話を掻きまわしたアンリ。過去語りという無茶ぶりをさせたばかりのほむらに何の遠慮もなく話のきっかけを周囲に伝えてしまった。

 

「…本当に、あなたは、余計な事をしてくれる」

 

「ほらほら、怖い顔せずに吐いちまいな」

 

「………巴マミ、あなたなら聞いた事があるでしょう?」

 

「まさか……そんな……」

 

「憧れたのは『鹿目まどか』。魔女化したのは『美樹さやか』よ」

 

「って、オイ誰だそれ?」

 

唯一面識がない杏子だけが頭を傾げた。それにアンリがフォローを入れる。

 

「鹿目ちゃんはともかく、美樹ちゃんはあの公園から佐倉が後をつけた青髪の子だよ」

 

「ああ、アイツか! ……ん? 何で知ってんだそんな事!」

 

「あの泥はオレの一部だから、体に戻すと情報が入ってくるんだ。偵察には最適だ」

 

「は? ストーカーじゃねぇか」

 

「ハイハイうるせえよガキンチョ。……ま、随分と遅れたが、そう言う事らしいぜ?

 『鹿目ちゃん』に『美樹ちゃん』?」

 

ほむらは凍った。こいつは、一体何を―――

振り返る。そこにいたのは、

 

「なっ………!!」

 

アンリがそう言うと部屋の入り口から美しい桃色の髪を二つに束ねた少女と、広大な海の如き青を携えた髪色の少女が入ってきた。

 

「まいったな…あたしって魔女になっちゃってたんだ。しかも高確率で……アハハ………」

 

「ほむらちゃん……本当に? 私なんかのために、どうして…」

 

一人は苦笑い、一人は真偽を問うように此方に歩み寄る。思いもよらぬ人物がここにいる事にほむらを含む全員は驚愕する。ほむらはその中でも一番衝撃を受けていた。

何故、ありえない、どうして。そんな疑問が浮かぶが、呼んだのはアンリ。すぐさま彼に歩み寄り、彼の愛用するライダースーツの胸倉を掴み上げ、心のままに叫んだ。

 

「どうして、まどかがここにいるの!? まどかを守るために、何も知らないままに彼女は避難所にいた方がずっと安全なのよ!! なのに、こんな……どうして…! 答えなさい!! アンリ・マユ!!」

 

「落ち着けよ!」

 

「暁美さん!!?」

 

いつか似たような事をマミにもされたなあ、と彼は懐かしみを覚えたが、すぐに思考を切り替える。掴まれている事を何ともないように振り払い、言った。

 

「いや、な? どうせなら『魔法少女』が全員集まって会議した方がいいじゃねぇか。それにどうやら鹿目ちゃんもキュゥべえからなんか聞いてるっぽいしさ」

 

「え!?」

 

「痛ぇ」

 

それを聞いたほむらはアンリを放り投げ、まどかへと向きなおる。

 

「まどか。本当に? アイツから何を吹き込まれたの?」

 

「えと…その…キュゥべえが言ってたんだけどね―――」

 

そうしてまどかも話を始めた。キュゥべえは人類をエネルギー搾取の為の燃料と考えている。など、まどかの覚えている限りのインキュベーターの活動に関してだ。

とぎれとぎれに、だが確実にその事を伝え終える頃には、キュゥべえ達インキュベーターへの不信感は高まっていった。

 

が、アンリは疑問を投げかける。

インキュベーターとしてあり得ない、キュゥべえの行動について。

 

「……バカな、この事を鹿目ちゃんに話す必要性はねぇはず。アイツが言うほどなら鹿目ちゃんが魔女化した時に出来るエネルギーはそれこそ無限大だ。

 ――だっつうのに、その事を鹿目ちゃんに話してしまうと契約できるチャンスを自ら失いに言ってるようなもんだぞ。抑止の末端が……?」

 

確かに、それは十分に考えられる。

こうして話したのはここ数日の間と予測できるが、普通こう言った事は追い詰められるほどギリギリになってから話し、弱った心にさらなる衝撃を与えて契約を迫る方がよっぽど効率がいい。

アンリがいるからか、魔法少女が誰一人として脱落していないからか、それとも……

 

疑問は尽きない。なぜ効率重視のインキュベーターがこうもチャンスを逃すような真似をするのか。

 

「チッ! もう少しアンタらが来るのが早かったら聞けたのにね」

 

「あ、あの…ごめんなさい」

 

「ああーもう、まどかは謝んなくてもいいでしょ! こういうのは全部あいつが悪いんだし。赤い子もそう当たんないの! まどかが怯えちゃうでしょうがっ」

 

「あぁ? 夜遅くまで男引っ張りまわして―――」

 

「わーーーー!!」

 

こうして会議はてんやわんやの事態になってしまう。

そんな中、意外な人物から鶴の一声

 

「ワルプルギスハー?」

 

「「「「「「あ!」」」」」」

 

 

 

 

 

 

ぽく…ぽく…ぽく…ぽく…ちーん。

 

「と、とにかく、話を戻しましょうか? 暁美さん、続けて」

 

「え、ええ。…それじゃワルプルギスの夜、出現位置はこことして、対策をどう立てるかなのだけれど……」

 

「それじゃ、シャルが結界を張って、ワルプルギスを閉じ込める。そんで周囲への被害を無くして結界内で戦うってのはどうだ?」

 

「お、それいいね」

 

「はいはーい。さやかちゃんは疑問なんだけど、結界の中って魔法少女に有利なの?」

 

魔女と魔法少女は敵対していた存在だ。別の魔女のホームグラウンドとなる結界に連れ込むことで、その取り込んだ魔女も強化されてしまうのではないか、という心配からの発言だったのだが、

 

「それは心配ないと思うわ。アンリがいない時、私がよくシャルと話してたのだけど、結界内はシャルの自由自在。障害物や使い魔も全部そうしようと思えば私たちに味方してくれるそうよ。あの子自身もフルパワーって言ってたわ」

 

マミの一言で不安が解消する。

ほっと胸をなでおろしたマミに、まどかが続いて発言した。

 

「あの、シャルちゃんは戦えるんですか? 魔女の中でもその、ちっちゃいし、アンリさんが呪文となえてる時も泥に囲まれて動けてなかったよね」

 

「その辺は心配ない。正直シャルはオレより断然強いから」

 

「「「「「!!?」」」」」

 

「いや、マジもマジの大マジだって。……暁美ちゃんちょっと紙とペン貸してくれ」

 

「じゃあ、これを使って…」

 

「ほいサンキュ」

 

そう言って紙にシャルと自分のステータスを比べるように書き始めた。宝具含め全てを書き終えて皆に見せる。

 

「ほら、これ見りゃわかんだろ」

 

「へぇ、こりゃすごい…」

 

「シャルちゃんの基本ステータスが圧倒的だね~」

 

「アンリとシャルってこんなに違うのね。お菓子のお城か……。サーヴァントになると、能力がはっきり効果として出るのね。二人ともらしいと言えば、らしい感じだけど」

 

「シャルロッテの結界は……『固有結界』? 魔女の結界ってこんなものなの?」

 

「アンリさんって、こうしてみると人間とは程遠いんだね……」

 

自分たちのステータスを見せた後、攻撃手段や使い魔の対応法。一番の戦力として期待できるシャルロッテをどう使うか。近~中距離と遠距離・オールレンジの魔法少女三人と、一般人としてのまどかやこの中で唯一、ゲームなどで大型の敵をどう叩くかのシュミレートをするさやか。英霊としてのアンリの考え方と魔女として結界の活用を皆に伝えるシャルロッテ。

種族・役割・個性・世界。それぞれが全く違う者たちが一丸となって脅威に立ち向かおうとしていた。

 

最終的に作戦が決まり、まどかの契約はさやかが阻止、まどかも契約はしないと約束し、マミはついに復帰すると宣言した。これからワルプルギスの夜が出現するまでは、シャルロッテの結界内でどう動き、どう戦うかを仮想敵を使い魔で作って貰い、練習することに決まった。

この会議が始まってから様々な事があったが、最後にほむらが気になる事を言う。

 

「昨日戦ったあの魔女だけど、今までのループの中で圧倒的に強化されていたわ。ワルプルギスの夜もそうかもしれないから皆、気を引き締めて頂戴」

 

「マジか……ま、アタシは本気出すだけだ。油断はしないさ」

 

「私もリハビリね。しっかり引き金を引けるように、迷いを捨てなくちゃ」

 

「キュゥべえとの契約は断固無視だっけ? まぁ、不測の事態ぐらいはあたしがなんとかするから、任せときなさーい」

 

「あたしは何にも出来ないけど、みんなが絶対に無事に戻るように祈るよ!」

 

「魔女の強化か……たしか魔女は内包する絶望の量に比例して強くなるんだったな? こっちでも調査はしておくさね」

 

「(*`▷)シャルガンバル!!」

 

こうして対策会議は解散した。誰もが己を高めるために精進を始め、着々と準備を始める。

だが、腑に落ちないのはインキュベーターの行動。奴らが何を思ってまどかへ真実を話したのか? 今になって強化された魔女の真実とは……

そして、杏子だけが今だ自らを隠している。それは隠されたままとなるのか、それとも…?

 

この物語はまだ、決まった道をたどっている訳ではない。だというのに最終電車の明かりは、未だ点いていないという現状。

 

すぐそこまで迫ってきたタイムリミット。舞台装置の歯車は、外装を得て動き出した。

 

世界(うちゅう)は、変わらぬ時を刻み続ける。

変わること――絶望か、希望か。

 




熱い……墓参り熱い……

でも、自分の墓ぐらいはきれいにしないといけませんよね?


お疲れさまでした。


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望月は杯へと至る
人物・状況・確認


今回も紹介とまとめ。
私達自身の確認のためにあげているようなものですが、説明不足を補うための最終手段でもあります。


人物紹介からは原作のネタばれ入ります。

いまさらですが、ネタばれが嫌な方は一度原作を見るか、今回をスルーしてください。

原作をすでに知っている・ネタばれ上等!こんなもの一読みだ!という方は

どうぞ

 

 

これまでのあらすじ~

 

不幸を理由に死した少年は神の下へと向かい、新たな運命を第二の生という形で掴みとる。

いくつかの制限はあったものの、彼を受け入れる世界がようやく見つかる。

召喚の気配を感じて世界の狭間を抜けた先は、怨念渦巻く醜悪な結界内。

その場にそぐわぬ温かな気配の先には、光り輝く希望を振り撒く金の少女。

背後より奇襲された少女を救出し、偶然にもパスの繋がりを確認する。

その後、ひと騒動はあったがその少女と正式に契約を交わし、使い魔としてその街を守ることを決める。

 

それから3年。

町の一員となり、信頼信用共に多く獲得した彼に新たな運命が立ちはだかる。

主の残酷な真実、等価交換の情報提供などの紆余曲折を繰り返し、ある少女との盟約を結ぶ。

全てを背負うことを決意し、彼は世界の礎となるために暗躍と思案を繰り返す。

敵のはずの種族と主従の契約を果たし、魔力と感情の循環を利用した半永久機関を構築。

そして過去に対峙した少女と再会し、戦闘を行う。

武力による制圧の末、真実とともに盟約を持ちかけることにより、協力者となった。

後日、その少女と盟約相手の少女と初の共闘で見事、勝利を収める。

集合会議の折、強大な敵を撃破するための案を練り、その最中で盟約の少女の真実を聞かせ、一丸となる協力体制を敷いた。

 

残る問題は残り少し。最終決戦の幕開けは近い。

 

 

 

 

途中経過・人物紹介

 

サブ ※順序はバラバラ

鹿目(かなめ)まどか』

原作『魔法少女まどか☆マギカ』の主人公。

ほむら視点でのいわゆる『一週目』では、轢かれた猫を助けるために契約をするなど、原作品の中でも一層『やさしさ』を持つ少女である。原作開始直後には桃色の髪を二つに束ねたヘアゴムを代え、心機一転を胸に運命の一か月を始める。

 

変更点

 今作品の主人公、『魔』という非日常との触れ合いを通じて、アンリの事は「尊敬できる完璧な人」と認識を変える。盲信が含まれている危険な状態だが、彼はそれを利用しインキュベーターの契約を妨げようと画策している。

 先の会議でほむらの本心。そして皆の懸命さを目の当たりにして契約の破棄を心より決意。応援するだけに留まるが、約一名にとってその応援は最高の励みとなるだろう。

元の史実では最後に契約をしてしまったが、今作品ではどうなるのか…?

 

 

美樹(みき)さやか』

上記のまどかの親友。人一倍明るく、正義感が強い。印象は年相応で活発な中学生を思わせ、友達に一人は欲しいとも言えるだろう。

お調子者な一面もあるが、ここぞというときは切り替えができるタイプ。が、切り替えがあまりに両極端、それによって心のバランスが大きく崩れ、原作では魔女と化し排除された。

 

変更点

 原作では恋に破れ、契約の真実を知ってしまったショックで魔女化してしまうというように、正に悲劇を体現したかのような立ち位置だったが、今作では想い人と添い遂げる夢が叶い、作中もっとも幸せ絶頂の人物となった。だが、親友のまどかの為、伝言役を嫌がりもせずに引き受けたりと友達思いの良さは健在。

 キュゥべえとの契約そのものは最早あてにはしていないが……

 

 

暁美(あけみ)ほむら』

 一週目にまどかに助けられ、彼女に憧れを抱いた過去を持つ。何度も繰り返した時間の中で真実を知り、何度もまどかの死を見てきたが、そのたびに彼女を救う決意を固めてきた。そのあり方から『時間遡行者』とキュゥべえから呼ばれている。

 全てを円滑に進めるため、4週目からは今までの自分を捨て、非情に徹するようになった。ただその願いは、まどかを救うために……

 

変更点

 薔薇の魔女『ゲルトルート』との戦闘後、主人公と密会し、最初は軽い情報交換のつもりだったが、各々の目的の一致により同盟を組むようになった。

 アンリから無茶ぶりを迫られるたび、ループの中で受け入れられなかった事がみなに受け入れられ、それなりに信頼する相手となった。その点では感謝しているが、アンリ本人に対してはあまり好感情を抱いていない。

 最終決戦のフォーメーション・攻撃態勢・武器の貯蔵など、今回で全てを終わらせるための準備を整えている。それでも、勝てぬと悟れば次へと移る考えは残っている。

 

 

上条恭介(かみじょうきょうすけ)

 事故で利き腕を負傷し、自分の音楽の道を閉ざされてしまった少年。

 元の史実では治らない手に絶望し、見舞いに来ていたさやかに当たり散らすなど、少年相応の精神の未熟さがうかがえた。さやかが契約により怪我を治した後は、アタックを仕掛けた志筑仁美に陥落。さやかを魔女化させる最も大きな要因となった。

 

変更点

 最大の点はさやかと思い人となった事だろう。その際に親からは『家の発展』についての問題で史実通り、立派な家柄のご令嬢『筑志仁美』を薦められたが、自分の想いの強さを彼女と共に論破するのだが……あえてその場は皆さんのイヌカレー脳にお任せする。

 さやかとの付き合い上、『魔』の現象についてはいくらか聞いているので、今はさやかの意見を尊重し、『魔』という非日常と積極的にかかわっている彼女の『日常』となるため、自然体で日々を過ごす。

 

 

志筑仁美(しづきひとみ)

 ご令嬢。まどかとさやかの親友であり、様々なお稽古を嗜んでいる。その帰りか行きかの最中、魔女に惹かれるなど危険な事もあった。

 日々の行動からは、どこか天然のオーラが垣間見えるポワッとした少女。だが、原作で恭介へ想いを伝える際にはさやかへ想いを伝えるための猶予期間を設けるなどの意志の強さや尊重の意識も見ることができる。

 

変更点

 上条恭介との交際は無くなり、また、彼に対する思いは元から無い。むしろまどかやさやかが熱心に話すアンリの事が心の片隅にある。一度、学校の講演会で彼を見て、最初はその見た目から幻滅しかけたが、その自由奔放さと演説の中に潜んだ心に憧れを抱く。

 『魔』の事は一切知らされておらず、魔女に惹かれた際の事も忘れている。上条は初めよりさやかと付き合っているので、NTR展開は無い。代わりに恋慕の情があるのは……

 

 

『キュゥべえ』

 種族はインキュベーター。その種族としての役割は『宇宙の寿命』を延ばすことに全てを捧げており、そのために人類を家畜扱いする非情さには『QB氏ね』と思った方も少なくはないだろう。

 外見は可愛らしいぬいぐるみの様な姿で、ウサギと猫を足して2で割ったような姿をしている。なお、感情は存在しないと言われているが、『その種』のなかで感情が発露した個体は本当にいないのだろうか……?

 

 

変更点

 この小説の設定上、『インキュベーター』という種族は『宇宙(コスモ)の抑止力』の一つとしてとらえている。その種の群体でひとつの生命体として確立。

 『キュゥべえ』という個体に関しては、会議の最中でふらりと現れ助言を残したり、全く追いつめてもいないのにまどかに全てを語ったりと、エネルギー収集効率に関しては全く逆の行動をとっている謎がある。

 ……感情が無いとはいえ、シャルロッテと契約した直後のキュゥべえには何らかの変化があったような……

 

 

佐倉杏子(さくらきょうこ)

 過去の影響から自己を中心とした考え方をするようになった魔法少女。そのためなら魔女のみを倒し、使い魔に何人かを殺させてからグリーフシードを回収するなど、キュゥべえに似た効率重視の活動を繰り返してきた。

 原作では、さやかとの触れ合いを通じ、絶望に染まりきって魔女となった彼女の最後の心を感じ、独り孤独にさせないために全魔力をソウルジェムに込め『自爆』。その生涯を閉じた。

 

変更点

 原作期間の開始前にアンリと出会い、穢れを吸収する特異性からアンリを回復の専用員として利用しようと画策した。数年後の再開で武力行使をしたが結果は敗北。そのなかアンリからの討伐提案を承諾し、戦力の代わりに生活空間を提供してもらった。

 最近はマミとシャルからいじられる事が多く、マミの精神成長に貢献している。(本人にその自覚は無い)

 マミやアンリの戦闘スタイルから自分も何か必殺技を試行錯誤している。決戦まであと少しだが、彼女だけが自分の過去を明かしていない。どうなるのか……

 

 

 

メイン ※今後のシリーズでも登場

 

『シャルロッテ』

 『お菓子の魔女』という異名を持つ。原作ではマミを頭から食いちぎり、咀嚼をしている姿から、魔女の凶悪さを視聴者へ見せつけた。『人喰い魔女』とも言われる。

 傷ついた体から脱皮を繰り返すなど、タフな一面を持っているのでマミとの相性は悪かった。最終的にほむらが内部からの爆撃でとどめを刺し、その身をグリーシードへと変えた。

 

変更点

 全人物の中で最も変更点が強いだろう。魔女としての実体を持った瞬間、アンリとサーヴァント契約を交わすことで晴れて仲間の一人(匹?)となった。

 キャラ付けのため、かなり独特で特徴的な話し方であることから、この作品のキャラクターの中ではもっとも感情の読み取りやすいキャラかもしれない。看板キャラ。

 戦闘能力や特殊能力はサーヴァントのスキルとして確立し、アンリからの絶望供給が最高の状態であるので、ステータスはアンリを大きく上回る事になる。作中での脱皮変形・魔女結界が宝具へと昇華され、性質や異名が様々なスキルへと変貌をとげた。

 まだ戦闘は行っていないが、今作品中、『最強』の称号をほしいままにする存在であり、今後の活躍を期待する人もいるだろう。ぜひ楽しみに待っていただきたい。

 

 

(ともえ)マミ』

 原作では最初にまどかが遭遇した魔法少女。気品・優雅さ・戦闘・頭脳では最高を誇り、先輩としてまどか達を先導した。

 戦いの場面では、とどめに『ティロ・フィナーレ』という一斉射撃を行ったり、華々しい戦い方でツアー一行へ魅せるほどの余裕がある実力者だったが、原作ではその油断からシャルロッテとの戦いに敗れ、首をもがれて喰い殺されるという悲惨な最期を遂げた。

 

 

変更点

 そもそもシャルロッテ戦はアンリの契約の場面を見ているだけに留まり、マミられる(首ポロ)要素が無かったので生存している。だがその後、魔法少女の真実を知った精神的ショックに陥り、しばらくの間は絶望でソウルジェムを穢し続ける精神状態となっていた。

 杏子が家に来た辺りからその傾向は治療されつつあり、今回の会議を経て彼女は復帰を決意する。

 最近は豆腐メンタルも改善され、原作では魔法少女になった故の孤独(マイルール)を経験しておらず、学校の人気者や頼れる先輩として華々しい青春を送っている。一応は国からの援助金が入っているのだが、最近はシャルやアンリをグッズとして販売している例の社長の所から推薦がきており、未来も安泰だといえる。

アンリとは兄妹家族としての関係である。この作品のヒロインとしての立場にあるが、『ヒーロー・ヒロイン』としての立ち位置。つまり恋人などの関係にはならない。(とゆーかこの小説の恋愛担当はさやか&恭介のみである)

 

 

旧名『アンリ・マユ』

現名『アンリ・(マユ)(ともえ)

原典:古い宗教であるゾロアスター教の悪神。最高神アフラ・マズダと対立する存在であり、アフリマン、アンラマンユとも言われる。

Fate:第三次聖杯戦争で御三家アインツベルンに異例で召喚された最弱のサーヴァント。その正体は件の宗教を信仰する呪術が発達した村での『悪であれ』と願われた『ただの青年』であり、元の名前をはぎ取られ、アンリ・マユという称号を得た。

当然スペックは人間のままであり、戦争参加時、わずか四日で最初に敗退して聖杯に吸収される。だが、その際に彼自身に願われた『悪であれ』という願いを『万能の願望機』である聖杯が受け入れてしまい、『破壊』という手段を用いて『願いの成就』を果たすモノとなり果ててしまった。

Hollowでは第5次の最初の敗退者『バゼット・フラガ・マクミレッツ』の願いに応え、聖杯の中にいる事を利用して『繰り返しの四日間』の世界を構築する。

原作の彼は人間に悪を背負わされた被害者だったのだが、それでも悪を受け入れ、人を愛していたのではないだろうか。

 

変更点

 ステータスや生い立ちなどの点、詳しくは第二話『人物・紹介』を参照。

 現時点での彼は自由奔放で自分勝手な行動が目立つといえるだろう。マスターであるマミの命令にはいくらか従ったこともあるが、サーヴァントとしてではなく上記のとおり家族として彼らの関係は構築されているため、基本は束縛が無い。だが、マミの事は守るべき人としての優先順位ではトップに坐しており、基本は彼女の為を思って行動する。

 悪を背負ったとは言ったが悪そのものに成るのではなく、彼自身はむしろ善意の塊である。故に世界を自身の好きにどうこうという事には興味が無い。

 いずれは世界を移動する未来が待っているが、シャルとマミがいる限り彼に孤独という悲しい結末は訪れないであろう。

 

 

 

 

現時点での『設定』変更点

 

 ハコの魔女『H.N.エリー』の弱体化や、影の魔女『エルザマリア』の強化など、原作では無かった現象がいくつか起きている。

 エリーの弱体化は魔女として羽化したばかりで、シャルロッテと違い実力のある魔女でもないという理由から、アンリの宝具獣に食いちぎられた。

 

 

『ワルプルギスの夜』について

 原作中では見る限り、本体は時々攻撃する程度のただの的だったようだが、とんでもなくタフでもある。キュゥべえ達が彼女の情報を持っていたのは言葉通り『他個体が接触した過去の記録』から。

 すこしだけ、彼女についてネタばれ(ヒントのみ)をすると『このまどマギ世界は英霊というステータスのスキルをそのまま反映できる存在がいるため、伝承もまた……』

 

 

世界の修正力について

 この世界の修正力は型月世界の『アラヤ』『ガイア』とは違い、本当に修正を直す為に存在する程度。その実績は世界の余分な一人であるアンリの戸籍情報を勝手に作った程度。個人としてみるなら、どっちかというとプラス効果が高い。

 というよりアンリを呼びだしたのはこの修正力である。実際に起こるべき事が起こらなくなる結果、世界はどのような選択肢を採るのだろうか?

 




全速力で次回を『書き直し』中。
ちょっと前作の次の話はできが恐ろしくひどかったので、結構時間がかかりますん。
かくも恐ろしきは我らが文才也。


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感情・群体・抑止・因果

キャラクターって難しい。


前日の会議を解散した翌日。

最強の魔女が襲来するカウントダウンを示すかのように空は陰っていた。

だが、そんな日にも登校という責務を果たすのが学生の仕事だ。今日も今日とて彼女達は日常を満喫する。

 

ある者は思い人と過ごし襲来に備え

 

ある者は先の事に好奇心を抱え、胸に秘めた思いを募らせる

 

ある者は自らの宿願に終止符を打つべく思案する

 

そして、またある者は―――

 

「流石にそう簡単に見つかんねぇか……」

 

「当たり前だって。真昼間にそうそう出てくるもんじゃないさ」

 

魔女探索を終え、いつかの公園でまったりしていた。

 

 

 

 

 

 

件の公園にいるのはアンリと杏子の二人だけである。

他の戦える人物は学校に行っているので当然と言えば当然なのだが…

 

「しっかしさっきの奴らは何だってんだ…ガッコーガッコーうるさいったらありゃしない…」

 

「ハハハ、その辺があの人らの持ち味みたいなもんだ。よっぽどいいやつしか町内会には出席しないからな」

 

「こないだの魔女よりもタチが悪いよ……いきなり連れだして何かと思えば『ソウルジェム貸せ』だなんてジョーダンきついにもほどがあるってーの!」

 

両手を上に突きだし、んー! と身をのばす杏子。初体験となる堅苦しい社交場で凝り固まった体をほぐしていた。どうやら、アンリに連れられて町内会に出席したらしい。

反対に、余裕そうな言葉とは裏腹にぐったりしていたアンリは、両手に冷えたアルミ缶を携え、杏子の横に移動しベンチの背もたれて身を預ける。二人がベンチに座る姿は『そういった意味で』様になっていたが、その事に二人は気づいていない。

 

「仕方ねぇだろう? あんとき使い魔逃したって言ってからというもの、それっぽい報告聞いてないんだからよ」

 

「とにかく、今日は夜にまた集合だってぇ? 今日ぐらいは休ませてくれって感じなんだけどなぁ」

 

「ソイツは聞けねぇ相談だ。大体よぉ、佐倉だっていざって時の戦闘技考えてねぇんだろ? ……ほれ」

 

「ん、サンキュー。……それもあるんだよなー。なーんでアタシはあの時に意気込んでたんだろうねぇ」

 

「人間、周りにつられやすいもんさね」

 

「人間、か……」

 

そう言ってから受け取ったジュースのタブを押し込み、中身を存分に味わう。予想より上等なものだったのか、先ほどより機嫌が良くなっているようにも見える。

 

「…ッく~! ま、いいさ。アタシらしく気長に考えてみるよ」

 

「それが一番だが、人間やるときゃやらんと駄目な時もある。それまではせいぜい悩めばいいさ」

 

「やる時か……アタシはキュゥべえとの契約がその時だったのかな。今となっちゃ……後の祭りだけどね」

 

「まあまあ、そう落ち込むな。オレも確かに契約は反対だが、実際に見ればデメリットしかないわけじゃないだろう? 世の中はプラスとマイナス0で成り立ってるもんだ。永遠にプラスが来ねぇ時はほとんどないと思うぜ?」

 

「……そう、か。アタシでも報われるときはあるのかね」

 

「どした、随分らしくないな?いつものお前はどこ行ったよ」

 

「ホントだよ!何言ってんだか……ねっ」

 

いつの間に飲み終えたのか、空になった空き缶をゴミ箱へと投げる。缶は放物線を描いて見事カップイン。アンリが称賛の口笛をヒューッ、と鳴らした。

 

「流石ってとこか?」

 

「この程度なら訳ないさ」

 

「そーかい。んじゃま、戻りますか」

 

そう言って二人は公園を出て行った。

時刻はちょうど12時を示し、公園の噴水がそれに合わせて水のアートを描き出す。それは、戦地へ向かうと者に祝福を祈っているかのようにも見えたのだとか……

 

 

 

 

 

 

一方。見滝原中学校の屋上では昼の時間になり、まどか・仁美・ほむらの三人が集まっていた。さやかは未だリハビリの途中で松葉杖である恭介の付き添いがあり、教室で二人の空間を作っているのでここにはいない。

あの空間に突入しづらいということもあるが。

 

「それにしても、上条さんがさやかさんと付き合っていたのは驚きましたわ。……あのように微笑ましい御二方、うらやましい限りですわ~」

 

「あはは、仁美ちゃんもやっぱりそういうの興味あるの?」

 

「ええ、私にも少しばかりは想っている人はいるのですよ? そうです、暁美さんはどうでしょう、そのような方はいらっしゃいませんか?」

 

「……別に、今まで考えた事もなかったわ」

 

そういったほむらの頭の中では、先日アンリに言われた事がリフレインする。しかし、今はワルプルギスの夜を乗り越えるのが先決。そんな浮いた話はしていられないとその記憶を捨てた。

その間も表情一つ変えなかった事に不満なのか、仁美はそっと溜息をつく。

 

「暁美さん。そう素っ気ないとこちらは不安になりますのよ? 私では仲良くなれないのでしょうか」

 

「そういう訳ではないの。私もあまり慣れていないだけで、あなたが気にするほどの事は無いと思うわ」

 

沈む仁美にチクリと心が痛んだのか、ほむらは冷静な口調で弁明する。

 

「ほむらちゃん……」

 

「あ、ごめんなさい…最近まで心臓を患っていたのでしたね……でも、大丈夫です。あなたならきっと皆さんと仲良くなれますわ!」

 

「あ、ありがとう……?」

 

最後はほむらの手をとってズイッと力説する仁美。その気迫に押されて、ほむらはついどもってしまった。

―――ここで予鈴の放送が鳴り響き、昼休みの終わりを告げる。仁美はそれに反応し、急ぎ広げていたご飯の片づけを始めた。

 

「あら、もうこんな時間! ごめんなさい、私は家庭室ですのでお先に失礼しますわ!!」

 

「うん、また授業でね」

 

「それではごきげんよう」

 

小走りで階段へと急ぎ、掃除へ向かった仁美。まどかとほむらは今週は休みの日なのでそのまま屋上に残っていた。

それを見送ったまどかはほむらへと向きなおる。これからは、二人が共有する秘密の話題だ。

 

「……もう、ほむらちゃんも少しは楽しそうにしてくれたらいいのに!」

 

「そうはいっても…ワルプルギスの事もあるから、はしゃいでばかりもいられないのよ」

 

その言葉に反論するように頬を膨らませたまどか。

ループによる頑張りを受け入れたまどかと、受け入れてくれたまどか自身に感謝を告げたほむらの両名には、最早大きな隔たりはなくなっていた。

 

「皆を守ってくれるのはいいけど、ほむらちゃんもキチンと休もうよ?無理してばかりだと体壊しちゃうよ」

 

「平気よ。魔力で体の異常は回復できるから…」

 

「それだけじゃなくて! ほむらちゃん、ワルプルギスの夜が来るって時からずっとピリピリしてるから、学校にいるときくらいはゆっくりしてほしいんだ。昼は魔女もでないって、アンリさんに聞いたから。だから―――」

 

そこまでで言葉を区切ると、顔を紅潮させる。

 

「……学校はだめでも、私がいるときくらいは……ゆっくりしてくれると、嬉しいなっ、て」

 

「まどか……」

 

言われて、ほむらは彼女の事を認識し直した。彼女は本当に優しいのだと、彼女の為に頑張ってきたのは決して無駄ではないのだと。

今回、それがついに果たされるのかもしれないのだ。ならば今は―――

 

「そうね。少しはここで休んでもいいかしら」

 

「……うん!」

 

頬笑み、ゆっくりと目を閉じた。彼女達の手はしっかりと繋がっている。

次のベルまで約20分。二人は寄り添い、僅かな安らぎの時を過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

 

時は少し遡り、まどかたちが屋上にいる頃の教室では―――

 

「いよっ、今日も熱いねバカップル!!」

 

「な、なにさー!」

 

「顔赤くして言ってちゃ世話ないわよー!じゃ、まったね~!」

 

からかいに来たクラスメイトが退出するのを見届けて、さやかは恭介の隣に座った。

前を見れば、顔を赤らめた恭介がさやかの顔を覗き込んでいる。

 

「っふふふ……もう皆に知られちゃったね、僕たち」

 

「も~! 恥ずかしいのか嬉しいのか、わかんなくなっちゃったけどね」

 

周りから囃し立てながらも幸せそうな二人。周りの喧騒で自分たちの会話が聞き取れないようになった事を確認すると恭介は表情を一転、真剣な面持ちで話し始めた。

 

「それで、最近そっちはどうなったのかな」

 

「うん、対策は練ったから個々の実力を研ぎ澄ますんだって」

 

短時間で新しい力を得ようとしてもうまくいかない。だから、現在の自分ををより見極めて無駄をなくすることで、戦いも楽になる。というのはほむらの談。現に、彼女自身は戦闘力を能力の発展と応用で魔女を屠っているのだから、説得力があったとか。

 

「それにしても魔法か…まだ信じられないけど、僕の手が治ったからには感謝しないとね」

 

それが癖になったかのように、彼は怪我の跡が残った手を撫でた。

 

「あはは……最近アンリさんも忙しいからなー。全部終わったら、改めてお礼言ったらいいんじゃない?」

 

「そうだね、自分の意志が治癒を促したって言っても、そのきっかけをくれたのはアンリさんなんだから……」

 

恭介はさやかとのお付き合いの折、直ったのは『病は気から原理』が基になったのだろうとアンリから聞かされていた。礼を言う暇もなく、その日は地面に溶けるように消えていったので、結局例の一つも言えてはいなかったが。

 

「そういえば大橋のあたりに住んでる人たちの避難の方はどうなったの?」

 

「それは大丈夫。父さんに話をしたらすんなり信じてくれたからね」

 

少ない事実を知る一般人の上条恭介。彼はアンリと再会を果たす前の退院が近くなった日に、さやかからほとんどの事を聞いていた。恭介はそんな人たちの助けになりたいと考え、最近知ったワルプルギスの夜が現れそうな場所の近隣住民の避難させる役を買って出たのだった。

彼自身の実家も街に影響力のある大家ということもあり、着々と避難所の整備は進んでいる。

 

「となると、後はアンリさんやマミさんが勝つのを祈るだけか……私も戦えたらよかったのにな……」

 

「今のままでもさやかは十分立派さ。僕もそうだったけど、つらい事とか関係なく話す事ができる相手がいるのってすごく安心できるんだ。だからさやかも明るく後押しするといいんじゃないかな?」

 

「そっかぁ…そうだね! ありがと、恭介!!」

 

「どういたしまして」

 

そこでベルが鳴り響く。昼休みの時間が終わったようだ。未だ歩行が困難な恭介はさやかへと問いかける。

 

「肩貸してくれるかい?」

 

「いくらでも、それじゃがんばろっか!」

 

退院後とはいえ、病み上がりもいい所の恭介である。

さやかに支えられて立ち上がり、この二人も日常を謳歌するのであった。

 

 

 

 

 

 

そうして時刻は夜になった。

エルザマリア、ウーアマンと連続で魔女を倒した事でしばらくの魔女の出現は無いだろう。という事で、ワルプルギスの夜への対抗策として模擬戦を行うために現在、魔法少女や関係者はある場所に集合していた。

 

「良好良好。良き哉っと」

 

「ナジム……ジツニナジムゾー」

 

そのとある場所というのは、シャルロッテの結界内。

アンリが供給するのは絶望と負の感情しかない故か、なおさら禍々しい景色へと変貌している。簡潔に言うなら、絶望先生のOPを混ぜ合わせたと言えば分りやすいだろう。

とはいえ、結界に見た目ばかりに気を取られて消費する時間は彼女たちには必要ない。多少の気分の悪さは抑え、こうして最終決戦場となるシャルロッテの結界を展開しているのだった。

 

「んじゃ、早速始めるか」

 

アンリがシャルに目配せすると、彼女たちの前には大きなテーブルが生えてくる。向かい合うように全員が座ると、アンリが説明を開始した。

 

「作戦を説明する。今回集まったのは、ワルプルギスとの仮想訓練のためだけじゃねえ。自分自身を見つめ直すことが第一目標だ。自分の攻撃方法、魔法の発展……何でもいい。それらすべてを無理なく戦闘中に発揮できるようにするための練習。

 今回用意する目標は、あくまでそのための的だ。攻撃は最小限の威力に抑えてあって、直撃したところでかすり傷にもならん。……が、最終的には一撃ももらわないつもりでやれ。……こんなところか。悪い話ではないと思うぜ」

 

「下手に魔女との仮想訓練をするより、各々の能力を高める事が本懐っていうことね」

 

「そこの義妹、簡潔にまとめ過ぎだ」

 

かくして、そんな茶番はあったものの練習は開始される。

使い魔の形を変えてワルプルギスを再現。使い魔やビルを投げる攻撃はほむらの微修正も入れながら本物に近くしたものの、最終的には魔法少女たちの能力確認となるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「……しっかし、意外と応用とか何とかできるんだなぁ、アタシらって」

 

「私は、復帰訓練だけになっちゃったわね。アンリと一緒にいると、どうにも無駄な動きって無くなってるみたいだから」

 

「時間停止、ね」

 

訓練終了後。

場所は再び結界の中。模擬戦用ワルプルギス人形が浮かんでいる下で、魔法少女たちはそれぞれの反省を行っていた。とはいえ、その顔には疲れの色が見える辺り、長時間の戦闘で疲労をしたのだろう。

彼女達は結界にあるテーブルを中心にして反省会を続ける。

 

「で、どうだ。なんか掴んだか?」

 

ひらひらと手を振ったアンリが言うと、ほむらが難しい表情になる。

 

「本物の恐ろしさはこの比じゃないわ。私から言ったことだけど、ワルプルギスの夜が襲来した時に本当に役の立つのかしらね」

 

「っとぉ、これは手厳しい。……ま、息抜きと確認にはなっただろ?」

 

「あんたの基準はイマイチわかんないねぇ。まぁ、必要時以外の変身が出来なかったころに比べれば、最近の魔女をなめてたことは確かだね」

 

「脅威の再確認は重要だぜ? 油断して死んだら元も子もねえ」

 

カラカラと気楽に笑うアンリ。それを見たほむらは深いため息をついた。

 

「ま、アタシは次の魔女で『技』の練習でもしてるよ。穢れの浄化は任せるよ」

 

「おっ、ついに来たか。佐倉の『必殺技』!」

 

「あら、佐倉さんそんなの考えてたの?」

 

「へっへ~。本番までは秘密な!」

 

「気楽なものね……」

 

「ングッンクッ…ウマシ」

 

すでに反省会というより、座談会となってしまっているのは御愛嬌と言ったところか。気楽な事に、皆が思い思いの一時を過ごしていた。シャルに至ってはマミ特性の紅茶を堪能している始末である。

 

「それにしても、結界の中でこうしてゆっくりできる日が来るなんて夢にも思わなかったわね」

 

「そりゃそうだ。フツーはドンパチやらかす事しかできねぇ場所だからなぁ」

 

「ひとえにシャルのおかげかしらね? アンリと契約しなければどうなってたことか……」

 

「巴マミ、貴女の首から上は消えてたわね」

 

「えっ?」

 

「えっ」

 

シャルを撫でていた手がピタリと止まる。

そんなこんなで反省会は続き、ある程度の話がまとまった所で終了を告げる号令がかかった。

 

「こんなもんでいいだろ、今日は解散だ。今だからこそゆっくり休んでおくぞ。シャルも結界はもう解いていい」

 

「……フゥ」

 

シャルが何か力が抜けるようなしぐさをした途端、周りの景色はゆっくり回り始めてシャルに集結していった。最期の一辺までがシャルロッテに収まるころには、結界の張った場所全てが元に戻り、美しい夜空に浮かぶ月が顔をのぞかせて優しげな光を放っていた。

月光が結界の光より明るく、そこにいた全員が目を細める。

 

「それじゃ、私はこれで」

 

言うが早いか、ほむらは消えるようにして居なくなった。言うまでもなく時間停止を使ってこの場から去ったのだろう。

 

「なんだ? アイツも随分気が早いな」

 

「暁美ちゃんも思うとこがあるんじゃねぇか? もしくは武器の点検ぐらいか」

 

「あー、なるほど。アイツって銃火器ばっか使ってるもんな。手入れしとかないと駄目になっちまうか」

 

アンリの出した例に、ありそうだと杏子が頷く。

その真意は違っていようと、彼女なりに最終決戦に臨む意気込みがあるのは間違いない。

 

「そうね、それじゃ私たちも帰りましょうか」

 

「「へーい」」

 

巴家一行も皆、マンションへ帰るのであった。

 

 

 

 

 

 

日が昇る頃。

マミ達が住むマンションの屋上には腕を組み、自分の宝具獣の戻りを待つアンリの姿があった。

 

「……見つかったか?」

 

宝具獣もアンリと同じ悪意の泥で出来ているため、視界共有はまだ不可能だが、何かに触れた感覚がある程度なら感じ取れるようになっていた。ひとえに宝具を使用し続けた賜物だろうか、アンリも宝具に『慣れて』いった。

先程の言葉から察するに各地に放った獣達が探し物を見つけたようだ。

 

「おー、来た来た。5時間もかかっちまったなぁ。暇つぶしに泥は溜まったから別にいいんだが……」

 

彼の魔力(どろ)も無限ではない。少しでも余った時間を有効活用し、宝具として放った量より、より多くの魔力をかき集めていたようだ。彼の知り合いは今、気分最高潮になっているはずだ。

 

そして『発見』から1分後、戻ってきた宝具鳥が上から落としたのは―――

 

「きゅっぷい!」

 

言わずと知れた白の詐欺師、キュゥべえであった。

 

「お疲れさん。『エリー』」

 

泥の鳥をひと撫ですると、嬉しげに鳴き声を上げてその鳥はアンリの中に還って行った。

そして、アンリの足元には―――

 

「まったく、訳がわからないよ」

 

いまや定型となった言葉を、吐きだすように口にする。そんなキュゥべえからは、どことなく恨めしげな様子が見て取れた。

 

「なあに、そう言うな。今は別にどうこうするつもりはねぇ……が、聞きたい事があってな、ちょいと来てもらっただけだ」

 

「今はって……僕も新しい魔法少女と契約するために忙しいんだけどなぁ…ま、いいよ。それで、聞きたいのはワルプルギスの夜についてかな?」

 

アンリが首を振ると、キュゥべえはそれなら……と続けるが、彼は口早に用件を告げた。

 

「いんや、それは十分だ。オレが聞きたいのは魔法少女について、もうちょい詳しくな?」

 

「へぇ。それぐらいなら別に構わないよ」

 

「それじゃ、率直に聞こう。…魔法少女の素質伝々ってのは一体何が関係してるんだ?」

 

アンリが聞いたのはとある目的からだった。まどかとの契約を執拗に迫り、そうするだけの素質がまどかにある理由を聞くため。そこからもう一つの活路を見出すことができ中と考えたというのもあるが。

 

「なるほどね。アンリ、君は『因果』についての知識は持っているかな?」

 

「なんか悪い事すっとそれが未来に自分へ返ってくるっつう事だろ」

 

「ここでの意味は、背負いこんだ『業』の量を表すと思ってくれるといい」

 

「……へぇ。そういう…………」

 

アンリは裂かれた笑みを浮かべるが、キュゥべえはその笑みではなく、彼の考えを読み取って続ける。

 

「君が考えた通りだろうね。魔法少女の素質はその人物が背負い込んだ因果の量に比例されるんだ」

 

「しっかしよぉ、そうだとすると―――」

 

「『平凡な中学生のはずのまどかへ契約を迫る理由が無い』という事だろう?」

 

アンリが言いたい事をズバリ当てられた。幾多の人と関わってきたキュゥべえにとって、この程度の予想は簡単だったようだ。

 

「っと、お見通しってか? 流石にお前にゃ敵わねぇか」

 

だが、アンリの考えはその奥。悟られていない事にアンリは内心嘲笑していた。

 

「だけど、それが分かれば僕も納得できるんだけどね」

 

(…………)

 

「まぁそれはどうでもいいさ。まどかが契約してくれたら僕らのノルマは達成できるからね。……君が聞きたいのはこれだけかい?」

 

「いんやぁ、最期に一個だけあるんだが、大丈夫か?」

 

「いいよ。君が望むのなら答えてあげよう」

 

なら、とアンリは語りだす。

約束のために真実を探るために。仮説を現実と変え、最終決戦を幸福な結末に導くために。

 

「インキュベーターってのは体の代わりがあるんだろ? っつーことは『群体』でお前らは繋がっているのか?」

 

「へぇ、よく気付いたね。その通りさ」

 

二つ目の問いにもニヤリとキュゥべえは答えた。

 

ここでアンリの聞いた内容の捕捉をしておこう。

アンリが聞いた『群体での繋がり』とはインキュベーターという種族の生命体、その全ての個体が一種のネットワークを構築しているのかどうかということだ。

いくつもの体をある個体の精神が保有する種族。体が壊れると同時、別の体が死に先で交換されるということは、『精神的なつながり』が存在し、その繋がりを通して新たな体へ精神を移動させるという一つの予測をアンリは立てた。

あてずっぽうもいいところの問いだったが、その問いにキュゥべえは『是』と答えた。

となると、アンリが聞くべき事は一つ―――

 

「そんじゃこれで最後だ。『この地球に来た中でその繋がりから抜けた者は?』それと『その原因について』だ」

 

身内の事を聞かれたとはいえ、母星からの緘口令が出ているという訳でもない。キュゥべえはいくらか訝しんだが、結局話すことを決めた。

 

「最初に地球に来た『イチべえ』という個体がそうだったよ。

 彼は『思春期の少女が最もエネルギーを回収できる』という事を発見した個体だったんだけど、日本で言うなら、江戸時代を境に通信が断絶(ロスト)してね……いなくなった理由は母星にも記録されていないけど、体のスペアが切れたんだと思う。僕らの体はそれこそ無限じゃないからね。

 もし僕ら自身が無限をもっていたならそれを研究するだろうし、回収の為とはいえわざわざ他の惑星にエネルギー回収をしには来ないさ。……これでいいかい?」

 

「なーる。聞きたいのはそんだけだ。邪魔して悪かったな」

 

「こんどこそ、お暇させて貰うよ。またね、アンリ」

 

キュゥべえは後ろを振り向き、その場から去ろうとした時、アンリは言った。

 

「精々頑張りな、『抑止力』さんよ」

 

「!」

 

キュゥべえは急ぎ振り返り、その言葉の意味を問おうとするも、既にアンリの姿は影も形も無くなっていた。おそらく霊体化、もしくは何らかの方法で長距離移動をしてその場を去ったのだろう。

テレパシーの届く範囲にも彼の存在を感知できなかったのだから。

 

「まったく、わけがわからないよ………」

 

 

 

 

 

 

 

地平線から昇る朝日も眩しいくらいになってきた頃。

 

「『感情』、『群体』、『ロスト』、『抑止』、『個体』、『原因不明』………くかかかかっ、繋がった繋がった。やっとできるなぁ、ッハハハハハ!!」

 

人気のない路地裏。初めてアンリが魔女と戦った場所で、彼は狂ったように笑っていた。

先の会話で得た情報が彼の頭の中では絶えずリフレインしていた。彼が考えていた。『何を』『如何にして』『どうするか』。キュゥべえは自ら嵌め込んでくれたのだ。彼が考える最上の物語(シナリオ)、その最後のピースを。

彼の目指す道はここにきてようやく決まる。ならばそのために奔走する彼を誰が止められようか。

定まった道はやがて人が通り、轍をつくる。

たとえそれを辿るモノが――――並行世界と呼ばれる可能性であっても。

 

彼は狂ってでも、貫き通すと誓ったのだ。

 




これぞ私達の特技、書けば書くほど文才と内容が薄くなる!

……どうにも、こればっかりは…………


それでは



あ、次回最終回になります。


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決戦・夜

今回20000字もあります。
適度な休憩をとって挑んでください。

あと、オリジナル設定多発なのでご注意を。


「ついに明日か……ウェッ、ゲホッゲホ……あぁ畜生……笑いすぎて喉痛ぇ」

 

日が昇り始めて3時間。太陽はすっかり顔をのぞかせていた。いままでもストレスがたまっていたのだろうか、鬱憤すべてを吐き出すがごとく、彼は笑い続けていたようだ。

 

さて、アンリが居るのはいつものリビング。あれから家に戻ってキュゥべえを「――――」する手段を練っていた。

 

「ま、こんなもんか。失敗しても代わりはあるから問題ない。アイツもそう言ってたからな」

 

その方法はどれだけ手荒いのやら、皆目見当もつかないが、マスターに命じられたこと……『人間』に願われたことは必ず遂行する。それが彼の信条であり存在理由(レーゾンデートル)。願われぬ万能に、価値などないのだから。

 

たとえそれが壊れていようとも。

 

 

 

 

 

 

昼。

 

「なあ」

 

「どうした佐倉」

 

昼食を食べてしばらく、杏子がアンリを呼んだ。

なんの用かと思いつつ、声のする方へ向き直る。そこには、神妙な表情が浮かんでいた。

 

「話してなかったけど…アタシは幻術も使える。……いや、また使えるようになったみたいだ」

 

「どうした、藪から棒に」

 

「……そんだけだ」

 

「ちょっと待て」

 

足早にその場を離れようとする杏子を引き留めると、アンリはつづける。

 

「規模は、見せる対象の捕捉人数はどんぐらいだ?」

 

「え?」

 

「いや、え? じゃなくて」

 

「……聞かないのか?どうして今まで言わなかったとか…」

 

「聞いたところで過去が変わるわけでもねぇだろ? んなことより現状を何とかするのが一番だ。過去にやらかしたことを変えても、今が変わることはあり得ん。並行世界が生まれるだけだろうが」

 

「…………ハァ…アタシがバカみたいじゃないか」

 

「バカはいつもの事だろうが」

 

「お前が言うか! ……規模はアタシが自由に決めれる範囲。内容も同じくアタシが決める事ができる。元々祈りから生まれたものだから、ほむらの時間停止と同じだ」

 

「なーる。……となると、いざという時の回避要員だな。他は遊撃か―――? む」

 

突然言葉を詰まらせ、アンリが壁のほうを…いや、壁の向こうにある何かに視線を移す。

 

「どうした?」

 

「魔女が出たっぽい。昼間だってのに珍しいもんだ。ちょっと殺ってくる」

 

ほかの魔女を全て救うのは不可能というのは、最早皆の間で暗黙の了解となっている。それに、使い間から成長した魔女もいるということもあり、魔女たちには『安楽死』させるのが、彼らのこれからの行動指針だ。

それに従い、肩を回して家を出ようとしたアンリを杏子が引きとめた。

 

「待てよ! アタシが行く。せっかくだしその技でも使うさ」

 

「そうか? ……まあ行って来い。慣れとけよ」

 

「ああ………判ってるさ」

 

そう言い残して杏子は玄関から飛び出て行く。開け放たれたドアから見える景色には建設途中のビルなどがちらほらと。この街の成長過程を映し出していた。

 

「思い悩んでたな……ふっ切れたみたいだが」

 

彼はそう言って、電話を手に取った。ダイヤルをある番号に掛けると、しばらくのコール音が鳴り響く。

そして、通話先の相手はもちろん。

 

≪なにかしら?≫

 

「…暁美ちゃん、突然だがチョイと聞いてくれ。鹿目ちゃんの魔法少女の素質についてなんだが―――」

 

そう言って、暁美ほむらにとっての絶望をなんなく話しだす。両者が互いに受け入れ合った今なら、そう簡単に絶望しないであろうとの希望的観測を交えた上での通話だった。

さぁ――――彼の企てる作戦は、これからだ。

 

 

 

 

 

 

見滝原町・某所。

そこに張られている魔女の結界には杏子の姿があった。アンリの各地に放った宝具獣の案内があったからこその速さ。獣は案内を終えると、杏子に全てを一任して消えていったが。

 

それは置いておくとしよう。

今回出てきたのは委員長の魔女。その性質は傍観。一見、人型の学生服を着た少女なのだが、腕は四本あり、足の代わりにこれまた腕が生えている魔女だ。その見た目は言うなれば、蜘蛛のような人間だろう。

だが、杏子が入ってきてから、その魔女は使い魔を差し向け、逃げ回るだけだった。その行動がうっとおしく感じてきたのか、杏子は魔力を自分に集結させる。

 

「ほらほら」

 

「「どこ見てるんだい?」」

 

「「「「アタシ達はこっちさ!!」」」」

 

サラウンドに聞こえる杏子の掛け声。それとともに魔力が弾け、彼女自身が次々と増えて行く。二人・四人・八人、とまだまだ増えていく。そうして天敵が増加した事で混乱した魔女は動きを止めた。

使い魔を操って片っ端から彼女に攻撃しようとするが、攻撃した杏子は―――もちろん幻影。

 

「!!?」

 

当たったはずなのに攻撃が擦りぬけてゆく。そんな未知の経験に魔女は恐れをなす。

元々戦いそのものが苦手だということもあり、侵入者などどうでもいい。学校の備品のような姿をした使い魔を差し向け、我先にと再び逃げようとしたのだが……

 

「こっちだよ。ノロマが!」

 

空間がぶれるように揺らめいた後、杏子本人が眼前に出現していた。突然突き出された凶器に魔女がよけきれる道理もない。人外の反射神経を用いてとっさに反応しようとするも、その全てはフェイクだった。

 

「!?……???!!」

 

魔女は己の背中に鋭い痛みを覚える。

その音の出所を確認すると何もないところ(・・・・・・・)から自分の体が切り裂かれていたのが見えた。その光景を最後に、魔女はその命を終えた。

結界が消滅し、落ちてきたグリーフシードを回収すると杏子は一人立ちつくす。

 

「……久しぶりだけど、調子いいみたいだな」

 

その表情から読み取れる感情は『懐かしみ』と『後悔』だろうか。

だからこそ、己の祈りに苦汁をなめた過去。それだけは―――

 

「これだけはアタシだけが持っていないと。誰かに押しつけたら駄目なんだよな。これは、アタシの罪だ……他の誰にも任せられるかっての」

 

その瞳の奥。思い描くのは家族の事、自分が壊した団欒の日々。自らの罪を忘れることなく、『罪』だと認識したうえで生きて行く。それが自らの償いであり、自らに対する戒めの鎖。

償いきることなどできないが、精一杯幸せになってやる。

彼女はそう、決意した。

 

「Amen――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

ついに決戦の時は来た。

場所は見滝原中学校の校門前。

すでに空は大荒れ模様であり、スーパーセルが確認されてからは避難指示が発令されていた。ここにいる『関係者』は、ここでしばしの別れを告げていたのであった。

 

「ほむらちゃん。みんな……頑張って」

 

「あたしたちも皆で祈るよ。だから絶対に勝って!」

 

無力を実感しながらも、決してそれを嘆かぬまどかとさやか。

その二人は契約を交わさず、戦力となりえぬ二人ではあったが、信条だけは破るつもりはない。そんな彼女らに見送られるほむらは、はっきりと決意する。

 

「……どんだけ大変な時でも必ず駆けつける。だから―――」

 

「『キュゥべえが現れたら呼ぶ』…でしょ?大丈夫だよ」

 

まどかが確認をとると、ほむらは真剣な面持ちで頷いた。

この辺りも風が強く吹き荒れてきた辺り、お別れもこの位が妥当だろう。

 

「ああ、じゃあ『また』」

 

「はい。『また後で』」

 

告げて、さやかとまどかは避難所の方に走り出した。地域住民は全員避難済み。後はワルプルギスの夜を乗り越えるのみだ。

何事もなく終われば、それでいいのだが。

 

「いいの? 暁美さん。鹿目さん、行っちゃったわよ」

 

「……下手に約束しなくても、私たちは負けない。もう、負けられないわ」

 

「そうだな。ま、さっさとブッ倒しちまおうぜ」

 

彼女達には一切の絶望が見えない。

『勝てる』。そう確信しているからこそ、彼女達は立ち向かうのだ。『ワルプルギスの夜』へ、絶望の夜へと。

 

「準備は、言わずもがな…か」

 

「「「当然」」」

 

くはっ、と笑みを吐き出し、アンリのニヤケた表情が引き締まる。

鋭い眼光が虚空を睨み、感情を押し殺したような声が静かに響く。

 

「シャル」

 

「アイサー!!」

 

そして魔法陣が出現する。巨大な…巨大な魔法陣が。

 

――――アハハ……アハハハハ……ハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!

 

嗤い声が聞こえた。

全てに絶望し、狂ってしまった悲しさよ。

 

――――♪~~♪…♪~♪♪♪~~~

 

そんな悲しみを面白おかしく埋めようとでも言うのか? 誰もが泣き叫ぶであろう、騒がしいだけのパレードの音楽も流れ始める。

虚空に浮かぶビル、色とりどりのゾウ、国を現さない国旗、突如出現した鉄塔、開園を告げるブザー。その数々は彼女の一部であり、彼女の使い魔である。

 

こうして絶望は、その頭角を現した。

 

 

―――固有結界・お菓子の魔女(シャルロッテ)

―――無限の残骸(アンリミテッド・レイズ・デッド)

 

 

絶望は弾けた

負の怨念とともに

 

この未来、債の目が示す数字とは―――

 

 

 

 

 

 

 

一方、避難所へ向かったまどかたち。ようやく家族のいる場所へたどり着いたようである。

よほど急がなければ危なかったのだろう。制服はびしょ濡れ、濡れ鼠の様相である。

 

「ハァ、ハァ…まどか、大丈夫?」

 

「う、うん。何とか……」

 

ここまで来るのに暴風、それに破壊された瓦礫が二人のゆく手をさえぎり、疲労を与えていた。契約も何もしていない女子中学生なのだから、これぐらいの息切れは当然のことであろう。

 

「まどか!!」「さやか!!」

 

「「お母さん!!」」

 

二人の家族が此方を見つけたようだ。彼女達を見つけて安堵の息を吐いている。

愛する娘だ。濡れているのもお構いなしに、二人の母親はしっかりと抱きしめている。

 

((どうか、どうか。無事に……))

 

母に抱かれる中、キュゥべえに祈る(叶えて貰う)のでもなく、ただ単純な祈り。それは彼らに届くのだろうか?

否、疑問など不必要。奇跡は自分たちで起こさなければならない―――

 

祈りを嘲笑うかのように、白い、小さな影が闇にまぎれていた事に、気づく者は居なかった。

 

 

 

 

 

 

自身の名を叫び、構築されたシャルロッテの結界内。

当然ながら、そこでは死闘が繰り広げられていた。

 

「そっちいったぞ!!」

 

「ええ!」

 

合図一つで、次々とほむらの掻き集めたミサイルを巨大な魔女に命中させてゆく。その一つ一つにはソウルジェムが一度でグリーフシードへと変わってしまうほどの魔力が込められている。ひとえに魔女化しないのも、アンリが使ったそばから絶望をすくいあげたおかげだ。

その一発が確実に魔女を捕え、一つの小島なら吹き飛ばす程の大爆発を起こしているが、彼らの主力はこれだけではない。

 

「キュオオオオオオォォォォオオ!!!!!」

 

宝具と呼ばれる神秘にまで昇華した、己の体を第二形態へと移行し、シャルロッテは結界内に咆哮を轟かせていた。敵の魔女に勝る事は無くとも、その巨大な体は、敵の魔女を吹き飛ばす。

彼女が歯を立てるごとに肉が毟られる。相当のダメージが貯まっているのか、爆撃と斬撃で傷ついた体は、人形の本体を地面へ打ち付けた。

 

――――アハハハ? アハハハハハハハハハ、ハッハハハアハハハハ!!!!!アアアアッハハハッハハハハハハ!!!!!!!ッハハハハハハハアアッハアハハハ!!!ハハッハハッハハハッハハッハハ!!!!!!!!!!

 

それでも気にせず魔女は狂う。くるう。クルウ。笑い、嗤い、哂い続ていた。

その隙を逃すことなど、ある筈がない。

 

「砲撃用意! 藻屑と消えなさい!!」

 

マミは幾多の砲撃を放ち、倒れこんだ魔女へと追撃をかける。そうして魔法少女は攻撃をやめない。止められない。攻撃の手を止めてしまえば待っているのは自らの破滅であるからだ。

猛攻は続くが、一向に相手方の魔女が疲弊する様子は見られない。倒れても起き上がり、何事もなかったかのように、浮遊ビルを魔力で投擲してくる。

そういった不安は焦りを呼び、焦りもまた―――此方の隙を生む。

 

「っ、佐倉さん!!」

 

「やっべ―――」

 

使い魔を幻影で翻弄、殲滅していた杏子の本体(・・)には、ワルプルギス周囲に浮遊していたビル群が向かっていた。高速で飛来する大質量の物体は轟々と迫り、杏子の足を驚愕で止めさせる。

 

「手を――!」

 

あわや人肉のミンチ……かと思われた瞬間、ほむらの伸ばされた手が杏子の手を掴み、全ての時間が止まった。色褪せ、時折ゆがむ空間が、二人以外のすべてを止まらせる。

 

「なっ……」

 

「手を離さないで。あなたの時間も止まってしまう」

 

緩みそうになった手をほむらが握り直し、二人はビル群の上へと跳躍する。

安全地帯となる魔女の死角へ抜けだし、時間停止を解除した。

 

「ック!! アタシの幻術が見破られるなんて…!!」

 

「アレも規格外になってるのね。彼が作った模擬体よりも、ずっと『堅い』…!!」

 

攻撃の気配に注意しつつも、ほむらは苦虫を噛み潰したかのような顔をして悔しさを見せた。

 

「だったら!!本格的にぶっ潰すだけだ!!この程度でへこたれんじゃねぇ!!!」

 

杏子はそんなほむらに喝を入れる。まだ、自分たちは戦える。いくらでも闘えるのだと。

その叱責で、彼女たちは絶望に染まりそうな心を引き戻す。

まだまだ、このようなところで負けてはいられないのだから。

 

「暁美ちゃん、次だ!! 叩き込めぇ!」

 

魔女とは反対側にいるはずのアンリの号令が聞こえる。

そうだ。自分たちは負けているのではない。

堅さがどうした?

違いがどうした?

 

忌々しいが、キュゥべえも言っていたではないか。

自分が魔法少女で、相手が魔女と言うのならば―――答えは一つしかないだろう。

 

「倒すだけよ!!!」

 

23の火薬が混沌の結界内を衝撃にふるわせる。さながら、竜の吐息(ドラゴンブレス)が再来したかのごとく、魔女へと炎熱の牙を剥いた。

 

 

 

指令を発してすぐ、アンリはセカンドフォルムに移行したシャルの頭上へ降り立った。

意識を集中させると、虚空から怨嗟を含んだ泥が生み出される。其れを纏わせた己の武器からは、漆黒の斬撃が放たれていた。

 

「ソラァ!!ドオォォォ!!!!!!」

 

これでもか、というほどに叩きつけられる負の塊。曲線を描き、熱と渇きの斬撃を延長させ、これまでになく消費される量の泥だが、今戦っている魔法少女のソウルジェムの浄化。それに加え見滝原(知り合い)の恐怖におびえる人々の負の念を吸収し、その魔力総量は減るどころか増えてさえいた。

いい具合に直撃するアンリの連続攻撃は、確実に遠距離から魔女へダメージを蓄積していく。だが、その場から動かない固定砲台を放っておくほど敵も馬鹿ではない。

 

「ッ、旋回!」

 

「オオォウウ―――ウォ!?」

 

「ッチィィ!!」

 

後方から幾多もの魔法少女を模した使い魔の砲撃が迫る事を感知し、回避を指示したのだが、前方には新たな使い魔と魔女の影。シャルの巨体では回避しきることができず―――

 

空中で、巨大な魔力のうねりが巻き起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「無事でよかったよ」

 

口は一切動かず、頭の中にはそんな言葉が聞こえてくる。

幼さを含んだ、純粋―――正に、純粋すぎる声が。

 

「キュゥべえ!!」

 

「あんた!どの口でそんな事を言ってる訳!?」

 

避難所では、キュゥべえがその姿を現していた。

まどか達以外にもその家族がいる場所で、だ。

 

「まどか…?」

 

「ママ……!」

 

まどかの母、鹿目詢子(かなめじゅんこ)。彼女は明らかに変わった娘の様子に…というよりは何か得体のしれないものを見たような表情で、言い放つ。

 

「なんだ、その生き物は(・・・・)。知り合いか?」

 

「―――ッ、ママ、キュゥべえが見えるの……?」

 

キュゥべえが尻尾を動かせば、まどかの母親、詢子の視線もそちらに注がれる。

避難所の人物もキュゥべえの姿が視認できるらしく、言葉を話す人間以外の生き物にこの避難所の人間の注目は集まっていた。

 

だが、それすらも見越したようにキュゥべえは淡々と語りだした。

 

「やっぱりね。どうやら僕が見えるほどの因果(才能)がこの町の住人全員についてしまったみたいだ」

 

「ちょっと、それってどういう事よ?」

 

「簡単な話だよ、さやか。ここの住民は、『この世の全ての悪』と豪語する英霊との遭遇。世界を破壊するほどの魔女と、間接的にでもかかわっているんだ。これだけの要因が関われば、『素質(因果)』が生まれるに決まっているだろう?」

 

ここで、一つおさらいをしておこう。

キュゥべえ達がエネルギー回収のために『第二次成長期の少女』へと契約を持ちかけるのは、あくまで『回収の効率(発生するエネルギー)がいいから』である。

おそらく、ここ以外の時代や場所でもキュゥべえ達の姿を見ることができた大人や男性は居たのだろう。それこそ、因果の量は『悲劇のヒロイン』だけではなく、悲劇の『少年』にもあったのだから。

彼らが女に目をつけていたのは、あくまでも『効率』。宇宙の存続を願う彼らインキュベーターにとって、男性の契約者はそれほど重要ではなかったからこそ、最初の時点では何も言わなかっただけなのだろう。

 

「あんたって奴は……! 潰れてろ!!」

 

「ギュブ!!」

 

込み上げてきた怒りに任せ、さやかは彼を踏み潰す。

キュゥべえは、存外にもあっけなくミンチとなった。

 

「な、何やってんだ!?」

 

だが、その正体を知らない人にとってはその行為は異常に見える事は免れない。まどかの母である彼女は道徳を説こうとさやかの肩を掴んだが、さやかはそんな詢子の目を見据えて叫んだ。

 

「あの生き物の言う事には絶対に耳を貸さないでください!!」

 

「一体なんの害があって―――」

 

「ママ、聞いて! お願い!! みんなもどうか聞いてください!!」

 

「まどか……?」

 

二人の必死な懇願にその手を離した。当然ながら、避難所の人間も何事かとその二人に注目する。

彼女らは、初めてこのような大勢の前で意見を出し、初めて幾多の視線に晒された。その緊張と恐怖で体が震えるが、そのようなことに構っていては、この夜が、ほむらの行為が全て無駄になってしまう。

意を決して、口を開いた。

 

「あの白い生き物が『契約』を持ちかけても絶対にしないで下さい!!」

 

「アレと契約するととんでもない事になるんです!!」

 

その要領を得ない発言に、人々の疑惑の視線はさらに強まる。なんとか説明を続けようとして……

 

「あ、あれと契約してしまうと―――」

 

「ひどいなぁ、さやか。僕はまだ君たちをどうこうするつもりは無いんだけどなあ」

 

――『!!!!』――

 

たった二人少女の言う事に疑問を持つ人々だったが、潰され、その場で命を終えた筈の動物が何ともないかのようにそこに居るのを見て、ぎょっとする。

あながち、この二人の言っていることは間違いではないのだろうかと、それぞれが考え始めていった。

 

「やあ、君がまどかの母親だね? 初めまして。僕からはいつも見ていたけど、こうして対話するのは新鮮な気持ちがあるよ」

 

「感情なんか無いくせに…! ママに近づかないで!!」

 

「まどか。一体どうなってんだ? 頭に直接話しかけるようなこれ……しかも、コイツはさっきさやかちゃんにつぶされた筈だろ?」

 

「こいつはいくらでも体の代わりがある化け物なんです! だから―――」

 

「今はまだ何もする気は無いって言ってるだろう? それより君たちに話しておこうと思ってね」

 

「くっ……」

 

淡々と話のペースを握るキュゥべえ。警戒心を隠そうともしない二人だったが、いつのまにやら、詢子はそんなキュゥべえに近づいていた。

腰を落とし、同じ視線で言葉を紡ぐ。

 

「なあキュゥべえとやら。話ってのはなんだ?」

 

「ママ!!」

 

「この町を襲うスーパーセルについてさ」

 

一般人には探そうとも探せない原因。まさか見えない『なにか』が街を襲っているとは誰も考えないだろう。だからこそ、この『異常な生き物』に問いただしたのだ。

娘の制止を振り切るには、十分な理由だろう。何より、知ることで愛する者の安全を守れるのなら。

 

「異常発生だったらしいな? それがどう関係してるって?」

 

まどかの母である詢子は、『母』として娘を、家族を守るためにその原因を尋ねる。

そして、視線を合わせるうちに薄々と理解し始めていた。

 

「僕らが見える人にだけ見える、魔女という存在が居てね? その中でも最悪と呼ばれる存在がこの町に出現した。だからその二次被害として暴風や天候の変化がもたらされたのさ」

 

「……倒す方法は?」

 

「簡単な事さ。僕と契約してくれれば、ここに居る誰もがアレと戦える。『どんな願いも叶える事ができる』という特典付きでね。君の娘であるまどかが契約してくれれば、一撃で倒す事が……いや願いの段階でそれを消すことができる。

 君たち人間にとって、この上ない契約内容だろう?」

 

確かに甘美。

負の気持ちから解放される、光明が差し込んだようにも思えるだろう。

だが、そう考えるのは子供まで。大人はいつも二手先の事まで踏み込むもの。

 

「じゃあ詳しく聞くが、契約したら最期はどうなっちまうんだ?」

 

「最期まで魔女と戦い続けて、君たちも魔女になるよ。そして、その時に発生する感情のエネルギーを僕らが回収して、宇宙の寿命を延ばすんだ。

 君たちはこの山場を乗り越えることができ、何でも願いを叶えることができる。宇宙の寿命は延び、僕らの目的も達成される。正に一石三鳥だ。これほどの好条件もないだろう?」

 

「確かに、そうかもしれないな」

 

詢子は腕を組み、じっくりと考え込むようなしぐさをした。

熟考を終え、組んだ腕を腰に当てると言い放った。

 

「そうか。じゃあ―――」

 

――――断る。

 

「…へぇ」

 

「小さい子も含めて勝手に考えちまったけど、みんなもそれでいいな?」

 

「もちろんだ!!」「そんなちっちゃい子に任せて逃げてちゃあ、儂達大人の威厳に関わるだろう?」「胡散臭いのはみーんなお断りよ!」「願いが叶うのはいいけど、俺は戦うのは勘弁だっつうの!」「おっさん、道楽だなぁ……」

 

母親の詢子が、見滝原の人々が出した答えは『否』。

甘い餌だけチラつかされて、それに乗るほど欲に溢れた者はこの町に居なかった。

幸か不幸か、他でもないアンリがそんな要素を吸収してしまっており、彼のおかげで街のほとんどの人間が団結力を生み出していたのである。

更に、

 

「どうしてだい? ここで君たちが確実に助かる方が都合がいいだろう?それとも、君たち人間以外の手を借りるのは嫌とでも?」

 

「そう言う訳じゃないさ。上条の坊っちゃん家から大体聞いてるよ。既に何人か戦ってくれてるんだろ? それならあたし達はそれを信じて待つだけさ」

 

実は、恭介が親に進言していたのは避難勧告だけではない。見滝原を襲う脅威についての正体や、それに対抗する人達の事をまどか、さやかを除いた全ての住民に知らせてあったのだ。

この二人に伝えなかったのは、上条家の一人息子が反対を押し切って付き合う事になった彼女、さやかに対するサプライズだとか。約一名、それには苦笑いしていたが。

 

「残念かな。せっかく微量ながらもそれなりのエネルギーが手に入ると思ったんだけど」

 

そんな言葉に反して、キュゥべえからは当然ながら感情が感じられない。

残念がっているのは本当かどうかは分からない。その瞳に感情の光が灯らない限り。

 

「忘れてた、さやかちゃん!!」

 

「あ、そうだ!」

 

「二人とも、どこに―――」

 

「ママ、ごめん!!」

 

キュゥべえの誘惑につられる者はもういない。

そう判断したまどかは、さやかと共に避難所の屋上に上がった。扉を開けたとたん、殴りつけるような暴風と暴雨が二人を襲ったが、手をメガホンのように口に当て、力の限りに声をとどろかせる。

 

「アーーーンリさーーーん!!!!!」

 

「来てくださぁぁぁい!!!!!」

 

嵐吹き荒れる街の向こう側に向かって二人は何度も叫ぶ。

雨風に声がかき消されながらも、懸命にアンリの名を呼び始めた。

 

「? 彼の獣はここにいない事は確認した。声が届くはずがないだろう?」

 

最期まで契約の機会を狙ってか、彼女らの後ろについてきたキュゥべえの言うとおり。ここら一帯には宝具獣がいない。現在の決戦中にそちらに注意を割くこともできないため、この街に放っている獣は全て、決戦の場で戦うアンリの中に戻っているからだ。

 

「そんなことない! 私たちに出来ることはなくても……アンリさんならきっと!!」

 

「例えアンリさんに全てを任せるような選択をしても、祈れば祈るだけ、私たちの力もアンリさんに加わっていくんだ! 信頼できる人なんかいないあんたには、分かんないだろうけどさ!!」

 

「まったく、訳が分からないよ」

 

二人は呼び続ける。届くはずもない声を。

 

そして―――後押しするような叫びが、新たに加わった。

 

「アンリさん!! こっちです!!!」

 

「恭介!? こんなとこまで来なくても……」

 

「さやか、恩を返せるなら、今からでも遅くはないよね?」

 

突然二人の横で叫び始めたのは恭介。

いつの間にか隣で、アンリの名を呼びかけていた。

 

「刺青男! なんだか知らないけど、来るなら早くきやがれってんだ!!」

 

「巴君、こっちだよー!!」

 

「にぃーちゃ! にぃーちゃ!!」

 

「ママ、パパ、たっくん!?」

 

「ったく、そういう変な事情でも、あたしら家族だろう? バカ娘が、心配掛けさせんじゃないよ」

 

「ママも、まどかの事が心配だったんだ。だから、今は家族一緒に、ね。それに……」

 

まどかの父親、知久が振り向いた先に居たのは、巴家行きつけの魚屋の店長。いつしかの夏、母親といたジン君。学校の演説で知り合った早乙女先生。彼に憧れを抱いた学生の中沢君。町内会のヘルパー代表島野さん。

彼と関わった人や、会った事は無くとも街に知れ渡った彼を呼ぶ声。次々と彼を呼ぶ声は強まり、彼への『信仰』へと昇華される。

 

屋上には、避難所に居た全ての人が集まっていた。

そして彼へ対する信仰は――――戦場へ。

 

 

 

 

 

 

 

再び場所は大橋の決戦結界内。ほむらの銃器が火を噴き、マミの砲撃が降り注ぎ、杏子の槍が貫き、シャルの巨体が暴れまわる戦場は、ついに最終局面へと入っていた。

 

「っし! もうアイツボロボロじゃねぇか。このまま畳みかけちまうぞ!!」

 

「佐倉さん、油断は駄目よ。まだ使い魔もいるし……ティロ・フィナーレ!!!!」

 

振り向きざまに放った砲撃は、全て使い魔に命中して爆発の余波でワルプルギスの体を揺らす。

 

「それもそうだなっとぉ!!」

 

続いて投げた槍で団子の串のように使い魔を貫く杏子。

ワルプルギスの夜は既に反転しており、さかさまの状態ではなくなっていたのだが、それでも満身創痍には違いなかった。

さかさまになった際、すさまじいまでの衝撃波が発生したが、アンリとシャルの協力で防ぎ切り、一瞬の魔力が無くなった隙に総攻撃を仕掛けてワルプルギスの半身は吹き飛んでいたのだ。だが、最強と言われていた魔女は、それでも死んでいない。

 

それでも確実に、使い魔を出し、ビルを出現させる魔力もワルプルギスには残されていなかった。

 

「あと、もう少し!!!」

 

―――アハハ……アハ、ハハ………アッハアハハハ………

 

ほむらの睨む先。

ワルプルギスの夜は、名前負けするほどにボロボロであった。ピエロの様な帽子は片方がちぎれ飛び、下半身の歯車はところどころがもぎ取られ、全体に罅が入っている。

さらに、先程のマミの攻撃で使い魔共々周りのサーカス施設も破壊されていた。

 

そんな中、アンリは何かを感じとる。

 

「…呼んでるな…………! しかもあの二人だけじゃねぇ。ってか」

 

彼らの祈りは通じた。彼はそれに気付いたのだ。

 

「「「行って!!!」」」

 

「おうよ!!! とどめは任せた!!」

 

「アンリ! 令呪において命ずる。『私の望みを叶えなさい』!!」

 

―――令呪:残数1画

 

マミからの命令。

三人に後押しされその場を離脱する。人々の祈りは僅かな信仰となり、彼に活力を与えていたのだった。

 

「必ず叶える!! ……強化・開始!!!」

 

さらに魔女との戦いで掛けた、身体強化の重ね掛け。足の模様はより一層どす黒く輝き、その速度は最速の英霊、ランサーのクラスに匹敵するほど。

嵐の夜。絶望の夜明けは、確かにそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、どうしてそういった無駄な事が好きなんだろうか。僕には理解できないよ」

 

そういった瞬間、全員から非難の視線を受けていてもキュゥべえは全く動じていない。感情を持たないという事は自分に向けられた感情の意味を知ることができないことと同意であるからだ。

 

「無駄じゃないよ。私達はあなたには負けない」

 

まどかの後ろでは未だ、アンリを呼ぶ声は収まっていない。彼らの気持ちを代弁するかのように、まどかはその意思をインキュベーターへと示していた。

 

「分からないかな。ここの一帯に彼の獣がいないのは同じなんだよ。それに、ワルプルギスの夜は『どれだけの魔法少女が集まっても乗り越えられない』」

 

「そんなこと無い!!」

 

「事実を言っているだけじゃないか。ワルプルギスは裏返った瞬間、世界をひっくり返すほどの魔力の爆発を起こす。どうやっても滅亡の道しかないというのに、どうして人間は自分達の都合の悪い事を否定することしかできないのか―――」

 

そこまでキュゥべえが言いかけたとき、突然の轟音がその避難用のビルに鳴り響いた。

そして現れたのは……

 

「っとぉ、アンリさんここに参上ってな。……やべ、ちょっと恥ずかしい」

 

頬を指で掻きながら、上空から落ちてきたアンリだった。

 

「アンリさん!!」

 

「本当に来るなんて、君はどういう仕組みをしているのやら……」

 

全身に奔った赤黒い模様、紅い腰布とバンダナ、浅黒い肌と黒き髪の持ち主。

アンリのニヤケた顔は、決戦前の気楽な彼のものだった。

 

「ほむらちゃん達は…!」

 

「大丈夫だ。今頃あの魔女にとどめでも刺してるだろうよ」

 

甘露甘露と笑うアンリに、街の人間は素っ頓狂な彼の格好に注目し始める。

 

「いや、本当に来たよ」「アンリさーん、学校ではありがとうございました!」「今度家の魚安くしとくよ。刺青の坊主!」「アンリちゃ~ん! シャルちゃんどこいったの~!?」

 

「オーケーオーケー。聖徳太子じゃねえから!! お前ら避難所に戻っとけ!」

 

突っ込みを入れたところで、キュゥべえが何食わぬ顔でアンリの下に移動する。

それに気づいたアンリは、こんな状況でもマイペースな街の人を避難所に戻すと、キュゥべえの感情の無き瞳を見返した。

 

「……今頃君が来て、どうすると言うんだい? 僕はいくら殺しても代わりはある。それに、まどか達の契約が無ければ、絶対にワルプルギスの夜は『絶対に乗り越えられない』んだよ?」

 

「ワルプルギスはもうそろそろだろ。殺しに来たんでもねぇさ。マミからの頼まれごとだ。オマエに関してだよキュゥべえ……ッと!!!」

 

掛け声とともにアンリが右手を振り下ろした空間には、漆黒大穴が空いた。一切の風もなく、その穴自体から本能から人が拒絶する雰囲気があった。

そしてキュゥべえをむんずと掴み、振りかぶって穴に狙いを定める。

 

「きゅっぷい! …その穴に放り込む気かい?でも無駄さ。その穴はどんなものか知らないけど、僕が自殺すれば済む事だからね」

 

「はっ、大人しくしろって。悪いようにはしないさね」

 

そう言って腕を引き絞り―――キュゥべえを投げ入れた。

 

 

 

 

 

 

「まったく、ばかだなぁこんな程度で僕は……?」

 

ここはアンリの創った穴の中。真っ暗な光一つない世界。キュゥべえはさほど落ちることなく、半液体状の物体の上に自分の体が浸かった事を確認した。

そんな中、ナニカオカシイ…?キュゥべえが思ったのはそんな疑問。

 

(母星とのつながりが感じられない?……いや、それよりこの感覚は……?)

 

そう思っていると、彼は体の浸かった部分の泥が光を放つことを視認する。

またたく間に光は止み、そこにはアンティークな雰囲気を醸し出すBARのような部屋が広がっていた。

 

「これは――――」

 

彼が確認していくと、唯一存在する酒が置いてある棚に、なにやら光る物があった。近づいてみてみると、そこにあったのは泥が詰まったワインの瓶。

まぎれもなく、ここは彼の―――

 

気付いた瞬間、ナニカが何かがなにかがナニカガががががががっがggggg

 

取り囲まれている

 

 

人に

 

人に人に人に人に人に人に人に人に人に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

憎イ死ネ滅ビロドウシテ嫌ダ殺スクタバレ犯ス罪ヲ滅ビロドウシテ嫌ダ殺スクタバレ犯スナクナレ消エロバケモノダ殺スクタバレ犯ス罪ヲ居ナクナレ居ナクナレ消エロバケモノ笑エ叫べ泣キ喚ケ来ルナ助ケテ無駄ダ気持チ悪イ吐ケ誰カ怖イ駄目ダ嫌イ憎イ死ネ滅ビロドウシテ嫌ダ殺スクタバレ犯ス罪ヲ居ナクナレ消エロバケモノ笑エ叫べ泣キ喚ケ来ルナ助ケテ無駄ダウザイ吐ケ誰カ怖イ駄目ダ憎イ死ネ滅ビロドウシテ嫌ダ殺スクタバレ犯スナクナレ消エロバケモノダ殺スクタバレ犯ス罪ヲ居ナクナレ消エロバケモノ笑エ叫べ泣キ喚ケ来ルナ助ケテ無駄ダ気持チ悪イ吐ケ誰カ怖イ駄目ダ嫌イ憎イ死ネ滅ビロドウシテ嫌ダ殺スクタバレ犯ス罪ヲ居ナクナレ笑エ叫べ泣キ喚ケ来ルナ助ケテ無駄ダウザイ気持チ悪イ吐ケ誰カ駄目ダ嫌イ死ネ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねシネシネシネ死死ね死ね死ね死ね死ねシネシネシネね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねシネシネシネシネシネ死ね死ね死ね死ね死ねシネシネシネ殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空中には穴が開いたまま、アンリはその中を見つめていた。

確かな手ごたえを感じると、ぼそりと言葉を漏らす。

 

「上手くいったみたいだ」

 

「ア、アンリさん。キュゥべえはどこに行ったんですか?」

 

そう尋ねると、アンリは作った穴を閉じた。

キュゥべえの姿が一切見えなくなった事に疑問を持ったのだろうと辺りをつけて、軽く答えを返す。

 

「ああ、オレの『内臓』っつうか、『壊れた聖杯』の所だ」

 

「聖杯? それって……」

 

「今言ったようにブッ壊れてんだがな。ま、オレの魔力タンクで、目に見えないところにあるソウルジェムみたいなもんだと思ってくれればそれでいい」

 

「はぁ……」

 

アンリは壊れてはいるが聖杯を保持している事は皆さんご存じだろう。それこそが『無限の残骸』で使用する泥の出所であり、アンリの溜めた人々の悪意を収める場所だったのだ。

そしてそこには、アンリ自身が行き来することも出来る。前述したBARのような場所は、泥を飲み物へと変えて、彼自身が喰った魂との語らいの場に過ぎない。

 

「まぁ、そんな感じだが、『実体をもつ負の感情』に感情の無いやつが飲み込まれたらどうなると思う?」

 

一瞬、話を聞いた二人は固まったが、その意味を理解すると同時に、あり得ないものを見るようにさやかは叫んだ。

 

「まさか、アンリさんの目的は『キュゥべえに感情を持たせる事の』なの!?」

 

「『あたり』だ美樹ちゃん。どっちかっつうとマミの願いだけどな。『マーボー神父』が『セイギノミカタ』相手に実証してたから助かったぜ」

 

「?」

 

そう、そんな『負』という感情の中に飲み込まれた人物は、大抵が廃人になるか精神を病む原因になる。それが凝縮され、魔力の補助があるとはいえ、物質化された強い感情に触れればキュゥべえに感情を植え付けるくらいは可能だと思ったのだ。

当然、泥は何もしていない状態では『英霊を汚染する』か『人に負の感情を浴びせ続ける』くらいしかできないので、キュゥべえが死ぬ危険性もない。本物の聖杯の泥ならともかく、こちらのはアンリ個人が扱える程度の物。元々の聖杯と比べ、込められた感情と魔力が反対になったようなものだと考えればいいだろう。

 

「あとは、アイツらに任せるだけだ……この世界の、あいつらにな」

 

この世界。

よそ者である自分が、最後の一撃を担う訳にはいかない。

 

アンリは、自分の両腕を巨大な翼に変え、さやかとまどかに背中を乗るように促した。

 

 

 

 

 

 

 

「シャルロッテ!!」

 

「オォォォウウウウ!!!」

 

ほむらの指示でシャルロッテは魔女の右面を渾身の力で叩きつける。バランスが取れなくなったのか、魔女はついにその体を浮かせる事を止め、力なく体を横たえた。

 

――――アハ……………ハハハ……………

 

陸に上がった魚のように、結界内にある海面に浮かぶワルプルギス。

憐れむものを見るような眼で、ほむらは銃を構えた。

 

「……止めは私にやらせてくれないかしら?」

 

「ふぅ、別にいいさ。因縁の相手だったんだろ?」

 

「いいわよ暁美さん。任せたわ」

 

「ありがとう……」

 

ここにアンリはいないが、それでも彼の加護はあり、彼女達のソウルジェムはそれぞれを明るく輝かせ、鮮やかな色を保ったままである。その状態でもほむらは一瞬で黒く染まるほどの量の魔力を銃に込めていった。

前の世界で『まどかを殺した銃』を魔女へと向ける。

 

その約束を果たす為に―――

 

「これで……終わりよ!!!!」

 

引き金を引き絞り、その口径では有り得ない、とてつもない反動が彼女を襲った。その威力に恥じぬ、最期を表す大爆発が鳴り響き、シャルロッテの結界ごと魔女を打ち抜く。

バギィ、と結界が割れた先には、一切の被害がない周囲の景色が出現し、この魔女との長き戦いはついに、終わりを告げる。

 

そして、ほむらの体がワルプルギスの消滅と同時に倒れ伏す。

 

「暁美さん! 大丈夫!?」

 

「しっかりしろ! こんなとこで終われねぇんだろ!!?」

 

「……平気よ………………」

 

ほむらはその身を地面に任せていた。達成感、疲労感が彼女に一気に押し寄せ、緊張の糸が解けたのだ。

 

「……い…」

 

そんな中、遠くから声が聞こえる。

 

「……ら……ん!」

 

それは彼女が守り通すと誓った『友達』。

 

「ほむらちゃん!!」

 

今ここにいないはずの

 

「まどか……?」

 

「やったね!!ついに倒したんだねワルプルギスの夜を!!」

 

眩暈のするぼやけた景色に映るのは、鮮やかな桃色。

彼女が魔女を倒したタイミングでちょうど到着するとは、神の思し召しか、はたまた、これまでの苦労が報われる事を示しているのかは分からないが、彼女はしっかりとそこに存在していた。

 

「まどか…まどかぁ……!」

 

「ほむらちゃん……! ありがと…ありがとう……!」

 

それを確認するかの様にしっかりと彼女を抱きしめるほむら。目からは溢れるほどの涙がこぼれ落ちていた。

 

そんな二人を見つめると、アンリはマミへ声をかける。

とても戦いがあったとは思えない辺りに対して、魔法少女たちの体は血と怪我にまみれていた。

 

「お疲れさん。きっちり倒したみたいだな」

 

「ええ、暁美さんがキッチリ決めてくれたわ。シャルの結界ごと吹き飛んじゃったけどね」

 

「ありゃあ凄かった。多分魔女100体分は一撃なんじゃねぇか?」

 

「ソイツはすげぇな!オレも見ときゃよかったかね?」

 

茶化す杏子にアンリが悪乗りする。それを呆れながらも、マミが微笑ましく見守っている。それぞれが互いの健闘を称えていた。

ちなみにシャルはと言うと……

 

「(◎_◎;)キュ~」

 

「あれま、シャルちゃん大丈夫?」

 

「(ノ ̄□ ̄)ノダメポ」

 

「完全に目が回ってるよ…」

 

一番魔力の消費が少ないぬいぐるみ姿に戻り、さやかに介抱されていた。どうやら先の衝撃で目を回してしまったようであり、目を覚ます気配がない。

そんな彼女達を尻目にマミは訊ねる。

 

「キュゥべえは?」

 

「そうだな。そろそろ取り出すか」

 

「……取り出す?」

 

マミの疑問を聞き流し、手を振りおろすと自らの中身への入り口を開けた。

そしてその中に手を突っ込み、何かを探るような仕草をした後……

 

「いよっと」

 

「あ……が…」

 

「お~い、起きろ。目ぇ覚ませ」

 

すっかり放心したキュゥべえが取り出された。だが、そんな事は気にせず、アンリはキュゥべえの頬をポムポムと叩いて起こしにかかる。

しばらくシリアスに不似合いな音が続くと、次第にキュゥべえの双瞼が開き―――

 

「ッツ!!!」

 

意識がはっきりすると同時にアンリから距離をとる。そしてすぐさま振り向くと、アンリたちを威嚇するように声を張り上げた。

 

「こ、の…! よくも……」

 

キュゥべえの体はわなわなと震え、瞳には、烈火の如き炎が宿っている。

アンリへ向けて彼が初めて覚えた感情は『怒り』だったようだ。彼の怒りは、母星との『つながりが断ち切られ』、単一個体となってしまった『孤独感』が起因していた。

 

そんなキュゥべえの様子にほむらや皆がキュゥべえを見、あっけにとられている。

無理もないだろう。感情を顕わにしなかった『あの』キュゥべえが、怒っているのだ。

 

「母星との通信が閉ざされた! 僕はあの輪に戻る事ができなくなったじゃないか!!」

 

「やっぱり感情芽生えたか。キュゥべえ」

 

「なにをぬけぬけと……! 君のくだらない『中の魂』にも出会ったよ! とんだ殺人者じゃないか、君も!!」

 

だがアンリだけはその雰囲気に呑まれること無く平然としていた。そんな中、一つの問いを投げかける。

 

「一つ聞く。エネルギーの回収については今はどう思っている?」

 

「そんな事どうでもいい! それより―――」

 

「それでいい。やっぱオレの予想は間違って無かったみてぇだな。()抑止力さんよ?」

 

「なっ……!? どういう意味で、そんな……」

 

極限まで瞳孔を開いて驚愕するキュゥべえに、アンリはキヒヒヒッ、と気味の悪い声を漏らす。そしてすぐさま非礼を詫びると、彼はつづけた。

 

「ま、一つ聞いてくれや。……お前達インキュベーターには一つの行動理念として、エネルギーを回収し、それを宇宙の活動エネルギーへ還元する。というものがあった(・・・)な」

 

「……」

 

感情を持った今、それがどういう意味をもつのかという事への疑問。キュゥべえが気を失う直前に持った、様々な疑問と理解の中に含まれていた事の一つだ。

 

――――なぜ、あれほどまでに宇宙の寿命を延ばすことに執着していたのか?

 

その答えを持っているのは、皮肉にも感情を持たせたアンリだけだった。

 

「話は変わるが、今まで言っていた『抑止力』っつうものの説明をさせて貰おうかね」

 

そう言って一息つく、この深い夜の中、少女達も静かに息をのみ、聞き入ろうとしていた。

注目が集まったことを確認すると、咳払いをして話し始める。

 

「……抑止力は惑星・恒星・生物の絶滅や消滅を防いだり、世界の矛盾を正そうとする『意思』だ。世界に異物があればそれを排除し、元に戻そうとする働きでもある。

 だが、それらはあくまで『意思』でしかなく、指向性のない巨大な力でしかない。それなのにどうやって働くかと言うと、『他の生命に契約を持ちかける』んだ。それこそ『今の望みを叶え、死後を強制的に拘束する』…って具合にな」

 

「それって……」

 

「そう。言ってみればインキュベーターと同じやり口だ。だがな?ここでキュゥべえ。お前の話に戻るんだよ」

 

「…続けなよ………」

 

落ち着いたか、と心の中に思いをとどめ、彼は再び笑った。

それは心底、さぞ可笑しそうに。

 

「そこで違うのは一つ。そういった世界規模からの抑止力に囚われた存在は物理的な排除を行う際、『一切の感情を持たされること無く、ただ延々と世界からの依頼をこなし続ける』ってところだ」

 

「「「「「「!!!!!!」」」」」」

 

「だからこそ、既に『種族』として世界と契約しているインキュベーターには『感情が存在しない』。という説が成り立つわけだ。そこから考え、導き出されたのがこの結果。

 『感情が芽生えれば、抑止から解放されるんじゃないか?』……結果は大成功。無事キュゥべえは単一個体として確立しましたとさ。めでたしめでたし。ってな」

 

「ふざけないでくれ!! だとしても僕は…僕は……!!」

 

アンリのふざけたような締めくくりに怒りを増大させ、キュゥべえは、心からの叫びを彼にぶつける。

 

「これからどう生きて行けばいいんだ!!? 母星だけじゃない! 他の個体であるハチべえやロクべえとも繋がりを感じない!! こんな恐ろしい状況でどうすればいいんだよ!!!」

 

それは群体として生きてきた故の寂しさだ。

突如全てから切り離され、感情と言う未知の存在を抱え込んだ彼は、抱え込んだものの一部、『怖い』という気持ちで押しつぶされそうになっていた。彼の内面の泥に触れたが故の、負の爆発。

だからこそ、『キュゥべえ』となった彼は心から願うのだ。

 

―――人類の破滅を。

 

「もういい…こんな星は、君たちが生み出した『ワルプルギスの夜』を乗り越えられずに滅んでしまえばいいんだ!!」

 

「なに言ってやがる!!? ワルプルギスはアタシらが倒した筈じゃ……」

 

「君たちは単一の魔女にどうして『夜』という名称が使われていたのか、疑問にも思わなかったのかい? だとしたらホントに愚かなものだ。それこそ『笑い話』にもならないよ!」

 

「この…テメエ、どういう意味だ!!」

 

「佐倉さん! 落ち着いて!」

 

「私、も、聞かせて貰いたい、もの、ね……」

 

「ほむらちゃん!?」

 

キュゥべえの『感情(嘲り)の籠った』言葉に魔法少女達は怒り、焦燥、絶望を感じていた。それを嘲笑うかのようにキュゥべえは続ける。

 

「それに言ったはずだよ。あれは『舞台装置の魔女』だと! なのに、使い魔が『道化役者』しかいない事にも疑問を持たない!! 実に滑稽なものだねぇ、君たちという愚かな生き物は!」

 

「……チィッ、まさかとは思うが、魔女の―――」

 

アンリが何かに思い至った時、突如、突風が吹き荒れる。雲行きは怪しく、雨も降らないが晴れでもない天気になり、どんよりとした空気までもが流れ始めた。

その異常をいぶかしみ、マミはアンリへ問いかける。

 

「アンリ! なにか分かったの!?」

 

「『ワルプルギスの夜』……北欧から中央までに行われるお祭りの名前『ヴァルプルギスの夜』と非常に酷似している……『アンラ・マンユ』と『アンリ・マユ』みてぇなもんだな」

 

「それがどうしたって…!?」

 

「英霊になった時、与えられた伝承・伝説の知識の中に含まれていたんだが……その祭りの伝承の一つにこうあった。『魔女たちが山に集い、彼女達の神々とお祭り騒ぎをする』と…」

 

「その通りだよアンリぃ? 君たちはそんなお祭りをするための『舞台』と『神々』を壊してしまったんだ。もし、君たちが祭りをしようとしている時に、準備していたものを壊されたらどうなると思う?」

 

「怒って、その人を捕まえちゃう…?」

 

「じゃあ、もしかして!!」

 

さやかが叫ぶと同時に、空には無数の魔法陣が現れる。

星の真ん中に目があるもの。画家の人が筆を持っているようなもの。長い棒が太陽を指し示しているようなもの。木が生い茂る中に兎の様な動物が逆さまに描かれているもの。

いまや空だけではない。近くのビル、海や川の水面であったり、木の陰や雲の向こう側にまで。いたるところに結界の入り口が出現し、その扉が重い音を立てて開かれようとしている。

 

淀んだ空は、よく見れば巨大な結界の魔法陣を表しており、この見滝原そのものが魔法陣となっていたことが分かる。

 

「どうして!? 魔女は結界の中に身を隠すモノじゃ…」

 

「それも『舞台装置の魔女』の役目だよ。アレ自体がこの魔女達を守る一つの『移動型結界』として機能していたんだ。死んだあとにも残ったみたいだけどねぇ?」

 

「だったら、他の魔女の結界には出てこれないんじゃ……」

 

「彼女達は『出てこられない』んじゃない。『出て来ようとしないんだ』。それ自体は既にシャルロッテが実証しているはずなんだけどな? 君たちは、本当に分からない奴だ」

 

「あっ……」

 

真実を突き付けられ、怯むまどか。

そんな事をしている間に、魔女達の結界の扉は開かれ、次々とその身を乗り出している。

 

「あれは、影の魔女!?」

 

「あー……あっちに居るのは美貌の魔女かしら?」

 

「空には銀の魔女まで出てきてるわね……」

 

これまでに倒した事のある魔女達の元だろうか?

使い魔は成長し、鼠算式に増えてゆくので同じ姿の魔女も見受けられる。おそらく、太古より生き延びてきたオリジナルも居るはずだろう。

 

「どーすんだよ…! こんな量の魔女、いくら倒してグリーフシードにしてもこんなに絶望の気が強いとすぐに羽化しちまうぞ!!?」

 

「それに、鹿目さんと美樹さん! 戦えない街の人たちも危ないわよ!?」

 

「そんな…こんな事って……」

 

「ほむらちゃん!!!」「転校生!!」

 

「…………!?……………………」

 

街全体に広がった、魔女が顔をのぞかせる結界の入り口の数々。

街の中心部の空間にも当然それらはあり、このままでは避難所まで魔女に襲われてしまうだろう。

 

「どうだい? まどか、僕と契約するかい? どちらにせよ、すぐに最強最悪の魔女になっちゃうけどねぇ!!」

 

「黙ってろキュゥべえ!! おい、アンリ! なんかないのか!!」

 

負の感情を浴び、一時的な混乱に陥るキュゥべえ。さらに魔法少女たちが絶望する中、アンリの様子がおかしい。そう思った杏子が彼の肩を掴み、振り向かせたが、彼の顔から伺える感情は―――

 

―――無、だった。

 

「アンリ? どうしたのよ!?」

 

「なあ」

 

「なんかいい案でも出来たのか!? なら早く言ってくれ!!」

 

先ほどとは一転し、傷ついた体に鞭打って武器を構える魔法少女達。ほむらは一般人である二人をかばい、杏子は槍を構え直す。マミが砲を多量に設置している中、アンリはただ一人、呆然と立ちつくしていた。

 

唇がかすかに動き―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聖杯が…………『完成』した…………?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

それは誰のつぶやきだっただろうか?その言葉を皮切りに、

 

 

黒い太陽が空に出現した。

 

「な、んだアレ…? さっきの、穴…!?」

 

「アンリ! 聖杯が完成ってどういう事!? あの穴ってもしかして…」

 

マミが言葉をつづけようとすると、穴からは泥がこぼれ落ちてきた(・・・・・・・・・・)

とめどなく絶望を勝る負の塊が吐き出され、街の地面を埋め尽くし始める。

 

「アンリさん!! その体、一体どうしたんですか!?」

 

その中でいち早くアンリの体の異変に気がついたのはまどか。

彼女が異常と言ったアンリの体は、糸がほどけるように消えようとしていた(・・・・・・・・・)

 

「ああ、

 

 行ってくる」

 

「「「「「アンリ(さん)!!!」」」」」

 

彼が虚ろに告げると、その体は消滅した。

誰もその場には居なかったように、布切れ一つ、足跡一つさえその場には残っていない。

 

「どういう事よ? アンリ!?」

 

「くそっ!! ……ほむら! アタシの幻術でアイツらからなるべく姿を隠す!! その二人ちゃんと守りきれよ!!」

 

「あなたはどうするの!」

 

「なるべく魔女をブッ倒す!!」

 

「テツダウ!!」

 

絶望をはねのけるようなるべく陽気に笑い、杏子は槍をかついでそう言った。

シャルもいつの間にか復活し、叩く意思を見せている。形態移行すらできていないが、アンリとのつながりによる供給で、戦えるだけの術は扱うことが出来るようだ。

 

「無茶だよ! アンリさんも居なくなったのに、それじゃ杏子ちゃんのソウルジェムが!! シャルちゃんだって無敵じゃないんだよ!?」

 

「大丈夫、じゃないかしら?」

 

そんな彼女を心配したまどかだが、マミにさえぎられる。

 

「マミさん……どういう事?」

 

「あの穴。多分アンリだと思うの。あれがあそこにあるってことは魔力を使ってもソウルジェムは穢れないんじゃないかしら」

 

「そう…? ……っ、そう言えばキュゥべえは? あいつはどこに行ったの?」

 

「アイツはほっとけ! 今はこっちが先決だろうが!!」

 

アンリと共に居なくなったキュゥべえにも疑問はあるが、今はそんな事を行っている暇はない。

最後の決戦は最強の魔女ではなく、大量の魔女。質と量を兼ね備える絶望に魔法少女達はどう立ち向かうのか?

消えたアンリ達はどこに行ってしまったのか?

 

物語は終結へと向かう。果たして、その先にあるのは未来(希望)絶望(絶滅)か…………

 

 

宇宙は、微笑んだ。

 





最終回じゃなかったですね。
これ以上詰め込むと、さすがに私の指が破裂しそうなのでやめときました。

本当の最終回のほうは、すでに私たちが書き始めています。

では、また今度会いましょう。


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誕生


悪の生まれた先には、何があるのだろう?
世界の破滅…? いや―――


 

「………んあ?」

 

さて? 一体、自分はどうしたのだろうか。自分の内側に何かが満ちる感覚を味わったと思えば、傍に居た筈の彼女達の姿が無い。いや、それまでの意識が飛んでいたのか…?

場所も変わっているようだし……状況確認といくとしよう。そう思って、まずは周辺に視線を移す。

 

前、真っ白。神さんの部屋?

右、真っ白。いや、それにしては何か足りない。

左、真っ白。神聖さ、が神さんよりも低いのか…?

上、真っ白。天井もない、か。

下、真っ白。地面も当然ないな。

後ろ、輝く星々……はっ?

 

「いや、ちょっと待て。もう一回確認だ」

 

瞼を閉じ、気を取り直して深呼吸。開いた先の景色を今一度確認しよう。

前、真っ白。変化なし。

右、真っ白。異常なし。

左、真っ白。大丈夫、だな。

上、真っ白。天井は開かないのか……

下、キュゥべえ。……ん?

後ろ、大宇宙……星が見えるなぁ……

 

「(なんか増えてる…)じゃない! なんだこりゃあ!!!!!???」

 

アンリ は こんらん している ▼

 

 

 

 

 

 

数分後、

 

「真っ白かと思えば後ろは大宇宙。神さんの部屋でもねぇしよ?どこだここ??」

 

大体の状況整理はできたものの、問題解決まで至ってはいないようだった。

時間がたてども、キュゥべえはグロッキー。真っ白な足場は在って無いような感覚だ。どこか、不完全さがあるような空間。だが、いつまでもここに長居はしていられないだろう。

キュゥべえの言ったことが本当なら、今頃マミたちは―――

 

「(…しかたない。叫ぶか)誰か!!いませ―――」

 

「わっ! 何でここに人がいるの!?」

 

「オウフッ!!?ゲエホッ!ゲホッ!」

 

「あわわわ!? だ、大丈夫?」

 

突如後ろから聞こえた声に驚き、むせてしまった。何の気配も感じなかったというのに?と言う疑問を抱えつつも、背中をさすってくれる人物の方向を向く。

そこに居たのは―――

 

「鹿目ちゃん!? なんだそのカッコ!!」

 

「へ? なんで私の名前知って…ううん、『覚えている』の!?」

 

神々しい雰囲気と衣装を纏うまどかだった。だが、彼女の言動とここの様子から察するに……

 

「っ、……ナルホド。並行世界の同一人物か」

 

そう言った瞬間、合点がいったように、目の前の『鹿目まどか』は手をついた。

 

「そっか……ここに来れるって事は、あなたが『あの』アンリさん?」

 

そう彼女が尋ね返せば、此方の名を知っていることに驚く。

 

「一応そうだが…名前を?」

 

「『そっち』の『何人か』の『私』が知ってたから……あの、勝手にごめんなさい!」

 

「いや、別にかまわねぇけどよ……鹿目ちゃんは一体何モンだ? 英霊にしては些か物騒なほどの神性を感じるが……」

 

「ええっと、私は……」

 

「うぅ……ん…」

 

『まどか』が話そうとした時、キュゥべえの目が覚めた。

薄らと開かれる瞼の下からは、光を伴った珠玉の紅が色をのぞかせる。

 

「ったく、タイミングいいんだか悪いんだか………」

 

「え?キュゥべえ……あなた! なんでここに!!」

 

そう叫べば、キュゥべえは一気に覚醒する。

彼もまた、まどかの姿に驚愕したようで、転げ落ちんほどに両の眼を見開いていた。

 

「君、は…まどか? いや、それにしてはあまりにも……まさ―――きゅっぷい!」

 

「へいへい、一人で納得せずに話聞けよ? ……ああ、こいつは気にせず続きを頼む」

 

「え? あ、はい。……じつは―――」

 

流石は『まどか』と言おうか。華麗にキュゥべえをスルーした彼女の口から語られたのは、アンリのいない並行世界の結末だった。

彼女は、全ての自分を。願いを犠牲にする代わりに、全宇宙全ての時間軸・並行世界の魔女を消し去りたいという願いを代償に『契約』を果たしたらしい。

その結果、彼女は……

 

「向こうのキュゥべえが言うには、私は『概念』の塊。『神さま』みたいなものになっちゃったんだって……」

 

そのせいで、『この世』へ干渉すること自体できなくなっちゃったけど。

小さく笑っている活発な顔は、確かに普通の中学生のものだった。しかし、概念となった彼女は、一体どれだけの月日をここで過ごしたのか。笑顔の裏に、寂しいという『感情』を感じ取った彼は、感心するようにつづけた。

 

「ほぉ……。そんな中、全てに干渉不可能なはずのオマエさんとこの空間に、オレ達が入ってきているから驚いた…って訳か」

 

「うん。『私』が知ってた通りだね、アンリさんって。やっぱり凄いや。何も分からなかった私とは、大違い……」

 

「そう自分を卑下すんなよ…オマエは十分頑張ったろうが。大体、オレも非常識の塊だって自負してやってきてんだから。全くの他人。ましてや、男と女の差……最初から、力を持つなんて言う反則をしていたかどうか、ってのもあるさね」

 

「アンリ、君は非常識じゃ足りないくらいだろうに……」

 

「ん? なんだ、随分丸くなったみたいじゃないか、キュゥべえ」

 

「ここまで来てやっと冷静になれたのさ。ここは、なんだか安心する感じがするよ」

 

あ、『概念』になった私がいるから、あまりこの場は『荒れない』ようになっているようです。と彼女は補足する。彼女が『自我を持った概念』として過ごすには、無限の時間を一人で過ごさなければならない。彼女が壊れてしまわないように、世界から与えられた精神抑制の効果がある部屋なのだと、締めくくった。

 

よくできている。と感心するアンリに、世界は広いね。と広大なスケールに呆れ始めたキュゥべえ。そんなキュゥべえを見た『まどか』は、自嘲気味に笑った。

 

「でも、やっぱり凄いと思います。キュゥべえに感情を持たせるなんて…どの『私』も思いつかなかった事だから」

 

「ソイツはいいな。……それはともかく、他の世界の結果はどうなんだ? やっぱオレの居たとこもオマエさんは消えちまってるのか?」

 

ちょっとした憂いを込めて、アンリは聞いた。あの場所に居たまどかが消えると、やはり不安になると思ったからだ。

 

主にほむらが。

 

「いいえ。私の願いはそこには届かなかったんです」

 

しかし、帰ってきたのは否定。あれほどの因果の量が絡まっていたというのに手が届かないとはどういう事か? 尋ねる前に思考を読んだが如く、彼女は言葉を走らせる。

 

「正確には、アンリさんが『ここに来た』以降の世界への『干渉ができない』って言った方が正しいんですけど……たぶん…だけど。あまりに世界の違いが大きすぎるからだと思います」

 

「……そうなると、キュゥべえの仕事不足が原因か?」

 

「そうかもしれないね。なるべく願いの主軸に沿っても、想定外のものにまで願いの範囲は届かないシステムになっているから」

 

「『効率の為に』…か?」

 

「そうさ。絶望を促進させる僕らの狡賢い手段の一つだよ」

 

「ええと」

 

二人の理論展開に付いていけず、言いよどんだまどかだったが、

 

「「あ、どうぞお構いなく。続きをどうぞ」」

 

「(息ピッタリ!? 仲悪いんじゃ……)えと、そもそも『ワルプルギスの夜』自体。『こっち』では一体の魔女なんですけど、『お祭り』になってる時点でその並行世界は在り方から違ってくるんです」

 

こっちはあの歯車が足の巨大な人形そのまま。しかもそっちのほうが単体としてもかなり強かったらしい。つくづくハードモードだとは、アンリの言。

 

「へぇ。あぁ、話は変わるけどよ。そのワルプルギスの夜ってどんな奴が魔法少女になったんだ? そんだけ強い魔法少女なら、ある意味で天寿の全うも出来たろうに」

 

「私は、魔女に成る前に、みんなを終わらせるだけだから…魔女に成る人がどんな魔女に成るか分からないんです……」

 

死に場所が魔女の形状に関わることもあるが、ワルプルギスはサーカス以外は決まった形のない不定型な使い魔を持つ存在。ビルを飛ばす、といった攻撃も、昔からいる魔女にしては疑問となるところは多々ある。

 

それに答えを持っているのは、キュゥべえだった。

すっかり精神の安定もしたのか、何食わぬ顔で話の輪に参加する。

 

「僕は知ってるよ。……そう言えばここって時間はどうなっているのかな? それによってはゆっくり話せるんだけど…」

 

「あ、その辺は大丈夫。時間と空間から断絶した場所だから、帰る時は一瞬から数分後だと思う……帰れたら、の話だけど」

 

最後の言葉にゾッとしないよ。とキュゥべえは焦ったが、アンリはくひひっ、と汚い笑い声を洩らした。帰るための策は持ち合わせているらしい。

 

「それなら心配ないね。それより、聞きたいかい?彼女の、『舞台装置』となってしまった魔法少女の真実を」

 

「オレは是非、だ。聞いて損するもんでもねぇだろうしな」

 

「私も聞きたい。あの子がどんな人か分かれば、また違う時間の人でも安心させてあげられるから……」

 

「それじゃあ、長いようで、短い話しになるけどね――――」

 

 

 

 

 

 

時は15世紀。彼女との出会いは、ある辺境の田舎だった―――

 

「その願いで、いいんだね?」

 

「はい。私の願いを、どうか神へ……」

 

「僕は違うと言ってるじゃないか…まあ、確かに受け取ったよ。

 

一見すれば、神々しいと人間が思うカラーリングかな。日本では隈取りと言われていたか。

そんな事を思いながら、思考半々に彼女との契約を成し遂げた。

 

「おめでとう。君の願いはエントロピーを凌駕した」

 

とたん、彼女は胸を中心に光始め、収まるころには純白のソウルジェムが握られていた。

いつもの定型文を携え、こうして、最強の魔法少女と謳われる、『彼女』と契約は交わされたんだ。

―――それからというもの。彼女の住んでいた国は一変した。続く戦争を乗り越え、そのたびに全国民の結束力は深まり続け、民は文字通り一体となって行ったんだ。

いつしか、彼女はその人たちを率いるほどの立場になっていた。傍には優秀な彼女の士官(もうしんじゃ)を引き連れ、彼女自身は直接戦う事は無くとも、戦場を駆け抜ける日々が続いたんだ。器用な事に、その中でも魔女狩りを並行しながらね。

 

でも、『因果』を使う魔法少女になったからには、終わりは呆気なく簡単に訪れた。此方の意味では違うけど、『魔女』と蔑まれた彼女の最後は火あぶり。轟々と燃え盛る彼女の最期にエネルギー回収のために『僕』は立ち会っていたよ。

それこそ、火が灯る前は泣き叫んでいたけど、彼女の衣服ごと燃やされ、火の勢いが強くなったと同時に彼女は此方にテレパシーを飛ばしてきたんだ。

 

≪ああ、御使い様! どうしてこのような結末になったのですか!?≫

 

≪これは、君が望んだ事だろう? 『この国の人たちが国を大切にしますように』って。君は願った。だから、この国の人たちは『一丸となって』『悪』を裁いたんじゃないか≫

 

そんなことはない、と首を振る。なら、彼らの憎悪の視線はどう説明するのか。更に『彼女』はつづけた。

 

 

≪私は、ただただ、皆が幸せであるように願っただけです! こんな、こんな事が許されるのでしょうか?……嗚呼、あなたは神が使わした存在ではないのですか!?≫

 

≪最初から違うと言っていただろう? やれやれ、最後まで僕の話を聞かなかったのは君じゃないか。君と部下、どっちが狂信者だったのかな? ……それより、最期みたいだからね。君に餞別の言葉を送らせて貰うよ≫

 

≪ああ、あああ……≫

 

≪ありがとう。人類の発展のために、宇宙の為に死んでくれて。本当に感謝してるよ≫

 

「≪そんな…………私は………………≫――――全てを、委ねます」

 

その言葉を最後に、彼女の『体』は無反応になった。焼かれようとも、動くのはその肉体が弾け飛んだときだけ。完全に肉体は抜け殻になっていたんだ。

―――さて、もう想像はつくだろう? …………死ぬ寸前、彼女は魔女になったのさ。国の発展のための『土台』となり、自分自身は『神の道化』でしかなかったと絶望を抱いてね。

 

そうして生まれたんだ。その時代以降現れることもない、類い稀な、一片の穢れなき心をもった聖女。そんな少女が最悪の存在に転移すれば、当然最悪の存在が生まれた。その魔女の名は魔女の夜会(サバト)ワルプルギスの夜(Walpurgis night)』。込められた本当の名は『サタン(魔王)』。皮肉にも、彼女が信じる物語の存在と同じ道を辿った。

 

そうして、僕らは今のまどかにさえ匹敵するほどのエネルギーを手に入れたんだ。最悪の魔女を、この地球に生み出すという結果を残して、ね。

 

 

 

 

 

 

「『聖女』……そうまで謳われた、そんな彼女の名を、聞いたことぐらいあるだろう?」

 

「ジャンヌ・ダルク……オルレアンの聖女、か」

 

そう、最高の聖人であり、最後は最悪の魔女として処刑された国を思って死んでいった『英雄』。今頃は、倒された魔女としての魂は洗い流され、『英霊の座』へ強制登録されている事だろう。ジャンヌダルクは、どこまでも救済(ルーラー)世界の駒(サーヴァント)でしかないのだから。

 

「やっぱり、キュゥべえはキュゥべえだね……」

 

「昔の話じゃないか。だからまどか、僕の体を引っ張るのはやめ―――イタタタ!!!」

 

「そこまでにしてやんな、鹿目ちゃん。キュゥべえは確かに『悪』でも今はただのバカだろうに」

 

呆れたようにアンリが言うと、馬鹿とはなんだい! と怒り始めたキュゥべえをまどかは投げ捨てる。

 

「それもそうですね。……それより、やっぱり行っちゃうんですか?」

 

「まあ、な。向こうに行く道がオレを呼んでるみてぇだし、世話になった世界をこのまま放置スンのも後味ワリィしな。だがま…安心しろ」

 

「きゃ!? え、え? あわわわ……」

 

アンリはポンとまどかの頭に手を乗せ、笑顔で優しく撫でまわした。

 

「たぶんオレの聖杯も『完成』してるし、次に会うときは同存在として遊びに来てやる」

 

「同存在って…」

 

「オレもこの力『貰った時』は神に等しい力は無理って言われたが、今考えたら『その後』をどうこうするなっ、てぇ確約は無かったしな」

 

「アイタタ……つまり『アンリも』って事かい? 無茶苦茶だよ…」

 

「そう言う訳だ。戻ってくるの早ぇな、キュゥべえ」

 

「あ……」

 

手を離すと名残惜しそうな表情になるまどか。やはり、このような空間では人肌が恋しくもなるのだろう。安心させるように、笑顔を見せる。

 

「また来てやっから。出来れば『そっち』のほむらも連れてくる。オレは聖杯だぜ? キュゥべえよりいい願い叶えてやるよ」

 

「……っ、はい!!」

 

「おう、その調子だ。ガンバレよ? 神さま」

 

満面の笑みでこたえるまどかに、アンリは応援した。そして腕を振り下ろし、例の『穴』を出現させる。今の彼にその記憶はないが、『完成した』という言葉通り、どこかその中は、何かに満たされるといった印象を覚える。

アンリはその穴の淵に手をかけると、反身を滑り込ませた。

 

「っと、そろそろ戻るか。アイツら待たせんのも後が怖えからな」

 

「ちゃんと僕も連れて行ってよね」

 

ひょい、とアンリの肩にキュゥべえが乗ると、もふもふした尻尾が首にかかる。しがみつくつもりか、と思うぐらいに根性はあるようだ。

 

「はいはい。……それじゃ鹿目ちゃん。最後にちょっと協力してくれないか?」

 

「え? でも…」

 

「難しい事じゃない。ただ、鹿目ちゃんの願いを言って欲しいだけだ。それをオレが叶えてやる」

 

――――どうだ、簡単だろ?

 

「……私の、願いは………」

 

意を決するのに、時間は掛らない。彼女もまた、一つの思いを抱えているのだから。

そうして、言霊は紡がれる。

 

「お願いします。『私の力が及ばなかった世界を救ってください』!」

 

「その願い、確かに受け取った! それじゃ、『またな』!!」

 

そう言って穴へ身を投げるアンリとキュゥべえ。彼らの体が穴に入りきると同時に穴は無くなり、まどか一人がこの空間に残された。

 

「アンリさん、ありがとうございます。どうか…どうか。あの世界のみんなが幸せで在れますように……」

 

消えた穴を見つめると、彼女は手を握り合わせる。

そうして、世界へと祈るのだ。奇跡を起こす、女神のように―――

 

 

 

 

 

 

「ああ、それにしてもいい気持ちだ……」

 

彼は泥の渦巻く『聖杯』で一人、堕ち続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

見滝原。

あまりにも数が多く、大橋の周辺から動けずにいる魔法少女たち。また『一人』、と魔女を倒すごとに、杏子の顔には焦りに色が浮かんでいた。

 

「マズイ…街の方に魔女が向かい始めやがったぞ…」

 

「一応上の穴から落ちてくる泥に当たって『消滅』してるのもいるけど……アンリが操ってる訳じゃないから中々当たらないわね…」

 

「こっちも…舞台装置の魔女にかかった弾薬で、残りが……」

 

そう言って、残っていた最後のミサイルランチャーを起動。直撃した魔女を中心に、爆風に呑み込まれた魔女も数人一気に消え去るが、文字通り空を埋め尽くしている魔女の大群は、一向に減る気配を見せない。

 

彼が消えて数分しか経ってはいないが、彼女達の消費は激しいものだった。

ほむらは言葉通り、残る武器は少なくなっている。加え、これは全員に言えることだが、自己回復が可能なマミはともかく、他の魔法少女は魔力が回復するだけで、怪我や体力も治る訳ではないので、その疲労で思うように動けていない。それでも、この三人の連携で何とかやっている状態だった。

 

杏子が槍を突き出し、魔女を団子状に貫いたその時、空気が一変する。

 

――――グオオオオオオオオォォォ…………

 

獣が吠える声が聞こえてきたのだ。だが、その声が聞こえる方向は空。その方向には何も居ない。よもや新手か、魔法少女たちは血反吐を吐きながらも、武器を握る力を強めた。

 

――――オオオオオオォォン!!

 

だが、確実にその声は近づいて来ている。

……まて、この声はどこかで―――

 

「もしかして……」

 

――――グルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォ!!!!!!!!!

 

マミが見上げれば、上空の『穴』から溢れ出ていた泥が『止まっていた』。

耳を澄ませば、方向の出所はその穴から聞こえる。

 

魔女も人も、時間が動いていないかのように止まっていた。そう…その声に『恐怖』して。

 

彼女達は、穴からは幾つもの『漆黒』が、凄まじき速度で射出されたのを見た。自分の隣を、かすめて飛んでいく漆黒の物体が―――

 

「え?」

 

マミが疑問の声をあげたのも無理はない。耳元で風を切る音がしたと同時に

 

―『ッ~~~~~!!!!』―

 

数え切れぬ魔女全てに、『漆黒』が突き刺さっていたのである。墓標のように、魔女の体から生える漆黒の物体。それらは、肉のずれる音を立て、液体を飛び散らせる不快な音階を紡ぎながらも、徐々にその形を変えてゆく。そして―――

 

―『オオオオォォォ!!!!!』―

 

その『泥』は幾億の牙となり、毛皮となり、爪となり、嘴となり、魔女のその身を、内側から『喰らい』始めた。

魔女は逃げようと、喰われまいと抵抗するも、全ての魔女はしっかりと『泥』に串刺しにされており、どう足掻こうとも、爪と牙で肉を剥がれ、剥がれ落ちた自分の体は地上に待機していた獣達に貪り食われてゆく。

血を流す魔女からは、紅い液体が噴水のように散布され、剥がれた肉の破片は辺りに飛び散り、街を紅く染め上げる。そんな大自然の掟。弱肉強食をありありと映し出すような光景が、見滝原に出現する全ての魔女が喰らい尽くされるまで続いた。

 

たったの数秒。物を飲み込んだ時の喉の音が響いたころには、全ての魔女が捕食され、後に残されたのは、訳も分からず立ち尽くす『迎撃者』と『魔女を喰らい尽くした様々な獣』だけ。

 

その獣達にも変化が訪れる。

獣達は上空の穴を仰ぎ、各々の咆哮を再び発したと同時に穴が閉じたのだ。さらに、獣たちはその姿を崩してゆく。その変化した見た目は、元が泥とは思えぬほど醜悪な『肉塊』となったのだ。

赤黒く、ドクンと脈を打つその肉塊は、何かを求めるように一つの場所――大橋と街の間の川――に集まって行く。それぞれが意思を持ち、もぞもぞと這いより、ずるずると血肉を固めてゆく様は……何より滑稽で、何より醜悪なもの。そう、何か縋る人間をみているような、憐れみをこめた視線を送りたくなる。そんな気持ちがわきあがる。

 

「アフラマズダが祀られるゾロアスター教は、元来鳥葬を行っていた。ここに再現してみたが、気に召したか? なんてな」

 

肉塊が全て集まったころ、声が響いた。

 

「生憎、オレの聖杯は『特別製(ブッ壊れ)』でな?『破壊』という手段を用いてしか願いの成就はできねぇんだわ。それこそ、世界を救うには『悪を消滅させる』って具合にな」

 

ただ一人の声が響く。その声は懐かしく、安心できて――なんとも胡散臭い。

 

「余計なモンブッ壊さないようにしようにも、抑えが利かん。…ったく、今度会ったら慰労報酬貰っとくぜ? 『神ちゃん』」

 

ここには居ない人物に愚痴を吐きつつ、その肉の内側に人の影が映しだされた。

手を太陽にかざした時、血管が見えた時のような『生きた』影が。

 

「とりあえず、アンタの願いは成就された。……結果が『大量殺人』と『ルールの破壊』だ。サービスも大事って奴だな」

 

完全に人の形をとった影は腕を組み、大げさに頷く。

 

オレ(アレ)はこの世全ての悪。ならば、今回は『魔女にとっての悪』を演じただけだ。全部に敵対する理由をオレは持ってるんでな。ま、運が悪いと思って、オレの血肉として生き続けな―――元・魔女ども」

 

パァン! とその人影を包むモノがはじけ飛び、人影は姿を露わにした。

その『人』にゆっくりと近づく人物がいた。

 

そんな『彼女』が『彼』に言う事は一つ。

 

「……お帰りなさい」

 

「ただいま」

 

二人――マミとアンリは、手と手を合わせ、その街に小気味のいい、軽快な音を響かせるのだった。

 

 

 

 

 

 

「アンリ、グリーフシードが一切出ないよ。エネルギーの回収が出来ないじゃないか」

 

帰還したばかりというのに、アンリの体はそれこそゆっくりと消えていた。最初の神との契約違反の為だ。

相手は魔女とは言え、アンリは『人間の魂』を持つ生物を億の数ほど殺した事が大きな要因。普通に暮らしていればあと数百年はもっただろうに、この夜で限界数を超えていたのである。

 

「ワリィ。そりゃ無理だ」

 

「無理だ。じゃないよ! 『魂ごと喰らう』だなんて、せっかくあれだけの量だったのにもったいないだろう!! 全世界共通語だよ!」

 

「バッカお前……あん時ゃ必要だったんだよ! 『並行世界への干渉』に加えて『願いの成就』だぞ! 同時に行う魔法レベルへの干渉にどれだけ魔力使うと思ってんだ!! 加えて、必要以上に願いを捻じ曲げないための制御ぉ? 吸血鬼の廃スペック爺とは違うんだっつうのに!!!!」

 

「まあまあ、落ち着きなさい。キュゥべえも、いまさらエネルギーをどうこう言う必要はなくなったのでしょう?」

 

「それは、まあ、そうだけどさ……」

 

それでも、もったいないよね。と総悲観漂わせるキュゥべえが、全ての変化を司る。

 

この夜、全てが終わった。

『まどか』がアンリに託した願いによって既存の魔法少女のルールは破壊され、世界の修正力(コスモ・アラヤ)によってその内容は以前までの内容とは一変する。その力の及ぶ範囲は『アンリ・マユ』という存在の関わった並行世界全て。今や魔法少女は絶望せずとも良くなった。救済(まどか)破壊(アンリ)が、『この世界』を変えてしまったのだから。

 

「それより、本気なの? こいつは契約する術を失った訳じゃない。いつか、誰かが魔法少女の(過酷な運命)契約を交わす(を背負う)かもしれないのよ」

 

「もう、いいんじゃないかな? アンリさんがルールを変えたって言ってたし…」

 

「まどか、アンタはホントに甘いねぇ。危険な芽は早くに摘み取るのが一番だろうに。しかも、結局コイツがアタシらの見せ場掻っ攫って行ったようなもんだ。ちょっとの愚痴くらい―――」

 

「前に使い魔殺した時もったいないって、言ってたのは誰だったっけか?」

 

「へ~、そんなこと言ってたんだ、紅い野次馬Aさん?」

 

「う、うるさい! 昔の事だろ!! それと、そこの青いの! アタシは杏子だっ」

 

「そう言えば、効率主義だったわね。佐倉さん」

 

「マミも! 掘り返すなよぉぉぉっ!!」

 

その内容は『魔法少女の定期引退』と『魔女の誕生条件の変更』。

定期については第二次成長期を過ぎてしまえば、ソウルジェムに宿る穢れは『祠』と呼ばれるものへ移動し、穢れ無き魂が再び肉体に戻されるようになった。もちろん、ソウルジェムが穢れで埋まったり、破損・破壊されてしまった場合も穢れは『祠』へ吸収され、ソウルジェムに収容された魂は一時的に肉体へ戻り、魂の修復が済むまでの期間はただの人間に戻るという。

もし、戦いの最中でそういった場合が起こっても、他の魔法少女が居ない限り助けは無いので、アフターケアまで万全という訳ではないが。

 

魔女の誕生条件は絶望した魔法少女が成るのではなく、人の負の感情が固まって『負玉』と呼称される核を作りだし、それに穢れやさらなる負が集まって起こる、連鎖反応で誕生するようになった。もっとも、使い魔が人間を数人食い殺して誕生。という場合も無くなった訳ではないのだが。

 

星の『人類の存続(アラヤ)』と宙の『宇宙の延命(コスモ)』の意志が混ざり合って完成したのがこの法則だ。ちなみに、エネルギー収集インターフェースである『インキュベーター』そのものは健在である。キュゥべえは、自分の存在は独立個体として追放処理されているだろう、と語っていた。

 

「クッハハハハハ! しっかし? ホント楽しかったなぁ。生前じゃ味わえなかったしな。旅の相棒もいるし、マミは約束してくれたしな。……なぁに、しばしのお別れだ。次に出てきたときはオレが消えた次の瞬間かもな」

 

世界の法則が違う。などと冗談を言ったアンリに、浦島太郎になったらどうするつもりよ。とほむらが呆れて返す。そのやりとりを微笑ましいとばかりに笑ったマミは、感慨深く別れを受け入れた。

 

「いつか来るとは思ってたけど、こんな形でお別れになるなんてね。……家も寂しくなるわ。でも、代わりにキュゥべえがずっと一緒に居てくれるから、私は大丈夫よ」

 

「マミさんもそうだけど、みんな寂しくないの? マミさん以外はもう、死んでも会えないんじゃ……」

 

「いんや、その心配はない。さっきも言ったろ? この世界には来れるって」

 

「そう、ですけど……やっぱりさびしいですよ」

 

「なに? もしかしてまどか惚れちゃった?」

 

「ち、違うよ!」

 

「それにしても、いつでも来れるなんて便利ね。反則の悪神」

 

先程言った祠に関してだが、『祠』はアンリが戻ってきた際にはじけ飛んだ『肉の殻』が再構成されたものであり、穢れを吸収する原理はアンリの『泥』の性質を受け継いだ証だ。現在、再構成された『祠』は見滝原上空に浮かんでおり、これもキュゥべえと同じく普通の人に見えない。その形は縮小化された『舞台装置の魔女』であり、『祠』としての機能のほかに、殉職した魔法少女の慰霊碑としての役割も担っている。

 

「いや、どうした暁美ちゃん。毒舌だなぁ、オイ」

 

「それより、どうやってこっちに来るのかしら? そんな体じゃ難しいと思うけど」

 

「なに、こっちに戻った時、ようやくオレは産まれたんだよ」

 

「それ、どういう……っつうか関係ないんじゃないか?」

 

「何言ってやがる?って言いたいんだろ。けどよ、よ~く考えてみな、『英霊』が、しかも『悪神』の名を持った奴が正式に命を持ったんだぞ? 態々誕生なんて言葉を使うほどな」

 

「あの魔女達が喰われてたのって、もしかしてそう言う事?」

 

「美樹ちゃん正解!アイツらには聖杯の最後の1ピース。『魂の生贄』になって貰った」

 

「(((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブル」

 

「シャルは落ち着け。オマエは絶対に喰わないから。な?」

 

あの時魔女を喰らい尽くしたのは『受肉』するための『材料』をかき集めていたにすぎない。もちろんオリジナルではなく、使い魔から成長した魔女も多数いたが、それらは実体を持った体の構成するための素材として『吸収』した。

こうして億に匹敵する数の魔女の血肉と魂を犠牲にして、アンリはこの世界に『生まれ堕ちた』のだ。

 

「そろそろ完全に消えちまう、か……」

 

それでも、世界との契約違反を犯している。故に、一度は甘んじて退場を受け入れなければならない。そうして、アンリは自分の透けてゆく手を持ち上げて、名残惜しそうに呟いた。

受肉したと言っても、世界の壁を越えるためには、このように、その身を魔力素に還元しなければならなかった。そうしないと、せっかく持った実体も跡形もなく破壊されるからだ。

 

「まぁ、絵的には十分美味しい演出だわな。にしても、別の世界に行っても、ひと騒動あるんだろうなぁ……因果的な意味で」

 

「な~に言ってんですか!アンリさんならそれぐらい平気でしょうに!」

 

「アンリ。あなたに約束は守って貰ったのに…私は何も返せなかったわね」

 

「わ、私も。アンリさんには何にも返せてない……」

 

「別に気にすんなよ。オレはむしろ感謝してんだぞ?」

 

消えかかった両腕を頭の後ろに回し、ニッカリと笑ってアンリは言う。

 

「みんなのおかげでオレは楽しかった。しかも、受肉できるまでの魔力を貰ったんだ。『神ちゃん』とも話せたし、この世界は『生きる』って事を教えてくれたしな」

 

「『神ちゃん』…?」

 

「おっと、失言だったか。ま、せいぜい考えな!」

 

「教えてくれたってバチはあたんねぇだろ~。ケチだな」

 

「もう、あんまり皆をからかわないでちょうだい! もう最後なんだから…」

 

そうこうしている内に、アンリの体は肩から下はもう消失していた。永遠では無いとは言え、この世界が安定するまでのしばらくの間は干渉できない。

 

「それもそうか……それじゃ、『またな』!」

 

悪は消えた。

 

「(* ̄▽ ̄)ノ~~ マタネー♪」

 

魔女は約束した。

 

「ええ、『また』会いましょう」

 

時は止まった。

 

「『また』みんなで騒ぎましょう!」

 

剣は振り上げられなかった。

 

「ありがとうございました。『また今度』!」

 

因果の縛りは解かれた。

 

「『次』に会った時はなんか奢れよな!」

 

悲劇は思い出になった。

 

「この際だ。『今度』来た時はエネルギーの別の活用方法を考えておくよ」

 

感情は揺れ動いた。

 

「『すぐに』そっちに行くから待ってなさい……アンリ」

 

約束は交わされた。

 

空の雲は晴れ渡り、三日月の光はこの世界に住む者を祝福しているかのように、優しく照らし続けた。ただ一人の退場に、スポットライトを減らして。

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、一つの世界が『悪』によって汚染され、運命は捻じ曲げられ、そこに住む人は毒された。

『悪』はこれからも『世界』に影響を与えてゆくつもりだ。旅仲間を連れ、世界を渡り続ける。『神』に昇華された彼は、どう『生きて』ゆくのだろうか?

それは皆さんがお確かめください……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンリさん。やっぱり凄いなぁ…あんな方法でみんなが救えるだなんて私は考えられなかった……」

 

白と宇宙で構成された、外と遮断された空間。桃色をなびかせた少女がキラキラした目で呟いていた。

 

「でも、あの人について行ったら、私も……」

 

うっとりと夢見る姿は美しく、見る人は皆、彼女を女神と称えるだろう。

 

「………ふふっ♪」

 

大輪が咲き誇るような微笑は、無邪気さを感じさせながら、とても、とても深い色を連想させた。

 





魔法少女と悪を背負った者――――【第一部完結】!!



いやぁ、あっという間でした。

ここまでお読みくださった皆さん、本当にお疲れ様です。
原作から激しく乖離しましたが、書きたいこと書けて楽しかったです。

それでは、また次回にお会いしましょう。幻想の投影物でした。


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溢れる水は鏡面世界
孵者・追憶


キュゥべえ視点で、第一部の数年後のお話です。
ちょっと短いですが、場つなぎ程度にでも……


 

 

暖かな橙の光が目の前の少女の胸から発せられる。魂が物質と成り、体は強靭な人形となった瞬間である。

これも幾度となく繰り返し、僕が見てきた光景。彼女の願いを叶え、絶望を集めてもらうための契約だ。

 

「…さあ、受け取るといい。それが君の新たな運命だ」

 

「うん!ありがとキュゥべえ!」

 

「気をつけて欲しい。君はこれから数年。命を賭した戦いに身を投じるのだから」

 

「それは分かってる。でも、私も叶えたい願いがあったから…それじゃ、またね! えいっ」

 

ぺた。

契約したばかりの彼女は駆け出して行った。早速変身してソウルジェムを頼りに探っていく光景は、非常に“微笑ましく思う”。……背中の違和感は置いておくとして。

彼女も僕に奇跡を願い、その願いの代償としてエネルギーの回収を手伝ってくれる新しい人員となったわけだ。……前と違って、彼女が真に絶望しても怪物に変ずる事は無いけれども。

 

「アンリ…君がこの世界を去って早2年だ。結局、一度も会いには来ないね…。

 あの家に三人は……すこし、寂しいかな」

 

空を仰げば、かつて彼が穴をあけたという魔力の名残が、今でも残っている。

そう、彼が『まどか』の願いを受諾し、魔法少女のシステムを変えてから2年の月日が流れていた。

 

彼が受肉した際に飛び散った肉片が、不思議な『祠』に転じ、魔法少女や世界に散在する『人の負』を回収して『負玉』という怨念が固まった物質を作りだすようになってからというもの。魔法少女は定期で引退し、引退した魔法少女の経験を頼ってアドバイスを貰うというような、いわゆる『一役職』のような形に変じてしまった。

 

「それにしても、『キュゥべえ』か……。すっかり僕も『この名前』に定着したものだ」

 

僕らのこの名前も、所詮は貰いものだったのにね。一体いつから、仲間内ではそれぞれの『識別名称』ではなく、『名前』を使い始めたんだろうか。

 

「……いや、もう『見えない』相手に何を思ってるんだか…………」

 

僕が感情を持ってから、他の『インキュベーター』には僕の『存在が認知できない』事になっていた。でも、日本の各地で契約を続けるうちに、行方不明になっていた『彼』……

 

「イチべえに会ったんだったっけ。彼もすっかり馴染んでたなぁ」

 

江戸時代を境にロストした個体だ。まさか一つの家の守り神になってるとは思わなかったよ。でも、再会した時に「君は、行方不明になっていたイチべえじゃないか!」なんて、何を思ってたんだろうね、僕は。

 

そうそう、『イチべえ』の見た目は、僕にクリームを逆さにしたようなふさふさの髭が生えてて、全個体の中で唯一、糸目を有していた。ついでに一人称は『儂』。…ま、その髭が神の使いに見えたのかもしれないね。本人もまんざらではなさそうだったし。

……話がそれたかな。誰が…えーっと

 

「―――そうだ。『彼女』が僕に名前をくれたんだったかな…」

 

おや、君は聞いてみたいのかい?

仕方ないな………。じゃ、少し長くなるけどね――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は遡り、安土・桃山時代。

豊臣家の『淀殿』の子供に因果を感じて向かっている途中だった。その時に、とりあえず契約できそうな少女がいたから契約を持ちかけてたんだっけ。

 

「へぇー! すごい、すごいね! ほんとにどんなこともできるの!?」

 

「うん。だから願いを言ってごらん。その代り、君は他の人には見えない怪物から皆を守らないといけなくなるけどね」

 

「みんなを守るくらい大丈夫だよ! あ、そういえばあなたはなんていう名前なの? 私はちよだよ!」

 

「…『名前』かい?生憎、僕らはそんなものは持ち合わせてないけど、識別名称はKDHSOIU」))999&%kod1334787KOGbgfg99999////――――」

 

「え? え? 長い、長いよ! もう! それなら、あなた達の名前をつけるのが私の願い!」

 

おそらく、何も考えていなかったんだろう。

おおよそ、なんでも願いを叶えることが出来るというのに、そんなことで契約をしてしまったんだから。だから、おもわず聞き返してしまったんだ。

 

「そんな事でいいのかい?」

 

「いいの!」

 

「……まあ、いいさ。さあ君の願いを言ってごらん」

 

「それじゃあなたの名前は……えーっとさっき言ってた、うーんと。…あっ!『きゅうきゅうきゅう』……うん! あなたは『キュゥべえ』!! 他の子たちはそれとおんなじ感じの!!」

 

「単純だね」

 

ふふふ、あの時はびっくりしたよ。なんて彼女は安直なんだろうって。でも、それで契約は成立してしまった。『名前をつける』なんて安い願いごとだったから、抱える因果の量をほとんど魔力に傾けた彼女は『言霊』に関するエキスパートの魔法少女になっていたな。

 

……うん。とても、とても強かった。でも、彼女は結局、結界で死んだんじゃなくて、年貢の取り立てに来た人達にソウルジェムを持っていかれて、人の手を渡るうちに壊されて死んでしまった。家は娘が突然倒れて大騒ぎだったよ。魂も、とある武士の家に行ったけど、彼女の両親が発端になった、百姓一揆の際に宝物庫ごと破壊されてしまった。皮肉にも、彼女の両親が最大の要因としてね。

 

でも、僕らが使い続けるこの『名前』。彼女の願いが今でも続いているのかもしれない。

そうでもなければ、識別名証を使い続けていただろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの後は一気に時代が変わったなぁ。徳川に乗っ取られ、江戸時代が始まり、イチべえがロストした。ほんとに、懐かしい」

 

……うん? どうしたんだろうか。あっちの方が騒がしいな。

って、あの金色のロール髪は―――

 

「どうしたんだいマミ? そんなに急いじゃって……」

 

「キュゥべえ! やっと見つけたわよ。とりあえずこっちに来てちょうだい! 彼が…彼が……!」

 

「もしかして…」

 

もしかして…帰ってきたのか?

まさか、本当に世界線を超えるなんてね。流石、伊達に生まれなおして神になったわけじゃ―――

 

「よ、久しぶり。『祠』の調子はどうだった? こっちはいい土産と旅の話が盛りだくさんだ。お客さんもいるしな」

 

「やれやれ、考え事の途中で話すなんてマナーがなってないね。…お帰り、アンリ」

 

「ソイツは失礼! ってな。ま――――ただいま。だ」

 

「(`ヘ´)サガシター!!」

 

ぴょん、とアンリの背中からシャルロッテが飛び出してきた。

君も元気そうで何よりだよ。

 

「もう、私はあんなに取り乱しちゃったのに…キュゥべえはほとんど動じてないじゃないの」

 

「2年経っても僕は僕さ。最初にあんな絶望を味わったんだから、多少の事では動じないよ。皮肉なことに、ねぇ…?」

 

「うっ……そ、それよか家に戻るぞ! さっきも言ったが、土産が大量にあるんだ。また皆呼んで宴会でもしようじゃねぇか!」

 

やれやれ、騒がしさも変わらずかい。

ま、そういうことだから僕はここで行かせて貰うよ。君たちも今度は僕じゃなく、彼の冒険に付いて行くといい。きっと面白い世界が見れるはずさ。

だから、君た――――

 

「それよりアンリ。さっきから横に居るのはどこの『鹿目さん』かしら?」

 

「あ、マミさん。私は居ないものと思ってくれて結構です」

 

「あら、そうなの? それはごめんなさい……って、言う訳にもいかないのよね。

 ―――貴女、アンリの何? 義妹として、兄の女事情は見過ごせないわ」

 

「あー落ち着け。その辺も家に帰ってから説明するから。な?」

 

「はぁ、その話のそらし方もまさしく『あなた』ね……変わってないんだから」

 

「まぁまぁ。今のアンリさんの隣は私の席と言うことで納得してくれればいいですから」

 

「私は認めないわよ! ちゃんとした理由がない限り結婚は駄目よ!」

 

「もう、いい加減にしておいた方がいいんじゃないかい?」

 

「「キュゥべえは口を出さないで!!」」

 

「きゅっぷい!」

 

なんだろうね。このやり取りが嬉しく感じてしまうのは。別に、そんな特殊な趣味なんて持ち合わせていないのにさ。

 

「……キュゥべえ。家に着いたらうまいもん食わせてやるよ」

 

悪なのに優しいところもそのままか。ま、期待させて貰うよ。

 

アンリ。

 

 






「そういやキュゥべえ。背中のそれどうした?」
「これかい? ……ああ、さっきの子か」
「キュゥべえも女の子落としたの? ちょっと、お話させてもらおうかなぁ」
「まどか、堕としているけど、オトした覚えはないよ」
「あら、まだ営業マンやってたのね」
「僕の存在理由だったんだ。アフターケアもちゃんとしているさ」
「はっ、どうなんだか。それより、やっぱ気になるなぁ」
「……ちなみに、どうなっているのかな?」
「「「40%割引」」」
「……わけがわからないよ」


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帰還・門出・結果

これで、正式に第一部のほうは終了になります。



全身刺青の男が窓の外を見ると、その視線の先にはワルプルギスの夜がそのまま影になったようなシルエットが浮かんでいた。あらゆる場所から黒い霧のようなものがそこに流れ込んでおり、中心部には凄まじい「負」が集結していると、アンリは感知する。

目を離し、後ろに手を回すとおもむろにアンリは口を開く。

 

「しっかし、この世界も随分楽になったみたいだな?圧倒的に絶望の量が感じられなくなってやがる」

 

「ひとえに、あなたのおかげよ?」

 

「そりゃ結構! こっちは、残念なことに『人員』が数万人は増えちまったけどな」

 

「……改めて聞くと、とんでもない能力よね。人を食った話には違いないわ……」

 

「クカカカカカカッ! まぁ、その数万人はオレの『中』で楽しくやってんだろうさ。住民だけは色とりどりなもんでな」

 

あの後、『まどか』を連れてマミのマンションへ向かった。

数年ぶりに見る彼女の家は変わっておらず、共に生活していた頃を彷彿とさせる。

そんな感動もあったが、アンリはそう言った世間話や向こうでの活躍による土産話しか口に出さなかった。

なぜなら―――

 

「まあ、それはともかくとして。…シャルはいいわよ? でも、どうして『鹿目さん』はそこまでベッタリしているのかしら?」

 

「あ~っと、それはだな………」

 

言葉を濁してまどかの抱きつきの猛攻を避け続けているアンリ。時には泥となり、時には関節技を駆使して抜け出していた。

その中でマミの言葉に反応したのは『まどか』だった。

 

「私はアンリさんの『相棒』ですから♪ ……ふふふ。契約で縛り付けた古い人より、自由に世界を飛び回った私の方が良いですよね?」

 

「ややこしい言い方するなっての。つか、世界の管理ほっぽり出しといてよく……」

 

「『さやかちゃん』に丸投げしといたからしばらくは大丈夫ですよ! ね、アンリさん」

 

「……大丈夫、なのか? 世界の管理を任せるって」

 

「はい♪」

 

「……まどかジャマ。オカアサンノポジトルノダメッ」

 

そう言いつつも、『まどか』に反省の色は見られない。シャルの言葉も右から左へ聞き流している。この状況を単純に楽しんでいるのか、はたまた愉快犯か……結局一緒の気がするが、そこに行き着くしかないであろう状況だ。

だが、マミもそんな雰囲気を自分の家で許す程温厚では無い。

 

「あー! あー!! 待ちなさぁぁぁいっ!!! 鹿目さんもそれ以上煽らないの! それで、本当のところはどうなのかしら、ア・ン・リ?」

 

「話す。話すからそのマスケットを仕舞ってくれ。…………この世界を出てからなぁ、そりゃ色々あったさ」

 

彼は数々の世界を巡った。

その数こそ二桁に及ばないが、それでも一つの世界での出来事は深く、濃厚な物だった。

とある世界では、科学と魔術が世界規模で競い合い。

またある世界は、電子の海で聖杯戦争が行われた事。

ほかの世界でも、虚という悪霊と間違われて魂を葬られかけた。

いくつもの危機があり、いくつもの友情があり、いくつもの救いがあり……それより多くの破滅をもたらしたこともあった。その旅の最中、三番目の世界に彼女…『まどか』が窮地に現れ、ある世界の元凶を消滅させて以来ずっと付いてくるようになった。

 

「で、そのついてきた理由がまた滅茶苦茶で……」

 

「私の憧れです! いや、今となっては愛と言っても過言ではないでしょう。そう、アンリさんと出会った時、私は彼に寵愛される為に概念と化したのだと感じました! あの時の登場こそ時代を越え、可能性の壁を越え、あらゆる願いを叶える聖なる杯は、私がアンリさんと出会うために仕組んだ道筋に過ぎなかったのです! そうです! だからこそ世に平穏の在らんことをと願っていた私の祈りが世界に通じて私という概念が実体化できるようになったんです。だから、神たる存在にも喧嘩を売ることが出来る私は―――」

 

「はいカット!」

 

「あ、痛ぁ!!?」

 

「うっわ。痛そ」

 

「(*^_^*)ザマァwww」

 

暴走しかけたまどかをマミが包めた新聞紙ではたく。パァンッ! と、渇いた小気味の良い音がして、桃色の長髪はテーブルの上へとしだれかかった。頭の上から出ている煙は幻覚じゃないらしい。

だが、ここまで腐っていても流石は神(笑)。すぐさま起き上がり、両手をぶんぶんと振りまわしながらマミへと文句を投げつける。

 

「ちょ、マミさん何するんですか!? 今いい所―――」

 

「動機次第では交際を認めようかと思ってたけど、鹿目さんのは不純すぎるわ! これは義妹として認めません。アンリもこんな娘、早く切っちゃいなさい。こっちの鹿目さんの方がまだ純粋よ」

 

「純粋なのは分かるが、流石に黒桃コンビと化した二人の間に割って入る勇気は無いっつうの。……すっかり白百合咲かせてんのに、その花散らして『ヌスビトハギ』の花咲かせるってか? 無理。絶っっっっ対、無・理!!」

 

マミの意見に反対したのは、この世界のほむらとまどかの関係にある。

彼女らにはそのつもりは無いのだろうが、ほむらはほぼ通い妻。まどかは親身に答える無償の妻という形で、すっかり二人だけのフィールドが出来上がっているのだ。

しかも、本人達も彼氏をとる意志はまったく無く、家族の既に居ないほむらはともかく、まどかの家族の面々もほむらとの関係をそう見た上で了承しているのだから、あの二人に割って入った瞬間、何処からともなく厄災が自分に降り注ぐことは間違いない。鹿目家の後継はまどかの弟に期待しているようだ。……ゲイヴンの紹介だけはしてはいけないだろう。

 

「あらら。それじゃ、次の世界でパートナーでも見つけたらどうかしら? 別に顔はイケて無くても、アンリみたいに綺麗な心の持ち主なら応えてくれる人はいるんじゃない?」

 

「あー……一応何人か居るには居たんだが…………」

 

「あら、おめでたね。でも、どうして居ないの?」

 

「まぁ、こいつ(駄神)と会う前に誓いをたてた奴がいたからなぁ……」

 

「アンリさんあんな駄狐はほっといてその話はなかったことに――」

 

「ならねぇな。残念ながら」

 

そういうわけで、他の奴は断っといたんだ。

そうアンリが説明すると、一見フリーに見えるアンリが予約済みであることを知った女たちの絶望を親身に感じた気がして、マミは額に手を当てた。意外とアンリは親しい人とばかり交流を深めるタイプで、その他の人物には優しくはするが基本放置のスタンスをとっているのだ。だから、振った人の後の気持ちはほとんど考えていないだろう。

そんな思いを胸の内に秘めて、マミは感心したように言葉を吐いた。

 

「ふ~ん。女の子の決意を振る度胸がアンリに在ったのね。少し見直したわ」

 

「それはどこか違うと思うよ……」

 

「ん、キュゥべえどこ行ってたんだ?」

 

マミの言葉に突っ込みを入れつつも、その間に姿を表したのはキュゥべえ。

家に入った時居なくなっていたので、アンリ他一名は疑問に思っていた。その他は、過去の隔たりがまだ抜けきっていないところがあるらしい。とくに『まどか』とかほむらとか。

 

「負玉の回収さ。アレは僕やイチべえ以外には認知できない代物になってたからね」

 

「どっかで設定ミスったか? ……ま、いっか。母星に送れるなら問題ねぇだロ」

 

「そう言う訳ですから、マミさん。ここまで『好意』を抱き続け、『行為』に至らなかった私に免じ、どうか、お兄さんを私に下さい!」

 

いや、この流れでどうしてそうなる。

 

「却下ぁ! 結論がおかしいわよ!? というか、行為って何? 下心くらい少しは隠しなさいよ! あなた本当に元は鹿目さんなのよね!? 売約済みのアンリに何を期待しているの? 貴女が本当に私の後輩だったとしたら、潔くあきらめなさい!」

 

「いいえ、あきらめるだなんてそんな……私はいつでもアンリさん一筋ですから、絶対にあきらめませんからねぇ………ウェヒヒヒ!」

 

「「「怖っ!!?」」」

 

神々しい雰囲気で、可憐な姿の少女から出るとも思えない下品な笑い方。

リアルで遭遇したなら、ドン引きかトラウマ物は確定である。どうしてこうなってしまったのかと、旅を続けていたアンリとシャルは溜息を吐いていた。そりゃぁもう、地獄に居る知り合いの閻魔に届くくらいの深い息を。「無理です。とにかく善行を積ませなさい」……断られたようだが。

 

「も、良いだろ? ゆっくりさせて貰えると嬉しいんだが……」

 

「そうか。アンリは受肉していたんだったね。そう言う訳だから二人とも、アンリを休ませてあげた方が―――」

 

「「それも却下!!」」

 

キュゥべえの提案を真っ向否定。それを聞いた瞬間、アンリは精神的な苦労で眩暈を感じ、彼が来た途端の二人の変わりように溜息を吐くしかできなかった。感情や心を持ってからというもの、彼にはこういった気苦労が絶えない日々が続いている。

 

「…………ハァ。ゴメン、アンリ。僕にはどうする事も出来ないよ……」

 

「いや、キュゥべえは良くやってくれた。オレはこのまま諦める。せめて、シャルを連れてこの場を脱出してくれ…!」

 

「アンリ……分かったよ。シャルロッテ、こっちに来なよ。チーズケーキを買いに行こう」

 

「キターー!!ゼッタイイク!」

 

好物の誘いに狂喜し、シャルはキュゥべえと共に外へ。最後にキュゥべえがこちらに視線を向けていたが、それはこちらを応援するものであり、アンリの心に深く染み渡っていた。……哀れみが混じっていた事に、少し目の淵が熱くなったが。

 

「アイツ…あんな顔できるようになったんだなぁ…………」

 

横の喧騒をBGMに、深い感傷に浸るアンリ。かつてのキュゥべえを思い出し、ほろりと涙が頬を伝う。

決して、横の二人から解放されないから泣いたのでは無い。

しかし、そう思っていると……彼の足元が光りだした。

 

「うおわっ!!? ……って、魔法陣? しかもこれ召喚のじゃねぇか……」

 

「「アンリ(さん)!?」」

 

「お二方、存分に続きをどうぞ。オレは呼ばれたとあってはそこにすぐさま参上仕るのが仕事ってな!」

 

そう言っている間にも、足元の発行は深い藤色を伴って強くなっていく。

アンリ自身、その体は透け始めている。

 

「「待っ…………」」

 

「無限の世界へ、さあ行こう!!」

 

『玩具物語』という映画に登場する、『バ○』の名言を轟かせ、魔法陣の召喚要求に彼は身をゆだねた。

陣は藤色から闇色に光色を変え、マミの部屋を怪しく照らした。現在、アンリの周囲は違う世界がしみ込んでおり、既に世界に線を引かれた外に居る二人は完全に手出しできない状態になっており、たとえ神となろうとも、一世界の概念にしか過ぎないまどかも硬直するしかなかった。

 

「「アンリ!!」」

 

二人が叫ぶと同時、世界の繋がりは切られたのであった………

 

 

 

 

 

 

 

 

「(-_-)ンク…ンク……モウイッチョウ!!」

 

「オイオイ、いきなり来たと思ったらどうしたんだ?」

 

「今は何も聞かないでやってよ杏子。ヤケケーキの値段くらいは僕がちゃんと払うからさ」

 

「まあ…いいけどよ……シャル見たのも久しぶりだし、タダにしといてやるよ」

 

「恩に着るよ、杏子」

 

見滝原には不思議な飲食店。『御伽の国』という名の場所がある。

そこは普通の飲食店ではなく、入口の下にある紋章で一般客と『魔法少女・魔女』枠で区域分けがされており、魔力を持たない一般客はオリエンタルな道場を模した区域へ。

魔力を持つ関係者はおどろおどろしくもファンシーな『空間』へ転送されるようになっている。

所謂、表と裏の仕事を請け負う場所なのだが、表の飲食店も評判は高く、自然を感じさせるフレッシュな味付けと深紅の髪を持つ美人店長(八重歯がトレードマーク)で人気が高い。

 

そして、その魔法枠の空間内には、キュゥべえとシャルロッテが訪れており、その二人を店長でもある『佐倉杏子』が接客していた。

 

「てか、シャルがいるってことはさっきの魔力の揺れは……」

 

「ご名答。彼が来ていたんだ。すぐに別の世界に召喚されたみたいだけどね」

 

彼がこの世界から消えるときの波長に似ていたよ。とキュゥべえが説明すれば、ちょっとぐらい紹介してくれよ、と杏子が返す。

 

「アイツも忙しいもんだな……ま、アイツらしいっていえば、そうだけどな」

 

「(-_-)zzzマンプク……」

 

杏子は現在21歳の色気を帯びた体つきに成長している。魔法少女時、既に17歳を越えていた。

アンリによる世界の改変から半年もすると、彼女の身体も『修正力』によって急成長させられ、すっかり大人な姿になった。それをアンリの知り合いだった女社長…もとい、町内会長のご意向によってこの店を立てて貰ったのだ。

裏店内には、とある魔法少女が、引退した杏子や『先輩』の為に願った事により特殊な『空間』が張らされており、もし普通の人が紛れ込んでも魔女や魔力を感じる事が出来るようになっている。

そんな感じで表はともかく、裏の店員は全員『今』の魔法少女。世界改変を行ったのがアンリだったせいか、シャルロッテの様な『理性を持った襲わない魔女』までもが複数発生し、そう言った輩は全て、この店で魔法ライフを過ごしている。

実にご都合だと思うが、まあ。理解してくれると嬉しい」

 

「オイ、キュゥべえ?誰に向かって話してんだ?」

 

「いや、ちょっと現状の確認をね……」

 

「変な奴だな…ま、それはともかく」

 

杏子は肘をテーブルにたて、にこやかに顔の前で指を組む。

 

「アタシに顔見せに来ないとは、どういう了見だ!!」

 

態度一変。豹変すると、ガツンとテーブルを殴りつけ、木製のテーブルへ大きな亀裂を生む。その場所から亀裂は広がり、遂にそのテーブルはお釈迦となった。

流石は、元一流といったところか。魔法少女時の有り余る身体能力はまったく衰えていない。

 

(((ああ、またですか姐さま……)))

 

そしてこの店員、訓練された突っ込みを心で重ねる。

もちろん口にはしない。だって怖いんだもの。しょうじょ

 

「さやかの奴は上条とランデブー。まどかとほむらに至っては無意識カップルオーラ。義妹義妹言ってるマミの奴はファンタジー思想。戦友のアイツは放浪癖な神様になっちまう! どうなってんだこの街はぁぁぁ!!」

 

『美人店長』形無しである。しかし、そこに萌えた奴らは『御伽の国』の店員によって『向こう』行きだ。そこに行って、帰って来た姿を見た物はいないとか。

 

「落ち着いて杏子。完全に趣旨が73度傾いてるから」

 

「そのツッコミも微妙なんだよ!!」

 

ズビシィ! と勢いよく指を突きつける。

この効果音、少し古いか? なんて、キュゥべえが達観していると、厨房から一人の魔女が歩いてきた。銀色に輝く、きれいな機械の体を持っている魔女だ。

 

「テン…チョウ、オ…チツイ。テク、ダ・サイ」

 

「はぁー、はぁー……わりぃな、ギーゼラ。少し見失ってた」

 

「デハ、ギ、ョウ・ムニ。モ…ドリマ、ス。Ja」

 

彼女を疎めたのは、かつて契約杏子に最初に倒された『銀の魔女・ギーゼラ』……の原型。

店員達の拭き掃除(努力)もあり、その姿は夕焼けに晒された錆を全て落とし、美しい白銀に輝いている。こちらの方では主に接客、ウェイターをこなしている。

超高速で移動する結界を持っている魔女なのだが、魔女自体は非常に遅い。が、その遅さはしっかりと料理を運ぶのに最適なので彼女は適任だった。

そのマイペースを活かした魔法少女のカウンセリングも行う。この店の裏のアイドル的存在だ。

 

「すっかり馴染んでるね。魔女達も」

 

「アタシもキレやすいのが難点だけど、一応ここの母親役やってるしな。相談に来た後輩は皆アタシの子さ」

 

聖母(マリア)でも目指しているのかい? 元、教会の娘さん」

 

「そうかもな? 幸運を呼ぶ白獣さん」

 

どちらもニヤリ、と顔を見合わせる。

 

「店長、表でお客入りました! いい加減そっち切り上げてくれませんかー?」

 

「はいよー! …そう言う訳だ。アタシはあっち行ってるけど、シャルが起きるまでゆっくりしてな」

 

「そうさせて貰うさ。応援するよ、杏子?」

 

クスリ、と笑って席を立つ杏子。今来た客の所に行ったようだ。

 

「それにしても……」

 

店内をぐるりと見渡し、ため息が出てしまった。

 

「この店、魔女の比率が高すぎないかい?」

 

あっちを見れば魔女。そっちを見ても魔女。上を向いても張り付いている始末だ。

そして、その内の一匹が此方の席に向かってきた。その隣には魔法少女がいた。

 

「キュゥべえさん、相席いいですか? 大きめの魔女で他の席が埋まってて……」

 

「ああ、いいよ。僕らは小さい体だから席をとるまでも無いからね」

 

[感謝、感激]

 

その二人の印象は……一言で表すなら『図書館』だろうか。

魔法少女は古い司書の様な大人しめの格好をしていて、魔女の方は普通の本棚から薄いオーラが出ているだけの見た目。先程の魔女の発言は魔力を実体化させた文字を浮遊させていた。

双方ともに戦闘力は無いように見えるが、多分、魔法少女の方が火力中心だろう。

 

「久しぶりですねキュゥべえさん。あれから10体は魔女狩りましたよ! この子とも出会えましたしね」

 

「シア…だね? 見違えたよ。魔女が魔女狩りの手伝いだなんて、懐かしいものだ」

 

[同類、存在?]

 

「そこのシャルロッテさ。しかも、アンリと一緒に戦っていた…ね」

 

「その方が伝説の…!?」

 

あの二人は、世界のルールを変えた事で伝説として語り継がれるようになっていった。主にマミの手によって。

前述の事もあるが、僕は彼が神になる以前、日本に居る魔法少女全員に自分の事を話してくれ、と言っていた。それが一つの信仰になり、後世どころか世界中に広まるようになるなんて、思いもよらなかったけど。

とにかく、そうしてアンリは伝説になったんだ。『生神』としても。『英雄』としても。

 

「なるほど…チーズケーキを食い散らかすシャルロッテさん…杏子店長のテーブルの罅…まさか、戻って来てたんですか!? 伝説のアンリさんが!!」

 

「「「「「「な、なんだってーーーー!!!!??」」」」」」

 

いつの間にか満員近くになっていた店内。先程杏子と話していた時は代名詞で言っていたので周りからの反応が無かったが、伝説の人物がこの世界に戻って来ていたと知ると大混乱。

サインだとか、握手だとかアイドルまがいのセリフまで喧騒に混じって聞こえてくる。彼が既に数億人殺していると知ったらどんな顔をするだろうか。

 

「テメエらぁぁぁ!! この店追いだされてぇか!?」

 

が、杏子の鶴の一声でピタリとやんだ。表の美人店長、裏では誰もが恐れる厳しい母である。

 

「と、とにかく! 彼はどこへ?」

 

「残念だけど、すぐに他の世界に召喚されたみたいだ。さっき、大きな魔力のうねりを感じただろう?」

 

「はぅあ、残念です……」

 

ヘタリとその場でうなだれるシア。周りで聴き耳立ててた者達も同じ反応だった。

せめて髪の毛だけでも…あんた何するつもりよ。いえ何とかして接点を。変態の発想じゃなぁ~い?

 

そんな店の様子を見て、シアと呼ばれた魔法少女と一緒に居た魔女が一言。

 

[通常、運行]

 

「それはまあそうですけどぉ……」

 

[復帰、狩猟?]

 

キランと文字を光らせて言う本の魔女。人間体であるなら、歯が光っていただろうか。

 

「そうですねぇ。気晴らしに行ってきますか」

 

よっこらしょ、と女の子が言うには少々ムサイ言葉で立ちあがる。

 

「私達はここらでお暇します。彼が戻ってきたら、ここに連れて来て下さいね?」

 

「ああ。任せなよ」

 

約束ですよ~。と言いながら、店の紋章を踏んで外へ跳んでいったシア。勿論、魔女も一緒にだ。

 

「ああ、ホントに…………」

 

天を仰いで、キュゥべえは語る。

 

「平和だね。ここは」

 

彼は、世界の代弁者。

 




次回、アンリが行く世界は【Fate/stay night】になります。
まどマギはまどマギ、FateはFateで小説別になりますので、お気を付けください。

では、またお会いしませう!


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生命・永眠・笑顔

命の終わりはあっけない。伝えるものは、一から広がる。


……まあ、時が経つという物は早いもので。連れ添った夫の姿が近くに見える。ぼやけては、いるけども。

 

―――ピ…ピ…ピ…

 

「気付けば私も…『白寿』。ねぇ……」

 

しわくちゃになった、見慣れた自分の手を見て溜息。

垂れ下がった皮膚は若いころと比べるべくもない。艶も張りも、老いと共に失われていった。こんな状態では点滴が友達。それでも……

 

「元気さだけが、取り柄だったのに」

 

90までなら、まだ散歩が日課だった。

それでも、やっぱりその時期までがピークだったのか、どんどん足も悪くなっていって…

ふとその時、目に入ったのがクロスワードの冊子。

 

「ふふふ……ねぇ、『あなた』?」

「…どうしたんだ?」

「いつの間にか、私たちも老いたものね」

「……そう、だな。それでも、おまえより先に逝きたかったのだがなぁ」

「それは、言わない約束よ…」

 

旦那にこたえるために、この手だけは、いつものように動かせる。

ほとんど考える事も無く、脳裏のよぎる走馬灯を背景に、クロスワードの問題をスラスラと解いて行く。まだまだ頭は捨てたもんじゃない、なんて。

 

「お医者さんからは?」

「まあ、今日の内、らしいな」

「あらまぁ……」

「わたしも、信じられないよ」

「どうやって死んじゃうのかしらね?」

「…寿命だろう。おまえは、本当によく生きた」

 

コトリ、ペンを置く。

 

最愛の夫。

ずっとこなかった愚義兄、アンリがこの世界に訪れなくなってからというもの。

あの町内会長の会社で秘書になった私は、働くうちにこの人を見つけた。

 

きっかけは、あちらからのプロポーズ。

そんな時に丁度良く兄が現れて、その人と一対二での面談だった。

結局のところ、この人の『妹さんと一緒に、幸せになります!』なんて、私一人だけじゃなく、そんな欲張った言葉に絆されて、兄は承諾。ものの見事に話術で踊らされている彼は、見ていて道化師にしか見えなかったわね。

 

とまぁ…めでたく結婚し、銀婚式を迎えて、金婚式をあっという間に駆け抜けていった。

楽しい日々だった。魔法少女として戦っていた頃に比べても、謙遜のない幸せな日々。

いまでも魔法のリボンを創りだすことは出来るけど、その技も今となっては近所の子供たちへのプレゼントマジック。引っ越しや、持ち切れない時の荷物を縛る方法。日常に使える能力でよかったと言えば、戦った頃を思い出して情けない涙が出てきていた。

 

そこまで思い出して、突然に、手が動かなくなった。

 

「あら、こっちもげんかいかしら」

「…ほら」

 

心配そうな表情ではなく、仕方ないな。という顔で、寝込んでいるベッドに手を戻してくれた夫。

彼もまた、同じく90代の大台に乗っているというのに、私と違って元気な人だ。年下趣味と言われていたあの頃も、今となってはどちらもジジババ。過ぎる年月って、個性をすり減らしていくものね。

 

「あたたかい……これだけは、わすれそうにないわね」

「おまえの友達も、家族も、皆どこかへ行って(逝って)しまった。それでも、わたしだけはおまえの最期まで、一緒に居るよ」

「っ……ありがとう」

 

彼の言う通り、私の古い友人は、皆――命の輪廻に戻って行った。

 

鹿目さんは、暁美さんと世界を飛び回ってNGO。だけど、8年と5ヶ月前のある日、突然に連絡が途絶えた。きっと、そこが最後だったんでしょうね。

美樹さんは、『上条さやか』と名を変えて、世界的なヴァイオリニストになった上条くんと家族に包まれて過ごし、今から5年前には逝ってしまった。

佐倉さんは、13年前、店仲間の多くの魔法少女と魔女に囲まれて、涙だけは絶対に流れない最期を看取ってらっていた。もちろん、彼女が逝ったあとには皆、泣いたけれども。

 

そして、今度は最後は……私の番。

 

皆のコトは、伝えた。

彼が変えたこの世界。さすがに全員がそうとは言えないけど、それでも幸せな人はとても多い。

 

それでも、冒険譚は幾つもあった。

 

どうやったのか、魔法少女の祈りを使って、非道な実験をしていた場所を潰した。

何処かの馬鹿が魔女の絶望を利用して、一つの大陸が消えそうになった。

エネルギーの困窮にインキュベーターが友好的に協力して、今や宇宙との外交さえも可能になった。

 

そうして世界は、変わって行った。

それでも、その礎には、中心には彼が居た。私たちが居た。魔法少女が居た。魔女が居た。インキュベーターが居た。そして、なによりも……

 

「わたしたち、にんげんが、がんばったのよね…」

「ああ、頑張った。おまえは本当に頑張ったよ。だからもう、後は任せろ(・・・・・・)

「ありがとう、あなた」

 

シーツの柔らかい感触が、途端に引いてきた。

魔力を全て生命力に回していたけど、その根源が無くなったみたいね。徐々に、頭の奥から、真っ黒な物が見えてくるもの。

 

「お別れだが、また会おう―――マミ」

「ええ、またあいましょう―――■■」

 

最期の言葉、上手く言えたかしら?

 

もう、見えるものが皆……

 

 

 

まっくろ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明るい――?

 

「…………約束通りか。待ってたぜ?」

「(-_-)zzz」

 

あかない筈の瞼が開き、最初に映った人物は、ずっと変わらない私の兄(巴アンリ)

 

「あらあら、この子ったらまた寝てるの?」

「此処はやる事ねぇからなぁ。クカカっ……ま、彷徨い続けて早2年。飽きが来るのもいつもどおりっつうワケだ」

「もう、それじゃ私も暇になっちゃうじゃない」

「そこは、オレの土産話とマミの人生語り、ってコトでどうだ?」

「仕方ないわねぇ……」

 

懐かしいもので、彼と話すのも数十年ぶり。

何をしていたのかと思えば、また迷子やってたのね。

 

「…あー、その…なんだ」

「どうしたの?」

「アイツ、最後まで居てくれたか?」

「…ええ。私の最期、看取ってもらったわ」

「そうか! それは良かった…」

 

年齢を感じさせない、いつまでも若々しい反応か。おばあちゃんだった私には、羨ましいものね。ま、言わないけど。

 

「ふふ…大丈夫よ。彼以外にも、ちゃんと伝道師はいるわよ」

「あぁっと、そーいやそうか」

 

もう、いつも通り要領をえないわね。

 

「あら、何かしら……光?」

「ん? …………ハァ、あんの神さん…待ってやがったな」

「それって、あなたの転生したっていう?」

「まあな。もう会う事は無いとか言っておいて、実は何度か顔合わせしてるっつうね」

 

彼がそう言う間にも、目の前の光は私たちを飲み込んで……

 

 

 

 

「よくぞここまできた。まあ、座るがいい」

 

真っ白な部屋。

穢れなど知らないかのように、無機質に温かい不思議な感覚がする部屋。

真っ白な机が1つと、真っ白な椅子が4つ。

彼らは全員、その場に腰掛けた。

 

白い老人は、自然と口を開いた。

 

「それでは、君の魂の浄化について、そして彼らとの同行についての話をしようか」

「とりあえず言っておきますけど、私はアンリと共に行くつもりです」

「それはまあ、うむ。受諾しておこうか」

 

突如出現した紙に、何のためらいも無くハンコを押す。また紙が消えて、神が残った。なんて……つまらないわね…………

 

「そりゃともかくだ、神さん。まずは浄化だろ?」

「That`right.世界を渡るに至って、まずは英霊化からいってみようか」

「軽っ、そんな簡単にできんのかよ?」

「なに、この娘は十分過ぎる信仰(・・・・・・・)がある。放っておけば、あの世界と強制契約をされていただろうな」

「うへぇ…良かったなぁマミ。神さんが呼んでくれて。守護者ルート一直線から外れたらしいぞ」

「え? …え、えぇ。そうね」

 

何の話か判らなかったけども、今後と『もしも』の話だというのは理解出来ていた。

そして…

 

「それでは、君達『放浪者』の契約はもう終わった。好きに『生きてこい』!」

 

老人―――アンリ曰く『神さん』が、衰えを感じさせない覇気のある声でそう言った。

すると、音も無く扉が現れる。

 

「――次なる人生にこそ君達に多くの幸あらんことを――

 これは、私の定型文だが、受け取って行きたまえ」

「ありがとうございます。アンリがいつもお世話になってるみたいですね」

「いやいや、私も暇なのでね。彼が時々淹れてくれる紅茶は、君譲りだろう? 嗜好品としては申し分ない。そう畏まらずともいいよ」

「それでも……」

 

私は扉に手を掛け、神さんへ言った。

 

「アンリと、出会わせてくれたんですから」

 

生前から変わらず、ふわり、微笑んで。

 

――また、会おう

 

ぎぃぃ、と……扉は閉められた。

 




それでは―――開幕のベルを鳴らしましょう。

最悪の夜、最高の友。そんな混沌が、はじまり・はじまり……


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下弦の月詠
壊死・崩壊・不動


今日の天気は、血雨ときどき肉あられ。
深夜のベルは真夜に鳴り響くでしょう……


 

全ては終わった。ここに記すのは、語られなかったもう一つの結末。

……まあ、蛇足だと笑うなら笑うが良いさ。だけど、本当にアイツは救われなかった。それだけは言えるな。

手を差し伸ばしたが、払われちまったからな。オレっていうのもまだまだらしい。

聞くなら、心して聞けよ? お前らが知る奴と同じ、同一人物が織り成した物語だ。

 

ただ、オレは今でも思ってる。

 

―――アイツの元に、どうしてもっと早く行けなかったんだ。って

 

 

 

 

『魔女』

 

この世界には、そう呼ばれる存在が居る。

絶望と負を振り撒く醜い存在。魔女が居る限りはその世界に救いは無く、ただの一度も救済は訪れなかった。その存在が居る幾多の並行世界でさえ、一つの光明も見えなかったのだから。

 

その絶望溢れる世界を、何度も繰り返し経験する少女が居た。

 

その少女は、約束を忘れず“ある人”の為に最強の魔女と戦い続けた。傷つき、倒れ伏し、やっとの思いで伝えた真実も、それを聞いた仲間である筈の者から命を狙われた。それでも、諦めること無く、とっくの昔に心は壊れて、ただただ歩み続けた。

それは『彼』が現れなかった世界。見捨てられたとある、『一つの世界の少女』が歩んだおはなし。そんな彼女に、ようやく『彼』が訪れた。そんな、噺。

 

居る筈の無い奇跡が現れ、ある筈の無い救いを与える事のできなかった、数多くある希少な世界達の物語。足掻けども、何度繰り返そうとも、何をするでもなく散って行った世界の物語。

いったい何度繰り返したのだろう? 少女はそんな事すら疑問に思わなくなった。

その身を動かすのは、たった一つの、『四回目の約束』。

 

女神は祈る。

 

―――求めるならば、呼びましょう。

 

―――救われないなら、放りましょう。

 

その言葉も届かず、また一人。“百回目の初めての青い少女殺し”を行う。

時雨に打たれ、紫電に焦がされ、死因を伝えられる。そんな経験ばかりをしてきた。そんな、とある少女の目は…

 

 

 

 

 

ただただ、黒かったのだろう。

 

 

 

 

 

 

魔法少女まどか☆マギカ

 

手遅れだった世界。救いの無い世界。

現れるは『救済』。現れるは『救済』…………

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

 

時は、幾百―幾千―幾億―幾兆

 

繰り返す。

 

繰り返す。

 

繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返すクリカエスクリカエスクリカエスクリカエスクリカエスクリカエスクリカエスクリカエスクリカエスクリカエスクリカエスクリカエスクリカエスクリカエスクリカエスクリカエスクリカエスクリカエスクリカエスクリカエスクリカエスクリカエクリカエクリカエクリカエクリカエクリカエクリカエクリカエクリカエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ

 

 

 

 

 

 

 

 

救いは一人の為だけに、そして終焉は訪r―――――――

 

某月16日水曜日。

 

晴れ晴れとした朝日。

ほのかに香る、太陽の匂い。そんな優しい光を受けて、とある看護師は浮かれた気分で歩みを進める。今日もカルテを手に、己の担当する患者の元へと向かっている。

 

「ふんふんふ~ん♪暁美さん、今日はどんな様子かな?かなり順調にリハビリしてたし、退院も近いわよね」

 

彼女は、『暁美ほむら』と呼ばれる少女専属の看護師である。

幸い、入院している重傷患者もあまり数はおらず、これまで付きっきりでほむらの担当をしてきた彼女は、今日も浮かれた気分で病室を訪れた。

 

その先に、変わり果てたナニカガ…?いいえ。そうでしょう。きっと来るって信じてた。きっと狂うって信じてた。きっときっときっと

 

……はてさて、何をしていたやら。

 

おや、既に彼女は病室に入ったようだ。

 

「おはよう暁美さん! 今日もいい天気―――暁美さん? どうしたの」

 

その看護師は、挨拶をしても、窓を見つめたままピクリとも動かない暁美ほむらに額を寄せた思う。自分は医療を行うべき者である、そんな志を胸に、ほむらが向く方向に移動し、彼女と目を合わせて話そうとしたのだが…

 

「暁美さん。どこか調子でも………ヒィッ!?」

 

目が合う。目があった。

そこには、何も映らない、ナニモワカラナイ目ガ在ッタ

 

「……―――…―――――――――――」

「キャアアア!!!」

 

暁美ほむらを中心に、暴風が巻き起こる。

それは病室の備品を破壊し、看護師の彼女を立たせなくする程の暴風。しかし、それでも風は止まらない。止まらない。

看護師の彼女はひたすらに待つ。割れる音がした。きっと窓が割れたのだろう。大きな音がした。きっとベッドが吹き飛んだのだろう。ギシリと音がした。きっと何かが―――

 

―――心が、軋んだのだろう。

 

風は収まり、部屋は空き巣にでも荒らされたかのような…いや、それ以上の惨状を晒している。脅威は去ったと思ったか、患者を放っておいた己を叱責して目を開けたのだが、

 

「…………暁美さん?どこに行ったの!!!?」

 

いくら呼べども返事はせず。

 

この日、『かの夜』が襲来する一ヶ月ほど前。暁美ほむらは消息を絶った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『魔法少女』

 

先の魔女と相対する存在であり、魔女に魅入られ死を選ぶ人間の洗脳を解く事ができる、希望を振りまく聖の存在。しかし、その正体は魔女に成る前の騙された少女たちで構成されていた。

 

ソウルジェムと、そう呼ばれるモノが魔法少女たちの手にある。

彼女らは、それを肌身離さず持ち歩き、変身と共に衣服の装飾品として持ち歩く。そうして宝石と共に戦う魔法少女の武器でもあるそれは、『(ソウル)()宝石(ジェム)』。そんな少女たちの『魂』そのものでもあった。

 

ソウルジェムの濁りは即ち、魂の穢れと同意。

濁れば濁るほど所有者の気持ちは沈みゆき、最後の一線。そう、堕ちてしまった際には魔法少女は見るもおぞましき怪物―――魔女へと変貌を遂げる。

 

彼女達が魔女と戦うための力。『魔力』を使えば使うほど、その魂は濁り行く。また、その気持ちが沈めば沈むほど、同じく魂は濁って(堕ちて)いく。倒した魔女から現れる、元はソウルジェムであった『嘆きの種(グリーフシード)』を当てれば、穢れはそちらに流れ込むので、一時的な処置は可能ではあるが。

 

しかし、そんな中で一つの疑問が浮かぶだろう。

 

もし、そう。もしもの話だが……魂の天秤ともとれるソウルジェムを心の無い、もしくは、心をその中途で失ってしまった人物が所持していたならどうなるのだろうか。

心が揺れず、常に不動。絶望へ傾くことも無く、戦いの中でしか魂は濁らない。戦いの外に措いては一切の消費の無い存在へと成り果てるだろう。

想いは失い、戦うだけの存在。だが、それに一つの希望(呪い)が動力源となる。

 

それは即ち魔力を扱う機械人形。そんな存在に出会ったインキュベーターのとある個体は、一度だけ、彼女にこう告げた。

 

≪君を魔法少女にしたのは、僕ら最大の成功であり、同時に最大の失敗であった≫

 

今は『亡き』、彼が告げた言葉。

幾億もの代わりの体を破壊され、如何なる法を用いたか、その思念でさえも消し去られた故にその真意を聞く事は不可能である…が、それもまた、件の心亡き少女によって行われていた。

その少女の行方は、時間の先に行かぬ限りは知ることも出来ずに忘れ去るであろう。

 

 

 

 

そうして、件の少女はこの世界をも巡っていた。ふらりと訪れれば、災害のように立ち向かう『敵』をなぎ倒す。これまでに過ぎ去った時間は既に二十日余り。

 

再び場面は移り変わる。青き少女が魔女へと変じ、その死は誰にも徳と損を与えぬまま。

 

しかしそれは、あくまで自然に。

そうだな。例としてあげるなら……季節の移るが如く、と言った方が正しい(適切)だろうか。

 

「なんで……どうして! 答えてよ! ほむらちゃん!!」

「…………必要だった」

「さやかちゃんが死ぬ事に、何の必要性があるの!?」

「…………ワルプルギス。倒しましょう」

「ちゃんと答えてよ!!」

「おい、もう諦めろ…コイツはどう考えたって何も聞けないだろ!! まどか!」

「うっ……ううう………」

 

無邪気は既に消え去り、まどかは悲痛に泣き叫ぶ。その涙は、今は亡き親友へと追悼を送る。

それを疎めるは杏子。未だまともな会釈を返さないほむらへ向かって吐き捨てるように言った。

 

「テメェ…何を考えてるかは知らねぇが、まどかもこんな風に切り捨てるってんなら容赦は―――」

「何を言っているの? 私はまどかだけは切り捨てない。約束。約束だもの。あなたとの、私との、約束。……待っててね。まどか。きっと、ワルプルギスを倒して見せる。キュゥべえももう居ない。今度こそ。何度繰り返したかもわからない今度こそ。それでもだめなら切り捨てるわ。だって、私には次があるんだもの。武器の補充もしなくちゃいけないわ。でも、人との関係は必要ない。いつかどうせ居なくなる。私も貴女も。ならばその先には私が行けばいいの。繰り返して何度でも何度でも―――」

「薄気味、悪い……行くぞ、まどか。こんなキチガイに付き合う必要なんて無い」

「う、うん。……うううう…………」

 

壊れたレコードのように、つらつら、淡々と言葉だけを紡ぐ彼女を置き去りにして、杏子とまどかは鹿目の家へと歩を進め、その場を後にする。

残された彼女は、まるで闇かと見紛う程の瞳を向け、その様子を見送っていた。一歩たりとも動かぬ。影さえぶれぬ。その体の一切を掌握したのかの如く、不動。

 

「ええ。今は帰りなさい。でも、避難所から出ちゃ駄目。私の爆破に巻き込まれて死んじゃったから。この街はどうなるの? 安心して、『あなた』は守る。どうなるの? 大丈夫、『あなた』は無事に。それじゃあ、帰りましょう……言えってどこだったかしら? まあいいわ。魔女の姿は見過ごせない。私のために糧となるもの」

 

(うつ)(うつ)らとふらふらと、風になびいて髪揺れる。

体も揺れて、軸ぶれる。ぶれてぶれて……先には何が?

 

身体を揺らすは己が意志。その意思さえもなくなってしまう人形は、ポトンと切れて、血に墜ちる。濡れた赤は屍の数だけ――

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わってその場を見下ろす影があり。

闇を背負い、悪を背負った彼は現れる。お伴には、金色少女とお菓子魔女。いやはや…ご開園は近い物ですかな? 道化師たりえる御招待。この世界にはチケットを、道化師嗤って手渡した。

 

「美樹ちゃんの魂改修っと……しっかし重傷、だな。手遅れ感しかしねぇが」

「大丈夫なのかしら? 私の初めての世界旅行なのに……」

「(>_<)コワイヨナニアレ?」

「隠す気も無く喋ってんな。それでも、行動が行動で、狂言として受け取られちまったか……ってかマミ、旅行言うな」

 

よしよし、とシャルの頭を撫で、落ち着いた所を苦笑いのマミが優しく抱きしめる。

 

彼らが世界から召喚されたのは実に一刻前。

丁度、さやかが自分に絶望し、魔女へと変貌を遂げるほんの少し前の事であった。

訪れたはいいのだが、勝手知ったる(知らぬ)別の物語が紡がれていた街。ただただ、放出される魔力を辿ってしかこの場所に辿りつけなかった彼らは、全てが終わらされる10秒前にこの場へ到着した。

そして見たるはあの惨状。魔女へと変じた瞬間のさやかを、その堕ちる過程にて手のひらにある、砕けたソウルジェムをさやかごと爆破。飛び散る紅い血をまどかと杏子に振らせ、ほむらは悠然と立ち尽くすという地獄の光景を連想させるその瞬間であった。

当然、彼らはまったく無駄の感じられない『作業』を終えた彼女の元に飛び込もうとしたが、それは叶わず。お菓子の魔女に引き留められてからはその後を見送り、今に至る。と言う訳である。

 

「私が居ないって事は、既に死んじゃってるみたいね」

「ここはシャルにガップリルートだろうな。あの様子の暁美ちゃんなら、容赦なくやってそうだ」

 

その考えは正解である。

この世界に居る暁美ほむらは、何度も繰り返すうちに自身が救済を行った際と、行わなかった際のデメリットについて行わない方が弾薬、疲労の消費が少なくなると割り切って一切手を貸さなかったのだ。

ただ、本人も予想だにしなかったのは、マミが死別の際だろう。最後の抵抗と言わんばかりに、この世界のマミは全ての魔力を銃身に集め、自分の体そのものを砲台として引き金を引き、ここのシャルロッテ諸共に自爆したのだから。その光景は、まどかに深い心の傷を残したのは間違いなかったが。

 

「とりあえず、私達は私達で動くわよ。まずは鹿目さん達に合流。訳を話して協力を取り付けましょう」

「了解だマスター。あー…でも、出来るなら、神ちゃんと連絡つきゃあ良かったんだな……」

「そうねえ。あの子、いつもは既婚のあなたに迫るほど馬鹿やってるのに、こういう時だけいないんだから……」

 

アンリとマミは頭を抱え、ここには居ない最上の救い(壊し)手を思い浮かべる。

だが、彼らにその小さな手を置き、シャルはこう言った。

 

「(-_-)トラヌタヌキノ…」

「皮算用だってぐらいは分かってるさ。だけどよ、この惨状見りゃ、無いものねだり位はしたくもなるって話だ」

 

アンリはひらひらと手を振って、自分の考えを述べる。その一言で一同は落ち込んだ空気を漂わせた。しかし、いつまでもそこに居られないのが彼らの服装。夜が明ける前には移動しなくてはならなった。

 

「でも、行動あるのみが今の私達にできる事だから」

「ま、そういうこった。とりあえず日を待つとすんぞ。あの『暁美ほむら』は学校に行ってなさそうだし、昼休みの辺りに屋上で鹿目ちゃんと話はつけれるだろうしな」

「(^.^)サンセイ」

「それまで他の魔女でも狩りに行きましょう? キュゥべえの行方も確認おかないといけないし」

 

アンリはマミのその言葉に首を振る。否、と返せばマミは驚いたような顔で彼に説明を求めた。

 

「いや…あの言葉通りなら、キュゥべえは何故か消えてる筈だしな。それにあっちも狩りに行くって漏らしてたしよ。鉢合わせには時期が早い……この世界、一筋縄でいきそうにねぇもんだ……」

 

彼の言葉は、この場に居る二人の心境をも体現していた。先が思いやられるのは確かな事実。だが、ポジティブを装って彼らは笑い合う。その次の瞬間には彼らの姿は広場の上から消え、そこに痕跡を残さないままにひっそりと移動していた。

 

イレギュラーは、新たな波紋を作ったのか―――

 

さぁ揺らしましょう。さぁ謳いましょう。

物語とは謡われるモノ。踊る道化師は悪神が配役に御座います。

幾億の世界を駆けた道化は踊らされ、時には踊らせて参りましたのは事実に御座い。人形師は誰なのか、哀れなドールは何を踊るか。それはまた、次の機会に……

 





第二部、すたーとです。
さて、書き直し作業始めましょうかね。


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結託・運命・崩壊

狂気分が少ない……まあほむらちゃんもいないし当たり前かな?

……え? 本番はじまってるの? は、早く台本台本……


この世界に悪が降り立った翌日。

晴天…とは言い難い、雨が引いた夕暮れの頃。

鹿目まどかはただ一人。たった一人で屋上へ向かっていた。

コツコツと階段を上り、屋上の扉を開けば湿っぽい空気を一身に浴びる。

 

死したさやかの涙か……いや、そう考えるのもおこがましいと首を振って否定する。

 

そうしていると、待ち合わせていた人物が姿を表した。

佐倉杏子。みずみずしい林檎を手に、一つかじって此方に放り投げて来た。

ニッと笑うその顔に、少しだけ「  」し、槍を担ぐ彼女の姿からは、多くの悲しみがこみ上がって来た。脳裏には青き少女の―――――――面影を。

 

「大丈夫か?顔色悪いみたいだけど……」

「ううん。私は平気」

「だといいんだけどなぁ…」

 

ポリポリと頭をかき、昨夜の事でばつが悪そうな顔をする杏子。

それを「杏子ちゃんのせいじゃない」と、まどかは儚げに否定する。誰も悪くはない。死んだ彼女には悪いが、自業自得でも無い。諦めるしかなかったのだと、己にも諭すように。そうしなければ、とても気分はいい物じゃない。今から数週間前に突如、眼前に現れた機械人形のような魔法少女、暁美ほむらに彼女は全てを奪われているかのように錯覚していたのだから。

奪われて慶ぶ者などいない。与えられれば喜ぶだろうが、与えられたのは絶望と奇怪な言動のみ、歓ぶなど、嗚呼……以下(・・)にして出来ようか?

 

不意に、その場は明るく照らされた。

日が射してきたのだろう。空を見上げれば、雲は大きな割れ目を作っており、丁度その部分に太陽が顔をのぞかせている。

湿った水溜りだらけの屋上を照らし、自分達をお日様が慰めているのだと。そうとも取れる解釈を心に打つ。打たねばならぬ。でなければ――嗚呼、憂鬱哉。

 

「杏子ちゃんは……」

「ん?」

「これから、どうするの?」

「そうだな……」

 

和解が間近に迫り、これから訪れる脅威に対抗してくれそうだった。

されど、青き少女は逝ってしまった。暁美ほむらの言動に見え隠れする「これからの脅威」。それに立ち向かうとなると、杏子もさやかやマミと同じ末路を歩む事になるかもしれない。

だからこそだ。まどかは心配と、悲しみを込めてその言葉を送る。

 

対する杏子は、鹿目家から貰ってきたのだろう『T○PPO』のチョコレートを味わいながら、気楽に答えを告げた。最後までたっぷりと、

 

「ワルプルギスと戦うさ。アイツ(ほむら)にゃ聞きたい事もあるしな」

「逃げ…ないの?」

「今は居ないが……キュゥべえたちの噂じゃ、どっちにしろ人類は滅びちまうんだって話だって? どうせ死ぬなら、一矢報いてからが望ましいよ。アタシはね」

 

たとえ自分が死のうとも。

彼女は何処までも強く、気丈に生きて来た。そして、この世界の杏子は鹿目家に居候している事も、彼女がこの答えに至った要因の一つ。

新たに感じた『家族』に、彼女は賭けたくなったのでした。ただ、それだけの、ありふれたお話でしたとさ。

 

めでたく終わるかは闇の中に。

 

「……ごめんなさい」

「あやまるこたぁないさ。アタシだって腹括ってんだ」

 

日の光は未だ射し、少しでも二人を温める事ができるように強く光る。

それはさながら、暖かな気持ちを持って欲しいと、世界そのものが祝福してくれているようで――――唐突に、暗雲が立ち込めた。

 

風は無く、すうすうと雲は太陽を覆い隠した。黒き雲は雷鳴を呼ぶ。ガラガラと二人を揺らし、閃光で網膜を焼き切ろうと画策するのだ。

 

訪れた闇に、せっかくの起き上がりかけていた彼女らは沈みそうになる。ただの天気でも、ここまで心境に影響があるとは…と。先程の気丈な様子は何処へやら?

 

されど、それは闇の兆候で在って、光の兆候でも在った。

ここで初めて、この世界には乱れが生じる。

そう、現れるのは我らが悪神『さあ。さあ?さあ、さあ!』

始めて合って、こんにちは。

 

≪暫く、…ぁあ暫くぅ!! 天照大神の分神もご照覧ありやがれ! ハジメマシテ。お嬢さん方? 謂れは無くとも即参上、悪鬼羅刹から()望のデリバリーにやってまいりました!≫

「「!!!?」」

 

声と共に、まどかと杏子の立つ丁度間の床から突き出した、『漆黒の腕』。

いや、腕の形をした何か。と言った方が正しいだろう。

『それ』は不規則にゆらゆらと揺れており、ぐじゅるぐじゅると嫌悪感のある音をたてて滴り上がる(・・・)

二人が呆けている間にも、そして『それ』は次第に形を取っていく。突きでた腕は浅黒く、その至る所に赤黒い刻印が見て取れた。いつしか腕は人のあるべき高さにまで移動し、ゆっくりと人の型を真似てゆく。()粘土のようだと、不快感は抑えられない。

 

じゃり、ぐじゅる、ぐちゃ。

生きるモノとして、聞こえてはいけない筈の音。それが、自分達と同じ『形』をしたものから発せられる恐怖。だが、それは一つの“芸術の様で/雑多な物の様で”、人と言う“醜さ/美しさ”が今目の前で広められているようで……

 

間違い無く、人間(ひと)を見せつけられるようであった。

 

「クカカカっ!! 吃驚人間ショーは大成功? それはよかった! おお、良きに御座いました!」

 

泥に包まれた異形の泥。それは手を空へ突きあげ、道化のように語りだす。

そして彼女達の方へ向き直り――――その態度を一変させた。

 

「して……オレが何か気になるか? ならば応えて進ぜ様。鹿目まどか、佐倉杏子の迷えし少女らよ、ってなあ?」

 

目の前で組み上がった存在――アンリ・M・巴――は紳士のように丁寧にお辞儀をする。

そして、彼女らの名前を呼びかけた。

 

まったく不審な人物。この世に知る『異質』は魔法少女のみであり、『男』という超常現象などに思い浮かぶものは二人は持ちえていない。この眼前の異常事態に構え始めた杏子は、まどかの分も代理するかのように声を荒げる。

 

「何モンだ? 魔女…にしちゃあ話せるなんておかしいし、“くちずけ”を受けたにしては可笑し(異端)過ぎる――――! 正体は、何だ……?」

 

答えよ。断れば刺す。槍を構えた彼女の瞳はそう、物語っていた。

臨戦態勢の杏子に動じることなく、アンリはその問いに応える。

 

「オーケーオーケー。それらの求めに、オレは包み隠すこと無く答えよう。聖杯(オレ)は望まれるものだから…なぁ?」

 

三日月のように口を吊り上げ、おどけた道化は語りだす。

 

そうして、運命の一石は投じられた。いや……

 

 

 

 

 

――――投じられてしまった。

 

 

 

 

 

 

その頃、マミとシャルロッテは……

 

「あら、断りも無く『私が死んだ』からかしら。まだ水道使えるみたいね」

「( ^^) _菓 オカシトタベモノカッテキタ!」

「あら、気がきくわね。世界は違えど、やっぱり商店街の人達は変わらないみたい」

 

一緒に詰め込んじゃいましょ。と冷蔵庫にしまう物を選り分け、次々に生活の準備を整えて行くマミ。シャルロッテは重そうな物を優先して運び、二人の近くに居る人影がそのまま形になったようなものは、たまった埃などを掃いていた。

 

この二人と正体不明の影達が居るのは。言わずと知れたマミの住んでいたマンションの一室。

急遽死亡した“この世界のマミ”が丁度家賃を払った直後だったのか、水道電気は滞りなく使えた。元々、拠点も何もない根無し草の自分達は、こうして死者の居た場所ぐらいしか使えないのだ。

 

(ま、割り切るには重たい話だけど……私も大人(おばあちゃん)だもの)

 

マミも心中、この行動に余り快くは思っていない。

だが、自分達には必要なのだと言い聞かせる事で、自責の念を押しつぶしていた。

巴マミ。実に、齢98の心境であったとか。

 

そう思っていると、長年見慣れていた『白』が視界に入った。

それはかつてと違い、意気揚々といった風にこの場を眺めていた。

 

「懐かしいね…マミが昔暮らしていた場所か……」

「あら、感傷に浸ってるなんて…あの頃のあなたじゃ考えられない行動じゃない」

「まったく…わかってるだろ? 僕だって“変化”しているって」

 

その白い生物はおどけたように苦笑した。

 

「ちょっとからかっただけじゃない。長く生きてると、ちょっかい掛けるのが趣味になったのは知ってるでしょ? ……『キュゥべえ』」

「やれやれ…精神面はナイロンザイルのようだね」

 

その白い生物…今となっては感情豊かになったキュゥべえを膝に招き、マミは彼の頭を撫でる。長年連れ添ってきた間柄、柔らかな温かみを感じたキュゥべえは嬉しそうに目を細めた。

アンリと出会って約80年。マミが寿命を迎え、その魂がアンリ元へ赴くその時まで、彼らの絆は確かな物となっていたようだ。

 

「それを言うなら、コールタールと言ってちょうだい?」

「……はぁ」

 

皮肉も切り返されるのかい。キュゥべえの心は、無駄な成長をしすぎた娘を見ているかのようだった。アンリたちは長年対等な『友』としてやってきた仲だ。ある程度の切り返しはキュゥべえも予測していたが、これは予想外だと天を仰ぐ。

マミはそんな彼を見て微笑むと、ラインの繋がった方向へと視線を移す。当然、その先に居るのは――

 

「さて、これからが正念場よ。頑張ってきなさい……アンリ」

 

この世界の平和を願い、マミは帰る事ができる場所を整える。

それが、異なる自分が居た場所であっても、戻る事が出来る場所には違いないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わってアンリ達。

自分達の目的。自分達は何者か。アンリはそれらを全て伝え終わっていた。ニヤケながらに淡々と、時には煽る様に語る彼はこの上なくうざったい。しかし、それもマミが共に来れるようになったからこそ。不規則なテンション、安定しない人格のままに話していたのだ。

 

して、それを聞いた杏子達と言えば……

 

「そう簡単に信じられねえな。さっきの登場も怪しすぎる。アンタを信用するって訳にはいかない」

 

当然の疑惑。

そりゃあ、怪しい奴ほどこの世では関わりたくもないし信じてはいけない。現に、インキュベーターという種族がそうであったのだ。

 

「でも」

 

杏子はそこで一拍を置き、突きつけていた槍を引っ込めて言う。

 

「ワルプルギスを倒すっつうんなら、協力しな。アタシだって死にたかねえからな」

「ひゅぅ。それで十分さね」

 

どちらも深入りしすぎない契約。ここに、それは成った。

 

「あの……」

「ん? 他になんかあるのか」

 

おずおず、と言った風にまどかが訪ねてきた。

 

「あなたは…どうしてこんな事を持ちかけたの?」

 

それを聞き、アンリは苦笑する。

やはり、何処まで言ってもまどかはまどかだな。と、今は亡き“まどか”と現役バリバリの“神ちゃん”を思い出した。こうして、疑問を素直にぶつける辺りは変わっていない。それは嬉しくもあり、面影が重なって悲しくもあった。

まあ、神ちゃんは頼もしいが来てほしくはないな、とは思っているのは内緒だが。

 

「なにより、『約束』だからなあ。神ちゃんと、オレ自身との」

「『約束』………」

 

誓っただろう。二度目の生を得た己に、“生きる喜び”を教えてくれた世界に恩返しをしたいと。ならば、その為には―――

 

「『オレが全部背負ってやる』……オレはもう、十分生きたんだ。なら、味わった幸せの分だけ、他の奴にも味あわせてやろうってな。

 クカカッ、下らねえ押しつけだよ。『魔法』なんて大層なもんは使えねえが、こういった『倒せる敵』が居るならオレはそれをブッ倒すって具合にな」

 

自嘲するように、だが、ハッキリと思いを告げる。

それを見た彼女達は……

 

「これから、よろしくお願いします」

「アイツと違って、アンタならまだマシみてぇだな……あれだけ大見得切ったんだ。キッチリその分は働けよ?」

 

最初よりいくらか表情を和らげ、彼を受け入れた。

とはいっても表面上。とくに杏子はあくまで契約上の協力とみなしてはいたのだが。

 

「なに、約束するさね」

 

にっこりと笑って、彼は答えた。

 

再びその場には日の光が差し込む。同時刻、マミ達がいるマンションにも光は届いていた。

新たな世界の訪問者を歓迎するように。そして……

 

破壊者――――、―――――――――――――。

救済者の登場を、心待ちにしていたかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ、……もう少し待っててね。アンリさん」

 

幾多の世界を越え、その様子を見守るは女神が。

箱の様な部屋で、一方だけに宇宙が広がる不思議なその部屋には、微笑を携える神が鎮座する。その神といえば、忙しなく背後の羽をはばたかせて根を広げていた。

 

「もう少し…もう少しで…………」

 

――――そっちの世界に届きますから。

 

いつでも彼女は、女神であるのだ。

 





―いやいや、今回も疲れたね。
―お疲れ様。悪神サマ? もうちょっと落ち着いて。
―あ~スマン。魂の制御が利かなくてよ。
―そうそう、あの影も回収して欲しいな。マミの家(――――)が埋まっちゃうよ
―ゲ、了解…



いやはや、お疲れさまでした。
二次公演はこれにて閉幕。三次公演はまた次の機会となります故、観客の皆様は適度な休憩をばお取りください。

次回は、あなた方がくつろいでいる時間にわざとはじまらせる故……


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白獣・希笑

別の場所で戦闘と同時進行って無理ですね。
遅くなりましたが、第二部の続きを公演いたします。


 何処までも堕ちてゆき、誰に見つかることも無く、朽ち果てる運命なのか? 世界は選択し、選択される。人の数だけ世界は存在し、人の数だけ世界は滅びを選ぶ。

 

 だと言うのに、ある観測者が謳うには…世界そのものには寿命というリミットまであるらしい。しかし、本当にそうなのだろうか?宇宙とは、幾億もの年の中、その範囲を広げ続けて来た。本当にそうか? その先にあるモノは“無”……可笑しなものだ。“有る”のに“無い”とは。

 本当にそうかい? 孵者が探し出し、エネルギーは一先ずの安定を得た。

 本当に、そう思っているのかい? エネルギーなんて、所詮……その宇宙が孕んだモノの一部でしかないのに?

 だとしたら、傑作だよ。僕たちはただの哀れな道化でしかなかったという事さ。

 

 

 

 

 耳から垂れる不可解なアクセサリー。ピクリと動かす様子はおおよそ可愛らしいほどだろう。のっそりと表情筋を動かし、瞳を閉じて笑いかける。愛くるしさは感極まって、無地の白より白く気高き獣となった彼は、隣の御仁、マミへと告げる。

 

「……そろそろ、僕も動かないと他のインキュベーターが寄ってきそうだね」

「あら、あなたも行くの?」

「まあね。“元”同族に、出し抜かれるつもりは毛頭ないからさ」

「ふふふ……気をつけて、“行ってらっしゃい”?」

「うん、行ってきます」

 

 白き宇宙(そら)の獣は、するりと闇へ溶け込んだ。金はゆらりと微笑み、小さく手を振る。そして、その小さな手には……

 

「私達の色合いは綺麗なんだから、家族なんだから、欠けちゃいやよ? キュゥべえ」

 

命を繋ぐ、願いの紐。家族のつながり、切れない絆。それらを現す金のリボン、彼の首輪の代わりにくるくると、存在証明自己主張。

 残された彼女はただ待ち続けるのだ。掛けがえの無い家族を信じて。ただ。

 

 

 

 

 

 ととと、ととととと、と、とと、とととととと……走る歩く。立ち止まって跳ねあがる。くるりと回ってゆらゆら到着。視界に入った桃色は、希望を持った希望の持てた希望が溢れる桃色さん。無かった物を携えて、にこりと笑って問いかける。

 きっと彼女は驚いたろう。だって、抑揚があるのだから!

 

「やあまどか。久しぶりだね」

「……キュゥ、べえ……?どうしてあなたが……!」

 

 やれやれ、やっぱり駄目なのかい? 僕はこんなに笑っているのに。それも仕方ないよね。僕が僕であり続ける限りは。

 

「それじゃ率直に聞かせてほしい。君は、僕が憎いのかい? 僕達を憎悪しているのかい?」

「当たり前じゃない!あなたのせいで、さやかちゃんが……!」

「なら、僕と契約して彼女を生き返らせてみるかい?……なんてね、契約なんかしないよ。それは余りにおぞましい。君が必要なのは僕じゃない。暁美ほむらの方だからね」

 

 そう言うと、吃驚した顔になるまどか。始めてみた若かりし頃のそれに、可笑しそうに、不謹慎だとは分かっていても、それでもくすりと笑みをこぼしてしまう。

 そんな白い獣の様子に、まどかは驚愕、唖然。始めてみたのは確かだろう。インキュベーターの真実を知った今、それを覆す事象が起きているのだから。

 

「笑った……?」

「ふふ、ここの僕(・・・・)はもう死んでるからね、僕は別の世界のキュゥべえだよ。だからこそ、君に契約なんて持ちかけないし、興味もない。それに見合うだけの情は長い都市付きで持ち合せて来たよ」

「―――テメェ、今更になって……どこから沸いて出やがった!」

 

 キュゥべえがその声に気付けば、後ろに杏子が立っていた。彼女の武器をキュゥべえに突きつけて。穂先が首下に触れるが、撒かれたリボンが優しくはじく。リボンに見覚えがあるのだろう。杏子もまた驚きに槍を取り落してしまった。落とした槍は、戦意の喪失と共に消失する。

 

「まったく……他のインキュベーターから出し抜かれる事が無いように忠告と思ったのにね。あの気まぐれ神が説明してる筈もないから、その点を補おうと思って来たのに……流石、この頃の僕は随分と嫌われ者の様だ」

 

そう耳を竦めるキュゥべえだったが、

 

「どうでもいい! それより、魔女化の事をなんで黙っていたんだよ!」

 

 急かすように、新たに創られた杏子の槍が獣の体に喰い込む。

 まどかはその痛々しい様子に顔をしかめながらも、やはり一度異常はキュゥべえの死ぬ瞬間を見ているのだろう。止める様子は感じられない。

 そうして傷口から流れ出る痛みに顔をしかめながらも、キュゥべえは疲れたように言い放った。

 

あいつら(・・・・)インキュベーターの目的の為さ。

 宇宙の寿命を永らえさせる。その為に、君達人間の持つ感情をエネルギーに変換する必要があったから……これからはちょっと長いけど、それでも聞くかい?」

「なんで他人行儀なのかは分からないけど……それで、何か分かるなら……」

「うん。やっぱりまどかは、まどかだね。あのヤンデレ神とは大違いだよ」

「え?」

 

 彼女たちには恐ろしく異様に映るであろう、花の様な笑顔を向けながら、キュゥべえはつらつらと語りだす。魔女の真実と、インキュベーターの追い求めた……間違いについて。

 

「ちょうど、君達が契約したアンリと繋がってるから、その戦いを見ながらにしようか」

 

まどかの部屋にあったパソコン画面が突如唸りを上げ、こことは遮断された筈の世界を映した。協力感謝だよ、H.N.エリー。

 

 人影を乗せたくるくる回る小さな足場。不安定かつ頼りない、その下を除けば永遠の闇。

それを追いつめるは、空を飛ぶ軽薄な雄鳥たちだった。自由自在に空を飛び、“無駄”に鍛え上げられた人間の肉体を持つ物や、“無駄”にカラフルに彩られたファッションで着飾る者も見受けられる。

 だが、それらは全て魔女(あるじ)の為。こちらに見向きもしない彼女を振り向かせる為である。そのためならば、結界に入った民間人(ライバル)を蹴落とすことさえ躊躇わない。

 

 小さな足場に嘴をたて、悪神を舞台から引きずり降ろそうと翼が羽ばたいた。

 

『バーカ。そんな、こっすい方法しかとれねえから魔女(アイツ)にも相手されねえんだよ。『無限の残骸』っと』

 

 呆気なく新たな足場を作られ、目論みを破られる。まさか空にとどまるとは予想通りだったのだろう。続いて、画面を見ている彼女たちには信じられない光景が映った。男である彼が不可思議な力で戦っているというのも驚きだが、それは、同一人物の生存による驚愕。

 

『この足場不安定ねぇ……』

「マミ!?」

「マミさん!!」

 

 生きている筈がない。だが、事実そこに存在していたのは、文句を言いつつも、彼の影の中から現れた「巴マミ」という魔法少女。当然のように、己の武器、手に持ったマスケット銃の銃口を使い魔に向けて引き金を絞った。

 

『ぱーん』

 

 可愛らしい声と共に、凶悪なまでの魔力を込めた弾丸を発射。

 おおよそ、銃声の3倍ほどの量がある弾丸は、此度対峙する魔女『ロベルタ』の使い魔である『ゴッツ』の一匹に見事命中し……4メートルはある球状の大爆発に飲み込まれ、周囲を巻き込み爆散した。

 

「なんで、生きて……」

「それは後にしよう。それじゃ、基本的な説明を始めようかな」

 

 死んだはずの人間が生きて見慣れたリボンで敵を縛り上げているのは、どうしても信じがたいだろう。だが、キュゥべえとてそのような場は乗り越えてきている。彼女たちの反応に慣れ切った様子で、苦笑いと共に口を開いた。

 

「インキュベーターが君達、魔法少女に戦わせる魔女。その正体は……大本を正せば、魔法少女が始まりだ。この国でも成熟する前の雌生体を“少女”と呼ぶように、探そうと思えばヒントは見えてくる。

 そして、地球で最初の魔女が生まれたのは紀元前の事。魔女が居ない世界で、“何でも一つだけ願いを叶える”と誘惑したインキュベーターは見事、魔法少女を絶望させ、地球最初の魔女を生み出した」

 

『オオー』

 

 シャルロッテはぬいぐるみ姿のまま、マミのリボンで縛られた使い魔達へと近づいた。

なにか、マントの下から一つ目ネズミのような使い魔を出したと思うと―――ネズミはガジガジと、鳥の使い魔達を食いちぎり始める。

 縛られ、逃げることもできない使い魔は、次々と羽を、体を、服を喰い尽くされる。ただ、足場を揺らして使い魔達に人間を喰わせるつもりの魔女のけたたましい足音だけが、その場にむなしく響き渡っていた。

 その様子を見たシャルはエッヘンと胸を張り、残敵掃討を終了した。

 

「あの魔女は、マミさんを殺した魔女…? え、えええ?」

「それからと言うもの、魔女は使い魔と言う存在を生み出し始めた。

 使い魔は成長するにつれ更なる絶望を生み、更なる魔女を生み出した。負の連鎖はそうやって延々と続き、インキュベーターは理想通りの感情エネルギーを“採集”することができた。……そう、インキュベーターの目的は、その莫大なエネルギーだったんだ」

「どういうコトだ、そりゃ」

 

 モニターを見れば、全ての使い魔は掃討され、裸一貫の魔女だけとなっている。それに近づいたのは、全ての負を背中に詰み続ける異形の悪神様。

 印籠を掲げるように伸ばした右手には歪な短剣が握られ、左手にも似たような物を出現させた彼は跳んだ。そうして近づけば近づく程、その巨体を曝す鳥かごの魔女ロベルタ。アンリは自分の攻撃圏内に魔女が入った事を確認すると、双刃に魔力を結集させる。

 

「インキュベーターは、現存する宇宙のエネルギーが消費され続けることに危惧を覚えた。感情が無いとは言っても、生存本能に歯抗えないからね。そして、この地球より進んだ“彼らの科学力”の観測結果から、早く対応して、全ての知的“生命体の種”を消滅の危機から救おうとしたんだ。

 研究の結果、インキュベーターの持ち得ない、感情と言うものが、宇宙を救う程の莫大なエネルギーを放出させることが分かった。特に、希望から絶望へ切り替わる、その瞬間にね」

「だから、あなた達は……」

「そう、“彼ら”は感情と理性を持つ生物――君達、人間をその為の燃料と定めた。そうして、人間だけが搾取される、家畜のような関係へと発展していったんだ。それが“間違い”とも知らずに」

 

 鈍く血の様な色に発光し始めたアンリの持つ双短剣。その刃先には彼の操る悪意の泥が巨大な刃を形作った。それは鳥かごの頂点(とって)から魔女の股、鳥かごの底面へと止まること無く振り抜かれる。アンリが振り下ろした刃を武器諸共消滅させると、思い出したかのように魔女の体に赤い切れ目が奔る

 切れ目が上から下りるたびに、荒々しく両断された箇所から臓物と血飛沫をまき散らし、完全に切断される頃には、下半身だけの魔女はあらゆるものをぶちまけながら絶命していた。

 

 巴家はその場でハイタッチ。落ちて来たグリーフシードをマミが掴みとると同時に結界が消滅する。まどかの部屋のモニターも動力を失ったように色を褪せ、電源を落とした。

 

「実のところ、人の魂を変質させないまま人外の肉体に変貌させ、人としての絶望の感情を振り撒く存在を作りだしたことさえも間違いなんだ。そもそも……宇宙が寿命を迎えるなんて事もなかったしね」

「「え……」」

 

 その言葉に絶句する二人。インキュベーターの歴史を、インキュベーターであるはすの彼がこの場で全否定したのだから。しかも、宇宙の消滅自体が無い。と言いきった。これに、驚愕の感情を露わにしない方がおかしいと言えよう。

 二人の反応も予想通りと言わんばかりに、キュゥべえは小さく笑って先を続ける。

 

「彼らが観測できたのは、“現時点で広がっていた宇宙の最極端”だったという“だけ”。

 感情のエネルギーも、所詮はこの宇宙の中で生み出されたエネルギー。宇宙の為に還元しても、尚更この世界の存在を証明し、よりこの宇宙が広がっていくスピードを速めるだけなんだよ。

 彼らが観測したのも、結局はその場所一回だけ。そりゃあ、消滅もするってものだよ。ホント、頭のいいバカな種族だよね」

 

 そうキュゥべえは吐き捨て、嘲笑うように苦笑した。かつての己が、どれだけ異常で異端で……愚かであったのかと。そんな彼に掴みかかったのは杏子だった。まったく、この生き物は何を伝えたいのか。ワルプルギスと言う脅威が迫る中で何をしに来たのか。

 自分の意図を全て凝縮し、一つの言葉として吐き出した。

 

「それは分かったが……結局、テメェは何が言いたいんだ?」

「残念ながら、此処に彼の『祠』は造れないからね。

 だからこそ、まどか。君が契約しないように、これからも、インキュベーターと言う種族が他の者と契約しないようにして欲しいんだ。杏子も手伝ってくれると嬉しいかな?」

「私が……契約しない事?」

 

確認するように呟いたまどかに、そうだよ、とゆっくりと頷いた。

 

「ワルプルギスの夜“程度”なら、アンリが単騎で倒すことだって簡単だ。だから、そんな目先の脅威は彼に任せるとして、この地球から魔女がこれ以上現れないようにしてほしい。

 後少しで、全ての“魔女”という存在を滅ぼす神が此処(世界)に届くから」

「そんな奴が……」

 

 それこそ有り得ないだろうと否定しようとした杏子だが、キュゥべえの瞳に映る確かな輝きを見て閉口する。

 彼らが待つのは、魔女を消し去る概念と成り果てた“鹿目まどか”。彼女さえ来れば、あとは時間を賭けてでも“祠”の代わりになる物を製造し、『負の存在』が怪物となって具現化しないようにすればいい。魔法少女達の成長や宿命の問題も、この世界のまどかを此方のキュゥべえにある事を願わせれば解決される。そのために、結局契約は必要なのだけれど。

 キュゥべえやアンリ。彼らは幾度となく、様々な方法をとって数々の世界を巡って来た。自分達の世界と似ているこの世界も、救われたいからこそ悪神達を呼んだのだ。ならば、その期待に応えない理由もない。また存在意義に縛られる生き方だが、それも悪くないと思ったからこそ、キュゥべえも動いているのである。

 

「これが僕らの目的。そして、この世界を救える手段なんだ。改めて、僕らと協力してくれるかい?」

 

 流れるのは、人時の無音の時間。それも、唐突に破られる。

 

「……一つだけ、聞かせて

 あなたは、同じ種族の筈なのに、どうしてインキュベーターを止めようと思うの?」

 

 途中で裏切られては、たまった物ではない。そう思ったのも自然だろうが、やはり彼女は“まどか”。聞きたい事を、聞かせたい事を実にいいタイミングで質問してくれた。キュゥべえは、それに対して誇らしげに言うのである。

 

「僕はもう、“インキュベーター”じゃない。ただの“キュゥべえ”さ。

 あの子から貰った名前を誇る、一つの感情を持った命だ。それに……」

「それに?」

 

 此処まで答えれば、彼女達にも真意は少しずつ伝わっていた。だが、それでも杏子はおどけてみせる。キュゥべえが口にするであろう、最高の言葉を期待して。

 

「誰かを助けるのに、理由は要らないだろう? 僕たちはただ助けたいと思ったから動く。主の意向で、アフターケアも万全さ」

 

 だから――――

 歌うように、彼は続ける。

 歌詞の内容はハッピーエンドな物語。冒頭部分を担うというなら、キュゥべえは必ずしも始めの言葉を締めくくるのだ。

 

「僕たちと契約して、世界を救ってよ」

 

 甘い甘い、誘惑の言葉で。

 





これにて幕間。
次回は舞台裏にございます。

それでは、お疲れ様でありました。


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街角・震撼・焔薙

非常に短く、ほむら視点が多いです。
今はともかく…時間がないっ! (他の小説的な意味で)


 デモンストレーションのためとはいえ、魔女を面白おかしく倒すやり方をとったアンリ達。元が魔法少女だった存在と言う事を知っている彼らにとって、あまり今回の事は良い思い出とするには難しいな、と考えていた。きっちりと魂は回収し、今はアンリの中に在る「楽園」の住人としていても、だ。

 それでも、一度訪れた世界に破滅をもたらすなどと言う事は出来ない。

お人好し、偽善者、自分勝手……そう蔑まれようとも、どう言われようとも、自分達と言う存在は“外敵に対する悪”という名目で行っている行動なのだから。傲慢だと蔑めばいい。その感情も、彼の彼らの力へと昇華されるのだから。

 マミは変身を解き、白に黄色いラインが入ったフリースを出現させる。夜の寒さには、丁度温かそうだった。

 

「私は先に帰ってるわね……彼女、任せたわよ」

「任された。で、キュゥべえは当然行くんだろ?」

「当り前さ」

 

 軽く頷きあうと、彼らはその場から離れる。

 誰も居なくなった場所には、街灯の光だけが残るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「魔女がいない?」

 

 可笑しいおかしいオカシイ? 魔女がいないの何処にもね。

 鳥カゴ・鳥男の馬鹿な魔女。時を止めればあら不思議、何をするでもなくいなくなっちゃうあの弱い奴。どうしていないの此処にはいない? さがして見つけて『 』さなきゃ。

 

 そーゆー彼女に足音テクテクテクテク、テクテクテクテ。おっと止まってニヤニヤと。黒い男が佇んだ。方には反対まっしろけっけの白くてしろぉーいキュゥべえチャン? どうしてどうしてどうしてどうして? 生きてるのよ。

 

「キュゥべえは居なくなった。どうしてここにいるのかしらね?」

「僕は僕で在って僕でない。インキュベータを卒業した、ただのキュゥべえ。

 理解する必要もないし、戦う必要もない。まどかに興味はないし、この世界の馬鹿なシステムを切り離しにきただけだよ」

「貴方はなんなの? 私が殺す」

 

 時を止めれば引き金一つ。時が動けば弾丸一つ。

 どうしてかしら、黒いニヤニヤに止めれられたみたい。不気味なものね、ニヤニヤ笑いでしかない男だなんて! こいつはどうにも怪しいな。……使い魔、それもいいかもしれないわ?

 

「さてさて、お初にお目に掛かる。オレは復讐者(アヴェンジャー)

 ただの道化(おーぎゅスト)道化(くラうン?)やってる英霊だ。世界を巡り巡ってここに参上仕り、あなた様のような愚かな道化(ピエロ)を救いに参りました。

 さて、アンタはとるのかこの腕を、鹿目ちゃんもが手にしたこの腕を」

「…………まどか」

 

 この男を信じてとったその手をとった?

 信じられない何があるの? だってただの男じゃない。戦う力もない筈よ。どうしてまどかはその手をとったっていうの? 弾丸くらいは防いだみたいな、英霊ってなんなのよ? 私は分からない分かりたくもないどうしてこんな笑っているの。あなたは何をしにきたの? ……・ああ。ああ、ああああ。……ワルプルギスを倒さなきゃ。じゃないとまどかが魔女になる。救いも何もかもを履き違えた救済の魔女になっちゃうじゃない。うん、そうね。そうときまればソコヲ退いてちょうだイ?」

 

 よくよく喋るねぺらぺらりっと、これまたいい長話。黒い男は吟味する。私の言葉をあなたの耳で。

 

「質問全部に応えらんねぇ。だが、確かにこの世界を“救う”……なんて、お題目を引っさげて来たのは間違っちゃいない。さて、並行世界のオマエさんは手を貸してくれたが、こっちのアンタはどうなんだい?」

 

 改めてぇ、スッと差し出す落書きの手。ほんとは刺青? 分かってる。

 不快な目で弾いて焔炎(ほむら)は燃え上がって燃え上がって……燃え尽きちゃって?

 

「……排除。排除排除。あなたは今まで出てこなかった。

 ああそっか。あなたはワルプルギスの使い魔ね?その手には乗らないわ。残念無念ねだからこそ殺す!!!!!!!殺す殺す殺す!!!消えなさいよォォオォォォぉオォォオオオオオオオオオオ―――」

 

 ティクタク、クロック、オフザレコード。

 時間が止まってガチリと固まる。ニヤケた男は凍りつき、キュゥべえだけが消えていたでも彼は倒さなきゃ。だって、悪夢へいざなう使い魔なんだもの。

 

 爆弾爆弾ぽんぽいぽんぽい。ちゃんちゃらおかしいわ、だって既に貴方は――

 

「―――残念無念」

 

 ドォン、どちらかな?

 爆音、一条の光。連なり重なり相乗して、爆撃は街の一角を完全に破壊する。だが、それは聞こえる事のない刹那の時間、隔絶された空間でのお話。何故か? 彼がそれらを抱え込み……いや、背負ってしまったからだろう。

 

 

 

「あらいけない。街が壊れちゃった」

 

 やり過ぎたかしら? いいえ、別に問題ないわね。だって彼は使い魔だもの。死んで当然殺して当然。魔法少女の私には、彼を倒す義務がある。今だけは感謝しようかしら、あの忌々しい白い生き物キュゥべえだっけ?

 いいえ、インキュベーターね。地球に寄生する見にくい醜い寄生虫(パラサイト)

 一般人には見えないもの。間違ってなんかいない筈。映画みたいに人の内側(ねがい)に住みつく魔物。

 

「疲れたわ。だからもっともっと動かなくちゃ。私に休みは必要ない。私に休みはとれないの。まどかを守る……守る?守るって何だったかしら???」

 

 頬づえついて首ひねり、そのまま首は一回転。

 ゴキゴキメリメリ音が鳴り、無表情が一回転! 笑えない冗談だ。

 

「嗚呼思い出したわ。ワルプルギスを倒せば終わりだったわね!」

 

 ランランスキップ乱嵐乱。乱れて折れて、吹きすさぶ。街は壊れてまっさらさ!?

 まったく、魔女って本当に碌なのがいない。どうしてこうも無慈悲に街を――ああ、私がやったんだっけ? まぁ、いいわね。

 

 

 

 

 

 

「………あっぶねぇぇぇぇええ!!?」

 

 街の一角、ほむらの爆弾で破壊された瓦礫の下から、アンリが障害物を押しのけて飛びでてきた。その瓦礫の上をぴょんぴょんと跳ねて、一匹の白い生物が心配するように駆け寄っていく。当の本人は、口に入った砂や石を吐き出していた。

 

「大丈夫かい?」

「ゲホッゲホッ……いや、威力もそうだがよ。ここまで街を破壊するとは思わなかった。こう言う時、アレだ……えっと……そう、“ないん☆ている”が無かったら即死だった! ……いや、無傷なのにそれはねぇか」

 

 言って、アンリは手に九本のふさふさした尻尾の固まった様なストラップを懐に仕舞う。大事な、大事なものなのだ。無くしてしまうことは許されない。

 

「……ネタは良いから。君はもう少し、自分を大事にしたほうがいい」

「おお、すまんな。どうにも――≪アンリ!? 爆発音が聞こえたけど何があったの!!?≫――……お姫様がお怒りだーよ…ってか、聞こえてたんかい」

≪工エエエェェ(ω・´ )━(・ω・´)━( `・ω・´)━( ´・ω・)━( ´・ω)ェェエエ工!!≫

「落ち着けシャル。オマエは癒し要因でボケじゃないだろ。あと念話でかっこあぽすとろふぃーとか、記号をそのまま送ってくんじゃねぇ。何が言いたいか判らん」

 

 爆発の衝撃は人格にまで衝撃を与えていたようだ。せっかくのシリアスが台無し。もはやシリアルの様相と化している。キュゥべえとアンリは同時に溜め息を吐いて、二重の意味で疲労していた。

 

「交渉失敗で街が破壊……これなんてムリゲー?」

「むしろ鬼畜ゲーじゃないかい?」

「違えねぇ……はぁ、歪みねぇな…………」

 

 キュゥべえの突っ込みに、ぐったりと肩を落とした。よっこらしょ、瓦礫から全身を出すと、その山を眺めて頭を掻く。オヤジ臭いというキュゥべえの忠告には実年齢で黙らせた。

 そして、彼は一面の惨状を見て、頬を引き攣らせる。それはいつものニヤニヤではなく、呆れの感情より顔に浮き出た表情。

 

「面倒だが、直すしかないよなぁ。コレ…」

≪シャルをそっちに送ったわ。家の準備はもう少しかかるから、存分に秘匿頑張ってね≫

「うぃ。晩飯楽しみに待ってる」

 

 そこまで言うと、マミとアンリは念話を切った。アンリは宝具を発動させて、人型の喰らってきた魂の持主を再現させる。蟲爺さんとかか弱い雪の聖女とかいるけど、まあ戦力になるだろうと判断してのことだった。

 

「日が昇る前には片づけっぞ!終わったら“宴会(パーティー)”を約束する!」

『オオオオォォォォ!!!』

 

 彼は魂を喰らうと、そのままその人の性質を頂戴するだけではなく、こうしてパーティーなどを開いて魂たちに飽きがこないように手配している。

 ……そこ、ホーエンハイムとか言わない!一人芝居とかシュールとかもいらないから! それから、さっきの魔女も当然ながらに参加している。魔法少女の姿に、魔女の装飾を足したような感じだが。…なにはともあれ、こうして夜は更けていった。

 元の世界と同じく、欠けて来た半月の光がこの街を照らして彼らを見降ろす。その月には、もちをついた兎ではなく、ある一点を見つめて苦笑いしていた狐の娘が見えたとかなんとか。ここ見滝原の住民が、そう言い表したらしい。

 

忘れているかもしれないが、ワルプルギスの夜まであと2日。

決戦の日は、近い。




次回からまじめに書きます。
クオリティ下がりすぎでしょう……書いたのは自分達ですが。
そういえば、最近ペットを飼いました。かわいい「よもぐちゃん」です。鎧と土竜の種族ですが。

では、お疲れさまでした。
次回に当たって、描写をもっと増やしてほしい場合は感想へどうぞ。
望まれたからには返す所存にございます。


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灰塵・集束・善悪

今回の表現は結構なものです。
もう一度言います。結構なものです。

気分を害すようなら、すぐさまブラウザバック推奨。
少なくとも、書いてていい気分ではありませんでした。


かっちこっちカッチコッチかっちこっちカッチコッチかっちこっちカッチコッチ

 

―――規則正しいね。うん、そーだね。

 

カチコチかちこちカチコチかちこちカチコチかちこちカチコチかちこちカチコチかちこちカチコチかちこちカチコチかちこちカチコチかちこちカチコチかちこちカチコチかちこちカチコチかちこちカチコチかちこちカチコチかちこちカチコカチコチかちこちカチコチかちこちカチコチかちこちチかちこちカチコチかちこちカチコチかちこちカチコチかちこちカチコチかちこち

 

―――あ、早くなってきちゃった!

 

か……ち……こ・……か、カカカカカカカカカカカカカ…………かかかkっかっちこっきいりかおかかいksきぎぎぎっぎぎぎぎぎぎぎぎっぎぎぎぎぎっぎぎぎぎぎっぎぎぎっぎ

 

―――あわわ……どうしよう!

―――ま、ママ!時計が壊れちゃった!!

 

―――あらあら、落ち着いて。

―――…………でも、どうしようかしら。……そうだわ!これ、もう古いから―――

 

 

 

「捨てちゃいましょ―ブゥエ!!!」

 

……ダメじゃない。

どうして捨てるなんて言うの?その子はまだまだ使えるわよ。仕えるのよ。閊えなさい。あなただ~け。

 

「ママ!? ママぁ!!!」

 

「煩いわ」

 

また服が汚れちゃったわね。

あらあらああああああ~~あ。どうしようかなどうしようかしらねぇ?

これじゃ、まどかに合わせる顔が無いじゃない。

 

……顔? 、そうで、そうねそうsきさああも、そうだ!

持っていっちゃいましょう。そうそう。その方がキッと良いわよね。

キッと、ギッと……うん。取れた…?

 

「汚い」

 

ぽいっと捨てて、消しちゃいましょう。

美樹さんもこれで消したんだもの。切ってキッときっと消えるわよね。

 

チッチッチッチッチッチッチッチッチッチチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッッチッチッチッチッチッチッチッチッ―――

 

「どかーん」

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女まどか☆マギカ

~魔法少女と悪を背負った者~

 

第二章、再醜血戦。指導の歯車は、始動の歯車は……結局それしかそれしか。。

 

結局、布石に過~ぎな~いの☆★欲しいの?欲しくないの。あ~ららら。

 

救えないなら消えちゃってー救おうとして頑張ってー繰り変え繰り返してーも。

 

 

 

 

ばーい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ざざぁっと雲が棚引いて、モクモクぐるぐる回り続けているのです。

 それは、暗転を曇天を表しているのよね。ですたよね。

 川原も多荒れ模様ですのよ。橋が揺れすぎだってハナシ、あっぶないな~!

 

「……チッ、結局アイツの到着は遅れたか」

「そう言わないの。あの子も私たち以上に忙しいじゃないの」

「マミ……そうは言ってもなぁ」

「オイオイ、手はずは整ってたんじゃないのか?」

 

 上から順に順番に、(杏子)、紅《アンリ》、黄《マミ》、白《キュゥべえ》、(まどか)そして(シャルロッテ)。みんなみーんな……。

 

 ……そう言った杏子は、訝しげな視線をアンリに向けた。その意味が分かっているからこそ、アンリは居心地悪げに頬を掻く。苦笑いのオプション付きで。

 

「でも、私と同じ“まどか”なんですよね。……死んだりはしないんですか?」

「はぁ? どういう意味さね、そりゃあ」

「鹿目さんが言ってるのは、『ドッペルゲンガー』の話でしょ?」

「はい……」

 

 少しカタカタと震えて、まどかは心配そうにマミを見た。

 

「心配無いだろうね。それなら、僕らが全員死んでるだろうからさ」

「(>_<)キュゥベエオナジカオー」

「ああ、そういやそうだったね……」

 

 まだ少し納得がいってないのか、ぶすっとした杏子がキュゥべえを半目で睨みつける。

 その視線に気付くと、尻尾を力無く下げてキュゥべえは眉間にしわを寄せる。せっかくの愛嬌の姿も、こうとなっては哀愁が漂ってくる。

 

「アンリ、視線が痛くてかなわないよ」

「数十年越しだがインキュベーター卒業オメデトウ。そして耐えろ」

「血も涙もないわね。あなたらしいけど…………まあ、そんな余裕も――」

 

 くすっと笑って、マミは空を見上げた。視線を崩すこと無く引き締め、装飾が黒く変わったソウルジェムを掲げる。

 

「――これまでよ」

―――アハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!!!

 

 彼女が言った瞬間、魔女の狂った笑い声と共に万国旗が端とビルを繋いで現れた。その国旗は▼の下に球体がついただけのシンプルな模様。それを拡大する為の像や動物が通り過ぎようとして―――

 

「“無限(アンリミテッド)(・レイズ)残骸(・デッド)”っ!」

 

 アンリの泥に行く手を阻まれる。

その泥はサーカスに彩られた動物たちを切り裂き、移動結界の役割を果たしている、「ワルプルギスの夜」の存在理由を否定するように立ちふさがった。

 

 ワルプルギスの夜は、あの国旗が広がれば広がるほど移動範囲が広がるようにも思えていた。だからこそ、この橋の周辺……いや、この橋から50メートル圏内からこの魔女が出ないように誘導するための泥である。

 だが、そんな泥を弾き飛ばすのが、彼女が倒してきた、もしくはどこかに生きていた筈の魔法少女たちの影。砲を持つ()は集合して泥を吹き飛ばす。剣を持つ()は魔女の為の道を切り開いて行く。

 しかし―――

 

「オオオオオオオォォォォォォオオオ!!!」

 

 アンリから聞いた、“全力を出し続け(・・・・)ても構わない”という言葉。

 それを信じて、この世界の杏子は何の遠慮もなく魔力をつぎ込みにつぎ込んだ大槍を振るう。衝撃波を伴った大槍は、周囲の使い魔達を吹き飛ばす。砲を持つ者は砕け散り、剣を持つ者は引き裂かれる。

 マミも同様に、周囲に展開した砲撃で確実に国旗の伸びる先を狙い落としていった。狙撃に夢中になっている彼女に隙を見出したのか、ワルプルギスの周囲にいる影の一つが鋭く尖ってマミに迫ったが、それらは彼女の微笑の前に崩された。

 

「それっ」

「あの頃と比べると、随分と余裕が出来たねマミ」

「そりゃ、私も実年齢はおばあちゃんですもの」

 

 リボンは尖った影を難なく縛り上げ、杏子の的としてフラグを回収される。時に、アンリの泥をあびて漆黒に染まり、リボンそのものが鋭くなって結界の基点(国旗)を容易く切り裂いて行く。総力を挙げてワルプルギスという『災害』を正しく喰い止めている中、キュゥべえは最後の仕上げだと言わんばかりにまどか囁く。

 

「まどか! 僕と契約を―――」

「させない!!」

「なっ……キュゥべえっ、後ろだ! ―――」

 

 両腕を地面に突き立て、泥の制御のみに全神経を注いでいるアンリは見た。突如出現し、キュゥべえに銃口を突きつけている“ほむら”の姿を。

 

 きっと、彼女はずっと覚えていたのだろう。

 キュゥべえがこの場面で契約を迫り、最悪の展開に陥ったという経験を。

 だが、今はそれが最善の策である。彼女が為す行動はなんと皮肉な事かと。

 

 だからこそ、アンリは悲痛に叫んだ。キュゥべえという『家族』が失われそうになっているから。その事に誰も気付いていないから。彼を助けるためにはあと一歩届かないから。

 

 だから――――彼女(ほむら)を悪魔の様に嘲笑うのだ。

 

「―――なんてな」

「あなた……よくもぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 引き金を引いた瞬間、弾丸のせいではなく、キュゥべえとまどかの姿は掻き消えた。

そして、杏子やマミ。アンリでさえもがその場から消失する。

 まどかが消えたことで唖然としているほむらは、ワルプルギスが結界ごと薄れて消えていくのを見て、獲物を取られた怒りと、まどかを消した憎悪で消えたアンリに吼える。だが、消えていったそれは幻影(・・)のようで……

 

「シャル、捉えて!」

「オチャカイノジカンッ」

 

 新たな結界に包まれて、ほむらの身体はマミのリボン、シャルロッテのネズミに雁字搦めに縛られた。シャルロッテの魔女結界がこの辺りを覆い、ワルプルギスの夜が現れる筈である(・・・・)この場所を隠した。結界の外から見れば、結界の魔法陣が浮き上がっている以外、一切の異常は無いように見えるだろう。

 

 これが彼らの作戦。最初から杏子の幻影でワルプルギスと言う存在そのものを、戦闘の全てを偽りで映し出し、結果――ほむらをおびき寄せることに成功したのだ。

 

「は、なしなさい!! ハナセハナセハナセハナセハナセェェェェェェェ!!!」

「ほむらちゃん……」

 

 獣のように暴れるほむらは、盾から零れた重火器を魔力で暴発させる。自分を炎で巻き込んでまで、自分自身を傷つけてまでも。

 だが、自傷を繰り返すほむらの前に、この世界のまどかが現れた。

 

「まど―――!!」

 

 魔法少女の衣を纏っているまどかに、叫ぼうとしたほむらは喉が引き攣ったように声を詰まらせる。同時に、その体の動きも完全に停止していた。

 次の、瞬間には――

 

「ッ!」

 

 右手を左手の盾に押し当てる。きっとそれは、彼女が幾度となく繰り返してきた時間遡行で自然としみついた動作だったのだろう。

 秒針を無理やり手で戻すかのように、勢いよく盾を回転させようとしたところで―――

 

「シャァアアア!!」

「ギ、ァァァァアアアアアア!!?」

 

 ほむらの両腕を、アンリが切り落とした(・・・・・・)。当然のように鮮血が溢れ、脳の指令を無くした腕は、乱暴に切り裂かれた為か血肉の欠片を撒き散らしながらしばらくはびくびくと動いていたものの、その執念も抜けきったか、最後にはピクリとも動かず、沈黙に伏した。

 これで、ほむらが過去に戻ることはない。戻ることすらできない。その望みは、彼女の盾ごと踏み砕かれたのだから。

 

作戦(ミッション)完了(コンプリート)だ。囮役を頼んですまなかったな。鹿目ちゃん」

「は、い…………」

 

 現実ではこのような場面(スプラッター)を見ることなど、一介の中学生では有り得ない。余りにグロテスクな光景に、それがほむらだったとしても顔をそむけて青くさせる。血の気が引いた状態、その最たる例となっていた。一般人として、鹿目まどかは間違いなく正しい。

 目を背けたとしても、この惨状が無くなるわけではないのだが。

 

「ア、 ァァアア、アアアアア…………」

「さて、最初に言っておくが、“ワルプルギスの夜”はもう居ない(・・・)。……というか、魔女自体が消えていなくなった」

「な、ニヲ。戯れゴトを!」

「完全に狂う前に、よっく聞いとけ。それを成したのが此処にいる“神ちゃん”だ。……なあ、もしかして見覚えがあるんじゃねぇか? ―――なぁ」

 

 まどかの後ろから、結界の奥から。最後のゲストの足音が響き渡る。

 それは、神々しい衣装に身を包み、半透明で幾何学的な翼を持った概念と化した筈の少女。実体を持った彼女の桃色の髪は、艶を持って足先まで伸びて成長しており、その力はこの世界そのものを消滅させてもおつりがくるだろう。ただ、その優しげな顔だけは……昔と一切変わらぬまま。

 

「“久しぶり”だね。ほむらちゃん」

「“まどか”……あなたは…“まどか”なの……!?」

 

 彼女を見た瞬間、何も映していなかった黒水晶のような瞳に光が灯り、現れた彼女を凝視するように見開いた。だが、その光は「まどか」だけに向けられたものらしく、ほむらの瞳を覗きこんでも彼女の姿以外の景色は一切見受けられない。それほどまで、彼女は濁りきって(・・・・・)しまったのだろう。

 

 だからこそ、そんな彼女を見たまどかは悲しげな、悲痛な表情を形作る。

 

「ごめんね。私はそんなつもりじゃなかったの。でも、私との“約束”が……ほむらちゃんをこんなに狂わせちゃった」

「私は狂ってなんかいないわ。大丈夫、まどかとの約束は覚えているもの。ホラ、今でも言えるもの――――え……?待って!今、言うから!!……どうして、そんな。私は!!!!」

「“キュゥべえに騙される前のバカなわたしを、助けてあげて”……やっぱり忘れちゃってたんだ。本当に、ごめんね。そんな事を言う私こそバカだよね」

「あ…………」

 

 ほむらは力無く吊り下げられ、肘から先が無くなった両腕の力を抜いた。だらりと抵抗を無くした彼女を見て、“まどか”がマミに目くばせをすると、微笑んで頷いたマミはほむらの拘束を完全に解いた。

 地面にゆっくりと下ろし、マミのリボンは割れるように消滅する。

 

 なんとか踏みとどまって立ち尽くすほむらに、まどかは微笑する。

 

「でもね、ありがとう」

 

 “まどか”はほむらに歩み寄り、彼女の両腕を拾ってくっつけた。

 感謝の言葉と共に、淡い桃色の光がほむらを覆っていく。その光が収まるころには、切断痕も残っておらず、完全にほむらの両腕は接合されていた。

 ほむらはワケが分からない。と涙ぐみ、混乱した表情を“まどか”に向ける。そんな彼女を、まどかが優しく抱きしめた。

 

「ほむらちゃんは、頑張ったよね。だから……だから……」

 

―――もう、いいんだよ

 

「あっ…………」

 

 まどかがそう言って、ほむらが身につけているソウルジェムに触れる。

 すると、黒っぽい(・・・・)紫水晶の様なソウルジェム……いや、グリーフ(・・・・)シード(・・・)は砕け散り、その破片を周囲に散らした。

 

魔女(・・)になってまで、心を失ってまで“()”を救おうとしてくれたんだよね。何度も見てきたよ。私の力が及ばない並行世界に飛んで、何度も私を救おうとした姿を。

 でも、“私”は皆バカだったんだよね…ほむらちゃんの忠告も聞かず、キュゥべえと勝手に契約しちゃって…………その中の私の一人は、“ワルプルギスを倒して”なんて願って、たったそれだけでそのまま魔女になって……ホント、ばかだよね」

「まどか……まどかぁ…………」

「ゴメン。ごめんね。……でも、私はちゃんと救われてるんだよ? “私”は、皆と一緒にいる事が出来るんだよ。……だから、もうほむらちゃんは頑張らなくて良いの」

 

 ほむらの瞳にともった、命の光は細まって行く。線香花火の最後を看取るように。それでも、彼女はまどかの言葉を魂に刻みつける。心に刻みつける。

 たとえ、その魂そのものが無くなっていても。

 

「最悪は、私が直す。最高は、ほむらちゃんが創ってね。だから……今はお休みなさい」

 

 まどかはしゃくりあげ、涙を流す。

 その涙は、ほむらの頬に一滴の湿り気を与える。

 確認するように手を伸ばし、その暖かくも冷たい感触に微笑んで、ほむらは言った。

 

「大好き」

 

 それだけを言い残して、ほむらの身体は闇に溶けて行った。

 後には、何も残っていない。後には、何も残せない。

 

 だって、“まどか”が魔女の全てを消してしまう存在だから。

 

 一人の少女が涙を流し、そしてこの戦いは幕を閉じる。

 

 

 

 

 ……そう、この(・・)戦いは。

 

 

 

 全てが終わり、景色が渦巻く結界の中でアンリは言った。

 

「……ワリィな。約束、叶えたけど守れなかったよ」

「ううん。“ほむらちゃん”に会えたんだもん。これでいいの」

 

 それは、正真正銘初めて出会った時の約束だった。

 “まどか”の世界にいたほむらに会わせる。確かにそれは成就したが、誰もが望むような形で終わった訳ではない。

 

【ほむらの死】

 

 これによって、その約束は叶いながらも破られてしまったのだから。

 

「………さて、ほむらのヤツはどうだか知らないけど、アタシらにはまだやることが残ってるだろ?」

「“私”の魔女を、倒すんですよね」

 

 二人のやり取りが終わったと確認すると、この世界の住人であるまどかと杏子が本来の目的を口にした。ほむらが来る前に人知れず消滅したワルプルギスは、この世界では単なる魔女でしかなかった。概念・鹿目まどかが来た時点で、所詮はただの魔女でしかなかったワルプルギスの夜は消滅していたのだから。

 しかし、今直面している問題はそれどころじゃない。

 

「“全ての鹿目まどか”が集合した魔女。最悪の魔女である“クリームヒルト・グレートヒェン”が残ってやがるからな」

 

 そう、ほむらは魔女となってからというもの、逆行を繰り返しに繰り返した。

 そのたびにまどかという存在には因果の鎖が絡みつき、「鹿目まどか」はより強大な「素質」を持つ存在へと昇華されていったのである。当然、そうなればまどかの魔女は、概念となった“まどか”よりも強力な能力を持ち、あらゆる並行世界で同じ存在をかき集めて強くなっていく。

 

 最初の最悪の魔女は、地球を滅ぼすのに一週間かかった。

 だが、今は一日。地球そのものが、既に魔女の結界となってしまっているのだから。

 

 だからこそ、それを聞いて絶望するまどかは言う。

 

「杏子ちゃん、勝てる……のかな」

 

 そんな弱音を言ったまどかに、杏子は鳩が豆鉄砲くらったな顔をし、一瞬で大笑いに変えてしまった。吃驚しているまどかを尻目に、杏子は気楽な表情で言った。そこにあるのは諦観ではない。此処までの付き合いで確かめた、希望の光だ。

 

「ったく、まどか。アタシらにはアンリ・マユっていうカミサマがついてるんだ。ソイツが手を貸してくれるってのに、手を借りるアタシらが不安になってどうするのさ。

 ここは、アタシたちがどーんと構えてりゃいいんだろ」

 

 ニッと太陽のように笑い、槍を掲げて見せた。そんな自信満々の杏子を見て、まどかの不安も少しずつ拭われていく。そして、勇士は杏子だけではない。この場にいる皆なのだ。

 

「シャルモイッショ、ガンバロ!」

「シャルちゃん……うん!」

 

 ぽん、とまどかの足に手を置いたシャルロッテ。

 そうして励ましを貰った彼女はすっかり恐怖を無くしてしまった。単純かもしれないが、希望を前にして人間は必ず光り輝くものなのである。それが、たった一度だったとしても。

 

「……来るよ。みんな、気をつけて」

「ついに……ね。佐倉さんに鹿目さん、私達の怪我は気にしないで良いから、あなた達は絶対に生き残りなさい。これは、先輩としてじゃなくて人間としてのアドバイスよ」

 

 魔女の気配を感知したキュゥべえに続いて、マミは必ず生きるようにと、二人へ言った。

コク、と頷いた二人を満足そうに見やると、突如空間に穴があく。

 魔女である方の“まどか”は、まずはその同存在を取り込んでから全ての命を吸い取る(救う)らしく、その習性を利用する為にずっとシャルに結界を張らせていたのだ。

 惑星規模である「最悪の魔女」が姿を現す際には、その地球と言う名の結界の中が魔女の木の根っこの様な部分で覆われる。これが、命を吸い取る概念を表しているようで、これまで吸われた命の怨念か、どす黒いものがその表面に渦巻いているらしい。

 

 そして今、その最悪の魔女は頭角を顕わにした。嫌悪すべき救世(吸生)の波動が彼らを襲い、命そのものを脅かし始めた。そんな魔女にアンリは歩み寄ると、高々と言い放つ。

 

「さてさて、今宵のキャストはご退場。此方に残るは道化と主役にございます」

 

「ゲスト出演まことに感謝。ですが貴女の台本は決まっております」

 

「ちゃんと目を通しておきましたか?

 そうでないなら聞かせて差し上げましょう」

 

 自分こそが愚かなのだと、自分こそが正しいのだと矛盾を孕んだように言霊を紡いでいく。大きく息を吸うと、右手を掲げて宣言した。

 

「そちらの台本は“死”あるのみ。……まあ、オレの脚本はハッピーエンドしか存在しないんでな。それをぶち壊す様なテメェは……」

 

 掲げた右手に、歪な刃。

 伸ばした右手に、黄金の銃。

 掲げた左手に、朱塗りの槍。

 番えた両手に、生命の弓。

 

 役者は揃い、物語の歯車は弾け飛ぶ。

 

「オレにとっての、“全ての悪”! 世界の悪は、オレは一人で十分!! 此処に宣言しよう、オレこそが“この世全ての(アンリ)悪背負わされし者(・マユ)”―――テメェを背負って生きるモノだ」

 

 全ての人々が幸福でなければ、一切の傷入れる事が出来ない巨大な魔女。

 因果という名の同存在を吸収したそれは、あまりに強大。

 

 それでも、愚者という名の彼らは挑み続けるのだ。

 

 

 それが、彼らの願いなのだから。それこそが、彼らの存在なのだから!

 今宵は()も、祝福を捧げる。彼の――を――――たメに…?

 

 サて、ここいら今宵にこのように語りましょう。物語の、最後を。

 






語り部地の文にするとそこはかとなく漂い始める厨二臭。
前回でも全開だったんでいまさら後悔はしてませんが。

そういうわけで、短編第二部。次回が最終回。

ここまでお疲れさまでした。
正直言って最初の描写はただの文字数稼ぎです。


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鹿目・まどか

相変わらずの急展開であり、最終話です。
一応前回の話に至る補足の話を次回に投稿するつもりですが、物語はこれで終わりとなります。

他、悪神シリーズの微クロスが最期にありますが……物語そのものには関わっていないので、スルーしてくれると嬉しく思います。


 

 暁美 ほむら

 

 それは、ただ一人のために戦った少女。

 同時に、ただ一人を最も苦しめた少女。

 

 その存在は終わりを告げ、人を逸した彼女という人格も消滅した。

 だが、それこそ引き金だったのだろう。

 彼女がいなくなったからこそ、「救済の魔女」は動き出したのだ。

 

 その、深い根を伸ばして

 

 

 

 かくして、始まりの鐘は鳴り響く。

 それを祝福せんと迫りしは、救済の名を掲げた大いなる愚者

 ―――魔女と呼ばれる最悪の存在。

 

 深く深く、人の心につけ込むような根っこを伸ばし、絶望と希望(いのち)を糧にして再び成長する。その自分勝手な姿は、伝承に描かれし「魔女」という醜い存在を浮き彫りにする。

 本人にとっての救い。それを行っているだけなのだが、私達にとっては実に御免こうむりたいものだ。

 そうとも分からず、彼女は救う。それこそ、人の醜さなのだから。それこそ、自分達までもが間違っているのだから。

 

 彼女のように間違えて、私たちもまた、間違え続けている。誰もが考える最高のエンディング。それは、「大衆」という名の逃げ道。それでも、所詮は本当の救いなど何処にも存在しないのだ。

 

 だからこそ、皆が皆、「間違った」救いをもたらそうとするのだ。

 それが、神であっても人であっても動物であっても植物であっても物であっても……

 

 間違いを問う者は、間違いを知らない。人は、だからこそ伝えていく。

 【正しい間違え方】というものを。

 

 【    (間違っている)】。だからこそ、伝えられない。

 

 

 

 

 根は、結界を覆う。

 それに触れれば、命は無い。

 だが、危害を加えても、びくともしない。

 だからこそ、彼は願い、願いを聞き届けるのだ。

 

「我が聖杯へ、望みを告げる」

 

 彼の持つ、万能の願望機たる聖杯。その壊れた存在。

 それは正しく機能し、正しく間違いを犯す。

 故に、彼はそれへ願ったのだよ。

 この地を巻きこまない為。

 

「この世界を越えて、彼女(・・)と、語らいの場を設けよ」

 

 彼曰く、声は遥かに、私の檻は世界を縮る。

 彼女曰く、声を遠くに………

 

 

 閃光が弾け、彼と魔女の姿は居なくなる。その場に残されるのは、救済を構えし魔法少女たち。そして、彼に付き従った、理性ある白き獣。

 

「オイ! どうなってんだ!?」

「……まどかさんと、アンリさんは?」

 

 力を得た人間は、大いなる脅威を排さんと構えていた。だが、その原因となるべき者は消えている。金色(こんじき)を靡かせ、月を見上げた縁人(えにしびと)は確信する。

 

「……任せましょう。アンリは話しに行ったのよ。あの子も一緒に、ね」

「( ´ー)ガンバレ」

 

 ただ一言、彼女らは待てばいいのかもしれない。それは、この地の静寂が示している。

 

「何を考えているか、まったく理解できないよ。でも……それが―――」

 

 ―――巴・M・アンリ。

 

 悪神を騙った、限りなく神のように。気まぐれは天変地異。性格は人を救う慈悲。何よりも、終焉を望まない者。何よりも、清潔を好む者。世界の正常と、限りない安寧を祝福する。禍根と憎悪を、同時に受け入れ、己達が力へと昇華する。

 その身が、不滅であるが故に。

 

「滅びを限りなく内包する者。アンリは、そういう存在だから」

「それって、駄目なんじゃ…?」

「内包するだけ。決して外には出さないのよ」

 

 故に、マミという個体は望んでいるのだ。

 (アンリ)のいる世界を、親身に近づく存在として。

 

「負けるなんて、許さないから覚えておきなさいね」

 

 タン、と。

 「」は遠くに、彼女の手は……悪を覆う。

 

 

 

 

 その場所は、ひたすらに混ざっていた。望まれない命が渦巻き、それらは侵食するように自らを壊す。命がそこで終えられると、新たな命が巡って力と成って行く―――筈だった。

 

「……全ての人類(・・)は掌握した。もう、幸福な者しか地球には居ない筈だ」

「だから、魔女(まどか)。あなたの救済は、私たちにはいらないの」

≪……そう/こんにちは/煩いわ!/なんですか?/どうやったの!/死んじゃえばいいの!!≫

 

 混沌として、一つに定まらない意識の集合体。もう元の桃色をも成さない、穢れ切った魂の塊を前に、アンリ達は「狭間」へと訪れた。

 彼が新たな世界を渡る時に一度弾かれる、何処にでも在って、入ってみれば無い場所。

 虚空と0と1と現実と仮想と三次元と四次元とで満たされた世界(くうきょ)

 

 祈りを感じた聖杯は、こうして話し合いの場を設けた。世界の壁を「破壊」して。

 

≪どうしてきたの/お話しようよ!/騙すなんてひどい……/私はいらない/もう止めて!≫

「オマエさん、……“鹿目まどか”は、何を望んだ?」

≪キュゥべえの消滅/皆が幸せに/壊れちゃえ!/ネコを助けて/ほむらちゃ――≫

 

 全ての世界のまどかは絶望し、全てのまどかが彼に願う。答えを応えて、応えると堪える。そこに、真の意味での祈りなど存在しなかった。

 

「私は、魔女と言う悲劇を無くしたかった。でも、貴女は?」

≪終わり/終焉/閉幕/諦観/絶望/……希望≫

 

 混沌は、ただただ聖なる杯の祈りに従わされる。

 その全てが本音であり、その全てが本人であり、その全てが本懐であった。

 

「希望を望み」

「絶望を終わらせて」

「オレは戦った」

「私は祈り続けた」

「「あなたはどうして諦めたのか?」」

≪違う! 私はあきらめてなんかいない!/どうしてそんなこと言うの? ひどいよ……私は殺してなんかない!/もう嫌なの。みんな死んじゃった/どうして私だけこんな目に遭うの?/こんな世界は望んでなんていなかったなんて、詭弁だよね/だから私が終わらせたの。皆が幸せに“生きられる”ように≫

≪だから/だから/だから/だから/だから/だから/だから/だから/だから!≫

 

≪もう“救い”たくない!!!≫

 

 それは、全てのまどかを言い表した言葉であった。

 それは、全てのまどかが嘘をついた言葉であった。

 

 虚偽と真実が入り混じり、本心となって吐きだされる。それは、それは本当に……残酷で、どこまでも救われない。

 

「だったら、消滅を望むか?」

「それなら、自分の意識を捧げられる?」

「世界と契約してまで」

「自分を恨み続けてまで」

 

 言葉は逆巻く刃と成り、言葉は撃ち抜く一矢と成り、魔女を打ち倒さんと放たれる。

 切り込まれ、一人一人にバラバラへ、撃ち込まれ、一つ一つにパラパラと。

 まどかという意識は、個人を主張し始める。

 

≪死にたくない!≫≪それでいいよ≫≪私は生きたい!≫≪祈りを捧げるよ≫≪ほむらちゃんと一緒に≫≪お母さん?≫≪みんな……≫≪騙されないで!≫≪いいよね? 頑張ったもんね≫≪取り返しなんてつかないよ……≫≪殺しちゃった人は、もうかえってこない≫≪帰りたい。みんなのところへ≫

 

「救済を望み」

「帰還があって」

「生への渇望」

「死への諦観」

「私たちはそれを全て叶えるよ」

「オレ達はできるだけの業がある」

「「神への祈りは、信仰の力へ!」」

 

 “女神(まどか)”には天に至る翼を授け、

 “悪神(アンリマユ)”には杯を与えたもうた。

 

 信じる者は救われる。信じない者は引っ張られる。命の終わりを現した彼女等は、その殻を現出させる。命の渇望を掴み取った彼女(まどか)等は帰り、その「 (から)」へと送られる。

 さあ、幕引きは間近だ。何処にでも在って、何処にもないこの世界。

 

「語らい、戦い、傷つけあうのが望みなら」

 

 刃を交差。唸りを上げる!

 

「倒れ、開放し、祝福するね」

 

 矢を番えた。悲鳴を上げろ!

 

 赤黒い祈りと薄桃色の光は意志の集合体へと突き刺さる。罅が広がり、彼女たちは解放され、その醜い殻を脱ぎ捨てた。

 魂はただ、個人を無くして個人を保って個人を尊重して個人を貶して!

 

 そんな二人を、羨ましく思う。

 

≪≪≪≪ありがとう。ほむらちゃんを救ってくれて≫≫≫≫

「「どういたしまして!!」」

 

 さあ、残るは根っこの殻だけだ。吼えて削って、助けを呼ぼう。

 この世界にも、救いはあるのだと!!

 

 

 

 

 

月は逆向き、雫を垂らす。魔法少女はくすりと笑った。

 

「来たわね。さ、準備はいいかしら?」

 

 マスケット銃を肩に担ぎ、マミはウィンクした。

 当然とばかりに、悪の概念を背負う(つき)と救済の概念となった(たいよう)を見上げて己の脚で大地を踏みならす。絶望を払う、魔法少女と言う希望の星であると証明するがために。

 

 祈りを力に、思いを心に宿している。

 誰ひとりとして、真実を知って人形へと成らなかった。

 希望は、「まどか」が祈ったのだから。

 

「キュゥべえ、もう一度聞いていて」

「わかっているよ。今一度、君の望みを僕に預けてくれ」

 

 まどかの祈り。魔法少女達が絶望しないように、この人類に希望があるように。

 曖昧で、確固とした意志を込められた祈りは、全ての魔法少女に希望を与えた。

 魔女となる事は無く、延々と戦う為に魂は切り離されず、取り残される為に肉体の成長は復活する。全て等しく“少女”と戻って、世界で幸せを受け始めたのだ。

 

「みんなが、みんなで在れるように」

「此処に正しく、君の願いはエントロピーを凌駕した。さぁ、立ち向かうと良い。これが君の運命だ」

 

 災厄の根を前にして、少女・鹿目まどかは正しく希望の星(魔法少女)へと成る。

 紅き少女が傍に立ち、白き獣が彼女を見上げ、金の少女が祝砲を鳴らす。

 

 だからこそ、それを待っていたかのように月は雫を垂らしていた。落ちてくる雫は、次第に影を作る。それはそれは、大きく巨大な恐ろしい影。

 魂を抜け落とし、殺戮と破壊を“救済”と称する存在と成り果てた「まどか」の抜け殻がそこにはあった。アンリとまどかの言葉により、魂を失って暴れ回るだけの怪物の肉体。人々に恐れられるだけの、倒されるべき「魔女」。

 その周囲には飛び回る黒と桃が光っていた。雄叫びと、武器の軋む音を上げながら落下してくるソレは……

 

「神ちゃん、撃てぇ!」

「はあっ!!」

 

 アンリ・マユ・巴。鹿目まどか。この世界に実在する、二柱の神。

 

 片や透明の羽をきらめかせ、片や泥の波と戯れる。それはそれは、美しい舞を踊るように、魔女の身体をえぐり取っていたのである。

 その舞踊を見たマミは、一人右手を掲げる。手から伸びたリボンは、その後方に無数の大砲(・・)を形作った。そう、これは彼女の十八番。その名は―――

 

「ティロ・フィナーレ!!」

 

 響く爆音。それとともに、淡く金色に発光する弾丸が無数に街の空を舞う。それらは街を侵そうとした魔女の根を正確に打ち抜いた。終焉を告げる筈の技が引き金となって、魔法少女たちの戦いを告げた。

 

 それを見ていた神の二柱。二ィッと笑うと、大きく後退する。

 魔法少女たちが次々と斬り込み、魔力の砲撃を放ち、番えた弓を引く。そんな大立ち回りは、どこかのサーカスの様に繰り広げられた。

 

「決戦とは、気がきくじゃねぇか!!」

 

 アンリは牙を剥き、荒々しく空を回りだす。もう用は無いとその場を離れれば、思い出したかのようにそこに在った魔女の体は引き裂かれていた。

 

「気をつけて!」

 

 “まどか()”は“(まどか)”と同じく後方に下がり、彼の離脱した先に在る根の一部を狙って膨大な魔力の籠った矢を放つ。その一つ一つが懐中し、救済の名を失った魔女を穿ち、削って行った。

 

「かぁ~っ! 図体がでかいだけの的かよ。遅いし、つまんねぇの」

「まぁまぁ落ち着きなさい。私もいるんだし……さ!」

 

 文句を言う杏子に、場所を同じくして砲撃の陣を展開するマミが気楽に告げた。そんな二人は、このまどかの祈りのおかげで素晴らしい程の連携をしている。急旋回してマミに飛来していた根の一部を容易く葬り、仕方ない。というべき表情で中距離戦闘が得意な魔法少女に、杏子は合図を告げた。

 

「オラァアアアアアア!!!!」

 

 魔力を纏わせた、貫きの概念を帯びた刃による刺突の一撃。その一撃は星ほどもある魔女の身体を街数個分は容易く削り、魔力の余波で上へと続くでこぼこの階段を作り上げた。

 そこにアンリは目をつける。

 

「鹿目ちゃん、いけぇっ!!」

「キュゥォオオオオオオオオン!!!」

 

 形態移行したシャルロッテが立ちふさがり、鹿目まどかの元へと降り立つ。

 彼の言葉に従ってシャルロッテの上に降り立つと、まどかを乗せた彼女は魔女の顔のある部位へと一直線に飛行した。途中で彼女たちを襲う根が出現したが、マミの正確な砲撃と「まどか」による強大な一撃で根は次々と灰燼へ帰されていく。仕返しするようにシャルロッテが魔女の一部を喰い破って上空へ向かい、追従するように「まどか」と杏子が進路の排斥を請け負った。

 

「いよっし! このまま連れて行ってやれ」

「ギュァァアアアアア!!」

「杏子ちゃん!?」

「けじめ、付けてやれよ。こいつも元はオマエと一緒なんだろ? アタシじゃこの高度が限界だからさ」

 

 大気圏にほど近い場所で、抵抗を行う魔女の攻撃を受けとめた杏子がまどかに笑い掛ける。「まどか」に後を頼むと、シャルロッテが更なる上を目指したせいで杏子の姿がまどかには見えなくなってしまった。

 

「後少しだから、頑張って」

「まどかさん……」

 

 だが、魔女の顔に至るまであと少しと言う事で油断をしていたのだろう。

 下から豪速で迫る、巨大な槍のような形状に集まった根の塊が、二人に狙いをつけていた。激突。誰もがそう思った瞬間、無数の桃色の矢がそれを相殺する。魔力を散弾状に放った「まどか」は、彼女を振りかえらず、彼女に告げた。

 

「ここで足止めしておく! 私よりも火力が在る貴女は、この子に乗って早く上に!」

「でも!」

≪もともとは概念に過ぎない私が現界すると、もうこの魔女を救えない! 希望は貴方の手に在る事を忘れないで! が―――≫

≪まどかさん!?≫

 

 まだギリギリ射程内だったキュゥべえの通信で軽く会話をしていたが、それが断ち切れるほどにシャルロッテとまどかは高く昇って行った。

 先ほどの杏子の様に、根に覆われて姿が見えなくなる「まどか」を見て、これ以上は立ち止れないのだと彼女も覚悟を決める。シャルロッテは、言葉無くそれに応え、更なる上昇を続けた。

 

 元々、「救済の魔女」に普通の攻撃は効き目が無く、その吸い上げた生命力から生じた不気味なまでの再生能力と、世界そのものの命を吸う根っこのような身体を用いてこの地球を脅かす最悪の存在であるだった。だが、現在はその絶対的防御の要となるべき「核」ともいえるまどか達の魂は全てアンリと「まどか」によって輪廻に戻った。

 だからこそ、目的も無くただ暴れるだけの存在と成り果てた今は、“まどか”の祈りも意志も失くしたまま、こうして魔法少女達を残った根で無差別に襲うことしかできていない。

 しっかりと、戦いの終わりは近づいていたのである。

 

「もうすぐ…もうすぐだから……!」

「キュォォオオオオ!!」

 

 遂に見えた魔女の頭頂部。すでに宇宙空間へと到達していると言うのに、息をしなくても生きている魔法少女の身体に対し、まどかはほむらの止めていた契約の恐ろしさを痛感した。

 そして思うのだ。確かにこれでは、ゾンビではないか――と。

 

「ギュァァ!」

「シャルちゃん!?」

 

 そして、また油断が危機を誘ってしまった。シャルロッテの身体には深々と顔の付け根あたりから伸びた根の槍が突き刺さっており、鮮血にも似た体液を無重力空間へと撒き散らしていたのである。

 ここは宇宙空間。そんな下手な衝撃を受けてしまえば、延々と明後日の方向に向かって滑り続けてしまう。現に、シャルロッテから投げ出されたまどかの身体は魔女の頭頂部とは見当違いの方向に向かおうとしていた。

 それでも、こんなところで終わるわけにはいかないのだ。

 

「ギィイイイイイイイイ!!!」

「あ……」

 

 身を捻り、まどかの足の裏に向かって尻尾を振りおろしたシャルロッテは、その反動で地球の重力に惹かれて落下して行った。彼女の最後の力を振り絞った行動はを実を成し、まどかは魔女の顔と正面から向き合う位置に滑り込んだ。

 

 目の前にある惑星規模の顔と対面すると、圧倒的なプレッシャーが伸しかかる。

 

「―――――――――ッ!」

 

 スカートのフリルを握り、全ての命運が自分に託されてしまった事を思いだした。息を吸っても居ないのに、心臓の動悸が止まらず早鐘を打ち続ける。肺の中から吐き出した空気も全て宇宙のどこかへと消え去り、屍の様な身体を持った中、意志だけが残されたような気がした。

 しかし――――

 

「あなたは……」

 

 まるで、子供の道化が塗りたくったような醜い顔に、どこか心のない空しさを感じた。暴れているのも、それが原因だと思うと緊張が無くなり、ただただ、目の前の存在は悲しいものだと理解してしまう。

 気付けば、自分の腕は弓を番える形になっていた。その矢の番え方に型など無いが、心の籠った、どこか優しさの溢れた自然な形。それを意識して、膨大な魔力が矢の全体に注がれる。勿論、己の心も注ぎこんだ。

 

「……ごめんね。そして―――さようなら」

 

 その言葉を嘲笑うような魔女は無数の根をまどかへと集結させたが、余りに多い魔力の密度に、逆に近づいた根の方がバラバラに分解された。視線を向けると、目の前に一つの文字を描く。

 そんなとき、何処からか声が聞こえた様な気がした。まどかが知る由は無かったが、それは「宝具」と言う名の最上の奇跡。それは確かに彼女の耳を打ち、最後の決心を固めさせる。

 

 ―――信仰せし神の醜形(タローマティ)

 

 ふわりと、別れた筈の「まどか」の手が自分の手に重なったような気がする。

 いや、それだけではない。自分の周囲に、「自分」がいる。無数の自分が、この魔女の中にいたと思われる自分の気配が“まどか”を包みこんだ。

 

「…みんなで、終わらせよう」

『そうだね』

 

 微笑んで、最後の一撃を――――

 

 

 

 

 遥か先の上空で鳴り響く爆音。音など聞こえない筈なのに、光など見えない筈なのに、確かにそれは地上で戦う魔法少女たち、全員がその光景を目撃していた。

 彼女等が見たのは桃色の光。世界を慈愛で包み込むような明るい光に、地球にいた誰もが目を奪われていた。シャルロッテが気絶したことで結界を突き抜けた魔女の身体も、その部分から光の粒子へと変貌し、世界を風に乗って駆けまわっていく。

 

「……全部、終わったみたいだね」

 

 神へと至った「まどか」が、その圧倒的な力を感じて弓を下ろした。その先方に、大輪の花が咲いた木を用いただけの単純な作りをしたそれは、まどかの意志でその姿を消す。他の魔法少女も、その光景を見て次々と武器を消していった。

 

「勝った。アタシらが、勝ったのか……」

 

 呆然と上を見上げて、杏子がそう呟いた。次の瞬間――――

 

 ―――わあああああぁぁぁああぁぁぁぁあぁぁああ!!!!―――

 

 戦っていた者。その全てが勝利の歓声をあげた。その反応はさまざまだったが、誰もがこう思っていた。終わったのだ、と。

 

 そして、閃光が上空を埋めてから動きを止めていた魔女の姿は完全に分解されてしまった。何度も魔法少女を貫き、切り裂き、命を奪おうとした根は、灰のようにボロボロと崩れ去った。その姿は、既に存在しなかった筈のものが、現実に否定されるように。

 

 そんな中、空から桃色の衣を纏った人物が落ちてきた。

 海の水面に墜落するまえに、どす黒い泥がその堕ちて来た人物を守る様に受け止める。

 

 そして、何でもないように笑って言った。

 

「……ただいま」

 

 当然、彼女らが返す言葉は決まっている。

 

「おかえりなさい」

 

 かくして、戦乱の時は幕引きを迎えるのであった。

 

 

 

 

「こうして、この物語は集結しました。重要人物の死、エクストラの活躍。皆さまはお楽しみいただけたでしょうか?もし、そうであるなら私は嬉しいです。

 

 ……ですが、この世界の暁美ほむら。巴マミ。美樹さやか。彼女達が死んでいるのに、本当に皆さまはこれでいいとお思いですか?私は、そうは思いません。ハッピーエンドと言うからには、どうしても皆が笑っていなければならないのですから。――――ああ! 失礼しました! あくまでこれは、私の考えでしたね。皆様に押し付ける気など、毛頭ございません。少々語らせていただきますと……」

 

 語り部は本を閉じ、悪神の身体に走っている物と似た模様が描かれたブックカバーをその本にかぶせた。

 それは此方を向くと、笑ったのだ。

 

「このような悲劇とは、必ずしも必要と言う訳ではございません。あった方が成長できると言う方もいらっしゃるでしょうが……結局のところ、幸せを助長する添加剤に過ぎないのでございますよ。

 ならば―――それが無い方が、良いとは思いませんか? 例えそれが、夢想だとしても」

 

 語り部は金色の尾を揺らし、愛おしげに本を撫でた。

 





これにて、悪神シリーズの原初「魔法少女と悪を背負った者」完結と相成りました。
短い第二部でしたが、第一部が「悪神による救済」というお題目を持っていたのに対し、こちらは「自分の手による終焉」という原作主人公:鹿目まどかを最終的に中心へと据えたつもりの話となっております。
手腕が足らず、描写不足はこちらとしても痛感しているところですが。

なんにせよ、これまでご感想や評価などありがとうございました。
救いの無い物語に私達が勝手に手を加えた、というテンプレートを踏襲した二次創作でしたが、一応は完結にまでこぎつけることができました。

それでは、次回の補足話で最後としましょう。
1万字近くの長い読文、お疲れ様でした。


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二部・裏話・補足

この下は、所謂裏の設定が書かれています。
詳しく知りたい人だけ見てください。
それ以外の、

「遅かったな、言葉は不要か……」

な方は、ブラウザバックをお願いします。
あ、感想で質問があった場合はこの話に随時その答え(設定)を追加していくつもりです。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンリがまどかに対して使った宝具について。

 

信仰せし神の醜形(タローマティ)

ランク:A レンジ:10000 最大補足人数:1人

 

由来:ゾロアスター教の「背教」の悪神より。

効果:指定した人物の精神と魂を自分に憑依させ、その人物に宝具所有者の肉体を使わせる宝具。どんな場所にいてもそれは使用可能であり、元の人物のスペックに加え、宝具所有者のサーヴァントステータスやスキルまでもが追加される。だが、宝具だけは使用できない。

 肉体から精神を「背かせ」、憑依させると言う方式である。ちなみに、「アルヤーマー・イシュヨー」という元となった神が嫌いなこの言葉を周囲で言われると、憑依状態が解除される。

   もうひとつの効果は、「世界の条理を背かせる」と言う効果。その効果は魔術や攻撃には転用できない物の、声や映像など実体を持たないものなら距離を超えて指定した者に届かせる事が出来る。ただ、一方通行の通信手段であり、世界を欺くと言う大事に魔力はかなり消費されるので、恐ろしく使い勝手が悪い。燃費で言うなら、優れた魔力を持つ魔術師三人は魔力を吸い尽してしまう。

 最終決戦のまどかへの魂や声は、これによって届けられた。

 

 

 

 

 

暁美ほむら

 

繰り返した世界の数は数え切れず。

そうして、まどかの因果の量を恐ろしいまでに増やしてしまった、心の壊れた人物。

 

インキュベーターからは、「魔法少女にしたのは史上最高の選択であり、同時に最悪の選択であった」と言われている。

その正体は、魔法少女でありながら、魔女となっていたこと。

彼女の絶望はそのまま魔力へと還元され、絶望のエネルギーを彼女個人で運用していた。

だからこそ、延々と戦い続ける事が出来て『最高』。

同時に、絶望のエネルギーを回収することも出来ないから『最悪』。

 

魔女となった彼女は、もう内容も忘れてしまった“まどかとの約束”を糧に活動する。

約束は、ワルプルギスの夜を倒す事と履違えられ、ただそれを倒そうと奮闘するが、“絶対にワルプルギスの夜には勝てない”という『魔女としての運命』を背負っていた。

 

彼女が救われる事は無く、全ては機械的に成されてしまう。

魔女という存在を見かけると、ほぼ問答無用で消滅させに掛かる。

だが、魔女化している事で「絶対にワルプルギスには勝てない」という絶望の制約が付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリームヒルト・グレートヒェン

 

“まどか”が魔女になった際に発生する。

元々は、地球の命を吸い尽くして“救済”を与える魔女だったが、“まどか”が魔女を消す概念になった“以降の世界”。魔獣が出現するようになってからも、キュゥべえ達の“願いの屈折”によって、ほむらが時間を逆行させられた事が全ての元凶。

 

正しく、“まどかとの出会いをやり直す機会”を何度も経験した彼女は、まどかが概念になった時のような世界にすることが出来ず、まどかを魔女化させてしまった。

 

そして、そこから全ての絶望が始まる。

 

そのまどかを見たほむらは、心を壊して時間遡行を繰り返す。

そして、魔女のまどかは並行世界を移動する能力を手に入れてしまっていた。

 

より強い因果を持つまどかを喰らい、救済の魔女はその力を恐ろしいまでに高めてしまい、同時に、その内側に“まどか”という概念を閉じ込めていた。

 

だが、アンリが“話し合い”を行ったことで、全ての“まどか”の魂は殺され、輪廻の輪に戻された。その後、核を失った魔女の身体だけが暴走するも、アンリの最終宝具で呼ばれた人物によって殲滅。

『魔女:クリームヒルト・グレートヒェン』はこうして終わりを迎えた。

 

 

 

まどかの願い

 

彼女が願ったのは、“今この時から(・・・・・・)全ての並行世界の魔法少女を少女期が過ぎると同時に任期を開放。インキュベーターはその在り方を変質させる”というもの。

かなり長いが、結局まどかの因果の量がそれをあっさりと解決。

“全て”は無理だったが、さらに広範囲の並行世界に救いの一手が伸びた。

 

 

 

 以下、最終和前の裏話。

 

 

 

 補足・再会・偽物

 

 

 場所は元・巴宅。

 アンリがマミ達を初めてこの世界のまどかと杏子に合わせようとした時、概念となった「まどか」もこの世界に到着した。丁度いいだろうとそれぞれ自己紹介させようと言う空気になった瞬間、驚くべき事が起きた。

 涙目になったまどかがマミに抱きついたのだ。

 

「マミさん、マミさん! よかった、生きてたんだ!」

「鹿目さん……」

 

 彼女も驚きはしたものの、ごめんなさいと彼女を優しく諭す。

 

「私はこの世界の“巴マミ”じゃないの。アンリのもとに下った、おばあちゃんが若い身体を持っただけの“巴マミ”なのよ。死んだ人は蘇らないわ」

「そんな……」

「…しみったれた空気はここまでにすっぞ。今は此処に来るであろう最悪の魔女への対策を立てなきゃこの世界が終わっちまう」

「そこの悪人面の言うとおりだ。こんなところで人類滅亡とかやってらんねぇぞ」

 

 アンリと杏子がまとめにかかると、まだ納得が言っていないようなまどか以外は事に深刻さに頷いた。彼女も涙をぬぐうと、作戦の説明に耳を傾け始める。

 

「――ってことで、この橋の部分に鹿目まどかの魔女“クリームヒルト・グレートヒェン”が出現する。本来ここに来るべきワルプルギスの夜をも喰らい尽してな」

「ワルプルギスは私が来たからもう消滅してるだろうけど、その前に此処の世界のほむらちゃんが問題だね」

「…アレを何とかできんのか?」

 

 やりようによっては、とマミが答えた。

 

「まず、鹿目ちゃんが契約前で、オレ達がワルプルギスの夜と戦っている幻影を辺りに展開する。そのためには大量の魔力消費が必要になるが、ここの魔力は心の天秤を犠牲にして生成されてやがるからな。オレがその負の傾きを吸い取り続ければいい」

「そのために幻影を使ってもらうから、佐倉さんは使い方を練習しておいてね」

「……その口ぶりだと、アタシがもう使わない事知ってるんだろ? その上で言ってるのかよ」

「その通りだよ、杏子ちゃん。でも、ここでやらないと全部終わっちゃうから頑張ってね」

「……なんなんだ、お前もまどかの筈なのに妙に怖いな」

「うん、その喧嘩買ったよ」

 

 え? と杏子が聞き返す前に、「まどか」は彼女の首根っこをひっつかんで別の場所に引っ張られていった。まぁ、正直最初の作戦の要がちゃんと鍛えられるならそれで問題は無い為、アンリたちの会議は進行を続ける。

 マミの膝元にいたキュゥべえがまどかの前に移動すると、彼を指さして最も重要な作戦だとアンリが言った。

 

「それで、まどかには僕に契約してほしいんだ」

「でも、そしたら魔法少女にしないようにしてきた杏子ちゃんが……」

「いや、君はさっきの短気なバカ神よりも最高火力を持ち得る筈なんだ。そして、願いの内容はあんな風に壊れたほむらを通じて因果が何とかしてくれる。君にとっては人生に一度の何でも叶う願いを棒に振ってもらう事になるけど、これをしてくれれば災厄の魔女に勝つ事が出来るからね」

「そう言う事なのよ。無理にとは言わないけど、貴女の判断に任せるわ」

「私は……」

 

 先ほどの神々しい姿の、髪も伸びていた自分の姿を思い出す。自分とそっくりではあるけど、決して性格が一緒ではないと言う姿。つまり、あの「まどか」は何時までも内気な自分じゃなく、何事かを自分で成し遂げる事が出来る姿だということ。

 自分と言う存在が誰かに必要とされている。決して万人にいえるようなことではないが、この世界の命運がかかっていると言う重みにも彼女の天秤は傾きかけていた。

 まぁ、彼女の瞳を見てみれば答えなど決まっていたのかもしれないのだが。

 

「どうするんだい? 僕と契約するか、無事に終わらせる事をただ待つのか」

「……決まってるよ。私は、あなたと契約する」

「――おめでとう、“鹿目まどか”。これで君は魔法少女(きぼう)と言う存在になる事が出来る」

 

 案外に迷う事もなく決めたようにも見えるが、こんなものはほぼ強制と言っても差支えない。アンリの自動発動する宝具は、周囲の人を常に前向きにさせるという、気分爽快と言う名の洗脳系宝具とも言えるからだ。

 そんな無意識化で働きかける力が在った事も知らず、彼女の葛藤は終わりを告げていた。

 

「っし、じゃあ後は段取りだ。まずはオレがほむらの四肢を切り落として行動不能に―――」

「「「却下(だね)」」」

「やっぱグロいよなぁ」

 

 最終的に、ほむらが魔法少女姿のまどかを見た瞬間に盾に手を駆ける隙が在るだろうから、その瞬間に両手を切り落として「まどか」とオハナシして貰うという流れに決定した。

 その頃、外では杏子の悲鳴が響き渡っていたとか何とか。

 





これにてこの作品は完結となります。
長い間ありがとうございました。もしよければ、他の悪神シリーズもよろしくお願いします。


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雛・祭祀・混沌・愚痴

お久しぶりでごぜーます。
活動報告のアンケートでひな祭り編を望まれたので書き上げた次第。
原作魔法少女まどか☆マギカを馬鹿にするような、こんな設定穴だらけの完結済みオワコン小説ではありますが、お目どおしいただきありがとうございます。


「あかりをつけましょボリボーレェ~」

「あがりをつけましょ寿司食いねぇ~」

 

 不協和音からの出だしである。

 

乾杯(かんぱーい)!」

「かんぱーい」

「アンリはともかく鹿目さんは未成年じゃないの?」

「神サマには学校も法律もなんにも無いんですよマミさん。ほら一気! 一気!」

 

 ※一気飲みは死亡事故が多発しております。現在公式記録では累計143名が確認されておりますが、144人目にならないよう気をつけましょう。

 それにしてもこのまど神さま、鹿目まどかだった頃とは性格の面影も残っていない。いったい誰がこんな性格に仕立て上げたのやら、是非とも聞いてみたいものだ。

 

 ところで3月3日。と言えば皆さまも知っての通り、とある行事の日である。

「1845年にフロリダがフロリダ州になったんだろ?」

 ……でもあるが、

「1878年にブルガリア王国が独立した日ですよねー」

 ……でもあるけども。

「日本ノマニラ奪イカエサレタ日ー」

 ……いや合ってるよシャルちゃん。でも違うって。

「ああ、懐かしいわね。第一回ワールドベースボールクラシックの」

 ―――あの、そろそろ普通にお願いできませんかね皆さん。

 

「ひな祭りだったね。魔法少女を生み出す側としてはこの日を境に健やかになってほしいと契約を迫った日も少なくは無かった。新たな魔法少女の誕生が最高20人、見事に魔女へ育ってくれたのが最高40人だったかな? なんだかとても懐かしいや」

「でも今はそんな回りくどい真似しなくても良くなったのよね? アンリの負玉は魔女二百体分で、此処のところは1日3回ペースで取れてるって。でも世界情勢が回りにくくなったのがアンリの力の痛いところよねぇ」

 

 あらあら、と言った風のマミがキュゥべえを見つめる。持ってきた紅茶セットをテーブルに置きながら、準備が整えられていく様子をアンリは首を捻りながら見つめている。

 

「んー、まぁ負の感情が育ち切らないと金銭欲だのが到達する前に消えちまって、金の流れが悪くなるからなー。贅沢は敵って感じにもなっちまうが……まぁエネルギー問題はこれ以上地球の寿命削らなくて良くなったから良いんじゃね? インキュベーターが手ぇ貸してくれたおかげで報われたじゃねーか。なぁ? 精神疾患者のキュゥべえ殿」

「もはや世界の存在規模で真理が捻じ曲げられているからね。魔女は居なくなっていないけど、魔獣という新たなシステムが結界なしで宇宙全土に広がっているのは上に提言してでも何とかしなくちゃならないかな。魔獣は魔女の様に複雑な能力を持っているわけでもないから、そこまで被害は出回って無い様だけど結界なしというのが頂けない」

「口づけされずとも被害者が出てるものねぇ。この前ウチのマンションの上にも出てたわ。佐倉さんとこの子がやっつけてくれたけど」

「オレが世界渡ってる間にとんでもないことになってんのな、ここ。嫁さん貰って浮かれてた自分が恥ずかしいったらありゃしねえ」

「あら、そう言えば20年位前にも言ってたけどアンリったら良い人見つけたの? ……まぁそこの鹿目さんはまずないわね」

「あははー、喧嘩売ってるんですかマミおばさん。わたしの力で消し済みに出来るんですよー?」

「まどか、まずはその弓を下ろしたまえ。それ以前に君の髪がソファに絡まってるよ」

「え? イタタタタタ! あ、アンリさんとってください~!」

「仕方ない子ね。アンリがこっちに来れないとき以外は実体化できないらしいから仕方ないけども」

 

 一息ついたマミが絡まった場所を手慣れた手つきで解いて行く。年季の入った糸裁き、とでも言うべきか。妙齢にまで年を重ねた巴マミ、36歳であった。

 

「はい終わり。というか神様が彼氏欲しがるってどうなのかしらね?」

「別にいいじゃないですかー、温もりが欲しいんですよ温もりがー。アンリさんだけなんだもん、わたしのいる階梯に乗り込んでこれるのは」

「あぁ、疲れるからもうやらねぇぞ?」

「え」

「フラレテヤンノーデアリマス。プッ」

「魔女にまで笑われた……」

「なんか最近、シャルロッテも人間の時のこと思い出してるらしいわ。佐倉さんのところでこう、ビビッと来たとか言ってたような」

「それはそれでいいんだけど、少し聞いても良いかい?」

「あら、どうしたのキュゥべえ」

「どしたー? なんか文句でもあんのかオラァ」

 

 キュゥべえの切実さが交じった声色によって視線が集められる。

 何故か高い場所を見上げるように皆が視線を移した先には、何と―――

 

「どうして僕がお内裏の席に収まっているんだい?」

「シャルハオヒナサマー」

 

 立派な雛段。そしてお内裏様とお雛様の代わりに鎮座させられているキュゥべえとシャルロッテ。どう見ても西洋的なデザインのナマモノが最上段に乗っている様は、清々しいまでにミスマッチである。どうしてこうなった?

 

「だってひな祭りだから、お雛段は必要だよねキュゥべえ?」

「必ずしも必要である意味は無いと思うよ」

「いいじゃない。コスプレ似合ってるわよ」

「マミも長年着せてみたかったとか言って押し入れから出してきたね。仕事している間にこんなの作る暇があったのかい?」

「リボン使ってた魔法の名残があれば布の形成は楽チンなのよね。会社でもこの魔法少女の置き土産は重宝してるわ。あとは近所の子たちが喜んでくれるもの」

「アンリ、魔法少女引退後の能力はいざという時の自衛手段じゃなかったのかな。どう見ても生活利用されてるけど」

「佐倉のヤツは槍を物干し竿代わりにしてるみてぇだな。暁美はNGOの物資を運ぶのに重宝してるって感情が飛んで来てるが。まぁ、いいんじゃね?」

 

 ジト目で睨みつけるキュゥべえの心の嘆きは拾われることは無い。いくら飲食の必要が無い体とはいえ、流石にこの仕打ちはあんまりだと思うキュゥべえ。しかし逆らう事など出来はしない。マミが編んだと言うこのお内裏様のコスプレはシャルロッテのものと繋がっており、なおかつ雛段の骨組みに結び付けられてしまっているからだ。

 下手に動こうものなら雛段ごと倒れ込むことは確実。なにより、先日昼寝でマミの膝の上を貸してもらっている手前強く物言うのもキュゥべえの感情が「恥さらし」であると否定している。嗚呼、ならばこのまま置物として今日一日を過ごさなくてはならないのだろうか? 嘆きはアンリすら拾えない。なぜなら、キュゥべえはインキュベーターであって人間ではないのだから。

 

 ひな祭りと言う名のドンチャン騒ぎをすることおよそ4時間。正午を過ぎる知らせがけたたましく自己主張を始める。何故か劇画タッチの時計の鶏が「クックル…ドゥドゥ」とゴルゴ13顔負けの渋い声で場を支配したため、なんともやりきれない空気がマミの家に漂った。

 重い。非常に重苦しい雰囲気である。

 

「とりあえず健やかな健康を願って、この街に万エイしてる病原菌でも殺すか?」

「でもそれすると町の人たちパニックにならない? 皮膚の間を縫って泥で侵入させるんでしょ」

「下手すると脳みそボンっだけどな」

「却下でーす。アンリさんそれは駄目だってば。というかあんまり器用じゃないのに、技の型の一つも収めれてないのにそう言う人体いじくり回すのだけは好きって褒められた事じゃないと思うんだけど……」

「最近、どうにも人生がマンネリ化しちまってなぁ。お前らがこっちの世界で数十年過ごしてる間にこちとら百越しそうなんだよ」

「百歳?」

「いんや、百世紀」

「人類史が何回巡るのかしらね、それ。おばさんには分からない事ばかりになりそう」

「まだまだ40手前なんだから、マミさんも若いと思いますよ」

「まどかがソレを言うと皮肉にしかならないと思うよ」

「キュゥべえ、さっきからわたしの事否定してばかりだね」

「そりゃあアンリが今にも死にそうな表情になってるんだ。気を散らそうと必死になるのは当たり前だと思うよ、駄女神まどか」

「そう言うこった。そろそろオレの嫁さん発言から締めてる手を離してくれね? 首は一応即死ポイントの一つだからよ」

「うぅ……アンリさんはケチだね」

「体はいくらあっても魂は一つだ。少なくとも神ちゃんには捧げらんねえわ」

 

 カッカッカ、と朗らかに笑う。見た目はまだ若々しいが、アンリも精神的な成熟が極めているため知識の面はともかくとして精神的にはもうジジイである。発想も枯れており、そもそも性欲を発揮できる体ですら無いと言う事から女性と体を重ねた経験と言えば、およそ九十世紀前の1回のみであるらしい。

 

「さて、と」

「あら、どこかに行くの?」

「ちょっと雛あられ撒いてくる」

「思い出したかのようなひな祭り要素だね。誰か連れて行くのかい?」

「ん、一人でいいさね。チョイと佐倉んトコ顔出して、気前の良いおっちゃんになってこようかと」

「行ってらっしゃい。せめて次の世界に旅立つ前にこっちに顔出して行きなさいよ? 兄さん」

「わーってるよ、不出来な兄貴で悪うござんした」

 

 見た目は20前半のアンリでは、兄と言うにはあまりに年齢が足りていない。それでも家族としての親愛を向けるマミにとっては、アンリは不変の兄。今の自分を形成する大事な人であり、姿を見せない不作法者だった。

 

「あ、アンリさんわたしも是非一緒に」

「ハッハー、足元を見てみろ」

「へ? あぅ、ぬぐぐぐぐ……動けない……」

「足腰鍛え無いからそうなるんだよ。神サマの力だけに溺れてる方が悪いんだってなッ、ひゃははははは! あーばよーかぁちゃん」

「ま、待ってぇ! アンリさぁぁぁあんっ!!」

 

 嗚呼無情。扉は既に閉められた。

 質素な黒一色の服に身を包むファッションセンス皆無なアンリの背中は、硬質なマンションの扉に遮られてしまうのであった。

 

「ところでマミ、何時になったらこれを外してくれるんだい? そろそろ足腰が痛くなってきたんだけど」

「シャル、いっぱい遊んじゃっていいわ」

「ヒャッハー、イタダキマス!」

「救いは、救いは無いんですかアンリさぁああああああんっ!! 私まだアンリさんとの世界旅行は3年しか経験してないんですよ!?」

「ま、まぁ少し落ちつこうシャルロッテ。僕と君はこの十数年で良い関係を築いてきただろう? そんな僕に、君は危害を加えると言うのかい? そもそもこの体で精神が固定されている以上、僕の肉体もこれ一つしかなくて―――うわぁぁぁあっ!」

 

 シャルロッテがキュゥべえに跳びかかり、冷や汗を垂らしたキュゥべえが齧り疲れるわキスされるわでもみくちゃにされ、キュゥべえ以上に足を固定されたまどかが正座の体勢であったがためにそろそろ足を痺れさせ始めている。

 そんな様子を見た巴マミ、38歳はこう語った。

 

「……懐かしいわね。まるで私以外がみんな昔に戻ったみたい」

 

 少女であった頃の様に目を輝かせて、紅茶のカップを傾けたのであった。

 

 

 

「きょ~おは楽しぃひな祭りぃ~っと。あー、しばらくカラオケ行かずに叫んでたからか? なんか音程がしっくりこねえ。造り変えようかねえ」

 

 デパートの袋を肩にひっかけ、温かになってきた風で額に撒いた布を揺らせる。吊り目でいかにも不良と言った風貌の男は、小さな一人ごとと愚痴をこぼしながら街中を闊歩していた。

 上条家に顔を出そうとしたが、家族総出でヨーロッパ一周の旅に出ているらしくメイドさんの御出迎えと共に、あのおしどり夫婦の様子を知ることはできなかった。せっかく持ってきたのだからと半ば強引にメイドさんに雛あられを押しつけて来たのではあるが、予想よりもまったく時間を潰せなかった事が悔やまれる。

 

「……まだ開店前かぁ。そりゃそうだよな」

 

 なぜなら、杏子のやっている店「御伽の国」は魔法少女、魔女専用の時間帯が最近になって変更されて夜の6時ごろからとなってしまったからだ。今行ったとしても御出迎えするのは普通の従業員と何の魔力もない一般人だろう。それに加えて、こんな風貌の男が飲食店に雛あられを持って来たとなればひと騒ぎあることは間違いない。

 

「おや、あなたも此方の店に?」

「ん、まぁそんな感じで……」

 

 そんなことを考えているからだろうか、店の入り口に突っ立っていれば、そりゃ好奇心の強い人はこうして話しかけてくる。アンリが振りかえってみれば、話しかけたのは背広を着たおっちゃんとでも形容すべき一般人。当然ながら魔力も何も感じない。

 

「ここの噂を聞いてやってきたものの、入口の仕掛けがいつ見ても面白い。ちょうど私が少年の代から認知され始めた魔法少女たちが造った仕掛けだそうですが……いやはや、一度でいいからかの魔女とやらにもお目に掛かりたく来たのですがね」

「あー、魔力が無いから会えないってことか」

「ええ。店員の方に聞いてみましたが、立ち会った当人に魔力が無ければ幾ら無害と言っても魔女の瘴気にやられてしまうのだとか。最近は魔法少女の非合法な研究などもあって、警戒が強まったらしいですな」

「魔法少女の研究? つぅと、無理やり願いを叶えさせるとかか?」

「ああ、あれはまだ其方が幼い頃でしょうから余り知られておりませんな。確か、家庭によっては少なくなかった魔法少女の最初の願いを、親があえて虐待する事で魔法少女にさせて更に虐待によって叶えさせると言ったものがありまして。その事件の中には組織的な規模に広がったのもあったのですよ」

 

 そんなことがあったのか。いや、世間に認知されるようになってからはそう言う事があっても何らおかしくは無い。少し興味がわいたのだろう、アンリは適当に相槌を打ちながら話を促した。

 

「……だがま、当然そう言うのは」

「ええ。かの伝説的な英雄、巴マミと佐倉杏子が取り押さえたとのことです。私は以前、刑事をやっておりましてな。その時に聴取を行った先輩から又聞きした話でして……まぁあなたなら信用に足ると思って話のですがね。巴アンリさん」

 

 マミと同年代の男は、ためすように彼を見た。

 

「そこまで詳しいなら、そりゃ知ってるか」

「ええ。会えて光栄です、握手よろしいですか?」

「その位ならいくらでも。つかその様子だとそれ以外にも詳しく知ってそうだな、元刑事殿」

「ええ、まぁ。できれば是非ともこの店のあちらの席でお聞かせしたいのですが……」

「交渉上手なこって。まぁ、魔法までは使えねえが魔法中年になれるくらいにはさせてもらうか」

「いやはや、光栄の限りですな」

 

 それから開店時間になるまで、近くの公共施設によって時間を潰したアンリは、その男を引き連れて再び杏子の経営する店「御伽の国」へと訪れた。

 入口に敷かれた丸い模様は、もしかしなくても魔女の結界を利用した魔法陣である。「あっち」の開店時間を知らせるためか、昼とは違って怪しくも見惚れそうなほどの紅色に輝いていた。光の帯を纏う魔法陣に近づき、二人は足を踏み入れる。

 

「おお、ここが例の……」

「じゃあ後はお楽しみに、オレは佐倉に会っとかねえと」

「お楽しみにとは、また誤解を招きそうなことを」

「まぁ、いざとなったらインキュベーターに頼んで渋くてカッコいいおっさんとして名を馳せてみるのもいいんじゃね? 契約に必要な因果は足りてるしよ」

「まぁ、老後の道程度には考えておきましょう。それでは」

 

 同じように男性で魔力を持っている人に友人がいたのだろうか、元刑事の彼は其方の席に向かって足を速めて行く。それを見送ったアンリは、足早に近づいてきた現役の魔法少女の店員に声を掛けられた。

 

「あ、いらっしゃいませ。初めての方ですね? 禁煙席と喫煙席、それから魔女席がございますが、どちらになされますか?」

「あー、んじゃ魔女席で。それから面倒かも知れんが、佐倉に連絡頼めるか? アンリが来たとでも言ってくれ」

「母さ……店長のお知り合いで?」

「昔一緒に戦った戦友だ。ほら、戦いの証拠」

 

 何もない空間から使い慣れた刃の形が一定では無い剣を取り出すと、とりあえずは危険人物として判断したのだろうか、一直線に彼女は店の奥へと走って行った。まぁこの全身が蠢く刺青、褐色肌、目つきの悪い青年ではこうなるのも仕方は無い。あく感情以前に関わりたくないヤクザ者にも似た風貌の人間に、わざわざ敵意を出したいとも思わないだろう。

 慣れ切ってしまったその反応にまだまだ若いなと店員の少女へ苦笑しつつ、店の空気の中でもより一層おどろおどろしい魔女席へと向かう。そこにはまるで子供の落書きと芸術家の理解できない傑作が交じり合ったかのような姿をした魔女たちであふれ返っている。中にはパートナーとして活動しているのか、魔法少女を隣に座らせた者もいた。

 

「……ん、まあそこでいいか」

 

 その中でもひときわ目立った、ワルプルギスの夜を小さくしたような魔女の横に座るアンリ。ワルプルギスらしきその魔女は、器用にもさかさまになりながらどう見てもただの絵にしか見えない口で優雅に紅茶を飲んでいた。カップ自体がさかさまなのに、紅茶が零れていないのもまた不思議現象だが、魔女に物理法則を期待する方が間違っていると知っているのでツッコミはしない。

 

「よぉ魔女殿。景気はどうだい」

「aoieghaor;rvj;airheo;」

「サーカスやってるが怖がってお得意様しか来ないってか。つか完全にワルプルギスだろお前」

「……syofwa、syofawh;woo~♪」

「うるせえ、また泥ブチ込むぞ。忘れた訳じゃねえだろ? やっぱあん時の奴だなテメェ」

 

 なんとそこにいたのは、当時戦っていたワルプルギスの舞台装置。しかも単に生まれ変わっていただけらしく、アンリと戦った頃の記憶すら持ち合せているらしい。そんな昔話に和気藹々としていると、店が一瞬ギシリと歪んだ。

 圧倒的な魔力が放たれ、奥から一歩一歩と大魔王の足音が聞こえてくる。誰もがそのプレッシャーに体をこわばらせている間に、ソレはついに訪れた。

 

「よぉ、久しぶりだな」

「よっ! 確かあの頃すでに20越えてたんだったか? もうすっかり妙齢になっちまって―――ぐぇ」

「うるさい。アタシだけ何でこんなに待たされるんだ? 一応巴の家で一緒になった仲だろうが」

「sh;oghu;uguyftyyw!!」

「大丈夫だローズ。こいつ頭以外傷つけても死なないから」

「―――だからって串刺しは痛いんだぜ? 普通の人間ならショック死するぞコラ」

「平気な顔しやがって……じゃあ、そこまで平気になれるまで、そっちはどれだけ戦ってきたんだ」

「100世紀」

「この馬鹿野郎」

「ったく、手厚い歓迎だな」

 

 アンリの心臓辺りにブッ刺した槍をひっこ抜き、杏子はがっしりとアンリと握手を交わして倒れた彼の手を引いて体を起こす。飛び散ったアンリの体を構成する泥はジュワァと音を立てながら霧散して行ったので、店には汚れ一つ残っていない。

 

「ほ、本当に母さんと知り合いだったの?」

「母さん言うなっていつも言ってんだろ。ホラ、業務に戻れ馬鹿娘。また客来てんだからな、ここでサボるとボーナス抜きだ」

「はいぃぃいっ!」

「容赦ねえな。あの子、口調と感情からして捨て子だろ? 労わってやれよ」

「……ここで勤務4年」

「ん?」

 

 呆れたように、杏子は皺の入り始めた眉間を寄せて苦々しげに言った。

 

「昨日初めて業務中に私語が無くなった」

「……割と本気ですまんかった。つかなんだそりゃ、あの子どうみても十五か六くらいなのに、そんな頃から働かせてんのか?」

「オマエはこっちに居なかったから知らないだろうが、10年前にどこぞの馬鹿が魔法少女である間は全員年をとらないって願っちまってな、アイツの実年齢はもう20だ」

「うへえ……この世界の管理権限を渡された神ちゃんが異様なまでに迫ってきたのはソレのストレス発散かよ」

「アンリ、オマエの服にその神ちゃんとやらの髪の毛がついてるぞ」

「げ、動いてオレの股間に迫ってやがる。何これキメェ」

 

 すぐさま泥で囲って喰らって消滅させる。何故かオレの一部になった瞬間歓喜の感情が伝わってきたのは……深く考えないようにしたい。つーか考えたくない。

 

「それはそうと、ホイひなあられ」

「思い出したかのようなひな祭り要素じゃんか。まぁウチの子らに配っといてやるよ」

「是非そうしてくれや。つか、オレの下手な改変のせいでどうも浮き彫りになった新しい犯罪が起こっちまったみたいで悪いな。尻ぬぐいしてくれたって、そっちのオッサンから聞いたが」

「……あん時ゃ、もう成人したのにインキュベーターの一部が張り切りやがってさぁ。もうアタシもこの店持てるぐらいに大人だぞ? なのにアニメみたいな衣装着せられて、恥ずかしいのなんのって。おかげで憂さ晴らしも兼ねて必要以上にぼこっちまった」

「大体オレのせいか。それにしても美人店長のコスプレ姿……もう嫌な予感しかしねえ」

「……テレビに、映されたんだよ。しかも人の過去調べあげやがってあのマスコミ共……おかげで店長として顔見せした時に、面接の魔法少女や魔女から“学歴無し”ってからかわれたんだぞ!? 下手に魔法少女の力残してもアタシは荒事しか使えねえんだよ!!」

「オーケィオーケィ。落ちつけ小娘」

「アンタに小娘呼ばわりされるような年でもないさっ!」

 

 ダン、と叩きつけた音が店に響くが、それ以上のボリュームがある店内の喧騒によって掻き消される。ただ彼女が後で再び後悔しそうなのは、こうしてぐったりとした姿を近くの魔女やら魔法少女やらに見つめられている事だろう。後でからかわれるのは間違いない。

 

「なぁローズ……もっかい外であのマスコミ共の巣を……」

「afoe;lvcbwwpgmvbs!?」

「落ちつけ、ローズとやらが困ってんじゃねえか。つかワルプルギスの被害考えろ阿呆が。この舞台装置が暴れたら町一つじゃ済まんのは体験済みだろうに」

 

 ここにたむろしている魔女は、人間を襲う意志が無いだけであって能力や力は言わずとも普通の魔女と変わりない。魔女の祭りであるワルプルギス、ひいてはその舞台装置を務めあげたローズの実力は最強の魔法少女ジャンヌ・ダルクとして名を馳せていた頃のそれをも謙遜無く受け継いでいるため、魔女の中でも一番暴れさせてはいけないタイプだ。

 

「つか、キュゥべえから聞いたがジャンヌ・ダルクだったんだって? ここに異教の神サマもどきがいるんだが、キリスト教徒だったならオレの存在って普通攻撃されておかしくないと思うんだが」

「w、waohew;ha;o! wa@@ghaegr;agowwpqob!」

「自我と記憶を取り戻してくれた恩があるってか? 人間の体でもないのに律儀なこった」

「うぉーい、アンリはそいつの言葉分かんのかよ」

「そりゃ、元は人間だったんだ。魂の形は変わってないんだから話くらいはできるさね」

「……魔法少女候補の子、誑かして魔女の言語統一願わせてやろうか」

「やめとけ、碌な事にならねーぞ」

「言っただけだって。アタシがんな事する筈ねーだろ」

 

 そりゃそうだと、二人してひらひら手を振った。

 

「さて、そろそろお暇させていただこうかね」

「次はいつこれそうだ?」

「さぁな……下手すりゃ誰か死んだ後だろ」

「だろうな、どうせアンリにゃ暇も無いんだろ」

「人気者は辛いぜ―――アダっ」

 

 出もしない涙をこらえる振り。そんなアンリの顔面に一発の拳がめり込んだ。

 

「バッカ、こちとら友達が最後かもしれないってのにそんな言葉が聞きたいわけじゃないんだよ。分かってんのに一々言わせんな」

「ハイハイ、んじゃまた会おうぜ」

「おう」

 

 すっと立ち上がる。店内の視線はいつの間にか、全て此方に向いていたらしい。話しこんでいる間に一応は気付いていたが、まぁこの世界においては、数ある渡った世界の中でも珍しく名と顔が売れている。故になんとも注目されやすい。

 

「アンリ」

 

 店から出ようとして、呼びとめられた。

 

「どした?」

「店長直々に来てやった指名代、5000円な」

「キャバクラか」

 

 樋口が羽をつけて飛んで行った。アンリの財布、残り94円。

 

 

 

「散々だ」

「散々だなぁ…オレより」

「燃え尽きたんだ……真っ白に」

「元から白いのになぁ」

 

 マミのマンションに戻ると、まさしく精も魂も抜け切ったと言わんばかりのキュゥべえがきゅっぷいしていた。奥の方では近所迷惑になりかねない神ちゃんの叫び声が聞こえてくる。マミは既に寝ているのか、もしくは別の場所にいるのか声は聞こえてこない。

 

「ほら、肩乗れ」

「きゅぷぇ……」

「酒臭っ、大予言でも飲まされたか?」

「神主殺し」

「懐かしいな、幻想郷の土産……ん?」

「アァァアァァァァアァァアアンリィィィィィイィイイイイイイイイイイさぁぁぁぁぁぁあああああぁぁあん!!」

「シャォラァァァッ!」

 

 ダイブする淫乱ピンクの影。

 黒き神のたたきおとす攻撃。

 効果は抜群だ!

 

「へぶっしッ」

「これでも食ってろダラズ」

 

 まど神の口の中へひなあられを押し込み、泥で口を抑えた。もうひなあられを食べることしか彼女の助かる道は無い。そもそも概念的存在を召喚した形となる彼女の体では呼吸も必要とされてはいないのだが。

 彼は目を回して雛あられいっぱいになったまど神を放置し、中年の親父顔負けの情けないため息と共に居間に座りこんだ。それと同時に台所から歩いてくるマミの姿。紅茶ではなくコーヒーを淹れてくれたらしい。独特の匂いが鼻孔をくすぐった。

 

「お帰りなさい、キュゥべえも逃げられなかったのね」

「シャルロッテ……は、僕の、天敵のようだ……がくっ」

「感情ちゃんと学べてるのかコイツ?」

「ここ十年の間に擬音を口にすることで内面を表すことから始めたそうよ」

「さいで」

 

 静かになったマミの家。

 シャルは眠り、キュゥべえはグロッキー。まど神はひなあられに溺れている。

 

「変わんねえな、人ってのは」

「簡単には変わらないらしいわ。中身はね」

「乾杯ってな」

「乾杯」

 

 すっと喉をうるおして、アンリの足元には召喚の魔法陣が光り始めた。

 




いまさらながらアンリ君がこのシリーズ続けていくうちに性格変わっていることに気付いた。こっちのアンリ君はまだ両親と言うものがあった。それが今はあの有様だよ。
つかお金と時間と暇と友人が無くて反遡見に行けなかった。なぎさちゃんのキャラクターどっかで見たことあると言ったら多分負け。


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