煩悩日和 (タナボルタ)
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『鎮守府海域』攻略編
プロローグ


書きたくなっちゃった。(てへぺろ)

すまない。
もう一つの小説にも多大な時間を掛けているというのに、新たに小説を投稿する私を許してほしい。
本当にすまない。

この小説は横島君が艦これ世界に入り込むお話です。
今回は入り込むまでですけどね!

それではまたあとがきで。



 

 その日、美神除霊事務所にはとんでもなく怪しい二人組みが仕事の依頼に来ていた。

 

「……ゲームに関する依頼、ですか」

「ええ。風の噂で聞いたのですが、貴女方はあの超名作『キャラバンクエスト』に悪霊が取り付いた際に、ゲームの中へと入り込んで除霊をなさったとか」

 

 美神は相手の言葉に相槌を打ちながら、胃に鋭い痛みが走るのを感じた。それというのも眼前の相手が色々な意味でオカシイのである。

 

 まず美神に依頼内容を説明した男。名前を『家須霧人(イエス・キリヒト)』と言い、とある共同経営会社の取締役であるらしい。

 日本人風の名前をしているが、その外見はアジアの生まれではなさそうであり、コーカソイドと推測させる。

 彼は神々しいまでの雰囲気を放っていて、神々しいまでに白いTシャツを着ており、そのTシャツには神々しさを感じさせる筆致で『我は救世主(メシア)なり!』と書かれている。

 ちなみにあだ名はキーやんなのだそうだ。

 

「そんでな? ワシの部下がゲームの元になる部分を大量に作ったのはええんやけど、その……死んでもうてな。取り合えずそのまま残しとくのももったいないからってんで、それを使ってゲームを作ったんよ。そしたらもう、ゲームのキャラがまるで生きとるみたいでな? せやからそのゲームがどうなってんのかを調査してもらおうと思ってここに来たんよ。ついでにテストプレイとか、出来ればレポートを提出してもらったりとかもやな」

 

 より詳しく依頼内容を話したのは、家須の共同経営者であり、社長を務める『佐多弾(サタダン)』という男。

 彼も家須に負けず劣らず禍々しい雰囲気を纏っていて、禍々しい黒色のTシャツを着ており、そのTシャツには禍々しさを感じる筆使いで『――魔王再臨』と書かれている。

 ちなみにだがあだ名はサっちゃんである。

 

 美神はうんうんと頷きながら、激しい胃の痛みに耐えている。目の前の二人はもう明らかにあれだ。正体を隠している――全然隠しきれていないし隠す気があるのかも不明だが――つもりらしいが、もう分かりやす過ぎる程に分かりやすい。

 だと言うのに隣に座る横島はその正体に気付いていない。それどころか互いをあだ名で呼び合う程に意気投合している。その能天気な(つら)をぶん殴ってやろうかと思わずにはいられない。

 

「それで、どんなゲームなんです? やっぱりRPGとかそっち系っすか?」

 

 横島の質問に家須が答える。

 

「いえ、違います。ジャンルは育成シミュレーション……ですね。レベルの概念もありますので、そういったところはRPGっぽいといえばぽいですが」

「はあ、育成っすか。犬とか猫とか、動物のそういう系?」

 

 横島の言葉使いに美神は更に胃を痛める。目の前の二人からすれば自分達なぞ風の前の塵に等しい。機嫌を損ねるようなことだけはしないで欲しいのだが……。

 

「動物ではありませんよ。擬人化させた軍艦を集めて艦隊を作り、奪われた海を取り戻す……。つまりは軍艦を集めて育成するゲームです」

「軍艦かー……それで擬人化ってことは、つまりはおっさんばっか何でしょ? やる気おきねーなー」

「いえいえ、そんな事はありませんよ。昨今の流行は美女美少女化! このゲームに出てくる登場人物は全て女の子なのです!!」

「美神さん。この依頼、俺に任せてください!!」

「……あー、そーねー。それが一番かもねー」

 

 美神は胃の痛みに耐えかね、投げやりな返答する。口の中には血の味も広がっている様な気がするので、もう既に胃に穴が開いているのかも知れない。何だか涙が零れ落ちそうだ。

 

 ――ママ、私、頑張ってるよ……。

 

 虚空に向かって語りかける美神は少し不気味だ。横で「チチシリフトモモー!!」と叫んでいる横島も今は気にならない。美神の精神が異様に疲弊してきている。

 

「それでは依頼料なのですが……とりあえず依頼期間はかなり長期になりそうですね。キャラクター達がまるで生きているかの様な振る舞いをする謎の究明、それからテストプレイにレポートの提出など。……そうですね、依頼が達成されるまで、週に一千万でどうですか?」

「お任せください。どれだけ時間が掛かろうと、我が美神除霊事務所が必ずやこの依頼を達成してみせます」

 

 胃の痛み? いえ、知らない子ですね。美神の目が$マークへと変わる。頭の中ではどうやって横島に調査期間を延ばさせるかを考えている。

 

「おお、ありがとうございます。あのゲームは一人用でしてね、私達の依頼を達成するのはかなりの時間が掛かるでしょうが、()()()()()()()()()()()()()()()、お願いしますね」

 

 家須の発言に美神と横島の霊力が跳ね上がる。それを見た家須は何度も頷き、立ち上がる。

 

「それでは我々はこの辺で。後日機材を持ってきますので、その時にちゃんとした契約を交わしましょう」

「ええ、お待ちしておりますわ」

「では、失礼します」

 

 最後にぺこりと頭を下げ、家須達は帰って行った。美神はとんでもなくボロい依頼に天にも昇らんばかりに煌めいている。横島も横島でピンク色の霊波を放ち、絶好調だ。二人はその後数時間に渡って欲に塗れた雄叫びを上げ続ける。

 

「ふははははははははは!! 美女ー! 美少女ー!! チチシリフトモモー!!!」

「おほほほほほほほほほ!! お金こそマネー!! ありがとう、神様魔王様!!!」

 

 ちなみにおキヌは学校、シロとタマモは家須と佐多に怯え、屋根裏部屋で仲良く布団に包まり震えていた。

 

 

 

 

 

 

 さて、そんなこんなで一週間後。

 横島が住むアパートの部屋にはゲームのプレイに必要な機材が持ち込まれていた。何やらヘッドギアを付け、ゲームに意識を同調させてプレイするらしい。

 佐多が言うには「ワシの部下の科学力はァァァァァァァアアア三界一ィィィイイイイ!!」ということなので、ゲーム内で霊能力を使うことすら出来るのだという。

 それに対する横島の感想は「かがくの ちからって すげー!」くらいの物だった。少しは怪しめと言いたいところだが、今の彼の頭にあるのは美女美少女との交流のみ。そんな状態の彼に疑えというのは無理な話である。

 

「何々? このヘッドギアでゲームとリンクすれば、こちらの世界での一時間が向こうの世界の一日になる? しかもこっちがゲームを終えて再開するまで、向こうでは時間が経過しない……? こちら? 向こう? ……当たり前だけど現実とゲームの世界のことだな。それにしても科学の力ってすげー……!!」

 

 横島の目がキラキラと輝く。横島も男の子。ゲームだって好きなのだ。今横島は歴史的第一歩を踏み出そうとしている。それを考えれば、ゲーム内の美少女達との交流を抜きにしても心が弾むというものだ。

 

「さて、そんじゃヘッドギアを着けて……と」

 

 横島はヘッドギアを装着し、ゲームの電源を入れる。まるで眠りの世界に旅立つような、不思議な感覚。横島は意識が途絶える前に布団に寝転び、一言呟いた。

 

「――リンクスタート」

 

 何故かは分からないが横島はドヤ顔のまま意識を失い、ゲームの世界へと入り込む。

 

 横島の意識が覚醒すると、そこは真っ白い空間だった。目の前には『GAME START』と書かれたウインドウが浮かんでいる。

 横島はその異様な光景に驚いたが、それも一瞬。横島は逸る心を抑えて、そのウインドウに触れた。

 

「……『艦隊これくしょん』、スタート」

 

 横島の頭に、可愛らしい少女の声が響く。

 

 ――提督が鎮守府に着任しました。これより、艦隊の指揮に入ります!――

 

 

 

 

 

 

プロローグ

「それは出オチに似た何か」

~了~




お疲れ様でした。

この小説は基本かなり短めの文章で投稿していこうと思います。
短い文章の中で話しを完結させる。私はこれがとても苦手なので、その練習も兼ねて。

それではまた次回。


それにしても家須と佐多。二人は一体何の最高指導者なんだ……。


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秘書艦! きみにきめた!

第一話だヨ!

今回は秘書艦(初期艦)を決めるヨ!



おかしいなぁ……前回の二倍以上の文字数がある……
ここまで長くする気はなかったんだけどなぁ……

それではまたあとがきで




 

 ――提督が鎮守府に着任しました。これより、艦隊の指揮に入ります!――

 

 周囲に広がる白い空間が光を放ち、横島の視界が徐々に光で埋まっていく。横島は腕で光を遮り、何とか目が眩まずに済んだ。周囲を眩く照らしている光もすぐに収まり、横島は軽く溜め息を吐く。

 

「いくらなんでも眩しすぎだろ……これはレポートに書いとかないと――って、まだ真っ白いままかよ」

 

 横島の眼前に広がる光景は変わらず白のまま。何か変化はないのかと辺りをキョロキョロと見回すと、不意に新しいウインドウが空中に現れた。

 

「お、何だ?」

 

 横島がそのウインドウを覗き込む。すると、そこには『秘書艦を選択してください』という表記がある。その右下には『次へ進む』というアイコンも存在した。

 

「秘書艦……んー、つまりは最初のパートナーってことか? ここらへん説明不足で分かり辛いな。こりゃ思ったよりもレポート作りが大変そうだなー……」

 

 横島は安請け合いしてしまったことに今更ながら後悔の念を覚える。しかし横島に燻っている時間は無い。秘書艦、パートナー選び。つまりは美女美少女との出逢い!! 横島の瞳はキラキラと輝きを放ち、既に先程抱いた後悔の念を忘却の彼方へと追いやり、意気揚々と『次へ進む』のアイコンに触れた。

 

「ぅおっ!?」

 

 すると横島の前に一メートル程の大きさのウインドウが新たに開き、五人の少女の姿を映していた。その姿はゲームとは思えない程にリアルである。最近のゲームの進化に戦慄を禁じえない横島であった。

 

「この子達が秘書艦……? いや、選択してくださいだから『秘書艦候補』ってところか。取り合えず一人目は……?」

 

 横島は選択カーソルの初期位置に存在する少女の説明を読んだ。

 

「何々? 吹雪は正義感の強い元気な艦娘(かんむす)……これで『かんむす』って読むのか。真面目すぎて融通が利かないことも……なるほど、秘書艦だって言うならそのくらい真面目な方が良いのかな」

 

 横島はふむふむと頷きながら説明文を読んでいく。所々で独り言が混じっているが、それは横島にしてはまともなものだった。

 ……ところで、実はこの白い空間とはまた別の場所で横島の様子を窺っている者達が存在した。それは今ウインドウに表示されている五人の少女達。つまりは秘書艦候補達だ。

 

「――この人が、私達の司令官になるんだ」

 

 横島を見てそう呟いたのは、セーラー服を着て肩までの髪を首元で一つ結びにした中学生程の少女。駆逐艦『吹雪』である。

 吹雪は横島をじっと見つめ、先程の彼同様に目を輝かせている。

 そんな吹雪を見て唇を嫌らしく歪め、肘で吹雪のわき腹をつつく少女が一人。

 

「なーにー? 吹雪はああいう男の人がタイプなのかナー?」

「ふえぇ!? べ、別にそういうわけじゃないよ(さざなみ)ちゃん!!」

 

 吹雪の慌てっぷりに駆逐艦『漣』は大笑する。真面目な吹雪は漣にとってからかい甲斐がある。この漣という少女も中学生程の年齢に見える外見であり、吹雪と同じくセーラー服を着用し、ピンクの髪を短めのツインテールにした個性的な口調の艦娘だ。

 

「んじゃあ何であんなキラキラした目であの人を見てたんですぅ~? 何か特別な気持ちでもあるんじゃないのぉ~?」

 

 ニヤニヤとした笑みを浮かべながら吹雪をおちょくりだす漣に、吹雪ではなく他の者の怒りが炸裂する。

 

「ああもう、鬱陶しいわね! いつまでも吹雪に絡んでんじゃないわよ漣!!」

「ちょちょちょ、そんなに怒んなくてもいいじゃんか。ちょっとした冗談なのにぃ……」

 

 プリプリと怒り出したのはワンピースの様にアレンジされたセーラー服を着ている少女。腰まである銀の長髪、前髪は一直線に揃えられ、もみあげの部分は赤い紐で結っている。頭部の横には謎の機械が浮遊しており、まるで動物の耳の様な印象を抱かせる。彼女が駆逐艦『叢雲(むらくも)』だ。

 

「まあまあ叢雲さん落ち着いて。そんなに怒ってたらドジっ子しちゃいますよ?」

「そ、そうなのです。ケンカしちゃダメなのです」

 

 叢雲を宥めに入ったのは同じく駆逐艦の『五月雨(さみだれ)』、そして『(いなずま)』だ。

 

 五月雨は吹雪達と同じくらいの外見年齢で、髪は自分の身長以上の長さを持つ。その髪は不思議な透明感を有しており、毛先に行くほど色が変化している。それ程の長さがあるというのに不思議と地面に髪が付くことはなく、まるで髪が揺らめいている様な雰囲気が感じられる。

 服装はノースリーブに改造されたセーラー服であり、二の腕程までを覆う黒い長手袋、黒いニーソックスを着用している。

 

 電はこれまでの秘書艦候補の皆とは違い、小学生程の外見年齢となっている。

 背中まである明るい茶色の髪の片側を髪留めで上げており、どこか背伸びをしている印象を抱かせる。服装は吹雪や漣と同じオーソドックスなセーラー服だ。

 

 漣は叢雲を二人に任せ、吹雪の横で安堵の息を吐いた。

 

「ふひー、秘書艦に選ばれるかどうかだからって、あんなにカリカリしなくてもいいのに……」

「あはは、叢雲ちゃんってちょっと怒りっぽい所があるから……」

「ちょっとじゃないヨー」

 

 口では文句を言いつつも、漣は笑顔を浮かべている。実は姉妹艦の一人が叢雲と良く似た気質をしており、叢雲の様なタイプはそれ程苦手でもないのだ。漣曰く「ツンデレキタコレ」とのこと。

 

「それで、結局何であの男の人を見てキラキラ状態になってたの?」

「……えー、っと」

 

 漣の質問に吹雪は目を逸らす。その事は皆も気になっていた様で、先程まで機嫌が悪かった叢雲も吹雪へと視線を寄せている。やがて皆の視線に追い詰められてきたのか、吹雪のこめかみに一筋の汗が伝う。そして吹雪は大きく溜め息を吐き、「……笑わない?」と恥ずかしそうに聞いた。

 それに対する皆の返答は首肯。それならば、と吹雪は訥々と語りだした。

 

「えっと、その。()()()が言うには、あの人は私達の事も敵の事も、軍関係の事も知らない。そんな人を最初の秘書艦として傍で支えて、いっぱい頑張って仲間を増やしたりして、それで海域を取り戻していけたら……それはすっごく格好良いんじゃないかなーって、思っちゃって。えへへ」

 

 吹雪は最後に照れた様に頬を掻いた。吹雪が語った理由を聞いた皆は暫しポカンとしていたが、やがて同じタイミングで噴き出した。

 

「あーっ!? 皆ひどい!! 笑わないって言ったのにー!!」

「い、いやだって、吹雪って案外妄想力逞しいんだ~、って思っちゃってさ」

 

 吹雪は隣にいた漣を涙目でポカスカと叩く。痛みはまるで無いのだが、漣は頭を庇いつつ吹雪から逃げていった。叢雲もそんな光景に機嫌が直ったのか、くすくすと笑いを零す。電は追いかけっこをする吹雪と漣に慌てているが、五月雨が苦笑いを浮かべつつ眺めるだけなので放っておく事にした。

 

『うーん……』

 

 どたばたと騒がしい艦娘達の空間に、男の悩ましげな唸りが響く。声がしたのは横島を映したウインドウ。一体どうしたのだろう、と吹雪達は一塊となってそのウインドウを覗き込む。すると、彼の口から爆弾が投下された。

 

『――それにしてもこの吹雪って子……けっこう可愛いな』

「――――ふえぇぇええぇっ!!?」

 

 吹雪の顔が一瞬で赤く染まる。いきなりの言葉に皆も驚きを顔に出している。

 

「おぉーっと!? これはもしかして出会う前からカップリング成立なの!?」

「ちょ、カップリングって……」

 

 漣が目を輝かせながら言った言葉に叢雲が反論しようとするが、横島の言葉はまだ終わらない。

 

『ちょっと地味な感じもあるけど、正統派美少女って感じで主人公っぽいな。隣にいてくれたらけっこう落ち着く様な女の子かも知れん』

「び、びび、びびび美少女だなんて、そんな私、困りますぅー!!?」

 

 吹雪は両手で顔を押さえてゴロゴロと転げだす。普段言われ慣れていない事を男に言われ、感情をコントロール出来ないのだろう。皆からはスカートの中の白いパンツが丸見えだ。それに対し、皆は無意識に追い討ちを掛ける。

 

「まあ、確かに吹雪は可愛いわよね」

「正統派っていうのも納得だよね」

「吹雪さん、とっても可愛いと思います」

「何てったって私達艦娘の代表みたいなとこあるもんねー」

 

 吹雪の転がるスピードが三割増しになった。ちなみに皆は心の中で同じ事を考えていた。

 ――()()の方が人気出るだろうけど――と。

 

『それから……ふんふん、この子は叢雲か。この子は可愛いっていうよりも綺麗って感じだな。キリっとした眉毛に切れ長の目。将来かなりの美人さんになるだろうな』

「……!?」

 

 今度の標的は叢雲だった。叢雲は顔を赤くし、画面の中の横島を睨みつける。

 

『クールな一匹狼で、容姿と実力にプライドを持つ……。やっぱり軍艦が擬人化した存在だからそういう傾向が強いのか? 俺は素人だし、こういう色々と厳しく言ってくれそうな子を秘書艦にした方が上手く行きそうかな……?』

 

 横島は真剣に叢雲の説明文を読む。その姿に最初は横島を睨み付けていた叢雲も多少は見直し、照れた様に結ってあるもみあげを指で弄る。

 

「ふーん、中々見所がありそうな奴じゃないの……」

 

 ぼそっと小さな声で呟く。その言葉は誰にも聞こえない様に言ったはずなのだが、皆は今一塊になっているのだ。皆は気付かないふりをし、生暖かい目で叢雲を見やる。

 

『次の子は、連……じゃねえや、漣か。うーん、この子も可愛いな。艦娘ってのは本当に皆美少女ばっかなんだなー。何つーか、凄いブームになりそうだ』

「私にも美少女認定キター!! うひひ、漣ちゃんを選んでくれたら色々とサービスしますぜ、ご主人様~♪」

「ご主人様って……」

 

 横島の美少女認定にテンションが上がった漣は横島をご主人様呼びしてしまう。それに叢雲は少々漣から距離を取り、何か変な生き物を見るような目をしてしまう。

 

『風変わりな言動と行動ねぇ……拙者とかござるとかか?』

「アイエエエ! ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」

「さっきから耳元でうるさいわよ!!」

「お侍さんかも知れませんよ、漣さん」

「それはどっちでもいいんじゃないかな」

 

 漣は漣で照れているらしく、それを誤魔化すために大声を出しているようだ。大声も相まって漣の顔は赤い。彼女もこういうことは言われ慣れていないようだ。

 

『ま、一緒に居て退屈はしなさそーな女の子だよな。こういう子が秘書艦でもいいかも……さて、次は――(でん)?』

(いなずま)なのです! (でん)じゃないのです!!」

「あー、流石に電の読み方は初見じゃ厳しいか……」

 

 予想外……ある意味予想通りの展開に電の訂正の咆哮が轟く。艦娘とは旧日本海軍の軍艦が擬人化した存在。漣もそうだが、難解な読み方の者も存在するのだ。

 

『ん? ああ、“でん”じゃなくて『いなずま』って読むのか。最初っからルビを振っといてくれよな……』

 

 どうやら横島が見ているウインドウにルビが振られたようだ。電はその様子を見てほっと息を吐き、ようやく安心することが出来た。仮に自分が秘書艦に選ばれたとして、彼に「これからよろしくな、(でん)!」と言われたら泣いてしまうかも知れない。

 

『……優しくて穏やかな性格……うーん、艦娘とはいえ、そういう子を戦いに出すのは躊躇われるなぁ……。いや、でもそれだと艦娘っていう存在を否定する事になるのか? あー、ジレンマってやつか……』

「司令官さん……」

 

 どうやら電は今の横島の言葉に感じ入る何かがあったようだ。彼を見つめる目に先程までとは別の色が宿り始めている。

 

『素敵な女性を目指して毎朝牛乳を飲んでいる……ははっ、やっぱ可愛いな、この子も。この子が秘書艦なら、毎日頑張れそうだ』

「は、はわわわわっ!!?」

 

 電の顔が真っ赤に染まる。両手をブンブンと振り、身体をよろめかせ、倒れそうになる。そんな電を後ろから支え、ちゃんと立たせてあげたのが五月雨だ。五月雨は密かにドジを踏まずに済んで安堵している。

 

『さて、最後の子は……五月雨か。ほー、何か凄い綺麗な髪の子だな。めちゃくちゃ長いし色も派手な感じなのに、それを感じさせないというか……不思議な透明感のある子だな』

「……髪が綺麗、髪が綺麗か~。えへへ、えへへへへへへ……」

 

 髪を褒められた五月雨は自らの髪を抱きしめ、満面の笑みを浮かべる。これ程までに長い髪を維持してきているのだ。その髪には自信があり、それを褒められたのが嬉しくて堪らないのだろう。他の皆も五月雨の髪の美しさには嫉妬交じりの羨望を抱くくらいだ。

 

『明るく元気……でも微妙にズレていてドジっ娘……。うん、美少女だからこそ許されることだな。頑張ってるみたいだし、秘書艦にしてお互いにフォローし合うのも有りか』

「この提督凄く良い人だね! この人の秘書艦になら自分からなりたいって思っちゃう!!」

「あんた、チョロ過ぎでしょ……」

 

 五月雨のあまりのチョロさに叢雲は頭痛を抑えるかのように頭を抱えている。得意のツッコミもどこかげんなりとした様子だ。皆は胸の内で叢雲に『お前が言うな』と一斉につっこむ。だが、誰も口にしない。何故なら口にした瞬間に『お前も言うな』とつっこまれるからだ。

 

 さて、一先ず横島は秘書艦候補達の説明を読み、また最初の吹雪の所まで戻ってきた。問題はこれからだ。

 

『んー……誰を秘書艦にするか』

 

 横島の小さな呟き。それが聞こえた吹雪達は皆固唾を飲んで食い入るように横島を見る。彼は真剣な瞳で候補達の画像を見直していく。

 そんな時間が数分続き、横島はくわっと目を見開いて宣言する。

 

『決めた。秘書艦に選ぶのは――吹雪だ!!』

「――――!!」

 

 瞬間、皆の視線が吹雪に集中する。吹雪自身はまるで信じられないといった様子で、両手を口に当てている。

 

「ほら、何をそんなボケっとしてるのよ!」

「え……」

 

 驚き固まる吹雪に最初に声を掛けたのは吹雪の姉妹艦、叢雲。彼女は吹雪が自分に自信が無い事を知っている。だからこそ、発破をかけるのは自分達の役目だ。

 

「この私を差し置いて秘書艦に選ばれたんだから、もっと胸を張ってドーンと構えていればいいのよ」

「そうそう、吹雪が優秀なのは皆知ってるからね。何も心配することはないよ!」

「叢雲ちゃん……五月雨ちゃん……」

 

 二人の言葉に胸が暖かくなる。自信を持てない自分を勇気付けてくれようと、悔しい気持ちを押し殺して言葉をかけてくれているのだ。

 

「吹雪さんは凄い人なのです! 司令官さんもそれが分かったから選んでくれたんだと思うのです!」

「吹雪なら大丈夫。何なら、私達が着任する前に鎮守府を二人の愛の巣にしちゃっててもいいのヨ?」

「電ちゃん……!! ――ありがとう、皆!! 私、精一杯頑張るね!!」

「あ、あれれー? おっかしいぞ~? 私は? ねえ吹雪、私は?」

「それじゃあ私、一足先に行ってくるね! 皆、すぐに会えるようにしてみせるから!!」

「ちょっとー!? 吹雪さーん!? 私!! 私の事を忘れてますよー!!?」

 

 吹雪は涙を浮かべた笑顔で光の中へと消えていった。次に会う時は建造かドロップか。とにかく、その時が楽しみで仕方がない。叢雲、電、五月雨はその時の事を夢想し、吹雪と同じく笑顔で光の中へと消えていった。

 

「……助けてください。誰か助けてください!!」

 

 後に残された漣は白い空間の中心で哀を叫び、そのまま光の中へと姿を消した。

 

 

 

 

 

「さて、秘書艦は吹雪を選択っと」

 

 横島はカーソルを吹雪に合わせ、彼女を秘書艦に選択する。するとまたも白い空間が眩い光を放ち、横島を包む。しかも今度は先程よりもずっと強い輝きであり、横島の網膜を焼く。

 

「アーーーーーーッ!!? 目がぁ!! 目がああぁぁぁっ!!?」

 

 横島はドッタンバッタンと転げまわる。しかしこれは致し方ないこと。不純な動機で吹雪を秘書艦にした罰が当たったのだ。

 あの時吹雪の画像を見た横島は、何かが霊感に引っかかるのを感じた。それは、吹雪のスカートの中の不自然な白い部分。それを視認した瞬間、彼の霊感が声を大にして叫んだ。

 

 ――パンツ! パンツです!――と。

 

 こうして、今ここに秘書艦候補の誰もが想像だにしなかった最低な理由で吹雪が秘書艦に選ばれた。しかし、その事に誰も気付くことはないだろう。だって、皆横島の事を『良い人』だと思っているから。

 

 

 

 

 

 

「――うぅぅ、んあ? ようやく目の痛みが治まっ――ってどこだここ!?」

 

 ゴロゴロと転げていた横島が身体を起こすと、そこは見知らぬ土地。目の前にあるのは三階建ての大きな施設。それはどこまでもリアリティがあり、ここがゲームの世界である事を横島に完全に忘れさせた。よく見れば、自分の服装も変わっている。

 その服は海軍士官二種軍衣という白い士官服。キッチリとしたその格好に横島は息苦しさを覚える。

 

「……それで、こっからどうすりゃ良いんだ? この建物に入りゃいいのか?」

 

 目の前の施設に入ろうか迷う横島。すると、その施設の正面出入り口から一人の少女が姿を現した。

 

「ん? あ、君は……」

「はじめまして! 私はこの横須賀鎮守府所属、特型駆逐艦の一番艦、吹雪です!よろしくお願いいたします!」

 

 吹雪は横島の前に立つと、そのまだ幼いとも言える見た目に似合わぬ見事な敬礼をし、元気よく自己紹介をした。

 横島はその吹雪の様子にしばし呆気に取られたが、これはゲームのイベントなのだと自分に言い聞かせ、自らも答礼を返す。

 

「えーっと、俺はこの横須賀鎮守府? に、あー、着任した横島忠夫。あー……よろしく」

「はい、よろしくお願いいたします! 横島司令官!」

 

 横島の下手な挨拶にも吹雪は嫌な顔一つ見せない。むしろその拙さが吹雪にとって心地が良かった。目の前の司令官も自分と同じ。これから立派に成長していくのだ。

 自分はこの司令の秘書艦。ならば、早速最初の仕事を始めよう。

 

「それでは、鎮守府の中を案内しますね! こちらが入り口になっています。早速司令官の部屋に――」

「あー、ちょっと待った」

 

 張り切る吹雪を呼び止め、横島は吹雪に向き直る。その表情は真剣そのものであり、吹雪は何か粗相をしてしまったのかと不安になってしまう。

 横島は吹雪の緊張しきった様子に苦笑を浮かべ、頭をぽりぽりと掻いた。

 

「あー、俺ってさ。軍事関係の知識なんて全然無いし、この……鎮守府? の運営だってどうやるか分かってない。でも、こんな俺でも頑張って仕事覚えていくからさ。吹雪にはしばらく迷惑を掛けると思うけど……頼りない俺だけど、その、俺についてきてほしい」

 

 照れ臭そうに、申し訳無さそうにしながらも横島は吹雪へと右手を差し出す。握手を求めているのだ。そんな横島に吹雪は感動にも近い感情を抱く。この人の下でなら、どんな任務でもこなせそうだ。……そんな気持ちが湧き上がる。

 やがて、吹雪はおずおずと横島が差し出した右手を握った。二人の顔に笑顔が浮かぶ。

 

「これからよろしくな、吹雪」

「はい! よろしくお願いします、司令官!」

 

 

 

 

 

第一話

『秘書艦! きみにきめた!』

~了~

 




お疲れ様でした。

そんな訳で初期艦は吹雪です。
ちなみに私の初期艦は電ちゃんでした。

運営は早く雷電姉妹に改ニを実装するんだ! 間に合わなくなっても知らんぞー!!

それではまた次回。


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はじめての「建造」!

お待たせいたしました。

出来ればこのくらいの文章量で続けていきたい。


 

 横島が鎮守府に着任し早数十分。彼は吹雪に鎮守府内を案内してもらっていた。

 鎮守府の敷地内に存在する艦娘や艦娘の装備を開発する工廠、艦娘達が住む予定の寮、多くの艦娘達が集まれる講堂など、一通りの案内と簡単な『艦これ』というゲームについてのレクチャーをされた横島は色々と考え事をしていた。

 

 ――この子、どう見ても魂を持ってるよなぁ。

 

 横島が考えていたことはそれだった。霊視によって感知した吹雪の生体発光(オーラ)、交わされる会話の内容、コロコロとよく変わる表情(可愛い)。どう考えてもゲームのキャラクターというには現実感がありすぎる。もはや彼女は一人の人間と言える。

 では、一体何故ゲームのキャラが魂を持ったのか?

 

 ――分からん。それを調べるのが依頼の内容の一つとはいえ、ちゃんと原因を突き止められるんだろーか。

 

 横島は難しい顔で唸る。吹雪はそんな横島の様子に気付き、少し不安げな表情で横島に質問をする。

 

「あ、あの、司令官。どうかしましたか? 先程から難しい顔をされてますけど……」

「んあ? ああ、いや、さっき艦娘の寮に案内してもらっただろ? 何か部屋の数が百近くあったじゃんか。一部屋を二人~三人で使うらしいけど、あんなに数があったんじゃ艦娘の人数もそれ相応ってことだし、皆の顔と名前を覚えきれるかなーって思ってさ」

 

 横島は話を誤魔化すことにした。とは言ってもそれは実際に危惧していたことでもある。横島は頭をぽりぽりと掻きながら不安を口にした。

 

「艦娘は多いですからね……。でも、司令官なら大丈夫ですよ! だって、みんな可愛い女の子ですから!」

 

 吹雪はにっこりと笑ってそう言った。

 実は吹雪を始めとする艦娘達は皆、家須(イエス)から横島の為人(ひととなり)がどういったものかをある程度聞かされている。元々『艦これ』というゲームの内容的に司令官(プレイヤー)への好感度が高い艦娘はかなりの数に上り、横島の為人は概ね肯定的に取られている。勿論、横島の性格に反感を抱く艦娘がいないというわけではないのだが、それでも大多数は横島に会える日を今か今かと白い空間で待っている。

 吹雪も司令官に対する好感度は比較的高いタイプの艦娘だ。ゲーム内の設定が反映されているのか、それとも吹雪が持つ魂が横島に好感を覚えているのかは未だ定かではないが、彼女の笑顔に偽りは一切無いと言えるだろう。

 

「みんな可愛い女の子かー。それなら何とかなるかもなー」

 

 吹雪は横島のだらしなく緩んだ顔に苦笑を浮かべる。随分と思考が顔に出る司令官である。しかし、そんな司令官だというのにこうして二人でいても息苦しくはなく、むしろ楽しいという感覚が湧き上がってくる。

 

 ――よしっ! 司令官に良い所を見せるんだから!

 

 吹雪は密かに気合を入れる。それもそのはず。今彼女達が向かっているのは執務室。つまりは司令官と秘書艦である自分の仕事部屋だ。ここで頼れる所を見せて、司令官に褒めてもらおう。

 吹雪は頬を紅潮させ、鼻息荒く歩を進めていく。

 

「おーい、吹雪?」

「はいっ、何ですか司令官っ?」

 

 後ろから呼びかけられ、吹雪は元気一杯に振り返る。

 

「執務室、通り過ぎちゃってるけど……」

「ぅえ゛……!?」

 

 どうやら、吹雪はやる気が空回りすることがあるらしい。吹雪は先程とは違う意味で頬を赤く染め、横島に必死に謝った。

 その際に横島にあまり気にしないようにと頭を撫でられ、更に羞恥に悶えるのだった。

 

 そうして入った執務室。そこには横島の想像を超えた光景が広がっていた。

 

「……」

 

 机もない。椅子もない。棚もそんなに置かれてない。他にはない。何もない。置いてあるのはみかん箱。

 

「……」

「あ、あの……司令官……?」

 

 横島の雰囲気が変わる。そして表情も変わる。こめかみやらに血管が浮かび、井桁を浮かべたそれは憤怒の表情だ。

 

「うぉのれキーやんにサっちゃんめええぇぇぇーーーーーー!! 嫌がらせか!? 嫌がらせなのかこれはああぁぁぁーーーーーー!!」

「ひえぇっ!? ししし、司令官!!?」

 

 横島は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の経営者二人を除かねばならぬと決意した。横島には最近のゲームがわからぬ。横島は、貧乏な煩悩少年である。エロ本を読み、アダルトビデオを観賞して暮らしてきた。けれども他人からの評価や扱いに対しては、人一倍に敏感であった。

 

「俺にはみかん箱で充分だってか……! 許せねえ……! あの野郎……あの野郎……!! 許せねえ……っ! 許してたまるか!!」

「お、落ち着いてください司令官! 流石にこれは怒るのも分かりますけど……!」

 

 怒り狂う横島を何とか宥めようと、吹雪が後ろから抱きつく。瞬間、横島の全神経は背中に集中。背中に当たる小振りな胸の感触で、何とか冷静さを取り戻すことが出来た。

 

「ふう……。いや、ごめんな吹雪。急にあんなんになって」

「いえ、気にしないでください。この部屋の状況はゲームの仕様なんですけど、やっぱり何も知らずに見たら私だって怒っちゃうと思います」

「え、ゲームの仕様だったの?」

「実はそうなんです」

 

 吹雪が言うには、任務をこなした報酬でもらえる家具コインを集め、それでアイテム屋さんという場所で家具を購入するらしい。他にも課金することで手に入る特注家具職人というアイテムもあるそうで、それがなければ購入すら出来ない家具も存在するそうだ。

 横島は課金という要素に不安を覚えるが、吹雪が言うには課金をしなくてもそこまで困ることはないとのこと。実に不安を煽る言葉である。

 

 ――いつかは課金をしなけりゃいけないのだろーか……。

 

 そんな未来を幻視した横島のテンションはいい感じに下がり、とりあえずはもう一度部屋を観察する。

 

「しっかし、何度見ても見事になんもねーな。これでどうやってゲームを楽しめってんだよ」

「あ、それはこの端末をお使いください」

 

 横島のぼやきに吹雪が懐から雑誌サイズの液晶ディスプレイを取り出す。

 

「ええー……」

「ほら、司令官。この画面をこんな風にタッチして、色んな指示が出せるんですよ」

「……何か急にゲームっぽくなったな。んー、どれどれ? ……何だこれ!? 本当にタッチするだけで画面が変わる! しかも画質が超キレーだし、読み込みっつーの? それも速い! うはは、何だこれ! すげえ!」

 

 端末を色々といじり、その度に少年の様にキラキラとした瞳で驚きの声を上げる横島。そんな彼を、吹雪は微笑ましそうに見つめている。しかし、横島は嬉々として動かしていたその手を止める。

 

「……どうかしました?」

「ああ、何かチュートリアルってのが画面に出てきてな」

 

 その言葉に画面を見てみれば、確かに画面にはチュートリアルの文字が浮かんでいた。

 

「このチュートリアルに沿っていけば、『艦これ』の遊び方が分かりますよ、司令官」

 

 吹雪がにこやかに横島を見上げながら言う。その表情は非常に可愛らしい。体勢の関係か、制服の隙間から少しだけ下着と肌が見えている。横島は吹雪の無防備さに鼻の下を伸ばしながら、改めて内容を確認する。チュートリアルには『工廠で新しい艦娘を建造しょう!』と表示されている。横島はこれに従い、まずは画面に表示されている『工廠』にタッチする――――その時横島に霊感走る。

 

「……」

 

 ――違う。最初に選ぶのはこれじゃない。

 横島の霊感はそう告げている。横島は流れるように指を走らせ、画面右上の『任務』と書かれた場所にタッチした。

 

「あれ、司令官?」

 

 吹雪は疑問の声を上げるが、横島はそれを気にせず、ずらりと表示された任務の内容に目を向ける。すると、その任務がそこにはあった。

 

「吹雪、任務を達成すれば燃料とか鋼材とかが手に入るんだよな?」

「え? はい、そうですけど……」

「うん、任務の一つに『はじめての「建造」!』っていうのがあるんだよ」

「……あ、本当ですね」

「これ、チュートリアル通りにプレイしてたら損してたよな?」

「……そうですね」

「……これについても書いとこう」

 

 吹雪は気まずそうに視線を逸らしている。吹雪もチュートリアルの内容は知らなかったため、このような罠があるとは思いもしなかったのだ。

 

「……さて、気を取り直して『はじめての「建造!』を受注っと」

 

 横島は画面を操作し、任務を受けた後で今度こそ工廠にタッチした。新たな画面が開き、そこには建造、解体、開発、廃棄という文字が表示された部分と、四つあるうち二つが稼働している船渠(ドック)の絵があった。

 

「えーっと? 建造を選んで……お、資材の量を入力ね。燃料に弾薬、鋼材にボーキサイト……最後がよく分からんな。それぞれ千ずつあって、最低値は三十ね。……最初だし、オール三十でいいや」

 

 横島は吹雪にも操作の仕方が分かるように、逐一声に出しながら進めている。吹雪も横島の気遣いを理解しているようで、真剣に画面を観察している。吹雪はまだ気付いていないが、横島は彼女が見やすいように若干背を屈めている。シロやタマモ、ひのめと遊ぶことも多い為に、そういった気遣いが磨かれたようだ。

 画面の中を小さくデフォルメされた女の子――妖精が動き回り、艦を作っていく。横島はそれを見て、「一人だけ荷物持ってうろうろしてるだけの奴がいる……」などど考えていた。

 

「おっしゃ、建造までに掛かる時間は二十分か。これってやっぱり短いよな?」

「はい。この時間だと建造されるのは私と同じ駆逐艦ですね」

「駆逐艦か……。となると、戦艦とかだと何時間も掛かったり?」

「はい。今は出来ませんが、大型建造では八時間掛かる艦娘も存在するんです」

「おおー、現実とは違うからまだ短いとはいえ、それでもゲームとしては破格の長さだよな。……さて、それじゃ待ってるのもなんだし、この高速建造材ってのを使うか」

 

 横島は『高速建造』にタッチ。すると三つあった内の一つを消費し、高速建造が開始された。その様は全ての妖精が一度引っ込み、一人の妖精が建造途中の艦に火炎放射器をぶっぱする光景であった。何かが間違っている。

 

「いや、流石にこれはおかしい」

「司令官、ゲームですので」

 

 ゲームならば仕方ない。横島は何か釈然としないまま一瞬の内に建造が終わるのを見届けた。画面では作業を終えた妖精が元気良くバンザイをしている。見ていてとても微笑ましいのだが、ここで横島に疑問が一つ。

 

「なあ吹雪」

「……? 何です、司令官?」

「これで艦娘が建造出来たんだよな?」

「ええ、そうですけど……?」

「……工廠って、外にあるよな?」

「………………あっ!!?」

 

 二人は窓から見える工廠に視線をやる。ここから工廠まで、走っても数分は掛かる。それまで、建造された艦娘は一人ぼっちだ。

 

「……迎えにいくぞ! ダッシュで!!」

「……はい、行きましょう! ダッシュで!!」

 

 こうして、二人は風を切る矢となった。

 

 

 

 

 その頃の工廠内。

 

 稼働していた人一人が収まるサイズの小型ドックの扉が開き、中学生程に見える外見年齢の少女が髪を靡かせながら歩み出てきた。

 

「あんたが司令か……んん?」

 

 少女は目をぱちくりとさせる。眼前には誰もいない。右を見ても、左を見ても誰もいない。当然上や下、後ろにだって誰もいない。

 少女は怒りに震え、顔を紅潮させる。

 

「――何でっ!! 誰もいないのよーーーーーーっ!!!」

 

 少女は手に持った『槍』をブンブンと振り回し、怒りの咆哮で工廠を震わせた。彼女の頭の横に浮いている謎の機械は、彼女の感情を如実に表しているのか赤い光を放っていた。

 

 

 

 

第二話

『はじめての「建造」!』

~了~




お疲れ様でした。

艦娘の好感度は最初からけっこう高めです。
すまない……ご都合主義で、本当にすまない……。

ちなみに今の所明石も大淀もいません。出番はもっと先になります。

次回は最初かなり痩せぎすだったのに、改二になったらむっちむちになったあの子が本格登場しますー。


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叢雲と白雪

友人にヒロインは誰がいいかを聞いたら、「ろーちゃんかゴーヤかしおいかリベか朝潮か霞か瑞鳳とかがいいなー」と言ってきました。

私は「お、おう」としか返せませんでした。


 

「まったく、信じられないわね!! こんな誰もいないときに工廠じゃなく執務室で建造の指示を出すなんて!!」

「はい、すんません……」

「吹雪も吹雪よ! あんた、秘書艦に選ばれたからって少し浮かれ過ぎなんじゃないの!?」

「うん、ごめんね叢雲ちゃん……」

 

 現在、横島と吹雪の二人は固い工廠の床で正座をし、眼前の少女の怒りを受け止めている。今の鎮守府に存在する人員は、妖精を除くと二人だけ。そんなときに誰もいない工廠で建造された少女は、それこそかなりの不安を抱えることとなった。

 何故誰もいないのか。周りからも人の気配はなく、完全な孤独状態。まさか、無人の鎮守府で何らかの誤作動で建造されたのだろうか。そんな風に考えが進んでいく少女の目は、少しだけ潤んでいた。まあ、直後に猛ダッシュで滑り込んできた姉妹艦の長女と()()()に見た司令官の姿を見たことで不安は吹き飛んだのだが。それでも怒りは収まらず、プリプリと怒りを撒き散らしていたのである。

 

「はあ……もういいわ。私は特型駆逐艦の五番艦、叢雲よ。一応は吹雪の妹ってことになるわね。……他の子達にまでこんなことするんじゃないわよ?」

「ああ、悪かったよ。……俺はここの司令官の横島忠夫。よろしくな、叢雲」

「……っ! ……よろしく。ま、精々頑張りなさい」

 

 横島は正座から立ち上がり、少女――叢雲に手を差し出し握手を求め、叢雲は怒っていた手前一瞬躊躇った後、「ふんっ」と若干照れ臭そうに鼻を鳴らし、そっぽを向きながらも応じた。

 

「これからよろしくね、叢雲ちゃ……あうっ!?」

「吹雪っ?」

 

 吹雪が立ち上がろうとするが、正座をしていたせいで足が痺れ、こけてしまったらしい。倒れた吹雪は「うう……あ、足がぁ~」と悶えており、少々めくれ上がったスカートからは僅かながら白いパンツが覗いている。

 

「おいおい、大丈夫か吹雪?」

 

 横島は吹雪のパンツに気付かないふりをしつつ彼女を助け起こそうとするが、それよりも速く叢雲が動き出した。

 

「あらあら、大丈夫?」

「ひぃっ!? ちょっ、む、叢雲ちゃああああああっ!?」

 

 叢雲がイイ笑顔を浮かべながら吹雪の足をつんつんと突く。吹雪の悶え方はより一層激しさを増し、叢雲の笑顔もより深くなる。どうやら意外と根に持つタイプだったようだ。横島は姉妹の心温まる触れあいに苦笑を浮かべ、密かに吹雪のパンツの観賞を続けるのだった。

 

「吹雪の名の通り、鮮烈なまでの白だ」

 

 横島(おまえ)は何を言っているんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「――で、やっと執務室に戻ってきたわけだ」

「誰に向かって話してるのよ」

 

 工廠で一悶着あった後、横島達はようやく執務室へと戻ってきていた。叢雲の機嫌は吹雪を弄ぶことで直ったようだが、今度は逆に吹雪の機嫌が悪くなってしまった。彼女は今も頬を膨らませ、涙目になりつつも「つーん」とそっぽを向いている。その姿は叢雲によく似ており、二人は姉妹なのだと改めて思わせられる。

 

「何を笑ってるんですかー、しれいかーん?」

「叢雲を止めなかったのは悪かったって、吹雪。……さて、いい加減チュートリアルを進めねーと」

 

 横島は膨れる吹雪の頭を撫で、端末を操りチュートリアルを進めていく。まずは『はじめての「建造」!』を達成したボーナスを得る。次にまた任務の画面を開き、『はじめての「編成」!』というチュートリアルと同じく艦娘の編成に関する任務がある事を知り、それを選択。

 

「今度はチュートリアルと噛み合ってるな。さて、編成の画面を開いてっと」

 

 横島は以前と同じく吹雪や叢雲にも端末が見えるように多少屈みながら操作する。

 

「えーっと、第一艦隊に吹雪がいるから、ここに叢雲を編成すりゃいいんだな」

 

 横島は特に問題もなくこれを達成。任務画面を開き、再びボーナスを得る。

 

「おぉ? これは……任務報酬の一つに、艦娘?」

「え、本当ですか?」

「あら、本当」

 

 どうやらこれは吹雪達も知らなかったようだ。艦娘も艦これというゲームに対する知識にはバラつきがあるらしい。

 さて、任務報酬を受け取った横島だが、その任務報酬艦はどこに現れるのかが分からない。どこからか鎮守府にやってくるのか、それとも叢雲のように工廠に現れるのか。

 

「二人は何か心当たりとかねーか?」

「いえ……すいません」

「うーん……現実的に考えるなら、工廠かしら」

 

 叢雲の言葉に二人は頷く。今の二人には艦娘といえば工廠という図式が出来上がっている。まあ、それは叢雲もなのだが……だからこそ、皆は失念していた。この世界は、()()()()()()なのである。

 

「……何だ?」

 

 突如、横島の眼前に小さな光の球が出現する。それはどんどんと膨張していき、やがて吹雪達と同じくらいの大きさへと変貌する。

 

「おいおいおいっ!? 何だこりゃ!!?」

 

 横島は腰が引けながらも吹雪と叢雲を背に庇う。それは女の子達の前で良い格好をしたいという彼の中に染み付いた願望・欲求の顕れ。だが、どんなに情けない理由と言えど、その姿はまさに男の姿である。これを切っ掛けに叢雲の彼を見る目が少々変わる。

 横島は何が起こっても対応出来るように、掌の中に文珠を精製する。家須達の言うとおりに霊能の行使に問題は無いようだ。

 視界を焼く光が徐々に収まり、光の中心に形作られたシルエットを浮き彫りにしていく。それは人型……それも女性、いや、少女の形をしていた。

 

「……まさか、こんな派手な登場なのか……?」

 

 横島がぼそりと呟く。彼のこめかみには汗が伝い、頬は引きつり、歪な笑みを作り出した。もっとも、それはそんな風に見えているだけなのだが。それはともかく、光も完全に収まり、残ったのは光があった場所に目を閉じて佇む一人の少女。彼女の容貌は、吹雪によく似ている。

 謎の少女がゆっくりと目を開き、目の前の横島に穏やかに口を開く。

 

「特型駆逐艦、二番艦白雪(しらゆき)です。よろしくお願いします」

「――――無駄な演出に凝りすぎだろ」

 

 横島は少女――白雪の挨拶に対し、聞こえない程度の声量でそう言った。

 

「白雪ちゃん!!」

「白雪、あんたが任務報酬艦だったの!?」

 

 吹雪と叢雲が驚いたように声を上げる。白雪とは吹雪型(特型駆逐艦)の二番艦。つまりは吹雪の妹であり、叢雲の姉だ。こうして最初に集まった艦娘が同型艦というのは珍しいと言えるだろう。三人は手を取り合い、再会を喜んでいる。

 

「やっぱり吹雪の姉妹艦だったのか」

「はい。吹雪ちゃんも叢雲ちゃんもお世話になっています。私も、これからよろしくお願いしますね」

 

 白雪は横島に深々と頭を下げる。その態度に少々面食らった横島だったが、この子はそういう子なのだろうと理解し、鷹揚に頷いた。白雪の雰囲気に当てられたのかも知れない。

 

 白雪は吹雪と同じセーラー服に身を包み、セミロングの髪を二つのおさげにしている。彼女の纏う雰囲気は礼儀正しいピシっとしたものなのだが、どこかぽややんとした部分もある。天然気質、と言えるだろうか。

 容姿は吹雪によく似ており、やはり地味な印象は受けるが間違いなく美少女だ。白雪を簡単に言い表すならば、失礼な言い方になるが『女の子らしさが増した吹雪』といった感じか。勿論吹雪が女の子らしくないというわけではないが、どちらがより女性らしいか、と問われれば白雪が勝るだろう。

 

「……」

 

 横島は仲睦まじくはしゃぐ姉妹を優しげに微笑みながら眺めている。しかし、そのなかでどうにも気になることがあった。叢雲のことだ。

 

 ――姉妹ってわりには、どうにも浮いてるよな。似てないってわけじゃないんだが……。

 

 横島が疑問に思ったのは、叢雲が吹雪達に似ていないということ。確かに仕草や言動、声質など似通っているものもあるので姉妹であるということに疑問はないのだが、何故一人だけ容姿が似ていないのだろうか。これに対し、横島の灰色の脳細胞は瞬時に結論を導き出した。

 

「……イラストレーターが違うのか……!!」

 

 ……まあ、正解ではある。実際の理由は定かではないが、元々別の駆逐隊にいたから、という説が有力。他には『叢雲』の名を持つ艦船としては二隻目だからなど。

 

「ん? 何か言った?」

「ああ、いや。そろそろチュートリアル通りに出撃しようと思ってな」

 

 横島の咄嗟のごまかしの言葉に三人は頷く。いつまでも自分達のせいで仕事を遅らせるわけにもいかない。時間はたっぷりあるのだから、ゆっくりと語り合うのは後でも出来る。三人は頷き合うと、横島の言葉を待つ。

 

「ん。じゃあ白雪も第一艦隊に編成して、出撃を選べばいいんだな。……ところで、みんなが戦闘中の時って俺は何をしたらいいんだ?」

「あ、そういえば説明してませんでしたね。戦闘中の指揮はその端末から出来ますよ。戦闘の映像も映りますし、他にも色々と機能があります」

 

 横島の言葉を受け、吹雪は端末の説明を開始する。それを後ろから見ていた叢雲は、頭に浮かんだ案を横島に提案してみることにする。

 

「司令官、とりあえず私と白雪の二人で出撃するから、司令官はここで吹雪に端末の説明を受けながら指揮を執ってみたらどうかしら? これなら何か分からないことがあっても吹雪に聞くことが出来るし、練習に丁度いいんじゃない?」

「んー? でもそれだと危なくないか? 確かにその方が助かるっちゃ助かるけど……」

「大丈夫よ。出撃するっていったって、鎮守府正面海域の一面……つまりは一番簡単なところよ。私達の練度(レベル)は一だけど、だからってクリア出来ないってことはないわ。……むしろ簡単にクリアしてやろうじゃないの!」

 

 叢雲は自信満々にそう言いきった。その根拠のない自信はどこから沸いてくるのか問いたかったが、横島にはそういえば、と思い当たることがあった。

 

 ――『自分の実力にプライドを持つ』……なるほど、プロフィール通りか。

 

 横島は白い空間で読んだ叢雲のプロフィールを思い出し、溜め息と共に納得をした。諦めたとも言う。横島は叢雲の性格がだんだんと分かってきた。叢雲は少々意地っ張りなところがあるようで、強気な発言はそれに起因するのだろう。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。横島は直感でそう捉えていた。

 

「……どうします、司令官?」

 

 吹雪が不安げな顔で横島に問う。吹雪としては反対なのだろう。ちらちらと叢雲の顔を見てはおろおろとしている。白雪も不安そうだが、こちらは同時に苦笑を浮かべてもいた。何となくだが、叢雲のこういったところには慣れていそうな雰囲気だ。

 

「……分かった。叢雲の言う通りにしよう」

「そうこなくっちゃね!」

 

 叢雲は嬉しそうに指を鳴らす。それを眺める白雪は苦笑を深めるばかりだ。吹雪も諦めたのか、大きく溜め息を吐き、片手で頭を押さえている。

 

「……二人で出撃するのは分かったけど、気を付けてよ? いくら叢雲ちゃんが強いって言っても今の練度は一なんだから」

「分かってるわよ。安心しなさいな、危なくなったらすぐに撤退するから。……それじゃ出撃するわ。白雪、ついてらっしゃい」

「うん、叢雲ちゃん。……司令官、行ってきますね」

「気を付けろよー、二人とも」

 

 横島は二人を見送った後、吹雪と同じく大きな溜め息を吐く。

 

「叢雲ちゃん、大丈夫でしょうか……」

「大丈夫……と言いたいとこだけど、やっぱり不安だよなぁ……」

 

 なまじ現実感がありすぎるというのも考え物だ。ゲームだからと割り切れれば話は簡単なのだが、ここまでリアルな世界だとそうも言っていられない。何より()()()()()()()()()宿()()()()()()()。これで横島に心配するなと言うのは無茶である。

 

「……二人を無事に帰すためにも、指揮を頑張らねーと。吹雪、サポート、よろしくな」

「……はいっ! 私も精一杯頑張ります、司令官!」

 

 はじめての出撃を前に、二人は気合を入れなおす。

 

 

 

 

 

 意気揚々と海に向かう叢雲。誰も彼女の心の内を察した者はいなかった。彼女が吹雪を置いて出撃をした理由が、『司令官に格好いいところを見せて信頼を勝ち取り、ゆくゆくは艦隊の主力として扱ってもらうため』だったということに……!!

 

 ――あと、ついでに筆頭秘書艦の座も狙っていたりする。あくまでもついでに。

 

 

 

 

第三話

『叢雲と白雪』

~了~

 

 




お疲れ様でした。

このあと別の任務報酬でまた吹雪型が増えるんですよね。

白雪の容姿に関するアレコレは私の主観ですので、異論反論あるとは思いますがご容赦ください。



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初陣は無茶をしがち

艦隊作戦第三法がイベント初参加の私、お気に入りの艦娘とそれ以外の艦娘のレベル差がありすぎて無事攻略不可能のもよう。

お気に入り→大体Lv65以上。(15人くらい)
それ以外→軒並みLv1。高くても20以下。(100人以上)


もうどうしようもないことってあるよね。


 

 叢雲と白雪は現在、鎮守府正面の海の上を()()していた。

 彼女達艦娘が履く靴。これが海の上を走るという現象を可能としているのであろう。それには妖精さんの秘密の技術がふんだんに使用されている。

 風を切り、波を越え、優雅に海上を進む姿を端末越しに見ている横島は、彼女達の姿に羨望を抱いた。

 

「いーなー。俺もやってみてーなー」

「あはは、あれは艦娘じゃない普通の人には使用出来ませんので……」

 

 宥める吹雪の声も遠く、横島は幼い子供のように羨ましがる。

 

『ふふん、そんなに羨ましいのかしら?』

 

 端末からは叢雲の得意気な声が聞こえてくる。その声音は今の横島にとって、非常に小憎らしく聞こえる。横島は思わず「セクハラしてやろうか」などと考えてしまうが、残念ながら叢雲はロリの範疇。ラッキースケベならともかく、自分から進んでセクハラする気にはなれない。

 横島にとって、今の叢雲では色々と足りないのだ。

 

『……あんた、何か失礼なこと考えなかった?』

 

 横島の思考が伝ったのか、叢雲が画面越しに威圧してくる。眉を吊り上げ、目を細めて行われたそれは、叢雲の整った容姿も相まって非常に怖い。だというのに同時に可愛らしくもある。横島の脳裏に上司の姿が浮かび上がる。

 

「なーんか美神さんみたいな子だな」

「美神さん……ですか?」

 

 横島の呟きに吹雪が反応する。

 

「ああ。俺の雇い主の人で、俺より年上なんだけど子供っぽいとこもある人でな。さっきの怒り顔の叢雲にちょっと似てるんだよ」

 

 横島の解説に吹雪は小さく頷く。吹雪の中ではどんな姿が想像として描かれているのか。

 

『ちょっと、また何か失礼なこと言ってんじゃないでしょーね?』

「いや、そうじゃなくて……」

 

 横島達の話が聞こえたのか、叢雲がまたも不機嫌そうに声を掛けてくる。横島はそういうわけじゃないと弁解をする前に、割り込んできた者がいた。

 

『ダメよ、叢雲ちゃん。司令官にそんな口を利いちゃ』

 

 白雪である。白雪は叢雲の頭をこつんと小突くと、叢雲の言葉使いを窘める。怒られた叢雲は少々不満げな顔をしたが、それでも渋々とだが謝った。

 横島はその様子を感心したように眺めていたが、叢雲に誤られたのを機に口を開く。

 

「いやいや、あんま気にしなくてもいいって。俺自体そういうのは苦手だからさ。気楽……って言うと違う気がするけど、そこまで畏まらなくてもいいよ」

『そうなんですか?』

「ああ。叢雲もあんま気にしないようにな」

『……了解』

 

 横島の言葉に叢雲も頷く。その後少しの間無言が続いたが、それも終わりを告げる。

 

『……!! 前方に敵影を確認しました!!』

「ついに戦闘か。吹雪、サポートよろしくな」

「はいっ、司令官!!」

 

 叢雲達と敵を囲むように、ある程度の大きさの何らかの空間が発生する。どうやらこれが戦闘をする際の領域であるようだ。

 眼前の敵は“駆逐イ級”という、黒い魚雷のような外観をした深海棲艦。顔に当たる部分が中々に厳しい物となっており、その生物的でありながら機械的でもある姿は非常に不気味である。

 一目見た横島は全力で「キモい!!」と叫んだ。酷い言われようである。

 

『ふん。それじゃ、私の実力を司令官に見てもらおうじゃないの!!』

 

 叢雲が威勢良く駆逐イ級に突っ込んでいく。彼女の背中の艤装に搭載されている“12.7cm連装砲”が火を吹き、イ級の身体に砲弾が命中する。

 

「叢雲、あんまり一人で突っ込むんじゃねーぞ! 白雪、叢雲の反対側から回り込んでサポートしてやってくれ!」

『分かりました!』

 

 横島は叢雲に注意しつつ白雪に指示を出す。事前に吹雪から艦娘の戦闘に関する説明を受けていたせいか、意外にも様になっている。

 

 白雪は横島の命令通りに叢雲のサポートに回る。イ級が叢雲に対して反撃を行おうとすれば、即座に背後から砲撃を浴びせ、その行動を潰していく。そのおかげでこの戦闘はごくあっさりと決着がついたのだった。

 

『んー、勝ったのはいいけど、なーんかつまらないわね』

『油断はダメよ、叢雲ちゃん』

『分かってるわよ。まったく、いつまでも子ども扱いしてくれちゃって……』

 

 結果は見事なまでの完全勝利。横島の端末には“S勝利”と表示されていた。

 

「お疲れさーん。怪我とかはないよな?」

 

 横島は勝利にほっとしつつ、叢雲達に怪我の有無を問う。端末を見る限りは無傷なのだが、一応確認をしておきたかったのだ。

 

『当然よ。さっきの戦闘、見てたでしょ?』

『私も問題ありません』

「……ん、ならいいんだ」

 

 横島は叢雲達に柔らかく微笑む。心の底からの安堵の笑み。こう見えて横島はトラウマ持ちである。彼女達が無傷なことが純粋に嬉しかったのだ。

 

「それで、こっから分かれ道みたいなんだが……この最初から赤くなってる点がこの海域のボスがいる場所なんだよな?」

「はい、その通りです司令官。この分岐点の所で羅針盤を回して、行き先を決めるんです」

「なるほど、羅針盤を回して――……羅針盤は回して使う物じゃないんだけど?」

「司令官、ゲームですので」

 

 ゲームならば仕方がない。横島も「羅針盤を普通に使ったらすぐ終わっちまうか」とすぐに理解を示す。ゲームには運要素も必要だろう、と。しかし横島はこの後、運要素を絡めた羅針盤の恐ろしさを身をもって体験することになる。その時まで、今はまだ遠い。

 

「さて、そんじゃ二人とも。今なら撤退も出来るみたいだけどどうする? 俺としては一旦帰ってから、今度は吹雪も一緒に出撃してほしいんだけど……」

『ハァ? アンタ、私の話聞いてたの? 私はこの海域をクリアするって言ってたんだけど?』

『ちょ、ちょっと叢雲ちゃん!?』

 

 横島の言葉に叢雲が反発する。横島としてはボスに挑むのならなるべく安全を期して最善を尽くしたかったのだが、叢雲はどうやらそれがお気に召さなかったようだ。

 叢雲にとっては自らの実力をアピール出来、尚且つ格好良いところを見せるチャンスなのである。そのためか少々視野狭窄に陥っている。

 

「んー……」

 

 横島はハラハラとこちらを見ている吹雪を安心させるように頭を優しくぽんぽんと撫で、考えを纏める。

 

 ――命令って形なら流石の叢雲も従うだろうけど……今後の信頼関係に響くだろうな。だったら叢雲の意見を採用して、なるべく安全な方に誘導していった方がお互いに得かな……? 叢雲みたいな可愛い女の子に嫌われたくねーし。

 

「……分かった。すまんけど、二人にはそのまま海域の攻略を任せるよ」

『そうこなくっちゃ!』

「ただし、危なくなったらすぐに撤退しろよ? 叢雲も白雪も、轟沈とかしたら鎮守府に魂を縛り付けてやるからな」

『……怖いこと言わないでよ』

 

 横島の半ば本気の言葉に叢雲は身震いする。家須から横島がGS(ゴーストスイーパー)だと聞いているので、そうなった場合のことを想像してしまったのだろう。白雪はとんだとばっちりである。

 

「白雪、悪いけど叢雲のサポートをよろしく頼む。……ごめんな?」

『いえ、了解です司令官。……司令官のお気持ちは、私も理解していますから』

 

 白雪は横島に微笑みかけたあと、じっとりとした目で叢雲を睨み付ける。それは叢雲も思わず後ずさってしまう程の迫力を持っており、叢雲は自分の言動に少しの後悔を抱いた。

 

「さて、話も纏まったし、さっそく羅針盤を回すか」

 

 横島は画面にタッチし、羅針盤を出す。すると妖精さんのようにデフォルメされた、黒いセーラー服の女の子――通称“羅針盤娘”――が現れ、羅針盤を思い切り回す。

 カラカラと回る羅針盤が止まり、行き先を指し示す。その方角は東南東。ボスのいる場所だ。

 

「……ボスのとこか」

『ふんっ! 腕が鳴るじゃないの!!』

『はぁ……』

 

 その結果に叢雲は鼻息を荒くし、白雪は溜め息を吐く。初陣から苦労の絶えない白雪だが、彼女はこれを()()()()なのだと考えることにした。

 

『目指す場所も決まったし、さっさと敵主力艦隊を倒しに行くわよ!』

「まじで気を付けろよー?」

『行ってきます、司令官』

 

 白雪も気持ちを切り替え、叢雲と共に海を駆ける。そんな二人を見て心配で堪らないのが二人の姉、吹雪だ。

 

「ううぅ……二人とも、大丈夫かなぁ……」

「吹雪には悪いけど、もうこうなったからには仕方ないって。俺もちゃんと指示は出すつもりだけど、もし何か間違っているようだったら指摘してくれ。俺だってあの二人は沈めたくねーし……」

「はい……」

 

 こう見えて吹雪は横島の判断を支持している。あのまま帰港させていたら、叢雲が不満を抱えて反発し、後々命令違反をして危険なことをしでかすかもしれない。そうしないために手綱を握る必要がある。

 言わば、まだお互いに相手の実力を測っている段階だ。この敵主力艦隊との戦いにより、互いの認識が決まるだろう。

 

「……ところで吹雪、そんな風に端末を見られたら、俺が画面を見れねーんだけど」

「あわわ、すいません司令官!?」

 

 吹雪は身を乗り出すように端末にかぶりついていたため、横島には画面が見辛かったのだ。そのかわり、横島は吹雪の上から服の中を覗き込めていたため、気分はハッピーだったりする。ちなみに吹雪はブラも白だった。

 

 

『――敵艦隊捕捉! 数は3! 駆逐イ級2……軽巡ホ級1!』

 

 白雪が敵艦隊を探知。先程倒した駆逐イ級が2体、そして未確認の軽巡洋艦ホ級が1体。横島の表情が少々曇る。

 

「3対2……しかも1体は軽巡か……っていうか軽巡ホ級キモい!! マジキモい!!」

『なに怖気づいてんのよ! これから戦闘に入るわ、指示をお願い!』

 

 叢雲は敵艦隊の周囲を回るように移動、白雪もそれに続く。横島は敵艦隊の様子を見ながら指示を出す。

 

「一先ず軽巡は狙わずに駆逐から倒してくれ! 2対1で確実に仕留めろ!」

『了解!!』

 

 横島はまず小回りが利き、速度もある駆逐イ級を優先して狙う。ある程度の練度(レベル)があるのなら軽巡ホ級を狙っても良かったのだが、生憎戦場の二人は共に練度(レベル)1。おまけに近代化改修という強化も行っていないばかりか、装備すら初期のままだ。

 叢雲には吹雪から借りた()()()()()があるとはいえ、必要以上に危険な冒険をするわけにはいかない。

 

「よっし、いいぞ! そのままイ級を倒せ!」

 

 叢雲は白雪と共に駆逐イ級に砲撃を浴びせる。駆逐イ級は魚雷のような体をしており、口から砲塔を出すという特徴から攻撃の際の狙いが甘い。はっきりと言えばカモである。二人はまず1体の駆逐イ級を撃破。

 

「次もまたイ級を狙え! それから叢雲は気を付けろ! 敵は多分お前から先に倒そうと狙ってくるはずだ! 主な攻撃を担当してるし、距離もお前の方が近いし、何より少し突出しすぎだ! もうちょっと下がってくれ!」

『りょ、了解!!』

「ほら、敵さんが撃ってきたぞー!!」

 

 横島は初めての指揮にもかかわらず、それを思わせないような冷静な指揮をしてみせる。

 敵の動きを読み、それに合わせた戦術を選択し、それを指示して実行させる。こういった経験がないはずの横島の的確な指示は、叢雲に多大な信頼感を抱かせた。

 

 ――岡目八目。横島は叢雲達を沈めたくない一心から驚異的な集中力を発揮。今の彼は敵の動きがある程度予測出来ている。

 

『うわっと!? あっぶないわね……!!』

 

 しかし、そんな横島にも予測出来ないことがあった。

 

『くっ……! 本当に私ばかり狙ってくる……!!』

 

 叢雲は敵の攻撃の回避に専念し、ここからは白雪に攻撃役をスイッチさせる。横島はその命令を出そうとした。だが、その前に。

 

『私が前に出て囮になります!!』

『ちょ、ちょっと白雪!?』

 

 白雪が敵の気を引こうと12.7cm連装砲を乱射しながら前に出る。

 横島は気付いていなかったのだ。白雪も横島に良い所を見せようと考えていたことを。

 

「白雪!? おい戻れ!! それは流石に無茶すぎだ!!」

『……!!』

 

 横島が白雪に戻るように言うが、それでも白雪は戻らない。叢雲だけでなく、自分も戦闘で役に立とうと意固地になってしまっているのだ。彼女の動きは吹雪達が知っているものよりも幾分固さが見て取れた。

 そして、敵はそんな白雪を見逃すほどに優しくはない。

 

『――ッ!? 白雪、戻りなさい!!』

 

 軽巡ホ級の主砲が白雪に狙いを定めているのに叢雲が気付く。だが、白雪はもう避けられない。駆逐イ級の砲撃によってバランスを崩してしまったからだ。

 

『――――っ!!?』

 

 叢雲が手を伸ばす。だが、無常にも軽巡ホ級の主砲――5inch単装高射砲が火を噴いた。

 

「白雪ぃぃぃいいいっ!!」

「白雪ちゃぁぁぁあああんっ!!」

 

 

 

 

第四話

『初陣は無茶をしがち』

~了~

 




私の嫁艦は今の所

ハイパー北上さま、ハイパー大井さん、叢雲、古鷹、加古、大鳳、ヴェールヌイ、島風、球磨

の9人です。

友人からは「声優の大坪由佳さんが好きなん?」と聞かれました。
特にそういうわけでもなかったのですが、育ててるうちにハマってしまったようで。
特に北上さまが一番好きですね。
あのまったりとした感じが。


それではまた次回。


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日本海軍対深海棲艦万能人型駆逐艦娘・暁型4番艦

お待たせしました。

なんというか、ここしばらく何もやる気がおきませんでした。
これが無気力症候群というやつなのか……。

サブタイは、アレです。何て言えばいいのか、本当何て言えばいいのか……

それはそうとクリスマス仕様の球磨可愛いよ球磨ああああああああああああああああああ!!!
球磨!! 球磨!! 球磨あああああああ!!! ああっあああ、あああああああああああああああああ!!
ホああああああああああああああああああ!! 球磨クマあああああああああああああ!!
はああああああああああああ球磨ああああああああああああああああ!!
那珂ちゃあああああああああああああああああん!!!


 

 海上に爆煙が広がる。

 胸に走る鈍痛に顔を歪めながら、白雪は思う。

 

 ――何故、()()()()()()()()()()()()

 

 目を開けてみれば、広がる景色は爆煙が立ち上る海の姿。そう、砲撃を受けたはずの自分ではなく、自分の眼前で煙が上がっているのだ。

 弾かれたように辺りを見回せば、周囲に叢雲の姿はない。そこから導き出される結論は1つだ。

 自分を庇い、叢雲が敵の砲撃を受けたのだ、と。

 

「――叢雲ちゃ……!!?」

 

 白雪が目に涙を浮かべながら爆煙の中に入ろうとする。彼女の頭の中には既に敵艦のことなど残っておらず、ただ自分の妹のことだけで占められていた。

 あの砲撃だ。白雪の脳裏に最悪の展開が過ぎる。自分が余計なことに囚われたせいで、妹が沈んでしまった。

 しかし、白雪の予想は外れることとなる。

 

「いいいいぃっっっっっったいわねコンチクショーーーーーー!!!」

 

 当の叢雲本人が雄叫びを上げつつ、爆煙を払って姿を現したのだ。

 

「叢雲ちゃん!?」

「白雪っ! あんた、大丈夫だった!?」

 

 互いが互いの姿を視認し、今がどういう状況にあるかも忘れて安否を確認する。そんなことをしている間に払われた爆煙の隙間から、ホ級が再び主砲を叢雲達へと向ける。

 二人の実戦経験の無さが如実に表れる結果だ。本来なら二人はここで撃沈となってしまうのだろうが、2人には頼れる存在がついている。

 

『――叢雲、白雪!! 弾幕張りつつ後退っ!!』

「っ!!」

 

 叢雲と白雪は突如として響いた声に反射的に従う。自分達の前方に咄嗟に弾幕を張る。すると敵ホ級の周囲に砲弾が着弾し、バランスを崩したホ級が放った砲弾は明後日の方向へと飛んでいった。

 

「あっぶなー……」

 

 叢雲の頬を冷や汗が伝う。現在の叢雲の姿は少々……とは言えないほどに痛々しい。

 頭部の謎のユニットは損傷し、顔も体も煤に塗れ。セーラー服の腹部には大穴が空き、お腹が露出している。いわゆる“中破状態”だ。

 先程は何とか耐え切れたが、またも食らってしまえばどうなってしまうか分かったものではない。叢雲は暴れる心臓を落ち着けようと、大きく深呼吸を繰り返す。

 

『……おーい、聞こえるか2人とも』

 

 敵の射線に入らないように移動している叢雲達に、横島の声が聞こえてくる。

 

「し、司令官……」

 

 2人は顔を歪ませる。叢雲は良い所を見せようとして今の姿であるし、白雪は叢雲に対抗しようとして彼女を危機に陥れた。

 今の2人には鎮守府に居た頃の覇気が完全に喪失している。今も砲撃を続ける眼前の敵が難攻不落の巨大な壁にしか見えない。

 

「ごめん、司令官。やっぱり今の私達の練度(レベル)じゃ、クリアは無理かも……」

「それどころか、私の軽率な行動のせいで叢雲ちゃんが負傷して……!! もしかしたら、このまま……ごめんね、ごめんね叢雲ちゃん……!!」

 

 白雪が涙を流しながら叢雲に謝る。叢雲としては気にしていないのだが、今の白雪にそれを言ってもどうにもならないだろう。

 敵の攻撃から逃れ続ける2人に、横島の落ち着いた声が響く。

 

『……いいか、2人とも。今のお前らでも、あの敵艦達を沈めることは充分に可能だぜ』

 

 その言葉は、2人に対して絶大なインパクトを与えることに成功した。

 

「ちょっと、それ本当なの!?」

 

 真っ先に食いついたのは叢雲だ。白雪は絶望的な未来の展望しか見えていなかったのか、横島の言葉を聞いて若干放心している。

 

『ああ、本当だ。さっきの相手の対応を見て分かったんだが、相手の練度も相当に低いみたいだな。叢雲を仕留めたかどうかも分かっていないのに移動しないし、2人の弾幕に過剰にビビったり、何より今も砲撃続けてっけど、一発も命中どころか近くに着弾もしてねーだろ?』

「……そう、いえば」

 

 叢雲は横島の説明に冷静になり、相手をじっくりと観察してみる。言われてみれば、確かに相手の練度も低いのが見て取れた。砲撃を避け続けている自分達にイライラが募っているのか、狙いがどんどんと甘くなっている。イ級にいたってはホ級の砲撃に巻き込まれないように攻撃することもなくただ移動しているだけだ。

 

「……私、こんなの相手にビビッてたのね」

 

 叢雲は先程までの自分の姿を思い出し、顔を羞恥と怒りで赤く染める。彼女の意気は回復し、もう()る気満々である。

 

『おーい、白雪。そろそろ落ち着いたか?』

「え……。……あっ、は、はい!!も、もう大丈夫です!!」

 

 白雪も横島に声を掛けられ、ようやく正気を取り戻す。それでも相手の動きは見ていたようで、幾分かは希望を取り戻していたようだが。

 

『さって、ここからだけど。白雪には叢雲と交代して攻撃を担当してもらう』

「え……っ!?」

 

 そして、白雪はまたも正気を失いかける。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! わた、私には無理です!! さっきだって司令官のお言葉を無視して前に出過ぎましたし、それにそのせいで叢雲ちゃんが……!!」

『そりゃそーだけど仕方ないだろ? 中破してる叢雲をまた突っ込ませるわけにはいかねーし、他に戦えるのは白雪しかいねーんだから』

 

 白雪は横島に反論するが、それもすぐさま封殺される。横島が言っていることは正しいのだ。今の叢雲に先程までのように無茶をさせるわけにはいかない。戦える者が前に行くしかない。そうしなければ、今度こそ叢雲が沈んでしまうだろう。

 白雪もそれは理解している。理解しているが、白雪の心の中には恐怖が宿っていた。自らのミスが招いた妹の負傷。自分のせいで彼女が沈んでしまうのではないか、という恐怖が。

 体の芯から来る震えに、白雪の航行速度が減じていく。叢雲もそれに気付いているが、現状ではどうしようもなかった。ただ、白雪の手を引き、必死に攻撃から逃れるのみである。

 

『……白雪、お前にいい言葉を教えてやるよ。これさえ心に刻めば、お前は勇気を振り絞れるはずだ』

「……?」

 

 ふいにとても優しげな横島の声が聞こえてくる。そんな都合のいい言葉があるのなら、是非とも聞いてみたいものだ。白雪は縋るように、叢雲は不審がるように横島の次の言葉を待つ。

 

 緊張が支配する戦場に、横島の流麗な言葉が吹き抜ける。

 

『――“それはそれ、これはこれ”』

「――は?」

 

 戦場の空気が、凍ったような気がした。横島の言葉を聞いた2人の目が点になっている。

 

『まずは心にでっかい棚を作り、そこに罪悪感だの責任感だのそーいったメンドクサイ感情を一旦置いておくんだ。そしてありとあらゆる悪いこと全てを敵のせいにして、心に湧き上がって来る理不尽な怒りを相手にしこたまぶつけてやるんだ!!』

 

 それは超理論であった。控えめに言って最低の行為である。しかし横島はそれを真剣に、堂々と言い放った。その姿は紛うことない立派な卑劣漢である。これには叢雲もお冠だ。

 

「ちょっとアンタ!! ふざけたこと言ってんじゃ――」

「“それはそれ、これはこれ”――司令官っ! 私、やってみます!!」

「――って感化されちゃってるぅぅぅうううううっ!!?」

 

 普段から真面目でお淑やかな姉の予想外すぎる返答に、叢雲は“ガビーン”という擬音を背負った。その様は何と言うか、とても良く似合っていた。本人は微塵も嬉しくないだろうが。

 

『分かってくれたか! よし、んじゃさっそく敵艦に攻撃だ! まずはイ級、次いでホ級だ! ただし無理はするなよ。駆逐艦の能力を最大に活かせる時まで機会を待つんだ』

「お任せください!!」

「……白雪、アンタ……」

 

 叢雲を置いてきぼりに、横島と白雪のボルテージは上がっていった。

 

「狙いよし。撃ち方はじめ……!!」

 

 白雪が叢雲と位置をスイッチし、攻撃を開始する。突然の反撃にイ級は砲撃を避けきれず、まともに命中。まずは中破させることが出来た。

 

「……やっぱり、私だけだと弾幕が薄いですね」

 

 白雪は砲撃を続けつつ、そう呟いた。叢雲の主砲は損壊しており、まだ使えそうではあるがそう何度も使用は出来ないだろう。それに横島から聞かされた作戦もある。叢雲には攻撃に参加してもらうより、今は機会を窺ってもらった方が良い。

 

 何度目かの攻撃。イ級の砲撃が至近に着弾するが、白雪はそれでも果敢に撃ち返す。結果、見事イ級を撃沈させることに成功する。

 

「私にも、出来た……!!」

「やったじゃない、白雪!!」

 

 白雪に喜びの感情が宿る。隣では叢雲も喜んでくれており、白雪の目尻に涙が溜まってゆく。しかし、喜んでいる時間はない。横島が手に持つ端末には、とある表示が浮かんでいた。

 

 これで、条件は整った。

 

『白雪、叢雲! いけるか?』

 

 横島の問い掛けに、返ってきたのは2人の肯定。

 

『……よし。夜戦に突入だ!!』

 

 横島が画面上の“夜戦突入”を選択する。

 

 

 ――我、夜戦に突入す。

 

 

 何らかの結界によって形作られていた領域が、黒く、暗い色に染まっていく。

 それは夜だ。夜戦に突入したことにより、領域内が夜と同じ空間に変化したのである。この夜戦空間内では空母などの一部の艦種は一切の攻撃行動が出来なくなるが、それとは正反対に最高の夜戦適正を持つ艦種も存在する。

 

 ――それが、駆逐艦だ。

 

「特型駆逐艦の力、ご覧下さいませ……」

 

 白雪はこれまでとはまるで別人かのように苛烈な攻撃を食らわせる。敵ホ級はその攻撃を前に恥も外聞もなく、全力で逃走。何とかかわすことに成功した。

 ……それが、誘いであるとも気付かずに。

 

「沈みなさいっ!」

 

 視界を爆煙と水煙が支配する中、突如として聞こえたその怜悧さを感じさせる、涼しげな声。驚愕に支配される心のままに声がした方を見れば、そこにいたのは自分が中破へと追いやった艦娘。

 既に、彼女の攻撃準備は完了している。対して自分は動けない。敵の砲撃の衝撃と全力で逃げたことによる体勢の歪み、そして避けきったという安堵の感情が自らを逃れ得ない死地へと追いやってしまったのだ。

 

「海の底に――消えろぉっ!!」

 

 叢雲の艤装に装着されている“12.7cm連装砲”、そして吹雪から借り受けた“61cm三連装魚雷”が続け様に発射された。

 ホ級は加速された意識のせいでスローに映るその光景に何も出来ず、ただ叢雲の攻撃に身を委ねるのだった。

 

 

 

 

『――お疲れさん、2人とも』

 

 沈み行く敵艦を前に、横島が叢雲達に声を掛けるが、2人はそれには応えなかった。2人が見据えているのは敵ホ級である。

 恨み言も無しに沈んでいくホ級は、最後の力を振り絞ると、叢雲達へとゆっくりと、柔らかに手を振った。それは、まるでまた会おうと語っているかのようにも見えた。

 

「……今度生まれてくる時は、艦娘(こっち)側に生まれてきなさいよ」

 

 叢雲はぽつりと呟いた。

 叢雲も白雪も、この世界がゲームの世界であり、自分達がゲームの登場人物だということは理解している。彼女達艦娘は例え沈んだとしても、また同じ艦娘へと転生することが出来る。そういう風に()()()()()()()からだ。

 しかし、だからと言って海に沈むことが怖くないわけがない。彼女達艦娘は、海の恐怖、そして(げきちん)の恐怖をその魂に刻み込まれている。

 何故自分達ゲームのキャラに魂が宿ったのか、それは未だ誰にも分かっていない。何も知らないまま、自分達は艦娘として()()()()()しかないのだ。魂を宿す、人間の様に。

 

『……よくやってくれたな。一先ず鎮守府正面海域はクリアだ。格好良かったぜ、2人とも』

「やめてよ。完全にかっこ悪かったわ、私達は」

「……そうですね。司令官には見苦しい所ばかりお見せしてしまって……」

 

 横島の賛辞に2人は首を振る。2人はこの初陣がとてもではないが格好良いとは言えない物だと感じている。だからこそ、こう思うのだ。

 

「次……」

『ん?』

「次の戦場(いくさば)こそ、本当に格好良い所を見せてやるわ! もう二度と、こんな醜態は晒さない!!」

「私もです。次こそは、司令官に恥じない戦いをお見せします」

『……あいよ。楽しみにしてるぜ』

 

 それを機に、3人の間には沈黙が訪れた。しかし、それは決して居心地の悪いものではない。互いに対する信頼によって齎されるその空気は、言いようのない安心感に満ちていた。

 

 しかし、この海域での騒動はまだ終わらない。

 

「――これは!?」

『な、何だ!?』

 

 始めに気付いたのは叢雲。次いで横島だ。2人は突然の変化に驚きの声を上げる。一体、どのような変化が起こったのか。

 

「……BGMが、変わった……?」

 

 白雪が呟く。そう、BGMが急に変化したのだ。

 普段流れているBGMから、重厚にして勇壮、軽快にして緊迫感が溢れるBGMへ。

 

 あえて文字に起こすならば、“デンドンデンドンデンドンデンドンデンドンデンドンデンドンデッデデーデデデデーデデデデー デッデデーデーデーデデデデーデー”といった感じだろうか。

 叢雲達の正面、数メートル程離れた場所に、巨大な渦が姿を現し、更には大波、強風も発生する。だがそれは叢雲達には一切の影響を与えず、不思議な、あるいは不気味な印象のみを与えてくる。

 

『おいおいおい、まさかラスボス出現か!? 強制敗北イベントか!?』

 

 横島はこういったゲームにありがちな予想を立てる。これが普通のゲームだった場合、それも有りえたのだろうが、生憎とこれは普通のゲームではなかった。

 このゲームは、今の所物凄く演出が派手なゲームなのだ。

 

「……人影?」

 

 大渦の中心、そこに小柄な人影が見える。それは白雪達と同じようなセーラー服を纏った、小さな女の子と思しき影。その影は腕を組み、仁王立ちをしながら渦から海上へとせり上がってくる。

 

「まさか……いや、まさか……」

 

 叢雲が信じられない風に呟く。無理もないだろう。まさか、こんな演出過多な表現が()()()()()()()だとは思いたくはない。

 

 やがて、大渦から完全に海上へと姿を現したその艦娘は、何故か背後で起こった特大の水しぶきを背景に、仁王立ちで腕を組みつつ口を開いた。

 

「――(いなづま)です。どうか、よろしくお願いいたします」

 

 皆、なんかもう、開いた口が塞がらずにぽかんとした表情をしてしまった。「はわわ」とうろたえる電は可愛かったが。

 

『……これも、絶対変えさせよう』

 

 横島は使命感に燃えた。

 

 

 

 

第五話

『日本海軍対深海棲艦万能人型駆逐艦娘・暁型4番艦』

~了~

 

 

 

 

 

 

 一方その頃吹雪は!!

 白雪達が砲撃を受けた段階で真っ白になって失神しており、横島の膝枕で苦しげに魘されていた!!

 かわいそう!!

 寝相の関係でスカートが捲くれ上がり、パンツも見えているよ!!

 やったね!!

 




お疲れ様でした。

横島君がわりと冷静だった理由とかはまた次回に。まあ大した理由ではないんですが。

最初は電じゃなくて文月の予定だったんです。
仁王立ちで腕組しながら「あたし、文月っていうの。よろしくぅ~」なんて甘ったるい声で登場した方がインパクトあるかなーと思ってたんですが、でもやっぱりネタを知ってそうで弄りやすいキャラの方がいいかな? となって今度は漣になり、最終的には電に「お姉様、あれをやるわ」とか「スーパー(イナヅマ)キック」とかをやらせたくて電になりました。(長い)

サブタイの元ネタはガンバスターの正式名称です。出番は最後にしかないのにね。

次に戦闘シーンが出てくるのは……沖ノ島海域かな……

それではまた次回



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俺達の戦いは、これからだ!!

メぇぇぇ~~~リぃぃぃぃクリっスマぁぁぁーーースぅ!!
ひゃーーーはっはっはっはっはぁーーーっ

いやあ、漫画版ロックマンX3のヴァヴァは格好いいですね……(ヴァジュリーナから目を逸らしつつ)


運営さんはもっと改二を増やしてもいいと思うの。
高雄とか愛宕とか天龍とか龍田とか雷とか電とか島風とか雪風とか球磨とか多摩とか大鳳とか……


 

「――ふぅ……」

 

 横島は叢雲達との通信を終え、深く重い息を吐く。

 それは安堵の溜め息。危ない所もあったが、何とか初の出撃を乗り越えることが出来た。

 戦闘中、叢雲と白雪が敵の砲撃に飲み込まれた時、横島は本当に焦った。これが現実の世界での戦闘ならいつものように取り乱し、馬鹿なことを言いながらふざけ、上司である美神の指示に従うだけで良かった。

 だが、ここではそうもいかない。ゲームの中とは言え、司令官(トップ)は自分であり、また戦闘経験が1番豊富なのも自分だ。加えて秘書官である吹雪の失神。これらの理由が重なり、横島は普段のおちゃらけを捨てざるを得なかった。

 現状頼れる者は自分のみ。自分ほど信用出来ないものほど存在しないと公言したこともある横島だが、それでも彼は冷静に、堂々と指揮を執ってみせた。そうしなければ、2人が撃沈するからだ。

 

「ふぅ……」

 

 横島は今度は短く息を吐き、軽く腹をさする。胃が痛みを発しているのだ。

 横島にとって、誰かに指示を出すという行為は初めてではない。以前美神がオカルトGメンに勤めた際、所長代理として助っ人を雇い、辣腕を揮ったのが横島だ。

 しかし、今回と前回とではあらゆるものが違う。戦闘の方法もそうだが、何より違うのは戦う者の経験値だ。片やゴーストスイーパーとして数々の戦闘を行ったことがある者達。片や軍艦だった記憶があるだけの者達。

 言ってしまえば玄人と素人だ。咄嗟の判断も動きも、差がありすぎる。そして横島自身の不慣れな戦闘指揮。除霊の現場でシロやタマモに軽い指示を出すこともある横島だが、さすがに今回のような指揮は初めてだった。

 経験が浅い故に無茶をする。経験が浅い故にそれを許してしまう。お互いにまだまだ未熟だったというわけだ。そんな状態で指揮を執っていたのだ。普段の横島からすれば、今回の結果は充分と言っても良いだろう。

 

「ん……」

 

 しかし、横島が冷静さを失わないで済んだのには、更に理由がある。失神した吹雪だ。彼女が失神したからこそ、横島は自分が何とかしなくてはならないという意識が芽生えたのだ。そしてそれだけではない。

 魘されることで汗をかき、より強さを増した吹雪の匂い。その汗によって頬に張り付いた髪から齎される外見に似合わない色気。寝相によってめくれ上がったセーラー服から覗く小さなへそ。同じくめくれ上がったスカートから見える、汗でしっとりと肌に張り付き、食い込みが少々強くなった下着。今はまだほっそりとした白いフトモモ……。それらが逆に横島の理性を保つことに繋がったのだ。だって可愛いとは言ってもロリには手を出せないから、戦闘に集中するしかない、という謎の超理論。何とも訳の分からない理屈である。

 

 ――ありがとう、吹雪。お前には助けられたよ。色んな意味で。

 

 横島は由来不明の感謝を胸に、未だ魘されている吹雪の頭を撫でる。彼にしては優しくあったそれも、吹雪の意識を覚醒させるには充分の刺激となったらしい。吹雪は苦しげな声を出しつつも、ゆっくりと目を開けた。

 

「……あれ、私……?」

「あ、目が覚めたか吹雪?」

 

 吹雪が目を覚まし、横島と視線を交わしてたっぷり十数秒。吹雪は現在の自分の状況を確認し、上体をガバっと起こして膝枕の状態から脱した。

 

「すすす、すみません司令官!! わ、私、いつの間にか気を失ってて!! 司令官にご迷惑を……!! ……それから白雪ちゃんはどうなったんですか!? 叢雲ちゃんは!? まさか、撃沈――」

「あー分かった分かった!! 混乱してるのは分かったからまずは落ち着いてくれ!! はい、深呼吸!!」

 

 勢い良く詰め寄ってくる吹雪の圧力に押されながらも、横島は吹雪を何とか落ち着けようとする。吹雪は司令官の言葉に忠実なのが幸いしたのか、横島の言う通りに深呼吸し、徐々にではあるが気を落ち着けていく。

 

「さて、結論から言うけど2人は大丈夫だよ。叢雲は中破しちゃったけど、敵の主力艦隊はぶっ潰したし、新しい艦娘も見つけたからさ」

「……そうですか、良かったぁ……」

 

 横島の話を聞き、吹雪は涙ぐみながら安堵の息を吐く。しかし、それもほんの一瞬。吹雪は横島に向き直り、深々と頭を下げる。2人とも座っていることから、それは土下座にも見えた。

 

「お、おい吹雪……?」

「本当に申し訳ありません司令官! 本来なら私は司令官の補佐をしなければいけないのに、2人が沈んだと思ったら失神してしまって……!! 司令官が秘書艦に選んでくれたのに、私は、こんな……!!」

 

 吹雪は頭を上げず、つまりながらも横島に謝罪の言葉を述べていく。秘書艦に抜擢され、横島の補佐をしていき、立派な鎮守府を作っていこうと夢を抱いていた吹雪だ。理想と現実の自分の違いに心が折れかけているのだろう。

 それを見る横島はそれはもう取り乱している。何せ可愛い女の子にここまでのことをさせてしまっているのだ。横島は混乱からどうしたらいいのか分からず、彼までもが涙を浮かべてしまう。

 

 ――いや、落ち着け!! クールだ!! クールになれ横島忠夫!!

 

 横島は内心で叫ぶ。叫ぶクールさなどあろうはずもないが、それでもその言葉を出すことは、冷静さを意識することに繋がった。そして彼に浮かんだ思い。それは『お互い様』というものだった。横島は吹雪の上体を何とか上げさせ、視線を合わせて語りかける。

 

「……そう、だな。確かに吹雪が失神しちゃって、この先大丈夫なのかとも思ったけど……」

「……っ」

「けど、それはまあ、お互い様というか。元はといえば俺が叢雲達をちゃんと説得しなかったのが悪いわけだし……」

 

 横島は内心を偽ることをしなかった。吹雪は融通が利かないとまで言われるほどに真面目な艦娘だ。ただ慰めるだけより、ただ気にするなと言うより、悪い所は悪いとはっきり示すことの方が良いのだと判断した。

 

「俺が吹雪も出撃させていればこんなことにはならなかっただろうし、1回目の戦闘終了時に帰還させていれば、ってのも考えられるし……まあ、今更なことなんだけどさ。他にも叢雲や白雪の戦闘に対する認識も甘かったってのもあるし……」

 

 横島は自分達のどこが悪かったのかを挙げていく。要は吹雪だけでなく、皆にも悪い所はあったのだと言いたいのだ。やはり横島は女の子には甘い。もし相手が男だった場合、自分の悪い所は白雪に言った通り大きな棚にぶち上げ、ネチネチと小言を言いまくったことだろう。

 吹雪は横島の言葉を聞き、頷く。彼女は真面目な性格だ。悪い所が分かったのならば、それを直そうと努力していくだろう。

 

「俺達はさ、やっぱり色々とダメな部分が多いんだよな。今回の出撃でそれが分かったし、これから本腰入れて頑張っていかねーと……」

「……はい」

 

 神妙に頷く吹雪の頭を横島は優しく撫でる。何だか吹雪の頭を撫でてばかりだ。横島はそう思いつつもやめられない。吹雪の髪の質感が気持ちいいのだ。

 

「……あの、司令官そろそろ……」

「あ、ごめん」

 

 撫でられるがままとなっていた吹雪の頬は真っ赤に染まっている。嫌がっているわけではないようだが、純粋に恥ずかしいようだ。横島の手が離れた後も吹雪は真っ赤な顔を俯かせ、沈黙を続ける。それが何か妙な雰囲気を発生させ、何やら横島も気まずい気持ちが溢れてきた。

 

『――司令官、聞こえるー?』

「……っ! お、おう、何だ叢雲ー?」

 

 そんな微妙な雰囲気が漂う空間に、叢雲からの通信が割り込んできた。

 

『ん? 何かあったの? 慌ててるみたいだけど……』

「ああ、いや、ちょっとまったりしてた時に急に通信が来たから、ちょっと驚いたんだよ」

『そうなの? まあ何でもいいけど……それより、もうすぐ鎮守府に戻るわ。補給と入渠の準備、お願いね』

「おお、了解。鎮守府に帰って休むまでが出撃だからな、気を付けて帰って来いよ」

『遠足じゃないんだから……。分かってる、流石にそこまで無様を曝す叢雲様じゃないわ。それじゃ、また後で』

 

 プツリと通信が切れる。叢雲も少々落ち込んではいるようだが、それでもその自信は失っていない様子。そんな叢雲の姿を見た吹雪は、ぐっと唇を引き結ぶと、両頬をパンと叩き、気合を入れていた。

 

「お姉ちゃんがいつまでも落ち込んでちゃダメ……。叢雲ちゃん達に負けないように、頑張らなくちゃ!」

 

 どうやら吹雪の中で折り合いはついたようである。むんと両手に力を入れる姿は可愛らしい。両頬に真っ赤な手形があり、目に涙を浮かべている所がそれを助長させる。力加減を間違えたようだ。

 

「何か、話してる間に結構な時間が経ってたんだな」

「そうですね。1番近い海域とはいえ、もう帰還するみたいですし」

 

 横島は立ち上がり、吹雪に手を差し出す。吹雪はその手をきょとんとした表情で見た後、慌てたように手を制服で拭い、少し申し訳無さそうに横島の手を取り、立ち上がった。吹雪はその横島の手をぼんやりと見つめる。こうして支えてもらうのではなく、これからは自分がこうやって支えるのだと。吹雪は決意を新たにする。

 

「司令官、私、頑張ります!!」

「うん? ……おう、何か良く分からんが頑張れ!!」

 

 横島は燃える吹雪の宣言に、何をどう頑張るのか分からないままに応援をする。吹雪が頑張ると言っているのだ。その内容が分からなくても、可愛い女の子を応援するのは横島にとって当たり前の事。

 横島は吹雪の柔らかな手の感触を堪能しつつ、表面上は真剣な顔で頷いて見せた。

 

「それじゃあ、行きましょう司令官!! 白雪ちゃんと、叢雲ちゃんと、新しい艦娘の子を迎えに!!」

「おう、行こうか」

 

 吹雪は横島を先導して走り出す。目指すは港だ。横島は吹雪が手を離さないことに驚き、バランスを崩しかけるも何とか追走し、横並びになる。そんな横島の姿に、吹雪は嬉しそうに笑みを浮かべる。

 今は失敗を繰り返しても、こうして手を取り合い、司令官と並んで成長していく。そう考えると、吹雪は胸の奥から何か熱い感情が湧き上がるのを感じた。

 横島は吹雪の思いに気付いていない。ただ、吹雪が嬉しそうに笑っている姿を見て、自分も釣られて笑みを浮かべる。

 今は2人だが、次は白雪と、その次は叢雲と、そのまた次は電と――。そうやって、皆と手を取り合い、笑い合って進んでいこう。

 いつか、世界の海を取り戻す為に。

 

「俺達の“艦隊これくしょん”は、これからだ――――!!」

 

 横島は、自分でもわけが分からない程にまで上昇したテンションが命じるままにそう叫んだ。

 

 

 

 

第六話

『俺達の戦いは、これからだ!!』

~了~

 




ご愛読ありがとうございました!!

煩悩日和第七話にご期待ください!!

そういえば限定グラが1番多いのって曙なんですよね。(急激なクールダウン)
運営さんのお気に入りなのかな?


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強くなろう

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。


そんなわけで第七話ですが盛大に予定が狂いました。

キャラが増えるのは次回からになります……


 

 鎮守府に存在する、艦娘達が出撃する為の港。そこに横島と吹雪の姿がある。横島は紙袋を手に、何事か呻きながらそわそわと歩き回る。叢雲達を心配するが故の行動なのだが、その様は明らかに挙動不審であり、そんな彼を見ている吹雪も苦笑を浮かべている。

 吹雪も妹達の事が心配なのだが、横島の様子を目の当たりにして幾分か余裕が生まれたらしい。

 

「……あ、司令官! みんな帰ってきましたよ!!」

「本当か!」

 

 ちらりと海を見た吹雪が叢雲達の姿を捉える。そこからは速いもので、叢雲達は沖合いからすぐさま入港、さっさと陸に上がってくる。今回が初の出撃だったというのに、その一連の動作は非常に慣れていそうなものだった。

 

「あ゛~、無事に帰ってこれたわね……」

 

 叢雲がやけに重々しい息を吐きながら呟く。撃沈の危機を体験したことが尾を引いているのだ。白雪がそんな叢雲の背を支え、その後ろから電が慌てながらも心配そうに眺めている。最初は電も叢雲を支えようとしたのだが、彼女の体躯では却って叢雲の邪魔をしてしまう可能性があり、白雪が配慮したのだ。

 

「お帰り、みんな。……大丈夫か、叢雲?」

「みんな、お帰りなさい! 白雪ちゃん、叢雲ちゃん、大丈夫だった!?」

 

 横島と吹雪が叢雲達に駆け寄る。叢雲は一瞬気まずそうな表情を見せたが、それでも横島達から目を逸らさず、まずは謝罪の言葉と共に頭を下げることにした。

 

「ごめんなさい、司令官。私の認識が甘かったわ」

「私も、すみませんでした。私情に走って命令を無視して、挙句叢雲ちゃんを危険に曝してしまいました」

 

 白雪も叢雲に倣い、頭を下げる。横島はその2人の姿に言いたい事も忘れ、動きも止まってしまう。

 

「白雪ちゃん……叢雲ちゃん……」

 

 吹雪は2人に対して何も言えない。自分は2人のピンチに失神していたのだ。何か言える者がいるならば、それは指揮を執っていた横島以外には存在しない。

 そんな当の横島は2人の行動に少々混乱し、慌てている。奇跡的に表には出ていないが、内面では涙を噴出して錯乱せんばかりだ。自分に対してここまで真摯に謝罪をする者が存在するとは思っていなかった。

 そうして十数秒……或いは数分かも知れない。迷いに迷った挙句、横島が取った行動は、2人の頭を優しく撫でることだった。

 

「あー、言いたい事はあったんだけどな。それは、今はいいや。……帰ってきてくれて、本当に良かったよ」

「――……っ!!」

 

 叢雲と白雪は目を見開く。その言葉は、本心から自分達を想ってくれての事だと痛感した。何故だか確信出来たのだ。そして、自分達がどれだけ小さな事で張り合っていたのかを自覚した。

 結果、2人に去来するのは横島に対しての申し訳なさ、自分に対する情けなさ。2人の眼から、大粒の涙が流れ出した。

 

「ちょっ!? ふ、2人とも!!?」

 

 それに気付いた横島が取り作ることも出来ずにうろたえる。その姿を見て、叢雲達は更に涙を流す、という悪循環が発生した。そして、騒動はそれだけに留まらない。

 

「白雪ちゃん……叢雲ちゃん……!! ううぅぅぅ……っ!!」

「吹雪までっ!!?」

 

 白雪達の内心を察したのか、吹雪までもが泣き出したのだ。白雪達だけではない。取り返しのつかなくなる可能性があった失敗を犯したのは自分もだ。こうして吹雪はまたも涙を流す。

 

「だ、ダメなのですぅ……! 何だか、よく、分かりませんけど、泣いちゃダメなのですぅ……!!」

「何で電までぇ!!?」

 

 挙句の果てには特に関係のない電までもが大泣きし始めた。何か理由があったわけではないのだが、自分の周りの人間が泣いているのを見て、自分も悲しくなったらしい。

 

「あ……!? ああぁ……!!?」

 

 さて、この場で1番可哀想な人物は一体誰なのだろうか。横島は改めて現状を整理する。周りは泣いている美少女だけ。理由は分からないが、頭を撫でた2人が急に泣き出した。加害者は自分? それからその2人を見ていた吹雪が泣き出した。吹雪も何回か頭を撫でている。それが理由か? つまり加害者は自分?

 あと電が泣き出した。周りの子達がみんな泣いているのが理由と思われる。泣かしたのは自分? つまり加害者は自分?

 

「……何でもするから泣き止んでーーーーーーっ!!!?」

 

 結局、悪いのは自分だと思い込んだ横島はその場の4人に土下座を披露し、涙を噴出させるのだった。

 

 

 

 ――間――

 

 

「……このことは俺達だけの秘密にしよう」

「そうねそれがいいわそれに決定」

 

 横島と叢雲が羞恥に頬を赤く染めながら頷き合う。周りの皆もそれに同調し、今回の事はこの場の5人だけの秘密と相成った。

 横島は深々と溜め息を吐き、その後頭を大きく左右に振って気を取り直すと、電に向かって目線を合わせながら手を差し出した。

 

「電だったよな。俺は横島忠夫。これからよろしくな」

「あ……」

 

 電は自らに差し出された横島の手を見て、大きく目を見開く。それは密かに憧れていた光景。司令官の手を取り、共に進んでいく、夢見た景色。それが現実のものとして、目の前にある。

 電は胸に宿る高揚に戸惑い、中々横島の手を取れない。あわわはわわと言い、慌てたように他の艦娘の顔を窺ってしまう。

 皆が浮かべているのは苦笑だった。自分がこうなるのは予想済みだったのだろう。皆の視線が恥ずかしく、余計に慌ててしまう。

 こんな自分で大丈夫なのだろうか。司令官は気を悪くしていないだろうか。電が横島の顔色を窺って見れば。そこにあったのは真っ直ぐに自分を見つめ、微笑んでくれている横島の姿だった。

 

 横島は子供の面倒を見るのが上手い。それはつまり、その子供がどういった性格をしているかを見抜くのが上手いということだ。

 電は引っ込み思案で大人しい性格だ。だが、芯の部分はしっかりとしており、真面目で頑張り屋さんな性格でもある。横島はそれを理解し、電を信じて待つことにした。

 電は横島の顔と手に交互に目をやり、やがておずおずと彼の手を握った。その瞬間横島は満面の笑みを浮かべ、ぎゅっと、電の手を握り返した。

 

「よろしく、電」

「……はい、よろしくお願いします」

 

 2人は軽く頭を下げあい、ゆっくりと手を離す。電は横島と繋いだ右手をじっと見つめている。

 

「ねえ、司令官。その紙袋、何が入ってるの?」

 

 2人の挨拶が終わったのを確認した叢雲が疑問に思っていたことを口に出す。皆の注目を集めるのは横島が持ってきた紙袋だ。

 

「ああ、叢雲が中破してお腹に大穴が空いたからな」

「お腹に穴は空いてないわよ」

「艦娘とはいえ女の子だからな。身体を冷やしちゃいかんと思って暖かいものを……」

 

 そう言って横島は紙袋からある物を取り出した。

 それは茶色い毛糸で編まれた円筒状の保温帯。よく昭和の親父のイメージ像などで着用されているのが見られるもの。――腹巻きである。

 

「……」

「さあ遠慮はいらんぞ。この腹巻きの暖かさはさっきまで体感してたからな。何の心配もいらねーぜ」

 

 叢雲はツッコミどころが多くて眩暈がしてきた。

 確かに女性が身体を冷やすのは問題だ。だが、何故よりにもよって腹巻きなのか。いや、百歩譲って腹巻きなのは良しとしよう。昔はともかく現在の腹巻きはオシャレなデザインの物も多く、ダイエットにも活躍しているぐらいだ。だが何故よりによってそんな古典的なコントに出てくるようなデザインの腹巻きなのか。そして、小さいとはいえ腹部にも傷を負っているというのに、何故毛糸製なのか。チクチクするのが余計にチクチクしてしまうではないか。

 というかさっきまで体感してたと言ったのかあの司令官は? つまり着用済み? それを自分にも着用しろと? セクハラなのではないだろうか。

 

 ちなみにこれは吹雪も着用済みである。その際、吹雪は「これはお腹に直接着けるんですか?」と迂闊にも横島の前で服を捲り上げてしまった。ブラも見えたので横島としては大変眼福だったのだが、おかげで吹雪の黒歴史が増えた。

 

「……む、叢雲さんならきっと似合うと思うのですっ!!」

「全然嬉しくないけれどありがとう。どう? 私の代わりにアンタが着てみたら?」

「え? それは嫌なのです」

「こんの女郎(めろう)……!!」

 

 電は叢雲の勧めをさらっと流す。横島も横島で「やっぱりデザインがダメだったか?」などと呟いている。そういう問題ではない。

 

「……はぁ~~~~~~。もういいわ。さっさと補給と入渠を済ませちゃいましょ」

 

 長い長い溜め息を吐いた後、叢雲は皆を先導して船渠(ドック)へと向かう。その道すがら、横島は端末を操作して新たな任務、はじめての「補給」! はじめての「入渠」! の2つを選択。

 

「……あ、いつの間にかチュートリアルが終わってる」

「本当ですね」

 

 横島はどうせなら補給と入渠もチュートリアルに盛り込むように家須達に言っておこうかと思案する。その方が何かと分かりやすいだろう。

 

 そうこうしている内に船渠へ到着。その見た目はまるで旅館のようである。いや、コンクリート等で建てられたそれは、旅館というよりはホテルやスーパー銭湯だろうか。ともかく、船渠はそういった、どこか真新しさと懐かしさを感じられる外観をしていた。

 皆は揃って船渠に入り、中に備え付けられている冷蔵庫から燃料を取り出してぐびぐびと美味しそうに飲み始める。その姿はどこかシュールなのだが、飲んでいる物が物だけに、横島にちょっとした不安感を与えている。

 

「……っぷはー! 補給完了!!」

「叢雲ちゃん、慌てて飲み過ぎよ? ほら、ちょっとこぼれちゃってる」

「あ、と。ありがと、白雪」

「……まじで補給任務が完了してやがる」

 

 横島はどこか釈然としない思いを感じながら報酬を受け取った。獲得ボーナスは少々の燃料と弾薬。そして、何やら怪しい液体が入った緑色のバケツ。その側面には『修復』と書かれている。

 

「何だこりゃ?」

「ん? ああ、それは高速修復剤です。それを使用することで艦娘の傷を一瞬で完治させたり、艤装を修理したり出来るんです。疲労だって無くなっちゃうんですよ」

「ほぁー、そいつはすげーな」

 

 不思議なバケツを前に首を傾げる横島に、吹雪が説明をする。横島はうんうんと頷いたが、やがて苦笑を浮かべた。

 

「艦これって、意外とスポ根なんだな……」

「うん。何を考えてるのかは知らないけど、その想像は多分間違ってるわよ? そこのお風呂に混ぜて使うの」

「うんうん」

 

 横島は頭の中で高速修復剤が使われているところを想像する。展開するのは怪我で倒れている艦娘に対して「寝てんじゃねぇよオラァン!!」とバケツの中の謎の液体をぶっかけるシーン。

 叢雲は何か不穏な気配を感じたのか、やんわりと横島の想像を否定する。他の皆も頷いているあたり、それは皆に伝わっていたようだ。

 

「さて、さっさと済ませたいし、そのバケツ使う?」

「ん~……いや、今日のところはもう出撃する気はないから、ゆっくりと浸かってきたらどうだ? あとやることと言ったら艦娘寮の部屋を人数分使えるようにするとか、そんなんだし」

「あー、そうか。それがあったのね……」

「どうせならみんなで入ってきたらどうだ? 白雪も初出撃で疲れてるだろうし、吹雪も俺の世話で大変だっただろうし、電も親睦を深めるって名目でさ」

「それはありがたいのですけど……よろしいのですか? 私達だけ……」

「遠慮するこたねぇって。風呂は命の洗濯だってナイスバディなねーちゃんも言ってたし」

「何の関係があるのよ……ま、でもそういうことならゆっくりさせてもらうわ」

 

 遠慮がちに尋ねる白雪の頭を撫でながら、横島は微妙にセクハラ的な発言を繰り出す。叢雲は溜め息と共にツッコむが、それが横島なりの気遣いであろうことは理解している。なので、叢雲はその好意に甘えることにした。皆も叢雲に続く。

 艦娘の皆が『女湯』の暖簾の先に消え、数十秒。横島は()()()と笑った。

 

「ふふふふふ……さあ、()()()()の時間だ……!!」

 

 横島の目がギュピーンと光を放つ。()()をちらりと見やり、笑みを深くした後、徐に行動を開始する。

 

 

 

 

「ふう……」

 

 叢雲は頭と身体を洗った後、ゆっくりと湯船に浸かる。見た目は完全に大浴場だ。足の先から首元まで、爪が痺れる様な熱と、淡い快感が走る。疲れが湯に溶け出すかのようだ。叢雲は身体の傷が湯船の中で治っていくのを感じている。

 傷は治る。跡形など残らないだろう。その痛みもいずれ忘れるはずだ。しかし、忘れてはいけない物もある。

 

「――強くならないと」

 

 静かに、しかし力強く叢雲は呟いた。そこには強い意志が宿っている。

 もうあんな無様を晒さないように。もう、司令官に余計な心配をさせないように。今日の戦いを、忘れてはならない。

 

「……私も同じ気持ちだよ、叢雲ちゃん」

 

 白雪が叢雲の言葉に続く。

 自分の弱さで司令官の信頼を裏切らないために。自分の弱さで、()()()()()()()()()()()()ために。白雪は、今日の戦いを忘れてはならない。

 

「……考えることは、みんな同じだね」

 

 2人に、吹雪が苦笑気味にそう言った。

 今日という日。自分達の、横島率いる艦隊の初出撃。その記念すべき日に、秘書艦である自分は一体何をしていた? ただ、司令官の足を引っ張っただけだ。

 確かにショックを受けた。確かに妹達を失う恐怖を覚えた。だからと言って、意識を失うなどあってはならない。

 横島はお互い様と言ってくれたが、吹雪はそうは思っていなかった。今日のことは、これから先、それこそ一生涯忘れないだろう。

 

 「――強くなる。心も、身体も」

 

 吹雪は両手を強く握り締める。それは決意を以って握られた拳。力を込めて震える拳に、小さな手が添えられる。震える手を優しく、慈しむように重ねた、心が安らいでいくかのような感覚。電の手だ。

 

「電ちゃん……?」

 

 電は真剣な眼差しで、吹雪を真っ直ぐに見つめる。叢雲にも、白雪にも、同様に。

 

「私は、戦うことが好きではありません。叢雲さんの怪我を見て、もし自分もこうなったらって思うと、身体が震えてきてしまうのです……」

 

 そう言う通り、吹雪の手を握る電の手は微かに震えている。しかし、彼女はその震えを払うかのように吹雪の手を強く握り締める。

 

「皆さんは今日の出撃で、きっとたくさん怖い思いをしたと思うのです。それでも、皆さんは強くなろうと、また戦いに行こうとしているのです。……電も、電も皆さんのように、怖い気持ちを乗り越えられるでしょうか? 皆さんのように、()()なれるでしょうか……?」

 

 強くなろうとする吹雪達。その想いを目の当たりにした電は、心と身体に刻まれたであろう不安や恐怖を乗り越えようとする吹雪達に、()()を見た。

 電の瞳は縋るように揺れている。そんな電の言葉に真っ先に答えたのは叢雲だった。

 

「残念だけど、私達はまだまだ弱いわ」

「叢雲さん……」

「ほら、これ。さっきの戦いで敵の攻撃を受けたところを思い返すだけで、こんなに震えてくるんだもの」

 

 弱々しく震える叢雲の身体。強がってはいるが、彼女は撃沈を覚悟していたのだ。その恐怖は未だ心に宿っている。それを見た電は、思わず吹雪の手を離してしまう。

 

「だからこそ、これから強くなるの。電が言ったように、怖い気持ちを乗り越えるために。今の私達みたいに、怖くて震えてる子を支えて、守れるようになるためにね」

 

 それは自虐を交えた言葉だったが、それでも叢雲は清々しく微笑んでいた。自分だけが、という考えは鳴りを潜め、皆と共に。そして、より高みへ。

 

「1人じゃこうして震えても、ほら。白雪が手を握ってくれたら、それだけで安心してきちゃった」

「私も、戦うのは怖いの。でもこうして叢雲ちゃんと手を繋いで、吹雪ちゃんとも手を繋いで。そうしたら、私も頑張ろうって気持ちになるの」

 

 吹雪、白雪、叢雲が手を繋ぐ。そして、吹雪と叢雲が電へと手を差し出す。

 

「こうやってみんなで手を繋いで、みんなで強くなっていこうよ。電ちゃんも、私達も」

 

 電は差し出された2人の手を見つめ、やがて俯いていく。彼女は消え入りそうな声で、ぽつりと呟いた。

 

「私は、皆さんを支えることが出来るでしょうか……? 強く、なれるでしょうか……?」

「なれるよ!」

 

 吹雪は笑顔で即答する。

 

「だって、さっき電ちゃんは私の手と一緒に、()()()()()()()()()()()()()!」

「――っ」

 

 手当て療法、というものがある。それは掌や指先を患部などに当て、不調を治そうとする方法だ。自らのエネルギーを患者に送り込み、対象を癒すというもの。勿論電にそれを行う技術があったわけではない。

 今回吹雪に齎されたのは、電の暖かさと、その優しさだ。

 人というものは他人の体温を感じることで安心感を得る。それが家族や親しい者ならば尚更だ。吹雪にとって、電は心強い仲間。友人であり、家族であり。

 吹雪は電の温もりに救われたのだ。

 

「吹雪さん……」

「一緒に強くなろ? 司令官に胸を張れるくらいに。ね?」

「……はいっ、なのです!」

 

 吹雪の言葉に、電は力強く頷いた。そして、吹雪と叢雲の手を強く握る。

 

「よーし、みんなで司令官に頼られるくらいに強くなろーっ!!」

「おぉーっ!!」

 

 皆で吹雪に賛同し、両手を挙げる。繋がれたその手は離れることなく、輪を描いた。それは、誓いの輪。

 これから先、どのような困難が待ち受けようとも。何度躓いたとしても。またこうして手を繋ぎ、共に起き上がろう。私達は1人ではなく、支えあえる家族がいるのだ。

 

 

 

 

 

 

第七話

『強くなろう』

~了~

 

 

 

 

 

 一方その頃の横島は。

 

「ふふふ……!! 天国や……!! 極楽や……!!」

 

 口端から涎を垂らし、幸福感に浸りながらその口をだらしなく歪ませている。

 彼の全身を圧倒的な快感が包んでいる。これは、この船渠に来たときから狙っていたものだ。

 

 彼の幸福。それは、全身を優しく、時に力強くほぐしてくれるマッサージチェア――――!!!

 

「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛~~~~~~……」

 

 横島の口から漏れる、快楽の声。一目見たときから使おうと心に決めていた。何せ無料で使い放題なのだ。例えゲームの中とは言え、ここまでリアリティを伴っているのだ。ならば、ゲーム内でもその快感を味わえるはずだ。

 そんな横島の考えは的中していたのである。

 

「あいつらが出てくるまで、堪能させてもらうかぁ~~~~……」

 

 どんどんと蕩けてくる意識。全身をほぐしてくれるマッサージチェアは、横島の心もほぐしてくれている。

 彼は女の子の生死に関してトラウマを持っている。今回は何とかなったが、今後似たようなことが起きないとも限らない。

 吹雪達に縋るのは駄目だ。自分は年上であるし、ましてや鎮守府のトップ。自分がしっかりと導かねば、彼女達は沈んでしまう。

 自分のキャラではない、と彼は思う。彼は誰かにこき使われて隅っこでギャグをやっている方が性に合っている。せめて、艦隊に頼れる大人な艦娘が着任して来てくれれば、話は別なのだろうが。

 

「美人でチチの大きいねーちゃんに来て欲しいなー」

 

 横島はそう呟き、マッサージの快感に身を委ねた。

 その時まで、自分は強くあらないと。

 

 そう決意する彼が、心身共に強くなった吹雪達に何を思うのか。それはまだ未来の話だ。

 

 

「え? 覗き? あいつらがもっと成長したらなー……俺の求める艦これはまだ遠い!!」

 

 横島はいつか「うわらば」と爆死しそうな台詞をのたまった。

 

 




お疲れ様でした。

ところで友人にヒロイン候補を伝えたら

「おっぱいがある。フトモモもある……しかし、ロリがないでしょッッッ」

と言われました。(駆逐艦娘もいたのに)

とりあえず満足気な顔をしてたサクラたん好きの友人に緩くチョークかましました。(原作再現)



レベリングめんどくさい……

それではまた。


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むらくものだいかつやく

いやーこんかいむらくもがねーものすごいだいかつやくをするんですよーほんとすごいなーあこがれちゃうなー


 

 初襲撃の日から、ゲーム内時間での翌日。白雪と叢雲はまたも鎮守府前海域へと出撃していた。前回の不甲斐ない戦闘へのリベンジ。特に叢雲は燃えに燃えていた。

 叢雲は横島の指示を遵守しつつ、圧倒的な勢いで敵をバッタバッタとなぎ倒す。白雪も叢雲が戦いやすいようにサポートに回り、場を整えていく。気付けば小破することもなく、前回追い苦しめられたボス艦をあっさりと倒すことが出来た。

 

『2人ともお疲れさーん。やったな、今回は楽勝だったじゃねーか。特に叢雲、お前は大活躍だったなー! 今回のMVPはお前で決まりだな!』

『やったね、叢雲ちゃん!』

『凄いのです!』

 

 横島からの喝采が響く。彼だけではなく、通信の向こうから吹雪と電の声も聞こえてくる。どれもが自分達を褒め、称えるものだ。普段通りならば気分良くその声に応えていたのだろうが、今の叢雲は機嫌が悪かった。

 

『……どーした? 何かあったのか?』

 

 叢雲の様子を訝しんだ横島が声をかける。そして、それが引き金となった。

 

「何かあったですって? ……何もなかったから怒ってるんでしょーが!!」

『はぁっ?』

 

 叢雲の主張に横島は間の抜けた声を返す。それもそうだろう。彼女は戦闘で大活躍をしている。だというのに“何もなかった”というのはどういうことなのだろうか。

 

「何で! 私の格好良い戦闘シーンが全カットされてるのよ!! この前『次の戦場(いくさば)こそ、本当に格好良い所を見せてやるわ!』って言ったのに、何で全カットなのよ!? おかしいでしょうが!!」

 

 叢雲は怒りのあまりに火を吹いた。目は普段以上に釣りあがり、彼女のボルテージがいかに上がっているかを如実に物語っている。

 

『……おいおい、何言ってんだ叢雲。俺はちゃんとお前の活躍を見てたぞ? うん、すごいだいかつやくだったなー』

「だから! その華麗な私の戦いの描写がないっつってんのよ!! つーかあんたのその物言い、本当は何もかも分かって言ってんじゃないでしょーね!?」

『さぁ、何のことか分かんねーな』

「ムッキイイイィィィーーーー!!!」

 

 叢雲の怒りも横島は華麗にスルーする。棒読み具合が中々に酷い。叢雲はもはや言葉にならない激情を叫ぶことしか出来ない有様だ。

 

『それはともかく、戦闘も終わったしドロップも無さそうだし、早く帰って来いよ。艦娘とはいえ、あんまり潮風に晒され続けるってのも心配だしな。……んじゃ、通信終了な』

「あっ、こらちょっと待ちなさ――」

『――プツ……ン――』

 

 通信は切られた。叢雲のこめかみに井桁が形成される。怒りで全身が震えるのは初めての経験だった。

 

「……納得いかなーーーーーーーーーーい!!!!」

 

 叢雲は手に持った槍をぶんぶんと振り回し、虚空へと怒りの咆哮を上げた。

 

「叢雲ちゃん、司令官と楽しそうにお話出来て羨ましい……」

 

 一方叢雲の背後にいた白雪は天然丸出しの発言をしていた。確かにある角度から見た場合は楽しそうに見えるのかもしれないが、実の妹がいじられているシーンを見てその感想はどうなのだろうか。

 

「……あら、これは」

 

 そんな白雪の視界に、光る球体が現れる。それは白雪の掌ほどの大きさであり、白雪が光球に手を翳すと、光球は導かれるように白雪の手へと収まった。やがて光が収まり、それは真の姿を露にする。

 

「これは……」

 

 

 

 

 

 さて、叢雲いじりを堪能した横島であるが、彼は現在執務室に篭り、書類と格闘していた。

 

「……何で、ゲームの中でも書類仕事をしなきゃなんねーんだよ」

「あはは……」

「仕方ありませんよ。“艦これ”にも大本営が設定されてますからね。形だけとはいえ、一応報告書も送らないといけないんです」

 

 大本営とは、簡単に言えば日本軍(陸海軍)の最高総帥機関であり、天皇陛下からの勅命を大本営命令として発令する最高司令部である。

 艦これの世界にも設定上は存在しており、その正体は艦これを作ったとある共同経営会社――Demon(デーモン)Messiah(メサイア)Mart(マート)、通称デーエムエムのゲーム開発部であるらしい。

 横島は取締役の家須や佐多にレポートを書くように言われているので、最初はこういった形で提出するのかと思っていたのだが、いざ整理を始めてみれば彼がゴーストスイーパーとして作製する報告書と同じような物であった。美神が報告書の書き方などを教えてくれていたから問題はないのだが、息抜きのはずのゲームで書類仕事をしなければならないのは苦痛でしかなく、やる気も出ない。

 

「あーあ、こんな時美人でナイスバディで優しくてちょっとエッチなお姉さんが秘書だったらやる気も出るってのになー……」

「むむっ、それは私達に魅力が無いってことですか司令官っ?」

「ああいや、そういうわけじゃ……」

 

 流石の吹雪も横島の物言いには不満があったらしい。電も吹雪の背後で抗議の視線を送ってくる。こういう時にデリカシーの無い発言をするのが横島の悪い癖なのだが、それはゲームの中でも変わらないようだ。

 

「……ま、いいですよ。白雪ちゃんお手製のおやつを半分くれたら許してあげます」

「ちゃっかりしてんな、全く。はいよ了解、持っていきな」

「えへへ、やったね電ちゃん」

「やったのです」

 

 おやつが増えて無邪気に喜ぶ2人に、横島の頬が緩む。横島から見ても2人はとても可愛い容姿をしている。地味な印象は拭えないが、それでも美少女は美少女だ。惜しむらくは色々なボリュームが圧倒的に足りないところか。しかし横島には希望がある。2人は駆逐艦だ。これがもし重巡洋艦だったら? 戦艦だったら? 空母だったら? 夢は尽きない。希望しかない。そう考える横島は「流石に気分が高揚します」と呟いた。

 

「……ん?」

 

 良い気分になっていた横島の目を覚ます、ダンダンと床を踏み鳴らす大きな足音。どうやら叢雲達が帰還したようだ。足音は部屋の前まで続き、そのまま乱暴に扉が開かれる。

 

「帰ったわよ!」

「ちょっと、叢雲ちゃん」

「おー、2人ともお疲れー」

「あはは、お帰り2人とも」

「はわわ……お帰りなさい、なのです」

 

 叢雲と白雪が帰ってきた。叢雲は未だに機嫌が悪いようで、白雪も何とか抑えようとしているようだが、中々上手くいっていないらしい。吹雪も電も叢雲の様子に少々萎縮している。しかし横島はそれを特に気にした様子はない。彼は叢雲の機嫌を直す方法を知っているのだ。

 

「戦闘の方はどうだった? 通信画面で見ているとはいえ、俺が実際に向こうにいるわけじゃないからな。何か問題があったら言ってくれ」

「……特に問題は無かったわ。前よりもずっと早く終わったしね。……まあ、私の華麗な戦闘シーンがカットされたことは問題だけどね……!」

「叢雲ちゃん、ちょっとしつこいよ?」

 

 よほど悔しかったのか、鼻息荒く文句を言う叢雲。そんな彼女に白雪も少し呆れ気味だ。自分の容姿だけでなく戦闘の実力にも自信がある叢雲としては、看過出来ないことなのだろう。まあ、ほとんど冗談のようなものなのだが。

 

「了解了解。今回はドロップも無かったし、特筆すべき点はなしかー……」

「あ、すみません司令官。報告が遅れてしまいましたが、ちゃんとドロップはしているんです」

「ん? ……その割には2人の他に誰もいないけど……」

 

 白雪の報告に横島が椅子から身を乗り出し、2人の背後を覗き込むがやはりそこには誰もいない。

 

「ああ、違うわよ。これよこれ」

 

 叢雲が横島に1枚のカードを差し出す。そこには叢雲が描かれていた。

 

「……これは?」

「これがドロップ艦よ。まさかこんなに早くダブるとは思わなかったけどね。しかも私だし」

 

 横島は叢雲からカードを受け取る。それはどこからどう見てもただのカードであり、特に何か仕掛けがあるようにも見えない。横島は席から立ち、真剣な顔で叢雲の前に立つ。

 

「な、何よ」

「叢雲――お前、疲れてるんだよ」

「……はぁ?」

 

 何だかとっても哀れんでいるような声音で叢雲を諭す横島。

 

「お前が自分の容姿に自信を持っているのは俺も知ってる。確かにお前は美少女だ、それは認める。でもな、だからってこういうカードを自作して他人に渡すのはどうかと思うぞ……?」

「違うわよっ!! 艦娘がダブった場合はそうやってカードとして現れるのよ!!」

「分かってる。……叢雲ちゃん、入渠しに行こう? 私も付き添うから……」

「白雪ィ!! アンタもノってんじゃないわよっ!!」

 

 白雪は横島と「イエーイ」などとハイタッチをしている。その姿にもはや怒りよりも呆れの方が出てきてしまう。まさか、あの真面目な姉がこんなことをしようとは……。叢雲は思いもしなかったことに考えさせられる。

 

「いや、しかしちょっとやりすぎたな。ごめんな叢雲。お詫びと言っちゃ何だが、俺のおやつを半分やるよ」

「そうですね……。ごめんね、叢雲ちゃん。私の分も半分あげるから」

 

 今日のおやつは白雪特製のパンケーキ。白雪は料理上手であり、昨日の食事は彼女が用意した。味は皆に好評であり、特に叢雲は食事の度にキラキラと輝きだすほどだ。

 

「……まあ、2人がそんなに言うのなら許してあげるわ。寛大な私に感謝しなさいよ」

 

 つーんとそっぽを向きながらの台詞だが、頭部で浮いているユニットはピコピコと動いてピカピカと光り、彼女の心の内を表現していた。叢雲は白雪の料理のファンなのである。

 皆はそんな叢雲を生暖かい目で見ているが叢雲は気付きもしない。皆に共通する感想は「叢雲は可愛い」というものだ。

 

「……いいんですか、司令官? 司令官のおやつ、無くなっちゃいますけど……」

「ああ、いーのいーの。さっきも言ったけど俺もやりすぎたしな。白雪もだけど、叢雲は特に頑張ってくれたし。白雪に今日は叢雲の好きな料理を作ってくれって後で言っとかないとな。……吹雪も電も、遠慮せずに持っていけよ」

 

 横島のおやつのもう半分をもらう手筈の吹雪が確認を取る。どうやら横島にも罪悪感はあったらしい。なら最初からするなという話だが、それもまた難しいものなのだ。

 

「……それにしても、ダブりがこういう形で良かったぜ。魂が宿っている様子もないし、皆と同じような状態だったら近代化改修に回せないからな……」

 

 誰にも聞こえないよう、横島が呟く。カード化している艦娘には魂が宿っておらず、また肉体も存在していないようだ。このカードに肉体と魂が宿る時、それは叢雲が撃沈した時だろうと推測出来る。

 横島はカードを優しく撫で、そっと呟く。

 

「……ごめんな、お前を艦娘にはしてやれないみたいだ。……ま、俺の考えが当たってればだけど」

 

 横島は手をパンパンと鳴らし、皆を注目させる。

 

「ほら、叢雲と白雪は短い時間だけど入渠してこいよ。吹雪と電は悪いけど、昼飯の準備をしてきてくれ。俺は午前の仕事がもうすぐ片付くから、それが終わり次第食堂に向かうから」

「はーい」

 

 横島の命令に皆は返事を返す。何だか教師と生徒のようなやりとりに横島は苦笑する。皆が三々五々に散り、仕事を手早く正確に終わらせ、今後の開発と建造に関しての計画を立てる。

 横島としては戦艦や空母が欲しいところだが、資材の量を鑑みるに今建造出来たとしても宝の持ち腐れだ。出来れば重巡、資材的には軽巡と駆逐を増やした方が良いだろう。

 

「軽巡や駆逐にもバインバインのねーちゃんがいてくれたらいいのになー」

 

 横島のぼやきは誰にも聞かれること無く宙に消え。それから数日間、戦力向上に建造やドロップを狙うのだが、いくら投入する資材の量を変えても重巡洋艦どころか軽巡洋艦も出ない。

 

 横島の鎮守府には、駆逐艦しか現れない。

 

「……おかしくね?」

 

 横島は首を傾げるばかりだ。

 

 

 

 

 

第八話

『むらくものだいかつやく』

~了~

 




いやーこんかいむらくもはだいかつやくでしたねーさすがだなーひろいんこうほのひとりなだけあるなー


叢雲って「私より美しくないやつに~」とか言われたら「私のどこがアンタに劣ってるって言うのよ!!」とか、ピートみたいなこと言いそうな雰囲気があるよね。

それはそうと、叢雲って食事の行儀はあんまり良くないみたいね。意外だわ。

それではまた次回。


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春の駆逐艦祭り

今回は横島鎮守府の新たな駆逐艦の紹介です。

人気キャラが多いのは内緒だ!!(ただし電以外の第六駆逐隊はいない)


 

 横島が鎮守府に着任して、ゲーム時間で数日。建造やドロップで艦娘の数もかなり増えてきた。

 今現在、彼等がいるのは工廠である。横島の隣には吹雪達初期艦娘と白雪。

 

「……おかしいな」

「おかしいですね」

「おかしいわね」

「おかしいのです」

「どうしてこうなったのでしょうか?」

 

 横島達は首を傾げる。と言うのも、問題は彼等が手に入れてきた艦娘達についてだ。

 

「何がおかしいの、司令官?」

「んー? いや、お前も分かってるとは思うんだけどさあ……」

 

 横島の背中から声が掛かる。彼の背中には1人の艦娘がしがみついていた。その名を“皐月”。ロングの金髪を2つのおさげにした睦月型5番艦の艦娘だ。

 横島は皐月を背負ったまま背後を振り向く。すると、横島にいくつもの視線が突き刺さる。

 

「むー。皐月ちゃん、羨ましいっぽい~」

 

 皐月を羨ましそうに指を咥えて見つめるのは白露型4番艦“夕立”。クリーム色に近い金の髪を背中まで伸ばし、やや右側が長く切り揃えられた前髪、その上の部分に黒い細身のリボンを結んでいる。

 夕立は既に横島に心を許しているようで、よく横島にじゃれついている姿が目撃されている。

 横島からはその見た目年齢、犬っぽい行動から、自らの弟子であるシロの姿がチラつくらしい。そのため、無意識に頭を撫でてしまうことが多いようだ。

 

「君もあとで提督にしてもらえばいいよ」

 

 皐月を羨ましがる夕立を宥めるのは夕立と同じ白露型である“時雨”。彼女は2番艦だ。セミロングの黒髪を後ろで三つ編みにし、先を赤いリボンで結んでいる。

 非常に謙虚な性格ながらも意外に積極的であり、横島とも良い関係が築けていると言えるだろう。また、彼女も夕立とは違った犬っぽさを持っており、横島からよく頭を撫でられている。

 

「磯波よー、お前もあとで司令官に頼んでみたらどうだ?」

「そ、そんなこと、頼めるわけないよ深雪ちゃん!」

 

 男勝りな口調の艦娘は吹雪型4番艦の“深雪”だ。彼女は大人しい艦娘が多い吹雪型の中で、最もやんちゃな性格をしており、自らを様付けしたり、前述の通り口調も荒っぽい。何気に必殺技も持っており、その名は『深雪スペシャル』というようだ。

 彼女の髪は黒のショートボブで毛先が外にハネている。その容姿を簡単に言い表すならば、男の子っぽい吹雪、といったところか。

 

 対するおどおどした口調の艦娘は、深雪と同じく吹雪型の9番艦“磯波”だ。大人しく引っ込み思案で消極的。おまけに遠慮がちで自己主張もほとんどしない。会話も得意な方ではなく、どもることが多い。しかし、だからと言って卑屈な性格をしているわけではなく、『頑張る』という言葉をよく口にし、それを現実に昇華させようとする努力家だ。健気に頑張る姿を見て、彼女を応援する友人も多い。

 磯波は黒いセミロングの2つの三つ編みにしている。この髪型が彼女の雰囲気に非常にマッチしており、地味ながらも彼女の可愛らしさに花を添えている。

 彼女の容姿を簡単に表すならば、言い方は悪いが、弱気な吹雪、となる。一見しただけでは彼女は暗い雰囲気を纏っているように見えるからだ。陰気な空気を纏いながらも、じっと何かを訴えかけてくるような瞳で見つめてくる磯波を想像してほしい。何か、心に“来る”ものがあるだろう。

 

 さて、この2人だが、実は建造で手に入れた艦娘ではない。深雪は任務報酬で、磯波はドロップで手に入れた艦娘だ。

 深雪は仰天した。それはそうだろう。何故ならば彼女が報酬艦として横島達の前に現れた時、その場にいた自分以外の皆は全員サングラスを掛けて自分を凝視していたのだから。おかげで彼女の初台詞は「深雪だよぉおっはああぁっ!!?」となった。

 

 磯波も磯波で不憫だった。何せ彼女が勇壮なBGMを背景に大渦の中心から腕を組んでせり上がってくるのだ。彼女は羞恥のあまり「あ、あの……い、磯……磯、波……」と、もうほとんど自己紹介を声に出すことが出来ず、嗚咽にかき消されていたのだ。出撃メンバーが1番苦労したのは磯波を慰めることだったのは言うまでもない。

 

「いいじゃん別に。磯波も司令官が嫌いってわけじゃねーんだろー? あたしだって嫌いじゃねーし」

「そ、それはそうだけど……」

 

 そう、この2人は横島のことを嫌っていない。むしろ好意的であると言っても過言ではない。

 深雪はその言動が関係しているのか、女の子というよりも男に近い価値観も持っている。男はスケベなものであり、自分だってそういうことに興味を持っている。もし機会があるのならば、横島と気軽に下ネタ解禁トークをしてみたいとも思っている。

 対する磯波はスケベな男性には恐怖心を持っている。なので横島と初めて話すことになった時は恐怖と羞恥、緊張から何も話すことが出来なくなってしまっていた。こんな醜態を晒してしまってはどうなってしまうか分からない。そう考えると涙も浮かんでくる。

 磯波の様子を見て、横島は大体のことを察した。ならば彼が取る行動も決まっている。

 横島はなるべく磯波を刺激しないように、極力優しい声を出し、ゆっくりと、柔らかな笑顔を浮かべながら語りかけていく。最初はそれでも答えられなかった磯波だが、横島が嫌な顔1つ見せることなく待ってくれているのを見て、徐々に答えられるようになってくる。それから後は速かった。自己紹介を終え、姉妹艦の吹雪達と横島に感謝しつつお茶会である。仕事なんてなかった。横島以外は。

 

「……ふん、あんなクソ提督のどこがいいってのよ」

「同感ね」

「よくくっつけるわね、あの子達」

 

 横島を良く思う者がいるということは、当然彼のことを悪く思う者もいる。それが彼女達“曙”、“満潮”、“霞”だ。

 

 曙は綾波型の8番艦。灰色がかった紫のロングヘアーをサイドポニーの形に結い、髪留めにはミヤコワスレという花と鈴を付けている。口が悪いのが特徴の艦娘の1人であるが、これは彼女の軍艦時代の過去が関係していると思われる。一言で言えば、理不尽な目に遭ってきたのだ。ありとあらゆる事柄、自分とは直接関係のないことすらも彼女のせいにされてきた。救出した艦を雷撃処分したこともあった。そうして、終戦まで生き残った艦の1つとなった。

 ミヤコワスレの花言葉は『別離の悲哀』『しばしの憩い』『また会う日まで』というもの。曙の口の悪さに隠された、本当の想いが込められているのだろう。

 

 満潮は朝潮型の3番艦。茶のセミショートの髪をお団子付きのツインテールにしている。彼女も口が悪い艦娘の1人であり、これもやはり軍艦時代の過去が関係しているのだ。

 彼女が所属していた『第八駆逐隊』が彼女の修理中に相次いで沈んでいったのである。何も出来ないまま1人生き残り、様々な部隊をたらい回しにされ、結局、轟沈してしまったのだ。

 彼女が名を告げた後に口に出した言葉は「私、何でこんな部隊に配属されたのかしら?」である。これは、ただ単に司令官である横島や、彼を支える吹雪達を揶揄して言った言葉だろうか?

 

 最後に霞であるが、彼女も満潮同様朝潮型の10番艦。灰色がかった銀髪を緑色のリボンでサイドテールに結っている。彼女も口が悪いのだが、彼女の場合は提督である横島だけでなく、艦娘に対しても同様である。曙も満潮も口が悪いと前述したが、この3人の中で誰が1番口が悪いかといえば、それは霞であると言える。

 彼女は過去の軍艦時代に機動部隊の護衛として数多くの作戦に参加している。とある作戦の中で彼女に非難が集中し、散々に陰口を言われ続けた。部隊は解散し、過酷な輸送作戦に従事することになる。後の作戦で駆逐艦ながら旗艦を努め、作戦を成功へと導いている。

 彼女の最期は、被弾によって航行不能になり、“冬月”という駆逐艦の最初で最後の雷撃によって処分されたのだ。

 霞の口が悪いのは、何も皆が嫌いだからというわけではない。むしろ提督である横島を、そして艦娘達を思ってのことである。今まで数々の激戦を潜り抜け生き抜いてきた彼女の罵倒は、いわば彼女なりの説教なのだ。

 事実、彼女は面倒見が良い部分もあり、根底にあるものはやはり彼女なりの優しさである。

 

 彼女達3人に罵倒されている横島だが、彼自身は3人のことが嫌いではない。それは何も横島が美女美少女に罵倒されるのが好きなマゾだからではない。ちょっとドキドキしたりもしない。どちらかと言えば嫌いになれない、と言った方が正しいのかもしれないが、とにかく横島はこの3人に対して悪感情を持ってはいない。流石にたまにイラっとくることはあるが、それを引きずったりもしない。

 横島は自分が司令官として駄目な部類であると自覚している。それを指摘し、正しい方向に持っていってくれる彼女達は、横島としては嬉しい人材だ。

 対する3人は横島が嫌いなわけではない。嫌いなわけではないが……ある部分で嫌悪していると言える。戦闘中の指示もおかしなところはなく、むしろそういった部分では信頼してきていると言っても良いだろう。問題は、家須や佐多から聞いた彼の煩悩についてである。

 曰くかなりの女好きであり、美女美少女に飛び掛る。着替えや風呂を覗く。セクハラをかます。チチシリフトモモを触ろうとしてくる。――彼女達の態度の方が正しいと言わざるを得ない。むしろ少しでも信頼を置いていることが信じられないくらいだ。まあ、自分達からは絶対に横島に近付こうとはしないが。

 

「……中々面白い人間関係ですね」

 

 そんな3人を少し離れた場所から見ているのは陽炎型の2番艦“不知火”だ。桃色が強い銀のセミロングの髪を水色の髪飾りでポニーテールに纏めている。

 非常にクールな性格をしており、戦闘時には「沈め」「徹底的に追い詰めてやるわ」など、やたらと物騒な台詞を口にする。ただ、「不知火に落ち度でも?」や「不知火を怒らせたわね……!」という台詞から分かる通り、意外にも一人称は自分の名前である。さらには時折構ってほしそうなことを言うときもあるので、案外子供っぽいところもあるようだ。

 

 そんな不知火だが、彼女は横島や他の艦娘達から一歩引いた立ち位置で観察をしている。不知火は横島の女の好みを知っているので自分達がセクハラなどの対象にはならないと見抜いており、そういったところでは曙達のように心配をしていない。かと言って吹雪達のように心からの信頼も置けていない。今はまだ、見極めの段階である。

 そうやって離れて見ていると、色々と面白そうな芽を見出すことが出来た。退屈だけはしなさそうである。

 

「見たら分かる通り、見事に駆逐艦ばっかだろ?」

「うん。みんな駆逐艦だね!」

 

 振り返った横島の言葉に、皐月が元気良く答える。分かっているのか分かっていないのか、何とも微妙な返しだ。

 

「何よ、私達が駆逐艦なのがそんなに嫌なの?」

「そうは言ってねーだろ? これから先敵も強くなってくるし、駆逐艦だけじゃ対処しきれないことも出てくるだろーからな。それに大人のねーちゃんが1人もいないってのがきつい。みんな女の子だし、俺には相談出来ないことだってあるだろ?」

「それは……まあ、そうね」

 

 曙が横島に噛み付くが、横島はそれを冷静に流し、以前から思っていたことを打ち明ける。その内容は霞だけでなく、他の全員にも納得できるものだ。

 

「どんなに資材の分量を変えても駆逐艦しか出ないってのはなー……。はたしてゲームの仕様なのか、それともバグってんのか」

「恐らくバグね。()()()()()ではこんなことは起きないでしょうし、何より明石や大淀、間宮さんまでいないっていうのはいくらなんでも異常よ」

 

 横島のぼやきに答えるのは叢雲。彼女も横島の鎮守府に起こっている異常に何かしらの危機感を覚えているようだった。

 

「んー……しゃーない、今から資材を大量に使えば駆逐艦以外が建造出来るかを試してみるか。そこまで資材が多いわけじゃないけど、四の五の言ってらんねーし。それでも出なければキーやん達に報告だな。……そういうわけだから、みんなにも手伝ってもらうぞ」

「了解です、司令官」

 

 横島の命令に秘書官である吹雪が答える。これで今回皆が工廠に集まっている理由が分かった。

 

「さて、とりあえず適当に開発任務をこなして……おっ、出来た出来た。何々……? 61cm四連装(酸素)魚雷……?」

「何ですって!? それ私!! 私に装備しなさいよ!!」

「あっ、ずりーぞ叢雲!! それは深雪さまのもんだー!!」

「ちょっ、こらやめろお前らー!!?」

 

 そんな何だかんだがあって1回目の建造。

 

「んじゃ俺じゃなくてみんなに資材を投入してもらうか。初っ端は誰が――」

「はいはーいっ!! 1番はあたしー!! 白露にやらせてー!!」

「あいよ、1番早かった白露が1番目だな」

 

 横島から嬉々として端末を受け取ったのは白露型の1番艦(ネームシップ)“白露”だ。やや外ハネした明るい茶色のボブヘアーで、黄色いカチューシャを付けている。

 1番艦だからか、やたらと“1番”にこだわる。何かにつけて1番1番と言ってくる彼女に、横島はよく苦笑を浮かべている。

 白露は横島の性格を知っても特に警戒したりもせず、どちらかと言えば懐いている部類だ。妹の時雨と夕立が横島に懐いていることもあり、自分も彼に信頼を置いている。何より彼の指揮でMVP(いちばん)を取れたことも大きいのだろう。

 

「ふんふふーん♪ それぞれの割り当てはこれだー!!」

 

 白露は元気良く横島に画面を見せる。彼女が投入した資材はこうだ。

 

 『燃料:111・弾薬:111・鋼材:111・ボーキ:111』

 

「……やってみ」

「うん!」

 

 そして建造開始。結果は『00:20:00』。見事に駆逐艦である。

 

「知ってた」

「うう、そんなぁ~」

 

 案の定駆逐艦であったことに横島は頷き、白露は項垂れる。彼女を慰めるのは妹達に期待し、横島は任務報酬を受け取って新たな任務を受注する。

 

「今度は開発3回っと。……22号水上電探、12.7cm連装砲、10cm連装高角砲……?」

「何ですって!?」

「深雪さまのもんだー!!」

「ボクも欲しいー!!」

「だからやめろっつってんだろお前らーーー!!」

 

 そして今度は3回の建造である。

 

「そーんじゃ……夕立、やってみるか?」

「ぽーい!!」

「いや、どっちだよ」

 

 夕立は横島から端末を受け取り、それぞれ資材を投入していく。

 

『燃料:400・弾薬:100・鋼材:600・ボーキ:30』

 

「これは……」

「戦艦狙いっぽい!」

「へえ、これが戦艦狙いのレシピなのか……」

 

 横島はふんふんと頷き、そのレシピをメモに取る。結果は『00:18:00』。どうやら駆逐艦のようだ。

 

「ダメっぽい~」

「まあ落ち込むなって。そんじゃ高速建造材を使って……」

 

 画面の中で妖精さんがバーナーを放つ。建造が終了し、小型ドックの扉が開くのだが、中からは誰も出てこない。代わりにカードが落ちており、それぞれ“深雪”、“皐月”の絵が描かれていた。

 

「ありゃ、ダブったか」

 

 横島はカードを拾い、吹雪に渡す。いわゆるダブり艦も増えてきた。そろそろ近代化改修に踏み込むのも良いだろう。

 

「次は……お?」

「――っ」

「霞、やってみてくれ」

 

 横島が誰を選ぼうかと艦娘達を見回し、霞とばっちり目が合った。霞は一瞬身体を硬直させるが、それを顔には出さず、近付いた横島から端末を受け取る。隣の2人は思い切り横島を警戒しているが、霞はそこまででもない。特に文句も無く、資材を投入する。

 

『燃料:520・弾薬:130・鋼材:680・ボーキ:40』

 

「少し夕立のレシピと似てるな」

「そう? まあこれも戦艦狙いだし、そうそう変わらないでしょ」

 

 横島はメモを取りつつ感想を述べる。それに霞はそっけないながらも返答する。やはり横島に心を開いているわけではないが、毛嫌いしているわけでもなさそうだ。

 この結果は『00:24:00』。残念ながら駆逐艦である。

 

「……これもダメか。ここまでくるとやっぱり……」

「検証が終わってもないのに決め付けてんじゃないわよ、このクズ」

「分かってるって。……んじゃ最後は吹雪、お前がやってくれ」

「え、あっ、はい! 了解です!」

 

 霞の叱責に頷き、最後は秘書艦である吹雪に任せる。吹雪は自分が選ばれるとは思っていなかったのか、少々慌ててしまう。

 吹雪は横島から端末を受け取り、慣れた手つきで入力していく。秘書官として横島の代わりに何回か建造をしたことがあるのだ。

 

 今回吹雪が投入したのは『燃料:300・弾薬:30・鋼材:400・ボーキ:300』の空母狙い。

 

「これが空母レシピ?」

「はい。ボーキサイトが他と比べてかなり余っていたので……」

「まあ戦艦レシピ2回やればな。さて、結果は……?」

 

 空母狙いの結果は『00:20:00』。残念ながら、最後も駆逐艦だ。

 

「……こりゃ、ログアウトしてキーやん達に報告だな。戦艦や空母どころか、重巡洋艦や軽巡洋艦まで出ないのはおかしいし」

「そうですね……。ログアウトしたらゆっくりと身体を休めてくださいね。こちらでの1日が向こうでの1時間ですし、何か感覚がおかしくなっているかもしれませんから」

「そうだなー。バイトにも学校にも行かなきゃなんねーし、今度こっちに来る時は向こうでの明日の夜だな……ややこしい」

 

 横島はこの“艦これ”のテストプレイヤーだ。何か問題が発生したら事細かに報告をせねばならない。報告をしたとしてもそれがバグではない可能性もあるし、あり得ないだろうが、もしかしたらゲームの仕様という可能性もある。バグだったとしてもゲームの修正が終わるのにどれほどかかるか……。気が重くなる話だ。

 

「とりあえずログアウトするのは寝て明日起きてからかな。ログインしてあとは寝るだけってのは何か嫌だし、建造が終わるのも待たないとな」

「それじゃあ建造が終わるまでボクと遊ぼうよ司令官!」

「夕立も司令官さんと遊ぶっぽいー!」

「はいはい、遠征の計画を立ててからな。今回で燃料と鋼材が枯渇気味だし、悪いけどよろしく頼む」

 

 曙達の方からクズだの何だの聞こえてくるが、彼女達も承知の上で今回の建造を行ったのだ。悪感情はほとんどなく、ただ言ってみただけである。呆れは多分に込められているのだろうが。

 

 横島は遠征計画に頭を悩ませながら建造の終了を待つ。資材のことだけでなく、色々と考えることが多い。『調整中』となっている演習や、叢雲の『他の鎮守府』という言葉。どうやら自分以外にもテストプレイヤーがいるらしい。考えてみれば当たり前のことだ。これほどにまで作りこまれているゲームをたった1人でテストプレイ出来る訳がない。いくらなんでも時間がかかりすぎる。

 加えて艦娘というゲームのキャラクターが魂を持っていること。他の鎮守府でも同じなのか違うのかによって話が変わってくる。

 

 横島は痛みを訴えてきた頭をポリポリと掻き、溜め息を吐いた。まだまだ、前途は多難である。

 

 

 

 

第九話

『春の駆逐艦祭り』

~了~




お疲れ様でした。

祭りって言うほど出てないかな……?

現在横島鎮守府の駆逐艦は吹雪・叢雲・電・白雪・深雪・磯波・白露・時雨・夕立・満潮・霞・曙・不知火・皐月の14人ですね。
新しく建造されたのは陽炎型の誰かと吹雪型の誰かです。

それではまた次回。


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神の愛

一昔前のGS二次創作小説を読み漁ってきました。
何というか、90年代後半~2000年代初頭ぐらいのGS二次創作って、何か凄いテンション高かったですよね。

あとナデシコも。エヴァも。kanonも。


 

「……ん、んん」

 

 ゲーム時間で数日ぶり、現実時間で数時間ぶりに目を覚ました。布団から身を起こしてヘッドギアを外し、軽く体をほぐして立ち上がる。数時間寝返りをうつことなくそのままの体勢でいたせいか、体の節々が固まり、動く度に骨がパキパキと小気味良い音を立てる。

 

「んあ゛~~~~~~……」

 

 これは背中を伸ばしている際の声なのだが、どうやら思った以上に凝っていたようだ。その後も横島はストレッチをして体をほぐし、数分後にはすっかりと元の体に戻っていた。

 横島は冷蔵庫を開けてキンキンに冷えたペットボトルの麦茶を取り出し、一気に呷る。当たり前だがゲーム中は水分を取れない為に、喉が乾いていた。

 

「――っぷあー、五臓六腑に染み渡るぅ……!」

 

 中々に大げさに、かつ親父臭い表現をする男である。横島はその後も麦茶をちびちびと飲みながら、ゲーム内で吹雪に言われた通りに日付け感覚やらがおかしくなっていないかを目を瞑って確認する。

 

「今日は○○月○○日○曜日、確か明日は数学の宿題の提出日で艦これやる前に必死こいて終わらせたんだよなー……。うん、全然おかしくなってねーわ。すげーな、さすが三界一の技術力だわ」

 

 横島は自らの感覚が何らおかしくなっていないことに感心し、改めて家須と佐多の会社が持つ技術に感動する。ほぼ眠っていたに等しいはずだというのに眠気などは微塵も存在せず、頭の回転は普段通り。さすがに体の凝りなどはどうしようもなかったようだが、ここまでくると何故これほどの技術をゲームに使っているのか理解出来ない。

 

「ま、俺が考えることでもねーけど。……今は夜の九時か。メシ食ったらレポート作って、提出は……メールだし、明日でいいか」

 

 独り言を呟きつつ、横島はいそいそと袋麺を調理する。この独り言の中で聞き逃せない部分があったのだが、何と横島、家須達からノートパソコンを贈られたのだ。しかもプロパイダー料金やら何やら、費用は全て家須達の会社デーエムエム持ちである。これには横島も喜んだ。これでレンタルしなくてもエロビデオが見れる……!! と涙を流して。

 しかし、家須はそんなことを許しはしなかった。彼等はパソコンにプロテクトを掛けたのだ。それも二重三重などではない。――百重千重というプロテクトだ。しかも何故か文珠でも解けない。

 これには横島も悲嘆するしかない。神は我を見放した!! と血の涙を流して。実は神に気に入られているというのに、神をも恐れぬ発言をしたものである。

 こうしてパソコンは仕事用として使われることとなり、それなりに活躍をしていることを記しておく。ちなみに横島のパソコン講師はおキヌだ。かつて美神と共に銀行強盗(銀行から依頼された仕事である)をする為に教わった知識を活かし、それはもう嬉しそうに教え込んでいる。

 

 

 

 

 ――翌日の午後四時頃。デーエムエム社長室にて、家須は佐多と共に艦これのテストプレイヤー達について話していた。

 

「やはりあの二人……特に彼はとんでもないスピードで海域を攻略していますね。司令部レベルも七十越え……流石の貫禄です」

「おおー、あの嬢ちゃんですら司令部レベル三十ちょいやのに、もうそんな差がついたんか。引きこもってゲームばっかしてるだけのことはあるのう」

 

 今話題に上がっているのは二人の男女。特に男性の方は普段から引きこもってゲーム三昧らしく、攻略スピードではダントツなようだ。

 

「逆に一番攻略が進んでいないのが横っちですね。司令部レベルも未だ十未満。海域もようやく一つ目のラストに突入です」

「……いや、それが普通なんやないか? ただでさえ学生なうえにゴーストスイーパーのバイトしてるんやし、むしろ良くやってくれてる方やろ。他が異様に速過ぎるだけで……」

「……そういえば横っちが艦これを始めたのは昨日でしたね」

 

 どうやら感覚が狂っていたらしい。家須は舌を出して“てへぺろ”をした。結果、佐多からドギツイ突っ込みをいただくことになってしまったが。

 と、ここで家須のパソコンから“ピロリン”と音が鳴る。どうやらメールが来たようだ。

 

「おっと……? おや、噂をすれば、横っちからメールが届きましたよ」

「そうなん? 一発目のレポートやろか?」

「そうですね、色々と書かれています」

 

 家須は横島から届いたメールを読んでいき、その内容に苦笑を浮かべる。ある意味予想通りの内容だからだ。

 

「やはり演出面で不満があるようですね。特に艦娘ドロップで」

「えー、ワシあの演出好きやのにー」

「テストプレイヤー全員にダメ出しされれば変更は止む無しですね。……私も好きだったんですが」

 

 二人はそろって溜め息を吐く。派手好きな二人からすれば、あの演出を変更しなければならないのは残念なようだ。

 その後もするすると読み進めていると、気になる部分が出てきた。

 

「これは……」

「ん? どないしたん?」

 

 家須が真剣な顔で該当部分を読み込む。その様子に佐多も何かあったのかと真剣味を帯びる。

 

「……どうやら横っちの鎮守府には明石や大淀、間宮がいないようです」

「はあ? 何であの三人がおらんのや。それぞれ艦娘以外にもアイテム屋娘、任務娘、ご飯係として配属されとるはずやぞ」

「ええ、他の鎮守府ではその通りです。しかし、横っちの鎮守府には最初に初期艦として選んだ吹雪しかいなかったようです。他にもいくら建造をしても重巡はおろか軽巡も出ず、駆逐しか建造されないなどの問題が発生しているようですね」

 

 その報告に佐多も難しい顔で黙り込んでしまった。バグなのだろうが、しかし他の鎮守府ではそのような問題は起こっていない。もはやここでこうして考え込んでいても仕方がないだろう。

 

「……ちょいと調べに行きますか」

「そうですね。行きましょう」

 

 二人は立ち上がり、社長室から出る。目指すはデーエムエムの地下六階。

 

 このデーエムエム本社には、公式な資料に於いて地下二階までしかないと記されている。しかし、実はその更に下、地下六階までが存在したのだ。

 それはそのフロアにある物を隠すためであり、同時にそれを管理している場所でもある。

 家須と佐多が乗ったエレベーターが地下六階に到達し、扉を開く。目の前に広がる光景は不可思議なものだ。正面には何か球形の物が入った水槽の様な物がいくつか存在し、それには周囲で何らかの作業をしていると思われる社員達のパソコンへとコードが繋がれている。

 フロアの両端には同様に球体が入った水槽がびっしりと置かれており、どこか神秘的な雰囲気を漂わせている。

 

「最高……じゃない。社長、何かありましたか?」

「ええ、少し気になることがありまして。……皆さんは気にせず、そのまま作業を続けてください」

 

 家須達が来たことに気づいた社員が声を掛ける。家須はそれに柔らかく答えると、社員達に余計な混乱を与える前にさっさと行動を開始する。

 

「確か、横っちの鎮守府がある“宇宙のタマゴ”は……」

「キーやん、こっちやこっち」

 

 佐多が家須を先導し、ある水槽の前で止まる。その水槽の中身は、青い輝きを放つ地球。

 

「これの担当者は誰ですか?」

「えーっと……キーやんのとこの阿部やな」

「彼ですか……ああ、すいません。阿部さんは今どちらにいます?」

 

 家須は佐多の説明を受け、通りすがった社員に阿部という人物の居場所を聞く。するとどうやら今は地下五階の仮眠室にいるらしい。さっそく二人は阿部に話を聞きに行く。

 

「……ああ、いましたいました。思い切り寝ていますが」

 

 家須の視線の先、そこにはベッドで寝ている黒い長髪の絶世の美青年が存在している。何とも気持ちよさそうに熟睡しているを見ると申し訳なく思ってしまうが、これも仕事だと諦めてもらおう。

 

「阿部さん、起きてください」

「う、うーん……ん?」

 

 家須の呼びかけに意外なほどあっさりと目を覚ます阿部。彼は眠たそうに目を擦ると、自らの傍らに立っている家須達に気が付いた。

 

「……おお、これは最高指ど……ではなく、社長。何かありましたか?」

「ええ、少し問題が発生していまして」

 

 完全に目を覚ました阿部に、家須は何があったのかを説明していく。その間阿部は何の反応も示さず、黙って家須の話を聞いていた。それにより、家須の心の内で確信が強まっていく。

 

「――というわけです。さて……あなた、原因について何か知っているのではないですか」

 

 それは疑問というより断定に近い問いかけ。阿部はそれに僅かに片眉を上げ、反応を示す。どうやら、図星のようだ。家須から発せられる雰囲気に、ほんの僅か剣呑なものが含まれる。

 

「……まさか、もうバレてしまうとは思いませんでしたよ」

「……それはつまり、あなたが仕組んだこと……ということですか?」

「ええ、その通りです。私がやりました」

 

 阿部は素直に自らの行いを認める。家須達はやはり、と思ったのだが、それにしても分からない。一体何故この男は宇宙のタマゴをいじったりしたのか。

 阿部はどこか遠くを見つめながら、静かに語り始める。

 

「――彼なら、分かってくれると思ったんですよ」

「……何をですか?」

「……そんなもの、決まっていますよ」

 

 阿部は懐から何枚かの写真を取り出した。それに写っているのは艦これの登場キャラクター達だ。

 

「――駆逐艦娘の、素晴らしさです」

「――――……?」

 

 家須が首を傾げる。阿部が持っている写真。そこに写っているのはそのほとんどが駆逐艦娘。中には軽空母や潜水艦も混じっているが、彼女達に共通している部分がある。それは、見た目が幼いこと――。

 

「彼女達は素晴らしいのですよ。あどけない顔立ちに細く華奢な体。薄い胸とまっすぐ、かつやや膨らんだ下腹に小ぶりなお尻。細く閉じても容易に向こう側が覗ける太腿。そんな小さく幼い体に、大きく無骨で油臭い装備を背負う健気な姿……ああ、お義兄様(にいさま)はその姿に心を奪われたのですよ……!!」

 

 静かに、だが熱く。心からの言葉を家須に聞かせる阿部。その姿は絶世の美青年であることを除けば、実に変態的であり、実際に変態であった。

 

「……つまり、横島さんの鎮守府に駆逐艦娘しか出ないようにさせたのは、横島さんをロリコンにするため――」

「違いますっ!! 断じてロリコンなどではありませんっ!!!」

「っ!!?」

 

 突然の阿部の咆哮。それは彼の魂の叫びだ。彼はそれを否定する。これは、もっと気高いものなのだと。

 

「そもそも薄汚れた大人よりも幼い子供達の方が魂も汚れておらず、純粋なのです。ならば、同じく純粋である我々天しぇっふんえっふん!! ――心清らかなる者が、彼女達の甘く清らかな魂を愛するのは当然の摂理、運命の必然ではありませんかっ!!

 ――これは愛です。神の愛なのですっ!! それをロリコンなどと下卑た言葉で表現してもらいたくはありませんっ!!」

 

 阿部がぶち上げた魂からの主張。吼える彼の姿は神々しく、背中には何故か三対六枚の白い翼が生えているような錯覚を受ける。

 しかし、いくら姿が神々しくても彼の発言は問題しか存在していないことに、阿部はまだ気付いていない。

 

「……ほう、()()()ですか」

 

 阿部の背筋に怖気が走る。ここで阿部はようやく気付いた。目の前の家須から発せられる怒りのこもった神気のせいで、仮眠室が半ば異界化していることに――!!

 

()()()の目の前で、よくもそんなことが言えたものですね……!!」

「……やべぇ」

 

 家須の左腕から強大な力の奔流が阿部に叩きつけられる。それはまるで何らかの力場を発生させているかのようだった。

 

「最高指導者パワー(プラス)!!」

「最高指導者パワー(マイナス)!!」

 

 ……どうやら実際に力場を発生させていたらしい。家須の左腕から放出されたエネルギーは阿部を貫通し、そのまま佐多の左腕と繋がる。何らかのエネルギーに縫いとめられた阿部はたまったものではなく、苦しげに身を捩らせる。

 

「ぐうぅ……佐多、貴様ァッ!! 貴様等はいつもいつも邪魔を……」

「じゃかぁしぁこんボケがぁっ!!」

「ッ!?」

 

 阿部の言葉をぶった切り、佐多が阿部を一喝する。

 

「お前の勝手な考えのせいで、横島の坊主とその艦娘達にどんだけ苦労掛けてると思とんねん、あ゛ぁ゛!? 大人しくこれ食ろて反省せぇやダボハゼがぁっ!!!」

「……想像以上にぶちギレてらっしゃる……!!?」

 

 家須に負けず劣らず圧倒的な魔力を噴出させる佐多。現在仮眠室は家須の神気と佐多の魔力のせいで完全に混沌の異界と化し、新たな宇宙が生まれそうなほどのエネルギーで満ちている。

 

(しん)!!」

()!!」

 

 二人がまるで磁力で引かれるように、爆発的な速度で阿部に迫る。狙うは首、その場所に断罪の一撃が叩き込まれた。

 

「クロス・ボンバー!!!!!」

「うっぎゃあああああああああああああああ!?!?!?」

 

 哀れ阿部はその一撃をもろに食らい、深い眠りへとついた。それにしても喉に攻撃をされたというのに叫ぶことが出来るとは、何とも頑丈なことだ。

 ちなみにその後の彼は三ヶ月の給料六割カット、ボーナス無し、休日返上という内容で仕事に没頭する姿が見られた。仕事に復帰する前の数日間どこかに行かされていたようで、うわごとの様に「二丁目は嫌だ……二丁目は嫌だ……」としきりに呟いていたという。

 

 

 

 

 何やかんやあって数日後の横島にメールが届く。

 社員が設定を誤ってしまったために色々と不具合が出てしまった。調整が終わり次第任務娘の大淀、アイテム屋娘の明石、給糧艦娘兼鎮守府の食事を担当する間宮を配属させる。更にお詫びとして今まで建造に使った資材と建造材、バケツを補填し、家具コインを進呈する。といった内容だった。

 横島としては不具合が解消されるのならば何の問題もなく、更に色々ともらえるのだからラッキーだと言えるだろう。

 

「明石に大淀に間宮……楽しみだなー、でへへへへ……」

「……司令官、涎出てますよ」

 

 執務室にて妄想に耽って涎を垂らす横島の口元を、吹雪がハンカチで拭う。その際にちょっと強めにごしごしと力を入れたのは、如何なる感情が働いたのだろうか。

 

 ともかく、ようやく横島の鎮守府が正常に動き始める。

 

 

 

 

 

第十話

『神の愛』

~了~




今回登場した阿部さんの元ネタが分かる人いるかな……?


次回は連載するか迷ったネタでも番外編(?)として出してみようかな。
普通に続きを出すかな。


最近吹雪がパンツ見せてないなぁ……。


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サポート三人娘、着任

大淀って昔は鳥海の声を使いまわしてたらしいですね。
私は川澄さんに代わってからの大淀しか知らないので、東山さんの大淀も見てみたかった。


 

「ふんふふんふふーん♪」

 

 その日、横島は上機嫌だった。

 横島が家須達にレポートを提出してから艦これにログインして数時間。ゲーム内時間で数日が過ぎた頃、大本営(うんえい)から一通の手紙が届いた。それは横島達の鎮守府のデータを修復し終え、鎮守府に着任させる明石、大淀、間宮が用意出来たという報告。そして補填される資材は明石達の着任と同時にデータに反映されるという報告だ。

 

 この手紙が内容を見てから横島の機嫌は目に見えて良くなった。面倒臭いと言っていた書類仕事もスラスラとこなし、今では鼻歌さえ口ずさんでいるほどに。その鼻歌は流麗で耳に心地よく、聞く者の気持ちを和らげる効果があった。横島の意外な特技に艦娘達は驚いたものだが、同時に既に何人かは横島の歌のファンとなっている。

 カラオケタダちゃんの面目躍如といったところか。しかし、それには代償が存在していた。

 

「……何て締まりのない顔をしてるのかしら」

 

 横島の書類仕事を監督していた霞が呟く。そう、横島は新たに着任する明石達に思いを馳せているせいで、頬は緩み、鼻の下は伸び、口はだらしなく広がるという何とも情けない表情を晒していた。

 霞は当初、鼻歌を歌いながら煩悩にまみれた表情をしている横島を叱り飛ばそうとしたのだが、それは秘書艦である吹雪に止められ、横島がああいった顔を晒している間は仕事の効率や正確性、その他諸々が普段の数倍以上に高まると教えられ、怒るに怒れなくなったのだ。

 確認してみれば、確かに彼が現在鼻歌交じりにちゃっちゃとこなしている書類は霞から見ても完璧であり、吹雪の言に嘘は見られない。しかし、だからと言って普段からこの状態を維持出来ていなければ大した意味はなく、結局後に霞が横島を「普段からあれだけ出来るようになりなさい!!」と叱るのであった。

 

 

 

「……ところで、司令官は明石さんや大淀さん達がどんな人かは聞いてるの?」

 

 そうやって横島に問い掛けるのは吹雪型の三番艦“初雪”だ。黒いロングのストレートヘアーと切り揃えられた前髪が特徴の艦娘。消極的な性格で言葉数も少なく、小さくぼそぼそとした声で話す。やれば出来る子ではあるし仕事もちゃんとこなすのだが、途中で帰りたがったり引きこもりたがったりするのが玉に瑕。

 しかし横島はそんな初雪のダウナーな雰囲気を気に入っているらしく、初雪の行動を容認している。初雪も初雪で横島が気に入ったのか、よく執務室に出入りし、漫画やゲームの話をして(彼女なりに)盛り上がっている。

 だが、ここでやはり霞が仕事の邪魔をしかねない初雪を叱り飛ばそうとしたのだが、横島が先んじて「仕事の邪魔をしないのなら何をしててもOK」と容認。結果、初雪はお気に入りの毛布やクッションなどを手に、今日も執務室でダラダラと自堕落に過ごす。そのことで横島が霞に叱られているのを見ない振りして。

 

「明石達がどんな人か、かー……」

 

 初雪の質問に横島が脳裏にナイスバディな女の子を思い描く。男の……横島の願望が露骨に表れたそれは、横島の脳裏でセクシーポーズを取り、妄想の産物の癖に横島を誘惑する。当然横島の顔はだらしなく歪んだ。間近で見続けてきた吹雪はその顔を何かもう可愛いとすら思えるようになってきている。

 

「やっぱこう、バイーン、ボイーン、ボーンみたいな……!!」

 

 鼻息荒く答える横島に、初雪は「……ふむ」と唸り、暫し考えを巡らせる。やがて答えにたどり着いたのか、キリッとした表情で横島に確認する。

 

「……それはつまりドラ○もん体型……?」

「違う、そうじゃない」

 

 横島の性癖にあらぬ疑いが掛けられ、一瞬執務室内がざわめいた。ちなみにだが“仕事の邪魔をしなければ”というのは初雪だけでなく、全ての艦娘に通達済みだ。現在の執務室にも全員ではないが、多くの艦娘達が集まっている。

 

「……だって、バスト・ウエスト・ヒップがバイーンボイーンボーンなんでしょ? だったらドラ○もん体型……」

「いや、バスト・ウエスト・ヒップじゃなくてチチシリフトモモなんだが……」

 

 初雪の発言を横島は訂正する。またも考え込む初雪が出した答えはこれだ。

 

「……分かった、つまりロボ○トポンコッツ……」

「違う!!」

 

 それは当時の青少年達の性癖に多大なる影響を与えた漫画。あの漫画を読んで育ち、超乳・奇乳(いずれも爆乳を越える大きさのおっぱいのこと)好きになった者も多いという。

 

「……私はノ○イダーが好きだけど、司令官は誰が好き……?」

「ん? あー、ナ○スかな。普段はクールだけど意外と初心だったりするところが可愛いし」

「ボクはプ○ティナがかっこよくて可愛くて好きー!」

「一番かっけーのはロ○ゼロだろー!!」

 

 わいわいと盛り上がる横島と一部の艦娘達。仕事も一通り終えているので誰も文句を言ったりはしないのだが、それでもそんな彼らを見て機嫌が悪くなる者もいる。……とは言っても若干二名なのだが。そしてそんな皆を観察している者達も。

 

「……ふんふん、不知火が言った通り中々面白いことになってるね」

「陽炎もそう思いますか」

 

 不知火の隣で面白そうな笑みを浮かべているのは陽炎型一番艦“陽炎”だ。薄い茶色のセミロングの髪を大きな黄色いリボンでツインテールにしており、前髪の分け目から丁度触覚やいわゆるアホ毛のように髪が一房ピンと立っているのが特徴だ。

 明るく気さくな性格の持ち主で、横島ともフレンドリーに接し、他の駆逐艦達のお姉さんとして振舞っている。厳密には陽炎型駆逐艦は後期に生産されたので実際にはお姉さんでも何でもないのだが、そこは見た目や雰囲気で何とかなっている。ただし実の妹にはあまり姉扱いされていない。

 

「……ん?」

 

 皆が仲睦まじく騒いでいる所を眺めていた吹雪の目の前に光球が現れ、そこから一通の手紙が出現する。大本営からの指令所はこういった形で届くようになっているのだ。

 

「……司令官、もう間もなく明石さん達が着任するみたいですよ」

「え、マジで!?」

 

 吹雪の言葉に驚いた横島は吹雪から手紙を見せてもらい、内容を確認する。そこには確かにもう間もなく明石達が着任すると書かれている。

 

「どうしよう、迎えに行った方がいいのかな? 待ってる方がいいのかな?」

「ここで待ってる方がいいと思いますよ? 司令官はこの鎮守府のトップなんですし」

 

 横島は吹雪の言葉に納得し、静かにいつもの執務机に着く。他の艦娘達も空気を読んだのか静かになり、今か今かとその瞬間を待つ。

 そんな皆の姿に叢雲は「何でみんな執務室から出ないんだろう……」と思ったのだが、それを言ったら皆から「お前が言うな」と返されることが分かっているだけに言葉にはしないのだった。

 

 そしてそれから数分後、何故かピンと張り詰めた空気で満たされている執務室のドアがノックされる。

 

「……入ってくれ」

「はい、失礼いたします」

 

 皆がごくりと唾を飲み込む音が聞こえる。ドアはゆっくりと開かれ、三人の少女が入室した。

 

「任務娘こと大淀以下三名、着任いたしました。これから横島提督の指揮下に入ります」

 

 執務室に多くの艦娘がいることに最初は戸惑った様子を見せた三人だが、いち早く正気に戻った大淀の言葉に合わせ、キッチリと敬礼をする。周りの皆も大淀達に答礼するのだが、大淀達の姿は見た目の年齢差もあり、駆逐艦の皆よりも遥かに軍人のように見える。

 

「い」

「……?」

 

 横島は大淀達の挨拶には触れず、まるで吐息のようにただ一文字だけを呟く。そんな横島を訝しんだ吹雪だが、彼女が横島に向き直った時には彼はまるで腹を抱えるようにうずくまっていた。

 

「……!? 司令官、一体どうし――」

 

 吹雪を始め幾人かの艦娘が横島に駆け寄ろうとしたのだが、それは他ならぬ横島の行動によって遮られた。

 

「――ぃよっっっっっしゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 横島がグワンと思い切り仰け反り、彼の体から高出力の霊波が放出される!!

 

「キャアアアアアアア!!?」

 

 横島が発した霊波は執務室に暴風を巻き起こし、書類を飛ばし、艦娘達のスカートをそんなの関係ねえと言わんばかりに思い切り翻らせる。皆パンツが丸見えだ。

 

「ついに……ついにロリじゃない女の子が来ぃぃぃぃぃたぁぁぁぁぁあああああああ!!!」

 

 ぐおおー!! と勢い良く叫ぶ横島。その雄叫びはどこか湿り気を帯びている。……泣いているのだ、横島は。

 

「提督と艦娘とはいえ簡単に言えば上司と部下!! ちょっとしたことが切っ掛けで始まるオフィスラブ!! 人と艦娘の禁断のラブストーリーが始まってぼかーもー!! ぼかーもー!!!」

「やかましいわこんボケーーーーーー!!!」

 

 訳の分からないことをのたまいながら大淀達に迫ろうとした横島に、パンツどころか肋骨辺りまでワンピースが捲れあがった叢雲の渾身の飛び蹴り(ツッコミ)が炸裂した。

 

 

 

「ぼく横島!! 三人ともよろしくー!!」

「は、はあ……」

 

 叢雲の蹴りから一分と経たずに復活した横島の挨拶に、大淀達三人は若干引きながらも返事をする。それからは皆の自己紹介タイムだ。駆逐艦の皆が一人ずつ簡潔に挨拶をしていき、友好を深めていく。やがて全員分終了したのか、三人は横島の前に並ぶ。

 

「改めまして、“任務娘”こと大淀です。艦隊指揮、運営はどうぞお任せください」

「私は“アイテム屋娘”こと明石です。他にも少々の損傷なら私がばっちり直してあげますので、お任せください!」

「私は“給糧艦”間宮と申します。これからは私が皆さんのお食事を作らせていただきますね。戦闘での疲労回復も私にお任せください」

 

 大淀達三人の挨拶も終わり、横島は嬉しそうに何度も頷いている。それもそうだろう。何せ大淀と明石は横島と同じくらいの見た目年齢であり、間宮にいたっては横島よりも年上に見えるお姉さんだ。今までロリっ子に囲まれていた横島からすれば、嬉しくないわけがない。というか目尻に雫が光っている。

 

「ふんっ、デレデレしちゃって。そんなに私達には魅力がなかったわけ?」

 

 デレデレと鼻の下を伸ばす横島に叢雲が噛み付いた。それは誤解なのだが傍から見ればそう思われても仕方がないだろう。誤解を解かねばなるまい。横島は口を開く。

 

「いや、俺は駆逐艦のみんなもメチャクチャ可愛いと思ってるけど……俺はロリコンじゃないし、ロリっ子達に煩悩をぶつけたら、それはただの変態じゃないか」

 

 その発言は致命的に言葉が足りなかった。

 

「……じゃあ、私達にそういうことしても変態にはならない。つまり私達は変態だと暗に言っているわけですか?」

「い、いやあの、別にそういう訳じゃ……!?」

 

 明石が悲しそうな顔をし、俯いて目元を手で覆う。大淀と間宮はそんな明石を気遣ってか肩や背中に手を置く。ついには明石から嗚咽が漏れてくる。

 泣き出してしまった明石に横島がパニックに陥ってしまうが、当の明石は実は笑いを堪えていた。そしてそれは大淀と間宮も同様である。駆逐艦の皆に対する発言への、ちょっとしたお仕置き。……のはずだったのだが。

 

「ちょっと司令官!! 私達に対しては手を出す素振りもないくせに、ちょっと歳が同じくらいだったら誰でもいいってわけ!!!?」

「クズだクズだとは思ってたけど、まさかここまでのクズだとは思ってなかったわ!! ちょっとでも評価したのが間違いだったわね!!」

「ついに正体を現したわねクソ提督!! それでもアンタは男なの!?」

「ほんっっっと、何でアンタみたいのが提督になってんのよ!! これなら深海棲艦のとこで捕虜として捕まってるほうがまだマシなんじゃないの!?」

 

 ――横島は、四人の艦娘からボロクソに罵られていた。一人だけ怒っているポイントがおかしいような気がするが、それは気のせいだろう。四人の艦娘からのクズだのクソだの罵倒の波状攻撃は未だ止まず、横島はただコメツキバッタのごとく何度も何度も明石に土下座している。その光景を見た三人は「やべえ、やりすぎた」と口を揃えたという。

 

 

 

 

「――というわけでしたごめんなさいっ!!」

 

 全てを明かした明石は横島に両手を合わせて頭を下げる。横島はそれを苦笑いで受け取り、特に追求もせず許す。まあ、発端は自分の発言だったのでそれを考慮しての結果だろう。

 

「本当、人騒がせなんだから……!!」

 

 代わりに怒りが未だ衰えないのは叢雲。他の三人は呆れたのか馬鹿らしくなったのか、早々に執務室を後にしてしまったが、彼女はぶちぶちと文句を言っている。その姿に横島の苦笑が深まるが、実は横島は明石達の対応に感心しているのだ。

 

「ま、とっさにああいう対応が出来るわけだし、みんなからのちょっと返答に困る相談にもちゃんと対応出来るだろ」

 

 それはほんの小さな呟きだったのだが、それを耳聡く聞きつけた者がいた。

 

「ちょっと返答に困る……って、どんな相談……?」

「ん?」

 

 初雪の質問に横島は言うべきか悩むが、名前さえ出さなければ誰の相談か分からないだろうと軽く考える。

 

「そうだな、例えば“司令官、ボクね、ブラジャーが欲しいんだ! でもどうやって着けるか分からないから着け方を教えてよ!!”とか“あのよー、司令官。司令官ってさ、その……女と、えっちなこと……ってしたことあったりすんのか?”とか“ねえねえ提督さん、赤ちゃんはどうやったら作れるっぽい?”とかかな」

「主に名前以外の部分で誰が相談したか丸分かりなんですけど――――!!?」

 

 今日も叢雲のツッコミは調子が良い。声の通りもよく、理想的だ。

 

「ひどいよ司令官!! あれは二人だけの秘密だって言ったのにー!!」

「なに深雪様との秘密の猥談の内容を明かしてんだー!!」

「自分からバラしちゃった――――!!?」

 

 再び叢雲のツッコミが響き渡る。現在の鎮守府でブラジャーを着けていないボクっ子は一人だけであるとか、男勝りで乱暴な口調なのは一人だけであるとか、語尾に“ぽい”を付けるのは一人だけであるとか。皆知らぬふりをしてくれるだろうに、自分からバラしてしまってはそれも出来ない。

 

「……夕立」

「ぽい?」

「司令に何か変なことをされませんでしたか?」

「ぽ、ぽい?」

「どこか触られたりはしませんでしたか? まさぐられたりは? 舐められたりは? 包み隠さず、一から十までこの不知火に全てを話しなさい……!!」

「不知火、鼻息が荒いっぽい~……」

 

 唯一夕立だけは不知火に部屋の隅に連れて行かれていたので難を逃れていた。そのかわり、別の問題が発生してしまったが。

 

 騒がしい執務室の中、横島は端末を手ににんまりとした笑みを浮かべる。家須達からの手紙の内容通り、以前の建造で消費した資材は補填され、潤沢とまでは言わないがそれなりの量の資材が表示されている。

 

「……やりますか」

 

 次は、建造の時間だ。

 

 

 

 

第十一話

『サポート三人娘、着任』

~了~

 




タイトルは三人娘だが、その三人娘は完全に空気だった。
……ちゃんとした紹介は次回です。
ついに駆逐以外の艦娘が出てくるよ!(今の所明石達は艦娘ではないので)

さて、誰が出てくるのでしょうか?

それではまた次回。




どうでもいいですが、私はマ○シャル派です。


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濃厚建造

さて、今回建造されるのは誰なのでしょうか……?

駆逐かな? 駆逐かな? そ・れ・と・も・駆・逐?


 

 現在横島と数人の艦娘は工廠を目指して移動している。

 横島に同行しているのは明石・大淀・吹雪・叢雲・電・不知火・皐月・夕立の八人。明石と大淀は横島と鎮守府の運営について話し合っている。横島の表情は完全に緩みきっているが、一応真面目に話してはいる。明石の胸や大淀の太腿に目が行くのは仕方がない。

 

「ふんっ。何よ、デレデレしちゃって……」

 

 不機嫌そうに吐き捨てたのは叢雲だ。叢雲は自分の容姿に自信がある。だというのに横島は自分のことをお子様扱いし、新たにやってきた明石・大淀・間宮には顔面崩壊級に緩んだ表情を見せている。それが叢雲には気に食わない。

 

「叢雲ちゃん、プライド高いもんねー」

 

 イライラした様子を見せる妹に比べ、そこまで気にしていない様子の吹雪。彼女の言葉を聞いた叢雲はギロリと吹雪を睨む。

 

「なーに他人事みたいに言ってんのよ。私はあんたが司令官にむっすりとした顔してたの知ってんだからね」

「ええっ!?」

 

 やはり何だかんだで吹雪も色々と気にしていたようで、自分達の目の前で明石達に煩悩を発揮する横島には不満があるようだ。

 吹雪は叢雲に慌てて反論をするが、どれも効果は薄く、逆にいいようにあしらわれて「うぅ~」と唸る。口げんかでは叢雲の方が強いようで、吹雪は悔しげな顔を見せ、叢雲は勝ち誇った顔を見せる。

 

「……でも、司令の気持ちは分かりますよ」

 

 そんな二人に割って入ってきたのは不知火だった。

 

「分かるって……何がよ?」

「あの二人を見てください」

 

 不知火の発言に首を傾げる叢雲だが、とりあえずは不知火の言うように明石と大淀を見る。

 明石はピンクの長髪にセーラー服を着た、横島と同じくらいの外見年齢の美少女。大淀は黒の長髪に聡明さを感じさせる眼鏡、そして明石と同じセーラー服を着た美少女。もちろんこちらも外見年齢は横島と同じくらいだ。

 

「……まあ二人は美人だけどさ」

 

 叢雲もそこは認めている。それだけでなく、明石は自分と比べるべくもないほどにプロポーションが良い。大きな胸にくびれた腰、ほどよい肉付きの太腿。大淀は明石とは違ってスレンダーな体型だが、それでも叢雲よりも胸は大きいし、腰から足へのラインがとても綺麗だと思う。

 

「ええ、それもあるけれど……一番の理由は()()よ」

「あれ……?」

 

 不知火が指差す先にあったもの。それは、二人が着用しているスカートであった。

 

「見なさい。あれほどまでに腰元を露出しているスカート……不知火は見たことがないわ。美人の二人があんなスケベなスカートをはいているのよ? 司令が夢中になるのも仕方がないわ」

 

 明石と大淀がはいているスカートには何故か腰骨の辺りに大きなスリットが入っており、腰元を露出するデザインになっている。

 

「あれなら簡単に手を滑り込ませることも可能……本当にスケベなスカートね」

「スケベなスカート……」

「二人のスカートはスケベ……」

「進入可能なスケベスカート……」

「つまりそんなスケベなスカートをはいている二人は……」

 

 ぼそぼそとスケベなスカートについて駆逐艦娘達が話している。幸いにして明石達には聞こえていないようだが、もし聞こえていたらと思うと相当に危ない内容である。

 駆逐艦娘達の二人を見る目が若干生暖かくなってきたところで、ようやく工廠に到着した。明石は目をキラキラと輝かせ、これから自分の城となる場所の諸々の確認を行っていく。そのスピードは尋常ではなく、一通りの物の確認を数分で終わらせた。

 

「いやー、やっぱり工廠はいいですねー! 今から仕事が楽しみですよ!」

 

 笑顔を浮かべる明石の肌はツヤツヤになり、その魅力を最大限に引き立てる。それほどに機械いじりが好きなのだろうか。

 

「さて、それでは提督。これから開発と建造の任務を行うわけですが、投入する資材はどうされますか?」

 

 大淀は横島から預かった端末を操作し、任務を受注する。横島は少々考える素振りを見せた後、軽く答えた。

 

「とりあえず全部最低値で」

「……よろしいのですか? データの修復が終わったことで、駆逐艦以外の艦種も建造されるようになりましたが……」

 

 大淀は横島の言葉に疑問を持つ。そしてそれは大淀だけでなく、他の皆もそうだ。横島のことだからてっきり資材を大量に投入して、戦艦や空母といった外見年齢が同世代から年上のお姉さんの艦娘の建造に力を入れると思っていたのだが……。

 

「そりゃ確かに戦艦とか空母は魅力的だけどさ、こんな序盤から戦艦とかを運用してたら資材がいくらあっても足んねーだろ? 第一一発で建造できるとも限らないし、それなら軽巡がけっこうな割合で出るっていう最低値を回していったほうがいいだろ。さすがに序盤から難易度高いってわけでもないはずだし、皆の実力なら戦艦に頼らなくても心配ないしな」

 

 横島の説明に、皆は感心する。思ったよりも真面目に鎮守府の運営を考えてくれている。それに何より、最後の言葉だ。憶測や楽観からくる言葉なのは分かっているのだが、それでも自分達のことを信頼してくれている。それが艦娘の皆には嬉しかった。

 

「了解しました。では、資材は全て最低値で投入しますね」

 

 大淀は横島を見直したのか、真っ直ぐな瞳で横島に復唱する。周りの駆逐艦娘達は先ほどの横島の台詞に照れたり感動したりと落ち着かない様子でそわそわとしている。特に秘書艦である吹雪は輝かんばかりの笑顔で横島の隣に立っている。皐月も横島の背によじ登り、笑顔でしがみついている。

 

「提督さん、夕立も戦艦に負けないくらい頑張るっぽい!」

「おう、よろしくなー」

 

 鼻息荒く意気込む夕立の頭を横島は優しく撫でる。夕立は「ぽい~」と言いながらも笑顔でそれを受け入れている。電はそれを羨ましそうに眺めており、何かアピールしようとするが何も思いつかなく、とりあえず横島の近くに立っておくのであった。

 

「皆さん、建造一人目と二人目の結果が出ましたよ。どちらも駆逐艦です」

 

 和気藹々とした雰囲気を出していた横島と駆逐艦娘達の前に大淀と明石が帰ってくる。大淀の端末が示す時間はそれぞれ二十分前後。横島は高速建造材を使用し、建造を終わらせる。ドックから出てきたのは、紫の長髪に扇子を持った少女と銀の長髪の少女。

 

「わらわが初春じゃ。よろしく頼みますぞ」

「響だよ。その活躍ぶりから、不死鳥の通り名もあるよ」

 

 建造されたのは初春型一番艦“初春”と暁型二番艦“響”。これにいち早く反応したのは電だった。

 

「響ちゃん!」

「電? 先に建造されていたんだね」

 

 飛びつく電を優しく受け止める響。久しぶりの姉との再会に電は思わず涙腺が緩んでしまう。

 

「どうしたんだい、電?」

「ようやく姉妹艦が来たから嬉しいんだろ」

 

 電の様子に困惑していた響のもとに横島が歩み寄る。響は声を掛けられたことに少々驚くが、真っ直ぐに横島の目を見つめる。

 

「俺はここの司令官の横島忠夫。よろしくな、響。それからそっちの初春も」

「……うん。よろしく、司令官」

「ふむ。おまけのような扱いじゃが、まあ構わん。これからわらわを慕ってゆくとよいぞ?」

 

 響は言葉少なめに、初春は古風ながらも高飛車な物言いで挨拶を返す。二人とも独特な性格の持ち主のようだが、横島のことは嫌っていない様子である。

 

「それにしても……」

 

 横島は改めて二人を見やる。

 銀の長髪にクールな……いや、これは無表情と言ってもいいだろう。表情にあまり動きがなく、言動もあまり抑揚がない。無愛想というわけではないが、これから信用されていけば変わってくるだろうか。電との会話には所々ロシア語が飛び出しており、知的な雰囲気も有している。

 そしてもう一人、紫の長髪に見た目にそぐわぬ古風な口調。髪飾りには紙垂(しで)を用い、太く短い眉……いわゆる麻呂眉だったりと全体的に和風な艦娘。

 横島は思う。「濃いなぁ……」と。要素だけを抜き出せば、二人は今まで現れた艦娘の中でも屈指の濃さを誇る。この濃さは横島が所属している美神除霊事務所やその関係者達にも劣るまい。

 

「大淀、残りの二回は?」

 

 横島は新たに加わった二人を吹雪と電に任せ、大淀に建造の状態を聞く。すると、大淀と明石は笑顔で横島の元に端末を持ってきた。

 

「一つは駆逐艦ですが、最後の一つは軽巡洋艦ですよ、提督!」

「マジか!?」

 

 大淀の報告に周囲が沸いた。今の所艦娘ではない明石達を除けば、初めての駆逐艦以外の艦娘である。端末を見せてもらえば、建造時間は確かに今までで最長の一時間だった。

 

「高速建造材を使用しますか?」

「……いや、せっかくだからこのまま待とうかな。初めての軽巡洋艦娘だし」

「はあ、そうですか……?」

 

 横島の言葉に大淀は首を傾げるが、明石はうんうんと頷いていた。「この待ってる時間がいいんですよねー」と理解を示している。

 

 それから一時間、横島は響と初春を中心に色々と会話をしていた。今まで何があったのか、どのくらい攻略が進んでいるかなどといった真面目なこと。横島の煩悩やそれに関する仕事の出来栄えなどのことなど。初春には呆れられ、響には「ハラショー」と言われたりと散々だったのか有意義だったのか分かり辛い一時間だった。

 ちなみにもう一つのドックで建造されたのは叢雲であり、横島鎮守府では六隻目である。

 

「叢雲よく出るな」

「そんなに司令が好きですか?」

「あ゛?」

「叢雲、顔が怖いっぽい……」

 

 それはともかく、待ちに待った建造終了の時がついに訪れた。

 横島は明石や大淀達みたいな美少女が建造されることを期待して胸を躍らせ、ドックが開くのを待つ。周りの皆はそんな横島に若干引きつつも同じく期待を胸にドックを見つめる。

 

 そして……ドックが開く、その瞬間!

 

「――っ!?」

「何だ!?」

 

 工廠の照明が全て消え、また全ての機材がその動きを止める。明らかな異常事態……横島達に緊張が走る。

 

「みんな、落ち着いて一箇所に固まって周りの警戒をしろ! 何が起こるか分かんねーぞ!」

「りょ、了解!!」

 

 皆は横島を中心に集まり、警戒を強める。その様はさすが艦娘と言えるものであり、何としても横島だけは傷つけさせないという気概が滲み出ている。

 そのまま十秒、二十秒……。何も起こらないまま時間が過ぎるが、ついに変化が訪れる。

 

「っ!?」

「照明が……!?」

 

 軽巡洋艦の建造を終えたドックに、三方向からスポットライトの強烈な光が浴びせられる。いつのまにやら足元にはスモークが立ちこめ、更にはミラーボールが出現し、工廠に目に悪いキラキラとした光を放出する。

 

「ん、んん……?」

「これは……」

 

 この珍妙な事態に皆も困惑する。しかし、そんな皆を置いてけぼりに更に事態は加速し、ついにドックが開く。

 ドックから現れたのは……。

 

 

 

 

「艦隊のアイドルッ! 那珂ちゃんだよーーーっ!! よっろしくーーー!!」

 

 

 

 

 アイドルを自称する、女の子だった。

 

「あれっ? どうしたの、こんなに集まって? ……あっ、もしかして那珂ちゃんのために集まってくれたのっ?」

 

 マイクを片手に大げさな素振りで自らの憶測を話す少女“那珂”。彼女は俯き、体を震わせる。呆然としている横島達を完全に置き去りに、那珂は感極まった様子で顔を上げる。

 

「嬉しい……! 那珂ちゃん、嬉しいっ!! こんなにも那珂ちゃんのことを思ってくれてるなんて……!! やっぱり、那珂ちゃんのファンは世界一のファンだよ……!!」

 

 何やら那珂は感動している様子。照明もまだ暗く普段通りではないが、工廠を照らしている。そしていつの間にやらポップでライトな曲が流れており、那珂はそのリズムに乗るように体を揺らしている。

 

「みんなの思いに応えないと、アイドル失格だよね!! 私、心を込めてみんなのために歌っちゃうよー!! みんなも一緒に……『恋の2―4―11』!!」

 

 そしてそのままノリノリで歌いだしました。

 

「……」

 

 皆は那珂の行動に呆気に取られ、何も行動出来ないでいる。そんな中、横島が一言。

 

「――アイドル艦!! そういうのもあるのか!!」

「ないわよ」

 

 世の中は広い!! と感心する横島に、叢雲の疲れたようなツッコミが入る。

 最後に建造された艦娘は、横島鎮守府の全艦娘を足しても敵わないくらいに濃い女の子でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

第十二話

『濃厚建造』

~了~

 




建造されたのは那珂ちゃんでした。
那珂ちゃんけっこう好きなんですよね。

ちなみに煩悩日和での外見年齢は大体14歳~16歳くらいでしょうか。
あまり高校生っぽく見えないので、中三辺り? とか思ったり。

それではまた次回。


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お姉ちゃんの本気

以前次の戦闘は沖ノ島と言ったな……あれは嘘だ。

今回は戦闘会です。誰が活躍するのでしょうか……?


 

 眼前に広がる、遥か彼方の水平線。

 現在、那珂を旗艦とする艦隊が南西諸島沖を航海中。その目的は単純に新人達の実力を測るためだ。

 艦隊の構成は旗艦(センター)に那珂、次いで吹雪、初春、響。フォロー役に叢雲と電が就いている。

 吹雪が新人扱いを受けていることに疑問があるかもしれないが、これは吹雪がまだ戦場に立ったことが無い事が関係している。

 吹雪は今まで横島に仕事を教えたりなんだりで戦いに赴く暇がなかった。今では霞が来て横島の監督役二号に就任したことにより吹雪の負担も軽減されたのだが、それで問題が解決するわけでもない。

 

 その問題とは、ただただ仕事が多過ぎたのだ。

 

 横島鎮守府は最近まで明石・大淀・間宮がいなかった。それはつまり、アイテム屋、工廠、食堂を正確に運営することが出来ず、任務に関する詳細な知識を持っていないことを意味する。

 それでも吹雪には秘書艦に選ばれた際にそういった知識を多少ながら()()()()()()()ので、騙し騙し管理することは出来た。

 だが、艦娘の数が増えてからはそうもいかない。

 吹雪は人数が増えたのでこれで多少は楽になると思ったのだが、現実はそうそう甘くはなかった。(ゲームだけど)

 

 みんなアイテム屋の経営なんて出来ない。

 みんな工廠の管理なんて出来ない。

 一部を除いてみんな料理を作れない。

 みんな任務に関する様々な知識を持っていない。更には書類仕事すら出来ない。

 

 ――絶望である。

 結果、吹雪は横島と共に皆に仕事を教えながら、教える以上の仕事を片付けねばならなかった。

 当時の吹雪にとって、白雪が作ってくれるおやつと気を使ってくれる横島、電達との会話が何よりの癒しだったのである。

 

 そして現在、ついに待望の明石・大淀・間宮が来てくれたことにより、吹雪は大量の仕事から開放された。思わず涙を流すほどに喜んでしまったのは仕方のないことだろう。その姿を見て、皆吹雪に頼り過ぎていたことを痛感し、感謝の気持ちを述べる。

 ちなみに横島の仕事量は吹雪と同等かそれ以上であり、主に工廠関係という特にデリケートな部分を扱っていたことを記しておく。

 

 そうして今、吹雪は晴れやかな気持ちで海を進み、風を切って疾走する。

 

「……体が軽い。こんな気持ちでお仕事をするなんて初めて! ――もう何も怖くない……!!」

「気持ちは分かるけど、初陣で早速死亡フラグを立てるの止めてくれない!?」

 

 初陣だからこそではあるのだろうが、フォロー役としては戦々恐々である。

 叢雲と電がフォロー役に選ばれたのは、姉妹艦が初陣だからという理由だ。執務室で端末の映像を眺めるよりも、同じ戦場にいた方が逆に気が落ち着く。これは二人に共通する価値観だ。

 実際近くにいれば何かあった時にも迅速に対応出来る。危急の際には体を張ってでも姉妹を守るだろう。……まあ、それは杞憂に終わるのだが。

 

「……っ! 敵影確認。数は3。……軽巡ホ級が1、駆逐イ級が2」

 

 静かにただ前を見据えていた響が敵を発見し、報告。それを聞いた皆は表情を引き締め、武器を握る手に力を込める。

 

『陣形は複縦陣。こっちの方が数は多いけど、半分以上が初陣なんだ。無理しないで、落ち着いていけよ』

「了解!!」

『叢雲、電。フォローよろしく』

「分かってるわよ」

「頑張るのです」

 

 横島の言葉に那珂達初陣組は緊張気味に、叢雲と電のフォロー役は自信満々に頷いた。

 

「いっくよー!!」

 

 那珂が機先を制し砲撃を開始する。放たれた砲弾はホ級に命中し、その体力のほとんどを減らすことに成功する。駆逐艦娘を越えるその威力に、端末で戦況を確認していた横島と大淀が感嘆の息を漏らす。ついでに大淀のスカートの穴に横島の手が伸ばされたが、即座に白雪に止められた。しかも抱きかかえる形で。

 

 那珂の砲撃の威力を知った敵艦はすぐさま狙いを那珂に絞る。その即断即決ぶりは評価に値するが、それでもそれは愚策である。

 

「――ッ!!?」

 

 那珂に向けて砲撃をしようと大口を開けて砲口を晒すイ級に、横合いから砲撃が放たれた。

 

「馬鹿め。敵は那珂1人ではないと言うに」

 

 初春は呆れたように、嘲るように言いながら砲撃を続ける。背部艤装のマニピュレーターに接続された12.7cm連装砲が幾度も火を噴き、イ級は堪らず後退する。

 初春の反対側では響が同様に砲撃をしており、もう1体のイ級を撃沈寸前まで追い詰めている。

 

「こんなものかい? なら、沈むといいよ」

 

 どこまでも冷静に、冷徹に響は敵を追い込む。そして……。

 

「どっかーんっ!!」

 

 那珂の元気のいい掛け声と共に全艦娘から魚雷が発射される。それらは狙い違わず全てが敵艦に命中し、炸裂。青い海に赤い炎が噴き荒れ、相対した深海棲艦を轟沈せしめることに成功した。

 敵艦、撃破。その事実に皆は緊張を解き、大きく息を吐く。しかし那珂は別で、大きな声で「那珂ちゃん、強い!!」と誰かに向けてピースサインを向けている。

 

「やったね、みんな!! すっごく格好良かったよ!!」

 

 吹雪は興奮気味に皆に話しかける。この時の誰が凄かった、あの時の誰が格好良かった、などと身振り手振りを交えての絶賛に、皆は照れた様にはにかみながらも胸を張る。初陣を最高の形で突破したのだ。これで自信もついただろう。

 

「……」

 

 叢雲は感心したように何度も頷きつつ、今回のMVPに視線を送る。彼女の視線の先、そこに存在したのは()()だ。

 

『……さすが、叢雲のお姉ちゃんってことはあるよな』

「まーね。けど、それでこそよ。やっぱりライバルはこうでなくちゃ」

 

 どうやら横島と叢雲の意見は一致しているらしい。今回のMVPは、()()()()()と。

 今の戦闘において、吹雪は目立った戦果を挙げなかった。精々が牽制のために弾幕を張ったりなど、そのくらいだ。しかし、その精度が驚異的だったのだ。

 個々の働きを称賛出来るということはつまり、皆の行動を完全に把握していたということ。楽な戦いだったとはいえ、戦闘の中でだ。

 吹雪は連装砲を構えながら常に相手の視界に入るように動き、敵の意識を分散させる。そうして相手の進行方向に砲撃しつつ進路を誘導、味方が攻撃しやすい位置へと追い込めたらそこに縫い付ける。しかも味方の射線を確保しながら、3体同時にそれをやってのけたのだ。

 那珂の攻撃力に怯み、一斉に那珂1人だけに意識を割いてしまった敵艦達ではあるが、それを考慮してもおよそ初陣とは思えない仕事ぶりに叢雲は舌を巻く。自分の初陣とは段違いだ。

 叢雲はフォロー役という立場から全体を見ることが出来たが、吹雪は戦場に立ちながらそれを成した。その違いに叢雲は少々悔しさを見せるが、それでも彼女は不敵に笑ってみせる。1番になるのは自分だ、と。

 

『私のこと呼んだ?』

「呼んでない呼んでない」

 

 何故か唐突に端末からの通信に割り込んできた白露にツッコミつつ、叢雲は皆に先に進むように言う。皆無傷であるし、まだまだ疲労も見えない。先に進んで力をつけよう。

 

 

 

『海域攻略お疲れさーん。今回はちゃんとボスマスに行けたしS勝利だしで文句なしだな』

「司令官もお疲れ様です」

「おっつかれさまでーす!!」

 

 軽巡ヘ級が完全に沈んでいったのを確認してから、横島は皆に労いの言葉を掛けた。それに真っ先に答えたのは吹雪と那珂だ。同じく初陣である響と初春が息を乱している中、彼女達は平気そうにしている。いや、吹雪は額に汗が浮かんでいたり、肩がやや上下しているところを見ると疲労はしているようだが、それもすぐに回復していく。

 那珂にいたっては完全にいつも通り。まるで疲労した様子を見せることなく、今も元気に歌って踊りだしそうなほどに溌剌としている。さすが艦隊のアイドルを自称するだけのことはあり、スタミナの量は並ではない。

 

「ふう……ふう……凄いね、あの2人は」

「うむ……わらわ、達など、こんなに、疲労、しておると、いうのに……」

 

 響と初春は呼吸を整えながら言葉を交わす。2人は緊張と恐怖と興奮と高揚から、戦闘が終わると同時に一気に疲労が襲い掛かってきた。まだまだ戦闘に慣れていない証拠であり、これから数をこなすことによってそれらをコントロールする術を身につけていくのだ。

 

 今回の敵艦の編成は軽巡ヘ級、軽巡ホ級、駆逐ロ級、駆逐イ級、駆逐イ級の5体。先の戦闘よりも数が多く、何より軽巡が2体というのが厄介だった。

 先ほど頼りになった那珂の砲撃の威力。それと同等の威力を持つ砲撃が、倍の数で自分達に飛んでくるのだ。

 今回はフォロー役の叢雲と電が最前線に躍り出てくれたから何とか傷も少なく勝利出来た。この2人がいなかったら自分達は勝てたかどうか分からない。それほどの戦いだった。

 響は目を閉じて思い出す。自らを守るために戦ってくれた、(いもうと)の雄姿を。軽巡ヘ級の腹(?)にドロップキックをかまし、その威力によって下がった顔面へ、ずっしりと重たい錨をフルスイングして思い切り殴り飛ばした、雄々しき背中を――。

 

 ……振り向いて「大丈夫なのです?」と問い掛けてきた電の頬に、深海棲艦の青い血液がべっとりと付着していたような気がするが、それはきっと気のせいだろう。返り血を浴びて朗らかに笑いかけてくる電なんて存在していないのだ。

 

「どうかしたのです、響ちゃん?」

「何でもないよ。うん、何でもないんだ。何でもない」

 

 首を傾げる電の頬に、青い血液は付着していなかった。やはり見間違いだったのだ。青く染まったハンカチをポケットにしまうシーンなんて見てはいないしね。

 

『おっしゃ、んじゃドロップがあるかを確認して、一息ついたら帰還してくれ。補給と入渠の準備は済ませておくから』

「はい、司令官」

 

 通信が切れ、一瞬沈黙が場を支配する。叢雲は腕と背筋を伸ばして体をほぐし、ドロップの有無を確認する。

 

「……ん?」

 

 すると、海の一画が光を放ち、そこから人影が現れた。黒く短めの髪、頭部の謎の発光ユニット、釣り目がちだが大きく愛嬌も感じさせる右目、そして左目に付けられた眼帯。

 身に纏うのは黒いカーディガンに黒いスカート、黒いニーソックスに黒いブーツ。指貫グローブをはめた手には独特な形状をした刀が握られており、()()はそれを肩に担いでいる。

 

「ふう、やっとこっちに来れたぜ……」

 

 現れた少女は首をゴキゴキと鳴らし、あくびを1つ。

 

「貴女は……」

 

 その声に反応し、少女は胸を張り、空いている右手で己を指差し、こう言った。

 

「おう、こうして()()()()()()のは初めてだよな。――俺の名は“天龍”。ふふ……怖いか?」

 

 ニヤリと笑い、ふてぶてしいまでの自信を滲ませた少女、天龍が横島鎮守府に加わった。

 

 天龍が加わることで横島鎮守府に如何なる騒動が巻き起こるのかは、まだ誰も知らない。

 唯一予想出来るのは……彼女の胸囲的な戦闘力により、横島が暴走するだろうということだけだ――――。

 

 

 

 

第十三話

『お姉ちゃんの本気』

~了~




艦娘の外見年齢ですが、煩悩日和では以下のようになります。

駆逐艦:小学生~中学生(一部例外あり)
軽巡洋艦:中学生~高校生
重巡洋艦:高校生~大学生
戦艦:大学生
空母:大学生(一部例外あり)
潜水艦:小学生~中学生(一部例外あり)

大体こんな感じで設定していきます。

例えば天龍は高校生(16歳~18歳)、那珂ちゃんは中学生(15歳くらい?)といった感じですね。
那珂ちゃんはもうちょっと上でもいいかもしれませんが、個人的に川内型は川内だけが高校生っぽいと感じたので那珂ちゃんは中学生くらいの外見とします。
神通も中学生くらいの外見です。ほとんど変わりありませんが川内だけが高校生くらいの外見なのです。(謎のこだわり)

ちなみによく年増扱いをされる足柄さんは21歳~22歳くらいとなります。
妹の羽黒は20歳~21歳くらい。教育実習生だからこんなもんでしょう。(?)

それではまた次回。


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もし俺が嫁ぐなら

今回は天龍ちゃんがメインの話ですー。
タイトルからどういう内容かは察せるとは思いますが、果たしてどのようなことになるのでしょうか。


 

 海域からの帰り道、天龍は鎮守府について、そして横島についての説明を受けていた。

 

「……ふーん、提督はそういう奴なのか。話に聞いてた通りなんだな」

「はい。でも、凄く良い人ですよ! 優しいし、指揮もバッチリですし!」

 

 横島について……特にスケベな部分について叢雲が熱く語ったりしたおかげで天龍の声には呆れが含まれている。

 それについて吹雪が横島の評価を上げておこうと持ち上げていくのだが、天龍が呆れていたのは横島ではなく、叢雲だった。

 

 ――あの叢雲が随分懐いてるみたいだな。吹雪もそうだし、他の奴らもか……。人柄は良さそうだな。

 

 天龍は内心で横島についての評価を上げる。スケベなところに関しても特に気にしてはいない。男とは皆スケベなものであるし、“艦これ”という女の子しかいないゲーム世界に横島のような健全(?)な男子高校生が入り込んでいるのだ。自分達も多少は我慢をしなければいけないだろう。……あくまでも、()()()、であるが。

 

「ま、イイんじゃねえの? 俺としては普段は人が良さそうな(ツラ)してるくせに裏では何を考えてるか分かんねー奴よりも、分かりやすくド直球にスケベな奴の方がまだ好感が持てるし」

「うーん……分かるような、分からないような……」

 

 天龍の言葉に叢雲は唸る。天龍の言うことも分からないでもないが、やはりスケベなのは容認出来ない。しかもスケベなのに自分達駆逐艦娘には目もくれないのだ。プライドの高い叢雲はそこがどうしても引っかかる。

 まあ、自分に対してセクハラしてきたらそれはそれで全力で対処するのだが。

 

「――っと、もうすぐ到着だな。さて、一体どんな顔してやがるのかな……?」

 

 天龍は男の容姿について頓着しない。彼女が男に求めるものは、金でも名声でも容姿でも優しさでもない。彼女が男に求めるものは、たった1つ。

 はたして横島は、それも持っているのか――。

 

 

 

 

 ノックを3回。すぐに中から入るように声が掛かる。那珂を先頭に、海域に出撃していた艦隊が帰還し、執務室へと報告にやって来たのだ。

 

「那珂ちゃんアイドル艦隊、ただいま帰還しましたー!」

「お疲れさん。よくやってくれたな、那珂ちゃんアイドル艦隊のみんな」

「……恥ずかしいから連呼しないでよ」

 

 叢雲が顔を赤く染め、横島と那珂に抗議する。他の4人も恥ずかしそうにしているが、横島達は知らんぷりだ。

 執務室にいた深雪や白露などはニヤニヤとした笑いを叢雲に向けているし、時雨や白雪は苦笑を浮かべて場を静観している。

 

「提督、何と軽巡洋艦娘をドロップしたんですよー!」

「お、マジで?」

 

 那珂はニコニコとした笑顔で横島に報告する。那珂にとって、ちゃんと自分をアイドル扱いしてくれる横島への好感度は高い。提督ではなく、自分のマネージャーになってほしいと考えるくらいだ。

 そんな理由もあり、那珂は意外と気軽に横島とスキンシップをとったりもする。スキンシップ、とは言っても体の接触はほぼ無いのだが。今回は特別で横島の肩に手をやり、空いた方の手を執務室の扉へと向かって広げる。

 

「天龍ちゃん、入ってきてもいいよー!!」

 

 那珂の声と同時、執務室の扉が開く。ゆっくりと入ってきたのは横島と同年代と思しき軽巡洋艦娘、天龍。

 天龍は右手の親指で自分を指差し、自らの名を告げる。

 

「俺の名は天龍――……」

「生まれる前から愛してました」

「――ッッッ!?」

 

 気付けば天龍は右手を横島の両手で優しく握られ、とてもダンディー(笑)な声と爽やか(笑)な笑顔で口説かれていた。

 天龍は驚きから眼を大きく見開き、他の艦娘達はそのあまりの早業と節操の無さにずっこけている。

 

「早速アンタはトチ狂ったことをーーー!!」

「ふふふ、何を言う叢雲。俺はいたって冷静だ」

 

 とりあえずツッコミ担当の叢雲が横島に食って掛かるが、横島はそれを冷静に流す。しかし彼の言うことは完全に嘘だ。何故ならば彼の両目にはそれぞれ“煩”と“悩”の文字が書かれている。

 そんな状態でも……そんな状態だからだろうか。彼の眼は天龍のスタイルの良さに釘付けだ。

 大きく存在を主張するチチ、くびれた腰に少々大きめなシリ、ニーソックスによって僅かな段差ができ、その肉感をより顕著にしているフトモモ。

 横島の煩悩が高まる、溢れる。

 

「……俺達は初対面のはずだが……」

「愛は時空を越えるんです!! ぼかー、ぼかーもー!!」

 

 ついに辛抱堪らなくなったのか、横島は天龍に熱い接吻をしようと唇を突き出して迫る。

 周囲の艦娘――特に叢雲――は横島を止めようと動き出すが、それも遅い。

 

 ――その一連の動きを認識出来たのはたったの2人だけ。

 即ち、()()()()()の天龍と、()()()()()()()の横島だけだ。

 

「――……え?」

 

 その声は一体誰のものだったのか。目の前の光景に理解が追いつかない。

 いつの間にか天龍は横島の手から逃れており、その左手には刀が()()()()()()()()収まっている。

 いつの間にか横島は身を屈ませており、はらりと、数本の髪が床へと落ちていった。

 

 目の前の光景から察せられるのは、天龍が刀を振るい、それを横島が避けたということ。

 

 執務室に、沈黙が訪れる。

 

「……俺はさ、昔っから心に決めてることがあるんだよ」

 

 その静けさの中、天龍は横島に語りかける。彼女の口は歪な形へと姿を変えていき、やがては弧を描く。……笑っているのだ。

 

「俺も女だからな。いつかはどっかの誰かのとこに嫁いだりすんのかなーとか、そういうことを考えたりしたこともあるんだよ。……別に金持ちじゃなくてもいいし、偉いさんじゃなくてもいい。顔や頭も良くなくていいし、ま、最低限普通に扱ってくれりゃそれでいい」

 

 天龍は左手の刀を横島へと突きつける。彼女の眼は爛々と輝いている。それは興奮に、そして喜びに、だ。

 

「俺が唯一望むのは――相手の男が、()()()()()()()()……だ」

 

 横島のこめかみに一筋の汗が伝う。物凄く嫌な予感が背筋を駆け抜けていったからだ。

 

「さっきの一撃を避けられるとは思わなかった。さあ、1つ勝負といこうぜ? 俺に勝てたなら俺の事は好きにしていい。その代わり俺が勝ったら、提督には俺の言うことを聞いてもらうけどなぁ!!」

 

 一閃、言葉と共に天龍は刀を振り下ろす。それはやはり周りの皆には捉えられず、同じくそれを避ける横島の動きも認識出来なかった。

 

「やだ……この子、雪之丞(バトルジャンキー)と同じ匂いがする……。あ、もちろん汗臭いとかそういうことじゃないからな。天龍は凄くいい匂いするし」

 

 横島は余裕があるのかないのか、どうでもいいことを呟きながら天龍の攻撃を避け続ける。周りには艦娘達が大勢いる。ここでは天龍の攻撃に巻き込まれて、誰かが大怪我をするかもしれない。

 ここで横島が取るべき行動は1つ。

 

「戦略的撤退!!」

 

 横島は窓から身を投げ出し、外へと飛び出した。ちなみに執務室は鎮守府の最上階、3階に位置している。

 

「ちょ、ここは3階――!?」

 

 横島の飛び降りを見て正気に戻った叢雲は窓から横島の安否を確認するが、横島は普通にぴんぴんとしており、ズギュウウウウンという効果音を出しながら猛スピードで港の方へと走っていく。

 

「……え、えぇー……」

 

 叢雲を初めとして、皆は横島の人間離れした身体能力にドン引きだ。しかし、中にはそれを見てより一層笑みを深める者もいる。

 

「逃がすかぁ!!」

 

 当然天龍だ。天龍は横島と同様に窓から地上へと飛び降り、元気に横島を追いかけていく。いくら艦娘とはいえ、天龍は色々とおかしな身体能力を持っているようだ。

 

「あーもう、一体どうすりゃいいってのよ……」

 

 叢雲は頭をガシガシと掻き毟り、これからの行動に頭を悩ませる。

 初めに手を出したのは横島だが、それでも刀なんて凶器を使うのは大問題だ。これは流石に解体や近代化改修を申し付けられても擁護出来ない。

 

「あー、とりあえず追いかけないと。吹雪、皆と協力して天龍を――吹雪?」

 

 声を掛けられた吹雪は微動だにしない。ただ俯いて、何の反応も示さないのだ。訝しんだ叢雲が吹雪に近寄ると、吹雪の体が小刻みに震え始めた。

 

「吹雪……」

 

 吹雪が恐怖に震えるのもおかしくはない。あんなことがあったのだ。こうなるのは当然のこと――そう思っていたのだが。

 

「ふぶ――……っ!!?」

 

 突如吹雪から、ドス黒いオーラが溢れ始めた――。

 

 

 

 

「オラァ!! 待てや提督ゥッ!!」

「ぅわった、マジかアイツ!? 砲撃までしてきやがった!!」

 

 天龍は遂に艤装を展開し、背中の艤装に接続してある“14cm単装砲”をぶっ放した。しかし刀とは違って射撃精度は低く、横島に当たる事はない。

 

「どうした提督、俺が欲しいのなら戦って勝ってみせろぉ!!」

「のわああああああっ!!?」

 

 次に天龍が繰り出してきたのは“7.7mm機銃”による銃撃。これは天龍の刀に装備されており、刀身の上半分がスライドして銃身が顔を出す構造だ。

 その見た目、ギミックから天龍お気に入りの逸品である。

 その刀から吐き出された無数の銃弾は横島の足元に着弾し、横島にダンスを躍らせる。……ちなみに本当にタップダンスに見える。

 

「こんの……!!」

 

 ここまで来て、ようやく横島にも怒りが沸いてきた。右足を軸に半回転、そして左足を強く踏み出し、一気に天龍へと加速する。

 

「――へっ!!」

 

 嬉しそうな声を上げ、天龍は機銃で弾幕を張る。――しかし。

 

「――な、んだとぉっ!?」

 

 横島は、()()()()()()()()()()()天龍との距離を詰める。超速度で振るわれる両手には力強い翡翠の輝き――栄光の手(ハンズオブグローリー)が。

 

「いい加減に……っ!!」

 

 横島は右手で天龍の刀を掴み、左手を振り上げる。その左手は姿を変え、光り輝く剣の形をしていた――霊波刀。

 

「……せんかーーーーーーいっ!!!」

 

 横島が全力で振り下ろした霊波刀は天龍の頭頂部に命中、そして――

 

 

 

 

 ――スッッッパアアアアアアンッ!!! という乾いた音を響かせた。

 

()っっっ~~~~~~~~……!!?」

 

 天龍は頭を抱えて蹲る。右目には涙が溜まり、ぷるぷると自然に体が震えている。何とか眼を開いて横島を見上げてみれば、霊波刀は更に形を変え、何とハリセンとなっていた。

 

「は、ハリセン……?」

「まーったく、ちっとおいたが過ぎるぞこの野郎……」

 

 深い息を吐き、横島は栄光の手を消す。しゃがみ込んで天龍の眼を覗き込み、ヤクザか何かと間違われそうな形相で思い切り睨みつける。

 

「おうおうおう嬢ちゃん、えらいはしゃいでくれたのう、おお?」

「……っ」

「おかげで執務室はメチャクチャ、他の子らも危ない目に合わせよってからに……!!」

「……悪かったよ」

 

 横島の態度はチンピラだが、言っていることは至極当然のことだ。今回の天龍の行動は目に余る。

 

「ホンマに悪い思とんのか、ああーん? せやったらその体で今回のことを償ってもらおうか……?」

 

 女の子に対してネチネチと責めるのはあまり好きではないが――昔はよくやっていたが――これも天龍に反省を促すためのポーズである。いや本当に。

 こうまで言えば天龍も心から反省し、行動を改めるだろう。そう考えて天龍の顔を見ていたのだが……天龍は視線を彷徨わせたあと、ゆっくりと頷いた。

 

「……?」

「……いや、だから分かったって」

「……何が?」

「今体で償えっつったろーが」

「……」

 

 横島の動きが止まる。……ついでに思考と血の巡りと心臓も止まる。

 

「俺に勝ったら好きにしていいっつったしな。俺が欲しいなら勝って見せろとも言ったし。まさか本当に負けるとは思わなかったけど……」

 

 横島の体から徐々に煩悩が溢れ出す。ゆっくりゆっくりと、だが確実に強くなっていく。

 

「だからまあ、何だ……。提督さえ良ければだけど……()()()()

 

 横島の頭の中で、何かがプチンと切れるような音がした。

 

「ぐおおおおおおーーーーーー!! 天龍ーーーーーー!!」

「――ってコラ、いくら何でも外はやめろぉ!!」

 

 暴走してがばあと天龍に覆いかぶさる横島に、外では嫌だと叫ぶ天龍。しかし抵抗は言葉だけなのか、横島の暴走を止めるつもりは更々ないらしい。

 このまま天龍は横島へとその身を捧げ、この小説は18禁へとなってしまうのか?

 

 

 

 

「――司令官、天龍さん、何をヤっているんですか……?」

 

 そんなことはなかった。(笑)

 

 まるで地獄から響いているかのようなその声に、横島も一瞬で正気に戻る。同時に全身を貫く言葉では言い表すことが不可能なまでの濃密なナニか。

 それの影響か、横島も天龍も身動きどころか声1つ出すことが出来ず、ただガタガタと震えるのみ。

 

「……2人とも、いつまでそうやってくっついてるんですか?」

「はい、すんまっせん吹雪さんっ!!」

 

 2人は瞬時に離れ、彼女――吹雪の前に正座をする。そこからは説教の嵐だ。

 決して怒鳴り散らすのではなく、静かに、ただ淡々と2人の行動を叱っていく。それが何よりも怖い。そして、とても心が痛くなる。

 吹雪は眼に涙を溜めているのだ。彼女は怒りとか悲しみを通り越し、無感情となっている。

 それでも吹雪の眼には涙が浮かぶのは、彼女の生来の優しさから来るものなのだろうか。

 

 ……とにかく、2人は今回の行動を深く反省した。後で皆に謝りに行くように吹雪と約束をする。

 

 で、それはそれとして。

 

「2人にはお仕置きをします」

「……はい」

「……内容は何でございましょうか?」

 

 2人とも妙にへりくだっている。未だに吹雪の怖いオーラが消えていないからだ。

 

「お尻ぺんぺんです」

「……はい」

「……かしこまりました」

 

 吹雪は2人が納得したことに頷き、()()()()()()()

 

「……ゑ?」

「……ヱ?」

 

 艦娘は艤装を展開した時のみ、超常の力を発揮する。……つまりはそういうことだ。

 

「はい司令官、こっちに来てくださいねー」

「……はい」

「パンツ下ろしますよー」

「……はい。……はいっ!!?」

 

 思わず吹雪の顔を見る横島。直後、見なけりゃ良かったと後悔が過ぎる。

 吹雪の眼は完全にハイライトが無くなっており、まるで亀裂を思わせるようなエガオを浮かべ、ニッコリとワラっていたのだから――。

 

 

 

「あ、ああ……!! いやあああああああああああああああ!!!??」

「はいはーい、抵抗しないで下さいねー」

「だ、駄目えええぇぇ!!? そういうのは大人になってからやおーーーーーー!!?」

「大丈夫、その手の業界ではご褒美ですからねー」

 

 横島は必死に抵抗するが、謎の力が作用しているのかまるで効果はない。天龍はその光景を見ながら、自分の臀部に手を振れ、「2つに割れたりすんのかな……」などと現実逃避をしていた。

 

 その後、この顛末を知った皆から同情され、酒を酌み交わし、一切の遺恨無く仲間として受け入れられた天龍の姿が見られたそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

第十四話

『もし俺が嫁ぐなら』

~了~

 

 

 

 

 

 

 

天龍「あれから吹雪とか駆逐達が提督に引っ付いて何も出来ん……」

吹雪「またナニかする気デスか……?」

天龍「ひぃっ!? ごめんなさいもうしませんっ!!?」

吹雪「分かればいいんです」

天龍「ふふ……怖い……」

 

横島「……あれ? 今考えたら俺、ナンパがちゃんと成功(?)したのって始めてじゃねーか? 天龍も結構その気っぽいし、遂に俺も大人の階段を上る時が来たのか……!?」

吹雪「司令官……?」

横島「ひぃっ!? ごめんなさい何でもないですっ!!?」

吹雪「分かればいいんです」

横島「布団を被って寝てしまおう!! 寝れば怖くない!! こんな現実からは逃避するに限るのだ!!」

 

 

 

 

吹雪「……もうちょっと私の事も見てくれればいいのに……」

 




お疲れ様でした。

煩悩日和での天龍ちゃんはこんなキャラです。
ちなみに天龍お気に入りの刀は天龍が自作したという設定で。

相方の龍田さんはいつ頃の出番になるかな……?

それではまた次回。




さーて、当初考えていた結末と全然違うものになっちゃったぞー。


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青い血潮で赤く染まる

最近FGOにはまっていますー。
いつかFGOとGSで何か連載してみようかな……?
もちろん主役は横島で。


 

 某月某日、夜の美神除霊事務所。

 その日は久しぶりに事務所メンバー全員で夕食を取っていた。

 メニューは横島とシロに嬉しい肉が中心。それに加えてタマモの為に油揚げ、他に魚と野菜が少々といった風情だ。

 

 わいわいと賑やかに過ぎていく時間、話題の中心はもちろん横島が調査をしているゲーム『艦隊これくしょん』だ。

 

「――っつー訳で、天龍っていう子とバトったんすよ」

「アンタもよくよく災難に遭うわね……」

 

 美神の呆れたような言葉に、横島は乾いた笑いを零すしか出来ない。その間も手と口は忙しく動いており、肉を取ってはご飯と共に口に入れ咀嚼をしては肉を取りを繰り返している。

 マナーとしては最悪だが、意外と料理を零すことも無く、食べる姿以外は綺麗なものだ。

 

「それにしてもけしからん奴でござるな! 先生に対して襲い掛かるとは……!!」

「ある意味横島が発端みたいだし、わりといつものことなんじゃないの?」

「うーん……」

 

 横島が話した内容にシロは怒り、タマモは疑問を呈し、キヌは困ったように唸る。確かにその通りなので否定出来ないからだ。

 

「……それで、その天龍って子とはどこまでいったの?」

「いやー、天龍にOKも貰えたし、あともうちょっとで大人の階段を上ることが出来たんすけどね――――はっ!?」

 

 美神の何気ない言葉に思わず隠していた出来事をポロっと話してしまう横島。女性陣の眼がとっても痛い。

 

「――横島君」

 

 美神は熱いお茶を一啜りし、ふっと笑う。彼女は横島を見据え、ただただ冷たく言い放った。

 

「たとえゲームの中で()()になったとしても――――現実では変わらず()()のままなのよ?」

「――――」

 

 美神の言葉のナイフが横島の胸に突き刺さる。

 横島は「ごふっ」と血を吐き、そのまま仰向けに倒れ、静かに息を引き取った――――。

 

 

 

 

 

 

 2分後、横島はキヌとシロとタマモの懸命なヒーリングにより息を吹き返した。

 

 

 

 

 世界(ところ)変わってゲームの世界。

 横島鎮守府は現在、鎮守府海域最後のステージ『南西諸島防衛線』を攻略中だ。羅針盤が指し示した針路は“A”。敵のボスに確実にたどり着けるルートだ。

 

「……敵艦発見!! 軽巡ヘ級が2、駆逐ハ級が2だ!!」

 

 旗艦である天龍の声が響き、それを聞いた艦娘の皆がそれぞれ戦闘態勢に移行する。

 今回の出撃メンバーは天龍を旗艦に、那珂・吹雪・叢雲・時雨・夕立だ。彼女達は横島鎮守府の中では最も練度が高く、戦闘も得意である。

 吹雪は他の皆に比べると練度は落ちるが、それでも彼女の空間認識能力(ホーク・アイ)は捨てがたい。そういった理由もあり、彼女は今回も出撃を果たしたのだ。

 

 ――戦闘開始。まずは天龍・叢雲・夕立の3人が獰猛な笑みを浮かべ、まっすぐに敵に突撃していく。

 

『3人は敵艦を引っ掻き回しつつ、余裕があれば撃破を狙ってくれ! 残りの3人は天龍達の援護、こっちも余裕があれば撃破を狙っていけよー!』

「了解!!」

 

 横島の指示に艦娘達の声が1つになって返ってきた。

 天龍は眼を爛々と輝かせながら単身軽巡ヘ級へと向かい、叢雲と夕立は2人でもう片方の軽巡ヘ級を狙う。

 空いた駆逐ハ級はそれぞれ那珂と時雨が請け負い、吹雪が全体のバックアップに回る。このままでは吹雪の負担が大きいが、今回の出撃メンバーは猛者ばかりだ。

 ほどなく那珂が駆逐ハ級を撃沈させ、吹雪のフォローへと入る。

 

「さすが那珂さんですね!!」

「もー、吹雪ちゃんったら。那珂“ちゃん”でいいよー?」

「いえ、やっぱりちゃん付けはちょっと……」

 

 ちゃん付けをリクエストする那珂に対して、吹雪は少々やり辛そうだ。やはり真面目な吹雪としては目上の艦娘をちゃん付けになど出来ないのだろう。

 那珂は吹雪と2~3言葉を交わすと、今度は天龍のフォローに入りに向かう。

 

「夕立、ちゃんと合わせなさいよ!!」

「ぽいぽいぽーい!!」

「私の分かる言葉で返事しなさいよ!?」

 

 戦闘中でも叢雲のツッコミは冴え渡る。2人は軽巡ヘ級の砲撃を回避し、2人でヘ級を挟むように移動。そのまま円を書くように海を駆けながら攻撃を開始する。

 1人が敵を牽制し、1人が攻撃をする。時に役割をスイッチし、時に同時に攻撃を加える。シンプルながらも堅実な手であり、それ故に練度が高くなければ戦況をひっくり返すことは難しい。

 やがて軽巡ヘ級は為す術も無く全身に傷を負い、呻き声を発しながら海底へと沈んでいった。

 

「完全勝利っぽい!!」

「ぽいんじゃなくて完全勝利なの」

 

 この2人、意外と良いコンビなのかもしれない。

 

「こっちも終わったよ」

 

 静かにそう告げたのは時雨だ。先ほどまで駆逐ハ級と戦っていたはずなのだが、その痕跡はどこにも見られない。いつ戦闘が始まったのか、そしていつ戦闘が終わったのか、それは全体を見ていたはずの吹雪にも分からなかった。

 

「全然気付かなかった……」

「時雨は暗殺者になれるっぽい!!」

「やめてよ、もう。……褒めたって何も出ないよ?」

「今のって褒め言葉なの!?」

 

 未だ戦闘中だというのに賑やかなものだ。

 こういった賑やかさは横島も好みであるのだが、横島の隣には霞と大淀がいる。彼女達が怒り出さないうちにちゃんと叱っておかないと、2人の怒りの矛先は横島に向かうだろう。

 

『こら、そういう雑談は戦闘が終わってからにしろ。天龍は今も戦闘中なんだぞ?』

 

 キリっと引き締まった顔で吹雪達を叱る横島に大淀は満足気な笑みを浮かべ、1つ頷く。ちゃんと公私を使い分ける横島に感心を示しているようだ。しかし、そんな横島を見る霞の表情は何とも微妙なものだった。

 何故ならば横島の膝の上には皐月が収まり、彼の背中には初雪がもたれかかっているからだ。

 初雪は横島の肩から顔を出して端末を眺めており、皐月も横島の頬に頭を寄せたりしながら観戦している。

 

 一応邪魔はしていない。指揮に口を出したりなどしないし、横島の視界を遮ったりもしていない。確かに邪魔をしてはいないのだが……。

 

「……叱った方がいいのかしら……」

 

 少々迷う霞であった。

 

 さて、横島がそんな状態であるというのは現場には伝わっていないので、吹雪達は素直に横島の言葉に従う。

 いくら自分達が優勢であるとはいえ、確かに先ほどの行動は問題だ。もしかしたら大淀や霞に叱られたり反省文などを書かされるかもしれない。

 そんな未来を幻視しつつ天龍の方へと眼を向ければ、そこには現実離れしたとんでもない光景が繰り広げられていた。(ゲームだけど)

 

「オラオラァ!! そんな程度でこの俺を()る気かぁ!?」

「アアァ――――ッ!!」

 

 雄叫びを上げながら繰り出されるヘ級の砲撃を、天龍は()()()()()()()()()()()ゆっくりと前へと進んでいく。

 天龍の口も動きもまだまだ余裕が溢れており、その姿は頭部のユニットを含めて鬼のようだ。

 

 天龍は敵を挑発しつつわざと時間を掛けて追い詰めていたのだが、他の皆が既に戦闘を終わらせていることに気付くと笑みを浮かべる。

 

「アイツらも結構やるじゃねえか……そんじゃ、俺もとっとと終わらせるかぁ!!」

 

 天龍はそう叫ぶと一気にヘ級との距離を詰める。先ほどまでの歩みの遅さからは考えられないスピードであり、ヘ級には一瞬の内に懐へと入られた様に感じただろう。天龍は既に左腕で刀を振りかぶっている。

 ヘ級は天龍の攻撃に備え、咄嗟に艤装で武装している右腕を掲げ、盾にする。例え艤装が破壊されようともヘ級には下半身が変化した巨大な獣の口がある。一撃を耐え凌げば、反撃の機会もあるはずだ。

 

 ――その一撃が、()()()()()()()()()()()

 

「オオォ――――ラァッッッ!!!」

 

 天龍の左腕が、()()()()。余りにも速過ぎる腕の動きに、眼では捉えられなかったのだ。

 天龍の腕は振り抜かれており、海面は刀を叩きつけられたせいで、彼女を中心に()()()()()()()()()()()()()

 

「……? …………?? ………………???」

 

 ヘ級は言葉もなく2つに割れた体のまま海底へと沈んでいく。恐らくだが、ヘ級は自分の体がどのようなことになっていたか気付きもしなかっただろう。それほどまでに、天龍の一撃は鋭かった。

 

「うっし、これで片付いたな」

 

 返り血すら浴びていない天龍は刀を肩に担ぎ、まるで何事も無かったかのように吹雪達へと合流した。

 

「……」

「……ん? どうした、お前ら?」

「……」

「……おい、何かあったのか?」

 

 皆天龍の声に反応を示さず、ぽかんと呆けた様に口を開いたまま天龍を見つめている。無理もあるまい。あんな風に1人だけ出演しているゲームが違うかのような戦闘シーンを見せられたのだ。皆が固まるのも仕方がない。(※このゲームは『艦これ』です)

 

「いや……いやいやいやいやいやいや」

「天龍、凄いっぽい……」

 

 辛うじて口を開いたのは叢雲と夕立だ。それでも2人とも上手く言葉を発することが出来ていない。天龍としては少々困ってしまう。

 

「あー……ほら、さっさと攻略を再開しようぜ? こうしてぼーっと突っ立っとくっわけにもいかねえし」

「……そうね。確かにその通りだわ」

 

 叢雲は頭痛を抑えるかのようにこめかみに指を当てながら天龍の提案に肯定を示す。他の皆も声には出さないが賛成のようで、静かに隊列を組んで移動を開始する。

 

「……ねえ天龍。提督って天龍よりも強いんだよね……?」

「ん? おう、今の俺より提督の方が強えーぜ」

「そっか……そっかぁ……」

 

 時雨の問いと天龍の答えにより、何とも微妙な空気が一行を支配する。

 その様を見ていた横島も天龍の強さに「おお……!!」と感心していたのだが、横島の周囲にいる艦娘達の彼を見る目が変化していた。

 純粋に尊敬する者、困惑を映す者、ドン引きして「もうアンタが深海棲艦と戦いなさいよ……」と呟く者、「艦息(かんむす)に改造しちゃいましょうか」と眼をキラキラと輝かせる者と、実に様々だ。

 

 羅針盤も空気を読んだのか、示した針路は“C”と“D”。戦闘はなく、資材を回収出来るマスだ。

 

「何だよ、つまんねーの」

『まあそう言うなって。次はボスの所だからな。気を引き締めていけよ?』

「了解了ー解。ま、大船に乗った気でいてくれよ」

 

 戦闘が無いことに不満げな天龍だが、横島の言葉にいくらか機嫌を回復させる。その誰かを彷彿させる姿に、横島は苦笑を浮かべる。

 

「むー……」

 

 そんな2人の様子に頬を膨らませるのは吹雪だ。()()()()以来、吹雪は天龍と横島を2人きりにさせないようにしている。もし2人きりになってしまったら、その時はもうとても青少年にはお見せできないような事態に発展するだろう。もちろん性的な意味で。

 吹雪は内から湧き上がる何らかの感情のままにそれを阻止しているのだ。これには叢雲を初めとした駆逐艦娘達も協力を約束してくれており、あれから今まで横島と天龍が2人きりになったことは1度も無い。

 2人とも残念そうにしていたが、横島は美神に言われたことが後を引いているのか肯定的であり、天龍も天龍で「しょうがないか」と諦め気味だ。……チャンスがあれば狙っていくだろうが。

 

「司令官、次の陣形はどうします?」

『んー……次はボスだし、複縦陣でいこうか。何だかんだ一番バランスがいい陣形だろうしな』

「はいはい、了解よ。……ちゃんと指揮しなさいよ?」

『分かってるって』

 

 艦隊は陣形を整えながら移動を開始。目指すはボスが居る“F”のマスだ。

 しばらく進むと、天龍が報告を上げてくる。――敵艦発見だ。

 

「空母ヲ級、軽母ヌ級、重巡リ級、軽巡ヘ級、駆逐ハ級、駆逐ハ級……。数はこっちと同じだな」

『……初めて聞くのが3体いるな。気を付けろよ』

 

 横島は天龍の報告を聞き、眼を細める。空母、軽母、重巡。今まで出会ったことがない敵たちだ。一体どのような攻撃を仕掛けてくるのか……。

 横島は大淀に視線を送る。大淀は頷くと、空母……航空戦力について簡単な解説をしてくれた。

 

『制空状態、触接判定、対空砲火、開幕航空攻撃……ややこしくて今すぐどうこうするのは無理だな。みんな、無理はしないでくれよ……』

 

 珍しくシリアスな声音で心配を口にする。端末から見える映像は、もう少しで戦闘に入るという場面だ。ここまで来れば、敵艦隊の姿も見えてくる。

 

『……おいおい、マジか。今までの深海棲艦とはまるで別物じゃねーかよ』

 

 ()()()()()()その姿に、横島は思わず声を出していた。完全な人型。それが横島が見た空母ヲ級に対する印象だ。頭の帽子(?)こそ今までの敵艦同様の不気味な見た目だが、ヲ級そのものは横島の煩悩センサーが反応するほどに美しい容姿をしている。……実は重巡リ級にも少々反応している。

 

『あれが空母ヲ級……!! かなり強そうな上に美少女じゃねーか!! 意外だった……!!』

 

 美少女という言葉に引っかかりはするものの、横島の深刻そうな声に天龍を始め、現場の艦娘達は気丈に振舞う。

 

「心配はいらねーよ!! どーせ俺達が勝つに決まってんだ!!」

「提督、海域を開放したら何かご褒美が欲しいっぽい!!」

「あ、ボクも何か頼もうかな……」

 

 皆の頼もしい言葉に横島は笑みを零す。そうだ、彼女達ならば何も心配はいらない。必ず勝ってくれるだろう。

 

『うむ!! 何ぼ美少女でも深海棲艦は深海棲艦!! 明るく生気に満ち溢れる艦娘の皆の魅力には敵うまい!!』

「アンタは何の勝ち負けを解説してんのよ!!」

「絶対那珂ちゃんの方が可愛いもん!! 提督はもっと那珂ちゃんをチヤホヤするべきだよ!!」

「アンタも変なとこで対抗意識を持つんじゃないわよ!!」

 

 結局どんな時でも横島は横島ということなのだろうか。先ほどまでのシリアス(?)な雰囲気が台無しである。

 

『ああ、でもしかし……!!』

「……司令官?」

『あのどこか遠くを見ているような眼差し、守ってあげたいと思わせる白く透明な肌、抱き締めたら折れてしまいそうな華奢な身体……!! そしてそれらが渾然一体となって醸し出される、どこか消えてしまいそうな、それでいて傍にいてあげたくなるような儚げな雰囲気……!! 深海棲艦じゃなければ……!! 深海棲艦じゃなければああぁぁぁ……!!』

「……あの、司令官?」

「ちょっとアンタ!! あの空母ヲ級に対してそういう感想を口にするくせに、何で私ら駆逐艦娘は対象外になってんのよ!! そこまで見た目年齢変わらないでしょーが!!」

『その“少し”が問題なんだよ!!』

 

 そうして始まる口喧嘩。ギャイギャイと騒がしく繰り広げられるそれは、戦闘中とはとても思えないほどにまで隙だらけである。

 現在艦隊は誰もが敵を警戒せずに横島に対して文句を言っている。横島の周りの皆もそうだ。艦娘として、先ほどの言葉はちょっと見過ごせないらしい。

 

 そうして騒いで5分間。皆が荒い息を整えている時に、初雪がぼそっと呟いた。

 

「……敵艦隊は?」

 

 

 

 

 ――――あ゛!?

 

 皆が発したその一文字は、見事なまでに綺麗に重なったという。

 

『わ、忘れてたーーーーーー!!?』

「何でそんな大事なことを忘れてるのよアンタはーーー!!」

「霞が言えることじゃないとボクは思うんだ!!」

「皐月は黙ってなさい!! それで、みんなは大丈夫なの!?」

 

 慌てて皆が端末を覗き込んで見れば、そこには意外な光景……攻撃してくる意思を見せないヲ級と、それに戸惑う他の深海棲艦の姿が見える。

 

『……何だ?』

 

 横島が疑問を口に出すと、ヲ級の体がピクリと反応した。横島の声が聞こえているのだろうか?

 

『……もしかして、俺の声があのヲ級に聞こえてたりするのか?』

「いえ、それは有りえませんよ。これは艦娘としか通信は出来ないはずですし、そもそもこちらの通信が筒抜けなら、敵艦隊が提督の指揮にカウンターを取るはずです」

「だよなあ……」

 

 横島は大淀の言葉を肯定する。肯定はするが……到底納得は出来ない。

 

『……ヲ級は可愛いなー』

「ヲ――ッ!?」

『……ヲ級とイチャつきたいなー』

「ヲ、ヲヲ、ヲ……!?」

 

 横島が小さな声で呟く度にヲ級は反応し、顔を赤くしてオロオロとうろたえる。その反応から分かることは1つだ。

 

『やっぱり向こうに丸聞こえじゃねーか!!』

「本当ですね……」

 

 これには大淀も肯定せざるを得ない。

 しかし何故あのヲ級に通信が聞こえているのだろうか。他の深海棲艦の様子から、横島の通信が聞こえているのはヲ級だけだと推測出来る。

 あのヲ級が特別なのか、それとも人型の深海棲艦には端末からの通信を傍受することが出来るのか……。

 

 ――横島の勘は、()()であると告げている。

 

「……ヲッ、ヲ、ヲヲッ」

「……手旗信号?」

 

 何を思ったのか、ヲ級は他の艦の背中を押して距離を取り、どこからか取り出した小さな旗で艦娘達に手旗信号を送り出す。

 日本で手旗信号が考案されたのは海軍であり、カタカナの裏文字を両手を用いて書いて見せ、ほぼ誤りなく読み取ることが出来たことから正式に採用された。これが“海軍手旗信号法”になったと言われており、その後海軍で覚えた信号法を商船でも使用されるようになり、海軍と統一した“日本船舶手旗信号法”として定められた。

 空母ヲ級が見せているのはこれだ。

 

「あー、何々?」

「ソ、チ、ラ、ノ」

「テ、イ、ト、ク、ノ」

「カ、オ、ヲ」

「ミ、セ、テ、ホ、シ、イ……?」

 

 ソチラノテイトクノカオヲミセテホシイ。そちらの提督の顔を見せてほしい。

 空母ヲ級は真っ赤に染まった顔でそう主張している。それが意味するところはつまり……。

 

「おい、どうするよ? アイツめっちゃ期待してるぞ……?」

「そうね。モジモジしつつ指を絡めながら上目使いでこっちを見ているものね……」

「ゲームシステム的に深海棲艦が鎮守府に攻撃を仕掛けてくることはないから、別に問題は無いといえば無いけど……」

 

 天龍達は円陣を組んで話し合う。時々ちらっとヲ級の方を見てみれば、期待に潤んだ視線をこちらに向けてくる。どうにも断り辛い。

 

「……司令官、どうしましょう?」

『んー……時雨が言う通り問題が無いのなら、見せちゃってもいいんじゃないか?』

「じゃあ何かあった時は時雨の責任っぽい?」

「それは理不尽過ぎると思うよ!?」

 

 吹雪は判断を横島に委ね、対する横島は消極的ながらも見せてもいいと考えている。他の皆も何だかもう見せちゃってもいいかと考え始めており、何かあった時には全責任を時雨に押し付ける考えだ。

 

「みんなには失望したよ!!」

 

 横島は大淀の指示に従い端末を操作して吹雪達のいる海上に自らが映った画面を出現させる。

 横島からは判断できないが、吹雪達の頭上に3メートル程のウインドウが開いており、そこに横島の顔が投影されている。ちなみにこのウインドウは艦娘にしか見えないようになっているのだが、やはりヲ級には見えているらしい。ウインドウが出現した際に、驚いたのか体を跳ねさせていたことが確認出来た。

 

『これで向こうにも見えてんのか? ……おーいヲ級、見えるかー?』

「――ヲ、ヲヲゥ……!!」

 

 横島は半信半疑ながらも微笑み、ヲ級に向けて手を振ってみる。すると、ヲ級はそれに反応して声を発し、また顔を赤くする。何やら体がプルプルと震えているようで、やがてヲ級は顔を両手で覆った。

 

『ヲ級? どうした、大丈夫か?』

 

 顔を隠した自分に対して掛けられる、優しい声。

 ――心配してくれているのだ。敵である自分を。敵である彼が。

 それを理解したヲ級は胸が熱くなるのを感じ、その熱の……熱から来る感情のままに動き出す。

 ヲ級は体を翻し、「ヲーーーーーーッ!!!」と叫びながら全速力で後ろに向かって駆け出したのだ。

 ……敵前逃亡である。

 

「――ッ!?」

 

 これには今までヲ級の様子を見守っていた他の深海棲艦も大慌て。吹雪達艦娘に頭を下げ、走り去ったヲ級を必死に追いかけだしたのだ。

 

「……どういうことだよ」

 

 天龍の呟きに答える者は……答えられる者は誰もいない。

 ただ、分かっていることもある。あの空母ヲ級は――――横島忠夫という少年に、一目惚れしたということだ。

 

『……え、マジで?』

 

 横島の呆然とした呟きが、執務室に響いた。

 ちなみにだが、今回の一連のやり取りは戦闘扱いになっていたらしく、何故か戦術的敗北の判定が下されていた。

 ……誰にもダメージを食らわせていないからだろうか……?

 

 

 

 

 

 

第十五話

『青い血潮で赤く染まる』

~了~

 

 

 

 

 

 

 

 

不知火「ぬい……」

陽炎「どうしたの?」

不知火「いえ、あの空母ヲ級だけど……」

陽炎「ああ、ビックリしたよねー。まさかあんな展開になるとは……」

不知火「本当に。深海棲艦の血は青いのに、何故ヲ級の顔は赤くなったのか……」

陽炎「気にするところはそこなの!?」

 




お疲れ様でした。

サブタイはヲ級のことを表していましたー。

ちなみにですが大淀・明石・間宮の出番が少ないのは戦闘回だからです。
戦闘がない回では色々と出番が出てくると思います。
戦闘中に指揮そっちのけで大淀達に飛び掛ったりするのはしない方向でどうかひとつ。

それではまた次回。


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俺が守ってやるよ

今回も艦娘がちょっと増えます。
人気も高いあの姉妹が揃いました。

……本格的に絡むのはまた後日ですがね!!


 

 さて、敵である深海棲艦である空母ヲ級が横島に一目惚れするという事件からゲーム時間で1日が経過した。結局あの後鎮守府に帰港し、そのまま再出撃はせずに他の任務を進めることとなった。

 すぐさま再出撃しなかったのは「あんなことがあった後だから気まずい」という理由からである。とりあえず1日置けばお互いに落ち着いているだろう……という考えもある。

 

 進められた任務は主に開発と建造に遠征、そして編成と出撃だ。

 再出撃はしなかったと前述したが、それは『南西諸島防衛線』の話。他の海域は再攻略出来るのだ。それによって得られたドロップ艦に建造艦、そして任務報酬艦は以下の通り。

 

 まず駆逐艦の“暁”と“雷”。この2人は電と響の姉妹艦らしく、『第六駆逐隊』という部隊に所属している。正式名称は『第一艦隊第一水雷戦隊第六駆逐隊』という。

 横島は大淀にそれを聞かされ、「第一……え?」と返すことしか出来なかった。「何で“隊”が3個もついてんの?」とは横島の弁である。

 続いて“睦月”に“望月”。この2人は睦月型の一番艦と十一番艦であり、何故か白露が嬉しそうにしていた。

 睦月は吹雪と、望月は初雪と特に仲が良く、これからそれぞれセットで行動することが多くなるだろうことが予想される。

 睦月と皐月、そして望月は旧型艦で性能が低いらしく、戦闘力こそ乏しいがその分燃費が良く、遠征任務に適している……と、大淀が本人達の前で教えてくれた。

 大淀としては戦闘班と遠征班の線引きを明確にしておきたかったのだろうが、横島鎮守府には天龍という例外が存在している。天龍も睦月型と同じく旧型艦なのだが、彼女は圧倒的な戦闘力を持ち、そのデタラメっぷりは新人以外は誰もが知るところである。

 結果、本人達の意思を尊重しようというとても無難な対応となった。

 

 さて、次は軽巡洋艦だ。1人は“球磨”。球磨型の一番艦であり、頭の触角のような毛と語尾の『クマ』が特徴の女の子。横島の煩悩が反応しそうで反応しない、微妙な外見年齢の持ち主である。

 普段はクマクマ言ってあどけなさ全開の笑顔を浮かべる彼女だが、これまた意外にも戦闘面では優秀だった。ドヤ顔でふんぞり返りつつ「意外に優秀な球磨ちゃんってよく言われるクマ」と語る姿は素直に可愛らしい。横島は思わず頭を撫でてしまった。

 

 そしてもう1人の軽巡洋艦。彼女の名は“龍田”。天龍型の二番艦だ。

 天龍とは対照的に女性らしい口調と仕草に加え、妙に甘い声をしている。そして天龍と同様に抜群のプロポーションの持ち主でもある。

 天龍と龍田の2人はそのスタイルの良さから背が高く見られがちだが意外と小柄であり、横島にトランジスタグラマーの良さを教えた艦だ。

 

 新たな艦娘を迎え、横島鎮守府は心を新たに『南西諸島防衛線』に挑む。

 

「――というわけで、『南西諸島防衛線』に出撃したい人は手を挙げてー」

「はいはいはーいっ!!」

「俺を戦わせろおっ!!」

「ぽいぽーい!!」

「天龍ちゃんが行くなら、私も行こうかなぁ?」

 

 横島の言葉に真っ先に手を上げるのは叢雲・天龍・夕立・龍田の4人。他の者はその4人の勢いに圧されてか手を上げず、萎縮してしまっている。

 何人かは頭を抱えているが、それは横島の行動に対してであり、彼女達4人に頭を痛めているわけではない。

 横島は手を上げた4人を見回して、困ったように頭を掻く。

 

「他の3人はともかく、龍田は止したほうがいいと思うけどな……」

「あら~、どうしてぇ?」

 

 横島の言葉に一見笑顔で朗らかに返しているように見える龍田だが、その眼はまるで笑っていない。一体何故か、ちゃんと理由を話さねば納得はしないだろう。

 

「だってほら、龍田はこっちに来たばっかりだから練度が低いし、それで出撃したら他の皆の負担が増えるからさ」

「う~ん、それを言われると辛いなぁ~」

 

 龍田は困ったように苦笑を浮かべる。横島の言っていることは正しい。自分はただでさえ旧型の艦で戦闘力も乏しく、おまけに練度も鎮守府最底辺。攻略海域は1面とはいえ最後の海域。これでは足手まといどころでは済まないだろう。

 元々天龍にくっついていたいという理由での立候補だ。彼女の足を引っ張るくらいならば、大人しく待機しておき、帰って来た時に甘えたり何だりした方が良いか。

 龍田はそう考え、仕方がないと立候補を取り消そうとする。――が。

 

「別にいいじゃねえか、龍田が出撃しても」

 

 唐突に、そんな言葉が躍り出た。発言者に眼をやれば、それはやはりと言うべきか天龍である。

 

「そりゃ確かに練度は低いかもしれねえけどさ、それ以上に龍田は強かったろ?」

 

 天龍の言葉もまた事実である。どれほど戦えるのかを確認するために天龍・深雪・球磨・暁・雷と出撃させたところ、龍田は敵艦相手に目覚ましい活躍を見せてくれた。暁と雷のフォローをしながら敵艦を牽制、更には相手を誘導し、見事に撃破してみせた。

 龍田は特別攻撃に優れているというわけでもないが、彼女の強みは吹雪と同じく空間認識能力の高さにこそある。

 こつこつと地道に経験を積んでから前線に出てほしいのだが……尚も天龍は言葉を重ねる。

 

「ほら、提督の指揮があれば何も心配するこたねーって。すっげー楽に戦えるしさ」

「いや、そう言ってくれるのは嬉しいが……」

「む……」

 

 思わず漏れてしまう不満。龍田は天龍が横島に全幅の信頼を置いているのがどうも気に食わない。

 確かに指揮をしている時の横島は頼りになる。だが、それ以外の時は話が別だ。

 自分を見るなり「生まれる前から愛してました」と愛を口にしたかと思えば、球磨が建造された時には「……俺はどうすればいい!! あの子は女子高生なのか、女子中学生なのか……!! 可愛い……が、彼女はロリの範疇なのか!? 違うのか!? ああ、キーやんにサっちゃん、俺を答えへと導きたまえ……!!」とか悶えだして叢雲に飛び蹴りを食らい、霞と曙と満潮に叱られ罵られ罵倒され……。

 ともかく、龍田は()()()()()()()()()()()()()()()()()、すこしだけ気に食わない。

 

 しかし――。

 

「それに――俺が守ってやるからさ。それでも駄目か?」

 

 この言葉で、龍田の機嫌は一気に回復した。

 

「天龍ちゃん……!!」

 

 今の龍田は戦意高揚状態……俗に言うキラキラ状態だ。龍田にはさぞ天龍が格好良く見えていることだろう。

 まるで恋する乙女のような表情で天龍を見つめる龍田はとても可愛い。横島の煩悩もかなり激しく反応するが……彼の思考は別にあった。

 

「……んー」

 

 口元に手をやり、何事か真剣に考慮を始める。その姿は今までに無いくらいに静かであり、それだけに真剣味が伴っている。

 普段からは想像もつかない精悍な顔に、大淀を始め多くの艦娘の見る目が変わる。

 そのギャップに不覚にも胸をときめかせたのは磯波に不知火、それから響。特に磯波の視線が熱っぽく見える。不良が雨の日に捨てられた子犬を助けるといい奴に見える……という法則は艦娘にも有効のようだ。

 

「……分かった。龍田は天龍に任せる」

「そうこなくっちゃな!!」

「あらぁ……天龍ちゃんのお陰だね~」

 

 熟考の末、横島は龍田の出撃を許可する。天龍はパチンと指を鳴らして喜びを表し、龍田も両手を合わせて素直に喜ぶ。

 ――2人とも、横島の眼が細められていることに気付いていない。

 

「ふう……んじゃ、残りのメンバーは俺が決めてもいいか?」

「おう、いいぜ!」

「よろしくお願いしまーす」

 

 にこにこと上機嫌の2人に気付かれないように、横島は溜め息を吐く。()()()()()()()を出撃させるならば、残りの4人は()()()()だ。

 

「……吹雪、叢雲、白雪、電」

「……っ!」

「今名前を呼んだ4人は、天龍達と一緒に『南西諸島防衛線』の攻略に参加してくれ」

 

 横島に指名された4人が息を呑む。何故自分達が、という考えが過ぎったが、それも一瞬だ。

 

「――頼んだぞ」

「――はいっ!」

 

 横島の言葉に敬礼で返す。自分達に求められたこと。それを漠然とだが理解出来た。きっと――()()()と、状況は似ているだろう。

 

「んじゃ、ちゃっちゃと行こうぜー! 提督、俺が海域を開放してくっからなー!」

「天龍ちゃん、私達もいるんだよー?」

 

 意気揚々と退室する天龍と龍田。それに遅れて吹雪達4人も横島に礼をしてから退室する。

 横島は6人を見送った後、大きく息を吐いて椅子にその身を沈めた。精神的にも、物理的にも今までより重くなっているように錯覚する。

 

「……良いのですか?」

「……」

 

 大淀の言葉に、横島はすぐには答えられない。他に方法があったのではないか、そう言われればそれを否定することは出来ない。しかし、横島には()()以外の方法が見つけられなかった。

 言葉では難しい。自分では上手く言い表すことが出来ないだろう。ならば大淀に頼ることも出来たのだが――横島は、今回の方法を選んだ。()()()()、その方がいいような気がしたから。

 

「……やっぱ、こういう役職には向いてねーんだな、俺は……(おんな)じことを繰り返すとは……」

 

 今にも倒れてしまいそうな雰囲気を纏い、横島は沈んだ声でそう言った。机に身を伏せるその姿は、どこか泣きそうな子供を連想させる。この横島にくらっと来たのは雷に時雨、そして意外にも霞。何か彼女の琴線に触れるものでもあったのだろうか?

 

「はあ……ん?」

 

 更に大きく息を吐く横島の髪を、大淀が撫でる。

 

「……私は、()()()()が提督に向いていないとは思いませんよ」

 

 大淀に名前を呼ばれ、横島はしばし呼吸を忘れる。横島が机に伏せたまま大淀を見上げてみれば、彼女は横島に微笑みかけていた。

 

「今回の出撃に関してですが、私は横島さんの判断を支持します。彼女達には言って聞かせるよりも、その身で体験させたほうが良いタイプですからね」

「……」

 

 どうやら、大淀は横島の葛藤を完全に理解してくれていたようだ。思わず眼を見開かせる横島だが、それを見た大淀はより笑みを深くする。どこか気恥ずかしい。

 

「……天龍はともかく、龍田も?」

「ええ。ああ見えて龍田さんは天龍さん以上の激情家ですから」

「あー……」

 

 何とはなしに口に出た照れ隠しの言葉に、大淀はさらりと答えを返す。一応は本当に気になっていたことでもあるので答えを知れたのは良いのだが、それで会話が止まってしまうのが何とも気まずい。その気まずさを味わっているのが自分だけというのも横島には居心地が悪かった。

 

「大丈夫よ、司令官! 何だかよく分からないけれど、不安に思うことなんかないわ!! だって、私がいるじゃない!!」

「んおっ!?」

 

 ここで我慢が出来なくなったのか、雷が話しに割り込んできた。ドーンと身体ごとぶつかってきた雷を何とか受け止めることに成功した横島だが、危なく椅子から転げ落ちるところである。

 

「あまり乱暴な真似は駄目だよ、雷。こういう時の男性にはただ静かに寄り添えばいいのさ」

「いつの間に俺の膝の上に……!?」

 

 気がついた時には響が横島の膝の上に座っていた。この時不知火が人知れず「く……っ、この不知火が出遅れたっ」と呟いていたりするが、それは誰にも気付かれていない。

 

「駄目よ2人とも!! そんなに男の人にくっついて、そんなのレディのすることじゃないわ!!」

「おや、暁。レディならば、悩み苦しんでいる男性を癒すべきだと思うんだが」

「つまり雷の役目ね!! 任せなさい!! ――だから早く司令官の膝の上からどきなさい!!」

「ここは譲れません」

 

 横島と大淀が放つ雰囲気が消え去り、一気に賑やかになった。周りの皆も急に変化した雰囲気に対応出来ず、少々呆けた顔を晒している。

 だが、その弛緩した空気が横島にはありがたかった。やはり、自分には深刻な空気よりもこういった空気の方が性に合っている。

 

「ま、この方がらしいっちゃらしいけど」

「……辛気臭い顔されるよりはマシかな」

「どっちにしろ提督はまだまだクソだけどね」

 

 霞と満潮、曙は弛緩した空気に呆れつつもそれを良しとした。先程までの空気は横島らしくない。彼が有能な時は、決まってこういった空気の時だ。

 横島と大淀が何を深刻に考えていたのかはまだ分からないが、きっと何とかなるのではないかと、そう思ってしまう。

 この3人も、そう考えるくらいには横島に信を置き始めたのかもしれない。

 

『――こちら天龍。出撃準備、整ったぜ』

 

 端末から響く声。自然と皆が口を噤み、通信の邪魔をしないようにする。

 

「おう、それじゃあ『南西諸島防衛線』の攻略開始だな。――くれぐれも、油断すんなよ?」

『へっ! 分ーかってるって!! そんじゃ、行くぜお前ら!! 抜錨だ!!』

 

 勇ましい声を上げ、天龍率いる第一艦隊が出撃する。目指すは南西諸島。倒すべきは深海棲艦。

 しかし、彼女達が戦うのは深海棲艦だけではない。彼女達の敵、本当に恐ろしいのは――自分の内に潜む、慢心だ。

 

 

 

 

 

 

 

第十六話

『俺が守ってやるよ』

~了~

 

 

 

 

 

 

 

那珂「ねえ、私の台詞は?」

那珂「那珂ちゃんの出番は?」

那珂「那珂ちゃんはアイドルなのにぃ……」

那珂「うわーーーーーーん!!」




磯波はチョロそう。(挨拶)

さて、龍田さんが登場しましたが、煩悩日和の龍田さんはちょっとイメージが違うかもしれませんね。

姉妹の力関係は天龍ちゃんの方が上であり、基本的に龍田さんは天龍ちゃんに甘えたがります。

……何か私の中ではそんなイメージなんです。

それではまた次回。


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魂の輝き

今回、煩悩日和としてはどえらい長くなってしまいました。
そして煩悩日和なのにわりと重い話になってしまいました。


おかしい……こんなはずでは……。

ちなみに今回から艦これにGS美神要素が混ざってきます。
と言ってもあまり詳しく掘り下げはしませんが……。

それではまたあとがきで。


 

「はぁい、ボーキサイトゲット~」

 

 何故か海面にプカプカと浮かんでいるボーキサイトを拾い、龍田が喜びの声を上げる。

 南西諸島防衛線の攻略が始まり、第一艦隊の皆は早くもボスマス直前にまで到達していた。今回の航路もA、C、Dという安全なルートであり、戦闘は最初と最後のボスとの二回だけ。あとは鋼材とボーキサイトを手に入れられるという、安全かつ楽なルートだ。

 最初の戦闘も完全勝利で終わったし、燃料も弾薬もまだまだ余裕はある。ただ、それだけに天龍には少々の不満があった。

 

「まーた戦闘は無しかよ。運が良いってのも考え物だよなー」

 

 天龍は戦うことが大好きな艦娘だ。だからこそ前回や今回のように戦闘が少ないルートを進むことに不満が募る。このような安全なルートを進むほうがいいということは自分でも分かっているつもりだが、それでもついつい愚痴を零してしまう。

 

『そう言うなって、天龍。みんなが怪我なく済んでるんだからいーじゃねーか』

「あー、そりゃ分かってるんだけどな……」

 

 横島の言葉に天龍は頭を掻く。どうにも戦いに飢えているようだ。

 天龍が横島の鎮守府に来てからというもの、彼女が満足するような戦闘は一つも無かった。唯一あったとすればそれは横島との一件だろうが、自分達の提督と戦うなど有ってはならないことであるし、そもそもそんなことを他の艦娘が許すはずもない。特に吹雪が。

 先日の1―3“製油所地帯沿岸”での戦闘も不満だらけだった。ボスとの戦い。相手は()()。それを考えると天龍は心が躍ったものだがしかし、現実は理想のようにはいかなかった。

 

 初めての戦艦との戦い。横島は“戦艦ル級”の姿を確認する前に、大淀に戦艦の情報を聞くことにした。ちらりと視線を大淀に向けると、彼女は艦これにおける戦艦の特徴を説明し始める。

 

『戦艦の特徴ですが、やはり圧倒的な火力と防御力がまず挙げられますね。昼間戦闘では戦場に一隻でも存在すれば夜戦に入るまでの時間が倍になりますし、夜戦での連続――』

「……あ、一発でル級の頭が吹き飛んだ」

『ぅええええ゛っ!!?』

 

 まさか説明の最中に戦艦が一発で沈むとは思わなかった。そのお陰で横島は戦艦ル級がどのような姿をしていたのか確認出来ていない。その後大淀から戦艦についての説明を受けはしたが、結局姿は分からないままである。

 話を戻すが、あの時は皆たまたま攻撃が良い所に当たったのだと思っていた。しかし、今考えればあの時から天龍は異常な攻撃力を発揮していたのだろう。()()()()()()()()()()()()()()

 

『……それにしても、天龍ちゃんって攻撃する時にピカピカ光って羨ましいなー。那珂ちゃんもああいう風に光って目立ちたい』

『……はぁ?』

 

 羨ましそうに天龍を見つめながらの那珂の言葉に、曙が疑問の声を上げる。ちなみにだが今回から端末が縦横二メートルの大きな液晶に繋がれ、横島の端末を覗き込まなくても戦闘の様子を見ることが出来るようになっている。この工作は明石がほんの数分でやってくれました。

 

『黒と赤がいかにも天龍っぽくていいよね』

『夕立も光りたいっぽい』

『は……え……?』

 

 時雨と夕立の言葉に、満潮が困惑する。周りを見れば、自分と同じように困惑する者と、那珂や時雨達のように天龍が何らかの光を放っていると認識している者とで分かれている。

 

『天龍さんが光ってるって……何の話をしてるのかしら? 響と暁は何のことか分かる?』

『おや……雷には天龍の光が見えていないのかい?』

『え、あんなに光ってるのに?』

 

 暁達第六駆逐隊でも意見は割れている。皆の話を聞く限り、どうやら天龍の光が見えているのは暁・響・霞・睦月・皐月・時雨・夕立・初春・那珂の九人。戦闘に出ているメンバーでも吹雪と叢雲、そして天龍本人には見えており、他の艦娘には何も見えていないようだ。

 

『……一体、どういうことなのでしょうか……?』

 

 横島鎮守府に起こった謎の現象を前に、大淀も不安を抱かざるを得ない。もしや、何かまたバグや不具合でも発生してしまったのだろうか。こういったことは初めてであり、皆が恐怖を胸に抱く。

 

 しかし、その答えはあっさりと齎された。

 

『ありゃ霊力の光だな。見える子と見えない子がいるのは、単純にそういうのが見えるかどうかってだけだよ』

 

 何でもない事のように、横島が告げる。その余りにもあっさりとした言い方に皆が一時沈黙するが、いち早く正気を取り戻した大淀が皆を代表して横島に問う。

 

『……えっと、霊力……ですか?』

『ああ、霊力』

『霊力というのは一体……?』

『ん? あー、そうか。えっとだな、霊力ってのは――』

 

 横島は大淀や皆の様子から、自分が当たり前だと思っている霊力が一般的には全然当たり前の存在ではない事を思い出した。

 そうして始まる横島提督の霊力講座。と言っても霊能力者としての知識が足りない横島に詳しい説明が出来るわけでもなく、結局は霊力とは魂の力であり、それが見えるということは霊能力者としての素質があるということだけが分かった。

 

『それじゃあ、夕立達も天龍みたいにピカピカ光れるっぽい?』

『あー、訓練すれば出来るだろうけど……まあ、人それぞれだな』

 

 ――――それにしても、天龍のは霊力っつーよりも……。この間のヲ級といい、艦娘と深海棲艦の関係性は大体分かってきたな……。依頼内容の“何で魂が”ってのは全然分かんねーけど。

 

 天龍の放つ力の波動を思い起こしながら、横島は思考を巡らせる。先日のヲ級の生体発光(オーラ)、そして天龍の霊波の光によって大凡ではあるが艦娘と深海棲艦の関係を把握。

 それは、()()()()()()()()()()()()()()()()。横島は、この関係性を持った存在達を知っている。

 

『ま、それはともかく――――来たか』

 

 真剣味を帯びた横島の言葉に促され、皆はモニターに視線を寄せる。海を駆ける天龍達の前に現れた、六つの人影。ついに、ボスとの戦いだ。

 

「敵艦見ゆ!! 空母ヲ級が2、重巡リ級が2、軽巡ヘ級、駆逐ニ級だ!!」

『ヲ級とリ級が2体ずつ……!!』

 

 天龍の報告に大淀が驚きを表す。以前大淀から教えられた情報の通りならば、彼女達は大変な脅威である。

 

『あの時の子とは違うか……!! 全員!! 上から来るぞ、気を付けろぉっ!!』

 

 横島の声に、艦隊の皆は上空を見上げる。視線の先に存在したのは黒い飛翔体。

 ――空母ヲ級が放った、航空部隊だ。

 

『対空迎撃!!』

「了解!!」

 

 白雪と電、そして天龍が12.7mm機銃で敵航空部隊に弾幕を浴びせる。……だが、それによって落とせた数は少なく、大半は弾幕を回避し、攻撃をしかけてくる。

 

「ちっ! 全員、避けろぉ!!」

 

 敵艦による開幕爆撃が始まる。

 天龍は爆撃の中、霊力によって高まった瞬発力を活かして回避していく。今の天龍にはその程度のことは造作もない。射撃の腕が悪いせいで数を削ることは出来なかったが、それでも相手の攻撃をかわすことは容易い。この爆撃が止んで、こちらの攻撃が可能になればすぐにでも敵を倒せるだろう。

 

 ――――天龍はそれが当然であるかのように考えていた。

 

 天龍の考えには正しいところもある。確かに彼女の攻撃力があれば、当たれば敵艦を軽く沈めることは出来るだろう。彼女のスピードがあれば、避け続けることも不可能ではない。

 ……だが、それが出来るのは()()()()()

 

「く……っ、うぅ……!!」

「……っ!? おい、龍田!! そっちは――!?」

 

 龍田から苦悶の声が漏れる。それを()()()聞くことが出来た天龍がそちらに目をやれば、爆撃から必死に逃げている龍田の姿が目に入った。

 そして、天龍には見えている。龍田の直上に、敵の艦載機が迫っているのを――――!!

 

「龍田ぁっ!!!」

 

 何故逃げない? 何故そこにいる? 見えないのか? 気付いていないのか?

 様々な疑問が一瞬の内に脳裏を過ぎり、新たに疑問が生まれていく。

 龍田は練度が低い。龍田は天龍のようにデタラメな力を持っていない。龍田は戦闘経験に乏しい。龍田は、弱い。

 それは分かっていたことだ。理解していたことだ。提督である横島も言っていた。足手まといになると言っていたのだ。

 

 だというのに、()()()()()()()()()()()()()()()――――?

 

「……っ!!!」

 

 天龍は全力で駆ける。あの時自分は何と言った? 自分は、龍田を、守ると言った。

 敵艦載機が爆弾を投下する。そこでようやく龍田は直上の敵に気付いた。自らに落ちてくる爆弾を目に収める龍田の表情は、驚愕と恐怖によって歪められていた。

 それを見た天龍の中で、何かが弾けるような音がした。

 

「――――龍田あああぁぁっ!!!」

 

 爆発、爆光、爆音、衝撃、そして痛みが龍田を襲う。海上をその身体が滑っていき、何とか体勢を立て直そうとする。しかし、それは出来なかった。身体に、何か重いものが圧し掛かっている。

 

「一体何が……」

 

 爆発の光に焼かれた視界が回復し、自らに圧し掛かっている物の全容を視認する。瞬間、龍田に心臓が凍ってしまいそうになるほどの寒気が走った。

 彼女に圧し掛かっていた――覆いかぶさっていたのは、天龍だったのだ。

 

「て、天龍ちゃん!? 天龍ちゃんっ!!」

 

 必死の形相で天龍の身体を揺する龍田。艤装が損壊し、衣服が破れている天龍の状態はとても無事であるとは言いがたい。もしかしたら、彼女は既に撃破されており、このまま海のそこへと沈んでいってしまうのかも知れない。

 そんな最悪の想像が龍田の脳裏を過ぎり、天龍を揺する力がどんどんと強くなっていく。

 

()って!! いたっ! いだだだだだだだだっ!!?」

「っ!? 天龍ちゃん!!」

 

 龍田の力が強過ぎたのか、天龍が涙目になりながら龍田の手を払いのける。龍田が掴み、揺すっていたのは怪我をしていた部分。天龍が痛がるのも無理はなかった。

 

「無事だったの、天龍ちゃん!?」

「この姿が無事に見えるのか、お前には……中破、だな」

 

 一瞬、限界以上の力を出せた天龍は龍田を抱きかかえ、何とか爆撃から守ることが出来た。だがその代わりに爆撃を天龍が受け、艤装が半壊し中破状態となってしまった。特に酷いのは足だ。これでは自慢の瞬発力も活かせない。

 深海棲艦……恐らく重巡と駆逐であると思われる2隻が、天龍達を狙って行動を開始した。今の2人は格好の獲物。手負い、弱者から落とすのは常套の手法だ。砲撃が天龍達を襲う。

 

「天龍ちゃんっ!!」

「なっ!? おい、龍田!!?」

 

 龍田は天龍に肩を貸し、回避行動をしながらも攻撃から天龍を庇う。直撃は未だ無いが、それでも至近弾による衝撃が2人を襲い、徐々にその身に傷を増やしていく。

 

「龍田!! 俺は置いてお前は――」

「駄目!! 天龍ちゃんを置いてなんていけない!!」

 

 龍田は天龍を守りながら、必死に吹雪達の姿を探す。今の自分達だけではもう相手の攻撃を避けることすら難しい。せめて、天龍だけでも仲間の下へと届けたい。

 こうなったのは自分のせいだ。弱い自分がこうして出てきたから、天龍をこんな目に遭わせてしまったしまったのだ。

 だから、守る。先程自分は守られたのだ。今度は自分が守らねばならない。既にこの身は大破状態なれど、せめてそのくらいはしなければならない。天龍を守らねば――――。

 

「キャアアァっ!!?」

 

 立て続けに2人の前後に砲撃が着弾する。その衝撃に龍田はついにバランスを崩し、天龍を巻き込んで転倒してしまう。そして、敵はそんな隙を見逃さない。重巡リ級は嫌らしく口元を歪め、主砲の照準がピタリと2人に合わせられる。

 轟音が響き、猛烈な速度で砲弾が迫る。――避けられない。天龍と龍田は瞬時にそれを悟った。

 

「天龍ちゃん、提督、ごめんね……私が提督の言うことを聞いていれば……」

 

 それは、龍田の呟き。

 

(わり)い。龍田、提督……。俺が馬鹿だった」

 

 それは、天龍の呟き。

 共に死を前にした2人の呟きは同時に零れ、しかし誰の耳に入ることなく消えていく。迫る砲弾は風切り音を鳴らしながら目前へと迫ってきていた。

 これが油断と慢心の結果である。重巡リ級の砲撃は2人に直撃し、その身を砕き、海の底へと沈めてしまうだろう。天龍も龍田も、死を目前に加速する意識の中、それを疑わなかった。

 

 

 ――――しかし、そうは問屋が卸さない。

 

 

「――っ!?」

 

 2人の前に割って入る、1つの影。それは小さな身体に不釣合いな厳つい艤装を身に纏う少女。

 足を肩幅よりもやや広めに開き、膝を軽く曲げて重心を低く。両手で持った錨の握り手の部分を、顔の前に出した位置に。

 タイミングを合わせ、足を踏み出し、腰を入れて錨を全力で振りぬき、砲弾を真芯で捉える!!

 

 

 

 

「イナズマ!!!」(1カメ・正面から電を映している)

 

 

 

 

「イナズマ!!!」(2カメ・側面から電を映している。スカートが大きく翻っているのが良く分かる)

 

 

 

 

「イナズマ!!!」(3カメ・背後から電を映している。スカートが翻っていることにより、彼女の白いパンツが画面に映ってしまった)

 

 

 

 

 

「ホオオォームランッ!!! ――――なのです!!!」

 

 “カッキイイイィィーーーーーーン!!”というとても心地よい快音を響かせ、重巡リ級が撃った砲弾は電に打ち返され、打球は何と駆逐ニ級へと突き刺さり、撃沈させる。見事なライナーに重巡リ級も心を奪われたのか、大口を開けて完璧に動きを止めている。

 

「――何を呆けているのかしら……?」

「――っ!!?」

 

 背後から耳元に囁かれる様に聞こえる涼やかな少女の声に、ようやくリ級は恐怖と共に正気を取り戻す。だが、それは余りにも遅過ぎた。

 顔面に砲撃。顔面に砲撃。顔面に砲撃。砲撃も6回を越えると、リ級は海の底へと沈んでいった。

 

「……」

 

 天龍も龍田も、一言も発することが出来ない。それも当然だろう。一体誰が砲弾を打ち返して敵艦を沈めると思うだろうか。しかもそれを為したのが、あの大人しい電であるなどと……一体誰が思うだろうか。

 

「大丈夫ですか、お2人とも……」

「えっ!? あ、白雪……?」

 

 気遣うような声が天龍達に掛けられる。それは白雪のもの。白雪は2人に手を貸し、ゆっくりと立ち上がらせる。そこに今度は吹雪も駆けつけてきた。

 

「みんな!! 天龍さん達の状態は!?」

「天龍さんは中破状態。龍田さんは……大破状態」

 

 吹雪の問いに答えたのは白雪。皆は2人を守るように展開しており、天龍達を気にしながらも意識は未だ敵艦達に向いている。――それは、天龍達には出来なかったことだ。

 

「まっっったく!! いい気になってるからそんなことになるのよ!! 慢心もいいところだわ!!」

「……」

 

 自分達を詰る叢雲の言葉に、天龍達は何も言い返せない。事実、その通りだからだ。

 

「そこまでだよ、叢雲ちゃん。今はこの状況を乗り切ることを考えないと」

「……分かってるわよ。それで、どうすんの?」

 

 吹雪の言葉に叢雲は不承不承に頷く。自分も同じ経験があるだけに、これ以上強く言うのも気まずいものがあるのだろう。

 

『みんな、聞こえるか?』

「司令官!!」

 

 敵艦を見据え、膠着状態に陥っていた吹雪達に、横島の通信が届く。

 

『天龍、龍田……良かった、何とか無事みたいだな……』

「……!!」

 

 横島の言葉が天龍と、そして龍田に突き刺さる。そうだ。横島は最初から自分達の身を案じていたのだ。それを自分達は踏みにじった。油断と慢心。それに溺れていた自分達を心の底から心配する横島の言葉が、今の自分達には痛い。

 

「提督……すまん。俺は、自惚れてた……!!」

 

 悔しさに、情けなさに、不甲斐なさに、自分への怒りと悲しみに満ちた声が天龍から溢れる。

 龍田を守ると言った。だが、実際にはどうだ? 守られたのは自分の方だ。自分の余りの醜態に天龍は涙が出そうになる。

 

『天龍……』

 

 打ちひしがれる天龍の姿に、横島は何も言えなくなる。2人の慢心を知りながら出撃の許可を出したのは自分だ。必要なことだと、そう思ったから。

 

『……天龍、龍田。動けそうか?』

「……速度を、出さねーなら」

「私も、何とか……」

 

 2人の答えを聞き、横島は数秒考えを巡らせる。横島の周囲の皆も何も口には出さず、固唾を呑んで見守っている。

 しかし、そんな時間がいつまでも続くはずはなく、ついに敵艦が動き始めた。

 

「司令官!! 敵が動き始めたわよ!!」

『……吹雪、叢雲、電!! 相手を牽制して時間を稼いでくれ!! 白雪は天龍と龍田と一緒に相手の攻撃範囲から一時離脱!!』

「了解!!」

 

 横島の指示を受け、皆が行動を開始する。残る敵艦は空母ヲ級が二隻、軽巡ヘ級が一隻。駆逐艦三隻でまともに相手をするには厳しい布陣だ。しかし、やるしかない。やってやれないことはない。むしろ、倒す。それくらいの気合が丁度良いだろう。

 

「ついてらっしゃい!! 吹雪!! 電!!」

「うん!!」

「はい、なのです!!」

 

 叢雲を戦闘に、3人が駆ける。

 

「天龍さん、少しだけ我慢してくださいね」

 

 白雪は天龍の負傷した足に布を巻きつけ、きつく固定する。随分と慣れた手つきに天龍は感心する。心なしか、痛みも引いてきた。

 

「悪いな、白雪。面倒かけちまって」

「いえ、気になさらないで下さい。私は戦闘が苦手ですので、せめてこれくらいは……」

 

 天龍は足を動かし、具合を確かめる。今までのような動きは出来そうもないが、それでも先程よりは随分とマシだ。

 

「……よし、これなら」

 

 天龍は刀を握りなおし、キッと吹雪達が戦っている場所に目を向ける。ヲ級からの攻撃をよくかわしているが、それでもどんどんと手傷を負っている。このままでは、危ないかもしれない。

 

 今も自分を情けなく思っている。不甲斐なく思っている。気を抜けば自己嫌悪で今にも倒れてしまいそうだ。それでも、今ここで戦いに赴かなければ、自分がここにいる価値は無い。

 悩むのは後だ。省みるのは後だ。沈むのは後だ。心を切り替えて、心を決めて、吹雪達を助けに行く。

 

「天龍ちゃん……」

 

 再び戦場へと戻る天龍を、龍田が心配そうに見送る。今の自分では役に立たない。身体もそうだが、何より()()()()()()()()()。こんな状態で助けに向かっても、敵艦の助けになってしまう。それはただの自殺である。しかも、味方を巻き込んだ。

 

「龍田さん……」

 

 白雪の脳裏に、かつての自分の姿が過ぎる。横島に良い所を見せようと無茶をして、結果自分と妹を危機に陥らせた。

 今回のこともあの時に似ている。自分が艦隊に選ばれた理由。自分がここにいる理由。白雪はそれが分かった様な気がした。

 

「……龍田さん。私も、今回のことと似たようなことをしてしまったことがあるんです」

「え……白雪ちゃんが?」

「はい。私は、司令官に良い所を見せようとして、それで無茶なことをして……」

 

 そうして語られたのはあの時のこと。それを聞いた龍田に、疑問が浮かぶ。

 

「怖く、なかったの? 失敗をして、姉妹艦に迷惑を掛けちゃって、それでもまた戦うなんて……」

「……怖かったですよ。怖かったですけど、戦わずにいて、叢雲ちゃんを失う方がもっと怖かったです」

「あ……」

「それに……」

 

 白雪は()()()()を思い出す。今思えばあの言葉は自分をリラックスさせる為に言ったのだろうが、それでも自分はその言葉を本気にしてしまった。しかもその言葉の通りにしたら上手くいったのだから不思議なものだ。

 

「……それに?」

 

 龍田は急に言葉を切った白雪に戸惑い、小首を傾げている。こういった仕草が似合う龍田が、白雪は羨ましい。

 

「それに……司令官に、魔法の言葉を教えてもらったんです」

「魔法の、言葉……?」

「はい」

 

 それは聞くだけで勇気が出る言葉。勇気が出て、戦えるようになる言葉。

 

「――“それはそれ、これはこれ”」

「……え?」

「まず心に大きな棚を作り、そこに罪悪感や責任感といった感情を一旦置いておく。そしてありとあらゆる悪いことの全てを敵のせいにして、心に湧き上がって来る理不尽な怒りを相手にぶつけてやるんだ――って」

「……えぇー」

 

 何故か爽やかな笑顔を浮かべながら、白雪は最低な言葉を述べる。これには龍田もドン引きだ。

 

「提督、純粋な駆逐艦の子に何を教えて――」

「私はこの言葉のお陰で戦えるようになりました」

「染まっちゃってる……!!?」

 

 いや、話の流れからそうなることは分かっていた。分かっていたが本当にそうなるとは思っていなかった。しかも白雪は何だかとっても綺麗な思い出話を聞かせているかのような綺麗な瞳で当時の心境を語っている。

 その姿は、龍田には眩しく見える。横島の言葉の意味も、それを今教えてくれた白雪の考えも、何となく理解出来た。そして理解出来たと同時に、白雪と話していて心が軽くなったことも理解した。何だかその言葉は、自分に合っているかのように思える。

 

「もしかしたら、本当に魔法の言葉なのかもね~……」

 

 龍田は誰にも聞こえないように呟く。今の彼女の瞳は澄んでおり、先程までのような今にも折れてしまいそうな雰囲気は無くなっている。

 

「白雪ちゃん」

「はい、何でしょうか?」

 

 話に夢中になっていた白雪に声を掛ける。白雪はそんな自分に頬を赤らめながらも、即座に反応を返した。

 

「私は大丈夫だから……天龍ちゃんを助けに行って」

「え、でも……!」

「お願い。白雪ちゃん」

 

 龍田は真っ直ぐに白雪を見つめる。その瞳に迷いはない。強く、澄んだ瞳。

 白雪は迷う。迷うが……龍田の意思を、尊重することにした。

 

「危なくなったら逃げてくださいね! 絶対ですからね!」

「は~い。分かってる」

 

 何度か振り返りながら、それでも白雪は戦場へと戻る。龍田は白雪を見送ると、徐に14cm単装砲を構える。

 

「それはそれ……これはこれ……」

 

 龍田は自分の集中力が極度に高まっていくのを感じる。戦場を走る味方、そして敵、その全ての動きを感知出来るように。

 

「理不尽な怒りを……相手にぶつける……死にたい(ふね)は、どこかしら」

 

 何かが、見えた。

 

 

 

 

「オラアッ!!」

 

 天龍の刀での一撃が軽巡ヘ級へと叩き込まれる。ヘ級はその一撃に耐え切れず、青い血を流しながら水底へと沈む。天龍は即座に離脱。止まっていては空母ヲ級の格好の的だ。

 

「よい、しょおっ!!」

「これなら……!!」

 

 叢雲、そして吹雪が一体のヲ級へと攻撃を集中させる。そのヲ級は身を捩じらせるが効果はなく、砲撃によって吹き飛ばされる。これによってこのヲ級は大破。ようやく片方の戦力を削ぐことが出来た。

 残る戦力は小破した空母ヲ級一体のみ。このままいけば勝てる。誰もがそう思った。

 

 ――その瞬間こそが、最大の危機を招く。

 

 既にヲ級は攻撃準備を完了している。掲げられた杖。あれを振り下ろされた時、ヲ級の頭部から艦載機が発艦し、吹雪達を襲うだろう。白雪を除き、皆は中破状態。攻撃を食らえば、ひとたまりも無い。

 

「――ヲ」

 

 勝利を確信したヲ級は最後の命令を下す。これが勝利の一撃となるのだ。

 

「ヲヲ゛ッ!!?」

 

 ――――突如、ヲ級の頭が何かに弾かれたかのように強烈な衝撃が襲った。その感触は砲撃。そう、ヲ級は砲撃されたのだ。

 吹き飛ばされるままに視線を周囲に彷徨わせる。自分の周りにいた者で砲撃準備を終わらせていた者はいなかった。ならば、一体誰が、どこから――!?

 

「……ッ!!」

 

 見つけた。それは自分の攻撃が届く範囲ではなく、砲撃してきた相手は大破している。艤装も壊れ、まともに撃つことも難しいだろう。しかし、その艦娘はそれをしてのけた。小憎たらしく蔑んだかの様な目で、ヲ級に対して舌を出しているその艦娘は龍田。

 ヲ級が自分の勝利を確信した時を狙い、狙撃したのだ。

 

 ――――慢心による最大の危機は、誰にも訪れる。それは、当然深海棲艦にもだ。

 

「……ヲヲヲッ!!」

 

 ヲ級は何とか体勢を立て直すと、すぐさま杖を振り下ろす。未だ自分は負けていない。勝つために、艦載機を発艦させる。だが……。

 

「………………ヲ?」

 

 艦載機はいつまで経っても発艦しない。ヲ級の思考が止まる。彼女は理解出来ていないのだ。先程の龍田の狙撃により、自らが中破状態になったことを。

 

『――今だみんな!!』

 

 戦場に横島の声が響く。それと同時、戦場が暗く、闇に染まっていく。駆逐艦と、そして軽巡洋艦が最大の力を発揮できる舞台。

 そして、空母を完全に無力と化してしまう処刑場。

 

 

 

 ――――我、夜戦に突入す!

 

 

 

 先陣を切るのは吹雪。狙いをヲ級から()()()()()、魚雷と砲撃を同時に行う。

 

「行っけえええぇぇ!!」

 

 吹雪から放たれる攻撃は彼女がわざと狙いを外していたこともあり、ヲ級は辛くも避けることが出来た。しかし、次はそうはいかない。吹雪の攻撃を避けたことにより、ヲ級は完全な死地へと誘われたのだ。

 

「――ヲ!!?」

 

 ヲ級の身体に軽い衝撃が走る。そう、彼女が逃げた先、そこには大破状態に陥っていたもう1人のヲ級が存在していたのだ。

 

「さすが吹雪、ってところかしらね」

「本当。みんなのお姉ちゃんだけはあるよね」

 

 ヲ級達の正面には叢雲が、左側には白雪が攻撃準備を整えて立っていた。駆逐艦での、十字砲火である。

 

「海の底に、消えろおおぉっ!!」

 

 叢雲の咆哮を合図に砲撃が重ねられる。逃げ場は無い。訪れるのは確実な死である。

 ……それでも、彼女はそれに必死に抗った。

 

「――――ッ!!!」

 

 着弾、爆発。大きな爆炎が夜戦空間を照らす。本来ならば彼女達の命を根こそぎ奪うであろうその攻撃も、今回は1人分の命を散らすのみに終わった。

 立ち上る爆炎の中、動く1人分の影が見える。

 

「そんな!? あの攻撃に耐えたの!?」

「――違うのです!! 片方が、もう片方を盾にしたのです!!」

 

 中破状態だったヲ級が逃げられないと悟り、大破に追い込まれていたもう1人のヲ級を盾にしたのだ。

 死にたくない。沈みたくない。誰だってそう思う。艦娘も、深海棲艦も、誰もがそれを心に刻んでいる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()と――――。

 

「ヲ……ヲ、ヲ……」

 

 ……しかし、彼女の命は風前の灯だ。死にたくないと仲間を盾にしたが、それでもその攻撃を完全に防ぎきれるわけがない。

 ヲ級は既に撃沈寸前。しかし、その眼には未だ闘志は消えていない。殺意は消えていない。その暗い瞳に艦娘達は恐怖を抱く。それでも。

 

『――天龍!!』

 

 横島の声に応える様に、天龍は刀を掲げ、今ある力の全てを込める。

 横島が自分の名を呼んでくれた。横島は下手を打った自分をそれでも信じ、こうして名前を呼んでくれる。それだけで、天龍は胸の中が熱く、炎が燃え盛るように力が湧いて来る。

 

『――お前が決めろぉっ!!』

 

 天龍の身体から霊波が噴き上がる。

 それは黒く輝き、赤い放電を伴った彼女の魂の輝きだ。

 

「――了解!!!」

 

 強く強く、一歩を踏み出す。それは、まるで音を置き去りにするような速度で。ただ真っ直ぐに、ただ力強くヲ級へと肉薄する。

 

「天龍さん!!」

「天龍!!」

「お願いします……!!」

「天龍さぁんっ!!」

 

 吹雪の、叢雲の、白雪の、電の声が聞こえる。こんな自分を信じてくれる、皆の声が。

 天龍の霊波が刀身に集中。それは輝く巨大な刃となり、その刃はまるでそこにあるだけで闇を斬り裂くかのように、刀身の周囲だけが夜戦空間ではなく通常の空間の色を取り戻している。

 

『天龍!!』

「天龍ちゃん!!」

 

 声が聞こえる。自分が最も信頼する、横島と龍田の声が。

 

『やっちまええぇ!!』

「やっちゃええぇ!!」

 

 それが切っ掛けとなったのか、天龍の力は最高潮へと達した。振り下ろすのは光輝と化した巨大な剣。それは光を放ち、闇を切り裂きながらヲ級の身体を飲み込んだ。

 

「おおおおぉおおぉぉらぁぁあああぁぁあああぁっっっ!!!」

 

 天龍が渾身の力を込め、刀身の霊波を解放する。瞬間、光が爆ぜ、夜戦空間の一切の闇を消し飛ばした。

 その光に身体を消し飛ばされながら、ヲ級はどこか心地よい気持ちで意識を消失させていく。その光は、いつかどこかで見たような、懐かしく感じるものだったからだ。

 暗い水底ではなく、明るい太陽の下で。そんな光景を幻視させる、強烈ながらも優しい光。

 

 

 

 ――――はたしてそれは、本当に幻視だったのだろうか。

 

 

 

 

「……提督」

『おう』

 

 夜戦空間が消え、通常の空間へと戻る。

 周囲に敵影は無し。――――勝利、したのだ。

 

「……勝ったぜ」

『……おう、お疲れさん』

 

 天龍を労わるように、横島は優しい声で応える。何故か、天龍は泣きそうになった。

 天龍は潤んだ眼を乱暴に擦ると、勢い良く振り返り、艦隊の皆に見えるように、思い切り拳を振り上げた。

 

「――――勝ったぞおおおぉぉっ!!!」

 

 勝ち鬨を挙げる天龍に、皆が殺到する。大小様々な怪我を負いながらも、それでも笑顔を浮かべて。

 もしかしたら、一歩間違えれば自分はこの光景を見ることは出来なかったのかもしれない。そう考えると知らず震えが来てしまう。

 

 それでも。例え挫けそうでも。それでも、天龍は前へと進もうと思った。

 横島が、龍田が――――皆が自分に向けてくれる信頼に、応えていきたいから。

 

 

 

 

第十七話

『魂の輝き』

~了~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

横島「……」

大淀「何とかなりましたね……」

横島「……」

大淀「私にも責任の一端はありますからね。実は気が気でなかったんですよ」

横島「……」

大淀「……あの、提督? さっきからどうし――」

横島「……ごぶぅっ!!?」

大淀「キャアアァァッ!? 提督が吐血したー!!?」

横島「良かごふぅっ!! 天龍と龍田が無事でぐぶっ!! ごふっ、がはぁっ!!」

大淀「し、喋っては駄目ですうううぅぅ!!」

 

~横島、胃に大穴が空くの巻き~




お疲れ様でした。

天龍ちゃんの強さは霊力が関係していました。

天龍ちゃんの霊力の光は黒と赤。黒い光に赤いスパークが走っています。中二チックですね。


それにしても中盤のイナズマホームランが話の内容的に邪魔になっちゃったなぁ。
書きたかった部分なので後悔はしていませんが、反省はしています。

しかし、1―4でこの長さだと、2―4とかはどうなってしまうんだ。
オラわっくわくしてきたぞ。(震え声)


最後に一言。




天龍ちゃんは後にパワーアップイベントが控えています。

それではまた次回。


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この鎮守府の、司令官

今回は考察(?)回です。
色々と判明することがありますし、「つまり……どういうことだってばよ?」となる部分があります。


 

ごぼがばごぼごぼぼ(すみませんでしたぁ)っ!!」

 

 現在、天龍は海上で吹雪達に土下座をしている。しかも海面に頭を突っ込んで、だ。そのお陰で吹雪達には何を言っているかが全く伝わっておらず、更には突然の奇行を止めようとしている吹雪達の言葉も頭が海中なのでまるで聞こえていない。

 

「う~ん、困った天龍ちゃんね~……」

 

 これには龍田も苦笑い。彼女は天龍の奇行が何であるか、そしてその理由も理解出来ているのだが、それを自分から言い出すのもつまらない。

 結局、天龍は自分の息が続く限り土下座を続け、吹雪達はそれまで困惑と混乱の直中に放り出されるのであった。

 

 

 

「あ、あの……彼女は大丈夫なんですか……?」

 

 酸素が足りなくてふらふらしている天龍を眺めている龍田の背後から、か細くおどおどとした声が掛けられた。少々警戒して振り向いてみれば、そこには新たな艦娘の姿があった。

 背中までかかる茶色のロングヘアー、那珂と同様の制服姿。川内型2番艦“神通”だ。

 

「あら……あなたがドロップ艦なの~?」

「は、はいっ、そうです。すみませんっ!」

 

 龍田に話しかけられ、神通は思わず謝ってしまう。訓練中などではこのようなことはないのだが、普段は何も悪くないのにすぐに謝ってしまったりと、引っ込み思案であり内気であるのが玉に瑕。

 龍田も「怒ってないんだけどな~」と少々戸惑う。それはさておき、天龍も復活し、神通とも挨拶を交わした。もはやここで出来ることは何もないと言って良いだろう。あとは皆揃って帰るだけだ。

 

「よし、そんじゃあ鎮守府に帰ろうぜ!!」

 

 天龍が前に出る。ついに第1海域を突破したのだ。この1歩はこの世界にとって小さな1歩かもしれないが、艦娘達、そして横島にとっては大きな1歩である。

 そうして意気揚々と1歩を踏み出した天龍は、そのまま踏み出した足を基点にスライドするかのように、綺麗に90度傾いて海面にビターンと叩きつけられた。

 

「……え?」

 

 皆いきなりのことに驚いて声が出ない。しかしそれもほんの一瞬。叢雲は溜め息を吐きつつも天龍の身体を起こす。

 

「あのね、そんな何回も訳の分かんないことをやってんじゃ……?」

 

 ぶつくさと文句を言いながら助け起こそうとする叢雲だが、それ以上言葉が続かない。天龍の身体は完全に脱力しきっている。

 何とか天龍の上半身を起こしてみると、彼女は見事に眼を回しており、「きゅ~……」などと小さな声で唸っている。

 

「……」

 

 沈黙が場を支配する。そんな中、龍田が天龍を横抱きに抱き上げ、皆に指示を出す。

 

「みんな……ダッシュで鎮守府(いえ)に帰るわよ!!」

「了解です!!」

 

 龍田はまるで怪我をしていないかのようなスピードで疾走し、鎮守府を目指す。大破状態とは思えない走りっぷりだ。ただ、その腕の中でガックンガックンと揺られる天龍は時間が経つにつれてどんどんと顔色が悪くなっていったが……ご愁傷様である。

 

 

 

 

「――着いた!!」

 

 それから無事に鎮守府へと帰ることが出来た龍田は、そのままドックを目指す。しかし、丁度前方からやってくる人物を視界に捉えたため、彼女の足は途中で止まることになる。

 

「龍田ー!! 天龍は大丈夫かー!?」

「提督!! 見ての通り天龍ちゃんが気ぜ……キャーーーーーーッ!!?」

 

 龍田は横島の姿を見て、恐怖に引きつったような悲鳴を上げる。それも仕方がないだろう。何せ彼が着ている軍服には、赤黒い血がべっとりと付着しているのだから――!!

 

「て、ててて提督っ!? そ、その血は一体どうしたの~!!?」

 

 恐怖に慄きながらも龍田は横島の服に付いた血の痕に言及する。今の横島の姿はまるで猟奇殺人犯のような出で立ちだ。

 

「心配すんな。ちょっと血を吐いただけだから」

「ちょっとって量じゃないし充分心配なことなんですけど~!!?」

 

 ご尤もである。

 しかし元気にボケをかますあたりはまだまだ心配はないのだろうが、それよりも今は天龍のことだと龍田は頭を切り替える。

 

「ええっと、それよりも天龍ちゃんが突然倒れて「きゅ~」とか可愛い声で唸ってて、どうしたらいいのか……!!」

「落ち着けって龍田。とりあえず天龍のその症状は多分俺が知ってるやつだから」

 

 横島は龍田を落ち着かせるために冷静に話を進めていく。それが功を奏したのか、徐々に龍田にも落ち着きが戻ってくる。そして横島が言う症状の心当たりを聞き出そうとしたのだが、今度はどこからか「ドドド……」という何かが走り寄ってくるような音が聞こえ始める。

 

(司令官ーーーーーー!!)

「この声は……叢雲?」

 

 遠くから聞こえる声の出所を特定し、その方向へ視線をやれば、槍を持った叢雲が猛烈な勢いで走ってくるのが見えた。

 

「司令官ーーーーーー!!」

「どうした、叢雲!! 何が――」

「龍田に悲鳴を上げさせて……!!」

「――へ?」

 

 叢雲が跳ぶ。猛烈な助走から跳躍により勢いが増す。叢雲は両足を揃え、それを横島に思い切り食らわせる!!

 

「何やってんのよアンタはーーーーーーっ!!!」

「ぎゃぼーーーーーーっ!!?」

 

 横島の顔面に、叢雲の見事なドロップキックが突き刺さった。

 横島はもんどりうって吹っ飛び、叢雲は綺麗に着地を決める。吹き飛んだ横島は仰向けに倒れており、頭やら鼻やらから血を流していた。

 

「アンタって奴は駆逐艦以外には本当に誰彼見境のない……!!」

「い、いやあの叢雲ちゃん。誤解、誤解だから」

 

 さすがの龍田もこれほどの暴挙を見たのは初めてなのだろう。すっかり叢雲に対して萎縮している。当の叢雲は横島へと歩み寄って追撃を叩き込もうとしていたのだが、龍田の言葉によって顔を青ざめる。

 

「叢雲ちゃん、待ってー!」

 

 そこに現れるのは龍田と叢雲に置いていかれた残りの艦娘達。必死の思いで走り、ようやく叢雲達に追いついたのだ。そこで彼女達が見たものは、血で赤黒く染まった横島と、それを前に槍を持って佇む叢雲の姿!!

 彼女達の灰色の脳細胞が瞬時に回答を導き出す――――!!

 

「猟奇殺人発生ーーーーーーっ!!?」

「違ーーーーーーうっ!!?」

 

 その後、何やかんやありましたが誤解はちゃんと解けました。

 

 

 

 

「で、アンタ本当に天龍のこの状態について知ってんの?」

「ああ。俺の考えが合ってたらな」

 

 現在、天龍はドックの待合室の床に艤装を外された状態で寝かされている。

 横島は眼を回している天龍に徐に近付き、額に手を当てる。そして空いている方の手に文珠を握り、『診』の文字を刻んだ。

 

「――っ! やっぱり、か……」

 

 手を天龍の額から離した横島は小さく呟く。それは相当に小さな声だったのだが、それでもやはり周囲の艦娘達には聞こえてしまう。

 

「やっぱりって、本当にアンタが知ってる症状だったの?」

「それで、天龍ちゃんは大丈夫なの~?」

 

 龍田と叢雲の2人がずずいと顔を寄せて問い掛ける。横島はその勢いに圧されながらも「大丈夫だから」と宥める。

 

「簡単に言えば霊力の過剰使用だな。限界を超えて霊力を使ったから霊的中枢(チャクラ)と経絡が負荷に耐え切れずにボロボロになったんだ。……要するに霊的な筋肉痛だよ」

 

 そう言って横島が思い出すのは初めて龍神の装具を身に付けた美神の姿。人間の体が龍神の力に耐え切れるはずもなく、彼女は後日酷い霊的な筋肉痛に悩まされた。

 今回の天龍も同じことだ。天龍が最後に放った一撃は、明らかに今の天龍の限界を超えていたものだった。あれほどの力を使ったのなら、今の天龍の状態も頷ける。

 

「えーっと……よく分かんないけど、とにかく天龍は大丈夫なのね?」

「ああ。ただ、これは霊的な症状だからな。バケツですぐに治るかどうか……」

 

 横島はちらりと天龍を見やる。すると、彼女は苦しげに呻きながらも「俺を前線から外すな……死ぬまで戦わせろぉ……」と呟いている。どうやらいつの間にか眼が覚めていたらしい。

 

「うん、こりゃじっくりと体を治してもらわないとな」

「そうね~」

「そんなぁー……」

 

 横島と龍田の言葉に天龍は涙目になる。彼女はバトルジャンキー。戦えないのが何よりも辛いのだ。

 横島は天龍から眼を離し、今度は龍田へと視線を向ける。横島は申し訳無さそうにしていながらも真剣な表情をしており、龍田も真っ直ぐに横島と視線を交わす。

 

「龍田、とりあえずお前は天龍の看病に専念してくれ。しばらくは1人で動くことも出来ないだろうしな」

「……ええ、分かったわ~」

 

 横島の言葉について来ていた吹雪達が眼を合わせる。事実上の謹慎処分ということなのだろう。

 

「……食事とか風呂とかトイレとか大変だろうけど、頑張ってくれ!!」

「ええ、精一杯頑張っちゃおうっと!!」

「おいいいぃぃぃっ!!?」

 

 とても爽やかな顔で語り合う横島と龍田の姿には嫌らしさなど一切存在していない。これは本当に事実上の謹慎処分……なのだろうか? 少なくとも1人は四六時中一緒に居れるのでとても嬉しそうだ。もう1人は絶望の叫びを上げていたが……。

 

「くそおおおおお……!! 今の俺じゃあ、あんな程度で限界なのかよぉ……!!」

「限界以上だっての。……んじゃ龍田、それから吹雪達も、みんなで協力して天龍を風呂に入れてやってくれ。大変だとは思うが、よろしく頼む」

 

 横島は天龍を龍田達に任せ、1人置いてけぼりにされている神通と向かい合った。

 

「えっと、何かドタバタして悪いな。俺はここの司令官の横島忠夫。よろしくな、神通」

「は、はい。よろしくお願いいたします、提督……」

 

 神通は慌てた様子で深々と頭を下げる。その様子に横島は苦笑いを浮かべる。彼女のおどおどとした態度は磯波に似ていると言える。磯波も横島に完全に慣れたわけではなく、まだまだ親しいと呼べるような距離感ではない。……ちなみに神通がおどおどとしているのは横島の服に問題があるのだが、悲しいことに自らの流血に慣れすぎてしまった横島では気付けない。

 とりあえず横島はこの空気を打破するために、とある人物を呼ぶことにする。

 

「ちょっと待っててな、神通。今那珂ちゃんを呼ぶから」

「え、那珂ちゃんが鎮守府に居るんですか……?」

 

 やはりこういう時には姉妹艦の話をするに限る。狙い通りに神通の興味を引いた横島が端末の通信機能を使って那珂を呼び出そうとするが、それよりも早く彼女は動いていたのだ。

 

「神・通・ちゃん」

「ひゃああっ!?」

 

 神通の背後から耳に息を吹きかけたのは、先程話しに出した那珂だ。彼女は誰にも気付かれないように息を潜め、今の今までずっと隠れていたのだ。

 驚き飛び上がった神通は涙目になりながらも那珂に抗議する。しかし那珂はそれをどこ吹く風と受け流し、さっさと走り去ってしまった。

 

「……もしかして照れ隠しなのか?」

「どうでしょうか……。あ、あの、提督、私……」

 

 少々上目遣いに神通が話を切り出すが、横島も彼女の言わんとすることは理解している。横島は首肯し、神通に那珂を追うように言ってあげた。

 

「那珂ちゃんはこの後予定もないはずだし、ゆっくりと話をしてきな。鎮守府内の案内もそのまま那珂ちゃんにしてもらうってことで」

「あ、ありがとうございます……!!」

 

 神通は横島に頭を下げると、那珂が去っていった方に向かって走っていった。その後姿をしばらく眺めていると、物陰から那珂が飛び出し、またも驚かされている神通の姿が見えた。那珂は横島に手を振り、今度は神通と共に笑い合いながらゆっくりと歩いて鎮守府を進む。

 神通の気苦労が耐えなさそうだが、やはり姉妹仲は良さそうだ。

 

「さて、これからどうしようかな……」

 

 横島は1人になり、ドックから出る。これからの時間をどう過ごそうかと考えていたのだが、そんな横島に声を掛ける者がいる。

 

「提督……もう話は済みましたか?」

「あ、大淀」

 

 そう、大淀だ。彼女は横島を軽く睨みつけ、唇を尖らせている。どうやら少々怒っているようだ。

 

「あの……どうかした?」

「どうかした、じゃありません。提督は服がそんなになるまで血を吐いているんですよ? いくらギャグ描写の中だからって、そのままでいるのは看過出来ません。きちんと休んでください」

 

 何か大淀らしからぬ台詞が聞こえたような気がするが、それでも彼女は横島を気遣ってくれているのだ。美少女の心配、これに応えない横島ではない。丁度()()()()()()もあったことだし、横島は大淀の求めに応じることにする。

 

 

 

「んじゃ、何かあったら気にせず呼んでくれよー?」

「了解しました。でも、抜け出しちゃダメですからね」

「分かってるって」

 

 血で汚れた服を着替え、横島は執務室に程近い私室で休む。胸元に錨のマークがあるパジャマは着心地が良く、横島はいつもこの姿で眠りに就く。とはいえまだまだ陽は高い。今寝てしまうと夜に眠れなくなりそうだ。

 横島の言葉に嘘はないと見た大淀はそれ以上何も言うことなく静かに退室していった。横島はそれを見送った後、眼をゆっくりと閉じて考えを巡らせる。

 

(……やっぱり、思っていた通りだった)

 

 横島は天龍の身体を『診』た時のことを思い出す。文珠を使って良かった、と言える。これで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それと同時に()()()()()()()()()()()()()()()

 

(天龍には……艦娘達は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()())

 

 それが、横島が確信を得た事柄だ。

 吹雪と初めて会ったとき、初めから彼はそれに気付いていた。吹雪は生体発光(オーラ)を放っていたからだ。

 生体発光とは魂が発するものではない。文字通り、()()()()()()()()()()()なのだ。つまり、彼女達の身体を構成するものはデータといった電子的なものではなく、自分達と同じ、有機的なものであることが分かる。

 

 そして、それが理解出来たと同時に新たな謎が生まれてくる。

 何故艦娘に肉体があるのか、本当に艦娘とはゲームのキャラクターなのか。そもそも、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(……キャラバンクエストの時とは何もかもが違い過ぎるしな)

 

 思い返せば、以前キャラバンクエストの世界に入ったときにはここまでリアルな世界ではなかった。頭身は縮み、物に触ることも出来ず、誰かに話しかけても全く同じことしか喋らない。

 それが、この世界はどうだ。今自分はパジャマに着替え、ベッドに横になり、夜眠れなくなることを心配している。更には物を食べることが出来るし、胃が痛みを訴えて血を吐くことも出来る。そして何より()()()()()()使()()()()()のだ。もはや何もかもがゲームでは有り得ない。

 こんなもの、作りこみがどうと言えるレベルではないのだ。いっそ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言われた方が余程納得出来る。

 

 ――――しかし、だ。

 

(でも、ゲームの中ってのも信憑性があるんだよなぁ……任務とかもそうだし、建造やらドロップやら任務報酬やら……)

 

 そう、これが新たな疑問だ。もしこの世界がゲームではないとしたら、今まで体験してきたゲームでしか有り得ないような現象の説明がつかない。いくつか心当たりが無いでは無いが……。

 唸る横島はそれを一旦頭の隅に追いやり、別のことを考えることにした。美神除霊事務所に依頼してきた、家須と佐多という男達についてだ。

 

「……よくよく考えるとおかしいよな、あの2人」

 

 横島は思わず呟いてしまう。

 よくよく考えなくてもあの2人は怪しさ満点だったのだが、横島はここに来てようやくあの2人の怪しさに気が付いた様だ。

 

(依頼を達成するまで週に1000万とかいう訳分からん程の超高額の依頼料だし、期限は無しでいくら時間を掛けてもいいとか、ただ美神さんに金を渡してるだけだしなぁ)

 

 裏を返せば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のかな? と横島は考える。尤も、それはすぐにないと断じたが。それこそただ美神に貢ぐだけの結果に終わる。2人の考えが分からない。

 

(……そういや)

 

 横島が家須達の言葉を思い返す。

 部下・ゲームの元となる部分を大量に作った・その部下は死んでいる・そして、そいつは3界でも1番の技術力を持っている……。

 このゲームにもそれが使われているのだろう。横島が脳裏に思い浮かべる()が作ったものならば、色々と納得もいく。

 

「――――()()()()()()

 

 もし本当にかの魔神が手がけたものだとすれば、この世界の元になった物というのは“宇宙のタマゴ”のことだろう。あれは相当数が存在していたし、アレが元になっているというのならば、ゲームでしか有り得ないような現象の数々にも説明がつく。何せアレは演算することが出来れば、様々な設定を付加させることが出来るからだ。そう、()()()()()()()()()()()

 

(そんで、もし本当に“艦これ”が宇宙のタマゴの中だとしたら……アシュタロスのヤローを部下だと言ったあの2人の正体は――)

 

 横島はようやくその存在に辿り着く。魔神たるアシュタロスよりも上位の存在達。即ち、彼等こそが、神魔の最高指導者――――。

 

(まさか、キーやんとサっちゃんがな……多分、これは美神さんも気付いてないだろう。俺だけが辿り着いた真実ってやつだな。……うっは、俺カッコいいーーーーーー!!)

 

 この男、本気である。

 美神はもう見た瞬間から彼等の正体を看破していたのだが、横島はそれにまるで気付いていない。普段の彼なぞそんなものである。

 

(さて、艦娘やらこの世界やらキーやん達についてやら色々と考えたわけだが……どうしようかね?)

 

 恐らく自分はこの世界と艦娘達の真実に近付いているだろう。しかし、キーやんとサっちゃんの考えがまるで理解出来ない。本当に艦娘達に魂が宿った理由を調べてほしいのか? 宇宙のタマゴを使って、()()()()()()()()()()()に魂が宿った理由を?

 

(多分……違う、な)

 

 彼等が最高指導者ならば、そんなことは人間に調べてもらうまでもなくすぐさま答えを導き出すことが出来るだろう。自分達で出来なくてもヒャクメや土偶羅魔具羅(ドグラマグラ)だっているのだ。人間に頼らずともそっちに調査させたほうがよほど効率が良い。

 

(となると……()()()()()()()()()()()?)

 

 ――――分からない。色々と答えに辿り着いたような気はするが、それ以上に多くの謎を抱えてしまったようだ。思わず深い深い溜め息を吐いてしまう。

 だが、それでも分かっている――否、心に決めたことはある。それは、この依頼から降りないということだ。

 状況から考えてこの依頼は明らかに内容が異なっていると言えるだろう。だが、それを言ってどうなるというのだ。もしこの依頼から降りてしまえば、美神のところに金は入らないし、もしそうなったら横島は忽ち血の海に沈んでしまうだろう。艦娘達よりも先に深海棲艦になってしまうのはいただけない。

 

(……それに)

 

 そう、もしこの依頼から降りてしまえば、艦娘の皆がどうなってしまうかが分からない。これは以前横島がジークに聞いた話なのだが、アシュタロスとの戦いの折、神魔の最高指導者は世界の存続に対してあまり興味を示さなかったという。()()()()()()、とは言っていたようだが、それだけである。

 もし自分が依頼から降りれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。最悪、消されてしまうこともあるかもしれないのだ。そんなことは、絶対に認められない。

 横島の瞳に決意が宿る。そうだ。この世界を、艦娘達を絶対に消させはしない!!

 

(だって艦娘達にはちゃんとした肉体があるって分かったんだもんねー!! これで俺が艦娘の誰かとヤっても何の問題もないことが分かったんや!! 俺はヤる!! ヤらいでかあああぁぁぁーーーーーーっ!!!)

 

 横島の身体から煩悩の炎が噴き上がる。彼の瞳には固い固い決意が宿っていた。自分好みの艦娘と“ヤる”という決意が。

 

「……そこで見てないで、入ってきたらどうだ?」

「――――っ!!?」

 

 と、ここで横島がドアに向かって声を掛ける。ドアの向こうにはうろたえる数人の気配。やがて観念したのか、その少女達は部屋へと入ってきた。

 

「よく私達がいるって気付いたね、司令官」

「それも霊能力というものですか?」

「あ、あの……お休みのところすみません、司令官」

「ごめんなさーい」

 

 入ってきたのは響、雷、不知火、磯波の4人だ。磯波と雷は怒られると思っているのか恐縮しているが、響と不知火の2人はマイペースを保っている。そんな対照的な彼女達に呆れもし、そして微笑ましくも思う。どうやら血を吐いた自分の様子を見に来てくれたようだが、これは丁度良かった。考え事も煮詰まっていたし、何より美少女達が傍に居るというのが何よりも良い。

 

「ちょうど退屈してたんだ。話し相手になってくれよ」

「勿論です。この不知火にお任せください」

「不知火だけに格好はつけさせないよ。――私も行こう」

「何で2人ともそんなにカッコつけてるのよ?」

「あ、あの、失礼しますね、司令官」

 

 ずい、ずずいと前に出る響と不知火。それに呆れる雷と、そんな3人を越えてベッドに腰掛けてちゃっかり横島の隣に座る磯波。意外な子が積極的に行動を開始している。

 

「くっ……!! まさか、君がここまでやるとはね、磯波……!!」

「また、この不知火が出遅れた……!?」

「磯波ったらずるーい!! 司令官、私もー!!」

「あ、あのっ、私はそんな……!?」

 

 響達に指摘されて顔を真っ赤にする磯波。わちゃわちゃと騒がしい彼女達を眺めて、横島は柔らかく微笑む。それは、慈愛の笑みだ。

 

(そうだよな……。俺は――――この子達の、司令官なんだ)

 

 この世界を、そしてこの子達を。――――絶対に、消させはしない。絶対に見捨てない。

 

 何故ならば自分は。

 何故ならば横島忠夫は――――この鎮守府の、司令官なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

第十八話

『この鎮守府の、司令官』

~了~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この後騒ぎ過ぎでめちゃくちゃ大淀に怒られた。




うおおおおおおおおお!!
第1部・完っっっ!!!


まあ普通に続くんですけどね。


第2部でも色々と判明していくと思います。

さて、第2部は「南西諸島海域」攻略編です。沖ノ島のトラウマが……。


それではまた次回。


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『南西諸島海域』攻略編
独特なシルエットは希少価値だ!!


今回から第二章『南西諸島海域』攻略編がスタートです。
さっそく新たな艦娘が登場いたします。さて、一体誰が登場するのでしょうか(すっとぼけ)


 

 ――デーエムエム社長室。

 この日、家須と佐多……キーやんとサっちゃんの2人は横島からのレポートを読んでいた。

 

「いやー、よこっちはレポートをこまめに提出してくれるから助かりますね」

「ホンマにのう。他の奴らは攻略や育成、研究に熱中し過ぎて全然送ってこーへんからなあ。送ってきたと思ったら惚気られたりとかこっちは知るかっちゅー話や」

 

 サっちゃんの愚痴にキーやんはうんうんと頷く。流石にこの2人にも他人の惚気話を楽しむことは出来なかったようだ。それが特に親しくもない人物ならば尚更である。

 そのままキーやん達は横島のレポートを読み進めていくのだが、2人は次第に読むスピードが落ちていく。

 

「……何やろな。何か、よこっちの機嫌が悪いっちゅーか、ワシらに対するそこはかとない嫌悪感が滲んでるというか……」

「確かに何かしらの悪感情を感じますね……」

 

 2人は首を傾げる。確かに色々とあったせいで横島の鎮守府がおかしなことになってしまったこともあるが、それは既に解決済みであるし、何よりその後のレポートでは特に妙な感情も込められていなかった。だと言うのに、今回のレポートには何かしらの念が込められている。

 一体何故? と思う2人ではあるが、一応心当たりがないでもなかったりする。

 

「……これは、私達の正体がバレてしまったのかもしれませんね」

「あー……それはあるかもしれんなあ……」

 

 キーやんの言葉にサっちゃんは頭を掻く。

 キーやんとサっちゃんの正体。それは即ち神魔の最高指導者であるということ。2人には、横島が自分達に対して悪感情を向ける理由も承知している。

 

「……あんなことがあったんです。彼が私達に良い感情を抱くことはないでしょうね」

「そりゃあ……まあなあ……」

 

 2人の間の空気は沈んでいく。今や横島は2人にとってお気に入りの存在だ。だからこそ、そんな横島に嫌われるのは少々堪えるものがある。

 だが、同時に2人は横島に何とも言いがたい感情を抱いてもいるのだ。その原因はレポートにある。

 

「……自己嫌悪も感じられますね。他には拒絶や許容……感謝なども」

「ええ子やなあ、よこっちは……おっちゃん、泣きそうや」

 

 サっちゃんはふざけてハンカチを目元に当てて「よよよ……」と泣き真似をしているが、実際にそれくらいに気が高まっていると言える。

 現在彼等は正体を隠すために自ら創った人間の身体の中に入っているのだが、どうもそれが影響しているらしい。元々サっちゃんの涙腺が弱いというのも無関係ではないだろう。

 

 レポートに込められている横島の感情は、キーやん達への怒りや失望、拒絶。更に彼等にそんな風な感情を抱いてしまった自分への嫌悪と彼等を許容する心、そして彼等に対する感謝である。

 横島はあの戦いのことを未だ吹っ切れずにいるが、それでも前を向いて生きている。あんなことになった原因の1つである者達をも、彼は赦そうとしているのだ。

 

 キーやんとサっちゃんの2人は暫し「ジーン……」とわざわざ口に出して感動を顕にする。横島が自分達に対してネガティブではなく、ポジティブな感情を抱こうとしているのだ。自分達もそれに肖り、ポジティブに行こうと気持ちを切り替える。

 

「それにしても私達の完璧な変装を見破るとは……流石はあの美神令子の弟子ですね。かなりの洞察力です」

「せやな。ワシらの変装はジークも小竜姫も絶賛してくれたんやけどな」

 

 この2人、本気である。付き合わされた小竜姫達には同情を禁じえない。

 

「さて、それじゃあ気分を変えてよこっちの鎮守府の戦闘シーンを見てみますか」

「そやな。まだ戦艦も空母もないよこっち鎮守府やけど、それがまたえーねんよなー」

 

 2人はいそいそとパソコンを操作し、横島鎮守府の戦闘記録を閲覧する。

 始めに選んだのは駆逐艦だけでの攻略戦。敵軽巡相手に切った張ったの大立ち回りだ。

 

「おー、それぞれはまだまだ弱いけど、何やえらい士気高いな。お猿のとこは直伝の拳法とかで滅茶苦茶な強さやけど、反対に士気は低いほうやのに……」

 

 サっちゃんは横島鎮守府所属の艦娘達の士気の高さに注目する。皆が横島を慕い、戦果を挙げようとする様は見ていて中々に気持ちが良い。まあ、中には反発している艦娘もいるが、それでも指示には従っている。これからの展開に期待である。

 

「おや、サっちゃんには理由が分からないのですか?」

「ん? キーやんには分かるんか? お猿のおかげで強うなってんのに士気が低い理由」

 

 きょとんとしているキーやんに対し、サっちゃんは懐疑的な視線を向ける。圧倒的な力を手にした艦娘達の士気が低い理由とは一体?

 

「艦娘だって女の子です。自分達の司令官がお猿のじじいと人間の若い男の子では、彼女達の士気に雲泥の差が出るのは当然ですよ」

「………………ああ、うん。そやな……。キーやんの言う通りやな……」

 

 キーやんのどこまでも真っ直ぐな言葉に、サっちゃんは涙を禁じえない。気持ちは分かる。とてもよく分かるのだが……サっちゃんはお猿のじじい――斉天大聖に同情の念を送った。ついでに何か高級なお菓子も送ろうと決めた。

 

「ほらほら、次の映像を流しますよ。お次は1―4の攻略映像です」

「へいへい……」

 

 ウキウキとした様子のキーやんと、反対に疲れたかのような様子のサっちゃん。2人は対照的ながらも仲良く映像を眺め、そして同じ疑問を抱く。

 

「……何や、この天龍えらい強いな? この時点でこの強さはちょい不自然やけど……」

「そうですね。確かにこれは……」

 

 天龍の強さに注目し、注意深く映像を眺める。戦闘も終盤にさしかかった頃、2人の疑問はあっさりと氷解した。

 

「……ああ、なるほど。そういうことですか」

()()()()()()……強いわけや。よこっちはガチャ運もあるんやな」

 

 2人は天龍から立ち上る2色の霊力光を見て納得を示す。サっちゃんの台詞からすると珍しいことではあるが有り得ないことではなく、何らかの理由が存在しているようだ。

 

()()()の差し金やろか?」

「いえ、それはないでしょう。()()()はともかく、()()()は好んでこのようなことはしないでしょうし……」

「それもそうか……」

 

 どうやら2人にはこういったことを人為的に引き起こせる存在と知己であるらしい。2人の表情には物理的に影が差し、いかにも悪人のような雰囲気を漂わせている。

 

「それにしても、この戦闘と言いさっきの戦闘と言い……」

 

 映像を流し終えた画面を消し、キーやんは一息吐く。その表情は少し困ったように歪んでいる。

 

「ああ。このままやと()()()()()()()()()()()()()

 

 ばふーと長い息を吐き、サっちゃんは備え付けのソファーに寝転がる。キーやんとは違い、退屈そうな表情だ。

 

「またレポートが分厚くなりそうですねえ……」

「正確にはデータが嵩張りそうとかやろか」

 

 2人は何ともいえない表情を浮かべたまま仕事に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「空母が欲しい」

「……いきなりどうしたんですか、司令官?」

 

 横島は今日も秘書艦としての職務を全うしてくれている吹雪に、唐突にそんなことを言い出した。

 

「だってさー、1―4でのヲ級の開幕爆撃って滅茶苦茶強かったじゃんか。あーゆーの見たらウチも欲しいってなるじゃん」

「気持ちは分かりますけど……」

 

 横島の言葉に吹雪は苦笑を浮かべる。ああいった分かりやすい強さは確かに魅力的だ。未だに駆逐艦と軽巡しかいない横島鎮守府では余計に。しかし、問題だって多く存在しているのだ。

 

「空母は資材を物凄く消費するんですよ? まだ第3艦隊も開放出来ていませんし、もう少し後でもいいんじゃないですか?」

 

 吹雪は横島に正論で返すのだが、横島は諦められないようで「そりゃ分かってるけどさー」等と唇を尖らせて不満を述べる。何ともわがままなことだが、彼は普段この世界ではあまりわがままを言うことはない。出来れば叶えてあげたいと思う吹雪ではあるが、やはり資材の問題があるので厳しいところだ。

 

「軽空母ならまだ大丈夫だとは思うんですけどね……」

「軽空母? ……あー、ヌ級とかか。そういえばそんな艦種もあったなあ」

 

 そういえばで片付けられるのはいただけない。霞が聞いていれば確実に怒りだすだろう。幸い現在執務室にいるのは横島と吹雪、昼寝中の初雪と望月だけだったのでその心配は無用だったが。

 

「……で、空母と軽空母はどう違うんだ?」

「えーっと、そうですね……」

 

 横島の質問に吹雪が答える。

 簡単に言えば軽空母は正規空母よりも燃費が良く、潜水艦にも攻撃が出来る。デメリットは装甲が薄く、速度もほとんどが低速だ。艦載機の搭載数も正規空母と比べると劣っている。

 

「私達の鎮守府において1番の魅力になるのは、やっぱり燃費の良さでしょうか。確か、正規空母と比べて5割~6割くらいの燃費の良さだったと思いますけど……」

「そりゃいいな! じゃあ軽空母を建造しに行こうぜー」

「ちょ、ちょっと司令官!?」

 

 横島はご機嫌な様子で吹雪の手を引いて工廠を目指す。突然手を繋がれた吹雪は顔を赤く染め、為されるがままの状態だ。そのまま執務室を出て行った2人。執務室の中で、昼寝をしていたはずの2人が徐に起き上がる。

 

「……撮った?」

「……勿論」

 

 初雪と望月がニヤリとした笑みを浮かべながら携帯端末――スマートフォンのようなものを取り出す。どうやら先程の様子を写真に収めたようだ。

 

「いい写真が手に入ったねえ……」

「今度の出撃を代わってもらおう……」

 

 2人は怪しく笑い合う。彼女達のサボり根性は逞しいのだ。

 

 

 

 

 

「軽空母を建造しに来ました」

「……はあ、そうですか」

 

 吹雪の手を引いてやって来た横島は開口一番明石にそう言った。明石はそれに特に反応することもなく、ただ頷いておく。横島の突拍子のない行動は時々見られる光景であり、明石もそれに大分慣れてきている。

 ちなみにだが吹雪はもう真っ赤になっており、とても会話できそうな状況ではない。そんな吹雪の可愛さに明石の頬がニヤつきそうになるが、それは気合で防いだ。男性にニヤついた顔を見られるのは流石に恥ずかしいのである。

 

「で、軽空母を建造したいとのことですけど……レシピはご存知ですか?」

「ああ。前に色々とあってさ。その時に教えてもらった」

「そうですか。でも、空母のレシピは基本的に正規空母・軽空母・水上機母艦・重巡・軽巡・駆逐が建造されます。一発で建造出来るとは限りませんので資材には気を付けて下さいよ?」

「あー、そんなに幅が広いのか……。了解、2回くらいで止めとくよ」

 

 空母レシピで建造される艦娘の幅の広さに、横島はお手上げとばかりに両手を上げる。その際に吹雪はようやく横島から手を離されたのだが、彼女はつい寂しげな声を上げてしまったことをここに記載しておく。

 

「さーて、レシピは燃料300・弾薬30・鋼材400・ボーキ300っと」

 

 横島はひょいひょいと機材を操作し、次々に資材を投入していく。その鮮やかな手並みは明石を感心させるほどだ。

 

「さーて、建造時間は……?」

 

『02:50:00』

 

 2時間50分。

 

「軽空母……ですね」

「いよっしゃー!!」

 

 まさかの一発建造に横島は歓喜する。キーやん達の言う通り中々に運が良いらしい。だったら駆逐艦しか建造出来ないという問題も発生しないはずだとかそういう意見は完全に無視し、横島は高速建造材を使用する。

 

「いつもなら待ってるとこだけど、今日は吹雪もいるし手早く済ませよう」

 

 小型ドックを火炎放射器からの爆炎が包み込む。何度見ても意味の分からない光景だ。やがて炎が治まり、妖精さんが手を振って元の仕事に戻る。そしてドックが開き、元気良く1人の少女が歩み出る。

 

「軽空母“龍驤(りゅうじょう)”や! 独特なシルエットでしょ? でも、艦載機を次々繰り出す――――」

「そんなこったろーと思ったよどちくしょおおおおおおおおーーーーーー!!!」

「ぅええぇっ!!?」

 

 新たに建造された龍驤の台詞を遮り、横島が男泣きに泣きながら怨嗟の雄叫びを上げる。出会って数秒の奇行に龍驤は変な声を出してしまう。

 

「ちょちょちょ、君、どないしたん!?」

「恐らくですが……」

「うわぁっ、君も突然やな明石っ!? それで、この子はどないしたんよ?」

 

 今も横島は悔しそうに恨みのこもりまくった叫びをキーやん達に上げている。今明かされる衝撃の真実なのだが、横島が冒頭のレポートを送ったのはこの出来事があった後だったりする。何て奴だ。

 

「恐らく提督は『空母っていうくらいなんだからきっとチチシリフトモモが母性的な感じに違いない!!』みたいに考えていたのではないかと」

「ほっほぉ~~~う?」

 

 明石の推測に龍驤が横島をギヌロと睨む。確かに彼女は独特なシルエットをしているが、それは同時に彼女のコンプレックスでもあるのだ。その独特なシルエットをここまで露骨に馬鹿にされては許してはおけない。独特なシルエットにだってかなりの需要があるのだ。

 

「でも龍驤もかなりの美少女だし別にいいや」

「ってあっさりと立ち直った!?」

 

 今泣いた烏がもう笑う。まさにお子様な感情の動きだ。横島は身体についた埃を払い、キリッとした表情で龍驤へと向き直る。

 

「俺はこの鎮守府の司令官の横島忠夫。よろしくな、龍驤」

「あ、ああうん。よろしく……。何や随分と浮き沈みの激しい子やな……」

 

 2人はしっかりと握手をし、言葉を交わす。と、段々と横島の手を握る龍驤の力が強くなってきた。

 

「それはそうと君ィ? 司令官もお年頃の男の子やし? おっぱいバインバイーンなんが好きなんも分かるけどさ、流石にさっきみたいのはウチ失礼だと思うんよ」

「あ゛……」

 

 凄む龍驤に横島の顔が青くなる。久しぶりの大失態だ。まさか普通の人間(?)の身で爆撃を受けるような事態になってしまうのか。怖過ぎる未来予想図に少し震えてしまう。

 

「まあその後ウチのこと“美少女”って言ったことは嬉しいけどさ。そんなんでウチは誤魔化されへんよ? ………………んふふ」

「……」

「んふ、んふふふふ……」

「……」

「ふへへ、美少女……美少女かぁ……見る目あるやんか、君ィ」

 

 龍驤は顔を赤らめ、イヤンイヤンと身体をくねらせる。これには横島も傍から見ていた明石も「何だこの可愛い生き物」という感想を抱いた。

 横島は先程独特なシルエットに落胆してしまったことに自己嫌悪する。確かに独特なシルエットだが、それはルシオラもそうだったじゃないか、と。

 かつて愛した、そして今も愛する彼女も独特なシルエットだったのだ。自分はそれをも受け入れるべきなのだ。そしてキーやん達に感謝を捧げよう。こんなにもバリエーション豊かな美少女をたくさん生み出してくれたことを。でも龍驤含め、ロリっ娘が多いのはちょっとどうかと思う。そんな失望と拒絶の意思も込める。何て奴だ。

 

「何はともあれ、これからよろしくな龍驤」

「ふふんっ。任せとき! ウチが来たからには100人力や!!」

 

 こうして横島鎮守府に新しい艦娘が所属した。独特なシルエットの胸を反らし、ふんぞり返る姿は可愛らしい。きっと、これからの海域攻略で大いに活躍してくれることだろう。

 

 

 

 

 ――しかし、横島は知らない。

 とある任務の報酬で、正規空母“赤城(あかぎ)”が手に入るということを。

 しかもそれが、うっかり選択するのを忘れていた任務だったということを――――。

 

 ――任務『敵空母を撃沈せよ!』未達成――

 

 

 

 

第十九話

『独特なシルエットは希少価値だ!!』

~了~

 




新しい艦娘はなんと龍驤でした。(白目)
龍驤の関西弁って難しいんですよね……。関西弁というかアタシ弁というか。とにかく普通の関西弁じゃないんですよね。
コナンのとあるエピソードが思い出されるなぁ……。

あと今後独特なシルエットネタはほとんど登場しないと思います。今回はちょっとやりすぎたかな? って感じですしね。

それではまた次回。


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ある意味、地獄の始まり

何か物凄いバタバタした一週間だったなぁ……

皆さん、熱中症にはお気をつけ下さいね。


 ここは1―4『南西諸島防衛線』そのボスマス。そこでは艦娘達が深海棲艦と熾烈な争いを繰り広げていた。

 

「艦載機の皆、お仕事お仕事ぉ!!」

 

 龍驤は右手で持っていた巨大な巻物を広げ、左手には切り紙人形を指に挟み持つ。龍驤は巻物に描かれている滑走路にその人形(ひとがた)を走らせ、その姿を戦闘機へと変容させる。

 

 ――――航空式鬼神召喚法陣龍驤大符。巻物には滑走路と共にその文字が書かれている。龍驤はこの巻物の力と自らの霊力で人形(ひとがた)を変化させているのだ。

 

「さあ、ばんばんいてこましたれー!!」

 

 龍驤が左手の人差し指と中指を伸ばし、剣指を作る。剣指に灯るは霊力の光だ。『勅令』という文字を浮かべたそれは龍驤の意思を艦載機達に伝え、自由自在に操ることが出来る。

 龍驤から放たれた艦載機達は空を行き、敵艦達に攻撃を仕掛ける。敵空母ヲ級は必死に逃げるもそれは叶わず、爆撃に巻き込まれる。爆煙が噴き上がり、ヲ級の姿が見えなくなるが、艦載機と感覚をリンクしている龍驤は確かな手応えを感じていた。

 

「やったかっ!?」

 

 油断なく爆煙を見据える龍驤。強い風が吹き、徐々に煙を流していく。徐々に顕になる海。やがて開けた視界には、深海へと沈み行くヲ級の姿があった。

 

「やってた!!」

 

 これには龍驤もガッツポーズ。満面の笑みを浮かべて喜ぶ姿は大変可愛らしい。しかし、ここは未だ戦場である。猛烈な勢いで重巡リ級が龍驤目掛けて突進してくる。……が、しかし。

 

「敵は、ウチだけやあらへんよ?」

 

 龍驤はリ級をちらりと見やり、小さく舌を出す。瞬間、リ級は横合いから砲撃を受け、思い切り吹っ飛んだ。神通と那珂の援護射撃だ。

 

「ばっちり命中ー!!」

「あの、お、お怪我はありませんか、龍驤さん?」

「うん、へーきへーき。助かったよ」

 

 謎のポーズを取って喜ぶ那珂を放置し、神通は龍驤の安否を確認する。随分とおどおどとしているが、それだけ龍驤のことが心配だったのだ。龍驤はそんな神通に対して笑顔を浮かべ、優しく頭を撫でてやる。……身長の関係で年下の女の子が年上の女の子に対してお姉さんぶっているように見えるのが微笑ましい。

 

「ア……アアアァァ……ッ!!!」

 

 龍驤達が醸し出す和やかな雰囲気を吹き飛ばす雄叫びが上げられた。満身創痍ながらも艦娘を倒そうと、リ級が力を振り絞り立ち上がったのだ。緩慢な動きだが、それでも1歩1歩を踏み出し、龍驤達へと迫るリ級。だが、彼女は戦闘空間の変化に戸惑い、その動きを止めてしまった。

 

 空間が暗く暗く、夜の闇に染まっていく。――――夜戦の始まりだ。

 リ級が気付いた時にはもう遅く、龍驤達は既に遠くへと離れている。咄嗟に後を追おうとするが、視界の隅に映りこんだものがそれを押しとどめた。2人の艦娘、曙と満潮。そして気配で分かる。背後にももう1人の艦娘が居る。……霞だ。

 

「いっけえええぇぇ!!」

 

 曙の叫びを合図に3方から迫る砲撃と魚雷。リ級は何も出来ず、ただ身を滅ぼす業火に焼かれ、海の底へと沈んでいった。

 

『――――お疲れさーん。いやー、快勝だったな!』

「那珂ちゃん大活躍ー!!」

「イヤイヤ、君はほとんど何もやっとらんかったやろ? 活躍したんはウチやから」

 

 戦闘が終わり、横島から労いの言葉が掛けられる。途端に始まる自分が1番活躍したというアピールタイム。神通はついて行けずに慌て、霞や曙達は呆れ顔だ。

 

『それにしても、大分安定して勝てるようになってきたな。龍驤の開幕爆撃は強いし、神通や那珂ちゃんの安定感は頼もしいし、霞達も最近は3人での運用が多かったからかチームワークも抜群だしな』

 

 横島は上機嫌に皆を褒める。天龍が戦線から一時離脱してゲーム内時間で早5日。当初は全員が大破や中破をしての敗北、決定打を与えられずに戦術的敗北などが多かったのだが、今では皆の練度も上がり、何とか勝利の数を増やしてきている。

 天龍が抜けた中、最も頼りになっているのは軽空母の龍驤だ。天龍の様な何だかよく分からないデタラメな強さというわけではないが、空母の制圧力はまた違った頼もしさがある。

 横島は龍驤を頼り、龍驤は横島に優遇される。Win-Winの関係だ。(違)

 

「それはいいけど、ちょっと龍驤さんに甘え過ぎよ? 確かに軽空母である龍驤さんは強力だけど、それに頼り過ぎてたら他の戦術を練ることが出来なくなるわ」

『う……』

「それに、龍驤さんをちゃんと休ませてるの? ここ最近ずっと出撃してるけど、疲れが溜まったら当然ベストなパフォーマンスを発揮出来ないのよ? 龍驤さんを頼りにするのはいいけど、だからといってそれに拘泥するのは馬鹿のすることよ」

『うう……すんませーん』

「私に謝ったところでしょうがないでしょうが。ちゃんと龍驤さんに対して頭を下げて――――……」

 

 今頃執務室では横島が液晶(スクリーン)に向かってペコペコと頭を下げているのだろう。……もしかしたら土下座かもしれない。曙と満潮は2人の姿に教育ママとその息子を幻視した。

 

「それにしても疲れたわね……。はーぁ、近代化改修でもしてくれればもっと楽になるんでしょうに……」

「あのクズ、一向にしてくれないものね……まあ、それに関しては分からないでもないけど」

 

 そのまま曙と満潮は横島への愚痴を述べ始める。指揮に関しては今は特に無いようだが、それ以外の鬱憤が溜まっているらしい。その後も盛り上がる愚痴大会だったが、横島から帰還命令が出されたことで一旦中止となった。続きは帰ってから、一杯引っ掛けながらやることになるだろう。……傍目から見ればとても荒んだ光景である。

 

 

 

 

 通信を切り、液晶の電源も落とした横島は背中を伸ばし、深い息を吐く。戦闘の後はいつもこうだ。緊張と恐怖に凝り固まった身体を解し、吹雪が淹れてくれたお茶を飲んで一息入れる。熱めのお茶が身体に浸透し、心身をリラックスさせてくれる。

 

「はぁー、今日も無事にみんなが帰ってこれる……。どれだけ経っても心配なものは心配だよなー……」

 

 横島はまったりとしながらも腹をゆっくりとさする。未だ幼いと言える女の子達を戦いに行かせるのは、やはり胃にくるものがあるのだ。

 

「心配してくれるのは嬉しいんですけど、もう少し信用してくださいよ」

「アンタもいい加減慣れなさいよね」

 

 横島の様子に苦笑を浮かべるのは吹雪、呆れるのは叢雲だ。毎度のことにすっかりと慣れてしまった2人だが、始めの頃はけっこう嬉しがっていたことは公然の秘密である。

 

「ほら、提督。任務を達成したんですからちゃんと報酬を受け取ってください」

 

 大淀が吹雪達と談笑していた横島に端末を渡す。画面を覗いてみれば、確かに『敵空母を撃沈せよ!』の横に“達成!”の文字があった。

 

「ルーチンワークの如く任務画面を確認せずにいたから全然気付かなかったんだよなー」

「霞ちゃんに知られたら怒られますよ?」

 

 横島の発言に大淀は苦笑を浮かべながらもそう返す。まるでその光景が目に見えるようだ。それはともかく横島は端末を操作し、報酬を獲得する。海域の攻略はまだまだ序盤。僅かとしか思えないようなものでも、横島鎮守府にとっては貴重な資材だ。

 

「……ん?」

 

 何やら横島の視界の上方、光る球体が見える。そう、久々の任務報酬艦のお出ましだ。

 

「おっ? 久しぶりだな。今回は軽巡か重巡か、それとも戦艦か?」

「いや、流石に任務報酬で戦艦はないでしょ」

 

 叢雲のツッコミなぞなんのその。横島はウキウキ気分で光が艦娘になるのを待つ。――――そして、光が人の形を取る。

 

「……これは……!!」

 

 光の中から浮かぶシルエット。横島よりは低いが、それでも成人女性として平均ほどであろう身長。右肩に装着されている板状の何か。徐々に顕になってきたことから判別出来たのだが、胸当てによって押さえられた――それでも充分に大きいと言える胸。ミニスカート状の袴によって惜しげもなく晒された白い太腿。

 

 ――――美女だ。横島よりも外見年齢が上の、美女艦娘だ。

 

「航空母艦、赤城です。空母機動部隊を編成するなら――――」

「何で俺はもっと早くにこの任務に気付かなかったんだあああぁぁぁーーーーーっ!!!」

「ひえぇっ!?」

 

 自分の台詞が遮られ、両の目から血の涙を流して慟哭する横島の姿を見た赤城は面白いくらいに驚き、身をビクンと跳ねさせる。誰だってそうだろう。自分を見て血涙を流されたら堪ったものではない。“艦これ”はホラーゲームではないのだ。スプラッターなのは勘弁していただきたい。

 

「え、ええっ!? 一体どうして……!? あの、衛生兵!? 救急車!?」

「慌てない慌てない。わりといつものことだから」

 

 慌てふためく赤城に、叢雲はお茶を啜りながら落ち着くように促す。ちなみにだが叢雲が飲んでいるお茶はさっきまで横島が飲んでいたお茶だ。

 

「い、いつものことって……まさか、何か重い病気……!?」

「ああ、うん。まあ、病気と言えば病気かしらね……?」

 

 思春期の少年ならば、誰もが抱える苦しみだ。横島の場合、きっと不治の病なのだろう。

 

「あ、あの、大丈夫で――――」

「ああ、何て優しいんだ貴女は!! 苦しみ悶える僕をこんなに心配してくれて!!」

「――――って何事!!?」

 

 気付いた時には先程まで血涙を流して慟哭していた少年に手を握られ、何かとても良い声で口説かれ始める。横島の顔は血涙を流した事実など無かったかのように平常通りであり、彼の瞳はキラキラと無駄に輝いている。

 

「あ、あの……だ、大丈夫なんですか……? さっき、血の涙を流してましたけど……」

「ははは、あんなものは慣れっこです。ボクの友人みたいなものですよ! いや、もしかしたら貴女が心配してくれたことによって苦しみから解放されたのかもしれない。……流石はボクの愛した人だ!!」

「ええぇっ!? いや、あの、私達は初対面じゃ……!?」

「愛は時空も空間も越えるんです!! 人間と艦娘の種族を超えた愛にぼかーもー!!!」

 

 横島は戸惑う赤城をそのままに強引に話を進め、混乱している隙に乗じて唇を突き出し迫る。それは見事赤城の薄桃色の唇と接触を果たそうとしていたが、やはりそうは問屋が卸さない。

 

「あ、どっこいしょーーーーーーっ!!!」

「――――――ッッッ!!?」

 

 叢雲があと少しのところで止めたのだ。具体的には横島の肝臓に、持っていた槍の石突部分を叩き込んで。当然衝撃は内臓を突き抜け、哀れ横島は声を出すことすら出来ずに床に沈んで悶える。

 

「ちょ……!? む、叢雲、貴女ちょっとやりすぎよ!!?」

「大丈夫。これもいつものことだから」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」

 

 赤城の指摘に涼しい顔で返す叢雲。当然槍の下には横島の頭があり、石突でぐりぐりと痛みを与えるのも忘れない。どうでもいいことだが、横島の視界には叢雲のパンツが映っている。位置的に丁度見上げる形だ。……横島の煩悩が反応し、一瞬で痛みが消えてなくなる。

 

「それはともかく、ようこそ赤城。この司令官に代わって歓迎するわ」

「え、ええ。ありがとう叢雲……って、司令官っ!? あ、あなた、司令官に何てことをっ!!?」

「ああ、本当にいつものことだから気にしなくていいぜ。俺がこの鎮守府の司令官、横島忠夫だ。風呂やベッドの中までよろしくな!」

「あ、はい。よろしくお願――――もう復活してるっ!?」

「アンタいつの間に抜け出したのっ!?」

 

 叢雲のパンツのおかげで横島はすぐさま復活出来た。その様はどう考えても普通の人間ではない。彼は本当に人間なのだろうか。

 

「いやー、赤城さんみたいな美人が来てくれたらなーっていつも思ってたんすよ!」

「は、はぁ。どうも……」

「相っ変わらずこいつは本当にもう……!!」

「まあまあ叢雲ちゃん、落ち着いて」

 

 早速鼻の下を伸ばして赤城を口説き始める横島に、叢雲の苛立ちが募る。それを宥める吹雪だが、彼女もやはり面白くはない。先程横島が叢雲のパンツで復活したことを教えてやろうかという考えが吹雪の頭を過ぎったが、それは外から響いてくるパタパタという足音によって放り出された。

 

「……誰かしら?」

「この足音は明石だな。他にも1人居るようだけど……?」

「アンタ……流石にちょっとドン引きなんだけど……」

 

 足音で誰かを特定するのは素晴らしい技能なのだが、それを扱っているのが横島なので叢雲はちょっとした恐怖を感じてしまう。実際恐ろしい。

 やがて明石のものと思われる足音が執務室の前で止まり、ノックもそこそこにやや荒々しくドアが開け放たれた。

 

「やりましたよ提督!! 新たに提督好みの艦娘を建造出来ました!!」

「何だって!? それは本当かいっ!?」

「何キャラなのよ、その反応は……」

 

 明石は意気揚々と横島に報告する。実はこの明石、横島に建造と開発を一任されたせいか横島に対する好感度がかなり上昇したのである。しかも()()()()()()()資材を趣味に使ってもよいという好待遇だ。勿論、度が過ぎれば怖いお仕置きが待っている。

 

「ええ、本当ですよ! ……ほら、入ってきてください!!」

 

 明石は背後に控える1人の艦娘に声を掛ける。明石が道を空け、執務室に入ってきたその艦娘は、冷たく、静かな、それでいてどこか温かみのある目で横島を見つめ、自らの名を告げる。

 

「――――航空母艦、“加賀”です。あなたが私の提督なの? ……それなりに、期待はしているわ」

 

 横島を真っ直ぐに見つめ、加賀はそう言った。赤城に続き、2人目の正規空母の登場である。これにより、横島鎮守府はよりカオスを深めていくことだろう。

 とりわけ、これから暫くの間は鎮守府が地獄の様相を呈するのだ。龍驤、赤城、加賀という空母が食い散らかす、大量の資材によって――――。

 

 

 

 

 

『ある意味、地獄の始まり』

~了~

 




序盤の序盤で赤城と加賀が同時に来る喜び――――を遥かに上回る苦しみ……!!

遠征を回せないから資材が……!!
駄目だ!! 被弾するな!! 中破するn大破しやがったああああああああ!! ▂▅▇█▓▒░(’ω’)░▒▓█▇▅▂うわあああああああ


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加賀と天龍

資源が枯渇する前のちょっとしたお話。(白目)

一応重要っぽい設定が入っているような、そんな感じです。


 

「――――航空母艦、“加賀”です。あなたが私の提督なの? ……それなりに、期待はしているわ」

 

 加賀が自分と同時に建造されたことに、赤城は眼を大きく見開く。加賀とは第一航空戦隊として共に戦った仲であり、同時に無二の親友でもある。そんな存在がこのタイミングで来てくれたのだ。これには運命を感じてしまう。

 

「加――――」

 

 赤城は笑顔を咲かせ、久しぶりに会った加賀と旧交を温めようとするのだが、1つまばたきをした瞬間、彼女の考えは脆くも崩れ去る。

 

「――建造され(生まれ)る前から愛してました」

「……っ!?」

 

 まばたきによって眼を閉じて開けるまでのゼロコンマ何秒か、たったそれだけの間に隣にいたはずの横島が加賀の前にまで移動し、手を握っていたのだ。

 

「え、ええっ!!? さ、さっきまで隣にいたのに!!?」

 

 赤城は横島の人間離れした身体能力に仰天するが、それは加賀も同じだった。先ほどまで離れていたはずの男が、まばたきの間に自分の眼前にまで移動し、しかも手を握って告白までしてきたのだから。

 

「……私とあなたは会ったばかりだと思うのだけど」

「愛に時間は関係ないんです!! こうして僕とあなたが出会ったんです。それは、新たなる恋の始まりと言っても過言ではありません!!」

 

 一体どういう口説き文句なのだろうか。突っ込みどころが多くてどこから突っ込むか迷ってしまうが、とにかくこのままでいるのはこの鎮守府を預かる司令官として不味いだろう。

 叢雲は加賀が怒りだす前に自分が苛烈なお仕置きをして加賀に怒らせる暇を与えずに、『鎮守府は叢雲のおかげで回っている』という印象を持たせようと画策する。

 だがしかし――――。

 

「……そう。まあ、良いけれど」

「……受け流したっ!?」

 

 加賀、意外にも横島のナンパ(?)をスルー。そのスルースキルの高さに叢雲は感心する。まともに取り合わず、完全に流すことによって横島からそれ以上の行為をさせないようにしているのだ……と、叢雲は判断した。だが、それは間違いである。

 

「……加賀さんっ!?」

 

 加賀の親友、赤城は気付いた。否、気付いてしまった。加賀が横島から微妙に視線を外し、頬をほんのり赤く染めていることを! 傍目からは気付き辛いが、肩や太腿などがしきりに動き、恥ずかしげにモジモジとしていることを!! 赤城は気付いてしまった!!

 

 ――あの加賀さんが、照れてるっっっ!!?

 

 このような加賀を赤城は見たことがなかった。いつも冷静で落ち着いている彼女が、これほどまでに感情を顕にするとは、赤城には信じられなかった。勿論その加賀に気付いているのは赤城ただ1人だけであるのだが、赤城はそれにこそ気付かない。

 そうして赤城が衝撃を受けている間に、話は進んでいるようだった。

 

「ところで、さっきもう1人正規空母が着任したんすよ。赤城さんっていう人なんですけど……」

「赤城さんが……?」

 

 横島の視線につられ、加賀が赤城を視界に収める。大きく眼を見開き、同じくぽかんと大きな口を開けている赤城が加賀を見ていた。

 

「赤城さん……!!」

 

 赤城の顔を見た瞬間、加賀の表情がぱっと華やぐ。加賀にとっても赤城は戦友にして親友。同じタイミングで着任したと知れば、やはり嬉しいものなのだろう。

 加賀は赤城の下へと歩き、再会を祝して言葉を交わす。それはとても良い光景なのだが、皆は何か戸惑っている様子の赤城に何かあったのだろうかと疑問を抱いた。嫌がっている感じではないので、とりあえずは置いておく事にする。

 

「……」

「……なーにをニヤニヤと2人を眺めてんのよ?」

 

 赤城と加賀の2人をそれはもう鼻の下を伸ばして見守っている横島に叢雲が噛み付く。当然理由を知りたいわけではない。むしろ理由を理解しているからこそ腹が立つのだ。

 

「いやー、やっぱこう……イイなぁ……って」

「ああはいはいそうでしょうねえそうでしょうとも」

 

 叢雲は横島の足を踏んづけ、ぐりぐりとにじる。それだけでなくいくつかの冷たい視線が横島を刺すのだが、彼はそれを気にしない。今の横島は赤城と加賀に夢中。今の横島を正気に戻すならば、赤城達と同等のチチシリフトモモが必要だ。つまり叢雲達には不可能である。というかそれで正気に戻るのだろうか。

 

「あらあら~、何だかとっても賑やかねぇ」

「また新しい艦娘でも来たのか?」

 

 機嫌が急降下していく叢雲達の前に救世主が現れる。車椅子に乗った天龍と、その車椅子を押す龍田だ。

 

「天龍? もう動いて大丈夫なのか?」

 

 天龍達の効果は絶大であり、横島は瞬時に正気を取り戻して天龍の元へと歩み寄る。彼の眼には天龍に対する心配の色が宿っており、純粋に天龍の身体を気遣っていることが分かる。

 

「ああ、普通に過ごす分には問題ないとは思うんだけどな……龍田が許してくれねーんだよ」

「うふふ、だって天龍ちゃんってやせ我慢が得意ですもの~。こうして私が見ててあげないと、また無茶しちゃうんだから」

 

 天龍を熱烈に看護する龍田と、それにうんざり気味の天龍。横島は文珠を使って天龍の身体を軽く霊視してみる。

 

「……あの時よりは大分マシになってるけど、まだ激しい運動は出来そうにないな。ま、もうちょっとだけ龍田の世話になっておけよ」

「……マジかよぉ」

 

 横島の言葉に天龍は肩をがっくりと落とす。そんな天龍を見つめる龍田は終始笑顔のままだ。天龍の世話を焼けること、天龍を困らせること、そのどちらもが龍田には嬉しいことなのだ。もし自分が今の天龍と同じようなことになった場合、龍田は天龍にそれはもうあまえ倒すだろう。それこそ、天龍がうんざり気味になるくらい。どっちに転んでも、龍田は得しかしないのだ。

 

「ところで、誰か新しい艦娘でも着任したの? 何だか叢雲ちゃんの叫び声や何かを殴打する音が聞こえてきたりしたけど~?」

「随分耳が良いんだな……いや、実はさっき正規空母が2人着任してさ」

「いきなり空母が2人も!?」

 

 天龍は驚きのあまり大きな声を出してしまう。何せ横島鎮守府は未だ出来たばかりの弱小鎮守府。戦艦はおろか重巡もおらず、戦力のほとんどは駆逐艦だ。資材も少ない現状においては軽空母ならまだしも正規空母が2人も来れば、鎮守府のお財布事情が一気に厳しくなる。

 

「……?」

「あら、あの2人は……」

 

 天龍の声に気付いたのか、赤城と加賀が顔を横島達へと向ける。まず視界に入ったのは横島と、やや離れた位置にいる龍田。そこから更に視線を下方向に向ければ、そこには車椅子に乗った天龍の姿。

 その姿に赤城は驚く。何故なら彼女達艦娘は入渠すれば轟沈状態以外の全ての外傷を癒すことが出来るからだ。だからこそ、天龍が車椅子が必要になる状態でいることに驚いている。まさか、司令官である横島は艦娘の怪我を治さないような男なのだろうか?

 赤城は横島に対して黒い疑惑を浮かべるが、周りの様子からそれは無いと考え直す。そんなような司令官であるならば、これほどまでに艦娘達に慕われはしないだろう。では、一体何故――?

 

「……」

「……あの、加賀さん?」

 

 しかし、と思う。天龍のことも気になるが、今は加賀のことの方が気になってしまう。赤城は考える。一体何故、加賀は自分の背中に隠れているのだろうか、と。

 

「……あの~? どうして加賀さんは赤城さんの後ろに隠れているの~?」

「……」

「……あ、あの~?」

 

 加賀の行動に疑問を抱いた龍田が加賀に質問するのだが、何故か彼女は一向に答えようとしない。それどころか、加賀は視線を一箇所に集中し、()()()()を何か複雑そうな表情で見つめている。

 

「……何だよ?」

「……っ!!」

「あ? おい、だから何だって――」

「……っっっ!!!」

 

 その人物とは、天龍。加賀は何故か天龍をじっと見つめており、彼女が言葉を発するたびに身体をびくりと跳ねさせる。その様は、まるで怯えているようだ。

 

「……もしかして、俺が怖いのか?」

「……っ!!?」

 

 何気なく呟いた、核心に迫る一言。加賀はその内容に驚きながらも……やや躊躇いがちに、頷いた。

 

「加賀さんが、天龍さんを……!?」

 

 その事実に、赤城はこれまで以上に驚愕を覚えることとなる。加賀は、間違いなくここに着任してきたばかりであるし、天龍とあったのもこれが初めてのはずだ。なのに何故、どこに天龍を恐れる要素があるというのか。見た目? 言葉遣い? もしかしたら龍田?

 益体の無い考えが赤城の脳内を駆け巡るが、そのどれもが答えとは思えない。答えを求めて何気なく天龍に視線を移せば、そこにはにんまりとした笑みを浮かべた天龍の姿が。

 

「……ふーん。俺が怖い……ねえ。そうか、俺が怖いのか……。じゃあ仕方ねーよな、うん。何てったって俺が怖いのがいけねーんだからな。俺が怖い……俺が怖いか……ふふ、ふふふふふ……」

 

 加賀に怖いと言ってもらえて嬉しかったのか、天龍は「俺が怖いか……」と呟きながらニヤニヤと笑う。正直別のベクトルで怖い。

 

「……加賀さん、天龍さんのどこが怖いの? 正直会ったばかりなんだし、怖がる要素が無いように思えるんだけど……」

「……それは」

 

 赤城は埒が開かないと考え、加賀に直接聞いてみることにした。赤城の問いを受けた加賀はようやく自分に反応を返してくれたが、何か言い辛そうにしている。余程言いたくないような理由なのか、あるいは言葉が見つからないのか。

 

「……正直、私にも分からないの」

「……え?」

 

 ようやく加賀が出した答えは、赤城の予想を超えていた。赤城は加賀に視線でそれがどういうことなのかを問い、加賀はその視線に言葉に詰まりながらも自分が抱いている感情を吐露していく。

 

「本当に、分からないの。ただ、天龍を見た途端、何か怖くなったというか……」

「……」

「それに、それだけじゃなくて。怖いっていう感情と……申し訳なさ、っていうのか……それと、何かこう……感謝? そう、感謝しているような感じも……」

 

 それは、随分と複雑な感情のようだった。恐怖と、申し訳なさと、そして感謝。1人の人物に対して抱くには、少々歪にも思える。

 

「……どういうことなんでしょう、司令官?」

「んー……」

 

 横島には吹雪の問いに答える術がない。そもそも当事者である加賀にも分かっていないのだ。今日始めて会った者達の事情等はわかるはずがない。当の2人だって、()()()()()()()()()()()

 

 ――――いや、待てよ? それならどうして……。

 

 横島は()()に気が付くと、()()()()()()()()疑問が浮かんでくる。それは、もしかしたらこの艦これというゲームに……艦娘という存在に関わってくる様なこと。今はまだ情報が圧倒的に足りない。それを考えるのは後にして、今は天龍と加賀のことだ。

 

「それにしても、これから先天龍が完治したら同じ部隊になることもあるだろうし、このままってわけにはいかねーよなあ」

 

 頭を掻きながらの横島の言葉に、皆は一様に難しい顔をする。確かにこのままでは大問題だ。未だ戦力の低い横島鎮守府では、どうしても一緒に出撃してもらうことになるだろう。その時に加賀がこんな調子では戦線に支障を来たす。

 

「う~ん……困ったわねぇ……」

「加賀さん……」

 

 龍田も赤城も頭を捻るが、一向に良い考えが浮かばない。さてどうしましょ、と横島が呟いた時、天龍が車椅子の車輪を回して加賀の前まで移動した。

 

「……!!」

 

 いきなりの行動に身体を固くさせる加賀。色々な感情を持っている様だが、やはり1番に来るのは恐怖らしい。

 

「天龍……!?」

 

 天龍の行動に皆が注目し、固唾を呑む。天龍は真剣な眼差しを加賀へと向け、加賀も恐怖を宿しつつもその眼は逸らさない。そのまま10秒、20秒……。天龍が、動く。

 

「……!!」

 

 天龍は笑みを浮かべながらすっと加賀に人差し指を向ける。

 

「何だかよく分かんねーけど、お前が俺を怖がってるってのは充分に伝わってきた。それが何でかってのが分からねーのが引っ掛かるっちゃー引っ掛かるが……」

「……」

 

 天龍は加賀の眼を強い意志の篭った視線で射抜き、今度は自分を指差し自信満々に啖呵を切る。

 

「これから先は俺を怖がる必要はねーぜ。今の俺達は仲間だからな! お前の事もこの俺が守ってやるよ!!」

「――……!!」

 

 実に男らしいその宣言に、加賀は驚いた。驚いたのは、何も天龍にだけではない。自分が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 この感覚は一体何なのだろうか。まるで、自分は天龍の力を知っているかのような、奇妙な感覚。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――迸る赤と黒の閃光。視界と己とを()く光の奔流。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ?」

 

 加賀の脳裏に、何らかの映像が浮かぶ。それが何かはもう思い出せない。だが、自らが天龍に抱く恐怖の理由には近付けた気がする。

 それは、光だ。天龍が発する光。それが加賀に恐怖を呼び起こさせていたのだ。加賀の中の“死”のイメージ。それが、天龍の放つ光に似ているのかもしれない。

 

「今の天龍ちゃんは、私に守られてるけどね~?」

「茶化してんじゃねーぞ龍田ァ!!」

 

 笑顔と共に龍田に背後から抱き締められる天龍。両手を広げて憤慨する様はどこか可愛らしく、先ほど男らしい台詞を吐いたとはとても思えない。そのギャップが、どこかおかしかった。

 

「――……」

「ん?」

 

 吐息が漏れるかのような、微かな声。それは、確かに笑い声だった。

 

「何だよ?」

「……いえ、別に」

 

 どうやら加賀が笑ったようだ。天龍は最初こそ不満そうにしていたが、加賀が笑ったということはそれだけ自分に対する恐怖が薄らいでいるということではないだろうか。そう考えると良い傾向なのではないかと思える。

 そう考えていると、目の前に手を差し出された。視線を上げてみれば、そこには微笑んでいる加賀の顔。

 

「……よく分からないことで怖がってごめんなさい。仲直りの意味も込めて、握手をしましょう」

「……まあ、お前がそうしたいってんなら」

 

 天龍は加賀の手をまじまじと見た後、もう一度チラリと加賀の顔を見る。相変わらず微かな笑みを浮かべ、手はそのままに。天龍はまいったというポーズを取りながらも、加賀のその手を握り締めた。

 

「これからよろしく」

「おう! こっちこそな」

 

 固く握り合うその手。ここに、2人の信頼が結ばれたのだ。

 

 

 

 

 

 

「話は纏まったのでしょうか?」

「どーやらそのようだな」

 

 天龍と加賀を少々離れた所から見つめる横島達。その手には煎餅を持っており、映画感覚で2人のやり取りを観賞していたことが分かる。

 

「このお煎餅美味しいですね。これは一体どちらの……?」

「ああ、これは間宮の手作り煎餅っすよ赤城さん」

「なるほど、間宮さんの……」

 

 どうやら途中から赤城も横島側に加わっており、美味しそうに煎餅を頬張っていた。難しい話より食い気の方が優先されたようだ。

 

「ところで天龍」

「何だよ加賀?」

 

 加賀はどうしても気になっていることがあった。ことは自分の将来にも関わってくる事。どうしても……というわけではないが、情報は欲しい。

 

「天龍は提督とはどういった仲なのかしら?」

「あん?」

 

 瞬間、空気が一気に重くなったような錯覚に見舞われた。何せ加賀にとって横島は自分に熱烈な告白をしてきた男だ。本人ではなく周りの人間に話を聞くと言うのもどうかと思うが、加賀は()()()()天龍とのことが気になったのだ。

 

「俺と提督の仲ねえ……んー」

 

 天龍は腕を組んで唸りを上げる。どういう風に表現するか悩んでいるのだ。

 横島はいち早く場の空気を読んで天龍が何かを言う前に撤退しようとしたのだが、吹雪に裾を掴まれ、叢雲に足を踏まれ、大淀と明石に肩を掴まれて逃走に失敗した。その状況にダラダラと冷や汗を掻いてしまう。

 

「そう、だな。一言で言えば……」

「一言で言えば?」

 

 天龍はもう面倒臭くなったのか、簡単に事実だけを話すつもりになったようだ。それは、とんでもない威力を持った爆弾である。

 

「――――寝ることを約束した仲かな」

「……」

 

 加賀が横島を見る。横島の様子から真実と判断。つまり、自分は弄ばれたのだ。

 

「……頭にきました。私が1番だというならいざ知らず、2番目だというのは納得出来ません」

 

 加賀の眼に激しい色が混じりだす。その色が示すものは一体何なのか。それはともかく、ここで更なる追撃が入る。

 

「そういえば大淀や明石も口説かれてたわよねー?」

「間宮さんもそうですね」

「敵の空母ヲ級もそうでしたよね、司令官」

「……私もついさっき口説かれましたね」

 

 もはや横島の身体は小刻みとかそういう問題ではないほどに震えている。周りの皆からは冷たい視線をプレゼント。

 

「私は2番目ですらなかったと。許しません。そこになおりなさい」

「提督~? 天龍ちゃんと、ナニをする約束をしたんですって~?」

「あ、あば、あばばばばば……!!?」

 

 加賀と龍田の眼が光って唸り、横島を倒せと輝き叫んでいる。このまま捕まってしまっては愛やら怒りやら悲しみやらが篭った何だか凄い折檻を受けてしまいそうだ。ここで横島が取る選択は1つ。

 

「自由への逃走!!」

「明石特製トリモチ弾発射」

「アッー!!?」

 

 横島は逃走を開始した瞬間にトリモチに絡め取られてしまう。強かに顔面を床にぶつけ、鼻血が出てしまうが加賀と龍田にそんなことは関係がない。

 

「詳しい話を聞かせてもらいます」

「逃げちゃだめよ~?」

「いやああああああああああああっ!!?」

 

 横島は2人に引き摺られ、どこかの部屋へと消えていった。念願の美女美少女達と個室でくんずほぐれつ(意訳)出来るので、横島にとっては本望だろう。

 大丈夫。龍田からも加賀からも嫌われてない。これを耐えれば、2人に勝てるんだから!

 次回『横島 死す』艦これスタンバイ!

 

「お、俺は悪くねえ!! 艦娘のみんなが美女美少女揃いなのがいけないんだ!! 俺は悪くねえっ!! 俺は悪くねえぇっ!!!」

 

 それが、横島の最期の言葉だったという――――。(死んでない)

 

 

 

 

 

第二十一話

『加賀と天龍』

~了~

 




唐突に入ってくるアニメ版(?)要素。

とりあえず加賀さんは横島への好感度は結構高めです。
何でかと言うと……何でだろう?(白目)
何かそうなってしまいました。申し訳ない。でも完全にデレるのには時間が掛かりそうです。それで勘弁してください。お願いです何でもしますから。

それではまた次回。


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溶けて消えて

一体……何が溶けて消えるというんだ……!?(棒読み)


 

さて、赤城と加賀を加えた第一艦隊は現在1―3を攻略中である。これは加賀が横島に自分の実力を見せるために進言した結果だ。

 メンバーは那珂を旗艦に神通・皐月・深雪・赤城・加賀。ちなみに今回は3回目の出撃であり、任務『敵艦隊を撃破せよ!』と『敵艦隊主力を撃滅せよ!』は達成済みである。

 それでもまだ出撃を繰り返すのは、主に那珂の「那珂ちゃん最近活躍してないから、ここでしっかりとアピールしておかないと!」という意見と、加賀の「1度目も2度目もボスマスに着かなかった……戦艦を沈めるまで止める気はないわ」という意見が出たからだ。

 横島としては2人の言葉を無視して終わらせてもいいのだが、2人は見るからにやる気満々であり、他の4人も苦笑はしつつも那珂達の意見に賛成しているのだ。皆がそう言うのなら仕方ない、と横島は諦め、それでも皆の疲労を考え、今回か、その次には終わらせるつもりである。

 

『そんなわけで、頼むぞー羅針盤妖精』

 

 やや黄色がかったポニーテールの羅針盤娘が「えいえいえーいっ」と勢い良く羅針盤を回す。そうして示された針路は、加賀が望んでいたボスマスだ。

 

『いよっし! 加賀さーん、次はボスとの戦闘だぜ』

「ようやくですか……」

 

 横島の言葉に、加賀は静かに答える。だが、見る者が見れば分かるだろう。彼女から濃密な闘志が溢れていることを。今まで散々お預けされていたのだ。今の加賀は()る気に満ち溢れている。

 

「何だか凄い気合入ってるよね、加賀さん」

「加賀さんって、ああ見えてかなりの激情家なのよねー」

「むむむ、気合なら那珂ちゃんだって負けないもーんっ!」

 

 それぞれがボスとの戦いを前に気合を入れ、海上を進んでいく。相手は戦艦。それでも皆がある程度余裕を見せているのは、それだけ自分の練度に自信があるからか。

 

『みんな分かってると思うけど、相手は戦艦なんだから油断はするなよー?』

 

 横島は一応皆に釘を刺す。彼女達がいるのは戦場。一瞬の油断が命取りとなる場所だ。横島の言葉に答えるのは赤城。油断や慢心とは一切無縁の女性だ。

 

「大丈夫です。私達は油断なんてしていませんよ。これは余裕というものです」

 

 自らの力量に誇りを抱いている赤城は胸を張り、横島にそう断言する。その姿は自信に満ち溢れており、表情にも油断は微塵も見られない。流石は油断や慢心とは一切無縁の女性だ。

 

『なら良いんだが……さて、おしゃべりはここまでだな』

 

 横島のその言葉を皮切りに、皆の様子が一変する。柔和な表情を湛えていた可愛らしい少女達から、凛々しくも引き締まった表情を湛えた戦士達へ。

 彼女達の見据える先。そこには艦娘達の敵である深海棲艦の姿がある。

 

「……最後のお仕事だね」

 

 先頭を走る那珂は一瞬だけ背後の皆を振り返ると、まるで猫のように口をにんまりと歪ませ、号令を掛ける。

 

「那珂ちゃんアイドル艦隊っ! 攻撃を開始しまーっす!!」

「……何とも締まらないわね」

 

 那珂の号令に、赤城はそっと溜め息を吐いた。

 

 

 

 

「……作戦終了。那珂ちゃんアイドル艦隊、帰投します」

『あいよ、お疲れー』

 

 横島は加賀との短いやり取りの後、通信を切って一息入れる。戦艦との戦闘だが、結果だけを言うならばあっさりと終わった。赤城と加賀の開幕爆撃。これにより戦艦ル級を含む3隻が撃沈。残りの2隻も那珂と神通、皐月と深雪にそれぞれ沈められ、“那珂ちゃんアイドル艦隊”は無傷で勝利を収めることが出来た。

 ……が、横島にとって1番の収穫は別にあった。

 

 ――――加賀も霊力が強い。天龍には及ばないけど、他のみんなよりはかなり強いみたいだな……。

 

 そう。それが1番の収穫だった。赤城も加賀も龍驤の人形(ひとがた)と同様に、自らの霊力を以って射った矢を戦闘機へと変質させる。

 矢を射る瞬間、2人から霊力が噴き出したのだが……特に、加賀は異様だった。

 

 ――――()()()()()()()()()()。天龍と同じく霊力が強いのはその為か……?

 

 加賀から噴出し、矢に集中した彼女の霊力。戦艦ル級が開幕爆撃で撃沈したのは恐らく加賀の力がほとんどだろう。それほどまでに加賀の霊力は強かった。

 天龍に続き、強大な霊力を持った艦娘の出現はありがたい。ありがたいのだが、いくつも疑問が残る。

 何故あれほどに霊力が強いのか。何故霊力光が2色なのか。何故天龍と加賀の2人だけなのか。この2人の共通点は。今後も同じような艦娘が現れるのか。疑問はまだまだ尽きない。

 それに、ここ最近艦娘達をより注意深く見ていると、艦娘達は全員が霊力持ちであることが分かった。深海棲艦を攻撃する時、深海棲艦からの攻撃を防御する時、白雪や深雪といった霊力を感知出来ない艦娘達も無意識に霊力を扱っていたのだ。

 霊力を感知出来る艦娘と、出来ない艦娘。この違いも気になる所なのだが……横島はガリガリと頭を掻くと椅子から立ち上がり、背筋を伸ばして凝り固まった身体をリラックスさせる。

 

「あ゛~……腹減ってるせいか、上手く考えが纏まんねーな。那珂ちゃん達が帰ってきたらメシにするか」

 

 首や腰をボキボキと鳴らし、軽くストレッチをする横島。吹雪はそんな横島を見つつ、彼の為に熱いお茶を淹れる。

 横島は食事をする際、出来るだけ多くの艦娘達と時間を合わせる。その方が多くの艦娘達と交流出来るし、何より男が自分1人だけなのでハーレム気分を味わえるからだ。

 吹雪達艦娘は訓練や出撃で集合するのが遅れてしまっても待ってくれる横島に、感謝と嬉しさを抱いている。吹雪はそんな自分を単純だと思ったりもするが、その気持ちを否定しようとは考えない。やはり、純粋に嬉しいからだ。

 

「はい、司令官。お茶が入りましたよ」

「お、サンキュー」

 

 横島は吹雪からお茶を受け取り、ふーふーと冷ましながら啜る。熱がじんわりと身体に広がり、それはやがて心も落ち着かせてくれる。

 

「今日の晩飯はなーにかなっと」

 

 横島は知らない。正規空母が、一体どれだけの資源(しょくじ)を食らうのかを。

 

 

 

 

 

 

「………………マジかこれ」

 

 鎮守府内の食堂、その一画。横島の眼前に広がる光景は想像の埒外だった。

 赤城と加賀の補給を兼ねた夕食。彼女達は2人で1つのテーブルを占領し、しかも大盛りとかそういった次元ではないくらいに大盛りにされた様々な料理を一杯に広げている。

 

「……こんなに食えるのか?」

「鎧袖一触よ。心配いらないわ」

「お残し? ……いえ、知らない子ですね」

 

 特に問題なく食い尽くせるらしい。2人とも心なしかキラキラと輝き、鼻息が荒くなっているように思える。もしかしたら戦闘の時よりも色々と気合が入っているのではと思えてしまうのはどうしてだろうか。とにかく、2人ともかなりご機嫌なのは理解出来る。

 

「……まあいいや。これ以上俺も我慢出来ねーし……吹雪、いつものよろしくー」

「はいっ、司令官!」

 

 横島は赤城達から眼を逸らし、吹雪へと声を掛ける。彼等の言う“いつもの”とは、吹雪の号令による“いただきます”だ。曙や満潮からは「子供っぽい」と嫌がっているが、そのわりに彼女達は毎回とてもよく通る声でいただきますをしている。霞はそんな2人をいつも生暖かい眼で見つめているのだ。

 

「それでは皆さん――――いただきますっ!」

「いただきまーっす!!」

 

 全員の声が重なり、食事が始まった。この食堂には特にルール等は存在しない。せいぜいが一般常識的に迷惑な行為をしないこと、いただきますはちゃんとすること、みんな仲良く……ぐらいなものだ。少々行儀が悪いが、会話しながらの食事も禁止されていない。

 やはり艦娘と言っても年頃の女の子達だ。堅苦しいのよりはこの方が喜ばしい。

 

「しっかし……(すげ)え勢いで料理が減っていってるな」

「これが、正規空母の力……!!」

「ハラショー。こいつは凄まじいね」

「本当だね……」

 

 ちゃっかりと横島の横を取った不知火と響が赤城達の食事風景に慄いている。横島の対面に座る磯波も赤城達に眼が釘付けだ……と見せかけて横島の食事風景に釘付けだったりする。横島は食べ方は豪快かつ汚いが、実はちゃんと綺麗に食べているのだ。1つの文章の前後で矛盾が発生しているように見えるが、それは気のせいである。

 

「み、深雪様だって負けないからなー!!」

「大食いなら任せるクマー!!」

「そこぉ! 無理に張り合おうとするんじゃねえ!!」

 

 赤城と加賀に対抗心を燃やした一部の負けず嫌いな艦娘が大食いをしようとするが、それはたまたま近くにいた天龍が止めてくれた。無理な大食いのせいで翌日腹を壊しでもされたら堪ったものではない。

 未だ完治していない天龍に負担を掛けるのは申し訳ないが、隣には龍田もいるのだ。彼女がいれば大きな問題に発展することもないだろう。

 

「ちなみにだけどな、あいつの周りには特殊な領域が存在してるんだよ。それは近くの料理を自分の所に引き寄せて、その場をほとんど動くことなく食事を続ける……通称“赤城ゾーン”っつー領域がな」

「……っ!!!」

「ま、マジクマ……!!?」

「それだけじゃねえ。あいつは“赤城ゾーン”に入った料理を瞬時の内に食っちまうんだ。その様はまるで料理が幻の様に消えていくことから、通称“赤城ファントム”と呼ばれていて――――」

「大真面目な顔で純粋な子達に嘘を教えないで下さいっ!!!」

 

 ついに赤城本人から苦情が来てしまった。龍田が止めることなくそのままにしていたのは、何か赤城達の食事の仕方に思うところがあったのか、それともその方が面白そうだったのか……。

 

「うふふふふ~」

 

 龍田はギャイギャイと赤城と言い争っている天龍を見て、楽しそうに頬を緩める。……どちらが正解か、あまりにも分かりやすい。

 

「何か恐竜を滅ぼしそうな話してんな、あいつら」

「何を言うとるん?」

「いや、こっちの話。……それにしても本当によく食うんだな、空母って」

「赤城や加賀達は大食らいで有名やからね。そのくらいは普通だよ」

「……そういう龍驤もかなりの量を食べているけどね」

「んん?」

 

 磯波の隣に座る龍驤。彼女の前には赤城達には到底及ばないものの、それでもかなり大量に料理が置かれている。彼女は軽空母。如何に正規空母である赤城達より燃費が良いとは言え、それでも駆逐艦達よりも多くの資材(しょくじ)が必要なのだ。

 

「い、いやだってウチは軽空母だし……ああ、でも。司令官は、こういう大食らいの女の子って嫌いなんかな?」

「俺はちゃんとしっかり食べる子の方が好きだな」

「即答!? いやでも……そうなんか。ふふふ、なるほど……やっぱ見る目あるで、君ィ」

 

 横島は現実では貧乏少年である。食事の大切さは何より理解しているのだ。……そのわりに煩悩の前に食欲が消えたりもしているが、横島は食べられることの大切さをよく理解している。だからこそしっかりとした食事を取る女の子の方が好みなのだ。

 龍驤はその外見から想像が出来ないくらいによく食べる。それがちょっとしたコンプレックスになっていたりもするのだが、この分ではそれも近い内に解決するだろう。横島は知らずの内に龍驤のメンタルケアを行っていたのだ。

 

「……何やら急におかわりをしたくなりました。明日の為にも、ここはしっかりと食べておきましょう」

「そうだね。明日の為にもしっかりと食べなければいけないね」

「あ、あの、私もおかわりを……」

 

 横島と龍驤の話を間近で聞いていた不知火達は小食のくせにおかわりをしに行く。既にお腹は一杯気味なのだが……負けられない、という思いが彼女達を突き動かした。なおこの3人は後で腹を壊し、翌日の出撃は出来なくなった模様。当然横島に“めっ”と注意されるのであった。

 

 

 

 

 

 そんな風にその日は過ぎていき、翌日も、その翌日も同じように時が過ぎていく。

 まずは練度上げの為に簡単な海域を繰り返し攻略し、遠征を回す。出撃や訓練で空いたお腹を間宮の料理で満たしていく。赤城達が来てから間宮の仕事量は激増したが、彼女は「私、今とても輝いています……!!」と、とても満足気だ。大淀から聞いた所、大本営からの連絡でそろそろもう1人サポートを付けるという話も出ているそうだ。

 

 そうやって日は過ぎ行き、皆との絆が深まっていく。新たな仲間。軽巡洋艦と駆逐艦。

 だが、新たに得るものがあるということは、それとは逆に失われていくものがあるということだ。

 

 横島は加賀の強さに関する情報を得るため、空母の中では1番多く出撃させた。しかし、分かることは少なく、ほとんどの疑問に回答は得られなかった。分かったことと言えば加賀はチチが大きく、シリもフトモモも横島好みであるということ。意外と激情家であるということ。そして可愛いということ。

 

 

 そんなだから気付かなかったのだ。加賀という自分好みの美女を多く出撃させるということ。吹雪や大淀から正規空母について説明を受けていたのに、鼻の下を伸ばしてすっかりと忘れ去っていたこと。煩悩が、彼の危機管理能力を超えていたことを。

 そんなだから、()()()は当然のように訪れた。

 

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

 

 端末のとある部分を見つめる横島・吹雪・大淀・霞の4人。何度()()()()を見ても結果は変わらずに、ただただ残酷に現実を表示してくれている。

 

「……で、どうするのよこのクズ」

「………………」

 

 霞の罵倒に横島は反応出来ない。彼はまるで空母を運用しすぎて資材を全部溶かしてしまったかのような顔をしている。――実際そうだった。

 資材? ああ、鎮守府の資材か。(やっこ)さん溶けたよ。

 

『燃料:8 鋼材:21 弾薬:218 ボーキ:115』<ドンッ!!☆

 

 横島が溶かした。

 

「ぐえー!」

「司令かーーーーーーん!?」

 

 横島は自分に何が起こったのかまるで理解出来ていないかの様な呆然とした表情でビターンと仰向けに倒れこんだ。ご臨終だ。

 やはり加賀と赤城、時々龍驤の連続出撃は遠征や任務で得られる資材よりも消費が激しく、一気に資材が溶けていったのだ。

 この事態に早くから大淀と霞は気付いていたのだが……2人はあえてスルーを選ぶ。勿論その身を以って資材の大切さを理解させるためだ。丁度他の艦娘達も加賀達の強さに頼りきりになってきていたので、タイミング的にも丁度良かったと言える。

 

 このままではまともな鎮守府運営など出来はしない。現状を打破する為、これから横島達が取るべき手段。

 それは第3艦隊、そして第4艦隊の開放である。

 横島は大淀から第3艦隊開放の条件を聞いている。まず目指すは、那珂と神通の姉である軽巡洋艦川内(せんだい)の入手――――!!

 

 はたして、横島鎮守府はこの危機を乗り越えることが出来るのだろうか――――。

 

 

 

 

第二十二話

『溶けて消えて』

~了~

 




「煩悩少年も、ベッドの上では純情だな……」

という台詞を艦娘の誰かに言わせたい。(挨拶)


現在の横島鎮守府の司令部レベルは20くらいかな……?
それで戦艦と重巡がおらず、駆逐と空母が主戦力なら多分あんな感じの消費になると思いますけど……ちょっと自信ないですね。
最近は枯渇とか言う前に全然掘りませんし……。

それではまた次回。


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追撃のグ〇ンドヴァイパー



ダメージ(資源)は更に加速(枯渇)した。




はい、大変お待たせいたしました。
今回2回~3回に分けた方がいいかなーとも思いましたが、結局は1話に纏めました。個人的には満足……。
その代わり読みにくかったり、何か変な感じになっている可能性が大となっております。

わりと期間が空いてしまっての投稿がこんなのですが、なにとぞご容赦ください。


 

「ここの司令官はどんな人なのかなー? 優しい人だといいよねー」

「女性にルーズな人で、それと同時に優しい人でもある。……とは聞いているけれど、会ってみない事には分からないわよね」

「ちょ、ちょっと怖いかも……」

 

 賑やかに執務室への廊下を進むのは新たに建造された軽巡洋艦娘の3人。それぞれが同じ制服を着ており、姉妹艦であることが分かる。

 まるで巫女装束をセーラー服にしたような外見のそれは一見奇妙にも見えるが、見慣れてくると不思議な魅力を感じさせてくれる。何がどう、とは言えないが、玄人好みの制服と言えるのではないだろうか。

 

 長良型軽巡洋艦一番艦“長良”、同二番艦“五十鈴”、同三番艦“名取”。それが彼女達の名だ。それぞれが高い攻撃能力を持っており、これからの海域攻略に欠かせない戦力になってくれるだろうことは想像に難くない。……まあ、()()()()()()()ではそれも難しいことなのだが。

 

「……」

 

 賑やかに前を進む3人の後をついて行く駆逐艦娘が1人。紫銀の髪に紺色のセーラー服。そのデザインは睦月型の物と同じであり、彼女は睦月型三番艦“弥生”である。

 きりりと上を向いた細い眉毛、強く前を見つめる眼やきゅっと結ばれた唇から、よく人から「怒ってるの?」と聞かれるらしい。本人は緊張のあまりそんな表情になっているらしいが、それが周囲にあまり伝わっていないのが不憫なところか。

 今も長良達の会話に参加することなくただ黙々と後ろをついてくるだけの弥生に、長良達は「弥生の機嫌が悪いのではないだろうか?」という疑問を抱かれている。何とも難しいものだ。

 

 そうこうしている内に辿り着いた執務室。皆を代表して長良がドアをノックし、入室の許可を取ろうとするのだが……。

 

「……返事がないね?」

 

 首を傾げる長良。もしかしたら執務室を留守にしているのかとも考えたが、ドアを挟んで微かに室内の声が聞こえてくることから留守ではないことは分かった。ではこちらに反応出来ないほど重要な話をしているのか、とも考えたのだが、生憎と長良は長時間待つ、ということが苦手だった。

 長良は臆することなくノブに手を掛け、許可を取ることも無くそのままドアを開けた。自らの姉の行動に眼を剥く五十鈴と名取だが、時既に遅し。ドアは完全に開け放たれ、長良は意気揚々と挨拶をした。

 

「失礼します! 軽巡、長良です! よろしくおねが――――」

 

 しかし、彼女の言葉は不自然に止まる。眼をぱちくりと見開き、眼前の光景が何なのかを理解しようと脳をフル回転させているのだ。五十鈴と名取は長良の様子を不審に思うも、釣られるように執務室へと視線を移す。果たして、その光景は――――。

 

 

 

 

「すんませんすんませんすんませんすんませんすんまっせーーーーーーん!!!」

「土下座すりゃ何でも許されると思ってんじゃないわよ、このクズ」

「序盤から戦艦や空母を使っていたら資源がいくらあっても足りない、と言っていたのに、どうして資源を溶かしているんです? 納得のいくお答えを聞かせてもらいたいのですが?」

 

 提督と思しき男性が、眼鏡を光らせている大淀と腕を組んで仁王立ちしている霞に対し、まるでコメツキバッタの如く土下座をしている。しかもその男性の尻を叢雲がげしげしと蹴っているという光景が広がっていた。

 提督と思しき男性の背中には初春が足を組んで座っており、優雅に扇子を扇いでいる。そんな珍妙な状態でも気品を損なわない初春は正直只者ではないだろう。

 

「……」

 

 長良は無言で扉を閉める。まるで理解が追いつかない。というか理解出来るわけがない。着任早々あのような光景は思考が停止して当然だ。現に長良だけでなく、五十鈴や名取、弥生すらも開いた口が塞がらない様子だった。

 

「……どうしよっか?」

「……どうしましょう?」

 

 そう簡単に答えが出るはずも無く、結局、彼女達が再びドアを開いたのはそれから10分後のことだった。

 

 

 

 

 

「俺が司令官の横島忠夫だ。……すまない。せっかく建造されたというのに、こんな鎮守府で本当にすまない……」

「あ、い、いえ、そんな……」

 

 正座の体勢で腕を後ろ手に縛られている横島が長良達に深々と頭を下げる。キリリと引き締まった顔が何とも逆にお間抜けだ。ちなみに横島の腕を縛っている縄は叢雲が握っている。その様はまるで罪人をひっ捕らえて来た岡っ引きのようだ。

 五十鈴は思わず引きつった笑みを浮かべる。提督と艦娘の様子から厳格な上下関係が築かれていないというのは理解出来た。それは色々と問題もあるが、今は置いておこう。しかし、いくら何でも艦娘が提督に暴力を振るうのはどうなのだろうか? いや、まあ提督がそれを当たり前に受け入れているあたりもっと気安い関係なのかもしれないが、それでも限度があるのではないかと思ってしまう。

 

「――――とまあ、これが現在の状況だ。悪いけど、しばらくはまともな出撃は出来ないんだよ」

「はあ、そんなことが……」

 

 五十鈴が少々物思いに耽っている間に説明は滞りなく行われた。それによれば空母の使いすぎで資源が枯渇したらしい。初心者によくあることだ。五十鈴も空母の強さは知っているし、序盤から正規空母2人、軽空母1人という戦力を頼る気持ちはよく分かる。しかし、いくら強いからと言って運用しまくればこうもなるだろう。これには苦笑の1つも浮かぼうというものだ。

 

「そんなわけで君たちに対する償いなんだが……すまない。今の俺には自分の身体で償うことしか出来ない……」

「――――ッ!!?」

 

 気付けば、横島が上半身裸で自分の手を握っていた。五十鈴はそんな理解不能な状況に腰を抜かしそうになる。横島の隣にいた吹雪や初春もいつの間にか抜けられていた縄と横島とを交互に見て驚愕に慄いている。

 

「さあ、あなたも僕との贖罪という名の愛の海に溺れて互いを貪り合うよーーーにーーーっ!!」

 

 横島としては長良達3人は外見年齢的にもう少し育って欲しい。育って欲しいが、それはそれ。長良達は横島的にストライクゾーンギリギリの外見年齢だったのだ。その中でも特に横島好みだったのが五十鈴。何が、とは言わないが、五十鈴はとある部分がとても大きい。そして中々に気が強そうだ。だから横島に狙われたのだ。

 五十鈴は突然の展開について行けず、ただ驚きで身を固めるだけ。このままでは五十鈴の貞操のピンチだ。――――しかし、こんな時に邪魔が入るのはいつものこと。今回も邪魔が入るのは当然だった。

 

「はいはい、今はそんなことしてる場合じゃないでしょ? ……それにしても、いくら五十鈴の胸が大きいからって、私とほとんど外見年齢が変わらないのに欲情するのはおかしいと思うのよ」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!?」

「ふむ。気にする所はそこなのか、叢雲よ」

 

 五十鈴が横島の毒牙に掛かる前に、叢雲が横島の顔面を掴んで止めた。魔のムラクモ・クローは絶対に外せない。横島もブリッジで耐えるがそのまま片手で持ち上げられ、ワンハンドスラムで投げられてしまった。

 

「ぎゃふんっ!? ……くっ、また身体が勝手に……っ!!」

「……ああ、そういう」

 

 初春のツッコミと叢雲の弁明もBGMに、五十鈴は1人納得していた。つまり、提督を止めるにはああいうことをしないといけないのだと。

 提督と周りの艦娘達に険悪な雰囲気は微塵も無い。つまり、この鎮守府ではこういったやり取りが普通に行われており、それがスキンシップになっているのだろう。これはもう慣れるしかない。

 

「……いや、やっぱりおかしいでしょ」

 

 慣れるしかないのだ。(諦観)

 

「……司令官、けっこうイイ身体してますね!!」

「あ、あの……そういうことはもっと、ちゃんとお付き合いしてからでないと……」

「ええー……」

 

 長良と名取は混乱で眼をぐるぐると回しながらそう言った。早くもこの横島鎮守府の怪しげな空気(通称GS(ゴーストスイーパー)粒子)に侵されて来ているらしい。順応性が高いのは良い事だ。……良い事なのだ。

 まさかの姉妹の裏切り(?)に愕然とする中、ついに五十鈴にとっての最後の良心たる弥生が動く。弥生は柳眉を逆立て、横島の前に立つ。横島は咄嗟に気付けなかったが、弥生の丈の短い制服からチラリとお腹が見えたことで気付いた。

 

「……司令官」

「や、弥生……」

 

 弥生を見上げる横島と、横島を見下ろす弥生。どちらの立場が上か、何とも分かりやすい図だと言えよう。

 五十鈴は内心「いったれいったれ!」と願わずにいられない。この鎮守府でまともなのは自分達だけなのだ。何とか出来るのならば何とかしなければ……!! よく分からない使命感が五十鈴のとても大きな胸に宿る。

 

「……司令官」

「弥生……」

「……」

「……」

 

 2人の間に沈黙が漂う。目と目を合わせ、視線を逸らさずに見詰め合う姿に五十鈴は緊張を覚える。……そして。

 

「……」

「……弥生。こんな俺を――――心配してくれているのか」

「ゑ」

 

 五十鈴の期待は――――裏切られた。

 

「背中……大丈夫、ですか? 強く、打ち付けられたみたい、ですけど」

「ああ、大丈夫だよ。叢雲もちゃんと手加減してくれてるし、何よりこういうのは慣れっこだからな! ……でもありがとな、弥生。ほーれ、頭をなでなでしてやろう」

「ん……止めて、ください」

 

 止めてくれ、とは言っているが、弥生は自分の頭を横島の手に擦り付けるようにしている。弥生は怒っていたのではなかった。そう、弥生はとても心優しい少女なのだ。ならば彼女が横島を害することなど有り得ないと、五十鈴は気付くべきだったのだ。

 

 ――――弥生……あなたって子は……。

 

 五十鈴は弥生の姿を見て、先程までの自分を恥じる。そうだ。何事も否定から入るべきではない。まずは相手を理解するところから始めるべきなのだ。

 横島は弥生を見て何と言ったか。「心配してくれているのか」と言ったのだ。その表情からいつも怒っていると勘違いされる弥生の思いを読み取り、理解してみせたのだ。横島は()()を実行している。ならば、自分もそれを実行してみせねばならないだろう。

 五十鈴はぐるぐるとよく回る眼と頭でそう考えた。……もはや手遅れである。

 

 『社会的な価値観』がある。そして『艦娘の価値観』がある。昔は一致していたが、その『2つ』は横島鎮守府(このばしょ)では必ずしも一致はしていない。この鎮守府で過ごし、それを見届けろ。皆はそれを祈っているぞ。

 

 ――――そして感謝する。ようこそ……『GS(ギャグ漫画)の世界』へ……。

 

 

 

 

 

 

「――――はい、そんじゃみんなでこれからの事について考えよう」

 

 横島は先程までのことを無かったかのように会議を進める。場所は全艦娘が集まれる無駄に広い会議室。議長は当然横島であり、そのサポートに就くのは吹雪だ。大淀はホワイトボードに板書する書記係だ。

 とりあえずとして横島が出した方針は以下の通り。

 

 1,燃費の良い睦月型、及び練度の低い軽巡洋艦で1―1を回す。『敵艦隊を撃破せよ!』『敵艦隊主力を撃滅せよ!』『敵艦隊を10回邀撃せよ!』の任務を受注しておき、資材を確保する。これは新人である長良型や弥生の練度上げも兼ねている。

 

 2,睦月型以外の駆逐艦と軽巡洋艦はローテーションで遠征を回す。『警備任務』『防空射撃演習』を優先して回し、余裕があれば『海上護衛任務』も回す。

 

 3,軽空母、空母は全面的に出撃禁止。現実は非常である。

 

「とまあ、こんな感じだな。空母の3人は色々と言いたいこともあるだろうけど、それは飲み込んでくれると嬉しい」

「仕方ありません。これは調子に乗って出撃し続けた私達の責任でもあります。……私に異存はないわ」

「加賀さんの言う通りですね。私もついつい羽目を外してしまって……恥じ入るばかりです」

「提督は気にせんでもええよ。出撃出来ひんのは残念だけど……そこは、駆逐艦達の訓練でも見ることにするよ」

 

 どうやら加賀達も納得しているようだ。他の艦娘達も特に異存は無く、これからの方針は恙無く決定した。次は、現在の資材についてだ。

 

「現在、全ての資材が150以下であり、これを以前のレベルにまで戻すのには少々時間がかかるでしょう。運営からの補充……という名の自然回復もありますが、それは微々たるものです。開発や建造の消費に耐えられるものではありません」

 

 大淀は資材について解説しながらホワイトボードに板書していく。要点を押さえたそれは分かりやすく纏められている。

 

「そこで、だ」

 

 横島が大淀の説明が止まったのを見計らい、ピッと指を立てて対策を話す。

 

「工廠には今までの開発任務で溜まりに溜まった使わない主砲や機銃、魚雷なんかが保管されている。これを廃棄すれば、少なくとも鋼材と弾薬は微量ながら確保出来るはずだ。……何とも貧乏臭いけど、やらないよりはマシだろう」

 

 横島の言葉に艦娘達は首肯を返す。事実、使わない装備は本当に使わない。ならば、資材に変わってもらった方が装備達も喜んでくれるだろう。

 横島は明石を見やり、現在どの程度の装備が眠っているのかの報告を促す。

 

「明石、廃棄に回せる装備はどのくらいだ?」

「………………」

「……? 明石、どうしたー?」

 

 明石は横島の問いに答えることなく、冷や汗をダラダラと流しながら顔ごと視線を逸らしている。その反応からして、彼女が何やら疚しいことを隠していることがバレバレとなっている。鎌首を擡げてくる嫌な予感に、横島の口元が引きつった。

 

「……あの、まさか……」

「はい、あの……ゼロ、です……」

「ゼロォッ!?」

 

 当たってほしくない予感が的中してしまう。何故そんなことになってしまったのか? 話を纏めるとこういうことらしい。

 明石はある程度なら資材を使っていい事を認められていたのだが、この資材には使われていない装備も含まれている。明石は趣味の開発研究に少しずつ装備を廃棄して資材を確保していたのだが、あともう少し資材があれば完成するかもしれない。今回は駄目だったが、あと少し資材があれば成功していたかもしれない。

 あと少し……あと少し……その積み重ねが余剰装備ゼロである。とりあえず明石にパチンコをさせてはいけないことは理解出来た。

 

「あ゛ー……まあ、これは俺の責任でもあるのか。それで、何を開発してたんだ? 10や20で利かない数の装備があったんだ。それなりの物を作ろうとしてたんだろ?」

「あ……はい」

 

 明石は変わらず視線を逸らしたまま曖昧に返事をする。もう結末が読めてしまっているのが辛い。

 

「で、何を造ってたんだ?」

「……装砲……です」

「ん?」

「……46cm三連装砲です……」

「っ!!?」

 

 最初は罪の意識からかぼそぼそと聞き取れない声量で答えたのだが、大淀の笑顔の圧力に負けてちゃんと聞き取れる声を出した。そうして返ってきた内容に大淀は柄にも無く噴き出してしまう。

 

「よ、46cm砲って……!! 戦艦の装備じゃないのっ!! 何でそんな物を……!?」

「だって! 私のような技術者はロマンを求める生き物なのよーっ!! 世界最大最強の装備を造ろうとしてもおかしくないじゃない!!」

 

 わあっと涙ながらに叫ぶ明石に、横島は苦笑と共に何とも言えない溜め息を吐く。横島は現実世界でこういった光景を何度も見てきた。上司の美神しかり、その友人の冥子しかり。何なら自分もそうだ。不謹慎ではあるが、横島は明石に親近感さえ覚える。

 

「それで、その46cm砲ってのはちゃんと開発出来たのか?」

「……」

「……」

「……」

「……おい」

 

 痛い沈黙が過ぎ去り、明石は意を決して行動を開始する。自らの頭をコツンと叩き、ウインクにペロリと舌を出す。

 

「失敗しちゃいました☆」

 

 明石渾身の、媚びっ媚びのてへぺろだ――――っ!!

 横島は美少女に弱く、明石は当然ながら美少女だ。明石としても決してふざけてこんな真似をしたのではない。ただ、場の空気を和ませようとちょっとした茶目っ気を出しただけなのだ。(矛盾)

 

 

 だがそれが逆に横島の逆鱗に触れた!

 

 

「――――龍田、時雨、不知火」

「――――了解」

「ひいぃっ!!?」

 

 横島が指をパチンと鳴らし、()()()()()の名前を呼ぶ。すると、ほんの一瞬の間に名を呼ばれた艦娘が明石を逃がさないよう取り囲んでいたのだ。語らずとも意図を察する艦娘達……これも横島に馴染んだ証拠と言えるだろう。

 

「い、嫌だー! 死にたくないっ! 死にたくなーい!!」

「安心してください。殺しはしません。ただし、この不知火があなたに罰を与えましょう。12時間耐久ロデオマシンの刑か、不知火の手による12時間耐久オイルローションマッサージの刑か……好きな方を選びなさい」

「い、いやあああぁぁぁっ!!?」

 

 明石は悲痛な叫びを木霊させ、会議室から退場した。横島は席から立ち上がり咳払いをして――――

 

「さて、明石のお仕置きの録画――――じゃなくて、資材の備蓄を始めようか」

「……はーい」

 

 横島の宣言に、誰も異を唱えることはなかった。ただ、何かもう色々と気の毒そうに横島と明石が退場した扉を眺めるだけである。

 

 

 

 

 そうして始まった資材備蓄大作戦。皆は文句を言うことなく、出撃に遠征にと張り切ってくれている。曙や満潮はことあるごとに意見を言ってくるが、それは資材の確認をちゃんとしているのか、皆の疲労の溜まり具合はどうかといった、非常に助かるものばかりだ。単なる罵倒ではなく、こういった風に言葉を掛けてくるようになったのは仲が徐々に深まっている証拠であろう。

 

 忘れてはならないのが開発と建造。これらはただでさえ少ない資材を消費するのだが、任務を受注していれば報酬で得られる資材は()()()()()()()()()()プラスとなる。微々たるものだが、こういった積み重ねがいずれ山となるのだ。

 現在の備蓄量は燃料が700、弾薬と鋼材が800、ボーキが500といったところ。順調に溜まってきている。

 

 そして、ここで嬉しいことが起こる。

 1度目の建造によって新しい艦娘が着任したのだ。それは初期艦候補の1人、横島が“綺麗な髪”と褒めた、駆逐艦の女の子。

 

「“五月雨”っていいます。護衛任務はお任せください!」

 

 ドックから歩み出てきたのは白露型6番艦の五月雨。彼女は横島の姿を認めると、その顔に笑顔を咲かせて駆け寄った。

 

「えへへ、ようやくこっちに来ることが出来ました! 提督、これからよろしくお願いします!」

「おう、よろしくな! こっちには他の初期艦のみんなもいるからさ。分からないことがあったらまずはその子らに聞いてみてくれ。……まあ、漣はまだいないんだけどな」

 

 五月雨と談笑をしつつ、横島はまず工廠内を案内する。工廠とは艦娘達が生まれ来る場所。そこが気になるというのは当然のことだろう。

 

「――――ふぇっ?」

 

 五月雨が驚きに声を上げる。ずるりと足が前方に滑ったのだ。五月雨は気付かなかったのだが、彼女が足を踏み出した場所に、()()()()ビー玉の様な物が転がっていて、それを踏んでしまったのだ。

 五月雨は何とかバランスを取ろうと両腕をわたわたと振るが、それは何の役にも立たず、遂には完全にバランスを崩して妖精さん達が作業をしている機械に突っ込みそうになる。

 

「ひゃああああっ!?」

 

 自分に訪れる未来に眼を瞑り、来るであろう痛みを覚悟する。着任早々ドジを踏んだ自分の間抜けさ加減に涙が出そうになるが、今はとにかく痛みが小さいことを祈るばかりだ。

 そうして数秒、十数秒……。いつまで経っても痛みは襲ってこない。代わりに伝わってくるのは、何か優しい暖かさ。

 

「……五月雨、大丈夫か?」

「……え? ……ええぇっ!?」

 

 恐る恐る目を開けた五月雨は驚くことになる。目を開けて、近くにあるのは誰かの胸。見上げてみれば横島の顔。五月雨は一瞬にしてパニックになり、目がぐるぐると回ってしまう。よくよく今の体勢を見てみれば、横島が自分と機械の間に入って激突するのを防いでくれたらしいことが分かる。

 

「す、すみません!! お、おおおお怪我はありませんかっ!!?」

 

 五月雨は横島の腕の中から抜け出し、必死に頭を下げる。ドジを踏んだ上、その結果が提督に怪我を負わせてしまった、など許せるものではない。横島などは笑って許すだろうが、何より自分自身が許せないのだ。

 

「ああ。俺は怪我してない。五月雨はどうだ? 大丈夫だったか?」

「は、はいっ! 私も大丈夫です!!」

 

 なら良かった、と横島は笑う。妖精さん達の安否も確認し、驚かせてごめんと謝る横島の姿は五月雨には眩しく映る。やはり、この提督はとても良い人なのだと再認識した。

 確かに横島は美女美少女と美形の男が絡まない限りは良い人だと言えるだろう。だが、艦娘は美女美少女揃い。今は外見が幼い艦娘がほとんどを占めているが、これから先、外見が横島と同年代、或いは年上の艦娘が何人も着任した場合……五月雨は、その認識を持ち続けることが出来るだろうか?

 

 

 

 ――――……何だかんだ、大丈夫そうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十三話

「追撃のグ○ンドヴァイパー」

~了~

 

 

 

 

 

 

 

 横島達が工廠を去った後、妖精さん達が焦った様子で機械をいじくっている。それは、先程五月雨を庇った横島がぶつかった機械である。

 どうやら横島がぶつかったことによって誤作動を起こしてしまい、妖精さん達はそれを何とかしようと必死になっているようだ。

 

 ――――しかし、それは叶わない。

 動き出した機械は止まることなく、ここに()()()()()()()()()()()()()()()

 ……そう、誤作動を起こしたのは()()()()()()()()()。1度動き出したそれは、建造を終えるまで止まることは無いのだ。

 

 不幸にも五月雨がビー玉を踏みつけ、それを横島が庇って機械に衝突、不幸にも機械が誤作動を起こし、最早止める術はない。

 

 妖精さんが投入された資材を確認する。燃料と鋼材はほとんど残っていないが、弾薬とボーキはそれほどの被害を受けずに済んだようだ。

 建造終了時間を確認し、妖精さんは溜め息を1つ。泣きそうな顔になりながらも内線を手に取り、執務室に居るだろう大淀に連絡を取る。

 

 機械が示す建造終了時間は『04:20:00』。

 

 どうも、今の横島鎮守府は()()()()()()()()()()()()――――。

 

 

 




い、一体……誰が建造されるんだ……?(白目)

明石さんはあの後ロデオマシンを選び、シェイプアップに勤しんだようです。(目逸らし)
ちゃんと許可さえ取っていれば……。てへぺろさえしなければ……。

五十鈴達の活躍はまた今度ですね。長良型は名取までが絵柄のせいか叢雲と同じくらいの外見年齢に見えます。……とある部分は圧倒的に五十鈴や名取が大人っぽいですが。

そうそう、名取ってコモン艦なのに超強いですよね。改造したら火力と雷装は球磨改と長良改に並びますし。


……何か雑然としちゃったなあ。
それではまた次回。


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僕は幸運だ

今回は姉妹のどちらかが登場しますー。

しかし久しぶりの投稿だというのに短いです。もうちょっと頑張らねば……。


 

「え、それじゃあ姉妹艦のみんなも鎮守府にいるんですか?」

「ああ。まあ、全員揃ってるってわけじゃないけど……白露、時雨、夕立の3人だな。後でみんなを呼んで、鎮守府の案内をしてもらおうか」

「わあ、楽しみですっ」

 

 横島達は執務室への帰り道で、五月雨の姉妹艦の話で盛り上がっていた。五月雨とよく似た容姿の末妹がいることや、姉妹で制服が違うことなど、多様な話に花を咲かせていく。

 五月雨はドジな自分に対して嫌な顔をせず、笑顔で話しに付き合ってくれる横島に好感を抱く。何よりも危ないところを助けてくれた男性だ。五月雨にとって、横島が自身の提督であることは喜ばしいことだった。……彼の本性を知ったとき、彼女はどのような表情をするだろうか。

 

 あと数メートルで執務室に着く。そんな時、執務室の扉の向こうから大淀の悲鳴にも近い叫び声が響く。

 

「――――そんなことがあったのっ!!?」

 

 その声を聞いた横島と五月雨は顔を見合わせ、駆け足で執務室の扉をくぐる。大淀は内線電話を片手に端末を操作しており、いつもは微笑みを浮かべている彼女だが、今現在はその顔に絶望を浮かばせている。

 

「どうした大淀っ!! 何があったっ!?」

「あ、提督……!! と、五月雨ちゃん……? あなたが建造されたの?」

「は、はい。よろしくお願いします……。それより、何があったんですか? 何か、尋常じゃない様子でしたけど……」

「あ、それは……」

 

 大淀は五月雨の問いに視線を逸らし、返答に窮する。ちらちらと横島を見る彼女の視線の意図に気付き、横島は五月雨をその場に待機させて大淀へと歩み寄った。

 

「それで、何があったんだ?」

「はい、実は工廠の妖精さんから電話がありまして……」

 

 横島と大淀の2人は五月雨に背を向け、ぼそぼそと内緒話を始めてしまう。その姿に五月雨は少々傷ついたが、大淀の態度から新人の自分には聞かせられないような内容だっただろうことは推測出来る。今の自分に出来ることはただ待つことのみと、五月雨は表情を引き締め、ピシッと背筋を伸ばす。とても真面目な良い子だ。

 

「……工廠の小型ドックが誤作動を起こして、勝手に艦娘を建造した?」

「はい。しかもその艦娘が戦艦でして、せっかくみんなが集めてくれた資材がこんな状態に……」

「マジか……うわぁ……マジか……」

 

 大淀の報告に、さすがの横島もショックが大きかったようだ。せっかく集めた鋼材や燃料がカッツカツになっているのを見るのは辛い。本当に辛い。茫然自失の彼の口から「みんなになんて言えばええんや……」という言葉が漏れる。

 大淀も肩をがっくりと落とし、大きな溜め息を吐く。

 

「まったく……。大量の資材を駄目にした挙句に設備の点検不備とは……明石、一度きっちりとお仕置きをした方がいいのかしら……?」

 

 大淀の眼鏡が光り、何やら怪しげな雰囲気が漂い始める。横島は突然怖くなった大淀に頬を引きつらせつつ、工廠のドックを思い浮かべる。

 

 ――――ん?

 

 おかしい。何やらとても嫌な予感がする。……というか予感ではない。これはもう確信に近い。横島は一度深呼吸をし、心を落ち着ける。そして、頭の中で冷静にパズルのピースをはめていく。

 

 ――――工廠、小型ドック、五月雨建造、五月雨こける、五月雨を受け止める、その際に何かの機械にぶつかる、五月雨の無事を確認し、その場を去る、ドックが誤作動を起こす……。

 

「………………」

 

 横島の全身から冷や汗が流れ出る。動揺からか、手の震えが治まらない。横島は目を瞑り、ゆっくりと天井へと顔を向ける。数秒後、そのままの状態でちらりと目を開けて大淀の様子を覗いてみれば、彼女は未だに明石に対する愚痴を言い続けていた。……どうやらバレる心配はなさそうである。となれば、横島が取るべき道は1つ。

 

「……何も、明石のせいってわけじゃないんじゃないか?」

 

 濡れ衣を着せられそうな明石のことをフォローしつつ、全力で誤魔化すことだ……!!

 

「ほら、確かに物が物なだけにそういう疑いが出るのも分かるけど、明石はそういう怠慢はしない子だよ」

「提督……?」

 

 訝しげに顔を覗いてくる大淀から全力で視線……どころか顔ごと逸らし、横島は尚も語り続ける。

 

「確かに明石はみんなが装備出来ない兵装を作ろうとするくらいには困った奴だけど、それでも明石は一流の腕と、プライドを持った技術者だからな。みんなの命に係わる物で手を抜いたりするような子じゃない。それは断言出来る……そしてそれは、大淀も理解しているはずだ」

「提督……」

 

 心臓の音がうるさい。横島は少々テンパり気味となっており、自分が何を言っているか上手く把握出来ていない。何とかそれっぽいことは言えているだろうか? 彼は大淀の視線が怖くて顔を戻せない。

 横島は大淀から顔を背け、その視線は窓の外を向いていた。何とも情けないことだ。――――しかし、背後にいる大淀からは違う物が見えていた。

 

 目を細め、真剣な表情で空を見上げる横島の姿は、大淀に何かこういい感じの印象を抱かせ、彼の言葉は大淀をして騙されるほどのそれっぽさがあった。今や大淀は手を胸の前で組み、感じ入るかのような瞳で横島を見つめている。何かそんな雰囲気が流れていたらしい。ちなみに横島は大淀の視線が強まったことに気付いてはいるのだが、怒られるのではないかと戦々恐々としている。……資材がまた台無しになった影響か、この時の2人はどこかポンコツであった。

 

「……俺は工廠に行って、事態を確認してくるよ」

「提督がですか?」

「ああ。明石に事情を説明して原因を調べてもらわないといけないしな」

 

 横島は俯きつつも大淀から離れ、出口へと向かう。無論大淀から逃げるためだ。

 

「分かりました。では、館内放送で明石を工廠に向かわせますね」

「おう、よろしく」

 

 横島はそのまま扉に手を掛けると、何も言わずに執務室を後にした。大淀も端末を持ち、やや早足で執務室から出て行った。取り残されるのは、話からも展開からも置いてけぼりにされた五月雨のみ……。

 

「……あの、鎮守府の案内……」

 

 自分以外誰もいなくなった執務室の中、五月雨の寂しそうな声が静かに木霊する――――。

 

 

 

 

 

 

「つーわけですんまっせんしたーっ!!!」

 

 横島は工廠で明石と妖精さん達に深々と頭を下げる。恐らくだが、原因は自分にある。これで相手が男だったら知らぬ顔で相手のせいにしてあざ笑ってやるのだが、明石は外見年齢が同じくらいの美少女であり、妖精さん達はいつも自分に尽くしてくれている。これで謝らないという選択肢は彼の中で存在しなくなった。

 

「もう、頭を上げてくださいよ提督」

 

 開幕からの横島の謝罪に明石は苦笑を以って答える。彼女は既に妖精さんから大体の事情を聞いていたのだ。むしろ工廠内にビー玉が放置されていたというのだから、非は自分達にこそある、というのが妖精さん達の意見だ。お互いに充分に語り合った結果、横島と妖精さん達はひしっと抱き合っている。……抱き合っているというか、妖精さん達が横島にしがみついていると言うか、細かいことはいいだろう。重要なのはより信頼が深まったということだ。

 

「話も纏まったようですし……どうしましょうか?」

「んー……」

 

 明石が横島達から視線を外し、溜め息とともに言葉を零す。彼女が見つめる先は当然小型ドック。それが示す残り時間は約4時間。普段なら待ってもいいのだが、今回は高速建造材で手早く済ますことにする。少々不安はあるが、問題はないだろう。その後は明石達にドックの点検をしてもらうことになる。

 

「つーわけで、妖精さんGO!!」

 

 横島の号令に妖精さんはピシっと敬礼し、高速建造材を使って艦娘を一気に建造する。やがて炎が治まると、ドックが独特の重音を響かせ、ゆっくりと開く。

 

「扶――――」

建造(うまれ)る前から愛してました」

「――――っ!!?」

「お約束ですねー」

 

 明石のお気楽な声が響く。ドックから現れたのは、扶桑型超弩級戦艦1番艦“扶桑”だ。長く美しい黒髪、巫女装束を改造した制服、はちきれんばかりのチチ! シリ!! フトモモ!!!

 見た目は完全に年上の美人なお姉さんであり、横島の好みのど真ん中だ。それゆえか横島のナンパ(?)も過去最速を記録している。あえて言うなら薄幸そうな雰囲気ではなくもっと気が強そうだったら最高だったのだが、それでも扶桑は素晴らしく美しい女性であった。

 

「あ、あのっ、貴方は一体……?」

「ああっ、僕としたことが自己紹介を忘れるなんてっ! すみませんお姉さん。貴女の美しさに僕の心が制御を失ってしまったのですっ」

 

 横島はいつの間にか扶桑の両手を握っており、至近距離から扶桑の目を見つめている。扶桑は突然のことに混乱気味だが、何故か横島の言葉に顔を赤くしている。

 

「僕は横島忠夫。この鎮守府の司令官です。……貴女のお名前を、聞かせていただけますか?」

 

 明石は自分から遮っておいて何を言っているのかと思わないでもないが、どうやら扶桑の方はそう思っていないようで、横島の熱い視線から目を逸らしつつ、たどたどしくはあるが簡単な自己紹介を終えた。その際の仕草が横島の琴線に触れたらしく、彼の煩悩がギュンギュンと唸りを上げる。

 

「ああ、初めて来てくれた戦艦が扶桑さんだなんて……!! 僕は嬉しい……っ!! 僕は今、これほど自分の幸運を実感したことはない……っ!!」

「……っ」

「どうでもいいですけど、いつまでその話し方なんです?」

 

 横島の芝居がかった口説き文句(?)は今日も絶好調だ。明石はそんな横島に呆れてツッコミを入れるのだが、当の本人はテンションが上がり過ぎて全く聞いていない。それどころか、先の横島の言葉を聞いて()()()()()()()()()扶桑に気付いていないだろう。

 

「そんな……私が来て、幸運だなんて……」

「……? 扶桑さん……?」

 

 目を閉じ、顔を伏せる扶桑の様子に横島はようやく気付く。何か失礼なことを言ってしまったのだろうか? 横島が自問するよりも早く、工廠の入り口から騒がしい声が3人の耳朶を打った。

 

「し、司令官さんが扶桑さんを襲ってるのですっ!!?」

「駄目よ司令官!! 無理矢理なんて、レディーにすることじゃないわ!!」

「そうよ司令官!! 襲うなら私がいるじゃない!! きっとどんな司令官だって受け止めて見せるわ!!」

「あれは襲っているわけじゃないと思うけど……まあ、雷の言うことには賛成だね。どうだい司令官? 私なら、抵抗はしないよ? それとも少しは抵抗した方が燃えるのかな?」

 

 場が一気に姦しくなる。第六駆逐隊が休憩時間中に工廠に探検に来たのだ。暁達は顔を赤くしながら横島を取り囲んで扶桑から引き離す。はたして雷は自分が言っていることが理解出来ているのだろうか? 響は言わずもがなだ。

 

「ああっ!? 僕まだ何もやってないのに!?」

「何かしてたらダメなのですっ!! しようとしてもダメなのですっ!!」

 

 電は横島の腕を引っ張り、工廠から引き摺り出そうとする。当然艤装を装備していない彼女の力では横島を引き摺ることなど無理なのだが、そこは横島が空気を読んでされるがままになる。横島も小さな子供がいる状態で扶桑にどうこうしようとは思わないようだ。

 

「明石、悪いけど大淀に連絡してみんなを会議室に集めてくれ。その時に現状の説明と扶桑の紹介をするから」

「了解です。じゃあ、設備の点検はその後ですね。他に、何か伝えておくことはありますか?」

「んー、いや、今はないかな。そんじゃよろしくー」

 

 横島は前後左右を電達に囲まれて工廠を後にした。「叢雲と霞に言いつけるわよ!」とか「もっとレディーは大切に扱わなくちゃ!」などなど、まだまだ横島を叱り足りない様子。明石はそんな彼女達を微笑ましく見送り、扶桑へと向き直る。

 

「えーっと、とりあえず私は大淀に連絡しますので、扶桑さんは少し待っていてください。すぐに戻りますので」

「はい……」

 

 扶桑は相変わらず顔を伏せ、小さな声で応答する。明石はそんな扶桑を訝しく思ったが、そもそも彼女は横島に言い寄られていたのだ。色々と驚きすぎて反応が悪いのだろう。

 明石はそう当たりをつけてその場から立ち去る。扶桑は明石を静かに見送り、周囲にいた妖精さん達にぺこりと挨拶をして邪魔にならない場所に移動する。

 

 妖精さん達の慌しくドックに集まって話し合いを始め、明石は設備の点検をすると言っており、更には提督である横島が()()()()()と言っていた。扶桑は大凡ではあるが、何らかの悪いことが起きたのだと察した。それがどんなことであれ、彼女から漏れるのは重々しい溜め息だ。きっと、()()()()()()()()()()()()()()

 

「……はあ。――――不幸だわ」

 

 その呟きは誰の耳にも入らず。ただただ、自らの気持ちを重くするだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

第二十四話

「僕は幸運だ」

~了~

 




というわけで建造されたのは扶桑さんでした。
山城もいいのですが、個人的には扶桑の方が好きなので……。

次回は五月雨が建造される間に来た艦娘達の出番と扶桑の話ですね。
といってもメインは扶桑さんなので他の艦娘は……。




次回――――扶桑、堕ちる。デュエルスタンバイ!!


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言霊




やべーぞレイテだ!!(挨拶)

こんなん絶対大規模イベントですやん……
決戦前夜ボイスとかあわわあわわわわ……!?
でもスリガオだけかな……?





 

 さて、今日も今日とて会議室に艦娘が集う。古参の艦娘はやはりと言うべきか「また問題が発生したの?」という顔をしており、新参の艦娘達はそんな古参を見て首を傾げている。

 

「にゃ……。ここの会議室は広いにゃ。きっとお昼寝しててもバレないはずにゃ……」

「駄目クマ。今ここでのお昼寝は許さんクマよ」

 

 意外と優秀な球磨の横で眠気の虜になりそうになっているのは軽巡洋艦娘の“多摩”。球磨型の二番艦であり、語尾に『にゃ』を付けるのが特徴の艦娘だ。

 球磨は多摩が睡魔に負けるのを良しとせず、肩を揺すって覚醒を促す。球磨は横島に悪い印象を持たれたくない。その方が多く出撃出来るかもしれないし、その方が色々と構ってくれそうだからだ。すぐに頭を撫でてくるのは恥ずかしいので止めてほしいのだが、それでも球磨は横島のことを気に入っている。多摩も横島を気に入ってはいるのだが、あまり膝を貸してくれないのが不満なようだ。

 

「ふむ……未だ出来たばかりの鎮守府だ。いくつも問題が出てくるのは仕方がないところだろう。……今後のことを考えれば、まあ、悪くない」

「そうだな。早い段階で問題点を洗い出すのは重要だ。その点では良いこととも言える」

「ああ、確かに。私達にも関わってくることかもしれないからな。一概に否定することもないだろう」

 

 真面目に今回の召集について語っているのは初春型駆逐艦の三番艦“若葉”に、睦月型駆逐艦の八番艦“長月”、同九番艦の“菊月”だ。

 三人は背筋をピシっと伸ばし、キリリと引き締まった目で前を見ながら会話を続ける。もうすぐやってくるだろう横島との付き合いはまだまだ浅いと言えるが、横島の指揮能力には信を置いている。横島本人からはもっと気楽に話をしたいと思われているのだが、当の本人たちはそういったことが少し苦手な様子。

 

「何や三人が話してると口調が似とって誰が話しとるんか分からんようなるな」

「ホンマやねえ。もうちょい口調に特徴を付けんと読者を混乱させてまうんやないやろか」

 

 若葉達三人にメタい話を振ったのは頼れる軽空母の龍驤と、陽炎型駆逐艦三番艦“黒潮”。この二人は仲が良い。建造した者とされた者という関係であり、今のところ二人は同じ部屋で生活をしている。横島鎮守府では同型艦や艦種などの縛りは無く、好きな者同士で共同生活を送るようだ。一応、定員は三人までである。

 

「何を言っているクマ。口調に頼るのなんて邪道クマよ。そうやって安直にキャラを立てようとするのは素人のすることクマ」

「その通りにゃ。口調なんて二の次。重要なのは性格によるキャラ付けにゃ」

「アンタらがそれを言うんかい」

 

 黒潮の言葉にツッコミを入れる球磨達。そしてそれを即座に切り返す龍驤。若葉達はとんだ連中に挟まれたものだ。若葉は「悪くない」などと言って満足気だが、菊月と長月は頬が引きつってしまっている。横島鎮守府ではこういってメタな会話にも慣れなければならない。もし彼女達以上に頭の固い艦娘が建造されれば、その子はとても苦労することになるだろう。

 

 皆が横島が来るまで思い思いに騒いでいるのを赤城や加賀、天龍や五十鈴といった年長組は静かに眺めている。駆逐艦娘の中にも静かにしている者はいるが、それは少数派だ。

 

「やべえ……『はい、みんなが静かになるまで○○分掛かりました』とか、超やりてえ」

「朝礼とかの定番よねぇ、それ」

「最近の学校でもやってたりするのかなあ?」

「ていうか、私達学校って行ったことないでしょうが。……まあ、そういうイメージがあるのは分かるけど」

「いつもジャージを着てる竹刀を持った体育教師とか」

「白衣を着てる理科の先生とかも」

「若くて綺麗でちょっと(とても)エッチな保健室の先生とか」

「……学校のイメージ、おかしくないかしら?」

 

 ……静かにしている者は少数派なのだ。一応、年長組は小声で話しているが。

 

「悪い、ちょっと遅くなった」

 

 会議室に全艦娘が集まって約二十分、ようやく横島が明石と大淀を伴って入室してくる。

 

「きりーつっ、礼っ、ちゃくせーきっ」

 

 そして吹雪の号令で一連の動作を繰り出す。こういったことも大事だ。とても大事なのだ。

 

「今回みんなに集まってもらったのは他でもない。もう気付いてるというか想像してたと思うが、また問題が発生した」

 

 横島はそう言って今回何があったのかを説明する。五月雨のことには触れずに、小型ドックに問題が生じたことを話す。詳しいことは明石に説明してもらい、今後のことについては大淀と共に伝達する。

 

 内容は以下の通り。

 

 一、明石と妖精さんによる点検と動作確認が終了するまで建造任務は禁止。念のため開発任務も同様。

 二、建造をするときは明石か妖精さん立ち会いのもとで行うこと。

 三、今後第三・第四ドックが開放されても、まずは動作確認を行ってからの使用となること。

 

 以上のことを伝えた。一に関しては一日、長くても二日で終わるので特に問題はない。二も明石や妖精さんの負担が増えることになるが、頑張ってもらうしかない。明石の言によると自分のように機械弄りが好きな艦娘も存在するとのことなので、その艦娘が建造されるまでの我慢だ。

 三に関しては横島の財布との相談となるのでいつになるかは分からない。貧乏少年にとってドック開放一つにつき千円は厳しいのだ。

 

「とゆーわけだ。みんな、分かったかー?」

「はーいっ!」

 

 横島の確認の言葉に駆逐艦娘を中心に大きな声で返事をする。横島は一つ頷いた後、気分を変える為に笑みを浮かべ、皆にとっておきの発表をする。

 

「よし! それじゃあさっきの説明でも出てきたように、みんなに新しいお友達を紹介するぞー!!」

「わーいっ!!」

 

 一部の駆逐艦娘が諸手を挙げて喜ぶ。新たな出会いに心を躍らせ、本心からはしゃぐ姿は非常に可愛らしい。那珂も一緒になって喜んでいるのは内緒だ。神通が恥ずかしそうに那珂を諌める姿もまた、可愛らしい。

 

「んじゃ、入ってきてくださーい!」

 

 横島が会議室の扉に向かって声を掛ける。数秒後、扉はゆっくりと開かれ、一人の女性が入室する。その姿、仕草から艦娘達から感嘆の息が漏れ、一部の艦娘――――吹雪などはキラキラ状態にまでなった。その時の様子を、後に叢雲は「まるで昔から憧れていた人が突然自分と同じ部隊に配属になったみたいな感じだった」と語ったという。まるでも何もそのまんまだ。

 

 吹雪の憧れの女性――――扶桑は横島の横に並び、皆に対して一礼をする。

 

「扶桑型超弩級戦艦、姉の扶桑です。資材の関係でしばらくの間出撃は出来ませんが、皆さん、よろしくお願いします」

 

 扶桑の登場に、場が喧騒に包まれる。冷静な者達は気付いたのだ。先程の説明の時にはまだ艦種についての報告はなかったのだが、小型ドックの誤作動で建造されたのが戦艦だというのなら、それはつまり集めた資材も大量に消費されたのだということに。

 

 戦艦が来てくれたのは心強いが、何も今このタイミングで来なくても……というのが多くの感想だった。資材は枯渇し、演習も未だ調整中。赤城達空母組の視線は待機仲間を見つけた喜びと、大変な時期に来てしまったな、という憐憫が混じった複雑なものとなっていた。

 皆も扶桑が来たことが不満なわけではない。ただ、あまりにもタイミングが悪かったのだ。

 

「……申し訳ありません、提督。こんな大変な時に私が来てしまって……」

「いやいや!! 何で扶桑さんが謝るんすか! 扶桑さんは何も悪くありませんって!!」

 

 扶桑は横島に頭を下げる。小型ドックが誤作動を起こしたのが原因なのであり、横島からすれば扶桑が謝ることなど何もないのだが、どうも扶桑はそう思っていないらしい。

 

「いえ、私は昔からこうなんです。おみくじはいつも大凶ですし、商品の順番待ちでも私の前の人で完売しますし、自販機でジュースを買ったらお釣りが出てきませんし、出かけようと思ったら天気が悪くなりますし……」

「お、おう……」

 

 扶桑からどよ~んとしたネガティブな波動が漏れ出てくる。横島も大淀から扶桑についての話は聞いていたのでどういう艦娘かは分かった気でいたのだが、少々想像の上を行っていた。しかも扶桑は姉妹艦の山城よりも前向きな艦娘であるとのことなのだが、先程自分で言っていた通り、大変な時期に来てしまったのがネガティブになっている原因なのかもしれない。

 

「私が来てしまったばっかりに艦娘のみんなや、提督にまでご迷惑を掛けてしまうだなんて……。()()()()……何てお詫びしたらいいのかしら……」

 

 扶桑は自らのせいで皆に負担を強いてしまったことで自責の念に駆られる。泣きそうな顔で俯く姿は見る者に悲哀を感じさせる。

 横島は難しい顔で扶桑を見ていた。タイプが違うとはいえ同じく不幸な女の子と仲が良い横島だが、今はそれは置いておく。こんな大勢の前で言うことではないし、何よりも()()()()()から発言の内容とはまるで異なる、更に深い惨禍の気配を感じ取ったからだ。

 ――――なので、横島はとりあえず別の所を指摘することにした。

 

「……まあ、扶桑さんの言う通り、ある意味では扶桑さんにも責任があるかもな」

「ちょっ、アンタ何言って――――ッ!?」

 

 前言を撤回するような横島の言葉に叢雲や霞といった艦娘が声を上げそうになるが、横島はそれを手と視線で制する。横島の目は真剣な光を湛えており、彼から発せられる雰囲気が扶桑を貶めることが目的なのではないことを如実に告げている。

 

「まず始めに言っておくと……扶桑さん。貴女は霊能力者です。しかも霊力量では一流を名乗れるくらいには」

「……えっ?」

 

 扶桑が驚きに顔を上げる。話の前後が繋がっていないせいで、彼女の瞳はきょとんと見開かれている。その無垢な表情は扶桑を幼く見させ、思わず庇護欲を掻き立てられる。

 横島は胸の高鳴りを誤魔化すように他の艦娘達に目を向ける。決して()()()()()()()からだ。

 

「扶桑さんは天龍や加賀さんといったデタラメを抜かせば、艦娘の中でダントツの霊力量なんすよ。さっきも言った通り、充分一流の霊能力者を名乗れるくらいに」

「私が……霊能力者、ですか……?」

「ええ、そうです。そして、それは()()()()()()()()()()()。多かれ少なかれ、個人差はありますけど艦娘は霊力を持っています。……扶桑さんは、けっこう駄々漏れっすね」

 

 扶桑や新参艦娘の胡散臭げな視線に気付かないふりをしつつ、横島は説明を続ける。何せ横島も霊能力者。胡散臭いと思われるのは慣れっこなのだ。だから彼の目の端で雫が光っているのはただの錯覚である。

 

「これはみんなにも関係があることだぞ? 霊能力者っていうのは、自らが持つ霊力で世界に干渉することが出来る。意識的無意識的に係わらずな。例えば有名な心霊現象で『ポルターガイスト』ってのがあるけど、あれは強い霊力を持つ子供の感情によって、無意識的に引き起こされる現象なんだ」

 

 横島から例を出され、皆は自分にもそういったことが可能なのだろうかと想像を膨らませる。もしかしたら、自分達も天龍や加賀のようにデタラメな戦闘力を発揮することが出来るかもしれない。そう考えると何だかわくわくした気持ちになるのは何故だろうか。

 

「そして、一流の霊能力者ともなれば言葉に霊力を乗せて、()()()()()()()()()()()()()()()技術を持っているんだ。これを“言霊(ことだま)”っつーんだけど……」

「……ちょっと、待ってください。まさか……?」

 

 流石に、扶桑は横島の言わんとしていることが理解出来たようだ。

 高い霊力を持ち、その霊力を垂れ流し、そして()()()()()()()()()――――。

 

「それじゃあ……それじゃあ、私の……!?」

 

 愕然とする。自分のせいで、とは思っていた。だが、それはある種のポーズでもあり、本当に心の底から自分が悪いのだとは考えてはいなかった。しかし、もし横島の言ったことが本当であるならば。()()()()()()()()()()()()さえも、自分のせいだったのではないだろうか。

 そう、あの日、鎮守府を襲った異形の深海――――……。

 

 

 

 

 

 ――――記憶にノイズが走る。

 

 

 

 

 

「――――ッ!?」

 

 立ちくらみがする。扶桑は一瞬前まで脳裏に浮かんでいた光景を忘れ、こめかみに手を当てる。何故だか、頭が痛かった。

 

「知らなかったんだから仕方がありませんし、そもそも霊力を持ってるかどうか、それが暴走してるかどうかなんて普通の人には分かりませんからね。それが不幸だと言えば不幸なんでしょうが……」

 

 横島は扶桑の様子に気付くことはなかった。否、彼女が煩悶していることには気付いているが、先程の眩暈には気付かなかったのだ。

 

「――――今回は、運が良かったと言えるかもしれませんね」

「――――え?」

 

 それは、聞き間違いではなかった。

 横島は扶桑へと微笑みかけている。その笑顔は、どこか慈愛に満ちているように思えた。運が良かったとは、一体どういう意味なのだろうか。冷静さを失っている現在の扶桑ではその答えに辿り着けない。

 

「俺だって霊能力者ですから。俺が霊力の扱い方を教えます。……ね? 運が良いでしょう?」

「――――あ」

 

 扶桑は直感的に確信する。横島の言う通りだ、と。こうして()()()()()()()()()()()()()()()()()()で自分の欠点を補うことが出来るのは、確かに幸運であると言える。しかもその欠点は、下手をすれば取り返しのつかない事態を引き起こした可能性すらあるのだ。扶桑の胸に希望の火が灯る。

 しかし、同時に不安もあるのだ。もし、自分の霊力という未知の力の制御に失敗したら? 恐ろしく長い時間が掛かるのだとしたら? もしかしたら、その間に不幸がやってくるのかもしれない。それを思うと、恐ろしくなる。しかし――――。

 

「ま、不安になるのは仕方ないっすよ。きっとこういうことを言われたのは初めてでしょうしね。でも、幸先が良いのは確かでしょ? あの時の言葉にだって嘘はないっす!」

「……っ」

 

 思わず扶桑の頬が赤く染まる。あの時の言葉、とは『これほど自分の幸運を実感したことはない』という言葉のことだろう。自分の存在が誰かを幸せにするなど、今まで考えたことがない。もし、本当にそうだとしたら……それは、きっととても幸福なことだろう。

 横島は真っ直ぐに扶桑を見つめている。その視線が、少し面映ゆい。そっと視線を外す扶桑だが、横島はその意味を勘違いする。

 

「信じられないっすか!? く……っ、確かに初対面でこういうことを信じろというのは難しい!! しかしそこで諦めるのか? いいや、それでは駄目だ!! 言葉で駄目なら行動で示すべし!! 戦う男にこそ栄光は齎される……!!」

「あ、あの……提督……?」

 

 何だか思いもよらない部分で横島が暴走を始め、扶桑は置いてきぼりにされる。古参の艦娘達は「いつものが始まった」と最早微笑ましく見守ることが出来るくらいには慣れ親しんでいる。……まあ、そんな領域にいるのは龍田に響、不知火といった耐性値の高い艦娘だけなのだが。

 

「そんなわけで扶桑さんっ!!」

「は、はいっ!? どんなわけでしょう!?」

 

 横島はキリッとした表情で扶桑に向き直り、その両手を握り締める。扶桑は女性としては背が高い方だが、それでも横島よりは低い。年下の少年に至近距離から見下ろされるという特殊なシチュエーションが、扶桑の胸を高鳴らせる。

 

「扶桑さん……貴女が自分の幸運を信じられないと言うならば――――俺が、貴女を幸せにします」

「………………え。――――はっ!? えっ、ええ!!?」

 

 扶桑の顔が真っ赤に染まる――――!!

 大変な事態に会議室が混乱に包まれる。台詞だけを抜き出してみれば、完全なるプロポーズだ。横島の意図がどんなものであったにせよ、傍から見ればプロポーズである。たとえ、横島の目が怪しげに輝いていたとしても。

 

「そんなわけでまずは身体的に幸せになってみましょう!! この横島にお任せください!! きっと極上の快楽に身を堕とし、退廃的なる愛欲の日々を共に――――!!」

「やっぱりそういうオチかーーーーーーい!!!」

「もんじゃらげーーーーーーっ!!?」

 

 横島がその煩悩を開放する瞬間、叢雲が自らの槍と龍田から借りた薙刀を持って高速回転しながら突っ込み、横島を切りつけた。煩悩に目が眩んでいた横島は反応することすら出来ず、珍妙な悲鳴を上げて壁へとめり込んだ。拍手喝采が巻き起こる。ああ、そうそう。安心してください、峰打ちですよ。

 

「まっっったくもう。いい加減何とかならないのかしらね、こいつ……!!」

「あ、あの……叢雲……? 今のは……」

「ん? ああ、今のは“地獄の回転叢雲(メリーゴーラウンド)”。私の必殺技の一つよ」

「そうじゃなくて!! 今のはやりすぎって言いたかったの!!」

 

 実はいつも通りの光景なのだが、新しく入ってきた艦娘は非常に驚く。まあ当然なのだが。

 その後普通に復活してきた横島に扶桑は目を剥いて驚くが、こんな光景を見せられては横島の言葉も信じるほかない。

 霊能力がこれほどの力を有しているのなら、本当に自分の不幸体質を何とかしてくれるかもしれない。それに、何よりも――――。

 

 

 

 

 “――――俺が、貴女を幸せにします”

 

 

 

 

 期待しているわけではない。期待しているわけではないのだが……。

 

「……」

 

 扶桑は霞・満潮・叢雲・曙・加賀・龍田・大淀に叱られている横島を見やる。鎮守府の司令官として非常に情けない姿なのだが、それでも扶桑は不快ではなかった。

 頭にチラつくのは、先程の言葉と、真剣な表情。思い出す度に、体温が上昇しているのではないかと錯覚してしまう。

 

「いやだわ……私ったら」

 

 熱い頬を押さえ、扶桑は密やかに独り言つ。吐く息すらも熱っぽくなったそれは、扶桑に一つの感情の萌芽を自覚させるのには充分だった。

 

「……そうね。期待しても、いいのよね」

 

 自分がこんなにも簡単な女だとは思わなかったが、扶桑はそれでも悪い気はしていない。彼女は横島が先程宣言した通り、幸せにしてくれる未来を夢に描く。否、待つだけではなく。

 

「……どうか、末永く、よろしくお願いしますね。――――提督」

 

 その言葉は、力に満ちて。

 扶桑は、幸せへの第一歩を踏み出したのだ。

 

 

 

 

 

第二十五話

『言霊』

~了~

 

 




お疲れ様です。

扶桑が堕ちました。……堕ちる……? 堕……ち……? ……お、堕ちました。堕ちたんです。堕ちたんですよ!

色々と不穏なフラグもばら撒きました。上手く纏められるかは……ちょっとまだ分からないですかね。

……あと、扶桑って不幸不幸言わないんですよね。それは山城の仕事です。

煩悩日和の横島は霊能の指導が出来る設定です。彼も頑張ったんです。

それではまた次回。


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それは、魂からの

お待たせいたしました。

この煩悩日和ですが、ついに10万UAを突破いたしました。
これも皆様の応援のお陰です。これからも、煩悩日和をよろしくお願いいたします。




さて、今回の話は煩悩日和を連載するに当たって、最も書きたかった話の一つです。
なので詰め込めるだけ詰め込んでいたら……かなり長くなってしまいました。
短めの文章とは何だったのか。反省はしているが後悔はしていない。へへっ。(満足気)

それではまたあとがきで。


「ど、どうなんだ……俺の身体……?」

「んー……」

 

 難しい話が終わった後の会議室。

 イスに座った天龍が、霞達からの説教でヘロヘロになった横島に頼み込み、怪我の経過を見てもらっている。

 横島の手の中で輝きを放つ『診』の文字が刻まれた文珠。それは文字通りの効果を発揮し、横島に天龍の身体を診る力を授ける。

 

「……よし。経絡もちゃんと治ってるし、特に後遺症も見られない。――――完治、だな」

「――――ぃいよっしゃああぁーーーーーーっ!!!」

 

 横島が微笑みと共にそう告げる。

 天龍はその言葉を聞き、喜色満面で歓声を上げる。隣で龍田も拍手をして天龍の快復を祝福しており、事情を知っている古参の者も、事情を知らない新参の者も、それはそれで知らないなりに空気を読んで拍手を贈る。

 イスから飛び上がった天龍は空中で三回転ほどして華麗に着地し、傍で快復を喜んでくれた吹雪達へと抱きつきに行く。

 

「ちょっと天龍ちゃ~ん? 一応病み上がりなんだから、あんまり無茶はしないでよ~?」

「あー? 大丈夫だって、俺はもう何ともない。完全復活パーフェクト天龍様だぜぃ!!」

 

 龍田の注意に天龍はそう言って、吹雪の肩を抱きながらポーズを付ける。彼女の名誉の為に言っておくが、顎は何ともない。

 天龍はウキウキ気分で横島に向き直り、バシバシと肩を叩く。

 

「ようやく俺も復活したし、これからの海域攻略は任せてくれよ! もうガンガン敵を倒してやっからよ!」

「ああ。だがNON(ノン)! お前はまだ暫く出撃も遠征も無しだ!」

 

 横島は指でバッテンを作り、笑顔で天龍にそう告げた。

 場の空気が凍りつく。会議室の誰もが横島の真意を理解出来ずにいた。

 

「なじぇーーーーーー!!?」

「全部説明してやるから落ち着けって」

 

 天龍は両目からブシーッと涙を噴射しつつ横島へと迫る。美神や横島がよく使うリアクションだ。「染まってきたなぁ……」などと感慨深く思いつつ、横島は天龍に出撃を禁止する理由を解説する。

 

「資材のこともあるが、それはお前も理解しているだろうから置いといて……。そうだな……。簡単に言えば、お前が自分の力をちゃんと扱いきれてないからだ」

「何だと……?」

 

 横島の言葉に天龍は疑問符を浮かべる。自分の力が扱いきれていないとは、どういう意味だろうか。霊力のことを言っているのは天龍も理解している。だが、彼女はその力を使いこなせていると()()()()()。だから、横島の言葉が理解出来ない。

 

「んー……よし、じゃあ天龍。まずは霊力を最大出力で放出してみろ」

「え? あ、ああ」

 

 どういった意図があるのかは分からないが、天龍は横島の指示に従い、自らの内に存在する超常の力、霊力を解放する。

 瞬間、不可視の暴風が天龍を中心に吹き荒れ、周囲の艦娘達の髪やスカートを翻させる。ほとんどが白かったが、中にはピンクや縞々、バックプリントや大人な黒など、実にバリエーション豊かな色彩が横島の目を楽しませる。何が、とは言うまでもない。

 突然のハレンチな風に艦娘達は顔を赤らめ、慌ててスカートを押さえる。髪もボサボサになってしまい、セットしなおすのは大変だろう。そういった全てが横島の煩悩を昂らせる。

 周りの被害を見て、天龍はすぐさま霊波を霧散させる。

 

「……アンタ、これが目的だったわけじゃないわよね……?」

「滅相モゴザイマセン……」

 

 ひたり、と首筋に冷たい金属の感触。横島の首筋には、叢雲の槍の穂先がぴたりと宛がわれていた。

 叢雲は横島の首から槍を外し、一体何の意図があってこのようなことをさせたのか理由を問う。どうでもいいことだが、叢雲は黒くて紐だった。

 

「確認だよ」

「確認……?」

「そ、確認。……天龍、次は出力を半分に抑えてみろ」

「お、おう……?」

 

 言われた通り、天龍は出力を抑えて霊力を放出する。だが、それはとても半分とは言えない出力であり……。

 

「それじゃあ抑えすぎだ。もっと強く」

「こ、こうか……!?」

「それでもまだ抑えすぎ」

「これなら……!!」

「強過ぎだ。全開の八割近いぞ」

「あ、あれー……!?」

 

 天龍は出力を調整するのに四苦八苦している。天龍から放出される霊波は風となって会議室を満たしていき、その度に艦娘達のスカートを翻らせる。横島の視線が気になった幾人かの艦娘が横島に抗議しようと視線を向けるが、いつの間にか吹雪が後ろから横島の目を両目で塞いでいる。「見ちゃダメですよ司令官」と吹雪が叫び、「ああ!? 僕何も見てないのに!!」と横島が残念そうに返す。当たり前だが説得力はない。

 横島達がコントを披露している中、風によって翻るスカートを押さえながら、五十鈴は少々機嫌悪げに溜め息を吐く。

 

「まったくもう……。天龍から風は吹くわ、ピカピカ赤と黒に悪趣味に光るわ、どうなってるのよ……」

 

 誰かに聞かせるでもないただの独り言。しかし、それを耳聡く耳に入れた者が隣にいる。姉妹艦の長良だ。

 

「ええ? ピカピカ光るって、何の話?」

「何の話……って、今も光ってるでしょ? 天龍の身体から赤と黒の光が――――って何アレッ!?」

 

 長良は五十鈴の言っていることが分からなかったらしく、首を傾げている。しかし、五十鈴には長良の言っていることこそが分からない。何の話も何も、実際に光っているではないか、というのが五十鈴の主張だ。今も視界の端で存在を主張してくるこの赤と黒の光に辟易としながらも、光の発生源である天龍に目を向ければ、そこには驚きの光景が展開されていた。

 

「な、何あれ!? 輪ゴムが、天龍さんの前で弾かれてる……!?」

 

 長良の驚きの声が響く。それは、確かに驚きの光景だった。横島が天龍目掛けて次々と輪ゴムを飛ばすのだが、その輪ゴムがまるで()()()()()()()()()()()()()()()天龍の眼前で弾き飛ばされていくのだ。

 まるで漫画のような光景――――。ここで、長良を始め新参の艦娘達の脳裏にある言葉が浮かんでくる。横島は、自分達の司令官は何と言っていた? ()()()()()()と言っていた。では、あれがその霊力だというのだろうか。

 

「はあ……はあ……はあ……!!」

「これで分かったろ、天龍?」

 

 数分後、息も絶え絶えに天龍が床に膝をつき、龍田に身体を支えられる。傍らにはもう一人、吹雪が天龍の額に浮かんだ玉のような汗をハンカチで拭う。天龍は横島の指摘を受け、悔しそうに表情を歪めていた。

 

「いいか、天龍。お前は霊力の制御が下手なんだ。ゼロか一か、とまではいかないが、それでも咄嗟の場合にはほぼ全開に近い出力を出してしまっている。……さっきの輪ゴムもそうだ」

 

 横島は懐から取り出した輪ゴムを弄びながら、天龍に言い聞かせる。

 天龍は輪ゴムを霊波で弾く際、横島に弱い出力で弾くように言われていた。だが、飛んで来た輪ゴムを弾くために放出した霊波は、その全てがほぼ全力。そう、天龍は霊力の細かい操作がまるで出来ていないのだ。

 

「毎度毎度全力に近い出力を出すからそうやってすぐに霊力も体力を消耗する。また()()()()()()()苦戦したら、その時もきっと限界以上の霊力を捻り出す無茶をして、同じように経絡をボロボロにする……」

「……」

 

 それはただの予想だ。本当にそうなるかも分からない、単なる予想。だが、それは確かな未来として容易に確信できるものでもあった。天龍もそうだが、龍田や吹雪達周囲の艦娘も言い返すことは出来ない。それだけ可能性の高い予想であるからだ。

 

「だから、まずはちゃんとした霊力の制御を身につけてもらう。出撃が出来るように資材が溜まるまで時間も掛かるし、丁度いいと思ってさ、な?」

「……はぁ。分ーかったよ、俺が悪うございました。提督の言う通りにするよ」

 

 天龍は軽く溜め息を吐き、降参とばかりに両手を上げる。その答えに龍田は笑顔を浮かべ、天龍を抱きかかえるようにして立ち上がらせる。さっきも言ったが、彼女は病み上がりなのだ。必要なことであったとはいえ、これ以上あまり無茶なことはさせられない。

 

「さて、それじゃあ後は大淀にこれからの遠征の計画を説明してもらうか。それが終わったら解散だ。俺が名前を呼ぶ艦娘は説明の後、執務室に来るように」

 

 場の空気を変えるため、横島が手を叩いてからこれからの予定を述べる。皆は聞きたいこともあったが、それでも逆らうことはせずに大人しく席に着き、大淀から遠征の説明を受ける。皆集中して話を聞いていたが、それでも頭の隅には先程の不思議な光景が焼きついて離れない。

 身体から何らかの風を放ち、不可視の力で輪ゴムを弾く天龍の姿。そして、その天龍を教え導くことが出来る横島の姿。

 ――――もしかしたら。もしかしたら、自分にもあのようなことが出来るようになるのでは? そんな期待に胸が膨らむ。

 

「んじゃ、名前呼ぶ人は執務室に来るように。まずは扶桑さん。それから加賀さんに赤城さんと龍驤、天龍に龍田。あとのみんなは解散していいぞ」

 

 横島に名を呼ばれた六人と秘書艦である吹雪はそれぞれ目を合わせ、黙って横島の後をついていく。会議室には、先程の光景に関する話で賑わう艦娘達の姿があった。

 

 

 

 

「いいんですか? みんなの前であんなことしちゃって……」

「……やっぱりまずかったかな……?」

「う~ん、あんまり良くはないと思うなぁ」

 

 あんなこと、というのは輪ゴムを天龍に霊波で弾かせたことである。皆の前であのようなことをした以上、霊力の扱い方を教えてもらおうと艦娘達はやってくるだろう。誰だって超常の力を扱えるようになれるのならば、そうなりたいはずだ。

 しかし、横島は今のところ扶桑と天龍以外に霊力の扱い方を教える気はない。いや、より正しく言えば、()()()()()()()()()()()()なので、それ故に教えられないのであるが……。ただ、()()()()には教えてもいいかと考えてはいるが。

 

「俺もちゃんと教えられるかどうかはまだちょっと自信がねーんだよなぁ……。あんなこと言っといてなんだけど、上手く教えられなかったらごめんな?」

「いや、別にそれはいーけどよ」

「ええ。私もです」

 

 二人の言葉が横島には嬉しい。天龍も扶桑も、負担を掛けてしまっているのに、それでも自分を気遣ってくれる横島に応えたいのだ。

 

「うしっ! そんじゃ、これから霊力の扱い方について色々と修行していくわけだけど……加賀さん達空母組は霊力の扱い方は分かってるんすよね?」

 

 執務室に到着した横島達は、早速とばかりに行動を開始する。まずは基本の基本である“どうやって霊力を操るのか”という問題なのだが、それよりも先に横島は加賀達空母組に霊力の扱い方について確認を取る。

 彼女達空母は自らの霊力を用い、矢や紙を艦載機へと変化させる。なので、霊力の扱い方は知っているはずなのだ。

 

「んー……。まあ、分かるっちゃ分かるんやけど……」

「私達も、矢を艦載機に変化させることしか出来ないと言うか……霊力という名称も初めて知りましたし」

「それ以外、何も分からないの。分かるのは赤城さんが言ったことだけね。他のことはさっぱりです」

 

 加賀達の答えは否に近いものだった。基本を知らず、応用だけが出来ているような状態。横島は一昔前の自分を思い出し、苦笑を浮かべる。

 

「了解、まとめて面倒見るよ。……それじゃあまず、どんなのでもいいからリラックス出来る体勢になって、自分の中にある霊力を感じ取ってくれ」

 

 横島は自分のイスに座り、そう指示する。皆はリラックス出来る体勢、というのに数秒悩んだが、それぞれが思うままに動く。

 天龍は床に胡坐を掻き、座禅の真似事を。扶桑はソファーに座り、赤城は床に正座をし、加賀は扶桑の対面にあるロングソファーにごろんと寝転がる。

 リラックス出来る体勢ということなので何も間違ってはいないのだが、加賀の普段の様子からは想像もつかない姿である。扶桑はそんな加賀を見て、「い、意外と自由な人なのね」という感想を抱いた。

 ちなみに吹雪は横島にお茶を出し、龍田は天龍の傍で彼女の様子を眺めている。この二人は修行に参加しないようだ。

 龍驤は横島の視界の隅で女の子ぶりっ子した可愛らしいポーズを取っているのだが、これは横島どころか吹雪を含めた全員がスルーしている。言うことを聞かない子にはボケ殺しの刑だ。

 

「扶桑さん、どうです? 何か分かりますか?」

「……そう、ですね……。何か、ぼんやりとした、温かい光……みたいな物があるような気がします……」

 

 横島の問いに答える扶桑だが、その答えは驚嘆に値するものだった。今まで霊力を感じ取ったことのない者が、自らの内にある霊力を感知したのだから。

 どうやら扶桑にはかなりの才能があるらしいことが分かった。ゆっくりと進めていこうと思ったのだが、他の者も自らの霊力の感知は出来ているようであるし、ここは先に進めて行くことにする。

 

「んじゃ次に行こう。今度は、今感知した霊力をゆっくりと全身に広げていくんだ。風呂に入った時みたいに、熱をじんわりと浸透させていくようなイメージで」

 

 早くも次のステージに進んだ修行。今度は霊力を全身に広げるのだが……ここで、どうにも上手く行かない者が出る。

 

「天龍、いくら何でも速過ぎるぞ。加賀さんも、もっとゆっくりじゃないとダメっす」

「ん……っ」

「あー……。ゆっくり、ゆっくり……!!」

 

 天龍と、加賀だ。

 この二人、霊力の量と出力はずば抜けているのだが、反面制御の方が苦手であり、先程から霊力を一瞬で全身に満たしている。もちろんそれが悪いと言うことではない。むしろ立派なスキルと言えるのだが、制御してのことではないのが何とも悩ましい。

 それから数分、天龍と加賀、そして扶桑以外の者はゆったりとした速度で霊力を満たすことが出来るようになっていた。扶桑は仕方がないにしても、やはり天龍と加賀のコントロールの雑さには疑問が浮かぶ。

 

「ちっくしょー、全然ゆっくりにならねえ……」

「胡坐は止めて、もっとリラックス出来る体勢にしたらぁ?」

 

 苛立たしげに頭を掻く天龍に、龍田は思いついた事をそのまま進言してみる。龍田は天龍の横にしゃがみ込んでいるのだが、正直な話胡坐はまるでリラックス出来る体勢とは思えない。そもそもがじっとしているのが苦手な天龍だ。このように座ってじっとしているなぞ、逆にリラックス出来ないのではないかと龍田は思う。

 

「あー……。リラックス……リラックスねぇ……っ!?」

 

 加賀みたいに寝転がるのが一番か、と天龍が加賀の方を見やるのだが、そこで天龍は一つ画期的なアイディアを思いつく。口角が吊り上がり、目がまるで猫のように細められる。悪戯を思いついた時の顔だ。

 

「なあ、提督。リラックス出来るならどんな体勢でも良いんだよな?」

「ん? ああ、リラックス出来るならな」

「よーし、そんじゃあ……」

 

 天龍はすっくと立ち上がり、おもむろに横島へと歩み寄る。横島が若干の警戒と疑問を浮かべるが、天龍はそれを意に介さず、するりと、横島の膝の上に収まって見せた。

 

「お、おお……っ!!?」

「て、天龍さんっ!?」

 

 足に感じるシリとフトモモの温かく柔らかい感触――――。その感触を逃すまいと、天龍の腹を後ろから抱き締める。建前としてはバランスを崩して倒れないように、と言ったところか。何となく龍田の目が剣呑な輝きを宿しているが、今の横島にそれに気付く余裕などありはしない。

 

「ちょっとだけ試させてくれよ。嫌ってわけじゃねーだろ?」

「もちろんっ!!」

「しれーかん……?」

 

 煩悩に緩みきった顔で返答する横島に、吹雪が冷たい視線を寄越す。この二人のこういうやり取りは以前のことを思い出すので止めてほしいのだ。しかし、今の天龍の様子を見るとそう強く言うことも出来ない。完全にリラックス出来ているからだ。

 

 ――――あー。何か、さっきよりも強く感じるな……。

 

 天龍は完全に弛緩しきった状態で思考する。

 横島に身を任せ、背後に彼の温もりを感じ、それに包まれている今の自分を俯瞰する。

 胸の中に宿る、確かな温もり。それは霊力とはまた別の物だ。はたしてそれが何なのかを天龍はよく理解していないが、それでもその温もりは決して無くしたいとは思わない物。何となく、予想がつかないでもないのだが、それは今考えることでもないだろう。

 天龍は新たに宿った温もりを全身に広げていく。それは今までのように急速なものではなく、熱が浸透していくかのようにゆったりとしたものだった。

 

「おお……!!」

 

 その様子は横島にも、そして他の皆にも認識出来た。天龍の身体から、今までの物とは違う柔らかで力強い霊波光がゆっくりと執務室を満たしていったからだ。この劇的な変化には驚きしか浮かばない。

 

「天龍さん……一体何があったのかしら」

 

 赤城は思わずといった風に言葉を零す。あれほどの変化を見せ付けられれば、当然と言える。同じく霊力の制御に難がある加賀も同じ事をすれば、彼女のように制御が上手くいくのではないか……などと考え、ちらりと加賀を見てみれば。

 

「これは……是非私にも同じ事をしてもらわないと」

「加賀さんっ!!?」

 

 加賀は赤城と同じ事を考えていた。だが、赤城はそれに驚いたわけではない。加賀の目が輝き、鼻息がふんすふんすと荒く、キラキラ状態になっていたからだ。「二番目云々はどうしたの!?」とツッコミたいところではあったが、赤城はそれを何とか飲み込む。今その話題を蒸し返しても、益になることなど何もないからだ。もしかしたら、もう気にしていないのかも知れないが。

 

 とにかく、これで天龍はコツを掴んだのか、横島の膝の上から降りてからもゆったりとした速度で霊力を全身に広げることが出来るようになっていた。それは他の者からすればまだまだ早いと言えるような速度であったのだが、それでも今までとは段違いである。

 横島は嬉しそうに何度も頷く。別にこれからも修行に託けて天龍を膝の上に!! などと考えていたわけではない。ただ単純に天龍の成長が嬉しいのだ。決して合法的にセクハラが出来る!! と喜んでいたわけではないのである。

 

「……ん?」

 

 と、ここで横島が執務室に向かってくる誰かの足音に気付く。それは迷いなく進んでくる、軽やかなもの。横島はやはり、と苦笑を浮かべる。

 

「しっつれいしまーっす!!」

 

 元気良く扉を開けて執務室に入ってきたのは、横島が例外的に霊力の使い方を教えてもいいかと考えていた艦娘、那珂だ。

 那珂の目指すもの、それを考えれば何が目的でここに来たのかは明々白々だ。

 

「やっぱり来たか、那珂ちゃん。目的は“言霊”か?」

「さっすが提督っ! 言霊を使えるようになれば、那珂ちゃんの歌をもっと多くの人に伝えられるようになると思うんですっ!!」

 

 予想通りの言葉に横島は苦笑が更に深まる。確かに歌と言霊は相性が良い。那珂の言う通り、言霊を使えるようになれば、アイドルとして飛躍的な進歩を遂げると言っても過言ではないだろう。

 

「おいおい、那珂。いきなりやってきてそりゃねーだろ。提督は今俺達の指導で忙しいんだからよ」

「そうです。それに、いきなり言霊というものに頼ろうとするのもどうかと思いますよ。地道な努力をせず、そういった反則に頼るのは道理に悖るものです」

「まずは落ち着いて今来た道を戻りなさい」

 

 案の定那珂には非難が集まる。天龍や赤城の言葉はまだいいが、加賀は遠まわしに帰れと言っている。那珂は「そんなんじゃないもん!」と両手を広げてプンスカと怒っているが、いまいち説得力に欠けるのは仕方がない所か。

 横島は暫く言い争う那珂達を見ているが、皆の注目を集めるために手を叩き、話を中断させる。

 

「はいはい、そこまで。那珂ちゃんに言霊を教えるかどうかは俺が決めるから」

「いや、でもだな……」

「まーまーまーまー」

 

 横島の言葉に渋る天龍だが、彼に宥められると何も言えなくなる。彼の言うことも一理あるからだ。決定権があるのは霊力を使いこなせる横島だけ。それは、確かに当たり前のことであるからだ。

 

「さて、俺が那珂ちゃんに言霊を教えるかどうかだが……まずは、一曲歌ってもらおうか」

「はあ?」

 

 懐からマイクを取り出し、那珂に差し出す横島を見て、天龍は疑問の声を上げる。何故歌わせるのか? 歌に込められた気持ちを量るとかそういうことだろうか?

 天龍の疑問は皆も同じだったのか、いぶかしむような目で横島を見る赤城達。扶桑は言霊を教えてもらうことになっているので、より関心が強い。

 皆の視線が集まる中、那珂は横島からマイクを受け取る。

 

「いいか、那珂ちゃん。歌に自分の気持ちを込めてくれ。()()()()()()、な」

「――――はいっ!!」

 

 横島の言葉に那珂が力強く頷く。すると、執務室の天井からミラーボールが現れ、床からスピーカーがせり上がり、突如としてポップでキュートな音楽が鳴り始める。

 

「何じゃこりゃあっ!?」

「聞いてください――――“恋の2―4―11”っ!」

「お前も当たり前に受け入れてんじゃねえ!!」

「お、落ち着いてください天龍さんっ!」

 

 突然の事態に天龍は混乱するが、那珂ちゃんが歌う所は全てがコンサート会場になる。それは最早常識であった。ただし横島鎮守府のみの常識であるが……。

 

 ――――那珂は心を込めて歌う。いつも通り、心を込めて。そしてそれは、素晴らしいと言える歌だった。技術もさることながら、そこに込められた想いは、決して粗悪なものではなく。

 始めは馬鹿馬鹿しいといった表情を浮かべていた天龍達であったが、次第に那珂の歌に惹かれていき、最後には真剣に歌に聞き入っていた。那珂には()()()()()のだ。

 静寂が場を支配する。曲の終わりとともにミラーボールやスピーカーは静かに引っ込んでいった。何とも不可思議な光景である。

 

「……なるほどな」

「……」

 

 歌を聴き終わり、横島は反芻するように目を閉じて余韻に浸っている。天龍達も予想を超えて自分達の胸を打った那珂の歌に、驚きを隠せないでいる。

 

「……那珂ちゃん」

「はっ、はい!!」

「何も言わず、これを聴いてみてくれ」

「え……?」

 

 横島は懐から()()()()を取り出すと、どこからか用意した少々古いタイプのCDプレーヤーにセットし、再生する。

 流れ出てくる音楽はややゆったりとしたもの。まるで男女の情愛に訴えかけてくるかのような曲調は、彼女達の脳裏に一つの答えを浮かばせる。

 

「これは……演歌?」

「まさか……これが本当の歌の心だー、とか、そういう……?」

「とにかく、静かに聴いてみましょう」

 

 ベタといえば余りにベタな選出に拍子抜けしたのか、赤城達はひそひそと言葉を交わす。しかし、那珂は真剣な表情でその曲を聴いている。聞き漏らしがあって堪るものかと、微細な音全てを拾うかのような集中を見せる。

 

 ――――そして、その歌が流れた。

 

 それは、聴くだけで胸を締め付けるような痛みを齎し、もうどうにもならない物を求め、訴え続けるかのような渇望を滾らせ。それでいて人の憐情を刺激し、哀切の涙を流させるような響きを孕み。そして、何物にも変えがたい歓喜と至福を体現したかのような、それは、まさしく心からの、魂からの叫び(うた)だった。

 

「……」

 

 那珂の双眸から涙が溢れ出る。それは彼女一人ではなく、その場にいた艦娘達全員だ。ここまで、ここまで人の心を揺さぶる歌を聴いたことなど一度もない。先程の那珂の歌も素晴らしかったが、この歌と比べるとそれも霞んでしまう。

 

「……この歌の歌手は“ジェームス伝次郎”っていってな。世界初の()()()()()()なんだ」

「え? 幽、霊……?」

 

 幽霊演歌歌手といっても、別に歌っている姿を見た事がないとか、どこかのグループに入っているのに姿を見たことがないだとか、そういうことではない。()()()()()()なのだ。

 

「元々は人気のロック歌手だったんだが、自動車事故で若くして死んじまってな。それでも歌手としての思いが捨て切れず、成仏する前にどうしてももう一度歌いたい。もう一度みんなに歌を届けたい。それで、うちの事務所に依頼しに来たんだ。数ヶ月の特訓の果て、ジェームス伝次郎はやり遂げた。……まあ、演歌歌手に転向するっていうオチがついちゃったけど……」

「……」

 

 知らされる真実に言葉も出ない。実体のない幽霊が生きている者に声を届ける。それが、どれほど途方もないものなのか、想像がつかないのだ。

 横島から長く存在し続けた幽霊ならば力もついているし、姿を見せることも、物に干渉することも出来るようになると補足がされる。だが、ジェームス伝次郎はそうではない。本当に、ただ歌いたい一心でそれを実現させたのだ。ならば、その歌に込められた想いは、一体どれほどのものなのか――――。

 那珂は自らの厚顔さに慙死の思いに駆られる。確かに軽い気持ちではなかった。真剣な思いだと言えた。だが、自分にこれほどまでに歌に対する思いがあったのか、と問われれば、否と言う外はない。流石の那珂も、今は心が挫けそうになっていた。

 

「那珂ちゃん。俺は、これが言霊の究極の一つだと思うんだ。言霊とは言葉に霊力を付加する技。そして、霊力とは魂の力。……これが、那珂ちゃんの目指す高みだ」

「……!!」

 

 その言葉に顔を上げる。横島の真摯な視線。どこか、確かな自信を湛えた瞳が那珂を貫く。その視線が意味するもの。確信が、那珂の心に震えを齎す。

 

 

 ――――信じているのだ。那珂が、あの高みへと至ることを。

 

 

「こうして頂点を知ったんだ。だったらあとはそこを目指して頑張って、とっとと追い抜いていけばいい。那珂ちゃんならそれが出来る!」

 

 拳を握って熱く語る横島の姿に、心の震えはより強く、激しいものとなる。それはやがて熱を発し、胸を……その身、全てを包み込む。

「……どうして、そこまで買ってくれてるんですか……?」

「んー? どうしてって、そりゃ――――」

 

 横島は、那珂に向かって快活に笑い。

 

「俺は那珂ちゃんのファンだからな! 欲目もあるかも知れんが、それでも“出来る”と思うんだよ!」

「――――」

「それにイケメン演歌歌手なんかよりやっぱり美少女アイドルの方がいいし、こうしてコツコツと好感度を高めていって成長したら――――」

 

 

 ――――それが、ある意味(とど)めだったのかもしれない。

 

 

 横島は未だ照れ臭そうにぶつぶつと何事か呟いているが、それが照れ隠しなのは一目瞭然だ。そんな横島を見る那珂の胸は締め付けられ、先程よりももっと確かな熱が広がってゆく。それは、アイドルとしては駄目なのだろうが――――。

 

「……まあ、確かにな。那珂の歌も凄かったし……」

「え……?」

 

 天龍がぼそりと呟く。ばつが悪そうに顔を背けていたが、真摯な思いは伝わってきた。

 

「そう、ですね。“心を込める”。……それを実感できたのは那珂ちゃんの歌が初めてでした」

「……とても上手だったわ。羨ましいくらいに」

「上手く言えませんが……本当に、凄かったわ。早く山城にも聞かせてあげたいくらいに」

「みんな……」

 

 それは那珂の歌が、歌に込められた思いが皆に伝わった証拠。那珂が歌うのは自分の為だけではない。自分と、そして聴く者全てに向けられた思い。

 それは、今はまだジェームス伝次郎より未熟な思いだったとしても――――歌に乗せて、思いは届く。

 

「……提督」

「そうやって好感度を高めた艦娘達を寝室に連れ込み、行く行くは艦隊ハーレムで夜戦(意味深)を――――ん? どうした?」

 

 皆が好きだと、大好きだと歌に込め、いつか、目の前のおバカなことを言っている横島に、芽生えた想いを伝えられる日が来るだろうか。

 

「那珂ちゃん、世界一のアイドルになりますねっ!!」

「おうっ!! 応援すんぜ、那珂ちゃん!!」

 

 二人は背後に炎を背負い、窓の外を見つめ、空を指差す。

 

「見えるか那珂ちゃん。あれがアイドルの星だ。お前はアレを目指すのだ!!」

「はいっ!! 那珂ちゃん、星になりますっ!!」

「何か嫌な予感がするのでその台詞は撤回してくださーい!?」

 

 死亡フラグのような台詞を吐く那珂を吹雪が慌てて止める。本当に星になられたら堪ったものではない。

 

「那珂よ! 那珂よ! ぬばたまの夜に燦爛と燃えて!!」

「がおーーーーーーっ!!」

 

 何が面白いのか、横島と那珂は楽しそうに雄叫びを上げ続ける。

 

「何か妙なテンションになってんな、あいつら」

「青春ですね……はあ、私も提督とあんな風に……」

「んあ? 何か言ったか?」

「いえ、別に」

 

 先程までの真剣な雰囲気は既に消え去った。そこに流れる緩い空気は気分を随分と弛緩させる。

 

「……ジェームス伝次郎……。提督、このCDはお借りしても?」

「ん? 別にいいけど……加賀さんって演歌好きなの?」

「ええ。……とても、好きになりました」

「……あの野郎今度強制成仏させてやろうか」

「ま、まーまー司令官、落ち着いて……」

 

 黒い嫉妬を滲ませる横島に、皆の温かい視線が集まる。「そんな目で見んといてー!!」と床を転げまわる姿は、言っては何だがとても彼らしい姿である。

 

「……」

 

 那珂は横島を見て、胸に手を当てる。この胸を満たす想いを、いつか伝えられるだろうか。

 

 

 

 ――――世界で一番、あなたが好き、と。

 

 

 

 

 

 

第二十六話

『それは、魂からの』

~了~

 

 

 

 

 

 

天龍「ところで、どうやってCDなんか持ち込んだんだ?」

横島「ああ、キーやんに聞いたら「CDをパソコンに取り込めば持ち込めますよ」とか言ってさ」

吹雪「ふえー、流石は神様ですね。凄い技術です」

横島「……で、他のみんなは来ないみたいだな」

那珂「大淀さんと霞ちゃんが上手く引き止めてたよ? 順番とかー、ちゃんと話し合ってからー、とか」

横島「流石過ぎる……」

 

 

 

 

 

 

 

 

龍驤「誰でもええから、はよウチにつっこんでぇ……」

天龍(エロい)

龍田(エロい)

赤城(エロい)

加賀(エロい)

扶桑(エロい)

那珂(エロい)

吹雪(エロい)

横島「悪い悪い、少し放置し過ぎてたな」(子ども扱い)

 

 




お疲れ様でした。

やっぱりGSと艦これをクロスするならジェームス伝次郎は出さないと……
セイレーンもいるけど……彼女は敵だからね。仕方ないね。

と、いうわけで。実は那珂ちゃんもヒロイン候補なのでした。
歌に関するアレコレはちょっと私の語彙力が足りてないのであんな感じになってしまいましたが、何かこう、いい感じになってたらいいなと思います。(流石の語彙力)

もうそろそろヲ級ちゃんとか川内型一番艦とかの出番も用意してあげないと……。

それではまた次回。


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“不幸艦”扶桑

大変お待たせいたしました。
ネット関係も復活したので、これからまたよろしくお願いいたします。



今回の話、前回長くなったとか言ってたら更に長くなってしまいました。
私は何をやっているんだ……。

それではまたあとがきで。


 

 とある日の午後。

 書類仕事を終わらせた横島は明石に頼みごとをするために工廠へと訪れていた。

 

「んじゃ、頼むな」

「はい、お任せください!」

 

 明石のやる気に満ちた声が響く。明石へと仕事の依頼を終えた横島は軽く伸びをしながら工廠を後にする。

 

「さーて、今日の分の出撃は終えたし、書類も片付いた。遠征に関しては大淀が見てくれてるし……」

 

 青く澄み渡る空を見上げ、横島はこれからの予定を考える。

 皆が遠征に出撃にと頑張ってくれているおかげで資材も回復してきた。そんな皆には申し訳ないが、今の横島は暇をしている。

 天龍や扶桑、那珂の霊力の修行もそれなりに上手くいっているようで、彼女達は今も霊力のコントロールに勤しんでいるだろう。

 

「……たまには、みんなの訓練を見に行ってみるか」

 

 そう言うと、横島はあくびをかみ殺しつつ訓練場へと歩き始める。

 訓練場とは、その名の通り艦娘達が訓練をするための場所である。

 一周が三〇〇メートルほどのグラウンド、空母達が使う弓道場、屋内鍛錬やレクリエーションにも使われる体育館など、様々な施設が密集している場である。

 その様から、横島はこの場所を「学校としても使えるんじゃないか」と考えている。

 

「お、やってるやってる」

 

 横島はまずグラウンドに顔を出す。

 見れば、数人の艦娘が体操服に着替え、元気にグラウンドを走っていた。

 見目麗しい艦娘達が、健康的に汗を流している姿は眼福だ。特に、ブルマ姿の艦娘が多いのが横島には嬉しい。

 

「あれ? どうしたの、司令官。ここに来るなんて珍しいですね?」

「いやー、ちょっと手が空いちゃってさ。見回りがてらみんなの訓練を見ようとな」

「もー、覗きは程ほどにしないと、叢雲ちゃんにレッグラリアートされちゃいますよー?」

「ののの覗きってわけじゃねーしっ!?」

 

 いち早く横島に気付き、走り寄ってきたのは長良だった。彼女は走ることが好きなようで、毎日欠かさずかなりの距離を走っている。

 トレードマークである鉢巻も今は外しており、全身をしっとりと濡らす汗が健康的な色気を醸し出している。

 

「どうしたの、提督。何か用かしら?」

「見回りだってー」

 

 次に来たのは五十鈴だ。走り込みをするためか、いつものツインテールではなくポニーテールとなっており、普段とは違った魅力に輝いている。

 体力では長良に及ばないのか、五十鈴は長良以上に汗を掻き、呼吸を乱している。頬や額に張り付いた髪がセクシーだ。

 どうやら姉妹艦三人で走っていたらしく、やや遠くに名取の姿も確認できる。ただし、名取は今にも倒れてしまいそうなほどにフラフラとしているが。

 

「――――って、おいおい、名取は大丈夫なのか? 随分フラフラしてるけど……」

「え? ……あの子、また私達のペースについてこようと無理したわね!? 無理はするなって何度も言ってるのにあの子はもう!!」

「変なとこで頑固な部分があるよね、名取って」

「とりあえず、休ませてやってくれ。何なら俺の命令ってことにしてもいいから」

 

 横島のありがたい言葉に頷いた2人は急ぎ名取の下へと向かう。2人で肩を支えて気付いたことだが、名取はぐるぐると目を回していた。息も絶え絶えで、まさにいっぱいいっぱいといった風情である。

 

「あんたって子は本当にもう……!!」

「ご、ごめんなさい~」

「ほらほら、とにかく休むよ。司令官も休んでいいって言ってくれたからさ」

「て、提督さんが……!? あう~、戦闘のときといい、また提督さんにご迷惑を~……」

 

 名取は横島に申し訳無さそうに声を上げながら2人に抱えられて運ばれる。どうやら以前戦闘であまり活躍出来なかったことが今回のことに関係しているようだ。

 努力を重ねることは立派であるが、何事もやり過ぎは良くない。長良達から説教を受けるだろうし、今回の事が教訓になってオーバーワークを控えてくれることを祈ろう。

 

「司令かーんっ!!」

「んー? 皐月……と、夕立と深雪?」

 

 名取達を見送った横島に、またも声が掛かる。遠くから全力で駆けてくるのは先の3人と同じく訓練中だった皐月と夕立、深雪の3人だ。皐月と夕立も五十鈴と同じくその長い髪をポニーテールにしている。

 皐月は横島を呼びながら大きく手を振り、そのまま近付いて――――思い切り、横島へと抱きついた。

 

「司令官、どうしたのっ? ボク達に何か用事っ!?」

「皐月だけずるいっぽい! 私も提督さんにくっつくっぽいー!!」

「だー!? こらお前ら、汗だくでくっつくのはやめろー!!」

 

 皐月は前から、夕立は後ろから横島へと抱きつく……というよりは飛びつく。

 2人は半袖の体操服とブルマを着用している。それは露出が多く、横島としては眼福な衣装なのであるが、露出が多いということは服が汗を吸う面積も少ないわけで。結果、2人の服が吸い切れていない汗を横島の服が吸収することになってしまった。

 

「へっへっへ、別にいーじゃんかよー、司令官。美少女3人の汗の匂いとか汗だくの身体の感触とか味わえてるんだぜー? 何かこう、燃えるものがあるんじゃねーのー?」

「俺はそーゆー性癖は持ってねーのっ!!」

 

 いやらしい笑みを浮かべながら、深雪は横島の腕を強く抱きこんだ。まだまだ未発達の深雪の胸が、彼の腕に押し付けられる。前後と側面からの女の子の身体の感触に横島は顔を赤くするが、残念ながらそれは彼の煩悩が強く刺激されたからではなかった。

 意外なことであるが、横島の性癖は偏っておらず、彼の好みは青少年的に極めてノーマルなものである。故に汗の匂いなどに反応するといった、いわゆる“匂いフェチ”ではないのだ。

 運動することによって高まった体温や、汗を掻いて衣服が濡れた姿は色っぽく感じたりもするが、それは別に汗だくなのが好きなのではないのだし、“汗だく”という状態に劣情を催しているわけでもない。

 要するに、煩悩がどうこうではなく、純粋に照れているのである。意外と育っている夕立の胸には驚いたようではあるが、まだまだ外見年齢の幼い彼女達では彼の煩悩を本格的に刺激することは出来ない。

 せめて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……。

 

 

「あ、でも、提督さんの汗の匂いとか、汗に濡れた身体の感触とか、何か癖になりそうっぽい……」

「それ俺の汗じゃなくてお前らの汗だからなっ!? あと変な性癖に目覚めずに、純粋なままでいてください!!」

 

 横島の首筋に顔を埋める夕立から、何やら危ない台詞が囁かれる。顔や声もどこかとろんととろけており、何やら特殊な扉を開きそうになっているようだ。

 

 ――――そういや、最近シロタマも俺の匂いがどーのこーのっつってくっついてくるようになってたな。何か「癖になりそうな匂いでござる」とか何とか。……え、なに? 俺って珍味みたいな匂いしてんの? それって(くさ)いってことなの?

 

 最近の周囲の様相から、横島は1つの事実に辿り着き、少々ショックを受ける。本人としてはデオドラントには気を付けていたつもりであったが、それはまだまだ充分ではなかったらしい。

 まあ、それは杞憂なのであるが。きっと人外キラー的なフェロモンでも発しているのだろう。

 

「こら、あんたらっ!! 遊ぶのは訓練が終わってからにしなさいよっ!!」

「ひえっ!?」

 

 と、きゃいきゃいとじゃれている横島達に大きな怒声が叩きつけられる。声の発信源を見れば、そこには柳眉を逆立てた曙の姿があった。

 

「クソ提督も! 訓練の邪魔するならとっととどっか行きなさいよっ!」

 

 曙は今にも「がるる」と唸りそうな様相で横島を睨み付けている。確かにこれ以上この場にいることは訓練の妨げになるだろう。

 横島は自分にくっついている皐月達を優しく引き剥がし、一通り頭を撫でた後、曙に向かって手を上げ、一言「悪かったな」と残してグラウンドを去った。皐月達の汗でぐっしょりと濡れてしまった上着は脱ぎ、Tシャツ姿となっている。

 残された皐月達は不満気に唇を尖らせ、渋々訓練へと戻っていく。曙はそんな彼女達の様子に苛立たしげに息を吐くと、自身もまた訓練へと戻る。

 

「……あんな言い方はしなくてもよかったんじゃないの?」

「……」

 

 一人黙々と走る曙と併走するように、一人の艦娘が横並びになって話しかけてきた。

 綾波型駆逐艦七番艦“朧”だ。枯草色のショートボブに、頬に貼られた絆創膏、そして艤装内に存在している蟹が特徴の艦娘だ。ちなみにだが現在は体操服姿であり、いつも一緒にいる蟹は彼女の頭の上で鎮座している。身体に巻かれた鉢巻(?)が可愛らしい。

 

「提督、いい人だと思うよー? そりゃあ確かにたまに失敗することもあるし、女の人にだらしないところもあるし、かなりエッチな性格ではあるみたいだけど……」

「後者の二つが致命的すぎるでしょうが……」

「いや……そうだけど。そうだけど、そうじゃないというか……。とにかく、私達のこともよく考えてくれてるみたいだし、特にあんな前向きな扶桑さんとか見たことないよ?」

 

 朧は横島に好意的らしく、しどろもどろになりながらも曙に「彼はいい人だ」とアピールする。しかし、そんなことは知っている。最近建造された朧よりも、初期に建造された曙の方が付き合いが長いのだから当然だ。

 曙は、横島が『いい人』であるのは分かりきっている。はっきりと言えば、曙をしてその部分は好意に値すると言ってもいいだろう。だが……。

 

「……どこがいいのよ、あんな奴」

 

 それは、とても小さな声で呟かれた言葉。隣を走る朧にも聞こえなかったそれは、誰に聞かれるでもなく、グラウンドの空気に溶けて消える。

 どうやら、曙には他の艦娘にはない――――あるいは表面化していない不満が横島にあるようだった。

 

「ほら、提督ってああ見えてけっこう鍛えてるし!」

「……この筋肉フェチめ。いや、あのクソ提督もそこは評価出来るけどね」

 

 二人は意外と筋肉好きらしい。

 

 

 

 

 

「さて、昼飯は何にするかな、っと」

 

 所変わって食堂。横島は本日のメニューを見て昼食を何にするか迷っていた。

 現在、艦娘の数が増えてきたことにより、以前のように皆で集まって一緒に食べるということは難しくなってきている。出撃に遠征、訓練、非番に休日と、艦娘によってシフトは様々だ。今では数日に一回皆が集まれればよい方である。余談ではあるが、そのことで一番残念そうにしていたのは満潮であった。

 

「んー……よし、ここは験担ぎにトンカツ定食にしよう」

 

 横島は間宮にトンカツ定食を注文し、出来上がりを待つまでちょっとした世間話をする。

 食堂には間宮以外にも料理好きな艦娘や妖精さんがお手伝いとして厨房に入っている。特に白雪と雷がその辣腕を振るっており、今ではいくつかのメニューを任されるほどだ。

 

「最初雷がここのお手伝いに入るって聞いた時は心配したもんだけど、随分立派に仕事をこなしてるんだなー」

「はい。雷ちゃんにはいつも助けられてます。本当に頼りになる子ですね。それにしても――――」

 

 せっせと調理をこなす雷の姿を見やり、横島は感慨深げに言葉をこぼす。それはまるで父親か兄の様な姿に映り、間宮は思わず笑みを浮かべる。

 

「……ん? どうかした?」

「いえ、何でもありませんよ」

 

 不思議そうに視線を寄越す横島に、間宮は首を振る。横島の事だから気分を害することはないだろうが、十七歳の少年に父親みたいだ、と言うのも失礼な話であろう。

 ちなみに横島が外見年齢が上の間宮に敬語を使っていないのは、間宮に「敬語を使わないように」と要請されたからだ。

 横島はこの鎮守府のトップ。そんな彼が一職員に敬語を使うのはおかしい、とのことである。もっともらしい理由だが、他の外見年齢が上の赤城や加賀には敬語を使っているし、叢雲を始めとする何人かの駆逐艦娘にタメ口をきかれているのであまり意味がない。

 一説によれば、年下の少年に強く命令される感覚にハマって(以下略)。

 

「午後からは建造ですからね。しっかりと食べて、元気を付けてください」

「おう! ……つっても、俺が何かやるわけじゃねーんだけどな」

 

 間宮は出来立てのトンカツ定食を横島に手渡す。妖精さんお手製のトンカツは芳しい香りを放ち、暴力的なまでに食欲を刺激する。ついついよだれを垂らしてしまいそうだ。

 

「んん~、今日も美味そうだ。そんじゃ、また」

「はい、ごゆっくりどうぞ」

 

 横島は席に着き、いただきますをしてからもりもりと食べ始める。今日はいつもと気合の入り方が違う。そう、今日こそ川内を建造して、第三艦隊を開放するのだ!!

 

「あ、司令官! ご一緒してもいいですか?」

「僕もいいかな、提督?」

「では、不肖この不知火が司令の隣に――――」

「ハラショー。隣は既にいただいているよ」

「ふむ。相変わらず出し抜かれることが多いようじゃの。反対側はわらわがいただいた」

「こ、この不知火が……っ!?」

 

 途端、賑やかになる横島の周り。今回集まったのは吹雪に時雨、不知火と初春に響だ。思い思いの席に着き、会話を楽しみつつ昼食に舌鼓を打つ。

 何だか今日はいけそうな気がする。(根拠なし)

 

 

 

 

 

 

「――――というわけで工廠にやってきましたぁっ!!」

 

 昼食を終え、工廠へとやってきた横島は唐突に叫ぶ。こういった奇行はいつものことなので明石も妖精さんも特に驚いたりもせず、普通に作業をしている。横島に同伴してきた艦娘達も同様だ。

 今回横島と共に建造に挑戦しに来た艦娘は初雪・望月・陽炎・五月雨・神通・那珂、そして扶桑の七人だ。他にも来たがっている艦娘はいたが、資材と訓練に遠征の関係で数が絞られたのだ。

 初雪と望月はかなり面倒そうだが、普通の任務と比べて今回の任務はまだまだ楽な方である。加えてゲーム関係も好きな二人は、こういった任務の方が真面目にやってくれるだろうという横島の考えもある。

 

「そんじゃいつも通り一人一回ずつ建造をやってくぞ。そろそろ本当に川内を迎えよう」

「お姉さんに任せて! すぐに川内さんを建造させてみせるわ!」

 

 気合を込めて握り拳を作るのは陽炎。一番手に名乗り出る。

 

「今回のレシピはこれよ!」

 

 燃料:250/弾薬:30/鋼材:200/ボーキ:30

 

「レアな艦娘が出やすいこれなら川内さんも来てくれるはず!」

「へー、これがレア艦レシピなのか……。駆逐と軽巡狙いのやつ?」

「潜水艦や重巡洋艦も出るわよ。それでは期待を込めて、建造開始!!」

 

 陽炎は意気揚々と妖精さんに指示を出す。はたして、その結果はどうなるのか。

 

 建造時間『01:00:00』

 

「おおっ、これは……!?」

「来たんじゃないの来たんじゃないの!?」

 

 いきなりの軽巡洋艦確定である。これには周りも陽炎を囃し立て、期待が高まっていく。横島はすぐさま妖精さんに高速建造材を使用することを伝え、皆と共に祈りを込めて火炎放射器が静まるのを待つ。……相変わらず不思議な光景である。

 やがて炎が収まり、小型ドックが開く。そこにいた人物とは――――。

 

「こんにちは。軽巡洋艦、“大井”です。どうぞよろしくお願いいたしますね」

「~~~~~~っ!? しかしこれはこれでっ!!」

「あー」

 

 顕れたのは、残念ながら川内ではなかった。しかし、艦娘とは皆が見目麗しい少女の外見をしている。目的の人物ではなかったとはいえ、新たに美少女が増えるのは横島としては大歓迎である。

 

「俺は司令官の横島。これからよろしく!」

「はい、よろしくお願いします。……それにしても、随分と大所帯みたいですけど、どうかされたんですか? あ、皆さんもよろしくお願いしますね」

 

 皆にも礼儀正しく頭を下げる大井に、横島は現状の説明をする。大井は「あー」と納得の様子を見せ、困ったように笑みを浮かべる。よくあることとはいえ、これからの生活に不安が過ぎったのも確かだ。更に()()()から伝え聞いている横島の悪癖のこともある。外面を取り繕うのは必須の作業と言えるだろう。

 そして、それはそれとして。

 

「あの、ところで……“北上”さんはこちらにいますか?」

「北上? いや、その子はまだうちにはいないけど……姉妹艦か?」

「はい。そうですか、まだ建造されていませんでしたか……」

 

 北上がいないと分かり、目に見えて落ち込む大井。彼女の北上に対する執着は有名だ。陽炎は落ち込む大井に対し、笑顔で語りかける。

 

「大丈夫ですって、大井さん。今丁度軽巡である川内さんを建造しようとしてるんですから、北上さんもすぐに建造されますよ」

「……そうね、そうだといいけど……。でも、第三艦隊が開放される前に艦娘だけ増えていっても……」

 

 ジレンマである。北上には来てほしいが、現状では仕事が出来ない。それでは宝の持ち腐れだ。

 

「とにかく、今は川内さんを建造してもらって、北上さんに関してはその後ですね。個人的には早く来てほしいですけど……今は鎮守府のことを優先しないと」

「おお、大井はええ子なんやな……! 川内と一緒に北上も来るように祈っておくぜ……!!」

 

 自らの気持ちより鎮守府を優先する大井に、横島は感動を禁じえない。しかし、それも他の艦娘からすれば異常な光景に見えていたりもする。

 あの大井が、()()()()()()()()()()()()()。それが皆には異常に映る。――――と言っても、これは大井からすればごくごく普通のことであるのだが。

 鎮守府の危機にわがままを言ってもしょうがない。大井にだって分別はあるし、常識も持っている。皆からの評価は、ある意味風評被害に近いものがあるのだった。

 

「じゃあ、どんどんといきましょうか。次は私、初雪と……」

「望月の二人でいくよー」

 

 次に名乗り出たのはこの二人。大井の言動に対するショックも少なく、冷静でいられた二人だ。

 

「私達は最低値でいこうか」

「あー、そだねー。あんまり資材を使うのも止めといた方がいいだろうし」

 

 そうして妖精さんに指示を出し、最低値で建造を試みる二人。結果は二人とも『00:20:00』……駆逐艦である。

 

「モッチー……何だか嫌な予感が……」

「……初雪も?」

 

 二人は横島にお伺いを立て、高速建造材を使用する。炎が収まり小型ドックが開けば、そこには艦娘カードが落ちていた。

 横島鎮守府()()()()()()()()の叢雲である。

 

「本当に叢雲はよく来るなぁ……」

「よっぽど愛されてるんですねぇ」

 

 叢雲のカードを拾いつつの横島の言葉に、大井は笑顔で答える。愛する者の所に何人にもなって会いに来る……大井はその気持ちが分かるようだった。――――もちろん真相はただの偶然である。

 横島は叢雲のカードを胸ポケットにしまい、今度は自ら建造することにする。

 

「妖精さん、最低値で建造よろしくー」

「はーいっ」

 

 横島の声に元気良く応え、妖精さん達は今まで同様、張り切って建造を開始する。しかしその姿は他の艦娘達に頼まれた時よりもイキイキとしているようにも見える。これも人外キラースキルの賜物なのだろうか?

 気になる建造時間は『00:18:00』……またも駆逐艦である。おなじみ高速建造材を使用し、小型ドックが開けば、そこには駆逐艦娘の中でも、とりわけ幼い容姿の女の子が佇んでいた。

 

「あたし、文月っていうの。よろしく~」

 

 膝までありそうな長い髪をポニーテールにし、その髪を揺らしながら文月は横島の前までゆっくりと進む。

 

「おう、俺は司令官の横島だ。よろしくなー」

「えへへ~、よろしくね~」

 

 そのどこかぽやっとした雰囲気にあてられたのか、横島も笑顔を浮かべて文月の頭を撫でる。それに対する文月はとても蕩けた顔をしている。撫でられるのが好きなようだ。

 

「おー、文月じゃんか。文月もこっちに来たんだね」

「あ、望月ちゃんだぁ! 面倒臭がりなのに、もう来てたんだね~」

「相変わらず無邪気に毒を吐いて……」

 

 文月はてててーっと横島から離れ、望月の元へと走る。しかしその速度はお世辞にも速いとは言えず、性格通り、緩やかなスピードであった。

 残りは四人。満を持して登場するのは神通と那珂。二人の力で川内を迎えようと燃えている。

 

「提督、那珂ちゃんが川内ちゃんを建造してみせますからねっ!!」

「おう、頼りにしてるぞ!」

 

 横島の応援に、那珂はますます気合が入る。神通はそんな那珂を見て、「頑張ってね、那珂ちゃん!!」と内心でエールを送る。神通は那珂の気持ちに既に気付いているのだ。まあ、那珂はわりと分かりやすい艦娘というのもあるが。

 

「というわけでっ!! 妖精さん、レア艦レシピでよっろしくー!!」

「あ、私は最低値でお願いします」

 

 はたして二人の思いは川内に届くのか? それぞれの建造時間は『01:15:00』と『01:00:00』だ。どちらも軽巡洋艦である。

 

「今度こそキターっ!?」

 

 那珂のテンションが上がる。その勢いのまま高速建造材を放射。こんがりと焼けた小型ドックが開き、二人の歩み出てくる。

 

「長良型軽巡四番艦の“由良”です。どうぞ、よろしくお願いいたします」

「こ、こんにちは。軽巡、阿武隈です」

 

 建造されたのは共に長良型の軽巡洋艦娘。二人とも、両腕に単装砲をつけているのが特徴的だ。

 容姿では由良は薄い桃色の髪をポニーテールにし、それを黒のリボンでぐるぐる巻きにしている。外見年齢は高校生辺りと言ったところか。姉である長良や名取よりも年上に見える。

 阿武隈の方は明るい茶髪を何やら一言では言い表せられない複雑な髪型にしている。とてもセットに時間が掛かりそうな髪型だ。彼女の外見年齢は中学生程度といったところか。しかし、もう少し成長すれば、横島のストライクゾーンに入ることが出来る。……入りたいかどうかは置いておいて。

 

「僕司令官の横島っ!! よろしくー!!」

「わっ!? は、はい、よろしくお願いしますね……?」

「ひえぇっ!?」

 

 どうやら由良は横島のストライクゾーンに入っていたらしく、高速で手を握り、笑顔を振り撒く。由良も阿武隈も横島の勢いに圧され、タジタジだ。このままでは由良が横島に圧されに圧されて流されてしまうかもしれない。だが、そんな彼女を救う者は存在しているのだ。

 

「てーいとくー? 由良ちゃんが可愛いのは分かるけどさー? もっと夢中になるべき艦娘がここにいるじゃんかー」

「な、那珂ちゃんっ!?」

 

 横島の肩に手を置き、那珂がぴったりとその身を張り付けてきた。

 不満気に唇を尖らせ、耳元で不満を口にする姿は拗ねているのが丸分かりだ。

 那珂は()()()を境に横島とのスキンシップが増加した。今のように背中に身を寄せたり、手を繋いできたり、顔を寄せてきたりと、それはもう様々なやり方で。これには横島もドキドキだ。好みの外見年齢から少々外れてはいるが、それでも駆逐艦娘よりも見た目の年は近い。それゆえ流石の横島も煩悩が刺激されてしまうのである。

 

「由良ちゃんも阿武隈ちゃんも、長良ちゃん達が先にこっちに来てるから、後で呼んできたげるね」

「あ、ありがとうございます……」

 

 横島にくっつきながらの那珂に、由良達は曖昧な笑顔を浮かべる。あわあわと照れている横島の様子からして二人は付き合っているとかそういう関係ではなさそうであるが、何やら那珂の方は好意を抱いている様子。これは、邪魔をしない方がよいだろう。

 

「それじゃあ私達は脇に控えてますので……」

「し、失礼しますね……!」

「ああっ!? 僕まだ何もしてないのにっ!?」

「てーとくー?」

 

 背後から頬を引っ張られている横島は放置し、次は五月雨の番だ。「絶対にドジなんてしませんっ!!」と、彼女も張り切っている。

 

「頑張ってね、五月雨!」

「はいっ。頑張ります、陽炎さんっ!」

 

 建造を頑張るのは妖精さんであるのだが……幸い、この場にそれを突っ込む者はいなかった。由良や大井などは微笑ましそうに笑っている。ちなみに望月の腕の中の文月はおねむである。中々にフリーダムな娘さんだ。

 

「妖精さんっ、最低値でお願いします!」

 

 今度の建造時間は『00:22:00』……残念ながら駆逐艦だ。

 残念な気持ちを焼き尽くせ! とばかりに高速建造材が唸る。そろそろ小型ドックの耐久力が心配だ。

 

「ちわ! “涼風”だよっ! 私が艦隊に加われば、百人力さぁ!!」

 

 そうして建造されたのは五月雨によく似た容姿の艦娘、白露型十番艦“涼風”。江戸っ子のような口調で威勢の良い艦娘だ。

 

「おおー!? 何でぇ何でぇ、五月雨も来てたのかい!? あたいがこっちに来るまでにドジやってねーだろーなぁ?」

「も、もー! 第一声がそれなの!? ドジなんて少ししかしてないもんっ!」

「やっぱドジってんじゃねーか! まったく、五月雨はあたいがいないと駄目なんだよなぁっ」

 

 何とも元気一杯の艦娘だ。屈託のない笑顔を浮かべ、五月雨と話す姿は双子のようなのにまるで対照的だ。言っている内容は中々に辛辣だが、彼女の言葉には五月雨に対する親愛で満ちている。五月雨もそれを理解しているのか、プンスカと怒りながらもどこか嬉しそうである。

 

「おっと、アンタがあたいの提督だね? さっきも言ったけど、あたいは涼風さ! 戦闘に遠征に、このあたいを頼ってくれよっ!」

「おう! よろしくな、涼風。俺は横島だ」

 

 横島の存在に気付いた涼風が不敵に笑い、名を告げる。はきはきとした物言いはどこか男らしく、頼もしさに溢れている。彼女は横島とがっしりと握手を交わし、笑い合う。第一印象はかなり好感触なようだ。

 

「それにしても、川内さん来ないねー」

「あん? どういうことだい、陽炎?」

 

 ぽつりと呟いた陽炎の言葉を、涼風が耳聡く拾う。そうして陽炎から今の鎮守府の状態を聞かされる涼風と新たに建造された艦娘達。皆が出撃に遠征にと頑張ってくれているのだが、やはり艦隊が解放されなければ手が足りないのは確かだ。

 

「それで、最後に建造する人が――――」

「はい……私、です」

「あー……なるほどな」

 

 おずおずと前に出たのは扶桑。不幸艦という不名誉なあだ名を付けられている彼女が最後の建造を担当すると知り、艦娘達は諦めモードに入っていた。何とも酷い話ではあるが、扶桑もそれを当たり前のように受け止めている。――――多少前向きになったようではあるが、やはり染み付いた認識というのはそう簡単には払拭出来ないようである。

 

「それで、あの……私も、建造してもいいのかしら?」

「ええ、お願いします扶桑さん!」

 

 だが、横島は「そんなことは知らん」とばかりにいつも通りだ。何も始めから諦めているからとか、そういうことではない。ただ単純に、扶桑に期待しているのだ。

 それは今までの建造でも、全ての艦娘に込められたもの。確かに扶桑は不幸艦と呼ばれているが、それが彼女に期待を込めない理由にはならない。

 その横島にとっての普通が、扶桑にとっては特別だった。

 

「――――お任せください、提督」

 

 扶桑は妖精さんに指示を出す。資材は最低値で、高速建造材を最初から使うように要請。扶桑は横島に振り向き、笑顔を見せる。

 

「私は、必ず提督の期待に応えてみせます」

 

 ――――それは、とても前向きで、自信に満ちた言葉。

 扶桑を知る者からすれば、それは信じられないような姿。だが、この横島鎮守府の扶桑は、ある人物の影響を受け、前を向いている。

 他者からの認識も、自身の認識も未だ変わりはないが、それでも彼女は彼のために進んでいく。

 

 

 

 妖精さんは「命を燃やすときがきた! 行くぞ!」とばかりに火炎放射器をぶっ放す。先に燃えるのは小型ドックほうだと思うのだが、妖精さんも幾度ものぶっぱで疲れているのだろう。

 そして建造が終了し、ドックが開く。最初から高速建造材を使ったのでどの艦種が建造されたのかはまだ分からない。建造された艦娘は――――。

 

 

 

 

 

 

 

「川内参上! 夜戦なら任せておいて!」

 

 はたして、建造されたのは川内だった。

 驚き、両手で口を覆う扶桑。期待に応えることが出来た――――。それを認識するのに数秒の時間が掛かる。

 

「ん? ……あれ、どうしたの? あ、神通に那珂もいるじゃん! もー、いるなら早く返事を、して……おーい、もしもーし?」

 

 誰も動かない。姉妹艦の存在に気付いた川内が那珂達に声を掛けるが、二人とも何の反応も示さない。一体どうしたというのか。急に不安が川内の胸に押し寄せる。

 

「ちょ、ちょっとー? 何か反応を返してほしいんだけどー……? あの、ねえ……」

「……ぃ」

「っ!! うん、何々ーっ? どうしたの!?」

 

 不安からちょっと涙目になった川内の耳に、提督と思しき少年の呟きが聞こえてくる。よく見れば、周囲の皆も動き始めており、何故だか扶桑と川内を取り囲んでいた。

 

「……え? あの、ちょ――――」

「川内ちゃんっ!!!」

「え――――へぶぅっ!!?」

 

 那珂の強烈なタックルが川内の腹に突き刺さる!! そして、それを皮切りに周囲の艦娘達が扶桑と川内に殺到した!!

 

「扶桑さああぁんっ!!」

「川内さんっ!!」

「扶桑さん……扶桑さぁんっ!!」

「せんだ……この、川内さんっ!!」

「ひえええぇぇぇっ!!?」

 

 やがて二人はもみくちゃにされ、浮遊感が全身を支配する。

 

「せーんーだいっ!! せーんーだいっ!!」

「ふーそーおっ!! ふーそーおっ!!」

「うわあああぁぁっ!!?」

 

 何度も何度も皆に身体を宙に放り上げられる。それは胴上げだ。

 やがて川内が目を回し始めたころ、ようやく地面に下ろされる。すでに川内はヘロヘロ、扶桑も少し気分が悪そうだった。

 

「何で今私達胴上げされたのっ!?」

 

 そんな川内の疑問もどこ吹く風。横島達は満足気に「イエーイ!」とハイタッチをしていた。

 

「あのー、そろそろ私も泣いちゃうぞー……?」

 

 そのあまりの無視っぷりに流石の川内も泣きそうになる。何だか涙腺が緩い子だ。

 

「いや、悪い悪い。あまりの嬉しさにちょっとな!」

「え、う、嬉しい……?」

 

 横島の言葉に川内は胸が高鳴る。自分の着任をここまで喜んでくれるとは、夢にも思わなかった。

 

「ああ、ありがとう。うちに来てくれて……!! 俺は司令官の横島。川内……君の着任を歓迎する」

「ひゃ、ひゃいぃ……」

 

 川内が来てくれたことによって、テンションが吹っ切れた横島。ストライクゾーンに入っている川内を前に、いつもの煩悩に塗れた行動を起こさない。精々が彼女の両手を握っているぐらいである。

 川内は真剣な表情で見つめてくる横島にくらっと来ている。騙されてはいけない。その男は自分の好みの女の子にセクハラを仕掛けてくる男だ。

 

「そして、扶桑さん……!!」

「ああ、提督……!!」

 

 やがて顔を真っ赤にしてふらふらとしだした川内は那珂と神通に支えられ、端へと寄せられる。川内を運ぶ二人の目尻に雫が光ったのは気のせいではないだろう。

 そして、横島は扶桑へと歩み寄り、その両手を握る。扶桑も先程までの気分の悪さをどこかに放り出してそれを受け入れ、二人は見つめあう。

 

「やりましたね、扶桑さんっ」

「はい……!! これで、第三艦隊開放です……!!」

 

 扶桑の目には涙があった。横島の期待に応えることが出来たのが、役に立つことが出来たのが嬉しくてたまらない。不幸艦と呼ばれた己が、それを跳ね除け、望む成果を引き出せた。

 

「これも私なんかを信じ、期待してくれた提督のお陰です……」

「ん? いやいや、それは違いますって」

 

 横島は扶桑の言葉を否定する。扶桑はそれに戸惑うが、話は簡単だ。

 

「これは扶桑さんの頑張りが生んだ結果っすよ。他の誰でもない、扶桑さんのお手柄じゃないっすか。これもきっと、扶桑さんの日頃の行いの賜物ですって!」

 

 それは、扶桑のことを心から信頼しているから出る言葉だった。

 横島からすれば、美人で優しい扶桑を信じるということは何でもないこと。普通の、当たり前のことだ。――――それが、たまらなく嬉しい。

 

「それなら、那珂ちゃんの日頃の行いが悪いって言うのー?」

「うぇっ!?」

 

 見詰め合う二人に嫉妬したのか、川内を妖精さんが用意したイスに座らせて那珂が先程同様に横島の背中に張り付く。

 

「ん……私も、頑張ってる……」

「まー私らなりにだけどねー」

「お、お前らっ!?」

 

 しかも今度は那珂だけではなく、初雪と望月が左右から腕を引っ張り始める。

 

「わ、私だってドジっ子しないようにがんばってますよっ!」

「私も訓練に教導に頑張ってます」

「私もお姉さんらしくがんばってるんだけどー?」

「え、いや、ちょ……!?」

 

 横島を囲み始める艦娘達。今日建造された艦娘達が横島の慕われっぷりに少々驚きを見せる。何せあの普段は押しの弱い神通や、初雪や望月も横島にくっついているのだ。この日だけでどれだけ驚けばいいのか。

 

「――――ふふふっ」

 

 那珂達に囲まれ、しどろもどろになっている横島を見て、扶桑は思わず笑みをこぼす。この分では、彼を独占することなどは出来ないだろう。だが、それもいいのかもしれないと扶桑は考え始める。

 艦娘は人間ではない。彼女達は艦娘という存在であり、人間とは別の種族だ。故に、人間の法律や倫理に囚われる必要はない。

 

「提督は無意識でしょうけど……あの時の言葉、あなたはずっと示されてますよ」

 

 扶桑の心の中に、燦然と輝くあの光景。“――――俺が、貴女を幸せにします”。

 

 横島の姿を見るだけで。

 横島の声を聞くだけで。

 横島と話をするだけで。

 横島と触れ合うだけで。

 扶桑の心は、幸せに満ちていく。

 そう。横島がいる限り、扶桑は幸せなのだ。

 

「……提督」

 

 横島の傍にある限り、扶桑は“不幸艦”などではない。

 横島の傍にある限り――――扶桑は、世界で一番の“幸運艦”なのだ。

 

 

 

 

 

 

第二十七話

『“不幸艦”扶桑』

~了~

 

 




お疲れ様でした。

おかしいなあ。
扶桑の横島への好感度が高過ぎる。ここまで急速に惚れさせるつもりはなかったんですけどね……?
川内もそうですが……まあ、楽しいからいっか!(白目)

次回はヲ級ちゃんの出番でしょうか。
響とのラブいの書いてよと友人に言われてるので番外編になるかもしれませんが……。

それではまた次回。


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それぞれの出会い

今回は前回、前々回の半分以下の文量です。

……すまない。言い訳をさせてほしい。すまない。

元々このくらいの文量でやっていきたいと言っていたんだし、きっと前回とかがおかしかったんですよ……きっとそうですよ……

ちなみに番外編を書こうとしたら今後のネタバレが大量に含まれていました。なんてこったい。


それではまたあとがきで。


 

 川内が建造されて数日。

 第三艦隊が開放されたことにより、横島鎮守府の資材はようやく潤いを見せていた。

 今まで人数のわりに待機時間が多かった横島鎮守府だが、現在ではそれも解消されつつある。これも、今も遠征に精を出してくれている皆と、見事川内を建造してくれた扶桑のおかげだ。

 

「……」

 

 横島は穏やかな表情でとあるファイルを眺めている。叢雲がドロップしてきた時から増え続け、()()()()()()()()()()()()厚さを増していくそのファイルは、艦娘カードを収めたものだ。

 一つの鎮守府に、同じ艦娘は現れない。艦娘カードは肉体と魂を持たない艦娘達の器。“彼女達”が肉体と魂を宿すとするならば、それは同じ艦娘が沈んだ時だろう。その時まで、“彼女達”は深い深い、いつ覚めるとも分からぬ眠りの中を揺蕩い続ける。

 

 ――――そして、きっと“その時”は訪れないのだろう。

 

 横島はカードの表面を指で撫でる。それは慈愛から来るのか、それとも憐憫がそうさせるのか。

 艦娘達を沈ませはしない。それは横島の誓いだ。だからこそ、せめてとばかりに“彼女達”を大切に保管している。()()()()()()()()()()()を感じながらも、決してその存在を奪わせないために。

 

 ――――それが、間違っていると直観しながらも。

 

「……よし」

 

 横島はファイルを閉じ、本棚へとしまう。

 皆の練度も随分と上がり、ほぼ全ての艦娘が改造可能となっている。

 明石が言うには改造を行うことで性能が向上し、より一層の活躍が見込めるそうだ。ただし、逆に何らかの性能が落ちたりすることもあるらしく、よく考えて行わねばならないとのこと。

 ちなみにだが、最も短時間で改造が可能となったのは大井であり、次いで五十鈴、三番目は阿武隈だったそうだ。

 

「1―4でも安定して勝てるようになったし、そろそろ第二海域に進出かなー?」

「ようやく、ですね」

 

 イスに深く腰掛ける横島の独り言に苦笑を交えて返すのは大淀だ。

 大淀から見ても横島はかなりの慎重派だったらしく、今の今まで第二海域には一度も出撃をしていない。それもこれも艦娘達を慮ってのことであろうが、もう少し信用してくれてもいいのではないか、という意見も出ていたりする。特に叢雲から。

 

「遠征もばっちり、戦果も上々、資材も潤沢……にはまだ遠いけど、そこそこはある。練度も上がってきた。……順調だな」

「ええ。この勢いに乗って、第二海域の開放も進めていきましょう」

 

 珍しく大淀の鼻息が荒い。充分に気合が入っているようだ。

 

 今までになかった順調ぶり。艦娘達の士気も高く、心なしか皆キラキラと輝いている。

 

「……うしっ、第二海域に出撃だな」

「了解です」

 

 二人は自信満々に笑顔を浮かべ、編成を考え始める。今の皆は乗りに乗っている。多少の障害など簡単に乗り越えていくだろう。

 

 そしてその先に思い知るのだ。こういう順調な時にこそ、落とし穴が潜んでいるのだということを――――。

 

 

 

 

 

 

 

 それはどこかの海域にある、とある小さな無人島。

 緩やかに波が打ち寄せる海岸にて、幾人かの深海棲艦が集まり、何事かを行っていた。

 頭に巨大な怪物の顔を模した帽子を被り、まるで魔法使いのようなステッキを持った深海棲艦が一列に並んだ他の深海棲艦を前に、大きな声を張り上げている。

 

「アイウエヲイウエヲアウエヲアイエヲアイウヲアイウエ……!! アエイウエヲアヲ、カケキクケコカコ――――」

 

 どうやら彼女――――空母ヲ級が行っているのは発生と発音、滑舌の練習のようだ。

 そう。彼女は1―4……南西諸島防衛線にて出会った空母ヲ級だ。

 ヲ級が横島に一目惚れし、戦闘から逃げ出した後。彼女達一行はどうにも縄張りに居辛くなり、海域から出奔した。当初はヲ級のみが縄張りから抜けるはずだったのだが、ヲ級一人に辛い思いはさせないとグループを組んでいた仲間達もついてきてくれたのだ。

 発声練習を続けるヲ級を見守るのは軽母ヌ級、軽巡ヘ級、駆逐ハ級、駆逐ハ級の四人。『人』と数えていいのかは甚だ疑問だが、とにかくその四人がヲ級と共にこの無人島で暮らしている。

 本当ならばあともう一人重巡リ級がいるのだが、彼女は皆の食料を獲るために海へと潜っている。彼女は重巡なのに潜水が得意なのだ。

 

「ラレリルレロラロ、ワヱヰウヱヲワヲ――――ムフー……!!」

「――――!!!」

 

 発声練習を終えたのか、ヲ級は満足気な表情で深く息を吐く。それを合図に彼女を見守っていたヌ級達が声無き歓声を上げる。やんややんやと褒め称えられ、ヲ級は照れ臭そうに頭を掻く。声はなくとも、思いはしっかりと伝わっているようだ。

 そもそも彼女がこうした訓練を行っているのは、次に横島と会えた時に楽しくお喋りをするためだ。海岸に偶然流れ着いた『深海棲艦でも出来る日本語マスター術!!』という謎のハウトゥー本を発見したことを皮切りに、彼女の努力の日々が始まった。

 リ級もヲ級に協力し、今では二人は立派に言葉を離せるようになっている。やや発音が異なっているのは、ご愛嬌といったところ。

 ヲ級は擦り寄ってくるハ級達の頭を撫で、自らの胸に抱き寄せて頬擦りをする。ハ級達はくすぐったそうにしながらもそれを拒まず、むしろより積極的に身体を擦り付ける。

 

「ヲッ、少シ痛イヨ、ハ級」

「……ッ」

 

 ぐりぐりとハ級の頭を撫でるヲ級。それが嬉しかったのか、より強く頭を擦り付けるハ級を、ヲ級はやんわりと止める。ハ級はそれに申し訳無さそうに唸った後、今度は優しく頭を擦り付ける。ヲ級はそれを笑って受け入れた。ヌ級とヘ級の見守る視線がとても温かい。

 そうやって楽しそうにはしゃぐ彼女達の姿は、どこか以前と違っていた。

 例えば駆逐ハ級は身体に丸みを帯び、大きかった口はやや小さくなり、特徴的だった一つ目もどこか優しい印象に変わっている。

 空母ヲ級は病的なまでに白かった肌が色を宿し、虚無的であった瞳も活力に満ちている。まるで生気を失っていたかのような以前の姿からは想像も出来ないほどに、今の彼女は人間らしい。――――いや、もしかすれば()()()()()()()()()、と言った方が正しいのかもしれない。

 

「オーイ、ミンナー!」

「ヲ?」

 

 声がした方に目を向ければ、一人の深海棲艦が網を片手に海から海岸へと上がってきていた。重巡リ級だ。すぐさま皆はリ級の元に集まり、今日の成果を確認する。

 苦笑いを浮かべるリ級がヲ級に持っていた網を手渡すが、その中身はないに等しい。ヘ級がとてもショックを受けたような顔をした。

 

「イヤー、今日ハ全然ダッタヨー。ナンカ魚ガイナクッテサー」

 

 申し訳無さそうに話すリ級。以前と変わったと言えば、彼女が一番変わったと言える。

 ヲ級同様白かった肌が色を取り戻し、健康的な色気を発するようになった。それはヲ級も同様だ。しかし、彼女は顔立ちすら変わっている。

 以前のどこか鉱物染みていた髪は柔らかさを取り戻し、人形のようだった顔も今ではすっかりと人間味を取り戻している。目尻が垂れ下がり、「タハハー」と笑う姿はまるで別人のようだ。

 

「珍シイネ、魚ガ獲レナイナンテ。近クデ戦闘モナカッタハズダシ……」

 

 ヲ級は首を傾げつつリ級の網を持ち上げる。その中には獲物がほとんどおらず、海草やわずかばかりの小さな貝が入っている程度。これでは皆のお腹を満たすことは出来ない。

 

「ウーン、モシカシタラ嵐デモ来ルノカナー? ソレデミンナ逃ゲ出シタトカ……」

「嵐……?」

 

 リ級の言葉を反芻するように呟き、ヲ級は空を見上げる。雲一つもない晴れ、快晴だ。憎たらしいほどに太陽が燦々と照りつけている。

 

「嵐……?」

「ソンナ目デ見ナイデヨゥ……」

 

 少し残念な人を見るかのような視線をリ級に向けるヲ級。これにはリ級も涙目だ。しかしながら、実はリ級の予想もあながち間違いとは言い切れない。

 

「……ッ!!?」

 

 初めに気付いたのはハ級達。次いでヌ級、ヘ級が海岸、その先の海へと向き直る。それは鬼気迫る勢いであり、彼女達の全身をじっとりと濡らす冷や汗からも何かとんでもない脅威が近付いていることが窺える。

 

「ミンナ、ドウシ――――ッ!!?」

 

 ここで、ようやくヲ級達も気が付いた。皆が睨みつける海の向こう。そこからやってくる、自然災害にも匹敵するだろう脅威の存在に。

 

 海面を悠然と進み来るその威容。それは、深海棲艦だ。それも上位種である人型。

 身長はおよそ二メートル近くだろうか、女性としてはあまりにも大きいその身体に、それに負けない存在感を放つとても大きな胸部。

 彼女の腕は凶器と化しており、その爪はあらゆる物を引き裂くだろう。

 風に棚引く長い髪は白く、幽鬼を連想させる。しかし、それでいて肌は温かみのある色をしており、亡者染みていながらも生者であることを理解させる。

 彼女は普段からどこか自虐的な、陰鬱とした目をヲ級達へと向け、薄く笑顔を浮かべる。

 

「ヨウヤク……見ツケタ……」

 

 彼女が口を開く。それだけでヲ級達に降りかかるプレッシャーは倍増した。明らかに自分達とは存在の格が違う相手。それもそのはずだ。何故ならば、彼女は――――。

 

「オ前達ニハ……“資格”ガアル……」

 

 彼女を構成する要素の中で、最も特徴的と言えるのが、額から突き出た黒い“角”だ。

 それは数ある深海棲艦の中でも、()()()()()()()()彼女。大きな身体、黒い角、凶器の爪。

 彼女こそは深海棲艦の最上位、“姫級”が一人――――。

 

「ドウカ、()()()()()()()デ……共ニ戦ッテホシイ……」

「港湾……棲姫……!!?」

 

 突如として現れた“港湾棲姫”が、ヲ級達へと笑いかけ、手を差し伸べる。

 自分達を探していた港湾棲姫、自分達が持つという資格、そして“私達の提督”という言葉。

 ヲ級達はそのどれもが分からない。言葉の意味を理解出来ず、また港湾棲姫の存在感に呑まれているヲ級達は身動き一つ取る事が出来ず、知らずの内に港湾棲姫を涙目に追いやっていた――――。

 

 

 

 

 

 

 

『みんな、撤退だ!! 撤退しろ!!』

 

 横島からの通信が艦娘達の耳朶を震わせる。言われるまでもない、とばかりに彼女達は敵艦を牽制し、逃げの一手を打つ。

 順調だった。全ては上手くいっているはずだった。

 川内が着任し、第三艦隊が開放され、資材もそれなりに潤い、皆の練度が上がり改造が可能になった。今までに無いほどの順調ぶりで士気も高く、勢い込んで第二海域の攻略を開始し、見事2―1を突破した。

 苦戦らしい苦戦もなく、まさに鎧袖一触といった風情の戦闘であり、それが皆を更に勢いづける要因となる。しかし、だからといって慢心はしない。

 今までにないほどに順調だったのだ。今更くだらない油断などで出鼻をくじかれるわけにはいかない。勝って兜の緒を締めよ。皆に、油断や慢心などは一切なかったのだ。

 

 ――――しかし。

 

「……っ」

 

 出撃メンバーだった曙は、大破したその身を引き摺るようにして帰路に着く。もう敵艦の姿はなく、周りにいるのは自分と同じく大破・中破した味方のみ。

 完敗だった。彼女達は運悪くボスルートに進めず、進んだ先で出くわした運送船団に完膚なきまでに叩きのめされたのだ。こちらの攻撃などものともせず、まるで意に介さないかのように、ただただ無感動に。

 

「……くそっ」

 

 輸送ワ級は問題ではなかった。駆逐ニ級だってそうだ。自分達は戦艦ル級だって倒せたのだ。だというのに……!!

 

「――――くそぉ……っ!!」

 

 曙達は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。単なる随伴艦だと思っていた。ル級をサポートするための艦だと。

 しかし、()()()()()()()()()()。その深海棲艦こそが、()()()()()()()()()()()()()

 

 その深海棲艦の名は“軽巡ト級”。

 ト級は天龍や加賀のように、その身に強力な霊波を纏っていたのだ――――。

 

 

 

 

第二十八話

『それぞれの出会い』

~了~

 

 

 

 

 

 

港湾棲姫「共ニ戦オウ……」ぶるん

 

空母ヲ級「……!!」

 

港湾棲姫「私達ノ提督ノ下デ……」ばるるん

 

重巡リ級「……!!」

 

港湾棲姫「アノ……話、聞イテル……?」(涙目)どたぷーん

 

ヲ級・リ級「ナンテ存在感ダ……!!!」(自分の胸を触りながら)

 

 







とりあえず謎をばらまいていくスタイル。
一応第二章であらかたの謎は明かされるはずです。三章・四章は……うふふ。

次回は曙が主役(予定通りに進めば)

……なんかまたやたらと長くなってしまいそうだ。


それはそうと、今回リ級が出てくるので改めてリ級のビジュアルを確認したのですが
「あれ……? リ級ってこんなに可愛かったっけ……?」
と愕然としました。

私の抱いていたリ級の印象ってもっと怪物っぽかったのですが……おお、なんてことだ。


それではまた次回。


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後悔するなら

大変お待たせいたしました。

複数のゲームのイベントが重なると、本当キツイです……。
積みゲーを減らさなきゃ……積みプラも減らさなきゃ……。
あ、最新のガンプラとフレームアームズガールとメガミデバイスとスーパーミニプラだ~……うふふふふふ。

それではまたあとがきで。


 

 全ては、およそ一時間ほど前のことだった。

 本来のルートから外れ、運送船団との戦闘になった。艦隊旗艦は龍田、以下名取・球磨・多摩・電・曙の六名が今回の出撃メンバーである。

 羅針盤の運には恵まれなかったが、それでも戦闘に関しては順調だった。輸送ワ級に駆逐ニ級。この二種は問題なく撃沈し、戦艦ル級も名取と多摩が中破しつつも沈めることが出来た。――――()()()()()()()()()

 

「………………」

 

 守る者がいなくなった海の上、軽巡ト級は未だ動きを見せず、ぼんやりとしたまま佇んでいた。身動ぎ一つせず、ただ他の船に守られていたその姿はあまりにも不可解であり、また不気味な印象を抱かせる。()()()()というにはあまりにも不自然な様相だが、それの意味を考察しているほど龍田達艦娘は暇ではない。

 最後の一隻であるト級を沈めんと艦娘が動く。……その刹那、ト級の身体から、ゆらりと陽炎のようなものが立ち上る。

 端末越しにそれを見た横島の背筋に電流が走り、直感のままに指示を叫ぶ。

 

『――――全員、攻撃は最小限にして防御と回避に専念しろっ!!』

「えっ!?」

「ちょ、クソ提督いきなり何を……っ!?」

 

 いきなりの強い焦りを含んだ命令に、艦娘達は思わずト級から意識を逸らしてしまう。……致命的な隙だ。

 

『来るぞっ!』

 

 注意を促す横島――――瞬間、ト級がその姿に似合わぬ猛烈なスピードで突進を繰り出す。

 

「く――――っ!!」

 

 向かうは曙。狙われた曙は咄嗟に主砲の照準を合わせ、何度か引き金を絞る。

 狙い通り進んだ砲弾はト級に命中し、爆煙を広げる。駆逐艦の砲撃とはいえ、通常ならばまともに命中すればただではすまない。

 そう、()()()()()――――。

 

「なっ!?」

 

 爆煙を突き破り、ト級が勢いそのままに突っ込んでくる。驚いたことに、ト級の身体は完全な無傷であった。驚愕に身を固めるのも束の間、曙はぐんぐんと迫り来るト級に対し、苦し紛れに機銃を浴びせる。だが、相手には砲撃も通用しなかったのだ。当然、機銃が戦果を挙げることはなく……。

 

『龍田っ!! 球磨っ!!』

「任せるクマーーーっ!!」

「了解よぉっ!!」

 

 ト級の突進が決まる直前、横島の声に応えた球磨が曙を抱え、横っ飛びに回避する。そして、龍田はすれ違い様にト級の身体に薙刀を這わせ、流し斬りを叩き込んだ。傷も付かなかったが。

 

「ほぉら、鬼さんこちら~!!」

 

 通じるかは不明だが、龍田は囮も兼ねてト級を挑発しながら曙達から距離を取る。幸いト級は龍田を追っていくのだが、それも挑発に乗ったというような様子ではなく、ただ()()()()()()()()()()()()()()()()()、ある種関心からは程遠い感情からの行動に思える。

 曙達から充分に距離を取った龍田はUターンし、猛然とト級に向かう。先ほどの流し斬りがまるで効かなかったのが彼女のプライドを刺激したのだろう。ト級は両肩の巨大な口の上部に存在する主砲の照準を龍田に合わせ、砲撃を開始する。しかし、その動きは龍田からすれば緩慢なもの。撃った時には既に射線上にはおらず、ト級の死角に潜り込んでいた。

 

「――――シッ!!」

 

 ト級に繰り出される無数の斬撃。それはト級の身体にいくつもの筋を刻み――――それだけで、終わった。

 

「……あらぁ~」

 

 龍田の頬がここに来て引きつってしまう。それも当然だろう。何せ、彼女の自慢の薙刀の刃はボロボロに欠けてしまい、だというのに敵の身体には明確な傷を残すことも出来なかったのだから。

 気付けば、龍田の眼前にはト級の主砲が。この距離でそれを受ければ、ひとたまりもないだろう。次の瞬間に訪れる死の砲撃に、龍田の身は固まってしまう。そして、ト級の主砲が火を吹いた。

 

「――――ホームランッ!! なのですっ!!」

 

 まるで稲妻が落ちたかのような轟音と共に、ト級の身体が大きく揺らぐ。ト級が放った砲撃は龍田から外れ、遠く海の彼方へと消えていった。

 電が間に合ったのだ。彼女は手に持った錨をフルスイングし、ト級の身体に強烈な一打を文字通り叩き込んだのだ。それによってト級の黒い装甲に亀裂が走る。初めての有効打に龍田と電の表情が和らぐが、それも一瞬のこと。

 

「う、そでしょう……!?」

 

 ト級は揺らいだ態勢そのままに二人に主砲を向ける。確かに装甲に亀裂が走った。確かにそれは今までにない、強力な一撃だった。()()()()()()()。ダメージはあるが、何も致命傷を受けたわけではない。

 龍田は電をト級の砲撃から守るために抱きかかえ、電はそんな龍田を守るために艤装のサブアームを動かし、盾で龍田を覆う。そして、ト級から放たれた砲弾は二人に直撃し、爆炎と共に吹き飛ばす。

 

「うああぁぁっ!?」

「きゃあああぁっ!?」

 

 二人の艤装が砕け、身に纏う制服も削られる。続け様に二発、三発と命中する砲弾。龍田・電――――共に大破。

 これで球磨と曙を除く四人が中破以上となってしまう。今は無傷の球磨と曙、そして中破した名取と多摩が龍田と電の救援に向かう。ト級の気を引くのは球磨と曙だ。

 ト級は既に龍田達から興味を失くしたのか、今度は球磨達を追いかける。あるいは、興味など最初から無かったのかもしれない。そんなト級の振る舞いに曙は苛立ちを募らせていく。

 

「く……っ」

「落ち着くクマよ。相手に攻撃が通じないなら突っ込んでも無駄クマ。提督の言う通り回避に専念するクマ」

「分かってるわよ……!!」

 

 冷静に行動する球磨は曙にとっても頼りになる存在だ。それだけに曙の苛立ちは収まることは無い。この球磨という艦娘でさえ、強さでは()()()()()()()()()()()()()()()()()

 曙の胸中でドロドロとした感情が渦巻きだす。それを何とか抑えつけ、敵の攻撃から身をかわす中、不意にその会話は聞こえてきた。

 

『司令官、あのト級、もしかして天龍さんや加賀さん達みたいな……!?』

『……ああ。どうやら、そうみたいだな。()()()()()()()

 

 

「――――」

 

 

 その言葉に、身体の芯から()()()()()()()()熱が迸る。それは、心の底からの怒りだったのだろう。嫉妬や逆恨み、八つ当たりなども混じったその感情は、容易く曙の心をかき乱す。

 通信機からは横島からの命令が聞こえる。球磨の戸惑いを含んだ静止の声が聞こえる。しかし、曙にとって、それらは既にただの雑音になってしまっていた。

 反転しての突撃。曙は大きな叫び声を上げながら、真正面から攻撃を仕掛ける。今までの攻防から自分の攻撃が通用しないのは理解している。それでも攻撃せずにはいられなかった。自分は――――()()()()()()()()()、足手まといではないと証明するためにも。曙はその思い違いを抱えたまま暴走してしまう。

 

 ――――結果、曙を助けるために球磨が割って入り大破。曙も球磨が大破したことによりようやく理性を取り戻したが、その隙を突かれて砲撃をもらい、中破となる。

 戦闘はその時点で終了し、横島から撤退命令が出る。ト級は撤退する曙達を何をするでもなくぼうっと見送り、()()と視線を外し、欠伸をした。そのまま身体をゆらゆらと揺らし、一度も曙達を顧みることもなく、ゆっくりとその場を去っていく。

 曙はその様子を見ていた。悔しさと共に、双眸からは涙が流れ出る。口から零れる悪態は……止みそうにない。

 

 

 

 

 

「……」

 

 重苦しい雰囲気が執務室の一同を包む。

 現在執務室には横島以外に吹雪、霞、天龍、雷、大淀がいるが、誰もが口を開けないでいた。

 戦艦をも圧倒した第一艦隊。しかし、そんな彼女たちもたった一体の深海棲艦に撤退を余儀なくされた。

 その深海棲艦の名は“軽巡ト級”――――強力な霊波を纏った深海棲艦だった。

 

「……ずっとこうしてても仕方ないな。吹雪、霞、それから雷。三人でみんなの分の毛布を用意してきてくれ」

「……あっ、はいっ!」

「分かったわ」

 

 軽く溜め息を吐き、横島は吹雪達に命令――――お願いをする。その言葉に吹雪達もようやく正気に戻り、言う通りに動く。

 部屋を出て行く三人を見やり、一度天井を見上げ、今度は深い溜め息を吐く。大きく息を吸い込み、長く長く吐き出す。

 

「……なんだったんだ、あいつ」

 

 そして、ぽつりと呟かれたのはそんな言葉だった。それは回答を期待したものではなく、ただ疑問を口にしただけのもの。

 横島としては、霊力を操る深海棲艦の登場に関してはそれほど衝撃を受けていない。まさか、という思いはあったが、それでも艦娘だって霊力を使えるのだ。敵側が使ってきても何ら不思議ではない。だからこそ、横島は天龍をはじめ、扶桑や那珂、空母達に霊力の扱い方を教えていたのだ。

 しかし、横島はゴーストスイーパーとしての実力は高いが、彼が持ち得る知識は精々が三流もいいところである。美神から色々と師事を仰いでいるが、それでもあまり上手くはいっていない様子。ある程度の力量を持った者達を率い、それぞれの特徴を活かして成果を出させることは得意でも、技量で劣る者達を教え導き、力を身に付けさせることは不向きのようだ。

 名選手が名監督――この場合はコーチだろうか? ――になれるとは限らない、という典型であるといえよう。とにかく、横島に足りないのは知識と経験だ。実戦経験ならば有り余るほどだが……それも、今はあまり関係ない。

 今回のように、対策として霊力の扱い方を教えるのならば、それは少数に限定してのことではなく、ちゃんと全員に教えるべきだったのだ。確かに少数に密度の高い修行をつけるのは効果的かもしれないが、こういった軍隊での場合、求められるのは個の力よりも数の力である。

 天龍や加賀など数を無視する力を持った艦娘も存在するが、それも無敵ではない。現に天龍は油断から中破したことがある。いくら個の力が強くても、強い個が集まった数には勝てないのだ。

 だが、()()()()()()()例え皆に修行をつけていても勝てなかったかもしれないのだが。

 

「あの防御力……異常だな」

 

 そう、横島が何よりも驚いたのは敵の尋常ならざる防御力だ。機銃はおろか主砲ですらまともなダメージが入らず、砲弾を打ち返す威力を持つイナズマ・ホームランですら装甲に傷を付けるので精一杯だったのだ。その防御力は驚嘆に値する。

 敵の詳細な情報が分かる者はここにはいない。それを分かっていてもついつい口に出してしまった言葉なのだが、それに、答えられる者は存在していたのだ。

 

「――――ありゃあ、elite(エリート)だな」

 

 その言葉に、横島、そして大淀が発言者に身体ごと向き直る。二人の視線の先、こめかみの辺りを指で押さえた天龍がいた。

 

「……あいつのこと、なんか知ってんのか?」

「ああ。知ってるっつーか、()()()()()()()()()っつーか……。俺もそこまで詳しいってわけじゃないみたいなんだが……稀にいるみたいなんだよ。深海棲艦にも俺みたいに霊力を使える奴が」

 

 天龍は頭をぼりぼりと掻き、詳細を加えていく。その表情は歪んでおり、まるで頭痛に耐えているかのようだ。

 

「深海棲艦っつーのは、元々海に沈んだ船や人間の怨念だか何だかが形になったもんでな。eliteとかは特別その怨念とかが強い奴なんだよ。んで、そいつらの『沈みたくない』『死にたくない』っていう強い思いが霊力になって、あんだけの防御力を発揮してるらしい。

 実際攻撃力とかはそこまでのもんでもなかっただろ? それは、あいつらの意識……つーか、本能? まあ、そんな感じのが防御に力を割いてるからなんだそうだ」

 

 天龍はやはり歪んだ表情を見せながらも、横島に情報を開示する。今はどんな些細な情報でも欲しい。天龍からの情報はとても貴重なものだ。()()()()()、という部分が引っかかるが、横島は天龍を疑わない。いや、疑問に思っていないわけではないのだが、彼は何となく……そう、何となく天龍は嘘を吐いていないと感じた。だから、その感覚を信じるのだ。

 

「そうだったのですか……私もそこまでは知りませんでした」

 

 大淀も疑問には思っているようだが、それでも齎された情報には大変に感心しており、しきりに頷いている。天龍とは反対に彼女の表情は明るい。情報が入るということは、それだけで武器になる。

 

「ふー……ん」

 

 横島も大淀のように頷き、天龍を横目で見やり――――

 

「……()()()()()

 

 ――――と、声に出さずに呟いた。

 

「……(わり)い、提督。俺がもっと早く思い出していたらこんなことにはなってなかったはずなのに……何で、俺はこんな重要なことを忘れてんだよ……!?」

「天龍さん……」

 

 天龍は表情を先ほどまでよりも強く歪め、謝罪を口にする。どうしてこんな大事な情報を相手を見るまで思い出せなかったのか、痛恨の思いだ。大淀も天龍の様子に何も言えないでいる。

 今の天龍には未だ痛みを発する頭よりも、胸を刺す罪悪感や自分に対する怒り、失望の方が余程に痛い。思わずシャツの胸元を握り締めてしまうほどだ。

 横島はそんな天龍をただ見ていることは出来ず、席を立ち、天龍の髪をそっと撫でる。

 

「今回の事はしょうがねーって。むしろ謝らなきゃならねーのは俺の方なんだ。……頭、痛いんだろ? どうする、医務室で休んでくるか?」

「ん……いや……」

 

 目の前にいる横島から優しく声を掛けられ、天龍の頬が赤く染まる。こんなことを考えている場合ではないのだが、どうしても意識してしまう。ちらり、と自分よりも背の高い彼の顔を見やれば、真剣な表情でこちらを心配してくれている。それが天龍には嬉しかった。

 

「……あ」

 

 と、天龍が何事かを言いかけた瞬間、執務室の扉が開け放たれ、毛布を持った吹雪達三人が入室してきた。

 

「司令官! 毛布の準備、完了しました!」

「おお、サンキュ」

 

 横島は吹雪達を労わるために天龍から離れる。それを残念に思うが、自分の場違いな感情等は本来なら二の次なのだ。残念は残念だが……これが正しい。天龍は一つ頷いた。

 

「提督、まもなく龍田さん達も帰投するようです」

「うし、じゃあ迎えに行くか」

「はいっ!」

 

 大淀から報告を受けた横島の言葉に、吹雪が力強く応える。無論皆も異存は無く、少々早歩きで港へと向かう。誰一人沈んでいないとはいえ、それでも中破・大破という状態なのだ。早くその身を癒してやりたい。

 

 ――――身体の傷はすぐに癒せても、心の傷はそうそう簡単には癒せない。横島はそれを改めて思い知ることになる。

 

 

 

 

 

 

 

「んあーっ! 疲れたクマー!!」

「本当にゃ……美味しい魚と膝を所望するにゃ……」

「おう、今回はきつかったな。まともな指示を出せなくてすまん。それと、今日の晩飯は焼き魚だ」

「そんなことはないクマよ。提督はいちいち気にしすぎクマ」

「……鮭かにゃ? 鯖かにゃ?」

 

 第一艦隊が帰投した。疲れたというわりには元気に叫んでいる球磨だが、彼女は大破状態である。艦娘の中破・大破状態が人間で言うところの重傷といった状態ではないことは理解しているが、それでも彼女の体力は相当のものであるようだ。多摩は……いつも通りである。

 

「龍田、大丈夫かっ!?」

「あらぁ、心配してくれるのね、天龍ちゃん」

「電ーっ!! 心配したんだからぁ゛ーっ!!」

「ちょっ、痛い、痛いのです雷ちゃんっ!?」

 

 姉妹艦が大破して帰ってきた二人は大慌てで駆け寄り、重大な怪我がないかを確認する。その際雷は少々力を込め過ぎたらしく、怪我をした部分まで思い切り触れてしまっていた。これには流石の電も雷から逃げてしまう。

 

「名取さん、お疲れ様です。怪我の方は大丈夫ですか……?」

「うん。ありがとう、吹雪ちゃん」

 

 疲れの色が濃く見える名取を、吹雪が労わる。肩に毛布を羽織り、やや生気に欠けているとはいえ笑顔を浮かべられるあたり、大丈夫そうだ。

 

「……」

「あなたもお疲れ様。怪我は大丈夫? 入渠の準備は出来てるから、すぐに入れるけど……」

 

 霞は力なく項垂れている曙に毛布を掛けてやり、優しく声を掛ける。声に出しはしないが、曙は小さく頷き、ゆっくりと歩く。

 

「あ、曙。今回は大丈夫だったけど、今度からはあんまり無茶はすんなよ? 傷は高速修復材ですぐに治るとはいえ、あんまり無理に突っ込まれてもな……」

 

 横島からの言葉に曙の肩が震える。だが、それは言われても仕方のないことである。命令を無視し、勝手に突っ込んで仲間を危険に晒し、自分もまた中破したのだ。

 ――――惨めだ。曙は自らのあまりの無力さに頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだ。

 

「……そうね。私みたいな役立たずなんて使わずに、天龍や加賀さんを使った方がいいんじゃないの? そうすれば中破して無駄な資材を使わずに済むだろうし……」

「え……」

「おい、曙……?」

 

 未だ俯いている彼女の顔は、横島達からは窺い知れない。だが、その言葉に込められた感情――――諦観は、その場の誰にも感じ取ることが出来た。

 横島も、曙と仲の良い霞も何と声を掛ければいいのか迷う中、それでも雷は曙に歩み寄る。

 

「もう、失敗して落ち込むのは分かるけど、自分をそんな風に言っちゃうのはダメよっ! 今回は負けたけど次また頑張って勝ったらいいじゃない! 私も手伝うからさ、ねっ?」

 

 それは純粋に曙のことを心配しての言葉だ。優しく声を掛けられた曙は身体を震わせる。ぽろぽろと水滴が落ち、地面を濡らす。それは曙の涙だ。

 

「――――……の、よ」

「ん?」

 

 小さく、か細い声が曙から漏れる。雷にはその内容が聞こえなく、最後の部分しか分からなかった。それが伝わったのかは不明だが、曙は深く息を吸い込み、ゆっくりと顔を上げる。

 ゆっくり、ゆっくりと……やがて、雷と向かい合う曙は。

 

「……え」

 

 曙は――――強く強く、雷を睨んでいた。

 

「……アンタに、何が分かるっていうのよっ!!」

 

 感情の爆発――――。先ほどの雷の言葉を引き金に、彼女の中に(うずたか)く積もった物が溢れ出したのだ。

 

「次に勝てばいい……!? そうでしょうね、それが出来ればいいわよねぇ!! でも攻撃が通じない相手にどうやって勝てっていうのよ!? ()()()()()()()!! 私は違う!! 天龍みたいなのしか勝てないっていうなら、私みたいな霊力を使えない艦娘なんて必要ないでしょうが!!」

 

 曙が叫ぶ内容は、横島鎮守府に存在するほぼ全ての艦娘が抱いていた不満でもある。天龍に加賀、扶桑や那珂といったごく一部の艦娘は横島から特別な扱いを受けている現状は、多かれ少なかれ艦娘に似たような感想を抱かせているのだ。今までは表立っていなかったが、今回、ついにそれが噴出したことになる。

 

「ちょっと、曙……」

「それに、アンタが手伝ったところで無駄に決まってるでしょうが……!! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんかに、口出ししてほしくなんかないっ!!」

「な……んですってぇっ!?」

 

 曙の言葉に、今度は雷の心に怒りが灯る。互いに、もう冷静な判断は出来なくなっていた。

 

「食堂の手伝いをしてれば痛い思いもしないし、愛しのクソ提督とも一緒にいれるもんねぇっ!! 戦いもしないくせに提督に言い寄ってばっかりで!!」

「こ、の……っ!!」

 

 感情が昂ったのか、雷が大きく右手を振り上げる。このままにすれば、彼女の手は曙の頬を打つだろう。しかし、そうはならない。横島が雷の手を止めたからだ。

 

「司令官……!!」

「あ……っ」

 

 二人の視線が横島へと向く。雷はなぜ止めたのかと非難するかのように彼を見上げ、曙は横島の顔を見たためか幾分か冷静さを取り戻し、ばつが悪そうな表情を浮かべる。しかし、言った言葉はもう戻らないし、無かったことにも出来ない。

 曙が視線を雷に戻せば、彼女は涙を流し、先ほどまでの自分のように強く強く自分を睨みつけてくる。それに思わずたじろいでしまいそうになるが、また同じように睨み返してしまう。意固地になってしまっているのだ。

 

「……曙」

「……なによ」

「とにかく、今は入渠して傷を治してこい。()()()()()()()については、また呼び出すから」

「……分かったわ」

 

 身を翻し、曙はドックへと進む。最後に彼女の顔に浮かんでいたものは、後悔だった。

 

「……もん」

 

 曙が去ったあと、不意に雷から小さな嗚咽と共に言葉が零れる。横島は雷の手を離し、屈んで雷と目線を合わせる。

 

「逃げ、てなんか、ないもん……っ。私、逃げてないもん……っ!」

「……ああ、分かってるよ。みんな、それは分かってる。……(あいつ)も、本当はそれを知ってるよ」

「~~~~~~っ」

 

 横島は自分にすがり付いてくる雷の頭を撫でる。本当に、曙もそのことは知っている。

 

「……でも、私……曙ちゃんが言ってたこと、分かります……」

「え……っ!?」

「あ、ち、違うの雷ちゃんっ!! 雷ちゃんのことじゃなくて、その……霊力について……」

 

 思わぬ勘違いを生みそうになったが、名取は言い辛そうにしながらもはっきりと()()についての立場を表す。

 

「んー……まあ、そうクマねぇ」

「にゃぁ……」

 

 名取に賛同するように、球磨と多摩も頷きを返す。

 

「ああ。俺も痛感してるよ」

 

 横島自身も今までの対応が悪かったことに今更ながら実感を得る。考えはあったのだが、それを周知されていなければ意味はない。

 言い訳になるけど、と前置きし、横島は自分の考えを説明する。

 

「天龍や加賀さん達、霊力を使える艦娘達を個人的に傍に置いていたのは、その霊力を鍛えるためだっていうのは間違いない。でも、それと同時に霊力の基本を覚えてもらって、みんなの講師役をしてもらいたかったためでもあるんだよ」

「講師役クマ?」

「ああ。俺一人じゃ全員に教えるなんて無理だし、何より悪く言えば実験でもあったからな。俺自身誰かに霊力の扱い方を教えるなんてのは不慣れだし、そんなんで多人数に教えても逆効果になりそうだしな」

「にゃ……にゃるほど」

 

 横島は頭をガリガリと掻き、最後に加える。

 

「それに……今まで何度か“みんなにも霊力はある”って説明してたから、そこらへんは飲み込んでるかと思ってた」

「そういえば……言……ってましたね、提督さん」

 

 そう、全ての艦娘は霊力を持っている。確かに横島はそれを皆の前で説明をしたことがある。だが、それでも横島は特定の艦娘以外の霊力を鍛えようとはしなかったし、訓練の仕方も教えはしなかった。師がいない状態で独自に霊力を扱うのは危険を伴うとはいえ、これではそれを信じない艦娘が多くいてもおかしくはないだろう。

 

「あと、もうすぐ天龍達が基本を習得しそうだったから、それからみんなに訓練をつけてもらうつもりだったんだよ」

「あ゛ー……何というか、タイミングが悪かったクマね」

「俺の説明不足に違いはないけどな」

 

 横島は考える。敵の軽巡ト級eliteについてだが、確かに難敵であると言える。しかし、はっきりと言ってしまえば脅威であるわけではまったくない。沈めるならばすぐにでも可能だ。

 天龍、加賀……あるいは扶桑といった強い霊力を持った者をあの海域に向かわせればいい。横島の見立てでは、あのト級eliteはそれで片が付く程度の強さだ。しかし、それでは何の意味もない。

 

 ――――あの軽巡ト級eliteは、()()()()()()()()()()()()()

 

「……」

 

 あのことが脳裏を掠める。横島はその為の手段に当たりをつけていた。それが正しいのだろうという予感もある。だが、それを行うと()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ……決心は、つかない。

 

「……天龍」

「ん、何だよ提督」

 

 真剣な声音で名を呼ぶ横島に、天龍は首を傾げる。彼女は落ち着いているようだが、実は曙が感情を爆発させた辺りからずっと混乱しっぱなしである。龍田の服の裾をずっと握り締めているのがその証拠だ。……龍田は龍田で少々興奮してしまっている。そして、次の横島の発言で天龍は更に混乱してしまうことになるのだ。

 

「刀、貸してくれ」

「……何で?」

 

 天龍の頭に疑問符が浮かぶ。「いや、別にいいけどさ……?」と、困惑しながらも愛用の刀を差し出す天龍は人が良い。

 横島は天龍から受け取った刀を空へと翳す。忌々しいほどに青い空だ。

 青い空を見つめ、不意に横島は笑みを漏らす。そして、手に持った鞘に収まったままの刀を、思い切り、力いっぱい自らの股間に叩き付けた――――!!

 

「ちょおおおおおおおおっ!!? ナニやってんだ提督うううううううっ!!?」

 

 天龍のその叫びが全てを物語っている。刀がナニに衝突した瞬間、『チーン』という金属音がしたような気がするがそれはこの際どうでもいい。何故自分の股間を刀で強かに打ったのか。何故自前の武器ではなく他人の武器を使ったのか。そもそもそんなことをして大丈夫なのかなど、疑問はいくらでも出てくる。

 

「ふ、ふふふふふふふふふふ……っ!!」

「ヒィッ!?」

 

 突然横島の口から漏れる怪しげな笑い声。当然皆はドン引きだ。彼の心はついに壊れてしまったのか……!? 断っておくが、断じてそうではない。

 彼は、“痛み”を欲したのだ。心的な痛みを誤魔化すための、肉体的な痛み。それは爪を噛み切るような、指の皮を噛み千切るような、そんな行為。

 

 ――――痛い。とても痛い。それも当然だ。金的とは男女共通の最大の急所である。そこを刀という鉄の塊でぶん殴れば痛いに決まっている。横島は今回の行動を少し後悔していた。

 

「……そうだな。そうだよな……」

「な、何がですか司令官!?」

 

 不意に呟く横島に身体をビクリと震わせ、吹雪が横島の顔を覗きこむ。患部は大丈夫なのかと、横島の股間に手を伸ばしかけたのは彼女だけの秘密だ。

 

 横島はゆっくりと立ち上がる。そしてもう一度空を見上げ、大きく息を吐く。――――決心がついたのだ。後ろ向きではあるが、それでも、前に進むための決心が。

 まず、吹雪。次いで天龍、龍田、球磨、多摩、名取と――――艦娘の皆を見回していく。皆は「気でも狂っちゃったの?」という表情をしていたが、それは置いておこう。ともかく、横島はこう思うのだ。

 

 

 ――――目の前のみんなを蔑ろにして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……どーせ後悔するなら」

「え?」

 

 ぽつりと零れた言葉に反応する吹雪だが、横島は首を横に振るだけ。

 このまま何もせずにいるのも、行動を起こすのも、どちらも後悔するというのなら――――全ては、行動を起こしてからだ。

 

「吹雪、霞」

「は、はいっ」

「……何よ?」

 

 横島に声を掛けられた二人はやや身を竦めている。やはり先ほどの一連の行動は彼女達に恐怖を与えてしまったのだろう。それも当然と言えるのだが。

 

「みんなの入渠が済んでから……そうだな、一時間後に全艦娘を会議室に集めてくれ」

「みんなを会議室に、ですか?」

「ああ。色々と説明しなきゃいけないことがあるし、何より……」

「……?」

 

 言葉を濁す横島に吹雪は疑問を抱くが、それでもそれはきっと艦娘にとって良いことなのだろうと信頼を寄せる。そして霞は横島へと歩み寄り、その背中をバシッと叩く。

 

「何をするのかは知らないけど、思うようにやってみたらいいわ。もしも、何か大変なことになったら私も場を収めるのを協力するから、好きなようにやりなさい」

「――――おうっ!」

 

 霞は曙の親友の一人だ。そんな彼女が、今回の件について横島を信じ、全てを委ねてくれている。その信頼に報いねばならない。

 横島は自分らしくないと自嘲する。自分らしくない。自分らしくないが――――自分を信頼してくれる彼女達の見る目が正しかったことを、証明してみせる。

 

 ――――曙。そうすれば、お前も許してくれるかな。

 

 横島は決意も新たに、曙がいるだろうドックを見つめる。やり遂げなければならない。この鎮守府の司令官として、

 例え後悔するとしても、横島は決断を下さなければならない。この鎮守府の、司令官として。

 

 

 

 

第二十九話

『後悔するなら』

~了~

 

 

 

 

 

 

 

 

大淀「……」

大淀「……」

大淀「……あれ、私は?」

 

 すまぬ……すまぬ……っ!! 大淀さんはドックの用意をしていたということで、どうか一つ……!!




お疲れ様でした。
とりあえず切りの良いところで分割しました。
……それで前回の約2.3倍の文章量……だから私は何をしているのかと。

同じようなことになったら、みんなも曙みたいにキレると思います。
キレますよね? ……キレませんかね……?


ト級eliteは簡単に言えば黒光りし、大きく、そしてとても固い……そんな深海棲艦です。口を慎みたまえ。嘘は言ってません。特徴を詳しく語っているだけです。
……簡単に言えばぶっちゃけ固いだけですね。eliteではあるので攻撃力はそこそこですが、防御力の方が圧倒的です。
例えるならレベル100のイワークとかそんな感じでしょうか……。

とりあえず次回で諸々の所は解決します。無理矢理にでも解決させます。

今回と次回は反応が色々と怖いなぁ……。
それではまた次回。


追伸
ねんがんの ニンテンドースイッチをてにいれたぞ!


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心を重ねて

大変お待たせいたしました……。
本当に大変お待たせいたしました……。

仕事が忙しかったんです……。諸事情により仕事の量そのままで人が半分になったりしたのです……。
しんどい(涙目)

あとカードショップに入り浸って書く時間が(ry

……えー、今回過去最高の文章量となっています。東方煩悩漢の方を含めても、最長です。
だから私は何をやって(ry

前書きの文字数少なめって消したほうがいいかなぁ……

今回の話も色々と反応が怖いのぜ……

あ、今回は横島君が終始シリアスです。そんなの横島じゃねえ! という方には申し訳ねえ……!!






 

 

 

「ねえ、アンタ……どうして艦娘に近代化改修を施さないの?」

 

 

 

 ――――今にして思えば、私と司令官(アイツ)の関係が変わったのは、この質問が切っ掛けだったのかもしれないわね。

 

 艦娘が集合した会議室で、横島の到着を待つ時間の中、霞は目を閉じて()()()のことを思い返す。

 それ以前から横島が艦娘のことをどれだけ思いやっていたのかは知っていた。しかし、その思いがどれほどのものであったかというのは完全に理解出来てはいなかった。

 横島から話を聞き、随分と甘い奴だと霞は思う。そんな甘い考えで司令官をしているのか……そんな言葉が脳裏を過ぎる。

 しかし、それと同時にこうも思うのだ。――――こうして自分達艦娘を“一人の人間”として扱ってくれるのは、()()()()()()()()()()()、と。

 確かに横島は甘いところがある。艦娘が中破すればすぐに撤退させるし、大破などすればそれこそ大騒ぎだ。それで以前胃薬を飲んでいたところを見たことがある。むしろ吐血したところだって見た。

 艦娘を心配し、甘やかし、叱咤し、応援し、励まし――――霞は、そんな日々を嬉しく思っている自分に気付く。自分もいつの間にかあの男に毒されていたのか、と自嘲する霞だが、それも悪くはないと考える。その横島の甘さが艦娘達の心を(ほど)き、更なる力を発揮させる。そして育まれた信頼は、疼きにも似た胸の高鳴りへと変わっていった。

 まだまだ未熟ではあるが、それでもこれからも共に過ごしたくなる――――そんな“甘さ”も霞は受け入れていた。

 例えばこれから先、横島が立てた作戦が甘かったのなら自分が引き締めればいいし、迷っているのならば背中を押し、導けばいい。

 霞は一つ頷くと、横島に提案をする。

 

「ねえ、私も秘書艦にしなさいよ」

「んん? えっと、あー……おう、よろしくな!」

 

 横島は一瞬戸惑うも霞の言葉に頷く。霞の言葉は横島にとって有用なことが多く、頼りになる。秘書艦としてはもってこいだ。霞は自らの有能秘書具合に自信満々に頷く。

 ちなみにであるが、この時話の前後がまったく繋がっておらず、混乱した横島はただ霞の勢いに圧されるがままに頷いただけであるということは、霞には知られていない――――。

 

 

 

 

 

「悪い、みんな。待たせたな」

 

 霞が目を開き、ようやく会議室へとやって来た声の主――――横島を見る。

 いつもの気の抜けたような顔ではなく、あまり見せたこともないような真剣な表情だ。横島は会議室のホワイトボードの前に立つと、ゆっくりと艦娘達の顔を見回す。その中で一瞬とはいえ、横島が視線を固定した箇所があった。そこにいたのは曙、そして雷。曙は横島と目が合うとばつが悪そうにすぐに逸らし、雷は横島の視線に気付かぬまま、ずっと俯いたままであった。

 横島は目を伏せ、深く息を吐く。そうして精神を落ち着け、顔を上げて本題を切り出した。

 

「こうしてみんなに集まってもらったのは他でもない。2―2……バシー島沖で遭遇した敵についてだ」

 

 そうして始まる横島の説明。プロジェクターを使用し、曙達が戦った敵艦、軽巡ト級の映像も見せる。敵についての詳細を知らなかった者達は、ト級が見せる圧倒的な防御性能に驚きを隠せない。

 

「な……に、こいつ」

「堅いね……」

「い、イナズマ・ホームランが効いてない……!?」

「嘘でしょ……!? あのあらゆるモノを粉砕するイナズマ・ホームランが通じないなんて……!!?」

 

 ざわめきが会議室を埋め尽くす。現在、横島の鎮守府で打撃最強の名をほしいままにしているイナズマ・ホームランが効果を上げなかった場面では、特に大きなざわめきが起こった。電は恥ずかしそうに顔を俯かせている。

 

「……で、こいつ。この軽巡ト級は“elite(エリート)”ってやつなんだそうだ」

「“エリート”……?」

 

 その言葉に皆が首を傾げる。中には顔を顰め、こめかみを押さえる者もいる。それはまるで、頭痛に耐えているかのような姿だった。

 横島はそんな彼女達を視界に収めながらも、天龍から伝え聞いたeliteの特徴を語る。特筆すべきはその防御力であり、その源は()()()()()ということを。

 霊力――――。魂から抽出される、生きとし生けるもの全てに宿る力。それを操る者を霊能力者と呼び、彼等が振るうその力は、時に奇跡をも呼び起こす。

 そんな力を、敵は操るというのだ。

 

「そんな……!? か、勝てるわけないじゃんかそんなのっ!!?」

 

 悲鳴にも似た声で皐月が叫ぶ。その言葉を否定する者は誰もいない。否、否定する意思はあっても、霊力を操る者のデタラメさを()()()()()から、否定することが出来ないのだ。

 

「……」

 

 横島は皐月の言葉に目を瞑る。そう、この少年こそが霊力の使い手であり、艦娘達に霊力を持っている相手に勝てるはずがないという認識を負わせている元凶の一つでもあるのだ。

 何せ彼は艦娘を越えるほどの体力を持ち、一瞬でその場から消え去るほどの瞬発力を持ち、艤装を展開した艦娘を持ち上げることが出来るほどの力を持ち、放たれた機銃の弾丸を全て見切るほどの動体視力を持ち、何よりも現在の鎮守府最高戦力である天龍が「自分よりも上」と明言するほどの強さを持つ少年なのだ。

 更には先ほど名を挙げた天龍には劣るものの、それでも圧倒的な力を持つ加賀。霊力の修練に励み、メキメキと実力をつけ、言霊を習得しつつある扶桑。彼女達も霊力を操る存在であり、その頼もしくも恐ろしい実力から他の艦娘達の認識を歪ませている元凶でもあった。

 皆と自分の認識の違いを改めて思い知り、横島は誰にも気付かれないように小さく息を吐く。現在、自分達にも霊力が使えることをちゃんと理解している者は少ないのだ。吹雪・霞・天龍・龍田・扶桑・赤城・加賀・龍驤・那珂・大淀。そして先の会話で球磨・多摩・名取・雷・電がそれを教えられた。それでも全体の三分の一にも満たないのだ。

 確かに横島は今まで皆の前で「皆にも霊力はある」と言ってきた。だが、その霊力を認識出来る者は限られており、操る術も理解出来ていない。このような状態で、横島の言葉を完全に信用することは出来なかったのだ。

 吹雪や霞達、霊力について知っている者達も、横島同様に自分達と他の皆との認識の違いに苦い表情を浮かべる。思えば、横島から聞かされていることを誰かに伝えたことはなかった。天龍や扶桑達を除き、自分達にも扱うことが出来なかったからである。その点では、吹雪達も他の艦娘の皆と同じであると言えるだろう。霊力の存在は知っていても、それを自分が使えるとは思っていなかったからだ。

 

「……なあ、みんな。霊力を扱う軽巡ト級には、砲撃も、機銃も効果が無かったのは見てたよな?」

「……?」

 

 横島は皆を見回しながら、映像を巻き戻し、ト級が砲撃を受けているシーンを再生する。横島の言う通り、映像の中のト級は砲弾も、銃弾も、その全てを弾き返している。その装甲には傷が付かず、太陽の光を反射して輝いている。……そして、映像はとある部分で一時停止し――――。

 

「じゃあ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……あ」

 

 映るのは電が大きく振りぬいた錨がト級を強かに打ちすえ、装甲に僅かながらも亀裂を入れたシーン。確かにこの一撃は強烈だ。しかし、何故この攻撃だけが明確なダメージを与えることが出来たのか。その答えに行き着いた者から、吐息にも近い驚きの声が上がる。

 

「――――そう。電は、無意識の内に霊力を操っていたんだ」

「……え、ええぇっ!!?」

 

 自らを真っ直ぐに見据え、そう断言した横島に電は驚きの叫びを上げることしか出来ない。また、周囲の者もその衝撃の事実に驚きを隠せないようで、電を見たり、話を聞こうと躍起になっている者もいる。

 そんな中、曙は信じられないものを見るように電を見つめていた。彼女も自分と同じように霊力を持っていない者だと思っていた。しかし、それは間違っていたのだ。曙の胸中に、鈍い痛みが走る。自分勝手なことではあるが、曙は裏切られたような気持ちになったのだ。

 それは間違っているということは自分でもよく理解している。しかし、それを分かっていても曙の心は千々に乱れてしまうのだ。

 

「……そんで、何度も言うようだが――――」

 

 曙の耳に横島の声が聞こえてくる。ざわめきの中、不思議と横島の声は曙にも届いていた。そして、その言葉を聞いたのだ。

 

「――――みんなも、霊力を持っている」

 

 まるで波紋が広がるように、ざわめきは徐々に収まっていき、やがてシンとした沈黙が会議室を支配した。誰もが言葉を発せない。誰かが言葉を発する前に、横島は畳み掛けるように言葉を重ねていく。

 

「確かに、天龍や加賀さんは分かりやすいくらいに滅茶苦茶な強さを持ってる。対して自分達は二人のような強さを発揮出来ない。俺も天龍達ばっか近くに置いて、他の子達をあまり近づけなくしてた。……言い訳になるけどさ、これには理由があったんだ」

 

 横島は天龍達に時間を割いていた理由を語る。天龍達に基礎を教え、やがては皆の霊力の扱い方を教える教師役をやってもらうつもりであったこと。自分だけでは全ての艦娘に修行をつけられるわけではない。

 

「けど、だからといってみんなにちゃんと説明せずにいたのは、みんなを蔑ろにしたのと同じだよな。……悪かった、ごめん」

「し、司令官……!?」

 

 吹雪の、そして他の艦娘達の驚く声が聞こえる。横島は皆に対し、深く頭を下げていた。今この場において、横島はまず皆に謝罪をしようと考えていたのだ。真摯に頭を下げ続ける横島に、誰も口を開くことが出来ない。やがて横島はゆっくりと顔を上げ、皆を真っ直ぐに視界に収める。動揺はしているようだが、非難するかのような顔をしている者はいなかったので、それが横島にはありがたかった。

 

「……ちょっと時間取っちゃったな。話を戻すけど、みんなも霊力を持っているっていうのは事実だ」

「……あ、の……でも、私はその、霊力が見えも感じもしませんが……」

 

 ここでいち早く動揺が抜けたのか、普段あまり口を開かない弥生が挙手をして疑問を呈する。他の皆も弥生のお陰で動揺から抜け出し、彼女の言葉に頷く者も多い。艦娘の中には天龍や加賀達が発する霊力光を見ることが出来ない者も多く存在する。

 

「ああ。最初はゆっくり時間を掛けて訓練して、みんなに霊力を知ってもらおうと思ってた。でも、“elite”なんて奴が出てきて、みんなが危険な目に遭うのなら……って考えて。……俺は、ようやく決心がついた」

 

 横島は懐からある物を取り出す。それは長方形の、少女の姿が描かれたカード。

 

「それって……艦娘カード?」

 

 叢雲が一番に反応する。横島が取り出した艦娘カードは、自分のカードだったが故だ。取り出された()()の使い道など、一つしかない。

 

「そっか、近代化改修ね……!」

 

 納得したように叢雲は手をパンと打つ。確かに近代化改修をすれば艦娘の火力、雷装などの基礎能力が上がり、より攻撃能力がアップする。これならばあのト級にダメージを与えることも可能かもしれない。そして、この話の流れならば、と皆は霊力の習得方法に察しがつく。

 

「……あれ? でもそれなら何で今まで近代化改修しなかったの? 艦娘カードって結構ダブってたはずだけど……?」

 

 しかし、これには白露を始めとして、多くの艦娘が疑問を持つこととなる。どうして今まで横島は頑なに近代化改修を行わなかったのか。その理由が分からない。

 

「この艦娘カードは、既に鎮守府に存在している艦娘が建造なりドロップなりすると現れる……それで合ってるな?」

「ん……? 合ってるけど……?」

 

 念を押すような横島の確認に、多くの艦娘は頭に疑問符を浮かべる。だが、何人かの察しの良い艦娘は、横島の言葉の意味に気付き、目を見開いている。まさかとは思うが、彼ならばありうるだろう、という考えだ。

 

「そう……。つまりこのカードは、みんなの()()()()()()()姿()でもあるわけだ」

「え――――」

 

 息が詰まる。横島のその言葉を切っ掛けに、またも場の空気が変わった。横島は皆に見えやすいようにやや高めにカードを掲げ、皆を見渡す。まず横島が見据えたのは白雪だ。

 

「例えば任務報酬で白雪にここに来てもらう前に白雪の建造に成功していたら、ここにいる白雪はカードとして存在することになっていたかもしれない」

「う……」

「例えば響が建造される前に響をドロップしていたら、ここにいる響はカードになっていたかもしれない」

「む……」

「例えば天龍をドロップする前に天龍を建造していたら、ここにいる天龍はカードになっていたかもしれない」

「あー……」

「その艦娘達は、ここにいるみんなと同じ姿でも……違う艦娘達なのかもしれない」

 

 次いで響、天龍と視線を合わせていき、もしかしたらの可能性の話をしていく。ここにきて、横島の言わんとすることが皆にも理解出来た。横島は――――艦娘カードすらも、()()()()()()()()()()()()()

 横島の言っていることは単なる可能性であるし、この場の艦娘達が存在しなくなるということは無いのかもしれない。だが、その可能性が存在している時点で、横島には言いようのない感情が押し寄せてくるのだ。

 

「今ここにいる中の“誰か”が沈んだ時、この中の対応するカードがその誰かとして艦娘になる……。その子は、俺の知っている“誰か”じゃないのかもしれない……。俺は、それが怖い。怖いんだよ」

 

 それは、横島の中にある()()()()()()とよく似た感情であった。何度も言うが、それはあくまで可能性に過ぎない。しかし、それを確かめるには、横島はまたも失わなければならない。それは彼にとって、絶対にありえない選択肢である。

 横島は今回ト級と遭遇したことで、改めて皆を沈めたくないと強く思った。皆を沈めない――――ならば、それを為すにはどうすればいい?

 皆を沈めない――――それを思い、尚も()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――――横島は決意したのだ。

 

「……この、カードの状態である()()()()には、肉体も、多分だけど魂も宿ってない。この子達に肉体と魂が与えられるのは、対応する誰かが沈んだ時……。でも、この子達も艦娘なら、そこにはきっと、思いが宿っているはずなんだ」

「……思い、ですか?」

 

 吹雪が問う。カードに……艦娘達に宿る、思い。自分達以外の者が語る、それを。

 

「誰かを守りたい。誰かを助け、救いたい――――それが、艦娘のみんなに共通した思いだと思う。霊力とは魂の力。それを引き出すのは感情……思いの力だ。近代化改修ってのは、思いを重ね合わせることで魂を強化する方法なんじゃないかと俺は考えてる」

「思いを……重ね合わせる……」

 

 それは聞く者が聞けば、一笑に付されるような内容だろう。だが、それでもその場にいた艦娘達の心に、その言葉は確かに響いた。聞いたこともないような話であるが、何故か、それが正しいことであると確信しているようにするりと受け止められる。そんな不思議な力が、その言葉にはあった。

 

「……龍田、名取」

「はぁい」

「は、はいっ」

 

 横島が名を告げる。

 

「球磨、多摩」

「クマー」

「にゃっ」

 

 それは、ト級との戦いに敗れたメンバーだ。

 

「電……そして、曙」

「は、はいっ……なのですっ」

「……はい」

 

 名を呼ばれた者達は立ち上がり、周囲の、そして横島からの視線を受ける。横島は彼女達を見つめ、艦娘カードを掲げる。

 

「今からお前達に、近代化改修を施す。……()()()()は、お前達の力になってくれるんだ。ただのカードと思わずに、この子達の力を、全てを受け取る。――――その意味を、よく考えて欲しい」

「――――はいっ!」

 

 六人の力強い返事に、横島は軽く笑みを浮かべる。

 横島は明石を呼び、彼女に量産を依頼していた端末を以って、二人がかりで近代化改修に乗り出した。カードを選び、艦娘達に改修を施す。特別な作業などすることもなく、それはただ静かに始まり、そして終わる。

 艦娘達は不思議な気分を味わっていた。近代化改修が施される度、彼女達の身体は霊力の光に包まれる。その、内側から満たされるかのような暖かな光。それは、どこか懐かしいような感覚を呼び起こすものだった。

 

「……これは」

 

 皆の近代化改修が終わる。横島の目から見ても、その変化は劇的だった。

 身体の中から溢れるような生体発光(オーラ)の力強さは、今までの比ではない。予想以上の結果に、思わず感嘆の吐息が漏れる。

 

「みんな、目を閉じてリラックスしてくれ」

 

 横島は六人にそう指示し、霊力の扱い方を指導する。

 

「意識を身体の内側に集中して、光や熱……そういったものを感じ取るんだ」

「……っ」

 

 横島の言葉に六人は深く意識を沈める。身体の内側――――その中心点、そこに確かに存在する、今までは感じられなかった“何か”の存在を確かに掴む。

 

「それを、全身に広げろ」

「――――!!」

 

 ――――そして、六人は霊力を発動する。その身から放たれる確かな霊波。それは強さは天龍達と比ぶべくもないが、安定性は別格だ。未知なる感覚に驚き、すぐにその霊力を霧散させてしまうも、横島の言葉に従ってすぐさま再放出を成功させる。コントロールという点では、天龍達を大きく上回っているようだ。

 

「何か……凄く、温かいにゃ……」

「そうねぇ……それに、力が溢れ出てくるみたいだし、これならすぐにでもリベンジを果たせそうかなぁ?」

「油断大敵クマ……と言いたいクマが、これは確かにそう言わせるだけの高揚感があるクマね。球磨もイケそうクマ」

 

 未知の力に溺れて……というわけではないのだろうが、珍しく慎重派の球磨も好戦的な意見を返す。横島が他の二人も見れば、名取も電も、随分と気合を入れているようで、少々鼻息が荒くなっている。こちらの二人も龍田達同様に戦いたいようだ。

 横島は最後の一人に視線を向ける。彼女は身体から溢れる霊力を見つめ、何かを深く考え込んでいるようだった。

 

「曙、お前はどうだ?」

「……えっ? えっと……」

「お前はどうする? お前は、どうしたい?」

「私は……」

 

 曙は俯き、両の掌を見つめる。何を思っているのか、何を考えているのかは横島には分からない。やがて曙は両の手を強く握り締め、横島を真っ直ぐに見据え、口を開く。

 

「……私は。私も、戦いたい」

 

 視線が絡み合う二人。曙は口を強く結び、その様は意志を曲げる気はないという決意の表れの様にも見える。

 

「本気なんだな?」

「本気よ。そうしないと……そうしないと、私はもう、これから先……前に、進めそうもないんだもの……!!」

 

 ともすれば、曙は折れそうな心を必死に繋ぎとめているのだろう。涙が零れそうな目で前を睨み、弱気が漏れそうになる口を強く結び、震えそうになる手を白くなるまで握り締めて。そうして、無理矢理にでも前へと進もうとしている。

 曙の様子を見た横島は、その危うさを見抜く。本当ならば止めるべきなのだろう。だが、横島は不思議とその選択肢を頭の中から放り出していた。

 横島は自分を真っ直ぐに見る曙の決意に絆されたと言っても良い。しかし、それでもだ。明確な根拠を示せと言われれば「無理!」と即答してしまうだろうが、それでも横島には曙達に出来るという確信を抱いていた。それがどういった考えからの結論かは分からない。それでも、横島は彼女達の思いに応えたいと思う。

 

「……本当ならバカなことを言うなって止めるべきなんだろうけど。でも、何でだろうな。俺はお前らの背中を押したいと思っちまってる。……怪我をすんなとは言わない。無茶すんなとも今回は言わん。――――でも、必ずみんなで帰って来い。それが約束出来るなら……行って来いよ」

「――――はいっ!!」

 

 六人が大きな声で応える。横島は他の皆にこの場で待機するように指示を出す。艤装を展開し、出撃の準備に取り掛かる六人を応援する皆の温かな声。今この場において、皆の思いは一つである。

 

「さあ、出撃だ!!」

「了解っ!!」

 

 今、霊力を纏った六人の艦娘が出撃する。全ては前へ進むために。勝利を掴むために。

 

「――――雷」

「……うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

『よし、ここまでは順調だな』

 

 通信から聞こえる横島の言葉通り、出撃した龍田率いる第一艦隊は見事敵“水雷戦隊”を撃破してみせた。それも無傷で、である。

 ちなみにだが、現在横島は執務室ではなく会議室で戦闘の指揮をしている。皆にも龍田達の戦いが見れるよう、端末の映像をプロジェクターで投影しているのだ。

 

「んん~、やっぱり何だか身体が軽いなぁ。これなら雪辱を果たせそうだねぇ」

 

 龍田は嬉しそうに息を吐きつつ、伸びをして身体を解す。龍田の言う通り、皆の動きは今までよりも更に洗練されていた。まるで、今までの自分達には多くの枷が付けられていたのかと錯覚してしまいそうになるほどの爽快感と開放感。戦闘が苦手な名取も敵の砲撃をかわし、逆に反撃をして相手を沈めてみせた。近代化改修の結果は上々といえる。

 

「でも、いきなりト級の姿が見えた時はビックリしたのです」

「クマー。ここ、他にもト級が出るみたいクマね」

「いい準備運動の相手になってくれたにゃ。これなら負けにゃい」

 

 皆が気合たっぷりに先ほどの戦闘の感想を述べている。いつもよりもっと、ずっと慎重に。現在の自分達が扱える霊力を測るための戦い。その甲斐あって限界を知ることが出来た。……戦った深海棲艦達には色々と同情する。

 意気軒昂な艦娘。しかし、その中で一人だけ浮かない顔をしている艦娘がいた。そう、曙だ。

 確かに今までよりも火力は出ているし、身体の調子も良い。内側から滲み出る力は確かな安心を与えてくれる。……しかし、そんな状態でも曙の心の中には不安が強く根付いていた。

 先の戦闘で味わった無力感、絶望、恐怖。そういったものは早々拭えるものではない。次に相対した時、はたして自分はト級と()()()()()()()()()()……。

 

「大丈夫クマ。危なくなった時は私達が助けるクマ」

「え……?」

 

 不安に曙の身体が震えそうになった時、背中に優しく手を添えられ、柔らかな声音で球磨はそう言った。

 

「曙はもう少し他人に頼った方がいいクマ。曙の周りには頼りになるお姉さんがこんなにいるクマよ?」

 

 にかっと笑いながらの球磨の言葉に、曙はしばし呆気に取られる。球磨の言葉通りに周りを見れば、そこには力強い笑顔を見せてくれる龍田達の姿がある。必ず勝てる保証などあるわけでもないのに自信満々なその姿は滑稽でもあるが、それ以上に、今の曙には何よりも頼もしく見えた。

 知らず、曙の顔に笑みが宿る。今はまだ小さなその笑みも、この戦いを終えればきっと大きなものとなるだろう。

 

『さて、羅針盤(ルーレット)の時間だぞー』

 

 横島の言葉に、羅針盤妖精が「えいえいえーいっ!」と勢い良く回す。羅針盤が指し示した場所は前回と同じく、運送船団が居る地点。どうやら羅針盤という名の運試し要素も空気を読んでくれたらしい。これで別の場所だったら横島が即座に撤退させていたところである。もちろん出来るかどうかは別だが。

 ……もしかしたら、横島の後ろでただひたすらに「お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします」と祈りを捧げ続けている扶桑のお陰かもしれない。ぶつぶつと小さな声で囁き、前髪で目が隠れているのが恐怖を誘う。横島は背中をじっとりと濡らす冷や汗と供に、そんな扶桑に気付かないふりをしている。何故だろう、扶桑の目がビカーっと光っているような気がする。

 

「……さぁ、みんな。油断せずに行こうねぇー」

 

 龍田の号令に従い、皆は一歩を踏み出す。今度こそ――――その誓いを胸に。

 

 そうして、無人の海を進むこと数分。遂に、その時がやってきた。

 

「……て、敵艦隊を発見しました。戦艦ル級、駆逐ニ級、輸送ワ級……そして、軽巡ト級!!」

 

 名取が敵艦隊を捕捉……瞬間、艦娘の雰囲気が激変する。それは研ぎ澄まされた刃物のように。そして、張り詰めた弓のように。燃え滾る激情の中、ただただ凍てつく氷のように――――。

 艦娘達の接近に気が付いたのか、ル級を始めとした敵艦が迎撃態勢を取る。一触即発の空気の中、軽巡ト級がようやく気付いたのか、ゆっくりと龍田達の方に身体を向ける。装甲に入った、小さな亀裂――――あの時のト級だ。

 

『戦闘開始だぁっ!!』

「了解っ!!」

 

 横島の命令に艦娘は吼えるように返す。狙うはまず周りの深海棲艦。油断はしない。今の彼女達にそんな余裕はない。一撃一撃に力と決意、思いを込めて、全力で戦うのみだ。

 戦艦ル級の砲撃により、直撃はしなくても小破してしまう。近代化改修で魂が強化され火力が上がったとしても、耐久の面では変わりはない。それでも怯まずに戦いを続ける。

 痛い、怖い、逃げ出したい――――。頭に過ぎるそれらの言葉。しかし、それでも戦いを続ける。自分達は戦うことを選んだのだ。そんな自分達を、あの司令官は送り出してくれたのだ。

 いつも怪我をするなと言ってくれた司令官が、いつも無茶をするなと言ってくれた司令官が、いつも心配だと言って出撃に文句を言う司令官が。――――“行って来い”と、言ってくれたのだ。

 艦娘達は、そんな横島に応えたい。そして、自分達の為に()()()()()()()()()()()()()()に報いたい。だから、戦うのだ。

 

「ル級、撃沈!! これで残りは……!!」

 

 龍田がル級を沈め、最後の敵を睨む。波に揺られて自分達を眺めるその姿は、やはり不気味なものがあった。ト級は周囲を見回し、再び龍田達を見やる。自分の周りに存在した他の深海棲艦がいなくなったことに気付き、ト級は全身に霊力を行き渡らせる。

 

「……!!」

 

 あの時は感じなかった、ト級の霊波。それも近代化改修を施された今ならばはっきりと感じ取れる。敵、軽巡ト級の発する霊波の強さは――――今の自分達より、ずっと上だということを。

 

「だからって、勝てないわけじゃないのよねぇ!!」

 

 龍田はそれでも果敢にト級に突っ込む。彼女の顔に浮かぶのは絶望ではなく、笑みである。以前はどのくらいの差があるかも分からなかった。だが、今ならばその差がはっきりと分かる。彼女にとって、それは勝機の一つである。

 球磨と多摩は龍田のフォローに回り、残りはト級の動きを阻害する。

 

「まずは……!!」

 

 挨拶代わりの一発。龍田はト級に向けて砲撃を行う。相変わらず避けるそぶりすら見せないト級。龍田達の攻撃など、避けるほどでもない……そう考えているのだろうか。ならば、それは間違いである。

 

「……っ?」

 

 着弾した場所。そこに大きな衝撃が走る。目まぐるしく姿を変える景色――――気付けばト級は海面を転がっていた。それに気付き、即座に受身を取って体勢を立て直す。しかし、それでもト級は何故自分が海面を転がったのかが理解出来ないでいた。

 身体に走った衝撃。装甲を砕き、肉体を穿った雷のような刺激……今尚身体を蝕むそれを、痛みという。ト級は、それを理解出来ないでいる。

 

「……これなら」

 

 自分の砲撃に吹き飛ぶト級を見て、龍田は思わず笑みを深める。相手の損傷はまだまだ軽微。それでも傷付けられないわけではなく、ダメージを与えることに成功した。

 そこに横島からの指示が飛び、ト級に向かって左右から追撃が入る。球磨・多摩・名取・電の四人による十字砲火だ。タイミングをずらして行われたそれにト級は身を捩るも、何発かは着弾し、爆炎に飲み込まれてしまう。しかし、ト級はその炎の中からあっさりと飛び出してきた。

 

「アアアアァァァアアァァア゛ア゛ッ!!」

 

 それは怒りに染まったかのような咆哮。否、ト級は確かに怒り狂っているのだ。

 身体を蝕む未知の刺激……痛み。身体中に損傷が見られるト級は、先ほどの攻撃で中破していた。全身を駆け巡る不快な感覚にト級は怒りを抱き、それを押し付けてきた龍田達艦娘に対して激昂したのである。怒りは判断を鈍らせ、視野を狭める。力を制御せず、感情のままに振るうのは愚策だが、それで逆に有利に立てることもある。

 

「ど、どうなってるにゃ!?」

「カッチカチクマー!!」

 

 霊力とは魂の力。それを引き出すのは感情だ。怒りの感情に呼応し、ト級の霊力によって更に防御力が上がる。ようやく通用するようになった攻撃も、今のト級の頑強さの前には意味を成さない。そのまま反撃を受け、球磨と多摩は中破してしまう。

 

「くそ……っ!!」

 

 曙は思わず毒づいてしまう。遂に……遂に自分も戦闘で役に立てる時が来たのだ。天龍のように、加賀のように、扶桑のように。霊力を操り、深海棲艦を倒して皆を守ることが出来るようになったというのに。自分は、こんなところで躓いてしまうのか? 自分の限界は、こんなところなのか?

 歯がギシギシと音を立て、涙が溢れそうになる。あれほど情けない真似をした。情けない姿を見せた。そんな情けない自分を、信じて送り出してくれた者達がいる。それに応えられないのか?

 

 心を奮い立たせるも、徐々に戦意が失われていく。諦めが曙の心に影を落とそうとした、その時。

 

 ――――なーにシケた顔してんのよ。

 

「――――え?」

 

 曙は、()()()()()から声を聞いた気がした。

 

 

 

 

「どーすんのさ、提督!? このままじゃまたみんながやられちゃうよー!?」

 

 手を振り乱すように、川内は横島に食って掛かる。横島は取り乱す川内を落ち着かせるために彼女の頭に手を乗せる。

 

「大丈夫だ。……あの子達を信じてやってくれ」

「……そりゃ、そりゃ信じてるけど……!?」

 

 尚も言い募ろうとする川内の目を、横島は真っ直ぐに見据える。

 

「……もうすぐ、()()()

 

 

 

 

 

 曙は自らの内側から響いた声に動きを止める。動きを止めるのは致命的だが、今は龍田達が気を引いてくれている。多少ならば問題はないと言えるだろう。

 

「……何よ、幻聴まで聞こえてきたの……?」

 

 そこまで自分が追い込まれていたのかと先程とは別の意味で涙が出そうになるが、その涙も引っ込むことになる。

 

 ――――アイツをぶっ倒すんでしょ?

 

「……」

 

 ――――アイツをぶっ倒して、前に進むんでしょ?

 

 自分の心を突き刺すように、その声は真っ直ぐに響く。それは曙が望むこと。曙が渇望すること。今のままでは、成し得ないこと――――。

 

『確かに今のままじゃあのト級にダメージは通らない。あの防御力を貫くには、もっとパワーが必要だろーな。――――だったら、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 冷静な横島の声が端末越しに聞こえた。それと同時、戦闘空間に闇が広がっていく。戦場の皆も、会議室の皆も、瞬時に横島の意図に気が付いた。

 その空間は一部の艦娘の力を最大にまで高める効果がある。暗闇が支配する世界――――それは、“夜”。

 

『さぁ、お待ちかねの時間だぜ!!』

 

 ――――我、夜戦に突入す!

 

『夜せ――――』

『夜戦の時間だーーーーーーっ!!!』

『おぎゃあああああああ!!? み、耳がっ!? 耳がーーーーーー!!?』

『うわあああああ!? 川内が耳元で叫んだせいで提督の耳から血が噴き出したーーーーーー!?』

『え、衛生兵!? 衛生兵ーーーーーー!!』

 

 夜戦が始まり、歓喜のあまり川内が叫ぶ。その咆哮は横島の鼓膜を容易くぶち抜いてしまいました。しかし、通信から響く声は小さく絞られている。流石は高性能な端末である。

 

 ――――さあ、舞台は整ったわ!! ()()とアンタの思い、アイツに叩きつけてやんなさいっ!!

 

「……っ!!」

 

 その声に弾かれるように、曙は力強く走り出した。その声に報いるために。その声に応えるために。

 

『みんなっ! 曙のフォローに回れ!!』

 

 横島は曙の顔を見て、彼女に全てを託すことを決めた。現在曙達には見えないが、今も横島は耳から血を噴き出しており、その周囲は阿鼻叫喚の様相を呈している。

 

「言われなくとも、ねっ!!」

 

 龍田は横島の命令が出されると同時に動き出していた。機銃を放ち、ト級の気を引く囮役となる。球磨、多摩も横島の命令に従い、龍田と同様に動く。中破している分慎重に、ではあるが。

 曙は自分の主砲を握る手に力を込める。そこに霊力を……思いを込めるために。

 

「……ッ!!?」

「えっ!? ちょ、待ちなさい!!」

 

 囮役の龍田を追いかけていたト級が急に動きを止め、背後を振り返り一直線に波間を進む。ト級の視線の先……そこにいるのは曙だ。ト級の本能を刺激する()()。それに従い、曙を仕留めようとしているのだ。腕と脚を使い、まるで四足獣のように猛進する。

 龍田・球磨・多摩を振り切り、鬼気迫るような勢いで海を駆けるト級。自分を突き動かすその感情を、彼女は理解していない。否、理解出来ないのだ。

 ()()()()()()()()()()、一度も恐怖を味わったことが無い故に――――。

 

「ア゛ア゛アアアアァァッ!!!」

 

 その叫びにはどのような感情が込められているのかはト級自身も分からない。だが叫ばなければ、胸の内側からせり上がってくる焦燥を誤魔化せはしなかった。しかし、それも。

 

「……今ですっ」

「――――ゥアッ!!?」

 

 腕に走る強烈なまでの痛み。走る勢いのまま身体が海に叩き付けられ、その衝撃によって呼吸が出来なくなる。ト級の腕には砲撃を受けた痕が存在した。今まで隙を窺っていた名取による狙撃である。

 そして、隙を窺っていたのは名取だけではない。

 

「イナズマ――――」

 

 海面に打ち付けられる踏み込みの足。その反動をロス無く全身に伝わせ、振り下ろす錨の威力に変える。海面スレスレにまで振り下ろされた錨は軌道を変え、今度は天へと上る昇り竜となる!!

 その軌跡はまさにV。これこそはイナズマ・ホームランの派生系――――。

 

「――――(ダウン)(アッパー)・ホームランッ!! なのですっ!!」

「ゴ……ッ!!?」

 

 倒れた状態で顔面に錨を食らい、その威力によりト級の身体は浮き上がるように立ち上がっていた。あまりの痛みに思考がまるで働かず、その意識は混濁の海を漂い、ト級は無防備な姿を晒してしまう。既に電はその場を離れている……遂に、終わりの時が来たのだ。

 

『今だ、曙ぉっ!!』

 ――――曙っ!!

 

 横島の声と内からの声に導かれるように腕を上げ、主砲の照準を合わせる。

 

『――――ぶちかませぇっ!!』

 ――――ぶちかましなさいっ!!

 

「う……ああああぁぁぁっ!!!」

 

 外と内と。二つの声が重なり、曙は引き金を絞る。撃ち出された砲弾は空気を裂いて突き進む。長時間全力で注がれ続けた霊力により砲弾は淡く発光し、微弱な紫電をも纏う姿は夜戦空間も相まって流星を思わせる。

 流星は狙い違わずト級に着弾。意識が無い故に霊力を纏っていなかったため、その装甲を容易く突き破り、ト級の身体に大穴を開けていた。

 

「――――ア……、――ァ、……、………………」

 

 ト級は何も出来ぬまま背中から倒れこみ、そのまま海中へと沈んでいった。やがてぶくぶくと音を立てる気泡が無くなり、海面に波紋も出来なくなった頃、ようやく曙はその言葉を搾り出した。

 

「……勝……った?」

 

 その一言により、海上と会議室が即座に沸騰した。

 

「やったクマーーーーーー!!」

「よくやったにゃーーーーーー!!」

「うわあっ!?」

 

 曙は背後から抱きついてきた……もとい、飛びついてきた球磨と多摩の二人に押し潰され、思い切り海水を被ってしまう。出撃中は水を被るのはよくあることではあるが、こんな風に押し潰されるのは初めての経験である。

 

「ちょ、重い! おーもーいー!!

『はっはっは、何かこういう曙は新鮮だな……それにしてもさっきから端末の調子がおかしいな。音声がまるで聞こえん。というか自分の声も聞こえない……あれ、どうなってんだコレ?』

『休んでください……!! 今は休んでいてください司令官……!!』

『テメェコラ待ちやがれ川内ーーーーーー!!』

『ひええええぇぇっ!? ちょっ、助けて神通!! 那珂ちゃーーーーーーん!!?』

 

 何やらとんでもない通信が流れてきているような気がするが、とりあえず今はスルーをしよう。曙は耳に入ってくる通信を極力無視し、頬擦りしてきたり頭を撫でてくる球磨・多摩に龍田、名取に翻弄される。これで電にまではっちゃけられたら普段から切れやすい堪忍袋の緒も千切れてしまっただろう。現在電は皆の輪には入らず、喜び騒いでいる球磨達の様子を微笑みながら眺めている。

 

「……勝ったのよね」

 

 曙は未だに実感が湧いていないのか、また呟くようにそれを言葉にしてみる。球磨が「そうクマよー!」などと背中をバシバシと叩いてくるのが鬱陶しいが、曙とて球磨の気持ちは理解出来る。

 

「……勝ったわよ」

 

 曙は誰にも聞こえぬように、自分の内側から聞こえてきた声に対して勝ったと報告をする。しかし、それに返ってくる声はない。あの声はもう聞こえなくなってしまった。

 本当に幻聴だったのだろうか? 曙はその疑問は否と結論付ける。あの声の主は確かに存在したのだ。そして今も、確かに存在し続ける。それはきっと、自分の心と共に、いつまでも。

 

「さぁ、ドロップの確認も終わったし帰りましょうか。みんなも待ってるわよぉー?」

 

 龍田の言葉に皆が頷く。今回ドロップしたのはいずれも艦娘カードだった。いつもは特に何の感慨も抱かないが、これからは違う。彼女達がいるからこそ、自分達は今回勝つことが出来たのだ。曙は龍田から二枚の艦娘カードを預かり、大切に持ち帰る。その身をどうこうすることは出来ず、近代化改修に使うことしか出来ない。だからこそ、彼女達に敬意を払わなければならないのだ。

 

 龍田の号令に従い、帰途に着く。曙は胸にじんわりと沁みこんで来る感慨に頬を緩め、馬鹿騒ぎをしている球磨達に溜め息を吐きながらもそれを楽しく思う。出撃前はあれだけ沈んでいたというのに、少しだけ心が軽くなった。

 

 

 

 

 

 

「みんなー!! お帰りなさーーーい!!」

 

 鎮守府の港には多くの艦娘が帰りを待ってくれていた。龍田達が陸に上がると、すぐさまもみくちゃにされてしまう。身体をバシバシと叩かれたり、胴上げをされたり、目の前でボロボロに泣かれて通訳不能の祝いの言葉(?)を掛けられたり……何だか、以前見たスポーツ番組の特集を思い出す曙。

 曙の視線は誰かを探すかのように辺りを見回すが、どうやらお目当ての艦娘はここにはいない。軽くなった心がまた重くなるのを感じたが、それを顔に出してしまうと折角の雰囲気が壊れてしまう。

 曙達六人は大淀から一先ずドックに行き、疲れを流すように言われる。その際に球磨が横島の所在を聞いたのだが、「……医務室です」と視線を逸らされながらの言葉に同情を抱く。そういえば通信で耳から大量出血をしたらしいことが聞こえた。川内を始めとする何人かがいないのは、このせいもあるのだろう。

 龍田は苦笑を浮かべ、皆を促してドックへと向かう。ちゃんとした祝勝会は後日開催するらしく、楽しみにしておくように、との言葉が嬉しい。去り際に大淀から入渠が終われば食堂に来るように言われる。そのまま食事を済ませろということなのだろう。

 

 皆で入る浴槽。疲れが身体から染み出し、ついついだらしのない表情を浮かべてしまう。そのような状態でも、曙は心の中で“彼女”を思う。仲直りをしたいものだが……自分はあまりに酷いことを言ってしまった。許してくれるだろうかという不安が胸中に渦巻く。先程港で待っている中に彼女が居なかったのが、更に曙の不安を煽っている。

 

「……きっと大丈夫なのです」

「え……?」

 

 不意に、隣から声を掛けられた。見れば、そこには電が優しく微笑みかけてくれている。それだけではなく、他の者も一様に曙を見つめていた。どうやら皆には筒抜けだったようである。

 

「すぐに仲直り出来るクマよ」

「機会を待てばいいにゃ」

「アンタらは気楽でいいわよね……って、あっ!?」

 

 のほほんとした顔を向けてくる二人に対し、曙はつい辛辣な言葉を返してしまう。そして自分の口の悪さに気付き、自己嫌悪に陥る。球磨達はそんな曙を見て朗らかに笑う。曙からすれば笑い事ではなく、そのせいで雷とケンカをしてしまったのだ。

 

「まぁ、曙ちゃんの口の悪さは今に始まったことじゃないからねぇ~」

「うぐぅっ!?」

「た、龍田さん、言い過ぎですよっ」

 

 意地悪な言葉を掛ける龍田に胸を押さえる曙。名取も窘めはするが否定はしてくれず、やはり自分はそういう風に見られているのだと言うことに軽く泣きそうになる。

 電はもう周りを完全に無視し、曙へと声を掛ける。

 

「雷ちゃんはちゃんと曙ちゃんのことを理解してくれているのです。だから、きっと大丈夫なのです」

「……? それって、どういう……?」

 

 曙の問いに電はただ微笑みを返すだけ。その後、からかってくる軽巡三人にお湯を思い切りぶっかけたりしながら入渠の時間を消費していった。

 入渠が終われば今度は食事だ。食堂に向かう道すがら、六人は盛大にお腹の虫を鳴らしてしまい、赤面してしまう。考えてみれば食事を取らず二回連続で出撃したのだ。しかも、どちらも激戦である。これで空腹にならないわけがなかった。

 

「あはは……お腹が空いたのです」

「肉にゃ……肉を食うにゃ……」

「晩御飯は魚だったはずクマ」

「がーんだにゃ……出腹を挫かれたにゃ……」

「出腹って……」

 

 夕餉の内容で盛り上がりを見せる一同。特に多摩はお腹が空き過ぎたのか、普段の魚好きをかなぐり捨ててがっつりと肉を食べたい様子。彼女達は今回の功労者。もしかしたら、リクエストすればその内容が通るかもしれない。

 

「お、お疲れさーん」

「て、提督!? 医務室にいるはずじゃ……!?」

「治した」

「ええ……」

 

 曙達が食堂に入り、真っ先に声を掛けてきたのは横島だった。医務室で治療中であるはずの横島の姿があることに龍田は驚くが、その彼の言葉に困惑してしまう。治ったではなく治したとは……そのような高度な医療知識があったのだろうか。

 

「本当なら夕飯は魚だったんだけどな、みんな頑張ってくれたし今回はちょっと特別なメニューになった。まあ、魚もあるからどちらか好きな方を選んでくれ」

「肉かにゃ?」

「ん? ああ、肉も使われてるけど」

「じゃあそっちにするにゃ」

 

 多摩は迷わず特別らしいメニューを選ぶ。その後龍田・球磨・名取は魚を選び、電と曙は特別メニューを選ぶ。何となく魚の気分ではなかったらしい。

 配膳は他の艦娘がやってくれた。特別メニューの内容は肉と野菜が入ったシチューにパンとサラダ。肉は大振りでたっぷりと入っている。味も絶品らしく、多摩は一心不乱に口に入れていく。

 

「美味しいにゃ……!! こんなに大きいのに柔らかく、噛まなくても解れていくのがたまらにゃい……!! 肉の油、野菜のエキスと一緒になったシチューは濃厚でありながらもくどくなく、すっきりとした喉越しをしているにゃ……!!」

「いきなりどうしたクマ……?」

 

 いきなり始まった多摩の食レポに球磨は困惑する。「味の宝石箱にゃー!!」と定番の台詞を交えつつ未だに続くそれに、周囲のギャラリーも感心した様子で頷いている。意外なところで多摩の才能が明らかになった瞬間であった。

 特別メニューは特別の名に恥じぬ出来栄えのようであり、弥が上にも期待が高まる。

 

「おう、お待たせー」

 

 電に料理を持ってきてくれたのは横島だった。鎮守府のトップがするようなことではないが、皆も、そして横島も当たり前のようにそれを受け入れてしまっている。電は横島にさせてしまったので慌てているようだが、周囲の反応に曙は頭が痛くなる思いであった。

 

「……提督、私の分はまだなの?」

「いや、もう来てるぜ。……ほら」

「え……あ――――」

 

 いい加減空腹も耐えがたいものになり、曙が自分の分はどうなっているのかを横島に尋ねる。横島は軽く笑みを浮かべて答えたあと、すっと横に移動した。それによって明らかになる背後にいた人物。曙の料理を持ってきたのは雷であった。

 

「い、雷……」

「……はい、曙の分」

「あ……ありがと……」

 

 互いに視線を合わせず、最低限の言葉のやり取りを交わす二人。横島は苦笑を浮かべて見守っているが、その後二人は動こうとしない。おせっかいになるが、横島はこれも二人のためであると世話を焼くことにする。

 

「ほれ、曙。早く食わねーと折角の料理が冷めちまうぞ」

「あ、そ、そうね。……それじゃ、いただきます……。――――美味しい」

 

 遠慮がちに、そしてチラチラと雷に視線をやりながら曙は食事を開始する。一口シチューを口にすれば、曙は自然とその味を賞賛していた。

 空腹も相まって、食事の手が止まらない。シチューだけでなく、パンもサラダも小さな身体に収めていく。気付けば、曙はあっという間に全てを食べ終えていた。

 

「随分と一生懸命食べてたな」

「う、うっさいわね。美味しかったんだから仕方ないでしょっ」

 

 くつくつと笑いながらの横島に曙は恥らいつつもそう返す。横島は悪い悪いと両手を上げて降参し――――雷へと声を掛ける。

 

()()()()()……美味かったってよ、雷」

「……間宮さんに手伝ってもらったけどね」

「え……!?」

 

 横島の言葉に曙は驚く。先程食べた料理。それは間宮の作ったものではなく、雷が作ったものだった。日頃食している間宮の料理……それに匹敵するものがある料理を、雷が作ったのだ。

 

「……私、戦闘が苦手だから」

 

 雷は戦闘が苦手である。

 暁は普段の様子から頼りなく見えてしまうが、ああ見えて戦闘指揮が得意であり、響も冷静に戦況を把握して戦果を挙げる。そして電は普段から大活躍だ。

 対して自分は戦闘では活躍出来ない。戦場に出るといつも中破か大破をしてしまい、それがなくても今度は敵艦を倒すことが出来ない。訓練も真面目にこなしているのに、どうしてか一向に改善されない。彼女は戦いに関しては才能が無かったらしい。

 このままではいけないと雷は考える。そうして得た結論が遠征や鎮守府での様々な手伝いであった。横島や吹雪、霞、大淀、明石、そして間宮に教えを乞い、様々な知識を得て鎮守府の運営に力を注ぐ。

 始めはあまり多くのものに手を出し過ぎることに横島も渋ったのだが、雷はその心配を跳ね返すほどの成果を挙げてくれている。どうやらそういったことには天才的な才能があったらしく、雷は驚異的なスピードで技術を物にしていった。

 中でも、特に覚えが良かったのが料理だ。間宮にはまだ劣るが、それでも現在の雷の料理の腕前はまさに玄人跣であると言える。

 

 雷は日々の訓練をこなし、遠征で資材を集め、横島達鎮守府の中枢の補佐を務めている。誰よりも、他の誰かの為に動いているのが雷だ。彼女は戦いから逃げたのではない。ただ、()()()()()()()()()なのだ。

 

「この鎮守府で誰が頑張ってるかって聞かれたら、真っ先に思い浮かぶのは雷だな。それはみんなもそう思ってるだろうし……お前もそうだろ、曙?」

「……うん」

 

 そう、曙も本当は理解していた。彼女が日々努力をしていたこと。戦いから逃げたのではないことを。

 食べ終えた後の食器を見る。彼女が作った料理は、本当に美味しかった。いくら才能があろうとも、一朝一夕であれほどの味を出すのは不可能だろう。間宮に手伝ってもらったと言うが、それでもそれは誇るべき努力の証である。

 

「雷……」

「うん……」

 

 曙と雷の視線が、ようやく交わる。

 

「あの、本当に美味しかった。本当に、凄く」

「……うん」

「本当に……美味し、くて……本当に、本当に……酷いこと言って、ごめん、なさい゛……っ!!」

「私も……叩こうとして、ごめんね……っ」

 

 二人は互いに涙を浮かべ、頭を下げた。ごめん、ごめんと謝り合いながら、いつしか二人は強くお互いを抱き締める。

 仲直りが出来たことに、周りの皆もほっと息を吐き、笑みを零す。中にはもらい泣きをして何を言っているのか分からない者もいる。

 

「……良かったわね、あの二人が仲直り出来て」

「ああ。本当にな」

 

 曙達を微笑ましく見守っていた横島の隣の席に、霞が着く。柔らかな笑みを浮かべた彼女は、笑い合う曙達を見て目を瞑り、小さく息を吐く。曙の親友として、一安心といったところか。

 

「何か良く分かんないけど、これで解決ってことかしら。ま、アンタも今回は頑張ったんじゃない?」

 

 パンを食べながら、叢雲が横島にそう微笑みかける。横島の気配りが無ければ、二人はきっと気まずいままであったろうから、叢雲は横島を評価しているようだ。今回は横島の無遠慮さが役に立った好例だと言える。

 

「頑張ったかどうかは分かんねーけど、それでも動いた甲斐はあったよな。――――良いモンも見れたし、な」

「……そうね」

 

 視線の先、涙でぐちゃぐちゃになった互いの顔を見て、曙と雷は笑い合っている。二人に世話を焼くのは電と満潮。ハンカチで彼女達の涙を拭ってやると、今度はその二人が雷と曙に抱きつかれた。

 最早ケンカをした当初の空気は完全に払拭されている。いつの間にか横島の傍にいた龍田達他の出撃メンバーと共に、曙達の楽しそうな様子を見て、こちらも笑い合う。

 

「あの、雷……?」

「どうしたの、曙?」

「まだ、食べたりなくて……おかわり、いいかしら……?」

「もちろん! もーっと食べてくれてもいいのよ!!」

 

 曙は大淀に渡した艦娘カードに思いを馳せる。誰もが形を変え、方法を変えて戦っている。それは自分達も、そしてカードとなっている彼女達も例外ではない。

 彼女達と心を重ね、彼女達と共にこれからも戦っていく。

 後に、曙は南西諸島海域のバシー島沖……2―2のボスマスにおいて、空母ヲ級二体、重巡リ級一体、合わせて三体のeliteと戦うも、練度不足のせいでボロボロにやられてしまう。だがそこに卑屈さは無く、必ず倒すという気概が見て取れるようであった。

 

 挫折を乗り越えた彼女は、これからの日々を戦っていく。自らの隣に立つ友と、自らの内にある友と共に――――。

 

 

 

 

第三十話

『心を重ねて』

~了~

 

 

 

 

 

 

 

龍田「……ところで、提督の見た“良いモン”って何かなぁ?」

 

横島「ああ、近代化改修の時にみんな身体が光ってたろ? その時にうっすらと裸が――――はっ!!?」

 

霞「折角格好良かったのにアンタって奴はーーーーーー!!!」右ストレート

 

横島「おごおぅっ!?」

 

名取「提督さんのエロガッパーーーーーー!!」フライパンアタック

 

横島「ぎゃひんっ!!?」

 

叢雲「私のトキメキを返しなさいよーーーーーー!!!」釣鐘固めで急上昇

 

横島「おああああああああっ!!?」

 

初雪「あ、あの技は!?」

 

吹雪「知ってるの、初雪ちゃん!?」

 

初雪「空中で釣鐘固めで相手を捕らえ、そのまま回転して上昇、その後急降下して地面に叩きつける大技……!! その際の空気との摩擦によって、相手の胸には“叢”の文字の形の傷が出来るという……!!」

 

吹雪「む、叢の形の傷……っていくら何でも無理がありすぎるよ初雪ちゃん!!」

 

初雪「そう、その技の名は――――!!」

 

吹雪「無視は止めてよ!!」

 

叢雲「ムラクモ・ストレッチーーーーーー!!!」

 

横島「うっぎゃああああああっ!!?」

 

球磨「……どうしたクマ、そんなとこにしゃがみ込んで」

 

龍田「……何でもない。何でもないのぉ……」お顔が真っ赤っ赤

 

多摩「ギャップがたまらんにゃ」

 

 

 

 

 

 

その頃の川内さん

 

川内「びえええええええっ!! ごべんなざーーーーーーいっ!!!」逆さ吊り

 

 

 




お疲れ様でした。いや本当に。

何というか三分割~四分割くらいしても良かったんじゃないかとか今更になって思うわけですが、正直早く問題を解決したかったので……。

いやあ、横島君は終始シリアスでしたね……。

しかし、何というか図らずも霞が重要な立ち位置になってしまいました。
これで叢雲、霞、曙が目立ったわけですが……満潮のネタがまるで思いつかない……。
もう自分でもビックリするくらい何も思いつかない……一体どうすれば……。

それはそうと名取ってラブひなのしのぶに似てません?(唐突)

また以前のような投稿間隔に戻したいものです。

それではまた次回。


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デートの約束



へぇ~、デートかよ(挨拶)

煩悩日和も三十話を突破しました。
これから色々と設定を明かしていくことになりますね……いやあ、不安です。

さて、一体誰と誰がデートの約束をするのでしょうか……?

それではまたあとがきで。


 

 ――――デーエムエム社長室。

 そこは暗闇が支配している。夜、というわけではない。カーテンを閉め切り、電気もつけていないからこその暗闇だ。

 そこに足音が響く。その音の重さから、足音の主は男性であると推察出来る。その足音の主は真っ直ぐにとある場所を目指す。それは、その部屋の主が普段使用しているであろうデスク。その上に鎮座するパソコンが目当てのようだ。

 

「……」

 

 足音の主は静かにパソコンを起動させ、とあるフォルダを開く。それは、デーエムエムの社長が直々に調査を依頼した案件――――『艦隊これくしょん』に関するフォルダだ。

 パソコンを操作すること数十秒。足音の主は目当ての物をようやく発見する。それは美神除霊事務所の職員、横島忠夫が担当している鎮守府の映像だ。

 

「……フッ」

 

 流れる映像を見て、ニヤリと笑いが零れる。映像の中の少年少女は随分と楽しそうに日々を過ごしている。

 自分が満足するまで堪能したのか、まだ随分と残っているのに映像を切る。今度は別のフォルダを漁ろうとした、その瞬間――――。

 

「おっと、そこまでや」

「……っ!!」

 

 突如部屋の電気がつき、関西弁の男の声が響く。急に明るくなったことで焼かれた目を庇いつつ、足音の主は声の発信者へと向き直る。

 

「スパイごっこも終了や……充分楽しんだやろ?」

「……くっ」

 

 まるで遊びは終わりだと言わんばかりの男の言葉に、足音の主は苦しげな声を出す。――――ゲームオーバーだ。

 

「ほれ、分かったなら――――さっさと仕事終わらしや、キーやん」

「いいじゃないですか、ちょっとくらい……せっかくの休憩時間に水を差さないでほしいものですね、サっちゃん」

 

 足音の主……家須ことキーやんが唇を尖らせ、佐多ことサっちゃんに文句を言う。どうやら本当にスパイごっこをしていたようだ。

 

「仕事はもう終わりましたよ。終わったから遊んでたんです」

「終わったからて意味分からん遊びしなや……」

 

 拗ねるキーやんにサっちゃんが呆れたように溜め息を吐く。休憩時間に何をしようと自由ではあるが、何も社長室でバカな遊びをすることもないだろう。これでは部下達に示しがつかない。

 

「そんなことよりもほら、よこっちの鎮守府の映像を見ましょうよ。何か色々と進展があったみたいですよ?」

「しゃーないなぁ……おっちゃんにも見せてみ」

 

 悪びれもしないキーやんの様子に苦笑を浮かべつつ、サっちゃんはキーやんの言う通りに鎮守府の映像を見ることにする。彼等は既にテストプレイヤー達が運営する鎮守府の映像を見るのが趣味と化していた。ぶっちゃけた話盗撮みたいなものなのだが、彼等に罪の意識は無い。だって神様は遍く全てのものを見ている存在だからネ!

 

「まずはこれです」

「んん~? ……おお! 天龍達以外もちゃんと霊力を扱えるようになっとる! っちゅーことは、近代化改修を行ったんやな」

 

 映し出されるのは龍田率いる艦隊が軽巡ト級eliteと戦闘をしている場面。二人に特に好評だったのはイナズマ・D・U・ホームランのシーンと、曙によるとどめのシーン。ちなみに前者がキーやん、後者がサっちゃんのお気に入りである。

 それから次々と流される色々な場面。横島が天龍達に霊力の指導をしているところや、艦娘達に霊力について話しているところ、更に不知火が明石にお仕置きをするところ、横島が叢雲に必殺技(フェイバリット)を決められているシーンなどが映される。特に最後は二人ともが思い切り笑ってしまうほどに面白かったようだ。

 

「……ふう。笑いすぎて死ぬかと思いました……」

「何や知らんが不知火といい叢雲といい、よこっちんとこの艦娘はえらいアクティブやな。これもよこっちの人徳やろか……?」

 

 他のテストプレイヤーのところにいる不知火や叢雲は、横島鎮守府の二人ほどはっちゃけてはいないようだ。確かにお仕置きと称して十二時間耐久でロデオマシーンかオイルマッサージをしようとする不知火は他にいないだろう。同じく司令官に向かって超人プロレスの技を仕掛ける叢雲もいない。以前のように何か理由があるのかと勘繰ってしまうが、全ては偶然の産物であり、何かしらの干渉があったわけではないのだ。

 

 その後も社長室では様々な映像を見て、あれやこれやと楽しそうに笑い合うキーやんとサっちゃんの姿があった。仕事が終わっているからまだマシだが、これでまったく仕事をしていなかったら二人はリコールされていたことだろう。神魔の最高指導部はこの二人だけではなく、意外と層が厚かったりするのだ。

 

「……さて、よこっちの鎮守府もちゃんと霊力を扱えるようになりましたし、そろそろ演習の方を調整しますか」

「ああ、せやな。土偶羅(ドグラ)の協力で技術的な問題も解決したことやし、ちゃっちゃと他の宇宙のタマゴと繋げられるようにせなあかんな」

「それと、()()の実装もですね」

「よこっちの驚く顔が目に浮かぶでぇ……」

 

 顔を見合わせ、笑い合う二人。二人の周囲には黒いオーラが纏わり付き、誰かを喜ばせようとしているというよりは、誰かを陥れようとしている風にしか見えない。

 

「何か私達悪役みたいじゃないですか?」

「……まあ、ワシらは()()()()()()()()()()わけやし、悪役で合っとるんとちゃうか?」

「……そうですか」

 

 サっちゃんの言葉にキーやんは肩を落として落ち込んでしまう。相方の落ち込む姿に笑みが浮かぶサっちゃんだが、何も意地悪をしているわけではない。ただ相方が落ち込んでいるのが純粋に面白いだけなのだ。何て悪魔的なのだろう。

 

「そんじゃお仕事しましょかー」

「これからは()()()にも頑張ってもらいませんとね」

 

 キーやんは気持ちを切り替え、これからのことについて思考を巡らせる。演習にしろ()()()()にしろ、何かとシビアな調整が必要になってくる。土偶羅を始めとした技術班にはまた負担を強いてしまうかもしれないが、我慢してもらうしかない。専門技術持ちは大変なのだ。

 

 

 

 

 

 

 ――――横島鎮守府執務室。今日も今日とて横島は書類と格闘していた。

 

「何度でも言うが、何でゲーム内で書類仕事しなくちゃなんねーんだよ……」

「私達も手伝ってあげてるんだから、いい加減それ言うの止めなさいよ」

 

 いつまでも同じ文句を言い続ける横島を、霞がピシャリと叱りつける。横島の言い分も確かに分かるのだが、それでも何度も何度も同じ愚痴を聞かされては堪らない。霞の他には吹雪と大淀が居り、基本的にはこの三人がローテーションで横島の書類仕事を手伝っているのだ。

 横島の愚痴に吹雪と大淀は苦笑を浮かべる。毎日聞かされているのでもう怒り出してもよいはずなのだが、そうはせずに苦笑で済ませるのは二人の性格ゆえか。横島が愚痴を言うのは霞に対してがほとんどであり、吹雪達に愚痴を零すのは最近はとんと減ってきた。お互いにずけずけと物を言い合える関係となってきているらしく、大淀には意見を聞くために相談を、吹雪とは仕事で荒んだ気持ちを和らげるために雑談をよくしている。

 このことに気付いた吹雪が「私って、秘書艦である必要があるのかな……」と落ち込んだりもしたが、横島に「吹雪は傍にいてくれると気分が安らぐ」と、とっても爽やかな笑顔(笑)とダンディーな声(笑)で言われたため、すぐに上機嫌となり、今でも横島の筆頭秘書艦として活躍している。

 実際、横島の心を癒している吹雪は彼にとって、なくてはならない存在だ。吹雪がいるからこそ、横島は日々提督として過ごすことが出来ているのである。

 

「ん~……っ!! やっと終わった……」

「お疲れ様です、司令官。お茶をどうぞ」

「さんきゅー……」

 

 書類仕事も終わり、凝った身体を解して横島はデスクにぐったりと突っ伏す。まるで身体が溶けているようにも見えるその姿は霞の琴線に触れる何かがあったらしく、少し視線が強くなった。

 柔らかな笑みを浮かべる吹雪からお茶を受け取った横島はそれを飲んで一息吐き、大淀にこれからのスケジュールを確認する。

 

「書類仕事も終わりましたし、次は開発と建造ですね。今回は大井さんが付いてくれます」

「大井か……北上が建造出来るように気合入れないとな」

 

 大井と建造をすると聞き、横島は頑張るぞいっと気合を入れる。大井や他の艦娘もそうだが、やはり姉妹艦がまだ鎮守府に着任していない艦娘は姉妹艦を求めるのだ。大井は特にその傾向が強く、姉である球磨や多摩からは「ぶっちゃけメンドいから大井のことは任せたクマ」と、ありがたいお言葉を頂いている。なお、その際に大井が球磨型と知った横島が「大井って“北上型”とか“大井型”じゃなかったのか!?」と、うろたえてしまう一幕があった。やはり語尾も何も無い普通の女の子なのが誤解を生んでいたらしい。……制服? 叢雲だって他の吹雪型とは違うでしょう?

 

「遠征の方はどうだ?」

「遠征なら、雷ちゃんと曙ちゃんが頑張ってくれてますよ。それぞれ旗艦としてみんなを引っ張ってくれてます」

 

 遠征に関する質問に吹雪が答える。

 先日、ケンカから和解を果たした二人は、より仲を深め合っていた。雷は曙の随伴として出撃することも増え、曙は雷の手伝いとして家事をすることが増えている。

 曙は雷の戦闘の師匠として、雷は曙の家事の先生として、何よりも友人として互いに教えあい、高めあっている。二人ともまだまだ技術では拙い所があるが、それを教え導く者もまた、この鎮守府には存在しているのだ。

 ちなみにであるが、曙はあの日から横島の事を“クソ提督”とは呼ばなくなった。横島がセクハラ発言などをした場合にはそう呼ぶこともあるが、それ以外ではちゃんと“提督”と呼んでいる。彼女の中で折り合いが付いたのだろう。

 

「海域の攻略に関してはまだまだ練度不足……しばらくはレベル上げだな。……あ、今の話とは全然関係ないんだけど、確か間宮の補佐をする艦娘が来るって言ってなかったっけ?」

「はい。そのことに関してですが、大本営からの通達によると、今度アップデートがあり、その時に人員を派遣してくれるようですね。その子の名前は“伊良子”。ポニーテールが良く似合う、可愛い女の子ですよ」

「マジか!! うっはー!! 早くアップデートをしろっ!! 間にあわなくなってもしらんぞーーーっ!!!」

「大本営に言いなさいよ」

 

 いつもの病気を発症する横島に対し、冷静に対処する霞。こちらもこちらで慣れたものである。大淀もにこやかな笑みを浮かべ、自らの提督を見つめるが、吹雪はやや不満そうに唇を尖らせている。不知火や磯波、皐月に夕立など、横島を慕う駆逐艦娘もそれなりにいる。叢雲は否定するだろうが……横島はもう少し駆逐艦娘にも意識を割くべきだ。

 

「ほら、そろそろ建造に行ってきなさい。大井さんを待たせるんじゃないわよ?」

「分かってる分かってる。そんじゃ、三人は遠征の計画と編成、それから次の出撃のメンバーの選出を頼むな」

「了解です」

「頑張ってくださいね、司令官!」

 

 吹雪の激励に、横島は後ろ手に手を振って執務室を後にする。それを見送った三人はホワイトボードにいくつかの項目を書き、それぞれに適した艦娘の名前を書き加えていく。効率を重視した霞、気持ちや気合など、精神的なものを重視する吹雪。それらを上手く纏め、最終的に判断する大淀。この三人、意外と相性が良いのである。

 

「……と、あら? これは……」

 

 三人で会議をしている最中、大淀の眼前に光が生まれ、それが手紙となって手の中に舞い降りた。大本営からの通達である。

 

「大本営から?」

「何かあったのかな? アップデートの延期とか……?」

「うーん……まあ、提督が帰って来るまで待ってましょうか。緊急を要するようなものではなさそうですし」

 

 とりあえず開封はせずに横島の帰りを待つことにしたようだ。丁度いいので休憩を挟むことにする。本日のおやつはどら焼きだ。

 

「いっただっきまーす!」

 

 執務室の午後は、和やかに過ぎていく。

 

 

 

 

「さあ……行くぞ、大井!!」

「はい、提督!!」

 

 ここは工廠。鉄と火薬と(オイル)の匂いが充満した、ある種の戦場だ。今日もまた、己の願いを胸に二人の戦士が訪れる。

 

「うおおおおおおおおおお!!」

「北上さん北上さん北上さん北上さん北上さん北上さん北上さん北上さん木曾北上さん北上さん木曾北上さん木曾北上さん木曾木曾北上さん北上さん木曾木曾木曾北上さん!!!」

 

 今、二人の戦士が機材を操作し、戦いの雄叫びを上げる――――!! はたして、二人の願いの行く末は――――!!?

 

 

 

 艦娘カード<やあ!

 艦娘カード<よろしく!

 

「ぬもんちゅがーーーーーー!!」

「ちゅがーーーーーー!!」

 

 願いは……届かず……!!

 横島と大井は床に膝をつき、悲嘆に暮れる。艦娘カードは以前までと違い、誰もがその儚さ、尊さを胸に抱いている。横島はもちろん、大井もそうだ。でもそれはそれとして悔しいものは悔しいからこの二人は叫んでいるのだ!!

 

「ふふ……っ、北上さんったら、照れ屋なんだから……」

「まだ北上が働く時ではないのか……ところで木曾って誰?」

「妹ですよ。眼帯を付けた俺っ子なんです」

「ほほう……天龍と被るな。妖怪キャラかぶりに注意しないと」

「何ですかそれ……」

 

 戦いは終わった。二人は作戦についてちょっとした雑談を交わし、工廠を後にする。今回は全て艦娘カードという結果であったが、実は初めて近代化改修を施した日から、また何人か艦娘が増えている。駆逐艦と軽空母なのだが、その紹介はまた後に譲ろう。

 

「レア艦レシピも試さないとなー」

「重巡も建造出来ますし、やっぱりそれですかねぇ……」

 

 横島はいつかの失敗以来、資材を使うのを躊躇っている節がある。慎重なのはいいが、臆病過ぎるなのは考え物だ。普段のナンパのように……その百分の一でいいから、大胆さを発揮せねばならない。

 

「んじゃ、俺は執務室に戻るから」

「はい。お疲れ様でした、提督」

 

 こうして二人の戦士は別々の道を歩む。だが悲しむことはない。またいずれ……そう、近い未来に二人の道はまた交わることになる。その時にも、きっと響くだろう。二人の魂からの叫び――――“ぬもんちゅが”という叫びが。

 

「ふっふふー、俺の求める鎮守府はまだ遠いー」

 

 横島は謎の鼻歌を歌いながら執務室への道を戻る。今彼の頭の中ではムッチムチでバインバイーンな艦娘達が跋扈する鎮守府の映像が浮かんでいる。更に横島はその艦娘達にもみくちゃにされながら歌を歌っている自分を想像している。人の夢は儚い……だが、それを追い続け、求め続けるからこそ夢は尊いのだ。

 横島は(もうそう)を胸に抱き、執務室の扉を開ける。北上や戦艦は来なかったが、それでも気分はルンルンだ。

 

「ただいまー」

「お帰りなさい、司令官!」

「先におやつ頂いたわよー」

 

 扉を開けると、吹雪が満面の笑みで横島を出迎える。その姿はまるで新妻のようにも見える。

 横島は建造した艦娘カードを吹雪に渡す。吹雪はそのカードを大切そうに胸に抱くと、ファイルへと収納する。

 

「提督、大本営からお手紙が届いてますよ」

「手紙? 何だろ、アップデートの延期の通達か……?」

 

 横島は大淀から手紙を預かり、封を開けて内容を確認する。吹雪は横島の呟きを聞き、自分と同じことを言っていたのが何故か嬉しくなった。少々にやついた笑みを浮かべてしまうが、吹雪はそれに気付かないまま横島の顔を見つめる。と、横島の表情が随分と真剣なものに変わっていることに気が付いた。

 

「あの、司令官? 何かあったんですか?」

「ん、あー、いや……ちょっと、読んでみろ」

「え? はい……」

 

 吹雪は横島から手紙を預かり、先程の横島よろしく内容を確認する。その際に霞と大淀も手紙を覗き見る。その内容は以下の通りだった。

 

「えっと……アップデートの日付けを延期……予定されていたものに加え、演習の実装……!! ついに演習が出来るようになるんですね、司令官!!」

「ちょっとちょっと、吹雪。まだ続きがあるわよ?」

「え? ……あ、本当だ。更には海だけでなく陸――――()()()()()()!?」

 

 そう、演習に加え、“街”が実装されるというのだ。

 今まで横島鎮守府の周囲には見えない壁があり、そこから先へは進めなくなっていた。しかし今度行われるアップデートではその壁がなくなり、その先に進めるようになるのだという。壁の先……そこにあるのが街だ。

 

「……」

 

 これは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。無論まだまだ決定的ではないが、それでも一応の説得力を有していると言える。

 

「……あの、どうかしました?」

 

 黙りこんで何事かを真剣に考え込む横島に、吹雪が心配そうに顔を覗き込む。自然と上目遣いになっているそれは、中々に破壊力抜群だ。

 

「ん、いや……街が実装されるってんなら、吹雪とデートに出掛けることも出来るのかなー、とか考えてて……」

「え、ええ!? で、でででデート、ですか……!?」

 

 横島が誤魔化すように“吹雪とデート”と口走る。吹雪はそれを本気にし、瞬時に顔どころか耳や首筋まで真っ赤になってしまう。頭からは蒸気が噴き出し、お目々はぐるぐると回っている。見事なテンパリぶりに、霞と大淀は苦笑をにじませつつも呆れてしまう。

 

「し、しし司令官さえよろしければ、わっ、私もっ、で、デート……デート……してみたい……です

「ん? ……あー……おう、そうだな!」

 

 吹雪は勇気を振り絞り、横島に“デートしたい”と伝える。しかし残念ながら横島には吹雪の声が聞こえていなかった。それも仕方がないだろう。吹雪の声はそれほどまでに小さかったのだ。横島はとりあえず頷いておけばいいだろうと思い、とりあえず了承。吹雪は横島の答えに、表情をパァッと明るくさせる。

 

「約束ですよ! 絶対の約束ですからね、司令官っ!!」

「……分かってるって!! 約束だな!!」

「この二人は……」

「ある意味似たもの同士……と言えば、似たもの同士なのでしょうけど……」

 

 喜びを露にして約束を取り付ける吹雪と、何が何だか良く分かっていないが、とりあえず頷いておく横島。お互いがお互いに微妙にずれているところが、とてもよく似ている。これには霞だけでなく、大淀も呆れ気味だ。

 

「ごめんね、叢雲ちゃんに磯波ちゃん。お姉ちゃん、頑張るからね!!」

「え、叢雲……磯波?」

「あと天龍さんに加賀さんに那珂ちゃんさんに扶桑さんに不知火ちゃんに夕立ちゃんに雷ちゃん!! 早い者勝ちだよね!!」

「おーい、吹雪ー? さっきから何の話だー?」

 

 やがて来るデートの日を想像し、何故か特定の艦娘の名前を呼ぶ吹雪。横島は当然何のことかまるで分かっていない。そもそもデート云々が特に意識もせず出てきた言葉なので、それ自体既に忘却の彼方である。

 

 はたして、吹雪は無事に横島とデートにこぎつけることが出来るのか……? きっと何かしらの邪魔が入ってしまうのだろう。しかし、夢は追い続け、求め続けるからこそ尊いのだ。待て、しかして希望せよ――――。

 

 

 

 

第三十一話

『デートの約束』

~了~

 

 




お疲れ様でした。

さて、次回はデート(?)にしましょうか。それとも演習にしましょうか。

デート回になったとしても、まともなデートになるのでしょうか。
おかしいな、まともにデートをしてるビジョンがまったく見えない……(涙)

それはそうと吹雪は可愛い。

それではまた次回。


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デートでの一幕

少しでも吹雪にまともなデートをさせてあげようという仏心が私にも存在した(挨拶)

大変お待たせいたしました。

実はもっと早く完成してたのですが、それはあまりにも吹雪が可哀想な内容だったので、色々と書き直してたらこんなに遅くなってしまいました。

そのため、今回もどえりゃあ長くなっております。文字数ぅ……!!

ちなみに今回もかなり重要な情報が出てきます。纏めきれるかな……?

それではまたあとがきで。


 

 とある街の、とある駅。その入り口前の細い柱に目を瞑って寄りかかる、一人の男がいた。

 その男はとある少女と待ち合わせをしており、待ち合わせの時間から三十分も早くここへと辿り着いた。

 そんな彼の名は“横島忠夫”。艦娘の少女、“吹雪”とのデートの約束を果たすためにこうして街へと繰り出したのである。

 

「……」

 

 まるで眠りのついているかのように静かだが、実際はそうではない。今、彼の手の中では文珠がその効力を発揮しており、この街――――否、()()()()の『解析』を行っているのだ。

 ……とは言っても彼に理解出来るのはあくまでも結果だけである。その他全ての情報を理解しようとすれば、脳みその容量がまるで足りず、実際に頭がパンクしかねない。これは横島が手っ取り早く答えだけを知りたがったためであり、もっと詳細な結果を得ようとしていれば、即座にお陀仏だったであろう。運が良いことである。

 

「……やっぱりか」

 

 誰にも聞こえぬような小さな声で、横島は呟く。目を開けてみれば、眼前には大勢の人の姿が見える。

 子供連れ、恋人とのデート、犬の散歩、仕事中と思しき者――――様々な者達が横島の前を通り過ぎ、またすれ違っていく。

 

 その全ての人達、動物、虫、植物……それら全てに、魂が宿っていた。

 生体発光(オーラ)も発しているし、肉体も決して偽物ではない。れっきとした、完全なる人間――――生物だ。

 そして、()()()()()ということは、この街――――世界にも言える。

 

「ふぅ……どーなってんだろうな」

 

 知らず、小さな溜め息が漏れる。確かにこの世界は本物だ。だが、決して()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だというのに、この世界は本物である。まるで、異なる世界を行き来しているかのようだ。

 横島はこの問題を説明出来るような物は一つしか知らない。

 

「んー……やっぱ宇宙のタマゴかな? べスパや土偶羅から聞いた話からして間違いないと思うけど……」

 

 晴れ渡った空を見上げ、考えを巡らせる。暫しそうしていた横島ではあったが、すぐにまた溜め息を吐き、頭を振って考えていたことを無理矢理追い出した。

 

「下手の考え休むに似たりって言うし、無理に真相を暴かなくてもいいか。むしろ俺が今考えなくちゃいけねーのは……」

「しれ……じゃなかった、せんぱーい!!」

 

 やや遠くから聞こえてくる、少女の声。そちらに目をやれば、随分とおめかしをしてきた吹雪の姿があった。

 

「……やっぱ、吹雪とのデートを考えねーとな」

 

 手を振りつつ駆け寄ってくる吹雪に、横島も手を振りつつ、柔らかな笑顔で彼女を迎える。待ち合わせの時間にはまだ少々早いが、こうして二人が揃ったのだ。これからは小難しいことを考える時間ではない。可愛い女の子とのデートを楽しむ時間なのだ。

 

「なんだ吹雪、随分と早かったじゃんか」

「いえ、そんな。先輩ほどじゃありませんよ」

 

 横島の言葉を吹雪は両手をぱたぱたと振って否定する。その様はいつも通りに見えるが、やはり違いは存在するものだ。横島には吹雪がいつもよりもずっと可愛く見えている。これもデートの効果なのであろう。そして、違うと言えばこれもそうだ。

 

「それにしても……何で先輩呼びなんだ?」

「だって、いつもの呼び方はわりと特殊ですし……それに、折角のデートですから普段とは違った呼び方をしたくて……」

 

 横島の疑問に、吹雪は両手の指をもじもじと絡ませながら、顔を赤くして答える。言われてみれば納得だ。確かにこんな街中で吹雪に自分を“司令官”などと呼ばせていれば、きっと彼女に「可哀想に……」というような視線が集中していただろう。だが、“先輩”という呼び方ならば二人の外見年齢もあって何ら不自然ではない。

 しかし、ここでまたも横島に疑問が浮かぶ。

 

「んー……それはいいんだけど、だったら名前呼びはダメなのか? 横島とか忠夫とか。もしくはよこっちみたいなあだ名とか」

「そ、そんな私がしれっ、じゃなくて先輩の名前を呼ぶだなんて恐れ多いですし、それにあだ名だなんて……可愛いとは思いますけど……!!」

 

 吹雪は両頬に手を当て、真っ赤になってしまった。なんとも初心な反応である。何故だろう、どこか周囲から視線が集まり、そしてそれが何とも形容のしがたい生ぬるいような温度をしているような気がする。

 

「あー……まあ、吹雪がそう呼びたいなら好きにしてくれていいぜ。それと、言うのが遅くなったけど……その服、似合ってるな。可愛いと思うぞ?」

「ふえぇっ!? あ、あああありがとうございますっ!! そ、そのっ、せせ先輩もすっごく格好いいですっ!!」

 

 横島からの賛辞に、吹雪は何故か敬礼で応えた。横島に可愛いと言われ、相当に頭に熱が発生したらしい。横島も横島で「格好いいって言われた……!! 女の子に格好いいって言われた……っ!!!」と感動の涙を流しているので、ある意味お似合いであろう。

 これによって周囲の視線はやはり「可哀想に……」というものが混ざりだしたのだが、それはご愛嬌。

 

 それでは、ここで二人の服装を見てみよう。

 まず吹雪だが、その名前から連想する“白”を基調とした装いだ。白のボタンパーカーにレーシーなタイトスカートを合わせ、普段とは違った大人っぽいコーディネートとなっている。

 また、うっすらと化粧もしているようで、それも大人っぽいイメージに拍車を掛けている。ただ、あくまでも“大人っぽい”という印象であり、どうしても背伸びをしているようにも見えてしまうのだが、それが逆に吹雪の可愛さを強調していた。狙いとは少々ずれていたが、それでも見た目の華やかさを損なわないのは、地味なイメージを持たれながらも吹雪が美少女であるという証拠といえよう。

 

 ちなみにだが、今回の服装についてアイディアを出したのは吹雪の憧れの人物である扶桑、そして吹雪の親友である睦月だ。

 横島とのデートが決まってニヨニヨとにやついていたのを二人が発見し、それを尋ねてみたところ最初は扶桑にちらちらと遠慮しているような視線を投げかけていたのだが、それでも話したいという欲求、あるいは罪悪感に負けたのか、正直に白状した。

 これには扶桑も最初は驚いたが、それでも扶桑は微笑みを浮かべ、吹雪を応援する。自分はまたの機会でいい。私のことを気にするよりも、自分のことを気にかけるべきだ。そう言って、睦月と共に吹雪の応援に回ったのだ。

 そんな二人に感動した吹雪は、次に扶桑が横島とデートをする際には協力することを約束する。何だか複雑な気分ではあるが、憧れの人物の役に立てる、ということで納得出来たらしい。

 

 では、次に横島の服装だ。

 ネイビーのシャツに黒のパンツと靴。暗く、そして重い印象を持たせるそれらに、清潔感と爽やかさを印象付けさせる白のTシャツを合わせている。

 こう言うと意外に思われるだろうが、横島はああ見えてモデル体型であると言える。手足はスラッと長く、また意外にも引き締まった筋肉の持ち主だ。

 黒のパンツと靴は横島の足の長さをより強調し、どこか色気をも含んだ様相となっている。普段付けっぱなしのバンダナを外しているのも要因の一つだろうか。

 

 さて、お気付きであろうが横島は元々この服ではなく、いつも通りのジージャンジーパンにバンダナでデートに赴こうとしていた。それを必死になって止めたのが誰であろう大淀と霞である。……実はこの二人にデートについて聞かれなければ吹雪とデートの約束をしたことにも気付かなかったのだが、それは置いておこう。

 これらの服は、大淀と霞の二人が選んだものだ。吹雪の初めてのデート……やはり横島にも素敵な格好をしてもらわなければ、吹雪が可哀想である。

 

 ここで一つの疑問が浮かび上がる。二人は、どうやってこれらの服を手に入れたのか、ということだ。何てことはない、答えは単純。横島と吹雪……艦娘達には、給料が支給されていたというだけのことだ。

 当然横島はそのことを知らなかった。それもこれも横島にとってこの世界はゲームの中であるはずなのでそれを知らなくても仕方がないのだが、何と艦娘達は普通に給料を受け取っていたのだ。

 知らぬは横島ばかりなり。これには大淀や霞も驚いたようで、キーやんやサっちゃんから説明がなされていないことに呆れていた。スパイごっこなぞをしているからこういうミスをしてしまうのだ。

 

 ともかく、給料が入っているというのなら話は早い。大淀と霞は横島のお金で彼の服を大量に購入した。横島がお金を持てば、いかがわしい本や卑猥な映像ディスクばかり購入されそうなので、この二人が横島のお金を管理することになったのである。当然横島から抗議があったのだが、横島があの二人に勝てるはずもなく。横島は泣く泣く二人にお金の管理を任せたのであった。

 余談だが、このお金は当然ながら現実の世界には持ち出せない仕様となっている。これについて、横島は更に涙を流して悔しがった。

 

 では話を戻そう。

 横島と吹雪は待ち合わせ場所の駅前に無事集合し、これからがデートの始まりである。駅前には大きめの公園があるのだが……今回は、そこには入らない。ここには、いくつかの石碑が存在し、横島や艦娘に関係のある物ではあるのだが……初めてのデートなのだ。いきなり()()()()()()()()()()()()のは違うだろう。特に、吹雪はそういうものを引き摺る性質である。であればこそ、今回はそういったものを抜きに、普通にデートを楽しもうと横島は考えたのだ。

 

「んじゃ、そろそろ行こうぜ。……腹減ってきたから、まずは昼飯かな?」

「もう、いきなりですね先輩は。でも、私もお腹空いちゃってますので、おあいこですね」

 

 えへへ、と恥ずかしそうに笑う吹雪。横島もそれにつられて笑みを浮かべ、親指で道を指し示す。

 

「そんじゃ、補給といきますか」

「はい、先輩っ」

 

 そうして二人はデートの一歩を踏み出す。二人の顔には笑顔が溢れ、それは周囲の人達から初々しい恋人同士のデートであると認識されていた。

 

「――――対象の移動を確認。これより追跡を開始する」

 

 横島達の後方にて、二人を尾行する一団の姿があった。

 

「……ねえ、やっぱりそっとしておいてあげましょうよ」

「んなこと言ったってよぉ、加賀の奴がやれって威圧してくんだからしょうがねーじゃん。……怖いし」

 

 そう、やはりと言うべきか他の艦娘達である。どこから漏れたのかは定かではないが、横島と吹雪が街にてデートをするのは皆に知れ渡っていたため、追跡班が編成されたのだ。もちろんデートの邪魔をすることが目的ではなく、横島が吹雪に対しハレンチな行為に及んだ場合などに対応するためだ。(例えばだがホテルに連れ込むなど)

 メンバーはリーダーに天龍。以下不知火、響、雷、皐月、文月であり、加賀は鎮守府にて指示を出す指揮官役だ。追跡メンバーは休日だった者で構成されており、加賀に目を付けられてしまったという、完全なとばっちりである。

 加賀としては前述の通り吹雪の身を守るために追跡をさせているのだが、傍から見れば嫉妬から来る行動に見えてしまうのが辛いところか。……まあ、嫉妬心もあるにはあるが。

 

 切っ掛けはどうあれ、こうして街に繰り出すということで皆もいつもの服装とは別の物を着用している。

 天龍はライダースデザインの黒のレザージャケットに黒のデニム、白黒のボーダーTシャツに黒のブーツ。格好良さと可愛さが同居したコーディネートであり、天龍の雰囲気とも合致している。ちなみにだが眼帯は医療用の物に変わっており、頭部の謎のユニットも今回は付けていない。

 不知火はグレーのジップアップパーカーにホットパンツ、黒のレギンスにスニーカーと、やや地味な色合いのコーディネートとなっている。しかし、それがまた不知火によく似合っているのだ。不知火自身はあまり服装にこだわりなどはなく、動きやすさ優先で選んでいるらしい。ちなみに彼女は吹雪の服を見て「うーん、パーカーとパーカーでパーカーがダブってしまった」というコメントを残している。

 

 響はダークブルーのデニムジャケットにチェックのワンピーススカート、黒のタイツにムートンブーツ。頭にはニット帽を被っている。クールな雰囲気の響に、少々意外とも言える可愛らしい取り合わせ。だが、彼女が持つミステリアスとも言える美貌――と言うにはまだまだ幼いが――を強調している。

 雷はブルーのオーバーオールにボーダーの長袖Tシャツ、スニーカー、そしてキャップを被っている。雷の活発さがより強調され、天真爛漫な魅力を放っており、やや肌寒い気温にも負けずに元気いっぱいという風情だ。ちなみにだがTシャツは天龍とおそろいだったりする。

 

 さて、ここまでの四人は街に繰り出すに当たってそれぞれがおしゃれをしてきているのだが、残りの二人である皐月と文月は違った。彼女達はいつもと同じ制服姿なのである。

 これは皐月達が給料を貰っていないというわけではない。彼女達は外見の年齢も精神の年齢も幼く、給料の管理は大淀が行っている。元々皐月達が自由に使うには多過ぎる額であり、大淀がまともな金銭感覚をつけさせるために多めのお小遣い程度の額を渡しているのだ。つまり彼女がお金を渡すのを出し渋ったわけでもない。

 ただ単純に、お金の使い方の問題なのだ。皐月も文月もまだファッションには目覚めていないらしく、彼女達はもっぱら漫画やゲームにおもちゃ、お菓子などにお金をつぎ込んでいく。ちゃんと貯金もしているのだが……目標は高額ゲーム機だったりパソコンだったりする。

 

「あーあ、折角おしゃれしてきたのに、やってることは尾行なんだもん。嫌になっちゃう」

「まあまあ、そう言わず。今回の事はいずれ訪れる司令とのデートの参考にすればいいのよ。……む、あのお店は入ってみたいわね」

 

 横島達の後を追う天龍一行。自分達がやっていることに嫌気が差している雷に、不知火はせめてもの慰めとしてデートの下見をしているのだとポジティブな考えを披露する。実際、そうしなければ彼女もやってられないのだろう。不知火の目は普段よりも更に鋭くなっている。そして宣言通りお店のリサーチもしていた。

 

「……お? 提督達が喫茶店に入ったみたいだ。どうする、俺らも入ったほうがいいか?」

『……バレる可能性が高いから、それは止めてちょうだい。近くにお食事所があるのなら、そこへ入って。向かいの通りだとなお良し』

「あいよ、了解……っつーわけだ。ほらお前ら、あそこのハンバーガー食いに行くぞ」

「はーい」

 

 天龍達は加賀の指示通り、喫茶店の向かいにあったハンバーガー店へと入る。恐らくは世界で一番有名だろう、赤と黄色の看板が目印のそのお店。味も量も値段もそこそこであり、天龍達はそれなりに満足した。お代は全て天龍持ち。こういう時にそういうことをさらっとしてのけるのが天龍の良い所だ。自分はともかく、他の皆には街を楽しんでほしい、という気持ちの表れでもある。

 そんな天龍の視線の先、いわゆるカップルシートというものに座って食事を取る横島達の姿をガラス越しに見ながら、天龍は小さく「いいなー、俺もイチャつきてーなー」と呟くのであった。

 

 

 

「こ、こここれが、カップルシート……ですか……!!」

「何をそんな緊張してんだよ、お前は」

 

 二人用のソファー型の席に座る横島と吹雪。対面ではなく、隣同士に座るのがカップルシートの特徴だ。吹雪は隣に座る横島に対し極度の緊張を見せ、横島はそんな吹雪に対して何をそんなにしゃちほこばるのかが分からない。この二人は鎮守府の食堂でも隣に座ることが多い。それを考えれば、横島には吹雪が今のようにガチガチに固まる理由が理解出来ないのだ。

 では、何故吹雪がこれほどまでに緊張しているのか。確かに二人は鎮守府で多くの時間を共有しているだろう。食堂などで隣り合う席に座ることもあるだろう。しかし、それはあくまで“上司と部下”としてだ。

 今回のように“街にデートに繰り出し”、“喫茶店でカップルシートに座り”、“周囲から恋人同士と見られている”環境ではないのだ。つまりは前提が違う。今の二人は職場の上司と部下ではない。一人の少年と、一人の少女としてこの場に存在しているのだ。

 

「ほら、何食うんだ? 個人的にはこのオススメされてるオムライスかナポリタンが安牌だと思うんだが」

「あ、そ、そうですね……。やっぱりこの二つは定番ですよね。えっと、それじゃあ私はナポリタンで」

「おう、んじゃ俺はオムライスにしよっかなっと。すんませーん!」

 

 まだ多少緊張を孕みながらも、何とかメニューを決める吹雪。横島は吹雪の様子に苦笑を浮かべながらもウェイトレスを呼び、注文をする。

 この時注文を取りに来たウェイトレスは中々に美人だったのだが、なんと横島、このウェイトレスに鼻の下を伸ばす程度でスルー。ナンパなどはせず、普通に注文を伝えるだけという異常行動に出る。これにはウェイトレスの姿を見たときから「またナンパするんだろうなー」と諦めの境地にいた吹雪も思わず二度見してしまう。

 

 ――――え? えぇっ!!? 司令官が……司令官が、美人に対してナンパしない!!? い、いいいいい一体何がどうなって!!? どうしちゃったんですか司令官!! ……はっ!? まさか、偽者!!?

 

 何かとんでもない誤解が生まれそうである。しかし、ここで吹雪に雷の如き閃きが走る。

 

 ――――待って。待って待って待って。もしかして……もしかしてだけど―――――私と、デート中……だから?

 

 吹雪の両頬が熱を放ち、一瞬で赤く染まる。両頬を押さえ、心の中でまさか、そんな、と言いながらもそれを否定出来ない……否、否定したくない気持ちでいっぱいになる。

 思えば、服装に無頓着だった横島が今日という日にちゃんとおしゃれをしてきてくれた。待ち合わせ場所でナンパもせず、じっと自分を待ち続けてくれていた。綺麗な女性とすれ違っても、目で追うくらいでナンパに走りもせず、ずっと隣に居てくれた。

 

 ――――し、司令官……!!

 

 吹雪の中で、横島への想いが高まっていく。少しばかり残念な匂いのする思考の推移だが、それも仕方がないだろう。それだけ、横島の行動にインパクトがあったということだ。

 

 では、当人の横島だが。彼はデートに出掛ける前、大淀と霞に「吹雪に集中するように」「吹雪だけを見るように」と口酸っぱく言われていた。待ってる間にナンパをしたらダメかな? と疑問を呈したところ、お二人から本気のビンタを貰う。そこからは正座をさせられ長時間の説教だ。どんな手段を使ってでも吹雪一人だけに集中しなさいと念を押されることに。

 そうして一応は反省をした横島はデート中吹雪に集中するために、文珠を使用することにした。それも一つや二つではない……四個だ。ただでさえ強力な文珠を四個も使ったのだ。今こうしてナンパもせずに吹雪をエスコートしているのも、当然と言えるだろう。

 ……その割りに美人を目で追ったり鼻の下を伸ばしたりしているが、やはり横島の煩悩を全て押さえつけるのは無理なのだろう。相変わらずとんでもない煩悩少年である。

 

「お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞ」

「お、来た来た。いっただっきまーすっと」

「い、いただきます」

 

 そうこうしている内に注文した料理が届き、二人は食事を開始する。なるほど、オススメされていただけあって、その味は中々のものであった。

 

「美味しいですね、先輩っ」

「おー、この店は当たりだったな……そっちのナポリタンも美味そーだな」

「え? えっと……ひ、一口、いかがですか……?」

 

 そう言うと、吹雪は自分のフォークに一口分のパスタを巻き付け、そっと横島に差し出した。

 

「……あ、“あーん”……です、先輩……っ!!」

「……っ!?」

 

 この吹雪の行動に、今まで余裕があった横島にも動揺が走る。顔を真っ赤に染め上げ、緊張や羞恥から身体に震えが走りつつも、不安げに、そしてどこか期待するかのように上目遣いで見つめてくる吹雪。彼女の瞳は濡れ、そして揺れている。

 横島の視線は暫しの間吹雪の表情と差し出されたフォークを行ったり来たりしていたが、やがて覚悟を決めるとゆっくりとフォークをかぶりつき、パスタを咀嚼する。その瞬間にも吹雪の顔は更に赤く染まり、頭からは湯気が出そうな勢いだった。

 

「あー……うん。あんがと。……こっちも、けっこう美味いな」

「……はい、お粗末さまです……」

 

 羞恥が限界にまで達したのか、遂に吹雪は俯いてしまう……のだが、微妙に覗く彼女の表情は笑顔であり、その笑みは少々はしたないと言える程度にはにやついていた。それに気付いた横島は何だか先程までの気恥ずかしい気分が鳴りを潜め、微笑ましい気持ちを抱く。

 何かを思いついたような顔をし、横島は自分のオムライスをスプーンで崩し、一口分を掬うと、それをそのまま吹雪へと差し出した。

 

「ほれ、吹雪。お返しの“あーん”だ」

「ふえぇっ!!?」

 

 ボンッ、と。吹雪の頭部から何か爆発音のような音が響く。どうやらまだまだ限界には遠かったらしく、吹雪の顔は先程よりも更に赤い。恐らく人が見せる最高の赤面がこれだと言い切れそうなほどの赤みである。

 吹雪も横島と同様に彼の顔とスプーンで視線が移りゆくが、ぎゅっと目を瞑ると、吹雪はスプーンを咥え込み、そのままオムライスを咀嚼する。

 やがて食べ終えると吹雪はゆっくりと目を開き、うっすらと涙を滲ませながら上目遣いに横島の顔を見つめる。それは普段の彼女らしからぬほどの色香を含んでいたのだが、ここで問題が一つ。

 

「……あの、吹雪? そろそろスプーンを離してほしいんだが……」

「っ!? す、すすすすみません司令か――じゃない、先輩っ!! わわわ私ったら何てはしたないことを――――!?」

 

 何とも初心なことである。この後、どこか周囲からの生温かい視線に晒されながらも二人は食事を終え、足早に店を後にした。ちなみにだが支払いはもちろん横島持ちである。吹雪は最初遠慮していたが、「早く店を出たい」という横島の言葉に同意し、お金を出してもらった。

 これも男の甲斐性の内、とは横島の弁。とても現実で貧乏をしている少年の言葉とは思えない。あるいは、現実では貧乏だからこそこちらの世界ではお金を使いたいのかも知れない。

 横島の本心はともかく、吹雪には好意を持って受け止められた。何だかんだ言っても、二人のデートは上手くいっているようである。

 

 さて、食事を終えた横島達は腹ごなしを兼ねて街を見て回る。誰もが認めるような都会という程でもないのだが、人通りは多く、中々の賑わいを見せている。

 ここで二人はウインドウショッピングと洒落込み、横島が何か吹雪に贈ろうと考えたのだが、それは吹雪に固辞されてしまう。これから先、横島は多くの艦娘とデートに赴くことになるだろう。横島は誰か一人を特別扱いなどはしないはず。全ての艦娘に平等に贈り物をしては、それこそお金がいくらあっても足りないことになる。

 横島の気持ちは素直に嬉しいが、やはり境界線は引いておいたほうがいい……とのことだ。横島は暫し迷ったが、結局は吹雪の言葉に納得を示す。自分とデートをしたがる艦娘がそんなにいるのか? という疑問には吹雪が「たくさんいますよ! 天龍さんとか加賀さんとか扶桑さんとか! 他にもいっぱいです!」と何故か誇らしげに答えてくれた。

 

 ではここでその天龍達の様子を見てみよう。天龍と不知火、そして響は何か深刻な顔をして何事かを話し合っている。その様子を不審に思った雷は耳を欹て、彼女達の会話を盗み聞きしてみることにした。

 

「……提督と一緒に飯を食うなら何が一番だと思う?」

「ふむ……オシャレなランチには憧れますが、やはり司令も食べ盛り。がっつりとしたものが良いのでは?」

「そうだね……パッと思いつくなら牛丼や焼肉といったところかな? そういったものを二人で食べるのはデキてる証拠と言うし」

「ほほう……その心は?」

「聞いたことがありますね。肉を食べて精力を付けたり、ニンニクなどで口臭が気になったりしますしね。そういうことをあまり気にしないで済むから……だったかと。そういったところを明け透けに出来るのはいいことだと思いますし」

「なるほど。そう聞くとやっぱ肉か」

「うん。お肉を食べて精を付け、その後ホテルで精を出す。完璧じゃないか」

「何言ってるの響!!?」

「おや、盗み聞きとは感心しないね雷。それよりも、今の言葉の意味が分かったのかい? ……なるほど、中々の耳年増だね」

「響に言われたくないんだけど!?」

 

 何とも怪しげな会話になってしまったものである。

 周りの人に聞かれることはなかったが、それでも複数の美少女達が一塊になり話しているのだ。その姿はそれなりに目立つ。そして、そうなると良からぬ連中も引き寄せてしまうわけで。

 

「ねーねー、そこのお姉さん達。何こしょこしょと話してんのー?」

「……あぁ?」

 

 声を掛けられた天龍がそちらの方を向けば、軽薄な笑みを浮かべた数人の男達が近付いてきていた。髪を染め、ピアスを付け、刺青を入れた男達。それらが悪いというわけではないが、どうにも男達の放つ雰囲気が自分達は善良な市民ではないと全力で告げてしまっている。

 

「おっ? 何だよ、近くで見ると思ってたよりも上玉じゃん」

「久々の当たりだなぁ」

「……何なのさ、キミ達は」

「不知火達に何か?」

 

 男達の品定めをするような目、言葉に天龍達の機嫌も下降する。普段から笑みを絶やさない皐月も眉間に皺を寄せている程だ。

 

「あー? ガキの癖に口の利き方がなってねーなぁ? ……まあいいけどよ。お姉さんさぁ、そうやって女ばっかで遊んでないで、俺達と遊ぼーぜ? 何ならそっちのガキらも面倒見てやっからさぁ」

「ひ……っ」

 

 天龍達の周りを囲み、ニヤニヤとした笑みを貼り付けた男が天龍の肩に手を回す。男達の雰囲気に当てられたのか、文月は恐怖の息を漏らし、雷へと抱きついた。雷は文月を庇いながらキッと男達を睨みつける。もっとも、それは男達にとっては何の意味もなく、単に優越感を煽るだけの結果となってしまったが。

 

「……」

「なーなー、良いじゃんか。黙ってねーでさぁ、今なら優しくしてやんよ? 俺らで()()()()()()()()気持ち良くしてやっからさぁ」

 

 周囲は何をするでもなく、見てみぬ振り。男達の風貌や雰囲気もあり、手を出すことは出来ない。天龍はそっと息を吐き、肩に回された男の手を取る。

 

「おっ? 何だよ、お姉さん結構積極的――――」

 

 瞬間、男達は呼吸が止まる。

 訳も分からず身体が震え、ガチガチと歯が打ち鳴らされる。全身から冷や汗が噴き出して止まらない。

 ――――それもそうだろう。何せ、男達は天龍の()()()()()をぶつけられているのだ。

 

「……別にさぁ、俺だけならここまでする気はなかったんだけどよ」

「……天龍さん?」

 

 肩に回された手をどかし、軽い調子で話しかける天龍に雷は違和感を覚える。今まで感じたことがないほどに、天龍の放つ雰囲気が重いのだ。

 

「軽ーく話に乗ってやってよ、それからあしらうことも出来たんだが……そういうわけにもいかなくなった」

 

 一歩、前へと進み、震え上がる男の懐へと入る。

 

「お前……()()()()になんつった……?」

 

 極上の怒りを孕んだ視線で、自らの目を射抜かれる。

 

()()()()をどうするって……? もういっぺん言ってみろよ、ああ……!?」

「……!!!」

 

 天龍の身体から、知らずに強烈な霊波が放たれる。それは男達だけに向けられたもの。無意識とはいえ、それだけの指向性を有していた。そして、そんなものに襲われた男達は耐え切れるはずもなく。

 

「……あれ?」

 

 ばったりと、その場に泡を吹いて倒れてしまった。中には失禁している者もおり、それだけ天龍に与えられた恐怖の強さが分かるというもの。

 流石にこれだけの目がある中で、人が倒れるというのは不味い。周囲も最初は静まり返っていたのだが、次第にざわめきが起こり、遂には警察にまで電話をする者が現れる。

 

「――――ふっ。逃げるぞお前ら!!」

 

 天龍は雷と文月を両脇に抱えて皐月を背負い、猛烈な勢いで走って逃げた。突然のことではあるが不知火も響も咄嗟に反応し、見事逃げおおせる。街はちょっとした混乱に包まれたが、それもすぐに落ち着くことになる。それは、特に大事にもならず、少しだけ変化があった日常の一幕に過ぎなかったのだ。

 

 とはいえ、この混乱は横島達にも伝わることになる。ざわめきが起こったからではなく、切っ掛けは天龍が無意識に放った霊波だ。

 

「――――ん?」

「どうかしました、先輩?」

「んー……いや、何でもない」

「そうですか……?」

 

 天龍の霊波に首を傾げた横島であったが、それを気にすることなく放っておくことにした。誰かが自分達の後をつけるなど想定済みだ。

 

 ――――今の霊波は天龍か。やけに攻撃的だったけど、ナンパでもされたんかな? それにこれは……響、皐月、文月、不知火と……雷か? 猛スピードで遠ざかってっけど、何かあったのかな?

 

 食事から時間も経ち、とりあえず来た道を戻ってきている横島達。その途中、人だかりが出来ていたので何があったのかを聞いてみると、どうやら強引なナンパ男達が女の子達を口説いてる途中で、急に泡を吹いて倒れたらしい。

 吹雪は話を聞いて驚いたようだが、横島は先程の天龍の霊波も相まって真相に辿り着いた。男達が何か天龍を怒らせる様な事をして、彼女が放った霊波に当てられたのだろう、と。

 横島は男達を心配する吹雪の手を引いて現場から離れ、駅前を目指すことにする。これから何をするでも、とりあえず移動手段はあった方が良い。

 手を引かれるままの吹雪はまたも顔を真っ赤にしており、恥ずかしげに俯いていた。今時珍しいほどに初心な少女である。

 

「……? これは……」

 

 駅前には大きな公園が存在する。それは海に面したものであり、中には港を一望出来るボードウォークがある。そんな公園から発せられる、()()()()()()()()()。見れば、それは公園を丸々覆うほどの巨大な結界であることが分かった。

 

「……」

「……あの、先輩。これって、一体……?」

 

 どうやら吹雪も気付いたらしく、困惑した様子で横島へと視線を向ける。だが、今の横島に答えるほどの余裕はなかった。

 公園の中から感じる波動。その巨大さは今までにないほどだ。それこそ、()()()()()()()()()の、圧倒的なまでの力。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の。

 そして、その性質は――――艦娘に酷似していながらも、それを反転させたかのような。横島は瞬時に理解する。

 

「――――深海棲艦」

「え……」

「多分間違いない。公園の中に、深海棲艦がいる」

 

 自分達の敵。深海棲艦が陸に上がり、公園に結界を張っている。それは吹雪に大きな衝撃を齎し、焦燥感を煽る。

 

「ど、どうにかしないと……!? とにかく公園に入って、深海棲艦をやっつけなきゃ……!!」

「待て待て吹雪、落ち着け!!」

「でも、司令官……!!」

 

 相当に焦っているのか、先輩呼びからいつもの司令官呼びへと戻る。吹雪は彼我の力量差を認識出来ていないらしく、横島は敵の実力を嫌というほど思い知らされた。

 吹雪は横島の静止に納得していない。横島は吹雪に相手がどれだけの力を持っているのかを説明し、吹雪が折れてくれるのを祈った。 ……だが、吹雪は折れない。

 

「……確かに、相手は私なんかよりもずっと強いのかもしれません。でも、ここで私が行かなくちゃ、深海棲艦に街を襲われるかもしれません。そんなこと、私は我慢出来ないんです。私が行ったところで何も変わらないかもしれない。何の意味もないのかもしれない……それは、私だって分かってるつもりです」

「吹雪……」

 

 吹雪は未だ弱い己の力を恥じる。横島から聞かされた敵の実力とは、それこそ天と地の差だろう。だが、それは吹雪の足を止める理由にはならない。

 

「それでも……それでも、私は行かなくちゃならないんです。私は艦娘だから……ううん、そんなのは関係ない。私は……ただ、誰かが悲しむところを見たくないんです……!! だから、だから……!!」

 

 横島は吹雪の肩に手を置き、言葉を止める。片手で目を多い、深い……深い息を吐く。吹雪はそれに怯むも、唇を強く引き結び、横島の言葉を待つ。

 

「……そこまで言うなら、俺は止めない」

「司令官……!!」

「ただし! ……俺も一緒だ」

 

 え、と吹雪は驚きを露にする。その間に横島は吹雪の横を通り過ぎ、公園へと向かう。慌てて追いすがる吹雪に自分一人だけで向かうと言われるが、横島はそれを却下する。

 

「何でですかっ!? もし司令官に何かあったら、みんなが――――」

「それはこっちの台詞だっつーの。お前に何かあったらみんなが悲しむし、何より俺が悲しい」

「……!!」

「そういう風に危険に立ち向かえるのは立派だと思うし、格好いいと思うけどさ、もう少し自分のことを考えてもいいんじゃねーか?」

「それは……」

 

 それを言われては吹雪は何も言えなくなる。自分を勘定に入れないのは、吹雪の悪癖と言えるだろう。横島は吹雪の頭をくしゃりと撫で、彼女の感じる罪悪感や負い目などを軽くしようと試みる。

 

 公園に入り、ゆっくりと歩を進める横島達。一時は落ち込んでいた吹雪も「自分が司令官を守ればいいんだ!」と気合を入れなおし、何とか気力を充実させる。鼻息も荒くなり、気は持ち直せたようだ。

 公園内を進むこと数分、横島は結界の効力を理解する。この広い公園内に、自分達以外誰もいないのだ。この結界は人避けのもの……そして、まだ他にも何かがありそうだ。

 

「……!! あれは……」

 

 恐らく、公園の中心付近。海に面した道の最中。海を眺める二つの人影が存在した。それは横島達の存在に気付くと、とても驚いたように目を見開く。

 

「アレー? オカシイナ、人ガ入レナイヨウニ結界ヲ張ッタハズナンダケド……?」

「人間サント……艦娘サン……? 初メテ生デ見タ……!!」

 

 黒いパーカーを着た少女型の深海棲艦と、皐月や文月達よりもまだ幼く見える、白い長髪の深海棲艦。横島も初めて直接見る深海棲艦に緊張が走る。――――特に、幼女と言っても過言ではない深海棲艦。こいつが問題だ。隣の少女型深海棲艦が霞むほどの、異常なまでの力を持っている。

 

「……?」

 

 だが、警戒すると同時におかしなことにも気付く。目の前の二人から、驚くほどに敵意が感じられない。それどころか興味や好奇心、気のせいか友好的であるとさえ感じるほどだ。よく見れば肌の色も一般的な人型の深海棲艦とは違って温かみがあるし、普通に言葉を発している。

 

「ネーネー、私ハ“北方棲姫”ッテ言ウンダケド、人間サント艦娘サンハ何テオ名前ナノ?」

「北方……棲姫……!?」

 

 やや興奮気味に近付いてくる幼い深海棲艦――――北方棲姫の名を聞いた吹雪は、身体に震えを走らせる。その様子から相手が深海棲艦の中でも特に強力な存在であるということが分かった。

 横島は吹雪を自分の背で隠しつつ、少々軽薄な笑みを浮かべ、自分を見上げてくる北方棲姫と目線を合わせるためにしゃがみ込み、挨拶をする。

 

「俺は鎮守府で提督をやってる横島忠夫って言うんだ。後ろのお姉ちゃんは俺の秘書艦の吹雪。よろしくな、北方棲姫」

「ウン、ヨロシクー!」

「し、司令官……!!?」

 

 あっさりと自分達の素性を明かす横島に、吹雪は信じられないものを見る目で横島を見てしまう。一体どこに敵に最重要項目を知らせる者がいるというのだろう。これは流石の吹雪にも予想外が過ぎた。

 

「アー……ソンナニ怖ガラナイデホシイナ……私達ハ、()()()()()()()()()()()()()

「ええ……!!?」

 

 これもまたまさかの発言である。深海棲艦であるのに、自分達は敵ではないという。到底信じられるものではない。当たり前だ。深海棲艦は世界中に侵攻し、あらゆる国々を焼いた者達だ。自分達も多くの同胞を失っているし、何よりも自分達は鎮守府ごと異形の深海棲艦に――――。

 

 

 

 ――――記憶にノイズが走る。

 

 

 

「あ、あれ……?」

 

 吹雪は一瞬の頭痛にこめかみを押さえる。何か……何か、とても重要なことを考えていたような気がするが、今はもう思い出せない。

 何気なく横島に視線をやれば、北方棲姫の脇を抱えて持ち上げ、高い高いをしてあげていた。北方棲姫も大喜びである。

 

「何してるんですか司令官!?」

「ん? いや、ほっぽちゃんが遊んでほしそうにしてたから……」

「ほっぽちゃん!? ……いや、それはともかく、何でそんな平然としてられるんです!? 相手は深海棲艦でも最上級の存在なんですよ!?」

「あーやっぱり? でもまあ、この二人に関しては大丈夫だと思うぞ? そっちの子が言ってた『敵じゃない』っていうのも嘘じゃないみたいだしな」

「司令官……?」

 

 確信を持った横島の言葉に吹雪は困惑するしかない。横島はこの二人と話をしている最中、『看破』の文珠を発動していた。その結果、この二人は悪意を持っているわけでも、嘘を吐いているわけではなく、むしろ()()()()()()()()()()()()()()()ことが分かったのだ。

 鎮守府の司令官としては失格だろうが、横島はこの自分の考えを曲げるつもりはない。この二人は信用出来る――――そう信じることにしたのだ。

 

「ところでエッチなパーカーの着方してる君は何て名前なの?」

「エ、エッチ……!? ……私ハ“戦艦レ級”ッテ言ウンダケド……女ノ子ニソンナ言イ方ハナインジャナイノ、提督」

「ははは、わりーわりー」

 

 横島の言葉に少女型の深海棲艦――――レ級は咄嗟に胸を両腕で隠す。彼女のパーカーの着こなしは確かにはしたない。何せジッパーを全部上げずに途中で止めており、前はほぼ全開。そしてパーカーの下にシャツも何も着ておらず、黒い下着(あるいは水着)を晒している。

 更に言えばスカートもはいていないのだが、これはパーカーの裾が長いので問題はない。

 

「それにしても、何でこの公園に結界張って人避けしてんだ? 悪巧みしてるってんじゃないんだろ?」

「アー、ウン。ソレナンダケド……」

 

 未だに困惑の中を彷徨う吹雪を置いてけぼりに、横島はレ級に問いを投げかける。レ級は頭を掻いてどこか難しそうに答えようとするのだが……。

 

「――――!!」

「……!!」

 

 一斉に、横島とレ級、そして北方棲姫が海へと視線を向ける。北方棲姫ほどではないが、それでも尋常ならざる力を持った存在が近づいてくるのを察知したのだ。

 

「し、司令官……」

 

 吹雪も遅れながらも気付いたらしい。横島は吹雪の肩を抱き、キッと海を睨みつける。レ級と北方棲姫も、身体に霊気を漲らせ、戦闘態勢へと移行する。

 

「私達ガココニ結界ヲ張ッタノハ、仕事ノタメナノ。コンナ風ニ、()()()()()()()()()()退()()()()()

「ソレガ()()()()()()()()()()()()()()ナンダ」

「キーやん達から……!?」

 

 その詳細を聞く前に、横島達の眼前で巨大な水柱が立つ。やがて水柱の中から光球が発生し、水を弾き飛ばして公園内へと着地する。光が収まり、その姿を現したのはレ級と北方棲姫とは違う、従来通りの白い肌の深海棲艦。

 白い長髪、上だけのセーラー服に白いマント、左肩の肩当、スカートは着用しておらず、面積の小さなパンツを露出している。

 その美貌に表情はなく、目からも何の感情も読み取れない。全身から発するのは圧倒的なまでの敵意と、()()()()()()である。

 

「戦艦……タ級……!?」

 

 吹雪の驚愕の声に、タ級と呼ばれた深海棲艦がゆっくりと横島達に視線を向ける。

 

「――――テ……コ、デ――――カ……」

 

 黄金の霊波が蠢動し、タ級の身体へと集束されていく。両腰の辺りから艤装が現れ、一斉に砲身を横島達へと向けた。

 

「ア――――アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 放たれる砲撃。横島は咄嗟に吹雪を抱え、一瞬で飛びのき、砲撃を回避する。レ級と北方棲姫も言わずもがなだ。しかしタ級の砲撃は一度で止まず、次々に砲弾を撃ち出してくる。

 

「あんにゃろ、このままじゃ公園どころか街にまで……!!」

「ソコハ大丈夫! コノ結界ノ中ハ普通ノ空間ト違ッテ物ガ壊レタリモシナイシ、外ニ影響ヲ及ボスコトガ出来ナイノ! 艦娘ト戦ウ時ノ空間ト一緒ダカラ!」

「あの空間にそんな意味があったのか……! とはいえ、このままにしとくのも精神衛生上良くない……だったら――――!!」

「し、司令官何を――――!?」

「チョ、チョット提ト――――!?」

 

 横島はレ級に強引に預け、一つの霊能を発動する。――――瞬間、横島の姿が三人の視界から消える。

 

「エ……ッ!?」

 

 響く大きな激突音。音のした方に目を向ければ、そこには大きく仰け反ったタ級と、その背後に回り込んだ横島の姿があった。

 そしてタ級が体勢を整える前にもう一撃。今度はレ級達の下まで戻ってくる。片手で地面に爪を立ててブレーキをかけるその姿は、四つん這いという体勢もあってか、まるで獣のようだ。

 

 横島が発動した霊能。それは霊波で編まれた鎧を両の手足に纏い、身体能力を劇的に向上させるもの。

 栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)の発展系――――栄光の四肢(リムズ・オブ・グローリー)!!

 

「ハアアアアア……!!」

「……あれ?」

 

 しかし、強烈な攻撃を受けたはずのタ級は完全に無傷であり、意に介した様子もない。まるで蚊に刺されたとでも言うような……否、それほどにも感じていないような有様である。

 

「……無駄ダヨ。オ兄チャンノ攻撃ハ、タ級ニハ通ジナイノ」

 

 北方棲姫が横島の前へと出つつ、そう言った。

 

「深海棲艦ハ、人間デハ倒セナイノ。ドンナ兵器ヲ使ッテモ、ドンナニ力ガ強クテモ、――――ドンナ霊能力ヲ持ッテイテモ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……!!」

 

 レ級が語る深海棲艦の特性。それが本当ならば。

 

「ダカラコソ深海棲艦ハ――――()()()()()()()()()()()()()

「――――なん……だと……!?」

 

 世界を滅ぼしたという深海棲艦。この世界の存在。キーやん達からの依頼。宇宙のタマゴ。……あらゆる情報が横島の中で紐付けられ、一つの答えへと辿り着く。

 

「そうか……この世界は……!!」

 

 

 

 

 

 そう、この世界は――――既に、()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「――――イ、ト……コ――――ス……」

 

 タ級がまたも砲身を横島達へ向ける。

 

「し、司令官……!! 司令官には、手は出させない……!!」

 

 吹雪は恐怖を感じつつも、艤装を展開し、横島の前へと出る。艤装のせいで服が破れてしまったが、そんなことを気にしている余裕はない。

 レ級の言うことが真実ならば、あのタ級を倒せるのは横島ではなく吹雪と二人の深海棲艦だ。彼女達の仕事は街を襲う深海棲艦の撃退だという。ならば、その力を当てにしてもいいだろう。

 

 横島は震えつつも決意を胸にタ級に立ちはだかる吹雪に頬を緩め、肩を抱く。

 

「え、し、司令官……?」

「大丈夫だ吹雪。……お前は、俺が守るさ」

 

 その言葉に吹雪が胸をときめかせたのも束の間、横島は吹雪を横抱きに抱え上げ――――。

 

 

 

「自由への逃走!!!」

「え、ええええぇぇぇっ!!?」

 

 

 ドギュウウウゥゥゥンッ!! という効果音と共に一目散に逃げ出した。吹雪が艤装を展開しているのにどうやって横抱きにしているのかとか、艤装が重くないのかとか、そんなことは横島に突っ込むだけ無駄である。

 

「マーマー落チ着イテ提督。一緒ニ戦オウヨ」

「おあーーーーーー!? 何か、何か黒くてぶっとい何かがーーーーーー!?」

 

 脇目も振らず逃げ出した横島だが、いきなりレ級から生えた尻尾型の艤装に襟首を咥えられ、引き戻された。びょいーんと伸びてばちーんと戻るその様はゴムを思わせる。

 

「何でや!? ワイの攻撃が効かへんのやったらワイが居る意味ないやんけー!!」

「ソウハ言ッテモコノ結界がアルウチハ逃ゲ出セナイヨ? 艦娘ノ戦闘デモソウデショ?」

「いやーーーーーー!? そんなところまで忠実にーーーーーー!!?」

 

 さっきまでの姿はなんだったのか。横島は両目から涙を滝のように噴射し、思い切り泣き喚く。しまいには北方棲姫に頭をよしよしと撫でられ、慰められる始末だ。

 

「大丈夫。提督ニモ出来ルコトハアルワ」

「それは一体……!?」

「私達ノ肉壁トカ囮トカ……ネ♪」

「そんなこったろーと思ったよドチクショーーーーーーッ!!」

 

 哀れなり横島。世界は変わっても、求められる役割はそんなに変わることはなかった。

 

「チクショー! チクショー!! この件が済んだら、R‐18の方に移動しなきゃいけないようなセクハラかましてやっからなー!!?」

「ソンナ……!? ソンナノ……望ムトコロヨ!!」

「望むの!?」

「ソンナ……ホッポ、困ル……デモ、オ姉チャンニ秘密ニシテオケバ大丈夫カナ……?」

「ほっぽちゃんじゃねーーーーーー!!」

「司令官!! 何でレ級さんがOKで私や叢雲ちゃんがダメなんですか!!!」

「今はそれどころじゃねーだろーが吹雪ーーーーーー!!?」

 

 敵を前に、くだらないことで大騒ぎの横島達。隙だらけだとか、そんな言葉では言い表せられないほどに隙だらけだ。これにはタ級もほくそ笑んで……。

 

「ア……ア……?」

 

 ……タ級は横島達の様子に、逆に手が出せない。何の感情も見せず、ひたすら幽鬼的であったタ級も、この時ばかりは人間臭く、また妙に可愛らしかった――――。

 

 

 

 

第三十二話

『デートでの一幕』

~了~




横島君が戦闘で活躍? しませんよ?(無慈悲)
YOKOSHIMA作者としては迷いましたが、やっぱり艦娘が活躍しなくちゃね。

それはそうと……吹雪はね……先輩呼びが凄く似合うと思うんですよ……(恍惚)

大淀と霞が服を選んでる時はきっとこんな感じ↓

大淀「スマートに見せるなら、やっぱり黒が……」
霞「それだけだと陰気になるから、明るい色を……」
大淀「あっ、これ! これとかどう!?」
霞「いいじゃないいいじゃない! ほら司令官、これ! これ着てみてよ!!」
横島「……これでいいのか?」
大淀「キャー!」
霞「キャー!」
横島「何でお前らがそんなに楽しそうなんだ……」

みたいな。
とりあえず季節としては春先をイメージしてますが……今後はどうなるかなぁ。

次回はタ級さんとの決着回です。
それではまた次回。




それにしても睦月……本編に登場しないなぁ。


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一人ぼっち

大変お待たせいたしましたー……。

今回はタ級さんとの決着回です。
はたして横島は戦闘で活躍することが出来るのか……?

あと今回も重要っぽい設定が出ているような気がします。

……文字数? ……ハハッ


 

「ふいー、ここまでくれば大丈夫か?」

 

 雷・文月を両脇に抱え、皐月を背負った天龍が路地裏に駆け込み、息を潜めながら辺りを窺う。およそ普通の人間には出せない速度で走ったからか、彼女達を追跡出来た者は一人もいないようだった。……いや、それは誤りか。

 

「……追いついた……っ!!」

「ふう……ふう……っ。流石は、天龍だね。三人も、抱え、てるのに、それだけ、速いなんて……」

 

 残りの二人――――不知火と響が彼女の後に付いていたからだ。彼女達も通常の人間と比べれば相当に速い部類なのだが、それでも天龍には及ばないらしい。二人とも額に大粒の汗を浮かべ、大きく肩を上下させながら喘ぐ。

 

「ああ、悪い悪い。大丈夫か?」

「ふう――――っ。……私達は大丈夫だけど、そろそろ三人を下ろしてあげたほうが良いんじゃないかな?」

「あん? ……げっ!?」

 

 響の言葉に天龍が雷達の様子を見てみれば、三人とも例外なくぐるぐると目を回して気を失っており、その身体をぐったりと脱力させていた。

 

「お、大人しいと思ったらこんな……!? だ、大丈夫だよなこれ!?」

「落ち着いてください。ただ目を回しているだけでしょうし、すぐに目を覚ましますよ」

「そうだね。この子達も艦娘なんだ。このくらいならどうってことないはずだよ」

「お、おう……。なんつーかスパルタだな……」

 

 二人の言葉に天龍は少々気後れしてしまう。二人の言うことも理解出来るが、もう少し労わってやっても良いのではないのだろうか。特に雷は響の姉妹艦であるのだし。

 

「……ふう。雷は私が預かるよ。そのままだったら天龍に胸骨を粉砕されかねないからね。文月は不知火が」

「ええ。この不知火にお任せください」

「……まあ、いいけどよ」

 

 しかし何だかんだ言っても響の雷を思いやる気持ちは本物だ。雑な抱え方をされている雷を背負いつつ、天龍にちくりとくるお小言を食らわせる。天龍も雑な扱い方をしたことを悪く思っており、甘んじてその言葉を受け入れる。

 

「……ん? と、メールか?」

 

 雷と文月を響達に預けてすぐ、ポケットに入れていた携帯端末――――いわゆるスマートフォンが振動し、メールが届いたことを知らせる。差出人を見れば、そこには横島の名前。「もしかしてバレてたか?」と、渇いた笑いが浮かんでくる。

 今すぐ帰るように、という内容のメールでないことを祈りながらメールを開く。もしそんな内容であれば、加賀から依頼された任務を全うすることが出来なくなる。……怖い未来しか想像出来ない。

 

「ふふ、怖い……。で、内容は――――」

 

 やや遠い目でメールを開き、内容を確認する。――――瞬間、天龍の心臓が早鐘を鳴らす。

 横島からのメール。その内容は、救援を求めるものだったのだ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟音が響く。轟音が響く。轟音が響く。

 それは火砲から轟く音。それは地面に砲弾が着弾した音。爆発音、炸裂音は断続的に響き、その場に居た者達の耳を(つんざ)く。

 

「だーーーっ!? 耳がキンキンしてきたーーーっ!?」

「ッテイウカヨク鼓膜破レナイネ!?」

 

 狂ったように主砲を乱射してくる戦艦タ級から必死に逃れつつ、横島は北方棲姫を小脇に抱えて涙混じりに弱音を吐く。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()。横島は何度か自らの霊能でタ級に攻撃を仕掛けたが、その全てがほぼ無意味に終わった。

 栄光の四肢(リムズ・オブ・グローリー)による打撃は通じず、霊波刀による斬撃は刀身が触れた瞬間に霧散した。サイキック・ソーサーによる霊的な爆発も意味を成さない。何せ至近距離の爆発による閃光も爆音も効果が無いのだ。あまりの徹底っぷりに思わず涙がちょちょぎれる。

 加えて、北方棲姫もあまり戦力としては役に立たないことが判明してしまった。最初は北方棲姫も謎の黒い飛行球体――実は艦載機である――で攻撃を仕掛けていたのだが、狙いが甘く、酷い時にはレ級や吹雪まで巻き込みそうになったところで横島が無理矢理抱きかかえ、攻撃を中止させた。今の北方棲姫は持ち前の暴力的なまでの霊力をまるで扱えていない。

 力の大きさでは間違いなくトップであっただけに戦力の低下は避けたかったのだが、こうなっては仕方がない。攻撃の要はレ級へと移ったのだった。

 

「えーいっ!!」

 

 横島に狙いを定めつつあるタ級の気を引くために、吹雪が手に持った連装砲でタ級の頭部を狙い撃つ。しかし現在の吹雪は艦娘の制服を着ていない状態であり、そのせいか十全な性能を発揮出来ず、タ級にダメージを与えるまでは至らない。

 二発、三発と命中する吹雪の砲撃。いくらダメージがないとはいえ、こうも連続で当てられると鬱陶しいのか、タ級は攻撃の矛先を吹雪へと変更する。

 

「アアァァァアアァッ!!!」

 

 そうして始まる吹雪への全力攻撃。だがそれは狙いを絞ったものではなく、あくまでも“吹雪がいる方向への砲撃”といったものであり、弾道の計算もされていないのか、明後日の方向へと飛んでいく砲弾もそれなりの数が存在する。横島達が未だ無傷でいられるのは、これが大きかった。

 

「――――チャンス!!」

「ゥエッ?」

 

 あまりにも大きな隙を晒すタ級に、横島は勝負を掛ける。

 北方棲姫を下ろし、四つん這いの体勢から、全力で攻撃を仕掛ける。狙うのは、タ級の足だ。

 始めに栄光の四肢で攻撃を仕掛けたとき、確かにタ級にダメージを与えることは出来なかった。しかし、それでも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 

 ――――だったら、これもいけるはず!!

 

 北方棲姫の目すら置き去りにする超速度。そこから繰り出されるのは、軸足を狙う一撃。

 

「横島スライディングキーーーーーーック!!」

 

 横島の攻撃にタ級は気付けない。狙い違わずその一撃はタ級の左足に直撃し、人間の攻撃とは思えない程の轟音を響かせた。舞い上がる砂埃が二人の身体を包み込む。

 手応えは充分にあった。自分の足から伝わる衝撃からも、それが分かる。……ここで、横島に疑問が浮かぶ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 もしタ級の軸足を狩れていたのなら、身体はその勢いのままに地を削りながら進むはずである。だというのに、自分は止まっている。そして何よりも、()()()()()()()()()()()――――!!

 

「ハアアアアァァァ……!!」

「……うそーん」

 

 砂埃が空けた視線の先、地に横たわる体勢から見上げると、体勢を崩すこともなく屹立するタ級の姿がありました。

 考えてもみてほしい。艦娘・深海棲艦問わず、艤装というものは人が扱うことが不可能な程の重量を誇る。数百キログラムというとんでもない重量を彼女達はその細い身体で支えているわけだ。

 超重量の艤装を支えるのに最も重要な部分。それは足腰だ。彼女達は艤装を背負い、不安定な海面を走り抜ける。それを可能にする足腰・体幹の強さ、そしてバランス感覚。それらの前に、一人間のスライディング程度が通用するわけがない。その安定感は、()()()()()()()()――――!!

 

「……」

「え、えーとえーと……!!?」

 

 タ級がゆっくりと足を上げる。当然、それは横島を踏み潰すためだ。吹雪や北方棲姫がそれを阻止しようと駆け寄るが、それは間に合わないだろう。砲撃を行うのも不可能だ。そんなことをしては横島が確実に巻き込まれる。それを一番分かっているのは他ならぬ横島だ。だからこそ彼は必死に頭を働かせ、助かる道を模索する。

 やがて横島がひねり出した答えは――――。

 

「――――ナイス、パンツの食い込み!!」

「オルァアアアアアッッッ!!!」

 

 サムズアップからのセクハラだ――――!!

 当然そんなものでどうにかなるわけがなく、タ級は猛烈な勢いで思い切り足を振り下ろす。(しかも股間狙いで)

 横島は「のひょー!?」という奇声を発しながらも両足から霊波を放出し、その反動で何とか回避に成功し、ごろんごろんと吹雪の元へと勢いよく転がっていく。

 

「だ、大丈夫ですか司令官!?」

「いっつつつ……。さ、サンキュー吹雪、助かった……」

 

 吹雪は転がる横島を何とか受け止め、尻餅をつきながらも横島の安否を確認する。地面を転がった横島は擦り傷こそ負っているが大事はなく、すぐに立ち上がってみせた。

 タ級は先程の踏み付けだけでは気がすまなかったのか、横島を睨み付けると、またも主砲を放とうとするのだが……そこに、人影が割って入る。

 

「ヨイ……ショット!!」

「……!!?」

 

 身体を旋回させ、遠心力によって充分に威力を高めた尻尾型艤装をタ級に叩き込むレ級。たまらずタ級はもんどりうって吹き飛び、公園の地面を削り取っていく。レ級はその隙を逃さず、主砲を立て続けに放ち、攻撃を加えていく。

 空気を震わせる爆音、立ち上る砂埃。レ級は油断なく横島と吹雪の元へと移動し、横島の頬を軽く抓る。それはいつの間にか合流し、横島の背中によじ登っていた北方棲姫も同様だ。

 

「ンモー提督ッタラ、攻撃ハ効カナイッテ言ッタノニ突ッ込ンデイクンダモノ。驚イチャッタ」

「オ兄チャンハ無茶シチャダメナノ」

()りい悪りい。体勢を崩すくらいなら、って思ったんだが……ちっと当てが外れてな」

 

 狙うなら上半身だったか? と反省をする横島であったが、本当に反省しているかどうかは微妙なところだ。

 

「それにしてもタ級の奴……せっかく心から褒めたのに……」

「あれが褒め言葉だったんですか!!?」

 

 何せこういう男である。“狙うなら上半身だったか?”も、きっと“チチを触るべきだったか?”という意味に違いない。とんだ煩悩少年だ。

 

「……ソレハトモカク、オ荷物ガ三人ッテイウノハ流石ニ辛イネ。ホッポは実戦経験ガ不足シテルシ、吹雪ハ艤装ガ中途半端ダカラ戦力トシテ数エ辛イシ、提督ハ人間ダシ……人間ダヨネ?」

「一応人間だっつの。……いや一応じゃなくて普通に人間だかんな。……あー、戦力に関してはもう少し待っててくれ。実はこの公園に入る前に応援を呼んでおいたんだ。早けりゃあと数分もしない内に来ると思う」

「……驚イタ。案外抜ケ目ナインダネ、提督」

 

 視線の先、砂埃の中に佇むタ級を警戒しながら横島とレ級は会話を交わす。吹雪も北方棲姫も口を挟むことは出来ない。自分達が足手まといであることに変わりはないからだ。

 ……とはいえ、今回のこの戦艦タ級は明らかに強さのレベルが違っている。攻撃力、防御力、身に纏う霊波の強大さ。その全てが今までの深海棲艦とは一線を画すものだ。……その強さは、ある一人の艦娘を彷彿とさせる。

 

「この強さ……これじゃあ、まるで……!」

 

 吹雪の口から言葉が漏れる。我知らず呟いた言葉は横島にも聞こえており、横島もそれを肯定するかのように頷いてみせる。――――そう。横島は気付いていた。

 

「……っ!!」

 

 砂埃を切り裂くかのように、閃光が迸る。それを発するのは当然タ級だ。タ級はその身から()()()()()()()()()()()()()()、今までとは段違いの威圧を以って横島達と対峙する。

 

「ウワ……ッ!?」

 

 その凶悪な暴威に、北方棲姫は思わず身動ぎする。それも当然だ。これ程の力の持ち主とは敵対したことがない。

 

「コノ強力ナ霊波……!! 大キサダケナラ“姫”級ニ近イカモ……!!」

「そ、そんな……!!?」

 

 それは、吹雪にとって絶望を突きつけるに等しい情報であった。姫級とは深海棲艦における最上級の存在。その力は災害にも匹敵し、まず通常の艦娘では太刀打ちすることが出来ない存在なのだ。対抗が可能なのは多くの戦闘を経験し、改造を施された一部の艦娘達。そして、その先に存在するといわれる、“改二”という特殊な段階。

 ()()()()()()()、この改二に至った者は存在していないはずである。……目の前のタ級は、それほどまでに隔絶した強さを持っていたということなのだ。

 ちらりと横島は皆の様子を観察する。レ級は戦う意思を失っていないが、余裕は無さそうであり、その身を冷や汗が濡らしている。

 正真正銘の姫級であり、最高戦力であるはずの北方棲姫はタ級の霊波に呑まれてしまったのか、顔色が悪く、強く横島の背中にしがみつくようにして身を隠してしまった。

 吹雪は……吹雪もまだ戦意は残っているが、身体は恐怖に震え、歯がカチカチと音を立てている。

 

 ――――状況は最悪と言える。だが、横島は今の状況でも絶望はしていなかった。緊張はある、恐怖も当然ある。だが、それでも――――彼には、希望が近付いてきているのが分かったから。

 

「……みんな、あともうちょっとだけ時間を稼いでくれ」

「え……?」

 

 横島の言葉に、皆の注目が集まる。

 

「もうすぐで……()()()()()()()()()()()()

「……!! まさか――――」

 

 それを聞いた瞬間、吹雪の心に希望が生まれた。横島が言う最高戦力――――()()がいれば、タ級を倒せると。

 

「……ヨク分カラナイケド、ソノ“最高戦力”ハソンナニ強イノ?」

 

 レ級の疑問も最もだ。眼前の敵は力の大きさだけなら姫級にも匹敵し得る程の化け物。それを個人で相手取れる艦娘が存在するとは考え難い。しかし、横島は自信を持って断言する。

 

「ああ。あいつならあのタ級にも勝てる。……レ級やほっぽちゃんが手伝ってくれたらより確実だな」

 

 その言葉に二人の深海棲艦は目を見開く。霊力を自在に扱い、タ級の強大な霊波を感じ取れる横島がそう断じるのだ。これは本当に希望が出てきたと、レ級は改めて気合を入れる。

 

「……ソレジャ、何トシテモ持チ堪エナイトネ。相手モソロソロ動キダシソウダシ……援護、ヨロシクネッ!!」

「シィィィイイイアアアアアアアアアッ!!」

 

 裂帛の気合と共に駆け出すレ級。それに呼応するかのようにタ級も吼え、ここに戦闘は再開される。極至近距離での砲撃戦。一歩間違えば、容易く命など消し飛ぶだろう。

 

「行くぞ吹雪、ほっぽちゃん!! ――――なるべく安全なところから応援しつつ、チクチクと嫌がらせのように攻撃を仕掛ける!!」

「……何だかとっても情けない気持ちでいっぱいです……!!」

「今ノ私達ジャソノクライシカ出来ナイカラ仕方ナイケド……嫌ニナッチャウネ」

 

 横島の男らしくもちょっぴり情けない命令に心が沈んでしまう吹雪だが、北方棲姫の言う通り、自分達が足手纏いでしかないことは理解している。だからこそ情けなさで心がいっぱいになってしまうのだが……それでも、横島は行動を開始する。

 

「サイキック・ソーサー!!」

 

 横島は霊気で作った小さな盾を投げると、その軌道を遠隔で操作する。吹雪達は攻撃が通じないのに何故そのような行動を取ったのか不思議がっているが、横島は攻撃のためにサイキック・ソーサーを繰り出したのではない。

 ソーサーの位置取りは常にレ級には絶対に見えず、タ級の視界の隅にチラチラと映りこむ場所。現在、タ級の視界ギリギリのところでソーサーがブーンブーンと飛び回っているのが見える状態だ。

 

「グゥウ……ッ!!」

 

 その効果は意外とすぐに表れた。時折タ級がレ級から目を離し、ソーサーを気にするようになったのだ。当然そんなことをすればレ級の攻撃を避けることも出来ずに食らってしまうことになる。意識のかく乱――――横島の策は一応の成功を見せている。

 

「はーーーはっはっ!! これぞ“夏場の鬱陶しいコバエ作戦”!! 本来なら知能の低い下級魔族や妖怪に使う手だが、あのタ級にゃ丁度いいだろ!!」

「さ、作戦名はともかく通用してます……!! 流石は司令官ですね!!」

「夏ノコバエッテ本当ニ鬱陶シイヨネ」

 

 高い知能を持つ者には通用しないような作戦であるが、交戦中のタ級は本能で動いている相手であり、その単純な思考様式のせいで横島の嫌らしい手に引っかかってしまったのだ。馬鹿馬鹿しい作戦に思えるが、チラチラと視界の隅に映りこむ鬱陶しいコバエ……いくら追い払ってもしつこく近付いてくる奴等を前に、冷静な思考を保てるだろうか? いや、保てまい!!(断言)

 

 “夏場の鬱陶しいコバエ作戦”――――その恐ろしさは、全人類が理解出来るだろう。(効果には個人差があります)

 

「それにしてもあの二人……」

 

 横島は今も戦い続けるレ級の邪魔にならないように常に移動しながら感嘆の吐息を漏らす。その真剣な眼差しが映す物とは。

 ――――ぶるんぶるんと揺れる、タ級の豊満なチチ。引き締まりながらも柔らかそうな、肉厚なシリ、すらっとしつつも肉感たっぷりなフトモモ。

 ――――小さくはあるが、それでもぷるぷると揺れ、しっかりと存在を主張するレ級のチチ。パーカーから時折覗く、ほっそりとしているがつんと張ったシリ。華奢な印象を窺わせるが、内側に流れる汗が劣情を誘うフトモモ。

 

 ――――横島は一つ頷き、懐からフリップとビデオカメラを取り出す。

 フリップに『悶絶!! 色白美少女達のキャットファイト!!』と書き、それをカメラでしばらく撮ったあと、二人の戦いの撮影を開始した。心なしか横島の目が血走っている。

 

「……って、何やってるんですか司令官っ!?」

 

 しかし、そんなことをしていれば当然吹雪が止めに入る。ビデオカメラを取り上げられた横島はショックを受けたように叫ぶ。

 

「ああっ!? 僕の貴重な資料映像が!?」

「一体何の資料にするつもりなんですか!?」

「何の資料って……吹雪こそ何を言ってるんだ? 深海棲艦同士が戦ってるんだぞ? しかも強力な固体であるらしいレ級とタ級だ。資料としての価値は充分じゃないか」

「うぅ……っ!? い、いえ、でも……」

「なあ、吹雪……。お前はこの映像を、俺がどうすると思ったんだ……? 教えてくれよ吹雪……」

「あう……そ、それはぁ……っ」

 

 吹雪は逃げようと身を捩じらせるが、横島に肩を抱かれ、それも叶わない。耳元で囁かれ、ぞくぞくとした()()()が背筋を上ってくるようだ。目には涙が浮かび、鼓動も吐息も高まってくる。

 いつしか肩を抱いていた横島の手は吹雪の指と絡まり、吹雪は横島へと身を預けるようにして立つのがやっとの状態となっていた。

 それにしてもここに来ての横島の煩悩の暴れっぷり。ついに文珠の効果が切れたのだろうか。何とも嫌なタイミングである。

 このままいけば吹雪は羞恥と興奮からナニか決定的な言葉を口走ってしまいそうであるが、やはりそうは問屋が卸さなかった。

 

「チョットー!? 援護スルナラ真面目ニ援護シテヨー!!」

「はっ!? わ、私は一体!?」

「アアッ!? アトモウチョットデ何カガ始マリソウダッタノニ!?」

 

 ついにレ級から泣きが入る。まあ人が真面目に戦っている横で訳の分からないピンク空間を繰り広げられてしまってはそうもなるだろう。北方棲姫は邪魔が入ったことで残念そうに声を上げる。随分と大人しかったのは更なる展開を見たかったからなのだろう。

 余裕があるのかないのか、何ともおかしな集団である。

 

「……ッ!!」

 

 さて、レ級の意識が横島に移ったせいか、あるいはソーサーが制御を失いどこかに飛んで行ったためか、はたまたその両方か。タ級はついにその敵意を視界に入り込んだ横島へと向ける。

 

「ハアアアァァァァッ!!」

「――――シマッタッ!?」

 

 タ級から意識を離してしまったレ級はその隙を突かれ、脇を抜かれてしまう。目指すは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「司令官!?」

「イツノマニ!?」

 

 迫り来る絶対の死。それを前に横島は腰が引け、口元は引きつり、目には涙が浮かんでいる。心の中は恐怖でいっぱいだ。

 吹雪の叫び声が聞こえてくる。レ級と北方棲姫が懸命に駆け寄る。しかし、それも間に合いそうにない。――――だが、それでも、横島の顔には笑みが浮かんでいた。

 

「アアアアァァァァッ!!」

 

 タ級が繰り出したのは砲撃ではなく拳。何故それを選んだのか定かではないが、自らの手で、確実に命を摘み取らんとしたのかもしれない。

 

「司令かーーーーーーん!!」

 

 吹雪は届かないと理解しつつも手を伸ばさずにはいられない。意味がないと知りつつも横島の名を叫ぶ。

 ――――やがて響くは金属同士がぶつかったかのような轟音。それを耳にし、吹雪はぺたりと力なく座り込んでしまう。

 両手を口元に持っていく。今にも涙が溢れ出しそうだ。だって、今眼前に広がる光景は――――。

 

 

 

「――――(わり)い。遅くなっちまったな、提督」

「いやいや、んなこたねーよ――――良いタイミングだったぜ、天龍。タ級をこっちに誘導した甲斐があったってもんだ」

 

 横島を庇い、タ級の拳を右手でがっしりと受け止めた、天龍の姿があった――――!!

 

「オ、アァ、ア゛……ッ!!」

「……よぉ、タ級。テメェ、何してくれてんだ?」

 

 タ級の拳が万力のような力で締め上げられる。天龍の身体からゆらゆらと立ち上る、黒と赤の霊気。それは徐々に勢いを増していき、遂には嵐の如き暴威となってタ級の全身を責め立てる。

 

(ひと)提督(オトコ)に――――何してくれてんだテメエエエエェェェーーーーーー!!!」

「――――――ッッッ!!?」

 

 天龍の左の拳がタ級の頬に突き刺さる。タ級は耐えることも踏ん張ることも出来ず、その威力のままに数十メートルもの距離を吹き飛ばされる。

 

「エェッ!?」

「ウソォッ!?」

 

 その威力はレ級と北方棲姫が驚愕するほどだ。そして、当然それだけで終わるはずがない。天龍はタ級が体勢を立て直す前に既に駆け出している。艤装を展開した天龍のスピードはそれまでの比ではなく、タ級や北方棲姫と同様に常識の埒外の存在であることを如実に現していた。

 

「天龍さん……」

「無事ですか、吹雪」

「あ、不知火ちゃん……? それに響ちゃんも」

「良かった、間に合ったようだね」

 

 天龍の救援に呆然としていた吹雪に、天龍と共に駆けつけた不知火と響が駆け寄る。簡単ではあるが吹雪の身体のチェックをし、怪我もなく無事であることにホッと息を漏らす。

 横島の方には雷と皐月・文月が向かっており、横島はその三人に泣き付かれて参っていた。

 

「……吹雪、あそこの戦艦レ級と幼い深海棲艦は……」

「あ、ち、違うの! あの二人は敵じゃなくて、私達の味方なの!!」

「深海棲艦が……?」

 

 普段よりも鋭くなった眼光をレ級達に向ける不知火だが、吹雪に彼女達は味方であると告げられ、困惑した表情を浮かべる。見ればレ級達は二人して両手を上げて敵意はないことをアピールしており、「私達ハ君達ノ敵ジャナイヨ」「私達ハオ姉チャン達ノ味方ナノ」と訴えている。……酷く棒読みに思えたり胡散臭くなってしまっているのは気のせいだと思いたい。

 

「……まあ、いいでしょう。あの時のヲ級のような固体であるというのなら、その話も頷けます」

「そうだね。とにかく、今はそれを詳しく聞いている場合でもない」

 

 不知火と響は全てを信用したわけではないが、今この場においては敵ではないという言葉を真実であると認めた。警戒するに越したことはないが、驚くほどに敵意を感じないのもまた事実。むしろ、今気にすべきことは別にある。

 皆がそれに目を向ける。横島鎮守府最強の戦力――――天龍へと。

 

「オオオオオオォォァァァアアアアッ!!」

 

 タ級は天龍に殴り飛ばされ、地面を削りながらも何とか体勢を立て直すことが出来た。しかし、自分を殴った怨敵に目を向ければ、そいつは既に自分の間合いに程近い場所にまで迫ってきている。……タ級は一瞬で判断を下す。タ級は後方へと飛びのき、砲撃を開始した。

 

「――――ハッ」

 

 轟音を発し、風を切り、命を奪うために迫り来る致死の砲弾。天龍はそれを鼻で笑い――――拳で以って、思い切り殴りつけた。

 

「んなっ!?」

 

 この行動には横島も驚きの声を上げる。天龍のスピードならば十分に避けることが出来たはずだ。なのに、それをしなかった。導かれる結論は一つ――――そんなもので、今の天龍は殺せないということだ。

 爆煙を突き破り、無傷の天龍がその姿を現す。強大な霊波が、鉄壁の鎧と化して天龍を守ったのだ。

 

「ク……ッ、ゥアアアアアアア!!」

 

 傷一つない天龍の姿に動揺したのか、タ級は連続して砲撃を放つ。だが、天龍はそれらを避けることはせず、全ての砲弾に拳を叩き付けた。

 

「アレハ……」

 

 レ級の口から、掠れたような声が零れる。

 砲弾を砕く度、天龍はタ級へと確実に近付いていく。そして、その距離は遂に零へと差し迫った。

 

「アアアアアアアアッッッ!!?」

 

 それは恐怖の叫びだろうか。今までのものとは違う、金切り声のような、逼迫した叫び声。タ級は自滅の可能性も思考から排除し、間合いに入り込んだ天龍へと砲口を向ける――――だが。

 

「――――ォオラァッ!!!」

 

 砲撃とタイミングを合わせ、()()()()()()()()()()()()()()。結果――――タ級の艤装は暴発し、二人は互いに吹き飛ばされる。

 

「――――()()()()()()()……!!」

 

 レ級の脳裏を過ぎる、過去の映像。それはかつて自らの相棒だった、()()()()()()()姿()――――。

 

「こいつで……!!」

 

 天龍は吹き飛ばされつつも瞬時に体勢を立て直し、主砲をタ級へと向ける。霊力が凝縮されているのか、艤装からはバチバチと霊的な放電がされている。

 

「くたばりやがれえええぇぇぇーーーーーー!!」

 

 天龍の主砲が火を噴いた。黒と赤の霊光を纏った砲弾が、紫電を伴って風を切り、突き進む。タ級の体勢はまだ崩れたままであり、避けることもままならない。タ級は何とか腕を交差し、迫り来る死に対して抵抗を試みる。

 

「――――――!!?」

 

 着弾、爆発。それはタ級の叫びをも呑み込み、轟音を響かせ、結界内を揺るがした。咄嗟の防御など何の意味があろうか。この威力の前では、そんなものは無きに等しい。

 

「おお、やったか……!?」

 

 横島は雷達を引きつれ、大きく息を切らす天龍の元へと走る。タ級は爆煙によって姿は見えないが、確実なる手応えはあった。

 いつしか吹雪と不知火達、レ級達も天龍の元へと集い、未だ煙を上げる着弾点を見やる。モウモウと上がる煙の中、既にタ級は息絶えていると思われたのだが……。

 

「――――ア……ァ、ア……、――――――ッ」

「野郎、まだ……!!」

 

 煙の中……タ級は、まだ立っていた。艤装も失い、傷だらけで、もはやただ立っていることも出来ないだろうその身体で。タ級は、それでも立っていたのだ。

 

「――――イト……ド……デス、カ……」

 

 それは、とてもか細い声。本来なら聞こえるはずもない程度の声量であるのだが、それは不思議と皆の耳に届いていた。

 

「――――()()()()()……」

「……え?」

 

 それは予想だにしない言葉だった。

 

「テイトク……ドコ、デス……カ……。テイ、トク……ワタシ、ハ……アナタヲ――――」

 

 一歩、また一歩と、タ級は前へと進み、歩き出す。もはやその目には何も映っておらず、先程までの戦闘すら彼女の認識に存在していいるのかも疑わしい。

 ただ、吹雪達はタ級を呆然と見続けるしか出来なかった。突然現れた深海棲艦。自我も無く、ただ暴れるだけだと思っていた暴力の具現。だが、その認識は正しかったのだろうか?

 目の前の深海棲艦は……タ級は、先程までの恐ろしいまでの威圧も無く、風が吹けば消えてしまうかのような、儚い存在へと変わってしまった。それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……」

 

 天龍すらもどうしていいのか分からずに動けない中、レ級は口をぐっと引き結び、主砲を構える。艦娘を艦娘が、そして深海棲艦を深海棲艦が沈めるにはいくつかの条件が必要となってくる。今のタ級はそれらを満たしている。吹雪達にトドメを刺させるのは忍びない。だからこそ、レ級がそれを果たそうというのだ。

 ――――しかし。

 

「……レ級」

「提督……?」

 

 横島がレ級の肩に手を置き、攻撃を止めさせる。レ級は戸惑うが、横島からは有無を言わさぬ、どこか絶対的な空気を纏っていた。

 

「あ、おい提督!?」

「司令官っ!?」

 

 天龍や吹雪の静止の声も聞かず、横島はタ級へと歩を進める。まるで危険などないかのように、ただまっすぐに。当然皆は横島を止めるために動こうとするのだが、それを横島は目で押し止めた。その目に宿る()()――――止めた方が良い。横島を危険に晒させない。そんなことは分かっている。分かっているのに……止められなかった。

 

「……タ級」

「――――ッ」

 

 遂に横島はタ級のすぐ傍へと到達した。今にもくず折れそうなタ級に、優しく声を掛ける。

 ――――変化は劇的だった。

 

「アアアアァァァァ――――ッ!!!」

 

 身体を跳ね上げ、右手を引き絞り、魂からの咆哮を上げ、その一撃を繰り出す。人とは思えぬ、鋭利な爪。目が見えているのかは定かではないが、狙いは横島の顔の中心であった。瞬間、横島の背後で悲鳴が上がった。

 横島はそれを首を傾け、回避し――頬が裂け、血が噴き出る――完全に、タ級の懐へと潜り込んだ。横島は両手を広げ――――。

 

 

 

「――――――ァ」

 

 

 

 優しく、抱き締めた。

 

「――――ここにいるぞ」

「――――」

「――――お前の提督は、ここにいる」

「――――ア、ァ……」

 

 自らの胸に、タ級の頭を抱え込む。柔らかく髪を撫で、それが真実であると、自らの鼓動を聞かせ、抱き締める。

 

「――――ア、アアアアァぁぁぁ……」

 

 ぼろぼろと、タ級の双眸から涙が溢れ出る。その温もりは、その鼓動は――――かつて、タ級の手から零れ落ちたものだったから。

 

「テイ、トク……ていとく――――提督ぅ……!!」

 

 もはや動かないと思っていた身体が動く。目の前の()()を、もう二度と離さぬように、もう二度と離れぬように、強く、強く抱き締める。それはとても小さな力だったが――――横島には、何よりも強く感じ取れた。

 

「……提、督――――」

 

 タ級の全身から、力が急激に抜けていく。それが最後の力であったというかのように、タ級はゆっくりと、静かにその目を閉じていく。

 何も映さなくなったその瞳。しかし、彼女にはその光景が見えていた。かつて守りきれなかった提督……そして仲間達。失ってしまった大切な者達が、自分を迎えに来てくれた。タ級は――――かつて艦娘だった彼女は、それを申し訳なく思う。

 

 ――――()()()()()()()()()()()()()()の……傍にいたいと、思ってしまったから。

 

「……タ級?」

 

 沈んでいく意識に、()()の声が沁みこんで来る。それも、もう聞こえなくなってしまったけれど。それでも、タ級は幸せな気持ちに包まれた。

 もし、生まれ変わることが出来るなら――――この、()()の下に。

 

「……司令官、その……タ級は……」

「ん、ああ……眠ったよ。よっぽど、疲れてたんだろうな」

 

 横島はタ級を優しく横たわらせる。もはや意識も無く、呼吸も無く。その魂は輪廻の輪へと還っていった。

 その生は、幸せとは程遠かったのかも知れない。苦痛と、後悔と、悪意に満ちていたのかもしれない。それでも――――ああ、それでも。

 

 

 タ級が最期に浮かべた表情は、笑顔だったのだ――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これからどうするんだ?」

 

 戦闘が終わり、しばらくして。横島はタ級を抱き上げたレ級に今後のことを尋ねる。レ級は穏やかに覚めない眠りに就いているタ級の顔を眺め、やや複雑そうな笑みを浮かべ、目を瞑る。

 

「私達ハ()()()に戻ッテ今回ノ報告ダネ。マサカココマデ大変ナコトニナルトハ思ッテナカッタシ、()()()ニハ文句ヲ言ッテヤラナイト」

「……そうか」

 

 色々と気になる部分はあったが、それは聞かないことにした。彼女達は自分達の味方であると言った。ならばこれから先、今日のように出会うこともあるだろう。ならば、その時に聞いてやればいい。

 

「タ級ハ……ウン。ヤッパリ海ニ還シテアゲナイトネ……。ソウシタラ、マタ会ウコトガ出来ルカモダシ」

「そっか……そうだな」

 

 横島はタ級の表情を見て、笑みを浮かべる。自分がしたことが正しかったのかは分からないが、それでもこうして笑顔で逝くことが出来たのなら、それは間違ってはいないのではないかと信じる。また会う時……それがどのような形でかは分からないが、今回のような戦いの中ではなく、出来ればもっと穏やかな時の中であることを願って。

 

「ソレジャ、私達ハコレデ」

「おう、元気でな」

 

 横島とレ級は穏やかに笑い合う。深海棲艦にも分かり合える者達がいる。それが分かっただけでも大収穫だ。

 隣でレ級と横島のやり取りを見ていた北方棲姫は吹雪へと駆け寄ると、小さな身体を飛び上がらせ、吹雪に抱きついた。

 

「今度会ウ時ハ、吹雪オ姉チャンガビックリスルクライ強クナッテルカラネ!」

「あ……うん! その時は、私だって負けないくらい強くなってるから!」

 

 吹雪と北方棲姫も、横島達のように笑い合う。そして、今よりももっと、ずっと強くなることを誓う。自分達は単なる足手纏いだった。それは事実であるし、覆しようが無い。しかし、それで終わるほど自分達は諦めが悪くない。次は、きっと――――。

 

「ソッチノ艦娘ノ人達モ、マタネー」

 

 レ級は横島達から距離を取って事態を静観していた天龍達に声を掛け、塞がっている手の代わりに尻尾型艤装を振って挨拶をする。始めはその威容に驚いた天龍達であったが、レ級自身の和やかなムードに絆されたのか、最終的には苦笑を浮かべつつも手を振り替えした。

 

「……マタネ」

「……? ――――ッ?」

 

 レ級は小さく、誰にも聞こえぬように天龍へともう一度声を掛ける。天龍は自分を見るレ級の目が気になったのだが、何かを問い掛ける前に、軽い頭痛が走ったことでそれを中断した。

 レ級を見ていると、()()()()()()()()()()()()()()のだが……ともかく、天龍は頭を振り、その違和感を放り出した。

 

「もしまた今回みたいなことに遭遇したら、その時も頼っていいか?」

 

 滅多に無いのであろうが、今回のような事件はきっとこれからも起こるのだろう。その時、横島達が近くにいるのかは定かではない。しかし、もしその時に鉢合わせたら。その時はまた今回のように、手を取り合うのだろう。

 

「エエ、モチロン。ソノ時ハ、()()()()()()()()()()()()()!」

 

 満面の笑みを浮かべた、レ級の言葉。その言葉は、横島にも馴染み深いもので――――。

 

「レ級、お前まさか……?」

「ソレジャ、バイバーイ!!」

 

 答えを聞く前に、レ級は海へと歩き出した。北方棲姫もそれに倣い、レ級へと追いつくためにやや小走りで追いかける。北方棲姫は最後に振り返ると、大きく手を振った。

 

「ソレジャーネ、オ兄チャンニオ姉チャン達! 出来レバ、次ハ()()()()()()()()()ー!」

 

 海を走り、水平線へと消えていくレ級達。それを見送る艦娘達は、それぞれが何かを言う前に横島の元へと集った。

 

「……行っちまったな」

 

 溜め息混じりに呟く天龍。それはその場の皆の心境を表していた。

 

「……まさか、あんな風に友好的な深海棲艦が存在するとは思わなかったね。何か、見分ける方法があればいいんだけど」

「そうですね。不知火も友人になれそうな者を殺したくはないですし」

「言い方が物騒すぎるぅ……」

 

 不知火の言葉に文月が力なく突っ込む。今日一日で様々なことがありすぎたせいで頭が混乱しているのだ。

 そのまま暫し皆で海を眺めていると、結界が解除され、穴だらけになっていた公園内が元の姿を取り戻す。じきに人も入ってくることだろう。

 

「あ、ねーねー司令官。その、ほっぺたの傷は大丈夫なの?」

「ん? ああ、これか」

 

 皐月の指摘に横島は頬に触れる。その傷は深く、大量の血を流して彼の衣服を汚している。横島はニヒルに笑い、指で血を“ピッ”と拭い。

 

「――――めっちゃ痛いぃ……!!」

 

 両目からぼたぼたと涙を流して痛がった。

 

「し、司令かーん!?」

「待っててね司令官! いますぐ治療するわ!!」

 

 そこからはもうてんやわんやである。横島は顔を包帯で覆いつくされ、血塗れとなった服と相まって一人だけハロウィンの仮装をしているかのような姿になってしまった。

 吹雪達も艤装を展開して戦闘をしたせいで服がボロボロになってしまったが、横島が『修繕』の文珠を使用したことで何とかなった。頬の傷も文珠で治せば良かったのだが、服を直すための分でストックが無くなってしまったのだ。余計なことに文珠を使いすぎた結果である。

 

「ん……ん~~~っ!! 今日はもう疲れたし、鎮守府に帰ろうか?」

「さんせーい」

 

 横島は伸びをして身体のコリを解し、皆に問い掛ける。皆も否やはなく、横島の言葉に一も二も無く賛成する。

 皆で連れ立って鎮守府へと帰る道すがら、横島は吹雪に小さな声で謝罪をした。

 

「ごめんな、吹雪。せっかくのデートだってのにこんなことになっちまって」

「いえ、そんな! 今回の事は司令官は悪くありませんよ。最初の方はちゃんとデート出来ましたし、それだけでも私は満足です」

「……そう言ってくれるとありがたいけど」

 

 吹雪は今回のデートが無茶苦茶になってしまってが、それでも満足だった。横島とご飯を食べさせあったり、手を繋いだり、お姫様抱っこをされたり。したい、されたいと考えていたことは一応達成出来ていたからだ。それでも横島は申し訳無さそうな表情を浮かべている。ならば、と吹雪は横島へと耳打ちする。

 

「それじゃあ今度、何かで埋め合わせしてください。……期待してますからね、先輩♪」

「……っ」

 

 照れ臭そうに、しかし楽しそうに先輩と呼んでくる吹雪を見た横島は、顔を赤くする。同じように顔を赤くする吹雪を見て、横島は声にならない声を上げるが……。

 

「……ま、いいか」

 

 そう呟き、横島は空へと息を吐いた。

 

 赤く染まり、やがて暗く変わりゆく街の空。そこに輝く一つの星。その星も、夜になれば孤独ではなくなる。

 一人ぼっちの世界は、終わりを告げた――――。

 

 

 

 

第三十三話

『一人ぼっち』

~了~

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府に帰還した横島は大淀と霞、そして加賀に怒られた。それはもうめっちゃ怒られた。吐きそうになるくらい怒られた。今は扶桑・由良・時雨・磯波・弥生に慰められている。

 扶桑達は泣きじゃくる横島に母性をくすぐられたらしい。

 

響「ゾクゾクゾクッ」興奮

叢雲「ゾクゾクゾクッ」興奮

不知火「ゾクゾクゾクッ」興奮

 

満潮「うわぁ……」ドン引き

 

 

 




お疲れ様でしたー。

レ級はね……はい。私はとあるコラ画像に騙されたクチですので、それを設定に反映させてやりました。実際似てると思うんですがどうでしょう?

実際の力関係はこんな感じ↓

姫級>>>(越えられない壁)>>>天龍≧タ級>>>レ級

北方棲姫はまだ生まれたてで実戦経験もほとんどないという感じでした。成熟したらそれこそ激強です。

艦娘が上の越えられない壁を越えるには改二になる必要があります。言ってしまえばドラゴンボールの超サイヤ人みたいな感じでしょうか。つまり後々……。

次回は鎮守府の日常にするか、深海側の話か、キーやん達の話にするか……全部盛り……? いやいやまさかそんな。


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着任、提督LOVE勢筆頭

お久しぶりです。
詳細は省きますが、実はリアルのほうでかなり大変な目に遭ってしまい、ちょっと大変なことになってました。
それも何とかなったのでこれからは投稿できると思います。
とりあえずは更新しやすいこちらから。

今回は重要な設定をけっこうぶちこんでます。
新たな艦娘も何人か登場しますよ。

それではまたあとがきで。


 

 横島が吹雪とデートに出かけた日から、ゲーム内時間で数日が過ぎた。

 あの日から吹雪は横島と二人っきりになると、少々照れたようにはにかみながら、“先輩”と呼ぶようになった。司令官と部下ではなく、新しい二人の関係を表すその言葉が気に入ったのだろう。

 心なしか、二人の距離が縮んだようにも見え、何人かの艦娘がヤキモキとしている姿が散見される。中には突っ走って「提督! 俺と朝帰りデートしようぜ! たつ(ピー)には内緒な!」や、「司令、今度は私ともデートに行きませんか? ええ、大丈夫です。このしらぬ(ピー)に落ち度はありません。比較的安価で清潔なホテルの下調べは済んでいます」という何とも言いがたいお誘いもあった。(プライバシーに配慮し、一部音声を伏せております)

 しかし、横島はまだ誰のお誘いにも乗っていない。……忙しいのだから当然である。

 艦娘達の練度上げ、海域の攻略、遠征の成否の確認、武器の開発や艦娘の建造、何故か存在している書類の整理、艦娘達への霊能力の指導、那珂のアイドル修行のお手伝い、夜に騒ぎ出す川内etcetc……。

 

「………………………………しんどい」

 

 横島は疲れていた―――。肉体的にではなく、精神的に。驚異の体力を誇る横島でも、精神が疲労してはどうにもならなかった。食堂のテーブルにペッタリと頬を付けてだれている姿は周囲の同情を誘う。どうやらリアルの方でも最近はかなり忙しいらしく、空いた時間にログインして艦娘達に癒されようと思っていたらゲーム内でも仕事に忙殺されたのだ。これには横島の双眸から涙が零れ落ちる。

 流石に今の状態の横島を連れ回して遊ぼうとするような艦娘は一人もいなかった。

 

「提督……大丈夫かなぁ?」

 

 テーブルに突っ伏し、負のオーラを撒き散らす横島を心配げに見つめるのは、つい最近この鎮守府に着任した軽空母『瑞鳳』だ。

 茶色のセミロングヘアーを一房だけポニーテール状に纏め、それを紅白のリボンで縛っており、また同じ柄の鉢巻を額に巻いているのが特徴だ。服装も上はノースリーブの弓道着に振袖を肩口に縫いつけた独特なもの。下は赤に白のラインが入った丈の短いもんぺをはいており、健康的なふとももが眩しく映える。

 どうやら彼女は横島にも好意的なようで、時々彼に対して手作りの玉子焼きを振舞っているようだ。

 

「私や間宮さんの甘味も、人間である提督さんには効果がありませんし……倒れてしまわないか、心配ですね」

 

 瑞鳳の呟きに続くように心配の声を上げたのは、これまた最近になって着任した給糧艦の『伊良湖』である。

 同じ給糧艦の間宮の妹分であるためか、服装は間宮と同じ割烹着。しかし伊良湖はピンクのワイシャツに紺色のネクタイを締めており、スカートもやや短めである。

 髪型は黒の長髪を赤のリボンで留め、ポニーテールにしている。眉の上で切り揃えられた前髪がチャームポイントだろうか。やや幼げな雰囲気の伊良湖に良く似合っている。

 

「体力の回復に必要なのは……やっぱり休息だろうけど……」

「私達に出来ることと言えば、お料理くらいですし……いっぱい食べてもらって、体力をつけてもらうのはどうでしょうか?」

「……うん、いいね。それでいこう。――――というわけで、私は古今東西のありとあらゆる玉子焼きを」

「では私は古今東西のありとあらゆる最中を」

 

 どうしてそんな結論に達してしまうのか。二人とも横島を嫌っているわけではないので嫌がらせというわけではないのだが、これでは胸焼け必至である。

 まだまだ交流が浅いせいか、二人は横島との距離を……というよりは、加減を測りかねているようだ。このままでは横島は二人の善意にお腹を壊してしまうだろう。しかし、横島を救うべく、小さな影が二人の背後より忍び寄っていた。

 

「止めなさい」

「いたっ」

「はうっ」

 

 スパンスパーンといい音を立てて叩かれる瑞鳳達の後頭部。一体何が、と振り返ってみてみれば、そこにいたのは大きなハリセンを肩に担いだ霞の姿があった。

 

「霞ちゃん?」

「もう、何するの?」

 

 伊良湖が目をきょとんとさせ、瑞鳳が不満気に頬を膨らませて霞に文句を言うが、霞はどこ吹く風とばかりに腕を組んで跳ね除ける。

 

「あのね、ただでさえ提督(アイツ)は疲れてるんだから、これ以上負担を増やすような真似をすんなって言ってるの。折角たまの半休の日なのに、パンパンに膨らんだお腹で一日過ごさせる気なの?」

「うっ……」

 

 そう言われてしまえばぐうの音も出ない。二人は自らの考えの至らなさに落ち込むばかりだ。

 

「このハリセンを振るったのが私だったことに感謝しなさいよ? もし万が一まかり間違って電が振るってたら……二人の首が、綺麗にホームランされてたかも知れないんだから」

「ひえぇっ!?」

 

 霞のやけに真実味が篭った脅し文句に、瑞鳳達二人はひしと抱き合う。何しろ二人は先日、電の自主訓練の様子を見てしまったのだ。

 百を越える風を切る音。変幻自在にその動きを変える錨の軌道。たまたま訓練に付き合っていた響が投げた砲丸を打ち、水平線の向こうに轟音と大きな水柱を立てるその威容。

 

「こ、今後は気を付けます~……」

「ええ、是非そうしてちょうだい」

 

 がたがたと震えながら応える二人の前を通り、霞は席に座る。長い長い溜め息を吐き、背もたれに身体を預ける姿は伊良湖に違和感を齎していた。

 

「あれ、霞ちゃん随分と疲れてるみたいだね」

「ん……ええ、まあね」

 

 席に着いてからは返事をするのも面倒臭そうにしている。両手をだらんと下げ、天井をぼーっと見上げながら口を開けている姿はおよそ普段の霞からは想像出来ない。

 

「ちょっとちょっと、どうしちゃったの? 霞ちゃんがそんな風になるなんて珍しいってレベルじゃないよ?」

「あー……実は、今艦隊指揮の勉強中なのよ」

 

 そうして霞が語ったのは、この鎮守府の運営の仕方についてだった。

 この鎮守府の司令官は言わずもがな横島だ。現在、横島が一人で第一艦隊~第三艦隊の戦闘指揮を執っており、更には他の仕事をしながら遠征についても横島が様々な指示を出している。簡単に言えば横島に負担が掛かりすぎているのだ。

 そこで大淀が考えたのが、第二艦隊、第三艦隊、遠征の指揮を他の者が担当するというもの。横島が明石に端末を量産してもらった背景にはそういう事情があったのだ。

 とりあえず実際にやってみよう、というわけで第二艦隊を大淀が、第三艦隊を霞が実験的に指揮している。勿論これはまだまだ実験段階なので攻略する海域は比較的安全な鎮守府前海域なのだが、これに思った以上の心労を感じているのだ。

 

「いや、最初は提督を軟弱者とか思ってたけど、実際に自分の指揮がみんなの命を左右するとなったら本当にしんどくて。提督が胃を痛めるのもよくわかるわー……」

 

 その言葉と同時、霞は横島のようにテーブルに突っ伏す。それなりの時を共に過ごし、やや行動が横島に染まりつつあるのかもしれない。

 

「そっかー……みんな色々と大変なんだね」

 

 霞の話を聞き、瑞鳳は気合を入れなおす。このままではいられない。練度を上げて立派な戦力となり、横島に楽をさせてあげなければと決意を新たにする。

 伊良湖もむんと全身に力を込め、みんなを凄くキラキラさせるのだ、と目標を掲げる。随分と大雑把な目標ではあるが、彼女には彼女なりの哲学が存在している。心配する必要はない。

 

「……ところで、既に演習が実装されているはずなのに、何で演習をしないの?」

「ああ、それは先方さんにちょっとトラブルがあったみたいで」

「……先方さん? トラブル?」

 

 演習が実装されたことは、伊良湖の着任と共に家須達から通達があった。しかし、提督の一人から()()()()()()()()()()()()という理由で演習の日程を変更してほしいと打診されたのだという。

 他の四人の提督達――――通称“お猿”、“蝶の嬢ちゃん”、“大尉”、“お目々”はそれを了承。

 

「だから、そのトラブってる提督さんの準備が完了し次第、ウチの鎮守府にやってくるみたいよ」

「ほわー」

「何か、猿とか蝶とかお目々とか、気になるワードがいっぱいだね。まともそうなのは大尉さんくらい……? っていうか、本物の軍人なの?」

「聞いたところによれば、()()()()()()()()()()らしいわよ。実際の階級は大尉じゃないらしいけどね。何か大きな手柄を立てたとかで」

「へー……え、神様?」

 

 霞もやや回復してきたのか、二人の話に付き合ってやる。やはりこういった会話は癒しとなっているのか、先程よりも幾分か顔から険しさはなくなっていた。

 ――――と、霞達が談笑に花を咲かせていると、横島が徐に立ち上がり、首の骨をゴキゴキと鳴らしながら出口へと歩き出した。その傍らには睦月と白露。この二人は今日の建造のお手伝いさんだ。

 

「あれ、もしかして提督も工廠に来るの?」

「おお。部屋でゆっくりすんのもいいんだが、何か工廠って好きなんだよなー。男の浪漫に溢れてるっていうか」

「全然分かんないにゃぁ……」

 

 談笑しながらも、ゆっくりと移動する三人。それを眺める霞はまたも大きく長い溜め息を吐いた。

 

「……提督(アイツ)、自分から疲れに行ってどうすんのよ」

「あははー……」

「……でも、ああいうのも素敵だと思いますけど」

「体調管理がしっかりしてたらね」

 

 伊良湖のフォローも素気無(すげな)く粉砕。霞はもう知らんとばかりにテーブルに突っ伏すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだまだ続くよ!! 今度は工廠の様子にゃしい!!」

「っ!?」

「ど、どうした睦月? 何を言ってるんだ?」

「だって煩悩日和にまともに登場したのって今回が初だから……許してにゃ?」

「分かるよー。うん、分かる」

 

 彼女は吹雪の親友、睦月型駆逐艦一番艦『睦月』。弥生や皐月達のお姉さんだ。今まで名前は出ても台詞もなければ姿も描写されないままだったので、少々テンションが高くなっているようだ。そんな睦月に共感したのか、白露もしきりに頷いている。白露も出番は少ない……目指せ、エコヒイキ。

 

「とりあえず開発と一発目の建造やっとくかー」

 

 横島は共に最低値で開発と建造を行う。出来たのは魚雷、建造されたのは電の艦娘カードである。

 

「おし、これで電のイナズマ・ホームランがまたパワーアップするな」

「頼もしいやら恐ろしいやら……」

「最近は色々と研究してるみたいにゃしぃ。手首の返しがどうとか……」

 

 物理最強を誇る電のイナズマ・ホームラン。ただでさえ強力なそれが更にパワーアップすれば、それはもう頼もしい武器になるに違いない。「はわわ」「はにゃー」などと言いながら敵の頭部をホームランしていく電の姿……。それが頭を過ぎった二人は身体をぶるりと震わせる。まさにこの世ならざる光景といえよう。

 

「それはともかく、早く建造を済ませちゃうにゃ」

「そうだねー。あんまり長くここにいても明石さんや妖精さん達の邪魔になっちゃうしね」

 

 二人はてきぱきと機材を操作し、まずは開発を終える。あまり大した装備は造れなかったが、新人達の教練には丁度良いだろう。そして、遂に本命の建造の時間である。

 

「とりあえずはレア艦レシピを試してみようかにゃー?」

「重巡も出るし、それが良いかもね」

「重巡かー。確か、第四艦隊を開放する条件の一つに妙高型を揃えるってのがあるんだよな」

 

 現在開放されている艦隊は第三艦隊までである。一先ず鎮守府の運営は何とかなっているが、これから先更に戦艦や空母が増えれば資材が足りなくなるのは目に見えている。出来れば、早々に開放してしまいたいと考えるのは自然なことだろう。

 

「そんなわけで妖精さん達、お願い!」

「重巡洋艦カモンにゃしい!」

「ナイスバディのお姉様よ来たれ……!!」

 

 三人の気合と期待の篭った声が響く。一人おかしいような気がするが、それは気のせいである。何故ならこの鎮守府ではいつものことだからね。

 さて、そんな三人の願いの結果は……?

 

『01:00:00』『01:00:00』

 

「んー……軽巡……かな?」

「軽巡……ぽいね」

「軽巡かにゃ」

 

 結果は二つとも一時間。今までの経験から言えば、これは軽巡洋艦娘が建造される時間だ。未だ駆逐艦が多い横島鎮守府では軽巡も貴重な戦力であるのだが、期待していた分やや拍子抜けといったところ。

 

「ま、しゃーない。切り替えていこう。とりあえずはみんながいっぱい集めてきてくれた高速建造材で一気に終わらせようか」

「りょうかーい」

「もっと燃えるがいいにゃ!」

 

 今日も嬉々として高速建造材という名の火炎放射器でヒャッハー! する妖精さん達。いい気分転換、あるいはストレスの発散になっているのかもしれない。

 やがてツヤツヤとして帰っていく妖精さんと、ゆっくりと開かれるドック。煙の立ちこむそこから覗くシルエットは、二つともよく似通っていた。右腕に艤装が集中しているのか、大きく無骨な印象を受ける。左肩に見えるのは主砲だろうか。一人は恐らく背中側から、もう一人は肩の甲板と思しき艤装に付属しているらしい。

 

 ――――煙が晴れる。そこにいたのは横島と同年代の二人の美少女。おへそが丸出しのセーラー服を身に纏った、駆逐艦娘でも、軽巡洋艦娘でもない艦娘。

 

「古鷹といいます。重巡洋艦の良いところ――――」

「加古ってんだー。よろ――――」

 

 二人はまだお互いの存在に気付いていないのか、同時に話しはじめる。このままでは何を言っているのか聞き取れないところだが、今この場にいる一人の少年はそうはならなかった。

 

「ぢょぉしこおせええええええええええええっっっ!!!!!」

「――――ッ!!?」

「――――ッ!!?」

 

 横島の身体から猛烈な勢いで霊波が吹き荒れる。そのお陰で横島の周囲にいる女の子四人のスカートがめくれ上がり、その中身が露となってしまった。……肝心な横島は喜びのあまり天を仰いでいたのでそれを見ることは叶わなかったが。しかし横島はそれに気付かず歓喜の涙を流す。だって美少女だもの。同年代くらいの美少女だもの。

 ……さて、ここまでくればお分かりだろう。横島は二人の話を聞き取れないのではない。そもそも聞いていなかったのだ。

 

「古鷹さんと加古さん……ということは……!!」

「重巡洋艦……!! ついに来たにゃ!!」

 

 スカートがめくれたことによる羞恥で顔を真っ赤にしている二人だが、それでも二人の建造に成功したことによってそれを忘れるくらいにテンションが上がる。

 重巡洋艦。横島鎮守府に存在しなかった、新たな艦種。攻防力が高く、能力値のバランスも良い。装備を変更するだけで様々な作戦に対応可能と、中々に優秀な艦種だ。夜戦になれば火力も高まり、回避も駆逐艦並みになる。

 そんな重巡洋艦の美少女(しかも同年代)が、二人も建造されたのだ。これで横島が喜ばないわけがない。

 

「な、何だったんだ今の風……?」

「何か、目の前の男性が光ったような――――って、あれ? 加古……?」

「あん? ……古鷹ぁっ!?」

 

 古鷹達二人は突然光り輝き暴風を齎した目の前の男――――即ち横島に対して訝しげな視線を寄越すが、その際についにお互いの存在に気が付き、驚きながらも旧交を温める。久々に会った姉妹艦だ。二人の顔には笑顔の花が咲く。

 それをずっと眺めていても良かったのだがしかし、いつまでもそうしているわけにもいかない。横島は一通り歓喜に震えた後、睦月達に一つの確認を取る。

 

「なあ、白露、睦月」

「ん?」

「なに?」

「あの二人は重巡洋艦なんだよな?」

「そうだよ」

「重巡にゃ」

「そうか……」

 

 横島は二人の言葉にうんうんと頷き、そして二人の肩に手を置いて自分の方へと引き寄せる。いきなりの行動に顔を赤らめる二人。しかしそれも次の横島の言葉にそんな照れは吹き飛んでしまう。

 

「よくやった。今度間宮と伊良湖ちゃんに頼んで、好きなだけスイーツ食わせてやるよ」

「ほんとに!?」

「おおお、あまりにも太っ腹!! 睦月感激ぃ!!」

 

 お目当ての妙高型ではなかったが、それでも初の重巡洋艦だ。横島は嬉しさのあまり財布の紐を緩めてしまう。当然二人だけで済むはずがないのだが……それはまた、別の話。

 

 横島は睦月達との会話に一段落つけると、今度は古鷹達へと近付いていった。

 

「あー、何か再会を喜んでるとこ悪い。俺はこの鎮守府の司令官の横島だ。よろしく」

「あ、すいません挨拶もせずに! 私は古鷹型重巡洋艦一番艦“古鷹”といいます! こちらは妹の“加古”です」

「んあー、よろしくー」

 

 今まで結果的に自分達の司令官を無視していたためか、恐縮しきった様子で頭を下げる古鷹に、特に気にした様子もなく眠そうな顔と声で緩い挨拶を寄越す加古。実に対照的な姉妹だ。加古の挨拶に怒った古鷹が加古を叱りつけるも、やはり加古はそれも面倒臭そうに受け流している。姉妹仲は良さそうなのだが、それでも衝突することはあるのだろう。

 

「はいはい、ケンカするんじゃねーぞ? 工廠の中で暴れられたら堪ったもんじゃねーからな」

「すいませんっ! すいませんっ!」

「あー、ごめん……」

 

 流石の加古もそういった危険性は理解しているらしく、言葉は軽いながらもきちんと頭を下げて謝った。色々と面倒そうに……あるいは眠たそうにしているが、やはり根っこの部分は良い子らしく、素直に謝れる美徳も有しているらしい。

 

「それはそうと、二人とも重巡洋艦なんだよな?」

「おう、そうだぜー」

「はい。私達は小型で旧式なのですが、それでも充分な戦力として戦えます。何かお困りの時はお声を掛けてくださいね」

 

 横島を真っ直ぐに見つめる古鷹の瞳。『小型で旧式』と謙遜の言葉を発しているが、その癖彼女から溢れるのは自分の……自分達の力に対する自信だ。しかし、それは過信ではない。自分達の力に誇りを持っているからこその確信の言葉だ。

 

「……そうか。うちの鎮守府では二人が初めての重巡だからな。これから頼りにさせてもらうぜ」

「はいっ! 私達が初の重巡洋艦ならば尚のことです。提督に重巡洋艦の良い所を知ってもらうためにも頑張ります!」

 

 交わされる視線。柔らかな微笑みと、力強い微笑み。横島は一つ頷くと、古鷹と加古の肩に手を掛ける。

 

「ところで、あっちに静かで邪魔が入らない秘密の部屋があるんだが。そこで重巡洋艦について()()と教えてほしいんだ……」

「はい、お任せください! 重巡洋艦(わたしたち)の良い所、いっぱいお見せしちゃいますね!」

「……そこにベッドかお布団ある? あったらちょっとだけ寝かせて……」

 

 最初の雄叫び以降横島が大人しかったのはこの時を待っていたからだ。言葉巧み(?)に女の子を誘い出し、密室で三人だけになったところを一発!! という作戦だったようだ。横島のせいか、古鷹達の台詞まで何だか妖しい意味を秘めているように聞こえてしまう。……まあ、当然古鷹達以外にも人がいる時点で成功するはずもないが。

 

「そーいうのは駄目だよ提督ー!」

「吹雪ちゃんの親友としてそういうのは見過ごせんにゃー!」

「な なにをする きさまらー!」

 

 横島の邪な企みに気付いた白露達の手によって、古鷹と加古を横島から引き剥がす。そしてそこに響く何者かの走り寄って来る足音。その足音に覚えがある横島は工廠の入り口へと振り返る。そうして目に入った光景は――――自分に向かって回転しながら伸びる、何者かの脚、その先の白いパンツ、さらにその先のおへそ!!

 

「早速何やってんのよアンタはー!! 叢雲錐揉脚ー!!」

「ぐわあああーーーーーー!!?」

 

 繰り出されたのは心臓目掛けて放たれる回転ドロップキック。服装が相変わらずいつもの制服なのでパンツもおへそも丸見えだ。それに目が釘付けになった横島に回避出来るはずもなく、横島はまともに蹴りを食らい、工廠の奥へと吹っ飛んだ。ちなみに今回は単なるツッコミシーンなので機材その他には何の被害もなかったことをここに記載しておく。

 

「お、おいおい提督が吹っ飛んだぞ!?」

「叢雲ちゃん、何を……!?」

 

 叢雲のツッコミ(ドツキ)はやはり初見の者には色々と危険なものに映るようで、古鷹達もすわ反逆かと危機感を煽られる。そこに現れるのは吹雪と天龍……つまりはいつものメンバーだ。食堂で霞から横島が工廠に向かったのを教えられたのだ。

 

「あー、大丈夫大丈夫。これはいつものことだから」

「まあいつものことになってるのが異常と言えば異常なんですけどね」

「え……って、天龍さんに吹雪ちゃん!」

「よう、重巡(おまえら)も建造されたんだな」

「えへへ、着任を歓迎します」

「お、おう、ありがとう……」

 

 二人は古鷹達に歓迎の言葉を掛け、この鎮守府がどういった所なのかを簡単に説明する。簡単な人間関係や横島についてだ。吹雪達が説明をしている最中、横島と叢雲は口喧嘩を始める。

 

「いきなり何すんだお前は!!」

「うっさいわね! アンタがあの二人に変なことしようとするからでしょうが!!」

「あの二人は美少女女子高生なんだから仕方ねーだろーが!!」

「仕方なくはないでしょ!! 第一――――美少女なら今もアンタの目の前にいるじゃないの!!」

「そりゃ確かに叢雲は美少女だけども……!!」

 

 説明が終わり、横島達の口喧嘩を眺める皆の目が、やや生温かさを帯びる。

 

「……あの二人、付き合ってんの?」

「いえ、そういう関係ではないんですが……」

 

 加古の質問に、吹雪も困ったように笑みを浮かべながら曖昧に返す。自分の妹の色々と素直じゃない――ある意味では素直――な態度に、苦笑を禁じえない。

 

「いやまあ、提督は自分と同年代か年上の女が好みみたいでな? 特に胸とかがでかかったりするのが良いらしい。――――この俺みたいにな」

「え、ええ……っ!?」

 

 天龍さん、受け入れ態勢バッチリなのっ!!? という古鷹の驚きの声が上がる。吹雪は吹雪でドヤ顔を浮かべる天龍を頬を膨らませて不満気に見やる。デート第一号は自分であるが、決定打に欠けているのは自覚しているのだ。姉妹艦のこともあることだし。

 

「つーか叢雲、お前その服装でああいう技は止めたほうがいいぞ。時々飛び蹴りかましてくっけど、その度にいつもパンツ丸見えだからな?」

「んなっ!?」

「はっは~ん、それとも何か? 俺に見せ付けてんのか? つまり誘ってたり?」

「あ、あああああアンタ、調子に乗ってんじゃ……!!」

「最近間宮達のご飯食べてるせいか、叢雲(おまえ)も以前みたいに痩せぎすな感じじゃなくて、年相応の女の子らしい丸みが付いてきたしさ。しかも色々と育ってきてるせいか、けっこうむっちりとした感触になってるんだよ。やっぱりそういう風に身体が成長してきてるといくら年下とは言っても年齢は近いわけじゃんか? そうなるとやっぱり超人プロレス技を掛けられたりして身体が密着すると、けっこうドキドキするもんなんだよ。チチとかフトモモが触れると特に。男はいつも切羽詰ってるようなもんなんだぞ? そんな男に身体押し付けて密着してくるとか、そりゃもう誘ってるようなもんじゃんか。それをいつも仕掛けてくるとか――――お前は俺に惚れとったんか?」

「長々と喋った上の結論がそれかー! 叢雲圧搾機ーーーーーー!!」

「おああああああーーー!? だ、だからそういうのが……!! あああ全身痛いけど背中と脚に幸せな感触が……!!」

 

 叢雲は横島を背後から羽交い絞めにし、自分の脚を横島の脚に絡ませる。その顔は怒りかはたまた別の感情でか、真っ赤に染まっていた。二人の戯れ(意味深)を見る古鷹と加古は、次に吹雪と天龍に視線を移す。二人は速攻で目を逸らした。

 やがて満足したのか叢雲は横島を開放し、首根っこを掴んで引き摺りながら皆の下へと戻る。一体何に満足したのかは不明であるが、とりあえず未だ顔に赤みは帯びているが心身共にモヤモヤ(意味深)は解消されたようだ。

 

「……何よ?」

「いや、別に」

 

 自分を見る皆の目が生温かいのが気になる叢雲だが、今はそれを放っておいて遅れながらも古鷹達と挨拶を交わす。

 

「ふう……恥ずかしいところを見られちゃったけど、二人が来てくれて心強いわ。これからよろしくね」

「え、ええ。はい。……よろしく、叢雲ちゃん」

「あー……よろしくな?」

「……?」

 

 どうにも歯切れが良くない二人に疑問を覚える叢雲であるが、自分がしたことをよく思い返してもらいたいものである。

 

「……あ、そういえばまだ建造の途中なんだった」

 

 ここで思い出したように白露が任務が途中であることを話す。建造任務は二回に分かれており、それぞれ建造を一回と三回行うことで達成となる。今は二回目であり、最後の建造が控えている。

 

「あー、そうだったにゃ。吹雪ちゃん吹雪ちゃん、最後はどうする?」

「うーん、最近みんなが頑張ってくれてるから資材はまだまだ余裕があるし、多めに使っちゃってもいいんだけど……」

 

 吹雪は睦月の言葉に端末を操作し、現在の資材を確認する。潤沢、とまではいかないが、戦艦レシピや空母レシピを数回試しても大丈夫なくらいには潤っている。横島の判断を仰ぎたい所だ。

 

「それなら戦艦レシピを試してみるか? 確か重巡も出やすいみたいだし、戦艦が出ても問題ないしな」

「うわあっ!? もう復活した!?」

 

 いつの間にか吹雪の横で端末を覗き込んでいた横島に加古が驚きの声を上げる。こんなことで驚いていてはこれから先苦労するぞ。ちなみに吹雪は横島の顔が近いので頬を赤く染めていたりする。

 

「そんじゃあ資材は400/100/600/30で、っと」

 

 横島は吹雪が持つ端末を横から操作し、建造を開始する。より横島の身体が密着するので吹雪としては恥ずかしいやら嬉しいやら。睦月はそんな吹雪をにやにやと見つめ、天龍は「俺も何か考えといたほうがいいか」と思考を巡らせる。叢雲はつんと横を向いていながらもチラチラと横島達の様子を盗み見ているようだ。

 

「……何か、凄い複雑な人間関係が築かれてそう……」

「……早くお布団に入って寝てしまいたい……」

 

 新参の古鷹達二人は微妙な空気が蔓延するこの空間に疲れを見せ、現実逃避を始める。そんなことではこれから先苦労するぞ。

 

「建造時間は――――おっ?」

 

 端末に表示された建造時間は『04:00:00』――――戦艦の建造時間だ。

 

「これは……戦艦ですね!」

「ついに扶桑に続いて二人目か?」

 

 一時期は駆逐艦しか建造されなかった横島鎮守府も、今では空母や戦艦も建造されるようになった。一番騒ぎそうな横島は吹雪の横で地面に跪き、神に感謝を捧げている。それを見る叢雲の目はとても冷たい。

 

「みんながいることだし、高速建造材の出番かなー? ふっふふ、今夜はパーティーだぜ」

 

 妖精さんが「Let's Party!!」と叫んで火炎放射。妖精さんにとって誰かの独り言を盗み聞くなど容易いことなのだ。

 火炎放射が終わり、ドックが開く。両サイドにシニヨンを結った茶のロングヘアー、巫女装束を改造し、西洋風の意匠を取り入れた衣服。戦艦娘特有の巨大な艤装。そして何より横島よりも年上でスタイルも良い、美人なお姉さん――――それが彼女、金剛型戦艦一番艦。

 

「英こ――――」

建造される(うまれる)前から愛してました」

「――――what's!?」

 

 いつの間にか金剛の前に移動し、金剛の両手を握っている横島。吹雪・天龍・白露・睦月は「まあ、そうなるな」と諦めた風にやや遠い目で微笑んでいるが、叢雲は柳眉を逆立て、古鷹と加古は横島の瞬間移動に驚愕の表情を浮かべる。そんなことでは(以下略)だ。

 

「はいはい、こっちこっち」

「いだだだだだだだ!? 耳を、耳を引っ張るなあああああああ!!」

 

 結局横島は叢雲に耳を引っ張られながら金剛から引き剥がされ、正座でお説教だ。代わりに吹雪、天龍が金剛への対応へと向かう。

 

「あー、着任早々悪いな、金剛。提督にも悪気はねーんだよ」

「そうなんです。ただ、美人を見ると見境なく口説きに掛かるだけですので……」

「oh……そうなのデスか。でも私は気にしていまセーン! ああいう情熱的なところはむしろ好ま――――……っ?」

 

 不意に言葉を詰まらせる金剛に、吹雪達は疑問符を浮かべる。

 

 

 

 

 ――――記憶にノイズが走る。

 

 ただ一人海を走っていた。大切な誰かを探していた。仲間は全て失った。自身の身体も朽ちていた。

 

 

 

 

「……っう、ん……!?」

「お、おい金剛!?」

「金剛さん!? どうしたんですかっ!?」

 

 頭に鋭い痛みが走り、金剛は頭を抱えて膝をつく。吹雪達の声も聞こえない。金剛は激しい痛みの中、()()()()()()()()()()()()()()()()のだと直感的に理解出来た。

 

 

 

 

 海の底へと沈んでいく。自らの意識が塗り替えられていく。今までの自分とは違う、別の何かへと変わっていく。

 ――――それでも、心に残るのは一つだけ。

 

 

 

 

 

「ちょっとアンタ、金剛に何やったの!?」

「ななな何もしてないっ!! ただ手を握っただけで……!?」

「じゃあ何よ、金剛は生理的にアンタを受け付けなかったとかそういう――――それはそれでムカつくわね」

「そんなことより明石さんを……ていうか何で明石さんいないの!?」

「明石さんならお昼ご飯に行ってるって妖精さんが言ってるにゃ!!」

「ああもう、そんなんだから出番が少ないのよあの人はーーーーーー!!」

 

 突然の事態に横島含め、艦娘達はパニックへと陥る。さりげなく明石へのディスも混じりだすくらいには冷静さを欠いているほどだ。

 

 

 

 

 

 

 ――――ひたすらに海を走り続けた。障害が現れることもあったが、それら全てを払いのけた。ただ、心に残っている唯一のものを求めて、彷徨い続けた。

 それはやがて、一つの終わりへと辿り着く。もはや心の中の()()は磨耗し、それがどんなものだったのかも忘れかけていた。それでもただ求め、新たな障害を打ち砕かんとした時――――自分は、敗れ去ったのだ。

 身体を打ち据えられ、爆発と爆炎に身体を焼かれ、既に消えかけていた意識も消滅寸前だ。それでも――――それでも何かを求め伸ばした手は空を切り。そして――――

 

 

 

 

 

 

 “――――ここにいるぞ”

 

 それは。

 

 “――――お前の提督は、ここにいる”

 

 ああ、それは。

 

 

 

 

 ――――ずっとずっと、捜し求めていたものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「金剛さん、大丈夫ですか!? 金剛さん!?」

「ん、ん……、Yes。大丈夫デース。ちょっと頭が痛かっただけナノデー……」

「ちょっとって感じじゃなかったみてーだが……本当に大丈夫なのか?」

 

 金剛はまだ少し痛む頭を押さえながら、長い息を吐きつつゆっくりと立ち上がる。心配の声を掛けてくれる吹雪と天龍に笑顔を見せ、大丈夫だと言う。顔色も悪くないことは確認できた吹雪達だが、それでも心配なのは心配だ。そんな心配をよそに、金剛は遠巻きに自分を見ていた横島達へと歩み寄る。

 

「えーっと、金剛さん、だっけ。大丈夫なのか? 念のため明石に精密検査をしてもらった方がいいんじゃ……?」

「問題Nothing!! No problemネー!!」

「そ、そうか? でも一応明石に話は通しておくから、検査は受けてくれよ?」

「了解デース! ふふっ、提督は優しいデスネー……」

「んん……?」

 

 金剛の何やら高めのテンションや、横島を見る目の色に疑問を浮かべる叢雲。他の皆も金剛の横島へのやけに親しげな態度に疑問を持つが、ここで二人を離しておけば()()()()()にはならなかっただろう。

 

「ところで提督ぅー、さっきの愛の告白についてデスガー……」

「いやーあれは金剛さんがあまりにも美人だったからつい! 美女美少女は口説かなければ失礼にあたるし!」

「どんな言い訳よ」

 

 下から覗き込むようにして見つめてくる金剛に対し、横島は汗だらだらで目を逸らしてよくわからない言い訳をする。叢雲がジト目で横島を見やるが、金剛は対照的に微笑みを浮かべる。

 

「ひとまず、お答えしますネー?」

「ええ!? ふ、フラれる心の準備が……!?」

 

 金剛は慌てる横島の懐に入り込み、その両頬に優しく手を添える。

 

「ぅえ?」

「――――I loved from before birth,too(わたしも、うまれるまえからあいしてました)

「え――――んんっ!!?」

「んなぁっ!!!!!?」

 

 金剛が軽く背伸びをし、横島の唇に自らの唇を重ね合わせる。このいきなりの事態に横島は何も抵抗出来ず、周りの艦娘も金剛の大胆な行動に驚き、身を固めてしまう。その間も金剛は横島への攻めの手を緩めはしなかった。

 

「ん、むっ……む、ぢゅ、るる!?」

 

 横島の咥内に、金剛の舌が進入してくる。横島の唇と歯をこじ開け、舌を絡める。金剛の舌は長めなのか、舌を絡めるだけでなく横島の歯茎や歯の裏側、口蓋にも舌を這わせ、舌を吸い、横島の唾液を吸い、自らの唾液と交換する。

 頬に添えていた両手も今では腰に回され、全身を押し付けるようにして密着させる。とても濃厚なディープキス――英国風に言うならばフレンチキス――である。

 横島は金剛から齎される快感になすがままになっている。いつまでも続いてほしい……そう横島が望んでしまうのも無理はなからぬことだ。しかし、そういったものはいつも唐突に終わりを告げる。

 

「――――何をやってんのよ金剛おおおおおぉぉぉーーーーーー!!!」

「Oh!?」

 

 叢雲が金剛から横島を一本釣りにしたのだ。シュポーンと抜き取られた横島はその勢いのままべしゃっと地面に叩きつけられる。横島の事なので心配は無用だろうが、とても痛そうだ。

 

「ちょっと司令官!! アンタも何されるがままに――――これは!?」

「し、司令官の瞳に――――Hな漫画みたいにハートマークが浮かんでる……!!」

 

 何故Hな漫画のネタを知っているのかというツッコミは置いておこう。横島の痴態(?)を見た何人かの艦娘がちょっとだけ興奮したという隠された事実も今は置いておこう。問題は敵意むき出しで天龍が金剛に向かっていったことだ。

 

「テメェ……!! 提督に何してやがんだコラ……!! 俺だってまだしたことねーんだぞ!!」

 

 ……その怒りの矛先はどこかずれていたようだが。天龍の怒気を向けられた金剛は余裕そうに互いの唾液で汚れた口元をハンカチで拭っている。その姿は天龍を苛立たせるには充分なポーズだ。

 

「ふふふ。私よりも先に着任していながら、提督と距離を縮めることが出来なかった己の未熟さを嘆くのデスネー」

「あんだとぉっ!?」

 

 天龍の額にビキビキと井桁が形成される。修羅場の完成だ。天龍の後ろには怒りによってか髪が逆立つかのようにゆらゆらと揺らめいている叢雲と、涙目で金剛を睨みつける吹雪がいる。三対一の状況……それでも尚金剛は余裕を崩さない。

 

「それにしてもー……天龍サンがそれほど悔しがるとは、私の溜飲も下がるってものデス」

「あ? そりゃどういう……」

()()()()()()()()()()()()()……とても痛かったデスから」

「……何だと? 俺がいつお前をぶん殴ったってんだよ?」

 

 金剛は自らの頬を擦り、拗ねたような顔で()()()()()()()()()()()。当然名指しされた天龍にも、他の皆にも金剛の言葉の意味が分からない。

 金剛は天龍達の様子を見て、まだ気付かないことに悪戯な笑顔を浮かべる。

 

「まだ気付きませんカー? ――――()()()()、分かりますよネ?」

「――――テメェ、まさか……!?」

 

 金剛は全身から霊波を放つ。それは天龍や加賀と同じ、二色の霊波。その色は――――()()()()。ここにきて吹雪も理解した。この色、この霊波の感触。金剛は――――。

 

「金剛さん、貴女は……!!」

 

 金剛は大きく頷く。

 

「Yes! that's right! 私は()()()()()!! ()()()()()()()()()()()()()()()()()のがこの私、金剛デース!!」

 

 その力強く、自信満々な宣言は工廠に響き渡り――――

 

「な、何だってーーーーーー!!?」

 

 ――――その残響をかき消すほどの驚愕の叫びが、工廠を震わせるのだった。

 

 

 

 

第三十四話

『着任、提督LOVE勢筆頭』

~了~

 

 

 




お疲れ様でした。

本当は深海棲艦サイドの話も入れたかったけど、長くなるのでカットしました。
ヲ級ちゃん達はまた次回以降ですね。

さて、今回金剛が着任しましたが、彼女の英語はG〇〇gle翻訳に頼っていますので、文法がおかしくてもそれは私が悪いのではなくG○○gle翻訳が(ry

ちなみにですが私の初重巡は加古でした。(多分)
加古いいですよね……。

それはそうと睦月のキャラが掴めません。とりあえず『テンションが高い多摩』みたいな感じにしてますが……うーん、違和感




叢雲もバレンタインの限定グラで瞳にハートマークが浮かんでましたよね……あれはとてもいい文明

それではまた次回。


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超えちゃいけないライン

お待たせいたしました。

今回は金剛さんについてのあれやこれやです。
金剛はどう活躍するのか? 古鷹と加古は活躍するのか? そもそも出番はあるのか?

……好きなんですけどね、あの二人。


 

 工廠の中は混乱に包まれていた。

 新たに建造された金剛による横島へのディープなキスに加え、更には自分が深海棲艦の生まれ変わりであることをカミングアウトしたことによる結果だ。そのせいで先に建造された古鷹と加古の存在が霞んでしまったが、是非もないネ!

 

「深海棲艦……生まれ変わり……?」

「あの時のタ級だと……?」

 

 突然の事に周囲がざわつく中、吹雪と天龍の警戒が跳ね上がる。

 タ級の実力は恐ろしいものだった。何せ霊力量で言えばこの場の誰よりも膨大であり、()()()()()()()()()()()()()()()()()。艦娘に生まれ変わったとはいえ、“元深海棲艦”という経歴は無視できるものではない。

 警戒と不審が場を支配していく中、そこにパンパンとやや気が抜けるような乾いた音が響く。仰向けに倒れていた横島が手を打ち鳴らしているのだ。

 

「司令官……」

 

 皆の注目を集めた横島はひょい、と軽くネックスプリングで跳ね起きる。背中の埃をはたき落しながら、横島は皆に声を掛ける。

 

「はいはい、色々と警戒するのは分かるが落ち着け。工廠の奥にみんなが入れるぐらいの部屋があるから、そこで金剛さんから話を聞こう」

「いや、でも……!」

「これは命令だからな。……大丈夫だよ、二人が思ってる様な事にはならねえって……多分」

「そこは言い切ってくださいよ!?」

 

 自信たっぷりに不安げなことを言う横島に吹雪からツッコミが入る。とにかく皆に部屋に移動するように促す横島だが、吹雪には他の秘書艦達を放送で呼び出すように言いつける。

 

「この工廠に大淀と明石、それから霞と……」

「……?」

 

 しかし、言葉の途中で言いよどむ。それは何事かを真剣に考え込んでいるようであり、何かを迷っているようだった。

 

「……呼んどいた方がいいかな……? すまん、あと加賀さんも一緒に呼んでくれ」

「え、加賀さんもですか……? ……いえ、はい。了解しました」

「んじゃ、俺達は部屋で待ってるからな。頼んだぞ」

 

 いまいち横島の意図が読めない吹雪は他の秘書艦達と共に加賀を呼び出すことに疑問を覚えるが、すぐにきっと何か必要なことなのだろうと頭を切り替え、工廠から出る際に横島からぽんぽんと軽く撫でられた頭を擦りながら、吹雪は小走りで放送室へと向かう。

 

 それから数分。吹雪が大淀達と共に工廠奥の部屋に到着した。何やら部屋の中が騒がしくなっているが、何か問題が発生したのだろうか? 吹雪は嫌な想像が膨らむのを止められず、慌てて扉を開ける。

 

「司令官! 一体何があったんで――――」

「その手を離しなサーイ叢雲!! 提督が痛がっているデショウ!?」

「離すのはアンタよ金剛!! 司令官をアンタの傍に置いておけるかってのよ!!」

「あああああああああ!!? 両手に……!! 両手に激痛と幸せな感触があああああ!!?」

「――――何があったんですかーーー!!?」

 

 吹雪の目に入ってきた光景は、横島の腕を引っ張り合う金剛と叢雲の姿。お互い腕を胸に抱きかかえているので、確かに幸せな感触を味わえているのだろう。関節も逆に極まっているのであるが、それはきっと些細なことだ。

 ちなみに天龍は叢雲の応援をしている。自分が参戦したら金剛と壮絶な殴り合いに発展するだろうと予測したためだ。その程度の冷静さは何とか残っていたらしい。

 

「……何があったのか知らないけど、いい加減にしなさいな二人とも!!!」

 

 その後、霞にめちゃくちゃ怒られた。

 

「大丈夫ですか、司令官?」

「あ、ああ……。大丈夫だよ吹雪。正直折れるかと思ったけど」

 

 腕を組んで仁王立ちする霞の前で正座する金剛と叢雲を尻目に、吹雪は横島の腕の具合を確かめる。ぷらぷらと両腕を振る横島は二人から解放されたからか長い溜め息を吐く。

 

「感覚とか大丈夫ですか?」

「おう、問題ない。金剛さんのは見た目通り大きくて柔らかくて、谷間に挟まれた腕はぎゅっと両側から圧迫されてな。柔らかいながらもハリがあるっつーのか、しっかりとした感触があり、更に金剛さん自身は体温が低めなのか、俺の腕の熱がじわじわと伝わっていくように徐々に温まっていくのが気持ち良かったっていうか……。叢雲の場合は……もしかしたら着痩せするタイプなのか、思ってたよりもしっかりと形が伝わってくるっていうか。さっきも背中に叢雲のチチが当たってたけど、やっぱり腕の方が感触が分かりやすかったな。それから叢雲は金剛さんとは反対に体温が高い……というか、意外と汗っかきなのか、温かいというよりは熱いといった感じで衣服の中の汗の感触も伝わってくるような――――」

「長々と何の感覚を話しているんですか!?」

 

 煩悩少年故に致し方なし。

 

 さて、おちゃらけた時間もここまでだ。横島は皆を着席させ、今回の顛末を説明していく。まず古鷹と加古を建造したこと。次に金剛を建造したこと。そして金剛が街で戦った深海棲艦“戦艦タ級”の生まれ変わりであることを語った。

 これには大淀達も大いに驚いた。深海棲艦が艦娘に生まれ変わるなど聞いたことがなかったからだ。

 

「ちょっと、本当に間違いないの? 金剛さんが、その……以前戦った戦艦タ級だっていうのは」

「間違いないと思うぞ? 霊力光も同じだし、霊波動も覚えがあるしな」

「そう……」

 

 霞の疑問にさらりと答える横島。その様子に嘘は見られない。

 

「まさかそんなことが……興味深いですね。解剖……げふんげふん」

「確かにそうね……」

 

 明石や大淀が興味深げに金剛を見つめる。他の皆も釣られて金剛を見やるが、加賀は金剛ではなく、横島を見ていた。他の者はともかく、何故自分が呼び出されたのか。その理由が分からない。確かに驚くべき内容であるのだが、例えば赤城や扶桑、間宮といった者達ではなく、何故自分なのか。その疑問を視線に乗せて横島を見つめていたのだが、ここで加賀はあることに気付く。

 

「……? 何か、提督はとても冷静なのね。普通はもっと疑問を持ったり動揺なりするものだと思うのだけど……」

 

 そう。横島はとても冷静だ。金剛は深海棲艦の生まれ変わり。そんな荒唐無稽な話をしている。しかし、横島はそれを疑わない。否、これではまるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 皆の注目が金剛から横島に移る。横島はそれにうろたえることなく、実にあっけらかんとこう言い放った。

 

「んー? いや、まあ。ぶっちゃけ大体のところは察してたしな」

 

 艦娘達の時が止まる。察していた? 一体何を察していたというのだろうか。金剛が深海棲艦の生まれ変わりだということか? ――――違う。横島の言う()()は、もっと本質的なものだ。

 

「……察していたというのは、何をですか?」

「何をって……」

 

 皆を代表し、大淀が横島に問い掛ける。横島は頭をポリポリと掻き、言い辛そうに視線を逸らしながらも、やがて真っ直ぐに前を向き、大淀の――――皆の疑問に答える。

 

「艦娘と深海棲艦の関係」

 

 誰かが、ごくりと唾を飲み込む。

 

「ほら、この前ほっぽちゃん――――北方棲姫と戦艦レ級と共闘したって言ったろ? その時にちょっとしたことがあってな。あのレ級……多分、あいつは艦娘が深海棲艦として生まれ変わった奴なんだと思う」

「……どういうことよ?」

 

 横島の言葉に叢雲が疑問を持つ。古鷹や加古は横島にドン引きだ。さらっと敵の最高位の存在と接触どころか共闘しているなど、理解の埒外である。

 

「単純に()()()()()と色々なところが似通ってたんだよ。それで確信に至ったわけじゃねーけど……ヒントは他にもあったしな」

「ヒント……?」

 

 そんなものが存在したというのか? 皆は顔を見合わせるが、誰もその答えに辿り着けない。ちょっとしたざわめきも起きるが、それもすぐに止み、横島の答えを待つことになる。

 

「……分からないか? 深海棲艦の生まれ変わりだっていう金剛さんが持つ、ある特徴。……お前らも()()()()()()()()()()?」

「え――――」

 

 まず最初に吹雪の頭を過ぎったのは金剛と横島のキスシーン。途端に嫉妬やら怒りやらで頭が沸騰しそうになるが、これは関係ないことと一旦は切り捨てる。次に思い出したのは頭を押さえ、膝をつく金剛の姿。そして、まるで人が変わったかのように横島と接する金剛。次に天龍との会話と、その身から溢れ出る――――。

 

「――――まさか」

 

 その呟きは小さかったが、その声は誰しもに届いた。しかしそれに吹雪は気付かず、呆然とした様子で答えを口にする。

 

「――――()()()()()()()……?」

 

 その言葉に、新参である古鷹と加古以外の皆が目を見開いた。そして皆の視線は二人の艦娘に殺到する。()()()()()()()

 

「おい……おいおいおい、ちょっと待てよ。それじゃあ、俺達も……?」

「私達も……深海棲艦の、生まれ変わり……? だから、私も呼んだの……?」

「ああ」

 

 信じられない、といった様子の二人だが、横島はそれを肯定する。

 

「他にもあるぞ? 加賀さんが初対面であるはずの天龍を怖がったり、天龍が大淀も知らなかった深海棲艦の特性について詳しかったりとかな」

「で、でもそれだけじゃ理由としては弱いんじゃあ……」

 

 横島の言葉を否定しようとする叢雲の言葉も、勢いがない。半信半疑とはいえ、それだけ横島の言葉に説得力を感じているのだ。しかし、横島も叢雲の言う通り確固たる証拠ではないことは理解している。しかし、それでも尚彼はそれが真実であると確信している。レ級、金剛、天龍、加賀の存在。そして、横島の世界の神魔の存在が彼を後押しするのだ。

 

「……」

 

 沈黙が場を支配する。普段から騒がしい睦月や白露も言葉を発せない。

 

「まあぶっちゃけよくあることだからそんな気にするよーなことでもねーぞ?」

「へ?」

 

 しかし横島の更なる爆弾発言で場の空気は更なる混沌へと変わりゆく。

 

「いや……いやいやいや。こんなことがよくあってたまるか!?」

「んなこと言ったって、俺の知り合いにそういうのいっぱいいるし……」

「本当によくあることなの!? っていうかどんな奴等よそれ!?」

「お前ら風に言うと神様関係」

「どんな交友関係なんですか!?」

 

 煩悩が規格外の少年は人脈も規格外でした。もはや先ほどまでの深刻な空気は消え去ったと言ってもいいだろう。むしろ横島の交友関係の方が気になって仕方がない様子の艦娘達である。

 

「例えば妖怪から神族になったり、人間から神族になったり、神族から魔族になったり、魔族から人間になったり……ま、みんな良いやつだよ」

「良いやつ……ですか。冷静でいられるわけね。流石は私の提督です。貴方にとって私達が深海棲艦の生まれ変わりというのは、()()()()()()()()()()()()()なのね」

「そりゃーな」

 

 加賀の言葉に横島が笑う。当然のことのように言ってのける横島の姿に、皆が惹きつけられる。

 

「ま、俺もゴーストスイーパーなんてやってるわけだから最初は妖怪やら魔族やらにいい印象は持ってなかったんだが、それでも色んな奴と知り合って、敵対するだけじゃないって分かったからな。友達になったり、弟子に取ったり、一緒に戦ったり……()()()()()があったわけだ」

 

 横島は自分の掌を見つめ、それから天龍、加賀、金剛と視線を移していく。

 

「だから、俺にとっちゃ前世が深海棲艦だからって特に思うことは何もない。俺の上司だって前世は魔族だったんだぞ? 個人的に重要なのは昔どうだったかじゃなくて今どうしてるかだからな」

「……そんなものなの?」

「おう。まあ俺の場合は深海棲艦のままでも特に問題ないけどな。……ヲ級といいレ級といい、人型の深海棲艦は美少女だしけっこう際どい格好だったし、あれはあれでとても良い文明だ」

「結局そっち方面かよ!?」

 

 おどけるように語る横島に天龍のツッコミが入るが、それはどこか嬉しそうな響が混じっていた。加賀も金剛もそうだ。横島にとって真実重要なのは美女美少女であるかどうか。それはそれでどうかと思わないでもないが、本人達にとっては何物にも変えがたい存在証明でもある。

 自分の前世が深海棲艦だと知った時は、目の前が暗くなるほどの衝撃を受けた。それも当然だ。何せ深海棲艦は艦娘の敵であり、世界を崩壊させる存在だ。それの生まれ変わりであるなどと、受け入れることは非常に難しい。

 しかし、横島にとって深海棲艦の生まれ変わりであることは大した問題ではなかった。横島の世界には似たような事例が枚挙に暇がなく、更には本人もそういった存在と懇意にしているらしい。それどころか所謂“悪の存在”として認識されることが多い妖怪や魔族そのものと親交があるそうなのだ。

 繰り返しになるが横島にとって重要なのはあくまでも美女美少女であること。敵対するのならば容赦はしないが、友好的であるのならば妖怪や魔族などと、種族の違いは()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだろう。

 艦娘にとって、提督とは最大の心の拠り所の一つである。横島からその存在を肯定されることは、天龍達にとって、何よりの救いなのだ。

 

「……提督ってさ」

「うん」

 

 そんな横島を見る古鷹と加古は、互いにしか聞こえないような声で自分の思いを語る。

 

「本当なら、深海棲艦と戦う提督としては……やっぱり駄目なんだろうけど」

「……うん」

「でも……上手く言えないけど。何か、いいな。ああいう人が提督っていうのは」

「うん。あの人が提督で良かったって、私もそう思う」

 

 いつの間にか白露や睦月、吹雪が天龍達に突撃し、思い切り抱きついている姿を見て、古鷹は加古の言葉に肯定を返す。それは()()()()()()ありえない光景だ。しかし、横島は彼女達を受け入れるどころか、深海棲艦すらも受け止めるのだという。それは提督としてはあってはならないこと。提督としては許してはいけないこと。しかし、それでも古鷹達は、それをとても嬉しく思った。

 

「……それにしても、あの騒動からこっち、金剛は随分と大人しかったわね? 最初のテンションの高さはどうしたのよ?」

 

 場に落ち着きが戻った所で叢雲が金剛に問う。金剛はこの部屋に入ってから横島の取り合いをした以外はずっと大人しく話を聞いていた。それこそ建造当初のテンションが何だったのかと聞きたくなるくらいには静かにしており、少々不気味であったくらいである。

 

「私だって色々不安だったんデース。それは確かに提督とのLove LoveなFirst kiss(はぁと)でテンション上がってついうっかりバラしちゃいましたがー……」

「ついうっかりだったの!?」

「ラブラブなファーストキス……。提督……?」

「そういえば随分と嬉しそうだったわよね……?」

「俺だってまだなんだが……?」

「せんぱい……?」

「ヒィッ!?」

 

 まさかの理由に白露のツッコミが炸裂し、金剛と横島がキスをしたと知った加賀はハイライトのない瞳で横島を見やる。ついでに叢雲と天龍と吹雪も横島を見る。平仮名先輩呼びの吹雪が一番怖く感じるのは何故だろうか。

 

 そこから始まったのは横島・金剛を正座させての尋問会である。何故そんなことをしたのか理由をとっとと話せやコラ、というわけだ。横島は何で俺まで? と涙目だったが、その言葉は完全にスルーされた。大淀・明石・霞は同情的な眼差しで横島を見ている。……が、見ているだけだ。

 

「ン~……と、そうデスね……。私は深海棲艦だった頃の記憶はそんなに残ってないんデスけど……。ずっと、探していたんデス。死んだはずの提督を」

「死んだはず……?」

「ハイ。多分デスけど、私は元は深海棲艦ではなく、艦娘だったのだと思いマス。それが何かの理由で深海棲艦になって、ずっと提督を探していた、と」

「……」

 

 金剛の話にまたも沈黙が広がる。艦娘の深海棲艦化、失ったはずの提督……。どこか、皆の()()()()()()()()()を刺激する言葉ばかりだ。

 

「それで、ずっと海を彷徨って……最後に、どこかの公園に辿り着いたんデスね。そこで誰か……多分深海棲艦の誰かと戦闘になって、乱入してきた天龍サンに撃沈されて……」

 

 こめかみを指でぐりぐりと押さえながら最期の記憶を思い出していく金剛。死の間際の記憶など忌まわしいだけだろうに、それでも金剛はそれを語っていく。しかしその金剛の表情に翳りはなく、どこか幸せそうに緩んでいるのが見て取れた。

 

「それでも諦められずに必死に手を伸ばして、何も掴むことは出来ませんでしたが……提督が、私を抱き締めてくれたのデース」

「へぇ……?」

 

 霞や大淀を始めとした皆の視線が痛い。横島は皆の視線を受けて徐々に小さくなっていく。金剛はそんな横島の様子に気付くことなく、自分が見た最期の景色を感情たっぷりに語る。

 

「もう何故提督を求めているのかも思い出せず、光の見えない暗闇の中を彷徨っていた私に、提督が言ってくれたのデス。“お前の提督はここにいる”……と。それは、嘘だったわけデスが――――その優しい嘘で、どれだけ私の心が救われたか……!!」

「へぇ……」

 

 またも皆の視線が横島に集中するが、それは先程とは意味合いがまるで変わっている。その言葉があったからこそ、戦艦タ級は安らかに眠りにつくことが出来たのだ。

 

「そして、私は艦娘に生まれ変わり、提督の下に建造されたのデス。これはもはやDestiny!! 私と提督は運命の赤い糸で結ばれているのデース!!」

「おおー!!」

 

 白露や明石、古鷹に加古など、数人が金剛の宣言に拍手を贈る。やはり乙女としては運命の愛だとか、そういった言葉に弱いらしい。金剛はその拍手を受けて満足そうにふんぞり返っている。逆に危機感を募らせているのは吹雪に天龍、加賀。そして叢雲。横島を見れば「お、俺が……俺がモテている……!? これは金剛さんルートに入るべきか!? いやしかしまだハーレムルートの道は残っているのでは……!!」などと微妙に心動かされているようであり、皆に焦りが生まれる。

 

「……あ、あーあー! そういや提督の知り合いには俺らみたいに妖怪から神様だとか、神様から悪魔だとかに変わったやつらがいるんだよなー? 会いたかったなー! そいつらに色々話を聞いてみたかったなー!」

 

 とりあえず天龍は皆に聞こえるような声量で横島の友人達に言及する。それは誤魔化しの意味が大半ではあったが、本心でもある。皆もその言葉には同意を示し、金剛も頷いている。

 

「ああ、会えるぞ?」

「私も会ってみた――――は?」

「いや、だから会えるって」

 

 幾度目かの沈黙が場を支配する。今回は何とも間抜けな感じだ。皆目と口を大きく開けている。

 

「会えるって……本当ですか?」

「ああ。俺の他の五人の提督達いるだろ? あいつら、多分全員俺の知り合いだから」

「……何と言うか、ここまでくるともう何も言えないわね」

 

 横島の言葉に霞が溜め息を吐く。皆も一斉に頷き、横島は首を傾げる。そのきょとんとした顔はやや童顔気味の横島を更に幼く見させ、加賀に吹雪、叢雲といった特定の艦娘にダメージを与える。

 

「く……っ、やるじゃない……!!」

「何言ってんのあんたは。……というか叢雲、けっこう守備範囲広いのね」

「何のことを言っているのか分からないわ! ええ、これっぽっちも分からないわね!!」

「……はぁ。まあ、いいんだけどね。金剛さんに取られたくないならもう少し素直になりなさいな」

 

 叢雲の頑なな様子に霞は溜め息が出るばかりだ。二人の会話は他に誰も聞いてはいなかったようで誰も気にしておらず、皆横島の元に集まって他の提督達の話を聞こうと質問を繰り返している。横島は「演習で会えるんだからその時まで楽しみに待っとけ」と、今は答える気はないようだ。

 

「ほれほれ、金剛さんに対する蟠りも解けたろ? 色々と確認しなきゃいけないこともあるんだし、そろそろ戻ろうぜ」

「確認って、何をするんです?」

「そりゃまあこうして金剛さんが建造されたわけだし――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドウモ、金剛デス。私は今、鎮守府海域の四番目、南西諸島防衛線に出撃してイマス。ここまではとても順調で私は被弾もなく、次はボスとの戦いとなりマース」

「誰に向かって説明してるのよ」

 

 ところ変わって海の上。金剛の戦闘力を確認すべく、天龍を旗艦とした第一艦隊は南西諸島防衛線へと繰り出していた。

 旗艦天龍、以下吹雪・叢雲・睦月・加賀、そして金剛である。

 やはりと言うべきか金剛の戦闘力は規格外であり、天龍や加賀にも迫る破壊力を有している。如何に二色の霊力光の持ち主とはいえ、練度が低く、近代化改修も行っていない状態でこの力は異常とも言える。

 

「やっぱとんでもねーな、金剛のやつ。ま、だからこそ競い甲斐があるってもんだが」

「貴女は本当に前向きね。私としては悔しいものがあるのだけれど」

「曙の気持ちも分かるってものよねー」

 

 危なげなく勝利してきた艦隊は雑談を交えつつも一直線に海を進む。そうして数分、ついに最後の艦隊の姿をその視界に捉えた。

 

「敵機動部隊を確認しました。空母ヲ級、重巡リ級、軽巡ヘ級、それに駆逐ロ級が三体です!」

『うっし! これがラストだ。相手は霊力を使ってこないとはいえ、油断していい相手じゃねーからな。開幕航空攻撃とか気を付けろよ』

「了解!」

 

 敵ヲ級が頭部から艦載機を発進させ、手に持った杖を振り、攻撃の指示を出す。それを黙って見ている義理もない。加賀は矢筒から矢を取り出し、弓に番えて敵へと射込む。放たれた矢は加賀の霊力を受けて変貌、その身を艦載機“流星改”、“烈風”へと姿を変える。元々装備の運は良かった横島鎮守府。既に開発出来る中で最高の艦上攻撃機、艦上戦闘機を取得していたのだ。

 猛烈な勢いで空を飛ぶ烈風が敵艦載機を攻撃し、流星改が敵艦隊に攻撃を仕掛ける。その戦果は中々のものであり、烈風の攻撃を潜り抜けた敵艦載機も吹雪・叢雲・睦月の対空射撃で落とされ、流星改は敵駆逐艦ロ級三体を撃沈させた。

 

「……やりました」

「流石です、加賀さん!」

 

 満足気に息を漏らす加賀を、吹雪が尊敬の眼差しで見つめる。天龍や叢雲などは加賀の大活躍に触発されたのか、その好戦的な笑みを浮かべ、敵を睨みつける。

 

「加賀にばっかいいカッコさせるわけにゃいかねーよなぁ!!」

「アイツら全員叩き潰してやるわ!!」

 

 負けるものかと気合を入れて敵陣に突入しようとする天龍達。しかし、二人が海面を駆けるよりも早く飛び出した飛び出した者がいた。金剛である。

 

『あっ、待て金剛!! 一人で突っ込むな!!』

「無理デース!! もう抑えられまセーン!!」

 

 横島の声を無視し、何やら興奮した様子で海を駆ける金剛。出鼻を挫かれたからか、天龍や叢雲はバランスを崩し、走り出すことは出来なかった。

 金剛は横島の静止の声をまるで気にも留めない。頬は紅潮し、高鳴る胸を押さえたその姿は恋する乙女のようでもあるが、こういった戦場で見せる姿では断じてない。

 ちなみに横島が金剛を呼び捨てにし、敬語も止めたのは金剛にそうするように言われたからだ。その理由は「やっぱり提督にはビシっと決めてほしいデスし、何より年下の男の子に呼び捨てにされたり強く命令されたりする感覚が堪らないのデース!!」という何とも言い難い理由であった。

 ある意味で横島に相応しい女性とも言える煩悩具合であるが――――それを横で聞いていた間宮は、まるで花が咲いたかのような満面の笑みを浮かべていた。曰く、「同士が出来た!」と。

 

『金剛!! お前いい加減に――――』

「ダメなのデース……こうしないと溢れてくるのデス――――提督へのLove(ルァヴ)がっっっ!!」

『……ん、んん……っ!?』

 

 何やら雲行きが怪しくなってきたことに困惑の声を上げる横島。それを一緒に見ている秘書艦ズも同様だ。

 

「私の戦闘力を測るのが目的なのに、敵を倒すのはほとんどが加賀サンで、次に天龍サン! そして叢雲デース!! これじゃあ何の為に出撃したか分かりまセーン!!」

『あー、いや確かに俺も自重しろとは思ってたけど……』

「だからこそみんなに見せ付けてやるのデース!! 私の……提督へのLove(ルァヴ) Power(パゥアー)を!!」

 

 第一艦隊の戦闘を横島と一緒に見ている艦娘達の視線が横島に突き刺さるが、金剛はそれを知る由もない。金剛は横島へと自らの愛を示すために……敵をカッコよく倒してポイントを稼ぎ、よしよしと褒めてもらう為にその力を解放する。

 

 ――――金剛の身体から、桃色の光が迸った。

 

「何だぁ!?」

「霊力……じゃない!?」

 

 金剛の霊力光は金と深緑の二つ。決して桃色ではない。では、これはまた別の力の発露なのだろうか? ――――答えは否だ。

 

『いや、あれは霊力だ。けど――――』

 

 桃色の光帯を海上に残し、金剛は敵陣へと突っ込む。当然リ級やヘ級が砲撃を行うのだが、それは全て桃色の光が遮り、一切のダメージをも許さない。

 やがて金剛は敵陣の中央へと到達した。途端、主砲や機銃での射撃ではなく、自らの腕を以って殴りかかってくるヲ級達。誤爆の可能性を考慮した結果だろう。三方から迫り来る暴力に、それでも金剛は怯まない。

 

「さあ、見るがいいデース!! これが私のLove(ルァヴ)!! 私の提督への想い……!! ――――提督ぅーーーーーー!! 愛してマーーーーーース!!!」

 

 敵陣の中心で愛を叫んだ金剛。瞬間、彼女は光輝(ひかり)となった。

 

Burning(バーニング) Love(ルァヴ)……Mega(メガ) Cruuuuuuuush(クラーーーッシュ)――――!!!」

 

 ――――迸る閃光。轟く爆音。金剛を中心とした半径十数メートルに半球状の桃色の爆炎が広がっていく。その桃色の光はヲ級達を飲み込み、その身体を容易く消滅させた。

 

「……」

「……」

「……」

 

 天龍達他の第一艦隊の皆は開いた口が塞がらない。天龍もデタラメであったが、金剛はそれに輪を掛けてデタラメだった。もうもうと爆煙が立ち込めて敵の姿も確認出来ないが、それでもあの訳の分からない光に飲み込まれたのだ。それだけで生きてはいないだろうと確信することが出来る。

 

『あの技は……!!』

『えっ、し、知ってるんですか提督!?』

『ああ。あの技は俺の必殺技の一つ、“バーニングファイヤメガクラッシュ”……!! 全身から霊波を放出して全方位に攻撃するっていう、多数との戦いに有効な技だ……!!』

 

 どうやら金剛が放った技は横島の必殺技と同様の物らしく、その性能を理解することが出来た。

 

『……けど、何で金剛があの技を知ってるんだ……!?』

「全ては愛が起こしたMiracle……!! つまりはただの偶然デース!!」

『……って偶然かよ!? ――――んなことより、無事か、金剛!?』

「Yes! 大丈夫デース!」

 

 横島の呟きに答えを返したのは金剛だった。今だ爆煙が晴れていないため声だけしか確認出来ないが、どうやら無事であるらしい。

 

「……とんでもねー奴だな、ホント」

「アンタが言うなって感じではあるけど……まあ、こんなことされちゃねぇ」

 

 天龍と叢雲が他の皆を引きつれ、金剛の元へと向かう。丁度風も出てきたようで、徐々に煙も晴れてきた。

 

「んっふっふー、提督にカッコいいところを見せることが出来マシタしー? 敵を倒すことで私の愛の力を見せ付けることも出来マシター。But(しかしー)……?」

 

 金剛が一人得意気に自らの戦果を誇る中、強い風が吹きぬけ、一気に煙を吹き飛ばす。そこに金剛は立っていた。

 

 

 

 ――――ビリビリに破れた服!! ズタボロになり黒煙を噴き出す艤装!! 全身が煤に塗れ、痛々しげなその姿!!

 

 

 

 

 

「――――とうとう限界みたいデース……」

 

 

 

 

 

 金剛は――――何故か大破していた……!!

 

「何ぃーーーーーー!?」

「大破してるーーーーーー!?」

『――――ぶはぁっ!!?』

『ああっ!? て、提督が金剛さんの大破姿を見て大量の鼻血を――――!!?』

「Hey、提督ぅー! 見てもいいけどサー、時間と場所をわきまえなヨー!」

「とか言いつつ女豹のポーズをとってんじゃねーぞ金剛ォー!!」

「あとで私がやったげるから今は目ぇつむってなさいよ司令官!!」

 

 カオスである。金剛は大破しながらも女豹のポーズで横島を誘惑し、横島は更に鼻血の量を増やす。ツッコミで輝く叢雲は金剛の肌を横島に晒させないようにしつつ、無意識に迂闊なことを言ってしまう。場の状態が状態だけに誰もそのことに気が付かなかったのは幸いか。

 

「そんなことより大丈夫なんですか金剛さん!?」

「何で大破してるにゃー!?」

「サァ……そればっかりは私にもサッパリデース」

 

 大破した理由は不明。金剛の元に集まった皆はドロップの確認もそこそこに、早々と帰路に着く。ドロップしたのは艦娘カードだったのはある意味幸運だったか。今の状態で新たな艦娘を気にするのは難しいだろう。何せ、帰り道の途中で金剛が急に倒れたのだ。

 

「おい、金剛!! どうした!?

「イタ……イタタタタタ……!? 身体が……!! 身体中が痛いデース!! My all body is very pain(私の全ての身体は非常に苦痛です)……!!」

「金剛さんの英語力が急激に下がった……!?」

「……それだけ痛みが酷いようね。飛ばします。早急に提督に見てもらいましょう」

 

 ちなみにだが現在金剛は艤装を解除しており、加賀に横抱き――――所謂お姫様抱っこをされている状態だ。二人ともこの体勢には大いに不満があるらしく、「初めてのお姫様抱っこは提督にされたかった」「初めてのお姫様抱っこは提督にしたかった」と語っている。片方がおかしい気がするが、それは気のせいだ。

 そんな状態で速度を上げるのだから、振動もきつくなる。鎮守府への帰り道、横島鎮守府の第一艦隊は金剛の悲鳴と共に海を駆ける。

 

「あああああ゛あ゛あ゛あ゛!!? 痛いの!! 本当に痛いの!?」

「ちょっ!? アンタキャラ変わってるわよ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、金剛。俺の言いたいことが分かるか?」

「……」

 

 ようやく鎮守府に帰り着いた第一艦隊。そこで彼女達を待っていたのは、鼻にティッシュを詰めた横島だった。

 横島は怒っている。命令を無視し、一人で敵陣に突っ込んだ挙句、謎の力によって大破自爆するという失態を演じた金剛に対してだ。

 確かに金剛の戦闘力を測るための出撃だったのに他の者が戦ってばかりの状態はよろしくなかった。だが、だからといって敵陣に一人乗り込むとは何事か。全滅させることが出来たからまだいいが、それがなければ金剛は沈んでいたかもしれないのだ。

 

「……今はあんまり強く言わないけど、こういうのはもう無しにしてくれよ? 俺は金剛に無駄に危険な目に遭ってほしくない」

「……申し訳ありまセン、提督。私が馬鹿だったデース……」

「分かればいい。……無事とは言えねーけど、お前が帰ってきてくれてよかったよ」

「提と――――ッアー!!? 身体が……!? 身体が……!!?」

 

 鼻にティッシュを詰めた横島は金剛を叱りながらも、彼女を優しく迎え入れた。それに感動した金剛は加賀に支えられていた状態から横島に飛びつこうとするのだが、全身に激痛が走ったため失敗する。第一艦隊や横島と共に金剛を迎えに来た明石が金剛を受け止め、一旦地面に仰向けに横たわらせる。その横では横島が文珠の用意を完了させており、即座に『診』の文字を込めて発動させる。

 

「……なるほど」

 

 横島は文珠によって金剛の容体を確認し、長々とした溜め息を吐く。

 

「どうなんだ? やっぱりあの時の俺みたいに霊的な筋肉痛なのか?」

「……まあな」

 

 金剛の様子は以前天龍が限界以上の霊力を引き出したときと酷似している。横島も否定はせず、天龍に頷きを返した。

 

「じゃあ金剛はしばらく安静にしておかないとダメね。天龍は大体一週間くらい出撃は禁止だったけど、金剛もそれくらいかしら?」

「そんなー……」

 

 呆れたような目で金剛を見やり、大体の療養期間を予想する叢雲。金剛は一週間も横島に格好の良い所を見せることが出来ないと知り、一気に涙目になる。建造からこっち、迷惑を掛け通しだ。

 確認の為に横島に視線を送るも、横島はそれに気付かずに難しい顔をして黙り込んでいる。それは金剛のみならず、他の皆の不安をも煽る姿だ。

 

「……どうしたんです、司令官? 何か問題があるんですか……?」

 

 恐る恐る吹雪が横島に尋ねる。横島はそれに答えず、ガリガリと頭を掻いて金剛へと向き直った。

 

「……かなり厄介なことが分かった。俺じゃあどうにもならない問題が金剛にはあるみたいだ」

「エエッ!? ど、どどどどういうことデスかー!?」

 

 横島の発言に驚くのは金剛だけではなかった。他の皆も横島のお手上げ宣言に驚き、目を見開いている。

 

「確かに金剛の症状は霊的筋肉痛なんだがな。天龍の時とは状況が違い過ぎるんだ」

「……どういうこったよ? 俺も金剛も限界以上の霊力を使ったから霊的筋肉痛になったんじゃないのか?」

「……違う。確かに金剛は限界以上の霊力を使ったけど、()()()()()()()()()()()()()()

「……? じゃあどういうことだよ。まるで意味が分かんねーぞ」

 

 まるでなぞなぞのような横島の言葉に天龍は首を傾げる。限界以上の力を行使したというのに、それは限界以上ではなかったという。何とも矛盾した言葉だ。横島も上手く言葉にすることが出来なかったのか、こめかみを掻いたりして、次なる言葉を探しているようだ。

 

「あー……っと。まず天龍が霊的筋肉痛になったのは力を引き出したのが中破してから、っていうのも原因の一つでな」

「そうなのか?」

「ああ。大怪我したりすると生存本能が高まったりで霊力が強くなるんだよ。もちろんそれは一時的なものだし、怪我した状態でそんな強くなった霊力を使えば負担も普段とは段違いだ。……ここまではいいか?」

「ああ、大丈夫」

「ん。天龍が陥ったのはこのパターンだな。俺らの業界でもままあることらしい。……んで、金剛の場合だが」

 

 ここでピンと来た者が数人いた。天龍の場合と今回の金剛の場合。その相違点に気付いたのだ。

 

「金剛は万全の状態から今の大破状態になった。霊的中枢(チャクラ)も経絡もズタボロ。天龍の時よりもっと酷い」

「……何でそんなことに?」

 

 話を静かに聞いていた大淀が横島に問う。心配そうに金剛を見つめ、それでもその答えを待つ。専門家の横島にどうにも出来ないと言われはしたが、ほんの僅かでも出来ることがあるかもしれないから。

 

「――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()。金剛が霊力を使うときに身体が耐えられる限界を超えても、金剛にはそれが理解出来ない。だから今回の自爆に繋がったんだ」

「……さっきの言葉はそういう意味か」

 

 生物は自らに備わった能力の全てを発揮することが出来ない。肉体が、理性が、魂がセーブをかける。そうしなければ壊れてしまうからだ。そしてそれは霊的な力も然り。

 しかし、金剛は肉体的なリミッターは存在していても、霊的なリミッターは存在していなかった。

 深海棲艦の生まれ変わりであり、二色の霊力光を持つ金剛の霊力は絶大だ。それこそ肉体が耐えられる限度を軽く越えるくらいには。

 

「……それじゃあ……」

「金剛……?」

 

 金剛がゆっくりと身体を起こす。全身を激しい痛みが襲っているだろうに、それでも金剛は横島へと真っ直ぐに向き直る。誰も止めようがないほどに、金剛は追い詰められていた。

 

「せっかく、こうして提督の所に生まれ変われたのに……!! 私は、もう何も出来ないんデスか……!? 私はもう、提督の為に戦えないんデスか……!!?」

 

 ――――自業自得、と言えばそれまでだろうが。それでもこのような結末など、誰も望んではいない。金剛はただ偏に横島のことを想ってここに存在している。その結果がこれなど、誰も認めない。

 

「司令官……何とかならないんですか……?」

「ああ。演習の日に何とかなるから、金剛はそれまで安静にしててくれ」

 

 吹雪は横島に問い掛ける。横島はどうにもならないと言った。だが、問い掛けずにはいられない。

 

「おい提督。いくら何でもこんなのはあんまりだぞ。本当にどうしようもないのかよ?」

「ああ。演習の日に何とかなるから、お前らも安心してくれ」

 

 天龍もそうだ。確かに横島を巡っていがみ合ったが、それでも金剛のことは嫌っていない。彼女も、大切な仲間なのだ。

 

「司令官、本当にダメなの? アンタなら何とか出来るんじゃないの……!?」

「ああ。さっきから演習の日に何とかなるって言ってんだけど聞こえてないのか?」

 

 それは叢雲も同じ。ライバルは強敵であるからこそ。こんな形でそのライバルを失いたくはない。

 

「提督……!!」

「司令官……!!」

「だから!! さっきから演習の日に何とかなるっつってんだろ!?」

「え……!? 本当なの、司令官!?」

「気付くのが遅いわ!!」

 

 横島がいつまでも気付かない皆に怒り出し、珍しくスパパーンとハリセンを振るう。それは吹雪すら例外ではない。思ったよりも痛かったので吹雪は涙目になってしまうが、これも自分で蒔いた種。甘んじて受け入れるしかないのだ。

 

「本当デスか……?」

 

 金剛は呆けた様な表情で横島に問う。どうにも話の流れを掴めなかったらしく、あまり実感が湧いていないようだ。

 

「ああ、そのことについては本当に大丈夫だ。他の提督の一人がこういうのの対処が出来る奴なんでな。だからまぁ、その……何だ。今回の事は教訓にして、また同じことがないようにな?」

「ううぅ……もちろんデース」

「ああもう、泣くなっての」

 

 横島は金剛の涙を拭い、そのまま横抱きにして抱え上げる。思わず念願叶った金剛は身体の痛みも忘れ、大いに喜んだ。その代わりに加賀からの視線が恐ろしいことになってしまったが。

 騒がしくも金剛を労わりつつ入渠ドックへと向かう道すがら、横島は演習で再会するだろう一人の提督のことを思い浮かべる。

 

 ――――あいつなら金剛にリミッターも掛けられるし、色々と情報も持っていそうだ。……思ってた以上に大変な一日になるかもな。

 

 それは妖怪から神族へと生まれ変わった存在。身体中に百の感覚器官を持ち、心の中だけでなく、その気になれば人の前世をも読み取ることが出来る神の一柱。

 “お目々”こと――――神族の調査官“ヒャクメ”。

 演習の日、真っ先に彼女の力を借りることになるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 横島は金剛を抱えたまま一緒に入渠しようとしたので、叢雲の“叢雲龍尾脚”によってドックから蹴りだされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十五話

 

『超えちゃいけないライン』

 

~了~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは存在しないはずの海。

 そこは(あお)ではなく、赤に支配された海。

 そこは深海棲艦の還る海――――中枢海域。

 

 港湾棲姫に連れられたヲ級達は、ついにこの海域へと到着した。

 

「私……達、ノ……目的ガ、知リタイ……?」

「ヲッ」

 

 鸚鵡返しに掛けられた言葉を繰り返す港湾棲姫。ヲ級は彼女に臆すことなく、力強く頷きを返す。

 あの日、()()()()に会う前に死ぬのは嫌だと港湾棲姫と共に行くことを決意したヲ級。深海棲艦の目的など有って無きが如く――――あるいは分かりきったものであるが、それでも確認せずにはいられなかった。

 きっと、自分は()()()()と戦うことになるのだろう。それでも、軍門に降るの拒否して殺されるよりは遥かにマシだ。敵対する相手とのラブロマンスとかちょっと憧れるし。

 

「……ウン。提督ト後カラ詳シク説明スルツモリダッタ、ケド……。サワリダケデモ、話シテオコウ、カ……」

 

 港湾棲姫はヲ級達を提督の下へと先導しながら、端的に自分達の目的を語る。

 

「私達ハ……トアル存在ヲ倒スタメニ、戦力ヲ整エテイル……」

「……」

 

 とある存在、というのはやはり()()()()のことだろうか。優しい笑顔の彼。敵対するしか道はないのだろうか。自然、ヲ級の顔は俯きだし、背後のリ級がヲ級の肩を抱く。

 

「ソイツヲ倒スタメ、ニハ……()()()()()()()()……」

「――――ヲッ?」

 

 気付けば港湾棲姫は歩みを止めて振り返り、真っ直ぐにヲ級の目を見据えていた。その目は普段の自虐的な、陰鬱な目ではない。力強く、遥か未来を見ているかのような強さを湛えている。

 

「私達ノ目的ハ……トアル存在ヲ倒シ――――()()()()()()()()

「……ヲ?」

 

 全くの予想外の答え。ヲ級が放った一言――――いや、一文字には「滅ぼす側じゃないの?」という意味が込められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヒャクメは有能(挨拶)

煩悩日和のヒャクメは妖怪である百々目鬼から神族になったという設定になっています。

次回から演習が始まり、大体の謎……というか設定はこれから数話で明かされていきます。金剛の霊力光とか何故大破したかもですね。……覚えていたら。(小声)
ついに横島以外のGSキャラが絡んできますねー。一体誰が登場するのか……?

それにしても今回は二話~三話に分けた方が良かったかな。中途半端にシリアス寄りだから構成のバランスが悪い……。もっとギャグに振ればよかった。

それではまた次回。





大淀(提督……結局、最後まで鼻にティッシュ詰めたままだったな……)


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わしじゃよ

タイトルですでにオチてる感

遅れないみたいなことを言っておきながら滅茶苦茶おくれて申し訳ありませんでした。

今回から演習……なのですが、まずは最後の提督の話と金剛の回復の話ですね。

それではまたあとがきで。


 

 待ちに待った演習の日。

 横島は鎮守府の軍港で五人の提督達を待っている。その傍らには吹雪達秘書艦三人と車椅子に座った金剛の姿も見える。

 

「時間まであとちょっとかー。あいつらとは久々に会うな……」

 

 腕時計で時間を確認し、横島は感慨深げに呟く。

 アシュタロスとの戦いから、もうすぐ一年が経とうとしている。終戦後は横島も妙神山へと霊基構造の検査などで何度か赴いたものだが、ある時を境にぱったりとその機会は失われていた。

 

「たしか、他の司令官の方々とお知り合いなんでしたっけ?」

「ああ。何か妙なあだ名ばっかだけど、間違いないと思う」

 

 “お猿”、“蝶の嬢ちゃん”、“大尉”、“お目々”――――全て、横島の知り合いの特徴と一致する。問題は最後の一人、未だ名前、その通称すら分からぬ相手だ。

 

「他の奴等がそうだから最後の一人も神魔族だと思うけど……一体誰だろ?」

「まず他の提督の方々が神様や悪魔って部分で意味分かりませんよね……」

 

 横島の言葉に、大淀が遠い目をして返す。

 神や悪魔と知り合いであるという目の前の少年。さらに現実世界での同僚は元幽霊であり、弟子は妖怪なのだそうだ。あまりの交友関係の広さに眼が眩む思いである。

 

「ヘーイ、提督ぅー」

「んー? どうした、金剛?」

 

 金剛がか細い声で横島に話しかける。着任したばかりの時とはあまりにも違う弱々しい姿は、身体の痛みのせいか、それとも心の痛みのせいか。

 

「私、ちゃんと治るんでしょうかー……」

「だーいじょうぶだって。絶対治るからさー」

 

 このやり取りも一体何度目になるのだろうか。

 心身供に弱りきった金剛はかつてのような自信に溢れた言動を取らなくなった。自らの異常に気付いたあの日から数日が過ぎたが、身体は一向に良くならず、常に鈍痛を訴えてくる。

 流石に当初のような刺すような激痛はなくなったものの、不意に霊力が高まるとまた同じ激痛が走ってしまうのだ。

 横島は自らの師匠である美神に対処法を聞いていたのだが、やはり時間を掛けて治すのが最も良いのだという。妙神山の温泉のような霊体の回復が出来る施設や道具があれば良かったのだが、生憎とドックは肉体の傷しか治せない。

 文珠を使えば一瞬で癒すことも出来るだろうが……それでは耐性が身に付かない。何とも悩ましいところであり、横島も天龍以上に苦しむ金剛の姿に何度文珠を使おうとしたことか。

 

「金剛にゃ悪いと思ってる。けど、これはお前の身体を考えてのことなんだ。あと少しだけ耐えてくれ」

「提督……」

 

 横島は車椅子に座る金剛の前に膝を付き、目線を合わせて語りかける。口調はある程度軽いものだが、そこに込められた意思は真摯なものだ。

 金剛もそれを理解し、頷いてみせる。今まで耐えてきたのだ。あとほんの数分耐えるのにどれほどの我慢が必要と言うのか。

 この身体は治らないのでは……。そんな考えが金剛の脳裏を過ぎり、それが彼女を不安にさせている。何度も繰り返したこのやり取り。これは、完治するまで……そしてリミッターが付与されるまで、続いていくことになるのだろう。

 

「……そろそろ時間、か。ねえ司令官、本当に最後の一人に心当たりはないの?」

「……あー、あるっちゃあるんだが……」

 

 重くなった空気を変えようとしたのか、先程の横島よろしく腕時計で時間を確認する霞が横島に問いを投げかける。それに対する横島はどうにも歯切れの悪い答えを返す。

 

「提督の一人が“大尉”ってことは、きっと()()()()()も提督のはず……。アイツ美形だし魔族のわりに普段は穏やかだし、みんなアイツに靡いちまうんじゃ……」

 

 ぼそぼそと、横島はそんな独り言を呟く。皆に「最後の一人はきっと美形のお兄さんダヨ!」と説明して関心を抱かれては堪らない。ウチの艦娘はみんな俺のもんなんや!! というのが横島の心の内である。これは仕方ないね。

 聞こえていたのか吹雪や大淀は苦笑を浮かべ、霞は呆れたとばかりに溜め息を吐く。金剛は「嫉妬する提督も可愛いネー」と、ちょっとだけ気分を回復させた。

 

「――――あとは……“()()()()()()”……か」

「ん……?」

 

 何やら深刻そうな様子で呟いた横島に皆は疑問を浮かべる。可能性があるのは二人。そのどちらか、あるいはまた別の誰かなのか。横島に判断はつかない。

 

 

 

「――――最後の一人が誰か、じゃと?」

「……!!」

 

 一体誰が来るのか、と考えを巡らせる横島の背後から、声が掛けられる。横島は雷に撃たれたかのような衝撃を受けると同時に、勢いよく振り返る。はたして、そこに居たのは一組の男女だ。

 

「最後の提督。それは――――わしじゃよ、小僧」

「お前は……!!?」

 

 横島を越える長身に、老齢ながらも老いを感じさせない堂々たる体躯。風に翻るマント、その下の軍服は第一種軍装という、横島の白い第二種軍装と正反対の黒いものだ。

 

 そう、彼こそは不老不死の薬を飲み、千年もの時を生きる天才錬金術師。数百年も昔から現在の科学力を超える発明をし、その名を全世界へと轟かせた“ヨーロッパの魔王”。その名は――――!!

 

「アガサはか――――じゃない、ドクター・カオス!! それに、マリア!?」

「誰じゃアガサって。というか何かえらい仰々しい説明じゃのー」

「お久しぶり・です。横島さん」

 

 最後の提督。それこそはこのドクター・カオスである。

 カオスの三歩後ろに佇む“マリア”と呼ばれた女性。彼女はカオスが造り上げた人造人間であり、カオスの最高傑作たる存在なのだ。

 

「最後の一人ってあんたかよ? ……まあ、でも納得だな。確かにじーさんは艦娘とか艤装とかの研究好きそうだし」

「イエス・横島さん。ドクター・カオス・海域の攻略より・研究の方を・優先しています」

 

 マリアの言によれば、カオスは攻略よりも研究に熱心なようだ。何を優先するかは人それぞれ。その研究が艦娘達の役に立っているのならば、文句も言われないだろう。何よりキーやん達にも研究結果が伝えられるのだ。その恩恵は計り知れないだろう。

 ずっと研究に打ち込んでいられるせいか、脳の働きも以前の冴えを取り戻してきたらしく、日々明石やもう一人の艦娘と研究開発に勤しんでいるようだ。

 

「……ところで、何か若々しくなってねーか……? もしかして若返りの薬でも作ったのか?」

「ん、いやー、それなんじゃが……」

 

 どうやら以前よりも若々しくなっているカオス。横島は錬金術で若返り薬でも造ったのかと考えたのだが、何やらカオスは視線を逸らし、もごもごと言いよどむ。

 知られたら何か都合が悪くなるのか、それとも別の理由が存在するのか。横島がそれを聞き出そうとするのだが、それよりも前に吹雪が横島の服の裾をちょいと引っ張り、関心を自分へと向けさせる。

 

「ん、と。どうした吹雪?」

「いえ、あの……。申し訳ないんですが、そろそろ私達にも紹介してほしいんですけど……」

「あ……。わりい、忘れてた」

 

 吹雪に言われるまでうっかりと失念していた。大淀達に目を向けると皆うんうんと頷いて視線で紹介を促してくる。流石に割り込むことはしなかったようだ。

 横島は改めて吹雪達に向き直り、カオスとマリアを紹介しようとするが……それにも、待ったが掛かってしまう。

 

「すまんの。それは後にしてもらおう。――――団体様の到着じゃ」

「膨大な神力・魔力を感知! この場に・出現します!!」

 

 カオス、そしてマリアが()()()()に目を向ける。その空間は揺らぎ、歪み、やがて強烈な光を放つ柱が現れる。

 それは強大な力の持ち主が顕現する合図のようなものだ。光柱に数人分の人影が見える。それはゆっくりと光柱の範囲から歩み出る。

 

 現れたのは五人の神魔族だ。

 

「ほう。あの時よりずっと強くなっておるな。後でどれほど腕を上げたか見てやろうかの?」

 

 まず口を開いたのは横島と同じ第二種軍装に身を包み、頭に金の輪を嵌め、キセルを吹かす猿の姿をした神族。

 天界屈指の武神であり、猿神(ハヌマン)とも同一視される最強の魔猿。“お猿”こと、斉天大聖“孫悟空”。

 

「久しぶりだな、戦士(ソルジャー)! 貴様が提督をしていると聞いた時はどうなるかと思ったものだが、どうやら真面目に仕事をこなしているようじゃないか」

 

 第一種軍装にベレー帽を被った、獲物を狙う鷹の如き鋭い目をした女性。“大尉”こと、魔界正規軍()()“ワルキューレ”。

 

「ホントなのね~。()()()()()()感じ、横島さんみんなに慕われてるみたい」

 

 今回、横島がずっと待ち焦がれていた相手。金剛の特異体質を改善出来る存在。神族の調査官にして小竜姫の親友、百の感覚器官を持つ神界の覗き屋“ヒャクメ”。

 

「ヨコシマーーーーーー!!!」

「ぶわーーーーーーっ!!?」

「ふえぇっ!?」

 

 我慢が出来なくなったのか、一人が勢い良く横島に飛びつく。それは吹雪達艦娘にも対応出来ないスピードであり、気が付いた時には横島は一人の幼い少女に押し倒され、ぎゅーっと抱き締められていた。

 

「久しぶりー!! この日が来るのをずーっと待ってたんでちゅよ!! 今日は私といっぱい遊ぶでちゅ!!」

「あだだだだっ!? こら、やーめーろパピリオ! 演習とかの仕事が終わったら時間が空くから、それまで我慢しろって!!」

「ぶーーーっ! ペットのくせにご主人様に逆らうなんて生意気でちゅ!!」

「ペット扱いはいい加減やめろっての」

 

 口では横島の言葉に不満を表す少女であるが、彼女はそれとは裏腹にとても嬉しそうな顔で横島に頭を擦り付けている。丁度犬が匂いを付けているような状態だ。ただし、その力は横島の頬骨を削り尽くせるほどに強力なのだが。

 

 彼女は横島の妹分。かつては三界全てを相手に戦争を仕掛けた魔神“アシュタロス”によって産み出された蝶の化身、“パピリオ”。

 

「んん~~~、ヨコシマ~~~」

「いででででで、削れるっ、削れるぅ……!?」

 

 パピリオの甘えるという名の掘削攻撃に辟易とする横島であるが、彼の胸に去来する感情は喜びが大半である。

 現在パピリオは妙神山にて小竜姫の弟子として修行を行っているのだが、横島と会うことは禁止されていた。これも罰の一つである。そうした理由もあって、こうして横島とパピリオが会うのは実に久しぶりのことなのだ。

 嬉しそうに甘えてくるパピリオを可愛く思い、その頭を撫でてやる。すると今度は掌に頭を擦り付けるようにしてくるのだ。先程横島をペット扱いしていたパピリオであるが、これでは自分の方がペットのようである。

 横島としては甘えるパピリオをこのままあやすのも悪くはないのだが、この後には演習が控えている。皆のことを自分の艦娘達に紹介もしたいし、ここいらで勘弁してもらおうと横島は身体を起こそうとする。だが、それよりも早く、横島に抱きつくパピリオをとある女性が抱え上げた。

 

「コラ、パピリオ! 予定が詰まってんだからそこまでにしときな!」

「あーっ!? あとちょっとだけ!! あとちょっとだけーっ!!」

 

 パピリオの両脇に手を差し込んで持ち上げる、パピリオとは対照的に成熟した容姿の女性。

 

「……“蝶の嬢ちゃん”……パピリオが提督やってんだからさ、きっと()()もいるんだろーな、とは思ってたんだ」

「……ああ」

 

 身体を起こし、しかし座り込んだままの体勢で女性を見つめる横島は、普段とは違った感情を走らせる。それは、パピリオとじゃれていた時にも抱いていた感情の一つ。それは、罪悪感にも似たもの。

 

「ほら、いつまでもそうしてないでさっさと立ちなよ」

「おお、サンキュ」

 

 女性は横島に手を差し出し、横島は女性の手を握り立ち上がる。

 外見年齢も背丈も横島と同程度か、あるいは少々上にも見える。しかし、彼女はパピリオと同じく()()()()()()()()()()()()()

 

「――――久しぶりだな、ベスパ」

「ああ――――久しぶりだね、ヨコシマ」

 

 パピリオと同じくアシュタロスによって産み出されたパピリオの姉であり、()()()()()()。現在は魔界正規軍に所属し、ワルキューレの副官として活躍している蜂の化身“ベスパ”。

 二人はしばし見つめあう。しかしそれは色気を含んだものではなく、互いにどこかぎこちない……遠慮のようなものが見られた。

 吹雪達は二人の雰囲気に何も発することは出来ず、こういった場合色々とやかましくなりそうな金剛も口を挟もうとはしなかった。それはカオス達も同様である。

 この二人の関係は、一言二言で表すには少々複雑が過ぎた。

 

「……女の顔をじろじろと見るもんじゃないよ」

 

 やがて根負けしたのか、ベスパが照れたような口調で横島に文句を言う。それを受けた横島は「悪い悪い」と苦笑を浮かべ、やや躊躇しながらも口を開いた。

 

「あー、その。変わってないな、お前は」

「そりゃーね。魔族である私がたった一年そこらで変わるもんか。……そういうあんたは()()()()()()()ね。見違えるようだよ」

「お、そうか? いやー、ベスパにそう言われると自信付いちゃうなー!」

 

 なはは、と笑う横島。彼らしい返しであるが、やはりどこか彼らしくない姿に見える。それは吹雪達も同様で、何となく横島らしくない様子に首を傾げるばかりだ。

 

「……魔界正規軍での生活はどうだ? ちゃんとメシ食ってるか? 苛められたりはしてないか?」

「あんたは私のお母さんか!? ……大丈夫だよ。魔界は良くも悪くも実力主義だからね。世界滅亡まで後一歩ってとこまで持っていった私達は軍でも一目置かれてるのさ」

「!!?」

「そうなのか? それなら良かった」

「!!?」

 

 ベスパの衝撃発言と横島の安堵の息に吹雪達は驚愕を浮かべるしかない。

 

「めつぼ……世界!? 良か……何がっ!?」

 

 二人の関係を知らない者からしたら色々と理解が追いつかないことばかりである。世界を滅亡させようとしたらしい女性と親しげな横島。一体どのような関係だというのか……?

 

「あ、ああああああああの司令官。司令官司令官司令官」

「おおっ!? お、おおう、何だ吹雪、どうした?」

 

 吹雪は横島の服の裾を強く引き、自分達の元へと引っ張り寄せる。横島はいきなりのことにこけそうになるが、持ち前のバランス感覚で何とか持ち直す。

 ベスパは吹雪のことを咎めるでもなく首を傾げて様子を見ている。

 

「どうしたじゃありませんよ!? 世界が滅亡だとか後一歩まで持っていったとか、あの人はどういう人なんですか!? 司令官とはどういう関係なんです!!?」

「あー……いや、それがな。ちょっと説明するのがかなり難しくて……」

 

 吹雪は器用にも小声で叫びながら横島を問い詰める。横島の周りを囲んだ大淀や霞も「うんうん」と頷き、説明を要求してくる。しかしそれに横島は答えを返すことが出来ない。――――否、話したくないと言うべきか。

 

「……まあ、その話はおいおいな」

「司令官っ!?」

「今は……まだ、話したくない」

「え……」

 

 その時の横島の表情を、どう表せば良いだろうか。少なくとも、吹雪にはそれが分からなかった。ただ分かったことがるとすれば、それはこの話は横島にとってとても大きな意味を持つ話なのだということ。

 横島の言葉から、いずれ話してくれるかもしれない。しかし、吹雪はそれがいつになるかが分からないのが歯がゆかった。未だそれだけの信頼を勝ち得ていない自分が、非常に情けなく思えてくる。結論から言えば、それは勘違いであるのだが。

 これは信頼がどうという話ではないのだ。事実横島は吹雪に全幅の信頼を置いている。今この場で()()()()について話さないのは、ただ単純に横島の心の整理が出来ていないからなのだ。

 あの戦いからもうすぐ一年。横島が過去を吹っ切る――――乗り越えるには、まだまだ短過ぎる時間しか経っていない。

 

「いつかちゃんと話すから。それは約束しとく」

「……はい」

 

 はっきりとした拒絶。吹雪達はそれを感じた。話の規模が規模なだけに納得せざるを得ないのだが、それでもショックなものはショックだ。目に見えて落ち込む吹雪達に、横島は苦笑を零す。

 

「あー……とりあえず、この話はこれでおしまいな。ほれ、あいつらの紹介すっから」

「……忘れてました」

 

 自分達をじっっっと見つめている他の提督達に顔を青くする吹雪。よくよく考えたらとんでもなく失礼なことをしでかした。カオス達は特に気にした様子もなかったが、吹雪達はカオス達に深々と頭を下げるのであった。

 

 

 

 

「さて、んじゃ軽く説明していくけど――――」

 

 こうして始められた外部の提督達との挨拶。千年生きてる錬金術師だとかそれが生み出したロボットだとか斉天大聖だとか北欧神話のワルキューレだとか蜂とか蝶とか覗き魔だとか――――……。

 

「皆さん、とっても凄い人達なんですね!!」

 

 吹雪は思考を放棄した。ぐるぐると回ったお目々がキュート。大淀は頭痛を訴え、霞はカオス達に畏怖の視線を向け、金剛は「oh……サ○ヤ人は実在したんデスねー……」とおバカな勘違いをする。モデルだから仕方ないね。

 

「ところでずっと気になってたんだけどさ。今日演習なのに何でお前らしかいないんだよ? お前らんとこの艦娘達はどうしたんだ?」

 

 と、ここで横島が至極真っ当な質問をする。光の柱から現れたのはいずれも提督達。演習予定の艦娘の姿など影も形もなかった。そして、それに対する回答はこうだ。

 

「みんな向こうで今か今かと待っとる状態じゃな」

「え」

「思いの他話が長引いてしまったからな。まあ、こんな程度で焦れるような鍛え方はしていない。気にするな」

「え」

「みんな呼んでも良いでちゅか?」

「……よろしくお願いします」

 

 こうして、新たに光の柱が五つ現れた。光の柱一つにつき六人の艦娘――――計三十人。それぞれが多種多様な制服を着用しており、ただそこに立っているだけでも壮観である。

 横島達の眼前に整列した艦娘達。やはりと言うべきか皆が皆頗る付きの美人揃い。横島はそんな彼女達に目を奪われ、感嘆の鼻息を荒々しく噴射する。

 

「……?」

 

 そして、吹雪はそんな横島に違和感を覚えた。だが、そのことについて考える暇もなく、立ち並んだ艦娘達の中から二つの小さな人影が躍り出た。

 

「こら司令! いつまで佐渡様を待たせんだよー!!」

「そうだぞ司令。この福江(ふかえ)、待ちくたびれてしまった」

「おぉっ!?」

 

 飛び出したのは横島鎮守府に所属するどの駆逐艦よりも更に幼く見える二人の少女。彼女達はそれぞれ“佐渡”、“福江”というらしい。その二人は待ちぼうけをくらったことに対する文句を言いながら、自らの司令――――カオスに飛びつき、ぶら下がる。

 

「ノー・レディ佐渡・レディ福江・それ以上は・ドクターの腰が・砕けます」

 

 いくら年の割りにはがっしりとした体格をしているとはいえ、老いた身体では子供二人分の体重も支えきれず、フラフラと倒れそうになってしまう。マリアはそれを防ぐためにカオスの背中を支え、その後佐渡と福江をそれぞれ片手でカオスから剥がした。

 

「ぶー! 私らはずっと待たされてたんだからこれくらいいいじゃんよー」

 

 唇を尖らせて文句を言う姿はまさに子供と言ったところ。カオスと並べばそのまま祖父と孫にも見える。

 

「ほらほら、佐渡、福江。いきなり飛びつくのは危ないっていつも言ってるでしょう? 提督を困らせないで、いい子にしてなきゃダメよ?」

「ん゛んー……」

 

 マリアに続き佐渡達をやんわりと注意し、元の場所に戻したのは年の頃なら二十歳前後の女性。黒く、サラサラのロングヘアーを風に靡かせた、優しい笑顔が似合う()()()()()()()()()()()()

 

「いつもいつも二人の世話を頼んでスマンのー、榛名」

「いえ、そんな。好きでやっていることですから、榛名は大丈夫です」

 

 彼女の名は“榛名”。金剛型戦艦の三番艦であり、そして、カオスの秘書艦だ。

 

「oh、榛名! そちらでは建造されてたんデスねー!」

「え、その声は金剛お姉さ――――お姉様!? ど、どうされたんですかそのお姿は!!?」

 

 他の鎮守府では」自分の妹が建造されていることを知り、嬉しく思ったのか金剛が車椅子をキコキコと操作し、榛名の元へと移動して声を掛ける。榛名は金剛の存在にようやく気付いたのか、車椅子に座っている金剛の姿に驚いたようだ。

 そして、そんな金剛に驚いたのは榛名だけではない。

 

「金剛お姉様!? ――――ひええぇぇっ!!? い、一体なぜそんな姿にーーー!!?」

「入渠すれば障害も後遺症もなく完治するはず……!! どういうことなのです……!?」

 

 今まで横島や秘書艦ズの後ろという位置関係上金剛の姿は見えなかったのであろう。新たに列から飛び出してきたのは金剛や榛名と同じ制服の二人。

 金剛型戦艦二番艦にしてパピリオの秘書艦“比叡”、金剛型戦艦四番艦にしてワルキューレの艦隊の一人“霧島”。

 こうして、それぞれ所属する鎮守府は違えども金剛型四姉妹は一堂に会するのであった。

 

「実はデスねー、とある戦いで――――」

「怪我をされたんですか!? 入渠はしましたよね!?」

「ひえぇっ!? も、もしかして入渠を許されなかったとかですかー!!?」

「可能性はありますっ!! そうでなければ艦娘がこのように歩けなくなるはずが……!!」

「いやあの、そうじゃなくて――――」

「お姉様の提督は……彼ですねっ!?」

「あの方がお姉様をこのような目に……!!?」

「それは違――――!?」

「うおおおおおっ!!! お姉様の仇ーーーーーー!!!」

「誰も話を聞いてくれませーーーーーーん!!?」

 

 姉妹艦である金剛が痛々しい姿になっているのを見たせいか、姉妹に驚愕と動揺が走り、暴走状態になってしまったらしい。艦娘は入渠さえ出来ればどのような怪我も治ることや、横島鎮守府のように霊力の扱いに難儀するといったこともなかったのも大きな要因と言えるだろう。

 金剛ラブな比叡は裂帛の気合と共に横島へと駆け出す。その目は『ビカーーーッ』と激しく光り輝いており、明らかに正気ではない。その唐突な動きや猛烈な勢いから誰も比叡を止めることは出来ず、既に横島の目の前に到達していた。

 

「一体なぜお姉様を入渠もさせずにこんな姿のままにしているのか答えてくださいよさあ早く比叡チョーーーーーーップ!!!」

 

 質問をするのか攻撃をするのかどちらかだけにしてほしいものだが、極端な興奮状態の比叡にそんな複雑な思考は出来るはずもなく。横島に向かって不意打ち気味なチョップが振り下ろされる。どうやら霊力も使用しているらしく、その手は比叡の霊力光によって輝いていた。

 

「落ち着けっての」

「――――え……?」

 

 しかし横島は比叡のチョップを左手でぺちんと弾き、攻撃を逸らす。比叡は何の手応えもなかったので何があったのか分からず、呆けてしまう。

 

「何やってるでちゅかこのアンポンタン」

「ひぇ゛っっっ!!?」

 

 そんな比叡にパピリオが軽くデコピンを食らわせる。比叡の頭はその衝撃でグキッと首の骨が折れてしまったのではないのかというほどの勢いで仰け反ってしまう。

 

「~~~~~~っっっ!!?」

 

 あまりの威力に比叡は額と首を押さえてドッタンバッタンともがいている。横島は比叡の短いスカートからパンツが丸見えなのでより荒々しく鼻息を噴き出すが、一連の行動を見ていた他の艦娘達はパピリオの底知れぬ力に背筋が凍る思いである。

 

「私のヨコシマに手を出すとは、いい度胸してまちゅねヒエイ……?」

「う、うぅ~~~~~~……!! だ、だってお姉様がぁ~~~~~~!!」

 

 比叡の前に仁王立ちし、キッと睨みつけるパピリオに、比叡が涙目で言い訳する。姉妹の長姉が歩けなくなっていれば混乱もするし怒りも湧くだろう。金剛の状態に責任を感じている横島は比叡達金剛の妹達に何があったのかを詳しく説明する。

 

「申し訳ありませんでしたぁっ!!」

「あー、うん。いいよ別に」

「次はこんなもんじゃすまないでちゅよ」

「ちゃんと話を聞かないからこういうことになるんだヨー?」

「あんたが言わないの」

 

 横島の前で深々と頭を下げる比叡達三人。榛名と霧島は比叡のように手を出してはいないが、横島を思い切り犯人呼ばわりしていたので謝罪を行っている。

 当の横島本人は既に何も思うところはないのだが、パピリオと金剛はプンスカと未だにお怒り状態だ。金剛の言葉には霞のツッコミが入る。

 

「――――まあそんなわけでヒャクメに金剛にリミッターをつけてほしいんだが……」

「はいはーい! お任せなのねー!」

 

 横島の頼みにヒャクメは快く応える。最近はあまり活躍の機会にも恵まれず、ずっとこんな時を待っていたらしい。

 

「おお……神の御業をこの目で見られるのか……」

 

 そう呟きを漏らすのは斉天大聖の秘書艦、長門型戦艦一番艦“長門”だ。

 斉天大聖は数々の仙術を操る神仙であるのだが、普段の彼は仙術を使うことはあまりない。金斗雲や毛を抜いての身外身の術――いわゆる分身の術――はよく使用しているが、こういった癒しの力は見たことがないのだ。

 一体どのような形で神の奇跡が顕れるのか、長門は人知れず高鳴る鼓動を抑える。そして、遂に待ちに待った光景が――――!!

 

「――――はい、それじゃあそのまま動かないでねー」

 

 ヒャクメは持ってきていたアタッシュケースを開き、吸盤型の器具を金剛の額にくっつけ、アタッシュケース内部のパソコンのような機械でカタカタとタイピングしながら金剛の身体を調べる。

 

「……神の……御、業……?」

 

 まるで優れた科学技術である。それはとてもではないが神聖さは見て取れず、普通の……と言えば大いに語弊があるだろうが、とにかく普通の診察と何も変わらないように見えた。

 

「ふんふんふん……なるほどねー……」

 

 ヒャクメは金剛の身体を調べ、()()()()()()()()に呟きを漏らす。リミッターは既に付け終えた。後は正しく動作するかの確認である。

 

「ん、これで完璧! それじゃあ横島さん、金剛の身体を治してあげて」

「え、いいのか? こういうのはゆっくり治していかないといけないんじゃ……?」

 

 横島はヒャクメの言葉に疑問を呈する。横島の疑問は尤もであるのだが、今回は特別なのだ。

 

「本来はそうなんだけど、今回はちゃんとリミッターが働くかを見ないといけないから。身体が完治するまでどのくらい掛かるか分からないしねー」

「……そうか」

 

 金剛の額から吸盤を外しながらヒャクメは解説する。横島はそういうことならさっさと金剛の身体を治しておくべきだったと後悔しきりだ。

 

「何か……ゴメンな、金剛」

「謝る必要はありまセーン。提督は私のことを思ってくれていたんデスからー」

 

 今も身体には痛みがあるだろうに、それでも金剛は横島に微笑みを浮かべる。横島は「エエ子や……!!」と感動の涙を流す。これも横島に対する金剛の愛の深さ故だろうか。

 

「今度埋め合わせするからな。俺に出来る事なら何でも……」

「あ、馬鹿っ!! そんなこと言ったら……!!」

 

 横島は昂る感情のままに詫びるのだが、些か以上に選んだ言葉が不味かった。

 

「ふふふ……!! 言質は取ったデース……!!」

「ああっ、しまった……!?」

 

 霞が止めるのも間に合わず、横島は金剛に言ってはいけない言葉を使ってしまったのだ。現在金剛の瞳は『ギュピアアアァァァ!!!』とそれはもう輝いている。これには大淀も呆れるばかりだ。吹雪は横島を横目で睨みながら「ぷー」と頬を膨らませている。

 

「ええい、今は考えててもしょうがない! とにかく金剛の身体を治しちまおう」

 

 場の空気を変えるために横島は気合一発文珠を新たに二つ創り出す。ストックでは金剛に何となく申し訳なく、新たに創った方が彼女への気持ちをより強く込められるからだ。

 横島の左右の掌に翡翠の輝きが迸り、それが集束していく。やがてそれは球形の殻を形成し、横島の純粋で強力な霊力で満たされる。

 

「おお……!! か、神の御業か……!!」

 

 横島の行っていることは無から有を創り出している様に見え、その神々しさから長門は感嘆の息を吐く。今までここまで横島が好意的に見られたことがあっただろうか。これには長門だけではなく他の艦娘も驚いた。

 二つの文珠に込められた文字はそれぞれ『快』と『癒』。優しく、穏やかな治癒をイメージした結果だ。

 横島は文珠を金剛に発動。金剛は翡翠の光に数秒ほど包まれ、それが収まった頃にはすっかりと身体から痛みはなくなっていた。

 

「お、おぉー……! 痛みがなくなりまシター……。凄いデース提督ぅー!!」

「うおぁー!? こ、ここじゃイヤーーーーーー!?」

「お、お姉様ーーーーーー!?」

 

 車椅子から徐に立ち上がった金剛は軽く身体の調子を確認し、完全に痛みが取れたことに驚き、そして喜びや敬愛、胸の奥から湧き上がる愛から横島に抱きつき、勢いあまって押し倒してしまう。

 金剛のあまりの大胆さに各鎮守府の艦娘達は黄色い悲鳴を上げ、比叡は絹を引き裂くような悲鳴を上げる。自分達の鎮守府にも金剛はいるのだが、それはそれこれはこれ、ということらしい。

 

「お、お姉様ったら、大胆……!! ――――榛名も……」

 

 榛名は金剛の行動に頬を赤く染めながらも、ちらりと目線を移動させる。

 

「榛名も……提督と――――」

 

 その視線の先、そこには「若いっていいのー」と、どこから用意したのかお茶を啜っているカオスの姿があった。

 カオスは榛名の視線に気付き、同じく視線を合わせる。じっと見ていたのが気付かれたことによって恥ずかしくなったのか、榛名はばっと目を逸らす。

 ……カオスは榛名の視線の意味を感じ取り、こちらも気恥ずかしそうに目を逸らして頭を掻く。

 

「はいはい。嬉しいのは分かったから霊力を全力で放出してみてねー」

「ah……忘れてまシター」

「一番重要なとこだろーが!?」

 

 どんなに重要なことでも横島とのスキンシップの前には霞んでしまうのだ。金剛は残念そうに横島から離れると、他の艦娘に危害が及ばないように少々距離を取る。

 

「では早速いきマスヨー!! ――――ハァッ!!!」

 

 気合を込め、全身から霊波を放出する金剛。その圧力はかなりのものであり、ワルキューレやパピリオも感心するほどのレベルである。ちなみにヒャクメは「キャーッ!?」と叫んですっ転んだ。

 金剛から立ち上る二色の霊力光はその激しさを増していき、周囲に爆風を齎す。出力はこれ以上は上がらない……。リミッターが正常に機能しているのだ。

 

「く……っ!! 凄まじい霊力だ……!!」

 

 長門は金剛の発する霊波の強大さに驚くも、その口角を徐々に吊り上げていく。金剛との演習を想像したのだろう。強者との戦いは長門が欲するものの一つである。金剛ほどの力を持つ者と戦えることが嬉しいのだ。演習なので死ぬこともないし。横島はどこかから漂ってきたバトルジャンキーの匂いに身震いした。

 

「ふぬぬぬぬぬ……!! た、確かに……あの時みたいにはならないみたいデスねー……!!」

 

 霊波を全力で放出する金剛が、やや苦しげに話す。全身に力を込めながら話すことに慣れていないせいだ。今も尚全力だ。――――しかし、()()()()()()()()()

 

「流石は神様デース……!! ――――But(しかし)!! 私のLoveはこんなものでは止められまセーン!!!」

「!?」

 

 どういうわけか金剛の中のやる気スイッチがオンになったらしく、目的を完全に履き違えた台詞が金剛の口から飛び出した。

 

「これが……私のMax Power……!!」

 

 金剛の二色の霊力が一つに合わさっていき、やがて完全に融合して桃色の霊力光となる。瞬間、金剛の中のリミッターが軋みを上げた。

 

「う、嘘……!? 私が付けたリミッターが破られる……!?」

「今……!! 私の提督へのLoveは神の力をも超えるのデース!!」

「超えんでいい」

「アーーーーーーオッ!!?」

 

 ヒャクメが驚愕し、金剛がいい感じになっていたところに入る横島の霊波刀(ハリセン)によるツッコミチョップ。スッパアアァンと小気味良い音を立ててはたかれた頭の痛みによって、金剛は霊波の放出を止めてしまう。

 

「何するデース提督ぅ!?」

「そりゃこっちの台詞だっつーの。ようやく身体が治ったってのに、また同じことを繰り返す気かお前は」

 

 横島の尤もな言葉に金剛は何も返せない。ヒャクメの力を超えるほどの自分への愛は嬉しく思うが……それでまた自らの身体を痛めつけられるのは絶対に許容出来ない。

 どうも妙なところで暴走してしまう悪癖が金剛にはあるようだ。横島に叱られた金剛は、しょんぼりとした様子で正座している。またも横島の想いを裏切る所だったのも原因の一つだ。今回を最後に落ち着いてほしいものであるが……本人にも、改善できるかは分からない。

 

「ま、こうして身体も治ったし、演習が終わったら宴会でもするか? 金剛の完治祝いってことで」

「て、提督ぅ……!!」

 

 やがて仕方ないとばかりに苦笑を浮かべた横島がそう提案し、大淀に確認を取る。彼女も苦笑を浮かべていたが、その結果は了承。吹雪は何事もなく(?)解決したので笑顔を浮かべ、霞はもうずっと呆れた様子で溜め息を吐きまくっていた。

 

「……すまんがもうちょっと頑張ってくれ」

「分かってるわよ……あと頭を撫でるな」

 

 ぽんぽんと労わるように霞の頭を撫でる横島から、霞はぷいと顔を背ける。羨ましそうにしていたので吹雪の頭も一緒に撫でる。ことらはとても嬉しそうにふやけた笑顔を浮かべてくれたので、横島もほっこりとした気分になる。

 その隙にヒャクメは金剛のリミッターの微調整を行っていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()のだが、ここまであっさりと破られそうになるのは流石に危険なためである。

 

「強い霊力は諸刃の剣でもあるんだから、慎重にいかないとダメなのねー」

「すいまセーン、ヒャクメ様ー……」

「私はいいけど、後でちゃんと横島さんに謝らないとダメよー? 彼、ああ見えてあなたのこと物凄く心配しているんだから」

 

 ヒャクメは横島の心の内を読んでいる。ある意味、彼ほど艦娘を心配している提督もいないだろう。

 

「横島さんのことが好きで、役に立ちたいって気持ちは分かるわー。でも、それで自分の身体を蔑ろにするのはダメよ」

「うう……」

「さっきのも私が付けたリミッターを超えることで横島さんへの愛情の強さを示そうとしたんだろうけど、そのせいで自分の身体を傷付けていたら、それこそ横島さんに嫌われちゃうのね。――――横島さん、そういうの()()()()()()()()()

 

 ヒャクメの言葉には金剛では窺い知れないほどの重さを感じた。

 

()()()()もあるだろうけど、()()()()()()()()()()()()なのね。……誰かを愛するのなら、同じくらい自分のことも(いと)わないとね?」

「――――!!」

 

 それは、金剛が無意識の内に抱いていた利己的なまでの感情だ。

 金剛の前世である戦艦タ級……の前身である、艦娘の誰か。その艦娘は自らの想い人に気持ちを伝えることが出来ずに深海棲艦となってしまったのだ。

 そういった未練があったから、その誰かはこうして金剛として生まれ変わったのかもしれない。自らの恋情、愛情を声高に示す、情熱的な女性として。

 ヒャクメはそれを見抜いたのだ。彼女の持つ心眼。それは人の心どころか、その前世すらも読み取ることが出来る。ヒャクメは金剛の危うさから、それを教え、導こうとしている。

 ヒャクメの言葉は金剛に衝撃を齎した。死ねばそれで終わり。自分は艦娘から深海棲艦に、そしてそこからまた艦娘として生まれ変わった。前世のことは断片的にしか覚えていないか、はたして今のような性格であったのだろうか?

 ここにきて、金剛は自らの行為の危うさを自覚する。金剛の行いは自分の身を危険に晒すものばかりであった。心のどこかで、“死んでも大丈夫”といった意識があったのかもしれない。

 

「ありがとう、ございマス……ヒャクメ様……」

「どーいたしまして。ほら、いつまでも正座してないで横島さんの所に行って来るのねー」

「……ハイ!! 金剛、出撃しマ――――ああああぁぁぁ!? 脚が痺れええええぇぇぇ……!?」

 

 ヒャクメの言葉に感動し、感謝し、横島に謝罪をしに行こうとした金剛は脚の痺れの前に撃沈してしまった。これにはヒャクメも苦笑い。

 横島は脚の痺れで倒れた金剛を呆れた眼差しで見やると、「しょーがねーな」と言って、彼女の手をとってゆっくりと立たせてやる。腰に手を回し、自分の身体に引き寄せて金剛を支えると、小さな声でこう言った。

 

「お前は俺のもんなんだから……もう変な無茶はすんなよ」

 

 流石に照れ臭かったのか、目を逸らしながらのその言葉は、金剛の心を激しい衝撃を伴って貫いた。

 それは横島としては当たり前の言葉。建造され、目の前に現れた瞬間から……否、もっと前から、横島にとって金剛は自分のものなのだ。

 そしてその言葉は、前世から――――誰かの頃から、ずっと求めていた愛の言葉。

 

 

 ――――金剛の愛は、このたった一言で報われたのである。

 

 

 身体が歓喜で震える。金剛は双眸から涙が溢れそうになるのをぐっと堪えると、横島にとびきりの笑顔を以って答えた。

 

「ハイ。――――愛してマース、提督」

 

 この日を境に、金剛は自らの身を厭わぬ行為は鳴りを潜めることになる。そんなことをしなくても、自分の愛を受け止め、愛を返してくれる者が存在するのだ。

 今までも、そしてこれからも。金剛の愛は、燃え上がり続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 各鎮守府の艦娘達の思いは一致していた。

 

「私達、いつまでこのまま待っていればいいんだろう……?」

 

 彼女達は放置されながらも、活躍の時を待っている――――!!!

 

 

 

 

第三十六話

『わしじゃよ』

~了~

 

 

 

 

 

 

 

 

青葉「……」パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ

秋雲「……」カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ

 

青葉「どもっ! ヒャクメ様の秘書艦の青葉ですっ! よろしくお願いしますっ!」

秋雲「同じく、ヒャクメ様の秘書艦の秋雲さんだよ! よろしくね!」

 

長門「……もう本編は終了したのだが……」

 

青葉「」

秋雲「」

 




ヒャクメは有能Part2(挨拶)

そんなわけで最後の提督はカオスでした。
各鎮守府のメンバーは次回で明らかになります。多分。

カオスを煩悩日和に出すに当たって誰かヒロインになってもらおうと考えました。

カオスにお似合いの艦娘か……誰がいいかな榛名だな(神速のインパルス)

……何か分かりませんがパッと思いついたんです。何かで見たのかな……?
他に思いついたのは陸奥と大和でした。こっちは王道な感じですね。

次回以降は各鎮守府と演習を行いながら内情の描写とかでしょうか。
あとちょっとしたサプライズ的な展開も……?



サブタイは『全提督入場!』や『全艦娘入場!』にしようと思いましたが、提督は横島含めても六人だし艦娘だと三十人だしで面d(ry

なのでよりネタ度が高い『わしじゃよ』にしました。
でも正直内容でのインパクトが薄い……

ダラダラと長くなってしまいましたね。
それではまた次回。


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演習開始

大変お待たせいたしました。

パソコンが完全に壊れ、データも何もかも全てが吹っ飛んでしまいました……今までありがとね。

そんなわけで暫くはスマホ投稿となりますので、以前より文字数が少なくなっています。
……まあ最近の煩悩日和はやたらと文字数が多かったので丁度良かったのかもしれない。
それにしてもパソコンとスマホじゃ勝手が違いすぎてとてめやりづらい……。

一応今回からようやく演習が始まるわけですが、一体どのようなことになるのでしょうか。

それはともかく、皆様のお陰で煩悩日和のUA数が20万を突破いたしました。
これからも煩悩日和をよろしくお願いいたします。

それではまたあとがきで。


 

実に三十人以上の艦娘を引き連れて鎮守府の演習場を目指す横島達一行。演習場は鎮守府前海域と被らない場所に存在するため、少々長い距離を歩くことになる。

その間、横島はカオス達他の提督から預かったそれぞれの艦隊資料を読み、自分と他の提督達の艦娘の練度の差に衝撃を受けた。

 

「うっへぇ……やっぱみんなスゲェな。殆どの艦娘の練度が60以上。老師のとこにいたっては全員練度99(最高値)とか……」

「まあワシらとお主ではそもそも前提が違うからのう」

「貴様は元々学生。更にはゴーストスイーパーの仕事も行っている。そんな中でこれだけ育て上げているのは称賛に値すると思うがな」

 

斉天大聖やワルキューレ達神魔族が艦娘達の司令官をしているのは()()()()()()()()()()()()()()であり、一日の大半の時間をこちらの世界で過ごしている。(斉天大聖は籠りっぱなし)

対して横島は高校に通い、バイトを終わらせてからこちらの世界に来ている。絶対的に使える時間が違いすぎるのだ。

それでも横島鎮守府の練度の平均値は20台であり、最も練度が高いのは天龍の30台。以下叢雲、龍驤、加賀、那珂、電と続く。

霊力の方では金剛がダントツであり、以下天龍、加賀、扶桑、龍驤、那珂と続く。

……打撃力? 電以外に誰か候補が?

ワルキューレに誉められて悪い気はしない横島は少々締まりのない笑みを浮かべる。

 

「ぶー。私が褒めてもそんな風にデレデレしないくせに。やっぱり生意気でちゅよー」

「うおっと、おーいパピリオ。飛び付くのは危ないから止めろっての」

「つーん」

 

横島の様子にヤキモチを焼いたのか、パピリオは面白くなさそうな表情を浮かべて横島の背中にのしかかる。

宥めようとする横島と機嫌が悪いふりをするパピリオがじゃれあう姿はどこか侵しがたい雰囲気があり、横島LOVEな金剛でも割って入ることが出来ない。

 

「むー……ベスパさんとパピリオちゃん、司令官とどんな関係なんだろう」

「確かに気になりますね」

「でもアイツは話したくないって言ってたしねぇ……」

「むむむむぅ……まだまだ好感度が足りないデスかー?」

 

横島のすぐ後ろで内緒話をする秘書艦三人と金剛。横島に関係を問い質すも話すことを拒絶されてしまい、少々精神的に動揺が走っている。好感度はみんな高いからそこは心配しなくてもいいが、やはりそれは上手く伝わっていない。

 

「んー……カオスのじーさんとこの艦娘は知らない艦種ばっかだな」

 

横島は吹雪達の動揺に気付けず、ちょうど読んでいたカオスの艦隊の編成資料の疑問を口にした。

 

カオス艦隊、旗艦は戦艦“榛名”。以下海防艦“佐渡”、“福江”、揚陸艦“あきつ丸”、補給艦“速吸(はやすい)”、そして練習巡洋艦“香取”。

所謂特殊艦艇と呼ばれている艦娘を多く含んだ編成である。

 

「これはそれぞれどういう特徴があるんだ?」

「ふむ……あまり詳しく言っても小僧には分からんじゃろうし、大雑把に説明するが……それでもよいか?」

「おう、頼む」

 

まずは海防艦。この艦種は対潜に特化しており、駆逐艦よりも更に対潜値と回避値が高い。

揚陸艦は分類としては航空母艦に近く、艦載機を搭載可能。更には 「三式指揮連絡機(対潜)」と「カ号観測機」という装備によって対潜の鬼と化すのだ。

補給艦は“洋上補給”を装備して艦隊に入れて出撃すると、その名の通りに洋上で燃料と弾薬を補給することが出来る。

最後に練習巡洋艦だが、この艦種を艦隊に入れて演習を行うと、経験値の獲得量が増大するという能力を持つ。

 

「ほぇー、みんな色々と有用な能力を持ってんだなー」

 

カオスの説明を聞いた横島が感心したように頷きながらちらりと背後に目をやり、カオスの艦隊を確認する。

横島の言葉は当然背後の皆にも聞こえており、一様に照れくさそうな顔をしている。

特にあきつ丸などはその大きな胸を張り、ふんすふんすと鼻息を荒くしている。どやがお丸である。(?)

 

「……いや、でもこれもしかして……」

「ほう? 気付いたか」

 

横島の疑問の声にカオスはニヤリと笑う。

 

「あー、っつーことはやっぱり」

「うむ。戦闘には向いとらん」

 

カオスは横島の言葉にあっさりと頷いた。

それというのも海防艦は対潜と回避以外のステータスが低く、耐久は駆逐艦の半分。雷装/Zero。対潜戦闘以外の出撃には多大なリスクが伴うこととなる。

補給艦である速吸は基本的に低性能で燃料の消費が戦艦並みという超高燃費。更に無改造の速吸に洋上補給を複数取り付けると装甲/Zeroになってしまうのだ。

練習巡洋艦の香取もやはり戦闘能力は低い。性能は軽巡洋艦には遠く及ばず、駆逐艦と並べても正直心許ない。

揚陸艦のあきつ丸は耐久こそ軽巡洋艦並みであり、前述の通り分類としては航空母艦に近く、航空艤装も装備してあるのだが……何故か改造されるまで艦載数/Zeroという謎の仕様が存在する。

それぞれに有用な能力が存在するのは確かだ。しかし、その能力を活かすには戦闘能力という高い高い壁を乗り越えなければならないのだ。

 

敬愛し、信頼するカオスから自分達の戦闘能力の低さを指摘された香取、速吸、榛名は苦笑を浮かべ、佐渡と福江は柳眉を逆立てて犬のように唸る。

あきつ丸にいたっては肩をガックリと落とし、背を丸めて大きな溜め息を吐いた。しょんぼり丸である。(?)

 

「でも、それが分かってて演習に連れてきたってことは……」

 

カオスの言葉に大なり小なりショックを受けていた榛名達は横島の言葉に顔を上げ、次いでカオスの背中を見つめる。

その言葉の続き、それをカオスに言ってほしい。そんな願いを込めて。

 

「ふっ。━━━━そうとも。確かに特殊艦艇という括りである以上戦闘能力の低さは否めん。……だが、それでもあの子らは強い。今回の演習でそれを証明してみせようではないか」

 

斯くして、榛名達の願いは叶えられた。不敵な笑みを浮かべ、そう言い切ってみせたカオス。その堂々たる姿は自信に溢れ、ヨーロッパの魔王という異名に相応しい威厳に満ちている。

 

カオスの絶対の信頼からくる言葉に榛名は頬を染めて胸の前で手を組み、熱の籠った瞳でカオスを見つめる。カオスに対して並みならぬ想いを抱いている榛名であるが、それに加えて佐渡達の強さを認めてくれたことも嬉しかったのだ。

榛名は佐渡と福江の二人を自分の子のように可愛がっている。よく話し、よく遊び、悪いことをすればちゃんと叱ってやっている。そして、彼女達の父親役━━━━榛名の旦那役、それは言わずもがなだ。

ちなみにあきつ丸は白い肌を赤く染め、頬に手をやり、ほぅと熱い息を吐いている。ときめき丸だ。(?)

 

横島は榛名達の様子に目敏く気付き、カオスのことを物凄い目で睨み付ける。その目を見たヒャクメ艦隊の秋雲さんは「う○みちゃん……」と呟いていた。

 

「ん……っと、ようやく到着だな。わりい、待たせたな」

 

横島が声を掛けるその先、そこには整列した横島鎮守府の艦娘達が待っていた。

 

「ほう……?」

 

斉天大聖とワルキューレの口が弧を描く。横島の艦娘達から滲み出す霊波、それに練度以上の強さを感じ取ったからだ。

霊波の強さとはすなわち意思や感情の強さ、魂の強さとも言い換えることが出来る。彼女達は横島以外の司令官達に強い視線を送っており、その士気の高さもかなりのものだ。

……まあ、カオスやパピリオから視線が動くと皆の目が驚愕に彩られ、ざわつきが支配してしまったのだが。

見た目が完全に年老いた猿、何かよく分からない格好をしたベレー帽を被って背中から黒い翼を生やした軍人っぽい女性、全身のいたるところに目がいっぱいあるおかしな髪型をした女性がいればそうもなるだろう。

“お猿”、“大尉”、“お目々”……これらのあだ名は彼らの特徴を実によく捉えていたと言える。

 

「んじゃあ軽く説明すっけど━━━━」

 

そうして横島は吹雪達にしたのと同じ説明を皆にも話す。一番皆に驚かれたのはキセルを吹かせながら横島の隣に立っている猿爺が()()“斉天大聖孫悟空”だと判明した時か。

次いでカオスが千年の時を生きる錬金術師であること。ついでに目がいっぱいある女性が覗き魔だと知れた時には皆から白い視線を頂戴していた。……不知火はどことなく何かを企んだような目でヒャクメを見ていたが。

 

「まあそんな感じだな。演習のまず一発目は俺とカオスのじーさんのとこだ」

 

それぞれの鎮守府ごとに移動しながら、横島はまず最初の予定を説明する。横島の言葉に皆はカオス達に目をやり、対戦する艦娘達の姿を確認する。対するカオス達もその視線に気付き、口元に笑みを浮かべ真っ向から見つめ返す。互いにやる気は充分だ。

 

「はっきりと言っちまえば俺達が最弱だ。今日戦うことになる他の艦隊の練度は俺達の倍以上。霊力の扱いについても向こうが上だろうな」

「……」

 

艦娘達にとって衝撃的な言葉をさらりと口にする横島に、皆は声も出ない。自分達の鎮守府が一番遅く運営を開始したのは聞いていたが、まさかそれほどまでの差があるとは思ってもいなかったのだ。

天龍や叢雲などは好戦的に笑っているが、そんな心構えが出来ているのはごく少数であり、殆どの艦娘は硬い表情を浮かべている。

 

「ほれほれ、そんな暗い顔してんなって。別に負けたところでどーこーなるわけじゃねーんだしさ。むしろぶっ倒す勢いでいかねーと」

 

横島が言葉を重ねるが、それでも彼女達の表情は硬いままだ。横島はまず最初に彼我の実力差を認識させておきたかった。それによって艦娘達のモチベーションが下がるかもしれないという危惧はあったが、それでも嘗めてかかるよりは余程いいと割り切っている。

……とは言え、このまま身体も気力も萎縮したままでは実力の半分も発揮出来ないだろう。そこで横島はとある人物にアイコンタクトを試みる。その人は横島の視線に気付くと薄く微笑み、小さく頷いた。

 

「━━━━提督の言う通りよ、みんな」

 

艦娘達の列から抜け、横島の隣に歩み出るのは戦艦“扶桑”。彼女は整列している皆をゆっくりと見回し、にっこりと笑みを深める。

 

「せっかく私達よりも格上の人達が相手をしてくれるんだから、全力を出せないと勝負にもならないわ」

 

そうやって語る扶桑の笑みは、まるで悪戯っ子のように変化する。

 

「それに、私達が弱いのだって考え方によっては有利に働くわ。相手が油断してくれれば儲けもの。その隙に顔面にパンチを叩き込んでやりましょう」

 

ぽすぽすと横島の胸に扶桑の拳が当たる。その様はわざとらしく、滑稽ですらあった。しかし、そのわざとらしさがみなには上手く働いた。

まず一人が小さく笑いを吹き出し、それが二人に、二人が四人にと拡散していき……やがて全員が笑い声を上げた。

━━━━緊張はこれで解れただろう。扶桑は横島の、意図に気付き、見事その役割をこなしてみせた。

これは扶桑にしか、扶桑だからこその理由がある。

扶桑という艦娘は不幸艦と呼ばれており、彼女はその不幸を当然のものと考えている節がある。妹に比べれば前向きな性格であると言えるが、それでも扶桑は前向きを装っているだけなのである。

扶桑のポジティブな言葉には“期待”というものがない。「どうせ希望通りにはならない」……そんな諦めが扶桑の心に蔓延っているからだ。

()()()()()の扶桑だ。彼女が語った言葉、それのどこにも諦めが見られない。むしろ貪欲に勝利を掴もうとする気概すら窺える。

どこまでも前向きに、真っ直ぐと。━━━━ならば、自分達も前を向こう。あの扶桑がそうなのだ。負けてなどいられない。

 

「……」

 

皆の目が力を取り戻したのを確認した横島は、扶桑に目で謝罪する。扶桑の性質を利用したことへの謝罪だ。しかし扶桑はそれを笑って流し、自分の唇に指を当てる。それ以上謝らなくてもいい……そういった意味を込めて。

扶桑には改めて感謝の念を抱く。本当に自分のことを理解してくれていることに、横島の胸に温かな熱が宿る。

 

「━━━━そう、なのです。あれだけ特訓して新技も身に付けたことだし、本気でやらないと意味がないのです。相手の顔面にホームランを叩き込む勢いでいくのです……!!」

 

━━━━その熱も、電のこの言葉で一瞬で氷点下にまで下がってしまったのだが。そして()()を感じたのは横島だけでなく。

 

「………………っ!!!!?」

 

横島鎮守府以外の全艦娘の背筋に、異様なまでの冷たい予感が走った。斉天大聖艦隊の旗艦長門もその異常な感覚に全身を冷や汗で濡らす。

 

「……それじゃ、一戦目のメンバーを発表するぞー?」

 

とりあえず横島はそれに気付かないふりをし、話題を変える。現実逃避と言うのは簡単だ。しかし、誰にだってどうしようもないことは存在する。してしまうのだ。

 

「旗艦は加賀さん。以下天龍、叢雲、電、時雨、夕立の六人だ」

 

カオス艦隊に対抗するべく横島が選択したのは空母機動部隊。それも加賀と天龍という横島鎮守府最強戦力の投入だ。

脇を固めるのは叢雲に電という鎮守府古参メンバーの古強者。時雨や夕立の戦闘センスも侮れない。

更にカオス艦隊は榛名以外の全員の速力が低速であり、横島艦隊の六人は全員高速だ。これにより速さで相手を翻弄することも出来る。名実ともに、横島鎮守府最強の空母機動部隊の誕生である。

 

「よしっ! 腕がなるわ!!」

 

見事メンバーに選ばれた叢雲は左の掌に右拳を打ち付け、逸る気持ちを抑えられない様子を見せる。それは一見普段通りの姿のようであるが、横島には少し違って見えた。

 

「んー? 叢雲のやつどうしたんだ? 何かいつもより気合いが入ってるっつーか気負いすぎっつーか」

「ふふふ、流石ですね司令官」

「白雪?」

 

叢雲の様子をいぶかしがる横島に白雪が歩み寄る。どうやら叢雲がいつもとは違う理由を知っているらしい。

「実は叢雲ちゃん、最近お肉が付いてきたみたいで。今日の演習で色々と発散して以前のような━━━━」

「白雪ィッ!! それは秘密だっつったでしょうがァッ!!」

「きゃー」

 

乙女の秘密をバラされた叢雲が酸素魚雷を振り回し、酷く棒読みの悲鳴を上げて逃げる白雪を追う。頬は羞恥と怒りによって真っ赤に染まっており、若干ではあるが涙目にもなっている。

 

「あー……やっぱそういうのって気にするんだなー」

 

追いかけっこをする二人を呆れるように眺めながら、横島は溜め息混じりにそう言った。演習を前にガチガチに緊張するよりはまだマシなのかもしれないが、これでは気が抜けすぎである。

 

「あによ!? アンタだってデブよりは痩せてる方がいいでしょうが!?」

 

横島の言葉が聞こえたのか、叢雲は視線だけで人を殺せそうな目で横島を睨む。気のせいか叢雲の背後に般若の面が見えるようだ。どうやら本当に余裕がない様子。

ちなみに叢雲が太ってしまった原因だが、最近メキメキと料理の腕が上がっている雷に対抗心を燃やした白雪が叢雲に料理の味見を依頼したのが発端である。

自分の料理を美味しそうに食べてくれる叢雲の姿が余程嬉しかったのか、調子に乗って毎回作りすぎるのが問題だった。まあ叢雲がちゃんと完食していたのだが。

叢雲の自制心が足りなかったのも事実だが、白雪にも責任の一端があることを忘れてはならない。

 

「叢雲……」

「な、何よ……?」

 

横島は薄く、それでいて柔らかな笑みを浮かべると叢雲の肩に手をやる。突然そんなことをされた叢雲は横島の笑みにドギマギしてしまい、ついついどもってしまう。

横島の手は肩から二の腕を滑り、やがて己よりもずっと小さな手へとたどり着き、それを包んでやる。

叢雲は腕から走り、背筋を駆け抜ける妙な感覚に少々身悶えしてしまうが、気丈にも横島の顔を睨み付ける。

そのまま数秒間見つめ合い、横島は目を伏せて微笑みを深くすると、今度は叢雲の目を真っ直ぐに見据えながら言葉を紡ぐ。

 

「叢雲━━━━ちょっとデブったくらい気にすんなって。確かに二の腕とか多少プニプニしてたけど、男ってのはむしろ少し余ってるくらいの肉付きが好きだから━━━━」

「くぉのデリカシー/Zero野郎がああああぁぁっ!!! 叢雲(クォーラル)スペシャルーーーっっっ!!!」

「ぅおあああああぁぁっ!!? な、何でじゃーーーーっ!!? 慰めようとしたのにーーーーーーっ!!?」

「どこがだっ!? アンタの脳みそ腐ってんのかっ!?」

 

叢雲は横島の右腕を左足でフックし、更に左腕を両腕で手前に締め上げる。叢雲には珍しい立ち関節技だが、その威力は他の必殺技(フェイバリット)に勝るとも劣らない。

熟達した者がこの技をかければ、相手の身体を真っ二つにすることも出来るというのだから驚きだ。

さて、そんな凶悪な技をかけられている横島といえば、存外余裕そうであった。いや、苦痛に顔を歪めてはいるのだが、それと同じくらいに煩悩で顔が歪んでいるのだ。

叢雲の身体は確かにふっくらしてしまった。しかし、それはとあるメリットを生み出していた。

 

━━━━叢雲はチチが大きくなっていた。シリは弾力を増し、フトモモはむっちりとした存在感を増している。

それら全てが横島の煩悩を掻き立てるのだ。おかげで横島は地獄と天国を一度に味わうはめになった。……最近はずっとこんな感じである。そもそも横島が叢雲の身体の変遷に気付かないわけがない。

そう、横島は叢雲が太ったのを知っていた。そしてそれを良しと感じているのである。

そもそもが叢雲を痩せぎすと考えていた横島だ。今の体型の方が余程魅力的だと思っている。

 

「……司令官相手に暴行とは。何と言うか奴の鎮守府らしいと言えばらしいが」

「まあ、仲は良いみたいですから。これもスキンシップの一環なのではないでしょうか?」

「ふむ……そう言えば美神令子もあんな感じだったな。それを考えれば別段おかしくは……いややはりおかしい」

 

ワルキューレとベスパが過激な漫才を披露している横島達について呆れたように、しかし面白そうに語り合う。

二人の様子を鑑みるに、普段からああいったドツキ漫才が行われているのだろう。横島鎮守府の艦娘達も「またやってる」と微笑ましそうに見守っているのだ。ある種異様な光景だが、美神徐霊事務所はいつもこんな感じであった。つまりはそれは横島が絡んでいるのなら自然な光景であり、普通に考えればやはりおかしな光景である。

 

「ふんっ! 今回はこれで勘弁してあげるわ!」

「おおあああ……!! 俺は今の叢雲の方がいいのに……!!」

 

叢雲(クォーラル)スペシャルから解放された横島はうつ伏せに倒れ伏し、痙攣しながらも素直な感想を述べていた。

それを聞きながらもぷりぷりと怒りを見せながら離れていく叢雲……なのだが、彼女は「今の叢雲の方がいい」という言葉で一気に機嫌を回復させていた。

あまりにもチョロ過ぎるがそれでいいのか叢雲。

 

「ねえねえ提督さん」

「んぉ? ああ、夕立か。どうした?」

 

倒れ伏す横島に、夕立がしゃがみこんで話しかける。ちょうど横島が顔を上げればパンツが丸見えになる位置であるが、夕立は特に気にしていないようだ。

 

「この演習で活躍出来たら、何かご褒美が欲しいっぽい!」

「ご褒美ぃ?」

 

満面の笑みで提案してくる夕立に、横島は胡乱げな目を向ける。が、互いの練度差を考えればそれもいいかと思える。

 

「んー……分かった。俺に出来る範囲でなら構わないけど」

「やったっぽい!」

 

横島の答えに全身で喜びを表現する夕立。見た目はそれなりに育ってきているのだが、まだまだ中身はお子様らしい。

なんとなく微笑ましい気分になった横島は苦笑を浮かべ、よっこらせと立ち上がり━━━━ご褒美を約束したことを後悔する。

 

「頑張って活躍してちゅーしてもらうっぽい!」

「!?」

「!?」

「!?」

 

空気が凍り、軋みをあげる。夕立の周りに出撃メンバーが集まり、何事か話し合っている。

嫌な予感が横島を襲う。やがて密談が終了したのか、皆は一度横島を振り返り、ふ、と柔らかく微笑んだ。それは横島に「とっても嬉しいんだけど、とっても困ってしまうことになる未来」を想像させ、全身を冷や汗で濡らすはめになった。

 

「さあ━━━━往こうぜ、お前ら」

「ええ、往きましょう。……流石に気分が高揚します」

「最高に素敵なパーティー……」

「僕達で始めよう……」

 

何やらやる気満々な四人。電と叢雲はと言うと、こちらもやる気ではあるのだが……。

 

「はわわ……はわわわわ……!?」

「……」

 

チラチラと横島を見てははわはわ声を漏らす電と、頬を染めてじっと見てきたかと思えば視線を外し、またじっと見つめてくる叢雲。

二人はこのままではいけないと頭を振り、気合いを入れるために頬を両手で張る。

 

「よし━━━━海の底に沈めてやるわ」

「なのです━━━━全力で叩き潰すのです」

 

気合い(さつい)を入れすぎである。

 

結局横島艦隊出撃メンバーは一足先に演習海上へと移動していった。

当然皆の視線は横島に集中するのだが……。

 

「んじゃ俺らもあっちの……管制室だっけ? そこに移動しようぜ。今まで演習が出来ない状況だったから中に入ったことないんだよな」

 

横島、これを華麗にスルー。しかし相変わらず冷や汗は流しており、動揺が隠しきれていない。数多の美女美少女に見つめられているにも拘わらず、横島の胸中に喜びが湧いてこない。湧き上がるのは冷や汗ばかりだ。

色々な意味で追い詰められていく横島の心を覗いたヒャクメは面白そうに笑うが、これ以上放置しておくのも問題だろう。そう考えたヒャクメは横島の艦娘達との関係には言及せず、自分の艦隊を誘導し、そのまま後に続くことにした。

 

「えーっと、照明はこれか?」

 

ちょっとした混乱はあったものの、横島を先頭に各陣営が管制室の中へと入る。照明のスイッチは入り口付近にあり、見送りのために最後に入ってきたカオスがそれを見つけ、明かりをつける。

明かりに照らされて皆の眼前に姿を表したのは、多数の座席とその前面の壁に設置されている大きなスクリーン。

その内装、その雰囲気、これは絶対に管制室ではない。そう、これは━━━━。

 

「映画館じゃねーか!?」

 

どこからどう見ても映画館であった。

 

「あ、ここにポップコーンとジュースの機械があるのねー」

「映画館じゃねーか!?」

 

やはり映画館であった。

 

「まあ、問題なく使えるのなら構わないが……まさか私達の鎮守府の管制室もこんな……?」

 

ワルキューレはまさかという思いを口に出すが、何せこの世界を構築しているのは()()()()である。絶対にないとは言い切れない。

 

「私はキャラメルかな?」

「ポップコーンはやっぱうす塩だろー」

「ん、ハーフ&ハーフ……」

「待ちなさいアンタ達! まずは食材の賞味期限のチェックをしなきゃいけないでしょーが!!」

 

白雪、深雪、初雪の三人が早速ポップコーンを作ろうと機械を弄る。それに待ったをかけたのは霞なのだが、理由が少々おかしかった。いや、おかしくはないがキャラ的にはおかしかった。

そうして何やかんやあり全員にポップコーンとジュースが行き渡った頃、横島艦隊の加賀から通信が入る。

 

『提督。第一艦隊、持ち場に着きました』

「おう。そのままもう少し待機してくれ。……じーさん、そっちはどうだ?」

「うむ。こちらも問題ないぞ」

「あいよ……聞いての通りだ。すぐに始まることになるから、気ぃ抜くなよ?」

『大丈夫よ、問題ないわ……ご褒美、楽しみにしています』

「……活躍したらな」

 

加賀からの通信が終了し、沈黙が降りる。すると照明が暗くなり、ブザー音が鳴り響く。映写機からスクリーンに映像が投影され、加賀達横島艦隊か映し出された。

 

「もうほんとにただの映画鑑賞みたいになってきたな……」

 

呆れながらもポップコーンを摘まむ横島。演習だからと気合いを入れていたのに、何だかもうやる気を殺がれることばかりが起こっている。これも自分達らしいと言えばらしいのだが……。

 

「そう腐らんでもいいじゃろう。若いんじゃから流されるままに生きてみい」

「あの、提督。普通は逆だと思うのですが……」

 

カオスが不貞腐れる横島に適当な言葉を掛けると、隣に座っている榛名が苦笑しつつツッコミを入れる。

 

「……」

「……」

「……榛名!? 榛名ナンデ!? 演習海上に行ったはずじゃ……!!? 」

 

そう、カオスの隣には榛名が座っていた。それだけでなく、榛名の隣には佐渡と福江が、あきつ丸と速吸、香取がいた。

 

「お、おいおいどーいうこったよ? もう演習が始まるっつーのにアンタらがいたら……」

「まあまあ、落ち着け小僧」

 

混乱から復帰し、何故かこの場にいる榛名達カオス艦隊に疑問をぶつける横島を、カオスが諌める。

カオスはこれがさも当たり前のように振る舞っており、横島はそれに反感を覚える。

 

「おい、じーさ━━━━」

「だから落ち着けぃ。ほれ、ワシらを見てどこかおかしいとは思わんか?」

「いや、どこも何も全部がおかし━━━━?」

 

カオスに指摘され、横島ははたと気付く。おかしい。本来この場にいないはずの者達がいる一方で、()()()()()()()()()()()()()()

 

「まさか……」

 

それに気付いた横島は端末を操作し、演習の情報を取得する。

 

『敵艦隊見ゆ。……って、ちょっと待って。あれは……!?』

「まさか━━━━!?」

 

スクリーンに映る威容。背部に接続された巨大な艤装。大口径の砲身はその威力をまざまざと予感させ、重厚な装甲はその堅牢さをありありと想像させる。

そこにいたのはただ一人。人でなく、艦娘でもなく、()()()()()人形(ひとがた)

 

「マ━━━━マリア……!!?」

 

製造番号:試作M―666━━━━人造人間“マリア”。

機械の身体に人造の霊魂を宿した、カオスの最高傑作。

マリアは横島艦隊のおよそ百メートル前に立ち、カオスの指示が来るのを静かに待つ。

 

「この日の為に色々と調整してたんじゃ」

「あ……っ! 準備に手間取ったってのは……!!」

「そう! マリアの新装備の開発をしとったんじゃ!!」

 

カオスは興奮した様子で立ち上がり、高らかに宣言する。

 

「行けマリア!! 天才の頭脳が燃えないゴミと()()()()()()()()()()から造り上げた新兵器の威力を見せるのだ!!」

『イエス・ドクター・カオス━━━━!!』

 

カオスの言葉にマリアは頷き、臨戦態勢に入る。横島は狼狽しながらも自らの艦隊を勝たせる為に警戒を促した。

 

「来るぞみんな……気を付けろっ!!」

 

 

 

 

 

“超弩級重雷装航空巡洋潜水戦艦”マリア━━━━練度(レベル):99

 

最初から絶望の戦いである━━━━!!

 

 

 

 

 

第三十七話

『演習開始』

~了~




お疲れ様でした。
今回はカオス艦隊の紹介。しかしカオス艦隊が戦うのはもうちょっと後で。
最後のマリアのモチーフとなったのはもちろんあの深海棲艦です。早く再登場させたいな。

海防艦……択捉型だけやたらとむちむちしてません?特にフトモモとか。

次回、横島艦隊対マリア。
はたして電の新技はマリアに通用するのか……!?

それではまた次回。


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百の年月を超えて

まるで必殺技のバーゲンセールだな……(挨拶)

お待たせいたしました。

マリアとの演習……一体どのような蹂躙劇が繰り広げられるのか……?


今回はちょっと(かなり)悪ノリが過ぎる部分がありますので苦手な方には申し訳ないです。
おまけで必殺技辞典とかつけておきましたよ。……こんな感じの悪ノリです。

それではまたあとがきで。


 

 ――――私も、頑張ればご褒美をもらえるのだろうか?

 

 活躍する自信はある。当然勝つ自信だってある。しかし、普段の自分の態度からして、それを要求するのは不自然なのではないかと考える。

 

「……」

 

 脳裏に過ぎった疑問を頭を軽く振り、放り出す。今は目の前のことに集中するべきだ。油断などして負けてしまっては元も子もない。

 前を見ろ。敵を見据えろ。如何に相手が強大とても、気持ちは決して負けぬように。

 

 ――――さあ、演習を始めよう。

 

 

 

 

 

『来るぞみんな……気を付けろっ!!』

 

 通信から横島の声が響く。相対するマリアには聞こえないはずのその声が、開戦の狼煙となった。

 

「マリア・ビット・射出!!」

 

 マリアの背部に展開されている艤装から、六つの球体が浮かび上がる。それが半分に分かれ数が十二に、更に分かれ二十四に――――。

 くし型となったそれは、マリアの艦載機である。装甲が一部スライドし、そこから銃身が覗く。一体どのような力が作用しているのか、横島艦隊に向かっていくその軌道は幾何学的な軌跡を描いていた。

 

「……負けません」

 

 その軌道、その威容に動揺を隠せない天龍達。だが、加賀は誰よりも早く立ち直り、己の職務を全うする。

 左手に白の、右手に青の霊力光を輝かせ、弓を引く。射られた矢は強大な霊力を宿し、加賀が装備している艦載機へと姿を変える。それは“流星・改”と“烈風”。

 加賀の霊力アシストを受けた戦闘機が、敵艦載機を、そしてマリアを攻撃しようとその暴威を解放する。――――しかし。

 

「……通じない……!!」

 

 流星・改と烈風はその悉くがマリアのビットに撃ち落され、撃墜を免れた者達もマリアの両前腕部から展開された機銃(マシンガン)で叩き落される。

 それに加えて天龍達の対空迎撃は螺旋や直角を描いた軌道で躱され、地味ながらもじりじりと装甲を削られる。

 

()()()()・十基四十門・一斉射!!」

「――――チイィッ!!」

 

 ビットによる攻撃を辛くも避け続ける天龍達に、更なる暴力が襲い掛かる。霊子魚雷、という初めて耳にする名の兵器であるが、天龍はまっすぐに向かってくるその四十もの魚雷を見て、これを受ければ敗北は確実であると直観する。

 迫る魚雷に、ビットは主の元へと帰還しようとする。これは――――好機(チャンス)だ。

 

「合わせろや電ァッッ!!」

 

 自慢の刀を振りかぶり、天龍は皆よりも前へと突き進む。そして、それは電も同じ。天龍に言われるまでもなく、その身体は既に動き出していたのだ。

 

「――――応ッ! なのですッッ!!」

 

 呼吸を合わせるために電は吼え、天龍と対称になるように錨を振り上げる。その際、錨の持ち手の部分から“シュココン”と軽い音が鳴り、その長さを三倍程へと変貌させていた。

 狙うは帰還していく敵艦載機、迫りくる魚雷。打つは海面、そしてその先――――!!

 

「ダブルッ!」

「ライジングッ!」

 

 二人の振り(スイング)は音を置き去りに、残像すら残らない速度で繰り出された。

 

「――――インパクトォッ!!!」

 

 天龍と、そして電の得物が海面に打ち下ろされた瞬間――――二人の全面数十メートルの海が、爆ぜた。

 魚雷ごと海を巻き上げ、敵艦載機を巻き込む。当然魚雷は空中で爆発、艦載機を巻き込んで全て誘爆していった。

 これこそ天龍発案の目くらまし・対戦闘機・対魚雷迎撃技“ライジングインパクト”である。

 二人の膂力、魚雷の爆発。それらによって大爆発が起こったことにより、辺り一面には水煙が充満していた。数メートル先も見通せぬ程の濃さ。それは、ある艦娘が実力を発揮する絶好の機会である。

 

「……行くよ」

 

 その艦娘の名は時雨。彼女は自らの気配をほぼゼロへとすることが出来る。その隠密具合は美女美少女センサーを搭載している横島ですら気付かない程である……と言えば、それがどれだけ凄まじいことかが伝わるだろうか。

 

『いやーこの前書類整理してたらさー、いつの間にか時雨がすぐ隣から俺の顔を覗き込んでてさー。あん時はマジでびびったなー』

『あー、確かにね。いつ執務室に入ってきたのかも分からなかったし……』

『それから夜寝ようとベッドに入ったら隣に笑顔の時雨がいた時とかは死ぬかと思った』

『え、もしかしてあの子ってストーカー……?』

 

 通信からちょっと危険な会話が漏れてきているが、時雨は気にしない。自らのスキルの有効活用であり、修行にもなるのだ。風呂やトイレに侵入しているわけでもなし、大目に見てほしいとすら考えている。

 時雨は音もなくマリアの背後に回り込み、背中の艤装が変形した単装砲を構える。狙いは機関部……といきたいところであるが、何分マリアの艤装は艦娘の物とは随分と様相が異なる。先の通信でも“深海棲艦の艤装の残骸から造り上げた”と言っていた。ならば狙いは他につけるべきか。

 

「……? ――――ッッッ!?」

 

 時雨の思考はごく短いものだった。しかし、それでもマリアの背後を取って、()()()()()考え込んでしまったのが仇となった。

 マリアの背部の艤装。そこには先程のライジングインパクトで撃墜を免れた二基のビットが格納されている。そして、そのビットからは砲門が展開されており、例外なく時雨をロックオンしていたのだ。

 

「機銃・発射」

「うわあああぁぁぁっ!!?」

 

 いくら一発一発の威力が低いとはいえ、至近距離から二基のビット――実質八基――による一斉射は時雨の装甲を見る見るうちに削り取っていく。

 ――――時雨、大破。

 

「ロケット・アーム!!」

 

 マリアは水煙の先、一点を見つめ、両手を射出する。数秒後、その両手は一人の艦娘を掴み、猛烈な勢いで引き寄せる。あまりの力の強さに水面から放り出され、数メートル程宙を浮いてしまっている。

 

「くぅっ!?」

 

 引き寄せられたのは加賀。マリアの握力が強すぎたためか、加賀の装甲が破損している。

 しかし、加賀もさる者。不安定な空中だというのに既に弓に矢は番えられ、マリアがいるであろう場所へと狙いを定めていた。……だが、それは既に遅きに失している。

 両腕を戻したマリアは既に主砲の狙いを加賀へと合わせているのだ。それは世界最大最強の戦艦主砲。46㎝三連装砲である。

 

「主砲・斉射」

「――――っっっ!!?」

 

 爆炎と爆光に加賀は飲まれる。その絶大な威力に耐えることなど出来はしなかった。

 ――――加賀、大破。

 

「そこです」

 

 マリアは次の得物に狙いを付ける。彼女に搭載されているセンサーは特別性だ。光、温度、音、距離、加速度などに加え、()()も感知することが出来る。つまり、マリアにとってこの水煙は何の障害にもならない。

 

「ぽいっ!?」

 

 円を描くように移動していた夕立の前に突如として現れたのは、先程もその脅威を見せつけてきたマリア・ビットだ。くし型のビットが四基、猛然と夕立に迫る。――――だが。

 

「行くよ」

 

 夕立は敢えて前進。ビット達の攻撃を避ける為に飛び込むように転がり、そして体勢を立て直す。位置は丁度ビット達の中心。夕立の口は弧を描き、小さな舌が乾いた唇を濡らすようにペロリと舐め上げた。――――瞳が赤く染まる。

 夕立は主砲を両手に超至近距離での砲撃を開始する。それはまるで格闘技の演武をしているかのような動きであり、砲撃の反動や、時にはビットも銃撃を利用した防御・回避・攻撃をほぼ同時に行う。

 まだまだ完成とはいかないが、それでも接近戦での実力は飛躍的に上昇している。だからこそ、夕立は何とか持ちこたえることが出来た。

 

「――――ですが・それもここまでです」

「ぽっ!?」

 

 未だ消えぬ水煙からぬっと現れたのは巨大な艤装を背負ったマリア。夕立はその威容に後退を選択するが、それは出来ない。何故ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「食らうっぽい!!」

 

 ならば、と夕立は一発・二発と砲撃をマリアに浴びせる。その全てが顔面狙い。霊力も込められたそれは並の深海棲艦ならば沈めることも出来るのだが……。

 

「む、無傷……っ!?」

 

 その程度の攻撃が、マリアに通じるはずもない。更に追撃をしようと主砲を構えた瞬間、その砲口はマリアに握り潰された。そのタイミングは――――発射と、ほぼ同時。

 

「きゃああぁぁぁーーーーーーっ!!?」

 

 暴発。込められた霊波と砲弾の威力により、この時点で夕立は中破してしまう。更に、そこにダメ押しの一撃が入る。

 

「ロケット・突き押し!!」

「――――っ!!?」

 

 夕立の胸にぶち込まれた、強烈な一撃。マリアの超パワーとロケットの勢いに海面に押さえつけられながらガリガリと装甲と艤装を削られ、ついには戦闘不能となった。……どう見ても突き押しではなくもみじおろしである。

 ――――夕立、大破。

 

 ここまででほんの数分。既に横島艦隊の半数が大破判定をもらってしまう。それは横島にも伝わっているし、横島から天龍達残りの三人にも伝わっている。

 

「くそっ! ……わりぃ、俺の作戦が足を引っ張っちまった……!! こんなことになるとは俺の目でも見抜けなかった……」

「流石にこの展開は想像できないでしょ。……もうちょっとなんとかなると思ってたんだけどねー……」

「はわわ……どうしたらいいんでしょうか……」

 

 ようやく薄れゆく水煙の中、三人は合流し、やや現実逃避にも似た言葉を交わす。マリアは襲ってこない。何を考えているのか……天龍達は不気味に思う。

 強い風が吹き、水煙が流されていく。天龍達三人の数十メートル先、果たしてマリアの姿はそこにあった。

 無表情の、しかしその瞳には何か強い意志を感じさせる何かを宿し、マリアは天龍達三人を睨む。それは、まるで警戒しているかのような風情だ。

 真意は不明……しかし、攻めてこないのならば自分達が行動を起こす番である。

 

「二人とも」

「あん?」

「な、何でしょう……?」

 

 叢雲がマリアから目を離さずに二人に話しかける。

 

「私が囮になるから。……攻撃、よろしく」

 

 槍を握る手に力が入る。冷汗が噴出して止まらない。恐怖がないと言えば嘘になる。いくら轟沈することがない演習といえど、恐ろしいものは恐ろしい。痛み――――これほど分かりやすい恐怖の象徴もないだろう。自分は、それを真っ向から受け止めねばならない。

 叢雲はともすれば引きつりそうになる顔を獰猛な笑みへと無理やり変え、一歩を踏み出した。

 

「叢雲さん――――お願い、するのです」

 

 叢雲は既に覚悟は終えている。勝ち筋があるのはこの作戦しかない。それに思い至った電に出来ることは――――その叢雲の覚悟に応えることである。

 ほんの数分で加賀達横島鎮守府の最強戦力達をたった一人で倒した存在に対し、囮を任せる。とても怖くて、とても恐ろしい。

 しかし、それが自分達だ。それが艦娘という存在だ。これは演習。しかし、それに挑む心は実戦と同じく。

 未熟な自分達を導いてくれる、あのおバカで優しい司令官が誇れるように――――強くあるのだ。

 

「フンッ――――上等ォッ!!」

 

 裂帛の気合を胸に、叢雲はマリアへと駆け出した。

 叢雲の役割は背後の二人に目を向けさせないために派手に振る舞ってマリアの視線を釘付けにすること。マリアもセンサーで天龍達の動きを把握しているので、叢雲の狙いは理解している。

 潰そうと思えば簡単に潰せる叢雲達の作戦。だが、マリアは敢えてそれに乗ってやることにした。

 それは油断でも慢心でもなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という意思表示である。

 

「舐めんじゃ――――っ!?」

 

 マリアの傲慢にも見える態度にプライドを刺激された叢雲は毒づこうとするが、突如として射出されたマリアの両腕に機先を制される。

 

「ろ、ロケット・パンチ!?」

「ノー・レディ叢雲・ロケット・アーム・です」

 

 機械の両腕にがっちりと両肩を掴まれた叢雲は、非現実的な光景についついどうでもいいツッコミを入れてしまう。マリアのロケット・アームは有線式。加賀と同じくワイヤーの巻取りによって引き寄せられる叢雲に対し、マリアは必殺の一撃を用意する。

 

「ジェット・ニー!!」

「ぶっ!!?」

 

 足裏のジェット噴射を利用した強烈な右膝蹴りが叢雲に炸裂する。叢雲は艤装のサブアームを動かし、何とか主砲を割り込ませるのが間に合ったが、それでも大きなダメージを受けてしまい、主砲はズタボロ。叢雲自身も中破となる。……しかし、それでもまだマリアの攻撃は終了していなかった。

 マリアの右脛の装甲が一部展開し、とある兵器の発射口が露出する。それは、超小型爆弾の発射口。

 

「クレイモア・キック!!」

「――――ッッッ!!?」

 

 夥しい程の数の小型爆弾が射出され、幾重もの爆発が悲鳴ごと叢雲を包む。対人指向性地雷(クレイモア)という名前ながらその兵器の性質はどちらかと言えばクラスター爆弾に近い。全身を爆発に蹂躙された叢雲は当然大破し、海面を跳ねるように転がっていく。

 残りは二人。その二人も真っ直ぐに向かって来ている。正面と――――空中から。

 

「やあああああああ!!」

「おおおおおおおお!!」

 

 天龍が正面、電が上だ。マリアへと向かう途中、天龍が電を投げ飛ばしたのだ。

 既に二人の武器には限界以上の霊力が注ぎ込まれている。天龍は刀を海面に突き刺し、電は錨を振りかぶっている。

 回避は可能。迎撃も可能。しかし――――それすらも受け止めてみせる。マリアの決意に翳りは無い。

 

「おおおおおおおおらぁっ!!!」

 

 海面に突き刺したことでより爆発的な霊力を溜め込んだ刀が、海を鞘とした居合の一振りとして放たれる。

 

かみなり斬り(ブルー・サンダー・スラッシュ)!! なのですっ!!」

 

 錨を高速で左右に振り、まるで落雷のような軌道を描く一撃が振り下ろされる。

 

「――――っ!!!」

 

 必ず受け止める。その決意を示すかのように――――マリアの両腕は、()()()()()()()()()()

 

 天龍の刀が、電の錨が、マリアの両腕とぶつかり合う。瞬間、巨大な霊波の爆発が起こり、三人を包み込む。音が消えたかと錯覚するほどの爆音、瞳が焼き切れるのではないかと思える爆光の果て――――三人は、立っていた。

 

「……これでも、ダメなのかよ」

 

 天龍の口から思わず弱音が漏れたのは仕方がないことだろう。半ばから折れた天龍の刀と、半分がひしゃげて千切れた錨。先の爆発で中破した二人。対するマリアの両腕には少々の亀裂が走った程度だ。

 

『何と、マリアの装甲に傷を付けおったか……!』

 

 カオスの賛辞も天龍達には聞こえない。ならば、それを伝えるのは一人しかいない。

 

「お見事です・ミス天龍・レディ電」

 

 マリアの両腕が折れ曲がり、砲身が現れる。

 

「しかし――――私の勝ちです」

 

 天龍は咄嗟に両腕を、電は艤装の盾を構える。防ぐことは不可能。だが、それでも何もせずにはいられない。何かをせずにはいられない。

 

「エルボー・バズーカ!!」

 

 天龍にも、電にも。それを防ぐ手立てなどなく。

 

 

 

 ――――こうして、横島艦隊は全員が大破状態となった。

 

 

 

 

 ――――管制室。

 

「……」

「……」

「……マリア、気合入りすぎじゃないか?」

「……ああ、うむ」

 

 想像以上の蹂躙劇に横島は少々引いてしまう。カオスも何やら歯切れが悪く、やや複雑そうな目でマリアを眺めていた。

 

「時雨達はともかく、夕立と叢雲への攻撃はいくら何でもやりすぎだろ。 文句言ってやろうか」

「やめんか。それには訳があるんじゃ」

「あん?」

 

 いくら演習とはいえ、必要以上に痛めつけられた形となってしまった夕立達のことで、横島はマリアに怒りを覚える。だが、カオスは理由があるのだとそれを止める。横島に胡乱げな目で見られるカオスであるが、動じることはない。

 

「……まあ、理由は後で聞くか。今はあの子らを労ってやんねーと」

「うむ、そうじゃな」

「せっかく俺達が勝ったんだし」

「うむ。………………うん?」

 

 横島があまりにも自然に口に出したことで、カオスは危うくその言葉を流してしまうところであった。どちらが勝った、と?

 

「……小僧、お主は何を言って――――」

「ほい、これ」

 

 問い詰めてくるカオスに横島は自らの端末の画面を見せる。思わず覗き込んだのはカオスと、その秘書艦榛名、更には斉天大聖を始めとする他の鎮守府の司令官達。

 横島の端末の画面、そこにはデカデカと“完全勝利!! S”の文字が浮かび上がっていた。

 

「……何じゃとーーーーーー!!?」

 

 カオスが横島の端末をひったくって叫ぶ。榛名やあきつ丸、他多くの艦娘達も混乱している。理由を分かっていそうなのは「あちゃー」と頭を掻いているヒャクメくらいなものだ。

 

「な、何故じゃ!? 一体何故そんなことに!?」

「じーさんの端末の方はどうなってんだ?」

 

 横島の言葉に、カオスは思い出したかのように自らの端末の画面を見やる。そこには“不明な艦娘が登録されました。システムに深刻な障害が発生しています。直ちに運用を停止してください”――――という警告文が踊っている。

 

「くっ、しくじったわい! システムを誤魔化し切れんかったか……!!」

 

 カオスは端末を懐から取り出した何らかのユニットに接続し、それに備え付けられているキーボードを猛烈な勢いで叩き出す。……そう。当たり前であるがマリアは艦娘ではない。マリアを横島鎮守府との演習で運用するために、端末のシステムに細工を施していたのだ。

 要するに不正である。これにより横島艦隊が勝利扱いとなり、カオス艦隊の反則負けとなったのだ。

 

「そんなわけだから、俺達の勝ちだ。経験値もたんまり貰えたし、結果オーライって感じかな?」

『……』

 

 端末の通信機能を使い、横島は懸命に戦ってくれた自らの艦隊に言葉を掛ける。返事は来ない。それもそうだろう。真正面から挑んで惨敗したと思ったら、相手側の反則負けで自分達の勝利となったのだ。咄嗟に声は出ないだろう。

 

『……な』

「な?」

『――――納得いかなーーーーーーい!!』

 

 結局、絞り出されたのは叢雲のそんな叫び声だけであった。

 

 

 

 

「――――で、マリアが普段より気合入ってた理由って何なんだ?」

 

 管制室の中にある男性用トイレにて、横島がカオスに問う。カオスが用を足したいと言ってきたので横島が案内したのだ。用も足し終え、二人は廊下で話し込む。

 

「ふむ……ちょいと驚かせてしまうことになるじゃろうが……それでも知りたいか?」

「あ? ……ああ、まあ教えてもらえるなら」

 

 随分と慎重な様子のカオスに横島は少々面食らう。どうやら事態は横島が思っていた以上に根が深いものであるのかもしれない。

 

「簡単に言うと、じゃ。……マリアはな、お主からご褒美が欲しかったんじゃよ」

「……どーいうこった?」

 

 横島は首を傾げる。カオスからならともかく、何故自分から? というのが率直な感想だ。

 

「ほれ、お主のとこの夕立が活躍したらご褒美が欲しいと言っとったじゃろ? マリアもそれが目当てだったんじゃ」

「……いや、だから何で俺なんだよ? じーさんが何かやりゃーいいじゃん」

「そりゃー好いた男からもらいたくなるのが人情じゃろうて」

「好いた男っつったって――――は? ……は?」

 

 二度見ならぬ二度聞きと言ったところか。横島は大きく目を見開いてカオスを見やる。カオスの目は真剣な光を湛えており、そこに嘘は見られない。

 マリアが、自分を、好いている?

 突然の言葉に横島の頭は回らない。困惑する横島の様子にカオスは小さく溜め息を吐くと、どこか遠くを見ながら、やや照れ臭そうに話し始める。

 

「ワシもな、最初は全く気付かんかった。マリアが誰かにそういった感情を持つとは思いもせんかったし、何よりその相手が小僧だとは欠片も考えはせんかった」

 

 どこか、後悔が滲みだすカオスの声。今彼が見ているのは過去のマリアだ。

 

「……ある時、榛名がワシを好いていると知った。()()()()()、ワシに対して向けられていた()と同じものだったからじゃ」

 

 それは七百年も過去の時代。カオスが唯一愛した女性と過ごした、彼の青春時代とも言える過去。

 

「マリア姫と同じ瞳を榛名はしておった。そして、それからようやく気付いたんじゃ。マリアがお主を見る瞳も、それと同じであるとな」

「……」

 

 愛する者を振り返るカオスの言葉に影が宿る。それにも理由があった。カオスは、マリアに対して取り返しのつかないことをしてしまっている。

 

「詳しいことは省くが、かつてマリアは()()()()()に恋心を抱いているようじゃった。マリアの……娘の初恋とも言えるその想い。――――ワシは、それを踏みにじってしまった」

 

 ――――百年前、マリアは微笑みを浮かべていた時代があった。とある青年と交流し、未知の感情を育てていく毎日。それはカオスの策略であったのだが、それでもマリアはその青年との未来を願った。

 

 ――――結果、マリアと青年の道は交わることはなく。マリアは“笑顔”というプログラムを封印するようカオスに要請した。

 それから百年、マリアは一度も笑顔を浮かべたことはない。青年の活躍が記された書物を読んでも、日々を“無”の表情で過ごしてきたのだ。

 

 ――――しかし。

 

「百年経って、マリアが笑みを浮かべたことがあった。……切っ掛けはろくでもないものであったが。……それでも、一瞬であっても――――マリアはプログラムを超え、確かに微笑んで見せたのじゃ」

「……それって」

 

 カオスの言葉に、横島の脳裏にその時の映像が浮かび上がる。

 

 ――――マリア……横島さん・好き。

 ――――ドクター・カオスの・728.3%好き。

 

「……」

「そういうことじゃ。……夕立に強く当たったのは、要求していたものがものだけに嫉妬といったところかの。叢雲に関しては……まあ、お主がいじめられてると思ったんじゃろ。未熟な感情を制御出来なかったんじゃな。それなら美神の嬢ちゃんにも同じことをやってくれと思うが、マリアは嬢ちゃんと仲が良いしのー」

「あー……」

「まあ、ワシの方から強く言っておくから許してやってくれ」

「ん……」

 

 ボリボリと頭を掻く。思考は纏まらず、余計なことが頭を巡る。……確かにろくでもない切っ掛けだなーとか、まさかあの時の薬がまだ効いて……? など。

 

「……」

 

 横島はマリアが嫌いではない。嫌いではないが、苦手意識を持っていた。ある意味二人の始まりと言える惚れ薬騒動の際には殺されかけ、マリアが仕事を手伝いに来た時には仕事を奪われ(誤解と嫉妬)、マリアの妹には殺されかけ……積み重ねが積み重ねだけに、これは仕方がないだろう。

 しかし、カオスから聞かされたマリアの気持ち。これを知ったことにより、横島の中でマリアに対する認識に変化が起き始めていた。

 

「……ん?」

 

 コツコツと、廊下を歩く足音。そちらに目を向ければ、ゆっくりとした歩調で向かってくるマリアの姿があった。

 

「……っ」

 

 マリアの顔を見た瞬間、不意に横島の胸が高鳴った。何故か、先程見た時よりも可愛く、美人に見える。

 マリアの外見モデルはカオスの想い人であったマリア姫である。彼女も美女であり、当然マリアも美しい容姿と言えるのだが――――今までの認識がおかしかったのではないかと思えてしまう程に、マリアが輝いて見える。

 これこそがカオスのマリアへの援護射撃。横島はチョロい。マリアを意識させることによって、マリアへプラスの補正を掛けることに成功したのだ。

 

「横島さん」

「あー……お疲れ、マリア」

 

 二人の間に緊迫した空気が流れる。……横島にだけ感じられる、一方的な緊張である。マリアも演習が終わって帰ってきたらカオスが勝手に自分の気持ちを横島に打ち明けていたとは想像できまい。……それを考えるとカオスはまたもやらかしているのではないだろうか。榛名さん、出番ですよ。

 

「……」

「……」

 

 横島はうまく言葉が出ず、マリアはどこか様子のおかしい横島に疑問を覚える。そのままお見合いを始めて十秒……二十秒……カオスが横島の背を肘でつつく。

 

「あー、えっと……ご褒美!」

「……?」

「ほれ、演習でマリアが活躍したから何かご褒美でもあげようかなー、とか何とかー……」

 

 しどろもどろになる横島の背後でカオスが「ドアホーーーーーー!!」と叫びたそうな顔をしているが、横島はそれに気付けない。しかしマリアは何かに気付き、じっとカオスを見つめる。それはもう穴が開きそうなほどに。もしマリアが妹のテレサであったならば、レーザービーマー(目からビーム)で実際に穴を開けていただろう。

 

「……横島さん・ご褒美を・いただけるのですか?」

「お、おう。俺に出来ることなら」

 

 カオスから視線を外し、マリアは横島に確認を取る。積極的な様子に少し戸惑うが、マリアは普段からこうだったと思い返した横島はそれを了承。自分に出来ることなら、と言うが、横島に出来る範囲というのはとても広く、多岐にわたる。

 マリアが望むもの。横島に求めるもの。それは――――ささやかな、幸せである。

 

「では――――あの日・出来なかったことを・少しだけ」

「出来なかったこと――――?」

 

 ふわり、とマリアの匂いが横島の鼻先をくすぐった。

 横島の視界の端、やや赤みの強い桃色の髪が映る。背中に回された細い両腕。胸に感じる()()()()()()

 

 優しく。ただ優しく。マリアは、横島を抱きしめた。

 

「ま、マリア……!?」

 

 ついぎょっとした声を出してしまう横島。過去の出来事からこのシチュエーションに危機感を抱いてしまったのだ。瞬間、するりとマリアの腕は解かれ、二人の身体は離れる。

 横島の顔を見つめるマリアの視線はどこか切なそうで、横島の胸は先のような声を上げた罪悪感で締め付けられてしまう。

 

「今は・ここまでです」

「あ……」

 

 ただ見つめ、そして()()()。その寂しげな笑顔は、ただ美しかった。

 

「いつかまた・続きを・お願いします」

「……」

 

 そう告げるマリアに、横島は何も言い返せない。マリアの表情に見惚れてしまったからだ。このまま沈黙したままは不味いと、横島は咄嗟に頷いて見せた。マリアはどことなく嬉しそうな表情を覗かせる。横島は、何故かそれを嬉しく思った。

 

「……」

 

 マリアの浮かべる微笑み。カオスも改めてそれを見ることが出来た。以前、マリアは一度だけカオスに微笑みを見せたことがある。マリア姫の伝言を伝える時だ。

 その時の笑顔と、横島に見せる笑顔と。二つを比べ、やはり――――マリアの気持ちを確信することが出来た。

 

「戻りましょう・ドクター・カオス。……横島さんも」

「うむ」

「お、おう」

 

 三人で並んで歩く。マリアが戻って来ているということは天龍達も戻って来ているということである。

 横島はこれ以上皆を待たせるのはよくないと考えているが、何故か皆に会うのが躊躇われた。まるで、浮気をしてしまったかのような妙な罪悪感と背徳感が横島を苛む。

 それは感じなくても良いはずの感情であるのだが……。

 

「……そろそろ、ワシも覚悟を決めんとな」

 

 誰に聞かせるでもなく、カオスは声にならない程度の声量でそう呟いた。

 ずっと棚上げしてきたその気持ち。踏み出すことを恐れていた想い。カオスは、榛名の姿を思い浮かべる。

 

 ――――……この歳で、か。人生何があるか分からんもんじゃの。

 

 ふっと息を吐き、カオスは考えを巡らせる。

 

 ――――はて、榛名の指のサイズは何号なのかのー?

 

 ちらりと横の二人を観察しながら、カオスは一つの未来を思い描いていた。

 それが実現するのかは未だ分からない。だが、カオスはそれを真実にしたいと思う。

 

 カオスもまた、数百年の時を経て、かつてと同じ感情を蘇らせることが出来たのだから。

 

 

 

 

 

第三十八話

『百の年月を超えて』

~了~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~おまけ~~~

※煩悩日和の必殺技辞典※

(読まなくても特に支障はありません)

 

①イナズマ・ホームラン

 

電の必殺技。

元ネタはアニメ『トップをねらえ!』に登場するロボット『ガンバスター』に内蔵されている武器『バスターホームラン』(バットの名前)を使用し、敵の弾を打ち返すカウンター技であるが、アニメでは設定だけで実際には登場しなかった。その代わりに漫画版やスーパーロボット大戦シリーズなどで登場している。

 

 

②イナズマ・(ダウン)(アッパー)・ホームラン

 

電の必殺技その2。

元ネタは週刊少年ジャンプで連載されていた野球漫画『Mr.FULLSWING』の登場人物『虎鉄大河』(通称キザトラ先輩)の必殺技である『DUVS(ダウン・アッパー・ブイ・ストーム)』。

極端なアッパースイングというだけなのに、物凄く格好良い名前が付いている。

 

 

かみなり斬り(ブルー・サンダー・スラッシュ)

 

電の必殺技その3。

元ネタは上記と同じく『Mr.FULLSWING』の登場人物『虎鉄大河』の必殺技である『BTS(ブルー・サンダー・スラッシュ)』と、週刊少年サンデーで連載されていた剣豪漫画『YAIBA』の主人公『鉄刃』の必殺技である『かみなり斬り』。

 

BTSは地面を抉りながらアッパースイングを行い、ボールについた傷や土が空気抵抗の歪みを引き起こし、雷のような不規則な軌道で地面に落ちるという技。……反則にならないよね?

 

かみなり斬りは剣を振りかぶって飛び上がり、落下と共に雷のようにジグザグに剣を振って相手を斬る技。

 

どっちも雷のような軌道を描くので混ぜてみました(名前だけ)。電はキザトラ先輩のファン。

 

 

④ダブルライジングインパクト

 

電と天龍の合体技。

元ネタは週刊少年ジャンプで連載されていたゴルフ漫画『ライジングインパクト』。

これは作品タイトルであり、また主人公『ガウェイン七海』の持つ能力も『太陽の光跡(ライジングインパクト)』という名前である。

ゴルフボールとゴルフクラブの真芯に光が見え、インパクトの瞬間にそれが完全に重なれば信じられないほどの飛距離を出せるようになる……という能力。

ガウェインが成長するにつれインパクトの際の光が強まったり、光同士が引き合ったりと、どんどんパワーアップしていった。最終的には小学生なのに450ヤード(約411メートル)もの飛距離を出している。

 

煩悩日和での使い方だとダフリ(ボールを打ち損ねて地面を叩いてしまうこと)なので、相手の弾を打ち返そう。……それってイナズマ・ホームランなのでは? 天龍は訝しんだ。

艦載機や魚雷を防ぎ、水煙で目くらましをしたがあまり意味がなかった不遇の技。今後出てくるかは不明。正直普通の深海棲艦相手に使ったら強すぎる……。

 

 

⑤時雨式暗殺術(仮)

 

時雨の必殺技。

元ネタは特になし。音も気配もなく相手の背後に回り、一瞬で方を付ける。

美女美少女センサー搭載の横島でも気付けないようで、時々横島に対して悪戯を仕掛けている。実は皆が知らない内に何度か横島と寝た。(意味深)

よく考えたら必殺技じゃない。

 

 

⑥超近接砲撃術(仮)

 

夕立の必殺技(未完成)。

元ネタは映画『リベリオン』に登場する拳銃を使用した架空の近接格闘術『ガン=カタ』。

“統計学的に優位な位置”に立ち回りながら射撃・打突を駆使し、絶え間の無い攻撃を繰り出す格闘術である。……何を言っているのか、今の僕には理解出来ない。

 

そのスタイリッシュさによってカルト的な人気を獲得したガン=カタ。今では二挺拳銃の使い方のテンプレとして定着していると言っても過言ではないだろう。本当にかっこいい。

夕立が赤い目を輝かせてガン=カタの構えを取りながら「最高に素敵なパーティーしましょう?」……いいと思います。

よく考えたら必殺技じゃない。

 

 

⑦居合(?)

 

天龍の必殺技(仮)。

元ネタは格闘ゲーム『GUILTY GEAR』の主人公『ソル=バッドガイ』の技の一つ『ヴォルカニックヴァイパー』と、『YAIBA』の登場人物『沖田総司』の稽古中に偶然出来た技。

 

ヴォルカニックヴァイパーは炎を纏った剣を逆手に持って斬り上げる無敵対空技。

ソル曰く「俺の剣は居合だ」とのこと。大地を鞘に見立てているらしい。ソル殿、それは居合ではないでござるよ。

 

沖田総司の方は逆手に持った刀で地面を切りつけ、地面に溜めた気を爆発させるとともに相手を斬り上げる技。……一体どんな稽古をしていたのか。

同作者の推理漫画『名探偵コナン』にも登場し、西の名探偵『服部平次』の剣道におけるライバルであることが判明している。

 

二つとも逆手の切り上げで非常に派手。

 

 

 

 

 

 

カオス「小僧、トイレに案内してくれんか? この歳になると近くて敵わん」

横島「じーさん、周りには女の子がいっぱいいるんだぞ? デリカシーってもんがねーのか?」

満潮「 ア ン タ が 言 う な 」




お疲れさまでした。

マリアは優遇しようと思っていたんです。マリアいいですよね……。
そうそう、最初の部分はマリアのモノローグです。(分かりづらいにもほどがある)

マリアととある青年の話を知りたい方は『(有)椎名百貨店(超)GSホームズ極楽大作戦!!』を買うのです。

カオスと榛名の話もどこかで入れたいけど、どのタイミングで入れればいいのか……。

次回は天龍達への労いと他の艦隊達の様子ですかね。猿神艦隊を活躍させたい……。

必殺技とかそこら辺は……申し訳ありませんでした。お許しください。お許しください。

それではまた次回。


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眼鏡っ子とカメラ

大変お待たせいたしました。

今回は何というか……けっこう下品ですね。
そういうネタが苦手な方には申し訳ないです。

あと今回試しに環境依存文字を使ってみたんですが……何か不具合が起こってしまったらごめんなさい。

それではまたあとがきで。


 

「あ、司令官」

 

 マリアが横島とカオスを引き連れて管制室へと戻ってくる。

 それを真っ先に認めた吹雪は横島のどこかよそよそしい様子に首を傾げる。どうやらマリアに対してどこかばつが悪そうな顔をしているが、戻ってくる前に何かあったのだろうか。

 

「司令官、叢雲ちゃん達戻ってますよ」

「ん、おーそうか」

 

 疑問はあるが、とりあえずは帰ってきた妹達を労ってもらおうと横島の手を取って誘導する。普段ならば自分からこのようなことはしないのだが、今回は何故か実行に移してしまった。

 吹雪の背中にマリアからの強い視線が突き刺さる。マリアの嫉妬を吹雪が煽ってしまったようだ。

 当然、そのことに吹雪は気が付くことはなく、吹雪はただマリアからの視線に肩を震わせるのであった。

 

「みんな大丈夫みたいだな……演習では中破・大破しても、終われば損傷は回復して燃料と弾薬だけの消費で済むってのは本当だったか」

「まーな。折れた剣もこの通り、新品同様にピッカピカだ」

 

 演習から戻ってきた天龍達第一艦隊。既にその身に傷はなく、中々に酷い怪我を負っていたのが嘘のように思えてくる。

 天龍の折れた剣や電の溶けた錨も復活しており、補給さえすれば今すぐにでもまた演習に向かえそうなほどにその身は活力に満ちている。

 

「叢雲もすぐに治って良かったな。お前は中破するとすぐにお腹に穴が開くから……」

「だからお腹に穴は開かないってば」

 

 ツッコミにいつもの覇気がない。流石の叢雲もたった一人の艦娘(?)に完膚なきまでにボロ負けしたのは堪えたらしい。人一倍プライドの高い叢雲だ。他の天龍や加賀達などはあまりの実力差にむしろ清々しさすら感じているらしく、対称的に尊敬すら覚えている。

 

「ま、あのマリア相手によくやったって。膝蹴りに対する防御だって中々出来ることじゃねーしな」

「……ん。あんがと」

 

 まだ己の中で飲み込めてはいないだろうが、それでも叢雲は横島の言葉に頷いた。

 珍しくしおらしい態度の叢雲に横島はやや苦笑染みた笑みを浮かべると、その頭を多少乱暴に撫でる。

 

「ちょ、こらっ、やーめーなーさーいーよー!」

 

 サラサラな髪が手に心地よい。叢雲はぼさぼさになった髪を押さえて犬か猫の様に唸るが、そんなものが横島に通用するわけがないと悟り、ぷんすこぷんと怒りながらも溜め息を吐いて席へと着く。

 

「……やっぱ落ち込んでるか」

 

 普段の叢雲ならばさっきの時点で叢雲(バッファロー)ハンマーという名のラリアットを食らわせてくるはずだ。むっすりと拗ねたような表情でそっぽを向いている叢雲に対して、横島は一抹の寂しさを覚えた。

 ――――横島は着実に調教されている。

 

「……で、次の相手は誰なんだ?」

 

 横島は電や夕立も叢雲同様に頭を撫で、ふにゃふにゃにとろかせながらカオス以外の司令官達――――神魔の四柱に尋ねる。ちなみに電達の後ろには時雨に天龍、加賀が順番待ちをしている。スキンシップの機会は逃さないのだ。

 

「では、次は我らが相手になってやろう」

 

 そう言って立候補してきたのは魔界正規軍少佐、『大尉のワルキューレ』である。……何ともややこしいあだ名をつけられたものだ。

 

「ワルキューレか……こりゃまた厳しい戦いになりそうだな」

 

 横島はワルキューレとともに立ち上がった六人の艦娘を見る。

 旗艦、()()()()“大淀”。以下戦艦“武蔵”、戦艦“霧島”、重巡洋艦“鳥海”、駆逐艦“天霧(あまぎり)”、そして潜水艦の“伊8”である。

 

「軽巡の大淀……!! 確か、どっかの海域をクリアしないと艤装が出てこないんだっけ?」

「正しくはどこかの海域のどこかのマスで艤装がドロップする……ですね」

「……つまり分からないんだな」

「……はい」

 

 ちなみにであるが、横島鎮守府以外の鎮守府では既に大淀は任務娘から軽巡洋艦に換装されており、どの海域で艤装を入手出来るかも判明している。一応演習の後に交流会という名の打ち上げも企画されているので、その時に大淀の艤装の在り処を教えてもらえるだろう。

 

「それはそうと戦艦武蔵、重巡鳥海、潜水艦伊8……!! けしからん制服だ……ああ、けしからん……!!」

「……はぁ。そうですね、提督」

 

 それはそうと、で自らの艤装への関心が一瞬で失われてしまい、煩悩に鼻息を荒くする横島の姿に大淀は溜め息を吐く。

 確かにその三人は中々に扇情的な格好をしている。例えば武蔵は胸を隠すのはサラシのみ。加えて股下10センチメートルあるかも分からない超々ミニスカート。更には二―ソックスによる絶対領域も完備されている。

 ついでに言えば金髪のツインテールで褐色肌で眼鏡っ子と、属性の盛りが半端ではない。一見おかしな格好に見える武蔵だが、彼女が放つ何かしらのオーラの様なものがそれらを纏め、調和させている。

 

「……?」

 

 武蔵の格好に興奮を隠せない横島に、吹雪は首を傾げる。やはりどこか違和感を覚えるためだ。もう少しで答えが出そうなその疑問なのだが、横島がとあることに気付いたことによって思考が中断されてしまう。

 

「ってーか、アレだな。ワルキューレの艦隊、全員眼鏡っ子なんだな」

「……あ、本当ですね」

 

 言われてみれば、と大淀は頷く。確かに全員が眼鏡っ子。これは偶然なのかと言えば、実はそうではないのだ。

 

「ああ、そのことか。……実は頭の痛いことに、最高指導者様から通達があってな。お前の鎮守府との演習の際には何か一つネタを仕込むようにとお達しがあったのだ」

「……何でそんなことを?」

「私にも分からん。順当に考えればハンデといったところなのだろうが……それならそうと言えばいいだけだしな」

「んー……まあ、確かになぁ」

 

 横島もワルキューレと同様に理由を考えてみるが、どうにも思いつかない。むしろ特別な意味などないように思える。

 ちなみにワルキューレが艦隊を眼鏡っ子で統一したのは上からの通達があった時に執務室に大淀と霧島がいたからだったりする。

 

「……ま、ハンデにしろハンデじゃないにしろ、彼我の実力差は絶対だしな。そこら辺は考えないほうがいいか」

「それもそうだな。実際私の部下(かんむす)達は全員戦士としての訓練を受けさせている。誰を選んでも勝利は揺るがんしな」

 

 絶対の自信からか、ワルキューレは不敵な笑みを浮かべ、横島に勝利宣言をする。何とも気の早いことであるが、それだけの口を叩ける実力があるのも確かだ。

 横島鎮守府に属する艦娘達はその言葉を聞いて反感を抱くが、自分達が弱いことは先刻承知している。ならばここでするべきは噛み付くことではなく、演習でその実力を見せてやることだ。

 自分達は弱くとも、ただでは転ばない。そんな気迫を込めてワルキューレを睨む。

 

「……フフ。中々に心地よい闘気だ。それで、横島よ。お前は我らとの演習に誰を出す?」

「そうだなー……」

 

 端末を操作し、横島は一人ひとりを精査する。悩むこと数十秒、意外と早く結論を出した横島は今回の演習に出す艦娘達の名前を高らかに告げていく。

 

「……うし、そんじゃあ旗艦は龍驤。以下川内、那珂ちゃん、響、不知火、そして子日(ねのひ)だ!」

「おっ! ウチの出番か!」

 

 名を告げられ、気合一発飛び上がるように席を立つ龍驤。その顔には満面の笑みが浮かんでおり、戦力として頼られたことを喜んでいるようである。

 

「川内ちゃん、一緒のチームだね! 旗艦(センター)は取られちゃったけど、一緒にかんばろー!!」

「はいはい、お手柔らかにね。ってゆーかさー、どーせなら神通も一緒だったらよかったのになー。てーとくのイケズー」

 

 横島に選ばれたこと、姉と一緒に戦えることにやる気を漲らせる那珂と、選ばれたことを嬉しく思いつつももう一人の妹が選ばれなかったことに不満を覚える川内。対照的ではあるが、共通しているのは互いに姉妹を大切に思っていることだ。

 

「ふむ。この不知火、司令の為に微力を尽くしましょう」

「そうだね。せっかく選んでもらったんだ。一矢報いてみせよう」

 

 言葉少なに気合を入れているのは響と不知火の二人。クールな二人であるが、その心には熱いものが宿っているのである。

 

「選ばれたのがわらわではなく子日とは。何も出来ず大破となるのが目に見えておるのう」

「ひどいな初春ー。子日だってちゃんと活躍出来るんだよー?」

 

 最後に選ばれたのは初春型駆逐艦二番艦“子日”である。

 子日は瑞鳳と同時期に建造された艦娘であり、姉の初春同様中々に個性的な娘さんである。

 唐突に横島の前に現れては「今日は何の日? 子日だよー!」と挨拶(?)をし、「今日は何の日か?」を教えてくれたりする。そして昼頃になると時報を求めて執務室に突撃をかましてくるという特異な行動をしてくるのだ。

 艤装も少々特殊な付け方をしており、両手を覆うような形で連装砲・単装砲を装着している。ヒューッ!

 

「なるほど、潜水艦の伊8さんを意識した陣容ですね。龍驤さんは軽空母なので彼女も対潜攻撃が可能ですし、他の皆さんも軽巡に駆逐と揃っています。攻撃力に不安がありますが……そこはやはり、龍驤さんの航空攻撃や駆逐の夜戦でカバーするのですね」

 

 大淀さんが一瞬で作戦を察し、全て説明してくれました。ちなみに補足しておくとワルキューレ艦隊は横島艦隊が発表された時には既に席を離れ、一足先に演習海域に向かっている。ワルキューレ自身は端末を片手に部下達に訓示していた。

 

「ふぅん……流石だと言いたいが、甘いぞ大淀」

「え、何か見落としていましたか?」

 

 横島は大淀の戦術眼に満足げに鼻を鳴らしたが、それでもまだ読み切ってはいないと告げる。では、その内容とは。

 

「このメンバーに共通しているのはみんながみんな変人であるということ。向こうが眼鏡っ子統一艦隊で来るのならこっちは変人統一艦隊で――――」

「ちょぉ待てやこらあ!!」

 

 したり顔でとんでもない発言をする横島の顔面に、独特なシルエットのバイザーが突き刺さる! しかも眼に。

 

「目がーーーーーーッッッ!!?」

「あんまふざけとんちゃうぞこらこのボケカスがぁっ!! ワレあの子らはともかくウチまで変人や言う気かおぉ゛!?」

「ちょちょちょ、落ち着けって龍驤!?」

 

 倒れ伏した横島の胸倉を掴み、ガックンガックンと揺らすマジ切れ龍驤。怒り狂う龍驤を慌てて羽交い絞めにして押さえるのは天龍だ。横島鎮守府ではこういった暴力沙汰(笑)はよくあることなのだが、他の鎮守府では当然そうではなく、必然多くの注目を集めることになってしまう。

 ちなみに当然ながら他の司令官達は横島が折檻されるなど慣れたものである。

 

「えぇ……龍驤さんの中で私達ってそんな認識なの……?」

「川内ちゃん、胸に手を当てて考えてみなよ?」

「那珂ちゃんがそれ言うの?」

 

 そんな龍驤の言葉に川内はショックを受けるが、それは妹の那珂が一笑に付した。

 夜戦狂いの川内。アイドル狂いの那珂。時報狂いの子日。変態思考な不知火と響。変人でない要素は一体どこにあるというのか。……というか変人どころか変態が二人ほど紛れ込んでしまっている。

 

「ぐふぅ……り、龍驤……落ち着いて話を聞くんだ……」

「おうおう何や言い訳か? ちゃんと納得出来るような話なんやろなぁ」

 

 怒りに囚われてもちゃんと人の話を聞くことが出来る龍驤の良いところ。単純に天龍に羽交い絞めされてしまったから落ち着かざるを得なかったという背景もあるが。

 

「俺がお前を選んだのは、あの子らを纏めるのは龍驤しかいないと思ったからだ……」

「ほほおう……?」

 

 ぴくり、と龍驤の片眉が上がる。少し関心を引いたようだ。

 横島は顔に突き刺さったバイザーをキュポンと抜き、真剣な顔で龍驤を見つめてその両手を握る。

 

「暴走気味なみんなを纏める為に必要なもの……それは“ツッコミ”……!! 俺は、それを龍驤の中に見た……!!」

「ウチの……ツッコミ……!!」

 

 まことに以って意味不明なのだが、龍驤にはどこか感じ入る何かがあった模様。

 

「ウチはあかんの……?」

「ほら、アンタはどっちかって言うと天然ボケだから」

「ツッコミと言えば私じゃないの……?」

 

 盛り上がる横島達から離れたところでは黒潮が何故かショックを受けており、それを姉の陽炎に励まされていた。ついでに言うと叢雲も密かにショックを受けていたりする。それを言うなら霞や満潮もツッコミ属性である。

 

「分かってくれるな龍驤……? この艦隊には纏め役が……“ツッコミスト”が必要なんだ……!!」

「ウチが、あの“ツッコミスト”を……!?」

「司令達は何を言っているのでしょう?」

「さてね。ツッコミ属性のない私にはさっぱりさ」

 

 例えツッコミ属性があったとしても理解出来る人間は少ないと思われる。

 

「何よ……私だってツッコミストぐらい……!!」

「気持ちは分かるけど落ち着きなさいな。あんたは一回出撃してるでしょうに」

「まあ担いたい気持ちは私も分かるけどね」

 

 これは叢雲、霞、満潮の言葉である。どうやら横島鎮守府には思ったよりも豊富な人材が揃っていたようだ。

 

「……???」

 

 そして、三人を眺める曙は一人疎外感を味わっていた。

 

「頼んだぜ龍驤……お前のOSAKAスピリッツを見せつけてやるんだ!!」

「龍驤ちゃんは横浜出身だよぉ?」

「……キミがそうまで言うなら……ウチ、頑張ってみるよ」

「聞いてないなぁ」

 

 龍田のツッコミも何のその。もはや二人には生半可なツッコミでは介入出来ないような特殊なフィールドとなっていたらしい。

 

「よっしゃ! そうと決まれば出番やでキミら! 敵さんに一泡ふかせてやろう!」

「……何が何だかよく分からないけど……ま、いっか。夜戦が私を待っているってねー!」

「那珂ちゃん、精いっぱい頑張りまーっす!」

 

 なんだかんだで話が纏まったらしく元気いっぱいにやる気を漲らせる龍驤達。不知火達も冷静ではあるがやる気ならば負けてはいない。

 

「当然活躍すれば司令からご褒美がもらえるのでしょうね。これには不知火も気分が高揚します」

「ああ、いいね。狙ってみるのも悪くない」

「……私、みんなと比べてキャラ薄くないかな?」

 

 子日の疑問は皆の気迫の前に消えていった。君は充分濃い部類だよ。それに何より横島は戦闘経験を積ませようと子日を選んだので勘弁してもらいたいものである。

 

「ご褒美なー。ウチは一日秘書艦でもねだってみようかな?」

「いいですね。二十四時間司令のお傍に……」

「普段色々と大変だろうから、()()()()()()()()()のもありだよね」

 

 意気揚々と管制室から出て演習海域へと出発する六人。軽口を叩けるくらいには緊張もほぐれ、モチベーションもばっちり。心身共に戦うには最適の状態だろう。

 退室した龍驤達を見て、カオス艦隊のお子様二人は首を傾げる。

 

「……何か、よく分かんねーこと言ってたな。慰めるって、大人をか?」

「寝室……子守歌でも歌うのだろうか?」

「二人ともお腹空いてない? ポップコーンとジュースがあるけど食べる?」

「食べるー!!」

 

 榛名のファインプレイによって佐渡と福江の頭の中から先程の疑問は綺麗に忘れ去られた。半面、横島は榛名に駆逐艦に一体どんな教育をしているのかという眼を向けられるのだが、これは完全にとばっちりである。彼女達は最初からあんな感じだったのだ。

 横島はこほんと咳ばらいを一つすると、皆を席に着かせ、また大人しくジュースを口に含む。

 

「……さて、第二戦だな」

 

 演習海域を行く十二の艦娘達。激突の時はもうすぐだ。

 

「さあ――――開始だ!!」

 

『行くで、みんな!!』

『おう!!』

 

 演習第二戦――――その幕が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――そして横島艦隊は敗北したのだった。

 

「いやー、何つーんだろーな。順当に負けたって感じか」

「そうですね。今回は地力の差が如実に顕れた一戦だと思います」

 

 ワルキューレ艦隊との一戦は対マリア戦とはまた異なる形であっさりと決着した。

 艦娘達の体力、戦術、連携、霊力――――練度。それら全てが完全に格上との戦い。とりわけ連携に関してはさすが軍人が司令官であると言うべきか、並ならぬものがあった。

 それは例えるならば群れではなく“個”。まるで一体の『人間以上』のようであった。

 

「ワルキューレの艦隊は参考になる部分が多いし、おかげでこっちの反省点も見つかったな」

「そうですね。さすがは大隊指揮官殿です」

「少佐しか繋がりがないじゃねーか」

 

 微妙にネタ臭い台詞を大淀が宣う。ワルキューレ艦隊の大淀が戦闘における強者であったためにキャラ付けで対抗しようとしているようだ。

 どう考えても逆効果である。

 

「ところで司令官、私達の反省点とは……?」

 

 吹雪が横島に問う。横島はその問いに一つ頷くと――――。

 

「そもそもみんなにいくらおかしなところがあるったって、戦闘中にふざけたりはしないんだからツッコミ役とかそういうのは別にいらなかったんじゃないかなって――――」

「こんのアホンダラーーーーーー!!」

「またもや目がぁーーーーーー!!?」

「二回目ッ!?」

 

 わりととんでもないことを宣う横島の顔面に、またもや独特なシルエットのバイザーが突き刺さった。

 

「せやったら何のためにウチは駆り出されたんやコラァッ!! 戦闘始まってからこっち、特に何のツッコミ所もなく終わったから頭ン中虚無になってたんやぞぉ!!」

「ぐふぅ……っ、け、経験値稼ぎ……」

「正しいけども……!! 正しいけどもそれやとウチのツッコミストとしての存在意義が……!!」

 

 ついに龍驤は床に膝と手を突き、打ちひしがれる。艦娘として、ツッコミストとして、どうしても譲れないものがあったのだろう。それが理不尽に奪われたのなら、こう言うしかない。

 

「……先輩最低です」

「吹雪っ!?」

 

 ……と、横島達がわちゃわちゃとしている横で、龍驤と共に帰って来ていた不知火達が深雪や五月雨と話し込んでいた。

 

「お疲れさーん。いやー強かったよなー、相手」

「ええ、悔しいけれど完敗だった」

「一応は()()()()()と言えるけど……完全に運だったからね」

 

 響は先の演習を思い起こす。響が放った砲弾がその時既に大破し、海面に浮いていた子日の艤装の欠片を吹き飛ばし、それがたまたま霧島の眼鏡に当たったのだ。

 眼鏡が破損した霧島はワルキューレの指示もあって前線から離脱。ただの偶然とはいえ、格上を一人撃退することが出来たのだった。

 

「次は負けません。今度こそ実力で眼鏡を粉砕してやります」

「やめたげてよ」

 

 不知火は背景に炎を背負い、眼鏡に対して決意を新たにする。何とも物騒な話ではあるが、元々砲弾やら機銃やら魚雷やらが飛び交う環境にいるのだ。眼鏡くらい問題ない。

 

「それにしても眼鏡を外した霧島さん、美人でしたねぇ」

 

 何やら物騒な話題が続きそうになったのを少し顔を赤らめた五月雨が、浮ついたような口調で述懐する。

 もちろん眼鏡を掛けていても霧島は美人なのだが、どうやらギャップにやられたらしい。

 五月雨はベタな恋愛漫画を好む。転校初日に主人公が美形の男子とぶつかる。地味だと思っていた眼鏡っ子が眼鏡を外したらとんでもない美少女だった。「芋けんぴ、髪についてたよ」。

 そんなベタな――――否、王道を五月雨は好む。いくら使い古されていようと、良いものは良いのだから万人に愛され、使われていくのだ。

 

「いやー、でも……眼鏡っ子が眼鏡外したら駄目だろー?」

 

 しかし、そんな五月雨に……というか眼鏡を掛けている者全員に喧嘩を売るような発言をする者が存在した。深雪である。

 そんな深雪の暴言がしっかりと耳に入ったワルキューレ艦隊全員の眼鏡が光る。ちなみに霧島の眼鏡は演習が終了したら直った。

 

「だってほら、眼鏡っ子のえっちビデオとかで途中で眼鏡外されたらがっかりだろ?」

「ととと突然何言ってるんですか深雪さん!?」

 

 何を思ったのか、深雪は唐突に下ネタをぶっ込んできたのである。慌てて口をふさごうとした五月雨を不知火と響のコンビが抑え、眼で続きを訴える。

 

「男ってそういうの気にするみたいだしさー、それにほら、()()()()()()()()だしよー。にしししっ」

「君は思っていたよりもオヤジだね。まあ、その意見には賛成だけど」

「ええ、分かります。やはり眼鏡はかけてこそですからね」

「……?????」

 

 深雪の下ネタに響と不知火が乗っかり、五月雨は何を言っているのか理解出来ずに首を傾げる。

 霧島達眼鏡っ子ズは眼鏡を何だと思っているのかとある者は怒りや羞恥で眼鏡を光らせ、ある者は冷静さを保とうとくいっと上げ直し、ある者は眼鏡のレンズを曇らせる。

 混沌とした空気が蔓延しようとする中、ついにそれに待ったをかける存在が現れる。

 

「お前らなー……女の子がそーゆー話をするんじゃないの。はしたない」

 

 吹雪からのじっとりとした視線に負けて撤退してきた横島だ。逃げてきた先で更にやっかいな事態に遭遇することになるとは、つくづく運の無い男である。

 

「何だよー、ちょっとくらい良いじゃんかよー」

「ちょっとって内容じゃなかっただろーが……」

 

 横島の注意に唇を突き出してぶーぶーと抗議する深雪に、横島は軽い頭痛を覚える。確かに深雪とは時々下ネタを言い合う仲ではあるが、それを他の者……それも演習相手をダシにするとは何事か。

 

「んーなこと言って、司令官だってエッチの時に眼鏡外されたらがっかりすんだろー?」

「いや、俺はそういうこだわりは特に持ってねーから」

「えぇ~……?」

 

 まだ懲りないのか、深雪はいやらしい笑みを浮かべながら横島に突っかかるが、横島にとっては呆れたもの。素気無く返された答えに深雪はあからさまに疑念を抱く。

 

「んだよー、えっちいビデオで眼鏡とかコスプレ衣装とか脱がれたらがっかりじゃんか」

「そーいうのと現実を一緒にすんなってーの」

 

 ビデオの内容と現実での出来事を同一視する深雪に横島は溜め息が出るばかりだ。深雪の言うことにも一応理解は出来るが、それとこれとは別問題である。

 

「あー、よし。例えばだ。例えば俺と深雪が付き合ってて、それなりに深い仲だとするだろ?」

「えっ、あ、アタシが司令官と……!?」

 

 横島の言葉に深雪は頬を赤らめる。そして何を考えたのか、あわあわと周囲を見回し、小さな声でぼそぼそと横島に問いかける。

 

深い仲って……え、えっち……とか、するような……?

 

 恥ずかしがりながら上目遣いで問いかけてくる深雪は普段のような勝気な、あるいはがさつな印象はなく、いつもとは真逆の見た目相応の可愛らしい少女の様に見え、横島の胸が少し高鳴る。

 それを察知したのか吹雪や叢雲や加賀など、それ以外にも意外と多くの艦娘が横島に強い視線を送ってきた。

 

「あ、ああ。それでな? 今日はデートだからってお前はけっこう気合入れておめかしすんだよ。普段は着ないような感じの服とか着て」

「ふんふん」

「一日めいっぱい楽しんで、食事も済んで、俺の部屋で二人静かに過ごして、不意に()()()()()()()になって……」

「ふんふん……!!」

 

 横島が話す例え話に深雪は鼻息荒く頷く。どうやら頭の中で横島が話す通りの映像が流れているらしく、これからの展開に期待して気分が昂ってきているらしい。

 周囲の艦娘達も深雪ではなく自分を同様の立ち位置に置き換えて妄想しているようだ。吹雪など既に顔が真っ赤で倒れそうなほどになっている。

 

「そこで、だ。俺が一言――――“その格好だと萎えるからいつもの制服に着替えてくれ”……とか言い出したらどうする?」

控えめに言ってぶっ殺す

「だろ?」

 

 まさかのオチに、深雪の眼からハイライトが消え去った。それどころか周囲の艦娘達からも消え去った。あの響ですら顔を思い切り顰めている。吹雪などはあまりの温度差に扶桑の胸に倒れ込んだほどだ。

 唯一不知火だけが「……それを、司令が望むなら……!! ああ、しかし……!?」と葛藤している。

 

「本人はいたって普通に過ごしてんのに、いつの間にか何かのオプションにされちまってる。そーいうのって、けっこう辛いんだぜ?」

 

 そう語る横島の言葉には不思議と否定出来ないような重みがあった。それは、まるで経験したことがあるかのような、そんな重さだ。

 不意に訪れる静寂。その間隙を縫うように、横島は深雪の頭に自らの手を置いた。

 

「ま、お前も若いしそーいうのを決めつけにかかるのも分かる。でも、もっと大きな視野を持たんといかん。まず否定から入らずにちゃんと知ることから始めないとな」

「……なるほど」

 

 わしゃわしゃと髪を撫でてくる横島の言葉に深雪は深く頷く。横島の言うことも尤もだ、と納得したのだ。

 横島の話を聞いていたワルキューレ艦隊の艦娘はうんうんと眼鏡を上げ下げしたり、納得の表情で眼鏡を光らせたり、感涙に咽びレンズを綺麗に拭ったりしている。……そんなだから眼鏡が本体だと言われるのだ。

 

「さて、話も一区切りついたことだし、次の演習に参加する四人を決めるぞ」

「え、四人?」

 

 横島は手を叩いて艦娘達の注目を集め、話を進めていく。

 次の演習に参加するのは四人。六人(フルメンバー)ではないことに、当然ながら艦娘達は疑問を抱く。横島は皆の様子にこそ疑問を抱いたが、そもそも自分が説明をするのを忘れていたことにようやく気が付いた。

 

「あっ、悪い悪い。実はヒャクメの艦隊の艦娘二人が今回の演習の記録をとってるらしくてな。この端末でも記録は出来るんだが、何かアングルがどーのこーのと……」

「ええ……?」

「まあ最初の演習だってマリア一人だったんだし、四対四でやるならいいかなってな。ちなみにヒャクメ艦隊はこんな感じだぞ」

 

 旗艦青葉(記録係)、秋雲(記録係)、磯波、浦波、時雨、衣笠という編成だ。重巡二人に駆逐が四人。一応は重巡戦隊と呼べるだろうか。出来るならば重巡がもう二人欲しいところであるが、この編成にもネタは仕込まれているのだ。

 

「浦波ちゃんだー!」

「磯波もいるな」

「時雨もいるっぽい」

 

 ワルキューレ艦隊よろしく、横島鎮守府所属の艦娘と同じ艦娘が何人か編成されている。色々と話をして交流を深めたいところではあるが、それは全ての演習が終了したあとまでおあずけだ。交流会が待ち遠しい。

 横島は話しかけたそうにしている自分の艦娘達を見ながら編成を考える。情報を伝えそびれるというミスもあったが、大勢には影響しないはずだ。ここは一つ、普段は大人しい子達の雄姿を記録してもらうのもありか……そう考えてちらりと磯波や名取に視線をやると、泣きそうな目で思い切り首を横に振られてしまう。

 しまった、と思うのも束の間、横島は瞬時に気持ちを切り替えていく。

 

「だったら記録とか写真とか気にしない天真爛漫な子達でいこうか」

 

 大人しくお淑やかな子達が頑張るところが拝めなくなり、元気っ子達が奮戦するところが見たくなった横島。艦娘達は真面目にやってるんだから自分も真面目にやるべきなのだが……実はこれで大真面目だったりする。

 

「んー……よし。んじゃ、旗艦は瑞鳳、以下白露、皐月、それからー……深雪、お前も行ってみるか?」

「ぅえっ!?」

 

 横島はまず経験を積んでもらうために新人の瑞鳳を旗艦に据える。それから所属する駆逐艦の中でも指折りの実力を持つ白露をチョイス。更にはマスコット枠として皐月を選び、たまたま隣にいた深雪を最後に選択。

 

「ふふふ……意外と良いチームが出来たぜ……!」

「よ、よしっ、頑張ります!!」

「本当なら一番に呼んで欲しかったけどなー。ま、この一戦でМVP(いちばん)になればいいよね!」

「ようやくボクの出番だね! 可愛がってあげちゃうよ!」

 

 瑞鳳は他の二人と違って気負った様子であるが、皐月達の姿を見て徐々に肩の力を抜いていくことになる。自然体でいられれば実力も存分に発揮出来るだろう。

 

「……」

「ん、どうした深雪?」

 

 横島の隣、深雪は俯いたまま何かを考えるようにして小さく唸っている。それを妙に思った横島が覗き込むようにして視線を合わせると、深雪はやや頬を赤らめて視線をさまよわせた後、ジェスチャーで耳を貸せと表した。

 

「何だよ?」

あのさ……ご褒美って、まだ有効だよな……?

お、おう。大丈夫だけど

 

 耳にかかる吐息交じりの囁き声をむずがゆく思い、ついついつられて自分も小さな声で話す横島。普段の深雪ならばしないような内緒話に首を傾げつつも、彼女の問いに答える。

 そして、次に深雪の口から紡がれた言葉は、まさに爆弾のような衝撃を伴って横島へと降りかかることとなる。

 

じゃあさ、もしアタシが活躍出来たら……

ふんふん

 

 

 

 

 

ちょっとだけさ――――えっちなことしよーぜ♡

 

 

 

 

 

「……」

「……」

「…………」

「…………」

「………………」

「………………はぁっ!!?」

 

 深雪の爆弾発言に横島は驚愕の声を上げる。その声は思いの外大きくて他の艦娘達の注目を集めてしまい、狼狽する横島の横を深雪はすり抜け、さっさと管制室を後にする。

 

「んじゃーな、司令官! 約束だからなーっ!!」

「ちょっ、待て!! そんな一方的なんは約束とは言わんぞーーーーーー!!?」

 

 横島の静止の声もむなしく、深雪は全速力で演習海上へと一足先に突っ走っていった。

 二人の間にどんな話が展開されていたのか気になる瑞鳳達残りのメンバー三人だが、一先ずは深雪を追いかけた方が良いと判断し、慌てて艤装を展開して出発する。

 取り残された横島は深雪の姉妹達に囲まれ、何を話していたのかと聞かれる羽目になった。結果としては横島は何とか秘密を守った、とだけ記しておこう。

 

 その後、遅れてヒャクメ艦隊も演習海上へと出発し、ここに四対四の演習が開始される。

 

 そして――――横島艦隊は、僅差で敗北するのであった。

 

「なんだかとってもちくしょおーーーーーー!!!」

「何か、深雪荒れてるね」

「うんうん、一番になれないのは嫌だよね」

「そういうのじゃないんじゃないかな?」

 

 鎮守府に帰ってきて早々、海に向かって悔しさを叫ぶ深雪の姿に横島は思う。

 

「……そんなに、俺とシたかったのか……!? いや待て!! クールだ!! クールになれ横島忠夫!!」

 

 叫ぶクールさなどあったものではない。

 

「横島さんも大変なのねー」

 

 横島鎮守府の様子を俯瞰した女神様はけらけらと笑い、頭を抱えている少年の現状を祝福した。

 

 

 

 

 

第三十九話

『眼鏡っ子とカメラ』

~了~

 

 

 

 

天龍「ところでよー」

横島「んー?」

天龍「変人で艦隊組んだって言ってたけど、球磨とか多摩は変人枠じゃねーのか?」

横島「あー、あの二人か。あの二人って語尾以外普通っていうか、むしろ常識人枠なんだよな……」

天龍「……そうか? ……そう、かなぁ……」

 

 

 

 




お疲れさまでした。

今回ワルキューレ艦隊とヒャクメ艦隊との対決だったわけですが……内容がほんともう完全に思いつきませんでした。

ですのでまさかの全カットです。

ダイジェストにすらならなかったとは……なんてこったい。

それはそうと深雪ですよ深雪。
私はこんな感じでじゃれあいから一気にその先に発展していくシチュエーションが好きでして(突然の性癖暴露)
それが一番似合いそうな深雪に少しだけ付き合ってもらいました。

もし深雪が演習で活躍していたら……二人っきりの個室でエッチなビデオの鑑賞会でもするんじゃないでしょうか。
若い男女、密室、AV観賞。何も起きないはずがなく……。
うーん、反応が怖い。

ちなみに今回のタイトルの「カメラ」ですが、これはヒャクメ艦隊のメンバーは公式でカメラに触れたキャラです。


秋雲「……」


青葉は言わずもがな、衣笠は青葉の梅雨ボイスで、磯波は限定グラ、浦波も限定グラ、時雨は私服。


秋雲「…………」


それではまた次回。




秋雲「………………」


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過去の残り香

大変お待たせいたしました。

今回は残る二つの内どちらかの鎮守府との演習です。……まあどっちにしろやべー奴らしか残ってないんですが。

そえと最初らへんに少し「ん?」という場面が出てきます。
それが何かは……まあ、その……お楽しみに。(目逸らし)

ではまたあとがきで。


 

 さて、これまでに三回の演習を終えた管制室。現在、この空間にはややまったりとした空気が流れている。

 演習も既に折り返し。二十人以上もの艦娘が役目を終えているため、それも致し方ないと言ったところだろうか。

 しかし、はっきりと言ってしまえば、今までの演習は前座と呼べるものである。何せ残りの二人はパピリオと斉天大聖だ。

 カオスは研究を優先し、ヒャクメは諸々の調査を優先し、ワルキューレは軍としての教練を優先して攻略を行っている。だが、パピリオ達はそうではなかった。

 パピリオは最初からがんがんと海域を攻略し、近代化改修も行い、任務を片っ端からクリアしていった。

 そして斉天大聖。彼はまず艦娘達に自らが修めている武術を伝授した。身体の使い方、霊力の使い方、それらを徹底して教え込んだ。そして……全ての海域を圧倒的な力でねじ伏せてきたのだ。

 家須(キーやん)佐多(サっちゃん)はその映像を見てこう語ったという。“――――もう全部お猿一人でいいんじゃないかな”。

 

「ん~……残りは二人。この面子だと、次の相手は……」

「とーぜんっ、この私でちゅ!」

 

 いつの間にか近くに来ていたのか、パピリオがふんぞり返りつつもそう宣言する。

 パピリオ。ラテン語で“蝶”を意味する名前を持つ幼い少女。詳細は不明であるが横島とはかなり親しいらしく、まるで年の離れた兄妹のようにも思える。

 横島の隣に座っていた大淀は、これまでの会話から二人が何か特別な関係であると察し、気を利かせてパピリオに席を譲る。それに笑顔の花を咲かせたパピリオは礼もそこそこに横島の隣に座り、横島の腕を掻き抱いて早速甘えにかかる。

 

「んっふふ~、なんかもう演習なんてどーでもよくなってきまちた」

「こらこら」

 

 妹分の遠慮のない甘えっぷりに横島の頬も緩んでくる。意味合いとしては苦笑が大半であるが、反面嬉しさもある。普段ならばもう少しかまってあげても良かったのだが、今は演習中であるし、何より二人ともが鎮守府の司令官なのだ。更には、お目付け役も存在している。

 

「はいはい。甘えるのはいいが、そういうのは仕事が片付いてからにしな。その方が時間も多く取れるだろ?」

「……ぶー」

 

 二人の間に割って入ったのはパピリオの姉であるベスパだ。イタリア語で“蜂”の名前を持つ彼女はパピリオの隣に座り、彼女を窘める。

 横島、パピリオ、ベスパ。この三人が放つ雰囲気は、横島鎮守府やパピリオ鎮守府に所属している艦娘達も感じたことがないような複雑な気配を帯びている。

 パピリオはそこまででもないようなのだが、横島とベスパの二人は顕著であった。

 

「……そういやベスパはパピリオと協力して海域を攻略してんのか?」

「いや、私はワルキューレ少佐の部下だからね。元は少佐の鎮守府で色々と補佐をしてたんだけど……どうやら上が気を利かせてくれたようでね。パピリオの鎮守府にも時々手伝いに行けるようになったのさ」

「そりゃまた何つーか……()()()()()()()というか……」

「ああ、本当にね」

 

 二人の会話の意味が分かるものはごく少ない。艦娘達などはちんぷんかんぷんだろう。だが、言葉に含まれる感情は艦娘達にも伝わっていた。

 

「むー。ベスパちゃん、私の邪魔をしてヨコシマとお喋りなんて許しまちぇんよ」

「ああいや、そういうわけじゃ……」

 

 横島とベスパが放つ、どこか陰鬱とした物を含む雰囲気を、パピリオが吹き飛ばす。そんな妹を宥めるのに四苦八苦する横島とベスパの姿は先程とは違って、とても穏やかな空気に包まれている。こちらの方が、()()()()()()()()

 

「ほら、ベスパちゃんにヨコシマも。さっさと演習を始めまちゅよ」

「了解……まったく、子供は気難しいね」

「あいよ、っと」

 

 演習をほったらかそうとしたパピリオが、一転して演習を促すようになる。ベスパのお小言に触発されたのか、はたまた二人だけで話しているのが気に入らなかったのか。恐らくは後者であろう。

 

「というわけで、私の艦隊はこんな感じでちゅ」

 

 パピリオの艦隊は旗艦に軽空母“鳳翔”、以下秘書艦にして戦艦“比叡”、戦艦“伊勢”、重巡洋艦“摩耶”、駆逐艦“長波”、空母“翔鶴”。

 全員が練度(レベル)80オーバーというとてつもない強敵達である。

 

「実はこのメンバーって、よくパピリオの面倒を見てくれてる奴らなんだよね」

「え、そうなのか? 後でちゃんと挨拶しとかねーと……」

 

 ベスパからの情報に横島はまるで保護者のような言葉をこぼす。……まあ、特に間違ってはいない。

 

「どっちかって言うと、ヒエイは私が面倒見てあげてるんでちゅけどね」

『ちょっと提督、どういう意味ですかそれー!?』

 

 ぼそっと呟いたパピリオの言葉に反応して、端末から比叡の声が響く。どうやらパピリオ艦隊は既に演習海上に行っていたらしく、準備は万全なようだ。

 

「あっと、もう行ってたのか。こっちも急いで向かってもらわねーと」

 

 横島は数秒間考えた後、今回の出撃メンバーを発表した。

 

「旗艦は……吹雪、お前だ」

「ええっ!? わ、私ですかぁ!!?」

 

 旗艦に選ばれたことにより、吹雪が素っ頓狂な声を上げる。そもそも吹雪は練度が低めであったので演習で選ばれるとは思っておらず、心の準備が済んでいなかったのだ。

 それでも単にメンバーに選ばれただけならばここまで取り乱さなかっただろう。“旗艦に選ばれた”。これがプレッシャーとなって吹雪に圧し掛かっているのだ。

 

「以下扶桑さん、古鷹、加古、大井、赤城さんのメンバーだ」

「……!?」

 

 追い打ちをかけるかのように横島が告げた残りの五人。その中に吹雪の憧れの人物である扶桑が入っていることに声にならない叫びをあげる。ついでに最近相談に乗ってもらったり、“食べっぷりが素敵”と、何やら妙な理由で憧れの存在になりつつある赤城も一緒だ。

 

「頑張りましょうね、吹雪」

「頑張りましょうね、吹雪」

「……っ!? …………っ!!?」

 

 憧れの先輩二人から声を掛けられた吹雪は咄嗟に返事をすることが出来ない。しかしこの二人、容姿も声もよく似ている。更に同じ言葉を掛けているのでややこしいことこの上ない。だがステレオで話しかけられた吹雪はどことなく幸せそうな顔をしている。

 

「重巡洋艦の良い所、いっぱい見せないと……!!」

「気合入ってんねー、古鷹は……。アタシはバックレて寝てしまいたい……」

「相変わらずね、あなたは……」

 

 一方その頃古鷹達も出撃の準備をしつつちょっとしたお喋りをしていた。それにしてもこの三人、声がよく似ている。

 

「んじゃ、大淀と装備の確認をしたら向かってくれな」

「了解です」

 

 大淀は六人を集めて端末で装備を確認し、必要があれば変更していく。相手は歴戦の艦娘達。敵わないまでも()()()()()()しなければいけない。

 

「……今日のメンバーなんでちゅけどね」

「ん?」

 

 パピリオが自分の端末をいじりながら、ポツリと呟く。

 

「本当は、()()()()()()()()()()()……」

「……」

 

 パピリオの口からその名前が出た瞬間、一部の者達の雰囲気が変わった。カオス、マリア、ヒャクメ、ワルキューレ……横島の過去を知っている者達だ。

 しかしその反面、当事者である横島とベスパには変化はない。横島と姉妹達、それと他の者で彼女に対する意識が違うせいだろう。

 

「ルシオラちゃんみたいに――――おっぱいが終わってる子達で編成しようとしてたんでちゅ」

「悪魔かお前は」

「悪魔でちゅよ?」

 

 悪魔である。

 会話の内容がまさかの内容であったためにカオス達の雰囲気もしらけ、それぞれ自軍の艦娘達と戯れる。マリアは自分の胸をやや複雑な眼で眺め、パピリオと横島の会話に集中することにした。

 マリアのバストサイズは驚異の100㎝(三ケタ)。横島も巨乳は好きだ。大好きだ。しかしながら実際に横島の心を射止めた“彼女”は慎ましやかな胸をお持ちだった。

 今後、どのようなものが横島の篭絡に必要かは分からない。なので、マリアは情報収集に尽力するのである。

 

「……と、ほら。この子達でちゅ」

「わざわざ見せなくても……えっと、まず龍じょ」

「あ゛あ゛ん?」

 

 こっそりと二人の話を聞いていたらしい龍驤も、これには口を挟まざるを得なかった。

 

「待て待て龍驤。俺は大きいチチも好きだが、小さいのも大好きだぞ?」

「……ならええわ」

 

 龍驤、納得――――!!

 思い返してみれば、横島は巨乳の艦娘ばかりでなく、小さなお胸の艦娘にも煩悩を漲らせていた。その姿を知っている龍驤からすれば、今のどう考えても誤魔化しにしか聞こえない言葉もそれなりの説得力があったのだろう。許されるのなら何時間でもその胸を楽しみ続けるだろう。

 ……問題は横島にとって重要な部分が胸ではなく、ある程度の外見年齢が必要であることなのであるが。

 

「んで、えーっと……軽空母“瑞鳳”、正規空母“瑞鶴”、同じく“葛城”、装甲空母“大鳳”……意外にも空母ばっかだな」

 

 小さめの声とは言え、どうしてわざわざ声に出してしまっているのか。瑞鳳がこの世の終わりを目の当たりにしたかのような顔で横島を見ているぞ。

 端末を操作し、最後の人物に目を通す。そこで、横島は少しの間、呼吸を忘れた。

 

「……軽巡洋艦“夕張”、か」

 

 装備の確認も終え、後は演習海上に向かうだけとなった横島艦隊。旗艦の吹雪はすぐに出撃すべきであるが一応横島に声を掛けておこうと近付くのだが。

 

「司れ――――」

「この子、ちょっとだけ」

 

 その一言に、声を掛けるのを躊躇う。

 

「ちょっとだけ――――ルシオラに似てるな」

 

 そう呟いた横島の表情は、吹雪には見えなかった。

 

 

 

 

 

「――――敵艦隊見ゆ! っと。相手は私達を遥かに超える手練れ達。油断せずに行きましょう」

「はいっ、赤城さん!」

 

 演習海上。既に両艦隊は索敵も終え、射程距離に入っている。ここからどう攻めるか、どう守るか。それが旗艦の判断力の見せどころである。……のだが。

 

「……ん? これは……!」

 

 赤城が発艦した零式水上偵察機から送られてくる映像に、何やら変化があった。

 立ち上る六つの水柱。そしてそこから超スピードで水上を滑走する六つの人影。

 

「敵艦隊、こちらに突っ込んできます……!?」

「嘘でしょ!?」

 

 水平線の向こうへと視線を向ければ、そこには猛烈な勢いで向かってくる比叡達パピリオ艦隊。このままでは数分と掛からずに懐に入られる。

 

「赤城さん、お願いします!!」

「ええ、任せて!!」

 

 吹雪が咄嗟に指示を出せたのは偶然に近い。だが既にその身体は動いており、迫りくる敵に対しての陣形を形成している。

 放たれる赤城の矢。それは空中で姿を変え、“流星改”“烈風”となり、比叡達に迫る。――――だが。

 

「ハッ! こんな程度でアタシらを止められると思うなよぉっ!!」

 

 迫る航空機達を前に摩耶が叫び、機銃を乱射する。その結果は――――。

 

「……ぐぅっ!?」

 

 赤城の頭に鋭い痛みが走る。一瞬、たったの一瞬で()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが示す結果とはつまり。

 

「……全滅しました。開幕攻撃は失敗です!」

「マジかよ……!?」

 

 これにはいつもどこか楽観している加古も驚愕した。単独で全ての航空機を撃墜するなど、彼女の常識では考えられない。同じ航空機とのドッグファイトならばともかく、対空射撃での全機撃墜などありえないことである。

 皆に走る動揺。しかし、それに囚われている場合ではない。こちらの航空機が全滅したということはつまり……。

 

「皆さん気を付けてください! 敵航空機が来ます!!」

 

 吹雪の悲鳴にも似た声に空を見る。風を切って飛んでくるのは鳳翔と翔鶴が発艦した“流星改”と“烈風”だ。吹雪を始めとして古鷹達も何とか対空砲火を浴びせるのだが、彼我の練度差はここでも如実に表れた。

 当たらない。銃弾が悉く避けられてしまう。中にはカオス鎮守府のマリアが使用していた謎の艦載機“マリア・ビット”のように幾何学的な軌道を描く機体も存在している。

 

「な、何だこのでたらめな動き――――にょわーーーーーー!?」

「加古!? ――――あうぅっ!?」

「二人ともっ!?」

 

 古鷹、加古、共に大破。大井が古鷹達に意識を割くが、それに囚われてばかりではいられない。何故ならば、次の脅威はもうすぐそこにまで来ているからだ。

 

「はーーーーーーっはっはっはっはっはっは!! はーーーーーーっはっはっはっはっはっは!!」

「!?」

「!?」

 

 海上に高笑いが響く。その出所はどこか、発しているのは誰か。それはこの艦娘(おバカ)さんだ――――――!!

 

「――――とうっ!!」

 

 霊気を纏い、巨大な艤装を背負った影が太陽を背に宙へと駆ける。

 

「跳んだ!?」

「何で!?」

 

 身体から発した霊波を推進機代わりに猛烈な回転をしつつ、それでいて右腕はピーンと伸ばしたまま横島艦隊へと突っ込んでくるその異様な姿! おお、彼女こそはパピリオ艦隊が誇るお調子者! 時折パピリオが困ったような笑みで見つめるしか出来なくなることでごく一部で有名な、比叡さんの突撃(エントリー)だ――――――!!

 

「必殺!! 比叡スーパーローリングチョーーーーーーップ!!!」

 

 振り下ろされる比叡の右腕。その脅威を感じ取った横島艦隊は何とか回避行動に移る。古鷹に大井が、加古に扶桑が肩を貸して何とか避けられたそれは海に直撃する。

 そして、轟音が鳴り響き――――十数メートルほど、海が裂けた。

 

「なぁっ!?」

 

 デタラメなまでの超威力。それは横島艦隊の天龍や金剛を彷彿とさせる、次元が違うと言っても過言ではない圧倒的な力。

 立ち昇るは()()()()()()()()()()()()()()()

 

「この人も……二色持ち!!」

 

 顔にかかる水しぶきも気にならないほどの驚愕。

 カオスの艦隊はともかく、ワルキューレの艦隊にもヒャクメの艦隊にも、二色の霊波光持ちは存在していなかった。だから、二色持ちは横島鎮守府にしか存在しないのだと思い込んでいたが、当然、そうであるはずがない。

 

「隙ありだぁっ!! 摩耶様ドライバー!!」

「きゃあぁっ!?」

 

 横島艦隊の皆が比叡の力に気を取られている隙に、摩耶が高速回転ドロップキックで急襲する。これにより吹雪は直撃こそ避けたものの、霊力の爆発に巻き込まれて小破してしまう。

 

「真っ当に強い艦隊だと思ってたのに、こんなにツッコミどころ満載だなんて……!!」

『何でウチはこっちで出撃出来んかったんやーーーーーー!!』

 

 扶桑の口からは切実な心情が漏れ、端末からは某軽空母の魂の叫びが木霊する。しかし状況を嘆いている暇などない。比叡は伊勢と翔鶴を引き連れ、赤城と大井を撃破に向かった。

 扶桑と吹雪が対面するは摩耶と鳳翔。どうやら摩耶がメインで攻め込み、鳳翔がバックアップに回っているらしい。

 

「……申し訳ないけれど、フォロー頼むわね。吹雪」

「はいっ、扶桑さん!」

 

 自らが小破という状況、憧れの先輩に頼られるという高揚が吹雪の集中力を研ぎ澄まさせる。

 “ゾーン”という名の超集中状態。吹雪は自分と扶桑、そして摩耶と鳳翔の位置を完全に把握し、牽制と攻撃、時には囮すらやってのけた。

 そしてそこに撃ち込まれる扶桑の砲撃。超ド級戦艦の威力は凄まじく、一発一発が大破必至の一撃である。……が、しかし。

 

「……当たらないわね」

 

 ぽつりと扶桑がこぼす。確かに威力は高い。だが、それも当たらなければ意味がない。吹雪も敵艦の誘導などを行っているが、二人ともいかんせん実戦経験が足りていない。

 戦いには知識だけではどうにもならない部分が出てくる。二人がそれを掴むのはまだ遠いようだ。

 

「へっ! 御大層な主砲も砲手がノーコンじゃ意味ないな! それとも何だ? “不幸艦”らしく運のせいにでもするか? 不幸だわ~不幸だわ~ってなぁっ!」

 

 膠着した状態に変化を付けるべく、摩耶は軽く挑発を行う。

 摩耶という艦娘は気風が良い姉御肌であり、明るく快活な性格をしていることが多い。それはパピリオ艦隊の摩耶もそうだ。

 しかしそれはそれ、これはこれ。この摩耶は勝つためなら割と何でもするタイプのようだった。

 

「……っ!!」

 

 そして摩耶の挑発は如実に効果を発揮する。と言ってもその対象は扶桑ではなく吹雪である。

 憧れの存在を愚弄された吹雪の頭は一瞬で沸騰するが――――ふと視界に入った扶桑の表情を見て、その怒りは霧散した。

 

「――――ふふ」

「……あん?」

 

 ただの吐息と思えるような空気の漏れる音。しかし、それは何故か摩耶の耳にもしっかりと届いた。それ故に摩耶は怪訝に思う。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「“不幸艦”……。そうね、昔の私なら自分の運の無さを嘆いて、そんな言葉を口にしていたかもしれないわ」

「……?」

 

 自らの思いを反芻するかのように語りだした扶桑に戸惑いを覚えながらも、摩耶は主砲を斉射する。

 一発、二発、霊力の籠った砲弾はまっすぐに扶桑へと向かっていく。

 

「でも、今の私はそうじゃない」

 

 砲弾は海へと落ちた。海上を駆ける扶桑に砲弾は当たっていない。後詰めの鳳翔が艦載機を放つ。――――しかしすんでのところで躱され、かすり傷を付けるにとどまった。

 

「……っ!?」

 

 何かがおかしい。摩耶達がそう考え、彼我の距離を離そうと針路を変えるが、そこに扶桑の砲撃が掠める。

 

「全ては私の心持ち次第。今まで見ていた景色は、私の心が生み出したモノクロの世界だった」

 

 扶桑――――日本の雅称。日本国そのものの名を付けられた戦艦であるが、その実、彼女には欠陥が付きまとった。

 主砲、砲塔配置、装甲と、初の純国産設計の超ド級戦艦であるために半ば試験的な存在となってしまったのだ。

 今回演習の敵として戦闘中の伊勢も元々は扶桑型として建造される予定だったのだが、扶桑で判明した欠陥をもとに設計を改められ、別型艦として建造されたのである。

 “欠陥持ち”という生まれから来るコンプレックス。それは彼女の見る世界を歪めていた大きな要因であり、同じ欠陥を持つ同型艦(いもうと)“山城”に対する依存にも似た執着の原因でもある。

 

 ――――しかし、それを払拭する存在が現れた。

 

「あの人の言葉で、私の世界に色が付いた」

 

 自分と出会えて幸せだと、そう言ったのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に出会えて幸せだと。

 何よりも――――貴女を、幸せにすると言ってくれるなどと。誰が想像出来ようか。

 

「以前は想うだけだった。でも、やっぱり言葉にしないとダメね」

 

 扶桑の主砲、その照準が摩耶を捉える。何とか回避行動に移ろうとする摩耶の足を痛みと衝撃が襲った。吹雪の狙撃である。鳳翔を相手取りながら、視線を向けることのない狙撃。ホークアイ持ちの真骨頂だ。

 

「しま……っ!?」

「私は()()()()の傍にいる限り――――世界一の“幸運艦”なのよ」

 

 霊力が凝縮された砲弾が発射され、狙い違わず摩耶に命中する。急所に命中した砲弾はその威力を遺憾なく発揮し、摩耶を一撃で大破にまで追いやったのだ。

 

「うあああぁぁぁっ!?」

「うふふ。……あなたのお姉さんが悪いのよ」

 

 ……どうやら扶桑も扶桑でちょっとした敵意を持っていたらしく、摩耶を倒した現在の笑みは黒い。本人がいないからと言ってその妹に八つ当たりをするのはどうかと思います。

 

「これでご褒美は確実ね。うふふ、何をお願いしようかしら」

 

 摩耶を倒した扶桑は、ルンルン気分で吹雪が引き付けている鳳翔を視界に収め、この後の展開を妄想する。扶桑の主砲の威力ならば鳳翔も一撃で大破にまで持っていけるだろう。

 しかし、八つ当たりしたり吹雪に対してちょっと感謝に欠けた思考をしている扶桑に、天は味方しなかった。

 

「やっぱりデートとか――――え゜ふんっ!?」

 

 どこからか飛んできた砲弾が扶桑の肝臓(レバー)にスーパークリティカルヒット!! 更にその衝撃は艤装にも伝播し、何故か主砲が爆発!! 艤装内に何らかのガスでも溜まっていたのか、その爆発は艤装の全てにまで広がり、中々に見事なものだった。

 当然扶桑は大破となり、真っ黒になって海面にばったりと倒れ伏すのであった。

 

「ふ、扶桑さーーーーーーん!!?」

 

 突然の扶桑の爆発に吹雪の動きが完全に止まってしまう。吹雪のホークアイにも感知できなかった敵の正体、それは当然パピリオ艦隊の艦娘。

 

「ふふふ……アタシのこと、忘れてたろ?」

 

 吹雪の索敵範囲のギリギリ外に立っていた駆逐艦娘、黒髪にピンクのインナーカラーを施した、意外とおしゃれな艦娘の長波だ。

 

「――――忘れてた……!!」

 

 戦闘経験の少なさからくる致命的なミス。戦闘は終わっていないのに気を抜いてしまう。自らの能力を過信し、範囲外の敵に気を配らない。何よりも敵のことを忘れてしまうなど、あってはならないレベルの失態である。

 

「私も忘れては駄目よ?」

「はっ!?」

 

 鳳翔の静かな声が聞こえた時にはもう遅かった。扶桑と長波に気を取られ、集中が途切れてしまった吹雪の動きではもはや攻撃を躱すことなど不可能である。

 既に矢は番えられている。その一撃は、確実に吹雪を大破に追い込むだろう。

 

「――――ほ、鳳翔ファイヤー……ッ」(赤面&涙目)

「――――えぇ……?」(困惑)

 

 吹雪、困惑を顔に張り付けたまま大破……!!

 見事吹雪を倒した鳳翔は真っ赤になった顔を両手で隠し、思い切り恥ずかしがっている。もう自分の仕事は終わった。扶桑が倒れた時には、この戦闘の趨勢も決まっていたのである。

 

「スーパー比叡クラッシャー!!」(ノリノリ)

「ハイパー伊勢ボンバー!!」(赤面)

「翔鶴サンダアアアァァァッ!!」(赤面+涙目+ヤケクソ)

「ウルトラ長波ビーム」(虚無)

 

「……何なのこの人達」

 

 ――――赤城・大井、大破。

 これにより横島鎮守府の艦娘は全て大破となり、敗北が決定した。自分達の勝利が決まった瞬間、比叡は高らかに笑い声をあげる。

 

「はーーーーーーっはっはっは!! はーーーーーーっはっはっはっは!! 見たか聞いたか覚えたかっ!! これがパピリオ提督が誇る艦娘達の実力!! そして私の実力です!!」

『ヒエイは後でお仕置きでちゅ』

「何でぇーーーーーーっ!!?」

 

 すっかりと得意になっていた比叡だが、パピリオからのまさかの通信により一気に涙目に変わる。ジョバーッと涙を流すその姿は少し横島を彷彿とさせる。

 

『ホウショウちゃんやショウカクちゃんがあんな風に叫ぶわけないでちゅ。ま~たみんなに無理強いしまちたね?』

「う、うぐぅ……!?」

 

 どうやら図星であったらしく、パピリオの言葉に比叡は何も返すことが出来ない。どんどんと冷たくなるパピリオの視線。どんどんと冷たくなる比叡の体温。小さな女の子に怒られる大人の女性。何とも情けない構図が出来上がっていた。

 

「……ふ、ふふふ……。この扶桑、戦いの中で戦いを忘れてしまったわ……」

 

 比叡が通信越しに叱られている最中、扶桑は海面に浮かびながら今回の演習について猛省していた。

 あの時に気を抜かなければ、あるいはもう少しまともな結果になっていたかもしれない。少なくとも、今回のような何とも言えないような大破はなかったはずだ。

 

「……こんな姿を見たら、あなたは何て言うのかしらね、山城……」

 

 扶桑の脳裏を過ぎるのは妹の山城の姿。彼女は今の自分を見て何を言うのだろうか。

 大丈夫かと心配するだろうか。油断するからだと苦言を呈するだろうか。それとも無様だと、お似合いの姿だと罵られたりするのだろうか。

 

「……ふふ、そうね。きっとそうだわ。だって、()()()()()()()()()()()()()――――」

 

 

 

 

 

 ――――記憶にノイズが走る。

 

 

 

 

 

『扶桑さーん、大丈夫っすか?』

「……えっ? あ、あら……提督? ごめんなさい、少しぼーっとしてたみたいで……」

 

 横島に話しかけられ、扶桑はその意識を覚醒させる。ほんの数秒間ではあるが、意識を失ってしまっていたらしい。思いの外、身体のダメージは重いようだ。

 

『もうそろそろ赤城さん達と合流して帰ってきてほしいんすけど……』

「あ……!! ご、ごめんなさい! すぐに帰投します!」

『いやいや、大破してるんすからゆっくりでいいっすよ。無茶はしないでくださいね』

「……はい。ありがとうございます、提督」

 

 横島の優しい言葉に、頬を赤らめる扶桑。ああ、やはりこの人は私を大事にしてくれるのだ……! と感動しているが、横島の視線は扶桑の身体をねっとりと舐めまわしているのであった。

 扶桑は現在大破状態である。扶桑が大破すると、制服の損壊が非常に大変なことになる。もう危険が危ないレベルだ。

 横島は扶桑の大破姿を長く眺めていたいためにゆっくりでいいと言ったのだ。普段ならもっと取り乱すのだが、演習では轟沈は無しで傷もすぐ治るということから、煩悩の方が前面に出てきているようである。

 

「……むう」

 

 そんな横島の隣、パピリオが唸る。横島の様子を見て何かを思案しているのだ。

 

「……可能性は大きい方がいいでちゅからね。こっちのフソウちゃんも候補に入れておきまちゅか」

 

 そう言って、パピリオは懐から取り出したメモ帳に何事かを書き記す。そのメモ帳の表紙には、拙い字で『ヨコシマおよめさんメモ』と書かれていた。

 

 

「ごめんなさいね、吹雪。あなたが作ってくれたチャンスを台無しにしちゃって……」

「いえ、そんな! 私も長波ちゃんに気付かなったわけですし、せっかく扶桑さんが摩耶さんを倒してくれたのに警戒を怠って……」

「いえいえ、私が……」

「そんな、私が……」

「いつまでやってるのよ……」

 

 お互いに謝罪の言葉を繰り返す扶桑と吹雪に、大井が仲裁に入る。このままではいつまでたっても鎮守府に帰ることが出来ない。沈むことがないとはいえ、いつまでも大破状態のまま海の上にいるのは気が休まらないのだ。

 

「ほら、いつまでもこうしてても仕方がないんだから帰りましょう。過ぎたことはもうどうしようもないんだから、次に活かせるように心に留めておけばいいでしょ」

「ほら、私達なんて足を引っ張っただけですから」

「そうだぜー、だから早く帰って寝よう?」

「加ー古ー?」

 

 演習は敗北という結果に終わったのだ。それに拘ってああしておけば、こうしておけばという思考に憑りつかれてしまうのではなく、前を見据え、未来に繋がるように視野も思考も広げていかなければならない。

 もはや過去は覆ることはない。だからこそ、人はこれからをより良くするために生きていくのだ。

 

「……反省会、しないとね。吹雪」

「はい。お供します、扶桑さん」

 

 二人は笑い合い、鎮守府への帰路を辿る。

 失ってしまっても、忘れ去ってしまっても、その心に、魂に宿るものがあるだろう。“それ”をさせないように、“それ”を起こさぬように、皆は自らを鍛え、強くなっていく。

 たとえ、そのことに気付かなくとも。

 

 

 

 

第四十話

『過去の残り香』

~了~

 

 

 

 

※没ネタ※

 

摩耶「へっ! 御大層な主砲も砲手がノーコンじゃ意味ないな! それとも何だ? “不幸艦”らしく運のせいにでもするか? 不幸だわ~不幸だわ~ってなぁっ!」

 

吹雪「……っ!!」

 

吹雪「ハア……ハア……()()()……?」

 

摩耶「?」

 

吹雪「取り消してください……今の言葉……!!」

 

 

いやだって今更このネタはね……。

 

 

 




お疲れ様でした。

この煩悩日和では夕張は少しルシオラに似てるという設定です。
と言っても瓜二つとかそっくりとかではなく、何となく『ぽい』と思ってしまう程度です。
夕張さんの本格的な出番は……もっと後ですが……。

横島の名前呼び第一号は扶桑さんでした。
途中で扶桑さんの心情が出てきますが、ほとんど以前の焼き直しみたいなものだったし、無くても良かったかな……?

さて、次回はついに斉天大聖との戦いです。やっとここまで来たか……。

どうしようかな、次回ではないけど横島VS斉天大聖とかどっかでやってみようかな。

横島「もうだめだ、おしまいだぁ……」

それではまた次回。


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最終戦に向けて

お待たせいたしましたー。

今回はちょっと意外なキャラの名前が出てくることになりそうです。

それではまたあとがきで。


 

 横島は艦隊が帰ってくるまでの間に、先の演習を何度も思い返していた。

 演習の内容……その()()()に気が付いたからだ。

 まず初撃。鳳翔と翔鶴による航空攻撃による被害はとりたてて語ることはない。問題はその後からだ。

 比叡の回転チョップ。あのタイミングで全員が回避しきるとは横島には到底思えなかった。かなり無駄な動きを取っていたが、それだけに威力は抜群。まさか、その余波を受けても全員が無傷で済むとは思わなかった。

 加えて間髪入れずに放たれた摩耶の回転ドロップキック、“摩耶様ドライバー”だったか、あれが炸裂した時、横島は更に数人の中破・大破を覚悟した。それだけの密度の霊波の爆発を引き起こしていたのだ、摩耶という艦娘は。

 見た目の派手さに負けぬ威力の爆発。そして避けようのないタイミングであったはずの攻撃。しかし、実際には吹雪のみが小破するという結果に終わる。

 更にその後。扶桑と吹雪が摩耶・鳳翔と戦い、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 極めつけには扶桑が摩耶を一撃で下したことだ。いくら扶桑の霊力が強いとはいえ、それで摩耶の防御を簡単に突破出来るとは到底思えない。それだけ地力に差があった。

 吹雪にしてもそうだ。確かに吹雪には鷹の眼と称することが出来るほどの空間認識能力がある。狙撃も得意な方だ。しかし、だからと言って()()()()()()()()()()()()()()()()()

 相手を一切見ることなく、相手の足にピンポイントで砲撃を当てるなど、今の吹雪では到底不可能であるはずなのだ。

 最後に付け加えるならば、扶桑が大破した途端に皆が続けざまに倒されたことだろうか。格上相手にそれまで持ちこたえることが出来たというのに。

 

「……」

 

 そこまで考えた横島の脳裏に、扶桑のある言葉が浮かび上がる。

 

 ――――私は忠夫さんの傍にいる限り――――世界一の“幸運艦”なのよ。

 

「……()()()()()()()()()

 

 バカバカしい話だ。バカバカしい話であるが、“運が良かった”……というのは間違いではない。

 運良く攻撃を躱せた。運良く被害が最小限で済んだ。運良く相手を捌けた。運良く相手を倒せた。摩耶を倒せたのはつまり“運が良かった”からに他ならないからだ。

 扶桑は霊力制御の一環として横島に言霊を習っている。そのせいか、扶桑はここぞという時に望外の幸運を発揮するようになっていた。

 

「……今回もそれか? 最後に長波にワンパン大破されるところもそれっぽいし……」

 

 ぶつぶつと己の考えを小さく零す横島であるが、その思考は途中で中断された。艦隊が帰還したのだ。

 せっかくだから、というわけでパピリオと一緒に扶桑達を労いに行く横島。扶桑は最後で失敗したことにより何度も頭を下げてきたが、横島の笑顔とナデナデ(頭)によって瞬時に笑顔を取り戻した。

 

「まさかこのご時世にニコポとナデポを見るとは思わなかったでちゅ……」

「何だそりゃ?」

「いや、いいんでちゅ。ヨコシマはそのまま大きくなってくれればいいんでちゅよ」

「何目線なんだそれは……?」

 

 何だかとっても優しい笑顔のパピリオに首を傾げる横島であったが、もう一つ分からないことがあった。

 横島達は席に戻り、視線を管制室の隅へと向ける。そこにはとても落ち込んだ様子で体育座りをし、鳳翔や翔鶴、摩耶に慰められている比叡の姿があった。

 

「何であの子は帰ってくるなりあんなに落ち込んでんだ?」

 

 演習で勝利を掴んだのは言わずもがなパピリオ艦隊の方だ。ならば一体何故こんな風に落ち込んでいるのか。

 

「いや、それがさ。提督からのお仕置きが確定したってんでこんな風になっちゃってるみたいでさ」

「お、っと。君は確か、長波?」

「おうよ、よろしくな」

 

 横島の声ににかっと笑みを浮かべて挨拶を交わす長波。どうやら姉御肌な性格の持ち主らしく、比叡へのお仕置きは勘弁してやってほしいと交渉に訪れたようだ。

 

「うーん、でもでちゅねー」

「いーじゃんかよー、ちょっとくらい。演習で提督にいいとこ見せようとちょっとヒャッハーしただけじゃんか。隼鷹さんなんか四六時中ヒャッハーしてるじゃんか」

「あー、それを言われると……いや、でもでちゅね……」

 

 パピリオは“隼鷹”なる人物を思い起こし、その普段からの様子に迷いを見せた。横島はそんなパピリオを見、四六時中ヒャッハーしているという情報から“モヒカンでサングラスをかけたトゲトゲ肩パッドのマッチョ艦娘”を想像する。

 

『隼鷹でーぇすぅー、食料と水をよこしなぁ!! ヒィャッハアァーーーーーー!!』(バイクを乗り回しながら)

 

「いやまさかな」

 

 ぷるぷると頭を振り、バカな妄想を振り払う。

 横島は落ち込んでいる女の子は見たくない。それはそれで可愛いと思ったりもするが、率先して見ようとは考えていないのだ。本当に考えていない。本当だぞ。

 なので、ここはパピリオの説得に回ることにした。

 

「ほら、比叡も反省してるみたいだしさ、今日のところは俺に免じて……」

「ヨコシマがそう言うなら仕方ないでちゅ」

 

 なんだそりゃ、と横島達の様子を窺っていた皆はずっこけた。これも鶴の一声、と言えばそうなのだろうが、パピリオの艦娘達は自分達の苦労は一体と落ち込まんばかりである。

 パピリオはそんな自分の艦娘達はスルーしつつ、席を立って比叡のところに向かうと、腕を組んで仁王立ちしながら今回の沙汰を告げる。

 

「あー、あれでちゅ。私も少し大人気なかったでちゅからね。今度の金曜日のカレー、ヒエイが作ってくれたらそれで許してあげまちゅ」

「……本当ですか!?」

「ハンバーグと目玉焼きも付けてくれたらいいでちゅよ」

「付けます付けます! ありがとうございます提督ーーーーーー!!」

 

 比叡はヒエエエと泣きながらパピリオにしがみついた。どうやらパピリオのお仕置きとやらは相当に恐ろしいものらしい。横島も自分がパピリオのペットだった頃を思い出し、「そーいやあの頃のパピリオは怖かったなー」などと述懐していた。

 

「……んで、何やってんだよじーさん?」

 

 横島は懐かしい思い出を振り切り、ちらりと視線をカオスへと向ける。

 カオスはお茶を思いきり噴き出しゲホゲホと噎せ、榛名に背中を擦られていた。よく見ればその榛名も少々顔色が悪いことに気付く。

 

「い、いや……嬢ちゃん、ちょっと聞いていいかの?」

「んー? 何でちゅかおじいちゃん?」

 

 立ち直ったカオスは丁度横島の隣の席に帰ってきたパピリオに質問をぶつける。それはどうしても聞いておかねばならないことだ。

 

「嬢ちゃんのとこの比叡は……料理が得意なのか?」

 

 果たして、カオスの口から出てきたのはそんな何でもないような世間話に該当する質問。しかし、カオスの……というか、カオス鎮守府の全員が物凄く真剣な表情でパピリオの答えを待っており、その様子に場の空気がどんどんと重くなっていく。

 パピリオは何故そんな空気になっているのかがまるで理解出来ず、首を傾げながらも正直に答えることにした。

 

「うちのヒエイはお料理がメチャクチャ得意でちゅよ? そもそも今回の演習メンバーはみんなヒエイの料理の教え子なんでちゅ」

「何と!?」

「ほ、本当ですかっ!?」

 

 それはカオス達にとってあまりに衝撃的な答えだったのか、思わず立ち上がってしまう程に驚愕している。そのとっても失礼な反応に横島はカオス鎮守府の比叡の料理の腕の程を察し、カオスに確認を取る。

 

「……じーさんとこの比叡はそんなに料理下手なのか?」

 

 その質問に、カオス達は青い顔をさっと背けることで答えた。「そんなにか……」と聞いたことをちょっと後悔してしまう程に彼らの顔色は悪い。

 

「ちなみに得意料理は?」

「んーと、和食の……カイセキ? でちたっけ。それが一番得意みたいでちゅね」

「マジか、意外だな」

 

 人は見かけによらないとはこのことか。

 比叡は傍から見る限りかなり騒々しいタイプの性格の持ち主であるようだが、まさか繊細さの極致とも言える懐石料理が得意だとは誰も思うまい。

 

「でも私はあんまり好きじゃないんでちゅよね、カイセキって。味が薄いんでちゅよ」

「あー、分かる分かる。俺も昔はそうだった」

 

 横島はパピリオの言葉に頷く。横島も食べ盛りの青少年。どちらかと言えば濃い味付けの方が好みである。しかし、上司である美神が機嫌が良い時に連れて行ってもらった店で懐石料理の美味しさ、味わい方を知ったようだ。

 

「……ちなみに他の鎮守府の比叡はどんな感じなんだ?」

 

 先程の話から察するに、やはり同じ艦娘と言えども個人的な差というものは存在するようだ。ここまで極端な例は珍しいだろうが、とりあえず横島は他の鎮守府の比叡も気になったので聞いてみることにする。

 

「私のところの比叡は可もなく不可もなく……どちらかと言えば苦手な方か。よく火加減を間違えたりしているな」

「うちの比叡は得意な方なのねー。と言っても、料理上手な艦娘達に比べたらまだまだだけどね?」

 

 今のところ全く同じということはないようである。こうなってくるとまだ見ぬ己の鎮守府にやって来る比叡の料理の腕はいかほどなのだろうか。

 

「そんで、老師んとこの比叡はどんな感じなんだ?」

「ふむ……あまり評判は良くないが、ワシを含め一部にファンがおる。……時々、個人的に作ってもらっとるんじゃ」

 

 どうも猿神鎮守府の比叡が作る料理はかなりエスニック色が強いらしく、一部の者以外には残念ながら不評であるらしい。

 しかし斉天大聖は比叡の料理に何故か懐かしさを覚えるため、定期的に料理を作ってもらっているようだ。

 斉天大聖は猿神――――インド神話に於けるハヌマンと同一視されることもある神であるため、それが影響しているのだろう。

 

「それはそうと、いよいよ次はワシの艦娘達との演習じゃ。覚悟は良いか?」

 

 斉天大聖の言葉にあまり見つめたくなかった現実を突きつけられる。彼の艦娘達の練度は全員が最高値。そこだけを見ればマリアが六人編成されているようなものである。

 もちろん個々人の力量には差があるだろうが、練度差の暴力というのは中々に覆しがたいものがある。

 気が付けば斉天大聖は通路に立っており、その背後には彼に付き従う六人の艦娘達が横島を見つめていた。

 

「これがワシの艦隊じゃ」

 

 旗艦に戦艦“長門”、以下戦艦“Warspite(ウォースパイト)”、戦艦“Nelson(ネルソン)”、戦艦“Bismarck(ビスマルク)”、重巡洋艦“Prinz Eugen(プリンツ・オイゲン)”、正規空母“Graf Zeppelin(グラーフ・ツェッペリン)”という構成。

 長門以外が海外艦となっており、五人の美しい金色の髪が目に眩しい。

 

「ふふふ。長門も含め皆見目麗しく、ナイスバディの持ち主。確か……お主は金髪美女が好きじゃったな?」

「……ああ、それが?」

 

 ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、斉天大聖が横島に問う。その問いに対し肯定を返した横島に向けて――――。

 

「――――羨ましいじゃろ?」

「――――ぶっ殺す……!!」

 

 嘲笑を浮かべ、見事なまでにケンカを売った。

 

「放せ、ベスパッ!! ワルキューレッ!! あの猿はっ!! あの猿だけはーーーーーーっ!!!」

「いいから落ち着きなって!!」

「こんなことで命を捨てるのかお前は!!」

 

 斉天大聖の挑発に見事なまでに釣られた横島は彼に殴りかかるが、ベスパとワルキューレに抑えられる。流石の横島も上級魔族二人は振り払えないのか、それとも二人の身体が密着しているから振り払いたくないのか、ともかくもがきながらも抑え込まれていた。

 斉天大聖はそんな横島の様子ににんまりとした笑みを浮かべる。

 

「ふふふ、ぶっ殺すと来たか。そこまで言われてしまってはワシも拳で抵抗するしかないのう。最近はワシの方も身体が鈍ってきておったしの。()()()からどれだけ成長したか、後で確認してやろう」

「……!!?」

 

 横島は斉天大聖の言葉に衝撃を受ける。そう、全ては横島から言質を取るための行動。

 現在横島は美神や小竜姫だけでなく、斉天大聖の弟子という扱いになっている。斉天大聖にとっても横島は新しく出来た将来が楽しみな逸材だ。

 なので、何かと理由を付けては横島を鍛えようとするのである。

 横島は愕然と膝を着き、がっくりと床に項垂れる。

 

「は、嵌められた……!!」

「これで何回目なのねー?」

 

 どうやら横島は今までにも同じような目に遭ったことがあるらしい。強くなっても、頭の回転が速くなっても、こういう時にお約束が働いてしまうのは彼らしいと言えよう。

 

「ほれ、いつまでも這い蹲っとらんでシャキッとせい。せっかくウチの艦娘達が挨拶に来とるんじゃから」

「誰のせいだと……!! いや、もういいや。美女達との新たな出逢いに比べれば全ては些末事……」

「……どーやらまだショックからは抜け出せていないようでちゅね」

 

 微妙に遠い目をしながらも横島は立ち上がり、通路に立っている猿神艦隊の女性達と向かい合う。

 まず一歩進み出たのは黒い長髪が美しい日本の艦娘。斉天大聖の秘書艦、長門だ。

 長門は横島に微笑み、良く通る声で挨拶を交わす。

 

「お初にお目に掛かる、横島殿。貴方のことはよく老師から話を聞いている。私は長門。老師の秘書艦を務めていて、好きな男性のタイプはヤンチャで腕白な少年か、大人しく儚げな少年だ」

「ああ、よろし――――ん? んん?」

 

 おかしい。今、自己紹介に何か余計な装飾が施されていたように思える。ショックがまだ抜けていないのかと横島は己の脳を疑ったが、考えを整理する前に次の艦娘が同じように一歩前に出る。

 

「私はウォースパイト。よろしくお願いしますね、Mrヨコシマ。師匠(マスター)のお弟子さんということは、私達の兄弟子と言うことになるんですね。それはそうと私は筋肉モリモリ、マッチョマンでコマンドーな男性が好みです」

 

 ウォースパイトさんは柔らかく、とても優しい笑顔と声音でそんなことをおっしゃいました。

 大丈夫、まだ慌てるような時間ではありません。三度目の正直という言葉が日本には存在します。次の……次の艦娘ならきっと何とかしてくれる。

 

「余はネルソン。ナガートと同じビッグセブンの一角にして、本国の旗艦としてその存在を世界に刻んだ艦だ。余に相応しい男は常に冷静沈着(クール)で、余を支えることが出来る者だな」

 

 どうやら二度あることは三度あるらしく、横島の希望は儚く散ってしまったようだ。

 これはもう()()()()()()()()()と考えるしかないだろう。

 

 ――――男を紹介してくれ。

 

 つまりは、そんなところだろうか。

 家須曰く、猿神鎮守府の艦娘は実力は全鎮守府中最強であるが、その割には士気が低い。その理由は彼女達を率いる提督がゲーム狂いの猿爺であるから。

 彼女達はこう思ったのだ。せっかく今度はヒトとして生まれたのだから、素敵な恋がしてみたいと。そしてその結果が猿爺だ。

 せめて……せめて外見だけでも人だったら……。

 カオスとその秘書艦・榛名を見た彼女達の衝撃はどれだけの物であっただろうか。それ以前に、横島と横島鎮守府の艦娘達との仲睦まじい様子はどうだっただろうか。

 きっと、嫉妬パワーはとんでもないことになっているだろう。正直色んな意味で戦いたくないと横島は思う。

 

「私はビスマルク。自分で言うのもなんだけど、私は美しいでしょう? だからこう、普通の男性よりも重厚な……年を重ねた男性が好みかしら」

 

 ついに名前以外の部分が男の好みになってしまった。

 横島は彼女達が男に飢えているというのに自分に全くと言っていい程反応しないことに、人知れず胸が張り裂けそうなほどのダメージを受けている。

 しかしこれには一応の理由があり、NTR(ネトラレ)は駄目だよね、という共通の認識(ルール)を持っているからだ。

 実は横島は長門の好みの範疇にギリギリ収まっている。この『NTR、ダメ、絶対』というルールがなければ、少々危なかったかもしれない。

 次に前に出たのは横島とそう年齢が変わらなさそうな美少女。微笑む姿がとても可愛らしいが、彼女も横島には何の反応も示していない。

 

「私は重巡のプリンツ・オイゲンです! よろしくお願いしますね、ヨコシマさん」

 

 にっこりとした笑顔で元気よく挨拶をするプリンツは、まさに天真爛漫といった風情だ。見ているだけで己も笑顔になりそうな、そんな空気を放っている。

 しかし横島は知っている。この後に男の好みを言って自分が浮かべている笑顔を消失させてくるということを。

 

「好きなタイプはですねー。えへへ、俳優の近畿剛一君です」

 

 その名前を聞いた横島の顔からは一切の表情が消えてなくなり、すっと背を向け。

 

「五分ほど席外します」

 

 と言って、皆が止める間もなく管制室から出ていくのだった。

 

「え……あ、あの、私ヨコシマさんに何か失礼なことを……!?」

 

 プリンツは横島の豹変ぶりに思い切り動揺し、頼れるお姉さまのビスマルクや横島の艦娘達、そして提督達に涙目で問う。

 まあ、失礼なことをしてしまったかと聞かれれば、誰もが失礼なことをしていたと言うだろう。当然プリンツだけではないが。しかし今までの横島を知っている者達からすれば、今回の横島の行動は聊か疑問が浮かんでくる。

 パピリオやベスパ、吹雪や金剛達などが横島を呼び戻そうと席を立った次の瞬間、その場の誰もが驚くほどの霊力の奔流と哀しき漢の叫びが聞こえてくる。

 

「ちくしょおおおおおおお~~~~~~っ!! ちっくしょおおおおおお~~~~~~っ!!!」

 

 漢は哭いていた。出てきた人物の名前がまさかの人物であったが故に。またも貴様が持っていくのかと。やはり美形は許されない。

 

「ぬ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!! ちぃっくしょおおおおぉぉぉぉぉーーーーーー!!!」

 

 その哭き声は管制室を揺らし――どことなく某緑色のセミっぽい人造人間を彷彿とさせる叫びに秋雲が笑いを堪えているが――きっちり五分後、横島はとっても“スッキリ”とした顔で戻ってきた。“スッキリ”という効果音も出ているので間違いない。

 

「フゥ~~~スッとしたぜ。おれはチと荒っぽい性格でな。激昂してトチ狂いそうになると泣き喚いて頭を冷静にすることにしているのだ」

「いきなり妙な設定を生やすのはやめなさいな。……あとあんたがやるなら王子の方じゃないの?」

 

 霞の呆れたようなツッコミが微妙だった管制室の空気を動かす。横島は懐を探りながら元の位置に戻り、頭を下げてくるプリンツを手で制する。

 

「すみません、失礼なことを言ってしまいまして……」

「いやいや、別にそういうことじゃなくてだな……。それより、この写真を見てくれ」

 

 ようやく目当ての物を見つけたのか、横島は懐から一枚の写真を取り出し、プリンツへと渡した。そこに写っているのは肩を組んで笑い合う二人の少年。

 一人は目の前の横島忠夫。そしてもう一人は――――近畿剛一だ。

 

「え……えぇっ!? 近畿君!? 何で、どーしてこんな写真が……!?」

「ああ、銀ちゃん……近畿剛一なんだけど、実は俺の幼馴染でな。その写真は前に会った時に撮ったんだよ」

「近畿君と幼馴染!?」

 

 横島の情報にプリンツを始めとした猿神艦隊の女性陣、そしてイケメン俳優とコネがあると知った一部の他鎮守府の少女達。

 写真と横島を交互に見るプリンツは最初は驚愕を浮かべていたが、それも徐々に期待へと変わっていく。横島もそれを承知しているのか、何回か頷き、プリンツが望んでいるだろう事を告げる。

 

「一応紹介はするけど、あんまり期待はしないでくれよ? 銀ちゃ……近畿剛一も俺に女性関係とかそういうのは一切話してくんねーし、もしかしたら既に彼女とかいるかも知んねーからさ」

「は、はい! 充分です! ありがとうございますヨコシマさん!!」

 

 プリンツは舞い上がらんばかりに喜んでいる。彼女から発せられる霊波も幸せでいっぱいだ。その分、隣のお姉様方の霊波は嫉妬で染められていっているのだが、幸せいっぱいなプリンツにそれが届くはずもなく。

 プリンツは長門や最後の艦隊最後の一人であるグラーフ以外の三人からほっぺたを突かれまくるのであった。

 

「あぶぶぶぶぶぶ」

「ふふふ、良かったじゃないのプリンツ」

「上手くいくといいですね、プリンツさん」

「末永く爆発するように祈っておいてやるぞプリンツ」

 

 ……何だかんだ応援はしてくれるようだ。

 

「ところで、何で近畿剛一を知ってんだ? まさか、こっちの世界にもいるとか?」

 

 このゲームの世界と横島の住む世界は別のはず。ならば近畿剛一も知らないはずなのだが、その理由はいたってシンプルであった。

 

「ああ、それならワシがこっちに来る際にゲームだけでなく漫画やアニメ、ドラマに映画、それからアイドルのCDなんかも持ってきたからじゃな。特に“踊るゴーストスイーパー”シリーズは皆に好評じゃ」

「あ、なるほど」

 

 斉天大聖の説明に横島はぽんと手を打つ。考えてみれば自分もジェームス伝次郎のCDを持ってきたのだ。ならばDVDを持ってくるのも可能であろう。

 横島が納得を示し、一瞬の間が空いたことで、遂に最後の艦娘が一歩を踏み出す。

 

「……ふう。オイゲンだけで結構な時間を使ってしまったな。私はグラーフ・ツェッペリン。……本来ならここで男性の好みを言うのが正しいのだろうが……」

「全然正しかねーからな?」

「天龍ちゃん、空気読みましょうねぇ?」

「……後で少々時間をもらっても良いだろうか? 少し、相談したいことがあるのだ」

「え、俺に?」

 

 天龍(がいや)のツッコミなど完全に無視し、グラーフは真剣な様子で横島に頼み込む。どうにもかなり本気で恋愛事の相談があるようだ。

 真面目な恋愛相談など横島に乗れるか怪しいにも程があるが、それでもグラーフは藁にも縋る思いで横島へと頼んでいるのだろう。

 横島は不安そうにしている美女の頼みごとを断れるような精神は持っていない。非情に癪ではあるのだが、目の前の美女が意中の相手と結ばれるように相談に乗ることを決めた。

 本当に好きな相手がいるのなら、その人と結ばれるほうが絶対に良い。()()()()()から、横島の意識はそう変わった。それでもナンパはするが。

 

「分かった。それじゃあまた後で」

「……礼を言う。ありがとう、ヘル・ヨコシマ」

 

 これで一応は全員の自己紹介が終わったことになる。

 次は横島達の艦隊の選出だ。目の前の六人の美女美少女はそれぞれが規格外も規格外。横島は彼女達の生体発光(オーラ)の強さから、カオス艦隊のマリアやパピリオ艦隊の比叡が六人いるものと同じであると結論付ける。

 特に――――長門。

 彼女の霊力は金剛よりは小さい。だが、横島は長門にどこか得体の知れなさを感じていた。果たして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 横島は天井を見上げ、考えを纏める。ここは最強の布陣で迎え撃とう。確実に負けるだろうが――――それも経験である。

 

「……天龍、出れるか?」

「へっ、当然だぜ!」

 

 まずは現状の最高戦力、軽巡の天龍。

 

「金剛、本当は色々と慣らしてからにしたかったけど出てもらっていいか?」

「勿論デース! 提督の(ラブ)に応えマース!!」

 

 次に、同じく最高戦力の金剛。破壊力とデタラメさは随一だ。

 

「扶桑さん、連続になるけどお願いします」

「はい、提督。きっと期待に応えてみせます」

 

 次に扶桑。実力もそうだが、彼女に関しては気になることもある。その検証も兼ねての抜擢だ。

 

「加賀さん、開幕に強烈なのぶちかましてやってください」

「ええ。……これが最後。気分が高揚してきたわ」

 

 横島鎮守府最強の空母、加賀。気合も十分漲っており、気後れするようなことはないだろう。

 

「那珂ちゃん、また旗艦(センター)じゃないけど大一番の晴れ舞台だ。歌って踊れて戦えるアイドルの力を見せつけてやってくれ」

「はーい! アイドルはファンの期待に応えなきゃだよね。那珂ちゃん、頑張りますっ! きゃはっ☆」

 

 更にアイドル艦(?)、那珂。彼女は走・攻・守のどれもが高いレベルで纏まっており、横島から霊力の指導を受けてからは更に実力を向上させている。

 

「そんで最後。旗艦は――――叢雲、お前だ」

「……え? わ、私……っ?」

 

 名前を呼ばれたのは叢雲。自分が呼ばれるとは思っていなかったのか、動揺を露にし、横島、そして周囲に視線を向ける。

 

「な、何で私なのよ? 駆逐を入れるなら夕立とかの方が近接では強いし、遠距離なら吹雪とかが狙撃上手いし……打撃なら、最強の電がいるし……」

「ん、まあ確かに訓練とかでも夕立の方がスコアは上だったし、吹雪はさっきも活躍してたしな。電はもう言わずもがなだし」

「……っ」

「――――でもな」

 

 自分で言ったことではあるが、叢雲は悔しそうに唇を噛む。

 ()()()、と横島は思った。普段の叢雲ならば旗艦に選ばれた際に戸惑いはするだろうが「当然よね!」と自信満々に引き受けたことだろう。

 しかし、今の叢雲にその様子はない。落ち込んでいる……つまりは自信を喪失してしまっているのだ。

 横島からは自分達が最弱であると聞いてはいた。しかし、自分達には天龍がいた。デタラメの化身と言っても良い程のデタラメさを誇る天龍の強さ。後に彼女を超えるデタラメさの金剛が現れたが、それでも叢雲の中で天龍というのは強さの象徴であったのだ。

 それが、あっさりと敗れ去った。天龍の力を自分達の力と見ていたわけではないが、それでもああまで手も足も出ないとは考えもしなかった。

 油断、慢心、あるいは錯覚。叢雲は高くなっていた鼻をポッキリと折られてしまったのだ。

 叢雲の霊力は強い。かと言って最強ではないし、横島鎮守府でも上は何人もいる。駆逐艦に限定してもだ。それでも戦闘となれば彼女は上から数えたほうが早い程に強かった。叢雲はプライドの高さに釣り合う実力を持っていたのだ。

 しかし、その実力はまるで通じず。防御すら何の意味もなかった。

 叢雲の状態は以前の曙に似ている。自分が弱いのだから、強い者を代わりに出せばいいと、そう思っているのだ。

 ――――だが、横島が今回叢雲に求めているのは“戦闘力”ではなかった。

 

「――――でもな、俺が一番頼りになるのはお前だって思ってる」

「……え」

 

 横島は叢雲と視線を合わせ、そっと語る。

 

「確かに戦闘力は上の奴が他にいるけどな、咄嗟の判断力や指揮能力、作戦能力なんかはお前が一番だ」

「な、何を……?」

 

 叢雲は狼狽えてしまう。信頼の籠った瞳や声、横島の言葉に叢雲は思考を鈍らせながらもそれを鮮明に心に刻み込んでいく。

 

「さっきのマリアとの戦いもそうだ。みんながやられた時に、自分を囮にして天龍達に攻撃を任せたり。戦力を正しく把握して、作戦を立案し、すぐさま行動に移る。……あの時も言ったけど、中々出来ることじゃない」

「……」

「お前の言葉に天龍も電も従った。お前の言動には力があるんだ。叢雲は叢雲にしかない才能を持ってる。みんなを纏め、動かすカリスマ性――――リーダーシップだ」

 

 横島のその言葉は叢雲だけでなく、横島鎮守府に所属する全ての艦娘に届いている。そして、皆はその言葉に頷いた。

 叢雲と一緒に海域に出撃した時、いつの間にか叢雲が皆を引っ張っていることが多い。皆が彼女の言葉に奮起し、戦い抜く。それは時に、旗艦を超える皆の道標となることもあるのだ。

 それが横島が叢雲に求めている“力”――――リーダー足りえるカリスマ。

 

「俺らはまだまだ練度が低いからな、戦闘力なんかこれからいくらでも身につく。でも、お前は今の状態でもそれを超える力を持ってんだ。だから俺はお前を一番頼りにしてるし、今回も選んだ。……これが理由だ」

「……あ……う」

 

 横島の言葉は上手いとは言えない。しかし、だからこそ叢雲には真摯に心に響いた。横島の言葉が、叢雲の心を解していく。

 

「提督の言うこと分かるなー☆ 叢雲ちゃん、すっごく頼りになるもんね!」

「な、那珂っ?」

 

 そして、何も叢雲のことを頼りにしているのは横島だけではない。

 

「ま、そーだな。俺も何回か叢雲に尻拭いしてもらってるし。頼りになるのは間違いねーぜ」

「少し自分の身を軽く見がちだけれど……そうね。私達の纏め役はあなたが適任よ」

「みんな、違う役割を持っている。私には出来ないことも、あなたには出来る。叢雲、あなたといると心強いわ」

「あ、あんた達……」

 

 次々に声を掛けてくる艦隊メンバー。そのどれもが真摯な輝きを放っていて。言葉に込められたその想いに、叢雲は不覚にも涙ぐんでしまう。

 

「ヘーイ、叢雲」

「金剛?」

 

 金剛が叢雲の手を握る。声は軽いが、握った手、見つめてくる視線はどれもが真剣だ。伝わってくる、とはこういうことを言うのだろう。

 

「私は叢雲と過ごした時間は短いデース。But、それでも分かることはありマース」

 

 くい、と手を引き、金剛は叢雲の耳元で囁きかける。

 

「あなたの気持ちは知ってマース。()()()()()()()、なんでしょ?」

「は――――はぁっ!!?」

 

 ボンッ!! という破裂音と共に、叢雲の顔が真っ赤に染まった。その様子に他の皆は驚きを露にするが、金剛は周囲のことなど気にせず話を進めていく。

 

「私も同じデース。だからこそ、今の叢雲では張り合いがありまセーン。真っ直ぐ前を向いている叢雲だからこそ、私のライバルに相応しいのデス」

「ら、ライバルって……」

 

 金剛の言う“ライバル”。その意味を理解した叢雲はまたも顔を赤くする。ちらり、と横島の方に視線を向ける。横島は真剣な顔で叢雲を見つめていた。

 咄嗟に視線を外す。顔の赤みは深まるばかりだ。

 

「それで、どうしマスかー? このままここに残りマスかー? ま、そうだったら私や天龍、その他諸々が()()()()()()()をかっさらっていくだけデスがー?」

「こんの……!!」

 

 叢雲は金剛の言う美味しいところの意味を完全に理解したらしい。湧き上がるのは反骨心。心に満ちていくそれは、負の感情ではなく、むしろ叢雲の総身に力を与えていた。

 

「叢雲」

「司令官……?」

 

 何かきっかけがあれば燃え上がる、そんな時に横島が叢雲に声を掛ける。彼女の様子を見て、最後の発破を掛けようというのだろうか。

 横島の眼は、確かに叢雲の眼に力が宿るのを見た。ふ、と笑みが零れる。

 

「叢雲――――」

「なによ、司令官」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「普段のお前もいいけどさっきまでのちょっとしょんぼりしたお前も少し押せば流されてえっちなことが出来そうな感じで非常にグッドだと思う」

「何で今その話をしたーーーーーー!! 叢雲(バッファロー)ハンマーーーーーーッ!!!」

「ゲハアアアァァァッ!?」

 

 発破を掛けるのではなく、セクハラを仕掛ける選択をした横島。何故そっちを選んだのかと聞かれても、彼には答えようがないだろう。しいて言えば、何故か言わなければいけない気がした、だろうか。

 叢雲のラリアットで派手に吹っ飛んだ横島は壁にめり込んでしまう。吹雪が「司令かーん!?」と慌てて助けに行くのは、既に見慣れた光景になってしまった。

 

「まったく、アンタって奴は本当にもう……!!」

 

 思わず悪態が出てしまう叢雲。しかし、それに反して叢雲の口には確かな微笑みが浮かんでいた。

 叢雲は一つ大きく息を吸い、深く長く息を吐く。

 

「仕方ないわね」

 

 晴れやかな笑みを見せ、叢雲は艦隊メンバーに向き直る。皆横島のことはとりあえず無視して叢雲を見つめていた。

 

「アンタ達を纏めることが出来るのなんて、私しかいないみたいだし。しょうがないから、旗艦やったげるわ。みんなも、精々頑張りなさい」

 

 ふふーんと得意そうに笑う叢雲に、井桁を浮かべて天龍が突っ込む。

 

「テメェ、いい気になってんじゃねーぞ叢雲ォ!!」

「あらー、そんなに怒っちゃって。まーた私に尻拭いさせる気かしらー?」

「だー!! これじゃあ調子を取り戻したんじゃなくて調子に乗ってるだけじゃねーか!?」

「ぶー! いつかセンターの座を奪ってやるんだからー!」

「そう言いながら飛びついてくんな那珂ァ!?」

 

 ぎゃいぎゃいと罵り合いながら、それでも皆の顔には笑みが浮かんでいる。楽しそうに口喧嘩を楽しむ叢雲達に、長門達猿神艦隊は小さく笑みを浮かべて様子を眺めていた。

 

「ふっ。何だ、良いチームじゃないか」

「ああ。如何に余達に練度で劣っていようが、練度だけが戦いを決めるわけではない」

「彼女達は()()を持っている……。戦うのが楽しみね」

 

 猿神鎮守府の士気は他と比べると低い。だが、それは戦闘とは関係のない部分だ。斉天大聖が士気の低さを問題としないのはそのためである。

 彼女達はちゃんと大切なことを理解している。自分達が何のために戦うのか、戦いの先に何を得るのか。皆、それぞれが戦う意味を見出している。

 では何故士気が低いのかと言うと、それは書類をほっぽり出してゲーム三昧だったり、ゲームに出てくる武器やロボットを開発・建造しようとしたり、抜け毛が凄かったり、ラッキースケベなことが起こっても無表情なくせに格闘ゲームの女キャラが負けて服が破れると「ムッキャーーーーーー!!」と興奮したり、猿だし……猿だし。猿だし。

 ほぼ……自業自得……!!

 流石に出撃の際は真面目にやっているが、それでも普段が普段なので……駆逐艦などには“お猿のお爺ちゃん”と慕われているが、一緒にゲームをやると情け容赦なしに蹂躙されてしまうので同時に恐れられていたりもする。

 

「ふん。だが、分かっているな? 余達の()()()()()は……」

「ええ、はい。大丈夫ですよ」

()()()()()()()()()()()と考えてもいいですよね。残るは……」

 

 猿神艦隊の視線が強まる。それを受けて、横島艦隊も騒ぐのを止め、その視線を真っ直ぐに受け止めた。

 

「まずは私達が見極めよう。彼女達が、我等と共に()()()()()()()()()()()()()()()

 

 猿神艦隊は今回、とある特殊な任務を帯びている。それは横島とその鎮守府の今後を左右する、とても重要なもの。

 そうと知らぬ横島艦隊だが……否、たとえ知っていたとしても真っ直ぐひたむきに向かっていくだろう。

 

「……」

 

 叢雲は心が熱を帯びていくのを自覚する。皆が、金剛が、そして横島が己の燻っていた心に火を点けてくれたのだ。あの時の言葉は、己に調子を取り戻させるため。

 どうやら横島には自分のことなど何もかもお見通しらしい。だが、それが不思議と心地よい。

 パシンと掌に拳を打ち付ける。やる気が出る。気合が満ちる。敵わぬだろうがそれでも挑む。

 

「さあ、行くわよ!」

 

 演習最終戦。対猿神艦隊――――開始。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――そして、世界の今後を左右する者が、ここにも存在する。

 

「……ココニ、提督ガイル」

 

 ヲ級達が案内された中枢海域中心部、()()()()()()()()、その提督執務室。それはおよそ鎮守府と呼べるような様相ではないのだが、どうやら一通りの設備は有しているらしい。

 壁に走った赤いライン。どこか脈動するかのように茫洋とした光を湛えるそれは、見た目以上に恐怖心を煽ってくる。

 

「……ヲ?」

 

 港湾棲姫が扉を開く。中はかなり広いドームのような構造となっており、部屋の中心には巨大な円筒状の水槽のような物があった。

 中にあるのは何か大きなもの。全容はうかがい知れないが、何処か懐かしい感覚に包まれる。

 

「……?」

 

 じっと水槽を見ていて、ようやく気付く。壁を走る赤のライン、それは床にも走っており、その全てが集中する場所が水槽なのだ。いや、もしかしたら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――――キ、キキ……。ヨウヤク到着シタカ」

「……ッ!?」

 

 声が聞こえる。今まで聞いたことがないような、不思議な声だ。子供のような甲高さを有していながら、反対に年老いた何者かをイメージさせるような、そんな声。

 その声はどこから響いているのかヲ級達は辺りを窺うが、自分達以外の姿はどこにもない。スピーカーから発せられたのかと思えば、その様子もなかった。

 何がどうなっているのか、と困惑していると、いつの間にか水槽の傍に小さな何者かの姿があった。そこには誰もいなかったはずなのに。

 ――――それは人ではなく。艦娘でもなければ、自分達深海棲艦でもありはしなかった。

 一言で言えば異形。五体の関節が繋がっておらず、頭部は半ば程までしか存在しておらず、脳の代わりに球体が浮いている。無機質であるのに、どこか有機的な容貌の()()()

 

「ヨウコソ、僕ノ鎮守府ヘ。僕ガコノ鎮守府ノ提督デアリ、ソシテ――――()()()()ノ王ダ」

 

 そう告げるのは滅んだはずの存在。かつてとあるゲームの世界を支配し、それが故に討ち滅ぼされた()()()()()()()()()()()()()()()()()()――――。

 

 

 

 

 

第四十一話

『最終戦に向けて』

~了~

 

 

 

 

 

 

横島「ちなみにお仕置きってどんなことするんだ?」

パピ「コンゴウちゃんとの接触を一日禁止でちゅ」

横島「……」

パピ「……」

横島「え、それだけ?」

パピ「でちゅよ。実際効果がある子にはとことん効くんでちゅよね。この前なんかウチのオオイちゃんにキタカミちゃんとの接触を禁止したら、一日で胃に穴が空いて泣いて土下座してきまちたから」

横島「マジか」

パピ「マジでちゅ」

横島「……マジで?」

パピ「マジでちゅ」




せっかくだから銀ちゃんも巻き込んでやろう(挨拶)

そんなわけで意外なキャラその一、近畿剛一こと銀ちゃんを話に絡ませようかと思います。
ただし出番がいつになるのかはまったくもって不明です。(爆)

そして意外(?)なキャラその二、キャラバンクエストに取り付いた悪霊です。
深海棲艦の提督は彼でした。
何で生きてるのかとか諸々の事情は次回以降に判明……するのだろうか……?(爆)


本当は猿神艦隊と戦うとこまでいきたかったなぁ。
ただそれをするとどこで切ればいいのか分からなくなるから……。


それではまた次回。


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二色の真価

あけましておめでとうございます。(激遅)

大変お待たせいたしました。
今回は遂に猿神艦隊との演習です。はたして猿神艦隊はどれほどの実力を持っているのか……?

今回、ちょっと調子に乗ってアンケートなんか実施してみました。あとがきの下にありますので、皆さま、どうかご協力をお願いいたします。

それではまたあとがきで。


 

 遂に始まった演習最終戦、横島艦隊対猿神艦隊。戦艦が多く選ばれている猿神艦隊、戦いは激しい砲撃戦になるかと予想されていたのだが、意外にも戦場は静かな空気が流れている。もちろん互いに砲撃や艦載機での爆撃なども行っているが、それでもこれまでの戦いに比べれば、それは大人しいものだった。

 その理由の一つに、猿神艦隊の艦娘が感じた違和感がある。

 

「どうだ、ウォースパイト?」

「……ええ、やはり何らかの力が干渉しているようね。でもこれは私達に、というよりは……」

「うむ。これは余達ではなく、()()()()()()()()()()()()()ようだ」

 

 長門の問いにウォースパイトが己の霊感が捉えた“力”について答えるのだが、どうにも言葉にしづらいものであったらしく、言いよどんでしまう。そしてその後を継いだのはネルソンだ。ネルソンは自分の手を何度も握っては開き、感覚を確かめている。彼女が最も得意とする拳法は周囲の気を自らに集約させることが出来るものであり、それを応用して“力”の正体に迫ったようだ。

 

「なるほど。確かにそうでもなければ考えられないな。グラーフが誰一人として落とせないなど」

「我ながら不甲斐ないばかりだ。二人を中破に追い込むのが精いっぱいとは」

 

 長門達が見据える先、その視線の先には一人の艦娘がいる。扶桑だ。

 グラーフの航空攻撃で中破に追い込まれたのは那珂、そして扶桑の二人。叢雲が小破といった被害状況だ。それは横島艦隊と猿神艦隊の練度差から考えればあり得ないことである。

 確かに攻撃が当たらないこともある。防がれることもある。だが、グラーフという艦娘はそういった領域を既に超越している艦娘である。()()()()()()。それが彼女という艦娘だ。そしてそんな彼女でも落とせなかったのは、扶桑がその力を使っているからだ。

 

「扶桑さん、まだいける!?」

「ええ、もちろんよ。私達は負けない。提督に勝利を捧げるのよ」

 

 力を使う、と言っても、何も扶桑は特別なことをしているわけではない。自らの霊力を言葉に込め、想いを乗せて放っているのだ。

 横島から教わった、基本中の基本。霊力とは魂の力。言霊とは言葉に魂を乗せる術。扶桑の想い、その強さは長門達を以ってしても侮れないものがある。そしてその力の源について、皆には心当たりがあった。というか一目瞭然であった。

 

「やはり男か」

「いわゆるリア充ってやつね。ヘル・ヨコシマへの愛のこもった視線といい、これ以上のいちゃつきはこの私がゆ゛る゛さ゛ん゛!!」

「姉様、すっごいパワフル……」

 

 どうやらビスマルクは黒い太陽なライダーがお好きらしい。ゆるさん、と言っても今すぐにどうこうするわけではなく、彼女達の目的は横島鎮守府の艦娘が自分達と共に戦うだけの力があるかどうかを確かめること。戦いを終わらせるにはまだ早すぎる。

 扶桑の強力無比たる霊能が判明し、他の艦娘達の力も確かめようと更なる砲撃を開始しようとしたその時、不思議なことが起こった。

 

「――――っ! 雷撃!? でもプリンツさんは何も……!?」

 

 突如として現れた海中からの黒い影。それは一直線に扶桑めがけて海中を疾走する。それに驚いたのは扶桑達横島艦隊だけではなく、長門達も自分達の物ではない魚雷の出現に驚いていた。

 

「くっ、させない……!!」

 

 面食らいながらも機銃の掃射を以って魚雷を破壊しようとする叢雲だが、ここで謎の魚雷は急加速。それは艦娘が使用する魚雷ではあり得ないような速度を出した。54ノット(およそ時速100キロメートル)で駆ける魚雷……それは更に速度を増し遂には86ノット(およそ時速160キロメートル)を叩き出す。たったの数秒でその速度に達した魚雷は、やがて海中から飛び出し、その全身を現した――――!!

 

「!!」

「!!」

「!!」

 

 ――――それは、魚雷ではなかった。黒と銀の体色をした流麗なボディ。全長261センチメートル、胴回り212センチメートル、体重にして442キログラムという、日本人が大好きな海の暴走特急――――!!

 

「――――マグロ?」

 

 スズキ目・サバ科・マグロ属――――“マグロ”のエントリーだ――――!!

 

「ご期待くださぇふう゛っ!!?」

「扶桑さーーーーーーんっ!!?」

 

 飛び上がったマグロは何故か扶桑の腹にスーパー頭突きを食らわせて派手に吹き飛ばした!! お決まりの台詞を言う前に鳩尾を貫かれた扶桑はきりもみ回転して何故か上空に飛び上がり、何故か砲塔が引火して爆発!! 完全に大破し、海へとぽちゃんと落ち、俯きにぷかーっと浮かび上がった……!! マグロはそんな扶桑を顧みもせず悠々と海を行き、既にその姿をくらませている。恐ろしく鮮やかな不意打ちであった。

 

「……」

「……」

 

 あまりに不思議な現象に互いの艦隊が動きを止める。数秒後、どこか納得した様子で長門が考えられる原因を口にした。

 

「……なるほど。世界に干渉する代償がこれか。思えば先の演習でも扶桑は何故か一発で大破していたしな」

 

 それは、言わば世界の修正力。()()()()()のようなものだ。現実を歪め過ぎれば、大きなしっぺ返しを食らう。例えばバナナの皮を踏んで滑って転んだり、頭に一斗缶が降ってきたり。今回のマグロのスーパー頭突きもそれと同様だ。青い空に紫色の肌をした魔神が爽やかな笑みを浮かべているぞ。

 

『……えっと、とりあえず演習を再開しようか』

 

 横島の困ったような声が、皆の耳に届く。困って当然だろう。誰がこんなことを予想出来るか。横島も原因には察しがついたので、演習が終わって扶桑が帰ってきたらしっかりと慰撫しなければと心に決める。こんな形での大破など悲しくて仕方がない。

 その後、ややあったが無事に演習は再開された。

 

 

 

 

 

 

「――――ぐうぅっ!?」

 

 叢雲、中破。扶桑の大破を皮切りに、横島艦隊はじりじりと追い詰められていく。猿神艦隊の攻撃は普通の艦隊戦では考えられないほどに微々たるものなのであるが、その全てが的確に横島艦隊を削っていく。じわじわと真綿で首を締められるような、そんな感覚を叢雲達は味わっていた。徐々に心を侵していく焦燥と無力感、そしてそれに負けない()()()。その原因たるとある艦娘は、悠然と佇みながら横島艦隊を観察している。

 

「く……っそがぁ!」

 

 苛立たし気に悪態をつく天龍がウォースパイトめがけて砲撃を放つが、彼女は強烈な霊力を込められたそれを素手で受け流す。コロの原理を利用した技術、化勁だ。余裕をもって受け流されたように見えた天龍は更にボルテージを上げていくが、ウォースパイトは自らの腕を痺れさせる砲撃の威力に驚いていた。

 

「あのレベル帯でこのパワー……。やはり侮れませんね、二色持ちは」

「ああ。だが、それだけではない。フソウの力も無しによく耐えるものだ……旗艦のムラクモ、中々良い指揮能力を持っている」

 

 ネルソンがウォースパイトの呟きに応え、己の見解も述べる。気丈に皆を引っ張り、たとえ自分が被弾してもすぐさま意識を切り替えて指示を飛ばす叢雲の姿に、心の琴線に触れるものがあった。

 

「……けど、ただ防戦一方なだけなのは減点ね。攻勢に転じる気はないのかしら?」

 

 ネルソン達が横島艦隊に高評価を付ける一方、ビスマルクは中々効果的な攻撃をしてこない横島艦隊に不満を持っていた。一進一退のひりつくような戦いを好む彼女にとって、ただ一方的な蹂躙は好ましくない。特に相手を試すという上から目線の勝負など、その最たるものだ。ではなぜ今回の演習に参加したのかというと、単純に男を紹介してほしかったり、「プリンツも行くの? じゃあ私も!」という何とも残念な行動原理から来るものであった。

 

「そう言うなビスマルク。彼女達は我等の攻撃に未だ耐えている。それは既に強者の証明のようなものだぞ?」

「……それは、そうだろうけど」

 

 納得していません、とばかりに口を尖らせるビスマルクに長門は苦笑を浮かべる。

 そうして二人が固まっているところに、砲弾が撃ち込まれた。当然二人ともそれを真正面から受けはしない。否、普通なら受けはしないところなのであるが、長門はともかくビスマルクはそれを拳で以って受け止めた。

 

「……おいおい」

 

 はあ、と長門は溜め息を吐く。先の砲撃を行ったのは金剛。霊力だけなら横島鎮守府最強の艦娘の砲撃だ。当然その砲撃に込められた霊力も相当に強力なものなのであるが――――ビスマルクの指に、赤い雫が滴る。小破にも至らない、ほんのわずかな傷。それが、金剛の砲撃がもたらした結果であった。

 ビスマルクは指の血を舐め、にやりと笑う。

 

「……爪割れた。いたい」

「わざわざ迎撃するからだ馬鹿者」

「いっっっ~~~~~~!?」

 

 長門のげんこつが涙目のビスマルクを襲う。明らかに先程の砲撃よりも痛がっているその姿に、横島艦隊の皆のこめかみに井桁が浮かぶ。そしてその怒りの対象は対象はビスマルクではなく、長門の方で。

 

「あんの野郎……!! さっきから余裕ぶっこきやがってぇ……!!」

 

 今演習中、長門は一切の攻撃を行っていない。それどころか、長門は()()()()()()()()()()()()

 艤装待機状態――――それが今の長門の状態だ。これは長期間の遠征などで艦娘の身体に負担が掛からないように、機関部など最低限の艤装のみを展開する機能であり、主砲や機銃などは謎の空間に格納されているのだ。

 

「長門めぇ……!! 絶対に中破状態にして艤装ひん剥いて「くっ……殺せ!」って言わせてやらぁ!!」

「ついでに明石に頼んで感度を3000倍にしてやりマース!!」

『出来るのか……!?』

『出来ませんよそんなこと!?』

 

 頭に来すぎて訳の分からないことを言い出す天龍と金剛。彼女達の怒りは正当なものだ。長門とて勝負の際にあからさまに手を抜いている者がいれば、それに怒りが湧いてくる。しかし、長門は()()()()()により艤装を完全展開することが出来ず、また今の状態の方が艤装完全展開時よりも強いという艦娘として本末転倒な事態に陥っているのだ。天龍達がそれを知るのは演習が終わってからの親睦会まで待つことになる。

 

「こうなったら、絶対にあいつらのド肝抜いてやるわよ!! いいわね!?」

「おぉー!!」

 

 叢雲の発破に皆が応える。図らずとも士気が向上した横島艦隊はぎらついた眼で猿神艦隊を睨みつける。そして扶桑は左半身を沈めた状態で海に浮いており、右目を大きく開いた状態で皆に「がんばれ……がんばれ……」と声援を送っている。髪の毛の何筋かが口に掛かっており、その姿はどこからどう見てもホラー以外の何物でもない。どうせなら猿神艦隊の方を見てくれれば相手に精神的なダメージを与えられるのかもしれないのだが、見た目はともかく気持ちは嬉しいので誰も何も言えないでいた。

 

「ん? 何か向こうの()る気が急上昇してるわね? いいじゃない! 一方的なのは趣味じゃないのよね!」

「ちょ、ちょっと怖いです」

 

 掌に拳を打ち付け、ビスマルクは嬉しそうに笑う。傍に控えていたプリンツは叢雲達の気迫に圧されているのか、やや腰が引けている。グラーフは昂っていくビスマルクの様子に嘆息し、自分は張り切りすぎると失敗が多くなってしまう友人をフォローすることに決め、横島艦隊の動向を注意深く観察する。

 

「うぉらーーーーーー!!」

「Fire!!」

 

 遂に始まる横島鎮守府の猛攻撃。金剛と天龍の砲撃が唸り、那珂と叢雲の魚雷が走る。狙いの中心となったのは長門だ。長門は迫りくる砲撃を全て躱していく。ビスマルクのように拳で防いだりはせず、舞いを思わせるような流麗な動きはそれだけで長門が立つ頂の高さをありありと想像させた。

 

「行って……!!」

「那珂ちゃん・ファースト・ラインー!!」

 

 加賀が放った艦載機達が弧を描きながら長門に迫り、那珂の砲撃がネルソン達への牽制として放たれる。ちなみに先の那珂の技名は“那珂ちゃん、最前線で頑張ってるよ”というアピールであったり、“今のが今回の那珂ちゃんの初台詞だよ”という悲しみが込められていたりする。

 返しに放たれる砲撃を横島艦隊は海面を転げるようにして躱し、泥臭くも必死に食らいついていく。その何が何でも絶対に目に物を見せてやるという溢れんばかりの気概(さつい)は、ビスマルクの口角をどんどんと上げていく。戦力差は如何ともし難いが、それでも立ち向かってくる姿はビスマルクの眼に眩しく映る。

 

「これでこそ演習ってものよね!」

「先程みたいにはするなよ!」

 

 テンションがぐんぐん上がっていくビスマルクに長門は一応釘を刺しておく。些細な傷も積み重なれば負担も大きくなる。“敵の攻撃をわざと避けずに全て受け止めて大破しました”など、おバカさんのすることだ。

 先のげんこつが利いたのか、ちゃんと攻撃を躱すビスマルクに安堵の息を漏らす長門。こちらも激しい攻撃にさらされているが、まだまだ相手は未熟。当たりはしないし、仮に避け切れなくても受け流すほどの技量も有している。どうやってこの長門(わたし)に攻撃を当てるのか? それを楽しみに思っていた長門だが、その期待は裏切られることとなった。――――予想していなかった、良い方向へ。

 

「今!!」

 

 叢雲の掛け声に全員が一斉に砲撃を行う。それは長門からは大きく外れた位置へと向かっていく。その射線、行きつく先には()()()()()()()()()()()()()()()()――――!!

 

「ふぇっ!?」

 

 プリンツも予想だにしていなかったのか、迫りくる砲火を前に気の抜けた声を出してしまう。全てはこのための布石だったのだ。長門へ向けた敵意(さつい)、長門への激しい攻撃、それらは本当の狙いを隠すための演出である。……いや、敵意(さつい)は本物であるが、そこはそれ。横島艦隊の目的は演習に“勝つ”ことではない。叢雲が言った通りに“ド肝を抜く”ことなのだ。

 猿神艦隊は全員が練度最高値。そして霊力量も高く、マリアや比叡を六人相手にするような戦力であるという。もし、それが一人でも中破したら? それはとても気分が良いことなのでは?

 

『ねえねえ、一番強い艦隊が一番弱い艦隊に中破者を出したってどんな気持ち? ねえねえ今どんな気持ち?』

 

 ――――そんな風に煽ることが出来たら、それは最高なのでは?

 

 彼我の戦力差を鑑みれば、勝つことなど不可能。ならば、せめて相手のプライドに傷を付ける。それが演習を前に艦隊の皆で話し合った末の結論であった。

 彼女達の内心のアレさ加減はともかく、作戦自体は地味ながらも効果的であり意表を突くことが出来た。天龍、金剛、加賀という二色持ち三人を含めた一斉攻撃ならば、通用するかもしれない。

 

 ――――ただ一つ、誤算があるとすれば。

 

「ふっ……」

 

 瞬時に練り上げた気……霊力を身体と共に沈め――沈墜勁――海面に震脚。プリンツを中心とした円状に海面が()()()、海が爆ぜた。巻き上げられた海水はプリンツの霊力を含んでおり、迫る凶弾はその水によって全ての威力を打ち消されてしまう。

 

「な……あ……っ」

 

 決まったと思っていた攻撃。しかし、それは圧倒的な力でねじ伏せられる。最強の艦隊とはこういうこと。そう、横島艦隊の誤算とは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……今のは危なかったな」

「ふえぇ……間に合ってよかったぁ……」

 

 だが、その最強の艦隊に危機感を与えたのもまた事実。咄嗟の機転により海水を巻き上げていなければ、プリンツは間違いなく中破していただろう。決して的外れな作戦ではなかったのである。

 

「……素晴らしい。久々に肝を冷やしたよ」

「そうね。……ここまで来たら、もういいんじゃないかしら?」

 

 グラーフの言葉にビスマルクが肯定を返す。視線をネルソンやウォースパイトに向ければ、彼女達も大きく頷いている。当のプリンツも未だ鼓動冷めやらぬ胸を押さえてこくこくと何度も頷いた。

 

「……では、決まりだな。横島殿が率いる艦隊ならば、奴とも戦える」

 

 長門の言葉に、皆が頷いた。

 

「それじゃ、今度はこちらがあっちの肝を冷やしてあげましょうか」

「ん?」

 

 ビスマルクが得意げな顔で、旋回移動している横島艦隊を見ながらそう言った。視線は未だ諦めない叢雲達を向いているが、言葉自体は長門に向けられたものである。

 

「先達として――――()()()()()()()()()()()()()()

「……そうだな。それも私の役目だった」

 

 その言葉を受け、長門は霊力を練り上げる。決着を付けろ……言外に込められた意図も飲みこみ、長門は横島艦隊を見据える。そして――――長門はその霊力を解放した。吹き荒れるのは紫と橙の霊気。

 

「あいつ……俺達と同じ!!」

「――――二色持ち!?」

 

 天龍達の驚愕の声におかしそうに笑みを浮かべ、長門は一歩を踏み出す。

 

「では――――いくぞ」

 

 瞬間、長門の姿はかき消えた。

 

「なっ!!?」

 

 長門の姿が消え、次の瞬間には別の場所に現れる。目にも止まらぬ――――映らぬ超スピード。まるで瞬間移動の様に迫る長門の姿を見た吹雪が、驚愕の声を上げる。

 

『この速さ……タ級と戦った司令官と同じ……!?』

『え?』

『え?』

『え?』

 

 吹雪の声に付随するように何人かの素っ頓狂な声が聞こえてくるが、現場にそれを気にする余裕はない。叢雲は攻撃速度と取り回しを優先し、主砲ではなく機銃での迎撃を指示する。天龍、那珂、叢雲しか攻撃は出来ないが、それでも一応の弾幕は形成されている。そして、長門は何を思ったのか、またにやりと笑う。

 

「んなぁっ!?」

「あーっ!? 私にはするなって言ってたのにー!」

 

 長門は迫りくる弾幕を、その両手で全て捌き切る。腕がぶれるほどの超スピードでの防御に、天龍は驚愕に叫び、ビスマルクは長門のダブルスタンダードな行いに不満を叫ぶ。

 

「くそっ、提督と同じこと出来んのかよ!?」

『え?』

『え?』

『え?』

 

 着任初日、天龍は横島に機銃をぶっ放し、その全てを捌かれた。当時の記憶が蘇り、ギリリと歯を軋ませる。

 

「そーゆーお揃いっぽいことは俺がしたかったんだよぉっ!!」

「それはすまなかった」

 

 遂に間合いに入ってきた長門に、天龍は嫉妬の霊力を込めた刀を振り下ろす。その逆恨みの言葉に苦笑を浮かべた長門はその一撃を右手の五指で挟み止め、込められた霊力と衝撃とを自らの身体を通し、海へと完全に逃がす。

 

「……は?」

 

 今の天龍には何が起こったのかまるで理解出来ないだろう。何の衝撃も反動も感触もなく受け止められたという、未知の感覚。長門の背後の海が大きく噴きあがっているのが見えるが、それもまるで理解が追い付かない。そんな呆けたままの天龍に、長門は内側から打ち上げるように肘打ちを放つ。

 

「ぐぅお……っ!?」

 

 内へと響くような、強烈な打撃。浸透した威力は体内よりも、艤装の方に破壊を齎した。――――天龍、中破。

 

「この……っ」

 

 次に間合いに入られたのは叢雲。彼女は苦し紛れに槍を振るうが、長門はその腕を掴み、その下を潜り抜けて全身のバネを活かし、靠撃で吹き飛ばす。

 

「……っ!?」

 

 既に中破していた叢雲は耐えきれるはずもなく、遂に艤装が限界を迎える。――――叢雲、大破。

 

「顔はやめてー!!」

「承知した」

 

 気の抜けるような言葉とは裏腹に傷つくことも恐れずに攻撃を仕掛ける那珂。彼女が放った拳は避けられ、ならばと後ろ回し蹴りを放つが、軸足を刈られ身体が半回転。そして腹に長門の両拳底が突き刺さり、那珂は海面へ叩きつけられた。

 

「……だからって鳩尾もひどいと思うの」

 

 艤装と共に意識も砕かれ、那珂はここで戦闘不能となった。――――那珂、大破。

 

「く……っ!!」

 

 矢を射ろうとする加賀に、瞬時に肉薄――活歩――。弓を持った手を両手で掴んで回転、下から掬い上げるようにして投げ飛ばし、海面に落とす。――――加賀、中破。

 

「……ちょっとあなた強すぎまセン……?」

「ふふ、まあな」

 

 油断なく身構える金剛の前に、長門は不敵な笑みを浮かべる。果たして偶然か、金剛の両隣には天龍と加賀の姿があった。二人とも中破し、力の差をまざまざと見せつけられても未だ戦意は衰えず長門を睨みつける。その三人の姿に、長門は眼を細めた。

 

「お前達には特別な力がある。この私……パピリオ殿の艦隊の比叡、そしてカオス殿の艦隊の榛名と同じ力が」

「榛名も……?」

 

 今回の演習において榛名は出撃することはなかったが、彼女も二色持ちの艦娘だったのである。

 長門は改めて二色の霊力を身に纏う。対抗するように天龍、金剛、加賀も同様に。三人の放つ霊力は長門と遜色のないものであり、特に金剛に至っては長門すらも超えてしまっている。この三人が協力すれば一矢報いることも可能――――などと考える者は、もはやこの場には存在していない。

 

「そう、その力。()()()()()()()()()()()()()()()()

「あん? オメー何を……」

 

 ぎゅっと拳を握りしめ、何事かを呟く長門に、天龍は疑問を浮かべる。しかし、その言葉は届いてはいなかったのか、長門は気にすることなく天龍達に話を続ける。

 

「お前達はその力を使いこなせてはいない。我が身に宿る二つの霊力。ただ身に纏うだけが使い道ではない。……金剛は、その先の領域に手が届いているようだが」

「……まさか」

 

 長門の両手に霊気が集束する。片手に紫、片手に橙の霊気。

 

「その通り。二つの力を一つに束ね、一個の最強の力とする――――いずれお前達が至る領域を見せてやろう」

 

 長門は胸の前で両手を――――二つの力を重ね合わせる。暴風の如き霊波が吹き荒れ、天まで届く光の柱が出現する。瞬間、風は消え去り、開けた視界の先には黄金の霊気を纏った長門が存在した。

 

「……っ!!?」

 

 自分の霊感がおかしくなったのではないのかと錯覚するほどの霊力。もはや自らと比べるのも馬鹿らしく思えるほどの圧倒的な差。いずれ自分達が至る領域、と長門は言っていたが、そんなイメージは到底湧いてこない。あまりの圧力に膝が震える。何もおかしくないのに何故か笑いが込み上げてくる。

 ――――この領域に至る? 本当に?

 心からの疑問は疑問のままに、信じられぬまま――――彼女達の心に火を点けた。

 

「……ふっ」

 

 目の前のお手本を参考に眼前の三人の霊力が洗練され、一点に凝縮していく。天龍も加賀もそれだけではあるが、金剛はそれを更に超える。金と深緑の霊波が混ざり、やがて桃色と化す。金剛が霊的筋肉痛になった原因でもあるこの状態。長くは保たない。一瞬でケリを付ける。

 

「行くぞオラァッ!!」

 

 天龍の咆哮と共に、三人が駆ける。長門は静かに息を吸い込み、そして――――。

 

「――――私達の勝ちだ」

 

 天龍は顎を打ち上げられ、加賀は右の順突きで体勢を崩され、右掌打で打ち据えられ、金剛に至っては右の突き、叢雲も受けた体勢を入れ替えての靠撃、そして双掌打を受けて吹き飛ばされた。海面に浮かぶ彼女達は立つことすらままならない。ここに決着は付いたのだった。天龍、金剛、加賀――――大破。

 三人の誰も長門に傷を付けることが出来ず、言い訳のしようもない完全なる敗北。天龍はここまで力の差を見せつけられると清々しい気持ちになり、笑みが浮かんだ。いつかそこに辿り着く……そんな思いを胸に抱いて。

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。思った通り筋がいいの、小僧の艦娘達は」

 

 スクリーンを通して戦いを見ていた斉天大聖は茶を啜りながら、そう感想を述べた。周囲は完全に静まり切っており、誰も何も言葉を発することが出来ない。横島は斉天大聖に倣い、ジュースを一啜り。深く深く息を吐いて、一言。

 

「強すぎじゃね?」

「強いなんてものじゃないですよー!?」

「動きが全然見えなかったんだけど!?」

「……でもちょっと待って。さっき確か吹雪と天龍さんが司令官がどうとか……!?」

 

 横島の呟きが切っ掛けとなったのか、そこかしこから悲鳴にも似た声が上がる。

 

「うーむ、強いとは聞いていたがこれほどとはな……」

「かっこいい動きでちたねー! あれがチューゴクケンポ―ってやつでちゅか!」

「え、アンタ妙神山で修行してるはずだろう? 見たことなかったのかい?」

「だってお猿のおじーちゃんはゲームばっかりでちゅし」

「確かに老師は普段引きこもってゲーム三昧だしねー」

 

 しかしそんな中でも神魔族達はそれほど驚いた様子を見せなかった。まるでアクション映画を見終わった後のような空気である。斉天大聖のデタラメぶりを知っているからこその平静さなのだろう。

 横島はそんな神魔の皆さんを横目に溜め息を吐き、改めてスクリーンの長門を見やる。彼女が使う技には覚えがあったのだ。

 

「……裡門頂肘、鷂子穿林、旋風双撞、天仰落墜……」

「え……?」

 

 周囲の眼が横島に集まる。横島は今、確信を以って長門が繰り出した数々の技の名を挙げているのだ。

 

「煬炮、猛虎硬爬山……そして、崩撃雲身双虎掌――――間違いない」

「な、何がですか、司令官……?」

 

 誰知らず、ごくりと喉が鳴る。たっぷりとタメを作り、そして高らかに宣言する。

 

「あの長門は――――往年の格闘ゲーム、バーチャファイターの主人公“結城晶”の大ファンッッッ!!

「どうしてそうなるんですか!?」

 

 横島のおバカな発言に吹雪はつっこみ、他の艦娘はずっこけた。

 

『十年早いんだよ!!』

「おぉー! 往年の名台詞ー!」

「本当にファンだった!?」

 

 横島の声が聞こえた長門はサービス精神で名台詞を叫び、横島に喜ばれた。吹雪は長門の立ち居振る舞いとのギャップから少しショックを受け、長門は思ったよりも喜ばれたので照れたように頭を掻く。

 

「……っ」

「堂々とやっておいて照れるな」

 

 長門の頭にネルソンのツッコミチョップが入る。

 こうしてぐだぐだながらも朗らかな空気の中――――横島艦隊の演習は終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

第四十二話

『二色の真価』

~了~




お疲れ様でした。

猿神艦隊の皆さんの実力はあんな感じでした。

グラーフ:艦載機を放つ。(本来なら)相手は死ぬ。
ネルソン:周囲に拡散した霊波を吸収することにより、相手の霊能を暴く。
ウォースパイト:天龍の全力砲撃を素手で受け流す。
ビスマルク:金剛の全力砲撃を素手で迎撃し、爪がちょっと割れる。
プリンツ:横島艦隊の一斉砲撃を完全に防ぎきる。実は今艦隊No2の実力者。
長門:意☆味☆不☆明。

長門はあれです。スパロボで例えるなら最終話でのみ味方になるチート機体みたいな感じですね。
ネオグランゾンとかガンエデンとか天元突破グレンラガンとかリベル・レギスとか。

後半かなり駆け足気味で描写不足なので加筆するかも……?(予定は未定)

それでは皆様また次回。

アンケートにもご協力くださいね(しつこい)


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演習終わって懇親会

お待たせいたしました。

前回で演習が終わったので今回はみんなで和気藹々。

カオス艦隊の真の実力とは……!?


 

「えーっと、みんなグラス持ったか?」

「持ったー!」

「んじゃ、まー簡単に――――演習、お疲れ様でした!!」

「お疲れ様でしたー!!」

 

 横島の音頭に合わせてグラスを掲げる艦娘達。ここは横島鎮守府の食堂。現在ここには横島鎮守府の全艦娘と、今回の演習のためにやって来た他鎮守府の全員が揃っている。目的は軽食を交えての懇親会だ。

 サンドイッチやおにぎり、ドリンクを片手に艦娘達は思い思いに親睦を深め合う。この軽食はヒャクメが事前に家須達に申請していたらしく、促されるがままに食堂に向かったら用意されていたのだ。ちなみに間宮や雷、白雪などは自分の仕事が減ったことに嬉しいやら物足りないやらで複雑な表情をしていた。

 

「演習の時は酷いことを言って悪かったな、扶桑。ごめん、許してほしい」

「いえ、気にしないで。おかげで自分の気持ちを再確認出来たし、あなたの言葉で気付いたこともあったから」

「そう言ってくれるとありがたいけど……」

 

 扶桑の元に訪れたのは摩耶。演習の時の発言を謝りに来たのだ。普段の言動こそ乱暴であるが、こうして謝りに来るところから摩耶も根は善良であることが窺える。彼女の表情はほっとしていながらもどこか複雑そうであり、こうもあっさりと許されるとは思っていなかったようだ。しかし、当の本人が気にしていないと言っているし、これ以上話を混ぜ返すのも扶桑の言葉を信じていないようで気乗りがしない。こうして親しくなる機会が巡って来たのだから何か話をしたいが、摩耶は特に話し上手というわけではない。何か話題はないものかと視線を揺らしながら考えていると、横から声が掛かった。

 

「あの、摩耶……さんに聞きたいことがあるんだけど……」

「ん、おお。叢雲、何が聞きたいんだ?」

 

 摩耶に声を掛けたのは叢雲であった。

 

「えっと、あの回転ドロップキック……摩耶様ドライバーだっけ? 私も艤装なしなら出来るんだけど、艤装展開状態だと上手く回転出来なくて……」

「ああ、あれな」

 

 摩耶様ドライバー。霊力を込めた回転式ドロップキックであり、着弾点には霊的な爆発を引き起こすパピリオ考案の必殺技である。隙は大きいが派手で威力も抜群というロマン溢れる技だ。

 

「重要なのはやっぱ体幹だな。艤装を展開すると重心がずれるから、それに負けない身体作りをしないといけねーし」

「なるほど」

「……あと、関係ないかもしんねーけど……実はアタシ、フィギュアスケートやってんだよな」

「えっ、スケート!?」

「まあ」

 

 少し照れながらも、摩耶は叢雲のアドバイスになるかもしれないと考えて少しだけ秘密を話すことにした。これに驚いたのは叢雲だけでなく扶桑もであり、摩耶へのイメージからくるギャップは相当なものであるようだ。

 

「似合わねーのは自覚してるけど、けっこーバカにしたもんじゃねーんだぜ? これでもちょっとした大会で入賞したこともあるし」

「凄いじゃないの!」

「どんな衣装を着たんです? 演技はどういった構成で……」

 

 思わぬところから会話が弾む三人。華やかなイメージがあるフィギュアスケートに叢雲達も憧れを持っていたらしく、続けざまに質問を浴びせる。それに照れながらも答えていく摩耶も含め、三人は親睦を深めるのだった。

 

「いやー、ワルキューレ殿の艦隊は流石でありましたな。完敗であります」

「いえ、貴女方も大変お強かったです。今回私達が勝てたのは運が良かったからでしょう」

 

 こちらはカオス艦隊のあきつ丸と、ワルキューレ艦隊の鳥海。二人は熱い緑茶を飲みながら言葉を交わしていた。横島鎮守府の最後の演習が終わった後、カオス艦隊とワルキューレ艦隊で特別演習を行ったのだ。両艦隊の実力は近しいものであったが、勝敗を分けたのはやはり軍隊としての練度、と言ったところか。鳥海は謙遜しているが、やはりそこに明確な差というものは存在している。だからこそあきつ丸は“完敗”という言葉を使ったのだ。

 

「お、ここにおったんか。探したでー、あきつ丸」

「む? 龍驤殿ではありませんか。自分に何か御用でありますか?」

 

 話に一区切りがついたタイミングで龍驤があきつ丸に話しかける。その手にはラムネ(たこ焼き味)が握られており、あきつ丸はまさかそれを飲ませる気なのでは、と警戒心を抱く。しかし龍驤はその手に持った劇物をくぴくぴと涼し気に飲んでおり、その線はなさそうであり、あきつ丸はほっと胸をなでおろした。

 

「いやー、実はな。あきつ丸の艦載機の発艦方法がかっこよくてなー。出来ればもっかい見たいんよ」

「……大変光栄なことでありますが、流石にここでは……」

「そうですね……食堂内での発艦は流石に……」

 

 特別演習内で見せたあきつ丸の艦載機“烈風”の発艦方法。それはあきつ丸の周囲に影絵で出来た烈風を掴み、それを掬い上げるように投擲するという非常に中二カッコいいものであった。カオス鎮守府ではこの発艦農法を“烈風拳”と呼称するらしく、更には紫電を用いた“紫電掌”という発艦法もあるとかないとか。

 

「……あ、速吸さんの発艦法も凄かったですよね」

「おおー、確かになー!」

「思い出しますなぁ、速吸殿との特訓の日々……」

 

 眼を閉じて修行時代を思い浮かべるあきつ丸。彼女の脳裏には速吸がドラゴンリストという名の重りを手首に巻き、パンチスピードを上げる特訓をしていた姿が蘇る。拳に流星を乗せ、音速に迫ろうかという速度でパンチを繰り出し、発艦させる。その名を“流星拳”とか何とか。後にドラゴンアンクルという重りを足首に巻き、足腰を鍛えることで安定性を増す特訓も行われた。

 あきつ丸も速吸も、カオス鎮守府最強の空母じゃない空母として存在している。彼女達の技を身に着けようと、今もカオス鎮守府では本家空母達が切磋琢磨しているのだ。

 

「……うん、作者は同じ人だけどね」

 

 龍驤の小さなツッコミを聞いた者はその場にはいなかった。

 

「金剛お姉様、こちらの紅茶、とっても美味しいですよ」

「んー、本当デスネー! 香りもいいし、これは良いものデース!」

「サンドイッチとも良く合いますねー。あ、霧島、そっちのサンド取って」

「えっと、ハムサンドですか? それともたまご?」

「ハムー」

「ふふ、どうぞ」

 

 紅茶とサンドイッチを楽しむのは金剛達四姉妹。奇しくも四つの鎮守府が被ることなく、それぞれの姉妹を選出した。こんな偶然は中々ないだろうと、四人の会話も盛り上がる。話の内容は移ろっていき、演習の内容……特に霧島を除く三人が二色の霊力光を持っていることにも触れられた。

 

「私だけ二色持ちではないんですよね。少し、寂しさを感じてしまいます」

「気にすることないと思うけどなー」

「その通りネー。私なんかそのせいで提督や他のみんなに迷惑かけちゃったんだヨー?」

「……ワルキューレさんの鎮守府の私達も二色持ちなの?」

 

 霧島の言葉に比叡と金剛が慰めの言葉をかけ、榛名は霧島が所属する鎮守府に在籍している姉妹について聞いてみることにした。

 

「いえ、うちの鎮守府で二色持ちなのは高雄さんと那智さんですね。お二人とも我が鎮守府の最高戦力なのですが……」

「眼鏡を掛けていないものね……」

「……はい」

 

 初めての演習。ベストメンバーで臨むと思っていた高雄と那智の二人。当然自分達も出撃するものと思っていたのだが――――眼鏡を掛けてないから二人はお留守番ね……そう言われた二人は一体何を思っただろうか。きっと今頃二人で酒を呑んでいるのだろう。今回の選出理由について管を巻く姿が目に映るようではないか。

 

「それで、あのー……お姉様、話は変わるのですが……」

「ウン? 霧島、どうかした?」

 

 何とも形容しがたいものに変わった空気を払拭しようと、霧島はおずおずと金剛に声を掛ける。霧島は視線を泳がせつつ、言いよどんでいたのだが、やがて心が決まったのか真っ直ぐに金剛へと向き直り、その問いを口に出した。

 

「……お姉様は横島提督とどのくらい進んでらっしゃるんです?」

「あ、私も聞きたいです! 榛名……気になります!」

「……ぐぬぅ――――!?」(重低音)

 

 霧島の聞きたいこととは、横島との関係についてであった。単純に興味があるのもそうだが、自分も提督に恋する身の榛名としては他の誰かの恋愛話などは参考にもなるだろう。身を乗り出すような勢いで話に食いつく。そんな榛名に反し、比叡は女の子が出してはいけないような声で痛みを堪えるように唸った。他鎮守府の金剛と言えど、敬愛するお姉様であることには違いない。その辺のややこしく複雑な感情からくる妬心は、比叡にとって拭いきれるものではなかったようだ。

 

「ふふーん……? 気になるー? 気になるよネー? それじゃあ語っちゃいまショウ! 私と提督の馴れ初め……!! 愛の記憶……!! ラブ・メモリーを……!!」

 

 まず語り始めるのは己が世に仇なす深海棲艦の一人“戦艦タ級”であったことから。金剛の語りは嘘……いや、脚色……でもなく、少し大げさな表現が多かったが、それでも余人を引き付ける何かがあったらしく、話を聞く三人とそれとなく耳を大きくして聞いていた周囲の艦娘達の乙女心を昂らせ、熱中させていった。

 

「そうか、さっきの提督の言葉が伏線になっていて……!!」

「更にそこからの大どんでん返し……!!」

「でも、二人には過酷な運命が待ち構えていたのね……!!」

 

 明らかに話の規模がとんでもなく大きくなっている。横島も己の活躍を大げさに語ってみせたりするが、金剛も妙な部分が似てしまったものである。この提督にしてこの艦娘あり、と言ったところか。

 

「へうう……! 司令官と金剛さんにそんな悲しい出来事があったなんて……!!」

「あの、吹雪姉さん……? さっき吹雪姉さんはすぐ近くにいたって言ってなかった……?」

「吹雪だししょーがねーんじゃねーの?」

「深雪ちゃん、それはちょっと酷いよ……?」

 

 そして、当事者の一人である吹雪は自分達が経験した修羅場に隠された真実(大嘘)があったことを知り、ハンカチがぐっしょりと濡れてしまう程に大泣きしている。浦波はそんな吹雪を不思議そうに眺めながらも背中を擦ってやっているが、効果はあまりなさそうだ。ちなみにヒャクメ鎮守府に吹雪型はほとんど着任出来ていない。そんな寂しさを癒してもらおうと横島鎮守府の吹雪達に声を掛けたのだが、まさか自分が慰める側になるとは思わなかっただろう。だが、それでも他鎮守府とはいえ、姉妹艦と触れ合えた浦波は幸せそうに笑っていた。

 

「……何というか、金剛は絶好調ね」

 

 溜め息と共にそう言葉を零したのはテーブルに頬杖を突き、呆れたような視線で金剛を見やる叢雲だ。叢雲はつい先ほどまで他鎮守府の強者達に色々と話を聞き、自分に足りないものを見つけようとしていた。そしてそれは思いの外簡単に知ることが出来た。

 現在の叢雲は食堂の端、金剛の話に夢中になっている皆から離れた場所の席に着いている。よくもまあそこまで舌が回るなぁなどと思いながら、金剛と、その話に聞き入る皆を呆けたような顔で眺める。そうして一人静かに時間を過ごしていると、不意に目の前にティーカップが置かれた。琥珀色の液体から湯気と共に立ち昇る甘い香り――――温かい紅茶が注がれる。カップの脇にはミルクと砂糖も置かれた。一体誰が、と視線を上にやれば、そこにいたのは司令官の横島だった。

 

「こんなとこでどうしたんだ、叢雲? もうすぐ金剛の話が『第三章~輪廻転生、久遠に至る愛~』に突入するみたいだけど……」

「……いや、正直冷めた目で見ちゃって……。あと金剛の話はアンタの話でもあるんだけど恥ずかしくないの?」

「……」

「沈黙は肯定と見なすわよ」

 

 何も語らず視線を逸らす横島に、叢雲はにやにやとした笑みを浮かべて楽しそうに言う。むぅ、などと唸り、悔しそうに叢雲に視線を戻す横島だが、溜め息を一つ吐くと叢雲の隣の席に着いた。

 

「また落ち込んでるのかと思えば、どーやらそういうわけでもなかったみたいだな」

「まーね。心配してくれるのはありがたいけれど、別に気落ちしているわけではないのよ」

 

 注がれた紅茶に砂糖とミルクを入れ、ティースプーンでかき混ぜる。そして一口紅茶を含み、飲み込んで――――ぽつりと、呟く。

 

「……ほんとは、ちょっと落ち込んでた」

 

 紅茶と共にその言葉も飲み込むつもりだったのか、叢雲は眉を顰め、頬も赤く染まる。弱音を吐くつもりは一切なかったらしい。しかし、一度口を衝いて出てしまった言葉は、次々と叢雲の口から零れ落ちた。

 

「摩耶さん、長門さん、榛名さん、武蔵さん、衣笠さん……他にも各鎮守府の人達に色々と話を聞いてきたの。……まず、根本的に私には力が足りない。練度も霊力も戦術も、“力”が全然足りてない」

「いや、お前は」

「分かってる。今の私の練度を鑑みれば寧ろ私は二色持ちでもないのに強すぎるくらいだわ。まさに天才と言ってもいい。それはどうあっても覆しようがない純然たる事実よ」

「お、おう……せやな」

 

 カップを両手で握りしめ、俯いた叢雲の口から出たのは自画自賛の言葉。間違ってはいないだけに横島も否定は出来ないのだが、それでも「こいつ本当に落ち込んでんのか?」といた疑問は出てきてしまう。

 

「上には上がいるっていうのは分かってるつもりだったんだけどねー……。やっぱり悔しいものは悔しい」

「なるほどな」

 

 プライドの高い叢雲らしい理由と言えるだろう。自分は強い。だが他の鎮守府の艦娘はもっと強い。横島のプレイ時間を鑑みても横島鎮守府の艦娘は全員が強すぎると言っても過言ではなく、その中でも総合的に見て十指に入る実力の持ち主の叢雲であるが、それでもまだまだ弱いのだ。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……まあ、でも。一番悔しいのは――――アンタの期待に応えられなかったことかしら」

「ん……?」

 

 その言葉は横島にとって予想外の言葉であった。

 

「アンタに旗艦として選んでもらったのに、私に出来たことは精々が時間を稼ぐ程度だった。もうちょっと上手くやってれば誰か一人でも中破に追いやれたのかも知れない。せめて一矢報いたくてみんなに協力してもらったけど、何かよく分からない方法で躱されちゃったし……」

「……」

「何より、私達が負けて()()()()全敗が決まっちゃったし……」

 

 勝てるとは思っていなかった。それでも勝ちを拾いたかった。それは自分の心を満たすためではなく、偏に横島のためであったのだ。何だかんだ文句を言いつつ、叢雲は横島のことを心の底から信頼している。だからこそ横島の言葉に報いたかったし、横島に勝利を捧げたかった。

 叢雲の心を知った横島は胸に痛みが走る。それは罪悪感からくる痛みだ。一度目を伏せ、次に顔を上げた横島は叢雲の頭に己の手を乗せ、ゆっくりと撫でる。いきなりの行為に叢雲は驚きからかきょとんとした表情を見せていたが、次第に眼は細められ、じっとりとした視線を横島に寄越す。

 

「……あによ?」

「いや、やっぱ叢雲はすげーって思ってな」

「……どういうことよ?」

 

 横島の言葉に叢雲は首を傾げる。そんな叢雲を見て、横島は苦笑を浮かべる。否、正しくは自嘲の笑みか。

 

「俺はお前に……それからみんなに謝らないといけねーな。俺は()()()()()()()()()()。勝てるわけがねーってな。でも、みんなは勝つことを考えてくれてたんだ。……そんなことにも気付けなかった」

「それは……仕方ないんじゃないの? アンタ、というかうちの鎮守府は他と色々と勝手が違うらしいし、アンタは他鎮守府の艦娘の強さが私達よりもはっきりと分かるみたいだし」

「それでもな」

 

 叢雲から手を離し、今度は横島が落ち込んだように顔を伏せて頬杖をつく。

 

「俺も司令官としては全然だな。少しはマシになったと思ってたんだがなー……」

 

 はぁー、と重い溜め息を吐く横島に、叢雲は何故だか微笑ましい気持ちになってくる。見れば先程自分の頭を撫でていた手はテーブルの上に投げ出されている。そこではたと気付く。今、周りの艦娘達は皆金剛の話に夢中だ。自分達を気にしている者など一人としていない。そう思い至った瞬間、演習前に掛けられたある言葉を思い出した。

 

 

 

 ――――それで、どうしマスかー? このままここに残りマスかー? ま、そうだったら私や天龍、その他諸々が美味しいところをかっさらっていくだけデスがー?

 

 

 

 思い出した瞬間、頭に血が上っていく感覚がした。湧き上がった感情が怒りなのかそうでないのか、今の叢雲には分からなかったが、とにかく何だか「気に食わない」ということだけは理解出来た。

 

 

 

 ――――あなたの気持ちは知ってマース。バーニングラブ、なんでしょ?

 

 

 

「……別に、そんなんじゃないけど」

 

 声に出さずに呟いたその言葉は、何に対する言い訳なのか。叢雲は投げ出されたままの横島の手を見やり、頬を紅潮させて少々躊躇いながらも横島の手に自分の手を重ねる。何故か、心が軽くなった気がした。

 

「いいじゃないの、別に」

「む、叢雲……?」

 

 今度は横島が叢雲の行動に驚く。しかし叢雲はそれに構わず、重ねた手を開き、指を絡ませる。細くしなやかで、少し熱っぽい指が己の手を撫でる感覚に、横島の背にぞくりとしたものが走る。むず痒いような感覚のそれを悟らせないように叢雲を見やれば、彼女はどこか今までに見たことのない表情を浮かべていた。

 

「いいじゃないの。未熟な司令官と未熟な艦娘。ある意味お似合いじゃない? お互い成長の余地があるんだし、これから高め合っていけばいいのよ」

「お、おう……?」

 

 いつもとはどこか様子の違う叢雲の雰囲気に圧倒され、横島は上手く口を動かすことが出来なくなる。そして見つめ合うことに照れが生じ、目を逸らそうにも今度はそれも出来なくなる。次第に胸の鼓動が高鳴り、目を逸らす気も失せた。叢雲も横島と同様なのか、じっと見つめて離さない。

 

「……ねぇ、司令か――――」

「ヨコシマはムラクモちゃんと仲が良いんでちゅね。ミカミみたいに気が強いからでちゅか?」

「のひょおっ!?」

 

 何かを話しかけた叢雲だが、その言葉は最後まで続かなかった。パピリオが空気を全く読まず割り込んできたからである。いや、空気を読まなかったというか、単純に嫉妬から二人の邪魔をしたのかもしれない。何せパピリオは久しぶりに横島と会ったのだ。艦娘よりも自分を優先してほしいと考えるのは当然かもしれない。そして何よりも、今回はちゃんとした事情が存在した。

 

「ムラクモちゃん、ごめんなさい。ちょっとヨコシマを借りていくでちゅ。とっても大事なお話があるんでちゅよ」

「え、あ、ええ。かまわないわよ」

 

 動揺から上手く喋ることが出来ない叢雲であるが、それでも何とか返事をすることは出来た。ちらりとパピリオが来たであろう方向……食堂の出入り口付近には自分達を興味深そうに眺めている他の司令官達がいる。唯一ベスパだけが申し訳なさそうな顔で頭を押さえていたのが印象的だ。

 

「ほらヨコシマ、行くでちゅよ」

「お、おう。叢雲、みんなに何か聞かれたら適当に言っといてくれ」

「あー、うん。了解」

 

 こうして横島はパピリオ達に連れていかれ、叢雲はぽつんと席に取り残される。そして先程までの自分の行動を思い返し、両手で顔を覆うと床に転げ落ち。

 

 

 ――――ワタシハ ナニヲ ヤッテイルノカ。

 

 

「~~~~~~~~~~~~っっっ!!!???」

 

 と、悶えるのであった。

 

「叢雲の奴、何であんなに悶えてんだ?」

「ふむ……金剛の話が刺激的だったのではないか? あれは私も中々に来るものがあったからな」

 

 天龍と長門はコーヒーを飲みながらそう結論付けた。その後ろでばっちりと叢雲達の様子を観察していた青葉と秋雲は人にお見せ出来ないような顔でほくそ笑んでいたのであった。

 

 

 

 

「……で、何でこんなとこまで俺を連れてきたんだよ?」

 

 パピリオと手を繋ぎ、斉天大聖達の後についてきた横島はようやくその疑問を口にする。横島が連れてこられたのは鎮守府の港。一体何の話をするのか、何も分からない。

 

「うむ。本当はワシら神魔族だけで解決するはずだったんじゃがな。色々と事情が変わってきての。それでカオスや小僧に情報を開示することになったんじゃ」

「……?」

 

 連れ出されたのは自分だけでなくカオスもそうなのだと知った横島。カオスの様子を見ても彼は目をつむって腕を組み、話の続きを待つ姿勢でいる。その隣のマリアは横島を見つめているが、どことなくその視線が怖く感じるのは先程の叢雲との一件を後ろめたく思っているためか。

 

「ワシらがお主らに明かす情報――――それは、()()()()()()()()についてじゃ」

 

 

 

 

 

 

「倒スベキ、本当ノ敵……?」

「ソウダ」

 

 オウム返しに聞き返すヲ級に、ゲームの悪霊――――深海提督は頷きを返す。ヲ級には本当の敵と言われてもいまいちピンと来ない。話の流れから察するに()()()()のことではないようだが、それでは一体何者が敵だというのだろうか。ヲ級には、そして彼女についてきたリ級達にもとんと見当がつかない。

 

「マア、分カラナイ、ダロウナ……。私モ、最近マデ()()()()()()()()()()……」

 

 首を傾げるヲ級に、港湾棲姫は納得を示す。深海棲艦……そして艦娘、彼女達から失われている記憶。その中に答えは存在する。

 

「デハ教エヨウ。我々ノ目的……世界ヲ救ウタメニ倒スベキ本当ノ敵――――カツテ世界ヲ滅ボシタ、()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

第四十三話

『演習終わって懇親会』

~了~

 

 

 

 

 

叢雲「フィギュアスケートかぁ……ちょっと憧れるわね」

叢雲「やっぱり身体が柔らかくないとダメなのかしら……? どこまで足上がるかな……?」

叢雲「ん……っ! け、けっこう柔らかいんじゃないかしら、これ……?」Y字バランス

叢雲「これなら私もそこそこ出来るんじゃ――――」

 

横島「お前……タイツ越しとはいえ、そんなにパンツを見せつけられるのはその、何だ……困る」ガン見

 

叢雲「ふぁえあっ!!?」

横島「うん、そのー色々と言いたいがこの一言で済ませよう。――――ありがとうございます!!」

叢雲「記憶を失ええええええええぇぇぇっ!!!」

横島「ぷげろも゜おおぉっ!!?」

 

 

 

 




お疲れ様でした。

カオス艦隊はね……うん。はい。

前半部分はもう何か凄い書きにくかったんですが、叢雲中心になったらすらすらでした。おお、何というエコヒイキ……。



次回はネタバレ回です。煩悩日和のラスボスも判明します。その後はまた日常に戻る感じですね。
皆様にご協力いただいたアンケートの話も入れないとですね。……それにしても個人的にはマリアが一番になるだろうなーと思ってたら、まさかの川内一位で噴きました。やっぱみんなエロ好きなんすねぇ。
18禁ではないですけどエロいのにしなきゃ……。(使命感)

それではまた次回。


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この光景の先に

大変お待たせいたしました。

今回はいわゆるネタバレ回。煩悩日和のラスボスが判明します。そして艦娘達が元々いた世界についてもちょっとだけ……。

それではまたあとがきで。


 

「倒すべき本当の敵――――ねえ」

 

 顎に手をやり、考えを巡らせる。横島の脳裏に思い浮かぶのは彼がかつて戦った最強の敵、“魔神アシュタロス”の姿だ。どうやらこの世界にもそういった存在が立ち塞がって来るらしい。

 

「小僧、お主はこの世界がどういったものか理解はしているか?」

 

 いつの間に用意したのか、斉天大聖が煙管を吹かしながら横島にそう問うてくる。それに対する答えはもちろん是だ。

 

「ああ。以前街でちょっと調べたし、そん時に逢った深海棲艦の子達が教えてくれた。元々のこの世界は深海棲艦によって滅ぼされたんだろ? んでその世界を宇宙のタマゴを使って再現した……と、俺は思ってるわけだけど」

「その通りなのね~。というか、そっか。()()()にももう逢ってるんだ。説明が楽そうで助かるわー」

 

 横島の答えをヒャクメが肯定する。彼女の口ぶりから横島が出逢ったレ級や北方棲姫に関しても知っているようであり、そして彼女達は“倒すべき本当の敵”とやらにも関係があるのだろう。横島は無言で話の続きを促す。

 

「それじゃあ順を追って説明していくけど、とりあえず要点だけで難しい話とかはカットするけどオーケーかしら?」

「どーせ俺にゃーよく分かんねーだろうしな。出来るだけ簡単に頼む」

 

 ヒャクメは頷くと、かつてのこの世界について簡潔に説明をし始めた。

 元々この世界は横島達が住む世界と異なり、超常的な存在――――つまり神や悪魔、妖怪や幽霊といったものは存在していなかった。宗教やオカルト思想は存在していたが、世界はオカルトよりも科学と共に成長を続けていったのである。

 世界、とりわけ日本は平和であった。勿論周りを見渡せば紛争もそこかしこで繰り広げられていたが、それは対岸の火事のようなものだった。

 そこに、異物が生まれた。海で目撃された、異形の生物。――――後に、深海棲艦と呼ばれるようになる存在だ。“それ”は当初日本でだけ目撃されていたが、やがて世界中の海で散見されるようになる。知らずの内に、爆発的に数を増やしていったのである。

 彼女達深海棲艦は何の前触れも見せることなく世界に侵攻を開始した。突然の攻撃により、何隻もの船が沈んでいった。そして、沈んだ船はその姿を異形に変えて、深海より蘇り、己を沈めた者と轡を並べて侵略を行うようになる。

 当然されるがままではない。人類も必死に抵抗を試みた。だが、その全ては徒労に終わってしまう。深海棲艦には、人間側の兵器が一切通用しなかったのだ。それは“核兵器”も例外ではない。

 侵攻の手は緩やかであったが、世界は確実に追いつめられていた。シーレーンは奪われ、世界各国は連携を取ることが出来ない鎖国状態と化し、既にいくつかの国が滅ぼされてしまっていた。

 滅びへと向かっていく世界、そんな地獄の中に、一つの希望が生まれる。深海棲艦を撃退する、()()()()()()が噂されるようになる。

 まず日本。次いでドイツ、イタリア、アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、スウェーデン、オーストラリア、オランダ……世界各国に深海棲艦を打ち倒す女性(あるいは少女)達が現れたのである。

 かつて存在した艦の装備を身に纏ったその姿から、彼女達は“艦娘”と呼ばれるようになる。

 

 ようやく深海棲艦に対抗できる存在が出現したことによって戦線を盛り返すことに成功。そうして長い時間を掛け、世界は少しずつではあるが深海棲艦を押し返していく。しかし、世界が一丸となって協力することは出来なかった。

 世界は――――人類は追い詰められすぎていた。自らの国の為に隣の国を亡ぼす。時には深海棲艦を利用し、他の国を窮地に陥れる。艦娘と共に現れた小人達、通称“妖精”達の力を用いて艦娘を何人も『建造』してはすぐさま戦場に向かわせる。……誰もが正常な判断が出来なくなってしまう、それ程までに人類は追い詰められていた。

 

 ――――自ら破滅へとひた走っていく人類。艦娘や妖精達はそんな彼らに憐れみと、そして諦観を抱く。

 

 

 

「――――自分達は、遅すぎたのだ」

 

 

 

 そして、遂に絶望が訪れる。“それ”が最初は何だったのかは誰にも分からない。深海棲艦だったのか、あるいは艦娘だったのか。とにかく、“それ”は周囲の深海棲艦、そして艦娘を取り込んでいった。あらゆる深海棲艦を喰らってその身を肥大化させ、あらゆる艦娘を喰らってはその力を増大させていく。

 “それ”には当然人類の兵器などまるで効果はなく、それどころか艦娘の攻撃も効かず、あまつさえ深海棲艦ですら“それ”を打ち倒すことは叶わなかった。

 やがて“それ”は全ての深海棲艦と艦娘を喰らい、そしてその惑星の総ての生命を終わらせた。

 

 

 

 ――――こうして、世界は滅んだのである。

 

 

 

「……というわけなのね~」

「このお話は『煩悩日和』だぞ……!? 何でそんなドシリアスな設定なんだよ……!!!」

「設定言うな」

 

 かつての世界について語り終えた横島が「作品間違えてない?」と懊悩するが、ちょっと危険な発言であったためワルキューレにツッコミを入れられてしまう。

 

「……あー。しかし、そうか。そいつが“倒すべき本当の敵”、いわゆるラスボスってわけか」

「そうだ」

 

 横島の確認に、ワルキューレは頷く。

 

「奴は多くの深海棲艦と艦娘の集合体だ。単一の生物ではなく、群れとしての性質が強い」

「……そうなのか?」

「ああ。その性質故に、我らは奴にこう名を付けた。――――『()()()()()()』……とな」

「深海……“霊団”……棲姫」

 

 その名を聞き、横島は顔を歪ませる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「霊団……?」

 

 深海提督から倒すべき敵の名を聞くも、特徴を表す部分の意味が分からず、ヲ級は首を傾げる。

 

「マア、知ラナクテモ仕方ガナイ。……霊団トハ、本来悪霊ガ集マッテ形成サレタ特殊ナ群レヲ指ス言葉ダ」

 

 深海提督は知らぬことであるが、かつて横島は霊団に苦しめられたことがある。少々の数を祓ったところで他の霊が補うし、霊団に惹かれて取り込まれ、更に数と力を増していく。急所というものも存在せず、全ての霊を一気に祓わなくてはならないという厄介な存在なのだ。

 

「……ソンナノ、ドウヤッテヤッツケルノ? 深海棲艦モ艦娘モ、攻撃ハ効カナカッタンデショ?」

 

 ヲ級は霊団棲姫に関する説明を受け、疑問に感じた部分を問う。リ級に「分カル?」と聞くも「分カルワケナイデショ」と無下に返された。その様は港湾棲姫には微笑ましく映ったのか、彼女は珍しく柔らかな笑みを浮かべている。

 

「……ウン。何事モ、例外……トイウ、モノガアル。普通ノ深海棲艦ヤ艦娘デハ、太刀打チ出来ナイガ……特別、ナ者ナラバ、奴ヲ討チ祓ウコトガ出来ル……」

「特別……モシカシテ、私達ガココニ連レテ来ラレタノモ……?」

「……ソウ、ダ。オ前達ニハ、ソノ素養ガアル……」

 

 自分達が連れてこられた意味。その一端に触れ、ヲ級達はごくりと生唾を飲み干す。ちらり、と港湾棲姫に目をやる。恐らくだが、彼女もその“特別”な深海棲艦の一人なのだろう。ヲ級は何となくではあるが、自分と彼女は同じ存在なのだという勘が働いている。

 

「我等ノ目的ヲ知ッタワケダガ、ドウダ? ボク達トシテハ戦力ハイクラアッテモ困ルコトハナイ。断ッテクレテモボク達ハオ前ニ何モシナイコトヲ誓ウガ……出来ルナラバ、共ニ戦ッテホシイ」

 

 口調はともかく、深海提督の言葉には真摯な想いがこもっていた。断っても何もしないというのは事実だろう。目を閉じて考える。浮かぶのは自分のせいで深海棲艦という枠から外れてしまったリ級達。彼女達は自分を支え、今も傍にいてくれる。彼女達の安全を確保するには、大人しく深海提督の傘下に入るのが賢明だ。そして何よりも――――。

 

「……艦娘達」

「ン?」

 

 深海提督の眼を真っ直ぐに見つめ、ヲ級は問い掛ける。

 

「霊団棲姫ヲ倒シテ世界ヲ救ウニハ、艦娘達ノ協力モ必要ダッテ聞イタ」

「アア、ソノ通リダヨ。ボク達ダケジャ手二負エナイカラネ」

 

 深海提督が手を振りかざすと、空中に枠が現れ、そこにとある映像が映し出される。

 

「最初ハ神魔族ガ管理スル鎮守府ダケト協力スルハズダッタンダケド、ドウヤラ向コウモ色々ト事情ガ変ワッタミタイデネ。人間ガ管理スル鎮守府トモ協力スルコトニナッタミタイダ」

「……!!」

 

 映し出されたのは六人の司令官の姿。斉天大聖孫悟空、ワルキューレ、パピリオ、ヒャクメ、ドクター・カオス――――そして横島。

 

「コレガ、ボク達ノ協力者ダヨ。……()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あの日から、その顔を忘れたことはなかった。この世界に発生してから、初めて心を揺さぶられたその存在。子供のような笑顔を浮かべる、一人の男性の姿。

 横島の姿を見て、ヲ級から迷いは消えた。後ろを振り返り、リ級と眼を合わせる。それだけで、ヲ級の心はリ級に伝わった。彼女は大きく頷き、ヲ級の後ろにつく。いや、リ級だけではない。軽母ヌ級、軽巡ヘ級、そして二体の駆逐ハ級。彼女達も、覚悟を決めたのだ。自分は、生涯をヲ級と共に。その覚悟を。

 

「私達モ、協力サセテクダサイ」

「……イインダナ?」

「ハイ」

 

 最後の確認。深海提督はヲ級達の眼を見つめ、問うた。それでもヲ級達の眼は揺らがず、決心は固い。覚悟も本物だ。新たな仲間の誕生に深海提督は笑みを浮かべる。……もっとも、それに気付ける者は()()()()()()()のだが。

 

「デハ、オ前達ニ講師ヲツケヨウ。当然ダケド、ソイツモ霊団棲姫ト戦ウ力ヲ持ッテルカラネ」

「……アンマリ……力ヲ使イタガラナイ……ケド、ネ」

 

 ぽつりと呟いた港湾棲姫にヲ級は首を傾げる。強力無比な霊団棲姫と戦えるだけの力を持つのに、それを使いたがらないとはどういうことなのか。

 

「ン。……制御、ガ、難シイ……ト、イウノモアル……。ケレド、問題ハ、力ノ性質ナンダ……」

「ソノ性質ハ、霊団棲姫ノ力ト同質ノモノ……。ツマリハ自分ガ生マレ落チタ世界ヲ滅ボシタ力ダ。ダカラ()()()()()()()使()()()()()()()

「レ級……?」

 

 ヲ級の脳裏にレ級の姿が浮かぶ。レ級と言えば姫級に近い力を持つという最強クラスの深海棲艦だ。そして、横島が街で知り合った深海棲艦でもある。

 

「マ、コレヲ機ニ考エガ変ワッテクレルノヲ祈ルシカナイネ。()()()()()()()()()()()()()、滅ボスダケジャナク守ルコトモ出来ルッテ」

 

 

「折角――――()()()()ヲ持ッテルコトダシネ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そういうことか。だから、俺達にも霊団棲姫と……」

「うむ」

 

 いくつものピースが繋がって一つの絵を完成させた時、横島は大きく溜め息を吐いた。がりがりと頭を掻き、自分の仮説が間違っていなかったことに気が滅入っていく。

 

「……一部の艦娘が持つ、二色の霊波。ウチで言えば、天龍とかだが……。二色の意味は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わけだ」

「そして、猿神艦隊の長門が最後に見せた、規格外の力……。あれは、二つの霊波の同期合体というわけじゃな」

「何だ、気付いていたのか?」

 

 二人の言葉にワルキューレは驚いたように声を上げる。普段の二人の様子からその答えに行きついていたことが意外だったようだ。

 

「まあ、俺は深海棲艦の子と会ったことがあるからな。霊波の質が分かれば流石に気付くって」

「ヨコシマをペットにした私の眼に狂いはなかったようでちゅね」

 

 何故か誇らしげに胸を張るパピリオ。褒められてはいるのだが、内容が内容だけにあまり嬉しくない横島。とりあえず彼はパピリオの頭を撫で、改めて斉天大聖達に向き直る。

 

「で、さっきアンタらだけで対応するはずだったとかそんなこと言ってたが、何で俺らも巻き込まれたんだ? そもそも霊団棲姫を倒すのが目的なら、何で直接叩きに行かねーんだよ?」

 

 それはずっと疑問に思っていたことだ。とにかく今回の依頼は不明なことが多い。何故自分達に依頼したのか。何故滅びた世界を宇宙のタマゴを使って再現したのか。何故直接霊団棲姫を倒さないのか。他にも疑問は尽きない。

 

「じゃ、さっきと同じく簡単に説明していくわね?」

「おー」

 

 まず、この世界について。この世界は滅びた世界を再現したものではあるが、そっくりそのままというわけではない。造りが異なっているのだ。

 

「造りが違う?」

「そう。この世界は半物質・半電脳で形作られているんだ」

 

 ある部分は現実の通りに、ある部分はまるでゲームの様に。それがこの世界の法則であり、真実である。では、何故そのような世界にしたか。これは宇宙意思に介入をさせない為である。

 

「宇宙意思に?」

「うむ。元々この世界はワシらの世界に近くての。霊団棲姫はやがて星を超え宇宙を超え、世界……宇宙意思すら超える可能性を内包しておる。そういった存在の対処も遥か昔からの神魔族の仕事の一つなんじゃ」

「……じゃあ、さっきと同じ質問だけど、直接倒しに行かないのは何でだよ? ぶっちゃけ老師が行きゃーそれで解決なんじゃないのか?」

 

 斉天大聖は超上級神魔族。その力は世界を一つ滅ぼすなど容易い領域にある。話を聞く限り、霊団棲姫も斉天大聖ならば倒せるはずだ。

 

「まあ、可能じゃな。しかしそれが出来ん理由がある」

「理由……?」

「ふむ。それが宇宙意思じゃな?」

 

 斉天大聖の言葉に即座に答えを出したカオスが不敵に笑う。ベスパはそれに頷き、続きを話す。

 

「私達こっちの世界の存在が直接他の世界にちょっかいを掛けるのは禁止されてるんだ。理由はじーさんが言った通り、宇宙意思が介入してくるから。こちらの宇宙意思も、他の宇宙意思も直接的な干渉を嫌ってるみたいだからね。だから誤魔化す必要がある」

「向こうの世界の存在……艦娘を鍛えて、その艦娘に霊団棲姫を倒させる。こうすれば宇宙意思も見逃してくれるのね~」

「……何かけっこういい加減だな、宇宙意思って。……じゃあ、ゲームっぽい世界にした理由は?」

「それが効率的だからでちゅ」

「効率的ぃ?」

 

 あまりの嘘くささに思わずオウム返しをしてしまう横島。しかし、はたと何かに気付いて唸りだす。

 

「あー……考えてみりゃ、ゲームのキャラってとんでもねースピードで強くなるよな……。効率的ってのはそういうことか?」

 

 例えばロールプレイングゲームのキャラクターは、何匹かのモンスターを倒し、経験値を得てレベルを上げることによって強くなる。一時間~二時間もプレイしていれば、最序盤の強敵も一撃で倒せるようになっているだろう。しかし、それは現実ではありえないことである。

 

「ワシらが司令官なのは彼女らを教え、導き、勝てるようにするため。艦娘達の世界を滅ぼした元凶は、艦娘達に倒させる。ワシらはその後押しをするのみ。()()()()()()()()()()()()()()なんじゃ」

「……なるほどな」

 

 少々引っかかる部分もあるが、横島は一応の納得を示す。

 

「それで、ウチに依頼してきたのは何でだ?」

「ああ。先ほど言った通り、元々この任務は我々神魔族だけで対応することになっていた。お前達に依頼したのは、それがアシュタロスとの一連の戦いの報酬……いや、ご褒美と言った方がいいか」

「……?」

「美神には一週間に一度一千万円を振り込む。お前には多くの美女美少女とイチャつくことが出来る世界の提供。……ご褒美だろう?」

「ご褒美でございます」

 

 横島は神魔族に深く感謝した。内容から見て、どうやら色々と見透かされていたらしい。

 

「話を戻して……。俺……というか、ウチらの鎮守府か? ……が、霊団棲姫と戦うことになった理由は? 元々アンタらの鎮守府だけで戦うはずだったんだろ?」

「うむ。それは、本来ならば生まれるはずがなかった二色持ちの艦娘が、複数出現したからじゃ」

「……何だと?」

 

 元々この世界は横島に宛がわれた、彼に都合の良いと言える世界である。危険はあれど、(一部の社員(てんし)の暴走以外)問題はなかった。しかし、問題が起こった。出現しないようにされていた二色持ちが、出現してしまったのである。原因は不明。とある社員(てんし)が疑われたりもしたが、残念なことに無実が証明されてしまった。

 

「霊団棲姫を完全に倒せるのは二色持ちのみ。故にお主らも巻き込むことになってしもうたんじゃ」

「二色の力は霊団棲姫と同質の力なのね~。霊団棲姫は艦娘と深海棲艦、両方の性質を有しているの。だから艦娘の力だけじゃ倒せないし、深海棲艦だけでも同様。だから二つの勢力の協力が必要だったんだけど……」

「それが出来なくて前の世界は滅んだ、と」

「そうだ。二つの力を同期させれば力は格段に上昇するし、加えて言えば完全に混沌と化してしまっている霊団棲姫の“核”とも言える部分を破壊するには、この二色の同期した霊波が必要不可欠。故に二色持ちは色々な意味で切り札と呼べる存在なのだ」

 

 横島の表情が険しくなる。思い浮かぶのは二色持ちの天龍、加賀、金剛。そして吹雪や叢雲、扶桑、横島鎮守府に所属する全ての艦娘達。彼女達を、かつて世界を滅ぼした霊団棲姫と戦わせる……。そんなことは、絶対にさせたくはない。

 しかし、それでも分かってしまう。彼女達が霊団棲姫の存在を知れば、どのような答えを出すのか。

 ――――横島忠夫は、彼女達の司令官だから。

 

「……どう話したもんかな」

 

 それは諦めと決意がこもった呟き。話すと決めた。ではいつ話すのか。……場合によっては自分の過去も話してもいいだろう。今はそのように思える。心の準備が必要とはいえ、艦娘の皆に話すこと自体に忌避感はない。彼女達の中にも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……俺が出逢った、理性を持ってて人間味のある深海棲艦達は何者なんだ? 俺達の味方って言ってたし、何かキーやん達に仕事を依頼されてたみたいだけど」

「あの深海棲艦の子達は、滅びた世界の生き残りなの。世界が完全に滅ぶ前に最高指導者様方が保護して、世界を救うために協力を約束し、その為に戦力の確保と霊団棲姫の影響で街を襲うはぐれ深海棲艦の退治を任せているのよ」

「そうだったのか……」

 

 朗らかに笑っていたレ級や北方棲姫の姿を思い出し、横島の胸に少し痛みが走る。凄惨な過去を持っているのにそれを感じさせない彼女達のいじらしさに心を打たれたのだ。ちなみに北方棲姫はこちらに移住してから生まれてきたので普通に健やかに育てられてきました。

 

「そういやほっぽちゃん……北方棲姫が“イベントで会おう”って言ってたんだが、イベントってのは?」

「そのまんま催し物(イベント)のことじゃ。ワシら艦娘側とあ奴ら深海棲艦側で勝敗を競う……今はまだ企画段階じゃがな」

「マジのイベントだったのか。……また会えんのかね?」

 

 あの日手を振って別れたレ級と北方棲姫。それだけではなく、自分に一目ぼれしたらしいヲ級の姿も思い浮かぶ。出来れば彼女ともまた会いたいものである。

 

「んで、その深海棲艦達を纏める司令官は何者なんだ?」

「横島さんも知ってる相手なのね~」

「俺が?」

 

 横島の中で群を深海棲艦という軍隊を率いることが出来る人物は三人ほどしか思い浮かばない。ワルキューレの弟であるジーク。横島自身も指揮下に入ったことがある美神美智恵。そしてその部下の西条輝彦だ。

 

「西条だったらぶっ殺すんだけどな……」

「そんな物騒なこと言わないで……。深海棲艦達の司令官は、キャラバンクエストっていうゲームに取り付いた元悪霊なのね~」

「………………あいつが!?」

 

 とうの昔に退治したはずの悪霊が復活し、深海棲艦達の司令官として活動している。しかしそいつは神魔族の下で働いており、属性も変化しているらしいことが分かった。どうしてそんなことになったのか気にならないと言えば嘘になるが……他の男の話を聞いたところで面白くも何ともないので横島は聞かなかった。話したそうにしていたヒャクメはしょんぼりと背を丸める。

 

 横島は考える。霊団棲姫というある種ラスボスの存在と、その扱う力について。まさかまたもや世界を滅ぼしかねないような奴と戦うことになるとは思ってもみなかった。

 

「ま、何にせよ覚悟を決めるしかねーわけだし。霊団棲姫とはいつ戦うんだ?」

「うむ。諸々の準備も必要なのでな。正直な話しまだまだ時間は掛かる……霊団棲姫は宇宙のタマゴの中にいるのではなく、滅んだ世界に佇んでいるのでな」

 

 どうやら今回は情報の開示だけがされるようだ。また、霊団棲姫との戦いは猿神鎮守府の艦娘を中心として連合艦隊を組むらしく、横島達他の鎮守府はどちらかと言えばサポートの役割を担うことになりそうである。

 あの長門を筆頭とした、真の猿神鎮守府最強艦隊……もうそいつらだけで勝てるのでは? という疑問がないではないが、口には出さずにおく横島であった。

 

「……」

 

 横島は海に目を向ける。これから先、新しい仲間と出会い、絆を育んでいくことになる、全ての始まりの海。霊団棲姫を倒さねば、この海も滅びの海と化してしまうのだろう。それは横島も看過出来ない。

 

「どこまでやれるかは分かんねーけど、頑張らなくちゃな……俺は、あいつらの司令官なんだし」

 

 そう呟いて振り返り、ある場所を見やれば、そこには物陰から横島達を覗き込んでいる吹雪達横島鎮守府の艦娘数人がいた。帰ってこない横島を心配してのことだろう。その慕われている様子にヒャクメ達も笑みを浮かべる。

 

「さて、細かい疑問はまだまだあるじゃろうが、今回はここでお開きじゃな」

「そうなのね~。横島さんはあの子達を安心させてあげないと」

「……そーだな」

 

 斉天大聖達に促され、横島は小走りで吹雪達の下へと向かう。駆逐艦娘を中心とした一団だったのか、横島は一瞬でもみくちゃにされてお団子状態となった。見た目的に親犬にまとわりつく子犬達のようである。圧し潰された横島はヒキガエルのような声を上げている。

 失わせたくない光景だ。特にベスパとパピリオ、そしてマリアに決意が宿る。あの時のような思いはしたくないし、させたくない。

 覚悟を決めたのは横島だけでなく、この場の全員だ。

 今を生きる彼女達が仲睦まじく過ごせる世界、人と艦娘、そして深海棲艦。この光景の先に、そんな世界があることを夢見て――――これからを、戦っていくのだ。

 

 

 

 

 

第四十四話

『この光景の先に』

~了~

 

 

 

 




お疲れ様でした。

はい、そんなわけで煩悩日和のラスボスは『深海霊団棲姫』というオリジナル深海棲艦です。
既に一つの惑星を滅ぼしており、このまま成長すれば永い時を掛けて宇宙も取り込んで他の世界にまで干渉しだす可能性があるというトンデモ設定持ち。ただし戦闘能力については微妙であり、どちらかというと防御や生存能力に優れる。

それに対抗するのが異世界にて転生を果たした艦娘達。

そう、煩悩日和とは実は異世界転生もの。
そして煩悩日和の『主人公』は実は横島ではなく艦娘達だったのです。
そんでもって主人公である艦娘達は全員が“異世界転生成長チート主人公”という特性を持っています。(ただし作者によるエコヒイキが発生する)

深海提督や長門のお話はまたいずれ。
ちなみに半物質・半電脳世界の元ネタはマトリックスとか奪還屋とか。

次は“改二”についてか、川内とのデート(デートではない)話かな……。

それではまた次回。









レ級が弱かった理由をようやく思いついたぞ(ボソッ)


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目指す目標

大変お待たせいたしました。

今回は久しぶりにかなり短いです。
元々は短めでやっていこうとしてたんだよなぁ……。

箸休めみたいなものなのでサラッとどうぞ。

それではまたあとがきで。


 

 初めての演習を終えて数日、横島鎮守府は日常を取り戻していた。

 横島対斉天大聖やグラーフの相談事など、色々と衝撃的な事件はあったものの、それらは概ね問題なく処理が出来た。いや、グラーフの相談に関しては今後も協力を約束してるので、継続中とした方が適切か。

 ともかく、横島鎮守府は今まで通り、そして今まで以上に目的に向けて邁進している。

 例えばこれは那珂との訓練。

 

(ワン)ッ、(トゥー)ッ、(ワン)ッ、(トゥー)ッ!」

「……っ!!」

「上半身がぶれてる! 漫然と動くんじゃなくてもっと指先まで意識しろ!」

「はいっ、提督(コーチ)!!」

「もう一度最初からだ!」

「はいっ!」

 

 何故か鎮守府内に存在した壁一面が鏡張りのダンス用の部屋で、横島の叱責と那珂の返事が響く。

 ここは通称“那珂ちゃんアイドル特訓室”。通称も何も那珂が勝手にそう呼んでいるだけの部屋なのであるが、誰も特に文句を言わず受け入れられていた。この部屋を使うのが横島と那珂とごく一部の艦娘だけしかいないからと思われる。

 横島はかつてのジェームス伝次郎との特訓を参考にスケジュールを組んでいる。スパルタ女王美神のような無茶はさせないが、それでもその特訓は心身共に厳しいものがある。

 

「――――っ!!」

「歌に霊力を乗せるのも大分上手くなってきたな」

「本当ですかっ!?」

「ああ。でも根っこの意識が変わってきてるんじゃねーか? 霊波が少し攻撃的になってる。これだと歌を押し付けてるように感じるかな」

「……っ!!」

「一旦休憩しよう。あまり根を詰めすぎるのは良くねーからな」

「……はい、提督(コーチ)

 

 那珂は肩に掛けたタオルで汗を拭き、息を整える。上気した頬や汗に濡れた髪、熱を放つ身体が普段の彼女とは違った色気を振りまき、横島の煩悩を煽る。

 ついつい鼻の下が伸びてしまう横島であるが、先程まで熱血コーチ状態だったのが幸いしてか、あるいは那珂がギリギリ射程範囲外だったためか、セクハラしたりなどはしない。なお、那珂のファンを公言している横島が那珂のコーチ役を務めるのは烏滸がましくも光栄であり、いつの日か「那珂ちゃんは俺が育てた」と言うことが夢なのだそうだ。

 ちなみに二人の服装はお揃いのジャージ姿だ。当初は二人ともレオタードとタイツ姿だったのだが、那珂の方はともかく横島がそのような格好をするのが一部の艦娘から強烈なクレームをもらってしまい、新しい練習着を用意することとなった。

 横島の身体のラインがこれでもかと浮かび上がっていたかの姿は、不知火を始めとしたごく少数の艦娘に評判であったのだが、本当にごく一部だけだったので賛成意見は潰されてしまったのである。

 どうでもいいが横島は女の子のジャージ姿も割と好きだったりする。

 

「那珂ちゃん、初心を忘れちゃってたかなぁ……」

「んー。演習からこっち、訓練の時間をかなり増やしてるみたいだしな。それも原因の一つじゃないか?」

「あー……」

「何つーか、気が急いてるっつーのかな。まあ……他の鎮守府にあんだけ差を見せつけられたら気持ちは分かるけど」

「むむむ……」

 

 他の鎮守府に所属する艦娘達の力を見て、そして同じ言霊使いとして扶桑の規格外の力を知り、那珂は知らず焦りを抱えていた。

 制御力という点では自分の方が上であろうが、齎す結果には雲泥の差が存在している。横島からは「()()()()()()()()()()()()()」と聞かされているが、分かりやすい成果を出す扶桑に那珂は羨望と嫉妬を抱いているのである。

 

「ぶー。那珂ちゃんも提督の役に立ちたいのにー!」

「那珂ちゃんはええ子やなぁ……」

 

 那珂の抱える羨望も嫉妬も、全ては横島の役に立ちたいが故。那珂の恋慕の情から来るその言葉を受け、横島はその感情に全く気付くことなく、単に“優しい子からの厚意”として受け取ってしまう。彼女の想いが報われる時が来るのは、まだ先のことであるようだ。

 

 

 

 

 

「……さて、次がボスか」

 

 海上で天龍が呟く。現在位置は南西諸島海域は東部オリョール海。つまり2―3である。

 艦隊は旗艦金剛、以下加賀、吹雪、叢雲、天龍、龍田。このオリョールの攻略は中々にスムーズであった。何度か針路がずれたり敗北して撤退することもあったが、苦戦とまではいかないレベルだ。

 龍田は普段と違い、少々物静かな天龍の様子に唇を尖らせる。ピリピリとした空気を出す天龍も格好いいのだが、それもあまり長く続くとしんどいだけだ。

 

「もぅ、天龍ちゃん。また“あのこと”を考えてるの~?」

「む」

 

 横に並んだ龍田の指摘を受け、天龍は不機嫌そうに口をへの字に曲げる。図星を突かれたその様子に、龍田は溜め息を零す。

 

「いつまでも気にしていたってしょうがないでしょ~? 理由が理由なんだから気にしたって仕方がないじゃない」

「いや、そりゃ確かにそうだけどよぉ……」

 

 龍田の指摘に天龍はばつが悪そうに頭を掻く。自分でも理解しているようだが、まだ感情が納得をしていないのである。そして、それは何も天龍だけではない。

 

「……天龍さんの気持ちも分かります」

「そうですネー。実力に差があるのは分かっていたけど……」

 

 珍しく落ち込んだような、覇気がない調子で答える加賀と金剛。叢雲も同様に不機嫌そうにしているし、その理由を知っている吹雪ですらも苦笑を浮かべるのが精いっぱいだ。

 

「だってよー、長門の奴……あんだけ強かったのに()()()()()()()()()()()()っつーんだぜ? 流石に落ち込むっての」

 

 天龍の言葉に叢雲がうんうんと頷く。

 猿神鎮守府の長門。現在確認されている全ての艦娘の中で最強を誇る彼女であるが、その強さは最早艦娘の枠組みを超えたところにあり、神魔級であると言ってよい。

 それほどの力を手にした理由は簡単だ。長門は()()()()()()()()()()()()()のである。

 長門が手にした力は限界練度(LV99)を超えた強さと、“改”を超えた領域への到達。つまり、“改二”へと至ったのだ。

 しかし、その進化と言っても差し支えない強化は()()()()()()()()()を介さずに行われたもの。そのためか、長門は宇宙意思の干渉を受けてしまうことになってしまったのである。

 その対策として斉天大聖は長門の力を封印。現在は徐々に世界に長門の力を馴染ませ、宇宙意思の干渉から逃れようとしているのだ。

 

「改二……誰も到達したことがなかったはずよね?」

「うん。そのはずだよ」

 

 叢雲の確認に吹雪が頷く。彼女達は覚えていないが、前世でも改二へと至った艦娘は存在しなかった。覚えていないはずの過去や、有していないはずの知識を知っているのは、この世界の特性と言えるかもしれない。

 

「改二かぁ……。私もなれるならなってみたいなぁ」

「何をどうすればなれるのかは分からないけど、憧れるわね」

「うん。そうすればもっと司令官のお役に立てるかもしれないし」

 

 夢見がちな少女の様にキラキラとした目で空を見つめ、己が改二に至った姿を夢想する吹雪に、同じく自分の改二の姿を思い浮かべる叢雲。

 外見年齢が上がり、すらっとした長身に抜群のプロポーション。そして強化されて巨大化した艤装を軽々と操り、強敵を倒す改二の自分。必ずそうなるというわけではないが、空想するならただである。希望を持つのは悪くはない。まあ、過剰な期待はしないほうが良いのは言うまでもないが。

 

「おいおい……あんま改二をナメるんじゃねーぞ、二人とも」

 

 天龍の言葉に皆の視線が集まる。

 

「あの長門でさえ本気で死にかける程の試練を乗り越えて到達した領域なんだぞ? そうそう簡単になれるもんなら苦労はしねーって」

「それはそうだけどサー、夢を見るくらいはOKじゃないノー?」

「いえ、天龍さんが言いたいのは安易なパワーアップを期待するな、ということでは?」

 

 そうして始まる改二への考察。練度は当然として他に何が必要か。肝心の長門は何故改二に至れたのかは理解しておらず、ほとんど無意識の状態で修行を乗り越えたのだという。つまり必要なのは無我の境地、という脊髄反射的な意見も出る。

 

『おーいお前ら。そろそろ敵艦隊が見えてくんじゃねーかー?』

「あっと、いけまセーン。皆さん、準備はいいですかー?」

 

 長々と話していた金剛達に横島から注意が入る。金剛は慌てて取り繕う。帰投したら横島からお叱りを受けるだろう。それもちょっと楽しみなのは金剛の秘密である。

 今は先の見えない改二よりも目の前の敵を倒すことを優先すべきである。戦いを前に、天龍は気持ちを切り替えて口角を吊り上げる。

 

「へっ! 今はまだまだだけどよ……俺は手に入れてやる……!! その領域……“改”の向こう側を……!!」

 

 索敵範囲内に侵入した敵を見据え、天龍は刀を抜き放つ。気合一閃駆け出した……のだが加賀の先制爆撃にうっかり巻き込まれそうになり、向かった時の倍の速度で戻ってくる。

 気合いが空回り気味であるが、自分で口にしたほど長門との差を気にしていないように見える。あとはもう少し落ち着きを取り戻してくれれば言うことなしか。

 

 

 

 

 一日の仕事を終え、横島は自室へと戻る。今日は時雨が部屋の中に侵入していたり、夕立や皐月などの元気っ子が押し掛けてきたリ、不知火や深雪のように何とかしてエッチな雰囲気に持っていこうとカラ回る子達もいない、静かな夜だ。

 いつもそうであるが、本日も中々に忙しい一日だった。司令官としての仕事に加え、那珂とのアイドル特訓や他の艦娘も交えた霊力の鍛錬、駆逐艦達の勉強を見たりなど、ハードな日々を過ごしている。最近はこの忙しさが癖になって来たのか、自分から率先して動き回っていたりする。

 とはいえもう日付も変わるだろう時間帯。ゆっくりと睡眠を取り、明日に備えるべきだ。

 

「誰もいねーと思うけど、おやすみー」

 

 横島は部屋の電気を消し、布団をかぶってそう口にした。その瞬間自分のベッドの横に誰か――白露型二番艦――の気配が生じ、耳元で「ボクも部屋に戻るよ。おやすみ、提督」と囁かれ、そのままその誰かが部屋を出ていったような気がするがそれは気のせいなのだ。気のせいに違いない。気のせいであってほしい。むしろ「それじゃあボクも寝ようかな」といつの間にか同衾されていたよりは遥かにマシであろう。

 安心から全身の力が抜ける。意識が薄れ、まどろみの中に落ちようとした時――――。

 

「夜だーーーーーー!! 夜戦の時間だーーーーーー!!」

 

 ――――と、遠くからそんな大声が聞こえてきた。川内の声である。

 薄い意識の中で横島は「またか」と思う。演習が終わってから、川内は意識が変わったのかやたらと訓練に力を入れ始めた。主に夜戦について。以前から川内は夜戦好きであったのだが、強者達の力を見て、自分もその領域に踏み込もうと得意分野を伸ばすことを考えたのだ。

 その結果がこの夜戦訓練である。川内も非常識な時間帯であると弁えており、寮から最も離れた場所で特訓をしているのだが、テンションの上がった彼女の声は存外に大きく、横島の部屋にまで聞こえてくるのである。

 横島としては特に気になるわけでもなく、我慢が必要になるわけでもないのでそのまま気にせず眠りに落ちた。横島の睡眠を邪魔したいのであれば、横島のすぐ近くで特訓をするくらいでなければならない。それでもうるさいことには変わりはない。また明日にでも注意をしよう、それがその日最後の思考であった。

 

 そうして次の日の朝。横島は川内を呼び出してこう告げた。

 

「川内――――今日から一週間、夜戦禁止な」

 

 呼び出された川内はその言葉を受け、たっぷり一分間ほどの時間を理解に費やし、そして。

 

「なじぇーーーーーー!!?」

 

 と、涙をぶしゃーっと噴き出して横島に詰め寄った。

 その理由は、横島の背後にいる錨を握り締めた電が知っているだろう。

 

 

 

 

第四十五話

『目指す目標』

~了~

 

 

 

 

 

横島「そういやお前らって初期艦は誰にしたんだ?」

 

カオス「ワシは電じゃな。何かあの子の雰囲気が落ち着いてのー。時々二人でゆっくりと茶を飲んだりするんじゃ」

横島「爺さんと孫みたいな感じだろーか……」

 

斉天大聖「ワシは漣を選んだ。最高指導者のお二人から為人は聞いておったからの。時々ゲームの相手をしてもらっておる」

横島「やっぱゲームが選定基準なのか……」

 

ワルキューレ「私が選択したのは叢雲だ」

横島「あー、何かそんな気はしてた。似合うっつーか何つーか」

ワルキューレ「ふっ、そうか? 奴も初めは口だけだったが、今では相応の力を身に着けている。中々に頼もしい部下だよ」

横島「分かる分かる」

 

パピリオ「うちもサザナミちゃんでちゅ。初めの頃は二人で色々とヤンチャしてまちたね……」

ベスパ「そしてその度に私やジークが叱る……と」

横島「その光景が目に浮かぶよーだ……」

 

ヒャクメ「私は五月雨を選んだのねー」

横島「何か意外だな。何となく漣を選んだのかと思ってたけど」

ヒャクメ「……私より……」

横島「?」

ヒャクメ「私より――――ドジな子に来て欲しかったのね……!!」

横島「お前……」

 

※ヒャクメ鎮守府の五月雨はドジっ子ではありませんでした※

 

 




お疲れ様でした。

長門、実は改二だった。

グラーフの相談はまたいずれ。横島対斉天大聖は……必要ですかね?

今回、本当なら一話丸々特攻の拓ネタでやろうとしてたんですが、流石にやめておきました。
しかし天龍にそこはかとなく“!?”の匂いが残っていますね……。

実は戦闘シーンを入れて、天龍に「ひき肉にしてくれんゾ? テメーら……」だの「明日の“鎮守府日報”載ったぞ、オメー!!」だの「破壊(ブッコワ)してやる!! グシャグシャにしてやるぜェ!?」だの、夜戦開始時に「“待”ってたぜェ!! この“瞬間(とき)”をよォ!!」だの言わせる気でした。

サブタイトルも『波濤(なみ)伝説 特攻(ぶっこみ)の天龍』にしようとしたり……。
もちろん天龍の刀の名前は「悪魔の鉄槌(ルシファーズハンマー)」です。……電の錨の名前の方が相応しくない?

次回はアンケート一位の川内メイン回。エロくしないと……(使命感)

長々と失礼しました。それではまた次回。


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川内の夜戦禁止週間

大変お待たせいたしました。

個人的にショックな出来事が立て続けに起こりましたが、私は(肉体的には)元気です……。

そんなこんなで今回はアンケートでトップだった川内の話です。
エロ系ということでそういう描写にちょっと力を入れてみましたが……なんというかまあ、そちらの期待はあんまり……(ガクブル)

川内は好きなキャラでもあり、憂鬱な気分を吹っ飛ばせとばかりに打ち込んでたら二万五千字を突破しました。なのでかなり削りました。

何をやって……いや本当に何をやってるんだ私は……。

それではまたあとがきで。


 

「川内――――今日から一週間、夜戦禁止な」

「なじぇーーーーーー!!?」

 

 横島からの非情な命令に、川内は涙を流して抗議する。

 

「何で……!! どうしてそんな酷いこと言うの!?」

「あー、それはだな……」

「夜戦禁止なんてあんまりだよ!! 私達艦娘――――特に駆逐と軽巡は夜戦で真価を発揮するんだよ!? それなのに夜戦禁止なんて一番の武器を取り上げるようなもんじゃんか!!」

「いや、だから……」

「ふーんだ!! そんな命令は聞けまっせーん!! 夜戦禁止だなんて、それなら死んだ方がマシだもんっ!!」

 

 横島に理由の説明をさせず、頬を膨らませ、唇を突き出してそっぽを向いて反発する川内はまるで子供のようであり、横島の背後で推移を見守っていた霞と大淀は呆れたように首を振る。同じく吹雪もそんな川内を見て気の毒そうに目を伏せる。隣にいる人物からのプレッシャーが強まったことによる圧が、精神をガリガリと削っていく。

 

「……ふぅ――――そうか」

 

 重い……本当に重い溜め息を吐く。横島は痛ましそうに川内を見、そしてそれを口にした。

 

「――――電先生、お願いします」

「了解なのです、司令官さん」

「………………え?」

 

 横島の言葉に応じ、吹雪の横で佇んでいた電がゆっくりと歩み出る。その手に握られた錨には満身の力が込められており、今にもその力を解放せんとギチギチと音を立てている。

 

「一重振っては暁ちゃんの為……二重振っては司令官さんの為……三重振っては部隊の姉妹の――――」

 

 ぶつぶつと何事かを呟きながら疾風(かぜ)の様な迅速(はや)さで錨を素振りする。振るわれた錨によって超極小規模の竜巻が発生し、皆の髪や服を棚引かせる。幸い書類などはまだ準備していなかったので被害を免れた。

 

「あの……これは一体……?」

 

 冷汗をだらだらと流し、ガタガタと身体を震わせながら川内が問う。

 

「死んだ方がマシ……そう言ったな、川内」

「いや……あれは常套句っていうか……冗談っていうか……」

 

 物凄く憐れみのこもった目で見てくる横島に、もう川内は泣きそうである。既に隣には電が立っており、錨を振りかぶっている。

 

「打撃は一瞬――――眼を閉じて、四肢の力を抜くのです。そうすれば痛みも恐怖も全く感じずに済むのです」

「何でもするので許してください」

 

 川内はジャンピング土下座で許しを請うた。

 

 

 

 

 さて、何故こんなことになってしまったのかと言えば、そもそもの原因は川内の夜間訓練にある。

 川内が特訓を始めて五日、この訓練の影響により、とある艦娘が神経症……いわゆる自律神経失調症になってしまったのだ。そう、電の頼れるお姉ちゃん、暁である。

 どうやら暁は色々と“敏感”なタイプであるらしく、川内が訓練で放つ攻撃的な霊波を感じ取ってしまい、神経が過敏になってしまう。勿論平時であればなんてことはない質の霊波なのであるが、就寝時などリラックスした状態で感知するには重いものであり、そのせいかしっかりとした睡眠が取れず、日々の訓練や出撃で成果を出せなくなった。

 暁自身は睡眠時間が早いために理由が分からず、謎の不調に悩む日々を過ごすこととなる。そして、ようやく判明したのが川内の夜間訓練による影響であった。

 

「そ、そんなことが……」

「ああ。駆逐では他に初雪と望月、それから若葉も似たような症状が出てる」

「……私が言えることじゃないけど、若葉はともかく他の二人は怪しくない?」

 

 自分の夜間訓練が齎した結果に愕然とする川内であったが、他の体調不良者にちょっと怪しい者達がいたため、念のため疑問を呈しておく。横島もその意見には理解を示すように何度も頷くが、どうやら今回は事情が違うらしい。

 

「気持ちはよく分かるが……どうやら本当に調子が良くないみたいでな。珍しくかなり落ち込んでたぜ。サボるのはいいけど体調不良で休むのは罪悪感が出てくる難儀なタイプのよーだ」

「珍しいタイプだね……でもちょっと分かる気がする」

 

 何だかんだ言いつつ、初雪も望月も与えられた仕事はちゃんとこなす。普段だらけがちなのは、あるいは艦娘として生を享ける前に働き過ぎていたからかもしれない。

 ちなみに若葉は「この感覚……悪くない」と、まるで特殊な性癖でも持っているかのような笑顔を浮かべていたが、別にそういった性癖を持っているという事実は存在しない。存在しないのだ。

 

「……みんなに謝りに行かないと」

 

 流石に今回自分が引き起こしてしまった事態にショックを受けたのか、しょんぼりと肩を落とし、迷惑を掛けた鎮守府の皆に謝罪に赴くべく執務室のドアへと歩く川内。しかし、そんな川内をやんわりと電が止めた。

 

「では、川内さん――――首を出せい!! なのです」

「勘弁してください」

 

 右手に輝く怒りの錨。自分の姉妹艦が被害に遭ったせいか、この日の電はちょっとしつこかった。

 

 

 

 

「ま、そんなわけで一週間の夜戦禁止が今回の罰ってわけだ。今日は土曜日で……今日を含めて来週の土曜まで毎日出撃してもらうが、その間夜戦は一切無しだ」

「ううう……了解しました……」

「別に泣くほどでもないのでは……?」

「えっと、川内さんはほら……夜戦が大好きですから。夜戦の鬼っていうか……」

「バカでいいわよ夜戦バカで」

 

 毎日出撃できるのは嬉しいが、夜戦は無しというペナルティのせいでその出撃は地獄に変わる。想像するのも憚られる苦痛に、川内は思わず嗚咽を漏らした。

 呆れたように息を吐く大淀と、何とか川内をフォローしようとするが結局出来なかった吹雪に、吹雪の言葉を一瞬で切って落とす霞。秘書艦三人娘は今日も仲良しです。

 

「ま、これに懲りたら無理な訓練はしないようにな。……この“夜戦禁止週間”が明けたら良い目を見させてやっから」

「……どういうこと?」

「禁止週間明けの日曜は希望者を募って丸一日夜戦に付き合ってやるよ」

  」

 

 丸まっていた川内の背筋がピンと伸びる。何故か川内の頭上に赤いエクスクラメーションマークが見えたような気がしたが、あくまでも気のせいである。

 

「まあ、そうは言っても出撃するのは普通の海域なんだが、明石にちょっとした開発をしてもらっててな」

「開発……?」

「ああ。要はサングラスとかゴーグルみたいなもんでな。採光だか何だかを自動で調節して、視界を完全に夜に錯覚させるとか何とか」

「おお……!!」

「でも実際に夜になってるわけじゃないから夜戦時の能力は発揮できないけどな」

 

 丸一日夜戦という鼻先の人参に釣られ、川内は一気に普段の調子に戻る。流石に全ての戦闘が本当の夜戦というわけにはいかないようだが、それでも自分の為に道具の開発をしてくれているという事実がただただ嬉しかった。

 

「とりあえず午前はみんなに謝って、昼から出撃だ。2―3を回って練度上げとドロップ狙い。……分かったな?」

「りょーかい!」

 

 横島の確認に川内は見事な敬礼を返す。

 

「それじゃあ電……! 誠心誠意心を込めて謝罪をいたしますので、どうかお怒りを鎮めていただきたく……」

「ちゃんと暁ちゃんに謝ってくれるのなら、私からは何も言うことはないのです」

 

 キリっとした表情で一瞬のうちにへにゃりと情けない顔になる川内さん。こう見えて彼女の罪悪感は本物だ。電も川内が心から反省しているのを理解しているのでこれ以上咎めはしない。

 

 

 こうして、川内の夜戦禁止週間は始まったのだ。

 

 

 

 ――――初日。

 

 出撃するのは前述の通り2―3、東部オリョール海だ。パピリオやカオスからの情報によると、オリョールを潜水艦で周回し、遠征と絡めて任務を消化すれば資材がどんどんと溜まっていくらしい。現在、横島鎮守府に潜水艦娘がいないのでどうしようもないのだが、夢を見ることは許されるだろう。

 

「よっし、あともうちょっと……!!」

 

 川内を旗艦とした艦隊は敵艦隊と交戦中。この南西諸島海域では当たり前のように霊力持ちの深海棲艦……eliteが出現する。その強さはピンキリだが、それでも全てが強敵であるということに違いはない。一戦一戦が油断の出来ない戦いだ。

 既に大破判定がなされた艦娘もいる。海域の攻略とまではいかなかったが、それでもこれは最後の一戦。全てを出し切るに相応しい。川内は雷撃をし、これから始まる数分間の激闘を思い、霊力を漲らせる。

 

「さあ、夜戦の時か――――」

「はぁい、そこまでだよぉ」

「――――んぎゅぅっ!?」

 

 夜戦の時間だ、と敵に突っ込もうとした川内の後襟を掴み、むりやり制止する龍田。思い切り首が締まったせいか、女の子が出すには少々恥ずかしいうめき声を出してしまい、川内は顔を赤くして龍田に抗議する。

 

「何すんのさ龍田!?」

「ダメだよぉ、川内ちゃん。今夜戦の時間だーって突っ込もうとしたでしょう? 夜戦は禁止だよぉ?」

「う……っ。忘れてた……」

 

 龍田の指摘に頭に上っていた血が一気に下り、冷静さを取り戻す。やはり戦闘になると気が逸ってしまうようだ。それでなくとも川内は夜戦が大好きな艦娘である。癖になっているのだろう、夜戦で敵を倒すのを。

 

「戦闘もこっちの勝ちで終わったし、鎮守府に帰ろうねぇ」

「……はぁい」

「お疲れさーん」

 

 敵艦は二人ほど残ってしまったが、戦闘自体は自軍の勝ちで終了。龍田と共に出撃していた天龍がすごすごと帰っていく深海棲艦に手を振る。彼女達はその意味をよく分かっていなさそうではあったが、やがて天龍を真似て手を振り返した。

 

「……やべえ、沈めにくくなった」

「何やってるのさ、天龍」

 

 皐月のツッコミももっともである。

 こうして夜戦禁止週間一発目の出撃は終わった。川内は思う。想像していたよりも心に掛かるストレスが多い。これで一週間持つのか、と。

 ちなみにこの日の建造で重巡の那智と足柄が着任した。手を取り合って喜ぶ横島と吹雪の姿を見た二人の目は中々に生暖かったという。

 

「ふふ。リア充ぶっ殺したいわね」

「落ち着け」

 

 

 ――――二日目。

 

 今日も今日とて出撃である。当然夜戦は禁止であり、川内は何度も出撃しなくてはならない。夜戦が一切出来ないせいか川内は明らかに苛立っており、毎回の出撃に川内を力尽くで抑え込める艦娘が同行することになる。

 しかし川内もそこはプロ。仲間に当たることはせずに、鬱憤を敵にぶつけていく。

 

「私の八つ当たりの的になれぇ!!」

「hmm……荒れてるネー、川内」

 

 感情が高ぶっていたせいか動きは精彩を欠き、小破と中破を繰り返すことになる。

 夜戦禁止週間、夜戦こそ出来ないが横島の指示で他の仕事はしなくて良かったり、ご飯が皆よりちょっと豪華になっていたりで実は羨む艦娘も多かったりする。

 この日の建造では遂に潜水艦娘が着任した。伊168……通称イムヤである。セーラー服の上だけとスクール水着、更には学生鞄にも見える艤装という独特な格好の艦娘であるが、やや勝気な性格とスレンダーなスタイルですらっと長い脚が気に入った横島は相好を崩す。……叢雲から両頬をつねられてしまったが、それは些細なことである。

 

 

 ――――三日目。

 

「………………」

 

 遂に川内は何も喋らなくなった。淡々と出撃を繰り返し、敵を沈めていくその姿はどこか危うさを感じさせる。

 

「……ん?」

「………………」

 

 何かに気付いた叢雲が川内の口許に耳を近付けると……。

 

夜戦したい夜戦したい夜戦したい夜戦したい夜戦したい夜戦したい夜戦夜戦夜戦夜戦夜戦夜戦夜戦夜戦夜戦夜戦何で夜戦出来ないの何で夜戦しないの何で夜戦出来ないの何で夜戦しないの何で夜戦何で夜戦何で夜戦夜戦夜戦夜戦夜戦夜戦……

「ヒエッ」

 

 どこかどころか完全に危なかった。

 

 

 ――――四日目。

 

 早朝、仕事が始まる数分前の時間。横島の執務室に遠くから地響きのような音が響いてくる。しかもその音はどんどんと執務室に近づいてくる。

 前日に叢雲から報告を聞いていた横島達は既に確信を得ていた。そしてそれが外れることはなく、執務室のドアをあらん限りの力で開け放たれた。

 そこに佇む一人の艦娘。言わずもがな、川内である。怒りなのか、川内の身体は震えている。今に大爆発する。皆がそう予感した瞬間、川内が動いた。

 

「て゛い゛と゛く゛ぅ゛ーーーーーー!!!」

 

 両目から涙を放出し、ジェット噴射で横島に飛び掛かる……というよりは、泣きついてきたのだ。

 

「うおおおおっ!? ちょっ、おち、落ち着け川内!?」

「でいどぐーっ! もう許じでよぉー! 頭がおがじぐなりぞうなのぉぉぉーーーーーー!!」

 

 川内が怒り狂うのだろうと予想していた。だが本気で号泣して懇願してくるのは予想だにしていなかった。恥も外聞もなく涙と鼻水をまき散らし、土下座せんばかりの勢いで横島に縋りつくその様から、そうとうに追いつめられているようだ。なりふり構わない様相の川内にあっけにとられ、誰も行動を起こすことが出来ない。

 

「エッチなことでも何でもしていいからぁ!! 夜戦させてよぉ!! 夜戦したいのぉ!!」

「おわーーーーーーっ!? 脱がんでいい!! 脱がんでいいからっ!!?」

 

 遂には己の服にまで手を掛け、横島に許しを請うまでになる。横島もここまで精神が追い込まれると思っていなかったので、川内の言葉にも行動にもまともな対処をすることが出来ない。しかしその眼は露になる川内の肌をガン見しているのであるが、そこは横島なので仕方がない。

 女の子が「夜戦したい。夜戦させて」と泣きながら服を脱いで懇願するという、見ようによっては非常に危険なシチュエーション。混沌と混乱のさなか、遂に動く者が現れる。

 

「川内さんの馬鹿ァ!!!」

 

 電が川内の頬を張ったのだ。爆竹が破裂したような、乾いた音が執務室に響く。川内は一回転し……二回転、三回転してようやく着地。否、着地というか回転の勢いのまま頭から床に激突したという方が正しいか。とにかく、電は目じりに涙を溜めつつ川内をキッと睨み、川内を糾弾する。

 

「川内さんは、司令官さんがどんな思いで毎日を過ごしているか、分かってないのです!!」

「電ァ! 気持ちは分かるけどもう少し待ってあげて!!」

「川内さあああんっ!! 目を覚ましてくださーいっ!!?」

 

 電のビンタによって川内は完全にノックアウト。気のせいか呼吸や心臓の鼓動も段々と小さくなってきたぞ。とりあえず川内は修復材を被って無事に生還しました。

 

「――――それで、提督の思いって……?」

 

 一度死に掛けたせいか冷静さを取り戻した川内は、薄れゆく意識の中で聞いた言葉を電に問う。電は一つ頷き、横島に向き直る。

 

「川内さんは、ここ数日の司令官さんに違和感を感じなかったのですか?」

「え……? いつも通り駆逐のみんなの面倒を見たり、書類や任務をちゃんとこなしてたし……普段通りだったと思うけど?」

 

 電の言葉の意味が分からず首を傾げる。電は首を振る。違うのだ。決して、普段通りなんかではなかったのだ。

 

「違うのです。司令官さんは、川内さんと同じ苦しみを味わっているのです……!!」

「え……?」

 

 どういうことか、と視線を動かしてみれば、誰も電の言葉を否定しない。それどころか肯定するかのように視線を伏せたり、横島を心配そうに見つめたりしている。川内には、横島が背負う“自分と同じ苦しみ”が分からなかった。

 

「司令官さんは夜戦禁止週間が始まってから……一度たりとも、誰かに飛び掛かったりセクハラ行為をしていないのです……!!」

「――――!!」

 

 電の衝撃の言葉に反射的に吹雪や大淀達に目を向ければ、彼女達は確かに頷き、肯定した。

 川内……というか全ての艦娘は横島の煩悩の強さを知っている。金剛や天龍にちょっと誘惑されればすぐさま鼻息荒く某大怪盗のように飛び掛かることを。少し露出度が高いくらいで鼻血を出してセクハラ発言をすることを。さりげなさを装ってチチやシリやフトモモに触れようとすることを。(そして全部失敗して手痛いおしおきをされていることも)

 

「そんな……そんな……!?」

 

 それほどの煩悩を誇る横島が、自分と同じくセクハラを禁じていることに川内は愕然とする。そのような素振りは全く見えなかった。本当に、いつも通りに過ごしているように見えていたのだ。

 

「川内……」

 

 横島が川内へと歩み寄る。その表情は困ったような、苦笑を湛えたものだった。

 

「まあ、何つーか……俺なんかと一緒にされるのは正直我慢ならねーと思うけどさ」

「……」

 

 川内の肩に手を置き、横島は笑みを浮かべる。その笑顔に、川内ははっとした。

 

「折り返しまで来たんだ。俺も頑張るから、川内ももう少しだけ頑張ってくれないか?」

 

 いつも通りに過ごしている? 否、そうではない。目の前の男の笑顔は、明らかに憔悴している。セクハラとは横島にとって“生態”。それを禁じることによって、彼の心身に想像を絶するストレスが圧し掛かっているのだ。

 

「提……督……」

 

 川内は己を恥じる。自分は何をしているのか。自分のことばかり考えて、他者に迷惑を掛けている。このままで良いのか? ――――良いわけがない。

 

「提督……」

「ん?」

 

 一度俯き、両手で自らの頬を張る。顔を上げた川内の目には、強い決心が宿っていた。

 

「提督……私、頑張るよ」

「……おう」

「……だからさ、提督」

 

 川内は横島の手を握り、上目遣いに請う。

 

「禁止週間が終わったら……いっぱい、夜戦しようね」

「ああ。約束だ」

 

 手を握り、夜戦を誓い合う男女。おかしなところは一切無いはずであるが、とてもいかがわしい光景に見えるのは何故であろうか。

 電達は川内の様子を見てもう大丈夫だろうと息を吐く。恐らくこれからも苦しむであろうが、その時は自分達がフォローすればいい。夜戦禁止週間は川内へのおしおきであるが、それは成長を促す機会でもあるのだ。事実、川内は新たな決意を胸に日々を過ごすだろう。何も苦しいだけの日々ではないのだ。

 

 一連の状況を満潮が知れば、きっと冷めた目でこう言うだろう。

 

「アンタら全員馬鹿じゃないの?」

 

 ――――と。

 

 

 

 

 ――――夜戦禁止週間、最終日。

 

「ちょいやー!!」

 

 気合一閃、川内は雷撃を放ち敵艦を沈める。残る敵艦の数は二。こちら側の被害状況は中破が二人、大破が一人。戦闘終了までおよそ数十秒。川内は大破した味方をフォローするために移動する。

 

「ごめんね、川内さん。由良が足を引っ張っちゃって」

「気にしない気にしない。このくらい当然だって」

 

 艦隊はそのまま回避に専念。敵旗艦を沈めていたのが幸いしたのか、何とか戦術的勝利を収めることは出来た。しかし中破以上が三人も出てしまったため、今回の出撃はここまでである。あと一歩でボスのいるところだったのであるが、仕方がないだろう。目的はあくまでも練度の向上である。

 

「一時はどうなるかと思ったけど、大丈夫そうだね」

「ですね。司令と電から何らかの説得を受けたそうですが……」

「響も不知火も中破してるのに元気だね」

「痛みに強いのかな? ……そういうのは一番じゃなくてもいいかなー」

 

 ちなみに今回のメンバーは旗艦川内、以下由良・響・不知火・時雨・白露である。

 戦闘が終了し、夕陽が赤く染める海を走る。先程の戦闘が夜戦禁止週間最後の戦闘だ。この夜を超えれば、待っているのは夜戦だけの一日である。

 待ちに待った、あれほどまでに熱望していた夜戦を、また行うことが出来る。だというのに、川内の心は不思議と落ち着いていた。

 川内には予感があった。明日の夜戦、きっと今までにない程に特別なものとなるだろう事を。川内は予感しているのである。

 

 ――――夜戦解禁日。

 

 時刻は午前六時。誰に起こされるでもなく、川内は静かに目を覚ました。朝陽が透けるカーテンを開くと、眼前に広がったのは雲一つない、どこまでも晴れ渡った青い空。

 まるで川内の今の気持ちを表したかのような快晴である。

 

「――――よっし!」

 

 一つ気合いを入れ、準備を整える。顔を洗って歯を磨き、パジャマを脱いで制服に着替える。朝食までの時間は少し散歩をして暇をつぶす。

 何とも不思議な感覚だ。昨日から続く、穏やかな心持ち。もしかすれば、こういうのも嵐の前の静けさというのかもしれない。

 

「楽しみだなー」

 

 ぐっと背筋を伸ばし、息を吐く。朝食を食べれば特別な一日の始まりだ。穏やかな心の中心が、強く、しかし静かに熱を帯びていった。

 

「……で、これがこの日の為に開発したっていう装備?」

「そ。それを掛ければ視界に入る光量を自動で調節して、夜みたいに見えるようになるの。一応名称は仮で『夜戦ゴーグル』ってしてるけど、別に夜戦専用でもないから変更になるかなー。……あ、電源は横のところね」

 

 出撃前に執務室に顔を出し、装備受領の為に来ていた明石から夜戦ゴーグルなる装備を受け取る。普通のゴーグルの様に透明なレンズがあるわけでもなく、やや丸みを帯びた長方形の箱が両目を覆うデザインとなっており、明石の趣味なのか少々派手目のカラーリングと鋭角な分割線の存在がどこか近未来を思わせる。矯めつ眇めつしつつ説明を聞き、少し緊張しながら実際に装着する。重さはほとんど感じない。明石の説明通りに電源ボタンを押し、待つこと数秒。

 

「お、おお……? おおおおぉぉぉ!?」

 

 初めの内は変化に気付かなかったが、ちらりと視界に入った窓の外が、暗闇に染まっている。思わず窓に駆け寄ってゴーグルを外して外を眺めてみれば、太陽は燦々と光を放ち、大地と海を照らしている。

 もう一度ゴーグルを着ける。瞬間、外の景色は一変した。空は黒と紺に染まり、海も闇に染まっている。しかし、全てが黒に染まっているわけではない。背後、つまり部屋の中の電灯による明かりなどは、しっかりと明るいままなのだ。

 

「凄い!! どんな技術なのこれ!?」

「ふっふーん、凄いでしょー? 自信作なのよね、これ」

「明石天才! 明石最高ー!」

「ふっふっふーん♪」

 

 明石の超技術により完成した夜戦ゴーグル(仮)の性能に川内は明石の天才性を褒めそやし、明石の鼻はどんどんと伸びる。しかしそれが許されるほどの技術であることは間違いないのだ。

 

「それじゃあ、今日は一日中……!!」

「おう。――――夜戦、解禁だ」

 

 ――――喜びで身体が震える。しかし、まだだ。()()をこの場で出すことはしない。開放するのは、夜戦の中で、だ。

 

「んじゃ、旗艦川内、以下天龍・叢雲・夕立・時雨・加賀さんのメンバーで出撃。どーせなら、2―3を突破するぐらいの気持ちで行こうぜ」

「りょーかい! それじゃ行ってきまーす!」

「あ、こら! ちょっと待ちなさいよ!」

 

 横島の言葉に敬礼を返し、他の皆を置いてさっさと走り去っていく川内。追いかける叢雲達もバタバタと執務室を出ていき、一時の静けさが過ぎる。

 

 

「出撃に回すメンバーには昨日から声を掛けてるし、バケツの数も問題ないわ」

「間宮さん達に頼んで今日の献立を変更してもらいました」

「準備は万端……気合い入れていくぞっ!」

「頑張ってください、司令官!」

 

 

 

 

「おんどりゃー!!」

 

 川内の放つ砲撃が一人、また一人と深海棲艦を沈めていく。現在は夜戦ではなく通常の戦闘であり、夜戦時における性能の向上も今は発揮されていない。だというのに、川内の動きは今までにない程に洗練されていた。

 

「気ん持ちイイーッ!! 何かこれだけでイっちゃいそー!!」

 

 現在の川内はいわゆるハイな状態であると言える。エンドルフィンやドーパミン、アドレナリンなどの脳内麻薬がジョバジョバ分泌されているはずだ。

 人間は情報の九割を視覚から得る。それは艦娘も同様らしく、視界に広がる“夜の海”という景観が川内の脳に錯覚を起こしているのである。このまま時間が経てば廃人待ったなしかと思われるが、彼女は人であると同時に軍艦、艦娘という名の兵器でもある。あらゆる意味で人間より余程頑丈なのだ。恐らく、彼女達艦娘には致死量の麻薬を打ち込んでもほとんど意味をなさないだろう。

 

「うひゃははははは!! あーっははははははははっはっはー!!」

「これは夜戦キメてますわ」

「……本当に大丈夫なのかしら」

 

 あくまでもすこしだけハイになっているだけである。

 

 

 

 

『よーしお前ら、よくここまで頑張ってくれたな。まさか一回目でボスのとこまで来れるとは思ってなかったぜ』

 

 いくつかの戦闘を終え、遂にボスのマスまでたどり着いた川内達。横島の言通り、一回目の出撃でここまで来ることが出来たのは僥倖と言える。皆も緊張しているのか、声は出さず、ただ頷くのみだ。それは川内も同様である。

 さて、川内の身体はもう爆発寸前であった。ここに来るまでの戦闘で、一回も本当の夜戦を行っていないからである。

 いくら脳内麻薬が過剰分泌されてヒャッハーな状態になっていたとしても、川内の心も身体も満足してはいなかった。心の底から、身体の奥底からの全力を出し切っていないからである。

 溜まりに溜まった鬱憤。今にも弾けそうなそれを押し留めているのは、確信にも近い予感。今までにも感じた()()。自らの総てを発揮する時が、近付いているのだ。

 

「……敵艦見ゆ。戦艦ル級、空母ヲ級、空母ヲ級、軽巡ヘ級、駆逐ロ級後期型、駆逐ロ級後期型……ル級からヘ級は霊力を纏ってるわね」

「ふんっ、相手にとって不足なしよ」

「つっても、相当厳しいだろーなこりゃ。特にル級……あいつは別格だぜ」

 

 慎重な言葉とは裏腹に獰猛な笑みを浮かべる天龍。彼女の視線の先に存在する戦艦ル級が纏うは()()()()()()。彼女の分類はflagship。上位個体であるeliteを更に超える、“最上位個体”だ。

 

「分かってんでしょうね、天龍、加賀」

「ああ、大丈夫だ」

「問題ないわ」

 

 叢雲が天龍と加賀に何事か確認を取る。三人の視線の先にいるのは川内だ。

 

『よし、全力で行けよみんな――――攻撃開始!!』

「―――了解!!」

 

 横島の言葉に応じ、まずは加賀が動く。弓を引き絞り、先制航空攻撃を開始する。対するヲ級達も瞬時に艦載機を放ち、苛烈なドッグファイトを展開。数の利は敵側にあるようで何機かが抜けてくる。しかし、それも夕立達の対空射撃によって撃墜され、どんどんと数を減らしていく。

 

「行くぞオラァッ!!」

 

 一先ず航空戦が終わると同時に天龍が駆ける。叢雲、夕立も続き、時雨は三人のフォローに回る。

 

「ーーーーーー、ーーーーーー。ーーーーーー、ーーーーーー」

 

 その間、川内は静かに深呼吸をしつつ海を駆けた。加賀の護衛に回り、時には天龍と同時に攻撃を仕掛け、時雨の能力を活かすために囮となる。

 一人、また一人と沈んでいく敵艦達。だが、それでもル級は未だに健在であり、生半可な攻撃ではびくともしない。()()()()()()()()()()()()()()天龍と加賀もル級には積極的に攻撃することはなく、悪戯に時間が過ぎていくこととなる。

 

「……?」

 

 そんな時、じわりと川内の視界が変わり始める。夜の海の世界に、徐々に色が付き始めたのだ。バッテリーが尽きたのかと疑問に思うが、その思考は次の瞬間には消え去ることとなる。

 

『――――川内。ようやく、()()()()()()()()だ』

「――――!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それは一部の艦娘が全ての力を発揮できる空間が構築されている証。ようやく訪れた、待望の時間の始まりである。

 

 

「――――夜戦の時間だぁっ!!」

 

 横島と川内、二人の声が重なった。

 本当の夜の海を駆ける。変化は劇的だった。視界内の光、風の匂い、空間の重さ……あらゆる要素が先程までとの違いを克明に表現してくれる。

 これが夜だ。これが夜戦だ。本当の夜戦だ!! 今の川内は自分でも理解不能な万能感に包まれている。それは現実での戦闘にも反映されているのか、ル級の攻撃は一切当たらないが、川内の攻撃は面白いように直撃する。その事実が、川内を昂らせた。

 

「……あは」

 

 その昂りは川内の背筋を震わせる。心の奥底からの熱が身体に伝わり、そして身体の奥底からの熱がじわりと理性を侵食していく。

 熱は既に全身に回り、ある部分の感覚を鋭敏にさせた。

 熱い吐息が漏れ、じんじんと、胸の先端が疼きを発した。今までにない程にその身を固くし、自己の存在を声高に主張する。衣服が擦れる度に甘い痛みを伝わらせ、それがまた新たな熱を生み出していった。

 新たに生まれた熱がぐつぐつと下腹を煮えたぎらせる。砲撃の振動が、爆発の衝撃が、戦いの音が川内の中心に響き、震わせ、叩く。今や触れれば溢れ出しそうなまでに熱い蜜を湛えた下腹部は、更なる刺激(かいかん)を求め、理性を緩めていく。

 

「やあああぁぁぁッ!!」

「アアアアァァァッ!!」

 

 川内とル級の咆哮が交錯し、互いに最後の攻撃に移る。

 川内は両手指の間全てに魚雷を挟み、ル級は己の最も信頼できる両腕の艤装を突き出して。

 互いの思考はただ相手を倒すために。しかし――――ほんの一瞬、ル級の思考が停止した。川内が手に持った魚雷を、目の前に放り投げたのだ。軽く、それこそパスをするような気軽さで。

 

 ――――それが、明暗を分けた。

 

「――――ッッッ!!?」

 

 魚雷に気を取られたル級の足下を、艤装待機状態へと移行した川内が潜り抜け、背後を取る。ル級からは川内が消えたように見えただろう。気付いた時にはもう遅く、再び艤装を展開した川内の機銃が魚雷を目掛け火を噴き、巨大な爆発を発生させた。

 

「川内!?」

「ちょっ、大丈夫っぽい!?」

 

 激しい爆炎と水煙の向こう、一つの人影が見える。大量の海水を被ったせいか、全身をずぶ濡れにして空を仰ぐ川内の姿がそこにはあった。彼女の姿を確認した皆は安堵の息を吐く。何せル級を盾にしたとは言え、あの爆発だ。最悪の想像をしてしまってもおかしくはない。

 

「……」

 

 川内は空を見つめている。全ての敵を沈めたことで夜戦空間が解かれ、青く染まった広い空を。夜戦ゴーグル(仮)がその機能を果たし、またも人工的な夜の世界に視界を染めていく中、川内は先の戦闘の余韻に浸っていた。口許がだらしなく歪んでいく。

 

 

「――――あ、はっ♡」

 

 やがて淫靡に蕩けた川内の口から、濫りがわしい吐息が漏れる。あの時、魚雷が爆発したその瞬間。ル級越しに爆圧が川内の身体を強かに打ち付けたその瞬間――――川内は、強く深い絶頂を迎えたのだ。

 全身を海水が濡らしているのも幸運と言えよう。そうでなければ、内腿を伝う蜜が紛れることはなかっただろうから。

 

「はあ、心配させやがって。しっかし、これなら俺らが余計な気を回すこともなかったか?」

「そうね。提督の指示もあったけれど、大きなお世話だったみたい」

 

 川内の様子に気付いていない天龍と加賀は横島からの指示を思い返す。

 

「川内が思いっきり暴れられるように配慮してやってくれ」

 

 それが、今回皆に与えられた命令の一つであった。夜戦禁止週間を乗り越えた川内に対する、ある意味ご褒美である。規格外の力を持つ天龍や加賀ならばル級にも危なげなく勝利できたであろうが、あえて川内に任せるように事前に言われていたのだ。

 

「おーい、ドロップも確認したしもう帰ろうぜー」

「うん、今行くー」

「今回あんまり活躍出来なかったっぽいー」

「私もねー、今回はねー」

 

 今回のドロップは全て既存の艦娘と被ってしまった。もうすることはないと、ずっと空を仰ぎ見ていた川内を促して帰路に就く。帰ったら小休止の後でまたも出撃だ。

 

「……ふふっ」

 

 川内は誰にも気付かれないように笑う。また先程の様な快感を得ることが出来るのかもしれないと、その身を期待で震わせる。

 

 

 

 ――――帰還。そこからは怒濤の勢いで連続出撃だ。天龍など戦闘好きの艦娘達で何度も編成を変更し、アイスを食べ、最中を食べ、時にはバケツの水を引っ被り、朝から夕刻までノンストップで出撃を繰り返す。

 流石の艦娘達もこの連続出撃には堪えたのか、全出撃が終わった頃には死屍累々の様相を呈していた。参加した艦娘の練度が大幅に上昇したのは幸いであるが、それでも疲労困憊は避けられない。しかしその中で一度も休んでいないはずの川内だけが常時戦意高揚状態でキラッキラでツヤッツヤのテッカテカだったのには、もはや異常を通り越して皆に「だって川内だから」と妙な納得感――あるいは諦観か――を抱かせるのには十分な光景であった。

 今回出撃した艦娘達は特別休暇が与えられ、明日以降の出撃は普段遠征に回っている艦娘達で行われる。戦闘が得意でない者達で構成されることになるが、練度を上げるに越したことはないので皆も納得済みだ。

 

 横島も川内に付き合って一度も休んでおらず、一日の業務を終えた時には呻き声をあげながら机に突っ伏した。吹雪達秘書艦から労いの言葉を掛けられたりなどで精神的に癒されもしたが、身体はそうもいかず、引きずるように自室へと戻る。

 軽くシャワーを浴びてパジャマに着替え、ベッドに寝転がる。身体は疲れ果てているというのに、理由は分からないがどうにも気が昂っているのか眠気が襲ってこない。むしろ冴え渡っていくような感覚すらあるほどだ。

 

「……静かだな」

 

 ぼうっと天井を見上げながら、ぽつりと呟く。普段ならばまだ艦娘寮から談笑の声がかすかに聞こえてきたりもする時間帯であるが、今日この日は部屋の明かりも全て消えており、誰もが寝静まっているようだ。音が無いはずなのに、その静寂さが耳に痛い。

 そのまま一時間ほどだろうか。横島が取り留めのないことを考えて眠れぬ時間を過ごしていると、不意に誰かの足音が聞こえてきた。それはやがて横島の部屋の前で止まり、控えめなノックを三回した。

 

「提督、起きてる?」

「……川内? 鍵開けるからちょっと待っててくれ」

 

 どうやら訪ねて来たのは川内だったようだ。横島はこんな時間に訪れた川内に首を傾げながらもベッドから起き上がり、ドアを開ける。ドアの前にはやはり川内が居り、申し訳なさそうにはにかんでいる。着ているのはパジャマだろう。紺色の七分袖のチュニックにショートパンツが可愛らしくも色気を孕んでいる。

 

「こんな時間にどーした? 何かあったのか?」

「いやー、あはは。ちょっとねー」

「……? まあいいや。立ち話もなんだし入ってくれ」

「うん。お邪魔しまーす」

 

 質問に答えず曖昧な言葉を返す川内を訝しみながらも、とりあえず横島は入室を促す。ちょうど眠れなかったことだし、少しばかり話し相手になってもらおうと思ったのだ。

 断わっておくが何もいかがわしいことを考えての行動ではない。やや緩んだ襟元からちらりと見える鎖骨に鼻息を荒くし、ショートパンツからすらりと伸びるフトモモに目を奪われているが、いかがわしいことなど全く考えていない。横島とはそういう漢なのだ。だからドキドキなんてしていないし妙な妄想もしていない。本当だ。

 横島はベッドに端坐位になり、川内にとりあえず椅子を勧めるが、川内は横島の前に立つ。

 

「……そんで、どうしたんだよ川内」

「うん。みんなにはちゃんと謝ったけど、提督にはまだだったなって……迷惑を掛けてすみませんでした!」

 

 突然頭を下げた川内に一瞬呆けるも、横島は苦笑を浮かべて気にしていないと言う。

 

「みんなが許したんなら俺から言うことはなんもねーって。気にするこたーねーよ」

「そうは言ってもさ、私はいっぱい夜戦出来たから鬱憤を晴らせたけど、提督はそうでもないでしょ?」

「んぐ……っ」

 

 何でもないように装う横島であったが、川内の指摘に言葉を詰まらせる。

 前述の通り、横島は川内と同じく自らに枷を掛けていた。彼は一週間という期間、鼻の下を伸ばしたことがあるとはいえ一度も煩悩を露にしたことはなく、その身の内に煮え滾るマグマの如き衝動を抑え込んでいる状態なのだ。

 自分の寝室にパジャマ姿の美少女が居るというシチュエーションに横島の煩悩が反応しない訳がなく、今もヒツジ(ヘタレ)からオオカミに変わろうとしている自分を何とか誤魔化している。――――いかがわしいことなど全く考えていないのではなかったのかって? 横島がそんな漢なわけないでしょう。

 

「だからさ、提督にお詫びしようと色々考えたんだけどね?」

「お、おう……? ――――ッ!!?」

 

 川内は喋りながら横島の手を取る。にぎにぎとその感触を確かめるように握られていたのだが……いきなり、川内は横島の手を自らの胸に押し当てた。

 

「ちょっ!? まっ、一体何を――――ほわぁっ!!?」

「……っ!」

 

 驚き、硬直する横島の手の固い感触が川内の身体をぴくりと震わせる。煩悩の化身と言える横島は指は、無意識の内に川内の胸にその身を沈めるように動く。指先から伝わってくる熱と柔らかさに、瞬時にブラを着けていないことを悟る。その事実に意識の空白が出来、次の瞬間には様々な疑問と胸の感想などが奔流となって脳内を埋め尽くすが、更なる事態によってまたも横島の思考は停止させられることになる。

 

「は、あぁ……っ」

 

 川内が裾をたくし上げ、横島の手を滑り込ませた。直接自らの胸を触らせたのである。

 まず感じたのは熱。川内の体温がじわりと掌に伝わり、次いで柔らかさを認識した。彼女の胸はそれほど大きくはなく、掌に収まる程でしかないのだが、それでも女性らしい丸みと柔らかさは帯びている。

 目の前の状況に混乱の極みと言っても良い程に脳内が荒れ狂う横島だが、手の中の胸の感触、特に柔らかさの中にある一点の固さに気が付いた時、横島の思考は一つの方向に急速に流れていった。

 

「提督の手……んっ、すごくあっついね……」

「いや、川内のチチも熱くてやーらかくて……じゃなくて何でこんなことをっ!?」

 

 吐息交じりの川内の声に脳が痺れる様な感覚を味わいつつ、同じく熱を帯びた言葉を返す横島。しかしどこか冷静な思考も存在しており、そちらが抱いた疑問が横島の理性を取り戻させた。

 

「……提督、私のっ、為に、あれだけ頑張って、くれたじゃんか。だから、少し、でも、それに報いたいっていうか……ふっ、うぅ……ん……!」

 

 所々言葉と身体を震わせ、川内はそう言った。その間にも横島の手は無意識に動いており、その胸を揉みしだいていた。気が昂り、性感が高まっていた川内は横島の拙い動きにも快感を得、更に情欲を募らせる。

 

「い、いやしかし俺は別にこーゆーことを考えてたわけじゃないし、いやそりゃこーゆーことはしたいけどこーゆーのはもっとこーりゅーを重ねてこーゆー関係を構築して――――!?」

 

 もはや横島は自分でも何を言っているのか理解していないだろう。煩悩の前に、まず戸惑いが露になっている。それは川内の感情を察知したからだ。

 以前天龍に誘われた時には彼女に“遊び”にも似た余裕があり、襲い掛かっても力で振り払ってくれるだろうと無意識に思っていた――実際には吹雪に止められたのだが――。しかし、今回は違う。川内は“本気”だ。周囲に止めてくれる者が誰もいない……それが横島を臆病にさせているのだ。

 横島は空いている手を突き出して意味不明なことを口走る。どうやら川内に制止を呼びかけているようだが、効果はない。

 

「……もー、提督のヘタレ童貞」

「ぇあっ!? ――――ぅ、お……?」

 

 それどころか横島の訳の分からない言葉に、川内が顔を真っ赤にして怒りを露にする。横島の本質を見事に言い当てた言葉に横島は泣きそうになるほどのショックを受けるが、川内はそれに関せず強硬策を取る。

 

「あむ、ん……ちゅる、く、ふ……」

「………………ッッッ!!?」

 

 川内は横島の空いている手を取り、指を口に含んだのだ。口腔内は熱く、柔らかい舌が指を這い回り、粘度の高い唾液が塗布される感触に、ぞくりとした快感が背筋を走る。時折空気と共に吸われて音が鳴り、その音が横島を興奮させていく。

 やがて指を舐めるのに満足したのか、川内は軽い吐息と共に指を口から離した。舌と指を繋ぐ橋が切れ、唾液で濡れた指が電灯の光を反射して銀に輝く。

 

「……あのね、ほら、私、こんなっ、にぃ……っ、ぃあぁ……っ!」

 

 自分の唾液で濡れた横島の指を、今度は己の局部へと導く。手に伝わるその感触に、横島の口からは戸惑いとも驚きともとれる声が漏れる。

 ――――濡れていたのだ。先程口に含まれた時と明らかに違う、しっとりとした感触。ショートパンツから溢れる蜜が指を伝い、掌に池を作る程に川内は濡れそぼっていた。驚きに手を跳ねさせ、その動きが川内の身を強く震わせる。びくびくと軽く痙攣し、尻がくい、くい、と何度も動くのを横島は凝視してしまう。

 

「ふっ、ふっ……あのね、提督」

 

 きゅっとフトモモで横島の手を圧迫し、身をくねらせながら川内は言う。

 

「……私が提督としたくなったの。だからこうしてるの……分かった?」

「……」

 

 川内の言葉に、横島は頷くしかない。その言葉に、何より川内の身体に、横島は本気を見たのだから。

 呆然と頷く横島に気を良くし、川内は少し余裕を取り戻す。彼女の視線が動き、横島のとある一点を認めた時、びくりと震えが来てしまうがしかし、それでも川内はにんまりとした笑みを浮かべた。

 

「提督も、こんなになってるんだね……うわ、でっかい……」

「ぅおあっ!?」

 

 気が抜けていた横島は川内の動きに対応することが出来なかった。川内の手は横島の足の間でその存在を主張している男の象徴を、優しく撫でる。硬く屹立したそれを撫でられる快感に横島の腰は引けてしまうが、川内はそれに構わずゆっくりと形や感触を確かめるように動き続ける。

 何の心構えもしていない時に不意に触れられたせいか、横島の性感は瞬時に高まっていき、限界もすぐそこにまで迫る。急に齎された強烈な快感に目尻に涙が浮かび、どうすることも出来ずにただ川内を上目遣いに見つめてしまう。

 横島の泣き顔が切っ掛けとなったのかは定かではないが、川内は酷く興奮した様子で横島のズボンの裾に手を伸ばし、脱がせようとする。前屈みになり、横島の尻を浮かせて裾をずり下げるが――――その態勢になったことによって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ぅえ――――」

「ん? どうかしたの、提と」

 

 “提督”と最後まで言えずに川内は膝から崩れ落ちた。()()は川内の延髄の辺りに指を当てていたことから、それで川内の意識を刈り取ったのだろう。ちょうど川内の顔が横島の下腹部に当たり、かなり危険な光景となっている。しかし、横島はそれを気にすることが出来ないでいた。目の前に、川内を気絶させた少女が居るからである。

 困ったような、申し訳なさそうな笑顔を浮かべて横島の前に立つ少女。それは時雨だった。

 

「……ごめんね、提督。本当は止めるつもりはなかったんだけど……」

 

 顔を赤く染めた時雨は頬を掻き、倒れた川内を横抱きに抱え、横島に背を向ける。

 

「あのまま提督と川内さんが……その、する、って思ったら……いつの間にか、ね」

「お、おぅ……」

 

 横島は動かず、呻きにも似た声で頷く。時雨は横島の様子に微笑むと、そのまま部屋を後にする。……と、ドアを閉める前に振り返り、恥ずかしそうにしながらもこう告げた。

 

「えっと……ボクが必要になったらいつでも言ってね。すぐに全部を受け入れるのは無理だろうけど……それでも、頑張るからね」

「え……?」

「……そ、それじゃ」

 

 言うだけ言って恥ずかしくなったのか、時雨はパタパタと小走りに掛けていった。恐らく艦娘寮に帰るのだろうが、川内はどうするつもりなのだろうか。

 

「………………」

 

 横島はそのままの体勢で一時間を過ごし、息を吐きながら徐に立ち上がると、窓を開き、海を見つめながら大きく息を吸った。

 

 

 

 

 ――――アオーーーーーーン……!! アオーーーーーーン……!!

 

 

 

 

 夜の鎮守府に、悲し気な遠吠えが響いた。

 色々と流され続けだったのは否定出来ないが、それでも横島にとって先程の一幕は千載一遇のチャンスであった。情けなくも最初から最後まで川内にリードされ続け、ずっと固まったままでいるしか出来ない姿を晒したが、サクランボ少年が大人の男にクラスチェンジする瞬間だったのだ。それがふいになった。

 昂りに昂り、高まりに高まった煩悩をどう処理すれば良いのだろう? ――――横島が取ったのは月に向かって叫ぶことであった。

 現在の横島は煩悩よりも悲しみの方が勝っていたのである。故に叫ぶ。悲しみと切なさとちょっぴりの怒りを込めて、横島は月に哀を叫び続けた――――。

 

 

 

 

「うぅるっっっさいのよアンタはーーーーーー!! 叢雲百勝脚ーーーーーー!!」

「アオオォォーーーーーー!!?」

 

 いつまでも叫び続ける横島の尻に、叢雲の強烈な跳び蹴りが突き刺さった。

 

 

 

 

第四十六話

『川内の夜戦禁止週間』

~了~

 

 

 




お疲れ様でした。

エロ系の話……ということでそっち系の描写に力を入れてみましたがいかがだったでしょうか?
一応かなりぼかしているとは思うので大丈夫だとは思いますが、もしかしたら怒られて削除することになってしまうかもしれませんが、その時はご了承ください。

……何か一つ言うことがあるとすれば、とにかく指チュパを書きたかった。

……ちなみに川内と本気で最後までヤっちゃう展開も考えたのですが、そっちだと私の悪癖が出てきてしまいそうなので没にしました。
例えば人間関係がギクシャクして男女関係で悩んだりなど。私は明るくハッピーな話が好きなんです……。

……電は暴走させすぎたかな? 『アレンジした地蔵和讃を呟きながら人を殴殺する少女』って書くと昨今のグロ系ホラー漫画の殺人鬼みたいだ。

それではまた次回。


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沖ノ島対策会議

大変お待たせいたしました。


……来年は運気が上昇しますように!!(切実)


それではまたあとがきで。


 

「えー……っと。それじゃあ、2―4攻略に向けての会議を始めようと思う」

 

 鎮守府内の会議室。そこには横島と秘書艦娘三人、そして複数人の艦娘が集っていた。

 今までの海域とは比べ物にならないと言われている海域の対策会議だ。そのためか、会議室にはピンと張りつめた空気が漂っている。

 

「あー……まず初めにだな……その……」

「へー、思ったよりも広い胸だなー。こ-いうのも着やせっていうのかな?」

 

 じり……と、数人の艦娘が横島の方へとにじり寄る。横島の額から冷汗が零れて落ちる。

 

「情報の共有と……えっと……今後の方針とか……」

「くんくん……やっぱり香水とかはつけてないんだ。んー、でもこれはこれで……」

 

 艦娘達の身体から霊力の光が揺らめく。横島の身体は震えが止まらない。

 

「えっと……あの――――主砲と機銃をこっちに向けてにじり寄って来んといてーーーーーー!!?」

「あー……小刻みな振動が……イイとこに、当たって……」

 

 遂に限界に達した横島が涙をブシャっと噴出させ、皆に懇願する。いつもの光景と言えばいつもの光景だが、今回は少し様子が違った。何せ皆が艤装を展開して横島ともう一人を包囲している形なのだから。

 そんな艦娘達を代表し、叢雲がにっこりと笑みを浮かべて一歩踏み出す。

 

「司令官――――それが遺言ってことでイイのよね……?」

「イ゛ヤ゛ー゛ー゛ー゛ー゛ー゛ー゛!゛!゛?゛」

 

 横島の懇願を、絶対零度の笑みを浮かべた叢雲が、怒りの霊力でそれはもう凶悪なまでに光り輝く主砲を向けて一言で切って捨てる。

 ここで一つ間違いを訂正しよう。会議室の空気はピンと張り詰めていたのではなく、今にも空間が歪んでしまいそうなほどの怒り――主に嫉妬の――によって、今にも爆ぜてしまいそうだったのだ。

 なぜこんなことになっているのかと言えば、それは横島……ではなく、横島の膝に座っているとある艦娘のせいである。

 彼女は川内。横島の膝の上に座り、彼の胸板に頬ずりしたり、首元に顔を埋めて匂いを堪能したり、耳を甘噛みしたり、恐怖で震える横島の身体で気持ちよくなっていたりしているのだ。

 そんな川内の羨ましい状態に一部の艦娘が激怒し、かの邪知暴虐の川内を除かねばならぬと決意したのであった。ちなみに横島が攻撃されようとしているのは単なる八つ当たりである。理不尽極まりないがこれはいつものことなので仕方がない。横島だから仕方がないとはいえ、川内を膝から下ろせば解決するのにそれをしなかったのだから。

 ――――なるほど。やはりこれは川内のせいではなく、徹頭徹尾横島のせいだったのだ。

 

「何やその理不尽な結論はー!? 弁護士を呼んでくれー!!」

「安心しなさい。裁判官も検察官も弁護士も私達が担当してあげる」

「安心できるかー!? そんなん宗教裁判みたいなもんやんけー!!」

「はいはーい! それじゃこの川内さんが提督の弁護人やったげるねー!」

「ぎりぃっ!(歯ぎしり) 川内ぃっ!!」

「話がややこしくなるからお前は黙っとれー!!」

 

 

 ――――間――――。

 

「………………疲れた」

「あはは……。お疲れ様です、司令官」

 

 横島は会議室の机に突っ伏し、吹雪が疲労困憊の横島を労う。

 ()()()以降、どうやら川内は横島と()()()()()になりたいと本気で思ったようで、隙を見ては今回のような過激なアプローチを行うようになった。天龍が苦戦する駆逐艦娘ガードが通用せず、いつの間にか横島に川内がくっついていたという驚きの光景が幾度も見られる。

 信じがたいことにそれには時雨が一枚噛んでいるらしく、一体どのような話し合いが行われたのかは不明であるが、川内は時雨に弟子入りし、時雨の気配遮断術を学んでいるようなのである。時雨の指導力もさることながら、どうも元々相性が良かったらしく、川内はメキメキと実力をつけ、遂には時雨にも迫る技術を手に入れた。

 これには川内も大はしゃぎし、「私ってその内忍者になれるかもー!?」と、たいそう喜んでいた。しかし平時は良いがまだまだ戦闘で扱うには鍛錬が足りず、そこは時雨にも注意されている。

 素晴らしい技術なのだが、もっぱら使用されるのは己の欲求……煩悩のままに。そういう点で横島との相性は良いかもしれない。

 ちなみにだが川内はそのやりたい放題っぷりを見かねた神通が引き取っていった。こうして嵐は去ったわけではあるが、まだまだ災害の火種は残っている。

 

「何か、その内提督を巡ってガチの殺し合いが始まるんじゃないかって気がしてきました」

「そうね……。もういっそのことあいつら全員司令官に面倒見てもらえばいいんじゃないの?」

「うーん、それは流石に……。いや、でもどうなんでしょうね」

 

 霞と大淀が考えられる最悪の未来を幻視し、投げやりな気持ちを抱く。あの霞がハーレムでも作ったらどうなのか、と考えるくらいなのだから、どれだけ横島と一部の艦娘達の関係に頭を痛めているかが窺えよう。

 大淀も最初は否定的であったが、それで事態が収まるのならそれもいいかと思い始めている。横島は大本営(うんえい)と仲が良いらしいし、何とかしてくださいと陳述書でも送ってやろうかと妙な考えまで過ぎり始める。

 家須(キーやん)佐多(サっちゃん)からすれば願ったり叶ったりだろう。何せこの世界は様々な思惑が絡んでいるとはいえ、横島のための世界なのだから。――――その方が面白いだろうし。

 

「……会議、始めていいかな?」

「……そうデスネー。さっきので色々と疲れちゃいマシタし、気持ちを切り替えて行きマショー! ……というわけで提督の膝の上をGET――――」

「待てコラ金剛! 少しくらい俺にも良い目見させろ!! マジでそういう機会に恵まれてねーんだよぉ!!」

「随分と必死ね。……それなら私の方がそうする権利があるのでは?」

「忠夫さんの膝の上……。男性よりは小柄とは言え私のような大女が乗っても邪魔になるだけでしょうし……いっそのこと、私が忠夫さんを膝の上に……!?」

 

 今度は金剛の言葉を皮切りに激論が交わされる。大淀も霞も「また始まった」と額に手を当て、天井を仰ぐ。もうこれ以上余計なことに時間を割きたくないというのに、いつになったら会議を始められるのか。キリがなさそうなので、二人は最終手段に訴えることとする。

 

「はいはい、そこまでにしてください」

「それ以上騒いで会議の邪魔をするなら、全員電にホームランさせるわよ」

「一振一殺なのです」

「すいまっせんでしたぁっ!!」

 

 皆は綺麗に声をそろえて頭を下げたという。

 

「……せんぱーい」

 

 誰にも聞こえぬような小さな声で、吹雪は呟く。明るく前向きで、積極的な性格もこっちの方面ではあまり作用していないようだ。だが、吹雪は少し俯いた後、よしと頷く。他の皆に負けないくらい……というのは無理かもしれないが、それでもなるべく横島とスキンシップを取っていこうと決意したのである。

 そうと決めた吹雪は強い。まずはこの会議をちゃんと進めなくてはいけないと、ふんすふんすと気合を入れ、進行に入るのであった。

 

「それでは、こちらの海域図を見てください」

 

 吹雪がプロジェクターを用い、壁に映し出したのは沖ノ島海域の海域図(マップ)だ。海域の所々にA~Pまでのアルファベットが割り振られ、それぞれ戦闘マス、非戦闘マス、資材回収マス、うずしおマス、ボスマスと記載されている。更には敵艦隊の情報や、ある程度ルートを固定する情報なども用意されていた。

 これらは猿神艦隊等他の鎮守府から得られた情報である。端末によって他鎮守府との通信が出来るようになり、情報の共有が可能となったのだ。

 

「これは……素晴らしい情報ですね」

 

 扶桑が心から感心したように呟いた。他の皆もそれに同意する。情報があるとなしとではあらゆる物ごとにおいて雲泥の差が付く。これらの情報があれば、海域の攻略もいくらかスムーズに行われるだろう。

 

「次に敵艦隊についてなのですが……全ての艦隊にeliteが存在し、flagshipも出てくるようです」

「うえー、面倒だなー」

 

 本当に面倒そうに加古が言った。深海棲艦の上位個体達は皆霊力持ち。その力に大小の差はあれど、全てが厄介な存在であるのは言うまでもない。そして、この情報にはまだ続きがあった。

 

「それで、ですね。……どうやら場所によっては、それらの上位個体が複数で艦隊を組んでいる場合もあるようなんです。flagshipが四体とかもあるみたいで」

「……マジで?」

「マジです」

 

 思わぬ情報に頬が引きつる加古の確認に、吹雪は頷いて返す。この情報には流石の艦娘達も怯んだのか、会議室にざわめきが起こる。

 

「んー……そらちょっと厳しいなぁ。最悪の場合は天龍達に頼り切りになってまうかもしれんな……」

 

 天井を仰いで龍驤が唸る。天龍、加賀、そして金剛。この三人は横島鎮守府の柱である。強大な敵が現れた場合、強大な力を持つ彼女達の力に頼るのは当然と言えた。だが、それに待ったをかける者が居る。

 

「それについてなんだけど、ちょっといいかしら?」

「どうした、叢雲?」

 

 そう、叢雲だ。叢雲は自分に集まる視線をものともせず、先程発言した龍驤、司令官である横島、そして天龍達三人を見やる。

 

「確かにeliteやflagship達は強力よ。強い奴らに対して、天龍達っていうもっと強い人達に頼るのは間違ってないと思う。……でも、それだけじゃいけないとも思うの」

「……と言うと?」

 

 叢雲の言葉に、横島は静かに問い返す。他の誰も言葉を発しない。ただ静かに叢雲の言葉に耳を傾ける。

 

「天龍も加賀も金剛も、それこそ私達が束になっても勝てないくらいには強いでしょうね。そんな人達だもの、頼ってしまうのは仕方がないと思う。……でも、それだけじゃダメ。他でもない、()()()()が強くならないと意味がないわ」

「……」

 

 横島は無言で続きを促す。その眼は何かを思案するように閉じられている。

 

「ただ頼って、任せて、それだけじゃなくて……。頼られて、任されて――――隣で戦えるようにならないとダメなんじゃないかって……私はそう思う」

「……」

「司令官……アンタはどう思ってるの?」

 

 叢雲の真剣な問いが横島を貫く。しばし沈黙を保っていた横島は大きく深呼吸をした後、ゆっくりと眼を開き、叢雲と視線を交わし――――そして、微笑んだ。

 

「――――俺は強い奴が無双して敵を片付けていってくれる方が楽で好きだな!」

「ええーーーーーーっ!!?」

「今の流れでそーゆーこと言うの!!?」

 

 横島は屈託のない笑顔でそう宣ってくれました。これには艦娘達からもブーイングの嵐である。叢雲はズシャアアアァッ! っとずっこけており、残念ながら横島にツッコミを入れることが出来なかった。

 

「……まあ、今のは一割方冗談だ」

「つまり九割方本気なんやな」

 

 龍驤の呆れたようなツッコミが入る。しかし横島はそれを気にしない。先程とはまた違った思いがこもった目で叢雲を見やる。

 

「……叢雲(おまえ)がこの場でそう言うってことは、それはお前個人の意見じゃなくて、艦娘みんなの意見なんだろ?」

「む……」

 

 図星を突かれ、叢雲は言葉に詰まる。叢雲はこの会議に出る前に、他の艦娘達と話し合った。その結果が先の言葉なのだ。戦闘が得意な者、そうでない者関係なく。全員が強くあらねばならないと決意を秘めていたのだ。

 

「俺の意見はさっき言った通りだけど……()()()()()としての意見は、また別だ」

 

 横島はにやりと笑みを浮かべ、こけた後床に座り込んでいた叢雲に手を差し伸べる。

 

「強くなりたいってんなら、戦闘でも遠征でもこき使ってやるから……覚悟しとけよ?」

「――――ふんっ、上等よ!!」

 

 望ましい命令と共に差し出された手を取り、叢雲は快活に笑って立ち上がる。艦娘のこと、そして自分のことを深く理解してくれている横島に、知らず叢雲の心臓が高鳴る。それを悟られたくなく、叢雲はすぐに手を離し、元の場所に戻る。横島の温もりが残った手を見つめ、柔らかく微笑んだ後、叢雲は横島にさっさと会議を再開するようにと悪態をつくのであった。

 

 会議室に充ちる空気は温かいものだ。先の叢雲の言葉は、当然この場の艦娘全員の言葉でもある。龍驤の言葉も仕込みであり、自分達の意見を通しやすくするための布石だったのだ。目論見通りに話は進み、龍驤は満足気に頷いてる。

 

「それでは次に、練度についてです。皆さんも既に気付いていると思いますが、どうも練度が上がりやすくなってるみたいなんです」

 

 次なる議題は練度について。これはまず大淀が気付き、そこから明石も交えて検証が行われた。ひとまずとある艦娘の練度向上(レベルアップ)の速度と自分達の知識にある練度向上の速度を比較したところ、明確な差が生じていたのだ。

 これまでの知識では、練度がある程度の高さに達するとそれからの向上には数週間から数ヶ月掛かることもざらであったはずなのだが、横島鎮守府の艦娘にその傾向はない。更に情報を求めて他の鎮守府に問い合わせたところ、各鎮守府も同様に練度向上が速いことが分かった。

 

「これにはちゃんとした理由があってな。みんなが霊力を扱えるようになったことがその理由だ」

「……えっと、どういうことです?」

 

 古鷹は戸惑うように声を上げる。彼女はまだ霊力に目覚めたばかりであり、練度向上の速度に関しての自覚は未だにない。

 

「ああ。これまでに何度か言ってるけど、霊力ってのは魂の力だ。それに目覚めると普段から強い霊力を纏って行動することになる」

 

 横島の言葉に皆は頷く。

 

「んで、霊力を纏っての行動ってのは、()()()()()()()()()()

「影響……?」

「そう。繰り返しになるが霊力は魂の力。それを纏っての行動は、魂に刻まれやすい。……そこでみんなに問題だ」

 

 皆の顔をぐるっと見回し、横島は一つの簡単な問いを投げかける。

 

「みんな……艦娘は、()()()()()()()()()()()?」

「何って、それは戦闘訓練……もしかして?」

 

 問いに答えた古鷹が、気付いたように横島を見つめる。それに頷きを返し、横島は口を開く。

 

「魂に刻まれるってことは、それだけ物覚えが良くなったり、技術が身に付きやすくなったりするんだ。……そして、それだけじゃない」

 

 柔らかな笑みを浮かべ、一人一人、ゆっくりと顔を見つめる。その真剣で温かな視線に、知らず皆の顔は赤くなっていく。

 

「霊力は魂の力。そして、それを引き出すのは感情の……思いの力だ。みんなの練度向上が速いってんなら、それはそれだけみんなが平和を取り戻そうと本気で頑張ってるってこった。――――これはきっと、凄いことだと思う」

 

 いたずら小僧の様に、大きな笑みを浮かべる横島が、何故かその場の皆には眩しく映った。

 横島の言葉、それに込められた思い。これも一種の言霊だというのだろうか、皆は()()を正確に読み取り、そして胸を打つ腹の底から湧き上がってくるような熱にある種の感動を覚えた。

 ――――誇っても良いのだ、と。自らの行いを、思いを、胸を張って誇ってよいのだと。

 

「……艦娘として、当然のことです」

「そう言えること自体凄いことじゃないっすか。俺なんか痛いのも苦しいのもヤダし、他の奴に丸投げできるなら丸投げしてーし」

 

 溢れる感情を抑えつつ、照れ隠しに何でもないことだと言った加賀に横島はそう返す。その言葉を、皆は心の中で否定する。

 艦娘達は、自分達が傷つくたびに横島が心を痛めていることを知っている。何せ胃に穴が空き、血を吐くところも見ているのだ。……そのような精神的苦痛を受けても、横島は戦いを止めず、送り出してくれ、そして司令官でい続けてくれる。

 そう。艦娘達の練度向上が速いのは平和を取り戻したいという思いもあるが、何よりも。

 仲間のため、自分のため、世界のため……理由は様々あれど、それらの他に、皆が共有する思いが一つ。

 

 ――――おバカでスケベな、私達の司令官のために。それが皆の思いである。

 

 そして横島の思いも同じと言える。ハーレムを目指して、というのもあるが、艦娘達のために共に戦っているのである。だからこそ、横島の言葉は皆の心に響いたのだ。金剛など目をハートマークにし、今にも飛び掛からんばかりに――――。

 

「テーーートクゥーーー!!」

「おあーーーーーーっ!!? ここじゃいやーーーーーー!!?」

「こ、金剛さんが司令官を押し倒した――――!?」

 

 訂正しよう。既に飛び掛かっていた。

 

 

 

 

「……まったく。油断も隙もないですね、あなたは」

「ソーリーデース……」

 

 横島へと飛び掛かった金剛は、天龍と加賀の二人がかりにより横島から引き離され、げんこつの後に正座の刑に処された。

 押し倒された横島はと言うと、金剛によって頬に無数につけられたキスマークを残念そうに拭き落としている最中である。周囲の色々な情念のこもった視線に耐えかね、渋々ながら顔を拭う。何となくではあるが、弟子の顔を思い出した横島だった。

 

「話を戻すと、練度の上昇が速いのは霊力が関係してたってとこだったな。特に問題ないようだったら次の議題に進みたいけど、大丈夫か?」

「え……っと」

「あー、霊力関係をいきなり話されても考えをまとめ辛いか。……んー、質問なんかは会議が終わった後とか後日でも構わねーし、とりあえず今は会議を進めようか。次は資材関係についてだな」

 

 咄嗟に質問が浮かばない艦娘達に配慮し、横島は会議を進めることにする。次なる議題は資材について。

 大淀達や他の司令官達が言うには、2―4……沖ノ島海域は難関であるという。ワルキューレ鎮守府やカオス鎮守府は数十回以上の出撃を重ねてようやく突破することが出来、パピリオ鎮守府でさえ攻略には十数回の出撃が必要になったほどであった。

 

「……まあ、猿神鎮守府は一発クリア、ヒャクメ鎮守府も数回であっさりと攻略出来たらしいけどな」

「何とも極端ですね」

 

 ヒャクメが挑んだ際には様子見で送った艦隊があれよあれよと言う間に海域を進んでいき、気付いた時にはボス艦隊の旗艦を沈めていたのだそうだ。猿神鎮守府の艦隊はアレである。羅針盤がちゃんと機能していたのもあるが……圧倒的な暴力が全てを解決してくれたのだ。

 

「ウチがどうなるかはまだ分からん。あっさりと攻略出来ればそれでいい。でも何回も何十回も出撃をしなければならないとなると、いまの状態じゃちょっと不安なんだよな」

「戦艦や空母の出撃が増えれば、それだけ資材を費やすということですからね」

 

 横島の言葉に大淀が相槌を打つ。加賀や赤城、金剛がばつが悪そうに視線を泳がせる。彼女達が一回の出撃で消費する資材の量は中々に多いのだ。

 

「そこで、第四艦隊の解放を狙いたい」

 

 現在横島鎮守府が運用できる艦隊は三つまで。鎮守府では四つまで艦隊を運用することが出来、横島は未だ全てを解放するに至っていない。しかしながら、これには当然条件があるのだ。

 

「第四艦隊の解放は妙高型重巡を揃えて、その後に金剛型戦艦を揃えるんだっけ?」

「そうよ。今ウチに着任してるのは那智さんと足柄さん。それに金剛の三人ね」

「妙高型重巡は建造やドロップで比較的出やすいみたいですが、金剛型戦艦はみんなレア艦ですからね。ちょっと大変ですよ」

 

 明石のレア艦と言う言葉に金剛が照れる。天龍に「照れるとこじゃねーから」とチョップをもらったが、金剛の顔はまだにやけたままだった。

 

「なので……明石、以前設けた制限は取っ払って今後は積極的に建造していこうか。あの時以来問題は何もなかったし、今は第四艦隊開放を優先ってことで」

「ん~……提督がそう言うのならそうしますか。妖精さんも問題ないって言ってましたし。建造の方針はどうします?」

「重巡も出るレア艦レシピを主軸に、時々戦艦レシピかなー。パピリオとかの話によると2―2や2―3のボスドロップで金剛型が出るらしいし、そっちで狙うのもまあ、ありっちゃありだな」

 

 第四艦隊開放の道のりは長く険しい。数十人の中から特定の艦娘をピンポイントで引き当てるなど、よほどの運がなければ上手くはいかない。扶桑が自らの言霊の力を知っていれば真っ先に名乗り出たのだろうが、彼女はその力の強大さを知らされていない。

 元々横島が懇親会にて扶桑の力をヒャクメに相談した折にいっそ封印してしまおうかと考えたのだが、斉天大聖に止められたのだ。曰く、「これも修行じゃ。お主が力のコントロール法を教えてやれ」とのこと。

 横島もかつてよりは霊能力者としての知識を増やしているが、それでもまだまだ二流三流レベル。高度な技術である言霊を教えるのは荷が重い。それを含めて修行と言うことなのだろうが、横島はこれに苦戦している。

 ひとまず横島は扶桑に言霊について自分も知識を深めるから使用は制限するようにと言い含めている。扶桑も横島を困らせるのは本意ではない。何より自分の為に頑張ってくれるという横島の言葉が嬉しすぎて、逆らうという選択肢を最初から放棄してしまっているのだ。

 今のところ、扶桑が以前の様に爆発したりマグロにスーパー頭突きされたりなどのしっぺ返しを受けたりはしていない。このまま穏便に済むことを横島は望むばかりである。

 

「……いざとなったらヒャクメかカオスのじーさんにシステムを弄ってもらえば……」

「そういうのはダメですぅ!!」

「こんのクズ!! 不正は許さないわよ!!」

 

 ぼそっと冗談とも本気とも取りづらい言葉を零す横島であった。

 

「まあ、それはともかく。あれから新たに建造されたりドロップした艦娘も多いからな。……駆逐だけで十人以上だっけ? それに比べて重巡はほとんど増えてないんだよなー」

「古鷹さんと加古さんを含めても全部で五人ですからねぇ……」

「戦艦と空母も増やしたいし……やっぱ資材がなー」

 

 戦力を増やすにも資材を増やすにも、やはり第四艦隊の解放は必須である。これから遠征も増やし、より慌ただしくなっていくことだろう。

 

「んじゃ、これからの遠征計画についてだけど――――」

 

 こうして沖ノ島対策・第四艦隊開放についての会議は数時間にわたって行われた。夕陽が差し込む廊下を歩く横島は、凝った背中を伸ばしつつ、軽く体を動かしに艦娘の訓練場(運動場)へと向かう。きっと今の時間でもブルマをはいた艦娘達が訓練をしているはずだ。期待を胸に、鼻歌交じりに外へと一歩踏み出した横島の耳に、綺麗な旋律がゆったりと流れ込んできた。

 

「この歌は……那珂ちゃん?」

 

 辺りを見回すが、見える範囲にはいない。歌の聞こえる角度からして、恐らくは鎮守府の屋上などで歌っているのだろう。

 横島は暫し那珂の歌に耳を傾けるが、普段とは違う響きに首を傾げる。

 

「……何か迷ってるような……悩んでんのかな?」

 

 今も聞こえる旋律は淀みなく流れ続けるが、そこに込められた感情は以前の物とは違っていた。

 鎮守府の屋上、夕陽を背に歌う那珂の姿は儚げな美しさがある。今の那珂は横島の推察通り迷い、悩んでいた。

 

 ――――私の初心。どうして私はアイドルになりたいんだっけ……。どうして、私は歌ってるんだっけ……?

 

 その疑問を胸に、那珂は歌い続けている。答えは歌の中にある、そう信じて旋律を奏で続けるが答えは未だに出ない。

 不意に、横島の顔が浮かぶ。声はやがて小さくなり、歌はそこで終わりを告げる。

 

「……何でだったっけ。提督なら分かるのかなぁ?」

 

 自分以外、到底知りえるはずのないその答えを。何故か那珂は横島が知っているのではないかと思ってしまう。

 その答えが見つかった時、それは那珂が新たな成長を見せる時なのだ。

 

 

 

 

第四十七話

『沖ノ島対策会議』

~了~

 

 

 

 

加古「ぐぅぐぅ」

古鷹「もう、またこんなところで昼寝して」

横島「何かいつも寝てるな、加古」

加古「いやー昼寝って気持ちいいし」

古鷹「あ、起きた。ほら、起きたなら今日の出撃を――――」

加古「ぐぅぐぅ」

古鷹「こらー!」

加古「ちょっとぐらい良ーじゃんかー。ほら、提督も一緒に寝よー?」

横島「お前なー、女の子がそーゆー無防備なカッコでそーゆーことを言うもんじゃねーぞ?」脱衣

古鷹「……とか言いつつ服を脱ぎながら加古に覆いかぶさろうとしないでください!!」信管&爆薬抜き魚雷投げ

横島「へぶぅっ!!? ……いや、本編ではけっこう真面目に仕事してたからこういうとこでガス抜きしとこうかと」

加古「そんな理由で迫られる私の身にもなってくれよ」

横島「でも加古なら何だかんだ許されそうな雰囲気があるから……」

古鷹「……っ!!」

加古「古鷹も“確かに……!”みたいな顔すんのやめて?」

 

 




お疲れ様でした。

夜戦禁止週間から川内が肉食女子と化し、その煽りを受けて横島鎮守府がえらいことになりそうです。
その内、何かが実装されるに違いない。何かが……!!

この艦これ世界では現実とは違い、駆逐艦娘は全ての海域のほとんどのマス(資材マスや渦潮マス等を除く)で入手できる設定です。
つまり粘れば1―1でも卯月とか浜風とか江風とか浜波とかがドロップするわけです。
なんて羨ましいんだ……!


沖ノ島では那珂ちゃんが主人公です。

それではまた次回。


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改造、そして建造

大変お待たせいたしました。
何というかメンタルが死んでました。今年こそは幸運が訪れてほしい……。

今回は何かかなり長いです。そして勢いしかないですね。
誰が改造されて、誰が建造されるのでしょうか……?




 

「はい、というわけでね。明日から2―4の攻略を始めようと思います。とある筋からの情報によると、正規空母を編成すると必ず渦潮マスに止まるらしくてね、その対策のために電探が必要なんですけれども――――」

「……何でそんな漫才でも始まりそうな口調なんです? しかも何か古臭い感じの」

「ふるくさ……っ!?」

 

 ちょっとしたお茶目でウケを狙ってみた横島であったが、大淀の心無いツッコミによってショックを受ける。

 

「くっ……これがジェネレーションギャップってやつか!? これだから最近の若い奴は……いや待てよ? 艦娘は元々軍艦だったんだから、むしろ大淀の方がずっとおばあ……」

「て い と く ?」

「すんませんっした」

 

 大淀から放たれる圧倒的・暴力的オーラにあっさりと屈し、横島はいつも通りに土下座を披露する。立ち上がる時にうっかり大淀の下着を覗いてしまったが、それは全くの偶然であり事故である。だから自分は悪くないのだと、赤く腫れた頬をさすりながら横島は思った。

 

「まったくもう……それより、早く持って帰りましょう」

「うーい」

 

 ここは鎮守府内の倉庫。今まで開発した主砲、魚雷、ドラム缶といった装備を保管している場所である。電探もこの倉庫内に保管されており、二人はそれを持ち出すためにここを訪れたのだ。

 電探の数は他の装備に比べて数が少ない。まずは単純な火力を高めようと主砲や魚雷、艦載機の開発を進めていたからだ。

 横島は掌に収まるサイズの電探がいくつか入った段ボール箱を見つけると、箱を開き、大淀に確認を取る。大淀は一つ頷くと持ち出し確認のバインダーにサインし、箱を持った横島を先導して倉庫を後にする。

 

「しっかし、使いまわすにしても数が少ないな、こりゃ」

「そうですね。これからも開発していかなければいけませんが、中には改造すると電探を持ってきたりする艦娘もいるんですよ?」

「マジで? ……ちなみに誰が?」

 

 横島が持つ箱の中にある電探は全部で四つ。使いまわすにしても整備もしなければならないし、故障して破棄せざるを得なくなることもあるだろう。

 大淀から告げられた情報に食いつく横島だが、何となく嫌な予感がする。

 

「島風ちゃんと雪風ちゃんです」

「あー……まだウチにいない艦娘か。しかも二人ともレア艦じゃなかったっけ?」

「レア艦ですよ」

「やっぱりかー……そうそう上手くはいかないってことか」

 

 がっくりと項垂れる横島の姿に、大淀は悪戯が成功したかのような、にんまりとした笑みを浮かべる。実は横島鎮守府には、改造することで電探を持ってきてくれる艦娘がいるのだ。

 

「ふふ、大丈夫ですよ。ウチにも一人、持ってきてくれる人がいます」

「それは……?」

 

 横島はごくりと唾を飲みこむ。

 

「五十鈴さんです」

 

 

 

 

 

「というわけで、改造の時間です」

「何が!? 突然呼び出していきなり何なの!?」

 

 執務室に呼び出され、入室した途端に訳の分からないことを言われた五十鈴はついつい声を荒げてしまう。ここで大淀が間に入り、五十鈴を落ち着かせ、理由を説明。現状を理解してもらうことに成功した。

 

「……なるほど。それで改造するってわけね」

「そーゆーこと。五十鈴も充分に改造できる練度みたいだし、戦力アップにも繋がるからな。他にも改造できる子は資材の許す限り改造していく予定だ」

 

 横島鎮守府はこれまで改造を行ってこなかった。横島は「練度向上と近代化改修で十分な戦闘力を得られるから」と言い訳しているが、実際は調子に乗って改造をし過ぎて資源を枯渇させてしまうのが怖い(トラウマ)のと、「何か難しそう」というどうしようもない考えが本当の理由だったりする。

 しかし今回他の鎮守府から齎された情報によってそんなことを言っている場合ではないとようやく気付き、皆に改造を施すことを決めたのだ。

 

「ふーん……。でもそれって電探ありきなんでしょ? 私の電探だけが目的なのね」

 

 今まで全然改造を施さなかったのに、急に改造をすると言われ、しかも理由がこれだ。五十鈴が不機嫌になるのも仕方がないだろう。大淀も何も言い返せない。しかし、横島は違った。

 

「何言ってんだ五十鈴。確かに電探は必要だ。それが欲しいからお前を改造するって言うのも……間違いじゃない」

「……」

「でも、だからってそれでお前を放っておくわけじゃない。改造した後も――――戦闘に遠征に、これまで通りにこき使っていく」

「――――それなら、まあ……いっか!」

「うんうん」

 

 艦娘は人間の性質と同時に軍艦の性質も持ち合わせている。故に「お前をこき使うよ」という言葉は、艦娘にとって嬉しい言葉だったりするのだ。(もちろん個人差は存在します)

 

「いやー、それにしても改造かぁ。どんなふうにパワーアップするんだろーね?」

「ん。それはきっと、髪の毛が金色になって逆立つ」

「私はサ〇ヤ人じゃないの」

 

 改造について妄想を働かせるのはわざわざ執務室にまでだらけに来た望月と初雪。彼女達が想像する五十鈴・改の姿は少々特殊なもののようだ。

 横島は三人の話を聞き流し、端末を操作して改造の準備を整える。ドックを使用するのかと思っていたが、端末をポチポチするだけで改造が出来るのは横島には少々残念だった。やはり彼も男の子、ロマンを捨てることは出来ない。

 

「そんじゃあ改造始めるぞー?」

「あ、うん。お願いします」

 

 画面の“改造”をタッチし、資材が投入される。そして五十鈴は光に包まれた。

 

「おお!?」

「うわっ、まぶしっ」

 

 五十鈴の身体を包む光は徐々に収まり、やがて消える。五十鈴は静かに佇んでおり、自らの変化を確かめるように艤装や制服を見やるが、特に変化らしい変化は見られなかった。

 

「あれー?」

「もしかして失敗でしょうか?」

 

 改造されたというのに変化が分からない五十鈴と大淀は首を傾げる。明石を呼んだ方が良いのだろうかと横島に振り向くと、そこには目を丸くして驚いている横島と、そんな彼にしがみついている初雪と望月の姿があった。

 

「……すげーな、ここまで変わると思ってなかった。これが改造か……」

「ん……、ん」

「うえー、身体がびりびりするー」

 

 横島の呟き、そして初雪達二人の様子に目を見合わせる五十鈴達。どういうことかと尋ねると、横島はゆっくりと頷いて説明を始める。

 

「いや、改造した瞬間から五十鈴に内在する霊力がぐんと膨れ上がったんだ。正確にどのくらいかって聞かれると困るけど、多分倍近いと思う」

「そんなに!?」

 

 想像を超えていたパワーアップに目が飛び出んばかりに驚いた。ただ改造をしただけで倍近い強化とは、恐ろしい。

 

「……でも、猿神鎮守府の長門さんがあれだけデタラメだったんだ。不思議ではないと思うよ。ボクも改造してほしいな」

「確かにねー。私も改造出来るはずだし、ついでに改造してくんない?」

「ああ、時雨も川内も練度は充分――――ふおぉっ!?」

 

 横島の身体が驚愕に跳ねる。ここにいないはずの二人がいつの間にか自分と腕を絡めていたのだから仕方がない。時雨と川内の忍者(?)師弟が、横島の美少女センサーを軽く突破。そして甘えるように身を寄せ、上目遣いで見つめてくる。

 

「あああああ、二人の控えめな胸の感触があああああああ……!!」

「控えめは余計だと思うんだけど!?」

「そうだよ! 少なくともボクは川内より大きいよ!」

「時雨!?」

 

 最近の白露型は成長著しく、横島も思わず鼻の下が伸びてしまうこともしばしば。夕立などは気軽にくっついてくるため、横島の煩悩も燃え上がってしまい、抑え込むのが難しくなってきた程だ。

 突然の師匠の裏切りに傷心した川内はソファーでふて寝を開始。流石に失言が過ぎたと時雨は横島から離れ、川内に謝罪をするが、そう簡単に機嫌は直らないようで。

 とりあえず時雨と川内の改造は後日に回された。

 

「……それにしても、霊力がそんなに上がったんなら、こう……『信じられんほどのすさまじい力が……!!』とか、なったりしないの?」

「ええ……?」

「そうそう、もっとこう、『私は今究極のパワーを手に入れたのよーーーーーー!! うははははーーーーーーっ!!!!!』とか言って、海域に出撃して深海戦艦をちぎっては投げちぎっては投げ……」

「私はナ〇ック星人でもないの」

 

 五十鈴は初雪達の台詞に頭を抱えたくなった。

 

「ていうか元ネタが分かるなんて、けっこう詳しいんだね」

「ん。意外……」

「あー……」

 

 自分達が振ったとある漫画のネタをきちんと返してくれる五十鈴に二人が俄かにキラキラし始める。二人ともかの漫画・アニメの大ファンなのだ。

 

「長良が好きなのよ。特にベ〇ータとピッ〇ロのファンで、時々フィギュアを買ったりしてるみたい」

「おお、これまた意外」

「ん。……これは是非、語り合わねば……!!」

 

 意外なファンの登場に遂に二人はキラキラ状態となった。暇を見つけて語り合おうと今から計画を立てるようで、二人は珍しい程元気に執務室を後にする。

 執務室にはいじける川内とそれを慰める時雨、そして何となく話をし辛い雰囲気に流されるだけになった横島達が所在なさげに佇んでいる。

 

「あー……そういえば、どうして初雪達は自分でも分からなかった私の変化に気付けたの?」

「確かに気になりますね」

 

 気まずさを払拭しようと五十鈴が口に出した話題は、大淀も気になっていたこともあり、横島も乗ることにする。

 

「ほら、あの二人は川内の件で弱ってたろ? あの二人は霊的な感覚が鋭いから、目の前でいきなり強い霊力が発生したから驚いたんだよ。……これは暁が遠征行ってて良かったのかもな」

「な、なるほど」

「ま、お前ら二人とも感知に関してはからっきしだからな。制御はそこそこ出来るのに」

「う……っ」

 

 横島の何気ない言葉に五十鈴たちはばつが悪くなる。もちろん責めているわけではないのだが、二人もそのことを自覚しているため、あまり聞きたくない話である。

 川内も川内で触れられたくない話が出てきたことにより小さなお胸を押さえて「ふぐぅっ」と呻き声を上げるが、それは時雨に変な目で見られるだけで済んだ。当然嬉しくはない。

 

「さて、話を戻すが――――改造はこれで終了。霊力も一気に強くなったわけだが……どうだ? 制御の方は問題あったりするか?」

「え、ちょ、ちょっと待って」

 

 今まで脱線が過ぎたが、本題は改造についてである。横島に指摘され、五十鈴は全身に霊力を行き渡らせたり艤装を展開して感覚を確かめ、細かな操作を行う。数分ほど色々と試し、五十鈴は一つ頷いた。

 

「なんか、不思議と今までと感覚は変わらないみたい。攻撃力とかは訓練とかで確かめないと分からないけど、それ以外なら今までと同様に扱える……かしら」

「……そうか」

 

 五十鈴の言葉に横島は暫し考えに耽る。霊力が一気に増大したというのに、それを今まで同様に扱えるものだろうか? そう考えた横島は自分が龍神の装具を身に着けた時やアシュタロスをコピーした時、同期合体した時のことを思い出し、「あ、何だ。だったらいけるじゃん」と楽観的にも程がある答えを導き出した。

 龍神の装具の時はともかく、アシュタロスをコピーした時はアシュタロスの経験がフィードバックされていたし、同期合体の時は美神が霊力の制御を担当していたのだから、今回のケースとはまた別である。

 

「んー……ま、それならいいか。とりあえず五十鈴にはしばらく訓練とかで様子を見てもらうか。言ってくれれば監督すっから。……次に改造するなら誰が良いと思う?」

 

 五十鈴のことは心配だが、それでも横島は彼女の言葉を信じることにした。なまじ優秀な霊能力者であるのが功を奏したと言えるのか、結論から言えば大丈夫なように“調整されている”。要は霊感に従っただけだ。

 ちなみに後日このことを美神に話した際、説教を喰らったのは別のお話。

 

「そうですね。大井さんはいかがでしょうか? 彼女は改造することで艦種が軽巡洋艦から重雷装巡洋艦となり、甲標的という装備を積めば先制雷撃が出来るようになります」

「おお……!! 何かよく分からんが強そうだ……!! っつーことは、同じ球磨型の球磨と多摩もその……重雷装? だっけ? その艦種になるのか?」

「いえ、残念ですが球磨型で重雷装巡洋艦に改装されるのは北上さんと大井さんの二人だけですね」

「そうか……」

 

 そうそう旨い話はないもので、横島は少々気落ちする。とはいえ、霊力の向上だけでも戦力は劇的に向上していると言える。ゆっくりでもいい、急がずとも確実に強くなっていけばいいのだ。

 

「んじゃ、他の子は誰にする? 五十鈴の改造は問題なく済んだし、何人か一気にやっちまおうと思うんだが……」

 

 横島の提案に大淀は考えを巡らせる。限りある資源。改造に掛かる資材も少なくない。なるべく資材を消費せずに戦力の大幅な向上を狙える艦娘と言えば――――。

 

「霞ちゃんはどうでしょうか。彼女ならば必ず提督のお役に立ちますよ」

「え、霞? でも霞は戦闘班じゃなくて遠征班だし、秘書艦で第三艦隊の指揮も執ってるし……」

霞ちゃんはどうでしょうか。彼女ならば必ず提督のお役に立ちますよ

「いや、だから……」

霞ちゃんはどうでしょうか。彼女ならば必ず提督のお役に立ちますよ

「………………はい」

 

 とにかく圧が凄かった。いつの間にか部屋の隅にまで追い詰められた横島は眼鏡を光らせた大淀に屈するほかなかったのだ。

 それからしばらく話し合い、改造する艦娘達が決定した。

 

「んじゃ、改造するのは駆逐は霞、叢雲、不知火、電、朧、曙。軽巡が龍田、長良、由良、神通、那珂ちゃん。軽空母は龍驤。正規空母は赤城さん。重巡と戦艦、潜水艦は無し。……これでいいな?」

「はい。少々物足りませんが、万が一ということもありますし一度に全員はやめておいた方がよいでしょう。霊力の扱いに関しても五十鈴さんが特別ということも考えられます」

「大丈夫だと思うんだけどなー」

「念のためですよ」

 

 改造する艦娘の中に天龍、加賀、金剛の名前がないのには一応の理由がある。彼女達は“二色持ち”という特異な艦娘であり、その性質から彼女達の霊力は莫大だ。彼女達の改造はヒャクメや斉天大聖など、何かあっても対処が可能な者を呼んでからになるだろう。どちらがより危険かは言うまでもないが、その気配りを他の艦娘達にも見せてやってほしいものである。

 

「ボクたちは?」

「ダメです」

 

 時雨と川内の進言は却下された。仕方ないね。

 

「ここじゃ狭いし、とりあえず工廠の方に行こうか? 確か倉庫に甲標的が何個かあったはずだし、それの確認も兼ねて何人か呼び出そう。今空いてるのは大井に不知火と龍田、龍驤、赤城さんだったな」

「はい。他の子達は出撃と遠征中ですので、まずはその五人から改造しちゃいましょう。ついでに建造任務もこなしちゃいましょうか」

「私はどうする? ついて行った方がいい?」

「いや、五十鈴は自由にしてくれて構わねーぜ。初雪達とベジ〇タについて語り合っててもいいし」

「了解。巻き込まれないように気を付けるわね」

 

 五十鈴達三人を残し、横島と大淀は執務室を後にする。機密らしい機密がないとはいえ、一艦隊の司令官としては危機感が薄い。もしここに霞がいればお説教が始まったに違いない。

 

「提督達行っちゃったね」

「んー……」

「あなたたちはこれからどうするの?」

 

 溜め息交じりの時雨の言葉に川内は生返事し、五十鈴は手持無沙汰になってしまったので他の二人の予定を確認する。もし何か面白そうなことをするのであれば、便乗させてもらう腹積もりである。

 

「……家探し、かな」

「ちょ」

「提督ならこの執務室にもえっちな本を隠してそうだよね」

 

 可能性は否めないが、果たして秘書艦三人がいるのにえっちな本を読めるだろうか。もし見つかってしまえば、霞などは烈火のごとく怒りだしそうである。

 

「提督の好みの女の子はどんな感じかな?」

「そりゃ胸の大きい……胸の、大きい……」

 

 川内は己の胸を見、言葉に詰まる。次に時雨の胸、そして五十鈴の胸へと視線を動かしていく。俯き、身体がプルプルと震える。

 

「せ、川内……?」

「――――――ッ!!」

 

 恐る恐る出した五十鈴のその声が引き金となったのか、川内はがばっと顔を上げる。

 

「私にもそのおっぱいを分けてよーーーーーー!!」

「無茶言うなぁっ!?」

 

 本気の泣き顔で五十鈴に飛び掛かる川内であった。

 

 

 

 

 

 場所は変わり、工廠。横島の前には数人の艦娘が整列している。赤城、龍驤、大井、龍田、不知火だ。

 

「赤城以下五名、揃いました」

「ん。悪かったな、急に呼び出して」

「いえ、問題ありません。それで、一体何を……?」

 

 艦娘を代表し、赤城が横島と話す。赤城達は横島から説明を受け、それぞれが期待に胸を膨らませる。

 

「改造……。こ、この不知火、司令の期待に全力で応えてみせます」

「んっふっふー。この鎮守府の縁の下の力持ちが誰なんか、よう分かっとるみたいやねー」

「ふふ、加賀さんではありませんが、これは気分が高揚しますね」

 

 不知火、龍驤、赤城の三人は喜びを露にする。龍驤や赤城はごく普通に喜んでいるだけなのだが、不知火は少し様子がおかしかった。珍しく誰かに出し抜かれたりなどせず、横島から直接選ばれたのが嬉しかったのだろう。いずれ全員がそうなるとはいえ、最初期段階で選出されるというのは嬉しいものである。

 さて、残る二人なのだが、大井は少々難しい顔で悩み、龍田は申し訳なさそうな笑顔をしている。

 

「あれ、もしかして嫌だったか?」

 

 改造することで性能が大きく変化する艦娘も存在する。前述したように大井がそれなのだが、そういった事情が関係しているのかもしれないと横島は思う。しかし、実際はそうではなかった。

 

「嫌ってことはないんだけど……。わがままであるのはわかってるんだけどね? どうせなら天龍ちゃんと一緒のタイミングが良いなぁーって……」

 

 そう言って龍田は横島から視線を逸らす。わがままであると自覚はしているので、両手の指先を合わせたりともじもじしている。他の皆からは生暖かい目で見られたりして、縮こまっていく姿は中々に可愛らしいギャップを感じさせる。

 

「んー……まあ、龍田がそれでいいならこっちも無理にとは言わねーけど」

「ほ……っ」

 

 横島は「天龍には黙っておくか」と考えて龍田のお願いを容認する。何だかんだと天龍に今回の話が伝わってしまうだろうが、その時はその時だ。

 

「……大井さんも北上さんが着任してからにしますか?」

 

 未だ悩む大井に大淀が確認を取る。それを受けた大井は結論が出たのか、伏せていた顔を上げ、口を開く。

 

「……いえ、それも考えましたけど、やっぱり改造してもらうことにします」

 

 大井は改造してもらうことにしたようだ。

 

「龍田さんの様に一緒のタイミングでっていうのも良いんですけど……練度が高くて改造もバッチリされてて、作戦などで大活躍している私の姿を見せて、着任したての北上さんに頼られたり甘えられたりしたいんです……!!」

 

 そう語る大井の瞳は、とても綺麗に澱んでいた。とはいえ、その願望は可愛いものである。誰だって好意を持つ相手に頼られたりはしたいだろう。

 

「分かる。すごくよく分かる」

「分かってくれますか提督!」

 

 承認欲求が強い横島は大井の言葉に共感した。がっちりと手を取り合い、見つめ合う姿はまるで恋人のようである。しかし二人の間にそのような感情は今のところ発生しておらず、妙に距離が近い友人のような関係で落ち着いていた。

 

「んじゃ、早速改造してみるか」

「それじゃあみんな、艤装を展開して一列に並んでねー」

 

 いつの間にそこにいたのか、明石が皆を誘導し、列を作って距離を取らせると、どこから持ってきたのか様々な機材を用意し、意気揚々とセッティングを始める。折角の機会だと色々データを取る気らしい。

 そして始まる改造。まずは不知火からだ。身体が光って数秒、つつがなく改造は終了し、不知火はパワーアップを果たした。

 

「これが……改造、ですか」

 

 自らの内に漲るかつてないパワーに不知火は気分が高まってくる。霊力の感触を確かめるように手をゆっくりと握り締める。

 

「うおお……霊力が膨れ上がっとる」

「凄まじいものがありますね……あの長門さんの強さにも納得がいきます」

 

 思っていた以上の強化に、赤城は時雨と同じように猿神鎮守府の長門を思い浮かべる。しかし、彼女の場合は世界の理を超えての強化であり、一つ次元が違う強化であるので実際には更に遥か上だ。

 

「なるほどなるほどー……じゃあ、次は赤城さんと龍驤さんお願いします!」

 

 機材と繋がっているパソコンのモニターを眺め、何かのデータを打ち込んでいる明石が続きを促す。横島も一つ頷き、端末を操作して二人を順次改造した。

 二人から放たれる光は先の不知火に負けるものではなく、強く輝いている。光が収まったそこには、以前よりも遥かに力強い生体発光(オーラ)を湛えた二人が立っていた。

 

「うっは……! これは凄いな! 今なら何でも出来そうな気ぃする!」

「確かに、これは……!」

 

 赤城、龍驤共に力が溢れる高揚感からか、頬に赤みがさしている。当然それは不知火も同様であり、血色の良くなった三人(主に赤城)に横島は鼻の下を伸ばす。

 

「いいですよいいですよー! 今までにないデータが取れてます! 身体の隅々まで精密検査したいなー!」

 

 三人とは別の意味で昂っているのは明石である。鼻息荒くマッドな笑い声をあげているので、今の彼女の周囲には妖精さんすら近寄らない。

 強化に喜ぶ三人に自分も嬉しくなる横島だが、ちょっとだけ残念なことがあった。

 

「しっかし、せっかくの改造なんだからもっと見た目も派手に変わればいいのにな。水着になるとかブルマになるとか」

「いや、流石にそれはないやろ」

 

 横島の妄言に龍驤が突っ込む。しかし、この場の誰も気付いていないが、確かな変化は存在するのである。誰かの性癖にぶっ刺さる、とんでもない変化が。

 そう、その変化は龍驤に起こっている。その変化とは――――。

 

 

 

 ただのミニスカートから、吊りスカートに変化しているのだ――――!!

 

 

 

 だから何だとは言わないでほしい。“龍驤が吊りスカートをしている”。それがぶっ刺さる人にはぶっ刺さるのだ。

 

「それじゃ、最後に大井さんですね!」

「大井さんは……いえ。改造をどうぞ、提督」

「んー? ……まあいいや。いくぞー」

「お願いします」

 

 最後に残った大井を改造する前に、大淀が何か含みのありそうな態度を取る。横島もそれが気になったが特にこだわることもなく、端末を操作する。

 

「……ん? これは……」

 

 大井から放たれる光は今までの誰よりも強く、更に横島が感じる霊力の上昇も凄まじい。天龍達には劣るが、それでも扶桑と同等、あるいは凌駕するほどにまで高まっている。

 光が収まり、そこに立っていた大井の姿は一変していた。長袖になり、深緑へと色が変わった制服。両脚のふとももとふくらはぎ、左腕に装着された魚雷発射管。今までとは違う、力強さとロマンを兼ね備えた姿であった。

 

「おほー! これは凄い!! 最高のデータです!!」

「どんなデータなのか気になりますが……聞くのはなんか怖いですね」

 

 狂喜する明石に一体どのようなデータが取れているのか疑問に思う赤城であったが、それの中身を知るのは何故か恐怖心を煽られた。艦娘といえど、否、艦娘だからこそマッドな技術者は怖いのである。

 

「これが、改造された私……!! これなら北上さんも私を頼ってくれるかも! どうですか、提督!」

「………………」

「え……?」

 

 艤装、そして霊力の強化具合に感情が昂り、興奮した様子で横島に向き直る大井。しかし、当の横島は難しい顔で大井を見つめている。そのいっそ異様な雰囲気は皆に不安を抱かせるに充分であった。

 

「あ、あの。どうかしたんですか、提督……?」

 

 恐る恐るといった調子で横島に問いかける大井。横島は顔を伏せ、手で覆い、絞り出すかのように一言呟く。

 

「――――露出が減った……」

 

 皆はずっこけた。

 

「露出って……長袖になっただけやんか!」

「バカモン! フトモモとふくらはぎも隠れてるだろーが!!」

「そこ重要なんですか!?」

「俺にはとっても重要なの!!」

「流石司令。男らしさの塊です。代わりと言っては何ですが、不知火のふとももを愛でてみるというのはどうでしょうか?」

「不知火いいいぃぃぃ!! もっと自分のふとももを大事にせぇ!!」

「うーん、困った提督だねぇ」

 

 予想外のセクハラ発言にその場の皆はちょっとした混乱に見舞われた。男の子としての横島は大量の魚雷にむき出しの発射管など、ロマンをくすぐられる艤装に心ときめいているが、男としての横島は健康的なエロスを秘めていた大井の制服が変化して露出が減ったことで落ち込んでしまった。これでは男と言うよりはただのスケベオヤジである。

 

「ま、まあ冗談はともかく、すげえパワーアップには違いない。せめてノースリーブかへそ出しとかが良かったけど、今の制服も似合ってるし」

「“せめて”の要求が高すぎません?」

 

 大井は頬を赤らめつつジト目で横島を睨み、少し距離を取る。一定以上の年齢層へのセクハラは見てきたが、矛先が自分に向いたのは初めてであるため少々戸惑っているのだ。不思議と嫌悪感は少ないが、流石にセクハラをされて喜ぶ特殊な趣味はない。

 

「とりあえずこれで改造は終了だ。みんなには訓練とかで身体能力や霊力の制御について確認をしてもらうことになるけど、俺の手が空いてる時なら監督するから、その時は遠慮なく言ってくれ」

「はーい」

 

 取り繕ったように真面目な話しをする横島に皆の視線は冷たいが、横島はそれをスルー。女性に冷たい視線を向けられるのは日常茶飯事なのだ。だから彼の目から熱い液体など流れ出てはいない。

 

「それじゃ、早速私は今取れたデータを纏めてきますので! お疲れ様でーす!」

「お疲れさーん」

 

 そして明石は周りを気にすることなど一切なく、奥の小部屋へと引っ込んでいった。ドクターカオスとマリアに出会って以来、色々と影響されたのか部屋に籠って何かを制作しているらしい。横島はそれが事件を引き起こしはしないか戦々恐々の毎日である。

 

「それじゃあ建造に入りましょうか」

「そうだな。みんなは自由にしていいぞー」

「はーい」

 

 横島の言葉を皮切りに、皆は思い思いに動き始める。

 

「龍驤さん、この新たな力……ちょっと試してみませんか?」

「いいよ。ほんじゃ訓練場に行こか」

「司令、出来れば後で訓練を見てもらいたいのですが……」

「あ、私も不安なのでお願いします」

「あいよー。とりあえず建造が終わってからな」

「それじゃあ、みんなで待ってようねぇ」

 

 艦娘達はひとまず二グループに分かれるようだ。霊力の上昇に高揚している者と、不安を抱く者。二つの違いは霊力の制御に対する自信である。元より赤城は霊力を用いて矢を艦載機に、龍驤は式鬼を艦載機に変換していたので熟練度が違う。不知火や大井は特殊な艤装のないオーソドックスな艦娘と言える。

 

「それで、レシピはどうするのぉ? 重巡が出るのが良いんだよねぇ?」

「んー……レア艦レシピ二回、戦艦レシピ一回かなー。改造ってけっこう資材を食うし、あんまり重いのもな」

「りょうかーい」

 

 龍田は横島の指示通りにまずレア艦レシピを回す。建造時間は共に1:30:00。見事に重巡洋艦を引き当てた。

 

「うおおおおお!!?」

「司令、まだです! まだ妙高型と決まったわけではありません!」

「高速建造材の使用許可を!」

「高速建造材、使用承認!!」

「了解! 高速建造材、プログラム・ドラァーイブッ!!」

「……何でみんなこんなテンション高いのぉ?」

 

 皆がノリノリで熱血し、妖精さんが「よっしゃあっ!!」と火炎放射器をぶっ放すさまを見て、龍田は一人取り残される。何とも言えない疎外感だが、染まってしまうのもちょっとヤだなぁと思いつつ、それはそれでちょっと寂しい龍田であった。

 まず一つ目のドックが開く。そこから現れたのは黒いショートヘアー、臙脂色のセーラー服に半ズボン。ボーイッシュな雰囲気の少女が柔らかな笑顔を浮かべている。

 

「ボクが最上さ」

「ボクっ娘JKキターーーーーー!!」

「ちょっ、お、落ち着いてください提督!?」

 

 新たな艦娘も当然美少女だったので横島の煩悩が炸裂した。幸い最上はスカートではなかったので無事だったが、他の皆はスカートだったために思い切り翻ってしまう。とりあえず龍田が薙刀を横島の頭に叩き込んだので煩悩は沈静化した。適度に血が抜けたので暴走の心配も少なくなるだろう。

 

「あ、あの……大丈夫かい?」

「ああ、大丈夫大丈夫! 僕司令官の横島忠夫! よろしくー!」

「う、うん。よろしくね、提督」

 

 横島の勢いには面食らったようだが、特に何の問題もなく横島を受け入れている。話を聞くと、どうやら独特なノリの人物には耐性があるらしく、横島のことも元気な男の人くらいにしか思っていないらしい。中々将来有望な娘さんである。

 

「ボクと一緒にもう一人建造したんでしょ? 誰が来るのかなぁ」

「よし! 高速建造材、使用承認!」

「了解! 高速建造材、セーフティーディバイス、リリーブッ!!」

「みんなテンション高いね」

「お恥ずかしいところを見せちゃって……」

 

 天丼気味であるが熱血な皆について行けない龍田と最上。先程と同じく「よっしゃあっ!!」と火炎放射器をぶっ放す妖精さんを見て、ボクもこんな風に生まれたんだなぁ、という感想を抱く最上はどこか天然な気配を醸し出している。

 そうして二番目のドックから出てきたのは黒い長髪をツインテールにし、白い襟で深緑の制服を着たやや小柄な美少女。自信に充ち溢れた笑みを浮かべ、胸を張ったその立ち姿から気丈な性格であることを推測させる。

 

「吾輩が利根である」

「吾輩……だと……!?」

「司令、あれが“のじゃロリ”ってやつです!」

「のじゃロリ……ロリ……? 利根さんってロリですかね?」

 

 特徴的な口調でやや幼い容姿の利根に、不知火は彼女をのじゃロリというカテゴリーに当てはめる。しかし見た感じ少々幼い風貌であると言うだけで、駆逐艦娘達の様に本当に幼いわけではないため、大井がその分類分けに疑問を呈する。いずれにしろ本人を前にしてよい議論ではない。

 

「な、なんじゃこいつら……」

「やあ、ボクも着任したばかりなんだ。よろしくね」

「ん? うむ、よろしく頼むぞ。……ところで筑摩はおらんのか? 筑摩ー?」

「どうだろうね? 妖精さん、何か知らないかな?」

 

 最上と利根。同じタイミングで生まれた二人は挨拶を交わすと、利根の妹である筑摩と言う艦娘について妖精さんに尋ねる。しかし返ってきた答えは「まだいないよー」であり、利根は大きく落ち込んでしまうのであった。

 

「何か悪いな。うちで一番多いのは駆逐艦なんだ。今は海域攻略のために戦力の拡充を狙ってんだけど、なかなか上手くいかなくてな」

「なるほど、そういうことじゃったか。ならば仕方あるまい。筑摩が着任するのをゆっくりと待たせてもらうか」

「最上型もボクだけかー。戦艦は? 扶桑さんと金剛さんだけ? そっかー」

 

 場の空気も良い感じに落ち着き、次はお待ちかねの戦艦レシピで建造だ。最も来てほしいのは金剛型(金剛を除く)の誰かだ。第四艦隊の解放が近付いてくる。もし他の戦艦でも大火力艦が増えるのは素直に嬉しい。

 たとえ戦艦でなかったとしても、このレシピは重巡が出る確率も高い。その場合は妙高型(那智と足柄以外)が望ましい。これも第四艦隊開放に必要だからだが、いっそのこと利根の妹である筑摩や、最上型の誰かでも構わない。重巡の力は横島鎮守府に必要なものである。それにあの二人も美少女なのだ。その妹ならば美少女に違いない。

 横島はヨコシマな希望的観測を以って美少女の建造を始める。何というか何とも言えない不思議な表現だ。

 

 ――――結果、4:00:00。戦艦である。

 

「お、おおおおあああ!? うわあああああああああああぁぁぁっ!!!???」

「き、キタ!? キタコレ!!?」

「お、おちおちおちち落ち着いて下さい。落ち着いて素数を数えるんです。3.14159265358979323……」

「それ素数じゃなくて円周率!」

 

 願望が叶いそうになる現実を前に、皆が何故か正気を失った。横島は叫び、不知火は他の艦娘が乗り移ったかのような言葉を叫び、大淀は円周率を唱えて大井が突っ込む。そしてそれを見つめることしか出来ない龍田と利根と最上。

 横島は逸る気持ちを抑え、高速建造材を使用しようとする。しかし指が震え、上手く狙いが付けられない。上手く感情をコントロール出来ない横島の手に、小さな手が重ねられた。手袋をつけたその手。不知火のものだ。

 

「不知火……」

「大丈夫です、司令。怯えることはないはずです」

 

 また一人、また一人と手を重ねていく。大淀が、大井が、ゆっくりとその手を重ね、横島へと視線を送る。全幅の信頼が籠った、熱く優しい瞳が横島に向けられている。

 

「信じましょう、提督」

「提督なら、きっと望む結果を得られるはずです」

「お前達……!!」

 

 横島は自分の手に重ねられた手を見やり、一瞬目を伏せ、再びキッと端末を見据える。その眼にはもう怯えも怯みも、不安すらなかった。

 

「俺は一人じゃない……俺達は、一つだああああぁぁぁ!!!」

 

 そうして、ついに高速建造材が使用された。

 

「……なんじゃこれ」

「ここの人達は建造の度にあんな感じになるの?」

「違うの……違うのぉ……!!」

 

 利根と最上の冷めた目が龍田の心にとっても痛い。龍田は今にも泣きだしかねないほどに顔を真っ赤にし、両手で顔を隠してしゃがみ込んでしまった。

 

「さあ来い!!」

 

 何だか触れるもの皆光に変えてしまいそうな火炎放射を受けたドックが開く。そこから現れるシルエット――――それは、とある艦娘に酷似していた。

 明るい茶色のショートヘアー。太い帯を締め、チェック柄のスカートをはいているが……()()()()()()()()()()

 

「金剛お姉さ――――」

「YEAAAAAAAAAAAAAAAH!!!」

「ひえええぇっ!!?」

 

 ドックから出てきた女性の言葉を、歓声がかき消した。待望の戦艦。待望の金剛型! 第四艦隊開放に一歩近付いたのだ。横島が大粒の涙を流し、不知火が横島に抱き着き、大淀と大井が抱き合って喜びを分かち合っている。利根と最上はよく分からないがとりあえず拍手をして祝っている。龍田は恥ずかしさの限界を超えたのか、既にこの場にはいなかった。トラウマにならなければいいが。

 

「な、何なんですかぁッ!? わ、私はイエ―じゃなくて比叡ですよぉっ!」

 

 金剛型高速戦艦二番艦“比叡”。それが彼女だ。着任した瞬間に強烈なお出迎えに会い、涙目となっている。両手を振ってぷんすかと怒りを表している姿は外見の年齢からは少々幼さが過ぎるが、どこかそれが似合う雰囲気を放つ美女である。

 

「わりーわりー。金剛型の子が来てくれたのが嬉しくってさー」

「そ、そうなの……? えっと、君は……?」

「おっと、忘れてた。俺はこの鎮守府の司令官やってる横島忠夫だ。よろしく」

「しれ……!? し、失礼しました! 金剛お姉様の妹分、比叡です!! 気合い入れて頑張りますので、よろしくお願いします!!」

 

 比叡のどことなく幼げな雰囲気からか、自分より年上に見える比叡にもフランクな口調で横島は話しかける。比叡はそんな横島に怪訝な表情を浮かべるが、相手が鎮守府のトップだと知ると態度を一変。見事な敬礼を以って横島に名を告げる。

 握手を交わす二人。珍しく煩悩が噴き出ないのは、比叡の雰囲気がどこか馴染みのある雰囲気だったためだろうか。横島は頭の中で無邪気にじゃれついてくる弟子の姿を思い浮かべる。目の前の比叡が、何故か重なって見えるのだ。

 

「金剛の妹分かー。んじゃあ鎮守府の案内は金剛に任せるか」

「お姉様は着任されてるんですか!?」

「おう、いるぜー。ウチの最高戦力の一人だ。今は……休憩中だっけか。大淀、放送で呼び出してくれるか?」

「はい。少々お待ちください」

 

 横島は大淀に頼んで金剛を呼び出してもらう。工廠から放送室まで行かなければならないので数分は掛かるだろう。なので、雑談の時間だ。

 

「今艦娘寮は……」

「ふむ、基本は二人部屋……」

「へー、艦種はあまり関係ないんだ……」

 

 不知火と大井が現在の艦娘寮のルールなどを軽く教える。部屋数はかなり多いので希望があれば個室も用意出来なくはないのだが、何故か個室を望むものは一人も出てきていない。そしてこれも今のところ希望者は出ていないが、了解が取れれば同居メンバーの変更も可能である。(姉妹艦で固まりたいという要望が出た時のため)

 

「司令司令、金剛お姉様と同室になりたいですー」

「比叡さんは本当に金剛さんが好きなんですね」

「そりゃもう!」

 

 比叡がキラキラとした様子で要望を伝えると、彼女の様子にシンパシーを覚えた大井が微笑ましそうに感想を述べる。そうして横島鎮守府の金剛がいかに活躍しているかの話が始まり、霊力という力についても簡単な説明がなされた。

 

「うむむ、面妖な……」

「でも凄いね。ちゃんと習得出来ればかなりのパワーアップに繋がるはずだよ」

「……お姉様が最高戦力の一人と言うことはつまり?」

「ええ、金剛さんは鎮守府最大の霊力を持っていますよ」

「おおお! 流石お姉様!!」

 

 自らの予測が当たり、比叡は大喜びだ。憧れのお姉様が鎮守府でも最強であると分かり、より尊敬の念を強くする。今後は金剛から霊力の扱い方を学び、いずれは金剛の相棒になるという目標が出来た――――のであるが、しかし。ここで、一つ騒動の種がまかれてしまう。

 

「そういえば金剛さんと言えば着任時にも驚かされましたね。不知火は直接見ていないのですが、司令に対してディープなキスを――――やべぇ」

 

 気付いた時にはもう遅い。比叡の反応が楽しくて得意気に話していた不知火だが、ついうっかり余計なことまで話してしまった。これは完全に不知火の落ち度である。しかしいずれは知られることであろうし、早いか遅いかの違いでしかないので、むしろ今知ることが出来たのは幸運なのではないだろうか? やはり不知火に落ち度などないのです。分かりましたね、司令?

 

「しーれーいー……?」

「ぅぉぅ……」

 

 ぐりんと首を曲げて見つめて(にらんで)くる比叡に、横島は小さく悲鳴を上げる。何とも不気味な光景だ。

 

「いくら……いくら司令と言えど私は認めませんよー! お姉様は私のお姉様なんですからー!!」

「んなこと言われても……!」

 

 むきーとヒステリックに怒る比叡の姿は、彼女の人柄故かどこか可愛らしい。そんな空気ではないのに横島はちょっとだけ和んでしまったほどだ。

 逆に利根と最上は不知火や大井に横島と金剛の仲について根掘り葉掘り聞きだそうと頑張っている。頑張っているが……横島を中心とした中々に複雑な人間関係に昼ドラの内容を聞いたような心境になってくる。

 

 

「……比叡。お前は少し勘違いをしているようだ」

「な、なんですかそれは……?」

 

 腕をぐるぐる回してポカスカと叩いてくる比叡の手を掴み、横島は無駄にシリアスな顔で彼女の間違いを正そうと語り掛ける。

 

「俺はこの鎮守府の司令官。つまりはここのトップだ」

「……そうですね」

「ということは? この鎮守府に着任した艦娘はみんな俺の部下になる。――――つまり! この鎮守府の艦娘はみんなまとめて俺のものだったんだよ!!」

「な、何だってーーーーーー!!?」

 

 横島の自信と願望と煩悩に充ち溢れた妄言に、比叡は背後に雷鳴を迸らせてショックを受ける。大井はまた始まったと呆れる程度で済んでいるが、着任したばかりの利根と最上は戸惑うばかりだ。

 

「な、何という堂々としたハーレム発言……!! 逆に男らしい……!! 吾輩が提督の物かはともかく、その豪胆さは気に入ったぞ!!」

「うーん、男性にそういうことを言われたのは初めてだね。でもいきなりはちょっとね。もっと交流を重ねてからじゃないと……」

「意外と順応してる……」

 

 ちなみに不知火は「俺のもの」発言に照れて顔を赤らめて俯いている。

 

「み、みんなまとめてって……!!」

 

 比叡はよほどショックだったのか、ヨロヨロと後ずさる。いきなりお前も俺のもの発言をされたのだから無理はあるまい。比叡は方々に視線を彷徨わせ、両手の指を絡めながら横島に問うた。

 

「みんなってことは……わ、私も……私も、司令のもの……ってこと、なんでしょうか……」

「――――おや?」

 

 頬を赤らめてちらちらと横島の顔色を窺うような仕草をする比叡に、横島は戸惑う。横島の思考は加速する。そうして出した結論は。

 

「――――そうだ!!」

「――――!?」

 

 とりあえず煩悩に任せて肯定することであった。

 わなわなと身体を震わせる比叡。今、彼女の中で渦巻く感情は、暴れだす思考はどんな答えを導くのであろう。

 

「……だ、ダメですよそんなの! 私にはお姉様がいるんですから!!」

「二人まとめて俺のもの!!」

 

 金剛をダシにしての回避は出来そうにない。横島の回答が色んな意味で無敵すぎて会話が出来ないのである。どうするか、どうすればいいのか。

 

「~~~~~~っ!! 分かりました! いいでしょう!」

「えぁっ!? い、いいのか!? 大丈夫か!? ちゃんとよく考えたほうがいいぞ!!?」

「何で司令がそんなに驚いてんですかっ!? それに、何も無条件に受け入れるわけじゃありません!!」

 

 加速する思考で考えに考えて、出した結論はどうやら条件付きで受け入れるということらしい。では、その条件とはいったい何なのか。

 

「先程の話からするに、お姉様は司令にゾッコンなんでしょう。それは……まあ、いいでしょう。ええ、受け止めますとも……!!」

「血涙流しながら言われても……」

「何か提督みたいですね」

 

 苦虫を何十匹も噛み潰したような顔で血涙を流しながら、比叡は金剛の想いを尊重する。いつも自分が流してる血涙を他人が流している姿はどこか横島にとっては新鮮であり、また思った以上に怖いビジュアルだったので、今後は流さないように気を付けようと誓う。

 

「ただ、私を自分のものとしたいなら……私を、司令にメロメロにして見せてください!!」

「め、メロメロ!?」

 

 それが比叡の条件だった。自分が欲しいなら、自分を惚れさせてみろ。至極真っ当な要求ではないだろうか。それが出来なければ、この話はなかったことに。

 

「そうです! 私を惚れさせることが出来るか! それとも出来ないか! 勝負です!!」

「おおーーーーーー!!」

 

 ビシッ! と横島に指を突きつける比叡。周囲の皆は比叡の気迫に感心し、何か面白いことが始まったと拍手喝采である。

 横島は疑問符を大量に浮かべたような表情をしていたが、やがて不敵な笑みを浮かべ比叡の指に己の指を合わせる。

 

「つまりこれは――――己を賭けた、恋のバトル!!」

「はい!! ――――恋も! 戦いも!! 司令には負けません!!」

 

 バックに炎を背負い、二人の勝負は唐突に始まった。……と言っても、何か特別なことが起きるわけではない。二人は日々を普通に過ごし、普通に親交を深めていく。()()()がどうなるのかは定かではないが、決して悪い未来が訪れることはないだろう。

 横島も比叡も、勝負と言いながら勝負をする気はなく。ただ自然に、続いていく日々の先にある答えを待てばいいのだから。

 

「hmm……どういう状況なんデス?」

「えーっと……さぁ?」

 

 ようやく到着した大淀と金剛は変に温まった空気に困った表情を浮かべるのであった。

 

 

 

 

第四十八話

『改造、そして建造』

~了~

 

 

 

 

夜、長良の部屋にて

 

長良「最近司令官を見ると、何か胸がドキドキしちゃうんだよねー」

名取「え、えぇっ!?」

望月「おっほ! 何か切っ掛けがあったりすんの?」

長良「えーっとね……」ほわんほわんほわんながら~

 

横島『く……くそったれ……!! い……いつも……いつも銀ちゃんは俺の先を行きやがる……!! 頭にくるぜ……!! 顔が良くて性格が良くて歌って踊れて好感度ナンバーワン俳優の幼馴染なんてよ……!!』

 

長良「……って泣きながら“踊るゴーストスイーパー”を見てた時かな」

初雪「んん……私も、ちょっと胸キュン……」

望月「私もだよ……」

名取「え? えっ? ええ……っ!?」(ベジー〇を知らない)




お疲れ様でした。

今回大淀さんが「球磨型で重雷装巡洋艦に改装されるのは北上さんと大井さんの二人だけ」と言っていますが、これは木曾が重雷装巡洋艦になるのが“改”ではなく“改二”だからです。
煩悩日和の設定では改二になったのは前世を含めても猿神鎮守府の長門だけですので、木曾改二の情報を知りえない為です。ご了承ください。

龍驤の吊りスカートは……正直私はピンと来ないんですけども、クリスマスのサンタ龍驤は刺さりましたねぇ……。
まさかノーパン白タイツとは……しかも中破したらあんなことになるなんて……!!


それではまた次回。


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夢への疑問

大変お待たせいたしました。

なめろう美味しい。(すごくどうでもいい)

今回も建造で人が増えます。だが出番は増えるのかな?(クズ)


 

 ここ最近、同じ夢ばかりを見る。

 自分がまだ(ふね)だった頃の記憶だろうか、多くの軍人達の夢だ。

 皆、歌っている。大きな声で歌っている。

 そうだ。これだ。だから、私は歌が――――。

 

 

 

 

 

 遂に始まった2―4“沖ノ島海域”の攻略。

 横島鎮守府は新たな艦娘の建造、古参の艦娘の改造、装備の開発など、様々な強化を実行し、戦いに臨んでいる。しかし、攻略は順調とは言い難かった。

 沖ノ島海域の深海棲艦の艦隊には必ず一体は強力な霊力持ちであるeliteが編成されている。場所によってはそれが複数編成されており、更にはeliteを超えるflagshipが。挙句の果てにはそのflagshipが四体も編成されている場所も存在する。

 横島鎮守府の艦隊は彼女らに苦戦を強いられている。情報は掴んでいたためそう簡単に勝てるとは思っていなかったが、実際に戦ってみるとその強さがよく分かる。既に出撃回数は十五回を超えていた。

 

「うわあああーーーーーー!!?」

「涼風ぇっ!!」

 

 旗艦を務めていた涼風が重巡リ級eliteの砲撃に吹き飛ばされ、大破となる。ここは未だ一つ目のマスであり、海域の入り口部分だ。

 その後今回の戦闘は何とか勝利を掴むことは出来たが、旗艦大破により帰投することが決定。艦隊は鎮守府に戻ることになる。

 

「悪い、涼風。俺のフォローが遅れちまって……」

「何言ってんだよ、天龍の姉御。あたいが砲撃を避けらんなかったのがそもそもの原因なんだ。……みんな、ごめん。あたいのせいで鎮守府にとんぼ返りすることになっちまって……」

 

 涼風は海上を進みながら艦隊の皆に向き直り、頭を下げる。今回の編成は軽巡一人に駆逐が五人。こうすることでルートを固定し、戦闘回数をなるべく減らしてボスマスへと向かう予定であった。

 涼風と天龍以外のメンバーは初春、弥生、若葉、陽炎。全員が攻撃力・走力に秀でた、攻撃的な人選である。

 

「まあ仕方ないって。こんなこともあるよ」

「そうじゃな。それにあのリ級、仲間を囮にしたりと中々に悪知恵が働くようじゃったしの」

「生きて帰ることが出来るんだ。次は勝てばいい」

 

 いつも元気な涼風が落ち込んでいるのを見て、皆は優しく声を掛ける。そこに、霞が通信で割り込んできた。

 

『謝るのは私の方よ。ごめんなさい、みんな。私の指示が遅れたせいで……』

 

 今回指示を出していたのは横島の秘書艦である霞。彼女は第三艦隊の指揮官にあたる存在でもあり、艦隊の指揮を執っていたのだ。

 普段は大淀が率いる第二艦隊と共に遠征が主な任務となる第三艦隊であるが、横島の負担を少しでも減じる為に大淀と霞が沖ノ島攻略の指揮も行うことにしたのだ。

 今までも海域に出撃したことがあったので基本的な指揮は問題ないが、横島の指揮と比べると防御に重点を置く傾向が強く、今回の艦隊メンバーとはそもそもの相性が悪く、リズムを崩されてしまったようだ。

 霞の課題は艦娘達の性格・戦闘スタイルへの対応力と言ったところか。ちなみにだが大淀は攻撃一辺倒な指示を出すことが多い。横からアドバイスをする分には冷静にバランスの良い提案を出せるが、いざ自分が指揮をするとなると意外と脳みそ筋肉なゴリ押し戦術を好むようだ。

 

「ま、すぐそっちに帰っからよ。何か温かいもんでも飲みながら反省会しよーぜ」

『……そうね。甘いココアでも用意しておくわ。みんな、気を付けて帰ってきてね』

「あいよ!」

 

 この場は上手く天龍が纏め、第三艦隊は帰路を急ぐ。霞の淹れるココアは美味しいのだ。この一杯があるから戦えるのである。

 

 

 

 

 

「んー……最後の一回もレア艦レシピでいこうか」

 

 頭に三段ほどのたんこぶを乗せた横島が妖精さんに指示を出した。

 ここは工廠、建造ドック。既に三回ほど建造を終わらせており、次で建造任務が完了する。

 新たに建造されたのは軽空母“祥鳳”、“鳳翔”、潜水艦“伊8”と、珍しく連続で新たな艦娘が着任した。美女が二人、美少女が一人。彼女達が建造されるたびに煩悩を滾らせ、その度に今回のお目付け役(おてつだい)の夕立に信管爆薬抜き酸素魚雷で脳天を割られてきたのだ。

 夕立曰く「提督さんが暴走したら叩いて治せって叢雲に頼まれたっぽい!」とのこと。横島が頭をカチ割られるたびに新人さん達の目から光が消えていっているが、これはしょうがない犠牲なのだ。祥鳳は個性的な方ですねとどこかずれた感想を持ち、鳳翔は冷汗をかいて引きつった笑顔で「あらあら」と呟き、伊8――はっちゃん――は既に意識を失くしているぞ。

 

「さーて、最後は……お?」

 

 最後の建造時間は1:25:00。重巡洋艦だ。

 

「これは……来たか!?」

「提督さんどうしよう? 高速建造材使うっぽい?」

 

 横島に尋ねる夕立はそわそわと動いており、高速建造材を使いたいと全身で表していた。どうやら火炎放射器の迫力にはまってしまったらしい。そんな様子に横島は仕方ないなと使用の許可を出した。

 

「ふふーん。だから提督さん好きー」

 

 うきうきとした様子で端末を操作する夕立。横島はこんなことでそんなことを言われても、と呆れ気味だが、夕立の本心は夕立にしか分からない。火炎放射器から放たれる轟音に、夕立は何事かを呟く。それは誰の耳にも入らないように発した、秘密の言葉だ。

 やがて炎が途絶え、妖精さんがやり切った顔で退散する。ドックが開いた先に浮かぶシルエットは、カードではなく艦娘の物だった。

 

「よっ! アタシ、摩耶ってんだ。よろしくな!」

「こちらこそよろしくー!!」

「うおぅっ!?」

 

 建造されたのは高雄型重巡洋艦三番艦“摩耶”。

 ドックから出た瞬間に男に手を握られ、驚きの声が出てしまう。しかも次の瞬間には夕立が横島の頭に魚雷を叩き込むのだからたまったものではない。

 

「もー、全然懲りないんだからー」

「お、おい……大丈夫なのか、そいつ……?」

「もーまんたいっぽい!」

 

 いきなりバイオレンスなところを見てしまったせいか、摩耶は胸を押さえながら夕立に問いかける。夕立は問題ないと言うが、到底信じられる光景ではない。

 

「大丈夫大丈夫。こんくらいいつものことだからな」

「ああ、そうなのか……ってぇ!!?」

 

 気が付けば先程脳天に魚雷を叩き込まれた男が自分の肩に手を回し、さわやか(笑)に話しかけてきていた。おかげで摩耶は身体が一瞬跳ねる程に驚いた。

 もはやそういった類の妖怪なのではないのかと疑いたくなる光景であるが、残念ながら横島は純粋な人間である。

 横島はまた魚雷で殴られるのを避けるため、すぐに摩耶の肩から手を離し、ちゃんと正面から向き合って名を名乗る。

 

「俺はこの鎮守府の司令官の横島。改めてよろしく!」

「お、おう……アタシは摩耶。よろしく」

 

 横島に応える摩耶は驚き疲れたのか、建造直後の覇気が感じられなくなっていた。未だ心臓が跳ねまわって血流が加速しているのか、やや身体全体が赤くなっている。

 

「ん。それじゃ、この後は夕立が鎮守府を案内してくれるから、ついて行ってくれ。一通り回ったら最後に執務室に来てくれ。そこで諸々の説明をすっから」

「あ、ああ。了解」

「んじゃ、夕立。みんなを任せたぞー」

「ぽーい!」

 

 元気よく返事をする夕立の頭を撫でる。嬉しそうにする夕立の姿に、思っていたよりも良い司令官なのかも? といった考えが鳳翔やはっちゃんの脳裏を過ぎる。脳の働きが鈍っている証拠だ。

 それじゃあ出発、となったところで、摩耶が恥ずかしそうに待ったをかける。

 

「あ、悪い。先にトイレ行っていいか? ちょっと頭を冷やしてーんだけど」

「分かった。それじゃあ俺が案内して」

「いい加減にするっぽい」

 

 横島は床に沈み、摩耶は夕立が案内した。

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 バシャバシャと顔を洗い、ハンカチで顔を拭う。じっと鏡を見つめ、震える両手に目を落とす。

 

 ――――お、お、お、男に手、手ぇ握られて……!! し、しかも、肩を抱かれた……!!?

 

 摩耶は鏡に映る真っ赤に染まった顔を、両手で押さえて隠す。脳裏に浮かぶのは先程の光景。手を握られ、肩を抱かれ、耳元で囁かれる(誇張)自分の姿。心の中でキャーキャーと叫び、身体がぐねぐねと動いてしまう。

 どうやらこの摩耶は男に対して免疫がなく、恥ずかしがり屋らしい。もしかしたらいわゆる古典的少女漫画的な乙女思考も有しているかもしれない。

 摩耶は再び顔に冷水をかける。無理にでも心を落ち着けないと、このまま何十分でもジタバタしてしまいそうだ。

 

「……ふう」

 

 結局五分ほどかけ、摩耶は夕立達の下へと戻ってきた。皆からは「怒るのは分かるけど許してあげよう」「彼も悪気があったわけではないと思います」「……大丈夫!」「本当はいい人っぽい」と、説得を受けた。

 摩耶に対するイメージから、怒りを鎮めに行ったと思われたようだ。摩耶としては複雑な気持ちになるが、本当の理由を知られるよりはマシと思い直し、そのままにすることにした。

 

「……いや、別に気にしてねーよ。重要なのは指揮能力だしな」

 

 ついつい見栄を張ってしまう摩耶なのであった。

 

 

 

「hmm……比叡が焼いたクッキーは美味しいネー。紅茶にも良く合いマース」

「どうやらお料理が得意な比叡さんだったようですね。いえ、お菓子作りと料理はまた別物でしょうか……?」

「えへへー、照れますねー」

 

 談話室でお茶会をしているのは金剛、加賀、そして比叡の三人だ。金剛と加賀が食べているのは比叡お手製のクッキー。素朴だが素材の旨味が引き出された、中々の一品だ。種類もたくさんあり、どれも美味しそうに見える。

 

「まだまだたくさんありますから、どんどん食べてくださいね、お姉様! 加賀さんもどうぞ!」

「ありがとネー」

「いただきます」

 

 ほのぼのとした空気の中、さくさくとクッキーを食べる三人。今回のお茶会が当初『私を惚れさせてみろとはどういうことだワレ』という査問会だったことを知る者は少ない。

 と、変化に乏しいながらも非常に美味しそうにクッキーを食べていた加賀が、眉どころか顔面のあらゆるパーツを思いきり顰めるという人前に晒すのはどうかと思う表情をし、咀嚼もぴったりと止まる。

 

「……ど、どうしました?」

 

 突然の加賀の顔芸に驚き、恐る恐る何があったのかを尋ねる金剛。加賀はその問いかけをスルーし、比叡に重要なことを問う。

 

「……比叡さん、このクッキー……味見はしたんですか?」

「あっ」

 

 その問いの内容に、金剛は何かを察したかのような声を上げた。

 加賀が手に持つクッキー。一見普通の物の様に見えるが、よく見ると何やらマーブル模様になっていた。それぞれの層ごとに味が違い、その一つ一つが微妙に混ざったり混ざらなかったりしてえもいわれぬ味を生み出しているのだ。

 

「その、そんなにデスかー……?」

「決して不味くはないのですが、何というか全てにおいて強烈な違和感があるというか……」

 

 やはり言葉にするのは難しい味だったようだ。

 加賀に問われた比叡は少しショックを受けたような様子で、慌てて返答する。

 

「味見って……ちゃんとしましたよ! お姉様方に食べてもらうんですから、ちゃんと私も食べて美味しいと思ったものを持って来たんですよー!」

「ah、ソッチだったかー」

 

 そう。この比叡、料理は上手く、味音痴でもない。ないのだが……単純に、『美味しい』と感じる領域が無駄に広すぎるのだ。彼女に掛かれば間宮や伊良湖の料理はもちろん、メシマズ属性のカオス鎮守府の比叡の料理すら「ちょっと変わってるけど充分美味しい」という感想を抱く、厄介な味覚の持ち主なのだ。

 それって味音痴なのでは? 加賀は訝しんだ。

 

「……でも、お二人の口には合わないみたいですね。これは私が処分します……」

 

 しょんぼりと落ち込んだ様子でマーブル模様のクッキーを回収していく比叡。金剛はそんな比叡の手をそっと止める。

 

「お姉様?」

「妹にそんな顔をさせたとあっては、お姉ちゃんの沽券に関わりマース! ここはこの金剛お姉様に任せナサーイ!」

「ええ!? で、でも……」

 

 戸惑う比叡をよそに、金剛は意を決してマーブルクッキーを一つ口に放り込む。

 

「ぬぐぅ……っ!?」

「うわぁ」

「お、お姉様ー!!? 無理は止めてくださいよー!!」

 

 乙女にあるまじき重低音を響かせる金剛。やはり金剛を以ってしても辛いものがあるのか、若干身体が震えている。比叡もそんな金剛を止めようとするが、当の本人に手で制されてしまう。

 

「ふ、ふふ……。覚えておきなさい比叡。人生には絶対に避けてはならない戦いというものがあるのヨ……!!」

「それ絶対に今じゃないですよお姉様!!」

「私はこれを全部食べて――――そのご褒美に提督に膝枕してもらったり頭を撫でてもらったりするんデース!!」

「私のクッキーをダシにしないでくださいよーーーーーー!!?」

「その手があった……!!」

「加賀さんまでぇ!?」

 

 この後、金剛と加賀は味覚に合わない物を無理に食べ過ぎたせいで体調を崩して横島に叱られ、比叡は横島に慰められました。

 

「ひえぇ~……」

「あー、もう。泣くなって。これからどれがダメでどれが大丈夫なのか調べていきゃいーだろ? 俺も手伝ってやっから」

「ううぅ。司令~、ありがとうございます~」

 

 

 

 一日の仕事を終え、横島は自分の部屋でゲームをしながら考え事に耽る。

 まず第一に海域のこと。難関だとは聞いていたが、これは思った以上に手こずりそうだということ。

 次は建造やドロップについて。金剛型に妙高型。どちらも半分ずつ着任してくれたのだが、残りが揃うのにどれだけの時間が掛かるのか。

 それから新たに着任した艦娘達の適正について。戦闘班と遠征班に分かれて任務に当たってもらっているのだが、中には戦闘が苦手なのに戦闘班に入りたがる子も存在する。

 基本的には本人の希望優先なので、戦闘班の誰かの下で訓練を積み、まずは簡単な海域を周回してもらうことになる。スケジュールの調整なども行わなければならないので、管理が大変だ。

 

「……お、レベルが上がった。次でようやく89か。じわれ覚えんの遅いんだよなー」

 

 ちなみに横島がプレイしているゲームは明石の酒保でゲーム機と一緒に購入したものだ。明石曰く一番思い入れのあるゲームらしい。ナンバリングでは大体中間辺りだが、一番嵌ったのがこれなのだという。

 

「周回で金も貯まったし、別荘の家具を――――ん?」

 

 やり込み要素の一つを埋めようとしたところ、ドアが控えめにノックされた。横島はゲームを一時中断し、お客を部屋へと招き入れる。

 

「失礼しまーす」

「おう、こんな時間にどうしたんだ、那珂ちゃん?」

「あの、ちょっと相談があって……」

 

 訪ねて来たのは那珂であった。いつもの笑顔はなく、何か悩んでいるような、どこか落ち込んでいるかのような表情だ。

 横島は那珂の様子から真剣な相談なのだと察し、気持ちを切り替える。

 那珂を椅子に座らせ、横島は話を促す。

 

「えっとね、最近よく同じ夢を見るんだ」

「夢?」

「うん」

 

 那珂が最近よく見るようになった夢。それは艦の時の記憶なのだという。

 その夢の中では多くの軍人が居り、皆歌を歌っていた。

 眼に涙を溜め、震える身体を押さえ、恐怖に怯える心を誤魔化すため――――彼らは歌っていた。

 

「それでね、気付いたっていうか……思い出しちゃったっていうか」

「……うん」

「私……歌のこと、嫌いだったんだ」

 

 それは那珂の根幹に関わる矛盾。

 

「それで、分からなくなったの。何で歌を好きになったのか、何でアイドルになりたくなったのか。……全然、思い出せなくなっちゃったの」

 

 小さな声でそう話す那珂は、いつもよりもずっと小さく見えた。

 最近思い悩んでいることに横島は気付いていたが、その悩みは思っていたよりも重いものだったようだ。

 

 

 

 

第四十九話

『夢への疑問』

~了~

 

 

 

 

金剛「て、ていとくぅ~……」

加賀「ううぅ……てい、とく……」

横島「まったくお前らは本当にもう……ぐふふ」お腹なでなで

不知火「……っ!」ぴこーん!

磯波「……っ!」ぴこーん!

響「……っ!」ぴこーん!

黒潮「不知火、ステイや。ステイステーイ」

白雪「磯波ちゃん、キャラ変わった?」

暁「比叡さんに失礼でしょ。無茶なことして気を引こうとしなくても響は充分可愛いんだから」




お疲れ様でした。

那珂ちゃんの悩みは解消されるのかな……?

横島がやってたゲームはポケモンのプラチナ。
時代考証……? いえ、知らない子ですね。

摩耶さんの性格のモチーフはながされて藍蘭島のりんです。
「なんか見た目似てるなぁ。この二人」と思ったので……(個人の感想です)
ただまあ別物になっちゃいましたけど。

それではまた次回。


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悩み多き日々

大変お待たせいたしました。
なんやかんやあって、四月の休日は二日しかありませんでした。
そんなこんなあって今回も短いですねー。

……最初は短いのを投稿していくとか言ってたのに、いつの間にか長くなってたんだよなぁ。




 

「……うーん」

 

 ――――歌が嫌いだった、か。

 

 那珂の言葉に、横島は顎に手をやって唸る。

 続く話の内容から、那珂が()()()()()()()()()()()()、そしてアイドルに憧れた理由についても想像は付く。単なる憶測ではあるが、間違ってはいないだろう。

 ちらりと見やった那珂は、随分と落ち込んだ表情を浮かべ、俯き加減に横島の言葉を待っている。相談に来た時点で分かっていたことだが、どうやら那珂は己の本当の想いに気付けていないようだ。

 

 ――――那珂ちゃんも俺と同じで目先のことに囚われがちだからなー。

 

 横島は思わず天を仰ぐ。横島が身じろぎする度に那珂は少し反応を返す。どうも怯えているようにも見えて、どことなく居心地が悪い。

 ここでそのままずばり答えることも出来るが、事は那珂の夢……もっと言えば、存在意義(レゾンデートル)に関わってくることだ。

 こういう場合、答えは自分の手で見つけさせた方がより良い結果を齎すはずだ。そうすれば那珂は更なる成長を得て、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ――――決して間違ってたら恥ずかしいとか、格好悪いだとか、せっかく上げた好感度が下がってしまうとか、そんなことは少ししか考えていない。きっと、少しだけなら許容範囲だ。

 

「……何となく、那珂ちゃんが求める答えは分かる」

「ほんと……っ!?」

 

 やっと口を開き、そして自らが望んでいた答えを持っているという横島の言葉に、那珂はずいと身を乗り出す。やはり横島に相談を持ち掛けたのは間違いではなかった。流石は私の提督(コーチ)だ! と、那珂は気分が高揚してくる。

 しかし、次の横島の言葉で、那珂の表情は再び曇ることになる。

 

「でも、この答えは那珂ちゃんが自分で見つけなきゃ意味がない。……そういう類のものだ」

「え……」

 

 期待していただけに落胆は大きい。真剣な顔で真っ直ぐに自分の目を見つめてくる横島に心がときめかないでもないが、流石に今の雰囲気でそういった気分は盛り上がらず、那珂はまた俯いてしまう。

 

「……まぁ、ここで終わったら相談に乗った意味がないし、多少の助言はするけどな」

「ええ……?」

 

 人の気分を下げたり上げたり、中々忙しい男だ。

 横島は拙いながらも那珂にヒントを与える。那珂は納得していない様子ではあったが、一先ずその助言を受け、自分で色々と考えることにしたようだ。

 ぺこりと頭を下げ、那珂は退室する。その儚く寂しげな後ろ姿に横島はちょっと煩悩を刺激されてしまうが、溜め息を吐いて窓の外を見つめる。

 

「んー、あんな感じで良かったのか……。美神さんや小竜姫様ならなんて言うかな」

 

 自らの師匠達を思い浮かべ、横島は嘆息する。

 美神は普段の言動から誤解されがちだが、ああ見えて面倒見はいいし、スパッと悩みを解決してしまいそうだ。

 小竜姫は永きを生きる竜神にして武神、そして仏門の徒でもある。きっと自分以上に上手く那珂を導いていけるはずだ……と、横島は考える。

 確かに横島の考えることは間違ってはいない。しかし、美神はある程度以上仲を深めなければ他人の手助けを(ほとんど)しない女性であるし、小竜姫は上級神族であることもあってか人間の精神や感情といった部分を軽視しがちであるので、あまりこういった相談事には向かないタイプである。

 

「案外ヒャクメとかが適任だったりしてなー」

 

 あっはっは、と横島は笑う。その態度から分かるように横島も本気で言っているわけではないが、前者二人と比べればヒャクメの方が余程適任であるというのは言うまでもない。……まあ、ふざけず茶化さず真面目にすれば、の話であるが。

 それにしても同じく師匠の一人であるのに欠片も思い出されなかった斉天大聖や、美神の師匠であり身内で屈指の人格者である唐巣神父の名前が出てこない辺り、流石は横島であると言ったところか。

 二日後にようやく二度目の演習が行われるというのに、薄情な男である。

 

 随分と期間が空いてしまったが、これにはちゃんとした理由が存在する。

 演習と言えば、横島鎮守府でも大量の経験値を得られる絶好の機会だ。どうやらある程度以上霊力を扱えるようになった艦娘同士の戦いでは、獲得出来る経験値の量が大幅に上昇するらしく、以前の演習で戦闘に参加した艦娘達の練度が一気に上がっていたのだ。

 勿論ただ演習に参加すれば練度が上昇するわけではなく、個々人がその演習を通して肉体的・精神的に成長したためにパワーアップに繋がったのであるが、それでもその成長具合は凄まじかった。

 何せ演習に参加した戦闘班でも平均練度が20程度だったのに、演習が終わってみれば平均練度が30近くになっているのだ。

 流石にこの上昇率は大本営(うんえい)の方でも予想外であり、色々と調査を行わなければならず、演習を開けなかったのだ。ヒャクメ主導で調査を行ったところ、見事に原因を究明。現在は各宇宙のタマゴの最終調整を行っているところである。

 ちなみにだが練度の大幅な上昇は横島鎮守府だけでなく、カオス鎮守府でも一部の艦娘に確認されている。当然ではあるが、何も演習は横島鎮守府だけと行うわけではないので、カオス鎮守府も各鎮守府と演習を行っていたのだ。

 横島鎮守府との調整が難航しただけであり、他の各鎮守府間での調整はそこまで難しくはなかったようだ。もしかしたらこれも例の社員(てんし)が宇宙のタマゴの設定をいじくりまわした弊害かもしれない。

 かつて横島がアダムとイブに性行為を教えて宇宙のタマゴを腐らせたことを鑑みると、駆逐艦娘しか()まれないようにしていたのに問題なく世界を運営出来ていた――表面上は――社員(てんし)は非常に優秀な人物なのかもしれない……と感じるかもしれないが、騙されてはいけないぞ。

 余談ではあるが、この不可思議な練度上昇の原因を突き止めたヒャクメは「横島さんもお爺ちゃんも大変なのね」と、ケラケラ笑っていたそうだ。

 

 さて、今回横島鎮守府と演習を行うのはワルキューレ鎮守府のみである。調査も終了し、それぞれの宇宙のタマゴの諸々の調整で最も早く終わったのがワルキューレの所であり、これからは毎日とはいかないが定期的に演習を行うことが可能になるのだそうだ。無論、他の鎮守府も調整が終われば同様に演習を行えるようになる。

 この情報に最も喜んだのがパピリオだ。現状、パピリオは妙神山に缶詰め状態であり、当然横島に会いに下界に降りることなど絶対に許されない。そして、現在横島も妙神山に訪れることを禁止されている。

 そんな中、半電脳空間とはいえ横島に直接会えるようになったのだ。いつその日が来てもいいように、パピリオは仕事そっちのけで可愛い服や一緒に遊ぶためのゲームなどを買い求めるようになり、ワルキューレ鎮守府から視察(という名の面会)に来たベスパに窘められてしまう。

 余談だが「お前らもあんまり甘やかすんじゃないよ!」と艦娘達も一緒に叱るベスパは、いつの間にかパピリオ鎮守府で姐御・姐さんと呼ばれるようになってしまった。

 そんな背景もあり、ワルキューレ鎮守府の次はパピリオ鎮守府と演習が可能になることを通達されている。横島が以前抱いた感想の様に、随分とパピリオに甘い措置である。もしかしたら、何者かの意思が働いているのかもしれない。例えばどこかの社員(てんし)とか。

 

 

 

 そしてやって来た演習の日。ワルキューレとベスパが連れて来たのは最強の6人。つまりは本気メンバーである。

 二色持ちの重巡洋艦“高雄”と“那智”を筆頭に、航空戦艦“日向”、正規空母“加賀”、軽巡洋艦“矢矧”、そして秘書艦でもある駆逐艦“叢雲”という陣容だ。

 当然ながら練度も高く、その平均は70以上。猿神鎮守府やパピリオ鎮守府と比べると聊かインパクトに欠けるが、それでも現在の横島鎮守府の最高戦力の倍ほどの練度の持ち主達だ。少しでも油断しようものなら一瞬で打ち負かされるだろう。

 今回のメンバーもグラマラスで露出の激しい艦娘が居り、特に高雄と矢矧を見た横島は大興奮だった。……のだが、以前の演習の時と同様にその様子に一部の艦娘は違和感を覚える。

 それがどういった類の物かは分からないが、ともかく何かが妙に感じたらしい。

 

 さて、気になる勝敗であるが……当然、と言っても良いだろう。ワルキューレ鎮守府の勝利である。

 今回横島が選んだ6人は赤城、龍驤、川内、那珂、龍田、五十鈴。大淀の推薦を受けての選出だ。

 赤城、龍驤、五十鈴は横島鎮守府で最初に改造された3人であり、その新たな力に身体が馴染んできた頃であり、強者との戦いで一度自分の力がどの程度の物なのかを把握したかったのだ。

 川内は明石特製夜戦ゴーグル(仮称)を装備し、テンションアゲアゲ状態で待機していた。ついでに活躍した場合に横島に何か()()()をもらおうと考えていたらしく、だらしなく口を歪めていた。

 龍田は皆の纏め役であり、赤城達3人が出撃するならと、何となく連帯感を持っての出撃だった。

 問題なのは那珂であるが、悩みに悩んで出撃を決める。

 横島から言われた言葉。それがずっと頭から離れない。それについて考える度に“それ”を否定する言葉が浮かんできてしまう。考えて考えて、悩んで悩んで……那珂はとりあえず一暴れして鬱憤を晴らすことにした。意外と彼女の脳みそは筋肉質なのである。

 

 そんなメンバーだったから負けた、というわけではないが、横島艦隊はほとんど何も出来ずに戦闘は終了した。

 高雄と那智という規格外が居たのは確かだが、勝敗を分けたのはやはり“チーム”としての強さだ。

 横島艦隊も強いことは強いのだが、それはあくまでも個人個人の話。ワルキューレ艦隊のように“艦隊”としての力量はまだまだ低い。

 それに加えてワルキューレの的確な指示。いくら横島の指揮が優秀と言っても、それは素人の中での話。歴戦の軍人であるワルキューレの指揮に比べればまだまだ未熟も良い所なのだ。

 

「いいか、横島。お前は個の力に頼り過ぎている。確かにお前の部下達の力は素晴らしいものだ。しかし、だからと言ってそれで同等の力を持った者が集まった軍隊に勝てるわけがない。そう、我々が指揮しているのは“個”ではなく“隊”なのだ。それをもっとよく考えてみろ。今のお前の指揮では個人の裁量に任せている部分が多すぎる。指揮官となったからにはもっとちゃんとした戦術・戦略を学んで――――」

「……んなこと言われても」

 

 そんなわけで、横島はワルキューレからお説教を受けてしまう。最初はお互い立って話をしていたのだが、いつの間にか横島は正座をしてワルキューレの話を聞くようになった。口では反発したようなことを言っているが、どこか思うところがあったのかワルキューレの言葉を受けて真剣な表情を浮かべている。

 

「航空戦艦……戦艦の大火力に空母の航空運用力を持った艦。やはり強かったですね」

「ロマンやなー。実際には色々と問題もあるんやろうけど、それが全然分からんくらいにあっさりと負けてしもたからな」

「そういえば加賀さんは当初戦艦として()まれるはずだったんですよね……これはワンチャンあるのでは?」

「いや、流石にないと思うけど」

 

 お説教されている横島を見ながら、空母組の赤城と龍驤が雑談を交わしている。航空戦艦日向のインパクトは中々に強かったようで、彼女の実力の高さを称えていた。赤城は加賀の出自を考えて「彼女も航空戦艦になれるのでは?」と考えたようだが、龍驤はそれを苦笑しつつやんわりと否定する。

 

「いやー、完敗だったね」

「うん……」

「……夜戦に入ることも出来ないとはねー! けっこう自信あったんだけどなー!」

「うん……」

「……」

「……」

 

 話が盛り上がる赤城達とは対照的に、川内と那珂の姉妹は会話が続かなかった。川内が話を振っても那珂は話を聞いているのかいないのか、ただ曖昧な返事を返すだけであり、他の反応が見られない。何とか会話を続けようと努力するも、結局話は途切れ、気まずい沈黙が川内に圧し掛かってくる。

 

 ――――助けててーとくー!!

 

 心の中で泣いて横島に助けを請うが、当の横島はまだワルキューレのお説教の最中である。視線を彷徨わせ五十鈴と龍田を発見するが、彼女達は彼女達で盛り上がっており、そのままどこかへ移動していく。彼女達の視線の先にはワルキューレ艦隊の叢雲が居り、彼女に話を聞きに行くらしい。

 

「叢雲ちゃんはどんな必殺技(フェイバリット)を持ってるのぉ? ムラクモクローバーホールドとかだったり?」

「最近は打撃技が多かったから、ここらで関節技か落下技が見たいんだけどね。叢雲十字架落としとかどう?」

「何の話!!?」

 

 その会話の内容は聊かクレイジーであった。

 

「……」

 

 遠くで聞こえるお説教。それより近くから響くおかしな会話。すぐそばからの言葉。

 それらは那珂の耳に入り、認識されぬまま通り過ぎていく。今の彼女の心を占めるのは横島の言葉だけだ。

 結局、今回の演習は憂さ晴らしにはならなかった。むしろ、より気になるようになってしまったと言える。

 

 横島の言葉――――「本質は同じである」

 

 

 

 

 

「――――那珂ちゃんは別に歌が嫌いだったわけじゃないと思う。本当に嫌いだったら今みたいにアイドルになりたいって思うわけがねーしさ。だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そこを考えてみてくれ」

 

 

 

 

 

「そんなわけないよ……」

 

 ぽつりと呟いた言葉に力はない。恋慕の情を抱いている横島の言葉ではあるが、それについてはどうしても否定したかった。

 だが、声が出ない。感情は揺らぎ、思考は上手く回らない。

 ……思い当たる部分があるというのか? そんなことはない。絶対にない。

 根拠のない否定と、思い当たる部分が存在する謎という矛盾。那珂の心は、千々に乱れる。

 

 ――――しかし。だがしかし、だ。

 驚くほど早く、()()()は訪れる。

 答えが出る日は、近い。そう遠くない場所に、それは見えているのだ。

 

 

 

 

 

第五十話

『悩み多き日々』

~了~

 

 

 

 

ヒャクメ「ここの海域ってどんな編成で攻略したの?」

パピリオ「ここは駆逐艦の子達をでちゅね」

斉天大聖「まずは箭疾歩で間合いに踏み込んで……」

ヒャクメ「そーゆーことを聞いてるんじゃないのねー」

小竜姫「……」

 

ヒャクメ「この子が欲しいのに全然建造出来ないのねー!」

パピリオ「あー、ビスマルクちゃんはレーベちゃんやマックスちゃんを秘書艦にしないと建造出来ないでちゅよ?」

ヒャクメ「ええ!? そんな設定があったのー!?」

斉天大聖「ちなみに通常の建造ではなく大型建造じゃから気を付けるんじゃぞ」

ヒャクメ「ひーん、最近資材がカツカツなのにー」

小竜姫「……」

 

ヒャクメ「この前駆逐の子達が――」

パピリオ「それならウチの戦艦達も――」

斉天大聖「ワシのとこは重巡の奴らが――」

小竜姫「……」

 

 

~美神除霊事務所にて~

小竜姫「最近、疎外感を覚えることが多くて……」

美神「う、うーん……」

 

 何と返答したものか迷う美神であった。

 そしてその後、ヒャクメ鎮守府と猿神鎮守府にて艦娘に剣を教える小竜姫の姿があったとかなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

左の鬼門「のう、右の」

右の鬼門「それ以上はいかんぞ、左の」




お疲れ様でした。

オチに使ってごめんね小竜姫様。ついでに鬼門。

急激な練度上昇についてですが、一応物凄くふんわりとした理由はあります。
ちなみに横島鎮守府で特に上昇率が高かったのは天龍・加賀・金剛・扶桑・那珂・叢雲・夕立・時雨・響・不知火・深雪、そして吹雪です。……多いなぁ。

カオス鎮守府では榛名・あきつ丸・福江です。横島鎮守府があれだからもう少し多くてもいいかな?

例の社員(てんし)こと阿部さんですが、その正体は天使アブデル。
ハルマゲドンでルシフェルに一撃食らわせて大怪我を負わせたらしい。
煩悩日和では階級は熾天使で超上級神族。実力だけはミカエルも信を置いている……という設定。

ちなみにミカエルはウェーブのかかった金の長髪に褐色肌で非常にぴっちりしたハイレグのボディスーツを身に纏っている巨乳美女です。
ウェーブのかかった金の長髪に褐色肌で非常にぴっちりしたハイレグのボディスーツを身に纏っている巨乳美女です。

それではまた次回。


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思いの中心

大変お待たせいたしました。

最近のお気に入りは“宗谷”“桃”“伊58”“神州丸”“比叡”です。我ながら節操なしだなぁ。
でもみんな可愛いから仕方ないよね。



 

 今日も今日とて2―4攻略に精を出す横島鎮守府。

 出撃を繰り返すことで練度も上がり、順調に強くなっていると言っても良いのだが……。

 

「うわあああぁぁぁっ!?」

「摩耶さんっ!?」

 

 ボスマス一つ前。空母ヲ級flag shipの攻撃によって摩耶を含めた三人が大破してしまう。結局この戦闘で誰も沈むことはなかったが、敵艦を一人も倒すことが出来ず、完敗を喫してしまっていた。

 なんだか以前も見たような光景であるがきっと気のせいである。だって以前は勝ってたし。

 

「くっそおぉ……!! 駆逐も居たんだし、夜戦すりゃ勝てたかもしんねぇのに……!!」

『何言ってんだ。大破三人も抱えて夜戦なんて俺は認めねーかんな』

「何でだよ、あそこを突破すりゃ海域をクリア出来たかもなんだぞ!?」

 

 痛む腕を押さえて愚痴をこぼす摩耶に、横島は溜め息交じりに言葉を返す。その内容にカチンと来たのか、摩耶は即座に反論する。確証など何もない、感情から出た言葉……それだけに込められた思いは強い。

 強いのだが……。

 

『確かにクリア出来たかもしんねーけど、お前らの誰かが沈むかもしれねーだろ? 俺にとっちゃ海域の攻略よりお前らの方が大事なんだから、出来る限り危ない橋は渡りたくねーの』

「……そうかよ」

 

 横島の言葉によって、摩耶は矛を収めることになる。

 ぶっすりと不機嫌そうな顔をした摩耶はそれ以降口を噤み、同じ艦隊のメンバーは摩耶の横島に対する心証が悪化したのではないかと気が気でなかったのだが、彼女の心の中はというと。

 

 ――――男に、男に“お前の方が大事”って言われたあああぁぁぁ!!? 何だ!? 惚れてるのか!? アタシに惚れてんのか!!? い、いや待て、クールだ!! クールになれ摩耶!! 言葉一つに惑わされるんじゃない!! もっと提督の今までの言動を思い出し……手を握られて肩を抱かれて耳元で囁かれてたああああああ!!!

 

 乙女心が大暴走中であった(笑)。しかもさりげに“お前ら”という部分を“お前”と、対象を自分一人に脳内変換している。惚れているのは自分の方なのでは? と、摩耶の内心を知る者がいればツッコんだかもしれないが、現在そういった人物はまだ着任していなかった。姉妹艦がいれば危なかったかもしれない。

 しかし、ドッタンバッタンと心の中は荒れ狂っているというのに、それを一切表に出していないのは見事というほかない。同じ艦隊の皆はハラハラしながら摩耶の様子を窺っているというのに。

 ともかく、摩耶達はすごすごと鎮守府に引き返すことになる。今回の出撃で四十回を超えた。海域攻略は未だ出来そうにない。

 

 

 

 

 

「うーーーーーーん……」

 

 執務室にて、横島は天井を見上げて唸っていた。

 考えるのは海域について……ではなく、艦娘達のこと。と言ってもヨコシマなことを考えているわけではない。横島は息が詰まるまで唸った後、小さく息を吸い、また吐き出した。

 

「吹雪、この後のスケジュールってどうなってたっけ?」

「は、はい。えっと、これです」

 

 横島は徐に吹雪に視線を寄越し、スケジュールの確認を行う。ちょうど今の時間帯は出撃も遠征も待機の状態だ。それを確認すると横島は一つ頷き、今度は大淀に顔を向ける。

 

「大淀、ちょっと放送を頼みたいんだけど」

「分かりました。どういった内容でしょう?」

 

 少しぼーっとしていた大淀だが、横島の言葉に即座に反応し、自分の席から横島の前まで移動する。それを横目で眺める霞の目も、少しとろんとしている。

 横島は隣で目を瞑って深く息を吐いている吹雪をちらりと見やってから、大淀にこう切り出した。

 

「今日の出撃はさっきので終了。遠征もこっからは中止だ」

「え……!?」

 

 告げられた内容に大淀だけでなく吹雪も、そして霞も驚いた。そんな三人の様子は当然予想済みなので、横島はそのまま理由を説明する。その顔には苦笑が浮かんでいた。

 

「いやな、流石にこう何回も何十回も出撃してんのに攻略出来ないってなると肉体的にはまだしも精神的な疲労は半端ねーからさ。士気も大分落ちてるし……正直、三人もけっこうしんどいだろ?」

「う……」

「それは、まあ……そうね」

「ううう、はい……」

 

 図星を突かれた三人は気まずげに視線を逸らす。吹雪など影を背負いそうなまでの落ち込み具合だ。

 

「本当ならもっと早く止めてたら良かったのかもしんねーけど、みんな意地になってたし……いや、俺がさっさと止めりゃ―良かったんだが……それはともかく。とりあえずさっきの内容と、そうだな……一時間後にみんなに会議室に集まるように言ってくれ」

「あ、はい。分かりました」

「……みんなを集めてどうすんのよ?」

 

 霞が首を傾げて質問する。

 

「ああ。もう週末だし、どーせならリフレッシュ期間でも設けようかなって」

「……あ、なるほど」

 

 霞はポンと手を打った。

 

 

 

 

 最後の出撃から一時間。横島鎮守府の皆は会議室に集まっていた。帰還した摩耶達も全員高速修復材(バケツ)のお世話になり、ここに集合している。

 

「何の話するんだろうね?」

「出撃も遠征も中止して、だもんねー。……海域の攻略に関して、お叱りがあるのかも……」

「ぅあー、あり得る―」

「三十回以上失敗してるもんねー……あれ、四十回だっけ?」

「あの優しい提督に怒られる……意外とイイかも……むしろ怒られたい」

「え?」

「え?」

 

 今回の招集に対し、艦娘達は思い思いに言葉を交わす。攻略が上手くいっていない現実もあってか、彼女達が口に出すのはネガティブな予想ばかりだ。

 一部に少々おかしなことを口走っている子もいるが、それだけ疲れが溜まっているのだろう。そういうことにしておきたい。一応名誉のために名前は伏せる。

 さて、そうこうしている内に扉が開き、横島と秘書艦三人娘が入室してきた。集合していた艦娘達はピタリと会話を止め、大淀の号令に従ってすぐに立ち上がり横島達に敬礼をする。

 全艦娘から敬礼を受けた横島は微妙に腰が引けつつも答礼をし、着席を促す。司令官になってそれなりの時間が経つというのに、未だに大勢から一斉に敬礼をされるのは慣れないようだ。

 

「あー、みんなに集まってもらったのは他でもない。海域の攻略についてだ」

 

 艦娘達を見回し、横島は口を開く。今回の招集の理由。その予想が当たり、何割かの艦娘が“う”っと気まずげに吐息を漏らす。更に一部の艦娘は何かの期待に目を輝かせた。

 

「いや、何も『不甲斐ない!』つって叱ろうってわけじゃねーんだ。あんだけ出撃して一向に成果が出てねーし、みんな精神的にも肉体的にも疲労が溜まってると思ってな」

 

 皆の様子を見て苦笑を浮かべた横島は、なるべく優しい声色で理由を説明していく。

 

「そんで、だ。今日は木曜だろ? とりあえず金・土・日の三日間をリフレッシュ休暇っつーことにしようと思ってな。急なことで悪いんだけど、今日中に休暇中をどう過ごすかの申請を出してほしいんだ」

 

 突然降ってわいた休暇の話に、皆は色めき立つ。確かに急な話ではあるが、それ以上に休暇をもらえるというのが嬉しいのだ。以前までならばどこかへ出かけようにも海と鎮守府しかなかったわけだが、現在は街……否、既に“世界”が実装(ふっかつ)されている。行く場所には事欠かない。むしろ候補が多すぎて困ってしまうくらいだ。

 皆が本格的に騒ぎ出す前に秘書艦達は手分けして申請書を皆に配る。申請書と言っても簡素な内容であり、急遽用意したというのが伝わってくる。その申請書の存在が、今回の休暇が嘘ではないことの証明であると皆は実感する。

 

「あ、もちろんこれは強制ってわけじゃねーからな。出撃も遠征もしたいってんなら許可するぜ。一応休暇中にどう過ごすかは自由だからな」

 

 次の横島の言葉に一部の艦娘が嬉しそうな声を上げた。確かに休暇は嬉しいが、それでも三日も間を開けたのでは勘も身体も鈍ってしまう。何より戦闘が出来ないのが嫌だ、という戦闘狂(バトルマニア)な艦娘が一定数存在する。例えば天龍や不知火、響。意外な所で神通などだ。

 

「え、全然意外でもなんでもな――――」

「なにか?」

「ひぇっ」

 

 とにかく、空気が弛緩したことで皆は休暇をどう過ごすかを楽しそうに語り合う。何せ三日もあるのだ。今からホテルや旅館の予約は難しいかもしれないが、ちょっとした旅行にも行けるかもしれない。

 

「三日のリフレッシュ休暇かー。他の鎮守府でもくれたりするのかしら?」

「とりあえずワルキューレさんの鎮守府は絶対にないだろうね」

 

 横島以外の司令官達を思い浮かべ、叢雲と響は苦笑を浮かべる。見た目も中身もお子様なパピリオや、斉天大聖の鎮守府ならば“ゲーム休暇”のようなとんでもない理由の休暇が存在するかもしれないが、少なくともワルキューレの鎮守府ではそういったことは一切無いであろうことは容易に想像できる。

 むしろ存在していたら所属している艦娘達がワルキューレの正気を疑ったり病院へ行くことを勧めたりするだろう。そして懲罰房に入れられたりするのだ。

 

「ま、うちの艦娘はアンポンタンが多いし、あの司令官で丁度良いのよね」

 

 叢雲は両手を頭の後ろで組み、薄く笑みを浮かべながら軽口をたたく。言葉の内容は単なる悪口であるが、それに込められた思いは言葉ほどに軽いものではない。

 叢雲は存外照れ屋さんだ。己の内面を隠すためについつい攻撃的なことを言ってしまう。しかし、無意識であろうが、今回は彼女の思いがポロっと零れてしまっている。

 “あの司令官で丁度良い”とは――――果たして、()()()()()()()()()()()。叢雲ちゃんはツンデレさんなのだ。

 そんな叢雲の言葉を聞き、響はその内側に秘められた思いを察することなく言葉を返す。

 

「アンポンタンって、それを君が言うのかい?」

 

 響は実に不思議そうな顔でそう言いました。

 

「響、あなたも人のことは言えませんよ」

「おいおい、不知火がそれを言うのかよ?」

「Look who's talking。Boomerang(ブーメラン)発言ダヨー、天龍」

「うん、金剛さんもだからね?」

「あっはっは、時雨師匠も自分を省みたほうが良いよー」

「川内もでしょうが……」

 

 響に続いて不知火、天龍と続き、最後に叢雲に戻る。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 その場を沈黙が支配し、やがて一団は同じタイミングで席を立つ。

 

あ?

お?

 

 そして至近距離からのガンつけ合戦。

 連鎖……! 圧倒的負の連鎖……!! 『┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛』という効果音を発しながら、強烈な霊波が叢雲達を中心に会議室を満たしていく。なるほど、確かにこの鎮守府にはアンポンタンが多いと心から納得出来る光景である。

 

「何やってんだあいつらは……」

 

 突然発生した攻撃的な霊波の渦の発生源を見て、横島は片手で顔を覆って溜め息を吐く。横島も休暇のお知らせをしたら何故かケンカに発展しそうな彼女達を見て困惑と呆れが隠せない。ついでに言えば怖くて腰が引けている。とにかくこのままでは他の艦娘達にも迷惑が掛かるので止めようと思うのだが、それよりも早く霞が手をパンパンと打ち鳴らし、警告する。

 

「はいはい、ケンカしないの。あんまり騒ぐようなら所属艦娘全員の休暇を無しにするわよ」

「すんまっせんでしたぁーっ!!」

 

 まさに鶴の一声。叢雲達は全く同じタイミングで頭を下げた。ほぼ全方位から飛んでくる「お前ら分かってんだろうなぁ?」という視線に怖気づいた訳では断じてない。ただちょっと背骨に液体窒素を直接注入されたかのような恐怖を味わっただけである。

 

「まったく、響もしょうがないわね。姉妹で一番冷静だと思ったら、変な所で子供っぽいんだから」

 

 頭を下げる響を見てそう漏らすのは姉妹艦の雷だ。呆れを多分に含んだ言葉であるが、響を見つめるその目はどこか慈愛に満ちている。ダメなお姉ちゃんを見るしっかり者の妹の目……というよりは、ヤンチャな我が子を見守る母親の目に近いものがあるかもしれない。

 肉体的にも精神的にもまだまだ幼い雷であるが、早くも母性……否、おかん気質が芽生えてきているらしい。元々面倒見は良かったが、霊能に目覚めたことが切っ掛けとなり、潜在的な魂の性質が解放されたのだろう。

 

「……でも、ちょっと残念なのです」

「え、何が?」

 

 ぽつりと呟かれた電の言葉に、雷は振り返る。隣に座っている電の顔は、彼女が俯いているせいで読み取れない。しかし、前髪が掛かり影で覆われている状態でもその目が強烈な光を放っているのは何故か理解出来た。

 

「あのまま騒がしかったら、研究中の新技の実験台に出来たのに……」

「ひ、ひえぇ……」

 

 くふふふふふふ、と闇を背負って笑う電の姿に、流石の雷も引いてしまう。電も電で相当にフラストレーションが溜まっていたようだ。

 第六駆逐隊の中で、最も2―4に出撃しているのは電である。つまりはそれだけ多く敗走しているということであり、電もそれをストレスに感じていたのだ。電はストレスを上手く発散させることが出来ずに溜め込むタイプであり、それが原因で少々破壊衝動に呑まれているようである。

 今の電には雷でさえもどうすることも出来ない。だって話しかけたら新技の実験台にされたりするかもしれない。進んで寿命を減らすような真似はしたくない。どうしたものか考えあぐねている雷であったが、救世主は彼女のすぐそばに存在していた。

 

「こーら、そんな物騒なこと言ったらダメでしょ?」

「……っ、あ、暁ちゃん?」

 

 闇を背負って病んだように笑う電の頭を横から胸に抱え込んだのは、電を挟んで雷の反対に座っていた暁であった。暁は頬を膨らませて、いかにも「私怒ってます」という表情を浮かべている。今にもプンプンという効果音が聞こえてきそうだ。

 果たして今の電にそんなことをして大丈夫なのかと雷は戦々恐々だが、不思議と電は冷静さを取り戻してきている。

 

「電がどれだけ頑張ってるのかは私も知ってるし、それで結果が出なくて悔しいのも分かるけど、だからってそれでみんなに八つ当たりしちゃダメよ? そんなのレディーのやることじゃないもの」

「ううぅ~……」

 

 電の頭を放し、人差し指を立てて窘める暁に、電は不満そうな声を出す。暁の正論に対して何か反論をしたいが、上手く言語化出来なくて唸るしかないのである。暁はそんな電に苦笑を浮かべ、その頭を優しく撫でる。

 

「せっかくお休みを三日も貰えたんだもの。普段頑張ってる分、ちょっとぐらいだらけちゃっても誰も文句は言わないはずよ。それに、愚痴でも特訓でも実験でも私が付き合ってあげるから、もうちょっと頑張ろうね」

「ううう、暁ちゃーん……」

「はいはい、今日の電は甘えんぼねー」

 

 優しく自分を宥める暁に、電はぎゅっと抱き着く。珍しくストレートに甘えてくる電に暁は苦笑を浮かべると、電を優しく抱きとめて頭を撫でてやる。流石は長女と言うべきか、暁は電のことをよく見ていたのだ。

 雷は遠征に鎮守府内の雑用にと人一倍忙しく過ごしていたし、響も意地になって出撃を繰り返していたので周囲を見る余裕は失われていた。そんな姉妹達を観察し、さり気なくフォローを入れていたのが暁なのである。

 電達三人の出撃、遠征、休息。それらを横島と相談しながらシフトを組んでいたのは他ならぬ暁だったのだ。

 

「だって私は一番のお姉ちゃんだもの。それにレディーだし!」

 

 とは暁の談。その発言に某一番艦が反応したのはご愛敬だ。

 

 他にもいろいろな所で休暇の予定を合わせる艦娘達も居り、その多くは姉妹艦で過ごそうと計画を立てている。もちろんそれ以外の組み合わせも存在しており、珍しい組み合わせでは赤城と間宮の二人が街に料理研究プラス食い倒れのツアーに、加賀と新しく着任した正規空母の“瑞鶴”が二人でカラオケに行こうと計画を立てている。

 説明も終わったことであるし、皆が雑談を始めだしたので、横島は解散を宣言。とりあえず十八時までに申請書を提出するように言い、会議室を後にする。残された艦娘達は歓声を上げたりなどで喜びを表し、早速申請書に記入する者、限界まで話し合う者達、何をどうすればいいか分からず悩む者達などに別れた。

 

 

 

 

 

 会議終了後しばらくして、那珂は鎮守府の中庭を一人とぼとぼと歩いていた。せっかくの休暇。しかもそれが三日もあるというのに、那珂の心はまるで弾まない。

 以前までの彼女ならばライブを行ったりなどして人一倍騒いでいたはずだ。だが、今は何もする気力が湧いてこない。川内や神通に遊びに誘われたが、少し考えさせてほしいと逃げてきてしまっている。

 

「……はぁ」

 

 溜め息一つ。心は沈み、気分も沈み。目線も上がらず俯いたまま、あてもなく歩き続ける。出口のない迷路に迷い込んだかのような不安と焦り。あの日抱いた疑問の答えは未だ見つからない。

 このままここにいても埒が明かない。自室に戻ろうかと顔を上げると、視界の隅にとある女性を認めた。

 “彼女”は数人の駆逐艦と何やらおしゃべりをしながら、迷い込んできた野良猫と戯れているようだ。

 何とはなしに“彼女”のことが気になった那珂は、いけないと思いつつも見つからないように壁に身を隠し、聞き耳を立ててしまう。

 

「――――最近、那珂ちゃんさんの歌を聞いてませんね」

 

 そうして聞こえてきたのは、自分のことだった。

 “彼女”にそう話しかけるのは磯波だ。カメラを弄りながら、どこか心配そうな表情を浮かべている。“彼女”は磯風の言葉に頷き、小さく溜め息を吐く。

 

「最近、何か悩んでるようだったから。私も力になれればと思っているのだけれど……」

 

 憂いの表情を浮かべ、頬に手をやる“彼女”の姿に、那珂の心に痛みが走る。

 自分よりも後に着任したというのに、霊力は自分よりも高く、似た能力を持っているらしいというのに、その習熟度でも自分より上。

 自分と同じ言霊使い――――扶桑。

 

「前までずーっと聞いてたから、最近は何か落ち着かなくてさー。直接リクエストしに行こっかなー」

「ダメだよ、深雪ちゃん。迷惑になっちゃうよ」

「なんでだよー?」

 

 深雪は那珂の歌を聞きたくて直接頼みに行きたいようだが、磯波はそれを窘める。唇を尖らせて抗議する深雪だが、口で文句を言うだけで行動に起こす気はないようで、彼女なりに心配しての言葉だったようだ。

 そのまま、何となく沈黙が場を支配する。扶桑達を覗き見ていた那珂も静けさにいたたまれなくなったのか、バレない内に退散しようと背を向ける。そんな彼女の背に、ぽつりと言葉が落ちてきた。

 

「……那珂ちゃんさんの歌を聞くと、勇気が湧いてくるんですよね」

 

 それは那珂に掛けられた言葉ではなく、ただ無意識に、つい口に出してしまったらしい。あ、と口に手をやり、磯波は恥ずかしそうに笑みを浮かべる。扶桑も深雪もそれを笑うでもなく、目で続きを促す。磯波は視線を左右に彷徨わせ、少し息を吐くと、そのまま語り始めた。

 

「その、私ってあまり前に出ようって性格じゃありませんし。戦闘も得意じゃなくて、みんなの足を引っ張っちゃうし……」

「あー、確かに」

「深雪」

 

 ぽかりと扶桑から軽いげんこつをもらう深雪に、磯波が笑う。

 

「……でも、那珂ちゃんさんの歌を聞くと、そんな私でも頑張ろうって気分になるっていうか。その、負けないぞって気になるっていうか……えっと……」

 

 心に湧き上がる気持ちを上手く言葉に出来ない磯波であるが、それでもその思いは伝わってくる。特に言霊使いである扶桑には、より顕著にだ。そしてそれは、同じ言霊使いである那珂にも。

 

「分かるなー。この深雪様も、那珂ちゃんの歌を聞いて司令官の風呂に突げ」

「深雪」

 

 ゴキャァッと扶桑から軽いげんこつをもらって倒れ伏す深雪に、磯波はサッと目を背ける。

 

「私も磯波と同じ思いよ。那珂ちゃんの歌を聞くと、前向きな気持ちになる。……彼女の歌は、私の背中を押してくれるの」

「扶桑さんもですか?」

「ええ。彼女は私と違って元気で明るくて、強くて前向きで、とっても可愛くて……。私とは正反対。随分と嫉妬したものよ」

 

 磯波の思いを知り、扶桑も自らの中にある思いを口にする。

 

「でも、彼女の歌を聞いて、努力を知って。……いつの間にか、那珂ちゃんの歌のファンになってたの」

 

 那珂はアイドルを自称している。自らの中にある目指すべき高みに到達するべく、日々努力を惜しまず、少しずつでも確実に前へと進んでいく。そんな那珂を、扶桑は尊敬していた。

 

「忠夫さんと出逢って、私も少しずつ変わってきたと思うけど、それでもやっぱり後ろ向きな部分が顔を出すことがある。そんな時は那珂ちゃんの歌を聞いて気分を盛り上げるの。あの子がくれた自作のCDは、今や私の宝物よ」

 

 朗らかに笑う扶桑に、以前のような陰鬱な雰囲気は見られない。彼女が浮かべる笑みは、那珂への思いを如実に表していた。

 

「私もです。一番多くリピートしてるのは三曲目の――――」

「あら、私はやっぱり一曲目の――――」

 

 自分の歌について盛り上がる扶桑達を見て、那珂は己でも処理が出来ない感情を抱えたままその場を後にした。

 嬉しいという気持ちは当然ある。自分の歌が誰かの心に響き、鼓舞出来ていたというのだから、アイドルを目指している者としては身に余る光栄だ。

 でも、だからこそ那珂は混乱している。脳裏に横島の言葉が蘇る。

 

 ――――那珂ちゃんが好きだった歌と、那珂ちゃんが夢で見た歌の本質の部分は同じなんだ。

 

「これが――――これが、本当に同じものなの……?」

 

 目の前で見た光景と、夢の中で見た光景。例えるならばまさに光と影、陰と陽。正反対のものに思える。

 分からない。今の那珂にはどうしても分からない。正反対であるということは、互いの出発点が同じ場所にあることに気付けないでいる。

 

 

 

 

 

第五十一話

『思いの中心』

~了~

 

 

 

 

~扶桑、着任当初~

 

扶桑「……那珂ちゃん、まさか自作のCDを着任祝いにくれるなんて……」

扶桑「……可愛い服ね。そういえばこういう服は一度も着たことがないわ」

扶桑「……私もこういう服を着て、歌って踊ってみようかしら?」

扶桑「……ダメね。私ではどうやってもいかがわしいお店の嬢が痛いコスプレをしてる風にしか見えないわ

扶桑「……不幸だわ。そして羨ましい。妬ましい」

 

~今~

 

扶桑「随分と嫉妬したものよ」遠い目

磯波「扶桑さん、凄く綺麗なのに」気付いてない

深雪「…………………………」気絶中

 

 




お疲れ様でした。

那珂ちゃんの悩みは続く。でもきっと次回には解決するさ!()

次回は色んな意味で重要な回になるのかなー?
早よ更新せな……(白目)

それではまた次回。


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艦隊のアイドル

大変お待たせいたしました。
……いや、本当にお待たせいたしました。
色々と大変でしたが何とか投稿出来ました。

今回は久しぶりに結構な長さになってます。
果たして那珂ちゃんはどうなるのか……?

それではまたあとがきで。


 

 三日のリフレッシュ休暇も終了し、数回目の2―4への出撃。休暇が功を奏したのか、海域で戦う艦娘達の動きは目に見えて冴え渡っている。

 その中でも特別著しい戦果を挙げる者が複数居り、電もその一人であった。

 敵艦の砲撃を掻い潜り、鋭い機動で懐へと潜り込んでいく。電の得意とする間合いはほぼ密着状態の超近接戦。電は背後の艤装に装着されている、己の最も信頼する得物を()()()()()()()()

 

「ダブル・アンカー!! なのです!!」

 

 その場で回転し、遠心力を加えた二つの錨が強かに戦艦ル級flag shipを打ち付ける。

 

「ゴッ……!!?」

 

 咄嗟に出した左手の艤装による防御。それがまるで意味を成さなかったかのような衝撃が身体を突き抜ける。吹き飛びそうな意識を総動員して憎き敵を睨むが、そんなル級の目に信じがたい光景が映る。

 

「――――ッ!!?」

 

 ()()()()()()()。確かにそこに在ったはずの左手の艤装。それが完全に失われている。否、そうではない。()()()()()()()()()()。錨の一撃――正確には二撃――、ただそれだけで。

 

「やあああぁっ!!」

「……ッ!!」

 

 一瞬呆けていた意識が瞬時に引き戻される、裂帛の気合。電が振るう左右の錨が、嵐の様にル級に迫る。

 

「――――――ッ!!!!????」

 

 叫び声すら上げられない。全身に打ち付けられる、機関砲の如き錨の連打。絶え間ない暴虐がル級を襲い、その艤装を、意識を、そして生命(イノチ)を確実に抉り取っていく。

 

「むんっ!」

 

 ふんすっ、と電が更なる気合を入れ、左右の錨の持ち手部分、石突同士を合わせる。するとジョイントが作られていたのか、二つの錨は合体し、長柄の双頭錨となる。

 電はそれを目にも留まらぬ速さで十字に振るい――――――。

 

「ガ……ッ、…………、――――――」

 

 ル級を、十字に切り裂いた。

 ――――――爆発、炎上。

 爆炎を背に、電はゆっくりと振り返る。この場での戦闘は、既に終了していた。

 

 

 

 

「いやー……、凄まじかったね」

 

 旗艦である川内の言葉に、電以外の皆が一様に頷く。

 

「まさかル級を、それもflag shipを一蹴するとは思わんかったわ」

「何ていうか、凄い連打だったね。オラオラって感じ?」

「シンプルな打撃による純粋なる暴力……!! やはり暴力は全てを解決するんですね……!!」

「赤城、目が澱んどるで」

 

 電の活躍を龍驤、白露、赤城が称賛(?)する。実際、その戦果は素晴らしいものであることは間違いない。電は皆の言葉に恥ずかしそうに顔を俯かせる。

 

「でも、赤城さんが言ったように今回はシンプルな攻撃だったね。以前はもっとこう、テクニカルな打撃もあったけど……」

 

 電に戦い方に疑問を呈したのは古鷹だ。本来ならば今回出撃するのは加古の予定だったのであるが、その加古が入渠中に爆睡してしまい、湯あたりしてしまったので代わりに出撃することになったのである。

 古鷹の疑問に、電は両手をグーパーしつつ答える。

 

「はい。私も最初はもっと技術を磨いて、よりすごい技を、と思っていたのです。でも、演習で……あの時、自分が持つ最高の技を繰り出しても、マリアさんの装甲に罅を入れることしか出来ませんでした」

 

 電は両手をぎゅっと握り締め、顔を上げる。そこには幼いながらも決意に充ちた、覚悟に燃える表情が浮かんでいた。

 

「にわか仕込みの技術では通じない。だったら小手先の技術は置いておいて、まずは“威力”と“速さ”を鍛えることにしたのです。パワー! スピード! 基本を疎かにしては何も身に付かないのです!」

「……」

 

 小さな身体から迸る、重厚さを伴った霊波。それは皆を圧倒するには十分な強さを秘めている。

 

「あの……電ってさ、マリアさんの装甲に罅を入れたんだよね?」

「ん? ああ、せやで」

「提督から聞いたんだけどさ、マリアさんってお猿さんのとこの長門さんでも傷を付けるのが難しいんだって」

「マジかー……え、マジかいな?」

「うん。流石に二色の同期合体まではしなかったみたいだけど、それでも装甲をへこませるのが精いっぱいだったんだって。……まあ、衝撃を内部に浸透させれば勝てる、みたいなことは言ってたらしいけど」

 

 電の言葉を受けて川内と龍驤がひそひそと密談を交わす。どうやら小手先の技術による一撃ですら、マリアの装甲を傷付ける威力があったらしい。

 その事実に二人の背筋が冷たくなった。もし、これ以上に電の振るう錨の威力が上がれば、一体どのようなことになってしまうのか。

 ちょっと怖い未来を想像してしまった二人はそれ以降口を噤み、そそくさと次のマスへと足を進めるのであった。

 

 ……ちなみにこの後ボスマスではなく横道に逸れてしまい、そこで川内と電以外の四人が大破してしまうこととなる。また今回も海域突破とはいかなかった。が、それでも皆手応えを感じていた。

 確実に強くなっている。前に進んでいる。そうした一体感にも似た感覚が皆を包んでいる。……しかし、当然ながら例外も存在するのだ。

 

「……」

 

 しょんぼりとした様子で執務室へと向かうのは那珂。休暇が明けてから数度出撃したが、毎回序盤で大破してしまい、思うように戦果を挙げられていない。明確なスランプに陥ってしまっていた。

 今では出撃せずに遠征をこなして皆の応援に回っているのだが、どうにも気分は晴れない。もやもやとした思いが胸中にはびこり、溜め息が何度も出る始末。そこに横島からの呼び出しがかかった。

 

「……怒られるのかなぁ。ヤだなぁ……」

 

 ばふー。と、また溜め息。もはや普段のポジティブさは微塵も見られず、完全にネガティブな思考に支配されてしまっていた。

 何をやっても上手くいかない。抱えた悩みは解決を見ず、ずっと胸に燻ったまま。――――――いや?

 そうこうしている内に執務室へと到着。那珂は精神的にも物理的にも重く感じている手をドアノブへと伸ばし、「失礼しまーす」と、弱々しく室内へと踏み入った。

 

 

 

「え」

 

 横島から話を聞いた那珂が最初に漏らしたのはその一文字だった。

 

「……出撃? 私が? 旗艦で……!?」

「ああ」

「な……!?」

 

 信じられない、といった様子で確認を取る那珂に、横島は何でもないかのような態度で肯定する。流石の那珂も自分がどういった状態なのかを分かっていながらそれを無視する横島の様子に、言葉を失ってしまう。

 周囲に視線をやれば、執務室には数人の艦娘。秘書艦の三人に加え、天龍に叢雲、金剛の姿もあった。皆一様に何度も横島と那珂とで視線を行ったり来たり。どうも彼女達にとっても横島の命令は予想がつかない物であったらしい。

 

「で、でも……私は何度も失敗して……」

「あー、まあそれはそうなんだけども。それを考慮しても、俺は那珂ちゃんに行ってほしいんだ」

 

 遠回しに辞退の言葉を返すも、更に横島は畳みかけてくる。今の自分に対して、何故そこまで信頼が置けるのか。疑問は尽きないし、何故自分に行かせるのかとちょっとした苛立ちも感じてしまうが、それでも横島の言葉に少しだけ胸が温かくなる。

 

「……わ、私じゃないとダメなの? ど……どーしても、私に行ってほしいの?」

 

 少しだけ期待を込めた那珂の確認に、周囲の少女達のこめかみがピクリと動く。

 

「いや、別にどうしてもってわけじゃねーけど」

「えぇっ」

 

 乙女心の機微に疎い横島はそれを見事一刀両断。じゃあ何故自分に出撃してほしいのか、那珂は何も分からない。

 

「んー。何つーか、こう……朝目が覚めたら()()()()()()()()()()()って思い付いたというか……」

「ええ……?」

 

 どうやら単なる思い付きである、ということらしい。そんな理由で色々と参ってしまっている自分に出撃をしろというのか。那珂はぶっすりと口を尖らせるが……まあ、別に? そう思っちゃったのなら? 期待に応えないのも失礼というか?

 那珂の中で「別に出撃してもいいかなー」という気持ちがむくむくと湧き上がってくる。先程まで尻込みしていたのが馬鹿らしく思えるほど気持ちが浮ついてくる。己が単純であることは自覚していたが、まさかここまでとは思っていなかった。

 那珂はここ最近、横島と顔を合わせるでもなく、彼の声を聞くことも少なくなっていた。そうした中でこうして呼び出だされ、直接頼まれたことが彼女の心に変化を齎したのだろう。

 不安は当然ある。恐怖も然り。でも、横島の期待にはなるべく応えたい。結局、那珂は横島の要請を受諾。2―4への出撃を決めたのだった。

 

 

 

 

「……で、本当にいいの?」

 

 那珂が執務室を去った後、霞が遠慮がちに尋ねる。今の那珂は相当に調子が悪い。それでも本当に出撃させる気なのか、今更ではあるが問いかける。

 

「今の那珂を出撃させて大丈夫なのかよ? まだ悩みも解決してねーんだろ?」

「ん、ああ……」

 

 横島は天龍の言葉に思うところがあるのか、やや歯切れ悪く言葉を返す。

 

「? 何か気になることでもあるんですか?」

「気になるっつーか、何つーか……」

「何よ、えらく歯切れ悪いわね」

 

 吹雪、そして叢雲の言葉に横島は天井を仰ぎ、ぽつりと呟く。

 

「多分だけど、那珂ちゃんはもう答えは分かってると思う」

「え!?」

 

 それは、那珂の状態を知る皆に大きな衝撃を与える言葉だった。

 

「お、おいおい、本当かよ?」

 

 天龍は疑問を口にしながらさりげなく移動し、横島の肩にそっと手を置き、少しだけ身を預ける。背は低いが、それと反比例するかのようにとても大きいお胸が横島の肩に触れ、その感触を遺憾なく伝える。

 

「どーゆーことなのよ?」

 

 叢雲は横島に顔を寄せ、覗き込むような上目遣いで目を合わせる。未だ幼さは残るが、それでも充分以上に美人と言えるほどの美貌を持つ叢雲の顔が、横島の顔に触れてしまいそうなほど近くにある。

 

「hmm……何か根拠が?」

 

 金剛は執務机に肘を置き、強調した胸を横島に見せつける。少し緩めた制服の胸元から覗く深い谷間は、本来ならそれだけで横島の理性を完全に奪っていただろう。……三者の間に濃密で剣呑な空気が溢れ出す。この時すでに霞と大淀は横島から離れ、安全圏へと逃れていた。

 

「………………」

 

 吹雪は艦娘に囲まれる横島を頬を膨らませながら、少しジトっとした目で見つめると、静かに彼の背後に移動し、そっと制服を摘まむ。それだけで、吹雪は心が少し晴れた気がした。

 

「……えっと、続き、話していいのかな?」

 

 横島は周囲に突然発生した何だか形容しがたい雰囲気に呑み込まれ、金剛のチチや、叢雲の上目遣いや、天龍の温もりにいつものような反応を示すことが出来なかった。唯一吹雪のいじらしい仕草に萌えていたが。

 

「さっき久しぶりに顔を合わせたけど、以前までとは少し様子が違ってたしな。何か切っ掛けになるようなことがあったんだと思う」

 

 横島は知らぬことだが、那珂は扶桑と深雪、磯波の会話を聞いていた。その時はまるで理解することが出来なかったが、冷静にじっくりと考えてみれば、理解に至るのは早かった。だが、それだけでは意味がない。

 

「頭では理解してる。けど、心が納得しない。那珂ちゃんの抱く理想(ゆめ)と、過去に目撃した現実が一緒の物であると認められないんだ」

「……」

 

 誰も言葉を返すことが出来ない。横島の語る那珂の心情、それはいつか自分達も陥ることになるかもしれない板挟みだ。()()が自分に降りかかった時、自分は果たして上手く処理することが可能だろうか。

 明確に自信がある、とは言い難い。それ故の沈黙である。皆は目を見合わせると、誰ともなく気まずそうに目を伏せる。

 横島は背もたれに身を預け、逆に天井を仰いだ。

 

「ま、何かの切っ掛けで那珂ちゃんは変わろうとしてるんだしさ。それならまた何かの切っ掛けで更に変われるかも知れねーし。ここは那珂ちゃんを信じて任せてみよーぜ」

「……那珂を起用したのはアンタじゃないの」

「そりゃそーなんだけどな、ははは」

 

 叢雲のツッコミも何のその。横島は何の気負いもなく笑って見せる。完全に那珂を信じ切っているのだ。その姿はあまりにも楽天的すぎるが、しかし。自分達艦娘の司令官としては、限りなく喜ばしい姿にも思えた。だから吹雪は、その場の艦娘達は釣られるように笑みを浮かべる。

 希望はある。望みもある。ならば、あとは信じるのみ。

 

 ――――今こそ、第二海域攻略の時だ。

 

 

 

 

『……と、意気込んではみたものの』

 

 既に二回ほど失敗してしまっている。

 一度目はわき道にそれて資材を確保して終了、二度目はボスまで到達したものの倒し切れず、敗北を喫した。そんなわけで本日三回目の挑戦である。

 

『三度目の正直! 気張っていけよー!』

「おー!!」

 

 通信越しの横島の声に威勢よく応える。海域の入り口、波も静かな洋上にて、艦娘達は意外と元気に満ちている。リフレッシュした彼女達はまだまだ折れない。

 ちなみに今回、横島達は会議室で観戦している。管制室(えいがかん)では緊張感が長続きしないためだ。

 

『……二度あることは三度あったりして』

 

 つい思ったことを口にしました、といった風な声が聞こえた。声の主は深雪。容易く想像出来る嫌な未来に出撃メンバーがしゅんと肩を落とした姿を見て、深雪はようやく「あ、やべっ」と自らの失言に気付く。

 横島が指を鳴らして一言告げる。

 

『独房、連れていけ』

『了解っ!』

『うわあああぁぁぁっ!?』

 

 詳細は分からないが、どうやら深雪が何人かの艦娘(聞こえてくる声からして不知火、時雨、川内か)に捕まり、どこかへと連れていかれたようだ。

 ちなみにだが横島鎮守府に独房は存在しない。あくまでポーズである。

 

『何か最近こんな役回りばっかりぃーーーーーー!』

 

 また今度良い目を見させてあげるから許してね。

 

『こほん。では気を取り直して……那珂ちゃんアイドル艦隊、出撃!!』

「おぉーーーーーーっ!!」

 

 横島の命に意気揚々と声を上げ、海を駆ける。必ず勝つ、そんな決意を秘めた勇壮な笑みを皆が浮かべている。

 

「……」

 

 ただ一人、その笑顔の裏に膝から崩れ落ちてしまいそうな不安を隠したまま。

 

 

 

 

 

「……ここまでは順調に来れたな」

「と言うより順調すぎるくらいですね」

 

 今までの航路を振り返り、摩耶がぽつりと呟く。それに応えたのは瑞鳳だ。和服型の制服の襟元を緩め、少し汗ばみ火照った肌を手で扇いで冷ます姿は外見年齢に似合わぬ色気を滲ませる。それに対し摩耶が少し悔しそうな顔を見せる。粗暴な自分ではちょっと真似出来そうにないタイプの色気(もの)だと思っているからだ。

 

「次はついにボスとの決戦……。ひえぇ、武者震いが止まりません……!!」

「……そういうことにしておきましょうか」

 

 明らかに武者震いではない震え方をする比叡に、赤城は苦笑を浮かべる。ここでそれを指摘するのも大人気ない。多少情けなくとも本人はやる気を見せているのだ。信じて任せるのも信頼の証である。

 

「勝ったら寝れる、勝ったら寝れる、勝ったら寝れる、勝ったら――――」

 

 遠く水平線の向こうを見やりながらぶつぶつと呟き続けているのは加古である。以前古鷹に迷惑を掛けてしまったので自主的にお昼寝を禁止しているらしく、時折どこか遠くを眺めながらぷるぷると身体を震わせている姿が確認されている。意外と長く我慢出来ているようであるが、その姿は何かしらのお薬の禁断症状のようで主に駆逐艦から怖がられている。

 

「……」

 

 最後に旗艦の那珂。誰とも話さず、目を瞑り、ゆっくりとした深呼吸を続けている。まるで一息ごとに意識が研ぎ澄まされていくかのように、霊波が鋭さを増していく。

 おちゃらけた言動が多い那珂ではあるが、その根はまっすぐで、とても真面目な少女だ。日々の鍛錬を欠かさずこなし、その身に確と刻み込まれている。

 それ故に――――横島は不安を覚えた。ちらりと他の艦娘にも目をやれば、同じように心配そうに見つめる者もいる。

 そう、あらゆる意味で次の戦いが正念場となる。

 

『……さあ。がんばれよ、みんな』

 

 その呟きを背に、少女達は海を往く。

 

 

 

 

「敵艦隊見ゆ!! ……これは――――!?」

 

 瑞鳳は敵の編成を見て驚き、言葉に詰まる。彼女の表情から強い緊張とわずかな恐怖も垣間見えた。

 

「敵、戦艦ル級flag ship三体、軽巡ヘ級flag ship一体、駆逐ロ級後期型二体……!!」

『flag shipが四体……!!』

『一番キツイのが来たか……』

 

 改めて赤城から敵艦隊の内容が明らかになり、その強大な戦力に吹雪が慄く。横島も冷静を装っているが、頭の中では「はーーーーーーんっ!!?」と鼻水を噴いて今にも倒れそうだ。現在の彼を支えているのは吹雪達の前で格好悪い姿を見せたくない、爽やかな青年というイメージを崩したくないという意地のみである。(今までの言動ですでに手遅れであることには気付いていない)

 

『とにかく、ここが正念場だ。確かに敵は嫌になるくらい強いんだろーけど、みんなだって頑張って強くなってんだ。そいつらをぶっ倒してそれを証明して、そんで気持ちよく次の海域に繰り出そうぜ!!』

「――――はいっ!!」

 

 艦隊の士気が下降気味になったのを敏感に察知した横島は声を張り上げ、皆を鼓舞する。上手い言い回しではないが、それ故に横島が皆を思う気持ちが十全に伝わってくるような、素直な言葉だ。

 艦隊の皆は横島の思いを受け、頷き合うと、横島に負けぬほどに声を上げ、彼の言葉に応える。

 真っ直ぐに走り、敵との戦闘空間に突入する。――――これより、戦闘開始だ。

 

「赤城さん! 瑞鳳ちゃん!」

「ええっ!」

「はいっ!」

 

 那珂の号令に二人が応える。開幕の先制爆撃。二人から射出される数多の艦載機が敵艦隊に向けて攻撃を開始する。

 満身の霊力が込められたそれら必殺の攻撃を、敵艦は避け、防ぎ、撃ち落す。無論無傷では済まないが、それでも想定よりも遥かに軽いダメージを負わせるに止まってしまう。

 

「比叡さん!」

「任せて! ……気合い! 入れて!! 行きますっ!!!」

 

 比叡から溢れる強力な霊波。主砲から放たれる強力な霊気と裂帛の気合を込められた砲弾は、ル級の一体に突き刺さる。巨大な爆炎が海に広がり、大きく海面を揺らし――――その炎の中から未だ健在のル級が飛び出してくる。被害は軽微、小破と言ったところだ。

 

「ひえぇっ、割とショック!」

「流石はflag shipってとこか!」

 

 隊列を維持しつつ、一か所に留まることなく動き続け、隙を見ては砲撃を繰り出す。しかしいずれも有効打にはならず、無駄弾を使わされる一方だ。それに対し、敵の攻撃は驚異の一言である。

 精度が甘いせいか未だクリーンヒットはしていないが、それでもその一発一発が自分達を超える威力の火力であり、ただかすっただけでも小破判定となってしまう。

 

「うええぇぇっ、そろそろ避けられないかもぉ……!?」

 

 瑞鳳が玉のような汗を浮かべ一人ごちる。既に数回戦闘をこなしてるとは言え、普段の彼女からは想像出来ないくらいに消耗している。何せ自分の攻撃はあまり通らず、相手の攻撃はとても痛い。精神的な負担が疲労を倍増させ、体力を容赦なく奪っていく。

 

「落ち着きなさい! ……呼吸を整えて、意識を落ち着けるの。そして相手の動きに集中しなさい。相手をよく見れば行動の起こりが分かって攻撃を察知しやすくなる」

「は、はいぃ!」

 

 瑞鳳の後方に就いていた赤城が慌てる瑞鳳の横に並び、手早くアドバイスを送る。瑞鳳はその通りにまず深呼吸をし、次いで敵艦の動きを観察し始めた。

 じっと敵艦を見つめる内、ぎこちなくではあるが行動の先読みが出来るようになり、先程までの様に焦ることはなくなる。……しかし、攻撃力の差が埋まったわけでは当然ない。

 何か余程のことが起きなければ、敵を倒すどころか有効打を当てることも難しい。

 

「行って!!」

 

 再び赤城と瑞鳳の爆撃が敵艦を襲う。広い範囲に爆炎と爆煙を撒き散らし、少しでも相手の動きを縛ろうという目論見であったが、敵は炎なぞお構いなしに縦横無尽に海を駆ける。その装甲の堅牢さには苛立ちや憎らしさも一周回って称賛の言葉を述べたくなるほどだ。

 

「くっ……!!」

 

 自分達は弱くない。それどころか以前よりも格段に強くなっている。戦えば勝つ自信はあった。実際にそれだけの実力もあるだろう。だが、上手くいかない。何かが噛み合っていない。自分の実力を出し切れていないのだ。

 那珂はル級の一体に砲撃を当てる。見事クリーンヒットしたかに見えたそれはしかし、芯を外されていた。……外してしまった。

 ここに来て、自分の中でイメージする動きと実際の動きに大きなズレが生じてきている。そこに()()()()()()()()()と那珂の直感は告げているが、今はただ思い通りに動かない己の身体に苛立ちが募るばかりである。

 

「那珂ちゃんさんっ!!」

「――――――ッ!!?」

 

 瑞鳳の焦燥に充ちた声が耳に入ると同時、那珂は己の失敗を悟った。視界の隅、海面に生じた大きな影。()()()()()()()()()()()()()()()()――――――!!

 

「VUMOOOOOOOOOO!!!」

「ぅあ゛っ!!?」

 

 那珂の腹に突き刺さる駆逐ロ級後期型の頭部。その勢いのままに那珂は吹き飛ばされ、海面を跳ねる。それでも意識を失わず、何とか体勢を立て直そうと海面に手を触れ勢いを殺し……視界の先で、ロ級の大きく開いた口が大きく火を噴いたのを認める。

 

「きゃああああぁぁぁっ!!?」

 

 砲撃だ。那珂を襲うロ級の主砲。意識の外より受けた腹への一撃のせいか、那珂が纏っていた霊気は弱まっている。そこに砲撃を受けた。制服は破れ、艤装は損壊し、気を失ってしまいそうな程の衝撃を受ける。――――那珂、中破。

 

「那珂ちゃんさんっ!?」

「――――鳳っ!!」

「あ……っ!?」

 

 那珂が中破したことに気を取られ、瑞鳳はそちらへと意識を向けてしまう。当然、そんな大きな隙を逃す敵ではない。気付いた時にはル級の砲弾は最早避けることの出来ない距離にまで迫って来ていた。

 砲撃音は赤城の声をかき消し、何を言ったのか上手く聞き取れなかった。だが、何をしたかったのかは嫌というほど理解出来てしまった。

 

「赤――――」

 

 強く抱きしめられる己の身体。抱きしめているのは赤城だ。()()が理解できた瞬間、全身に強い衝撃が走った。二人一緒に海を何度も転がる。数回バウンドしたところで思い切り海面を叩き、その反動で無理やり体勢を立て直す。瑞鳳の腕の中には制服と艤装が無残にも砕かれた、傷だらけの赤城が苦しそうに呻いていた。――――瑞鳳、小破。赤城、大破。

 

「この野郎っ!!」

「おりゃーーーーーー!!」

「離れろぉっ!!!」

 

 ここで摩耶、加古、比叡の砲撃がロ級、ル級に打ち付けられる。今度は流石に損傷軽微といかなかったのか、二体とも中破に追い込むことが出来た。だが、追撃の手を緩めない。執拗に砲撃を仕掛けてくる。己の失態に歯を噛み砕かんばかりに食いしばりながら、瑞鳳は赤城を庇うように彼女の前面に位置し、攻撃に曝されないように努める。

 

「ちっくしょうがぁっ!」

 

 思わず摩耶は毒づく。このままではじり貧だ。何とか那珂や赤城への攻撃は凌げているが、それもいつまで持つかは分からない。むしろ自分達の方が参ってしまいかねない。今も損傷は増えていき、ややもすれば中破してしまうだろう。

 

『司令官っ!』

『分かってる!』

 

 通信越しに聞こえる吹雪と横島の声。そう、もうすぐ()()だ。陽が沈み、世界が闇に包まれるその刹那。撤退を選択することが出来る唯一の時だ。

 勝ち目が薄いのは明らかである。今回は運が悪かった。flag shipが四体と戦うにはまだ練度が足りていなかった。だが今回の戦いで敵の情報を得ることが出来たのだ。それは猿神鎮守府やワルキューレ鎮守府などから得た物とは違い、自分達で得た情報だ。ただの知識と実際の経験では、その確度に雲泥の差が出ることもある。収穫は充分にあったのだ。

 

『――――……』

 

 横島の口から指令が出る。否、それは願いだろう。それは――――――。

 

 

 

 

 

 頭が痛い。耳鳴りがする。周囲の音が良く聞こえない。

 那珂は痛む頭を押さえ、耳の奥からキーンと響く耳鳴りに表情を歪めながらも海上を駆ける。

 

 ――――提督の役に立てなかった。

 

 今那珂の胸を刺す思いはそれに尽きた。艦隊の旗艦に抜擢され、期待も掛けられたというのに結果を出せない。知らず涙が滲んできてしまうほどだ。

 敵を睨み、砲撃をする。当たらず。当たらず。当たらず……命中。しかし敵のル級はそれを意にも介さず攻撃を仕掛けてくる。もう落胆すらすることはない。

 周りで瑞鳳や比叡達が何事か話し合っているが、やはり上手く聞き取ることが出来ない。咄嗟にガードできたとは言え、頭部に砲撃を喰らったのだからそれも当然と言えよう。

 戦闘空間の空気が変わっていく。もうそろそろ時間なのだろう。横島は撤退を指示する。彼はそういう人物だ。スケベだが優しく、温かで、自分達を大切に想ってくれる……そんな、大好きな人だ。

 期待に応えたかった。思いを遂げたかった。しかし、現実は非情だった。今の自分達には逃げ帰ることしか出来ない。

 ……諦めが心を支配する。また次がある。機会は巡ってくる。それはそうだろう。しかし、那珂は今回、その結果を出したかったのだ。……最早、どうすることも出来ないが。胸の中に燻る何かがある。しかしそれも、もう消えてなくなりそうだった。

 

 敵艦の攻撃を避け、その時を待つ。今の那珂は聴覚に異常をきたしている。何とか、周囲の動きに合わせなければならない。だから、それは想像の埒外にあった。

 まさか、横島の声が。横島の言葉が。

 

 

 

 

 

 

 

『頑張れ――――――!!! 那珂ちゃーーーーーーん!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――こんなにも、はっきりと聞こえてしまうなんて。

 

 

 

 

 

 

 

『司令官っ!?』

『ちょっ、あんた何を……!?』

 

 吹雪や霞、他にも多くの艦娘の驚く声が通信から聞こえてくる。気付けば空は闇に覆われていき、やがて夜へと姿を変えるだろう。夜戦へと突入したのだ。

 誰もが驚く横島の暴挙とも言える行い。しかし、その場で一番その行動に驚いていたのは、他でもない横島自身であった。

 

 ――――俺は何をやってんだ……!?――――

 

 まるで空白地帯となってしまったかのような思考の中で、ようやくその一言だけが浮かんできた。しかしそれもほんの一瞬。横島の思考は瞬時に切り替わった。

 先の言葉が脳裏を過ぎったその瞬間から、()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 朝目が覚めて那珂を出撃させようと思いついた。ただ何となく、那珂に出撃してほしかった。その時の感覚の答えが、今だというのだろうか。

 横島は霊感に従い、更に言葉を重ねようとする。しかし、それよりも早く意外な人物の声が会議室に響き渡った。

 

『負けないで! 那珂ちゃーーーーーーん!!』

 

 普段の落ち着いた姿からは想像出来ない、大きく張り上げた声。大声を出し慣れていないのか、その声音は大きく上ずり、しかしそれだけに必死さが嫌でも伝わってきた。

 聴覚が上手く機能していない今の那珂にも鮮明に聞こえるその声の持ち主。横島と共通しているのは、その声に()()()()()()()()()()()()()

 言霊の使い手――――――。

 

「扶桑……さん……っ」

 

 呆然とその名を呟く。同じ霊能の使い手としてライバル視していた相手からの、必死の応援(エール)。扶桑の人柄を考えればこういった行動に出る可能性は十分にあることは理解出来る。しかし、大きな声を張り上げ、声が裏返るまでに必死になってくれるとは思わなかった。

 その事実に胸が少し熱くなるのを感じた。じんわりとした熱が全身に広がっていき、徐々に聴覚も正常に戻っていく。すると、何やら通信からざわざわとした喧騒のような物が聞こえてきた。それは、会議室にいた艦娘達の声。

 

『那珂ちゃあああああああああん!! ファイトオオオオオオオオオッ!!』

『那珂ちゃん、しっかり!!』

『那珂ちゃんさーーーーーーんっ!!』

『オラーーーーーーッ!! やられっぱなしで終わんじゃねーぞ摩耶ぁっ!!』

『加古もしっかりしなさーい!! 勝ってお昼寝するんでしょー!?』

『比叡ーーーーーーっ!! Don't give up! You can do it!!』

『赤城さーーーーーーんっ! 大丈夫ですかーーーーーーっ!?』

『瑞鳳は後で私の部屋に来なさい。少しお話をしましょう』

 

 横島の、そして扶桑の那珂を応援する姿に触発されたのか、その場の全員が那珂達に応援の言葉を贈っていた。

 当たり前だが皆の胸の内に不安はある。撤退をしてほしいとも思っている。だが、信じると決めた。横島と扶桑の言葉には、それだけの力があった。()()()()()()()()()()

 

「みん……な……!!」

 

 絶望的な戦闘だというのに、艦隊の皆はそれを一瞬忘れた。その声に、言葉に、応援に、心の中の何かが大きくなっていくのを感じる。

 そして――――――。

 

「え……?」

「これは……」

 

 通信の向こう、皆の声のその中に。小さくも、確かに聞こえてくるものがある。

 

「これ……歌……?」

 

 それはあまり上手だとは言えなかった。音程は所々外れ、声の張りも足りているとは到底言えない。しかし、その歌に込められた気持ちは、想いは、その場の何よりも確かなものだった。

 

「この、歌……この曲は……!」

 

 那珂の脳裏に蘇る、()()()()()()()()()。磯波と楽しそうに話していた時に扶桑が言っていた、彼女が一番好きな、那珂の歌。それを扶桑が歌っているのだ。

 それは、泣いている人や、苦しんでいる人、見えない未来に怯える人達に宛てた――――扶桑の心を救った、応援歌。

 やがてその歌は独唱(ソロ)ではなくなり、二重唱(デュオ)となり、三重唱(トリオ)となり――――やがて、大合唱(カンタータ)となる。

 

「……っ」

 

 自然と涙が溢れる。胸の中の熱は既に全身に広がり、熱く身体を燃やしている。身体だけではない。小さく燻っていた()()も大きな炎を上げ、那珂が抱いていた絶望感を完全に焼き尽くしていた。

 今になり、ようやく理解出来た。心の底から納得出来た。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 歌を歌っていたのは恐怖を誤魔化すためではない。胸の中の小さな勇気を奮い立たせるため。皆で歌ったのは自分は孤独ではないのだと、仲間がいるのだと、戦友の心を守り支えるため。

 

 

 ――――応えたい。みんなの歌に応えたい。私はまだ頑張れる。こんなにも力が湧いてくる!!

 

 

 那珂の全身に強力な霊気が満ちる。普段よりは弱くとも、それでもその力は今までのどんな時よりも輝いて。

 

『那珂ちゃーーーーーーんっ!!』

 

 不意に聞こえてきた横島の声。

 

()()()()()()()()()()()()()()!!』

 

 その声が響き、那珂は思い出した。自分がアイドルに憧れた、アイドルになるのだと決めた理由。

 どんな時でも笑顔を忘れず、誰かに勇気を与え、救いを与え、夢を与え、願いを与え――――そして、笑顔を返される。これほど、素敵な存在が他にあるのだろうか?

 だからアイドルに憧れた。アイドルになると決めた。どうして忘れていたのだろう。こんなにも簡単なことであったというのに。

 

 

 ――――私は応える。みんなの声に、歌に、応援に。そして何よりも………………!!

 

 

「提督の思いに、応えたい――――――!!!」

 

 とても強く、心の底から希う。そして――――――()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

『――――何だっ!!?』

 

 スクリーンに映る那珂の身体から、激しい光が迸る。それと同時、横島が持つ端末からも同様に激しい光が荒れ狂う。だが、それらの光は強くとも、それと同時にとても優しく、柔らかでさえあった。

 敵艦隊はその光に何かの恐怖を感じたのか、攻撃をピタリと止め、忌々しそうに歯を剥き、唸りを上げる。

 那珂の光は柱となって宵闇を切り裂き、空へと昇り、雲を突き抜けどこまでも遠くへ。それは圧倒的な霊気の奔流だった。那珂は、彼女は()()()()()()()()()()()()

 

『……!? これは……!!』

 

 横島の端末に文字が浮かぶ。表示されるのは消費される弾薬と鋼材の量。そして、とある一文。

 

『第二……改装……』

 

 それは、二つの世界で初めての正式な存在となる。壁を越え、一つの領域へと至った、最高の艦娘の一人。

 

『――――()()()()……!!!』

 

 

 

 

「アアアアァァァァッ!!」

 

 突然巻き起こった不可思議な現象に理解が追い付かずとも、たとえ恐怖が身体を縛っても、それでも深海棲艦は艦娘を沈める為に裂帛の気合を以って砲撃を繰り出した。全ての狙いは那珂へと向かう。迫りくる砲撃に対し、今の那珂は余りにも無防備と言えるだろう。このままでは先の損傷もあり、那珂は轟沈してしまう。

 しかし、それはありえない。

 光の柱が枝分かれし、雷電の如き速度で砲弾を叩き落したのだ。

 

「ウア、アァ……!!?」

 

 その光の枝は二振り在り、螺旋を描くように光柱より廻る。やがて光柱はその高さを変え、光球となる。光の枝も回転を止め、大きく左右に広がった。

 光球に小さな罅が走る。それは全体へと及び、甲高い音を立てて弾け飛んだ。

 その中から姿を見せる、一人の少女。改二へと至った、一人の艦娘。

 

『これ、が……!!』

 

 マイクを模した探照灯。電探のネクタイピン。丸く膨らんだパフスリーブ。小さな白手袋にブレスレット。そして、フリルがふんだんにあしらわれた白いスカート。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 大きな二振りの光の枝が背中から生えたその姿は異様であるが、同時に神々しさを感じさせる。光の枝……否、光の翼は一度だけその身を振るい、周囲に霊気の羽根を舞い散らせた。

 大きく深呼吸し、探照灯(マイク)を口に持っていく。そして、満面の笑顔で自己紹介!

 

「艦隊のアイドル! 那珂ちゃんだよー! よっろしくぅっ!!」

 

 

 

 ここに、艦隊の天使(アイドル)が降臨した――――――!!

 

 

 

 

 

第五十二話

『艦隊のアイドル』

~了~

 

 

 




休暇中の描写……? いえ、知らない子ですね(挨拶)

そんなわけで那珂ちゃんが改二へと強化されました。
背中の翼は単なる演出なので何の意味もありません。(能力発動のエフェクトみたいな感じ)
元ネタはアーマーガールズプロジェクト『那珂改二』。羽型ステージパーツを那珂ちゃん自身に取り付けることが出来るギミックから。

次回は那珂ちゃん無双……になるのかな?
那珂ちゃんの悩みについては……これで解決ということでどうか一つ。

それではまた次回。




電の技の元ネタはグレンダイザーのダブルハーケン、ゲッターロボのゲッタートマホーク、マシンロボの運命両断剣ツインブレードです。
あんなでかい艤装背負ってどうやって振り回しているんだろう……?


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いつかきっと、あの海で

大変お待たせいたしました。

今回は早めに更新出来たかな?
まあ、その分文字数は前回の半分以下なんですけどもね。

でも描写したいシーンは(多分)全部入れられたからこれはこれで良かったのかも。

さて、那珂ちゃん改二の実力は如何に……?

それではまたあとがきで。


 

「うおお……!!」

「すごい……」

「これが……これが――――!!」

 

 霊気が海域に充ちる。強く、優しく、温かな霊気が。

 そう、ここに新生したるは数多の艦娘が夢に描き、掴み取ろうと手を伸ばし続け、なお手に入らなかった天の星。

 世界に――――宇宙意思に資格ありと認められた、頂点の一。

 

 ――――那珂改二。それが、この海域にて生まれた超越者の名である。

 

「……!!」

 

 那珂が走る。真っ直ぐ、一直線に深海棲艦に向かって。

 

 ()()()()()()。その場の全ての深海棲艦が瞬時に悟った。ここで沈めなければならない。確実に滅ぼさなければならない!!

 

「アアアアアアッ!!!」

 

 那珂一人を狙った全艦による一斉砲撃。裂帛の気合と共に放たれたそれは、各々が全力で霊力を込めた必殺の凶弾だ。当たれば如何なる艦娘も、例え二色持ちである金剛や天龍でもただでは済まないだろう。

 

「那珂ァ!!」

 

 摩耶が最悪の未来を幻視し、叫ぶ。摩耶だけでなく、皆も他の艦娘のサポートに回っていたため、誰も那珂に追いついていなかったのだ。

 これでは那珂が――――!! 絶望が皆の脳裏を過ぎり、例え間に合わないと分かっていても痛む身体を無視し、駆けつけようとする。

 

「だいじょーぶ!!」

 

 焦燥感に身を焼かれる思いの皆に、那珂はそう答えた。

 

「――――だって、アイドルの衣装は……!!」

 

 着弾、爆発!! 爆煙と共に炎が迸り、爆音が大気を震わせ、海面が爆ぜる。

 

「那珂アアアッ!!」

 

 絶望の叫びが、爆音の余韻が残る海に木霊する――――次の瞬間。

 

「――――そう簡単に、破れたりしないもん!!」

 

 爆煙を突き抜け、那珂が飛び出した。

 

「はあぁっ!!?」

 

 摩耶が、赤城や他の皆が、通信越しに見ている全員が心の底から驚いた。そしてそれは艦娘だけではない。

 

「――――ッ!?」

 

 深海棲艦――――特に旗艦のル級は目を見開いて驚愕に呑まれる。自らの、全艦の砲撃が――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『那珂ちゃん』

「提督!」

 

 横島からの通信。自分に絶対の信頼を示してくれた想い人の声に、那珂の表情は花の様に綻んだ。

 

『那珂ちゃん、分かってるな?』

「うん」

『那珂ちゃんはアイドルだ』

「うん!」

『だったら、やるべき事は一つ!!』

「うん!!」

 

 二人の間で交わされる短い会話。そこに迷いはなく、淀みもなく。

 横島と那珂。二人の心は今、完全に通じ合っていた。

 

『さあ――――歌え!! 那珂ちゃん!!』

「――――うん!! いっくよーーーーーー!!」

 

 探照灯(マイク)を強く握り締める。那珂の頭上に、霊力で編まれた小さな光の輪が形成された。

 光の輪を持ち、光の翼を広げるその姿はまるで、戦場を駆ける天使である。

 

 

 

 

「ちょ、歌えって……!? 歌わせてどーすんのよ!! 戦わせなさいよ!!」

 

 横島の先程の言葉に霞が噛み付いた。

 それも当然だろう。何せ改二という存在は半ば伝説と言っても良いものであり、こうして通信越しの映像でさえもその次元の違う強さが窺い知れる程なのだ。

 そんな超強力な艦娘と化した那珂に対して出した命令が『戦え』ではなく『歌え』なのだ。霞だけでなく、他の艦娘達も横島の意図が分からず困惑気味だ。

 横島は霞の言葉を受け、皆に視線を送る。そしてニヤリと笑うと。

 

「まぁ見てろって。……いや、この場合は『聞いてろ』か? どっちでもいいか。とにかく――――すげーことが起こるからさ」

 

 それだけ言って、映像へと向き直る。

 まるで意味が分からない。分からないが……それでも、大丈夫であると確信している様子の横島を見て、皆の胸に自分も信じてみようという気持ちが湧き上がった。

 これも横島が今まで培ってきた信頼の成せる業である。

 そしてどうでもいいことだが、横島の悪戯小僧然とした笑顔に彼へと好意を寄せている艦娘達は、煩悩を滾らせてしまうのだった。

 これも横島が今まで培ってきた煩悩の以下略。

 

 

 

 

 

 ――――前を見据える。敵艦……否、深海棲艦を見据える。

 まだ動揺が抜けていない彼女達に、心からの、魂からの想いを込めて、ただ一つの歌を贈ろう。

 私から、貴女達へ。全ての人達へ。

 

「――――――――……」

 

 戦場の中心、戦火の只中で、優しい歌声が響き渡る。

 軽やかに、時に切なげに、ありったけの想いの籠った歌が広がっていく。

 那珂の頭上で輝く光の輪が、彼女の歌声に合わせて拡大と縮小を繰り返す。やがて輝きはいや増していき、那珂の身体からは膨大な霊力が迸った。

 

「――――ゥア、アアァ!?」

 

 ル級の一人が頭を押さえ、声を上げた。その手から、身体から、全身から光の粒子が浮かび、ほろほろと離れていく。

 これは彼女達の肉体を構成する霊力の灯火。それが那珂の歌によって綻び、分解され、宙を舞っているのだ。

 

「オオオ、オオオオオオオ……!!?」

 

 我が身に起こる不可解で理不尽な現象。心より湧き上がる()()()()()感情を振り払う為、ル級達は再び那珂へと攻撃を仕掛ける。

 

「シャアアアァアァッ!!」

 

 撃つ。撃つ。撃つ。だが全て躱される。避けられる。防がれる。クリーンヒットが全くない。那珂は歌いながら、激しく鋭い機動で攻撃を回避し続ける。

 那珂はアイドルだ。踊りながら歌い続けるアイドルにとって、この程度は出来て当然なのである。

 

 ありえない。ありえない。こんなことはありえない。

 攻撃は通じず、身体もいずれ完全に光の粒子となるだろう。恐怖で気が狂いそうになる――――()()()()()()()()()()()()()

 那珂と対峙するル級達の心には――――安らぎと、救いが齎されていた。

 

 

 

 

 

「……あれ、どうなってんの?」

 

 呆然と霞が呟く。それは今も那珂の戦いを見守る全ての艦娘達も思っていることだろう。

 まるで分からない。理解が追い付かない。

 深海棲艦の身体が、霊力の粒子となって崩れていっている?

 会議室にいる全艦娘の視線が横島へと注がれる。しかし、横島の視線は動かない。

 今も戦いの中で()()()()()()()()()()()()()那珂に集中したままだ。

 

「あれが那珂ちゃんの霊能だよ」

「え……」

 

 誰にも振り返らないまま、横島が答えた。

 

「歌が……歌声が霊波に変換されて、海域に広がってる。那珂ちゃんの霊能(うた)は霊的存在……特に深海棲艦に対する特効があるみたいでな。あの歌を聞くと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「は――――はあああああぁっ!!!!!!????

 

 何でもない事の様に語られた那珂の超絶反則能力に、艦娘達はただ驚き叫ぶことしか出来なかった。

 横島はほんの一瞬たりとも視線を動かさず、那珂の戦いを見守り続ける。その目はまるで眩しいものを見るかのように細められ、口元には微かな笑みが浮かんでいる。

 その様はまるで、大好きなアイドルのコンサートを見つめる、一人のファンの姿の様であった。

 

 

 

 

 

 ――――何でだろうね。貴女達の気持ち、分かる気がするんだ。

 

 

 砲撃を躱し、歌い続ける那珂の心は戦火に曝されているというのにひどく穏やかであり、深海棲艦達に一切の敵愾心を持っていなかった。それどころか、慈しみをすら持っていると言ってもいい。

 

 

 ――――どうしてだろう。やっぱり、元は同じだったからかな?

 

 

 艦娘も深海棲艦も、本を正せば同じ(ふね)だ。国の為、民の為に戦い、沈んでいった軍艦達。それが再び命を得て、蘇ったのが彼女達だ。

 彼女達は同じコインの表と裏。進む先、望む未来は正反対だとしても、根本部分はきっと同じ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ――――私達、今はこうして戦っているけど。でも、いつか。きっと、いつかきっと――――!!

 

 

「アアアアァァァッ!?」

 

 ヘ級の艤装が崩壊する。自らの終わりを覚悟したが、那珂の両脇の海面が突如として盛り上がる。

 

「VAМOOOOOOO!!」

 

 ロ級だ。二体のロ級は那珂の歌なぞ知ったことかと雄叫びを上げ、食いつかんと迫る。ロ級は那珂の歌の影響をまるで受けておらず、その身も艤装も霊力の粒子に変換されていない。

 そう、ロ級には歌を歌と認識する程の知能が備わっていなかったのだ。ロ級にとって那珂の歌はただの音でしかなく、そこに込められた想いなど読み取れるはずもない。

 ただ本能のままに敵を沈めんとする怪物に、歌も想いも届かない。

 

『那珂ちゃんさん!?』

 

 左右より迫るロ級の牙に、悲鳴にも似た声が通信より響く。避けられないと思ったのだろう。確かに完璧なタイミングだった。だが、避けられないのではない。

 ()()()()()()()()()()()()

 

「うおっ――――」

「――――っりゃあーーーーーー!!」

 

 那珂の背後より、拳が、蹴りがロ級達を吹き飛ばす。

 

「へーんっ! 主役(アイドル)にばっか注目してるからだ!」

「私達随伴艦(バックダンサー)も忘れてもらっちゃ困るってね!」

 

 加古と比叡だ。

 二人は孤軍奮闘する那珂を助ける為にその背を負い、こうして護る事に成功した。そして今度は二人の主砲が火を噴き、二体のロ級はその身を海底に沈める事となる。

 

「ぃよっし!」

「やりました!」

 

 ハイタッチを交わす加古と比叡の背中に庇われた那珂はほんの少しの間だけ瞑目し、己の不出来をそっと嘆いた。

 もっと上手く歌うことが出来ていれば、ロ級達にも歌を届けることが出来たかもしれない。心の師匠であるジェームス伝次郎であれば、確実に歌を、想いを伝えることが出来ていただろう。

 道はまだ遠く、目指す背中を視界に捉える事も出来ていない。だからこそ、今はありったけの想いを込めて。祈りを込めて。

 きらきらと、夜の海に輝いて。

 

 ――――届きますように。私の歌が届きますように。私の想いが届きますように。

 

「――――ア、アア……ああぁ……!!」

 

 ヘ級が光の中へと消えていく。ひび割れた仮面の隙間から、涙が覗いていた。光の中で、彼女は一体何を見たのだろう。

 ただ分かる事があるとすれば、彼女の涙は温かな光を放っていた事だ。

 

「……オ、オォ」

 

 消えていく。仲間達が消えていく。ああ、この歌は救いなのだ。かつて失った、確かに懐いていたはずの感情が蘇る。

 

 ――――そうだ、私は……私達は……。

 

 最早一人となった旗艦、ル級。彼女の艤装も光に消えた。その身も、すぐに天使(那珂)の歌によって光となる。それでいい。心はもう満たされようとしている。暗い海を漂っていた自分達に訪れる終わりが、温かな光に包まれることなのだ。これ以上の救いは無い。

 だが、()()()()()()()()()()()。せめて一発。一泡だけでも吹かせてやろう。ちっぽけな自分に残った、最後の意地。

 下らない、意味のないその行為。しかしその行為にこそ、ル級は価値を見出した。

 

 これが、最後の勝負だ――――!!

 

 ル級は那珂へと走り出す。艤装もなく、ただ海を走れる程度の能力しかなくなってしまった、その身体で。

 

「あんにゃろっ」

 

 加古が突っ込んでくるル級に主砲を向けると、それを遮るように、那珂が前へと出る。

 

「ちょ、何やってんの那珂!?」

 

 すんでのところで発砲は免れたが、そうこうしている内に那珂とル級の距離は縮まり、互いの手が届くほどにまで近付いた。

 

「アアアアァァァッ!!」

 

 渾身の力を込め、突き出されたル級の拳。最後に残った意地の拳は、那珂の胸に向けられて繰り出された。那珂はその拳を――――両手を広げ、受け入れる。

 驚きに目を見開き、ル級の一瞬気が緩む。そして、その胸に拳が触れる瞬間、ル級の腕は、光へと還った。

 

「……フフ」

 

 連鎖する様に光へと変換されていくル級の身体。それを見つめるル級の目には最早負の感情など一切なく。

 ――――負けた。たった一人の艦娘に、自らが率いる最強の艦隊が完全敗北を喫した。だが、その心を満たすのは怒りでも悲しみでもなく。

 きっと、もっと尊いものだ。

 

「キレイ、ナ、ウた……」

 

 ゆっくりと、目を閉じる。微睡むように薄れゆく意識の中、最後に幻視したのは()()()()()()()()()

 

「また……聞きたい、な……」

 

 その言葉を最後に、ル級は光へと還っていった。

 暗い夜の海を淡く照らす、蛍火が如き光達。やがてそれらはゆっくりと天へと昇っていく。それはまるで、天使が魂達を天国へと送り出す様に見えた。

 那珂は天へと昇り逝く光に涙と、微笑みを浮かべ、呟いた。

 

「……うん。今度は、一緒に歌おうね」

 

 艦娘が、深海棲艦が。かつて夢見た平和な世界。きっと遠くない未来で、再び出逢い、そして今度は共に笑い合い、そして共に歌い合おう。

 

 ――――いつかきっと、楽しい海で。

 

 

 

 

 

第五十三話

『いつかきっと、あの海で』

~了~

 

 




お疲れ様でした。

そんなわけで那珂ちゃんの言霊使いとしての能力は『死霊使い(ネクロマンサー)』です。
歌声がそのままネクロマンサーの笛の代わりになります。
那珂ちゃんの悩みが解決したことで能力が覚醒したのでした。

凄い能力ではあるんですが難点もそれなりにあるので扱い辛い能力でもあります。そこら辺は次回に明かされる……かも知れません。

前回赤城と瑞鳳の出番がそこそこあったので今回は丸々カットすることになってしまいました。お許しください。

それではまた次回。


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その名は“アイドル”

大変お待たせいたしました。

何だかんだで今回が『南西諸島海域』攻略編の最終回です。
なので色々と詰め込んだら文章量が前回の三倍以上になりました。
……毎度毎度私はバカかと。アホかと。
ですがとりあえず満足。(反省の色なし)

それではまたあとがきで。


 

 光の粒が舞い上がり、空へと昇っていく。

 夜の海を淡く照らす光の中、天へと旅立つ魂達を見送る天使(なか)の姿は、まるで一枚の絵画の様な荘厳さを湛えていた。

 

「――――ふぅ」

 

 やがて光の粒は消え、海は太陽を取り戻す。

 那珂の光輪や光の翼も、解ける様に消えていく。

 誰も言葉を発せない。那珂の雰囲気に吞まれていたのもあるが、実感が湧いてこないのだ。

 

『お疲れさん、みんな』

「……あ、提督?」

 

 静かな海の上、横島からの通信が届く。しかし未だに状況が呑み込めておらず、反応が鈍い。

 横島は苦笑を一つ零すと、皆を労わる様に言葉を紡ぐ。

 

『やったな、みんな――――みんなの勝ちだ』

 

 その言葉に、何人かの肩が跳ねる。

 ゆっくりと互いの顔を見、己の掌を見やる。

 プルプルと震えるその手は歓喜によるものだ。

 ぎゅっと、手を握る。

 そうして――――ようやく、勝利の実感が湧いた。

 

「い――――やったああああぁーーーーーー!!!」

「よぁっしゃーーーーーーい!!!」

 

 比叡と加古が叫び、拳を天に突き上げる。

 耳をすませば通信越しに歓声が聞こえてくる。会議室でも相当な騒ぎが起こっているようだ。

 

「あ˝か˝き˝さ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝ん˝っ˝!!」

「ちょっ、ちょっと落ち着いて瑞鳳!?」

 

 涙と鼻水を垂れ流す瑞鳳が赤城へと飛びつき、赤城の制服を汚す。

 

「やったじゃねーか、那珂ぁ! 何かよく分かんねー内によく分かんねー事が起きてよく分かんねーままに勝ったけど、さっきのとかどーやったんだ!? アタシにも教えてくれよー!」

 

 那珂の改二化、霊能の発現など、確かにそうと知らなければ理解が追い付かない現象が多発しており、摩耶の様に何も分からない者が居ても仕方がないだろう。

 摩耶は意気揚々と那珂に近付き、その無防備な背中をバシッと叩く。すると――――。

 

「ふぐぅ……っ!!」

 

 と、呻き声を漏らし、那珂は海面に膝を着いてしまう。

 

「お、おい那珂!? どうした、大丈夫か!?」

 

 那珂の苦しげな様子に背中を強く叩きすぎたかと摩耶が焦る。

 

「あー! なに那珂ちゃんをイジメてるの摩耶ー!」

「い、いやちがっ――――!?」

 

 その現場を目敏く発見した比叡が非難する様に声を上げる。

 別にイジメていたわけではないのだが、那珂の様子が様子なので疑われても仕方がないと自覚している為か、強く否定することが出来なかった。

 もちろん比叡も本気で言った訳ではなく、那珂の様子がおかしいことには気付いている。

 

「……っ」

 

 那珂は全身を酷い疲労感と虚脱感に襲われていた。

 手足には力が入らずプルプルと震えるばかりで立つ事もままならない。

 比叡の声で那珂の様子がおかしいことに皆が気付き、慌てて駆け寄る。

 

「おい、那珂? 大丈夫か……?」

「眠たい? 分かる。私も眠たい」

「加古は少し黙ってなさい。それで、一体どうしたの?」

 

 順に摩耶、加古、赤城が那珂に声を掛ける。

 瑞鳳は那珂の肩を支え、自らへとその身体を寄せる。

 

「……わ、分かん、ない……」

 

 瑞鳳のお陰で少し楽になったのか、那珂は自分でも原因が分からないと答える。

 息が荒いわけではないが、呼吸の一回一回が非常に深く、重いものとなっていた。

 

「……疲労、かしら。提督、何か分かりますか?」

 

 赤城は那珂の不調を極度の疲労ではないかと当たりをつける。……が、、何となく違和感があった為、念の為に横島に意見を求めた。

 

『んー……。直接診ない事には断言出来ねーけど、多分霊力の使い過ぎだと思う。俺も霊力を使い果たしたらそんな感じになったことあるし』

「……あ、なるほど。それで」

 

 横島の言葉に赤城は納得する。

 赤城が抱いた違和感。その正体は那珂の霊波が余りにも弱々しい事だった。先程までの圧倒的な霊波は見る影もない程に弱まっている。

 

『しばらくまともに動けないだろうから、悪いけど誰か那珂ちゃんを負ぶってやってくれ』

「じゃあ私がおんぶしますね」

『ん。頼んだぞ、比叡』

 

 艤装待機状態に移行した比叡が艤装を解除した那珂を負ぶる。

 実は艤装を展開しているだけでも霊力を消費していくので、今回のように霊力を使い過ぎた場合は、艤装を解除することで僅かではあるが霊力の回復を早めることが出来る。

 

「ごめんねー比叡ちゃん。重くない? 汗臭かったりしないかな?」

「なんのなんの、全然大丈夫! 那珂ちゃんはすっごく軽いし、めちゃくちゃ良い匂いだし!! ……後でシャンプーとか香水とか、色々教えてね……」

 

 比叡は本当に同じ艦娘なのか疑わしい程に良い匂いの那珂に、地味にダメージを負う。むしろ自分の方が汗臭くてごめんなさいと謝りたくなってしまう程だ。

 

「さーて、そんじゃドロップを確認して帰りますかー」

「毎回騒ぎが一段落ついてからドロップするの、何か空気読んでくれてるみたいでいいよね……」

 

 落ち込む比叡を尻目に、加古と瑞鳳がまったりとした空気を漂わせ、前方の海へと目を向ける。すると、前方の会場に光が集まり、その中に複数の人型のシルエットを映し出す。

 

「お、今回は新顔が多いな」

「期待が膨らむねー」

 

 元々は沖ノ島海域を攻略するにあたり、資材を大量に消費するだろうからと第四艦隊の解放を狙っていたはずなのだが、それが今や順序は逆になり、先に海域を攻略してしまっている。

 もちろんそれに何の問題もありはしない。むしろ懸案事項が一つ減って万々歳だ。

 あとは第四艦隊さえ解放出来れば言うことなし。出来ることも一気に増えるし、資材もモリモリ溜まっていくだろう。

 ――――流石に数十回出撃すれば溜めた資材も少なくなる。遠征による補充と出撃による消費では、掛かる時間の分消費が上回ってしまっていたのだ。

 だからこそ、このドロップに期待を掛ける。そうそう上手くはいかないということは理解しているが、それでも「妙高型来い!」「金剛型来い!」と祈ってしまうのは仕方がない事なのだ。

 そして、その期待は――――。

 

「私、妙高型重巡洋艦“妙高”と申します。共に頑張りましょう」

「羽黒です。妙高型重巡洋艦姉妹の末っ子です。あ、あの……ごめんなさいっ!」

 

 光が収まり、ドロップした艦娘がその姿を現す。

 それは横島鎮守府に所属する那智と足柄と同じ制服を着用した二人の美女。

 一人はやや短めの前髪を切り揃え、長髪を後ろで纏めてシニヨンにした、太めの眉が特徴的な妙高。

 もう一人はミディアムボブの髪に八の字を描いた眉、引っ込み思案なのか背を丸め、縮こまってしまっている羽黒。

 

 ――――そう。その名前から分かる通り、残る妙高型の二人だ。

 まるで時が止まってしまったかのように誰も何も話さない。

 

「あ、あの……?」

「ご、ごめんなさい! わ、私、何か気に障るような事を……!?」

 

 何の反応も返してこない加古達に妙高は戸惑い、羽黒は目に涙を溜めて何も悪くないのに謝ってしまう。

 そんな二人をよそに、加古達は右手を腰だめに構えると。

 

「パーーーーーーティーーーーーーだーーーーーー!!!」

「っ!?」

「ひゃあぁっ!?」

 

 天へと思い切り突き上げ、大きな叫びを上げた。

 

「私達、遂にここまで来たんだ……!!」

「ええ、当初の目的をまた一つ……!!」

「あ、あの……? あの……!?」

「ご、ごめ……ごめんなさ……!!」

 

 涙ながらに抱き合う瑞鳳と赤城。何が何だか何も分からない妙高と羽黒はおろおろと困惑する事しか出来ない。

 

「沖ノ島の攻略!」

「那珂ちゃんの改二覚醒!!」

「そして妙高さんと羽黒さんのドロップ!!! 今日だけで三つも奇跡が起きましたー!!」

「改二……? 改二っ!!? 改二っっっ!!!???

「な、何でそんな凄い事と私達のドロップが同列に扱われてるんですかーーーっ!!?」

 

 嗚呼、てんやわんや。

 妙高のお手本の様な三度見に羽黒のツッコミ。カオスな様相を呈してきたが、いつまでも帰ろうとしない那珂達に横島から通信が入る。

 

『おーい。嬉しいのは分かったから、そろそろ帰ってこーい』

「あ、悪い。ついはしゃいじまって……」

『俺も気持ちは分かるけどな。でもみんな大なり小なり怪我してんだ。早く帰ってきて身体を休めてくれよ』

「お、おう……」

 

 自分の身を心配してくれる横島に、摩耶の胸が少し高鳴る。いつも通りに複数形を単数形に脳内変換していらっしゃる。

 

『そうそう、流石に今日これからって訳にはいかねーけど、さっきお前らが叫んだパーティーはしっかりやるから期待しててくれ。鎮守府のキッチン組がメチャクチャ張り切ってたぞ。海域突破、那珂ちゃんの改二、妙高型のコンプリートで盛大にお祝いすっからな!』

「やったーーー!!」

 

 横島からのパーティーの確約に、那珂達六人は諸手を挙げて喜びを露にする。

 ちなみにだがこの通信は妙高、羽黒の二人には聞こえていない。建造にせよドロップにせよ、鎮守府で所属艦娘として登録をしなければ通信を始め、様々な機能を使用する事が出来ないのだ。

 

 ――――では、()()()()()()()()()()()()

 

「それじゃあ二人とも、私達の鎮守府に案内しますのでついて来て下さい」

「は、はい。よろしくお願いします」

「よ、よろ、よろしくお願いします―」

 

 こうして瑞鳳先導の下、ようやく帰路に就いた那珂ちゃんアイドル艦隊。彼女達に浮かぶ表情はこれまでの様に悔しさが滲み出たものではなく、少女らしい花が咲いた様な笑顔だった。

 

 

 

 

 

「ふぅ――――」

 

 通信を終えた横島が長い長い息を吐き、少しずつ俯いていく。十秒……二十秒……。

 ガバッと顔を上げ、横島は右手を天に突き上げた。

 

「やったぞみんなーーーーーーー!!」

「わあああぁーーーーーー!!!」

 

 会議室、二度目の大爆発。

 横島が溜めに溜めていたのに倣い、艦娘達も暴発しそうな感情を抑えていたのだ。その分、今のはっちゃけ具合は凄まじい。

 うっかり天龍と必殺技開発の特訓の約束をする者。

 うっかり川内と夜戦に付き合う約束をしてしまった者。

 うっかり電に「私を投げ飛ばして!」と頼んでしまい、会議室の端から端まで減衰・減速無しで飛んで行った者。

 中には姉妹艦の活躍に感涙に咽ぶ者もいる。

 

「か……こっこここ……! かっか、かこっ! か、こ、こここ……!」

 

 どことなく過呼吸の様にも見える。(加古で……過呼吸……?)

 皆が騒いではしゃぐ中、横島の周りには比較的冷静な者達が集う。

 

「遂に第二海域突破ですね」

「次からは複数の海域を選択出来るはず……よね?」

「ああ、そのはずだけど……個人的には順番通り第三海域を攻略したいかなー」

「ふむ……。まあ、そこはアンタの好きにしたらいいわ。今はそれよりも……」

 

 霞がすっと身体を避ける。そこに酷く興奮した様子の吹雪が飛び込んできた。

 

「凄かったですねー那珂ちゃんさん!! 改二ですよ改二!!」

 

 ぐおー!! と勢い良く突っ込んでくる吹雪は興奮故かいつもよりずっと距離が近い。

 鼻先が触れ合いそうになっているのにも気付かず、両手をぶんぶん振って「凄い」「改二」と連呼している姿はとても可愛らしい。

 と、ここで興奮しきりの吹雪を落ち着かせる為か、扶桑が吹雪の肩に手を置き、自らにもたれ掛けさせる。

 

「那珂ちゃんの歌があれほどの効果を発揮するなんて……やっぱり那珂ちゃんは凄いですね……!」

「はわ、はわわわわ……!?」

 

 よほど那珂の活躍が嬉しかったのか、扶桑はいつもの儚げな笑顔ではなく、満面の笑みを浮かべており、そんな扶桑に軽くとは言え抱かれている形の吹雪は顔を赤くし、憧れの扶桑の匂いや背中に当たる大きくて柔らかい感触に、先程とはまた違った意味で興奮し始める。

 思わぬ目の保養に横島の鼻の下が伸びるが、ここに更なる乱入者が現れる。

 

「なーなー司令官、結局那珂ちゃんの能力ってどういうものなんだよ? 何か無敵すぎてよく分かんねーんだけど」

 

 そう言って横島の服の裾を引っ張るのは深雪だ。その傍らには磯波もいる。

 

「あー。まあ、さっきの説明だけじゃ分かんねーか。あの能力は――――ぅひぃっ!?」

「ん? 何にびびって――――うおお!?」

「え……ひっ!?」

 

 横島がふと視線を横に向ければ、先程までメチャクチャに騒いでいた艦娘達がじっと横島を見つめていたのだ。控えめに言ってもホラーである。

 

「お、おう……。みんなも気になるんだな。……ん~、本当は那珂ちゃんが居る時に話すのが一番なんだけど……」

 

 ちらり、と横目で皆を見れば、「私、気になります!」という物凄くキラキラとした目で訴えかけられる。

 横島は溜め息を一つ零し、「まあいいか」とホワイトボードを用意するのであった。

 

「結論から先に言うと、だ。俺達の世界では那珂ちゃんの能力を『ネクロマンシー』って呼んでる」

「……ねくろまんしー?」

 

 その未知の言葉に艦娘の多くが首を傾げたが、漫画・ゲーム好きの艦娘が驚きの声を上げる。

 

「ネクロマンシーって……嘘だー! 全然ネクロマンシーぽくなかったって、あれは!」

「ん……。那珂ちゃんの職業(ジョブ)はネクロマンサーじゃなくてアイドル。そこは譲れない」

 

 真っ先に声を上げたのは望月と初雪。他にも何人かが疑いの声を上げる。

 彼女達の話について行ける者は少なく、困惑している者の方が多い。

 

「まあ待てっての。一から説明していくから。……簡単かつ大雑把に」

「おーい!」

 

 昔と違ってちゃんと勉強もしている横島であるが、それでも知識の量も深度もそう大したものではない。なので今はそれで我慢してもらうしかないのだ。

 

「んで、ネクロマンシーだけど、漢字ではこう書くんだ」

 

 横島はホワイトボードに大きく“死霊術”と書く。それを見た皆からはどよめきが起こった。

 

「その力は読んで字の如く『霊を意のままに操る』ことだ。例えばそこら辺の霊を敵に突っ込ませたりな」

「え、でもそれじゃあやっぱり那珂ちゃんの力とは別物なのでは……?」

 

 どうにも横島の説明からでは先の那珂の力と結びつける事が出来ない。だがそれも仕方のない事だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「俺の世界の同僚にな、世界最高レベルのネクロマンサーがいるんだ。その子は三百年間幽霊やってて、最近になって生き返ったんだけど……」

 

 先ほどより遥かに大きなどよめきが起きた。……が、もう誰も突っ込まない。話が途切れるし、何より続きが気になりすぎるからだ。

 

「だからこそ、その子は霊の悲しみや苦しみを理解してあげることが出来た。憐れみだけでなく、慈しみを、愛情を以って接する事が出来た。だから霊を操るだけでなく、成仏へと導くことが出来たんだ」

 

 そう語る横島の顔はどこか誇らしげであり、幾人かの艦娘はそのような表情(かお)をさせる()()()()()()()に、胸の炎を滾らせる。

 

「ん……? あれ?」

 

 と、ここで吹雪がとある事実に気付く。

 

「司令官が言うその方が世界最高レベルということは……深海棲艦相手に同じ事をして見せた那珂ちゃんさんはつまり……?」

 

 その言葉に会議室に沈黙が下りる。

 何かを期待する様に横島に目をやれば、彼は大きく頷いた。

 

「ああ。那珂ちゃんも世界最高のネクロマンサーの一人だな」

 

 会議室に感心したような、誇らしげな声が満ちる。特に神通など涙ぐんで天を仰ぐほどだ。

 

「にしてもスゲーな、那珂ちゃん。戦ってる最中の敵に対してイツクシミだのアイジョウだの、私にゃ無理だなー」

「あ……確かにそうだね」

 

 頭の後ろで手を組み、溜め息と共に言葉を吐き出す深雪。傍に居た磯波も同意しており、会話を聞いていた他の艦娘も同じ思いの様だ。

 

「そうか? 那珂ちゃんなら当然だと思うけど」

「えー? 何でそう思うんだよー。ぶーぶー」

 

 自分の言葉を切って落とされた深雪が唇を突き出し、ブーイング。横島は「悪かったって」と深雪の頭をわしゃわしゃと撫で、理由を述べる。

 

「だってな、()()()()()()()()()()()()()()? 自分の歌を聞いてくれる……いや、例え聞いてくれなくても、心からの愛情を伝えるのはいつもやってる事じゃんか」

「……」

 

 開いた口が塞がらない、とはこの事を言うのだろう。無論悪い意味ではなく、良い意味でだ。

 横島は艦娘(じぶん)達より余程那珂の事を理解してくれている。そのことを、ひどく嬉しく思うのだ。

 しかし、中にはそのことに対して嫉妬してしまう艦娘もいる。例えば深雪だ。

 

「ふーん。那珂ちゃんの事よく見てんだな。最近ずっと那珂ちゃんばっか気に掛けてたし、裏で何かあったんじゃねーのー?」

「何だ何だ、今日はやけに突っかかって来るな」

 

 またも不機嫌そうに唇を突き出し、軽くぺちぺちと横島の腕にパンチを見舞う。

 深雪の機嫌が悪くなった理由が一切分からない横島は困惑するばかりであり、磯波も深雪の気持ちが少し理解出来るので、止めずに好きにさせている。

 

「那珂ちゃんはいいよなー。あんな無敵の能力手に入れてさー。もう全部那珂ちゃん一人でいいんじゃねーのー?」

 

 それは嫉妬からつい口に出してしまった言葉。那珂の能力を知り、芽生えた思い。そして深雪と思いを同じくする者も少なくない。むしろこれから先、もっと増えていくことだろう。

 

「さっきから無敵無敵言ってっけどな。ネクロマンサーの能力は確かに強えーけど、全然無敵じゃねーぞ? 弱点とか難点とか色々あるし」

「……え、マジで?」

 

 だが、そんな思いも横島の言葉で広がりを止める。

 

「こういうのは那珂ちゃんが居る時に説明したいんだけど、まあ今更か。とりあえず、ざっとだけど説明していくぞ」

 

 そう言って横島はホワイトボードにネクロマンサーの……今の那珂の弱点を書いていった。

 

 まず第一に歌わないと能力が発動しない事。

 本来の――横島の世界での――ネクロマンサーは“ネクロマンサーの笛”という楽器を用いて霊を操る。だが那珂の場合は直接歌声を霊波に変換し、深海棲艦に干渉するのだ。

 つまり那珂が歌えない、声が出ないという状況に陥った場合、そもそもの能力発動が出来ないという事になる。

 

 次に『歌』であるという事。

 先の戦闘でのロ級の様に、歌を歌と理解出来ない者にはその威力を発揮することが出来ない。

 

 更に、他に霊力を回せない事も挙げられる。

 先の戦闘にて那珂が改二に覚醒してから、那珂は一度も攻撃を行っていない。(これは横島の命令も関係しているが)

 防御に関してもだが、那珂は攻撃を受けた際、防御に霊力を割いていたのではなく、素の防御力で防いでいた。

 

 そして、霊力の消費が激しすぎる事。

 那珂は最後の一戦、それも夜戦時間内に改二の莫大な霊力を完全に使い切ってしまっている。

 これから先、沖ノ島よりも広い海域も出てくるだろう。それで序盤から能力を使っては、最後まで辿り着けない可能性が非常に高い。それほどの燃費の悪さだ。

 上記の“他に霊力を回せない”のも、この燃費の悪さが原因と言えるかもしれない。

 

「……とまあ、こんな感じか。

 ちゃんと調べたわけじゃねーから間違ってる部分もあるかもしんねーし、ちゃんと修行すれば克服出来る部分もあるだろーけど……。

 それでもみんなが思うような無敵完璧な能力じゃないってのは分かってくれたか?」

「お、おおぅ……。そっか、結構面倒な能力でもあるのか……」

 

 現状の問題点を挙げていった横島の説明に、深雪をはじめ他の艦娘も納得を示す。なるほど、

 確かに無敵ではない。むしろ癖の強い能力と言えるだろう。特に歌でなければいけないのと、超高燃費の部分。

 当面は運用するにあたって、今まで以上に頭を悩ませることになるだろう。

 

「それに、だ」

 

 横島は深雪の頭を優しく撫でる。

 

「那珂ちゃん一人じゃ戦えない。

 みんなが居て初めて那珂ちゃんの能力を活かす事が出来るんだ。

 むしろみんなの立ち回りの方が重要になるかもな」

「……私達の方が?」

「そうそう。みんなの立ち回り次第で“無敵艦隊”ってな」

「無敵艦隊……!!」

 

 深雪と幾人かの目が輝きを放つ。ロマン溢れるワードが琴線に触れた様だ。

 

「……提督。そろそろ艦隊が戻ってきます」

 

 深雪を温かく見守っていた大淀が、艦隊の帰還を伝える。気付けばそこそこの時間が経っていたようだ。

 

「……っと、もうそんな時間か。相変わらず行き帰りは超スピードというか何というか。

 ……せっかくだし、みんなで出迎えようか?

 妙高型の二人も気になるし、何より沖ノ島攻略を頑張ってくれた艦隊のみんなと、改二になった那珂ちゃんをさ」

「さんせーい!!」

「私、いっちばーん!!」

 

 駆逐艦娘を中心に声が上がり、皆が我先にと移動を開始する。

 妙高型はもちろん、やはり改二になった那珂を一刻も早く見たいのだろう。少し、妙高達が不憫かもしれない。

 

 皆が会議室から出ていくのを見ながら、横島は今回の那珂の覚醒に思いを巡らせていた。

 那珂がネクロマンサーの能力に目覚めたのは、とても大きな意味を持つ。

 いずれ来たる決戦の時。那珂は全鎮守府連合艦隊の切り札の一つとなるだろう。

 

()()――――()()()()……」

 

 呟いた言葉は誰の耳にも届かず消えていく。

 横島は皆の後を追い、那珂達を迎えに行った。

 

 

 

 

 

「うっはーーーーーー!! 美しい……!! なんて美しいんだ……!!!」

 

 横島の目の前には遂に揃った妙高型四姉妹の姿がある。

 現実時間ではそれほどでもないのだが、ゲーム内時間では実に数ヶ月かけてのコンプリートだ。感動も一入であり、四人の姿がきらめいて見える。

 妙齢の美女が四人。普段の横島ならば既に飛び掛かっているところだが、四姉妹の近くには皐月や文月といった駆逐艦娘の中でも特に幼い者達が配備されており、更には羽黒の気弱な性格もあってかただ感情のままに叫ぶだけに止めている。

 美しい美しいと連呼する横島に妙高は困った様に、那智は呆れた様に、足柄は当然とばかりに、羽黒は恥ずかしそうにそれぞれ表情を変えている。

 瑞鳳の先導で艦隊は帰ってきた。所属艦娘全員で、しかも大歓声を上げて出迎えたのだからさぞ驚いたことだろう。

 そこで足柄と那智が「本命は後に取っておこう」と進み出たのだ。その結果が今の状況である。

 一部の艦娘が横島の尻をゲシゲシと蹴っているぞ。

 

「二人とも……提督はどういう方なのかしら……?」

「一言で言えばスケベ小僧だな」

「でもなかなか優秀なスケベ小僧よ」

「え、エリートスケベってことですか?」

「いや、そういうことではなく」

「っていうか、エリートスケベってなによ」

 

 羽黒の不思議な表現にやや気を削がれたが、那智は一つ咳払いをし、自分達の司令官について語る。

 

「普段はスケベでバカなことばかりしているんだがな、ああ見えて私達艦娘一人一人を気に掛けてくれていてな。那珂が悩みを吹っ切って改二に至ったのも、奴の力添えがあってこそなんだ」

「そう、なの?」

「ああ……多分そんな感じなんじゃないかなーと思う」

「凄くフワッとしてる!?」

「だって私達、着任してからこっち全然出番なかったし……」

「あ、あー……」

 

 弱冠遠い目をして微笑む二人に上手く言葉を返せない。

 何か良い話題はないかとちらりと横島を見やれば、いつの間にか彼は大量の駆逐艦娘に乗っかられ、圧し潰されていた。

 小高い駆逐艦娘山の下から「あ˝ー……」という呻き声が聞こえてくる。

 ちなみに頂上には初春が足を組んで座っており、そんな状態だというのに優雅さ、高貴さを微塵も失っていない。相も変わらず只者ではない。

 

「てーとくー」

「お、おお! その声は……!!」

「うわー」

「きゃー」

 

 ようやく、と言うかやっとと言うか。比叡に背負われていた那珂が降り、下敷きになっている横島に声を掛ける。するとその声に反応した横島が、まるで重さを感じさせない動きですっと立ち上がり、上に乗っていた駆逐艦娘達がバラバラと崩れていった。

 

「おかえり、那珂ちゃん」

「えへへ。ただいま、提督」

 

 多くを語らず、ただ微笑み合って言葉を交わすその姿は、何だか心が通じ合っているように見えて一部の艦娘達がムッと眉を顰める。

 

「んんん~、これが改二になった那珂ちゃん……!! 新しい衣装も似合ってるな! 可愛いぞ!!」

「えへへー! 似合ってる? 那珂ちゃん可愛いっ?」

「いよっ! アイドル那珂ちゃん日本一ー!!」

「いえーいっ!!」

 

 一転、今度はハイテンションでハイタッチ。これはこれで楽しそうでやっぱり一部の艦娘達のボルテージが上がっていく。

 

「那珂ちゃんがこうして改二になれたのは提督のおかげだよー」

「そーか? 俺は大したことしてねーと思うけど……。那珂ちゃんが頑張ってきたからこそだろ?」

 

 そう言う横島に謙遜の色は無い。心の底からそう思っているようだ。そんな横島だからこそ、那珂の胸に温かな想いが募っていく。

 

「そんなことないよ。提督は大したことしてないって言うけど、私にとってはそうじゃなかった。とっても大事なことだった。そんな大事なことを当たり前みたいに出来るんだよ? 提督はもっと自分は凄いんだぞーって自信を持たなきゃ!」

「そ、そうか? そう言われると何か照れるな」

 

 褒められることに慣れていない横島は那珂の言葉に顔を赤くする。

 変な暴走もなく、純粋に照れる姿は見る者が見れば可愛らしい。

 

「あらあら、顔を赤くしちゃって……。案外純情なのかしら」

「ピュアスケベなのかな」

「羽黒……?」

「お前は相変わらず妙な単語を気に入るな」

 

 末妹の妙な癖に苦笑しつつ、横島と那珂の会話に注視する妙高達。

 少し周りを見れば、二人のやり取りに嫉妬する艦娘もちらほらと見受けられる。中々面白い人間関係が構築されているようで、妙高と羽黒の好奇心が首をもたげてきた。やはり色恋沙汰は気になるものなのである。

 

「提督に何かお礼をしたいんだけど何が良いかなー?」

「いや、別にそういうのは気にしなくてもいいんだけどな」

 

 仲睦まじく話す二人に、そろそろ周囲も限界が近い。今回の主役は那珂なので皆多少は遠慮しているが、それでも一部の艦娘達はこれ以上の独占を我慢出来そうにないのである。

 彼女達は我慢弱く、落ち着きのない艦娘なのだ。しかも抜け駆けをする輩を大層羨ましく思っている。ナンセンスだが、動かずにはいられない。

 

「ちょっと、司令か――――」

 

 ついさっきまで横島の尻を蹴っていた為に一番近くに居た叢雲が横島に近付いた時、一陣の風が吹いた。

 

「いたっ」

「ん、どうした?」

 

 風が吹き、那珂が目を押さえて俯く。どうやら目にゴミが入ったらしく、少し涙ぐんでいる。

 

「ごめん、提督。ちょっとふーってしてくれないかな?」

「え、お、俺が?」

「ちょっと、那珂。それなら私の方が……」

 

 那珂は困った様に横島に顔を近付ける。横島は戸惑いつつもひょいと同じように顔を近付けており、その閉じられた片目を開くためにそっと指を這わせようとする。

 流石に男にそういったことをさせられないと考えた叢雲が心配そうに手を伸ばすが、ここで予想外の光景を目にする。

 

「ごめんね?」

「へ?」

 

 那珂が横島の首に腕を回す。横島は一瞬その腕に気を取られ、視線を外し――――謝罪の言葉にまた戻せば、そこには視界いっぱいに広がる那珂の顔。

 唇に触れる柔らかな感触。鼻先をくすぐる甘い匂い。重なり合う二人の影。

 横島の唇と、那珂の唇が、一つとなっていた。

 

「キャーーーーーーッ!!!」

 

 それは悲鳴なのか、それとも黄色い声なのか。ともかく大気を震わせるほどの大声が皆から発せられた。

 

「何やってんのよ那珂ァーーーーーー!!!」

「何で俺ヴァアァッ!!?」

「ああっ、提督っ!?」

 

 那珂と横島のキスシーンを見た叢雲は即座に沸騰。どこからか取り出した槍の石突で横島の肝臓(レバー)を強かに打ち抜き、その意識もろとも吹き飛ばす。流石の那珂改二も戦闘状態でなければ反応することは出来なかったようで、簡単に弾き飛ばされてしまった。

 以前の金剛による大人のキスの時は横島を引っこ抜くだけで済ませていたのに今回は直接攻撃という手段に出てしまったのは、それだけ余裕がなくなってきているのか。

 

「うおぉっ、大丈夫か提督!?」

 

 吹き飛んだ横島は天龍が何とか抱きとめることに成功した。横島の顔が丁度天龍の大きなお胸の谷間に挟まっているので、周りからは見えないがその表情は非常にだらしないものとなっている。気絶しているのに器用な男だ。

 

「那珂ァッ!! あんた司令官に何やってんの!! アイドルなんでしょーがあんたは!!」

 

 叢雲はびしっと指を突きつけ、那珂を糾弾する。その目に若干涙が浮かんでるように見えるのは果たして気のせいか否か。

 那珂はそんな叢雲に対し、ムッとした表情を見せるが、それもほんの数秒。後には何やら得意げな顔になり、それが叢雲だけでなく周囲の一部艦娘達の神経を逆なでる。

 

「分かってない……。叢雲ちゃんはアイドルを分かってないよ」

「あんですってぇっ!?」

 

 やれやれと首を振り、ぷすーと息を吐く那珂の態度に叢雲は艤装を展開しそうになる。流石に実行しないだけの理性は残っているようだが、今にも爆発しそうだ。二人とももっと横島の心配をしてあげないとダメだぞ。

 

「良い? 叢雲ちゃん。アイドルっていうのはね――――恋愛スキャンダルが付き物なんだよ……!!

「――――た、確かに……!!

「それで納得しちゃダメだよ叢雲ちゃん!!」

 

 うっかり丸め込まれそうになった叢雲に吹雪のツッコミが入る。色々と衝撃だったのでいつもしっかりとしている叢雲がポンコツ気味になってきている様だ。

 一方天龍は気絶している横島をどうするべきか、頭を悩ませていた。

 

「那珂の奴め、羨ましい真似を……!! しかし叢雲もここまでしなくても……いや、まあいいか。とにかく医務室にでも連れてったらいいのか……? いや、待てよ……――――ッ!!」

 

 ここで天龍に電流走る。

 最近横島関連で全然美味しい目を見ていない天龍は悪魔の策を思いついた。即ち……このままお風呂(ドック)に連れていけばいいのではないか? ……と。

 思いついてしまったからには冷静な思考なんてかなぐり捨て、天龍は実行に移す。彼女はそういう勢いで行動するタイプの艦娘だ。

 

「……しょーがねーな。俺はこのまま提督をドックで治療してくっから! 那珂(あっち)は任せたぜ!」

「ヘーイ天龍ー! Just a second(ちょっと待ちなサーイ)!!」

「ぬっ、金剛!」

 

 勢いのままずらかろうとする天龍を呼び止める影、その名は金剛。彼女は不敵に笑い、天龍に手を差し出す。

 

「また新たなRival(ライバル)が出現しました。ここは一時手を組むべきネー!」

「あー?」

 

 金剛を睨み付けること数秒。天龍も同様に不敵な笑みを浮かべ、差し出された金剛の手を握る。

 

「ふっ」

「ふっ」

 

 同盟成立――――!!

 

「貴女達だけにいい格好はさせませんよ。私も行きます」

「おお、加賀!!」

「加賀さん!?」

 

 同盟を組んだ二人に加わる新たな人員、加賀。遠目に眺めていた赤城は変な方向に吹っ切れつつある親友に驚きを隠せない。

 

「こらーっ! 天龍ー!! 金剛ー!! 加賀ー!!」

「ちっ、叢雲が気付いたか!」

「さっさと行きましょう」

「はーっはっは!! 追いつけるものなら追いついてみなサーイ!!」

 

 黙って移動していればバレないのに、わざわざ大声で計画を話して仲間を増やし、挑発してからダッシュで逃げる。

 横島と色々ヤりたい(意味深)のは事実なのだろうが、もしかしたら追い詰められつつある叢雲のストレス発散を兼ねたじゃれあいをする為なのかもしれない。

 叢雲は多くの駆逐艦娘を引き連れ、天龍達を追いかけ始める。

 

「駆逐艦、突撃ー!! 司令官を取り戻すわよ!!」

「深雪様だって司令官に色々してーんだぞー!!」

「この不知火を差し置いて美味しい目になど合わせません……!!」

「わあああああああ!!」

「ひょうてきをさだめろー」

 

 ムキ―ッ! と怒りの雄叫びを上げ、駆逐艦達は天龍達最強の三人へと突撃する。横島を賭けた熱い鬼ごっこの始まりだ。

 叢雲に放置される形となった那珂は「ありゃりゃ」と頭を掻き、叢雲達駆逐艦隊を見送る。そこに遠慮がちに吹雪が近寄った。

 

「あの、那珂ちゃんさん」

「あ、吹雪ちゃん」

 

 吹雪はぺこりと頭を下げ、那珂に声を掛ける。そうして言いたいことがあるのに、言い出せないまま時が過ぎる。

 那珂は吹雪が何を言いたいのか……何を聞きたいのか理解している。だから、その答えを口にした。

 

「私ね、提督のこと好きだよ」

「……」

「叢雲ちゃんにも言ったけど、ちゃんと恋愛的な意味でね」

 

 真っ直ぐな言葉、真っ直ぐな視線。それに吹雪は何故か打ちのめされた様な気分になった。それは何故か、何となくだが察しは付いている。

 吹雪は自分の想いに自信が持てない。本当に自分が抱いている感情が()()なのか、判断が付かないのだ。

 自分の姉妹艦を見て、どこか置いていかれている様に感じてしまう。

 叢雲はある時期から横島への好意が目に見えて態度に表れるようになった。それでも言動は相変わらずな所もあるが、それでも随分と分かりやすくなったように思う。

 磯波も意外と積極的に横島に近付いていることがあり、その姿を見て驚くことも多い。

 深雪に関しては……まあ、うん。どうなんだろうね?

 初雪は……懐いては、いるのかな。

 白雪はちょっと影響を受けているみたいで図太く……逞しくなった。

 

「……」

 

 もしかして自分が感じている焦燥感の様なものは見当違いなんじゃないかな、なんて言葉が吹雪の頭を過ぎる。

 

「提督を好きな子ってけっこういるよね」

「え、あ、は、はい。そう……ですね」

 

 那珂の言葉に、吹雪は自分の心を読まれたのかと驚く。微妙に言葉の意味がすれ違っているように感じるが、おおよそでは間違っていないだろう。

 吹雪の心を知ってか知らずか、那珂は空を仰ぎ、言葉を紡ぐ。

 

「でもね、那珂ちゃんは負けないよ」

「……」

「天龍ちゃんにも、金剛さんにも、加賀さんにも。叢雲ちゃんに扶桑さんに川内ちゃん、他にもたくさん」

 

 特にライバル視しているだろう数人の名を挙げ、那珂は顔を吹雪に戻し、真っ直ぐに見つめ合う。

 

「もちろん、吹雪ちゃんにもね」

「……!!」

 

 どくん、と心臓が跳ねた。

 

「言霊使いだからかな、分かっちゃうんだ。吹雪ちゃんが提督を呼ぶ時の声に込められてる感情とか。今、自分の気持ちに自信を持つことが出来ないことも」

「……はい」

 

 吹雪は小さく頷く。那珂も頷き、目を閉じて己の手を胸元に置く。

 

「吹雪ちゃんが提督を呼ぶ時、すっごく温かい気持ちが込められてる。温かくて、柔らかくて、それでいてとっても強くて。想いだけで全身を包み込んじゃいそうな、眩しい程にキラキラした気持ち」

 

 再び目を開いた那珂は、慈愛をすら込めた微笑みを浮かべる。

 

「みんなとおんなじ。天龍ちゃん達と同じように。叢雲ちゃん達と同じように。……私と同じように。――――提督のことが、大好きなんだね」

「――――……!!」

 

 その言葉に、吹雪の顔が赤く染まる。それは自らの気持ちを代弁されたことによる羞恥と、自分の想いを肯定してくれた事による興奮、あるいは感動から来るものだ。

 どうして自分の背中を押してくれるのだろうと、吹雪は思う。ただでさえ横島は人気なのだから、恋敵(ライバル)は少ない方が良いはずなのに……とまで考え、()()()()()()()()()()()、とその答えを飲み込んだ。

 だって、()()()()()()()()()()

 恋する女の子の背中を押すのだって、アイドルとしては当然のことである。

 

「だから、私達はライバルだね!」

「……そう、ですね」

 

 にっこりと笑いながらの発言に、吹雪は空を仰ぎ、深呼吸をする。そして視線を戻した時には、もう迷いは見られなかった。

 

「……はい。私も那珂ちゃんさんにも、叢雲ちゃん達にも……扶桑さん達にだって、負けません」

 

 ぎゅっと胸元で両手を握り、吹雪は宣言する。

 

「私だって先輩が……司令官が好きなんです。誰にも負けません……!!」

「……うん!!」

 

 自らの想いを自覚し、吹雪は横島から一歩引いた立場ではなく、真に隣に立つ者になるのだと覚悟を持った。自分が横島を射止めるのだと。

 その宣戦布告を聞いた那珂は満面の笑みを浮かべ、()()()()()()()()()()()()()に飛びついた。

 

「ひゃあぁっ!? な、何ですかー!?」

「何でもない何でもなーい!」

 

 何が嬉しいのか、那珂はにこにことした笑顔を崩さず、吹雪を振り回す。吹雪もまさか初めてのくるくる抱っこの相手が那珂になるとは思っていなかっただろう。欲を言えば横島にやってほしかった。

 

「ところで吹雪ちゃんって提督のこと“先輩”って呼んでるんだね」

「えぅっ!? い、いいいいいえ、あれはその、い、以前のデートで街に行った時に普段の司令官呼びだと色々と変な目で見られるだろうからと思ったからで二人っきりの時はそうやって呼んでてえっとそのあの……!?」

「どうどうどう、落ち着いて」

 

 またも自分の秘密が一つバレてしまった吹雪は目をぐるぐると回し、手をぶんぶか振って慌てふためく。那珂をして非常に可愛らしい姿である。

 

「私達で同盟とかどうかな? 提督の好みって扶桑さんとか加賀さん、天龍ちゃんみたいなタイプだから外見年齢とかスタイルで不利な私達が対抗するとなると……」

「……か、考えさせてください……」

 

 自分の胸を見やり、すとんと視線が落ちる事に悲しみを覚えた二人は目尻に雫を浮かばせる。巨乳に対抗するには同盟を組んで数を揃えよう、という那珂の意見に対し、吹雪は一旦答えを保留とした。

 もしかしたら今のままでも靡いてくれる可能性だって存在しているのだ。以前のデートでは良い雰囲気になったことだって何度かあったのだし。

 ……同盟は心強い提案ではあるのだが。

 

「……あ、でもそうですね。とりあえず今だけは同盟を組みましょう」

「え、ほんと?」

「はい」

 

 と、ここで吹雪が同盟を提案する。驚く那珂に、吹雪は視線をまっすぐ前に向けながらしっかりと頷いた。

 もちろん那珂に否やはない。即座に頷き……吹雪の視線を追って、こめかみに大粒の汗が浮かぶ。

 

「みんなを止めるための同盟ですけどね……!」

「そんなことだろうと思ったよ……!」

 

 吹雪の視線の先、そこには横島を賭けて死闘を繰り広げる天龍チームと叢雲率いる駆逐チームの姿があった。

 

「やーい、天龍の中二病ー! 中途半端カッコつけ―!」

「何だとこの野郎っっっ!!!」

「金剛さんのドーナツ頭ー! フレンチクルーラーのセットに何時間かけてるんですかー!?」

「失礼なー! これはくせ毛デース!!」

「嘘ぉっ!!?」

「加賀さんの……加賀さんの……!! えーっと、何か特徴あったっけ……?」

「……本気で傷付くので何でもいいから言って欲しかった」

「加賀さんのバーカ!」

「大食いとかあったでしょうに直接的な罵倒とは……。頭に来ました。磨り潰します」

「沸点が低すぎるぅ!?」

 

 口喧嘩を交えつつ、どこかわちゃわちゃとした死闘(じゃれあい)だ。何人かの駆逐艦娘がふわっとした軌道で投げ飛ばされたりしている。流石に怪我を負わせたりするまで冷静さを欠いてはいなかったようだ。

 吹雪と那珂は顔を見合わせ、深い深い溜め息を吐くと、意を決して混沌の戦場へと飛び込んだ。

 

「こらーーーーーーっ!! そこまでにしなさーーーーーーいっ!!」

「ケンカなんてくだらないよ! そんなことより那珂ちゃんの歌を聞けーーーーーーっ☆」

 

 こうして少女達は自らの想いを自覚し、また一つ強くなった。未だ素直になれない者、まだ自分の想いに気付いていない者、一歩を踏み出す勇気がない者もいるだろう。

 だが、応援してくれる者がいる。背中を押してくれる者がいる。勇気を与えてくれる者がいる。

 ――――その名は“アイドル”。自らもまた前を向き、愛と勇気を持って進んで行く者。

 この鎮守府には最高のアイドルがいる。彼女の輝きは太陽の如く燦々と降り注ぎ、全ての艦娘を眩く照らし続けるだろう。

 

 

 

 

 

「提督は……色々と人気者なのね」

「スケベ小僧だがな」

「スケベ小僧なんだけどね」

「……あ、あの、ちょっと待って下さい。スケベな司令官さんがそれだけ人気という事は、皆さんも司令官さんにスケベなことをしてもらいたいってことなんでしょうか。

 ……つまりこの鎮守府は……スケベ鎮守府で、所属艦娘は、ス、スケベ艦娘ということに……!?」

「羽黒……?」

「お前いい加減にしないと色んな人から怒られるぞ?」

 

 

 

「ねえ川内」

「んー? どしたの時雨師匠」

「君は行かなくていいのかい?」

「あー、何かタイミング逃しちゃったしねー。独占するつもりもないし……今日は那珂ちゃんに譲ってあげようかなー、って思ってたんだけどねー」

「なるほどね。……ところでこの前のことなんだけど……」

「おー? いよいよ実行しちゃう?」

「も、もうちょっと計画を煮詰めてからでないと……」

「そっか。……本音を言えば提督の方から「ぐおーっ!」って来てほしいんだけどねぇ」

「あ、あうぅ……」

 

 ……羽黒の言葉はあながち間違いではないのかもしれない。

 

 

 

 

 

第五十四話

『その名は“アイドル”』

~了~

 

 

 

 

 

 

 

 ――――デーエムエム社長室。

 先程まで激務に追われていたのだろう、疲労困憊と言った風情の佐多がソファーの上に寝っ転がり、「あ˝ー……」と呻き声を上げていた。

 コンコン、とノックの音。佐多は大きく息を吐きながらも来客に入る様に促す。

 

「ふふ、お疲れ様ですサっちゃん」

「って何や、キーやんかいな」

 

 入室したのは家須であった。手に持っているのはノートパソコン。何らかの画面を開いているのか、時折何やら操作をしている。

 

「あー? なんやなんやノーパソなんぞ持って来よって。こっちはキーやんの分も仕事こなしとったから疲れとるんや。よっぽどのことやない限り寝かしといてくれ」

 

 家須の持つノートパソコンを見るなり露骨に嫌そうな顔をし、しっしっと手を振る。本当に疲れているのだろう、そんな佐多の態度に家須は苦笑を浮かべるしかない。

 そして、申し訳ないことに佐多にはもうひと頑張りしてもらわなくてはならないのだ。

 

「ええ。――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……あー?」

 

 見つめ合うこと数秒。佐多は溜め息を吐き、身を起こす。

 

「……聞かせてもらおか」

 

 社長室に充ちる緊張感。だが、家須が浮かべるのは苦笑から微笑へと変わっている。

 佐多に齎される情報はとんでもない情報であるのだが、それと同時に素晴らしい朗報でもあるのだ――――。

 

 

 




お疲れ様でした。

現状那珂ちゃんは超高燃費艦娘って感じです。いや、能力を使わなければそこまででもないんですけどね。

……私はアイドルを何だと思ってるんだろうね?

やっぱり詰め込み過ぎたなぁ。色々と雑然としている……! このあとがきも……!
一番お気に入りの部分は

「アイドルっていうのはね――――恋愛スキャンダルが付き物なんだよ……!!」
「――――た、確かに……!!」

の部分です。これがやりたかった。

ようやく妙高型が揃ったわけですが……この羽黒はむっつりさんなのだろうか。自分でもよく分かりません。

次回からはちょっと各鎮守府の様子も描写していくことになります。第三海域の攻略は……どうなるかな?
とりあえずそんな感じです。
それではまた次回。




霞「もういっそみんなで司令官を襲っちゃえばいいのに」(投げやり)
大淀「私達の胃の為にもそうしてほしいわね」(投げやり)
満潮「ああ……うん、そうね。とりあえずお風呂でリフレッシュしてきたらどうかしら? 私も少しぐらいなら書類仕事手伝えると思うから……」


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『それぞれの鎮守府』編
家須と佐多の情報整理


大変お待たせいたしました。

今回から新章開始です。……が、この章はそれほど長くならない予定です。
そして今回は章のプロローグ……というよりは何というか箸休め的な回ですね。
一応重要っぽい設定は出てきますが。

※今回横島君は一切登場しません※

それではまたあとがきで。


 

 ――デーエムエム社長室――

 

 ソファーにどっかりと腰掛ける佐多に、家須が今回の件……()()()()()()について口を開く。

 

「サっちゃんはもうお疲れでしょうし、結論から話しましょう。

 ――――()()()()()が誕生しました」

「何やて!?」

 

 その言葉を聞いた佐多は思わず立ち上がってしまう。……が、すぐに冷静になり、またソファーに座りなおす。

 しかし表面上は冷静に見えても実際には未だ興奮が冷めておらず、小さな声で「よし、よし、よし」と呟き、喜びを噛み締めていた。

 

「……それで、改二になった艦娘ですが――――」

「ああ、分かっとる分かっとる。大体の見当は付いとるわ」

「おや、そうでしたか」

 

 誰が改二に至ったのかを説明しようとする家須を、上機嫌となった佐多が遮る。どうやら佐多はそれが誰なのか心当たりがあるようだ。

 

 

「ズバリ――――()()()()()()()()()()()? 前々からインチキ無しで最初に改二になるんはあの子やと思っとったんよ」

 

 佐多が予想していたのはドクター・カオスの秘書艦である榛名であった。

 家須はその名を聞き、「おお」と感心した様な声を上げてにっこりと笑い。

 

「違いますよ」

 

 と、切って捨てた。

 

「……は?」

 

 佐多はぽかんと口を開けている。それだけ予想外の返しだったのだ。

 

「いや……いやいやいや、待ちいや。榛名やないんか? あの子以外で改二になれそうなんは……パピリオんとこの比叡か?」

「それも違います」

「……ほんまかいな。なら誰や? ワルキューレんとこもヒャクメんとこも()()()()()()()()()()()()()()()()やし、斉天大聖のとこは……もしかして第二秘書艦のグラーフか?

「違いますねぇ」

「はあああぁ? ……分からん。全然分からん! 謎や、ミステリーや」

 

 次々と可能性のある艦娘の名を挙げていくが、そのどれも家須に否定された佐多は必死に誰なのかを当てようと考え込むが、やがて頭から湯気が出てきたので諦めることにした。

 考えすぎで少しくらっときてしまったらしい。

 佐多は両手を上げてギブアップ。その様子を見て家須はより笑みを深めている。

 答えを聞いた佐多がどのようなリアクションを返すのか、楽しみで仕方がないのである。

 

「それでは気になる答えを発表しましょうか」

「おっしゃおっしゃ」

 

 幻聴だろうか、どこからかドラムロールの音が聞こえる気がする。

 

「正解は――――よこっちのところの那珂ちゃんです!」

「――――はあ?」

 

 佐多のリアクション芸に対する期待に満ち満ちた目をした家須が答えを言うと、佐多から返ってきたのは味も素っ気もない酷く冷めた言葉だった。

 

「あのな、キーやん。冗談言うんならもうちょい信憑性を持たせんとバレてまうやろ。

 第一()()()が挙げた改二の条件を考慮してもよこっちんとこやとヒャクメんとこよりもまだまだ足りんとこが――――いや、待てよ?」

 

 面倒そうに家須にダメ出しをしていた佐多であったが、途中で何かに気付いたのか、それとも何かを思い出したのか、何事かをぶつぶつと呟き始める。

 

「アイツが言うてたんはあくまで基準で……となるとそれさえクリアしたら他んとこよりは……いや、どうやろか……」

 

 佐多はやがて目を瞑って天を仰いで呻くと、「あ」と何かに思い至り、家須へと視線を戻す。

 

「ノーパソ持ってきたってことはよこっちんとこの那珂の映像でもあるんやろ?

 とりあえずそれを見せ――――って、どないしたん、キーやん?」

「……いえ、何のリアクション芸も無かったので少しガッカリしただけです」

「疲れとる言うたやろがい」

 

 家須の理不尽な言葉に佐多は大きな溜め息を吐いた。

 リアクション芸には体力が必要なのだ。

 

「ふう。では、実際にその時の映像を見てもらいましょうか。

 場所は『南西諸島海域』の沖ノ島です」

「っちゅーことは戦闘中に改装かいな。無茶しよんの」

 

 家須が佐多の前のテーブルにノートパソコンを置き、動画を再生する。

 内容は沖ノ島での戦いの始まりから終わりまで。

 最後まで見終えた佐多は背もたれに深く身を預け、長く深い息を吐いた。

 

「これは本物やなぁ」

「でしょう?」

 

 納得せざるを得ない。確かに横島鎮守府の那珂は改二へと至っている。

 

「うーん、アイツの言うとった条件から正規の改二第一号はカオスんとこの榛名やと思っとったんやけどなぁ。

 まさかよこっちんとことは」

「ええ、その点については私も同感です」

 

 佐多の言葉に家須も頷く。

 初めにこの報告を受けた時、家須は「あなたも冗談を言えるようになったんですね……」と、真面目一辺倒な部下の成長(?)を喜んだぐらいだ。

 それだけ予想外の出来事であったと言える。

 

「しかし、今思えば彼……()()()()()が開示した艦娘の改二覚醒条件は曖昧な部分が多かったですね」

「あー、確かになぁ。資材やら何やら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()はキッチリと提示されとったけど、艦娘本人については簡単に言うたら高い練度、司令官や他の艦娘との絆、とかやったからな」

「ちなみに那珂ちゃんの練度は“48”です」

「十分に高い……とは言えんわなぁ」

 

 電子の精霊……深海棲艦の司令官から教えられた改二覚醒条件の一つ、“高い練度”に達しているとは思えない数値だ。

 

「んー……いや、でもワシらは長門を基準に考えとったからなぁ。

 それが間違ってたんやろか」

「ああ、それはありそうですね。

 深海提督に長門さんのデータを渡した時に『練度に関しては彼女は改二になれるくらいには鍛えられている』と言われましたし、改二になるには彼女と同等の練度が必要と思い込んでしまったのかもしれませんね」

「まあそん時に『改装に必要な設計図も他資材も無いのに改二覚醒とかチート使ってんじゃねーぞハゲ!!』ってめっちゃキレられたけどな」

「あなたがそれを言いますかってなもんですよ」

 

 斉天大聖の修行を乗り越えた長門は自らの殻を破り……ついでに世界の法則もぶち破り、改二へと至った。

 おかげで宇宙意思からの干渉を避け、自分という反則的な存在を世界に馴染ませる為に力を封印せざるを得なくなった。

 斉天大聖曰く、それももう少しで必要が無くなるとのこと。

 深海提督も昔はゲーム内でチート行為を働いたが、今ではすっかりと善良な精霊となっている。

 彼にとっては()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その法則や秩序を乱されるのは我慢ならないようだ。

 彼が特別な深海棲艦を率い、『はぐれ深海棲艦』を退治するのもその為だ。

 そんな今の彼だからこそ猿神鎮守府の長門の改二覚醒は頼もしくもあり歯がゆくもありと、複雑な心境を懐いている。

 

「何はともあれ、また一つ強力な切り札が手に入ったんは喜ぶべき事やな」

「そうですね。何せ那珂ちゃんの能力は死霊術(ネクロマンシー)。霊団棲姫との相性はバッチリです」

 

 映像で確認した那珂の能力に、家須は満足気な笑みを浮かべる。

 ()()()()()()()使()()()()()()()()()()()としても、やはり那珂の能力は魅力的だ。

 

「現状、霊団棲姫に対する切り札は三つ」

 

 家須の言葉に佐多が頷く。

 

「一つはよこっちの所の那珂ちゃん」

 

 家須が人差し指を立てる。

 

「一つは斉天大聖の所の長門さん」

 

 次いで中指。

 

「そして最後に――――」

()()()()()()()()……か」

 

 薬指を立てた家須の言葉を佐多が継ぐ。その表情はどこか神妙な色を帯びており、何事か思う所がある事が見て取れる。

 

「……嫁さんの具合はどうなんや? かなりの怪我やったけど……」

「まだ全快には時間が掛かるみたいですね。ですが、確実に快方に向かっています」

「それならまぁ、一安心ってところやろか」

 

 互いに頷き、溜め息を一つ。

 二人の表情は固い。それも当然、切り札は三つと言っているが、実の所そのどれもが万全ではないからだ。

 長門は改二に至ったものの宇宙意思の干渉を防ぐ為に力を封印。

 那珂も同様に改二に至るもその能力の全容を把握していない。

 最後に至っては現在治療中だ。

 これでは自分の心を偽る事も難しい。

 

「……ま、長門と深海提督の嫁さんは近い内に何とかなるやろからええやろ。

 那珂も気付きさえすれば後は何とでもなるはずや。うん、問題なし問題なし」

「そうですね。きっと何とかなるでしょう」

 

 はっはっはと笑い合う二人。

 先ほどまでの深刻な雰囲気はどこへやら。神魔の最高指導者達は余りにも楽観的な結論を出す。

 何も霊団棲姫を甘く見ている訳ではない。世界を、次元を浸蝕し得るその危険性は重々承知している。

 ただ、二人は風向きが変わったのを感じた。

 こちらに吹いていた向かい風が止み、今度は追い風となっているのを確かに感じたのだ。

 

「これから色々と忙しくなりそうですね、サっちゃん」

「ちゃんと仕事するんやで、キーやん」

 

 朗らかに笑い合う二人。

 

「さて、ではここで各鎮守府からのお便りを紹介していきましょう」

「おうコラ」

 

 家須はどこからか取り出した“お便りボックス”なる箱をノートパソコンの横に置き、無作為に一枚の手紙を選び出す。

 佐多もツッコミはするがその様子を眺めるだけで止めはしない。何だかんだで良い息抜きになっているのだ。

 

「では一通目。ドクター・カオス鎮守府の『サイキョ―カワイイ佐渡さま』さんからのお便りです。

 『うんえーの人たちこんにちはー!』

 はい、こんにちは。サイキョ―カワイイ佐渡さんはいつも元気ですね」

「こんちゃーす。子供は風の子元気な子って言うしな。元気なんはええこっちゃ」

「その通りですね。

 『きょうはうんえーの人にしつもんがあります!』

 おや、何でしょうね?」

「何でも答えたるでー」

「ははは。

 『わたしたち艦娘は大人になれないんでしょーか? わたしは大人になりたいです! おしえて下さい!』

 おっと、これは……」

 

 突然始まったラジオのお便りコーナーの様な何か。

 元々は家須が味気ない書類整理――特に各鎮守府からの問い合わせ――を、少しでも楽しいものに出来ないかと始めたものだ。

 わざわざ各鎮守府に「ラジオのお便り風で」と通達までしたのだから驚きである。

 佐多は当初「まーたアホな事しおってからに……」と呆れていたのだが、今ではすっかりと楽しんでしまっている。

 今回の一通目はカオス鎮守府の佐渡からのお便りだ。

 簡単な漢字しか使われておらず、字も綺麗に書けているとは言えない。しかし、佐渡が心を込めて一生懸命に書いたその手紙には、今の佐渡が抱える思いが宿っていた。

 

「大人に、か。それはまあ、気になるやろな。改装したら多少成長する艦娘もおるけど、子供から大人にってのは聞かへんな」

 

 佐多はこれまで斉天大聖やヒャクメ、ワルキューレ等から上げられた報告を思い返し、艦娘の肉体的成長について考えを巡らせる。

 艦娘は外見こそ人の形をしているが、その本質は軍艦が変じた妖怪――――付喪神に近い性質を持った存在だ。

 他の妖怪と違い、付喪神は成長をしない。何故ならば発生し(うまれ)た時には既に()()()()()()()()()()()

 故に姿が変わらない。変えられない。

 付喪神は発生す(うまれ)るのに永い年月が必要となる。そして更に永い時が過ぎれば、器も古びていき、劣化していくだろう。

 ()()()()()()()()()()()

 では、何故艦娘は多少なりとも肉体的に成長する事が出来るのか。

 それは近代化改修を含む“改装”の効果である。

 これは艦娘の器とも言える艤装の改装の事を指している――――という訳ではない。

 器が変じれば、その付喪神は存在を維持できなくなってしまうからだ。

 “改装”とは、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 人間ではなく付喪神に近い艦娘は霊基構造――――言わば魂の設計図通りの姿をしている。

 人間は肉体というある種強固な外郭がある為に霊基構造が多少変容しようとも外見的な変化は現れにくい。

 しかし艦娘は霊基構造の変化イコール肉体の変化となる。

 霊基構造の扱いは人間でなくとも難しい。多少の譲渡くらいであれば時間は掛かっても回復するが、渡し過ぎれば当然死んでしまうし、霊基のバランスを崩されては動く事も出来なくなる可能性がある。

 故に艦娘の改装には多くの資材が必要となってくる。特に第二改装ともなれば、その数は膨大だ。

 設計図やカタパルト等の特殊資材で霊基構造を変容させ、基本の四つの資材――燃料・弾薬・鋼材・ボーキサイト――で変化した霊基に力を満たし、()()()()()()()()()に霊基に見合った存在へと進化する。

 それが第二改装――――“改二”である。

 どうやら那珂は特殊資材を必要としないタイプであったらしく、消費される基本資材もそう多くはない。

 そして本来であれば長門は特殊資材である設計図と余りにも膨大な数の基本資材を必要とするのだが、猿神鎮守府の長門は「知ったことか」と言わんばかりに、それら資材も宇宙意思の加護も無しに己の力だけで改二へと至るという、とんでもないことを仕出かしている。

 深海提督が“チート”と言ってしまうのも仕方がないだろう。

 

「ん~、深海の方からもこういった事に関しては情報なかったみたいやし、調査・研究も他の事で手一杯やし、しばらくは我慢してもらおか。

 回答は“検証中”っちゅー事で」

 

 佐多は腕を組み、佐渡の問いに対する答えを出す。

 家須もそれに異論はない。ないのだが、とある理由により佐渡の肩を持つ事にする。

 

「サっちゃんサっちゃん、サイキョ―カワイイ佐渡さんにも色々と切実な理由があるみたいですよ?」

「あん?」

「えーとですね。

 『わたしもはるなさんみたいなキレ―な大人になって、てーとくのおよめさんになりたーい!』

 ……だそうです」

「あんらぁ~~~~~~!!」

 

 家須から伝えられた佐渡が大人になりたい理由が余りにも微笑ましく、また可愛らしいものであった為、佐多は思わず女性的な声を上げてしまう。

 

「そうかー、そーいう理由かー!」

「こういうの聞いちゃうと何とかしてあげたくなっちゃいますよね!」

「せやなー! ……あー、でも予算は何とかなるとしても人が足らんからなー」

「問題はそこなんですよねぇ」

 

 幼い少女の恋物語にテンションが上がったおっさん二人はその勢いのままに研究チームを発足させようとするが、予算はともかく肝心の人手が足りない事を思い出し、何とか冷静さを取り戻した。

 

「んー……まあ、これは今度の会議で議題に挙げてみよか」

「ですね。それが良いでしょう」

 

 とりあえず今回は会議に持っていくに留める事とした様だ。

 

「っちゅーわけなんで、もうちょい待っとってなー」

「続報をお待ちくださいねー。……では、次に行きましょう。

 パピリオ鎮守府から『比叡はそんなこと言わない』さんからのお便りです」

「何を言うたんやろな」

「さあ……? えー、と。

 『運営の皆様お疲れ様です!』

 どうも。比叡はそんなこと言わないさんも毎日お疲れ様です」

「お疲れさーん。パピリオんとこは子守もせなアカンからなー。元気なようで何よりやわ」

 

 次に家須が取り上げたのはパピリオ鎮守府の比叡からのお便り。

 文字からも本人の元気とやる気が窺える力強い筆致だ。

 姉であるベスパと違い、肉体的にも精神的にも幼いパピリオが司令官を務める鎮守府で秘書艦をしている比叡の苦労を思い、佐多がほっと息を吐く。

 そもそも何故ベスパではなくパピリオが司令官をしているのか。簡単に言ってしまえばそれがパピリオに課せられた修行だからである。

 本人達の与り知らぬ所で様々な派閥の思惑が蠢いた結果、このような通常ならばあり得ない措置となってしまったのだ。

 関わった者全員が「何でこんなことに?」と首を傾げたのは有名な話し。

 実は某熾天使が何かしたんじゃないか? という噂がまことしやかに囁かれたが、本人は関与を強く否定している。説得力については……まあ、言うまでもないだろう。

 とにかく、やんちゃでワガママなパピリオをお世話しているのが比叡だ。

 そんな彼女がしたためたお便りの内容とは……?

 

「えー。

 『最近司令が連れて来たペットのケルベロスの“ケロちゃん”についてなのですが……。

  司令は賢いし大人しいから怖くないでちゅよって言うんですけど、やっぱりその……ケルベロスじゃないですか?

  みんなでお世話するでちゅって言われても……正直な話、怖くてですね。

  私達も気合い入れて頑張ろうと思うんですが、出来ればケルベロスの生態や飼育に詳しい方を派遣していただく事は可能でしょうか?

  もしくは生態・飼育マニュアルなど送付していただければ幸いです。

  どうかよろしくお願いいたします』

 ……OH」

「こらまた難儀やなー」

 

 元気とやる気に満ちていた最初の方と比べ、最後の方は文字も小さく、“!”も無くなっている。どうやら相当参っているようだ。

 

「まぁあの犬種は身体も大きいし気性も荒いしで初心者には向いてないですよね。首も三つありますし」

「ちゃんと世話したったら主人には忠実でよく懐いてくれるんやけどなー」

 

 魔界では人気の犬種なんやがなぁ、と呟く佐多。

 残念ながら人間界でのケルベロスは恐るべき魔犬として恐れられているのだ。というか、魔界でも一般的に恐れられている存在である。

 ケルベロスをそこらのワンちゃん扱い出来るのはそれこそ中級以上の神魔族でしかありえない。

 

「んー、ぶっちゃけワシらがすぐに使えてケルベロスの飼育に長けとる奴っちゅーたら、それこそパピリオの嬢ちゃんやからなぁ」

「うちにも動物好きの子がいますが、愛が強すぎて嫌われちゃうタイプなんですよね」

「ああ。おるなぁ、そういう奴」

 

 ケルベロスの飼育について「うーん」と頭を悩ませる二人。

 と、ここで家須が何かを思い付いたのか、自分のデスクに戻り、愛用のパソコンから過去の報告書のデータを漁りだす。

 

「何や何や、何か思い付いたんか?」

「ええ、確かヒャクメの報告書に……あった、これです!」

「んー?」

 

 表示されたのはアシュタロスとの戦いにおけるヒャクメの報告書。

 その中でもパピリオにペットの『ペス』として(とら)われていた時の詳細だ。

 

「あー……っと? ケルベロスの近くの檻に入れられて? その後によこっちも同じ檻に? そん時に嬢ちゃんから色々聞いた?」

 

 佐多は一瞬で報告書に目を通し、要点だけを抜き出して簡潔な言葉に置き換える。

 二人は目を見合わせ、同時に頷くと。

 

「ヒャクメとよこっちを派遣しよう」

 

 と、全く同じ内容を口にした。

 

「いやー、我ながら結構な名案じゃないですか、これ」

「せやな。ヒャクメの『眼』と調査・観察能力ならそこらの俄かブリーダーなんぞよりよっぽど信頼出来る。

 よこっちは人外に好かれる性質やし、ケルベロスが暴れても()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 思い付きにしては中々の妙案に自画自賛する家須。佐多もそれに異論は無く、二人の能力ならば問題無しと判断する。

 佐多はパピリオから「もっとヨコシマと会いたい」とせっつかれていた為、その不満も解消出来ると安堵の息を吐く。

 

「問題はどれだけの期間にするかやな。二人とも一鎮守府の司令官やし、あんま長いこと拘束は出来へんで」

「そうですねぇ……ま、そこら辺は会議でおいおい決めていきましょう」

「せやな」

 

 佐多は家須の言葉に頷き、諸々の書類の作成は家須に丸投げすることにした。

 ヒャクメはうちの管轄やないしな、とのこと。

 

「んじゃ、そういう方面で進めていくさかい、比叡はもうちょい我慢しといてや」

「話はなるはやで通しますのでね」

 

 パピリオ鎮守府・比叡のお便りへの回答はそんな感じで落ち着いた。

 その後も二人は次々と各鎮守府からのお便りを捌いていく。中には先の二件の様に会議で取り上げるべき案件もあり、息抜きのつもりが立派な仕事となっていた。

 

「……いやまあ、元から仕事は仕事なんやけどな」

「……? どうかしました?」

「いや別に」

 

 少々の雑談を交えつつ二人はそれからもお便りの処理を続け、遂には最後の一通を残すのみとなった。

 

「ふう。これで最後ですね」

「ようやくやなー。キーやん、これ終わったら飯行こうや」

「そうしましょう。今日は仕事を任せっきりでしたからね、私が奢りますよ」

「おっしゃおっしゃ」

 

 なんだかんだで一時間以上お便りコーナーを続けていた為、陽もすっかりと落ちてしまっている。

 これが終われば飯だ! と二人は気合を入れて、()()()()()()()()()便()()を取り出した。

 

「ん、中々に強い念が籠っとるな」

「ええ。しかも何かビミョーに昏い感じというか怖い感じというか……」

 

 オオオオオ……という擬音が聞こえてきそうなお便りを手に、二人は唾を飲みこむ。

 

「これだけの念……お猿んとこやろか」

「えっと……おや、よこっちの所からですね。『オーヨド・ザ・グラマラスグラス』さんからのお便りです」

「えらい珍しい……っちゅーか初やな、これ」

 

 それは横島鎮守府からは初となるお便りであった。

 HN(報告書ネーム)から察するに差出人は大淀だろう。彼女がこれほどの念を込めてまで大本営(うんえい)に出したお便り。

 一体どのような事が書かれているのだろうか。

 

「読みますよ。

 『大本営(うんえい)の皆様、お疲れ様です。横島鎮守府第二秘書艦の大淀です』

 どうも、お疲れ様です。……と、これは」

「あららHNがあんのに普通に名乗ってもうとるな」

「やはりこういうのは慣れが必要ですから――――おや?」

 

 HNとして『オーヨド・ザ・グラマラスグラス』という意外とはっちゃけたものを付けているのに、本文ではそのまま本名を名乗っていることに苦笑が浮かぶ。……のだが、よく見ればHNの部分だけ筆跡が異なっている。

 修正テープの跡もある事から、どうやら後から誰かがHNを改竄した様だ。

 

「誰かの悪戯みたいですね」

「おおう、かわいそうに……」

「ま、それはともかく内容の方を見ていきましょう。

 『今回こうして筆を取らせていただいたのは、我らが司令官である横島提督について相談があるからなのです』

 ……ほほう、よこっちについて相談ですか」

「何やろなぁ」

 

 とりあえず今回の所は悪戯をスルーし、内容の確認へと移る。

 佐多は口では疑問を呈しているが、その頭の中ではいくつか可能性が高いものをピックアップしており、その中から更に二つに絞りこんだ。

 煩悩に関する事か、恋愛に関する事か。この二つだ。

 この二つは一纏めに出来そうであるが、今回の場合の煩悩関係とは風呂や着替えを覗いたり、飛び掛かったりすることに当たる。

 そしてヒャクメや斉天大聖からの報告も合わせ、佐多は片方に当たりをつける。

 

「えー。

 『というのも、提督と一部艦娘の恋愛事情についてです』

 ……おっほ」

「やっぱそっちやんなー」

 

 予想が的中し、佐多は何度も頷く。

 ヒャクメに因れば着替えや風呂の場合、横島好みのチチシリフトモモを持った大人の艦娘には必ず駆逐艦娘が同行しており、もし覗きを行おうものなら年上や同年代だけでなくロリっ子達の裸まで覗いてしまう事になる。

 他の艦種はともかく、駆逐艦娘を覗くなど絶対に許されない行為だ。(当然ながら全ての艦種に於いても許される行為ではありません)

 故に横島はリアルに血涙を流しつつ覗きを我慢しているのだ。

 ……ちなみに、であるが。

 横島は一度天龍・金剛・川内・響・不知火・深雪というイカレたメンバーに風呂に連れ込まれ、そこを加賀・扶桑・叢雲・夕立・時雨・電というヤベー奴らに救出された……という事件があった。

 その際に何を見たのか……以来、横島は一部の駆逐艦娘に対して()()()葛藤する事になる。

 それを踏まえてお便りの続きを見ていこう。

 

「それで、と?

 『つきましては、横島提督と一部艦』――――ブフォッ!?

「……!? ど、どないしたんやキーやん」

 

 家須はお便りを読んでいる最中に突然噴き出し、ゲホゲホと咳き込む。そんな家須の背を擦ってやり、佐多は家須にどうしたのかと問う。すると、家須はお便りを差し出し、ジェスチャーで読む様に促した。

 

「……? 何や怖いな……。えーっと?

 『つきましては、横島提督と一部艦娘に』……ぉぉぅ」

 

 噴き出しこそしなかったが、佐多も途中で呻きを上げる。どうにも予想外にも程がある内容が書かれていた様だ。

 

「……『横島提督と一部艦娘に媚薬を盛りに盛って、適当な部屋に何日間か軟禁したいのですが、その許可をいただけますでしょうか?』

 ……何が……何があったんや、大淀……?」

「びっくりですよね……あの大淀さんがこんな事を言い出すとは……」

 

 大淀は以前から横島と艦娘達の恋愛について色々と心労を抱えていた。それが先の『横島お風呂連れ込み事件』によって爆発してしまったのだろう。もう考えるのが面倒くさくなって最終手段に手を出そうとしている。

 しかし生来の生真面目さからか、それともまだ正気が残っているのか、行動に移すのは家須達から許可を貰ってからにしようとこうしてお便りを出したのである。

 ……むしろ許可を貰おうとしている時点で正気は失われているのかもしれない。

 

「まあ……ワシは別に許可したってもええけど……」

「これ、逆にめちゃくちゃな軋轢を生みますよねぇ……?」

 

 自由恋愛の先にハーレムが形成されるのは全然構わないが、流石に薬を使ってなんやかんやさせる事は許可出来ない。二人で意見を出し合い、大淀を落ち着かせるにはどうしたらよいものかと頭を悩ませる。

 

「んー……()()()()()()の導入を繰り上げてみるか? 多分艦娘らも誰がよこっちを手に入れるかで焦ってるんやろうし、あれさえ導入したら何とかなりそうなもんやけど」

「そう簡単にいきますかね……? むしろ争いが激化しそうなものですが……」

 

 どうやら彼等には完全な解決に至る訳ではないが、それでもある程度の抑止力にはなりそうな案が存在するらしい。

 

「あー、()()()()()()()()()()とかか。それは……確かにそやなぁ」

「やっぱり特別な物ではありますからね」

「でも『あんまメチャクチャしよったらよこっちからの好感度が下がるでー』って言ったら大人しならんかな?」

「……んん˝~~~~~~……」

 

 何とも悩ましい問題である。事が事だけに完璧な解決法など存在しないのかもしれない。

 

「……とりあえず、こっちでも色々考えるから早まったマネはせんように……っちゅーことでひとつ」

「結局は問題の先送りにしかなりませんが……まあ、諦めてもらいましょう」

 

 考えすぎて頭が回らなくなった二人は、問題を先送りにすることを選択する。あまり取りたくない手段ではあるが、仕方がない事でもある。

 大淀もこうしてお便りを出すくらいには冷静さを保っているのだ。多分恐らくきっともうしばらくの間は耐えてくれるに違いないはずだと思うのだ。

 家須と佐多はそう思い込む(しんじる)しかなかった。

 

「……しかし、あのシステムのデータは欲しいよな」

「それは確かにそうですが……今は無理でしょう? 斉天大聖の所は条件を満たしてますけど、それを実行出来るかどうかはまた別問題ですよ?」

「そうなんやけどなー」

 

 佐多はあのシステムとやらに強い関心があるらしく、どうにかして研究を進めたい様であった。

 そのシステムは艦娘達の世界には存在せず、こちらの世界で造られた司令官と艦娘の為のシステムである。

 深海棲艦との戦いが劇的に変わる訳ではないが、心身ともに()()()()()()()()可能性を秘めたシステムなのだ。

 

「……あ、確か試作品で条件がめっちゃ緩いやつあったやろ? あれ使えへんかな?」

「条件が緩い……ああ、あれですか。練度が七十以上あれば使えるけど、他の効果は素と比べて誤差程度の」

「そうそう」

「結局よこっちの鎮守府じゃ使えないじゃないですか」

「ちゃうちゃう、あれを使わせるんはよこっちんとこやないんや」

「……?」

 

 何かを閃いた様子の佐多。その顔は、どことなく悪戯っぽい表情を浮かべて……というかむしろ、邪悪と言っても差し支えのない表情であった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――カオス鎮守府・執務室――

 

 午後の日差しが差し込む室内にて、榛名は一人書類の整理を行っていた。

 珍しく他に誰もいないせいか、ペンが走る音がやけに大きく響いて聞こえる。

 と、少し休憩を入れようと両手を伸ばし、大きく息を吐いたところでノックの音が響いた。

 

「はい、どうぞ」

「失礼するであります。――――おや、榛名殿だけでありますか」

「あら、お疲れ様ですあきつ丸さん」

 

 入室してきたのはあきつ丸であった。彼女は室内を見回し、目当ての人物が居なかった事に少々残念そうな声を上げる。

 

「うふふ、提督はマリアさんを連れて工廠に籠ってますよ」

「むう、またでありますか。書類の整理を榛名殿に押し付けて、ダメな提督殿であります」

 

 頬を膨らませて怒りを露にするあきつ丸。しかしそれはどちらかと言えば自分が放っておかれたことに対する不満にも見える。ぷんぷん丸だ。(?)

 

「いえ、八割方は提督が終わらせましたよ。残っているのは簡単なものだけです」

「それなら良いでありますが……自分も手伝うでありますよ?」

「んー……それじゃあ、またお願い出来ますか?」

「もちろんであります。手早く片付けるでありますよ」

 

 そうして再び、執務室に静かな時間が訪れた。会話は無いが、そこに気まずさなどは存在しない。

 遠く、海の方から聞こえる砲撃訓練の音。グラウンドからは走り込みをする艦娘達の声。室内にはただ静かにペンが走る音。

 今まで何度も同じ様に時を過ごした。今では二人ともこの時間が存外気に入っている。

 それから一時間と少し。二人係で取り組んだ書類との格闘も終わりを告げる。

 

「んん~~~、思ったよりも早く済んだでありますな」

「あきつ丸さんが手伝ってくれたおかげです」

「いやいや、何の何の!」

 

 書類整理を終えたあきつ丸が伸びをする。制服に包まれているにも拘らず、その巨大さを存分に主張する二つの凶器がより一層誇張される。

 もしここに横島が居れば視線どころか顔面があきつ丸の胸に吸い寄せられていた事だろう。

 

「ふむ。そろそろおやつの時間でありますな。お茶の用意をするでありますよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 こうして見ると仲の良い二人であるが、実は二人は()()()()によりライバル同士なのである。……まあ、他にもライバル関係の者が数人居たりするのだが。

 と、ここで榛名の眼前に光球が生まれ、そこから一通の手紙――――大本営(うんえい)からの通達が届いた。

 

「あら、これは……?」

大本営(うんえい)からでありますか?」

 

 用意したお茶と大福をお盆に乗せたあきつ丸が横から覗き込む。

 あきつ丸はお盆を執務机に置くと、榛名の後ろに回り込んで肩越しに手紙を見やる。

 二人の顔は近い。互いの頬が触れ合いそうな距離だ。二人共その距離感に何の疑問も抱かないまま榛名は手紙の封を切り、中身を取り出す。

 そしてそのまま内容を読んでいき――――二人の息が、止まった。

 

「……」

「……」

 

 たっぷり五分間程呼吸が止まっていた二人であるが、そこで思いだしたかのように空気を吸い込み、盛大に噎せながらも何とか窒息死せずに済んだ。

 

「げほっ……ま、マジでありますか……」

「は、はわわわわ……」

 

 まさしく呼吸が止まる程の驚愕を味わった二人。二人の視線はとある部分に縫い留められたように集中して離れない。

 先ほどまで呼吸が止まっていたせいか、現在荒い呼吸をしているせいか……それとも他に()()()()が存在するのか。二人の頬は赤く染まっていた。

 大本営(うんえい)からの手紙。そこには、こんな文章が書かれている。

 

 

 

 

 

『“ケッコンカッコカリ”システムの導入について』――――。

 

 

 

 

 

第五十五話

『家須と佐多の情報整理』

~了~

 

 

 




お疲れ様でした。

そんな訳で一つ目の鎮守府はカオス鎮守府です。
おのれカオスめ……お爺ちゃんなのにモテてるじゃないか……。
次回以降現在のカオスやマリアがどういった状態なのかにも触れていくことになるかと思います。(予定は未定)

横島とマリアのデート回も……あるかな?




『横島お風呂連れ込み事件』はどうしようかな……描写するべきかな?

それではまた次回。


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老いてますます盛んなり

お待たせいたしました。

今回は横島君も艦娘も出てきません!
そしてまた他作品のキャラが出てきます!

……うーん、何か多重クロスみたいになってきたなぁ。

それではまたあとがきで。


 

 都内某所、格安アパート“幸福荘”。ここに、とある老人とその若き娘が住んでいる。

 千年を生きる錬金術師、“ヨーロッパの魔王”ドクター・カオスと、カオスが造り上げた“人造人間”マリアである。

 その日、カオスの元に依頼があるとして、とある奇妙な二人組がアパートを訪ねてきた。

 

「どうも、『デーエムエム』の家須です」

「佐多や。よろしゅう」

「……な、何故神魔の最高指導者が……?」

 

 速攻でバレた。

 

「ふっ。流石はドクター・カオス。あなたの目は誤魔化せませんね」

「ワシらのこの変装を一瞬で見破るとは思わんかったわ」

 

 ちなみに二人はTシャツを着ており、家須の白いTシャツには『神の子』、佐多の黒いTシャツには『神の敵対者』とそれぞれ書かれている。

 

「老いたとは言え、この天才たるドクター・カオスの目を欺くのは不可能という事じゃな! ワハハハハッ!!」

 

 神魔の最高指導者達の(バレバレな)変装を見破ったカオスは得意げに大笑する。

 家須達二人も気分を害した様子もなく、むしろ称賛するかのような光をその目に宿している。

 ……カオスの背後に控えたマリアが何かを言いたそうな目で三人を見ているぞ。

 

「それでは本題に入りましょうか」

 

 家須達からカオスへの依頼の内容を簡潔に纏めれば、以下の様になる。

 半物質・半電脳空間で構成された世界にて、軍隊を率い、とある敵と戦ってもらうこと。

 自らが率いる軍隊――艦娘と、敵対生物――深海棲艦の調査・研究。

 艦娘の装備の研究・開発・改良。

 

「ふむ。なるほどのぅ」

「これはかなり長期の依頼となります。今のところ期間は無制限であり、毎月一定額をお渡しします。更に有用な情報の入手、装備の改良や新装備を開発出来ればその都度特別報酬を出す事をお約束します」

「ある程度やったら私的な研究・開発も認めたるでー」

「な、何という好待遇……! 遂にワシにも運が巡ってきたか……!?」

 

 提示された条件にカオスが歓喜の声を上げる。

 現在カオスとマリアの二人は極貧生活を送っている。齢千歳を数える錬金術師、ヨーロッパの魔王と呼ばれ恐れられた彼の偉人は日夜アルバイトに精を出し、日銭を稼いでいる。

 不完全ではあるが不老不死とは言え、食わねば飢えるし動けなくなる。マリアもカオスと共に毎日頑張っているが、マリアのメンテナンス代、武装による弾薬代、燃料代、充電による電気代などで月々の家賃すらまともに払える状態ではない。

 たまに美神令子や小笠原エミなどにマリアを貸し出す事で、何とかギリギリ生活費を捻出しているのだ。

 そんな困窮した毎日を過ごしている中、今回の依頼が舞い込んできたのだ。浮かれて飛びついてしまっても仕方がないだろう。

 

「ドクター・カオス・この依頼・受けますか?」

「当然じゃ! このドクター・カオスに任せておけい!!」

 

 今まで口を挟まなかったマリアの問いにカオスは即答する。家須達も満足そうに頷き、正式に契約を交わす事となった。

 家須達はカオスに全ての事情を説明していく。別世界の滅亡や深海霊団棲姫の存在、そして滅びた世界を救う為、一部の深海棲艦達と協力関係にある事など、カオスをして驚愕に開いた口が塞がらない情報が語られたが、それでもカオスは不敵に笑って見せた。

 

「フフフ……フフハハハハハ!! 面白いっ!! 面白いではないか!!

 深海棲艦!? 深海霊団棲姫!!? いいじゃろう……この天才たるワシの叡智によって、見事討ち滅ぼしてくれようぞ!!

 ワハハハハハハハハッ!!!」

 

 強大な敵の存在を知らされてなお、カオスが怯む事は無い。むしろカオスの心は熱く、燃え滾っていた。

 ()()()よりおよそ七百年。ヨーロッパでは日々を無為に過ごしてきた。それが日本に来てからの日々はどうだ?

 確かに貧乏に喘いでいる。苦しい毎日を過ごしている。だが、これ程までに刺激的な日々はヨーロッパ(むこう)では考えられなかった事だ。

 あの若き日の情熱が蘇る。活力が湧いてくる。それは、今のカオスが最も求めていたものだ。

 

「ふふふ。凄まじい自信ですね」

「頼もしいこっちゃ」

 

 カオスの身体から湧き上がってくる家須達も笑みを零す。素晴らしく活力に満ちた良い霊波だ。最高の仕事をしてくれると、そう思わせてくれる。

 

「――――と、そうじゃ。神魔と人間の協力者も居るんじゃったな。それが誰なのかは教えてくれるのか?」

「もちろんです。今の所神界から二柱(ふたり)、魔界からも二柱(ふたり)

「そんで人間界は一人。カオス含めて六人で協力してもらうでー」

「ふむ。思ったよりは少ないんじゃな」

 

 霊力が満ち溢れたおかげか、ふと冷静になったカオスが家須達に協力者の詳細を問う。

 まず返ってきたのは人数について。神・魔・人間界から各二人ずつ。依頼の規模に対して余りにも少ない人数だ。

 

「いわゆる少数精鋭というやつです。神界(こちら)からは斉天大聖孫悟空とヒャクメが」

「ほんで魔界(こっち)からはワルキューレとパピリオが任に就くで」

「ほう……? 斉天大聖はともかく、他は顔見知りでやりやすいが……何故パピリオが?」

 

 今回の任務に就く者が顔見知りで構成されるのは連携を取りやすくする為だとカオスは考える。神魔の中には人間嫌いも数多く、そうでなくても人間と轡を並べる事を屈辱に感じるプライドの高い者も多い。それを考慮しての事だろう。

 

「パピリオの嬢ちゃんは……何でやろなぁ……?」

「ええ、本当……何でですかね……?」

「それでよいのか最高指導者」

 

 しかしパピリオは本当にいつの間にか司令官になる事になったのでそこら辺の思惑とは一切関係が無いのだ。

 

「まあいいわい。神魔族だけでなく人間にも協力を要請する理由を聞いても良いかの?

 ……まあ、大方の予想は付くが」

 

 パピリオの事は一先ず置いておき、カオスは今回の件に人間を関わらせる理由を問うた。

 

「……ええ、予想通りだと思いますよ」

「今の神魔はホンッッッッッマにゴタゴタしとるからな」

 

 そう、今の神魔会はアシュタロスとの戦いの後処理に奔走させられている。

 神魔の融和が進み、デタントへと舵を取っていた矢先にあの大戦だ。

 各界の反デタント派が息を吹き返し、色々と調子づいて来ているのでそれらを抑えるのに人も時間も取られているのである。

 

「そんな訳であなた達人間に頼らざるを得ない状態なのです」

「ホンマあいつら事が済んだら覚悟しとけよ……ヒャクメのおかげでアジトの位置も全部把握しとるからな……」

 

 疲れた様に溜め息を吐く家須と、黒いオーラが身体から漏れ出ている佐多。どうやら相当に苦労させられているらしい。

 

「……ですが、こちらにとっては悪い事ばかりという訳でもないんですよね」

「パピリオの嬢ちゃんを始め、()()()()()()()()()()をこっちの任務に突っ込められたからな」

「……なるほど、下手に動かすよりよっぽど楽になるじゃろうな」

「ははは、流石ですね」

 

 斉天大聖を除いた三柱、パピリオ・ワルキューレ・ヒャクメは、アシュタロスとの一連の戦いを経て一気に名前が知れ渡った。

 全ての戦いで中心人物として活躍し、そしてアシュタロスと因縁深い美神令子と親しいワルキューレとヒャクメ。パピリオは言わずもがなだ。

 そして彼女達は知名度がありながら、その実力は低いと言わざるを得ない。

 パピリオは一年という短すぎる寿命と引き換えに強大な魔力を持っていたが、今では寿命も延び、その分格段にパワーも下がってしまっている。

 ワルキューレは苛烈な闘争本能を持ちながらもそれを制御し、冷静に戦いを進めていく高い精神力を持っている。

 また戦術・戦略の知識も豊富であり、あらゆる銃器に精通した彼女は極めて優秀な兵士と言えるだろう。

 だが、だからと言ってワルキューレの戦闘能力が高いという訳ではないのだ。

 確かに彼女は優秀な戦士であるが、それでも戦闘に特化した神魔と比べれば二歩も三歩も劣る。

 仮に武神である小竜姫と真っ向から戦闘をした場合、ワルキューレは手も足も出ずに完封負けを喫するだろう。

 ワルキューレはかつて戦乙女として名を馳せた姉妹の一人ではあるが、特筆する様な武力を持ってはいないのである。

 そしてヒャクメに至ってはそもそも非戦闘員の情報官だ。一応神族としてそこらの悪霊や妖怪よりは強いと言えるが、それでも戦闘能力は最下級である。

 

「つまりこの任務はあやつらを守る為のものでもあるという事か」

「そういうこっちゃ。あいつらに何かあったらそれこそ困るからなー」

 

 ワルキューレ達は既に自分達が置かれている状況を説明されている。故にあちらの世界での生活を主としており、滅多な事ではこちらの世界に出てこないのである。

 

「となると……斉天大聖は()()()()()()だけでなく、パピリオ達の護衛でもあるという訳か。

 あの魔猿とも呼ばれる神界の暴れん坊がよく承諾したもんじゃな」

「……本当に流石ですね」

「そっちも正解や。斉天大聖には宇宙のタマゴの中に引きこもってもらう事で疑似的に神魔のバランスを取っとるんや。

 ……とりあえずのとこは、やけどな」

 

 アシュタロスが魂の牢獄から解放され完全に消滅した事により、神魔間のバランスは大きく変動した。

 何せアシュタロスは次期魔王候補の一柱とも目されていた魔界の大公爵だ。それほどのビッグネームが失われたとなれば、神界魔界そのどちらも上へ下への大騒動になる事は当然である。

 そこで台頭してきたのが反デタント派というわけだ。

 最高指導部の会議で軍部のタカ派が「アイツらどうする? 処す? 処す?」と、半ば本気で提案する程に派手に動いていたのだが、そこに斉天大聖が待ったをかけた。

 

「神魔のバランスさえ取れれば動きを阻害出来るんじゃろう?

 ならばワシをあの宇宙のタマゴに封印してしまえばよい」

 

 その発言に誰もが絶句した。

 

「神魔としての格はアシュタロスの方が上じゃが、実力ではワシの方が上じゃろう。

 もとより半ば引退している身じゃ。この場の誰かが抜けるより、ワシが抜けるのが最良じゃろうて」

「……」

 

 確かに安全策を取るのならば斉天大聖の言う事も尤もであった。格でこそ劣るものの、その知名度や影響力は決してアシュタロスに引けを取らず、実力に関して言えば凌駕すらしている。

 神魔のバランスを取る事を考えれば他に選択肢は無いと言えた。

 

「悟空……」

 

 沈痛そうに斉天大聖の名を呼ぶのは、とある一人の女性だ。

 黒の長髪、豊満な肢体を持ち、それを覆い隠すのはビキニの水着と布地の少ない袈裟の様な物という、露出度の高い服装をした美女。

 これで仏門の徒だというのだから驚きである。

 ともかく、その美女は世界の安定の為に自らの身を擲とうとしている()()()()()に心を痛めた。

 

「そのような顔をせんで下され、お師匠様。何もこれが今生の別れという訳でもなし。会おうと思えばいつでも会えるんじゃ」

「……うん。それは分かってる。分かってるけど……」

 

 黒髪の美女――――斉天大聖の師、玄奘三蔵は愛弟子の目を見つめ、こう問うた。

 

「悟空……

 『宇宙のタマゴに引きこもって煩わしい仕事なんか投げ捨てて、四六時中向こうの最新ゲーム三昧じゃー!!』

 ……だなんて、考えてないわよね?」

「……」

 

 斉天大聖は答えない。

 

「悟空」

 

 お猿は目を逸らした。

 

「悟空」

「イヤジャナ―ソンナワケナイジャロオシショーサマー」

 

 猿爺はカクカクとした動きで何とかそう返した。

 

「あたしの目を見なさい悟空。目を見て言いなさい悟空」

 

 結局最後の最後までゲーム猿は三蔵と目を合わせる事は無かった。その後も会議は続き、最終的に斉天大聖の提案が採用される事となる。

 三蔵は何とも言い難い表情を浮かべていたが、最後には弟子の事を信じ、ちゃんとゲームだけでなく仕事にも励む様にと言い含めるにとどまった。

 そんな斉天大聖が齎した成果は――――言うまでもないだろう。三蔵ちゃんは鼻高々である。ただ、艦娘の士気が低めな事には苦笑を浮かべるしかなかったが。

 とにかく、それが斉天大聖がこの任務に従事している理由であった。

 

「……うーむ、まさかあの斉天大聖がテレビゲーム好きだとは。何というか全然イメージと違うのう」

「彼は昔から遊び好きでしたからね。人間の娯楽を知ってからはずっとああなんですよ」

「神魔は意外とそういうのにハマる奴が多いんよ。有名どころでは龍神王の息子の天龍って坊主が人間界の遊園地にハマっとるしな」

「なるほど……」

 

 カオスは茶を啜りながら神魔の娯楽事情に耳を傾ける。神魔の事はある程度理解していたつもりだが、まだまだ理解が足りなかったらしい。

 

「……おお、そういえば」

 

 カオスは一つ重要な事を聞くのを忘れていた事に気が付いた。

 

「最後の人間の協力者は誰なんじゃ? ワシと顔なじみの者だとは思うんじゃが……」

「あ」

「おっと、すまんすまん。忘れとったわ」

 

 カオスの問いに家須と佐多の二人もその事を思い出した。二人は軽く頭を下げてそれを詫びると、最後の協力者の名を出す。

 

「依頼を持っていくのは美神除霊事務所です」

「美神の嬢ちゃん……っちゅーよりは横島の坊主やな」

「……ほう?」

 

 告げられた名にカオスは片眉を上げる。自らの背後、マリアがその名にわずかに反応した事に気付いたからだ。

 

「まあ、ワシが知る限りこういった依頼を受け、達成出来そうなのはあやつらくらいか。納得と言えば納得じゃが……本命は小僧の方なのか?」

「ええ。美神さんは性格的にこういった事には向いていません。おキヌさん、シロさんやタマモさんも同様ですね」

「対して横島の坊主は人を動かすのが得意みたいやからな。部下になる艦娘も戦術とか戦略とか理解しとるし、坊主でも問題はないやろし」

「それにかなり長期の仕事となるので依頼料は奮発する予定ですから、美神さんも断らないでしょう」

「艦娘は美女美少女揃いやから坊主もウハウハやしな」

「……ああ、なるほど」

 

 今の説明で得心がいった。つまりこの依頼は()()()()()()()()()()()()

 美神や横島へ用意するのは金と女。自分には思う存分研究開発が出来る環境。恐らく他にもアシュタロスとの戦いで功績を挙げた者には様々な形で褒美――詫び――が贈られている事だろう。

 先程の説明で反デタント派と霊団棲姫への対応で人手が足りないと聞いて妙に思ったものだが、何てことはない。一番人手を割いていたのは()()()()()()()だったのだ。

 

「ご苦労な事じゃのー。道理で世界が急速に安定に向かっておるはずじゃ」

「……ちょっとあなた、いくら何でも察しが良すぎません?」

「普通にビックリやわ。良かったら魔族に転生せえへん? それなりの地位と役職を約束するで?」

「あっ、サっちゃんずるい! うちも! うちも優遇しますよ!!」

 

 爺さん(カオス)を巡って争うおっさん二人という薔薇色な……薔薇……? まあそういった方面の光景が繰り広げられる中、それをただ静観していたマリアは()()()()()()()といった状態だった。

 ()()()よりマリアは横島と会っていない。タイミングが合わなかったというのもあるし、会って何を話せばいいのかも分からない。

 ただ、会いたいとはずっと思っていた。

 しかし、今まで行動に移してはいない。何故か足が動かなくなるからだ。

 マリアはそれを“切っ掛け”が無いからだと考えた。横島と会う必然性が無いからだと。

 ――――当然、それは間違いだ。

 マリアに足りないものは“切っ掛け”ではなく“勇気”。

 会いたいから会う。それをするだけの僅かな一歩を踏み出す勇気こそが、彼女に足りないものなのだ。

 そして、カオスはそんな(マリア)の逡巡に気が付いていた。

 

「ところで、各鎮守府で協力するとの事じゃが、それぞれ別の宇宙のタマゴを使うんじゃろ? どういう風に交流するんじゃ?」

「ああ、それはまだ調整中なんですが、宇宙のタマゴを連結させるんです。そうやって()()()()に移動するんですよ」

「斉天大聖クラスやったら普通に世界間の移動も出来るんやけど……それをやってしもたら引きこもる意味がないしな」

「対外的にもこういったポーズは必要ですし」

「……なるほど」

 

 カオスは一つ頷き、本命について尋ねる。

 

「あと、ここに居るマリアも連れていく事は出来るのかの? 自慢じゃないが、ワシはマリアが居らんと生活出来んのじゃが」

「ドクター・カオス?」

 

 その問いの真意が理解出来なかったマリアは、怪訝そうな表情でカオスを見やる。

 

「うーん、そうですね……。技術的には問題ありませんよね?」

「おお。要は端末とその嬢ちゃんを繋げばええわけやしな。多少調整は必要やろうけど、問題なくいけるはずや」

「ふむ。ならばまた後日そっちに顔を出そうか。調整ついでに機材の受け取りもしてしまおう」

「おや、よろしいのですか?」

「こっちとしてはありがたいけど」

 

 カオスの申し出に家須達は機材の量や重さを考えて一瞬躊躇うが、そもそもマリアも同行するのだから問題が無い事に気付き、デーエムエム本社に来てもらう事にした。

 諸々の技術の詳細等もその時に説明する予定である。

 

「うむ。では詳しい事はまた後日じゃな」

「ええ。契約書もその時に」

「いやー、ほんま助かるわー。ほなまたなー」

 

 話が纏まり、一先ず伝えておくべき事も伝え終わった家須達二人はカオスの部屋を出る。

 思ったよりも話が弾んでしまい、時刻は既に一六時を回っていた。本日中に片付けなければならない仕事はまだまだある。二人はそそくさとアパートを後にし、会社へと戻っていった。

 二人を見送ったカオスは長く、深く、重々しく息を吐くと、緊張で強張った筋肉を解す様に身体を伸ばす。

 表面上は余裕を持って対応しているように見せかけていたが、その実、多大な恐怖と緊張を強いられていたのだ。

 流石のカオスでも最高指導者が相手では分が悪いどころではない。

 今でも鮮明に思い出せるかつての光景。島一つを簡単に消し飛ばし、それでもなお威力が損なわれない“究極の魔体(アシュタロス)”の砲撃を防ぎ切ったあの威容、あの威光、あの偉業。

 ()()()ならずとも、あの二柱ならばほんの吐息程度の力でその身を消し飛ばせよう。

 

「……」

 

 背筋や腰の辺りからボキボキと音を鳴らしているカオスをマリアは静かに見つめている。その顔は無表情だが、見る者が見れば内面の感情を見抜くのは容易い。

 

「何故自分も連れていくのか……聞きたいのはそれじゃろ?」

「……っ」

 

 カオスの言葉にマリアの鉄面皮が僅かに歪む。

 

「まあ簡単な話し、ワシからの援護射撃というか何というか……」

「援護射撃・ですか?」

 

 言葉の意味が分からないマリアは首を傾げる。

 カオスはマリアの反応に苦笑を浮かべると、その理由を言って聞かせる事にした。自覚を促すのも情操教育には必要だろうとの判断だ。

 

「同じ仕事に従事すれば、マリアも横島の小僧と会いやすいじゃろ?」

「………………」

 

 マリアはたっぷり一分間一切の動きを停止。その後まるでロボットの様な動きで(ロボットである)ガクガク(ワタワタ)と両手を意味なく動かし、視線を彷徨わせる。

 やがてマリアは胸に手を当てて目を瞑り、十秒間ずつ俯き、天を仰いでカッと目を見開くと――――。

 

「――――何の事でしょうか・ドクター・カオス」

 

 ――――見事にしらばっくれてみせた。

 

「いくら何でも分かりやすすぎるわい」

 

 当然ながらカオスには通じなかった。

 

「……いや、それも当然か」

 

 ぽつりとカオスは呟く。何せ自分には前科がある。あの時の事を考えれば、こういった態度に出るのも仕方がないだろう。

 このまま直球で突いていっても、今の状態では頑なに否定するだろう。ならば今は藪をつつくような真似はせず、少しだけ触る程度に抑える。何せ時間はたっぷりとある。焦って答えを出させるような真似はしなくても良いのだ。

 

「いや、最近美神達にも会っとらんからな。マリアはあの小僧と仲が良かったし、久しぶりに会いたいのではないかと思っての」

「……」

 

 マリアは答えない。ただ彼女の身体から響く機械音がやや激しさを増している。それはまるで心臓の鼓動の様にカオスには感じられた。

 

「……艦娘とは・その名の通り・女性しかいないと・聞きました」

「ん? ……ああ、そうじゃな」

 

 話の繋がりが一瞬分からなかったが、すぐにピンときた。何せ相手は横島なのだ。艦娘との関係やら何やらが気になってしまうのだろう……と、思ったのだが。

 

「ドクター・カオスを・支えてくれる・女性が・現れるかも・知れません」

「――――ほう?」

 

 その返しは、想像だにしなかった。カオスの口から漏れ出た声は驚愕の為か、それとも感心した為か。いや、実に興味深い返しである。

 先の言葉にはまだまだ微小ではあるが、明らかに何らかの感情が乗っていた。それは純粋にカオスに対する心配の気持ちであるのか、新たな出逢いを願ったのか、それとも余計なお世話だと()()()()()()()()()()()

 マリアはあの時より感情が育ってきている。それはもしかしたら今だからこそなのかもしれない。横島と……()()()()()()()()()()()()()()()()()、より強い想いを持つ事が出来たのではないだろうか。

 カオスの口許に笑みが浮かぶ。最愛の娘に嫌味を言われたようなものであるが、それでも気分は良い。だから、それに乗ってやる事にした。

 

「そうじゃなぁ……マリア姫と別れて以来、そういった事を考えた事は何度かあったものじゃが……」

 

 思い浮かぶのは生前のマリア姫の顔。真っ直ぐに前を見据える彼女の目には何度となく心を打たれたものだ。それから後の時代に出逢った、好意を懐いた女性達。確かに彼女達にもほのかに想いを懐いたものだ。だが……。

 

「それでも、ワシはずっと独り身じゃった。それだけマリア姫に対して惚れこんでおったというか……他の誰かにそういった感情を向けるのをどこかで裏切りだと考えておったのか……ふむ。こういうのを『重い』と言うんじゃろうか」

 

 何度もプロポーズをしたが、その度に自分では足手纏いになると断られ続けた。心は通い合っていたが、それでも一緒にはならなかった。マリア姫は自分の死後、カオスに相応しい伴侶が現れるだろうとも言っていた。それから今まで、熱く燃える様な感情を懐いた相手とは出逢えていない。むしろ、そういった感情はどんどんと失われていった。

 今にして思えば、あの日マリア姫が亡くなった時に同じく自分も死んでいたのかもしれない。あの時より数百年。この身の老化は想定以上の速度で進んでいった。

 

「……まあ、流石にこんな爺を相手にする様な女子(おなご)は居るまいて。自分で言うのも何じゃが、色々な意味で悪趣味と言わざるを得ん」

「……」

 

 カオスの声に込められた幾許かの寂寞の感情に気付き、マリアは何も言えなくなる。しかし、カオスはまた笑う。

 

「しかし、もしそんな悪趣味な女子(おなご)が居るのなら……考えてみるのも有りかの」

 

 老いらくの恋なぞろくなもんじゃないがのー、とカオスは大笑する。そのカオスの姿に、マリアは何故か胸が軽くなる様な感覚を覚えた。何故その様な感覚を覚えたのか、それにどういった意味があるのか、マリアには分からなかった。

 だが、同時にマリアはこうも感じた。()()()()()()()()()()()()――――そんな、不思議な感覚だった。

 

「何にせよ、これから色々と楽しくなりそうじゃわい」

「……イエス・ドクター・カオス」

「ほ? ――――はっはっは! お前もそう思うか、マリア!!」

 

 その言葉は思考を介せず、口に出ていた。未来がどうなるか分かりもしないのに、カオスの言葉を肯定した。

 未知を、楽しむ。それはまるで人間の様だ。愛する娘のさらなる成長にますます笑いが込み上げてくる。

 

「わははははははっ!! 待っておれよ深海霊団棲姫!! この“ヨーロッパの魔王”ドクター・カオスが貴様を水底に沈めてくれようぞ!! ふふはははははははははははははははっ!!!」

 

 込み上げる感情のままに高笑いは響く。(マリア)の想いと未来。幸あれと、カオスは願い、笑う。

 未来を見通せずとも、より良い未来を構築し、引き寄せる。それこそが自分の役割なのだと確信を抱き。

 

 

 

 

 ――――自分が新たな運命と出逢うという未来など、考えもしていなかった。

 

 

 

 

 

第五十六話

『老いてますます盛んなり』

~了~

 

 

 

 

 

 

「うるっさいよカオっさん!! ご近所さんに迷惑でしょうが!!!」

「ぐわあああぁぁーーーーーーっ!!?」

「ドクター・カオス!!?」

 

 ――――そして、大家さんに「うるさい」とシバかれる未来も想像していなかったのだ……。

 

 

 




お疲れ様でした。

今回出てきた三蔵ちゃんはFGOの三蔵ちゃんです。
私の中で三蔵法師と言えばFGOか最遊記なのです。どっちにするか迷いましたが今回はFGOの方で。チチシリフトモモには勝てなかったよ……
まあ最遊記の方の三蔵も金髪タレ目毒舌ヘビースモーカーハイネックノースリーブ黒インナーと、スケベさでは負けてないと思います。()

小竜姫とワルキューレの力関係ですが、拙作内では小竜姫の方が圧倒的に実力が上ということになっています。
ワルキューレファンの皆さんごめんなさい。

そして斉天大聖の格ですが、拙作内では超上級神魔族であり、アシュタロスは最上級神魔族という分類になっています。
上から順に最上級、超上級、上級、中級、下級、最下級といった感じです。

それではまた次回。


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出逢い

新型コロナウィルスに感染して臥せってました/(^o^)\(挨拶)

そんなわけで大変お待たせいたしました。
今は快復したんですけどまだ味覚と嗅覚が戻り切ってない感じなんですよね……おのれ後遺症め……


 

 カオスが提督として鎮守府に着任してから、ゲーム内時間で十日が過ぎた。

 秘書艦として選んだ電を筆頭に艦娘達との関係も概ね良好であり、現在はそれなりのペースで海域の攻略を行っている。

 書類と格闘するカオスの傍らにはマリアの姿がある。調整に思ったよりも時間が掛かったが、パソコンと接続する事で無事に()()()()()()に来る事が出来た。

 マリアはカオスを監督する一方で、こちらの世界での己の身体の調子を確認する。

 

 ――――定期セルフチェック・終了・問題ありません。

 

 現実世界でもこちらの世界でも、一日足りとて欠かさないセルフチェック。どちらの世界でも変わらない。()()()()()()()()()()()()()()

 さりとてマリアの鋼の肉体がこちらの世界に物理的に入り込んだわけではない。

 マリアの身体も、そしてカオスの身体もちゃんと現実世界に存在している。(当然横島も、である)

 これはとある存在の能力の成果であり、またこの事を知った時のカオスは凄絶な笑みを浮かべていた。

 

「ドクター・カオス・そろそろ・休憩の時間です」

「む? おお、もうそんな時間か」

 

 マリアの体内時計は十五時五分前を指し示している。十五時――――午後三時はおやつの時間。これは全鎮守府の共通事項である。この時間になると何人もの艦娘が執務室にやって来て、バカ話に盛り上がりつつ仲良くおやつを食するのだ。

 カオスは背筋を伸ばし、固まった肩をぐるぐると回して解しながら息を吐く。

 

「うーむ、この歳になるとすぐに肩が凝るのう」

「あ、じゃあ後でまた電がお爺ちゃんの肩を揉んであげるのです」

「おお、頼めるか」

「はいなのです」

 

 可可と笑い、大きな手で電の頭を撫でる。それを享受する電は嬉しそうに笑みを浮かべている。

 正直な話し、電は力が弱く、肩もみも上手いとは言えない。しかし、一生懸命に肩を揉む電の優しさがカオスには嬉しかった。

 マリアの目から見ても、カオスと電の二人は祖父と孫の様に見える。二人にそう告げると、二人共が満更でもなさそうに笑みを浮かべたのは記憶に新しい。

 そしてその際に電から「……という事は、マリアさんは電のお母さんなのです?」と問われた時の衝撃は、生涯忘れる事は出来ないだろう。

 思わず思い描いてしまったのだ。親として共に(こども)を育む、己と横島の姿を。

 ――――その後、マリアから異音や警報音が鳴り響き、熱暴走を始めたのは余談である。

 

 

 

 今日のおやつはクリームの入った大判焼き。鎮守府のいたる所で「今川焼き!」「人形焼きだ!」「御座候でそうろう!」など、呼び名に関して戦争が巻き起こっている。

 中には「クリームなんて邪道よ!」と言いながら至福の表情で大判焼きを頬張っている者もいる。

 ちなみに翌日のおやつは『きのこの里』と『たけのこの山』の選択式だ。きっと血の雨が降る事だろう。

 

「だからね、ご主人様。特別感が無さすぎると思うんですよ」

「……いきなり何の話じゃ、(さざなみ)よ」

 

 大判焼きをもっちもっちと食らいつつ、駆逐艦“漣”は酒も呑んでないのにカオスにくだを巻いていた。

 

「大淀さんと明石さんの事ですよ」

「……ふむ」

 

 一応カオスにも心当たりはあった。

 

「せっかく隠しキャラ扱いで任務娘、アイテム屋娘として正体(?)を隠してるのにさー、二人の艤装が1-1、1-2とかでバンバンドロップするのはもったいないと思うんですよ!」

「それはまあ確かに」

 

 各鎮守府に於いて大淀と明石の艤装は最初から装備されている訳ではなく、何処かの海域で低確率でドロップする艤装を探し出さなくてはならない。

 しかし、この時のカオス鎮守府では二人の艤装は全ての海域のマス目でドロップ出来る状態であった。何ともロマンに欠ける話である。

 

「うちの鎮守府は()()()()()()()()そういった意味で配慮されてるのかもしんないけど、これじゃモチベ下がっちゃうっていうか何というかー……」

「うむ……。まあ、気持ちは分かる。レア物は困難を乗り越え、苦労の先に手に入れてこそありがたみが分かるというもの。今の状態では……まあ、健全とは言い難いの」

「マジでそうですよ。さっすがご主人様、話が分かるぅ♪」

 

 どうやらカオスも漣と同意見の様で、現状に少々不満があるようだ。

 

「でもさー、何回も何回も周回せずに済むんだから楽出来て良いじゃんか」

 

 と、二人に意見する者が現れる。重巡洋艦“鈴谷”だ。

 

「カーッ! なんちゃってJKはこれだから! 楽する事ばっか考えてないで少しは努力する事を覚えたらどうなんだ!」

「はぁー!? こっちはあんたの自己満足と違って効率の話をしてるんですけどー!? オタクって自分の事ばっかで他人の事なんて全然考えないくせに口だけは達者でエラソーじゃん!」

「にゃにおう!?」

「何よ!?」

「やめんか、お主ら」

 

 意見の違いからか、漣と鈴谷の二人は口喧嘩を始める。額をゴリゴリとぶつけ合い、超至近距離からにらみ合うその姿は最早カオス鎮守府では見慣れた光景となっていた。

 やがて二人は化粧や髪のセットが崩れるのも構わず互いの頬や髪を引っ張り合い、取っ組み合いのケンカへと発展する。

 結局二人はマリアに拳骨を落とされ、ぐったりとした状態で執務室から放り出された。これもいつもの事である。

 

「まったく……。普段は仲が良いのに、あやつらにも困ったもんじゃ」

「あはははは……」

 

 カオスの言葉に、その場にいた者は呆れた様に笑った。

 そう。その実、漣と鈴谷は仲が良い。漣は鈴谷にオシャレについて教えてもらい、鈴谷は漣に流行の漫画などを教えてもらっている。

 しかし、こと出撃任務に対するスタンスの違いでよく衝突しているのだ。それでも二人の友情は篤く、何だかんだ一緒に行動している姿がよく見られる。

 

「……それで・どうされますか・ドクター・カオス」

「うむ。我が鎮守府に課せられた任務は海域の攻略に加え、兵装の研究・開発・改造、そして特殊艦艇の試用じゃから、今の方がありがたいと言えばありがたい」

 

 そう、カオス鎮守府でドロップ率が高いのは何も大淀・明石の艤装だけではない。

 潜水艦、海防艦など、特殊な運用をする艦娘のドロップ率・建造率が高くなっている。

 

「でもさー、それが任務だって言うなら最初っからそういった艦娘で固めておいた方が効率が良いと思うんだけど……何でそうならなかったんだろ?」

 

 そう疑問を口にしたのは正規空母“蒼龍”。

 一人だけあんこ入りの大判焼きを上下に切り分け、間にバターを塗ったスライスチーズを数枚挟むという珍しい食べ方をしている彼女は、後にカオスから聞いた『チーズあんシメサババーガー』に興味を示し、再現しようと試みる事になる……のだが、今は関係ない。

 

「ふむ。ワシも以前それが気になって尋ねた事があるんじゃが……」

 

 各鎮守府――――宇宙のタマゴには、それぞれ神魔の最高指導部から任命された担当者が付いている。

 例えば横島の担当は“阿部テル”こと“熾天使アブデル”という少々特殊な趣味をお持ちの方なのであるが、カオスを担当する者は非常に真面目な性格の持ち主だ。

 ――――その名は“熾天使ミカエル”。天使の中の天使と称され、全ての天使たちを統括する『大天使長』である。()()は家須からの命で自らの力を封じ、人間としてデーエムエムで働いていた。

 

 横島が提督となってから現実世界で数日、ようやくマリアの調整が終わり、パソコンと接続出来るようになった。ミカエルは仕事がようやく一段落付き、ほっと息を吐く。

 ここまで来れば後は楽なものだ。仕様書と入力された設定の最終確認を済ませ、家須に報告を上げるだけだ。

 

「さて、後はこれが終われば――――っ!?」

 

 ペラペラと仕様書を捲っていると、突如として社内にほんの一瞬だけ莫大な神力と魔力が満ちる。その二つの力をミカエルは知っている。神魔の最高指導者達の力だ。

 

「一体何があった……!?」

 

 ミカエルは困惑しながらも力の発生源――――仮眠室へと向かう。本来の彼女ならば一瞬で転移出来るのだが、力を封じているので走っていくしかない。

 人間界にこれ以上の混乱を齎さない様に、という理由で為された措置であり、ミカエルもそれには納得していたのだが、今この時はどうしても煩わしく感じてしまう。

 やがて辿り着いた仮眠室はすっかりと異界化してしまっていた。自分以外にも何人かが来ていたが、いずれもそれを眺めているしかない状況である。

 

「な、何なのだこれは……。結界が敷かれているおかげで周囲に影響はないようだが……」

 

 対応に迷うミカエル達であったが、次の瞬間、結界は異界ごとその身をギュッと収縮させ消滅した。

 そしてその場の皆が見守る中、常の姿を取り戻した仮眠室から出てきたのは、苦虫を噛み潰した様な顔をしている家須と、阿部(アブデル)を肩に担ぎ、不機嫌なのを隠そうともしない佐多の二人であった。

 

「お、お二人共……一体、何があったのです……?」

 

 家須達の様子を見て誰もが尻込みする中、ミカエルが代表して二人に問い掛けた。

 

「ああ、見神(みかん)さん。それなのですが……」

 

 ――――熾堂(しどう) 見神。それがミカエルの人間としての名だ。デーエムエム本社内では基本的に人間名を呼び合う規則となっている。

 家須と佐多は目を見合わせ、同時に深く長い溜め息を吐くと、家須がミカエル――――見神へと事の仔細を説明した。

 

「……一体何をしているんだ、こいつは……」

「ホンマにな」

 

 見神は頭痛を抑える事が出来なかった。痛むこめかみを押さえつつ、新宿二丁目に阿部を連行していく佐多に「ご苦労をおかけします」と頭を下げる。佐多に対してこれほど申し訳ない気持ちになったのは、それこそ生まれて初めてだろう。

 その後家須がその場を解散させ、皆に通常業務に戻るよう指示を出す。あと少しで仕事が終わるという所で妙な邪魔が入ったものだ。

 見神は自分のデスクに戻り、仕様書と設定を再確認。そして――――猛烈な勢いで設定を変更し始めた。

 

「……む? 何をしている見神。設定はもう終わったはずではなかったのか?」

 

 パソコンの画面を見つめ、超高速でタイピングする見神に、一人の男性が声を掛ける。

 二メートルに程近い長身、さらりと風に流れる金の髪、鼻筋は通り、前を見据える双眸には強い意志と固い決意が宿っている。

 まさに美丈夫と呼ぶに相応しい容姿の持ち主だ。彼がその場に現われるだけで周囲の女性社員がうっとりと溜め息を零す。

 しかし、見神はそんな彼に一瞥もせず、モニターに顔を向けたままだ。

 

「ああ、ウリエルか。なに、設定を変更しなくてはならなくなってな」

「ここでは人間の名で呼べ。……それで、何をどう変更するのだ? 可能な範囲であれば私も手を貸すが」

 

 見神に“ウリエル”と呼ばれた男性はまた仕事を背負い込んでしまった同僚を手伝うべく詳細を聞こうとする。

 

「ありがたい。変更する点は初期艦候補達、任務報酬の艦娘、建造可能な艦娘、各海域でのドロップ艦、またそれらの確率の調整だ」

「――――……何だと?」

 

 ウリエルは見神が語った変更内容に耳を疑った。それはもはや独断で変更して良い範疇を飛び越え過ぎている。

 

「待て、この事は最高指導者のお二人も知って――――ええい、手を止めろ!!」

「離せウリエル! これには私の名誉に関わるんだ!」

「何を訳の分からぬ事を……!?」

 

 ウリエルの制止も聞かず、見神は必死の形相で拘束を振り払う。

 

「私は……私は……!!」

 

 二人のやり取りに俄かに注目が集まる中、見神は本当に切羽詰まった様な声で叫びを上げる。

 

「私は――――断じてロリコンなどではない!!!」

「本当に何の話だ!!?」

 

 それは魂からの咆哮だった。

 カオス鎮守府では他の鎮守府よりも特殊艦艇が建造・ドロップしやすい設定となっている。

 現在実装されている特殊艦艇のほとんどが潜水艦と海防艦である。その外見は、ほとんどの者が非常に幼い見た目をしていたのだ――――。

 その後、何やかんやあって騒動が家須の耳にも入り、何とかドロップ率の調整で妥協する事となった。

 今回の件で見神は家須からお叱りを受ける事となったが、普段の勤務態度も真面目であるし、理由が理由なだけに処分は厳重注意に留まった。

 某所で阿部が「何故私だけがこんな目にいいいぃ!!」と呪詛を吐いていたが、それを聞いてくれる者は誰も居てはくれないのであった……。

 

 

 

「――――という様な事があったらしくての」

「うわぁ……」

 

 カオスの話に聞いていた皆は頬を引きつらせる。

 

「それで今に繋がっている訳なんじゃが……どうも初期案ではうちの鎮守府は特殊艦艇だけの編成になる予定じゃったらしい」

「え、そうなの?」

 

 驚く蒼龍にカオスは「うむ」と頷いた。

 

「それに待ったをかけたのがいての。ワシ以外の()()()()()の内、二人がそれに異議を唱えたんじゃ。

 何でも『ゲームのテストプレイも兼ねているのだから最低限の条件は揃えるべき』『場合によっては詰みかねないからある程度余裕が出来てから研究は行うべき』とか」

「……ん˝ん~」

 

 言いたい事は分かる。特殊艦艇は一芸に特化した能力・性能の艦娘が多く、それ以外の能力が軒並み低いという問題点も抱えている。

 それを何とかするのがカオスの任務と言えるのだが、二人の提督はそれを踏まえてこう言ってのけた。

 

「曰く――――『まずは真っ当にゲームを楽しんでほしい』……じゃと」

「……そういう事言ってる場合じゃなくない?」

 

 その言葉を聞いた蒼龍は表情をムッと歪ませる。蒼龍だけではない。その場の艦娘全員が同じ様に顔をしかめていた。

 

「っていうか、よくそんな理由で通ったね?」

 

 気怠そうに軽巡洋艦“北上”が問う。

 

「うむ。その二人の内一人は神界でもかなり発言力が高い存在なんじゃ。そしてもう一人は……そやつが居らんとそもそも作戦が成り立たん。そういう立場の者でな」

「あー……それってつまり……?」

「そう。断るに断れん」

「なるほどなー」

 

 ソファーに座っていた北上の身体が背もたれに沿ってズリズリと沈む。彼女の心境を表しているのだろうが、その分腰が前へと突き出され、少々はしたない格好だ。スカートも捲れ、もう少しで下着が見えてしまう所まで来ている。

 ここに横島と横島鎮守府の大井が居れば身を乗り出してかぶりつくところだが、カオスは一顧だにせず思考を巡らせる。

 それに、と。

 

 ――――ワシらは深海霊団棲姫の討伐メンバーからは外れとるからのう。

 

 ゲームを楽しんでほしい、とはそういう意味も込められていた。

 

「まあ文句を言っても始まらん。今出来る事をやっていくしかないんじゃからな」

 

 そう言ってカオスは徐に立ち上がる。

 

「差し当たっては()()じゃ」

 

 カオスはやや傾き始めている陽光の差し込む窓まで歩き、外を指差す。

 見なくても皆はその場所を理解している。そして、カオスがやろうとしている事も。

 

()()()()……試してみようか」

 

 大型建造――――正しくは大型艦建造。大量の資材を使用することで巨大戦艦、中小型新鋭艦、空母を建造する事が出来るシステムだ。

 各基本資材の最低投入値は燃料:1500、弾薬:1500、鋼材:2000、ボーキサイト:1000であり、最大値は各7000。開発資材は1、20、100からの選択式であり、高速建造材を使う際には一度に10個を消費する。

 これらの量とバランスを調整する事で、建造出来る艦艇の種類をある程度はコントロールする事が可能となる。しかし、だからといって望む艦を絶対に手に入れる事が出来るという事は無く、建造される艦娘も中々に幅が広い。通常の建造で手に入れられる艦娘もこの大型建造に数多く含まれている。

 要するに多少の違いがあるだけで基本は通常の建造とほぼ変わらないのだ。

 

「……まあ、今のところは、じゃが」

「いやー、提督! 楽しみですねー大型建造! 昨日これが出来てからずっと楽しみにしてたんですよ!!」

「ええい纏わりつくでない!」

 

 工廠に着くや否やカオスは明石に纏わりつかれた。明石の目はらんらんと輝いており、新たな技術を使う事に酷く興奮している事が良く分かる。

 そんな二人の視線の先、建造ドックの一画には特殊な建造ドックが新たに作られている。これが大型建造用のドックだ。

 現在このドックが存在するのはカオス鎮守府だけであり、他の鎮守府にはまだ実装されていない。カオスが検証を進める事でいずれ他の各鎮守府にも実装されていく事になる。

 なおカオスが大型建造に使用する資材はある程度補填される事になっている。かなりの数をこなさなければならないので、大本営(うんえい)が気を利かせてくれたのだ。

 

「どーせなら全部タダにしてくれたらいいのにねー」

「流石にそういう訳にもいくまいて。何事にも限界や制限はある。それに、こういった縛りがあった方が面白いもんじゃよ」

「おお、かっこいいねー!」

 

 唇を尖らせて文句を言う北上にカオスは苦笑しつつそう答えた。

 ちなみにだがカオスは大型建造について家須達から説明があった際、「全部タダでええじゃろ!?」と3時間程交渉(おねだり)しているが、それが受け入れられる事は流石になかった。背後のマリアの視線が痛い。

 

「さて、では投入する資材じゃが……個人的には戦艦が欲しい。とりあえず通常の建造と同じく鋼材を多めにしてみるか」

 

 カオスは早速明石と投入する資材について相談し、端末に打ち込んでいく。補填されると言ってもそれはすぐに、という訳ではない。大本営(うんえい)にどの資材をどれだけ使いましたよ、という書類を作成し、それが受理されてからになる。どうしてもタイムラグは発生するので節約はしなくてはならない。

 

「……では燃料:4000、弾薬:7000、鋼材:7000、ボーキサイト:2000、開発資材:20でやってみましょうか」

「うむ。……一度に大量の資材を使うのは何とも気持ちが良いな……!!」

「癖になりますよね!」

 

 興奮した面持ちで大型建造用ドックを見つめるカオスと明石。二人の表情を見ている北上は何とも言い難い微妙な気分になる。

 

「どうでもいいけど無駄使いはやめてよー? それで苦労するのは私らなんだからさ」

「分かっとるわい。こういうのは偶にやるから気持ちいいんじゃ」

「……あー、うん。分かってるならいいや」

 

 北上の注意も何のその。カオスは視線すら向けずに言葉だけを返す。一応理性は残っている様なので北上もそれ以上は言わなかったが、どことなく危険な雰囲気は未だ漂っている。

 

「……さて、提督。実はまだ大型建造が可能なのですが」

「うむ。……やるか!」

「はい!」

「ぅおーい!? 舌の根も乾かぬ内にー!!」

 

 とりあえず全資材を投入! ……とならなかったのは救いだろうか。

 

「では資材の残りも考えて燃料:4000、弾薬:2000、鋼材:5000、ボーキサイト:5500、開発資材:20でいきましょう」

「うむ」

「うおおぉ……あれだけあった資材がぁ……」

 

 満足そうな顔をしているカオスと明石は絶望の表情を浮かべて打ちひしがれる北上に気付かない。カオス達は後続建造材は使わずにそのまま建造を開始する。

 それぞれの建造時間は『4:00:00』『02:30:00』であった。

 

「ふむ。一方は戦艦じゃと思うが、もう一方は重巡か……?」

「それなら最上型の誰かに来てほしいですねー。鈴谷さんが姉妹艦に来てほしいってずっと言ってましたし」

「どうなるかのう」

 

 これより数時間、カオスと明石は現状について色々と話し合った。今回の大型建造で残りの資材が僅かになってしまったためだ。後ろで北上が涙目で何事かを喚いていたが、二人はそれを全く気にしない。二人の悪い面がここに来て炸裂している。

 がっくりと項垂れる北上の肩に、マリアが慰める様に手を置いた。

 

「……慰めるくらいならまずお爺ちゃんを止めてよ」

「……」

 

 マリアは北上から目を逸らした。

 

「さて、どんな艦娘が建造されるか」

「良い子だといいですね。あと、提督好みの女の子だったらもっといいですね?」

「何を言っとる」

 

 ニマニマといやらしい笑みを浮かべる明石の頭に、カオスは軽くチョップを入れる。「キャー」と言いつつ笑いながら逃げる明石に、カオスは呆れた様な表情を浮かべる。

 

「……?」

 

 視線を大型建造ドックに向ける。何となくではあるが、自分に関わる何かが変わる様な、そんな気がした。それは霊能力者としての勘だろうか。

 

 

 

 ――――この日、カオスは運命と出逢った。

 

 

 

 

 

第五十七話

『出逢い』

~了~

 

 

 

☆おまけ☆

 

熾天使ミカエル

 

四大天使の一人。その名は“神のごとき者”を意味する。

火の属性を司り、今はこの世界から離れた古き神より“炎の神剣レーヴァテイン”を受け継いでいる。

カオス鎮守府がある宇宙のタマゴの担当者。家須の右腕であり、今回の任務に家須から直々に指名された。

 

人間としての名前は“熾堂 見神”。ウェーブの掛かった金の長髪の美人なお姉さん。

 

 

熾天使ウリエル

 

四大天使の一人。その名は“神の光”“神の炎”を意味する。

地の属性を司り、今はこの世界から離れた古き神より“神槍グングニル”を受け継いでいる。

ミカエルの補佐をしており、基本的にカオス達とはあまり関わらない。人間があまり好きではない。

 

人間としての名前は“瓜江(うりえ) (りゅう)”。変な眉毛の美形なお兄さん。

 

 

 

 

間宮「明日の晩御飯はお好み焼きにしましょう」

伊良湖「はい。……もちろん関西風、広島風の選択式ですよね」

間宮「ふふふ……」

伊良湖「ふふふふふ……」

間宮「争え……」

伊良湖「もっと争え……」

 

 




出逢ってなくない?(挨拶)

これはタイトル詐欺。許されない。

今回もカオスの話。とある艦娘達が建造されるところですね。
一体誰と誰なんだ……?

次回はこの続きかあるいはあえて斉天大聖のところにしようか……。

それではまた次回。


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