狂愛闘乱――Chaos Loving―― (のれん)
しおりを挟む

ジークフリートと家族の重み
第一話 異変


初めまして。
ハーメルンでは初投稿になります。

読んで頂けるとうれしいです。


 見えるのは、赤の群れ。

 

 愛する人を亡くし、その復讐のためだけに駆け抜けた日々。

 それが今、終わった。いま赤で塗りつぶされた男がその証明だ。ずっと願っていたのに

 この男の死を、破滅を、滅亡を。

 

 なのに、

 なのになんの感慨も覚えない。

 本当にこの光景を私は待っていたのだろうか?

 

 ガリガリガリ。

 赤の世界が騒ぎ始める。きっと外野がようやく気づいたのだろう。

 

 目障りな音が急かす赤い世界。だが塗りつぶされた世界は鈍く輝き、思考が働かない。

 

 ああ、

 

 私は、なにが、あの人と……死、

 

 そして…………紅い、光。

 

 そのとき私は願いを思い出して、そして己が喉を刺し貫いたのだ。

 

 

 

 

 その日、カルデアの予定は珍しい「何もない日」だった。

 

 正確に言えば英霊たちの修行などは行われているが、戦闘を本能とする彼らにとっては娯楽に近いモノであり、ありふれた日常の1コマであった。

 

 現在観測されている特異点は見つからず、小さな規模の歴史の改編も行われてはいない。

 

 というわけで久しぶりに羽を伸ばしてご飯を食べているマスターたる俺。珍しい日には違いないが、変わっていることはそれだけでない。

 

 俺の前に座るのは、いつもの後輩デミサーヴァントではなく、極太の大剣を背負う男。

 見てくれだけみると、話しかけるのさえ躊躇うほどの偉丈夫だが、その悩ましげな眼差しと……

「……すまない」

「いや、なにが!?」

「久しく時間をかけて食べられる豪華な朝食。それを共にするのが君の相棒たるマシュではなく俺などと……」

「……相変わらずだな」

 という低すぎる自己評価から起こる、英雄らしからぬ謙虚さ。

 

 すまないさん。それがドイツ民話「ニーデルンゲンの歌」の主役にして竜殺し、ジークフリートのあだ名だった。

 

「いや、お昼前でブーディカ姉さんの出来たて料理作ったって言うからさ。1人分じゃないし、他のみんなは昼前で修行のラストスパートに入ってるし」

「唯一暇そうだったのが俺ということか……すまない修行もしないで」

「いやいやいや、家事手伝ってくれたお礼だって言ってたじゃん!」

 

 ジークフリートの謙虚さは止まらず、結局「家事の手伝い、エミヤも誉めてたよ」という伝家の宝刀を使うまで彼の「すまない」の呟きは終わることは無かった。

 

 

 

 お昼の刻。

 他のサーヴァントとの会話から帰ってきたマシュと合流し、カルデアゲート前で待機。

 一定時刻ごとに特異点の調査を行うため、迅速な動きができるように待機するのももう慣れっこである。

 

 そうして2人のそこでの会話は他のサーヴァントの話しになるのが常だった。

 今日はもちろん今朝の竜殺しの話題だ。

 

「うーん、あそこまで下手になられると会話も一苦労になるんだなぁ」

「でもそれがジークフリートさんの良さでもありますし」

 

 マシュは後輩という立場や境遇などから、マスターに対して謙虚な姿勢ではあるが、ジークフリートはそれ以上だ。

 ドイツ最大、ヨーロッパでも屈指の実力を誇る大英雄が主従の関係とはいえ、一般人に向ける態度ではないだろう。

 

「あれはきっと性分の問題なんだろうけど、部下とかはどうしてたんだろ?」

「ジークフリートさんに限らず、将軍などを除いて英雄はほぼ単独行動が多かったと聞いています」

「まぁ、英有譚ってそんな感じか」

「それに英雄を支える役目としては奥さんがいますし」

「えっ! いたの、ジークフリートに!?」

「む、いたぞ」

 

 マシュとは違う方向から、マシュより低い声で、肯定の声が応える。

 

「ええっと……」

「……すまない、盗み聞きするつもりはなかったのだが」

「いつから……」

「つい今し方だ。待機中に同じようにしても良いと聞いてな」

「そ、そう……」

「………………すまない」

「いや、なんで!?」

「竜を殺すこと以外取り立てて目立たない俺ごときが妻帯者などと信じられんだろうが……」

「いくらなんでも自己評価低すぎだよ!」

 

 俺は叫んでおく。ジークフリートが己を下げるほど、竜殺しもできない彼女すらいない男がさらにその下へと下がるからだ。

 だが、落ち込むと同時にふつふつと男だからこそ怒気がにじみ出る。

 だから俺は、少しだけ肩をふるわせて叫んだ。

 

「謙虚なのはいいけど、そこだけは自信もってよ。奥さんでしょうが」

「先輩!!」

「ま、マシュ?」

 今度はマシュが会話に乗り込んできた。その叫びは焦りの色がありありと乗せられている。

  まるで戦いの瞬間、間違った指示を出してしまったときのようだ。

 

「ど、どうしたん……」

「Emergency! Emergency!!」

  突然鳴り響く機械音声。合成音であるはずなのに上擦って聞こえる、と思ったときには俺の足は立てなくなっていた。

 三半規管の混乱、それは地震と錯覚するほどの空間そのものの歪み。

 全てが音もなく崩れていくなかで、マシュの叫びも聞こえなくなってしまう。

 

 俺が最後に見たのは同じように歪んでいくジークフリートの姿。その口先が聞き慣れた言葉を呟いている、と分かると同時に世界は歪んだ闇に消えた。

 




FGOやってます。

ちょっと前になるけどネロ祭のときに一番手こずったのはジークフリート。
フレンドに金時いなかったら攻略なんてできなかった……

さすが竜殺し!

え、フィナーレ? ネロちゃまを立てるために、ですね……(結局クリアできなかった)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 竜殺しの妻

こんばんは。

最近、無性に格ゲーがやりたくなります。

フェイトのアンコだとランサーとアサシン……という最強格か最弱格しか使わないのに強さは常に安定しています。

この意味が分かるな?(言わなくていいです)


 すまない。

 今日も紡がれるその言葉。彼は何かある度、そう言って許しを請う。

 別に謝る必要も、頭を下げる立場でもない。

 でも彼は必ず、本気で自分の行為を罪として受け止め、償いのために謝る。その謝罪には一切の妥協もない。

 

 故に誰もが彼を英雄と呼び、讃えた。非があれば誰にでも下げられる頭の重みは永劫変わることも無かった。

 

 だが、その言葉が最も向けられた者はその言葉を一番嫌っていた。

 地位も名誉も、強さも勇気も、なにより謙虚など、誠実などと!

 そんなものいらない。必要すら無い。

 

 求めるのは、そばにいる、という事実。

 なにもいらない。そう、なにも。

 だから、もう……

 

 その言葉が向けられた先は……

 

 

 

 

 

 日に当てられた影の揺れが眠気をざわつかせていく。

「…………こ、ここは?」

「気がついたようだな、マスター」

「あ、ああ。ジークフリート」

「どこかの特異点に飛ばされたようだ。正確な時代は分からんが、マナの濃さを見る限り現代より千年以上前だ。俺のいた時代と似た雰囲気をこの森から感じる」

「せ、千年? ……ずいぶん昔に来たなぁ」

「む、俺は君がマシュが近くにいない事に驚くものだと思っていたが、以外と動じないのだな」

「そりゃあ、いつも一緒ってわけでもないしな」

 

 予感はしていたのだ。

 マスターとなっている俺は、自前ではないとはいえ魔力の供給のため全てのサーヴァントとパスを繋いでいる。

 それの作用の1つとして、近くにいるサーヴァントの夢を見ることがあるのだ。

 

 すまない、などというワードを頻繁に使うのは1人しかいない。

 

「あれ? でもあの視点は俺のじゃあ、ないよな」

 

 では、あれはいったいだれの思考だったんだろうか?

 

「思案中にすまない、マスター。だが、何か来る」

「なっ」

 

 サーヴァントの警告は一般人にとって戦闘を無事生き残るための命綱と等しい。

 なにがなんでもその金言に従わなければ、待っているのは暗い絶望だけだ。

 

 すでにジークフリートは大剣を構えている。下段へと下げているものの、その構えはあらゆるセイバーたちのほとんどが「隙がない」と言わせる。

 俺とどこぞのDEBUにはさっぱりだったが。

 

「しっかり俺の後ろにいてくれ、マスター」

「分かってる。分からないことだらけなのは慣れっ子さ」

 

 俺の台詞が言い終わった瞬間、近くの木の葉が揺れる。なにかが草をかきわけ――いやだれかが、だ――近づく。

 俺でもわかる。じれったいぐらいにゆっくり、でも震えるぐらいに素早く。蛇のように、鷹のように、首を落とす刃のように。

 

 いるのはヒトから外れた、化け物だ。

 

「…………あ、あの」

「……」

「………………」

 

 人影と同時に姿を現したのは1人の美女だった。

 艶のある黒髪をなびかせ、翡翠色の瞳が悲壮ささえ感じさせる。

 近寄りがたい高潔な美しさと、支えなくてはと使命感にすら感じさせる脆い雰囲気。矛盾した思考が世の男を惑わせるであろう美貌だった。

 

 サーヴァントなどという特殊な人物ばかり見ているが、美女にはなぜか飽きない。彼女もまたその容姿のみで国を傾けられそうな、罪ですらある美しさを持つ女性だった。

 

 そんな美女が木で編んだバスケットを片手に恥ずかしそうにしている。さっきまでの思考をぶん殴ってやりたい。

 まさか男に会うだけで恥ずかしがる初心な人だったんなんて……アレ? なんか見ている方向に違いが……

 

 女性の視線は俺よりも若干高く、その先はとある大剣を持ったまま呆けている男へと寄せられていた。

 そのとき、魔剣にして聖剣を手に執り竜殺しの異名を誇る大英雄、ジークフリートは一般人たる俺の10倍は隙だらけだった。

 

「クリーム……クリーム、ヒルト……!」

 

 ジークフリートがそう叫んだ瞬間、美女はバスケットを放り投げて、彼に抱きついた。

「ああ、ジーク、ジーク! 会いたかったわ、本当に」

 

 

 

「つまり、あれがアンタの奥さんということで?」

「ああ、そうだ。……すまない、なんか蚊帳の外にしてしまって」

「さすがに夫婦水入らずの空間に茶々はいれないって」

 

 ジークフリートと奇跡の再会を果たしたというクリームヒルトは、その後彼女が住んでいるという家に連れて行って貰った。

 なんでも彼女も既に英霊らしく、なにかに召喚されてしまったのだという。いわゆる特異点の揺らぎというヤツだ。

 仕方ないので、見た目からは想像もつかない生活力で家まで建ててしまったらしい。

 そうして今、その家の部屋のリビングで彼女特性の料理を作って貰っている最中なのだ。

 

「召喚されてからすぐに他人に家まで建てさせるとか、どんな交渉したんだ……?」

「彼女によれば、近くにすむ村人に協力させたようだが、確かに……奇妙だ」

「い、いや。俺はすごいな~って思っただけで、別に他意があったわけじゃ……」

「いや、そうではない」

 

 ジークフリートのその言葉は真剣にこれまでの話し全てに疑問を投げていた。英雄は力だけでなく知恵も持たねばならない。

 こうなると、俺なんかは話しを聞いていた方が良い。

 

「彼女は言ってはなんだが箱入り娘だった。仮にも一国の姫だ。料理はおろか家事など絶対してはいけない。下々の者との会話などもってのほかだ。もちろん例外はあるが、少なくとも彼女は真っ当な王族の思考の持ち主であったし、姫の鏡のような人だった」

「……彼女は嘘を言っている?」

「そこまでは。……だがなにか含みがあると思う。少なくとも彼女は俺が知るクリームヒルトよりも態度が砕けている。以前なら、俺のことを呼び捨てでしかも略称で『ジーク』などと呼ばなかった」

「ノロケですか?」

「マスター……真面目な話しだぞ」

 

 声が曇りを隠すことも無くなってきたのがジークフリートの苦しさを表している。なんせ彼は悩んだり、自分を責めたりするときはいつでも本気だ。しかも今回は身内がらみ。かなり堪えるだろう。

 

「難しいけど、まぁあまり悩まなくても良いんじゃないかな? まず旦那が信じないと始まんないだろ。疑うのは俺がやるし」

「マスター、あなたの気遣いは心にしみる。だが、彼女には俺を恨む権利とそれに足る理由がある」

 

 ジークフリートはなんの気負いもなく、でも同時に煙に巻くわけでもなく、ただ淡々と事実を語るように言った。

 

「俺は彼女には謝りきれない罪を犯した。だれよりも俺を敬愛してくれていた姫、クリームヒルトに、俺は」

「呼びましたか?」

「うわぁ!?」

 

 叫んだのはもちろん俺だ。今の会話を聞かれていたらマズい。普通はサーヴァントが注意して聞き耳立てていれば、アサシンでも無い限りバレないのだが……

 

「……すまない、マスター」

 

 聞き耳全然出来てなかったみたいだ。

 

「お取り込み中でしたか? お食事が出来たので運ぼうと思ったのですが……」

「へ? ……わ、分かりましたっ。大丈夫ですよ」

「あ、ああ。クリームヒルト、料理が出来たのなら運ぶのを手伝おう」

「いいですよ、これぐらい。今持ってきましたし」

 

 クリームヒルトがそう言って出したのは、ホワイトシチューだった。湯気がもくもくと立っているがそれが逆に匂いを部屋全体へと循環させる。具材もぱっと見てジャガイモやにんじん、臭みのない肉が使われていて、まるで現代食のような香りを漂わせる。

 恐らく、聖杯からの知識を使用しているのだろうが、それでもこのレベルは驚く以外にない。

 

「これは……クリームヒルト。これを君が?」

「そういえば手製の料理など振る舞ったこともありませんでしたね。互いに滅んだ身ですが、再会の晩餐が妻の初手料理というのも悪くないのでは?」

 

 彼女がにこやかに微笑むと、ジークフリートはまるで少年のようにほほを紅く染めながら口元を綻ばす。

 見ていて恥ずかしくなる甘酸っぱい光景だ。

 

 全くシチューは人肌より少し温かいぐらいでぬるま湯みたいな温度なのに、胸焼けしちまうぜ。ん、ぬるま湯? おかしいさっきまで湯気が出てくるぐらい「マ……タ」熱かったのに。

 

 え、っていうか俺声が出てる? いや出てない? とにかく喉がカラカラだ。体も部屋もおかしい。なんでジークフリートは横に倒れて「……sタ」い、ル?

 

 なにかが激しく倒れる、音。誰かの声? 分からない。分からない、あの剣は……赤い朱い紅い、血だ。

 

 

 

「クリームヒルト……殺すのは俺、だけに」

「殺しませんよ。愛する人をこの手で殺すなどと出来るはずもありません。当然でしょ?」

 

 クリームヒルトは竜の鎧から剣を引き抜く。するりと抜けるその刃は彼の大剣と同じ輝きを煌めかせていた。

 

 即ち呪いの聖剣、バルムンクだ。

 




登場しました、オリ鯖。

次回以降、考えたステータスとか書くかも


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 暴走

 うう……一週間以上空きがでてしまいました。

 書き続けるというのは難しいと痛感します。まぁ、ぼちぼち書いたり、ブレイブエリちゃん育てていきますか!(←遅れた原因)


 忘却の果て。

 その先にあるものとは希望でもなんでもなく、ただひたすらと絶望があるだけである。

 

 そう、私が気づくのは遅かった。とてもとても、でも仕方ないことに運命は決まっていた。

 なにより彼が受け入れていた。

 では、貞淑な妻はそれを受け止めなければならない。

 

 愛を語るなら、思い人を信じなければ。

 好きを伝えるなら、覚悟を決めなければ。

 

 炎の景色、鉄の匂い、そして血の味。

 

 全てを愛おしいと受け止めて、貴方に会いに行きます。

 

 

 それが、私たち(・・)の願いだ。

 

 

 

 

 

 また夢だ。

 しかも、さらにも増して過激になっているような感じさえある。

 

「つーか、輪郭がぼやけてないか、あれ? なんか2人以上の視点をムリヤリ同時に見せられてるような……」

『ほう、それは興味深いね』

「…………」

『………………………………ハッ』

「は、じゃねぇだろ! ロマンさんよぉ!」

 

 小屋を飛び出して辺りを見回すと、通信機から朧気ながらホログラムらしいゆらぎが見えた。

 ゆっくり詰め寄って俺は詰問する。

 

「いつからだ?」

「ええっと……君が気絶してたころにようやくカルデアから発見できたんだ。そのときには一緒に飛ばされたジークフリートも観測できたんだけどすぐいなくなってね」

「絶妙に役に立たないタイミングで来ますね」

「うう、その通りだけどストレートに辛辣だね。……マシュにも言われたよ」

「二度言われたんなら忘れないでしょ?」

「年上の威厳、どこで消えたのか……」

「いや、初対面からあんまり……じゃなくてマシュはもう向かってます?」

「ああ、もう送ったよ。他のサーヴァントたちも既に何人か送っている。君とすぐ合流できるはずだ」

 

 よし、あの夢以外はなんとかなりそうだと、自分のことについてはひとまず把握する。あとはジークフリートだ。

 

「ドクター、ジークフリートの妻クリームヒルトの伝説を教えてください」

「今回は彼女がか……ぼくは伝承しか知らないけど、彼には複雑な思いがあるはずだ」

「複雑?」

 

 ロマンの言葉は含みがある。こういう時、もっと英雄譚知ってなきゃダメだな、と毎回思う。

 

「彼女は竜殺しを既に為した後のジークフリートと出会うんだが、そのときに彼女の父親、つまりは一国の王に頼み事をされるんだ。

とある国の女王と結婚したい。だがそのためには彼女と決闘して勝たねばならない。そんな条件を掲げるぐらいだ。もちろん彼女はめっぽう強かった。それの手助けをしてくれたら娘の結婚を許そう、と提案したんだ」

「そ、それでジークフリートも王様も結婚を?」

「そう。当然この内容は女王どころか最重要機密さ。知っているのは国王、ジークフリート、そして娘のクリームヒルトだけだった。でもね、既婚者同士の会話ってのはね、大抵自慢話は愚痴かって相場が決まってるんだ」

「いや、アンタ独身だろ」

 

 話しのコシを折るにしても突っ込まなければならないときは突っ込む。そうじゃないとボケがかわいそうだ。

 

「いや確かに独身だけどボケじゃないよ!! ……いかん話しがそれた。

とにかく互いの夫自慢から始まった口論でクリームヒルトはうっかり機密をもらしてしまうんだ。その後、女王の奸計によりジークフリートは殺された。……かの竜殺しのことだから恐らくは命を差し出した、というのが正確なんだろうけどね」

「物語はそこで終わり?」

「いや……まだ続きがある。というか、彼女の物語はそこから始まるのさ」

 

 その瞬間、俺の背中が震えた。背骨を通して冷たい音が全身に響く。

 

「ん、どうしたんだい? 温度とかは観測上、そこまで低温じゃないけど……」

「俺が振りかえった先を見れば多分わかる」

 

 そうして俺は振り向く。俺としても推測は間違ってほしいのだが、この振動には聞き覚えがある。

 大地を荒々しく踏みならし、大気を空間ごと揺らす。存在そのものが生物の枠を超え、神秘の体現するある種の化身。

 

 竜が、それも白骨の竜が、カタカタと音を立ててそこにいた。

 

「ドクターからの命令だ。……逃げて」

「言われなくてもやるけどッ、ムリだろ!?」

 

 白骨をたたいて鳴らしていた翼の骨がピタリと止まると、ぐるんと一回転する。

 展開が分かった瞬間には、俺は走っていた。アレが殺到するのだ。

 

 だが鳴らしていたときとは違い、骨は音を立てなかった。空気すら音を立てず、骨は俺の視界全てを覆い尽くした。

 不気味な沈黙を続けながら、翼の骨は地面へと食い込んでいく。スカスカだった骨は歪な変形を遂げ、牢獄のように逃げ道を防いだ。

 

『この竜は、彼女の使い魔なのか!? だとしてもそんな伝説はないし、骨だけの竜だなんて聞いたこともない!』

 

 ロマンの台詞にも応える余裕もない。

たかが経験を積んだだけの人間。何度危機にさらされようと、一度の失敗で俺は死ぬ。

だが、分かる。アレに俺は会ったことがある。

だから俺は対処できる。俺は1人じゃない。

 

白骨の口が裂かれたかのように一気に開いた瞬間、俺は令呪を全て解放した。

 

「来い、俺の竜殺し!」

 

 森を塗りつぶす白光。その光にひるみもせず迷わず向かう竜の牙。

だが、俺に届く前に、それこそ音も無く斬られた。

 

 その場に佇むは、無骨に、だが堂々と塞ぐ盾。

 

「大丈夫ですか、先輩っ」

 

光すら吸い込む闇色の短剣。

 

「魔術師殿には爪1つ届くこと叶わぬと知れ」

 

 鈍色に輝く刃。

 

「奇怪とはいえ、これも竜――斬りがいがあるというものだな」

 

 かつて墜ちた聖女が荒らしたオルレアンの地で数多くの竜を屠った英霊(つわもの)たち。

 それが今再び、令呪によってだが、俺の元へと集まったのだ。

 

「……しかし、魔術師殿も無茶をする。いくら回復するとは言え、元々それは我らを服従させるものなのですぞ?」

「そうでもしなきゃ、竜には勝てないさ。それに……」

 

 俺は言葉を句切ってマシュを見る。俺の無事を確認した彼女はすでに盾を構え、攻撃に備えている。その意志を表すかのような隙がない防御に竜も派手に動けずにいた。

 

「ええ、先輩と絆を深めた方々です。いまさら裏切るなどあり得ません」

「まだ主とは酒も酌み交わしておらぬのだ。この程度の前座で退場など私が困る」

 

 彼らの自然にも関わらず全幅の信頼を据えた台詞に、俺の眼前の恐怖が薄らいでいく。

 そこでやっと俺は彼についても聞いた。

 

「マシュ。他のサーヴァントもここに来ているか?」

「はい。私とほぼ同時にレイシフトした方がいます。それ以降の人数はドクターに聞かなければなりませんが……」

「いや大丈夫だ。……ドクター、そのサーヴァントにジークフリートを見つけたらすぐ報告してあげくれ。俺たちよりもつくのは早いはずだ」

「え!? あ、そ、そうだね。うん」

 

ドクターの変な返しの真意を聞くことよりも俺は目の前の戦闘に集中した。命取りになる要因を外すのは基本だし、そんな大した理由ではないと踏んだからだ。

だから俺はその後に続く言葉を聞き逃した。

 

「いや、多分なんだけど……ぼくより見つけるのは早いんじゃないかな、彼女」

 

 

 

 

 

 濡れた赤黒は血ではなく鉄だ。

 目が見えぬ暗闇で匂いも音もまったく動かない。

そんなものよりも、近づいてくる(・・・・・・)感覚が全身に金属特有の冷たさを伝える。

 触りもせずとも舐め回されるように感じる悪寒。

 暗闇に眠る冷えた鉄が命の熱を奪っていく。

 それを時間の認識も忘れ、永遠と続けられていく。

 

 分かっている。これは唯、ひたすらに己に向けられる思 い(狂気)だ。現代風にいえば罪悪感から湧き出るプレッシャーと言えるかもしれない。

 

(僅かながら英雄などと呼ばれる程度には胆力をつけておかなければ、ろくでもない竜殺しなど発狂していただろうな)

 

 自己を貶しながら周辺の状況を掴むジークフリートだったが、その顔には焦りの色がありありと浮かんでいた。

 それは隠すこともできず、隠してもいけない。彼女の前で己を偽るなど言語道断。

 

「そうであろう、クリームヒルトよ」

「いえ、別に虚言など構いませんよ?」

 

 それは前にいた。

 正面。気配すら感じさせず、戦士の前に立つ姫。

 ジークフリートは二重で驚く。

 前に立つ姫、それに直前まで気づかぬ自分。そして、姫を前にして無意識に膝を曲げ、頭を下げている自分にだ。

 

「……な、これ、は」

「これでも私は貴方に会うまで引く手あまたの絶世の美姫でしたのよ? 本来なら、戦士に嘘などつかせません(・・・・・・)

 

 誰もが婿にへと、恋い焦がれた。ジークフリートもまたその内の1人。自ら出向き求婚したのだ。

 当然、それに魅惑の術があるのなら操作されてもおかしくない。

 

「昔は自制していたのです。操られる恋など願い下げですし、誠実な貴方には縁遠きもの。実際、あの時まで私は使おうとすら思ったこともなかった」

「……クリームヒルトよ。お前の願いは、なんだ? その刃で果たしたい復讐は俺の心臓にあるのだろう?」

 

 ジークフリートはただ海しか見えない世界に置き去りにされた感覚を感じていた。

 復讐。それは己を含めた全てを崩壊へと導いた元凶。その原因たるジークフリート自身を殺すことが目的だと、刺された時点で確信していた。

 だが、どうやら彼女にそんな意図はないらしい。

 状況もわからぬまま、子供ように漠然とした不安を抱え質問をぶつけるしかなかった。

 

「そもそもおかしい話しです。なぜ私が夫を殺さねば? やっと再会できた最愛の存在に……もしや、ジークは私といたく、な……」

「そうではない。ただ、お前は俺を憎悪し、それに身を委ねるであろう理由がある。俺はお前の人生を破滅させてしまった……誰1人救えずに」

「その後起こした全ては私の人生です、ジーク。貴方は責任を感じる必要はありませんし、私が許しません」

 

 毅然とした姿でジークフリートを見つめる瞳は生前の姫と同じ。いや、それ以上の女王と呼ぶべき気品ささえあった。

 夫と別れた後にフン族の王、アッティラの王妃となった彼女。そこまでの権力を手にして彼女は復讐を誓った。その覚悟は死した自分には一生理解できない。

 

「す、すまな……」

「その言葉を聞き飽きました。……ジーク、生者は己が人生を形作りますが、死者にその必要は本来ありません。私は貞淑な妻になろうとした。貴方は……正義の味方になりたかった。それで良いではないですか。死者が生前の望みを持つなど詮無きことでしょう?」

「それは……今のカルデアでの戦いを捨てろという意味か?」

「カルデアというのですね。ええ、どこだろうと興味もありません。ただここにいてくだされば」

 

クリームヒルトは流れるように、当然のように要求を繰り出す。自然、薄く唇が弧に描かれているのは、目の前の男が断わらないと知っているからだろうか。

 

「私は悪い女です。でも貴方ももう必要以上に目に見える人を救おうとしないで。死者として消えるまで一緒にいれれば……」

「人理が崩壊すればお前も俺も消滅する。それでも構わないのか?」

「構いません。そもそも死者同士が会うというのが奇跡です。奇跡とは夢と同じいつ消えても良きモノ。泡が弾けることを防ごうとすら輩がいますか? そんな要らぬ心配をするより、果たせなかった、手に入れられなかったことを優先すべきです! そうでしょう!?」

 

 ここにいて初めてクリームヒルトの荒れた声が響く。

 彼女の願い。それは最愛の夫との生活。ただ自前の料理すら交わすことはなかった。英雄といえど、夫といえど立場が消えるわけではない。

 ましては竜殺しと呼ばれたこの身体は常に戦場に立っていた。彼女と会っていた時間はどれだけあっただろう。どれだけ己の感情を伝えていただろう。

 

 それを退け、誰1人救えず死んだ男に妻の奇跡を断る権利があるのだろうか?

 

「俺は、だが……」

「っ! ジーク、伏せて!」

 彼女の叫びが響くと同時、周囲が爆音に包まれる。周囲が狭いのか爆撃の密度が高くジークフリートは目の前の妻を見失い、身体が軽くなるのを感じた。

 

「くそっ、くそっ。いったい誰が……」

「そこに、いるのですか?」

 

 クリームヒルトが煙の先に行くと、敵は隠れもせずにいた。

 白い、そうイメージさせる特徴的な長髪を垂らしている女。身の丈すら超える大槍を重そうに抱える姿は、振り回すどころか持って動くことさえ難しいだろう。

 

 だが、そんなことはクリームヒルトの眼中になかった。

 クリームヒルトは理解した。コレはあらゆる意味で己の敵だと。

 

「ああ、シグルドは……どこ?」

 




ぐだ男「それって一番ダメな人選じゃあ」
ロマン「」
マシュ「返事がありませんね。ただの」
微妙にダメ男「屍じゃないよ!?」

 大丈夫、ロマン。
 お前の評価は数々のイベントとキャラクエで分かっているから(遠い目)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 摩擦

 ついに迫るEXTELLA発売日。
 皆さん、購入の予定は?

 もちろん私にはありません(我が家の現役PS2を見ながら)


 クリームヒルトは自身のことを美しいと自覚している。

 それは自惚れでも自信家でもなく、周りの評価を受けた結果だ。他人にほぼ必ず美しいと呼ばれるのに綺麗ではないと否定し続けたら、それは謙遜ではなく遠回しの嫌味に近い。

 最愛の夫に誉められてからはそのことに関しては疑いなどなくなっていった。

 

 だからこそ驚く。自分に匹敵すると素直に思えた女と出会った事実に。

 

 目の前にいる女は長い銀髪を垂らしながら無防備だった。持ち上げることさえできなさそうな巨大な槍を構えようともしない。

 戦闘経験はないに等しいクリームヒルトだったが、これでは彼女から見ても簡単に倒せそうな気さえする。

 

「貴方は……?」

「シグルドを探しています。どこかにいませんか?」

「シグ……いません。ジークフリート、私の夫しかここにはいませんよ」

 

 クリームヒルトは首を傾げながら、会話を続ける。この女はなにをしに来たのだろう? どうして私は、

 

「ブリュンヒルデ! すまないが離れて……」

 

 呪いの聖剣を彼女に向かって振り上げているのだろう?

 

 衝撃。

 普通の人間がその場をそれ以外の表現を咄嗟にするのは困難であろう。目をつぶらないと潰れそうなほどの見えないエネルギーが地面を空気を駆け巡る。

 クリームヒルトのジークフリートより少し小さめの剣――それでも刀身だけで90センチメートルを超え、柄を含めると彼女の胸まで行きそうな大剣だが――は見事な上段からの唐竹割りを放った。

 岩でさえバターのように切り裂くであろう一撃は大剣すら超える巨大な槍によって防がれていた。女、ブリュンヒルデの槍だ。しかも槍の大きさは先ほどよりさらに巨大になっている。

 

大剣と大槍をぶつけるのはお互い今にも消えそうなほどか細い女。その構図はおかしい話しを通り越して謎の恐怖すら醸し出していた。

 

「……なにをするんですか? わたしはシグルドに(あい)を届けたいだけなのに」

「そうですね、ごめんなさい。……でもではなぜここに?」

 

 キリキリキリ…………槍が大きくなる。

 

「それはもちろんシグルドに……」

「ここにはいませんよ。ここにいるのは私が(・・)愛しているジークだけです」

「いいえ、わたし(・・・)が愛しているシグルドはいます、ここに」

 

ギリ、ギリ……槍は一目で見れないほど大きくなり、空間が軋む。

 

「ここ?」

「ええ、ここに」

 

「「死ね」」

 

 2人が同時に呟くと同時、ゴムのように2人は逆方向に弾け下がる。だが息を吐く間もなく、同時に斬りかかる。

 最初に届くのはブリュンヒルデだ。槍の刃先だけで馬車の荷台の大きさすら超えている。その大きさは最早人間が持てる大きさではないだろう。

 だがクリームヒルトはそれに驚くこともなく大剣を掲げると槍に優しく当てて、いなす。しかも流しながら支点として身体全体を槍の上に乗せる。

 

 ジークフリートですら驚く戦い方だ。文明を破壊すると言われたフン族の妻へとなった彼女は彼の死後、強くなっていったのだろうか。

 彼の知らないところで。

 

「クリームヒルト……」

 

 ジークフリートが呟き終わる頃には、クリームヒルトはブリュンヒルデの大槍を駆けて、彼女の目の前まで到達していた。

 しかし、ブリュンヒルデは英雄の命を狩りとるヴァルキリーの1人。戦闘において彼女はそうそう遅れをとることはない。

 大槍を回転させ相手を空中へと放り投げると、避けられぬ距離での投槍を放つ。クリームヒルトはそれを剣の腹で受けるが、その勢いのまま地面へと叩きつけられた。なにかが削られ砕かれる音が響く。

 

 ブリュンヒルデが確認に向かうと、槍は自然と彼女に帰っていく。その様子を一部始終見たジークフリートは、はっとしたように叫んだ。

 

「待ってくれ! 彼女とは俺が話しをつける。だから彼女の霊核には……」

 

 しかしブリュンヒルデは聞いてもいないのか、振り返りもせず自分が起こした破壊の跡へと立った。

 そこには大剣を握りしめ、悠然と立っているクリームヒルトがいた。

 

「なぜ倒れないのです?」

「そうですね。恋敵ならともかく、私のジークを誰かと間違えていくなんて罪にもほどがありますから」

「み、間違い?」

「そうです。どこぞの馬の骨が知りませんが、ジークと間違えないで」

「馬……それは、シグルドのこと?」

「ええ、どこぞの激情に流された女にそのまま殺された間抜けな男ですよ」

 

 クリームヒルトの明らかな挑発が分からない戦乙女ではない。しかして、それを流せるならば、本能すら取り込んで男を愛してはいない。恋に生き恋に死んだ女というのはそういう生き物なのだ。

 

 ブリュンヒルデは息もつかせぬ速度で槍を突く。その勢いは文字通り目に追えぬ早さ。

 雷光を形にしたような神速はまさしく彼女の怒りを、憎しみを表す。

 

 そう愛する男のための純粋な嫌悪(・・)だ。

 

 その槍を避けることもなく進んだクリームヒルトを刺しながらも刃先は貫くことはなかった。まるで紙で出来ているかのように彼女の服を伝って流れていく。

 

「えっ」

幻想大剣・怖姫堕落(バルムンク)

 

 そう彼女が呟く、静かな解放が振り下ろされる刃の合図だった。

 

 

 

 人を超越するのが怪物の使命ならば、英雄の使命とは怪物とすらいえる存在の打倒にある。

 ではどうすれば怪物を倒せるだろうか。武器、術、数、技……種類は豊富だが、1つだけ言えることがある。

 それらは人へと向けるには強すぎる、ということだ。

 

 人類最後かもしれない俺にとって、燕返しとはすなわちそういう技だった。

 

「秘剣――燕返し!」

「グラァァァァァァ……ッ!」

 

 骨でしか構成されていない竜が一瞬でバラバラになっていく。元々、その名の通り燕を斬るためだったらしいが、アレを斬れるなら車でも余裕で斬れそうだ。

 と、そこで小次郎がなにやら神妙な顔つきを見せる。経験則で分かる。アレは不満顔だ。

 

「なぜ、こうも歯ごたえがないのか。かの竜に近しいと感じるのだがな」

「そこの侍、貴様は戦うのか楽しむのかはっきりしてほしいものだな。それも貴殿の愛する風流か?」

「敵という命を持つものと真剣のやり奪りをするのだぞ? それこそ磨きに磨いた剣技で望みたいもの。これは風流どころか戦士としての嗜み程度よ」

 

 ハサンと小次郎が嫌味なやり取りをする。2人は浅はかならぬ因縁があるのかと思うが、生前の繋がりはまったくないらしい。

 特に小次郎は「なぜか分からぬが、彼をかるであで初めて見たとき、紫色の髪をした少女を探してしまった」と意味不明の言葉を吐くくらい、変な意識をしているらしい。

 

「先輩、ドクターからの通信によると、ジークフリートさんは前方約4キロ先の洞窟内だそうです」

「よし、ハサンはマシュをお願い。走るぞ」

「御意」

「えっと、先輩は……」

「ん、俺がどうかした?」

「いえ、えっと、そうではなくて……」

「なるほどさしずめ、主殿に抱えてほしいと」

「そ、そんなわけっ……!」

「いや~、その、マシュを傷つけるわけじゃないんだけど、やっぱり大の大人に近い女の子を抱えて全力疾走はつらいというか、着いた瞬間息が持たないっていうか……」

「ち、違います違います違います-! わ、私は先輩の体力を心配して……そう、そうです私が抱っこしようかなと!」

「ええ~ホントにござ」

「いや、なにをしているお前たち」

 

 ハサンの台詞に一気にテンションを戻される。

 

「あ、えっと」

「魔術師殿の命が決まったのなら迅速に行動するのがサーヴァントの努め。阿呆極まりない言葉は戦いが終わった後にでもするんだな、侍」

「ではいかに迅速に行動できるかでその者の真価が量れるというものだな、暗殺者」

 

 言い終わると、風のように飛び去る影。2人の影はみるみる小さくなっていく。ちなみにハサンは命令通りマシュを抱えていた。

 

(おーい、君だけ向かってないぞ? 状況の説明を……)

「今すぐ向かう!」

 

 全力で走る。

 恐らくというか、冷静さを忘れてはいないであろう2人はきちんとスピードを調節しているらしく、俺でもギリギリ(本当に)だが2人の後をつけられた。

 というか明らかにカルデアでの生活で筋力ついたな、俺。

 

 4キロ近い距離を陸上選手以上の速度で(多分英霊的にはそこそこ早い程度)進みついた洞窟は目が慣れるまで時間がかなりかかるほどの暗闇だ。慣れたあとでも細かいところとなるとほぼ見えない。

 

「真っ暗すぎてなにも見えない……マシュは?」

「私はデミ・サーヴァントなので視力も強化されています。おかげで見えますが先輩も心配ないですよ」

 

 聞き返す前に、通信の光が強くなり辺りを照らす。特に前方へはちょっとした照明レベルだ。

 ロマンに感謝した時、洞窟の壁が急に遠くなった。

 

「奥は広場になってたんだ……」

「先ぱ……っ」

 

 マシュの大きくは無いけれど悲痛さ極まる言葉が、洞窟の反響なしで俺の鼓膜に届く。

 その先には……

 

「お久しぶりですね」

 

 クリームヒルトが俺の目の前で大剣を振りかぶっていた。

 




 中々進まない……

 ちなみに俺はブリュンヒルデ大好きですね。性格もそうですが中の人的に(作中の扱いが良いとは言ってない)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 正義の味方の妻

また更新が遅れました。
一週間に一回のペースとか作ったほうがいいかな……

まぁ、でもなんだかんだジークフリート編完結です。


 無骨な剣の軌跡。

 それを目で追うことは常人には到底叶わず、切り裂かれた感触すらもないだろう。

 それほどその剣は美しく、それでいて機械のように無感情だった。

 多分、クリームヒルトにおけるジークフリート()以外の男に向ける思いとはその程度なのだ。

 

 感情の欠片もない斬撃。俺を真っ二つに裂く未来を受け止めたのは細く輝く銀の刀だった。

 

「疾ッ」

 

 鉄同士が奔る音が響く。

 一泊おいて大剣の勢いが緩み、そこに数本の黒い短剣が風のように音も無く降り注ぐ。

 

「……はっぁ!」

 

 クリームヒルトがバックしながら大剣を振りかぶり短剣を弾く。しかしまるで弾丸のように放たれた短剣の衝撃は激しく、彼女の後退を大きくさせていく。

 再び暗闇に入った彼女を見ることは俺にはムリだった。

 

「ありがとう2人とも」

「なんのこれしき。此度のは主殿に怪我程度では済まされんからな」

「しかし魔術師殿。厄介な剣のようです」

「厄介?」

 

 俺が怪訝に訪ねると、ハサンは愛用の黒い短剣、ダークを見せた。彼がその性能を信頼するために、1つずつ自作するほどの徹底ぶりを見せる武器。

 本来なら彼が珍しく誇らしげに見せるものだが、それは今無残に打ち砕かれていた。

 

「これは……」

「彼奴に放ったものの1つです。はじき飛ばされたので回収しておきましたが……これでは拾い集めても使うことはないでしょうな」

「私の刀も同じく少々曲がってしまった」

 

 そういって小次郎も長い刀身を上に上げる。確かにいつも見る一直線の反射光が揺らいでる(言われなきゃ分からないが)。

 

「秘剣が使えなくなるほど腕が鈍くなるわけではないが、隙間が出来るかもしれんな」

「……私が先輩を守ります。お二人は迎撃を」

 

 マシュがそう言いながら俺の前に身体を置き、盾を構える。彼女の宝具でもある盾の防御力は折り紙付きだ。だがマシュの目からはいつもの冷静さが感じられない。

 

「マシュ?」

「……私はあの奇襲に対応できませんでした。気配遮断を使った形跡もなくただの奇襲に。常に防御態勢を維持しなければ、私は先輩を守り切れません」

「マシュ殿よ。それは違う」

「えっ?」

「要人を警護しながらの戦闘となしとではまったく違う。己ではなく警護対象への奇襲を防ぐことは暗殺側であった私でも難しい」

 

 だから己を責めるな。

 そんな直接の言葉は言わない慰めはマシュの険を少し取っ払ったようだった。

 

「しかしどうするのだ? この暗闇に加え敵は複数ときている。……正直得意の戦場とはいかないようだが」

「ふ、複数?」

 

 クリームヒルトに仲間が? そんなそぶりはなかったけど、と俺が小次郎に尋ねる前に答えは地響きを鳴らして、地面から生えてきた(・・・・・)

 竜。それも先ほど倒した肉が1つもついていない白骨の身体で。

 暗闇に溶け込んでもなお、その巨大さは身にしみる圧迫感を放つ。

 俺が頬に流れる汗に気づいた時、回線が急に開く。ロマンだ。

 

『さっき倒した竜の正体が分かったぞ! あれはネクロマンシー、死霊術の1つだけど、精神系は全て除いて死体の肉体部分のみを操るモノだ。どちらかというと糸で人形を操るようなものだけど、操ってる対象が問題だ。アレは……』

「ファヴニール」

 

 自然と口に出していた。前に会ったことがある、いわゆる既視感を得たのはそのせいだ。名有りの竜の知り合いなんてそうそういない。

 

『そ、そうなんだよ…………で、なんでまたいるんだい!?』

「それはこっちが聞きたいです、ドクター!」

 

 俺の気持ちを高速で代弁してくれるマシュ。最高だ。

 ロマンは表情で分かるぐらい慌てていて、俺たちと同じ情報量しかもっていないことが丸わかりだ。この人絶対ポーカーとか弱いだろうな。

 

「本人に覚悟の了承があるならともかく私的に墓を荒らし、そればかりか文字通り粉骨砕身……その身体が朽ちるときまで利用する。外道の極みよのぉ」

「同意だ。我らサーヴァントが生者のまがい物とはいえ、生者が殺すのは生者のみ。決して死者を愚弄していいわけがない」

 

 ハサンと小次郎。生まれ、時代、生き方全てが違えど、2人には妙に共通する死生観がある。

 だからこそ彼らは断定する。これは戦いでも決闘でもない。ただの作業だと。

 戦士の一括に答えられぬ竜に代わり、竜の頭骨の部分に立ったクリームヒルトが喋った。

 

「どうでもいい。戦う動機はあれど、妙なこだわりなど本当にどうでもいいです。それにこれの理屈は知りませんよ。私は貰っただけですから」

「貰った? 竜を」

「ええ、正確には竜の蘇生方法を。私の魔力を吸って勝手にここから生えてくれるのです。私の言うことはなんでも聞いてくれますし、重宝します」

「誰にだ? それにこんな方法で……」

「はて、言いませんでしたか?」

 

 クリームヒルトが会話を打ち切る。彼女の瞳には相手の俺たちなど入っていない。心が、身体が、摩耗してなにもかもが彼女には届かないと彼女は言外で伝えているのだ。

 

どうでもいい(・・・・・・)。私のジークの生活。歴史になど断片すら刻まれることは永劫ないであろう単純で明快で普通の生活。それ以外なにをしようと、なにを失おうと……構わない」

 

 彼女がふっ、と力を抜いて前方に倒れる。そのまま空中に身を躍らせると同時に竜は身体をバネのように一瞬縮め、弾丸の如く俺たちに向かって発射した。

 

「マシュ殿が動かず、支えに集中を! 私たちは……」

「いかにも、竜退治に専念あるのみ!」

「みなさん、私だけでは……」

 

 マシュの言いかけた懇願はクリームヒルトの大剣が奏でる一撃に阻まれた。

 楽器を吹くのではなく叩きつけたような音楽の幅を超えた爆音。一般的な日本人なら聞くことはないであろう、でも最近聞き慣れてきた、戦場の音だ。

 

「はぁ!」

「斬れませんね、頑丈な盾です。ではその頭を狙いましょう」

 

 クリームヒルトは今の一撃を防いだことで戦い方を変えてきた。動くことで盾から少しでもはみ出るところを突いてくる。動かないようにすればすぐさま剣の連撃。筋力からしてマシュとは自力の差があるようで、マシュの腕が痺れて取り落としてしまうだろう。

 宝具の解放ならともかく、相手の宝具の効果が分かるまでできれば使いたくない。マシュの宝具は攻撃系ではないのだ。

 

「グッ……先、輩。このまま、じゃ、保たな……あぁっ!」

「マシュ!」

 

 銀髪の髪が健気に揺れる。少し抉られた脇腹は失血は少ないようで盾の防御は続けているが、時間の問題だ。

 俺は彼女の宝具を使うように指示しようとした瞬間、クリームヒルトがバックステップを踏む。

 一瞬後、彼女がいた地面を陥没させる戦乙女、ブリュンヒルデ。

 だが、その顔はいつもの物憂げな表情だけでなく、焦りの色があった。

 

「だ、大丈夫か」

「敵の……宝具を受けました。治療が、困難です」

 

 そういってブリュンヒルデは俺たちに身体を向けた――右上半身を赤く染める肩を裂く傷跡を見せて。

 しかも、その傷は見える速度にだんだんと広がっていった。血がでるといういみではなく、文字通り傷口が広がっていく(・・・・・・)のだ。今も見えない剣で切られているかのような光景に俺は息を呑むしかなかった。

 

「バルムンク。その能力は死ぬまで永遠に命を削り続ける……同名の宝具とは全く違うようです」

「呪われた聖剣は持ち主によってその在り方を変える。じゃあブリュンヒルデさんは……」

「少しでも手伝えればと……でも私の槍が通じなくなってしまったので」

 

ブリュンヒルデはそれだけ言うと、身を崩す。怪我の惨状を見るとおり、限界だったようだ。

 

「マシュはブリュンヒルデを看ててくれ。彼女にルーンを使うように」

「でもそれは力を使いすぎる可能性が……」

「ここじゃ、頼れるのはそれしかない」

「先輩は!? 誰が守るんですか!」

「大丈夫。俺を守るのも、ここでのケリをつけるのも、適任がいる」

 

 マシュは最初から気づいてたようだった。言われた通りブリュンヒルデを担いでいった。

 

少しだけ慣れた暗闇を見る。白骨の竜と侍と暗殺者の影がちらつくだけで肝心の大剣を背負う彼女は見えない。だが構わない。どこにいたって大事な言葉は届くから。

 俺は腕を上げる。そこには英霊たちを隷属させる印はもうない。でもだからこそ言葉は正しく彼に伝えられる。

 

「人の願いを叶えるのは英雄の仕事だからな」

 

 俺がそう言った瞬間、震えた。

 地面が、空間が、魔力が、心臓が……そして彼と彼女が。

 

「来てくれ」

「呼ばないで、呼ば……」

「ジークフリートッ!」

「呼ぶなぁああああああ!!」

 

 クリームヒルトが叫ぶ。願いを叶える。人では叶えきれない大きな願い。

その代償として英雄は倒れ、そして未来に語り継がれる。

 終わらない道を望んだ夫と見えない結末を拒絶した妻。

 

 瞬間、俺の目の前にあったのは同じ聖剣を重ねる夫婦だった。

 

「ジーク」

「クリームヒルト……俺たち(・・・)の望みを叶えよう」

 

 

 

 

 

「どうして……そこまでして見ず知らずの人を……同じ結末を、見たいの!?」

 

クリームヒルトが開口一番、張り裂けそうな悲痛さを伴った声を上げながら、剣を切り上げ、右に重心をずらす。

 それに合わせてクリームヒルトを正面に捕らえるようジークフリートが流麗な動きで続く。

 まるで手の代わりに剣を使ったダンスのようにさえ見える、完璧に追随していて、どちらも斬りかかる仕草は見受けられなかった。

 

「俺は世界を救えるほど強くはない。だが幾多の怪物を、呪われた邪竜を倒した俺は手で抱えられる人間だけ、助けていればいいわけではない。少しだけ、少しだけ人に貸せる余力が俺にはある。……だから、俺は」

「誰? あなたは誰を助けたいの?」

「山ほどの人々に……俺は目に見える願い全てに力を貸したい。それだけだ」

「それじゃ……」

 

 ジークフリートは剣を下げる。きっと彼の願いはそれだけなのだ。

 だから今度は、彼女の願いを受け取る番だ。

 

「ジークの願いも! 私の願いも! 何1つ、叶わないじゃない!」

 

 互いが円を描くのを止め、クリームヒルトが渾身の突きを放つ。

 ジークフリートの胸を狙った一撃。迷い1つない、だが素人目でもわかる技術などない激情に任せた突き。

 それでもその膂力は常識では考えられぬ風を生み、周囲の岩石を破壊し、洞窟の壁に穴を開け、地形を変える。

 だがそれだけだ。

 彼女がなによりも届けたい彼を覆う鱗には傷1つなかった。

 

「どうし、て……」

「すまない。今の君の力はとてつもないが、力のみで貫けるほど竜の鎧はやわではない」

 

 ジークフリートの胸の鱗。

 そこで彼女の聖剣の切っ先は止まっていた。

 前回彼女が刺せたのは、唯一鎧で防げない背中の部分だったからだ。

 サーヴァントというクラス、スキルなど特殊な事情があるとはいえ、一介の姫と正当な英雄では自力が違う。

 真正面から戦えば2人の相性は最悪だった。

 

 少しの間をおいて、再びクリームヒルトが攻撃を重ねる。振り上げるままに切り上げと先ほど以上に雑な連撃。もちろん竜殺しは傷1つなく避けることも無く受け続ける。

 

「ずっと嫌いだった、あなたのその言葉が」

 

 彼女が剣を振りながら呟く。それを聞いて、受けるのもジークフリートただ1人だった。

 

「誰かのために剣を振らなければ。請われた願いを叶えなければ。そんな勝手な願いのために戦った。人は疑いなく頼ってあなたが叶える。それが当然のようになった時……きっとあなたは『願いを叶える道具』に成り下がった」

 

 彼女の言葉は夫が思う言葉だ。

 彼は耐えてはいけない。我慢してはいけない。戦ってはいけない。

 

「でも、結末は変わらない。運命はあざ笑い、王と女王は狂い、英雄は死に至り、英雄の周りは悲劇に終わる。救われるのは普通の人だけ。……あなたの望みはそうなの? 自分だけ不幸になって、知りもしない覚えてもいかない誰かを救っていって……!」

 

 彼女の連撃が統一されていく。雑多な金属音が消え去り、少しずつ明瞭になっていく。

 彼は見据えていく。忘れていった誰でもない、彼女の真意を。

 

「謝罪はいらない。言わなくたっていい。だから、あなただけを覚えてる私を……おいてかないで」

「……ぁ」

 

 ジークフリートは小さく息を吐いたとき、彼女の剣は再び胸を突いた。

 結果は変わらない。いつまでも真名を解放しないままの彼女の剣では鎧を裂くことは到底叶わない。

 だが、言葉は届いていた。

 彼女のささやかな願い。英雄などという大層な代物に願うにはあまりにちっぽけな願い。でもお互いを愛した者たちにとって何より大事な暖かいもの。

 

「クリームヒルト」

「ジーク」

「俺は俺の願いを諦めない」

 

 謝罪はない。

 彼の願いは彼しか持っていない曲げられないもの。

 そしてそれは大切な妻だからこそ遠慮する事じゃない。

 

「……ずっと知らない誰かの、奴隷なのよ?」

「違う。俺は君と山ほどの人を救いたい。それはきっと……正義の味方と言うだろう」

 

 多分な、と彼が付け加える。

 それは竜殺しには珍しい微笑みだった。

 

「……ジークは少し変わったわね」

「俺からすれば君の方が変わった。料理も家事も出来る上、俺の呼び方も……」

「そうじゃない。ただ、あなたはちゃんと言えるようになったのね」

「……クリームヒルト。カルデアへ行こう。そこでならお互いの願いを」

「でもダメだわ。私はあなたの願いが嫌いだもの」

 

 クリームヒルトは言うやいなや、大剣を横一文字になぎ払う。そのエネルギー自体を吸収できるわけではない鎧はそのままジークに距離を取らせた。

 インパクトの瞬間、ジークフリートは彼女の表情を見ることはなかったが、体制を整えながら、自分の状態について察知していた。

 彼女の聖剣の呪いをその身に受けたことを。

 

「ジークフリートさん!」

 

 マシュの叫び声が聞こえる。呪いを受けたジークフリートを心配すると同時に、なにかを伝えようとする気配を感じる。

 目の端で傷を癒やしているブリュンヒルデを見て、ジークフリートは右手を上げて察した合図を送る。

 神代において神々そのものが使用した原初のルーンならばエーテル体であろうと干渉は可能だろう。時間はかかる上、長時間身動きはとれないだろうが。

 

「ジーク」

 

 クリームヒルトの言葉に意識を集合させる。今の彼女にとってはブリュンヒルデもマシュも世界最後のマスターもどうでも良い存在だ。

 

「あなたが私の願いを叶えきれないように、私もあなたの願いを叶えに行って欲しくないわ」

「どうしても耐えられないか?」

「ええ……でもあなたの言葉も分かったわ。だから私自身も治療できない宝具まで使った。……もう後戻りはできない。だからお互い証明しましょう」

 

 正義の味方の妻か、家庭を守る夫か。

 叶えきれない小さな願い、拒絶したい大きな願い。

 どちらも大事でどちらも優しい思い。

 

 だから不器用な誰かのために剣で伝えるのだ。

「ああ」

 

 紡ぐ。竜を打ち倒す聖剣。運命を辿る呪い。

 

「「幻想大剣(バル)・――――」」

 

全てを塗り替えて、2人は叫ぶ

 

「天魔失墜《ムンク》―――――!」 

「怖姫堕落《ムンク》―――――!」

 

 命の灯火消えゆくまで呪う聖剣と邪竜を倒す呪いの聖剣。

 

 2つの切っ先は触れ合うことなどない。

 竜殺したるジークフリートの一撃は遙か後方まで轟き、彼女の霊核すら砕く。

 同時に消滅する僅かな隙間を使い、クリームヒルトは己が宝具を投げつける。その狙いすら曖昧な攻撃はしかし、ジークフリートの肩を貫く。

 だがそれで終わりだ。致命傷には至らない。

  

 互いの攻防は並の英雄すら見切れぬ瞬きの間に起こり、そして終わった。

 音も聞こえぬ世界で、クリームヒルトは空中へと身を躍らせる。身体は既に魔力の光へとなり消えていこうとしている。地面に叩きつけられる前に消えてしまうだろう。

 

伝えたかった。誰よりも頑張って、誰よりも誇り高くて、誰よりも優しい人が救われないなんて馬鹿げている。そんな世界は、そんな運命は狂っている。

だから剣に込めたのだ。休んでもいい、平凡な愛を受けて欲しい、と。

クリームヒルトの思いはただそれだけだった。

 

でも、結局自分は、なにも叶えられなかっ……

 

「必ず、お前の願いも叶える」

 

 目の前に生涯愛した夫(ジーク)がいた。

 人よりも剣を抱えた時間が長い英雄の腕も、今はただ1人の妻を抱えていた。

 生前、唯一愛したお互い。言葉も重ねることもなく、ただ別れた2人。たとえ足りずとも全てを一瞬に込める。

 言葉と抱擁に全て。

 

「妻の願いを忘れることはない」

「ええ、待ってます。正義の味方の、妻として」

 

 それが最後だった。

 一方が光りとなり、もう一方は暗闇に墜ちる。

 その瞬間、轟音と共に白骨の竜が倒れる。供給源だった彼女が消えたからだろう。

 

『急速に特異点反応が薄まっていく。……任務完了だ。レイシフトの準備をするよ』

 

 ロマンの台詞が虚空に響く。

 それとほぼ同時、真っ先に動いたのはブリュンヒルデだった。

 向かう先はジークフリートだ。

 

「傷を治します。こちらも完治していませんが、一緒に治癒する方が効率、良いので……」

「あ、ああ。……頼む」

 

 ジークフリートが少し遅れた返事を返す。

 マシュも動こうとするが、侍と暗殺者が2人してそれを制止する。

 マシュは一瞬抵抗しようとするが、すぐに押しとどめ、託すように己がマスターを見つめる。

 

「ジークフリート」

「マスター」

「俺ら待ってるからさ。落ち着いたら戻ってきて」

「俺は……そうだな、そうさせてもらう」

「うん、オッケー」

 

 マスターが腕を振ると、ロマンは呆れ顔で了承したと合図を送った。

それにマシュと一緒に苦笑する姿を見て、ジークフリートは後ろから声をかけた。

 

「……マスター」

「ん?」

「すまな……………………いや、ありがとう」

「おう」

 

 短く、しかし珍しい会話。

 謝るな。今日だけはそうしようと感じたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 後日、カルデア。英霊召喚システムにおける召喚は今日も実施される。

 通常は霊装発生が多いのだが、今回は時々ある英霊召喚の可能性が高まる日なんだそうだ。

「まぁ、ロマンが言うことはあんまり真に受けちゃダメだね」

「さらっと、ひどいこというなぁ!」

 

 我らがカルデアのサーヴァント召喚、強化システム管理全てを把握する英霊ダウィンチちゃん。カルデアでの生活はマロンとの2人で纏められているようなものだ。

 

「ダウィンチちゃん? 召喚される英霊の予測ってできないの?」

「そればっかりはムリだね。はっきり言ってこのシステム自体がとてつもない『曖昧さ』を利用して召喚させてるんだ。呼ばれる方も分からないまま来てるのに、こっちから予測なんて完全に不可能さ」

 

 ダウィンチちゃんの説明は簡潔だ。

 完全なランダム召喚。ここから俺は絆を結ばなくてはならない。

 

「主殿の重責。私には到底理解できぬもの。生来上に立ったことこともない故手伝えぬ事が心苦しいことよ」

「……心配してくれるのはいいんだけど、なんでいんの? 呼んでないぞ」

 

いつもマシュと2人だけなのだが、たまに他の英霊も付き添うことがある。だがハサンと小次郎は前回で竜を倒しきれなかったといって落ち込んでいたはずなのだが。

 

「前回の戦いで役に立たなかったのは事実です。というか前座どころか毛ほどにも役に立っていなかったので、身の回りの世話と警護で少しでも挽回を、と」

「そんな、お二人がいなければ先輩は命が危なかったですし、私もとても助けられました」

 

 すかさず的確なフォローはさすがマシュだ。というか本当に他人を素直に持ち上げるのが得意だなぁ、と見ながら感心する。が、2人の気は休まらない。

 

「いやいや、竜退治と洒落込んだにも関わらず、秘剣も宝具も出せず、時間稼ぎのみで終わったのだぞ? ……少なくともあの墓荒らしをされた竜の供養はこの手でしてやりかったものよ」

「私どもめも課題が多く残る戦いでした。いくら格の高い正当な英霊がいるとはいえ、我らも力を尽くして……」

「すまない、大したこともない竜殺しが皆を不安にさせてしまって」

 

 ハサンががくり、と肩を落とす。俺は気づかなかったが彼もいたようだった。

 

「ジークフリートを責めてるわけじゃないぞ」

「しかし、俺が彼らの動きを圧迫してしまったのは事実だ」

((夫婦喧嘩(アレ)に入り込めるか……!))

 

 2人のアサシンがなにか言いたげな顔してるか、とりあえずスルーしよう。すまないさんがさらに頭を下げるハメになる。

 

「話題は変わるが、召喚は今しているのだろうか?」

「あ、そうだなぁ。ドクター、システムの状況は?」

「作動しているよ、正常にね。あと五秒もしないうちに……アレ?」

 

 また、なんかやらかしたの? と質問すらよりも早く異変は起きた。

 召喚の奔流が光ると同時に召喚場から何かが飛び出し、俺たちの立っていた場所に風穴を開けた。

 

「うわぁあ!」

 

俺は叫びながらもマシュに肩を貸して貰いなんとか立てたが、なんとなく嫌な予感がする。

 俺の不安を感じ取ってくれたのか、マシュが代わりにロマンに訪ねる。

 

「ドクター! 召喚された英霊の観測をお願いします」

「いや、分かってるよ? ただ、急に数値が振り切れたからビックリしただけで……これは、アヴェンジャーだね……英霊の名は、その……」

「あ、ハイ。今、目の前にいます」

 

 マシュと俺の目の前にいるのはジークフリートに抱きつく、真っ黒な喪服に身を包む女性、クリームヒルトだった。

 恐らく、きっと、あの時よりも悪化してる。

 ハッ、と周りを見渡すと、小次郎とダウィンチちゃんの姿は既に見えず、ハサンだけ部屋の隅で『いつでも助けますぞー!』みたいなファイティング・ポーズをとってる。

 なめてんのか。

 

「クリームヒルト……」

「……ずっとずっとずっとずっとこの日を待っていました。伝えたいこと。あなたに叶えて欲しい私の願い。この出来事は死後での奇跡。ならば……」

「大丈夫だ、今のこの俺はその気持ちを受け取った」

 

 クリームヒルトが紡ぐ言葉を遮ってジークフリートは肩を抱く。両手で両肩に添えて、だ。半分抱きしめてる光景は戦闘でもない今はかなり見てても恥ずかしい。……マシュ、顔手で隠したかったら、指の隙間も埋めような。

 

「受け取る……私と会ったと?」

「ああ、同時に俺の思いも伝えた。今の君はなにも覚えていないだろうが。俺は君の思いをしかとぶつけられた」

「なるほど。私、ジークと会ったら1部屋に閉じこもって、ジークの鱗を剥いで腕と足を縛って落として、消えるまで一緒にいようとしたんですが……」

「…………」

「あなたの瞳と私の肩を持つ手の感触を感じた瞬間、急にする気が削がれました。その必要がないと私の感触が覚えていたのでしょうか?」

「サーヴァントとしての記憶は英霊の座へは持ち込めない。だが、それでも忘れることのない感触が残ることがあると聞いている」

 

 それはロマンからも聞いたことがある。記憶はないけれど、既視感にも近い「なんとなく」ではあるが、忘れないモノもあると。

 

「そうですか、泡沫の夢であってもユメの続きを見ることが私にも……」

「ああ、ここなら叶える道を互いに歩めるだろう」

「それはそうとして」

「む?」

 

 クリームヒルトが無言でジークを持ち上げる。

 正確には喉元と股間部を掴んでるだけなのだが、男子勢は見ているだけで、地面に立っている気がしなかった。タマヒュンとまではいかないけど……空間を圧迫する迫力がここまで来ている。

 

「く、クリームヒルト?」

「たとえ私だとしても私以外の女と思いを伝え合ったと聞いて嬉しい妻はいません」

「いや、それは……」

「話しましょう、ゆっくり」

「A、い……移動しよう。俺自身の個室があるから、2人で」

 

 その言葉を聞いて、クリームヒルトは瞬きを数回繰り返し、それからクスッと可愛く笑った。端から見ていればかわいいが、旦那さんの心境を鑑みて俺は無言の敬礼を心の中でしておく。

 ごめん、ジークフリート。痴話どころじゃないけど、痴話喧嘩は専門外だ。

 そんなことを思っているうちに2人はもうゲートまで移動し始めていた。

 

「一件落着なのでしょうか?」

「いや、記憶自体はないし、これから前途多難ってやつじゃ……」

「でも、すごく、その……楽しそうです」

 

 マシュの感想は素直で当たり前のものだ。俺は同意して言ってみる。

 

「そりゃ、そうさ。一途な夫婦なんだぜ」

 

 

 

「変わりましたね」

「……同じ事を言われた。そこまで変わったか」

「ええ、とっても」

 




ジークフリート編これにて完結です。
課題も残りましたが、頑張っていきたいです。

というか文字数、いつもの三倍って赤のイメージカラーはないんだけどなぁ

あと、1時間後にクリームヒルトの設定(マテリアル)も投稿します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クリームヒルト 設定 material

設定表です。
章のネタバレ全開ですのでご注意を


『名前』:クリームヒルト

『クラス』:セイバー

『性別』:女性

『身長・体重』:164cm・52kg

『出典』:ニーベルンゲンの歌

『地域』:ドイツ

『属性』:混沌・中庸、カテゴリ:地

『イメージカラー』:純白

『特技』:他人への誘惑(本人は嫌悪)、精神的な忍耐

『好きなもの』:ジークフリート/『苦手なもの』:他人の願い(夫が叶えに行くから)

『天敵』:口が軽い人間(自分を含む)

 

『ステータス』

筋力:A      耐久:D

    ■■■■■    ■■□□□

敏捷:C+     魔力:B

    ■■■□□    ■■■■□

幸運:E      宝具:A

    ■□□□□    ■■■■■

 

『クラス別スキル』

対魔力:C

 第二小節以下による魔術を無効化する。

 呪術・大魔術など大掛かりな魔術は防げない。

 セイバーとしては低いランク。

 

騎乗:D

 大抵の乗り物を人並みに乗りこなせる。

 騎乗の才能としては通常の人間とあまり変わらない。

 

『固有スキル』

復讐者:A

 自身または他人の願いによって1つの感情にすぎない復讐心が概念の域までに昇華され、性格や性質を変化させてしまうスキル。

 魔力の自然回復速度を上昇させる。ランクAともなれば宝具の連発も視野に入れることができる。

 ただし、魔術などによる精神干渉への耐性は低下する。

 

魅惑の美声:B

 他者をその美しき声によって魅了してしまうスキル。

 セイバーはその美貌や仕草、王権の象徴をも含まれている。

 意識すれば、触れもせず異性の力を大幅に削ぐことができる。

 

麗しの姫君:B-(A)

 統率力ではなく、周囲を引きつけるカリスマ性。

 本来であれば国中の騎士を引きつけるが、本人のジークフリート以外を拒否するために大幅にランクダウンしている。

 それでもスキルとして残っているため、ジークフリート以外の異性にもある程度効果がある。

 

『宝具』

幻想大剣・怖姫堕落(バルムンク)

 ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:2~5 最大補足:1人

 保有者によってその能力を変える呪われた聖剣。

 彼女の手に収まる大剣は内部の真エーテル体による呪いを斬撃とともに与える。

 対象者は一定時間ごとに呪いによるダメージを受ける。これはゲージそのものを断続的に減らすため、ダメージの回復はできない。

 呪いは対象者が消滅するまで消えず、呪い発生時は常に激痛を伴う。英霊といえどこれを無視し続けることは困難。

 呪いを解除するには、神代における神々の御技に非常に近しい治癒魔術などを使用しなければならない(原初のルーンなど)。

 

『解説』

 アサシンっぽいノリだったけど、蓋を開けたらセイバーでした。

 そういやクラス言ってなかったけど、まぁランサーと戦って勝ってたからセイバーでいいでしょ(FGO脳)。

 ちなみに終盤で出たアヴェンジャーは性格はほぼかわってません。スキルに常時『復讐者』がついて回るので半分いつもオルタ化しているようなものなので。性能としてはアヴェンジャーの方が断然待遇が良い。宝具が1つ増えるレベルでいい。

 

『戦闘スタイル』

 ステータスはある意味セイバーとしては低ランクというところを意識。っていうか脳筋じゃ……

 とにかく予想を超えるパワーとそこそこ早い奇襲でヤル、アサシンセイバー枠。バルムンクも当たれば対策は難しいため、その効果に一役買うのだが……いかせんそこまで持って行くのがタイヘン。

 戦闘経験はほとんどない上、英雄に必須の武勇も姫として存在しない。さらには固有スキルも夫と同じ直接戦闘には関わらないスキルしか持たないのもあって白兵戦は厳しい所。

 ただ魅了系は豊富で男性については戦う前に勝敗を決めたり出来たりする。英雄なんて恋多き変態が大半なので、ある意味ジャイアントキリングも目指せないことはないかと。

 

『性格について』

 淑やか風味を出そうとしている淑女っぽいナニカである。

 要するにおてんば系嫌いのおてんば系。自分勝手なことは嫌いで自制しているが一端タガが外れると並大抵では止まらない。

 サーヴァント時は復讐心でこのタガが見事に外れてるが、行動するまでは生前の忍耐力で押さえている。だからMK5(マジで剣を取り出す五秒前)にならないと気づかせないお淑やかさ風味を出す。

 さらに目的のための忍耐力だけでなく手段は選ばず、剣術を覚える、謀略をかける、政略結婚ですらお手の物。はっきり言ってキレたら一番怖い、何年も恨んでる系。ふと忘れかけた頃に後ろ見たら刺してくるとか怖すぎる。

 

『今回の物語の経緯』

 北欧神話との違いでもあるが、ニーベルンゲンの歌の後編は復讐劇であり、そのままクリームヒルトを主役にした物語である。

 復讐の恐怖と絶望、そこから湧き出るかつてない憎悪。全ては終わった後に起こる虚無感。最愛の夫の死後に心底願ったものの全容を悟る。自分が死んで初めて完結すると。

 

 そのため彼女の次なる(英霊になった後の)願いは『最愛の夫との慎ましい生活』ただ1つ。

 彼女の生前の行いは要するに死ぬ前に自分を地獄にたたき込んだ奴らを引き釣り下ろしてやるという意味であったため、ジークフリートとは根本的に異なる。

 

 というかあの竜殺しは正義の味方という終わりのない夢を抱いているため、英霊後もまったく変わってない。それが今回のすれ違いの原因。

 終わりのない道を行く夫と終わったその後を考える妻。まぁ、ぶつかるわな…… 

 

 

 

 

 ちなみに今回の現場はニーベルンゲンの歌の土壌ができあがった11世紀前後。ジークフリート伝説やフン族アッティラ(アルテラ)の話しは五世紀頃ですが、クリームヒルトの元ネタ愛憎劇はドナウ川下流域で起きた話しが有力視されており、ここから歌が完成したとされているそうです。

 あ、でも洞窟は勝手に作りました。竜が金貨隠して住んでる洞窟はないらしいので(当たり前か)。

 




こんな設定表を章ごとに垂れ流す予定です。

興味ない方はスルーされても、オールオッケーですw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

モードレッドと王の継承
第一話 でこぼこパーティー


うーん、リアルが忙しい。
最近気づいたことは忙しいことと充実は全然違うことですね、実感しました。

というわけで、新章開幕です。


 匂いすら消えてこびり付く大量の血痕は誰かの死を伝える最後のものか。

 薄暗く、消えたはずの死体の幻臭が漂う陰惨な地下。

 殺人鬼の根城、と言われたなら信じる以外ない場所もそうそうないだろう。

 

 俺も最初の感想はそうだった。……がそれは今の光景が見事に破壊してしまっている。

 

「おい、次はどいつだ。このオレに斬られたいバカどもは」

「Arrrr……」

「先輩、先輩。索敵の邪魔になる意味の無い声をまき散らす輩がいるのですが、どうします?」

「あ? うんなもん捨てちまえばいいじゃねぇか。戦う騎士はオレだけで十分だし、さっきからまるで働いてねぇしよ」

「先輩、賛成2です。先輩が賛成してくだされば全員一致なのですが」

「Arrrrrrr……!」

 

 テンションMAXな3人組。まるで旅行気分だ(約1名旅行先で遭難してるが)。

 このメンバーが行動する発端は、やはりいつもの特異点発見から始まった。

 

 

 

「特異点の場所が、分からない?」

 

 いつものように特異点が発見され、ロマンから最低限の情報を聞くブリーフィングが開かれたのだが……

 

「ドクター、説明の補足をお願いします。観測はできたのですから地形や時代が大まかには測定できるかと……」

「いや、普通はそうなんだけどね。今回は、いや今回もかなり特殊でね」

「まぁ、普通だったら特異点が起きないけど」

「そうなんだよねぇ。調べる度に前提が崩れてくって精神に響く……」

「ドクター」

「おおっと、ゴメン。話しが逸れた……今回はどうやら切り離された結界のような世界なんだ」

「結界?」

「そう、影響が強く表れている場所だけが切り離されている。しかもその場所がどうやら地下らしくてね。年代が特定できないんだ。石材があるため、かろうじて西側と思うけど、確定じゃないし、年代も全然分からないし……まとめると、分からないってことしか分からなかった」

「それはなにかの魔術で?」

「人工的な可能性はゼロじゃないけど、恐らく今は特異点の揺らぎがその程度の規模でしかないということだと思う。……正直、ここまで小さい時点での発見は珍しいんだ。普通はもっと英霊たちが召喚されて、時代を変えて揺らぎが大きくなる。そこで初めて異変を観測できるぐらいなんだから」

 

 神妙に語るロマンだったが、後ろに万能という名の引っかき回し屋がニヤニヤしながらやってきた。

 

「ほほぉ、つまり遠回しに自分のこと誉めてないかい?」

「………………そ、そんなわけないじゃないかぁ! ダウィンチちゃんの言うことはキツイね」

「そのどもりとちゃんづけで説得力ゼロなんですが」

「仕方ありません。ドクターの手の回せない所を手伝うも私たちの使命です」

「マシュちゃんは優しいねぇ。じゃあ、今回連れてって欲しい子がいるんだけど……」

 

 いつも通りの読めない笑顔でマシュを誘うダウィンチ。俺に用事はなかったようで、その場はそこで小休憩となった。

 俺はほぼ敵の予測ができないまま、連れて行くサーヴァントを決めていかねばならないが、今回はそれが少し難航しそうだったからだ。

 いつもはやる気があったり、与えられた情報から相性がいいなと思った人を連れて行く。

 

 迷う今回に関しては、1人1人に話しを聞くかと思ったのだが、いきなりやる気がありすぎる彼女、モードレッドと当たった。

 

「おい、マスター。新しい特異点つったな」

「おお、引き受けてくれるかい?」

「たりめぇだ。だが条件がある。オレ以外サーヴァントは連れてくるな」

「えっ?」

 

 一度の特異点で例外が無ければマシュを含め、6人ぐらい連れて行くのが我がカルデアの通例だ。最初の頃やたまに人間関係でそれが3,4人に減ることはあるが、1人だけというのは、多分ほぼない。

 

「もしかして手柄の独り占め……」

「もしかしてなくても武勲を立てるために決まってんだろ!」

 

 モードレッドが怒鳴り散らし、腰に提げている剣が呼応するように光り出す。漏れ出る魔力の奔流。彼女は既に今、敵が目の前にいるかのように興奮していた。その臨戦態勢になった理由を俺はまぁ思いついてしまう。

 

「あー、まさかアルトリ……」

「父上の名を軽々しく出すんじゃねぇ」

「じゃあ、青王」

「……それなら」

 

 カルデアでは通称「アルトリア顔」と呼ばれるほど同じ顔ぶれがある。分かる人には分かるらしいが、誰にとっても呼び名には困るらしいので、そういう俗名があるのだ。

 言い出しといてなんだが、それでいいのか、とたまに思う。

 

「で、またケンカ……というか話せなかったのか?」

「ああ、会話どころか目も向けてもられねぇ。……いや、本当は会った瞬間、斬り殺されてもおかしくねぇし、逆の立場ならオレだってそうする。でも、その、最近は、さ……他の円卓連中も増えてきたし」

「ええっと、ガウェインとか」

「ああ。あと変に隠してるが、浮気変態野郎も」

「いや、それは……事情が」

「とりあえず、ここの空気も悪くなってきた。だが、オレはここで逃げるわけにはいかねぇからな。なんとしても信頼、とまでは言わないけど会話ぐらいは……」

 

 アルトリア・ペン・ドラゴン。アーサー王という存在だった彼女にとって今の状況でさえも、譲歩し尽くした結果なのかもしれない。

 世界のため1人でも優秀な戦士が必要なのだから、円卓に名を連ねたモードレッドの実力は協力せざるを得ない。

だから個人的な感情は押し殺して、良くも悪くも仕事上だけの仲間、という感じの冷え切った関係を続けている。

 だが、それでは納得できないのだ。この大きくて強くて、でも弱くて小さいこの騎士は。

 

「分かった。ただし、マシュともう1人付き合うけどそこは我慢してくれ」

「……チッ。戦闘系じゃないマシュはともかく、オレの邪魔しないよう言えよ。むかつくヤツだと指の握り方がおかしくなりそうだからな」

 

 彼女の言葉は比喩ではない。集中出来ない要素があると、彼女はそれを優先的に黙らせたくなるらしい。

 水着を着たモードレッドが召喚された時など、その悩みを全て吹っ飛ばしたかのような精神の違いようにかなりショックを受けていた。モーさん、とまで呼ばれた可愛さ全開の彼女に、モードレッドは嵐のように暴れ、その後ショックから抜け出すのに1週間かかった。

 

女の子とも男の子とも言えない幼い騎士の心はとても、繊細なのだ。

 

 底知れぬ不安をなんとなく感じながらも、彼女の気骨さを信じて、俺はモードレッドと共に元いた場所に戻ったのだった。

 

 

 

 レイシフト場にはマロンとダウィンチ。それとマシュといつも通りのメンバーが揃っていたが、イレギュラーが1名混ざっていた。

 

「だ、ダウィンチちゃん……その、この人選は如何なものかと」

「大丈夫、大丈夫。見て彼大人しくなったでしょ。」

「Arrrr……」

「大人しくなるクスリを作ったからマシュちゃんもコレを使うといいよ♪」

「全力でお断りします」

 

 そこにいたのはいつも纏っているオーラすら消している黒騎士、ランスロットだった。心なしか肩を落としているようにも見える。

 

「バーサーカーなので理性はありませんし、細かいことは言いません。ですが、ここまで生気を失った彼に戦うことができるのですか?」

「マシュちゃん?」

「今の彼にとってアーサー王への偏屈な執着が原動力なのでしょう?」

「……細かくはないけど、言い方が、そのぉ、キツくない?」

「全くもって公平です」

 

 誰にでも優しい俺の後輩は湖の騎士だけには厳しい。彼女とデミ・サーヴァントの契約を交わす英霊と関係があるのだが、心優しい彼女のキツめの言葉はそれだけでかなり心を抉ってくる。

 案の定、黒鎧に身を固めた騎士は剣に刺されたかのように縮こまらせている。

 思春期の娘の一言に傷つく父親。それ以外にこの姿にハマる言葉を俺は知らない。

 

「クソッタレ。コイツがいるとか聞いてねぇ。手柄が横取りされるなんて我慢ならねぇぞ!」

「落ち着きたまえ、モードレット卿。彼は今、私のクスリで大人しくなっている。君の戦闘の邪魔はしないだろう。ねぇ、マシュちゃん?」

「ええ、唯でさえ切り離されたという狭い地下なのに、そこで暴れ回れでもしたら置いていきます。……なにもしなのなら来ない、という選択もありますが」

「マシュ……それはあまりにもキツイから。ほら泣いちゃうから」

「むぅ、先輩がそういうのなら……」

 

 不詳、不詳というのが聞こえてくるぐらい分かりやすい反応を示してくれる後輩。これは父親どころか騎士としての尊敬の念すらゼロだろう。

 俺は黒騎士に近づく。すでにヤツは膝すら震えている。どんだけダメージがあったんだろうか。と、思ったときには素早く俺にしか聞こえない範囲で威厳なしの湖の騎士は叫んできた(・・・・・)

 

「助けてください」

「ムリです」

 

 俺は感想を聞いてそのまま戻ろうとしたが、その華麗な身体裁きで追い込んでくる。俺に使ってくれるなよ。

 

「即答はあんありでは!?」

「あんま叫ぶなよ。聞こえるぞ」

「いや……そうですね。落ち着きましょう。私も現実の壁の高さに少し、動揺しました」

「絶望だろ、アンタの場合」

 

 そう、このランスロットは狂気に墜ちたバーサーカーではない。セイバー。凜とした精錬な湖の騎士として現界したランスロットなのだ。

 それが、わざわざ黒い鎧を着込んでいる(宝具ではないので認識防止のモヤはそもそもでていない)のは、我が子(のデミ・サーヴァント)と会話するためであった。

 

「正直、ここまでとは思いませんでした。ギャラハッドは辛辣ではありましたが、その力を継いでいる彼女までにも……」

「確かにランスロットと喋るときだけ、多分影響受けてるんじゃないかと思うぐらい、マシュはキツいな」

「彼女はあと10年もすれば美しい妻となっているでしょうに、あのような言葉使いを。息子とはいえ憤りを隠せません」

「前言撤回。あれぐらい軽い方だわ」

「いえ、違います。人の妻となり、その優しさ故に疲れた彼女の介抱を……」

「未来の旦那の代わりに俺が殴ってやろうか!?」

「ハイハイ~2人とも落ち着いて」

 

 気がつけばみんな、俺たちの方を向いていた。

一瞬ギクッとするが、ダウィンチちゃんが簡単な命令なら魔力をエサに聞くよぉ、と説明していた。さすが万能の天才は舌の回し方さえ天才らしい。なんだかんだ解析関係で活躍しているロマンでさえ、信じているようだった。

 

「彼女の協力を仰いでおいてよかった。やはり美人に悪はいませんね」

「その美人で破滅した男はいるけどな」

 

 ランスロットは俺の言葉に、少し肩を揺らして否定してみせる。男の毒舌ではあまり効かないようだった。

 

「じゃあレイシフト行くけど準備は……」

「クソッ。偵察ぐらいに使ってやる」

「はい、その路線で行きましょう。使えなければ……」

「Arrrrrrrr!!」

「ハイハイ! 行くぞ!!」

 

 

 

 こうしてこのパーティーは完成し、今のグダグダに至るわけだ。

 既にランスロットは過去を含めたマシュの辛辣な正論にボコボコにされていた。休憩中の今はすみっこの端に入り込むようにじっとしている。

 マシュもこのときばかりは少し反省したかのような顔を見せるが、その度合いは非常に低い。容赦ない言葉による槍の雨を降らすのを止める気は、恐らく無い。

 今回ほぼ戦闘を任せているモードレッドは静かに愛剣の整備をしていた。見たところ歪みも汚れもないが、己の命を預ける以上、慎重すぎて困ることはないだろう。

 

 ランスロットもマシュも話しを聞ける状況ではない。俺はモードレットの側に座った。

 

「モードレッドはどう思う?」

「は? なにがだよ」

「この場所だよ。なにか手がかりはないかなって」

「そんなこと、オレが知るかよ。オレの仕事は敵を斬ることだけだ」

「でも、それは戦士でも出来る。モードレッドは騎士、それも円卓だろう? きっと敵からなにか掴んでると思うんだ」

「……それはお前の仕事だろう」

「この通り未熟でさ。誰かの力を借りないと立てやしない」

「……フン、偉そうに言えることじゃねぇだろ」

「ああ、命令できる立場でもねぇから、頼んでる。俺の仲間として考えてくれるか?」

「…………チッ。あくまでオレ個人の見解だぞ」

「それでいい。そうじゃないとお前が手に入れた情報じゃないからな」

 

 モードレッドは手を顎に当てて、考える仕草をする。ただそれは10秒も続かず、仕方ねぇ、と繰り出した。

 彼女はこういうストレートかつ自発に任せた頼みに弱い。そういう所は童話に出てくるような騎士っぽいとよく思う。憧れるというヤツだ。

 

「ここは地下だって話しだがそこは合ってる。ただ洞窟とか抜け穴とかじゃねぇ。地下水路だ」

「水路? 水はないし、潮の匂いもないけど」

「バカ。水路だって1年中回ってるわけじゃねぇ。廃止されたり、点検のために水を抜く機会はある。……恐らくだが、ここは点検なんだろうな。乾きつつあるが所々湿ってる石があるし敵が着てた服も濡れていた。潮の匂いがないんなら川から引いてたんだろよ」

 

 モードレッドの説明は観察の結果で得られた情報を繋ぎ合わせた、とても納得のいくものだった。

 激しい戦闘中でここまで読み取るなんて素質というか、王の片鱗を感じる。アルトリアもなんだかんだ腕以外も見込んではいたんじゃないだろうか?

 

「うん、どうした? なんか変だったか?」

「いや、納得できたよ。てか、スゴいな。俺より観察してる」

「なっ……自分の仕事だろ。誉める前に落ち込めよッ」

「悪い悪い」

「…………クソッタレ」

 

 顎を腕にくっつけて小さく罵倒してくる。彼女の分かりやすい照れ隠しだ。だから俺の裾を掴むのも、その一環だと思った。なんせ彼女は結構、根に持つタイプなのだ。

 

「……どうした?」

「伏せろ、マスター」

 

 その一言は腕を引っ張られると同時に言われた。俺は地上でさらに地球に引っ張られたかのように、勢いよく地面とキスをする。

 だが感触よりも先に頭に響いたのは真上から鳴る雷光のような剣戟。

 ビビった鼓膜が震えるのすら止めかける。それは身を守るための逃亡だ。少しも身体は慣れないが、慣れたと意識できる理性が間違いない、と教える。

 

 顔も見えない敵が襲ってきたのだと。

 




ランスロットェ……これ以上下がることがないと思っていたzeroの頃を思い出して泣いた。

お前をいじるネタは我が王だけじゃなかったんだなぁ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 新たな継承者

またまた遅れてしまいました。

ネタは多いのでエタらんよう、注意していきたいです。


「クソが、顔もなにも隠してんじゃねぇぞ」

 

 モードレッドは開口一番に悪態をつく。もちろん、その間に直接戦闘には役に立たないマスターを下がらせ(良い具合に転がってくれた)、剣は既に敵の首を狙う軌道に乗せている。

 騎士としてというより、敵を殺す軍人として当然にして最適な行動。

 

 その言葉以外無駄のない一撃を受けたのは顔の見えない敵の槍だった。大きなマントについたフードを深く被っており、顔全体が隠れている。

 普通なら、被っている側からも見えないだろうが、そこから微かに漏れる魔力からモードレッドは直感した。

 

「正体隠蔽の宝具か……弱ぇヤツの常套だな」

「……貴殿が申しますと自虐にしか聞こえませんな」

「ああん?」

 

 顔の見えない騎士――マント以外は青色の鎧を着ており、正装の騎士といえた――は思いの外敬語で話しかけてきた。低いとも高いともいえない無機質な声。

 聖杯の知識を借りるならば、機械音声というのだろうか? 姿からもだが声を合わせても男か女なのかすら分からない。

だがそれよりも気になるのは、言葉の内容だ。敵はこちらの手の内を知っているのだ。

 

「テメェ、なぜオレの宝具を知っている?」

「貴方の鎧は貴方の存在を隠すもの。貴方の剣は貴方の簒奪の証。私は貴方の在り方を述べたままです」

「テメェ、訳の分からねぇことを……」

「訳が分からぬとはおかしな事を。モードレッド卿の武勇は知れ渡っております。その叛逆の精神は誰もが剣を執って旗を翻すでしょう」

「ほざくな!」

 

 モードレッドは叫ぶ。

 敬語による皮肉にもなってない侮蔑を表す賞賛。騎士を逆撫でするに打って付けだろう。

 モードレッドは槍と合わせていた剣を下ろし、身体を捻って蹴りを繰り出す。バネと踏み出した軸足で間合いを広げた一撃は顔の見えない騎士の脇を捉える。

 敵が少しよろけながらも体制を整えようと、隙ができた瞬間。

 赤い叛逆の魔剣は逃さなかった。

 

「これでも喰らっとけ!」

 

 しかして当たれば大きい上段からの一撃は、その軌跡のなかどれとも当たらず、ただ空を流れていった。

 モードレッドはその一部始終を見ていた。敵のよろけはブラフではない。むしろ隙でしかないはずのふらつきを踏ん張らず、そのまま姿勢を下げることで剣の軌道を避けたのだ。

 

 驚愕は終わらない。

 今度はモードレッドが体制を整える前に、敵が斬り払いを仕掛けた。

 太古から戦の主武装は槍とは相場が決まっていた。一度に大勢の敵を攻撃し、警戒させる斬り払い。決まりのない戦場で真価を発揮できる、槍の真骨頂だ。

 

 だが、モードレッドもそんなことは百も承知だ。逆を言えば、小回りが槍よりも効く剣で出来る対策も身体には染みついている。だからこの騎士を驚かせたのは別のこと。

 敵の武器から放出される魔力。爆発と呼ばれかねない勢い、いや世界を飲み込こまんとする圧倒的な暴力。それはまるで竜の顎のようで――

 

「ま、魔力放出!?」

「はぁああああ!」

 

 思考と肉体は切り離される。脊髄が感じ取る死を回避するため、モードレッドの肉体は全力で回転を始める。と、同時に己に刻まれる竜の心臓も解放する。

 それは偉大なる騎士王から受け継がれる赤き竜の心臓。ギアが等しく繋がり、ピストンが加速し、エンジンが咆哮に酷似した唸りを上げるように、圧縮された魔力が放出される。

 

 敵の正体は依然不明だが、こちらもなりふり構っていられない。この一撃はまともに受ければ、五体がバラバラになってしまうだろう。

 だが、モードレッドの抵抗は嘲笑われるかのように、赤い石が敵の騎士に掲げられる。そこから溢れる赤光が降り注ぐと同時に彼女の心臓からの魔力が止まる。

 

「は?」

 

 まるで、下手くそなドライバーが起こすエンストのような間抜けな浮遊感を感じる。モードレッドは予想もしなかった状態に思考が止まる。

 切り離された肉体も推力を失ったことで動きが鈍る。その鈍感さはまるで時間の流れが止まったかのようで。

 そして、敵が打ち出す槍の突きがモードレッドの胸を。

 

「Arrrrrrrrrr!!」

 

 突きは空中へと流された。竜の敵を屠らんとする灼熱の吐息(ブレス)のような魔力を纏った槍の一撃を。

 そんなことを剣1つでできる戦士などそうそうおりはしない。そう、円卓最強と偽りのない賞賛をうけた誉れ高い騎士。

 

「おいぃ! この変態野郎、勝手に入ってきてんじゃねぇぞ!」

「なっ……貴殿はこの騎士に救われたのではありませんか! それを恥じるならともかく、侮辱など!」

「敵のお前にどうこう言われる筋合いはねぇだろが。てか、このバカには偵察しか任せてねぇよ」

「すみません、モードレッドさん。援護が遅れました」

 

 共にマシュが加勢に入る。マスターも後ろにいるが恐らく介入するタイミングを計ったのだろう。癪だが、良いタイミングだと言わざるを得ない。

 

 しかし、敵は正体を隠すなどその戦い方の割には、思ったより高潔なようだった。それは叛逆にはほど遠い精神で、モードレッドの心を逆撫でする。

 

「テメェの名前も言えねぇ。顔を見合わせることもしねぇ。そんなヤツに卑怯どうこう言われたくないもんだがな」

「卑怯、卑劣は仰る通り。しかして礼儀を尽くさぬのは騎士の名折れです」

「オレはその騎士像に叛逆したヤツだぜ。それにコイツはオレが個人的に嫌ってるヤツだからな」

「ではこの方は……」

「オレの宝具まで知ってんだ。湖の騎士ぐらいわかんだろ」

「…………ランスロット卿。そのお姿は」

「…………Arr」

 

 すまない、答えることはできない。

 などという某すまないさん風の幻聴が聞こえてきそうな、歯切れの悪い声に、心なしか顔の見えない騎士も肩を落としているように見える。

 

「……で、何者だ。名前も言わないで最後までやる気か?」

「いえ、こちらとしても貴殿には聴きたいことがあります。まずは、貴殿に話しを聞いて貰うため、無力化しようと思っただけです」

「無力化……」

「そうでもないと、貴殿から斬りかかるでしょうから」

「Arr……」

「「なに納得した声だしてるんだ(ですか)!」」

 

 マシュとモードレッドの批判が感情表現が鋭い黒騎士に注がれる。最早、彼らの信用度はストップ安に陥り、ゴミをみる目と化している。

 

「……話しを戻しましょう。貴方からモードレッドさんへと話したいこととは?」

「マシュさんでしたか? 簡単です。貴殿の継承の主張を取り下げて頂きたい」

「継承?」

「ええ、叛逆の首謀者がブリデンの後継など不愉快ですから」

「……で、どのツラよこして、くたばりてぇんだ?」

 

 モードレッドが凄む。その瞳は一連の流れで一番の激情がありありと映し出されていた。顔の見えない騎士は左手に掲げていた赤い石を見せる。その赤光は未だ健在で、モードレッドを含めた全員を射貫いている。

 

「貴殿に竜の心臓は使えませんよ」

「それとテメェの首を落とせないのに、なんか関係があんのかよ」

「武術の流れとは、人体から繰り出せる効果的な攻撃が考えられています。型破りなだけでは戦いを制すことはできません」

「フン、説教をグダグダ言うことは武術の流れか?」

 

 モードレッドが否定の言葉を煽る。それは弁舌とは少し違うかも知れないが、扇動に近い人を揺らす言葉の剣戟だった。

 だが次の一言が、傍目から見てもモードレッドの心を動揺させた。

 

「私自身の主張をしましょう。後継は私が名乗り出ます」

「なっ……」

「なぜか? 簡単です。貴殿がブリデンを治める赤き竜の象徴、アーサー王の嫡子を名乗るように。私もアーサー王の娘だからです」

「む、娘?」

「ええ。無論、王位は男が継ぐものですが男装を通した者も歴史にはあります。無能な王が国の大地を腐らせるよりはそれを阻止するのは義務です」

「……ハッ。クソが、ここまで頭にきたのは父上以外じゃ、初めてだぜ」

 

 モードレッドが自嘲気味に呟く。その腕にぶら下がるように揺れる剣が振り上げられた瞬間、モードレッドの姿は天井スレスレに踊り出た。

 

「かき消えろ!」

 

 モードレッドが瞬きの間に振り下ろす剣は、あろうことか音速を超えるランスロットに止められた。

 

「あぁ!? テメェ、アイツの妄言を信じんのか!?」

「違います! アレを見てください!」

 

 ランスロットの代わりにマシュが叫ぶ。その瞬間、モードレッドは激情で塗りつぶされていた直感が鳴らす警報を聞いた。そう、災害という驚異がやってくることを。

 

「こ、洪水です、先輩!」

「分かってる。走るぞ!」

 

 マスターとマシュ、そしてランスロットに抱えられたモードレッドは全速力で駆ける中、彼の敵の名乗りが暗闇の壁に反響していった。

 

「私はアーサー王の娘にして次代を継承する騎士、メローラである!」

 

 その実に立派な雄叫びも流れ込む洪水に飲み込まれていった。

 

 

 

 モードレッドたちが戦闘していた場所から数百メートル離れた某所。離れたといっても、そこも変わらず切り離された地下であることは変わらない。

そしてそこに召喚された彼女らも、特異点による揺らぎの結果だった。

 

「ここはいったいどこなんでしょうか?」

「黙れ。なにがあろうと蹂躙以外ないだろう。……そこの腑抜けは知らんが」

「聞き捨てなりませんね。悪意に飲み込まれた貴方に言われる筋合いはありません」

「少し静かにしろ。誰か、いえ、なにか来る」

「そうですね。これは災害、天の攻撃を再現する類。迎撃の準備を」

「「「……」」」

「3人ともなにをしているのです」

「呆けるな。唯でさえ小さいのだから」

「「なにが小さいと?」」

「……いえ、こちらは馬に乗っているので」

「いえそれ以外の含みがありました」

「全くだ。こればかりは賛同せざるを得まい」

「いえいえ、みなさん! 割れてる場合じゃないですよっ」

 

 他人とも言えぬ、されど別人の5人の会話。影に隠れていたが、知る人が聞けばその透き通る声にその正体に感銘を受けただろう。

 

 まぎれもない騎士王たちがそこにいた。

 




モーさんの三人称の呼びかけって難しい……

彼とも彼女ともいえない繊細な子。獅子劫さんのスゴさがしみじみと伝わってきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 アルトリアーズ

悩みまくりな原稿……というか腹が痛い。

皆さん、明らかに腐ったモンを食べるのはよしましょう(自業自得)。


 かつて世界を覆うほどの大洪水が起こったと記す神話は多い。

 なぜかはわからないが、それだけ人類にとって身近な災害だったんだろうなとは思う。今でも尚、一度起きたら止めることは難しい災害だ。

 自らを潤してくれるはずの水が、そこら辺の草みたいに人間を押しつぶす。そんなインパクトはきっと忘れられないものなんだろう。

 今のおれならそう確信できる。

 

だって、その洪水に追っかけられてるんだから。

 

「変態! 次はどっちだー!!」

「Arrrrrr!」

 

 その声は弁明を求めるかのように切実だが、動きそのものは即時丁寧なランスロット。すぐさままだ水が入ってない通路を見つけ出してくれる。

 水は洞窟を、いや水路を満タンにする勢いでそこら中を走っている。その水量は不明だが、モードレッドの言う通り大きな河川から引っ張ってきてるならおかしくはない。

 奇跡なのか、途中で巨大な岩盤(多分壁が崩れた)が何カ所か防いであったから、少しの間時間稼ぎができるだろうとのことだった。

 

「先輩、大丈夫ですか?」

「いや、なんか疲れてきたけどなんとか」

「流れる洪水に追われているとはいえ、サーヴァントと同じスピードで走るなんて先輩は本当に」

「人間なのか?」

 

 マシュの横入りしてモードレッドが話しかけてくる。ちなみに猛抵抗の末、ランスロットの腕の中という監獄からは脱獄している。

 マシュはいえ違います。私は先輩はすごいなと、などと訂正しようとするが、俺自身少しずつ人間離れしてるなと思ってるぐらいだ。たまにだが人間が火事場のバカ力というヤツを発揮するらしい。

 だがそんな事を言い合っている中、ランスロットが俺たちの動きを制止した。

 

 こんなとき、真っ先に文句を言いそうなのはモードレッドだが、彼女もまた無言で正面を見つめていた。

 

「……マシュ。なにか見えるか?」

「いいえ。しかし、気配は感じます。とても大きな魔力を」

「魔力? ってことは」

「Arther」

 

 明瞭にそれだけ呟くランスロット。狂気をを被っているフリでも、この言葉だけは言わざるを得ないらしい。

 それは純粋で優しく力強い赤き竜の化身。誰もが願った理想の王、騎士王の魔力。

 

「貴方たちと出会うとは、運命は分からないものですね」

「反逆者との邂逅。そばにいるものに免じ今宵の裁きは許す」

「この場において優先される事項はそれではないでしょう」

「当然。先の会議により議長が決まった筈だ」

「ええっと、みなさん。 せーの!」

 

『問おう。貴方が私のマスターか』

 

 総勢5人分。全員から同じ台詞。

 

「あ、貴方たちの名前は……?」

 

 俺からの質問に答える者はいなかったが、その表情と顔の造形から一目瞭然だ。同一人物の別側面からの呼び出し。

 アルトリア・ペン・ドラゴンまさかの5人である。

 

 

 

 セイバー・アルトリア。

 セイバー・アルトリア・オルタ。

 ランサー・アルトリア。

 ランサー・アルトリア・オルタ。

 アルトリア・リリィ。

 以上が全て1人の人物からの派生であろうという。にわかには信じがたい話しだ。

 我がカルデアでもここまで(本当の意味での)アルトリアーズはいなかったぞ。

 だが、彼女たちの視界の隅っこで縮こまりながら、平服するモードレッドとランスロットの姿がそれを証明していた。

 

「それで皆さんは一斉に召喚されたと?」

「そうなんです。召喚された直後に洪水があると直感したのでみんなで迎撃をしようとしたんです。でも……」

「こちらの軟弱な騎士がまずは索敵して、救難を優先すべきだとほざいてだな」

「救出は第一優先事項です。手当たり次第に壁ごと破壊しようとるよりはよっぽど建設的かと」

「いや、違うな。結局は貴様ら剣での出力が足りんのだ。わが聖槍をもってすれば……」

「それも違います。持つべきものは視点です。優先すべきはより優良なものなればこの狭い閉じた世界は必要ないと言えます。不要なものを捨てられない貴方たち自身に問題があるかと」

「それはおかしい」

「いや貴様こそ」

「何度言えば分かるのです」

「黙れ」

「……とこんな感じでして」

「自分だから遠慮無くボロボロに言い合えるってか」

「それでは戦闘などは……」

「いえ、そこまでは。でも議論が平行線だから唯一話しに加わらなかった私がまとめ役として選出されまして。壁を何カ所か小規模に破壊することで合意したんです」

 

 容易に想像できる。

 王としての認識は違えど、皆優秀であることに違いはないのだろう。

 そこでふと、セイバーオルタが平服している騎士たちに言葉を投げかけた。

 

「なにを平伏している」

「はっ、いえ、オレたちは……」

「返事は期待していない。横にいるのは狂戦士のようであるしな。私への謀反の謝罪はどうした、湖の騎士よ」

「オルタ! 貴方は……」

「許せ、と言うのか。軟弱な私よ。騎士王として正しいのはそちらだろう。だが、どんな王であっても叛逆を許すことはあってはならない」

「こればかりは同感だ。槍を持とうと剣を持とうと、理想を貫くのは信仰が必要だ。人心を掌握する手立ては信頼と恐怖。謀反を許せば、あらゆる違反に余裕が生まれ行き着く先は……我らが知る未来だけだ」

「……っ」

 

 セイバーは唯1人立ち尽くしてしまった。彼らの言い分に是があると感じたのだろうか。それを裁定したのはランサーの方のアルトリアだった。

 

「罪を償うのは生前であるから出来る行為だ。我ら英霊に罪はあっても贖罪はない」

「フン、であれば許せと?」

「然らば、我らとの接触と対話をさせなければよい。ランスロット、2人とも(・・・・)この場を立ち去れ」

「Arrrr……」

「ランスロット卿。お願いします。言葉を交わせない貴方に今の私は対話できそうにない」

 

 セイバーの呟きが地下に僅かに響く。それが契機とでもいう風に、ランスロットは即座に立ち上がり、モードレッドを担ぎ上げた。

 モードレッドは抵抗しなかった。

 それよりも彼女にとっての衝撃があったからだろう。拒絶すらされない。反応すらされない。会話も対話も許されない。

 王たちにとって正体不明、理解不能な反逆者。それが彼女の総意であり、モードレッドの絶望の証だった。

 

 

 

 2人が見えないぐらいに離れると、アルトリアたちはその目を切り替え俺たちに向けてくる。さすが王さま。誰かに尋ねられる謁見は慣れっこということか。

 

「アルトリアたち。聞きたいことがある」

「なんでしょう」

「子ども欲しい?」

『…………は?』

 

 全員からの総どん引きである。ハマり声なのが笑いではなく引きつり声を引き出す。

 マシュが後ろから脇を小突いてくる。どうやら端から見ても失敗だったようだ。

 

「質問の意図は計りかねますが、私に子どもはいません。少なくとも後継となる存在は決めていませんでした」

「そうだな、私の治世そのものは王としても長いものではないし、もう少し年を重ねてからゆっくりと後継を選ぶつもりではあった。ブリデンの目的は緩やかな滅亡でもあったからな」

「ええ、モードレッドの件においてもアレは魔女モルガンの策略の面が大きいので」

 

 会話の中でもモードレッドの評価はだだ下がりだ。確かにこれでは会話そのものを拒否されているレベルだと納得できる。

 

「モードレッドって実の息子ってか、子どもじゃないの?」

「それは難しいところです。確かにあの容姿と出生の謎を含めれば、私の血を継いでる可能性は否定できません。しかし、モルガンの魔術によるものなので確証を私は得られていないのです」

「それどころか、まるで口もきかぬ、兜をほとんど外さぬ、と信頼も円卓の中では薄かった。私の世界ではまた姿は違ったが、それでもモードレッドの末路はどこも変わらぬだろう」

 

 王として、信頼もおけぬ魔女から生まれた騎士。正体も分からぬ、信頼も築けぬ、それは円卓の誰もが納得しきれない分からない存在だったということなのか。

 カルデアだとあんなに情に厚いというか激情家なのに。

 

「では娘は? 今回アーサー王の娘を名乗る方と会ったのですが」

「む、娘?」

「なにを言っている。子どもがいないのに娘がいるわけないだろう」

 

 マシュが問うと、オルタが半眼で一蹴する。彼女たちにも斜め上の話題になったようだった。

 

「娘、子ども、後継と。耳が痛くなる話しが多いですね」

「フン、大方ほら吹きよ。意味などない」

「しかし、後継を名乗るとは問題だ。いかなる理由があろうと王の推薦もないまま宣言など、処罰が必要だ」

「もしかしては、娘なのかもしれません」

「えっ」

 

 他のアルトリアたちと真逆の言葉を話したのはあろうことかリリィである。一番最年少である彼女は実感も数少ない。そんな彼女が『娘がいたかもしれない』?

 

「そ、そんなあり得ません! 私に子どもが……」

「ええっ! ち、違いますよ。私が言いたいのは願いの結集かなって……」

「なるほど、その手がありますね」

「おい白いランサー。納得しないで会話をしろ」

「落ち着け黒いの。つまり、人々の願いにより小さな地域の民話の英雄の伝説が肥大化したと言いたいのだろう」

「そ、そうです。私の旅の間でも人の願いで生まれた秘境や怪物はたくさんいました。それと同じでどこかの英雄さんが泊づけのために『アーサー王の娘』っていいだしたのかなって」

 

 なるほど。所謂理由付けってヤツだろう。

 某雑誌とかにもある、なんでコイツこんな強いの? 親父がこんなに強いから血統さ。とかいう話しと同じだろう。民話だか物語でもキャラ付けにすでにある存在を利用したっておかしくはない。

 

「可能性は高い。私たちに憶えがないとすれば、彼女はそういう設定を遵守している、または思い込んでいるわけと言える」

「しかし、排除対象に変わりはない。勝手な後継名乗りは叛逆にも取られかねない」

 

 物騒な話をしながらも、話しが収束しそうになった今。待っていたかのように壁がひび割れる音が大きく響いた。

 時間稼ぎはどうやらここまでのようだった。

 

「マスターたちは脱出を! 私たちが後方を守ります」

「いや、ここら辺全部水で沈むぞ。逃げる場所なんて……」

「大丈夫です。ランサーの私が持つ聖槍ならこの世界ごと穴を開けられます」

「穴?」

 

 ランサーオルタとランサーは2人とも対照的な明暗2本の槍を掲げてくる。洗練された美しい反射光は空まで届きそうなぐらい大きく伸びていた。

 

「元々ここは特異点があるもとで、なんらかの魔術ないし宝具により閉じ込められているようです。最低でも私たちが召喚された時点でもっと世界は広がっていないといけませんからね。」

「故にこの最果てを駆けることのできる聖槍をもってこじ開ける。洪水の方は聖剣に任せるという図式だ。」

「元々からしようとはしてたんですが、敵の正体が掴めなくて。……でも後継を名乗る存在と分かった以上見過ごしてはおけませんから」

 

 リリィの説明で締めくくると、既に水のする潰す音がすぐそこまで来ていた。巨大な怪物がやってくる音。

 いや、あれはまさしく怪物そのものだろう。意志がなく目の前のものを容赦なく破壊する分ドラゴンととかよりもタチが悪い。

 急いでマシュにランスロットを呼び出させると、時間をまたず仲間が集結する。モードレッドも走ってやってくるが、その表情は暗く、会話することもできないだろう。

 アルトリアとの会話は絶望的だ。生前の行いが行いだけに簡単な話ではないだろうが、もうちょっとなんとかできないものか。

 

 そんな思考をしながらもマシュに地味に強く引っ張られ、俺たちはランサーアルトリアたちの周りに集まる。

 その正面には巨大な爆竜水。文字通り、竜がとぐろを巻いて襲いかかるようだった。

 絶望を抱えるしかない光景を打破できるのは竜を滅ぼした英雄において他はいない。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!」

約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガーン)!!」

 

 騎士の王だけが許された極光の輝きと、暴君が放つ全ての光を呑む邪道たる漆黒。

 だが、その2つの剣は混じり合うことも反発することもなく、まっすぐに重なり水へと直撃。瞬間、巨大な蒸気が無差別に降りかかる。

熱湯そのものの熱さで叩きつけるような勢いを持った蒸気が俺を壁へと吹っ飛ばす。

 

「先輩!」

「任せてください」

 

 瞬間リリィが俺を掴み、彼女たちは宝具の真名解放が完了した。

 

「「――最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)」」

 

 打って変わった水面をすこし騒がせる程度の響き合い。だがそれとは裏腹に槍から放たれた光はなにもかもを貫いた。

 それは俺には見えない。だが微力ながら魔力を持つ未熟な魔術使いとして感じる。アレは制御された爆発だ。

 一方向に指定されるばかりかそれが収束している。ミサイルすら超えるエネルギー全てが槍の穂先から放たれる2つの輝きに込められている。

 それが持つ神秘が俺たちを持ち上げたとき、蒸気の熱さも感じることもなく、俺たちは落下する。

 

「時間を待たず、すぐそちらへ」

 

 だれか、でもアルトリアがそう言ったのだけは俺の耳は拾っていた。

 

 

 

 

 

「……来たわね、みなさん。これで始められるというわけだわ。ヴィヴ・ラ・フランス♪」

 

 静かな王宮のなかで回答者もおらぬ言葉を呟く女。

 18世紀フランス。それが、マスターたちが拡張した世界の先の名だった。

 




アルトリアのそれぞれ、ちょっとずつ違う口調は難しいなぁ

ちなみに今ソシャゲで活躍中のサンタさんは出てきません。なぜって? ユメを運ぶサンタさんがモーさんをいじめちゃうじゃないですか……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 騎士と姫

さらに出る新キャラと新鯖。

前回よりも今回は少し長いです。


 俺たちが目を開くと、巨大な広間にいた。

 いや、広間と言ったが、そんなもので済ませて良いのか分からない。車が余裕で入れそうなぐらい大きな窓がずらりと並び、1つ1つに細かい衣装が施されている。

 巨大な像がその側に大量に配置されていて、全部金色だ。純金じゃないよな……

 天井にも所狭しとデカい絵が描かれている。芸術家じゃないが、人間何人分の1枚絵を明くというだけでも超人レベルだろう。

そしてそこにも金の装飾。

 

 目に映る全てに金色が光る。まさに財を誇示するかのような黄金色。それはまさしく王権の象徴だ。俺の想像力ではここから思い当たる建物は1つしかなかった。

 

「ここは……城?」

「なんで疑問系なんだよ、当たり前だろうが!」

 

 すかさずモードレッドがツッコミを入れる。そうか。なんだかんだ王城にいた騎士だし、こういう装飾は見飽きてるのかも。

 

「……で、なんでこんなに金ぴかなん……ですかね? ええっと……」

「リリィでいいですよ。モードレッドさん」

「あ、ありがとうございます」

「そんな感謝されることなんてありませんよ。というか確かに謎ですね。なんでこんなに金があるんでしょうか?」

 

 リリィが質問に答えられないとシュンとすると、モードレッドが見るからに慌てだした。

 なるほど、リリィは普通に会話してくれるのか。まぁ、他のアルトリアとは事情が違うからな。ってかこんな金ぴか城はやっぱりおかしいのか。

 そこに補足してくれたのはマシュ先生だ。

 

「私は映像ですが、見たことがあります。この黄金を過剰に使用するのは財政の潤った王家がよくするもの。さらにここは鏡の回廊……かの有名なベルサイユ宮殿です!」

「ベル……ああ、フランスのオ○カルの」

「せ、先輩の中ではそれぐらいの印象なんですね……」

 

 興奮ぎみだったマシュが俺の台詞に撃沈された。ううむ、余程俺の歴史観は薄いらしい。いや世界史苦手だったけど……

 

「チッ、フランスだとぉ? ブリデンと敵対していた土地の奴らの子孫が作った国だろ? そいつらこんなに金持って……胸くそ悪ぃぜ」

「あんまり悪口は禁物ですよ、モードレッドさん。彼らとは敵対してないのですから」

「あ、はい。いや……分かりました」

 

 慣れない敬語まで使うモードレッド。多分あと数回で元の口調に戻るだろうが、余程アルトリアと会話できるのが嬉しいらしい。隠そうとして隠せない頬の緩みがそれを物語っている。

 

「そうね、私もやりすぎとは思うけど人を恨まないのは素晴らしいと思うわ」

 

 突然、奥の方から透き通るような声が届いた。それは、誰かの心に無意識にいすわり、そして追い出そうという気を失わせる。自然と溜飲が下がり、寝起きのようにゆっくりとした雰囲気が包み込み拳を握ることさえおっくうになる。

 種類は数あれど、まさに人の心を掴むカリスマを表す声だった。

 

 マシュに揺さぶられる感触と共に慌てて見やると、そこにいたのはマリー・アントワネットその人……そこになぜか片膝立ちをするランスロットだった。

 

「あら貴方は……」

「麗しの王妃。その見目を汚すような鎧を晒してしまった非礼を詫びさせて頂きたい」

「な、なんだ貴様!?」

 

 側にいた近衛のような男たちの1人がうなり声を上げるが、ランスロットは意を返さない。恐らく、彼らも今この鎧騎士の姿を見たのだろう。

 

「ふふ、なるほど。噂、というより想像通りというべきかしら。素晴らしいですわね」

「王妃の笑顔。それは大輪の花束を咲き誇らせ、太陽すら嫉妬させるでしょう。今この場においてその美しさを代弁させて頂いても?」

「ええ、でもどうやって?」

 

 すると、アホは鎧を一瞬で脱ぎ去りそれを壊す。鎧は用済みとばかりに抵抗なく斬り裂かれ、細かい粒子となり辺りに反射光をまき散らす。その下には湖の騎士に相応しい白を基調とした明るい鎧が……ってか鎧の上に鎧を着てたのかよ。

 

「アホだ……」

「えっ」

 

 モードレッドとリリィがどん引きの声を出す。だがそのパフォーマンス(?)に我らがお姫様はさらに笑顔を見せる。

 

「確かにこれは綺麗ね」

「お褒めに預かり恐悦の至り。王妃の美しさは我々騎士という存在をさらに華々しくさせるものです。私たちはその恩をこの剣と誇りにかけて返していく。……これはその証です」

 

 と言って、バカはマリーの手を取ってその甲にすっと口づけをする。理想の騎士の想像するイメージ通りだが、忠誠誓ってるお前がやってもええんか……?

 

「き、貴様ァ。こんなことしてタダで済むと……ヒエッ」

 

 近衛が恐怖したのはそこにいる騎士ではなく鬼がいたからだ。

 マリーの声で弛緩した雰囲気がそこだけには伝わっていない。歩く度に大理石の床に物を砕くかのような怪音が響く。ゆらりと不規則な歩き方をする彼女はそれでも首だけを下げ、肩と腕を強ばらせている。空気すら怯えるのか微かな冷気すら感じ、産毛が立つ。

 

なにかと湖の騎士だけには厳しい彼女。不思議と触れるのが怖いのに、触れてしまいそうになるぐらい心配させるのは俺がこの後の未来が分かるからだろうか?

 

 マシュは彼女以外時間がとまった世界を歩き、バカ親父の前に立つ。そして盾を持ち上げて、それを回転させる。驚くべきことに先が見えないぐらいの高速回転なのに、音がでてない。

 

「おおお、落ち着こう、まずは深呼吸から……」

「ではそちらは土下座からでは?」

 

 無慈悲な鉄槌は容赦なく当たり前に執行され、最強の騎士は無様に土下座するハメになった。

 

 

 

「で、先輩も知っていたんですね」

「ああ。そう、なるな……」

「まったくそろいもそろって……狂化したフリなどしても私と会話できるわけないじゃないですか」

「いやー、そうなんだけどホラ、マシュが怒るだろ?」

「なにを言ってるんですか。事実をいってるだけですよ。それで相手がへこたれるなら非があるのはそちらです」

 

 いつも通りのキチンとした口調で容赦ない追い打ちをかける我が相棒。メンタル弱いコイツはそれが一番効くのに……

 ダウィンチちゃんがいれば少しは違うのだろうが(ちなみにダウィンチちゃんが協力していたこともバレた)、少し俺が無力感を感じてると、マリーが笑いながら俺たちの会話に割り込んだ。

 

「ウフフ。やっぱり面白いわね」

「事情、知ってるんですね」

「ええ、これでも私サーヴァントだから」

 

 なんでもサーヴァントとしての知識や能力を授かった状態なのだという。ここは紛れもない18世紀フランスで生前の時代だと言うのに。

 近衛は追い払って俺たちだけにしたマリーは俺たちを控え室に運んだ。それでも金がそこらに装飾されたとてつもなく広い部屋で、マリー以外はほとんど入ってこれないのだと言う。

 

「ここなら大丈夫よ。私としても今の状況は変えたいわ。未来が分かるというのは良いことばかりじゃないから」

「貴方の未来は、私と同じ滅びの道だからですか?」

「そうね。実感は沸かないけれど。そこの騎士の姫さまも同じじゃない?」

 

 リリィは少し考えて、うなずく。

 未来を知るサーヴァントにとっても、絶望はそれを超えたものにしか分からないものなのだ。

 

「それで、心当たりがあるのか、ここから出る」

「ええ、そうね。私がこの状態になったときに突然匿って欲しいという人が現れたの。話から貴方たちとも関係があると思うわ」

 

 地下水路から出てきたんでしょ? と確信した呟きを出したマリーに俺たちは驚く。間違いない、その匿った人物があのメローラという女とも関係している。いや、メローラ本人かもしれない。

 

「そうだよなぁ、アレぐらいでくたばっちまったらオレが困る。アイツはオレを侮辱した罪で首を刎ねなきゃならねぇ」

「そのような罪があるなら、この世界は罪人だらけだろう」

「んだと」

「お前が関与する人間でお前の罪に引っかかり続けない気丈な人間がいるとは……」

「うるせぇ、二股変態野郎」

「なっ、誰が二股と」

「じゃあ、人妻好きとでも言ってやろうかぁ!?」

 

 ヒートアップする2人を尻目にリリィとマシュが止める。マシュは一方的な制裁であることには目を瞑るとしても、主戦力の2人がこれでホントに大丈夫かな。

 

 

 

 匿っているという人物は王妃の寝室という場所にいるという。確かにそれなら王様も入って来られはしないだろう。

 と、そこで突然回線が開き、ロマンが飛び出してきた。

 

『大丈夫かい、状況は?』

「全員ほぼ大丈夫。ただランスロットが……」

『ダウィンチから聞いたよ』

「じゃあ、ダウィンチちゃんは……」

『ほとぼりが冷めるまで連絡は控えるってさ』

「…………」

『そういう人さ、彼女は。ところで観測地点は18世紀フランスのベルサイユ宮殿。マリー・アントワネットとルイ16世の最盛期。それでいいかな?』

「ああその通り。なんでかマリーがサーヴァント化してるようだけど」

『前回といい、今回も裏で手を引く者がいるみたいだ。こちらもなんとか観測してみるよ』

「頼む」

 

 それを機に一度回線が切られ、俺たちは寝室の前へと到達した。

 

「それで、匿っている人ってメローラって人?」

「うーん、多分貴方たちが地下水路で会った人とは別人だわ、ルイズは」

「る、ルイズ?」

「ええ」

 

 そういってドアを開けて入ると、そこには確かに騎士ではなく姫がいた。

 弓を背中にかけて、1人本を読んで佇む。光に反射して舞っている埃さえ、彼女を歓待する花吹雪に見える。その薄く開けられた瞳とどこまでもなめらかな生地のような肌が薄幸を連想させる。

 すぐにでもランスロットが口説きそうな雰囲気をもってるので慌てて探すと、案の定そちらへと向かっていた。

 

「失礼、貴方が」

「二度はさせませんよ」

 

 マシュの盾がランスロットの身体を数度叩く。軽そうな動きだったが、空き缶がへこむような音とランスロットが口説きをやめて顔を歪ませていることから、その攻撃力はお察しである。

 

 そんなどん引き光景を見ても、姫は一向に我関せずといった趣で本をゆっくりと閉じる。

 立ち上がり、ふらつきながら前へと進む。

 その一歩が踏まれる度に誰もが彼女へしか視線を向けなくなる。

 手を出したくなるが、なぜだろうか。マシュとは違い気丈とも言える気迫がその身体から溢れ出ていた。

 

 ついにランスロットが前にたった時、ランスロットの表情は歓喜ではなく、微笑みでもなく、まるで自分が体感してきたかのような、恐怖だった。

 その青く、蒼く、碧い瞳で1人の騎士を飲み込みながら彼女は呟いた。

 

「私の名はルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。ランスロット卿、貴方の愛は砕けましたか?」

 




ルイズは桃色髪でもなくツンデレでも(多分)ないですが、実在します。

あ、あと騎士の手の甲の口づけって親愛というより尊敬とかの意味があるそうなので……う、浮気じゃないよ(説得力ZERO)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 虚ろな姫

エタってしまいました……

パソコンやらスマホが同時に壊れてしまい、直ったらFGO最終章で有頂天になりながらも、章が終わって、アイツがいなくなったのに、それでも続ける意味あるのかなぁ……とやる気を削がれたしまいました、というのは言い訳ですね

一応、キャラそれぞれの過去編みたいな体で、もうちょっとだけ続けてみます。
暇があればご一読ください。


 かつて、太陽に愛された。

 それは彼女にとって誇りではなく、さりとて当然というわけでもなく、ただ感謝すべきものであった。そしてそれこそが愛された理由でもあった

 

 

 天上の下で這いつくばる存在は気まぐれに振り回される運命。

 それを知らない彼女ではなく、故に彼女は静かに叫ぶ。

 

 懺悔と、糾弾と、贖罪。

 

 私の罪は、太陽にいつ届く?

 

 

 

 金で装飾された椅子が揺れ動いたのが、心臓の早鐘を動かす。ランスロットは少なくともそう感じるほどに、周りの音が聞こえなくなっていた。

 原因は考えるまでもなく、目の前にいる金髪碧眼の絵画の女だ。

 

 ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。

 

 ランスロットに限らず、過去の英霊は未来の情報を基本的に聖杯が与える「常識」から学んでいるので、そこまで詳しい歴史観を持っているわけではない。

 彼女のことも分からない歴史の1つだ。だが、それでも分かる。

 

 彼女は似ている(・・・・)。己と国と我らが王を滅ぼした、なに者よりも儚い彼女に。

 

「ルイズ……やっぱり出てこないんだけど、マシュ先生」

「いえ、先輩が知らないのも無理ないです。なぜなら彼女は教科書程度には載らない人物ですから」

「お姫様なのに?」

「世界中の全ての時代の姫を書いてたら教科書が厚すぎて本になりませんよ。……ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールはかの太陽王、つまりルイ14世の見初められた妾。地方貴族から王族の姫へと躍進した数少ない女性です」

 

 妾。妻が複数、もしくは身分の差がある場合に行う男女の愛し方。今では男女差別の象徴の1つだが、いつかは普通に存在して、誰もが当然にしていて……そして人を引き裂いていた。

 俺が返しあぐねていると、マリーが助け船をくれる。

 

「私の時代でもここまで特殊な出自はないわ。それだけ珍しく、そしてそれを勝ち取る天性があった証。私から見ても美しい方だと思うけれど」

「良く言えば、落ち着いている。悪く言えば、花瓶のよう。美しく言えば、儚い。醜く言えば……萎れて枯れている。そんなことでしょうか」

 

 私の評価は。と呟きをもらしたルイズは椅子の背もたれの装飾を指でなぞる。それは思わずピト、と吸い付く擬音が奏でられるほどに、ゆったりして流暢で繊細。

 見る人を無言で吸い付けて彼女は再び口を開いた。

 

「あまり過去は言いませんが、有り体に言えば愛を捧げた方に拒絶されてしまったのです」

「それを私に……?」

「いえ、本題ではありません。愛は有限であり期限があります。殿方に言わせればリミットがあるゲームというところでしょうか。私はそれをとやかく言うつもりはありません。妾の分を弁え、常に懺悔してこの命を終えました」

 

 その瞬間、ランスロットが膝を落とす。それは求愛とかナンパとか騎士の誓いとかそんなものではない。

 ただ、ひたすらの闇。愛に生き、愛に折られ、愛に殺された男にとって同じ境遇で受け入れた人物は鬼門でしかない。

 

「ランスロット卿?」

「あ、貴方の願いはなんであれ、私の力では遠く及びません。既に貴方は私よりも罪に向き合っている」

「向き合うなどしておりません。己を責めているだけ。終わった愛を貫く恋のまがい物を繰り返す私には『愛』そのものを理解できなくなったのです」

「愛……それを私に、聞くために…………」

「はい。望んだ愛を拒絶され、望まれた愛に応えた貴方。私よりも過酷です。貴方が最後にしたという懺悔を聞きたいのです。それを聞けば、私も分かる。…………愛を捨てるべきなのかどうなのかを」

 

 ランスロットはなにも口を数回陸に上がった魚のようにパクパクさせて、結局音にすらならない吐息しか出せなかった。

 

 愛を捨てるか、否か。

 きっとそれは、懺悔に疲れたなどという、くだらない理由ではないはずだ。

 自分の勝手を通り越して貫く、終えられた愛。お互いが受け取らなければ、名付けることさえできないものだと彼女は言う。

 

 もう誰も求めないこの思いを失わせるために、愛を懺悔した男の言葉を聞きたいのだという。

 

 膝が石像になったかのように動かない。いや動かせない。きっとこのまま動けば騎士でありながら理性を失い、セイバーでありながら狂化してしまう。

 なにも考えず、怨嗟を振りまく獣になる。

 

 その恐怖がランスロットを石像へと変えていたが、姫はいとも簡単にさらなる呪いをかける。

 

「貴方の懺悔を言葉にしろ、などと言うことはありません。私程度ですら懺悔の言語化などたどたどしくて、実際の状況でもなければ伝えることもできません」

「だから英霊として召喚されているわけね」

「はい、マリー。メローラさんと同じ、呼ばれてから待った甲斐があります」

「呼ばれ、って誰か君を召喚したのか!?」

 

 話を中断してまで俺は入ってしまう。まさか彼女たちの上に誰かいるというのか。

 ルイズは首をふる。それは細かいことは教えないのか、ただ関係がないのか俺には判断出来ない。なんにせよ、彼女の反応はそれきりで、姫の指は肩かけていた弓の弦を弾く。

 

「私の宝具がランスロット卿の心を映します。少なくとも貴方の思いが断片ながら伝わると思っています。他の方々の妨害も気になりませんし、メローラの希望も聞けます」

「アイツの希望?」

「貴方が……モードレット卿ですね。彼女は貴方との対面を望んでいるそうで、私の宝具はそういった分割は得意です」

「ヘェ……いいぜ、その提案乗った。要はオレとコイツにそれぞれタイマンで用があるってことだろ?」

 

 モードレットは要約し、俄然剣を嬉しそうに構える。侮辱された誇りを1人で挽回するチャンスだからだ。

 マシュが俺を心配そうに見る。このまま任せれば完全な分離状態となり、手出しができなくなる。

 相手の宝具の程度によるが、数的有利を手放すのは指揮役として失格者だろう。

 

「2人とも。生きて帰ってくること」

「先輩!?」

「マスターさん、どうして?」

 

 マシュだけでなく、リリィもまた疑問の声を上げる。2人とも俺が否定した理由は分かっているはずだ。だがそれでもしなくてはならないことを優先しようとしているのだろう。俺にだってそれくらいは分かる。

 

「俺には正直知らないことのほうが多いけど、必要なんだろうよ。英霊の『あり得ない成長』のために」

「あり得ない……成長」

「終わったはずの彼らが壁を乗り越えること。忘れてしまうけれど、それでも超えた事実があるならそれは変わらない。そして、超える壁は1人でないといけないんだ」

 

 それは例えるなら決して届かない高さの幅跳びだろうか。

 何度も何度も試して絶望して、それを繰り返す。自分にはできないと納得するまで、それは永遠に終わらない。

 諦める勇気を作るまで、叶える覚悟を持てるまで、英霊は召喚され続ける。

 それを叶えるのは今だ。

 

 マシュもリリィも無言で頷いた。

 了承を感じたルイズは、目線を湖の騎士へと戻す。膝は無理に振るわして立つ子鹿のようで、伏せられた目の奥を見ることは出来なかった。

 

「それではよろしいですか」

「…………はい」

「いつでも構わねぇ」

「では、宝具――――最後に謳うは愛と罰(フランソワーズ・ド・ラ・レネット)

 

 姫の言葉を伝える空気が闇へと染まり、それを見た瞬間世界は是正された。

 誰もが思う、地獄へと。

 





ルイズ……どうあってもあのピンク髪ツンデレしか浮かんでこないけど、史実だと優しくてコミュ力高くて、話してるだけで和やかになれる話題が豊富な女性だったとか。

真逆すぎるw

共通点といえば、男側がモテモテで迷惑被ってたぐらいみたいです。なんというか王様とか英雄の妻って大変だ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 最も脆い騎士

見れば見るほど情けなくて、悲しくて、脆い騎士ランスロット。

でも円卓1人間臭いです。ZEROでもマスター同様、一番常人(豆腐)メンタルだったかも。


 派手な催しがあり、絢爛な衣装が振り向かれ、そして醜悪な笑顔があった。

 ランスロットは知っている。

 これは王とその家臣たる貴族たちによる祭り。

 歓喜と絶望。打算と狂気。怠惰と野心。全てが集まる場所だ。

 

 彼もまた王に忠誠を誓う円卓の筆頭の1人として、このようなパーティーに参加していたこともある。

 しかし、このような場所を夢想したことはあまりない。

 これが自身の心を写した場所だと言われると、いささか首をかしげる。

 

 ふと、人だかりがとある一点を囲うように集まっているのに気づく。

 年も、性別も、恐らくだが階級の差関係なく、集まる人は呟いていた。

 

「彼女が……」

「ええ、甘言で騙したとか」

「たかが下級の娘が、なんておぞましい」

「いえいえ、アレは足を引きずるような醜女ですからなぁ」

「私は当時からあんな売女にだと反対でしたよ」

 

 口々に零れるのは怨嗟と侮辱のみ。

 それらは公の今でこそ小鳥のように囀るだけだが、巷や私生活で激流のように喧伝されているに違いない。

 他者を、蹴落とせる敵であれば殺す。それも自らの手を汚すどころか、なんの落ち度もないように見せかける。

 社会が時折見せる悪夢だ。

 

 ランスロットはすぐさま、その集団をかき分ける。

 しかして、その中心の光景には彼の想像よりも人数が多かった。

 背筋を自然と伸ばし、しかしていつ消えるとも分からぬ薄明かりを連想させる憂いの表情。ルイズの前には恰幅の良い男とそれに控える女豹の女がいた。

 男の装いや纏う王の気質。それを喰い潰さず、むしろ追随し、しかして圧迫感は残す。王妃の鏡のような女。

 

 ランスロットは直感する。この女の下にある闇は魔女のそれだ。時代が時代ならモルガンのような力を持っていたかも知れない。

 背筋が凍るような思いで見つめると、女は小鳥がさえずる姿を可愛がる少女のように、にこやかに笑った。

 王も首を一瞬落とすが、顔を上げる頃には朗らかに笑い、ルイズの腰を抱く。それは親愛や愛情と言うより、謝罪や弁明のような意味にとれた。

 でなければ、抱く男はあれほどまでにつまらなそうに、抱かれる女はこの世の終わりのように瞳を潤ませるはずがない。

 男は女と共に去り、消えた。

 群衆も消え、宮殿も消える。

 すると生えてきたのは鉄の柱の森。空は低い木になり、光は薄まり、静寂が絶望を告げる。

 監獄へと変貌した風景が完成したとき、ランスロットはルイズに訪ねた。

 

「これが貴方の心なのですね」

「ええ、その通りです。私の説明では不足かと思いまして、私を例にしてみました」

「そんな、理由で……」

「構いません。むしろ私にとってこの思い返しは懺悔なのです。この監獄のような修道院で消えるあの日まで、ずっとずっとずっと繰り返し見ていました。人が罵り、王妃が見下し、王が私を見限るあの光景を」

 

 ルイズは目を瞑る。

 何度繰り返そうと、心の曇りは晴れない。当たり前だ。晴れるということは、思い返さず記憶を薄れさせる以外ないのだから。

 

「身を引き裂かれるように苦しみ続けて、貴方はなにを得るのですか?」

「なにも。だから終わらせたいのですよ、誰も求めていない愛を。そのために貴方に来て頂いたのです。王道の騎士。見せてください、愛の神髄とはいかなるものかを」

 

 呟いたと同時に、ルイズは消え去り、監獄も白色に覆われ消えた。

 色が徐々に世界の輪郭を取り戻した時、ランスロットの瞳に映ったのは、この世で最も会いたくない女だった。

 

「ぎ、ギネヴィア様……!」

 

 女は答えない。ただ、少し顔を傾け手のひらを差し出す。

 隠された表情が笑うとき、ランスロットはここが地獄への入り口だと理解した。

 

 

 

「受け取ることがなぜ、出来ましょうか。私が犯した罪がその手をとることは永劫ありませぬ」

 

 ランスロットは断言した。その瞳は王妃を写さない。見ないと律しているのではない。恐怖しているのだ。

 己を、国を、そして自分自身も破滅させた少女。どの騎士からも賞賛されながら精錬で強い魂を持たなかった騎士。

 誰もが理解しなかった脆い心を吐露したのも認められたのも彼女だけだ。

 だからこそ受け取れない。この手が導く先は地獄しかないと知っている。

 

「後ろです、ランスロット卿!」

 

 いつの間にか見ている地面は草原になっていた。

 顔を上げると境界の半面を緑の大海原が覆っている。

 だが背景のようにぽつん、と主張するように建っている城があった。知っている。あの城は恐ろしいほど知っている。その名に違わずアーサー王からの猛攻を防いだ悪鬼鳴る城。そしてランスロットが立て籠もって、謀反を証明し、国を分けさせて、全ての人生を変えた……

 

「ランスロットぉおお!!」

 

 声では無く気迫がランスロットの手を動かした。

 回転と同時に煌めいた剣は太陽を背にした剣と火花を咲かせる。

 もしありえないことではあったが、声で反応していたら途中で手を止めていたであろう。愛した王妃の危険を知らせる声と、斬りかかる親友であった男の殺意ある声。この2つの声を聞く度に、重力に敗北するように押しつぶされるからだ。

 

「ガウェイン卿……」

「此度は言葉で決着をつけに来たのではない。剣により、技により、武によってのみ、貴様を斬りに参った!」

 

 ああ、これは記憶だ。

 ルイズが言っていた通りだ。懺悔するためにこの宝具はある。つまり自身で最も思い出したくない記憶を繰り返すことで、心を摩耗させ、封じて忘れさせるのだ。

 淑女を通り越して死神だ。いや、彼女自身が魂の死を繰り返しているのだから亡霊なのかもしれない。

 太陽の影で黒く染まったガラティーンは振るわれるだけで炎のような熱き烈風を生み出す。しかしその、烈風も雲にまで届きそうな旋風が穴を開ける。太陽の力が加わった恐るべき怪力でも、繰り出される度に絹のようにひらり、と躱して流す。

 

 彼の正当な怒りと憎しみすらランスロットは黙って受けられない。それはきっと恐怖や離反の覚悟、ましてや死の恐怖などでは決してない。

 ただ、どんな形であれ愛しているのだ、そしてまだ愛していたいのだ、王妃を。

 なんと弱いことか。私は未だに私を罰せられないのだ。

 

「申し訳ありません。貴方の、私が認めた円卓の罪は私の罪です」

 

 ガウェインが消えた。ギネヴィアが消えた。いや必要があればまた出てくるだろう。

 そうではない。今目の前にいるのは。

 

「ランスロット卿。私は貴方を裁ききれない。同時に私の愚かさも。だから……」

「いえ、違います我が王よ! その聖剣で我が悪しき首を断てばよろしい。貴方の手ならば納得します。悪しき憐憫など忠義が打ち倒します! ですからッ……!」

「ありがとう。こうなる運命だったのですね」

 

 我が王は、アーサー王は今にも涙をこぼしそうな悲しい瞳をしていた。

 ランスロットは王の子ども時代を知らないが、きっと悲しんだときはこんな風にこらえたのではないのか。

 記憶にない。こんな王の顔は見たことがない。どうなっている。なぜ、王は自信の首に剣を押し当てている!

 

「お止めください! 何を……」

「終えましょう、なにもかも」

 

 少女にしか見えないか細い唇が唱えたとき、ランスロットを含んで斬撃の光が2人を飲み込んだ。

 

 そして理解する。また繰り返すのだと。湖の騎士が「王への忠義」という心を忘れるまで。この地獄の愛は繰り返される。

 脱する方法はただ1つ。

 犯した罪たる愛に、決着をつけることだ。

 




うむむ、自分で作っといてなんですが、ルイズの宝具むちゃくちゃシェイクスピアっぽいですね。

ただ、彼女の宝具は一番大切な記憶(感情や願い)を想像できる範囲内でトラウマに変えて忘れさせる、というモノ。
簡単に言えば、忠義が大切ならそれを破るイメージを、愛する人ならばその人が死ぬイメージを永遠と見せつけて懺悔させるって感じです。

忘れる頃にはきっと廃人かそれに近いものになっているでしょうね。むしろタチ悪くなっとるかw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 襲来

遅れながらも、なんとか投稿。

というか同列進行だから、中々進まないですね……


 夕日の赤は何を想起させるだろう。

 それは青春だったり失恋だったり、あるいは望郷かもしれない。

 モードレッドにとっては血だった。それも滴るような鮮血では決してない。留まること無く流れ出た命の灯火。それが赤黒く固まった冷たい血。

 自身の最後の戦場は夕日の下でそれに地面が覆われていた。誇り高き騎士たちの骸の山。その上で剣を突き立てる王。それは凱旋に酔いしれるのではなく、心を凍らせるため。

 その光景は叛逆の騎士にとって忘れられない世界だ。

 

「さすがにこの光景は貴方の心でも思うところがあるようですね」

 

 言葉を返すこと無く振り返る。その先には会いたい敵がいて、見たくもない顔が目に入る。

 メローラ。

 アーサー王の娘云々が嘘だということがバレていることは知っているのだろう。でもなければ、その明らかな茶髪の髪を堂々と出しているわけがない。

 

「単刀直入に訊くぜ。お前の目的はなんだ?」

「……私はただ聞きたいだけなのです。この惨劇がなぜ起きたのか」

「歴史家か何かか? ランスロットの馬鹿がやらかして、国が割れて、そしてオレが叛逆して……国が滅びた。それだけだ」

 

 モードレッドは切り捨てるように言う。彼女は起きたことに思うことがあるにしても、その事実を探求するような研究者目線の感情は持ち合わせてはいなかった。

 だがメローラはそれを否定するように頭を振る。

 

「私はそのような道筋を聞いているのではなく、ただ貴方の叛逆の意図が知りたいのです」

「なに?」

「私はかつてブリデンの騎士でした」

 

 その一言がモードレッドの呼吸を止めた。思考するまでもなく目の前の少女の真意にたどり着く。

 ブリデンの、王に仕えた、誇りある騎士。つまりこの女はこの丘で。

 

「1兵士で、地元で多少の冒険をした私は、後世の別の地方からの脚色で我が王の娘にして、ローランなどという騎士の嫁になったとされました。何一つ真実ではなく、この力も仮初めのもの。……でもこの恥ずべき力を持ってでも、この丘で死ぬまで王に仕え続けた1人の騎士として、どうしても問わなければならなかったことがあった……!」

「お、お前……」

 

 メローラは背中に差した槍を取る。その瞬間、槍は魔力を発露させ、騎士の髪は煌々と巻き上がる。

 夕日は永遠に下がらず、時が止まった世界で吹き荒れる嵐。それに呼応するように別の嵐が沸き立った。モードレッドではない、透き通るような心のない色の嵐。叛逆の騎士から見る倒すべき『心が分からない』王。

 

「父上!? ここはオレの世界じゃ……」

「貴方の世界だからこそです。大切なモノを忘れさせる宝具。……つまりこの世界は貴方に我が王を忘れさせる世界なのですよ。」

 

 モードレッドが遅まきながら剣を構える。だが、どうしたって笑ってしまうぐらい腕が、身体が、いや心が震えてしまっていた。

初めて敵を目の前にして、怒りでも、高揚でもなく恐怖を感じた。

 

「我が名はメローラ。叛逆の騎士の真意を知り、ブリデン不滅の栄光を。そう、歴史(・・)を変える者だ」

 

 その名乗りから戦争は始まった。

 

 

 

 一見なにもない空間にしか見えないが、よく見ると薄い膜のようなものが漂うに感じるのが分かる。これは現実の空間どうしの境界に穴が開いてる証拠、というのはダウィンチちゃんの言だ。

 

「恐らく固有結界の亜種の1つ。生前魔術師でもなく、強大な魔力も持たなかった一個人であるが、鉄の心を持って何十年もかけて編んだ心情の結界……ということですね」

『要約するとそうなるね。まとめありがとう、マシュちゃん』

「そこまでしてやることが大切な気持ちを忘れること、か。俺にはまだその気持ちを理解してやれないな」

「先輩、それは正常な感情だと思います」

「そうですね。精神性を無視して相手の感情に寄り添うことだけが優しさではないと私も思います」

 

 マシュとリリィがフォローというか、同意をしてくれる。

 基本的に一般的な日本人の生活をしてきた俺にとって過酷な世界で生きていた人への共感は難しい。だからこそ彼ら彼女らを『人』として見るのがマスターとしての役割だ。

 

「でもなぜ送り出してしまったの? 貴方の言い分も分かるけど、急ぎすぎだと私は思うわ」

 

 マリーが訪ねてくる。『2人なら帰ってくると信じている』だけじゃ、彼女は納得できなかったらしい。戦闘の要だった2人を共に敵地に送るのは確かにリスキーだ。現にあの時俺以外は反対の姿勢だったしな。

 

「俺がそれ以外を考えてると?」

「思ったわ。だってそのぐらい考えてないと、ここまでたどり着いてないんじゃないかしら」

「手厳しいな。俺が唯のバカの可能性もあるよ」

「ふふふ。お馬鹿さんなら底抜けたお馬鹿さんじゃないとダメね」

「誉めてるんでしょうか……?」

 

 マシュが真剣に考え込み始めた。こうなると彼女は他の考えを出すまで止まらない。仕方ないので俺は自分の考えを出すことにした。

 

「いや、さっきルイズたちが言ってたじゃん。自分たちは呼び出された、って」

「呼び出した人が分かったということですか!?」

「いいや、リリィ。それをここから見つけるために俺は戦うように言ったんだ」

「つまり、黒幕がこの戦いを見に来ると?」

「その可能性はあると思うんだ。前回のクリームヒルトに手を貸した人と同一なら目的はカルデアにあると思う」

「カルデアの殲滅でしょうか?」

「それなら直接殴り込みに来たり、俺を狙うと思うんだけど、そうでもないしね。もしかしたらサーヴァントの捕獲とかに目的があるのかもしれない」

『面白い意見だね。それなら接点がある他のサーヴァントを呼んでいるのも納得がいく』

「では今回はモードレッドさんとランスロット卿が目的?」

「いや、それだけじゃなくて……」

 

 

「不思議なことを言うのね。あの軟弱と捻くれの塊を欲しがるなんて」

 

 

 会話が途切れる。物理的ではない。かといって空気が一変して殺伐になったわけでもない。見える景色も変わらない豪奢な宮殿の部屋だ。

 なのに喋ることが死刑確定の罪であるかのように、恐怖が喉を凍らせている。

 魔術とは決して物理現象に干渉させる類だけではない。もっと原始的で誰にも見えない力で興す術もある。

 魔術とか信じてなかった時に聞けば、威厳とか格の違いとかで言い表すのかも知れない。

 それは相手を格上だと、自分は弱者だと立場を勝手に決めてしまう。

王の御前で跪く兵のように、鬼を前にした村人のように。

 

「お前がマスターか? 意外と可愛いじゃないか」

 

 魔女に騙される馬鹿のように。

 




黒幕の魔女の正体は意外とスパッと答え出します。
 
多分、あと2話ぐらいで(予定)


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。