仮面ライダーディスティニー (茜丸)
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人物&仮面ライダー紹介 『随時更新予定』

人物&仮面ライダー紹介

 

 

龍堂勇 (イメージCV 江口拓也)

 

 

年齢 16歳

 

身長 178cm

 

体重 63kg

 

 

 仮面ライダーディスティニーに変身する青年、本作の主人公。

 

 幼いころに両親を亡くし、それからは養護施設「希望の里」で育つ。

 高校入学を機に一人暮らしを開始して普通のスクールライフを送っていたが、施設の子供たちと一緒にその日発売のカードゲーム、『ディスティニーカード』を買いに行った際にエネミーの攻撃に遭遇、偶然が重なりあった末にギアドライバーを手に入れソサエティ攻略の名門校『虹彩学園』に入学する事になる。

 

 性格は明朗にして快活、すっきりとした考え方を持つ今どきの普通の高校生である。しかし、エリート揃いの虹彩学園、特にA組ではその性格は異端である模様で、早速ハブられてしまった。

 

 実は元々通っていた公立高校ではトップの成績であり、なかなかのイケメンであったが故に女子生徒のファンも多かった。急に退学と言う事になり、クラスメイト達は大いに困惑している事であろう。

 

 上記の通りA組の面々からは避けられているが、自分を何かと気にかけてくれるマリアと同じ仮面ライダーである光牙は例外、反対に櫂と真美とは相性は最悪である。

 

 なお、別学園の生徒からは非常に好印象。純粋な好意を向けてくれている葉月と強さを認めている光圀を筆頭にやよい、玲、大文字と大方の生徒からは優秀な人材であると認識され、信頼を寄せられている。

 

 

 

仮面ライダーディスティニー

 

パンチ力 8t

 

キック力 10t

 

ジャンプ力 一跳び28m

 

走力 100mを5.7秒

 

 

 

「運命の戦士 ディス」のカードを使い勇が変身した姿、黒を基調とした鎧に赤色が散りばめられている。

 ディスティニーカード第一弾のシークレットレアにして現段階では唯一の最高レアカードであるディスを使っているためその能力はかなり高く、勇の戦闘技術と相まって劇中最高峰の戦闘能力を誇る。

 

 戦闘スタイルは運命剣ディスティニーソードを使った接近戦を主体に攻めを重視したもの、所持しているカードは少ないが、勇の冷静な判断能力で的確なカードを使用して戦局を有利に展開する。

 

 必殺技はディスティニーソードにエネルギーを込め、敵を切り裂く『ディスティニーブレイク』とクラッシュキックを使用したキック技『ディスティニークラッシュ』、どちらも非常に使いやすく、オーソドックスな必殺技である。

 

 ディスは元々天空橋が開発していたゲーム『ディスティニークエスト』において主人公として扱われていたキャラクターであり、リアリティの一件によりお蔵入りになってしまったが、ディスティニーカード発売に際して天空橋が思い入れのあるキャラクターとして登場させたと言う背景がある。

 公式サイトではもう一人の主人公として扱われており、他のカードの絵柄を見て行くと、彼がどの様な旅路を送っているかを想像することが出来る。

 

 

仮面ライダーディスティニー ガンナーフォーム

 

パンチ力 7t

 

キック力 9t

 

ジャンプ力 一跳び30m

 

走力 100mを5.5秒

 

 仮面ライダーディスティニーが「運命の銃士 ディス」のカードを使ってフォームチェンジした姿。専用武器がディスティニーブラスターへと変わり、強力な遠距離攻撃を得意とした一撃必殺の戦闘を得意とする。

 

 身体能力はパワー面が落ちたもののスピードは上がっており、この機動性で有利な位置取りをしつつ銃撃を喰らわせると言う戦い方を展開する。

 

 ディスティニーブラスターは強力な一撃を放つブラスターモードと細かな銃弾を連射するマシンガンモードの2種類がある。勇は状況によって使い分けている様だ。

 

 接近戦用の武器を失ったので接近戦は苦手、その分遠距離戦ではかなりの戦力となる。必殺技は全エネルギーをディスティニーブラスターから放出するクライシスエンド。

 

仮面ライダーディスティニー サムライフォーム

 

パンチ力 9t

 

キック力 12t

 

ジャンプ力 一跳び28m

 

走力 100mを6秒

 

 仮面ライダーディスティニーが「運命の剣士 ディス」のカードを使ってフォームチェンジした姿。専用武器ディスティニーエッジはブーメランモードと二刀流モードの二形態に変形する万能武器で、遠近問わずに使用できる武器である。

 

 走力、ジャンプ力は下がっているものの武士の直感による相手の攻撃に対する瞬間的な反応は髄を抜いており、素早い剣劇戦は大得意である。また、パワー面も強化されており、武士の鎧の防御力はちょっとやそっとでは傷つかない。

 

 ファンタジー、SF、戦国……と様々な世界に合った姿に変わって来たディスティニーだが、まだこの先にも変身する形態はあるのだろうか?

 

 

仮面ライダーディスティニー マジカルフォーム

 

パンチ力 6t

 

キック力 8t

 

ジャンプ力 一跳び26m

 

走力 100mを6秒

 

 仮面ライダーディスティニーが「運命の魔導士 ディス」のカードを使ってフォームチェンジした姿。「宿命杖 ディスティニーワンド」を用いた遠距離戦闘が得意なフォーム。

 

 同じ遠距離戦闘が得意なガンナーフォームと比べると攻撃力と攻撃範囲は上昇したものの身体能力が大幅に低下しており、単独での運用が厳しいフォームとなっている。

 

 最大の特徴は二枚の魔法カードを融合し、強力な一つの魔法として発動できる能力「マジカルミックス」。属性付加系のカードを使う事で二属性を併せ持った魔法が使用可能となる。

 

 仲間のフォローが必須で遠距離攻撃以外は絶望的とピーキーなフォームだが、ソサエティ攻略に役立つことは間違いないだろう。

 

 

仮面ライダーディスティニー セレクトフォーム

 

 

パンチ力 35t

 

キック力 50t

 

ジャンプ力 一跳び60m

 

走力 100mを4.0秒

 

 仮面ライダーディスティニーが「運命乃羅針盤 ディスティニーホイール」と4枚のディスのカードを使って強化変身した姿。

 今までの変身と異なり、1枚ではなく4枚のカードを使っている分、能力が向上している。

 ディスティニーホイールがドライバーと同様のカード使用による負担を請け負っている為、オールドラゴンと違って勇には負担を与えない。

 初期レベルは80で、ここからレベルアップを重ねることでMAXレベルの99に到達することも可能。魔王と戦える可能性を秘めた姿である。

 

 

 最大の特徴は4つのディスティニーのフォームの武器を強化した状態で呼び出せる「ディスティニーチョイス」。これにより、今までの形態の武器をより優れたスペックで使用することが出来る様になった。

 呼び出し方はディスティニーホイールを回転させ、そこにセットされたカードの中から呼び出したい武器を選んでレバーを押し込む。その際、<チョイス・ザ・○○>と言う電子音声が流れる。

 

 イージスオールドラゴンよりはスペックが落ちるがあちらと違ってデメリットや制限時間も無く、他のカードも自由に使える為、総合的にはこちらが強い。

 文字通り虹彩学園及び人類の切り札として君臨するフォームである。

 

 

 

 

相性

 

 前述の通り、櫂の変身するウォーリアとは最悪の相性。組む気がこれっぽっちも起きない二人である。

 光牙とは多少なりとは連携を組むものの、やはりぎくしゃくとしたものとなりやすい。

 

 勇の最高のパートナーは謙哉である。出会って間もないものの連携を完璧にこなし、お互いにフォローをこなす黄金コンビ。しかもこれからまだまだ磨きがいがある。

 

 基本スペックが高く勇の性格も良い為、組もうと思えばどんな相手とでもそつ無く連携を取る事は出来る。

 

 

 

 

 

 

虎牙謙哉(イメージCV 興津和幸)

 

年齢 16歳

 

身長 180cm

 

体重 64kg

 

 

 

 仮面ライダーイージスに変身する青年、2-D組の生徒。

 

 A組からハブられた勇と仲良くなったことから接点を持ち、後に彼からギアドライバーを貰う。その後は勇の頼みである一緒に戦って欲しいと言う願いに応えるため勇の良きパートナーとなる。

 

 性格は温厚にして友好的、友達を大事にし信頼を裏切る事は絶対にしない心優しい人間である。その為、クラス内外問わず友人は多い。D組の面々も彼がドライバ所持者となった事を素直に祝福した。

 

 今は寮生活をしているが家族は健在、弟と妹が一人ずつ居る。良き兄であり、良き息子である様だ。

 

 精神面が危うい玲を心配して彼女とチームを組む事を決意する。たとえ彼女から憎まれたとしてもいつか彼女自身が笑える未来が来るならばそれで良いと考えている。

 

 子供のころにとある人物とした約束から、誰かの笑顔の為に頑張る。という信念を持っている。

 

 悠子との関わりとエンドウイルス絡みの一件を経てついに玲と和解、彼女から好意を寄せられる様になる。ツンとデレの波状攻撃に翻弄される彼の明日はどっちだ?

 

 

仮面ライダーイージス

 

パンチ力 9t

 

キック力 12t

 

ジャンプ力 一跳び25m

 

走力 100mを6秒

 

 

 

 謙哉の変身する仮面ライダー、使用カードは「護国の騎士 サガ」、レアリティはウルトラレア。

 入手法が少々特殊であったが、本来のディスティニーカードの第一弾にも収録されているカードであり、正統派騎士のカッコいい絵柄と強力な効果から人気の高いカードである。

 

 姿はコバルトブルーの鎧を着たいかにもな騎士、分かりやすく言えば目の部分が無い仮面ライダーブレイブ。今の所唯一ギアドライバーの音声から名前を取っていない仮面ライダーである。

 

 戦闘スタイルは左腕に装備された盾、イージスシールドを使った防御重視の着実に攻めて行くスタイル。ディスティニーよりもパワー面に優れており、こと防御力においては右に出る者はいない。

必殺技はイージスシールドに受けた衝撃を光線にして発射する『コバルトリフレクション』、技の性質上どうしても長期戦になりがちであり、やや使いづらいと言う欠点がある。

 

 一対一よりも誰かをサポートして戦う事の方が得意であり、攻め気の強い勇とは相性が非常に良い。その他、遠距離攻撃が出来るライダーが現れればその人物を守りながら戦える為相性は良好と言えるだろう。

 

仮面ライダーイージス ドラゴナイト

 

パンチ力 11t

 

キック力 15t

 

ジャンプ力 一跳び25m

 

走力 100mを6秒

 

 イージスがドラゴンワールドで手に入れた『サンダードラゴン』のカードを使い龍の力を得た事によって変身した姿。サンダードラゴンのドラ君の力を得た事によって攻撃に雷属性が付与される。

 

 専用武器の「雷竜牙 ドラゴファングセイバー」はディスティニーのディスティニーソードにも負けない切れ味を誇り、雷属性も相まって有利な敵には圧倒的な戦闘力を発揮する。

 

 イージスシールドがドラゴンシールドへと変化した為『コバルトリフレクション』は使用できなくなったが、新たに出現した5枚のドラゴンウェポンカードを使う事によって多彩な技を発動するため使い勝手が増したフォーム。スピードは下がらずパワー面が増強された事もあり、純粋な強化形態とも言える。

 

 余談だがこのフォームが出た事によってウォーリアはパワー面最強の座から転げ落ちる事になった。櫂は泣いても良い。

 

 

仮面ライダーイージス オールドラゴン

 

 

パンチ力 44t

 

キック力 62t

 

ジャンプ力 滑空しているので無限

 

走力 飛行速度ならば100mを3.0秒

 

 

 仮面ライダーイージスがドラグナイトモードになった際に出現した5枚のドラゴンのカードを使用して変身した姿。

 キャラクターカードではなくモンスターカードを使っての変身なのでレベルは存在しない。どちらかと言えばエネミーに近い存在である。

 

 牙、爪、息吹、翼、尾の5枚のドラゴンカードしか使用出来ないもののその強さは絶大であり、魔人柱レベルの敵を軽くあしらうことが出来る。

 ただし、本来ドライバーが緩和出来るカード使用の負担領域を完全にオーバーしている為、謙哉の体にはかなりの負担がかかる。そのため変身時間は持って5分、それ以上の変身は謙哉の命に関わる。

 また、必殺技の発動にも相当の負担がかかる為、多用は厳禁。強力であるが故に大きなデメリットも存在する諸刃の剣と言えるフォームである。

 

 

 

仮面ライダーイージス オリジンナイト

 

 

パンチ力 58t

 

キック力 90t

 

ジャンプ力 一跳び75m

 

走力 100mを3.0秒

 

(全て初期値)

 

 

 仮ディスティニーカード第三弾のシークレットレア『創世騎士王 サガ』のカードを使用して変身したイージスの最強形態。レベルは上限値である99を超えた100レベルであり、魔王たちのレベルを超えている。これは、『創世騎士王 サガ』のカードの中に『サガ』自身のデータが融合したことと謙哉が『王の器』を入手したことと関係していると思われるが、実際の理由は不明。

 オールドラゴンを超える戦闘能力や利便性を持ちつつ、デメリットは排除されている。これにより、謙哉の生命の危機は消え去ったと言って良いだろう。

 

 『王の器』を入手したことにより魔王同様の特殊能力を入手することとなった。謙哉が得た能力は『守護』。謙哉及びサガの周囲で誰かが傷つけられようとする(攻撃や何らかの効果の対象になる)と発動する効果で、その人物が謙哉とサガにとって大切な人物であるほど、彼自身の能力が上昇する。対象の数には制限はなく、広範囲攻撃によって大量の人物が危険に晒されればかなりの能力上昇が見込まれる。

 なお、個人で最高の能力上昇を得られる対象は当然の如く玲。変身している場合、サガの想い人であるファラも対象となる為、相乗効果で能力が倍増する。玲が狙われた場合の能力上昇値は、2倍×2倍の4倍にもなる模様。

 

 そのほかにも『弱点属性無し』、『一定の力量を持たない相手を戦闘から排除』等の効果を持ち、使用武器である『創世騎士槍 サーガランス』には『敵の防御効果を全て無効にする』効果もある。全身を包む鎧『オリジンアーマー』には『イージスシールド』が有していた攻撃の衝撃を蓄積する効果もあり、このダメージ吸収量によって『サーガランス』の能力が解放されていく。封印が解放されると鎖が取り外され、それによって強力な必殺技が使用可能となる。当然、それまでに吸収したダメージは必殺技の威力に上乗せされる。なお、これらすべての能力は無効にされない。

 

 攻撃、防御、そして特殊能力と全ての能力が規格外の力を持っているオリジンナイト。相性が良かったとはいえ、エックスを一方的に倒したその力に疑う余地は無いだろう。総じて、長時間の集団戦に置いて力を発揮する形態だと言えるが、十分に一対一の戦いもこなせる。なにより魔王にトドメを刺せる唯一の存在と思われる為、これからの戦力の中核を担うことは間違いない。

 

 

 

 

相性

 

 上記の通り勇とは最高の相性、水と魚、マリオとルイージ、吉田沙保里にレスリングのリングと言う感じ

 

 また、謙哉の協調性の高さからどのライダーとも連携が可能。光牙や櫂の他、ディーヴァの3人ともその気になれば連携は可能である。

 

 なお、サポートが得意と記したが単体での戦闘能力が低い訳では無く。むしろ一対一なら最強に近い。

 

 玲の変身するディーヴァγとも相性は良い。玲が協力する姿勢を見せるようになったため、非常に良好なチームワークを取れるようになった。

 

 

 

 

 

 

白峯光牙(イメージCV 宮野真守)

 

 

 

年齢 16歳

 

身長 175cm

 

体重 58kg

 

 

 

 

 仮面ライダーブレイバーに変身する青年、A組の中心的存在の一人。

 

 幼稚園時代から英才教育を受けており、学力、身体能力共に高い。真美と櫂とはそのころからの付き合いである。

 

 世界を救う勇者となるために努力は惜しまないがやや周りを見る能力に欠けており、周囲の人物に自分の意見を押し付けがちである。

 

 優男的風貌と性格、成績ともてない要素が無く、虹彩学園一の人気を誇る。でも彼女は居ない。

 

 幼いころに自分を庇って犠牲になった父への思いから「世界を救う勇者になる」という覚悟を固めている。その為自分の行動を正しいと正当化する癖があり、それを指摘されないまま成長してしまったためにその欠点に気が付くことが出来ないままでいる。

 

 悩んでいた自分を励ましてくれたマリアに好意を抱いているが、そのマリアは勇に淡い感情を抱いており、その事をまだ気が付いてはいない。

 

 ガグマとの戦いに敗北し、その中で櫂を失ったことやマリアが勇に味方して自分を否定したことに大きなショックを受けた結果、マリアを崖から突き落とすと言う暴挙に出た。

 現在は記憶喪失になったマリアを今度こそ自分のものにすべく行動を続けており、性格も大分変わっている。

 

 

 

仮面ライダーブレイバー

 

パンチ力 6.5t

 

キック力 9t

 

ジャンプ力 一跳び26m

 

走力 100mを6秒

 

 

 

「光の勇者 ライト」のカードを使って光牙が変身した姿、銀色の鎧に羽の意匠がある兜、太陽のマークが刻まれた胸当てを装備している。

 

 レアリティはウルトラレアだが同格のイージスと比べてもやや低い位のスペックである。これは、ライトのカードがストラクチャデッキのカードである=誰でも手に入る価値の低いカードである事が原因であり、虹彩学園の擁する仮面ライダーの中では最もスペックが低い。

 

 しかし、それをカバーする光牙の戦術があるためそこまで問題にはなっていない。逆に戦闘経験の少なさが足を引っ張っているがこれから先に解決するであろう。

 

 

仮面ライダービクトリーブレイバー

 

パンチ力 7t

 

キック力 9t

 

ジャンプ力 一跳び26m

 

走力 100を5.7秒

 

 

 

 ブレイバーが「勝利の栄光」のカードを使用してパワーアップした姿。「勝利の栄光」はディスティニーカード第二弾に収録されたカードであり、光牙は先んじて天空橋から入手した。

 

 鎧の色が黄金に変わり、より勇者らしい外見となった。VICTORYのVの文字を象った意匠も所々見受けられる。

 

 最大の特徴は自分の勝利の道筋を算出してくれるビクトリーシステム。これは自分がどう動けば敵に勝利できるかを自動で示してくれる能力である。

 

 しかし、光牙自身が出来ない行動(100tのパンチ力で殴れなど)を指示されるとどうしようもないという欠点もある。

 

 

 

 

相性

 

 長い付き合いである櫂とは非常に相性が良いが櫂がすぐに負けてしまう為その連携を見せる機会が無いのが現状である。また、A組の生徒たちを指揮して戦う事も得意であり、彼らとも良好な関係を築けていると言えるだろう。

 

 大抵の相手とは連携が取れるものの足を引っ張るのは彼のスペックの低さと突然の事態に対応できない頭の固さである。早い事改善をお願いしたい。

 

 

 

城田櫂 (イメージCV 保志総一郎)

 

 

年齢 16歳

 

身長 185cm

 

体重70kg

 

 

 

 

 仮面ライダーウォーリアに変身する青年、光牙たちとは幼稚園からの長い付き合いで、気心知れた仲。

 

 全ドライバ所持者の中でも一番の体格を誇りその体に見合って運動神経も良い。だが、いささか短絡的な思考と直情的な性格が戦闘では足を引っ張っており、実力を活かせないままに敗北を続けている。

 

 前述の通り正確に難があるものの友人とみなした人間には義理堅く、友情を向ける人物。勇には嫌悪感を抱いているためその性格が見せられる事は無いが、これから先の展開次第では勇との関係も改善されるかもしれない。

 

 ガグマの必殺技を受けてゲームオーバーとなり、以降の消息は不明。彼のドライバーはガグマが保有している。

 

 

 

仮面ライダーウォーリア

 

パンチ力 10t

 

キック力 14t

 

ジャンプ力 一跳び20m

 

走力 100mを8秒

 

 

 

 

 櫂が「怪力戦士 ガイ」のカードを使って変身した姿。カードのレアリティはアンコモン。

 

 パワーと言う点では最高峰であるもののスピード面は全ライダー最低であり、ディスティニーカードで特殊効果を持たないガイの能力を反映してか相性の良いカードも少ない。加えて、櫂の応用性の無さが合わさってカードを使った戦闘は壊滅的に下手である。

 

 純粋なパワー強化のカード以外は相性が悪く、コンボも苦手。専用武器『グレートアクス』の威力は抜群であるもののいまいちそれを活かし切れていない。

 

 その敗北数の多さから多くの生徒から虹彩学園最弱の仮面ライダーであると認知されている。

 

 

 

仮面ライダーアグニ

 

パンチ力 32t

 

キック力 48t

 

ジャンプ力 一跳び25m

 

走力 100mを6秒

 

 

 魔王ガグマに敗れ、データになってしまった櫂。その櫂のデータを魔人柱の素体と融合させて完成した【憤怒の魔人 カイ】が変身した姿。エックスの作ったオリジナルカード、『憤炎 アグニ』のカードを使って変身する。

 

 燃える炎の様な真っ赤な見た目が特徴の戦士。筋肉隆々であり、その見た目に違わず戦い方はパワーファイトである。

 腕力を活かした拳での殴打に加え、専用武器である『獄炎斧 イフリートアクス』を使ったパワフルな攻撃は同じレベル50であるはずのブレイバーやディスティニーを圧倒する。

 炎属性を攻撃に付与できる能力も持っており、遠近共に隙の無い攻撃が可能。

 

 スピードも一応強化されてはいるが、特筆して向上している訳ではない。また、エックスが性格を弄ったせいか、勇や光牙に対する憎悪を剥き出しにして戦いに臨む様になっている。

 猪突猛進なその戦いぶりは見ていて恐ろしいものだが、付け入る隙を作り出すことにもなっている。特性上仕方がない事なのだが、これが治ればまた強くなれるだろう。

 

 必殺技は憤怒の炎を纏って強力な攻撃を放つ『レイジ・オブ・インフェルノ』

 

 

 

 

相性

 

 光牙とは長い付き合いの為相性は非常に良い。しかし、それ以外とは最悪である。

 

 基本的に他者を見下している節がある為転校生の勇やD組の謙哉を嫌っており、女であると言う理由でディーヴァの3人も嫌っている。

 

 まぁ、彼も他者と連携を取れるほど熟練した技術を持っている訳では無いのでこれはこれで良いのかもしれない。

 

 

 

片桐やよい (イメージCV 豊崎愛生)

 

年齢 16歳

 

身長 160cm

 

体重 秘密です!

 

 

 

 

 アイドルユニット『ディーヴァ』の一人、ふわっとした感じの優等生タイプの女の子。

 

 ディーヴァの中では最も正統派のアイドルらしく、可愛らしい容姿と仕草に心を射抜かれた男性ファンが急増中。別にぶりっ子と言う訳でも無いので女性ファンも普通に多く葉月に弄られる姿は小動物の様だと話題、広く愛される系ヒロインである。

 

 性格は礼儀正しく真面目、誰にでも最初は敬意をもって接し、仲良くなるにつれて友達として接して行くという究極に普通の女の子。だがしかし、それが出来る人物がこの作品には少ない為、すごく貴重な人物でもある。

 

 優しく、一度決めた事はやり遂げようとする反面、自分に自信が無く、他の二人の様に誇れる何かも無い為に何事に対しても一歩引きがちであり、それが戦闘スタイルにも出てしまっている。

 

 前述の通り協調性は高くコミュ力もある為、ディーヴァだけでなくあらゆる人物の関係をうまくいかせるための潤滑剤となっている少女である。少し気難しい真美とも仲良くなり、彼女と友人関係を結ぶことが出来た。

 

 余談ではあるが読者からの人気が一番ある女の子かもしれない。目算Bカップ。

 

 

 

仮面ライダーディーヴァ タイプα

 

 

パンチ力 6t

 

キック力 8t

 

ジャンプ力 一跳び25m

 

走力 100mを6秒

 

 

 

 やよいが「桜色の歌姫 チェリル」のカードを使用して変身した姿、カードのレア度はスーパーレア。

 

 3種類のディーヴァライダーの中で丁度中間の能力値を誇る万能型戦士、武器はロッドモードとライフルモードに変形するスタンドマイク型武器『プリティマイクバトン』

 

 どちらかと言えば接近戦よりも遠距離戦の方が得意であり、他の二人を援護する様な戦法を取る。

 能力値としてはディーヴァの中心となる事も出来るスペックを持っているものの、前述のやよいの積極性の無さが足を引っ張っているために戦力としては他の二人より一歩劣る位のレベルで落ち着いている。

 

 されど侮るなかれ、歌い、踊る様な彼女の動きに目を取られていれば手痛い一撃を受ける事は間違いないのだから。

 

 

 

相性

 

 ディーヴァの連携は上手く行っている。やや引き気味の玲を他の二人が包み込む様な姿勢が功を奏しているのだろう。

 

 やよい自体は誰とでも連携を組む気はある為、今後相当彼女と相性が悪い相手が現れない限りは誰とでも仲良くチームを組むだろう。やよいは天使!

 

 

仮面ライダーディーヴァ ブライトネスα

 

パンチ力 26t

 

キック力 28t

 

ジャンプ力 一跳び55m

 

走力 100mを4.5秒

 

 

 

 ディーヴァタイプαが『ブライトネス』のカードを使って強化変身した姿。パワードスーツの様な外見のタイプαの上から白の花嫁衣裳を纏った姿になっている。

 オーソドックスに全能力が強化されており、ブライトネスフォームの中では一番バランスの取れた能力をしている。特筆すべき性能は無いが、安定した活躍が見込めるフォームである。

 

 ブライトネスはその特性上、一回の戦闘につき一人しか変身することが出来ない。その為、密な連携と的確な判断能力が必要となる。

 やよいが変身する場合は前衛、後衛共に強化された彼女がこなせる為、一番気軽に選択出来る反面、何かに特化した相手との戦いには運用しにくい。

 

 必殺技は結婚式で鳴る教会の鐘がモチーフである『ピュアホワイト・ゴスペル』 

 

 

 

 

新田葉月 (イメージCV 悠木碧)

 

 

年齢 16歳

 

身長 168cm

 

体重 秘密だよ!

 

 

 

 アイドルユニット『ディーヴァ』の元気印、カッコ可愛い女の子として男性よりも女性の方がファンが多い女の子。グループのリーダーである。

 

 歌は一番下手(それでも十分上手い)だが他の二人よりもグラビアやCMなどに出ている為、ディーヴァの中では一番メディアへの露出が多い。

 

 明朗快活な性格と裏表の無い態度は誰からも好感を持たれ、友人も相当多い。芸能人の中では彼女を狙っている男性タレントも多いようである。

 

 そんな彼女はすっきりとした性格の勇と相性が良く、男性として好意を抱いた模様。マリアに「宣戦布告」として自分の勇への好意を告白するなど、その積極性がどう恋路に活かされるのかが楽しみである。

 

 なお、グラビアを飾る事もある故に豊満な体をしている。具体的にはEカップ位。

 

 

 

 

 

 

 

仮面ライダーディーヴァ タイプβ

 

パンチ力 7t

 

キック力 9t

 

ジャンプ力 一跳び23m

 

走力 100mを7秒

 

 

 

 

「山吹色の歌姫 レンレン」のカードを使って葉月が変身した姿、レアリティはスーパーレア。

 

 ディーヴァの中では最もパワーが強く、スピードが低い接近戦型ライダーである。武器はエレキギター型の剣で、かき鳴らすと衝撃波が出せる「ロックビートソード」

 

 ライブパフォーマンスよろしく派手な戦闘スタイルを取る彼女はある意味では戦いもライブの一つと考えている。明るく楽しくがモットーの彼女らしい戦闘スタイルだ

 

 近、中距離までは対応できるが遠距離への攻撃方法が一切ない為、そこをカバーしてくれる仲間の補助は必須である。

 

 

 

仮面ライダーディーヴァ ブライトネスβ

 

パンチ力 27t

 

キック力 29t

 

ジャンプ力 一跳び53m

 

走力 100mを5秒

 

 

 

 ディーヴァタイプβが『ブライトネス』のカードを使って強化変身した姿。明るく激しいロックファイター。

 タイプαと比べてパワー面が強化されており、接近戦に特化した形態になっている。

 

 ブライトネスディーヴァたちには【各タイプの分身を一時的に召喚して戦うことが出来る】と言う特殊能力があり、このタイプβはその恩恵を最も受ける形態であろう。

 彼女の必殺技は結婚式のケーキカットがモチーフである『ウエディングケーキ・カット』。この必殺技は一人では発動出来ない為、誰かの協力を必要としている。

 自身の特殊能力で分身を召喚し、それと共に発動することが可能になる為、単独での合体必殺技が発動可能という不思議なことが起きる訳である。

 

 ロックビートソードでの強力なギター演奏も健在であり、攻撃力と効果範囲が拡大している。今までの戦い方で今まで以上の戦果を挙げられる様になったブライトネスディーヴァは、正に強化形態に相応しい。

 

 

 

相性

 

 ディーヴァのメンバーとは良好なチームワークを誇り、それぞれの足りない部分を上手くフォローしあっている。だが、積極性の無いやよい、スタンドプレーに走りがちな葉月、そもそも一人が好きな玲と一度仲間との連携を忘れると誰が主導権を握れば良いかわからなくなるため長期戦は苦手。リーダーである彼女の成長に期待したい。

 

 虹彩学園のライダーとは勇と良いコンビを組む。

 フォームチェンジすることでどの距離でも戦える勇は彼女の隣で戦う事も援護をすることもできる為、非常に相性が良い。葉月にとっては願ったりかなったりである。

 

 対して光牙や櫂は苦手、前者は微妙な上から目線が気に入らない為、後者はそもそも相手がこっちを見下している為である。

 

 

 

 

水無月玲 (イメージCV 早見沙織)

 

年齢 16歳

 

身長 165cm

 

体重 言う訳無いでしょ

 

 

 

 

 アイドルユニット「ディーヴァ」の一人、クールで人に近づきがたい印象を与える少女。園田の義理の娘。

 

 子供の頃に起きた様々な出来事で心に傷を負い、それからは人を信じない性格へとなってしまった。

 アイドル活動でもその片鱗は見られ、どんな状況でも笑顔を見せないことから「笑わない女神」と呼ばれている。

 

 圧倒的な歌唱力を誇り、アイドルは嫌いでも彼女だけは別物として見るファンも多い。本人はアイドルというよりも歌手として活動したかった様だ。

 

 幼少期の出来事から必死に強さを求めているが、本心は誰かに自分を受け入れて欲しいという願いを持った普通の少女。

 しかしその思いに自分自身が気が付いていない為、その願いを叶えることが出来ないという非常に不幸な人間。

 

 優しく温かい謙哉を羨む反面、自分とは相容れない存在と認識して嫌おうとしている。 しかし、自分を気にかけてくれる彼に対して何か思うところがあるようであり、自分でも気が付かないうちに笑みをこぼすなど内面に変化が表れつつある。

 サンダードラゴンの子供「ドラ君」を共に育てた事によって対応も柔らかくなっているが、自分の中に理解できない感情が沸き上がっている事に戸惑いもしている模様。

 

 エンドウイルスの一件から信じる事と友達の大切さを知り、ついに他者を信じるようになる。謙哉への感情も愛情だと言う事を認め、アプローチを仕掛ける様になった。

 

 なお、葉月曰くDはある。自己申告はまだだが、隠れ巨乳と噂である。

 

 

 

 

 

仮面ライダーディーヴァ タイプγ

 

パンチ力 5t

 

キック力 7t

 

ジャンプ力 一跳び27m

 

走力 100mを5秒

 

 

 

 玲が「蒼色の歌姫 ファラ」のカードを使って変身した姿。レアリティはスーパーレア

 

 他の二人も同様だが、勇たちの変身した姿と違ったサイバーチックなパワードスーツが特徴のライダー。三人の中で最もパワーが弱く、スピードが早い

 

 ハンドマイク型の銃「メガホンマグナム」を使った遠距離戦が得意なライダー、接近戦も玲が訓練したためそつなくこなせるが、全ライダーで最も装甲が薄い為危険性が高い。

 

 

 

仮面ライダーディーヴァ ブライトネスγ

 

パンチ力 25t

 

キック力 27t

 

ジャンプ力 一跳び57m

 

走力 100mを3.5秒

 

 

 

 ディーヴァタイプγが『ブライトネス』のカードを使って強化変身した姿。愛銃『メガホンマグナム』を二つ使った二丁拳銃スタイルで戦う。

 

 ディーヴァ3タイプの中で最もスピード面に優れており、強力な遠距離攻撃が可能。しかし、それよりも内部の処理能力の向上が際立っており、標的との距離感や弾丸の予測弾道などの計算が瞬時に出来る様になった。

 単純に拳銃を二つ使ったことで火力は二倍、攻撃速度も二倍と火力が跳ね上がっている。その反面、防御力に関しては余り向上しておらず接近されると非常に危険であることには変わりがない。

 総じて前衛を任せられる存在が居ることによって真価を発揮するフォーム。一応言っておくが、単独での運用も十分に可能。

 

 必殺技は結婚式のブーケトスをモチーフにした『ブーケトス&シュート』。

 

 

 

 

相性

 

 ディーヴァのメンバーとは玲が割り切って考えている為チームワークを取るものの、他の人間とは組まないと公言している。

 

 単純な戦力的に見るならば彼女の遠距離攻撃での支援はほぼどのライダーにとっても有用であり、連携を取れる様になれば非常に心強い。

 

 その中でも彼女を守って戦える盾持ちのイージスこと謙哉とは相性が良いはずだが、彼女が謙哉を嫌っている為に組む事は無い……と、思われたが謙哉の押しに負けてペアを組む事になってしまった。今後の二人に期待しよう。

 

 現状では謙哉とコンビを組む事も多くなり、彼に守られつつ射撃をこなすこともあれば彼の援護をして遠距離から戦いをこなすようにもなった。頼りになる後衛だと生徒たちからは評価が高い。

 

 

 

 

 

大文字武臣(イメージCV 置鮎龍太郎)

 

年齢 17歳

 

身長 187cm

 

体重 73kg

 

 

 仮面ライダー覇道に変身する戦国学園のトップを務める青年。全国の荒くれものが集まる戦国学園の頂点を務めるだけはあり、その実力は確か。

 

 空手や柔術、剣道などの様々な武術を極めており、変身せずとも雑魚エネミー位とならば十分に立ち回れる強さを持つ。戦国学園トップの腕は伊達では無い。

 

 強面の大男であることと肩書から怖い人物だと思われがちだが意外とそうでもなく、強い者が弱い者を導き守る事は当然のことと考えている為、意味も無く暴力を振るう事は決してしない男でもある。

 

 なお、趣味は裁縫。戦国学園公認ゆるキャラ『いくさっくま』のデザイン及び着ぐるみづくりは彼の手で行われている。

 

 

 

 

 

 

仮面ライダー覇道

 

パンチ力 12t

 

キック力 17t

 

ジャンプ力 一跳び30m

 

走力 100mを5.6秒

 

 

 

 大文字が「最強君主 ハドウ」のカードを用いて変身した姿。カードのレアリティは最高クラスのディスティニーレア。

 

 全スペックが最強クラスであり、大文字の優れた戦闘能力と相まって現在時点では最強の仮面ライダーである。武器は大太刀「覇道丸」

 

 戦国学園でも互角に戦える者はほぼおらず、光圀がギリギリ、仁科はほぼ防戦一方の戦いしか出来ない。

 

 単体での戦闘能力は魔人柱以上とも言われており、日本の学生たちの切り札であることは間違いないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

真殿光圀(イメージCV 宇垣秀成)

 

年齢 17歳

 

身長 182cm

 

体重 66kg

 

 

 

 

 仮面ライダー蛇鬼に変身する青年。戦国学園の制服を着ておらず常に革ジャンを身に纏って行動している。(制服を身に纏わないのは別に彼だけでは無い)

 

 戦闘狂とでも呼ぶのが相応しい性格で戦国学園に入学したのも強い奴と戦いたいから、仮面ライダーになった理由も同様である。戦いの最中に見つけた強そうな奴に喧嘩を売るのが彼の生きがい。

 

 上記の事から非常に危険な人物だと思われがちであり、実際そうであるが、決して悪人ではない。

 大文字同様に弱い者には相当の理由が無い限り攻撃を仕掛けたりはしない。(ただし戦いになったら別、情け容赦なしでボッコボコにする。二度と歯向かう気を無くすほどに)

 

 自分が強いと認めた者と気に入った者は一定の敬意を示して接しており、あだ名で呼ぶことが多い。現状では勇、謙哉、大文字の三人がこれに該当する。

 

 実は明確なモデルが存在するキャラクター。「龍が如く」シリーズの人気キャラ、「真島吾朗」がそれである。

 

 

 

 

 

 

仮面ライダー蛇鬼

 

パンチ力 7t

 

キック力 9t

 

ジャンプ力 一跳び30m

 

走力 100mを5.3秒

 

 

 

 

 光圀が「人斬り夜叉 イゾウ」のカードを使って変身した仮面ライダー。武器は「妖刀・血濡れ」

 

 スピード面に優れたライダーであり、刀を使った戦いが得意。彼が振るう斬撃の鋭さは群を抜いており、本気の彼の攻撃はは大文字ですら防ぐことが精一杯である程

 

 パワー面もそれなりに優秀であり、素手での戦いが出来ないわけでは無い。ゆらりと動く蛇の様な独特なスタイルで敵を追い詰め、その息の根を止めるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

仁科努(イメージCV 木村良平)

 

年齢 17歳

 

身長 181cm

 

体重 72kg

 

 

 

 戦国学園の生徒、金色の髪をツンツンに立てたヘアースタイルが特徴的。なお、彼を含めて全員、戦国学園のライダーは3年生である。

 

 無類の女好きで良い女に目が無い。戦国学園が倒して支配下に置いた各学園の女子から気に入った者を集めて自分の女としている。

 

 戦国学園のライダーである3人の内、彼だけがなかなかに下劣。弱い女にすら手を挙げ、自分の気に入らない事をした奴は子供でも殴るというある意味では良い性格をしている。

 

 ちなみに勇たちと戦った際、もしも戦国学園が勝利していたらマリア、真美、ディーヴァの三人は自分のものにしようとしていた。やっぱりゲスい奴である。

 

 

 

 

 

 

仮面ライダー弁慶

 

パンチ力 12t

 

キック力 15t

 

ジャンプ力 一跳び25m

 

走力 100mを6.2秒

 

 

 

 

 仁科が「破戒僧 ベンケイ」のカードを使って変身した姿。超パワータイプの仮面ライダー。

 

 スピード面は最低クラスだがそれは持続的な物を評価した場合であり、瞬間的な反射神経と武器を振るうスピードは勇たちにも負けていない。

 

 大槌「ぶっ潰し丸」を使っての一撃は強力そのもの、喰らったらひとたまりもないだろう。

 

 劇中では謙哉と光牙に敗北しており、噛ませ犬的な印象が拭えないが確かな実力者である。

 

 

 

 

 

マリア・ルーデンス(イメージCV 原田ひとみ)

 

年齢 16歳

 

身長 164cm

 

体重 秘密

 

 

 

 虹彩学園2年A組の心優しい女子生徒、フランスからの留学生で虹彩学園には中学一年生から転入してきた。

 

 知性、運動能力は優秀であり、誰に対しても分け隔てなく接する性格も相まってあっと言う間にA組に馴染み、中心人物を担うようになった。

 

 転校当時の一人ぼっちで心細かった時に光牙に優しく接してもらった事を感謝しており、彼を盛り立てようと一生懸命努力している。

 

 その経験があってか、普通の学校から転校してきた勇を快く迎えた唯一の生徒となり、彼に虹彩学園の様々な事を教えたりもした。そのおかげか二人の関係は非常に良好である。

 

 自分の危機を救ってくれたことやソサエティ攻略の中心を担う勇の姿を見るうちに彼に惹かれる様になり、彼に淡い恋心を抱くようになる。反面、光牙からの好意には彼の奥手な行動のせいもあってか気が付いていない。

 

 ガグマとの戦いの後、光牙によって崖からおとされてしまい、記憶喪失に陥る。勇やディーヴァのメンバーのことを忘れてしまった為、光牙の言うがままの印象を彼らに抱いていたが、空港で戦う勇の姿を見てから彼に対する記憶が少し戻ったのか、彼を名前呼びにするなど変化が見られるようになった。

 

 なお女子中最高の戦力(意味深)をもっている。具体的にはF位。

 

 

 

 

美又真美(イメージCV 沢城みゆき)

 

年齢 16歳

 

身長 170cm

 

体重 秘密よ!

 

 

 

 虹彩学園2年A組の女子生徒、彼らの参謀役を担っている。

 

光牙、櫂とは幼稚園の頃からの幼馴染、光牙の父がエネミーに殺されてしまうところを目の前で見ており、それから光牙を必死にリーダーとして盛り立てる様になった。

 

 美人だが、きつい性格と高嶺の花と言う雰囲気が合わさっているせいか光牙たち以外に親しい友人と呼べる人物がいなかったが、屈託のない性格のやよいとは良い関係を結び、友人となることが出来た。

 

 現実主義な性格から冷酷な判断をすることも多く、A組以外からの面々からは特に恐れられている。

 

 光牙へ恋心を抱いているが、マリアへ思いを寄せる彼を見てその思いに蓋をすることを決める。

 後に自分を見捨てマリアを選ぼうとした彼の行動を見てもその感情は変わらなかったが、人知れず涙をこぼしていた。

 

 

 



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ネット版スピンオフ レジェンドライダーの魂!平成一期編
ブレイド編


 ネット版スピンオフ、始まります!

 この物語は何処に続いて行くのか……?


 

 

「謙哉、こっちだ!」

 

「分かった! 急ごう!」

 

 騒ぐ人込みを掻き分けて二人は走っていた。つい先ほど天空橋から町中にエネミーが出現したのと報告を受けた二人は、急ぎ現場に急行していた。

 もう既に光牙たちが戦闘を開始しているはずだ、自分たちも急いで加勢しなければならない。そう思いながら目的地に到着した二人が見たのは、信じられない光景だった。

 

「み、皆っ!」

 

「嘘だろ、おい……」

 

 地面に倒れているのは自分たちの仲間、光牙に櫂、ディーヴァの三人が傷だらけになって伏しているのだ。全員命には別条は無い様で立ち上がろうとしているが、彼らを見下ろす白い影は悠々と広場の中央に立っていた。

 

「皆、大丈夫か!?」

 

「龍堂くん! 虎牙くん!」

 

「皆をここまで追い込むなんて……まさかボスクラスのエネミーなのか?」

 

 勇と謙哉は仲間たちに駆け寄ると鋭い目でエネミーを睨む。たった一体だけのその敵は、真っ白な体をした何の特徴もない奴であった。

 

「とにかくここからは俺たちに任せてくれ!」

 

「皆は下がってて!」

 

「ち、違うの勇っち! 何か変なんだよ!」

 

「カードが使えないんです! だから変身も出来なくて……」

 

「え……!?」

 

 やよいと葉月の言葉に驚いた勇は『ディス』のカードをギアドライバーに読み取らせる。普段ならば電子音声が流れて自分の体を鎧が包むのだが、何故か今回は何の反応も無かった。

 

「な、何でだ…!?」

 

「僕のドライバーもそうだ……まさか、これが敵の能力なのか!?」

 

「くくく……違うさ、これは私達の能力では無い……」

 

「しゃ、喋った!?」

 

 あの魔王ガグマの様に人間の言葉を口にする白いエネミー、相当な知能が無ければ出来ない言語を有すると言う芸当に勇たちは驚きながら警戒を強める。

 やはりこのエネミーは只者では無い……変身出来なくとも敵意を漲らせる勇たちに対して、白いエネミーは話し続ける。

 

「変身、と言ったな……お前たちがそれを出来ないのは、資格が無いからさ」

 

「資格……だと?」

 

「ああ、そうさ! 我々は君たちがエネミーと呼ぶ存在であって、そうでは無い。様々な世界に蔓延する悪意が集合した存在……それが、私たちだ」

 

「何訳の分からない事を言ってやがる! お前はエネミーだろうが!」

 

 白いエネミーの話を理解できない櫂がそう叫びを上げる。その様子をくっくっと喉を鳴らして笑いながら見ていたエネミーは、手の中に一枚のカードを出現させながら言った。

 

「理解できないのも仕方が無い。では、君たちに分かりやすく実例を見せてあげよう」

 

『アンデッド……!』

 

 どこからか鈍く低い声が響く。その声を背景に手に持ったカードを自分の胸の中へと押し込んでいくエネミーの体に突如変化が起き始めた。

 

 白く、無機質だった体の色と形が変わっていく。唸り声を上げながらカードを完全にその身の中に飲み込んだエネミーは、先ほどまでとは大きく違う姿へと様変わりしていた。

 

 白かった体は金色に、姿もまるで大きなカブトムシをモチーフにした怪人の姿へと変わっている。

 手に持った剣と盾を打ち鳴らした後で、白いエネミーだったその怪人は自分の名を告げた。

 

「我が名はコーカサスビートルアンデッド……不死なる者、アンデッドの王が一人……!」

 

「アンデッド……だと……!?」 

 

 エネミーとは違う敵の出現に驚きを隠せない勇たち。だが、そんな彼らに遠慮することなくアンデッドと名乗った怪人は襲い掛かって来る。

 

「ぐっ、わぁっ!」

 

 剣での攻撃は何とか躱すもその後に繰り出された前蹴りを喰らって吹き飛ばされる。生身のままで戦おうとしていた謙哉たちも瞬く間に蹴散らされてしまった。

 

「お前たちには資格が無い……我らと戦う『仮面ライダー』としての資格がな……!」

 

「どういう……意味だ……!?」

 

「お前が知る必要は無いさ、白峯光牙。お前は、ただ自分の運命をなぞって破滅の道を歩いて行けば良い」

 

「なんだと!? ぐわっ!!!」

 

 その言葉の意味を問い詰めようとした光牙の腹にアンデッドの容赦の無い拳が見舞われる。その一撃を喰らった光牙は気を失い、ガクリとその場に倒れ伏してしまった。

 

「光牙っ!」

 

「他人の心配をしている暇はないぞ、龍堂勇……!」

 

「ぐっ……!」

 

 アンデッドは勇の首を締め上げると、その顔を自分の顔に近づける。そして、何かを知っている様な口ぶりで彼に語り掛ける。

 

「お前は、ここで我々に殺されておいた方が幸せだ。『その時』が来たらお前は必ず後悔する……お前の辿る運命はそう言うものなのさ!」

 

「なん、だと……っ!?」

 

「だからここで死ね。苦痛も無く死すことが、お前の最大の喜びだ」

 

「勇っ!!!」

 

 葉月の悲痛な悲鳴が響く、このままアンデッドの一撃を喰らい、勇が命を落とすかと思われたが……

 

「ふっ、ざけんなっ!」

 

「何っ!?」

 

 勇は自分を掴むアンデッドの手を振りほどくと蹴りを喰らわせる。予想外の反撃を受けたアンデッドは勇を取りこぼすと必死に抗う勇に対して忌々し気に言葉を吐き捨てた。

 

「何故抗う!? 何故苦しむ道を選ぶ!? 今だって戦う力も無い癖に何故我らに挑む!?」

 

「決まってんだろ、俺が『仮面ライダー』だからだ!」

 

 そう叫ぶと勇はアンデッドへと殴りかかって行く。何度も繰り出される拳はダメージを与える事は出来ていないのだろうが、アンデッドは勇のその気迫に押されていた。

 

「……俺や、この世界に生きる皆の命を運命だなんて言葉で片付けられてたまるかよ! どれだけお前が強かろうと、変身できなかろうと、俺は戦う!」

 

「無意味な事を! カードも無しに我らを倒す事など出来はしない!」

 

「例えカードが一枚も無くても、お前を倒せるはずだ……俺に、『仮面ライダー』としての資格があるのなら! 俺は、世界中の戦えない人の為に、戦い抜いて見せる!」

 

「ぐっ、おおっ!?」

 

 自分の決意を叫びながら戦う勇の勢いの前にアンデッドは押されて行く、やがて、大きく振りかぶった勇の渾身の一撃が相手の胴を捉え、大きく後ろへ後退させた。

 

「ば、馬鹿な……!? 何故、ただの人間にこんな力が……!?」

 

「人間だからさ! 誰かの為に戦う時、人は一番強くなるんだ!」

 

 力強く、未知の敵に勇は言い放つ。力無き人々の命の為、運命などと言う確証も無いものを押し付ける敵を倒す為、その拳を握りしめた勇の耳に不思議な声が聞こえて来た。

 

(……そうさ、それで良い。人は、人だからこそ誰かを愛せる。そして、その為に強くなれる……)

 

「誰……なんだ?」

 

 謎の人物の声に振り返れども姿は見えない。だが、確かな力を感じた勇はその手を前に突き出す。

 

(……きっと君なら俺の力を使いこなせる。さぁ、掴み取れ! 運命の切り札を!)

 

 光が勇を包む。それが消えた時、勇の手の中には一枚のカードがあった。

 そこに描かれていたのは剣を持つ青と銀の騎士……何かを感じた勇は、そのカードを構えるとギアドライバーへと通した。

 

「……変身ッ!」

 

『ブレイド! スペード ザ エース!』

 

 カードを通した瞬間、何の反応も無かったドライバーから電子音声が響き渡り、勇の前には青いエネルギーの壁が出現した。カブトムシの様な模様が描かれたその壁に向かって勇は走り出す。

 

「うおおぉぉっ!」

 

 その壁を突き抜けた勇の姿は大きく変わっていた。普段のディスティニーを基にカラーリングは青と銀、カブトムシと騎士が混じり合った様な姿になった勇は腰に差してあった剣を引き抜くやいなやそれをアンデッドに振るった。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁっ!?」

 

 火花が散り、斬撃が舞う。勇の攻撃を受けたアンデッドはたじろぐと理解できないと言った様子で呟いた。

 

「そ、その姿は『ブレイド』の力か……? 何故、貴様がその力を!?」

 

「ごちゃごちゃ、うっせぇんだよ! お前ら風に言えば、俺に資格があったってだけだろ!」

 

<マッハ! スラッシュ!>

 

 手に持つ剣、『醒剣ブレイラウザー』と勇の足に力が籠って行く。次の瞬間、爆発的な加速で駆け出した勇は、強化されたブレイラウザーによる強力な斬撃を繰り出した。

 

「ぐわぁぁっ!」

 

「まだ、まだっ!」

 

<ビート!>

 

 今度は拳に力が籠められる。繰り出されたパンチを盾で防ごうとしたアンデッドだったが、その盾を打ち破った勇の拳はアンデッドの胴へ突き刺さり、大きく後ろへ吹き飛ばした。

 

「ぐっ、はぁ……っ!」

 

「……お前、言ってたな。俺には苦しい運命が待ち受けているって………上等だ、なら俺は戦ってやるよ、その運命と!」

 

<キック! サンダー! マッハ!>

 

 力が、雷撃が、加速力が、勇の足へと集まって行く。勇の後ろには3つのカードの絵柄が浮き上がり、それが勇に力を与えていた。

 

「そして俺は勝って見せる! 俺を襲う運命には負けはしない!」

 

<必殺技発動! ライトニングソニック!>

 

 最大まで高められた力を解き放つ様にして勇は走る。強力な体当たりをアンデッドに喰らわせて体勢を崩させると、勇は一気に上空へと跳び上がった。

 

「うおぉぉぉぉぉっ!」

 

「また、この世界でも我らの邪魔をするか! 仮面ライダーァァァァッ!!!」

 

 雷を纏った右脚がアンデッドにぶち当たる。その一撃を受けたアンデッドは憎しみを込めた断末魔の叫びを上げると共に爆発四散した。

 

「……はっ!」

 

 戦いに勝利した勇の上から舞い降りる一枚のカード、『アンデッド』と書かれたそのカードを手に取った勇は先ほど手に入れた『ブレイド』のカードと共にそれを見る。

 

「これは、一体……?」

 

 ディスティニーカードとそっくりだがこんなカードは見た事が無い。一体このカードはなんなのかと疑問を持った勇の耳に、またしても聞き覚えの無い声が届いた。

 

「そいつは『レジェンドライダーカード』……数多の世界を救うために戦って来た『仮面ライダー』の力が込められたカードさ」

 

「だ、誰だっ!?」

 

「今、私の名を教えるには早い。君たちが英雄たちに認められたその時こそ、私の正体を明かそう」

 

 謎の声は徐々に勇たちから離れて行く、その声は最後にこう言った。

 

「手に入れろ! 強大な悪に立ち向かう光の強さを! そして学ぶのだ! 仮面ライダーの在り方を!」

 

「仮面ライダーの、在り方……?」

 

 『ブレイド』のカードを握りしめたまま、勇はその言葉の意味を考えていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――NEXT RIDER……

 

「こんな奴らの為に、これ以上誰かの涙は見たくない! 皆に笑顔でいて欲しいんだ!」

 

「だからそこで見てて……僕の、変身!」

 

次回、『伝説』

 

 

 



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クウガ編

仮面ライダーゲンム 始まりましたね! 次回が楽しみです!


 

「……撒けたかな?」

 

「ええ、何とかね」

 

 大きな扉の影から外の様子を伺いながら謙哉と玲が言葉を交わす。そして、顔を見合わせて互いに苦笑した。

 

 私服姿の二人は休日に二人で行動していた。だが、決してデートという訳では無い。ソサエティ絡みの調査である。

 最近、女性ばかりが襲われる謎の怪事件が連続して発生していた。被害者は全員体から一滴残らず血を抜かれており、首筋には何かに噛まれたような跡が残っていた。

 

 警察は愉快犯による連続殺人と判断して操作をしていたが、天空橋が被害者の遺体を調べたところそこからエネミーのものと思われるデータが残っており、この事件にソサエティ、およびエネミーが関わっている可能性が浮上して来たのだ。

 

 すぐさまこの情報を勇たちに伝えた天空橋は彼らに調査を依頼した。数名のチームに分かれて事件現場周辺に何か手掛かりが無いか調べていたのだが……

 

「変装してた水無月さんの正体がバレてファンに追いかけまわされるなんてね……」

 

「ちょっと油断したわね」

 

 運悪く玲がファンの一人に見つかってしまい、その場がパニック状態になってしまったのである。チームを組んでいたのが謙哉だったお陰でバイクで逃げだすことが出来たが、週刊誌にある事無い事書かれるのは正直嫌である。

 それに逃げ回っていた間に夕方になってしまった。窓から見える夕焼け空を見ながら謙哉は溜息をつく。

 

「……ごめんなさいね。私のせいで大変な目に遭わせたわね」

 

「あ、いや! 別に大丈夫だよ!」

 

「……大変な目に遭ったって事は否定してくれないのね。少し傷つくわ」

 

「えっ!? あっ!? ごめん!」

 

「……冗談よ。なんであなたが謝ってるの」

 

 そう愉快そうに言いながら玲は微笑んだ。玲のその年相応の可愛らしい笑顔に謙哉は少しだけドキッとしてしまう。

 悠子の一件をともに解決してから、なんというべきかは分からないが玲は非常に砕けた態度を取る様になってきていた。皆の前ではいつもの辛辣な態度を取る事も多いのだが、それでも前に比べると格段に柔らかくなってきている

 

 今回のチーム分けの時もそうだ。もとより謙哉と玲はチームとして決定されているのだが、珍しく彼女の方から一緒に行動を取る事を提案されたのだ。しかも

 

「今回の事件、狙われてるのは女性よ。しっかり私を守ってね、謙哉」

 

 というお言葉つきである。前ならば、「気にかけるな、寄るな、一緒に来るな、あなたに守られるくらいだったら喜んで死ぬ」は言ったであろう玲のその態度の変化には正直謙哉も驚いていた。

 

(……やっぱり、この間の一件が大きいのかな?)

 

 悠子を救うために皆と協力したこの間の事件、そこで玲は仲間と協力する事の素晴らしさを知ったのかもしれない。故に態度を軟化させてくれたのだろう。

 それは謙哉にとっても喜ばしい事であった。何処か他人を寄せ付けない雰囲気のあった玲、それがディーヴァの二人ともコミュニケーションを取って今まで以上に良い関係を築けているらしい。

 

 友達の力は偉大だ。この間自分もその事を良く実感した。玲もまたそうなのだろう。大きな変化を見せた玲の事を喜ばしい目で見守りながら、謙哉は大きく頷く。

 

 しかし……それにしても玲の自分に対しての接し方は大きく変わったなと謙哉は思った。

 悪意のある言葉を吐かれることも無くなったし、冗談を言われることも増えた。二人きりの時には名前で呼ばれる様にもなった。

 

(……まぁ、それだけ信用してくれてるって事だよね!)

 

 あまり悩まずに結論を出した謙哉は楽観的な笑顔を浮かべた。幸か不幸かは分からないが、彼は今自分がどんな状況に陥っているのかを分かっては居ない。

 国民的アイドルに好意を抱かれていると言う事は間違いなく幸運なのだが、それによる受難が彼を待ち受けている事を、今の謙哉は知る由も無かった。

 

「ところでここどこなんだろうね? 勢いに任せて入ってきちゃったけど……」

 

「……どうやら教会みたいよ」

 

 そう言って玲が指を指した先にはステンドグラスと大きな十字架があった。今まで気が付かなかったが少年少女の歌う聖歌も聞こえ、ここに集まった沢山の人がそれを聞きながら幸せそうな表情をしている。

 

「……素敵な歌声ね。心が落ち着くわ」

 

「プロの水無月さんが聞いても上手いと思うの?」

 

「あら、心を込めて歌うって事はそれだけでも素晴らしいものよ? そこに上手い下手の価値は無いわ」

 

 玲は謙哉にそう告げると胸に手を置いた。そして、教会に集う人々の顔を一人一人見る様にして視線を動かす。

 

「……素敵だと思わない?」

 

「え?」

 

「ここには子供から大人までたくさんの人が居るわ、その全てが穏やかで幸せそうな顔をしている。これって凄いと思わない?」

 

「……確かにそうだね」

 

 玲の言葉通りだった。聖歌を歌う子供たちやその子供たちを見る大人や老人たちも皆一堂に幸せそうな表情をしている。神の元であどんな命も平等と言うが、これだけ多くの人を同じ様に笑顔にできるのならばあながちそれも間違いでは無いのだろう。

 

「……ねえ、教会って結婚式の会場にもなるのよね?」

 

「え? ……うん、確かにそうだね。それがどうかしたの?」

 

「そう考えると、ここって新しい家族や新しい幸せが生まれる場所なんだな~……って、思ったのよ」

 

「あぁ……そっか、そんな風にも考えられるのか……!」

 

「……私、幸せになれると思う?」

 

「え……?」

 

「親からも愛されなくて、家族の幸せってものがいまいちわからない私でも……何時か幸せな結婚が出来ると思う?」

 

 試す様に、そして少し不安そうに玲は謙哉に問いかける。愛情と幸せと言う面に関して自分に自信が無い彼女のその質問に対して、謙哉は屈託のない笑みを浮かべながら答えた。

 

「もちろん、水無月さんは必ず幸せになれるよ! 良い人と一緒に幸せな家庭を作れるって!」

 

「……ふふ、ずいぶんと自信満々に言うのね? 根拠はあるの?」

 

「今の水無月さんを見てたらなんとなくね。笑った顔、可愛いよ」

 

「……あなた、女の子を口説くのが得意なの? 良くそんな台詞言えるわね?」

 

 そう言ってくすくす笑う玲を見ながら、謙哉は今言った事はお世辞でも何でもないと彼女に伝えようとして……止めた。そこまで言うと、なんだか本当に口説いているみたいだったからだ。あと、少し恥ずかしかったのもある。

 

「それで? もしも私が結婚出来なかったらどうするの?」

 

「え!? ど、どうするって、何が?」

 

「あれだけ自信満々に言って私をその気にさせたんだから、上手く行かなかったら責任とりなさいよ?」

 

「せ、責任って……?」

 

「そうね……私が結婚できなかったら、あなたが貰い手になってくれるのとか、どう?」

 

「~~~~~~っっ!?」 

 

 ほとんどそのまま逆プロポーズなその言葉に謙哉は赤面した。玲はそんな謙哉の顔を悪戯っぽく笑いながら見続けている。

 からかっているつもりなのだろうが、女性への免疫が無い謙哉からしてみれば返しに困る質問だ。早いとこ冗談でしたと軽く流して欲しいのだが……

 

「で、どうなの? 責任とってくれるのかしら……謙哉?」

 

「え、えと、その……」

 

 間違いなく自分の顔からは湯気が出ているだろう。そんな事を冷静に思いながらも謙哉は回答に困っていた。

 自分も軽く受け流すだけの要領が欲しいのだが、なんとなく今の玲からは『本気』の感じがするのだ。適当な返事は出来ない気がする。何故か

 

「ふふふ……冗談よ。あなた、こういう手合いには弱いのね」

 

「う……」

 

 やがて焦る謙哉に対してやっとこさおふざけを止めた玲が話を切ると、謙哉はその場にがっくりと項垂れた。なんだかどっと疲れた気がする……そう思っていた時、彼の携帯電話が着信を告げた。

 

「……電話? ごめん、ちょっと外で出て来るね!」

 

「ええ、さっきの人たちに見つからないようにね」

 

 玲に一言だけ告げて教会の外に出る。謙哉が外に出るのを見送った後で、玲は小さく呟いた。

 

「……流石に攻めすぎたわね。もう少し自重しましょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勇? どうかしたの?」

 

『謙哉! お前今どこに居る!?』

 

「どこって言われても……」

 

 正直分からない。逃げ回っている内に現在位置などわからなくなってしまっていたのだから

 一度電話を切って位置を確認してからかけなおそうかと思ったが、勇はそんな謙哉の考えをよそに慌てた様子で話を続ける。

 

『いまさっきオッサンから連絡があったんだ! んで、今まで起きた事件の場所には規則性があるって事を教えて貰った!』

 

「規則性? って事は、次の事件現場がわかったの!?」

 

『ああ! 事件は一定間隔で渦を巻く様に移動している。ひとつ前の事件から推測される次の事件現場は、お前たちが居る町の……』

 

「きゃーーーっ!」

 

 勇がそこまで言った時だった。突如謙哉の耳にガラスの割れる音と沢山の悲鳴が聞こえて来たのだ。真後ろから聞こえた声に一瞬気を取られた後、謙哉は勇に聞き返した。

 

「……勇、次の事件現場って、教会じゃない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「逃げて! 早く逃げるのよ!」

 

 一方、教会の中に残っていた玲は恐慌する人々を誘導して避難させようとしていた。同時に、ステンドグラスを割って入って来た侵入者の姿を睨む。

 真っ白で無個性なその姿……それが少し前に現れたカードを使えなくするエネミーの姿に酷似していたことに気が付いた玲は舌打ちをする。試してみたが、やはり変身が出来ない事に気が付き、玲はもう一度舌打ちをした。

 

<グロンギ……!>

 

 白いエネミーはいつぞやと同じ様に取り出したカードを使用した。すると、その姿が見る見るうちに変わっていく。

 前に見たアンデットとは全く違うその姿、まるで巨大な蝙蝠の姿をした怪人『ズ・ゴオマ・グ』へと姿を変えたエネミーを見た玲は、奴こそが一連の殺人事件の犯人である事に気が付いた。

 

「水無月さん!」

 

「謙哉! あれを見て!」

 

 避難する人々を掻き分けて自分の元に駆けつけた謙哉に事の次第を説明した後で、二人は敵の前に立ちはだかる。変身は出来ないとしても何もせずに逃げるわけにはいかない……自分たちは仮面ライダーなのだから

 

「あなたが最近起きている殺人事件の犯人ね! 答えなさい、なぜこんなことをしたの!?」

 

「……すべては、ゲゲル、の為……!」

 

「ゲゲル……? なんだ、それは?」

 

「若い女……20人……今日までに殺す! あと一人……お前、丁度良い!」

 

 不気味な笑い声をあげたゴオマは玲目がけて突進してくる。玲はひらりとそれを躱すも、ゴオマはしつこくそれを追って来た。

 

「くそっ! 水無月さんに近寄るな!」

 

「邪魔だ、リント!」

 

 謙哉がゴオマを後ろから押さえつけるもあっという間に振りほどかれて吹き飛ばされてしまう。並ぶ椅子につっこんだ謙哉はすぐさま立ち上がると玲を助けるべくゴオマに立ち向かおうとした。

 

「くっ、なんてしつこい……!」

 

「諦めろリントの女……お前の命で俺は高みに行く!」

 

「はい、そうですか、ってあきらめる訳が無いでしょ? 精一杯足掻くわよ……っ!?」

 

 襲い来るゴオマを何とかいなしていた玲だったが、突如血相を変えた。それは、自分の後ろの小さな少年が倒れている事に気が付いたからであった。

 

「ほぉ……!」

 

 そしてそれはゴオマも知るところとなった。そのまま真っ直ぐに突っ込むゴオマを見た玲は、とっさに少年を庇ってその攻撃を受ける。

 

「ああっ!」

 

「水無月さんっ!」

 

 吹き飛ぶ玲、とっさにその体をキャッチした謙哉だったが玲は思う様に動けなくなるほどのダメージを負ってしまっていた。

 

「終わりだな、リント……!」

 

 ゴオマは振り向くと近くにある物をなぎ倒しながら謙哉たちの方向に向かって来る。燭台が倒れ、近くにあったカーテンや木製の椅子に火が燃え移り、教会はあっという間に炎に包まれた。

 

「くそっ、どうすれば……?」  

 

 玲と少年を抱えながら後退する謙哉、だが、手詰まりとなったこの状況で危機を回避する方法は全く思いつかない。

 万事休すかと思われたその時、玲が痛みに耐えながら彼に一つの提案をしてきた。

 

「謙哉……私を置いて、逃げて……!」

 

「何言ってるの!? そんな事出来やしないよ!」

 

「あいつの狙いは私よ……私さえいなければあいつはあなたたちを追わない。この状況で二人だけは助かるの!」

 

「でも! そんな事をしたら君は……!」

 

「……ならここで三人まとめて死ぬつもり? あなたは覚悟のうえでも、その子はどうするつもりよ?」

 

「っっ……!」

 

 玲の言う通りだった。謙哉は最後まで抵抗を続け、その結果死んだとしても本望かもしれない。だが、ここで気を失っているこの少年は巻き込まれただけだ。

 彼の命を救わなければならない。それは、間違いなく自分たちの使命であった。

 

「私を置いて逃げて……そうすれば、あなたとその子は助かるわ!」

 

「くっ……!」

 

 出来る訳が無い。玲を置いて逃げる事など……しかし、この少年の命も救わなくては……

 悩む謙哉、その彼に向かって意外な人物が声をかけた。

 

「そうさ、その女の言う通りにした方が良いぞ、虎牙謙哉……!」

 

「なっ……!?」

 

 自分たちに迫るゴオマが光ると共に、姿が白いエネミーへと変わった。そのままエネミーは謙哉に対して語り掛けて来る。

 

「逃げるが良い虎牙謙哉、お前はその方が幸せだ……!」

 

「お前……お前は何なんだ!? どうして水無月さんを狙う!? それに、僕に逃げろってどういう事だ!?」

 

「……君の質問に一つずつ答えよう。まずは私が変身したこの姿だが……これは、古代に存在した戦闘民族『グロンギ』の力を宿した物さ」

 

「古代種族、グロンギだって……?」

 

「その通りさ、そして邪悪な民族である彼らはゲゲルと呼ばれる殺人ゲームを行う事を生きがいとしている。私もその習性に従ってゲゲルを始めてみたよ」

 

「ゲーム……? ゲームで、人を殺すだって……!?」

 

「ああ、そうさ! これがなかなか楽しくてねぇ! 人の断末魔、命の消える瞬間を見る事はとても愉快だ! グロンギ族が嵌る理由もわかるよ!」

 

 そう言いながら笑い転げていた白いエネミーは急に冷静さを取り戻すと再びゴオマへと姿を変えていく。その途中で謙哉に対して最後の忠告をした。

 

「虎牙謙哉、君は間違いなく英雄となる人間だ。故に私は悲しい……何故なら、君の末路は『死』あるのみだからだ」

 

「えっ……!?」

 

 エネミーのその言葉に本人よりも驚きを見せたのは玲であった。目を見開きながら次の言葉を待っている。

 

「戦いを続けた結果、君は最後には命を落とす……それがどんな運命を辿ったにせよ、君は必ず死ぬのさ!」

 

「だから逃げろ。この場から逃げて二度と戦いの場に戻って来るな……それが出来ないと言うならば、私がここで君の命を終わらせてやろう!」

 

「っっ……! 謙哉、逃げてっ!」

 

 間違いなくあのエネミーは謙哉が抵抗を続ければ彼を殺す。確信めいた予感に駆られた玲は謙哉に逃げる様に叫んだ。

 もう自分などどうなっても良い、せめて彼には生き延びて欲しい……だが、謙哉は玲の傍に少年を横たえると、拳を握りしめてゴオマへと挑みかかった。

 

「うおぉぉぉっ!」

 

「謙哉、駄目っ!」

 

 玲の制止を振り切ってゴオマへと飛び掛かる謙哉。だが、簡単に腕を掴まれて首を締め上げられてしまう。

 

「ふん……諦めの悪い……!」

 

「ぐあっ!」

 

 腹を殴られ、そのまま投げ捨てられた謙哉は並ぶ椅子の中心に吹き飛ばされた。派手な音を立てながら崩れる椅子を見た後で、ゴオマは玲たちへと足を進めようととしたが……

 

「まだだっ!」

 

「なにっ!?」

 

 再び飛び掛かって来た謙哉に殴られ、ゴオマは数歩後退る。しかし、謙哉のその行動に怒りを燃やしたゴオマはさらに激しさを増して謙哉へと攻撃を加えて行った。

 

「調子に、乗るなっ!」

 

「ぐっ、がはっ!」

 

 殴られ、蹴り倒された謙哉は玲の傍まで転がって来る。涙ながらにその姿を見る玲はもう一度謙哉に懇願した。

 

「もう良いの……逃げて謙哉、このままじゃあなたが死んでしまう……」

 

「その女の言う通りだ、お前はよくやった。これが最後のチャンスだ、この場から去れ、さもなくば……」

 

「……ふざ、けるな……っ!」

 

 最後の情けを持ってかけられたエネミーの言葉、しかし、謙哉はそれを怒りに燃えた瞳で遮ると再び殴りかかって行く。

 

「貴様、そんなにも死にたいのか! なぜ逃げない!? 死ぬことが怖くないのか!?」

 

「……怖いさ、死にたくないさ! もっと言うなら戦いなんて大嫌いだ! でも、でも……僕は戦う!」

 

「ぐおっ!?」

 

 ゴオマの横っ面を謙哉が殴る。覚悟を秘めた力強さを持つその一撃を受けたゴオマは今度は数歩どころではなく後ろへと後退った。

 

「お前に殺された女の人たちには家族が居たんだ……一緒に暮らして、楽しく毎日を過ごして……きっとそんな毎日を過ごしていたんだ!」

 

「もしかしたら恋人だっていたかもしれない! 結婚だって控えていたかもしれない! 大切な人とこれから先、幸せを作って行こうとしていたかもしれないんだ……それを、それを!」

 

「お前が奪ったんだ! かけがえのない大切な毎日を! これから先の幸せを! 沢山の笑顔を! 下らないゲームなんかの為に、お前が奪ったんだ!」

 

「なんだ……何なんだ、お前のその気迫はっ!?」

 

 謙哉の心の中にある感情、それは怒りであり……悲しみであった。

 犠牲者たちの命と幸せはゲームという下らない理由で理不尽に奪われた。そして、その家族や友人、恋人たちは悲しみに暮れている。

 彼女たちがどんな人生を送っていたかを謙哉は知らない。だが、生きていればたくさんの幸せが彼女たちを待っていただろう。彼女たちの周りの人たちはそれを願っていただろう。

 しかし、その願いが叶う事は無くなった。他ならぬ彼女たちの人生の終焉をもって、彼女たちの光あふれる未来は消えて無くなったのだ。 

 

 憎かった。許せなかった。しかし、それ以上に悔しく、悲しかった。たくさんの笑顔が理不尽な理由で消されたことが、謙哉にとっては何よりも辛かった。

 

 だから逃げない。ここで自分が逃げたらまた笑顔が奪われる。誰かが涙を流す。自分の身にどんなに辛い事が起きようともそれだけは許すわけにはいかない。

 謙哉は戦う。拳を握りしめ、倒す為では無く守る為に。誰かの命を、未来を、笑顔を守る為に!

 

「僕は戦う! こんな奴らの為に、誰かの涙は見たくない! 皆に笑顔でいて欲しいんだ! だから、だから……」

 

(……そうだよね。どんなに自分が傷ついたって、皆には笑ってて欲しいって思っちゃうよね)

 

 謙哉の肩に誰かが触れた。その感触を覚えた謙哉の手に光が灯る。

 

(憎しみでなく守る為に戦う君なら、きっと俺の力を使える! 受け取ってくれ、俺の2000番目の技!)

 

 温もりを感じる男の声と共に謙哉の手には一枚のカードが握られていた。そのカードを握りしめながら、謙哉は叫ぶ。

 

「だから……そこで見てて、僕の、変身っ!」

 

<クウガ! NEW LEGEND! NEW HERO!>

 

 謙哉の体が、腕が、脚が、徐々に変わっていく。赤を基調にしたいつもとは違うその姿。鎧を纏いながらも何処か生物めいた感じを覚える彼の腕の盾には、『戦士』の意味を持つ古代文字が刻まれていた。

 

「その姿……まさか、クウガ!?」

 

「クウガ……それが、僕に力を貸してくれた人の名前!」

 

 炎を背に駆けだした謙哉は拳を振るう。派手さがある訳では無い、華麗な戦いでもない。だが、その一撃には守る者としての誇りと、確かな覚悟が籠っていた。

 

「はぁぁっ!」

 

「ぬぅぅっっ!?」

 

 ゴオマの強力な攻撃も謙哉には通用しない。見事な格闘技の数々で受け流され、手痛い反撃を喰らうだけだ。業を煮やして飛び上がったゴオマだったが、謙哉はそれに追い付く様にして跳び上がると、拳でゴオマの羽を打ち破った。

 

「に、逃げられなくなるぞ……命を落とす運命から、お前はっ……!」

 

「構わない! 皆の笑顔を守れるなら、僕の命なんてくれてやるさっ!」

 

 炎に包まれた謙哉の拳がゴオマに繰り出される。その一撃を喰らったゴオマは大きく吹き飛ぶと教会の壁に打ち付けられた。

 

「今だっ!」

 

<必殺技発動! マイティキック!>

 

 右脚に力を込めて謙哉は駆け出す。一歩、また一歩と踏み出すたびにその力が強まって行くのが分かる。

 最大限まで力が溜まったその時、謙哉は空中へと跳び上がると前方へと一回転した。

 

「おりゃぁぁぁっ!」

 

「ぬ……おぉぉぉぉぉっ!」

 

 助走+宙返りの勢いを乗せた右足での跳び蹴りが炸裂する。込められた封印エネルギーを体へと打ち込まれたゴオマは断末魔の叫びを上げると爆発四散した。

 

「……そうさ、後悔なんてしない。僕は、守る為に命を懸けるんだ……!」

 

 揺らめく炎を見つめ、拳を握りしめながら謙哉は誓う。この先にどんな未来が待っていようとも戦い続ける事を

 そして、振り返ると目の前にある二つの命を救うために駆け出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……っ! あー、死ぬかと思った!」

 

「あなた、本当に無茶するわよね……」

 

 教会の窓をぶち破り外へと脱出した謙哉と玲は、保護した少年を救急隊員へと引き渡した後で一息ついていた。玲も大した怪我はしていなかった様で、今では普通に動き回っている。

 

「逃げろって言ったじゃない、なんて無茶するのよ。今回は助かって良かったけれど、次もこう上手く行くとは限らないんだから気を付けなさいよ?」

 

「……しょうがないじゃないか、水無月さんが責任取れって言ったんだから」

 

「は?」

 

「……水無月さんが幸せな結婚をするまで、死なせるわけにはいかないよ。じゃなきゃ太鼓判押した僕の立つ瀬がないじゃないか」

 

「……呆れた。あなた、そんな事考えてたの?」

 

「僕、責任感強いの」

 

 おどけた様にそう言いながら謙哉は横目で玲の様子を見る。怒ってはいないだろうかと心配になったが、玲はまんざらでもない顔をしていた。

 

「そうね、それじゃあその約束は守って貰いましょう。とりあえず結婚するまでは見守ってなさいよ」

 

「それじゃあ結婚式の招待状は出してね。僕、必ず出席するから!」

 

「……嫌」

 

「何で!? ひどくない!?」

 

 時々辛辣になるところは変わってないなと思いながら謙哉は苦笑した。そして、完全に信頼されるまでにはもう少し時間がかかるだろうかと考えながら、何か協力出来ることは無いかと警官たちの元へと向かって行く。

 

 そんな謙哉は気が付かなかったが、先ほどの言葉は「招待状を貰わなくても結婚式に出席できる立場になりなさい」という玲最大級のデレだったわけだが……まぁ、遠回し過ぎたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――NEXT RIDER……

 

「過去が希望をくれる……あいつらにとって、笑顔で過ごせてる今がいつかかけがえのない思い出になるんだ」

 

「ガキどもの思い出を壊す奴は許さねぇ! さぁ、行くぜ! 今日の俺は最初から最後までクライマックスだ!」

 

次回『時を超えて、俺、参上!』

 

 

 



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電王編

 

 

 

 

「いや~、今日は晴れて良かったなぁ!」

 

「ええ! 希望の里の皆さんも喜んでいるんじゃないですかね?」

 

 夏のある日、養護施設「希望の里」へと続く道を勇とマリアが会話をしながら歩いていた。今日はこの間のチャリティーコンサートの事件に巻き込まれた為にディーヴァのコンサートが見れなかった子供たちの為に、わざわざ葉月たちが施設までやって来て歌を披露してくれることになっていたのだ。

 

 勇とマリアは学校が終わってすぐに施設へと赴き、飾りつけをする役目についていた。謙哉に三人を迎えに行く役目を頼んだ勇の子供たちと一緒の時間を過ごしたいと願っての行動だったが、彼にはもう一つの狙いがあった。

 

(な、なんとかこないだの一件を謝らねぇと……!)

 

 そう、つい最近のあの出来事。ちょっとした偶然が重なり合った結果、マリアのあられもない姿を見てしまった事をどうにかして謝らないといけないと考えた勇は、何とかマリアと二人きりになりたかったのだ。

 

 施設には後で光牙たちも来ると言う、もしも彼らにこの事がバレたら半殺しでは済まないだろう。その前にしっかりと謝っておかなくてはならないと考えた勇は、笑顔で話を続けながらその機会を探っていく。

 

「そ、そう言えばテスト、マリアは流石の成績だったな!」

 

「い、いえいえ! 勇さんこそ凄かったですよ!」

 

 この勇の会話のセレクトはちょっとした計算があっての事だった。テストの事から話を繋げ、自分の非礼を詫びる。会話の流れを上手く繋げてそこまでたどり着かせなければならない。

 

「でもやっぱりマリアの教えがあっての事だと思うぞ! 本当に助かったぜ!」

 

「そ、そうですか!? いや~、そう言われると照れますねぇ!」

 

 うふふふふ、と異様な大きさで妙な笑い方をするマリアを見た勇は背中に嫌な汗が流れるのを感じていた。

 間違いなくマリアはこの話題を避けている……きっと、自分のしでかした行動を怒っているのだと感じていた。

 

(……で、でも、謝らなくちゃいけないよな!)

 

 今後の付き合いに亀裂を入れない為にもしっかりと禍根は絶っておくべきだ。固く決意した勇は顔を上げるとマリアへと向き直った。

 

「マ、マリア!」

 

「は、はひっ!?」

 

 いきなり大声を出されたことに驚いているマリアの顔を見つめながら勇はどうにかして謝罪の言葉を切り出そうとする。何とも言いにくい事だが、しどろもどろになりながらも直実に話を前に進めていく。

 

「あ、あの……この間の、あの事なんだけど……」

 

「あ、あの事って、あの事、です、よね……?」

 

「あ、ああ、あの事」

 

 しっかりと明言はしないまま二人の会話は続いて行く。だが、意思の疎通は出来ていると踏んだ勇はしっかりと謝ろうと口を開いたが……!

 

「この間のあれ、ほんと申し訳……うおっ!?」

 

「なんだぁ、てめぇ? いちいちアレだのソレだのまどろっこしい……!」

 

 目の前に居るマリアの様子が完全におかしい事に気が付いて口を閉じてしまった。勇はそのまままじまじとその姿を観察する。

 

 何とも不機嫌そうな表情、完全にイライラして顔で勇の事を睨みつけている。見間違いかもしれないが、いつもは青いマリアの瞳が真っ赤になっていた様な気がした。

 

 綺麗な髪も所々逆立ち、一部には赤いメッシュの様なものまで付いている。まるで某スーパーなサイヤ人の様なその変貌に勇は言葉を失ってしまっていた。

 

「男だったら言いたい事ははっきり言えっての! うじうじしやがって、気持ち悪い!」

 

「き、きも……っ!?」

 

「大体その面が気に入らねぇ! 理由はわからんが気に入らねぇんだよ!」

 

「き、気に入らない……!?」

 

「……ってか、この体動きづれぇ! やわっこいし、尻やら胸やらが妙に重いし……あ~、これならまだ良太郎の方がましだっての!」

 

「う、うう……」

 

 もう駄目だ、マリアは間違いなく自分に対して怒りを募らせているのだろう。勇はそう考えると地面にがっくりと跪く

 あの聖母の様なマリアにここまで言わせるとは自分はなんて罪深い人間なのだろう。あの筋肉ダルマですら自分よりましに思えてきた。

 

 絶望しきった勇はそのままぴくりとも動かないままに傷ついていた。この世の終わりを思わせるその姿を誰かが見ていたのならば、間違いなく理由を問い質すだろう。

 そんな事まで気が回らないままに呻いていた勇だったが、その肩を掴まれて必死に揺さぶられたことで顔を上げる。するとそこには涙目で顔をくしゃくしゃにしたマリアの姿があった。

 

「……あ、ああ! ち、違うんですよ勇さん! 私、そんな事言おうとしたわけじゃ無いんです! そんな事思って無いんですよ~!」

 

「え? あ? へ?」

 

「あんなこと思って無いんですよ~! この間の事も悪いのは鍵を閉め忘れた私ですし、全然怒って無いんです! 勇さんの事、嫌ってなんかいませんから! むしろ大好きですから! 信じてください~!」

 

「なっ、お、ちょ、落ち着けってマリア!」

 

 大声で叫ぶと同時にえんえん泣き始めてしまったマリアを必死に宥める勇。こんな姿を誰かに見られたら絶対に自分が何かをしでかしたと思われてしまうでは無いか。

 

「大丈夫だから、お前の事を悪く思ったりなんかしねぇから!」

 

『おい、ちょっと……』

 

「ふえぇぇ~~ん! え~~ん!」

 

「だいじょぶ! 大丈夫だって! こないだの事は俺も悪かったと思うし、別にマリアが責任感じる必要はねぇって!」

 

『お~い、ちょっと良いか?』

 

「あ~~ん! わぁぁ~~ん!」

 

「ほら! 飴上げるから! クッキーもあるぞ! だから泣き止んでくれ!」

 

『おい! 俺を無視すんじゃねぇ!』

 

「だ~! さっきからうるせぇんだよ! なんだてめぇは!?」

 

「わ~ん! うるさくってごめんなさ~い!」

 

「違う! うるさいのはマリアじゃなくってこっちの、こっち、の……?」

 

 先ほどからちょくちょく自分たちに話しかけて来る謎の声の主を見た勇は瞬時に凍り付いた。その様子を見たマリアも一度落ち着き、勇の視線の先を見ると……

 

『……わりぃ、俺のせいで面倒な事になったな』

 

 そこには、砂の様なもので出来た上半身と下半身がさかさまの鬼の様な生き物が居たのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、あれ、どういう事?」

 

「さ、さぁ……?」

 

 同時刻、薔薇園学園の校門前でとある光景を見ている葉月とやよいが恐る恐ると言った様子で口を開く、視線の先にはたくさんの女子とそれに囲まれる一人の男子の姿があった。

 

「あぁ、ここはなんて素敵な所なんだろう! 君たちの様な天使がこんなにいるだなんて、まさに天国だよ!」

 

 キザな台詞を口にした男子が自分を囲む女子たちの手を取り、ウインクし、投げキッスを送る。その挙動の一つ一つに女子たちは黄色い悲鳴を上げて大騒ぎしていた。

 これがただのナンパならば二人はここまで驚かなかっただろう。しかし、二人にとってはこのハーレムを作り出している人物が問題であった。

 

「け、謙哉っちって、あんなキャラだったっけ……?」

 

「ち、違うとおもうよ……」

 

 視線の先に居る人物、それは、間違いなく虎牙謙哉その人だ。青いメッシュと瞳をしていて、眼鏡をかけている事を除けばいつも見ている彼にしか思えない。

 

 だがしかし、彼はナンパなどする性格では無いはずだ。そう考えながら二人は自分たちの後ろに居る人物へとゆっくりと振り返る。

 

「………」

 

 振り返った先に居る親友、水無月玲はいつも通りのポーカーフェイスでナンパをする謙哉の姿を見つめていた。その背後からは完全に怒りのオーラが溢れ出ている。

 

 葉月とやよいにはいつもの様に彼女をからかう余裕は無かった。もし、下手な事を言ったならば殺される事が目に見えていたからだ。

 

「……ちょっと行って来るわね」

 

「れ、玲?」

 

「校内でナンパするあの馬鹿の所に行って殺るだけよ、問題無いわ」

 

 行ってやる、という言葉なのにどうして物騒な言葉に聞こえるのかは分からない。しかし、謙哉目がけて歩き始めた玲の背中を見ていた葉月がはっと正気に戻ると、やよいにあわてて声をかけた。

 

「ま、不味いよ! 間違いなく玲は謙哉っちを殺すつもりだよ!」

 

「あわわ……急いで止めないと!」

 

 そう言って駆け出すやよい、その背中に付いて行こうとした葉月だったが、ある事に気が付いて足を止めた。

 

 それは光の玉だった。紫色をしたそれは一目散にやよいに向かって飛んでくると、その背中にぶち当たる。

 

「うっ!?」

 

 呻き声をあげて立ち止まるやよい、一連の様子を見ていた葉月は何が何やら分からないがやよいの身を案じて彼女に駆け寄った。

 

「や、やよい!? 大丈夫!?」

 

「ん~……あ~……」

 

 なんだか朦朧としているやよいの肩を掴んで揺さぶる葉月、今日は妙な事が良く起きるなと考えていると目の前のやよいが目を見開いた。

 

「やよい! 大丈夫だった? 今の光は……?」

 

「……その手、離してくれるよね? 答えは聞かないけど」

 

「え……?」

 

 普段とは違う口調のやよいに驚いた葉月は、彼女が指を鳴らす音と共に意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一体どういうつもり? あなた、そんな事をする男だったわけ?」

 

 女子たちの集団から謙哉を連れ出した玲は、人気の無い体育館裏へと彼を連れ込んで事情聴取をしていた。

 怒りを隠す事もせずに謙哉を睨む玲、しかし、謙哉はそんな彼女に対して値踏みをする様な視線を送るばかりだ。

 

 いつもの彼とはまったくもって違うその視線に嫌な感じを覚えながら玲はさらに怒気を強めて謙哉に詰め寄る。自分自身にこれは嫉妬では無く校内の風紀を乱したが故の怒りであると言い聞かせながら

 

「答えなさい、何であんな真似を……」

 

「……言わなきゃわからないかな?」

 

「え……っ?」

 

 困惑する玲の真横に謙哉の腕が伸びる。同時に背後の壁に叩きつけられた謙哉の手が鳴らした音が耳に届き、玲は謙哉が『壁ドン』と言う奴を行った事を理解した。

 

「謙哉……?」

 

「……嫉妬して欲しかったんだよ、君に」

 

 そう言いながら顔を近づける謙哉、青い彼の瞳に吸い込まれるような感覚を覚えながらも玲は彼の話を聞き続ける。

 

「……君が僕の事をどう思ってるか知りたくってさ、だからあんな真似をしたんだ。でも、確かに悪趣味だったね、それは謝るよ」

 

「あ、あなた、何言って……?」

 

「ここまで言えばもう分かるでしょ? それに、君だってこんな人気の無い場所で二人きりになるなんて、期待してたんじゃないの?」

 

 そう言いながら謙哉は玲の顎に手を添えて顔を上へと傾かせる。高い位置にある謙哉の顔が徐々に自分の方へと降りて来るのを見た玲の胸が高鳴る。

 

「……分からないのなら教えてあげるよ。目、瞑って……すぐに答えを教えてあげるから」

 

「けん……や……?」

 

 自分の口から甘い息が漏れるのが分かる。こんな女の子らしい声が自分から出るなんて驚きだと思いながら玲は目を瞑る。

 

 女慣れした手つきで玲を抱き寄せると、謙哉は彼女の綺麗な顔の桃色の唇へと自分の唇を向かわせ、そして……

 

「……んな訳無いでしょうが!」

 

「あがっ!?」

 

 玲から繰り出されたアッパーカットを見事に喰らい、そのまま軽く宙へと舞った。

 

「はぁ、はぁ……あ、危うく流されるところだったわ……!」

 

 色んな意味で顔を赤くした玲は首を振って平常心を取り戻そうとしていた。先ほどの自分は何かの間違いでああなったのだ、雰囲気に流されただけなのだ。

 

「み、水無月さん……」

 

「っっ……! まだ何か言おうっての!?」

 

「ま、って……僕、だよ。正真正銘、本物の僕……!」

 

 まだ何か言おうとしている謙哉に対してマウントポジションを取りもう数発きつい一撃を喰らわせてやろうかと思った玲だったが、その弱々しい声がいつもの謙哉のものであると気が付くとそっと拳を下ろした。それを見た謙哉はほっと溜息をつくと玲に言う。

 

「助かったよ、今までなんか良く分からないのが僕の体に入ってて……」

 

「なんか良く分からないもの……? 何よ、それ?」

 

『ああ、僕の事だね。良いパンチだったよ、お嬢さん』

 

 顔を上げた玲の目の前には砂で出来た謎の化け物が居た。そいつに間髪入れずに拳をぶち込んだ後で謙哉に問いかける。

 

「で? 何なのよあれは?」

 

「知らないよ! 僕だって知りたいよ!」

 

『……ちょっと殴るのを止めてくれないかな? ついでにそっちの彼の体からも可愛いお尻をどかしてあげた方が良いと思うよ』

 

「アンタ、いい加減にその口閉じなさい!」

 

「酷いなぁ、君たちの知りたい事を話してあげるつもりなのにさ」

 

 そう言った化け物は再び謙哉の体の中に入った。一度ぐったりとした謙哉が再び目を開くと、その瞳は青く染まっていた。

 

「……僕の名前はウラタロス。訳あってこの体を少し借りたいんだ。詳しい説明をするから、今からお茶でもどう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『亀! 小僧! お前らどこに行ってやがった!?』

 

「どっかに言ってたのは先輩の方でしょう? 僕とリュウタは一緒に居たって」

 

「クマちゃんもどっか行っちゃったけどね~!」

 

『って言うかお前ら何で体を手に入れてんだよ!?』

 

「丁度良い所に良い体があったんでね、借りる事にしたんだ」

 

「ボクもこのお姉ちゃんを気に入ったんだ! だから少しの間だけ借りることにしたよ!」

 

「……何がどうなってんだ?」

 

「さ、さぁ……?」

 

 数十分後、希望の里では砂の化け物と普段とは全く違う様子の謙哉とやよいが会話をしていた。話の中身から察するにこいつらは顔見知りらしいが、どういう仲なのかまでは想像がつかない。

 

「龍堂、こいつらは『イマジン』って言う生き物らしいわよ」

 

「い、イマジン……?」

 

「人の想像の産物、誰かにイメージしてもらわなきゃ体が作れない化け物らしいわ。今は二人の体を乗っ取って行動してるみたいね」

 

「そ、それって大丈夫なのかよ!?」

 

「……そうじゃ無かったら私が二人に憑りつくことを許してると思う?」

 

「た、確かにそうですけど……」

 

「心配しないでよ綺麗なお嬢さん方、君たちの友人に危害を加えるつもりは無いからさ」

 

 三人の会話に割り込んできた謙哉……もとい、ウラタロスはそう言うと椅子へと腰を下ろした。子供の様に体を動かしているやよいを横目に見ながら、勇は残った鬼の化け物へと問いかける。

 

「で? お前らの目的は何なんだよモモタロス?」

 

『……俺たちの目的? そりゃあ、あれだ、そのあれだよ!』

 

「……お前、人にあれだのどれだの言うんじゃねぇって言っておきながら自分は使うのな」

 

「あぁ、悪いね。先輩悪い人では無いんだけど頭が悪すぎるんだ。許してあげて」

 

『んだと亀公!?』

 

「良いからさっさとあなたたちの目的を話しなさい! そうしないと二人の体も戻ってこないし、葉月も眠ったままなんだから!」

 

 玲の剣幕に押された三人(三体?)はその動きを止めた。そして、顔を見合わせた後で代表者として謙哉の体を借りているウラタロスが話を始める。

 

「僕たちはね、この時代に来たイマジンを倒しに来たんだ」

 

「は? イマジンってお前たちの事だろ? それに、この時代ってどういうことだよ?」

 

「……簡単に説明すると僕らは良いイマジンで、時間を守る役目を持っているんだ。この時代に来た悪いイマジンは過去を変えてその時間の流れをおかしくしようとしてるんだよ」

 

「はぁ……? もっと詳しく説明しろよ」

 

「……同感だね。俺達にももっと詳しく説明してくれ」

 

 部屋の入り口から聞こえて来た声に全員が顔を向けると、そこには異様に疲れた顔をした光牙と真美、そして……

 

「Zzz……Zzz……」

 

 眠りこけている櫂が居たのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「電王……時の列車に乗って時間を守る仮面ライダー……」

 

「そんな戦士が存在していただなんて……」

 

『普段は一緒に戦う人間が居るんだかよ、何故だか今日はデンライナー無しでこの時代に来ちまったから俺達だけだ』

 

「お陰で体は維持できないし、変身も出来ないんだよね」

 

「八方塞がり~!」

 

「Zzz……」

 

 イマジンたちから話を聞いた勇たちは揃って顔を見合わせた。そして、彼らの話に信ぴょう性があるかを確認し合う。

 

「……正直、怪しいわよね」

 

「でも一応筋は通っているよ」

 

「悪い人では無さそうですし……」

 

「まぁ、人でないのは確かよね」

 

「……お話の所悪いんだけどさ、僕からも一つ質問良いかな?」

 

 ひそひそ話を続ける一行だったがウラタロスからの声を聞いて話を中断して顔をそちらに向ける。それを確認したウラタロスは、ポケットからクウガのカードを取り出すと勇たちに尋ねた。

 

「何でクウガの事を知ってるの? 君たち、もしかして仮面ライダーなんじゃない?」

 

「お前、その仮面ライダーの事知ってるのか!?」

 

「何度か一緒に戦った事があるよ。でも、君たちは知らないみたいだね。僕らみたいに他の仮面ライダーが居るって事も知らなかったんじゃないかな」

 

「じゃあこいつは知ってるか!? ブレイドって言うらしいんだけど……」

 

「知ってるね。じゃあやっぱり君たちも仮面ライダーで、カードを使って戦うタイプって事かな?」

 

『……ははぁ、読めて来たぜ。俺たちは時間を超えて来たんじゃねぇ、世界を超えて来ちまったんだな』

 

「せ、世界を?」

 

『そう言う事が出来る知り合いが一人いるんだよ。……あれ? 二人だったっけな?』

 

「大事なのはそこじゃねぇだろ! 世界を超えるってどういうことだよ!?」

 

「……僕たち仮面ライダーは一つの世界を基準に戦っている訳じゃ無いんだ。パラレルワールドって言えば良いのかな? 色んな歴史をたどった色んな世界に仮面ライダーは居る。僕たちは電王の世界から、君たちの世界へ飛んできちゃった訳だ」

 

「そっか~! だから特異点の良太郎も関係なかったんだね~!」

 

 納得しているイマジンたちの会話を耳にした勇たちも徐々に話を理解していく。どうやら無数にある世界から自分たちの世界に侵略者が来ていると言う事の様だ。

 

「待てよ! そんなにのんびりしてる場合か!? お前たちの話が正しけりゃイマジンってのは過去へ飛んで歴史を滅茶苦茶にしちまうんだろ!?急いで見つけねぇと!」

 

『……その必要はねぇぜ、勇』

 

「え……?」

 

 モモタロスの言葉の意味を問い質そうとした勇だったが、突如悲鳴が聞こえて来た事に驚き急いで外に出る。すると、そこには子供たちに詰め寄る緑色の鰐の様な怪物がいるでは無いか

 

「くそっ! 子供たちに手を出すんじゃねぇ!」

 

「勇兄ちゃん!」

 

 子供たちを庇う様に前に出る勇、遅れて到着したモモタロスたちが鰐の化け物を見ると威嚇するように大声を上げた。

 

『ワニ野郎! てめぇ、何が目的だ!』

 

「ここは僕たちの世界じゃない、過去を変えたって何の意味も無いけどねぇ」

 

「ククク……なるほど、他にもイマジンが居たのか」

 

「あん……?」

 

 思わせぶりな言葉を発したワニのイマジン……アリゲーターイマジンが顔を覆う。すると、体が徐々に崩れていくではないか。

 そうして変わっていくイマジンの体を見守っていた勇たちだが、変化が終わった後に姿を現した敵の姿を見て目を見開いた。

 

「お前はっ!?」

 

「ククク……私はイマジンなどでは無い。イマジンの力を得た、より優れた存在さ」

 

 そこに居たのはかつて勇、そして謙哉がレジェンドライダーの力を借りて倒した白いエネミーであった。三度現れた敵に対してその場に居た全員が鋭い視線を送る。

 

「答えろ! お前の目的はなんだ!?」

 

「目的……? そうだな、お前たちの願いを叶える事かな?」

 

「何だとっ!?」

 

 ふざけた事を言うエネミーに対して光牙が叫ぶ。しかし、エネミーはそんな叫びを無視すると子供たちに問いかけた。

 

「お前たち、叶えて欲しい願いは無いか? 変えて欲しい過去は無いか?」

 

「な、なに……?」

 

「お前たちには親が居ない。事故か、病気か、あるいは捨てられたか……理由は様々だが、私は過去に行ってお前たちの未来を変えられるんだぞ」

 

「え……!?」

 

「誰だってそうだ。変えたい過去の一つや二つあるだろう? 私がそれを変えてやろうと言うのだ! 親を失った子供も、親に愛されなかった子供もいない未来に変えてやろうと言っているんだよ!」

 

 甘い言葉で誘惑を続けるエネミー、大声で叫びながら勇たちにも聞こえる様な声で誘惑を続ける。

 その言葉を聞いた子供たちの心に迷いが生まれた。もしかしたら親に会えるかもしれない……そんな願いが生まれ、エネミーの言葉に耳を傾け始める。

 

「お父さんやお母さんに会えるぞ、こんな施設じゃない、普通の暮らしが送れるんだ。家族に包まれた普通の幸せがな……!」

 

「お、お父さんや、お母さんに……?」

 

「普通の、暮らしが……!」

 

 子供たちの目に黒い光が灯り始める。エネミーのその言葉に光牙と玲の心も揺さぶられていた。 

 

 あの日を無かったことにすれば、もう一度父に会える……尊敬し、愛した父との暮らしが戻って来る。

 

 過去を変えれば苦しみ、悲しんだ自分が居なくなるかもしれない……父と母に囲まれた、幸せな少女時代が戻って来るかもしれない。

 

 それは魅力的な提案であった。子供の心をくすぐるその言葉に誰もが期待の思いを抱く。しかし、それを受け入れてしまえば未来が変わってしまうのだ。

 

「幸せが欲しいだろう? 温かい団欒に包まれたいだろう? さぁ、私の元に来るが良い。君たちの願いを叶えてやろう……!」

 

 甘い毒を持って子供たちをそそのかすエネミー、ふらふらとその言葉に惑わされた子供たちが歩み寄ろうとした時、勇が大声で叫んだ。

 

「ふざけんな! 誰がそんな事を望むかよ!」

 

「……龍堂勇、お前も変えたい過去があるだろう? 親と幸せに暮らす未来が欲しいはずだ」

 

「ああ、そうかもな。でも、俺は今になんの不満も持っちゃいねぇ!」

 

「……何だと?」

 

「確かに辛い思いもしたさ、苦しい出来事だって数えきれないほどあったさ! でもな、そんな過去をひっくるめて俺なんだ! 辛い思いをしたから誰かの痛みが分かる、苦しい出来事があったから誰かに優しく出来る……俺の過去は、今の俺の為に希望をくれるものなんだよ!」

 

「お前の言う通り、こいつらには血の繋がった家族は居ねぇ。でも、心の繋がった家族ならここに居るんだ! その家族と一緒に過ごした今が、いつかこいつらにとってかけがえのない思い出に変わって、希望をくれる過去に変わるんだよ!」

 

「辛い思いを、苦しい過去を、お前は肯定するのか」

 

「違う! 苦しい事や辛い事を無かったことにして逃げようとするお前を否定するんだ! どんなに苦しんだって、最後には胸を張って自分の人生を誇れる道を歩むために、逃げちゃいけないんだよ!」

 

『……へっ、カッコいいじゃねぇかよ』

 

「くさい台詞だけど、悪くないね」

 

「泣けること言うやないか!」

 

「ボク、良く分かんないけどあいつの事嫌いじゃないよ!」

 

 勇の言葉を受けた子供たちの目に光が戻って行く。その様子を見ていたイマジンたちは勇を見て自分たちのパートナーである人間の事を思い出していた。

 

『『過去が希望をくれる』か……ったく、あいつと同じこと言うんだな』

 

「それが人の総意なのかもね、先輩」

 

「誰かの過去を、未来を守る為に、力を貸してやるとしようやないか!」

 

「行くよ? 良い? 答えは聞かないけど!」

 

 謙哉、やよい、櫂の体から光が飛び出すと、モモタロスと一緒になって勇の体へと飛んで行く。自分の体を貫く衝撃と確かな力を感じた勇の手には新たなカードが握られていた。

 

『使え勇! んで、あの大ボケ野郎をぶっ飛ばしちまえ!』

 

「……あぁ、お前たちの力、ありがたく使わせてもらうぜ!」

 

「この……愚か者がぁっ!」

 

<イマジン……!>

 

 イマジンのカードを使ったエネミーが再びその姿をアリゲーターイマジンへと変貌させる。恐怖に怯える子供たちの声を聞きながら、勇もまたモモタロスたちから受け取ったカードをドライバーへと通した。

 

「変身っっ!」

 

<電王! オールウェイズ、クライマックス!>

 

 カードを使った瞬間、勇の周りに赤い半透明のガラスの様な物体が舞った。それは勇の体に収束していき、銀色のスーツへと変貌する。 そして顔と体、各部関節部分に赤いアーマーが展開された。

 

「……俺、参上!」

 

 びしっ! と腕を大きく広げて決めポーズをとる勇。その様子を怪訝な様子で見ていたマリアが尋ねる。

 

「勇さん、それ、何の意味があるんですか?」

 

「……わからん、なんかやらなきゃいけない気がした」

 

「電王……っ!」

 

 怒りに燃えるアリゲーターイマジンはそんな二人の漫才を苦々しく見ながら武器を構える。鰐の牙の様な剣を構える敵に向かって、勇は大声で叫んだ。

 

「ガキどもの思い出を壊す奴は許さねぇ! さぁ、行くぜ! 今日の俺は最初から最後までクライマックスだ!」

 

<デンガッシャー!>

 

 勇は電王の固有武器であるデンガッシャーを手に取る。連結パーツを変える事によって様々な武器に変化するそれをソードモードに組み合わせると勢いよく振り回しながら突進した。

 

「行くぜ、行くぜ、行くぜ!」 

 

「ぐうっ!?」

 

 型破りな勢いだけの喧嘩殺法で攻撃を仕掛ける勇、繰り出される斬撃の嵐に怯みながらも反撃の糸口を探していたイマジンは、勇の攻撃が途切れた一瞬を付いて剣を振りかぶった。

 

「もらったぁっ!」

 

「……ふふっ!」

 

 アリゲーターイマジンが剣を振り下ろすと同時に背後に吹き飛んだ。一瞬自分の身に何が起きているか理解できなかったイマジンに対して、勇が煽る様な口調で言う。

 

「見事に釣られたな、慌てる乞食は貰いが少ないって言葉しらねぇのかよ?」

 

「きさまっ……!」

 

 見事なハイキックの構えを見せていた勇は軽く足を払うとデンガッシャーを竿状の武器であるロッドモードへと変形させた。そして、それを掴むとイマジンに向けて振る。

 

「お前、俺に釣られてみる?」

 

「ぬおぉぉっ!?」

 

 デンガッシャーから繰り出されたエネルギーの糸がアリゲーターイマジンに引っかかり、その体を浮き上がらせる。そのままぐるぐると引っかかった得物を振り回した後で、勇は思い切り上へ敵を放り投げた。

 

「俺の強さは、泣けるぜ!」

 

 デンガッシャーを三度変形、リーチは短いが威力は抜群のアックスモードへと変形させると落ちて来たアリゲーターイマジンを打ち上げる様にして振り上げた。

 

「よいっしょぉっ!」

 

「ぐわぁぁぁっ!?」

 

 舞い散る火花、確かな手ごたえ。先ほどよりも高く打ち上げられたアリゲーターイマジンには目もくれず、そのまま踊る様にくるくると回転していた勇の手には、すでに変形されたデンガッシャーが握られていた。

 

「撃つけど良いよな? 答えは聞かないけど!」

 

 銃の引き金を引いて弾丸を連射する勇、アリゲーターイマジンが地面に落ちて来るまでの数秒の間たっぷりと銃弾を喰らわせると、イマジンの横っ面に華麗なステップからの裏拳を叩きこんで大きく吹き飛ばした。

 

「ぬ、ぐぅ……っ! お前は、愚かだ……!」

 

「ああ、そうかい! けどな、馬鹿でも愚かでも未来に進む事を止めたくはないんでな!」

 

<必殺技発動! エクストリームスラッシュ!>

 

 必殺技を発動させた途端、再度ソードモードへと変形されたデンガッシャーの刃部分がひとりでに飛び立った。遠隔操作が可能になったそれを見ながら、勇は思い切り腕を振り回してとどめの一撃を繰り出す。

 

「必殺! 俺の必殺技、パート2!」

 

「ぬおぉぉぉぉぉっ!?」

 

 左、右、そして上空……三連続で繰り出された必殺の斬撃は赤い閃光をアリゲーターイマジンの体に残しながら炸裂した。

 

 敗北が決定的になったアリゲーターイマジン、だが、死の間際に憎しみと哀れさを持った目で勇を見ると、絞り出すような声で最後の一言を残した。

 

「……お前の過去が変われば、すべてが、変わると言うのに……!」

 

「……何? それはどういう……?」

 

 苦し紛れのハッタリかもしれない。しかし、あまりにも確信めいたその一言に気を取られた勇だったが、その質問を言い切る前にアリゲーターイマジンは爆発四散してしまった。

  

「さっきの言葉、どういう意味なんだ……?」

 

 勝利の喜びよりも大きい疑問に身を包みながら、勇は燃え上がる炎を見て一人呟いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『色々世話になったな、俺たちの力は好きに使ってくれ!』

 

『名残惜しいけどサヨナラだね、玲ちゃん』

 

『いや~、ほんま疲れたなぁ!』

 

『クマちゃん寝てただけじゃ~ん!』

 

 賑やかに騒ぐモモタロスたちを見ながら勇たちが笑う。ようやく体の自由を取り戻した謙哉たちとリュウタロスの暗示が解けて目を覚ました葉月も合流して、イマジンたちの見送りに出ていた。

 

「このオーロラの向こう側がお前たちの世界なのか?」

 

『ああ、多分な。さて、俺たちは行くぜ』

 

「短い付き合いだったが、楽しかった。元気でな!」

 

『おう! ……勇、忘れんじゃねぇぞ? この先どんな未来が待っていたとしても、その全てはお前自身の手で変えられるんだって事をな』

 

「ああ、ありがとな!」

 

『じゃあ僕も一つアドバイス。謙哉、君はもう少し女心を分かった方が良いと思うよ。ま、僕ほどになれとは言わないけどさ』

 

「いや、僕はナンパしないからそんな必要は無いって」

 

『Zzz……Zzz……』

 

『あ~、クマちゃん寝ちゃってるよ! もう行こうよ!』

 

『ったく、しょうがねぇなぁ……んじゃ、あばよ! いつかまた会おうぜ!』

 

 そう言うと光の玉となった4体はオーロラの向こう側へと消えて行った。それを見送った後で勇が呟く。

 

「まったく、騒がしい奴らだったな」

 

「ええ、でも、他の世界にも仮面ライダーが居るだなんて驚きでしたね!」

 

「確かにな……もしかしたら、いつか俺たちも別の仮面ライダーの世界に行くことになるかもな」

 

 にこやかに話し終えた後で空を見る。もうすっかり夕焼けで染まった空を見ながら、勇はマリアに笑いかけた。

 

「ま、とりあえず俺たちはこの世界で今を生きようぜ! んで、これから先の未来を掴もう!」

 

「はい!」

 

 大分遅くなってしまったが今日の本来の目的であるライブを子供たちと見る為に、二人は並んで家の中へ入って行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――NEXT RIDER……

 

「本当は戦いなんかしない方が良いんだよ。誰かを傷つけて人に憧れられるようなヒーローにはなりたくないな」

 

「……迷ってる間に誰かが傷つくなら、命が消えていくって言うなら……僕はもう迷わない! 全部の罪を背負って戦ってやる!」

 

次回『夢の護り手』

 

 



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555編

「……良いだろ? 素直になれよ……!」

 

「強引ね……でも、そういう人は嫌いじゃ無いわ」

 

 整った顔立ちの男性に詰め寄られた玲が呟く。右手を彼に握られ、所謂『壁ドン』と言うものをされた玲は熱を帯びた視線で男を見ていた。

 

「最初は好きになれないと思ってたけど、その強気な所に惹かれてたみたい……私の負けね」

 

「ふふ……なら、言ってくれよ。お前の気持ちを、さ……」

 

 男のその言葉に顔を赤らめた玲が少し俯く。やがて顔をあげると、意を決した様に言った。

 

「……あなたが好きです。彼女にしてください」

 

 男は玲のその言葉に満足そうに笑うと、そのまま彼女の唇めがけて自分の唇を近づけて行き………

 

「……監督、私キスは無しって言いましたよね?」

 

 他ならぬ玲の手に止められ、いつもの彼女の冷たい声色に固まったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「玲お姉ちゃん、お疲れ様!」

 

「ふふ……久しぶりね、悠子ちゃん」

 

 休憩室で微笑みながら目の前の少女と会話する玲、珍しい彼女の微笑を目の前にしているのは、かつてエンドウイルスに感染し、命の危険に陥った少女『悠子』だ。

 

「でもお姉ちゃんお芝居上手だったね! 私、ドキドキしちゃった!」

 

「一応指導は受けてたからね……でも、初めてだから私もドキドキしてるのよ?」

 

「え~? ほんと~?」

 

「ほんとよ。私だって女の子なんだから緊張くらいするわよ」

 

 そう言ってくしゃくしゃと悠子の頭を撫でる玲はまるで彼女の姉の様な温かな笑みを浮かべていた。そうやって悠子を構っていた玲だったが、不意に思い出したかの様に顔を上げると、もう一人の人物に声をかけた。

 

「悠子ちゃんの付き添いをしてくれてありがとう、謙哉」

 

「気にしないでよ。僕も悠子ちゃんとは会いたかったし、水無月さんのお芝居を見れて楽しいからさ」

 

 そう言ってニコニコと笑う謙哉は玲と悠子の楽しげなやり取りが見れただけでもここに来て良かったなと考えながら部屋に飾られているポスターへと視線を移した。

 

 真夏の恋物語、2大新人アイドル豪華競演のドラマ、三夜連続放送決定!………そう銘打たれたポスターには玲たちディーヴァの3人と男性アイドルグループのEASTの三人組の写真が写っていた。先ほどの玲の共演相手である男性の一人、東海林英太郎(しょうじえいたろう)の写真を見ながら、謙哉はドラマの出来栄えを楽しみにしていた。

 

 そう、本日はディーヴァが三人揃って初ヒロインを努める特別ドラマの撮影日であり、謙哉と悠子は玲に誘いを受けて見学に来ていたのである。

 

 メンバーの中で玲は初めてのドラマ出演と聞いていたが、とてもそうとは思えない演技っぷりを見せ、監督や共演者たちに感心されていた。歌以外の仕事をすると言うのは玲にとっては珍しい事で、園田や葉月たちも驚いていたものだ。

 

「……まぁ、まさか初めてのドラマ出演が恋愛ものだなんてね……」

 

「え?でもアイドルってそういうドラマに出演する事が多くないかな?」

 

「……私はそんな青春真っ盛りなドラマより、サスペンスやホラーの方がしっくり来ると思うけどね」

 

 若干不貞腐れた表情で玲が呟く。甘い台詞を台本で目にするだけでこれを自分が言うのかと身震いしたものだ。

 

 だがまぁ、そこはプロ。しっかりと気持ちを作り、万全の状態で撮影に臨んだわけなのだが……

 

「まったく……キスシーンは無しって事前の取り決めで決めてたのに……」

 

 お相手役の東海林に対する愚痴が自然に漏れる。そんな事をしたら両方のファンから不満が出る事は間違いないだろうし、園田も事前にしっかりと釘を刺していたはずだ。

 

 何より、例え演技であろうと好きな相手が見ている前で他の男とキスする趣味など玲には無い。そんな事を考えながらむすっとした表情になっている玲をその好きな相手が嗜めた。

 

「水無月さん、笑顔笑顔! 悠子ちゃんが見てるよ!」

 

 無駄に良い笑顔を浮かべる謙哉に若干の苛立ちを感じながらもそれ以上の愉快さを感じる玲。ついつい噴き出してしまった彼女を悠子も楽しそうな表情で見ていた。

 

「はぁ……なんで共演相手があいつなのかしら?」

 

「え? 何か問題があるの?」

 

「……ここだけの話、女たらしで有名なのよ。年上年下関係無し、手を出せる女には手を出してるみたい」

 

「え、ええっ!?」

 

 自分とそう歳の変わらないアイドルの汚い裏の顔に驚く謙哉。というより、それはスキャンダルでは無いのだろうか?

 

「……相手側も事務所の所属タレントが男と付き合ってるなんて公表したくは無いでしょう? だから基本は泣き寝入りよ」

 

「うへぇ……感心するやら呆れるやら……芸能界も意外とドロドロしてるんだね……」

 

 知りたくなかった事を知ってしまって少しショックを受ける謙哉。いまいち意味のわかっていない悠子はぽかんとしているが、玲は軽く溜息をつきながら話を続けた。

 

「撮影も3日目だけど、毎日食事の誘いやら連絡先の交換を迫ったりしてくるし……もう本当に迷惑よ」

 

「あ~……園田さんに何とかして貰えないの?」

 

「言ってるんだけどね、流石によその事務所にそこまで強くは言えないわよ。ま、母さんも頑張ってくれてるみたいだけどね……」

 

「……ちょっと不謹慎だけど、片桐さんじゃなくて良かったね。あんまり免疫なさそうだから、騙されちゃいそうで恐いよ」

 

「……そうね。確かにそう。私や葉月ならともかく、やよいには近づけさせられないわね」

 

 謙哉の言う事はもっともだと言うように頷く玲。女の勘ではあるが、東海林ならやよいを手玉に取る事位朝飯前だろう。

 

(絶対に会わせられないわね。やよいにも注意しておこう)

 

 そう固く彼女が決心したときだった。

 

「お邪魔するよ、玲ちゃん!」

 

 休憩室のドアがいきなり開き、東海林が入って来たのだ。驚く謙哉と悠子を尻目に玲に近づいてきた東海林は、なれなれしい口調で彼女に話しかけてきた。

 

「ね~、頼むよ玲ちゃ~ん! あのシーンにはキスが絶対必要だって~!」

 

「……事前の取り決めでキスシーンは無しと決まっているはずです。事務所からの指示もあります」

 

「でもさー、そっちの方がドラマの完成度もあがるしさ。ちょっと位良いじゃん! するだけだしさ、お願い! ね?」

 

「お断りします。どうしてもキスシーンが必要だと思うのならば監督に言って、事務所に正式に要求してください」

 

 どこか不快感を感じる喋り方をする東海林に対して淡々と接する玲。さっさと会話を切り上げてしまいたいと願う彼女だったが、何を思ったのか東海林は玲の頬に手を添えてきた。

 

「っっ!?」

 

 ゾクリとした震えを感じる玲、無論この震えは不快感から来るものだ。しかし、そんな事も察せ無い東海林は彼女に対して彼なりのキメ顔と甘い声で迫ってくる。

 

「やっぱキスを嫌がるのって、ファーストキスがまだだから?」

 

「な、何を……!?」

 

「はは、そうなんだ……。玲ちゃんって意外と恋愛に憧れを抱いているんだね。可愛いなぁ!」

 

 ゾワリと鳥肌が立つ。どんなイケメンにやられようが、相当好意的な印象を抱いていない限りこんな事をされても不快になるだけだ。

 

「じゃあさ、一回俺とキスしてみようよ。そうすればきっと大丈夫だって……!」

 

 ドラマの役の様な強引な振る舞いで玲に迫る東海林。どうやら本気で玲とキスをしようとしているらしい。

 

 その行動に我慢の限界を感じた玲が東海林を一発ぶん殴ってしまおうかと思った時、謙哉が助け舟を出してきた。

 

「あのー……子供の前でそういう事は良くないと思うんですけど……」

 

「……あぁ、何? こっちが良い雰囲気なの見てわかんない?」

 

 どこが良い雰囲気だと言いかけた玲だったが、それよりも早く東海林の疑問の声が謙哉へと投げかけられた。

 

「いや、それよりもお前誰よ? ここは関係者以外立ち入り禁止なわけだけど?」

 

「私の友人です。ここへは私が呼びました」

 

「へぇ、玲ちゃんのねぇ……ふ~ん……」

 

 何処か馬鹿にした声を上げながら東海林が謙哉を見る。ジロジロと不快感を催す視線で謙哉を眺めた後、いきなり笑い始めた。

 

「なんつーかさ、地味だね! ぱっとしないって言うか、もてないでしょ?」

 

「え、ええ、まぁ……」

 

「駄目だな~! 君みたいな奴を好きになる女の子が居たら見てみたいよ!ねえ、玲ちゃん!」

 

 ここに居る、と言おうとした玲はその言葉をギリギリで飲み込んだ。と言うより、東海林に対する怒りの感情で声が詰まったのである。

 

 初対面の自分の友人を馬鹿にするその態度が非常に気に食わなかった。やっぱり一発殴ろうと思った玲だったが、気分が乗っている東海林はなおも謙哉に続けて罵声の言葉を投げかけ続ける。

 

「俺さ、もしかして君が仮面ライダーなんじゃないかって思ってたんだけど……ちがうよねー? だって君みたいなのがカッコいいヒーローな訳が無いもんね!?」

 

 東海林のその言葉に謙哉に耳を塞がれている悠子も表情を曇らせた。どうやら彼の大きな罵声は謙哉の手をすり抜けて彼女の耳に届いてしまったらしい。

 

 悠子のその表情には悲しみと怒りが篭っていた。それもそうだ、謙哉は自分を救ってくれた恩人であり、悠子にとってみればヒーローと呼ぶほか無い存在だ。そんな彼を馬鹿にされて良い気分になる訳が無い。

 

「でもおっしいな~! 俺がアイドルじゃなくって仮面ライダーやってたら、きっとすげーもててたんだろうなー!」

 

「カッコ良く化け物を倒してさ! クラスメイトの女の子たちからキャーキャー言われるの! それで、子供たちからも憧れちゃったりしてさ~! ……あ、憧れられられてんのは今も同じか!」

 

 子供たちからの憧れも女子からの好感度も現在進行形で急降下させながら東海林は語り続ける。とりあえず玲は殴る回数を悠子と謙哉の分も合わせた三回にしようと決意した。

 

「いや、あの……無理だと思いますよ、あなたには」

 

「……は?」

 

 だが、玲が東海林に反撃を開始する前に謙哉が発した一言で場の空気が凍りついた。マリアンの必殺技並に冷たい雰囲気の中、明らかに機嫌を害した東海林が謙哉に詰め寄る。

 

「何? 嫉妬? 俺みたいにカッコ良くねーからって口ごたえですかぁ~?」

 

「……確かにあなたはカッコ良いと思います。でも、ヒーローに必要なのはカッコ良さじゃあないと思うんです」

 

「はぁ……?」

 

「僕の知る仮面ライダーたちは、何かを守る為に戦ってます。そこに褒められたいとかもてたいとか、不純な動機はありません。皆の為に必死に恐い戦いを続けてるんです」

 

「たとえ相手がデータの存在だとしても、誰かを傷つける事って良い気分はしないですよ。それを楽しんだら、もうヒーローとしての資格は無いと思うんです」

 

「だからあなたには無理です。あなたが何かの拍子で力を手に入れても、ヒーローにはなれません。絶対に」

 

 怒りが篭っているわけでもなく、ただ淡々と自分の考えを述べていく謙哉。その様子に東海林は何も言えなかった。

 

「……まあ、なんの変哲もない地味な僕の意見なんですけどね。気分を害されたら申し訳ないです」

 

 最後に笑顔でそう締めくくると、謙哉は照れたように頭を掻いた。そんな謙哉に対して、やっぱり東海林は何も言えないままであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「謙哉お兄ちゃん、仮面ライダーって恐いものなの?」

 

「……ん?」

 

「お兄ちゃん、さっきそう言ってたから……」

 

 聞こえてしまっていたかと謙哉は心の中で舌打ちをした。もう少しちゃんと悠子の耳を塞いでおくべきだったと反省しつつ、彼女の目を見る。

 

「……そうだね、恐いと言えば恐いよ。悠子ちゃんはお友達と喧嘩したことはある?」

 

「うん……すごく悲しくなったよ……」

 

「その気持ちがずっと続くんだ、それで、相手とは仲直り出来ない。そういう事をずっと続けてるんだよ」

 

「……じゃあ、何で辞めないの? さっきのお兄さんが言ってたみたいに、誰かに褒められたいから? 恐いんじゃないの?」

 

 泣き出しそうな悠子の目を見ながら、謙哉は優しく微笑んだ。そして、目線を彼女に合わせる為にしゃがむと、頭を撫でながらこう告げる。

 

「嫌だよ、恐いよ。本当はすぐにでも逃げ出したい。でも、僕には戦う理由が2つあるんだ」

 

「理由って、何?」

 

「一つ目は、僕が戦いから逃げ出したら、僕の代わりに仮面ライダーとして戦わなきゃいけない人が出てくる。もしかしたらそれは悠子ちゃんかもしれない」

 

「私が……?」

 

「……誰かはわからないよ。でも、その人が今の僕と同じ恐さを感じる事になるとしたら……そんな事させたくない。だから、僕は逃げないんだ」

 

 そっと、謙哉は自分の拳を左胸に押し当てる。心臓の鼓動を感じながら、ようやく収まった痛みを思い返す。

 

 オールドラゴンを使った反動で受ける激痛、それがどれだけ危険なものなのかも理解はしていた。

 

 だが、誰かの命を守る為に力が必要なら使うしかない。それがどんなに危険な力であったとしても……

 

「……お兄ちゃん、もう一つの理由はなんなの?」

 

「ん? ああ、それはね……」

 

 それならきっと笑顔で言える。謙哉は親友の事を思い浮かべながら悠子に告げた。

 

「一緒に戦ってくれって友達から言われたからね。だから、僕はその友達と一緒に最後まで戦うよ。一人じゃないから、だからどんなに恐くても戦えるんだ」

 

「……お兄ちゃん」

 

「ほらほら、泣かないの! 可愛い顔が台無しだよ? あっちで水無月さんがドラマを撮影してるから、見ておいで」

 

 涙を浮かべる悠子を笑顔で励まして玲の元へと送り出す。涙を拭って駆け出して行った悠子の後ろ姿を見送りながら謙哉は思う。

 

(……後悔なんかしないよ。どんな結末を迎えたって、僕は……)

 

 それは悲壮な決意であり、謙哉の優しさの表れでもあった。ゆっくりと目を開き、自分もまた悠子たちの元へと歩きだそうとした彼の背中に声がかけられる。

 

(あんま気張んなよ。片意地張ったって碌な事無いぞ)

 

「え……?」

 

 振り返れば、背後にあった柱の影から誰かの後ろ姿が見えた。自分に声をかけてきたその人物に謙哉が近づこうとした時だった。

 

「きゃーーーーっ!!!」

 

 響く女性の悲鳴と破壊音に謙哉が振り返る。なんかただならぬ事が起きていると察知した謙哉は、急いで声のした方向へと向かって駆け出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<オルフェノク……!>

 

 謙哉が現場に辿り着いた時に見たのは、あの白いエネミーがカードを使用して灰色の化け物になる姿だった。

 

 巨大な両腕の爪を振り回すドラゴンオルフェノクへと変貌したエネミーを見ながら、謙哉は腰からドライバーを取り出す。

 

(おい、ちょっと待てよ。本気で戦うつもりか? 戦いは恐いってお前がさっき言ったんだろ?)

 

「……ああ、そう言ったよ。それは本心さ、戦うのは恐い、戦いたくなんか無いよ」

 

(そうだろ? それに、どんなに飾ったって誰かを傷つける事は罪だ。お前はそれがわかってんのか?)

 

「わかってるよ! でも、それでも……」

 

 聞こえる声に叫び返すようにして返事をする謙哉。視線の先ではドラゴンオルフェノクが人を蹴散らしながら悠子と彼女を庇う玲へと距離を詰めている。

 

「お兄ちゃん、助けてっ!」

 

 悠子の叫びが木霊する。もしここで自分が躊躇っていれば、きっと二人はオルフェノクに殺されてしまうだろう。それだけでは無い、沢山の人の命が奪われ、傷つく事になる。謙哉はその結果生み出される悲しみを思いながら叫んだ。

 

「恐いよ、逃げたいよ、迷うこともあるよ! でも……それでもっ!」

 

「迷ってる間に誰かが傷つくなら、命が消えていくって言うのなら……僕はもう迷わない! 全部の罪を背負って戦ってやる!」

 

 ドライバーを装着し、駆け出す。決意を固めた謙哉の手に光が灯っていく。

 

(……俺には夢は無い。でも、何かを守ると決めた奴に手を貸すことは出来る……お前は、俺と同じ末路を迎えんなよ)

 

 ぶっきらぼうだがどこか温かみを感じる声が最後に残したのは、謙哉に対する激励の言葉と一枚のカードだった。謙哉は走りながら出現したカードをドライバーへとリードし、変身する。

 

「変身っっ!!」

 

<555! CHANGE NUMBER! GO! GO! GO!>

 

 謙哉の体を縁取る様にして伸びる赤いライン。それが人の形を作り上げた時、大きく光が弾けた。

 

「たぁぁぁぁっ!!!」

 

 光を放ちながら跳躍、そのまま飛び蹴りを食らわせてオルフェノクを吹き飛ばす。立ち上がったドラゴンオルフェノクが見たのは、黒のスーツに赤いラインが入った鎧を身に纏ったイージスの姿だった。

 

「それは……555かっ!?」

 

 唸り声と共に駆け出すオルフェノク、謙哉はそれを待ち構えるとカウンター気味の拳をオルフェノクの腹へと繰り出す。

 

「がふっ!?」

 

「てえやっ!」

 

 見事にヒットしたその一撃の後で回し蹴りを食らわせると、そのまま右手に出現した携帯電話を変形させてオルフェノクへと向けた。 

 

<ファイズフォン! シングルモード!>

 

 引き金を引いてレーザービームを発射する謙哉。長く伸びた光線を受け、オルフェノクがよろめく。

 

<バーストモード!>

 

 モードを切り替えた謙哉は再び光線を発射する。今度は短めの光線を三連発で放つバースト撃ちで連射し続けながら、謙哉は相手との距離を詰めて行った。

 

「がっ、ぐっ、ぬおおっ!!!」

 

 苦し紛れの一撃も謙哉には当たらない。大きく頭上を飛び越えながら連続してレーザーを浴びせかけると、ドラゴンオルフェノクはその場に膝を付いた。

 

「お、おお……おあぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 ドラゴンオルフェノクが咆哮する。怒りを青い炎へと変換させたオルフェノクは、それを謙哉ではなく玲と悠子の居る方向へと発射した。

 

「悠子ちゃん、危ないっ!」

 

「きゃぁぁぁぁっ!!!」

 

 迫る炎に悠子が叫び、玲が彼女を守ろうとする。しかし、その炎は二人に届くことは無かった。

 

<START UP!>

 

 555の能力を発動させた謙哉が超高速で二人と炎の間に入り込むとその勢いのまま炎を薙ぎ払ったのだ。中心を突き抜ける拳の威力に消し去られた炎が完全に消滅する前にドラゴンオルフェノクへと接近した謙哉は、そのまま相手を空中へと蹴り上げた。

 

(……誰かに褒められたいわけでも、認められたい訳でもない。僕は、ただ……)

 

 そのまま自分も空中へ跳ぶ。超高速移動出来る制限時間は残り4秒、決着を付けるには十分すぎた。

 

(皆を守るために戦うだけだっ!)

 

<必殺技発動! アクセルクリムゾンスマッシュ!>

 

 謙哉だけに聞こえる電子音声、玲も悠子も、そしてドラゴンオルフェノクでさえも何が起きているのかを理解出来てはいない。

 

 空中に浮かぶ赤いレーザーポインター、それらを一つ一つ潜りながら謙哉は必殺のライダーキックを繰り出す。

 

 10、20もの回数の飛び蹴りを一瞬の間に受けたドラゴンオルフェノクは空中で青く燃え上がると灰になり、最後には光の粒へと変貌して消えて無くなった。

 

<TIME OUT>

 

「……あれ?」

 

 自分に向かってきた炎の熱さが消えた事に疑問を抱いた悠子は目を開く。そして、彼女は見た。

 

 肩で息をしながら拳を握り締める謙哉の……自分たちを守ったヒーローの姿を……

 

「……同じ末路、ってどういう意味だ……?」

 

 だが、謙哉は誰かを守った事を誇るわけでもなく、自分にかけられた声の真意を探ろうとしている。悠子にはなぜか、その姿が痛ましく思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 仮面ライダー555……別世界の戦士である彼の事を、謙哉は知る由も無い。彼もまた誰かを守るために戦い、命を燃やした。いや、燃やし尽くしたのだ。 

 

 自分と同じ終わりを迎えぬ様、忠告に来たぶっきらぼうな優しい戦士の言葉の意味を謙哉は理解出来ないまま考え続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――NEXT RIDER……

 

「泣いたって叫んだって逃げたって……今は嘘にはならねぇよ。だから、自分に胸を張れるように生きるしかねえんだ」

 

「誰も誰かの運命を決める事なんてしちゃいけねえんだ! もしお前の手に誰かの運命があるって言うのなら、俺がそれを奪い返してやる!」

 

 次回、『目覚めよ、その魂』

 

 

 



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アギト編

(本当にこれで良いんだろうか?)

 

 日曜日の昼下がり、街を歩きながら勇は唐突にそう思った。

 

 虹彩学園はガグマとの戦いを目前にして浮き足立っている。光牙主導の下、戦いに向けての準備を着々と行っているのだ。

 

 今もそうだろう。勇は除け者にされているが、光牙たちは学校が休みであるにも関わらず集合してソサエティへと出向いていた。戦果は上々、まさに快進撃と言って良いであろう活躍をしている。

 

 現状は非常に順調に見える。勇や謙哉と言った一部の生徒たちが反対していることを除けば、何もかもが順調だ。

 

 しかし、勇の胸の中には漠然とした不安が渦巻いていた。上手くは言えないが、何かが不安なのだ。

 

 全てが上手く行き過ぎている気がする。A組の仲間たちを見ていると調子に乗っていて緊張感が無いように見受けられるのだ。勿論、真美やマリアと言った気を引き締めている生徒も少なからずいる。しかし、全体的に見て全てを楽観視している様な気がしてならないのだ。

 

 そして、自分や謙哉と言った決戦反対派の生徒たちとの溝が深まっていることも気になっていた。先日の一件でとうとうその溝は決定的なものになってしまったのだ。

 

 今の学園中の流れから見れば間違いなく悪いのは勇たちなのだろう。勢いを削ぐ行動をする不穏分子と見られている以上、その評価を覆すことは出来はしない。

 

 勇は自分がどう思われようとも気にはしない。自分に出来ることをして、その結果、誰かが助かればそれで良いと考えていた。

 

 しかし………ここに来て、不意に思ってしまったのだ。本当にそれで良いのかと……

 

(……裏方で出来る事をするってのは間違いでは無い。でも、それが本当に正解なのか?)

 

 今の自分に出来る事などたかが知れている。せいぜい決戦になってしまった時の保険をかけること位のものだ。それをした所で何かが劇的に変わるわけでは無い。

 

 もし本当に勇が何かを変えたいと思うのならば、そのためには大きな行動を取る他無いだろう。例えば、光牙からリーダーの座を奪取するとかだ。

 

 光牙がリーダーをしている限りガグマとの決戦は避けられないだろう。そして、光牙を止める事の出来る人物は誰もいない。櫂も真美も、そしてマリアも彼の味方をしているのだから。

 

 ならば残された手段はたった一つ、彼をリーダーの座から引きずり下ろすしか無いのでは無いだろうか?

 

 光牙や櫂、マリアたちから恨まれたとしても彼らの命を守りたいと思うのならばそうすべきだ。結果的に見て好判断だったとなればそれで構わない。

 

 そしてその為の方法も無くも無いのだ。勇と謙哉で光牙と櫂を倒してしまえばそれでA組のメンバーは制圧出来るだろう。ドライバーを取り上げて、彼らが冷静になるまで預かってしまえばそれでお終いだ。

 

 どうせ嫌われていると言うのならばそこまでしてしまっても良いのでは無いだろうか? 全員に恨まれたとしても、皆の命を救えるならばそれで……

 

(……って、何考えてんだ俺? そんなの駄目に決まってんだろ)

 

 思い浮かべた答えを自分で否定して打ち消す勇。そんなクーデター紛いの事をすれば本当に結束も何も無くなる、決戦前にそんな事をしてしまえば状況は最悪になってしまうではないか。

 

「無し無し。あー、危ない所だった……!」

 

 苦笑しながらそう呟く勇だったが、心の中では今の答えも間違いでは無いのでは無いかと言う思いがあった。確かに正解ではないのだろう。だが、決して的外れな意見でも無いはずだ。

 

 このまま今の自分に出来る事をし続けるか? 光牙からリーダーの座を奪ってしまうか? はたまた今からでもガグマの攻略に加わるべきだろうか? そのどれもが正解であり、間違いでもあるのだ。

 

「くそっ……わけわかんねぇ、誰か答えを教えてくれよ……」

 

 勇が苛立ち紛れに呟く、世界の運命と自分たちの命と友達との関係が複雑に絡み合ったこの問題の答えは一向に見えてこない。誰かに導いて欲しいと言う願いが言葉になって口から漏れたその時だった。

 

「教えてあげましょうか?」

 

「えっ……!?」

 

 聞き覚えのある声のした方向に顔を向ければ、暗い路地裏に立っているマリアの姿が目に映った。真っ直ぐに勇の事を見つめてくる青い瞳の圧力に少し気圧される勇に対し、マリアはとても距離が離れているとは思えないほどのはっきりとした声で語りかけてくる。

 

「私たちと一緒に行きましょう。共にガグマと戦うのです」

 

「お、おい! マリアっ!?」

 

 そう言ったマリアが暗い路地裏へと消えていく。その姿を追って路地裏に飛び込んだ勇の背後から、また別の声が聞こえた。

 

「……騙されちゃいけないよ、勇。君はそのままであり続けるべきなんだ」

 

「謙哉……!?」

 

「戦ってはいけない、そうすればきっと君は後悔する……大いなる災いが君を待ち受けているんだ、だから……」

 

「大いなる災い……? なんなんだよ、それは!?」

 

「勇っちが知る必要は無いよ。もう、決まってしまった事なんだから」

 

 次いで聞こえる女性の声、それが葉月の声だと理解した勇のすぐ近くにはディーヴァの三人が姿を現していた。

 

「運命は覆らない、悲劇は避けられない……あなたに出来る事はたった一つよ」

 

「誰を救い、誰を見捨てるか……あなたの行動で消える命が決まるんです」

 

「……ねえ、勇は誰を救うの? アタシ? それとも他の誰か?」

 

「ま、待てよ……どういう意味なんだよ? 俺が何を決めるって言うんだ!?」

 

「この悲劇の行く末……ですよ」

 

 暗転、そして世界が歪む。勇が次に目を開けた時、目の前にはマリアがいた。

 

「もう一つ目の悲劇は決まってしまいました。それは避けようがありません、そこから続く悲劇もです。しかし……その悲劇の内容を決めることなら出来ます」

 

 再び暗転、光が消える。暗闇に残された勇の周りに次々と光が灯っていく。その中には見知った人々が悲劇的な結末を迎えていた。

 

『お、俺は……俺のせいで……俺の……』

 

「こ、光牙……!?」

 

 スポットライトに照らされる様にして姿を現わした光牙は膝を抱えて蹲っていた。彼に何があったのか? 問い掛けようとした勇の背後で再び光が灯る。

 

『………』

 

「は、葉月……? やよい……?」

 

 次に現れたのは葉月とやよいだった。しかし、二人とも何も言わずにいる。傷だらけの体を横たえ、身動き一つせずにいるのだ。

 

 勇はすぐさま二人に駆け寄ろうとした。彼女たちの無事を確かめたかった。だが、そんな彼の耳に狂った様な女性の鳴き声が響く。

 

『謙哉! 目を開けて! 何か言ってよ! お願いだからっ! 謙哉ぁぁぁっ!』

 

「水無月……? けん、や……!?」

 

 振り返った勇が目にしたのは、未だかつて見たことも無い表情で泣き叫ぶ玲と彼女に体を揺すられる謙哉の姿だった。倒れた謙哉の表情は窺い知れないが、彼もまた葉月たち同様に……いや、彼女たちよりもひどく生気の無い姿をしていた。

 

「なん、なんだよ……? これは、何なんだよっ!?」

 

『これがあなたの選ぶ運命……あなたの選択次第でこの悲劇は起きてしまう。けど、あなたの選択次第で避けられる悲劇もあるんです』

 

 最後に現れたマリアがそう言いながら勇を見る。彼女の姿を見た時、勇の体にはとてつもない震えが起きた。

 

『……あなたは間違うことは出来ない。あなたが失敗すれば、全てが消えて無くなってしまうから……!』

 

「マリ……ア……」

 

 一歩、また一歩とマリアが勇から離れていく。後ずさる彼女の背後に広がる暗闇を見た勇は目を見開いて彼女の元へと駆け出して行く。

 

「マリアっ!」

 

『……さあ、どうしますか? あなたは誰を救い、誰を殺しますか? 決められるのはあなただけですよ』

 

 その言葉を最後にマリアは広がる闇の中へ消え去って行った。周囲に灯っていた光も消え、仲間たちの姿も消える。勇は暗闇の中で一人取り残されながら、今言われた言葉の意味を考えていた。

 

「皆を救う? 殺す? それを決めるのは俺? どういう意味だ?」

 

 唐突に突きつけられた言葉を理解しきれずに困惑する勇。たった今見せられた映像は何を意味しているのか? あれは現実なのか幻なのかもわからないでいる。それでも先ほどの言葉には勇が無視出来ない威圧感のようなものが感じられた。

 

「……知りたいか? 正しい答えが……」

 

「だっ、誰だっ!?」

 

 背後から聞こえる声、今までと違って聞き覚えのないその声に反応して勇は叫ぶ。声が吸い込まれた闇の先からは、足音と共に電子音声が響いて来た。

 

<アンノウン……!>

 

「お前に間違えることは許されない。お前が選択を誤れば、それはすなわち悲劇の連鎖を意味するのだから」

 

「何を言っている……? お前は何を知っているんだ!?」

 

「それをお前が知る必要は無い。お前は我が導きに従っていれば良い……お前にとって一番幸せな結末を迎えさせてやろう」

 

 優しげな甘い言葉を囁く怪人は徐々に勇に近づいてくる。身構える勇を見つめながら、怪人はなおも話を続けた。

 

「人は過ちを犯すもの……なれば、その判断を他の誰かに任せれば良い。そうすれば絶対的な安心感と正しさを得ることが出来るぞ」

 

 まるで甘い毒の様なその囁きは、普通の人間が聞けばそれだけで溶けてしまいそうなものだった。言い成りになる事を躊躇わせない誘惑を口にしながら怪人は勇に迫る。だが……

 

「……お断りだ。お前の言う事なんか聞かねえよ」

 

「何……!?」

 

 はっきりとした強い口調で勇は怪人の誘いを断る。そして、光が灯った瞳で相手を見返しながら言った。

 

「誰かに自分の判断を任せりゃあ楽だろうよ。だがな、それは逃げてるだけだ。自分の責任を放棄して逃げる真似はしたくねえんだよ」

 

「それの何が悪い? 失敗して泣き叫ぶよりも逃げてより良い未来を掴んだほうが利巧と言うものだろうが!?」

 

「泣いても、叫んでも、逃げても……今は嘘にはならねえよ。これから先の自分に対して誇らしくある為にも、今の自分に胸を張れる様に生きていくしかねえんだ」

 

「愚かな……! その判断こそが間違いだという事になぜ気がつかない!?」

 

(……いいや、君は間違っちゃいないさ)

 

 頭の中に響く声を感じながらドライバーを構える。強く優しいその声は、勇の出した答えをしっかりと肯定してくれた。

 

(何かを考えて、それを行動に移す。それは人に与えられた自由なんだ、その自由を奪うことなんて誰にも出来ない。たとえ失敗したとしても、間違えたとしても、自分に胸を張れる決断をしたのならばそれで良いのさ!)

 

 手の中に灯る光、温かな光と共に生み出されたカードを構えた勇は目の前の相手を見据える。

 

(そしてなにより……その決断が間違いになるかどうかは君次第なんだ! 自分の運命を切り開くために、俺の力を使ってくれ!)

 

「運命を決められるのは俺だけ……そうさ、その通りだ。俺の運命を決められるのは俺だけに決まってるじゃねえか!」

 

 自分の人生、運命、生き方……それを決められるのは他ならぬ自分自身だけだ。その当然の権利を奪い取ろうとする者が居るとするならば、断固として戦わなければならない。自分には力がある。誰かの自由を守れる力があり、それをどう使うかも自分の意思で決められるのだから。

 

「誰も……他の誰かの運命を決めるなんて事をしちゃいけねえんだ! もしお前の手の中に誰かの運命があるって言うのなら、俺がそれを奪い返してやる!」

 

<アギト! READY TO GO! COUNT ZERO!>

 

 叫び、手に入れたカードをドライバーに通す。電子音声が鳴り響いた後に展開されたのは、黄金に輝く鎧だった。

 

 額に輝く金の角、赤い複眼と銀のクラッシャーを持つ仮面。黒と金に彩られた装甲を身に纏った勇の体は、力強い戦士の姿に変身していた。

 

「……はぁっ!」

 

 体中に漲る力を感じながら勇は駆け出す。武器は必要ない、この体一つで十分だ。

 

 怪人に接近した勇は握り締めた拳での一撃を繰り出す。鈍い感触と衝撃が拳に伝わると同時に目の前の怪人が吹き飛んだ。

 

「ぐぅぅっ!?」

 

 圧倒的な力、振るわれる拳、脚が必殺の一撃と言われても遜色ない威力を持って襲い掛かってくる。怪人は大いに焦りながらも必死になってそれを防いでいたが、下方向から繰り出されたアッパーカットを受けて防御の腕が弾き飛ばされてしまった。

 

「っしゃぁぁぁっ!」

 

「ぐぉぉっ!!??」

 

 その隙を見逃す勇では無い。次いで繰り出された右のストレートが怪人の顔面を捉えた。大きく吹き飛んだ怪人は背後にあった壁にぶつかるとそのままそこにめり込む。激痛に動かない体を動かそうとした彼の目の前では、勇が必殺の一撃を放つ構えを見せていた。

 

「ま、待てっ! 必ず後悔するぞ! お前は、自分の過ちを……!」

 

「……それでも、俺は進むさ。苦しんだとしても、自分が選んだ道を進み続ける!」

 

<必殺技発動! ライダーキック!>

 

 額の角が開く、足元の地面には輝く紋章が浮かび上がり、それがまるで力を注ぎ込む様に勇の右脚へと収束していった。

 

「はぁぁぁぁぁ……っ!」

 

 大地の力が込められたその脚で勇は跳んだ。無駄の無い美しいフォームで跳び上がった勇は、標的である怪人目掛けて右脚を突き出す。

 

 まっすぐ落下する様にして繰り出された跳び蹴りを受けた怪人は、背後にあった壁を打ち砕きながら吹き飛んでいった。

 

「お、愚か、もの、め……!」

 

 頭頂部に天使の輪の様な物体を出現させた怪人は、その言葉を最期に爆発四散した。怪人の最期の言葉を耳にした勇は、何も言わずにただ燃え上がる炎を見つめ続ける。

 

 これから先に待っている苦難を想像しながら……それを乗り越えていく覚悟を固めた勇は路地裏から去ると、街の喧騒の中へと消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――NEXT RIDER……

 

 

「……努力は一日にして成らず。続けることが大事なんだよ」

 

「やってて良かった、『太鼓マスター響鬼』……!」

 

次回 『守る鬼』

 



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響鬼編

「……おや? ここは……?」

 

 謙哉が目を覚ますと、そこは真っ暗な道のど真ん中であった。街灯一つない闇の中で、謙哉はここがどこであったかを思い出そうとしたが……

 

(……駄目だ、思い出せないや……。そもそも僕は何をしていたんだっけ……?)

 

 この場所が何処なのかも、今まで自分が何をしていたのかも思い出せない。ぼんやりと頭の中に霞がかかっている様で、記憶がはっきりとしないのだ。

 

 暫しの間悩んでいた謙哉だったが、取りあえずこの場所を移動してみることにした。少し歩けば、見覚えのある場所に辿り着くかもしれないと思ったからだ。

 そうやって歩き出した謙哉だったが、不意に妙なことに気が付いた。それは、今の自分の服装のことだ。

 

「……何、これ?」

 

 謙哉が着ているのは学校の制服でも無ければ、自分の私服でも無かった。まるで時代劇に出る人物が着る様な和服なのだ。

 侍と言うにはラフに思えるし、一市民と言うには高級そうだ。いよいよもって自分が何をしていたかに不安を抱え始めた謙哉が必死になって記憶の糸口を探していると、目の前の闇の中に何か動くものが見えたではないか。

 

「も、もしかしてそこに誰かいますか?」

 

 闇に眼が慣れた謙哉は、自分から少し離れた位置に男が一人立っていることに気が付いた。男も和服で、何だか薄汚れた格好をしている。

 自分に背中を向けている為に表情はわからないが、謙哉はこの場所が何処かを聞く為にも男に声をかけながら彼へと近づいて行った。

 

「実は道に迷ってしまいまして、出来たらここが何処かを教えて頂けると……」

 

「……きえぇぇぇぇいっっ!!!」

 

「はぁっ!?」

 

 距離にして数歩、謙哉がそこまで近づいた瞬間、男が奇声を上げながらこちらに向かって来たでは無いか。

 面食らう謙哉だったが、身の危険を感じてとっさに後ろにバックステップを踏んだ。体が後ろへと飛び行く中、謙哉の目の前を白銀の光が走る。それが刀の切っ先だと気が付いたのは、謙哉が地面に着地した時だった。

 

「っっ……!?」

 

 理解不能の状況。今の行動を見るに、男は間違いなく謙哉を殺そうとしていた。問題はなぜこんなことをするのかだ。

 彼から恨みを買う様な真似をした覚えはない。と来れば、通り魔の様なものなのであろうか?

 平成の世に刀を振るって人を襲うなどとは、なんとも変わった人間ではあるが……悪意を持って人を襲っている以上、見過ごすわけにはいかない。

 

「チェストォォッッ!!!」

 

 無手の謙哉に対して武器を持っていることで強気になったのか、男は上段に刀を構えながら直進してきた。謙哉は身を屈めると、彼と同じ様にして真っすぐに前へと駆け出して行く。

 謙哉の突進に対して男は一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐにその迷いを振り払うと謙哉目掛けて刀を振り下ろした。当たれば間違いなく謙哉の頭を斬り裂くであろう一撃だが、謙哉は難なくその攻撃を避け切る。

 

「なっ!?」

 

 大げさに飛び退くのではなく、最小限のコンパクトな動きで自分の刀を躱した謙哉の姿を目を見開きながら見ていた男は、直進の勢いのまま繰り出された謙哉の拳を顎に受けて昏倒した。

 脳天に火花が舞い、体と意識が吹き飛ぶ。謙哉からの見事なカウンターを受けた男は、その一撃で手にした刀を取り落とすと地面に崩れ落ちた。

 

「よっし! 何とかなった!」

 

 命の危険を前にしても冷静な謙哉。エネミーとの戦いで度胸はついているし、そもそも今の男の一撃など勇や光圀のそれと比べれば隙だらけと言う他無い。遅いし軌道も読みやすかったなと思いながら、謙哉が痺れる拳を撫でていると……

 

「おっ! やったな謙哉!」

 

「え……?」

 

 聞き覚えのある声に振り向けば、そこには笑顔で自分のことを見る勇の姿があった。彼もまた時代劇に出る遊び人の様な格好をしているが、それ以外は普段の彼と一切の変わりはない。

 

「はっはっは! やっぱ俺たちゃ無敵だな! お尋ね者の人斬りをお縄にかけて、報奨金も頂きだぜ!」

 

「ひ、人斬り? 報奨金? な、なにそれ? どういうこと?」

 

 自分のの言葉を聞いて困惑する謙哉をよそに、勇は手慣れた様子で謙哉が倒した人斬りの男を縄で縛ると引きずって歩いていく。

 途中で何かを思い出したかの様に振り返った勇は、謙哉に向けてウインクをしながらこう告げた。

 

「今夜は盛大に楽しもうぜ! いつもの揚屋(あげや)でどんちゃん騒ぎだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっはっはっは! 見たかよ謙哉、あの筋肉ダルマの顔! え組の奴ら、また俺たちに先を越されて悔しそうにしてたな~!」

 

「う、うん……」

 

 勇の話を聞きながら、謙哉は大いに困惑していた。それは、今の今に至るまでのすべての出来事が原因している。

 先ほどのお尋ね者を捕らえた勇は、そのまま歩いて町の中へと入って行った。そして、奉行所と書かれた看板を掲げている施設に入り、男を引き渡したのだ。

 

 その奉行所の中には光牙や真美、そしてガグマにやられたはずの櫂の姿もあった。

 ()()と呼ばれている警邏隊のメンバーであろう彼らは謙哉と勇のことを恨めしそうな視線で見ていたが、勇はそんな物どこ吹く風と言った様子で報奨金を受け取るとそのまま謙哉を引き連れて夜の街に繰り出したというわけである。

 

 そして今、謙哉は勇と半分に分けた報奨金を見て目を丸くしていた。自分たちの服装がそうであるように、お金もまた時代劇に出る小判そのものだったからだ。

 しかもそれだけではない。勇に連れて来られた大きな店の中では、綺麗な着物を纏った女性たちと男が楽しそうに盃を交わしているいるのだ。

 これもまた時代劇で見た光景だと思いながら、謙哉はその店の看板を見てそこに書かれている文字を読み上げる。

 

()()()()()……?」

 

 聞き覚えがある名前だ、そう思いながら煌びやかな店の外観を呆けた表情で見ていた謙哉だったが、勇に腕を掴まれるとあっという間に店の中に連れ込まれてしまった。中もまた豪勢であり、そこで働く美しい女性たちの姿と相まって妙な威圧感を与えて来る。

 

「お~い、番頭さん! マリアと葉月よろしく! 今日は楽しむぞ~!!」

 

「ちょ、勇!? こういうのは不味いって! 僕らまだ未成年だし……」

 

「わかってるって! そんな羽目は外さねえよ。明日だって予定はあるしな!」

 

 謙哉の言葉を全く聞いていない様子の勇は、笑いながらそう告げると店子に案内されて店の奥へと消えて行ってしまった。一人取り残された謙哉は周囲の様子を伺いながらどうするかを考える。

 

(こ、これ……まさか、江戸時代……!? 僕、まさかのタイムスリップ!?)

 

 色々な情報を繋ぎ合わせると、それが一番しっくり来る。だが、それにしては自分の顔見知りが次々と登場するのはおかしい。

 今、自分はどういう状況に置かれているのか? しっくりした答えが出ないまま考え続ける謙哉が苦悶していると……

 

「……あの~、謙哉さん? 行かないんですか?」

 

「のわぁっっ!?!?」

 

 突如として後ろから声をかけられた謙哉は、大げさに飛び上がると振り返って声をかけて来た相手を見る。

 そこに居たのは桃色の着物を着た香の物と思われる良い匂いを放つ少女……その顔を見た謙哉は、困惑しながらもいつもの呼び方で彼女の名前を呼ぶ。

 

「か、片桐さん……?」

 

「はい? 私は片桐なんて名前じゃあありませんよ。もしかして、他の店の遊女さんと間違えていませんか?」

 

 驚きと少しの困惑を見せながらそう言うのは、間違いなく片桐やよいだ。その愛らしい笑顔も、丁寧な挨拶もすべて自分が知る彼女と一致している。

 もしかしたら彼女には名字が無いのかもしれないと気が付いた謙哉だったが、そんな彼に対してやよいは人差し指を立てると、神妙な顔で忠告をして来た。

 

「あの、余計なお世話かもしれませんけど……絶対に、他の遊女さんの名前をだしちゃいけませんよ。そんなことしたら、間違い無く拗ねて機嫌を悪くすると思いますから……」

 

「え? あの、それってどういう……?」

 

「あ、三階の蒼の間で待ってますから、行ってあげて下さい。私もお座敷にお呼ばれしてますのでこれで……」

 

 やよいはそれだけ告げるとそそくさと去ってしまった。謙哉は困りながらも、彼女の言葉を繰り返す。

 

「……他の遊女の名前を出さない。三階、蒼の間で待ってる……」

 

 なんとなくではあるが、謙哉には部屋で誰が待っているかわかってしまっていた。

 このままこうしていても仕方がないと判断した謙哉は、取り敢えずと言った様子で歩き出す。目指すは蒼の間、階段を探して広い店の中を歩き回りながら、謙哉はどうしてこんなことになってしまったのかとずっと考え続けていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やっぱりそうだよね」

 

 案内された部屋の前に立った謙哉は、部屋の中から聞こえる美しい声に耳を澄ませながらそう呟く。聞き覚えのあるその綺麗な歌声を耳にしながら、恐る恐ると言った様子でふすまを開けると、意外と質素な部屋の中で座る一人の女性の姿が目に映った。

 

「……遅かったじゃない。相方はもうお楽しみの最中だっていうのに、あなたは何をのんびりしていたの?」

 

「あ、ああ、ごめんね、みなづ……」

 

 そこに居たのは予想通りの相手、玲であった。彼女に詫びをいれようとした謙哉であったが、先ほどのやよいの言葉を思い出して口を噤む。

 ここでもし彼女の機嫌を損ねたらそれはもう恐ろしいことが待っている気がしてならない。多少の気恥ずかしさを感じながらも、咳ばらいをした謙哉は改めて玲の名を呼んだ。

 

「れ、玲、さん……!」

 

「……何固くなってるのよ? 変な奴」

 

 普段したことが無い名前呼びをした謙哉は、緊張と恥ずかしさで固まってしまっていた。そんな彼の様子を見る玲は怪訝な表情ながらも楽しそうだ。

 問題なく彼女とのファーストコンタクトをこなした謙哉はほっと一息つくも、すぐさま玲に呼ばれて彼女の隣に腰を下ろす羽目になる。

 

「ま、取り敢えず一杯どうぞ」

 

「あ、うん……」

 

 お酒なら断ろうと思ったところだが、どうやら香りからするにただのお茶の様だ。これならば安心と思いながら湯呑に注がれたそれを啜った謙哉は、こんどこそ一息をついた。

 

「まったく……変な客よね。人気の遊女を指名しておきながら、頼むのはいつも安い飲み物と食べ物だけ……こっちはお金を落としてもらわないと困るっていうのに、あなたって人は……」

 

「ご、ごめん……」

 

「……良いわよ、その分他の客から落としてもらうだけだから。それに……もし本当に嫌なら、あなたとこうしていると思う?」

 

 上目遣いで謙哉を見上げながらふわりと微笑んだ玲は、そんな言葉を口にしながら謙哉へと身を預けた。自分の肩に頭を乗せる玲の行動に驚いた謙哉だったが、振り払うのも何なのでそのままの姿勢で固まっていた。

 

(う、わ……!)

 

 ちらりと横目で玲を見た謙哉は、心の中で小さな叫びを上げた。彼女の纏う淡い水色の着物の胸元が少しはだけていたからだ。

 目を瞑って謙哉に体を預けている玲はそのことに気が付いていない様だ。紳士的な行動ではないと判断した謙哉はすぐさま目をそらすが、その光景はばっちりと記憶に残ってしまった。

 

 なんと言うか、水着姿を見た時から思っていたのだが、やっぱり()()()。グラビアアイドルも十分にこなせるのではないかと思えるほどだ。

 上から見下ろすアングルだったので、谷間などの刺激的な光景もばっちりと見てしまった。そういえばこの時代には女性用の下着なんてあるのだろうかと考えた所で脳のキャパがオーバーした謙哉は、手に持った湯呑の中のお茶を飲み干して冷静さを取り戻そうとする。

 

「……ちっ、このヘタレめ……!」

 

「なっ、何!? 何か言った!?」

 

「いいえ、別に何も」

 

 一瞬何か聞こえた気がするが気のせいだろう。必死になって落ち着きを取り戻そうとする謙哉に対し、玲は他愛のない話を振って来た。

 

「……で? 今日はどんな大物を仕留めたのよ? 相方さんの豪遊っぷりを見れば相当な稼ぎだってことはわかるけどね」

 

「えっ!? 勇ってばそんなにわかりやすい位に贅沢してるの!? まったくもう、ちゃんと言っておいたのに……」

 

「何言ってるのよ、あれが普通なの! ……揚屋に遊びに来てる以上、たくさん贅沢してくれないと遊女の立場が無いでしょう? あれで正しいのよ」

 

「え? あ、そうなんだ……。あれ? ってことは、その……」

 

「迷惑じゃない。私もたまにはのんびりしたいのよ。あなたと一緒だと気が楽で良いわ」

 

「あ、そう……」

 

 もしかして自分は迷惑になっているのだろうか? そんな謙哉の疑問は心を読んだかの様な玲の返答によって解消された。

 玲がうそをつくわけもないし、そういうのならそうなのだろうと謙哉は安心する。

 

「で? なんであなたはそんなにお金を貯めてるのよ? 買いたい物でもあるの?」

 

「え、ええっと、それは……」

 

「教えなさいよ。家? 刀? それとも馬? 案外あなたって変わった趣味を持ってそうだから、西洋の珍品とか?」

 

 玲に質問される謙哉だったが、正直な話自分がどれだけのお金を貯めているかと言うのは今の自分にはわからないのだ。当たり障りのない返答でお茶を濁すことが正解だと考えた謙哉は、何とかそれっぽい答えを考え始める。

 

「ま、まあ、そのうち教えるよ。今は秘密ってことで……」

 

「……何? 私には言えないっての? あ、わかったわ! どこぞの遊女でも身請けするつもりなんでしょ? あなたって意外とスケベよね」

 

「いやいや、そんなことは……え?」

 

 玲の冗談交じりの言葉を笑い飛ばそうとした謙哉だったが、隣に座る玲の表情を見て驚きの声を上げた。何故かはわからないが、玲は目に涙を浮かべているのだ。

 笑い過ぎて、と言う様な感じではない。どちらかと言えば、涙を誤魔化す為に無理やり笑っている様に見えるその表情に固まった謙哉の姿を見た玲は、慌てて目元を拭ってから話を再開する。

 

「ああ、ごめんなさいね。気にしないで頂戴。何か飲む? お茶で良いかしら?」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ! おかしいでしょ? なんで泣いてたのさ!?」

 

「あなたには関係ないことよ。気にしないでって言ってるでしょ?」

 

「気になるよ! なんで泣いてたのさ!? 辛いことがあるなら話してみてよ。僕、玲さんの力になりたいし……」

 

「………」

 

 先ほどまでの雰囲気が一変、妙な緊張感と重い空気が支配する部屋の中で黙りこくっている玲のことをまっすぐに見つめながら、謙哉は必死に彼女に悩みを打ち明けてもらおうとしていた。

 やはり、何だか気になるのだ。自分の知る玲と同じ雰囲気を纏う彼女のことを謙哉は放っておけなかった。

 

「……ちょっと、期待しちゃっただけよ」

 

「え……?」

 

 観念したのか、玲は俯きながら小さくそれだけ呟いた。何に期待してしまったのだろうかと考える謙哉に対し、玲は顔を上げて今の自分の表情を見せつける。

 

「わかってるわよ……こんな場所に親に売られて落ちてきて、この鳥籠の中の世界しか知らなくて、自分が醜い世界で生きて来た女なんだってことは……こんな私が、人並みの幸せを望むなんておかしいってことぐらい、わかってるわよ……!」

 

「玲、さん……?」

 

 顔を真っ赤にした玲は、目から大粒の涙を零しながら謙哉へと語り掛けている。やがて意を決した玲は、声を絞りながらも……謙哉にはっきりと聞こえる声でこう言った。

 

「期待しちゃったのよ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って……あなたは、私を身請けする為にお金を貯めてるんじゃないかって、そう思っちゃったの! 悪い!?」

 

「なっ!? えっ!? ええっ!?」

 

 玲の言葉に謙哉は目を白黒させながら驚いた。彼女の言葉をそのまま受け取るならば、彼女は自分のことを好いてくれているということだ。

 玲の泣き顔と突然の告白は謙哉にとてつもない衝撃を与えた。いつぞやに受けた勇の必殺技よりもすごいのではないかと言う感想を持った謙哉に対し、玲は追い打ちをかける。

 

「わ、わっ!?」

 

 ぽふっ、と音をたてながら、玲が謙哉の胸の中に飛び込んで来たのだ。温かく柔らかいその感触にドキマギする謙哉に向って、玲は拗ねた口調で口を開く。

 

「……抱きしめなさいよ。そうしたら、全部許してあげるから」

 

「え、あ、あの、その……」

 

「良いからさっさとする!」

 

「は、はいっ!!!」

 

 玲の怒声に反射的に動いてしまった謙哉は、自分の胸に顔を埋める玲を抱きしめてしまった。感じている温かさと柔らかさが一層強くなり、謙哉の心臓を高鳴らせる。

 

(これは夢、これは夢、これは夢……!!!)

 

 決して現実ではないのだからと心の中で言い訳をしながら謙哉は玲を抱きしめ続ける。夢の中とは言え、もしも玲にこんなことを知られたらどんな目に遭うかわかったものでは無い。

 絶対にこれは自分だけの秘密にしよう。そう考えていた謙哉の耳に、部屋の外から響く大きな悲鳴が聞こえて来た。

 

「う、うわっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

 その悲鳴に同時に驚いた謙哉と玲は、座った姿勢のままびくりと跳びあがった後で顔を見合わせた。何だか可笑しくてつい噴き出してしまった謙哉に対し、玲は憮然とした表情を見せる。

 

「……女の子を抱きしめてるって言うのに情緒も何もないわね。あなた、本当に女の子の扱いが下手ねぇ」

 

「あう、あ、ごめん……」

 

「……良いわよ。で? 外で何が起きたか気にならないあなたじゃないでしょう?」

 

「あ、うん……」

 

 名残惜しそうに謙哉から離れた玲は未だに濡れている目元を手で拭ってから立ち上がった。そして、襖を指さして謙哉に言う。

 

「行きなさいよ。私はこんな顔だから外には出られないけど……まあ、何事も無かったら戻って来なさい」

 

「うん、わかったよ」

 

 謙哉も立ち上がると部屋の外に向かって歩き出した。その後ろ姿を寂しそうに見送りながら、玲はそっと涙で濡れる頬を摩ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう、お前どういうつもりだ!? こっちは高い金払ってんだぞ! 体を触る位良いじゃねえか!」

 

「止めて下さい! うちはそう言う手合いの要求はお断りしてるんです!」

 

 部屋の外に出た謙哉が見たのは、言い争いをしている遊女と客と思わしき男の姿だった。会話の内容から察するに、男の方が遊女にセクハラでも仕掛けたのだろう。

 嫌がる遊女はまだ若く見える。自分や玲と年齢は変わらないであろうその少女があまりにも嫌がるので、客である男は酔いも手伝って憤り続けていた。

 

「ま、まあまあ! ここは穏便に行きましょうよ! ねっ!?」

 

 関係ない話ではあるが、流石に黙って見ているわけにもいかないと判断した謙哉は双方の間に割り込み、仲裁に入った。何とか男を落ち着かせようとする謙哉だったが、酔っぱらった男にはその行動は逆効果だった様だ。

 

「あんだぁ、てめえは!? 関係ない奴は引っ込んでろっ!」

 

 怒声と共に拳を繰り出す男。しかし、その拳は緩慢で隙だらけであった。酔っぱらいの一撃などを食らう謙哉ではなく、あっさりとそれを躱すと突き出された手を取って男を抑える。

 

「なっ!?」

 

「……止めましょ? 喧嘩なんかしても意味ないですし、お互いに痛いだけですよ」

 

 あくまで柔和に微笑みながら男を落ち着かせようとする謙哉。その行動に毒気を抜かれたのか、男は戸惑った様な表情を浮かべながら動きを止めてしまった。

 

「おーい、お客さん! 一体どうしたんですか!?」

 

「あっ……!」

 

 そんな風に緊張した空気が緩んだ頃、ようやく店の番頭がやって来て騒動を収めに掛かった。謙哉は掴んでいた男の腕を放すと、後始末を店の人間に任せて部屋に戻ろうとする。

 しかし、そんな彼の目に映ったのは男に絡まれた遊女が涙を流す姿だった。さめざめと泣きながら、彼女は小さく愚痴を零す。

 

「もう、嫌だ……毎日頑張ってお稽古して、作法も学んで……なのに全然売れる気配は無いし、こんな酔っぱらいに絡まれるし……もう、遊女なんてやめてしまいたい……」

 

 顔を覆い、泣き続ける少女。そんな彼女の姿を見た謙哉は、少々迷いながらも彼女に声をかける。

 

「……確かに、努力して報われないと辛いよね。気持ちはわかるよ。でも、努力しないと報われるはずもないんだよ」

 

「え……?」

 

 顔を上げた少女ににこやかに笑いかけながら、謙哉は話を続ける。あまり説教臭くならない様に注意を払い、謙哉はかつて祖父に言われた言葉を彼女に伝えた。

 

「努力は一日にしてならず……続けることが大事なんだよ。心が折れそうになっても自分が目指すものの為に頑張りたいと思うなら、その努力を続けないとね」

 

「あ……はい……」

 

 なんとも気の抜けた返事を謙哉へ返した後、少女は店の人間に連れられてこの場を去って行った。若干、有難迷惑だったかなと考えた謙哉だったが、そんな彼の背中に拍手が送られる。

 

「いや~、良いこと言うね、青年! まだ若いのに大したもんだ!」

 

「えっ?」

 

 声がした方向を見た謙哉は、快活に笑いながら手を叩く壮年の男性を目にした。三十代前半位の年齢に見えるが、放つオーラのせいか何だか若々しく見える。

 その男性の体は着物の上からでもわかる位に鍛え上げられていた。細く力強く作られた男性の体は、まさに筋肉の鎧と言うに相応しいだろう。

 

「努力は一日にしてならず、か……良い言葉だ。青年、その心得を忘れるなよ!」

 

「え、あ、はい……」

 

「ん、なら良し! ……そうだ青年、お前を俺の弟子にしてあげよう!」

 

「へっ!? で、弟子!?」

 

 何を思ったのか男性は謙哉を弟子にすると言い出した。急展開すぎる話についていけない謙哉は困惑するばかりで、彼が何者なのかも理解出来ないでいる。

 今日は本当に予想外な事ばかりが起きる……そう考えた謙哉が、男性に対して質問をしようとした時だった。

 

「きゃぁぁぁぁぁっっ!!??」

 

「!!?」

 

 先ほどと同様に響く女性の悲鳴。だが、先ほどとは違い、その声には必死さが籠っていた。

 命の危機を思わせる女性の叫びに反応した謙哉が周囲を観察していると……

 

 ―――ズゥゥゥゥン……!

 

「な、なんだこの地響きは!?」

 

 踏ん張らないと立っていられない程の地響きが店を襲う。定期的に起きるそれは、まるで外で何か巨大な物が動いているから起きている様に思えた。

 

「……さあ青年、お前の初舞台だ。気張って行けよ?」

 

 そんな極限状態の中、壮年の男性は真剣な表情でそう謙哉に告げると、彼の背中を押して外に出る様に促したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだよ、あれ!?」

 

 揚屋の外に出た謙哉が目にしたのは、到底信じられないものであった。家一件分ほどの大きさを持つ巨大な蟹が、町を襲っているのだ。

 その化け蟹に抵抗する侍の様な人々の姿も見えたが、所詮はただの人、あっという間に蹴散らされてKOされてしまっている。

 

「このままじゃ町の人たちが危ない! なんとかしないと……!」

 

 化け蟹の進攻を止めなければ大きな被害が出る。それを食い止めるべく行動を起こそうとする謙哉だったが、良い考えが思い浮かばない。

 せめてギアドライバーがあれば戦うことが出来るのに……そう考えた謙哉の後ろから、先ほどの壮年の男性が声をかけて来た。

 

「ほら、探し物はこれだろう?」

 

「えっ!?」

 

 振り返れば手にギアドライバーを持った男が、それを謙哉へと差し出してくれていた。呆気にとられる謙哉対して、男はおまけと言わんばかりに一枚のカードを使う。

 

「……さあ、頑張れよ。お前は俺の弟子で、後輩なんだからな」

 

「弟子で、後輩……? それってどういう……?」

 

「おいおい、自分が何者か忘れたわけじゃないだろう? 青年、お前は()の俺の弟子で、仮面ライダーとしての後輩だ。その力、守る為に使ってみなよ」

 

「えっ!? 仮面ライダー!? ってことは、あなたは……!?」

 

 手渡されたカードを見れば、そこには響鬼と書かれた紫色の戦士の姿が描かれていた。顔を上げた謙哉に向って微笑んだ男は、その背中を押して化け蟹へと謙哉を向かわせる。

 

「さあ、行け青年! 今も昔も、俺たちのやることは変わらない! 人々を、平和を、命を……守る為に戦うだけだ!」

 

「は、はいっ! 先輩のお力、お借りしますっ!」

 

 受け取ったドライバーを腰に装着し、カードを掴む。呼吸を整えた謙哉は、思い切り叫びながらドライバーへとカードを通した。

 

「変身っ!!!」

 

<響鬼! 響け、息吹け、轟かせろ! 清めの音撃!>

 

 電子音声が流れると共に、謙哉の体を紫色の炎が包んだ。徐々に激しさを増すそれが体を完全に覆い隠した後で、謙哉は腕を振るってその炎を消し飛ばす。

 

「はぁっ!!!」

 

 炎の中から姿を現したのはカードに描かれていた紫色の戦士によく似た姿のイージスだった。

 大きな単眼のマスク、頭についた鬼の様な角、マッシブで生物的な胴体……漲る力を全身に感じた謙哉は、一度振り返ると男へと質問を飛ばす。

 

「あの! これでどう戦えば良いんでしょうか!?」

 

「おう! アイツの体に乗って音撃を叩き込めば良い! 太鼓を叩くみたいに力強く、かつ丁寧にな!」

 

「お、音撃……? 要するに、このバチみたいなものであいつを叩けば良いんだな……!」

 

 そうとわかれば後は簡単だ。大暴れする化け蟹目がけて跳びかかった謙哉は、その背中に飛び乗るとバチこと音撃棒を構えてそれを思い切り化け蟹の背中に叩きつける。

 

「はぁっ! せいやっ! とおりゃぁっ!」

 

 連続して叩きつけられる音撃棒。しかし、謙哉の怒涛の攻撃も化け蟹にはまるで効いていない様に見えた。

 

「グギャアアァァァッッ!!!」

 

「えっ!? うわわっ!?」

 

 一際大きく体を揺らした化け蟹の抵抗を受け、謙哉は大きく吹き飛ばされてしまった。

 再び男の元に戻って来た謙哉は、痛む体を摩りながら彼に問いかける。

 

「あの……まったく効いてないみたいなんですけど……?」

 

「いや、あれじゃ駄目だな。音撃としての型がなってない。あれじゃあ良い清めの音は出ないな」

 

「ええっ!? そんなこと言われても……」

 

「う~ん……もっとこう、調子を合わせて音撃棒を振るってみなよ。そうすればきっと……」

 

「そんなこと言われても、何の音楽も無いままリズムを取るなんて無理ですよ……」

 

 男のアドバイスもあまり役に立たない。型と言われても音楽の知識に乏しい自分には無理な話だ。

 せめてなにかリズムを取る為の音楽さえあれば何とかなるかもしれない。だが、こんな状況ではそれも無理だろう。そう考えた謙哉がぶっつけ本番で慣れていくしかないとばかりにもう一度化け蟹へと跳びかかろうとした時だった。

 

「……歌があればいいのね?」

 

「えっ!? れ、玲さん!?」

 

「歌があれば、あなたはあの蟹を倒せるのね? なら、私が歌うわ!」

 

「ちょっと待ってよ! 危険すぎる! 歌が聞こえる範囲に居るとなると、あの蟹の相当近くじゃないと無理だ。そんなの君の危険が大きすぎる!」

 

「だから何? 危険なのはあなたも一緒でしょ! 私のことが心配なら、あなたが必死になって守れば良いじゃない!」

 

「それは勿論だけど! それでも危ないことには……」

 

「良いから私に歌わせなさい! 惚れた男の為に命を懸けられない程、私は落ちぶれた女じゃないの!」

 

「~~~っっ!?」

 

 謙哉の説得にも玲は頑として譲らない。玲に言い負かされてタジタジになった謙哉の姿を見た男は、笑いながら謙哉の肩を叩いた。

 

「お前さんの負けだな。この娘は絶対に意見を曲げないよ。なら、お前が守れば良い。そうだろ?」

 

「それ、は……」

 

「……男なら、大切な女の一人や二人は守って見せなきゃな! さ、行ってこい!」

 

 三度背中を叩かれて戦いへと送り出される。謙哉は自分のことを見る玲に視線を移すと、覚悟を決めて小さく頷いた。

 

「……準備が出来たら合図を頂戴、歌い始めるから。あと、何か歌って欲しい曲はある?」

 

「いや、玲さんに任せるよ」

 

「わかったわ」

 

 玲の返事を聞いた謙哉は化け蟹へと猛進して行く。一息に跳びかかるのではなく、まずは足を払って体勢を崩す。そうして不安定になった化け蟹の背中に飛び乗ると、大声で玲に向って叫んだ。

 

「玲さん! お願いっ!」

 

「ええ!」

 

 すぐ近くの長屋、その屋根の上に乗る玲は呼吸を整えると謙哉にリズムを取らせる為の歌を歌い始めた。謙哉は彼女の歌声を耳にしながら、音撃棒を振り上げる。

 

「~~~♪ ~~~♪」

 

「良し、これならリズムに乗れる! やってて良かった、太鼓マスター響鬼!」

 

<必殺技発動!>

 

 化け蟹の背中に現れる鼓の様な模様。それを確認した謙哉は、電子音声が流れる前に自身が放つ必殺技の名前を口にする。

 

「音撃打・猛火怒涛の型!」

 

 紫の炎に包まれる音撃棒を振るい、謙哉は化け蟹の背中へと音撃を叩き込んでいく。聞こえる玲の美しい歌声でリズムを取りながら、その攻撃を続けていった。

 

「~~~♪」

 

 玲が歌うのは少年の旅立ちを応援する様な力強い歌。それを繊細で華麗な女性の声で歌いながら、まったくもって弱々しさを感じさせないでいる。

 平素であれば誰もが万雷の拍手を送るであろうその歌声は、命を懸けて戦う謙哉の為だけに歌われる物だ。その僥倖に感謝しながら、謙哉は何度も音撃棒を叩きつける。

 

「グギャオォォォォッッ!!??」

 

 謙哉の放つ清めの音撃を受け、化け蟹の様子がみるみる弱まっていった。口からは泡を吐き、体は苦しそうに痙攣を繰り返している。

 ここが勝機と悟った謙哉は、更に激しく強く音撃棒を振るって攻撃を仕掛けた。すべては自分の心の赴くまま、心が響くままに音を奏で、轟かせる。

 

「はぁぁぁぁぁぁ……っ! てやぁぁぁぁっ!!!」

 

 そしてトドメの一撃。天高くまで振り上げた音撃棒を全力を以って叩きつけ、最強の一撃を繰り出す。

 化け蟹の背中で見事な音色を響かせたその一撃は、相手の命を奪うのには十分な威力を持っていた。

 

「ギ、ギギ……ギガァァァァァァッッ!!?」

 

 謙哉の目の前で化け蟹が破裂する。泡と光へと還った化け蟹の体から飛び降りた謙哉は、戦いに協力してくれた玲の元へと駆け出す。

 

「玲さんっ!」

 

「……勝った、の?」

 

「うん! 玲さんのお陰だよ! 本当にありがとう!」

 

「そう……それは、良かった……!」

 

 玲は力なく微笑むと瞳を閉じてその場に崩れ落ちた。相当の緊張の中で必死になって歌い続けていたのだろう。その緊張の糸が途切れると同時に疲労が襲って来たのだ。

 謙哉は急いで玲の体を抱きかかえて彼女を支える。ぐったりとしているが怪我はない。命に別条が無いことに安堵した謙哉の背に声がかけられる。

 

「……さあ、青年。これで俺の役目は終わりだ。お前はそろそろ目覚めなきゃならない」

 

「え? それって、どういう……?」

 

「忘れるなよ。お前の命は、お前だけの物じゃない……そのことは決して忘れるな。そして、その子のことを大切にしろよ」

 

 謙哉の視界が歪む。目の前の男の姿も、化け蟹に与えられた被害が色濃く残る町も、抱きかかえている玲も……目に映るすべてが歪んでいく。

 ぐるぐると渦を巻く世界の中で謙哉が最後に見たのは、自分の腕の中から消えていく玲の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、う……?」

 

「あ、お兄ちゃん!」

 

「かい、り……? 僕は……?」

 

 妹の声に反応した謙哉は、ぼやけた思考のまま体を起き上がらせた。ここが病院のベッドの上であることに気が付いた謙哉は、今までの自分に起きた出来事を思い出していた。

 

「そうか……僕、ガグマの城から撤退する時に無茶をしすぎて……!」

 

 一体あの日からどれだけの時間が経っているのだろう? 勇たちは無事だろうか? そう考えていた謙哉の耳に、TVニュースの音が届く。

 

『……現在、空港にてエネミーが出現。多数の人々が取り残されている模様です』

 

「……行かなきゃ」

 

 罪のない人々に襲い掛かるエネミーと、それと戦う仲間たちの姿を見た謙哉はすぐにベッドから立ち上がった。そして、傍らに置いてあった自分の制服とドライバーを手にすると部屋の扉を開く。

 

「お兄ちゃん! どこに行くの!?」

 

「……行かなきゃいけないんだ。僕は、仮面ライダーだから……!」

 

 妹にそう告げて、謙哉は駆け出す。たくさんの人が、仲間が、親友が待っている場所へと。

 護る者としての使命を果たすべく、彼は再び戦いの中へと飛び込んで行くのであった。

 

 




―――NEXT RIDER……

「ダークライダー……悪の仮面ライダーだと!?」

「人の上っ面だけ真似ていい気になるんじゃねえ! 俺は、俺だ!」

「……俺の進化は光よりも早いぜ。ついて来られるか?」

 次回、その男は言っていた


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カブト編

 

「これ、なんなんだろうね?」

 

「さあ? けど、不思議な物だってのは確かだよな」

 

 ある日、放課後の人気のなくなった教室の中で勇と謙哉はレジェンドライダーのカードを手に話をしていた。

 

 例の白いエネミーと戦う事が出来る唯一の力であるこのカードたちは、一体何なのか? 本来のディスティニーカードの中には、こんなカードは制作されていないはずだ。

 

「オッサンも何も知らねえって言ってるし、どうやって生まれたんだろうな?」

 

「一番最初にこのカードの事を教えてくれた声の人も姿を現さないし……謎は深まるばかりだよね」

 

「あの白いエネミーたちや、そいつらが使うカードもそうだ。また別の化け物に変わっちまうカードなんてどうやって作ったんだ?」

 

「もしかしたら、僕たちと一緒でいきなり現れるのかもね。はっきりとした確証はないけどさ……」

 

 今までに集めた6枚のカードと、そこに描かれている戦士たちの姿を見つめながら二人は考察を続けていた。

 容姿、武器、雰囲気……その全てが違う6人のライダーたちだが、それぞれが世界の平和の為に命を懸けて戦ったと言う事は共通しているはずだ。

 そんな彼らの力を借り受けることに、勇たちが今更ながら重い責任感を感じていたその時だった。

 

『……その答えを知りたいか?』

 

「っっ!? だ、誰だっ!?」

 

 不意に教室の外から聞こえて来た声に驚いた勇は、座っていた椅子から跳び上がりながら叫び声を上げた。

 姿の見せない声の主に警戒心を露にする勇と謙哉が身構えていると……

 

『すいません、出来れば僕たちも君たちに色々な説明をしてあげたいんです。でも、今はそんな時間は無い』

 

「えっ……?」

 

 今度は先ほどの声とはまた別の男性の声が教室のベランダ側から聞こえ、謙哉は反射的にそちらの方向へと顔を向けてしまった。

 最初の男の堂々とした口調に比べるとやや気弱な印象を覚える男の声は、なおも二人に対して話を続ける。

 

『君たちの大切な人に危機が迫っています。急いで駆けつけないと、大変なことになる』

 

「な、なんだって!?」

 

『敵は、俺たちと相反する存在……お前たちが力をつけた様に、相手も更なる力を手に入れた。より強く、恐ろしい力だ』

 

「より恐ろしい力……? それは、一体……!?」

 

『……ダークライダーカード、悪の仮面ライダーの力を得られるそのカードを悪しき者たちが手に入れた。奴らの力は強大だ、一筋縄ではいかないぞ』

 

「ダークライダー……悪の仮面ライダーだと!?」

 

 悪の仮面ライダー、その言葉を聞いた勇と謙哉は愕然とした。まさか、別世界にはそんな仮面ライダーが存在しているなどとは思いもしていなかったからだ。

 敵が正義と戦う悪のライダーの力を得たとなれば、それは油断ならない相手になるはずだ。その事実に動揺する二人であったが、そんな二人に対して謎の男たちは一枚ずつカードを投げ渡して来た。

 

「っっ!?」

 

「これ、は……?」

 

『持って行け、それが必要になるはずだ』

 

『急いで下さい、手遅れになる前に……』

 

「お、おい! ちょっと待てよっ!」

 

 その言葉を最後に謎の男たちの気配が消える。慌てて教室の外へと飛び出した勇であったが、そこには人っ子一人いない廊下があるだけだ。

 

「くそっ……何なんだよ、これ?」

 

 勇は今手に入れたばかりのカードを見つめながら小さく呟いた。

 赤いカブトムシをモチーフにしたライダーのカード。スマートでスタイリッシュな雰囲気を纏うその戦士の絵を眺めていた勇であったが、そんな勇に対して謙哉が慌てた様子で声をかける。

 

「勇! 今の人たちが言ってたことが本当なら、誰かがピンチなはずだ! 急がないと!」

 

「あ、ああ! で、でも、それって誰の事なんだ……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの、光牙さん、どこに行くおつもりですか?」

 

「もう少し先だよ。何も怖がる必要は無いさ……」

 

 自分の手を引きながらそう答える光牙に対して言い様の無い不安を感じたマリアは、一瞬だけ体を強張らせてその場で硬直した。

 しかし、すぐさま目の前にいる男性が信頼する光牙であることを思い出し、彼にただついて行く。光牙もそんなマリアの事を見て喜ばし気に微笑んでいた。

 

(……光牙さん、何処に行くつもりなんでしょう?)

 

 学校を出てすぐに光牙に声をかけられたマリアは、彼から話したいことがあると言われて迷いながらも彼と過ごすことを決めた。

 こうやって関りを深く持つと父は怒りそうではあったが、それでも光牙たちと過ごしたいとマリアは思っているのだ。だから、新学期が始まってすぐにこうやって光牙に声をかけられてとても嬉しく思った。

 だが……今の光牙は何かが変だ。どこがと言われれば返答に困るが、何かが自分の知る彼とは違う気がする。

 

(気のせい、でしょうか……?)

 

 記憶喪失の弊害か、単なる気の迷いか……拭いきれぬ違和感を光牙に感じていたマリアは、自分たちが人気のない場所に向かっていることに気が付いて不安を募らせた。

 光牙が邪なことをする訳が無い。だが、今の彼にはどこか妙な所があるのも確かだ。

 どうすれば良いのか分からないマリアは、光牙の手を振りほどくことも出来ずに引き摺られる様にして進み続けていたが……

 

「マリアっ! そいつから離れろっ!」

 

「えっ!? い、勇さん!?」

 

 人気のない路地裏に響き渡った声に振り向いたマリアは、そこに立つ勇の姿を見て驚きの声を上げる。

 鬼の様な形相で光牙を睨んでいる勇は、風の様に駆け出すとその勢いのまま光牙の横っ面を殴り飛ばした。

 

「こ、光牙さんっ!? 勇さん、何を……!?」

 

「違うっ! こいつは光牙じゃねえ! 良く見るんだ、マリア!」

 

 突然の出来事に悲鳴を上げたマリアであったが、勇のその一言に目を丸くしながら光牙の方へと視線を向かわせる。

 地面に倒れた光牙は、ゆっくりと体を起こして勇とマリアのことを見つめ返して来た。口元には不気味な笑みを浮かべており、それを見たマリア背中には寒気と震えが走る。

 

「ふ、ふふ、ふふふふふ……!」

 

<ワーム……!>

 

「えっ!?」

 

 不気味な笑い声をあげた光牙がカードを手にすると、徐々にその姿がおどろおどろしい緑の怪物へと変貌していく。

 その一部始終を見ていたマリアは、あまりの出来事に頭がついて行かずに地面へとへたりこんでしまった。

 

「な、なんで、光牙さんが、怪物に……!?」

 

「逆なんだよマリア。あれは人に擬態出来る怪物【ワーム】、奴は光牙に化けてお前を攫おうとしてたんだよ」

 

「ふふふ、ふふふふふふ……!」

 

 光牙に擬態していたワームは不気味な笑い声を上げながら二人へと接近して来る。

 勇の手で引き起こされたマリアは、彼に連れられるまま路地裏を駆け出して行った。

 

「逃げるぞ、マリア! 俺について来るんだ! 大丈夫、必ずお前を安全な場所に連れて行ってやる!」

 

「は、はいっ!」

 

 力強く自分の手を握る勇の言葉に頷いたマリアは、彼の先導の下に暗い路地裏を駆けて行く。

 後ろから聞こえるワームの笑い声に怯えながら、その恐怖を振り払う様に首を振ったマリアは勇の手を強く握り返して恐れを誤魔化そうとしていた。

 

「もう少しで路地を抜ける! そうすればもう大丈夫だからな!」

 

「はいっ!」

 

 そうやって必死に走っていたマリアは、勇のその言葉と共に目の前に光が見え始めたことに安堵の息を漏らした。

 いつの間にかワームの声も消えていた。ここまで来れば大丈夫だと安心したマリアは、自分を救ってくれた勇に感謝の言葉を述べようと―――

 

「駄目だっ! 行くなっ!」

 

「……え?」

 

 背後から聞こえた声にマリアは再び体を硬直させた。その声が、自分の()()()()聞こえるはずが無いと思い、ゆっくりと振り返る。

 そして、そこに立っている人物を見た時、マリアは目を見開きながら茫然と呟いた。

 

「なん、で……? 勇、さん……!?」

 

「そいつから離れろ! そいつは俺じゃない!」

 

 そこにいたのは勇だった。自分の手を掴み、ここまで自分を連れて来てくれたはずの勇だった。

 突如現れたもう一人の勇の言葉を耳にしたマリアは、自分の手を掴む勇の顔を見つめて唾を飲み込む。

 若干戻って来た冷静な思考が働き始めた時、彼女はここまでに起きた不可解な事実にようやく気が付き始めた。

 

 何故、勇は光牙に擬態したワームの事を詳しく知っていたのか? その姿に驚きもせず、マリアが知らない事実を淡々と語れたのだろうか?

 

 そのワームは何処に消えてしまったのだろうか? 元々、あのワームには自分たちを捕まえようとする意志が見られなかった気がする。ただマリアを驚かすことが出来れば十分だったのだ。

 

 そして、ここは何処なのだろうか? 光牙に連れて来られたこの場所に見覚えがあるわけでは無いが、この場所は自分たちが最初に入って来た場所ではないことは分かる。

 目の前の勇は、マリアをどこに連れて行くつもりだったのだろうか?

 

「まさか、あなたも……!?」

 

 今までの出来事全てが自分を騙す為の芝居だったことに気が付いたマリアは、大きく腕を振って勇の手を振り払った。

 一歩、また一歩と自分から距離を取って後退って行くマリアの姿を見る偽勇は、悲しそうな表情を浮かべながら首を振っている。

 

「もう少し、だったのに……もう少しで、お前を救えたのに……!」

 

「何を言ってやがる!? お前はマリアを何処に連れて行くつもりだったんだ!?」

 

「そんなの決まってるだろ。争いの無い、安全な場所さ。こいつを傷つける者なんて……いや、俺とマリア以外の存在は何も無い、そう言う場所だよ!」

 

「何だと……!? 何でそんな真似を……」

 

「……分からないふりは止せよ。お前だって分かってるだろ?」

 

 勇の言葉を制止した偽勇は、真剣な表情のまま本物の自分の顔を見つめている。その表情には、悪意は一切見られなかった。

 

「お前は俺で、俺はお前だ。俺はお前の考えが分かるし、お前も俺の考えがわかるだろ? 俺が、何でマリアを連れ去ろうとしたのかも……」

 

「どう、言う意味、ですか……?」

 

「……俺は一度お前を守れなかった。迫る悪意からお前を守り切れず、辛い思いをさせてしまった……大切に思っていたのに、俺は何も出来なかった。それは全て、俺が弱いせいだ」

 

「そんな……! そんなことありません! 勇さんは私のことを必死に守ってくれて……!」

 

「良いんだ、マリア。全ては結果が答えてる。俺は弱くて、お前を守ることが出来ない……だから、お前を傷つける者のいない場所へ連れて行くんだよ」

 

 真剣な、本気の思いを偽の勇がマリアへとぶつける。そこには、彼女に対する深い愛情が籠っていた。

 たとえマリアに憎まれ様とも彼女を守る為の行動を取ろうとする偽勇は、ゆっくりと手を伸ばしてマリアの手を掴もうとする。

 

「一緒に行こう、マリア。もう苦しむのは終わりにしよう……これからは、俺がお前の傍に居る。お前のことを一生守り続けるから……!」

 

 微笑みを浮かべながらマリアへと囁く偽勇は、そのまま彼女の腕を掴んで異世界へと彼女を連れ去ろうとした。

 しかし、それよりも早く自分の腕を掴んだ本物の勇によってそこ行動は阻止され、偽勇は僅かに怒りの表情を見せながら彼と見つめ合う。

 

「……何をするんだよ。お前だって分かってるだろ? どうするのがマリアの為になるのかなんて……!?」

 

「ああ、分かってるよ。少なくとも、ここでお前にマリアを預けることだけは駄目だってこと位はな」

 

「なんでだよ!? お前も分かるはずじゃないか! だって俺は、お前自身なんだから!」

 

「人の上っ面だけ真似て良い気になるんじゃねえ! 俺は、俺だ! お前じゃねえ! お前のその考えは、俺の考えじゃねえっ!」

 

 そう叫んだ勇は、もう一人の自分自身を突き飛ばすと彼とマリアとの間に入り込んだ。そして、怒りの形相のまま偽勇へと叫び続ける。

 

「何がマリアの為だ! お前のその考えは、お前の為の物じゃねえか! もうマリアが傷つく姿を見たくないから、マリアを自分の世界に閉じ込めようとしてるだけだろうが!」

 

「っっ……!?」

 

 勇に自身の本心を看破された偽勇は、痛い所を突かれたと言う様な表情でその場に固まってしまった。そんな彼に対し、勇は容赦のない追撃を続ける。

 

「確かに俺は弱いかもしれねえ……でも、その弱さをそのままにしておいて何が守るだ! 一生守るって言うなら、一生かけて強くなれよ! どんな敵が現れても、それを乗り越えられる位に強くなって見せろ! そんなことも言えない奴が、誰かを一生守るだなんて口にすんじゃねえっ!」

 

「黙れ……黙れっ! そんなに言うなら試してやるよ! お前が、マリアを守り抜けるかどうか!」

 

 偽勇が禍々しいオーラを放つカードを手にすると、それを思い切り握り締めた。

 彼の手の中で潰されたカードが黒い光を放ち、その光が偽勇を包み込んで行く。

 

「変身……!」

 

<ダークカブト……!>

 

 やがてその光が消え去った時、偽勇の姿は大きく変わっていた。

 黒いカブトムシの様な機械的なアーマーを纏った偽勇は、僅かに顔を上げて勇の事を睨みつけながら言う。

 

「俺は、お前を倒してマリアを連れて行く! お前がマリア守るって言うのなら、俺を倒してその強さを証明して見せろ!」

 

「ああ、そうさせて貰うさ!」

 

 偽物の自分の挑発に乗った勇は、ドライバーを腰に構えるとホルスターから【カブト】のカードを取り出した。もう一人の自分同様に相手の顔を睨みながら、勇はカードをドライバーへとリードして叫ぶ。

 

「変身っ!」

 

<カブト! キャストオフ! クロックアップ! レッツ・チェンジビートル!>

 

 カードを使用した勇の体を包む重厚な鎧。それは展開が終わると同時に四方へ吹き飛び、その中から赤と銀の鎧を纏ったディスティニーが姿を現した。

 

「ぐうぅっ……!」

 

「……俺の進化は光よりも早いぜ。付いて来られるか?」

 

 弾け飛んだ鎧の破片を体に受けてよろめいたダークカブトを静かに見下ろしながら、勇は威圧感を感じさせる声で彼に尋ねる。

 ダークカブトは、勇の言葉に憤慨して彼に殴りかかって行った。

 

「舐めるなよっ! 俺は、俺はっ!!!」

 

 勇の言葉に激高したダークカブトが猛然と攻撃を仕掛ける。

 コンパクトな、それでいて鋭いパンチを連続で繰り出して勇の体を狙うも、その攻撃はギリギリの所で勇に躱されてダメージを与えるには至らなかった。

 

「くっ! このっ!」

 

 ダークカブトは更に攻撃の速度を速める。彼が繰り出すのは決して大振りになることは無く、着実なダメージを狙ってのパンチの連打だ。

 しかし、勇はその一撃一撃の軌道を読み切り、あえてすれすれの所で回避することで次の攻撃への予測を立てながら戦いを続けている。

 

「こ、のぉっ!」

 

 ダークカブトは攻めているはずの自分が徐々に追い込まれていると言う不思議な状況に苛立ちを隠せないでいた。その状況に苛立ちが募ったのか、彼は戦いが始まってから初めての大振りな一撃を繰り出してしまう。

 今までの攻めのリズムを変える強烈な一撃。勇の顔面目掛けて繰り出されたその拳は、当たれば間違いなく相手をK,O出来る威力があるだろう。

 しかし……それこそが、勇の待っていた行動であった。

 

「はぁっ!」

 

「がっ!?」

 

 ダークカブトの拳が勇に当たる寸前、彼は顔の側面に衝撃を受けて真横によろめいた。

 大きな衝撃を受けた彼が自分に何が起こったのかを理解する前に、勇が自分目掛けて歩んでいる姿を目にしたダークカブトは反撃をすべくまたしても拳を繰り出す。

 

「てやぁっ!」

 

 数歩助走をつけた勢いの乗った拳、しかしそれが勇に当たることは無かった。

 勇は右手を振って自分目掛けて繰り出されたパンチを軽く弾くと、驚くダークカブトの顔面に向けて左手でのアッパーカットを叩き込む。

 

「がぁっ!?」

 

 顎から脳天に突き抜ける衝撃にダークカブトの意識が飛びかける。体が伸び切り、彼は勇の前で無防備な姿を晒していた。

 当然、その隙を見逃す勇ではない。いつの間にか手にしていた短剣型の武器を振るい、勇は猛然と攻撃を繰り出していく。

 

<カブトクナイガン!>

 

「おぉぉぉぉっ!」

 

 逆手に持った短剣の連続での斬撃でダークカブトの装甲を斬り裂く。

 一撃ごとに火花が散り、痛みに顔をしかめるダークカブトは、勇が武器の持ち手を変えてからの強烈な一撃に対して何の防御行動を取ることも出来なかった。

 

「ぐぅぅっ!?」

 

 カブトクナイガン・アックスモードでの強力な一撃を受け、ダークカブトは後方へと吹き飛んだ。勇は数発の銃弾を彼に向けて放ちながら、カブトの特殊能力を発動する。

 

<クロックアップ!>

 

 ドライバーの電子音声が流れると共に、勇を包む世界の速度が変わった。

 飛ぶ弾丸や吹き飛ぶダークカブトの動きがスローモーションになり、勇だけが普通の速度で動ける空間で彼はゆっくりと歩き始める。

 

<1……>

 

 一歩、二歩、三歩……吹き飛ぶダークカブトの横に並び、吹き飛んだ彼の落下地点へと先回りした勇は、そこで脚を止めた。

 

<2……>

 

 ダークカブトの体にカブトクナイガンの銃弾が直撃する。

 それが引き起こした火花を目の前にしながら、勇はダークカブトに当たらなかった弾丸を軽く体を動かして回避した。

 

<3……!>

 

「……悪い、お前の気持ちがわからねえわけじゃねえんだ。でも……それでも、俺は……っ!」

 

 ダークカブトの体が空中で反転する。丁度向かい合う様な体勢になった相手に対して自身の思いを告げた。

 そして、右足に力を込めて仮面の下で強い眼差しを見せる。

 

<必殺技発動! ライダーキック!>

 

 ベルトが電子音声を響かせ、電撃を放つ。

 勇の上半身から頭の先に伸びるカブトホーンへ、そしてそこから右足へと電撃が流れ、彼のキック力をタキオン粒子が強化した。

 

「全てを守り抜くって決めたから! 戦う事を止めはしない!」

 

 左脚を軸に半回転、勢い良く強化された右足を振り抜く。

 腹に必殺の右回し蹴りを受けたダークカブトは、体をくの字に折り曲げながら今までと反対方向へと吹き飛び始める。

 

<クロックオーバー>

 

「が、あ……ぐあぁぁぁぁぁっっ!?!?」

 

 そして、カブトの特殊能力の制限時間が切れ、時間の流れが普通に戻った時……ダークカブトは空中で爆発し、そのまま地面に叩き付けられたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、はは……やっぱ、強いな……! 流石は、俺だ……」

 

「………」

 

 ボロボロの体で自分のことを称賛する偽勇の姿に何を言えば良いのか分からない勇は、ただじっと彼のことを見つめている。

 戦いに敗れた偽勇は、目の前に立つ勇に対して自身の思いを吐露し始めた。

 

「分かってたんだよな……弱さをそのままにしている俺と、弱さを乗り越えて突き進むお前のどっちが強いかなんてさ……でも、俺も諦められなかったんだ」

 

「お前、は……」

 

「……俺は、お前のもう一つの可能性だ。正しくない道を選ぼうとしたお前は、こうなるってこった……」

 

 自嘲気味に偽の勇が笑う。その表情は苦し気であったが、どこか満ち足りた表情にも見えた。

 

 偽勇は少しの間笑い声を上げると、今度はマリアを見て口を開く。

 

「マリア、ごめんな。お前のことを騙そうとしてさ……」

 

「……確かに、あなたは私を騙そうとしました。でも……それでも、私を傷つけるつもりは無かったんでしょう?」

 

「結果としてお前が望まない道を無理に歩ませようとしたんだ。そんな言い訳は口に出来ねえよ」

 

 もう一度自嘲気味に笑った偽勇は、優し気な瞳でマリアを見つめる。だが、自身の体が指先から光の粒に変わって行く光景を見て諦めた様な表情を見せた。

 そんな彼に対してマリアはその手を取ると、彼へと自分の思いを伝える。

 

「……分かってます、あなたはとても優しい人なんです。ただほんの少しだけ、やり方を間違えてしまっただけの人……それだけなんですよね?」

 

「さあ、な……俺は、何なんだろうな……?」

 

「何でも良いですよ……あなたが優しい人だったと言う事を私は知っています。そして、私はあなたのことを忘れたりなんかしません……ずっとずっと、覚えていますから……!」

 

「……ありがとう、な」

 

 マリアの言葉に微笑んだ偽勇は、続けて本物の自分へと視線を移す。

 真っすぐに勇の顔を見つめながら、偽勇は短い激励の言葉を送った。

 

「強くなれよ……そして、必ず守り抜け! それが、お前の責任だ……」

 

「……ああ、わかってるよ」

 

「それで良い……この世界と、マリアを頼んだぜ」

 

 伝えるべきことは全て伝えた。そんな顔をした偽勇は、瞳を閉じると共に光の粒へと還っていった。

 彼の手にしていた【ダークカブト】のカードも消え去り、この場には勇とマリアだけが残る。

 

「……あばよ、俺」

 

「さよなら……もう一人の勇さん……」

 

 天に昇る光の粒を黙って見送る二人は、暫くの間その場に立ち尽くし続けたのであった。

 

 




―――NEXT RIDER

「僕が辿る運命? それはどう言う意味なんですか!?」

「変えられない運命なんて無いって信じてるから! だから僕は戦うんだ!」

「さあ……キバって行くよ!」

 次回、開演♪魂の狂騒曲


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キバ編

久々にスピンオフを投稿! 本編も同時更新したかったのですが、どうしても時間がとれず……申し訳ありません!


 

 その日、玲はテレビ番組の収録の為にスタジオを訪れていた。今回の仕事は玲単独のものであり、やよいと葉月は別行動だ。

 番組の内容は芸能人の格付けチェックという奴で、一流の食事や芸術を知っているであろう芸能人たちの目利きや判断能力を確かめるものとなっている。大きな芸能事務所を構える園田の義理の娘である玲もまた、この企画の調査対象として選ばれたのだ。

 幾つかのテストを受けた後、玲は音楽への理解を確かめられることとなった。3000万円の価値があるヴァイオリンと3万円のヴァイオリン、二つの音色を聴き比べてどちらが高額なヴァイオリンかを当てるというテストを出されたのである。

 歌うことを生業とし、アイドルの中でもトップクラスの歌唱力を誇る玲。そんな彼女がこの問題を間違えてしまったら、それはとんでもない赤っ恥をかくことを意味する訳なのだが――無論、彼女にそんな心配は無用の長物である。あっさりと正解の選択肢を導き出し、スタジオ内の芸能人たちの喝采を浴びていた玲であったが、そんな中、一人の見慣れない男が撮影現場に踏み込んで来る姿を目にした。

 

「馬鹿か、お前らは」

 

 警備員やスタッフの制止を振り切ってスタジオ内に侵入した男は、安値のヴァイオリンを手にすると演奏の構えを取る。その時、男と目が合った玲の心は、何故か震えあがっていた。

 静寂の後、男の演奏が始まる。そして、彼が奏でるヴァイオリンの音色を耳にした者は、その演奏に聞き入ってしまっていた。

 表現が、力強さが、繊細さが……その全てが、別格だった。演奏のために呼ばれたプロのヴァイオリニストですら足元に及ばぬその技術に誰もが魅了されてしまっている。彼の手元にあるのは誰でも買える安物のヴァイオリン。しかし、そのヴァイオリンを使って、男は3000万円のヴァイオリンの音色を超える演奏を奏でて見せたのだ。

 そうして、長いようで短く、それでいながら永遠に聞いていたいと思える男の演奏は終わった。ヴァイオリンを手放した男は、スタジオ内の人間一人一人の顔を見まわしながら言う。

 

「ヴァイオリンの値段なんて、演奏する人間の腕前と心に比べりゃなんてことも無い。俺は、子供用のヴァイオリンであっても世界一の演奏が出来ると自負しているね」

 

 弘法は筆を選ばず、その言葉を体現して見せた男に拍手が贈られる。玲もまた、テレビの撮影中だということも忘れて彼へと語り掛けてしまっていた。

 

「あなたは、何者なの……?」

 

「ああ、ここに来た理由を忘れる所だったぜ。可愛らしい君の顔を見て思い出す事が出来た」

 

「えっ……!?」

 

 慣れた動きで玲の手を取った男は、彼女の目の前でもう片方の手を浮かす。ナルシストで、女慣れしている彼の表情を目の当たりにした例であったが、不思議と不快感は湧いてこなかった。

 何故だか……自分は、彼の放つ雰囲気に覚えがある。自分の近くにこれと同じ様な雰囲気を放つ男が居た様な気がする。だから、玲は彼の行動に不快感を感じない。その事を不思議がり、動きを止めた玲に対して、男は言った。

 

「来て貰おうか、水無月玲……もしかしたら、君は死ぬかもしれないけどな」

 

 その言葉と指の鳴る音を耳にして、玲は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 葉月に玲の予定を聞いた謙哉は、大急ぎで彼女が仕事をしているテレビ局へとやって来た。謎の人物たちの勧告を受けた彼は、玲の身を案じていた訳である。そして、その不安は的中した。テレビ局には異様な雰囲気が満ちており、ざわざわとした人々の喧騒が止まないでいたのだ。

 胸騒ぎを感じた謙哉は急いで葉月から聞いていたスタジオへと向かう。廊下を走り、階段を駆け上り、いやに静かなドアの前に立った謙哉は、意を決して扉を開けた。

 

 撮影が行われているはずのスタジオの中は真っ暗であり、とても静かだった。ともすれば謙哉がスタジオを間違えたのではないかと思うほどだが、当の彼はこの部屋の中に蔓延する不思議な緊張感を全身で感じ取り、警戒を強めている。

 ドライバーを掴み、何時でも変身出来る様にしながらゆっくりとスタジオの中心部へと進む謙哉。彼の背後の扉が閉まった時、不意にスタジオの中心部がスポットライトで照らされる。その光の中にあるものを目にした謙哉は、叫び声を上げていた。

 

「水無月さんっ!」

 

 スポットライトに照らされていたのは、十字架のオブジェに縛り付けられた玲だった。瞳を閉じ、ぐったりと動かない彼女の姿を見れば、玲が気を失っていることは明らかだ。

 そしてもう一人、その光に照らしだされている男が居た。ゆっくりと謙哉の方へと歩いて来る男を睨みつけながら、謙哉は口を開く。

 

「お前が水無月さんをこんな目に遭わせたのか? お前は何者だ!?」

 

「一つ目の質問の答えはYESだ。二つ目は、そうだな……偉~い人だと覚えておけばいい」

 

「ふざけるなっ! お前の目的は何だっ!?」

 

 謙哉は、自信家で人を小馬鹿にした様な表情を浮かべている男に苛立ちの叫びをぶつける。しかし、男の表情には焦りや恐れの感情は無く、むしろ謙哉が怒っていることを楽しんでいる様にも見えた。

 

「そう怖い顔をするなよ。俺はお前の味方だぜ?」

 

「僕の味方だって……?」

 

「ああ、そうさ。だからまず落ち着け。俺だって女の子を傷つける様な真似はしたくないが、これには少し事情があるんだよ。だから、まずはは俺の話を聞け、な?」

 

 男の言葉を耳にして、謙哉は警戒を緩めることはしないながらもすぐに彼と事を構えることは避けた。謙哉が自分の話を聞く様子を見せたことに嬉しそうに笑うと、男は自分のことを話し始める。

 

「俺とお前は良く似ている。お前は多くの者を愛し、友を大切にし、才能に満ち溢れている! そして何より……良い男だ。俺には劣るがな」

 

「何を言いたいんですか?」

 

「お前と俺は似ている。だからこそ、俺は分かる……お前は、この戦いの果てに命を落とすってことがな」

 

「!?!?!?」

 

 謙哉に向けて指を突き付け、先ほどまでの軽薄な表情とは打って変わった真剣な眼差しを見せる男の言葉に謙哉は声を詰まらせた。彼の言葉には、はったりや嘘では無く、何かの確証があることを予感させる現実味があったからだ。

 謙哉が自分の言葉を信じかけていると知った男は、ふっと笑みを見せると……優しく謙哉の肩を叩いた。口元を僅かに綻ばせた男は、囁く様な声量で話を続ける。

 

「俺もお前と同じだ。俺は、愛する者たちの為に命を懸けて戦い……そして、死んだ」

 

「えっ!?」

 

「信じるかどうかは自由だ。一応言っておくが、俺は嘘は言ってない。……話を戻すぞ。俺はかつて、戦いの果てに命を落とした。その時はそれで良いと思っていたが……後々、自分の戦いが無意味だったってことに気が付いたんだ」

 

「そんな……! 何で、そんなことを言うんですか!? あなたは、大切な人たちのために命を懸けたんでしょう!? なら、それを無意味だなんて言って良い筈が――」

 

「いいや、無意味さ! 何故なら……俺が守った奴らは、誰一人として幸せにならなかったからだ」

 

 遠い過去を思い返す様に男が視線を上に向ける。光に照らされ、どこか神々しく見える男の後姿を謙哉は黙って見つめることしか出来ない。

 

「愛した女は、暗闇の果てに居続けることになった。戦友たちもその後の戦いで命を落としたり、終わらぬ戦いの中に身を置き続けている。そして、俺の息子は……俺の事など何も知らないまま、たった一人で孤独に生きることを強いられた。俺が守りたかった奴らは、俺が命を懸けても幸福にはなれなかった」

 

「それでも! あなたが自分の命を投げ打ったからこそ、その人たちの命は繋がったんでしょう!? それを無意味だなんて――」

 

「少年、覚えておけ……時には死ぬことよりも不幸な人生もある。俺はあの時、死ぬべきじゃあなかった。あいつらと共に生き続けるか、あいつらと共に死ぬべきだったんだ」

 

「ぐっ……!!」

 

 自分の戦いを無意味と嘆き、無価値と吐き捨てた男の言葉に拳を握り締める謙哉。悲壮感の漂うその背中にかける言葉を見つけられないまま、胸の中の苛立ちを掻き消す様に彼は叫ぶ。

 

「それが、今のこの状況と何の関係があるんです!? どうして水無月さんを襲うんですか!?」

 

「……なんだ? お前、まだ気が付いて無いのか? ここまで来て、何も分からないのか?」

 

「な、なにがですか!?」

 

「呆れた馬鹿だな……良いか? お前が生きて戦いを終えられるかどうかの鍵は、この娘が握っているんだよ。つまりは……こいつが死ねば、お前は助かるってことだ」

 

「な、なんだって!?」

 

 いつの間にか玲の横に移動した男は、最初に浮かべていたあの軽薄な笑みと共に玲の頬を撫でていた。そうしたまま冷ややかな声で謙哉に語り続ける。

 

「お前か、この娘か……助かるのは一人だけだ。お前ならどっちを選ぶ?」

 

「ふざけるなっ! そんなこと、答える必要は――!」

 

「……この娘、だろ? お前は絶対にそうする。自分が死んででも、この娘を助けようとする。間違いない。だから、この場でどちらかを殺すしかないんだよ! それが……お前が辿る運命だ!」

 

「僕が辿る運命……? それは、どう言う事なんですか!?」

 

「……知る必要は無い。お前はただ選べば良いだけなんだからな」

 

――ガブリ!

 

 冷酷な眼差しを謙哉に向けた男の手の中には、黒い蝙蝠の様な生物が握られていた。そして男がその生物に手を噛ませた途端、彼の顔にはステンドグラスの様な紋様が浮かび上がって来たではないか。

 

「……変身!」

 

《……ダークキバ》

 

 男の腰に無数の鎖が纏わり付き、それがベルトとなる。出来上がったベルトに手にしていた黒い蝙蝠をぶら下げれば、男の体を紅と黒の鎧が包み込んだ。

 見る者すべてに畏怖の感情を抱かせる外見。一歩歩むごとにその足跡は燃え上がり、それだけでも男が凄まじい力を有している事が見て取れた。。

 

「……選べ、お前はどうする? お前が死ぬか? あの娘を殺すか? お前の運命を選べ!」

 

 拳を握り締め、謙哉を威嚇しながら非情な選択を強いる男――ダークキバの瞳が獰猛に光る。謙哉の答えによっては、彼は本気で玲を殺すだろう。

 無論、謙哉はそれを許すつもりは無い。謙哉自身が死ぬつもりもだ。故に、懐から取り出したギアドライバーを腰に装着し、彼は大声で叫んだ。

 

「僕はどちらも選ばない! 水無月さんを死なせることも、僕が死ぬことも無い! あなたが何者であろうとも、僕はあなたの言う未来を変えてみせる!」

 

「不可能だ、運命は変わらない……悲劇が起きる前に、傷が浅いうちに、苦しみを受け止めることがお前とあの娘にとっての幸せになる」

 

「そんなことありません! 変えられない運命なんて無い! そう信じているから僕は戦うんです! 誰もが笑っていられる未来が訪れるを信じているから! それが、僕の描きたい未来だから!」

 

「なら……俺を倒してみろ! ここで俺に負けるようじゃ、お前は守りたい物を守ることなんか出来やしないさ」

 

「言われなくったって、僕はっっ!」

 

 ドライバーからカードを取り出す謙哉。その手に握るのは謎の男から渡されたカード。目の前の仮面ライダーに良く似た、吸血鬼の様な姿をした戦士が描かれているカードを振りかざした謙哉は、ドライバーへと一直線に振り下ろす。

 

「変身っっ!!」

 

《キバ! ドガバギランブル! 目覚めろWAKE UP!》

 

 カードを使用した謙哉を透明の鎧が包む。まるでガラスの様なそれは、カードに描かれている戦士そっくりの形を作り上げてから、弾ける様にして吹き飛んだ。

 黄色く輝く大きな複眼と鎖が巻き付けられた右足。怪物であり、戦士でもある仮面ライダーの力をその身に宿した謙哉は、体勢を低く構えて敵を睨みつけながら、決め台詞を叫ぶ。

 

「さあ、キバって行くよっ!」

 

 叫ぶと同時に脚に力を込めて床を蹴った謙哉は、驚くほどの跳躍力を見せつけてダークキバへと飛び掛かる。爪で引っかく様な素早いパンチを繰り出し、ダークキバの体勢を崩すことに注力しつつ、敵が繰り出す攻撃を捌き続ける。パンチの応酬を続けていた二人であったが、膠着状態になることを感じ取った謙哉は、再び地面を蹴って跳躍した。

 

「はぁっ!!」

 

 上空で宙返りし、ダークキバの頭上から攻撃を仕掛ける謙哉。脳天を叩く拳の一撃に火花を散らしたダークキバの脚がよろめく。そのまま、着地と同時に脚払いを仕掛けたものの、今度はダークキバが地面を蹴って空中からの襲撃を仕掛ける番だった。

 

「てやぁっ!」

 

「ぐっぅ!?」

 

 先ほど自分が繰り出したものと同じ脳天を叩くパンチに昏倒仕掛けた謙哉であったが、咄嗟に体勢を崩す勢いを活かしてオーバヘッドキックの要領でダークキバへと反撃を仕掛ける。勢い良く回った謙哉の脚は、見事に敵の胴体を捉え、ややカウンター気味にダークキバへとダメージを与えることに成功した。

 

「ぐふぉぁっ!!」

 

「ぐぅぅっっ!」

 

 キックを食らったダークキバは大きく吹き飛び、壁に叩き付けられた。少なくないダメージを与えることには成功したが、謙哉も決して無傷とは言えない状態だ。

 お互いによろめき、痛みに歯を食いしばりながらも立ち上がる両者が鋭い眼光をぶつけ合う。荒い呼吸を繰り返しながら、二人は吼える様にして相手に向かって叫びかけた。

 

「この、大馬鹿野郎がっっ! まだわからないのかっ!?」

 

「諦めない人間のことを馬鹿と言うのなら、僕は馬鹿で構わないっ! 何があったって、僕は皆を守ってみせる!」

 

「チッ……! 本物の馬鹿だな、お前はっ!」

 

《必殺技発動! ダークネスムーンブレイク!》

 

《ウェイクアップ2!》

 

 謙哉とダークキバ、二人のドライバーからそれぞれ別の音声が響いた瞬間、スタジオの内部に二つの月が出現した。どちらも血の様に赤く淀んだ霧に包まれた後、背後の空中に浮かぶ月目掛けて飛び立ち、右脚に全ての力を収束させる。

 赤と緑の紋章を通り抜け、稲光を放ちながら激突した両者は、咆哮を上げながら相手に打ち勝とうとただ全力を尽くしていた。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

「おぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」

 

 空気が震える、衝撃が響く。煌々と月明かりだけが光る暗闇の中で、二人の戦士がぶつかり合う。

 凄まじいまでの力が込められた右足同士のぶつかり合いに骨は軋み、肉は砕けそうになっていた。それでも、二人の男たちは決して怯むことも逃げることもせずに技を繰り出し続けている。それぞれの負けられない理由を胸に、己の誇りを懸けて戦っているのだ。

 そんな永遠に続くかと思われた二人の戦いであったが、終わりは唐突に訪れた。一気に収束した空気が爆発となってスタジオの中で吹き荒れ、ぶつかり合っている二人の体を吹き飛ばしてしまったのだ。

 

「ぐぁぁっっ!」

 

「ちぃぃっ!!」

 

 必殺技の打ち合いとその余波による衝撃、二つの尋常ならざるダメージを受けた両者は、地面に転がると同時に変身が解除されてしまった。それでもなお、謙哉は負けるものかと痛みを堪えて立ち上がると、男に向かって向かって行く。そんな謙哉に対し、男もまた苛立ちの表情を浮かべて迎撃の構えを見せた。

 

 一歩、二歩……よろめいた足取りのまま男に立ち向かう謙哉。しかし、男はそんな謙哉の拳をあっさりと避けると、彼の胸倉を掴み、必死の形相を浮かべて叫んだ。

 

「お前は、正真正銘の馬鹿かっ!? まだわからないってのか!?」

 

「僕は、誰も見捨てるつもりはない……! 水無月さんだって、僕の命だって、絶対に守って――!」

 

「ああ、そこまでわかってるんだろうが! だったら、何でそこから先が分からないんだ!?」

 

「……え?」

 

 謙哉は、目の前の男の表情が何処か悲し気なものになっていることに気が付く。そしてその彼の体が徐々に光の粒になっていることにも気付き、握り締めていた拳から力を抜いた。

 敵意が完全に消えた謙哉の胸倉を掴む男は、自分の消滅を悟りながも……いや、悟っているからこそ、謙哉に向けて自分の思いを訴えかけ続ける。その姿を見た謙哉は、彼はなにかとても大切なことを自分に伝えようとしていることを理解した。

 

「お前は何でここに来た? あの娘が危ないと誰かに聞いたのか? ……違うだろう? お前が聞いたのは、()()()()()()()()()って言葉だ。あの娘が危ないだなんて、お前は聞いちゃいないはずだ!」

 

「それ、は……」

 

「ここに来る前に、お前は他の誰かの無事を確かめたか? あの娘以外の友人や家族の安否を確認したか? してないだろう? お前は、誰よりもまず先に彼女のことを思い浮かべ、ここにやって来たんだろう!?」

 

 男の言う通りだった。謙哉は、大切な家族や勇以外の友人たちのことを思い浮かべるよりも早く玲の安全を気にかけていた。何故だか、大切な誰かに該当するのは玲だという確信があったのだ。

 だから真っ先に彼女の予定を確認し、何よりも早く彼女の元に駆けつけた。だが、何故自分が玲の元に向かったのか? その理由は理解していなかった。

 

「もう一度聞くぞ? 何でお前はここに来た? 何で彼女の元に駆けつけたんだ?」

 

「それは……水無月さんを守りたいと思った、から……」

 

「そうだ、お前はあの娘を守りたいと思った。だからここに来た。なら、次の質問の答えも分かる筈だ」

 

 謙哉が顔を上げれば、目の前の男の表情が目に映る。彼はもう、怒っても謙哉を馬鹿にしてもいない。今の彼の表情は、愛する我が子を見守る父のそれだった。

 

「よく聞け、お前は本当に馬鹿だ。どうしようもない大馬鹿だ。このままじゃ、あの娘だけじゃなく、沢山の人を泣かせることになる。だが……その運命は、どう足掻いたって変えられないんだ。お前は、その運命を受け入れるしかないんだよ」

 

「え……?」

 

「だからこそ、お前は早く気が付かなきゃいけないんだ。ギリギリじゃ遅い、後悔する前に、その答えを導き出さなきゃなんねえんだよ。さもなきゃ、ずっと苦しむ事になる。お前か、あの娘がな……」

 

 もう男の姿は殆ど消滅しかかっていた。優しく、力強い眼差しを謙哉に向けた男は、静かな口ぶりで最後の質問を投げかける。

 

「……お前はあの娘を守りたいと思った。なら、その理由は何だ? お前が彼女を守りたいと願う時、その心の中にはどんな火が灯っている? お前にとって、彼女はどんな存在なんだ?」

 

「あ……!?」

 

 その言葉を最期に、男は光の粒に還ってしまった。足元に残るダークキバのカードを見下ろし、この数分間で自分の身に訪れた数々の事件を頭の中で整理する謙哉は、スポットライトに照らされる玲の元へと歩んで行く。

 彼女を縛っていたオブジェもまた、男と共に消え失せていた。いや、もしかしたらあれも男が見せていた幻覚で、最初から玲は何も危害を加えられていないのかもしれない。

 夢の中の玲は、とても幸せそうな顔をしていた。美しいヴァイオリンの演奏を聴いている様な穏やかな寝顔を浮かべる彼女の頬に手を添え、謙哉は呟く。

 

「僕は……君を守りたいと思うよ。君が僕に戦う理由を思い出させてくれた。君が僕に大切なことを教えてくれた。だから僕は強くなれたんだ」

 

 エックスとの戦いに際し、玲を失った謙哉は絶望のどん底まで落ちてしまった。だが、そこでかけがえのない光を見つけ出すことも出来た。その光をくれたのは、他でもない玲なのだ。

 

「理由は分からないんだけどね……僕は、君が笑ってくれると嬉しいんだ。他の誰でも無い、君が笑ってくれるのが本当に嬉しいんだ。だから僕は君を守りたいって思うんだよ。でも、なんでかな……? 何で僕は、そう思ってしまうのかな……?」

 

 こんなことを聞いても玲は困るに違いない。頬に触れるだなんて馴れ馴れしい真似をしたことがバレたら、きっと顔を真っ赤にして怒るに違いないだろう。だから、眠ったままでいい。この幸せそうな表情を浮かべたままで、自分の問いかけに答えなんて返してくれなくて良いのだ。

 

「ああ……やっぱり僕は馬鹿なんだろうね。全然答えがわからないや。うん、わからないんだよ……」

 

 処理出来ない感情が押し寄せて来る。他の誰にでも抱いていて、それでも玲にだけは少しだけ違うその感情のことを謙哉は理解することが出来なかった。だがしかし、他の誰から見てもその答えは明らかなのだ。だからこそ、あの男は謙哉の前に現れたのだろう。あまりにも不器用で、誰よりも優しい、そんな謙哉の姿に自分の息子の姿を重ねたからこそ、あの男はやって来てくれたのだ。

 その答えに謙哉がいつ気が付くのかはわからない。もしかしたら、あの男が言ったように、手遅れになってから気が付くのかもしれない。だがそうだとしても……彼と彼女の迎える結末が、少しでも幸福なものであることを願わずにはいられない。

 玲の笑顔と、男の言葉と、鳴り響くヴァイオリンの音を頭の中でループさせたまま、謙哉は無言で玲を見つめ続けたのであった。

 

 




―――NEXT RIDER

「僕は皆と戦いたくなんか無い! どうしちゃったんだよ、皆っ!?」

「争って、奪い合って、その先に何がある!? 人は、戦い続ける生き物なんかであるはずがないんだ!」

「……しゃぁっ!!」

次回『燃えよ、竜騎士』




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仮面ライダーディスティニー 本編
ゲームスタート!運命の戦士


 ある日、世界にとてつもない衝撃が走った! なんと、ゲームのキャラが現実世界に現れたのだ

 

 何かのプロモーション活動かと思われたこの事態だが、ゲームキャラたちが現実世界で暴れ始め、世界は大混乱に陥った!

 

 一体何が起こったのか? 原因の究明に努めた研究員が発見したのは、あるコンピュータウイルスだった。「リアリティ」と名付けられたそのウイルスには、感染したゲームのキャラクターを現実のものとして呼び出してしまう効果があったのだ

 しかも、リアリティによって現実世界に出て来たキャラクターが暴れると、その区域がゲーム空間になってしまうと言う恐ろしい事態まで引き起こされるのである

 

 世界政府はすぐさまこの事態に対して対策を講じた。結果、一つの方策が採られた。それは、一つの広大なゲームの中にリアリティに感染したゲームキャラを全て閉じ込めてしまおうと言うものだったのだ

 

 この計画によって事態は一応の解決を見た。しかし、それは新たな問題の発生を産み出してしまったのである

 

 新たなゲームの中に閉じ込められてたリアリティは進化を遂げ、なんとそのゲーム自体を乗っ取ってしまったのだ。そして、そのゲームを自分たちの思うがままに作り変えてしまった。

 

 そして、そのゲーム……「ソサエティ」から生み出されたモンスターたちは現実世界再び侵攻を始めた! ここに、ゲーム世界との戦争がスタートしたのである

 

 この戦いに勝つ方法……それは、ソサエティをクリアするしかない!

 再び対策を講じる事になった世界政府は、ソサエティ攻略のための部隊を作る事を決定した。

 

 それから時は移り現代、世界ではゲーム大国日本の他国とは違うソサエティ攻略方法が話題になっていた。

 

 それは、ゲームに慣れ親しむ若者たちを攻略部隊として育成する学校を創立することだった!

 

 ただのゲームとも違う、されど運動神経や頭脳だけでは勝ち抜けないこの戦い。世界に平和を取り戻すために、若者たちの戦いが今、始まる!

 

 

 

 

 

 

 現代の日本、そのどこかにあるとある高校の校門の前を一人の男子生徒が歩いていた。

 

「ふぁ~~……ねみぃ……」

 

 髪は明るい茶髪、長くならない様に綺麗に切り揃えられている。顔立ちも整っており、俗に言うイケメンの部類に入る人間であろう彼は、退屈そうにあくびをしながら学校から下校していた。

 

 彼の名前は「龍堂勇(りゅうどういさむ)」、どこにでもいる普通の男子高校生だ。

 年齢16歳、高校二年生。両親はすでに亡くなっており、小学生から養護施設『希望の里』で育ち、高校入学を機に一人暮らしを始めている。毎週金曜日にその施設に里帰りして休日を過ごすのが彼の習慣だ。

 本日はその金曜日、勇はいつもと違う路線の電車に乗ると電子掲示板に表示される路線図を見ながら、施設の子供たちに何を土産に持って行こうかなんてことを考えていた。

 

 自分が中学生の頃に入って来た子供たちも小学生高学年となった。親はいないが、皆一生懸命頑張って日々を過ごす強い子たちだ。

 自分の事を実の兄の様に慕ってくれる子供たちと過ごすのは、勇にとっても楽しみな事であった。

 

『時代を、世界を、運命を超えるカードゲーム! ディスティニーカード、いよいよ明日発売!』

 

 路線図を映し出していた電子掲示板が映像を切り替え、話題のカードゲームの広告を映し出す。ド派手な効果音と共に流れる謳い文句を見ながら、そういえば子供たちはこれの発売を楽しみにしていたっけかと勇は思い出した。

 

「……明日、買ってやるかな」

 

 バイト代も入って財布には余裕がある。一人1パック位ならプレゼントしてやっても良いだろう。

 ぶっきらぼうに見えて案外気の優しい勇は、子供たちの喜ぶ顔を想像しながら電車に揺られて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー同時刻、ソサエティ攻略部隊育成の名門学校私立虹彩学園(しりつこうさいがくえん)の地下演習場にて数名の生徒たちが訓練をしていた。

 質量を持った映像を作り出せるこの地下演習場では、ソサエティに出てくる敵キャラクターを模した訓練用ダミーを相手により実践に近い訓練を行うことが出来る。

 

「うおおおおおっ!」

 

 巌の様な大きな体をした男子生徒が、自分と同じくらいの体の大きさをしたゲームの敵キャラに対して手に持った斧を振り下ろす。

 見事頭にヒットしたその攻撃を受けたキャラクターは、短い悲鳴と共に光の粒となって砕け散った。

 

「どうした!? もっとかかって来い!」

 

 ガンッと拳を打ち鳴らす男子生徒に敵が殺到する中、その様子を離れたモニタールームで見ていた教師が横に立つスーツを着た女性に話しかける。

 

「彼は城田櫂(しろたかい)、優れた肉体と運動神経を持つ彼が敵の注目を集めている隙に他のメンバーが強力な攻撃を仕掛けると言うのが彼らの主戦法です」

 

 丁度その説明を終えた時、櫂から少し離れた所に居た女子生徒が腕に嵌めた機会にカードを読み取らせると、彼女の周りにいくつもの火の玉が浮かび上がった。

 

「行っけぇぇっ!」

 

 手を振るう彼女の動きに合わせて敵目がけて飛んでいく火の玉。わらわらと櫂に群がっていた敵に次々とぶち当たってはそいつらを光の粒へと変えていく。

 

美又真美(みまたまみ)……パーティの魔法使いとして後方から敵を倒す役割を担っています。そして、もう一人……」

 

「城田さん! 無理はなさらず!」

 

 モニターに映る金髪蒼目の美少女を指さした教師、彼女は丁度傷ついた櫂を癒すためのカードを使っていた所だった。

 

「マリア・ルーデンス。我が学園に留学生としてやってきた彼女は素晴らしい成績をいくつも残しています。彼女は周りを見る事に長けているので、サポート役にはぴったりでしょう」

 

 教師の説明を受けている女性はじっくりとそんな彼女たちの様子を観察している。その後ろに控える黒服の男性二人は、アタッシュケースを手に女性を見守る。

 

「……お前たち、あれを用意しておけ」

 

 その指示を聞いた男性たちはこくりと頷くと、アタッシュケースを慎重に確認し始める。

 そんな彼らの様子を一瞥もせずに、女性は教師の説明に耳を傾けていた。

 

「3人とも素晴らしい才能を秘めています。そんな彼らをまとめるのが白峰光牙(しらみねこうが)、彼は我々が知る中で最も優秀なリーダーとして仲間たちを引っ張っていくでしょう」

 

「……なるほど」

 

「皆! もう少しだ、油断するなよ!」

 

 聡明そうな顔立ちと覇気溢れる表情、はつらつとした声で仲間に激を飛ばしながら自身も剣を振るう光牙は正にゲームの主人公、勇者の様であった。

 仲間たちも彼の事を信頼しているようだ。彼の指示に従い、うまく連携を取っている。今まで見た攻略チームのどれよりも熟練されたその動きは大人顔負けの物だ。

 

「これで終わりだっ!」

 

 剣を振るい最期の敵を切り倒す光牙、すべての敵が消滅し、訓練が終わった事を確認した女性たちはモニタールームから訓練場へと足を運ぶ。

 

「お前たち、集合だ」

 

 教師の言葉にすぐに反応して駆けつける生徒たち、よく訓練されていると思いながら女性は今戦っていた4人の顔を視界に入れる。

 

「……お前たちにこの『ゲームギア』を授与して下さった政府ソサエティ対策部署の新藤命(しんどうみこと)さんだ、失礼の無いようにしろ」

 

「はいっ!」

 

 ハッキリとした口調で返事をした生徒たちを再び見渡しながら命は彼らの腕に装着されたゲームギアに視線を移す。その視線に気が付いたのか、光牙が命に向かって話しかけて来た。

 

「凄い機械ですねこのゲームギアは! これと頂いたカードがあればきっとソサエティもクリアする事が出来ます!」

 

「……件のカードは明日発売だったか、お前たち」

 

「はっ!」

 

 命は後ろに控える黒服に声をかける。その声に応えて前に出て来た二人の男性は、手に持ったアタッシュケースを開くと中に入っているものを生徒たちに見せた。

 

「これは……?」

 

「ゲームギアの本当の力を発揮するための道具だ」

 

 そう説明した命はアタッシュケースの中の物を手に取る。高く掲げられたそれに生徒たちの視線が集中した。

 

 それは、バックルの様なものだった。大分ごつく、何かを嵌める様な場所がある。

 ゆっくりとそれをアタッシュケースに戻した命は、興味津々と言った様子の生徒たちに向かって説明を始めた。

 

「こいつは『ギアドライバー』、ゲームギアと組み合わせて使う事ですさまじい効果を発揮するアイテムさ。そしてもう一つ……」

 

 そう言ってポケットに手を入れた命は、その手にカードを持って再び高く手を掲げる。

 

「……君たちが使っていたプロトタイプとは違う本物のDカードだ。明日発売されるものだが、特別に数枚入手してここに持ってきた。これを君たちに渡そうと思う」

 

 その言葉に生徒たちがざわめく。政府が主体となって開発した秘密兵器とその力を最大限に発揮するのに必要なアイテムを特別に自分たちに渡すと言う行為が、どれだけ重要な意味を持っているのか分からない彼らでは無い。

 そんなざわめきを無視して、命は光牙にカードとドライバーを手渡す。感激している様子の光牙に向かって、命は表情を変えずに声をかけた。

 

「君たちには期待している。ぜひこの力を使いこなしてくれたまえ」

 

「は、はいっ! 絶対に世界の役に立ってみせます!」

 

「うむ……では、我々はこれで失礼するとしよう。明日、何か動きがあったら君たちに頼る事になるかもしれん。その時は頼んだぞ」

 

「はいっ!」

 

 敬礼をして微動だにしない生徒たちを背に命は訓練場を後にする。そうした後、車に乗り込んだ命はゆっくりと息を吐くと虹彩学園を見て口を開いた。

 

「……大人顔負けの動きだったな。あれで高校生とは末恐ろしいものだ」

 

「日本の政策は効果的だった。と言う事でしょう」

 

「ふっ……最初はふざけているのかとまで言われた学校設立がまさかここまでの成果を見せるとはな」

 

ほんの少しだけ口元を綻ばせると命は視線を前に戻す。そして、残念そうに運転手の男に言った。

 

「私に生産済みのドライバー4本全てを好きにする権限があったならば、ここにすべて残してきただろうにな……」

 

「……残り2本は彼が持っているのですよね?」

 

「ああ、奴は間違いなくここには渡さないだろう。面白みが無いとでも言ってな……」

 

 少し憎々しげに、されど何処か楽し気な口調でそう言いながら命は窓の外を見る。ゆっくりと沈んでいく夕日がオレンジ色を残しながら綺麗に燃えているのを見ながら、命は誰に言う訳でも無く小さく呟いた。

 

「……あいつは、どんな奴にあれを託すのだろうな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やりましたね、光牙さん!」

 

「ああ! でもこれはまだ始まりだ、間違えちゃいけないよ」

 

 一方、命が去った虹彩学園では興奮冷めやらぬ様子の生徒たちが光牙を中心に話を続けていた。

 最新兵器であるゲームギアとギアドライバー、そしてDカードと呼ばれた3つのアイテムを手に周りの生徒たちに語り掛ける光牙もまた、使命感に燃えながらも興奮を隠せていない。しかしながら、少しでも模範を示そうと自分を必死に律しているようだ

 

「いいか皆! 俺たちは力を手に入れた。この力を無駄にしないためにも自分の力を全力で磨いていこう!」

 

おお! と言う生徒たちの声を耳にしながら光牙は満足げに頷く。そうだ、まだ自分たちは他の人間よりも早くスタートラインに立ったに過ぎない。ここからソサエティの攻略と言う本当の戦いが始まるのだ

 

「まずはこれの使い方を把握しよう。櫂、真美、マリア、ちょっと付き合ってくれるかい?」

 

「当然だぜ!」

 

「最新技術を真っ先に体験できる機会をみすみす逃すわけないでしょう!」

 

「ありがとう! それじゃあ、これを受け取ってくれ」

 

自分の言葉にすぐさま返事をくれる頼もしい友人に心の中で感謝しながら彼らに先ほど命からもらったカードを手渡す。各自自分の受け取ったカードを確認する中で、光牙の手の中に残ったカードを見たマリアがその名前の通りの聖母の様な微笑みを浮かべながら話しかけて来た。

 

「勇者……まさに光牙さんの事を現すカードですね」

 

「ありがとう、このカードに恥じない活躍をしないとね」

 

 剣を構え、凛々しい顔つきで前を見るそのカードを見ながら光牙は呟く。

 銀色に光る鎧に身を包んだその人物が描かれたカードの名は『光の勇者 ライト』、どこか自分と似ているその姿にシンパシーを感じながら、光牙は訓練に勤しむべく仲間たちの元へと走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、お前らの好きなカレーだぞ」

 

「わーい! 勇にいちゃん、俺の大盛りね!」

 

 所変わって夕食時の養護施設『希望の里』では、勇がお手製のカレーを子供たちに振る舞っていた。

 全員分のカレーをさらによそって自分も席に着く勇、美味しそうに自分の手料理を食べている子供たちを見てその顔を緩ませた。

 

「いつもありがとうね勇君」

 

「いいんだよ。こいつらは俺の弟みたいなもんだし」

 

職員のお礼の言葉に手を振りながら応えた勇はスプーンで掬ったカレーを一口頬張る。

 

(……うん、悪くない)

 

 今日も上手く作れた事を喜びながら子供たちと夕食を食べる勇、そんな彼に向かって一人の子供が話しかけて来た。

 

「勇にいちゃん、明日俺たちと一緒に来てくれるってほんと!?」

 

「ああ、明日発売のカード買いに行くんだろ? お前たちだけに行かせるわけにはいかねぇからな」

 

「やった! 寝坊しないでよ? すぐ売り切れちゃうかもしれないんだから」

 

「はいはい、わかってるって」

 

 子供の相手を済ませると勇はカレーのおかわりを求めて席を立つ。施設の職員も同じく席を立つと申し訳なさそうに勇に声をかけた。

 

「いつもごめんなさいね。私たちは仕事があって一緒に行けないけど、あの子たちが心配でね……」

 

「最近コンピュータウイルス絡みの事件の話もよく聞くからな。おばさんたちの心配も当然だって」

 

「そうよねぇ……あの子たちの買いに行くゲームもなにかありそうで怖いのよねぇ……」

 

「はは、ゲームはゲームでもカードゲームだから問題ねぇよ。それに明日は俺がついて行くから大丈夫さ」

 

「そうねぇ……それじゃあ、悪いけどよろしくね」

 

「任せてくれって!」

 

 胸を張ってそう答えると勇は再び食事に戻る。彼にとって明日の買い物などお茶の子さいさいなもののはずだった。

 

 早起きして、子供たちとはぐれない様に注意して近所のおもちゃ屋に向かう。1時間もあれば終わる簡単な仕事だわ、

 少なくともこの時の勇はそう思っていた。帰ってきてから明日の昼ご飯を何にしようか職員の皆と相談しないとな、などと考えながらベットに潜って眠りについたその時もその考えは変わらなかった。

 

 だがしかし、この時から既に運命の歯車は着実に動いていたと言うことを彼はまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、勇は子供たちと共に施設から歩いて30分ほどの所にあるおもちゃ屋に来ていた。

 まだ朝早くだというのにすでに多くの人が列をなして店の開店を待っている。新作カードゲーム、「ディスティニーカード」の人気っぷりに少々驚きながらも勇たちは列の一番後ろに並んだ。

 

「んで、今日は何を買うんだ?」

 

「えーっと、スターターデッキとカードパック一つずつ!」

 

「凄い人気だからお一人様一点限りって決まってるんだ!」

 

「……セールの卵かよ? にしても凄い人気なんだなぁ」

 

 自分の前に並ぶ人だかりを見ながら勇は呟く。結構早くに出たと思ったのだが、それでも自分たちより早くここにやって来た人もいるのだから驚きだ。

 何処にでもある普通のおもちゃ屋でこのありさまなのだから、都会の大きな店舗ではもっと凄い事になっているのだろう。そう考えた勇は苦笑しながら時計を見る。現在開店10分前、あと少しで店が開く時間だった。

 

「あん……?」

 

 そんな時だった。店に並ぶ人たちを無視して自分の真横を歩いていく一人の青年に目を留めたのは。

 自分と同じくらいの歳格好の青年の後姿を見た勇は疑問の声を上げる。まさか割り込みでもするつもりではないかと思った勇だったが、そんな事をこの列に並ぶ人々が許すわけが無いと思い至りその考えを打ち消す。

 

 ならば彼は一体何の為に前に向かったのか? その疑問の答えを探していた勇の耳に野太い男の声が響き渡った。

 

「あ~……申し訳ないがこの店のカードは我々が買い占める。非常に残念だが、皆さんには諦めて頂きたい!」

 

「はぁっ!?」

 

 あまりにも身勝手なその言葉に対して人々が怒りの声を上げる中、勇はどうやら面倒な事が起きていると言う事を理解したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と言う訳で店主、申し訳ないが俺たちにカードパックを全て売って頂きたい」

 

「事情は分かりましたが、他のお客様がなんて言うか……」

 

「世界の為なのです。皆さん分かってくれるでしょう」

 

 開店前の店の中では店主と先ほど勇が見た青年……光牙が話し合っていた。

 困り顔の店主に対して真面目な顔で詰め寄る光牙、その様子に店主は完全に呑まれてしまっていた。

 

「勿論、お金は用意してあります。迷惑をかけてしまう事を考えて多めに金額をお支払いしましょう」

 

「いや、そういう問題では無くてですね……」

 

「おじさん!」

 

 もうすでに自分たちがカードを買い占めると言う前提で話している光牙に対して店主が困りながらも意見を言おうとした時、店の中に一人の子供が入って来た。

 泣きそうな顔で店主に話しかけて来た子供は、不安そうに話を続けた。

 

「カード、僕たちに売ってくれないの? お店の外に居る人が僕たちに帰れって言うんだ」

 

「え~っと、それはだねぇ……」

 

「嘘だよね!? 僕たち一生懸命お金溜めて来たんだから、売ってくれるよね?」

 

「……ごめんよ。でも、これは世界の為なんだ」

 

「え……?」

 

 必死に店主に語り掛ける子供に対して光牙が諭すように声をかける。多少申し訳なさそうに、だが反対を許さないと言った様子で光牙はその子に話し続ける。

 

「君たちがゲームで遊びたいと言う気持ちはわかる。でも、俺たちはこれを必要としているんだ。これがあれば世界を救えるかもしれない。世界と遊び、どっちが重要かは君だって分かるだろう?」

 

「………」

 

 黙りこくってしまった子供の肩に手をのせて、しっかりと目を見ながら光牙は話を続ける。世界を救うため……その目的の為に燃えている光牙には、この子たちの気持ちを理解しようなどと言う思いはまるで浮かばなかった。

 

「残念だけど、今日は諦めてまた次の機会に買いに来るんだ。遊ぶことならいつだって出来るんだしね。分かったかい?」

 

「……う」

 

「はぁ? 何言ってんだお前?」

 

 光牙の言葉に頷くしかなかった子供の声を遮って聞こえる否定の声。その声がした方向に顔を向ければそこに居たのは店に入った子供を追って来た勇であった。

 

「世界を救う? はぁ? 訳が分からねぇんだけど?」

 

「……確かにそうかもしれないな。でも、これは本当なんだ。だから今日は諦めて……」

 

「いや、断る。てか何でのこのこ後からやって来たお前が真っ先に買い物しようとしてるんだよ?」

 

 ずけずけとした勇の態度に光牙は苛立ちを覚えた。しかし、今現在光牙がやっている行動はこういう事なのだと言う事を自分ではまるで理解していない。

 

 世界を救うため……などと言っているが勇たちの様な普通に買い物をしに来た人たちからすれば光牙の話など自分勝手な意見に過ぎない。光牙が今感じている苛立ちは、大分前から外に並んでいる人間全員が感じているものだ。

 だが、そんな事も理解していない光牙は(自分からしてみれば)我儘を言う勇を何とか諦めさせようと口を開く。

 

「君たちには分からないだろうけどこのカードがあれば世界を救えるんだ! だから……」

 

「全部買い占めるってか? 馬鹿じゃねぇのお前?」

 

「なっ!? 馬鹿だと!」

 

「ああ、そんなにカードが欲しけりゃ朝早くから並んでおけってんだ。うちのガキどもより遅く来て、カードは全部自分たちの物だなんて言ったって誰も納得しないっての」

 

「しかしだな!」

 

「それにだ、お前チラシみたか?この店ではカードパックはお一人様一点限りって決まってんの! 一人で全部買うなんて無理なの! 外に居る奴も合わせてもお前が買えるのは2パックまで! 分かったか!?」

 

「これは、世界を救うために必要な事なんだ! ただの遊びと世界、どちらが優先されるべきか……」

 

「んなもん、遊びに決まってんだろ」

 

「は……?」

 

「お前、ゲームは娯楽用品だぞ? 決して戦いのための武器じゃないの。娯楽用品で遊ぶことの何が悪い? ゲームで遊ぶ事とゲームで戦争する事、どっちが普通だと思うんだよ?」

 

「え……? いや、それは……」

 

 感情的に叫んだ光牙の言葉をあっさりと切り捨てた勇は答えに詰まった光牙を冷ややかに見つめる。そして、最後のとどめと言わんばかりに口を開いた。

 

「そもそも、世界を救うためなら自分の我儘は通るだなんて考えが気に食わねぇ。どうしてお前の我儘に俺たちが付き合わなくちゃならねぇんだ? さっきも言ったが、カードが欲しいんだったら朝早くから来て一番に買えよ。んで、よその店行ってまた買え。マニアたちはそうしてるぞ」

 

「う……」

 

「てめえが世界を救いたいんだったらてめえが我慢しろ。早起きは大変だろうが頑張れ、んで、周りに納得させる形で世界を救え。以上だ」

 

「………」

 

 この言葉を受けて完全に沈黙した光牙を一瞥した後、勇は店の主人と時計を見て、口を開く。

 

「おい。もう開店時間過ぎてるぞ? 外の奴ら待ちくたびれてるっつの」

 

 さっさと店を開け、と暗に言う勇とまだ黙って俯いている光牙の二人をきょろきょろと見比べた後、店主はにっこりと笑って店のドアを開けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カード、買えてよかったな」

 

「うん! ありがとう勇にいちゃん!」

 

「気にすんなよ。……さて、これどうするかねぇ?」

 

 1時間後、店の近くでカードパックを開ける子供たちからお礼を言われて少し照れながら勇は自身の手の中にあるそれに視線を移す。

 店の主人に「つつがなく店を開けることが出来たお礼」として押し付けられたディスティニーカードのパックが1つ、その手の中に納まっていた。

 

(子供たちの誰かにあげるってのは不平等だしな……どっか他の店に行って買い取って貰うか? でも店のおっさんに悪いよなぁ……)

 

 あまりこういうものに興味が無い勇にはこれを機にゲームを始めると言う選択肢は無いようだ。折角のお礼を無下にも出来ないので少し困っていたが、観賞用にでもするかと言う結論に至ってからパックをズボンのポケットの中にしまうと子供たちに声をかける

 

「よし、そろそろ帰るぞ」

 

「わかった!」

 

「ねぇ、にいちゃんは何が当たったの!? 見せて見せて!」

 

「あー、あぶねぇから帰ってからな」

 

「はーい!」

 

 子供たちを引き連れて帰路につこうとした勇だったが、その前に二人の青年が立ちはだかる。

 顔を見てみればそれは先ほど店の中で話した光牙と客たちの前で自分たちがカードを買い占めると宣言した男、櫂だった。

 

「おう。その様子じゃカードは買えなかったみたいだな」

 

「ああ、おかげ様でね」

 

「はっ、そんじゃ次からはもっと早起きしてくるんだな。いい勉強になったろ?」

 

「てめぇ、俺達が何の為にそのカードを集めてるかも知らねぇくせに……!」

 

「ああ、聞いてないからな。世界を救うためとしか言われてねぇし、お前らに興味も無いから」

 

「……喧嘩売ってんのか? あぁ!?」

 

「よせ、櫂。少なくとも彼の話は筋が通っている」

 

 血気にはやる櫂を抑えて光牙は勇に向き直る。そして、神妙な表情で話し始めた。

 

「引き留めて悪いね。でも、俺達も真剣にこのカードを必要としているんだ。遊びの為じゃ無く、世界の為にね……」

 

「あ? さっきから何言ってんだ、お前?」

 

「俺達にも事情があるって訳さ、それを君に知っておいて欲しかったんだ。それだけだよ」

 

「……そうか、じゃあ俺たちは行くぜ」

 

 このよく分からない光牙の主張を軽くスルーすることに決めた勇は二人の間をすり抜けて帰ろうとした。この二人の話も終わった事だし引き留める事は無いだろう。

 そう考えていた勇の服を誰かが引っ張る。驚いて振り向いた勇の目に飛び込んできたのは、不思議そうな顔をした子供の姿だった。

 

「どうした? トイレにでも行きたいのか?」

 

「ううん。にいちゃん、何あれ?」

 

 そう言ってその子が指さした方向を見た勇は首を傾げる。そこにあったのは赤色に光る丸いリングの様な物だった。宙に浮き、くるくると回りながら佇むそれを買い物を終えた人々が不思議そうに見ている。

 

「何これ?」

 

「カード発売に関係したなんかのイベント?」

 

「写真撮っとく?」

 

 ざわざわと騒ぐ人だかりを目にしながら、勇は何か良く分からない嫌な予感に襲われていた。赤く光るリングを見るとその予感は強くなる。急ぎここを離れた方が良いと判断した勇は子供たちを引き連れて帰ろうとしたが……

 

「何? イベントなの!?」

 

「カードもらえる!?」

 

「あ! おい! お前ら!」

 

 興奮した子供たちが自分から離れてリングの方へと向かってしまう。勇は慌ててその後を追うが、人が多く思うように先に進めない。

 自分の感じるこの嫌な感覚が勘違いであるようにと祈りながら勇は子供たちを探しに行った。

 

「光牙、あれってもしかして……」

 

「ああ、不味いぞ!」

 

 一方、その後ろでは真剣な顔つきをした光牙と櫂の二人が話し合っている。二人はお互い頷き合うと、どこからか昨日命から渡されたドライバーとカードを取り出して勇と同じ様にリングへと駆け出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、何なんだよあれ?」

 

 苛立ち交じりに吐き捨てた勇は大分近くに見えるリングへと視線を移す。近くで見ると結構大きいそれは大人一人位なら簡単に中を通れるだろう。

 暫しリングを観察していた勇だったが、ふとある事に気が付いて眉をひそめる。それは、先ほどまで回転していたリングがその動きを静止している事だった。

 

 動きを止めたリングはただふよふよと宙に浮いているだけだ。……いや、違う。

 リングは徐々にだがその光を強めている。それと同時に勇の耳に何かが弾ける様なパチパチという音が届いた。

 

(何か変だ、急がないとやばい!)

 

 間違いなく何か良くない事が起きようとしている事を察知した勇は急いで子供たちを見つけるべく人ごみの中に目を凝らす。万が一の事があってはいけない。急ぎこの場所から離れなくてはならない。

 

 だがしかし、「それ」は起こってしまった。

 

<……パパラッパッパッパ~!>

 

 この場にそぐわないファンファーレの様な音が鳴りだした事にびくりと反応する人々、いよいよ何かイベントが始めるのかと期待した目でリングを見つめている。

 その視線に応えるかのようにリングが大きく輝きだす。一際大きく光ったリングの輝きに目を伏せた人々が再びリングを見てみると、その様相は大きく変わっていた。

 

 先ほどまでリングとして向こう側が丸見えになっていたその中側の部分が黒く渦巻いているのだ、それはリングと言うよりかは何かの入り口の様に見える。

 一体何がはじまるのか……? 期待と不安の混じり合った目でその様子を見ていた人々の耳に届いたのは、先ほどのファンファーレと同じ様なアナウンスの声だった。

 

<ゲーム・スタート!>

 

 その音声と同時にリングの中から何かが飛び出してきた。一体、二体、三体……続々と飛び出してきたのは異様な姿をした化け物だ。

 まるで昆虫の様なその姿、ゲームに出てくるモンスターを模したその姿に人々の間から悲鳴が漏れる。

 

「ヴ、ヴヴヴヴゥッ!」

 

 虫の羽音の様な鳴き声を上げたその怪物達は近くにある物を壊し始める。街路樹、花壇、標識などの容易くは破壊できない物を次々と粉砕して人々に迫っていく。

 

「な、なんだよこれ!?」

 

 恐怖に染まった人々の声が響く中、光牙はこの場に居る全員に聞こえる様に大声で叫んだ。

 

「逃げろ! これはイベントなんかじゃない! ソサエティの侵略だ!」

 

 ソサエティ……その言葉を耳にした人々の間から悲鳴が漏れる。急いでこの場から逃げようと駆け出した沢山の人間によって広場はパニックへと陥ってしまった。

 

「ソサエティって、まさかあのコンピュータウイルス絡みの事件かよ!?」

 

 勇もまた驚いて叫び声を上げる。しかし、まだ見つかっていない子供たちを探すべくこの場から逃げようとはしなかった。

 そのおかげか、幸運な事に逃げようとした人々のパニックに巻き込まれることなくこの場で行動することができ、意外にも先ほどよりは楽に子供たちの捜索が出来るようになったのだ。

 

「うわぁぁぁぁん!」

 

「っっ! 居たっ!」

 

 叫び声を上げる一人の少女を見つけた勇、しかし、その子に迫る一体の怪物を見て血相を変える。

 

「危ねぇっ!」

 

 急ぎ駆け寄ると勢いの乗せた飛び蹴りを繰り出す。不意を打たれた形になった怪物はその一撃に体勢を崩して倒れこんだ。

 

「おい、怪我は無いか!?」

 

「勇お兄ちゃん!」

 

「もう大丈夫だからな! ……他の奴らは?」

 

「分かんない、はぐれちゃった……」

 

 その答えを聞いた勇は広場内を見渡すも、探している子供たちの姿は見つからない。急いで見つけ出して避難しなければ危険だ、だがしかし、この少女の安全も確保しなければならない。

 どうすれば良いのかと勇が頭を抱えていると……

 

「おーい! こっちだ!」

 

 その声に振り返ってみれば先ほどのおもちゃ屋の店主が手を振って店を開いてくれていた。あそこに逃げ込めば少しは安全だろう。そう考えた勇は少女に声をかける。

 

「良いか? 俺は他の奴らを探してくる。お前はあのお店の中に逃げ込むんだ」

 

「わ、わかった」

 

「良い子にしてろよ? すぐに戻るからな!」

 

 そう言って駆け出した勇は子供たちを探して広場中を走り回る。怪物たちの攻撃で広場はまるで戦場の様なありさまになっていた。

 折れた樹木、抉れた地面、ぼろぼろの草木……それらを視界に写しながらも必死に子供たちを探していた勇の耳に聞きなれた声が届いた。

 

「誰か助けてぇっ!」

 

「こっちか!?」

 

 子供たちの声を頼りにその姿を探した勇は、ようやく花壇の陰に隠れていた数人の子供たちを見つけ出した。ほっとしたのも束の間、勇たちを取り囲むように怪物たちが姿を現す。

 

「に、兄ちゃん!」

 

「くそっ! 俺から離れるなよっ!」

 

 何とかこの包囲を突破しなければ……そう考えた勇は必死に抜け出せそうなところを探す。じりじりと距離を詰めてくる怪物に対して勇が特攻を仕掛けようとした、その時!

 

「てやぁっ!」

 

 数体の怪物を蹴散らして光牙と櫂が飛び込んできたのだ。驚いた怪物たちが一瞬怯んだのを見ながら、光牙は勇に話しかける。

 

「何をしているんだ!? ここは危険だ、早く逃げろ!」

 

「うっせぇな! 出来たらとっくにそうしてんだよ!」

 

「光牙! 今はそんな奴に構ってる暇はないぞ! 何とかしてこいつらを倒すんだ!」

 

「分かってる! ……これを使うぞ、櫂!」

 

 そう言って懐からギアドライバーを取り出す光牙、櫂もそれに習いドライバーを取り出すと二人揃ってゲームギアをドライバーに取り付けた。

 

「くそっ、カードを手に入れられなかったのが痛いな」

 

「今はそんな事を言っても仕方が無い! 手持ちのカードで戦うんだ!」

 

 そう言って二人はディスティニーカードゲームのカードを構える。櫂は屈強な戦士が描かれたカード『怪力戦士 ガイ』のカードを、そして光牙は昨日も持っていた『光の勇者 ライト』のカードを取り出した。

 

「「変身!」」

 

 そう叫んだ二人は手に持ったカードをバックルに嵌め込んだゲームギアに通す。すると、そこから軽快な音楽と電子音声が鳴り響いた。

 

<ブレイバー! ユー アー 主人公!>

 

<ウォーリア! 脳筋! 脳筋! NO KING!>

 

 謎の歌を歌ったベルトに視線を奪われていた勇だったが、二人を包む様にベルトから装甲が展開されているのを見て驚く。瞬間的に二人を包んだ装甲はまるで鎧の様であった。

 

 光牙は銀色の鎧を纏った細身の戦士へと姿を変えた。頭部には羽の様な意匠があり、身を包む鎧には太陽の様な紋章が描かれている。

 RPGゲームの主人公、勇者の様なその姿は正に王道の主人公であった。

 

 櫂は赤い鎧を身に纏った光牙よりも太くマッシブな戦士へと変身した。鎧の様なものに身を包んだ赤い部分と筋肉を模したような肌色の部分が半々と言った姿だ。

 ガンッ、と拳を打ち鳴らすその姿からは元の櫂の力強さもあってかパワフルな印象を覚える。

 

「良し、上手く行ったな!」

 

「行くぞ、櫂!」

 

 仮面の戦士へと姿を変えた二人は怪物たちへと立ち向かっていく。拳を振るい、蹴りを繰り出して並み居る怪物たちを次々と打ち倒していった。

 

「うおぉぉぉぉぉっ!」

 

 櫂は雄叫びを上げながら怪物の首根っこを掴むとそのまま放り投げる。数体の仲間を巻き添えにして倒れたその怪物は力なく倒れ伏すとそのまま爆散した。

 

「くっ! うわっ!?」

 

 対して光牙は怪物の鋭い突きを受けて吹き飛んでしまう。恵まれた体格を武器に戦う櫂は拳で十分だが、光牙は素手で戦うのはやや難しいようだ

 

「なら、これだ!」

 

 光牙はドライバーに取り付けられたホルスターの中から一枚のカードを取り出すと先ほどと同じようにバックルに読み取らせる。すると電子音声が流れると同時に光牙の前に輝く剣が現れた。

 

<勇者剣 エクスカリバー!>

 

「行くぞっ!」

 

 エクスカリバーを手にした光牙は見事な剣技で怪物を切り倒して行く。目の前に居た怪物を切り捨て、後ろから襲って来た怪物に振り向き様に一撃、さらに続けて数度の斬撃を繰り出すと怪物は悲鳴を上げながら爆発四散した。

 

 瞬く間に怪物たちを全滅させた二人、櫂は興奮した様子で叫ぶ。

 

「良し! 俺たちの力が通用してるぞ! この調子で行けば……」

 

「油断するな櫂! 今のはまだほんの序の口、ここからが本番だぞ!」

 

 光牙がそう言った時だった。怪物たちを送り込んできたリングが激しく光ったかと思うと中から今まで出してきた怪物の色違いを呼び出したのだ。

 そして最後にまるでバッタの様な姿をした怪物が姿を現すとリングはその輝きを失って消滅した。もうこれ以上の増援が来ない事を喜ぶ勇だったが、光牙と櫂の二人は怪物たちに対して緊張した構えを取る。

 

「……光牙、あいつがボスキャラか?」

 

「恐らくそうだ、親衛隊と一緒に登場だなんて面倒な奴だな」

 

「へっ! まとめて倒してやるぜっ!」

 

 そう言って駆け出す櫂、向かって来た色違いの怪人を殴り飛ばして一気にバッタ怪人へと距離を詰める。

 

「うおらっ!」

 

 大きく振りかぶったパンチが怪人に当たる直前にバッタ怪人はさっと体を反らす。櫂の拳は何も無い空を切り、前のめりになっている櫂のボディに怪人の膝がめり込んだ。

 

「ぐあぁっ!?」

 

「櫂っ!」

 

 強力な一撃を受けた櫂に対して光牙が駆け寄ろうとするが、それを止める様に色違いの怪人たちが光牙に襲い掛かる。剣を振るい何とか倒そうとする光牙だったが、2対1の上、先ほどよりも強い怪人を相手に苦戦を強いられていた。

 

「ヴッ! ヴヴッ!」

 

「がっ! がはぁっ!」

 

 バッタ怪人は見事な蹴りの連続で櫂を追い詰めていく。

 右の脚が櫂の顔面を蹴り飛ばし、左の脚が櫂の足を払う。その巧みな攻撃に防御すら出来ない櫂はあっという間に膝をついてしまった。

 

「こっ……のぉっ!」

 

「ヴヴヴヴッ!」

 

 必死になって立ち上がろうとする櫂を嘲笑うかの様に鳴いたバッタ怪人は膝を曲げると高く宙へと飛び上がる。そして、空中で飛び蹴りの姿勢を取ると櫂に向かって急降下して来た。

 

<ジャイアントホッパー の 必殺技だ!>

 

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

<GAME OVER>

 

「櫂ーーーーっ!」

 

 電子音声と共に繰り出されたその一撃を受けた櫂は大きく吹き飛ぶと変身を解除されてしまった。急ぎ櫂の元に駆けつけた勇は櫂が死んでいないことに安堵したが、バッタ怪人の強さに驚きを隠せなかった。

 

「ヴヴヴッ、ヴヴッ!」

 

「くっ……!」

 

 櫂を倒したバッタ怪人は光牙へと戦いの相手を移す。

 これで色違いの怪人も合わせて3対1……光牙は圧倒的不利な状況へと追い詰められてしまった。

 

「ヴヴヴヴヴッ!」

 

「ぐっ! ぐわぁっ!」

 

 2体の怪人のコンビネーション、そしてバッタ怪人の強力な一撃に徐々に追い詰められていく光牙。勇は必死にこの状況を打破できる方法を探していた。

 

(あいつらがやられたら今度は俺達だ、何とかしねぇと……!)

 

 光牙が無事なうちに逃げたとしても敵がおってこない保証はない。かと言ってこのままでは光牙がやられて状況はさらにまずくなるだけだ。

 何とかしてあの怪物たちを倒す方法は無いか? そう考えていた勇の目に留まったのは、櫂が身に着けていたバックルだった。

 

「……一か八かだ!」

 

 そう言って櫂からバックルを剥ぎ取ると自分の腰に当てる勇。バックルからは瞬時にベルトが出て、勇の体に装着された。

 

「兄ちゃん、それ泥棒じゃない!?」

 

「今は緊急事態だ、見逃せ!」

 

 勇はそう子供たちに言いながらこのベルトを光牙たちがどう使っていたかを思い出す。そう、確かこの後は……

 

「……か、カードだ!」

 

 ポケットから先ほど貰ったカードパックを取り出すとその包みを破く。そして、何でもいいから使えそうなカードが出て来てくれと祈りながらカードを見る。

 

「……お?」

 

 5枚入りのパック、一番前にあったカードを見た勇は少し気の抜けた声を出した。それもそのはず、一番最初に見たそのカードは黒く光っていたのだ。

 

 真っ黒な背景を背に黒色の剣を持ち佇む青年の姿が描かれたカードを見た勇はとりあえずこのカードを使う事に決めた。何を隠そうカードゲームにはてんで詳しくない自分だが、光っているカードが珍しいと言う事は知っている。そして、珍しいカードは大概にして強いものだ。

 短絡的な、しかし的確な考えを持った勇はその黒いカード……『運命の戦士 ディス』を構える。残ったカードをホルスターにしまうと、先ほど光牙達がそうしたように叫んだ。

 

「変身!」

 

<ディスティニー! チェンジ ザ ディスティニー!>

 

 辺りに響く軽快な音と電子音声。自分を包んでいく装甲の感触を感じながら勇はゆっくりと拳を握る。

 

「うっし! 行くぜ!」

 

 黒を基調とした中に紅の装飾が施された鎧を身に纏った勇はそう宣言すると光牙に襲い掛かる怪物たちに向かって行く。地を蹴って跳んだ勇は振りかぶった拳を怪人の横っ面に叩きつけた。

 

「うらっ!」

 

「ヴッ!?」

 

 勇はいきなりの攻撃に吹き飛ぶ親衛隊怪人を見ながら戦いの構えを取る。

 突如として現れた第三の戦士に怪人たちはもちろん光牙も驚愕していた。

 

「き、君は誰だ!? 何故そのドライバーを…?」

 

「あ? 借りたんだよ。細かい事を気にすんな!」

 

「その声、さっきの奴か!? 借りたってまさか櫂のドライバーをか!?」

 

「それ以外に誰が持ってんだよ。お前のは今お前が使ってんだろうが」

 

「そういう意味じゃない! 良いか? これは素人が易々と使って良いもんじゃ……」

 

「おい、前見ろ! 来てる来てる!」

 

 思いっきり光牙を突き飛ばした勇は自分も反対方向に飛び退く。二人の真ん中を突っ切ってやって来た怪人は二人を見比べた後、自分を殴った勇の方に狙いを定めた。

 

「お、俺か!? よっしゃ、かかって来い!」

 

 半ばヤケクソになりながら叫ぶ勇。殴りかかってきた怪人の腕を掴むと無防備な胴体に蹴りを叩きこむ。

 

「ヴゥッ!?」

 

「おらっ! おらぁっ!」

 

 続けて一発、さらにもう一発、繰り出される攻撃は確実に怪人にダメージを与えている。

 ラスト一発と意気込んで怪人の腕を離した勇は、両足でジャンプするとプロレスよろしく見事なドロップキックを叩きこんだ。

 

「どうだ、見たか!」

 

 勇は悲鳴を上げながら再び吹き飛んだ怪人目がけて挑発するように叫ぶ。しかし、その後ろからもう一体の怪人が近寄ると勇を羽交い絞めにしてきた。

 

「ヴヴヴッ!」

 

「わっ!? ちょ、お前、2対1はずりぃだろ!?」

 

「ヴヴヴヴッ!」

 

 慌てる勇に対して復帰して来た怪人がお返しと言わんばかりに拳を叩きこむ。当然ながら遠慮のないその攻撃を喰らって勇が痛がる中、光牙はボス級のバッタ怪人に立ち向かっていた。

 

「はっ! てやっ!」

 

「ヴヴヴッ!」

 

 繰り出す剣での攻撃を躱しながら反撃の機会を待つバッタ怪人。二人の真剣な戦いが続く中で攻撃を受け続けている勇は光牙に助けを求める。

 

「おい! お前! あ痛っ! 助けろって! どわぁっ!」

 

「せいっ! やぁぁっ!」

 

「無視かよ!? ……痛えっ!」

 

「兄ちゃん、これ使って!」

 

 一方的な攻撃を受け続ける勇を気にも留めない光牙。それを見かねたのか施設の子供たちが自分たちの買ったカードの中から数枚のカードを投げてくる。

 運よく勇が掴む事が出来た一枚のカードをバックルに読み取らせると、バックルが電子音声を発した。

 

<│放射《バースト》!>

 

「ヴィ!?」

 

 ボンッ! と言う音と共に勇の体から発せられる衝撃波、それを受けた2体の怪人は大きく吹っ飛ぶ。

 ようやく体の自由を取り戻した勇はカードをしげしげと眺めながら納得したように呟いた。

 

「……なるほど、こうやって使う訳か!」

 

 先ほどホルスターにしまったカードを取り出すと4枚のカードをじっくりと眺める。丁度良い感じにあった黒い剣のカードを掴むとそれをバックルに読み取らせる。

 

<運命剣 ディスティニーソード!>

 

「ほっ、と!」

 

 勇は宙に出て来たその剣を掴む。ディスティニーソードと呼ばれたその剣は先ほど自分が変身に使ったカードに描かれていた青年の持っていた剣と酷似している。

 なんだかしっくりとくるその剣を軽く振った後、勇は自分に向かって来る2体の怪人を見据えて剣を構えた。

 

「おっらっ!」

 

 迫りくる怪人の内、1体に向けて剣を振るう。確かな手応えと共に火花を散らしながら怪人がよろめき倒れる。

 そのまま一歩踏み込むともう一度剣を振る。目前まで迫っていたもう1体の怪人の胸元に剣がヒットし、先ほどと同じく火花が舞い散った。

 

「おっしゃっ!」

 

 ふらつく怪人を思いっきり蹴り飛ばすと距離を取る。勇は勢いよく駆け出すと剣を上段に構えたまま跳びあがった。

 

「喰らえっ!」

 

「ヴヴィーーッ!」

 

 ジャンプの勢いを乗せた上段からの袈裟斬りがヒットし、怪人を真っ二つにする斬撃の跡が残る。

 怪人はそのまま後ろにゆっくりと倒れ、地面に倒れ伏したと同時に爆発した。

 

「お、おお……!」

 

 自分が怪物を倒した事を喜びながらもいまいち現実味を持てない勇はしげしげと燃える炎を見ていた。しかし、その後ろから近づく怪しい影に気が付き振り返ると……

 

「ヴギャーオ!」

 

「うおぉっ!?」

 

 自分目がけて飛び掛かってくるもう一体の怪人、仲間を倒された事で怒りに燃えているのか凄まじい剣幕で勇に襲い掛かる。

 その迫力に押されて後ずさった勇は体勢を崩して後ろに倒れ込んでしまった。無論、怪人はそんな勇を倒そうと覆いかぶさってくるのだが……

 

「う、うわぁぁぁっ! ……あれ?」

 

 覆いかぶさったまま動かない怪人の様子をおかしく思った勇が目を開くと、自分の持っている剣が深々と怪人の胴体を貫いている。

 どうやら運命の女神さまは勇に味方した様だ。思いがけないラッキーヒットに感謝しながら、勇は立ち上がると剣を怪人から引き抜く。

 

「ヴッ…! ヴヴッ…!」

 

 無念そうな声を上げた怪人はそのまま動かなくなり、今度は派手な爆発は無く消滅した。

その様子に少しだけ申し訳なさを感じながらも残す1体のバッタ怪人に向かおうとすると、その耳にどこか聞き覚えのあるファンファーレが聞こえて来た。

 

<レベルアップ! スキルゲット!>

 

「は!? な、なにこれ!?」

 

 急に鳴りだしたバックルをペチペチと叩きながら何が起きたのか理解しようとする勇。

 レベルアップ、スキルゲットと言っていたが何の事なのかと首を傾げていたが……

 

「ぐわぁっ!」

 

 光牙の悲鳴に前を向くとバッタ怪人の蹴りの連撃に倒れている光牙の姿が目に留まった。

 このままではまずい。そう判断した勇はディスティニーソードを手にバッタ怪人に向かって行く

 

「俺が相手だぁっ!」

 

 剣を振りかぶりバッタ怪人に挑みかかる。だが、バッタ怪人は勇の繰り出す斬撃を見事に回避している。

 

「このっ! このっ!」

 

「ヴッ、ヴッ、ヴッ……」

 

「ひぃ、ひぃ……」

 

 なかなか当たらない攻撃を繰り返していた勇に疲れが見えてきた。バッタ怪人はその時を待っていたかの様に蹴りを繰り出して勇にダメージを与えていく。

 

「あがっ! いでっ! お、おい! ちょっとタンマ!」

 

「ヴヴッ!」

 

 勇の声を無視して攻撃を続けるバッタ怪人、見事なキックの猛襲に勇の防御が崩されていく。

 そしてとうとう繰り出された一撃が勇の体を捉え、勇は大きく後ろに吹き飛ばされてしまった。

 

「ぐ……う……っ!」

 

「ヴッヴッヴッ…!」

 

 笑い声の様な鳴き声を上げたバッタ怪人は膝を曲げると櫂に繰り出したあの跳び蹴りを発動する。宙高く舞い上がり跳び蹴りの構えを取るとそのまま勇に向かって急降下、とどめの一撃を繰り出す。

 

<ジャイアントホッパー の 必殺技だ!>

 

 櫂を倒したその一撃を受けようとしている勇を見て、子供たちは目を覆う。光牙も勇が攻撃を受けて倒されると思っていた。

 しかし、仮面の内側でニヤリと笑った勇は、手に持っているディスティニーソードを自分目がけて襲い来るバッタ怪人に向かって放り投げた。

 

「ヴヴッ!?」

 

 姿勢の制御が出来ない空中での予想外の攻撃にバッタ怪人は動揺した様子を見せる。そして、それが勇に勝利を手繰り寄せた。

 

 ジャキィィン! と言う斬撃の音が鳴り響くと同時に剣の投擲を受けたバッタ怪人が地面に落ちて来た。物理的なダメージと必殺技を破られた精神的ショックで相当の痛手を負っている様だ。

 

「どうよ? 必殺『だまし討ち』の感想は?」

 

「ヴヴッ……!」

 

 馬鹿にした様子の勇に対して襲い掛かろうとするバッタ怪人だったが、立ち上がる事すら出来ずに再び膝をつく。ここが好機と見た勇は投げた剣を拾うとバッタ怪人に向かって駆け出して行った。

 

「うおおおおっ!」

 

 雄叫びを上げて走る勇。一歩、また一歩と足を進める度に手に持つ剣に光が宿っていく。

 勇が必殺の一撃を繰り出すべく跳び上がった時には、ディスティニーソードは黒く大きな輝きに包まれていた。

 

<必殺技発動! ディスティニーブレイク!>

 

 バックルの声を聞きながら輝くディスティニーソードを振り下ろす。黒い斬撃がバッタ怪人に残り、一直線に体を両断する。

 

「まだまだぁっ!」

 

 勇は振り下ろした剣を再び構える。

 ディスティニーソードは今度は紅に輝いている。それを横一文字に振り払うと、黒と紅の斬撃の跡が十字になってバッタ怪人の体に刻まれた。

 

「ヴ……ヴヴヴヴヴヴッ!?」

 

 バッタ怪人は背を向けた勇の後ろで断末魔の悲鳴を上げると大爆発を起こした。最後の敵の撃破を確認した勇は安堵し、ゆっくりと剣を下ろす。

 

<ゲームクリア! ゴー、リザルト!>

 

「お? おぉ?」

 

 戦いを終えた勇と光牙の前にふわりと長方形のゲーム画面の様なものが浮かんできた。何が何だか分からなかった勇だったが、そこに映っていた自分の顔を見て驚きの声を漏らす。

 勇の顔の横にはLv2と書いてあったが、数字の部分が消えるとファンファーレと共にLv3の表記が映し出された。

 

「レベルアップ……って奴か?」

 

 そう呟いた勇は光牙の顔の横も見てみる。彼もまたレベルアップしてLv2へとなっていた。

 それで終わりかと思っていた勇だったが、一度ブラックアウトした画面が再び光ると、宝箱のマークと共にラッキーボーナス! と言う文字が映し出される。

 ぱかりと開いた宝箱の中から先ほど倒したバッタ怪人が飛び蹴りを繰り出している絵柄のカードが出てくるとそれが画面の中から飛び出してきた。

 

「うおぉっ!?」

 

 その事に驚きながらも反射的にそのカードを掴む勇。

 画面から飛び出してきたと言うのにそのカードは現実にあるカードと何も変わらず、裏面にはディスティニーカードゲームのロゴまで描かれている。

 必殺技と小さく書かれたそのカードの名前は『クラッシュキック』。新たなカードを手に入れた事を喜ぶべきなのだろうが、勇の脳内は?マークで一杯であった。

 

「な、何がどうなってんだ? 何なんだ、これ?」

 

 勇はバックルを外して今手に入れたクラッシュキックのカードを含めた6枚のカードを見つめる。

 突然現れた化け物、化け物と戦う力をくれるベルト、自分に力を与えてくれるカード……その全てに対して疑問を浮かばせながら、勇は必死にその答えを探していたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……見つけましたよぉ、面白そうな子をね」

 

 そんな勇を陰から見つめるサングラスの男、いかにも怪しいこの男は何者なのか? それはまた次回!




初SSですので至らないところもあると思いますが、よろしければ改善点、感想などをお願いします。


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ゲーム×現実 ようこそ虹彩学園!

 

「おはよう光牙くん!」

 

「おはよ~う! 土曜日は大活躍だったらしいじゃん!」

 

「ん……まぁね…」

 

 件の事件から二日後の月曜日の朝、虹彩学園に登校した光牙はクラスメイトから質問攻めにあっていた。

 皆こぞって自分が巻き込まれたゲートの出現事件について聞きたがる。怪我人は出たが規模の割には甚大な被害が出なかったこの事件の陰に自分の活躍があると皆は思い込んでいるのだ。

 

「流石ね光牙、初の実戦でエネミーを倒すなんて…」

 

「俺はボスにやられちまったからな……あの状況を一人で覆すなんてさすがは光牙だぜ!」

 

「いや、違うんだ。俺は……」

 

 何もしていない。あのエネミーを倒したのは他の奴なのだと告げようとした光牙だったが、タイミング悪く入って来た担任の教師の姿を見て皆一斉に自分の席へと戻ってしまう。

 重要な事を言いそびれた光牙はなんとも言えない気持ちになりながらも皆と同じ様に自分の席に座った。

 

「あ~……早速で悪いが今日は皆にお知らせがある。この時期にだが、転入生が入ってくることになった」

 

 担任のその言葉にクラス中がざわめく、新学期からまだ2週間余り、転入生がやってくるにはあまりにも変な時期だ。

 何かいわくつきの生徒なのかもしれないと噂する教室の中で苦々し気な担任の表情に気が付いたのは人を観察するのが得意なマリアぐらいのものであった。

 

「……おい、入って来い」

 

「……うす」

 

 短い返事の後にドアがガラリと開き、噂の転入生が姿を現す。その顔を見た光牙は驚いて声を上げた。

 

「き、君は!?」

 

「あん…? あぁ、お前か」

 

 光牙の顔を見た転入生……勇は、うんざりとした様子で首を振ると気怠い様子で自己紹介を始める。

 

「え~……龍堂勇です。何の因果か分かりませんがこの学校に通う事になってしまいました。どうぞよろしく」

 

 非常に不機嫌そうに挨拶を済ませた勇はその表情のまま担任の顔を見る。ややあって、担任は勇を教室の一番後ろの席(隣り合う生徒が誰も居ないボッチ席だ)に座るように指示してからいつも通り朝のHRを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「答えろ。なんでお前がここに居る?どんな卑怯な手を使いやがった!?」

 

「知るか、俺だって知りたいわ」

 

 HRが終わった後、教室内では転校してきた勇に対して櫂が敵対心をむき出しにして絡んでいた。

 数日前に顔見知りになった勇にあまり良い印象を抱いていない櫂は今にも勇に掴みかかりそうな勢いだ、その櫂を抑えながら光牙は同じような質問を勇にぶつける。

 

「俺も驚いたよ。でも何で君がこの虹彩学園に? ここはそう簡単に入学できる学校じゃないはずなんだけど……」

 

 光牙の言う通りこの虹彩学園はソサエティ攻略の最前線とも言える場所であり、日本の明日を担う若者を育成する教育機関だ。当然、偏差値も高く試験も難しい。

 その虹彩学園にあっさりと転入してきた勇に対して疑問を持ってしまうのは至極当然の事であった。

 

「はぁ……一応言っておくけど、俺は本当の事を話してるからな」

 

 そう前置きをした勇は、土曜日の夜にあった出来事を光牙たちに話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 土曜日の夜、勇は何とか施設に帰るといつも通りの週末を過ごし始めた。

 幸いにして子供たちに怪我は無く、一番被害が大きかったのは勇自身だと言うオチがついたが、何にせよみんな無事で良かったと結論づけた勇は昼の出来事を忘れる事にしたのであった。

 

「勇兄ちゃん! やっぱり兄ちゃんの当てたカード、シークレットレアだよ!」

 

「シー……なに?」

 

「シークレットレア! ディスティニーカードのホームページでも公開されて無い激レアカードなんだって!」

 

 夜ご飯を食べた後、ゆっくりしていた勇は子供たちによってそのひと時を終わらせることになる。

 興奮した様子で自分に話す子供たちを見た後、勇は自分が手に入れたカード『運命の戦士 ディス』を床に置く

 

「へ~……これがねぇ…」

 

「あと、あの黒い剣もセットでシークレットレアなんだって!」

 

「ふ~ん……ま、ラッキーだったって事だな」

 

 そう言って立ち上がった勇はそろそろ寝るかと思いつつ部屋を出て行こうとする。しかし、ふと思い浮かんだ疑問がその足を止めた。

 

「……なぁ、ちょっとそのサイトを見せてくれないか?」

 

「うん、いいよ」

 

 子供たちの手からスマートフォンを受け取った勇は、そのサイトにあった「ディスティニーカード第一弾カードリスト」のページを見る。そこに映る数々のカードを見て行った勇だったが、目的のカードが見当たらない事を確かめると深くため息を吐いた。

 

(……やっぱ無いか)

 

 そう言って勇がポケットから取り出したのは、あのバッタの怪物を倒した時に出て来たカード『クラッシュキック』だった。

 普通じゃない入手の仕方をしたこのカード、やはりと言うべきか市販されているものでは無いようだ。

 

 これもシークレットレアという奴なのかもしれないと考えたが、そんな激レアカードがバンバン自分の元に集まる可能性は天文学的だろう。どちらかと言えば、このカードは普通ではないと考えた方がしっくりと来た。

 

「これ、一体何なんだ……?」

 

 分からないのはこのカードだけではない。昼間に戦ったあの怪物は恐らく「リアリティ」によって誕生した「ソサエティ」のゲームキャラだろう。

 だが、自分を変身させたドライバーとカードを読み取る事ですさまじい力を発揮した機械の事に関しては疑問が残る。出来れば、それに対する答えが欲しい所だ。

 

(世界を救うために必要な物、か……)

 

 ふと、勇の脳裏に光牙の言葉が浮かび上がった。確かにあんな力を使えるのであったらこのカードを入手することは世界を救うために必要な事なのだろう。

 なんで市販されている様なカードにこんな力があるのかは不明だし疑問も残るが、あの男が言っていた事に嘘は無かったのだと今更ながら勇は納得していた。

 

「勇君、ちょっと良いかしら?」

 

「あん?」

 

 考え事をしていた勇に声をかけて来たのは施設の職員である中年の女性であった。少し困った顔で勇を呼ぶと、用件を話し始める。

 

「実は今、勇君に用があるって言う人が来てるんだけど……」

 

「俺に? 誰が?」

 

「分からないわ、すごく大事な用だから勇君に会わせて欲しいって言って聞かないのよ」

 

「う~ん……」

 

 勇は何か嫌な予感がしたがこのまま放っておくわけにもいかない。覚悟を決めて会う事に決めるとその人物が待っていると言われた部屋に向う。

 応接室に入った勇を迎えたのは、サングラスにアロハシャツと言った完全に怪しい恰好をしたオッサンだった。

 

「お~! やっと会えましたねぇ! あなたが龍堂勇くん、ですよね?」

 

「は、はぁ……そうっすけど、あなたは?」

 

「私? 私は天空橋渡(てんくうばしわたる)、まぁそんな事はどうでも良いんですよ」

 

 そう言うと天空橋は勇に近寄ってぐるぐるとその周りを回り始めた。全方向からくまなく自分を見る天空橋に対してこいつは危ない奴だと判断した勇は、さっさと会話を終えるべく話を促す。

 

「で、俺に用って何なんですかね?」

 

「あ、そうだそうだ! 君に大事な用があったんですよ!」

 

 笑いながらそう言った天空橋は自身の鞄からファイルを取り出すと勇に手渡す。訝しがりながらもその中身を見た勇は、プリントに書かれたその文字を声に出して読んだ。

 

「虹彩学園……入学許可証!?」

 

「そうです! 君は明後日からあの虹彩学園に通って貰います!」

 

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待て! 俺はもうすでに公立の学校に通っててだなぁ…!」

 

「あ、それ退学してきましたよ」

 

「なっにぃ~~~~っ!?」

 

 連続して投げられる爆弾発言の数々、勇は再び頭に?マークを浮かばせながら天空橋に詰め寄る。

 

「何勝手な事してくれてんだ!?てか、何でこんなことをするんだよ!?」

 

「そりゃあ、君だって多少は心当たりはあるでしょう? 私、昼間の戦いを見てたんですよ」

 

「えっ……!?」

 

 あのバッタ怪人との戦いを見ていたと言う事に驚いて天空橋の顔を見る勇、天空橋はそんな勇の様子を満足げに見ると口を開く。

 

「君の戦闘技術は見せて貰いました。初の実戦、しかも新兵器のギアドライバーをあそこまで使いこなす事が出来るその才能をスカウトしたいんですよ」

 

「スカウト? 俺を?」

 

「そう! 君の力はソサエティ攻略の大きな助けになる! 私は君に期待してるんですよ! 龍堂勇くん!」

 

「いや……つっても話が急すぎんだろうよ…!」

 

 多少は事情を理解した勇だが話があまりにも性急過ぎてついていけない。まさか今まで通っていた学校を勝手に退学されているなどとは思ってもいなかった。

 

「勿論私のスカウトなんですから入学金、授業料は0! その他諸々の費用も学校側が負担しますよ!」

 

「いや、だからそうじゃなくってな……」

 

「……悪い話じゃないでしょう? 虹彩学園は間違いなくこの国の教育機関としてはトップクラスだ、そんな場所でタダで授業が受けられて設備も利用したい放題だなんて夢の様でしょう?」

 

「……でも、俺は普通の高校生だ。いきなりそんなエリート様の通う学校になんて行けねぇよ」

 

「いや、違いますね。君は普通の高校生なんかじゃない」

 

「え……?」

 

 今までの雰囲気とは違った一面を見せた天空橋は勇の目を真っ直ぐに見ながら話し続ける。その声には一種の確信が籠っていた。

 

「……君は、ソサエティ攻略と言う点に関して非凡な才能を持っている。ただ、それを君が理解していないだけです。その才能を腐らせるのはあまりにも勿体ない。だから私は君をスカウトしたんですよ」

 

「や、そんな大したもんじゃ無いっすよ。俺なんて……」

 

「それは結果を見てみれば分かる事です。大丈夫、もし君が結果を残せなくってもそれは君を見込んだ私の責任……君に非はありませんよ。それに、君に才能が無いだなんて私は思ってませんからねぇ」

 

「……何でそこまで俺に期待するんだ? さっきも言った通り、俺は普通の高校生だぜ?」

 

「……誰だって、普通の人間だったんですよ。その才能を開花させるのも大人の役目だ」

 

 ゆっくりと応接室のソファに腰かけた天空橋は鞄から次々と虹彩学園に関する資料を取り出していく。

 

「ソサエティ攻略、人類の救済……それには君の力が必要になると私は考えてるんです。まだ自分でも気が付いていないその才能を開花させるのに虹彩学園は最適な場所だ、それに……君だって知りたいことがあるんじゃないですかね?」

 

「っっ!」

 

「あの機械は何なのか?どうして市販されているカードゲームに化け物と戦う力が秘められているのか? そもそもこの世界が直面している危機がどういったものなのか?……知りたいと思いませんか?」

 

「それは……」

 

 正直、知りたいと思った。例え危険な道であろうと自分が納得できたのなら進む事に後悔はしない。

 そして、その危険な道を進まなければ自分の知りたい事の答えは見つからないのであろう。少なくとも、このままでは停滞しているだけだ。

 

「……分かったよ。あんたの口車に乗ってやる。入学するよ、虹彩学園に」

 

「よっし! スカウト成功ですね! いや~良かった良かった!」

 

「そもそも通わねぇと最終学歴が中学校卒業になっちまうからな。いや、高校中退か…?」

 

「そんな事どうでも良いですよ。それじゃあ、来週の月曜日からよろしくお願いしますよ~! あ、制服とか必要なもんは明日届きますからね!」

 

 先ほどまでの張りつめた雰囲気は何処へやら、天空橋はからからと笑うと勇の肩をバンバンと叩く。

 そして、鞄を持って応接室を出ようとしていた。

 

「あ、最後に一つ……テーブルの上に入学祝いを置いておきますから、好きに使ってくださいね。それじゃ…!」

 

 そう言い残すとすたこらさっさと希望の里を出ていく天空橋。まさに嵐の様なその行動に若干疲れながらも、勇は天空橋の残した入学祝いを確認すべくテーブルの上を見る。

 

「これか…?」

 

 そこにあったのは銀色に輝くアタッシュケースだった。鋭く輝くそのケースの留め具に手をかけた勇はゆっくりとそれを外す。そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んで、中に入ってたのがこれって訳だ」

 

 そう言って勇は光牙たちにゲームギアとギアドライバーを見せる。光牙と櫂が持っているそれと全く同じの物を見た真美からは驚きの声が上がった。

 

「嘘でしょう!? 私たちというエリートを差し置いてあんたみたいなぼんくらがギアドライバーを持ってるなんて……!」

 

「ひでぇ言われようだな。おい」

 

「真美の言う通りだ、それは国が開発した最新兵器なんだぞ? 一年間厳しい訓練を続けて来た俺達でも手に入れられたのが奇跡的な代物だ。それをぽっと出のお前なんかが……!」

 

 櫂の言葉に反応するかのようにクラス中の勇を見る視線が厳しくなる。それは嫉妬と憎しみが混じり合った嫌な物であった。

 

「構いやしねぇ、こいつからドライバーを奪っちまおうぜ! こんな奴に使われるより俺たちが使った方が有意義なはずだ!」

 

「……そうだな。櫂の言う通りだよ」

 

「こんな素性も分からない奴に今まで訓練を重ねて来た私たちが負けてる訳無いじゃない!」

 

 徐々に勇を見るクラスメイト達の視線は厳しいものになり、勇を取り囲んでいく。

 エリート故のプライドがある彼らは、何の努力もしていないのに自分たちと同じかそれ以上に上の地位まで上り詰めた勇に対して憎しみを抱いていた。

 

「渡せ! そのギアドライバーを! 今すぐにだ!」

 

 声を荒げて厳つい顔で勇に迫る櫂、普通の人間なら恐怖に竦んで震えているだろう。しかし、勇は小さく鼻で笑うと櫂に対して冷ややかに吐き捨てた。

 

「そんなに欲しいのか? これ」

 

「当然だ! てめぇみたいな奴が持ってていい代物じゃ…!」

 

「じゃあやるよ。ほら」

 

 そう言った勇は櫂に対してドライバーを差し出す。事も無げに言い切った勇をクラスの誰もが意外そうな目で見ている。

 

「確かにお前たちの言う通りだ。誰が使うのかは分からねぇが、なんも知らねぇ俺よりもお前らが使った方が良いと思うぜ」

 

「……意外と素直じゃねぇか」

 

「止せよ。こんなもん、周りを敵だらけにしてまで執着するようなもんじゃないってだけさ」

 

「……へっ、まぁいい。じゃあ、ありがたく頂戴するぜ」

 

 そう言って勇の手からギアドライバーを取ろうと手を伸ばす櫂、しかし、その大きな手を小さく白い手が抑える。

 

「駄目ですよ櫂さん、それはやってはいけない事です」

 

「ま、マリア……?」

 

 櫂を止めたのは金髪蒼目の美少女、マリアであった。静かに、だがはっきりとした口調で彼女はクラスメイトに語り掛ける。

 

「確かに彼は私たちと違い厳しい訓練もしていません。学力も劣るでしょう。しかし、彼は認められてここに居るのです。認められてドライバーを手にしたのですよ」

 

 凛とした鈴のような彼女の声は教室に良く響く、まっすぐに背を伸ばして力強く主張する彼女の姿を誰もが黙ってみていた。

 

「それを数の暴力で奪おうとするなど、人としてやってはいけない事です。それをすると言うのは、我々が実力で彼に負けていると認めている様なものです。ドライバーが欲しければ彼以上の活躍をすればいい。それだけの事をせずにここで彼の手から奪い取ろうとするのなら、私はその方を心底軽蔑します」

 

「……マリアの言う通りだ。ここで彼からドライバーを奪うなど、決してやってはならない行為だよ」

 

 マリアの言葉を受けた光牙がその意見に賛成する。クラスの代表格と言っても良い二人にこう言われてしまっては、誰も言い返す事は出来なかった。

 

「……んじゃ、これは俺のもので良いって事か?」

 

「はい。是非ともそうして下さい」

 

「OK、あんたの言う事に従うよ。えーっと……」

 

「マリア、マリア・ルーデンスです。これからよろしくお願いしますね。龍堂さん」

 

「おう、よろしくな」

 

 ニコリと笑って勇に挨拶をするマリア、この学校に来てから初めて好意的な反応をされたことに感動しつつ、勇は笑顔を返した。

 

「龍堂くん、気を悪くしただろう。すまなかったね」

 

「気にすんなよ。予想してた事だ」

 

 クラスを代表して頭を下げる光牙に手を振りながら答えると、顔を上げた光牙は勇の手を取って真摯な表情で語り掛けて来た。

 

「ありがとう! 色々あったが、今日から俺たちは共に切磋琢磨する仲間だ。よろしく頼むよ!一緒に世界を救おう!」

 

「お、おう……」

 

 その勢いに軽く押されながらも返事をする勇、そんな彼の様子をマリア以外のクラスメイトは憎々し気な目で見つめていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~……マジでしんどい」

 

 午前中の授業を終えた勇は食堂で一人大きく溜め息をつきながら愚痴をこぼす。和気あいあいとした雰囲気の食堂の中で本当に心底疲れ果てているのは勇くらいの様だ。

 

 朝から続くハイレベルな授業は勇が初めて受けるものであり、当然の如く内容はちんぷんかんぷんだ。

 必死になって理解しようとしたがあまりにも次元が違うその授業内容に白旗を上げた勇は、とりあえず目標として授業内容を理解すると言う事から始める事にした。

 

(てか、クラスの奴ら性格が悪すぎるんだよ!)

 

 授業に着いて行けず困惑する勇を嘲笑うクラスメイト達、光牙やマリアの様な例外もいるがどうやら自分は大分嫌われてしまった様だ。

 特に何もしていないと言うのにここまで嫌われるというのは流石に予想外だったなと思いながら、勇は頼んだ食事を口に運ぶ。

 

「……美味っ!」

 

 さすが超一流高校、学食の料理の味も超一流だ

 とりあえずこれだけでもこの学校に来た意味があると思った勇は、がつがつと料理を食べていく。

 

「ふふふ……お気に召したようで何よりですね!」

 

「もが?」

 

 そんな勇に笑いながら声をかけて来たのは、数少ない好意的なクラスメイトのマリアであった。

 口に昼ご飯を含んだまま自分に向かって手を振る勇を見たマリアは愉快そうに笑ってその隣に座り、勇と会話を始めた。

 

「ここの授業はハイレベルでしょう? 私も留学して来た時はついて行けなくて苦労しました」

 

「マリアも途中参加なのか?」

 

「はい! 私は、イギリスの学校から留学と言う形でこの虹彩学園にやって来たんです」

 

「……すげぇな、日本語の勉強もあっただろうに」

 

「いえ、大したことないですよ。きっと勇さんもそのうち慣れますよ」

 

「だといいけどなぁ……」

 

 自分はマリアの様に優秀な頭脳を持っている訳ではないからと自嘲気味に笑った勇に対して、変わらぬ笑顔を浮かべるマリアは勇を励ます様に話を続ける。

 

「でも、午後からは勇さんの得意分野に入ると思いますよ」

 

「得意分野?」

 

「はい! 実戦、ソサエティの攻略です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まさか学校の敷地内にこんなもんがあるなんてな」

 

「ふっふっふ……驚いたでしょう!?」

 

 何故か得意げなマリアの顔を見て噴き出した後、勇はもう一度前を見る。『虹彩学園ソサエティゲート』と書かれた看板の後ろに、巨大な建物がそびえ立っていた。

 

「中に入りましょう。もっと驚くと思いますから」

 

 マリアに促され中に入った勇は、その後ろをついて行きながら建物の内部を観察する。

 虹彩学園では2年に進級してから週に数回、午後の授業の代わりにこの世を騒がせる「リアリティ」が巣食うゲーム「ソサエティ」を攻略するために実際にソサエティ内に侵入すると言う実戦作戦が行われている。

 そうマリアから聞いたときには驚き、同時に興味も持った。ゲームの中に入るっていうのはどうやって行うものなのか? そもそも攻略ってどう行うのか? などの疑問を解消すべくマリアに質問すると、百聞は一見にしかず、と言われてここに連れてこられた訳である。

 

「この後はここで活動しますし、丁度良い機会ですしね」

 

「サンキュな」

 

「いえ、先生からも昼休みの間に勇さんを見つけて午後にはここに連れて来るように言われてましたので」

 

 そう言いながらドアの横にある機械に自分の持つカードキーを通すマリア、プシュウ、と言う音と共にドアが開き、その先の景色が露わになる。

 

「え…!? あれはっ!?」

 

 ドアの先にあったとある物を見た勇はつい叫んでしまった。そこにあったのは土曜日に見たあの赤いリングに酷似した青いリングだったのだ。

 色こそ違えど形は前に見たものそっくりだ、反射的に懐にしまってあるドライバーに手を伸ばした勇だったが、マリアが慌てて勇を止める。

 

「い、勇さん! 落ち着いてください! あれは安全な物ですから!」

 

「え……?」

 

 マリアのその一言に勇は動きを止める。考えてみれば学園の施設内にあんな危険な物を置いておくとは考えられない。

 と言う事は、あれは自分の知っている物とは別物だと考える方が妥当だ、そこまで考えた勇は軽く咳払いをするとマリアに向き直った。

 

「悪い、あれを見るとつい嫌な思い出がだな……」

 

「いえ、大丈夫ですよ。むしろその反応を見るにあれがどう言ったものかは分かっているようで、説明の手間が省けました」

 

 そう言ったマリアは勇を伴ってその青いリングに近づいていく。触れられるまでの距離にたどり着いた二人はそれを見ながら話を始めた。

 

「これの名前は『ゲート』……ソサエティと現実世界を繋げる門です」

 

「ゲート……」

 

「これを潜り抜ける事によって我々、もしくはソサエティの敵『エネミー』は互いの世界を通り抜けて他の世界へと行くことが出来るのです」

 

「エネミー……世界……」

 

 初耳の単語が多いが、勇は大体の話の内容を理解していた。

 要は、このゲートは文字通り現実世界からソサエティへと行くための門であり、通り道なのだ。これを使ってソサエティに行くことが攻略作戦の第一歩となる。

 そして、自分が前に遭遇したあのバッタ怪人たちを総称してエネミーと呼ぶらしい。敵、と言う意味があるその言葉は実際ゲームの敵キャラとして設定されている奴らにはぴったりの呼び名だろう。

 

「でも何でこのゲートは青色なんだ? 前に見たのは赤色だったんだけどな…」

 

「それは、このゲートの先が安全地帯へとつながっているからです。赤は危険、青は安全……信号機もそうでしょう?」

 

「安全地帯……?」

 

「それは向こうに行ってみてのお楽しみです。そろそろ授業も始まりますし、自分の目で確かめて下さいね!」

 

 良い所で答えを隠すマリアは悪戯っぽく笑って勇をからかう。可愛らしいその笑顔を見て少しドキッとしながら、勇はその答えを確かめられる時を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員揃ったな? では、2-Aから順にソサエティに突入だ」

 

 教師の一人がゲートの前に集まった2年生たちに告げる。合計5クラス分の生徒たちが揃う建物の中で、皆一堂に指示に従って動いていく。

 

「勇さん、私たちからですよ」

 

 マリアの言葉にはっとした勇は前を進むクラスメイト達の後に続いてゲートの前に向かう。青く発行するゲートの中に次々と身を投じていくクラスメイト達の姿が自分の視界から消えていくのを見て、勇は多少の恐怖感を覚えた。

 

「では、また向こうでお会いしましょう」

 

 マリアもまた慣れた様子でゲートの中に入ると、その姿が見えなくなった。気がつけば残っているのは自分一人だけと言う状況になった勇は深呼吸してゲートの前に立つ。

 

「……何をしている? 早く行け!」

 

(教師まで性格悪いのかよ……)

 

 イライラした様子の教師を横目で見た後、勇は意を決してゲートの中に身を投じる。一歩、踏み入れた足が見えなくなったことを驚きながらもそのままゲートの中に体を通した。

 

「………お?」

 

 特に感じた感覚は無かった。てっきり、某国民的猫型ロボットが出てくるアニメのタイムマシンの通り道の様なところを通ると思ったのだが、足を踏み入れた先には見た事も無い景色が広がっていた。

 暖簾をくぐって店の中に入る様な感覚で別世界に入っていいものかと勇は多少疑問を感じたが、目の前に広がる光景にその思いは一瞬で吹き飛んだ。

 

 まず目に映ったのは巨大な城だった。石造りのその城の前には大きな門とそれを守る番兵が居る。さながらRPGゲームのお城そのものだと思いながら、その城を中心に栄える町の方へと勇は視線を移した。

 

 城下町にはたくさんの人間がいる。中世ヨーロッパの様な服を着た人々が煉瓦で出来た店を巡って買い物をしているのが分かる。

 手を叩き客寄せをする店員、店の中を覗く女性、走り回る子供……その全てが、まるで本物の人間の様にしか見えない。

 

 ここがゲームの中の世界だと知らなければ、自分はタイムスリップでもしてしまったのではないかと思えるほどの光景だ。

 予想以上のその景色に勇が度肝を抜かれているとマリアが近づいてきて感想を求めてきた。

 

「どうですか? 驚いたでしょう?」

 

「……あぁ、ゲームの世界だって言ってたからドット絵みたいなのを想像してたけど、これはまるで現実そのものだ」

 

「ソサエティは現実世界から情報を得て日々進化しています。このように、現実世界と見分けがつかないほどの空間を作る程に……」

 

「考えてみりゃあ恐ろしい事だな。ほんの数年で人間が築いてきた文明をコピーしちまうなんて……」

 

 時代風景こそ多少古いもののそこに住む人間たちの様子は正に本物の人間そのものだ。これを作り出したのがコンピュータウイルスだとは到底信じられない。

 人間の手で作り出されたゲーム空間に閉じ込められたウイルスが、自分たち独自の文明を築いて侵略戦争を開始する……その恐ろしさを改めて感じた勇はぶるっと身震いをした。

 

「……考えてても仕方がねぇ。とにかくやれることをしなくちゃな!……んで、俺たちは何をすればいいんだ?ゲームクリアってどうやるんだよ?」

 

「えーっと……それが、私たちもいまいち分かっていないんですよ」

 

「はぁっ!?」

 

 困り顔のマリアの言葉を聞いた勇はつい叫んでしまう。自分に集まった視線に軽く赤面しながら、勇はマリアに事の説明を頼んだ。

 

「ま、待て! 分からないってどういう事だよ?」

 

「それが……これまでの2週間ほどの間に、私たちはこのソサエティの世界を色々と探索したんですけど……その、一定の場所から先に進めないと言うか……」

 

「はぁ?」

 

 歯切れが悪いマリアの説明を聞いた勇はさらに状況が分からなくなる。マリアもどう説明したら良いのか分からない様子だ。

 情報が無いと動きようが無い。この事に困ってしまった勇の前に、光牙たちが姿を現した。

 

「マリア、こんな奴に構ってないでさっさと行くぞ!今日こそはあの関所を破ってやるんだ!」

 

「あっ、櫂さん!」

 

「マリア、あんたの人が良いのは知ってるけどこんなぼんくらに構う事は無いでしょうに……」

 

「止せよ二人とも、龍堂くんも一緒に戦う仲間だ、それにドライバー所持者でもある。攻略の大きな手助けとなってくれる人にそんな言い方は駄目だろ」

 

「はっ! どうだか?こんな奴が役に立つとは思えないけどなぁ!」

 

「……あっさりエネミーにやられて気絶した奴よりかは役に立つんじゃねぇの?」

 

「んだと、てめぇ!」

 

「わーわー! 落ち着いてください櫂さん!」

 

 今にも勇に殴りかかりそうな櫂を抑えたマリアが光牙を見る。彼もまた少し困った様に笑うと、勇を見て話を切り出した。

 

「龍堂くん、君に頼みがあるんだ。俺たちは今、とある場所で足止めを喰らっていてその先に進めないという状況に陥っている。今日、俺たちはその場所に攻撃を仕掛けて突破するつもりだ、その攻撃作戦にドライバーを持つ君の力を借りたい」

 

「……質問なんだけどよ、その足止めを喰らってる場所って何処なんだよ?」

 

「ここから北に行った所にある関所だ、警備兵たちが守っていて扉を開けてくれないんだよ」

 

「その警備兵ってよ、ああいう感じの普通の人間か?」

 

「……? あ、ああ、その通りだが」

 

「ふ~ん……あ、なるほどなぁ、そう言う事かぁ……」

 

「りゅ、龍堂くん?」

 

 何やら一人で納得して頷き始めた勇を怪訝そうに見ながら光牙は声をかける。くるりと振り向いた勇は非常に残念そうな顔をしながら4人に質問した。

 

「……お前たち、ゲームやったことあるか?RPGの冒険系のゲーム」

 

「え……? い、いや、俺はやったことないな」

 

「私も、娯楽とはかけ離れた生活を送っていたもので……」

 

「私もパズルゲームとかなら頭の体操がてらやるけど……」

 

 勇の質問に光牙、マリア、真美は素直に答える。それを予想通りと言う様に頷いて聞いていた勇は、最後の一人である櫂に視線を向けた。

 

「んで、お前もやった事無いのか?」

 

「ああ、ねぇよ! ……おい、この質問に何の意味があるって言うんだ?俺たちはさっさとこのソサエティを攻略するためにだな……!」

 

「落ち着け、んで、俺の話を聞けよ筋肉ダルマ」

 

「んなっ……!?」

 

 ポンポンと肩を叩きながらさらっと櫂を馬鹿にする勇、櫂がその厳つい顔を真っ赤にして勇に飛び掛かろうとしたその時、勇は得意げに笑って一行にこう言った。

 

「別にお前たちが俺の話を聞くか聞かないかは自由だが、聞かなかったら後で絶対後悔するぞ」

 

「な、なんだよその自信は? 一体何の根拠があって……」

 

「そりゃお前、ゲームのお約束だよ」

 

 そう言って再び笑った勇を、4人はポカンと見ていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゲームのお約束…?」

 

「そう、分かりやすく言うとゲームシナリオって奴だな」

 

 数分後、一行はこの城下町にある広場で適当な椅子を見つけ出すとそこに座って話し始めた。

 勇を囲む様にして彼の話を聞く4人、そんな彼らの顔を見ながら勇は説明を続ける。

 

「良いか? こう言ったRPG風味のゲームってのには絶対にシナリオがあるんだよ。それにそって行かないとゲームはクリアできないの!」

 

「ま、待ってください勇さん。そのげーむしなりお?と言うのは何なんですか?なんとなくは意味は分かりますけど……」

 

 困惑したようなマリアに対して分かりやすく説明をするために勇はとある例を出す事にした。

 

「マリア、お前昔話の桃太郎は知ってるか?」

 

「ええ、あの犬、猿、キジをお供に鬼が島に乗り込んだ方のお話でしょう?」

 

「そうそう。桃太郎で例えるとお前たちがやろうとしてるのは、お伴一匹も引き連れずに鬼ヶ島に乗り込もうとしてるって感じだな」

 

「え、ええっ!? それは絶望的じゃないですか! 桃太郎さん、負けちゃいますよ!」

 

 オーバーに驚くマリアを見た勇は苦笑するも、彼女に対して詳しい説明をしようとする。しかし、そんな空気をぶち破って櫂が机を叩いて立ち上がった。

 

「何わけの分からない事言ってんだ! 桃太郎? ゲームシナリオ? やめだやめ! こんな奴の話を聞く価値は無いぜ!」

 

「か、櫂!」

 

「俺は行くぜ光牙! ドライバーは持ってなくてもゲームギア使って援護してくれる奴らの頭数は十分だ。そいつらと俺だけで関所をぶっ壊してやるよ!」

 

 そう言うと櫂は他のメンバーを置いてその場を去ってしまった。櫂の後姿を見ながら、勇は呆れた様に呟く。

 

「あいつ、本当に頭悪いな。なんでこの学校に入れたんだ?」

 

「……それをあんたに言われるのはどうかと思うけど、確かにその通りね。さぁ、さっさと続きを話して頂戴」

 

 真美の上から目線の一言に若干カチンときた勇だったが、その事は口に出さず説明を再開する。

 

「いいか? 俺が言いたいのは物事には順序があるって事だ。特にRPGのゲームなんてその傾向が強いんだよ」

 

「……ごめんなさい。もっと詳しくお話ししてください」

 

「ああ、さっき言った桃太郎を例に挙げるとだな。鬼を倒すために旅に出た桃太郎がするべき事は、3匹のお供を見つける事だろ? それをしないと鬼は倒せない」

 

「……ちょっと分かって来たかも。つまりあんたは、あの関所を開く為には然るべき手順を踏まないといけないって言いたいのね?」

 

「正解だ。流石エリート様、理解が早くて助かるよ」

 

「ちょ、ちょっとごめん。俺はまだ良く分からないよ。もっと詳しく説明を頼む」

 

「恥ずかしながら私もわかりません……」

 

「あ~……本当に簡潔に言っちゃうとね。あの関所はちゃんとした手順を踏めば開いて先に進める様になっているって事。逆に言えば、手順を踏まないと絶対に開かないって事ね」

 

「???」

 

 まだ理解できていない光牙とマリアの二人に向かって勇と真美はさらに詳しい説明を始めた。

 

「良いか? RPGのゲームってのは、ストーリー性を重視するんだ。だから、物語に沿ってゲームを進めて行かなきゃならない。例を挙げるなら、勇者として魔王を倒しに行く前に、魔王の手下を倒す……とかだな」

 

「つまり、あの関所を通るためには条件があって、その条件を満たせば力づくで通る必要も無く先に進める様になるってこいつは言いたいらしいわよ」

 

「な、なるほど…! ゲームとはそういうものなのか…!?」

 

「私たち全く知りませんでした……」

 

 やっとこさ勇の言いたいことを理解した二人は感心したように勇を見る。しかしながら、真っ先に話を理解した真美は疑惑の視線を勇に向けていた。

 

「でも、こいつの言っている事が正しいなんて保証は何処にも無いわ。それどころか全くの見当違いだって可能性もあるわね」

 

「おいおい……話は理解できても自分の意見以外は無価値だって考えの持ち主かよ? そんなんじゃおつむが進歩しねぇぞ」

 

「結構よ、今でも十分私は天才的だから」

 

「……可愛くねぇ女だこと」

 

 正直な意見を誰にも聞こえない様に小さな声で呟く勇。だがしかし、真美の言っている事も確かだ。

 

 今の自分の考えに確かな証拠など一切ない。思い付きと言われてしまえばそれまでの話だ。

 もしも櫂が関所を突破してしまえば自分は赤っ恥だろう。あの脳筋ゴリラがどうか作戦に失敗してますようにと勇が心の中で祈った時であった。

 

「た、大変だーーっ!」

 

 広場に息を切らした男が走ってくる。恰好から見てソサエティの人物だと思われるその男は、恐怖に引きつった顔で周りの人々に叫び始めた。

 

「北門から魔物の大群が襲って来たぞ! 今すぐ避難するんだ!」

 

「え、ええっ!? そんな!?」

 

「警備兵は何をしてるんだ!?」

 

「それが、北の関所が襲われているって報告が来たからそっちの援護に行っちまったんだ! おかげで今は完全に魔物が好き勝手してやがるんだ!」

 

 その話を聞いた光牙と真美は顔を見合わせて櫂の事を思い浮かべる。先ほどの関所襲撃は彼が行ったものに違いない。だとすればこれはその結果として起きた事件と言う事だ。

 ゲーム空間であるソサエティでこんな回りくどい事が起きたのは何故なのか?その理由に心当たりがある勇は3人を集めると自分の意見を話し始めた。

 

「……こりゃ多分ペナルティだな」

 

「ペナルティ? どういう事?」

 

「ゲームを進めずに関所を通ろうとしたからゲーム側から警告が来たって事だ。そんな事をすると俺たちの拠点をぶっ壊すぞって言ってんだよ」

 

「……確かにここには私たちのゲートがあります。ここが崩壊したら大きな痛手になりますね」

 

「でも、まさかそんな事が……?」

 

「それじゃあ、他になんて説明する気だ? わざわざ北の関所が襲撃されたせいだって話まで出てるんだぞ?」

 

「………今はその話はよそう。まずはゲートを守るためにもやって来たエネミーを倒さないと!」

 

 光牙のその一言にマリアと真美は頷くとエネミーが来ていると言う北門へと駆けて行く。勇もまた、その後を追って行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギャァァァァッ!」

 

「くっ! こいつら意外と強いぞ!」

 

 4人が辿り着いた北門では、すでに他の生徒たちが城下町を襲撃して来たエネミーと戦闘を開始していた。

 前に見たのとは違う小鬼の様な敵の姿を見た勇はその数は数え始める。総勢6体と数はそう多くない。しかし、前回戦った雑魚怪人よりかは強そうだ。

 

「まずは敵の情報を調べます!」

 

<スキャン!>

 

 マリアが腕に装着されたゲームギアにカードを通すと、暴れているエネミーに関しての情報が彼女の前に浮かび上がる。

 ゲーム画面そのものであるその光景に暫し勇が目を奪われていると、マリアが小鬼の情報を伝えてくれた。

 

「分かりました! 敵の名は『山賊ゴブリン』、種別は鬼系のエネミーです! 狡猾な知能と武器を使える器用さを兼ね備えた強敵ですよ!」

 

「いわゆる序盤の強敵モンスターってやつか!」

 

 勇が小さいころに多少やった事のあるゲームの中でも、ゴブリンと言うのは雑魚ながらも色々な役割を持って何度も主人公たちの前に立ちはだかる敵キャラとして描かれていた。徒党を組み、武器を持って主人公たちに襲い掛かるその姿はモンスターとしてはぴったりだ。

 今目の前にいる山賊ゴブリンもナイフの様な短刀を手に生徒たちに襲い掛かっている。見事なチームワークを見せるゴブリンたちに生徒たちは苦戦を強いられていた。

 

「どうやら、俺の出番らしいな!」

 

 そう言いながら前に出た勇はギアドライバーを構えながら駆け出す。ホルスターから『運命の戦士 ディス』のカードを取り出すとそれをドライバーに読み取らせながら叫んだ

 

「変身っ!」

 

<ディスティニー! チェンジ ザ ディスティニー!>

 

 瞬間、勇の体を黒い鎧が包む。数歩走る間に仮面の騎士へと変身した勇は、今まさに生徒に剣を振り遅そうと言うゴブリンに向かって飛び蹴りを放った。

 

「おっらっ!」

 

「グエッ!?」

 

 その一撃を受けて吹き飛ぶゴブリン、倒れていた生徒を助け起こした勇は自分にターゲットを絞った山賊ゴブリンたちに向き直る。

 

「へっ! ゲームスタートだ、かかって来いよ雑魚ども!」

 

 威勢よく啖呵を切った勇はディスティニーソードを呼び出すとそれを手にゴブリンたちの中へと切り込んでいく。

 6対1と数の上では不利なはずの勇、しかし、そんな事も意に介さない見事な戦いでゴブリンたちに一撃、また一撃と斬撃を浴びせていく。

 

「っしゃぁぁぁっ!」

 

 正面に剣を構えたまま走り出した勇は、ゴブリンの一体を突き刺すとそのまま真っ直ぐ集団を抜けけながら走り続ける。

 バチバチと剣に貫かれているゴブリンの体から火花が跳ね、光の粒が零れ落ちていく。

 

「ゴガァァァァァァッ!!!」

 

「よっし! 残りは5体!」

 

 断末魔の悲鳴を上げたゴブリンは大きな爆発を起こして光の粒へと変わって行く。まずは一体のエネミーを片付けた勇は、残る敵を見据えて叫んだ。

 

 戦ってみた感想としては、こいつらは前に戦ったバッタ怪人と比べてはるかに弱い。あの色違いの虫怪人よりも弱く、雑魚怪人よりかは少し強いと言った程度の実力だ。

 数こそいるが決して苦戦する様な相手ではない。その事を確信しながら、勇はちらりと光牙たちの様子を伺う。

 

「………」

 

 こちらをしっかりと見つめている真美はドライバーを手にする光牙を抑えながらも勇から目を離す事は無い。どうやら、勇の実力を計るためにあえて光牙を戦いに介入させないつもりのようだ。

 

(……お手並み拝見ってか)

 

 その思惑を理解した勇はゆっくりとベルトの横に付いているカードホルスターに手を伸ばす。それを開くと、中にあるカードを掴んで取り出した。

 

「良いぜ、見せてやるよ。俺の実力って奴をな!」

 

 勇はそう叫ぶと取り出したカードを見る。彼もなんの準備も無く虹彩学園にやってきたわけでは無い。一応、「予習」はしていたのだ。

 その成果を見せる時と意気込んた勇は、まず小さな戦士の体からオーラが発せられている様な絵柄が描かれたカードを選ぶとドライバーに読み取らせた。

 

<パワフル!>

 

 そのカードを使用した勇の体をカードの絵柄に描かれている様なオーラが包み込む。徐々に収束していったそれは勇の体を薄皮一枚包むくらいの大きさになった。

 

「へっへっへ……! こいつは痛いぞ!」

 

 そう言い放った勇は手近な所に居たゴブリン目がけてディスティニーソードを振りかざす。

 ガンッ、と言う音と共にヒットしたその一撃を受けた怪人は今までとは比にならないほどの勢いで吹き飛んでいった。

 

「ウガガガガガッ!?」

 

「お次はこいつだ!」

 

 混乱している残りのゴブリンたちを尻目に勇は2枚目のカードを使用する。電子音声が鳴った後、もくもくと周囲に黒い煙が湧き出してきた。

 

「ガッ!? ガガッ!?」

 

 自分たちを包む黒煙に困惑するゴブリンたち、ほんの少し先に居る仲間の姿さえも見えなくなるほどの煙の凄さに戸惑っていた彼らに対して、勇は不意を打つ様に攻撃を仕掛ける。

 

「はっ! おりゃぁっ!」

 

 ゴブリンたちの四方八方から攻撃を仕掛ける勇、視界の効かない煙の中でゴブリンたちは成すが儘に攻撃を受け続ける。

 暫し後、煙の晴れた戦いの場では数体のゴブリンが地に倒れ伏していた。

 

「……んで最後、実はこっちにも使えるんだよなぁ!」

 

斬撃(スラッシュ)!>

 

 右手に剣のマークが描かれたカードを左手にディスティニーソードを掴んだ勇はそのカードをひっくり返したディスティニーソードの柄へと運ぶ。

 そこにあるスリットにカードを通すと、いつもと変わらぬ電子音声が流れた後で剣に鋭い光が灯った。

 

「フィニッシュホールド、行くぜっ!」

 

 叫びながら目の前に居るゴブリンに一撃。そのまま返す刃で別の一体に一撃。さらに振り向き様にもう一撃……たった一人で5体のゴブリンを次々に切り裂いて行く勇は瞬く間にその場から斬り抜けると地面にディスティニーソードを突き刺す。

 それを待っていたかの様にゴブリンたちは次々に地面に倒れ、そして光の粒へと還っていった。

 

<ゲームクリア! ゴー、リザルト!>

 

「お、ボスはいなかったみたいだな。楽勝、楽勝!」

 

 前回同様に浮かび上がった長方形の画面に目を向けながら笑う勇、そんな彼を光牙たちは驚きの表情で見ていた。

 

「嘘でしょ……? たった一人で6体のエネミーを殲滅するなんて…!」

 

「しかも圧勝……! 並大抵じゃない戦いのセンスです……!」

 

「……前よりも強くなっている。しかも、カードを完全に使いこなしていた…!彼は一体どうやってあの戦闘技術を身に着けたんだ?」

 

 変身を解除した勇は余裕の笑みを浮かべながら3人の元へと近づいていく。そして、得意げに質問をしてきた。

 

「んで、どうだった?俺の腕前は?」

 

「……正直、予想外だったことは認めるわ」

 

「すごい! すごいですよ勇さん! 私、びっくりしました!」

 

「……龍堂くん、君は独学であれだけの戦闘技術を身に着けたのか?」

 

「あ? ちげぇよ。施設のガキどもにちょっとな」

 

「が、ガキ……?」

 

「そうだよ。ちょっくらこのディスティニーカードゲームについて聞いてみたんだよ。ルールとか、各カードの効果とかな。んで、色々試してみたんだ」

 

「そ、そんな事であそこまで強く……!?」

 

「そんな事ってなんだよ。大事なんだぞこういうのは」

 

 まさかの返答に頭を抱えながらも確かに今見た勇の実力は本物である。若干の疑問は残るもののそこは納得しなければならないだろうと光牙は考えを改めた。

 

「俺の事よりもあの脳筋馬鹿だろ。多分あの筋肉ダルマ、今頃関所の攻略が出来なくて地団駄踏んでる頃だぞ」

 

「ありうる。櫂の奴、頭に血が上って引き際を見失ってるわね」

 

「私たち、迎えに行ってきます!」

 

 勇の言葉を受けた真美とマリアは北の関所に向かって歩き出して行った。残された勇と光牙は多少被害を受けた城門を見ながら話し続ける。

 

「それで、先ほどの話の続きだが……もし、この世界が龍堂くんが言った通りのものだとしたら、俺たちはどう行動すればいいんだい? 何か当てがあるのかな?」

 

「ああ、それなら見当はついてる」

 

 そう言いながら勇はある物を指さす、つられてその先を見た光牙はそこにあったものを見て目を丸くした。

 

「どんなゲームだって、最初に行くのは王様のいるお城だって相場が決まってんだよ」

 

 そう言うと、勇は再び不敵に笑ったのであった。

 

 

 



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共闘!護国の騎士、その名はイージス!

ソサエティ世界、町はずれの草原で夕焼けに照らされながら戦う一人の青年がいた。いや、正確には彼の横でエネミーに剣を振るう小さな騎士も一緒に居たのだが、人間としてこの場に居るのはその男子生徒一人だけだ。

 

「はぁぁっ!」

 

騎士に的確に指示を出しながら、自らも戦線に立ってエネミーに攻撃を喰らわせる青年。長きに渡る戦いを繰り広げていた両者だったが、ついに騎士の剣がエネミーの体を貫いた。

 

「ぐぎゃぁぁぁっ!」

 

断末魔の悲鳴と共に光の粒へと変わって行くエネミー、敵の影が見えなくなったことを確認した後、青年は自分の腕に嵌められたゲームギアを覗き込む。

 

<レベルアップ!>

 

「ふぅ……これでレベル14かぁ…」

 

先ほどまで一緒に戦っていた騎士のカードのレベルが上昇したのを見た青年はそう呟くと空を見る。この夕焼けだ、そろそろ今日のソサエティ探索は終了だろう。

 

「今日もお疲れさま……さ、帰ろうか」

 

手に持つカードにそう語りかけると拠点の城下町へと歩き出した青年は、今日一日の成果を確認しながら満足げに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、それじゃあ情報交換だ。と言っても俺の報告以外にはそこまで価値は無いだろうけどな」

 

初めてのソサエティ突入を経験した次の日、午後のHRで話し合いの機会を与えられた勇たち2-Aクラスの面々は光牙を中心にソサエティ攻略の方法を話し合おうとしていた。

しかし、リーダーである光牙はあろうことか勇に発言の機会を与えると、彼に知る限りの情報を与える様にとの指示をクラス中に与えたのだ、これには当然反発もあったが、いつも皆の中心である光牙にそう言われると結局は従う事を選んでしまうのが取り巻きの悲しい習性である。

 

仕方なく、Aクラスの面々は勇に知る限りの情報を教える。ここ2週間の間に自分たちが必死になって集めた情報を何もしていない勇に教える事は抵抗感があったが、その思いを押し殺して会議を続けて行った。

 

クラスメイト達の話をふむふむなどと言いながら聞いていた勇だったが、ある程度の情報を聞いた所で「大体わかった」と口にしてその話を遮る。

そして上記の台詞を発したわけであるが……正直、クラスメイト達は勇の事を馬鹿にしていた。情報交換などと言っても昨日来たばかりの勇に大した話が出来るとは思えない。例え何かを言ったとしても、それは恐らく自分たちの知っている事だろうと高をくくっていた訳である。

 

当然、その思いを口にする者もいた。勇に反感を持っている櫂がその思いを代表して勇に口を出したのだ。

 

「馬鹿か!お前の話こそ何の価値も無いだろうが!」

 

「いやいや、大人数集めて北の関所に攻撃を仕掛けた奴の報告には負けるよ。あれだろ?あそこまで大掛かりに作戦仕掛けて、時間もかけたって言うのに何の成果も得られなかったんだから、もう笑うしかないわな!」

 

どこぞの大きな人たちが進撃してくる漫画の一コマの様に、「何の成果もあげられませんでしたぁ!」と叫んだ勇の姿についうっかり噴き出してしまうクラスメイト達、だが、顔を真っ赤にしてこちらを睨む櫂を見るや慌てて目をそらしてしまった。

 

「……そこまで言うからには俺たちを唸らせるような報告が出来るんだろうな?下らない内容だったらただじゃ済まさねぇぞ!」

 

「分かったから黙って俺の話を聞け筋肉ダルマ。さて、そんじゃお待ちかねの俺の話だが……喜べ、俺たちが次にやるべき事が分かったぞ」

 

勇のその一言に教室内が大きくどよめく。自分たちが2週間もの間探し続けていたすべき事を勇は昨日一日で見つけたと言うのだ。

到底信じられることではないがそう言われると興味が湧く、自分にクラス中の視線が集中していることを感じながら、勇は話を続ける。

 

「昨日の事だ、俺と光牙はあの城下町……『ラクドニア』のお城に行って、そこの王様と話してきた。んで、その王様から頼み事をされたわけだ」

 

「ちょっと待てよ。あの城の中には俺たちも入ろうとしたけど、門番が居て中を通してくれなかったはずだぜ?勇者を連れて来いとか言ってさ」

 

「ああ、だから俺たちは勇者を連れて来たんだよ」

 

自分の話を遮った男子生徒の声に反応した勇は続いて光牙を見る。その視線に反応した光牙は自分のカードホルスターから『光の勇者 ライト』のカードを取り出すと机の上に置いた。

 

「龍堂くんに言われて俺はこのカードを門番に見せたんだ。すると、彼は俺たちの事を勇者と呼んで中に入れてくれた……どうやらディスティニーカードにはこんな使い方もあったみたいだ」

 

「嘘……でも、そんな事言ったら、今までソサエティを攻略して来た先輩たちはディスティニーカードを持ってないはずでしょう?なんてったってこの間発明されたばかりなんだもの。だとしたら先輩たちは全く攻略を進められてなかったって事?」

 

「……これはあくまで俺の考えだが、ソサエティは進化し続けるゲームだ。故にディスティニーカードの情報を得て、また進化したんじゃないのかな?攻略にディスティニーカードが必要になる世界へと変貌した。だからこれから先はカードを使って先に進んでいかなくちゃならないって事なんじゃないかな?」

 

「な、なるほど……」

 

光牙のその意見に皆一堂に頷く。彼らは知らないが、ゲームにはアップデートを繰り返すものもある。ソサエティもまたそのようなものでは無いかと光牙は予想したのである。

明確な答えは無いものの光牙のこの考えはある程度は納得できる。感心している皆を尻目に話を元に戻すべく勇が口を開く

 

「ま、そうして無事に城の中に入れた俺たちは王様と話したわけだが………その話は簡潔にまとめると、近くの村で暴れるエネミーたちを倒してくれって事だな」

 

「王はその村の事を『ムーシェン』と呼んでいた。地図で言うとこの位置の村らしい」

 

光牙は頭上に映し出されたお手製のソサエティのマップに×印をつけてムーシェンの場所を示す。そこまで話した所で、今まで黙っていた真美がおもむろに口を開いた。

 

「と言う事で私たちが次にやる事はこのムーシェンに向かう事。そしてそこで起きているエネミー絡みの事件を解決する事ね。皆、分かった?」

 

「はい!分かりました!」

 

その言葉に一斉に返事を返すクラスメイト達、勇は美味しい所取りされた事を不満に思いながらも話を終えて席に座ろうとする。しかし、そんな勇を真美は呼び止めるとクラスの真ん中で驚くべき事を話し始めた。

 

「……龍堂、あんたに言っておくわ。ここから先、あんたは単独で行動して頂戴」

 

「は、はぁ!?」

 

その言葉に素っ頓狂な声を上げる勇、当然だ、この発言は簡単に言えば2-Aのクラスメイトは勇に協力をしないと言っている事である。自分があまり歓迎されていないとしてもそれはあまりにも酷いのではないかと思った勇は反論を口にしようとするが、それよりも先に真美が自分の意見を話していた。

 

「良い?私たちは今までの活動の中で一種のチームワークが生まれている。そこにあなたと言う完全に異質な存在を入れるだけのスペースは無いの。あなたは私たちと違って訓練も受けていないし、考え方も違う。ちぐはぐな動きになるのは目に見えているわ」

 

「だとしても今回みたいに俺が役に立つことだってあるはずだぜ?」

 

「ええ、そうね。でもそれ以上にデメリットの方が大きいと私は判断したの。故にあなたを私たち2-A攻略部隊から追放するわ」

 

「……そんなに俺を除け者にしたいのか?」

 

「はっ!何勘違いしてんだよ!お前は元々俺達とは立場が違いすぎんだよ。俺たちは厳しい訓練を積んできた言わばエリート、大してお前は運よくドライバーを手にしただけの素人だ!ちょっと攻略に役立ったからって調子に乗るんじゃねぇよ!」

 

櫂の容赦ない一言にはクラス中の勇への思いが詰まっていた。勇の戦いを見ていない彼らにとって、あくまで勇は庶民寄りの考えを持つ凡人に過ぎない。故に多少役にたったとしてもここで排除した方が後々の為になると判断されているのだ。

 

「ま、待ってください!勇さんを邪魔者扱いするなんてひどいじゃないですか!」

 

「……良いよマリア、これが俺への評価だって事はよーく分かった。んじゃ、後は邪魔者抜きで話し合ってくれ」

 

「い、勇さん!」

 

マリアの言葉も虚しく、邪魔者扱いされた勇は教室を出て行ってしまった。勇の姿が無くなった教室の中では櫂が嬉しそうに話し合いの再開を促している。

 

「さぁ、これで邪魔者はいなくなったな!ここからは光牙が中心になって話し合うとしようぜ!」

 

険悪な雰囲気に一瞬だけ静まり返った教室内だったが、櫂のその一言を聞いて気を取り直したかのように活気が戻ってくる。

不安そうに勇の出て行ったドアを見つめるマリアと渋い顔をした光牙、そしてその両名を見つめる真美を除いたクラスの面々は勇の事など忘れて話し合いを続けて行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちっ、なんだよ。あいつら俺を邪魔者扱いしやがって……!」

 

苛立ちを隠せないままに廊下を歩く勇、決してクラスの面々から好かれたいと思っていた訳では無い。しかし、あそこまで露骨に邪魔者と言われるとショックなのは確かだ。

 

自分が何をしたと言うのだ、ただ自分は守りたいものを守るために戦い。その結果、このけったいな学園に入学することになった。別にエリートコースに乗りたかったわけでも、誰かを蹴落としてこの学校に入ったわけでも無い。

なのに、育ちが違うと言うだけで自分を追放したクラスメイト達を勇は許す事は出来なかった。

 

「あ~、ちくしょう!」

 

苛立ちを叫びにして現しながら勇は廊下を歩く、今日はもうこのまま寮まで帰ってしまおうかと思い下駄箱に足を運ぼうとしたその時だった。

 

「うおっ!」

 

「わっ!?」

 

廊下の曲がり角でちゃんと前を見ていなかったせいか反対側からやって来た男子生徒とぶつかってしまった勇、彼の手から一枚のカードが零れ落ちるのを見た勇は慌ててそれを拾うと男子生徒に謝罪しながら差し出す。

 

「わ、悪い!ちゃんと前を見て無くって……」

 

「いや、それは僕もだよ。ごめんよ。あと、カード拾ってくれてありがとう」

 

小さな騎士が描かれたそのカードを受け取りながら柔和に微笑んだ男子生徒は勇にお礼を言いつつ気さくに応える。その後で、少し驚いた顔をしてから勇に質問をしてきた。

 

「もしかして君、噂の転校生じゃない?特別待遇で転入して来たって言うあの……」

 

「どの噂かは知らないが俺が転入生なのは確かだな。特別待遇と言えば特別待遇だ」

 

「……君のクラス、まだミーティングの最中じゃない?出て来ちゃって良いの?」

 

「言ったろ?特別待遇だってよ、俺は今、クラスから追い出されて酷い扱いを受けるって言う大歓迎を受けている所さ」

 

「………なんだか複雑そうな事情だね」

 

心配そうに勇を見た男子生徒は、少し考え込んだ後で勇に向かってこう言った。

 

「僕は虎牙謙哉(こがけんや)、僕で良ければ話を聞くよ。飲み物も奢るから、少し話さない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほどね。そりゃあ酷い話だ」

 

「だろ!?ったく、あいつら本当に性格悪いんだよなぁ……」

 

数分後、勇と謙哉は二人して食堂で駄弁っていた。正直、初対面の相手に色々と愚痴るのはどうかと思ったが、特に親しい友人もいない勇としてはこのモヤモヤした気持ちを聞いてくれると言う謙哉の申し出が非常にありがたく思えたのだ。

結果、こうやって先ほど自分が受けた仕打ちを謙哉に話している。誰かに聞いて貰えたことで少しだけだが胸の中のつかえがとれた気もした。

 

「悪いな。こんな愚痴に付き合わせちまってよ」

 

「良いんだよ、僕が言い出したことだしね。にしてもやっぱりA組はエリート意識が強いなぁ……」

 

「何だ?この学校全体的にそんな感じじゃないのか?」

 

謙哉のつぶやきを聞いた勇は抱いた疑問を正直にぶつける。謙哉もまた、勇のその質問に対して嫌な顔一つせずに答えてくれた。

 

「ああ、確かにこの学校はエリートとしての意識が強い人が多いけどA組は特にその傾向が顕著なんだ。なんてったって小学校から英才教育を受けている人たちの集まりだからね」

 

「うえっ!?このレベルの勉強を小学校から始めてんのか!?」

 

「うん、A組の多くは虹彩学園の付属小学校からのエスカレーター入学さ、だから人一倍エリート意識が強くって、排他的な思想を持ちやすいんだ」

 

「へぇ~…そう言う事だったのかぁ……」

 

「君に除隊勧告をした美又真美なんて幼稚園から英才教育を受けてるんだよ。その分クラスでも一目置かれてて、A組の中心人物の一人に数えられてるね」

 

「はぁ~、あの性悪強気女、言うだけあってただ者じゃないって事か」

 

色々と自分の知らない事を聞いた勇はちょっとだけA組のメンバーについて詳しくなった!……全く嬉しくないが

 

「にしても……お前変わり者だな。こんな話を進んで聞いてくれるなんてよ」

 

「あはは!丁度クラスのミーティングが早く終わって暇だったって言うのもあるんだけどね。君が酷い顔してたから、どうも気になっちゃってさ」

 

「そんなに酷い顔してたか?自分では全く自覚無いけどな……」

 

「そんな目に遭ったならショックを受けても仕方が無いよ。僕だったら泣いちゃうな」

 

「ぶはは!確かにな!ああ、俺もお前と同じクラスだったら良かったのになぁ~!」

 

「そうだね。確かに僕のクラス……D組は、A組みたいに成績は良くないけどその分皆の仲は良いかな」

 

「良いねぇ、幸せな学園生活を送れそうな環境じゃねぇの!今からでもクラス替えしてくんねぇかなぁ?」

 

冗談半分本気半分のその台詞を聞いた謙哉は大きな声で笑い始めた。勇もそれにつられて笑う。ひとしきり大笑いした二人は涙を拭きながら談笑を続けた。

 

「ありがとな。おかげで少し気持ちが楽になったよ」

 

「それは良かった。お役に立てて何よりだよ」

 

「もしこのまま帰るんだったら一緒に帰らねぇか?お前も寮暮らしだろ?」

 

「ああ、ごめん。僕はこの後ソサエティに用事があるんだ。ちょっと鍛えて行こうと思ってね」

 

「ふ~ん……んじゃ、今度は俺が付き合う番だな!」

 

謙哉の言葉を受けて椅子から立ち上がった勇はニヤリと笑うと懐からドライバーを取り出す。それを見せつける様にしながら、謙哉に向かって言った。

 

「ご覧の通りそんじょそこらの奴より役に立つぜ?お前のレベル上げに付き合わせてくれよ。ちょっとした恩返しだ」

 

「う~ん……そうだね。僕もドライバーの機能に興味があるし、是非とも手伝って貰おうかな!」

 

「良し、決まりだな!んじゃ、行くとするか!」

 

意気揚々と食堂から出て行った二人はゲートのある施設に向かう。ものの十数分前に出会った二人だがそんな事を感じさせない仲の良さを見せながら二人は歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲートの向こう側の世界、ソサエティ。虹彩学園では授業ではもちろん生徒が自主的にソサエティの攻略に向かう事を許可している。放課後、もしくは授業の空き時間にルールさえ守れば自由にゲートを行き来可能なのだ。

 

30分ほど前にソサエティにやって来た二人はさっそくエネミーを探してラグドニアの町から出ると周囲を探索し、数体の山賊ゴブリンを見つけ出した。

変身した勇と自前のカードを使って騎士を呼び出した謙哉はさっそくそのゴブリンたちに攻撃を仕掛ける。不意を突いたと言う事と元々の戦闘能力の差もあって、数分も持たずにゴブリンたちは消滅した。

 

「よし、あと少しでレベルアップだな」

 

ゲームギアを確認した謙哉が呟くのを見た勇は変身を解除して謙哉の見ている画面を覗き込む。先ほどまで謙哉が呼び出していた騎士……『見習い騎士 サガ』のカードの横に書かれているレベルを見た勇は驚きながら謙哉に声をかけた。

 

「14レベル!?マジかよ、俺のカードより10レベル以上上だぜ!?」

 

「ああ、これは低レアのカードだからね。その分レベルアップも早いんだよ」

 

「……そうなのか?」

 

「うん。ディスティニーカードには、コモン、アンコモン、レア、スーパーレア、ウルトラレア、そしてディスティニーレアと言った種類があってね。コモンが一番レア度が低くって手に入れやすいカード、逆に例外のシークレットレアを除いて一番手に入りにくいのがディスティニーレアのカードなんだ。レア度が低いカードは能力値が低い分レベルが上がりやすくって、レア度が高いカードは高い能力値や特殊能力を持っている代わりにレベルが上がりにくいんだよ」

 

「へぇ~……初めて知ったなぁ…」

 

「と言っても、僕たちD組は大したレアカードを持ってないからどれくらいの差があるかは分かってないんだけどね」

 

「いや、十分だろ!少なくともA組ではそんな話一切しなかったぞ!」

 

「あはは!それは彼らが良いカードをたくさん持ってるからだよ。元が強いカードを持ってるから、そこまでレベルの上がり方に興味が無いんじゃないかな?」

 

「なるほどなぁ……ん?そういえば謙哉、お前って他に持ってるカードは無いのか?」

 

「あ~……そうだね。僕が持ってるのはこのサガのカードだけだよ」

 

謙哉のその答えに勇は疑問を覚える。A組のメンバーはレアそうなカードを何枚も所持していたはずだ、大して謙哉が持っているのは一番レア度の低いカード一枚だけ、おかしくないだろうか?

この差は一体何なのだろうか?そう考える勇の疑問を察してか、謙哉はその答えを口にする。

 

「A組のメンバーは政府からも期待されてるんだ。だから秘密裏に開発されてたディスティニーカードを発売前から受け取ってるんだよ。僕らが持ってるカードはその余りものって所かな」

 

「うげ、そんな所にもエリート特権が出てやがんのかよ」

 

「仕方が無いよ。A組は本物のエリートの集まりなんだから多少優遇されて当然位の考えで行かないとね」

 

はははと笑いながら謙哉はサガのカードに視線を移す。暫し真剣な表情でカードを見つめた後、ボソッと一言呟いた。

 

「……それに、これで戦えないわけじゃ無い。見せてやりたいじゃないか、エリートに凡人の意地って奴をさ」

 

「謙哉……」

 

勇はその一言を聞いてほんの少しだけ虎牙謙哉と言う人間の事が分かった気がした。

柔和な笑みと朗らかな態度に隠されているが、その内面には熱い炎が燃え上がっている。エリートに負けて当然などとは考えていない。むしろそいつらを追い越すために努力を続ける負けず嫌いだ。

 

そのある種貪欲な姿勢を勇は気に入った。自分の非力さを認め、日夜努力を欠かさない謙哉にはエリートぶって自分たちが凄いと思い込んでいるA組の連中よりも何倍も好感が持てる。

静かに燃える青い炎の様な男……それが虎牙謙哉と言う男だと言う事を自分の頭の中にインプットすると、その努力を後押しするべく笑顔で声をかけた。

 

「そうだな、偉そうにあぐら掻いてるA組の奴らに思い知らせてやろうぜ、俺達だってやれば出来るって事をな!」

 

「勇……ああ!そうだね!でも、君もA組の人間じゃないのかい?」

 

「俺は実質ハブられてるからな。お前たち側の人間だよ」

 

「それもそうだね。んじゃ、協力して頑張るとしますか!」

 

軽く拳を突き合わせて意気投合する二人、このまま二人でレベル上げに勤しもうとしたがふと何処からか騒がしい音が聞こえてくることに気が付く。

その方向を見てみれば小さな村があった。謙哉が見せてくれた地図を目にした勇はその村が先ほどのA組の話し合いで出たリーザスの村である事に気が付き、少し村の様子が気になって来た。

目を凝らしてみても村の中で何が行われているのかは分からない。しかし、ちょくちょく見える顔ぶれから推察するにA組のメンバーがここに来ている事は間違いないようだった。

 

「どうする勇?ちょっと寄ってみるかい?」

 

「……そうだな。少し中の様子を見てみるか!」

 

別段A組と関わりたいわけでは無いがムーシェンの村の様子は気になる。城の中で聞いた話だとこの村では何かが起きている様だし、それを知っておいても損は無いだろう。

 

そう考えた勇は謙哉の提案に乗ってムーシェンへと足を運ぶことを決めた。幸いにも周りにエネミーの姿は無い。

善は急げと言わんばかりに二人は走ってムーシェンへと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木でできた家、点々と見える畑、あまり広くない敷地……まさにRPGの序盤の村を体現したかの様なムーシェンの村にたどり着いた勇たちはその中で動き回るA組の生徒たちを見やる。

何人かのグループに分かれて村の住民に話を聞いている彼らを見るにようやくゲームの攻略方法を理解し始めたのだろう。新しい村に着いたら情報収集は鉄板の行動だ。

 

(ま、こいつらにそれを教えたのは俺なんだけどな……)

 

自分が居なかったら未だに関所に無意味な攻撃を仕掛けていたであろうA組の面々に複雑な気持ちを抱きながらも、勇は彼らに倣い村の様子を伺う。住民たちの顔を見ていた勇はある事が気になった。

 

何と言うか村の全員が暗い表情をしているのだ、しかも疲れているようにも見える。ラクドニアの王様が言っていたエネミーに関する事件が起きている事は間違いないだろう。問題は、どんな奴が何をしでかしているかだ。

その事に関しての情報を集めようとした勇の前に良く見知った女子が現れた。

 

「勇さん!あなたもここに来てたんですね!」

 

「マリアか、まぁ、色々あってな」

 

「ここで起きている事件について調べてるんですよね?私で良ければお話しますよ!」

 

「おっ!そりゃあ助かる。んじゃ頼めるか?」

 

任せてください!と胸を張って答えたマリアは一度咳ばらいをすると勇と謙哉の二人に対して、ここムーシェンで起きているとある事件について話し始めた。

 

「……最近、この村では夜になるとエネミーたちが群れを成してやってくると言う事件が起きているんです。最初の頃は数も少なく村の男性たちが頑張って退治していたんですが、最近は敵の数も増えてもう村に人間たちにはどうしようもない事態にまでなっているようで、皆さん夜になるとおっかなびっくりしながら朝を待っているそうですよ」

 

「なるほどな、つまり襲って来るエネミーたちから村を守れば良いって訳か」

 

「はい。先ほどこの村の村長さんとお話ししてきたんですが、勇さんの言う通りどうかこの村を守って下さいとお願いされてしまいまして……」

 

「で、どうしたんだ?」

 

「光牙さんはすぐにでも引き受けようとしたんですが、真美さんが今回は防衛戦になるだろうから村の地形を理解して十分な作戦を立ててから引き受けましょうと言って、その言葉に皆さんが従った形になりました。少なくとも今日は防衛線は行わないみたいです」

 

「……やっぱ分かってんなあの性悪強気女、あいつがA組のブレーン役ってとこか」

 

「ちょっと!マリア、あんた何してんの!?」

 

噂をすれば影とやら、話しをしていた3人の所に光牙と櫂を伴って真美も姿を現した。ものすごい剣幕でマリアに近づくとその勢いのまま捲し立てる。

 

「マリア!なんでこいつに全部喋っちゃうのよ!?折角の情報アドバンテージが台無しじゃない!」

 

「で、でも、勇さんに協力して貰えばこの戦いも楽になるはずですし……」

 

「私たちはこいつとは一緒に戦わないって言ったでしょう!A組はA組だけの力でソサエティの攻略を果たすの!」

 

「で、でも……」

 

「そんな怖い顔すんなよ性悪女、まだ若いのにしわが増えるぞ」

 

真美に叱られてだんだん小さくなっていくマリアを見かねた勇が助け舟を出す。その一言に真美は怒りの矛先を勇に変えて詰め寄って来た。

 

「あんたも何でここに居るのよ!?」

 

「おいおい、俺が自主的に訓練に来ちゃいけねぇってのか?」

 

「訓練するんのは結構だけどここじゃないどこか遠い場所でやってなさいよ!んで、私たちに近づくんじゃないわよ!」

 

「……大分嫌われてるな、俺」

 

「むしろどこか好かれる要素があるって言うの?」

 

「まぁまぁ、もう良いじゃないか真美」

 

一向に怒りが収まらない真美を見かねた光牙が彼女を窘める。真美と勇の間に割って入った光牙は、そのまま勇に向き直ると彼を真っ直ぐに見て話し始めた。

 

「龍堂くん、マリアから事情を聞いたと言うのなら話が早い。君も俺たちと一緒に戦ってくれないか?」

 

「駄目よ!絶対!」

 

「……聞いたか?俺が乗り気でもお仲間は断固反対みたいだぜ?」

 

「真美!どうして君はそんなに……」

 

「良い光牙?こいつは私たちにとってイレギュラーな存在なの。一緒に戦うとなるとどんな不確定要素をもたらすか分からない。私はそれを排除したいのよ」

 

「……つーわけだ、俺はこの件には関わらない方が良さそうだからそうさせて貰うよ。ま、頑張ってくれや」

 

「あ、龍堂くん!」

 

話し合いに自分が関わると碌な事にならないと判断した勇はそう言い残すとその場から去って行く。自分を呼び止める光牙の声も無視して歩を進める勇の背中を見た謙哉は、真美を見た後、不思議そうに呟いた。

 

「あのさ……君、何をそんなに怖がってるの?」

 

「…っっ!?」

 

謙哉のその一言に珍しく動揺を見せた真美を一瞥した後、謙哉もまた勇の後を追ってムーシェンの村を後にする。その場に残された光牙たち4人は黙ってその背中を見る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ……あの馬鹿どもは人の気も知らないで好き勝手言ってくれちゃって……!」

 

その日の夜、寮の自室の窓際で風呂上がりの火照った体を覚ますために夜風に当たりながら真美は呟く。どこか苦々し気な含みを持ったその一言は誰の耳にも届かないまま夜の闇へと消えて行った。

 

(……光牙も光牙よ。あのぼんくらの事を高く評価するのは良いけど、その結果起きる事態って物を考えなさいよね!)

 

自分の支える勇者への不満を思い浮かべながら彼女が心配するのはあの転入生の事だ、彼の存在は光牙の地位を揺るがしかねない。

勇の実力は実際目の当たりにした自分もよく理解している。協力すればかなりの戦力になってくれるはずだ。

 

しかし、それは今のA組の関係性を崩壊させかねない諸刃の剣でもある。

 

2-Aの中心は光牙だ、幼稚園から英才教育を受け続け、世界を救うと言う目的意識の高い光牙は正にリーダーとしてうってつけの存在だ。高い資質、性格も相まって彼を中心としたグループはいくつも出来上がって来た。

A組もその一つだ、光牙と言う絶対的な存在を勇者としてトップに置くことで潤滑なコミュニケーションや作戦の実行が行えてきたのだ。故に、光牙はこれからもリーダーとして君臨し続けなければならない。光牙に匹敵する人物がいないのであれば、それは光牙に課せられた運命と言ったものであろう。

 

しかし、光牙が勇者としてソサエティを攻略し始めた今になって彼と同等……いや、それ以上の力を持つ男、勇が現れてしまった。

高い戦闘能力と状況判断力、そして自分たちとは違うものの見方が出来る洞察力、光牙とはタイプは違えど彼もまたリーダーとしての高い資質を持っている。

 

もしあのまま勇をA組の戦力として扱い続けていたらどうなっていたか?恐らく、A組は二つの派閥に分かれる事になっていただろう。光牙をトップとする派閥と勇をトップとする派閥……どちらが優れたリーダーとしてA組を牽引するかを決めるべく、本人たちの意思も無視して派閥員同士の争いが生まれていたはずだ。そうなってしまったらソサエティの攻略どころではない。

それに最悪の場合、勇が光牙に取って代わってリーダーとなる可能性もある。そうなった時、光牙は今までの地位を失いただの下っ端へと身を落とす事になるのだ。あの優秀な力を持つ光牙が、ぽっと出の男に負けて、リーダーから転落する……真美が最も恐れている事はそれであった。

 

太陽は二つもいらない。勇者は一人で十分だ。故に彼女は勇を全力でA組の攻略部隊から排除する。すべては光牙の地位と栄誉を完璧なものにするため………そのためならば、彼女はどれほど他人に憎まれたって構わない。

世界の安寧よりも光牙が英雄として生きられる事を優先した真美はきっとどこかおかしいのだろう。だが、彼女にとって光牙が頂点に立たない世界など何の価値も意味も持たない物である。

 

(光牙……私が守ってあげる。私が、あなたを世界を救う勇者にしてあげるわ、絶対に……!)

 

歪んだ、しかし真っ直ぐな献身を誓う彼女は夜の空に煌く星々を見ながらそう誓ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、今日はどうするかな?」

 

翌日の午後、今日はソサエティの攻略に授業時間が割り当てられている。しかし、勇はあまりその事に乗り気ではなかった。

当然昨日の事が後を引いている訳だが、別段勇は攻略部隊として活躍できないのが悲しい訳では無い。むしろ厄介事から逃れられてせいせいしている部分もある。

悔しくないとは言えないが、そこまで気にすることではない。無論A組の連中を手助けするつもりは無いが、勇の中では昨日の一件はその辺の位置づけで収められていた。

 

(真面目にレベル上げでもしておくか?まーた戦いに巻き込まれるかもしれねぇしな……)

 

自分は戦いの力を持っている。このドライバーがある限り戦いから逃れる事は出来ないだろう。ならば、その為の力を磨いておいた方が良い。

そう考えた勇は今日は謙哉に倣ってレベル上げに勤しもうと決心した。出来れば謙哉も呼んで二人で行動できれば良いなと思っていた勇だったが、その目の前に謙哉が姿を現したのを見て午後の活動を一緒にしようと誘おうとしたが……

 

「勇、ちょっと頼みがあるんだ」

 

「……な、なんだ?」

 

予想外に真面目な顔をして自分を見る謙哉に気圧されて誘いの言葉を飲み込む勇、自分の話に勇が乗って来た事を確認した謙哉は少し考えた後でその頼みを口にした。

 

「……僕たちの用心棒としてムーシェンの村に来てくれないかい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、なんでお前がここに居るんだよ?この件には関わらないんじゃなかったのか?」

 

数十分後、勇はムーシェンの村に居た。到着と同時に不機嫌そうな顔をした櫂に詰め寄られ遠回しに出ていく様に言われるも、勇はその言葉を無視して村の中へと歩いて行った。

 

「おい!無視すんじゃねぇ!なんでここに来やがったかちゃんと理由を言え!」

 

「お前に話すよりかあの性悪女に話した方がはえぇ、同じことを二回も説明するのは手間だからな」

 

「ふざけるな!理由を話さねぇってんならこの先には行かせねぇ!」

 

「おいおい、別にお前の許可なんか必要ねぇだろ?どうしても理由が知りたいってんならそいつから聞けよ」

 

「そいつだと?一体、誰の事……?」

 

勇が指さした先を見た櫂は点々と散らばる生徒たちの姿を目にして、勇が一体誰の事を指しているのかを本人に聞こうと振り返る。しかし………

 

振り返った先に勇はおらず、地面に大きく『バカ』の文字が書かれているのを見た櫂は自分が見事に一杯食わされたのだと言う事を理解した後、大声で叫んだ

 

「あの……クソ野郎がーーっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と言う訳だ、俺たちもA組だけに攻略を任せる訳にはいかない。この戦闘には各クラスから立候補した有志のメンバーも加えて貰おう」

 

「あなたたちの意見は分かったわ、でも、それを許可するわけにはいかないわね」

 

「何故だ!?A組は戦果を独占するつもりなのか!?」

 

「勘違いしないで、私たちがあなたたちの介入を許可しない理由は単純にあなたたちが弱いからよ。A組のメンバーと違ってまともなカードも持っていないあなたたちに今回の作戦は荷が重すぎるわ。しかも各クラスごとの混成チームじゃ連携もあったもんじゃない。それで私たちに迷惑をかけられても困るのよ」

 

村の中の一件の空き家、光牙たちA組のメンバーが作戦拠点として使っているその家の中では真美と数名の生徒たちが話し合いをしていた。

集まった生徒たちの代表と思われる眼鏡をかけたB組の男子生徒が自分たちの総意を真美に対して伝えるも彼女はそれを切って捨てた。なおも反論する生徒たちの様子を光牙とマリアは黙って見ている。

 

ムーシェン防衛戦の戦力に自分たちも加えて欲しい、それが集まった生徒たちの要求内容であった。彼らの要求は当然の事だろう。エリートのA組には劣るとは言え自分たちも虹彩学園の誇るソサエティ攻略チームの一員なのだ、この重要そうな作戦に参加したいと思う気持ちは誰しもあるはずだ。

だがしかし、その意見を足手まといになると言う理由で却下する真美、彼女の中ではこの作戦はA組だけで決行する事になっている様だ。

 

確かに人手は欲しい。しかし、この戦いをA組だけでクリアする事が出来たなら結果として大きなメリットが沢山あると言う事を彼女は理解していた。

 

まず第一にA組の周りからの印象が強固なものになると言う事、攻略最前線部隊として知名度を上げればその分学内での力は強まる。命の様な政府関係者からも更なる協力が得られるかもしれない。

 

第二に得られる経験値を独占できると言う事、再序盤のイベントとは言えこの戦いは今まで起こしてきた小さな戦いとは桁違いの大きな戦いになるだろう。何と言っても村一つが戦場になるのだ、その分、現れる敵も多くなると考えられる。

その敵たちが落とす経験値を全てA組で独占できたなら、それはA組全体の戦力の増強に繋がる。発売前に複数のレアカードを入手すると言うスタートダッシュを切ったA組がここでレベリングまでこなす事が出来たなら、それは他のクラス……もっと言うなら日本全国にあるソサエティの攻略部隊育成学校の生徒たちと大きな差を付けられることになる。上手く行けば自分たちは日本のソサエティ攻略部隊の中心になるかもしれないのだ。それが第三の理由である。

 

学校内外へのアピール、戦力の増強、これから先の覇権、以上三つのメリットを真美は独占したいと思っていた。無論、その為にはこの戦いをA組だけで乗り越える必要があるが彼女はそれは可能な事であると思っている。

今までの訓練、徹底した連携、そして練りに練った作戦……それらすべてが合わさればこの戦いをきっと乗り越えられると真美は信じていた。

 

(……絶対にこの作戦を邪魔される訳にはいかない。この作戦を上手くこなせれば、光牙は世界の勇者に大きく近づくのよ…!)

 

向けられる反論を切って捨て、相手の意見を否定する。すべては光牙が世界に認められる為に……

かくして明晰な彼女を前に徐々に意見が出なくなったクラス連合の生徒たちは諦めムードに入って行くが、そんな中一人の生徒が手を挙げて発言した。

 

「……美又さん、君は僕たちが弱いからこの作戦に参加させたくないって事なんだよね?じゃあ、僕たちが強くなったら許可を出してくれるの?」

 

「ええ、勿論よ虎牙くん。でも作戦は1時間後に決行するわ。今更頑張った所で遅いんじゃなくて?」

 

「ああ、そうだね。君の言う通り、今からレベルを上げに行くことも新たなカードを入手することも絶望的に不可能だ、だから……」

 

真美に意見した生徒…謙哉はそう言うとにっこりと笑う。自分が聞きたかった言葉は引き出せた。まぁ、真美の立場を考えるとどう足掻いたって「自分たちが強くなれば作戦に参加することを許可する」と言わざるを得ないのだ

その一言があれば十分だ、自分の思い描くシナリオの通りに事が運んでいる事を喜びながら、謙哉はドアの方を見る。謙哉の発言を待っていたかの様に開いたドアの前に立っていたのは、先ほど櫂のガードを突破して来た勇であった。

 

「だから僕たちは新しい戦力を加える事にしたよ。ドライバ所有者の龍堂勇、彼を僕たち混合チームの一員として迎え入れた。これで十分この戦いを乗り越えられるだけの戦力は整ったんじゃないかな?」

 

「……ちっ」

 

誰にも聞こえない位の大きさで真美は舌打ちをする。この謙哉の意見を退ける方法が自分にはない事が分かっているからだ。

 

光牙と櫂と言うドライバ所有者を戦力の中心として起用している以上、真美はドライバーを強力な兵器として認識していると言う事になる。その上で、勇は昨日6体のエネミーをたった一人で撃破して見せた。

そんな勇を強力な戦力として認めないわけにはいかない。そんな彼を仲間に加えた以上、混合チームには十分な戦力が入ったと認識しなくてはならない事も真美は分かっている。

 

ここから先に謙哉が何を言うかも分かっている。しかし、一応真美は形式上言わなくてはならない言葉を口にした。

 

「確かにドライバーを持つ龍堂を仲間に引き入れたのは大きいわ、でも、それでも混成チームとして連携が取れてないのは確かじゃない?」

 

「その問題もクリアしたよ。僕たちはこの戦いの間、すべて勇の指示に従う。勇はエネミーとの戦いも多く経験してるし、何より僕たちの中で一番強い。リーダーとして扱うのは当然の事でしょ?」

 

「……それは皆の総意なの?」

 

「多数決するかい?少なくとも、ここに居るメンバーの中で勇に従わない人間はいないと思うよ。そうしないと作戦に参加できないのはわかりきった事だからさ」

 

「……そうね。でも、それでも不安が残るわ」

 

「だったら、僕たちと美又さんたちでチームを分ければ良い。今回の防衛戦、区域を二つに分けて一つをA組が、もう一つが僕たち混成チームが守るようにするんだ。具体的には、中央にある村長の家を拠点にして東をA組が、西を混成チームが守るようにする。お互いをフォロー出来る状況にしつつ、戦線は独立した形を取ればA組にも迷惑をかける可能性は小さくなると思うんだけどな」

 

「……そうね。その通りね」

 

戦力の追加、リーダーの決定、作戦地域の分譲……勇が現れてからここまで話された内容は真美の予想通りであった。

謙哉は、真美が反論できず、かつ彼女が自分の思惑を達成するために譲歩できるぎりぎりのラインを狙って策を練って来たのだ。

 

この謙哉の意見に乗っかった場合、真美の目的は7割方達成される。本当に目指した成果より得られるものは減るが、それでも多くの物を手に入れられるだろう。

しかも、正直な話A組だけで戦うよりも作戦の成功確率は高い。十分メリットのある話だ。

 

ではこの話を蹴った場合はどうなるか?最大限の譲歩策を否定するだけの材料を今の真美は持っていない。どうしても認めたくないのであれば理由なしでA組だけで作戦を行うと言う意見をごり押すしかないだろう。

しかし、そうなったら混合チームは黙っていない。そちらが我を通すのであれば自分たちもと勝手に作戦に参加してくるだろう。そうなったら最期、この作戦で得られるはずだったメリットは雲散霧消する。

 

勇を仲間に引き入れられた時点で真美の負けは決定していたのだ、心の中で深くため息を吐きながら真美は謙哉を睨みつける。

 

(……こいつ、油断ならないわね)

 

真美の思惑を理解した上で自分たちの望みを達成する方法を見つけ出してきた謙哉の頭脳に警戒心を抱く真美、今回自分が犯してしまったミスは光牙を立てる為に勇を攻略チームから追放してしまったことだ、それが無ければ謙哉は勇を仲間に引き入れる事は出来なかった。取捨選択によって生まれたA組のデメリットを謙哉は的確に突いて来たのだ。

 

今は良い、謙哉には特筆すべき大きな力は無い。だからA組に歯向かうためには勇の様な強い力を持った仲間が必要になる。

だがもし彼が大きな力……例えば、ギアドライバーを手に入れたとしたら?その上で勇と手を組んだらどうなるか?

 

間違いなく強大な敵になる。同じソサエティを攻略する仲間であると同時に、自分の思惑を邪魔するライバルとして立ちはだかる可能性が高くなるのだ

真美は、そうなってしまう可能性を潰すための策をこの戦いが終わったら考えなくてはならないと確信した。

 

「……じゃあ、僕たちもこの戦いに参加させて貰うよ。よろしくね、美又さん」

 

「ええ、こちらこそよろしくね」

 

笑顔の裏で静かに謙哉に敵意を向ける真美、一刻も早くこの油断ならない男を消さなくてはならない。この男が力をつける前にだ

勇と一緒に部屋を出ていく謙哉の背中を見ながら、真美は再びその決心を固くした。

 

彼女は正しかった。誰よりも油断ならない男として謙哉を意識した事も、彼を強力な攻略チームの一員となる前に排除すると言う決心をしたこともだ

しかし、彼女はその思いを抱くには遅すぎた。今となってはどうしようも無い事だが、彼女は『勇と謙哉が出会う前に』どちらかに対して何か手を打たなければならなかったのだ。

まぁ、それが分かっていた所で彼女に何が出来たかと言われれば返答には困る。しかしながら、彼女は遅すぎた。故に、彼女が恐れていた事態は現実のものとなるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「策士だな、謙哉。まさかあの性悪女に一杯食わせるたぁな」

 

話し合いが終わった後、作戦拠点の家から出た勇はそう謙哉に話しかける。純粋な褒め言葉として言ったつもりだったのだが、その言葉を聞いた謙哉は何故か泣きそうな顔をして振り返るとその場にへたり込みながら情けない声を出した。

 

「そんな事言わないでよ……僕は美又さんの妥協せざるを得ないラインを突いて話を進めた訳であって、彼女を完全に納得させられたわけじゃないんだからさ」

 

「いいじゃねえか、あの女に俺たちの介入を認めさせた事はお前の手柄だろ?」

 

「そうかもしれないけど、それ以上に今回は美又さんがミスを犯した事が大きいよ。彼女が勇を追放しなければ僕は君を味方に引き入れられなかったんだからさ。だから、僕は彼女の失敗を突く形で今回の権利をもぎ取った訳なんだけど……絶対怒ってるよなぁ、美又さん。目の敵にされたらどうしよう…?」

 

先ほどまで強気で自分の要求を話していた男とは思えない様子で謙哉はがっくりと項垂れる。そんな彼の様子がおかしくてついつい笑ってしまった勇だったが、この後の戦いで自分が背負わなければならない責任を思い出して気を引き締める。

何と言っても、勇は数十名の生徒たちから成る混成チームを指揮しなければならないのだ、ぶっつけ本番で戦いになるかどうかは勇の指示にかかっている。その事を意識しながら、勇は自分の考えを謙哉に話してみた。

 

「謙哉、俺はこの戦いは戦力を集中させた方が良いと思っている。最初から中央付近に全員で陣取って最終防衛ラインを皆で守る形を取りたいんだが、それで良いと思うか?」

 

「僕もそれで良いと思うよ。広い範囲を守るとするとどうしても連携が必要になってくる。初対面の人間が多いこの混成チームじゃ綿密な連携はとてもじゃないけど無理だ。だったら、数で守って皆でフォロー出来る様にお互い近くで戦った方が良い。皆が集まっている方が勇の指示も通りやすいしね」

 

「お前にそう言って貰えて良かったよ。んじゃ、この作戦で行くか!」

 

「……当然、僕も出来る限りの援護はさせて貰うつもりだ。でも、このカード一枚で十分な活躍が出来るとは思えない。リーダーとしても戦力としても君に頼りっぱなしになると思う。申し訳なく思うけれど、どうか成し遂げて欲しいんだ」

 

「ま、俺に任せとけよ。一応それなりの考えと準備はしてきたからな」

 

勇はそう笑いながら言うと謙哉に手を差し出す。その手を黙って握った謙哉は固く勇と握手をすると、お互いに作戦を成功させようと無言で誓い合った。

 

「……さて、んじゃチームの皆と作戦会議と行きますかね!」

 

「そうだね。……ところでなんだけどさ」

 

「あ?何だよ?」

 

「そのバッグの中、何が入ってるの?今、必要な物?」

 

謙哉が指さしたのは勇がここに来る際に持ってきていたバッグだった。勉強用の道具などならば学園に置いてくれば良いものをここにまで持ってくるのだから何か大事な物なのかと謙哉は思ったわけである。

その質問に対して勇は軽く考えた後で

 

「まぁ、一応の保険みたいなもんだな」

 

とだけ答え、混成チームの生徒たちが待つ場所へと歩いて行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから一時間後、予定通りに作戦が行われようとしているムーシェンの村の中では真美が作戦の段取りを確認している。

光牙は村長の所へ行き、作戦の開始を告げる役目を担っているためここには居ない。それぞれの役目をこなす二人の姿を見ながら、櫂とマリアも作戦に備えていた。

 

「……初めての大規模な戦闘ですね。何事も無く終わればいいのですけれど」

 

「大丈夫だ、真美の考えた作戦に穴は無い。俺たちも力量は十分なはずだ。問題があるとすれば横やりを入れて来た他のクラスの連中とあの転校生位のもんだろ」

 

「おーおー、言ってくれんじゃねぇか。俺たちはどこぞの脳筋馬鹿がヘマしないか心配だがね」

 

話し合う二人の横から他クラスの生徒たちを伴ってやって来た勇たちが口を挟む。一気に不機嫌な表情になった櫂は一度だけ勇を睨みつけた後、黙ってその場から去ってしまった。

 

「……自分から俺の事を追い出したくせに俺が好きに行動すると不機嫌になるなんて、どういう神経してんだよあいつは?」

 

「まぁまぁ、彼も気が立ってるんだよ。流してあげようじゃないか」

 

ぶーたれる勇とそれを宥める謙哉、良好な関係を見せる二人はほど良い緊張感を持ってこの戦いに挑もうとしていた。

気負いすぎず、されど気楽にもならず。エリートならではのプレッシャーを抱えて戦いに臨むA組と違って混成チームの生徒たちの表情には余裕がある。発破をかけずやれることをやると言う方向性のリーダーシップを発揮した勇のおかげでチームのコンディションは最高に近いものになっていた。

 

「勇さん、こんなことを言えば真美さんから怒られてしまうかもしれませんが、私はあなたと一緒に戦えて嬉しいです。出来る事ならあなたの背を守りたいとも思っていましたが、残念ながらそれは出来そうに無いですね」

 

「A組の中でそんな事を言ってくれるのはお前位のもんだよ。ありがとな、マリア」

 

「どうかご武運を、そしてあなたに神のご加護がありますように……」

 

握手の後で目を閉じて祈りの言葉を口にしたマリアも自分の持ち場に着く、勇もまた軽く息を整えた後で自分をリーダーとして担ぎ上げた仲間たちに威勢よく声をかける。

 

「よっしゃ!こっからが正念場だ、A組の奴らに凡骨の意地ってもんを見せつけてやろうぜ!」

 

「おおーーっ!」

 

景気よく返って来た返事を耳にしながら勇もまた戦いへの覚悟を決めて前を見る。守るのは中央にある村長の家とその中に集まる村の人々、敵の数はどれくらいかは分からないが相当多い数だろう。

激戦は必至、自分の責任も重大。しかしながら少しばかり心が躍っているのも確かだ。

 

今は自分の出来る事をやるだけだ。そう決めた勇は的確に指示を出し仲間たちに戦いの準備を整えさせる。急場しのぎのフォーメーションも何もない陣形、されど今の自分たちが出来る最大限の戦いへの構え

 

A組、混成チーム、互いに戦いの準備が整った事を確認した真美が手を挙げると光牙がドアを開けて村長の家から出て来た。どうやら彼は戦いの開始を村長に告げた様だ。

その瞬間、周りの光景に異変が生じ始める。夕焼けが眩しかった空がみるみるうちに暗く染まり、村の中には篝火が燃え始めた。

 

魔物たちがやってくると言われた時間、夜に時間が切り替わったのだ。暗く視界が思うように取れない中でそれは始まった。

 

ザッ、ザッ、ザッ、ザッ………!

 

何かが近づいてくる音、一つや二つのものでは無い大量の足音が自分たちに近づいて来る。緊張が一同を包む中、姿を現したのは黒光りする昆虫の様なエネミーだった。

エネミーたちは群れを成してムーシェンの村へ襲い来る。その数は到底数え切れるものでは無い。東と西、ムーシェンを挟み撃ちにするように迫りくる敵の影を見た勇、光牙、櫂の三人はドライバーを装着するとカードを手に取った。

 

「変身っ!」

 

<ディスティニー!チェンジ ザ ディスティニー!>

 

<ブレイバー! ユー アー 主人公!>

 

<ウォーリア! 能筋! 能筋! NO KING!>

 

一斉にカードを読み取らせて装甲を展開する三人は仮面の騎士へと姿を変える。そして、それぞれが陣営の先頭に立つと、目の前に迫りくるエネミーたちに向かって声を張り上げながら突撃していった。

 

「各員、戦闘開始!」

 

真美のその声を合図に後ろに控える生徒たちもカードを使ってエネミーとの戦いに身を投じて行く。ここにムーシェン防衛戦の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<運命剣 ディスティニーソード!>

 

「行くぜっ!」

 

ディスティニーソードを呼び出した勇は勢いをつけて振りかぶった剣を思いっきりエネミーへと叩きつける。その鋭い一撃を受けて倒れ込んだ一体を踏みつけて一歩踏み込んだ勇は再びディスティニーソードを振るった。

 

敵の集団に対する単騎での攻撃、襲い掛かるエネミーの勢いを削いでから自軍とぶつかる様にしようと言う勇の最初の作戦である。

その目論見通り数体の敵を足止めするやいなやエネミーのたちの進軍スピードは目に見えて遅くなった。これならば最初のぶつかり合いでこっちが有利になれる。

 

後ろを振り返れば混成チームの生徒たちがそれぞれカードを使って戦士やモンスターを呼び出したり、あるいは武器を手にして敵を迎え撃つ準備を完成させている。それを確認した勇は目の前の敵を蹴り飛ばすと大きく後ろに無向かってジャンプした。

 

「来るぞっ!全員、迎撃準備!」

 

わらわらとやってくるエネミーを迎え撃つ生徒たち、ある者は手に持った剣でエネミーを切り倒し、またある者は呼び出した怪物にエネミーを攻撃させる。集団で束になって一体の敵を屠る戦略は謙哉が提案したものだ。

 

勇たち混成チームはチームワークと言う点では未熟だ、しかし隣り合って戦う者同士で連携が取れないほど拙い生徒は居ない。常に複数で一体の敵を倒す事を意識して立ち回る事で被害の収縮と確実な勝利を求めた安全策だ。

しかし、勿論その作戦が完璧に上手く行くとは限らない。望まずして1対1の状況に陥ってしまう者もいるだろう。今、そうなってしまった一人の生徒がエネミーに首を掴まれて持ち上げられている所であった。

 

「うわぁぁぁぁっ!」

 

鋭い爪を光らせてその生徒を攻撃しようとするエネミー、だが、間一髪でその攻撃を中断させるべく勇が剣を振るう。

 

「おらぁっ!」

 

生徒を掴む腕を切り払うとそのダメージを受けたエネミーはたまらずその手を放した。一度、二度と斬撃を喰らわせて距離を取ると、地面に転がっているその生徒を助け起こす勇

 

「大丈夫か!?」

 

「あ、あぁ……すまない、助かったよ」

 

「無理はするなよ。絶対に多対一を狙え!」

 

そう忠告した勇は再び危機に陥っている生徒の元に駆けつけてはエネミーを蹴散らしていく、一撃離脱を繰り返して敵の攻めの姿勢を崩す事を続ける勇、それこそがこのチームの戦闘の要であった。

 

勇と謙哉はドライバーの力を主力として戦うのではなく、周りをフォローするために使う事を決めた。つまり、あくまで戦闘の中心は数多の生徒たちが引き受け、勇はピンチに陥った生徒たちを救う為に存在する用心棒としての位置付けを心掛けたのである。

こうすることにより殲滅力は消えるが戦線の維持が容易くなる。多対一での各個撃破とそれをフォローする遊撃部隊と言う組み合わせは防衛線において最適な組み合わせだ。

 

「はっ!てやぁっ!」

 

今また敵の体勢を崩した勇がその場を後にすると、やって来た数名の生徒が体勢を立て直したエネミーと相対する。壊れかけた戦線を復活させるための時間稼ぎを続ける勇は正に縁の下の力持ちである。

戦闘範囲を狭める事で可能になったこの戦法を続ける混成チーム、対してA組の戦略は正に王道を行くものであった。

 

「情報出ました!名称『アーミーワスプ』、昆虫型エネミーです!弱点は火!」

 

「了解!火属性の攻撃が使える人はそれで攻撃を!他は光牙と櫂の援護に集中して!」

 

「防御カード使います!消耗した人は休息を!」

 

慌ただしく情報をやり取りしながら戦闘を続けるA組の生徒たち、戦いの中心に居るのは光牙と櫂の両名だ

数体のアーミーワスプを相手取りながら戦闘を続ける二人、櫂は「怪力戦士 ガイ」の専用武器である「グレートアクス」を手に敵を切り裂く

 

<パワフル!>

 

「うおおおっっっ!!」

 

攻撃を強化するカードを使用した櫂はグレートアクスを薙ぎ払い自分の前に居る数体の敵をまとめて打ち倒す。そのまま次にやって来た敵を左手で掴むと振り回して遠くに投げ捨てた。

 

「がっはっは!もっとかかってこいやぁっ!」

 

周りに居る生徒たちからの援護を受けつつ戦う櫂はそう言ってエネミーを挑発する。その言葉が通じたかどうかは分からないが、数体のアーミーワスプが櫂を倒すべく飛び掛かって行った。

 

「総員、連携を取って戦闘を!危険な時は俺たちの傍から離れないで!」

 

光牙は自分を援護する生徒たちにそう告げると自分もまた大量に居るエネミーへと躍り掛かって行く、エクスカリバーを振るい敵を薙ぎ倒し、後ろから飛んでくる味方の援護を受けて敵を敵を撃破していく

 

「負傷した者は回復部隊に治療してもらう事!防衛隊は防衛ラインと回復部隊の防御を忘れない様に!」

 

「はいっ!」

 

真美は戦場を見ながら巧みに指示を送る。溢れかえる情報を整理し、その場で最適な戦略を選ぶことは相当に困難な事だ。

しかし、真美はそれを続けていた。自分に課せられた役目を全うする事がこの戦いの勝利へと繋がるからだ。

 

A組の戦略は「中央突破」、戦力の中心となる光牙と櫂の二人を全力で支援しつつ、最低限のサポート部隊で防衛、および回復を担う。

優秀なチームワークを誇るA組だからこそ出来るこの戦法は高い殲滅力と安定性を両立している。攻防問わず使えるこの陣形はA組にとっての基本戦略だ

 

ここまでの戦いでは双方苦戦することなく襲い来るエネミーを撃破している。しかし、やはりと言うべきかA組の方が敵を倒すスピードが速いようだ。

 

「敵の数が減ってきている!もう少しだ!」

 

光牙のその声にA組の生徒たちは全戦力を持って応える。次々と敵を撃破していった彼らは、やがて数体のアーミーワスプを伴って現れた上級エネミーと相対した。

 

「来たなボス級!皆、ここからは手筈通りに動けよ!」

 

A組の面々は現れたボス格の敵、『ソルジャーワスプ』に対して予定していた行動を取る。敵の周りに居る取り巻きを攻撃するとボスから引き剥がしてソルジャーワスプを単独で行動させるようにし、その前に光牙を送り出す。

エクスカリバーを構えた光牙は仮面の下で敵を睨むと、勢いよく駆け出して攻撃を仕掛けて行った。

 

「てやぁぁぁっ!」

 

「ギイイィッ!」

 

光牙が繰り出す剣戟をソルジャーワスプは右腕に付いている鋭い針の様な部分で受ける。ソルジャーワスプが剣を弾き、鋭い右の突きを繰り出せば、その一撃は針での強力な一撃になる。

何とかその一撃を躱した光牙は慎重に相手に仕掛ける隙を見つけ出そうとする。自分の方がリーチが長く、強力な一撃を繰り出せるだろう。しかし、相手の方がコンパクトに鋭い一撃を連続して放てる。

 

隙を見せて一撃を貰えば、その攻撃は一撃では済まない。畳みかける様に繰り出される連撃が瞬く間に自分の体力を奪っていくだろう。

攻撃を仕掛けるタイミングを間違えば待っているのは容赦のない反撃だ、光牙は剣を握りしめて守りを重視する姿勢を取った。

 

「光牙ぁ!雑魚は俺に任せとけ!」

 

「ああ、頼りにしてるよ!」

 

櫂の一言に感謝の意を示しつつ目の前の敵に集中する。ここで易々と負けるわけにはいかない。これから先、何回も繰り返さなければならない戦いの第一戦を勝利で飾らないと、自分は世界を救う事なんかできやしないだろう。

 

(落ち着け……大丈夫、きっと勝てるはずだ…!)

 

思い重圧を感じながらも、光牙の目には確かな光が灯っていたのであった。

 

一方、混成チームの中で戦い続ける勇の前にも左腕に針を付けたソルジャーワスプが迫っていた。

片手間で戦う事の出来ない中、強敵の出現に体を強張らせる勇、まだアーミーワスプの軍勢を蹴散らしきっては居ない。このまま自分が援護の役目を放棄すれば徐々に自軍は劣勢になって行くだろう。

非常に難しいが、勇はソルジャーワスプの相手をしつつ味方の援護をこなさなければならないのだ、目の前の敵だけに集中できないこの戦いは厳しい物になるだろう。しかし、それでもやらねばならない。自分はこのチームの皆の命を預かる身なのだから……

 

(……きっついな、こりゃ)

 

今現在、混成チームの戦力は大分削がれていた。戦いが始まったころと比べて負傷者や使役するモンスターが全滅して戦えなくなってしまった者が多く出ているのだ。

これに加えて強力なボス格モンスターの登場とくれば状況は最悪のものとなりかねない。全滅の可能性だってあるのだ。

 

無論、勇だってそうならない様にするための策は用意してある。非常に問題のある一手だが、必ずやこの状況を打破する事が出来るだろう。

目の前のアーミーワスプを切り捨てた勇は今自分が助けた生徒に向かって何やら指示を送る。勇の言葉を受けた生徒は、すぐさまその場からどこかに向かって走って行った。

 

「勇っ!後ろだっ!」

 

謙哉の声に振り返ってみれば、ソルジャーワスプが自分目がけて飛び掛かってくるのが見えた。何とかその一撃を剣で防ぐ勇だったが、その背をさらにアーミーワスプの軍勢が狙う。

 

「くそっ!させるかっ!」

 

謙哉が自分の操るサガに指示を送ると、サガはアーミーワスプの軍勢の中に飛び込んで剣を振るう。一体目の胸をその小さな剣で切り裂き、二体目の肩に剣を突き刺して時間を稼ぐ。

しかし元々の能力が低い事と数の差もあってか、三体目のアーミーワスプに反撃に遭うと最後の攻撃とばかりに繰り出した一撃で相手を道連れにしつつ、サガは光の粒へと還っていってしまった。

 

「サガっ!!」

 

自身の相棒が消え去った事にショックを受けながらも再びサガを呼び出そうとする謙哉、しかし、ゲームギアにカードを通しても何の反応も無い。一度倒されてしまったキャラクターやモンスターは一定の時間を置かないと復活しないのだ。

戦う術を無くしてしまった事に歯痒さを覚えながら謙哉は今の状況を整理する。徐々に減っている戦力、現れたボス格のエネミー、どうとっても状況は最悪だ。

 

この状況を打破するのに最善の策は、A組の力を借りる事だ。プライドや維持などは放っておいて、今はこの危機的状況を乗り越える事が最優先事項だ。なれば余力のあるA組に手助けしてもらう事が一番良い。

運良く櫂はアーミーワスプを蹴散らしてその全てを倒し切ったところだ、彼に援護を頼めばきっと……

 

「グギギギギギッ!」

 

謙哉がそこまで考えた時だった。ムーシェンに奇妙な虫の鳴き声が響き渡ったかと思うと、村の中心に新たなる敵影が現れたのだ。

先ほど現れたソルジャーワスプよりも固そうな装甲、両腕に取り付けられた鋭い針、大きな体……その姿を見た生徒たちは、こいつこそがこのムーシェン防衛戦のボスであると言う事に気が付く。

 

モンスター名『ジェネラルワスプ』、兵隊と兵士を纏め上げる将軍としての役目を持ったこのエネミーはワスプ系モンスターの中でも高い戦闘能力を持っている。

両腕に付いた針は強力な武器として固い岩や他のモンスターの毛皮、甲殻を打ち抜きダメージを与える。数多くの戦いを潜り抜けた者だけに生える両腕の針は、彼が強者であることの証明でもあるのだ。

 

「あいつがボスか、おもしれぇ!光牙、あいつは俺が貰うぜっ!」

 

ソルジャーワスプと戦いを繰り広げる勇と光牙に代わってジェネラルワスプに戦いを挑んだのは櫂だ、グレートアクスを振りかざし果敢に攻撃を仕掛ける。

 

「ギギィッ!」

 

短く、そして鋭く鳴いたジェネラルワスプはその場から飛び退いて櫂の攻撃を避ける。着地した彼はボクシングのファイティングポーズの様な構えを取ると櫂に対して目にも留まらぬラッシュを仕掛けて来た。

 

「ぐっ、うおっ!」

 

その攻撃を受けながらも斧を振る櫂、しかし、ジェネラルワスプの素早い動きに翻弄されて攻撃は当たりもしない。

パワフルな重い一撃を放つことを得意とする櫂にとって、素早い動きで的を絞らせない相手と言うのは非常に相性が悪い。良いように翻弄されて攻撃を受け続けるのがオチである。

やがてジェネラルワスプは櫂を大きく振りかぶって放った突きで吹き飛ばすと、拳を前に構えて一気に走り出した。

 

<ジェネラルワスプ の 必殺技だ!>

 

「う、うおぉぉぉっっ!?」

 

針を光らせながら自分目がけて突き進んでくるジェネラルワスプ、櫂はとっさにグレートアクスを前に出すと、繰り出された突きをそこで受ける。

鋭いラッシュが目にも留まらぬスピードで繰り出され、巨大な針が何度も自分の手を突き刺す。殺し切れなかった衝撃が自分を捉え、再び櫂は大きく後ろに吹き飛ばされた。

 

「か、櫂っ!」

 

「ギジャァァッ!」

 

「はっ!?し、しまったっ!」

 

光牙は一瞬だけ櫂を心配して目の前の相手から目を反らした。そして、その一瞬が致命的な隙となった。

手に持っていたエクスカリバーを蹴られ、遠くへと飛ばされてしまう。そのまま繰り出された右腕は、防御手段を持たなかった光牙の胸の中心へ吸い込まれるように伸びていった。

 

「ぐわぁぁっ!」

 

装甲に火花が散り、鋭い痛みが光牙を襲う。滑る様にして後退した光牙は立ち止まると胸元を抑えて地面に膝を付いてしまった。

 

「ぐっ……!ふ、不覚だ…こんな単純なミスを犯すなんて…っ!」

 

武器を失い、大きなダメージを受け、一気に劣勢へと追いやられてしまった光牙。それでもまだ戦う事は出来ると自分を叱咤激励して立ち上がると戦う構えを見せる。

しかし、格闘戦を得意とする相手に武器も無しに戦いを挑むのは無謀だと言う事を光牙は理解していた。エクスカリバーは遠くに吹き飛ばされ簡単には取りに行けそうにもない。残念ながらスペアの武器も用意していなかった。

 

徐々に近づいて来るソルジャーワスプに対しての対策が何も思いつかない光牙、ここは何とかクラスメイトがエクスカリバーを拾ってきてくれるのを期待するしかないだろう。

自分は何とか粘るだけだ、相手の隙を見つけて武器を拾いに行くことも視野に入れながら、光牙は再びソルジャーワスプとの戦いに身を投じたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ!これじゃあA組との連携も絶望的じゃないか…!」

 

現れた真のボス、ジェネラルワスプとの戦いに身を投じたA組の面々を見ながら謙哉は呟く。A組も決して被害が少ない訳では無い。その上で更なる強敵との戦いを開始したとあれば、もう自分たちに手を貸す余力は無いだろう。

と言う事は、あくまで自分たちだけでこの劣勢を覆さなければならないと言う事だ。残された戦力を確認しながら謙哉は必死に策を考える。

 

「……あれ?」

 

その時、謙哉は自分のゲームギアの画面が点滅している事に気が付いた。急ぎ画面を確認した謙哉の目に映ったのは、サガがレベルアップをしたと言う通知と、謎の!マークであった。

 

「なんだ、これ?」

 

疑問を持ちながらその!マークをタッチする謙哉、すると、軽快なファンファーレと共に画面にサガのカードが映し出された。

 

<レベルマックス! ランクアップ!>

 

15/15Lvの表記と共に響き渡った電子音声が流れた途端、ゲームギアに映っていたサガのカードに異変が生じた。画面内のカードに光が集まり、やがてものすごい速度で回転し始めたのである。

 

一体何が起こっているのか全く理解できないままに謙哉は画面を見続ける。回転を続けるカードはさらに勢いを増している。まるでこのままどこかに飛び去ってしまうんじゃないかとあまりの勢いに謙哉が不安を抱いた時だった。

 

飛び出してきたのだ、カードが

 

「うえっ!?ほっ、はぁっ!?」

 

自分でも意味不明な声を上げながらゲームギアから飛び出してきたカードを掴み取る謙哉、いきなり現れたと言うのにそのカードは何処をどうとっても本物のディスティニーカードそのものだ、背景が青く光るカードには見覚えのある顔をした騎士が鎧を纏い、盾を構えて立っている姿が描かれている。

<護国の騎士 サガ>……そのカードに書かれた文字を見た謙哉は自分の持つ持つカードの絵柄と見比べてみた。

 

<見習い騎士 サガ>のカードに比べて、今入手したカードに描かれているサガは大分背が伸びている。具体的に言うと大人と子供位の差があるのだ。

もしこれが同じ「サガ」を描いていると言うのなら、きっとこれは見習い騎士から立派な騎士へと成長を遂げたサガの姿を描いているのだろう。子供から大人になるにつれて力を付けたサガは見事に護国の騎士へと姿を変えたのだ。

 

(成……長…?)

 

そこまで考えたところで謙哉の脳内に先ほどの電子音声が思い出される。ランクアップ、とゲームギアは言っていた。確かにこのカードに描かれているサガはより上位の存在に昇格した様だ。

つまり、見習い騎士として十分な修練を積み、レベルが既定の数値に上がったからこのカードが出て来たと言う訳かと謙哉は納得……

 

「……いや、おかしいでしょ!?」

 

……出来なかった。どう考えてもいきなりゲーム画面からカードが出て来るなんておかし過ぎる。訳の分からない事が続いて起きて、謙哉の脳内は完全にパニック状態であった。

 

「あ!いたいた!おーい、謙哉ーっ!」

 

「い、勇!あの、その、ちょっと……!」

 

ゲーム画面からカードが出て来たんだけど、これ、なんだと思う?

そう聞こうとした謙哉は直前でその言葉を飲み込んだ。そんな事を聞いたらどう考えても頭のおかしな人扱いされるだろう。強く頭を打ったのかと心配されるかもしれない。

 

そう考えた謙哉は一度落ち着いてから自分の取るべき行動を決めようとして再びある事に気が付いた。

変身している勇は何故かあのバッグを持っているのだ。右手に剣を、左手に鞄を……どう考えてもおかしいその光景に謙哉の頭の中には再び?マークが浮かび上がった。

 

「あ、あのさ、何で君はその鞄を……」

 

「お前、怪我してねぇな?よし、OK!」

 

そんな謙哉の質問を無視して勇は謙哉の無事を確かめると何やらごそごそと鞄の中を探り始める。そうした後、中から何かを取り出すとそれを謙哉に押し付けた。

 

「んじゃ、お前それ使え」

 

「それ使え、って何これ…えぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

困惑、疑問、驚愕へと声色を変えて行った謙哉の叫びがムーシェンに木霊する。向かって来たアーミーワスプを切り伏せた後、勇は自分と手に持っている物を何度も見比べている謙哉の肩を叩いて軽く声をかけた。

 

「落ち着けって、使い方なら教えるからよ」

 

「い、勇?なに、なんで、なに、何でこれっ!?」

 

完全にパニック状態に陥った謙哉の手に握られているのは、何を隠そう虹彩学園の生徒ならば誰もが求めるギアドライバーであった。

何で一生徒である勇がこのお宝を持っているのか?ていうか何で自分にぽんと渡してしまえるのか?

その疑問でがくがくと震えている謙哉の腕からゲームギアを外すと、勇はたった今自分が手渡したドライバーにそれを嵌め込んだ。

 

「これで良し、後は腰に当てれば勝手にベルトが巻かれるから、そしたら持ってるカードを読み込ませろ。以上だ」

 

「以上だ、じゃないって!僕からしてみればこの状況は異常だぁっ!」

 

「お、駄洒落か?上手いな」

 

「そうじゃなくってさぁ!」

 

あくまで能天気に構える勇に謙哉は詰め寄る。色々と聞きたいことがありすぎて何から質問するべきか分からないでいた謙哉だったが、勇が少し真面目に話を始めたのを聞いて黙ってその話を聞くことにした。

 

「ま、正直な話、俺はあの中ボスエネミー相手にしながら雑魚の駆除なんて出来そうにねぇ。だから、混成チームの皆を守る役目はお前に任せたいんだ」

 

「いや、でも……」

 

「俺の指示には従うんだろ?遠慮すんな、それもくれてやるよ。同じ物二つ持ってても意味ねぇしな」

 

勇はそう言いながら再び謙哉の肩を叩くと向かって来る2体のエネミーを切り捨てる。そして、最後に一言だけ口を開いた。

 

「……ちょっと手を貸してくれよ謙哉、お前の力が必要なんだ」

 

勇のその言葉に謙哉は息を飲む、そして、ギアドライバーと自分の持つサガのカードに視線を移す。

 

自信がある訳では無い。状況も完全に把握している訳じゃ無い。今手に入れたばかりのこのカードの事だって良く分かっていない

だが、目の前で友達が自分の事を信じて、力を必要としてくれている。戦う覚悟を決める理由は、それで十分だった。

 

「……どうなったって知らないよ?覚悟の上かい?」

 

「はっ!構わねぇよ!デビュー戦を派手に飾ってやろうぜ!」

 

「ああ!」

 

右手に掴んだサガのカードは、篝火の明かりを受けて蒼く光っている。同じくらいの輝きを目に浮かばせながら、謙哉は高らかに叫んだ。

 

「変身っ!」

 

<ナイト! GO!ファイト!GO!ナイト!>

 

電子音声が流れると共にギアドライバーから光が発せられ謙哉を包む。一瞬後、騎士をモチーフにしたコバルトブルーの鎧を身に纏った騎士が姿を現した。

 

「これが、僕……!?」

 

細身の、それでいて十分な堅牢さを感じさせる鎧に身を包んだ謙哉。固そうなその防御を示すかの様に左腕には五角形の銀色に縁どられた青色の盾が装着されている。

宝石が中心に埋め込まれたその盾の裏にはカードを読みこませるためのスリットがあった。どうやら、これがこの戦士の専用武器の様だ。

 

「なかなかカッコいいじゃねぇか、さてと……行くか!」

 

敵の集団に紛れてこちらを見るソルジャーワスプを見据える勇、倒すべき敵を定め、集中し始めた彼を阻むものはもう居はしない。苦戦させられたが、ここからはこちらが攻める番だ

 

「やれることをやるだけだ……守ってみせるさ、皆の事を!」

 

固くそう誓った謙哉は仲間たちに襲い掛かるエネミーに視線を向ける。一緒に戦って来た仲間をこれ以上傷つけさせるわけにはいかない。構えた盾の如く、ここからは自分が皆を守る番だ

 

「任せたぜ、謙哉!」

 

「負けないでよ、勇!」

 

背中合わせのままで拳を打ち合わせた二人は自分の倒すべき敵に向かって走り出す。勇は打ち倒すために、謙哉は守るために、それぞれの思いを胸に戦いの舞台へ駆けて行く

二人に共通しているのは、背中を預ける相棒への強い信頼の心であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たぁぁっ!」

 

地面を蹴る勢いをそのままにジャンプした謙哉は仲間を襲うアーミーワスプの一体に殴りかかる。顔面に綺麗に決まったそのストレートを皮切りに、次々と拳を叩きこんでいく

 

「せっ!やっ!はあっ!」

 

防御を許さない苛烈なパンチのコンビネーションを前にアーミーワスプは抵抗する事も無く攻撃を受け続ける。

西洋の甲冑の様な鎧を身に纏った謙哉の拳は見た目通りに重く威力がある様だ、たちまちグロッキー状態になったエネミーに対して謙哉はとどめの一撃を叩きこむ。

 

「これでどうだっ!」

 

左腕を前にしてそのまま一回転、盾で相手の横っ面を叩く様にして繰り出された裏拳は的確に相手の顔を捉えた。

 

「ギギィッ……」

 

顔を叩かれて押し潰された悲鳴を上げたアーミーワスプはそのまま後ろに倒れ込むと光の粒へと還っていく、まずは一体を仕留めた謙哉の前に数体のエネミーが立ちはだかった。

 

「……来なよ、全員まとめて相手してやるっ!」

 

拳と盾を構えて敵を挑発する謙哉、自分に敵の意識を向ければその分仲間たちの負担が減る。撤退も援護もしやすくなれば自分たちの勝機が増えていくはずだ

そう考えながら謙哉は迫りくる敵を迎え撃つ。目の前の敵に拳を叩き込み、後ろに回り込んだ相手に肘鉄を喰らわせる。そのまま振り向き様に拳を一発、よろめく相手にもう二発、地面に膝を付いた敵を掴むとそのまま反対側からやって来ていたアーミーワスプの集団に投げつける。

 

「今だっ!全員攻撃っ!」

 

それを合図にしたかの様に仲間たちの攻撃が敵の集団に向かって飛んでいく、謙哉が放り投げたアーミーワスプに追突されて動けなくなっている所を攻撃されたエネミーの集団は次々と光の粒へとその姿を変えていく

 

「良し、この調子だ!勇があの敵を倒すまで、皆で協力してエネミーを駆除するんだ!大丈夫、僕たちならやれる!」

 

ソルジャーワスプとの戦いに集中する勇に代わってメンバーに指示を出す謙哉、自分たちも苦しい局面だがよく見れば相手も数は減ってきている。

ここが正念場だ、2体のソルジャーワスプを倒し、全員でジェネラルワスプに挑めば十分に勝ち目はある。そのためにはまず露払いだ

 

「ギ、ギギギィ…!」

 

謙哉の登場で息を吹き返した混成チームを前に後退るエネミーたち、少しずつこちらに傾いて来た流れを感じつつ、謙哉は不敵に笑った後、前へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっらぁっ!」

 

「ギギャァァッ!?」

 

1対1の勇とソルジャーワスプの戦いは勇の優勢で進んでいた。勇の振るったディスティニーソードに胴を切り裂かれてソルジャーワスプは悲鳴を上げる。そんなソルジャーワスプに向かって剣を伸ばしながら勇は挑発の言葉を口にした。

 

「どうした、そんなもんか?案外楽に終わりそうじゃねぇか!」

 

「ギ、ギギギャッ!」

 

胸を抑えつつも勇に殴りかかるソルジャーワスプ、しかし、その動きを読んでいたかのように攻撃を躱した勇はすれ違い様に剣を振るい強烈な一太刀を浴びせた。

 

「ガガァッ!?」

 

「へへっ、今まで片手間で相手してて悪かったな。でももう遠慮なくお前とやり合えるぜ!」

 

怯み後ろへ退くソルジャーワスプに追い打ちを仕掛ける勇、ディスティニーソードのリーチの長さを活かした猛攻を止める術は無く、ただただソルジャーワスプはダメージを蓄積させていく。

しかも勇はやみくもに攻撃を仕掛けているのではない。相手の反撃の芽を摘む様にして攻撃を重ねているのだ。これでは単独で逆転するのは難しい。

 

「おらよっ!こいつも喰らえっ!」

 

「ギャゴォォッ!」

 

強烈な剣での突きが胸元にヒットし、ソルジャーワスプは大きく後ろに吹き飛ばされる。完全に勇が優位に立って戦いを進める中、同じく戦いを続ける光牙と櫂の二人は反対に苦戦を強いられていた。

 

「ぐあぁぁっ!」

 

剣を失い素手で戦う光牙だったが、相手の素早い格闘と右腕の針での攻撃の凶悪な組み合わせに攻略の糸口を見つけられないでいた。

繰り出されたパンチを何とか躱すも、次いで繰り出された二発目の攻撃を肩に受けて悲鳴を上げる。周りの生徒たちの援護攻撃も大したダメージを与えられず、しかも皆がソルジャーワスプに集中したせいでアーミーワスプ達が好き勝手に行動できるようになってしまっていた。

 

「皆!まずは雑魚を確実に始末するの!このままじゃ立ち行かなくなるわよ!」

 

真美は指示を飛ばしながら自分たちの弱点が露呈してしまった事に舌打ちを打つ、高い戦闘能力とチームワークを誇るA組だったが、リーダーである光牙が劣勢になると途端にその勢いを失ってしまうのだ。

強大なリーダーに頼っている代償として抱えた弱点、真美は単純にそれが表に出ない様に自分が光牙を支えて行けば良いと考えていた。

しかし、それにも限界がある。ドライバーを持たない真美は光牙の様にエネミーと正面切って戦う事は出来ない。故に参謀役としてチーム全体を支える立場に立ち、戦いのフォローは櫂に任せる算段であった。

 

だが、その櫂も敵のボスであるジェネラルワスプによって叩きのめされ光牙の援護になど到底行けない状態だ、己の役目を果たせていない櫂に対して真美は苛立ちを募らせる。

 

(あの馬鹿、役に立つのは図体だけのくせして何でこんな時に何も出来ないでいるのよ!)

 

自分がドライバーを持っていたのならあんなに無様な姿は晒さない。光牙を助けてこの戦いを勝利に導くことが出来るのに……

そう歯痒い思いをしながらも、真美は少しでも状況を良くしようとあらゆる手を打っていた。

 

「ギギギグギ……!」

 

一方、ジェネラルワスプは徐々に減って行く自分の兵隊の数を数えながら真美たちの様に状況を判断していた。

自分と自分の両腕の参戦で戦局は一気にこちらに傾いたと思ったのだが、再び敵が息を吹き返している。

 

「はっ!てやぁっ!」

 

その原因は間違いなくあの青い奴だろう。奴が戦いに参加し始めてから流れが変わった。先ほどまで優位に戦いを進めていた自分の左腕が一方的にやられているのも、あの青い奴が我が兵たちを引き付けているからだ。

そう判断したジェネラルワスプはすぐさま行動を起こす。先ほどから自分に挑みかかってくる赤い敵を蹴り飛ばすと、また別の敵と戦っている自分の右腕に指示を出す。彼の命令を受けたソルジャーワスプは恭しく礼をすると、今まで戦っていた光牙を放置して謙哉の元に向かった。

 

「なっ!?ま、待てっ!」

 

部下の後を追って行こうとする銀色の敵の前に立ちはだかるジェネラルワスプ、先ほど蹴り飛ばした赤い奴もその横に並んで自分を睨んでいる。

この程度の雑魚たちならそう時間はかからず始末できるだろう。後は部下たちが向こう側の厄介な敵を倒せば良い。

 

両腕に生えた針を光らせながら、ジェネラルワスプは飛び掛かってくる光牙と櫂を迎え撃つ姿勢を見せ、そして………!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガガッ、ギギガッ!」

 

「うわっ!?こ、こいつっ!」

 

謙哉は自分の後ろから攻撃を仕掛けて来たソルジャーワスプの一撃を防ぎながらじりじりと後退する。もうほとんどのエネミーは倒し切った。後はこの中ボス2体とボス格のジェネラルワスプだけだ

ならばこの強敵は自分が引き受けて仲間たちに残りの雑魚の始末を任せれば良い、そう考えた謙哉は仲間たちと距離を取るべく少しずつその場から離れて行く

 

「ギッ!ガガガガッ!」

 

鳴き声と共に繰り出される鋭い針での攻撃を何とか左腕の盾で防ぎながら距離を稼ぐ謙哉、ありがたい事にこの敵の狙いは自分の様だ、ならば問題なく仲間たちと引き離せる。

強靭な防御力を持つ盾に頼りながら反撃の機会を待つ謙哉、一撃、また一撃と繰り出される攻撃を確実に防いでいく。

 

(大丈夫、大丈夫だ!こいつの武器は右腕の針、ならそこに注意していれば強力な攻撃は喰らわないはず……!)

 

幾度とも無く繰り返される攻撃、だがしかし、ソルジャーワスプのその攻撃は一切謙哉にダメージを与えられていない。すべて左腕の盾によって防がれているからだ。

何時かは崩せると思っていた防御が予想以上に堅牢である事に動揺を隠せないソルジャーワスプには焦りの色が見え始めていた。

 

「グ……グガガガガガギッ!」

 

業を煮やしたソルジャーワスプは大声で叫ぶと地面を蹴って一度距離を取る。そして、右腕の針を光らせながら必殺の一撃を放つ構えを見せた

 

(……来たっ!)

 

狙っていた瞬間がやって来た事に対して謙哉は予想以上に冷静に、されど緊張を隠せないと言った様子で盾を構える。

自分には相手を超えるほどの格闘能力は無い。リーチの長い武器も無い。あるのはこの盾だけだ。

 

自分に残された逆転の一手、それは『相手の必殺技を防ぎ、そこから反撃を開始する』と言う事だ。最大のピンチを乗り越えた先にはチャンスがある。自分の最大の攻撃を防がれれば誰だってショックを受けるはずだ

そこを突いて反撃に出る。しかし、この策が大きな博打であることが分からない謙哉では無い。

 

この盾が相手の攻撃を防ぎきれる確証はない。逆に必殺技をそのまま受けて負けてしまうなんて可能性だって十分にある。

だがそれでもやるしかない。仲間を守る為に、自分を信じてくれた勇の為に……!

 

恐怖を押し殺して前を見た謙哉は右腕を掲げているソルジャーワスプを睨む。覚悟と共に盾を前に出しながら謙哉は口を開く

 

「……来いよ。お前の矛が勝つか、僕の盾が勝つか、勝負だ!」

 

その言葉を合図にこのムーシェンの戦い最大の、そして最後の攻防が始まった。

助走をつけたソルジャーワスプはその勢いのままジャンプして右腕を構える。彼がぐっと握られた拳と共に腕を振りかぶると、聞きなれたあの電子音声が聞こえて来た。

 

<ソルジャーワスプ の 必殺技だ!>

 

「ギガァァァァァッ!」

 

バチバチと弾けるエネルギーがソルジャーワスプの右腕の針へと集まって行く。収束され放たれた強力な一撃を謙哉は左腕を前に出して受け止める。

 

ガギィィン、と言う金属がぶつかり合う音がした。固い針が盾を引っ掻き、金属の擦れるあの嫌な音が鳴る。

だがしかし、それを掻き消すほどの轟音と怒声がその場に響く。謙哉とソルジャーワスプ、お互いに負けるわけにはいかない戦いの中で、とうとうその時はやって来た。

 

「ギッ!?ギガァッ!?」

 

パキパキと言う何かがひび割れる音がした次の瞬間、ソルジャーワスプの右腕から生えていた針が砕け散る。自ら攻撃を仕掛けた盾の堅牢さに負け、針は砕け散ったのだ。

その事実を受け入れられないソルジャーワスプは悲鳴にも似た鳴き声を上げた。自分の最大の武器が、誇りが砕け散った事に驚愕と嘆きの声を上げるソルジャーワスプ

 

謙哉はそんな相手の状況などお構いなしに一歩前に踏み込む。何故かは分からないが自分が何をするべきかは分かっていた。だから、謙哉は左腕の盾……イージスシールドをソルジャーワスプに接着させると思いっきりその場で踏ん張る。謙哉の準備が整った瞬間、ギアドライバーから電子音声が鳴り響いた。

 

<必殺技 発動! コバルトリフレクション!>

 

盾の中心に埋め込まれた蒼い宝石が光る。実際は敵の体に接着されているせいで大きく光った宝石の輝きは見る事は出来なかったが、謙哉はその力強さを肌で感じていた。

そして次の瞬間、光った宝石から青いレーザーが放たれた。零距離で放たれたその必殺技を受けてどてっぱらに大きな穴を空けたソルジャーワスプは後方に吹き飛ぶと、再び立ち上がる事も無く消滅していった。

 

謙哉の左腕に装着されている盾、イージスシールドは堅牢な防御を誇る優秀な盾だ。しかし、その真の力はただの防御ではない。

この盾には敵から受けた攻撃の衝撃を蓄えておく能力があるのだ、そして、それを攻撃へと転用する事が出来る。

一定以上溜まった衝撃を盾の中央に埋め込まれた宝玉から光線として発射する技、それが「コバルトリフレクション」である。

 

「あいたたた……手、手が痺れた……」

 

防御と必殺技によって生まれた衝撃で左腕を痺れさせた謙哉が腕を軽く振る。仲間を見ればアーミーワスプは退治し終わった様だ。

 

「残ってるのはあのボス敵!それと……」

 

勇が戦うもう1体のソルジャーワスプだけだ。そう思った謙哉は勇の戦っている方向へと顔を向ける。もしも苦戦しているようだったら援護に向かおうとしたが、どうやらその思いは杞憂に終わりそうだと謙哉は考えた。

 

「……へっ!どうだよ?俺達、なかなか強いだろ?」

 

膝を付きながらも立ち上がろうとするソルジャーワスプに話しかけながら勇はホルスターに手を伸ばすとそこからカードを一枚掴み取る。

それをギアドライバーに通すと、ゆっくりと脚を振って準備体操の様な事をした。

 

<必殺技 発動! クラッシュキック!>

 

ギュオン、ギュオンと音を立てて勇の右足を黒と紅の光が包み込む。助走の後に跳び上がった勇は、光に包まれた右足を前に出すとそのままソルジャーワスプへと突っ込んでいった。

 

「でぇりゃぁぁぁぁっ!」

 

咆哮と共に繰り出された一撃はソルジャーワスプの胴体を捉える。大きく吹き飛んだソルジャーワスプは、そのまま空中で黒の光に包まれたかと思うと断末魔の悲鳴を上げながら爆発四散した。

 

「……よっしゃ!これで中ボス撃破!残すはボスのみ!」

 

叫ぶ勇は最後の敵であるジェネラルワスプに剣を向ける。その隣には謙哉も駆けつけて同じ相手を睨んでいた。

倒すべき敵として定められたジェネラルワスプは自分に纏わりつく光牙を蹴り飛ばし、櫂に拳を叩きこむ。A組の最大戦力である二人を相手に優位な戦いを繰り広げているボスを見てもなお、勇と謙哉の闘志は怯む事は無かった。二人同時に駆け出すと勇は剣を、謙哉は盾を構えながら叫ぶ

 

「ここからは俺たちが相手だぁっ!」

 

飛び掛かり剣を振り下ろす。惜しい所で躱されたその攻撃によって空いた距離に謙哉が入り込むと勢いのままに盾を構えて体ごとぶち当たる。

 

「やあっ!」

 

ガンッ、と言う鈍い音。大したダメージは与えられなかったが、光牙と櫂が体勢を立て直す時間は稼ぐことは出来た。

4人はそれぞれ武器や拳を構えるとジェネラルワスプを睨む、4対1……相手は強いがこちらが圧倒的有利な状況まで持ち込む事が出来た。あとは、この敵を倒すだけだ

 

「……ギィィッ」

 

だがしかし、ジェネラルワスプは短く鳴いたかと思うと拳を下げて戦いの構えを解いてしまった。そのままバックステップを踏んだ相手は二度三度の跳躍の後にムーシェンの村の敷地内から去って行く。

 

「ガギガギガッ!」

 

それを合図にしたかの様に残っていたアーミーワスプ達が撤退を開始した。戦うそぶりを一切見せずにただただ逃げ去って行く。

 

「おっ、ちょ、待てよ!」

 

その余りに見事な逃げっぷりを前に固まっていた勇だったが我に返ると逃げ去るエネミーを数体切り倒す。しかし大半のアーミーワスプはすでにムーシェンから姿を消しており、結果として敵戦力の殲滅には及ばない結果となってしまった。

 

「えっと……これは、どういう事?」

 

静けさを取り戻した村の中で困惑した声を上げる謙哉、その声に応える様にあのファンファーレが響き渡った

 

<ゲームクリア! ゴー、リザルト!>

 

その声を合図に生徒たちの目の前にゲーム画面の様な長方形の映像が映し出される。今回は自分の顔だけが映し出されたリザルト画面の様だ。

勇もまた3度目となるその画面を見るが、いつもと違い自分の顔が変身した後の仮面の姿に変わっている事に気が付きその顔を見る。

光牙や謙哉たちの変身した姿と比べてみてもやっぱりかっこいいなと感想を心の中で漏らしながら、勇は今回自分が得た戦いの成果を確認した。

 

レベルの表記は3から5へと変わっている。この戦いで一気に二つレベルが上がったらしい。あれだけの数の敵と中ボス格を倒したのだから当然かと勇は思ったが、その後に浮かび上がった文字を見て目を丸くした。

 

<ストーリークエスト 1-1をクリア。次のストーリーに進めます>

 

<サイドクエスト 『蜂の軍勢との戦い』が開始されました。既定の行動を取る事でこのクエストを進められます>

 

<ラクドニア 及び ムーシェンでのサイドクエストを一部開放しました。このクエストをクリアすることで様々な報酬が受け取れます>

 

次々に浮かび上がる文字を読みながら勇は苦笑した。前にも思ったがまるで本当のゲームのリザルト画面の様だと思いながら周りを見渡してみる。周りの生徒たちもやはりと言うべきかこの文章に関して話し合っている様だ。

 

「ストーリを進められるって事は、攻略が一歩前進したって事か!?」

 

「やった!やったぜ!」

 

「この調子でガンガン進めて行きましょう!」

 

勝利の喜びと歓声を耳にしながら勇は変身を解除する。そして、ゆっくりと振り返ると今回の戦いの殊勲者を労った。

 

「よ、お疲れさん。デビュー戦にしちゃあ良い戦いっぷりだったじゃねえの」

 

「からかわないでよ。こっちはいっぱいいっぱいだったんだから」

 

同じく変身を解除した謙哉もまた笑顔を浮かべながら勇の方へと近づいて来た。その手に持ったギアドライバーを勇に返そうと差し出すも、勇はそれを首を振って拒否する。

 

「さっきも言ったろ。同じ物二つ持ってても意味ねぇんだ。だからそれはお前にやるよ。有効に使ってくれ」

 

「でも……」

 

「いいから!その、あれだ、こいつは愚痴を聞いてくれたお礼も兼ねてんだよ。返されちゃまた別の礼を考えなくちゃならねぇだろ」

 

「そんな、お礼なんて別にいいのに…」

 

「あ~……もしそう思うならまた次も俺と一緒に戦ってくれよ。独りぼっちは辛いからな」

 

悪戯っぽく笑う勇はそういうとムーシェンから去って行った。その背中を見つめていた謙哉は自分の手の中にあるギアドライバーと<護国の騎士 サガ>のカードに視線を落とす。そして、再び顔を上げると決意した表情を見せて呟いた。

 

「……分かったよ勇、約束する。また一緒に戦おう。君の隣で、君の背中を守れるくらいに僕も強くなるから!」

 

勇にはその声が届いていた訳では無い。しかし、不思議と浮かび上がる笑みを抑えきれずに口元を歪ませながら歩いて行く。

運命の戦士と護国の騎士はこうして出会った。信頼できる友を得た二人は共にいくつもの戦いを潜り抜けて行くのだがそれはまだ先のお話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また…俺はっ…!」

 

歓声に沸き立つ村の中で光牙は一人悔しそうに拳を握る。

敵のボスを逃がしてしまったばかりかそれよりも格下の相手にも圧倒されていた。

もし、あのまま勇たちが援護に来てくれないで戦っていたら確実に敗北していただろう。

 

「もっと強くならなくちゃ…!そうじゃなきゃ世界は救えない……救えないんだ…!」

 

自分を追い込む様に呟く光牙は前を歩く勇を視線に捉える。一度ならず二度までも彼に救われた事に光牙は感謝とも嫉妬とも取れる感情を抱いていた。

 

「龍堂……勇……!」

 

自分が勇者として世界を救うために越えなければならない存在、自分の前に立ちふさがる壁……!

 

運命の戦士は知らない。誰からも慕われ、尊敬される勇者たちが自分に対して相容れぬ感情を抱いている事を

 

そして、それがきっかけで巻き起こる悲劇が自分を待ち受けていると言う事も、まだ知る由が無かった。

 

 

 



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再会!謎の男、天空橋渡

 

 

「……ここかぁ?」

 

「えーっと……うん、『ロンロン牧場』、ここで間違いないよ」

 

ムーシェン防衛戦の2日後、ソサエティに突入した勇と謙哉はラクドニアにあるとある施設にやってきていた。

 

ロンロン牧場と書かれた看板を前にして頷き合った二人はそのまま牧場内へと足を運ぶ、動物たちの鳴き声を耳にしながら建物のドアを開けるとその先に居た男性が二人の事を歓迎した。

 

「おお!ようこそロンロン牧場へ!ただいま暴れ馬を乗りこなした方には我が牧場で育った立派な馬たちを差し上げると言う企画を行っております。挑戦していきますか?」

 

牧場主の言葉を聞いた勇と謙哉は顔を見合わせて頷く。この牧場に来たのは、この暴れ馬を乗りこなして馬を貰って来るようにととある人物に言われたからだ。

 

では、そのとある人物とは誰なのか?それを語るために時間を今日の朝まで巻き戻すとしよう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうことだ!てめぇ、嘘つきやがったのか!?」

 

朝のHR前のA組の教室内、怒鳴りかかる櫂の声にうんざりとした表情を見せた勇はその怒りの理由を問いただした。

 

「なんだよ。いきなりうるせぇなぁ」

 

「お前!条件を満たせば関所が開くって言ってただろうが!昨日見に行っても何にも変化が無かったぞ!」

 

「ああ、そういう事ね。んで、そんな事も分かんねぇのかよ…」

 

「何っ!どういう意味だそりゃあっ!?」

 

「わわっ!櫂さん、落ち着いてください!」

 

その言葉を聞いてさらにうんざりとした顔を見せる勇に対して櫂は更に怒気を強めて詰め寄る。しかし、その間に入って行ったマリアに宥められて動きを止めると、咳払いしたマリアの説明を聞き始めた。

 

「良いですか櫂さん、確かに私たちはムーシェン防衛戦をクリアしましたが、それはまだ関所を開く為の行程の第一歩にしかなってないんです。だから関所は開かなかったんですよ」

 

「ま、まだやらなきゃならない事があるって事か?」

 

「そう言うこった。んなことも想像つかないなんてお前実は馬鹿だろ?いや、馬鹿なのは知ってたけどよ」

 

「てめぇっ!もういっぺん言ってみろ!」

 

「馬鹿、大馬鹿、ミスタークレイジー」

 

「許さねぇ!ぶん殴ってやる!」

 

「やめなさい櫂、これ以上恥を上塗りする気?」

 

見事な勇の煽りに顔を真っ赤にした櫂が掴みかかろうとした瞬間、真美が現れると強い口調で櫂を諫める。びくりと動きを止めた櫂に冷たい視線を送りながら真美は更に冷たい言葉で櫂を責め立てた。

 

「龍堂の言う通りよ、アンタは想像力が無さすぎんの。短絡的な思考が色々なところに出てんのよ」

 

「だ、だがよ……!」

 

「そんなんだからドライバ所有者の中で最弱だって言われんのよ」

 

「っっっ!」

 

「……さすがに言いすぎじゃねぇか?友達を傷つけて楽しいのかよ?」

 

「……関係ないわね。これは友人としてでなくA組の攻略班の参謀役として言わせて貰ってるだけだから」

 

悔しそうに俯く櫂を不憫に思った勇が話に割って入るも、真美はそう言い放つと自分の席に座ってしまった。

肩を震わせる櫂に対して、勇は珍しく励ますと言う行為を取る事にした。

 

「気にすんなよ。こっから挽回すりゃ良いだろうが」

 

「……憐れみのつもりかよ?そりゃあ、お前からしてみたら俺は何の成果も出せてない格下だろうからな!」

 

「深読みすんなよ。俺はただクラスメイトとしてだな……」

 

「ふざけんじゃねぇ!俺はお前に同情されるほど落ちぶれちゃいねぇんだよ!」

 

顔を真っ赤にした櫂はそう叫ぶと真美同様勇から離れて自分の席に向かった。勇は、結果としては発破をかけられたのだから良いかと前向きに考え、自分の席に座りなおす。

すると困り顔をしたマリアが自分の前に立ち、おずおずと口を開いた。

 

「あの、勇さん。ちょっと良いでしょうか?」

 

「ん?何だよ?」

 

「ここではちょっと……HR前ですが、ほんの少しだけお時間を頂いても良いでしょうか?」

 

「別にいいぜ、んじゃ自販機前のベンチでも行くか」

 

どうせ自分は予習復習をする様な真面目な生徒では無い。朝のこの時間もクラスメイトの気まずい視線を背に受けながら過ごしているだけだ。ならば、いつも自分を気にかけてくれるマリアの相談に乗ってやっても良いだろう。

そう思った勇はマリアを伴ってクラスを出る。背中にクラス中の視線を感じながら、勇は軽くため息をついて廊下を歩いて行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで、なんだよ話って?」

 

「その…最近、A組の皆さんの様子がおかしいんです。皆どこかピリピリしてるような、何かに怯えている様な……」

 

「んあ?そうか?前もあんな感じだった気がするけどなぁ…」

 

「勇さんはまだここに転校してきて一週間も経ってないから分からないかもしれませんけど、何か変なんです。真美さんも、あんな風に他人を責める様な人では無かったのに……」

 

そう言って悲しそうに顔を伏せたマリア、勇は慌てて彼女を励ます言葉を探す。

 

「ほ、ほら!やっぱソサエティ攻略が本格的に始まって皆緊張してんだろ!ちょっとすりゃあ元の皆に戻るって!」

 

「……そうでしょうか、私は逆な気がするんです」

 

「逆?」

 

「はい……むしろここからどんどん皆さんが険悪に変わって行く気がするんです。櫂さんも、粗暴だけど友達思いの良い人でした。でも、今は違う……あんな風に勇さんを責める櫂さん、見たくありませんでした……」

 

「マリア……」

 

マリアの青い瞳にはうっすらと涙が滲んでいる。そんな彼女を見ながら勇は考えていた。

A組が変わってしまった理由、櫂や真美が神経を張りつめさせている要因、それはきっと……

 

「……俺のせい、かもな」

 

「えっ!?」

 

「……櫂の言う通りだ、俺はマリアたちみたいに今まで努力してきた訳じゃねぇ。なのに、お前たちと同等……いや、それ以上の待遇を受けてここに来ちまった。そりゃあ、面白くねぇわな」

 

懐にしまってあるギアドライバーを渡した男、天空橋の事を思い浮かべながら勇は思う。

あいつはソサエティ攻略に勇の力が必要だと判断して、2機のギアドライバーを託した。今の所、彼の目に狂いは無かったと言えるだろう。

実際、勇は今まで何度も活躍している。最初の戦いもこの前のムーシェン防衛戦の時もそうだ。勇が居なければきっとあの戦いはクリアできなかっただろう。だがそれはある意味で運が味方してくれたからに過ぎない。

 

ほんの少しの運が味方したばっかりに自分たちより活躍する勇の事をA組の面々が敵視するのも無理はない。真美の言っていた事は正しかった。自分があの中に居れば不和を生むどころか勇自身の身だって危なかったかもしれない。

 

もし自分が居なければ……ギアドライバーを他の誰かが持っていれば、こんな風にマリアは悲しまなかったのかもしれない。勇はそう考えてしまったのだ

 

「やっぱ、ここは俺みたいな奴が来る場所じゃなかったんだよ。努力した奴が認められて、このドライバーを受け取るべきだったんだ」

 

勇は初めてこの虹彩学園に来たことを後悔した。自分が責められた時は別に構わなかった。予想はしていたし、僻みみたいなものだと思えば別に苦でも無かったからだ。

だが、こうして悲しむマリアの姿を見ると心が痛む。自分がここに転入して来なければ、A組の皆は今まで通り仲良くやっていたのではないかと思ってしまうからだ。

 

だが、悲しむ勇の手を取ったマリアの顔を見て勇のそんな考えは吹き飛んでしまった。

その綺麗な目からぽろぽろと涙をこぼして首を振るマリアは、心底辛そうな声で必死に勇に話しかける。

 

「違うんです。そんなつもりじゃなかったんです!私……私、勇さんを責めるつもりなんて全く……!」

 

「わ、分かってるって!落ち着け!俺だってマリアから責められてるなんて思った事は無いからよ!」

 

「ご、ごめんなさい……わ、私……ひぐっ…ぐすっ……」

 

自分の目の前で涙するマリアをどうすれば良いのか分からず困惑する勇、美人なマリアは泣いていても絵になるななどと不謹慎な事を考えてしまった自分を心の中でぶん殴りながら急ぎマリアを宥めようとする。

はたから見たら勇がマリアを泣かせてしまっているようにしか見えない。もしもA組の連中に見つかったら自分は血祭りにあげられるだろう。

何とかしてマリアを宥めなければならない。こんなところを誰かに見られたら自分はお終いだ。そう考えた勇は何か喋ろうと口を開いたが……

 

「あ、居た居た!マリア、龍堂くん、先生が俺たちに話があるから至急集まってくれ…って……」

 

(あ、俺、終わった)

 

自分たちを見て固まった光牙を見ながら、勇は脳裏にネオン看板よろしく派手に光る「終了」の二文字を思い浮かべたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すいません、本当にすいませんでした」

 

「いや、気にすんなよ。もう済んだことだし……」

 

「そうそう!マリアもあんまり自分を責めないで!」

 

「うぅぅ……でも、やっぱり私が涙なんか流さなければ……」

 

数分後、三人は光牙に連れられて視聴覚室の前に立っていた。申し訳なさそうに何度も頭を下げるマリアの横に立つ勇の顔は妙に疲れ切っている。

無理もない。あの後、完全に固まりきった光牙に事の次第を説明して、二人でマリアを慰めると言う一大ミッションをこなしたのだから

 

(これ、マジでムーシェン防衛戦の方が楽だったんじゃねぇか…?)

 

フランス人形の様に可愛らしいマリアの泣き顔があんなにも強烈なものだとは初めて知った。涙は女性の最大の武器とも言うが納得だ。もう二度とあんなもんは拝みたくない。

 

「さ、さぁ!ここで待ってる人が居るから、早く入ろう!」

 

「お、おう!そうだな!」

 

空元気で無理に明るい声を出した光牙と勇の二人はさっそく視聴覚室の中に入る。中に入った勇がまず目にしたのは、教壇に立つ一人の女性の姿だった。

 

凄く美人だ、お世辞抜きに凛々しくて格好いい女性と言う印象を持てる。しかし、同時にある種の気圧される様な迫力を感じるのも確かだ。

 

「来たか……あと一人だな」

 

「すいません!遅くなりました!」

 

女性が呟くと同時に勇たちの後ろで聞き覚えのある声がした。振り返ってみれば、そこに居たのはこの前勇がドライバーを渡した相手、謙哉であった。

 

「謙哉?なんでお前が…?」

 

「これで全員だな。では、適当に座ってくれ」

 

女性は部屋の入り口に立ったままでいる勇たちにそう告げると椅子を指さして座る様に促す。部屋の中を見てみれば、丁度中間の席には真美と櫂の姿があった。

 

(俺と謙哉にA組の主要攻略メンバー……十中八九ソサエティ絡みの話だな)

 

そう見当をつけた勇は女性に言われた通り適当に後ろの席に座ると女性の方を見る。謙哉は自分の隣に、光牙とマリアはそれぞれ櫂と真美の隣の席に腰かけた。

 

「……さて、初対面の者もいるからまずは自己紹介をさせて貰おう。私は新藤命、政府直属のソサエティに関わる問題を受け持つ組織に所属している者だ」

 

そうして女性……命は勇と謙哉に自己紹介をする。勇は彼女の話を聞いてやはり自分たちがここに集められたのはソサエティ絡みの話をするためだったのだと確信した。

 

「私が今日ここに来たのは、君たちにいくつか伝えなければならない事があるからだ」

 

「……そのお話をする前に、ちょっとよろしいでしょうか?」

 

命の話を遮って真美が手を挙げる。そんな真美の事を見た命が黙って頷くのを見た後、真美は謙哉の方を向くと口を開いた。

 

「虎牙謙哉……だったわよね?あなたの持つドライバー、私たちに渡してくれないかしら?」

 

「なっ!?」

 

その言葉に勇は驚きの声を上げる。光牙とマリアも信じられないと言った様子で真美の事を見ていた。

対して、ドライバーを渡す様に言われた張本人である謙哉は、いたって冷静に真美に質問を返していた。

 

「……美又さん、何故僕のドライバーを欲しがるのかな?」

 

「答えは単純、私たちの方がドライバーを上手く扱えるからよ」

 

「それは、どういう意味かな?」

 

「私たちA組は既に3人のドライバ所有者を擁しているわ、ここに最後の一つであるあなたのドライバーも加わればその布陣は完璧な物になると思わない?」

 

自分の事を攻略チームから追い出しておいてよくもまぁそんな事が言えるものだと勇はある意味で感心した思いを真美に抱いていた。

 

「それに、A組は虹彩学園のソサエティ攻略の中心と言っても差し支えないわ、D組のあなたよりも私たちの方がそのドライバーに相応しいとは思わないかしら?」

 

「……それは、僕たちD組を馬鹿にした発言と取っても良いのかな?」

 

「気を悪くしたなら謝るわ、でも、それが事実でしょう?」

 

ゆらり、と隣に座る謙哉から静かな怒りのオーラが発せられるのを勇は感じた。友達思いの謙哉の事だ、自分よりもクラスメイトを馬鹿にされた事が許せなかったのだろう。

見えない火花を散らせる真美と謙哉、そんな二人の間に割って入る様にして命が口を開いた。

 

「その提案に関しては私が返答しよう。不可能だ」

 

「不可能…?何故ですか?」

 

「……私が今日ここに来た理由の一つは、4機の初期生産型ドライバー全てが起動したとの報告を受けたからだ。この4機のドライバーは同時に起動した場合、その時に装着していた人物の生命データを記録してそれ以外の人物が使えない様になる。つまり、今この場にあるドライバーは、今の持ち主しか使用できないと言う訳だ」

 

「じゃあ、僕がA組にドライバーを渡した所で誰もそれを使えないと言う事ですか?」

 

「その通りだ。故にドライバーの譲渡は不可能だと言った」

 

「……分かりました。質問に答えて頂き感謝します」

 

そう言って頭を下げた真美は席に座った。ようやく話の本題に入れると勇は胸を撫で下ろしながら、命が口を開くのを待った。

 

「では、私の話だが……朗報だ、君たちを支援する設備の準備が整った。これで君たちを今まで以上に支援出来るはずだ」

 

「……具体的には何をしてくれるんですか?」

 

「うむ、一つ聞きたいが、君たちの中でエネミーとの戦いの後にカードを入手した者はいないか?」

 

「あ、それなら俺、一番最初に戦った時に手に入れました。確かこれだな」

 

そう言って勇はクラッシュキックのカードを取り出す。命はそれを受け取ると、皆に見える様に高く掲げた。

 

「ゲームギアの能力で、諸君らは戦いの最中未知のカードを手に入れる事がある。なぜそうなるのかは製作者では無い私は知る由もないがそうなると言う事だけは知っておいてくれ」

 

「……そういえば、僕のサガのカードもいきなりこのゲームギアから出て来たっけ」

 

謙哉もまた自分のホルダーからサガのカードを取り出すとしげしげと眺める。その状況に遭遇した時は不思議に思っていたが、時間が経ってその事を忘れていたなと二人は自分たちのカードを見ながら考えていた。

 

「そう言ったカードの中には、組み合わせる事で初めて効果を発揮する物もある様だ。我々は、そのカードを組み合わせる事の出来る部署、『アイテム制作部』を建造し、この虹彩学園内に設置した。これで君たちの武装を作り出す事が出来る」

 

「組み合わせる事で使用可能になるカード……それにはどういったものがあるんですか?」

 

「正直、そのあたりの事は分かっていない。その部門の責任者が言っていたことだからな。しかし、彼の言う事は間違いないのは確かだ。故に、私たちはソサエティに関する数々の情報を集める部署も設立した。君たちの住む寮からほど近い所にあるビルの中に『情報部』の本部を作らせて貰った。これで、数々の情報を知る事が出来るはずだ」

 

「なるほど、それならそこに来る他校の生徒たちからも情報を集められるかもしれませんね」

 

「……RPGで言う道具屋と酒場が出来上がったって訳か、大分手助けしてくれるじゃねぇの」

 

「当然だ、君たちは世界の希望だ。その希望をサポートしなくてなんとするかと言う話だからな」

 

そう言った後で命は軽く咳払いすると最後の話を始めた。

 

「そして……これは君たちにとって良い話ではないかもしれないが、4機のドライバーが稼働したことで戦闘データが多く取れる様になった。おかげでギアドライバーの量産が開始できそうだ。そう容易く作れるものではないが、これからは他校の生徒たちもドライバーを所持する事になるかもしれんな」

 

「協力者兼ライバルが増えるって事か……」

 

「そう言う事だ。メリットもデメリットもあるがある程度君たちが有利である事は違いない。私も出来る限りの支援は約束しよう」

 

命の言葉に勇たちは全員頷く、その様子を見た命は最後に思い出したように付け加えた。

 

「そう言えば、君たちドライバ所有者の通称……コードネームを決めて無かったな」

 

「コードネーム?そんなもの、必要なんですか?」

 

「ソサエティの攻略はゲームの様だが実際は軍の作戦行動に近い。出来る限り分かりやすい通称があると助かる」

 

「……ならよ、カードを読み込んだ時に流れる歌みたいなのあんだろ?あれから取ればいいんじゃね?」

 

「えーっと……勇ならディスティニー、白峰くんならブレイバー、城田くんはウォーリア、かな?」

 

「そういうお前はナイトか?」

 

「う~ん……それでも良いんだけど、単純と言うか、もうすでにそんな名前の人が居る様な気がするんだよね…」

 

勇の言葉に渋い顔をしながら答える謙哉、良く分からないが「もう既にそんな名前の人が居る」と言う気持ちは何故かわかる。具体的には、黒い蝙蝠を連れた騎士みたいな姿の戦士が何故か頭に思い浮かぶのだ

 

「なら、武器から取ってシールダーとかどうだ?」

 

「守る者、でガーディアンとかも良いかもね」

 

「いっそ和風にしてみたら?色から取って蒼月とか、あとざんげ……」

 

「ストップそれ駄目、それも絶対に居る!」

 

若干メタい発言をした謙哉は今までの候補に気に居るものは無かったようだ。意外と難儀なこの命名の儀式をどうしようかと思っていた所、意外な人物が口を開いた。

 

「……なら、イージスはどうだ?」

 

「イージス……ですか?」

 

「『無敵』、と言う意味だ。砕けぬ盾を持つ戦士、なかなかに縁起がいい名前だろう?」

 

「イージス、イージスか……それ、頂きます!」

 

命の案を受け入れた謙哉は嬉しそうに笑う。これで四人全員の名前が決まった訳だが、勇としては思う事があった。

 

「それよりもよ、ドライバ所有者の事をなんて呼ぶかの方が大事じゃねえか?」

 

「……そのままドライバ所有者で良いんじゃない?」

 

「そうじゃなくってよ。あの変身した後の姿あるだろ?あれをなんて呼ぶかも決めといた方が良いんじゃねぇの?」

 

「ふむ……一理あるな。これからドライバ所有者が増えるにあたって、その総称を決めておくことは大事な事だしな」

 

「まぁでも、今すぐ決める必要がある訳じゃ無いっすけどね。そのうち決まるんじゃないっすか?」

 

これ以上名前決めで頭を悩ませるのは御免だ、勇はその総称を付けるのを別の誰かに任せて考える事を放棄する。

命も名前を決める事の優先性は低いと判断したのか、それ以上は何も言ってこなかった。

 

「……私からの話は以上だ。これから先、君たちには大きな責任が課せられるが、我々と協力してソサエティの攻略を果たそう」

 

「はいっ!よろしくお願いします!」

 

流石優等生の光牙、命の言葉に率先して声を張り上げると真っ直ぐな瞳で命を見つめ返す。

何と言うか、純粋な子供の様なその視線に命も面食らってしまいそうになったが、そこは大人の風格で押さえつけて勇たちに解散を指示した。

 

「では、俺たちは授業に戻らせて頂きます!」

 

そう言ってクラスに戻る光牙たちの後ろに続いて視聴覚室から出ようとした勇だったが、命に呼び止められて彼女からとある物を渡された。

 

「……なんすか、これ?」

 

「手紙だ。君にドライバーを与えた男、天空橋渡からのな」

 

「あのオッサンから!?」

 

「ちなみにあの男はさっき話したアイテム製造部門の責任者であり、このゲームギアとギアドライバーを作り出した張本人だぞ」

 

「ま、マジすか!?あのオッサンが……?」

 

ただの怪しいオッサンだと思っていた天空橋がこのドライバーを作り上げた人物だとは夢にも思わなかった勇は息を飲んで渡された手紙を読む。そこには、意外と綺麗な字でこう書いてあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「拝啓、龍堂勇さま 学園生活楽しんでますか?色々と大変そうですが、ご活躍も耳にしています。私の目に狂いは無かったと思う一方で、大きな負担をあなたにかけてしまったことに申し訳なさも感じております。ついては、私にあなたを支援させて下さい。ラクドニアにあるロンロン牧場で発生しているサイドクエスト、『名馬を手に入れろ!』をクリアした際に貰える報酬を手にアイテム製造部門に持ってきて頂ければ、あっと驚く様な物を作って差し上げましょう!一応、件のクエストにはクリア人数に限りがありますのでお早めに尾根配しますね。では……」

「追伸、もしも気になる女の子が出来たらご報告を!人生の先輩としてアドバイスさせて頂きますよ!」

 

「……って、書いてあったけどよ。本当に頼りになんのか?あのオッサン」

 

「まぁ、信じてみようよ。部署を一つ任せられるくらいなんだから優秀な人なんでしょ?」

 

「そうは見えないけどなぁ……」

 

ロンロン牧場でのサイドクエストをクリアすべく暴れ馬と格闘中の二人はそんな事を話しながら馬との距離を詰める。

不用意に近づけば蹴り飛ばされそうになる緊張感の中、まるでカバディでもやっているかのように勇と謙哉はステップを踏んでいた。

 

「あー!もう、これすげぇ面倒じゃねぇか!あのオッサン、これで大した物を作らなかったらマジでボコすかんな!」

 

地味にしんどいこのクエスト、勇は我慢できずに苛立ちを声に出して叫んだ。対して謙哉はふと下を向いて何やら考え始めた。勇が謙哉にどうしたのかを聞こうとすると……

 

「……ねぇ勇、もしかしてなんだけどこのクエスト、変身すれば楽勝なんじゃないの?」

 

「あ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……楽勝、だったな」

 

「楽勝だったね……」

 

10分後、勇たちは『ロンロン牧場産の名馬』と書かれたカードを手に牧場の前に立っていた。

謙哉の言う通り、変身してしまえば暴れ馬の相手なんて楽な物だったのだ。

防御力も力も上がるのだから多少強引に行っても問題なくクリアできる。変身してからものの数分でカードを手にした二人は何故もっと早く気が付かなかったのだろうと深くため息を吐いた。

 

「……ま、これで言われたカードは手に入れたんだ。早速アイテム製造部門とやらに行ってみようぜ」

 

「うん、そうだね」

 

何にせよ問題なくカードを手に入れられた事を喜びながらゲートへと歩いて行く二人、その途中で、勇がふと気が付いた様に口を開いた。

 

「……すげぇよな。このドライバー」

 

「うん、僕も思ってた。普通じゃ出来ない事をあんなに簡単に出来るようにするなんて、すごいを通り越してちょっと怖いよね……」

 

勇も謙哉の言葉に同意する。エネミーと戦うために生み出されたこのゲームギアは、見た目はどうであれ立派な兵器なのだ。

今までは兵器を兵器として扱っていたからその力に関してあまり感想を抱かなかったが、今回戦い以外の場で使ったことでその力を改めて実感したからこそ抱いた感想である。

謙哉が自分と同じ思いを抱いている事を確認した勇はそのまま話を続けた。

 

「朝の話が本当ならもうこのドライバーは俺たちにしか使えねぇ、俺たちは、ものすごい力を手に入れたって事になる」

 

「でも、それと同時に大きな責任も背負い込んだ。この力を正しく使うって言う責任を……」

 

それを口にした途端、勇は今まで感じた事の無かった重圧を背中に感じた。重く、何とも言えない雰囲気のそのプレッシャーは、ずっしりと見えない重みを勇に与えて来る。

偶然にも手にした巨大な力、望まずして身に着けた驚異の力。それは幸運なと呼ぶべきなのか?それとも不幸と言うべきなのか?まだ、今の二人には答えが出せない。

 

ゲートを出て現実世界に戻ってもその重みが消える事は無い。勇と謙哉は押し黙ったまま学園内に新設されたアイテム制作部へと足を運んだ。

 

「すんません。アイテムの制作をお願いしたいんすけど……」

 

「いらっしゃい。じゃあ、このレシピから作りたいものを選んで、必要な素材を渡して頂戴ね」

 

窓口に居た女性に声をかけた勇はその女性から一枚の紙を渡された。それを読んでみればそこに書かれていたのは様々なカード合成のレシピであった。

 

「……初日なのにこんなにあんのかよ」

 

「全部基礎的な物なんだろうけど、すごい量だよね……」

 

紙に書かれている素材の中には実際のディスティニーカードゲームに存在している物もある。どうやら素材とはすべてソサエティで手に入れる物と言う訳では無いようだ。

レシピの多さに感心しながら、二人は自分たちの手に入れた『ロンロン牧場産の名馬』を使ったレシピを探す。しかし、何回見てもレシピの中に探しているカードの名前は無い。二人は再び窓口の女性に声をかけた。

 

「すいません、今分かってる中でロンロン牧場産の名馬を使ったレシピって無いんですか?」

 

「う~んと……ごめんなさい、今のところそのカードを使ったレシピは発見されて無いわね」

 

「えっ!?」

 

その答えに驚きの声を上げる二人、では何のために天空橋はこのカードを取って来るようにと告げたのだろうか?まさか一杯食わされたのではないかと二人が不安になっていると……

 

「おやおや、思ったよりも早い到着ですねぇ、私ももう少し早く来れば良かった」

 

「あ、オッサン!」

 

聞き覚えのある声に勇が振り返ると、そこには初めて出会った時と同じ格好をした天空橋の姿があった。

ニカニカと笑いながら勇たちに近づいて来た天空橋は二人が持つカードを見ると満足そうに頷く

 

「ふむ、頼んだカードは持ってきたみたいですね。ちなみに、そちらの方は?」

 

「あ、僕は虎牙謙哉です。一応、勇と同じドライバ所有者で……」

 

「そうですか!やぁ、二人で行動するなんて勇さんと謙哉さんは仲がよろしいみたいですねぇ!転校してさっそく友達が出来た様で良かった良かった!」

 

そう言った天空橋は満足そうに声を出して笑う。と言うより、この男が笑い以外の表情を見せた事が無い事に気が付いた勇は、この怪しげな男の事を目を細くして見やった。

 

「さ~て、こんなところで立ち話もなんですし、私の研究室に行きましょうかね。そこで持ってきたカードを預かって、すんごい物を作って見せるとしましょうか!」

 

ひとしきり笑った後、天空橋は自身の研究室へと向かって部署の奥へと歩き出した。勇と謙哉もその後に着いて行く。

 

唐突だったが、天空橋との再会に勇の心が揺れたのは確かだ。この男にはいろいろと聞きたい事がある。

天空橋の背中を見ながら、勇はこの男の考えを少しでも知る為の行動を起こす事を決意したのであった。

 

 

 




一話が長いとのご指摘を受けましたので今までより短めにしてみました。
こちらの方が良さそうでしたら、今までの一話を二話分に分割して投稿していきたいと思います。お手数ですが、ご意見をお願いいたします!


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語られる秘密、天空橋の過去

勇と謙哉は天空橋に案内されて彼の研究室へとやってきていた。ほんの少し前に設立された部署のはずなのだが、すでに部屋の中は物で溢れかえっている。

恐らく研究資料である本や英語で書かれたプリントなどが散らばる室内で天空橋はと言うと、二人から受け取った名馬のカードをパソコンに読み取らせて何やら作業をしていた。

 

「ほいほい、ここをこーして……良し、オッケー!」

 

パソコンを操作していた天空橋だったが、急にそう叫ぶと両手を挙げて椅子にもたれ掛かる。そして、首だけをこちら側に倒して二人に話しかけてきた。

 

「作業は終わりましたよ。あとは時間が経てば完成です」

 

「一体何作ってんだよオッサン?」

 

「ふっふっふ……それはまぁ、見てのお楽しみって事で!」

 

天空橋は滑車付きの椅子を転がしてそのまま二人の元へとやって来る。そして、顎に手を当てて何かを考え始めた。

 

「ふ~む……この時間で色々とお二人に話して置きたいことがあるんですけど、何から話せば良いんですかねぇ…?」

 

「あの……今更なんですけど、僕がドライバ所有者で良いんでしょうか?」

 

「あぁ、その事ですか。何も問題ないですよ。私は勇さんに好きに使う様に言って2機のドライバーを渡しました。その時点でそれは勇さんの物です。勇さんがあなたにドライバーを渡したと言うのなら、それに関しては私からは何も言う事は無いですよ」

 

謙哉の質問に答えた天空橋は再び悩み顔をして考え込む、そして何かを納得したかの様に目を開くと、こう言った。

 

「決めた。やっぱり、このドライバーをどうして作ったのかを話す事にしましょうか」

 

「……オッサン、このドライバーの開発者だって言うのはマジなのか?」

 

「マジもマジ、大マジですよ。ついでに言うならゲームギアもディスティニーカードの私が開発した物なんです」

 

「ま、マジかよ!?」

 

「嘘はつきませんって、でも、私が開発した物で勇さんたちがもっと驚く様なものがありますよ」

 

「な、なんだよそれって……?」

 

緊張した様子で天空橋を見る二人、その視線を感じながら少しだけ頬を歪ませた後で、天空橋は口を開いた。

 

「……皆さんが攻略しようとしているもう一つの世界、ソサエティ……あれも、私が作ったものなんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれは十年以上前の話です。私は、数多くのヒットゲームを手掛けるゲームクリエイターとして活動していました」

 

「ゲームクリエイター…?」

 

「ゲームの基礎を作り、どんなストーリーにするかを脚本家と決め、プログラミングをチェックして、ゲームを世に送り出す。そういう仕事です。自慢じゃないですけど、天空橋渡と言ったら、業界の人間ならだれもが知る程だったんですよ」

 

「そのゲームクリエイターが何で政府の元で働くことになったんだよ?」

 

「……十数年前、私にはとある夢がありました。それは、最高のゲームを作る事………誰もが熱狂し、のめり込むゲームを作りたいと思った私は、数年の歳月をかけて一つのゲームの基礎となるプログラムを作り上げました」

 

昔を懐かしむ様な口ぶりで話を始めた天空橋、勇と謙哉は黙ってその話を聞き続ける。

 

「ゲームの名は『ディスティニークエスト』、広大な世界を冒険するRPGゲームで、これまでに無い自由度を誇るゲームにするためにそのマップの広さは広大な物になりました。数多くの困難を乗り越え、本格的にゲームの開発を始めようとした時、あの『リアリティ』が生まれたのです」

 

「世界を混乱に陥れるコンピュータウイルス『リアリティ』、その脅威を前に各国政府はある決断を下します。それは、広大なゲームマップを誇る開発中のゲーム、ディスティニークエストにリアリティを閉じ込めると言うものです」

 

「……あんたは、その……納得したのか?自分のゲームがそんな風に使われることを」

 

「……できませんでしたよ。でも、そうしなければ世界が滅ぶと言われて泣く泣く諦めました。これで世界が救われるのならと無理に自分に言い聞かせたんです。しかし……」

 

「世界は救われなかった。リアリティ達はディスティニークエストの中で進化を果たしてしまった」

 

「その通りですよ。私は深く絶望し、そして怒りました。私の作った生涯最高のゲームが今、未知の存在によって人類の脅威へと化している事に。そして、これを止める事こそが私の使命だと考えたのです」

 

ちゃんと座りなおした天空橋は二人に向き直ると再び口を開く

 

「まず私はエネミーと戦えるだけの力を持つ方法を考えました。思いついたのは、向こうがゲームで来るのならこちらもゲームで迎え撃てばいいと言うものだったのです。そこで私は、ディスティニークエストを元としたカードゲームを作り、それにリアリティを感染させる事に成功しました」

 

「えっ!?こ、このカードってリアリティに感染してるんですか!?」

 

「カードだから何の意味もありませんがね。リアリティはそのカードの中に閉じ込められています。しかし、一度ゲームとして変化すれば実態を持ったものとして生み出される。それを可能にしたのが……」

 

「ゲームギア、ってことか……」

 

「その通りです。これで人類はソサエティと戦う術を得た。しかし、私はそれだけでは足りないと思ったのです。そして、最後に人間に強力な力を与える兵器、ギアドライバーを作り上げました。そして政府に4機のドライバーを献上し、内二つの所有者を選定する権利を得たんです」

 

「それが、オッサンの辿って来た道って事か……」

 

天空橋の過去、そしてドライバーやディスティニーカードの誕生秘話を聞いた勇は自分の懐にあるギアドライバーに目を移す。

 

ソサエティの生みの親が、ソサエティを打ち倒すために作り出した兵器……それが、このギアドライバー

これを作る時、天空橋は何を思っていたのだろうか?子供たちを楽しませるために作っていたゲームが化け物を生み出す温床とされ、世界を危機に陥れている事をどの様に思っているのだろう?

 

(……きっと、歯痒いんだろうな)

 

もうこれ以上、ソサエティを悪しき物にさせたくない。生みの親として、その暴走を止める事が使命だと誓って数々の発明を繰り返してきたのだろう。

彼もまた、強い信念の元に戦う戦士なのだと勇は思った。

 

「本当なら、私が先頭に立って戦わなければならないんでしょうが、なんせもう歳でしてねぇ……運動もてんで駄目だし、他の皆さんの力を頼るしかなかったんですよねぇ…」

 

「……オッサンにとっては、自分の作り出したゲームを取り戻す戦いでもあるってことか」

 

「……正確には、自分の過去と決別するための戦いでしょうかね。戻ってこない過去を、自分の作り出したゲームと共に葬り去りたいんでしょうかねぇ…?」

 

自嘲気味な笑みを浮かべながら、天空橋はそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー同時刻、虹彩学園のある市内の駅前では帰宅目的の会社員たちで賑わっていた。

それ以外にもちらほらと学生や子供たちの姿も見える。いつも通りの夕方の喧騒の中、それはいきなり現れた。

 

「なんだ?ありゃぁ……?」

 

サラリーマンの一人がそう言って足を止める。視線の先には見慣れない物体がふよふよと浮かんでいるのが見える。

 

ゆっくりと回転する赤い輪、現実に現れた異世界からの歪な贈り物……

 

ゲートが、姿を現したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何ですって?それは大変だ!」

 

研究室内で話していた天空橋だったが、突如けたたましく鳴り響いた電話の音に話を切って立ち上がるとその電話に出る。

黙って何事かを聞いていた天空橋の顔色が一気に変わると、急いで電話を切って勇たちの元に戻って来た。

 

「緊急事態です。K駅前にゲートが出現、ソサエティとの境界を開いてエネミーが侵攻を始めたという報告が入ってきました」

 

「なっ!?マジかよ!?」

 

「対応はどうなってるんですか!?」

 

「K市の警察が対応しているようですが、状況は芳しくない様です。このままでは甚大な被害が出るでしょう」

 

「謙哉、行くぞ!」

 

「ああ!」

 

「ちょっと待ったお二人さん!」

 

天空橋から話を聞いた二人は急いで駅に向かおうとする。しかし、天空橋はそんな二人を呼び止めるとその手に一枚ずつカードを持って二人に差し出す

 

「こいつを使ってください。先ほど持ってきてもらったカードで作った新兵器です」

 

「これは……?」

 

「ちょっとカードの情報を弄って、とある物に姿を変えさせました。ところでお二人さん、重要な質問なんですが……バイクの免許持ってますか?」

 

カードの絵柄と天空橋の言葉にすべてを察した二人は、揃って首を縦に振ってから外へと駆け出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁっ!」

 

「ギャイッ、ギャァァッ!!!」

 

駅前に人の悲鳴とエネミーの鳴き声が木霊する。前にカードショップ前に現れたジャイアントホッパーによく似たエネミーとその一団は逃げ惑う人々を追って破壊の限りを尽くしていた。

 

「撃てっ!撃てえっ!」

 

警官隊が銃を向けて発砲するも何の反応も無くエネミーはこちら側に向かって来る。パトカーのドアを掴んだエネミーは、そのままドアを車体から引き千切ると振り回し始めた。

 

「ギュゥウゥルィィッ!」

 

ガン、ガン、と振り回されるドアが警官隊に当たり、その度に人が吹き飛ぶ。抵抗も虚しくあっという間に壊滅した抵抗部隊を尻目にエネミーたちは再び破壊活動を始めた。

 

「こちらはK駅前です。今現在、ここではエネミーが現れ破壊活動を行っています。近隣の住民の皆さんは速やかに避難をしてください!」

 

テレビ局のキャスターがやってきて一連の映像をカメラで捉える。破壊される建造物、泣き叫ぶ人の声、エネミーの咆哮……生々しく映るその映像を日本中に人々がテレビを介して見ていた。

 

「あぁぁぁん!わぁぁぁん!おかぁさぁん!」

 

カメラが泣き叫ぶ小さな女の子を映し出す。どうやら母親とはぐれてしまった様だ、必死になって母親の事を呼び続ける少女の前に、一体のエネミーが立ちはだかった

 

「ひっ……!」

 

先ほどまでの鳴き声が嘘の様に少女は黙り込む。そんな少女に向かってエネミーはその鋭い爪を振り上げた……その時だった

 

ブゥゥゥゥゥゥン……

 

遠くから聞こえるエンジンの駆動音、徐々に大きく、こちらに近づいて来るその音に人間もエネミーも注目し、動きを止めた。

市街地に続く長い国道の向こう側から近づいて来る二つの影、黒と青のバイクに跨った二人の人間が猛スピードでこちらに向かってきているのが見える。

 

「謙哉っ!行くぞっ!」

 

「OK!」

 

二人は腰にドライバーを当てると、片手を離してカードを掴み取る。バイクが駅のターミナルに差し掛かろうとするその時、二人は同時に叫んだ。

 

「「変身っ!」」

 

<ディスティニー! チェンジ ザ ディスティニー!>

 

<ナイト! GO!ファイト!GO!ナイト!>

 

そのまま二人は左右に分かれるとそれぞれ目の前の敵にバイクでの強烈な体当たりを喰らわせる。あの少女を襲おうとしていたエネミーを吹き飛ばした後、バイクから降りた勇は少女の頭を撫でながら彼女の無事を確かめる。

 

「もう大丈夫だ!立てるか?」

 

「う、うん!」

 

「よし!ここは危ないから急いで逃げるんだ!」

 

「わ、わかった!」

 

とてとてと走り出した少女を見送った後、振り返った勇はディスティニーソードのカードを取り出すと身構える。目視できる敵の数は四体、うち一体は恐らくボス級だ。

 

「へっ!ちょっと物足りねぇが相手してやるよ……ゲームスタートだ!」

 

<運命剣 ディスティニーソード!>

 

カードをリードしてディスティニーソードを召喚する勇、民間人の避難が完了している事を確認すると一目散に敵の集団へと斬りかかって行く

 

「うらぁっ!」

 

「ガガッ!?」

 

敵の一体を切り伏せ、二体目へと向かう。まずは敵の体勢を崩す事を目的とした突きを繰り出し、相手の体をのけ反らせた勇はそのまましゃがみ込むと足払いの要領で剣を振り回す。

 

「グギッ!?」

 

「おっっしゃぁっ!」

 

足を斬られバランスを崩したエネミーに向かって強烈な振り下ろしを決める勇、確かな手応えと共に目の前のエネミーから火花が飛び散った。

 

「ガガアァッ!?」

 

「これで終いだぁっ!」

 

<スラッシュ!>

 

ディスティニーソードに斬撃強化のカードを読み取らせる勇、そのまま敵に躍り掛かった後、目の前で怯む敵に向かって剣を振り下ろした。

 

「ギャァァァァァッ!」

 

斬撃、悲鳴、爆発……一連の流れをものの数秒の間に行った後、勇は次の相手に挑みかかる。しかし、そんな彼の背中に向かって一体のエネミーが飛び掛かった。

 

「っっ!やべっ!」

 

とっさに振り向いて迎撃しようとする勇だったがどうやら間に合いそうにない。ダメージを受ける事を覚悟して歯を食いしばった彼だったが……

 

「もう、油断大敵だよ勇!」

 

勇の前に謙哉が割って入ると、左腕に付けられたイージスシールドで敵の攻撃を受け止めた。そのまま左腕を振るうと、敵は盾に弾き飛ばされる形で攻撃を受け、よろめき体勢を崩す。

 

「サンキュ、謙哉」

 

頼りになる相棒に感謝の意を示すと、勇は再びエネミーに向かって斬りかかる。後ろの敵は謙哉に任せても問題ないだろう。そう考えた勇はホルダーから筋力強化のカードを取り出すとギアドライバーにリードする。

 

<パワフル!>

 

跳び上がり強烈な一撃を見舞う勇、謙哉もまた立ち上がったエネミーに蹴りを喰らわせると、そのままの勢いを持って拳の連打を叩きこむ。

二人が果敢にエネミーと戦う姿は先ほどまで駅の惨状を映していたカメラにもしっかりと撮られており、生放送の番組のキャスターが興奮気味に実況を続ける。

 

「な、何なのでしょうか彼らは!?突如バイクに乗った二人組の仮面の戦士が現れ、エネミーと戦いを開始しました!襲われそうになっていた少女を助けた事から我々人間の味方の様ですが……」

 

キャスターの実況が続く間にも二人の戦いは進む。勇は回転切りの要領で一気に二体のエネミーを切り払うと、再び体を反転させながらその二体の胴を切り裂く、謙哉はエネミーの胸に拳を叩きこんだ後、盾の付いた左腕での強烈な裏拳をよろめく相手の側頭部に喰らわせる。

 

「ウゥガァァッ……!」

 

エネミーの内、勇が相手をしていた雑魚と思われる二体はその攻撃で爆発し、光の粒へと還って行った。

残るは謙哉と戦うボス格のみ、振り返った勇の目に謙哉が自分の盾を叩いて勇に手招きをしている姿が映った

 

「……なるほどな、いっちょ行くか!」

 

その意図を理解した勇は謙哉に向かって走り出す。剣を上に構え、何時かに使ったあの必殺技を発動する。

 

「たぁっ!」

 

剣にエネルギーが溜まり始めたのを見計らって勇はその場から跳び上がる。着地地点の目標は謙哉の頭の上辺り、しかし無論そのまま謙哉を踏みつける訳では無い。

 

「勇っ!」

 

「おうよっ!」

 

謙哉が頭上に構えた盾を踏みつけて再び跳び上がる勇、二度の跳躍で十分に勢いがついた剣撃が残るエネミーに迫る!

 

<必殺技発動! ディスティニーブレイク!>

 

「おらっ!っしゃぁっ!」

 

縦の振り下ろしの後、横に切り裂く薙ぎ払い。最初に繰り出した時と同じ軌道を描いて放たれた必殺の一撃は、前と同じ様にエネミーの体に黒と紅の十字架を刻む

 

「グギッ……グガァァァッ!!!」

 

腕を広げ、じたばたともがいた後でエネミーは断末魔の悲鳴を上げて爆発四散した。戦いの終わりを確信した二人が緊張を解くと、それを待っていたかのように電子音声が鳴る。

 

<ゲームクリア! ゴー、リザルト!>

 

いつも通りに現れた画面を見てみれば、勇のレベル表記は5から6に上がっている。謙哉も2から4へとレベルアップしていた。

更に、暗くなった画面が再び明るく光ると、ラッキーボーナスの文字が浮かび上がり、勇の前に新たなカードが出現した。

 

「……『スマッシュキック』、蹴り技のカードかぁ」

 

「良かったじゃない。ラッキーだね、勇!」

 

「う~ん……俺、もうキック技のカードは持ってるんだよなぁ……あ、そうだ!謙哉、これお前にやるよ!」

 

「えっ!良いの!?」

 

「構わねぇよ。使ってみて気に入ったらそのままお前の物にしてくれ、俺は前に手に入れた奴が気に入ってるからな」

 

「わーい!ありがとう!」

 

手に入れたスマッシュキックのカードを謙哉に渡す勇、二人が変身を解除しようとした時、乗ってきたバイクに通信が入っている事に気が付いた。

 

『もしもしお二人さん、そっちの様子はどうですか?』

 

「オッサンか、こっちはもう終わったよ」

 

「このバイクのおかげであっという間に現場に辿り着けました!ありがとうございます!」

 

『そりゃあ良かった。と言いたい所なんですがね。実はもう一か所エネミーが現れたと言う報告があるんですよ』

 

「またかよ!?んで、今度は何処なんだ?」

 

『K市内の市街地です。規模はあまり大きくないようですが、場所が場所なので急いで対処をお願いします』

 

「あいよ。んじゃ、速攻向かってやるよ!」

 

ひらりとバイクに跨った勇はエンジンをかけると一気に速度を上げてその場から立ち去る。謙哉もまた安全運転を意識しながら勇の後を追って行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……指定されたポイントってここだよな?」

 

一足先に事件現場に辿り着いた勇はバイクから降りて周りの様子を確認する。しかし、そこで妙な事に気が付いた。

 

(なんか……静かすぎやしねぇか?)

 

エネミーの暴れる音どころか人の声一つもしない。本当にここにエネミーが現れたのかと心配になったが、逆に市街地に人っ子一人居ないのも何か事件が起きたからだろう。

つまり、この場で何かが起きた事は間違いないのだ。問題はなぜここまで静かなのかと言う事だが……

 

「……ん?」

 

ゆっくりと市街地を歩いていた勇の目に気になる物が映った。それは、何かを囲む様にして騒ぐ人だかりであった。

よくよく聞いてみれば拍手の様な音も聞こえる。何が何だか分からないが無事な人間が居るのは間違いない。もしかしたら向こうにエネミーが居るのかもしれない。

 

そう考えた勇はその人だかりに近づいて行く。ゆっくりと慎重にその様子を窺っていた勇だったが、突如としてその足を止めた。

 

「……嘘だろ?」

 

勇が目にした物、それは市街地に集まる人々の輪の中心に居た3つの人影

数多くの人から拍手喝采を受け、歓声を受けるその三人の姿は普通の人間とは異なっていた。

 

赤、青、黄の三色の装備に身を包んだその姿は、紛れもなく勇たちと同じ仮面の戦士だ。その証拠に腰にはギアドライバーが装着されている

 

「5、6、7人目の……戦士だと…?」

 

あまりにも早く、そして唐突なその登場に勇はただその姿を見る事しか出来なかった。

 

 



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サイドクエスト 蜂の軍勢との戦い

休日、謙哉が何をしていたか?と言うところに焦点を当てたお話です。


 

息を吸い、吐く。そして、ゆっくりと目の前に居る敵を見据える。

数日前、ムーシェンの村で遭遇した強敵『ジェネラルワスプ』、そいつがただ一体で森の中に立っている。

 

「……やっぱあいつを倒さなきゃ駄目か」

 

そう呟くと同時に一歩踏み出す。ガサリと音を立てて草むらを踏み分けながら先へ進む。

音に気が付いたジェネラルワスプが僕の方を見る。そして、ゆっくりとその拳を構えた。

 

「さぁ、始めようか」

 

そう言いながら僕はドライバーを取り出すとそれを腰に構える。両端からベルトが飛び出て、僕の体に装着された。

 

「……ギギッ」

 

静かな鳴き声が聞こえると共に風が吹く、今、この場に居るのは僕とジェネラルワスプの二人だけだ。

 

(エネミーを一人と数えるのはどうかと思うけどね)

 

自分の思考に自分でツッコミを入れながら、僕はここまでの道のりを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

金曜日の夜、僕の頭の中は新たに現れた3人の戦士の事で一杯だった。

可憐な女の子が変身したその姿、今までの戦士とはまた違う格好に僕と勇は違和感を覚えたものだ。

 

同時に僕の脳裏にはある事が思い浮かんだ。それは、これから先もこうやって新たな戦士が増え続けるのではないかと言う事だ。

 

ドライバーの量産が開始されると命さんは言っていた。ならば、僕のこの考えも決して間違いでは無いはずだ

戦いは激化する。それは間違いないだろう。戦う者の数が増えれば戦火は大きくなる物なのだから。

 

だとすれば、僕も強くならなければこの先戦い抜く事は難しくなるだろう。元々、僕は何かに秀でた人間ではない。このドライバーを手に入れたのも運が良かったとしか言いようの無い物なのだから

 

僕は強くならなければならない。自分の為では無く、このドライバーを託してくれた親友の為に、彼の隣で一緒に戦えるように、僕は強くならなければならないのだ。

 

だから、僕は自分を鍛え上げる事にした。その方法として選んだのがこのサイドクエストだ

 

蜂の軍勢との戦い……ムーシェン防衛戦をクリアした際に解放されたこのクエストは、名前の通りムーシェンに現れた蜂型エネミーと戦いを繰り広げるものであった。

 

クエストはムーシェンに住む一人の昆虫学者を訪ねる所から始まる。年老いた男性である彼に頼まれ、僕はまず村の近隣にある大樹に巣をつくった数体のアーミーワスプを退治する事になった。目的を終えて帰還した僕に向かって、年老いた昆虫学者はこう告げた。

 

「最近、ムーシェンで起こるエネミー絡みの事件を解決するために、この蜂型エネミーを退治して欲しい。無論、協力と報酬は惜しまない」

 

僕はこの頼みを快諾した。元々、自分を鍛える為にこなそうと思っていた試練だ、それに報酬まで受け取れるとなったら断る理由が無い。そしてこの休日の2日間を使って、次々にエネミーを討伐していった。

 

最初は数体のアーミーワスプを倒すものだったのが、最後の方にはソルジャーワスプとアーミーワスプの混成部隊を相手にすることになっていた。正直厳しい戦いだったが、何とかこれを潜り抜けた僕に向かって先ほど会った昆虫学者はこう言ったのだ。

 

「このまま雑魚を倒しても意味が無い。軍勢を指揮する将軍を倒すしかない」と……

 

その言葉を聞いたときに真っ先に思い浮かんだのが、今目の前に居るジェネラルワスプの事だった。

同じ仮面ライダーの光牙くんと櫂くんを相手取り、優勢に戦いを運んでいた強敵……そいつをたった一人で倒さなければならない。

 

確かにこの敵は強い、だが、僕だってあの日よりもレベルは上がった。戦いの経験も積んだはずだ。

 

倒せない敵ではないはず。そう考えた僕は、指定されたポイントに向かい、そこで出会ったジェネラルワスプに戦いを挑むために一歩踏み出して……今に至る、と言う訳だ。

 

「……頼むよ、サガ」

 

そっと自分の相棒である騎士の名前を呼ぶ。数日前、ギアドライバーを手に入れると同時に僕の元にやって来たこのカードは、今や僕にとってなくてはならない物だ。

盾を構えた守る為に戦う騎士……何かを壊す事よりも、守る事の方が性に合っている僕にとっては最高の相性と言えるカードだろう。

そのカードを右手に持ち、顔の横に構えると同時に僕は叫んだ

 

「……変身っ!」

 

ギアドライバーにカードを通し、その力を開放する。僕の身体を包む青い鎧の力強さを感じながら、左手を前に構える。

 

「ギギッ…!」

 

ジェネラルワスプもまた、自分の腕に生えている巨大な針をむき出しにして戦いの構えを取る。一対一の邪魔が入らない決闘が始まろうとしている中で、僕は必死に頭を働かせていた。

 

まず、純粋な一対一の戦いなら僕が有利だ。僕には左手の盾……イージスシールドがある。

身を守ることにも攻撃にも使えるこの盾があれば、相手の攻撃を防ぎながら戦う事が出来るだろう。真っ向勝負なら盾と言う武器は相当に強いはずだ。

 

反面、僕には戦いを決めるための必殺技が無い。正確には、受けた衝撃を蓄積させ、それを反射する技『コバルトリフレクション』があるが、それを使うためには相手の攻撃を防がなくてはならないのだ。

 

僕が選べる戦い方は二つ、一つは一気に攻め切り反撃の隙も与えないままに相手を倒してしまう事、しかしこれは無理だろう。相手との力量差は分からないがそう圧倒的な物では無い。と言う事は、一方的な戦いは出来そうに無いからだ

 

(……って事は、これになるんだろうなぁ)

 

選択肢その二、相手の攻撃を防ぎつつ着実にダメージを与えて行く。これが今回の僕の戦法だ。

カウンター気味になる分危険も大きい。だが、これしか戦い方が無い以上仕方が無い。

 

「……来いっ!」

 

「ギギギャァッ!」

 

僕の言葉に反応したジェネラルワスプが一気に距離を詰めて来る。繰り出される突きを防ぎ、そのまま盾を払う様にして胴に裏拳を叩きこむ。ぐっ、と鈍い感触と共に確かな手ごたえを拳に感じた。

 

「グワウッ!?」

 

「…しっっ!」

 

そのまま右の拳を相手の胸に叩きこむ。ドスッと言う音が鳴ると同時に、ジェネラルワスプが後ろに二歩、後退った。

 

(よしっ、行けるっ!)

 

緒戦は制した、このまま攻めきれれば一気にペースをこっちのものに出来るだろう。しかし、そう簡単に勝たせてくれる相手では無い。

 

「ガギガギガッッ!」

 

「うわぁっ!」

 

再び距離を詰めたジェネラルワスプは、両方の拳でのコンビネーションを繰り出してきた。

右、左、また左……それを何とか盾で防ぎながら反撃の機会を待つ僕、しかし……

 

(……駄目だ、隙が無さすぎる!)

 

拳での攻撃は武器での攻撃と違って軽く、そして速い。武器ならば一度防いでしまえば隙が出来るが、拳での攻撃では防いだところでまた次の攻撃がやって来るのだ。

右手を払っても左手で攻撃される。それを防げばまた右が……と言う様に、反撃に移る隙が見当たらないのだ。

 

唯一、この状況で僕に有利に働いている事と言えば、イージスシールドに衝撃が蓄積されている事だろう。しかし、先ほども言った通り拳での攻撃は軽い、数発防いだところで大した衝撃にはならないはずだ。

 

(どうする…?どうすれば良い!?)

 

このまま防ぎ続けた所でジリ貧だ、だが、無理に攻めれば手痛い攻撃を喰らうだろう。打開の手立てを打たなければ敗戦は免れない。僕は必死になって考える。

 

こんな時、勇ならどうするだろうか?たった一人の親友はどんな逆境だろうが諦めない。むしろ燃えて来るタイプだろう。

痺れる左腕の感触を感じながら、僕はその先を考える。勇なら、何も思いつかなくてもふてぶてしく笑うのだろう。そして、何事も無かったかの様に勝利をもぎ取る。そういう男だ。

 

まだ出会って一週間も経っていない。だが、彼の発する強烈な人を惹きつける何かは十分に感じられる。

 

そんな彼だからこそ僕は一緒に戦っていたいのだ、彼の隣で、背中を守れる位に強くなりたいのだ

 

(……そういえば、確か)

 

そこまで考えたところで僕はある事を思い出した。同時にこの状況を打開できる可能性のある策を思いつく。

正直博打だ、だが、何もしないよりかは何倍も良い。そう思った僕は覚悟を決めるべく大きく息を吸う。

 

(……僕は仮面ライダーイージス、無敵の騎士だ!恐れるな!前を向け!)

 

ゆっくりと繰り出される右腕を見る、もっと早く気が付くべきだった。さっきから攻撃のリズムが単調になっている。

繰り出される拳に合わせて僕は盾を前に突き出す。そして、そのままジェネラルワスプの体に盾を密着させる。

 

「グググッ!?」

 

僕のその行動に驚いたジェネラルワスプは一瞬動きを止める。僕にとってはそれで十分だった。

 

<必殺技発動! コバルトリフレクション!>

 

「ガァァァァッ!!!」

 

ズンッ、と言う衝撃が左腕に走る。イージスシールドから放たれた光線がジェネラルワスプを吹き飛ばし、背後の巨大な木に叩きつけた。

 

十分に威力が溜まっていた訳では無いから決着をつけるには足りないだろう。しかし、十分すぎる隙は作った。僕は駆け出しながらドライバーのカードホルスターを開くと、そこから一枚のカードを取り出す。

 

『スマッシュキック』……ついこの間、勇から受け取ったカード。強力なキックを繰り出す事の出来るこのカードなら、決着をつける事が出来るはずだ。

 

「グ……ガ……」

 

まだグロッキー状態のジェネラルワスプを尻目にカードをリードする。力強い波動を感じながら数歩助走をつけた僕は、勢いをつけて跳び上がるとそのまま空中で前方に一回転し、エネルギーの集まる左足を前に構えた。

 

<必殺技発動! スマッシュキック!>

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

鳴り響く電子音声、弾ける蒼の光、繰り出された跳び蹴りは見事ジェネラルワスプの胸部にヒットすると、そのまま突き抜ける様にして衝撃を残す。

 

「ギャァァァッ!!!」

 

断末魔の悲鳴、空中で反転した僕が地面に着地すると同時に爆発四散したジェネラルワスプは、その両腕に付いた針を残して光の粒へと還って行った。

 

「……勝った、のか…?」

 

地面に落ちた針を拾いながら呟く僕、息も荒く、倒れてしまいそうだ。

手の中にある二本の針をしげしげと眺めながら息を整えていると、針の内一本が光り輝き、その形を変えて行く。光が収まると同時に長方形のカードへと変貌したそれを掴み取ると、そこに書かれていた文字を読んだ。

 

「『パイルバンカー・ナックル』か……」

 

必殺技と書かれたカードを見るに、このカードを使えばジェネラルワスプのあの鋭い突きが繰り出せるのだろう。大きな収穫を手にした僕はガッツポーズをすると、昆虫学者に報告をすべくムーシェンの村に戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう。これでムーシェンの村にも平和が訪れる……何とお礼を言って良いか…」

 

涙交じりにそう言った昆虫学者は何度も僕にお礼を言った。彼もまたソサエティが生み出したNPCにすぎないのだろう。しかし、ここまでお礼を言われると恐縮してしまうのは確かだ

 

「……そうだ、話は変わるが君の持っているその針を研究用に私にくれないだろうか?」

 

そう聞かれた僕は迷いなく針を差し出す。僕が持っていても仕方が無いものだ、これもイベントの一部である可能性もあるし、彼に渡しておこう

 

「ありがとう!代わりと言っては何だが、この研究施設の動力の一部を君にあげよう。好きな物を選んでくれ!」

 

動力をあげるってどういう事だ?と疑問に思った僕の目の前に数枚のカードが浮かび上がった。なるほど、この中から好きなカードを選べって事らしい。

 

少し考えた後、僕は『雷(サンダー)』と書かれていたカードを手に取った。僕の蒼い鎧にはこの色が映える。そんな事を考えながら僕を見送る昆虫学者に別れを告げて家を出る。

 

「……もう夕方か」

 

休日のソサエティ探索の時間ももう終わりだ、明日からは休日が終わりまた学校が始まる。

もう寮に帰って休むべきだろう。新たに手に入れた2枚のカードをホルスターにしまうと、僕はゲートに向かって歩き始めた。

 

「待ってろよ勇、絶対に君に追いついて見せるからな……!」

 

君の背を守って、君の隣で戦えるくらいに強くなって見せる。覚悟を新たに歩く僕の休日は、静かに幕を下ろそうとしていたのであった。

 

 




本編の裏側でキャラクターがどう動いていたかを描くサイドクエスト、第一話は仮面ライダーイージスこと虎牙謙哉に主役を張って貰いました。

これから先も少しずつ書いていく予定ですので、気になるキャラが居たらご一報ください!


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アイドル&ライダー!?三人組の歌姫たち

 

 

『さて、今日は素敵なゲストをスタジオに呼んでいます!ディーヴァの3人です!どうぞ~!』

 

テレビではお昼のトーク番組が放送されている。勇は、施設の子供たちと共にその番組でゲストとして迎えられた少女たちの事を見ていた。

 

『や~!どうもこんにちわ!来てくれて嬉しいよ!』

 

『いやいや!アタシたちも最近引っ張りだこで忙しいけど、やっぱり呼ばれたからにはちゃんと応えたいじゃ~ん?』

 

『ありがたい限りです!では、今日はディーヴァの3人に色々とお話を伺ってみましょう!』

 

そこで映像が切り替わり、画面には今回のゲストである『ディーヴァ』に関する情報が纏められたVTRが流される。

歌と踊りの正統派アイドルグループ、ディーヴァ……今、日本で最も注目されている少女たちだ。

 

『いや~、いつ見てもカッコよくまとめてくれてるねぇ!アタシは嬉しいよ!』

 

そう言ってスタジオの笑いを誘うのはリーダーの新田葉月(にったはづき)、茶髪に染めた髪と弾ける様な笑顔が向日葵の様に眩しく光っている。

清楚と呼ぶには派手でギャルと言うにはおとなしめの彼女は、格好いい女子高生ランキングの上位にランクインし続ける男子系女子だ。

 

『いやでも、もう少し可愛くアイドル風にまとめても良いんですよ?ほら、アタシの可愛いシーンとか集めてさぁ!』

 

その一言にスタジオ中が笑いに包まれる。可愛らしくこつんと自分の頭を叩いた葉月の姿をカメラが捉える。お茶の間にも笑顔を届けたこの少女のスマイルをばっちり撮ったこのカメラマンは後でいろんな人に褒められるだろう。

 

『気にする事無いのに、葉月ちゃんは何時でも可愛いよ!』

 

『も~!弥生はそうやっていつも可愛い事言って~!これじゃアタシの可愛さが薄まっちゃうじゃ~ん!』

 

『わわわ!葉月ちゃん、やめて~っ!』

 

そんな中、フォローを入れたメンバーの一人片桐(かたぎり)やよいの髪をわしゃわしゃとかきむしる葉月、ふわふわとした栗色の髪が膨らむ度に、画面越しだと言うのに良い匂いが伝わってきそうである。

3人のメンバーの中でも一番正統派のアイドルに近いやよいは、その可愛らしい仕草と実直な性格で着実にファンを増やしている。こうやって葉月に弄られる姿もとても可愛らしく、小動物を見ている気分になるのが彼女を応援したくなる理由だろう。

 

『……二人とも、トークが始まらないからおふざけはその辺にして』

 

『『は~い!』』

 

クールに二人を嗜めたのはメンバーの最後の一人、水無月玲(みなづきれい)だ。圧倒的歌唱力とビジュアルを持ち、クールな振る舞いをする彼女に対しては男性よりも女性のファンの方が多い。

半面、歌の仕事以外には精力的では無く。カメラを向けられている時も笑顔を見せない事から「笑わない女神」とまで呼ばれる彼女だったが、メンバーとの仲は良好な様だ。

 

少し前にデビューしてからそこそこの注目度を持って今まで活動を続けて来たディーヴァの3人、しかし、最近彼女たちが注目されてきたのには理由がある。

そのその一件を目前で見た勇は、二日前の事を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……一体どうなってるんだ?」

 

目の前で喝采を浴びる三人の戦士に視線を向ける勇、その後ろから追いついて来た謙哉が声をかける。

 

「勇!これは、一体……?」

 

「分からねぇ、でも、あいつらがエネミーを倒したのは間違いなさそうだな」

 

そう言いながら勇は三人組の観察を続ける。赤、青、黄色の三色の装備を身に纏った三人だが、勇はその姿に違和感を感じていた。

 

「……なんか、僕たちのとは違う気がするね」

 

「お前もそう思ったか?」

 

謙哉のその言葉に勇も同意する。そして再び、観衆に囲まれる三人の姿を見た。

 

勇たちが違和感を覚えた三人の姿、それは、一言で言えば近代的なのだ。

勇や謙哉達が変身した姿は、分かりやすく言えば中世の騎士の様だ。鎧に身を包み、剣を振るって戦うRPGのキャラクターとも言える。

 

しかし、今目にしている三人組は違う。メカの様な装備に身を包み、鎧と言うよりかはパワードスーツの様だ。そして何より、そのカラフルさに目を奪われる。

先ほど赤、青、黄色と記した三人の装備の色だが、正確に言えば、ピンク、シアン、イエローだろう。派手、と言うよりかは可愛らしい。何と言うか、そう、あれではまるで……

 

「あぁ……?」

 

そこまで考えたところで勇はあるとんでもない事実に気が付いた。急ぎ謙哉の肩を叩き、その事を伝える。

 

「謙哉!胸、胸だ!」

 

「胸?いきなりどうしたのさ?」

 

「胸だよ!あいつら、胸があるんだ!」

 

「はぁ……?」

 

謙哉は勇の言葉の意味をいまいち理解しきれていない様だった。胸なんて人間だれしもある物だろう。そう考えながらも謙哉もまた指さされた三人組の胸を見る。

至って普通だ。膨らみのある丸い胸部があって、それだけ、謙哉は勇に言葉の意味を問い質そうとしてとある事に気が付く。

 

(……膨らみ?)

 

もしや、と言う可能性が頭の中に広がる。勇も何かに気が付いた謙哉の顔を見ながらがくがくと首を縦に振っている。謙哉もまた再び三人組の方を見ると、思い浮かんだ可能性を自然と口にしていた。

 

「もしかして、あの子たちって……」

 

「女、だろうな」

 

言葉の後を継ぐようにして口にした勇もまた彼女たちの方を見る。可愛らしい近代的な装備、カラフルな意匠、膨らんだ胸……その事から考えられる可能性はたった一つだ。

あの三人組は女性だ、しかも、ドライバーを持っている。もしかしたらどこかの学校の生徒なのかもしれない。その場合、自分たちと歳は変わらないだろう。

 

一年生がソサエティの攻略に挑めない事を考えると2年生か3年生、可能性が高いのは2年生だ。来年卒業してしまう学生にドライバーを渡してしまうのはもったいない気がする。

そんな予想を立てていた勇の前で3人の戦士たちはドライバーを外すと、その正体を惜しげも無く公開したのであった。

 

「みなさ~ん!エネミーは倒しました!もう安心で~す!」

 

「周りの安全点検の為に今しばらく動かないでくれよ!」

 

「……協力に感謝します」

 

3人が3人とも可愛い。アイドル並みだという感想を持った勇の周りで、集まっていた観衆たちが騒ぎ始めた。

 

「あ、あれって……もしかしてディーヴァの3人!?」

 

「マジで!?じゃあ、あの化け物をやっつけたのってアイドルなの!?」

 

「ディーヴァ?アイドル……?」

 

「もしかして勇、あの3人の事を知らないの?」

 

聞きなれない単語に眉をひそめた勇に対して、謙哉が驚いた顔で尋ねて来る。その反応にやや驚きながらも、勇は正直に答えた。

 

「……知らねぇ、そんなに有名なのか?あいつら」

 

「有名だよ。アイドルグループ、『ディーヴァ』……少し前にデビューして、ルックスと歌のセンスでそれなりに人気も出てるし、テレビのCMにも起用されてるはずだよ」

 

「あんまりテレビ見ねぇからな、俺……」

 

自分が流行に後れている事に軽くショックを受けながらも勇は事の次第を見守る。簡単に世間に正体をあかしてしまった彼女たちの目的は何なのか?その事を疑問に思いながら、勇は目の前のアイドルグループから視線を逸らせないでいたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから先は簡単な話だった。

 

すぐさまやって来たテレビの取材に慣れた様子で応えた彼女たちは、自分たちが正義の味方である事をアピールしたのだ。

周りに居た観衆のインタビューもあり、この2日間で世間は彼女たち『ディーヴァ』がソサエティの侵略に立ち向かう正義の味方の代表であると認知したのである。

 

現役アイドルがスーパーヒロインだなんて話題性抜群の話を誰もが放っておく訳が無い。取材に次ぐ取材、テレビでの報道、etc……あっという間に、世間はディーヴァの話で持ち切りになった。

 

(多分、俺たちの方が早くソサエティと戦ってたんだけどなぁ……)

 

多少納得いかない思いを抱えながらも、勇は相手の作戦を素直に認める。世間に自分たちの存在をアピールすると言うハイリスクハイリターンな行為を選択した彼女たちは度胸があるのだろう。もしくは、メリットの方が大きいと判断した冷静な思考の持ち主だ。

 

テレビで司会に対して笑顔で応対する彼女たちを見ながら、勇はその会話の内容に注目する。

 

『……ところで、3人はこの人たちの事を知ってる?』

 

司会の言葉と同時に後ろのスクリーンに映像が流れだす。そこには、変身した勇と謙哉がバイクを駆ってエネミーに突撃するシーンが映っていた。

 

「あ!勇兄ちゃんだ!」

 

「すげー!兄ちゃん有名人じゃん!」

 

子供たちの騒ぐ声をさておき、勇はこれに対して3人がどう答えるかに注目する。彼女たちと自分は面識が無い。つまりは自分の事など知る由も無いのだが……

 

『う~ん……知りませんねぇ、この人たちは?』

 

『3人が来る少し前に戦ってた人たちなんだけどね。世間じゃこの人たちの事を「仮面ライダー」って呼んでるらしいよ』

 

『仮面ライダー…?確かに、仮面をつけたライダーだけど、安直すぎじゃない?』

 

『この場合、私たちは仮面ライダーディーヴァ、って事になるのかしら?』

 

『う~ん、なかなかカッコいいんじゃない?さてさて、話を戻すと、3人はこの人たちの事は知らないんだね?』

 

『残念ながらね。多分、他の学校の人じゃないかな?』

 

『おお!つまりはライバルって事だ!?』

 

『そうでもあるし、味方でもあるね。ま、戦ったとしても負ける気はしないけどさ!』

 

葉月のその強気な発言にスタジオが大きくどよめく、勇も眉をひそめながら自信満々の葉月の事をテレビ越しに見る。

彼女たちはどうやってドライバーを手に入れたのか?正体を明かす様に指示したのは誰なのか?色々と疑問はある。しかし、今はそれを解明する手立てがないのも事実だ。

 

「……ま、明日学校に行けば何かわかんだろ」

 

若干お気楽にそう考えた勇は昼食を片付けると、明日の学校の準備をすべく自分の部屋に戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういう事よ、これは!?」

 

翌朝、教室に入った勇が目にしたのは怒り狂う真美とホワイトボードに貼られたいくつかの新聞であった。

 

『正義のヒロイン、現る!』『ソサエティの事はディーヴァにお任せ!』『歌って踊れるヒーロー!?』などの見出しが書かれたその新聞に記されている内容は間違いなくディーヴァ絡みだろう。あまりに恐ろしい真美の剣幕に押されながらもマリアがそれを宥める。

 

「あ、あの……どういう事と申されましても何が何だか…?」

 

「な・ん・で!このチャラチャラした女どもが私たちソサエティ攻略班の代表みたいに扱われてんのよって話!」

 

「ひぃっ!」

 

小動物の様に震えるマリア、対して大怪獣の様に吠えまくる真美は教室中に届く声で演説を続ける。

 

「良い!?今まで私たちが必死になってやって来た事をこのメスどもはたった一回の戦いで掻っ攫って行ったのよ!?おかしいと思わない!?」

 

「いや、確かにその通りだけどこれは相手が上手だったと考えるべきじゃ……」

 

「そこで納得してんじゃないわよ!馬鹿光牙!」

 

「……ご、ごめん」

 

光牙ですら真美を止められないとしたらもはやこの教室に真美をどうにかできる人間は居はしないだろう。勇以外のクラス全員が震えながら真美の怒りが収まるのを待っていた。

 

「あんた等!今日は全員でソサエティの攻略に行くわよ!調子乗ったこのアイドルどもをぶっ潰す成果を上げてやるんだからね!」

 

「………」

 

「返事は!?」

 

「お、おーーーっ!」

 

(……まるで暴君だな、おい)

 

恐怖の女帝と化した真美の横暴を黙って見ていた勇だったが、自分には関係の無い事と割り切って席に着く。こういう時に限ってだが攻略班から追放されて良かったと思っていたその時……

 

「龍堂、あんたも協力しなさい」

 

「はぁ!?何で俺が!?」

 

まさかの指名、驚きの声を上げながら抗議する勇だったが、真美はそれを無視してさらに詰め寄る。

 

「聞いたわよ。アンタ、あの場所に居たそうじゃない。アンタがもう少しまともに立ち回っていればこんな事にはならなかったわよね?」

 

「いや、それは流石に無理だって……」

 

「良いから責任とって手伝いなさい!ついでに虎牙の奴も呼んでおきなさいよね!」

 

「……俺の意見は無視かよ」

 

もはや誰も止められない暴君と化した真美に対してがっくりと項垂れながら、勇は今日の午後の予定が決まってしまった事を悲しんだのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かーなーしーみーをー、くりかえーしー、ぼくらはー何処へ行くのだろー……♪」

 

ラクドニアのど真ん中、人々で賑わう広場で悲しみの表情を浮かべながら歌う勇。その背中には哀愁が漂っている。

 

「……同情するけどさ、色々と情報を集められるチャンスだと思って割り切ろうよ」

 

「じーれーんーまはおわらなーい……♪」

 

謙哉の慰めの言葉も虚しく勇の独唱は続く、聞いているこっちまで悲しくなってくる歌声に近くを歩いている誰もが怪訝な表情で勇の事を見ていた。

 

「……なぁ、俺って攻略班から追放されたんだよな?何でこんな時に限って良いように使われなくちゃならねぇんだ?」

 

「信用されてるって事でしょ、こうやって一緒に行動していけば追放も無かった事になるかもよ?」

 

「別に構わねぇから俺を自由にしてくれ……」

 

泣きそうな声で呟く勇は遠く空を見上げる。別に今朝の話を無視しても良かったのだがそうすると明日が怖いのでなんだかんだで付いてきてしまったのだ。

もう少し強い心を持ちたいと思いながらも勇はがっくりと項垂れて今度は地面を見る。そして、ホルスターから数枚のカードを取り出した。

 

「あれ?なんだか種類が変わってない?」

 

「ああ、昨日施設のガキどもと交換したんだよ。使いやすそうな奴を貰って来た」

 

今まで勇が使っていたカードはディスティニーソードのカードとクラッシュキック、そして斬撃強化のスラッシュのカードだ。言い換えればそれ以外のカードの使用頻度は低い。

そこで、丁度「希望の里」に帰った事を良い事に、勇は施設の子供たちから使えそうなカードと自分のカードを交換して来たのだ。枚数は変わらないが、これで戦略の幅は広がるだろう。

 

「謙哉も気になったカードがあったら持ってって良いぞ、施設にゃダブってるカードが結構あるみたいだしな」

 

「ありがとう、でも、それには及ばないよ」

 

そう言いながら自身のホルスターを開くと謙哉はそこから2枚のカードを取り出す。今まで見た事の無いそのカードに勇は目を丸くした。

 

「おいおい、どうしたんだよそのカードは?」

 

「この土日にちょっとね。運よく新しいカードも手に入ったよ」

 

「へぇ、お互いに戦力の補強は十分ってわけか」

 

にんまりと笑う勇につられて謙哉も笑みを浮かべる。機動力を確保するためのバイクカードも手に入れた二人は徐々にその力を蓄えてきている様だ。

新しい脅威に対しても準備は万全に整えられている事を確認して、二人は椅子から立ち上がる。とりあえず情報収集でもと考えていた二人の前に慌てた様子のマリアが姿を現した。

 

「い、勇さん!虎牙さん!大変です!」

 

「どうしたんだマリア?そんなに慌てて…」

 

「ひ、開いたんです!」

 

「開いたって、何が?」

 

「関所が、開いたんですよ!それで、ディーヴァの3人が来たんです!」

 

「「はぁっ!?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何?あんたたちは何の用でここに来たわけ?」

 

「その制服、虹彩学園かぁ……丁度良いね!」

 

急ぎ北の関所に駆けつけた3人が目にしたのは、テレビで見たあのディーヴァの3人と10数名の女子が開いた関所を背にして真美と向かい合っている姿であった。

 

ディーヴァの3人と後ろの女子たちは皆同じ制服を身に着けている。どうやら彼女たちは同じ学校の生徒の様だ

 

「……私立薔薇園(ばらぞの)学園の生徒たちが何の用でここに来たのかって聞いてんのよ、こっちの質問に答えなさい!」

 

「別に~、門を通った先がここだったってだけだし、特に用事があって来た訳じゃ無いんだけどさ……」

 

真美の質問にディーヴァのリーダー、新田葉月が答える。一度言葉を切った後、懐からドライバーを取り出した彼女はそれを見せつける様にしながら再度口を開く

 

「これ、持ってる人って居るよね?そしたら、アタシたちに渡して欲しいんだけど」

 

「はぁ!?」

 

大胆不敵と言うか、傍若無人と言うべきか……その恐れを知らない言葉に真美だけでなく周りの虹彩学園の生徒たちからも驚きの声が上がる。その様子を楽しみながら、葉月は話を続けた。

 

「1か月近くかかって関所の一つも開けられてないんでしょ?そんな奴らにこのドライバーは過ぎた物だよ。アタシたちが有効に使ってあげるから差し出せって言ってんの」

 

「……それはちょっと言いすぎじゃないかな」

 

流石に葉月の口ぶりに腹が立ったのか、光牙が彼女の前に姿を現し抗議する。品定めする様に光牙を見た後で、葉月は口を開いた。

 

「アンタがドライバ所持者?ああ、今は仮面ライダーって言った方が良いのかな?」

 

「その通りだ、確かに俺たちは君たちに比べて攻略が遅れているかもしれない。でも、それを君たちに馬鹿にされる筋合いはないはずだ」

 

「ははっ!エリート面して周りを見下してる虹彩学園の奴らにそんな事言われるなんて思いもしなかったよ!」

 

「……そもそも、エリートのくせして女子校の私たちの遅れを取ってるって時点で大分情けないと思うのだけれど」

 

「んだと、このアマッ!」

 

せせら笑う様にして口を開いた玲に対して櫂が怒りを見せながら集団の前に立つ、簡単に挑発に乗った櫂の様子を見て、玲はさらに馬鹿にした様子の笑みを浮かべた。

 

「二人目も簡単に見つかった。この様子じゃ、大した相手じゃ無いかもね」

 

「てめぇ……!その澄ました面を泣き顔に変えてやらぁっ!」

 

「落ち着けよ櫂!俺たちは争うためにここに居る訳じゃ無いはずだ!」

 

「俺たちはな!でも向こうはやる気満々らしいぜ!」

 

櫂を嗜めようとする光牙だったが、櫂の怒りは収まりそうにない。対して、薔薇園学園側も戦いの準備を始めた様だ。

 

「向こうは二人、なら、アタシと玲で十分か」

 

「……速攻、終わらせる」

 

「で、でも、こんなことして良いんでしょうか?同じソサエティ攻略班だって言うのに……」

 

ディーヴァの最後のメンバー、やよいはこの戦いにあまり乗り気では無いようだ。しかし、周りの女子生徒も含めてここで戦う事に異存のある者は少ない。

 

「噂の仮面ライダーがどの程度のもんか知るにはいい機会だろう?まさか、アタシたちに負けるレベルじゃないよね?」

 

「ちょっと待った!お前らの会いたい相手はそいつらじゃねぇよ」

 

今にも戦いが始まろうとするその時、その場に居た全員に聞こえる様にして声を上げた勇が輪の中に入って来る。その後に続いて謙哉も姿を現し、全員が二人に注目した。

 

「へぇ……4人居たんだ、仮面ライダー」

 

「お前たちの探してるのは俺とこいつの事だと思うぜ、正真正銘、バイクに乗った仮面の騎士さ」

 

「……そう、でも私たちには関係ないわね」

 

「せいぜい貰って帰るドライバーが2つ増えたって事くらいさね!」

 

「ま、待ってよ!ドライバーは今現在使ってる人にしか使えない様になってるんじゃないの!?」

 

「はっ!なんだそれ?嘘をつくならもっとましな嘘をつきなよ!」

 

謙哉の言葉を軽く一蹴すると葉月と玲は懐からドライバーを取り出す。その様子を見た櫂も自分のドライバーを取り出した

 

「やる気なんだろ!?俺が相手してやるよ!」

 

「アンタ一人じゃ物足りないって!他の3人はかかってこないのかい?」

 

「……仕方が無い!」

 

「ったく、血の気が多い連中だな!」

 

「勇!光牙くんまで!」

 

「む、向こうが3人で来るなら私もっ!」

 

葉月たちに続いて光牙、勇、そしてやよいがドライバーを構える。何とか事を荒立てない様にと謙哉は双方を止めようとするが、それは無駄な努力で終わりそうだ。

 

「謙哉、こうなったらやるしか無いぜ」

 

「でも!僕たちは同じ目的を持った仲間じゃないか!」

 

「ふふふ……面白い事を言うのね、あなた」

 

「え……?」

 

謙哉の叫びに対して、玲が静かに笑いながら口を開く。ぞっとするほど冷たいその笑みに、謙哉の背中に嫌な汗が流れた。

 

「……所詮、このソサエティ攻略は学校同士の戦争みたいな物よ。互いに利権を喰いあって、出し抜こうとする……目的は一緒でも、私たちは仲間でも何でもないって訳」

 

「そ、そんな……!」

 

「あなたが戦わないなら別に良いわよ?そしたら、私があなたを倒してドライバーを貰うだけ……それでいいのなら、そのままぼさっと立ってなさい」

 

「くっ……!」

 

そこまで言われた謙哉もまた懐からドライバーを取り出す。まだ迷いはあるものの、戦う意思を見せなければただやられるだけだと判断した様だ

 

「……これで全員やる気になったって事だよね?それじゃ、始めるとしようか!」

 

葉月の言葉を合図に全員がカードを取り出す。そして、同時に叫ぶ

 

「変身っ!」

 

<ディスティニー! チェンジ ザ ディスティニー!>

 

<ナイト! GO!ファイト!GO!ナイト!>

 

<ブレイバー! ユー アー 主人公!>

 

<ウォーリア! 脳筋!脳筋!NO KING!>

 

<ディーヴァ! ステージオン!ライブスタート!>

 

ギアドライバーから展開された装甲に身を包む7人、互いに睨み合い、相手を見据える。

 

「……あの青い奴は私に頂戴、ああいう奴、見ててむかつくのよ」

 

「んじゃ、私が二人を受け持とうか!やよいは無理しないで、一人を相手してくれれば良いからね」

 

「う、うんっ!頑張るよ!」

 

それぞれの得物を手にしながら自分の戦う相手を決めるディーヴァの3人、対して、勇たちも拳を構える。

 

「良いかい?喧嘩を売って来たのは向こうとは言え、ここで大きな問題を起こすのはまずい。極力慎重に戦うんだ」

 

「分かってるよ!さっさとぶちのめしてやろうぜ!」

 

「……お前、何にも分かってねぇだろ?」

 

「どうしてこんなことに……!?」

 

それぞれの思いを抱えながら、7人の仮面ライダーたちは戦いの場に立つ、そして……

 

「さぁ……ゲームスタートと行こうぜ!」

 

勇の声を皮切りに、全員が駆け出した。

 

 



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激突ライダーバトル!そして……

「うっらぁっ!」

 

叫び声と共に櫂がグレートアクスを振り下ろす。間一髪でそれを避けた葉月は、ホルスターからカードを取り出すとそれをリードする。

 

<ロックビートソード!>

 

電子音声が流れると同時に現れたのは、エレキギターを模した剣であった。黄色く、刺々しいそれを手に取ると葉月は櫂に挑みかかる。

 

「さぁ、ライブスタートだ!」

 

ギュオン!と言うギターの鳴る音と共に繰り出された斬撃はグレートアクスによって押しとどめられた。鍔迫り合いで拮抗する両者の姿を見た光牙が好機とみて剣を手に背後から葉月を襲おうとするが……

 

「……ふんっ!」

 

「なっ!?」

 

「ぐわっ!?」

 

葉月がロックビートソードの弦を爪弾くと、周囲に音の衝撃波が広がった。その一撃を受け、櫂と光牙は大きく吹き飛ぶ。

 

「女の子を後ろから襲おうだなんて良い根性してるじゃない、勇・者・さ・ま!」

 

「くっ……!」

 

「光牙!あの女の口車に乗ってんじゃねぇぞ!」

 

すぐさま体勢を立て直した櫂が再び挑みかかるも、葉月はそれを容易く受け流すとギターを演奏するようにしながら戦いを続ける。

斬撃と衝撃波のコンビネーションに翻弄される櫂は、たまらず後退ると膝を付いてしまった。

 

「威勢の良い事言ってた割には弱いんだねぇ!これなら楽勝かな?」

 

「畜生!調子に乗ってんじゃねえぞ!」

 

無謀な突撃を繰り返す櫂を上手く操りながら有利に戦いを展開する葉月、その後ろではハンドマイク型の銃を手にした玲がその引き金を引いていた。

 

「ぐっ…!」

 

発射される青の銃弾、それらすべてを盾で防ぎながら接近する謙哉。相手の懐に飛び込むと銃を持つ右手を掴み、上に押し上げる。

 

「もう止めようよ!こんな事する意味なんてないだろう!?」

 

「……意味?そんなものを求めてどうするの?」

 

「え……?」

 

困惑した謙哉の隙を突き、玲は右脚で謙哉の腹部を蹴り上げた。

 

「がはっ…!」

 

「甘い、わね」

 

痛みで手を離した謙哉に対して容赦のない銃撃を喰らわせる玲、体に銃弾を受けながらも謙哉は必死に説得を試みていた。

 

「僕らは同じ目的を持った仲間だろう!?こんなところで戦ってないで一緒にソサエティの攻略をした方が良いじゃないか!」

 

「……あなた、理解能力が無いのね。さっきも言ったでしょう?私たちは目的は一緒でも仲間じゃない。敵同士ってこと!」

 

「わっ!?」

 

否定の言葉と共に繰り出された銃弾を盾で防ぎながら退く謙哉、そんな彼に対して玲は苛立った様子で言葉を投げかける。

 

「あなたみたいな人を見てるとイライラするのよ。世の中、誰もがお人よしだなんて思わない事ね!」

 

「そんな…僕は、ただ……」

 

口にする言葉もすべて銃撃の音で掻き消される。防戦一方でありながら、謙哉は玲の説得を諦めた訳では無かった。

 

「せいっ!やぁっ!」

 

「よっ、ほいっと!」

 

その頃、やよいと戦う勇は悠々と繰り出される拳を躱していた。何と言うか、戦いに慣れていない感が凄い。

よく訓練はされているのだろう。狙いは的確だし、当たると痛そうだ。だが、その攻撃には相手を思いやる気持ちがありありと現れていた。

 

(ったく、やりにくいったらありゃしねぇ……)

 

こういう相手ならば謙哉の説得にも耳を貸してくれたのではないかと思った勇だったが、少し考えてそれは無理かと考えを改める。

これだけ迷いを見せる人物が戦いに出たと言う事はその覚悟は相当なものだろう。ならば、半端な説得では意味が無いはずだ。

 

(なら、さっさと倒してやった方がこいつの為か!)

 

ディスティニーソードを取り出し、勇はやよいに斬撃を見舞う。ディーヴァの装甲から火花が散り、やよいは悲鳴を上げて吹き飛んだ

 

「ああっ…!っく…う…!」

 

その声に申し訳なさを感じながらも戦いを続けようとする勇、対するやよいもカードを取り出すとそれを使って武器を呼び出した。

 

<プリティマイクバトン!>

 

スタンドマイク型のロッドでディスティニーソードを防ぐやよい、だが、力の差は歴然としている。

 

「ぐっ…うっ……!」

 

泣きそうな声を出しながら必死に剣を防ごうとするやよい、勇は力を籠めると一気にその防御を突破した。

 

「たあぁっ!」

 

「きゃぁぁっ!」

 

再び吹き飛ぶやよい。勇は倒れ込んだ彼女を心配するように声をかける。

 

「おい、もう諦めろって、お前じゃ俺には勝てねぇよ」

 

少しやりすぎたとも思いながらやよいにそう告げると、勇はその場で棒立ちになる。もう戦う意思はないと告げるための行動だったのだが……

 

「……ふざけないで下さいっ!」

 

<ライフルモード!>

 

「あん?」

 

怒りの声と共に立ち上がったやよいは、その手に持つロッドの持ち手を変える。台座の部分をこちらに向ける様にしてロッドを手にすると、そのまま形を変えて銃の様な形態に変化させた。そして……

 

「バーン!」

 

「ちょ、おわっっ!?」

 

繰り出されるピンクの光弾、完全に油断していた勇はその攻撃をもろに受けてしまった。さっきとは対照的に倒れた勇に対してやよいは声をかける。

 

「私だって戦う覚悟はしてきたんです!それを舐める様な真似、しないで下さいっ!」

 

「あいたたた……くそっ、油断した…!」

 

やよいの怒りはもっとも、立ち上がった勇は自分の慢心を反省してから剣を構える。

 

彼女もまた覚悟を決めて戦いの舞台に立っているのだ、それを見下すのは良くない。なれば、全力で迎え撃つだけだろう。

 

「……悪かったな。こっからは手加減抜きで行くぜ!」

 

剣を振り上げ駆け出す。襲い来る光弾を躱しながら、勇はやよいへと真っ直ぐに向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぬうんっ!」

 

「おっと!危ない危ない!」

 

グレートアクスをひらりと躱し無防備な背中に蹴りを叩きこむ。よろめく櫂に挑発するように声をかけた葉月は、残りの二人の様子を伺うとホルスターから2枚のカードを取り出した。

 

「それじゃ、そろそろ決めちゃおうかね!」

 

その言葉を合図にしたかの様にディーヴァの3人は武器を構える。そして、互いに必殺の一撃を繰り出してきた。

 

<エレクトリック!サウンド!>

 

「まずはアタシのギターソロ、行くよっ!」

 

<必殺技発動! エレクトロックフェス!>

 

「に、2枚のカードだとっ!?」

 

葉月がロックビートソードをかき鳴らすと周囲に電撃が走った。全方向に無差別に繰り出されるその電撃をとっさに躱す4人、しかし、謙哉の背後から銃を構えた玲が姿を現す。

 

「はっ!?」

 

「……私のソロパート、聞き惚れなさい」

 

<ウェイブ!バレット!>

 

<必殺技発動! サウンドウェーブシュート!>

 

「くっ!」

 

向けられた銃から放たれたのは音波による攻撃、謙哉はとっさに構えた盾でそれをガードするも、完全に殺し切れなかった衝撃で吹き飛んでしまう。

 

「謙哉っ!」

 

「大丈夫、少しダメージは喰らったけどね……」

 

「カードを組み合わせる事でさらに強力な攻撃を繰り出せるのか…!?」

 

「あはは!コンボの事も知らないなんて本当にエリート校の生徒?駄目だなぁ!」

 

複数枚のカードを組み合わせての攻撃『コンボ』の威力に驚愕する光牙、そんな彼を嘲笑う葉月を無視して櫂が駆け出す。狙うはまだ攻撃を繰り出していないやよいだ。

 

「櫂っ!?何をする気だ!?」

 

「あの女も必殺技で攻撃してくる気だろう?その前にぶっ潰してやんのさ!」

 

「ふ~ん……狙いは良いけど、やっぱ馬鹿だね!」

 

「ぐわっ!?」

 

真っ直ぐ突っ込んでいく櫂に対して、両側から葉月と玲が挟み込む様にして電撃と音撃を叩きこむ。その威力に櫂は立ち止まり動けなくなってしまった。

 

「フィナーレです!盛り上がって下さい!」

 

<フラッシュ!ボイス!>

 

<必殺技発動! ファイナルソングディーヴァ!>

 

「し、しまっ…!」

 

身動きできない櫂に襲い掛かる光の奔流、まるでいくつものスポットライトが当てられたかの様に明るくなったその場所にピンクの音符が降り注ぐ

轟音、爆発、衝撃……その攻撃を喰らった櫂は大きく吹き飛び変身を解除させられると動かなくなった。

 

<GAME OVER>

 

「か、櫂っ!」

 

「まずは一人、案外ちょろいね」

 

「これなら楽勝ね」

 

「これで3対3……数は互角っ!」

 

櫂を仕留めて意気揚々と戦いを続けようとするディーヴァの3人、それぞれに武器を構えてやる気は十分だ。

 

光牙は彼女たちに押される様にして立ち上がる。味方を一人失った上に強力なコンボ攻撃まである彼女たちにどう対応すればいいのか分からなくなっていた光牙だったが、隣に居る勇が含み笑いをしながら立ち上がったのを見て困惑した表情を浮かべる。

 

「くくく……なるほど、そういうのもありなのな!」

 

「……何?おかしくなったのアンタ?」

 

「ありがとよ!お前たちのおかげでカードの使い方がまた分かったぜ!」

 

言うが早いが勇はホルスターからカードを取り出す。斬撃強化のスラッシュのカードと、休日に子供たちと交換して手に入れた火属性付加のフレイムの2枚のカードを手に取ると、ディスティニーソードにリードした。

 

<スラッシュ!フレイム!>

 

<必殺技発動! バーニングスラッシュ!>

 

「おっしゃ喰らえっ!」

 

剣が燃え上がり、炎に包まれる。勇は大きく腕を振ると、ディスティニーソードから炎の斬撃が飛び、ディーヴァの3人へと向かって行った。

 

「くっ!」

 

3人はそれぞれ別方向に飛び退き、迫りくる炎を回避する。葉月が反撃をしようと立ち上がったが、その目の前にはいつの間にか距離を詰めていた勇の姿があった。

 

 

「あっ!」

 

「もう一発!」

 

下から切り上げる様にして繰り出された一撃は葉月の体に見事に直撃し、彼女は悲鳴と共に吹き飛んだ。

 

「ああぁっ!」

 

「葉月ちゃんっ!」

 

「はっ!今だっ!」

 

葉月の危機にライフルモードに変化させた武器を手に持ったやよいが援護しようとするも、その瞬間を好機と見た光牙が勇同様二枚のカードをエクスカリバーに読み取らせながら接近する。やよいがその事に気が付いた時にはすでに遅く、光牙は必殺の一撃を繰り出そうとしている所だった。

 

<フォトン!スラッシュ!>

 

<必殺技発動! プリズムセイバー!>

 

「せやぁぁぁっ!」

 

やよいに迫る光の刃、とっさに武器を前に出して防ごうとするも勢いは止まらず、光牙の一撃はやよいの体に吸い込まれる様にしてぶち当たった

 

「きゃぁぁぁっ!」

 

<GAME OVER>

 

「やよいっ!葉月っ!」

 

光牙の攻撃を受けて変身を解除したやよいを目にした玲が叫ぶ、同時に二人を援護すべく勇と光牙に銃口を向けた時、ある事に気が付いた

 

(……あの青いのは何処!?)

 

自分と戦っていた謙哉の姿が見当たらない。その事に気が付いた玲の後ろから電子音声が響くのを彼女の耳は聞き逃さなかった。

 

<パイル!サンダー!>

 

<必殺技発動! サンダーパイルナックル!>

 

「っっ!?後ろっ!」

 

振り向いた玲の目に映ったのは、空中に跳び上がった謙哉が自分目がけて拳を振り上げている姿だった。右の拳には電撃と共に青いエネルギーが凝縮されている。あんなものを喰らえば装甲が薄い自分はただでは済まないだろう。

 

躱そうとしても遅い、防ぐ手立ても無い。挙句の果てに足がもつれ尻もちをついてしまった玲は腕を自分の顔の前で交差させて目をつぶる。そして、やって来る衝撃に備えてぐっと歯を食いしばった。

 

「………?」

 

だが、いくら待っても予想していた痛みは来ない。恐る恐る目を開けた彼女は自分の目の前で止まっている謙哉の拳に気が付く。

あとほんの数センチの距離で止められたその拳にはまだ電撃が籠っている。今からでも振り抜けば自分に大ダメージが与えられるだろう。

しかし、謙哉はその拳を引くと、改めて玲を説得した。

 

「……もう止めよう。こんなの間違ってるよ」

 

「……何?私が可哀そうだから攻撃をやめたってこと?馬鹿にしないで!」

 

怒りに震え銃を向けようとした玲だったが、そのまま謙哉に押し倒され腕を抑えられる。ドライバーを剥ぎ取られ変身を解除された彼女に対し、同じく変身を解除した謙哉は必死に言葉を投げかけた。

 

「おかしいよ!僕らは同じ人間じゃないか!相手がエネミーならまだしも、同じ人間同士で戦うなんて間違ってる!」

 

「うるさい!離せ!それでちゃんと私と戦え!」

 

「断る!君が納得するまで離さないし、君と戦うつもりも無い!」

 

思えばそうだ、謙哉は一回も自分を攻撃しようとはしなかった。まともに戦うつもりなど無かったのだ。

その事に怒りを燃やしながら玲は謙哉に向かって必死に抵抗を続ける。しかし、謙哉も必死に玲を説得しようとしていた。

 

「どけ謙哉!お前がやれないなら俺が相手になってやる!」

 

「勇ももう終わりにしようよ!こんな無益な事したって意味無いだろ!そっちだって怪我人が出てる、先に手当をしないと!」

 

やよいを指差して手当をする様に言う謙哉に対して玲の抵抗が少し緩まる。そして、呆れた様な顔をしながら謙哉の顔を覗き込んだ

 

(こいつ、馬鹿なの?)

 

何故戦いの最中に敵の心配をするのか?みすみす得た好機を自ら放り出す様な事をするのか?

 

この場合、正しい行動をしているのは勇だ。彼の言う通り自分を倒してしまった方が戦いを終わらせると言う事に関しては手っ取り早い。

なのに、目の前のこの男は誰も傷つかない方法で戦いを終わらせようとしている。その事が、玲には不思議でならなかった。

 

「せやぁっ!」

 

「……あっ!」

 

謙哉の言葉に動きを止めた玲と勇だったが、その隙を突いてまだ戦える葉月が謙哉と玲の間に割って入る。

繰り出された一撃を受けて怯んだ謙哉の手を無理やり振りほどくと、玲は自分のドライバーを手に取って再び戦おうとしたが……

 

「玲、一度退却するよ!やよいの手当てをしないと!」

 

「っっ!!」

 

葉月の言葉に動きを止め、迷った様に謙哉を睨んでいた玲は舌打ちと共に反転して味方と合流する。開いていく関所を見るに彼女たちは撤退するつもりなのだろう。

 

「……覚えておきなさい。私は、あなたを絶対に許さない!」

 

「えっ……?」

 

玲の憎悪の籠った言葉を聞いた謙哉はその視線を受けながら奇妙な感覚を覚えていた。

自分を憎む様な、それでいて羨む様なその感覚が玲から発せられているものだと感じた謙哉はとっさに前に二、三歩歩みを進める。しかし、その時には彼女たちは関所の向こう側に消えようとしている所だった。

 

「待てっ!こんだけ好き勝手させといて逃がすかよっ!」

 

「勇!待って!」

 

「龍堂くん!虎牙くん!」

 

薔薇園学園の生徒たちを追って同じく関所の向こう側へと向かう勇、謙哉もその後を追って関所の門をくぐる。光牙の二人を呼ぶ声が引いた後、門は完全に締まり、あたりには静寂が戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……こらっ!待てって言ってんだろうが!」

 

「勇!一人で追うなんて無茶だよ!」

 

関所の向こう側へと進んだ二人は薔薇園学園の生徒たちの姿を探してあたりを見渡す。だが、その目に飛び込んできた光景を前にして言葉を失った。

 

「……なんだ、ここ?」

 

「そんな、なんで……?」

 

二人の目の前では、暗い空が広がっている。それを照らし出す様にして光る明かりの数々

多くの車が通るハイウェイ、空飛ぶ飛行物体、天まで届く高いビルの数々……

 

「……SFかよ、まじで」

 

そこには、今まで自分たちが見て来たソサエティとはまた違った光景が広がっていたのであった。

 

 

 



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撃ち抜け運命!ガンナーディスティニー!

 

「何なんだよここは……?」

 

関所を潜り抜けた先に広がる近未来都市に仰天する勇、謙哉もまたこの異様な光景に目を丸くしていた。

 

「ここも同じソサエティなの……?」

 

「分かんねぇよ。でも、空飛ぶ車もあんなにでかいビルも見たことがねぇ、ここもゲームの中の世界だって考える方が妥当だろ」

 

「そりゃそうだけどさ……」

 

納得できないのは勇も同じだ、しかし、そう考えなければさらに納得できない事が増える。

とりあえずこの場所の事を知る為に行動を開始しようとした二人だったが、その周囲を多数の女子生徒が取り囲んだ。

 

「追って来たんだ、しつこい男は嫌われるよ」

 

「……でも、丁度良い。あなたとしっかり決着をつけておきたかったから」

 

「……ま、居るよな。普通に考えて」

 

女子たちを代表して前に出て来た葉月と玲の姿を見た勇が呟く、何を隠そう彼女たちを追ってここに来たのだから姿を現さない方がおかしいと言うものだろう

 

「んじゃ、第二ラウンドだ!」

 

「そうこなくっちゃ!今度は負けないよ!」

 

「ま、待ってよ!ここは落ち着いて話し合いで……」

 

「構えなさい。さっきの言葉通り、あなたは私が倒してあげる」

 

四者四様それぞれの反応を見せる中、何かを話していた女子生徒の一人が慌てた様子で集団から抜け出してくる。そして、手に持っていた機械を上に向けた。すると、そこから光が伸びて一人の女性の姿が映し出されたではないか

 

『……双方、そこまでだ。矛を収めよ』

 

「な、なんだぁ?」

 

女性は勇たちに戦いを止める様に告げる。急展開に困惑する勇だったが、葉月と玲は慌てた様子でその女性の姿を見ていた。

 

「が、学園長!?」

 

「全部見ていたのですか!?」

 

『……途中からな。葉月、玲、お前たちに他校との戦闘を許可した覚えは無いが?』

 

「すいません!しかし、戦力の補強を図る良い機会だと思ったので……」

 

「……どうやら、あの人は薔薇園学園の学園長らしいね」

 

謙哉の言葉に黙ってうなずく勇、葉月たちの様子を見るに先ほどの戦闘は学校側の指示では無いようだ。

勝手な行動を諫められ、詰問されている葉月と玲はかなり狼狽している。薔薇園の学園長はそれほどまでに怖い人物らしいなと勇は思いながら事の成り行きを見守っていた。

 

『……言い訳は結構だ、まずは帰還しろ。客人も連れてな』

 

「は、はい!」

 

その言葉を最後に女性の姿は消える。ややあって、照れた様な顔でこちらを見た葉月は頭を掻きながら勇と謙哉に告げた。

 

「……と言う訳でさ、悪いんだけど一緒に来てくれる?やだって言っても引っ張ってくからね!」

 

「拒否権無いじゃねぇか!」

 

「だってそうしないとアタシたちが叱られるんだもん!お願いだから来てよー!」

 

「はぁ……何だよお前、さっきまでと態度が違うだろうがよ……」

 

「まぁまぁ、良いじゃない。戦いになるよりかはましでしょ?」

 

呆れて溜め息をついた勇を嗜めながら謙哉は葉月の提案を承諾した。その言葉を聞いた葉月が満面の笑みを浮かべて手を取る。

 

「あーりーがーとー!じゃあ、後ろに付いてきて!すぐそこに私たちのゲートがあるからさ!」

 

叱られる心配がなくなった事に喜びながら葉月は歩き出す。勇は苦笑を浮かべながらその後ろに着いて行き、謙哉もそれに続こうとしたが……

 

「……まだ、諦めたわけじゃ無いから」

 

「え……?」

 

後ろからやって来た玲の一言に立ち止まり彼女を見る。玲は謙哉の事など見向きもせずに先に行ってしまった。

 

「なんでそんなに僕の事を毛嫌いするんだよ……」

 

冷たい態度に困惑しながら、謙哉もまた薔薇園学園の生徒たちの後を追って行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっわー……なんつーか、サイバーな街だな」

 

「ここはトリエアって言う都市、私たちの活動拠点だよ」

 

高くそびえ立つ摩天楼、街を闊歩するロボットたち……近未来の都市をそのまま表したかの様なトリエアの街は勇の度肝を抜いた。

 

「ここ、同じソサエティの中なんだよね?僕たちの知ってる景色とはだいぶ違うけれど……」

 

「アタシたちも驚いたよ、なんてったって関所を通ったらただっぴろい草原に出ちゃったんだもん」

 

「一体どういう事なんだ?天空橋のオッサンなら何か知ってんだろうけどよ……」

 

どうやら景色の差については薔薇園学園側も把握していないらしい。ゲーム制作者である天空橋に帰ったら話を聞こうと思いつつ、勇たちは薔薇園学園に繋がるゲートの前までやって来た。

 

「着いた着いた!ここを通ればアタシらの学校、薔薇園学園だよ!」

 

「んじゃ、お邪魔させて貰いますかね」

 

ゲートをくぐり現実世界へと戻る勇、薔薇園学園に辿り着いた勇が目にしたのは見渡す限りの女性たちだった。

 

「うお!流石にびっくりするな、これ」

 

「ははは!名前の通り美女揃いでしょ~?眼福、眼福!」

 

確かに葉月の言う通りだが数十名の女性が自分の事を注目していると言う状況は心臓によろしくない。後からやって来た謙哉もその光景を見るなりビクッとした態度で固まってしまった。

 

「……邪魔」

 

「わっ!?」

 

その背中を蹴り飛ばしながら玲が出て来る。多少よろめいた後で謙哉は背中をさすりながら勇に話しかけて来た。

 

「……凄いよね、流石県下一の女学校『薔薇園学園』だよ」

 

「確かにな。女の花園、って感じがすげぇする」

 

「……戻ってきたようだな」

 

話していた二人だったが、先ほど聞いたあの女性の声が聞こえたと同時にそちらの方向を見る。一緒に居た女子生徒たちは皆姿勢を正して女性を見ていた。

 

「学園長、ただいま戻りました!」

 

「勝手な行動の叱責は後でしよう。今は客人と話をするのが先だ」

 

そう言って二人の前にやって来た女性は勇たちを前にして堂々と立つ。勇は、その女性をしげしげと観察した。

 

歳は命とそう変わらなそうだ、ややこの女性の方が高く見える。30代位だろうか?しかしながら、この女性もかなり美しい。凛と立つその姿は正に高貴な薔薇だろう。

 

「……うちの生徒が無礼を働いたな。私はこの薔薇園学園の学園長を務めている園田百合子(そのだゆりこ)だ」

 

「ほんと大変だったんすよ?ドライバーをよこせって言ってきて戦いになるわ、訳の分からないとこに出るわ……」

 

「後できつく絞めておこう。その前に、君たちの疑問に答えるのが先だな」

 

絞めておこう。の言葉の所で葉月と女子生徒たちが顔を青ざめて震えるのが見えた。相当に恐ろしいおしおきが待っているのだろう。玲は軽くため息をついていただけだったが、それでも十分に反応をしているだけその恐怖が分かる気がした。

 

「……君たちの知っているソサエティとここでは大分様子が違うらしいな」

 

「はい。僕たちの知るソサエティは中世の高原と言う感じでしたが、ここはまるで……」

 

「SF世界の近未来都市……とでも言うべきかな。趣も、都市構成も何もかもが違う。しかし、ここもまたソサエティの中なのだよ」

 

「一体何でこうなってるんすか?」

 

「君たちは天空橋と言う男からディスティニークエストと言うゲームの事を聞いているか?」

 

「ええ、確かこのソサエティの元となったゲームの事ですよね?」

 

「そうか、なら話が早い。こんなところで立ち話もなんだ、場所を移そう……おい、葉月」

 

「は、はい!」

 

急に園田に呼ばれた葉月が敬礼のポーズを取って答える。その様子がおかしくてつい勇は噴き出してしまった。

 

「……私は客人を連れて学園長室に行く。お前と玲もやよいを医務室に連れて行ったら来い。丁度良い機会だ、色々と話しておこう」

 

「わ、分かりました!」

 

そそくさとやよいを連れてこの場から去って行く女子生徒を見送った後、勇と謙哉もまた園田に連れられてその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、まずはこのソサエティについて私の知っている事を話そう。と言っても、さほど詳しい訳でもないがな」

 

数分後、勇と謙哉、そしてやよいを医務室へとおいて来た葉月と玲の4人は薔薇園学園の学園長室で園田の話を聞いていた。

彼女はまず虹彩学園側と薔薇園学園側のソサエティの違いについて説明を始めた。

 

「さっきも話したが、元々このソサエティが一つのゲームを基にした世界であると言う事は知っているな?」

 

「はい。それは僕らも聞いています」

 

「私たちも前に学園長から聞きました」

 

「うむ……ディスティニークエスト、そのゲーム内容は主人公ディスとなって数々の世界を回ると言うものだったのだ」

 

「ディス……?世界を回る…?」

 

自分の持つカードの名と同じ名前を聞いた勇はその言葉を復唱する。園田は頷いた後で詳しい説明を始めた。

 

「RPGゲームと言ってもその舞台は様々だ。最もポピュラーな幻想的世界、SFの未来都市、戦国時代、魔術世界……他にも上げればきりがない位だ」

 

「……ディスティニークエストはそう言った世界を主人公が辿る物語だったって事すか?」

 

「その通りだ、故にこのような差が生まれた。全く別の空間に見えても同じソサエティの中だと言う訳だ」

 

「……あの関所は、別々の世界を繋ぐ門だったのか」

 

「そうらしいな、なにせ我々も初めて門をくぐった訳だから手探りの状況だったわけだ」

 

「んで、俺らに喧嘩を売って来たってわけか」

 

「その点に関しては申し訳ないと思っている。こちらの監督不足だ」

 

「だってアタシたちも戦力が欲しかったんだもん、機械魔王との戦いに備えなきゃならないしさ」

 

「機械魔王?」

 

聞きなれない物騒な言葉を耳にした謙哉がその言葉を繰り返す。それに静かに反応したのは玲だった。

 

「機械魔王……私たちの知るソサエティを支配するエネミー、要はこの世界のラスボスよ」

 

「ま、マジか!?そんなのと戦ってるのか!?」

 

「正確に言えば名前しか聞いたことは無い。しかし、前に倒したエネミーがその名前を言っていた事から存在は間違いないだろう」

 

園田の言葉に勇と謙哉はごくりと唾を飲み込む。名前だけとは言えついに明かされたボスの存在、この近未来都市風の世界にボスがいると言う事は、恐らく自分たちの方のソサエティにも同様のボスが居るのだろう。

その存在をひしひしと感じると共に緊張感が増す。強敵と戦うのはドライバ所持者である自分たちなのだから当然だろう。

 

「……名前だけって事は、どこに居るのかもどんな奴なのかも分かってないって事ですよね?」

 

「その通りだ。しかし、ソサエティ攻略の為には避けては通れない敵だろう」

 

「……へっ、面白いじゃねぇか!ボスがいてこそのゲームだもんな!」

 

「そんな風に簡単に言っちゃってるけど、そう簡単な相手じゃ無いよ」

 

「私たちも今詰まってるしね……」

 

「……どういう事?」

 

勇の言葉に反応した二人に対して謙哉が?マークを浮かべて尋ねる。園田は一度咳ばらいをした後、話を再開した。

 

「先ほども話した通り、我々は機械魔王の手下の一人を倒した。しかし、その先で更なる強敵に出会い苦戦を強いられていると言う訳だ」

 

「だからまず先に関所の先を見に行こうって話になったの。そこで戦力の補強が出来れば、攻略の手助けになると思ったんだけど……」

 

「……なるほどな。その敵が強くて攻略できねぇと」

 

「そう言う事だ。さて、ここからは私の提案だが、君たちにその敵の攻略の手助けをお願いしたい」

 

「「「「はぁっ!?」」」」

 

園田のいきなりの提案に4人は素っ頓狂な悲鳴を上げる。しかし園田はそんな事もお構いなしに話を続けた。

 

「今までディーヴァの3人と我が校の生徒が協力しても倒せなかった敵だが、君たち二人の仮面ライダーの力を借りれればもしかしたらと言う事もある。戦闘データを見るに君たち二人は虹彩学園側の切り札の様だしな」

 

「……んなもん、俺たちにメリットが無いじゃないっすか」

 

「ふふふ……不敵だな。この状況でも自分たちの利益をしっかりと考えるその気骨には敬意を示そう。君の言うメリットだが……私に貸しを作れるのはそう呼べるのではないかね?」

 

愉快そうに笑った園田は勇に対してそう告げる。そのまま微笑を絶やさずに話し続ける。

 

「私はこの学園のトップだ。政府関係者とも関わりがある。その証拠に試作量産型のドライバーとカードを真っ先に入手できた。そんな私に貸しを作れたら、それは君たちにも虹彩学園にも大きなメリットになるのではないかね?」

 

「……あんた、大分強かだな」

 

「そうでも無いとこの役職など務まらんよ。さて、この提案を飲んでくれるかね?」

 

「学園長!こいつらの力なんて必要ありません!私たちがレベルを上げればあの敵も……」

 

「玲、お前の意見は聞いていない。これは私と彼らの交渉だ」

 

「……っっ!」

 

我慢できないと言う様に立ち上がった玲を諫め、園田は勇と謙哉に回答を求める。ややあって、二人はほぼ同時に口を開いた。

 

「……構わねぇよ。そっちの敵がどんなもんなのか知る良い機会だ。協力する」

 

「僕は同じ目的を持った仲間同士助け合うものだと思っています。だから、助力を請われたらそれに応えるのが筋でしょう。協力します」

 

「結構!ならばすぐに出立だ、葉月、生徒たちを編成しろ」

 

「はいっ!」

 

園田の指示を受けた葉月はすぐさま部屋から出て準備を開始する。

勇と謙哉もまたゲートのある施設へと向かおうとしたが、俯いたままの玲に気が付き、なんと声をかければ良いかと思案を巡らせていると……

 

「……私は、あなたたちと協力するつもりなんて無い!」

 

そう言って玲は部屋から駆け出して行ってしまった。やや不穏な空気を感じながらも、二人は強敵との戦いに備え準備をしていったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっほ~~い!凄いねこれ!気持ちいい~~っ!」

 

数十分後、先に出発した女子生徒たちの後を追って勇たち4人は暗いソサエティの道をバイクで駆けていた。それぞれのバイクに2人ずつ乗ると全速力で突っ走る。その風を感じている葉月は楽しそうに叫び声を上げていた。

 

「あんま暴れんなよ!こちとら二人乗りは初めてなんだから」

 

「やー、ごめんごめん!でもアタシもバイクに乗るの初めてでさぁ……って、ん?二人乗り初めてなの?」

 

「あ?」

 

ヘルメット越しに楽しそうな笑みを浮かべた葉月が勇の方を見る。疑問を浮かべる勇に対してややおどけた様に葉月は切り出した。

 

「って事は、初めてこのバイクの後ろの乗せた女の子は現役アイドル美少女のアタシって事だよね!?どうよ?嬉しいんじゃない?」

 

「……ま、役得だとは思うけどよ」

 

「でしょ~!もっと感謝しても良いんだよ~!」

 

バイクの上だと言うのに身振り手振りも大きく話す葉月に苦笑を浮かべながらも良好なコミュニケーションを取る勇、少し前に戦っていた相手だとは思えないほどだ

 

「まぁ、さっきは色々あったけどさ、今は協力する仲間としてよろしくね!え~っと……」

 

「勇、龍堂勇だ。よろしくな」

 

「おう!よろしくね勇っち!」

 

「うおっ!?」

 

急に背中に抱き着いて来た葉月に驚き少しバランスを崩すも勇はそれを立て直してバイクを走らせる。しかし、今現在も少しばかり困った事が起きていた

 

(……む、胸が…!)

 

背中に感じる柔らかな二つの感触、平静を装っておきながらも勇は内心ドキマギしていた。

えへへと笑いながら背中に張り付いている葉月はその事に気が付いてる様子も無い。指摘して気まずい思いをするのも何なので、勇は黙っておく事にした。

 

(ま、これも役得って事だな)

 

多少のスケベ心と共に納得した勇はそのまま目的地へと向かう。なかなか良い関係を築けている二人に対して謙哉と玲はというと……

 

「………」

 

「………」

 

(……凄く気まずい!)

 

ここまでの数分間、まったくもって会話が無い。むしろ背中からはひしひしと殺気にも似た感覚が伝わってくる。

 

「あ、あのさ……その、今は協力する者同士として仲良くしようよ……ね?」

 

「嫌」

 

「あ、そう……」

 

口を開いてもこの調子、取りつく島が無いとはこの事だろう。ヘルメットの下で涙に暮れながら、謙哉は早く目的地に付いてほしいと切に願ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いたよ!ここが目的地!」

 

「……意外と近かったな。もう少し距離が離れてると思ったんだが」

 

「やっと着いたぁ……(涙)」

 

それからさらに数分後、目的地に到着した4人はバイクから降りて先に到着していた薔薇園学園の生徒たちと合流する。生徒たちが隊列を組む先に見える二つの塔、あれが目的地なのだろう。

 

「あれに乗り込むんだな?よっし、まずは部隊を二つに分けないとな」

 

「そうだね。あの塔の中で合流出来ればいいんだけど……」

 

「あ~……そうじゃないんだよねぇ~」

 

「は?そうじゃない?」

 

「どういう意味?」

 

「……まぁ、近づいてみれば分かる」

 

何やら意味深な事を言いながら先へ進む葉月と玲、勇と謙哉も疑問を覚えながらも二人の後に着いて行く

 

「……来るよ!全員戦闘準備!」

 

「は!?もう来るのか?まだ外だぞ?」

 

「良いから準備して勇っち!マジでやばいの来るから!」

 

焦る葉月に急かされドライバーを装着する二人、次の瞬間、大きな地鳴りと共に何処からか声が響いて来た。

 

『ま~た~来~た~の~か~!この小娘どもめ~!』

 

「何だ!?何が起きてんだ!?」

 

「こ、この声は!?」

 

困惑しまくりの二人の疑問に答える様に声の主が姿を現した。先ほど見た二つの塔の中心で、その塔を握りしめながら

 

「で、ででででで!でっけぇ~~っ!?」

 

巨大、あまりにも巨大なそのエネミーは小さなビル一つ分くらいの大きさはある。両肩には人一人分の大きさはあるのではないかと言うほどの直径の砲台が取り付けてあり、いかにもな巨大ロボの姿をした敵はこちらを見ていた。

 

「何、あの巨大ロボーーっ!?」

 

「お前らあんなのと戦ってんのか!?」

 

『何度追い払ってもやって来る小娘どもめ!この機鋼兵ガンゼルが今日こそ叩き潰してくれるわ!』

 

「く、来るよっ!」

 

機鋼兵ガンゼルと名乗ったそのエネミーの目が光ると同時に全員がパッとその場から飛び退く、勇と謙哉もまたそれに倣いその場から飛び退くと……

 

『てやぁっ!』

 

ガンゼルの目から放たれるビーム、それは火柱を作り上げながら真っ直ぐに地を払った。

地面もまた機械で出来ている為に被害はそれほどでもなかったが、あんなものが直撃したらただでは済まないだろう。

 

『行け、我が機械兵たちよ!あの小娘どもをスクラップにしてしまうのだ!』

 

「カウントダウン、開始します!」

 

「良し、全軍攻撃開始っ!」

 

機械の地面からロボット兵たちが続々と現れ攻撃を開始してくる。それに対抗する様に薔薇園学園の生徒たちもカードを使って戦闘を開始する。

 

「何!?あれが今回のエネミーなのか!?」

 

「そうだよ勇っち!気を付けて、あいつと戦える時間は10分しかないの!」

 

「どういう事!?」

 

「あいつの肩に付いている砲台は戦いの開始と共にチャージされて10分後には発射される。それを出されたらジ・エンドってこと」

 

「そう言う大事な事は先に言ってよ!」

 

「ごめん!謝る!でも今はあいつを倒さなきゃ!」

 

「お、おし!やってやろうじゃねぇか巨大ロボ戦!」

 

「これ、もう30分前の番組のヒーローがやる事じゃないの!?」

 

ガンゼル戦の注意を聞いた二人はややヤケクソになりながらもカードを構える。ディーヴァの2人もカードを構え、同時にドライバーに通した。

 

「変身!」

 

<ディスティニー! チェンジ ザ ディスティニー!>

 

<ナイト! GO!ファイト!GO!ナイト!>

 

<ディーヴァ! ステージオン!ライブスタート!>

 

それぞれ変身した勇たちはまずは目の前のロボット兵たちに攻撃を仕掛ける。武器を手に次々と相手を倒す4人だがロボット兵たちの数は減ってこない。さらにガンゼルの援護射撃が火を噴いた。

 

『くらえぇぇいっ!』

 

手首から放たれるミサイルの雨、悲鳴を上げながら逃げ惑う薔薇園学園の生徒たちは爆発に飲まれながらも必死に戦っている。

 

「わー、わー、わー!そりゃねぇだろ!」

 

勇もまた必死にミサイルの雨を躱してロボット兵たちを切り倒す。しかし、徐々にその動きが鈍って来た。

 

(な、なんだ?思う様に体が……)

 

そう思った瞬間、放たれたミサイルの雨に飲み込まれしこたま直撃を喰らう勇、思ったよりもダメージは少ないが痛いものは痛い。地面に倒れピクピクしている勇を放って、ガンゼルは次の得物に目を付けた。

 

『次は貴様だ!』

 

「ぼ、僕ぅ!?」

 

驚く謙哉に対してもミサイルの雨を繰り出すガンゼル、必死に盾を構えてもすべてを防げそうにない。謙哉が覚悟を決めたその時……

 

「これを使いなさい」

 

「えっ!?」

 

玲が近づいてくると一枚のカードを手渡して来た。早速謙哉はそれをイージスシールドに読み取らせる。

 

<ワイド!>

 

「お、おおっ!」

 

すると、イージスシールドの周囲から青いエネルギー波が現れ、大きな盾の形を取った。自分の周囲を十分にカバーできる盾を形成したそのカードのおかげでダメージを負う事無く攻撃を防ぐことが出来た事に謙哉は感動した。

 

(……ああいう風に言ってもあの子もしっかり連携を取ってくれるんだな)

 

このカードを使わせてくれた玲に感謝をしようと振り向いて見ると……

 

「……何?しっかり防いでよ」

 

玲もまた、きっちり自分の後ろに張り付いて謙哉にミサイルをガードして貰っている。時たま銃でガンゼル目がけて攻撃しながらも、謙哉を盾として利用してその後ろから離れる気配は見えない。

 

「君、僕の事を利用する気満々であのカードを渡したの!?」

 

「それ以外に何があるってのよ。気張りなさいよ肉壁!」

 

「何で君は僕に対してそこまで辛辣なのさ!?」

 

ダメージは無いとは言え盾を構える左腕が痺れる事には変わりない。それを無視してまるで雨を防ぐ傘の様に謙哉を利用する玲に対して謙哉の悲痛な叫びが木霊する。

しかし、攻撃が謙哉に集中しているおかげで他の生徒たちが助かっているのも確かだ、特に何故か動きが鈍くなった勇はその隙に体勢を立て直す。

 

「どうしたの勇っち、どっか怪我した!?」

 

「いや、なんか体が上手く動かないっつーか……」

 

ギクシャクとした動きでロボット兵と戦う勇、そのフォローをしながらも葉月は必死にガンゼル攻略の手立てを探す。

 

「うー、やっぱ駄目だぁ!どうしてもあいつに近づけないよ!」

 

「近づけない……?」

 

「ロボット兵が多すぎるんだよ!なにか手は無いかなぁ…?」

 

「動かない……近づけない……?」

 

今の自分の体と葉月の言葉を組み合わせて思考の海へと潜る勇、今の自分に出来る事は無いだろうか?

 

(確かにあいつに近づくことは絶望的だ、じゃあ、どうすればあいつを倒せる……?)

 

その答えを探す勇の目に玲の姿が映る。そうだ、近づけないとすれば、近づかないで攻撃する方法があればいい。つまり、ガンゼル攻略の為に必要な物は……

 

「強力な遠距離攻撃!」

 

そう叫んだ瞬間、勇の中で歯車ががっちりと噛みあった様な感覚が生まれる。それと同時に目の前が光りだした。

 

「な、何!?何が起きてるの!?」

 

突然の事態に困惑する葉月の言葉を耳にしながら勇はその光の中に手を伸ばした。そして、その中にあった物を掴み取る。

ゆっくりと光が消えた後に残った物、それは2枚のカードだった。

 

「運命の銃士 ディス」、そして「ディスティニーブラスター」と書かれた二枚のカードを手にした勇はそのカードをドライバーに読み取らせる。何故か、使い方は分かっていた。

 

<ディスティニー! シューティング ザ ディスティニー!>

 

流れる電子音声、再び展開される装甲。その全てが終わった時、勇の姿は大きく変わっていた。

 

RPGの騎士を思わせていた鎧は消え去り、代わりにサイバー風味のパワードスーツが現れる。右目の前にはバイザーがあり、敵との距離を正確に示してくれている。

ディーヴァの3人に近い未来的な装備に身を包んだ勇はすぐさま次のカードを使うとその姿に似合った武器を呼び出した。

 

<刻命銃 ディスティニーブラスター!>

 

現れた巨大な両手銃を掴む勇、カラーリングはディスティニーソードと同じ黒を基調にして赤を散りばめた銃、いかにも威力がありそうなその銃を構えると引き金を引く。

 

『ぬおっ!?』

 

放たれた赤い光弾は真っ直ぐにガンゼルに向かうとその顔面にぶち当たり爆発する。攻撃を喰らったガンゼルにこの戦いが始まって初めてダメージを受けた姿が見られた。

 

「……勇っち、だよね?何、その姿…?」

 

戸惑う葉月の声を耳にしながらゆっくりと前に出る。そして、再び銃の狙いをガンゼルに合わせると、勇はかの敵に向かって高らかに宣言した。

 

「さぁ、デカブツ……ゲームスタートだ!本気で行くぜ!」

 

『何を言うか小童が!』

 

いきり立ったガンゼルは再びミサイルの雨を繰り出す。しかし、勇はたじろぎもせずにディスティニーブラスターのボタンを押した。

 

<マシンガンモード!>

 

「行くぜぇっ!」

 

銃から繰り出される細かな光弾、すさまじい勢いで繰り出されるそれは迫りくるミサイルを次々に撃ち落としていく。

最期の一発が空中で爆発したのを確認した勇は、再びディスティニーブラスターのボタンを押した。

 

<ブラスターモード!>

 

「おらおらっ!」

 

駆け出すと同時にガンゼルに一発、そして迫るロボット兵にもう一発と引き金を引いて光弾を繰り出す勇。その攻撃を受けたロボット兵は一撃で粉砕され、ガンゼルはよろめいた。

 

「なんていう威力、これなら!」

 

それを見ていた葉月たちに希望が生まれる。あの威力で攻撃し続ければガンゼルを倒せるかもしれない。そう思った彼女たちだったが、カウントダウン役をしていた生徒の悲痛な叫びを耳にしてその考えは吹き飛んだ。

 

「残り1分です!もう撤退を!」

 

「えっ!?も、もう!?」

 

折角突破口が見えたと思ったのに時間が迫っていたのだ、その事に悔しそうに歯ぎしりしながら葉月はガンゼルを見る。

 

確かにガンゼルの両肩に設置された砲門は光り、今にも弾丸が発射されそうだ。悔しいが、ここは撤退するしかない。

 

「皆、撤退するよ!惜しいけど攻略はまた次回に……」

 

「何言ってんだよ、ここであいつをぶっ飛ばすに決まってんだろ?」

 

「ええっ!?で、でももう時間が……」

 

「10秒ありゃあ十分さ!おい、謙哉!」

 

「えっ!?な、何!?」

 

ロボット兵を相手にしていた謙哉は急に声をかけられて驚きながらも勇に応える。勇は、仮面の下で二カッと笑いながらこう聞いた。

 

「もう十分『溜まった』よな?」

 

「は…?あ、ああ!そうか!」

 

その言葉の真意を理解した謙哉は光り輝く青の宝石が埋め込まれた盾をガンゼルへと向ける。同じく、勇も銃口の先をガンゼルへと向けた。

 

『ふはははは!もう遅い、我が一撃を受けて滅ぶが良い!』

 

ガンゼルの砲門の光が一層強くなる。今にも飛んできそうな砲弾の気配を感じても勇と謙哉は怯まない。それどころか、二人は大声で叫びながらガンゼルへと狙いを定める。

 

「狙うのはもちろん……!」

 

「あのバカでかいカノン砲!」

 

<必殺技発動! コバルトリフレクション!>

 

<必殺技発動! クライシスエンド!>

 

「「行っけぇぇぇぇぇっ!!!」」

 

叫び声と共に発射される赤と青の光線は真っ直ぐにガンゼルの両肩の砲門へと伸びて行く、そして吸い込まれる様にその中へと入り込むと、カノン砲は大爆発を起こした

 

『な、なんだとぉぉぉっ!?』

 

「謙哉、決めるぞ!」

 

「分かった!行くよ勇!」

 

爆発と轟音が起きる中、二人は掛け声と共にガンゼル目がけて跳び上がる。ガンゼルを超えるほどの跳躍を見せた二人は、最大の武器を失いダメージから回復し切れていないガンゼル目がけて再び必殺技を繰り出す

 

<クラッシュキック!フレイム!>

 

<スマッシュキック!サンダー!>

 

<合体必殺技発動! Wライダーキック!>

 

「うおぉぉぉぉぉぉっ!」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

『ば、馬鹿なぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』

 

炎と雷を纏った跳び蹴りは凄まじい勢いで巨大なガンゼルの顔面へと直撃する。起きる爆発、衝撃……その一撃をうけたガンゼルは断末魔の悲鳴を上げた。

 

『こ、このガンゼルが敗れるとは……機械魔王様、申し訳ありませぬぅっ!!!』

 

とどめの一撃を受けたガンゼルはその叫びと共に大爆発を起こして光の粒へと還って行った。残された塔もまた崩れ落ち、その場には何も残らない。

 

「……勝った?勝ったの?」

 

「嘘……でしょ?」

 

徐々に勝利を理解した薔薇園学園の生徒たちから喜びの声が上がる。リザルト画面も現れ、この強敵との戦いが自分たちの勝利で終わった事に嬉しさを隠せない様だ。

 

葉月と玲もまた喜ぶと同時に今回の勝利の立役者の姿を探していた。すると……

 

「お~い……た、助けてくれぇ~…」

 

何とも情けない声と共によろよろとした足取りで二人が戻って来た。よぼよぼのおじいさんの様な動きでへたり込んだ二人は心底疲れ切った様子で口を開く。

 

「あ、あそこまでジャンプするとか流石に予想外だったわ……」

 

「おかげで脚が痛くて痛くて……」

 

「くっ……あははははは!」

 

折角のヒーローの帰還なのに全くカッコよくない事をうけた葉月が大声で笑いだす。そして、二人の頭をくしゃくしゃと撫で始めた。

 

「ありがとねー!二人のおかげで勝てたよ!」

 

「そ、そりゃあ良かった…」

 

「ちょ、ちょっと休ませて……」

 

「あはははは!何それ!?だっさーい!」

 

葉月の笑いは次々と周りの生徒たちに伝染する。気がつけば、その場に居たほとんどの生徒が笑っていた。

 

「もうちょいかっこよく決めれば私たち惚れてたかもなのにねー!」

 

「ほんと!でも、逆にそこが良いかも!」

 

きゃいきゃいと騒ぐ女子生徒たちにつられて勇と謙哉も笑みを浮かべる。そして、どちらともなく片手を上げると、相手の手に合わせハイタッチをし、互いの健闘を称え合ったであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうか、勝利したか」

 

『はい。彼らの戦力は予想以上です』

 

そこから少し離れた場所で玲は園田に対して報告をしていた。その勝利の報告に満足げに笑みを浮かべた後、園田は傍らの資料を見つめる。

 

「やはり、彼らとは手を組んだ方が良さそうだな。利用こそすれ敵に回すのは惜しい」

 

『……同意します。しかし、協力できるかと言われれば別問題です』

 

「お前はそういう人間だからな、仕方があるまい。しかし覚えておけ、彼らは敵ではない」

 

『……了解しました』

 

不服そうな声を最後に通信を切った玲に対して溜め息を漏らすと、園田は傍らの資料を見ながら呟く

 

「さて、これからどうなるかな……?」

 

彼女の持つ資料には、『虹彩学園及び薔薇園学園、同盟計画』と言う文字が刻まれていた。

 

 

 



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ドキドキ!?お泊り会は嵐の予感!

 

 

勇たちと薔薇園学園の生徒が戦闘を繰り広げた翌日、虹彩学園の職員室では波乱が起こっていた。

 

「そ、それは本当なのですか校長!?」

 

「あ、ああ……今朝、学園長から連絡があってな……」

 

「まさか……昨日の今日で薔薇園学園と協力関係を結ぶとは」

 

「学園長も大胆な手を打たれる……!」

 

教師たちが騒ぐ理由、それは、校長の口から告げられた薔薇園学園とのソサエティ攻略に関しての協力関係の締結されたと言う事実であった。

昨日戦闘を繰り広げ、お互いに敵視しても仕方が無いと思われた学園との同盟……さすがのエリート教師陣もこの展開は予想できずにいた為、この話を聞いたときは驚いていた。

 

「……更に、互いの生徒たちの親睦を深める為に一泊二日の親睦会を開催すると言うのだ」

 

「そ、それは何時行うのですか!?」

 

「……明日」

 

「明日ぁっ!?」

 

まさかの超ハイスピード展開に教師陣は驚きの悲鳴を上げたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『えー!?ディーヴァの3人、噂の仮面ライダーに会ったの!?』

 

『うん!すっごく強かったよ!マジでびっくりしちゃった!』

 

『ねぇねぇ!どんな人だった?カッコいい?可愛い?』

 

『う~ん……二人ともカッコいい系で、王子様と騎士みたいな感じの人かな!』

 

『わ~お!それは凄い!いや~、私も会ってみたいな~!』

 

「……いや、マジかよこれ」

 

朝食を食べながらテレビを見ていた勇は呆然としながら呟く、現在朝6時半、テレビでは昨日の夕方に放送されたディーヴァのインタビューが放送されている。

問題なのはそのテロップだ、ただのインタビューならまだしも何故かテロップに踊っている文字には「ディーヴァ、まさかの熱愛か!?」という不穏な文字が躍っている。

 

『昨日のテレビ番組内でこの様に発言したディーヴァのリーダー、新田葉月さん。あまりにも高いテンションにネットではまさか噂の仮面ライダーと恋仲になっているのでは!?という憶測が流れています!』

 

「無い、無いから。昨日会ったばっかりだから!」

 

『ネットでの意見は祝福する声が半分、残り半分は仮面ライダー死ね!と言う恨みつらみが綴られていました!』

 

「怖っ!ネット怖っ!ふざけんな!濡れ衣で呪われてたまるか!」

 

聞こえるはずの無いツッコミをテレビのナレーションに合わせて入れながら勇はパンを頬張る。そして、時計を見ると慌てて制服に着替え始めた。

 

「ったく、話が急すぎんだよなぁ……」

 

ぼやきながらいつもより大分重い荷物を背負うと玄関のドアを開ける。寮から学校まではすぐだ、この時間なら遅刻は無いだろう。

 

「合同合宿かぁ……」

 

昨日、急に告げられたこの行事の内容を思い浮かべながら勇は呟く、そして深く溜め息を吐いた。

 

 

 

 

二校合同合宿……虹彩学園と薔薇園学園の同盟締結を機に、両校の生徒が親睦を深める為の機会として提案されたこの合宿は、たった2日の準備期間を経て今日行われようとしていた。

 

虹彩学園が所持する山岳部のキャンプ地へ行き、寝食を共にする事で互いの理解を深める……と言う建前の元で行われる合宿の真の目的は、7人のドライバ所持者の連携の強化だろう。

これからの戦いの中心になるであろうギアドライバー、そして仮面ライダー。その資格を持つ人間の相互理解を深める為に行われる合宿と言ってもおかしくない。

最初の出会いが最悪だった7人だ、自分と謙哉は多少打ち解けたものの、櫂と光牙はいまだわだかまりを持っている可能性が高い。

 

(そのわだかまりを解いて、かつ一緒に頑張りましょうって事なんだろうけど、そう上手く行くもんかね……?)

 

ドライバ所持者以外の反応はきっちり半分に分かれていた。曰く男子と女子で反応が全く違うのだ。

 

男子はかの御高名な薔薇園学園の女子たちとお近づきになれるチャンスが舞い降りた事に狂喜乱舞していた。健全な思春期男子だもの、仕方ないね!

 

対して女子は全員渋い顔だ、いきなり喧嘩を吹っかけてきた相手に警戒心を抱いている……と言うよりも鼻の下を伸ばしまくっている男子と共に何の罪もない向こうの女子生徒たちをやっかんでいるだけだろうと勇は思っていた。

 

ついでにここで一部の生徒の声を紹介しておこう。誰だかわからない様に個人名は伏せる。それはプライバシーの保護と言う奴だ

 

「え…?彼女たちと協力?構わないけど、俺たちと上手くやっていけるかな?」

 

「アイドル学校と協力ぅ?こっちの足を引っ張らないで欲しいわね!……男子!鼻の下伸ばしてんじゃないわよ!」

 

「あいつらにやられた怪我がまだ癒えてねぇんだよ!合宿では逆にぶっ飛ばしてやる!」

 

「……水無月さん来るんだよね?やだなぁ……なんか僕に対してあたりが強いんだもの……」

 

……とまぁ、こんな感じである。誰だか分かっても明言はしないで欲しい。プライバシーの保護だ。

 

(……ま、なる様になんだろ!)

 

開き直った勇は考えるのを止めて学校へと向かう。この際、合宿を楽しむ為に全力を注ごうと思いながら勇は意気揚々と進んでいったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうしてこうなった?」

 

数時間後、勇は深い緑に囲まれた山の中で誰にも聞こえない様な声で呟いた。その表情にはありありと疲れが見て取れる。

学校に行き、バスに乗ってこの場所まで来るだけなのに何故こんなに疲労しているのか?それはバスの中で性悪女こと真美に質問責めにされたからである。

 

「聞いたわよ龍堂!あんた、向こうのハニートラップにしっかり引っかかってんじゃ無いわよ!」

 

と言う謂れのない誹謗中傷から始まった攻撃ならぬ口撃は、バスが目的地に着くまでの数時間の間に渡ってみっちりと続けられた。

光牙は真美を止めるのを諦め勇を不憫そうな顔で見ていたし、櫂に至っては他のクラスメイト達と非常に愉快そうに勇が締めあげられる様を見ていた。

 

いつもなら庇ってくれるマリアも何故かそっぽを向いてフォローの一つも入れてくれなかったし、謙哉は別のバスだ。本当に散々な目に遭いながらも目的地に着いた勇はわずかな平穏な一時をたっぷりと楽しんでいた。

 

「……大丈夫、勇?」

 

「もう無理、帰らせてくれ……」

 

「あはは……」

 

力なく笑う謙哉もまた何かを恐れている様だ、予想は着くが勇は自分の事でいっぱいいっぱいであった為放っておくことにした。

 

そんな中、虹彩学園の生徒たちがざわめき始めた。どうやら薔薇園学園のバスが到着した様だ。美人揃いの女子生徒たちを一目見ようと男子たちは続々とバスの近くへと集まって行く

 

「あんまり近づくな!むこうさんの迷惑になるだろうが!」

 

教師の注意の声も聞こえない様子で生徒たちはバスの近くに陣取る。ややあってバスのドアが開くと、中から薔薇園学園の生徒たちが降りて来た。

 

「おおーーーっ!」

 

白い制服、短いスカート、そしてアイドル級の美少女たち……その一人一人が姿を現すたびに男子生徒たちから歓声が上がる。(その度に女子生徒たちの視線は厳しくなっていったが)

 

そして最後にディーヴァの3人が姿を現すと、男子生徒たちは今にも彼女たちに殺到するのではないかと言うほどの盛り上がりを見せたが……

 

「あ!勇っちだ!おーい!」

 

それよりも早く勇の姿を見つけた葉月が勇の元に駆け寄るのを見て虹彩学園の生徒たちが凍り付く、しかし、一番凍り付いたのはその雰囲気に耐えられなかった勇であった。

 

「よっす勇っち!いや~、この間は助かっちゃったよ!ありがとうね!」

 

「お、おう!そりゃよかった。んじゃ、今日からよろしくな」

 

「あ、あ、あの!りゅ、龍堂さん!」

 

さっさと会話を切り上げようとした勇だったが、葉月の後ろから聞こえたもう一つの声に注意を奪われる。よく見てみれば、ひょっこりと顔を出したやよいが顔を真っ赤にしながら必死に勇に話しかけていた。

 

「こ、こ、こ、この間は私が休んでいる間にエネミーの討伐に手を貸していただいて、本当にありがとうございました!あと、攻撃しちゃってすいませんでした!」

 

「い、いや、それは俺も言える事だろ。こっちこそ悪かったな」

 

「そ、そう言っていただけると嬉しいです……あの、戦闘データ見ました。龍堂さんも虎牙さんもとても強くって、私びっくりしちゃいました!これから先、お二人と協力できるなんて嬉しいです」

 

「俺も、お前たちと戦わなくて済んで良かったと思ってるよ。きっと謙哉もそう思ってる。これからよろしくな!」

 

「はい!……えへへ~、友達増えちゃいました!」

 

幸せそうに笑うやよいを見ると自然と笑みが浮かんでくる。こういうところが彼女がアイドルたる所以なのだろうと思っていた勇だったが……

 

「龍堂~?向こうの攻略を手伝ったってどういう事かしら~?」

 

「げっ……!」

 

かなりまずい相手に話を聞かれた様だ、振り返るとすさまじい表情で自分を睨む真美の姿が見える。

バスの中の尋問が再開されるのではないかと不安がる勇だったが、その前に薄ら笑いを浮かべた葉月が立ちはだかった。

 

「あ~、こないだ偉そうにしてた人じゃん!もしかしてあなたが攻略班のリーダー?」

 

「……だとしたら何?」

 

「ん~?大分無能なんだな~って思っただけ」

 

「何ですって!?」

 

煽る様な口調で真美をディスる葉月、周りの面々は戦々恐々と言った様子で事の成り行きを見守っている。

 

「だって勇っちと謙哉っちの二人が居て全然攻略が進んでないんでしょ?無能以外の言葉が見つからないよ」

 

「龍堂は転校生!虎牙はクラスが違う!私たちと連携が取れなくっても仕方が無いじゃない!」

 

「何それ良い訳?アタシたちは学校が違うけど二人と連携して強敵を倒したよ?」

 

「そうかもしれないけどそれはウチと関係ないわ!こっちにはこっちのやり方があるのよ!」

 

「……ふ~ん、勇っちの力を満足に扱えないやり方で攻略してるんだ。じゃあさ」

 

そこまで言った所で葉月はくるりと勇の後ろに回り込む。そして、両腕でぎゅっと勇を抱きしめその豊かな双丘を勇の背中に押し付けながら勇の右肩に自分の顔を置くと、挑発するように真美に提案する。

 

「……勇っちをアタシたちに頂戴、謙哉っちも一緒にさ。そっちの方が、絶対勇っち達にとっては良いって!」

 

「はぁ?あんた何馬鹿な事言ってんのよ?あんたたちの学校は女子校でしょ?」

 

「そんなの関係ないって!特例として認めて貰えば良いんだしさ!」

 

「お、おい!馬鹿な事言ってんなよ葉月……」

 

「え~!だって勇っちもそっちの方が良いと思わない?」

 

葉月は勇をさらに強く抱きしめると耳元に自分の顔を持って行き、囁く様にして勇に告げる。甘く、媚びるようでいて強かさも感じるその声に勇の脳は蕩けそうになっていた。

 

「……アタシたちと一緒に居て楽しかったっしょ?仲間外れにされるより、アタシたちと一緒の方が絶対に楽しいって!……ねぇ、勇っちもそう思うでしょ?」

 

「う、うおぉ……!」

 

背中に感じる柔らかい感覚、目と鼻の先に居る美少女とその甘い囁き声、ふわりと漂う良い香り、etc、etc……

 

(やばい!これは完全にやばい!)

 

どれか一つだけでも十分な威力だと言うのにそれをフルコンボでやられてはたまったのもでは無い。無論良い意味でだが、今の状況ではそれを素直に喜べないのは確かだ

 

もしも葉月と二人きりで同じ状況に置かれたらあっという間に頭がパーになっている自信がある。それほど今の状況は凶悪だ。

現役アイドルが自分を篭絡しようとあの手この手を尽くしている。そこには打算的な意味も含まれているのだろうが、それを分かっていても抗いきれない魅力がここにある。

 

勇を正気に至らしめているのは自分を見る生徒たちの冷たい視線だけだ、これがあるからこそ勇はなんとか自分を律しなければと必死になれる。

 

必死に耐える勇に対して葉月もまた自分の魅力を最大限に活かした攻勢を仕掛けるものの、それを見かねた真美が大声で叫んだ

 

「あんた!いい加減に……」

 

「離れて下さい!」

 

「ほえっ!?」

 

真美が叫ぶよりも早く葉月に飛んでくるチョップ、あわやと言うところでそれを回避した葉月は、その攻撃を仕掛けた相手を見やる。

 

「不謹慎ですよ!こんな風にやらしい真似をして!勇さんもデレデレしてないできっぱりと離れる様に言ってください!」

 

「わ、わりぃ……」

 

ぷんぷんと怒気を飛ばすマリアに向かって素直に謝る事しか出来ない勇、正直惜しかったと言う気持ちと助かったと言う気持ちが半々なのだが、真美に怒られるよりかはましな解決にほっと胸を撫で下ろす。

 

「……全員、おふざけはそこまでだ」

 

そうやってどたばたを繰り広げていた勇たちだったが、後ろから聞き覚えのある声を聞いてそちらへ振り向く。

そこには、薔薇園学園の学園長、園田が立っていた。

 

「コミュニケーションを取るのは結構だがまずは学校行事だと言う事を覚えておく事だ、集会を始めるから迅速に整列しろ」

 

「は、はいっ!」

 

園田に怒られた一行は急いで他の生徒に倣って列に並ぶ、全員が整列した事を確認した後で園田は口を開いた。

 

「……虹彩、および薔薇園学園の諸君、今日はこうやって集まってくれてありがとう。私は今回の合同合宿を指揮する園田だ。一応、薔薇園学園の学園長を務めている」

 

堂々としたその態度からはとてつもないオーラが漂っている。今回の合宿の日程を的確に開設した後で、園田はドライバ所持者の7人を前に呼んだ。

 

「両校共に知っているかもしれないが、ここにいる7名が君たちの戦力の中心となる者たちだ。共に協力し、サポートしてやって欲しい」

 

「……集会とかで前に出るのって緊張しねぇ?」

 

「わかる」

 

ひそひそ声で会話しながら緊張を紛らわす勇と謙哉、自分たちに注目が集まると言うのはあまり慣れていないものだ。昔から人の中心だった光牙や、アイドルの3人は別だろうが

 

「……解散する前にまず彼らの連携の確認を行いたい。おい、あれを」

 

「はっ!」

 

園田の指示で薔薇園の教員が何やら丸いものを持ってきた。室内プラネタリウム用の装置に似たそれを地面に置くと、園田は解説をする。

 

「これは訓練用の疑似エネミー生成装置だ、スイッチ一つで5体のエネミーを生み出せる。諸君らには、これを使って二人一組で模擬戦を行って貰う」

 

「二人一組って、一人余っちまいますけど?」

 

「ディーヴァの内誰かには二回戦って貰う。虹彩学園と薔薇園学園で一人ずつのチームを組んでもらうぞ」

 

カラカラと台車が音を立てて運ばれてくる。その上には簡易的なくじ引きの箱が置かれていた。

 

「チーム分けはくじで行う。これは誰と組んでも連携が取れる様にするための訓練だ。たとえ苦手な相手だとしてもやって貰う。良いな?」

 

「はい!これから先一緒に戦う仲間なんです、きっと協力できますよ!」

 

「よろしい、ではまず第一回目のペアだ!」

 

園田は光牙の元気な声に頷くとくじを引く、そして、そこに書かれていた名前を読み上げた。

 

「虹彩学園、城田櫂!薔薇園学園、片桐やよい!」

 

「わ、私!?」

 

「けっ!トップバッターかよ…」

 

緊張した顔つきのやよいとかったるそうな櫂、対照的な表情をした二人はドライバーを構えつつ前に出る。

 

「あ、あの!よろしくお願いしますね!」

 

「……足引っ張んじゃねぇぞ」

 

「それでは……模擬戦、開始!」

 

園田の号令と共に変身した櫂は速攻でグレートアクスを呼び出すと目の前のエネミーに斬りかかる。重い一撃が胴体にヒットし、そのままエネミーは砕け散った。

 

「はっ!なんだ、思ったよりも楽勝じゃねぇか!おら、次来い!」

 

振り向いて一撃、先に居る敵に一撃、飛び込んで一撃……と櫂は次々にエネミーを粉砕していく。最後の一体を踏み潰すと、櫂は自慢げに振り向いて園田に迫った。

 

「どうよ?これで全部、楽勝だぜ!」

 

「「「……はぁ~~~」」」

 

「あん?何だよおい!?」

 

が、しかし、櫂を出迎えたのは勇、光牙、真美の呆れた様な溜め息だった。

そのうち真美が本当に面倒くさそうにしながら口を開く。

 

「……アンタ、本当に馬鹿よね」

 

「なっ!?何でだよ!?」

 

「脳みそつるつるだなおい、むしろ脳みそあんのか?」

 

「龍堂!てめぇっ!」

 

「櫂、君って奴は本当になんていうかさ……」

 

「光牙まで!?俺が何をしたってんだよ!?」

 

櫂の叫びに謙哉、葉月、玲がある方向を指さす。櫂がその先を見てみると……

 

「え、ええっと……凄かったですね!」

 

変身したまま微動だにしていないやよいの姿があった。

 

「……私は互いに連携するための訓練だと言わなかったか?一人で全員倒してどうする!」

 

「げぇっ!?」

 

「やよい!お前もお前だ!ぼさっと突っ立ってないでコミュニケーションを取れ!」

 

「す、すみませぇん……」

 

雷が落ちたかのような一喝に櫂とやよいはみるみる小さくなっていった。そんな二人を見ながら溜め息をつくと、園田は二人の評価点を告げる。

 

「……100点満点中10点と言った所だな。問題なく敵を倒した事以外に評価する点は無い」

 

「「ううう……」」

 

「……次のペアはこうはならないで欲しいものだ」

 

一気に目つきが鋭くなった園田を見ながら残されたメンバーは背筋を凍らせる。勇はこの事態を引き起こした櫂に対して苛立ちを募らせながら、園田がくじを引くのを見守っていた。

 

「第二ペア、虹彩学園、龍堂勇!薔薇園学園、新田葉月!」

 

「おっ!」

 

「やった~!勇っちと一緒だ~!」

 

恐らく勇の考える中では最良の組み合わせになった事を喜びながら葉月と顔を見合わせる勇。たった一回とは言え共に戦った間柄だ、連携は比較的取りやすいだろう

 

「よろしくね勇っち!頼りにしてるよ!」

 

「こっちこそよろしく頼むぜ!」

 

加えて葉月の人柄的にも相性が良い。幾分かは楽に連携が取れるだろう、そう思いながら勇はドライバーを構えた。

 

「準備は良いな?……模擬戦、開始!」

 

合図とともに駆け出した二人はそのままお互いの武器を呼び出す。そして、すぐ傍まで迫った敵を前にして確認を取り合う。

 

「レディファーストだ、最初の一発は譲ってやるよ!」

 

「いやん!勇っちってば優しいんだから!んじゃ、お言葉に甘えてっ!」

 

ロックビートソードを戦闘の敵に振り下ろす葉月、火花が舞い散る中をさらに一歩踏み込むと次の敵に攻撃を仕掛ける。

その間、勇は体勢を崩した最初の敵の横を斬り抜けると振り返りながらもう一撃を喰らわせる。

 

連携攻撃を喰らった1体の敵が消滅した事を確認しながら、二人は背中合わせの陣形を取った。

 

「ここからは半分ずつ仲良く分けっこね!」

 

「へっ!そっちが手間取ってたら俺が取っちまうぞ?」

 

互いの死角をかばい合いながら前に居る2体の敵に攻撃を仕掛ける二人、もともと戦闘能力は高くは無いエネミーなのであっという間に決着がついてしまった。

 

「終わりだな。楽勝、楽勝!」

 

「いえーい!ハイターッチ!」

 

櫂・やよいペアとは違い見事な連携を見せた二人に周囲からは感嘆の声が漏れる。真美も隣に居るマリアに対して囁く様に声をかけた。

 

「あの二人やるわね。特にアイドルの方があそこまでとは思って無かったわ」

 

「そうでしたね……勇さん、薔薇園に行っちゃうんでしょうか……?」

 

「……マリア?」

 

心配そうに勇を見るマリアを見つめる真美、マリアの視線の先では、勇と葉月が園田から総評を受けている所だった。

 

「見事だ。この程度の敵、相手にならなかったな」

 

「アタシたちに関しては連携は完璧なんじゃないですかね!?」

 

「調子に乗るな。これから先、どれほどの強敵が現れるか分からん。その時の為に連携を磨いておけ、以上だ」

 

「はーい!」

 

園田に褒められて上機嫌の葉月はにこにこ顔で勇とハイタッチすると待機メンバーの元へ戻る。そんな中、出番がまだ来ていない光牙は同じく待機中の謙哉に声をかけた。

 

「残ってるのは俺達だね。片桐さんと水無月さん、どちらと組んでも今の二人の様な見事な連携を取ろう!」

 

「……うん、そうだね。そうだと良いなぁ……」

 

「…?虎牙君、何か心配事でもあるのか?」

 

「次!白峯光牙と片桐やよい、前へ!」

 

何故か顔色が浮かない謙哉に対して光牙が疑問を投げかけた時、丁度園田が自分の名前を呼んだ。光牙は会話を切り上げると、気合を込めて立ち上がる。

 

「良し!じゃあ行ってくるよ!虎牙君も頑張って!」

 

爽やかな笑顔を浮かべた後で駆け出して行った光牙は気が付かなかったが、謙哉はこの世の終わりの様な表情を浮かべていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「片桐さん、俺が前に出て戦うから君は銃を使った援護を頼むよ」

 

「わかりました!」

 

「よろしく頼む、行くよっ!」

 

現れたエネミーに対してエクスカリバーで斬りかかる光牙、やよいもまた光牙に纏わりつくエネミーを的確に撃ち倒して行く。

 

「流石光牙、誰かに指示しながら戦うって事ならだれにも負けないわね」

 

「確かに、光牙さんの勇者としての才覚は最高ですからね!」

 

マリアと真美の感想の言葉を受けながら光牙はやよいの援護を受けつつエネミーを撃破する。最後の一体を倒し切った後、変身を解除した光牙はやよいを労った。

 

「お疲れさま!良い援護だったよ」

 

「光牙さんこそ凄いご活躍でした!お役に立てて何よりです!」

 

「ふむ……まぁ、合格点だな。これからも連携を磨いていけ、以上だ」

 

「はいっ!」

 

待機スペースへと戻って行った光牙は既に出番を終えた葉月と、これから訓練を開始する玲の元へとやって来ると、二人に対してにこやかに挨拶した。

 

「やぁ!今回は機会が無かったけど、一緒に戦う時が来たらよろしく頼むよ!……水無月さん、頑張って!それじゃあね!」

 

最初から最後まで爽やかに締めた光牙はそのまま櫂たちが待つ虹彩学園側のスペースへと戻って行った。その後ろ姿を見ながらやよいが光牙を褒めちぎる。

 

「良い人ですよね!丁寧だし、責任感もあるみたいですし、光牙さんが向こうのリーダーで本当に良かった!」

 

「……そう?アタシはあんまり好きになれないな、あいつ」

 

「…同感」

 

「え?え?な、何で!?」

 

困惑するやよいを尻目に訓練へと向かった玲は会話を切り上げたが、葉月はペットボトルの飲み物を一気に飲み干すとその疑問に答える。

 

「だって、なんかナチュラルに人を見下してる所があるんだもん。あいつ、自分は特別だってどっかで思ってるよ」

 

「そんなことないよ!きっといい人だよ!」

 

「かもね。まだ出会って間もないし、白峯の事はよく知らないけどアタシが感じたのはそう言う事!これから先、好きになるかもしれないけどね~」

 

「むぅ~……葉月ちゃんは手厳しいなぁ…」

 

「あはは!アタシなんか全然優しい方だよ?勇っちみたいにはっきりした人が好きで、白峯みたいな良く分からないのは嫌いなだけ!本当に厳しいのは玲みたいな女の子でしょ」

 

笑いながらそう言っていた葉月だったが、ふと真顔に戻ると今の自分の言葉を思い返して再び口を開いた。

 

「……いや、違うな。玲は厳しくなんか無いや、あの子は自分以外の人間を信用して無いだけなんだ。だから、好きとか嫌いとか無いんだよ」

 

「そうかなぁ……でも、私たちの事は好きでいてくれるよね?」

 

「どうだろうね?あの子にとっては好きか嫌いっていう判別をする事すら特別だから」

 

「……じゃあさ、そのぉ…」

 

「うん、ある意味では、彼も特別かな?」

 

そう言いながら、残された二人は今にも死にそうな顔をしている件の彼の事に視線を向けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ、よろしくね!」

 

「………」

 

ペアを変えて欲しい。切実にそう思いながら謙哉は必死に考えを切り替える。

玲が自分に良い感情を抱いていないのは知っている。だからこそ、この合宿中にそのわだかまりを解くことを目標としていたのだが、まさかその前に彼女と組む事になろうとは思ってもみなかった。

 

ちらりと視線を送ってみれば、玲は不機嫌そうにこちらを睨み返してくる。ここまで嫌われるほどの事を自分はしてしまっただろうか?

 

(落ち着こう、これは訓練だ。彼女だって私情を持ち込む事はしないはずだ……!)

 

それはそう思ったと言うよりかはそうであってほしいと言う願いだった。せめてまともに連携さえ取れれば、自分と彼女の戦い方は相当相性が良いはずだ。

 

「双方準備は良いな?では、模擬戦、開始!」

 

合図と共に現れるエネミー、謙哉はまず一歩前に出ると列をなして向かって来るエネミーの配置とスピードを頭に叩き込む。

 

(よし、これなら……!)

 

謙哉のプランはこうだ、まず接近される前に遠距離射撃が出来る玲がエネミーを攻撃しダメージを与える。相手の隊列が乱れ、距離が狭まってきたら自分の出番だ。

近づく敵から確実に撃破し、玲の安全を確保しつつ相手を倒す。接近されすぎたら盾持ちの自分が文字通り壁になって玲を守ればいい。彼女の銃なら一方的に攻撃できるはずだ。

 

この作戦に間違いは無いはずだ、あとは玲が攻撃を開始してくれるだけで良い。

そう考えた謙哉は玲の攻撃開始を待つ、期待通り銃を持ち上げた玲は引き金に指をかけるとそれを引いた。

 

「あいったぁぁっ!?」

 

直後、背中に猛烈な痛みを感じた謙哉は思いきり叫んだ後で玲を見る。彼女の持つ銃の銃口は何故か自分の方を向いていた。

 

「あ、あのさ……何で?何で僕を撃ったの?」

 

「エネミーと間違えた。ごめん」

 

「あ、そう……」

 

100%嘘だと思われる言い訳をしれっと口にしながら玲は再び銃を構える。もう痛い目に遭いたくない謙哉は急いでその場から離れるが……

 

「いだだだだっ!?」

 

「あ、ごめんなさい。てっきりエネミーかと思ったわ」

 

「……嘘だよね?君、僕の事を狙って撃ってるよね!?」

 

「何だ、わかってたの。それじゃあ遠慮はいらないわね」

 

「ちょっと待って、君何言って……あいたたた!」

 

「はぁ……模擬戦中止だ、装置を停止させろ」

 

非常に呆れた物言いで園田がエネミーを発生させていた訓練用装置の停止を命じる。エネミーが消えた後、その場には銃を構えている玲と地面に転がっている謙哉だけが残った。

 

「君さぁ!これは連携を取る為の模擬戦だって言ってるだろ!?何で僕を撃つんだよ!?」

 

「あなたが邪魔だから、嫌いだから、むしろ死んでほしいから」

 

「辛辣すぎ!僕、君に何かしたっ!?」

 

「……あなた、ゴキブリって好き?」

 

「え……?いや、嫌いだけど……」

 

「何で?ゴキブリに親でも殺されたの?」

 

「そんなわけないでしょ!特に理由は無いけどさ……」

 

「それと同じ、私にとってあなたはゴキブリって事」

 

「酷すぎない!?」

 

園田はもはやコントと化したそのやり取りをふか~い溜め息と共に見つめがら近づくと、静かな、されど確かに怒りを感じさせる口調で詰問する。

 

「……玲、何が不満だ?」

 

「私は誰の力も借りる事無く戦って見せます。あなたの指示だからこそディーヴァとメンバーとも連携を取っているだけで、本来ならば単独で戦わせて欲しい位です」

 

「彼らは味方だと前にも話したはずだが?」

 

「私の方もこれ以上誰とも組まないとチームの結成時に言ったはずですよ……義母さん」

 

「えっ…!?」

 

二人の間で交わされたやり取りの中で爆弾発言を聞いてしまった謙哉は小さく驚きの声を上げる。そんな彼を横目で見ながら、園田は怒りを強めた口調で玲を叱責した。

 

「……人前でそう呼ぶなと言ったはずだが?」

 

「私の言葉を忘れてしまったようなので、私もあなたの言葉を忘れてみました」

 

「……どうあっても同盟のメンバーとは組みたくないと?」

 

「ええ、ずっとそう言っているはずです」

 

「……わかった。善処させて貰おう。虎牙、この話は聞かなかったことにしろ、良いな?」

 

「は、はい!」

 

指揮官と部下でありながら義理の親子である二人の会話を聞いていた謙哉は園田の言葉に慌てて返事をする。それをちらりと見た園田は、生徒たちの方へと向き直り大声で告げる。

 

「……チームの振り分けを変える。龍堂・新田ペアはそのままに白峯と櫂で一チーム、そして片桐と虎牙でもう一チームだ……分かったな?」

 

「了解しました!」

 

「はい!分かりました!」

 

「へっ!光牙と一緒ならなんの心配もいらねぇな!」

 

「……今回の模擬戦は以上だ。明日、再び今言ったペアで模擬戦を行ってもらう。その際には今日よりも熟練された動きを見せてくれることを期待しているぞ。以上、解散!」

 

園田の号令に従って薔薇園学園の生徒たちは自分たちのコテージへと散り散りになる。その後を追いかける様にして虹彩学園の生徒たちも荷物を片手に散らばって行った。

 

「………」

 

「…何?そんなに信じられない?私と学園長が義理とは言え親子だって事」

 

「……そうじゃないよ。何で君は…?」

 

「れーいー!私たちもコテージ行こうよー!もう汗でびちゃびちゃだもん!」

 

葉月のその声に反応した玲は、一度だけ謙哉の方を振り向くとそのまま自分を待つ葉月とやよいの方へと向かう。謙哉は、その背中を見ながら寂しげに呟いた。

 

「……何で、君はそんなに人を遠ざけるんだい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、良かったじゃねぇか!これであの冷酷女と組まなくて済むんだからな!」

 

「そう、だけどさ……」

 

コテージに荷物を置き、昼食を作るために料理広場に向かおうとする勇と謙哉。自分たちと光牙と櫂の四人で一つのコテージを共有する事になっている様だ。

 

「にしてもあいつひでぇよな。訓練だってのにお前の事馬鹿みたいに攻撃してたもんな」

 

「……うん」

 

勇の言葉に謙哉は歯切れの悪い返事を返す。どうも彼女の事が気になって仕方が無い。

頑ななまでに他者を信じないその態度にはどんな理由があるのだろうか?そして何故、自分は特に彼女に嫌われているのだろうか?

 

(……やっぱ、このままじゃいけないよな)

 

例え嫌われていたとしても玲はこれから一緒に戦っていく仲間だ、まったくコミュニケーションが取れないままで良いはずがない。

今日一日で少しでも彼女に認められれば、これからの活動は大きくしやすくなるはずだ。謙哉は、何とかして玲とコミュニケーションを取ろうと決意した。

 

「よし!やってやるぞ!」

 

「うおっ!?いきなりなんだよ、大声出して……」

 

「あ、あはは、ごめんごめん…」

 

謝りながら歩いていたらいつの間にか目的地に着いていた様だ。各人ごとに材料が用意されている。これで昼食を作れと言う事なのだろう。

 

「ニンジン、ジャガイモ、タマネギ、肉、カレールー……やっぱそう来るよな!」

 

「ご飯は他で用意してあるみたい。僕たちはカレーを作ればいいんだね」

 

「任せろ、俺の得意料理だ!」

 

自信ありげに胸を張ると勇は手を洗って材料と器具のチェックを始める。謙哉もまた慣れた手つきでそれを手伝う。

 

「謙哉は料理できんのか?」

 

「趣味は料理だよ。そんなに手の凝ったものは作れないけど、カレーなら余裕余裕!」

 

「そっか、なら美味いカレーを作ろうぜ!」

 

戦闘だけでなく料理でも良いパートナーになってくれそうな謙哉に笑顔を向ける勇、しかし、その後ろから怪しい影が迫ってきていた。

 

「い~さ~む~っち~!一緒にカレー作ろうよ!」

 

「葉月か、別に構わねぇよ」

 

「や~りぃ!んじゃさぁ、ついでに何人か人を呼んで良い?」

 

「何人かって、数に限りはあるけどよ……」

 

「そんなに大人数じゃないよ。皆、来て来て!」

 

葉月が声をかけるとやよいを含む数人の女子が勇たちのテーブルへとやって来た。どの子もタイプは違うが可愛い子ばかりだ。

女の子たちに目を奪われていると、その中の一人の元気そうな子が手を挙げて自己紹介を始めた。

 

「はいっ!自分、夏目夕陽(なつめゆうひ)って言います!今日はよろしくおねがいしゃ~す!」

 

「あ、あのっ!私は橘ちひろです!よろ、よろ、よろ、よろしくお願いします!」

 

「私、宮下里香(みやしたりか)って言うんだ!カレー作り、よろしくね~!」

 

三者三様の自己紹介を終えた後でやよいが恥ずかしそうに顔を赤らめる。そして、謙哉を見ながら深々と頭を下げて挨拶をした。

 

「虎牙さん、色々あって大変だと思うんですけど、一緒にチームを組めて良かったです!明日の模擬戦、よろしくお願いします!」

 

「あ、えと、こちらこそよろしくお願いします。足を引っ張らない様にしますね」

 

「そ、そんな!玲ちゃんと渡り合える人が、私の足を引っ張るなんて無いですよぅ……むしろ足を引っ張るのは私の方です……」

 

「こらこら!戦う前にそんなネガティブになってどうするのさ!気楽に行こうよ、気楽にね!」

 

「……おい、ちょっと良いか?」

 

続々と自分たちの班に加わろうとする女子陣に対して、勇は気になっていたある事を質問した。

 

「お前たち、料理出来るのか?」

 

「うっす!自分、一切出来ません!」

 

「あの、あのあの……包丁握るとあ、汗が出て……」

 

「ん~……私は無理かな~!」

 

「私は簡単なお菓子作りならできますけど……」

 

「……葉月、お前は?」

 

「アタシ!?ふっふっふ……聞いて驚け!なんと、テレビ番組で手料理が死ぬほどまずいと酷評された事があるアイドルとは、この新田葉月ちゃんのことだーっ!」

 

「よし、放り出すぞ謙哉。二人でカレー作ろう」

 

「え?それは流石に可哀そうじゃない……?」

 

「わーわーわー!お願いだよ勇っち!アタシたちを受け入れてよ~!」

 

完全に自分たちに頼る気満々だと看破した勇は彼女たちを放置しようとする。しかし、それをさせるまいと葉月も必死に二人に頼み込む。

 

「お願いだよ~!アタシたちカレーの作り方も分からないんだってば~!このままじゃ、白米だけの寂しい食卓になっちゃうよ~!」

 

「白米食えるだけましだろ」

 

「お願い!仲間に入れてくれたらキスしてあげるから!ちゅっ、って!ね?ね?良いでしょ?」

 

「あのな、アイドルがそう言う事易々と……」

 

言うもんじゃない。そう言おうとした勇だったがその次の言葉を発する事は無かった。次の瞬間、近くのテーブルに何かが思い切り叩きつけられる音が聞こえたからだ。

一体何事か?そう思って振り返った一同の目の先には、ニコニコと笑いながらカレールーの箱をこちらに見せつけるマリアの姿があった。

 

「……カレーの作り方は箱の後ろ側に書いてありますよ?これを見ながら作れば簡単に作れるのではないでしょうか?」

 

笑顔で葉月たちにそう提案するマリアは彼女たちを気遣っている様に見える。しかし、見ている全員はマリアが絶対に怒っていると確信していた。

 

今見せつけて来るカレーの箱にはひしゃげた跡がある。思いっきり握りしめた証拠だ。もしくは、先ほど力いっぱいテーブルに叩きつけたかのどちらかだろう。

笑顔なのに目が笑ってないし、背後からは謎の威圧感がほとばしっているし、いつもの聖母の様な優しさを見せるマリアからは想像もつかない荒れっぷりである。

 

最大に怖いのはここまで怒っているのに平静を装うところだ、まだ真美の様に怒鳴り散らしてくれた方が救いがある。

総合判断で言えば、「今のマリア、マジ怖い」と言う所で一同の思いは一致したのであった。

 

「ね、ねぇ勇っち、アタシ、何かしたかな?」

 

「わ、分からねぇ。でも、あのマリアの怒りっぷり……何かやばいぞ」

 

「楽しそうですねお二人さん、私に聞かせられない事でも話しているのですか?」

 

「「滅相もございません!」」

 

絶対零度のその声に背筋が自然とピーンと伸びる。敬礼のポーズで固まっている一同を見回した後、マリアはニコニコと笑いながら(目は笑っていなかったが)皆に提案した。

 

「勇さん、料理初心者の方には私も教えますから、私も一緒の班に入れて貰って良いでしょうか?」

 

「お、おう!もちろんだぜ!」

 

良いでしょうか?の部分の後に駄目とは言わないよな?と言う恐怖の幻聴が聞こえた気がしたが、勇はそんな事を気にせずにマリアを仲間に加えた。そうしなきゃ死ぬ気がしたとか、そんな事は無いよ!

 

「……マリアさんが入るんだったら僕は抜けようかな。ちょっと、気になる事があるからさ」

 

「なっ!?謙哉、お前っ…!?」

 

逃げるつもりか?と言う言葉を発する前に謙哉は自分の材料を手に取ると人ごみの中へと駆け出してしまった。

この良く分からない修羅場の中に自分一人を置いて逃げた謙哉に対して憎しみを燃やすとともに、勇は軽い絶望感尾も覚えていた。

 

(け、謙哉…!早く戻ってきてくれーーっ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……居た!」

 

勇たちから離れた謙哉は玲の姿を見つけると彼女に近づく。玲は今、たった一人で料理に取りかかろうとしている所だった。

 

「………ふん」

 

まな板の上にあるジャガイモを上段に構えた包丁でたたき切る玲、その危なっかしいどう見ても料理とは思えない動きを見るに、彼女も料理は出来ないのであろう。

その上で、誰かと組む事もしないから我流の料理を披露する羽目になっているのだろう。謙哉は深く息を吐いて深呼吸すると、再び危なっかしい動きで包丁を振ろうとする玲の腕を掴む。

 

「……何?」

 

「そんなやり方じゃ怪我するよ?それに、ジャガイモの皮、剥いて無いじゃない。これじゃ食べられないよ」

 

「……余計なお世話」

 

あくまで自分に敵意を示す玲、だが謙哉は一歩も引かずに玲の手から包丁を奪い取ると自分の材料をテーブルに置き、出来る限りの笑顔を見せながら玲にこう言った。

 

「一緒に作ろう。やり方も教えるからさ」

 

「………」

 

「無言は肯定と判断するね!それじゃ、始めよっか!」

 

てきぱきと準備を始めながら謙哉は思っていた。このずけずけとした物言いと行動でまた玲に嫌われたとしても、それはそれで構わない。問題は、彼女が何を考えているかが分かるかどうかと言う事だ。

 

自分に対する敵意、一人ですべてをこなす事にこだわる理由……そう言ったものへの明確な答えが欲しい。それが分かれば、きっと玲と上手く付き合う方法だって見つかるはずだ。

 

そんな淡い期待を胸に抱きながら、謙哉の苦悩の一日が幕を開けたのであった。

 

 



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受難の一日、謙哉危うし!?

「良い?まずはジャガイモと人参の皮を剥いて、お肉とタマネギと一緒に食べやすい大きさに切るんだ。その後はまた説明するから、まずは今言った手順で作業を……」

 

昼食の準備の説明をしながら必要な器具を用意する謙哉、一段落したところで振り返り、玲に下ごしらえをしてもらおうとするが……

 

「~~~♪~~~♪」

 

「……何してるの?」

 

そこには椅子に座り、自前の音楽プレーヤーで何かを聞いている玲の姿があった。その様子にやや脱力しながら謙哉が疑問の声を上げるも、玲は彼を見向きもしないで応える。

 

「あなたが料理してくれるんでしょう?私はパス、あなたに任せるわ」

 

「あのね、これそう言う問題じゃ……」

 

「~~~♪~~~♪~~~♪」

 

謙哉の言葉を聞こえていないふりをする玲に対してがっくりと肩を落とした後で謙哉は考える。これはきっと自分を遠ざける為の彼女の作戦だ、ならばそれに対抗してやろうじゃないか、と……

 

「……分かった。それじゃあそこで待っててよ。君を唸らせるほどおいしいカレーを作って見せるからさ!」

 

そう言うと振り返りてきぱきと作業を進める謙哉、数分後には女性の一口大にあったサイズに切られた材料と、火にかけられた鍋が用意されていた。

 

「二人分ならこのくらいの水とルーで大丈夫かな」

 

材料を炒め、カレールーと水を加える。少しずつとろみがつくと共にあたりに美味しそうな匂いが漂って来た。

 

(美味しいものを食べれば少しは機嫌が良くなるはずだよね)

 

美味しいものを食べるのは好きだ。でも、謙哉はそれ以上に美味しいものを嬉しそうに食べる人の笑顔が好きだ、それが自分の作った料理ならなおさらの話である。

 

「……よし、完成!」

 

十数分後、出来上がったカレーを見ながら満足げに謙哉は呟く。鍋の中の料理はとても良い匂いだ、これならきっと玲も喜んでくれるだろう。

皿に白米を盛り付け、綺麗にカレーと半分こにする。見た目にも美しくこだわり玲に不満を漏らさせないようにした。

 

「出来たよ!はい、召し上がれ!」

 

ことり、と座る玲の目の前に皿を差し出す謙哉。これで少しでも彼女との距離が縮まれば良いと言う願いを込めながら玲の反応を待つ。

 

「……ねぇ、そこのあなた」

 

しかし、玲は皿を一瞥すると近くに居た女子生徒を呼び止める。怪訝な顔をしながら近づいて来たその女子に向かって皿を差し出すと、玲は短く言った。

 

「あげるわ、あなたが食べて」

 

「えっ!?」

 

周囲の空気が凍り付く、謙哉も、皿を差し出された生徒も、二人の様子を見守っていた周りの人間も皆固まって玲の事を見やる。

 

「……何か不満なことでもあった?」

 

「私、刺激物は出来るだけ食べない様にしてるの、喉に悪いから」

 

新しく取って来た皿に白米だけを盛り付けるとそれを頬張りながら玲は答える。謙哉は、皿を差し出され困った顔をしている女子生徒を一瞥した後で自分を納得させようとしていた。

 

玲はアイドルだ、歌う事も大事な仕事の一つなのだ。その商売道具である喉を気遣う事は彼女にとって当然のことだし、プロとしての自覚があると言う事だろう。

そう言う事なら仕方が無い。自分の配慮が足りなかったのだ。そう思って謙哉は諦めようとした。

 

しかし、玲はそんな謙哉を見ながら冷酷に笑うと、嘲る様な口調で信じられない言葉を口にした。

 

「それに……ゴキブリが作った物を食べようと思える?」

 

しん、と辺りが静まり返った。玲の綺麗な、だが悪意の籠ったその声は良く通った。少なくとも、この場に居る全員がその言葉を耳にするくらいには

 

「……勇っち?」

 

勇は手にしていた包丁をその場に置くと、代わりに自分のドライバーを手にして玲の元へ駆け寄る。葉月の声にも応えず、ただ真っ直ぐに二人の元へたどり着いた勇は怒りの形相でテーブルを叩いた。

 

「今すぐドライバーを付けろ、その腐った性根を叩きなおしてやる!」

 

「勇!」

 

「謙哉、お前は黙ってろ!お前が許しても俺がこいつを許しちゃおけねぇ!」

 

謙哉の静止を振り払って勇は叫ぶ、親友の心を踏みにじり、あまつさえ侮辱したこの女を決して許すわけにはいかない。

思えば、本当にカレーが食べられないのなら玲は最初の時点で断っておくべきだったのだ。それをせず、謙哉に料理をさせた後で冷酷にもこの様な仕打ちをしたと言う事は、すべて玲の計算通りだったのだろう。

 

「今すぐ謙哉に謝れ!さっきの言葉も取り消せ!さもないと……!」

 

「さもないと何?私を痛い目に遭わせるっての?ふふ……面白いじゃない」

 

玲は挑発する様な物言いで言葉を返すと自分のドライバーを手にする。勇と睨み合い、すぐにでも戦いが始まろうとしていた一触即発の空気の中、誰もが動けないでいた。

 

「ちょっと待って!勇、落ち着いてよ!」

 

しかし、そんな空気の中でもいち早く動き出した謙哉は勇を落ち着かせようと声をかける。あまりにも人が良いその親友の態度に勇も若干の苛立ちを覚えながら言葉を返す。

 

「謙哉!どうしてお前はそんな……!」

 

「大丈夫、僕は気にしてないよ。だからこんな無駄な戦いはしないでよ」

 

「……本当、あなたって甘ちゃんね」

 

「そうかな?でも、本当に気にしてないから」

 

呆れた口調で自分にそう言う玲に対して笑顔で答える謙哉。玲はその顔を睨んだ後、小さく笑いながら言った。

 

「……見ていて苛立つわね、消えてくれればいいのに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーっ!何なんだよあの女はっ!?」

 

熱いお湯に肩まで浸かりながら叫んだ勇は自分を落ち着かせる様に風呂の中に潜る。勢いよく立ち上がった彼の頭は残念ながら冷えてはいない様だ、冷たい水に浸かった訳でも無いのだから当然だろうが

 

「謙哉、お前もお前だよ!何でガツンと言い返してやらねぇんだよ!」

 

「……俺も協調性は大事だと思う。でも、水無月さんのあの態度は流石に目に余るよ。抗議くらいは十分認められると思う」

 

勇の言葉に光牙も同意しながら謙哉を見る。俯いたままの彼に向かって、櫂もまた玲と同じ様に嘲る様な口調で言い放つ

 

「はっ!どうせお前、あの女に言い返す度胸がねぇんだろ?一発ぶん殴らねぇとあいつはわかりゃしねえって!」

 

「櫂、言い過ぎだぞ!……隣の大浴場に女子たちが居る事を忘れてないだろうな?」

 

光牙のその言葉に櫂は一瞬やべっ!と言う顔をしたが後の祭りだ、またこれで薔薇園との溝が出来てしまうかもしれないと光牙が頭を抱えるが……

 

「……そんな事無いと思うよ。たぶん、彼女は十分罪悪感に苦しんでる」

 

「はぁ?」

 

謙哉のその言葉に話をしていた3人だけでなく他の生徒たちも振り返って唖然とした声を漏らす。どうして玲のあの態度を見てそう思えるのだろうか?大浴場の全員がそう思う中、謙哉はポツリポツリと語り始めた。

 

「だって、彼女は僕の料理を捨てなかったんだよ?」

 

「はぁ?だから何だってんだよ?」

 

「もしも本当に僕の事をゴキブリだと思うくらいに嫌ってるなら、当然彼女は僕の料理を捨てたはずだよ。でも、彼女はそうしなかった。他の人に僕の料理を渡したんだ」

 

「いや、だからそれが何だって……」

 

「……ポーズなんじゃないかって、そう思うんだ」

 

「え……?」

 

ゆっくりと顔を上げた謙哉を見る生徒たちは彼から目を離せないでいた。その状況の中、謙哉は自分の考えを語り続ける。

 

「……今までの行動全部、僕の事を嫌いだって思わせる為の演技なんじゃないかって思うんだよ。だから、せっかく自分の為に作ってくれた料理を捨てる事に躊躇して、他の誰かに渡すって言う行動に出たんだと思う。だから、水無月さんは本当は苦しんでるんじゃないかって思うんだ」

 

「謙哉、お前……」

 

「そう言う意味では僕の取った行動って一番残酷だよ。彼女にとってはあそこで勇に詰られた方が気が楽になったんだから、それを許さなかった僕の行動は堪えたんじゃないかな?狙ったわけじゃ無いけどさ……」

 

考えもつかなかった。確かに謙哉の考えには一種の筋が通っている。玲の気まぐれだと言ってしまえばそれまでだ、しかし、この心優しい親友の瞳は玲の本心を見抜いているのではないかと思わせるだけの説得力がある。

 

「な、何言ってんだよ?お前の事を嫌いだって思わせるって、誰にだよ?」

 

「……一人だけ、思い当たる人が居る。でも、それがどういう意味を持つのかが分からないんだ」

 

単純馬鹿な櫂ですら多少の緊張を持って口にしたその疑問に答えると、謙哉は大浴場から出て行った。誰もがその背中を見つめている中で、光牙が勇に声をかける。

 

「……虎牙君、凄いね。龍堂君は虎牙君の言う思い当たる人物って誰だか分かるかい?」

 

「さぁな、俺はあいつ程優しい訳じゃ無いから、あの女がどう思って様が関係ねぇしどうでも良い。でも、そうだな……」

 

そう答えた勇は脳をフル回転させる。謙哉の言う玲が謙哉を嫌いだと思わせたがっている人物……一通り悩んだ後で顔を上げた勇はさっぱりとした表情で答えた。

 

「わからん!」

 

「……だよね。俺も分からないよ」

 

「あいつもきっと心当たりなんかねぇんだよ、でも俺に言われて引き下がれなくなってあんな言い方したんだろ!」

 

「そうなのかな……?」

 

櫂の答えも光牙を納得させるものでは無かった様だ、悩み始めた光牙の横顔を見ながら勇は思う

 

(……あいつが言わなかったって事は、俺たちに話さない方が良いと判断したって事だ。俺はその判断と謙哉を信じるまでさ)

 

深く、それでいてさっぱりとした考えを持つ勇は再び湯船に頭を沈ませると、ブクブクと息を吐いて遊び始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……青春ですな!」

 

「青春だね~!」

 

所変わって女子風呂では、夕日と里香が顔を見合わせてババくさい事を話していた。自分たちだって同い年だろうに、感慨深そうに頷き合う二人は若いころを懐かしむ年寄りの様だ

 

「ねぇ、あのドライバ所持者の話、マジだと思う?」

 

「まさか~!でも、あそこまで考えられるってヤバくない!?」

 

きゃいきゃいと騒ぎ始める女子たち、されど男子風呂には聞こえない様に細心の注意を払いながらこの話題を楽しんでいる。流石、日々のお喋りで鍛えられていると言う事だろうか?

 

(……ホント、バカ騒ぎが好きね)

 

真美はそんな周りの生徒たちの様子を冷ややかに見つめながら溜め息をつく。そして、自分と同じように冷静でいたマリアに向かって声をかけた。

 

「マリア、あんたもこの騒ぎを馬鹿みたいだと思わない?虎牙の奴もやせ我慢しちゃって……」

 

「……良いですね。お互いの為の怒ったり、考えを尊重したり……男同士の友情って感じで、憧れちゃいます……!」

 

「……ま、マリア?」

 

おかしい、何かがおかしい。今日一日を振り返ってみればマリアの様子がおかしかったのは確かだ。ここでも話が通じていないところを見るに、何か変な物でも食べたのではないだろうか?

 

(待って、マリアの様子がおかしくなった時って、たしか龍堂とあの女が…)

 

「新田軍曹、エベレストに向かって突撃します!」

 

「ひゃぁん?!」

 

真美が考えを巡らせていた時だった。思い浮かんだ『あの女』こと葉月が突如現れるとマリアの胸を鷲掴みにしたのだ。妙に色っぽい悲鳴を上げるマリアを無視して葉月はその手を動かし続ける。

 

「うひょ~!流石おっき~!でも、アタシだって負けたもんじゃないよ!」

 

「も、もう!止めて下さい!」

 

葉月の手を振り払ったマリアが胸を張る葉月に対して顔を真っ赤にして抗議する。向かい合う二人の『とある部分』に注目した後、自分のモノとサイズを比べた真美は先ほどより死んだ目をしながら思った。

 

(……大丈夫、私だって平均くらいはあるわ。あの二人が規格外なのよ)

 

自分を落ち着かせるようにして深呼吸しながら真美は思う。自分だってサイズで言えばCくらいはあるはずだ、日本の平均、ビバ普通

EとかFとかある様な人間と比べる方が間違っている。片やスタイル抜群の外国人、片やグラビアだって撮るアイドルなのだ

 

「もぉ~!葉月ちゃん、よその学校の人に迷惑かけちゃ駄目だって!」

 

「………」

 

間に入って来たやよいにも注目する真美、若干怖いその表情を見たやよいは委縮しながらも真美に尋ねる。

 

「あ、あの……どうかしたんですか?」

 

(……目算B!勝った!)

 

自分よりちょい下の仲間を見つけた真美はやよいの肩をがっしりと掴むと真剣な表情で彼女の目を見ながら話しかける。

 

「……私、あなたとは仲良くなれそうな気がするわ。ええ、きっとそうよ」

 

「は、はぁ……?」

 

やよいはその言葉に困惑しながらもあいまいに返事を返したのであった。

 

一方、マリアと葉月の二人は少し睨み合った後で会話をする。話題はもちろん、勇の事だ

 

「ねぇねぇ、あなたは勇っちと付き合ってんの?」

 

「え!?あ、い、いえ、そんな……つ、つ、つ、付き合うだなんてそんなわけないじゃないですか!」

 

「そっか!それもそうだよね。勇っちって転校してきてまだ間もないんだもんね!それじゃあ、彼女無しって事ですか、うっしっし!」

 

嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑った葉月はちらりとマリアを見る。その視線に何故かむっとしたマリアだったが、さらに口を開いた葉月の言葉にそんな感情は吹き飛んでしまった。

 

「……それじゃあさ、アタシが勇っちをもらっちゃっても良いんだよね?」

 

「ええっ!?」

 

驚愕の一言、葉月のその言葉の意味はもちろんそう言う事なのだろう。もしかしたらソサエティ攻略の戦力として欲しがっているのではないかと思ったマリアだったが、葉月の次の言葉にまたも考えを打ち砕かれる。

 

「カッコいいし、面白いし、強いし……勇っちみたいな男の人、アタシ好きだな!フリーなら気兼ねする必要も無いしね!」

 

「ででで、でも!あなたはアイドルじゃないですか!す、スキャンダルになりますよ!?」

 

「そんな事気にしてちゃ何も出来ないじゃん!人生も高校生活も一度きり、楽しまなきゃ損でしょ?好きな人には思いっきりアタックしなきゃ!」

 

「あわわわわ……!」

 

葉月の強気の押せ押せ宣言に完全に翻弄されるマリア、お風呂の熱さも併せて顔は真っ赤だ。口をパクパクさせながら、マリアは必死に言葉を紡ぐ

 

「な、なんでそれを私に聞いたのですか?そんな事する理由は……」

 

「……ライバル宣言、しないの?アタシ、あなたはてっきり勇っちの事好きだと思ってたんだけど」

 

「なっ!?なななっ!?」

 

その言葉を聞いたマリアは今度こそオーバーヒートしてしまった。頭から湯気を出しながら湯船へと沈んでいく前に、マリアは葉月の声を聞いた。

 

「……まぁ、手遅れにならない限りは受け付けるからさ、したくなったらいつでもしてよ。ライバル宣言!」

 

「ぶくぶくぶく……」

 

勇同様泡を吐きながら、マリアの意識は深く沈んでいったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何でですか!?何やってるんですか光牙さん!」

 

「な、な、な、何!?どうしたのマリア!?」

 

一時間後、意識を取り戻したマリアは真美と一緒に光牙たちのコテージへとやって来ていた。本来は明日の模擬戦について詳しい戦闘方法を4人で話し合うつもりだったのだが、とある事を聞いたマリアの様子が一変して光牙を問い詰め始めたのだ。

 

「何で……何で勇さんを葉月さんたちのコテージに行かせちゃったんですか!?」

 

「だ、だって!龍堂君が新田さんに誘われたって言うから!」

 

「むむむむむ……!」

 

風呂場で言われた事が頭の中によみがえる。葉月はさっそく宣言通り行動を始めた様だ。

 

「……行かなくてはなりません!勇さんを救いに!」

 

「す、救う!?龍堂君たちの身に何が!?」

 

「光牙さん!真美さん!櫂さん!行きますよ!」

 

「ま、マリア!?」

 

宣言、行動、ダッシュ!の三拍子で駆け出したマリアを追ってコテージから出て行った光牙を溜め息と共に見つめる真美。櫂は心配そうに真美に問いかける。

 

「なぁ、追いかけなくていいのか?」

 

「……あいつら、ディーヴァのコテージの場所、しらないでしょ」

 

「あ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

暗く静かな誰も居ない大浴場の中で玲は湯船に浸かっていた。騒がしいのは好きじゃない。故に一人で湯浴みが出来る時を待っていたのだ。もちろん規則の範囲外だが、別に問題は無いだろう。誰かに迷惑かける訳でも無い。怒られるのは自分なのだから

 

(……あの男、本当に訳が分からないわ)

 

ちゃぷん、と音を鳴らしながら湯船に体を沈ませた玲は謙哉の事を思い返す。拒絶され、馬鹿にされ、痛い目に遭っても自分に接しようとする彼の事を思い返すと苛立ちが募る。しかし、それと同時にちくりと胸が痛むのを感じていた。

 

(優しい……人……)

 

窓の外に光る月明かりを見ながら、玲はとある人の事を思い出す。謙哉と同じ優しい人、自分を慈しみ、愛してくれたその人の事を

 

優しかった。温かかった。その大きな手で、何度も頭を撫でて貰った。

あの頃、自分は笑わない女神なんて呼ばれる事になるなんて思わないほど良く笑っていた。幸せだった。本当に…………

 

あの日が来るまでは

 

「っっっ……!」

 

ぞくりと体に震えが走る。暖かいお湯に浸かっているのに寒気が止まらなくなる。玲の目には自然と涙が溢れていた。

 

もう何度も夢に出たあの光景、いまだに自分を苦しめる悪夢となって現れるあの日の出来事

 

風なんて吹いてないのにゆらゆらと揺れる体、部屋中に広がる酷い匂い、生気を無くしたその瞳………

 

何かが自分の体を縛っている様に感じる。ねっとりとした暗いそれが、一生自分に纏わりついて離れない予感がする

 

「消えろ……消えろっ!」

 

全てを振り払うかのように立ち上がった玲の体を月が照らす。美しく白い肌、均整の取れたその体は一種の美術品の様だ

だが涙に濡れる青い顔は、玲の心中を現すかのように酷く暗かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マリア!ちょっと待ってって!こっちで方向は合ってるの!?」

 

「しーっ!静かにしてください!」

 

暗い山道を走っていた光牙は突如マリアに制されて口を噤んだ。マリアの見る方向に視線を向ければ、そこには勇と葉月が二人で夜道を歩いているではないか

 

「あわわわわ……!」

 

何故か慌て始めたマリアを横目に光牙は二人の様子を観察する。勇たちは話しながらも周りをきょろきょろと見回している様だ。まるで何かを探しているその仕草に、光牙はつい二人の前に出て何をしているのかを聞きに行ってしまった。

 

「龍堂くん、新田さん。ここで何をしているの?」

 

「光牙、謙哉を見なかったか?あと、ついでに水無月の奴も」

 

「虎牙君と水無月さんを?悪いけど、俺とマリアは敷地内を大分走り回ってたけど二人は見なかったな」

 

「マリアと?走り回ってた?何で?」

 

「いや、それが……」

 

「お、お二人がどうしたのですか!?」

 

君が新田さんの所に行ったと聞いたら急に……と言おうとした光牙の口を塞ぎながらマリアが会話に参加する。その様子を楽しそうに見る葉月には気が付かないまま、心配そうな顔をした勇が説明した。

 

「結構前に水無月を探してくるって言って出てったきり戻ってこねぇんだよ。心配になって二人で探しに来たんだ」

 

「……何かあったのでしょうか?」

 

「わかんねぇ、単純に水無月に会えてないだけかも……」

 

そうやって会話をしていた4人だったが、その耳に騒ぎ声が聞こえて来た。何事かと周りを見渡す4人は、騒ぎの元となっている場所を探す。

 

「……大浴場の方から聞こえてくるみたいだね」

 

「行ってみよう、謙哉たちも来てるかもしれない」

 

そう言って駆け出した勇を葉月が追う、マリアと光牙も急ぎその後を追って駆け出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……水無月さん、大丈夫?」

 

「ええ……大事ないわ」

 

「おい!どうしたんだ!?」

 

大浴場に辿り着いた勇は探していた玲の姿を見つけると彼女に詰め寄る。しかし、冷たい視線をした周りの女子生徒に引き剥がされると、信じられない言葉を告げられた。

 

「水無月さんは襲われたのよ!あなたの友人にね!」

 

「何だって!?」

 

勇と友人、と言えば一人しか思い浮かばない。その姿を探して周りを見渡した勇は、女子更衣室に繋がる扉の前でぐったりとしている親友の姿を見つけて駆け寄った。

 

「謙哉!何があったんだ!?謙哉!」

 

「ちょっと、こいつに近寄らないでよ!こいつは水無月さんを襲った犯人なのよ!」

 

「んなわけねぇだろ!おい、離せよ!」

 

自分を押さえつける女子生徒に怒鳴りながら勇は謙哉を見る。気を失い、顔に傷までついている謙哉の身に一体何が起こったのか?勇は必死に目を覚まさない親友の名前を呼び続けた。

 

 

 



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恐怖!女の本性!

 

「一体何があったってんだよ!?謙哉が水無月を襲っただと!?」

 

夜のキャンプ場に勇の声が響く、薔薇園学園の女子たちから聞かされた言葉をどうしても信じられない勇は事の詳しい説明を求めて彼女たちに詰め寄るが、女子生徒たちはそんな勇に対して冷ややかな視線を返すだけだ

 

「言ったでしょう、水無月さんはこの男に襲われたのよ!これはれっきとした犯罪よ!」

 

「すぐに園田理事長が来て、この男を処罰してくれるんだから!」

 

皆一丸となって口々に勇を責める。どうやら彼女たちの中では謙哉が犯人で間違いないと思われているらしい。腹立たしさと共に勇が反論をするよりも早く口を開いたのは、謙哉と同じD組の生徒達だった。

 

「謙哉がそんなことする訳無いだろ!あいつの事は一年から知ってる、女を襲うような真似をする奴じゃない!」

 

「何かの間違いよ!虎牙君はそんなひどい人じゃないわ!」

 

皆、口々に謙哉をかばう発言をして薔薇園の女子たちに立ち向かっている。その義理堅さに感謝しながらD組での謙哉の信頼の深さに感心していた勇だったが、一人の生徒がふと思い至った可能性を青ざめた顔で口にした瞬間、一帯の空気が激変した。

 

「……もしかして、お前が虎牙を嵌めたんじゃないのか?自分を襲ったって言って、虎牙を犯罪者にしようとしたんじゃ…!」

 

「なっ!?」

 

玲を睨みそう言った彼の発言に一同は驚いたが、同時にあり得る可能性だと言う事にも思い至る。玲は謙哉を嫌っていた。いつまでも自分にかかわろうとする謙哉を徹底的に排除するために非道な手段に出たのかもしれない。

 

騒めき立つ周囲の反応をよそに玲は表情一つ変えずに黙っている。勇はそんな彼女に詰め寄ると、険しい顔で彼女を睨みながら言った。

 

「どうなんだ?まさか本当に謙哉を嵌める為にこんな真似を……!」

 

「……ちょっと待ってよ。私だって程度は知ってるわ、そんな馬鹿な真似はしないわよ」

 

「嘘だ!虎牙に対してあんなに冷たく接してた癖に!」

 

「だから待ちなさいよ!そもそも私はあいつに襲われただなんて一言も言ってないわよ!」

 

「えっ……!?」

 

玲のその言葉に驚く勇、確かに自分が来てから玲が発言した覚えは無い。だとしたら何故謙哉は犯人に仕立て上げられているのか?その理由を探るべく勇は玲を問い質す。

 

「おい、じゃあ犯人は謙哉じゃないのか?誰がお前を襲ったんだよ?」

 

「……分からないわ」

 

「はぁ!?それじゃ困るんだよ!謙哉が犯人にされちまうだろ!」

 

「そんな事言ったって私だって分からないんだから仕方が無いじゃない!襲われた後、気を失って気が付いたらこんな騒ぎになっていたんだもの!」

 

必死に叫ぶ玲からは嘘をついている様子は見受けられない。だとしたら、まずは状況を完全に把握する事が最優先では無いのだろうか?

 

「……騒ぎを止めよ。状況はある程度聞いたが、まだ不透明な部分がある。詳しく話を聞くために、状況を知る者から話が聞きたい」

 

勇がそう思った時だった。園田がこの場に現れ、皆を纏めるべく発言したのだ。未だ興奮が収まらなかった面々だったが、園田のその一言に対してしぶしぶ納得すると一同に押し黙った。

 

「……よろしい。ならばまずは時系列の整理だ、玲、お前がここに来た時の事を話してくれ」

 

「……多分、今から一時間前くらいの事です。夜の自由時間になったのを確認した私は、この大浴場に来て入浴を始めました」

 

「何故指定された時間に入浴を済ませなかった?自由時間とは言え、この大浴場を自由に使って良い訳では無いんだぞ?」

 

「……騒がしいのが嫌いだったもので、それを避けたかったんです。すいません」

 

「今はその件は後回しにしよう。一時間前と言ったな?その時間に虎牙と行動していた者はいるか?」

 

「それなら俺っす。その時間、俺と謙哉は一緒に葉月たちのコテージに行ってました」

 

園田の質問に勇が手を挙げて答える。その言葉の後を継ぐように葉月とやよいが口を開いた。

 

「私たち、明日の模擬戦で組むペアなのでその時の作戦を話し合おうと二人を呼んだんです」

 

「その時には、もう玲はコテージを出てたと思います」

 

「……龍堂、虎牙とお前は3人のコテージに着いた後、どうしたんだ?」

 

園田のその質問に、勇はその時の状況を思い返しながら答える。

 

「謙哉は、コテージに着いてすぐに水無月と話がしたいって言いだしたんです。でも、その時水無月はコテージに居なかった、だから…」

 

「アタシが、もしかしたらその辺に居るかもしれないから探してくれば、って言ったんです。謙哉っちはアタシの勧めに従って玲を探しに出かけて、でも、なかなか戻ってこないから変だなって勇っちと話して」

 

「んで、留守番にやよいを残して謙哉と水無月を探しに出たんです。その時には、謙哉が水無月を探しに行ってから30分くらい経ってたと思います」

 

「ふむ……では、虎牙はその間に事件に巻き込まれたと考えるべきだな。玲、その時お前は何をしていた?」

 

勇と葉月の話を聞いた園田は今度は玲に質問を振る。玲は、少し悩んだ後でその質問に答え始める。

 

「……入浴していました。バレたらまずいと思ったので電気等は消したままで大浴場で過ごしていたんですが、その時に脱衣場から物音がして……」

 

「それで、どうした?」

 

「……気になった私は脱衣所へ行って、何があったのか調べようとしました。当然、真っ暗だったので電気を点けようとスイッチを探していたら………突然、頭に衝撃が走って……」

 

「気を失った。と?」

 

「……はい。目が覚めたら脱衣場にはたくさんの女子と気を失った彼が居て……今に至ります」

 

「なるほどな……では最後にその多数いた女子の話を聞かせて貰おうか」

 

「あ、はい!じゃあ、私が代表して!」

 

こほんと咳払いした一人の女子生徒が少し興奮した顔つきで立ち上がると、捲し立てる様にして自分の見た事を語り始める。その場に居た全員が、彼女に注目してその話を聞いていた。

 

「私たちは他の女子のコテージに遊びに行こうとしていたんです。それで、ここを通りがかったら男の人の声がしたんですよ!何処から聞こえてくるのかなと思って調べてみたら、女子の脱衣所から聞こえて来るじゃありませんか!だから、怖かったけど皆で中に入って、電気をつけてみたんです!そしたらなんと……!」

 

身振り手振りを大きく加えながら話す女子生徒、話にやや誇張が入っている気もするが今は何が起きたのかの大筋を理解するのが優先だと勇は黙っておいた。

 

「……そこには、裸の水無月さんを抱える男の姿があったんです!無論、そこで寝ているその人でしたよ。私たちは水無月さんが危ないと思ってあの人を取り押さえて、きつい一発をお見舞いしたんです!そしたら彼は気を失ってですね……!」

 

「なるほど、今に至ると言う訳か……大体の事情は分かったな。後は……」

 

「はい!この男を処罰するだけですよね!」

 

「は!?」

 

爛々と目を輝かせた女子生徒が得意げな表情で園田に意見する。その言葉を聞いて驚きの声を上げた勇に対して、女子生徒はこれまた得意げな顔を見せるとまるで難事件を解決する探偵の様に自分の考えを語り始めた。

 

「ふっふっふ……今の話で全部わかったでしょう?この男は、時間外に入浴していた水無月さんを闇に紛れて襲い、乱暴を働こうとしたんですよ!間一髪で私たちがやって来て犯行は阻止されましたが、こんな危険な生徒を放っておくわけにはいかないでしょう?即刻、処罰が必要です!」

 

「……そうね。確かに今の話を繋ぎ合わせるとそうなるわよね」

 

「水無月さんも悪いと思うけど、非力な女性を襲うなんて見下げた男よね!退学……いえ、逮捕されると良いわ!」

 

女子生徒の推理に彼女も周りに居た女子たちが次々に賛同する。だが、完全に謙哉が犯人だと思い込んでいる彼女たちに対して勇は軽くため息をつくと、親友の名誉を守る為に反論を開始した。

 

「……残念だがその推理は的外れだぜ、どこをどう取っても今までの話は繋がらねぇよ」

 

「何を言ってるんですか?あなたが親友を庇いたい気持ちはわかりますが状況証拠は十分すぎるほどに……」

 

「揃ってるかもな。どっこい、一つだけどうあがいても説明できない事があるんだよ」

 

「な、なんですか?どうせ苦し紛れのハッタリでしょう?」

 

「そっか……謙哉さんの顔の傷ですよ!」

 

「そうだぜマリア、それが説明つかねぇんだ」

 

マリアに対して人差し指を向けながら正解の意を示した勇は気を失ったままの謙哉に近づくとその顔に残る痛々しい傷を指し示しながら話を続ける。

 

「さっきも話した通り、俺は水無月を探しに行く前の謙哉と一緒に居た。その時、謙哉の顔にはこんな傷は無かった。って事は、この傷はこの30分くらいの間に出来たものだって事だろ?じゃあ、一体何で謙哉はこんな怪我をしたんだ?」

 

「そんなの簡単に想像がつくじゃない!この男が水無月さんを襲った時に反撃を受けて出来た傷よ!それ以外に何か考えられる!?」

 

「あ……そっか、そう言う事か!」

 

「ほら!新田さんだって納得したわよ!醜いあがきは止めて親友の罪を認め……」

 

「違う違う!勇っちの言う通りだよ!アタシも最初は勇っちが何言ってるか分かんなかったけど、確かに話は繋がんないね!」

 

「えっ!?な、何で!?私の考えは完璧なはず……?」

 

ショックを受けた女子生徒の前でへらへらと笑う葉月は、自分の今しがた理解したというのに妙に偉ぶりながら解説を始めた。

 

「良い?謙哉っちの顔の傷は玲に反撃を受けて出来たもの……そうは絶対に考えられないんだよ」

 

「な、何で!?」

 

「だって、玲は言ってたじゃない。スイッチを探してたら急に頭に衝撃が走ったって……これってつまり、不意打ちを喰らってそのまま気絶したって事でしょう?反撃、出来てないじゃん!」

 

「あっ!」

 

やっと自分の推理の矛盾点に気が付いた女子生徒は口を押えて周りの友達を見る。彼女の友人たちも葉月に指摘されてその事に気が付いたらしく、揃って言葉を失っていた。

 

「で、でも!それが何だって言うの!?この男が一番怪しい事には変わりないじゃない!」

 

「あ~……確かにそうだね。勇っち!これに対して意見は!?」

 

「お前ら馬鹿か?この時点でもう一人話を聞かなきゃいけない奴が浮かび上がってくるだろうが」

 

「だ、誰?」

 

「……今回の事件の容疑者、虎牙謙哉自身だ」

 

教え子たちの様子を見守っていた園田が呆れた様にして答えを言う。驚き彼女を見る教え子たちに向かって鋭い目をした園田は凍り付く様な声で彼女たちを叱責した。

 

「何故彼が傷を負ったのか?そこにはまだ我々が知らない事実があるはずだ、それを聞かずにして彼を犯人扱いするのは早計にも程がある。……そもそも、今の話を聞いてここまで考えが及ばないとは想像力があまりにも貧弱すぎる!」

 

「す、すいません……」

 

園田に怒られ小さくなっていく女子生徒たちを尻目に勇は謙哉の顔の傷を観察していた。

一体どういう経緯でつけられた傷なのだろうか?浅いが鋭く広い範囲に残っている跡を見るに、素手でつけられたものでは無いだろう

つまりはなんらかの凶器を使ってつけられた傷だと言う事だ、ではその凶器とはなんなのか?そこまで勇が考えていた時、謙哉の瞼がぴくりと動いた。

 

「う……ん……」

 

「謙哉!」

 

「……勇?僕は、いったい……?」

 

ゆっくりと目を開けた謙哉はぼうっとした表情で勇の顔を見ていたが、何かを思い出したかの様にはっとした表情になると、そのまま凄い剣幕で勇に話し始めた

 

「そうだ、大変なんだ勇!誰かが水無月さんを襲って、それで、それで……!」

 

「落ち着け謙哉、今その事を話している最中だ。まずい事にお前がその水無月を襲った犯人って事にされかけてるけどな」

 

「僕が……!?そ、そうか……僕はあの後、薔薇園の女の子たちに押さえつけられて……」

 

「……混乱している所悪いが、君の話を聞かせて欲しい。一体君は何を見たんだ?この一件、君が犯人だと断定するには不可解な事が多すぎる。よく思い出して話してくれ」

 

謙哉と勇の話に割って入った園田の言葉に顔を俯かせると、謙哉は自分の身に何が起こったのかを思い返しながら話を始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

玲を探すために勇たちと別れてしばらくして、謙哉は大浴場のある広場までやって来ていた。コテージの近くに玲の姿は無く、探し回っている内にここまで来てしまったのだ。

 

(……どこかですれ違ったかな?一度戻ろうか)

 

玲との入れ違いを心配した謙哉が一度コテージに戻って確認しようとしたその時だった

 

ガラガラガラッ!

 

「!?」

 

自分のすぐ近く、大浴場の更衣室の向こう側で何かが崩れる音がしたのだ、その音に反応してそちら側を見た謙哉は首を傾げる。今の時間帯は入浴時間では無い、生徒はここには居ないはずだ。教師が使っているにしても電気が一切ついていないのはおかしい。

 

「……誰かいるの?」

 

一瞬迷った後で謙哉は女子更衣室の扉を開いた。誰もいなければ良し、だがこの状況で誰か居たのならばその理由を問い質さなければならないだろう。

 

「えっと……電気、電気と……」

 

謙哉は壁伝いに手を伸ばして電気のスイッチを探す。そろそろと歩いていた謙哉だったが、足に何か柔らかい物が当たったのを感じて動きを止めた。

 

(……なんだこれ?)

 

湿っているがほんのり温かくて柔らかい。すべすべしている様な気もする。どこかこれと似ている物をほぼ毎日触っている様な気がした謙哉はポケットから携帯を取り出し、ライトをつけてそれをよく見てみた。

 

「……水無月さん!?」

 

照らされたのは良く知る女子の顔、玲の横顔だった。目を瞑り、ぐったりとしているその様子をただならぬ事と感じた謙哉は彼女を揺さぶり起こそうとしたが……

 

「がっ!?」

 

自分の顔に鈍い衝撃、何か固い物で顔面を殴られた謙哉はよろめき後ろの棚に突っ込んでしまう。首を振りながら立ち上がった謙哉の耳に脱衣所の扉が開いて何者かが駆け出していく音が聞こえた。

 

「ま、待て!」

 

倒れている玲、自分を襲った何者かの存在。ここから導き出される事は一つだ。

玲はこの場で誰かに襲われ、その物音を聞きつけて自分がやって来た。その事に驚いた犯人はとっさに謙哉を殴りつけて逃げ出したのだ

 

「み、水無月さん!」

 

謙哉は迷うことなく玲に駆け寄る。重傷を負っていないか?何かされていないか?彼女の身を案じた謙哉は玲の事を抱きかかえ彼女の名前を呼び続けていたが……

 

「……だ、誰かいるの?」

 

その声と共に部屋に光が灯る。声の方向を見ていた謙哉はそこに現れた数名の女子を見て安堵した。

 

(良かった!これで先生を呼んでもらえる!)

 

危険人物が居るこの場に玲を置いて行くわけにはいかないと思い教師陣を呼ぶことを躊躇っていた謙哉だったが、これだけの人数が来てくれたのであれば安心だと胸を撫で下ろす。

早速彼女たちに助けを請おうとした謙哉だったが……

 

「き、きゃー!あなた、何してるの!?」

 

「へ……?あ、いや!これにはいろいろと事情が……」

 

彼は失念していた。何も知らないこの女子生徒たちが今の自分を見てどう思うかと言う事を

暗闇の中で裸の玲を抱きしめ、女子更衣室に侵入していた謙哉は何処をどう見ても不審者と呼ばざるを得ない。

 

「ち、違うんだ!僕は何も……」

 

「変態!不審者!水無月さんを離しなさい!」

 

「ぎゃふん!」

 

数名の女子生徒に突き飛ばされ倒れた謙哉の後頭部に衝撃が走る。徐々に遠くなっていく意識の中で、謙哉は玲に関わると碌な事が無いと嘆いていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……という訳なんだ」

 

「なるほど、つまり君は玲を襲ったのは自分では無いと言いたいんだな?」

 

謙哉の話を聞いた園田がその顔に出来た怪我を眺めながら確認する。その鋭い視線を受けながらも謙哉は躊躇うことなく頷き、自分の意思を示した。

 

「ふむ……と言う事は、犯人はまた別に居ると言う事になるが……」

 

「待ってください!学園長、お言葉ですがその男が嘘をついている可能性だってあります!」

 

思案に暮れる園田に対し、謙哉を取り押さえた女子の一人が発現する。それに対して園田は軽く手を挙げて制した。

 

「無論その可能性も考えていない訳では無い。彼が犯人だとしてもそう言う他無いのだからな。しかし、可能性として彼が犯人で無いと言う事も十分考えられる。故に私はすべての可能性を考慮しておきたいのだ」

 

「……でも、顔の傷の事を除けばその男が犯人で終わりじゃないですか」

 

「だから謙哉はやってないって言ってんだろ!顔の傷を除けばって言うが、それが説明出来なきゃ謙哉を犯人にしたてんじゃねぇって!」

 

「傷……てて、これ結構痛いんだよなぁ……」

 

自分の顔面のケガをさすりながら困った様に謙哉が呟く、園田はその怪我を推察して口を開いた。

 

「……怪我の深さから察するに、これは刃物で傷つけられたのではないな。何か硬い物の鋭くとがった部分が君の顔に食い込んだのだろう」

 

「そうですね……確かに僕も切られたって感じはしなかったですし……」

 

「ふむ……問題は凶器が何かという事だ、それさえわかれば犯人を絞り込めるのだが」

 

「……すいません、真っ暗だったので何も見えなくて、僕が何で殴られたのかも分からないんです。でも……」

 

「でも?」

 

「なんだか、覚えがある感触でした。どこか最近、よく触ってるような感じのもので……」

 

それが何かを必死に思い出そうとしている謙哉は、事件の時の事を踏まえて自分を殴った凶器を探り始める。そんな中、一人の生徒が人ごみをかき分けて前に出て来た。

 

「園田学園長、すこしお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

 

そう言いながら手を挙げたのは虹彩学園A組の真美であった。何かを含ませたその物言いに園田は眉をひそめる。

 

「どうかしたのか?」

 

「いえ、少しお時間を頂ければこの事件の犯人を探り当てられるかもと思いまして」

 

「ま、マジでっ!?」

 

真美の言葉に驚きの声を上げる勇、そんな勇を無視して園田は真美に対して頷くと彼女を見やる。

 

「構わん、そこまで言うのであれば君の話を聞こう」

 

「ありがとうございます……さて、ではまずこの事件が偶然起きたものなのか、それとも計画的な犯行なのかを考えてみましょう」

 

「けーかくてき?ぐーぜん?なにそれ?」

 

「つまり、水無月はたまたま襲われたのかそれともちゃんと目的をもって襲われたのかって話だよ」

 

真美の言葉に首を傾げる葉月に対して解説をした勇は、そのまま真美に対して自分の意見を伝える。

 

「……どっちかっつーと偶然じゃねぇか?いや、はっきりとはわからねぇけどよ」

 

「どっちかっつーととは?」

 

「上手く説明出来ねぇけど、もしも水無月の奴を襲うのが目的だとしたら風呂に入ってる所を襲うと思うんだよな。向こうは全裸で、抵抗する方法もないんだしよ」

 

「もしくは、一人になった山道で襲うわね。つまり、犯人は水無月さんを襲うつもりは無かったのよ」

 

「……じゃあ、何で私が襲われたのかあなたには分かるの?」

 

「……その答えは、たぶん虎牙が握ってるわよ」

 

「ぼ、僕!?」

 

真美からの突然の指名に驚く謙哉、周りの女子生徒たちはその言葉を受けて謙哉を取り囲む

 

「分かった!こいつはやっぱり犯人で、動機を締め上げて話させろって事ね!」

 

「え、ええっ!?」

 

「はぁ~……違うわよ。こいつが言ってたでしょう?何かが崩れる音がして部屋の中に入ったって、つまり、犯人は何かをするために脱衣所に忍び込んだんだけれど、その際に誤って物音を立ててしまった。それに気が付いたのが虎牙の奴と……」

 

「……私、ってことね」

 

玲の一言に真美は頷くと、人差し指を立てながらさらに詳しく説明を始める。

 

「犯人の目的は水無月さんじゃなくて、他の何かだった。結果的に水無月さんを襲う事になったのは、彼女が自分の存在に気が付いてしまったから」

 

「じゃあ、事件は偶然起きたって事?……あれ?でも犯人はこの場所に来たのは何か理由があっての事で……」

 

「そうよ、今回の事件のカギはそこなの。なんで犯人がこの場に来たのか?それさえわかれば完璧に犯人が分かるんだけど……」

 

「えっと……やっぱり、その、玲ちゃんの下着を目的としてたんじゃないでしょうか?」

 

「……下着泥棒ってこと?」

 

おずおずと口を開いたやよいに皆の視線が集中する。やよいは自分が言ったことが恥ずかしいのかやや顔を赤らめ、手をばたばたと振り回しながら言った。

 

「だ、だって!玲ちゃんはアイドルだし可愛いから、少しそんなことを思っちゃう人がいるんじゃないかな~って!」

 

「……あながち間違いだって言えるわけじゃ無いのよね。でも、それだとしっくり来ないのよ」

 

「待てよ……もしそうだとしたら……」

 

この話の流れの中で勇はゆっくりと今までの事件の概要を思い返しながら最後のピースである『犯人の目的』について推察していく

やよいの考え方だと、犯人は玲の下着を盗むためにこの場にやってきたという事になる。確かにそれはそれで貴重な物だが、本当に犯人の目的はそれだったのだろうか?

 

風呂に入るという事は、相当な事情が無い限りは裸になって荷物は脱衣所においておくことになる。つまり玲の私物はすべてこの場にあったという事だ。

その中で最も価値がある物………アイドルの下着よりも価値がある『何か』は本当に存在するのか?そう考えた時、勇の頭の中にひらめきが舞い降りた。

 

同時に謙哉もまた自分を襲った犯人が使った凶器についてその答えを見つけ出そうとしていた。あの感じ、最近よく触っている様なあの感触。そう、本当に良く触れている物だ

しかしこの場に謙哉が普段よく触れている様なものは何も無い。木の桶だったりかごだったりはあるが、自分に当てられたのはその様な物ではないと謙哉は分かっていた。

 

ではその凶器は何処にあったのだろうか?当然、犯人の私物だと思った方が良いのだろうが、話の流れからするに犯人がそのような武器を持っていたとは考えにくい。では、一体それは誰のものなのか?

 

(あの場に居たのは僕と犯人、それと……)

 

謙哉はそこまで考えて残る人物をちらりと見る。凶器はもう一人の被害者である玲、彼女が持っている物だったとは考えられないだろうか?

では今の彼女のどこに武器になる物が隠されているのだろうか?そもそもそんなものを彼女が所持しているのだろうか?そこまで考えた謙哉だったが、同時にある事を思い出していた。

自分が最近よく触れている物、そして彼女が持っている物で凶器になりそうな硬いもの……あるではないか、たった一つだけ

 

別の事を考えていた二人だったが、くしくも同時に叫んだのは全く同じ言葉だった

 

「「ドライバーだ!」」

 

そう叫びながら勇と謙哉はお互いを見る。人差し指を謙哉に向けた勇と立ち上がりその勇に近づく謙哉、興奮しながら二人は互いの考えを口に出した。

 

「そうじゃねぇか、水無月の持ってる物で一番価値があるものと言ったらギアドライバーしかねぇ!犯人の目的はドライバーを盗む事だったんだよ!」

 

「あの感触、固さ……僕の顔を殴った時に使ったのはドライバーだよ!だから最近よく触ってるものだと思ったんだ!」

 

その二人の様子を誰もがポカンとしながら見ていたが、真美はその状況から一足早く抜け出すと愉快そうに笑い、そして二人に対して礼を言った。

 

「ありがとう二人とも、おかげで全部わかったわ。この事件の犯人も、なにが起こったのかもね」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「本当よ、じゃあ、まずは犯人の行動をおさらいしてみましょうか」

 

高らかに宣言した真美に生徒たちの視線が集まる。そんな緊張する状況でも真美は顔色一つ変えずに推理を口にし始めた。

 

「……犯人は、今日の夕方に水無月さんが入浴してない事を知っていたのよ。それは、犯人が彼女の持つドライバーを盗もうとしてずっと彼女を監視していたから」

 

「何でそう思うんですか?」

 

「もしもドライバーを盗む事だけが目的なら、あなたか新田さんのドライバーでも良い訳でしょう?でも、犯人はそうしなかった。それってつまり、犯人が水無月さんのドライバーを盗むためにその機会をずっと窺ってたと考えた方が妥当じゃないかしら」

 

「……犯人は水無月がたった一人風呂に入ってない事を知ってたって事か」

 

「ええ、でも風呂に入らなかったのはたった一人じゃないわ。だって、ずっと水無月さんを尾行してたばっかりに自分自身もお風呂に入るタイミングを逃してしまったのだからね」

 

そう言いながら真美はとある生徒を睨む、そしてそのままその人物に向かって質問を始めた。

 

「私、記憶力はとても良いの、一緒にお風呂に入った人物は全部記憶できる位にね。でも、あなたは今日の入浴時間中に一度も顔を見なかったわ。あなたはその時間の間、何をしていたのかしら?教えてくれる……橘ちひろさん?」

 

「え……!?」

 

真美のその言葉にちひろの気弱そうな顔が真っ青になる。両脇に居た夕陽と里香も入浴時間の時の事を思い出しながら顔を見合わせる。

 

「たしかにお風呂の時……」

 

「ちひろの姿、見てないね……」

 

同じクラスで同じ入浴時間帯だったというのに二人はちひろの姿を見てはいない。その事に気が付いた二人は信じられないと言った様子でちひろを見る。

怯え切った小動物の様なちひろはそれでも必死に反論をして自分の身の潔白を証明しようとしていた。

 

「待ってください!私、確かにお風呂には入りませんでした。でもそれは、水無月さんと一緒で騒がしいのが苦手なだけでコテージのシャワーを使ったからなんです!」

 

「じゃあ、あなたが夜の時間に何をしていたか教えてくれる?特に事件が起きた時、あなたは誰かと一緒だった?」

 

「そ、それは………」

 

顔をさらに青くして俯くちひろ、夕陽と里香の様子を見るに、同じコテージの二人とは一緒だったわけでは無いらしい。

徐々に強くなる疑惑の視線、それに耐えきれない様にちひろは顔を覆うと肩を震わせて泣き始めた。

 

「ひ、酷いです……確かに私は怪しいかもしれないけど、何も証拠はないじゃないですか!そ、それなのに犯人扱いだなんて……酷すぎますよ…!」

 

しくしくと泣きながら必死に抗議の声を上げるちひろ、周りの生徒たちもその姿に同情の心が生まれ、憐れむ様にして彼女を見る。

同時に数名の生徒は謙哉を疑惑の視線で見始めた。やはりこいつが犯人なのではないかと暗に語るその目つきを受けて謙哉が動揺を見せる。

 

しかし、その状況の中でも冷静さを失わなかった園田がようやくと言った様子で口を開いた。

 

「……なら、決定的な証拠を示してみるか」

 

「え!?」

 

「警察を呼ぼう、そして玲のドライバーを調べて貰うんだ。そうすればすべてが分かる。もしもこの推理が正しければ橘の指紋や虎牙の顔の皮膚などがドライバーから検出されるだろう。そうしたら言い逃れは出来ないぞ」

 

園田のその言葉にちひろは固まる。彼女に向かって強い威圧感を示しながら、園田は話を続けた。

 

「どうなんだ橘、お前は玲のドライバーを盗もうとしたのか?それとも、まだ自分は潔白だと言い続けるのか?」

 

しん、とその場は静まり返っていた。もはや誰もが疑いと確信を持った視線をちひろに向けている。もはや逃げ場は無い、ちひろはどうするのかと見守っていた生徒たちの前で、その本人は意外な行動を取り始めた。

 

「……ったく、マジで腹立つわ。噓泣きまでしたのに意味無いじゃん」

 

「ち、ちひろ……?」

 

豹変、その言葉がしっくりとくるほどにちひろはその本性を現した。先ほどまで周りの人間に責められて泣いていた気弱の少女の面影は何処にも無い。そこに居るのはふてぶてしく笑う悪意を持った一人の人間だった。

 

「汗だくになりながら必死に尾行したのにこんなあっさりバレちゃうだなんてほんとむかつく、あの男が入ってこなければ全部うまくいったのにさ!」

 

「……それは犯行を認めるということだな?」

 

「ああ、そうですよ!私がそこのクソ女を襲った犯人ですよ!これで満足か?ええ!?」

 

「う、嘘……なんで、ちひろ…?あなたそんな子じゃあ……」

 

「何で?あははは!そんなの決まってんじゃん。むかつくからだよ、親の七光りでドライバーを手に入れたそこの女がさ!」

 

笑い、陽気に口を開いたちひろの顔が深い怒りを現しながら玲の方を見る。憎しみをぶつける様な声で叫ぶと、ちひろは周りの生徒たちに聞こえる様な大声で自分の犯行の動機を説明し始めた。

 

「知ってるんだよ、アンタが学園長の義理の娘だって事は!だから昔から良い教育を受けさせてもらって、その上でこのドライバーを手に入れたって事もさ!良いよね~、アイドルグループとしてお膳立てしてもらって、その上すごい力まで手に入れちゃってさ!本当、むかつくったらありゃしないよね!」

 

苦々しく吐き捨てる様にして玲に言葉を向けるちひろ、勇は犯人がちひろだった事よりも昼に見せたあの弱気な態度はすべて演技だったことに衝撃を受けていた。

 

(お、女ってこえー!)

 

優しく見えるマリアや裏表の無さそうな葉月もこんな風に本当の自分を隠しながら生きているのだろうか?そうであれば女性不振になりそうだなと思いながら隣にいる謙哉を見る。彼もまたちひろのこの豹変ぶりに驚いているのではないかと思っていたが……

 

「あれ…?」

 

意外な事に謙哉はちひろを見ていなかった。自分の事を陥れた犯人の事を放っておいて、彼が今見ているのはやはりと言うか何と言うかは分からないが、玲の姿であった。

 

玲はこんな状況だというのに顔色一つ変えていない。涼しい顔で自分を侮辱するちひろの事を見ている。勇は、彼女のそのクールさに少しだけだが尊敬の思いを向けた。自分だったら相当に怒り狂っているこの状況であんな態度がとれるとは、流石と言うべきなのだろう。もしくは、ちひろの言っている事が図星で反論できないかだ

 

「……そう、つまりあなたは私が憎くてこんな馬鹿な事をしたってわけね」

 

「そうだよ!でもま、バレたからにはしょうがない、罰を受けるよ。で?警察でも呼ぶ?それとも私をぶん殴ってみる?水無月さん?」

 

再び豹変、にこやかな年相応の笑顔を浮かべたちひろは可愛らしく首を傾げる。誰もが彼女に圧倒されていたその時、不思議と愉快そうな声を上げながら、玲が口を開いた。

 

「罰?うふふ……いいえ、それには及ばないわ。私、あなたみたいな人は好きよ。正直者で自分の欲望に素直……どこぞの偽善者よりは大分素敵よ」

 

『偽善者』、の部分で謙哉を見ながら玲は続ける。そして、ちひろの手を取りながらこう言った。

 

「だからチャンスを上げるわ。あなたには罰は与えない上に、ドライバーを手に入れるチャンスもあげちゃう。私、本当にあなたを気に入ったのよ」

 

それは玲の本心だった。自分を襲った人間に本気の好意を向けている彼女を二人の人間を除いて困惑した様子で見ている。

彼女の真意を理解している二人の人間の内一人……園田は玲の様子を見て仕方が無いという風に首を振った。まるでこの後に何が起きるのかを分かっているかの様にだ

 

「さぁ、着いてきて……やよい、あなたのドライバーを借りるわね」

 

「あ、うん……」

 

広場を後にする玲の後ろ姿を誰もがポカンとした様子で見守っている。勇もまた、玲の理解不能な行動に対して呆れた様にしながら謙哉に向かって話しかける。

 

「ったく、訳分かんねぇよな。相当変わってるぜ、あいつ」

 

「……ううん、そんなことないよ。彼女、滅茶苦茶怒ってる」

 

「は?」

 

勇はそう言った謙哉の顔を見る。今日一日玲の事を見続けていた謙哉はその本心を理解した様だ、疑問を持ちながら勇は謙哉との会話を再開する。

 

「するってーとあれか?本当はちひろの事を気に入って無くって、嘘ついてるって事か?」

 

「違うよ。本当に彼女は橘さんの事を気に入ってる。でも、それ以上に怒る何かを言ってしまったんだ」

 

「……やっぱ訳分かんねぇ」

 

首を傾げる勇に対して謙哉は何か思うところがある様だ、真っ直ぐな視線を玲に向けたまま、彼もまた彼女たちの後を着いて行った。

 




思ったより長くなったので一話を三分割してお届けしております


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玲の過去と謙哉の信念

「……一体何をするつもり?」

 

ちひろのその質問に答えないまま歩き続ける玲、興味を持った数名の生徒たちもその後を追って歩いていく。

その生徒の中に居た勇たちは顔を見合わせて玲が何をしようとしているのかを話し合っていた。

 

「葉月、水無月が何を考えてるかわかんねぇのかよ?」

 

「う~ん……正直、玲はよく分かんないところがあるからな~…」

 

「片桐さんも予想はつかないかい?」

 

「ごめんなさい。これっぽっちもわからないです……」

 

勇と光牙は玲とチームを組む葉月たちに質問するも、彼女たちも玲が何をしようとしているかは予想がつかない様だ、彼女たちが分からないというのならこの場に居る誰もが分からないのであろうと、勇は他人に聞くことを諦めて自分なりに考える事にした。

玲はちひろにチャンスを与えると言った。その言葉が本当ならば何かをしてちひろを試すのだろう。やよいから借りたドライバーを使って何をしようとしているのかも気になるが、それと同じくらい気になる事がある。

 

今日一日玲を見て来た謙哉が先ほど言った言葉、玲はかなり怒っているという事……それは本当だろうか?

謙哉曰く、玲はちひろの事を気に入った様だがそれ以上に怒り心頭だと言う。確かに自分を襲った人間に怒らない奴はいないだろうが、それだとしたら気に入ったという部分が気になる。

 

つまり、玲は襲われた事よりも腹の立つ事をちひろにされたという事だ。それは一体何なのか?それを考えようとしていた勇だったが、玲が足を止めたのを見て他の生徒たちと同じタイミングで動きを止めた。

 

「この辺で良いかしらね……じゃあ、これを受け取って」

 

振り返ってちひろの方を向いた玲はその手に持つギアドライバーを彼女へと手渡す。驚いて自分の顔を見つめて来るちひろに対し、玲は冷ややかに説明を始めた。

 

「あなた、私が気に入らないんでしょう?だったら、私を叩きのめすチャンスを上げるわ。ドライバーを使って同じ条件で戦うの、もしもあなたが私に勝ったらこのドライバーはあなたの物……好きに使って貰って構わないわ」

 

「……正気?そんな事してあなたに何の得があるっていうのよ?」

 

「言ったでしょう?私はあなたが気に入ったって……だからチャンスを上げるのよ。嫌がらせの為に犯罪まで出来るその心意気に免じてね」

 

口元だけを歪ませて笑う玲、やよいから借りたドライバーを装着すると自分のカードを掴み取る。

 

「ディーヴァのカードはスペア用に2枚用意してあるの、とりあえずハンデとして私はこれ以上カードを使わないわ。あなたは私のホルスターに入っているカードを好きに使ってちょうだい」

 

「……アンタ、私を舐めてるの?」

 

「舐める?……ちょっと違うわね。私は自分に自信があるの、これだけのハンデを負ってもあなたには負けないって言う自信がね」

 

「このっ……!親の七光りの癖して…!」

 

「……そう思うのならここで私を倒せば良いじゃない。あなたは私と同じステージに立つチャンスを得た。もう二度とないかもしれないチャンスよ?これを逃すことがどれだけ愚かか分からないあなたじゃないでしょう?」

 

「………」

 

玲の言葉にちひろは黙って差し出されたギアドライバーを見つめる。やがて、決意したようにそれを掴み取ると、玲を睨みながら口を開く。

 

「……やってやろうじゃない。アンタのそのすまし顔を滅茶苦茶にしてやるわ!」

 

「ふふ……その気になったみたいね。じゃあ、早速始めましょう」

 

カチャリとちひろはドライバーを装着するとホルスターからカードを取り出す。『蒼色の歌姫 ファラ』……同じ2枚のカードを構えた二人は、同時にそのカードをドライバーに通しながら叫んだ。

 

「「変身!」」

 

<ディーヴァ! ステージオン!ライブスタート!>

 

二重の電子音声が鳴り響いた後、二人は同じ青い歌姫の戦士へと姿を変える。同じ武器を持ち、ポテンシャルも同じになった今、勝敗を分けるのは装着者の技量だけだ。

 

「喰らえっ!」

 

先手を取ったのはちひろだった。ハンドマイク型の銃、『メガホンマグナム』を構えると玲に向けて引き金を引く。繰り出された弾丸は真っ直ぐに標的に向かって行ったが、玲はそれを踊る様な華麗な動きで躱すと余裕の口ぶりでちひろに声をかける。

 

「どうしたの?それで終わり?」

 

「くっそ!」

 

挑発を受けたちひろは続けて引き金を引く。何度も何度も玲目がけて弾丸を発射する彼女だったが、玲はその全てを完全に見切り、躱し続けていた。

 

「ぐぅぅ……!」

 

歯ぎしりと共にちひろは一度銃を下げる。このまま玲に翻弄されては不味い、カードを使った攻撃で状況を打破するのだと考えた彼女はホルスターを開くと、そこから数枚のカードを手に取ったが……

 

「あっ!?」

 

カードを持つ手に痛みが走り、ちひろは手に取ったカードを全て落としてしまった。散らばったカードの向こう側から見えるのは、自分と同じ銃を持ち、銃口を自分に向けている玲の姿だった。

 

「……そんなもたもたしてたら攻撃してくださいって言ってるようなものよ?」

 

「ち、ちくしょうっ!」

 

自分の行動を先読みされ、手痛い一撃を受けた事に激高したちひろは再びメガホンマグナムでの攻撃を仕掛けようとする。しかし、玲はその動きすらも見切っており、彼女の銃を持つ手に狙いを定めていた。

 

「ああっ!?」

 

再び激痛が走り、今度は自分の武器を取りこぼすちひろ。玲はそんな彼女に対して一歩ずつ近寄りながら引き金を引き続ける。

 

「ぎゃっ!わあっ!きゃぁぁっ!」

 

肩に、脚に、腹部に、次々と銃弾が命中していく。その度にちひろの体に衝撃が走り、火花が舞い散る。

それでもちひろは拳を握ると、わずか1mほどまで接近していた玲へと果敢に殴りかかって行く

 

「わぁぁぁぁぁっ!」

 

「……遅い」

 

しかし、玲はその一撃を軽く躱すと、お返しと言わんばかりにちひろの体に蹴りを叩きこむ。体をくの字に曲げて呻くちひろの顔面に、玲は容赦のない追い打ちを見舞った。

 

「あがぁっ!」

 

どさりとその場に倒れるちひろ、玲は彼女の腹部を踏みつけると見下す様にして銃口を向ける。そして、いつもと変わらない平坦な口調でちひろに話しかけた。

 

「……もうお終い?私、全然本気を出してないんだけれど」

 

「ひ、ひぃぃぃ……」

 

ちひろは仮面の下で涙を流していた。体中に走る痛みと銃を突きつけられている恐怖、なにより玲との圧倒的な戦力差に心が折れてしまっていたのだ

最初の威勢の良さは何処へやら、まるで子供の様に怯えるちひろは震える声で玲に降参を告げた。

 

「ま、参りました……もう許してください……」

 

「……そう、降参するのね。それじゃあ……」

 

ちひろの言葉を聞いた玲は軽く足を上げる。誰もが戦いに決着が着き、これでお終いだと思っていたその瞬間、冷ややかな玲の言葉が響いた。

 

「……ここからはお仕置きの時間ね」

 

「え…?がふっ!?」

 

一度上げた足を思いっきり腹部へと振り下ろす玲、短い悲鳴と共に肺の中の空気を吐き出したちひろに向けて銃弾を叩きこむ。

 

「い、いやっ!いやぁぁぁぁっ!」

 

悲鳴を上げ続けるちひろに対して玲は何度も引き金を引き続けた。ちひろがどれだけ足掻こうともびくともしない玲の身体はただただちひろを踏みつけながら引き金を引き続ける。

 

「……誰が親の七光りだって?誰が大したこと無いって?私の事、何も知らない癖に好き勝手言うのはやめてくれないかしら」

 

「ごめ、ごめんなさい……ゆるしてぇ……」

 

「嫌」

 

「ぎゃぁぁぁぁっ!」

 

謝罪の言葉にも耳を貸さずにちひろを嬲り続ける玲、やがて彼女はその場に散らばっていた自分のカードを拾い集めると、それをメガホンマグナムへと読み取らせた。

 

<ウェイブ!バレット!>

 

電子音声と共にメガホンマグナムへとカードの力が注ぎ込まれていく、コンボを発動した玲は必殺技を発動する準備を完全に整えていた。

 

「う、嘘……冗談よね?そ、そんなの喰らったら死んじゃう……!」

 

「大丈夫、死にはしないわ。死ぬほど痛いけどね」

 

「や、やめ……やめてぇぇぇぇっ!」

 

「お、おい!止めろ!」

 

「玲っ!」

 

ちひろが恐怖に錯乱し叫ぶ、勇と園田の制止の声が響いても玲は銃口をちひろから外すことはしない。

 

<必殺技発動! サウンドウェーブシュート!>

 

「おやすみなさい。もう2度と目覚めないかもしれないけどね」

 

「いやぁぁぁぁぁぁっ!」

 

ちひろの叫びが響く中、玲は何の迷いもなく……引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銃声と轟音、すさまじい衝撃が辺りに響く。生徒たちは惨劇を予期して顔を伏せ、玲たちの方向を見ない様にしていたが、喘ぐ様なちひろの鳴き声を耳にしてゆっくりと顔を上げていく。

 

生徒たちが目にしたのは、変身を解除し地面に倒れてすすり泣くちひろの姿と、腕を上にあげた……いや、上げられた玲の姿であった。

 

「……何をするの?」

 

「もう止めなよ、勝負はついてる」

 

玲はそう言いながら自分の腕を掴むコバルトブルーの手の持ち主を睨む。それに答えたのは、イージスへと変身した謙哉だった。

 

「もう十分だろう?これ以上痛めつける必要は無いはずだ」

 

「それを決めるのはあなたじゃないわ、それにあなただってこいつに嵌められかけたのだから多少は痛めつけても罰は当たらないんじゃなくって?」

 

「必要ない。戦いは君の勝ちだ、それで十分だろ?」

 

そう言いながら謙哉は倒れているちひろを抱きかかえると薔薇園の女子たちに引き渡す。そうした後で変身を解除しようとした謙哉だったが、自分に向けられている銃口に気が付いてその動きを止めた。

 

「……私の邪魔をするって事はそれなりの覚悟は出来ているんでしょう?お互い変身しているんだし、ここで決着をつけましょうよ」

 

「……僕にはそんなことをする理由が」

 

そこまで口を開いた謙哉の顔のすぐ横を弾丸が掠めて通る。真っ直ぐに銃口を向けた玲は軽くため息をつくと肩を震わせて笑い始めた

 

「……ふふふ、あはは…あはははは!」

 

玲が発しているのは確かに笑い声だった。しかし、それは冷たく乾いたぞっとするような笑いであった。愉悦も喜びも感じられないそれを耳にしている生徒たちは誰もが動けないままに二人を見守り続ける。

 

「あはははは……!本当、あなたって私の神経を逆撫でするわね」

 

玲は自分の体からドライバーを取り外すと地面に落ちたもう一つのドライバーを拾い上げる。そして、やよいから借りていたドライバーを彼女に向けて放り投げた。

 

「今日は気分が良いから見逃してあげる。これ以上あなたに関わるとこの気分をぶち壊されそうだしね」

 

そう言うと玲はその場を後にした。ざくざくと土を踏んで遠ざかっていく彼女の後ろ姿を見守りながら誰もが思う。彼女は何処か狂っていると

あれほど他者を痛めつける事も、あの冷たい笑いも普通の人間は出来はしない。玲の心は何処か歪んでいるのだろうと皆は思った。

 

彼女の事をよく知る義母の園田とたった一人の例外を除いては

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

深夜、一連の事件の熱も冷めやらぬままに解散した一同を見送った後で、園田は自室で各ドライバー所持者の資料に目を通していた。

虹彩・薔薇園両学園の抱える7人のドライバー所持者の顔写真を見ていた園田の手がはたと止まる。それは、チーム分けしたメンバーの中で何処にも属せなかった玲の事を見たからであった。

 

今夜の行動で玲はドライバー所持者どころか薔薇園学園の生徒たちからも距離を置かれてしまった。一緒にチームを組む葉月とやよいでさえ今日の彼女を恐れた様な目で見ていた。

このまま行けば玲は一人になってしまうだろう、しかし、それが彼女の目的だと言う事も園田は分かっていた。

 

『私は、一人で生きていける様になりたい…!』

 

初めて二人きりで会った時の事を思い出す。暗い瞳の中で静かに燃える炎を玲の中で見た園田は、彼女を養女として迎え入れた。自分を利用して強くなって見せろと言い、彼女を傍に置いたのは自分の判断だ

そこに親子の情など無かった。園田はただ興味を持った少女を自分の元へ引き入れ、玲は自身の目的を果たすために園田の元へとやって来た。単純な利害関係、それが二人の関係性だ

 

だがしかし、今の危うい玲を見ていると心配になるのは確かだ。伊達に親子の関係を続けていた訳では無い。義理の娘に対して親心が湧くのも当然だろう。しかし、園田にはそれをどう示せばいいのかが分からなかった。

 

この数年の間で分かってしまった。自分ではあの暗闇に生きる少女を救えないという事が

そして分かっていた。誰かが玲を救わなければ永遠に彼女はあの暗闇の中に居続けるという事も

 

ではその誰かはいつ現れるのか?そう考えた園田は首を振って仕事へと戻る。この7年間、玲を救う人物など現れはしなかったではないか、希望を抱くのは止めて、これからの玲を見守るしか自分にはできないのだと言い聞かせながら……

 

「……失礼します」

 

その時、園田の部屋のドアを叩く音と共に一人の人間が中に入って来た。園田はその青年の姿を認めて目を細める。

 

「もうとっくに就寝時間だ、生徒の出歩きは禁止されているが?」

 

「すいません、どうしても聞きたいことがあって……」

 

深夜の訪問者、虎牙謙哉は頭を下げると真っ直ぐ園田を見ながら口を開く。強く明るいその瞳は、しっかりと園田を映していた。

 

「……水無月さんについて聞きたいんです。彼女が何故、あそこまで人を遠ざけるのかが知りたいんです」

 

「……それを知ってどうする?」

 

「わかりません」

 

「……分からない、だと?」

 

一見してふざけているかの様な謙哉の回答に園田は眉をひそめる。もしも単なる興味本位でこの質問をしているというのなら即刻彼を帰すべきだろう。

しかし、謙哉は一切の迷いを見せない真っ直ぐな視線を園田に向けたまま自分の思いを語り始めた。

 

「……僕はただの高校生です。だから、水無月さんが何故あんな風な態度を取っているかを知ったところで何かが出来るとは思えません。でも、もし自分にできる事があるのなら……それなら、僕はそれをやってみたいんです。もしかしたら僕なんかが口を出せる事情じゃないのかもしれない、余計なお世話かもしれない、でも、僕は自分の信念を曲げたくないんです」

 

「信念……か…」

 

その言葉を聞いた園田は目を閉じてそっと息を吐く、再び目を開いた園田は謙哉を見据えると一つの質問をした。

 

「問おう、君の信念とはなんだ?何が君をそこまでさせようと思わせる?」

 

園田の質問に対して、謙哉は自分の中の思いを整理するように時間を取ると、その答えを返した。

 

「……先ほども言った通り、僕はただの高校生です。取柄もなく、大した特技も持ち合わせていない人間です。でも、だからと言って目の前で傷ついている人を見捨てる様な人間にはなりたくない」

 

「弱くっても、それを逃げる理由にはしたく無い。たとえお節介でも僕は困ってる人に対して手を伸ばし続けます。だとえ何度拒まれ、傷つけられたとしても、もしも僕の手を掴み返してくれたなら……僕は、全力でその手を引っ張り上げるでしょう」

 

「『誰かの笑顔を守る為に戦う』……それが僕の信念です」

 

淀みない瞳で言い切った謙哉を園田は見つめる。そして、胸の内に一つの思いを抱く。もしかしたら彼ならば玲を光へと引き上げてくれるかもしれない……と

 

「……良いだろう。君には前に攻略を手助けしてもらった借りがある。それを返すためにも玲の過去を話そう」

 

園田は一つ椅子を引くと謙哉へと差し出す。謙哉がそれに座ったのを見た後、園田は玲と出会った時の事を語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

園田が玲と出会ったのは今から7年前、とある子供の歌のコンクールでの事であった。

薔薇園学園の学園長である園田は同時に学園の経営する芸能事務所の社長としての顔も持っており、最終審査の審査員の一人として呼ばれたのである。

 

見どころのある子供には各芸能事務所からスカウトが来るかもしれないという事もあって出場者たちは気合の入った格好で来ており、家族全員で子供の応援に来ている人たちがほとんどであった。

だが、そんな中一人だけ異質な存在の少女が居た。服装は普段着、それもあまり上等ではないぼろけた服を着て、髪も整えられていない。まるでコンクールに出場するとは思えない恰好であった。

なにより、その少女には付き従う家族の姿が無かった。周りの人々の訝しがる視線も気にせずにただ一人でその場に立ち続ける少女……それが、当時10歳の玲であった。

 

当時その会場に居た人間は玲のこの異様な姿に違和感を覚えただろう。しかし、誰も彼女を気に留める者はいなかった。コンクールの出場者や家族は自分たちの事で精いっぱいだったし、審査員たちはこの妙な少女をスカウト候補から速攻で外してしまったからだ

園田もまたそんな人間の一人だった。妙な恰好の少女がいるな、位の記憶で終わると思った彼女との邂逅は、誰もが予想しなかった方向で裏切られる事になる。

 

みすぼらしい恰好の少女がステージに立ち歌い始めた瞬間、会場の誰もが言葉を失った。上手い、などと言う言葉では表し切れないほどの歌声……それは、出場者たちの中でも群を抜いていた。

恰好、前評判、応援の声……何一つとして持たなかった少女は、己の歌声だけで会場中の観客たちを魅了して見せたのだ

 

誰もが愕然とし、玲の素性を知りたがった。何処の音楽家の令嬢なのか?どんな教育を受けて育ったのか?コンクールが終わるまで人々は玲の事を噂し続けた。

 

だが、結局玲の事は誰も知る事は出来なかった。入賞確実だと思われた彼女はその恰好がふさわしくないとして候補から外され、コンクールの終わった後には忽然と姿を消してしまっていたからだ

会場に来ていた審査員たちが応募用紙に書いてあった住所を訪ねてもそこに玲の姿は無かった。彼女は赤の他人の名前を借りてコンクールに出場し、その後行方をくらましてしまったのだ

 

数多くの芸能事務所が玲を欲しがる中、園田も彼女を獲得するために秘密裏に人を使って玲の居場所を探していた。そして、コンクールから2か月後のある日、彼女を見つけ出したのである。

 

玲が住んでいたのはとあるボロアパートの一室だった。大量のごみとその匂いが溢れる部屋の中に埋もれる様にして玲は転がっていた。

ランドセルも筆記用具も来ている服もボロボロ、数日間はシャワーも浴びていないであろう姿の玲は訪ねて来た園田をあの冷たい視線で見つめていた。

 

およそ年頃の少女が送るとは思えない生活をしていた玲、園田は玲が何故こんな生き方をしているのかを調べ始めた。そして、彼女の身に起きた不幸な出来事を知ったのである。

 

かつての玲は何処にでもいる普通の少女だった。優しい父と母に囲まれた一人娘として学校に通い、幸せな日々を過ごしていた。

そのころから歌が上手く、当時の玲を知る者は彼女が将来歌手になるだろうと予想していたという

 

しかし、その幸せな生活は突如として終わりを告げる。

 

玲が7歳になった時、父親が自殺したのだ。理由は、借金の取り立てを苦にしたからであった。

長い付き合いの友人に頼まれその友人を見捨てられなかった玲の父は彼の連帯保証人になった。しかし、友人は玲の父を裏切り、行方をくらましたのだ

 

それからの日々は地獄だった。毎日毎日やって来る借金取りに玲たち家族は消耗し、耐えきれなくなった玲の母はある日玲を連れて家を出て、そのまま離婚へと踏み切った。

両親の離婚が確定したある日、玲が父親に呼び出されてかつて住んでいた家に向かうと、そこには首を括り、息絶えた父親の姿があった。

家族と友人に裏切られたと感じた玲の父は、自ら死を選んだのだ。自分の死を娘に見せつけ、その心を道連れにしながら……

 

その日から、玲の顔から笑顔が消えた。大好きだった父の死を目の当たりにして、彼女の心が死んでしまったのだ

だが、そんな玲を待っていたのは更なる地獄の日々であった

 

玲の母は離婚からほどなくして新たな男と暮らし始めた。新たな生活は家族3人での楽しい日々……とはいかなかった

度重なる心労で疲れ切った玲の母は、どうしようもない男にすがってしまったのである。そして、その男と二人して玲を虐待し始めたのだ

 

暴力、食事を抜くなどは日常茶飯事、気に入らないことがあれば玲を殴りつけ憂さ晴らしし、かつ誰にもバレない様に巧妙に誤魔化しながら二人は玲に対する虐待を続けた

玲が泣こうが喚こうがお構いなしに暴力を振るう二人の行為は日に日にエスカレートし、ある日玲にとって決定的な事件が起こる。

 

新たに父となった男が、10歳になった玲に対して性的な虐待を働こうとしたのだ。ただならぬ雰囲気を感じた玲は必死に抵抗して家から逃げ出した。そして、涙ながらに近くの交番に駆け込んだのである。

しかし、ほどなくしてやって来た両親は笑顔で警官にこう言った。

 

「ただの親子喧嘩です。少しばかり叱りすぎて家出してしまったのだ」と

 

そして、その言葉を警官は信じてしまった。二人に玲を引き渡して、軽い注意だけでこの一件を終わりにしてしまったのだ

このことに幼かった玲は絶望した。自分を守ってくれる人間など何処にもいないと心の底から絶望しきった。

 

その日の夜、両親から普段以上の暴力を受け、外に放り出された玲は家の玄関の前で泣きじゃくった。

自分を愛してくれるはずの両親は自分を傷つけ、友人も教師も自分の異変に気が付かない。世の中の誰も自分を守ってはくれない……

自分は一人ぼっちだ。そう思った時、玲の死んでいた心は跡形も無く砕け散った。

 

そして、その日から玲は決心した。自分を不幸へと追いやったこの世界を見返してやると

世界が自分を一人にするならば、自分はただ一人でも生きていける強さを手に入れると

 

玲はその日から泣くのを止めた。感じる心が無くなったからなのかはわからないが、その他の表情も見せることも少なくなっていった。

だが、ただ一つ……冷たく笑う事だけはこの頃から出来るようになっていた。

 

必死に家族の元から離れようとした玲はあらゆる手を使った。コンクールへの参加もその一つだ。もしも自分がどこかの芸能事務所に入れれば家族から離れられるかもしれないと思ったからだ

結果としてその目論見は成功した。園田が彼女の元にやって来たからだ。

 

「私を利用しろ、君が有用だと思う限りは私が君を支援してやる。その間に君は君の思う強さを手に入れれば良い」

 

園田は自分を冷たく睨む玲に向かってこう言った。その言葉に玲は頷き……その日から玲は園田の養女となった。

自分を金で売った両親から離れ、容姿も運動も勉学も一流になるべく彼女は努力した。それから7年後、玲はアイドルとしてデビューし、時を同じくして戦う力をも手に入れたのだ

 

玲が他者を拒む理由……それは、弱さを嫌っているからだ。

人は誰かと交わると弱さが生まれる。弱点が生まれ、失う事への恐怖が生まれる。

ならば一人で生きて行けば良い、もとより世界は自分を一人にしようとしているのだから

 

両親は弱かった。父は孤独に耐えきれず幼い玲に自分の死というトラウマを植え付けた。母は一人になる事を恐れて安心感を得る為に幼い玲を迫害した。

自分はそんな風にはならない。強くなるのだ、その為には人との関わりなど不要だ

 

そうして玲は孤独を選んだ、そして今も一人で生きる為の強さを追い求めているのだ

 

「……玲が君を嫌うのは、きっと優しさに飢えているからなのだろう。笑顔で優しさを振りまく君を羨みながらも、相容れぬ存在だと思う他無いのさ」

 

園田は自分の話を黙って聞き続けた青年に向かってそう告げると、話の最期をこう締めくくった。

 

「さて、再び質問だ。玲の過去を聞いた今、君はどうする?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静かな夜だった。人影は自分以外見えず、夜風も無い。虫も鳴かずにただ月明かりだけが玲を照らしている。

 

皆が眠りに着いた後、玲はコテージを抜け出して山道を歩いていた。何をするわけでも無い。ただ一人になりたかったのだ

 

「……誰?」

 

足音を耳にした玲が振り返る。視線に映ったのは大嫌いな男……虎牙謙哉だった。

 

「……君の過去の話を聞いたよ」

 

「ふ~ん……それで?お優しいあなたは私を慰めに来たってわけ?」

 

「……違うよ。ただ、決めた事があるんだ」

 

謙哉は懐からドライバーを取り出すとそれを身に着ける。そして、カードを手に取り玲を見る。

 

「僕は…君と戦いに来たんだ」

 

「……そう、やっとその気になってくれたのね」

 

謙哉の言葉を聞いた玲はほんの少しだけ意外そうな顔をしたあと、嬉しそうに笑いながら言った。

その笑みは無論いつもの冷たい笑みではあったが、謙哉が見た中では一番まともな笑顔であった。

 

「皆が寝静まった後にこっそり報復に来るだなんて素敵じゃない。私、今のあなたなら好きになれそうよ」

 

「……一つ、頼みがあるんだ」

 

「何かしら?」

 

「もしこの戦いに僕が負けたら、僕は二度と君に近づかない。関わりも持とうとはしない。だから……もしも僕が勝ったら、一つだけ僕の言う事を聞いて欲しい」

 

「あらあらあら!」

 

謙哉の言葉に玲はさらに歓喜の色を強めた。そして、興奮した口調で謙哉を褒めちぎる。

 

「素敵よ!なんでもっと早くそうしてくれなかったの?力ずくで女に言う事を聞かせようとする男、私は大好きよ!だって、そういう奴をぶちのめすのが楽しいじゃない!」

 

「……じゃあ、この条件を飲むって事で良いんだね?」

 

「ええ!私が負けたらあなたの言う事をなんでも聞いてあげる!奴隷でも犬でも、なんでもなってあげるわ!さぁ、あなたの望みは何?」

 

「……僕とチームを組んで欲しい」

 

「……は?」

 

予想外の謙哉の要求に玲は不快感を込めた声を上げる。そんな玲を無視しながら謙哉は彼女に向かって話し続ける。

 

「君は……君は、一人になっちゃいけない人間だ。一人になったら、君は壊れてしまう」

 

「……どういう意味?私を馬鹿にしてるの?」

 

「違うよ。ただ、君は自分で気がついて無いだけなんだ。自分が壊れかかってるって事を……」

 

「……やっぱり私、あなたの事を好きになれそうに無いわ」

 

怒りを込めながらそう吐き捨てた玲はカードを構える。そして、冷たく言い放った。

 

「始めましょう。これであなたとのうざったい付き合いも終わり」

 

「……裏切られても、傷つけられても手を伸ばせ。何百回でも、何千回でも、自分が信じる限り思いを貫け。それが誰かを救う事になると信じて…!」

 

互いにドライバーにカードを通す。電子音声が響く中、二人は同時に叫んだ

 

「「変身っ!」」

 

<ナイト! GO!ファイト!GO!ナイト!>

 

<ディーヴァ! ステージオン!ライブスタート!>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<バレット!>

 

「喰らいなさい!」

 

強化カードをメガホンマグナムに読み込ませた後、玲は引き金を引く。一発、二発、三発……次々に繰り出される弾丸を謙哉は時に盾で防ぎ、時に躱しながら玲との距離を詰めていく

 

「たぁっ!」

 

一定の距離まで接近した謙哉は大地を蹴って宙へ飛ぶ、イージスのジャンプ力ならばこの距離は届くと判断した謙哉は徐々に近づく玲へ向けて腕を伸ばすが……

 

「甘いのよ!」

 

<ウェイブ!>

 

「くっ!わぁっ!」

 

自分へと向けられたメガホンマグナムから発せられる衝撃波、それを盾で防ぐも自分を押し出す勢いを止められずに謙哉は後ろへ吹き飛んでしまう。

 

立ち上がり体勢を立て直そうとした謙哉に向かって逆に一気に接近した玲は、華麗なステップからの跳び蹴りを皮切りに次々と打撃を叩きこんでいった

 

「ぐっ…!っっ!」

 

「接近戦なら自分に分があると思った?残念だったわね、私、格闘技にも自信があるのよ」

 

「ぐわっ!!!」

 

踊る様な動きで謙哉の腹部を蹴り飛ばすと玲は距離を取って銃を構える。そして、ホルスターからカードを取り出すとそれをリードした。

 

<ウェイブ!バレット!>

 

<必殺技発動!サウンドウェーブシュート!>

 

「……ラストナンバーよ。アンコールは無しでお願いするわ」

 

銃口に溜まる青い音の波を謙哉に向けた玲は引き金を引く。繰り出された一撃は真っ直ぐ謙哉に向かって行くと、そのまま直撃し、大爆発を起こした。玲はその事を確認すると銃を下ろす、自分の勝利を確信して……

 

<必殺技発動!コバルトリフレクション!>

 

「えっ!?」

 

しかし、その思いに反して響いた電子音声と共に蒼の光線が自分の足元目がけて伸びて来る。足元を崩されて体勢を崩しながら、玲は自分の失策に唇を噛んだ

 

(防ぎ切られた!?相手は盾持ちだって分かってたはずなのに、どこか油断してたの?)

 

トンッ、という足音に前を向けば、謙哉はもう既に自分の目の前まで迫って来ていた。自分目がけて伸びて来るその手を見た時、玲の中でとある光景が蘇る。

 

(……大人しくしろ、そうすればすぐに済むからな…!)

 

自分に下種な視線を送る男、暴れる自分を押さえつけて服を剥ぎ取ろうとする継父の姿を謙哉に被せた玲は必死にメガホンマグナムの引き金を引く

 

「来るな、来るなぁっ!」

 

何度も何度も、玲は謙哉に向かって弾丸を叩きこんだ。自分に近づかれない様に、触れられない様に……

その甲斐有ってか、自分の目と鼻の先まで接近されたにも関わらず、玲は謙哉から一撃も攻撃を喰らう事無く相手を引き剥がす事に成功した。

 

「がっ……」

 

どさりと地面に倒れる謙哉を見ながら玲は肩で息をする。しかし、まだ戦いが終わっていない事を思い出した玲は今度こそとどめを刺すべく謙哉に近づくが……

 

「え…?」

 

突如、自分を包む装甲が消滅した。武器も消え、変身が解除されたことに困惑する玲。一体何が起こったのか?その答えは謙哉の右手の中にあった。

 

「……僕の、勝ちだ」

 

「あ……!」

 

倒れた謙哉が右腕を上げると、そこには玲のギアドライバーの姿があった。接近した際に、玲の体から奪い取ったのだろう。だから自分の変身が解除されたのだと知った玲は怒りと共に謙哉に詰め寄る。

 

「ふざけないで!こんな無効よ!もう一度戦いなさい!今度は私が勝つわ!」

 

「嫌だ、もう戦う理由は無い」

 

「こんな勝ち方認めないわ!あなたは私に一撃も攻撃を当てられて無いじゃない!もう一度戦ったら負けるからって勝ち逃げは……」

 

そこまで口にした時、玲はとある可能性に思い当たった。同時に体の芯が凍る様な感覚に襲われる。

今、自分は謙哉から一撃も攻撃を受けていないと言った。しかし、それは本当だろうか?

考えてみれば謙哉が油断していた自分に対して必殺技を外したことも、あそこまで接近しながら攻撃をして来なかったこともおかしいではないか

 

「まさか……あなた、私に攻撃をしない様にして戦ってたの…?」

 

その言葉に対して頷いた謙哉を見た玲の頭にハンマーで殴られたかの様な衝撃が走る。自分が手加減され、あまつさえ負けてしまったという事実に玲は打ちのめされていた。

 

「う……うあぁぁぁぁぁぁっ!」

 

ぷつんと自分の中で何かが切れた音がした。玲は叫びながら謙哉を押し倒すと彼の胸を何度も拳で打ち付ける。

 

「ふざけないで!なんで手加減したのよ!?女だから!?可哀そうだから!?ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!」

 

悔しさで涙を流しながら謙哉を殴り続ける玲、しかし、振り下ろされた拳を謙哉に掴まれ、そのまま体勢を逆転されてしまう

 

「あ……!?」

 

地面に押し倒され謙哉に見下される格好になる玲、どんなに力を入れてもびくともしない謙哉に対して必死に抵抗をし続ける。

 

「あ……あぁ……!」

 

だが、何をしても動かない謙哉に対して徐々に恐怖の感情が湧いて来た。先ほどまでの怒りと悔しさの涙とは違う恐怖の涙を流しながら玲は抵抗を止めて弱弱しい声を出す。

 

「ごめんなさい……許して……お願い…します…」

 

玲の中では再び謙哉がかつて自分を襲おうとした継父に見えていた。その時の恐怖を思い出しガタガタと震える玲を見た謙哉は、そっと彼女の手を放す。

 

「……大丈夫、何もしないよ」

 

自分の上から退き、横に座っている謙哉の姿を見ていた玲は少しずつ落ち着きを取り戻して行った。と同時にあり得ない位の屈辱を感じる。自分が忌み嫌っている男にこんな情けない姿を見せてしまった事に死にたくなるほどの恥ずかしさを感じた。

 

「……笑いなさいよ。情けない女だって」

 

「………」

 

自分から強がるように口を開いても謙哉はじっと自分を見たまま何も言わないでいる。玲はその事に耐えられなくなって俯くと自分に言い聞かせる様にして言葉を発し続ける。

 

「こんなの……こんなの違う。私は強いんだ、強いんだ……っ!」

 

「……本当にそう思うの?」

 

自分に対してそう言った謙哉に視線だけ向ける玲、何もかもを見透かした様な彼の瞳を見ていると、途端に自分に自信がなくなって来る。

 

「そう思ってる限りは君はあぶなっかしいだけだよ。何時か壊れる機械みたいになってるだけ」

 

「……うるさい、私の事を知った様な口をきくな」

 

「……ごめん、分かったよ。でも一つだけ、約束通りこれで僕と君はチームだ、明日の戦闘訓練、よろしく頼むよ」

 

「………」

 

「無言は肯定と判断するね。それじゃあ、僕はこれで失礼するよ」

 

ズボンに着いた泥を払うと謙哉は立ち上がってその場を後にしようとする。その後ろ姿を見ていた玲は、急に立ち上がると謙哉の背中に向かって叫んだ

 

「私は負けてない!今度は勝って見せる!それまで……覚えておきなさいよ!」

 

玲のその叫びは夜の闇の中に吸い込まれる様にして消えて行った。謙哉は、なんの反応も見せないままに去って行き、後には泣きじゃくる玲だけが残されたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「意外だな」

 

「まさかだね」

 

翌日の午後、二度目の戦闘訓練を終えた勇は葉月と顔を見合わせて感想を述べる。それは自分たちに対してではなく、今しがた訓練を終えたペアに対してだった。

 

謙哉と玲……昨日あれだけの醜態を見せた二人がなんの気まぐれかペアを組むと、昨日の動きが嘘だったかの様な見事な連携で敵を撃破したのだ、これには生徒たちだけではなく、園田達教師陣も驚きを隠せなかった。

 

「おい謙哉、一体何があったんだ?」

 

「……まぁ、色々とね」

 

自分の質問にちゃんと答えてはくれない親友に対して拗ねた表情をした勇だったが、次は自分の番だと気が付き葉月の元へと駆け出していく。勇を見送った謙哉はそのまま視線を玲に送ると、彼女は興奮気味に話しかけて来るやよいの相手をしている所だった。

 

「玲ちゃん凄いよ!ちゃんと謙哉さんと連携とれたじゃない!」

 

「……話しかけないで、今、最悪の気分だから」

 

「へ……?」

 

ぽかんとした表情のやよいを押しのけて玲は待機者用の椅子に座る。イライラとした顔で飲み物を飲みながら、玲は発散しようの無い怒りを胸の内で爆発させる

 

(何で私があいつと!?一番嫌いなタイプだって言うのに!)

 

自分を見るやよいがハラハラした顔をしているのを見るに、今の自分は相当ひどい顔をしているのだろう。無理も無い、自分を苛立たせる男とチームを組む事になったのだから

玲は思う、とりあえず次は謙哉を徹底的に叩きのめしてやろうと、そして自分の言う事をしこたま聞かせてやるのだ。どんな無茶な命令を下してやろうかと玲は今からそれを考え始める。

 

「……あれ?」

 

考える事に夢中になっていた玲は気が付かなかった、自分を見るやよいの表情が驚きの色を見せた事に

なぜやよいは驚いたのか?それは、玲がほんの少しだけだが楽しそうに笑ったからであった。

 

いつもの様な冷たい笑みではない年相応の女の子の笑顔……初めて見た玲の表情にやよいは驚くと同時に喜んだ

そして、この友人の笑顔がこれから先何回も見れますようにと心の中で祈ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日、砕け散った玲の心が誰かの手によって拾い集められ、ひびだらけだが形を成して輝き始めた

彼女が差し出された手を握り返すのは、もう少し先の話である……

 



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暴食魔人の洞窟を攻略せよ!

 

 

「良い!?今後のソサエティ攻略の方向性を確認するわよ!」

 

薔薇園学園との合同合宿が終わってから2日間の時間が経った。合宿翌日は休日となった為、今日が久々の登校日という事になる。

しかし、A組の教室では真美がいつもと変わらぬ様子で熱弁を振るっている。学校へとやって来た勇はその光景にうんざりとしながら溜め息をついた。

 

「龍堂!丁度良い所に来たわね、あんたも私の話を聞きなさい!」

 

「やだね。俺はお前たちに追い出された身だ、攻略の手伝いをしなきゃいけない理由なんて無い」

 

「どっこいあるのよ。だって、今回はA組じゃなくて学校全体での攻略作戦なんだから」

 

不敵に笑う真美はそう言うと周りの生徒たちを指し示す。そこにはA組以外のクラスの生徒たちの姿がちらほらと見受けられた。

 

「薔薇園学園はソサエティ攻略において私たちの一歩先を行っているわ。それに追い付く為にも学校全体で協力することを決めたのよ」

 

「……本音は?」

 

「決まってるじゃない!私を無能呼ばわりしたあの女どもにぎゃふんと言わせてやるのよ!これ以上調子に乗らせてたまるもんですか!」

 

真美のその答えに勇は今日二度目の溜め息を吐く。私怨丸出しのその理由に頭痛を感じながらも、勇は真美のこの要求を断る事は出来ないのだろうと覚悟を決めた。

 

「とりあえず今日から関所の開放を当面の目的として動くわよ!全員、気張りなさい!」

 

「おー!」

 

真美に促されて鬨の声を上げる生徒たちを横目に見ながら勇は机に突っ伏す。どうやら今日は相当にこき使われる様だ、ならば少しでも体力を温存しておいた方が良い。

そう考えた勇は目を閉じると、そのまますやすやと寝息を立て始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして昼休み、学食で昼食をとる勇は横に座る謙哉と会話をしていた。話題はもちろんこの後のソサエティ攻略についてだ

 

「……関所の開放を目標とするって言ったって、具体的に何するんだろうな?」

 

「さぁ?でも、薔薇園学園では敵のボスの手下を倒したら関所が開く様になったって言ってたよね?」

 

「ああ、あの機械魔王とか言う奴か……」

 

つい数日前の出来事を思い出す勇、園田達は確かにあのSF世界にはボス、「機械魔王」なる存在が居ると言っていた。

という事は、勇たちの知るこちら側のソサエティにもボスは居るという事だろうか?そいつはどんな奴なのだろうかと考えていた勇に対して、一人の少女が近寄って来た。

 

「勇さん、謙哉さん。少しお時間よろしいでしょうか?」

 

「おお、マリア。別に良いぜ」

 

「良かった!実は、真美さんから今日の作戦について話して来いと言われまして」

 

「今日の作戦?って事は、具体的に何をするのかが決まったって事か?」

 

「はい!実は休み時間の間に人を政府の作ってくれた情報収集施設に送って、ソサエティに何か動きは無かったか調べてみたんです。そうしたら、気になる情報を見つけましてね……」

 

「気になる情報?」

 

首を傾げる勇に対してマリアは自分の携帯電話を取り出すと、それを操作してソサエティの地図を映し出す。そして、それに印をつけると勇たちに見せながら説明を続けた。

 

「マークしたその地点にある洞窟から不気味な呻き声が聞こえる様になったと言う情報が入っていたんです。しかも、その周囲の村では失踪事件が相次いでいるとか」

 

「そりゃ怪しいな。呻き声ってのも気になる」

 

「ええ、ですから真美さんは今日の午後にそこを調べる事を決めたそうです。ドライバ所有者のお二人にも同行して欲しいと言ってました」

 

「どうせ嫌だって言っても拒否権無いからな。分かったよ」

 

「……勇、口ぶりに反してなんだか楽しそうじゃない?」

 

嫌々真美たちに付き合う様に言いながらも笑顔を浮かべている勇に対して謙哉が突っ込む。それに対して、勇は興奮したような口調で語り始めた。

 

「だってよ、今回初のダンジョン攻略だぜ!?ゲームらしくってワクワクするじゃねぇかよ!」

 

「ま、まぁ、確かに未知の場所を調べるのは好奇心が疼きますけど……」

 

「だろ?マリアもそう思うだろ!?」

 

「まったく……油断しないでよ?」

 

「分かってるって!」

 

そう言いながらも好奇心の高まりを隠し切れない勇はにやにや笑いながら腕を組んでこの後のソサエティ攻略に思いを馳せる。しかし、突如ポケットに手を突っ込むとそこから自分の携帯を取り出した。

 

「あ、やっぱLINE来てた。葉月の奴か」

 

「は、はいっ!?」

 

画面に映し出された通知を見た勇の呟きに対して大げさに反応したマリアはこっそりと勇の携帯を盗み見る。ちらりと見えたLINEの履歴には、大分長い会話の痕跡が見られた。

 

「……い、いつの間に連絡先を交換していたんですか?」

 

「いつって、この間の合宿の時に決まってんだろ。同じドライバ仮面ライダーとしてよろしくね~!って言われて連絡先を教えてもらったんだよ」

 

「一応、僕も教えて貰ったけど……」

 

「ひ、ひぃ……!」

 

マリアの脳裏に大浴場で葉月に言われた言葉が浮かび上がる。

勇の事を好きだとあけっ広げに言った葉月のあの言葉は冗談でも何でも無かったのだ、その証拠に彼女は実に積極的に勇に近づいてきている

目の前でたぷたぷと画面を操作して葉月に返事を返している勇はその好意に気が付いている節は無いものの、彼女は着実に勇に対して外堀を埋めながら接近しているのだ

 

(わ、私だって勇さんの連絡先を知らないのに……!)

 

頭の中に葉月の可愛らしくも何処か憎らしい笑顔が浮かんでくる。同時に自分に投げかけられた言葉である「ライバル宣言は何時でも受け付ける」という言葉もだ

 

(ああ、でも勇さんとは友達で、こんな風に思ってしまうのは私が浅ましいからで……でも、なんだか新田さんに勇さんが取られるのは釈然としないというか……)

 

目をぐるぐると回し、顔を真っ赤にしながら苦悩するマリア。どっこい勇はそんな彼女の様子に気が付く事も無く謙哉と談笑している。

 

「……そういえばお前、水無月と連絡先交換したのか?」

 

「一応……」

 

「まぁ、まったく使わないだろうけどな」

 

「いや、使ったよ。使わない方が良かったと思うけどさ……」

 

「え?何、何があった?」

 

「……テストも兼ねて最初に『これからよろしく』って送ったら、『さっさと死んで』って返信が帰って来た」

 

「うわぁ……」

 

遠い目をする親友に対して不憫な思いを抱いた勇は謙哉を励ますべく、明るい口調で彼の肩をばしばしと叩きながら話を始める

 

「ま、まぁでもよ!憧れのアイドルと連絡先交換できただけでもありがたいと思わなくちゃな!」

 

「……そうだね。普通はお近づきになれる訳が無い相手だもんね」

 

「そうだぜ!そういや昨日、葉月からこれからよろしくの連絡と一緒に写真が送られてきてさ!流石アイドルって言うの?自撮りも上手くて可愛く取れてるんだよな!」

 

「……対して僕は死んでの一言かぁ」

 

「あ、いや……そう言う事もあるって!な?ほら、葉月の写真見るか?可愛んだぜこれが!そうだ、マリアも見るか?」

 

必死に謙哉を励まそうとする勇はマリアに援護を求めて話を振る。しかし、そんな思いに反してマリアは自分を恨みがましい目で見て来ているではないか

 

「……マリア?」

 

不思議に思った勇が名前を呼ぶと、マリアはハムスターよろしく頬をぷくーっと膨らませて自分を睨んできた。たぶん怒っているのだろうが、その表情があまりにも可愛らしい為ついつい勇は噴き出してしまった。

 

「むぅ…!もう、勇さんなんて知りません!」

 

そんな勇を見たマリアはぷいっとそっぽを向くと椅子から立ち上がってその場から去ってしまった。その背中を見ながら勇は考える

 

「……なぁ謙哉、俺、マリアになんかしたかな?」

 

「……さぁ?僕もわからないなぁ…」

 

揃って首を傾げる勇と謙哉、実に不思議そうにマリアの後ろ姿を見つめながら、にぶちん二人はマリアが怒った理由について議論を重ねていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして午後のソサエティ探索の時間、勇たちは件の洞窟へとやって来ていた。

洞窟は思っていたよりも広く、中は暗そうだ。しかも聞こえてくる呻き声がとても不気味とくれば誰だって身震いする。

 

「……なにここ、怖っ」

 

「弱音はいてんじゃないわよ龍堂、ほら、さっさと行くわよ」

 

「待てよ真美!先に俺達が入って安全を確認しないと……」

 

真美は少数精鋭の探索メンバーを率いて一足早く中へと入って行く。その後ろを慌てて追う光牙を笑いながら見た勇は、洞窟の入り口で突っ立っていたマリアに気が付いた。

よく見れば多少顔が青い、彼女もこの洞窟を不気味だと思っているのだろう。そう考えた勇は彼女の緊張をほぐしてやろうと声をかける。

 

「大丈夫かマリア?確かにここお化けが出そうだしな~」

 

「……だ、大丈夫です。別に怖がってなんかいません!」

 

「いやいや、顔が青いぜ?本当は怖いんだろ?」

 

「違います!全然怖くなんかないですからね!」

 

そう言うとマリアは中へと駆け出して行ってしまった。マリアも多少意地っ張りだなと思いながらその背中を見送っていた勇だったが、気が付けば自分以外のメンバーは中に入った様だ。

置いてきぼりにならない様に自分も中に入ろうと思い、勇もまた洞窟へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……中は意外と綺麗ね。足場も安定してるみたい」

 

「ああ、しかし何があるかはわからない。注意していこう」

 

先頭を歩く真美と光牙は注意しながら先へと進んでいく。二人とは対照的に後衛で後詰を務める勇と謙哉は、洞窟の中を見渡して観察する。

真美の言う通り洞窟の中は案外綺麗だ、決して明るいとは言えないが不気味な外観からは想像できないほどに片付いている。

 

舗装された足場、所々に設置された松明や扉など、洞窟とは思えない中身には驚かされるばかりだ。

 

「これ、本当に洞窟か?」

 

「どちらかと言えば秘密基地みたいな感じだよね?」

 

思い思いの感想を口にする二人はやはりこの洞窟に何らかの違和感を感じている様だ、しかめっ面の勇ときょろきょろと周りを見渡す謙哉は集団から離されていくが、同時にもう一人列から遅れて歩く人物もいた。

 

「……なぁ、マリア。お前やっぱり怖いんだろ?」

 

「いいえ!ぜんっぜん怖くなんてないです!」

 

「でも、脚が震えてるよ?」

 

「これはあれですよ!この先に居る強敵と戦う事を考えて武者震いがするだけですよ!」

 

強がるマリアはその場でシャドーボクシングの真似事をして二人を威嚇する。仲間に対してそんな事してどうするんだと心の中でツッコミを入れながら二人が顔を見合わせた時……

 

ーーーーうおぉぉぉぉん……

 

「ひぃっ!?」

 

洞窟の入り口で聞いたあの不気味な呻き声が響き渡り、その恐ろしさにマリアはびくっと震えて身を竦ませた。

人の物とは思えないその声は空気を振動させて長い間響き渡る。ここが洞窟の中というのもあるのだろう、反響する声は何割増しかで聞こえて来た。

 

「……今のはあれですよ、いきなり聞こえて来たから驚いただけで、決して怖かったわけではないです!」

 

「いや、まだなんも言ってないじゃん」

 

「言うつもりだったでしょう!?勇さん、いじわるですから!」

 

先んじて断ったマリアはそう言って自分の近くの壁をバンと叩く。それは彼女にとってはごまかす為の行為だったのだが、3人にとって驚きの結果をもたらした。

 

ーーーガキッ!

 

「え……?きゃぁっ!?」

 

「マリアっ!?」

 

突如マリアの姿が横倒しになって勇たちの視界から消える。驚いた二人が急ぎ彼女の傍に駆け寄ると、そこには一見すると分からない様に細工されたドアが開いていた。

 

「……隠し扉、ってやつか?」

 

「だね。マリアさんが叩いた部分がちょうどドアになってたんだ」

 

何かの罠にマリアが嵌った訳では無いと知った二人は一度は安堵した。しかし……

 

「……きゃぁぁぁぁぁっ!」

 

扉の奥から聞こえてくるマリアの悲鳴を聞いた二人は再び緊張した顔つきになると扉の先を見る。生き物が動く気配は無いもののマリアが悲鳴を上げた事を考えると何かあるのだろう。

 

謙哉が近くにあった松明を手に取り頷く、勇はそれを見て頷きを返すと一歩そのドアの先へと足を踏み入れる。むあっとした臭気が鼻を突き、勇は顔をしかめた。

 

「マリア!何処だ?無事なのか!?」

 

「い、勇さん……」

 

勇の呼びかけに応じた弱々しい声のした方向に謙哉が明かりを向けると、そこにはへたり込むマリアの姿があった。彼女の無事を喜ぶと、勇は急いでマリアを抱え上げる。

 

「大丈夫か?何があった?」

 

「あ、あれを……」

 

マリアが部屋の一部を指さす。そこに明かりを向けた二人は、驚きの光景を目にした。

 

「こりゃあ……」

 

「酷い……っ!」

 

形も不揃い、整列されている訳でも無く地面に転がる白い物。それが人の骨である事に気が付いた二人は顔を歪ませてそれを見る。

見ていてあまりいい気分はしないが、何故こんな物がここにあるのかを知る為には観察が必要だ。一歩足を進めた二人の耳に、マリアの震え声が届いた。

 

「も、もしかして……近隣の村で行方不明になっている人たちの……!?」

 

「……ありうる、な」

 

その想像が正しい可能性に気が付いた勇はさらに顔を不快感で染めた。本物の人間では無いとは言え、実に人に近い姿をしたソサエティに住まう人々のなれの果てがこれだと言うのならあまりにもひどすぎる。

中には子供ほどの頭の大きさの骸骨もある。それを見ていた謙哉も悲しそうに顔を伏せた。

 

「……食べられちゃった。って事なんでしょうか?」

 

「おそらくな……連れて来られた奴らは、ここに住む何かの餌にされたって訳だ」

 

「……酷い話だよ。たとえゲームの中とは言え、良い気分になるもんじゃない」

 

謙哉の言う通りだ、エネミーと言う存在が人を喰らうとは初めて知ったが、RPGの世界ではよくある話だ。

とは言え、ポリゴンやCGであらわされたゲームの世界と現実そのものと言っても差し支えないソサエティの中の世界では大きく感じ方が変わる。あまりにもリアルに示されたその『死』の形に恐怖と共に深い怒りが浮かんでくる。

 

「……ん?」

 

部屋中に散らばる骸骨を見ていた勇だったが、壁に刻まれた謎の文字を見てそちらに注意をひかれる。自分の声に気が付いたマリアと謙哉もそろって同じものを見ていた。

 

「これは……何かの暗号かな?」

 

「いえ、単純にこの世界での古代文字かなにかなんでしょう。記録して、拠点に帰ったら翻訳してみます」

 

そう言うとマリアはゲームギアを向けて写真を撮り始めた。松明の明かりを頼りに文字を映していくマリアに協力しながら、謙哉は勇に話しかける

 

「これ、一体なんて書いてあると思う?この洞窟の攻略のヒントかな?」

 

「………」

 

「……勇?どうかしたの?」

 

自分に対して言葉を返さない勇に対して怪訝な顔をする謙哉、しかし、勇はじっと文字を見つめて瞬き一つしない。

マリアも勇の妙な様子に気が付き写真を撮るその手を止める。二人の注目を浴びてから暫し立った時、おもむろに勇は口を開いた

 

「『ここは暴食の洞穴、6人の魔人の一人が住まう場所』……」

 

「えっ!?」

 

「勇、この文字が読めるの!?」

 

「……分かんねぇ、でも、なんか書いてあることが分かるんだ」

 

「そ、それで、続きはなんと!?」

 

「ええっと……『6人の魔人、1人の男の欲望が作り出した悪しき偶像なり。強欲より生まれしその6人は、それぞれ憤怒、色欲、怠惰、暴食、嫉妬、傲慢を司りし者なり。彼らすべてを倒すことが、この世界を救う事と知れ……』か…?」

 

「6人の魔人だって…?一体どういう意味なんだ…?」

 

勇がその文字を読めたことも驚きだが、それ以上に謎の残る文字の意味に頭を悩ませる三人

強欲より生まれた6人の魔人……謎の脅威を感じるその一文に勇が目を奪われていると、3人のゲームギアが同時に鳴った。

 

「通信…?真美さんから!?」

 

『ちょっと!あんた達今どこに居るのよ!?』

 

「な、何かあったの?」

 

通信が開始されると同時に聞こえてくる真美の怒号×3に耳を抑えながら訪ねた謙哉に対して、真美は深刻な顔つきで答える。

 

『ボスよ!しかも今までのとは大違いのボス!魔人よ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐわぁぁっ!」

 

「光牙っ!」

 

攻撃を受けて吹き飛んだ光牙を庇う様にして櫂がその前に立つ、立ち上がりながらも今の攻撃の威力に驚きを隠せない光牙は敵を見ながら呟く

 

「なんて恐ろしい敵なんだ……!」

 

「ふん!ぬるいぬるい!その程度の腕前でこの『暴食魔人 ドーマ』に挑むとは愚かなり!」

 

そう言って光牙を挑発したその敵の姿は、一言で言えば巨大な蛙だ。ツルツルとした緑色の肌に飛び出しぎょろついている目、大きな口から見える舌はとても長い。

だが、人語を介しているこの巨大な蛙の戦闘力は今まで戦ったどの敵とも比べ物にならないほどに強い。まるで歯が立たない相手を睨みながら光牙は剣を構える。

 

「光牙!こいつ今までのエネミーとはなにかが違うぜ!」

 

「ああ、暴食魔人だなんて二つ名が付いてる位だ、とんでもない大物だよ」

 

そう言いながら駆け出した二人はそれぞれの武器を振るって攻撃を仕掛ける。しかし、ドーマはその攻撃を簡単に防ぐと、口から出した舌で二人を薙ぎ払った

 

「くっ!?」

 

「ちいっ!」

 

バシンっと体を打たれた二人は大きく吹き飛びながらも空中で体勢を立て直す。何とか地面に着地した二人だが、敵の強大さにどう攻撃を仕掛ければ良いのかがわからなくなっていた。

 

「どうした?もう仕掛けて来んのか?では、今度はこちらから行くとするか!」

 

「くっ……!」

 

言葉通りこちらに駆けて来るドーマの攻撃を何とか防ぎながら応戦する二人だったが、その戦いぶりにはまるで余裕がない。周りの生徒たちもすでにドーマによって攻撃されて動けない状況になっており、援護も望めない状況の中で必死に二人は戦いを続けている。

 

「光牙さんっ!櫂さんっ!」

 

「あれがここのボスか!?」

 

そこへやって来た勇たち三人はドーマのその恐ろしいまでの強さを見て愕然とする。魔人の名にふさわしい戦闘能力を見せるドーマは光牙を吹き飛ばすと、今やって来た3人へと視線を向けた。

 

「ほう……まだ仲間がいたか、しかし、何人増えても同じことよ!」

 

ぷっ、とドーマが噴き出した唾が水弾となって勇たちに襲い来る。マリアを庇いながらその攻撃を避けた勇は、同じく反対側に飛び退いて難を逃れた謙哉と顔を見合わせると、ギアドライバーを構える。

 

「気を付けろよ謙哉、あいつ、今までの敵とは一味違うぞ!」

 

「分かってる、勇も油断しないようにね」

 

互いに注意を呼びかけ合うとホルスターからカードを取り出す。自分たちを睨んで動かないドーマを睨み返すと、二人は同時に叫んだ

 

「「変身っ!!!」」

 

<ディスティニー! チェンジ ザ ディスティニー!>

 

<ナイト! GO!ファイト!GO!ナイト!>

 

「面白い……お前たちも鎧を持つ戦士だったか!」

 

歓喜の声と共に二人に向かって駆け出してくるドーマに対して、まずは謙哉が仕掛ける。助走を付けた後に跳び上がると、振りかぶった拳を相手に向けて振り下ろす。

しかし、その一撃を躱したドーマは悠々と反撃を仕掛けて来た。拳、蹴り、手刀……次々に繰り出される鋭いその攻撃を謙哉は盾で防ぐと後ろへ飛び退く、そうしてできたスペースに向かって走り込んできた勇は、謙哉が稼いでくれた時間を使って呼び出したディスティニーソードを構えてドーマに斬りかかる。

 

「ぬうっ!?」

 

予想以上に早い勇の攻撃に堪らず引いたドーマは、長い舌を使った遠距離戦へと戦いを移そうとした。早速舌を伸ばして勇を吹き飛ばそうとするも、今度は謙哉がその前に立ち盾で舌を防ぐとそのまま舌を掴んで引っ張り上げたではないか

 

「うおおっ!?」

 

ぐいっ、と引っ張られたドーマはすごい勢いで二人の元へと近づいていく。勇はそれを見るや否や同じくらいの勢いでドーマに接近すると、その脇腹を剣で切り裂きながら駆け抜けた。

 

「せいやっ!」

 

痛みに耐えるドーマに対して舌を掴んでいた謙哉もまたその顔面に拳を繰り出す。二人の見事な連携にダメージを受けたドーマは大きく吹き飛んで壁にぶつかった。

 

「……謙哉、あいつは強いが倒せない程じゃねぇ!」

 

「ああ、前に戦った巨大ロボと比べれば簡単な相手さ!」

 

そう言いながら二人は怯むドーマに対して次々と攻撃を仕掛ける。勇が剣を振るったかと思えば、次の瞬間には謙哉の蹴りがドーマを捉える。ドーマの反撃も謙哉が盾で防ぎ、その間に出来た確かな隙を逃さずに勇が斬り付けて行く。

 

「な、なるほど……お前たちは先ほどの二人とは違う様だな…!」

 

「へっ!第二形態とか奥の手とかがあるんだったらさっさと出しな!じゃないと手遅れになるぜ!」

 

調子よく勇がドーマを挑発する。無論、単純な言葉での攻撃のはずでそこまで深い意味はなかったのだが……

 

「……なるほど、出し惜しみはしていられないと言う事か……ならば!」

 

「へっ…?」

 

何か嫌な感じを覚えるドーマの言葉に勇は間抜けな声を出す。そんな勇を放っておいて、ドーマは腕を交差すると何やら力を溜め始めた。すると……

 

「ぬおぉぉぉぉぉぉっ!」

 

「げえっ!?マジかよっ!?」

 

ブクブクと膨れ上がったドーマの姿は四足歩行の巨大な蛙へと姿を変えた。勇の言った通り奥の手である第二形態へと変貌したドーマは、口から先ほど繰り出した唾の水弾を連射していく。

 

「あぶねぇッ!」

 

先ほどより口の大きさが増したために巨大になった水弾は部屋中へと乱射されていく。倒れている生徒たちを庇いながら攻撃を避ける櫂は、勇に対して抗議の声を上げた。

 

「おい龍堂!お前何余計な事をしてくれてんだ!?」

 

「まさか本当に第二形態があるとは思わなかったんだって!」

 

攻撃を避けながら言い訳をする勇、連続して飛ばされてくる水弾に対して有用な反撃手段を思いつかない勇たちは必死になって攻撃を防ぎ続ける。すると……

 

「ぐっ……うぅ……っ」

 

ドーマが苦しそうな声で呻くと水弾の勢いが弱まった。巨大な体になったドーマは悔しそうに呟く。

 

「ぐぅ……やはりこの姿はいつもより早く腹が減る……このままでは……むぅ?」

 

「え……?」

 

ぎょろり、と動いたドーマの目が一人集団から離れていたマリアを見る。柔らかく、美味そうな彼女の姿を見たドーマはにたりと笑うと、すごい勢いで空中へと跳躍した。

 

「女ぁ…っ!丁度良い、我が糧となれ!」

 

「ま、マリア!逃げろっ!」

 

口を開いて彼女へと襲い来るドーマを見た光牙はマリアに対して逃げる様に叫ぶも彼女はその場から動けないでいた。もの凄い勢いで自分に迫りくるドーマを前にして、マリアも気が動転しているのだろう

 

マリアの脳内には先ほど見た無数の骸骨の映像が浮かび上がっていた。ドーマの行動を見るに彼らを食したのは他ならぬドーマなのだろう。そして、自分も今、同じ運命を辿ろうとしている。

 

「い、いや……っ!」

 

何とかして逃げようとするも脚に力が入らずにへたり込んでしまう。もはや絶体絶命のマリアは覚悟を決めて目を閉じた。が…

 

「マリアっ!掴まれっ!」

 

「え……?い、勇さん!?」

 

自分を抱きかかえる腕の感触に目を開いてみれば、勇が自分を救い出そうとして駆け寄ってくれていた。自分を抱きかかえて後は逃げるだけだが、ドーマはそれを許すつもりは無いらしい。

 

「逃がすかぁぁっ!!!」

 

「だ、駄目です勇さん!私を置いて逃げて……!」

 

「んな事出来るかよ!」

 

自分を抱えていては逃げきれない。そう判断したマリアは勇を突き離そうとするが、勇は決してマリアを離そうとしない。そうこうしている内にドーマに追い付かれた二人は、その大きな口の中に放り込まれてしまった。

 

「そんなっ!?」

 

「勇っ!マリアさんっ!」

 

「ぐはははは!まさか二人も食えるとはな!もうけたもうけた!」

 

真美と謙哉の悲痛な叫びとドーマの笑い声が響く、一連の出来事を見ていた生徒たちは言葉を失いその笑い声を聞き続けている。

 

「ぐははははは………ん?」

 

だが、笑い続けていたドーマに変化が現れた。なにか不思議な顔をしたかと思うと、急に苦しみ始めたのだ

 

「な、なんだ!?なにが……ぐぅぅっ!?」

 

<ディスティニー! シューティング ザ ディスティニー!>

 

「ぐえぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

低く響く電子音声と共に苦しみの雄叫びを上げるドーマ、その口からは幾つもの光弾が吐き出されている。

 

「おらっ!早く外に出しやがれ、この蛙野郎!」

 

「おぼえぇぇぇっ!」

 

咳き込むようにして苦しんだドーマ、その口からマリアを抱えた勇が飛び出して来たではないか

ガンナーフォームへと姿を変えた勇は、飲み込まれたドーマの体内で滅茶苦茶に銃を撃ちまくったのだ

その攻撃に堪らず勇たちを吐き出してしまったドーマに対して、勇はしかめっ面で抗議する

 

「うげぇ……何汚い真似してくれてんだよ!あぁ、なんかくっせぇし……」

 

「この…っ!よくも人間ごときがぁっ!」

 

辺り一面に吐瀉物を撒き散らした後で立ち上がったドーマは、勇に対して雄叫びを上げる。しかし……

 

「黙ってろってんだ!こっちも飲み込んでくれた礼をしてやるよ!」

 

<マシンガンモード!>

 

近づこうとするドーマに対して繰り出される銃弾の雨、一発二発では済まない脅威の攻撃にドーマが怯んだのを見た勇は、ディスティニーブラスターを構えて狙いを定める。

 

「さぁ、ボーナスステージと行こうか!」

 

<必殺技発動! バレットサーカス!>

 

「ぐっ……がぁぁぁぁっ!!!」

 

ディスティニーブラスターに収束されていく紅の光が一際大きく輝くと、先ほどまで放たれていた弾丸をはるかに超える威力の光弾が発射される。

巨大な光弾を目や顔に受けたドーマはひっくり返り、文字通りもがく様にして苦しみ始めた。

 

「良しっ!今だっ!」

 

<パイル!サンダー!>

 

「必殺技発動! サンダーパイルナックル!」

 

ここを最大の好機と見た謙哉が走り出すと、カードを使って必殺技を繰り出す。雷光に包まれた彼の拳が苦しむドーマの腹にぶち当たると、ドーマはさらに大きく苦悶の声を上げた。

 

<パワフル!スロー!>

 

<必殺技発動! ブーメランアクス!>

 

「俺も行くぜっ!」

 

力の強化と投擲能力の強化のカードを使った櫂もまた己の武器であるグレートアクスを放り投げて必殺技を繰り出す。すさまじい回転と勢いを乗せたその一撃は、ドーマを追い詰めるだけの威力を誇っていた。

 

「光牙っ!後はお前が決めろっ!」

 

「あ、ああっ!」

 

櫂の言葉に反応した光牙は全速力で駆ける。そして、自分の剣に二枚のカードを読み取らせた。

 

<フォトン!スラッシュ!>

 

<必殺技発動!プリズムセイバー!>

 

「やああぁぁぁぁぁっ!」

 

跳び上がり、空中から剣を振り下ろす光牙。同時に剣に纏われた光のオーラも振り下ろされ、真正面からドーマの体を真っ二つに切り裂く。

 

「ぐおぉぉぉぉぉぉっ!ば、馬鹿なぁっっ!?」

 

4人の仮面ライダーの必殺技を連続で受けたドーマは、ついにその体を崩壊させながら断末魔の声を上げた。この恐るべき魔人との戦いについに決着がついたのである。

それぞれの必殺技を繰り出したライダーたちは並び立ちドーマを見つめる。最後の最後まで油断せず、敵が消滅するかを確かめているのだ。

 

その思いもあってか、ドーマは更なる変身や復活などの奥の手を使う事は無く。このまま消滅しそうであった。しかし、最後に彼は気になる事を口走る。

 

「……見ていろよ人間ども!この魔人ドーマは6人の魔人柱の中でも最弱、他の魔人たちがお前たちを抹殺するであろう!」

 

「魔人柱?他の魔人?それは一体どういうことだ!?」

 

「ふふふ……そのうちわかるさ、そして、その意味を知った時こそが、お前たちの死ぬ時だ!あーっはっはっは!」

 

最期の抵抗と言わんばかりに高笑いを続けたドーマはそのまま消滅した。その場に居た全員の耳にこびりついた笑い声だけを残して

後にはただ、虹彩学園の生徒たちの姿が残った。ゲームクリアのリザルトや勝利の栄光に身を任せる訳でも無く、彼らはただただ立ち尽くしていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……や、やっぱり離して下さい!恥ずかしいです!」

 

「気にすんなって、それに腰抜けて歩けないんだろ?」

 

「で、でもぉ……」

 

ドーマを倒した後の帰り道、マリアは勇に抱きかかえられながら恥ずかしそうに顔を手で覆っていた。今の彼女は勇にお姫様抱っこをされた状態となっており、周りの生徒たちもそんなマリアの事をちらちらと見ている。

 

「私、あの魔人に食べられちゃったからぬるぬるしてますし……それに、臭いですし……」

 

「んなもん俺だって一緒だっつの!」

 

「で、でも!勇さんは変身してたから装甲の部分が汚れただけじゃないですか!私なんて服がべたべたして気持ち悪いですぅ……」

 

ぐっちょりと濡れた制服を見ながらマリアが泣き言を零す。スタイル抜群の彼女が粘液性の高い液体に濡れている状態というのは非常にそそるものがあるのだが、勇はそんな煩悩を脳内ディスティニーブラスターで撃ち抜くと快活な笑みを浮かべた。

 

「まぁ、今日のソサエティ探索はこれで終わりだし、さっさと帰ってシャワーでも浴びようぜ」

 

「そう、ですね……それにしても……はぁぁ///」

 

「だから恥ずかしがんなって!誰も気にしてねぇよ」

 

「そうじゃなくってですね……その、なんと言うか……」

 

勇の言葉に対して深く何度も深呼吸をした後で、マリアは真っ赤になった顔をさらに赤くしながら、伝えたかったことを口にした。

 

「……助けてくれてありがとうございました。私、嬉しかったです」

 

「んな事気にすんなよ。仲間を助けんのは当然だろ?」

 

「そうかもしれないですけど、自分の身を顧みず私を助けてくれた勇さんは、その……すごく、カッコよかったです」

 

「……そ、そうか?」

 

「はい!とっても!」

 

マリアの柔和な笑みを浮かべた表情でそんなことを言われて照れない男など居はしないだろう。勇もまた顔を赤くしながら笑うと、抱えたマリアを落とさぬようにしっかりと抱きしめてから帰り道を歩いて行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まただ、また、俺は……っ!」

 

帰り道、一番後ろで光牙は悔しそうに呟く。今回の戦い、自分は何もできなかった。

大切な仲間を助けたのも、敵にとどめを刺す絶好のチャンスを作ったのもすべて勇だ。自分はただ、彼の後馬に乗ったに過ぎない。

 

「こんなんじゃ駄目だ……!こんなんじゃ俺は、勇者になれない……っ!」

 

自分の遥か前でマリアを抱きかかえながら笑う勇、悔しさをかみしめながら最後列に居る光牙との差をまじまじと現されている様で、その事にも光牙は悔しさを募らせた。

 

(超えなきゃ駄目なんだ……俺は、彼を……龍堂勇を……!)

 

深く心に刻まれたその思い。純粋な尊敬とも、超えるべき目標として設定するのともまた違うその感情は、清廉潔白な光牙の心の中に暗く淀んだ物として居座り始める。

 

勇を映すその瞳に黒い影が宿った事を、このときはまだ誰も知らなかった。

 

 



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登場!戦国学園!

 

 

「とりあえず今の状況を整理するわね……」

 

虹彩学園の会議室、暗い室内の前方にあるプロジェクターとモニターの前に立つ真美がその場に集まっている面々に向けて話をする。

今ここに居るのは虹彩、薔薇園両校のドライバ所有者とマリア、真美を合わせた9名だ。全員で顔をあわせるのは合宿以来で久々となる。

 

ソサエティの攻略において、先日虹彩学園側も暴食魔人と呼ばれたボスを撃破したことでついに関所を開くことが出来るようになった。今日は、その報告と他にもいろいろ分かった事に関しての情報交換をする場としてこのメンバーが集まったのである。

 

生徒たちの代表として集まった9人は、今までの情報をまとめた真美の話に耳を傾けていた。

 

「……関所を潜った先にある薔薇園学園側のソサエティのボス、機械魔王に対応する私たちの側のボスの名前が明らかになったわ、その名は強欲魔王……そして、私たちが攻略したダンジョンの中にあった碑文から、その魔王の手下の名前もわかったの」

 

「強欲の魔王の部下、暴食、憤怒、色欲、怠惰、傲慢、嫉妬の魔人たち……これって、七つの大罪の事ですよね?」

 

「罪に対応する魔人か……なんか、それっぽいな」

 

「既に倒した暴食の魔人を除いて残りは5人、そいつらを全員倒せば、きっと強欲魔王への道も開けるはずよ!」

 

真美の言葉に全員が大きく頷く、明確な目的が出来た事でモチベーションも上がったメンバーは、次に薔薇園学園の攻略の進展を尋ねた。

 

「あ~……アタシたちの方はそこまで報告できることが無いんだよね~…あれから少し敵を倒したくらいかな~?」

 

「すいません、次にすべきこともいまいち分かっていないんです…」

 

「攻略自体に問題はないけど、今は何をすべきかを模索中というところかしら」

 

ディーヴァの3人はそれぞれ現在の状況をそう評した。その言葉を聞いた真美は嬉しそうに笑う

 

「そう、という事は今あなたたちは特に優先してすることは無いと言う事ね?」

 

「まぁ、そうなるけど……」

 

「それじゃあ、手伝って欲しい事があるのよ」

 

そう言った真美はモニターに映像を映し出す。そこには、自分たちが見た事の無い場所が映っていた。

 

「ここは……?」

 

「先日発見された新たな関所がある場所よ、ここも開く様になっている事も確認できたわ」

 

その言葉を聞いた全員の間に緊張感が走る。全員の注目を浴びながら、真美は今回の作戦を告げた。

 

「今日、その先の探索に行こうと思ってるの。出来たらあなたたちにも協力してほしいんだけど、構わないかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チーム分けはこれで良いの?」

 

「ええ、今回は何が起きるか分からない以上冒険はしないわ。最大に連携がとれるメンバーで組んで頂戴」

 

数十分後、両学園の生徒たちを引き連れた先ほどのメンバーは新たに発見された関所の前にやって来ていた。ここには門番はいない様だ、難なく扉の前までたどり着ける。

 

「確認するわ、あくまで今回は様子見。出来る限り戦闘は避けて、関所の向こうがどんな風になっているかを見て来るのが今回の目的よ」

 

「真美、もしも向こう側のソサエティに他校の生徒が居たらどうするんだ?」

 

「戦闘は避けるわ、その上で出来れば同盟を、最低でも不可侵条約を結んでおきたいわね」

 

「わかった。まずは話し合いという事だね」

 

光牙の答えに真美は頷く、そして、集まっている面々を見ながら声を上げた。

 

「さぁ、未開の土地への冒険よ!あんた達、気合入れなさいよ!」

 

「お~っ!」

 

ずんがずんがと歩き始める生徒たちを横目にしながら、勇もまた彼らと一緒に関所を潜って行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず最初に目に映ったのは荒れ果てた土地だった。続いて地面に突き刺さる刀や槍……所々に散乱する和風の武器たちは、既に命を失った主たちが持っていた物だろう。空は黒く曇り、遠くの方には火の手が見える。

 

「ここは……?」

 

「やっぱ全く違う世界に来たね」

 

関所を通った先はやはり自分たちのソサエティとは違う様相を呈していた。薔薇園学園のSF雰囲気な世界とも違うこの場所は、一体何をモチーフにしているのだろうか?そう考えた勇たちの耳に、何やら野太い男たちの声が聞こえてくる。

 

「み、見て!あれ!」

 

そう言った葉月の指し示す方向を見てみれば、土煙に紛れて幾人もの鎧を着た人たちが戦っているではないか。日本の足軽の様なその人々は、2つの陣営に分かれて戦いを繰り広げているように見える。

本当に人間たちが戦っている訳では無いのだろう。あの兵たちはすべてソサエティの生み出したキャラクターたちだ。しかし、ここではあの様な戦いが普通に繰り広げられているの様だ。

 

「和風の鎧と武器、常に行われる戦争……もしかしてここって……」

 

「……日本の戦国時代、だな」

 

この世界のモチーフを理解した勇と謙哉は、しばらくの間自分たちの前で繰り広げられるその戦いを眺めていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三のソサエティ、モチーフは日本の戦国時代。出現エネミーたちは妖怪をモチーフにしたものと獣の様なものの2種類に分けられる。

エネミーたちの身体能力は高く武器を使う知能もある為非常に厄介ではあるが、魔法に対する適正が低く、かつ遠距離用の武装を持たないので遠くからの射撃が効果的である。

 

またこの世界では各国が戦争を常に起こしている状態であり、エネミーたちが居るとはいえ国自体は平和であった今までの2つの国と比べて治安が悪い。

故に遠くへの遠征も非常に困難であり、攻略は難しい世界であると考えられる。

 

「……大体こんなもんかしらね」

 

自信のレポートをまとめた後で真美が呟く。この場所で数体のエネミーと戦闘をした後で近くの村へと足を運んだ攻略メンバーたちは、一息つきながらこの世界の状況を口々に語りあっていた。

 

「ファンタジー、SFと来て次は戦国時代か、まぁ、和風ゲームではよくある設定だけどよ」

 

「『鬼武者』とかが該当するよね。他にも戦国時代を舞台にしたシュミレーションゲームも多くあるし、順当なセレクションなのかもね」

 

「……龍堂くん、ちょっといいかな?」

 

「あん?」

 

謙哉と話していた自分に近づいて来た光牙の方を向く勇、光牙はそんな勇に対して一つの質問をする。

 

「龍堂くんは天空橋さんと親しかったよね?このゲームの元となった『ディスティニークエスト』を開発した天空橋さんなら、こんな世界があと幾つあるか分かるんじゃないかと思ったんだけど……」

 

「ああ、その事なら聞いてみたよ」

 

「本当かい!?で、彼はなんと?」

 

「……わかんねぇ、だってさ」

 

「……は?」

 

自分を期待して見て来る光牙に対して申し訳なく思いながら、勇はその時の天空橋の言葉をそのまま伝えるとポカンとした顔をしている光牙に詳しい説明を始める。

 

「確かにディスティニークエストは主人公がいくつもの世界をめぐるストーリーだったらしい。天空橋のオッサンもその候補として沢山の世界のデータを構成してプログラミングしてたらしいんだが、それが全部このソサエティに反映されてるかもわかんねぇし、もしかしたらもっと別の世界すらも作り上げられているかもしれないんだと」

 

「……そうか、確かにリアリティの侵食についての考えを忘れていたな。開発者の想像すらも軽く超える可能性だってある訳だ」

 

「そう言う事、だから断定は出来ないけど、オッサンは自分が考えたワールドは10個はあるって言ってたぜ」

 

「10……こんな世界が、あと7つもあるのか……」

 

顔を伏せ、考えに浸る光牙。そんな彼らの話を黙って聞いていた謙哉がおもむろに口を開く。

 

「……不思議だよね。こんな風にゲームを現実めいたものに変える『リアリティ』って、一体何なんだろうね?」

 

「……言われてみりゃあ考えたことなかったな。新種のコンピュータウイルスだって事しか知らねぇや」

 

「それすらも正しいか分からないさ、政府が本当の情報を秘匿している可能性だってある」

 

「……それに、気になる事がもう一つあるんだ」

 

「それってなんだい?」

 

「ちょっとこれ見てくれ」

 

そう言った勇は自身のスマートフォンを二人に見せる。画面に映っているのはディスティニーカード第一弾のカードリストだ。

それを見ていた二人だったが、勇が指さしたカードに見覚えがある事に気が付いて顔を上げる。

 

「……『暴食の魔王 ドーマ』、このカードもディスティニーカードに収録されてるカードなんだ」

 

「……それがどうかしたのかい?確かに俺たちが戦った相手がカードとして収録されているのは驚いたが、元々ドーマもディスティニークエストの登場キャラだとすれば何の問題も無いだろう?」

 

「そうなんだけどよ……」

 

勇が言いたいのはそこでは無い。確かに妙な既視感が生まれるが、天空橋が作り出したディスティニークエストのキャラとしてドーマが設定されているなら、それを基に作り出したディスティニーカードにも彼が登場してもおかしくないはずだ

気になるのはそこだ、もし、本当に天空橋がドーマの事を知っていたのなら、なぜ彼はこの見るからにボスキャラになりそうな敵の事を教えてくれなかったのだろうか?

 

「……やっぱり、本当に出て来るか確証がなかったからとかじゃないかな?いくら自分が作ったものとはいえ、天空橋さんも全部を把握してるわけじゃ無いしさ」

 

謙哉のその説明なら一応納得ができる。しかし、勇の中にはこれ以外にも不思議に思う事はあった。

 

ドーマのいたダンジョンで発見した碑文、そこにはこう書かれていた。

 

『一人の男の欲望が作り出した悪しき偶像』……これはどういう事であろうか?

普通に考えれば6人の魔人は魔王が作り出した部下だと言う事を示しているのだろう。しかし、なぜ一人の男と書かれているのだろうか?

その一人の男とは誰なのだろうか?どんな欲望を持ったことで魔人たちは生まれたのか?疑問は尽きない。だが、これはゲーム内の仕様だと言われればそれで解決は出来る。

 

しかし、勇が何故、あの碑文を読むことが出来たのかはそれでは説明できないのだ。

ゲーム内にしか使われていない文字、しかも、自分はあんな文字は初めて見た。それなのに、何一つとして訳を間違える事無く読むことが出来た。一体何故なのか?ここには何か重大な秘密が隠されている様な気がしてならない。

 

勇がこのことを二人に説明しようとした時だった。息を切らせた生徒の一人が、自分たちの待機していた小屋の中に駆け込んできたのだ。

それは周囲の状況を確認させるために使いに出した生徒たちの一人であった。彼の体はぼろぼろになっており、怪我もしている。何かただ事ではない事が起きた雰囲気を察した真美がその生徒に駆け寄ると、彼を問い詰め始めた。

 

「一体何があったの?グループの他のメンバーは?」

 

「お、襲われたんです。急に……」

 

「襲われた?エネミーにやられたの?」

 

「ち、違います……た、他校の生徒が、急に俺たちを……!」

 

「何ですって……!?」

 

襲われた生徒のその言葉を聞いたドライバ所有者たちは顔を見合わせる。可能性として他校の生徒たちと接触することがある事は分かっていた。しかし、まさか攻撃を受けるとは思ってもいなかったのだ

 

「おい!ならそいつらの所に行ってお返ししてやろうぜ!」

 

「待てよ櫂!真美が言った事を忘れたのか?俺たちは他校と争うつもりは無い!むやみに関係を悪化させてどうするんだ!」

 

「……でも、一目見れば人間だとわかるこちら側の生徒たちに攻撃を仕掛けて来たんだから、向こうはやる気になってるんじゃないの?」

 

「そうかもしれないけど、違うかもしれないよ。水無月さん」

 

「……どういう事?」

 

自分の言葉に対して含みのある言い方をした謙哉を玲が睨む、その視線に怯むことも無く、謙哉は自分の考えを述べた。

 

「もしかしたら向こうの生徒は他校の生徒と接触するのが初めてなのかもしれない。だから、自分たちの領土にやって来て何かを調べてる僕たちを見て怪しく思ったのかも。とりあえず何人か捕まえて目的を聞き出すために襲って来たって可能性も無くも無いよ」

 

「……一理あるわね。向こうは自衛の為に私たちを攻撃して来たって事も十分あり得るわ」

 

「私もそう思います!ちゃんとお話すれば、向こうも分かってくれますよ!」

 

意外にも謙哉の言葉を素直に肯定した玲を見たやよいも謙哉の言葉に賛成する。

とりあえずいきなりの戦闘にはならないと判断した勇もまたまずは話し合いから始めると言う選択に賛同した。

 

「こっちは無理に事を構える気はねぇんだ。最悪の場合ここから退いたって良いだろ。ちょっと話し合って脈ありと判断したら、同盟でも不可侵条約でも結べば良い」

 

「うんうん!勇っちとやよいの言う通り、まずは仲良くすることから始めよーっ!」

 

「……方向性は決まったわね。和平策で相手の刺激させない様にして話し合う。これに異存はない?」

 

真美の言葉に櫂以外の全員が頷く。ちなみに多数決で決定したことをしぶしぶ受け入れた櫂は、自分がどんなに主張しても他のメンバーの頭には敵わないのだろうなと思い早々に考える事を放棄することにしていた。

 

「わかったわ、じゃあまずはあなたが襲われたところまで案内して頂戴。そこでその学校の生徒たちと接触して話し合いましょう」

 

真美の決定に従い。全員が立ち上がると移動しようとする。その時だった。

 

「……お~~い!誰も出て来ねぇのかよ?わざわざこっちから出向いてやったのによ!」

 

聞き覚えの無い男の声が聞こえてきた。それと同時に何かが争うような物音もだ。

何かが起きている事を察した勇たちは、急ぎ小屋を出ると物音が聞こえてくる方向へと走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一体何だってんだこれは……!?」

 

騒動の中心へたどり着いた勇たちは、そこに広がっていた光景に言葉を失った。なんと、そこには虹彩学園と薔薇園学園の生徒たちが何人も倒れていたのである。

中立地帯である村の中にはエネミーは現れない。という事は、これを行ったのは間違いなく勇たちと同じ人間だ。

 

「おい!しっかりしろ!」

 

急ぎ近くに倒れている生徒を抱えて安否を確かめる。負傷はしているが命に別状は無いようだ。その事に安心した勇の耳に、先ほど聞こえた男の声が聞こえて来た。

 

「お!やっと頭のお出ましかよ」

 

「…お前がこれをやったのか!?」

 

「ああ、ちょっと挨拶にきたら雑魚どもがうようよしてたからな、掃除しといてやったぜ」

 

獰猛な笑みを見せながらそう言った男は黒の学ランに身を包んでいた。金髪に染め上げた髪をツンツンに立てて、見るからに不良という感じだ。男は自分が掴んでいる気絶した男子生徒をゆすりながら話を続ける。

 

「つってもまるで面白みが無かったけどな!もっとちゃんと鍛えとけよ!」

 

その言葉と共に男は自分が襟首を掴んでいた男子生徒を放り投げた。間一髪でそれを謙哉が受け止めると、男は口笛を吹いてそれを茶化した

 

「カッコいいねぇ~……ヒーローのつもりかぁ?」

 

「なんでこんなことをするんだ!?僕たちが君らに何をしたっていうんだ!?」

 

「はっ!理由なんざねぇよ、ただそこに邪魔者が居たからぶっ潰したまで!」

 

「……真美、こいつと組むなんざ不可能だろうが!さっさとやっちまおうぜ!」

 

「待ちなさい、櫂!……こいつが責任者って決まった訳では無いわ、頭の人間と話を出来ればまだ可能性はあるわよ」

 

頭に血が上った櫂を抑えて真美が言う。しかし、彼女も相手側のこの非道な行動に怒りを隠せないでいた。

 

「……お前ら、虹彩学園と薔薇園学園だろ?ディーヴァの3人が居るんだからすぐに分かったぜ」

 

「分かっているなら話が早いわ。あなたたちのトップと話をさせて、私たちはあなたたちと争うつもりは無い。むしろ協力したいのよ」

 

「あ~、そらアカンでお嬢ちゃん!アカンなぁ!」

 

敵意が無い事を示し、トップとの会談を求めた真美に対してまた別の男の声が響いた。学ランの生徒たちを掻き分けて姿を現したのは、サングラスをかけ、革ジャンに身を包んだ黒髪の男だった。

 

「悪いが俺らは誰とも組まへん!それが弱い奴なら尚更や!」

 

「……俺たちが弱いと?」

 

「そやで、今戦ってみた感じ、あんたらの兵隊さんには楽しめる所が何一つあらへんかった。俺らに一方的にやられてお終いや、これが弱いと言わんで何と言うんや?」

 

「面白れぇ!俺が相手になってやるぜ!」

 

「だから落ち着け筋肉ダルマ!相手の挑発にほいほい乗ってんじゃねぇよ!」

 

顔を真っ赤にした櫂が前に出ようとするのを勇が呆れた様に諫める。その様子をケタケタと笑いながら見ていたサングラスの男は、ふと真面目な顔をするとこう言った。

 

「ま、俺が頭って訳やないからそれで決まりって訳やないけどな……で、どないするん?大将!」

 

「……答えは決まっておる。我らに協力の二文字無し!」

 

辺りの空気が震える程の声が響き渡った瞬間、学ランの生徒たちが二手に分かれて道を作った。そうして出来た道を真っ直ぐに歩いてくる男が一人

 

「……男として、己が力のみで天下を掴む!それが我ら『戦国学園』の信条よ!」

 

「戦国学園だって…!?」

 

「知ってるのか、光牙?」

 

相手の学校名を聞いた光牙の顔が険しく変わったのを見た勇が彼に尋ねる。その答え代わりに頷いた光牙は、戦国学園について自分が知る事を語り始めた。

 

「戦国学園……日本最大の武術系学校で、空手や剣道、柔道などの全国大会で何回も優勝しているエリート校。しかしその実態は、常識離れした厳しい教育で生徒たちを鍛える超スパルタ校さ」

 

「厳しい教育って、どんなだよ?」

 

「俺も噂でしか知らないが……体罰なんか当たり前、規律を乱した生徒は即刻教師陣から暴行を受けて矯正される。中学時代からの札付きの悪が戦国学園のトップを取ろうと入学してくるけど、あまりにも厳しい教育に音を上げてすぐに退学してしまうから生徒数は非常に少ないって話だ」

 

「はっ、なるほどな。んじゃ、大将って呼ばれたあいつがその不良校のてっぺんって訳か」

 

勇はそう言って現れた人物に目を向ける。櫂と同じかそれよりも大きい体、堂々とした態度、王者の風格……本当に高校生なのかと疑問を持つくらいだ

 

「……あなたが戦国学園のリーダー?」

 

「左様。我は戦国学園3年の大文字武臣(だいもんじたけおみ)、左の金髪が仁科努(にしなつとむ)、右の中途半端な関西弁の男は真殿光圀(まどのみつくに)だ」

 

「……私たちとの同盟を受ける気が無いって言うのは、あなたの意思だと考えてもよろしいのかしら?」

 

「それに関しては私から話しましょう」

 

真美の質問に答えたのは、大文字の傍らに控えていた小柄な男だった。ネズミの様な顔をしている男は、手に持った扇子を閉じながら真美に自己紹介をする。

 

「申し遅れました。私、根津信八(ねづしんぱち)と申します。戦国学園で軍師の真似事をしている者です」

 

「前置きは結構よ。それで、何故私たちと協力関係になるつもりが無いのかしら?悪い話ではないと思うのだけれど」

 

「簡単ですよ。我々には協力の言葉は無い。あるのは支配の二文字だけです。事実この戦国時代を模したソサエティに存在する他の学校は、すでに我々に帰順の意を示しました」

 

「なっ……!?」

 

「彼らは実によく働いてくれています。戦略拠点の製作から情報収集、私たちの戦いのサポートまで……良い奴隷として扱わせていただいてますよ」

 

根津はそう言いながら愉快そうにクックッと笑った。その笑みは、見ていて気分が悪くなる様な醜いものだ。

 

「……そう、分かったわ。じゃあ、私たちは帰らせて貰います。お時間を頂いて悪かったわね」

 

「おい!まさかこのまま帰るつもりかよ!?こっちは仲間が何人もやられてんだぜ!?」

 

「……櫂、黙るんだ。今は相手を刺激したら駄目だ」

 

意外にもあっさりと退いた真美に対して詰め寄ろうとする櫂を再び光牙が抑える。しかし、根津はギロリと目を光らせると真美に向かって低い声で言い放った。

 

「……誰があなたたちを素直に帰すと言いましたか?」

 

根津のその言葉が合図であったかのように戦国学園の生徒たちが勇たちを囲む。ものの見事に包囲された勇たちに対して、根津は扇子で口元を隠した状態で話しかけて来た。

 

「知ってますよ。あなたたちの中にドライバ所有者が7人いる事も、その内薔薇園のディーヴァの3人が使うドライバーが量産型である事もね……それを奪取できれば、私たちの戦力はさらに増える」

 

「……強奪するつもり?」

 

「まさか、そんな手ぬるい真似はしませんよ……私たちはあなた方を支配するつもりです。ドライバーを頂いた後は男性には攻略を手伝う労働力に、女性には攻略で疲れた我が生徒たちを癒す役目について頂きます。そちらにはよく働きそうな男子生徒も、美しい女子生徒もたくさんいるようですしね」

 

「うへぇ……な~んかヤな人たちだと思ってたけど、ここまでとはねぇ……」

 

「全くだ、呆れて声も出ねぇよ」

 

根津のその言葉に葉月と勇が嫌悪感を示す。それに対して反応したのは、金髪の男こと仁科だった。

 

「そんなもん弱い奴の意見だろうが!強いもんが全てを支配する。それがこの世の真理だろ?」

 

「……私たちをそんな風に扱ったら間違いなく学校側から抗議が行くわよ。そうしたら、3校だけの問題じゃなくなるわ」

 

「関係あらへんな。言ったやろ?強いもんが全てやって……俺たちは教師より強い。せやから、学校は俺たちを止められんのや」

 

「そんなの暴論だ!まさか君たちは、今まで争った学校の生徒たちにもそんな扱いをしているのか!?」

 

「当然やろ、だって俺らは勝者……敗者は、勝者にすべて差し出すほかないんやからな」

 

「負けりゃ全部を奪われる。そんなもんガキだって分かる論理だ、そうだろ?」

 

「そ、そんなのおかしいですよ!無茶苦茶すぎます!」

 

「な~んにもおかしくないぜ、ディーヴァの片桐やよいちゃん!テレビで見るより可愛いね~!……後でやよいちゃんを好きに出来るかと思うと楽しみでしょうがないぜ!」

 

「ひっ……!」

 

自分に下種な視線を送る仁科に対して怯えた表情を見せるやよい。そんなやよいを庇う様に立った葉月と玲は、強気な姿勢で仁科を睨む。

 

「……なに勝ったつもりになってんの?アタシたち、アンタに好きにされるつもりなんてこれっぽっちも無いんだけど?」

 

「あんまり調子に乗らない事ね、アンタなんてお呼びじゃないのよ」

 

「良いね良いね!その強気な表情、堪らねぇなぁ…っ!後で俺に土下座させて侍らせんのが楽しみだぜ…!」

 

「……仁科、お前ホンマにええ女に目が無いなぁ。さっきもお人形さんみたいな可愛らしい女の子とっ捕まえてたやないけ」

 

「英雄色を好むって言うだろ?今日は最高だぜ、アイドル3人組に外国のお姫様みたいな女の子までモノに出来るんだからな!」

 

「外国のお姫様だって……?まさかお前、マリアに何かしたのか!?」

 

「へぇ、あの子マリアちゃんって言うのか。安心しろよ、可愛いからとっ捕まえただけでなにもしてねぇよ……今はな」

 

そう言った仁科が手を挙げると、学ランの生徒の一人が拘束されたマリアを連れて来た。後ろ手に縛られて抵抗を封じられたマリアは、勇たちを見ると怯えた声で助けを求める。

 

「い、勇さん……光牙さん……!」

 

「マリアっ!貴様っ!マリアを離すんだ!」

 

「貴様っ!マリアを離すんだ!……カッコいいカッコいい!俺びびっちゃうなぁ~!」

 

光牙のものまねをして彼を馬鹿にした仁科はにやけた面でマリアを引き寄せると彼女を後ろから抱きかかえる。怯えた表情のマリアの体をいやらしい手で撫でながら、仁科は後ろに控える生徒たちを煽る様にして声を上げた。

 

「お前ら!美味い飯が食いてぇか?良い女が抱きてぇか?なら、どうすれば良いか分かってるな?」

 

「奪えっ!奪えっ!奪えっ!」

 

「女を奪われて惨めに奴隷に成り下がる敗者とすべてを奪ってその上に君臨する勝者、俺たちはどっちだ!?」

 

「勝者!勝者!勝者!」

 

「そうさ!勝者こそすべて!俺たちは常に勝ち続ける!そして、この世のすべてを手に入れる!それが俺達、戦国学園だぁっ!」

 

「うおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

大地を揺らすほどの戦国学園の生徒たちの雄叫びに虹彩と薔薇園学園の生徒たちは完全に呑まれてしまっていた。ピリピリとしたプレッシャーを感じた光牙の背中には汗が噴き出している。

 

「……つー訳だ。負け犬になるのが嫌なら勝てば良い。じゃなきゃ、奪われるだけだ」

 

「ぐあ…っ!」

 

仁科はそうニヤつきながら言うと、マリアの首を絞める。苦しさに涙を浮かべながら呻くマリアを見ながら、仁科は高笑いしながら叫んだ。

 

「勝つのは良い!勝利の征服感と戦利品が一緒に手に入るんだからな!安心しろよ、お前らが無様に負けたとしても、マリアちゃんは俺がた~っぷり可愛がってやるからよ!あ~っはっは!」

 

「げほっ…ごほっ…うぅ…っ!」

 

絞められていた首を離されて息苦しさから解放されたマリアは咳き込むと失われた酸素を求めて口を開こうとする。しかし、その細い首筋に仁科の手が触れられると同時に、怯えた表情を見せて震えだしてしまった。

何時また受けるやも分からない暴力に怯え、震えるマリアを愉快そうに撫でながら仁科は笑い続ける。虹彩、薔薇園学園の誰もが怒りに燃えた目で仁科を見るも、戦国学園の生徒たちの剣幕に押されて何も出来ずにいた。

 

「あ~っはっは!あ~っはっはっはっは!」

 

それを良い事にマリアを弄びながら高笑いを続ける仁科、時々マリアの首筋に回した手を動かせば、その度にマリアの体がびくっと震える。その反応に良い気になりながら笑い続ける仁科だったが……

 

「あ~っはっはっは!あ~……がべっ!?」

 

「良い加減その口閉じろ。耳障りなんだよ、お前の笑い声」

 

突如、頬に強い衝撃を受けて後ろに吹き飛ばされる。自分が殴られたのだと理解した仁科は、自分に無礼な真似をしたその相手を睨みつけた。

 

「てめぇ……良い度胸してんじゃねぇか」

 

「女を脅して高笑いする野郎には負けるさ、で、俺のパンチはちったぁ効いたか?」

 

挑発するようにしてせせら笑うその男……勇は、マリアを仁科の手から奪い返し戦国学園の生徒たちを睨みつける。大胆不敵なその行動に対して怒りを募らせた何名かの生徒が、勇目がけて襲い掛かって来た。

 

「貴様っ!舐めた真似をしやがって!」

 

前から迫りくる大男、しかし勇は顔色一つ変えないままにその男を睨むと、鋭い前蹴りを繰り出した。

 

「ぐふっ!」

 

「おっ…らぁっ!」

 

勇の蹴りを受けた男は腹を抑えて動きを止める。その隙を逃さない勇は、高く上げた踵を男の頭目がけて振り下ろした。

 

「ぎゃっ!?」

 

勇渾身の踵落としを受けた男は情けない声を出して地面に倒れ伏した。気を失い伸びてしまった男を見た戦国学園の生徒たちは、勇に襲い掛かろうとする動きを止めて彼を見る。

 

「……どうした?かかって来いよ。全員纏めてぶっ潰してやるからよ」

 

低く、唸る様にして戦国学園を威嚇する勇。その声には煮えたぎる様な怒りが籠っていた。

鋭い目つきで相手を睨めば、その視線を受けた生徒たちは知らず知らずのうちにその場から一歩下がっていた。勇の出す威圧感に負けて後退る生徒たちを見た大文字は感嘆の声を上げる。

 

「……あの男、かなりの剛の者と見た」

 

戦国学園の頭を張る男として、大文字は生徒たちの力量や度胸をしっかりと把握している。厳しい教育や強さを競う戦いの中で磨き上げられた戦国学園の生徒たちのそれは、決してそんじょそこらの男に気圧される様な代物では無い。

つまり、そんな戦国学園の生徒たちを睨みだけでたじろがせている勇は相当な覇気の持ち主だ。大文字は勇のその姿に、自分と同じ覇王の器を感じていた。

 

しかし、自分の仲間たちもそれだけで終わってしまう様な男たちではない。その証拠に、勇の放つプレッシャーを気にも留めずに彼に近づく男が一人いた。

 

「……お前ら下がれや。あんま情けない姿見せるもんや無いで」

 

そう言いながら真剣な表情で勇との距離を詰めるのは自分の片腕にして戦国学園のNo2こと真殿光圀だ。先ほどまでの浮ついた笑みは消え失せ、勇同様鋭い視線を見せている。

 

「い、勇さん……」

 

「……マリア、俺の後ろに下がってろ」

 

勇もまた光圀の鋭い視線に一歩も引かない。マリアを自分の背中に隠す様に立つと、真っ直ぐに光圀の視線を受け止める。

視線のぶつかり合いだけで火花が散りそうな二人の睨み合い。やがて自分の手が届くまで近づいた光圀は、鋭い視線を勇に向けたまま口を開く。

 

「お前……」

 

正に一触即発、二人を見守る全員に緊張感が走る。いつ戦いが始まってもおかしくないその雰囲気に、誰もが目を離せないでいた。

一体光圀は勇に何をしようと言うのか?挑発か、それとも先制攻撃か……?固唾を飲んで見守る生徒たちの前で、光圀は大きく口を開いた。

 

「お前……むっちゃカッコええやん!」

 

「……はぁ?」

 

先ほどまでの真剣な表情は何処へやら、子供の様な無邪気な笑顔を浮かべて勇を褒めた光圀に対して勇は怪訝な顔を向ける。そんな勇の肩をばしばしと叩きながら、光圀はマシンガントークを続けた。

 

「あんなかんっぜんにアウェーな状況で女の子を助ける為にここまで来るなんてめっちゃカッコいい!しかもその子虐めとったウチの馬鹿たれをぶん殴って助け出すなんて二倍、いや、三倍はカッコよさが増しとる!その上で襲って来た奴をあっさり片付けてあんな決め台詞なんて……アカン、決まりすぎやろ!俺がそんなんやられたら完璧に惚れてまうわ!マリアちゃんもそう思うやろ?」

 

「え、ええ…まぁ……」

 

「それに比べておい仁科!お前ダサすぎやろ!完璧に主人公にやられる小悪党のテンプレやん!序盤の北斗の雑魚キャラかお前は!?完璧にこいつの引き立て役になっとったやないけ!」

 

「真殿ぉ…っ!てめぇ、どっちの味方だ!?」

 

「別にどっちの味方したわけでもあらへん。俺はお前がダサくて、こっちの……あ~、君、名前なんやったっけ?」

 

「え…?龍堂勇だけど……」

 

「勇…勇ちゃんかぁ!よっしゃ、ほなこれから勇ちゃんて呼ばせてもらうわ!俺、勇ちゃんの事気に入ってもうたわ!」

 

「は、はぁ……」

 

上機嫌で笑い続ける光圀に対して勇だけでなく後ろのマリアや他の生徒たちもポカンとした表情で彼を見ている。

そんな中でほんの少しだけ笑みを浮かべた大文字は、笑い続ける光圀に対して声をかけた。

 

「光圀、どうやらお前もその男が気に入った様だな」

 

「せや!最近骨のある奴が見つからなくて退屈しとったが、勇ちゃんと出会えて俺は嬉しいわぁ!」

 

「ふふ……龍堂勇だったか、お前、大分面倒な男に好かれたな」

 

「はぁ?」

 

もはや何が何だかわからなくなっている勇は大文字のその言葉にも疑問の声を出すだけだ。しかし、そんな勇に対して満面の笑みを浮かべた光圀は、懐からギアドライバーを取り出すと嬉々とした表情で告げる。

 

「さぁ勇ちゃん!俺とやり合おうや!」

 

「は、はぁ!?」

 

大喜びしながら戦いを始めようとする光圀、勇はこの理解不能な男に対してどう接すれば良いのかが分からずに困惑していたが……

 

「……なんも困る事あらへんで勇ちゃん、これが俺の性なだけや」

 

「しょう…?」

 

「そや、仁科のあほが可愛い女に目が無いのと同じで、俺は強い奴に目が無いんや!そいつと戦う事が俺の最高の喜び、勝ち負けやない、戦いの過程を楽しむんが俺の流儀なんや!」

 

「……つまり、根っからの喧嘩好きってことか?」

 

「そや!勇ちゃんは理解が早くて助かるわ!」

 

嬉しそうに笑う光圀に対して勇は確かに厄介な男に好かれたと思った。バトルマニアに喧嘩の相手として好かれたからには間違いなく戦わなければならなくなるだろう。勇のその心配を悟ったかのように大文字は一言忠告して来た。

 

「一応言っておくが、光圀は我が戦国学園において不動のNo2だ。我と互角に戦える数少ない男でもある」

 

「おかげで喧嘩の相手が少のうてまいってたとこや!勇ちゃんは、たっぷり楽しませてくれるよなぁ?」

 

「は、ははは……大分無茶苦茶だな、お前……」

 

呆れた様に乾いた笑いを口にした勇だったが、自分が殴り飛ばした仁科もまた手にドライバーを持っていると気が付いて認識を改める。

もう戦いは避けられないのであろう。彼らの様子を見るに負けたら本気でドライバーを取り上げられたうえで戦国学園の為に働かなければならなくなるかもしれない。

そんなのは真っ平御免だ、ならば、彼らの言う通り勝つしか無いのだろう。

 

勇は決意を固めると懐からドライバーを取り出す。それを見た光圀は喜びの色を強めた口調で歓喜の声を出した。

 

「やっとその気になってくれたんやな!仁科、大将、勇ちゃんは俺のもんやで!絶対に邪魔すんなや!」

 

「……けっ、しゃあねぇ。借りを返してやろうと思ったがお前にそう言われちゃあ仕方がねぇ……だがま、運が悪かったな。光圀の相手をする以上、お前は終わりだよ」

 

「……一騎打ちでの勝負、という訳でもなさそうだな」

 

自分の後ろを見つめる大文字の視線に気が付いた勇が振り返ると、そこには光牙をはじめとした虹彩、薔薇園学園側のライダーたちがこぞってドライバーを手にして並び立っていた。

 

「見てるだけなんてつまらねぇだろ?俺たちが相手をしてやるよ!」

 

「ほう……面白い!」

 

櫂の言葉に反応した大文字と仁科もまた自分の腰にドライバーをあてがう。緊迫した雰囲気の中、真っ先に動いたのは光圀だった。

 

「ほな、一足先に……変身!」

 

<キラー! 切る!斬る!KILL・KILL・KILL!>

 

般若のお面を被った着物姿の武士を模した姿へと変身する光圀、そこから居合斬りをする様にして刀を振るい、何事も無かったかの様にそれを納刀する。

威嚇のつもりだろうか?そう考え訝しがる勇たちだったが、キィン、という耳鳴りが聞こえた事に気が付くと同時に背後で轟音が響いた。何事かと思い振り返った勇たちが見たのは、後ろにそびえ立つ崖の岩場に刻まれた鋭い太刀筋だった。

 

「ほんのご挨拶や、あんまビビらんといてな」

 

くっくと愉快そうに喉を鳴らした光圀が呟く。その威圧感に押されそうになっていると、今度はニタニタと笑う仁科がカードをドライバーにリードした。

 

「へんし~ん!」

 

<メイジ! 暴れ壊して好き放題!>

 

黒と白の対比が美しい僧兵の姿を現した鎧に身を包む仁科、もう一枚のカードを使用して己の武器を呼びだす。

地面から生えて来るように出現したそれは巨大な大槌だった。巨大な武器を軽々と振り回した後で地面に叩きつけて仁科は言う。

 

「……光圀、お前があの野郎を貰うってんなら俺はディーヴァの3人を貰うぜ。さっさと終わらせてお楽しみタイムと行きたいからな!」

 

「好きにせぇ、俺は勇ちゃん以外どうだってええ」

 

「よしよし……んじゃ、3人は俺と遊ぼうか!たっぷり可愛がってあげるよ……!」

 

「わ、私たち、あなたの好きになんかなりませんもん!」

 

「あー……なんか背中がぞくっと来た……」

 

「……いい加減不愉快ね。黙って貰えないかしら?」

 

仁科に対して三者三様の反応を見せるディーヴァ、しかし、そんな彼女らを見向きもしないまま、光牙は大文字を睨んでいた。

 

「……我の相手はお前か、まさか一人で戦う気ではあるまいな?」

 

「俺が一人で戦うつもりだ。何か不服かい?」

 

「笑止、お前一人ごときに敗れる我では無い。遠慮なく戦力をかき集めよ」

 

「何だと……っ!?」

 

「……待てよ光牙」

 

大文字の自分を舐めた物言いに目を鋭くする光牙の肩を櫂が抑える。いつもと逆の立ち位置になった二人は、目を見合わせた後に同じ意見に達した。

 

「……向こうがそう言うのなら遠慮なしにぶつかってやろうじゃねぇか、その上でぶっ飛ばしてやればいい!」

 

「確かにな、俺たちは負けられない身だ。ならば確実に勝つ方法を取るのが定石!」

 

「ふふ……それで良い。これで二対一、他に加勢する者は居るか?」

 

「……やよい、あなたも白峰に加勢なさい」

 

「えっ!?で、でも……」

 

「装備を見るに、向こうは完全に近接線型のファイター、なら遠距離攻撃が出来る人間が一チームに一人は居た方が良いじゃん?」

 

「白峰と城田にはそれが無い。だから、あなたが援護してあげなさい」

 

「……うん!わかった!」

 

余裕綽々と言った様子で光牙たちを見据える大文字に脅威を感じたのか、玲と葉月はやよいを光牙チームへと派遣することを決めた。その会話を聞いていた仁科が腹立たし気に舌打ちをする。

 

「ちっ……大将、言っても無駄かもしんねぇけどやよいちゃんを壊すなよ。ぶっ壊れた女には興味ねぇからな」

 

「それは向こうしだいだ。我の力に耐えられる女か、はたまた早めに心折れて降伏すればお前の望みは叶えられよう」

 

「けっ!結局手加減するつもりは無いって事かよ……あ~あ、残念だけどやよいちゃんは諦めて残りの二人でその分を埋めるとするか!」

 

残念そうに言いながらも笑顔は崩さない仁科、しかし、とあることに気が付いた彼は謙哉を指さして尋ねる。

 

「おいお前……そう、そこのお前だよ。お前、誰と戦う気だ?」

 

「え……?僕は勇と一緒に……」

 

「なんやお前!?俺と勇ちゃんの戦いを邪魔する気かいな!?ほんま無粋なやっちゃの~!」

 

「え?じゃ、じゃあ白峰君の所に……」

 

「来るんじゃねぇ!これ以上味方が増えたらあいつに勝っても誇れねぇだろうが!」

 

「……みなづ」

 

「来たら殺す」

 

「まだ何も言って無いじゃないか!」

 

哀れ謙哉、どの組からも除け者にされてしまいがっくりと項垂れている。そんな謙哉に向かって口を開いたのは大文字だった。

 

「安心しろ、お前の相手は我がしよう。三人程度ならすぐに片付く」

 

「……言ってくれるじゃないか、その言葉、すぐに撤回させてあげるよ!」

 

大文字の自分を蔑ろにする発言に珍しく怒りの炎を燃やした光牙は「ライト」のカードをドライバーに通す。それに倣って他のメンバーもカードを使い、変身していった。

 

<ブレイバー! ユー アー 主人公!>

 

<ウォーリア! 脳筋!脳筋!NO KING!>

 

<ディーヴァ! ステージオン!ライブスタート!>

 

<ディスティニー! チェンジ ザ ディスティニー!>

 

「どうせ僕なんか……僕なんか…ぐすん」

 

一人膝を抱える謙哉を放っておきながら身構える6人、相手の姿を見据えて戦いの始まりを待っている。

 

「……お前たちは何を思い、何を成そうとして生きている?」

 

そんな彼らに向かって大文字は問いかける。まるで勇たちを試しているかの様に

そのままゆっくりとカードを取り出した大文字は、目を見開き、大声を出して叫んだ。

 

「お前たちにも成すべきことがあるのだろう!果たしたい目的があるのだろう!なれば、我らを倒し、その思いの強さを証明して見せよ!」

 

<ロード! 天・下・無・双!!!>

 

大文字が変身したのは赤揃えの鎧武者だった。兜、具足、鎧、腰に差す大太刀の鞘、そのすべてが血の様な赤色で統一されている。

ぶん、と大太刀を振るえばその場の空気が震える。それだけの強大な覇気を見せながら、大文字は叫んだ。

 

「さぁ、雌雄を決しようではないか!我らとお主ら、どちらが天に手を伸ばすに相応しいかを決めようぞ!」

 

大文字のその言葉を皮切りに左右に控えていた仁科と光圀が走り出す。すさまじい速度で接近してきた二人は、それぞれ葉月と勇に攻撃を仕掛けて戦う相手以外のメンバーとの距離を取らせる。

 

「ちっ!あいつら俺たちを分断しやがったか!」

 

「根津!」

 

「お任せを!」

 

それぞれの相手に集中して戦える状況をつくった事を確認した大文字は軍師である根津に合図を送る。それを待っていたかのようにカードを取りだした根津は、それを腕のゲームギアに読み取らせた。

 

<落石の計!>

 

「うおぉぉぉっ!?」

 

根津がそのカードを使用した途端、上空から巨大な岩がいくつも降って来た。勇たちを分断するようにして積み上がったそれを見た真美は軽く舌打ちをする。

 

「……逃げ場を潰されたって事ね」

 

「ふふ……左様、これで我々の命運はこの岩の牢獄の中で戦う者たちに委ねられました」

 

「……ずいぶんと余裕があるじゃない。人数ではこっちが圧倒的に有利なのよ?」

 

「これはこれはご冗談を……我々がほんの数名の人数差でどうにかなる相手だと本気で思っているのですか?」

 

真美を嘲るようにして笑った根津は扇子を広げながら目の前の岩の壁を見る。そして、自分を睨みつける真美を愉快そうな目で見るとこう言った。

 

「勝てませんよ、あの三人には誰にもね……ここで我々と出会ってしまった時、あなた方の運命は決まってしまったのですよ。私もこれから忙しくなります、なにせ新たな奴隷と戦力を有意義に使わないといけないのですからね…!」

 

根津のその強気な発言に真美は半歩だけ後退る。根津は脅しや揺さぶりでこんなことを言っている訳では無い。心の底から本気で負けるはずがないと思っているのだ。

日本屈指の武闘派高校のトップ3……その戦闘能力は予想がつかない。確かに人数ではこっちが有利だ、しかし、それだけで安心できる相手ではない事は重々に承知している。

 

「真美さん……」

 

「大丈夫、大丈夫よ……」

 

不安そうなマリアを抱きしめ、同じく言いようの無い不安に押しつぶされそうになりながらも、真美には自分たちの仲間を信じる以外の選択肢は残っていなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっらぁっ!」

 

「ひゃっはぁっ!」

 

ディスティニーソードと『妖刀・血濡れ』がぶつかり合う。金属音が響き、火花が散るたびに、勇の中の確信が強まって行く。

 

「ほらほらっ!もっと行くでぇっ!」

 

光圀の振るう刀の速度がさらに早くなる。その太刀筋には強さは無い。軽く、剣で防げば難なく受け止められるものだ。

しかし、その一撃一撃すべてが必殺の鋭さを持っていた。蛇が獲物を飲み込む時の様な静かさ、一瞬でも気を抜けばその時点で致命的な攻撃を貰う事への緊張感が勇の体を強張らせる。

それでも繰り出される光圀の攻撃を受け止め切れているのは勇がその攻撃に対して対応できている証だろう。戦国学園の生徒でさえ10合と持たない自分との剣のやり取りを続ける勇を光圀は口笛交じりに褒め称える。

 

「予想以上やで勇ちゃん!こりゃ久々に楽しめそやわ!」

 

「そりゃこっちの台詞だっての!」

 

一歩踏み込み剣を振るう。鼻先を掠めて躱された一撃の行く末を想像しながら、勇はもう既に次の行動へと移っていた。

光圀はぎりぎりで攻撃を躱した今を好機とみて反撃に出るだろう。ならばそれを防ぐ為に動かなければならない……と、考えていてはこの戦いには勝てないだろう。

 

人には誰しも戦いのスタイルというものがある。勇の攻めを重視した攻撃的スタイルに対して謙哉は防御に重点を置いた堅実なスタイルと言った様に戦う人間によってそれは様々だ。

今、自分と相対している男、真殿光昭という人間の戦闘スタイルは『攻め全振り』、攻撃にすべての力を振るい、防御を考えない戦い方だ。

 

一見するとそれは愚かな戦い方だと見えるかもしれない。しかし、光圀ほど振り切っているなら話は別だ。相手に攻撃の隙を与えずに攻め続ける。そして相手が苦し紛れに繰り出した攻撃を躱して、その隙に手痛い一撃を喰らわせていく。そうでなくても下手に受ければ大ダメージの攻撃が雨あられの様に繰り出されるのだ、受けきれなければもちろん負ける。

 

戦いの定石も訓練もへったくれも無いその戦い方、それは完全に自分が楽しむ為の我流の喧嘩スタイルと言っても差し支えないだろう。弱者と戦えばすぐに決着がつき、強者との戦いに際しては相手がどんな戦い方で自分の攻めを掻い潜るかを楽しめる。

防御を考えていないと言う事はまともに攻撃を喰らえば自分だってただでは済まない。だが、そんなことは無視して光圀は戦いに臨んでいる。文字通り戦いを全力で楽しもうとするその姿勢を勇は気に入った。

 

「きえぇぇぇぇっ!」

 

光圀の手が刀の柄を掴むのが見える。一瞬後には鞘から刀が引き抜かれ、必殺の居合い斬りが繰り出されるだろう。

だがそれでも、勇の選択肢の中に「避ける」の文字は無かった。

 

「うっっしゃぁぁぁっ!」

 

「なんやとっ!?」

 

勇の予想通り光圀の居合い斬りは繰り出された。そして、光圀の予想を裏切って勇の斬撃も繰り出された。

躱しながら斬る訳でも、防御の為に斬る訳でも無い。光圀同様に攻撃に全意識を傾けての一撃は上段から下段にかけて真っ直ぐに繰り出される。

 

迫る二本の刀は、互いに相手の装甲を掠めて振り抜かれる。決着はつかなかったが、どう転んでもおかしくなかった今の一瞬の攻防に勇と光圀は仮面の下で笑みを浮かべた

 

「……勇ちゃん馬鹿やろ?今のを防がんとか相当クレイジーやで?」

 

「そう言うお前こそ躊躇わないで思いっきり振り抜いてたろうが、ちったぁビビれよ」

 

攻撃を出したままの姿勢で動かない二人、だが、突然笑い出したかと思うと同時に剣を重ね合わさる。

 

「良いで!こんなゾクゾクする戦いは久しぶりや!斬り合って、殴り合って、ぶつかり合って……お互いに満足いくまでやり合おか!」

 

「ああ!今まで気が乗らねぇ戦いが続いてたが、この戦いはなかなかどうして楽しいじゃねぇかよ!」

 

鍔迫り合いを続けながら二人は笑顔でぶつかり合う。戦いが終わった後の事など考えない、この戦いにすべてを賭けて臨み、そして勝つ。全てを出し切るに相応しい相手が、今目の前に居るのだから

 

「負けんでぇ、勇ちゃん!」

 

「そりゃあこっちの台詞だ!」

 

学校同士の険悪な雰囲気など忘れ去った二人はもはや嵐と呼べるほどの剣劇の中で楽し気に笑いあっていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おらよっと!」

 

「あっ!ぐぅっ!!!」

 

「葉月っ!」

 

仁科の繰り出した大槌の一撃が葉月の腹部にめり込む。もろにその攻撃を喰らった葉月の口から苦し気な呻き声と共には居の中の空気が意図せずして漏れ出して行った。

 

「がっ、はぁっ……!」

 

「くっ…!食らいなさい!」

 

玲が反対側から銃弾の雨を仁科に撃ち出す。しかし、それを悠々と受けた仁科は必死の攻撃を繰り出して来た玲を嘲笑うかの様にして言った。

 

「どうしたのさ玲ちゃん?そんな豆粒みたいな攻撃じゃあ俺を倒す事なんて出来ないぜ?」

 

「くっ…!」

 

その挑発を受けてもなおヤケにならずに玲はメガホンマグナムの引き金を引き続ける。それを厚い装甲で受け続けていた仁科だったが、地面に下ろしたままの大槌を握りなおすと思い切り振り回した。

 

「あぁっ!?」

 

「……クカカ!見え見えだっての!後ろから攻撃すれば何とかなると思ったのかよ!?」

 

その攻撃を受けて後ろから不意打ちを仕掛けようとしていた葉月が吹き飛ばされる。ロックビートソードを取りこぼし、膝を付いた葉月に向かって高らかに笑った仁科はホルスターからカードを取り出した。

 

「さ~て、まずは葉月ちゃんにご退場願おうかな?」

 

<翔打!旋!>

 

<必殺技発動!大槌大旋風!>

 

「あ…ぐ…っ!」

 

ふらふらと立ち上がった葉月の腹に再び大槌が繰り出される。今度は下から上へと押し上げる様にして繰り出されたその一撃を受け、葉月はなすすべ無く空中へと打ち上げられた。

 

「葉月っ!」

 

「これでまず……一人っ!」

 

空中に打ち上げられた葉月の下で仁科は大槌を構えて独楽の様に回り始める。凄まじい勢いで回る彼に向かって落下して来た葉月は、再び大槌を喰らって大きく吹き飛ばされてしまった。

 

「がっ…ふっ……」

 

<GAME OVER>

 

岩壁に叩きつけられた葉月の体からギアドライバーが転げ落ち、彼女の変身が解除される。ずるずるとその場に崩れ落ちた葉月は完全に気を失っており、立ち上がる事は出来そうに無かった。

 

「…さ~て、お次は玲ちゃんの番な訳だがその前に……俺は優しいから、今すぐ土下座して降参すれば痛い目に遭わせないよ。どうする?」

 

人を舐めたその発言に対して玲は返事の代わりに銃弾をお見舞いする。見事に顔面に当たったその一撃は多少なりともダメージを与えたようだが、仁科はその攻撃を待ってたいたかの様に嬉しそうに笑いだした。

 

「そうだよなぁ!そうこなくっちゃな!お前みたいな気の強い女が泣き崩れて『もう許して』って言うまで痛めつけんのが楽しいんだもんなぁ!」

 

「……良い趣味してるじゃない。最悪ね」

 

「ははっ!褒めて貰えてうれしいねぇ!お礼にた~っぷり痛ぶってやるよ!」

 

大槌を構えて仁科が近寄って来る。玲は引き金を引き続けるがその足が止まる気配は無い。

 

「どうした?もう少しで届いちゃうよ~っ?」

 

「くぅっ…!」

 

ゆっくりと距離を詰める仁科を見ていた玲の脳裏には別の人物の姿が浮かんでいた。自分を襲い、ものにしようとした最低な男……玲の継父の姿だ。

 

『怖がるなよ…こっちにおいでぇ…!』

 

かつての思い出が、思い出したくも無い過去が、玲の頭の中に思い浮かぶ。対して引き金を引く指が固まり、息が荒くなっていく。

 

(来るな…来るなっ!)

 

玲の目に映っていたのは仁科では無くトラウマの対象となっていた継父の姿であった。自分に迫る父親の幻影目がけて銃口を突きつける玲、しかし、その腕が掴まれ、捻り上げられる。

 

「あっ!?」

 

「つ~かま~えた~!」

 

そのまま突き飛ばされた玲が次に見たのは自分目がけて大槌を振り上げる仁科の姿だった。動かない体で必死に抵抗しようとしても、仁科はそれすらも楽しむかのように声を上げる。

 

「良い声で泣き喚いてくれよ、それが楽しみでお前を残したんだからさぁ!」

 

「ぐっっ…!」

 

もうどうしようも無い事を悟った玲は歯を食いしばって痛みを耐えようとする。この男の望む通りになんかなるものかという覚悟を持って痛みに耐えようとした彼女は、震えながらも気丈に振る舞おうと必死であった。

目を閉じ、覚悟を決める。次の瞬間、鳴り響いた金属音と同時に激痛がやって……来なかった。

 

「………?」

 

少しこの状況にデジャヴを感じながら薄目を開ける玲、目の前には大槌を構えている仁科の白と黒の姿があるはずなのだが、視界に映ったのはコバルトブルーの色であった。

 

「……ごめん、やっぱ見ていられなかった」

 

左腕の盾で攻撃を受け止めながら振り向いたその男……謙哉は一言だけそう呟く。そして、目の前に居る相手を思いっきり蹴り飛ばした。

 

「うおおぉっ!?」

 

予想外の乱入者の攻撃に不意を突かれる形となった仁科はあっけなく蹴り飛ばされると体勢を崩す、その隙に振り返った謙哉が玲の安否を気遣おうとすると……

 

「あだっ!?」

 

「……何余計な真似をしてるの?私、来たら殺すって言ったわよね?」

 

「うん、言われた。でも、水無月さんがやられるところを黙って見てる訳にはいかなかったから……」

 

「私からしてみればあなたに助けられるよりもあそこでやられてた方がましだったわね」

 

「そうだね。でも、僕も自分が後で何をされようとも水無月さんを見捨てる方が嫌だったから助けに来たんだ」

 

「…~~~っ!」

 

そう言われると玲は自分を真っ直ぐに見る謙哉に対して何を言えばいいのかわからなくなってしまった。変身しているので表情は分からないが、きっとまたあの真面目で見てると不愉快なのにどこか落ち着く目で自分を見ているのだろうと想像すると怒る気が失せて来るのだ

 

「水無月さんは下がってて、新田さんをお願い」

 

「私を足手まとい扱いするってことかしら?」

 

「違うよ。ただ、水無月さんとあいつは相性が悪すぎる。逃げ場のないこの状況じゃ距離を取って戦う事も難しいから、水無月さんには新田さんの護衛を頼みたいんだ」

 

「………」

 

分かっている。今の状況では自分がまるで役に立たない事など、だが、それを玲のプライドが傷つかぬ様に伝えられると腹立たしくなる。

玲を不機嫌にさせたくないからそう言っている訳では無く純粋な気遣いでそれを言われると自分がとても弱く思えて仕方が無いのだ。しかも、それを自分に二度も勝った男にやられるとひどく惨めに思えた。

 

「……分かったわよ。でも、後で覚えておきなさいよ」

 

「ふふ……うん、わかったよ!」

 

「……何で嬉しそうなのよ?あなたってMなの?」

 

脅しの意味で言った言葉になぜか謙哉は喜びを見せた。その事を不思議に思った玲は素直にその事を質問したが、直後に彼女はそんなことをしなければ良かったと後悔することになる。

 

「だって、後でってことは僕が戦いに勝つって信じてくれてるって事でしょ?ここで僕が負けたら後でなんか無いんだから」

 

「~~~~~っっ!」

 

本当に自分の機嫌を悪くする男だと思いながらも玲の心の中では静かな波紋が出来上がっていた。

確かに信じているのかもしれない、この大嫌いなはずの男の事を。そして、彼に気遣われることをほんの少しだけでも喜ばしく思っているのかもしれないと……

 

「おいおいお二人さん、俺の事を忘れて貰っちゃ困るんだがねぇ!」

 

その言葉と共に勢いよく繰り出された大槌を謙哉が左手の盾で受け止める。結構な威力があったはずのその一撃を簡単に受け止めた謙哉は、玲を一度だけ見るとすぐさま仁科との戦いに集中し始めた。

 

「せいっ!」

 

「がっっ!?」

 

大槌を受け止めていた腕をずらして一気に接近する。仁科の懐までもぐりこんだ謙哉はそのまま彼の顎に掌底を打ち込んだ。

がくん、と歯がぶつかり合う音がして仁科の顔が上を向く、そのまま距離を離さずにいた謙哉は今度は肘を彼の鳩尾に打ち込んだ。

 

「ぐっふっ!?」

 

「これで、ラストっ!」

 

肘内を入れた左腕をそのままに半回転、盾が供えられた左の裏拳が仁科の横っ面を叩き、よろめいた彼は数歩謙哉から距離を取った。

 

「…ちっ、なかなかやるじゃねぇか。お前らの大将はあの銀色の奴だが、一番強いのはお前みたいだな」

 

「残念だけどそれは違うよ。一番強いのは僕じゃない」

 

自分を強敵として認めた仁科の言葉を軽く否定すると謙哉は親指で自分の後ろ側を指し示す。そして、マスクの下で笑うとこう言った。

 

「一番強いのは、僕の親友さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちぇぇぇっすっ!」

 

「ぐおっ!?」

 

お互いに防御なんて考えないままに斬り合っていた勇と光圀は体中傷だらけになりながらもその戦い方を止めようとはしなかった。この戦い、退いた方が負けるとどこかで理解しているからだ。

全力で攻めて気合で相手を圧倒しなければ勝てない。そう判断した二人は守る気ゼロの斬り合いを続ける。

 

そんな中、光圀の良い一撃がようやく勇にヒットした。胸を抑えて苦しそうにする勇に対して光圀が嬉しそうに問いかける。

 

「どや!今のは効いたやろ?そろそろキツいんちゃうか?勇ちゃん!」

 

「……へへ、そうだな。そろそろだな」

 

ディスティニーソードを地面に突き刺してそれを杖代わりにしながら立ち上がった勇はそう呟く、それは文字にすれば諦めの言葉に見えるだろう。しかし、その言葉を耳にした者には到底その様な意味には思えなかった。

 

傷だらけで体力も限界が近い。なのに、勇の声は楽しそうだ。自分も人の事を言えた義理ではないが、心底楽しそうである。

 

(……これは、何かあるな)

 

狂い、熱狂した様に見せかけて内面は非常にクールなのがこの真殿光圀という男だ。幾つもの修羅場を潜り抜けて来た彼の勘が言っている、「勇はまだ何かを隠している」と……

 

「……光圀、あんたには礼を言わなきゃいけねぇな。この戦いはすげー楽しいよ。お互いにガツガツぶつかり合う本気の戦い、しかも、あんたはそれから逃げないで俺とぶつかり合ってくれた」

 

「当然やろ、こんな楽しい戦いからなんで逃げなきゃいかんねん!さ、もっとやろうで勇ちゃん!この楽しい戦い、そう簡単に終わらせたくはないやろ!?」

 

勇が自分と同じ考えを持っている事を喜びながら光圀は答える。そして、再び愛刀の「妖刀・血濡れ」を構えた。

 

「あぁ、アンタの言う通りさ。その思いと強さに敬意を表して新しい俺を見せてやるよ!」

 

勇は確信めいた予感を持って自分の腕を上に伸ばす。この戦国世界のソサエティに来てから感じていた何かが、光圀との戦いの中で徐々に激しさを増して行った。

そして、今の勇はかつて薔薇園学園との共闘の際に『運命の銃士 ディス』のカードを手に入れた時と同じ感覚を覚えている。

 

「うっしゃあ!来いっ!」

 

勇のその叫びに応えるかの様に光が溢れ、手の中には二枚のカードが出現していた。内一枚は武器のカード、そしてもう一枚は……

 

「……さぁ、こっからが本当のゲームスタートだ!お互いに楽しもうぜ!」

 

出現した新たなカード、『運命の剣士 ディス』のカードをギアドライバーに読み込ませる勇。体の中から溢れ出るような新たな力を感じて目を閉じる。

 

<ディスティニー! スラッシュ ザ ディスティニー!>

 

「……マジかいな」

 

勇の姿が徐々に変わっていく。西洋の甲冑の様な姿でも、サイバーなパワードスーツの姿でもない新たな姿。黒と赤の具足、重厚さに磨きがかかった和風の鎧に身を包み、手に持つ武器は二本の刀が組み合わさって出来たブーメラン型の武器『斬命飛刃刀 ディスティニーエッジ』

 

仮面ライダーディスティニー サムライフォーム ここに見参!

 

「何なんやその姿?っていうか、そんなのありかいな!?」

 

「ありだからこうなってんだろ?……んで、そんなもん今の俺たちには関係ない、そうだろ?」

 

「はっ……!そやそや、そうやったな!」

 

<二刀流モード!>

 

ディスティニーエッジの中央部分を折る様にして二本の刀へと分離させる勇、両手に一本ずつ持ったそれを構えながら光圀と向かい合う。

 

「今の俺達には相手の姿なんざ関係ない、ただ全力でぶつかり合うだけだ!」

 

「おう!本気で来いや!勇ちゃん!」

 

「あったりめぇだ!」

 

瞬間、間合いを詰めた二人の刀が交錯する。火花を散らしてぶつかり合った二本の刀をよそに、勇が持つもう一本の刀が光圀を狙う。

 

「おっと!そうはいかへんで!」

 

それを瞬時に刀を振るう事で弾く光圀、そのまま攻撃に出ようとしたが反応の早い勇に防がれてダメージを負わせるまでには届かない。

再び鍔迫り合い、からのもう一本の刀の攻撃、防ぎ、鍔迫り合い……これがループしている事に気が付いた光圀は自分が劣勢に追い込まれている事に気が付き冷や汗を流した。

 

二刀流の最大の武器、それは二本の刀による堅牢な防御と、守りに入らずして攻撃も出来る万能さだ。

一本の刀で防御を、もう一本で攻撃をと役割を決めればその一刀流では必ず生まれてしまう攻めと守りの切り替えのわずかな時間を消すことが出来る。

しかも、本気で防御したならば二本の刀による防御はそう簡単に崩せるものでは無い。純粋な数の差が明確な戦力差として現れている……その事に光圀は内心で舌打ちをした。

 

(アカン、俺も二刀流を勉強しとくんやった!)

 

そうすればカッコよく勇に対抗できたのにと思いながら刀を振るっていた光圀だったが、二本の刀を同時に振るわれその勢いに負けてしまった彼は後ろに押し流される。生まれた一瞬の隙を見逃さず、勇は刀の柄を組み合わせるとディスティニーエッジを元の形に戻した。

 

<ブーメランモード!>

 

「おっしゃ、喰らいやがれっ!」

 

そのまま一回転した勇は勢いをつけてディスティニーエッジを振りかぶる、赤と黒の光を纏ったそれが手を離れる瞬間、電子音声が鳴り響いた。

 

<必殺技発動! ブレードハリケーン!>

 

「うおぉぉぉぉぉっ!!!」

 

正に「刃の竜巻」の名に相応しい威力と見た目を持って光圀に迫るディスティニーエッジ、妖刀・血濡れでそれを防ぐ光圀だったが、流石に必殺技を完全に防ぐことは出来ずに体中に斬撃を受けて吹き飛ばされてしまった。

 

「うっし!どうだ!?」

 

戻って来たディスティニーエッジをキャッチすると勇は意気揚々叫ぶ、しかし、まだ戦いの決着はついていなかった。

 

「まだ、まだやでぇ……!勇ちゃん!」

 

よろよろと砕けた岩の中から這い出て来た光圀は再び刀を構えると戦う意思を見せたのだ。体はぼろぼろの癖に非常に楽しそうにしている。

 

「さっきも言ったやろ?こんなおもろい戦いを終わらせてたまるかって話や、さぁ、もっとやり合おうで!」

 

「……ああ!あんたの気が済むまで戦ってやるよ!」

 

勇もまた、この憎めない強敵の申し出に心躍らせながら刀を構える。勇と光圀は仮面の下で笑みを浮かべると、同時に大地を蹴って好敵手と刃を交えたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐあぁっ!」

 

一方その頃、謙哉と交戦し始めた仁科はほぼ一方的に攻撃を受け続けていた。

ほぼ、というのは理由がある。謙哉に自分の攻撃は当たってはいる。しかし、その全ては盾によって防がれて体に直撃する事は無いか、大槌の先端の重しの部分では無く柄の部分で受けられたりして満足なダメージを与えられないでいたのだ。

 

「……どうしたのさ?強いんだろう?僕を倒してみなよ」

 

「くっ!くそがっ!」

 

挑発の言葉に冷静さを失った仁科は「旋」のカードを大槌にリードすると回転を始める。徐々に上がっていく速度と比例して上昇する破壊力は、周りにある岩を簡単に砕くほどだ

 

「これでもうお前は俺には近づけない!どうする?大怪我覚悟で突っ込んでみるか!?」

 

勝ち誇った仁科の声、しかし、謙哉はホルスターから二枚のカードを取り出すと冷静な声で仁科に告げた。

 

「……そんなことをする必要は無いよ。少なくとも、大怪我をするのはあなただけだ」

 

「なに…?」

 

<パイル!サンダー!>

 

<必殺技発動! サンダーパイルナックル!>

 

「てやぁぁぁぁっ!」

 

蒼い雷とエネルギーを纏った拳を掲げて謙哉は跳躍する。高く、もっと高く……崖を駆け上がり遥か高くまで跳び上がった謙哉は、上空から仁科目がけて落下する。

 

確かに今の仁科に普通に近づけば大怪我は避けられないだろう。しかし、一か所だけ仁科の攻撃の手が及ばない場所がある。

独楽は横からぶつかって来たものを弾くが、上から落下してきたものには成す術が無い様に、今の仁科には上空からの攻撃に対抗する手段が無い。謙哉が狙っているのはそこだった。

 

「し、しまっ…!」

 

その事に気が付いた仁科は回転を止めて攻撃を避けようとする。しかし、時すでに遅し、自分の脳天に雷撃とすさまじい衝撃を受けて吹き飛んだ仁科は、それでも痛みに耐えて立ち上がろうとする。

 

「こ、これしきの事で、俺は…!俺はっ…!」

 

それは勝利への渇望だった。もしくは、敗北への恐れかもしれない。なんにせよ立ち上がった彼だったが、もはや勝敗は目に見えて明らかだった。

 

<キック!サンダー!>

 

「……終わりにしよう」

 

<必殺技発動! サンダースマッシュ!>

 

雷撃を纏った謙哉の跳び蹴りが繰り出される。武器も戦う力も無かった仁科はその一撃を受けると、変身を解除して今度こそ動かなくなった。

 

<GAME OVER>

 

「がっ…くそ…がぁ…っ!」

 

倒れながら憎々し気に呟いた仁科を見つめた後で、玲は謙哉を見る。相性の問題こそあれど自分が全く歯が立たなかった相手をこうも簡単に倒した謙哉に嫉妬してしまったのは確かだ。だが……

 

「水無月さん!大丈夫だった!?」

 

自分を嘲る訳でも無く、手柄を誇る訳でも無い謙哉の姿を見ているとどこかそんな感情を持つ自分の事が馬鹿馬鹿しくなる。嫌悪感を抱くのではない、馬鹿馬鹿しくなるのだ。

手柄なんてどうでも良い、君が無事でよかった。………そう言われている様な気がして、やっぱりほんの少しだけ嬉しくなってしまう自分が居る事の方が嫌になる位だ。

 

「……大丈夫に決まってるでしょう。勝ったのならさっさと他の所の援護に行くわよ」

 

「あ、うん!」

 

頷く謙哉と共に銃を構える。謙哉は盾を岩の壁に向けていた。

先ほどから聞こえてくる戦いの音から、皆の位置は大体予想が付いていた。あとは邪魔な壁をぶち壊すだけだ。

 

<必殺技発動! コバルトリフレクション!>

 

<必殺技発動! サウンドウェーブシュート!>

 

「はぁぁぁっ!」

 

「……シュート!」

 

互いの攻撃が狙った位置にヒットする。ややあって、同時に砕け散った岩を前にして謙哉が嬉しそうに玲に言った。

 

「ねぇ、僕たちって意外と息が合って来たんじゃない?」

 

「ふざけた事言わないで、さっさと援護を……」

 

玲はそこまで言いかけて気が付く、目の前で繰り広げられている戦いはすでに決着がついている事を……

 

「あ…うぅ……」

 

仰向けになって倒れているのはやよいだ、意識はあるのだろうがダメージが大きく立ち上がる事もままならない様だ。

 

「ぐ……っ」

 

櫂は仰向けに倒れている為表情は見えない。しかし、彼もまたすでに戦える状態では無いのだろう。その事だけは良く分かる。

 

「この程度か……まったく話にならんな」

 

「う……ぐぅ…っ」

 

そして光牙は今まさに大文字の大太刀によって切り伏せられている所であった。必殺技を発動して斬りかかったのであろう、手に持つ剣は光り輝いている。しかし、それは残念ながら大文字には届かなかった様だ。

 

「これがかの有名な虹彩学園の大将か……正直、期待外れだな」

 

「く…そぉ……」

 

悔しそうに呻いた光牙はそのまま気を失ってしまった。その光景をただ見つめる事しか出来なかった謙哉と玲は、そこで初めて大文字に認識された様だ。大文字は意外そうに二人に話しかけて来る。

 

「お前たちは……そうか、仁科を倒したか。なるほど、お前たちに関しては地位と実力は比例しないと考えた方が良いようだな」

 

その言葉と共に大太刀を構えた大文字に対して、謙哉が玲を庇う様にして前に出る。盾を構え、繰り出される攻撃を防ぐつもりなのだろう。しかし、玲は底知れぬ恐怖を感じていた。

 

先ほど仁科と戦った時には見えなかった謙哉が負けるビジョンが大文字を前にするとありありと浮かんでくる。盾ごと謙哉を切り裂くのではないかと思えるほどの威圧感が大文字にはある。

 

「……そう構えるな。お前たちと我で一勝一敗ずつ、あとは……」

 

そう言いながら繰り出された斬撃が次々と周囲の岩を砕いていく。すべての岩を壊した後で、勇と光圀が戦っているであろう場所を見た大文字は、感心した様に呟いた。

 

「……まさか光圀と互角に戦える男が虹彩学園に居るとはな、奴が虹彩の要か」

 

「なんや大将!こっちは今、良いとこなんや!邪魔せんといてや!」

 

「そうだぜ、まだ決着がついて無いんだ!あと少し待てよ!」

 

「いや、撤退だ。この戦いは引き分けとする」

 

駄々をこねる子供たちの様に戦いを続けようとする光圀に対してそう告げた大文字は、倒れている仁科を担ぎ上げると戦国学園の生徒たちに引き上げの合図を出す。

 

「なんや、仁科のアホンダラ負けよったんか?倒したんは……」

 

「その話は後だ、我が勝ち、仁科が敗れた。あとはお前たちの戦いで勝敗を決めようと思ったが……まさか、お前が勝利できていないとはな」

 

「言っとくが手は抜いて無いで!勇ちゃんがマジつよなだけや!」

 

「分かっている。お前は戦で手を抜く事などしないだろう」

 

互いに変身を解除した後で話す大文字と光圀を勇たちはただ見つめている。やがて引き上げに入った戦国学園は、最後に大文字の言葉を残して去って行った。

 

「虹彩、薔薇園学園の生徒たちよ、此度の戦いは痛み分けとする。互いに得る物は無いが、失う物も無いと言う結果で手を打とうではないか!諸君らとはまた争うかもしれん、その時こそ雌雄を決しようぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……勇、水無月さん、どう思う?」

 

「完敗、だな」

 

「……そうね。その通りよ」

 

帰り道、動けるドライバ所有者である三人は今日の事を話しあいながら歩いていた。大文字の言う通り、局地的で見れば一勝一敗一分けとなるのだろう。しかし、人員的に見ればこちらが仁科を謙哉が倒したのに対して、向こう側は大文字が光牙、櫂、やよいを、仁科が葉月を倒している。

もしもあのまま戦っていたらどうなっていたか?確実な予想は出来ないが、恐らくは……

 

「……負けてたな」

 

「うん、僕も勝てるイメージが湧かなかった」

 

勇の言葉に謙哉が同調する。玲も何も言わないと言う事は肯定なのだろう。三人の間には重苦しい雰囲気が漂っている。

 

「……強くならなきゃな」

 

ぽつり、と勇が吐き出すようにして口に出したその一言は、3人だけでなくこの戦いを経験した誰もが思った事であった。

まだ世界には自分たち以上の強者が大勢居る。その事を知った勇たちは、新たな決意を胸に今日を終えようとしているのであった。

 

 

 

 



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カード争奪、ドラゴンワールド大戦!

勇が虹彩学園に転入してきてから約一か月の時が経ち、月日は5月に差し掛かろうとしていた。戦国学園との出会いを経て自分たちの力不足を実感したライダーたちは、GWの学校休暇の際にもソサエティへと足を運んで戦力の強化に努めていた。

 

休みなど無い過酷な日々、その中でもアイドル活動も行っているディーヴァの3人の仕事量は半端では無く、朝からテレビの収録や雑誌の取材、及びレコーディングなどを済ませ、空いた時間にはミーティング、そしてソサエティでの戦闘とそのスケジュールはかなりハードな物となっている。しかし、そんな中でも一言も弱音を吐かない彼女たちは流石プロと褒めるに相応しいだろう。

 

ある日の夜、その日一日の仕事が終わり楽屋でくつろいでいた玲は、自分のスマートフォンにLINEの通知が来ている事に気が付いて電源をオンにする。

大体相手は予想が付いた。というか、自分の携帯に登録している人間など数えるほどしかいない。同じディーヴァの葉月とやよい、そして養母の園田と最近追加されたあと一人しか登録されていないほぼ真っ白な電話帳の中で自分と連絡を取ろうとする人間など一人しかいないだろうと思いながら、玲は送られてきたメッセージに目を通す。

 

『お疲れ様、今日は勇と一緒にサイドクエストをいくつかこなしてレベルを上げました。水無月さんも大変そうだけど、明日の定例会議には来れそうですか?』

 

映し出された文章を読みながら軽く嘆息、そして、返事のメッセージを飛ばす。

 

『理事長がスケジュールを開けてくれてるから出る。あと、それっていちいち連絡する必要ある?』

 

『だって水無月さん、定期的に連絡しないとすぐに既読スルーするんだもん』

 

『じゃあ次からは無視させてもらうわ』

 

『……酷くない?』

 

テンポよく行われるLINEでの会話の最後に送られてきた謙哉のメッセージを見て、玲は彼のしょんぼりとした顔を思い浮かべた。

気持ちが表情にすぐに出る謙哉の事だ、今も画面の向こう側でがくりと肩を落としているに違いない。

 

『でも、確かにお疲れの所に連絡しても迷惑だろうから、その時は遠慮なく無視してよ』

 

『あなたからの連絡がいつも迷惑だと思われてるっていう自覚は無いの?』

 

『……無かった』

 

『連絡は必要事項だけにして……って、言っても無駄でしょうね。もう何回もそう言ってるものね』

 

『一応、僕は必要だと思う事を送ってるんだけどな…』

 

「何やってんの玲?あ、もしかして謙哉っちとお話し中!?」

 

謙哉から送られてきたメッセージになんと返信しようかと考えていると、後ろからやって来た葉月が自分の肩を叩いて話しかけて来た。玲は面倒な事になる前に早々に謙哉との会話を打ち切る事を決めると、携帯を置いて葉月の方を見る。

 

「……いちいちどうでも良い事を連絡してくるから文句を言ってただけよ。それ以上もそれ以下も無いわ」

 

「ふ~ん、へぇ~、ほぉ~……」

 

事実を伝えたと言うのになんだかお節介なおばさんのような視線をよこす葉月を睨みつけると、「いやん、玲ってば怖~い!」などとふざけながら葉月は逃げて行った。

一体なんだと言うのだ。自分だって嫌々連絡を取っているのに何かあると勘ぐる様な真似をする葉月に若干の不快感を持つ玲、葉月が勇に好感を持っているのは薄々気が付いている。だからと言って誰もがそうだとは思わないで欲しい。自分は別にあの男の事は好きでは……

 

「玲ちゃん、最近すごく謙哉さんと仲が良いよね!」

 

「……やよい、あなた私に喧嘩売ってるの?」

 

やよいのその一言に対して今度はやよいを睨むようにして視線を移す玲。「ひっ!」という悲鳴が聞こえた事に軽くショックを受けたが、やよいの口ごもりながらの意見を聞いてみる。

 

「だ、だって、最近よく謙哉さんと連絡取ってるから仲良くなったんだなぁ~って思ってたんだけど……」

 

「さっきも言った通り、私はあいつに無駄な連絡を受けている事に関して文句を言っているだけ」

 

「でも、最近仕事終わりによく携帯確認してるし……」

 

「毎回連絡が来てるのよ。暇人よね」

 

「……でも、最近玲ちゃん謙哉さんとちゃんとお話ししてるしさ」

 

「だから!それはあいつに文句を……」

 

「そうじゃなくって、前の玲ちゃんだったら絶対既読スルーしてたよね?でも、最近ちゃんと返信してお話してるじゃない」

 

「あ……」

 

 やよいにそう言われて始めて気が付いた。確かにそうだ、初めての連絡の時なんて死ねの一言で済ませていたはずなのに、最近は普通に会話をする様になってしまっている。

 まだ連絡先を好感して一週間ほどしか経ってないと言うのにこんな変化が現れれば二人が疑うのも仕方が無いだろう。納得した玲は頷くと同時にやよいに感謝した。

 

「……なるほどね。確かにあいつのペースに流されてたわ。気付かせてくれてありがとうね」

 

やよいに言われなければこのままずるずると引きずられ、なぁなぁな関係になっていたかもしれない。そんなのは真っ平御免だ

 

(……明日からは既読スルーしよう。そのうち諦めて連絡もしなくなるでしょう)

 

そう決心した玲を見ながらやよいはニコニコしている。非常に不愉快だが、今はこの事実を気付かせてくれた感謝の気持ちに免じて何も言わない事にしておこう。

 

「玲ちゃん、本当に謙哉さんの事が大好きなんだね~!」

 

「……やよい?あなた死にたいの?」

 

「へ?ひゃうぅ!?」

 

だがしかし、恐れを知らないやよいの一言に目を鋭くした玲は彼女のほっぺたをつまむと横に引っ張る。そこまで痛くしない様にしているが、やよいは涙目でじたばたしていた。

 

「ひゃめへほ~!」(やめてよ~!)

 

「良い、やよい?言っておくけど、私はあいつの事を好きではない。むしろ大嫌いの部類に入るわ。OK?」

 

「……ひょんほうに?」(本当に?)

 

やよいのその言葉と向けられた視線に一瞬だけ玲は怯んだ。疑惑でそう聞いているのではなく、純粋な質問の意味で尋ねられると嘘が付けなくなるからだ。やよいの純粋なこの眼差しが玲は苦手だった。

 

「本当に謙哉さんのことが嫌いなの?私、とてもそうだとは思えないんだけどな……」

 

「……この話は止めにしましょう。ペースが崩れて仕方が無いわ」

 

玲はそうして会話を打ち切ると荷物を纏め始める。明日はソサエティ攻略に関する定例会議があり、その後にはきっとソサエティに乗り込むのだろう。

 さっさと帰って休養するに限る。そう考えて謙哉の事を頭から追い出した玲の事をやよいは不安げな瞳で見つめていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日、虹彩学園の会議室に集合したメンバーを出迎えたのは意外な人物であった。

 傍らに命を控えさせながらモニターを指し示すその男は、このソサエティの製作者である天空橋渡、彼は驚く勇たちの前に出ると困った様な笑みを浮かべた。

 

「どうも、お久しぶりですね皆さん」

 

「オッサン!?今まで何やってたんだよ?」

 

「私の方も色々と研究をしていましてね、なかなか皆さんとお話しできずに申し訳ないです」

 

「天空橋、今は急ぎの話があるだろう。世間話は後にして会議を進めさせてくれ」

 

勇と話す天空橋を止めた命はモニターの電源を付けると、そこにはどこかの街に出現したゲートが映っていた。

 

「ゲート!?一体どこに出現したのですか!?」

 

「都内の戸熊町だ、ここからそう離れた位置では無い」

 

「すぐに向かわないと!いつエネミーが出て来るか……」

 

「いや、その心配はない。このゲートは少々特殊な物の様だ」

 

「特殊…?それってどんな…?」

 

「ここからは私が説明しましょう。こちらをご覧ください」

命から話を引き継いだ天空橋が持っていたノートPCを立ち上げるとモニターの映像が切り替わった。『society』と書かれていたファイルを開きその中にあった画像を表示する天空橋、映し出された画像を見た光牙から質問が飛ぶ。

 

「これは……?」

 

「これは私が開発していた『ディスティニークエスト』のゲーム画面の一つです。これはゲーム内のとあるワールドの風景を描いています」

 

その画像には高くそびえる山脈や広い荒野が描かれている。今まで見たワールドの中で言うならば勇たちのソサエティと戦国学園のソサエティを足して二で割った様なその見た目をしたその世界がどんな場所なのかはいまいち想像がつかない。

そんな勇たちの思いを悟ったのか、天空橋はこのワールドについての説明を始めた。

 

「この世界の名は『ドラゴンワールド』、ゲームで大人気のドラゴンたちが住まう世界です」

 

「ど、ドラゴンだって!?」

 

天空橋のその言葉に勇が興奮した様子で叫ぶ、目が輝いている勇の脳内にはいくつものゲームで見たドラゴンの姿が浮かび上がっていた。

 

RPG、アクション、シューティング、シュミレーション……数多くのゲームの中でダントツの登場数を誇るドラゴンと言えば、男のロマンの一つであろう。大きく雄大なその体に乗って天空を飛び回るなんて夢の様だ。

 

「いいなぁドラゴン!ワクワクするなぁ!」

 

「……今はどうでも良い妄想を止めて話を聞きなさい。変なところで興奮してんじゃないわよ」

 

「はは、と言う訳で勇さん。申し訳ないっすけどドラゴンの話はまた後でにしましょう。今は急ぎの話があるんでね」

 

真美のツッコミを受けた勇に対して笑いかけた天空橋は話に戻る。モニターに再び先ほど命が映し出した画像を表示すると、そこに映ったゲートを指し示す。

 

「ゲートが出現したと言う報告を受けた政府はすぐにこの一帯を封鎖、ゲートの内部に調査員を派遣しました。すると、このゲートの先がドラゴンワールドに繋がっていると事が分かったのです」

 

「マジか!?」

 

「龍堂!」

 

真美の鋭い視線を受けた勇はその口を閉じるが、目は爛々と輝いたままだ。どうしてまぁ男と言う奴はこんなにどうでも良い事で喜べるのかと疑問に思いながら、真美は一つの疑問を天空橋にぶつけた。

 

「……そのゲートの行き先がドラゴンワールドと言う事は分かりましたが、何故それがソサエティからエネミーが出てこないと言う事になるのですか?ゲートがちゃんと繋がっている以上、向こうからの攻撃があってもおかしくないのでは?」

 

「良い質問ですね。実は、このゲートが開いたのは少々特殊な事情があっての事だと推察される要因が見つかったのです。故に、向こう側からの攻撃は無いと判断したのですよ」

 

「その特殊な事情とは?」

 

真美のその質問を受けた天空橋は再びPCのキーを叩く。今まで移しされていた映像に代わってモニターに浮かび上がって来たのは、ゲームギアの画面と思われる画像であった。

 

「……これは調査に出向いた人物のゲームギアに届いたメッセージです。これには、このワールドでクエストが開始されたことを通知するメッセージが送られてきています」

 

「クエスト?それって?」

 

その質問に対して天空橋はたっぷり間をあけると、自分に集中する視線を確かめた後で笑顔で言った。

 

「『期間限定クエスト』……詳細は不明ですが、クリア報酬は『ドラゴン』のカードです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドラゴンのカード……ディスティニーカード第一弾にも収録されているカードで種類はモンスターカード、レアリティは最高レアのディスティニーレアとなっている。

 

高い能力値と強力な効果を持ちどんなデッキにも無理なく入る性能の為、ディスティニーカードをプレイしている人間からしてみれば喉から手が出るほど欲しいカードでもあり、高いレアリティから持っている人が非常に少ないカードでもある。

 

そんなドラゴンのカードはソサエティ攻略に使用した際も大きな戦力になる事は間違いないと言う。戦闘能力は非常に高く、天空橋によればライダーと互角に戦えるだけの性能を持っているらしい。

 つまり、入手すればどんな人間でもソサエティ攻略の即戦力となれるカードと言う事だ。その情報に生徒たちは色めき立った。当然だ、今までサポートに回るしかなかった自分たちが主力メンバーになれる可能性がやって来たのだ、このチャンスを逃す手はない。

しかし、そんなドラゴンのカード入手に関しても一つだけ問題があった。それは、クリア報酬であるドラゴンのカードは、『1枚』だけしかないと言う事だ。

 超強力なカード『ドラゴン』を手に入れられるのは一人だけ……その事を聞いた全員が緊張感をもって周りの生徒たちを見る。普段は協力する仲間だが、この一件に関しては全員がライバルとなるのだ、その事を察した勇は会議室に集まっているメンバーに対して質問を投げかける。

 

「で、どうする?誰がドラゴンを手に入れるのか話し合うか?」

 

「……それは難しいわね。というより無駄な事だと思うわ」

 

「……だよな。俺もそう思う」

 

真美の返答に関して勇は軽い口調でそう言ったが、内心は穏やかでは無かった。

 

誰もが欲する強力なカード、しかし、手に入れられるのは一人だけ……その事が、生徒たちの足並みを揃わせ無くするのは間違いないだろう。

これがライダーである自分たちにしか扱えないカードならば諦めもつくだろう。しかし、それとは真逆の『手に入れればライダーにも匹敵する戦力』となるカードなのだ、誰だって欲しくなる。

 そして、その誰だってには自分たちドライバ所有者も含まれているのだ。その証拠に光牙が立ち上がると強い口調で宣言する。

 

「……皆、普段ならば協力しなければならないのだろうが今回は別だ。俺は、ドラゴンのカードを手に入れて見せる!」

 

ぐっと握りしめた拳を見つめながら光牙は話を続ける。その目には、焦りとも決意ともとれる色が浮かび上がっていた。

 

「今までずっと感じていたんだ、俺は弱いって……そしてこの前の戦国学園との戦いで確信したんだ。このままじゃ、俺は自分の目指す場所に辿り着けやしないって、だから俺はもっと強くなりたい。このタイミングでやって来たこのチャンスを他の誰かに譲り渡す気は無い!」

 

「それは俺だって同じだぜ光牙!俺もいつまでも負けっぱなしだなんて言わせないからな!」

 

「……戦力的に見て、私たちギアドライバーを所有してない生徒がドラゴンのカードを入手した方が有効的よ。でも、誰も譲る気は無いんでしょう?」

 

真美の問いかけに誰もがぎらついた視線を返す。光牙に櫂、ディーヴァの3人もドラゴンのカードを手に入れようとしている様だ。そしてその思いは勇も同じだった。だがしかし、そう思っていない人物もいた様で……

 

「あの~…ちょっと良いですか?」

 

この場に居る全員がカードを狙い視線をぶつけ合う中、たった一人困った様な顔をしていた謙哉は頬を軽く搔いた後で手を挙げる。

 一体何を発言しようとしているのかと全員が謙哉に注目する中、おずおずと彼は口を開いた。

 

「……僕、そのクエスト辞退します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「謙哉、本当に良いのか?」

 

「うん。敵と争うならまだしも、仲間同士でカードの奪い合いだなんて僕はしたくないから」

 

「でもよ……」

 

「良いじゃねぇかよ龍堂!ライバルが一人減るんだ、俺たちにとってもありがたい事だろ?」

 

都内戸熊町、観測されたゲートの前に立つ勇たち虹彩学園とディーヴァたち薔薇園学園の立候補者たちの中で勇は謙哉に再確認していた。

 このクエストを辞退すると言った謙哉に対して、まずはその場に居た全員が驚いた。そして、その上でライバルが減って喜ぶ者と何故そんなことをするのかと疑問に思う者とで半々に分かれたのであった。

 

その後者であった勇は謙哉に思い直す様に説得を試みたが彼の決意は固いようだ。本人がそう言うならばと天空橋も命も無理強いはしなかったため、謙哉はドラゴンのカード争奪戦には加わらない事に決まった。

 

「でも、何か手伝えるかもしれないから一応着いて行くよ。ドラゴンワールドにも興味はあるしね」

 

「……おう」

 

ほんの少し残念に思いながら勇はゲートを見る。この先に広がるソサエティに対して興味を持っているのは確かだが、出来ればそこで謙哉と戦ってみたかったと言うのが本心だ。

 戦国学園の真殿との戦いは心躍るものとなった。新しい力も手に入れた勇にとってはこれ以上なく楽しい戦いだったと言えるだろう。しかし、勇には真殿以外にも戦ってみたい人物が二人いた。

 

一人は戦国学園の首領、大文字武臣。今まで戦ったどの相手よりも強いであろう彼と戦えば負ける可能性が高い事は十分承知している。しかし、自分の中に眠っている何かを目覚めさせてくれるのではないかという期待もあるのだ。

 

そしてもう一人は何を隠そう親友の虎牙謙哉であった。背中を預け、共に戦える数少ない相手である謙哉とは良い関係を築けている。しかし、勇は心の中で謙哉の実力をはっきりと確かめておきたいと思っていた。

 実際に戦ってみて謙哉の力を感じてみたい。自分の覚醒などでは無く、純粋に友として拳を交わしてみたい……親友ではあるがそれ以上に近い実力を持つこの最も近いライバルと本気でぶつかり合ってみたくもあった。

 

このクエストは良い機会になるかもしれないと思っていたのだが、謙哉が乗り気でないならば仕方が無い。勇はその願いを心の奥に押し込むと再びゲートを見る。

 

「……櫂、遠慮はいらない。本気でぶつかり合おう!」

 

「ああ!ドラゴンのカードは俺が貰うぜ!」

 

光牙と櫂はそう言いながらお互いに闘志を燃やしている。

 

「……私、何時までも玲ちゃんと葉月ちゃんの足を引っ張りたくない!だから、このクエストをクリアして強くなって見せる!」

 

「意気込むのは結構だけど、そう思っているのはあなただけじゃないって事を忘れないでね」

 

気合を入れるやよいに対して真美が冷ややかに、だが確かなライバル意識を持って声をかける。一歩引いた所で誰かを見守って歯痒い思いをしている二人だ、強くなりたいと言う明確な思いがある。

 

「良し、行くか!」

 

それぞれの思いを抱えた仲間……いや、今はライバルだった。

 ライバルたちを見つめた後で勇はゲートを潜る。その先にある世界へと足を踏み出して、初の戦いの舞台へと進んで行った。

 

 

 

 

 

 

「……宣戦布告、させていただきます」

 

「へ?」

 

勇がゲートを潜ったその後ろで、マリアは葉月に対して強い意志をもって宣誓する。何事かと疑問の表情を向ける葉月に対して、マリアは自分の思いを打ち明けた。

 

「私も、何時までも勇さんの後ろに居るのは嫌なんです。新田さんと同じ様に勇さんの隣で戦えるようになりたい。だから、このカードは誰にも渡しません」

 

「……ふ~ん、確かに宣戦布告だ!」

 

その言葉を受けた葉月も笑いながらマリアを見る。しかし、すぐに真顔に戻るとお返しと言わんばかりに彼女も本心を語った。

 

「……正直さ、アタシも勇っちとは距離を感じてんだよね。隣で戦ってるはずなのに、そのレベルが桁違いなんだもん。これじゃあ、一緒に戦ってるって言えないよね」

 

何処かふざけている様な態度を取る彼女も前回の戦国学園との戦いで思う事があったのだろう。普段は見せない真剣な表情でマリアを見つめ返している。

 

「……同じだよ。アタシもマリアっちも憧れの人との距離を縮めたい、それだけの為にこの戦いに挑んでる。白峯とかから言わせれば不純な目的なんだろうけど、そんなの関係ない。アタシたちは、アタシたちの望むものの為に戦ってるんだから」

 

「はい。だから他の誰にも負けるつもりはありませんが、絶対にあなただけには負けるわけにはいかないんです」

 

「アタシもだよ。マリアっちには負けないし他の誰にも負けない。絶対にね!」

 

互いに真剣な眼差しで睨み合った二人は同時に笑みを浮かべる。色んな意味でライバルなこの相手は決して侮れない相手だ。だけど、同じ男の人に憧れるとっても素敵な女の子だと言う事も分かっていた。

 

「さ、アタシたちも行こうか!」

 

「はい!負けませんよ!」

 

先に行った勇の背中を追いかけるようにして二人はゲートを潜る。憧れの人に追い付く為に、少女たちもまたそれぞれの戦いを始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここがドラゴンワールド……!」

 

ゲートを潜った一行が見たのは、遥か遠くまで続く山の数々と広い空だった。雄大な自然は生き物のすべてを受け入れてくれるように見えて彼らに厳しい試練を課すこともある。全く人の手が加えられていないこの環境は、まさに優しくも厳しい自然のすべてを現しているのだろう。

 

「……ともかく、まずは情報収集だね。もう既に戦いは始まっているんだ」

 

その広大な大地に心を奪われていた両校の生徒たちだったが、光牙のその一言で我に返ると周りの仲間たちを見回す。いつもは協力する仲間でも今日は同じ標的を狙うライバル……彼らを出し抜き、自分が目標であるドラゴンのカードを手に入れなければならないのだ。

 

「……予想以上に広いわね。これじゃあ、当てずっぽうに動くのは危険ね」

 

だがしかし、真美の言う事は彼らの今の状況は的確に表していた。期間限定で解放されているワールドだと思い高を括っていたが、ここは予想以上広い。そして目印となる様な街すらも無いのだ。

 この状況では何をすべきかを探る事が第一歩だが、下手に動いて時間をかけてしまえばその時点でクエストの攻略に遅れが生じてしまう事になる。この人数でそんなことをしてしまえば致命的なミスとなりかねない、故に誰もが周りの人間の様子を伺っていたが……

 

「よ~う!待ってたで、勇ちゃん!」

 

聞き覚えのあるその声に顔を上げれば、自分たちのやや上の崖の上に戦国学園の光圀が立っているではないか。驚いて彼を見つめる生徒たちを尻目に、獰猛な笑みを浮かべた光圀はその崖から飛び降りて勇の前に着地すると楽しそうにその肩を叩いた。

 

「ここで待っとったら会えると思ってたんや!いや~、こないだはえらい楽しかったの~!」

 

「ま、待て!なんで戦国学園の奴がここに居るんだ!?」

 

「あぁ?何でってそんなもん、大半がドラゴンのカードを手に入れに来たに決まっとるやろが」

 

「戦国学園も情報を掴んでいたの!?」

 

「そやで、なんも不思議やないやろ。俺はともかく根津の奴が耳を澄ましとんねん、こういう手合いの情報はすぐに入るんやで」

 

真美の驚く声に対してそう答えた光圀は勇と対峙すると、懐からドライバーを取り出した。

 

「さ~て勇ちゃん、こないだの続きをしよか!」

 

「げっ!?お前、やる気なのかよ!?」

 

「当たり前やろ、俺はそのためにここで勇ちゃんを待っとったんやからな!」

 

「いやいや!今はドラゴンのカードが優先だっつーの!」

 

 光圀の申し出に対して慌てて頭を振る勇、今光圀と戦えば間違いなく他のメンバーに先を越されるのは分かる。だから彼の相手をするわけにはいかないのだ。

 だが、果たして光圀が自分の話を聞いてくれるだろうか?そう心配した勇だったが、光圀は意外な事にドライバーをしまうと勇に質問をしてきた。

 

「なんや、勇ちゃんもドラゴンのカードを取りに来たんか。なら、俺との戦いは後回しでええわ」

 

「え?まじで?」

 

「ああ、それならそうとはよ言ってくれれば良かったんや。ほら、こっちきぃ」

 

 不気味なくらいに物わかりの良い光圀に怪訝な表情を向ければ、光圀は一行をどこかに案内しようとしている様だ。一体どこに連れて行こうと言うのか?罠を警戒する真美たちに対して、光圀がそんな姑息な手を使うような相手には思えない勇は素直にその後に着いて行く。

 

「で?どこに連れて行く気なんだよ?」

 

「あ?決まっとるやろ、ドラゴンがいる場所や」

 

「はぁっ!?」

 

 光圀はただ一言だけそう言うと再び歩き始める。その言葉を聞いた勇以外の面々も半信半疑ながらも光圀の後を着いて行くことに決めた様だ、こぞって歩き出した仲間たちを謙哉だけが見守っていたが、ほどなくして彼らの背中が見えなくなったのを機に、謙哉も周りの調査へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほ~ら、着いたで!ここがドラゴンの住処や!」

 

「お、おおっ!!!」

 

 光圀について歩いて行ってから数十分、ようやくたどり着いた目的地にはこの間見た学ラン姿の男子生徒たちが山ほどいる。彼らもまたドラゴンのカードを狙ってここにやって来たのだろう。しかし、勇にとって重要なのは彼らが戦っている相手だった。

 巨大な躰、輝く鱗、広がる翼……戦国学園の生徒たちを大きく吹き飛ばしながら咆哮するそのモンスターこそ、勇が思い描いていた通りの姿をしていた『ドラゴン』だった。

 

「本当に居た!ドラゴン居たーっ!」

 

「おい光圀!てめぇ何でこいつらをここに連れて来たんだよ!?」

 

 その声に視線をドラゴンから戻してみれば、すでに変身している仁科が光圀に対して詰め寄って来ていた。無論、その口調は光圀を責めるものであるが、当の本人はあっけらかんとした態度で仁科に言葉を返している。

 

「んなもん、勇ちゃんたちもドラゴンのカードを狙っとる言うたからやないか、困ってる人は助けろてお母ちゃんから教わってないんか?」

 

「だからだっつの!なんでわざわざライバルを増やすんだよ!?」

 

「そりゃお前、皆でわいわい盛り上がるからやろ。独りぼっちじゃつまらんやないか」

 

「あ~…お前って奴は……!」

 

 頭を抱える仁科に少しだけ同情した後で再びドラゴンを見る。いかにもなその姿は正に伝説級のモンスターの名に相応しいだろう。

 勇たちがドラゴンの雄姿に目を奪われる中、巨大な人影が近づいてくるとそのまま勇たちに向かって声をかけて来た。

 

「この間の者どもか、やはりお前たちもここに来たか」

 

「…っ!?大文字武臣…!」

 

「そう構えるな、今回の目的はお前たちではなくあの龍だ。お前たちもそうなのだろう?」

 

 大文字のその質問に対しては誰も何も答えなかったが、沈黙は肯定と判断した大文字はドラゴンの後ろのある一点を指さすと話を続けた。

 

「……あの赤い扉が見えるか?どうやらあの龍はあの扉を守っている様だ。我らが望むものはあそこにあるらしい」

 

「じゃあ、今回のクエストはあのドラゴンの攻撃を搔い潜ってあの扉に辿り着くことなのか?」

 

「恐らくはな、しかし、あの龍は生半可な相手ではない。既に我らが2日間もの間休まずに攻撃を続けていると言うのにあの様子、まだまだ力は有り余っておろう」

 

「マジかよ……」

 

 勇にとっては2日間も戦国学園が休まずに戦っている事の方が驚きだが、他の学校を撃破してその生徒たちを配下に加えている彼らの事だ、奴隷扱いしている生徒たちを使ったのだろうと思い当たり納得した。

 それよりも今はあのドラゴンだ、何とかして倒すか気を引かないとあの扉にはたどり着けそうも無い。何か方法を考えなくては……

 

「グオォォォォォォッ!」

 

 そう勇が考えた時だった。突如咆哮したドラゴンが天を仰ぐと、口の中に炎を溜めてこちらの方を向いたのである。

 

「……まずいな、お前たちに気が付いた様だ」

 

大文字も少しばかり顔を青くして状況を推察していた。再びドラゴンの口が開き、その中にあった炎が勇たちの方向へ飛んでくるのを見て、虹彩学園及び薔薇園学園の生徒たちは大いに驚き……炎に飲み込まれて行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……思ったより広いな。これは地形データの収集は大変そうだぞ」

 

 一方その頃、単独行動を取っていた謙哉は勇たちの入って行った山の中腹辺りの場所で今まで歩いて来た道のデータを整理していた。

 このデータを情報支援本部に送れば、彼らがより精巧なマップにして色んな学園の生徒たちに送り届けてくれるだろう。自分のやっている事が誰かの役に立っていると思えばやる気も出ると言うものだ

 

「さて、もうひと頑張りしますかね!」

 

 データの整理が終わった謙哉は再び山を登り始める。勇たちが上って行ったルートとはまた違う道を歩いていた彼の前に、気になるものが現れた。

 

「ギャッ、ギャギャッ!」

 

「ギャイィッ!」

 

 謎の唸り声を上げる猿の様なエネミーが3体何かを探している様だ、謙哉はとっさに物陰に隠れると敵の情報を解析できるカードである『スキャン』を使う。

 

<……ウォーモンキー ドラゴンワールドに生息する獣人型エネミー、人間同様の知性を持つが言語は喋れず、かつ好戦的である。ドラゴンが天敵>

 

「……なるほど、ドラゴン以外にもエネミーは居るんだね」

 

 そう呟いた謙哉はウォーモンキーの集団を観察しながらその情報を天空橋へと送る。彼はこの世界の主なエネミーであるドラゴンは住処からそう離れる事は無いからゲートを潜って人間界に来ることは無いと推察していた様だが、ドラゴン以外のモンスターが生息していたとなれば話は別だ。このウォーモンキーがうっかり人間界にやってこないとは限らない。

 幸いにもエネミーは謙哉に気が付いていない様だ。このままやり過ごす事を考えていた謙哉だったが、ふと彼らが手に入れたものを見て眉をひそめる。

 

「ウギャギャッ!ギャギッ!」

 

「あれは……?」

 

 集団の一匹が掲げた手に持っていたのは何かの卵だった。人の顔程もあるサイズのそれを高く掲げたそのウォーモンキーはそれをそのまま地面に叩きつける

 

「あっ!」

 

 地面に叩きつけられたその卵はパカリと割れるとそのまま消滅してしまった。ウォーモンキーはその後も次々と卵を見つけ出すと地面に叩きつけてそれを割っていく

 

「おい、お前たち!なんてことをしているんだ!」

 

 その光景に我慢が出来なくなった謙哉は物陰から飛び出すとウォーモンキー達に対して近くにあった石を投げつけた。ここはゲームの世界と言えど彼らのやっていることは間違いなく命を奪う行為だ、見過ごすわけにはいかない。

 

「ギャッ!?ギュギィィッ!」

 

「やる気かい?良いよ、相手になってあげるよ!」

 

 3体のウォーモンキーは謙哉に対して威嚇する様な叫びを上げるとその周りを取り囲む。しかし、謙哉は落ち着き払った様子で懐からドライバーを取り出して腰に付けると、『護国の騎士 サガ』のカードを持って叫んだ

 

「変身!」

 

<ナイト! GO!ファイト!GO!ナイト!>

 

「ギュギィッ!?」

 

 イージスへと変身した謙哉を驚いた様子で見つめるウォーモンキー達、謙哉はその隙を見逃さずに一番近くに居たエネミーに接近すると右の拳を突き入れる。

 

「せやっ!」

 

「ギョワオッ!?」

 

 まず腹にストレートを一発、そのまま続けて左のジャブを敵の横っ面に連続して叩きこむ。一度だけ短い悲鳴を上げたウォーモンキーは成すがままに謙哉に殴られ続けている。

 慌てて仲間を助けようと他の2体が謙哉目がけて飛び掛かって来るが、謙哉は慌てずにホルスターからカードを取り出すとそれをリードした。

 

<サンダー!>

 

「はぁぁっ…たぁっ!」

 

 電子音声と共に電撃の溜まった拳を地面目がけて振り下ろす。すると、電撃は地面を伝って周囲へ流れて行き、3体のウォーモンキーへダメージを与えた。

 

「ウギャォッ!?」

 

 飛び掛かって来た2体のウォーモンキーは電撃を受けてそのまま地面へと叩きつけられた。謙哉は目の前に居る攻撃を仕掛け続けていたウォーモンキーをその2体の元へと投げつけると、新たにカードを取り出した。

 

「これで終わりだっ!」

 

<必殺技発動!スマッシュキック!>

 

 グロッキー状態のウォーモンキーたちに対して数歩助走を付けた謙哉は空中へと飛び上がるとその勢いのまま跳び蹴りを繰り出した。蒼いエネルギーを纏ったその一撃はウォーモンキーたちにぶち当たり致命的なダメージを与える。

 

「ギャァァァァッ!」

 

 謙哉の着地と共に爆発したウォーモンキーは光の粒になって空へと還って行く、すべての敵が消滅したことを確認した謙哉は変身を解除すると周囲を探索しようとしたが、その耳にゲームギアからの電子音声が届いた。

 

<ギブ・ユー・アイテム>

 

「へ?なにこれ?」

 

 その音声と共に謙哉の前に出現したのは、ゲームやアニメなんかでよく見る骨付き肉の描かれたカードであった。絵柄的に生肉ではあるが、とても美味しそうである。

 

「……非常食にしろって事かなぁ?」

 

 どう考えても戦いに使えそうではないそのカードを一応ホルスターにしまうと、謙哉は今度こそ辺りの探索を始める。ウォーモンキーの仲間がいないとは限らないが、戦う余裕ならまだまだある。周囲に気を付けながら謙哉は戦う前にウォーモンキーが卵をあさっていた場所を見てみた。

 

「……酷いな」

 

 その地点の地面には叩きつけられた卵の欠片がいくつも落ちている。この一つ一つが生まれるはずの命であったことに謙哉は心を痛めた。

 どうしてウォーモンキーたちはこんなことをしていたのか?食べる為だと言うのなら割りはしないだろうし、やはり悪戯だったのだろうか?そんな想像をしていた謙哉の目に、青く大きな塊が目に映った。

 

「おや、これは……!」

 

 それは最後に一つだけ残っていた卵であった。他の仲間たちが壊されて行った中で、謙哉が駆けつけた事によって難を逃れた唯一の卵……謙哉はそれをそっと抱え上げる。

 

「無事だったのは良かったけど、このままここに置いておいたらあいつらに割られちゃうよね……」

 

 そう呟いた後で謙哉は自分のゲームギアを起動すると今まで自分が調べて来た地形データを呼びだす。何処かこの卵を隠すのにちょうどいい場所は無いかとデータを漁っていた所、一枚の画像が目に映った。

 鳥の巣の様な形で藁が敷かれており、周りにはエネミーの姿も無い。水場も近いし、山の下の方に位置するその地形はよく探さないとたどり着けない場所にある。

 

「うん!ここにしよう!」

 

 卵を隠す丁度いい場所が見つけた謙哉は今まで来た道を戻り始める。今日は十分データを取った。地形データ取集は強制された事ではないし、少しくらいサボっても問題ないだろう。

 そう考えた謙哉は卵を落とさぬ様に慎重に抱えたまま山を下り始めた。頂上からは凄まじい轟音と聞き覚えのある声の叫びが聞こえた気がするが、そんなことも気に留めずに謙哉は歩いて行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして夕暮れ時、ゲートの前には虹彩、薔薇園、戦国の三校の生徒たちが集まっていた。本日の活動を終えた彼らは一人残らず疲労困憊している。

 

「……どうするよ、あのドラゴン」

 

「単独でどうにかなる相手じゃ無いよね……やっぱり、目くらまし様にカードを用意するべきなんだろうか?」

 

「徹底的に攻撃してるけど倒せそうな感じないもんね……」

 

 それぞれ勇、光牙、葉月の言葉。3人も例外なく疲れ切った表情をしており、髪の毛が若干焦げている。

 

「あ~ん、スタイリストさんに怒られる~!」

 

 その後ろでは泣き顔のやよいがチリチリになってしまった髪の毛をわしわしと掴みながら嘆いていた。そんな彼女の後ろから真美が声をかける。

 

「……あなたはまだ良いじゃない。私なんてこれよ?」

 

「ぶっ!」

 

 真美の髪の毛は完全に爆発しており、アフロヘアーの様になっていた。真美のお笑い芸人の様なその髪型を見た櫂がつい噴き出した瞬間、彼女の目が鋭くなる。

 

「櫂?あんた死にたいのね?」

 

「や、やべっ!」

 

 慌てて逃げようとした櫂の背中に跳び蹴りを喰らわせると馬乗りになった真美がその後頭部を殴打する。とうとうドライバーを持っていない相手にも負けるようになったかと櫂に対して憐れみの目を向けた勇は、ドラゴン攻略の方法を思案し始めた。

 

(……あいつを倒す必要はねぇんだ。あの向こう側のドアに行けば良いだけ…なら、どうする?)

 

 方法が思いつかなくもない。例えば自分だけが持っているバイクのカードを使って、専用バイクの『マシンディスティニー』を呼び出してドラゴンの横を突破すると言う方法がある。

 しかし、周りの生徒たちがそれを黙って見ているだろうか?皆ドラゴンのカードを欲しがっているのだから間違いなく妨害してくるだろう。それならまだしもバイクを強奪される可能性もある。

 

 となればやはり隠密行動に限る。なにか姿を隠すようなカードがあればそれを使ってこっそりと扉の前に行けるかもしれない。もしかしたら施設の子供たちがそんなカードを持っているかもしれないと考えた勇は今日は希望の里に帰って子供たちにカードの交換を申し込んでみようと思い早速その場を後にすることにした。

 

「わりぃ、今日は俺帰るわ!」

 

「ああ、また明日!」

 

 謙哉はまだ帰ってきていないのかと思いながら勇はゲートの前から去って行く。その後、次々と他の生徒たちも帰って行き、ゲート前にほとんど人が居なくなったところでようやく謙哉が帰って来た。

 

「良し帰還っと!……あれ?皆まだ帰って来てないのかな?」

 

「逆よ、あなたが遅すぎて皆家に帰ったのよ」

 

「うわっ!?」

 

 急に話しかけられた謙哉が驚いて振り返ると、そこに居たのは不機嫌そうな顔をした玲であった。彼女は謙哉を見て溜め息をつくと左腕に付けられたゲームギアを指さす。

 

「……あなたの今日得たデータが欲しくて待ってたのに、こんなに遅くなるなんて何してたのよ?」

 

「いや~、そのそれは……」

 

「……まぁ良いわ、さっさとゲームギアを渡して、情報をコピーするから」

 

 そう言った玲は強引に謙哉の左腕からゲームギアを剥ぎ取る。そして、自分のゲームギアと謙哉のゲームギアを結合させて情報のコピーを開始した。

 

「勝手な事するななんて言わないでね。別にあなたはカードの争奪戦に参加しては……」

 

 やや強引な自分の行動に謙哉の抗議が来ると思い、先んじて放たれた玲の言葉はそこで途切れた。それは、謙哉が自分の左腕を抑えてうずくまっているのが見えたからだ。

 そんなに強い力で掴み取った訳でも無い。そこまで痛がるようなことをした覚えは無いがそれでも無理にゲームギアを奪った事への負い目がある玲だったが、こういう時にどうすれば良いのかが分からなかった。

 ただじっと謙哉を見ているだけの玲、その時、後ろから女性の声がした。

 

「あんた、ちょっとどこ退いて!」

 

 腕を抑えてうずくまる謙哉を黙って見ていた玲を押しのけて誰かが謙哉の前に立つとその左腕を手に取り、制服の袖をまくり上げる。女性が腕の中ほどまで服をまくり上げた時、それを見ていた玲が息をはっと飲み込んだ。

 謙哉の腕は赤黒く腫れ上がっていた。今までずっとそんな素振りを見せなかったというのに、その腕ではまともに物を取る事さえ困難だろう。

 

 一体何があったのかを聞く前に、謙哉の腕を取った女性は腰のポーチからスプレーを取り出すと中身を吹きかける。コールドスプレーらしきそれを謙哉の腕に吹きかけながら、女性は謙哉に問いかけた。

 

「……これ、腫れてすぐって感じじゃないな。何日か前にはこうなってただろ?」

 

 そう言いながら謙哉の腕をテーピングすると服の袖を戻す。そして、最後に軽く肩を叩くと女性は処置を完了させた。

 

「はい、これで終わり!……ったく、何でこんな怪我してんだよアンタは…?」

 

「あ、ありがとう……君は?」

 

「……わかんない?だよね、そりゃそうだ」

 

 薔薇園学園の制服に身を包んだその少女はそう呟く。短めに切り揃えられた髪、利発そうな口調、そして薔薇園学園の女子全員に共通する事だが、とても可愛い。

 一度見たら忘れないであろうその少女は謙哉と知り合いの様だ。だが、謙哉にはこの少女と会った記憶が無い。一体誰なのだろうかと考えていた時、とあることに気が付いた。

 

(この子の声、聞いたことがある…)

 

 確かにこの少女には見覚えは無かった。しかし、その声には聞き覚えがある。そこまで考えた時、謙哉の頭の中で一人の少女の事が浮かび上がった。今見ているこの娘と姿は似ても似つかない様でいて面影がある。その事に気が付いた謙哉は驚いた表情で彼女に声をかけた。

 

 「もしかして君、合宿の時の…!」

 

 「……そ、合同合宿の時、アンタを嵌めて罪をかぶせようとした女、橘ちひろだよ」

 

 そう言ってほんの少しだけ照れくさそうにしながら、ちひろは笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……合宿の時、悪かったね。ずっと謝ろうと思ってたんだ」

 

「い、いや、気にしてないよ!それよりも、その……」

 

「ははっ、前見た時と全然雰囲気が違うって?ちょっとイメチェンしてね」

 

 謙哉とちひろは戸熊町にある公園で話していた。ゲームギアを返しそびれた玲もついて来ている。居心地の悪さを感じながら玲は二人の話を聞き続けた。

 

「……ま、そのさ……自業自得と言うか、あんなことしでかした私には学校内での風当たりが強くってね。一時は退学しようと思ってたんだけど……合宿の時、一緒に班組んでた二人覚えてる?」

 

「えっと……夏目さんと宮下さん、だっけ?」

 

 謙哉は一度挨拶しただけのその二人の事を思い出してちひろに聞く。元気一杯の少女夏目茜とどこか不思議な雰囲気をもっていた宮下里香……彼女たちがどうかしたのだろうか?

 

「……あの二人、小学校のころからの付き合いなんだけどさ。今までずっと猫被って来た私に対して今まで通り接してくれてさ……そんで、色々と支えてくれたんだ。ちゃんとあんたに謝って、そんでやり直そうって」

 

 顔を伏せ、少し涙ぐみながらちひろは話し続ける。謙哉は黙って彼女の話を聞き続けた。

 

「おかしいだろ?こんな私に優しくしてくれるなんてさ……でも、ほんとありがたかった。友達がいるって事にあそこまで感謝したのは初めてだったよ」

 

「……いい友達なんだね」

 

「ああ、それで、二人の言う通りアンタに謝らないで退学なんてしたら、それは逃げてる事だって思ってさ……その、ちゃんと謝ってけじめを付けなきゃって思ったんだ。そう簡単に許してもらえるとは思わないけどさ……」

 

「……そうかもしれない、でも、僕は君からそうやって謝って貰えただけで十分だよ」

 

 しょんぼりとした様子のちひろに向かって笑いながらそう言った謙哉は、ちひろに手当して貰った腕を上げて話を続ける。

 

「こうやって手当もしてもらったし、その事に関してはもう気にしないで行こうよ。今度は友達として付き合おう、ね?」

 

「……アンタ馬鹿だな。でも、良い奴だ」

 

 涙を拭いながらそう言ったちひろは立ち上がるとポーチから一つの缶を取り出して謙哉に渡した。

 

「それ、万能傷薬。今日の夜塗ってから寝な。少しは腫れが引くと思うよ」

 

「え?良いの?」

 

「……そりゃこっちの台詞だよ。まさかこんな簡単に許してくれるだなんて思ってもみなかった。アンタって聞いてた以上のお人好しだね」

 

 そう言った後で公園の出口まで歩いて行こうとしたちひろだったが、途中で立ち止まると振り返り、謙哉の方を向く。そして、少し大きな声で叫んだ。

 

「さっきから謝ってばっかりだけどもう一つ……そこのクソ女に虐められた時に助けてくれてありがとな!じゃあ、また!」

 

 そう言って駆け出して行ったちひろ、軽く玲に攻撃を仕掛けた事を恐れての行動かもしれないが、その横顔に笑みが浮かんでいる事に気が付いた謙哉の顔にも笑顔が浮かぶ

 きっとこれからは偽り無い自分を晒しながらちひろは生きていくだろう。彼女の良き友人と一緒に、いろんな思い出を作っていくはずだ……そう考えていた謙哉だったが、いきなり後頭部を叩かれて前につんのめってしまった。

 

「……何ニヤついてんのよ、気色悪い」

 

 非常に不機嫌そうにそう言った玲は謙哉の胸倉を掴むと顔を近づける。玲のとても綺麗な、だが非常に怒っているその顔が目の前に来て、謙哉は二つの意味でドキマギしていた。

 

「……正直に答えなさい。あなたのその怪我、この間の戦国学園との戦いのときに負ったものね?」

 

 玲のその質問に謙哉は少し悩んだ後で頷いた。それを見た玲の表情が苦々し気に曇る。

 絶対にこうなると思っていたので伝えなかったのだが、ばれた今では最悪の状況だ。そう考える謙哉に向かって玲はさらに質問をしてきた。

 

「ドラゴンのカードの争奪戦に参加しなかったのもその怪我のせい?」

 

「……半分はそうかな。もう半分は言った通り仲間内で争うのが嫌だったから」

 

「じゃあなんで怪我の事を言わなかったの?私を気遣ってのこと?」

 

「違うよ。戦国学園にあれだけの損害を与えられて、唯一勝った僕ですらこんな怪我を負っていたなんてわかったら学園全体の士気に関わると思ったから言わなかったんだ」

 

「……そう」

 

 その答えを聞いた玲は謙哉を放すと、その胸にギアドライバーを押し付けた。そして、少し悩んだようにして周囲をぐるぐると回りながら歩き始める。

 

「み、水無月さん?」

 

「今話しかけないで、考え事をしてるから」

 

「は、はい……」

 

 不機嫌そうに、本当に不機嫌そうにそう言い捨てた玲はややあって謙哉の前で立ち止まると、非常に不本意だけどと前置きをしたうえで考えた事を謙哉に伝えた。

 

「……借りを返すためにあなたの言う事をまた一つ聞いてあげるわ。今すぐ望みを言いなさい」

 

「でえっ!?い、今っ!?」

 

「そう、早くなさい。私はすぐにでも帰りたいんだから」

 

「い、いや、そんな事言われても……」

 

「はやくして、さもなきゃぶん殴るわ」

 

「酷くない!?」

 

 何と言う暴君だと思いながら謙哉は考えを巡らせる。玲の様な可愛い女の子から自分の望みを聞いてくれると言われたら普通は舞い上がるものだが、今の謙哉にはそんな余裕はない。

 変な事を言えば間違いなくぶん殴られる。かと言って当たり障りのないどうでも良い事を言ってもぶん殴られる……腕が痛いと言うのにこれ以上怪我をしてなるものかと考えていた謙哉は、ふとある事を思いついて玲に告げた。

 

「じゃあさ、明日、僕に付き合ってくれない?」

 

「は……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何?どこに連れて行くつもり?」

 

「えっと、もう少し先かな」

 

 翌日、謙哉に連れられた玲はドラゴンワールドの中を歩いていた。もともと今日は葉月はグラビアの撮影、やよいは雑誌のインタビューで時間が取れないのでディーヴァが揃わない事が分かっていたのでドラゴンとの戦いは放棄しても問題無かったのだが、やはりこの男と二人と言うのはすこし拒否したい思いがある。

 

(……一体、何をするつもりなのかしら?)

 

 正直に言ってしまうとまるで予想が付かない。謙哉が自分の想像なんか軽く超えて来ることはよく良く分かっている事だが、それでも何もわからないと言うのは腹立たしい物がある。

 それでもその気持ちを悟られない様に務めて冷静にしていた玲に対して、謙哉は振り向くと笑いながら言う。

 

「ここ、ここ!ここに用があるんだよね~!」

 

 そう言いながら謙哉が指し示した先には、よく見ないと分からない狭い道があった。人一人通るのが精いっぱいなその道を謙哉はずんずん進んで行く。

 

「……もう、何なのよ一体?」

 

 その後ろを着いて行きながら玲は考える。この人の居なさそうな道の先で謙哉は何をしようと言うのか?

 自分に何か良からぬことをしようと思っているのでは……と思った玲はすぐにその思いを打ち消す。この男に限ってそれは無いだろうという思いが浮かんできたからだ。

 何と言うか、自分に対して息を荒げて襲い掛かる謙哉の姿など想像できない。してもお笑い番組のコントの様で滑稽に思えてしまうのだ。そう考える事は一種の信頼である様な気がしたが、玲はその感情を無視した。

 

「着いたよ!ここ!」

 

 狭い道の先を抜けた謙哉がその場所を玲に見せる。思ったよりも広く綺麗なその場所は水もあり、ここで生きて行こうと思えば出来る様な場所であった。

 ふわふわとした藁の集まった場所もあり、寝る場所にも困らなそうだ。もしかして、謙哉はこの場所を仲間たちの休憩場所にしようと思って改造していたのだろうか?そう考えていた玲の目に気になる物が映った。

 

「……キュピ?」

 

 青く小さなその塊……いや、生き物は玲たちに気が付くとこちらを向く。人の顔程の大きさをしたそれは謙哉を見ると嬉しそうな鳴き声をしてこちらへと飛び掛かって来た

 

「キャイ!キュイ!」

 

「わわ!ドラ君、落ち着いてってば!」

 

「……どら、くん?」

 

「キャイィ!」

 

 名前を言われたその生き物、ドラ君は嬉しそうな表情(と言ってもわからないが)を玲に向ける。しかし、その姿はどこからどう見ても人間では無い。

 小さいが鋭い牙が生え揃っているし、背中にはこれまた小さくとも立派な翼が生えているし、体は青いうろこでびっしりだ。これではまるで、そう、まるで……

 

「あ、紹介するね。この子、ドラゴンの赤ちゃんのドラ君。名前は僕がつけたんだ」

 

「キャピィ!」

 

 同じような表情をしてこちらを見る一人と一匹を見て、玲は頭を痛くしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……って事があってね。その後でここに卵を持ってきたら、そのまま卵が孵ってさ」

 

「で、この子を育て始めたと?」

 

「そういうこと!」

 

 もしゃもしゃと謙哉が与える骨付き肉を食べるドラ君を見ながら玲は謙哉の話を聞いていた。昨日、ドラゴン退治をサボって何をしていたかと思えば、こんなところでもボランティア活動とは恐れ入ったものだ。

 

「可愛いでしょ!?いや~、まさかこんなことになるとは思いもしなかったよ!」

 

「……あなたね、敵を育ててどうするのよ?この子もエネミーであることには変わりないのよ?」

 

「いや、それはそうだけどさ……」

 

 そうは言いつつも玲は謙哉がこの子供ドラゴンを始末できる訳が無いとは分かっていた。何を隠そうこのドラゴン可愛いのだ。

 昨日戦った巨大ドラゴンとは似ても似つかないその姿、謙哉から与えられている餌を食べている姿は愛くるしいの一言に尽きる。

 

(……可愛い)

 

「……どうしたの?水無月さん」

 

 その愛らしさに目と心を奪われかけていた玲は謙哉の一言で我に返ると誤魔化す様に咳払いをした。そして、謙哉の持つ骨付き肉を指さして質問をする。

 

「その肉、どこで手に入れたの?まさか家から持ってきたわけじゃ無いでしょうに」

 

「ああ、これはさっき言ったウォーモンキーってエネミーを倒したら時々出るんだ。昨日はこれを探してずっとそいつらと戦っててね、大分レベルアップしたよ」

 

「呆れた、あの怪我でよくもまぁそんなことが出来るわね」

 

「キュプゥ…」

 

 食事を終えたドラ君は満足そうに鳴くとそのままぴょこぴょこと翼を動かして飛び始めた。食後の運動という奴なのだろう、小さい体で器用に飛ぶドラ君の様子を玲は謙哉と一緒に二人で見守る。

 

「昨日は動くので精一杯だったのにもう飛べるんだ!成長が早いなぁ……」

 

「はぁ……なんていうか、あなたって人は……」

 

 本当、変な人ね。そう言おうとした玲だったが、慌てて口を噤む。それは、自分の中に何か明るい感情が芽生えていたのが分かったからだった。

 嫌いな男と二人きりだなんて普通ならさっさと終わらせたいし避けたい事だろう、しかし、自分はこの状況に何か温かい物を感じ始めている……その事が、少し不愉快だった。

 

『玲ちゃんって、本当に謙哉さんの事が嫌いなの?』

 

 やよいの言葉が頭の中で反芻される。否定しきれなかったあの言葉が、何故かうるさい位に自分の中で響いている。

 

「……水無月さん?」

 

「きゃっ!?」

 

 自分の顔を覗き込む様にして顔を近づけて来た謙哉に対して悲鳴を上げて距離を取る玲、その際、うっかり後ろにひっくり返って藁の塊の中に突っ込んでしまったが、柔らかい藁がクッションになってくれたおかげで痛みは無かった。

 

「だ、大丈夫?!」

 

「キャキュィキュイィ?」

 

「……何でも無いわよ、急に近づかれたから驚いただけ」

 

 心配して自分に駆け寄って来た謙哉と、自分の胸元に着地したドラ君の瞳を見た玲は少しだけ落ち着くとぶっきらぼうに吐き捨て、顔をそむける。申し訳なさそうに自分を見る謙哉の表情を横目にしながら、玲は胸を抑えていた。

 

(……何よ、この感覚は…?)

 

 胸の中に広がる柔らかな温もりに困惑する玲、少し不愉快で、だけど心地よいその感情が波打って自分の心を揺らしている。

 別になんてことの無い事のはずなのだ、この男の事は嫌いなはずなのだ、なのに何故かこの男の傍に居ると心が安らいでいく。一度自分の弱り切った姿を見られていると言う安心感だろうか?何故こんな思いを抱くのか分からない玲は胸元のドラ君を抱えて自分の顔の横に置くと、急いで立ち上がった。

 

「……この子の食事、取りに行くんでしょ?どうせ戦うんだったら私も手伝ってあげるわよ」

 

「え?良いの!?」

 

「私のせいで怪我したあなたにもしもの事があったら目覚めが悪いじゃない。だから今回は特別よ」

 

「わぁ……ありがとう!」

 

「……っ…さ、先に行くわよ」

 

 感謝の言葉と共に自分に笑いかける謙哉を見ていると顔が熱くなる感覚に襲われる。その気持ちを悟られない様にそっぽを向いた玲は、珍しく口ごもりながら来た道を戻って行った。

 

(……なんて事無いわ、あいつが私のペースを崩す達人なだけ、それだけよ!)

 

 良い訳の様な言葉を頭の中で繰り返しながら玲は走る。まるで迷路のようなこの細い道は今の自分の心の様だ、何がどうしてこうなっていて、この先が何処に続いているのかもわからない。

 なのになぜか心地良い感覚を覚えながら、玲は後を追って来る謙哉から距離を取る様にして走り続けたのであった。

 

 

 



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龍騎推参 ドラグナイトイージス

「れ~い~!うふふのふ~!」

 

「……何?何の用?」

 

 自分に対して妙に上機嫌な笑みを浮かべている葉月を怪訝な表情で見ながら玲は口を開く、非常に冷ややかな視線を送られていると言うのに葉月は笑顔で玲にこう質問して来た。

 

「玲、最近ソサエティの攻略中にどこか行ってるよね?噂によると謙哉っちと一緒にどこかに消えてるって話ですが、本当の所は!?」

 

「……はぁ」

 

 予想に違わずどうでも良い事を聞いて来たなと玲は溜め息をつく。葉月の横に居るやよいもなんだか嬉しそうな顔で自分を見ているが、なんにせよ若干腹が立つのは変わりない。

 

 確かにこの数日間、玲は謙哉と一緒に彼が保護したドラゴンの子供である『ドラ君』の面倒を見る為に攻略から手を引いていた。貴重なドラゴンのカードが要らないとは言わないが、なんとなくずっとあの山の奥に居るドラゴンに攻撃しても意味が無いような気がするのである。

 只今の日付は5月5日、連休も終盤に入り、今日辺り旅行などに出かけている人たちも帰って来る時期だろう。謙哉にドラ君を紹介されたのが5月に入ってすぐだから、この3、4日間は彼と一緒に行動していたことになる。

 

「……事実よ、最近はあいつと一緒に行動してるわね」

 

 別に隠す必要も無いので正直に答える。余計な嘘などついたら逆に勘繰られるに違いないからだ。だが、その答えを聞いた葉月とやよいの二人は、目を輝かせて玲の肩をぽんぽんと叩いて来た。

 

「やっぱり!なんだよ~、水臭いじゃん!」

 

「うん!とってもお似合いだと思うよ!」

 

「……は?」

 

 玲は思う。この二人は何か勘違いをしている。その勘違いを訂正しないと、とんでもない厄介事が自分に身に起きる、と

 

「……ねぇ、あなた達?もしかして私とあの馬鹿が付き合ってるとでも思ってるの?」

 

「……違うの?」

 

 きょとん、という言葉がぴったりな二人の表情を見ながら頭を抱える。まさかこんな勘違いをされてしまうとは思ってもみなかった。確かにこのところ謙哉と一緒に行動してはいたが、それはあくまで自分のせいで怪我をさせてしまった謙哉への後ろめたさからの行動だ、決して他意は無い。

 だと言うのに、この様な非常に不愉快な噂が立つ始末……溜め息を漏らした玲に対して、やよいは不思議そうに声をかけて来た。

 

「……その反応を見るに、玲ちゃんは謙哉さんと付き合ってはいないんだよね?じゃあ、二人で何をしてるの?」

 

「何って、それは……」

 

 このハードな事実を突きつけられた玲は出来るだけ短く簡潔な言葉で説明して気を落ち着かせたいと思っていた。頭の中で色々と考え、謙哉と共にやっている事を示す一つの単語を思い浮かべるとそれを二人に伝える。

 

「……子育て、かしら?」

 

「……え?」

 

色々と省きすぎた玲の言葉を前に、今度は葉月とやよいが驚く事になったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわ~!可愛い~!なにこれ!?おうち持って帰っても良い?」

 

「ダメに決まってるでしょう、普通に考えなさいよ」

 

 数時間後、今日もまたドラゴンワールドへとやって来た玲は、謙哉に許可を取ってやよいと葉月をドラ君を匿っている場所へと連れて来ていた。あまりにも詳細を省いた自分の説明に面食らった二人が『一体何時の間にそこまで深い関係に!?』と慌てて食いついて来たので、口で説明するよりも早いと判断しての行動だった。

 

「こりゃ玲だってここに来ちゃうよね!凄い可愛いもん!」

 

「ぎゅりゅう……!」

 

 葉月に喉をくすぐられたドラ君が満足げな声を漏らす。可愛げのあるその行動に葉月はもうメロメロだ。

 卵から孵った頃から比べてすくすくと成長したドラ君は、今や人間の子供位の大きさになっていた。最初が人の顔位の大きさだったことを考えるととんでもない成長だろう。

 

 たった一週間足らずでここまで大きくなるのかと感心しながら、玲は謙哉に付き合わされて日に日に増えていくドラ君の餌を集めたものだとここ数日間の事を思い返していた。

 

「ごめんね新田さん、長い間水無月さんを借りちゃって……」

 

「良いの良いの!チームと言えどもアタシたちは個人主義でもあるから行動は自由だしね!」

 

 ドラ君に餌を上げながらそう話した謙哉に対して軽く手を振って答える葉月、お互いをそこまで束縛しないと言うのが自分たちのやり方だ、そうでなければクエストの最中に謙哉の手伝いなんてやってられないだろう。

 ちひろに受けた治療が適切だったのか、はたまた狩りを玲に手伝ってもらったおかげで楽が出来たからかは知らないが、謙哉の左腕ももう完治し、普段通りの実力を発揮できる様になっていた。

 

「良いですなぁ……こう、二人の愛の結晶って感じがしてさぁ!」

 

「ちょっと葉月、気持ち悪い事言わないでよ」

 

「だってそうじゃん!謙哉っちがお父さんで玲がお母さん!ドラ君を息子にして仲良く家族団欒を……」

 

「……葉月、ちょっとこっちに来なさい」

 

「わー!玲が怒った!助けて~!」

 

 笑いながら走る葉月を追いかける玲、彼女の表情は葉月とは打って変わって真剣そのものだ。

 相当怒っているのだろうと推察した謙哉は黙って心の中で葉月に黙祷する。というより、彼女は相当怖い物無しなんだなと感心してしまった。

 

「……あの、謙哉さん」

 

「ん?なあに?」

 

 なにもそこまで嫌がらなくってもいいじゃないかと落胆していた謙哉に対して話しかけて来たのは、ドラ君の頭を撫でているやよいであった。玲に捕まり折檻を受けている葉月、やよいはその様子を見ながら謙哉に対して笑いかける。

 

「……ありがとうございます。私たち、謙哉さんのお陰で玲ちゃんの事が分かって来た様な気がするんです」

 

「僕のお陰?そんな、僕は何も……」

 

「ふふふ……そんな事無いですよ。玲ちゃん、謙哉さんと出会ってから変わりました。前よりずっと明るくなって、私たちと話してくれるようになったんです」

 

 嬉しそうにそう言うやよいに対して謙哉は頬を搔きながら玲の方を見る。確かに、初めて会った時よりかは雰囲気が丸くなったかもしれない。でも、それが自分のお陰だとは思えないのだ

 

「……ちょっと前の玲ちゃんは、私たちと一本ラインを引いた感じで付き合ってたんです。そのラインより先には誰も進ませないって感じで、近寄りがたかったんですけど……でも、謙哉さんはそのラインを超えて、玲ちゃんの凄い近くに行っちゃうんですもん、本当にすごいですよ」

 

「そうかなぁ……?僕、誰よりも水無月さんに嫌われてると思うけどな……」

 

「……多分、それは玲ちゃんも戸惑ってるんですよ。今まで凄い近い距離感で人と接した事が無いから、謙哉さんに対してどう接して良いか分からないんです。でも、本心では謙哉さんに構って貰って嬉しいと思ってますよ」

 

「……そうかなぁ?」

 

「そうですよ!チームメイトの事ですもん、私はよく分かってるんです!」

 

 えっへん、と胸を張ってそう答えたやよいは、一瞬後に笑い始めた。その様子がなんだかおかしくて、謙哉も一緒に笑いだす。ドラ君も含めた和やかな雰囲気が流れていく一方で、葉月は相当必死なようで……

 

「ちょっと謙哉っち、やよい!笑って無いで助けてよ!結構シャレにならないってこれ!…………ほら、玲も旦那が浮気しそうになってるんだから何か一言……」

 

「……まだ余裕があるみたいね。もっとえぐいの行きましょうか」

 

「ちょっと待って、アタシがわる………あだだだだだだ!?」

 

 コントの様な二人のやり取りを見ながら、謙哉とやよいはさらに大きな声で笑い続けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから一時間ほど経った頃、玲は自分の膝に頭をのせて眠るドラ君の頭をそっと撫でていた。もう既にやよいと葉月はドラゴンと戦うために山頂へと向かっており、ここには自分と謙哉の二人しか残っていない。なんとなく乗り気になれないドラゴン退治はもう諦める事にした玲は、このままここに残っていた。

 

(……子供、か)

 

 心の中でぽつりと呟きながら玲は先ほどの葉月の言葉を思い返す。経った数日とは言え面倒を見れば多少は情が湧くと言うものだ、それがこんなに愛らしい姿をした生き物だったらなおさらだろう。

 特に子供というのは無条件で愛らしいものだろう。誰だって愛したくなるし、大切にしたくなる……そこまで考えた所で、玲の心の中に暗いものがよぎった。

 

 なぜ、自分は愛されなかったのだろうか?……いや、愛された過去はある。なぜ、愛されなくなったのか?という疑問の方が正しいのかと思い直しながら玲は考える。

 きっとそれは、『玲なんか大切じゃ無かった』からだ。玲よりも大切な物があったと言った方が分かりやすいだろう。自分に無償の愛を送るはずの両親は、玲よりも大切な物があったのだ。

 

 葉月の言葉を借りるならば、玲は両親の愛の結晶のはずだ。互いに大事に思いあうパートナーと慈しみ、育てる我が娘……しかし、二人が何よりも大切にしたのは『自分』だった。

 

 父も母も、玲を一番に愛してはくれなかった。他でも無い自分自身の為に玲を傷つけ、その声を無視した。

 だから玲には分からない。どうやって人を愛せば良いのか、どうすれば人から愛されるのかが……そんな自分がアイドルだなんてやっている事はお笑いなのだが

 それでも玲は知っていた。アイドルなんていつかは廃れるもの……他の女に目が向いて、ファンもいつかは玲の事を忘れてしまうのだろう。だから、ちょっと夢を見せる位の感覚で良いのだ、それならば分かりやすくて良い。

 

(……私は、誰かの一番になれるのだろうか?)

 

 時々そう考える事がある。自分は誰かにとって一番大切な、愛する存在になれるのだろうか?そしてもしそうなった時に、自分はその相手の愛に応えられるのだろうか?

 

(……何を考えてるのかしら、馬鹿馬鹿しい)

 

 そして毎回自己嫌悪で終わる。誰かに愛される事なんて自分には必要無い……だって自分は一人で生きていくと決めたのだから

 愛とか言う不安定な物で繋がるよりも、打算とか思惑の絡んだ関係の方が楽だ。それ全部を踏み越えて、自分が生きて行けるだけの強さを持てばいい話なのだから

 

 だと言うのに何故だろうか?途方も無く人が恋しくなるのは……丁度最近そう思う事が多くなってきた。それもこれも全部あの男のせいだ。

 玲がそう考えた時だった。

 

「……んぅ」

 

 自分の肩に何かがもたれ掛かって来る感触に驚いて顔を上げれば、謙哉がドラ君同様寝息を立てて自分の肩に頭を乗せているでは無いか

 きっと疲れているのだろう。考えてみれば、謙哉はドラ君の食料調達の他にも地形データの収集も行っていた。それも勇たちドラゴン退治グループのメンバーが帰って来る時間よりも遅くまでソサエティに残って作業を続けていたのだ、疲れもたまるだろう。

 しかし、そんなことは自分には関係ない。嫌いな男に貸すほど自分の肩は安いものではないのだ。玲は手を挙げて謙哉の頭を叩こうとする。「起きなさい、迷惑よ」……そんな一言があれば謙哉も目を覚ますだろう。しかし……

 

 「………」

 

 上げた手をそのまま地面に下ろす。沸き上がって来た感情にほんの少しだけ身を委ねる。

 嫌では無い……嫌いなはずの男に触れられていると言うのに嫌悪感は無く、逆に不思議な安心感を感じる。

 

『玲ちゃんって、本当に謙哉さんの事が嫌いなの?』

 

 ここ数日で何度も思い返していたやよいからの言葉がリフレインする。頭の中では答えが決まっている。

 嫌いなはずだ。争う事を良しとせず、誰に対しても甘く、優しさがあれば人は分かり合えると顔に書いてあるような性善説が服を着て歩いている様なこの男の事など

 だが、ざわつく心がその答えを認めてくれない。彼に優しくされ、気にかけて貰える度に柔らかくなる心が、その答えに対して疑問を投げかけて来るのだ。

  

 (……なんなのよ、これ)

 

 やっぱり嫌いだ、こんな戸惑いを自分に与えて来るこんな男の事など……頭ではそう思いながらも、玲は謙哉に向かって手を伸ばす。徐々に高鳴る心臓の音を耳にしながら、謙哉に触れようとしたその時

 

『ビーッ!ビーッ!』

 

「うひゃいっ!?」

 

「……ん、んん?」

 

 急にゲームギアから流れた警告音に驚き情けない悲鳴を上げる玲、謙哉はその音で目を覚ましたのか目を擦りながら何が起きているのかを探り始める。

 

「……あぁ、天空橋さんからの通信かぁ」

 

 間の抜けた声で警告音の理由を察した謙哉はゲームギアのボタンを押してその通信に応える。画面に映し出された天空橋の顔を見ながら、謙哉は用件を尋ねた。

 

「天空橋さん?どうかしたんですか?」

 

『その様子だと何が起きているかは分かっていないようですね』

 

「……何かあったの?」

 

天空橋の真剣な表情と含みのある言い方に違和感を覚えた玲は、謙哉のゲームギアを覗き込みながら天空橋に尋ねる。その言葉に頷いた天空橋は、つい先ほど入って来た報告を二人に話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天空橋の連絡からさかのぼる事十分前、山頂では勇たちドラゴン退治グループが熾烈な戦いを繰り広げていた。

 約一週間もの間勇たちを苦しめ扉の先へと進ませようとしなかったドラゴン、しかし、今日はその様子がいつもとは違った。

 攻撃も防御も素早さも、すべてがいつもより数ランクダウンしたものになっていたのだ。今までよりも格段に戦いやすくなった相手に対して、虹彩、薔薇園、戦国の三校の生徒たちは今がチャンスと言わんばかりに攻撃を叩きこみ続けた。

 

 すべては自分がドラゴンのカードを手に入れる為……誰もが勝利の先の栄光を望み、ドラゴンに攻撃を続ける。そして……

 

「ギャオォォォォォォォォッ……!」

 

 最後に大きな雄叫びを残したかと思うと、ドラゴンは地に伏して動かなくなったのだ。そのまま消滅していくその巨体を前に、生徒たちはゲームギアを見る。

 普段ならばここでリザルトが入るはずだ。もしかしたらそこでドラゴンのカードが手に入るかもしれない。そう期待を持つ彼らだったが、残念ながらリザルト画面は現れなかった。

 

「って、事は……あの扉の先か!?」

 

 櫂のその叫びと同時に誰もがドラゴンの先にあった赤い扉を見る。あの扉の先に求めているドラゴンのカードがある……そう信じている生徒たちが、我先にと扉へと駆け出そうとしたその時だった。

 

「……ウギャギッ、ギャギャッ!」

 

 扉の奥から何か獣が鳴く様な声がしたと思った瞬間、赤い扉がひとりでに開いたのだ。その光景に誰もが言葉を失っていたが、本当の驚きはここからであった。

 

「ギャーオ!ギャーオ!ウギャーーオッ!」

 

「な、何だ何だっ!?」

 

 叫び声と共に扉の奥から次々と猿型エネミー……『ウォーモンキー』が姿を現したのである。その数は十や二十では無く、数百と数えても良いほどであった。

 わらわらと扉から溢れ出て来るウォーモンキーは各学園の生徒たちを見ると次々に襲い掛かって来る。まだ戦いが続いている事を悟った面々は必死になって応戦するが……

 

「き、きゃーっ!」

 

「だ、駄目だ!数が多すぎる!」

 

 一体のエネミーを倒す間に十体のエネミーが姿を現す。倒すよりも増える方が早い敵の猛攻に戦線は次々と崩壊していく

 

「何がどうなってるんだ!?ドラゴンを倒せばこのクエストは終わりじゃないのか!?」

 

「分かったで!きっとこの猿どもを一番ぶちのめした奴がドラゴンのカードを貰えるんや!」

 

「そうか!そうと分かれば早速……」

 

「……いいえ、そうじゃないみたいよ」

 

 光圀の予想を聞いて飛び出そうとした櫂を静かに抑えた真美は自分のゲームギアを勇たちに見せつけた。そこには一通の通知が来ており、その内容を見てみると……

 

「『ドラゴンカード入手クエスト……失敗』!?どういう事だよ!?」

 

「わからないわ……でも、私たちはクエストに失敗した。もうドラゴンのカードは手に入らないみたいね……」

 

「そんな……!?何が駄目だったの…?」

 

 その事実に打ちのめされたライダーたちは呆然とした表情で画面を見続ける。それは他の生徒たちも同様で、それぞれ自分たちの努力が水の泡になってしまった事にショックを受けていた。

 

「何でだ!?俺たちはドラゴンを倒した、扉を開ける所まで行ったんだ!なのに、なんで……っ!?」

 

「……制限時間」

 

「え……?」

 

「そうだよ、制限時間だ!これが期間限定クエストだってことを忘れてた!」

 

「ど、どういうこっちゃ勇ちゃん?」

 

「時間が来たんだよ!俺たちがドラゴンを倒したからあの扉は開いたんじゃない!もともとこの時間にはドアが開く事になってたんだ!」

 

「え……?じゃ、じゃあ、アタシたちのやってた事って、丸々無駄だったって事!?」

 

「……そうなるな。実際、俺たちはクエストを失敗してるんだから」

 

「そんな……せっかく、新しい力を手に入れられると思ってたのに……!」

 

「……どうやら、嘆いている暇はないらしいぞ」

 

 今回のクエストの失敗について話していた勇たちは、大文字のその言葉に顔を上げると彼が指し示す方向を見て……絶句した。そこには、今まで見た事の無い大きさのゲートが光り輝いていたのだ。

 

「おい……あれ、もしかして戸熊町に続いてんのか!?」

 

「この数が現実世界に行ったら、大惨事になります!」

 

「何とかして止めないと!」

 

 武器とカードを構え、ウォーモンキーの集団に挑みかかるライダーたち、しかし、あまりにも多い敵は数名の猛者だけでは止められず、ウォーモンキーたちはゲートを通り、戸熊町へと繰り出して行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな、そんなことが……!?」

 

『謙哉さんと水無月さんも急いで援護に向かってください!最優先で住民の避難を進めていますが敵の数が多すぎて対処しきれないんです!』

 

「分かりました、急ぎます!」

 

 通信を終えた二人は顔を見合わせるとドライバーを構えて変身する。そして、謙哉の取り出したバイクのカードを使い、専用バイク『コバルトホース』を呼び出してそれに飛び乗ると山道を下り始める。

 今までで最大の規模の戦いに緊張が走るが躊躇ってはいられない、急いで戸熊町の住民たちを救わなくては……焦る謙哉と玲は急いで現場に向かう。

 

 だが、この時点で二人が気が付いていないことが二つあった。一つは、謙哉のゲームギアに他の生徒たちとは違う文面が書かれたメッセージが届いていた事。そしてもう一つは……

 

「グ……オォ……ッ!」

 

 今しがた、隠れ家に置いて来たドラ君の体が光り輝き始めていたと言う事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うらっ!しゃあっ!」

 

「ぐっ!たぁっ!」

 

 勇がディスティニーソードを振るい敵を両断していく、光牙がエクスカリバーで敵を刺し貫き、櫂が放り投げ、やよいが撃ち抜き、葉月が切り裂き、光圀が切り刻み、仁科が叩き潰す。

 ウォーモンキーは一体一体の戦闘能力は低いため倒すのにそう苦労はしない。だが……

 

「あ、あと何体だ!?」

 

「櫂!無駄口を叩いて無いで戦いなさい!」

 

 櫂のその叫びが全てを表していた。倒しても倒しても、ウォーモンキーの集団はその数を減らしているようには見えない。どんなに戦っても終わりが見えない。その事が、生徒たちの精神を摩耗させていた。

 

「い、何時になったら終わるんだ……?」

 

「もう戦えないわ……」

 

「他の学校の応援は来ないのか!?」

 

 戦う生徒たちの口から弱音が吐き出され、膝を付く者たちが増えていく。今までドラゴンと言う強敵と戦い、肉体的に疲弊していた彼らにとってこれ以上の戦いは無理というものであった。

 仲間は減って行くと言うのに敵の数は増え続けている……その事が皆の心を軋ませ、容赦なくへし折ろうとしてくる。

 

「……も、もしかして……私たち、ここでゲームオーバーなんでしょうか?」

 

「何言ってんだマリア!諦めんじゃねぇ!」

 

「で、でも……こんな数、どうしろって言うんですか?勝ち目なんてあるんですか?」

 

「……何か方法があるはずだ、クリアできないゲームなんて無い!」

 

 自分を叱咤する様に言った勇は考えを巡らせる。このウォーモンキーに弱点は無いのか?そう考えていた勇の耳に、謙哉の声が聞こえて来た。

 

「おーい!皆ーっ!」

 

「謙哉!来てくれたのか!」

 

「ごめんなさい、遅くなったわ!」

 

「玲、やばいよ!どうすれば良いの!?」

 

「皆、落ち着くんだ!まずはあいつらの弱点を探そう、それさえ分かれば……」

 

「……ウォーモンキー、天敵はドラゴン……そうだ!ドラゴンだよ!」

 

 光牙の言葉にかつて自分がウォーモンキーをスキャンした時の記憶を思い出す謙哉、しかし、それを聞いた光牙の声が曇る。

 

「ドラゴン……済まない虎牙君、俺たちは、ドラゴンのカードを手に入れる事に失敗したんだ……」

 

「……弱点は突けない、って事ね」

 

 玲のその言葉に雰囲気がもう一段静まり返る。しかし、そんな中でも考察を続けていた真美が、とあることに気が付いた。

 

「……待って、あいつらの進む道、一方的じゃない?」

 

「は?どういう事だよ?」

 

「こんなに数が居るって言うのにこいつらは全くばらけずに進んでる。まるで誰かが戦闘で道を指し示しているみたいに……」

 

「……リーダーが居るって事か?」

 

「そう。多分、先頭にこいつらの長が居るのよ。こいつらはその長に従って行動してる。そいつを倒せば指揮系統が混乱して、こいつらを倒す隙が出来るかもしれないわ」

 

「でも、どうやって先頭に行くの?勇っちと謙哉っちのバイクでもこの数を斬り抜けて行くのは無理だよ!」

 

 葉月のその指摘にまたも全員が黙り込む。せっかく見えた希望も意味が無く、状況は絶望的だ。しかもそんな中、ウォーモンキーたちが勇たちを取り囲んできたではないか

 

「ウギャギィッ!」

 

「くそっ!どうすりゃ良いんだよ…!?」

 

 ウォーモンキーたちは学園の生徒たちを包囲する輪を徐々に狭めていく、傷つき、疲弊した生徒たちにはこの数を凌ぎ切る余裕はないだろう。

 そして、十分に接近したウォーモンキーたちが勇たちに飛び掛かろうとしたその時だった。

 

「グオォォォォォォォォォッ!!!」

 

 巨大な咆哮を耳にしたウォーモンキーたちは一堂に動きを止めて天を仰ぎ見る。心なしか震えている様に見えるその姿に勇たちが異変を感じた次の瞬間、天空から稲光が走った。

 

「ギャッ!」

 

 雷を受けたウォーモンキーが光の粒へと変わっていく、雷は次々と天から降り注ぎ、その都度ウォーモンキーたちを撃ち倒して行った。

 

「……な、何が起こってるんや?」

 

「味方の増援か?」

 

 突然の出来事に全員が状況を理解できない中、勇たちの上空に何か巨大な物体が姿を現す。翼をはためかせ、ゆっくりと地面に降り立ったそれを見た勇は驚きの声を上げた。

 

「ど、ドラゴン…!?」

 

「グオォォッ!」

 

 勇たちの前に降り立ったそれは間違いなくドラゴンであった。山頂で戦っていたものよりは小さいが、それでも車一台分くらいの大きさはある。

 一体何故ドラゴンが味方をしてくれているのか?その理由が分からない勇たちだったが、謙哉と玲はそのドラゴンの姿を見た瞬間にとある可能性に行きついていた。

 

 蒼い体、大きな翼、鋭い牙、そして何より、自分たちを見る瞳の感覚に既視感を覚えていた謙哉は、まさかと言った様子でそのドラゴンに話しかける。

 

「君……もしかして、ドラ君?」

 

「グオアッ!!」

 

「嘘でしょ…?」

 

 自分の名前を呼ぶ声に元気に反応した青いドラゴンことドラ君は、まだ信じられていない玲の顔をぺろぺろと舐める。その人懐っこい性格が紛れもなく自分たちが育てていたドラゴンのそれと理解した玲は再び彼の姿を見てみた。

 

 人間の子供ほどの大きさしかなかった体は自分たちを遥かに超える巨体に成長した。鋭い牙も大きな翼も、戦いに十分に役に立つだろう。そして何より体に生えている鱗にはバチバチと電撃が流れていた。隙を見て近づいて来るウォーモンキーに対してその電撃で牽制し、時には口から放つ雷撃で敵を灰に変えていくドラ君を呆けた顔で見ていた二人だったが……

 

「グラウッ…!」

 

「え……?」

 

 真っ直ぐに謙哉を見たドラ君は、その口から何か光る物を吐き出した。ふわふわと浮きながら自分の手元にやって来るそれを受け止めた謙哉は、手を開いて手の中に入った物を見て、目を見開いた。

 

「これ…って……!?」

 

 自分が受け取ったもの、『サンダードラゴン』と銘打たれたそのカードを見ながら謙哉は呟く。ドラ君はそんな謙哉に向かって頷いた後で、ウォーモンキーの集団に対して雄叫びを上げた。

 

「グルオォォォォォォォッ!!!」

 

「ギ…ギギッ……」

 

 文字通りの天を震わせるその咆哮にウォーモンキー達は後退る。頼もしく成長したドラ君の横に立った謙哉は、改めて彼に問いかけた。

 

「……僕たちと一緒に戦ってくれるの?」

 

「グルアァッ!」

 

「そっか……ありがとう!それじゃあ!」

 

 肯定するように吠えたドラ君に対して笑いかけた謙哉は、たった今手に入れた『サンダードラゴン』のカードを構える。そして……

 

「一緒に戦おう!ドラ君!」

 

<ドラグナイト! GO!ナイト!GO!ライド!>

 

 そのカードをドライバーへと通した瞬間、青い光が謙哉の身を包む。西洋の甲冑のテイストはそのままに所々に龍の姿を模した刺々しい意匠が鎧に加えられ、その姿が変わっていく。イージス最大の特徴であった左腕の盾、イージスシールドもその形を変え、まるで龍の頭部の様な形の『ドラゴンシールド』へと姿を変えた。

 

「これって、勇さんと同じ…!」

 

 光が消え去り姿が変わった謙哉の姿を見たマリアが呟く、『ナイト』としての特性はそのままに新たに龍の力を手に入れたサガは、『護国の騎士』から『雷竜の騎士』へと姿を変えたのだ。

 これぞ竜騎士ドラグナイトイージス、龍と共に天を駆ける騎士!

 

「水無月さん、乗って!」

 

「え……?」

 

 その言葉と共に玲を抱えた謙哉はジャンプするとドラ君の背中に飛び乗った。自分を育ててくれた恩人を乗せた龍は歓喜の咆哮を上げると同時にその翼をはためかせる。

 

「え?え?ええっ!?」

 

「行くよドラ君!目指すは敵の先頭だ!」

 

「ギャァァァオオッ!」

 

 頼もしく声を返した相棒はすさまじい速度でウォーモンキー達の上空を飛行していく、遮るものの何一つない空を飛びながら、ドラゴンは口から雷のブレスを吐いてウォーモンキー達を倒しながら前進していく

 

「……見えたっ!あれが先頭だ!」

 

 あっと言う間に先頭に辿り着いた謙哉と玲は上空からウォーモンキー達の集団を観察すると、先頭に少し良い装備をしたウォーモンキーの姿がある事に気が付いた。どうやらあれが親玉の様だ、ならば、やる事は決まっている。

 

「水無月さん!ここでドラ君と一緒に援護をお願い!」

 

「あなたはどうするの?」

 

「降りて直接あいつを叩く!」

 

 その言葉と同時にドラゴンの背中から飛び降りた謙哉はサンダードラゴンのカードを手に入れると同時に入手したカードを取り出すとドライバーに読み込ませた。

 

<雷龍牙 ドラゴファングセイバー!>

 

「はあぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 雷の力を纏ったその剣を手に上空から舞い降りる謙哉、彼が着地をした地点に巨大な雷が落ちたのを見た玲は軽くその力を感心した後で、自分を見るドラ君の姿に気が付いた。

 

「……まったく、あなたもあいつも私の予想を軽く超えて来るわね」

 

 愉快そうにそう言った玲はメガホンマグナムを構えるといつも通りドラ君の頭を撫でてやると、マスクの下で笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「さ……ここでママと一緒にパパのお手伝いでもしましょうか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良し!初撃は完璧!」

 

 落下と同時に繰り出した一撃で雑魚をほとんど仕留めた謙哉は周りを確認しながら剣を構える。部下のウォーモンキーを盾にしたのか周りの被害に比べて傷の少ないリーダーモンキーを見つけた謙哉に対してリーダーモンキーは再び配下をけしかけて来た。

 

「ウギャッ、ウギャッ、ウギャッ!」

 

 自分目がけて襲い掛かるウォーモンキー、その数3。しかし、謙哉は慌てる事無くカードを掴むとそれをドラゴファングセイバーにリードした。

 

<ドラゴテイル!>

 

 電子音声の掛け声とともに剣の切っ先から蒼い龍の尾を模したエネルギーが伸び出て来た。謙哉はそれを迫りくるウォーモンキー目がけて振り抜くと一気に薙ぎ払う。

 

「ギャオォッ!?」 

 

 予想外のリーチを誇るその攻撃を成す術無く受けたウォーモンキーたちは、全員纏めて剣の切れ味と電撃の餌食になって消滅してしまった。リーダーモンキーはその光景を見て唖然としており、まさかと言った表情で謙哉を見ている。

 

「……どうした?来ないのかい?」

 

「グ…!ギギィィッ!」

 

 怖じ気ついていたリーダーモンキーだったが、謙哉に挑発されていると気が付くや否や一目散に突進して来た。顔を赤くし、武器を振り回しながら突っ込んでくるリーダーモンキーを見た謙哉は再びカードをリードする。

 

(この状況じゃ時間はかけられない、一気に決める!)

 

<ドラゴファング!>

 

「行くぞっ!」

 

 龍の牙の力を秘めたカードを使用した謙哉の背後には、龍の頭部を模した蒼いエネルギーが出現した。それと一体になった謙哉は真っ直ぐに目標を定めて走り出す。

 

「ギ、ギギッ!?」

 

 自分目がけて突っ込んでくる男がただの人間で無い事を理解した時にはもう遅い。リーダーモンキーの目の前には、口を開いて鋭い牙を光らせる龍の姿があった。

 

<必殺技発動! サンダーファングバイト!>

 

「はぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 繰り出される斬撃、同時に自分を嚙み砕く龍の牙と雷撃のコンボを受けたリーダーモンキーは成す術もなく爆発すると光の粒へと還って行った。炎が消え去り、未だに体から蒼の電撃を走らせる騎士はそのまま取り巻きのエネミーを睨みつけると口を開く

 

「君たちのリーダーは居なくなっちゃったけど……まだやるかい?」

 

「ヒッ!?ギャヒィッ!」

 

 自分たちの天敵である龍の力を得た騎士の恫喝を前にして一目散に逃げだすウォーモンキーたち、自分たちが来た道を必死に駆け戻って行く彼らを追撃しながら謙哉は悠々と歩いて行く、そして……

 

「ただいま勇、リーダー、倒して来たよ!」

 

 勇たちの所に戻ると自分を助けてくれた相棒と一緒に笑いながらそう言ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まさか、クエストの目標が山頂に居るドラゴンが寿命で死ぬまでに新しいドラゴンを育成するだったなんてね……』

 

『あなた、本当にラッキーね』

 

 その日の夜、自室でくつろいでいた玲は謙哉から来たLINEに返信を送りながらドラ君と一緒に空を飛んだ時の事を思い出していた。なかなかに爽快感のあるものだったと思いながら謙哉と話を続けていく

 

『ドラ君、ちゃんと役目を果たせるかな?』

 

『大丈夫でしょうよ、出来るようになってるわよ』

 

 あの後、再び赤い扉の奥にウォーモンキーたちを封印した謙哉たちは、死んだドラゴンに代わって門番となったサンダードラゴンのドラ君に別れを告げてドラゴンワールドを後にした。期間限定で開いていた戸熊町のゲートも消滅したため、ドラゴンワールドでの冒険は幕を下ろしたことになる。

 

『でも、カードを使えばドラ君には会えるんだけどね!』

 

 文字からでも伝わる喜びを見せた謙哉はきっとニコニコ顔で文字を打ち込んでいるのだろう。その様子を想像した後で、玲は謙哉に意地悪く問いただす。

 

『ところで……私にも養育権の半分はあるわよね?私だってあの子を育てたんだから』

 

『え?あ、うん、一応あると思うけど……』

 

『じゃあ何か報酬を頂戴、私だけ手ぶらだなんておかしいでしょ?』

 

『え、ええっ!?』

 

 謙哉が驚いているだろうと想像した玲はクスクスと笑みを浮かべる。こうやって相手のペースを崩すのは非常に楽しい、相手が自分の調子を狂わせる奴なら特にだ

 

『さて、あなたは何をくれるのかしら?』

 

『え、え~っと……』

 

『既読スルーは止めてね、あなたが止めてくれって言ってる事なんだから』

 

 謙哉の逃げ道を奪いながら玲は謙哉は次に何と言って来るかと想像を働かせる。今日は思いっきり振り回してやろう、ここ数日振り回されたお返しだ

 そう考えた玲は送られてきたメッセージを見ると返事を書き始める。非常に珍しい事に、この日のメッセージのやり取りは深夜まで続き、翌日二人はやや寝不足になっていたが、どこか楽し気な表情だったそうな

 

 

 



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大罪の魔人柱 出現

「良し、今日はこんなところにするか」

 

「う~い、おつかれ~」

 

 軽く剣を振った後で勇は変身を解除する。同じ様にして次々と変身を解除していく仲間たちを見ながら、勇は今日の訓練を振り返っていた。

 

「お疲れ様です!皆さんの戦闘データの解析、真美さんがやってくれましたよ!」

 

「サンキューマリア!良い評価材料になる」

 

 マリアが手渡してくれた個人個人の戦闘データを見て、勇は自分の戦いぶりを見つめなおす。合計3つの違う形態を持っている自分がその全ての力を存分に使いこなせているかを判断するために一つ一つの戦い方を見つめなおしていた勇だったが、しばらくした後で溜め息をついた。

 

「……まだまだだな。まだ中途半端だ」

 

「うへぇ、勇っちってばそんなに強いのにまだ上を目指そうって言うの?真面目だねぇ」

 

「そりゃあな、何時戦国学園とやり合う事になってもおかしくねぇ。次こそは光圀との決着をつける為にも強くならなきゃな」

 

「……そうだね。僕も新しく手に入れたドラ君のカードを使いこなせるようにしなきゃ」

 

 汗をぬぐいながらそう答えた謙哉は自分の手に握られた「サンダードラゴン」のカードを見つめる。勇同様に新たな姿へと変身できるようになった謙哉はその力を十分に引き出して戦えてはいるが満足は出来ていない様だ。何度も試行錯誤しながら自分にとっての戦い方を模索している。

 

「余力があるんなら模擬戦でもするか?実戦形式の方が掴めるもんもあるだろ」

 

「あぁ……残念だけどそれは無理かな」

 

「ん?無理ってどういう……?」

 

「ちょっと、何時まで話してるのよ」

 

 勇の親友に対しての質問を遮って謙哉に声をかけて来たのは玲であった。腕を組み、少し苛ついた目で謙哉を睨んでいる。

 

「ご、ごめん!すぐ行くから!」

 

「あんまりぐずぐずしないでよね。明日も仕事が入ってるんだから」

 

そう言って玲は謙哉が呼び出したバイク「ブルーホース」の後部シートに腰かける。謙哉はそれを確認した後でアクセルをふかせると、二人でソサエティの地平を駆けて行った。

 

「……なんだあれ?どういう風の吹き回しだ?」

 

「ああ、この間のドラゴンワールドのクエストで、玲ちゃんも謙哉さんに協力してドラゴンを育ててたんですよ。でも、自分には何も報酬が無かったから、謙哉さんに詰め寄って報酬をせびったみたいなんです」

 

「で、謙哉っちは玲の言う事聞いてサイドクエストの攻略に手を貸してるみたい。経験値も貰えるし、場合によってはカードも貰えるから謙哉っちにとっても悪い話ではないしね」

 

「へぇ~……あの二人がねぇ……」

 

 勇はそう言って二人が去って行った方向を見る。初めて会った時から合宿までのぎこちなかった関係性がそこまで改善されるとは、流石に勇も想像はしていなかった。

 

「そのおかげか最近玲の機嫌が良いんだよ。時々鼻歌を歌ってたりするし!」

 

「はは、意外と分かりやすい奴なんだな」

 

 勇は玲が上機嫌で鼻歌を口ずさんでいる姿を想像して噴き出した。とっつきにくいイメージを持っていたが、案外接してみれば気の良い奴なのかもしれない。

 

「謙哉っちってすごいね。あの玲をあそこまで懐かせちゃうんだもん」

 

「だな。俺達にはまだツンケンしてるけど、その内普通に接してくれる様になるかもな」

 

 そうなったら思いっきり弄ってやろうと考えた勇は同じことを考えたであろう葉月と顔を見合わせてニシシと笑った。非常に悪い顔で笑う二人に対してやよいはまったく邪念の無い顔で笑っている。純粋に友達の幸せを喜んでいるその笑顔を見た二人は、自分たちの心の醜さに少しばかり苦しさを覚えた。

 

「……龍堂くん、ちょっと良いかい?」

 

「あ?何だよ?」

 

 そんな中、話に割って入って来た光牙が勇に声をかける。その声に反応した勇に対して一枚のポスターを手渡した光牙はそれを勇に見せながら話を続けた。

 

「……命さんから連絡があった。来月の頭にはディスティニーカードの第二弾が発売されるらしい。新たなカードが増えれば当然戦略も増える、時間があるならその事について話をしたいと思っていたんだが」

 

「ああ、構わねぇぜ。どうせ暇だし、情報のフラゲも興味あるからな」

 

「ありがとう、龍堂くんの戦略眼は確かだから頼りになるよ。新田さんと片桐さんはどうする?」

 

「私たちも参加します!学園長が言ってたんですけど、第二弾にはディーヴァ関連のサポートカードも豊富に収録されてるって聞いたので、少しでも予習しておきたいんです!」

 

「わかった。俺も命さんから聞いている情報はすべて伝えるよ。一緒に有効な戦術を見つけ出そう」

 

「はい!」

 

 にこやかに笑うやよいに対して笑みを見せた光牙は、振り返るときりりと引き締まった表情を見せて他の生徒たちに撤収の指示を出した。それに従って帰り支度を始める生徒たちを見ながら勇は考える。

 

 今現在、自分たちのレベルは大体20ほどだ。多少のばらつきはあるものの平均的にはそのあたりだろう。最初は1レベルから始めたこの戦いにもだいぶ慣れて来た。

 戦いの経験を積み、戦術の幅を広げ、仲間との絆を深めている。ソサエティ攻略の為の準備は着々と整っており、青春も謳歌できている。まさに順風満帆だ。

 

「勇っち、早く行こうよ!みんな待ってるよ!」

 

「おう、今行く!」

 

 何も問題は無い様に思えた。何もかもが順調に思えていた。

 しかし、水面下では様々な思惑が絡み合っている事を、このときの勇は知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……親愛なる政府の諸君、初めまして……私の名はマキシマ、君たちから機械魔王と呼ばれている者だ』

 

 暗い会議室の中、深刻そうな表情をした何人もの人間が黙ってそのボイスメッセージを聞いている。中には額に汗を流している者が居る程の緊張感の中、声は話を続ける。

 

『私が諸君らにメッセージを届けたのは他でもない君たちの為だ……もし、君たちが私を敵に回したくないと言うのなら、今すぐ私のソサエティに対する無粋な侵略は止めたまえ、次々と私の発明が壊されては流石にいい気分はしないのでね』

 

『無論、君たちがどうするかは君たちの判断に任せる。だがしかし、その先にある結果を考えてから行動した方が良いと忠告しておくよ』

 

 マキシマのその言葉に誰もが唾を飲み込んだ。丁寧な口調の中にもギラリと光る殺意を感じさせるその声は、この場に声を出す本人が居ないと言うのに空気を制圧するほどの重みをもっている。

『最期に……忠告ついでにもう一つだけおせっかいを焼いておこう。私よりも厄介な男がそちらの世界を狙っている。あの男の欲望は底無しだ、対処を間違えればその欲に飲み込まれるぞ……では、さらばだ』

 

 最後に一つ忠告とも恫喝とも取れる様な言葉を残してマキシマからのメッセージは途切れた。徐々に静けさを破って行く会議室の中で、一つの質問が飛ぶ

 

「こ、この事は、彼らに話すべきでしょうか……?」

 

「……必要無い。どの道ソサエティを完全にクリアしなければ結局は戦いは終わらないのだからな」

 

 それに対して答えた男の声も少なからず震えている。姿の見えぬ相手からのメッセージは、ここに居る全員を震え上がらせることには十分な結果を残したが……残念ながら、それ以上は何の成果を上げる事も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー5月17日、ジャパンTV局

 

 その日、このテレビ局ではディーヴァの三人の歌番組の収録が行われていた。午前中に仕事を終え、その後で勇たちと合流して薔薇園学園にて定例会議を行う予定であった。

 その前にマリアの提案で皆で食事でも……という事になり、勇たちは収録終わりの時間に合わせて待ち合わせをしていたのだが……

 

「……遅い!あの三人は何をやってるのよ!?」

 

 お怒りの真美、理由は単純で、勇、謙哉、櫂の三人がまだ待ち合わせ場所に来ていないからだ。そんな真美を宥める為に光牙が口を開く。

 

「まぁまぁ、三人とも道に迷ってたみたいだし、悪気は無いんだよ」

 

「ったく、確かに入り口が幾つもあるから迷うかもしれないけど、それならそうと早めに家を出なさいよね!」

 

 お怒りはごもっとも、と言った様子で光牙が肩をすくめる。マリアも困った様に笑ってその場をごまかしていた所にディーヴァの三人が姿を現した。

 

「やっほー!おまた~!」

 

「あれ?三人だけですか?」

 

「龍堂たちはまだ来てないのよ。罰としてあいつらに今日のランチを奢らせてやるわ!」

 

「あはは!そりゃ三人のお財布がピンチになりそうだね!」

 

 葉月がそう言って笑った時だった。小さなコール音と共に誰かの携帯電話が鳴る。ややあってそのコール音に応えたのは、玲であった。

 

「……えぇ、そう。分かったわ」

 

 手短に返事をして電話を切った玲がポケットに携帯電話をしまって顔を上げると、何故か全員が微笑んでいる。その異様な光景に少しだけ怯んだ玲に対して言葉を投げかけたのは葉月であった。

 

「で、謙哉っちは何だって?」

 

「……私、まだ誰からの電話かは話して無いんだけれど?」

 

「だって、玲の携帯に登録されてる人の中でそんなフランクに話せるのって謙哉っち位じゃん!」

 

「……ちっ」

 

 小さく舌打ちをした玲は苦々し気な表情をした後で全員から顔を背けると、そのまま誰の顔も見ないで謙哉からの話の内容を伝えた。

 

「……今テレビ局に着いたそうよ。2番入り口に居るって」

 

「そっかそっか!迷っちゃうと大変だから誰か迎えに……」

 

「私は行かないわよ」

 

葉月の言葉の途中でそう言い切った玲は近くのベンチに座ると自前の音楽プレーヤーを聞いて自分の世界に入ってしまった。もう完全に動かないと主張するその態度に対してあらら、と言った表情を向ける一行の中で、やよいが手を挙げる。

 

「あ、じゃあ私が行ってくるよ!謙哉さんをここに連れてくればいいんだよね?」

 

「ん、じゃあやよいにお願いしようかな」

 

「うん!じゃあ行ってくるよ!」

 

 とてとてと走り始めたやよいを見送る葉月、そうした後で玲に目を向けると小さく呟く

 

「……玲ももうちょっと素直になれば良いのにな~」

 

 その小さな呟きに対して苦笑する面々、葉月もまた小さく笑うが玲がこちらをぎろりと睨んでいる事に気が付いてビクッと震える。

 葉月は玲のまるで聞こえているぞとでも言っているかの様なその表情にガタブルしながらも、努めて明るい口調で声を出した。

 

「さ、さ~て!今日は何食べよっかな~!?楽しみだな~!」

 

「……それにしても勇さんと櫂さん、遅いですね」

 

「ああ、何をやってるんだろう?」

 

 マリアの言葉に対してそう答えた光牙はまだ連絡も無い二人の事を心配しながら首を傾げたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~!もうここどこだよ!?」

 

 その頃、テレビ局の地下駐車場では勇が大声で怒鳴っていた。案内に従って歩いてきたはずなのだが、何故かこんな暗い所に迷い込んでしまったのだ。

 謙哉たちに連絡を取ろうとしてもここは地下、当然の様に圏外になっており電話も出来ない。イライラしながらも今来た道を戻るべきか適当なエレベーターに乗ってとりあえずテレビ局内に入るかを悩んでいると……

 

「だっはっは!龍堂、まさかお前迷ったのか?」

 

「あぁん……?」

 

 自分を嘲笑う声に振り向いて見れば大笑いする櫂の姿が目に映った。苛ついているこの状況でそう言われるとムカつきも倍増する。未だに笑い続ける櫂に対して勇は冷ややかに言い放った。

 

「……てか、お前もここに居るって事は迷ったんじゃねぇのか?お前、馬鹿な上に方向音痴かよ」

 

「んなっ!?てめぇも同じ穴の狢だろうが!それに俺は馬鹿じゃねぇ!お前より成績は良いぞ!」

 

「はっはっは!やっぱお前も迷ったのか!おい、頭にとんでもなくでかいブーメラン突き刺さってんぞ!」

 

「てめぇ!馬鹿にしてんじゃねぇぞ!」

 

「先に仕掛けたのはお前だろうがよ!」

 

「「ぐぬぬぬぬぬぬ……!」」

 

 二人して睨み合いバチバチと火花を散らせる勇と櫂、今日はストッパーとなる人物が誰もいない為、今にも取っ組み合いが始まってもおかしくない状況になっている。

 とりあえず相手から視線を逸らすまいと睨み合いを続けていた二人だったが、自分たちの周囲に気配を感じて振り返った。すると……

 

「ギ…ギギッ……!」

 

「んなっ……!?」

 

 自分たちを取り囲むようにして鳴いているのはエネミーではないか、種類は様々だが徐々に包囲を狭めるようにして距離を詰めて来る。

 睨み合いから一転、この急展開を呑み込めない二人は背中をあわせて状況を確認し始めた。

 

「お、おい!これってエネミーだよな!?」

 

「ど、どう見てもそうだろ!?一体どこから湧いて来やがった!?」

 

「テレビ局にゲートが出たのか!?もう発見されてんのか!?光牙たちも戦ってるのかよ!?」

 

「んなもん俺に聞かれても知るか!」

 

 櫂の叫びに対して怒鳴り返す様にして返事した勇は懐からギアドライバーを取り出す。遅れて櫂も自分のドライバーを取り出し、二人で変身しようとしたその時だった

 

『……わしの声は、聞こえているか?』

 

 突如館内放送が響き渡り、低い男性の声が聞こえて来たのだ。その声に反応したかの様に動きを止めたエネミーの大群を見た勇と櫂は驚いてその放送に注目する。

 

『ジャパンTVの職員の諸君、および本日収録にやって来たタレントの諸君、そして……仮面ライダーよ。初めましてだ、わしの名前は「強欲魔王 ガグマ」……君たちと敵対する者だ』

 

「なん……だと……?」

 

 低い男性の声は自らを『強欲魔王 ガグマ』と名乗ると話を続けた。まさかの事態の連発に驚きを隠せない勇たちも黙ってその話を聞き続ける。

 

『既に状況は分かっているだろう、わしはこのジャパンTVを占拠した。大量のエネミーをばら撒き、この建物の最上階に陣取ってその惨状を眺めさせてもらっているよ』

 

「魔王が……ここに、居るだと?」

 

『だが安心して欲しい、今日は君たちとゲームをしに来ただけだ。非常に簡単なゲームさ』

 

『今から一時間以内に最上階に居るわしの元に誰か一人でも辿り着けたなら、わしは素直に引き上げよう。無論、我が軍勢も退かせる。しかし、もしも出来なかったら……その時は、このテレビ局がデータに変わり、ここを拠点として大量のエネミーが人間界に進出することになるな』

 

「なんだと!?」

 

 勇のその声など聞こえているはずもないガグマはたっぷりと愉快そうに笑った後で静かな、そして狂気を込めた声で言った。

 

『さぁ……今から一時間だ、急げよ勇者たち、手遅れになっても知らんぞ?』

 

 その言葉を最後に放送は途切れる。同時に地下駐車場に居たエネミーたちも勇たち目がけて襲い掛かって来た。

 

「くそっ!マジで魔王が来てんのかよ!?」

 

「話を聞く限りはそうだろうが、今はそれどころじゃねぇ!」

 

 迫るエネミーを上手く捌き、一度距離を取った二人はカードを構えると敵を睨む。

 

「今は一時休戦だ、こいつら片付けて謙哉たちと合流しねぇと!」

 

「ちっ!お前と組むのは嫌な気分だが、仕方がねぇ!」

 

 嫌々ながらも協力することを決めた二人は手に持ったカードをドライバーに通して変身する。勇はディスティニーソードを、櫂はグレートアクスを召喚すると、そのままエネミーの大群へと挑みかかって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんなんだ今の放送は!?強欲魔王がここに居るのか!?」

 

「嘘でしょ…?」

 

「……ドッキリ番組、って訳じゃ無さそうね」

 

「こんな……こんなのって、ありなの?」

 

 正面玄関前に居た光牙たちはガグマの放送にそれぞれ驚きの反応を示していた。突如現れた大ボスに対して状況を受け止め切れない彼らだが、マリアがとある一点を指さして叫んだのを機に正気を取り戻す。

 

「あ、あれを見てください!」

 

「ギァーォ!ギャーオッ!」

 

 マリアの指さした方向を見れば、そこには大量のエネミーに襲われている人々の姿があった。皆成す術無く逃げ惑い、恐怖に叫んでいる。

 

「……今は状況の確認は後回しだ!」

 

「うん!あの人たちを助けないと!」

 

 光牙、葉月、玲は駆け出すとエネミーたちの前に立ちはだかる。襲い来るエネミーたちを撃ち倒し、テレビ局の職員たちを避難させた三人は、ドライバーを取り出すと叫んだ。

 

「変身!」

 

<ブレイバー! ユーアー主人公!>

 

<ディーヴァ! ステージオン!ライブスタート!>

 

「真美とマリアは避難の誘導を頼む!」

 

「わかったわ!」

 

 真美たちに後ろを任せると光牙は敵の中へと切り込んでいく、エクスカリバーで並み居る敵を切り倒し、一体一体を光の粒へと還していくもまだまだ敵の数は減らないでいる。

 

「この間のドラゴンの時に比べれば少ないけど!」

 

「どの道、こうも数が多くちゃきりが無いわね」

 

 葉月と玲も次々とエネミーを倒してはいる。しかし、それ以上に存在する敵に対して辟易していた。

 数体居るエネミーを纏めてロックビートソードで切り倒した葉月は、同様にエネミーを倒している光牙に向かって叫ぶ

 

「白峯!ここはアタシたちに任せて、アンタは最上階に向かって!」

 

「し、しかし……」

 

「一時間以内にガグマの元に誰もたどり着けなかったらこれ以上の被害が出るわ、この程度の敵なら私たち二人でも十分に対処できる、だから先に行きなさい」

 

「……わかった!ここは任せたよ!」

 

 光牙はそう言うと玲の援護射撃を受けながらエネミーの群れを掻き分けて先に進んで行く。後を追おうとするエネミーを葉月が切り倒して引き受けると、ギターの弦を弾きながら楽しそうに笑って言った。

 

「さぁ、アタシたちのライブに付き合って貰おうじゃん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うあぁぁぁぁん!」

 

「ギョイゥッ!ギャガッ!」

 

 テレビ局内Dスタジオ、ここでは子供向け番組の収録の為にたくさんの子役たちが集まっていた。入り口から離れた場所にあったこのスタジオ内に居たために避難が遅れた撮影メンバーにも、エネミーたちの魔の手が迫る。

 泣き叫ぶ子供たちを庇いながら後ろに退いて行くスタッフたちだったがなにしろここは室内スタジオ、あまり広くないが故にあっという間に追い詰められてしまう。子供たちの数よりも多いエネミーが手を振り上げたその時、ピンク色の光弾が放たれエネミーたちの背中にぶち当たった。

 

「助けに来ました!もう大丈夫です!」

 

 スタッフたちが驚いて入り口を見てみれば、そこには変身したやよいの姿があった。プリティマイクバトンをライフルモードに変形させて構えるやよいは次々と引き金をひいてエネミーを倒していく。

 

「ギッ!ギャギッ!」

 

 仲間が倒されている事に危機感を持ったエネミーたちは狙いを抵抗する力のないスタッフたちからやよいへと変える。この邪魔者を倒してから無抵抗の人々を襲えば良いと判断した彼らがやよいに向けて一歩を踏み出した時、彼らの背後にコバルトブルーの影が飛び込んできた。

 

<サンダー!>

 

「片桐さん、避けて!」

 

 左手に雷を纏った謙哉が叫ぶと同時に拳を地面へと振り下ろす。そこから伝った電撃がエネミーたちを捉え、全員を硬直させた。

 

「謙哉さん、ナイスです!あとは任せてください!」

 

<フラッシュ!ボイス!>

 

<必殺技発動!ファイナルソングディーヴァ!>

 

 謙哉の一撃で動きの止まったエネミーたちにやよいの発動した強力な必殺技が直撃する。ピンク色の音符やレーザービーム、その全てが敵へと襲い掛かり光の粒へと還していく。

 そんな中、一体のエネミーが周りの仲間を盾にしてその攻撃を必死に防いでいた。骸骨騎士の様な姿をしたそのエネミーは、飛び交う攻撃を防ぎ切り得物である長い剣を手にしてやよいに襲い掛かって来る。

 やよいは斬りかかって来る一撃をまず防ぎ、骸骨騎士へと反撃する。プリティマイクバトンをロッドモードに変形させて接近戦を試みるも繰り出した攻撃は骸骨騎士の剣によって弾かれてしまった。

 

「あっ!?」

 

「ウウゥゥッッ!」

 

 がら空きになったやよいのボディに再び剣を振るう骸骨騎士、しかし、二人の間に入って来た謙哉がその攻撃を盾で防ぐ。そのまま手にしていた「サンダードラゴン」のカードをリードした謙哉はドラグナイトイージスへとフォームチェンジした。

 

<ドラグナイト! GO!ナイト!GO!ライド!>

 

 「雷竜牙 ドラゴファングセイバー」を召喚した謙哉はやよいから骸骨騎士の相手を引き継ぐと息もつかせぬ猛攻を仕掛ける。雷属性を持つ剣はたとえ防御したとしても痺れる電撃を相手に与えていく、剣を持つ手から感じる痛みと痺れに骸骨騎士は堪らず謙哉との打ち合いを拒否した。

 

「良し、これならっ!」

 

<ドラゴウイング!>

 

 自分が押している今の状況を好機と見た謙哉が新たなカードをリードすると謙哉の背中から蒼い翼が生えてきた。膝を曲げ、大きく跳躍した謙哉は背中に生えた翼のを羽ばたかせそのまま空中で静止し、ホルスターから二枚のカードを掴む。

 

<キック!サンダー!>

 

<必殺技発動! ライジングダイブ!>

 

 電子音声と共に謙哉の左足に収束する蒼の雷、翼をはためかせてさらに空中高くまで舞い上がった謙哉は、一気に骸骨騎士目がけて降下して来た。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「グッ!?グオォォォッ!!!」

 

 天空から落ちる雷の様なその一撃を避ける事も躱す事も出来なかった骸骨騎士は胸部に謙哉の左足を受けて大きく後ろに吹き飛ぶ。電撃が体を焦がしキックの衝撃が自身を貫く中で、骸骨騎士は断末魔の悲鳴を上げて爆発した。

 

「……終わり、かな」

 

「スタッフと出演者の皆さんの避難は終わりました、次に行きましょう謙哉さん!」

 

「うん!分かった!」

 

 強敵を撃破した謙哉はやよいに促されるままに次の撮影現場へと向かう。出来る限りの人命を救助してから最上階に向かおうと決めた優しい心の二人は、助けを求める人々を救うべくテレビ局内を駆けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<パワフル!スロー!>

 

「これでも喰らいやがれっ!」

 

<必殺技発動! ブーメランアクス!>

 

 カードを使った櫂の一撃が飛ぶ、数体の雑魚エネミーを蹴散らして飛ぶ斧は真っ直ぐにその先に居る標的へと向かって行った。

 謙哉とやよいが相対した骸骨騎士とよく似た姿をしているそのエネミーは、騎士と言うよりかは戦士と呼んだ方がしっくりくる姿をしていた。身に纏っている鎧は大きく武骨で、手に持っている武器も手斧と技巧よりも力という印象を受ける。

 

「グウゥオォォッ!」

 

 突如叫んだその骸骨戦士は武器である手斧を振るい迫り来る櫂のグレートアクスに斬りかかった。金属と金属のぶつかる音と火花が舞い、空気を震わせる衝突があった後に力負けしたグレートアクスは櫂の元へと戻って行く。

 

「くっ……あの野郎、なかなかやるじゃねぇか」

 

「……おい、あいつの後ろにあるものが見えるか?」

 

 勇のその言葉に櫂が骸骨戦士の後ろを見てみると、そこには巨大なエレベーターの扉があった。上に『機材搬入用』と書かれている事から見るに、ジャパンTVの内部へと繋がっているのだろう。

 

「あれに乗れば、一気にテレビ局の上階までたどり着けるってわけか……!」

 

「そう言うこった、その為にもまずはあのお邪魔虫を片付けんぞ!」

 

 言うが早いが勇がディスティニーソードを構えて斬りかかる。櫂もその後に続いて攻撃を仕掛けるも、骸骨戦士は予想外のパワーで二人に応戦して来た。

 

「グオォッ!ガァァァッ!」

 

「ぬおっ!?」

 

「なっ!?」

 

 二人の同時攻撃を斧で防ぎ、そのまま押し返す。桁外れのパワーに驚く二人の体に向けて大きく斧を振るう骸骨騎士の動きはスローだが、身体に当たった攻撃の威力もまた桁外れだと判断した勇は戦い方を変更した。

 

「それならこれでどうだ!」

 

<ディスティニー! スラッシュ ザ ディスティニー!>

 

「おおっしゃっ!」

 

 サムライフォームへと変身し、二刀流モードへと変形させた刀を構えた勇が再び骸骨騎士へと挑む。最初の一撃は斧で防がれてしまうも、それを受けて繰り出した二本目の刀の斬撃が相手の胴を捉え、確かなダメージを与えていく。

 相手の防御を掻い潜る様に二本の刀で攻撃を仕掛ける勇の前に旗色が悪くなっていく骸骨戦士、それに追い打ちをかける様にして参戦した櫂がグレートアクスを振るえば、その一撃に大きなダメージを受けてその場に膝を付いてしまう。

 

「おっし!決め時だな!」

 

「同時に行くぜ!」

 

 押し込まれ、動きを止めた骸骨戦士に向けて二人は必殺技発動の構えを取る。櫂は再びグレートアクスを投擲する構えを見せ、勇もまたブーメランモードへと変形させたディスティニーエッジを手にしていた。

 

<合体必殺技発動! ダブルブーメランストライク!>

 

「うおぉぉぉぉっ!」

 

「でりゃぁぁぁっ!」

 

 放たれた二人の必殺技は二つの竜巻となり骸骨戦士を飲み込む。斬撃の嵐に巻き込まれた骸骨騎士は成す術もなく切り刻まれるとその竜巻の中で爆発した。

 

「グギャァァァァァッ!!!」

 

「よっしゃ!これで先に進めるぜ!」

 

 地下駐車場の敵を一掃した勇と櫂は機材搬入用のエレベータへと乗り込むと一番上の階のボタンを押す。扉が閉まった後でゆっくりと昇って行くエレベーターの中で、二人は黙って上へと昇って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、一人最上階を目指す光牙の前にも強敵が立ち塞がっていた。少し距離を取って自分を見つめるその相手は弓を携えた骸骨武者、狙いを定めて的確に自分を射抜こうとしてくるこの敵に光牙は苦戦を強いられていた。

 

(くっ……!俺には龍堂くんや水無月さんの様な遠距離攻撃は出来ない……この敵をどう攻略すれば良いんだ…!?)

 

 自分目がけて射られる矢を躱し物陰に隠れながら接近しようとしても骸骨武者は光牙から離れた位置へと移動してしまう。壁際に追い詰めようとしてもそれをさせるまいと射られる矢が自分を誘導し、逆に追い詰められる始末だ。

 

(こうなれば一か八かだ!)

 

 覚悟を決めた光牙は隠れていたカウンターから飛び出すと骸骨武者目がけて一気に飛び掛かる。飛んでくる矢をエクスカリバーで切り払い、着地と同時に再び敵目がけて跳躍する。

 迎撃するのならその全てを切り払って剣の届く距離まで接近する。逃げようとするのなら追い縋って叩き切る……強い覚悟と共に距離を詰めた光牙は、ついに間合いに骸骨武者を捉えた。

 

「そこだぁっ!」

 

<フォトン!スラッシュ!>

 

<必殺技発動! プリズムセイバー!>

 

 光属性付加と斬撃強化の効果を得たエクスカリバーが唸る。飛び掛かる勢いのままに繰り出された必殺の一撃は骸骨武者を捉え、そのまま両断した。

 

「ギィィィィィッッ!?」

 

 上半身と下半身が泣き別れした骸骨武者が唸り声をあげて爆発する。その横を斬り抜けた光牙は振り返ると、倒したエネミーの後ろにあった大きなドアを見据えた。

 

「ここが最上階、会長室……!」

 

 強欲魔王ガグマが待つ部屋を前にした光牙が呟く、震える脚を抑えて一歩踏み出そうとした時、後ろから自分を呼ぶ声が聞こえて来た。

 

「光牙ッ!」

 

「櫂!龍堂くん!無事だったんだね!」

 

 振り向けば櫂と勇がこちらに駆けて来ていた。二人の無事を喜びぶ光牙の目に次々と仲間たちの姿が飛び込んでくる。

 

「正面玄関のエネミーの掃除、終わったよ!」

 

「避難誘導は美又とルーデンスに任せたわ」

 

 自分の昇って来た道からは葉月と玲が駆けつける。大量のエネミーを倒してきたと言うのに二人の口調は微塵も疲れを感じさせない物だ。

 

「ごめんなさい、遅くなりました!」

 

「ここに来るまでにあったスタジオの中に居た人たちは全員助けたよ!」

 

 別の入り口からは謙哉とやよいが姿を現す。自分がここまでたどり着くまでの間に救助活動を済ませて来た二人の手腕に光牙は内心舌を巻いていた。

 

「なんとか全員揃ったみたいだな。あとは……」

 

「……時間は放送から50分、間に合ったみたいだね」

 

 時計を見て呟いた謙哉の言葉に頷くと光牙は会長室のドアに手を伸ばす。自分を見つめる仲間たちの視線を背中に感じながら、光牙は一気にそのドアを開いた。

 

「……て、敵は…!?」

 

「……なるほど、一時間以内に辿り着いたか……これは予想以上の実力を持っていると推察するよ」

 

 部屋の中から聞こえる低い男の声に一同は身構える。会長室の中は別段異常は見受けられないが、たった一つだけ確認できていないことがあった。

 それは、部屋の奥にある椅子に座る何者かの姿だった。背もたれをこちら側に向けている為に座っている者の姿が確認できないが、声を聞いた勇たちはそこに居るのがガグマである事を理解していた。

 

「……どうした?姿を見せたらどうだ?」

 

「そう緊張するなよ、ご対面と行こうじゃないか」

 

 敵を目の前にして緊張している光牙の声に反して非常に穏やかな口調で話しかけるガグマ、ゆっくりと回転する椅子から視線を離せずにいた勇たちは、とうとう正面に向いたそれに座る者の姿を見る。

 

 灰色の大きな体、頭に生えた二本の禍々しい角、赤く光る瞳……悪しき姿を持ちながらも、その体を包むようにして黄金の鎧と貴金属を纏っているその姿は、まさに『魔王』と呼ぶに相応しいだろう。

 口を開くとそこからは黒く思い空気が溢れて来る。その姿に気圧される勇たちを見たガグマは、赤い目を細めて笑う様な表情を見せながら挨拶をした。

 

「どうも、虹彩、薔薇園の仮面ライダー諸君……わしの名は『強欲魔王 ガグマ』、こうして顔をあわせて話すのは初めてだね」

 

 ただ話しかけられただけで体に何か重いものがのしかかって来た様な錯覚に襲われる。ガグマの圧倒的な覇気に押されながらも、光牙は鋭く相手を睨んで叫んだ。

 

「答えろ!何故こんな事をした!?何が目的でジャパンTVを占拠したんだ!?」

 

「何と言われてもな……最初に言っただろう?ゲームをしようと……」

 

「なっ…!?じゃ、じゃあ、貴様はただそれだけの為にこんな大掛かりな事を仕掛けて来たのか!?」

 

 その質問に対してさも当然と言う様に答えたガグマに対して目を見開きながら光牙は問いかける。それに対してゆっくりと頷いたガグマは、何でもない様な口調で話を続けた。

 

「その通りだよ。わしのソサエティを荒らす者どもがどれだけの実力を持っているか知りたくてね、ちょっと現実世界に出向いて見たと言う訳さ」

 

「それだけの為にこんなにたくさんの人を巻き込んだのか!?」

 

「何も驚く必要はないだろう?君たちだって国中を挙げてわしたちの住処を荒らしているじゃないか、それに比べたら大した規模でもあるまいに」

 

 くっくっ、と喉を鳴らして笑うガグマに対して底知れぬ恐怖を抱く光牙、しかし、その思いを振り払うと手に持つエクスカリバーを構える。

 

「……だが、それだけの為に俺たちの前に姿を現したのは失敗だったな!ここでお前を倒せばゲームクリアだ!」

 

「ほぅ……?」

 

 光牙は叫ぶと同時にガグマに向かって飛び掛かる。状況は圧倒的にこちらが有利だ、この好機を逃してはならない。そう判断した光牙はガグマを打ち取るべく攻撃を仕掛けたのだ。

 

「その首貰ったぁっ!!!」

 

<必殺技発動! プリズムセイバー!>

 

 エクスカリバーがガグマに迫る。すでに発動していた必殺技によって強大な攻撃力を持った攻撃がガグマに放たれ、光牙は勝利を確信した。 …………だが

 

「……温いな。手加減など不要なのだが」

 

「な……?」

 

 自分の持つ剣を片手で受け止めたガグマはそう言って笑った。渾身の一撃を容易く受け止められた光牙は呆然として立ち尽くしている。

 

「ふんっ!」

 

 ガグマは光牙のその無防備な体に掌底を叩きこむ。たった一発の攻撃、だが、それに秘められていたのは今までの戦いの中でも受けた事の無いほどの威力であった。

 

「がっ、はっ!?」

 

「こ、光牙っ!」

 

 吹き飛ばされ、部屋の壁に叩きつけられた光牙に櫂が駆け寄る。自分の攻撃を受けて立ち上がれない光牙を見たガグマは、つまらなそうに呟いた。

 

「……この程度か、つまらん相手だな」

 

「なん……だと……っ!?」

 

「攻撃も防御もなっていない。わしのゲームを突破して来た時は多少期待したが……やはり羽虫程度の存在か」

 

「俺たちが……虫…だと……っ!?」

 

 その言葉に激高して立ち上がろうとする光牙、しかし、ダメージが大きいのか立つ事もままならない。光牙が悔しさに歯を食いしばっていると、どこからか彼を嘲笑う様な声が聞こえて来た。

 

「駄目よ~、そんな無理しちゃあ!弱いんだから這いつくばって無いと!」

 

 何処からか聞こえてくる女性の声、しかし、それを発した人物の姿は見えない。

 その事に困惑していた光牙たちの前に突然4つの影が飛び出してくると、それは実体を持って姿を現した。

 

「うふふ……頑張るのは良いけど、自分の力量を考えないと駄目よ坊や」

 

 そう言って笑うのは女性であろう異形の化け物であった。血の濁った様な赤色の体をしており、口元には微笑を浮かべている。しかし、その微笑みと柔らかい口調に対して彼女から発せられる雰囲気にはぞっとするほど冷たい何かがあった。

 

「……ずいぶんと傲慢だな。いや、彼我の実力差が分からぬ愚か者であるか」

 

 腕組みをした黄色の魔人がそう呟く、冷たい視線で光牙を見るその目には、ありありと侮蔑の色が籠っていた。

 

「まぁ、目の前に敵の親玉が居たらそうするよね……強ければの話だけどさ」

 

 緑色の体をした子供っぽい口調の魔人は光牙の行動に対しての評価を送った。勿論と言うべきか、そこには足りない実力に対しての皮肉も混じっている。

 

「ひ、ひひ……羨ましいなぁ、が、ガグマ様に触れてもらえるなんてさ……し、嫉妬しちゃうなぁ、僕……っ!」

 

 最後に口を開いた紫色の魔人は狂気の入り混じった声でぶつぶつと呟いた。彼だけは光牙を見ずに視線は空へと向けられている。出現した化け物の中で、彼は特有の雰囲気を放っていた。

 

「な、何者だ……?」

 

「我らはガグマ様に使える大罪の魔人柱、我が名は『傲慢のクジカ』」

 

「同じく『怠惰のパルマ』」

 

「し、『嫉妬のミギー』……」

 

「『色欲のマリアン』よ、よろしくねぇ~」

 

「……とまぁ、ここに居るのがわしの配下の中でも選りすぐりの者たちだ。君たちに倒された『暴食のドーマ』ともう一人『憤怒の魔人』が欠席だが……まぁ、気にしないでくれ給えよ」

 

 魔人柱たちはガグマの言葉を受けて思い思いに威圧感を飛ばす。押し潰す様に、飲み込む様に、そして壁を作る様にと向けられたプレッシャーに光牙たちは息をするのも忘れて動きを止めていた。

 

「うふふ……可愛いじゃない。ねぇガグマ様、この子たちを可愛がってあげても良いかしら?」

 

「構わんよ、ほんの少し挨拶をしてやれ」

 

「ありがとうございますわ、それじゃあ……うふふ………!」

 

 微笑みながら一歩踏み出した色欲の魔人、マリアンの動きを見逃さぬよう全員が彼女に注目していた。しかし、マリアンはその場から一歩も動かずにただ笑い続けているだけだ

 

「な、なんだ……?攻撃をしてくるんじゃないのか……?」

 

「うふふ……そんなに怯えないでよ、とっても楽しい事、しましょ?」

 

 妖絶に笑うマリアンからは敵意の様なものは感じられない。それでも油断することなく彼女に注目していた光牙たちだったが、突如やよいが床に膝を付くとガタガタと震え始めた。

 

「さ、寒い……」

 

 やよいの口からは白い息が漏れている。春である今の時期にそんなことが起きるはずが無いと困惑する光牙だったが、とあることに気が付いて目を見開いた。

 吐く息が白いのはやよいだけでは無い。自分の傍に居る櫂も、やよいの近くに居る勇たち4人も、そして他ならぬ自分の息もまるで冬に吐く息の様に白く染まっているのだ。

 そして、それは明らかな異常となって光牙たちに襲い掛かった。極寒の大気が光牙たちを凍てつかせようと吹きすさぶのだ、変身していると言うのにこれほどの異変を感じるとは、まさに驚異的と言う他無い。

 

「ほら、早く何とかしないと凍り付いちゃうわよ?」

 

「あ……ぐ……あ……」

 

 マリアンの挑発を耳にした光牙は抵抗を試みるも寒波に負けた体は思う様に動かない。徐々に足から凍り付いて行く自分の体を見て恐怖に引きつるも何も出来ないでいる。

 

「あら?まさかこれでお終いなの?がっかりねぇ……」

 

 斧を投げようとした櫂だったが、その手は完全に凍り付き斧を放す事が出来なかった。銃を向けようとした玲も寒さで頭が上手く回らないのか狙いを定められないでいる。

 結局何も出来ないまま倒れ伏した光牙が諦めかけた時、ギアドライバーの電子音声が部屋に響いた。

 

<フレイム!>

 

「う……おおぉぉぉぉぉっ!」

 

 炎属性付加のカードを使用した勇が叫び声と共にマリアンに突っ込んだのだ、急接近した勇はマリアンに肉薄しディスティニーソードを振るおうとするが……

 

「ふふ……頑張ったけど、それじゃ駄目よ」

 

 嘲る様な笑いと共にマリアンが勇に手を向ければ、その手から放たれた吹雪が勇を包む。あっという間に勇の体に纏っていた炎は消え去り、光牙たちを超えるスピードで凍り付いて行く勇に対して葉月の悲痛な叫びが飛んだ。

 

「い、勇っ!」

 

「く……そ……やっぱ、無理か……」 

 

「うふふ……でも、あなたは頑張った方よ。ご褒美に凍らせた後で私の城に飾ってあげるわ、喜びなさい」

 

「だ、だめっ!やめてぇっ!勇を殺さないでっ!」

 

 勢いを増す吹雪によって凍り付いて行く勇を見た葉月の叫びが木霊する。マリアンは嗜虐的な笑い声を上げながら勇を氷像にしようと冷気を浴びせ続けた。

 そんな中、絶体絶命の状況に置かれた勇は震える唇を動かして、小さな声で呟いた。

 

「あとは……まかせた……けん…や……!」

 

<フレイム!ドラゴブレス!>

 

「……は?」

 

 再び鳴り響いた電子音声に驚くマリアンは勇のすぐ後ろに居た男……謙哉を初めて視界に捉えた。勇の陰に隠れて見えなかった謙哉は、すでに自分の左腕に装備されているドラゴンシールドにカードを読み取らせてそれを構えている。

 

<必殺技発動! ブレスオブファイア!>

 

「いっけぇぇぇっ!」

 

「なっ!?」

 

 龍を模した盾の口部分が開き、そこから真っ赤な炎が吐き出される。マリアンの放つ冷気を掻き消すほどの炎が部屋中を包むと共に、魔人柱たちも龍の息吹に巻かれる事になった。

 

(まさかあの男、最初からこれを狙って!?)

 

 マリアンはここに来て初めて勇の思惑を理解した。勇は最初からこれを狙っていたのだ。

 炎属性のカードを使用した自分が囮になり注意を引く、そして敵に特攻すると見せかけて謙哉に自分の持つカードを渡したのだ。後は謙哉の行動を悟られない様に自分が視界を遮る壁となって時間を稼ぎ、最後に広範囲属性攻撃の出来る謙哉が勇のフレイムのカードを使って攻撃をしつつマリアンの与えて来た氷によるダメージを回復する。

 

 自分の危険を顧みずに行動するその勇気、そして見事な仲間との連携によって危機的状況を打破した勇に対してマリアンだけでなく他の魔人柱たちも警戒を露わにした。炎の中から脱すると先ほどまでの余裕のある態度を崩して構えを取る。

 

(……今は炎で姿は見えない、だが)

 

(この炎が消えた瞬間、貴様が行動する前に先んじてそれを潰す!)

 

(逃げていたとしても同様、その背中を追いかけて確実に殺す)

 

(お前の命は、この炎が消えた瞬間に潰えると思え!)

 

 魔人柱たちは殺気を放ちながら炎を睨む。その中に居るであろう勇に対しての明確な殺意を募らせながら彼が姿を現す瞬間を狙い攻撃の準備を整えていく。

 

 ………だが!

 

<必殺技発動! ディスティニーブレイク!>

 

「うおぉぉぉぉっ!」

 

「なにぃぃっっ!?」

 

 ただやられるのを待つ勇ではない。魔人柱たちが炎が消えた瞬間に総攻撃を仕掛ける事を予想した勇は、それに先んじて攻撃を仕掛けたのだ。

 炎で視界が遮られているこの状況で完全に不意を打つ形で仕掛けられた攻撃は見事に魔人柱たちを欺くことに成功した。紅と黒に輝くディスティニーソードを振りかざしてガグマに迫る勇、それを止めようと魔人柱たちが動き出そうとした瞬間……

 

<必殺技発動! エレクトロックフェス!>

 

「皆まとめて、痺れちゃえっ!」

 

 炎の中から現れた二人目の人物、葉月が必殺技を発動する。全方位に発せられる電撃と音の衝撃、狭い部屋の中でそれを躱す術はなく、致命的なダメージとはならずともその攻撃は十分に相手の動きを止める事に成功していた。

 

「喰らいっ、やがれっ!」

 

 葉月の電撃を受けながらもガグマ目がけて迫る勇、邪魔する者は誰もいないこの状況で自身の最高の一撃を叩きこむべくディスティニーソードを振るう。ガグマに迫る剣はその輝きを増して繰り出され、そして……

 

「ガグマ様っ!」

 

 弾ける黒の光、鮮烈なその輝きに目を焼かれそうになるも魔人柱たちは主の名を叫びその安否を問う。やがてその光が消えた時その場に居た全員が目にしたのは、先ほどまで居た位置より一歩下がったガグマと、剣を振り切った勇の姿であった。

 

「くそっ!しくったか!」

 

 攻撃を当てられなかったことを悟った勇は急ぎ後退して大勢を立て直す。葉月も同じく距離を取り、再び剣を構えた。

 やよいは倒れている光牙を櫂と共に守り、謙哉と玲も再び攻撃を仕掛けられるように準備を終えている。一触即発の空気の中で、それを破ったのはガグマの大きな笑い声であった。

 

「クハハハハハ!愉快、実に愉快だ!まさかお前たちを一杯食わせる男がおったとはな!」

 

「ガ、ガグマ様……!?」

 

 魔人柱の声を無視したガグマが手をかざすと、彼の後ろには黒い渦が出現した。それがゲートである事を直感で理解した勇に対してガグマは自分の鎧から黄金の装飾を引き千切るとそれを投げる。

 

「褒美だ、取っておくと良い。このわしの心を躍らせた事は誇って良いぞ」

 

「どうせならお前を倒した事を誇りたいけどな!」

 

「貴様…っ!言わせておけば……!」

 

「良い、その覇気も中々……ふむ、なかなかどうして気概がある者もいるではないか、わしはお前が欲しくなったぞ」

 

 じっくりと勇を見た後でガグマは謙哉、葉月、やよい、玲へと視線を移していく。最後に光牙と櫂を見た後で、ガグマは再び口を開いた。

 

「お前と……そこの青い奴だな。お前たちは我が兵として召し抱えたいものだ。娘たちは侍らかしたい。美しく強い女子は魅力的なものだ……お前たちはいらんがな」

 

 勇たちをそう評したガグマは静かに笑い続ける。敵であろうと何であろうと欲しい物を欲しいと思うその欲望は正に強欲魔王の名に相応しいだろう。まるで新しい玩具を見つけた子供の様な目を勇たちに向けながらガグマは撤退を始める。

 

「……そうだ、言い忘れていたがわしもこの人間界に攻撃を仕掛ける事にした。お前たちが我が世界に攻撃を仕掛けている以上、これで五分だろうな」

 

 一人、また一人と黒いゲートの中に入って行く魔人柱を見送った後で自分もまたその中に足を踏み入れたガグマは、思い出したように付け加えると全身を渦の中に入れる。徐々に閉じていくゲートの中で、ガグマは最後に勇たちへこう言った。

 

「わしはこの人間界のすべてを手に入れるつもりだ。それを止めたくば必死になってかかって来い。無駄だと思うがな……では、また会おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……行った、か?」

 

「ああ、立ち去ったみたいだよ」

 

「そうか……っぁ、くっ…!」

 

 危機が去った事を理解した勇は小さく呻くと変身を解除して床に倒れ伏した。マリアンから受けた凍傷、それを溶かす為に受けた炎で負った火傷、そして何より強敵から与えられた心理的重圧によって勇はぼろぼろになっていたのだ。

 

「勇っ!」

 

「大丈夫だ……そんな大したことはねぇ……」

 

「何言ってんの!そんなボロボロの体して!」

 

 葉月の自分を見る目が涙を浮かべている事に気が付いた勇は若干の罪悪感を覚える。止むを得ない状況だったとは言え、あまりにも皆に心配をかけてしまったと反省した勇の肩を抱えた謙哉は、そのまま勇を支えながら歩き出す。

 

「とにかく病院に行こう。手当を受けないと」

 

「城田、白峯の事はあなたが運びなさい。私たちは被害状況の確認をするわ」

 

「あ、ああ……」

 

 玲からの指示を受けた櫂もまた謙哉同様に光牙を抱えると歩き出す。総じて彼らの中に無傷な者は居なかったが、ソサエティ最大の敵である『強欲魔王ガグマ』との接触を経て無事に生還した事は十分な結果だと言えるだろう。

 

 こうして後に「グリードショック」と呼ばれる事になるこの事件は収束した。怪我人は多数、しかし犠牲者0で無事に終わりを迎えたこの事件について、仮面ライダーたちの迅速な対応がクローズアップされ、世論は彼らを称賛する事となる。

 しかし、この日から始める本格的なガグマの侵攻と新たなる驚異の出現に人々は苦しめられることとなり、さらにはこの事件を機に勇の身に大いなる悲劇と試練が待ち受ける事となるのだが……彼らはまだ何も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……彼女に悲劇が舞い降りるまで、あと??日

 

 

 

 



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勝利の栄光 ビクトリーブレイバー

「……駄目だ、このままじゃあ、駄目なんだ……!」

 

 学生寮の自室で光牙は先日のガグマとの戦いを思い返すと、悔しさに満ちた顔でベットに拳を振り下ろす。苦い敗戦の記憶に歯を食いしばれば、頭に浮かぶのは自分の無力さばかりだ。

 

 最初からそうだった。初めての変身の時も、ディーヴァとの邂逅の時も、戦国学園との戦いもドラゴンのカード争奪戦の時もそう。自分は何も出来ていないのだ。

 敵を倒したのも仲間を救ったのもすべて勇だ、今まで何の訓練も積んでいないはずの彼に長い間英才教育を受けていた自分が負け続けている。

 勇は危険な戦いに身を投じて力を付けてきている。それに並び立つ謙哉もまた、非凡な才能を発揮している上にドラゴンのカードを手に入れた。どんどん離されて行く二人との実力の差に光牙は焦りを募らせていた。

 

「もっと強くならないと……こんなんじゃ、俺は勇者になれない。世界を救う男に、なれはしないんだ……」

 

 ベットの横、小さな棚に置かれたいくつかの写真立てを見た光牙はそこに映る幼い自分とそれを抱きかかえる男を視界に映す。家族全員で撮った写真に写るその男性に問いかける様に、光牙は小さく絞りだす様にして声を出した。

 

「俺はどうすれば良い?教えてくれよ、父さん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これが天空橋のオッサンが解析してくれたガグマの戦闘データだ。と言っても、大した情報は無いんだけどよ」

 

「少しでも相手の事が分かるのはありがたいよ。頑張って対策を練ろう」

 

 虹彩学園のPCルームを貸し切った勇たちは、ジャパンTV占領事件の際に出会った強敵「強欲魔王 ガグマ」に対しての対策会議を開いていた。ディスプレイに映るのは天空橋が解析したガグマのスペック、その化け物じみた能力に勇たちは眉をひそめた。

 

「ブレイバーの必殺技をいとも容易く受け止めたガグマの防御力は、恐らくレベルで言えば50以上と考えられる……俺たちの倍以上じゃねぇかよ」

 

「正確にはブレイバーのレベル50以上ね、つまりはゆうに光牙の二倍は強いって事よ」

 

「しかもまだドーマみたいに第二形態を残しているかもしれないしね……」

 

「もっと言うならこのときのガグマが本気じゃなかったと言う事も考えられます。今分かっている限りでもこんな驚異的な能力を持っているという事ですね……」

 

 今まで戦って来たエネミーとは桁違いの強さを誇る敵の登場に勇たちの間には深刻な空気が流れていた。真美はPCからデータディスクを取り出すと、会議に集まっていたメンバーを見ながらこれからの方針を説明し始める。

 

「……敵は強大よ。今の私たちじゃどう足掻いたって倒せない程にね。だからまずは力を付けましょう、レベル上げと新たなカードの入手を目標にして戦力の底上げを図るのよ!」

 

「異議無しだ、ボス戦前のレベル上げと装備の見直しはゲームの基本だしな」

 

「僕も賛成だよ。もっと言うならみんなの連携も強化していかないと駄目だと思う」

 

「確かに……敵はガグマ一人ではありません。魔人柱たちも相手どらないといけないのですからね」

 

「まどろっこしいが……それが最適な作戦ってわけか」

 

 真美の提案に勇たちは異存無しに賛成する。自分たちの実力不足が分かっているからこその結論だったが、ただ一人光牙だけが不服そうな顔を見せると立ち上がった。

 

「俺は反対だ。ガグマは人間界に侵略を開始すると言っていた、という事は一刻も早くあいつを倒さないと尋常じゃない被害が出る可能性だってある訳だ」

 

「おいおい、落ち着けよ光牙。いくらなんでも今の状態でガグマと戦うっていうのは無謀にも程があるぜ」

 

「俺たちがのんびりしている間に世界が滅びる可能性だってあるんだ!時間をかけてはいられない!」

 

「だからこそ慎重に行くんじゃねぇか、確実に相手に勝つだけの力を蓄えて戦うのが上策。最低でも互角に戦えるだけの力量を身に付けないとただの自殺行為だぜ!」

 

「それだけの力を付けるまでにどれだけの時間がかかるのか分かっているのか!?それに、相手の真の実力も分かっていないのにどうやって互角に戦えるかどうかを判断するつもりだ!?」

 

「お前こそ少なくとも今の状態で戦ったら100%負けるって言うのが分かんねぇのかよ!?」

 

「ふ、二人とも落ち着いてください!」

 

 徐々に激しい口調になって行く二人をマリアが抑える。それでも自分をきつく睨む光牙を見た勇は彼を問い質した。

 

「……何を焦ってんだよ?確かにあんな強い奴が出てきてテンパる気持ちも分かるけど、こんな時こそ冷静にならなきゃならねぇだろ?」

 

「くっ……」

 

 勇のその言葉に応える事無く光牙はPCルームから出て行った。その背中を見つめていた真美が心配そうに呟く。

 

「光牙……やっぱり、焦ってるのね……」

 

「ガグマだけじゃねぇ、大文字の奴にも負けてるから自分の力不足を痛感してるんだろうな……」

 

「……なぁ、前から聞こうと思ってたんだけどよ。あいつが勇者にこだわる理由って何なんだよ?」

 

 勇のその質問に真美と櫂は顔を俯かせる。マリアと謙哉もまた知りたかったその質問の答えに対して興味を募らせていた。

 

「……確かに、白峰君のあの態度は普通じゃないよね。なんであんなに勇者って言葉にこだわるんだろう?」

 

「私と初めてお会いした時から光牙さんはあの性格でしたし……」

 

「……そうね。一度ちゃんと話しておくべきかしらね」

 

 やがて覚悟を決めた様に呟いた真美は真っ直ぐに勇たちを見ると口を開く、そして、光牙の過去について話し始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光牙の父、「白峰大牙」は立派な警察官であった。市民の安全の為に懸命に働き、優秀な刑事として名を馳せていた。

 幾度となく警察から表彰される父の背中を見て育った少年時代の光牙は、当然の様に正義感溢れる父に憧れを抱いた。そして、いつか自分も父の様な立派な警察官になるのだと夢見ていた。

 

「……幼稚園に通ってた頃、光牙の親父さんにはよく会ったよ。すげー気さくで話しやすい人なのに、何かあったらすぐに真剣な表情に変わるんだ。俺も、大牙さんには憧れてたよ」

 

「本当に大牙さんは立派な人だったわ、警察官としても父としても素敵な人だった。でも、光牙が10歳の時……」

 

 その日、虹彩学園初等部は校外研修に出かけていた。博物館に行き、中を見学していた光牙たちだったが、そこにゲートが現れたのだ。

 当時はまだギアドライバーもゲームギアも開発されていない時代だった。すぐに駆け付けた警官隊も出現したエネミーに苦戦し、博物館内の民間人の救助は難航を極めた。

 

「……その時、陣頭指揮を執ったのが大牙さんだったの、的確な指示でエネミーを撃退してあと少しで全員が救助されるって時に悲劇は起こったわ」

 

 光牙たちが救助され安心したその時、隠れていたエネミーが子供たちに襲い掛かったのである。完全に油断していた警官隊はそれに対応できず、エネミーは子供たちの目前まで迫って行った。

 エネミーが鋭い爪を光牙に向けて振り下ろそうとしたその瞬間、光牙の前に立ちはだかった男が居た。それは、最後の瞬間まで油断せず、我が子やその友達を救おうとしていた大牙であった。

 

 子供たちを庇いエネミーに襲われた大牙は、その一撃で致命傷を負って間もなく息を引き取った。最後の最後まで子供たちを守るべく尽力した父の死は、少年時代の光牙に一つの決意を抱かせることになる。

 

「……父を殺したソサエティを攻略して、仇を取る。そして、自分を守ってくれた父親は素晴らしい人間だったと誰もが認めさせて見せるって、光牙は大牙さんの葬式の後で言ったわ」

 

「光牙の奴は大牙さんによく言われてたんだ。きっとお前は世界を救う存在になるって、世界の希望の象徴、『勇者』になれるって……」

  

「……それが、あいつが勇者にこだわる理由、か」

 

「ええ、光牙は自分が許せないんだと思う。命を懸けて自分を救ってくれた父に顔向けできない自分が、腹立たしくて仕方が無いのよ」

 

「……でも、焦ったってどうにかなる問題じゃあ無いですよ。こんな時こそ、皆の力を一つにしないと」

 

「……きっと、光牙もそれは分かってるわ。でも、どうしようも無いほど追い詰められてるんだと思う」

 

「俺達だってあの日大牙さんに救われたんだ。2-Aで大牙さんに感謝してない奴なんていねぇよ。だから、もう少し俺たちを頼ってくれても良いのによ……」

 

 櫂も真美もその言葉を最後に口を閉じた。光牙の過去を聞いた勇たちは、彼の心中を察したまま、何も言わずにただそれぞれの思いを胸に抱いていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くそっ、何をやっているんだ俺はっ!」

 

 苛立ち紛れに大声を出しても気が晴れる事は無い、それどころか自分の愚かさが身に染みる。

 自分の実力不足などとうに分かっている。まずは堅実な策を取る事が正解だと言う事もだ。だが、焦りから無謀な策を提案し、さらに仲間内の雰囲気も悪くしてしまった。

 

「……これが勇者のやる事か」

 

 リーダーとして仲間を引っ張り、世界の為に行動するのが自分の考える勇者像のはずだ。しかし、今光牙がやっているのはその真逆の行動である。

 情けなくって仕方が無かった。光牙は拳を握りしめて壁を叩く。二度、三度と壁を叩く内に皮が破けて血が出て来た手を振り続けた光牙だったが、何度目か振り上げたその拳をそっと包み込まれて顔を上げた。

 

「駄目ですよ光牙さん。こんな事しても、痛いだけです」

 

「マリア……」

 

 スカートのポケットから可愛らしいピンク色の絆創膏を取り出したマリアは、光牙の手にそれを張っていく。彼女の柔らかい手が自分の手を掴んでいる事に緊張していた光牙だったが、ふいにマリアが口にした言葉に意識が傾いた。

 

「……真美さんから聞きました。光牙さんが勇者にこだわる理由」

 

「そうか、聞かれちゃったか……」

 

「光牙さんは、お父様の事を尊敬してらしたんですね」

 

「……あぁ、自慢の父だった。それに恥じない息子になろうと子供ながらに思って、その背中を追って来た。でも、父は……っ」

 

 思い返すのはあの日の事、光牙の目の前でエネミーから自分を庇って倒れた父の姿。

 泣きじゃくる自分の頭を撫でた父は、最後に笑顔で光牙に言った。

 

「きっと、お前はこの世界を救う勇者になれる」

 

 その言葉を胸に必死に努力して来た。父の思いに応える為、世界を救う勇者になる為。しかし、今の自分はそれとは程遠い所に居る。

 

「……情けないな、自分が情けなくて仕方が無い。龍堂くんや虎牙くんの戦いを見る度にそう思うよ。俺は、二人みたいに強くない。世界を蝕む悪意に抗って戦う事も出来ないんだ」

 

 俯き、悔しさを滲ませた声で呟く。もっと強くなりたい……そうでなければ、自分は勇者になどなれはしないのだから……

 

「……光牙さんは、私と初めて会った時の事を覚えていますか?」

 

「は?」

 

 だが、マリアはそんな光牙に向かって屈託の無い笑顔を向けるとそう尋ねた。突然の質問に言葉を失った光牙に対して、マリアはその時の事を懐かしむ様な口調で話し始める。

 

「……祖国から留学して来て、一人ぼっちで不安だった私に光牙さんは手を差し伸べてくれました。『これから一緒に頑張ろう』って……そう言ってもらえて、私はすごく嬉しかったです」

 

「そんなの誰だって出来るし、今必要な物じゃあ……」

 

「……光牙さん、あなたは少し背負いすぎなんですよ。私が光牙さんに感謝している様に、2-Aの皆も光牙さんを信頼しているはずです。皆さんと一緒に戦って行けば良いんです。光牙さんが全てを背負う必要なんて無いんですよ」

 

「マリア……」

 

「櫂さんも真美さんも、もちろん私だって一緒に居ます。だから、一緒に強くなって、一緒に世界を救いましょう!みんな一緒ならガグマだってへっちゃらですよ!」

 

 そう言って笑うマリアは光牙の手を優しく、しかししっかりと握りしめてくれていた。その手の温もりを感じながら光牙は思う。

 自分は焦っていた。一刻も早くソサエティを攻略し、世界を救わなくてはならないと思って一人で独走していたのだ。先頭に立って走り続ける事と、誰かを導くことは違う……ようやく、光牙はその事に気が付けたのだ。

 

「……ありがとう、マリア。俺はとんでもない思い違いをしていたよ」

 

 支えてくれる仲間がいてこその勇者だ。自分はそれを忘れていた。真美や櫂、マリアと言った自分を支えてくれる友人の事を蔑ろにしていては、目標に近づけるはずもない。

 

「……こんな情けない俺だけど、これからも一緒に戦ってくれるかな?」

 

「ふふふ……光牙さんは情けなくなんかありませんよ。一緒に過ごしてきた私が保証します!」

 

 そう言って胸を張ったマリアを見た光牙は、晴れやかな気持ちで笑みを浮かべた。その様子を嬉しそうに見ていたマリアだったが、ふと何かを思い出すと一枚のカードを光牙に差し出した。

 

「忘れてました。これ、勇さんから光牙さんに渡して欲しいって言われて預かってたんです」

 

「これは……?」

 

 マリアが差し出したカードには剣を掲げる「光の勇者 ライト」の姿が描かれている。見た事の無いこのカードに対して疑問を持った光牙に対して、マリアは詳しく説明をしてくれた。

 

「天空橋さんからの預かりものだそうです。ディスティニーカードの第二弾に収録されているライトのサポートカードで、きっと光牙さんの力になってくれるって言ってました」

 

「ライトの……?」

 

 マリアからカードを受け取りそれを眺める。力不足に悩む自分の助けとなってくれるカードをじっと見つめる光牙、そんな彼の耳に聞き覚えのある声が聞こえて来た。

 

「ずいぶんと余裕があるじゃねぇか、弱いくせに女と二人きりとはよ」

 

「お前は……!」

 

 数名の学ランを着た生徒たちの先頭に立つのは戦国学園のライダーの一人である仁科だ。光牙とマリアに対して嘲る様な視線を送った仁科に対して身構えた光牙はマリアの前に立つ。

 

「何の用だ?ここは虹彩学園の敷地内だぞ」

 

「決まってんだろ、カチコミって奴だよ。この間は油断してたせいであの青い奴にやられたが今回はそうはいかねぇ、きっちりお返しして、可愛い女の子はお持ち帰りさせてもらうぜ!」

 

「くっ……!また私欲の為にドライバーを使っているのか!」

 

「何が悪いんだよ?まぁ、丁度良い所で会ったから肩慣らしにお前をぶっ飛ばしてやるよ。んで、マリアちゃんも貰ってやる」

 

「ひっ……!」

 

「ふざけるな!お前の好きにさせて堪るか!」

 

 小さく悲鳴を上げたマリアを庇う様にして立ち、光牙は叫ぶ。仁科はそんな光牙を見ながらドライバーを取り出すとそれを身に着けた。

 

「……なら、俺に勝ってみろよ。それが出来なきゃお前には何も語る資格はねぇ、ただマリアちゃんを俺たちに差し出して這いつくばってろ」

 

「させるものか!マリアは俺の大切な仲間だ、お前たちの玩具にはさせない!」

 

 光牙もまたドライバーを取り出すと腰に付ける。二人は睨み合うと、同時にホルスターからカードを取り出して変身した。

 

「「変身ッ!」」

 

<ブレイバー! ユー アー 主人公!>

 

<メイジ! 暴れ壊して好き放題!>

 

 変身した二人は互いに武器を手に取ると相手に向かって駆け出す。光牙は剣、仁科は大槌を振り下ろして攻撃を仕掛ける。

 

「ははっ!どうした?そんなもんか!?」

 

「ぐっ……!」

 

 幾度となく武器を交える二人だったが、力の差か光牙は徐々に押され始めた。仁科は思いっきりハンマーを振るうと、防御する光牙を思い切りかち上げる。

 

「ぐわぁっ!!!」

 

「はっ、ざまぁねぇな!」

 

 宙へ舞い、地面に叩きつけられた光牙はその衝撃に呻いた。肺を潰されるような感覚に上手く呼吸が出来ず這いつくばる光牙を仁科は嘲笑う。

 

「結局、お前は弱いんだよ。カッコいい台詞を吐いた所で力が無けりゃあ意味がねぇ、勇者になるだとかお笑いでしかねぇってこった!」

 

「お、俺は……」

 

 倒れる光牙に近づいた仁科は大槌を振り上げた。最後のとどめを繰り出そうとする彼は、仮面の下で光牙を馬鹿にした笑みを浮かべながら呟く

 

「じゃあな勇者様、お前にゃ負け犬がお似合いだ」

 

 掲げた槌を振り下ろす。その場に居た誰もが見守る中、金属音が鳴り響いた。

 

「ぐ……あっ……!?」

 

 短い悲鳴を上げ、武器を取り落としたのは光牙では無く仁科だった。数歩後退りながら、彼は自分に突き出された光牙の剣を見る。

 

「……お前の言う通りだ。俺は弱い……だが、それは決して諦める理由にはならない!」

 

 立ち上がった光牙はマリアから受け取ったカードを取り出しながら叫ぶ。強い意志と覚悟を持って戦いに臨む光牙からは、今までに無かった闘気が発せられていた。

 

「今は弱くとも、何度倒れたとしても、俺は諦めない!最後の最後まで戦って、そして勝ってみせる!お前にも、大文字にも、ガグマにも……そして、ソサエティにもだ!」

 

「俺は……勇者になるんだ!」

 

<ビクトリー! 勝利の栄光を、君に!>

 

 決意の叫びと共に光牙は新たなカードを使う。銀色の鎧が光に包まれると黄金へと色を変え、その絢爛さを増していく。肩に備えられた部分にはVの装飾が追加され、全身にも堅牢さを増した追加装甲が装着されて行く、新たな力を得た光牙はエクスカリバーを握りなおすとそれを仁科に向けた。

 

「本当の戦いは……ここからだ!」

 

「クソが……なめるんじゃねぇ!」

 

 予想外の光牙の反撃に遭い怒りを覚えた仁科が大槌を手に向かって来る。しかし、光牙は一切焦らずに剣を構えた。

 右からくる大槌の一撃を容易く躱すと、その隙に左側から剣を振るって斬り抜ける。反転して再び攻撃しようとする仁科だったが、それよりも早く繰り出された光牙の攻撃を前に吹き飛ばされてしまった。

 

「ぐわあっ!?」

 

 先ほどまでとは全く違う光牙の動きに圧倒される仁科、急に力を付けた敵を前にして困惑する彼に反して光牙は『ビクトリー』のカードの効果に驚愕していた。

 

(見える……見えるぞ!勝利の道筋が見える!)

 

 相手の攻撃に対してどう対応すれば良いのかが瞬時に導き出される。攻撃の際もどのタイミングで攻めれば良いのかが分かる。

 勝利の方程式を導き出すカード……それこそが、新たなカード『勝利の栄光』の効果であった。

 

「この力があれば、俺は……!」

 

「ごちゃごちゃと……うるせぇんだよ!」

 

 繰り出される仁科の攻撃を指示通りに躱す。光牙はバックステップして後ろに下がると見せかけて追撃に出た仁科を急な方向転換で前に出ると思い切り剣を突き出した。

 

「ぐおぉっ!?」

 

 仁科の胸に突き刺さるエクスカリバー、火花を撒き散らして吹き飛ぶ仁科。ここを勝機とみた光牙は、剣を構えて前へと駆け出す。

 

<必殺技発動! ビクトリースラッシュ!>

 

「うおぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 エクスカリバーを左上から斜めに振り下ろし、次は右上に斬り上げる。Vの軌跡を描いて繰り出されたその斬撃は、仁科にとどめを刺すには十分だった。

 

「がぁぁぁぁぁっ!?」

 

<GAME OVER>

 

 変身を解除され地面に転がる仁科に他の戦国学園の生徒が駆け寄る。光牙は彼らにも剣を向けると、恫喝する様な口調で言った。

 

「……ここから立ち去れ、そして、もう二度とこんなふざけた真似をするな!」

 

「う、うわぁぁぁぁ……!」

 

 その言葉に怯えた戦国学園の生徒たちは仁科を抱えて走り去ってしまった。強さを頼りにしているものの、一度敗れてしまえばこんなものかと呆れていた光牙だったが、そんな彼の肩をマリアが叩く。

 

「やりましたね、光牙さん!」

 

「ああ!マリアの持ってきてくれたカードのお陰だよ」

 

「それだけじゃありませんよ、光牙さんの諦めない気持ちが生んだ勝利です!」

 

「ははは、そうかなぁ?」

 

「そうですよ!絶対そうですって!」

 

 自分を励まし、大切な事を気付かせてくれた女性を守れた光牙は安堵して息を漏らす。光牙は、自分に輝く笑顔を向けてくれるマリアを見つめ、手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーこうがさん……

 

 

 

 

 

 

 

「え……?」

 

 何の前触れも無く、光牙は見て、聞いた。それは、ビクトリーのカードが与えた一種の啓示だったのかもしれない。

 

 助けを求める様な表情をしながら自分の名を呼んだマリアが、ゆっくりと闇に飲まれて行く……差し出された手すらもその闇に飲まれ、マリアはその闇に消えてしまった。

 

「ま、マリアッ!?」

 

 光牙は叫んだ、そして、その闇の中へ飛び込むと必死に走る。この中に居るはずのマリアの姿を探して駆けていた彼の目に、それは映った。

 ぐったりと項垂れ、気を失っているマリア。誰かが彼女を抱えて何処かへ連れ去ろうとしている。マリアを抱える謎の人影の背中に光牙は叫んだ。

 

「お前は誰だっ!?マリアを何処へ連れて行く気だ!?」

 

 人影は何も答えない。ただ闇の中へとマリアを連れて歩みを進めるだけだ。光牙は怒りに震えながらその人物へと駆け寄ろうとしたその時だった。

 

「……誰にも渡さない……誰にも……させない……!」

 

「え……?」

 

 マリアを抱える人物がそう呟く、その声に光牙の足が止まった。

 その声には聞き覚えがあった。最近よく聞くその声の持ち主の心当たりに光牙は首を振る。

 

「君……なのか?なぜ、君がマリアを……?」

 

 振り返ったその人物を照らす様に光が灯る。黒と紅の鎧に身を包んでいた彼は、ゆっくりと変身を解いて姿を現す。光牙は、信じられないと言った様子で彼の名前を口にした。

 

「龍堂、勇っ……!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「光牙さん?どうかしたんですか?」

 

「はっ!?」

 

 気が付けば自分は元居た虹彩学園の敷地内に戻っていた。心配そうに自分を見つめるマリアに笑みを向けると、光牙は返事を返す。

 

「だ、大丈夫だよ。すこしぼーっとしてただけだから」

 

「そうですか、やっぱり戦いの疲れが出たんじゃないですかね?」

 

 その言葉に納得したのか、マリアは振り返って歩き始めた。光牙はその背中を見ながら思う。

 

(あれは夢だったのか……?いや、とてもそうは思えない)

 

 あまりにも生々しいあのビジョンは、光牙に恐怖心を植え付けていた。あれがもし現実だとしたら、勇はマリアを闇の中へ連れ去ろうとしているのだ

 

(そんな事はさせない……絶対に、絶対にだ!)

 

 強い覚悟を持って光牙はマリアを見つめる。誰よりも大切な女性の背中を見ながら、光牙は決意を固める。

 

(マリア……君は俺が守って見せる……!どんな事があろうとも、君は、俺が……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー彼女に悲劇が舞い降りるまで、あと?5日……

 



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忍び寄る影

風邪で更新が遅れて申し訳ないです。今回戦闘無しですが、色々と動き始めますよ!


光牙が『勝利の栄光』のカードを手に入れてから数日、新たな力を手に入れた事で自信が付いたのか、いままで以上に見事なリーダーシップを発揮する光牙を中心に虹彩学園の生徒たちはソサエティ攻略に取り組んでいた。

 

 レベル上げ、クエストの消化、情報収集……様々な仕事をこなしながら一歩ずつガグマとの戦いに備えていた生徒たちだったが、今日は学校にやって来たディーヴァたちの話を聞く為にそれを休んでいるようで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チャリティーコンサート?」

 

「うん! 薔薇園の生徒たちが企画から設営までやるコンサートだよ! 入場料は無料!」

 

「俺たちにそれを手伝って欲しいってことか?」

 

「流石勇っち! 話が早い!」

 

 手渡されたチラシを見た光牙と勇は詳しい情報を確認する。場所は薔薇園学園から少し離れた市民公園、日時は5月の最終日、正午からスタートらしい。

 

「……これ、エネミーの被害に遭った人たちに元気になって貰おうって皆で考えて実行することにしたんです。たくさんの人が傷ついて、悲しんでる中で、少しでもそれを癒せないかな、って思って」

 

「歌ってやっぱり元気になって貰う為に聞いて貰う方が良いじゃん? だから、不安に思っている人たちに元気を分け与えたい! って、そんな大層な事を言えるわけでも無いんだけどさぁ……」

 

「……良いんじゃねぇの? 俺は協力するぜ」

 

 やよいと葉月の言葉を聞いた勇は笑顔で協力することを告げた。そして、光牙の意見を聞く様に彼の方を見る。

 

「俺も賛成だ。俺たちの事を理解して貰う為にもこういうイベントは行うべきだと思う」

 

「それじゃあ、虹彩学園も全生徒で参加するって事にしましょうか」

 

「ああ、そうしよう」

 

 自身の発言を受けた真美に頷く光牙、こうして二学園の協力の元にチャリティーコンサートの開催が決まり、しばらくはそちらの方に注力することになったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ガグマ様、アレの解凍が終わりました」

 

「うむ、そうか」

 

 暗い部屋、魔王城の中で玉座に座るガグマに対してマリアンがが恭しく告げる。それに対して軽く頷いたガグマは、彼女に新たな指令を下した。

 

「早速アレの効果を試してこい。適当な人間を見繕ってな」

 

「はっ……」

 

 返答と共にマリアンが闇の中へ消える。ガグマはそれを見送った後で、何も無かったかの様にその場で座し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆! 人手は十分足りてるから、落ち着いて自分の仕事をこなして行こう!」

 

 市民公園で生徒たちに指示を出しながら自分も慌ただしく動く光牙は各ポジションを巡っては不具合が無いか確認して回っていた。

 重い機材を運ぶわけでは無いがあちこち動く為に休む間もないこの状況、溜め息をついた光牙がまた動き出そうとすると、その頬に冷たいものが触れた。

 

「わっ!?」

 

「ふふ……光牙さん、少し休憩してはどうですか?」

 

「ま、マリアか……」

 

 自分の頬にペットボトルの飲料水をくっつけたマリアは愉快そうに笑う。その笑顔を見た時に感じる胸のときめきを隠しながら、光牙は彼女からもらった飲み物を口に含んだ。

 

「……最近、余裕が出て来ましたね。新しいカードを手に入れた事がいいきっかけになったみたいですね」

 

「そうかな? でも、俺にだって不安はあるよ」

 

 あの日見た幻影、マリアを闇の中へ連れ去る勇の姿……光牙の脳裏には、その光景が消える事無く刻まれていた。

 あれは夢だったのだろうか? それにしてはリアルだ。まるで誰かが光牙に警告してくれた様な、そんな雰囲気を感じる。

 

「……マリア、君は龍堂くんをどう思う?」

 

「勇さんをですか? え、ええっと……とても頼りになる方だと思います」

 

 少し顔を赤らめながらマリアは勇をそう評する。多少胸がちりりと痛んだが、光牙はその話を聞き続けた。

 

「勇さんは私たちに無いものを持っています。光牙さんと勇さんが協力すれば、きっと世界を救えますよ!」

 

「……そうか、協力すれば、か」

 

 確かにそうだ、勇は強い。そして、自分には無い物を持っている。

 謙哉も葉月も勇が持つ輝きに惹かれて彼に付いて行っているのだろうと考えた光牙は、胸の中で何か不穏な考えを浮かべる。

 

 確かに勇は強い。彼ならばきっと勇者にもなれるだろう。そして同時に……魔王にもなれる。

 ガグマや大文字に認められるほどの力量と人を惹きつけるカリスマ性、彼がその気になれば一大勢力を築き上げるかもしれない。

 

 そうなった時、勇が正義の側に立つとは限らない。もしも、何かの間違いが起こって自分たちの敵となったなら、それは今まで出会った中で最も厄介な敵になるかもしれないのだ。

 

(あり得ない話……なのか?)

 

 そう言い切れない自分が居る。父との誓いを果たす為に戦う光牙と違い、勇は偶然力を手に入れただけの人間だ。それを悪用しないなんて保証は何処にも無い。

 

「光牙さん? どうかしましたか?」

 

「あ、いや、何でもないよ。そろそろ行かなくちゃ」

 

 マリアにそう告げると、光牙はその場を後にした。勇に対する不信感を払拭しなければ今後どうなるか分からない。

 今のうちに、彼と話しておこう……そう考えた光牙は勇の姿を探して公園内を歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

「あー! おらどけこの筋肉ダルマ! 邪魔なんだよてめぇ!」

 

「んだとぉ!? って、どわぁっ!?」

 

 櫂を蹴り飛ばして空いたスペースに荷物を置く勇、ぶっ倒れた櫂には目もくれずに次の仕事に取り掛かる。

 

「いやー、汗を流して働くのは気分が良いなぁ!」

 

「て、てめぇ……覚えとけ、よ……」

 

 蹴り飛ばされて倒れた櫂の恨み節も聞き流して次の荷物を運ぼうとした勇だったが、不意に肩を叩かれて振り返った。

 

「おう、どうした光牙? なんか用か?」

 

「あ、あぁ……ちょっと、話があってね……」

 

 光牙は勇に対してなんと話を切り出すべきか頭を悩ませる。まさか、君がマリアをどこかに連れ去ってしまう幻を見ました。などと話すわけにはいかないだろう。そんなことをしたら間違いなく病院に行く事を勧められる。

 

「実は、その……マリアの事なんだけれども……」

 

 悩んだ末に無難な切り口から攻めようと思った光牙がそう切り出した直後だった。

 

「勇にいちゃ~~ん!」

 

「お、お前ら!」

 

 遠くから聞こえる子供たちの声、何事かと思ってそちら側を向けば、そこにはたくさんの子供たちが勇目がけて駆け寄って来ていた。

 

「兄ちゃん頑張ってる?」

 

「ディーヴァ来るんでしょ? すごーい!」

 

「あーあー、お前ら、そんなはしゃぐなって!」

 

 光牙は勇たちを囲む子供の中に見た事がある顔がいる事に気が付く。それが初めてディスティニーカードを買いに行ったあの日に出会った子供たちだと気が付いた光牙は、はっと息を飲んだ。

 

「ごめんね勇君、この子たちがどうしても来てみたいって言うからつい……」

 

「構わねぇよ、でも、あんまりはしゃぎすぎないように注意してやってくれ」

 

 引率役の職員と話した後で勇は光牙の元へとやって来る。そして、ばつが悪そうな表情で謝罪の言葉を口にした。

 

「わりぃな、うちのチビどもが迷惑かけた」

 

「い、いや! 迷惑だなんてそんな事無いさ!」

 

「あんがとよ、でも、ここは子供の遊び場じゃあねぇからなぁ……」

 

 口では迷惑そうにしながらも子供たちを見守る勇の目は優しげだった。その事に気が付いた光牙は勇に問いかける。

 

「……あの子たちが大切なんだね」

 

「……まぁな。全員、あの年で親無しのガキどもだ。俺もそうだったから気持ちはわかるんだよな」

 

 勇はそこまで言った所でふと何かに気が付いた様な表情になる。そして、真っ直ぐに光牙を見るとこう言った。

 

「光牙、俺はお前みたいに立派な戦う理由はねぇ。せいぜいあるとしたら、あいつらの未来を守ってやりたいって願いくらいのもんさ」

 

「あの子たちの未来?」

 

「ああ、あいつらは十分に寂しい思いもした、辛い事もあった。だから、これから先はあいつらが笑って過ごせる様にしてやりてぇんだ。その為ならどんな奴とだって戦う。それが俺の戦う理由さ」

 

「龍堂くん、君は……」

 

「ま、聞きっぱなしってのはわりぃからな。これでお相子だぜ」

 

 照れた様に笑う勇の顔を見た光牙は心の中で自分の事を恥じた。ここまで他者を思いやり、子供たちの為に戦う勇が自分たちの敵に回るなど到底あり得ない事であった。

 きっとあの光景は弱い自分の心が生み出した幻影……勇への嫉妬が見せた、ただの夢だったのだ。

 

「んで、何の話だっけ? 確かマリアがどうとか……」

 

「……マリアが向こうで飲み物を配ってる。龍堂くんも少し休憩してきたらどうだい?」

 

「おお、そうか。んじゃ、お言葉に甘えますかね」

 

 そう言ってマリアの元へ歩いて行く勇の背を見ながら光牙は思った。

 マリアの言う通りだ。自分と彼が協力すればきっと世界を救うことが出来る。父との約束を果たし、子供たちの未来を守る事が出来る……そう思った光牙は、休憩に入った勇に変わってこの場の仕事の手伝いを始めたのであった。 

 

 

 

 

 

 

「はわわわわ………!」

 

 そんな光牙と勇の様子を見ながら慌てる女子が一人。たまたま休憩に入って公園内を散歩していたやよいは、途切れ途切れに聞こえて来た二人の会話からある種の思い込みをしていた。

 

(こ、光牙さん、勇さんにマリアさんの事について話そうとしてた……こ、これって、もしかして……!?)

 

 光牙は最近仲の良い勇とマリアに対してやきもちを焼いていたのかもしれない。そして、その事を勇に言おうとした。今回は邪魔が入ったものの、次はどうなるか分からない。

 

 光牙がマリアに好意を抱いている……しかし、やよいが見る限りはマリアは勇に対して思いを寄せているのは確かだ。同時に自分の親友である葉月も勇に対して好意を隠す事をしていない。

 破天荒な転校生を中心に繰り広げられる恋物語、まるでドラマの様な展開に顔を赤くしたやよいは小さく叫んだ。

 

「し、四角関係だ……!」

 

「……何言ってるの、あなた?」

 

 そんなやよいに対して怪訝な顔を向ける真美、やよいは彼女の肩を掴むとガクガク揺らしながら涙目で訴えかける。

 

「四角関係だよ美又さん! チーム内でどろどろの恋愛模様が描かれちゃうよ!」

 

「あー、もう。落ち着きなさいよ……まぁ、こんな日が来るんじゃないかって思ってはいたんだけどね……」

 

「へ……?」

 

 どこか寂し気に呟いた真美の横顔を見つめるやよい。仕事をこなす光牙を映した目に涙が浮かんだのを見たやよいは、自分の思い描いていた図にもう一人の人物の名前を加えなければならない事に気が付いた。

 

(五角関係……だったんだ……)

 

 勇の事が好きなマリアが好きな光牙が好きな真美。こうやって表すとむしろ邪魔なのは葉月なのかもしれない。

 虹彩学園のチームの中で描かれている恋愛模様……それに加わるつもりが無く、黙って身を引こうとしている真美に対して何を言うべきか迷っていたやよいだが、それよりも早く真美が立ち直る。

 

「……さ、仕事の続きよ。あなたも十分休んだでしょう?」

 

「う、うん……」

 

 すたすたと先に歩いて行ってしまった真美の後ろ姿を見ながらやよいは思う。本当にそれで良いのか、と……

 自分は真美や葉月の様に人を好きになった事は無い。だから、そう簡単に諦めが付くのかどうかも分からない。

 

 でも、あんなに悲しそうな顔をするくらいならば自分の思いを隠す事などしなければ良いのに……そう思いながら、やよいは自分の仕事場へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……他の皆が一生懸命働いてるって言うのに、あなたってば暇なのね」

 

「いや、僕も決して暇してるって訳じゃ無いんだけど……」

 

 一方その頃、ステージ裏で休憩している玲に詰られた謙哉はため息をついていた。自分も会場の設営を手伝おうと思っていたのだが、何故だか誰もが「玲に付いてろ!」と言う為に彼女の傍でサポートをこなしていたのだ。

 それには気難しい玲に対して生贄を差し出すと言う意味があったのだが、当の本人はそんな事には全く気が付いていなかったのであった。

 

「えっと……水無月さんって、すごく歌が上手いんだね!」

 

「当然でしょ、プロだもの」

 

「……す、ステージ衣装も可愛くって良いね!」

 

「みょうちくりんなデザインの服を着て踊るアイドルが居る訳無いでしょう」

 

「あー、えっと、その……」

 

 会話、数秒で終了。自分と会話する気がまるでない玲と過ごす時間は気まずい雰囲気が続いている。もはやこの空気に耐えられなくなった謙哉は、立ち上がると飲み物を取りに駆け出して行った。

 

「………はぁ」

 

 謙哉が駆け出して行って数秒後、周りに誰もいない事を確かめた後で、玲は溜息をついた。

 それは上手く会話の受け答えが出来ない自分に対しての溜め息なのか、たはまたある種の情けなさを感じてのものなのかは分からないが、玲は頬杖を突くともう一度溜め息をつく。

 

(……私、なんでこんなことで悩んでるのかしら?)

 

 適当にあしらって、はい、お終い。それが玲の会話術であり、それで今まで過ごしてきた。しかし、なんともまぁ不思議な事にもう少しだけ会話を続けてみようと何故だか思い至った訳である。

 やよいと葉月との会話では上手く行った。薔薇園の生徒たちともそれなりに上手く話す事が出来た。しかし、謙哉と話す際にはいつもの冷たい態度になってしまうのである。

 

(やっぱり男だと駄目なのかしら?)

 

 思いつく理由はそれだ。女子相手ならば問題無いのだからそう考えるのも当然なのだろうが、正直玲はこれが理由では無い様な気がしていた。

 

 何と言うか、謙哉が特別なのだ。彼に対しては素直になれないし、つっけんどんに接してしまう。嫌いな相手だから仕方が無い。と、理由を付ける玲の頭の中で、前にやよいに言われた言葉が浮かぶ。

 

『本当に謙哉さんの事が嫌いなの?』

 

 その言葉を思い返すたびに何故か胸が痛くなる。何故だかわからないが、ずきずきと胸の奥の方が痛むのだ。

 こんな感情を植え付けたあの馬鹿はやはり嫌いだ。帰ってきたら一発ぶん殴ってやろう。そう考えた玲が顔を上げると、気になる物を見つけた。

 

「……はぁ」

 

 それは自分同様に溜め息をつく少女だった。小学生にもなっていないであろうその少女の悲しそうな顔が気になった玲は彼女から目を離せないでいた。

 しょんぼりとした様子で膝を抱えるその娘に近づく玲、隣に座り、驚きで見開かれた彼女の目を見ながら優しく話しかける。

 

「こんにちは、そんなに寂しそうな顔してどうかしたの?」

 

「………」

 

「……怖がらないで、私、水無月玲。TVで見たことある?」

 

「……ディーヴァのお姉ちゃん?」

 

 自分がアイドルだと言う事に気が付いた少女は玲に対する警戒を少し緩めた。彼女の心を解きほぐす様にして、玲は話を続ける。

 

「あなた、お名前はなんて言うの?」

 

「……悠子」

 

「そう、ゆうこちゃんって言うのね。今日はお友達と遊びに来たの?」

 

「……ううん」

 

「じゃあ、お父さんとお母さんと一緒?」

 

「……違う」

 

 そう答える悠子の目には涙が滲み始めていた。自分が鳴かせてしまった事に罪悪感を感じながら、玲は努めて冷静に話を続ける。

 

「……何か嫌な事でもあった? もし良ければ、お姉ちゃんに話してみて?」

 

「………」

 

「嫌な事は誰かに話すと楽になる物よ。だから、ね?」

 

「……うん」

 

 小さく呟いた悠子はぽつりぽつりと悩みを放し始める。玲は、黙って彼女の話を聞き続けた。

 

「……私のお父さんとお母さん、リコンするかもしれないんだって……リコン、って、離れ離れになる事でしょ? 私、お母さんたちと離れ離れになりたくない!」

 

「………」

 

「……お父さんとお母さん、家でもずっと喧嘩してる。私、喧嘩してる二人を見たくなくって、ずっとここに居るの」

 

「……辛い、わよね」

 

 そう言って目を伏せる。かつての自分と同じ様な状況に置かれたこの少女に対して、既視感にも似た感覚を覚える。

 不安で、辛くて、悲しい日々……この小さな少女は、まだ幼いと言うのにその恐怖と戦っているのだ。その辛さは、玲にも良く分かった。

 

「……お姉ちゃん。結婚、って好きな人同士がするんだよね? じゃあ、何でお父さんとお母さんは喧嘩するの? 何で好きになったのに、離れ離れになるの?」

 

 無垢な瞳を向けて玲に聞く少女、涙で一杯のその瞳を暫し見つめた後で、玲はその質問に答える。

 

「……人を好きになるのってね、とっても怖いのよ。大好きで堪らない人が自分の傍からいなくなるととっても寂しいし、大好きな人に傷つけられると……とっても痛いの」

 

 自分がそうだった。大好きな父が死んだ時、心が壊れる程に寂しかった。大好きな母に裏切られた時、体よりも心が痛かった。

 愛情は時に人を傷つける……幼くしてそれを学んだ玲は、以来人を愛する事は無かった。一人で生きていれば誰にも傷つけられない。心の内に踏み込まれて、深く傷つけられることが無いから……

 

 悠子にそう答えた時、玲は気付いた。そして、不思議と穏やかな気持ちで納得する。

 

(……そっか、私、怖いんだ。また、裏切られるのが)

 

 信じた人に裏切られるのが怖い。心の内側から傷つけられるのが怖い。だから、人を遠ざける。

 強がって孤高の女を気取った所で、その本質はただの臆病者なのだ。もう二度と傷つきたくないから、だから一人になろうとする。

 

 だから自分は素直になれない。自分を気にかけて、傍に居てくれる彼を遠ざけようとする。嫌いだと決めつけて、理解できないと拒否して……そうしないと、信じてしまうから。

 陽だまりの様な優しさが、自分が欲しがっている温もりが、玲の心を溶かさぬ様に距離を置かないと、嫌いだと言って拒否しないと、そうしないと自分は、きっと……

 

「……お姉ちゃんは、そうなの?」

 

 考えにふけっていた自分を現実へと引き戻す声、悠子は玲を見ながら質問を続ける。

 

「お姉ちゃんは好きな人に傷つけられたの?」

 

「…………」

 

 それに対して玲は何も答えない。頷きもせずにただじっと悠子を見つめ返す。

 その行為に何かを察したのか、幼い少女はその質問を変えた。

 

「……お姉ちゃんは、もう誰かを好きにはなれないの? 傷つけられたから、誰も好きになれなくなっちゃったの?」

 

 その通りだと声が聞こえた。

 それは違うと声が聞こえた。

 

 誰かに愛して欲しくて堪らなくて、でも、その一歩を踏み出すのが怖い。だから人を愛せないふりをする。

 それが自分だと、弱い自分だと言おうとして……玲は止めた。

 

「……わからないわ。私も、わからないの」

 

 代わりに出た嘘の言葉と自分の弱さを噛みしめる玲を、幼い瞳がじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの、その、ごめん」

 

「……盗み聞き? ずいぶんと趣味が良いわね」

 

「そんなつもりは無かったんだ、でも、つい……」

 

 夕暮れ時、話を終えた悠子を見送った玲はずっと自分たちを見ていた謙哉に鋭い視線を向ける。彼なりに自分の事を気にかけてくれたのであろうと理解していながらも、玲はそうせざるを得なかった。

 

「あの子、悠子ちゃんって言ったっけ? 親御さんが仲良くなってくれると良いんだけど……」

 

「……さぁ、どうかしらね? どの道私たちに出来る事なんて何も無いわ」

 

「……本当にそう思うの?」

 

 謙哉の一言に玲が目を細める。少し迷った後で、謙哉は自分の意見を述べた。

 

「水無月さんもあの子の事が気になったんじゃないの? 本当は幸せになって欲しいって思ったんじゃないの?」

 

「……何の罪も無い女の子に不幸になって欲しいと思うほど嫌な性格はしてないわよ」

 

「またそうやって、冷たい言い方をして! 心配ならそう言えばいいじゃないか! 力になってあげても良いだろうに!」

 

「っっ……! あなた、本当にムカつくわね!」

 

 ザラりとした感覚に玲は苛立ちを覚える。謙哉の言った事が自分の本心を見事に当てている事がどうしても気に食わない。

 玲は謙哉に詰め寄ると鋭い目で彼を睨みつける。だが、謙哉は玲の胸の内の苛立ちと憎しみを込めたその視線に怯む事無く見つめ返してきていた。

 

「覚えておきなさい……あなたみたいなお人好しには分からないでしょうけど、自分の心に踏み込まれる事が怖い人間だっているのよ!」

 

「……それは、水無月さんの事?」

 

「っっっ!!!」

 

 パン、と乾いた音が鳴った。それが謙哉の頬を張った時の音だと気が付いたのは、しばらく後に彼の顔を叩いた自分の手が痛みを伝えて来た時だった。

 

「……ごめん、言い過ぎた」

 

「だったら最初から言うな!」

 

 荒い息のままに叫ぶと振り返って謙哉から離れる。やはり嫌いだ、こんな風に自分の心を搔き乱すこの男の事など……

 

「ちょっと待って」

 

「何よ!?」

 

 怒りの形相で振り返った玲の眼前に謙哉が何かを突き出す。それがペットボトルに入った飲料水だと気が付いた玲は、目の前のそれと謙哉の顔を交互に見比べていた。

 

「……水無月さんの分も貰って来たから、渡すよ。それだけ」

 

「……っ」

 

 乱暴にペットボトルを受け取ると速足でその場から離れる。遠く、誰の姿も無い場所に来た玲は近くのベンチに座ると気を落ち着かせる様にして飲み物を口にした。

 

(何なのよ……何なのよあいつは!?)

 

 憎しみ、苛立ち、怒りをぶつけようとも虚しくなるだけだ。謙哉の言っている事は正しい、自分はまた誰かに深く関わる事を恐れて距離を取ろうとしている。本当は悠子の力になってあげたい……しかし、誰かに近づくのが怖い。だから、何も出来ないでいるのだ。

 謙哉にその事を見透かされた様で無性に腹が立つ。玲は両手で顔を覆うと俯いて歯を食いしばる。その目には、涙が浮かんでいた。

 

 理解できない、底抜けに優しくて自分を苛立たせる彼の事が

 到底分からない、何故玲の事をそこまで気に掛けるのかが

 

 心を搔き乱され、幾度と無く苛立たされ、顔も見たくないと思った。

 だが、一緒に過ごす内に良い所が沢山ある事も知った。自分の弱い所も見られた。決して良い表情をしない自分の傍に居続けてくれた……

 

「なんなのよ……これ……」

 

 騒めく胸をぎゅっと掴みながら、玲は謙哉の事を考えてしまう自分に対して疑問を抱き続けていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……悠子の親権は渡さないぞ! 俺の方が稼ぎもある!」

 

「今まで仕事であの子に構って無かったくせに今更父親面するつもり!? あの子は私が育てるわ!」

 

 夜、布団に潜り込んだ悠子は怒鳴る両親の声から耳を塞ごうと必死になっていた。しかし、どうあがいても聞こえてくる両親の声に耐えきれずに涙を零す。

 

「もう、やだ……もう、やだよぉ……っ!」

 

 大好きな両親が憎しみ合う姿など見たくない。何故、二人は仲良く出来ないのだろうか

 絶望と悲しみに暮れながら涙を流し続ける。もう、こんな日々は嫌だと思いながら……

 

「……可哀想に、その歳で愛ゆえに苦しむなんてね」

 

「え……?」

 

 嗚咽を続けていた彼女の耳に届く両親以外の声、驚いて顔をあげた彼女が見たのは、いつの間にか自分の目の前に立つ化け物の姿だった。

 

「だ、だれ……?」

 

「ふふふ……怖がらないで、あなたを救いに来たのよ……」

 

 そう言いながらその化け物『色欲のマリアン』は嗤う。そして、手の中にある小さな黒い球を割ると悠子の前で手を開いた。

 

「うっ……!?」

 

 開かれた掌の中から出て来た黒い煙を吸い込んだ悠子が呻くと共にベットに倒れ込む。その小さな体を搔きむしり、苦しみに耐える。

 

「うぅ……うぅぅ……!」

 

「……大丈夫よ。数日もすればあなたの苦しみは消えて無くなるわ……じゃあ、お大事に。あなたが覚醒したら、迎えに来るわね」

 

 それだけ言い残してマリアンは部屋から消えた。残るは苦しそうに呻く悠子の姿のみ。

 彼女が吸い込んだ黒い煙、その中に生きていた『何か』が、彼女の体を蝕み始めたのであった。  

 

 

 



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譲れないものの為に……ディスティニーVSイージス!

 勇たちが薔薇園学園主催のチャリティコンサートの準備の手伝いを始めてから一週間の時間が経った。準備も大詰めを迎え、ついに明日にはコンサートが開催される事となったが、勇たちの仕事に終わりはない。ちゃんと当日の手筈を整える為に確認の最中であった。

 

「……このタイミングでコンサート開始のアナウンスを入れて貰える?」

 

「分かりました。じゃあ、次は避難経路の確認をしましょう!」

 

「出店の準備ってどうなってんだ?」

 

「料金設定は? どこで何を売るかは決まってるの?」

 

 てんやわんやの騒ぎを繰り広げる虹彩学園の生徒たちに対して薔薇園学園の生徒たちはライブステージのリハーサルを行っていた。明日のメインイベントを務めるだけあって皆の表情は真剣である。そんな中、ディーヴァの三人は流石手慣れた様子でOKを出してステージから離れて休息を取り始めた。

 

「ぷは~っ! チャリティイベントとは言え大掛かりだからプレッシャーも多いねぇ~! でもま、それも楽しいんだけどね!」

 

「薔薇園の皆と立つ初めてのステージだもんね! 一緒に頑張ろうよ!」

 

 やよいと葉月は感想を言いあいながら明日のステージに対して意欲を見せる。そんな中、玲は一人差し出された飲み物を口にしながら公園内の様子を伺っていた。

 公園はイベントの開催が明日に迫っていると言う事もあって今日は関係者以外立ち入り禁止になっている。玲が探している人物がいないと言う事は分かっていたが、初めて会ったあの日から彼女が気になっていたのは確かだ。

 

 親の離婚問題に巻き込まれた少女、悠子……彼女がここに来ないと言う事は、親が喧嘩を止めて仲良くしたという事だろうか? それとも、さらに仲が悪くなって悠子は家から出る気力さえも無いほど追い詰められているのかもしれない。

 家の住所も電話番号も分からない。分かるのは彼女の名前だけ……自分には何も出来ない。それが分かってはいるものの、玲は彼女の事が気になっていた。

 

「……玲、どうかしたの? 休憩終わるよ」

 

「あ……ごめんなさい、ちょっと考え事してたわ」

 

「ふ~ん……珍しいね、玲が考え事なんて」

 

 いつの間にか休憩時間は終わっていたらしい、玲は残っていた飲み物を飲み干すと葉月たちの後ろに付いてステージに向かう。先ほどまで考えていたことを頭から振り払いリハーサルに集中する玲、そんな彼女の姿を謙哉が心配そうに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……うぅ……」

 

 夜の暗い道を少女が歩く、時折苦しそうに呻きながら壁を伝って歩いていた少女は、ついに力尽きると地面へと倒れ込んだ。

 もう3日は家に帰っていない。食事もしていない。体が熱く、病気になってしまった様に思える。

 だが、何よりも彼女が不安だったのはその3日間の所々の記憶が無い事であった。時折意識が遠くなり、次に気が付いたときには見た事の無い場所に居るのだ。

 

「おとぉさん……おかぁさん……」

 

 両親を呼ぶ幼い少女の体に黒くなっていく。体全体を包み込む様に広がるそれに飲み込まれる前に少女は絞り出す様にして呟く

 

「だれか……たすけて……っ」

 

 だが、その声を聞く者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……薔薇園学園主催チャリティーコンサート、生徒たちによるライブステージはもう間もなく開始されます。国民的アイドル「ディーヴァ」をはじめとする数々のユニットのパフォーマンスをどうか存分にお楽しみください』

 

 会場に真美の良く通る声が響く。数時間前に始まったチャリティーコンサートは大盛況であり、公園内は出店の屋台が並び、華麗なアイドルたちのライブを見ようと駆けつけた人々で一杯だった。

 

「見てください勇さん、熊さんもいますよ!」

 

「本当だな。誰が手配したんだ?」

 

 子供たちと戯れる着ぐるみの熊を見ながら勇とマリアは笑う。会場内の見回りをしていた二人だったが、大した問題は見受けられない為こうして中の様子を見ながら公園内をまわっていた。

 

「無事に今日を迎えられて良かったですね! あとは薔薇園の皆さんに期待しましょう!」

 

「ああ、後は余計な問題が起きなければ良いんだけどな……」

 

 若干の不穏な予感を感じながら公園を歩く勇、特に何が起きるかは分かってはいないがこういう時の自分の勘は当たるのだ。

 だから勇は用心していた。そんな彼に対して近づく影が多数…………

 

「勇兄ちゃん! デート!?」

 

「うおっ!? おまえたちっ!?」

 

 勇の背中に飛び掛かる様にしてやってきたのは希望の里の子供たちであった。その重みに耐えきれずに地面に倒れた勇の横で、何人かのおませな女の子たちがマリアに向かって頭を下げながら挨拶をしている。

 

「勇兄ちゃん、乱暴でちょっとスケベだけど良い人なんです! だから、末永く付き合ってあげてください!」

 

「え? あ、は、はい!」

 

 何事か良く分からないが丁寧にあいさつされたことに対して自分も頭を下げるマリア、ややあって、自分が勇の彼女と勘違いされている事に気が付いて顔を赤くする。

 

「だー! お前ら、何勝手な事してんだ!? マリアと俺はただの友達だっての!」

 

「えー!? ほんとー!?」

 

「嘘ついて何になるってんだよ!? ったく、マリアも悪かったな、こいつらすぐ調子乗るんだからよ……」

 

「い、いえ……別に、嫌ではありませんでしたし……」

 

 マリアの呟きの後半は子供たちの相手をする勇の耳には届かなかった様だ。それでも良いお兄さんとして子供たちに接する勇の姿をマリアは頼もしそうに見つめる。

 ぎゃいぎゃい騒ぐ勇と子供たち、そんな彼らにまたしても近づく影が多数…………

 

「楽しそうやな勇ちゃん! 俺も混ぜてくれや!」

 

「なっ!? おまえは!」

 

「久しぶりやな勇ちゃん! マリアちゃんもお久しぶりや!」

 

 サングラスと革ジャンを身に着けた黒髪の男、聞き覚えのある妙な関西弁とハイテンションなその態度は勇の頭の中から消える事の無いものだ。

 戦国学園の生徒たちを引き連れたその男、真殿光圀はにかにかと笑いながら勇たちの方へ歩いて来る。

 

「真殿……何の用だ?」

 

「そんな固くなんなや、こないだは仁科のアホンダラが世話になったなぁ」

 

「……まさか、お礼参りに来たのか?」

 

「ちゃうちゃう、仁科がやられたんはあいつが弱いからや! 勝った方に逆恨みとか、俺はせぇへん」

 

「じゃあ、何でここに来たんだ?」

 

「へへへ……それはやなぁ……」

 

 その言葉を合図に光圀とその取り巻きが鞄の中に手を突っ込む。何か武器を取り出そうとしているのかと思った勇はとっさに身構え、彼らの動きを注意深く見張っていたが……

 

「応援にきたんや~~っ!」

 

「……はぁ?」

 

 光圀が取り出したのは団扇とはっぴであった。アイドルを応援する為の道具を持ってきたその用意周到さに勇とマリアの目が点になる。

 

「ディーヴァをはじめとした薔薇園の女の子たちが歌って踊るんやろ? んなもん応援するに決まっとるわ!」

 

「え、は? お、応援?」

 

「そや! 見ろやこの一糸乱れぬ応援芸! めっちゃ練習したんやで!」

 

 光圀の後ろでは取り巻きの生徒たちがそれは見事なヲタ芸を披露していた。強面の男たちが行うヲタ芸にポカンとした表情を向けていた勇だったが、顔を振って気をしっかりさせると光圀に確認する。

 

「じゃあ、今日は争うつもりは無いって事か?」

 

「当然や! 何の関係もあらへん人様に迷惑かける様な真似はせぇへんて! それに俺、子供めっちゃ好きやねん! 子供たちを傷つける事は絶対にせぇへんよ!」

 

「……なんつーか、お前だけは読めねぇわ」

 

 屈託のない笑顔を見せて笑う光圀に対して呆れ半分でそう言いながら、勇もまた笑みを浮かべる。そして、光圀に向かって手を伸ばすと彼を歓迎した。

 

「ま、そう言う事なら楽しんで行けよ! 今日は学校の関係性も関係なしだ」

 

「おう! そうさせてもらうわ! ……ところで勇ちゃん、うちの大将見てへんか?」

 

「大将って、大文字のことか?」

 

「そや、俺らより先に会場に来てるっちゅう話やったんやけどなぁ……?」

 

 そう言いながら周りを見渡す光圀だったが、大文字の姿は見受けられない。見上げるような大男である彼ならば、すぐに見つかるはずなのだが……

 

「……ま、ええか! どうせその内見つかるやろ! お前ら、会場の皆さんに迷惑にならんように場所取りすんでぇ!」

 

「はいっ!」

 

 気楽に考えて大文字の捜索を止めた光圀は取り巻きの生徒たちに命じてずがずがと進んで行った。と言っても非常にきちっと一列になって邪魔にならない様に歩いて行く彼らの後ろ姿を見ながら勇はある意味での感心を覚えていた。

 

「……いつもああいう風にしていただければ良いんですけれどもねぇ」

 

「全くだな」

 

 マナーのしっかりした彼らに対しての感想をこぼしたマリアの一言に同意した後で、勇は見回りの仕事に戻って行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……まもなく、ステージにて薔薇園学園の生徒たちによるライブパフォーマンスが行われます。ご覧の方は他の方の迷惑にならない様にしながらお楽しみください』

 

「……来てない、か」

 

 特設ステージに集まった人々の顔を見ながら玲は呟く。何故だか分からないが戦国学園の生徒と思われる男たちが列の整理と警備をしているのが気になったが、玲はそれをひとまず置いておいて悠子の顔を探していた。

 もしも今日、彼女がここに両親と共に来てくれていたら自分の抱えている不安は無くなる。不幸な少女は居なくなったのだと安堵できると思いながら彼女の姿を探していたが、残念ながら悠子の姿は見えなかった。

 

 ここから見えない場所に居るのか、あるいはここに来ることが出来なかったのか……

 後者である場合、それは彼女の家族の離散を示しているのだろう。親と離れ離れになり、心を深く傷つけてしまった悠子の事を想像した玲は胸を痛めた。

 

(……いけないわ、これからステージが始まるんだから集中しないと……)

 

 ゆっくりと首を振りながら一人の少女の事を考えて騒めいていた心を静める。自分はプロ、沢山の観客の前で常に100%のパフォーマンスをすることが仕事なのだ。

 沢山の観客を前にして腑抜けた姿を晒すわけにはいかない。そんなことは玲のプライドが許さなかった。

 

「あ、居た居た。水無月さん、ちょっと良い?」

 

 そんな時だった。薔薇園学園の女子生徒の一人が自分を見つけると駆け寄って来たのだ。一体何事かと思いながら玲は彼女に視線を向ける。

 

「えっとねぇ、良く水無月さんと一緒に居る彼、居るでしょ? ほら、虹彩の蒼いライダーの彼。伝言を預かって来たのよ」

 

「……伝言?」

 

 どうやらこの娘は謙哉からのメッセージを預かって来た様だ。この間の一件から少しギクシャクしてしまっている彼の事を思い浮かべた後で玲は尋ねる。

 

「で、あいつはなんだって?」

 

「えっと……『必ず見つけて来るから、水無月さんはカッコいい姿を見せられる様にライブ頑張って!』……だってさ、見つけるって誰を見つけて来るの?」

 

「……さぁね、あいつの考える事が私にわかる訳無いじゃない」

 

「そう……まぁ、これで伝えたって事で、それじゃ……」

 

 謙哉からの言伝を伝えた女子生徒はそそくさとその場から立ち去って行った。彼女の姿が見えなくなった後で、玲は自分の左胸にそっと手を置く。

 

(……また、見透かされたな)

 

 謙哉は分かっていた。自分が悠子を探している事も、彼女の事を気にかけている事もだ。だから玲の為にもこの会場に来ているかもしれない悠子の姿を探しているのだろう。

 それはただ悠子が幸せになっていると信じたい謙哉の独りよがりなのかもしれない。だが、それでも玲は嬉しかった。

 

(……何、これ?)

 

 玲の胸がふわふわとして温かくなる。久しく感じていなかった故にどう言った感情であったか分からない思いが心の中で生まれる。

 気にかけて貰えていると言う事、自分の為に行動してくれる誰かが居ると言う事、自分を思ってくれる人が居る事。その全てを理解した玲は、紛れもなく『嬉しい』と思ったのだ。

 

(私、どうしちゃったの? 何で、何でこんな……?)

 

 理解不能の感情に包まれる自分自身が理解できない玲は珍しく動揺していた。早くなる心臓の鼓動を感じながらも必死に冷静になろうと努める。

 生まれて初めての感情に翻弄されながら、定まらない思考でこの感情の答えを玲が探していた時だった。

 

「玲ちゃんっ! 大変だよっ!」

 

 焦った顔のやよいがやって来た。その表情からただならぬことが起きている事を悟った玲は、一体何が起きているのかを彼女に問い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ!? 何があった!?」

 

「何かすごい音がしましたよね!?」

 

 玲たちが異変に気が付く少し前、見回りをしていた勇とマリアは公園内で何か大きな音がしたことに気が付いてその正体を探っていた。周りを見渡し、何か異変が起きている場所が無いか探る二人、すると……

 

「グギギギギ……!」

 

「なっ!?」

 

 会場の傍ら、入り口の方向から何体ものエネミーがやって来ているではないか。その光景に言葉を失ってしまった二人だが、エネミーたちがやって来た観客たちを襲っている姿を見てはっとすると行動を開始する。

 

「マリア、急いで避難警告を出してくれ! エネミーは俺が食い止める!」

 

「分かりました!」

 

 急ぎこの非常事態を伝える為駆け出すマリア、勇はギアドライバーを取り出すとエネミー目がけて走り出す。

 

「変身っ!」

 

<ディスティニー! チェンジ ザ ディスティニー!>

 

 ディスティニーへと変身した勇は剣を片手にエネミーたちに飛び掛かる。目の前の一体を切り倒し、次にやって来た二体目を打ち倒す。それでも数が減らないエネミーたちに対して舌打ちをした勇は、ホルスターからカードを取り出すとディスティニーソードへとリードした。

 

<スラッシュ! フレイム!>

 

<必殺技発動! バーニングスラッシュ!>

 

「これでどうだぁっ!」

 

 燃え盛る剣を振るって繰り出された斬撃は次々とエネミーを倒していく。合計6体のエネミーを倒した勇だったが、顔を上げると青い顔をして呟いた。

 

「……マジかよ?」

 

 目の前に映るのは公園の一角を埋め尽くすほどのエネミーたち……これ全てを押し留めないと甚大な被害が出てしまう。意を決した勇は再びディスティニーソードを構えるとエネミーの集団へと斬りかかって行く。

 

「こっから先へは行かせねぇぞっ!」 

 

 自分の後ろに居るたくさんの人々と希望の里の子供たちの事を思いながら、勇は戦いへと身を投じて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「櫂っ! そっちは大丈夫か!?」

 

「なんとかなっ! でも、なんつー大掛かりな侵攻だよこれは!」

 

 所変わって中央広場付近、ここでは光牙と櫂がブレイバーとウォーリアに変身してエネミーの大群と戦っていた。

 あまりの敵の多さに埒が明かないと判断した光牙はビクトリーブレイバーへとフォームチェンジしてこの状況を打破する方法を模索している。櫂は出来るだけ多くの敵を倒そうと必死だが、いかんせん敵の数が多すぎた。

 

「くそっ! どうすりゃ良いんだよ!?」

 

「ゲートは、ゲートは何処だ!? それさえ封じれば増援を止める事が出来るのに!」

 

 減るどころか増えていく敵の数に対して辟易しながら二人が叫ぶ。そんな中、敵が数体まとめて吹っ飛ぶと、そこから紫色の剣客が姿を現した。

 

「ぐちぐち言っとらんで斬り倒せや! サボったらすぐにやられんで!」

 

「真殿光圀っ!? なんでここに!?」

 

「そんな事後でええやろ! 今はこの状況を斬り抜けんのが先や!」

 

 仮面ライダー蛇鬼へと変身した光圀は愛刀の「妖刀・血濡れ」を振るってエネミーを斬り捨てて行く。流石は武闘派戦国学園のNo,2と言えるその強さを前にしてエネミーたちは次々と倒されていったが……

 

「ああ、こらアカン! 数が多すぎるわ!」

 

 倒しても倒しても終わらない戦いに戦闘狂の光圀も難色を示した。早い所打開策を見つけないとまずい事になると分かっていた光牙たちだが、観客たちの避難も進めなければならない。襲い来るエネミーたちを倒して行く三人だったが、その目をすり抜けた一体のエネミーが逃げ遅れた子供たちに襲い掛かった。

 

「まずい!」

 

「きゃぁぁぁぁぁっ!」

 

 爪を振り上げて幼い子供を襲おうとするエネミー、光牙が走るも間に合いそうにない。もはやこれまでと恐怖に怯える子供は蹲り、震えている事しか出来なかった。

 だが、そんな彼女に駆け寄る影が一つ。その影はエネミーを蹴り飛ばすと蹲る少女を助けおこして手で優しく逃げる様に促す。目を丸くしてその救世主の姿を見ていた少女だったが、思い出したかのようにお礼の言葉を口にした。

 

「あ、ありがとう。熊さん!」

 

 その言葉に対して手で返事をした着ぐるみの熊は仁王立ちでエネミーたちの前に立ちはだかる。とてつもない威圧感でエネミーたちを威嚇し、近づく敵を見事な動きで打ち倒すその着ぐるみの熊に対して、光圀はまさかと言う表情で声をかけた。

 

「そ、その動き……まさか、大将なんか?」

 

「……否、我は今、子供たちに夢を与えるゆるキャラの『いくさっくま』だ。断じて大文字武臣などという男ではない」

 

「大将やん! なんでそないな恰好してんねん!?」

 

「……我は普段通りの姿で行くと周りを威圧する故この着ぐるみで姿を隠していたのだが、緊急事態と判断して戦闘に参加させてもらった」

 

「いや、それ脱いで変身せんかい!」

 

「……この着ぐるみ、一人では脱げんのだ」

 

 何ともばつが悪そうな声で呟いた大文字に対して三人は残念な表情を向ける。だが、着ぐるみのままでも十分なほど強い大文字は次々とエネミーを吹き飛ばしていった。

 

「ああもう! 手伝ったるからはよそれ脱がんかい!」

 

「……すまぬ」

 

「あ! 光牙さん! 櫂さん!」

 

 何やらコントの様なことをしている戦国学園の二人に対して呆れた視線を送っていた光牙と櫂だったが、今度は二人に向かってマリアが駆け寄って来た。

 

「マリア! 避難状況は!?」

 

「殆どが完了しました! あとはこの場所だけです!」

 

「良し、俺たちがなんとか踏ん張れば……!」

 

「お二人とも、入り口が一番敵の数が多くなっています。勇さんやディーヴァの皆さんもそこで戦っているので、出来れば加勢してあげてください!」

 

「……分かった! ここは戦国学園の二人に任せて、俺たちは入り口に向かおう!」

 

「はぁっ!? ちょ、ちょいまち! この状況の大将を置いて、俺にこの場を任せる言うんか!?」

 

 光圀のその言葉は完全に無視されてしまい、光牙と櫂は公園の入り口へと駆け出して行った。残されたマリアが申し訳なさそうにお辞儀をしたのを見た光圀はため息交じりに呟く。

 

「……なんや、虹彩の奴らも結構滅茶苦茶やないけ。まぁ、ええんやけどなぁ!」

 

 見渡す限りの敵、その全てを斬り倒せるなんて光圀にとっては心躍るもの以外の何物でもない。妖刀・血濡れを構えるとやって来たエネミーを高速の居合で切り捨てる。

 

「さぁ、行くでぇ……がっかりさせんなやぁっ!」

 

 そう言いながら獰猛な笑みと共に駆け出した光圀を、どうにかして着ぐるみを脱げないかと頑張る大文字だけが見ていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで、どうだっ!」

 

 葉月が手にしたロックビートソードでエネミーを切り裂く、大きく振りかぶってから繰り出されたその一撃はエネミーを打ち倒すも、その後ろからまた別のエネミーが姿を現した。

 

「あ~もう! 終わんないよ~!」

 

「文句言って無いで戦いなさい!」

 

 玲とやよいが後ろから援護射撃を飛ばす。その合間を縫って剣を振るう勇もまたエネミーを次々倒して行くも、その数が減る様子は一向に無かった。

 

「くそっ! ゲートは何処にあるんだよ!?」

 

「天空橋さんからの情報はまだないんですか!?」

 

「残念ながらな!」

 

 やよいに大声で叫び返しながら戦う勇。戦い始めてから随分と時間が経っている。もう天空橋がゲートを見つけていてもおかしくないのだが、一向に連絡は無い。

 そんな中、何かを見つけた葉月がエネミーの集団の一点を指さすと勇たちに叫んだ。

 

「ねぇ、あのエネミーを見て!」

 

「ああ? なんだぁ!?」

 

 葉月が指さしたのは大量に出現している雑魚エネミーとは違う個体のエネミー……おそらく、今回のボスだと思われるそのエネミーは苦しそうにもがきながら天を仰ぐ、すると……

 

「アァァァァァァッ!!!」

 

「なっ!?」

 

 叫ぶエネミーの周囲が波打ち、歪んだ次元から数体の雑魚エネミーが出現して来た。ゲートも無しにエネミーを召喚すると言うその行為に驚きの声を上げた勇だが、すぐに気を取り直すとそのエネミーに向き直る。

 

「あいつがゲート代わりって事か! なら、あいつさえ倒しちまえば……!」

 

「もう増援は来ないって事だよね!」

 

「二人とも、道を開けて! 私が一発で仕留めてやるわ!」

 

 メガホンマグナムにカードを読み込ませた玲が勇と葉月に指示を飛ばす。その言葉に応えた二人は玲の射線上に居る敵を蹴散らした後でさっとその場から離れた。

 

「……そこっ!」

 

<必殺技発動! サウンドウェーブシュート!>

 

 狙い澄まされた玲の一撃がエネミー目がけて飛んで行く。撃ち出された音波の弾丸は真っ直ぐエネミーへと向かい、その体にぶち当たった。

 

「アアァァァァァッ!!!」

 

 悲鳴の様な叫びを上げてエネミーが吹き飛ぶ。地面に倒れて動かなくなったエネミーの周りでは、生み出された雑魚エネミーたちがもがきながら消滅していった。

 

「やった! 流石は玲!」

 

「これで一件落着だな」

 

「おーい! 龍堂くん!」

 

 すべての元凶を打倒し、一息ついていた勇たちに駆け寄る光牙と櫂。そんな二人に向かって勇は笑顔で手を振る。

 

「遅かったな。丁度今終わったとこだよ」

 

「あれだけ居たエネミーがいきなり消滅するなんて、一体何があったんだい?」

 

「ああ、実は今回出現したエネミーは全部あいつから……っっ!?」

 

 光牙に詳しい説明をしようとした勇は先ほど玲に打ち倒されたエネミーへと視線を向ける。しかし、そこで信じられない物を見た。

 必殺技を受けて大ダメージを喰らったはずのエネミーが立ち上がり、こちらへと手を伸ばしているのだ。まだ戦うつもりなのかと勇たちはそれぞれ武器を構えてエネミーを迎え撃つ姿勢を取る。

 

「なかなかしぶといじゃん! でも、ダメージは受けてるみたいだね!」

 

「またエネミーを召喚されたら厄介だよ! その前に倒さないと!」

 

 やよいと葉月が息も絶え絶えのエネミーを見ながらそう口にする。その意見に賛成した勇たちは相手が何か行動する前に倒してしまおうと攻撃を開始した。

 

 だが……

 

「イ……イタイヨ……ォ……」

 

「……え?」

 

 その場に居た全員の動きが止まる。聞こえた声は目の前のエネミーが発していた様に思える。何かの聞き間違いかと困惑する一同の前で、もう一度エネミーは声を発した。

 

「イタイヨォ……イジメ、ナイデヨォ……」

 

「エネミーが、喋った……?」

 

 信じられない。と言った様子で光牙が呟く。その思いは皆一緒だった。だが、その中で一人だけ玲が首を振り続けながら目の前で起きている出来事を否定しようとしていた。

 

「うそ……うそよ、そんなこと、あるわけない……」

 

「玲、ちゃん……?」

 

 玲には聞き覚えがあった。エネミーが発したその声は、つい数日前に聞いた少女の声だった。

 恐ろしい怪物の姿をしているが、その声は間違いなく彼女の物だ。だが、そんなことある訳が無い。あってたまるものか

 

「あ……あ……!」

 

 だが、玲のその思いを嘲笑うかの様にして現実がその牙を剥く。苦しむエネミーの体がまるで泡の様に弾け、徐々に小さくなっていく。そして、その中から姿を現したのは……

 

「悠子……ちゃん……?」

 

「いたいよぉ……くるしいよぉ……何で、私をいじめるの……?」

 

 その光景に誰もが言葉を失った。エネミーが人へと変貌したのだ、驚かないはずが無い。

 今まで見た事も聞いた事も無いこの現象に勇や光牙さえもが立ち尽くし、一体どういう事なのか理解できずにいた。

 

「なんでだよ……? どうしてこんな女の子がエネミーになるんだよ!?」

 

「落ち着くんだ! もしかしたらエネミーの擬態能力かもしれない!」

 

「いいえ……この子は悠子ちゃんよ。間違いないわ……」

 

 敵の特殊能力かもしれないと言う光牙の意見を玲が否定する。根拠は何も無いが、玲には目の前に居る少女が本物の悠子である事が分かっていた。だからこそ、何故こんな事になっているのかが分からなかったのだ。

 

「どうするんだよ!? こいつはエネミーなのか? それとも人間なのか!? どっちなんだよ!?」 

 

「……人間よ、人間に決まってるじゃない!」

 

「じゃあさっきまでの事はどう説明する気だよ!? こいつがエネミーを呼び出してたのは紛れも無い事実だろ!?」

 

「っっ……そ、それは……」

 

 櫂の叫びを前に玲が言葉を失う。悠子の処遇を巡って勇たちが困惑する中、動きを見せたのは他ならぬ悠子自身であった。

 

「……また、いじめるの? 私の事、傷つけるの?」

 

「ち、違うわ! そんなことしないから落ち着いて!」

 

「いや……痛いのは嫌……! もう、嫌なのぉぉっ!」

 

 玲の叫びも虚しく悠子の体が再び蠢きだすと、次の瞬間には異形の化け物へと変貌してしまっていた。先ほどとは違うその姿、色は黒、羽と爪が生えたその体はまるでカラスの様だ。

 

「悠子ちゃん!」

 

「イヤアァァァァァッ!」

 

 悠子であったそのエネミーが絶叫する。それと同時に再び彼女の周りから出現するエネミー、勇は咄嗟に『運命の銃士 ディス』のカードを使ってガンナーディスティニーにフォームチェンジする。

 

<ディスティニー! シューティング ザ ディスティニー!>

 

「ちっくしょう!」

 

 ディスティニーブラスターの引き金を引いてエネミーを撃つ。悠子自身には当てない様に彼女が生み出したエネミーだけを狙い撃つも、敵は次々出現していく。

 そんな中、光牙が駆け出すと悠子が変貌したエネミー目がけて剣を振り下ろした。

 

「キャァァァァァ!!!」

 

「止めてっ! 何をしてるのよ!?」

 

「やむを得ない! このままでは甚大な被害が出ることに間違いは無いんだ!」

 

「白峰、アンタまさか悠子ちゃんを殺すつもり!? 駄目よそんな事!」

 

「このまま彼女を放っておくことなど出来ない! 可哀想だが……ここで始末する!」

 

 そう言い切った光牙は再びカラス型エネミーを攻撃する。斬撃を受け、火花が散る度に悠子の叫びが木霊する。

 

「止めなさいって、言ってるのよ!」

 

「ぐわぁっ!!!」

 

 悠子を守ろうとした玲が光牙目がけて弾丸を放つ。その攻撃を受けた光牙は吹き飛び、悠子の傍から吹き飛ばされた。

 

「てめぇ、何しやがる!?」

 

「きゃっ!」

 

 玲の裏切りともとれる行動に憤慨した櫂が彼女を吹き飛ばす。すぐさま体勢を立て直した玲は、そのまま櫂に応戦した。

 

「だ、駄目だよ……仲間同士で、こんな事してる場合じゃ無いよ!」

 

「で、でも……どうすれば良いの?」

 

 やよいが戦いを続ける二人を止めようとし、葉月は目の前で起きた事態をどう収拾すべきか分からずに混乱していた。勇もまた、必死にエネミーを押し留めようとするも出現する敵の数が多く徐々に押されて行ってしまう。

 

「龍堂くん! エネミーの大元を叩くんだ! 彼女を倒さないとこの戦いは終わらない!」

 

「駄目よ! あの子は何の罪も無い女の子なのよ! 殺したりなんかしないで!」

 

「ぐ、おぉ……」

 

 光牙と玲が勇に対して言葉をぶつける。二人の叫びを受けた勇は戦いを続けながらも迷っていた。

 

(俺は、どうすれば良いんだ……?)

 

 二人の意見はどちらも間違っていない。光牙の言う通り悠子を倒さなければこの戦いは終わらない。そうなればたくさんの犠牲者が出るだろう。

 しかし、玲の言う通りただの少女である悠子を殺す事など出来はしない……悩み続ける勇だったが、光牙の叫びを耳にしてはっと、息を飲んだ。

 

「龍堂くん、君は言っていたじゃないか! 施設の子供たちの為ならどんな敵とだって戦うと! 皆の未来を守る為に戦い抜くと! 」

 

「っっっ……!」

 

「このまま彼女を放置していたらエネミーはあの子たちの所まで行ってしまう! それだけじゃない、親をエネミーに殺される子供たちだって生まれるんだ!」

 

「確かに彼女を殺す事は間違いなのかもしれない。でも、その罪を背負ってでもたくさんの人を救うのが真の勇者じゃないのか!?」

 

「う、う……っ!」

 

 光牙の言う通りだった。このままでは自分が守ると決めている希望の里の子供たちの元までエネミーはやって来るだろう。子供たちが傷つく事は勇には我慢できない事だ。

 そして、エネミーによって親を失う子供たちも生まれてしまう。自分や光牙の様な悲しい思いをする人間は、これ以上必要ない。

 

「う……おぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 叫びと共に覚悟を決めた勇は銃口をカラス型エネミーに向ける。紅と黒のエネルギーが溜まって行くディスティニーブラスターを見た玲が勇目がけて駆け出すも、櫂に取り押さえられてしまった。

 

「止めて龍堂! お願いだから止めてっ!」

 

「迷うんじゃねぇ! そいつを倒すんだ龍堂っ!」

 

「放しなさいよ! やよい、葉月、お願いだから龍堂を止めてっ!」

 

 玲の叫びが木霊する。その願いを受けたやよいと葉月だったが、どうすることも出来なかった。

 何が正しくて何が間違っているのか? 二人には判断することが出来なかったのだ。

 

 ディスティニーブラスターに十分なエネルギーが溜まる。勇は一度だけ歯を食いしばり、辛そうな表情をした後で……その引き金を引いた。

 

<必殺技発動! クライシスエンド!>

 

 撃ち出されるエネルギー弾は真っ直ぐにカラス型エネミーへと向かって行く。その場に居た全員にはその光景がスローモーションに見えていた。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 玲の叫びをバックグラウンドに、繰り出された一撃は悠子へと飛んで行き、そして………爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟音と衝撃が舞った。同時に悠子から生み出された雑魚エネミー達が再び消滅し、戦いの終わりを告げる。

 着弾地点は煙で見えないが、この様子を見るに悠子が戦闘不能になった事は間違いないだろう。若干の苦々しさを感じながら勇はディスティニーブラスターを下ろす。

 

「あ……あぁ……」

 

 煙が舞うその光景を見ながら櫂の腕から解放された玲はその場に崩れ落ちた。嗚咽を漏らしながら地面に拳を打ち付ける。

 

 守る事が出来なかった。自分と同じ孤独を抱えた少女を、何の罪も無い女の子を……

 すべてが憎かった。悠子を討った勇も、それを後押しした光牙や櫂も、見ているだけで何もしてくれなかったやよいと葉月も、そして……何も出来なかった自分自身も

 

「ごめんね……ごめんね……!」

 

 もっと自分が強ければ悠子を守れた。そんな後悔を抱えながら泣きじゃくる玲に対して何も出来ずに全員が押し黙る。

 何の罪も無い少女を殺してしまった。それしか方法が無かったとは言え、その事は勇たちに苦しい思いを植え付ける。

 

 せめて自分の罪を刻み付けよう……そう考えた勇は自分が討った少女の亡骸を見る為に視線の先の煙が晴れるのを待つ。

 その瞬間、風が吹いて煙が巻き上げられた。その先にあった光景を見た勇は再び目を見開く。

 

 そこに広がっていたのは少女の死体でも光へと還って行くエネミーの姿でも無かった。悠子はまだエネミーの姿をしたまま、気を失っているかの様に地面に倒れ伏している。

 間違いなく直撃したはずの攻撃、しかし、彼女は生きている。それは何故か?

 

 その答えは簡単だ。『誰かが悠子を庇った』からだ。では、一体誰が? その答えも簡単だった。

 

「……こんなのおかしいよ。絶対に間違ってる」

 

 ゆっくりと盾を下ろしながら彼が言う。力強いその言葉には、珍しく怒りが籠っていた。

 勇は自分の前に立つ蒼の騎士の姿を認める。いつもは自分の隣で戦ってくれる彼と初めて相対しながら、親友の名を呼んだ。

 

「謙哉……なんで、こんな真似を……?」

 

「……それは僕の台詞だよ。勇、何でこんな真似をしたんだ!?」

 

 真っ直ぐに自分を射抜くその視線に勇はたじろいでしまう。自分自身に後ろめたい事がある故の苦しさを覚える勇に変わって、光牙が謙哉に叫んだ。

 

「虎牙くん! 君は自分が何をしているのか分かっているのか!? その子はエネミーなんだぞ!」

 

「違うよ。この子は人間さ。一週間前からこの子の事は知ってる。僕は何でこの子がエネミーになってしまったのかを知る前にこの子を殺す事なんてしちゃあいけないと思ったから、この子を助けたんだ」

 

「だとしても、今その子のせいで沢山の人が危機に瀕しているのは確かだ! 早急に手を打たないと取り返しのつかないことになる!」

 

「ああ、だからこの子を殺さないでどうにかする方法を考えよう。誰も犠牲にならない方法だってあるはずだよ」

 

 謙哉と光牙はお互いの意見をぶつけ合う。しかし、絶対に相容れない二人の考えに業を煮やした光牙は、エクスカリバーを構えると謙哉に斬りかかった。

 

「こ、光牙っ! 落ち着けよ、そんなことしても……」

 

「引っ込んでいてくれ、櫂! 今のうちに確実にとどめを刺さなければ、彼女は活動を再開してしまう!」

 

 使命感と共に攻撃を繰り出す光牙。盾でその攻撃を防ぎながら謙哉は説得を続ける。

 

「白峯くん、君は誰かが犠牲になるこんなやり方が正しいと思っているのかい? 君の目指す勇者って言うのは、そう言うものなのかい?」

 

「……あぁ、その通りさ!」

 

「っっ!?」

 

 防御をすり抜けて繰り出された一撃が謙哉の胴にぶち当たる。よろめき後退する謙哉に対して追撃しながら、光牙は叫んだ。

 

「沢山の人を救う為ならば俺はどんな罪でも背負おう! 一つの命を奪う事で百の命を救えると言うのならば喜んでそうしよう! 俺の正義は……勇者は、大勢の人の希望の為に存在するんだ!」

 

「ぐっ、うっ!」

 

 切り裂かれ吹き飛ばされる謙哉、光牙は必殺技を発動するとエクスカリバーを構えなおす。

 

<必殺技発動! ビクトリースラッシュ!>

 

「……君と俺とでは覚悟が違う! 誰かを殺してでも平和を守る覚悟が、俺にはあるんだ!」

 

 光を纏ったエクスカリバーを謙哉目がけて振り下ろす光牙。肩口まで迫った剣を見て、自分の勝利を確信したが……

 

「……それがおかしいって言ってるんじゃないか」

 

 ガキンッ! という金属音と共に自分の攻撃が止まった。同時に腕を謙哉に掴まれて捻り上げられる。その力強さを前にした光牙は、何の抵抗もすることが出来なかった。

 

「確かにここで悠子ちゃんを殺せばたくさんの人が助かる。きっと君に感謝の声を寄せるんだろうさ、でも……悠子ちゃんの両親はどうなるの?」

 

「きっと大切な娘が戻ってこない事に涙するよ。これから先に待っていたはずの幸せな未来が途切れた事を悲しむよ。その小さな泣き声を……大勢の喜びの声に掻き消されて聞こえないからって、無視するつもりか!?」

 

「がぁっ!?」

 

 初めて声を荒げた謙哉の拳が光牙に向けられる。無防備な胴に繰り出された一撃を受けてよろめいた光牙に向けて、謙哉はイージスシールドを構える。

 

「僕にも覚悟はある! 皆が何と言おうと悠子ちゃんは殺させない。僕は、この子を守ってみせる!」 

 

<必殺技発動! コバルトリフレクション!>

 

「うわぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

 勇と光牙の必殺技を防いだ盾から、その攻撃力分の光線が放たれる。光の奔流に飲み込まれた光牙は大きく吹き飛ばされると同時にベルトが吹き飛び、変身を解除されてしまった。

 

「ぐ……うぅ……っ」

 

「光牙っ!!! くそっ、今度は俺が……!」

 

「……退いてろ」

 

 光牙の敵討ちをしようとする櫂を抑えて勇が前に出る。櫂はそんな勇に嚙みつくと苛立ち紛れに叫んだ。

 

「龍堂! てめぇまさか虎牙の奴に肩入れするつもりじゃねぇだろうな!?」

 

「……良いから下がってろ。お前が謙哉に勝てる訳ねぇだろうが」

 

 ピリピリとした緊張感をもって言い捨てた勇はホルスターから「運命の戦士 ディス」のカードを取り出すと謙哉の元へと歩き出す。謙哉もまたホルスターから「サンダードラゴン」のカードを取り出しながら勇に話しかけて来た。

 

「……意見を曲げるつもりは無いんだろう?」

 

「ああ、俺もこれが間違っちゃいないとは思ってねぇよ。でもな……俺達には責任がある! 力を持っているからこそ、勝手な判断で沢山の人を傷つける訳にはいかないって言う責任がな!」

 

「沢山の人の為なら一人を殺しても良いって言うのかい? そんなのおかしいよ! この子が施設の子供たちだったら勇だって守ろうとするだろうに!」

 

「………」

 

 謙哉のその言葉に勇は何も答えない。代わりにカードをギアドライバーへと通して戦いの構えを取る。

 

<ディスティニー! チェンジ ザ ディスティニー!>

 

「……謙哉、お前は優しい。誰一人だって死なせたくないって思うお前は本当に優しい奴だ。でも……優しさだけじゃ誰も救えないんだ!」

 

 謙哉の意見を否定しながら剣を構える勇。謙哉もまたフォームチェンジするためのカードをドライバーへと通す。

 

<ドラグナイト! GO!ナイト!GO!ライド!>

 

「……勇、君の言っている事は正しい。きっと僕は間違っていて、身勝手なんだろう。でも……正しいだけで全てを救えるわけじゃ無い! たとえ間違ってたって、やらなきゃいけない事はあるんだ!」

 

 櫂が、葉月が、やよいが、そして玲が二人を見守る。今にも爆発しそうな緊張感の中で、二人は同時に動いた。

 

「うおぉぉぉぉぉっ!」

 

「はあぁぁぁぁぁっ!」

 

 ディスティニーソードとドラゴファングセイバーがぶつかり合う。紅の火花と蒼の雷を舞い散らせながら二人は二合、三合と斬り合い続ける。

 勇が繰り出す強烈な一撃を謙哉が盾で防ぐ。そのまま剣を振り払うと回転しながら攻撃を仕掛けた謙哉の攻撃は、惜しい所で空を切った。

 

「っっ、うおぉぉっ!」

 

<フレイム! クラッシュキック!>

 

<必殺技発動! バーニングクラッシュ!>

 

 大きくバックステップした勇は膝を折り曲げると大きく宙へ跳ぶ。二枚のカードを使用した炎の跳び蹴りが繰り出され、謙哉は避ける間もなくその一撃を受けた。

 

「がはぁっ!!!」

 

 盾で防いでも突き抜ける様に伝わる衝撃に肺から息が漏れていく。しかし、謙哉はその痛みを食いしばると自分も同じようにカードを使用した。

 

<サンダー! パイル!>

 

<必殺技発動! サンダーパイルナックル!>

 

「たぁぁぁぁっ!」

 

「ちっ……っぅぁっ!」

 

 大技を放った後で避ける事の出来ない勇に謙哉の雷を纏った拳が迫る。勇はその攻撃を回避することを諦めると、手に持っていたディスティニーソードで謙哉を迎撃した。

 勇の斬撃が謙哉の胴を切り裂き、謙哉の拳が勇の胸を打つ。互いに痛み分けに終わった攻防に膝を付くも、仮面の下の瞳からは闘志が消える事は無い。

 

「まだ、まだぁっ!!!」

 

「それは、こっちの台詞だぁっ!!!」

 

<必殺技発動! ディスティニーブレイク!>

 

<必殺技発動! サンダーファングバイト!>

 

 ディスティニーソードに紅と黒の運命を打ち破る力が籠って行く。ドラゴファングセイバーに蒼の雷と龍の力が宿る。

 周囲を明るく照らすほどの光を纏った剣を構え、二人は相手を睨む。相手は無二の親友……憎い訳では無い、倒したいわけでも無い。ただ自分の守りたい物を守る為に、譲れない信念の為に戦うだけだ。 

 

「謙哉ーーーーーっ!!!」

 

「勇ーーーーーっ!!!」

 

 互いの名を叫びながら最強の一撃を繰り出す二人。天から剣を振り下ろす勇、それを迎え撃つ謙哉。二人の剣がぶつかり合った時、すさまじい衝撃と共に爆風が生まれ、すべてがそれに飲み込まれたのであった。

 

 

 

 



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一人ではできない事 皆となら出来る事

 

 

「……どうなったの!?」

 

 爆風が去った後の広場で葉月が叫ぶ。勇と謙哉の必殺技同士のぶつかり合いで吹き飛ばされた仲間たちの無事も確認しながら、彼女は視線を前にやった。

 

 激しい激突が起きた中心部分ではまだ煙が晴れていない。濛々と広がっている爆炎の中心に動く影が無いかと葉月は目を凝らす。それは残りのメンバーも同じだった。そんな二人の戦いの結果を見守る面々の耳に、電子音声が聞こえて来た。

 

<……DRAW!>

 

「ドロー……って、ことは……」 

 

「引き分け……?」

 

 その言葉を裏付けするように煙の晴れた中心地では勇と謙哉が変身を解除した状態で向かい合っていた。ひとまずは二人が無事な事に安堵した葉月たちだったが、勇はボロボロの体のまま謙哉へと挑みかかって行く。

 

「うっ、らぁっ!」 

 

「ぐっ! ……はぁっ!」

 

 勇の拳を受けてよろめく謙哉、しかし、すぐに体勢を立て直すと勇に殴りかかる。生身の体で拳をぶつけ合う二人はまだ戦うつもりなのだ、その事に気が付いた葉月は二人を止めるべく間に割って入る。

 

「何やってるの!? もう喧嘩は止めてよ!」

 

「退いてろ葉月! これは俺たちの戦いだ!」

 

 自分を止める葉月を押しのけて謙哉の胸倉を掴む勇。振り上げた拳をそのまま繰り出そうとした時、その腕を押しのけたはずの葉月に掴まれた。

 

「……勇っちの、馬鹿ぁっ!」

 

「でぇっ!?」

 

 バチン、と良い音がして勇は横に吹っ飛ぶ。強烈なビンタを繰り出した葉月は、倒れて頬を抑える勇に馬乗りになると涙目のまま叫んだ。

 

「こんなことして何になるのさ!? 勇っちと謙哉っちが戦ってもなんの解決にもならないじゃない! もう馬鹿な事は止めてよっ!」

 

「っっ……」

 

 いつも笑顔を絶やさない葉月が涙を流す姿を見た勇は冷静な思考を取り戻した。そして、罪悪感に胸を締め付けられる。

 

「……すまねぇ、熱くなりすぎてた」

 

「……馬鹿」

 

 自分の話を聞けるだけの冷静さを取り戻した勇に対して葉月は辛辣な言葉を向けるが、その言葉にはしっかりとした信頼も含まれていた。何とか冷静さを取り戻した勇は謙哉にも謝ろうとするが……

 

「ぐっ……!」

 

「謙哉っ!? ……光牙、何を……?」

 

「見ろっ、虎牙謙哉! これが……これが君の生み出した被害だ!」

 

 そこには、謙哉を殴り飛ばして周りを指さす光牙の姿があった。激情に駆られ、怒りの形相を見せたまま光牙は叫ぶ。

 

「エネミーは逃げた! 公園内は戦いの余波でボロボロ……君の一時的な感情のせいでこれだけの被害が出た上に、事態は何の解決も見いだせていないんだぞ!」

 

「………」

 

「こ、光牙、流石にそれは言い過ぎじゃあ……」

 

「黙っていてくれ櫂! 俺は、この責任を追及しなければならないんだ!」

 

 櫂の制止も振り切って謙哉に怒鳴り続ける光牙、謙哉はただうつむいたまま何も言えずにいる。

 

「何とか言ったらどうなんだ!?」

 

 胸倉を掴み謙哉を無理やり立たせる光牙。体中傷だらけの謙哉の事などお構いなしにそのままもう一発パンチをお見舞いする。

 

「謙哉さんっ!」

 

「光牙っ! もうよせっ!」

 

「放せっ! 放せぇっ!」

 

 流石にやりすぎだと判断した勇が光牙を抑える。少し迷った表情の櫂もそれに加わり、二人がかりで光牙を抑えるも彼は暴れてその手から逃れようとしている。現場ではいまだに混乱が続くかと思われたその時、その場に居る全員のゲームギアから声が響いた。

 

『落ち着いてください、皆さん!』

 

「お、オッサン!?」

 

『……何があったかは他の生徒から報告を受けています。状況の説明と確認の為、一度こちらに戻ってきてください』

 

 事態を前向きに解決する姿勢を見せつつ、全員に冷静になる様に促す天空橋。その言葉に光牙も一応の納得を示したのか、黙って動きを止めた。

 

「……分かりました。一度本部に戻ります。そこで状況の確認の後、もう一度あのエネミーの討伐に移る……それでいいですね?」

 

『……ともかく一度落ち着いてください。話はそれからです』

 

 天空橋は光牙の提案を肯定はせずに受け流す。その様子に光牙は眉を潜めたが、あえて言及はせずに本部の方向へと歩き出して行った。

 

「ぐっ……!」

 

「勇っち! 体、大丈夫!? アタシ、肩貸そうか?」

  

「いや……俺よりも謙哉の方を頼む」

 

「え……?」

 

 驚く葉月を背に勇は歩き始める。痛む体を引きずって歩きながら、勇は先ほどの戦いの最後の一瞬を思い出していた。

 

 お互いに最大の力で放った一撃、勇は跳び上がってからの振り下ろしで謙哉の身体を狙っていた。躊躇い無く、本気の一撃を喰らわせるつもりだった。

 

 しかし、謙哉はそんな勇自身を狙う事はしなかった。あろうことか、謙哉は勇の持つ剣に向かって自身の必殺技を繰り出したのだ。

 それは間違いなく手加減だった。真剣勝負の最中に行われたその行為に多少の苛立ちを感じつつも何処か納得してしまう。

 

 謙哉は勇に攻撃を躊躇ったのではない。自分が負ける可能性が高かったとしても勇を傷つけたくないと判断して、全力で勇のを攻撃封じに来たのだ。優しい彼ならば必ずそうする。そして、もしも謙哉が勇同様に相手の体を目がけて攻撃を繰り出していた場合の結末を考えて唇をかみしめた。

 

「多分、負けてたな……」

 

 勇は誰一人として死なせないと言い切り、その為に戦いながらも友の事を思いやる謙哉の強さを感じ、同時に自分の弱さを噛みしめる。

 そして、どこかへ消えてしまった悠子はどうなるのかと思いを馳せつつ、本部へと向かって行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員揃いましたね。では、話を始めましょう」

 

 数分後、公園内本部に集まった面々を見て天空橋が頷くと手持ちのPCを操作して何かの映像を画面に映し始めた。

 

 真っ黒なそれを見た勇たちは怪訝な表情をすると共に天空橋を見る。その視線に応える様にして彼は説明を始めた。

 

「……今回、人間の女の子がエネミーに変貌したとの報告を受けました。その原因は間違いなくこれです」

 

「何だよ、この黒いのは?」

 

「こいつの名は『エンドウイルス』……あのリアリティの元となった病原菌です」

 

「!?」

 

 天空橋のその言葉に全員が目を見開く。世界を崩壊させかけたウイルス「リアリティ」の元となった病原体……それに興味を惹かれないわけが無かった。

 

「ま、待ってくれよオッサン! リアリティはゲームのキャラクターに感染してそれを実体化させるコンピュータウイルスだろ? これは現実に存在する病原体じゃねぇか!?」

 

「その通りです……しかし、このウイルスはリアリティと非常に良く似た性質を持っているのです」

 

「リアリティと似た性質……?」

 

「……『現実に存在する物質をデータへと変換する』……では無いか?」

 

「……その通りです」

 

 大文字の言葉に頷いた天空橋は映像をスライドさせて横にリアリティと思われるウイルスの映像を出した。それを指さしながら話を続ける。

 

「リアリティとエンドウイルスは効果対象は真逆ですが、どちらも「物質を変換させる」という効果を持っています。世界で先に発見されたのがエンドウイルスであり、リアリティはこのエンドウイルスが変化したものだと考えられているのです」

 

「そんな……そんな恐ろしいウイルスが、何故発表されていないんですか!? 確実にリアリティよりも厄介な代物では無いですか!」

 

「落ち着いてください……それには、理由があります。先に言ってしまうと、このエンドウイルスには対処法があるのです」

 

「対処法……? それじゃあ、悠子ちゃんは助けられるの!?」

 

 天空橋の言葉に玲が目を輝かせて立ち上がる。悠子はエンドウイルスに感染したが、その対処法が確立されていると言うのならば助ける事は可能のはずだ。

 しかし、天空橋は暗い顔をすると申し訳なさそうに玲に言った。

 

「……助ける事は可能です。しかし……今すぐには、出来ないんです」

 

「なんで!? 対処法があると言うのならそれで……」

 

「……対処法はあります。しかし、それは完全に発症する前の人間にしか効かないんです」

 

「え……?」

 

「……15年前、とある人物がエンドウイルスの特効薬を開発しました。それを体の変貌が起きる前の患者に打てば、ウイルスを死滅させることが出来る……しかし、発症してしまった人間には効果が薄く、完全な治療には至らないのです……」

 

「そんな……」

 

 その言葉を聞いた玲は絶望の表情で椅子にへたり込む。せっかく希望が見えたと思ったのに……そう項垂れる彼女に対して、天空橋は慌てた様子で話を続けた。

 

「あ、安心してください! 今私がそのワクチンを強化して、ディスティニーカードのデータへと変換している最中です。そのカードを使えば、エンドウイルスに感染してしまった女の子とエネミーの部分を分離して助ける事が可能です!」

 

「そ、それを早く言いなさいよ!」

 

「すいません! なにぶん今大急ぎでやっているもので、すぐに助けられると言う訳では無いので……」

 

 しかし天空橋のその言葉は皆に十分な希望を与えた。悠子を死なせずに助ける事が出来るかもしれない。その可能性があると分かっただけで表情は明るくなったのだ。だが……

 

「……天空橋さん、一つ質問があります。そのワクチンカードを制作するまで、あとどれくらいの時間がかかりますか?」

 

「それは……まだ、何とも言えませんが……」

 

「……では、まだ時間がかかると言う事ですね?」

 

「ええ、まぁ……」

 

 それを聞いた光牙は立ち上がると本部から出ようとする。慌てて櫂が彼を止めると、何をしようとしているのかを問い質した。

 

「待てよ光牙! お前、どうするつもりだ?」

 

「決まっているだろう……あのエネミーを駆逐する」

 

「っっ!? 白峯、アンタ話を聞いて無かったの!? 悠子ちゃんは救えるのよ!」

 

「ああ、だがその手段が採れるようになるまで時間がかかる。それまでの間に彼女が誰かを殺さないとは限らないだろう」

 

「待ちなさいよ! せっかく救える命を見捨てるつもり!?」

 

「……らしくないじゃないか水無月さん。冷静な君ならすぐにわかるだろう? 一人を救うよりも、多数を救う方が優先だって事を」

 

「でも! 悠子ちゃんは……」

 

「分からない人だな君も!」

 

 納得を見せない玲は光牙に抗議しようとするも、逆に彼に怒鳴り返されて口を閉ざしてしまった。そんな玲に対して光牙は言い聞かせる様にしながら叫ぶ。

 

「さっきも言った様に、ワクチンカードが作られる前に彼女が変貌したエネミーが誰かを殺さないとは限らないんだ! あの子一人を救うために百人の命を見捨てる事になったらどうするつもりだ!?」

 

「で、でも、救える方法はあるって……」

 

「ああ、有るさ! だが今回は間に合わない! 残念ながら彼女を救うために沢山の人を危険にさらすのはリスクが多すぎる。だから諦めるんだ」

 

「そんな……そんなのって……」

 

 首を振って呟く玲を突き飛ばした後で光牙は出口へと歩く。その扉に手をかけた彼は、振り向かずにこの場に居る全員に言った。

 

「……俺は今から俺の意見に賛同してくれる人たちを集めてエネミーを倒しに行きます。これは、決定事項です」

 

「ちょっと待って……」

 

「うるさい! こうしている間にも誰かが傷ついているかもしれないんだ! 俺はもう一秒たりとも無駄にはしませんよ!」

 

 そう吐き捨てると光牙は本部を出る。そして数歩歩いた所である男とすれ違った。

 

「………大文字、武臣っ!」

 

「……薄い男よな、お前は」

 

 巨大な体で光牙を見下す様にして呟く大文字に対して睨みをかけた後で光牙はその横を歩き去って行く。その後ろ姿に目もくれず、大文字は深い息を吐くのみであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どういう事だ、天空橋?」

 

「……エンドウイルスのことですね」

 

 生徒たちが去った後の本部では命が天空橋を問い詰めていた。その内容はたった一つだ。

 

「……リアリティ及びソサエティ攻略に関する情報を引き受ける私ですらあのエンドウイルスというものは初耳だ。答えろ、なぜおまえはこんなものの事を知っている?」

 

「………」

 

「答えろと言っているんだ!」

 

 命は怒気を強めて叫ぶ。目の前に居る謎の多いこの人物は一体何を、どこまで知っているのかという疑問が止まる事は無い。

 やがて、背を向けたままの天空橋は絞り出すような声で答えた。

 

「すいません命さん……私は、まだ話すわけにはいかないんです……」

 

「……これ以上、何かを知っていると言う事は否定しないのだな」

 

「……ええ、その時が来たら私の知るすべてをお話ししましょう。ですから、今は……」

 

「……わかった。だが、約束しろ。すべてを話す時が来たら包み隠さず話すんだ。私にも、彼らにもな」

 

「……はい」

 

 命はそう言い残すと本部から出て行く。それを確認した後で天空橋は懐から一枚の写真を取り出すとそれを見ながら呟いた。

 

「……妃さん、どうやらあなたの遺した物が役に立つ日が来てしまったみたいです。本当に残念ながらね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勇さんは、どうするおつもりですか?」

 

「………」

 

 マリアの問いかけに答えられないまま勇は俯く。悠子が変貌したエネミーを倒すと光牙が宣言してから十分ほどの時間が経とうとしていた。その間、仮面ライダーたちは各々の時間を取ってこれからどうするかを考えていた。

 

(どうすりゃいいんだ、俺は……?)

 

 勇は悩む。助けられる可能性があると聞いた以上、光牙の様に非常にはなれない。だが、彼の言う事もまた確かだ。

 自らが罪を被ってでも多数の命を取るべきなのか? それとも……

 

「……だいぶ浮かない顔しとるやないか、勇ちゃん」

 

「あん……?」

 

 自らにかけられた声に顔を上げれば、そこに居たのは光圀だった。手に持った缶を一つ投げて寄こしながら、彼はマリアとは反対側に座って勇に話しかける。

 

「聞いたで、謙哉ちゃんとやりあったんやろ? んで、勝負は分けやったと聞いたが……」

 

「……ちげぇよ。俺の負けだ」

 

「そうは言うても勇ちゃんも謙哉ちゃんもまだ戦えたんやろ? ほなら、やっぱ分けやないかい」

 

「違う……あのまま続けてたら、俺はきっと謙哉に負けてた……あいつは、俺なんかよりもずっと強ぇ……」

 

「勇、さん……?」

 

 肩を震わせながら呟く勇に対してマリアが心配そうに声をかけながら顔を覗き込む。勇は顔を上げないままに、自分の心の内を語り始めた。

 

「……俺、迷ってたんだ。本当はあの女の子を助けたいって思ってた。施設の子供たちと同じくらいの歳で、ダブって見えたんだ。だから、助けたいって思った……でも、出来なかった」

 

「怖かったんだ。身勝手な行動をした結果、何も救えなかったらって考えて……だから、間違いなく命を救う方法としてあの子を殺す道を選んだ……おかしいよな? 謙哉には俺がやってる事は正しいって言っておきながら、選びたくない道を自分で選んでたんだからよ……」

 

「でも、それは勇さんが悪い訳じゃ……」

 

 そう言って勇を慰めようとするマリアを光圀が止める。ゆっくりと首を振ってマリアを制止した彼は、ただ彼女に勇の話を聞く様に目で促した。

 

「でも謙哉は……あいつは、俺が怖くて選べなかった道を迷わず進んだ。絶対にあの子を助けるって言って、俺たちと戦ったんだ……そして、その行動は正しかった。あの子を救う方法は確かにあったんだ。俺たちは、仕方が無いって言いながらあの子を助けようともせずに殺そうとした……もし謙哉が居なかったら、俺はすげぇ後悔してたと思うんだ」

 

「だから……俺は謙哉に合わせる顔がねぇ、優しくて正しい道を選んだあいつを否定した俺に、あいつの友達でいる権利なんてねぇんだよ……!」

 

 勇は座っているベンチに拳を振り下ろす。鈍い音と共に振動を残したベンチに座りながらマリアは勇を見つめていた。

 

「……そんなん、関係ないやろ」

 

「え……?」

 

 不意に光圀が口を開く。空を見上げながら独り言をつぶやく様にして彼は話し続ける。

 

「友達とか仲間とか、俺にはようわからん。でもな、勇ちゃんと謙哉ちゃん見てると思うんや、ほんまに羨ましいってな」

 

「羨ましい……?」

 

「どちらかがもう片方を押さえつけとるわけやない。お互いが本気で考えて、本気で納得したことを二人で力を合わせてやって、一緒に笑っとる。本当の友達ってそういう奴の事を言うんやろなって思うんや」

 

「今回にしたってそうや。お互い本気で考えた末に意見がぶつかった。んで、本音を言いあってぶつかり合ったんや。……なれ合いで一緒に居るだけの奴にそんな事出来ん、ほんまの友達やからこそ本気でぶつかれたんやと俺は思うで」

 

「………」

 

 考え込むようにして下を向く勇を尻目に光圀は立ち上がるとその場を離れる。最後に振り向くと、笑みを浮かべて言った。

 

「ま、俺にはようわからんからな~、その辺はお二人に任せるわ」

 

「………」

 

 お互いに譲れなかったが故にぶつかり合った自分と謙哉。今、自分がすべき事は何なのだろうか?

 迷う勇の肩を叩いたマリアが優しく微笑む。そして、顔を上げた勇の頬を両手で挟むとまっすぐに目を見て言う。

 

「勇さん、私は勇さんが本当はとても強いってことを知っています。勇さんが謙哉さんに負けたと言ったのは、きっと勇さんが本気で戦って無かったからですよ」

 

「俺は、本気で謙哉を……」

 

「違います。勇さんだって言ってたじゃないですか、本当は悠子ちゃんを救いたかったんだって……本当は謙哉さんと戦いたくなかったから、全力で戦えなかったんですよ」

 

「あ……」

 

 マリアのその意見に関してはっとした表情を向ける勇、マリアはそんな勇に対して笑顔を見せると彼に聞いた。

 

「改めて聞きます。勇さん、今あなたが本当にしたい事は何ですか? あなたは、何のために戦いますか?」

 

「俺、は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てめぇ、どういう意味だっ!」

 

 怒りと共に櫂が拳を繰り出す。剛腕の彼から繰り出されたその重い一撃を受け止めながら、大文字は答えた。

 

「言葉通りの意味だ、あの男は王足りえん」

 

「光牙の何が悪いってんだ!? あいつはすげぇ奴なんだよ! 親父さんの為に世界を救おうと……」

 

「……そこだ。そこがおかしいのだ」

 

「は……?」

 

 自分の親友を乏しめる大文字に対して怒りを見せていた櫂だったが、大文字のその一言を受けて表情を変える。大文字が光牙を馬鹿にして話しているわけでは無い事がわかったからだ。

 大文字は覇気を感じさせるその声で光牙について語り始める。

 

「王となる人間に必要な物、それは立派な大義名分でも理想でもなく……欲と、それを晒せるだけの覚悟だ」

 

「欲だと? そんな俗っぽい物が……?」

 

「ああ、我が戦国学園を見ればわかるだろう? 女、武、地位……そう言った分かりやすい物を求めて我らは力を磨く、強くなればそれを掴めると信じてな」

 

「お前らと光牙を一緒にすんじゃねぇ! あいつは、そんな下らねぇものの為に戦ってる訳じゃねぇんだよ!」

 

「……世界を救う勇者になる為、か……立派だが、その欲を自分の父親の為と言っている時点で薄いな」

 

「なっ!?」

 

「考えてみろ、親から託された悲願を達成できた武士が一体何人いる? それは、自分の意思では無く、ただ言われたからやっていると言う無欲の境地に達してしまったからだ。自分が真に求めるものの為に戦わねば、力など出るはずもない」

 

「ふざけんな! 勇者になるって言うのは光牙の……」

 

「夢か? なら、それを自分の夢だと言わねばならんな。少なくとも父親とのことなど関係ない、自分が勇者として崇められたいからと言わなくては話にならん」

 

「てめぇっ! 光牙を馬鹿にしてんのか!?」

 

「……いいや、これが我の正当な評価と言う奴さ。馬鹿にすると言えば……お前の方だな、城田櫂」

 

「うっ?!」

 

 突き飛ばされ、地面に尻もちをつく櫂。そんな櫂を見下ろしながら大文字は言う。

 

「……お前は二言目には光牙、光牙と言うが、お前自身の意思はないのか? 自分が何を成したいか? 何のために戦うのかを見出さなければ一生そのまま腰巾着のままだぞ」

 

「なんっ……だとっ!?」

 

「……哀れよな。お前は考える事を放棄している。自分より優れたものが居るからとその背を追うだけの負け犬だ」

 

「てっ、めぇっ!」

 

 勢いよく殴りかかる櫂だったが、その一撃は軽く大文字にいなされてしまった。地面に転がる櫂に一瞥をくれた後で、大文字は歩き出す。先ほどの光牙にした様にお前には価値など無いとでも言う様に……

 

「待ちやがれっ! 畜生!」

 

 立ち上がった櫂だったが、もうそこには大文字の姿は無かった。悔しさをにじませながら櫂は叫ぶ。

 

「俺が……負け犬だと……っ!? んなことある訳ねぇ! 俺は……俺はッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やよい、アタシたちはどうすれば良いのかな?」

 

 テントの下で静かに葉月が呟く。その隣に居るやよいは膝を抱えたまま何も答えない。

 

「……やよい? どうかした?」

 

 何も言わないやよいに対して葉月が怪訝な顔を向ける。そして、その横顔を見た葉月ははっと息を飲んだ。

 

「……駄目だ、私……私、駄目駄目だぁ……っ」

 

 やよいは泣いていた。目から大粒の涙を流しながら泣く彼女は徐々にその声を大きくして泣きじゃくって行く。涙する顔を可愛いなぁと不謹慎な事を考えながらも、葉月は親友を落ち着かせようと必死になって話しかけた。

 

「ちょ、ちょっと! 何が駄目なのさ? やよいだって頑張ってるよ! 今回の一件は色々と難しいとは思うけどさ……」

 

「ちがうよぉ……だって、私だけなにもしてないんだもん……」

 

「え……?」

 

「勇さんも謙哉さんも、光牙さんも城田さんも、玲ちゃんも葉月ちゃんも……みんなみんな、自分の考えを持って戦った。でも、私だけ……私だけ、見てる事しか出来なかった!」

 

「やよい……」

 

「ほんとはあの子を助けたいって思ってた! でも、でも……光牙さんの話を聞いて、それはいけない事なんじゃないかって思っちゃって……何が何だか分からなくなって、パニックになって、そのまま見てる事しか出来なかった! 喧嘩する二人も止められなかった! 私、仮面ライダーなのに……皆を守るヒーローなのに……」

 

 そう言って泣きじゃくるやよいを見ていた葉月もその思いは痛いほどわかった。自分だってやよいと変わりない。ただ、最後の最後で勇が謙哉と戦う姿を見たくなかったから体が動いただけなのだ。

 

 やよいは何も出来なかったと言って泣いている。だが、葉月にはそれが恥じる事だとは思えなかった。

 

「……ねぇ、やよい。アタシ、やよいはすごいって思ってる」

 

「え……?」

 

 そっと後ろからやよいを抱きしめながら葉月は言う。親友へ伝えたいことを伝える為に

 

「確かに、あの場所でやよいは見てるだけだったよ。でも、それはアタシたちの中で唯一誰とも争わなかったって言えるんじゃないかな? 皆が血走ってぶつかり合う中で、やよいはたった一人だけ優しい心を持ってたんだよ」

 

「でも……そんなの、私が臆病者なだけだよ……本当は、戦わなきゃいけなかったんだから……」

 

「……そうだね。でも、やよいはその事に気が付けた。何かと戦わなきゃいけないって気が付いたなら、やよいはやよいの戦いを始めるだけだよ」

 

「私の……戦い……?」

 

 涙を止めた彼女と見つめ合う。そして、葉月は笑顔を見せながら言った。

 

「さぁ、アタシはアタシの戦いを始めるよ! やよいも、自分が何と戦うか決めて、全力でぶつかってね!」

 

 それだけ言うと葉月は駆け出す。自分の戦いを始める為に。その後ろ姿を見ていたやよいもまた、小さく呟くと立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っっ……っくぁ……」

 

 ゆっくりと背にした壁に寄りかかりながら床に座る。全身が痛む中で時折遠くなりそうな意識を必死に繋ぎ止めながら謙哉は休んでいた。

 

「……守れなかった、な」

 

 ついさっき、光牙は悠子を倒す為にA組の生徒たちを率いてこの場から離れて行った。すでに元悠子であったエネミーは別の場所で暴れているらしい。

 

 助けに行きたかった。なんとかして時間を稼いで、ワクチンカードの完成まで彼女を殺す事の無い様にしたかった。

 だが、自分の勝手な行動を警戒した光牙に見張りを残されてしまい、ここから動くことは出来ない。無力さに打ち震えながらただ体を休める事しか出来ない謙哉は、悔しさに拳を握りしめた。

 

「………」

 

「あ……!」

 

 ふと顔を上げた時だった。いつの間にか自分の前に立っていた玲と目が合い、気まずい沈黙が流れる。彼女もまた勝手な行動をする可能性があるとして光牙に待機を命じられていたのであった。

 

「……何でよ」

 

「え……?」

 

「何で、あんな馬鹿な事したのよ!? あの子の事なんて放っておけば良かったでしょうに!」

 

 珍しく声を荒げる玲の姿を見ながら謙哉はただその叫びを聞き続けた。黙って自分を見ているだけの謙哉に対して怒りを募らせながら玲は叫び続ける。

 

「弱い者を救って良い気持ちになりたかった? それとも良い人ごっこをしたかったの? それとも……私が、哀れだったから……?」

 

 叫び続けていた玲は突如膝を付くと項垂れてしまう。今にも泣きそうな顔をしながら謙哉の胸倉を掴み、か細い声でわめき続ける。

 

「……あの子に、昔の自分を重ねてた私を見て憐れんだの? 可哀想な奴だから助けてやろうと思ったわけ? 情けをかけて、良い人ぶって……満足したかったんでしょう!?」

 

 それはまごう事無き罵声であった。だが、謙哉は怒りを見せる事無く玲の叫びを黙って聞き続けている。

 

「何とか言いなさいよ! こんな風に泣き喚く私を見て心の中で嘲笑ってるんでしょう!? 馬鹿な奴だって思って、それで……」

 

「……僕はただ、生きていてほしかっただけなんだ」

 

「え……?」

 

 玲の叫びがひと段落した時、謙哉が口を開いた。独り言の様に口から出た言葉に不意を突かれた形になった玲は驚き、口を閉ざす。

 

「たとえ今、どんなに苦しくても生きていれば幸せな事があるから、苦しい思いを抱えたまま悠子ちゃんに死んでほしくなかったんだ……きっと、明日には良い事がある。きっと、お父さんとお母さんは仲直りして幸せな毎日が戻って来るって……そう、伝えたかったんだ」

 

「……何よ、それ……あなたは一体、何なのよ……?」

 

 呆然としたまま玲は話す。心と口が直結した様に思った事を口にしてしまう。こんな状況になって初めて、玲は謙哉に自分の本心を伝える事が出来た。

 

「あなたを見てると心の中がぐちゃぐちゃになるのよ……羨ましくって、惨めで、憧れて、怖くって……あなたが、私の求めているものを全部持ってるから、見てると堪らなく悔しくって、でも温かくなるの……」

 

「……ごめん」

 

「何で謝るのよ……?」

 

「……守れなかった。僕は、悠子ちゃんを……守れなかったんだ……っ!」

 

 謙哉の声は弱々しかった。初めて聞く彼のそんな声に玲は驚く。

 勝手に思っていた、彼は強いのだと。弱みなんか無い、無敵の人間なのだと

 だが、そんな事は無かった。謙哉もまた自分と同じ、必死に強がっているだけの人間なのだ。

 

 だが、玲とは強がり方が違う。自分を強く見せる為に強がる玲と違って、謙哉は誰かを笑顔にする為に強がっている。自分がどんなに傷ついても、それを見た相手が罪悪感に苦しまない様に強がっているのだ。

 

 謙哉は本当に強い。自分なんかと違って、真の強さと言うものを持っている。そして、そんな彼が初めて自分に弱さを見せてくれた。

 その事を理解した時、玲は目の前の謙哉を抱きしめていた。

 

「水無月、さん……?」

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……っ!!」

 

 真に謝るべきは自分だった。悠子に会った時に強がらず、彼女に親身になって接してあげれば他の未来もあったかもしれないのだ。

 もっと前から謙哉に素直に接していれば……そうすれば、愚かな心の中にあるわだかまりなどとっくに溶けて、優しさを持った自分になれていたかもしれない。

 

「本当に、私は……っ!」

 

「……もう、良いんだ。水無月さんが自分を責める必要なんて無いんだよ」

 

 そっと自分の体から玲を放して謙哉が言う。どこか穏やかで、悲しみをたたえた瞳を見る玲の心の内には、いつもの不快感は湧かなかった。

 

「僕たちは悠子ちゃんを助けられなかった。もっといい方法があったはずなのに、僕たちはそれを見落としたんだ……」

 

「……そうね、きっとそう。私たちは、間違えてしまったのね……」

 

 悲しみと諦めを含んだ言葉、謙哉と玲はただひたすらに後悔しながら宙を見る。悠子を救えなかった悲しみを感じる二人、だが、そんな彼らに近づく影が3つあった。

 

「……な~に諦めてんのさ、まだ全部終わった訳じゃ無いよ」

 

「……あなたは!?」

 

 そこに立っていたのは薔薇園の生徒……橘ちひろ、夏目夕陽、宮下里香の三名であった。突如現れた彼女たちに驚く二人に対して、ちひろは笑いながら言う。

 

「なに諦めてんだよ。こちとらまだやることやってる最中だっつーの!」

 

「やる……こと?」

 

「うす! 自分たち、天空橋さんに協力しに来たんです!」

 

「アタシたちのゲームギアを使えばねー、足りない処理能力を補助して、ワクチンカードの完成を早める事が出来るんだってさー!」

 

「そ、そうなの!?」

 

「……でも、あなた達三人だけじゃ、その効果もたかが知れてるわ。無駄な足掻きよ」

 

「誰が協力しに来たのは私たちだけだって言ったのよ?」

 

「え?」

 

 その言葉の意味を理解できないでいる玲に対してちひろは悪戯っぽい笑みを浮かべる。後ろの夕陽と里香も同じようにして笑い続けていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、悠子が変身したエネミーの討伐へと向かう光牙一行は市街地を走っていた。彼に付き従う櫂とA組のメンバーを率いて先頭を走る光牙は強い意志を持って現場に向かう。

 

(俺は間違っちゃいない! これこそが勇者の選ぶ道なんだ!)

 

 世界の為に自分が罪を背負う覚悟……それこそが勇者に必要な物だと信じて疑わない光牙は悠子を殺すべく先へ先へと進む。何度目かの角を曲がり広い道路に出た時、彼らの前に立ちはだかる一人の人物が現れた。

 

「……何の真似だい? 新田さん」

 

「や~、何、ちょっと考えてみたんだけどさ、やっぱあの子を殺すのっておかしいと思うんだよね」

 

「……だから何だい? 悪いけど君に構ってる暇は無いんだ。この先で沢山の人が俺たちを待っている。だから行かなきゃならないんだよ!」

 

「ん~……やっぱそうなるよねぇ……んじゃ、ちょっと体張らせてもらいましょうか!」

 

 葉月はギアドライバーを取り出すと腰に付ける。戦いの構えを見せる彼女に対して、光牙は冷ややかに言い放った。

 

「……君も馬鹿な真似をするんだね。一時の感傷を胸に、沢山の人を殺す道を選ぶのか?」

 

「アタシは馬鹿だからさ、何が正しいなんて答えは出せないよ。でも、ハッピーエンドに繋がる道があるってのに、ちょっと難しそうだからってその道を選ばない軟弱者にはなりたくないんだよね!」

 

「だから俺たちに歯向かうと? 君は馬鹿だ! 勝機も正しさも無い戦いに身を投げ出そうとするただの愚か者だ!」

 

「それでも良いって言ってんじゃん! たった一人でもアタシは戦う! 私が信じるものの為に!」

 

 強く光牙たちを睨みながら葉月は言い放つ。その雰囲気に押されたA組の生徒たちだったが、自分たちの方が数が上だと言う事に気が付くと一堂にカードを構えだした。

 それでも葉月は怯まない。たった一人でも抗って見せると強い意志を見せる葉月だったが、後ろから近づく気配に振り向くと、目を見開いた。

 

「一人じゃないよ! 葉月ちゃん!」

 

「やよい!? アンタ、その人たちはどうしたの!?」

 

 驚く葉月、それもそのはずで、やよいの後ろには虹彩、薔薇園両校の生徒たちがずらりと並んでいたのだ。

 

「片桐さん……!? 一体、何を……?」

 

「ごめんなさい光牙さん! 私、光牙さんの言ってる事が間違いじゃあないって事は分かってるんです! でも……どうしても、あの子を救いたいって思っちゃいました!」

 

「だから、私と同じ思いを抱えてる人を集めたんです! ここに居る皆、あの子を助けたいって思って駆けつけました! 皆で悠子ちゃんを助けようって決めて来たんです!」

 

「ぐっ……! そんな、馬鹿な……!」

 

 自分たちよりも遥かに多い人数に気圧される光牙、A組の生徒たちも同様で、流石に慌てる様子が見える。

 

「凄いよ……凄いよやよい! こんなにたくさんの人を集めちゃうなんてさ!」

 

「えへへ……私、一人じゃ何にも出来ないから、皆の力を借りようって思っただけなんだ……でも、こうやってみんなの思いを繋げたのなら、私がやった事にも意味があるのかな?」

 

「当然だよ! やよいの戦い方、見せて貰ったからね!」

 

「……うろたえるな! ここで退く俺達じゃないだろ! この逆境を突破してこその勇者だ、一気にかかるぞ!」

 

「お、おーーっ!」

 

 やよいの手柄をたたえる葉月だったが、光牙の号令で息を吹き返したA組の生徒たちが戦闘態勢に入ったのを見て気を引き締める。ドライバーからカードを取り出しながら、頼りになる親友へと目を向けた。

 

「やよい、白峯をここで食い止めるよ!」

 

「うん! ワクチンカードが出来れば、きっと玲ちゃんが何とかしてくれる!」

 

「そういうこと!」

 

 光牙が変身してこちらに突っ込んでくるのが見える。櫂も同様に迫って来るが、今の二人には負ける気がしなかった。

 

「いっくぞー! 突撃ーっ!」

 

 迫るA組の生徒たちを迎撃する指令を出しながら、彼女たちもまた戦いの渦の中へと飛び込んで行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やよいと、葉月が……?」

 

「そうだよ。アンタの事を信じて時間稼ぎをするってさ」

 

「玲ちゃんならきっと悠子ちゃんを救ってくれる……そう、仰ってました!」

 

「二人とも、私の事を信じて……!」

 

 二人からの信頼を感じた玲は涙ぐみながら感激した。その様子を見ていた謙哉はドライバーを掴むとちひろたちに話しかける。

 

「お願いがあるんだ、僕を見張っている生徒たちの気を惹いて欲しい」

 

「……何する気だい?」

 

「悠子ちゃんが暴れている場所に行って被害を食い止める。その役目を果たす人間も必要だ」

 

「……それなら間に合ってますよ、謙哉さん」

 

「えっ?」

 

 自分にかけられた声に振り返ってみればマリアがこちらへと歩いて来ていた。A組の生徒である彼女がここに居る事に驚きながらも、謙哉は先ほどの言葉の意味を問い質す。

 

「間に合ってるって、どういう……?」

 

「言葉通りの意味ですよ。それと、言伝を預かっています」

 

「言伝……?」

 

「ええ……『俺もあの子を救うために戦う』……だ、そうですよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さっきはごめんな。痛かっただろ? 謝るよ」

 

 エンドウイルスに感染した悠子が変貌したエネミーは公園の時と同じように雑魚エネミーを生み出し続けていた。その集団の真ん前に立ちながら、彼は悠子に話しかける。

 

「ガキどもの未来を守る。って言っておきながら、あいつらと同じ位の歳の女の子殺してちゃあ意味ねぇわな。ああ、そうだ、意味ねぇよ」

 

 ドライバーを構え、カードを取り出す。真っ直ぐに悠子を見ながら、勇は言った。

 

「もう迷わねぇ! 俺は誰も傷つけさせねぇし、君も助け出して見せる! 全部の命を救うために戦ってやるさ!」

 

「ええ顔しとるやないか勇ちゃん! ほな、俺も手伝うとしよか!」

 

 エネミーたちと相対す勇の脇から現れた光圀は愉快そうに笑いながらドライバーを取り出す。急に現れた彼に驚きながらも、勇もまた笑顔を返した。

 

「手伝ってくれんのか?」

 

「ああ! ぼろぼろの勇ちゃんに何かあったら戦えなくなるしなぁ! ……それに、言うたやろ? 俺、子供好きなんよ」

 

 照れくさそうにそう言った光圀は勇の横に並ぶ。肩を並べるに申し分ない相手が来てくれたことに感謝しながら、勇は悠子を指さした。

 

「さぁ、ゲームスタートだ! 君のその運命、ぶち壊してやるよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勇が……悠子ちゃんを?」

 

「はい、自分と謙哉さんに胸を張れるように今度こそ迷わない道を進む……そう言ってました」

 

「勇……君って奴は……!」

 

 謙哉も玲同様にかけがえのない親友に感謝と感激の思いを寄せる。悠子を救うために沢山の人が動いてくれている事を実感した二人の元に、天空橋が走って来た。

 

「皆さ~ん! ワクチンカードが完成しました! これもゲームギアを演算に貸して下さった皆さんのお陰です!」

 

 天空橋は白い十字架が描かれたカードを差し出して来た。少し悩んだ後で、謙哉はそれを玲へと手渡す。

 

「……水無月さん、君の武器なら遠距離攻撃でワクチンを打ち込めるはずだ。僕よりも君が持っている方が良い」

 

「見張りの生徒は私が追い払っておきました。今ならだれにも邪魔されずに悠子ちゃんの元へと向かえますよ!」

 

「マリアさん、皆……何から何まで、ありがとう!」

 

 皆にお礼を告げた後に謙哉は自分のバイク「コバルトホース」を呼び出す。玲を後ろに乗せて走り出し、全速力で悠子の元へと向かう。

 

「……ねぇ、聞いてくれる?」

 

「ん?」

 

 後ろに座る玲が不安げな声で話しかけて来た事に気が付いた謙哉は彼女の言葉に耳を貸す。普段とは違う弱々しいその言葉には、不安が滲み出ていた。

 

「……怖いの、皆がここまでやってくれて、私にバトンを渡してくれた。でも、その最後の役目を失敗してしまいそうで、心が押しつぶされそうになるのよ」 

 

 それは紛れも無い玲の本心だった。誰かを信じる事を知った彼女は、同時にその信頼に応えられなかった時の恐怖も知ってしまった。その不安に押しつぶされそうになる玲に対して、謙哉が優しく語り掛ける。

 

「……大丈夫だよ。水無月さんは一人じゃない。勇や新田さん、片桐さんを始めとして虹彩と薔薇園の皆が付いてる」

 

「でも……」

 

「それに、僕もいる……こんな僕じゃ頼りないかもしれないけど、君は一人じゃないって何度だって言えるよ。一人じゃ出来ない事も皆でなら出来る! 力を合わせて、悠子ちゃんを助けよう!」

 

 ヘルメットの下で人懐っこい笑顔を浮かべながら謙哉は言った。その言葉を受けた玲の心からは、不思議と不安な思いが消え去って行った。

 

(あぁ、そっか……私、一人じゃないんだ……ずっと、この言葉を待ってたんだ……!)

 

 見てくれる人が居る。信じてくれる人が居る。傍に居てくれる人が居る。

 それだけで力が湧いて来る。一人じゃない、誰かと一緒ならきっとこのピンチも乗り越えられる。

 

 そう、それが彼と一緒なら、どんなことだって…………!

 

「……改めてお願いするわ。私は悠子ちゃんを助けたい。その為にあなたの力を貸して、謙哉!」

 

「もちろんだよ! 僕たち、チームでしょ?」

 

 ようやく心を通じ合わせた二人は思いを一つに駆けて行く。孤独に震える少女に君は一人では無いと伝える為に、その心を救う為に、二人は進んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっしゃ! これでどうだっ!」

 

 サムライフォームのディスティニーが手にした刀を投げる。ブーメラン状のそれは、数体のエネミーを斬り倒して再び勇の手に戻って来た。

 

「おらおら! いくらでもかかってこんかい!」

 

 妖刀・血濡れを手にした光圀が威嚇しながらエネミーを切り刻む。たった二人で戦う勇と光圀だったが、数の不利を感じさせない戦いぶりでエネミーを押し留めていた。

 

「もう少し、もう少しだ! あと少しで謙哉たちが来るはず……!」

 

 先ほどのマリアからの連絡によれば完成したワクチンカードを手にした謙哉と玲がこちらに向かっているはずだ。それまで何とか時間稼ぎを続けて行けば、悠子を救う事が出来るはず。そう考えた勇はディスティニーエッジを握って目の前の敵を斬り倒す。あと少しで信頼する友が駆けつけてくれると信じて……

 

「ウ……アァァァァァッ!」

 

「なっ!?」

 

 しかし、悠子が変身したカラス型エネミーは状況が不利だと悟ったのか、背中に生えた羽を広げるとこの場から飛び立ってしまった。逃がしてなるものかと勇もディスティニーエッジをブーメランモードにして投げつけるも、カラス型エネミーは器用にそれを躱すと飛び去ってしまった。

 

「くそっ! あと少しだってのに!」

 

 手出しできないほどの距離まで逃げ去ってしまったカラス型エネミーに対して悔しそうな顔を向ける勇、どうにかして追いかけなければと思っていた彼の耳に親友の声が聞こえて来た。

 

『大丈夫! あとは任せて!』

 

 同時に頭上を飛んで行く鉄騎の影、ドラゴナイトイージスに変身した謙哉がドラゴンのカードをバイクに使用して変形させた飛行可能の愛機『コバルトドラゴン』に跨ってエネミーを追いかけているのだ。

 猛スピードで飛んで行く謙哉と玲を見た勇は歯噛みをした。最後まで一緒に戦いたかったが、ここに光圀一人だけを残して後を追うことは出来ない。すべてを二人に任せてこの場で戦い続けようとした勇だったが、そんな彼の前に大柄な男が現れた。

 

<ロード! 天・下・無・双!>

 

「行け、龍堂勇! ここは我が引き受けた」

 

「大文字っ!?」

 

 変身した大文字が大太刀を振るいエネミーを打ち倒して行く。その姿を驚きと共に見ていた勇だったが、その背を光圀に押されて振り返った。

 

「行けや勇ちゃん! ここは俺達だけで十分や!」

 

「……すまねぇ!」

 

 一言そう残すと勇はマシンディスティニーに跨って謙哉たちの後を追う。その後ろ姿を見送りながらも光圀は戦いを続ける。

 

「そこはありがとうでええんやで、勇ちゃん」

 

 良き友を持つ勇を羨ましく思いながら、光圀は心躍る戦いの中へと飛び込んで行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「水無月さん! 悠子ちゃんはすぐそこだ!」

 

「ええ! 皆が作ってくれたこのチャンス、絶対に決めて見せるわ!」

 

<キュアー!>

 

 ワクチンカードをメガホンマグナムに使用した玲はカラス型エネミーへと狙いを定める。縦横無尽に空中を動き回るエネミーに苦労しながらも、必死にその動きを追う。

 

(助けて見せる……皆の為に、私の為に、そして……悠子ちゃんの為に!)

 

 全神経を持って照準を合わせる玲、飛行するバイクの疾走音も自分を叩く風の衝撃も忘れてただ狙いを定めていく。

 すべては悠子を救う為……協力してくれたみんなの思いに応え、彼女の笑顔を再び見る為に!

 

「……今っ!」

 

 銃口が真っ直ぐに狙いを定めたその瞬間、玲は引き金を引いた。繰り出された白い弾丸はカラス型エネミーの背中に見事命中し、その動きを止める事に成功する。

 

「水無月さん、見てっ!」

 

 何かに気が付いた謙哉が指差した先には、エネミーの体から分離しようとしている悠子の姿があった。空中から真っ逆さまに投げ出された彼女を追って謙哉もバイクを操作する。

 

「悠子ちゃんっ!」

 

 悠子に手を伸ばした玲がそのままコバルトドラゴンから飛び出し、空中で彼女を抱きしめた。そのまま地上に落下した玲は変身を解除し、胸の中に抱く悠子に声をかける。

 

「悠子ちゃん! しっかりして!」

 

「ん……おねえ、ちゃん……?」

 

「私が分かるのね!? 大丈夫? 痛い所は無い?」

 

「平気だよ……ありがとう、お姉ちゃん……」

 

 弱々しくも笑顔を見せる悠子を玲が涙ながらに抱きしめる。確かに救えた命を胸の中に感じながら涙を流していた玲だったが、彼女たちの前に分離したエネミーが雄叫びを上げながら姿を現した。

 

「オォォォォォォッ!」

 

「くっ……! 悠子ちゃん、下がって!」

 

 かつての自分の分身である悠子に狙いを定めたエネミーは唸り声を上げながら二人に迫る。そんなエネミーから悠子を庇う様に立った玲の両脇を二つの風が吹き抜けた。

 

「折角の良い雰囲気を……」

 

「ぶち壊してんじゃねぇっ!」

 

「グオォォォォッ!?」

 

 エネミー目がけて突っ込む黒と蒼の鉄騎、その強烈な突進を喰らったカラス型エネミーは悲鳴を上げながら吹き飛んでいく。その場に残されたのはバイクに乗って駆けつけた二人の男だけだった。

 

「………」

 

「………」

 

 暫し、二人はお互いの顔を見つめ合う。仮面に隠された状態なので表情は分からないままだったが、二人は同時に口を開くと言った。

 

「「……ごめん」」

 

 同じタイミングで相手に謝り、同じタイミングで頭を下げる。その状態のまま固まっていた二人だったが、またしても同じタイミングで肩を震わせると顔を上げて笑い始めた。

 

「なんだよ、せっかく謝ったってのにそっちがそんなんじゃ調子狂うじゃねぇか!」

 

「勇こそ普段は強情な癖にさ、僕が謝らないと始まらないと思ったからそうしたのに、これじゃあもう少し待った方が良かったかな?」

 

「んだとぉ? 調子に乗りやがって!」

 

 そう言いあいながら笑う二人はいつもの二人だ。信頼し合い、協力して困難を打ち破るパートナー同士だ。

 ひとしきり笑った後で立ち上がって来たエネミーを見た二人はいつもの口調で相棒に声をかける。息をあわせて戦う友として、剣を構えた二人は駆け出す。

 

「んじゃ、いっちょコンビ復活祝いにあいつをぶっ飛ばしておくか!」

 

「賛成&異議なし!」

 

 走る二人の持つ剣に光が宿る。真っ直ぐにエネミーに突っ込んだ二人は、紅と蒼に光る剣から鋭い斬撃を繰り出した。

 

<合体必殺技発動! ダブルヒーロースラッシュ!>  

 

「うおぉぉっ!」

 

「はぁぁぁっ!」

 

 縦に走る紅の斬撃、横に走る蒼の光。十字に切り裂かれたエネミーはじたばたと腕を動かした後でそのまま後ろに倒れて爆散した。

 

<ゲームクリア!>

 

「よっしゃ! 完全勝利!」

 

「皆で掴んだ勝利だよ!」

 

 エネミーを撃破し、悠子も救い出した事を喜ぶ二人は互いに右手を出して相手の手に打ち合わせる。相棒と勝利の喜びを分かち合う二人の周りには、葉月や光圀を始めとしたこの作戦に協力してくれた各学園の生徒たちが集まってはしゃいでいた。

 

「玲ちゃん、やったね!」

 

「……ありがとう。二人の協力が無かったら悠子ちゃんは助けられなかったわ」

 

「お礼は言いっこ無しだよ! 誰か一人でも欠けてたらつかめなかった結果だもん! 皆のお陰だよね!」

 

 玲もまたやよいと葉月の二人と抱き合って喜びの表情を見せている。友達として協力し合った三人は一堂に笑顔を見せてこの結果に満足していた。

 

「……協力、か」

 

 虹彩、薔薇園、戦国……三校の生徒たちが共に笑いあう光景を目にした大文字は口元に笑みを浮かべたままその場から立ち去った。普段は戦う各学校の生徒たちが一丸となって動いたこの日の事を深く心に刻みながら彼を思う。

 

(王の器は我も含めて三人……正しき道を選べることを祈るとするか……)

 

 協力し合う、と言う自分の覇道とはまた違う道を指し示した勇たちに敬服しながら、彼は一人この場から立ち去ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……光牙、気にすることはねぇよ。お前が間違ってた訳じゃねぇんだ」

 

 騒ぐ集団の中に入れないままでいるA組の生徒たち、その中でも心配そうな顔をした櫂が光牙を案じて声をかける。

 だが、意外にも光牙はさっぱりとした顔をしており、櫂を驚かせた。

 

「ああ、俺は間違ってなかった。でも、今回は俺たちの負けだ。龍堂くんたちは協力して俺たちが不可能だと決めつけた事をやってのけたんだ、素直に彼らを称えよう」

 

「光牙……」

 

「……俺は後始末を引き受けるよ。彼らには栄誉を楽しむ権利があるからね」

 

 そう言ってA組の生徒たちから離れ、勇たちの輪にも加わらないままに光牙はこの場を去って行く。そんな彼を皆は心配はしていたが、すっきりとした態度を見る限りあまり気にしてはいないのだろうと考えていた。

 

 しかし……

 

(……俺が間違っていなかった? ……当然だ、俺こそが正しかったんだ!)

 

 光牙は内心では怒りに燃えていた。甘い幻想を追いかけたが故に多くの人を危険に晒した仲間たちに対して深い失望に似た感情を抱いていた。

 

(今回はたまたま上手く行った。だが、次もこうなるとは限らない。誰かが固い決意をもって、非常な判断を下す必要だってあるんだ!)

 

 それはきっと自分の役目だ。仲間たちが現実を知って打ちのめされる中、自分だけが世界の為に必要な行動を起こさなければならないのだ。

 

「そうさ、俺は正しい……正しいんだ……!」

 

 誰にも聞こえないその呟きを耳に光牙は歩む。その先に何が待っているのかも知らないままに……

 

 

 

―――彼女に悲劇が舞い降りるまで、あと??日……

 

 

 

 

 

 

 

 

『悠子ちゃんのご両親、離婚を考え直したみたい。自分たちの事ばっかりで悠子ちゃんを見てなかったって反省したみたいよ』

 

『そっか! それは良かった! 悠子ちゃんも喜んでるだろうね』

 

 夜、謙哉は玲とのLINEで悠子の近況を教えて貰い、彼女の身の回りの問題が解決したことに安堵していた。

 もうこれで大丈夫だろう。色々あったが、結果としては良かったと言える今日一日の出来事に思いを馳せていると、携帯から着信メロディが流れて来た。

 

(……電話? 水無月さんから?)

 

 珍しく、というよりも初めての玲からの着信。LINEをしていると言うのに通話をするとはどういう事だろうか?

 疑問に思いながらもその電話に出る謙哉、携帯を耳に当てるとどこか緊張した玲の息遣いが聞こえて来た。

 

「どうしたの? 電話だなんて初めてじゃない?」

 

『……まだちゃんと言ってなかったから』

 

「へ? 言ってないって、何を?」

 

 玲の言葉に首を傾げる謙哉。そんな彼の様子を知る由もない玲だったが、今まで彼が聞いたことの無い温かい声色で一言だけ呟くと電話を切った。

 

『……助けてくれてありがとう。これからもよろしくね、謙哉』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あぁ、あの馬鹿! あほ! にぶちん!」

 

 電話を切った後でベットに倒れ込んだ玲は目元を腕で隠しながら悪態をつく。しかし、どこか嬉しそうなその声は彼女の心の中を現していた。

 

「ったく、どうしてくれんのよ。気が付いちゃったじゃないの……」

 

 言い方は悪く、それでもどこか愉快そうに笑いながら玲は言う。ほんのり赤く染まった頬を空いている手で擦りながら心の中を整理する。

 

 もうとっくに分かっていた。ただそれを自分が認めなかっただけなのだろう。だからむしゃくしゃして、苛立っていた。

 認めてしまえば簡単だ。ちょっと戸惑いはあるが……意外と心地よくもある。

 

「……これが、『恋』かぁ」 

 

 温かくて、優しくて、ちょっぴりドジな彼を想うと胸が温かくなる。こんな感情を植え付けられたと言う事が少し腹立たしいが、まぁ許してあげよう。

 

 玲は親指と人差し指で銃の形を作ると天井に向けて傾かせる。そして、ベットの上にぽふりと音を立てながらその腕を下ろすとこの場には居ない彼への宣戦布告をした。

 

「見てなさいよ……今度は私が撃ち抜いてやるんだから……!」

 

 満足げに笑った後で電気を消す。ベットに潜り込みながら、とりあえず笑顔の練習から始めようと思い、玲は眠りについたのであった。

 

 

 

 

 水無月玲、16歳。恋する乙女、始めました

 

 



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女子の準備、男子の期待

戦闘も伏線も何もない完全なギャグ回です。それでも良い、って方はどうぞ!


 先日のチャリティーコンサートの一件から数日、仮面ライダーたちは新たなる脅威である「エンドウイルス」への警戒を強めていた。

 

 天空橋の作ってくれたワクチンカードがあるとはいえ、人間をエネミーへと変貌させてしまうウイルスに対しての恐怖が拭えるわけが無い。少しでも情報を集めようとしてくれている天空橋や命たちの努力の結果が出る事を祈っていた勇だったが、彼の前にとんでもない難敵が立ちはだかった。

 

 時は6月の中盤、夏の暑さを感じ始めた頃、勇はその敵の襲来を目の前にして険しい顔をしていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ、おぉ……」

 

 呻き声を上げながら勇は頭を抱える。この敵を前にして一体どう対処すれば良いのかがまるで分らない、とんでもない相手と戦っている勇は再び敵へと視線を移す。

 

「うぅ……」

 

 直視したくない現実、逃げ出したい状況……しかし、勇にそれは許されない。どうしようもなく孤独な戦いを強いられているのだ。

 

「……龍堂はなんであんなに死にそうな顔をしてるの?」

 

「ああ、どうしても勉強が難しいらしくてね」

 

 ひそひそ話をしている真美と光牙の声を聞いた勇は顔を上げて二人を見る。びくっ、と震えた二人に向かって、勇は思いの丈をぶちまけた。

 

「分かる訳ねーだろうが! こんなハイレベルな問題、二か月前までは普通の高校に通ってた俺にはちんぷんかんぷんだっつーの!」

 

 教科書とノートを乗せた机をバンバン叩きながら勇が叫ぶ。その様子をある者は憐れみの目で、またある者はざまあみろというような目で見つめていた。

 

「うぅ……ソサエティとかエンドウイルスに振り回されて、気が付いたら中間テスト一週間前だなんてあんまりだ……」

 

「げ、元気を出しなよ龍堂くん、そんなに試験範囲も広くないし、頑張れば大丈夫だよ」

 

「お前と俺の頭の出来を一緒にすんじゃねぇ! 難しすぎんだろーがよ!」

 

 机に突っ伏して泣き言を言う勇に対してどう慰めの言葉をかけるべきか悩む光牙。そんな時、大きな笑い声と共に勇に対する嘲りの言葉が飛んできた。

 

「だ~っはっは! 残念だったな龍堂! 俺たちが臨海学校に行っている間、お前は補修でも受けてな!」

 

「ぐうぅ……筋肉馬鹿が調子に乗りやがってぇ……っ!」

 

 勇が焦っている理由の一つを言い当てられて歯ぎしりをする。ここまで勇が困っている理由は、単純な成績の問題だけでは無かった。

 

 何を隠そう、この中間テストのすぐ後には薔薇園学園との合同臨海学校が予定されているのだ。暑い夏の海で皆がたっぷり楽しんでいる間、勇だけが学校で居残りなんて寂しすぎる。

 

「行きたい~っ! 俺だって皆と楽しく海で遊びたいよ~っ!」

 

「だ~っはっは! 一人寂しく校舎で補修でも受けてるんだな!」

 

 勇を嘲笑う櫂、だが、そんな彼に対して深く溜め息をついた真美が言う。

 

「櫂……あんた、人の成績をどうこう言える頭の良さしてないでしょ?」

 

「ぐっ!?」

 

 城田櫂、勇を除けばA組一の馬鹿……毎回赤点ぎりぎりの彼もまた補修候補の一人であることを冷静に指摘され、言葉を失った。

 

「ま、まぁ、二人とも頑張れば問題無いさ、うん、たぶん……」

 

「言い切ってくれよ光牙!」

 

「勉強、俺に勉強教えてくれ!」

 

 不安を煽る光牙に対して泣きついた二人、光牙は困った顔をしつつ櫂に勉強を教える事を約束する。

 

「流石に俺一人じゃ二人の面倒は見切れないよ。龍堂くんは他の人に教わって貰えるかい?」

 

「他の人って誰だよ~っ!? そんな性格の良い奴このクラスにはいねぇよ~っ!」

 

 勇の言葉通りだった。こんな時に頼りになる謙哉とは試験範囲が違う為に力を借りることが出来ない。特別クラスであるA組に入った弊害が出ていた。

 

 その他諸々のクラスメイトとはあまり仲良くない勇は勉強を教えてくれるような人に心当たりが無かった。涙に暮れながらその事を訴えていると……

 

「あの……よろしければ私がお教えしましょうか?」

 

「流石! マリア!」

 

 救世主もとい聖母が降臨した。その救いの手を取ってぶんぶんと振りながら勇が感謝の言葉を述べる。

 

「マリア! やっぱりお前は良い奴だ! どこぞの性格クソ悪い筋肉ダルマとは大違いだぜ!」

 

「おい! それは誰の事だ!?」

 

「お前以外に居る訳ねーだろ、このターコ!」

 

 喧嘩を始めた勇と櫂をA組のクラスメイト達が残念そうな表情で見守っている。なんだかんだで仲が良いなと思いながらその喧嘩を眺めていた一同だったが、マリアがおずおずと手を挙げて勇に言った。

 

「あの、他にも勉強を教えなければならない方がいますので、勇さんに付きっ切りと言う訳にはいきませんけど……」

 

「へ? 他にも誰か居んのか?」

 

「はい、実は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~、海だよ海! 心が躍りますなぁ!」

 

「皆と一緒に行けるの楽しみだね!」

 

 一方、薔薇園学園ではディーヴァの三人が来る臨海学校に対しての話で盛り上がっていた。楽しい事に目を向ける葉月とやよいだったが、玲の冷ややかな一言で現実に引き戻される。

 

「その前に中間テストがある事を忘れないでね。私たち出席日数ギリギリだから、赤点取ったら補修は免れないわよ」

 

「「ぐぅっ!!!」」

 

 大げさに胸を抑えてへたり込む親友たちの姿を見た玲が溜め息をつく。やっぱり勉強には自信が無いのだと思いながら二人が立ち上がるのを待つ。

 

「玲は良いよね~~……頭が良くってさぁ……」

 

「日頃の努力の成果と言って欲しいわね」

 

「私、数学と英語自信ないなぁ……」

 

「数式と文法覚えなさい、それでなんとかなるから」

 

 嫌な事を乗り越えないと楽しい事はやってこないと言う現実を親友に教える為にあえて冷ややかな言葉をかけた玲だったが、一応二人を心配してその様子を探る。立ち直れていなかったらどうしようかと考えたが、意外にも二人は笑顔を見せると玲にVサインを出した。

 

「なーんてね! 今回は強力な助っ人を用意しているのだ!」

 

「助っ人……?」

 

「マリアさんに勉強を教えて貰えるように頼んであるんだ! すごく頭が良いから、頼りになるんだよ!」

 

「そう、それは良かったわね」

 

 他校の生徒に頼るのはどうかと思ったが、二人がしっかりと準備をしていたことに安心した玲は胸を撫で下ろす。そんな玲に対し、葉月はにやにや顔で近づいて来た。

 

「玲もさぁ~、準備しておいた方が良いんじゃない?」

 

「え……? 私は問題無いわよ、予習は完璧よ」

 

「そうじゃなくって……こっちだって!」

 

「きゃっ!?」

 

 突如自分の胸を揉んできた葉月の行動に悲鳴を上げる玲。そんな彼女に遠慮せず、葉月はわしわしと手を動かす。

 

「玲、どうせ去年みたいに学校支給の水着で海に行くつもりなんでしょ? そんなの勿体ないって!」

 

「ちょっと葉月、止めてったら……」

 

「折角の海なんだよ!? 可愛い水着を着てみよーよ!」

 

「ええい、もうっ!」

 

 色々と煩わしい葉月を振りほどいた後で頭に拳骨をくれてやる。頭を抑えながら後退る葉月に対して詰め寄ると、彼女は慌てた様子で言い訳を始めた。

 

「だって玲、スタイル良いのにもったいないんだもん! グラビアも撮らないしさー!」

 

「確かに玲ちゃん、モデルとかのお仕事絶対にしないよね……」

 

「と言うよりむしろ歌以外のお仕事全然しないんだもん! せっかくの隠れ巨乳が泣いてるよ!」

 

「かくっ!?」

 

 身もふたもないその言い方に衝撃を受ける玲、そんな彼女に死んだ目をしたやよいが追い打ちをかける。

 

「……確かに一緒に着替えてるとさ、なんて言うか、経済格差ってものを教えられてる気分になるんだよね……」

 

「私的にDは固いと思うのですが、そこんところどうなんでしょうか!?」

 

「……あなた達、殴られたいわけ?」

 

「わー! 玲が怒った! 逃げろーっ!」

 

 好き勝手言いたい放題した後でその場から逃げる葉月とやよい、元々そこまで怒ってはいなかったので追う気は無いが、玲は言われたことに若干顔を赤くしていた。

 

「……せっかくのチャンスだし、アピールしてみれば? それは立派な武器ですぜ、旦那!」

 

「葉月、わざわざ殴られに戻って来たの?」

 

 怒気を孕んだ玲の言葉に再び逃げ去って行く葉月。その後ろ姿が消え去ったのを確認した後で、玲は自分の胸を見た。

 

 ぶっちゃけ、そう言う目で見られたことが無い為にどれだけ魅力的かと言うのは分からない。それに、彼が女の水着姿を見て鼻の下を伸ばす姿も想像できない。

 

 だが、ほんの少しばかりの悪戯心が湧き上がって来たのも確かだ。

 

「……たまには友人たちの忠告に耳を貸してみましょうか」

 

 一言呟いて歩き始める玲。その口元に笑みが浮かんでいる事に気が付いた者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……って言う事があってさ~」

 

「それは……流石に水無月さんも怒るのではないでしょうか?」

 

 その数時間後、葉月とやよいは虹彩学園の女子寮に居た。マリアの部屋でノートを広げながら分からない場所を教えて貰っている二人は、土産話とばかりに先ほどの出来事を話している。

 

「玲ももうちょい素直になればいいのにね~、そしたら謙哉っちなんてイチコロだよ!」

 

「その表現はどうかと思うけど……でも、もう少し素直になった方が良いって言うのには賛成かな」

 

「謙哉さんは良い人ですからね。いいチームになれると思うのですが……」

 

 玲の態度に関して話し合う三人は知らない。自分たちの知らないところでは玲が大分素直になっている事を……

 

 やがてその話題にも飽きたのか三人の話題は別の物へと変わって行った。今の話題は臨海学校に着ていく水着だ。

 

「マリアっち……ど~んな過激な水着を選んだんですかね~?」

 

「か、過激な水着なんて選んでません! 普通の奴ですよ!」

 

「でもさ~、スタイル抜群なマリアっちが着たら、どんな水着もヤバくなるって!」

 

「うぅ……その胸を分けてもらいたい……」

 

「な、何をおっしゃっているんですか!?」

 

「……アタシも負けてる気はしないけどさ~、でも、やっぱりマリアっちの水着姿には勇っちもノックアウトされちゃうんじゃないかな~?」

 

「い、勇さんが……?」

 

「そうだよ! ドーン! ババーン! って感じじゃん? もうマリアっちは正統派にすごいじゃん! 男は放っておかないって!」

 

「はわ、はわわわわ……!」

 

 葉月の言葉を受けたマリアの脳内では、彼女の知る限りの恋愛情報をフルに使った妄想が繰り広げられていた。

 

 暑い夏、海と砂浜、そして開放感のある水着……そう言うものは人を大胆にさせると聞く、こんなにおあつらえ向きな状況は他にはないだろう。

 

 思えば夏の恋愛ものは海で繰り広げられると相場が決まっている。大胆な出来事が海で起き、相手を意識し始めたときからロマンスが始まるのだ。

 

『マリア、俺、お前の事……!』

 

 キラキラと夕焼けを照らす海、ムード満天な砂浜で真剣な顔をした勇は自分に何かを言おうとする。

 キリリとした眼差しと夕焼けで赤く染まった顔に見とれてしまうマリアに対して、勇は……

 

「はう……はうぅぅぅ……!」

 

「ちょ、マリアさんっ!?」

 

 妄想を繰り広げていたマリアの顔が真っ赤になり、突如湯気を噴き出した姿を見たやよいのツッコミが飛ぶ。未だにふらふらよ頭を揺らすマリアを心配していたやよいだったが、彼女の親友はこれ幸いにと何かを企んでいたようで……

 

「……じゃあ、マリアっち、ちょっと水着になってみよっか?」

 

 欲望丸出しの言葉と共に、悪戯を開始したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~、やばいやばい。遅くなっちまったな」

 

 マリアにテスト勉強を教えて貰う約束をしたは良いが、クラスで足止めを喰らってしまった勇は葉月たちから大分遅れて彼女の部屋の前にやって来ていた。

 もう既に二人は来ているだろうかと心配しながら扉の前に立つ勇は、若干緊張していた。

 

(か、考えてみりゃあ、俺、初めて女の子の部屋に入るな……)

 

 同世代の女の子の私室、それも一人暮らしの部屋に入るなんて初経験だ。あのマリアの部屋だと言うのだから緊張もひとしおである。

 どんな感じなのだろうか? やっぱり整理整頓されて、無駄の無い部屋になっているのだろうか?

 

 そんな想像を繰り広げていた勇だったが、玄関の扉の鍵が開いている事に気が付いて眉を潜めた。

 

「不用心だな……いくら寮だからって鍵は閉めといた方がいいだろ」

 

 ちょっとだけ開いた扉を見ながら率直な感想を口にする勇、流石に勝手に入るのは不味いと考えた彼が呼び鈴に手を伸ばした時……

 

「きゃ、きゃあっ!? や、やめてくださいっ!」

 

「っっ!? マリアっ!?」

 

 部屋の奥から聞こえた悲鳴にも似たマリアの声、その声を聞いた勇の頭の中で悪い想像が繰り広げられる。

 

 まさか部屋の鍵が開いていたのは、この部屋の中に不審者が侵入したからではないのか? 今の声は、何らかの手段でマリアの部屋の中に入り込んだ不審者がマリアに襲い掛かった時に発せられたものでは無いのだろうか?

 

「ま、マリア! 大丈夫かっ!?」

 

 いてもたってもいられなくなった勇は大急ぎで部屋の中に飛び込む。玄関を開け、その先の廊下を駆け抜けて声のした部屋の扉に手をかける。

 どうか間に合ってくれと願いながら勇が扉を開けると、そこには驚きの光景が広がっていた。

 

「もう!葉月さん、胸を揉まないで下さいよ! おかげでビキニの紐がほどけちゃったじゃないですか!」

 

「ごめんごめん! でもやっぱり発育良いよねー!」

 

(だ、ダイナマイトだ……! エベレストだ……!)

 

 勇が見たもの、それは不審者に襲われるマリアの姿などでは無く、部屋の中できゃっきゃと騒ぐ女子たちであった。

 

 何故か水着姿のマリアは葉月に抱きしめられて顔を赤くしている。白いビキニは同じく白く陶器の様な彼女の肌と鮮やかな金色の髪との調和が素晴らしく、見る目を奪われた。

 

 それに絡みつく葉月は若干おやじくさい雰囲気を出しながら絡みついている。完全にセクハラ目的なのだろう、その表情には幸せが感じられた。

 

 そして最後にその二人の様子を頬を赤らめながら見ているやよいがいた。ちょっと唖然とした表情でマリアと葉月の豊かな胸元を見つめている彼女が何を考えているかは勇でもすぐにわかった。

 

「いや~満足、満足! 素敵な水着姿だね!」

 

「もう着替えますよ! まったく、勇さんが居たらなんて言うか……えっ!?」

 

 ぶつぶつそう言いながら顔を上げたマリアが勇を見て固まる。驚いたマリアを見た葉月とやよいも部屋の入口へと視線を移し、そこに居た勇を見て仰天した。

 

「よ、よう……」

 

「勇っち!? なんでここに!?」

 

「は、葉月さんっ!?」

 

 驚いて自分から離れた葉月の名前を呼んだマリアに全員の視線が集まる。その瞬間、世界がスローモーションになった。

 

 先ほどマリアは言った。ビキニの紐が解けてしまったと……その言葉通り、今のマリアの上の水着は葉月と接着していたことでその体に張り付いていたのだ。

 

 しかし今、その葉月が自分の体から離れてしまった事で水着は重力に従ってそのまま下に落ちた。ゆっくりとマリアの胸から滑り落ち、床へと落ちていく。

 

 そして勇にはその様子がはっきりと見て取れた。同時に、何も隠すものが無くなったマリアの胸もばっちりとみてしまう。

 

 時間にしてほんの数秒、しかし、あまりにも長い数秒であった。そして床に水着が落ちた瞬間、時間の流れがゆっくりになっていた部屋の中で、マリアの顔が羞恥に歪んでいく

 

「い、い、い……いやぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

「ぐべらぼっ!?」

 

 叫ぶマリアは瞬時に近くにあった英和辞典を掴んで勇の顔に投げつける。その全てをしっかりと見ていた勇だったが、あまりの状況に脳がオーバーヒートしており、それを避ける事も出来ないまま直撃する。

 

 哀れ、廊下まで吹っ飛んだ勇は鼻血を垂らしながら目を回す。とりあえずすごい物を見たと言う事を理解して、その内容だけはしっかりと記憶したまま気を失ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……な、なんでだ?」

 

 同時刻、男子寮の自室で虎牙謙哉は悩んでいた。それは、自分の部屋のベットで眠る一人の少女を見つけたからであった。

 

「すぅ……すぅ……」

 

 可愛い寝息を立てて眠るのは顔見知りである同い年の少女、水無月玲その人だ。何故彼女がここに居るのか? そして何で自分のベットの上で眠っているのか? 謙哉の疑問は絶えなかった。

 

(起こすべき、なのかな……?)

 

 どんな事情があるかは分からないがとりあえず起こさないと始まらないだろう。この部屋に居る理由も起きた彼女から聞けば良い。

 

 そう考えた謙哉は玲を起こすべく行動を起こす。出来るだけ近づくと彼女に対して声をかけた。

 

「み、水無月さ~ん。起きてくださ~い……」

 

「……すやすや」

 

 だが、謙哉の呼びかけにも玲は目を覚まさなかった。どうしようか悩んだ末に、謙哉は玲の肩を叩こうとしたが……

 

(……待てよ。これ、セクハラなんじゃないのかな?)

 

 眠っている女性の体に触ると言う行為に罪悪感を感じてしまい、それを行動に移せない謙哉。だが起こさないと話は進まないし……と、一人で葛藤していると……

 

「……ふふふ、面白いわね、あなた」

 

「へっ!? わっ!?」

 

 寝転がっている玲が目を開いてこちらを見ているでは無いか、その事に驚いた謙哉は声を上げると後ろに尻もちをついた。

 

「何驚いてるのよ? まぁ、家のベットで女の子が寝てたら、あなたはそういう反応するわよね」

 

「な、ななな、何で……?」

 

「ちょっと頼み事があってね、あなたに会いに来たのよ。部屋の鍵は寮長さんに頼んで開けて貰ったわ、ファンだったみたいで、サイン一枚で言う事聞いてくれたわよ」

 

 ここに住む生徒のプライベートをサイン一枚で売り渡した寮長には後で正式に抗議をしよう。そう考えた後で謙哉は玲に向き直る。彼女がわざわざ自分の所に来るなんて相当の事態があったのだろう、早くその話を聞かなければと思った謙哉は玲に尋ねた。

 

「それで? 僕への頼み事ってなんなの?」

 

「ああ、ちょっと見て欲しい物があるのよ」

 

「見て欲しい物? それって……?」

 

 何? と聞こうとした謙哉だったが、その前に行動を始めた玲の姿を見て絶句した。何故か彼女は自分の着ている制服のブレザーを脱ぐと、ワイシャツのボタンも外し始めたからだ。

 

「え? わ、わわっ!?」

 

 何故かいきなり服を脱ぎ始めた玲に対して驚きの声を上げた後で謙哉はすぐに目を反らす。後ろを向いて両目を手で覆うと、何故そんなことをしているのかと玲に問いかけた。

 

「な、ななな、何やってるの!?」

 

「……そんなに驚かないでよ。別に見ても構わないから」

 

「構わないって……僕が困るんだよ!」

 

「大丈夫よ、本当に平気だから振り向いて頂戴」

 

 妙に落ち着いている玲の言葉を聞いた謙哉もだんだんと落ち着いてきた。考えてみれば玲は何の意味も無く人の家で服を脱ぐ様な女性では無いはずだ。

 そう考えた謙哉が意を決して振り向いて見ると……

 

「……水着?」

 

「ええ、そうよ。どう? 似合ってる?」

 

 謙哉の目に映ったのは水着を着た玲の姿だった。明るい紺色の競泳タイプの様なデザインの水着を着た彼女の姿を見た後で少しだけ安心した謙哉は深く息を吐いた。そして、何故彼女がこんなことをしたのかを問い質す。

 

「で、でも何で僕に水着なんてみせるのさ?」 

 

「……感想を聞きたかったのよ。私、売れっ子アイドルでしょ? そんな私が臨海学校にスク水なんて着て行く訳にもいかないじゃない。アイドルっていつでも可愛い物なんでしょ?」

 

「ま、まぁ、確かにね……」

 

「それで今日、適当に見つけた水着を買って来たんだけど……いまいち自信が無いから、他の人の意見を聞きたくってね」

 

「そ、そんなの僕じゃなくて、片桐さんとか新田さんとかに頼めば……」

 

「私は男の人の意見が聞きたかったの、あなた以外にこんなことを頼める人が私に居ると思う?」

 

 いないと思う。その率直な意見を申し上げれば玲の怒りを買う事は必死だったので謙哉は黙る事にした。そして、少し躊躇しながらも水着姿の玲を見る。

 

 スクール水着よりは洗練されたデザインの水着は玲の恵まれたスタイルをばっちりと示していた。アスリート的な雰囲気も玲にあっているし、謙哉としては申し分ないと思える。

 

「……似合ってると思うよ。すごく」

 

「そう……その言葉、信用するわね」

 

 そう言いながら玲は謙哉を見る。心臓がバクバクしている謙哉はその目を見ることが出来なかったが、自分の答えに納得したのであろう玲は謙哉に背を向けた。

 

「えっと……もう、終わりだよね? それじゃあ服を着て……」

 

「……似合ってる。って事は、可愛いとは思って無いって事よね」

 

「え……?」

 

 玲のその一言に謙哉は凍り付く、そんな彼を見向きもしないままに、玲は自分の鞄の中身を漁り始めた。

 

「確かにこの水着、私の雰囲気にはあってると思うけどいまいち可愛くないのよね……やっぱり、こっちの方が良いかしら?」

 

「こ、こっち……?」

 

 恐る恐る玲の手を見た謙哉、その手には新たな水着と思わしきものが握られていた。

 

「それじゃ、こっちも着てみるから感想をお願いね」

 

「え……? き、着るって? だって、そんな……?」

 

 玲は今水着を着ている。なのに新たな水着を着ると言う。それはつまり着替えると言う事で、水着を着替えると言う事はつまり……

 

「……こっちを見られたままだと着替えにくいのだけれど、脱ぐわけだし」

 

「ひ、ひゃぁぁっ!?」

 

 謎の悲鳴を上げつつ蹲る謙哉、しゅるしゅると言う布の擦れる音を耳にしながら彼は叫ぶ。

 

「な、な、な、何やってるの!? お、おかしいでしょ!?」

 

「しょうがないでしょ、水着を着る為には脱がないといけないんだし」

 

「そこ! なんで堂々とはだ、はだ……裸になれるのさ!?」

 

「ここにはあなたと私しかいないんだし、別段困る事なんて無いでしょう?」

 

「困るよ! って言うか水無月さんは裸の状態で僕に襲われるかもって思わなかったの!?」

 

「ああ……思ったわよ。で、大丈夫だって結論を出したわ」

 

「馬鹿でしょ!? ねぇ、君馬鹿なんでしょ!?」

 

 明らかに役割が逆だと思いながら謙哉は叫ぶ。普通に考えて恥ずかしがるのは女の子で、怒鳴られるのは男の方だと相場が決まっていると言うのになんだこの状況は?

 

 そもそも大丈夫って言葉はずるい。どういう意味にだって取れるのだ。

 あなたの事を信用しているから大丈夫とでも、こいつには襲う勇気なんか無いから大丈夫だとも取れてしまう。そして、どちらとも判断が付かないから困りものだ。

 

 多分玲の気持ち的には半々なのだろうと考えながら謙哉は彼女の着替えが終わるのを待つ。その間、頭の中では延々と『じゅげむ』の呪文を唱えて気を落ち着かせていたのだが……彼は気が付かない。

 

 玲は謙哉に対して「見られたままだと着替えにくい」と言った。着替えられない、では無くだ。

 そして、彼女の言った大丈夫、は謙哉の考えたどちらの意味でも無く、「襲われても大丈夫」だと言う事に謙哉が気付く由も無かった。

 

「さて……着替え終わったからこっち見ても大丈夫よ」

 

「うぅ……なんで僕がこんな目に……」

 

 世の中おかしいと呟きながら振り向いた謙哉は別の水着に着替えた玲を見る。そして、さらに顔を赤くした。

 

「……どうかしら?」

 

 首を傾げながら感想を求める玲、謙哉はそれに対して何とも言えずに口を噤む。

 決して可愛くないわけでは無い。と言うよりもむしろ……

 

(……めちゃくちゃ可愛い……!)

 

 ホルターネックの水色と白のパステルカラーの水着を身に纏った玲は普段のクールな雰囲気はどこへやらと言う様に可愛らしかった。ドット柄の水着が柔らかな雰囲気を出してくれているのだろうが、それ以上に今の玲の表情はまずい。

 

 ちょこんと首を傾げ、悪戯っぽく、されど少し不安な笑みを浮かべながら謙哉を見る玲は非常に可愛い。水着の露出度と合わさって直視できないほどにだ。

 

「か、可愛いと思うよ……」

 

「……そう言う事は相手の目を見て言いなさいよ」

 

 顔を反らした謙哉の言葉にやや不満げな玲はジト目でこちらを見ている。ややヤケクソになりながらも謙哉は正直な感想を伝えた。

 

「……本当に可愛いと思う。僕がまともに水無月さんの目を見れない位に、素敵だと思うよ」

 

「……そう」

 

 短く言い捨てた玲の言葉を聞いた謙哉は、彼女の気分を害してしまったかと不安になった。恐る恐る、彼女の様子を窺ってみると……

 

「……ずるいじゃない、そんな事言われたら照れるに決まってるわよ……!」

 

 嬉しそうに、しかし顔を真っ赤にした玲が謙哉を見ながらそう言った。そして、急いで振り向くと顔を隠す。

 なんともまぁすごいデレっぷりなのだが、謙哉の頭の中では一つの事しか考えられなかった。

 

(ずるいって……どっちがだよ……!?)

 

 国民的アイドルである玲にあんな表情を見せられたら否が応でも意識してしまう。なんかもう色々な問題をすっ飛ばしたうえで、謙哉は悶々としながら玲が着替え終わるのを待ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――なお、色々と刺激的な体験をしてしまった二人はその事を思い出して到底眠れなくなり、その時間を勉強に当てたおかげで優秀な成績を取る事になった事と、櫂がぎりぎり赤点を免れた事をここに記しておく。

 

 




 臨海学校編、始まります


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渚のバトル VS潮騒学園

 今回、ちょっとだけきわどい描写があるかもしれません。気になったらごめんなさい


 

 

 6月下旬、夏の暑さが本格的になり学校の制服が夏服になった頃、大きな試練である中間テストを無事に乗り切った勇たちは臨海学校で県外の海へとやって来ていた。

 燦々と輝く太陽の日差しを眩しく思いながら、その光を反射して輝く海を見た勇は両手を大きく上げ、解放感と共に大声で叫んだ。

 

「海だーーーっ!!!」

 

「勇、気持ちはわかるけど少しうるさいよ」

 

「わりぃわりぃ、無事にここに居ることが出来る事への喜びが激しくてな」

 

 冷静なツッコミを入れる謙哉に対して照れた様に笑った後で近くに居る光牙と櫂を見る。すでに水着に着替えた男子たちはどこか落ち着かない様子でそわそわとしていた。

 

「……皆、一体どうしたんだ? 今は自由時間だから海に遊びに行けばいいのに……」

 

「光牙、お前は男の期待ってもんが分かってねぇなぁ……」

 

「えっ!? ど、どういう意味だい?」

 

「簡単だよ……薔薇園、虹彩が抱える可愛い女子たちの水着姿に野郎どもは期待しまくってるって寸法さ!」

 

「なっ!?」

 

 勇の言葉を受けて顔を真っ赤にした光牙はあたふたと言った様子で腕を振り回す。ここまで堅物な男だったのかと感心していた勇に、光牙は怒ったような口ぶりで抗議をしてきた。

 

「な、何を考えているんだ!? 俺たちにはソサエティ攻略と言う使命があるんだぞ! それを蔑ろにして女の子の水着姿に見とれるだなんて……」

 

「それはそれ、これはこれだぜ光牙。お前だって少しは楽しみにしてるだろう?」

 

「おっ、俺はそんな事……!」

 

「みなさ~ん、お待たせいたしました~!」

 

 光牙が否定の言葉を口にしようとした時だった。背後から聞こえて来た声に振り向いた男子たちは正に絶景と言うに相応しい光景を目にする。

 

 そこに居るのは水着の女子たち……色とりどりの水着を身に纏った美少女たちが、自分たちの方へと歩いて来たのだ。

 

 アイドル活動をしている女子たちが通っている事もあり、薔薇園学園の女子たちは全員がかなりの美少女だ。グラビアを飾る事もある彼女たちの水着姿を生で見られることに心の中で感謝しつつ、見えない様にガッツポーズをしている男子たちも多い。

 

 一方、虹彩学園側も薔薇園に負けず劣らずの美少女揃いだ。普段見る事の出来ない彼女たちの露出の多い姿に鼻の下を伸ばす男子には容赦なく彼女たちからの冷たい視線が突き刺さるものの、その魅力には抗いがたいものがあった。

 そして、そんな彼女たちの中でも一際目を引く存在もいる訳で……

 

「やっほ~! 勇っち、この水着ど~お? この夏の新作なんだけどさ!」

 

 元気いっぱいに勇の前へと飛び出して来たのはディーヴァの元気印こと新田葉月だ。トロピカルカラーのビキニを身に纏い、その魅力的な体を余すことなく見せつける彼女の姿に誰もが唾を飲み込む。

 もともとグラビアで見る事も多い彼女だが目の前で太陽にも負けない位の眩しい笑顔を見せつけられると、雑誌からでは伝わらない眩さが感じられる。それを一心に向けられている勇には、他の男子からの恨みの視線もまた向けられていた。

 

「う、うぅ……バスに酔ったわ……」

 

 一方、後ろの方で青い顔をしているのは虹彩学園の誇る美少女の一人、美又真美である。黒色の競泳タイプの水着に身を包んだ彼女はスタイルこそ他の女子たちには及ばないもののそれとなく色っぽさを感じさせる出で立ちでもあった。

 バスで酔ってしまったせいかいつもの覇気は無いが、それがまたギャップとなって男心をくすぐられる。いつもの彼女を知るA組の男子たちは、真美のその姿に心をときめかせながらその隣に居る女子へと視線を移した。

 

「美又さん、大丈夫? 私、座れる場所探してくるよ!」

 

 ピンク色のワンピース型水着を着ている小柄な美少女、片桐やよいはそう言うと心配そうに真美を支えながら周りを見渡していた。

 子供っぽいデザインと色の水着だが、幼さの残る顔立ちと体つきをしたやよいが着ると非常にマッチしていて違和感はない。むしろ、そういう趣味がある方はこちらの方が喜ばしいだろう。と言うよりも、今のやよいの水着姿を見ている男子たちにもそう言う趣味に目覚めてしまいそうな奴がちらほらと見受けられた。

 

「……これじゃあ最初の見回り当番は無理そうね。仕方が無いから、私が代わりに行くわよ」

  

 やれやれと言った様子で提案したのは水無月玲だ。上にパーカーを羽織っているせいで詳しいデザインは分からないが、アンダービキニを見る限り水色と白のパステルカラーの明るい水着を着ている事は間違いないだろう。すらりと伸びた脚に目を行かせがちだが、今日の彼女にはそれ以上に目を見張る部分がある。

 どこがとは言わないが、大きい。パーカーの上からでもわかる位、大きい。いつもはそう言う事が分からないデザインの服を着ているせいなのか知らなかったが、クールな彼女が実はスタイル抜群だとは良いギャップ萌えである。

 

 そして最後の大本命。他の女子たちから少し遅れながらやって来た彼女を見た瞬間、光牙や櫂を含む男子たちの目は釘付けになった。

 

「み、皆さん、まってくださいよ~!」

 

 白い肌、それと同じ色の水着。大きめの麦わら帽子を被る彼女が歩く度に金色の髪がふわりと舞い上がる。

 フリルトップのビキニを身に纏ったマリアの姿を見た者は可愛らしさと美しさが絶妙に入り混じった不思議な感想を覚えていた。聖母からビーチサイドの女神へと変身したマリアはおずおずと勇たちに近づいてくると感想を求める。

 

「あ、あの……私、変じゃないでしょうか? ここまで来る間にすれ違った皆さんがずっと見てくるのから不安で……」

 

「ぜ、全然変じゃないよ! お、俺はすごく素敵だと思う!」

 

 その場に居た全員の意思を代表して光牙がマリアに答える。その言葉を聞いたマリアは嬉しそうに顔を赤らめると光牙へお礼を言った。

 

「ありがとうございます。でも、そうやって真っ直ぐに褒められると恥ずかしいですね……」

 

「~~~っっ!」

 

 どきっ、と光牙は自分の胸が高鳴るのを感じた。マリアの水着姿を見るのは初めてではない。なのに、どうしてここまで心臓がうるさく鼓動を刻むのだろうか?

 

「……な? 少しは浮つく気持ちもわかるだろ?」

 

「い、いや! 俺は、そんなつもりじゃ!」

 

「も~、そんなのどうだって良いから遊ぼうよ! 時間は限られてるんだしさ!」

 

 慌てる光牙をからかっている勇の手を葉月が引く、彼女の言う通りだなと考えた勇は振り返ると、生徒たちに先駆けて海へと走って行った。

 

「おっしゃ~! 今日は遊ぶぞ~っ!」

 

「その意気だ、勇っち!」

 

 勇を追いかける様にして葉月が後を着いて行く。その姿を見ていた生徒たちも一人、また一人と海へと駆け出して行った。

 

「私たちも行きましょう、光牙さん」

 

「あ、ああ……」

 

 いつもより眩しく見えるマリアに答えた後で、光牙は自分を落ち着かせながら海へと歩いて行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それ~っ!」

 

「おりゃ~っ!」

 

 遠くで勇たちのはしゃぐ声が聞こえる。砂浜でビーチバレーに興じる彼らの姿を見た真美は、そのまま無邪気にはしゃぐ光牙へと視線を移した。

 

 マリアとチームを組んで楽しく遊ぶ光牙、その姿を見ながら先ほどの彼の様子を思い出す。

 

 マリアに微笑みかけられた時の慌てた姿、顔を赤くして戸惑う光牙………それがどういう意味を持っているかなんて、恋愛に疎い自分でもわかっていた。

 

(……分かってた事じゃない。何よ今更、嫉妬なんて……)

 

 マリアは自慢の親友だ。優しくて聡明で意志の強い素敵な女の子だ。彼女の事を好きにならない男など居はしないだろう。たとえそれが、堅物の光牙だとしてもだ。

 だが、そんな彼女に対して醜い嫉妬を抱いてしまうのも確かだ。幼稚園の頃から一緒に居た光牙、父親を失った傷心の中で世界を救う勇者になると目標を定めて努力して来た光牙、そんな彼の傍に居続けたのは自分だ。

 

 何故自分では無いのか? 傍に居続けたせいだろうか? 自分は、恋愛対象にならないほどに光牙の近くまで来てしまったのだろうか?

 だとしたらそれは嬉しくもあり悲しい事だった。光牙にとって自分は特別な存在だが、誰よりも大切な人間では無い。故に、彼の生まれて初めての恋心は自分の親友へと向けられてしまったのだ。

 

 大好きな人が、大好きな親友と仲睦まじくなろうとしている。それを素直に祝福する覚悟は出来ていたはずだった。

 しかし、いざその時が来てみれば上手くは行かない。湧き上がる嫉妬心を抑え込むので精一杯な自分はなんて嫌な奴なんだろうと真美は思った。

 

「……美又さん、大丈夫?」

 

「っっ……!」

 

 考え事をして俯いていた自分に対してかけられた声に顔を上げてみれば、そこには心配そうな表情で真美を見つめるやよいの姿があった。手にはペットボトルの飲み物が握られている、真美の事を心配して来てくれたのだろう。

 

「顔、真っ青だよ? まだ気持ち悪い?」

 

「……ええ、少しバスの中で大声を出しすぎたみたい」

 

 半分嘘、半分真実の言い訳を口にしながらパラソルの下に敷かれたシートのスペースを空けてやよいに座る様に促す。軽いお辞儀の後にそこに腰かけたやよいは、手に持った飲み物を真美に渡して話を切りだす。

 

「……光牙さんの事を見てたの?」

 

「……そうよ」

 

 バレてたか、と思いながら自分の分かりやすい行動を恥じる。すでにやよいには自分の恋心が知られているとは言え、うかつであったなと拳を握った。

 

「本当に良いの? 諦める必要なんて……」

 

「……良いのよ。きっとそうなるだろうって予想はついてたから、覚悟はしてたもの」

 

 またしても半分は本当で、半分は嘘の言葉を告げる。諦めきれないくせになんて強がりを言うのだろうと、真美は自分で自分に飽きれてしまった。

 

「……でもさ、自分の気持ちはちゃんと伝えた方が良いと思うよ。振られちゃったにしても、そっちの方がすっきりすると思うし」

 

「………」

 

「ああ、ごめんなさい! 私、勝手な事言って……」

 

「……そうかもしれないわね」

 

「へ……?」

 

 ぼそっと小さく呟いた真美の顔をやよいが驚きながら見つめる。その目を見つめなおしながら真美は言った。

 

「……確かにそう、何時までもうじうじ悩むよりもすっぱり振られた方が諦めがつくかもね……するかどうかは別の話だけど」

 

 言い切った後で貰った飲み物を一気に飲み干す。冷たい水が喉を降りていく感覚に頭をすっきりとさせながら、真美はやよいに礼を言った。

 

「ありがとう。あなたの言葉が無かったらいつまでも悩んでたかもしれないわ」

 

「そ、そんな! 私なんかが役に立てたなら、それで十分だよ!」

 

 はわはわと慌てるやよい、先ほどまで頼もしいアドバイスをしてくれていたと言うのに今の彼女はまるで子犬の様だ。それがなんだかおかしくって、真美はついついにやけてしまった。

 

「……えへへ、良かった。美又さん、やっと笑ったね」

 

「ふふ……ありがとう。あなたのお陰よ」

 

 久々に心が安らいでいる気がする。真美は目の前に居るやよいに対して感謝の気持ちを持ちながら深く息を吐いた。その時……

 

「ねぇねぇ、俺たちと一緒に遊ばな~い?」

 

 軽薄そうな声が耳に響く、声がした方向に顔を向けてみれば、そこにはいかにもな恰好の二人組の男が居た。

 

「俺ら地元の高校のもんなんだけどさ、君たち可愛いよね~!」

 

「……ってか、君、片桐やよい!? ディーヴァの!?」

 

「マジか!? アイドルなんて超大物じゃん! もう一人の君も負けない位に可愛いよ!」

 

 二人の男は勝手に盛り上がっている。無論、真美とやよいにはこの男たちの相手をする気は無いが、男たちは簡単に諦めるつもりは無い様だ。

 

「一緒に遊ぼうよ! 地元の奴しか知らない穴場とか教えっからさ!」

 

「こ、困ります! 私たち、学校行事で来てる訳ですし……」

 

「い~じゃん! ひと夏の思い出って事で、少しルール違反しちゃお? ね?」

 

 しつこい男たちに聞こえない様に舌打ちをする。自分がいつも通りの体調ならばこんな奴ら怒鳴ってやるのにと歯がゆい思いをしていた真美だったが、救世主は意外な所から現れた。

 

「……おい、お前ら何やってんだ?」

 

「あ……!?」

 

 自分たちにかけられた声に不機嫌そうな表情で振り返った男たちはすぐさまその表情を凍り付かせた。そこには、仁王立ちする大男である櫂が立っていたからだ。

 

「……そいつら、俺のダチなんだけどよ。何か用があんのか? あぁ!?」

 

「い、いえ、なんでもありませ~ん!」

 

「失礼しました~っ!」

 

 櫂の一睨みを受けた男たちはあっという間にトンズラしてしまった。何とも情けない姿だと思いながら真美は櫂に玲を述べる。

 

「サンキュね、櫂。あいつらしつこいから参っちゃったわ」

 

「潮騒(しおさい)学園って言うらしいぜ、地元の高校らしい。あいつらみたいなナンパ師ばっかりで、男も女もウチの生徒に声かけまくってるってよ」

 

「何よそれ? ったく、油断も隙も無いじゃない。さっさと見回りに行かないと……」

 

 立ち上がろうとした真美だったが、足元がふらついて再び座り込んでしまう。その様子を見た櫂とやよいは心配そうに顔を見合わせた。

 

「真美、見回りは水無月の奴が行ってるから大丈夫だろ? お前はここで休んどけよ」

 

「馬鹿、アイドルの水無月一人に見回りなんてさせてたら、ライオンの檻の中に肉を入れる様なもんじゃない。何かあってからじゃ遅いから、急いで合流しないと……」

 

「あ! それなら大丈夫だよ! 玲ちゃん男の人と一緒だよ! だから美又さんは安心して休んでてよ!」

 

 自分の言葉を受けて安心した表情を見せるやよいに促され、三度シートの上に座らされる真美。彼女の言葉を信じるならば、玲は誰か男と一緒に見回りをしていると言うのだが、それは誰だろうか?

 

(……考えるまでもないわよね)

 

 当然、あいつだろう。しかし、何とも頼りなく感じてしまうのだが大丈夫だろうか?

 目の前でニコニコと笑うやよいの心配を煽りたくは無かったため黙っていたが、真美は一抹の不安を感じながら玲の帰りを待っていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世の中には、『どうしてこうなった?』と言う言葉が存在する。

 今の自分の状況が理解できないときに使う言葉だが、普通の人間はこの言葉を使う事はまずないだろう。

 なぜなら、その状況に至るまでの記憶がしっかりとあるはずだからである。

 

 何か問題点があってその状況に追い込まれたのだとしたら、それは間違いなくその問題点のせいだ。理由が分かっているのだから疑問に思うはずが無いのだ。

 しかし、この言葉を使う時と言うのは、本当に理不尽な状況なのだと言う事を今日初めて虎牙謙哉は理解した。

 

(……どうしてこうなった?)

 

 俯きながら歩く、疑問を抱えながら歩く、苦悶とも困惑とも言えない表情を浮かべている彼の背中には、愉快そうに笑う一人の女子の姿があった。

 

「ほら、早く歩きなさいよ。急がないと熱中症になるでしょ?」

 

 謙哉を煽るその女子は、一時間ほど前に生徒たちを代表して見回りの役割を担った水無月玲その人だ。謙哉はそんな彼女を一人で行かせるなど逆に危険だと判断して、彼女について行ったのであった。

 

 その予想は大当たりで、少し前からずっと玲に対して言い寄る男が絶えなくなってきていた。まぁ、ほぼ全員が玲による絶対零度の眼差しを受けて夏の砂浜で凍り付いていたが、中には猛者もいるものである。

 

 玲の拒絶にも負けずしつこく誘いを続けていた複数の男子が強硬手段とばかりに彼女の手を掴んでどこぞに攫おうとしたのだ。運悪く女子による逆ナンを受けていた謙哉が止めに入るまでに少し時間が開いてしまい、玲は足を捻挫してしまった。

 

 その後、本気を出して怒った玲と謙哉の働きで男たちは退散したが、玲の足の治療の為に一度本部まで戻ろうと言う話になったまでは良かった。しかし、何故自分は彼女をおぶっているのだろうか?

 

 肩を貸すくらいで良かったはずだ。なのに、何故おんぶ? 別に玲が重い訳では無い、むしろ予想以上に軽くて驚いた位だ。

 だが、問題はそこでは無い。謙哉を悩ませるのは両手に触れる柔らかな玲の脚の感触であったり、首筋に触れる吐息だったり、あるいは……

 

「……おぶって貰う様に言っておいてなんだけど、私、重くないわよね?」

 

「え、あ、うん! 大丈夫だよ!!」

 

「……そう、なら良いわ」

 

 安心した玲はそっと体を謙哉に預ける様にして重心を傾ける。となると、彼女の体は謙哉の背中に押し付けられる形になる訳で……

 

(~~~~~っっ!?)

 

 柔らかい二つの感触が謙哉の背中に当たる。先ほどから自分を悩ませるその感触に顔を赤くしながら謙哉はどうするべきかを必死に考えた。

 

(言うべきか、言わぬべきか……)

 

 目下最大の悩みはそれだ、素直に言って玲の冷たい視線を受けるべきか、はたまたこのまま何も言わずに流すべきなのか? (ちなみに彼の親友はかつて似た状況に陥った時に言わずにこの感触を楽しむ決断をした)

 

 必死に考えた末に謙哉は素直に告げる事にした。紳士的に行動したいと言う事もあったが、何より背中に当たる感触はパーカー越しでは無く、薄い水着一枚越しの結構生に近い物なのだ。

 単純に自分の理性が不味い。謙哉だって思春期の男の子なのである。その辺を理解していただく為にも謙哉は正直に今起きている事柄を告げた。

 

「え~……水無月さん、ちょっと体を離して貰っても良いかな?」

 

「……どうしてかしら?」

 

「それは、その……当たってる、から、です……」

 

「当たってる? 何がかしら?」

 

 玲にそう問われて謙哉は言葉に詰まる。完全に玲が自分で遊んでいると気が付いた謙哉は何とかして反撃を試みようとした。

 

 女性関係に疎い謙哉の弱点を見つけられて嬉しいのだろうがいつまでもやられっぱなしと言うのも癪だ、しっかりと釘を刺しておかないとこのまま事あるごとに弄られかねない。

 と言う訳でめったに見せない怖い表情を作ると、謙哉は玲に半分だけ振り向いて呟く様にして反撃の台詞を口にした。

 

「あのさ、僕をからかって楽しんでるのかもしれないけど、僕だって男なんだよ? そんな風に無防備に胸を当てて挑発されたら何するか分からないよ? 僕をそこまでのヘタレだなんて勘違いしないで欲しいな」

 

「………」

 

 自分の言葉を受けて沈黙する玲を見た謙哉は心の中でガッツポーズを取る。決まった……これで彼女にこれ以上調子づかせないで済む……!

 別段、こういうコミュニケーションが嫌な訳では無い。しかし、やっぱり節度と言うものがあるだろう。その辺を守らないと色々大変な事に……

 

「……へぇ、そうなの? 私、あなたに何かされるのね?」

 

「ふえっ!?」

 

 謙哉の思考はそこで止まった。ゆっくりと、先ほどまでとは違う様子で玲が自分にしなだれかかって来たからだ。

 体重をじっくりと時間をかけて移すその行動のせいで、先ほどまでとは違い思いっきり押し付けられた胸の形が変わる感触まで感じてしまった謙哉は顔をさらに赤くして玲の方を見ようとするが、それよりも早く彼女の顔が自分の耳元にやって来た。

 

「……謙哉、あなたが勘違いをしてるみたいだから訂正してあげるわ。よく聞いてね」

 

「な、何……?」

 

 ふぅ、と玲の吐息が耳にかかる。耳朶に唇が当たりそうになるほどに距離が近い。

 綺麗な声が出る玲のその喉から発せられたのは、今まで聞いたことの無い様な甘い声だった。

 

「これはね、当たってるんじゃなくて…………当ててる、って言うのよ」

 

「は……!? え……っ!?」

 

「それで? ヘタレじゃないあなたは私をどうするつもりなのかしら?」

 

 完全におかしい……あの玲が、こんな行動をするだなんて……

 夏の海の開放感のせいではないだろう、あのクールな彼女がこんな大胆な真似をするなんて考えられない。

 と言うよりも何で彼女はここまでするのだろうか? 最近やっと仲良くなり始めた玲は、元々こういう性格だったのだろうか?

 

 パニックとはこう言う事を言うのだろう。理解できない出来事の連続にオーバーヒートする謙哉の頭、玲はそんな謙哉にとどめを刺すべく最後の殺し文句を謳った。

 

「ねぇ……二人きりになれる所、行く? そこで楽しい事、する?」

 

 今の自分では玲には敵わない……謙哉はそう確信した後、理性が持つ間に皆の所へ全力で走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、お前ら止せよ!」

 

「うるせーな! 野郎はお呼びじゃないっての!」

 

 謙哉が理性の崩壊と必死に戦っている頃、勇と光牙もまた別の物と戦っていた。

 それは、マリアと葉月を目当てにしつこくナンパしてくる潮騒学園の男性生徒たちである。

 

 最初の内はまだ良かった。普通に勇と光牙の姿を見れば男連れと諦めて帰ってくれたからだ、しかし、今来ている男たちは違う。勇たちが居ても、マリアたちが何度断ってもしつこく誘いを続けて来るのだ。

 

 終いには勇と光牙を二人から引き離してどこかに連れて行こうとする始末、流石にこの行動は耐えかねたのか、光牙が彼らに抗議の声を上げた。

 

「もう止めるんだ! 俺たちは学校行事で来たわけであって遊びじゃない、君たちと一緒に過ごす理由は無い!」

 

「そんなのこの娘たちが良いって言えば問題ないじゃ~ん!」

 

「マリアも葉月も嫌だって言ってんだろ! いい加減その手を離せよ!」

 

 勇もまた怒りの表情を見せながら二人を男の手から救い出す。やっとしつこい男たちから離れられたことに安堵の表情を見せたマリアと葉月だったが、そんな彼女たちを見た潮騒学園の生徒たちは舌打ちをしながら仲間たちを呼び寄せた。

 

「……いい加減言う事聞けっての、めんどくせぇ奴らだな」

 

「なんだと!?」

 

 総勢6人の集団となった彼らは左腕にゲームギアを取り付ける。そして、カードを手にしながら大声で叫んだ。

 

「じゃあ、こっからはゲームと行こうぜ! 邪魔な男どもをぶっ飛ばした奴がこの娘たちをお持ち帰り出来るって事で!」

 

「イエーーーッ!!!」

 

<マーマン!>

 

 馬鹿丸出しの叫びと共にカードを使いモンスターを召喚する男たち、砂浜に呼び出された半魚人たちをみた光牙が信じられないと言う様に彼らに問いかけた。 

 

「何をやってるんだ!? こんなふざけた事でゲームギアとカードを使うなんて正気か!?」

 

「はぁ? 貰ったものをどう使おうと俺たちの自由だろうがよ! おめーらはボコられて女の子を差し出しときゃ良いの!」

 

「……何なんだ彼らは? それは、世界を救うための道具だと言う事が分かっていないのか?」

 

 潮騒学園の生徒たちの行動は光牙にとって理解できないものであった。光牙にとって、ドライバーを始めとする道具は、ソサエティを攻略し、エネミーと戦う為の兵器だ。間違っても遊ぶ為の玩具などでは無い。

 

 なのに彼らはどうだ? 自分たちの欲望を満たす為だけにゲームギアを使い、あまつさえ何の罪も無い人間を傷つけようとしている。その行為は、勇者を目指す光牙にとって到底許されざる行為であった。

 

「光牙、どうやらこいつらにはちょっとお灸を据える必要があるみたいだぜ?」

 

「ああ、その性根を叩きなおしてやろう!」

 

 勇が手荷物の中から二人分のギアドライバーを取り出すと一つを光牙に手渡した。それを腰に構えた二人は、カードを手に取ると叫ぶ。

 

「変身ッっ!!!」

 

<ディスティニー! チェンジ ザ ディスティニー!>

 

<ビクトリー! 勝利の栄光を、君に!>

 

「な、なんだっ!?」

 

 自分たちの目の前で変身した勇と光牙に怯む潮騒学園の生徒たち、しかし、一人が気を取り直すと強がるようにして叫ぶ。

 

「へっ! 数ではこっちが有利なんだ! 一気にぶっ飛ばしちまえ!」

 

「お、おおっ!」

 

 その言葉に応じた男たちは自分たちのモンスターを操って二人に向かわせる。大きな三又槍を振るいながら接近するマーマンたち、だが、勇と光牙は何ら焦ることなく悠々と自分の武器を取り出してから迎撃を開始した。

 

「おらよっ!」

 

 手近なマーマンに前蹴りを喰らわせる勇、足場の悪い砂浜でのその攻撃の効果はてきめんで、マーマンは情けない悲鳴を上げて後ろにひっくり返った。

 

 その上を飛び越えて別のマーマンが接近する。槍を振り上げて勇の脳天にきつい一撃を繰り出そうとするマーマン、しかし……

 

「はっ! 甘いんだよっ!」

 

「ぎゃぎゅぃっ!?」

 

 その槍が振り下ろされる事は無かった。それよりも早く繰り出された勇の斬撃がマーマンの強固な鱗を切り裂き、肉を裂いたからだ。

 血の代わりに光の粒を噴き出したマーマンは、地面に落ちると同時にその場に崩れ落ちて動かなくなった。

 

「ばっ、馬鹿な!? 俺のモンスターがこんなにあっさりやられるなんて!?」

 

「……こいつのレベルどん位だよ? てんで話になりゃしねぇ」

 

「全く、その通りだねっ!」

 

 勇の言葉に同意した光牙もまた三体のマーマンに囲まれながらも余裕を見せていた。

 

 前方から繰り出された槍の切っ先を軽く受け流すと、それが自分の真後ろから攻撃を仕掛けてきている別のマーマンに当たる事をビクトリーブレイバーの演算能力で予知した光牙はホルスターから斬撃強化のカードを取り出し、それをエクスカリバーへとリードとした。

 

<必殺技発動! ビクトリースラッシュ!>

 

「たあぁぁっっ!!」 

 

 光が籠る剣を右手で掴み、そのまま左方向へと斬り抜ける。目の前のマーマンの胴を切り裂き、二体目のマーマンの体に突き刺さったその剣を、今度は自分の方向に引っ張る様にして力を籠める。

 

「グギャァァァッ!?」

 

 突き刺さっていた剣が抜けた瞬間に爆発四散したマーマンの悲鳴を聞きながら、光牙は最後に残ったマーマンの首を刎ね落とした。自分を中心に描かれたVの軌跡が輝いた途端、大きな衝撃と共に周囲が光の波動に包まれる。

 光が消えた時、その場にはエクスカリバーを構えて立つ光牙と、マーマンが姿を変えた光の粒だけが残っていた。

 

「おーおー、やるじゃねぇの! んじゃ、こっちも決めますかね!」

 

<ディスティニー! スラッシュ ザ ディスティニー!>

 

 『運命の剣士 ディス』のカードを使用してサムライフォームへと姿を変える勇。そのままブーメランモードにしたディスティニーエッジを構え、残り二体のマーマンに狙いを定める。

 

<必殺技発動! ブレードハリケーン!>

 

「これで終わりだぁっ!」

 

 繰り出される旋風の刃、黒の竜巻を巻き起こしながら迫りくるディスティニーエッジを見たマーマンは防御の姿勢を取ったが、時すでに遅し

 

「ギャァァァッ!!!」

 

 一体は瞬時に胴を分断され、もう一体は刃の嵐に巻き込まれて体をズタズタにされて崩れ落ちる。すべてのマーマンを光の粒へと還したことに満足した勇は、変身を解除して潮騒学園の生徒たちを追い払おうとした。

 だが、それよりも早く動いたのは光牙だった。変身したままの状態でエクスカリバーの切っ先を彼らに向けて脅迫する。

 

「今すぐゲームギアを捨てて何処かに消えろ、お前たちにそれは過ぎた物だ!」

 

「ひ、ひいぃっ!!!」

 

 その脅しに顔を青くした男たちはゲームギアを投げ捨てるとすたこらさっさと逃げ去ってしまった。砂浜に投げ捨てられたゲームギアを見ながら、光牙が悲しそうに呟く。

 

「……彼らにとって、これはその程度の物って事なのか。世界を救う為の武器だって自覚は無かったのか……っ!」

 

「光牙……」

 

 自分たちが必死に戦う中で、この様に与えられた力を間違った方向で使う者もいる。その事を悲しむ光牙だったが、その手を優しく包み込まれて顔を上げた。

 

「光牙さん、お気持ちは痛いほどわかります。ですが、ああ言った方が全てではありません。あの人たちが間違っていただけですよ」

 

「……そうだね。マリアの言う通りだ」

 

 マリアの手を握り返しながら光牙は頷く。そして、彼女の青い瞳を見つめた。

 

 自分の心を支え、正しい道を指し示してくれるマリア……彼女は、自分にとってかけがえのない女性だ。

 彼女の温もりに触れると心が落ち着く……暖かな光に包まれている様な温もりが、光牙の心を癒してくれていた。

 

「ありがとう、マリア。君の言葉は正しく綺麗だ。それが、俺にとっては何よりも美しく感じる」

 

「ふふ……なんだか恥ずかしいですね。光牙さんがそんな事を言うなんて……」

 

 ゆっくりと見つめ合う二人、沈みかけた太陽の朱が美しく映り、マリアの横顔を照らしている。

 その横顔に見とれながら、光牙がずっと彼女の手を握りしめていると……

 

「お~い、何時まで手を握ってんだよ~?」

 

「お二人さん、いい感じですな~!」

 

「あ、わわっ!?」

 

 からかう様な勇と葉月の言葉に慌てて手を放す光牙。その様子を見ていた勇と葉月、さらにマリアまでもが噴き出して笑ってしまった。

 

「ひ、ひどいじゃないか! そんなに笑わないでくれよ!」

 

「だってお前、相当慌ててたぜ?」

 

「本当に! あんまりにも珍しいからつい笑いが……ふふふ、駄目です!」

 

 声を上げて笑うマリアを見ながら、光牙は胸の内に湧き上がった心地よさを感じていた。

 先ほどまで彼女の手を掴んでいた手に温もりを感じながら、光牙もまた皆と同じ様に笑い始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……嫌な女よね、私」

 

 心配だったから来た。戦いを見ていて安心だと分かっていた。守られる彼女を見ていた。

 

 羨ましかった、想い人の横で笑う彼女が

 

 妬ましかった、欲しい居場所を奪った彼女が

 

 そして思った、彼女さえ居なければと

 

 醜く湧き上がる嫉妬心を抑えながら、夕焼けが沈む空の下で笑う4人の姿を美又真美は見続けていた。

 



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大海戦

 

 

「おらぁっ!」

 

 高い跳躍を終え着地した勇は、同時に手に持ったディスティニーソードを背後へと思い切り振るった。

 繰り出された斬撃はその場に居た骸骨型エネミーにぶち当たり、彼らを光の粒へと変える。

 

「おっしゃあ! いくらでもかかって来い!」

 

 揺れる海賊船の中で剣を振り上げてエネミーを威嚇する勇、隣接する別の船からは彼に続いて沢山の生徒たちが海賊船へと乗り移っていた。

 

「皆、海に落ちるんじゃないぞ!」

 

「混戦になるだろうから流れ弾に気を付けなさいよ!」

 

 生徒たちを率いる光牙と真美の叫びが響く。次々と敵船に乗り込んだ生徒たちは骸骨型エネミー『スカルパイレーツ』と激しい戦闘を繰り広げ始めた。

 

 臨海学校二日目の今日、勇たち虹彩学園と薔薇園学園の生徒たちは近隣の学校に請われて攻略に力を貸していた。

 この付近にあるソサエティは広大な海とそこに点在する島によって構成されるマリンワールドとでも呼ぶべき形態であり、地元の学校はそれぞれソサエティの中を船で移動して攻略を進めているのだ。

 

 しかし、このソサエティにももちろんエネミーはいる。昨日勇たちと戦った海洋生物型エネミーの『マーマン』やその進化形、島の中にはファンタジーワールドにも存在する獣型エネミーが生息しており、攻略を進めるうえでの大きな障害となっていた。

 そんな中でも一番の難敵はボス扱いでもあるエネミー『キャプテン・スカル』を中心に集まった骸骨の海賊団、『幽霊海賊』である。船で移動する彼らは正に神出鬼没で、この海で行動する限りはかなり厄介な敵であった。

 

 一度倒せば消滅する幽霊海賊だが、その一回の勝利が難しい。数が多い上にボス級の戦闘能力を持つエネミーがリーダーであり、その上危なくなるとさっさと逃げてしまうからだ。

 その為、迅速な勝利を求められるこの戦いにおいて、多くの仮面ライダーを擁する両校に援護要請が入ったのである。

 

 まずは幽霊海賊を発見し船で接近、その後仮面ライダーを先頭にして船に乗り込み敵の逃走を防ぐと同時に船内を制圧する。と言うのが今回の作戦の内容であった。 

 

「へっ! 数が多くて退屈しねぇな、これは!」

 

 接近して来た数体のスカルパイレーツを纏めて叩き切る勇、そのまま駆け出すとマスケット銃を構えていた敵の一団の中へと飛び込んでいく。

 

「そらよっ!」

 

 銃の引き金が引かれる前に攻撃を繰り出す。目の前の一体を切り伏せ、その勢いを活かして別の一体に回し蹴りを叩きこむ。反転しながらホルスターからカードを取り出した勇は、それをディスティニーソードへと使って必殺技を繰り出した。

 

<必殺技発動! ディスティニーブレイク!>

 

「これでどうだっ!」

 

 回転斬りの要領で繰り出される一撃、遠心力によって強化された鋭い切れ味の剣がスカルパイレーツにヒットしその体を両断していく。見事遠距離攻撃部隊が倒された事を確認した光牙は、今が好機と見て生徒たちに叫んだ。

 

「今だっ! 敵船を制圧しろっ!」

 

「おーーーーっ!」

 

 意気揚々と攻撃を繰り出す生徒たち、傷ついた者を回収しつつ自軍の船を守るマリアはその姿を見守りながら負傷者の傷を癒していた。

 

「マリア、私も行くわ! ここの守りはお願い!」

 

「はい! お気をつけてください!」

 

 真美もまたこの勝機を逃さぬようにと攻撃部隊に加わる。残された生徒たちと共に防衛に徹しながら、マリアは頼もしく戦う仲間たちの背を見守るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヨーソロー! 今日は船上ライブだよっ!」

 

 一方、海賊船の上では陽気な声を上げながらロックビートソードを振るう葉月の姿があった。敵の頭上から剣を振り下ろし、縦に真っ二つに斬り下ろす。背後から近づく敵は柄での突きで不意を突いた後で大振りの一撃を叩きこんだ。 

 

「はい、どーん!」

 

 囲まれている状況だと言うのに葉月は楽し気に戦いを続けている。本当にライブでも行っているかの様な彼女は、自分の周囲にかなりのスカルパイレーツが集まって来たのを見て、仮面の下で笑顔を見せた。

 

「……それじゃ、締めに入りますか!」

 

<エレクトリック! サウンド!>

 

 ロックビートソードを持ち直してその弦を軽く爪弾く。パチリと走る雷撃を見た葉月はギターを一回転させると揚々と叫んだ。

 

「さぁ! アタシのギターソロ、行くよ!」

 

<必殺技発動! エレクトロックフェス!> 

 

 弾かれる弦、響くは音の衝撃波と雷撃。ギタリスト顔負けの葉月の演奏から繰り出されるのは、文字通り聞く者を痺れされる必殺の一撃だ。

 

「ん~~~~っ!!! フィニーーーッシュ!!!」

 

 ジャンプしてポーズを決めた後、着地と同時にギターを大きく掻き鳴らす。最大音量で繰り出された最後の衝撃は、彼女の演奏を聞いていたスカルパイレーツ全員を大きく吹き飛ばして消滅させた。

 

「いやー、やっぱ全力で演奏すると楽しいよねーっ!」

 

 楽しくギターソロを演じられたことにご満悦の葉月、しかし、彼女の後ろから新たな影が忍び寄る。

 

「ウゥゥゥッ!」

 

「げっ、やばっ!」

 

 ぎりぎり生き残っていたスカルパイレーツが不意を突いて襲い掛かって来たのだ、完全に気を抜いていた葉月はその攻撃を避けられないと踏んで痛みに耐えるべく目を瞑ったが……

 

「全く、油断しすぎよ」

 

「ウギャァウッ!?」

 

「玲! ありがとーっ!」

 

 自分を注意する声と共に聞こえた銃声、一拍遅れて吹き飛んだスカルパイレーツの叫びを耳にした葉月は自分の後ろから援護射撃をしてくれた玲に向かって大きく手を振る。

 そんな彼女に対して軽く頭を抱えた玲は、そのまま数発続けて弾丸を発射した。

 

「ウギャオ!?」

 

「ガギャァァッ!」

 

「……だから油断しすぎって言ってるのよ、まだまだ敵は居るんだから用心しなさい」 

 

「は、は~い……」

 

 葉月に襲い掛かろうとしていたエネミーを排除した後、玲は自分の正面に銃を構える。

 銃口の先に居るスカルパイレーツが剣を構えて迫って来るのを見た玲は、ホルスターからカードを取り出してメガホンマグナムへと使用した。

 

<ウェーブ!>

 

「……さ、来てみなさい。一応言っておくけど、アイドルはお触り厳禁よ」

 

 挑発する様な口調で呟いた玲はそのまま一番近くに迫って来ていたエネミーに対して狙いを定めると引き金を引いた。銃口から放たれた音波がスカルパイレーツへと直撃すると共に、相手をバラバラに砕いてしまう。

 

「どうやら衝撃に弱いみたいね。……骨なんだから当然かしら?」

 

 自分の使うカードと敵の相性が良いと判断した玲は続けて引き金を引き続けた。衝撃波を直撃させてスカルパイレーツを次々と粉砕していくと共に、危うい味方へのフォローも忘れずに行う。周りの状況を顧みながら戦う彼女に対して、一直線に敵へと突っ込む者もいる様で……

 

「はっはっは! どうした? そんなもんかよ!?」

 

<チャージ! タックル!>

 

<必殺技発動! パワードタックル!>

 

「よっしゃあ! これでも喰らいやがれ!」

 

 突進能力を強化するカードを連続使用して必殺技を繰り出す櫂。その巨体で何体ものエネミーを跳ね飛ばしつつ前へ前へと進んで行く。

 敵の集団の中心に到達した櫂は得物であるグレートアクスを取り出すと、力いっぱい周りを薙ぎ払った。

 

「がははっ! こりゃあ良いぜ、あっと言う間に敵をぶっ飛ばせる!」

 

 でたらめなパワーでスカルパイレーツを吹き飛ばして行く櫂。楽勝ムードに気を良くしている彼だったが、後ろの方ではそんな櫂の事を真美が鋭い目つきで睨んでいた。

 

「ちょっと櫂! アンタが離れたら誰が救護班の護衛をするのよ!?」

 

 負傷者に肩を貸しながら叫ぶ真美。なんともまぁ考えなしに突っ込んだものだと櫂に呆れた視線を送る彼女だったが、自分に対してカトラスを持ったスカルパイレーツが斬りかかって来たのを見て表情を変えた。

 

「くっ!」

 

 咄嗟にバックステップをしてその一撃を躱す。しかし、体勢を崩して尻もちをついてしまった彼女に対して、スカルパイレーツは容赦なく二撃目を繰り出そうとしていた。

 

「美又さん、危ないっ!」

 

 もはやこれまでかと真美が覚悟を決めた時、ピンク色の影が敵と自分の間に入り込んだ。武器を手にしたやよいが助けに入ってくれたのである。

 プリティマイクバトンでカトラスの一撃を受け止めたやよいは、そのまま思いっきりバトンを振ってカトラスを弾き飛ばすと勢い良くその先端をエネミーの頭部へと繰り出した。

 

「ガッッ!!」

 

 バキッ、という音と共に骸骨にひびが入って行く。頭部が砕けたスカルパイレーツの全身が光の粒になった後で、やよいはプリティマイクバトンをライフルモードに変形させつつ真美へと声をかけた。

 

「私が援護するから美又さんは船に急いで!」

 

「ありがとう、助かるわ!」

 

 負傷者を支え、やよいと並走しながら自分たちの船を目指す真美。迫りくるエネミーをやよいが銃弾で迎撃しながら、ようやく二隻の船を繋ぐ橋へとたどり着いた。

 

「美又さん、掴まって!」

 

 駆け出したやよいが真美と負傷者を抱えて跳躍する。互いに抱きしめ合いながら着地した二人は、自軍の船に到着すると運んできた負傷者の手当てを依頼した。

 

「お陰で助かったわ、櫂の馬鹿にも見習わせたい気遣いね」

 

「ううん、無事で良かったよ!」

 

 真美からの感謝と称賛の言葉を受けたやよいがはにかむ。だが休憩をしている暇はない、早く戦いに戻らなくては

 そう考えた真美とやよいが動き出そうとした時、足元に大きな揺れが走った。何事かと周りを見渡してみれば、船を連結していた板が外れて海賊船が遠くに離れようとしている所が目に映る。

 

「まさか、あのまま逃げる気!?」

 

 相手が状況不利と見て逃げに走ったかと考えた真美が再び海賊船に接近する様に操舵者に指示を飛ばす。しかし、海賊船の側面を見た彼女は驚きで目を見開いた。

 

「何よあれ!?」

 

 そこにはいくつもの砲門が並んでいたのだ。大型の砲弾を発射できそうな砲台が計7つ、その全てがこちらを向いて火を噴く時を今か今かと待ちわびている。

 

「か、回避ーーーっ!」

 

 危険を察知して避ける様に指示する真美、だが既に遅く砲門が火を噴いて攻撃を開始してしまった。

 

 飛んでくる無数の砲弾、なんとかマリアを始めとする防衛班がバリアのカードを使用してそれを防ぐも、高い攻撃力を前に徐々にひびが入り始めていた。

 

「マリア! 真美っ!」

 

「ヤバいぞ! なんとかあの砲撃を止めないと!」

 

 一転してピンチに陥った自分たちの船を見た勇が叫ぶ。急ぎ船を制圧しようと誰もが必死になる中、何かを思いついた謙哉は駆け出すと玲の元へとやって来た。

 

「水無月さん、ちょっとごめん!」

 

「きゃっ!?」

 

 腰を掴まれる感覚に悲鳴を上げる玲。一瞬驚いた後で謙哉へと抗議の声を上げる。

 

「ちょっと、何してるのよ!?」

 

「ごめん、カード借りるね!」

 

「ひゃんっ!?」

 

 自分の腰を掴みカードホルスターからカードを一枚抜き取って行った謙哉の後ろ姿を見ながら、とりあえず戻ってきたら一発ぶん殴ってやろうと心の中で決心する玲。そんな彼女の決意など露知らず、謙哉は自分のホルスターから『サンダードラゴン』のカードを取り出すとそれをドライバーへとリードした。

 

<サンダードラゴン!>

 

「ドラ君、お願い!」

 

 電子音声と共に召喚されたドラゴンへと飛び乗る謙哉。攻撃を受け続ける仲間たちの船へと近づくと、玲から借りて来たカードを盾に使用する。

 

<ワイド!>

 

「よし、これなら!」 

 

 青いエネルギー波を纏って巨大化したイージスシールドを構えた謙哉は海賊船から放たれる砲弾をドラゴンとの連携で次々に防いでいく。爆発の衝撃波に押されながらも必死にくいしばる謙哉に対して容赦無く砲撃を繰り出す海賊船だったが、装填の為か一瞬だけ砲撃が途絶えてしまった。

 

「今だっ!」

 

<必殺技発動! コバルトリフレクション!>

 

 その隙を見逃さず一番端の砲門に狙いを定めた謙哉は、今までのお返しとばかりに防いだ砲撃分の攻撃力を持つ光線を発射した。

 横一線に薙ぎ払う様にして放たれた蒼の光線は瞬く間に海賊船の側面を焼き払い砲撃を沈黙させ、敵の反撃の機会を摘み取る。

 

「やった、やったぞ!」

 

「へへっ、流石は謙哉だぜ!」

 

 味方の危機を救った謙哉を褒め称えながらも戦いを続ける一同。ようやく雑魚の数も減って来たところで、船の先頭から銃弾が放たれる音がした。

 

「ググゥゥゥゥ……!」

 

 威風堂々と風格を纏いながら姿を表したのは、右手にカトラス、左手にマスケット銃を持った骸骨の親玉にしてこの船のボスエネミーである『キャプテン・スカル』であった。その姿を見止めた光牙はエクスカリバーを構えると一気に斬りかかる。

 

「ググゥッ! グオオッ!」

 

「たぁぁぁぁっ!」

 

 自分に向けられたマスケット銃からの弾丸を時に躱し、時に剣で切り払いながら接近する光牙。攻撃の間合いに入るや否やエクスカリバーを振るって先手を取るも、相手のカトラスに防がれて直撃は叶わなかった。

 

「グオオッ!」

 

「くっ、うわぁっ!」

 

 片手のカトラスでエクスカリバーを防ぎながら、もう片方の手に握られている銃を光牙に向けるキャプテン・スカル。咄嗟に銃口から逃れようとした光牙だったが、腕から力が抜けた事でカトラスに押し切られてしまい、そのまま胴を斬られてしまった。

 

「光牙、大丈夫か!?」

 

「ああ、かすっただけさ、大したダメージは無い」

 

 駆け寄って来た勇に返事をしながら二人で並び立つ。剣を構えてキャプテン・スカルを睨む二人は同じタイミングで駆け出した。

 

「おおぉぉっ!」

 

「やぁぁぁっ!」

 

 舞い乱れる二つの剣、それをカトラスと銃身で何とか防ぐキャプテン・スカル。

 戦いはじりじりと勇たちがエネミーを押す展開へとなって行く。攻撃を防ぐ為に突き出されるカトラスをすり抜けて、勇のディスティニーソードと光牙のエクスカリバーがキャプテン・スカルの体を切り裂く。

 

「ウオォォッ!!!」

 

 何度目かの斬撃に耐えきらなくなったのか、後退したキャプテン・スカルがマスケット銃を構えるとすさまじい速さで連射し始めた。それを何とか躱しながら隙を探る光牙、接近することもままならないが闘志を絶やすこと無く敵を睨み続ける。

 

 ばら撒かれる銃弾をぎりぎりで躱す二人。なおも繰り出される銃撃の単調なタイミングを掴んだ勇は、ディスティニーソードを手から放すとその柄を思い切り蹴り飛ばした。

 

「そこだぁっ!」

 

「ウォォォォッ!!??」

 

 サッカーボールをシュートするようにして蹴りだされたディスティニーソードは真っ直ぐにキャプテン・スカルへと飛んで行き、その肩に突き刺さった。悲鳴を上げ、手からマスケット銃を取りこぼしたエネミーの姿を見た光牙は今こそが勝機と確信しながらカードを取り出す。

 

「これで終わりだぁっ!」

 

<ドロップ! フォトン!>

 

<必殺技発動! メテオドロップ!>

 

 宙高く跳び上がった光牙の両足に強い光が灯る。最高地点まで上昇した後、まるで隕石の様な猛スピードでキャプテン・スカル目がけて降下した光牙は、強烈なドロップキックを敵に見舞った。

 

「ゴォォォォッ……!!!」

 

 キャプテン・スカルに打ち込まれる光、それは点滅を繰り返しながら強さを増していく。

 やがて一際大きな輝きを放った光は、その輝きと共にキャプテン・スカルを焼き尽くす大きな爆発を巻き起こした。

 

「ガオォォォォッ!!!」

 

 海賊船を包む光、その光を浴びたエネミーが次々に浄化されて行く。海賊船に憑りついた怨霊を祓う様なその光が消えた後、船上からは全てのエネミーの姿が消えていた。

 

<ゲームクリア! ゴー、リザルト!>

 

「よっしゃあ! 大・勝・利!」

 

 勇のその声を皮切りに、生徒たちは戦いを勝利したことへの喜びの声を上げた。同時にこの戦いで得た経験値を確認して、自分たちのレベルがどれくらい上がったのかを確認する。

 

<スペシャルプレゼント!>

 

「およ?」

 

「あ! ラッキーボーナスだ! アタシってばツいてるーっ!」  

 

 全員が自分のゲームギアから映し出される映像に目を奪われる中、謙哉と葉月の前には新たなカードが出現していた。

 

 葉月の元に出現したのは、今回のボスエネミーであるキャプテン・スカルが描かれたカードだ。恐らくは必殺技カードであるそれを嬉しそうに見ながら葉月はVサインを作る。

 

 一方、謙哉の元にはミッション達成報酬として出現したカードが現れていた。船の中に並んだ大砲に対して、砲撃指令を出しているキャプテン・スカルの姿が描かれているそのカードはどうやら射撃系の強化カードの様だ。

 

 遠距離武器を持たない自分には無用の長物だと考えた謙哉はこのカードをどうするかを悩み始める。だが、そんな彼の後ろから手が伸びてくると、謙哉の手からカードを奪い取ってしまった。

 

「これ、セクハラの慰謝料としてもらっておくわね」

 

「み、水無月さん!?」

 

「まさか嫌だとは言わないわよね? あなた、自分が何したか分からないわけじゃ無いでしょう?」

 

「うぅ……まぁ、別に良いけどさ……」

 

 元々自分とは相性が悪いカードであったし、渡すなら遠距離戦闘が主体の玲だろうと考えていたので異論は無いもののちょっぴり強引なその態度に謙哉ががっくりと項垂れる。

 玲はそんな謙哉に対してふふんと鼻を鳴らすと、彼から離れて行った。

 

「……あの二人、本当仲良くなって来たなぁ」

 

 そんな二人の様子を眺めてほっこりしていたやよいだったが、自分の肩を叩かれた感触に驚いて振り向くとそこには頬を搔いている真美の姿があった。

 

「……さっきはありがとうね。これ、今出たカードなんだけど、あなたの方が使いこなせそうだしあげるわ」

 

「わぁ……! ありがとう、美又さん!」

 

 輝く様な笑顔を真美に向けるやよい。真美はそっぽをむいたまま、顔を少しだけ赤くして呟いた。

 

「……真美で良いわよ」

 

「え……?」

 

「美又さんじゃなくて、真美で良いから。名前で読んで頂戴」

 

 恥ずかしそうに呟く真美の言葉を聞いたやよいの表情がさらに明るくなる。嬉しそうにぴょんぴょん跳ねた後で、やよいもまた真美に対して言う。

 

「うん! じゃあ私のこともやよいって呼んでね、真美ちゃん!」

 

「……ええ、分かったわ。やよい」

 

 自分とはタイプの違う良い友達が出来た事を素直に喜ぶ二人。お互いに顔を見合わせて笑った後で、真美は騒めく生徒たちに号令をかけた。

 

「さぁ、帰るわよ! 旅館に帰ったら反省会だからね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と言う訳で、今日の戦闘データを纏めてみたわ。これを見て存分に今日の戦いを振り返って頂戴」

 

「毎度の事だけど、真美には頭が下がる思いだよ」 

 

 その日の夜、真美とマリアの部屋に集合した仮面ライダーたちは、真美から昼間の戦闘データを受け取ってそれに目を通していた。

 戦闘を終えてから数時間、その間に色々とすべきことがあっただろうにきっちりと自分の仕事をこなしている真美に対して光牙は感謝の言葉を述べる。

 

「……なら、しっかりとそのデータを活かして頂戴。そうすれば、私のしたことに意味が生まれるから」

 

「あはは、そうだな。真美の為にも頑張らなきゃな」

 

 光牙が何の気なしに言った言葉にドキッとしてしまう真美。深い意味は無く、本当に言葉通りの意味だと分かってはいるものの意識してしまう心を抑えようも無かった。

 

「ねーねー勇っち、このカード、どんなコンボがあると思う?」

 

「おー、そうだな……とりあえず斬撃系のカードであることにはちがいねぇだろうから……」

 

「私にも見せてください、これでもディスティニーカードの種類は全て暗記してるんです!」

 

 部屋の片隅では葉月と勇、そしてマリアが今日手に入れたカードについて話し合っていた。新しい戦力をどう扱うかは非常に重要な事だ、しっかりと話し合って欲しいと思う。

 だが、隣に居る光牙がぼうっとした視線でマリアを見ている事に気が付いた真美は、胸が締め付けられるような痛みを感じた。羨ましい様な、妬ましい様な気持ちが心に生まれる。

 

「真美ちゃん、どうかしたの?」

 

「……いいえ、何も無いわよ。やよいも私が上げたカードの使い道を考えたらどう?」

 

「そうだね! じゃあ、真美ちゃんと光牙さんも一緒に考えてよ!」

  

「ああ、構わないよ」

 

 屈託のない笑顔を浮かべたやよいの言葉を受け、光牙は快く新たなカードの使い方を共に考え始めた。それが真美の心中を察したやよいのアシストだと知り、真美は複雑な気分になる。

 

 決してやよいの行動をありがた迷惑だと感じた訳では無い。光牙と一緒に過ごせる時間は真美にとって楽しい物であることに変わりは無いのだから

 しかし、そうした時間を過ごしている内に諦めがつかなくなるのもまた事実だ。光牙の為に自分のこの思いは封じておいた方が良いのだと真美は思っている。

 

「皆、下の売店で飲み物買って来たよ!」

 

「少し休憩したらどう?」

 

「ありがとう、玲ちゃん!」

 

 買い物を終えた謙哉と真美の元に駆け寄るやよい。それに続いて勇たちも二人の元へ近づく。

 笑顔を浮かべる仲間たちの姿をぼーっと見ていた真美だったが、光牙が少し楽しそうな笑顔を浮かべていたことが気になった。

 

「……なぁ、真美。俺は思うんだ」

 

「……何を?」

 

「前はソサエティの攻略は俺自身がやり遂げるんだって思ってた。A組の皆と、俺自身の手で世界を救うんだって意気込んでた。でも、最近はそうじゃ無くったって良いんじゃないかって考え始めたんだ」

 

「え……?」

 

「転校生のマリアと龍堂くん、別のクラスの虎牙くん、アイドルであるディーヴァの三人……俺達A組の生徒たちとは全然違う、色んな側面を持つ人間たちが集まって、こうしてチームになった。最初は疑問に思ってたけど、今になってやっと一人一人が違う事でいろんな可能性が生まれるんだってことが分かったよ」

 

 そう、嬉々とした表情で光牙が真美に語る。新たな発見をした彼は、本当に嬉しそうな目で仲間たちを見つめていた。

 

「……なぁ、俺は出来るかな?」

 

 不意に不安げになった光牙が真美へと呟く。まっすぐに真美を見つめながら、本当の事を言ってくれと語る瞳をしながら問いかける。

 

「俺は、こうした違う人間たちを纏める事が出来るかな? 皆を纏め上げて、世界を救える勇者になれるだろうか?」

 

「……なれるに決まってるわよ。絶対」

 

 光牙の問いかけに真美は確信を持って力強く答えた。それは本心からの言葉、幼いころからずっと彼を見続けて来たが故に存在する信頼だ。

 

「そっか……真美がそう言うなら、きっとそうだよな!」

 

 お世辞でも何でもない真美の言葉に顔を綻ばせた光牙は嬉しそうに笑った。その笑顔を見ながら真美は思う。

 

 必ずあなたを勇者にしてみせる。たとえどんなことをしようとも、私があなたの夢を叶えてみせる……と

 

「光牙っ、大変だ!」

 

 そんな時だった、息を切らせた櫂が部屋に飛び込んできたのは

 

「どうしたんだ、櫂!?」

 

 ただ事ではない櫂の様子に顔色を変えた光牙が事の詳細を問う。櫂は暫し息を整える為に時間を使うと、やって来た厄介ごとを説明し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オラッ! ここに虹彩学園の奴らが泊まってんだろ!?」

 

「さっさと呼んで来いよボケっ!」

 

「……あの野郎ども、何してやがんだよ!?」

 

 櫂の連絡を受けた勇たちは旅館の入口へとやって来ていた。そこには、声を荒げて従業員たちを責める若い男たちの姿があった。

 それが昨日海で絡んできた潮騒学園の生徒たちだと言う事は、彼らを懲らしめた勇と光牙にはすぐに分かった。そして、彼らの会話から察するに仲間を引き連れて勇たちにお礼参りをしに来たと言う事もだ。

 

「お前たち! 何を馬鹿な事をしているんだ!?」

 

 あまりにも横暴な彼らの行動に我慢が出来なくなった光牙が叫ぶ。その声を聞いた潮騒学園の生徒たちは一斉にこちらを向くと、ぞろぞろと群れを成して近寄って来た。

 

「おー、居た居た! こいつだよこいつ!」

 

「ナンパの邪魔した上に偉そうに説教たれたんだって? かっこいいねー!」

 

「でもさ、この人数相手に同じこと出来る? 今すぐ土下座して、女の子たちを連れて着たら許してあげるけど、どうする~?」

 

 ニタニタと笑いながら光牙に迫る男たち、20名ほどの集団でやって来た彼らは数を頼りに光牙を脅しているのだろう。

 まさに子悪党の所業だとあまりにもテンプレ通りにみみっちい行いをする彼らに対して半ば呆れた思いを抱きながら、勇もまた光牙の後に続いた。

 

「あっ! こいつもそうだぜ!」

 

「ようやっと見つけた! ほら、あの金髪の女の子と葉月ちゃん連れて来いよ! 二人の前で土下座すりゃあ許してやっから!」

 

「……ったく、せっかく良い気分で一日が終わると思ったのに、お前たちのせいで台無しじゃねぇかよ」

 

「あ……?」

 

 言うが早いが勇と光牙はギアドライバーを装着する。早くも戦闘態勢に入った二人を見て怖気づく男子たちだったが、数の多さを思い出して威勢よく啖呵を切った。

 

「はっ! たった二人でこの数に勝つつもりか? お前ら馬鹿だろ!?」

 

「……二人じゃ無いよ。四人さ」

 

 もはや戦いは避けられないと判断した謙哉と元々彼らをとっちめるつもりだった櫂も戦列に加わる。新たな敵の出現を前にしてどよめく潮騒学園の生徒たちを真美たちは憐れんだ目で見ていた。

 

「……流石にアタシたちも加わる訳には行かないよね」

 

「弱い者いじめになっちゃうよ」

 

「ま、あいつらだけで十分でしょ」

 

 口々に感想を言い合いながら成り行きを見守るその口ぶりからは危機感は感じられない。戦力の差は歴然としており、どう考えても勇たちが負けるとは思えないからだ。

 

 だからこの喧嘩もあっという間に片付くと思っていた。後始末をどうするかを考えるのが女子の役目であると判断した真美たちはただ見守るだけで良いと考えていた。

 

 しかし……

 

『……良く無いなぁ、実に良くない。こんなくだらない喧嘩なんか、良くないよ』

 

「え……?」

 

 突如、旅館の館内放送が響いた。そこから聞こえて来たのはまるで子供の様な無邪気な声、だが、どこか冷たさを感じる声だ。

 

『勝負したいんでしょ? それじゃあ、ボクの考えたルールでやろうよ』

 

「誰だ? お前は何者だ!?」

 

 何か異常な事が起きている事を察知した勇が大声で叫ぶ。先ほどまでとは違う緊張感がその場に居る全員を包む。

 間違いなく何か悪い事が起きようとしている……勇たちは何か変わった事が起きないかと警戒しながら、謎の人物の行動を待つ。

 

「う、うわぁぁっ!?」

 

 その時だった。潮騒学園の生徒の一人が大声を出して跳び上がったのは

 何事かと彼を見た勇たちは信じられない光景を目にする。それは、小さなリングが彼を包む光景だった。

 

「た、助けてくれぇっ!」

 

 リングに飲み込まれた男子の体が徐々に消え去って行く。それを見た光牙は、そのリングの正体を看破した。

 

「まさか、あれはゲートなのか!?」

 

「なっ!?」

 

 ゲートに飲み込まれ姿を消した男子を見ていた潮騒学園の生徒たちに狂乱が巻き起こる。この場から逃げようと走る彼らだったが、その頭上から次々とゲートが襲来して彼らを飲み込んでいく。

 

「くっ、来るぞっ!」

 

 潮騒学園の生徒たちを飲み込んだゲートたちは、続いて勇たちにターゲットを変えた。迫りくるそれらを躱しながらなんとか安全地帯に逃げ込もうとした勇たちだったが、ゲートを避けきれなかった真美と櫂が飲み込まれてしまった。

 

「うおっ!?」

 

「きゃぁっ!」

 

「櫂っ! 真美っ!」

 

 二人が消えた事に気を取られる光牙、だが彼にも新たなゲートが迫りくる。

 かろうじてそれを躱した光牙だったが、これ以上の被害を出さない様にするために変身できないマリアの手を掴むとこの場から逃げ出そうとした。

 

「こ、光牙さん……」

 

「マリア、ここから逃げるんだ! これは何か異様だ!」

 

「は、はい……あっ!」

 

 驚きで目を見開いたマリアの表情を見て振り向けば、自分のすぐ後ろにゲートが迫って来ていた。避けきれないと判断した光牙はマリアを突き飛ばして彼女だけでも救おうとする。

 

「光牙さんっ!」

 

 自分を庇い、ゲートに飲み込まれた光牙の名前を呼ぶマリア。気が付けば謙哉や葉月、玲とやよいの姿も無い、皆ゲートに取り込まれてしまったのかと不安になっていたマリアだったが、自分の名を呼ぶ勇の声に立ち上がった。

 

「マリアっ!」

 

「勇さんっ!」

 

 互いに手を伸ばし相手の手を掴もうとする二人、しかし、二人を裂く様に出現した二つのゲートに別々に飲み込まれてしまう。

 

「くそっ! マリアーーっ!」

 

 自分の目の前で消えていくマリアの姿を見ながら、勇もまた異世界へと飛ばされてしまったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う、ここ、は……?」

 

 勇が次に目を覚ました時、周囲は闇に包まれていた。元々夜だったので当然の事だとは思うが、それには赤く光る月の様な物以外何も浮かんではいない。

 

 周囲の様子から見ても旅館の傍とは考えられない。間違いなくソサエティへ飛ばされてしまったのだと考えた勇が周囲に誰かいないか探そうとしたその時だった。

 

『やぁ、全員エントリーできたみたいだね』

 

「っっ!? この声はっ!」

 

 先ほど旅館で聞いたその声、自分たちをこの場に招いた存在に対しての警戒心が勇の本能に警鐘を鳴らしていた。

 

『じゃあ、早速ゲームを始めようか。簡単にルールを説明するね……』

 

「ゲーム、だと……?」

 

 何を企んでいるか分からない相手は愉快そうに話を続ける。同じとき、同じ世界のそれぞれの場所でこの声を聞いている仲間たちが黙って彼の次の言葉を待つ中、声の主は楽し気に全員に言い放った。

 

『ルールは簡単、この世界から生きて帰ればいいんだよ。生きて帰れば、ね……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――彼女に不幸が訪れるまで、あと??日

 

 

 

 



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告げられる絶望

 

 

「生きて帰る事が目的だと……?」

 

 謎の声の主の言葉を聞いた後、勇は暗いこのソサエティの中を走り回っていた。敵の口ぶりからするに、間違いなくこの世界には危険が満ちている。

 

 それがエネミーであるならば、戦う力を持たないマリアと真美が危険だ。急ぎ二人と合流する為に走る勇は、周りを注意深く見渡しながらも進み続ける。

 

「くそっ! 一体ここは何なんだよ!?」

 

 真っ暗な世界、生い茂る木々を見るにここは森の様だ。夜の森なんていう不気味な場所に放り出された事は怖いと言えば怖いが、今はそんな事で怯えている暇はない。

 

(とにかくマリアたちを見つけ出すんだ、何か危ない事が起きる前に……!)

 

 そう考えながら走っていた勇だったが、不意にその足が止まった。そして、遠くに見える明かりを目にして完全に立ち止まる。

 

「……なんなんだよ、あれ?」

 

 勇の視線の先には、古ぼけた洋館が迷い人を待ちわびるかの様にそびえていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「光牙ーーっ! 真美ーーっ! マリアーーっ!」

 

 同じ頃、その洋館の近くを叫びながら走る男が一人いた。大柄な体格をしたその男は、城田櫂その人だ。

 

 親友たちの名前を呼びながら走り回る櫂。仲間の身を案じている彼だったが、足元に急に火花が散ったのを見てその場で跳び上がった。

 

「だっ、誰だっ!? 姿を見せやがれ!」

 

「……大声を出すんじゃ無いわよ」

 

 櫂の耳にぎりぎり彼に伝わる音量で女の声が届いた。絞り出すかのように放たれたその声の主を探していた櫂の目に、手招きする女子の姿が映る。

 

「城田さん! こっちです!」

 

「ぼさっとして無いでさっさと来なさい」

 

 大きく手を振りながらも小さな声で櫂を呼ぶのはディーヴァのメンバー、やよいと玲だ。周りを観察しながら櫂を呼び込む二人に対して大股で近づいた櫂は、その行動の意味を問い質す。

 

「おい! なんでそんなこそこそしてんだよ!?」

 

「だから、大声を出すなって言ってるでしょう!? あなた馬鹿なの!?」

 

「わわ! 玲ちゃん、落ち着いて!」

 

 苛立った様に吐き捨てた玲に対して怒りをあらわにする櫂、こんな女と組んでいる謙哉の気が知れないと思いながらも彼女たちに背を向けてこの場から去ろうとする。

 

「し、城田さん! どこに行くの!?」

 

「光牙たちを探しに行くんだよ! お前らのお守りなんて真っ平ごめんだ!」

 

「一人で行くなんて危ないよ! 私たちと一緒に行動した方が……」

 

「やよい、こいつが一人で行くって言ってるんだから止めなくて良いわよ。私たちもこいつみたいな厄介者が居ない方が助かるじゃない」

 

「誰が厄介者だ!? あぁっ!?」

 

 玲の言葉に不快感をあらわにした櫂が大声で叫んだ時だった。周りの草むらからガサゴソと物音がすると共に、三人を無数の気配が取り囲んだ。

 

「……な、なんだ? 何が起きたんだ……?」

 

「くっ、だから大声を出すなって言ったのよ……っ!」

 

「ま、不味いよ……何とかして逃げ出さないと……」

 

「お、おい! お前らさっきから何を……?」

 

 櫂がそこまで言いかけた時だった。目の前の草むらから何かが飛び出してくると、真っ直ぐに彼に向かって突き進み、そして……

 

「うおぉぉぉぉぉっ!?」

 

 森の中に櫂の大声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで14人目……」

 

 目の前にある青いリングに潮騒学園の生徒を入れた謙哉が呟く。どうやらこのリングの先は現実世界に繋がっている様だ、ここを通る事で帰還=ゲームクリアとなるらしい。

 

「……でも、通れてあと一人かな」

 

 最初に見つけた時よりも大分小さくなってしまったリングを見ながら再び謙哉が呟いた。どうやらこのリングには人数制限があるらしく、一定の人数を通すと消えて無くなってしまうらしい。

 

 この洋館に最も近い位置からスタートした謙哉は、誰よりも早くこの洋館内に入って調査を開始した。そして、幾つかの現実世界へとつながるゲートを発見したのである。

 

 洋館の中に居たエネミーを排除しながら迷い込んできた潮騒学園の生徒たちを現実世界へと送り込み続けて来た謙哉は、今新たに見つけ出した生徒をゲートへと送り込んで無事に脱出させる。

 

「15人目……他の皆は無事だと良いけど……」

 

 もうこれで自分が見つけ出したゲートは全部消えてしまった。また新たな脱出経路を見つけなければならないと判断した謙哉が廊下へと足を踏み出した時だった。

 

「……け、謙哉っち?」

 

「あ、新田さん!」

 

 廊下の向こう側に見える少女、自分を見つけた葉月が喜びの笑顔を浮かべながらこちらへと走って来た。

 顔見知りと合流出来た事に安堵した謙哉は今出たばかりの部屋に戻り、その中で葉月と情報を交換することにした。早速、自分の知る限りの情報と、この館の地図を彼女に与える。

 

「……そっか、出口になるゲートを探せばいいんだね?」

 

「うん。でも、小型の出口もそろそろ無くなると思う。だから、大元の出口を見つけないと……」

 

「大元の出口?」

 

「多分だけど、人数制限が無い出口がどこかにあると思うんだ。そこを見つけられれば脱出の可能性はぐんと上がるよ」

 

「でもさ、そう言う場所って大体ボスが出るよね? そう言う危険性を含めても探した方が良いの?」

 

「……うん、僕の考えが正しければ、このゲームは脱出方法が確保できてるかどうかで勝負が決まると考えても良いはずだよ」

 

 そう言いながら謙哉は自分の考える最悪の可能性を思い浮かべる。暗い森とその中にそびえる洋館、そして、その中に出現する敵………今まで自分が倒して来た敵の姿を見てきた謙哉は、このゲームの正体に気が付いていた。

 

「……わかったよ。謙哉っちがそこまで言うんだったらアタシも出口探しを手伝うよ!」

 

「ありがとう! あとは皆とどうやって合流するかだけど……」

 

 部屋の窓から外の景色を眺める謙哉。残念ながら真っ暗で何も見えない森の中を見つめた後で、大きく首を振って考えを改める。

 

「……まずは出口探しだ、同時にこの館の中の敵を倒して安全を確保しよう。この暗い森の中でならこの館は目立つはずだ、きっと皆ここに来る」

 

「皆の為にもアタシたちが頑張らないとね!」

 

 明るい葉月の言葉に笑顔で頷く。この深刻な状況でも明るい葉月のお陰で大分気が楽になった気がする。

 

 この陽気さが葉月の最大の武器だなと思いながら笑顔を浮かべた謙哉だったが、最も大事な事を伝えていなかったことを思い出すと慌てて彼女を呼び止めた。

 

「新田さん、ここを探索する時に注意して欲しい事があるんだ」

 

「注意事項? 何々? マッピングデータの確保とか?」

 

「ううん、違うよ。とても単純だけど、絶対に守って欲しい事なんだ」

 

 真剣な表情を見せる謙哉を見て、彼が非常に大事な事を伝えようとしていると判断した葉月もまた笑顔を消して彼の言葉に耳を傾ける。葉月のその態度に感謝しながら、謙哉は絶対に守って欲しい事を彼女に告げた。

 

「……この世界に出現するエネミーに噛まれないで欲しいんだ。変身して無い時は特にね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いったぁ」

 

「大丈夫か、真美?」

 

 血が滴り落ちる右腕を擦る真美を心配げに見る光牙、そんな彼に向かって真美は強がった態度を見せる。

 

「大丈夫、ちょっとした怪我よ」

 

「……すまない。俺がもっと早く駆けつけていれば……」

 

「何言ってるのよ、私は光牙に守られるほどやわな女じゃないって事、知ってるでしょ?」

 

 俯き、歯を食いしばる光牙に発破をかけながら森の中を歩き続ける真美。光牙もまた彼女の様子を注意深く見守りながらその横を歩く。

 

「……ここのエネミー、強さは大したこと無いわ。問題は数の多さよ」

 

「ああ、基本的に集団で動いてる。囲まれたらまずい事になるかもしれないな」

 

 先ほど会敵したエネミーについての考察を伝え合う二人、そして同時に思い浮かべた事を口にする。

 

「早くマリアを見つけないと……あの子の持ってるカードは大半が防御系だから、エネミーを倒すこともままならないはずよ」

 

「もたついている間に他のエネミーがやって来て囲まれたら絶体絶命だ。その前に合流しないと……」

 

「ええ、私は『噛まれる』だけで済んだけど、マリアが噛み傷だけで済む保証は無いわ。早く見つけてあげないとね」

 

 真美はもう一度エネミーから受けた傷を擦った。じんじんと痛むそこを一瞥した後で、再び前を見据える。

 

 たかが噛み傷だ、弱音を吐くほどのものでは無い。仲間たちの足を引っ張らない様にしなければと思いながら歩いていた彼女の耳に叫び声が聞こえて来た。

 

「きゃーっ!」

 

「っっっ!? 光牙、今の!」 

 

「ああ、間違いない! マリアの声だ!」

 

 顔を見合わせて声のした方向へと走り出す。危機が迫っているマリアを救うべく、二人は息を切らして走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ア……アア……ッ!」

 

「こ、来ないでくださいっ!」

 

 涙目のマリアが自分に迫るエネミーに対して叫ぶ。一体、二体では済まない数のエネミーが、彼女へ迫っていた。

 

 その足取りはとても機敏とは言えない、だが、マリアの逃げ場を無くすようにして集団で彼女を取り囲んでいるのだ。

 

「だ、駄目です……私、攻撃用のカードをほとんど持ってない……」

 

 盾を展開し続ける事は出来る。だが、あくまでそれは時間稼ぎだ。根本的な事態の解決にはなりはしない。

 

 そうやって時間をかけている間にエネミーの数はますます増えていた。自分がどうしようもない状況に追い込まれている事を感じたマリアは歯を震わせながら怯える。

 

(誰か……助けて……)

 

 目の前のバリアにひびが入る。そのひびは徐々に大きくなり、やがてガラスの砕ける様な音と共に自分を守る壁は消えて無くなった。

 

「アァァッ……!」

 

「いやぁぁぁぁっ!」

 

 迫るエネミー、逃げ場のない状況にマリアは大声を上げてその場に蹲った。数十体のエネミーがそんなマリアに向けて手を伸ばす。もはや絶体絶命かと思われたその時……

 

<必殺技発動! バレットサーカス!>

 

「てめえら、邪魔だあっ! 消えやがれっ!」

 

 電子音と銃声が響いた瞬間、マリアの周囲に居たエネミーの集団が次々と紅の光弾に撃ち抜かれて行く。あっという間にマリアを取り囲んでいたエネミーたちは消え去り、その場には静寂が戻った。

 

「……あ、あ」

 

「マリアっ、無事か!?」

 

「い、勇さん……?」

 

 蹲っていたマリアに延ばされた手は、冷たいエネミーの手では無く暖かな血が通った人間のものであった。

 

 自分の危機に駆けつけてくれた勇の姿を見止めた瞬間、マリアの目から涙が零れ落ちていく。

 

「あぁ、あぁぁぁぁぁんっ!」

 

「もう大丈夫だからな、安心して良いぜ」

 

「こ、怖かった……怖かったです……」

 

 泣きじゃくるマリアを抱きしめて慰める勇、そんな彼の優しさに感じ入ったマリアは涙を流し続けていたが……

 

「マリアっ! 大丈夫か!?」 

 

「無事なら返事をしてっ!」

 

 割と近くから聞こえて来た光牙と真美の声に驚き、びくっと震えあがる。急いで勇から離れると、そのタイミングを見計らっていたかのように二人が姿を現した。

 

「マリア! それに……龍堂くん!」

 

「良かった、無事だったのね!」

 

「はい! 勇さんに危ない所を助けて頂いたんです!」

 

「龍堂くんが? ……そうか、それは良かった」

 

 少しだけ面白くなさそうな顔をする光牙、しかし、彼のその表情の変化に気が付く者は居なかった。

 

「無事に集まれて良かった。一応確認するけど、怪我した奴は居ねぇか?」

 

 全員が集まった瞬間に間発入れずに質問を飛ばした勇のお陰か光牙の異変は誰にも気が付かれなかったが、代わりに真美の若干怪訝な表情の変化が全員の目につくことになった。

 

 何故そんな質問をしてくるのか? 訝しがりながらも三人は自分たちの状況を答える。

 

「俺は無事さ、行動に支障はない」

 

「私も、勇さんのお陰で無傷です」

 

「私は少しエネミーに噛まれたけど……でも、別に動けなくなるほどじゃ無いわ」

 

「……そうか、なら良いんだ」

 

 少しだけ……ほんの少しだけ悩んだ表情を浮かべた後、そう呟いた勇の顔を三人が見つめる。そんな彼らの視線を受けた勇は遠くに見える洋館を指さして言った。

 

「とりあえずあそこに向かおう、あんなに目立つ場所なんだから誰かいるだろうし、もしかしたら脱出方法があるかもしれない」

 

「……そうだね。まずは皆と合流することを最優先としようか」

 

 勇の言葉に同意した後、光牙は先頭をきって歩き出した。慌ててマリアと真美がその後に続く。

 

 三人の背中を見ていた勇は感じている懸念を心の片隅に置くと、その背を追って歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「走って! あのドアまで走るのよ!」

 

「言われなくてもそうしてらぁ!」

 

 一方、勇たちが目指す洋館の近くでは櫂とやよい、玲が息を切らせながら走っていた。

 

 三人を追う様にして殺到する無数のエネミーはなおもその数を増やし続けている。どんなに歩くのが遅いとしてもこの数は驚異的だ、その恐怖におびえながらなんとか玄関までたどり着いた櫂が一目散にドアを開けようと取っ手を掴んだが……

 

「あ、あかねぇ!」

 

「嘘でしょ!?」

 

 押しても引いてもびくともしないドアに苛立ちを募らせる。ドアを叩いて動かないか調べてみようとするも、それが開く気配はない。

 

「くそっ! いっそぶち破るか!」

 

「馬鹿! そんなことしたらあのエネミーたちも入ってきちゃうじゃない!」

 

「だったらどうしろってんだよ!?」

 

「ふ、二人とも喧嘩は止めてよーっ!」

 

 言い争いを続ける面々の元には徐々にエネミーたちが迫ってきている。気が付いたときにはほんの数メートルの距離まで近づかれており、三人は顔を引きつらせた。

 

「こ、こうなりゃ全員ぶっ飛ばして……!」

 

「無理に決まってんでしょ! 少しは頭を使いなさいよ!」

 

「か、囲まれちゃってる……もう逃げ場が無いよ!」

 

 ドアを背にし、もう後退れる場所が無くなった三人が無数のエネミーを見る。戦っても無事に突破できるかどうか分からないほどの数のエネミーを前にした三人が覚悟を決めた時……

 

「……うおっ!?」

 

 情けない悲鳴を上げた櫂の姿が消えた事に気が付いた玲が顔を彼の居た方向に向けると、櫂が背にしていたドアが開いている事に気が付いた。光が漏れる館内の光景を目の前にした玲は、すぐさまドアから一番離れた場所に居るやよいの肩を掴んで開いたドアの中へと押し込む。

 

「わっ!?」

 

 やよいを前に押し込みながら玲もまた館の中へと飛び込む。だが、その背にはもはや目と鼻の距離にまで近づいたエネミーの魔の手が迫っていた。

 

 その黒い手が玲の体に伸びる。いくつもの手が彼女を捉えようとする中、一つの手が玲の肩を掴んだ。

 

「きゃっ!」

 

 その手に引っ張られた玲は勢いよく地面に引き寄せられ、そのまま床を転がった。ごろごろと勢いのまま地面を転がる彼女の目にドアが閉まる光景が映る。

 

 バタン、とドアが閉まる音が聞こえる。玲はその回転が止まった後に、自分を引っ張った人物へと小さく呟いた。

 

「……ありがと、謙哉。おかげで助かったわ」

 

「間一髪だったね、三人が無事で良かった!」

 

 自分を抱きしめる格好になった謙哉の声を耳にしながら背中を擦る。思い切り転がったせいで擦りむいたかもしれないが、そのおかげで彼に抱きしめられると言うおいしいシチュエーションを堪能することが出来た。

 

「本当に良かったよ! 謙哉っちと外の様子を伺ってたら、やよいたちがエネミーに追われながら走って来るんだもん。もうアタシたちも大慌てで玄関まではしってさぁ!」

 

「ありがとう葉月ちゃん、おかげで助かったよ……」

 

「気を抜くのは早いわよ、私たちが袋のネズミだって言うのは変わりないんだから」

 

「おい、お前ら光牙たちを見てないか!?」

 

 とりあえずの無事を喜ぶ面々の中、やはりと言うべきか櫂は光牙の安否を気遣った質問をする。その質問に謙哉たちが首を振ったのを見た櫂は、大きく舌打ちをした後で玄関のドアノブに手をかけた。

 

「ちょっと、何やってんのさ!?」  

 

「決まってんだろ、光牙たちを探しに行くんだよ!」

 

「この状況でドアを開けたらあいつらが入ってきちゃうじゃない!」

 

「うるせー! 全員ぶっ倒してやらぁっ!」

 

「この馬鹿! だから少しは頭を使えって言ってんでしょ!」

 

 一気に騒がしくなる館内、言い争いを続ける櫂たちをおろおろとした様子で見ていたやよいだったが、謙哉が玲の事を見つめている事に気が付いた。

 

 やよいの視線を受ける謙哉は、少し悩んだ表情を見せた後で見つめていた玲に近づくと彼女に手を伸ばす。そして……

 

「……ちょっとごめんね」

 

「ひんっ!?」

 

 首筋に触れられた玲が小さく悲鳴を上げる。そんな事もお構いなしに彼女の首周りを調べる謙哉に対して、玲が顔を若干赤くしながら問いかけた。

 

「な、何してるのよ!?」

 

「……勇や白峰くんたちなら大丈夫だよ、きっとここに向かってる。目立つ建物があったら、皆もそこに向かうでしょ?」

 

「私の質問に答えなさいよ!」

 

 質問をスルーされたことに怒った玲の叫びがホール響く。何ともまぁ恐れ知らずな事をするもんだと言う視線を謙哉に向けていた他の三人に対して、謙哉は玲を観察しながら声をかけた。

 

「……それよりも最優先して欲しい事があるんだけど、皆の中にエネミーに噛まれた人って居ない? 今のうちに調べて欲しいんだけど……」  

 

「だったらそう言いなさいよ! 何であなたがわざわざ調べるのよ!?」

 

「ごめん、どうしても心配だったから、つい……」

 

「なっ……!?」

 

 謙哉の言葉を受けた玲が顔を真っ赤にして黙り込んだ。天然でこんな行動が出来る謙哉を恐ろしく思いながらも、質問を受けた三人は各々体を確認した後で答える。

 

「もちろん、だいじょーぶ!」

 

「私も問題無かったよ!」

 

「俺もだ、つーか何でこんな質問をしたんだよ!?」

 

「……良かった、水無月さんも無事みたいだ。一応、安心かな」

 

 そう言ってほっと溜息をついた後、謙哉は櫂の顔を見る。そして、彼の質問に答えようとした時だった。

 

『やぁ、楽しんでるかい?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この声、俺たちをこの場所に連れ込んだ奴の声だ!」

 

「こいつは一体何者なんだ? 何が目的で俺たちをここに……?」

 

 何処からともなく聞こえて来た声に対して周りを見渡して声の主を探す勇と光牙、だが、当然の如くその姿は見えず、二人は苛立ちの表情を見せた。

 

 勇たち四人は何とか館の裏口へとたどり着いていた。正面玄関の前には無数のエネミーがたむろしており、中に入る事は不可能だと判断した真美が別の入り口を探す事を提案したからだ。

 

 やや遠回りになったが、何とか目的地に辿り着けた四人が安堵した時に聞こえて来た声……当然、皆が緊張した面持ちでその声に聞き入っている。

 

『……そう固くならないで、ボクは親切心から声をかけただけなんだよ。今丁度、残ってるプレイヤー全員がこの洋館に辿り着いたから、攻略のヒントでも上げようと思ってね』

 

「……全員がこの館に? という事は、櫂さんたちもここに……!」

 

「待ってマリア、残ってる、って言葉が気になるわ。もしかしたら生き残ってるのは私たちだけなのかもしれないわよ」

 

「縁起でもねぇこと言うんじゃねぇ! 謙哉や葉月たちがそう簡単にやられる訳ねぇだろうが!」

 

「……そうね。不謹慎だったわ、ごめんなさい」

 

 若干の言い争いの後、再び聞こえてくる声に耳を澄ませる四人。声の主はまるで歌うかのように楽し気に話を続けている。

 

『……それでだね。君たちが探している現実世界への出口は、この館の中にあるよ。人数制限も無い、生き残っているプレイヤー全員が脱出できる正真正銘の出口さ』

 

「……やっぱりか、だが、そう簡単に帰して貰えるわけがねぇよな」

 

『館の中にはエネミーがそれなりに居るから気を付けて探索してね。でも、弱っちいから負ける事は無いと思うよ』

 

 その言葉を聞いたマリアと真美が胸を撫で下ろした。敵の強さ的にも、少なくとも戦いで脚を引っ張る事は無いだろう、そう判断したからだ。だがしかし、勇は油断ならないと言った表情で話を聞き続けている。彼が何かを感づいている事に気が付いた光牙もまた耳を澄まして話を聞き続けた。

 

『でもね、制限時間があるんだよ。だいたい一時間くらいかな? それでタイムオーバーになるね』

 

「「えっ!?」」

 

 安堵していたマリアと真美が同時に声を上げた。軽い舌打ちをした勇が裏口のドアを開け、慎重に中の様子を伺った後で皆に手招きをする。

 

「一時間でタイムオーバーだなんて……もしそうなったら、私たちはこのままここで過ごす事になるんでしょうか……?」

 

『……あぁ、タイムオーバーって言ったけどね。別に脱出できなくなるわけじゃ無いよ。ボクのゲームは時間無制限、死ぬまでプレイ可能だからね』

 

「え……?」

 

 言っている事が矛盾している。単純な疑問を思い浮かべた光牙が小さく声を上げた。タイムオーバーだと言うのにゲームオーバーでは無いとはどういう事だろうか? その答えが分からないのは光牙だけでは無い。この館の中に居る殆どの人間がそうだ。

 

 ただ二人……とある可能性に行き当っている勇と謙哉だけが、その言葉の意味を理解して歯を食いしばっていた。

 

『ボクの言うタイムオーバーって言うのはね。君たちの中の一人に該当する言葉なんだ』

 

「……一人だけ? どういう意味?」

 

『薄々感づいてる人もいると思うけど、ボクのソサエティ『ダークワールド』は、色んなゲームを基に作られてるんだよね。この場所もその一つ……何のゲームか分かるかな? 結構有名どころなんだけどさ』

 

「ゲームを基に作られた世界ですって……?」

 

『まぁ、その辺の話は良いや、君たちにとって大事な話をするよ。このソサエティで遭遇したエネミーたち居るだろう? 実はあれ……ボクのゲームをクリアできなかった人間たちのなれの果てなんだよ』

 

 しん、とその場が静まり返った。その言葉の意味が理解できなかった。

 

 先ほどから何度も見ているエネミーたちが、元は人間だと言う言葉。その事実を伝えられた勇たちの脳裏にエンドウイルスという単語がよぎる。

 

『エンドウイルスの事は君たちも知ってるでしょ? ボクはあれにちょっと手を加えてね、このゲームにぴったりの品種に改良したんだ。安心して! この世界でしか効果は発揮しないし、感染したら多少の時間を空けた後で発症して、感染者の命を奪った末にゾンビ型エネミーに変えるだけだから!』

 

「な……何が安心しろだ! 何も安心できる所なんてないじゃ……」

 

「ま、待ってください光牙さん! 感染したら、って言う事は、感染しなければ何の問題も無いんじゃないですか?」

 

「あ……!」

 

 マリアの言葉に納得した光牙が頷きかけるも、感染経路が分からなければ感染しているかどうかの判断が出来ない事に気が付いて再び声を上げかけた。

 

 だが、光牙の口は開かなかった。真剣な表情をした勇と、青ざめた顔で彼に声をかける真美の姿を見たからだ。

 

「……何時から気が付いてたの?」

 

「……エネミーとこの館を見た時だ。可能性はあると思ってたが、確信できなかった」

 

「だから言わなかったのね、不安を広げないために……」

 

「あ、あの……お二人は、何を話して……?」

 

 光牙同様、二人の会話に疑問を抱いたマリアが声をかける。だが、その声を打ち消す様にして、謎の人物の非情な宣告が響いた。

 

『気になる感染経路だけどね………エネミーに噛まれる事だよ! 心当たりのある人は気を付けてね、あと一時間位で死んじゃうからさ!』

 

「……え?」

 

 再び、光牙は言われた事の意味が理解できなかった。いや、理解は出来た。それが何を意味するのかが理解できなかった。

 

 ……いや、それも理解できたのだ。正確には理解したくなかったの方が正しいだろう。改めて考えた末に、彼はそう思った。

 

 エネミーに噛まれた人間は、あと一時間ほどで死ぬ。自分たちの中で、たった一人だけ存在するその人物の顔を光牙とマリアが信じられないと言った表情で見つめる。

 

「………」

 

 恐怖と絶望で染まった瞳をした美又真美が、先ほどエネミーに嚙まれた右腕を抑えながら立ち尽くしていた。

 

 



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奇跡を起こす魔法使い マジカルディスティニー

 

「腕を見せなさい。今すぐ」

 

 言うが早いが玲が謙哉の左腕を掴む。上着の袖を捲り上げ、そこに噛み傷が無いか慎重に見ていく。

 

「み、水無月さん。僕は大丈夫だよ」

 

「黙ってて」

 

 謙哉の言葉を両断した玲は次に右腕を見る。そこにも噛まれた跡が見当たらない事を確認した後で、玲は鋭い目つきで謙哉を睨んだ。

 

「……あなた、本当に噛まれて無いんでしょうね?」

 

「本当だって、僕は一番の安全圏に居たんだから。それに、そもそも嘘をつく理由も無いでしょ?」

 

「……そうね。でも、あなたならそうしかねないから一応確認したのよ」

 

 周りの人間を心配させまいと自分の負傷を隠す事くらい謙哉ならするだろう。戦国学園の時の前例もある。その事を危惧した玲なりの気遣いをありがたく思いながら謙哉は笑みを浮かべる。

 

「もしかして心配してくれたの?」

 

「……好きに考えれば」

 

 否定をしなかった玲はそっぽを向いて黙ってしまった。とにかく、この中で一番負傷している可能性が高い謙哉の無事が確認できたことに安堵した一行だったが、静けさを破る櫂の言葉に表情を歪めた。

 

「くそっ、虎牙じゃねぇのかよ……!」

 

「……それ、どういう意味?」

 

 謙哉が無事であったことを残念がる櫂の言葉に、今度は彼に向けて鋭い視線を送る玲。櫂も一瞬怯むほどのその眼差しに言葉を失うが、謙哉がフォローに入った。

 

「……僕じゃないって事は、この場に居ない4人が負傷してる可能性が高い。城田君はその事を心配したんでしょ?」

 

「あ、あぁ……」

 

 気分を害することを言ってしまった自分のフォローをしてくれた謙哉の行動に驚きながら、櫂は彼の言葉を肯定した。

 

 この場に居ない他の生徒、勇、光牙、真美、マリアの4人の内、誰かが噛まれて命が危うくなっている……櫂は、その事を危惧したのであった。

 

「……多分だけど勇は違うよ。僕が気が付いた危険性に勇が気が付かないはずが無いからね」

 

「やっぱり可能性が高いのはマリアさんか真美ちゃんだよね……」

 

「二人は変身できない、大量の敵に襲われたら対処の仕様が無いでしょうしね」

 

「……くそっ! こうしちゃいられねぇ、俺は光牙たちを探しに行くぜ!」

 

「あっ、待ってよ城田君! それは駄目だよ!」

 

 冷静な分析を続ける謙哉たちに対して苛立ち紛れの叫びをぶつけた櫂が玄関ホールから去ろうとする。しかし、それを制止する謙哉の声に一度だけ振り返るとその言葉の意味を尋ねた。

 

「あ……? 光牙たちがピンチだってのに、お前はそれを放っておけって言うのかよ!?」

 

「そうじゃなくて、ここでバラバラになる事がいけないって言ってるんだよ。僕たちが分散すればするほど、全員合流の可能性は低く、リスクは高くなるんだ」

 

「じゃあどうしろって言うんだよ!?」

 

「……僕たちは一丸となって出口を探した方が良い。いざという時の脱出口を確保するんだ」

 

「それじゃあ光牙たちはどうするんだよ!?」

 

「……そんなの、いくらでも方法はあるよ」

 

 ゲームギアのマップデータを表示し、館の中の地図を確認する謙哉。それを確認した後でその場に居る全員に告げる。

 

「まだ見ていない場所は地下だけだ。そこを徹底的に調べてみよう」

 

 そう言った後でゲームギアにカードを通す。謙哉は出現したドラゴファングソードを手に取ると、それを地面に向けて振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……『バイオハザード』ってゲーム知ってるか? 映画にもなったから有名だろ?」

 

「ええ、名前くらいは聞いたことがあるわ」

 

「そのゲームの舞台は森の中にある洋館、中にはウイルス兵器によって生み出されたゾンビたちがうようよしてて、そこから脱出することが目的のサバイバルアクションゲームだ」

 

「聞けば聞くほどに今の状況とそっくりだね……」

 

 洋館内を歩き回りながら勇の話を聞く3人。緊張と焦りは消えないが、それでも冷静になろうと必死に感情を抑えていた。

 

「やったことがあるから、このソサエティがそれをモチーフにされている事にはすぐ気が付いた。もっと早く合流出来てりゃあ、注意できたのにな……」

 

「……いいえ、ゲームの知識があるアンタが居るだけでも心強いわ。それに……さっきの話は本当なんでしょうね?」

 

「ああ、ほぼ間違いねぇ。ここから脱出出来れば、お前の中にあるウイルスは活動を停止するはずだ」

 

「あの……勇さん、どうしてそんな事が分かるんですか?」

 

「声の主が言ってただろ? 改良されたウイルスはこの世界でしか効果を発揮しないってよ……つまり、ここから脱出できれば何の害も無いって訳だ」

 

「あ……!」

 

 驚愕と恐れで聞き逃していた先ほどの声の主の話を思い出して光牙とマリアが目を見開いた。

 

 前もって可能性に思い当たっていた勇が冷静だったおかげで真美を宥める事が出来たし、こうやって希望が見いだせたと言う事に思い至り、二人はそれぞれの感想を思い浮かべる。

 

 マリアは感謝を、光牙はほんの少しの嫉妬を……そんな二人の感情などは気にせず、勇は注意深く周囲を見渡しながら先へと歩いて行った。

 

「この世界が完全にゲームを再現されてるとは思えねぇ、多少の差はあるはずだ。問題はその差が何処に現れてるかなんだが……」

 

「……龍堂くんは、どこが違ってると思うんだい?」

 

「脱出方法だな。ゲームではヘリが来るんだが、流石にここでそれは違うと思う。恐らくだが、どこかに大元のゲートがあるんだろうよ」

 

「……ねぇ、アンタは何をしてるの?」

 

 冷静に自分の考えを述べる勇は廊下の棚や壁などを確認しながら先へと進んで行く。その行動に疑問を持った真美が理由を尋ねると、勇は目の前のドアを開けながらそれに答えた。

 

「……声の主も言ってたろ? ここには今残っているすべてのプレイヤーが揃ってるって。という事は、ここには謙哉たちもいるはずだ」

 

 扉の先は玄関ホールへ繋がっていた。その床を見た勇はニヤリと笑うとそれを指さした。

 

「やっぱ頼りになるよ、俺の相棒は」

 

「これって……!」

 

 勇の指さした先にあったのは固い床に刻まれた矢印だった。矢印の先には扉があり、その扉を開けた勇はその先に広がる廊下の壁にも矢印が刻まれている事を確認した後で3人の方向へ振り返る。

 

「多分これが謙哉たちの進んだ方向だ、この矢印を辿って行けば謙哉たちと合流できる」

 

「良かった……!皆さんと一緒なら怖い物無しですよ!」

 

「あぁ、きっと謙哉たちも出口を探してるんだろう。やみくもに動く奴じゃあ無いしな」

 

「そうね……櫂や新田はともかく、水無月ややよいが居るなら大丈夫よね……」

 

「……とにかく後を追おう。話は皆と合流してからさ」

 

 4人は謙哉の刻んだ目印を見逃さない様にして先へと進んで行く。暗い地下へと続く階段を進み、まるで地獄の底に繋がっている様な深い地の底へと潜って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『……すべてを終わらせるには死ぬしかない。それこそが、この悪夢を終わらせる唯一の方法』……これって、どういう意味?」

 

 その頃、地下を探索する謙哉たち一行は壁に書かれていた文字を見て頭を悩ませていた。おどろおどろしい文面のそれがどんな意味を持っているのかを必死に考え、脱出の糸口を探す。

 

「まだ続きがあるよ。『0こそが真の終焉に続く道なり、さすればこの悪夢は終わり、夢から目覚めるであろう……』、う~ん……やっぱり意味が分からないね」 

 

「死ぬしかねぇとか、0が終わりだとかどういう意味だよ!? やっぱりここから俺たちを出すつもりは無いんじゃねぇか!?」

 

「もしくはただ単に私たちを惑わせる為のフェイクなのかも……?」

 

 さっぱり意味が分からないと言う様に頭を悩ませる櫂たち、残念ながらディーヴァの三人も答えが分からず、お手上げに近い状態になってしまっていた。

 

「……死ぬしかない……0が終焉に続く道……?」

 

「……謙哉、あなたには意味が分かる?」

 

「ちょっと待って……僕の考えが正しければ、多分ここには……!」

 

 ゲームギアの画面をスクロールして地図を動かす謙哉。玲は彼と並んでその画面を見つめている。

 

「あった! やっぱりそうだ!」

 

 やがて画面を動かす事を止めた謙哉は地下にある部屋の一つを指さして皆に差し示す。玲を始め、その場に居た全員が映し出された映像を見ている事を確認した謙哉は、説明を始めた。

 

「あの文章は間違いなく脱出の手掛かりだよ。何の意味も無くあんな文字を書く事はゲームの趣旨に反しているからね」

 

「なら、あの文章ってどういう意味なの?」

 

「死と0……この文章の意味を理解するためには、このキーワードが重要なんだよ。文章が出口の在処を示しているのなら、それが何処かを探り当てないといけないんだ」

 

「……この地下にある中で死と関わりが深い場所と言ったら……」

 

「『霊安室』……多分、ここに脱出の為の糸口か出口があるんだと思う」

 

「じゃあ、0って何なの?」

 

「死体が安置されてる棺桶の番号じゃないかな? 本来番号は1から始まるはずだから、もしも0番が割り当てられている棺桶があったらそれだけで異質だとわかるよね」

 

「確かにその通りね……幸い霊安室はすぐそこだし、行って調べてみましょうか」

 

「そこに出口への手掛かりがあるんだったらさっさと行って調べちまおうぜ!」

 

「わわっ! ちょっと待ってよ~っ!」

 

 あっという間に霊安室へと向かって行った櫂を追って葉月とやよいが駆け出す。ばらばらになる事の危険性を理解している謙哉もまた玲を伴ってその後を追う。

 

「それで? 出口が見つかったらどうするつもり?」

 

「……そこで勇たちを待つよ。出口が確保されているのなら慌てる必要は無いしね」

 

「そうね……噛まれた人と早く合流できれば良いのだけれど……」

 

 冷静の現状の分析と今後の対応を話し合いながら走る二人は霊安室まで辿り着くとそのドアを開ける。中では櫂が0番のプレートが書いてある棺桶を開けようとしていた。

 

「……まったく、何か仕掛けられているかもとは考えないわけ?」

 

「そんなこと言ってたら何もできないだろうが、罠だろうと何だろうとぶち壊すだけだ!」

 

「はは……まぁ、今回は城田君の言う通りだね。動かなきゃ始まらないよ」

 

 謙哉の言葉に大きく頷いた櫂は棺桶の蓋に手をかけるとそれを一気に持ち上げた。すると、中から眩い光が溢れだして部屋の中を照らし出したでは無いか。

 

「なっ、なんだっ!?」

 

 もしや罠か……? 警戒した櫂たちは棺桶から距離を取り、眩しさに耐えながらその様子を伺う。やがて光が収まって来たころ、恐る恐る棺桶の中を確認した櫂は目を見開いた。

 

「な、何だこれ……?」

 

 棺桶の中には白と黒の光が渦巻いていた。周りの物を引き込むようにして渦巻くそれをポカンとしながら見ていた櫂だったが、意を決して手を突っ込む。

 

「ちょっと、危ないって!」

 

「うるせぇ! これが出口かもしれねぇんだ、調べてみる価値はあんだろ!」

 

 葉月の制止を無視して渦の中に手を伸ばす櫂。その手が光に触れた途端、櫂の体は引き込まれる様にして渦の中へと消えて行ってしまった。

 

「し、城田っ!?」

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 安否を心配する声にも反応は帰ってこない。静けさだけが残る部屋の中で顔を見合わせていた4人だったが、もう行くしかないと判断して同時に渦へと手を伸ばした。

 

「ど、どうか無事でありますように……!」

 

 やよいの祈りを耳にしながら同時に渦の中へと引き込まれて行く謙哉たち、浮遊感と体が回転する感覚を覚えながら目を瞑っていたが、ストンと着地音と共に地面に足が付いた感覚がして閉じていた目を開いた。

 

「ここは……?」

 

 辿り着いた新たな場所、それはただ広いだけの空間であった。真っ白な床と壁だけの空間の中に、一つだけ目を引くものが存在している。

 

「見て! あれってゲートじゃない!?」

 

 通常よりも大きな青いゲート、それがこの世界からの脱出口では無いかと考えた葉月が近づいてその中を見てみると、確かに向こう側には現実世界の旅館が映っていた。

 

「決まりだよ! これでゲームクリアだ!」

 

「どうだ!? 俺の行動が役に立っただろ?」

 

「……出口を見つけたのはアンタじゃないけどね」

 

 ゴールが見えた事への安心感に胸を撫で下ろしながら会話する櫂たち。後は勇たちを待つだけだと思っていた所、小さな渦と共に光が舞い降りて来た。

 

「おーい、皆!」

 

「光牙! 真美とマリアも無事か!?」

 

「勇っちもいるね! やった、これでゲームクリアだよ!」

 

 少し離れた地点に現れた勇たちを見た謙哉たちが安堵する。危なかったが、なんとか無事にこの世界から脱出できる。そう思っていたのだが……

 

『……やぁ、全員ここに辿り着いたみたいだね。それじゃあ、最終ステージを始めようか!』

 

「えっ……?」

 

 突如聞こえて来た謎の声に身構える勇たち。一体何が起きるのかと不安を覚えた瞬間、地の底から聞こえてくるような低い唸り声が大量に鳴り響いた。

 

「ウオォォォ……ッ!」

 

「え、エネミーだ!」

 

 部屋の四隅から次々と出現するゾンビ型エネミー、10や20などと言う生易しい数では無く、徒党を組んで勇たちへと迫って来る。

 

「光牙っ! 早くここまで来いっ!」

 

「くそっ! ここまで来てやられてたまるか!」

 

「光牙、お前はマリアと真美を連れて出口に向かえ! 俺は何とか時間稼ぎをしてみる!」

 

 『運命の剣士 ディス』のカードを取り出した勇が叫ぶ。光牙はその言葉に従うと真美を支えながら出口へと駆け出した。

 

「変身っ!」

 

<ディスティニー! スラッシュ ザ ディスティニー!>

 

 光牙たちを逃がす為にゾンビの集団へと立ち向かって行く勇、二刀流のディスティニーエッジで敵を斬り裂きながら、時にブーメランモードへと変形させたそれをエネミーの集団へと放り投げる。

 

 刃の旋風は次々にエネミーを打ち倒して行くが、あまりにも多い敵の数は一向に減る気配を見せなかった。

 

「あっ……!」

 

「真美、しっかりしろ!」

 

 膝を付き倒れる真美を叱咤する光牙。彼女の顔は青く、汗が滲み出ていた。ウイルスの影響で体に不調が出ているのかもしれない。尋常ではないその様子に光牙は一瞬固まるが、すぐさまエネミーが迫ってきている事を思い出して真美を支えながら立ち上がろうとした。

 

「アア……アァァァッ!」

 

「くっ、そぉっ!」

 

 遠くに見える出口の近くでは櫂たちが必死になってその付近の安全を確保しようと戦っているのが見える。

 

 これでは援護は不可能だろう。何とかして自力であそこまでたどり着かなくてはならない。しかし、弱った真美を支えながらの移動では思う様にスピードが出なかった。 

 

 気が付けば目指す場所である出口も、自分たちの後ろで戦ってくれているはずの勇の姿も見えなくなっていた。視界を覆うほどのエネミーの軍勢に囲まれてしまっていたのだ。

 

 光牙はドライバーを装着して戦おうとした。この状況を打破するためにも自分が突破口を開くしかない……しかし、ここでもネックになるのは真美の存在だった。

 

「ゲホッ、ゴホッ!」

 

「ま、真美さん!」

 

 大きく咳き込む真美、もはや一刻の猶予も残されてはいない。急ぎ脱出しなければ彼女の命が危ういのだ。

 

 しかし……光牙にはどうしようも無かった。ここで戦ってもこの囲みを全員で突破する事は出来ない。あまりにも数が多すぎる。

 

 そう、『全員』では無理なのだ……!

 

「……光牙さん、真美さんを連れて出口に向かってください!」

 

「マリア!? 何を言っているんだ!?」

 

「変身した光牙さんなら、真美さんを抱えて出口までたどり着けるはずです。私はここに残って時間を稼ぎます!」

 

「無茶だ! あまりにも危険すぎる!」

 

「でも、もうそれしか無いんです! 危険でも何でも、皆で助かるにはそれしか……!」

 

 マリアの言う通りだった。全員で助かるには、ここでまず真美を脱出させて、その後マリアを救い出すと言う可能性の低い方法しかありえない。そうでもしないと、このまま皆でゾンビにやられてしまうだけだ。

 

 あまりにも危険なその作戦、しかし、マリアは全員で脱出する方法としてそれを実行しようとしている。

 

 確かにそうするしかないのだろう。本当に、全員で脱出しようとするならば

 

「………」

 

 光牙は蹲る真美を見る。そして、一つの策を思い描く。

 

 全員で助かる為の作戦、それは高い可能性でマリアの死をもたらす事になるだろう。下手をすると自分も真美も助からないかもしれない。

 

 だが……もしここで真美を見捨てたのならば、自分とマリアはほぼ確実に助かるのだ。

 

 動けない真美を囮にして残し、マリアを連れて囲みから脱する。一つの命を犠牲にすれば二つの命が確実に助かるのだ。たとえそれが大切な幼馴染の命だとしても……!

 

 だが、それをしても良いのだろうか? 光牙は迷った。それは取り返しのつかない決断になるからだ。

 

 真美を救うか? マリアを救うか? その究極の選択は、決断するまでの時間も用意してはくれない。悩みすぎればエネミーに囲まれ、どちらも救えなくなってしまうからだ。

 

(……救えるのは一つの命だけだとしたら、俺は……!)

 

 そっと、気付かれない様にマリアの背に手を伸ばす。変身した後で肩を掴み、そのまま抱えて跳び上がる為の用意をする。

 

 『死にかけている一つの命』よりも、『確かに存在する一つの命』

 

 光牙は『幼馴染の命』よりも、『愛する人の命』を選んだのだ。

 

 決意と覚悟を伴った光牙の手がマリアの肩へと伸びる。そして、その肩に触れようとした時だった。

 

「……ざっけんじゃねぇ、ふざけんじゃねぇぞ!」

 

 聞こえて来た勇の叫びに光牙の体が竦む。自分のしようとしていることを咎められた様な感覚に後ろめたさを感じている光牙の耳に、勇の言葉が響き続けた。

 

「こんな所で死んでたまるか! こんな所で死なせてたまるかよ! 俺たちは、誰一人欠けずにここから出るんだよ!」

 

 甘い幻想と現実を見ていない夢物語。勇の言葉は光牙にとってはそうとしか思えなかった。

 

 誰かを救う為に誰かを死なせる覚悟こそが一番重要な事なのだ。全員を救おうとして無謀な行動をした結果、救えるはずの命すらも散らしてしまっては元も子も無いではないか

 

 何故そんな無謀な事を言えるのか? 何故そんな愚かな事をしようとするのか? チャリティーコンサートの一件でもそうだった。結局彼らは自分の意思とは別の甘い考えに憑りつかれ、沢山の命を危険にさらした。

 

(……お前のやっている事は甘いんだ。そんな夢物語が何度も叶ってたまるものか!)

 

 心の中で否定の叫びを上げる。何度も奇跡が起きるはずもない。起きてはならない。

 

 なぜなら、簡単に奇跡が起きてしまったら人はそれにすがってしまうから。どんな危機も奇跡が起きて何とかなると勘違いしてしまうからだ。

 

 奇跡なんてそうは起きない。必要なのは非情な決断と冷静な思考、そして真に必要な物を決める判断力だ。

 

(そうだ! 俺は間違っちゃいない! 俺は正しいんだ! 間違っているのは、甘い考えで周囲をたぶらかして危険に飛び込ませるあいつの方なんだよ!)

 

 心の中の叫びはさらに大きくなって光牙の心を揺らした。自分こそが正しいと言う確固たる信念を胸に、光牙はマリアへと手を伸ばす。

 

 奇跡に頼らず命を救う為に、自分にとって大切な物をこの手で守る為に……光牙は真美を切り捨てようとした。

 

 だが、彼は知らなかった。彼の周りで奇跡が起きない理由は、彼自身にあると言う事に

 

 確かに、奇跡はそうは起きない。だからこそ奇跡なのだから。

 

 だが、奇跡が起きる為に必要な事は決まっている。『最後まで諦めない事』だ

 

 どんなに無様でも、醜くても、最後まで諦めなかった者にこそ運命の女神は微笑む。何かを諦めて先に進もうとする以上、光牙の元にその微笑みが向けられることは無い。

 

 そして彼は知るべきだった。自分が間違っていると決めつけた男は、最後まで諦めない、奇跡を呼ぶ男だったと言う事に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<ディスティニー! マジック ザ ディスティニー!>

 

「なっ!?」

 

 突如巻き起こる爆発、勇の声がしていた地点を中心に起きたその爆発は閃光と共にエネミーを巻き込み、撃破していく。

 

 衝撃と光が収まった時、光牙は見た。爆発の中心地に立つ勇の姿を……

 

 ディスティニーが纏っていたのは鎧でも近未来的なアーマーでも無かった。一言で言うならばローブ、魔術師が身に纏う様な黒い衣装をはためかせ、頭には尖がった魔術帽を被っている。

 

「魔法……使い……?」

 

 マリアの呟きはまさに意を得ていた。ディスティニー第四の姿は黒衣の魔法使い、今まで通り文明が違う装いをした勇は手に持つカードをドライバーにリードして武器を取り出す。

 

<宿命杖 ディスティニーワンド!>

 

 空中に描かれた魔法陣から出現したのは、赤い宝石をあしらった長めの杖。それを掴んだ勇が杖の先端を敵に向ければ、宝石が輝き火球が幾つも生成された。

 

「いっけぇぇっ!」

 

 魔術帽を抑えながら勇が杖を振る。それに合わせてエネミーへと飛来していく火球は敵にぶち当たるや否やそれを燃え上がらせ消滅させる。

 

 燃え上がり、倒れていくエネミーの間を縫う様に移動した勇は、動けないままでいる光牙たちの元へ駆けつけると周囲の敵を攻撃し始めた。

 

「勇さんっ!」

 

「待ってろマリア、今すぐ道を切り開いてやる!」

 

 自分のホルスターから『フレイム』のカードを、そして光牙のホルスターから『フォトン』のカードを拝借した勇は、その二枚のカードをディスティニーワンドへとリードした。

 

<フレイム! フォトン!>

 

<マジカルミックス!> 

 

 電子音声が響き、勇たちの頭上に巨大な火の玉が出現した。

 

 まるで太陽の様に輝き燃え続けるそれがその輝きを増した瞬間、勇は杖を地面に突き刺して手を叩く。

 

「吹っ飛びやがれっ!」

 

<必殺技発動! バーニングレーザー!>

 

 巨大な火の玉から放たれる無数の光線。それは周囲のエネミーを焼き切り、円を描く様にして放たれ続ける。

 

「オォ……オォォォォォッ……!」

 

「今だっ! 一気に出口まで駆け抜けろっ!」

 

 勇が杖を前へと振ると、その動きに合わせてレーザーが照射された。真っ直ぐに出口まで伸びた光線が切り開いた道をマリアを抱えた勇が走り抜ける。

 

「急げ光牙ッ! もう少しだ!」

 

 真美を担ぐ光牙を先に通らせ、自分はエネミーの足止めを続ける勇。

 

 敵を殲滅する事は出来ないが、それでも広範囲にわたる魔法攻撃はエネミーの攻撃を押し留める役目を十分に果たしていた。

 

「勇っ、早くこっちに!」

 

 ゲートの中へと次々に入って行く仲間たちを見送った後、勇もまた自分に声をかける謙哉に従ってゲートへと駆け寄る。

 

 すんでの所でエネミーの追撃を振り切り、勇もまた何とかソサエティからの脱出に成功したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おい、無事か!?」

 

「う、うぅん……?」

 

 目を覚ますと泊まっていた旅館の前であった。自分の顔を覗き込む園田の目を見た勇は徐々に意識を覚醒させていく。

 

「……そうだ、皆は!?」

 

「大丈夫だ、全員無事だよ」

 

「義母さん、被害状況はどうなっていますか?」

 

「あぁ、行方不明になっていた潮騒学園の生徒たち全員を含めて無事だ。彼らから事の子細は聞いている。大変だったな」

 

「良かった……全員無事なんだな……」

 

 その言葉を聞いた勇は地面に倒れ込んで深く息を吐いた。死の一歩手前まで追い詰められた状況で、全員が無事に帰ってこれた事に安堵する。

 

「……そうだ、性悪女は大丈夫なのか!?」

 

「しょうわる……?」

 

「あ~、美又っす! あいつ、向こうでウイルスに感染して……」

 

「あぁ、心配いらないよ。ウイルスはボクが削除しておいたから」

 

「は……?」

 

 あっけらかんとした能天気な声、だが聞いたことの無いその声の主を探して振り返った勇は信じられない物を見た。

 

 そこに居たのは黒ずくめの魔人だった。大きな杖を持った神官の様な格好をした人ならざる存在を見つけた生徒たちは、距離を取ったり戦いの構えを見せたりと思い思いの反応を見せる。

 

「そんなに警戒しないでよ。ボクはただ、まさかの犠牲者0でゲームをクリアした君たちを称えに来ただけ。ついでのアフターケアでこの子の体からウイルスも除去してあげたんだから文句は無いでしょ?」

 

「ま、真美っ!」

 

 魔人の近くに倒れ伏した真美の姿を見た櫂が叫ぶ。無事に脱出できた安心感も束の間、痛いほどの緊張感が張りつめる現場の中で、魔人が口を開いた。

 

「んじゃ、ボクは帰るよ。また会おうね」

 

「は……? そんな……お前、何をしにここに来たんだよ?」

 

「だから言ったじゃん、君たちを褒めに来たんだって」

 

 黒いゲートを作り出した魔人がその中に入り込むと、最後に振り返って勇たちを見る。そして、非常に愉快そうな口調でこう告げた。

 

「ボクの名前は『暗黒魔王 エックス』……また君たちと遊べる時を楽しみにしているよ。それじゃあね、龍堂勇くん……」

 

 ゲートが閉じ、魔人の姿が見えなくなる。エックスと名乗ったその相手の不気味さに気圧された勇たちは、そのまましばらくの間その場で固まり続けていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……真美、大丈夫かい?」

 

「……えぇ」

 

 それから一時間ほどの時間が過ぎた。旅館の部屋の一室で、意識を取り戻した真美に寄り添いながら光牙が彼女を気遣う。

 

「……何にせよ無事で良かった。一度大きな病院で検査してもらう必要があるだろうけど、今の所命に問題は無さそうだよ」

 

「……そうね」

 

 ぼうっとした表情の真美の事を心配そうに見ていた光牙だったが、彼女もまたこの出来事で非常に消耗しているのだと判断した光牙は真美が休める様に部屋から出ていくことにした。

 

 振り向き、軽く手を振るとそれに応えて真美も手を挙げる。少しは元気が出てきているのだろうと安心した後で、光牙は部屋から出て行った。

 

「……そうね、光牙。私は、あなたにとってその程度の女なのよね?」

 

 自分以外の人間が居なくなった部屋の中で真美が呟く。震えた声を絞り出すようにして呟きながら、電気を消して布団の中に潜り込む。

 

 真美は見ていた。光牙が自分を見捨て、マリアを連れて逃げ出そうとしていた所を

 

 そして知った。光牙にとって自分はその程度の価値しかないのだと言う事を……

 

「……良いの、良いのよ光牙。私は、あなたの役に立てればそれで良いの……あなたが私を選ばなくったって、構いはしないのよ……」

 

 気丈な言葉を口にしながら、それを自分に言い聞かせる真美。だが、その声は今にも消え入りそうな位に小さな声だった。

 

「良いの……それで、良いのよ……っ!」

 

 羨ましさと、悲しさと、失望と、嫉妬と……様々な感情が入り混じる心を封じ込める様に真美は呟き続ける。

 

 布団の中の彼女の頬を伝う一筋の雫に気が付く者は、誰もいなかった。

 

 

 

―――彼女に絶望が舞い降りるまで、あと??日……

 

 

 



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DVD特典 薔薇園ラジオ特別版

完全なる日常のギャグ回をDVD特典の名目で投稿させていただきます! 誰得感が満載ですが、楽しんでいただけたら幸いです!



 ある日の薔薇園学園、その昼休みに見目麗しい少女たちがこれまた可愛らしいお弁当箱を片手にランチタイムと洒落込んでいた。

 

 仲の良い友人達と楽しむ食事の時間は、勉強やアイドルのレッスンなど忙しい毎日を送る彼女たちの数少ない憩いの時間だ、そんな彼女たちにはこの時間に楽しみにしているものがある。

 

「どもっす! 今週もやってまいりました、薔薇園学園公式放送『薔薇園ラジオ』!ネーミングがまんまって言うのはきにしちゃ駄目っす!」

 

 有志のメンバーによって設立された放送部の生徒たちによるラジオ放送こと薔薇園ラジオは数年前から脈々と受け継がれてきたこの学園の昼休みの娯楽だ。週に一回の放送を心待ちにしている生徒たちも少なくない。

 

 そして今回はその中でもかなり特別な放送回となっており、女子生徒たちは今日の放送を待ちわびていたわけである。

 

「さて、今回は特別なゲストの皆さんをお招きしております! 虹彩学園の仮面ライダーの皆さん、どうぞ~!」

 

「ど、どうも、今日はよろしくお願いします!」

 

 ラジオの司会である夏目夕陽の招きに従って緊張した声で挨拶をしたのは光牙だ。そんな彼の声に黄色い声を上げる女子生徒たちは、スピーカーから次々と聞こえてくる男子の声にその声を大きくし続けた。

 

「光牙、緊張しすぎだろ。もっとリラックスしろよ」

 

「あはは、気持ちはわかるけどもう少し軽く行こうよ。これ、薔薇園の皆が楽しむための番組なんでしょう?」

 

「そうだぜ! そんな気張る必要ないっての!」

 

 順に勇、謙哉(ついでに櫂)の言葉、それぞれのファンである女子生徒たちは歓声を上げて彼らの声に聞き惚れていた。(櫂の時はそうでもなかった)

 

「今回はわざわざこの昼の放送の為だけに薔薇園に来て下さり本当にありがとうございますっ!」

 

「いえ! これも両校のより良い関係のためですから!」

 

「だから硬いっつの! 肩の力を抜けって!」

 

 生真面目な発言をする光牙に対して勇が茶化した口調で突っ込めば、それを聞いていた女子たちからは笑い声が溢れた。滑り出しは良好と言える今回の放送、夕陽はさっそく司会としての役目を果たすべく彼らの紹介と話題の提供を行う。

 

「さて、もうお分かりかと思いますが今回はスペシャルゲストとして虹彩学園のライダーたち4人が来てくださいました! 改めて自己紹介をお願いします!」

 

「え、ええっと……2年A組、白峯光牙です」

 

「同じくA組、城田櫂だ!」

 

「龍堂勇、二人と同じA組だな。今日はよろしく頼むぜ!」

 

「唯一のD組、虎牙謙哉です。どうぞよろしく」

 

「はい! ありがとうございます! こちらこそ今日はよろしくおねがいするっす! ……さて皆さんが本日、このラジオに来てくださると言うことを聞いた我々は事前にこんな調査を行いました! 題して、『あなたはどのライダー推し? アイドルチェック!』です!」

 

「な、なにそれ……?」

 

「簡単に言っちゃうと薔薇園の皆は皆さんのうち誰が好みかってことですよ! これによると全校生徒のうち、光牙さんが40%、勇さんが35%、そして謙哉さんが25%の支持率となっております!」

 

「ん……? おい、ちょっと待て! 俺の名前が無いぞ?」

 

「あ、投票数が0でしたので除外しました!」

 

「ふざけんな!」

 

 櫂の怒声に対して放送を聞いていた生徒たちはつい噴き出してしまった。それは放送室に居る他の4人もそうだった様で、それに対する櫂の怒りの叫びが続く。

 

「お前ら自分たちに票が入ったからって調子に乗りやがって……!」

 

「はっはっは! 悔しかったら普段の態度を改めるんだな、この筋肉ダルマ!」

 

「まあ、妥当かもしれないね。櫂は女の子に対してあまりにもつっけんどん過ぎるんだよ」

 

「光牙、お前まで……!」

 

「はいはい、櫂さんのことは置いておいて得票数の話ですが、光牙さんと勇さんがコンスタントに全学年から票数を取っているのに対して、謙哉さんはすこし珍しいですね」

 

「えっ、僕?」

 

「はい! なんと下級生である1年生からの票数がNo1! 圧倒的な票数で得票数の大半をここで得ているんですね!」

 

「謙哉は年下から好かれてるのか、言われてみれば良いお兄ちゃんみたいだよな」

 

「あはは、弟と妹が居るからね。面倒見が良いと思われてるのかな?」

 

「投票理由としては、『何があっても守ってくれそう』や『大事にしてくれそうだから』と言うものが多かったですね! よっ、流石は虹彩の盾!」

 

「い、いやいや! 僕はそんなたいした奴じゃないですよ! 虹彩の盾と言えばマリアさんの方ですし!」

 

 謙哉の慌てた声を聞いた女子生徒たちはなんとも言えないにやけ面を見せていた。特に、彼に投票した1年生の生徒たちは幸せそうな笑みを見せている。

 

「にしても一番人気は光牙か、流石はリーダーだな!」

 

「ありがとう龍堂くん。これは薔薇園の皆からの信頼の証だと思ってより一層精進していくよ。投票してくれた皆、本当にありがとう!」

 

 同じく光牙の感謝の言葉に浮かれた声を上げる女子たち、彼女たちが光牙にハートを掴まれてしまったのは言うまでも無いだろう。

 

「でも勇さんはすごいですよ! 名だたるビックネームのアイドルたちがこぞって投票してますからね!」

 

「おっ、マジか!? へへっ、大物に好かれたんだ、俺もそれに恥じない男にならなきゃな!」

 

「……なれるなれる、勇っちなら絶対にね!」

 

 これからの抱負とも取れる勇の言葉に対し小さくつぶやく葉月。当然彼女の声は勇には届いていないが、放送室で話す彼の声は本当に嬉しそうだと彼女は思った。

 

「さて、オープニングトークはここまでにして本題に行きましょう! 今回は我ら薔薇園女子からの皆さんへの質問のお便りがどしどし届いております! この中から厳選していくつかの質問を皆さんにしてみようと思いますので、どうぞ答えてやってください!」

 

「OKだ。さぁ、どんと来い!」

 

 景気良く夕陽に答える勇。そんな彼を笑顔で見た後、夕陽は四人へ一つ目の質問をした。

 

「『やっほー! 勇っちたちが遊びに来てくれて嬉しいよ! アタシからの質問は、ぶっちゃけアタシたちディーヴァの中では誰推しなの? って所で! んじゃ、回答ヨロシク!』……ラジオネーム『サマーカラー』さんからの質問ですね」

 

「いや、これ匿名の意味ねえだろ? 一発で誰かわかるぞ」

 

「アタシたちディーヴァって言っちゃってるしね」

 

 この質問を送ってきた人物が誰かすぐに思い当たった5人は苦笑を浮かべながらそのことを話す。一方、教室では質問を送った張本人が舌をぺろりと出して級友たちに愛嬌のある笑顔を見せていた。

 

「しかし、質問は質問! 皆さん、正直にお答えください!」

 

「う~ん……俺は片桐さんかな。彼女はいつも一生懸命だし、なんだか応援したくなるんだ」

 

「おっと、早速一票が入ったのは我らが正統派アイドルの片桐やよい選手だ! 人気No1の光牙さんのハートを射止める辺り、流石と言わざるを得ない!」

 

「い、いや、ハートを射止めるってそこまでのめり込んでいるわけじゃ……」

 

 ハイテンションで実況する夕陽に対してやや引き気味で否定の声を上げる光牙。そんな彼を見て苦笑しながら勇もまた自分の推しメンバーを発表する。

 

「まあ、一番組む事の多い葉月だな。なんだかんだ、あいつには世話になる事が多いしな」

 

「確かに新田さんと龍堂くんはチームを組むことが多いよね。合宿の時も思ったけど、相性ばっちりだ」

 

「これはひょっとするとひょっとする……かも?」

 

「はは、そう思って頂けて光栄だな! でもま、そう上手くはいかないだろ!」

 

 放送室の中でずいっと自分に詰め寄ってきた夕陽を軽くいなす勇。光牙は彼の女性への対処方法の見事さに感心し、参考にしようとしきりに頷いていた。

 

「さて、城田さんはどうでしょうか? 三人の中で一番のお気に入りはどなたでしょう?」

 

「あ~……あんま興味ねえよ。考えた事もねえ」

 

「えっ!? って事は、お前は女に興味が無いってことか……!?」

 

「……お三方、櫂さんとの接し方を考え直した方が良いんじゃないですかね?」

 

「ちょっと待て! なんでそうなるんだ!?」

 

 危ない疑惑をかけられた櫂が今日二度目の叫びを上げる。そんな彼の行動のおかげで各教室では大きな笑い声が巻き起こったが、同時に彼ならありうると言う本格的な疑惑も生まれてしまっていた。

 

「さて、次の質問に行きましょうか、お次の質問はと……」

 

「あ、あれ? 僕の答えには興味が無い感じですか!?」

 

「いや……お前の場合は答えが決まってるだろ?」

 

 スルーされた謙哉が悲しそうに夕陽に聞いた姿を見た勇がやや茶化した口調で彼に告げる。その後、謙哉以外の放送室の中の4人は声を揃えて彼が推していると思われるメンバーの名前を口にした。

 

「水無月(さん)だろ(でしょ)?」

 

「え、違うけど……」

 

「ほらやっぱりそうだ……って、えぇぇぇぇぇっ!?」

 

 親友の答えを聞いた勇は全力で立ち上がりながら驚きの声を上げた。ちなみにこの行動をしたのは彼だけでは無い。放送室にいた夕陽もその他の教室にいた幾人かの女子生徒たちも、玲を除くディーヴァの二人もそうだ。

 

「え? ほ、本気かい……? なら、誰を……?」

 

「片桐さんだけど……そんなに意外だった?」

 

「い、意外もなにも……なあ?」

 

「お、おう……」

 

 この予想外の答えに対し驚きを隠せない勇と櫂は珍しく息を合わせて同調していた。そして同時に思う、この放送を聴いている玲はどんな表情をしているのかと……

 

「白峯くんも言ってたけど片桐さんってなんだか応援したくなっちゃうんだよね! これからも頑張って欲しいな!」

 

 そう屈託無く笑いながら言う謙哉には悪気が一切無い。だがしかし、そんな彼に向かって極寒のブリザードの様なオーラが向かって来ている錯覚を勇たちは覚えていた。

 

「さ、さあ! 気を取り直して次の質問に行ってみましょう!」

 

「お、おう! なんでも答えるぜ!」

 

 この空気を払拭すべく話題を切り替える夕陽に乗っかって勇も次の質問へと気を切り替える。この後やってくる不幸は謙哉に押し付ける事を決めた彼は、心の中で親友に向けて合掌しながら次の話題へと意識を集中させた。

 

「え~……『質問です。たとえばの話ですが、幼馴染の女の子と転校生の女の子、同時に二人の女の子に告白された時、皆さんはどちらを選びますか?』……だそうですよ」

 

「ん~……これはえらくぼんやりとした質問の様な……」

 

「ラジオネーム『ピンクのバンビ』さんから頂いた質問です。この質問は代表して光牙さんに答えて貰いましょう!」

 

「え、ええっ!? 俺がかい? そう言われても上手く想像がつかないなあ……」

 

 まさかの指名を受けて動揺する光牙は質問の内容が上手く想像出来ないようだ。困り果てる彼に対して勇が助け船を出す。

 

「なーに、簡単なことだよ。俺とそこの筋肉ダルマ、どっちとチームを組むかって話だ。な、想像しやすいだろ?」

 

「あ、なるほど! ……って、これ、また怪しい解答にならないかな?」

 

「気にすんなよ! で? どっちを選ぶんだ? もちろん俺だよな?」

 

「んなわけあるか! お前なんかより付き合いの長い俺に決まってるだろ!」

 

「え、えーと……」

 

 光牙に対して詰め寄る勇と櫂。片方は遊び半分に茶化して、もう片方は真剣に彼に問いかけている。ややあって、答えを決めた光牙はその答えを口にした。

 

「俺は幼馴染のほうを選ぶかな。この場合だと櫂だ」

 

「よっしゃ! やっぱそうだよな!」

 

「そんな! 光牙、俺とは遊びだったのかよ……!?」

 

「え、ええっ!?」

 

「謙哉ー、光牙に捨てられた~……」

 

「よしよし、勇には僕が居るから安心してよ」

 

 光牙に選ばれて喜ぶ櫂にふざけて凹んでいるふりをしている勇とそれを慰める謙哉、そんな風に思い思いの反応をする面々を見ながら慌てる光牙となかなかに面白い絵面を見た夕陽が笑い声を上げる。まるでコントと様なやり取りに教室でも笑いが巻き起こったが、怪しい趣味を持つ女子たちは人知れずゴクリと涎を飲み込みながらその会話を耳にしていた。

 

「さてお次の質問に行ってみましょう! ……ラジオネーム『青色吐息』さんから頂いた質問です。『ぶっちゃけ、彼女にするならどんな女の子が良いのかしら?』……おおっと!? これはなかなか攻めた質問ですよ!」

 

 男心の核心を突く質問に興奮する夕陽、それは教室で放送を聞く同様で皆一同にスピーカーへと耳を澄ませて勇たちの回答を待ちわびていた。

 

「ではまず……櫂さん! お答えをどうぞ!」

 

「あぁ!? そうだな……あんまりうるさくねー女って所か?」

 

「うわ、面白みの無い答えだな、おい」

 

「んだと龍堂!? 文句あっか!?」

 

「はいはい、お次は謙哉さんにお聞きしましょう! どうですか? 具体例を出しても良いんですよ!?」

 

「ええ……? う~ん……」

 

 投げやりな櫂の回答の後と言う事で若干のプレッシャーがかかる謙哉。少し悩んだ後で顔を上げた彼はマイクに向かってこう告げる。

 

「やっぱり優しくて笑顔の素敵な人かな……? 具体例で言うと……片桐さんとか新田さんとか?」

 

「ほ、ほほう……!」

 

 謙哉の答えを聞いた夕陽は額に冷や汗を流した。彼らが帰った後で玲に締め上げられるビジョンが見えたからだ。どうやってこの危機を乗り切ろうかと思っていた彼女だったが、救いの神は彼女を見捨てなかったらしい。

 

「う~ん……でもやっぱりしっくり来ないんだよね。お嫁さんにするなら水無月さん一択なんだけどさ」

 

「!?」

 

 とんでもない爆弾発言をした謙哉の事を勇たちが驚いた顔で見つめる。自分が結構すごい事を言っていることを気がついていないのか、謙哉はそのまま玲を選んだ理由を語り始めた。

 

「水無月さんは僕の事を色々とフォローしてくれるし、発破をかけてくれると言うか、後押ししてくれることはありがたいと思ってるんだよね。尻に敷かれそうなのもそれはそれで楽しそうだし」

 

 同時刻、二年のとある教室では一人の少女に向かって女子たちの視線が集中していた。その視線、もしくは聞こえてくる声に耐え切れなくなった彼女は食べている弁当を机に置いたまま立ち上がって深呼吸をする。

 

 落として上げる……典型的なヨイショのされ方を受けた彼女は表情こそ落ち着いてはいるが顔色は耳まで真っ赤だ。こんなにも自分を持ち上げてくれる彼に対して怒るべきか感謝するべきか悩んでいた彼女の耳にトドメとなる言葉が聞こえてくる。

 

「ああ、でも……虎牙玲じゃあ語呂が悪いかな? 結婚するなら婿養子に入って水無月謙哉の方がしっくりくるかもね!」

 

「~~~~っっ!?」

 

「あっ!? ちょ、玲ちゃ~ん!」

 

 その発言を受けた彼女はとうとう自分の限界要領を超えた感情の揺れに対処しきれず教室の外へと駆け出して行ってしまった。だんだんと遠くなるその背中をクラスメイトたちは唖然とした表情で見送っている。

 

「……まあ、こんな事言っても水無月さんに怒られるだけなんだろうけどさ。あんたのお守りなんて御免よ、とか言われちゃうに決まってるよね。さ、次はどっちが答えるの?」

 

「え、ええっと……?」

 

 一人の少女をKOした事など気がつかないで居る謙哉はそこまで言った後、若干自嘲気味な言葉で話題を次の人物へとパスした。このやや甘ったるい空気にどう対応すれば良いのかわからない光牙。そんな彼には荷が重いと判断した勇が口を開く。

 

「ま、俺も具体的には言えないけどな。でもま、月並みな事言わせて貰うと好きになった娘がタイプって所かな?」

 

「おおっ! と言うことは誰にでもチャンスはあると言うことですね!?」

 

「はは、まあそうなるな」

 

「聞きましたか皆さん! まだ誰にでもチャンスはあるそうですよ! 勇さんを狙っている方は急いでアピールを!」

 

(す、すごい……! これが空気を読むと言う力か!?)

 

 当たり障りの無い答えで場を盛り上げつつも空気を元に戻した勇に対して光牙は賞賛の視線を向ける。どこかずれまくっている気がしなくも無いが、彼が勇を素直に尊敬していることは間違いないので放っておこう。

 

「……では最後に光牙さん! あなたの好みの女の子のタイプを教えてください!」

 

(よ、よし! 俺も……!)

 

 勇に続いて場の空気を盛り上げようとする光牙。彼の中ではこれもまた勇者となる試練の一つになっているようだ。

 

 本当に勇者にそんな能力が必要なのかは正直言って疑問だが、決意を秘めた強い眼差しを夕陽に向けながら光牙は口を開くと……

 

「や、やっぱり、まじめな人が好みでしゅっ!」

 

 気張りすぎて思いっきり噛んだのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は……勇者にはなれない……」

 

「あはははは! げ、元気出せよ光牙! お前、あのタイミングで噛むとか最高に持ってるわ!」

 

「龍堂、笑ってんじゃねえ! 光牙は結構本気で傷ついてんだぞ!?」

 

 ラジオの放送終了後、どんよりとした空気を放ちながら落ち込む光牙を勇と櫂がそれぞれの方法で慰める。と言っても、彼らの声は当の本人には聞こえていない様であった。

 

「謙哉! 何であんなこっ恥ずかしい事を平然と言ってんのよ!? 馬鹿じゃないの!?」

 

「わー! ごめんごめん! だから銃を撃ちながら追いかけてくるのは止めてよーっ!」

 

 光牙たちの後ろでは謙哉がメガホンマグナムを乱射しながら追いかけてくる玲から必死に逃げていた。もうなんだか微笑ましくすらあるその光景を見ながら夕陽は今日の放送に協力してくれた勇たちに感謝の言葉を述べる。

 

「光牙さん、勇さん、謙哉さん、櫂さん。本日はどうもありがとうございました! 自分も楽しかったっす!」

 

「おう! こっちこそありがとな! なんだかんだ面白かったぜ!」

 

 落ち込んでいる光牙とそれを慰める櫂、そしていまだに玲に追い掛け回されている謙哉は挨拶ができないと判断した勇が彼らを代表してその礼に応えた。そうした後で笑顔を見せると右手を差し出す。

 

「ま、そんなこんなでこれからもヨロシクってことで! またなんかあったら声をかけてくれよ!」

 

「うっす! これからも虹彩の皆さんと仲良くしていく所存です!」

 

 楽しげに笑いあう二人だったが、その背後では混沌としか言い様の無い光景が広がっている。そんなことは無視して、勇と夕陽はひたすらに笑い続けたのであった。

 



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嫉妬の魔人 動く

 

 

「集え魔人柱よ。我が忠実なるしもべたちよ……」

 

 暗い部屋の中にガグマの声が響く。その声が部屋の暗闇へと吸い込まれて行った次の瞬間、燭台に火が灯った。

 

 赤、黄、緑、紫……合計4つの炎が揺らめくと同時に、部屋の中に同じ数の影が現れる。

 

「傲慢のクジカ、ここに」

 

「怠惰のパルマ、来ました」

 

「色欲のマリアン、お呼びと聞いて」

 

「し、嫉妬のミギー……い、居ます……!」

 

 強欲魔王ガグマの城の中に集った4人の魔人柱、ここには居ない憤怒魔人と既に倒されてしまった『暴食のドーマ』を除く4体が揃った事を見て取ったガグマは、彼らに話を始めた。

 

「そろそろ現実世界に本格的な進行を始めようと思う。先の一件でエンドウイルスの効果は十分に確認できたからな」

 

「しかしガグマ様、奴らは既にエンドウイルスの対抗策を見つけ出している様子、効果は薄いかと……」

 

「構わんよ。未知の病原体の発見はそれだけで人に恐怖を与える。同時に暴力と破壊を撒き散らせてやれば、愚か者どもは恐れおののくだろうよ」

 

 くっくっ、と喉を鳴らして嗤うガグマ。その様子を見たクジカが問いかける。

 

「……ではガグマ様、我々はいつも通りに暴れ回ればよろしいのでしょうか?」

 

「ああ、その通りだ。やり方は各々に任せる。現実世界を恐怖と混乱に陥れればそれで良い」

 

「あぁ、なるほど……じゃあ、手っ取り早い方法を使っても良いわけですね?」

 

「任せる。しかし、すべてを破壊しつくすなよ? 何もかもを滅ぼしてしまっては、わしが支配するものが無くなってしまうからな」

 

「御意に……ではガグマ様、その栄光ある一番手の役目は、一体誰に命じられるおつもりですか?」

 

「そう焦るな、すでに決めてある。……ミギー、お前が一番手だ」

 

「ひ、ひひっ!」

 

 紫色の魔人、ミギーが子供の様に飛び跳ねる。喜びを体いっぱいに表す彼を見つめながら、ガグマは話を続ける。

 

「期待しておるぞミギー、お前がこの役目に相応しい手柄を立てることをな……」

 

「は、はい……っ! 僕、頑張りますから……必ず、ガグマ様の期待に応えてみせますから……!」

 

「うむ……頼んだぞ」

 

 ガグマのその声を最後にミギーの姿が消えた。同時に燭台から紫色の炎が消え、彼が退出したことを示す。

 

「……ガグマ様、何故ミギーが一番手なのですか? 我々が奴に負けているとは思えないのですが……」

 

「……ふっ、そんなの決まっているだろう」

 

 マリアンの不服そうな声に愉快そうに笑った後で、ガグマはその質問に答えた。

 

「こんな栄えある役目を奴以外に与えたら、奴が『嫉妬』するからさ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……情報を纏めましょう。分かっている限りの魔王の情報を……!」

 

 臨海学校を終えた勇たちは、早速主要メンバーを集めて会議を行っていた。議題はもちろん魔王の事だ。

 

「第一の魔王、『強欲魔王 ガグマ』。虹彩学園から繋がるソサエティである『ファンタジーワールド』を支配する魔王だ」

 

「配下には6人の魔人柱が存在していて、その内一人は撃破済み、もう一人が詳細不明となっているわね」

 

「今現在は動きを見せてねぇが……一度会っただけでもヤバい奴だってことは良く分かった。警戒は必要だな」

 

 勇の声に他のメンバーが頷く。この場に居るほぼ全員がガグマの強さと恐ろしさを直に肌で感じ取っているのだ。

 

 ジャパンTVでの一件を思い出した光牙は軽く首を振ってその恐れを振り切る。自分たちだって強くなっているのだ、もう二度とあんな結果にはなるまいと気を強く持った。

 

「……私たち薔薇園学園側のゲートから繋がる『SFワールド』を支配しているのは、『機械魔王 マキシマ』よ。と言っても、ガグマたちの様に直に見た訳では無いんだけどね」

 

「名前として知っている事と、SFワールドの各地に自分の部下を送り込んでいるのは分かってるんだけどね」

 

「姿も目的も分からない敵って、なんだか不気味ですよね……」

 

 未だ詳しい情報が分かっていない『機械魔王 マキシマ』に関する考察はそこで止まった。名前とソサエティの様子からして間違いなくメカニカルな相手なのは間違いないが、それ以外は本当に不明だ。

 

 一体何を考え、何をしようとしているのか? まったく予想が付かない相手に対し、全員がやよいの言う通り何とも言えない不気味さを感じていた。

 

「……でも、不気味と言ったらこの間の『暗黒魔王 エックス』もだよ。直に会って話したって言うのに、何を考えてるのか全く分からなかったもの」

 

「確かにな……あいつ、本気で遊んでいやがった。俺たちが命を懸けてる姿を楽しんで鑑賞してやがったんだ」

 

「……私、あのソサエティで初めて命の危険性を感じました。何か一つでも失敗したら命を落とすって、頭の中から声が消えなかったです」

 

 そして第三の魔王、エックスについても話を始めた。と言っても、彼もまた情報が無さすぎる為に考察は頭打ちではある。

 

 配下も力量も何も予想できないエックス。ゲームステージの様に改造したソサエティとエンドウイルスを所有している事から只者では無い事は分かるが、他にどんな力を持っているかは不明だ。

 

 そして何より、あの無邪気さが不気味だった。命をなんとも思っていない、ドス黒い精神がありありと現れている彼の行動に恐怖を覚える。

 

「……そこにもう一人魔王を加えて頂きましょうか」

 

「えっ!?」

 

 静まり返る会議室の中に突如聞き覚えの無い声が響いた。驚いて声のした方向を見てみれば、そこには戦国学園の生徒たちが立っていた。

 

「お前たち、何でここに!?」

 

「……皆様が新たな魔王と遭遇したと聞き、その情報を得る為にこの会議に参加させてもらう事にしました。無論、我々が知る情報も提供させて頂きます」

 

 大文字、光圀、仁科の三人を伴って現れた参謀役の根津が扇子を畳みながら話す。細い目を光らせた彼は、自分のゲームギアから映像を流し始めた。

 

「これは……?」

 

「……我々のソサエティ、『戦国ワールド』にも魔王は存在するのです。これは、その魔王との戦闘の記録です」

 

「お前ら、魔王と戦ったのか!?」

 

「はい……結果は推して知るべしと言った所ですがね……」

 

 映像には戦国学園の生徒たちを相手に大立ち回りを繰り広げる怪人の姿が映っていた。燃え盛る炎の様な紅蓮の体をした怪人は、腕自慢の戦国学園の生徒たちを次々と打倒して行く。

 

「……我ら三人、同時に奴に襲い掛かり戦いを挑んだが……」

 

「結局、押されっぱなしで逃げられてしもた。いや、見逃されたって言った方が正しいな」

 

「正直ありえねぇほど強かったぜ、正真正銘の化け物だよ、こいつは……」

 

「……それで、こいつの名前は?」

 

「……『武神魔王 シドー』と名乗っていました」

 

 根津の言葉を受けたメンバーがもう一度映像へと視線を移す。三人のライダーを相手に余裕すら感じられる戦いを繰り広げる怪人……シドーの強さは計り知れないレベルだ。

 

「こいつが、第四の魔王……ガグマたちに並ぶ、俺たちが倒さなきゃならない敵……!」

 

 圧倒的な力を持つ相手を見た勇は、知らず知らずのうちに口から呟きを漏らしていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まさか、お前たちが追い詰められる相手がいるなんてな」 

 

「あん時ばかりは勝てる気がせんかったわ、本気でヤバいと思った相手や」

 

 会議後、勇たちは帰ろうとする葉月や光圀たち両校の生徒を見送りに校門までやって来ていた。

 

 そこで自分とほぼ同じ力量を持つ光圀が追い込まれた事に驚きを隠せなかった勇は、彼に事の子細を聞いていた。

 

「シドーの奴を一言で言えば圧倒的な力や。純粋、混じりけ無い『武』そのもの……己の拳一つで全てを掴み取って来た風格が、奴にはあった」

 

「圧倒的な、力……」

 

「……負けっぱなしは性に合わん。リベンジは必ずするつもりやが……ほんまに骨が折れる相手なのは間違いなさそうやで」

 

 あの光圀にここまで言わせた事がシドーの強さを物語っていた。まだ見ぬ魔王の一人であるシドーの恐ろしさを想像する勇は、同時に同じ魔王であるガグマたちの事も思い浮かべる。

 

 もしかしたらガグマやエックスたちは、全員がシドーと同じ位の強さを持っているのではないか? もしそうであるならば、自分たちに勝ち目はあるのだろうか?

 

 もし今の状態で4体の魔王が同時に攻めてきた場合、きっと自分たちに勝ち目はない。そして、何時そうなってもおかしくない状況ではあるのだ。

 

(早く強くならねぇと……魔王たちが本格的に動き出す、その前に……!)

 

 全容の知れない強さを持つ相手への焦り、そこから生まれるプレッシャーに圧し潰されそうになった勇が心の中で思う。

 

 もっと強くならねばならない。そうしないと、世界はあっという間に滅ぼされてしまうのだから……

 

「……ところで勇ちゃん、ウチの大将知らんか?」

 

「あ……?」

 

「いや、さっきから姿が見えんのや。便所にでもいっとんのかいのぉ?」

 

 そう言って周りを見渡す光圀につられて勇も同じように大文字の姿を探すも、彼はどこにも見当たらなかった。

 

「一体どこに行ったんや? 便所にしては長すぎるやろ?」

 

「……そういや謙哉もいねぇな」

 

 周囲の様子を覗った時に謙哉の姿が見えなかったことに気が付いた勇がもう一度周りを見渡す。しかし、大文字と謙哉は何処にも見当たらなかった。

 

「……ったく、あいつらどこに行っちまったんだ?」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁっ、はぁっ」

 

「……およそ5分、か」

 

 虹彩学園地下演習場、そこでは二人の男が荒く息を吐きながら汗を流していた。

 

 呼吸を乱れさせながら地面に倒れて居る謙哉、腰にはドライバーが巻かれ、変身していたことを示している。相対している大文字もドライバーを身に着けており、彼らが何らかの理由で戦いを繰り広げていた事が見受けられた。

 

「すい、ま、せん……せっかく付き合ってもらったのに、こんなんで……」

 

「いや、十分だ。久々に楽しい戦いが出来た」

 

 地面に倒れ伏したまま動けないでいる謙哉が弱々しい声で大文字へ話しかける。それに答えた後で、大文字は演習場の外に続くドアへと向かって行った。

 

「……それはお前にとって最大の切り札となるが、同時に大きなリスクも抱えている。既に分かっていると思うがな」

 

「はい……問題はありますけど、大文字先輩に通じると知れて良かったです」

 

 何とか立ち上がった謙哉がふらふらと歩きながら大文字を見送ろうとする。それを片手で制すると、大文字は謙哉に告げた。

 

「……あと30秒あれば決着は分からなかった。我は、素直にそう認めよう」

 

「そうですか……でも、この状況を考えると軽くは使えませんね」

 

「……とっておきの切り札にとっておけ、我が言えるのはそれだけだ」

 

「はい。肝に銘じておきます」

 

「それと、無理はするな。今は体を休めろ、見送りは結構だ」

 

「……はは、わかりました」

 

「うむ……まぁ、この場に他の誰かが居れば面倒を見てもらうのも悪くは無かろう。ではな……」

 

 大文字がドアを開けて外へと出て行く。それを見た後で、謙哉は再び床へと倒れ込んだ。

 

 全身に残る疲労感と痛み。だが、それを持って余りある手応えに拳を握りしめた謙哉の頬に何か冷たいものが触れた。

 

「ひゃっ!?」

 

「……何やってんのよ、謙哉」

 

 ひんやりと良く冷えた飲み物が入ったペットボトルを謙哉に差し出しているのは玲だ。飲み物を謙哉の顔の横に置いた彼女は、続いてタオルを謙哉に投げつけた。

 

「わっぷ……」

 

「……体拭きなさい、風邪ひくわよ」

 

「あはは……ありがとうね……」

 

 力無く笑った後で渡されたタオルでのろのろと自分の体を拭く謙哉。そんな彼を見下ろしながら、玲は先ほどまで見ていたある物について尋ねた。

 

「……なんだったの、あれ?」

 

「あはは、見られちゃったか。ちょっと前から訓練しててさ、丁度いい機会だったから大文字さんに通用するか試してみようと思ってさ……」

 

「それでその様ってわけね」

 

「はは、面目次第もありません」

 

 タオルを横に置き、代わりにペットボトルを手に取る。冷たい水を一口飲んだ謙哉はようやく一息ついて玲の方を見た。

 

「帰らなくて良いの? 薔薇園の皆が待ってるんじゃないの?」

 

「……そう。それじゃあ、今のあなたを放っておいて、私がどこかに行っても良いって事ね?」

 

「う~ん……それはちょっと嫌かも」

 

 謙哉のその言葉を聞いた玲は満足げに微笑むと謙哉の隣に腰を下ろす。何処か上機嫌に見える玲に対して少し戸惑った視線を送った謙哉だったが、もう一度水を口に含む頃にはその戸惑いも消えて無くなっていた。

 

「……それで? 試した結果はどうなの?」

 

「手応えはあったよ。でも、大文字さんの言う通り最後の切り札みたいな感じになると思う。今の僕じゃあ、5分間しか持たないみたいだからさ」

 

「……やっぱり、新しい魔王と出会って焦ってるの?」

 

「……そうかもね。でも、前々から思ってたんだ。もっと強くなりたいってさ」

 

「えっ?」

 

「……まだまだ僕は弱い。だからもっと強くならなくちゃならないんだ。皆を守れる位に強くなりたいんだ」

 

 ぐっと握りしめた拳を見つめる謙哉。その姿を見ながら玲は思う。

 

 何処までも優しく、誰かの為の戦いを続ける謙哉。誰かを守る為の力を追い求めて、必死になっているのだろう。

 

 それは素晴らしい事だ、素直に称賛できる。でも、だからこそ……玲の目には、謙哉が痛々しく見えた。

 

 今の彼を見ればわかる。誰かの為に自分を極限まで追い詰めて、それを何とも思っていないのだ。もう嫌だとか、きついだとか弱音を吐かずに前だけを見ている。

 

(誰かを守る為に必死なのに、自分の事は守ろうとしないのね……)

 

 少しだけ胸が苦しくなる。目の前に居るはずの謙哉がどこか遠い場所に居る様な錯覚を覚えてしまう。

 

 物理的な距離が近いのにそう思ってしまうのは心の距離が離れているからだろう。謙哉は、誰か一人を特別扱いしたりはしない。彼にとっては自分以外のすべてのものが『守りたい物』であり、特別なのだ。

 

 博愛主義者もびっくりのその考え方を理解できるようになればなるほど、玲の心には何とも言えない切なさが生まれる。大切に思ってくれているはずなのに、特別には思われていないと言う事が心に小さな波紋を作っていく。

 

「……そう言う所が好きになった理由なんだけれどね」

 

「え? 何か言った?」

 

「……何でもないわよ」

 

 小さく零れた自分の声が聴きとられなかったことを安心しながら玲は立ちあがった。そろそろ葉月たちと合流しなければならない、また根掘り葉掘り聞かれるのは面倒だ。玲がそう思った時だった。

 

<ウーーーッ! ウーーーッ!>

 

「な、何!? 警報!?」

 

「……なに、外で何かあったの?」

 

 非常事態を知らせる警報に顔をしかめる二人、とにかく状況を確認しようとゲームギアを使った通信でそれぞれ友人に連絡を取ろうとするが…… 

 

「……駄目だ。勇、通信に出てくれないや」

 

「葉月もやよいもよ……手が離せないほどの緊急事態って事?」

 

 予想以上に不味い事が起きている事を悟った二人が顔を見合わせる。そして、急いで状況を確認すべく外へと駆け出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うわぁぁぁっ!」

 

 一人の男子生徒が宙を舞って地面に叩きつけられる。数十体のエネミーたちと相手取りながら戦いを続ける虹彩と薔薇園の生徒たちは必死の抵抗を続けていた。

 

「ま、まさか、学校に攻撃を仕掛けて来るなんて!」

 

「しかも魔人柱が居るぞ!」

 

 恐怖、そして焦り。今まで直接的な侵攻を受けていなかった生徒たちにとって、本拠地を攻められると言う事態は正に予想の範疇を超えた出来事だった。

 

 動揺は思考を纏まらなくさせ、動きも鈍らせる。いつも通りの実力を発揮できないままでいる生徒たちは、なんてことない雑魚エネミーにも苦戦してしまっていた。

 

「皆、落ち着くんだ! 冷静に対処すれば恐れる事のない相手じゃないか!」

 

「そうよ! まずは固まって周りと助けないながら戦うの! 絶対に個々で戦ってはダメよ!」

 

 光牙と真美の声が飛ぶ。何とかして仲間たちに落ち着きを取り戻させようとする二人だったが、恐慌の中ではその声は彼らの耳には届かなかった。 

 

「光牙、こうなったら先に魔人柱をやるしかないぜっ!」

 

「か、櫂っ!?」

 

 連携の取れないまま窮地に陥って行く仲間たちを見た櫂は、グレートアクスを手にミギーへと挑みかかって行った。

 

 大きな体を勢いよく走らせ、体ごとぶつかる様にしてミギーへとタックルを喰らわせた櫂はそのままグレートアクスを振るう。

 

「おおっりゃっ!」

 

「ぎいっ!!!」

 

 飛び散る火花、響く悲鳴……櫂の重厚な一撃を受けたミギーはよたよたとよろめくと数歩後ろへ後退る。

 

「なんだよ、思ったより弱いじゃねぇか! これなら楽勝だな!」

 

 勢いづいた櫂は追い打ちと言わんばかりにミギーに詰め寄る。斧を大きく振り回し、二撃、三撃とその体に攻撃を叩きこんでいく。

 

「おらっ! こいつでどうだっ!?」

 

「ギャァァァッッ!!!」

 

 一際大きく振りかぶった斧での一撃を受け、ミギーは大きく吹き飛ばされた。地面に倒れ込んだミギーを見た櫂は得意げに笑うと、ホルスターからカードを取り出す。

 

「はっ! どうやら俺たちは大分レベルアップしちまったみたいだな! お前なんかもう相手にならねぇよ!」

 

<パワフル! スロー!>

 

<必殺技発動! ブーメランアクス!>

 

 攻撃力の強化を受けたグレートアクスを構える櫂。投擲力の強化を受けた腕をしならせ、ミギー目がけて斧を放り投げる。

 

「これで終わりだぜっ!」

 

 放たれた斧は空気を斬り裂いて真っ直ぐにミギーへと迫って行く。何とか立ち上がる位の力しか残されていないミギーにはその一撃を躱す事は出来そうに無く、櫂の勝利は確実に思えた。

 

「……いい、攻撃、だったよ……!」

 

「えっ……?」

 

 だが、ミギーは小さく呟くと目前にまで迫ったグレートアクスに手を伸ばした。猛回転し、伸ばされた腕ごとミギーを斬り裂こうとする斧が彼に触れた時だった。

 

―――バキィンッ!

 

「なっ……!?」

 

 ガラスの砕けた様な音が響くと共に櫂のグレートアクスは地面へと叩き落とされた。事も無げに自分の必殺技を破ったミギーを呆然と見ていた櫂だったが、突如視界からミギーの姿が消えた事に驚き防御を固める。

 

 だが……

 

「おそい、よ……!」

 

「がっ!?」

 

 顔を掴まれ、そのまま引き倒される。ものすごい握力で櫂の顔面を掴んだミギーは、櫂を引きずりながら猛スピードで駆け出していく。

 

「ぐおぉぉぉぉっ……!」

 

 がりがりと背中が削れる痛み。暫し走ったミギーは突き当りの壁に引き起こした櫂を叩きつけるとそのまま猛然とラッシュを繰り出した。

 

「ほら、ほら、ほらほらほらっ!!!」

 

「がっ、ぐっ、ぐはぁっ!!!」

 

 顔に、胸に、腹に……遠慮のないミギーの拳が叩きつけられていく。抵抗しようと拳を突き出した櫂だったが、逆にその腕を取られて地面に叩きつけられてしまった。

 

「がふっ!」

 

「どうしたの? もう終わり……?」

 

 今度は櫂の腹を足で踏みつけるミギー、櫂が両手でその足を持ち上げようとするも、まるで無駄だと言わんばかりに何度も彼を踏みつけ続ける。

 

「弱いんっ、だよっ、君はっ、さっ!」 

 

「ぐわぁぁぁぁぁっ!」

 

「か、櫂ーーっ!」

 

 言葉を区切りながら容赦の無いストンプを繰り出し続けるミギー。苦痛にまみれた櫂の叫びを耳にした真美はカードを使って彼を助け出そうと目論んだ。

 

「このっ! 櫂を放しなさいっ!」

 

「んん……?」

 

 自分目がけて飛んでくる無数の火の玉を見たミギーの動きが止まる。だが、ミギーはそれを避けようとせず、代わりに足の甲で櫂を蹴り飛ばした。

 

「あっ……!」

 

「……これで良し」

 

 火の玉とミギーの間に入り込んだ櫂の体。身を挺してミギーを守る壁になるかの様に蹴り飛ばされた櫂の体に火の玉がぶち当たり、大きな爆発が連続して起きた。

 

「ぐわぁぁぁっ!!!」

 

「あは、あは、あはははは! 肉壁ご苦労様だよ……っ!」

 

「そ、そんな……櫂っ!!!」

 

「き、貴様……っ! よくも櫂をっ!」

 

 自分の放った攻撃が櫂を傷つけてしまった事に愕然とする真美。非道な行いをし櫂を嗤うミギーに怒りの炎を燃やした光牙は、櫂の仇と言わんばかりにミギーに挑みかかって行った。

 

「ふんっ! てやぁっ!」

 

「あっ、ぎぃいっ!」

 

 勝利の栄光が指し示す角度通りにエクスカリバーを振るう光牙。ミギーの防御を掻い潜って幾度と無く斬撃を見舞い続ける。

 

 一見して光牙の完全なる優勢であるかのように見える。しかし、先ほどの櫂とミギーの戦いから何かを感じ取っていた光牙は決して油断せずに戦いを続けていた。

 

(何をしてくる? 策があるなら仕掛けてみろ!)

 

 どんな策も能力も見切ってみせる……エクスカリバーを振るいながら油断なく攻撃を続ける光牙は、ミギーを着実に追い詰めていった。

 

(これで最後だっ!)

 

 剣を横に構え、大きく振り抜く。左から右へと振り抜かれたその一撃は、ミギーの上半身と下半身を両断するかの様に思われた。

 

「……君、すごくいいネ……っ!」

 

「……えっ!?」 

 

 突然、光牙の剣が勢いを失う。手に伝わってくるのは敵を斬り裂いた手応えでは無く、何かに攻撃が受け止められた鈍い感触だ。

 

 ギリギリと音を鳴らしてエクスカリバーと鍔迫り合うのはミギーの腕だ。手の甲で光牙の鋭い一撃を受け止め、防いでいるのだ。

 

「……君も、あの娘も、さっきの彼も……皆、誰かに嫉妬してるでしょ?」

 

「な、なんだと……?」

 

「それもただの嫉妬じゃない。極上の嫉妬だよ。近くに居てくれれば、僕に凄い力をくれる様な!」

 

 狂った様に叫んだミギーは大きく腕を回してエクスカリバーを振り払う。そして、目の前に居る光牙の首を絞めると甲高い声で彼に言った。

 

「嫉妬って素敵だよね……! 羨んで、妬んで、憎み続けて! そうするとすごい力が湧いて来るよね……!」

 

「がっ……はっ……」

 

 首を絞められ呼吸が出来ない、視界が霞んでいく……必死に抗う光牙だったが、抵抗むなしくミギーの前に敗れ去ろうとしていた。

 

「……ねぇ、君の目には僕が誰に映ってるの? 君は、誰にその嫉妬を向けているの……?」

 

「ぐ、う……っ」

 

 視界がぼやけていく中で聞こえたミギーの声。歪む世界の中で光牙が見たのは、自分の首を絞める勇の姿だった。

 

「お、れ、は……っ……」

 

 光牙は手を伸ばす。勇のその手を振り払う様に。しかし、どんなに足搔いても勇の手が自分の首から離れる事は無かった。

 

 まるで今の自分と勇の力量差を現しているかの様な今の状況。光牙はただ呻く事しか出来ない自分に苛立ちながら、それ以上の敵意を持って目の前の敵を睨みつける。

 

「りゅう、ど……いさむ……っ!」

 

 憎い、妬ましい、悔しい……自分の中から生み出されるどす黒い感情が勇に向けられ、光牙に憎しみの炎を灯す。

 

 光牙の勇に対しての憎しみが頂点に達した時、目の前の勇はにんまりと憎々しい笑みを浮かべると光牙に言った。

 

「良い嫉妬だったよ名も知らない勇者さん……じゃあ、おやすみ」

 

 直後、鳴り響く轟音と体を叩く衝撃を最後に感じた後、光牙は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はっ!?」

 

「光牙……! 良かった、気が付いたのね……!」

 

「ま、真美……? ここは……?」

 

「学校の保健室よ。大丈夫、敵は撤退したわ」

 

「撤退しただって……?」

 

 次に目を覚ました時、光牙は虹彩学園の保健室にいた。痛む体を無理に引き起こしてベットの上で上半身を起き上がらせると、包帯だらけの自分の体が目に映った。

 

「……戦国学園が異変を察知して引き返して来てね、援軍の到着を見た魔人は急いで引き上げて行ったわ」

 

「そうか……」

 

 自分に報告をしてくれている真美も傷だらけで治療の跡がある。隣のベットを見れば、そこには傷ついた櫂が眠っているのが見えた。

 

「……A組のメンバーを始めとする戦力の被害は甚大よ。まともに戦える生徒はほとんどいないわ」

 

 悔しそうにそう告げた真美はそのまま俯いてしまった。自分たちの受けた被害を知った光牙もまた、拳をベットへと叩きつける。

 

「くそっ! くそぉっ!」

 

 惨敗、言い訳の出来ないほどの敗北……本拠地を襲われ、仲間たちを傷つけられ、敵を倒すことも出来なかった。

 

 命がある事が不思議なほどの敗北……魔王どころかその配下である魔人に敗れたという事実は、光牙のプライドを大きく傷つけた。

 

「……真美、戦力を再編成するんだ! 無事な生徒たちを集めて、今度こそミギーを……」

 

「……光牙、その事なんだけどね。ちょっと話があるの」

 

 すぐさま光牙はリベンジを考える。その為に必要な行動を起こし、今度こそミギーを倒すべく動き出そうとする。

 

 しかし、そんな光牙に対して暗い表情を向けた真美が何かを決心した目で口を開いた時だった。

 

「光牙さんっ! 櫂さんっ!」

 

「みんな、無事かっ!?」

 

 保健室のドアが勢い良く開き、一組の男女が慌てて中に入って来た。その声を聞いた時、光牙の目に一瞬暗い光が過った。

 

「……良かった。命に別状は無いみたいだな」

 

「あれだけの被害が出たのです。命があるだけ奇跡ですよ……!」

 

 保健室に入って来たのは、今、光牙が会いたくない人間の1位と2位であった。

 

 惨敗し、傷だらけになった情けない姿を見せたくない女性……マリアに気遣われるとさらに惨めな気分になる。いつも励まされる彼女の優しい言葉が、今日は心苦しかった。

 

 そしてもう一人……憎々しい嫉妬と羨望を向ける相手である勇の顔は、今の光牙にとって最も見たくないものであった。

 

 早く出て行って欲しい。真美と会話している事を理由に一度退席して貰おうか? そう考えた光牙だったが、その真美が二人の顔を見ると深く溜め息をつき、口を開く。

 

「……丁度良かったわ。光牙、マリア、よく聞いて」

 

「え……?」

 

「は、はい……?」

 

 意を決した真美の静かな声、それを聞いた二人は黙って彼女の言葉を待ち続ける。やがて口を開いた真美は、この場にやって来た最後の人物に視線を向けると、その人物にハッキリとした声で告げた。

 

「龍堂……今、この瞬間からあなたがリーダーよ。皆を率いて、ミギーを倒して!」

 

「は……?」

 

 真美のその言葉に、光牙もマリアも、そして声をかけられた張本人である勇でさえも、愕然とする他無かった。

 

 

 



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誕生 NEWリーダー勇

 今回戦闘無しのお話です。ミギー戦は次回までお待ちください!


「お、おいおい、笑えねぇ冗談は止せよ。俺が光牙に代わってリーダー? ありえねぇだろ?」

 

 保健室の中で、勇は自分に向けて放たれた真美の言葉を否定しようとしていた。

 

 たまたま……本当にたまたまこのエリート校に入学した自分が、そこに通う生徒たちを率いるリーダーになるなど、現実味が無さ過ぎたからだ。

 

 だが、そんな勇の思いをよそに、真美は淡々と自分の考えを述べ続けた。

 

「私は本気よ、龍堂。このミギー討伐戦は、あなたが中心となって行って頂戴」

 

「ま、待つんだ真美! いくらなんでも急すぎだ! 龍堂くんの資質は認めるけど、まだ早すぎる!」

 

「……それでも、もうそれしか方法は無いのよ」

 

 搾り出すような声で呟いた後、真美は近くの椅子へと腰を下ろす。そして、勇とマリアの顔を順に見た後、再び口を開いた。

 

「……現状、私と櫂、そして光牙の三人を含むA組のメンバーの大半は戦闘不能よ。それほどまでにミギー戦で受けた被害が大きかったの」

 

「それはわかっています。つまり、今までソサエティの攻略や戦闘の中心を担ってきたメンバーが大半動けない状況にあるということですよね?」

 

「ええ……そして、ミギーは無傷でこの場から撤退した。つまり、相手がまたいつ攻撃を仕掛けてきてもおかしくないって事よ。今、悠長に全員の怪我を癒しているだけの時間は無いわ」

 

「だ、だから、俺に光牙に代わってリーダーをやれって言うのか? ちょっと待てよ、俺よりもリーダーに相応しい人間なら居るはずだろ!?」

 

「そうだぞ真美! 暫定のリーダーなら、マリアや虎牙くんと言う選択肢もある! 転校して来て数ヶ月の龍堂くんには荷が重いはずだ!」

 

「……いいえ、選択肢としては龍堂以外の人間はありえないのよ。マリアも虎牙も、リーダーよりもそれを補佐する役目の方が得意なの。だとしたら、その二人を補佐にまわして他の人物をトップに立たせた方が良いわ」

 

「ちょっと待てよ! 流石に理解が追いつかねぇ、リーダーだって? 俺が?」

 

 慌てとも驚きとも取れる反応を見せる勇。光牙も真美も、そしてマリアもそんな彼の様子を見守っている。

 

 動揺し続ける勇はぐるぐると部屋の中を歩き回って落ち着かない様子だ。真美は一度勇への会話を打ち切ると、今度はマリアに対して話し始めた。

 

「マリア、あくまで龍堂がリーダーになるのは光牙の傷が癒えるまでの間よ。その間、龍堂を補佐してあげて」

 

「わ、わかりました……」

 

 硬い表情でぎこちなく頷くマリア。そんな彼女に頷き返した後、真美は再び勇へと声をかけた。

 

「龍堂、覚悟を決めて。もうこれは決定事項よ。天空橋さんや命さんにも話は通してあるわ」

 

「ま、マジかよ……もう、そんな所まで話が……!?」

 

「……とにかく天空橋さんからミギーの情報を聞いてきなさい。そうしたらもう一度私と話をしましょう」

 

「……わかった。とりあえず答えは保留しとくぜ」

 

「ええ……もう既に皆は会議室に居るはずよ。マリアと二人で向かって頂戴」

 

「ああ、分かった」

 

 やや呆然とした口調の勇はふらふらとした足取りで保健室から出て行く。マリアもまた、そんな勇を心配そうに見守りながら後を着いて行った。

 

 部屋に残された光牙と真美の間に重苦しい沈黙が漂う。そんな雰囲気を打ち払うべく、先に口を開いたのは真美であった。

 

「勘違いしないでね光牙。あくまで龍堂はあなたの代理、時が来たら、すぐに元の体制に戻すから……」

 

「……あぁ、分かってるよ。真美……」

 

 真美のその言葉に対して小さく返事をしながら、光牙は勇の背中を睨むかのように彼の出て行った保健室のドアを見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来ましたね勇さん、もう既に真美さんからお話は?」

 

「……されてきたよ。でも、あの話はマジなのか?」

 

 数分後、会議室にやってきた勇とマリアは、同じく会議室に来ていた天空橋に確認をされた。

 

 謙哉や葉月たちは二人がなんの話をしているのか分からないため交互に顔を見比べるだけであったが、そんな面々のことを配慮した命の口から代理リーダーの件を説明されると同時に驚きの表情を見せた。

 

「勇がリーダー……!? それ、本当ですか!?」

 

「光牙さんの怪我、そんなに酷いんですか!?」

 

「白峰だけじゃなくて城田の奴も戦えないでしょう? 他の戦力も負傷している今、リーダー交代なんてしても良いの?」

 

「ストップ! ……皆さんのお気持ちは分かりますが、これは三又さんからの提案を受け、私たちも納得した事なんです。ですから、一時的ではありますが、勇さんが皆さんを率いる立場になることは決定事項なんです」

 

 衝撃的な決定を耳にした謙哉たちを抑えるために天空橋が会話を切り替える。それでもなんとも言えない表情をしていた面々だったが、その雰囲気に反した明るい声が部屋の中に響いた。

 

「良いんじゃない? 勇っちがリーダーである事にアタシは不服は無いし、他の皆もそうでしょ?」

 

 あっけらかんと言い放って笑顔を見せた葉月が席に座る。そして、他の皆の顔を見回すしてまた笑った。

 

「ほらほら、そうと決まったら早速会議を始めないと! ミギーのことを不安に思うんだったら、早く対策を立てようよ!」

 

「……そうだな。葉月の言うとおりだ。みんな、色々思うことはあるだろうけど、今はまずミギーの情報を確認しよう。話はその後だ」

 

 葉月の言葉を受けた勇が皆に会議の開始を促す。暫定リーダーである彼の言葉に謙哉たちも一度言葉を抑えると葉月に倣って着席した。

 

「……ご協力に感謝します。では、『嫉妬の魔人 ミギー』についての情報を説明させて頂きます」

 

「あぁ、頼むよオッサン」

 

「……ミギーは、純粋な戦闘能力としてはレベルにして35~40程度……今の皆さんのレベルと同じくらいだと思ってください」

 

「え……? でも、それじゃあ櫂さんと光牙さんが負けたのはなんででしょう……?」

 

「純粋な戦闘能力って事は、それ以外にも何か秘密がある。そういうことでしょう?」

 

「玲さんの言うとおりです。ミギーには特殊能力があります。それは、『嫉妬』を力に変える事が出来るということです」

 

「嫉妬を……?」

 

 意味が分からないと言う顔をする勇たちを見た天空橋は手元のPCを操作してモニターにグラフを表示した。同時に、櫂と光牙がミギーと戦っている映像も表示する

 

「これは二人と戦うミギーの戦闘能力を数値化したものです。しばらく映像とこのグラフを見比べていて下さい」

 

 天空橋の言う事に従い、勇たちは画面に映し出されていた映像とグラフを黙って見続ける。映像では、櫂がミギーを相手に優位に立ち回る姿が映し出されていた。

 

 櫂の攻撃を受け続けたミギーが地面に倒れ付す。それを見た櫂が必殺技を発動した瞬間、グラフに変化が起こった。

 

「えっ!?」

 

「気が付きましたか? この瞬間、ミギーの戦闘能力が大きく上がったんです」

 

 ミギーの戦闘能力を現す数値が一気に跳ね上がる。同時に映像の中では、櫂がミギーに押されてしまうようになっていた。

 

 櫂を倒したミギーが光牙と戦っていた時も同じだ。光牙に押されていたミギーの戦闘能力がさらに跳ね上がり、光牙を圧倒するようになったのだ。

 

「これは一体どういうこと?」

 

「これがミギーの能力、相手に対しての嫉妬を感じると同時に、それを戦闘能力へと換算する能力です」

 

「えっと……つまり、どういうこと?」

 

 頭上に?マークを浮かべた葉月の言葉に玲ががっくりと肩を落とす。呆れた表情を見せる彼女に代わって葉月に説明を始めたのは勇だった。

 

「……つまり、ミギーは最初にあえて押されていたってことだな。相手が自分より強いと思うことによって生まれた嫉妬が、ミギー自身の力になったわけだ」

 

「なるほど! つまりはアタシたちが勝ちそうになればなるほど、向こうはパワーアップするってことか! ……あれ? これって勝ち目無くない!?」

 

「天空橋さん、ミギーの能力は無限に自身の戦闘能力を上げることが可能なんですか?」

 

「いいえ、限界はあります。しかし、限界まで力を溜めさせると、ミギー最大の必殺技が発動してしまうのです」

 

 そう言った天空橋がモニターに視線を移す。それに釣られた勇たちは、ミギーが光牙にとどめを刺す瞬間を目撃した。

 

 光牙を掴むミギーの体から放たれる紫の光……それは周囲を包み込み、大きな爆発を起こした。

 

「……これこそがミギー最大の必殺技『エンヴィー・ダイナマイト』。自身の中に溜まった嫉妬のエネルギーを開放して放つ呪殺属性の大技です」

 

「呪殺属性? 初めて聞くな」

 

「非常に珍しい属性です。亡霊たちが使う魔法の属性で、マリアさんが持つ祝福属性とは相反する属性になります。祝福属性とは互いに打ち消しあいますが、それ以外の属性では弱点を突けない厄介な属性です」

 

「つまり、対抗策はほぼ無いに等しいってことですね?」

 

「ええ、ミギーはこの技を使うとエネルギーを使い果たすので強さが元通りになります。この技さえどうにかできれば攻略の糸口が見えるのですが……」

 

「我々が掴んでいる情報はこれがすべてだ。龍堂、何か策は思い浮かんだか?」

 

「……いえ、まだこっちの戦力が把握しきれない事にはなんにも言えないっす」

 

「なら、すぐに戦力の編成に移ると良い。マリア、君が補佐として龍堂についてやれ」

 

「はっ、はい! では、戦える生徒たちを集めてきます!」

 

「……プレッシャーをかける様ですまないが、我々も出来る限りのサポートはする。リーダー及びサブリーダー代理、頑張ってくれ」

 

「はい! ……じゃあ、私は先に行ってますね」

 

 命に返事をしたマリアが緊張した面持ちで部屋から出て行く。勇もまたその後に続こうとしたが、それより先に天空橋に呼び止められてしまった。

 

「……すいません勇さん。後一つ、あなたに話したいことがあるんです」

 

「は……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……来たわね」

 

 A組の教室でたった一人椅子に座っていた真美が呟く。ドアを開けて中に入ってきた勇に顔を向けると、話を始めた。

 

「もう、天空橋さんからミギーの情報は全て聞いてきたわね?」

 

「ああ……聞いてきたよ」

 

「なら、私がなんであなたにリーダーになるように言ったのか、その理由も察しがついたんじゃない?」

 

「……ミギーは、『周囲の人間の嫉妬も自分の力に変えられる』んだよな?」

 

「……ええ、そうよ。」

 

「つまり、戦ってる相手を始めとした人間が、誰かに嫉妬してればしているほど力を増す。必殺技の発動も早くなる。そういうことなんだよな?」

 

「……その通りよ」

 

「……あの戦いの中で、光牙や櫂、A組の連中は誰かに嫉妬してた。そう言う事だよな?」

 

「………その通りよ、龍堂。光牙を含むA組の生徒たちは、誰かに嫉妬しているわ」

 

 真美のその言葉を聞いた勇の顔が一瞬曇る。少し俯きがちに顔を伏せた勇は、小さく搾り出すような声で彼女に最後の質問をした。

 

「……その誰かって言うのは……俺の事なのか?」

 

「……ええ、そうよ。A組のほとんどの生徒は、あなたに嫉妬しているの」

 

 痛いほどの沈黙が教室の中に流れた。勇も真美も、お互いに何も言おうとはしない。

 

 やがて静寂を破ったのは、勇が近くの椅子に倒れこむ様にして座った音だった。俯いたままの勇を見る真美の表情も、少なからず罪悪感に苦しんでいる様に見えた。

 

「……俺が失敗すりゃあ良いと思ってんのか?」

 

「違う! 違うわ龍堂!」

 

「信じられるかよ。A組の生徒たちがほぼ関わってないこの状況で俺が失敗すりゃあ、お前らは大喜びで俺を叩くに決まってる……それが目的で、俺をリーダーに指名したんだろ?」

 

 勇の言うことは筋が通っていた。光牙に代わってリーダーに就任した勇が失敗をすれば、A組の生徒たちの溜飲も下がるだろう。彼らが抱えている嫉妬の感情も収まるかもしれない。

 

 自分はA組の結束のための生贄にされたのではないか? そう考えた勇は、それを提案した真美に対して疑惑の視線をぶつける。しかし、真美は必死になって勇のその考えを否定していた。

 

「信じて龍堂! 私は本当に作戦の成功を祈ってるわ! 世界の危機なのよ? 皆が嫉妬してるだなんて小さなことにこだわれるわけ無いでしょう!?」

 

「そうかもしれないけどよ……!」

 

「考えてみて、もしも私が本当に作戦の失敗を望んでいるのなら、マリアをあなたにつける訳が無いじゃない!」

 

「っっ……!」

 

 真美のその言葉に勇が声を詰まらせる。確かに彼女の言うとおりだ、マリアがサブリーダーとして作戦に参加している以上、失敗はすなわち彼女の評価の低下に繋がる。

 

 それだけではない、A組の中心人物である彼女がついていながらミギーを倒せなかったとしたら、それはA組全体の能力の低さを現していることになってしまうのだ。

 

「私はあなたと光牙を信じてる。きっとこの悔しさをバネに光牙は飛躍してくれるはずよ。そして、あなたも皆をまとめるリーダーとして活躍してくれると信じているわ」

 

「……だとしてもだ。俺はまだ学園に来て日が浅い。皆の信頼を得ているわけでも無ければ、今までそう言った教育を受けていた訳でも無い……どっち道、俺には荷が重い話だろ……」

 

「……かもしれないわ。でも、あなたに頼るしかない……A組とミギーの相性は最悪よ。今のままじゃ絶対に勝てっこない。そう、あなたが居なければ……」

 

 エリート故の嫉妬心を勇に向けるA組の生徒たち。それは、ミギーの能力をフルに発揮させてしまうことを意味している。

 

 今のA組では到底ミギーには敵わない……ならば、別のチームで戦うしかない。それが、真美の出した結論だった。

 

「あなたがやるしかないの、龍堂! さもなければ、ミギーの手でたくさんの人の命が危険に晒される事になるわ。あなたがミギーを倒すしか無いのよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺がリーダー? つい数ヶ月前まで普通の高校生だった俺が、今や世界の危機に立ち向かう生徒たちのリーダーだって……?」

 

 中庭のベンチに座る勇が小さく呟く。暗く曇った空を見上げながら呆然とした口調で自嘲気味に呟いた後、勇は顔を伏せた。

 

 今まで感じたことの無い重圧が体に圧し掛かる。光牙はこんなにも重い物を常に背負っていたのかと初めて感じさせられた。

 

 今までにも同じ重みを感じた事はあった。ドライバーを手に入れた時や、エンドウイルスの一件の時がそうだ。しかし、今までと今回ではその意味が違う。

 

 今までは簡単だった。誰かに言われて、必死に戦えばそれで良かったのだ。無論、勝利できるかどうかというプレッシャーを感じなかった訳ではない。だが、今回のプレッシャーに比べれば軽い物だ。

 

 リーダーと言う立場は、皆に指示を飛ばす役目を担うことになる。今まで勇が従ってきた誰かの役目を自分でこなさなければならないのだ。そして、それは皆の命を預かる立場になるということでもある。

 

 何か一つでも自分が失敗すれば、自分に従う誰かの命が失われるかもしれない……そんな恐怖と、常に戦わなければならないのだ。

 

 しかも最初の相手は魔人ミギー、言わずと知れた強敵だ。光牙たちを倒したことからもその実力が伺える。

 

 今まで主力として活躍してきたわけでも無い生徒たちと、強力な能力を持つ敵を相手に、初めて指揮を執るリーダーが戦わなければならないのだ。

 

 プレッシャーを感じるなと言われるほうが無理だ。震える手を握り締めた勇はその重圧と戦いながらどうすべきかを模索していた。すると……

 

「な~に考えてんの、勇っち!」

 

「うおっ!?」

 

 背中を押される感覚に驚いて振り向いた勇は、そこで屈託無く笑う葉月の姿を目にした。悪びれる様子も無く笑い続ける葉月は、そのまま勇の横に腰を下ろした。

 

「悩んでるの? リーダーになったことを?」

 

「……まぁな。てか、悩まない方がおかしいだろ」

 

「そだよね~、気持ちはすごく良く分かるよ」

 

 うんうんと頷いた葉月が立ち上がると勇の顔を見つめる。その表情からは、先ほどまでの笑みが消えていた。

 

「アタシも一応、ディーヴァのリーダーじゃん? 最初はさ、まったく毛並みの違う二人を上手く纏められるか不安だったんだよね。だって失敗したら、すぐに解散とかありえる訳じゃん?」

 

 真剣な表情で話を続ける葉月。勇もそんな彼女を見つめながらその話を聞き続ける。

 

「たった二人ですら厳しいんだもん、何百人って言う人たちを纏めろって言われてる勇っちが、それだけプレッシャーを感じてるかはなんとなくだけど分かるな」

 

「………」

 

 葉月のその言葉は勇に再び重圧を与える結果となった。自分の置かれている状況を再確認することとなったからだ。

 

 葉月から視線を逸らして俯く勇……今までの人生で感じたことの無い不安に押し潰されそうになっていた彼だったが、突如自分の頬を挟み込む手の感触に驚いて顔を上げた。

 

「……でも、勇っちはそんな難しいこと考えなくて良いんだよ」

 

「は……?」

 

 両手で自分の頬を挟む葉月はそう言って照れ臭そうに笑う。その笑顔はいつもの弾ける様な笑顔と言うより、マリアの見せる優しい微笑みに似ていた。

 

「人の上に立つことなんて出来ない……そう考えてるなら、それで良いんだよ。別にそれだけがリーダーとしての在り方じゃないんだもん」

 

「いや、でも……」

 

「勇っちは、誰かにあーしろこーしろって言うよりも真っ先に困難に突っ込んで行くタイプじゃん? むしろ、普通のリーダーとは違う感じがするもん」

 

「だから悩んでんだよ。そんな俺なんかがリーダーだなんて……」

 

「だ~か~ら~! 悩む必要なんて無いの! 勇っちは、それで良いの!」

 

「えっ……?」

 

「無理にリーダーぶらなくても良いんだよ! いつも通り勇っちは先陣切って突っ走って、皆の道を切り開いて、どんなピンチもなんてこと無いって笑いながら乗り越えて……それで良いんだよ」

 

 真剣な葉月の言葉、されど表情には笑みが浮かんでいる。勇は自身を鼓舞する様な、それでいて導くようなその言葉に耳を貸しながら、何かに気が付き始めていた。

 

「皆の為に頑張る勇っちの姿を見てると、アタシも頑張ろうって思えるんだ。皆と一緒に先へ、先へ……そうやって進んでいく勇なら、アタシは信じられる。謙哉っちもマリアっちも、やよいも玲もみんなみんなそう! 誰かを纏めるとか導くなんてそんなこと考えなくて良い。勇がただ一生懸命でいれば、皆は勇の事を信じてついて来てくれるはずだよ!」

 

 そう言い切った葉月が再び笑顔を見せる。その笑顔を見た勇は、ようやく心の中のもやが晴れた気がした。

 

 リーダーになろうと思うから上手く行かないのだ。自分はただ、皆と一緒に戦えば良いだけなのだ。

 

 自分には光牙のように積み重ねてきた信頼は無い。真美のように優れた頭脳がある訳ではない。でも、何も無いわけではない。

 

 今まで戦ってきたことで生まれた何かが、自分にもあるはずだ。力やレベルだけではない、謙哉との友情を始めとした何かが、きっとあるはずだ。

 

 ならばそれを信じ、自分を信じて戦えば良い。皆と一緒に、皆の為に、この手で道を切り拓けば良いだけだ。きっとその姿を見た誰かが自分を信じてくれる、自分に力を貸してくれる。

 

 自分は皆を導く絶対的な主導者にはなれないだろう。だが、皆と一緒に道を切り拓く人間にならなれるはずだ。光牙と同じになる必要など、どこにも無かったのだ。

 

 光牙を意識しすぎて見失っていたその事に気が付いた勇は深く息を吐き出すと……ようやく、笑顔を見せた。

 

「おお、良い笑顔だね! 悩みは吹っ飛んだ?」

 

「おう、おかげさまでな! サンキュな、葉月」

 

「お礼は言わないで良いよ、ミギーに勝つ為に頑張ってくれたらそれで良し!」

 

「そうだな……! まだ何が出来るか分からねぇ、でも、何も出来ない訳がねぇ! 俺らしく、俺の出来ることをやってやるさ!」

 

「その意気だよ! ……忘れないでね勇っち、ピンチの時でもアタシたちが居るってことをさ。やばい時は、アタシも隣で一緒に戦うよ」

 

「ああ……俺は一人じゃない。こんな簡単なことを忘れてたなんてな……」

 

 しみじみと呟いた後で、勇は自分の両頬を叩く。気合を入れた表情を見せた勇は、目の前の葉月に向かって宣言した。

 

「勝つぜ、葉月。ミギーは、俺たちが倒す!」

 

「うん、当然だよね! それじゃ、作戦会議と行きますか!」

 

 笑い合った後で二人は中庭を後にする。この戦いに勝つために自分たちの出来ることを全てやる。そう決意した二人の背中を物陰から覗く人影が一つ……

 

「……すごいな、葉月さんは……」

 

 少しだけ自分に苛立ちを感じながらマリアが呟く。盗み聞きなんて趣味の悪いことをすべきでは無いと思ったのだが、結局最後まで二人の話を聞いてしまった。

 

(私は、なにも勇さんに言えなかったのにな……)

 

 本来なら勇を励ますのは自分の役目だったはずだ。自分はA組の唯一の生き残りで、この作戦における彼の唯一のクラスメイトなのだから

 

 だが、マリアは自分自身の事で手一杯になって勇を気遣う余裕が無かった。自分と同じ初めての経験で、自分よりも重いリーダーと言う立場になってしまった勇の感じるプレッシャーのことなど、頭の中に浮かびもしなかった。

 

 だからこそ、勇の感じている重圧を見抜き、その心を解きほぐした葉月の事を羨んでしまう。自分には出来なかったことをして、自分には出来ない『勇の隣で戦う』事が出来る彼女を羨ましく思ってしまう。

 

 いつまでも守られる立場から抜け出せない自分に対して嫌悪感を抱きながら、マリアもまた二人の後を追ってその場から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー、てす、てす……マイクチェック完了!」

 

 翌日、勇は大勢の生徒の前でマイクを手に話をしようとしていた。昨日行った作戦会議の中で、謙哉やマリアを始めとする代表者たちと話し合って決めた作戦を伝えるためである。

 

 この場に居るのは何十、何百と言う数の生徒たちだ。当然、その光景を目にする勇にはプレッシャーがかかるが……勇は、それを心の中で笑って跳ね除けた。

 

「あー、念のため自己紹介しとくと、俺がなんだかんだで代理リーダーになった龍堂勇だ! よろしくな!」

 

 あっけらかんと笑いながらそう告げる。上に立つ者の威厳など感じさせないその口調と笑顔が、何故か眩しく思えた。

 

「きっと、経験の無い俺なんかがリーダーをやることに皆は不安を感じてると思う。ぶっちゃけ俺もそうだ、自分をいまいち信じ切れてねぇ」

 

「でも、俺は皆を信じてる。俺を支えてくれるマリアを、皆の盾になってくれる謙哉を、一緒に戦ってくれるディーヴァの三人を、ここにいる皆と一緒なら、どんな困難でも乗り越えて行けると信じてる!」

 

「俺は一人じゃない……頼れる皆と一緒ならどんなことでも出来るって信じられる気がするんだ。自分の事を信じられる気がするんだ」

 

「だから……頼りないリーダーかもしれねぇが、俺の事を信じてくれないか? 皆が信じてくれるならきっと、俺はどんな奇跡だって起こせる!」

 

 この場に集まった生徒たちは、勇の言葉を聞きながら思った。なんとも不思議な男であると……

 

 頼りないことを言っている筈なのに、どこか信じられる気がしてくる。リーダーとは思えない筈なのに、何故か着いていきたくなる。

 

 沢山の瞳が勇を見つめる中、当の本人は握りこぶしを自分の手に打ちつけるとこう話を締めた。

 

「さぁ、まずはミギーの奴をぶっ飛ばしに行こうぜ! 俺たちなら出来る、そう信じてな!」

 

 話を終えた勇がマイクを置く、それから一拍空いて、拍手の音が生まれた。

 

 徐々に大きくなっていくそれを耳にしながら、謙哉もマリアも同じ様に手を大きく叩き続ける。この場に居る生徒たちもまた、誰一人の例外も無く拍手を続けていた。

 

 A組のエリートである光牙とはまた違う新たなるリーダー、龍堂勇。彼の言葉に応えるかの様に拍手の音は鳴り響き続ける。

 

 あくまで代理ではあるが……こうしてNEWリーダー龍堂勇の指揮の下、ミギー討伐作戦が始動したのであった。

 



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力を結集せよ! VSミギー!

「てやぁぁぁっ!」

 

「たあぁぁぁっ!」

 

 獣型エネミーを相手取る一人の生徒が気合を込めた一撃を放つ。携えた剣での一撃をぎりぎりのところでかわしたエネミーに対して、一人の女子生徒の命令が飛んだ。

 

「そのまま跳躍! 背後を取って!」

 

「へっ! そう易々と思い通りにさせるかよ!」

 

 剣を手に直接戦う生徒とエネミーを使役する女子生徒、二人がしのぎを削る姿を見守りながら勇は頷き、そして、同様の訓練を行っている他の生徒たちに視線を向けた。

 

 現在、勇たちは実戦形式の訓練の最中である。チーム分けをどうすべきか迷った勇は考えに考えた結果、各人の一番得意な事でチーム分けをする事に決めた。

 

 武器を持って戦う者、エネミーを使役する者、後方支援に徹する者……それぞれが一番得意だと自己申告した所に配置し、その長所を伸ばす為の訓練をする。それが勇の出した結論だった。

 

 無論、このやり方では光牙やA組の行っていた複雑で完成度の高い連携は望めないだろう。しかし、現在の戦力を考えた勇はこれこそが一番良いやり方だと信じていた。

 

「あとは俺が気張るだけだ……!」

 

 仮にとは言え自分はリーダーだ。そして、攻略部隊の中心戦力である仮面ライダーでもある。

 

 自分を信じて命を預けてくれる皆のためにも全力を尽くす。勇はそう考えながら再び訓練を見守り始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……初戦は圧勝だった様だな、ミギーよ」

 

「はい……! ガグマ様も喜んでいただけましたか……?」

 

 震える声でガグマにそう問いかけたミギーは、主がゆっくりと頷いた事を見て歓喜の笑みを顔に浮かべた。そのまま意気揚々と立ち上がるとガグマに宣言する。

 

「ぼ、ボク! もっと暴れてきます! ガグマ様が満足するように、壊して、殺して、潰してきます!」

 

「……吉報を楽しみにしている。励めよ」

 

「は、はいっ!」

 

 親に褒められた子供のような笑みを浮かべながらその場を立ち去るミギー。その背中を見送りながらガグマは呟いた。

 

「さて……ああなったミギーを止められる者はおるかな? 期待しておるぞ、仮面ライダー諸君……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やっぱり短期決戦が一番だな」

 

「はい。私もそう思います」

 

 勇の作戦にマリアが同意を示す。他の生徒たちや会議に参加している天空橋と命も頷いた事を確認した勇は、改めて対ミギー戦の戦略を発表した。

 

「ミギー相手に長期戦は下策だ。相手の力が溜まって必殺技が発動する前に一気に叩く! これしかねぇ」

 

「まず、ミギーが引き連れている低級エネミーを一般生徒たちが撃破、露払いを済ませます」

 

「その後、俺たちライダーが必殺技を連発してミギーを仕留める。単純だが、今の俺たちに用意できる作戦の中では最も成功率が高いはずだ」

 

「同意見だな……。急造チームでは連携に不備があることが多い。ならばその弱点が露呈する前に相手を倒す方が現実的な案だろう」

 

 命の言葉に頷いた勇は天空橋へと視線を移す。そして、彼にバックアップの要求をした。

 

「オッサン、ミギーの力がどれくらい溜まってるかを確認できるか?」

 

「ええ、こちらで計測して戦闘中にお教えします。仮計算ですが、勇さんの策が上手く行けば、ギリギリミギーの必殺技は発動しないはずです」

 

「そうか! それ聞いたら俄然やる気が出てきたぜ! 良し、後は皆をどう配置するかと連携の確認だな……」

 

「露払いには範囲攻撃が出来る人たちが必要だよね? 魔法攻撃が得意な人たちにやってもらおうか?」

 

「なら私も最初はそちらに加わるわ。丁度良いカードがあるのよ」

 

「あ、私も! 元々、私はサポートの方が得意だし……」

 

「なら水無月とやよいにいくつかの部隊の指揮を執ってもらうか、あらかた敵が片付いた所でミギーへの攻撃に加わって貰うとして……」

 

 ミギーを相手とした作戦について活発に話し合いを続ける勇たち。そんな彼らの様子を頼もしく見守っていた天空橋に命が声をかける。

 

「最初は不安だったが……案外、悪くないじゃないか」

 

「ええ、光牙さんとは違いますが、勇さんのやり方も間違ってはいないと思います。私は、こっちの方が好きですね」

 

「ふっ……私は白峰が指揮を執っていた方が安心するがな。まぁ、そこは考え方の違いだろう。大事なのは皆が同じビジョンを見ているかだ」

 

「それこそ大丈夫ですよ! 今、このチームは勇さんを中心に一つになってる。ミギー討伐という目標に向かって一丸となって突き進んでるんですから」

 

「中心……そうか、中心か……」

 

 天空橋の言葉を意味深に繰り返す命。そんな彼女に対して訝しげな視線を送った天空橋の視線に気がついた命は、こう述べた。

 

「いやなに、そこが白峰との違いなのだろうと思ってな。龍堂が中心なら、あいつはトップだ。同じリーダーでもこうも違いが出ると思うと興味深くてな」

 

「なるほど……言われてみれば、そうかもしれないですね」

 

「ああ……さて、あいつが中心となって巻き起こる旋風は、奇跡を起こせるかな?」

 

 珍しく笑顔を見せた命に対して驚いた表情を浮かべた後、天空橋は彼女と同様に笑みを浮かべながら断言した。

 

「出来ますよ。このチームなら必ず!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勇っち! ちょっと相手してよ、新技の調整に手を貸して!」

 

「おう、良いぜ! 気合十分だな、葉月!」

 

「当然じゃん! ミギー戦で大活躍して、勇っちをあっと驚かせてあげるよ!」

 

「あはは! そりゃあ、頼もしいな! 頼りにしてるぜ、葉月」

 

 作戦の最終確認を終えた勇は、外で待っていた葉月に連れられて再び訓練場へと向かって行った。二人の後ろ姿を見つめるマリアの口から、寂しげなため息が漏れる。

 

 ここ最近の勇の活躍は目ざましかった。生徒のチーム分けから作戦の立案、訓練の指示などをほとんど一人で行っているのだ。当然マリアを始めとしたメンバーもサポートしているが、それをもって余りある活躍だった。

 

 疲れや弱音を見せる事無く動き続ける勇。そんな彼の心に火を着けたのは間違いなく葉月である事をマリアは知っていた。中庭でのあの会話は、本来ならば自分がやらなければならない役目を葉月に負わせてしまったということも十分に理解していた。

 

(羨ましいな……やっぱり……)

 

 自分から離れて葉月と共に歩む勇の背中を見ながら思う。どこか寂しい感情を心の中に抱いているマリアの目からはじわりと涙が滲んでいた。

 

(いけない、こんなんじゃ勇さんに心配されちゃう……!)

 

 マリアは涙を拭うと自分の頬を叩いて気合を入れなおした。ミギーを倒すために一丸となっている皆の士気を下げてなるものかと思いながら顔を上げる。

 

「……私もやれる事をやらないと……!」

 

 まだまだ仕事は残っている。それを終わらせることが自分の役目だと言い聞かせながらマリアもその場を去る。

 

 ちょっとだけ感じる心の痛みを隠しながら、マリアは教室の中へと消えていったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「あれは使わないの?」

 

「うん、今回の作戦で使うには博打すぎるからね。短期決戦って点ではぴったりだけど、もう少しものにしてから使いたいんだ」

 

「……そう」

 

 そう言いながら屈伸を続ける謙哉に対して玲は短い返事をした。そのまま彼の背中を見続けていた彼女だったが、ふと謙哉が振り返ると思い出したように声をかけてくる。

 

「射撃部隊の援護には期待してるよ。水無月さんが後ろに控えてくれるなら恐いもの無しだよ!」

 

「おだてても何も出ないわよ。でもま、新技を披露する良い機会だと思わせて貰うわ」

 

 謙哉の言葉にそっぽを向いて返事をする玲。照れている事を彼に悟られないための行動なのだが、当の謙哉はそんなことはまるで気にせずに笑顔で話を続けていた。

 

「でもすごいよね、勇はあんなに立派にリーダーをこなしてさ……ほんの数ヶ月前までただの学生だったなんて思えないくらいだよ」

 

「……そうね。でも、あなたも似たようなものでしょ?」

 

「あはは! 僕なんかまだまだだよ! もっと強くならなきゃ、もっと、ね……」

 

 そう言いながら拳を握り締める謙哉の姿を見た玲は、前にも感じたあの感覚を思い出していた。

 

 傍に居るはずの謙哉がどこか遠くに居る様な錯覚……どこか痛々しさを覚える彼の姿を見ていると心がざわつくのを感じる。

 

「……まぁ、好きにやんなさいよ。ヘタレた姿を見せたら後ろから撃ってやるから」

 

「ははは、それじゃあ気合入れないとね。水無月さんの攻撃、すごく痛いから」

 

 こんな時、葉月ややよいの様に上手く発破をかけられれば良いのだが……二人の様に上手く言いたい事が言えない口下手な自分の事を玲は恨めしく感じながら、謙哉と話し続けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひひ……壊すよ、潰すよ……!」

 

 ミギーの号令と共に取り巻きのエネミーが駆け出す。周囲の建物に攻撃を加え、破壊し始めたエネミーを見た人々が叫びながら逃げ惑う。

 

「壊せ、壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ! 世界の全てを壊しつくせ!」

 

 狂気に染まったミギーの叫びを受けたエネミーたちがその活動を活発化させる。人々を襲い、建物を壊し、街に火を放つ。破壊の限りを尽くしながら前進するミギーの軍団に対して警察が挑みかかるも、あっという間に蹴散らされてしまった。

 

「止まらないヨ、そんなんじゃあね……!」

 

 一人の警官を放り投げ、近くにあったパトカーを蹴り飛ばしたミギーが呟く。自分を止める者は無く、周囲には阿鼻叫喚の光景が広がっている。

 

 その事に気を良くしながらミギーは考える。ガグマがきっとこれで喜んでくれると言うことを……

 

「アハハハハ! アハハハハハハハッ!!!」

 

 主の寵愛を一身に受けられる喜びを感じて高笑いを続けるミギー。そんな彼が再び進軍を号令しようとしたとき、異変が起きた。

 

「アギャァッ!?」

 

「ギギィッ!!!」

 

 どこからか飛来した火の玉や光線が自分の手下たちを攻撃し始めたのだ。四方八方から放たれる攻撃に対応出来ないでいるミギーたちの耳に、勇の大声が響く。

 

「よっしゃ! 作戦通り行くぜ! 皆、頼む!」

 

「了解!」

 

 その声を耳にしたミギーは、この攻撃を仕掛けてきた相手の正体に感づいた。以前、ガグマに目をかけられたあの小僧……前回の戦いでは見逃したが、今度こそ叩き潰してやると憎しみを強めた時だった。

 

<カノン! ラピット!>

 

 電子音声と共に出現した巨大な砲門、その前には玲が立っており、こちらに銃口を向けている姿が見える。

 

「……派手な口火を切らせて貰うわ!」

 

<必殺技発動! パイレーツカーニバル!>

 

 玲が引き金を引くと同時に後ろに控える砲門から次々と巨大な弾丸が発射されていく。低級エネミーもろともミギーを攻撃するその砲弾の爆風を受けながらも顔を上げたミギーの目に蒼い影が映った。

 

「打ち合わせどおり! 流石は水無月さん!」 

 

<キック! サンダー!>

 

<必殺技発動! ライジングダイブ!>

 

「ぐっ!? おおぉぉぉっっ!?」

 

 砲撃の合間を縫って接近していた謙哉の必殺技を受けて吹き飛ぶミギー。胸に残る衝撃と痺れに顔を歪めていた彼に対し、やよいが追い討ちを仕掛ける。

 

「真美ちゃんから貰ったカード、今こそっ!」

 

<プリズム! ステップ!>

 

<必殺技発動! フェアリーダンス!>

 

 カードを使用したやよいの足にピンク色の光が灯る。踊る様な足つきでミギーへと接近したやよいは、そのまま交互に右足と左足での蹴りを繰り出した。

 

「ワン! ツー! フィニーッシュ!」

 

「がふっ!?」

 

 文字通り「妖精の踊り」の様な動きでミギーに蹴りを叩きこんだやよいは、最後に大きく回転すると回し蹴りをミギーの側頭部に繰り出す。その連撃を喰らい続けたミギーは、半ばグロッキー状態のままに顔を上げた。

 

「このっ……人間どもめっ! 調子にのるんじゃないよ!」

 

 自分に何一つ反応を取らせない見事な連携、そして自分を追い詰める策略に対して嫉妬の思いを募らせるミギー。

 

 しかし、そんな彼の感情の高ぶりが頂点に達する前に葉月が挑みかかってきた。

 

「たあぁぁぁっ!」

 

「クハハ……! 丸見え、だよ!」

 

 遠くから駆け寄ってきた葉月が自分目掛けて飛びかかる姿を見たミギーは嘲笑混じりに呟く。そして、鋭く伸ばした爪を使い、葉月の腹部を切り裂こうとしたが……

 

「なっ!?」

 

 爪が当たる寸前、突如として葉月の姿は消えうせてしまった。幻影の様に姿を消した葉月に対して驚愕していたミギーだったが、すぐさま後ろから電子音声が聞こえてくる。

 

<必殺技発動! ファントムスラッシュ!>

 

「本命はこっちだよ~ん!」

 

「ぎゃぁぁぁぁぁっ!」

 

 背中を切り裂かれる痛みに叫ぶミギーはよろよろとよろめきながら後退さる。一方的に攻撃を仕掛けられている事への悔しさに嫉妬を滾らせるも、その感情が高ぶる前に勇の斬撃を見舞われて宙に舞った。

 

「おらっっ! これでどうだっ!」

 

「ぎ、ぎぃぃぃっっ!?」

 

 二度、三度と繰り出される剣での攻撃がミギーを切り裂く。痛みと共に生み出される嫉妬の感情のまま勇へ反撃を繰り出そうとしたミギーだったが、その寸前に二人の間に割って入ってきた葉月に吹き飛ばされてしまった。

 

「うぅ……ぐぅぅ……!」

 

「オッサン! ミギーのエネルギーはどうだ!?」

 

『大丈夫です! まだ必殺技の発動までには余裕があります!』

 

「ぐぅぅ……なん、だよ、おまえらぁ……! 嫉妬心が、ないなんて……っ!」

 

「よっし! いけるよ勇っち!」

 

 葉月の言葉が表すように次々と周囲に低級エネミーを片付けた生徒たちが集まりミギーを取り囲んでいく。

 

 ライダーたちの必殺技を連続して受け消耗したミギー、そんな彼を助ける存在はもうどこにも居ない。それでも勇たちは油断無くミギーを取り囲んで行った。

 

「皆さん! 反撃に注意して気を抜かないで戦ってください! 相手の動きを良く見て勇さんたちの援護を!」

 

「王手はかかった。後は玉を取るだけさ!」

 

 周囲から謙哉が、玲が、やよいが、ライダーたちがミギーの逃げ場を無くすかのように姿を現す。マリアも生徒たちに指示を飛ばし、最後の最後まで気を抜かずに戦おうとしていた。

 

「……ミギー、これで最後だぜ!」

 

 地面に膝をついているミギーに対し、ディスティニーソードを構えて宣言する勇。トドメの必殺技を発動しようとしたその瞬間、狂った様な笑い声が辺りに響いた。

 

「ククク……クハハハハハ! アハハハハハハ!」

 

「何だ……!? 何がおかしい!?」

 

 笑い声を上げているのはミギーだった。ゆらりと立ち上がり、なおも狂った笑い声を上げ続けている。

 

 その不気味さに気圧される勇だったが、気合を込めなおして剣を握る。ここで怯む訳にはいかない。あと一撃を喰らわせて絶対に勝つのだ、そう考えた時だった。

 

『勇さん! 一度退いて下さい!』

 

「えっ!?」

 

『突如ミギーのエネルギーが増大しました! エンヴィー・ダイナマイトが来ます!』

 

「何だって!? まだ余裕があるはずじゃなかったのかよ!?」

 

「ククク……危なかった、危なかったよ……!」

 

 紫色の光を体から放ちながら顔を上げるミギー、その視線はまっすぐにマリアを捉えていた。

 

「キミ……誰かに嫉妬してるでしょ? 誰かのことを羨んでるでしょ? 君のおかげで、ボクの力がぎりぎり溜まったよ……アリガトウ……!」

 

「あ……ああっ……!」

 

 ミギーの言葉を受けたマリアの顔が一瞬で蒼白になる。そして、彼女は自分の愚かさを後悔し始めた。

 

 そうであった。自分は確かに葉月を羨んでいた……自分には出来なかった勇を励ますと言う事をやってのけ、自分には出来ない彼の隣で戦うと言う事が出来る彼女に対し、嫉妬の心を抱いていたのだ。

 

 それが対ミギー戦において致命的な問題になる事は理解していたはずだった。しかし、自分の中の感情を整理できるほど、今のマリアには余裕が無かったのだ。

 

 結果、今ここでミギーに指摘されるまで、自分の中に生まれていた嫉妬の感情に気がつくことが出来なかった。その事にようやく気がついたマリアは、その場にガクリと膝をついて嗚咽を漏らし始めた。

 

「皆、逃げて! 出来る限りこの場から離れるのよ!」

 

「防御系のカードが使える人はそれを使って! こっちの損害を軽減する事だけを考えるんだ!」

 

 先ほどまでの攻勢が一転、危機的な状況に追い込まれたことに対してマリアは強く責任を感じていた。

 

 なれない立場の中、プレッシャーと戦い必死になってリーダーの役目を果たそうとしていた勇とそんな彼の事を信じてついてきた生徒たち、皆が一丸となって努力し、ミギーを倒そうとしていた。

 

 その努力を自分が滅茶苦茶にしてしまった。後一歩だったのに、自分の感情もコントロール出来ない愚かな自分のせいで、勇の努力を水泡に帰してしまった。

 

「うっ……うぅぅ……!」

 

 自分が情けなかった。どうしようもないほどに涙が溢れてくる。こんな自分のせいで、皆を……そう、マリアは自分を責め続けていた。

 

「顔を上げろ、マリア」

 

 だが、その肩を勇が掴む。はっとして顔を上げたマリアは、自分の事を見つめる勇に必死になって謝罪の言葉を投げかけた。

 

「ごめんなさい勇さん! 私のせいで、全部、全部が……!」

 

「……まだ何も終わっちゃいねぇ。諦めるのは早いぜ、マリア」

 

「え……?」

 

 マリアの頬を伝う涙をそっと拭う勇。そのまま彼女の手を取ると、力強い口調で言った。

 

「……手を貸してくれ、お前の力が必要だ」

 

「勇……さん……?」

 

 呆然とした表情で呟くマリアの目の前で勇が頷く。作戦失敗の原因を作った自分をなおも信頼してくれるその言葉と力強い手にマリアの中の不安が消え去っていく。

 

 そうだ、まだ何も終わっていない。勝ってもいないが、負けてもいないのだ。諦めるのはまだ早い。 

 

「……はい、お供します。私の力で良ければ、いくらでも使ってください!」

 

「ああ! 一緒に奇跡を起こそうぜ!」

 

 ようやく前を向いたマリアが涙を拭う。そして、必殺技を発動しようとしているミギーを見た。

 

 もう逃げない、俯かない……そう固く誓ったマリアは強く勇の手を握り返す。そして……

 

 数秒後、紫色の爆発が巻き起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ク、アハハ……! 吹き飛んだ、吹き飛んだ吹き飛んだ!」

 

 爆発の中心地で笑うミギー、自らの全ての嫉妬の感情を解き放った開放感に酔いしれつつ前を向く。

 

 今は煙で見えないが、そのうち周囲の様子が探れるようになるだろう。そうなれば、今の攻撃でどれだけの被害が出たのかをこの目で見る事が出来る。

 

 自分を苛立たせ、ガグマに歯向かう者共を全て排除することが出来た……その事に恍惚としていたミギーだったが、そんな彼の耳に信じられない言葉が聞こえてきた。

 

「……何がそんなにおかしいんだ? 俺にも教えてくれよ」

 

「え……?」

 

 爆炎の向こう側から聞こえた声に耳を疑う。自分の攻撃で消し飛んだはずの勇の声が聞こえる訳が無いと首を振って今の声を否定する。

 

 しかし、煙が晴れた後に見えた光景は、到底彼が信じられるものではなかった。

 

「よう、また会ったな。数秒ぶりか?」

 

「ど、どうして……?」

 

「どうして無事なんだ? って顔してるな。ま、説明してやるから少し待てよ」

 

 あれだけの爆発が起きたというのに何一つ傷ついていない道路の真ん中で、ニヤリと勇は笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マリア、祝福属性のカードだ! それならミギーの必殺技を打ち消せる!」

 

「でも、私の持っているカードはあくまで属性付加です! それだけじゃ何の意味も……」

 

「一つで意味が無いのなら二つの力を組み合わせるだけさ、忘れたのか? 俺にはこれがあるんだぜ!」

 

<ディステェニー! マジック ザ ディスティニー!>

 

 目の前でマジカルディスティニーに変身した勇を見たマリアは彼の考えを瞬時に読み取った。同時に、自分のホルスターから『ホーリー』と『バリア』のカードを取り出す。

 

「バリアの張り方はマリアに任せる! それはマリアの得意分野だからな!」

 

「わかりました!」

 

<バリア! ホーリー!>

 

<マジカルミックス! サンクチュアリガードナー!>

 

 ディスティニーワンドを手にしたマリアが半円状のドーム型バリアを生成する。ミギーを包み込むようにして作り出されたそれは、祝福属性の特性を活かした堅牢な防御力と呪殺属性に対する耐性を備えていた。

 

「ぐっ……!」

 

 作り出されたバリアに走る衝撃、ミギーの必殺技が作り出す爆発の強さに顔をしかめるマリアだったが、その手を勇が掴み、共にバリアを支えてくれた。

 

「頑張れ! 俺がついてる! 俺たちなら絶対に出来るはずだ!」

 

「はいっ!」

 

 勇のその言葉を受けたマリアの胸の中に温かな力が湧き上がる。彼の言うとおり、絶対にこの攻撃を防ぎきることが出来るはずだと強く思える。

 

(負けない! 私を信じてくれる勇さんの為にも! 防ぎきってみせる!)

 

 強い意志と力を持ったマリア、彼女はA組の防御面を支えてきた守りのスペシャリストだ。

 

 そんな彼女が決意したなら、防ぎきれない攻撃などありはしない。しかも今は彼女一人だけでは無い、勇も一緒に戦っているのだ。

 

 腕の痺れと痛みに耐えながらバリアを張り続けた二人は、見事ミギーの必殺技が収まるまで防御を続け、周りの被害を0に食い止める事に成功したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だ……ボクの全力の必殺技だぞ? それを、防ぎきった……? 嘘だ嘘だ嘘だ!」

 

 勇の話を聞いたミギーが大きな声で喚き散らす。子供のように駄々をこねながら勇とマリアに襲いかかるも、横入りして来た葉月に蹴り飛ばされてあえなく吹き飛んだ。

  

「あぐぅ……っ!」

 

「サンキュー、マリアっち! もう駄目かと思ったよ!」

 

「葉月さん! ナイスフォローです!」

 

「な、何でだよ……? キミ、さっきまでそいつに嫉妬してたはずだろう? なんでそれが消えてるんだよ……!?」

 

「……気がついたんです。確かに私は葉月さんの様にはなれない。でも、だからって何も出来ないわけじゃないって!」

 

「うん! アタシには今の攻撃を防ぐことは出来なかったけど、マリアっちには出来た! そうやって、お互いの出来ない所をカバーして、出来る事を認め合う関係の方が嫉妬するより何倍も素敵だよね!」

 

「はい! その通りです!」

 

「何だよ……? 認め合う? 何なんだよそれ!? 理解出来ないよ!」

 

 ミギーは混乱していた。自分の全力の一撃が防がれたことも、先ほどまで感じていたマリアの嫉妬が消えたことも、二人の言った認め合うと言う事についても何一つとして受け入れられなかった。

 

 そんなミギーに対して勇が杖を向ける。そして、静かに口を開いた。

 

「良く覚えとけよミギー、人は互いに嫉妬する生き物だ。でも、それはお互いをすごいって思ってるからこそ生まれる感情なんだよ。自分の出来ない事を出来る奴をすごいって思うから、だから嫉妬が生まれるんだ」

 

「すごい……? 他人を、そう思うことが……嫉妬?」

 

「ああ、そうさ! そういう風に思い合う人間同士が手を組めばどんな事だって出来る。今、お前の攻撃を防いだようにな! 認め合うこと、それが強くなる一番の近道なんだよ」

 

「認め合う……? なんだよそれ、理解出来ないよ……!」

 

「……俺は仲間を認めて、信じてる。皆が俺を信じてついてきてくれたようにな。だから俺は強くなれた! 皆も一緒に強くなれたんだ!」

 

 信じる事と認める事、嫉妬と正反対の位置にあるその感情を理解出来ないミギーは頭を抱えてその場で呻くばかりだ。隙だらけのミギーだが、必殺技を破られた時点でもう勝敗はついていた。

 

「……ミギー、お前はすげぇよ。たった一人で俺たちをここまで追い詰めた。素直に認める、お前は強い」

 

「はぁ……?」

 

 勇のその言葉にミギーは呆然とした声を上げた。自分を認める、その言葉の意味が理解できずに立ち尽くしたままとなる。

 

「もし次があったら、そん時は仲間と一緒に来い。自分が信頼できて、認める事が出来る仲間とな……!」

 

<マジカルミックス! ジャッジメントサンダー!>

 

 葉月とマリアから一枚ずつカードを受け取った勇がそれをディスティニーワンドにリードし、ミギーに杖先を向ける。一瞬後に繰り出された白い雷撃に胸を貫かれながら、ミギーは不思議と満足げな気持ちを覚えていた。

 

(ああ、そうか……これが……!)

 

 二、三歩後退りながらも勇を見る。もう自分の敗北は決定したことだ、それでも、伝えなければならない事がある。

 

「龍堂、勇……!」

 

 ようやく本当の意味でこの感情を理解する事が出来た。今まで感じていた漠然とした苛立ちとは違う明確なそれを感じながら、ミギーは最後に呟く。

 

「こんなボクを、認められるなんて……ホント、嫉妬しちゃう、な……!」

 

 ゆっくりと、その言葉を吐いたミギーの体が消滅して行く。彼の体が変化した光の粒が最後の光を放って消えた時、天空橋の声が全生徒に届いた。

 

『ミギーの消滅確認! 我々の勝利です!』

 

「……やっ、たぁぁぁぁっっ!」

 

 誰もが勝利の喜びを感じ、騒いでいた。マリアと葉月が抱き合い、やよいが飛び跳ね、玲も満足げに腕を組んでいる。

 

「勇、お疲れ様! 見事な指揮だったよ!」

 

「サンキュな、謙哉。皆もありがとう! この勝利は皆のおかげだ!」

 

 勇のその叫びに応えるかの様に生徒たちの声が木霊する。伝染する勝利の喜びの中、心を踊らせたまま勇もまたその騒ぎの中へと飛び込んで行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……龍堂たちは無事にミギーを倒したそうよ」

 

「……そうか」

 

 病院の中で真美からの報告を受けた光牙がぼそりと呟いた。俯いたままで表情は見えないが、その声からは悔しさが滲み出ている。

 

「……真美、俺ももう少しで怪我が癒える。そうしたら攻略に復帰するよ」

 

「ええ、皆があなたを待っているわ。あなたが今感じている悔しさをばねに飛躍してくれるって、私は信じてるから」

 

「……ありがとう、真美」

 

「気にしないで、光牙を支えるのが私の役目だもの」

 

 そう言って光牙に笑顔を見せた真美は病室から出て行った。そのままゲームギアを起動し、今回の作戦の報告に目を通す。

 

(……上手く行ったか。まぁ、私にとってはどちらでも良かったけれどね……) 

 

 マリアからの送られた丁寧な報告文を読みながら真美は思う。勇がミギー討伐に成功しても失敗しても、真美にとってはどちらでも良かったのだ。

 

 成功したならばこの悔しさをばねに光牙の飛躍を促すだけだ、光牙ならそれが出来ると真美は信じていた。

 

 失敗したならば怪我の癒えた光牙にリーダーの役目を代わらせるだけだ、勇の失敗を耳にすれば光牙の嫉妬心も幾ばくかは落ち着くだろう。

 

 総じて真美にとってはどちらに転んでも良かった戦いだったのだ。もちろん失敗すれば被害が出る事はわかっている。だが、それでも光牙の今後を考えれば打っても悪くない一手であったのだ。

 

 例え裏切られ、思いが届かなくとも、真美には光牙を見捨てるなどと言う選択肢は存在しなかったのだ。

 

(大丈夫よ光牙……あなたはまだまだこれからだもの……!)

 

 真美は考える、光牙を勇者にする為の次の一手を。その為に必要ならばどんな犠牲も厭わない。

 

 仲間であろうとなんであろうと、利用できるものは利用するだけだ。真美にとっては光牙こそが全てであり、唯一の大事なものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ミギー、お前は良くやったぞ。十分に役目を果たした」

 

 燭台に灯っていた紫色の炎が消え、自分の手の中に戻ってきたことを見て取ったガグマが小さく呟く。ほんの少しだけ残念そうなその声色からは、素直にミギーを悼む気持ちが感じられた。

 

「では、次は私が行きましょう」

 

 そっと、ガグマの横にマリアンが姿を現す。とん、とんと歩みを進めた後、小さなゲートから現実世界を覗くマリアンは、目当ての人物を見つけた事に満足げな笑みを浮かべた。

 

「色欲……色に溺れる淫らな欲求と思われがちだけど、その本質は愛し愛されたいと願う純粋な欲求……綺麗で醜い、愛の欲望なのよ……」

 

 ふぅ、と息を吐き出すと愉快そうな笑みを浮かべるマリアン、その視線の先にいる少女に届かない言葉を送る。

 

「水無月玲さん……あなたに愛の素晴らしさと恐ろしさを教えてあげるわ……!」

 

 暗い部屋の中で、マリアンの冷たい視線が玲の横顔を見つめていた。

 

 



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凍りつく心

 

 

「お母さん……っ!」

 

「こんなに大きくなって……っ!」

 

 目の前で親子が涙ながらに抱きしめあっている。司会の男性やゲストとして呼ばれたタレントたちがその様子を涙を浮かべて見守っていた。

 

(まったく……これの何が感動的なのかしら?)

 

 心の中でやれやれと言った表情をしながら玲もまた彼女たちを見守っていた。正直、こういうお涙頂戴の番組は苦手だ。

 

 本日、ディーヴァの三人は生放送のテレビ番組に出演していた。『感動の再会! あの人に会いたい……!」と銘打たれたその番組の内容は、タイトル通り生き別れた両親や離れ離れになった友人たちをテレビ局が探し出し、依頼人とスタジオで再会させると言うものだ。

 

 ここまで何組かの人たちの再会シーンを見てきたが、玲としてはあまりそれが感動的だとは思えなかった。自分で探し出したのならまだしも、誰かに探し出して貰うなんて他力本願過ぎると思ったのだ。

 

 まぁ、そんな自分の心が冷たいのだろうと判断した玲は、番組の雰囲気を壊さない様に自分も感動した様な表情を作ってゲストたちを見守ることに注力していたのだが

 

「さて……実は今日、皆様にもお伝えしてなかったことがあります」

 

 だから司会の男性が台本になかった事を言い出したとき、ほんの少しだけ嫌な顔をしてしまった。今の表情がカメラに写っていない事を祈りながら玲は思う。

 

 こういうサプライズと言うものは、大体が趣味の悪い親切の押し付けなのだ。そのサプライズを受ける事になるであろう人物に心底同情しつつ表情を作り直した彼女にスポットライトが集まる。

 

「……は?」

 

「本日、この場所には、ディーヴァの水無月玲さんにどうしても会いたいと願っているとある方が来ているのです!」

 

 ぞわり、と嫌な予感がした。それも相当悪い事が起きる予感だ。

 

 葉月とやよいを除いたゲストたちが感動的な表情を自分に向けている。残りの二人は困惑と驚きの入り混じった表情をしていた。

 

「では、出て来ていただきましょう! 幼い頃に彼女と離れ離れになった水無月さんのお母様です!」

 

 そしてカーテンが上がり、その人物が姿を現した時に玲の頭の中は真っ白になった。

 

 そこにいた人物、なんの罪の意識もなさそうな笑みを浮かべているその人物は、かつて自分を虐待し続け、人間不信に陥れた張本人の一人……自分の母親だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……大丈夫か、謙哉?」

 

「……僕にそれを聞くのは間違ってるよ」

 

 浮かない表情をしている謙哉を気遣った勇の言葉は、他ならぬ彼の短い一言で切り捨てられた。あまり余裕のなさそうな親友に対して心配そうな表情を送りながら勇は数日前から続くこの出来事を思い返していた。

 

 先日の生放送での一件、番組からのサプライズで登場した母親の姿を見た玲は酷く錯乱し、番組は一時放送を停止する騒ぎにまで発展した。無論、その様子を見ていた者も、見ていなかった者も翌日にはその話で持ちきりだった。

 

 何故、玲はあそこまで錯乱したのか……? その謎に迫った報道者たちが玲の過去を暴いてしまったのである。そして、それは更なる騒ぎの火種となった。

 

 『女神から笑顔が消えた理由』『アイドルの過去に隠された悲劇』……新聞や情報誌を見ればそんな見出しが踊っている。それを見るたびに勇はなんとも言えない悔しさを感じていた。

 

 別段、玲と仲が良かったわけでは無い。しかし、最近の彼女は目に見えて自分たちと連携を取ろうとしている様になっていた。それは、玲が自分たちを信じてくれた証だと思っていたのだ。

 

 今、初めて玲の過去を知った勇は、過去にそんなことがあったと言うのに自分たちを信じてくれるようになった玲の事を尊敬し始めていた。同時に、彼女と信頼関係をいち早く結んだ謙哉に対しても同じ感情を覚える。

 

 だからこそ勇は二人が心配だった。せっかく心を開きかけてくれていた玲がこの事件のせいで再び心を閉ざしてしまうのではないか? その時、彼女と良い信頼関係を結べていた謙哉がどう思うのか? 今も浮かない顔をしている謙哉を見れば、否が応でもそんな考えを浮かべてしまうのであった。

 

「……謙哉、今日は水無月の所に行ってやれよ」

 

「え……?」

 

「ソサエティの攻略は休みだ。葉月たちもこの一件のせいでしばらくは俺たちと合流できねぇ。なら、お前は水無月と話して来てやれ」

 

「で、でも……」

 

「ごちゃごちゃ言うな! リーダー命令だ!」

 

 そう言い切った勇は謙哉の背中を押すと教室の外へと締め出す。ドアを閉める前に彼の顔を見ると、自分が知る限りの情報を伝えた。

 

「……水無月は今、都内のホテルを転々としてるらしい。今は東都グランドホテルに居るって葉月から聞いた」

 

「……ありがとう、勇」

 

「礼は言いっこなしだぜ? ……水無月と話せると良いな」

 

 笑顔を浮かべるとドアを閉める。扉の向こうで駆け出す音が聞こえた勇は、満足そうに笑うと本日の予定を考え始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『少しで良いから話せない? 今、ホテルのロビーに来てるから』

 

 悩んだ後、スマホの送信ボタンを押す。グッと手の中でそれを握り締めながら、謙哉はロビーにある大型のテレビの映像を見ていた。

 

 放送されているニュースでは、玲が過去に受けた虐待についてコメンテーターが語っていた。謙哉はしたり顔で自分の意見を語る男性とそれに頷きながら話を聞き続ける人々に言い様の無い不満を覚える。 

 

 彼らが一体、玲の何を知っているのだろう………自分の知っている情報と玲の過去を組み合わせて、玲は今こう思っているだろうだとか、きっとお母さんに対してどう接すれば良いのかわからないのだとか、それが全ての事実であるかの様に話す彼らに苛立ちを感じた。

 

 自分だってそうだ。数ヶ月の間チームを組んでいたが、彼女についてはっきりとわかることはあまり無い。だが、やっとお互いを理解出来る様になって来ていたのだ。

 

 目を合わせてくれるようになった。名前で呼んでくれるようになった。背中を預けて戦ってくれるようになった……一歩ずつ、距離を縮めていけていたのだ。

 

「……っ!」

 

 そこまで考えた所で手の中のスマホが震えた事に気がついた謙哉は視線を落とすと画面を見る。そして、そこに浮かび上がった文字を見て小さく呻いた。

 

『帰って』

 

 短い、たった三文字だけの返信。初めて会った時の玲がしていたそのそっけない対応に声を詰まらせた謙哉が何か彼女に言おうとして……止めた。

 

 どうすれば良いのか分からなかった。拒まれていたとしても、彼女が傷ついていると言うのなら傍に行きたかった。だが、もしも騒ぎになって報道陣がここに玲が居ると言うことに気がついたらどうなる?

 

 園田たちが必死になって玲を守ろうとしているのに、自分の勝手な行動で全てを水泡に還すわけにはいかない。悔しさに歯を食いしばりながら、謙哉は短い返信を玲に送った。

 

『分かった。でも、何かあったらすぐに連絡して』

 

 それだけ打ち込み返信するとソファーから腰を上げる。そのまま重い足取りでホテルの外へと向かう。

 

 外に出た後、高くそびえる建物の何処かに玲が居る事を思いながらそれを見つめた謙哉は、自分の無力さを感じながらその場を去って行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

「今更何の用よ!? のこのこ顔を出して!」

 

 俯き、顔を伏せたままの母をなじる。溢れる感情のままに叫び続ける。

 

「あの男に捨てられた事ぐらい知ってるのよ! それで? 一人で寂しくなったから私の所に来たってわけ? 冗談じゃない!」

 

 怒りが、悲しみが、玲の心の中から溢れた。目から涙を流しながらなおも玲は叫び続ける。

 

「どうせ私のことなんかどうでも良いんでしょ!? あなたは、ただお金や自分を甘やかしてくれる存在が欲しいだけよ!」

 

 憎くて憎くて仕方が無かった。今更自分の前に現れた母が、どうしようもなく憎かった。

 

 だが、玲は自分の叫びを否定して欲しかった。そんなことはない、お前を愛しているのだと言って欲しかった。だが……

 

「……ああ、そうだよ。お前なんかどうでも良いんだよ」

 

「っっ……!」

 

「たんまり金を稼いで、周りにちやほやされて……お前は良い人生を送っているんだろう? なら、私に少しくらい見返りがあっても良いじゃないか!」

 

「お前の言うとおりさ! 私はお前なんかどうだって良い! お前の持っている金が欲しいだけなんだよ! その為にテレビにまで出たって言うのに……あ~あ、失敗したね!」

 

 ガン、と頭をハンマーか何かで殴られた様な衝撃を感じた。指先が痺れ、先ほどまで感じていた様々な感情が消え去っていく。

 

 やっぱりそうなのだ……自分は、自分を産んでくれた母親にだって必要とされていない。どうでも良い存在なのだ……

 

「お前なんて誰にも愛されるものか! お前の事を大切に思う人間なんて、この世界にいるものか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ……!!!」

 

 最悪の目覚めだった。ホテルのベッドの上で、汗びっしょりになって目覚めた玲は大きく呼吸をして、瞳から涙を零す。

 

 放送の後で母から言われた言葉が頭から離れない。自分を包む闇が、その深さを増したように思える。

 

 グルグルと幾重にもループする思考の中で、玲は顔を覆って小さく泣き続けた。

 

「うっ……ううっ……!」

 

 自分は一人ぼっちだ。暗い部屋の中でこうして誰にも慰められること無く泣き続けている。ひどく惨めな、寂しい人間だ。

 

 愛されている実感が欲しかった。一人では無いと抱きしめて欲しかった。

 

 だが、そうして貰うためには人に近づかなければならない。誰かに愛して貰うために、誰かを愛さなくてはならない。

 

 そして、自分が愛した人間が自分を愛してくれるとは限らないのだ。自分を利用するだけ利用して、そのまま投げ捨てられる可能性だってある。

 

 玲は、それがたまらなく恐かった。

 

「謙哉……っ!」

 

 会いたかった。このホテルにやって来てくれたと聞いて本当に嬉しかった。だが、同時に玲の頭の中では母の言葉が鳴り響いた。

 

 お前なんか誰も愛さない……その言葉が呪いとなって玲を苦しめる。もしかしたら、自分に近づく者は全員、自分を利用するつもりなのかもしれないと考えてしまう。

 

 だから会えなかった。帰ってくれと言う他無かった。そんな風に、ぐちゃぐちゃになってしまった心をどうしようも無いまま苦しみ続ける玲が瞳を閉じた時だった。

 

「本当、弱くなったわね……」

 

「っっ!? だ、誰っ!?」

 

「ふふふ……ここで会うのもなんだから屋上で会いましょう。楽しい事をしましょうよ……!」

 

 響いていた声はそう言うと徐々に遠ざかって行った。警戒心を強めながらも、玲はその言葉に従って部屋を出る。その手には、ギアドライバーが握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ……来たわね、水無月玲さん」

 

「あんたは……!」

 

 ホテルの屋上、やや広めながらも様々な機械が置かれているその広場の中心にいる人影を見た玲の目が驚きで見開かれる。

 

 赤い色をした女性型の魔人……それがガグマの部下であるマリアンだと言うことはすぐにわかった。同時に腰にドライバーを当てて変身の構えを取る。

 

「一人になった私を襲いに来たってわけ? いい趣味してるじゃない」

 

「いいえ、私はあなたを助けに来たのよ」

 

「私を助ける? 馬鹿な事を言わないで頂戴!」

 

「ふふふ……嘘じゃないわよ。だって私にはあなたの気持ちがよく分かるんだもの……!」

 

「くっ……!」

 

 余裕を崩さないマリアンを睨んだ玲は、これ以上相手のペースに巻き込まれまいと頭を振って話を強引に断ち切ろうとした。

 

 ドライバーにカードを通し、ディーヴァへと変身する。メガホンマグナムを構えた玲は、マリアン目掛けて引き金を引き続けた。

 

「そんなに怯えないで……。恐がらなくたって良いじゃない」

 

「誰が怯えているもんかっ!」

 

 マリアンの言葉を否定しながら銃撃を続ける玲。しかし、その攻撃がマリアンに当たる事は無かった。

 

「くっそぉ……!」

 

「あらあら……言う事を聞かない悪い子にはおしおきが必要ね」

 

「なっ!?」

 

 瞬間、十分な距離があったはずのマリアンとの距離が消滅する。目にも留まらぬ速度で玲に接近したマリアンは、鋭い手刀でメガホンマグナムを持つ玲の右手を打ち払った。

 

「あっ!?」

 

 その衝撃に武器を取り落としてしまう玲。そんな彼女にマリアンの追撃が迫る。

 

 右手を打った手刀はそのまま裏拳となって玲の脇腹に叩き込まれた。痛みに顔をしかめた玲に対し、マリアンは前蹴りを繰り出す。

 

「うあぁっ!!!」

 

「うふふ……まずはその無粋なドレスを剥いであげるわ」

 

 蹴り飛ばされ、背後の機械に叩き付けられる玲。痛みに耐えながら立ち上がった彼女が見たのは、マリアンの手に集まるいくつもの氷弾だった。

 

<必殺技発動 ダイアモンドブリザード……!>

 

「きゃぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 低い電子音声が響き、マリアンの手から無数の氷弾が玲目掛けて発射される。いくつもの握り拳ほどの大きさの氷が猛スピードで玲にぶつかり、玲は大きく吹き飛ばされた。

 

<GAME OVER>

 

「あ……ぐっ……!」

 

 変身を解除され、地面に倒れ伏す玲。そんな彼女に近づいたマリアンは、玲の首根っこを掴むと壁に叩きつけた。

 

「無様ね。愛を求めるくせに愛に怯えた結果、あなたはここまで弱くなった……でも、安心して頂戴。私があなたを愛してあげるわ、道具としてだけどね……!」

 

「は……うぅ……」

 

 冷気が体を包む。体が足元から徐々に凍り付いていく。だんだんと遠くなって行く意識の中、玲はうわごとの様に呟く。

 

「ごめん……なさい……義母さん……。葉月、やよい……ごめん、ね……」

 

「……ふふ、良い表情よ。身も心も凍り付いて、私の人形へと落ちなさい……!」

 

 かちかちと心が凍りつく感覚。体の感覚も無くなり、意識もほとんど無くなってきている。

 

 玲の心の中でたくさんの人の顔が浮かび上がっては消えていった。意識を失う寸前、彼女は自分の心の中に最後に残った優しい笑顔を向けてくれている青年の名前を呼んだ。

 

「けん……や……」

 

 その言葉を最後に、玲の瞳から光が消えた。力の抜けた体を抱えたマリアンが満足そうに微笑む。

 

 そして、玲を連れたまま夜の闇の中に消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

「水無月さんが行方不明になったって言うのは本当ですか!?」

 

「ああ……残念ながらな」

 

 翌日、薔薇園学園の学園長室では神妙な顔をした謙哉と園田が話をしていた。暗い顔をしたまま、園田が詳しい話を始める。

 

「今朝のことだ、私が玲に連絡を取ろうとしたのだが、なぜか通じなかった。嫌な予感がして玲の部屋に人を送ったのだが……」

 

「……水無月さんは居なかった。ということですか?」

 

「ああ……部屋はもぬけの空、荷物や携帯電話は置いてあったが、ドライバーだけが無くなっていた」

 

「え……!?」

 

「……ホテルの屋上では戦闘の形跡も見つかった。おそらく玲は何者かと戦って敗れ、連れ去られたのだろう」

 

「そんな……いったい誰がそんな事を……?」

 

 驚きを隠せない表情で謙哉が呟く。園田も玲の事を心配している様だ。

 

「もしかしたら君の所に身を寄せているのかもしれないと思ったのだが……そうでは無いみたいだな」

 

「……すいません。僕もちゃんと話すことすら出来て無くって……」

 

 悔しそうな表情の謙哉が唇を噛み締める。俯き、拳を握りしめながら、謙哉は昨日の事を後悔していた。

 

「僕のせいだ……僕がちゃんと水無月さんと話せていたら、こんな事にはならなかったかもしれないのに……っ!」

 

「……君が自分を責めることは無い、責任があるとすれば私だ。義理とは言え、私は玲の母親であり、玲を守る責任がある。しかし……私は、それを果たすことが出来なかった。今の玲は身も心もぼろぼろだ、その上、こんな事になってしまうなんてな……」

 

 二人は互いに自分の行動を後悔し、自分を責め続ける。暗い雰囲気が部屋を包み、重苦しい空気が二人に圧し掛かっていた。

 

 そんな時だった。大きな振動と共に爆音が響き、部屋を揺らす。何事かと顔を上げた二人は、同時に部屋に飛び込んできた女子生徒を見た。

 

「が、学園長、大変です……!」

 

 血相を変えたその生徒の報告を聞いた二人の表情が変わる。そして、謙哉はドライバーを片手にすぐさま部屋から飛び出して行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで……どうしてっ……!?」

 

 地面に転がり、苦しそうに喘ぎながらやよいが呟く。体は傷だらけで瞳には涙が浮かんでいるが、彼女にはそんなことは関係なかった。

 

 前回の虹彩学園へのミギー襲撃を受けて、薔薇園学園では防衛の強化が行われていた。エネミー撃退用タレットの設置、生徒たちの防御作戦の徹底、etc……

 

 なにも問題は無いはずだった。事実、学園を襲撃して来た敵はほとんどが仕留められ、戦いはこちらが有利だった。そう、彼女が現れるまでは……

 

「ああっ!」

 

 黄色のスーツから火花を散らして葉月が悲鳴を上げる。やよいの真横に転がってきた彼女もまた変身を解除されてしまった。

 

「なんでよ……? どうして、こんな事を……!?」

 

 痛みを必死に絶えながら葉月もまたやよいと同じ事を口にする。そして、自分を打ち倒した相手に向かって涙ながらに叫んだ。

 

「なんでこんな事するのさ、玲っ!」

 

「…………」

 

 葉月のその叫びを受けた青い人影……ディーヴァγに変身している玲はただ黙って二人を見つめていた。自分たちを攻撃して来た彼女の行動が信じられない二人は必死になって叫び続ける。

 

「答えてよ玲っ! どうしてこんなことをするの!?」

 

「何かの間違いだよね!? 玲ちゃんがこんなことするわけ無いよね!?」

 

 あくまで玲を信じ、彼女に呼びかける葉月とやよい。だが、そんな二人に向けて銃口を向けた玲は、そのままその引き金に触れる指に力を込めた。

 

「止めるんだ、水無月さんっ!」

 

 その瞬間、玲と葉月たちとの間に謙哉が割り込んでくる。彼の姿を見た玲は、ほんの一瞬だけその動きを止めた。

 

「なんで君がエネミーと一緒に薔薇園に攻撃を仕掛けてくるの!? いったい、君に何があったんだ!?」

 

「………」

 

 謙哉の叫びを受けた玲だったが、その質問には答えず、代わりに引き金を引いて銃弾を見舞った。謙哉は葉月たちを庇いながらその攻撃をかわすと、ドライバーを装着して変身する。

 

「変身っ!!!」

 

<ナイト! GO!ファイト!GO!ナイト!>

 

 イージスへと変身した謙哉は一目散に玲に飛び掛ると彼女を押さえ込む。これ以上の暴走を止める様に促しながら、謙哉は必死に叫んだ。

 

「水無月さん、どうしちゃったのさ!? 君はこんな事をする人じゃないだろう!」

 

 叫び、なんとか玲の身動きを封じようとする謙哉。しかし、玲は彼を思い切り蹴り飛ばすと、メガホンマグナムを向けて引き金を引いた。

 

「ぐわぁぁっ!」

 

 銃撃を受けた謙哉が痛みに苦しむ。しかし、なんとか盾で銃弾を防ぎながら玲を説得しようとした。

 

「もう止めてくれ水無月さん! これ以上続けるなら、僕は……っ!」

 

<ウェイブ! バレット!>

 

 謙哉の必死の説得にも玲は何も答えない。代わりにカードをメガホンマグナムにリードすると、銃口を謙哉ではなく別の方向に向けた。

 

「っっ!?」

 

 そこには傷ついた葉月とやよい、そして二人を助けようとする薔薇園の女子生徒たちが集まっていた。彼女たちに銃を向けた玲は必殺技を発動し、彼女たちを吹き飛ばそうとしているのだ。

 

「くっ……そぉぉぉっ!」

 

<必殺技発動! コバルトリフレクション!>

 

 玲は間違いなく葉月たちを攻撃する……その事を感じ取った謙哉は歯を食いしばると先んじて必殺技を発動した。

 

 イージスシールドから放たれる光の奔流。青の光線は引き金を引こうとしていた玲にぶち当たり、彼女を大きく吹き飛ばす。

 

「っぅ……あぁ……っ」

 

「み、水無月さんっ!」

 

 吹き飛んだ玲が変身を解除したのを見た謙哉は急いで彼女に近づこうとした。しかし、彼の前に赤い影が立ちふさがる。

 

「あらあら、酷い事するのね。元はお仲間だって言うのに……」

 

「お前は……マリアンっ!」

 

「お久しぶりね。私のお人形が世話になったみたいだから、ちょっと様子を見に来たのよ」

 

「人形だって……?」

 

 マリアンの言っている意味が分からずに困惑する謙哉。マリアンを睨み続けていた彼だったが、その目に信じられないものが映った。

 

「えっ!?」

 

「ふふふ……そう、良い子ね……!」

 

 ふらふらとした足取りでマリアンに近づいてきた玲が彼女の横に並んだのだ。敵対する相手に頭を撫でられても抵抗一つしない玲に謙哉だけでなく葉月ややよいたちも驚きの目を向ける。

 

 虚ろな目をした玲はただ黙ってマリアンに撫でられている。謙哉は彼女の額に謎の紋章が浮かんでいることに気がつき、マリアン目掛けて叫んだ。

 

「まさか、お前が水無月さんを操っているのか!?」

 

「うふふ……ご名答、その通りよ。でも、私がこうしたわけじゃないのよ?」

 

「何を言っているんだ! お前じゃなければ誰が水無月さんを……」

 

「わからないの? だから彼女はこうなってしまったと言うのに……」

 

「えっ……?」

 

 マリアンの言葉に謙哉は驚き、押し黙る。愛しいペットを可愛がるようにして玲に触れながら、マリアンはその場に居る全員に対し、説明を始めた。

 

「彼女はね、もう人を信じられなくなったのよ……自分の心を傷つけ、その傷を抉る人々に絶望して心を閉ざしたの」

 

「そんなの嘘だ! 玲をおかしくしたのはアンタでしょ!」

 

「そうだよ! 玲ちゃんがそんな事をするわけが……」

 

「……あなたたちに何が分かるのかしら? 彼女の絶望も、苦しみも理解出来なかったあなたたちに、彼女の何が分かると言うの?」

 

「えっ……」

 

 マリアンは子供に言い聞かせるかの様に話を続ける。まるで自分こそが玲の理解者であるかのように振舞う彼女の言葉に誰もが耳を傾ける。

 

「考えて御覧なさい? もしもあなたたちが彼女と同じ経験をしていたとして……彼女と同じ様に生きてこれたかしら?」

 

「もっと早くに絶望しない? もっと早くに生きる希望を失わない? ……普通ならそうあるべきなのよ。でも、彼女は違った。世の中への憎しみを胸に必死に生き続けた。水無月玲は間違いなく強い人間だった……でもね」

 

「彼女は弱くなった。なぜか? ……それは、あなたたちと出会って、世界への憎しみを忘れてしまったからよ。信頼だとか友情だとか言う耳障りの良いぬるま湯に浸かったせいで、彼女は弱くなってしまった」

 

「玲が、弱くなった……? アタシたちのせいで……?」

 

「そう……でも彼女は再び思い出した。自分の心を抉った人々の勝手な振る舞いを見て、自分は一人ぼっちだと思い出したのよ。でも……もう、彼女にそれに立ち向かうだけの力は残ってなかった」

 

「え……?」

 

「彼女は弱くなってしまったから……もう誰かを憎んで、立ち上がる強さを失ってしまっていた彼女は、ただの弱い女の子になってしまっていたのよ。だからもう、傷ついた心のままに立ち上がることは出来なかった。ただただ、震えることしか出来なくなっていたのよ」

 

「そんな……そんなことって……」

 

「……だから私が彼女を救ってあげたのよ。心を凍て付かせて、痛みを感じる事を無くしてあげたの」

 

「ふざけるな! そんなことが許されるものか!」

 

「あら? ならあなたは何をしてあげられるの? 傷ついて苦しむ彼女に、あなたはどうやってその傷を癒してあげられるの?」

 

「そ、それは……」

 

「……出来ないでしょう? なら、私のした事に文句をつける資格なんて無いわね。私は彼女の為に彼女を人形にしてあげたのだから……!」

 

 堂々と言い切るマリアンに対して誰も何も言えなかった。それは、誰もが玲に対する多少の罪悪感を覚えているからだ。

 

 どうすれば良いのか分からなかったから何もしなかった。それが、玲をこんな状態に追い詰めたのでは無いかと思ってしまったからだ。

 

「……さぁ、もう良いでしょう? 今日はもう帰るけれど、次はあなたたちには消えて貰うわね。そうすれば、この子は完全な人形になるんだから……!」

 

「ま、待てっ!」

 

 この場から逃げ去ろうとするマリアンに挑みかかる謙哉。しかし、突如巻き起こったブリザードに視界を封じられ、前に進むことが困難になってしまう。

 

「くそっ! 水無月さん、行っちゃ駄目だ!」

 

「……まぁ、どうしても彼女を傷つけたいと言うのならそうすれば良いわ。彼女にとって何が一番幸せかを考えて行動してあげなさい、坊や……!」

 

 マリアンの声が遠くなって行く。必死になって前に進む謙哉だったが、視界が開いた時にはすでにマリアンと玲の姿は消え去っていた。

 

「玲……そんな……!」

 

「玲ちゃん……」

 

 葉月もやよいも、薔薇園の生徒の誰もが膝をついて俯いている。変身を解除した謙哉もまた、先ほどまで玲が立っていた場所の近くで、彼女の手を握れなかった拳を力いっぱい地面に叩きつけて叫んでいた。

 

「くそっ……ちくしょう……っ!」

 

 心を閉ざし、マリアンの傀儡となってしまった玲。そんな彼女に何も出来なかった事を悔やみながら、謙哉はただひたすらに地面に拳を叩き付けることしか出来なかった。

 

 




次回「RISE UP ALL DRAGON」


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RISE UP ALL DRAGON

 

「ただいまー!」

 

 子供の頃から見慣れた扉を開けて家の中へと入る。久方ぶりの我が家はどこか懐かしく感じられた。

 

「兄ちゃん! おかえりなさい!」

 

「父さん、母さん、兄さんが帰ってきたよ!」

 

 リビングから顔を出した弟と妹に笑顔で応えた後、そのまま別の部屋に入る。そこに置いてあった仏壇の前に正座すると、謙哉は手を合わせて呟いた。

 

「……おじいちゃん、久しぶり……。今、帰りました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……学園長、どうするおつもりですか?」

 

「………」

 

 謙哉が自宅に帰省した時を同じくして、薔薇園学園では葉月とやよいが園田と話し合っていた。話の内容は当然、玲のことだ。

 

「玲ちゃん、本当に私たちのせいでマリアンに捕まっちゃったのかな……?」

 

「そんなこと! ……あるわけ、ないよ……」

 

 やよいの弱気な一言を一蹴しようとした葉月だったが、彼女の言葉にもまた覇気が無かった。二人とも、何処か心苦しい部分があるのだ。

 

 玲のことを理解してあげられなかった事、彼女が苦しんでいる時に手を差し伸べられなかった事……後悔と共に彼女に撃たれた時の痛みを思い出した二人の顔には、いつもの明るさは無かった。

 

「……お前たちが責任を感じる必要は無い、全ては私の責任だ。私は学園長としても、お前たちの所属する事務所の社長としても……玲の親としても、あいつに何もしてやる事は出来なかった」

 

 冷静に淡々と話していた園田もまた、その言葉の途中で声を詰まらせる。玲の抱えていた闇をどうすることも出来なかった自分に激しい憤りを感じていた。

 

「どうにかして玲を救い出さねばならない。あのままではマリアンに何をされるかわかったものではないからな」

 

「やっぱり、マリアンを倒さなきゃいけないんでしょうか?」

 

「それが手っ取り早い方法だよね。でも、その為には玲と戦わなくちゃならないだろうし……」

 

 そうなのだ。マリアンは玲を最大限に活用しようとしている。ということは、葉月たちとの戦いの時に玲を使わないはずが無いのだ。

 

 盾にするか駒にするかはわからない。しかし、玲が傀儡にされているということは間違いなくライダー側にとってのウィークポイントになるだろう。

 

 一つ、不幸中の幸いを挙げるとすれば、それは勇が虹彩学園のリーダーを担っていることだった。彼でなく光牙が指揮を執っていた場合、玲が見捨てられる可能性は非常に高い。

 

 第二次の内乱が起きる可能性が排除されていた事だけが、今回の幸運であった。

 

「……マリアンは非常に狡猾だ。人の心の弱みに付け込み、勝てない戦いは絶対にしない……そんな奴の手から、玲をどうやって救い出せば良いんだ……?」

 

 園田のその言葉はもっともであった。緊急事態だと言うのに何の策も思いつかない三人の間に重苦しい沈黙が流れる。

 

 そんな時だった

 

『お困りのご様子ね。と言っても、その原因は私とこの子なんでしょうけど』

 

「!?」

 

 聞き覚えのある女の声に驚いた三人が顔を上げれば、園田のPCの画面にマリアンと玲の姿が映っているではないか。

 

 ハッキングかあるいはまた別の手段を用いての方法かはわからないが、何らかの目的を持って園田たちに接触してきたマリアンに対して三人は警戒心を強める。

 

『そう怯えないで……私はあなたたちにチャンスを与えようとしているのよ?』

 

「チャンスだと……?」

 

『……今夜0時、埠頭にある第18番倉庫にディーヴァの二人だけで来なさい。手土産として、ギアドライバーを持ってね……』

 

『もし私の言う事に従ったら、その勇気に免じてこのお人形は開放してあげる。でももし、あなたたちが来なかったり、約束を違えたりしたら……』

 

 マリアンの指が立ち尽くす玲を指し示す。目に光の灯っていない玲は、その行動に応える様にして自分のこめかみに銃を突きつけた。

 

「れ、玲っ!?」

 

『バーン! ってわけ……良く考えなさい、この子を取るか、はたまたギアドライバーを取るか……期限はさっきも言った通り、今夜の0時までよ』

 

 言いたい事を言い切ったマリアンはその言葉を最後に通信を切った。映像の途切れた後、ブラックアウトしたPCの画面を覗きこんでいた三人だったが、不意に園田が口を開いた。

 

「……行くな。どう考えても罠だ」

 

「で、でもっ! 行かないと玲ちゃんが……!」

 

「ギアドライバーはソサエティと戦う人類の希望だ、それをむざむざ失うわけにはいかない。玲の命は諦めざるを得ないだろう」

 

「何でですか!? 学園長は玲がどうなっても良いって言うんですか!?」

 

 思い切り机を叩きながら叫ぶ葉月、しかし、彼女は視線を下ろした時に気がついた。 

 

 机の下で握り締められた園田の拳は強く握り締められ、震えていた。彼女自身の悔しさと、それを封じ込めてでも下さなければならない決断を告げた事による苦しさがそこには表れていた。

 

「……このままマリアンの手の上で踊らされるわけにはいかん。だから、今打てる最良の手を打つ」

 

「……どうするおつもりですか?」

 

「決まっているだろう、マリアンの提案には乗らん。だが、玲は返して貰う。すぐに虹彩学園に連絡を取れ、対マリアンの作戦を考えるぞ」

 

 園田の言葉に葉月たちも力強く頷く。急ぎ学園長室から出て行った二人を見送った後、園田は深くため息をついた。

 

「……待っていろ、玲」

 

 必ず救い出す。その言葉を飲み込みながら、園田は今取れそうな策を必死になって考え始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 家族揃っての夕食を終えた後、謙哉は祖父の遺影の前で手を合わせていた。すでに十数分もの間こうしている彼は、ずっと黙ったままだ。

 

「……何か悩み事かえ、謙哉?」

 

「あ、おばあちゃん……」

 

「おまえは何か悩むといつもお爺さんの仏壇の前で考え込むからねぇ。すぐにわかったよ」

 

「あはは……。お婆ちゃんには敵わないや」

 

 祖母に笑みを見せた後、真剣な表情に戻った謙哉は再び祖父の遺影に向き直った。そして、小さな声で語り始める。

 

「……大切な友達が居るんだ。その人はずっと一人ぼっちになろうとしてて、でも、本当は寂しがりやな人だったんだ」

 

「僕は……その人に一人になって欲しくなかったんだ。その人に、寂しい思いをして欲しくなかったんだ……」

 

「でも……僕が無理矢理人の輪の中にその人を連れ込んだせいで、その人は弱くなったって言われて……そうなのかもしれないって、思っちゃったんだ……」

 

 ぽつぽつと語り始めた謙哉の話を黙って聞いていた祖母だったが、一度彼の言葉が途切れた事を見て取ると口を開く。

 

「……謙哉、お前は今までその子にしてきた事が間違いだったと思っているのかね?」

 

「ううん、思ってないよ。でも、僕のせいでその人が弱くなったとしたら……」

 

「……確かにそうかもしれないね。でも、それだけじゃないと私は思うよ」

 

「え……?」

 

 顔を上げた謙哉が祖母の顔を見つめる。ふわりと笑った彼女は、自分の孫の為に語り始めた。

 

「勘違いしちゃいけないよ謙哉。人は強くだけなることも弱くだけなることも出来やしないんだ」

 

「えっ……!?」

 

「……一人ぼっちの人間が誰かと繋がれば、その人は誰かと力を合わせる素晴らしさや絆の強さを知るだろう。でも、同時に人に裏切られる恐怖も生まれる……強くなるって事は、弱くなるってことでもあるのさ」

 

「強さと弱さは表裏一体……強さを知れば同時に弱さが生まれる。でも、弱さを知らない者は絶対に強くなれない……きっとその子も気がついているはずさ、弱さを知る者だけが強くなれると言うことをね」

 

「弱さを知る者だけが、強くなれる……」

 

 祖母の言葉を繰り返しながら、謙哉は一枚のカードの事を思い浮かべていた。

 

 『サンダードラゴン』……玲と共にクリアしたクエストの報酬であり、二人で手に入れた力であるそのカードは謙哉に新たな強さを与えてくれた。

 

 だが、同時に今、謙哉がこうして悩むほどの弱さを生み出してもいた。玲との繋がりが強さにも弱さにもなる事に気がついた謙哉は、はっと息を呑む。

 

「……謙哉、お前が本当にその友達の事を大切に思っているならわかるはずさ。『その子は自分の中に生まれた弱さに負けてしまう子』なのかい?」

 

 祖母のその言葉を受けた謙哉はそっと目を閉じる。そして、今まで玲と過ごした日々を思い返した。

 

 初めて会った時の憎しみをぶつけられたこと、合宿で彼女に思いのたけをぶつけてチームを組むと宣言した時のこと

 

 ドラゴンワールドで一緒にドラ君を育てた時のこと、皆と協力して悠子を救い出した時のこと

 

 怒った顔、悲しんだ顔、楽しそうな顔、照れた顔……一つ一つを思い出していった謙哉は最後に玲の笑顔を思い出した。

 

 ―――謙哉

 

 笑ってくれるようになった。自分の名を呼んでくれるようになった。暗く辛い過去を乗り越え、玲はもう一度誰かを信じられるようになった。

 

 その玲が弱いはずが無い。弱さに負けてしまうような人である訳が無い……答えを見つけ出した謙哉が目を開くと、そこには祖母の笑顔があった。

 

 

「……答えは見つかったみたいだね」

 

「うん……ありがとう、お婆ちゃん! それと……」

 

 くるりと振り返って遺影を見る。写真の中の祖父は、自分の事を後押ししてくれている気がした。

 

「……お婆ちゃん、僕、行かなきゃいけない所があるんだ」

 

「ええ、わかってますとも。お行き、お爺さんもきっとそう言ってるわよ」

 

 祖母の言葉に笑顔で頷く。制服のボタンを留めると、謙哉は外へと駆け出した。

 

 埠頭へと走る彼を月が優しく見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「約束の時間ね。どうやらちゃんと来てくれたみたいね」

 

 深夜0時、第18番倉庫にはマリアンと彼女に対峙する葉月とやよいの姿があった。

 

「……玲はどこ?」

 

「ふふふ……そう慌てないで、ちゃんと姿を見せて上げるわ」

 

 マリアンが合図のように指を鳴らすと、物陰から玲が姿を現した。うつろな目をしたままの彼女の手には、やはり銃が握られている。

 

「……本当に玲を返してくれるの?」

 

「ええ、本当よ……さぁ、ドライバーをお渡しなさい」

 

 マリアンの事を睨みながら葉月がアタッシュケースを差し出す。それを受け取ったマリアンが中身を検め、それを見て満足するともう一度指を鳴らした。

 

「……変身」

 

 その合図を受けた玲がドライバーを装着し変身する。ディーヴァγへと変身した彼女を見た葉月はマリアンに対して大声で叫んだ。

 

「なんのつもりよ!? 玲は解放する約束じゃない!」

 

「あはははは! まさか本気で信じたの? そういう所はおこちゃまね~!」

 

「騙したの……? 最初から玲ちゃんを解放する気なんてなかったの!?」

 

「当然じゃない。でも安心なさい、ディーヴァは再結成してあげるわ。あなたたち二人も玲と同じく私の人形にしてあげる!」

 

 浮遊したマリアンはそのまま倉庫の荷台の上に飛び乗ると玲たちを見守る姿勢を取った。じりじりと距離を詰めて葉月たちに近寄る玲を楽しそうに見つめる。

 

「三人仲良くガグマ様と私の駒にしてあげるわ。泣いて喜びなさい」

 

「……へぇ、そうかい。そんな面白い事を考えてたのか」

 

 クスクスと笑いながら葉月たちを見守っていたマリアンだったが、突如聞こえてきた声に驚いて動きを止める。

 

 その瞬間を見計らっていたかの様に玲の体には鎖が絡みつき、マリアンには二人の人影が飛び掛った。

 

「くっ!?」

 

 とっさに飛び退いて繰り出された攻撃をかわすマリアン。ギリギリの所で避け切った攻撃を繰り出してきた相手の姿を確認すると苦々しげに呟く。

 

「……どうやらそっちも素直に約束を守るつもりは無かったってわけね」

 

「当然だろ? お前の事なんか誰が信じるかよ」

 

 ディスティニーソードの切っ先をマリアンに向けた勇が戦いの構えを見せながら言う。その隣にはドラゴナイトイージスに変身した謙哉の姿もあった。

 

「水無月さんへの拘束を全力で行ってください! なんとかマリアンを退却させるまでの時間稼ぎを!」

 

「全員、力を集結させるんだ!」

 

 補助部隊を率いるマリアが生徒たちに叫ぶ。薔薇園と虹彩の両校の生徒を指揮するのは園田だ、この危険な状況にも臆さずに現場へと足を運んだ彼女に生徒たちは大いに励まされていた。

 

「……なるほど、玲を拘束している間に私を退却させて彼女を解放するって算段ね……でも、正直……私を舐めてるんじゃないかしら?」 

 

「何っ!?」

 

「う……あぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 倉庫の中に玲の叫びが木霊する。激しく暴れる彼女は絡みついた鎖を振り払うと、周りの生徒たちに無差別に銃弾を放ち始めた。

 

「れ、玲っ!」

 

「あはは! 玲は今、私の呪いで強化されてるのよ? あんな拘束なんて有って無い様なものよ!」

 

「くそっ! まさかこんなに早く拘束が破られるなんて……!」

 

「謙哉、マリアンは俺が相手をする! お前は水無月を止めるんだ!」

 

「わかった!」

 

 勇の叫びを受けた謙哉は、親友に後を任せて玲の元へと駆け寄る。そして、彼女を抑えつけながら叫んだ。

 

「水無月さん、僕だよ! しっかりするんだ、君はあんな奴に負けてしまう人じゃないだろ!」

 

「あ、あぁ……あぁぁぁぁっ!」

 

「ぐうっ……っ!」

 

 激しく暴れる玲は謙哉に容赦なく攻撃を仕掛ける。拳を見舞い、銃を拙射し、何とか謙哉を引き剥がそうとする。

 

 しかし、どれほど玲が攻撃を加えても謙哉が彼女から離れる事は無かった。

 

「君は、強い人なんだ……! 君が自分を取り戻すまで、僕は君から離れない!」

 

「う……あっ……!」

 

 玲の動きが徐々に大人しくなっていく。激しく動いた反動が来たのか、はたまた謙哉の説得に心が動いたのかは分からないが、園田たちがその光景に勝機を見出した時だった。

 

「ぐわぁっ!!!」

 

「……何をやってるの玲。早く邪魔者を掃除しなさい」

 

「う、うぅ……!」

 

 勇の隙を見計らってマリアンの手から放たれた氷弾が謙哉にぶち当たる。予想外の強力な攻撃を受けた謙哉は大きく吹き飛ぶと倒れこんでしまった。

 

「け、謙哉っ!」

 

「おっと、あなたの相手は私でしょう?」

 

 なんとか謙哉の援護に向かおうとした勇だったがマリアンにそれを妨害されてしまう。謙哉の拘束から開放された玲は、手に持ったメガホンマグナムを園田へと向けていた。

 

「っっ……!」

 

 自分に向けられた銃口を見ながら歯軋りする園田。義理の母へと銃を構えた玲がその引き金を引こうとした時だった。

 

「だめっ! だめだよ玲ちゃん!」

 

「目を覚ましてよ玲! アタシたちの事を思い出して!」

 

 園田を庇うようにして間に葉月とやよいが駆け込んできたのだ。瞳に涙を湛えながら叫ぶ二人を見た玲の動きに変化が起きた。

 

「う……あ……」

 

 じりじりと銃を構える腕を下ろそうとする玲。必死になって自分にかけられた呪縛に抗おうとしている彼女の姿を見たマリアンが大声で叫ぶ。

 

「撃ちなさい玲っ! あの三人を消して、自分の過去に決着をつけなさい!」

 

「ふざけんなっ! 水無月、頑張れっ! こいつの言うことなんか聞くんじゃねぇっ!」

 

「このっ……邪魔をするな、人間風情がっ!」

 

「ぐわあっっ!!!」

 

 自分を押さえ込もうとする勇を吹き飛ばしたマリアンが玲を見る。そして、呪いの力を最大限に発揮しながら彼女の指示を送った。

 

「撃ちなさい! 私の言う事を聞くのよ、玲っ!」

 

「あ、あぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 呪いと言葉の両方の呪縛を受けた玲は大声で呻くと再び銃を園田たちに向けた。時間が凍りついた一瞬、次の瞬間、メガホンマグナムからは銃弾が放たれていた。

 

「くっ……!」

 

 園田が、葉月が、やよいが……とっさに地面に伏せて身を庇う。しかし、誰も痛みに呻いて地面に倒れこむ事は無かった。

 

「……はぁ、はぁ……っ!」

 

「……何をしているの玲っ! 早くそいつらを殺しなさい!」

 

 明らかに苛立ちが篭ったマリアンの声に顔を上げれば、そこには信じがたい光景が広がっていた。なんと、玲が見当違いの方向に銃を向けているのだ。

 

「撃てと言うのが分からないの!? 私の命令を聞くのよ!」

 

「……嫌だ」

 

「!?」

 

「撃ちたくない……嫌だ!」

 

 はっきりとした意思を持った玲の言葉を聞いたマリアンは絶句した。自分の呪いを受けて抗うことなど、玲に出来るはずが無いと思っていたからだ。

 

 しかし今、彼女はマリアンの命令に逆らっている。予想外の出来事に狼狽するマリアンに対して、立ち上がった謙哉が叫んだ。

 

「……どうだ見たか……! 水無月さんは強い、お前の呪いなんかに負けるはずが無い! お前は水無月さんを甘く見すぎたんだよ!」

 

「なっ……!?」

 

 謙哉の言葉を受けたマリアンの気が緩む。その瞬間、玲の変身が解けた。

 

「れ、玲っ!」

 

 必死になって抗い、マリアンの呪いを退けた玲に園田たちが駆け寄る。彼女の強さと優しさをその目で見た全員の顔には笑顔が浮かび上がっていた。

 

 しかし……

 

「あ……あぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 

「み、水無月さんっ!」

 

 玲が突如苦しみだし、額を押さえて倒れてしまった。とっさに駆け寄った謙哉が彼女の体を抱き止めるも、玲は苦しそうに叫ぶばかりだ。

 

「……玲、あなたが悪いのよ。あなたが私のお人形のままで居れば、可愛がってあげたものを……」

 

「貴様っ! 玲に何をしたっ!?」

 

「何をした? 何をしたですって? ……決まってるでしょ? 壊れた人形を処分したのよ」

 

「ど、どう言う意味だ!?」

 

 園田の焦った声が倉庫に響く。それに対してマリアンは淡々と、ただ冷静に話し始めた。

 

「今、玲に刻んだ呪いを最大限に発動させたわ。と言っても、行動を強制させるんじゃ無くって別の能力の方をだけどね……」

 

「別の能力……? 何をしたんだ!?」

 

「……今から十分後、玲は死ぬわ。悲しかった思い出や苦しかった経験を思い出しながら、一人寂しく孤独に震えながら死んで行くのよ」

 

「何だと!?」

 

「可哀想な玲……私に逆らったばっかりに苦しくて救いの無い死に方をするなんてね……」

 

「ふざけるな……ふざけるな! 今すぐ呪いを解除しろっ!」

 

「あはははは! そんな事するわけ無いでしょ! ……でもまあ、そうね……玲を救う方法が無いわけじゃ無いわよ」

 

「そ、その方法は!?」

 

「簡単よ……! 十分以内に私を倒せば良いの。単純でしょう……?」

 

 そう言ったマリアンはクスクスと愉快そうに笑った。対して、勇たちの表情には絶望が映る。

 

「あはははは! 出来るわけがないわよねぇ? あと十分で! 魔人柱である私を倒すことなんて不可能に決まってるわよねぇ!」

 

「く……そっ……畜生っ!」

 

 その絶望的な宣告を受けた勇が苦しげに呻く。やよいは呆然とした表情でその場にへたり込み、葉月は絶叫に近い声を上げた。

 

「嘘だよ……こんなの、こんなの嫌だよ……っ!」

 

「玲が死ぬ……? そんな、そんなことって……」

 

 誰もが絶望し、悲しみの声を上げていた。そんな中でマリアンだけが愉快そうに叫ぶ。

 

「玲が死ぬのはあなたたちのせいでもあるのよ! あなたたちが玲を愛さなければ、あなたたちが玲に愛されなければこんな事にはならなかった! みんなみんな、愛情のせいなのよ! あ~っはっはっは!」

 

 その狂った様なマリアンの笑い声を誰もが聞いていた。勝利宣言にも等しい彼女の笑い声を、たった一人の男を除いては……

 

 かすかに震える玲の体、寒さと恐怖に怯える彼女の目から涙が零れ落ちる。そっとそれを手で拭った謙哉は、そのまま玲の瞳を覗きこんだ。

 

 玲は戦った。マリアンの呪縛に抗い、彼女にとって大切な人を守った。大切な友人である葉月とやよい、母である園田を守ったのだ。

 

 そして謙哉は聞いていた。自分の腕の中に崩れ落ちた玲が、最後に自分に対して呟いた言葉を……

 

『謙哉……助けて……!』

 

 玲は強い。だが、まだマリアンに心を囚われている。マリアンが玲の命を奪うと言うのなら、自分のやる事は一つだ。

 

 園田に玲を預けた謙哉は立ち上がると同時にホルスターからカードを取り出した。総数5枚、それを左手に構えると、一枚ずつドライバーに通していく。

 

<ドラゴファング!>

 

「……あら? あなたは戦うつもりかしら? 無駄な事をしちゃって……」

 

<ドラゴブレス!>

 

「……だけは」

 

「は……?」

 

「お前だけは……」

 

<ドラゴウイング!>

 

 一つ、また一つとカードをリードしていく謙哉。その度に彼の体には蒼い電流が走る。

 

<ドラゴテイル!>

 

 謙哉は思い返していた。マリアンによって奪われたもの、踏みにじられたものを

 

 葉月とやよいを悲しませ、園田を傷つけた。そしてなにより……玲の心を弄び、あまつさえ踏みにじった。

 

「お前だけは……っ!」

 

 グツグツと心の中で煮えたぎるマグマの様な感覚。熱く燃え上がる怒りの感情が謙哉の内側から湧き上がる。

 

<ドラゴクロー!>

 

 最後のカードを使用した瞬間、謙哉の体には衝撃と激痛が走った。しかし、そんなものにも一切気を取られないまま、謙哉はマリアンを睨む。

 

 玲の心を、命を、全てを利用して叩き潰したマリアン。憎き敵に怒りの感情を爆発させながら謙哉は叫んだ。

 

「お前だけは……絶対に許さないっ!」

 

<RISE UP! ALL DRAGON!>

 

「えっ……!?」

 

 謙哉の体を中心に巻き起こる雷、目も眩む閃光と落雷の轟音に押されながらも勇は前を向き……そして見た。

 

 龍の頭部を模した兜、両腕に生えた巨大な鉤爪と腰から伸びる尾。その全てを支える為に先ほどよりも一回り大きく、逞しくなった鎧を身に纏った謙哉が翼をはためかせて宙から舞い降りる姿を……

 

「な、なに……? その姿は、ドラゴン……?」

 

 マリアンの感想は正しかった。謙哉の姿はまさに龍そのものであった。強大な力と威圧感を放ちながら、謙哉はマリアンを睨む。

 

「……5分だ。お前を倒すのにそれ以上の時間は要らない」

 

「何を……!? 人間が、調子に乗るなっ!」

 

 怒りの言葉と共に放たれる氷弾。しかし、謙哉はそれを翼の羽ばたき一つで掻き消すと怒りの篭った声で吼える。

 

「覚悟しろ……! 水無月さんを泣かせたお前を、僕は絶対に許さない!」

  



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雷龍咆哮

「5分……? たったそれだけで私を倒すですって? ふざけるな!」

 

 謙哉の言葉にマリアンは憤慨した。ただの人間である彼が魔人柱である自分を見くびっていることに憤りを隠せなかったのだ。

 

 しかし、怒りのプレッシャーを放つマリアンに対して一切の遅れを見せないまま、謙哉は戦いの構えを取った。

 

「……悪いけど時間が無い。速攻で決めさせて貰う!」

 

 風を巻き起こしながら謙哉が翼をはためかせて飛び立つ。次の瞬間、マリアンとの間にあった距離を消失させて接近した謙哉のスピードに誰もが目を疑った。

 

「なっ!?」

 

 速過ぎる……マリアンの感想はそれしかなかった。鈍重な見た目に反したその瞬発力の高さに驚愕した彼女を襲ったのは、鋭い痛みだった。

 

「あぐっ……!」

 

 謙哉の両腕から生えた巨大な爪での一撃、すれ違い様に繰り出されたその攻撃をかわす事も防ぐ事も出来ないまま胴を切り裂かれる。

 

 空中で反転した謙哉はそのまま反対側の爪でもう一度マリアンを切り裂きながら上昇、今度は腰から生えた尾でマリアンを絡め取った。

 

「ああっ!?」

 

「はぁぁっ!」

 

 気合の雄たけびと共に尾を振り回す謙哉。マリアンは成すがままに地面や壁に叩き付けられる。

 

 地面にめり込み、壁を破壊しながら振り回され、最後に大回転した謙哉の勢いのまま放り投げられたマリアンは、痛みに呻きながら立ち上がった。

 

「ぐ、あ……こんな……こんな馬鹿な事がある訳が無い……! 私は、魔人柱よ……ただの人間に、こんな……」

 

 首を振り、現実を否定しながら巨大な氷弾を作り出すマリアン。己の全力を込めて作り出された必殺技を謙哉に向けて発射する。

 

<必殺技発動! ラストオブブリザード!>

 

「凍り付け! 仮面ライダーッッ!」

 

 巨大な氷弾が謙哉目掛けて飛来する。マリアンの必殺技は同格のミギーのエンヴィー・ダイナマイトと比較しても遜色無い威力を誇っていた。

 

「これでお前もお終いね!」

 

 勝利を確信しほくそ笑むマリアン。しかし次の瞬間、彼女のその笑みが文字通り凍りついた。

 

「はぁぁぁぁぁっっ!」

 

 謙哉全身に力が篭って行く。蒼のエネルギーを纏った謙哉が顔を上げると、両腕と頭部からそのエネルギーが放出された。

 

<ドラゴブレス! フルバースト!>

 

<必殺技発動! グランドサンダーブレス!>

 

 放たれる三本の蒼の光線、それはまっすぐにマリアンの放った氷弾へと伸び、その動きを静止させる。

 

 ぶつかり合う二つの必殺技、凄まじい威力を誇る技同士のぶつかり合いは周囲に相当な衝撃を放ちつつ続けられたが、やがて何かにひびが入って行く音が倉庫の中に響き始めた。

 

「そ、そんなっ!?」

 

 謙哉の放った光線がマリアンの氷弾を打ち砕いたのだ。雪ほどの大きさに砕け散った自分の必殺技の姿を見て愕然とするマリアンだったが、そんな彼女に謙哉の放った光線が直撃した。

 

「がっ! あぁぁぁぁっ……!」

 

 爆発と衝撃、自分の体を叩く未体験の痛みに叫びながらマリアンは吹き飛ぶ。壁に叩きつけられ、地面に転がったマリアンは大いなる屈辱と怒りを感じながら立ち上がった。

 

「あって良い筈が無い……。私は色欲のマリアン、ガグマ様の誇る最強の部下、魔人柱の一人よ! それが、こんなガキに負けるわけが……」

 

「……現実を認められないならそれでも良い。だが、お前には報いを受けて貰う。水無月さんの心を踏み躙り、弄んだ事への報いを!」

 

 冷ややかにマリアンに言い捨てながら謙哉が空中へ飛び立つ。大きく翼を広げた謙哉に対して、マリアンは最後の抵抗を試みた。

 

「ふざけるな! 私は、私はぁぁぁぁっっ!」

 

 繰り出される氷弾の雨、そのうちいくつかは謙哉の体に当たるも彼にたいしたダメージを与えている様子は無い。だが、それでもマリアンは攻撃を続ける。

 

「私は魔人柱だ! 強いんだ! お前なんかに……人間なんかにぃぃぃっ!!!」

 

「……もう黙れ、お前にかける慈悲は無い!」

 

<ファング! クロー! ブレス! ウイング! テイル! フルバースト!>

 

 ギアドライバーが謙哉の全身を強化するドラゴンのカードの力を全力で引き出す。牙、爪、翼、尾、そして息吹……その全ての力を最大限に高まらせた謙哉は、全力の必殺技を発動した。

 

<必殺技発動! オールドラゴン・レイジバースト!>

 

「さぁ、終わりにするよ!」

 

 空中で謙哉が翼をはためかせ、旋風を巻き起こす。その風にさらわれたマリアンは宙へと投げ出され、拘束された。

 

「あ、ああぁぁぁっ!」

 

 謙哉は叫ぶマリアンに接近しながら兜の角から雷撃を発射する。風の衝撃と雷の痺れを同時に受けたマリアンは、苦しさに一層大きな叫びを上げた。

 

「ぎ、ぎゃぁぁぁぁっ!!!」

 

「これで……トドメだっ!」

 

 左爪を光らせたイージスの斬撃がヒットする。そのまま回転した謙哉は、エネルギーが込められた左足を前に突き出し、マリアンの腹部を蹴り飛ばす。

 

「あ、ぐあぁぁぁぁっっっ!」

 

 そのまま直進、腹部に繰り出された必殺キックの衝撃を受け竜巻の中から飛び出したマリアンは、そのまままっすぐに地面へと落下して行った。

 

「あ、有り得ない……。こんな、こんなことが、あって良い筈がない……っ!」

 

 痛みに呻き、敗北感に打ちのめされながらマリアンは立ち上がる。しかし、それ以上の力は彼女には残っていなかった。

 

「認めない……私は、こんな結末を認めるわけには……」

 

「……マリアン、お前に言えることはたった一つだ」

 

「あ、ぐあ……」

 

 バチバチと体の中で弾ける火花を感じながらマリアンが謙哉を見る。怒りと哀れみを込められた眼差しに反発した彼女が何か言う前に、謙哉は彼女にかける最後の言葉を口にした。

 

「……お前の負けだ。お前は、人の怒りの感情を甘く見すぎたんだよ」

 

「あ、あぁ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 最後の瞬間、体の中で弾けていた火花が爆発した事をマリアンは感じた。それと共に巻き起こる衝撃に体が崩壊していく。

 

(負けるはずが無い! 負けるわけが無いんだ! 私は、私は……っ!)

 

 最後の最後まで敗北を認められないまま、魔人柱 色欲のマリアンは光の粒へと還って行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お答えください社長! 本当にこの病院に水無月玲さんが入院しているのですか!?」

 

「入院、と言うことはなにかご病気で?」

 

「芸能界引退の噂は本当なのでしょうか!?」

 

 翌日、玲が担ぎこまれた病院の前にはどこからか情報を聞きつけた報道陣が殺到していた。

 

 皆口々に園田に向かって質問を飛ばしながらマイクを向け、カメラを回している。その全ての人々に冷ややかな視線を向けながら園田は口を開いた。

 

「お引取り願おう。今はそう言った話をする場ではなく、病院や患者の方々にも迷惑がかかっている」

 

「な、何か一言だけでもコメントを!」

 

「くどい! 帰れと言っている! あの子を追い詰める様な真似は許さん、これは事務所の社長としてでも学園長としてでもなく、彼女の母親としての言葉だ!」

 

 園田がそう叫ぶと同時に警備員や彼女のボディーガードが報道陣を抑えにかかった。その中心を悠々と通り抜けて待機していた車に乗り込んだ園田は、玲の病室へと視線を向けた。

 

(……玲、お前の傷はきっと癒える……あれほどお前の身を案ずる友が居るのだ、その友に支えられ、お前はきっと立ち上がる事が出来るだろう)

 

(だからそれまでは私が守ろう。義理とは言え、私はお前の母なのだからな……)

 

 走る車の中で園田は目を閉じた。その表情は、どこか穏やかなものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にごめんなさい。皆に迷惑をかけて……」

 

「そんなの言いっこなしだよ! 玲が戻ってくれたからオールOKだって!」

 

「本当に……本当に良かったよぉぉ……!」

 

「大げさよやよい。でも、ありがとうね……」

 

 顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくるやよいの頭を撫でながら玲が微笑む。検査の結果、特に異常は見受けられなかったとのことでしばらくすれば退院出来るだろうとのことであった。

 

「玲ちゃん、ディーヴァ辞めたりしないよね? 私達と一緒にアイドルやるよね?」

 

「ええ、そのつもりよ! ……もう、悩むのは止めにするわ。これからは前を向いて頑張っていく、そう決めたの」

 

「よっしゃー! ディーヴァ復活だーい! やっぱ玲がいないと突っ込みが足りないって言うか、やよいだけじゃ弄るの物足りないって言うかさ~!」

 

「ふふふ……そうそう、言っておかないとね」

 

 葉月とやよいから視線を外し、病室の扉の方を見た玲は、そこに居るであろう三人組みに向けて感謝の言葉を口にした。

 

「あなたたちもありがとうね。特にお人好しの男には感謝してるわ」

 

「そうだね! って言うか、謙哉さんのアレ凄かったね!」

 

「まったくだよ! あんな隠し玉があるなら言っておいて欲しかったな!」

 

 玲の言葉を皮切りに次々と投げかけられる言葉を耳にした謙哉は扉の向こう側で頬を掻いた。その様子を目にした勇とマリアがからかう様に笑う。

 

「凄かったぜ謙哉! まさか魔人柱をぶっ飛ばせる切り札があったとはな!」

 

「光牙さんたちも聞いたら驚きますよ! これからの戦いに向けて大きな戦力が加わりましたね!」

 

「あはは……そんな大したもんじゃないさ」

 

 仲間たちからの賛辞の言葉に照れた様に笑う謙哉。そんな彼に、追い討ちとばかりに玲の言葉が飛んできた。

 

「……お礼としてデートに付き合ってあげるから……私が退院するまでの間にプランを考えておくのよ?」

 

「「お、おおーーーっ!」」

 

 珍しく素直な姿を見せた玲のその態度に葉月とやよいの歓声が上がる。扉の向こうでは勇とマリアが謙哉に対して詰め寄っていた。

 

「良し、力を貸してやる。現役アイドルとのデートだなんて気合入れないとな!」

 

「女性目線の意見ならお任せください! もうバッチリとサポートさせて頂きます!」

 

「あ、いや、そんな、僕は……」

 

「どうすんの謙哉っち!? これは一生に一度有るか無いかの機会だよ!」

 

「玲ちゃんのこと、よろしくお願いします!」

 

「え、あ、ええっ……!?」

 

 いつの間にか病室から出てきた葉月とやよいにも取り囲まれ、謙哉は困り顔になってしまう。自分に向けられる期待のこもった視線に耐えられなくなった彼は、くるりと振り返ると駆け出してしまった。

 

「ちょ、ちょっとトイレ!」

 

「あ、逃げた!」

 

「ったく、しょうがねぇなぁ……」

 

 走り去る謙哉の後ろ姿を見送りながら勇たちが笑う。病室の中では玲もまた笑みを浮かべていた。

 

「……本当にありがとう、謙哉」

 

 小さくそう呟くと頬を染めた玲は、胸のときめきを隠すようにすっぽりとベッドの中に潜り込むと、幸せな気持ちのまま目を閉じたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぐっ、っぅ」

 

 トイレの中、強く胸を抑えながら苦しみに歪んだ表情を見せた謙哉は鏡に映る自分の姿を見て苦笑した。

 

「はは……こんな姿は見せられないよね……っぅっ!」

 

 胸を締め付ける様な痛みに顔をしかめ、洗面台に手を付く。昨日から続くこの痛みにも慣れないなと思いながら、謙哉は深く呼吸を繰り返した。

 

「制限時間ギリギリまでの使用に必殺技の発動は二回、その内一回は全部盛りなんだからこの痛みも妥当か……」

 

 顔を洗った後で再び鏡を見る。もう少しここで休んでいかないと察しの良い勇には不調がバレてしまうかもしれないと判断した謙哉は、落ち着きを取り戻してきた胸の痛みに耐えながら懐のドライバーへと視線を落とした。

 

「多用は禁物……ってことかな? でも、僕は……あぐっ!」

 

 大地が揺れる感覚を覚えながらも謙哉は痛みに耐える。そうした後、すっくと立ち上がった謙哉は静かに呟いた。

 

「……でも、水無月さんが無事で良かったな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女に絶望が舞い降りるまで、あと30日……

 



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包囲網を突破せよ!

 

「光牙、櫂、水無月……復帰、おめでとう!」

 

 虹彩学園の一室、ソサエティ攻略の中心メンバーが集ったその部屋の中では、怪我が治り退院した光牙たちの復帰祝いが行われていた。

 

 たいした催しも無いささやかなものであったが、それでも光牙たち三人は嬉しそうに仲間たちの祝福を受け入れる。

 

「ありがとう、皆……本当に迷惑をかけたわね」

 

「そんなの良いんだよぉ……。また玲ちゃんと一緒にいられるだけで、私、私……っ!」

 

「こらこら、泣いちゃ駄目でしょやよい~。今日はめでたいお祝いの席なんだからさ!」

 

「う、うん……っ!」

 

 玲の復帰を喜ぶやよいは涙目になりながらも必死でそれを零さないように耐えている。葉月は笑顔で戻ってきた玲を迎え入れながら、いつも通りにやよいに突っ込みを入れていた。

 

「……本当、ありがとうね。私一人じゃどうしようもなかった……皆がいてくれてよかったと心から思っているわ」

 

 親友たちの優しさに目頭を熱くしながら玲は呟く。そして、もう一人の感謝の気持ちを伝えたい人物へと向き直った。

 

「あなたにも感謝してるわ、謙哉。あなたに迷惑をかけた分、これからの活躍で返させて貰うから……」

 

「迷惑だなんて思ってないよ。僕も水無月さんが大切だから頑張ったんだからさ」

 

 ふわりと笑みを浮かべた謙哉が言い放ったその一言に胸をときめかせる玲。謙哉が自分のことを大切だと言ってくれた事に頬を赤く染めていたが……

 

「なんてったって、水無月さんは僕の大切な友達だからね! 友達を助けるのは当然のことでしょ?」

 

「……ああ、そうよね。うん、わかってた……」

 

 謙哉の一言で今度は肩をがっくりと落とした。やはり彼は自分のことを特別には見ていないのだ。わかりきっていたことだが、その鈍さに若干腹立たしさを覚えてしまう。

 

(……そう言う所も好きなんだけどね)

 

「……あれ? 水無月さん、何か怒ってる?」

 

「……なんでもないわよ」

 

 今の玲の気持ちを知ってか知らずか、やや無神経とも取れる謙哉の言葉に頬を膨らませた玲はわずかな制裁として軽く彼の胸を小突いた。その行動にやっぱり怒ってるんじゃないかと言いながら彼女の不機嫌の理由を探そうとする謙哉に対してマリアの呆れた視線が突き刺さる。

 

「……謙哉さん、流石にあれは無いですよ……」

 

「……おい、マリア。あの二人いつの間にあんなに仲良くなったんだ?」

 

 自分に向けて発せられた言葉に振り返ったマリアは、怪訝な表情で二人のやり取りを見守っている櫂へと視線を移す。そして、クスリと笑うと、彼が入院している間にあった出来事を話し始めた。

 

「お帰り、光牙……待ってたわよ」

 

「ああ、待たせてすまなかった」

 

 一方、部屋の中心では光牙が真美へ謝罪と感謝の意を示していた。彼女への感謝の言葉を告げた光牙は、続いてもう一人の殊勲者へと視線を移す。

 

「……龍堂くん、君にも迷惑をかけた。俺がいない間、皆を引っ張ってくれてありがとう」

 

「気にすんなよ、困ったときはお互い様だろ? ……こっから先のお前の活躍に期待してるぜ、リーダー!」

 

 ぽん、と光牙の肩を叩きながら笑顔を見せる勇。ようやっとリーダーの重圧から解放された彼は、おどけた言い方で部屋に集まるメンバーへと声をかけた。

 

「さてとお前ら、本家リーダー様が帰ってきたから俺はお役ごめんだ! ……今まで手を貸してくれてありがとうな!」

 

 勇の謝辞の言葉に対し、今まで彼に着いてきたメンバーが拍手を送る。その拍手に対して恭しく礼をした後、勇は光牙へと声をかけた。

 

「……さ~て、そんじゃ早速帰ってきたリーダーに今後の方針を発表してもらうとするか! ……もう決めてんだろ、光牙?」

 

「ああ……真美とも話し合って、今後の方針はすでに決めてある。まずは皆と差が出来てしまった俺と櫂、水無月さんのレベルを同格に戻すことから始めたいと思っている」

 

「確かに、魔人柱二人分の経験値はでかいからな。その分の差を埋めて、足並みを揃えるのが先決か」

 

「ガグマとの決戦を迎える為にも、まずはそこから手をつけたい。皆には悪いが、手を貸して貰えないだろうか?」

 

「喜んで! 玲ちゃんのレベルも上げなきゃいけないと思ってたし、丁度良い機会だよ!」

 

「うんうん! まずは皆仲良く同じ強さにしなくちゃね!」

 

「ありがとう! ……そして、それと平行してある作戦を進行していきたい。その為には……」

 

 光牙の提案に頷いたディーヴァの二人を始め、集まったメンバーは全員その作戦に同意した。そのことを確認した光牙は、礼の言葉を言いながら話を続けようとする。

 

 だが、その言葉を遮る様にして部屋に入ってきた人物が一人居た。扉の開く音に気がついて視線をそちらに向けた光牙につられて他の生徒たちもその方向を見る。沢山の生徒たちに見つめられながら、ばつの悪そうな表情をしたその人物は頭を掻きながら彼らに謝罪した。

 

「あはは……。すいません、お話の邪魔をしてしまったみたいですね……」

 

「オッサン……まったく、空気読めよな!」

 

「すいません、まさか大事な話をしているとは思ってなくて……」

 

 申し訳無さそうな表情をした天空橋に溜息をつきながら、勇は彼へと疑問を投げかける。当然、彼が何をしに来たのかを確認するためだ。

 

「んで、オッサンは俺たちに何の用だよ?」

 

「あ、ああ……ちょっと謙哉さんをお借りして良いですか?」

 

「え? 僕、ですか?」

 

「はい、ちょっと確認しておきたいことがあって……」

 

「……わかりました。では、行きましょうか」

 

「ありがとうございます。……と言う訳で少し謙哉さんをお借りしますね、水無月さん」

 

「……何で私に確認を取るのですか? そんな必要はありません」

 

「え……? いや、私はてっきりお二人が……」

 

 付き合っているものかと、そう言おうとした天空橋だったが、玲の鋭い視線に制されてその言葉が口から出ることは無かった。

 

 女子高生に気圧される大人と言うのもどうかと思うが、無理に彼女の機嫌を悪くする必要は無いと判断した天空橋は適当に笑いながらその場を後にする。

 

 彼の後ろでは、何も分かっていない顔をした謙哉が不思議そうに二人を見比べて居たのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、僕になんのお話でしょうか?」

 

 廊下を歩きながら謙哉が天空橋に問いかける。その言葉を受けた天空橋は、周囲に人の姿が無いことを確認した後で真剣な表情になり、謙哉へと向き直った。

 

「単刀直入に言います。謙哉さん、もう二度とあの姿にはならないで下さい」

 

「あはは……やっぱり、あなたにはバレてましたか」

 

 天空橋の言葉に、先ほどの彼と同じくばつの悪そうな笑顔を浮かべた謙哉が困った様に口を開いた。その笑みを見ながら、天空橋は話し続ける。

 

「笑い事ではありません、謙哉さんだって気がついているでしょう!?」

 

「……ええ、まぁ、そうですね……」

 

 事も無げに話す謙哉の表情を見た天空橋は苦しげに表情を歪ませた。それは彼がまだ若い謙哉に対して危険を背負わせている事への罪悪感であったり、自分が背負ったリスクを平然と受け止められる謙哉への一種の苛立ちから来る感情であった。

 

「……前にも話しましたが、ディスティニーカードはリアリティに感染している……それを自身の体に使うことは、多かれ少なかれその体に負担を強いる事になります。ゲームギアとギアドライバーである程度はその負担を軽減出来ますが……それでも最大で3枚のコンボまで、5枚ものカードの効果を長時間自分の体に与え続けるなんて正気の沙汰では無いんですよ!?」

 

「……わかっています。僕も自分の体で経験しましたから」

 

「では何故そんな平然としていられるんですか!? マリアンとの戦いであなたは長時間あの姿になり、その上全ての力を最大限に発揮する必殺技を発動した! その反動で受けた痛みは、地獄の苦しみにも近いはずだ。なのに、何故……?」

 

「……僕は、それで納得しているんです」

 

「え……!?」

 

 静かに、だが力強く話す謙哉のその言葉に顔を上げた天空橋は彼の表情を見る。そこには、確かな決意を固めた男の姿があった。

 

「……あの時、もしもオールドラゴンの力を使っていなかったら、水無月さんは戻って来れなかった……例え僕の体がどうなっても、僕は彼女を助け出したかったんです」

 

「ですが、そんな事を続けていたらあなたの命が……!」

 

「わかっています。だから、出来る限りオールドラゴンは使わないようにします。でも……二度と使わないって約束は、出来そうにありません。もしも皆の命が危なくなったら、僕は間違い無くあの力を使います。皆を守るためになら、僕は自分の命なんて惜しくないんです」

 

 そう言いながら自分をまっすぐに見つめる謙哉の目を天空橋は見つめることが出来なかった。あまりにも真っ直ぐ過ぎて、痛々しすぎたその瞳は、見る者全ての心を苦しめるからだ。

 

「大丈夫ですよ。こう見えて体は丈夫なんです。それに、自分の体の事は自分が一番分かりますから、ちゃんと超えちゃいけないラインは理解してるつもりです」

 

「くっ……!」

 

 笑顔を浮かべた謙哉を見ながら、天空橋はきっとこうなるだろうと予想していた結果になってしまった事に胸を締め付けられる様な痛みを感じた。謙哉を説得出来なかった事への心苦しさを感じながら、着ている服のポケットから包みを取り出す。

 

「……痛み止めと、特別に調合した体への負担を抑える薬です。オールドラゴンを使用した後は、必ずこれを服用してください」

 

「はい……お心遣い、感謝します。では……」

 

 天空橋から薬を受け取った謙哉は小さく礼をした後で先ほどの教室へと戻って行った。その背中を見ながら自分の無力さを悔やむ天空橋が呟く。

 

「……私はまた、何も出来ないんでしょうかね……? 私はどうするべきなんでしょうか? 教えてくださいよ、妃さん……」

 

 天を仰ぎながら、天空橋は必死に涙を堪えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てぇやぁっっ!」

 

 光牙の雄たけびと共に繰り出された一撃がエネミーを切り裂く。ブランクを感じさせないその動きに感心しながら、勇は彼に声をかけた。

 

「やるな光牙、こりゃあ余計な心配は無用だったか?」

 

「君にそう言って貰えると安心するよ。けど、俺はまだまだだな……」

 

 そう言って変身を解除した光牙が視線を先に向ける。まっすぐに伸びる道の先に見える小さな町を見つめた光牙は、後ろに並ぶ仲間たちに指示を出した。

 

「あの町が目的地の一つだ! あそこにはガグマの軍勢が居る! それを排除して、村の平穏を取り戻すことが今回のクエストの目的だ。皆、戦闘準備をしながら進むんだ!」

 

「おーーっ!」

 

 光牙の号令に叫び返した生徒たちが足並みを揃えて目的地へと向かう。その光景を見ながら、勇は光牙との会話を続けた。

 

「まさか事前に情報を集めてたとはな……クエストをこなしながらレベル上げもすれば効率は倍、よく準備してたもんだよ」

 

「ベッドで寝る事しか出来なかったからね。真美に頼んで情報は逐一チェックして貰ってたんだ。だから、褒められるなら真美の方さ」

 

 自分への賞賛の言葉を否定した後、光牙は駆け出すと歩く生徒たちの先頭に立つ。横に立つ櫂と何かを話しながら、町へと進むメンバーの先頭に立って歩き続ける。

 

 ソサエティのファンタジーワールドには、ガグマの操るエネミーたちに侵略され、支配されてしまった町がいくつもある。光牙はそう言った町を開放し、新たな活動拠点を得ようとしていた。

 

 それに加えて戦闘によって得られる経験値でレベルを上げ、さらにガグマの戦力も削ぐ事の出来るこの作戦は一石三鳥と呼べるものだ。負傷によって忌まれてしまったビハインドを取り返すべく、光牙は他の生徒たちよりも張り切って戦いに臨む。

 

「……復帰戦だからってあんま気張るなよ、光牙。俺やA組の皆もついてるんだからな」

 

「ありがとう、櫂。でも、皆をいつまでも俺たちのレベル上げに付き合わせるわけにはいかないさ。早くレベルを上げて、ガグマとの戦いに備えよう」

 

 櫂へと感謝の言葉を述べながら自分の決意を表明する光牙。目前まで迫った町の光景を見ながら、光牙は生徒たちを率いてその中へと入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんて酷い、ここまで荒らされているなんて……」

 

 町に入り、その様子を目にしたマリアの第一の感想はそれだった。民家は壊れ、草木は枯れ、至る所に瓦礫が散乱している。

 

 荒廃しきったその町の中で闊歩するのは獣型のエネミーだ。彼らは好きな様に町を壊し、それを楽しんでいる。

 

「ガグマの手からこの町を開放するには、あいつらを掃除しなきゃなんねぇみたいだな」

 

「ああ……! 全員、戦闘準備! エネミーの掃討にかかるぞっ!」

 

 櫂と頷き合った光牙が後ろに並ぶ生徒たちに号令をかけると、そのままエネミーの群れへと突撃して行った。櫂やA組の生徒たちもそれに続き、エネミーたちと激しい戦闘を開始する。

 

<ウォーリア! 脳筋! 脳筋! NO KING!>

 

「うおっしゃぁぁぁっ!」

 

 先頭を走る櫂がウォーリアへと変身しながら敵の真っ只中に突っ込む。今まで休んでいた分の鬱憤を晴らすかの様に暴れながら、エネミーたちを殲滅していく。

 

 櫂の拳が唸り、叫びが木霊する。野獣の如き戦いぶりに気圧されたエネミーたち目掛けて、A組の生徒たちの援護射撃が飛んで行った。

 

「そうだ、それで良い! 敵に余裕を与えるな、一気に攻め潰すんだ!」

 

 久方ぶりの戦闘、そして、久方ぶりの光牙の指揮を受けたA組の生徒たちは勢いのままにエネミーを叩く。先へ、もっと先へと進軍していく彼らの勢いは、まさに破竹の勢いだ。

 

 だが、その姿を見ていた勇は危機感を感じていた。一塊になって進軍していくA組の生徒たちのせいで、生徒全体の隊列が長く伸びきってしまっていたからだ。

 

(……ちょっと待てよ。俺がエネミーの側なら、この状況で打つ手は……)

 

 冷静な思考で敵の打つ手を計算する勇。今までのリーダーとしての経験をフルに活かして計算をしていた彼は、ある可能性に思い当たると全力で最後列の生徒たちに向かって叫んだ。

 

「皆、後ろだっ!」

 

 その叫びを受けた最後方の生徒たちが何事かと疑問を浮かべていると、彼らの後ろから勇の考えどおりにエネミーたちが姿を現したでは無いか。突如出現した敵の姿に恐慌状態に陥った生徒たちがその対応に遅れる中、真っ先に動いた葉月たちがドライバーを腰に当てて変身しながら戦いの構えを取る。

 

<ディーヴァ! ステージオン! ライブスタート!>

 

「やよいっ! アタシがエネミーを食い止めるから皆を守りながら先に進んで!」

 

「わかった! 急いで光牙さんたちと合流しなきゃ!」

 

「援護するわ! 二人とも無理はしないで!」

 

 迫り来るエネミーたちを葉月が切り払う。単独で戦いながら生徒たちに襲い掛かろうとするエネミーを牽制する彼女の後ろでは、玲が銃を構えて的確な援護射撃を飛ばしていた。

 

「みんな落ち着いて! 慌てず確実に相手を倒しながら先に進むの!」

 

 やよいが生徒たちを落ち着かせながら敵を撃破する。危うく恐慌状態のまま戦闘に入る所だった生徒たちは、ディーヴァの三人のナイスフォローによって持ち直した。

 

「助かったぜ葉月! そのまま後方の敵を頼む!」

 

「あいあい、頼まれたよっ!」

 

 頼もしく返事をしながら敵を倒す葉月から視線を前へと移した勇は、今の敵の動きのせいで大きく離れてしまったA組との距離を測っていた。そんな中、マリアが彼の隣に並ぶと慌てた様子で意見してくる。

 

「勇さんっ! 私、光牙さんにこのことを伝えてきます! 連携の取れないまま挟み撃ちを続けられたら……」

 

「駄目だっ、行くなマリアっ!」

 

「えっ……!? で、でも、このことを伝えないと全滅してしまいます!」

 

「違う! まだ敵の作戦は終わってない! ここからが本命の行動なんだ!」

 

 必死になりながら敵の策を読みきった勇が対策を取ろうとする。そう、ここで敵の行動が終わる訳がないのだ。

 

 ただのエネミーがこんな作戦を立てるはずがない。挟み撃ちを仕掛けるタイミングや、戦力の分配方法などがほぼ完璧と言えるこの作戦には、彼らを操る指揮官が必要なはずだ。

 

「光牙、戻って来いっ! このままじゃ不味い!」

 

 ゲームギアの通信機能を使って光牙へと連絡を取ろうとする勇。しかし、その叫びに光牙が応えることは無く、ただ焦燥だけが募って行く。

 

「やっぱり私が光牙さんに直接状況を……」

 

「いや……もう手遅れみたいだぜ……」

 

「え……?」

 

 勇の呟きを聞いたマリアは彼が見ている上空へと視線を向ける。そこには、自分たち目掛けて落下してくる緑の光があった。

 

「きゃぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

 その光が地面に着地した時、大きな地響きと共に衝撃が舞った。その強さに悲鳴を上げながらしゃがみこんだマリアの耳に、自分たちを嘲る声が聞こえてくる。

 

「まったく……単純と言うか、浅はかと言うか……自分たちが罠にかかっていると言う可能性をまったく考慮してないみたいだね」

 

「お前は……パルマっ!」

 

「やぁ、諸君。ミギーとマリアンが世話になったね。敵討ちなんて柄じゃないからしないけど、お前たちごときに調子に乗られるのも嫌だから、ちょっと苦しめに来たよ」

 

 そう言いながらパルマは自分の指先から小さな光の輪を作り出し、それを勇たち目掛けて発射した。高速で回転しながら飛来するそれはまるで回転ノコギリの様に木々や建物を切り裂きながら生徒たちを襲う。

 

「やっぱりそう来やがったか!」

 

 舌打ちをしながらまんまと敵の策略に嵌ってしまった事を勇は悔やんだ。

 

 自分たちのテリトリーに攻め入った光牙たちを調子付かせ、勢い良く進軍させる事によって戦線を伸びきらせる。その状況で背後からの奇襲を行い、先頭と後方の生徒たちの距離を開かせ、分断する。

 

 後は出来てしまった距離の中にパルマを中心とした少数精鋭の戦力を送り込ませることによって完全に前方と後方を分断し、確実に両方の生徒たちを撃破して行く。それがパルマの立てた作戦だった。

 

「ふ~ん……君は僕の作戦を読んでたみたいだね。流石はガグマ様が認めた人間なだけはあるよ。……でも、これは読めたかな?」

 

 素直に勇を褒め称えたパルマだったが、その後でニヤリと黒い笑みを浮かべる。意味ありげなその笑みに勇が何か悪い予感を感じていると、自分たちの遥か前方で大きな爆発が起こった。

 

「な、なんなんです、今の爆発は!?」

 

「……まさかっ!?」

 

 最悪の事態を想定した勇の顔色が変わる。一体何が起きているのか想像がつかないマリアは心配そうな表情で勇とパルマを交互に見ることしか出来ない。

 

 自分の作戦通りに事が運ばれている事に満足しながら、パルマはもう一度ニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まさか勝てるとでも思っていたか? 浅はかなり、傲慢なり、人間……!」

 

「くっ……うっ……!」

 

 爆発の衝撃を受け、呻き声を上げた光牙が立ち上がる。何が起こったのかを理解出来ないでいる彼の胸に、鋭い突きが繰り出された。

 

「ぐはっ!?」

 

 鎧から火花が飛び散り、衝撃が体を突き抜ける。大きく吹き飛ばされた光牙が見たのは、黄色に輝く体をした魔人の姿だった。

 

「ご、傲慢の、クジカ……!?」

 

「左様、貴様らの息の根を止めにわざわざ出向いてやったぞ」

 

 ポキポキと拳を鳴らしながらA組の生徒たちを威嚇するクジカ。いきなりの強敵の出現に浮き足立つ面々を何とか落ち着かせようとした光牙だったが、そんな彼に悲鳴にも近い仲間の叫びが聞こえてきた。

 

「か、囲まれてる……!? 逃げ場が無いじゃないか!?」

 

「そんな!? 後続部隊は何をしているの!?」

 

 驚いた光牙が振り向いてみると、そこに見えたのは後ろに付いて来ている仲間たちの姿ではなく、獰猛なエネミーたちの姿であった。先ほどまで一緒に行動していたはずの仲間たちはどこに消えてしまったのかと愕然とした光牙に対し、クジカが呆れた様な声で語りかける。

 

「……この状況になっても自分たちがどうなっているのかわからんのか? なんとも愚かなことよ……」

 

「まさか……俺たちは、誘い込まれたのか……!?」 

 

「ようやっと気がついたか、しかし、もう遅いがな」

 

 クジカのその言葉にA組の生徒たちは完全にパニックに陥った。完全に相手を圧倒していたと思っていた自分たちが、実は相手の掌の上で踊らされていたに過ぎないと知った時のショックに加えて、今の絶望的な状況が彼らの精神に追い討ちをかけたのだ。

 

「お、落ち着くんだ! 何とか耐え凌いで、救援を……」

 

「……無理だと思うがな。お前たちだけで何分凌げる? その間に救援が来る可能性はどれ程ある? 後ろに控えているお前たちの仲間は、パルマの相手をしているのだぞ?」

 

「なっ……!?」

 

 周到に用意された罠にかかり、絶体絶命の状況に追い込まれたと知った光牙は言葉を失った。鈍った戦術眼のままに指揮を執った結果がこれとは、あまりにも不甲斐無さ過ぎる。

 

「……まあ、好きにしろ。粘れるだけ粘るが良い。我らはお前たちを蹂躙するだけだ」

 

 狂乱に陥るA組を尻目にクジカが指示を飛ばす。その合図を受けたエネミーたちが次々と光牙たちに襲い掛かる。

 

 四方から攻め来るエネミーたちを相手に、光牙は必死になって抵抗を続ける他無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、光牙さんたちが、囲まれている……? そんな、魔人柱を相手にするだけでも絶望的なのに、大量のエネミーまで……!?」

 

「まあ、自業自得だよね……。愚かなリーダーと、それに付き従ってしまった者たちが受ける因果応報とでも言うべきかな?」

 

「い、急いで助けに向かわないと……勇さん! 急いで助けに行かないと、光牙さんがっ!」

 

 マリアの叫びを耳にする勇にもその危機的状況はわかっていた。しかし、この包囲網を突破する方法が見つからないのだ。

 

 目の前に居るパルマは簡単に攻略出来る相手では無い。この作戦を考えたのが彼であるのなら尚更だ。

 

 だが、彼を突破しない限りはA組の救援にも行けない。しかし、パルマに戦力を割き過ぎればA組の救援に向かった所で、共にクジカに敗れ去る危険があるのだ。

 

 少なすぎればその逆、パルマは残った部隊を殲滅してからクジカたちと合流し、勇たちは全滅させられてしまう。その戦力の分散をどう判断するかでこの戦いの明暗が分かれるのだ。

 

「……どうする?少なくとも君たちだけなら何とか逃げ出せると思うよ? 前に行った部隊を見殺しにすれば、君たちは助かるけど……」

 

「そんなこと出来ませんっ! 光牙さんやA組の皆を見捨てる事なんて、出来るはずが……」

 

「じゃ、全滅する? 時にはそういう非情な決断も必要なんだけどね」

 

 パルマの言葉は正しい。もしもこの場の指揮を執るのが光牙だったなら、間違いなく多くの命を守る為に撤退を指示していただろう。

 

 だが、ここに居るのは光牙では無い。この場で皆の命を預かる役目を受け持っているのは勇だ。そして、彼が仲間を見捨てると言う選択をしないことは生徒たちの誰もが知っていた。

 

「……さて、お喋りはここまでにしようか。何時までも君たちに考える時間を与えるほど僕は優しくないしね」

 

「くっ……!」

 

 パルマが再び戦いの構えを見せる。魔人柱である彼と戦うのは普通の生徒では難しい。仮面ライダーである自分が戦わなくてはならないだろう。

 

 パルマと戦う戦力、光牙たちを助けに向かう戦力、そしてこの場で持ちこたえる為の戦力を今の内に計算しないと敗北は必至だ。頭脳をフル活用してその答えを探そうとした勇だったが、その肩を誰かに叩かれ、顔を上げると隣に居る人物の顔を見る。

 

「……今は間違い無く緊急事態、だよね?」

 

「謙哉、お前……」

 

「……パルマは僕に任せて、勇は白峯くんたちの救援をお願い!」

 

 そう勇に言い残した謙哉がパルマ目掛けて駆け出す。同時にドライバーを装着した彼は、サンダードラゴンのカードを構えた。

 

「変身っ!!!」

 

<RISE UP! ALL DRAGON!>

 

 ドラグナイトイージスからオールドラゴンへと一気にフォームチェンジした彼は勢いに乗って空へ飛び立つ。たった一人で自分と戦うと言い切った謙哉に対して苦々しい感情を覚えながら、パルマは彼へと吐き捨てた。

 

「ふっ……まさか僕とたった一人で戦うつもりかい? それはあまりにも無謀………っっ!?」

 

 謙哉を嘲る言葉を吐いていたパルマの表情から余裕が消える。まさに一瞬の間に空中から自分の元へと接近した謙哉の動きにまったくついていけなかったからだ。

 

「がぁっ!?」

 

 蒼の弾丸と化した謙哉の体当たりを受けたパルマが呻き声を漏らす。そのまま謙哉に捕まったパルマは共に空へと飛び立つと、戦線からほど離れた位置に投げ出された。

 

「ぐ、おおっ……! お前、なんだその力は……!?」

 

「……悪いけどお喋りしてる時間は無いんだ。勇が白峯くんを助け出すまでに、お前を倒してやる!」

 

「ちっ……! 調子に乗るなと言いたい所だけど、それだけの力を持っている事は確かか……!」

 

 素直に謙哉の強さを認めたパルマは、この予想外の戦力の登場で自分の策が崩れ始めた事を理解していた。どうやら謙哉は自分がもう一度戦線に復帰する事を許してはくれなさそうだ。

 

 となれば、後はクジカが光牙たちを殲滅するのが先か、それとも勇たちの救援が間に合うかの勝負になる。その強さは認めている同じ魔人柱の活躍に期待しながら、パルマは謙哉との戦いに集中し始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マリア! お前はこの場に残って皆を指揮してくれ! 葉月たちと一緒に戦って、出来る限り光牙の方へ移動してくれ!」

 

「わかりました!」

 

「動ける奴で足の速さに自信がある奴は俺と一緒に来てくれ! 光牙たちのピンチを救って、皆でこの危機を乗り切るぞっ!」

 

 ドライバーを装着し、カードを取り出した勇が生徒たちに指示を飛ばす。目の前に迫ったエネミーを蹴り飛ばすと、勇はカードをドライバーへと通して変身した。

 

「変身っ!!!」

 

<ディスティニー! チェンジ ザ ディスティニー!>

 

 手にした剣でエネミーを切り払い、道を拓く勇。大きく剣を掲げた後、仲間たちに聞こえる様な大声で叫び、発破をかける。

 

「謙哉の作ってくれたチャンスを無駄にするなっ! 皆、行くぞっ!」

 

「おーーーっ!!!」

 

 生徒たちは勇のその言葉に奮起し戦いを続ける。この士気の高さが継続している間に決着を着けなければならないと判断した勇は、自分に付いて来てくれた生徒たちを率いながら光牙たちの元へと急ぐ。

 

(待ってろよ光牙! 今助けに行くからな!)

 

 危機に陥った仲間を救う為の救出作戦が、今、幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やはり、そうするか。その判断を小を見捨てぬ優しさと取るか、犠牲を出すことを恐れる臆病さと取るか……」

 

 いくつものモニターが設置された部屋の中で一人の男の声が響いた。今、必至になって光牙を救うべく戦う勇の姿が映し出されたモニターを見ながら、その人物は呟く。

 

「まだ早い、早いのだ勇……。お前はまだ、戦いの運命の中に飛び込んではいけないのだ……」

 

 プツリ、とモニターの映像が途切れる。それを見た後で男は座っていた椅子から立ち上がると、どこかへ向かって歩き始めた。

 

「……お前はこの危機を乗り切るだろう。運命はそれを指し示している……なれば、私もお前の元に向かわねばなるまい」

 

 がちゃり、がちゃりと、男が足を進める度に金属が動く音がする。部屋から出た男は、空高くそびえる摩天楼の中から外の世界を見ると、深く溜息をついた。

 

「……運命が変わるとも思えぬ。しかし、それに抗う事を諦めきれぬのは、私が愚かであるからなのだろうか……?」

 

 機械で出来た手を握り締めながら、男は小さく呟いた。

 

 



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熱戦!VSクジカ&パルマ!

「うわぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 クジカの双剣に切り裂かれた生徒が吹き飛びながら悲鳴を上げる。地面に倒れ伏して呻くだけのその生徒をちらりと見た後、クジカは次の獲物を捉えるべく走り出す。

 

「くそっ! クジカ、俺と戦えっ!」

 

 次々とクジカに傷つけられていく仲間たちを見ながら光牙が叫ぶ。自分ではなく、クジカと戦う力のないA組の生徒たちを狙って攻撃を仕掛けてくる相手に向かってエクスカリバーを振り上げながら迫って行く。

 

 しかし、そんな光牙の攻撃には目もくれずに動くクジカは、また一人の生徒を蹴り飛ばして仕留めた。

 

「くそっ! 何故だ!? 何故俺と戦わない!? 負けるのが恐いのか!?」

 

「ふん……何を勘違いしている、雑魚め」

 

 光牙の挑発に面倒だとでも言う様に答えたクジカは、ようやく彼と向き直った。そして、侮蔑する様な視線を向けながら口を開く。

 

「貴様など何時でも始末できる。まずは邪魔な小蝿どもを始末しなければ煩くてかなわんというだけの話よ……」

 

「なんだと……!?」

 

 光牙を舐め切ったその態度に怒りが募る。光牙は強く剣を握り締めると、怒りの感情を爆発させながらクジカへ突進した。

 

「そこまで言うなら俺を倒してみろっ! 俺だって、そう簡単に負けるわけにはいかないっ!」

 

 宙へ飛び上がり、落下の勢いを生かした振り下ろしを繰り出す。会心の一撃、光牙はそう思っていた。

 

「……ふん、彼我の実力さも理解できん愚か者めが」

 

「えっ……!?」

 

 だが、クジカはその一撃を左手の剣で振り払い、容易く光牙の体勢を崩す。そして右手の剣での斬撃をがら空きになった光牙の胴へと繰り出した。

 

「が、はっ……!」

 

 胴を切り裂かれる痛みに呻き声を漏らす光牙。地面を転がり、体の斬られた箇所を手で押さえる。

 

 文字通り、レベルの違う一撃だった。速く、重く、鋭い……ただでさえ皆とのレベル差がある光牙には、魔人柱の相手は荷が重すぎたのだ。

 

「……少しは相手になるとでも思ったか? よもや俺に勝てるかもしれないと思ったわけではあるまいな? なんとも傲慢、愚かなり」

 

「ま、だだ……俺は、俺はっ……!」

 

 よろめき、ボロボロになりながらも光牙は立ち上がる。負ける訳にはいかない、自分が勝たなければ、A組の皆の命が危ないのだ。

 

 しかし、そんな彼に付き合ってはいられないと言うようにクジカは光牙に背を向ける。そして、反対側にいた生徒に狙いをつけて駆け出した。

 

「ひ、ひいっ!?」

 

「やめろぉぉぉっ!!!」

 

 クジカに狙われた女子生徒が短い悲鳴を上げる。光牙はただ、その光景を見ることしか出来なかった。

 

 振り下ろされる刃、かわすことに出来ないその一撃を涙を浮かべた目で見つめる女子。鮮血が舞い、一つの命が奪われるかと誰もが思ったその時だった。

 

「させるかよっ!!」

 

「ぬうっ!?」

 

 叫び声と共に甲高い金属音がその場に響く。自分と女子生徒の間に入ってきた黒い人影を見たクジカは、苦々しげな声で呻いた。

 

「貴様は……あの時の奴か!?」

 

「ジャパンTV以来だな、こっからは俺が相手してやるぜ!」

 

「ぬかせ、小童がっ!」

 

 怒りの叫びと共に繰り出されるクジカの双剣の乱舞。目にも留まらぬスピードで繰り出される斬撃を何とか防いだ勇は、そのまま大きく後退してクジカと距離を取るために大きく後ろへ跳び上がった。

 

<ディスティニー! シューティング ザ ディスティニー!>

 

「これでも食らいなっ!」

 

 跳びながらガンナーディスティニーへとフォームチェンジした勇は、着地と同時に引き金を引く。マシンガンモードの細かな弾丸がクジカへと飛び、無数の弾幕を張った。

 

「ちょこざいな! こんなもので俺を止められるとでも思ったか!?」

 

 だが、クジカは怯まない。飛び交う弾丸を双剣で切り払い、まっすぐに勇へと接近して行く。

 

 猛スピードで勇との距離を詰めるクジカは、あっという間に攻撃の間合いに入って双剣を振り上げる。そのまま勇目掛けて攻撃を繰り出そうとした彼だったが、何かが唸りを上げて飛んで来る音を耳にしてその動きを止めた。

 

「ぐうっ!?」

 

 ガキッ! と自分の横っ腹に何かがぶち当たった音がした。同時に焼ける様な痛みと衝撃が体を襲い、クジカは体勢を崩してよろめいた。

 

「おらよっ、こいつも喰らってけっ!」

 

<必殺技発動! クライシスエンド!>

 

「ぐっ……ぬぅぅぅぅぅぅぅっ……!」

 

 追い討ちをかける様に発射された勇の必殺技を剣で防ぐクジカ。だが、その勢いを殺しきれずに大きく後ろに吹き飛んでしまった。

 

「よしっ! 作戦成功だぜ!」

 

「光牙っ、大丈夫!?」

 

 時間を稼ぐことに成功した真美と櫂が光牙に駆け寄る。先ほどのクジカの不意を突いた攻撃は二人が仕掛けたのだ。

 

 勇がクジカの気を惹き、隙が出来た所で二人が不意打ちを仕掛ける。シンプルながら十分な効果が期待出来るこの作戦を成功させた勇たちは、今が好機とばかりに撤退を開始した。

 

「負傷者には手を貸してあげて! 急いで後続部隊と合流するのよっ!」

 

「走れーーっ! 死ぬ気で走るんだーーっ!」

 

 真美が光牙に肩を貸しながら走る。櫂は先頭に立って敵を蹴散らし、皆が進む道を切り開いていた。

 

「ぬぅぅ……っ! この俺が貴様らをこのまま逃がすと思うかっ!?」

 

 撤退を開始したA組の後ろ姿を見ながら立ち上がったクジカが叫ぶ。部下のエネミーたちに指示を出し、追撃戦を開始しようとするクジカ。しかし……

 

「ギゲェェッ!!!」

 

「グギャァァァッ!」

 

 A組の背を追うエネミーが数体撃ち抜かれた。光へと還りながら消滅するエネミーの向こう側では、銃を構えた勇が得意げにこちらを見ている。

 

「……そう簡単に追わせてやると思ったか?」

 

「ぬ、ぐぅ……っ!」

 

 そう自分を挑発する勇の行動に、クジカは怒りを募らせたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、勇たちと時を同じくして、謙哉もまた激闘を繰り広げていた。相手はクジカと同じ魔人柱の一人、怠惰のパルマだ。

 

「ふっ、はぁぁっ!」

 

 パルマが両手から光輪を放つ。切れ味抜群のその攻撃は謙哉を追尾し、当たるまで追ってくる物だ。しかし、自分に迫る光輪を見る謙哉の表情には焦りの色はまったく無かった。

 

「せいやぁぁっ!」

 

「なっ!?」

 

 謙哉は両腕に生えた巨大な爪を振るい、迫る光輪を迎え撃った。鋭いその爪の一撃はいとも容易くパルマの攻撃を打ち砕き、粉々にする。

 

 その光景に驚くパルマ目掛けて急接近した謙哉は、もう一度爪を振るってパルマを切り裂く様に攻撃を仕掛けた。

 

「ぐっ、っっ……!」

 

 謙哉の攻撃を両腕を交差することで防ぐパルマ。しかし、その痛みは激しく、腕には大きな爪痕が残っていた。

 

(……まさか、これほど強力な力を隠していたとは……!)

 

 素直に計算外の相手の実力を認めるパルマ。恐らく、今の自分では謙哉には敵わないだろう。

 

 そのことを察知したパルマはすぐに次の行動に移る。空中を舞う謙哉を見ると、そのまま両手を開いて彼に言った。

 

「なかなかやるね。じゃあ、僕もとっておきを見せてあげるよ」

 

 パルマの手に再び光輪が出現する。しかし、今度は2つでは無かった。

 

 出現した光輪がいくつにも分裂し、数十の数へと膨れ上がったのだ。その全てを自分の意のままに操るパルマが謙哉を指差すと、全ての光輪が謙哉目掛けて猛スピードで突撃して行った。

 

<必殺技発動! パトリオット・リング!>

 

「さぁ! この技をしのげるかな!?」

 

 先ほどの攻撃同様に追尾性を持った無数の光輪が謙哉に迫る。一つ一つ切り払っていてはきりが無いと判断した謙哉は、必殺技を使うことを決心した。

 

<ドラゴウイング! フルバースト!>

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ……!」

 

 謙哉の背に生える翼に青い光が篭って行く。その光が最大限に輝きを増した瞬間、謙哉は翼を大きくはためかせた。

 

<必殺技発動! ブラストウイング!>

 

「これで……吹き飛べぇっ!」

 

 翼の羽ばたきが起こす突風は竜巻となって光輪を包んだ。巻き起こる風の勢いに負けた光輪は砕け散り、消滅して行く。

 

 そのまま竜巻は地面にいたパルマへと襲いかかった。真っ直ぐに地面へと伸びて行った旋風がパルマを包み、その姿を覆い隠す。

 

 地面を舞う砂埃、周囲を襲う衝撃……その全てを上空から見ていた謙哉は、視界が晴れるまでその場に留まり続けた。

 

「……なかなか楽しかったよ。でも、次はこうは行かないからね……?」

 

「っっ!?」

 

 遠くぼんやりと聞こえたその声を耳にした謙哉が次に見たのは、砂埃と竜巻が去って晴れた視界に映る何も無い地面だった。どうやらパルマは逃げ出したらしい。

 

「くっ……まんまと逃げられたか……!」

 

 地面に着地し、変身を解除する謙哉。パルマの撃退には成功したが、まだ勇たちは戦いを続けている。急ぎ戻って援護しなくては……そう考えた彼は走り出そうとしたが、急に表情を歪めて苦しみだした。

 

「ぐっ……! こんな、時に……っ!」

 

 急ぎポーチに手を突っ込み、水と天空橋から渡された薬を取り出す。それを一息に飲み込むと、確かに痛みは軽減された。

 

 だが、すぐに動ける様な痛みでは無い。仲間の元へと駆けつけられない事に悔しさを感じながら座り込んだ謙哉は、親友たちを信じてしばしの休息を取る事にし、目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「光牙さん! よくぞご無事で……っ!」

 

「すまないマリア、今は話している暇は無いんだ。急いで回復を頼む!」

 

「は、はいっ!」

 

 同時刻、何とか後方に展開していた部隊と合流を果たした光牙たちは、マリアに頼んで怪我の回復を行っていた。 真っ先にマリアの治療を受けた光牙は勢い良く追撃を仕掛けてくるエネミーの集団へと駆け出す。

 

「今度こそっ……今度こそはっ!」

 

 迫る雑魚エネミーを斬り伏せ、目標であるクジカへと接近する光牙。先ほどのリベンジを果たすべく斬りかかった光牙をクジカは舌打ちと共に迎え撃つ。

 

「また来たのか、お前にかまっている暇などないと言うに!」

 

 双剣を振るって光牙を攻撃するクジカ。エクスカリバーでその斬撃を凌ぐ光牙だったが、嵐の様な剣劇を捌き切れずに胴に剣を受けてしまう。

 

「ぐわぁっ!!!」

 

 光牙は痛みに悲鳴を上げながら退く。その隙を突いてトドメを刺そうとするクジカだったが、間に入ってきた勇にそれを邪魔されて苦々しげな表情を見せた。

 

「無理すんな光牙っ! 魔人柱相手に一人で戦おうなんて無茶だぜ!」

 

「黙っていてくれ龍堂くん! 俺は、こいつを倒さなきゃいけないんだ!」

 

 光牙を案じ、連携を取ろうとする勇。しかし、光牙はそんな彼の忠告を無視してクジカへと再び挑みかかって行く。

 

 連携も何も無いその行動はすぐさまクジカに見切られ、勇と光牙は彼の持つ二本の剣のそれぞれに斬られて吹き飛ばされてしまった。

 

「ぐぅっ……!」

 

「がっ、はっ……!」

 

「勇さんっ! 光牙さんっ!」

 

 後ろから聞こえるマリアの叫びを耳にしながら光牙は立ち上がろうとする。しかし、元々傷ついていた体を応急処置しただけの彼には、それだけの力が残っていなかった。

 

「ぐっ……!?」

 

 呻き、地面に膝をつく。言うことを聞かない体に鞭打って、光牙は戦いへと戻ろうとする。

 

(負けるわけにはいかない! 俺は、勇者なんだっ!)

 

 地面に剣を突き刺し、それを杖代わりに立ち上がろうとする光牙。そんな彼の隙を見逃さずに攻撃を仕掛けてきたクジカだったが、真横から飛び出してきた赤い影に気を取られて固まってしまう。飛び出してきた赤い影……櫂は、動きを止めたクジカに渾身の一撃を叩き込んだ。

 

<必殺技発動! パワードダックル!>

 

「おおっしゃぁぁぁぁっ!」

 

「ぬおぉぉぉっ!?」

 

 ダンプカーよろしく突っ込んできた櫂の必殺技を真正面から喰らったクジカは凄まじい勢いで吹き飛び、地面に叩きつけられた。それでもまだ戦おうとするクジカに対して構える櫂の隣に勇が並ぶ。

 

「手を貸せ、筋肉ダルマ! 連携してあいつを倒すぞ!」

 

「けっ! 気にいらねえかが、仕方がねえ!」

 

 立ち上がったクジカに対してそれぞれの得物を持った勇と櫂が駆け出して行く。二人を迎え撃つクジカは双剣を振るい、防御の構えを取った。

 

「うっ……らぁっ!」

 

「どらぁぁっ!」

 

 勇の剣がクジカの防御をすり抜けて体を切り裂く、櫂の斧が防御に出された剣を打ち、クジカの腕を痺れさせる。

 

 連携と呼ぶにはあまりにも拙い、されど勢いは確かな二人の猛攻は、クジカを徐々に追い詰めて行った。

 

「これで……!」

 

「どうだぁっ!」

 

 ついにクジカの双剣を弾いた二人は、己の武器をがら空きになったクジカの体へと思い切り振るった。Xの軌跡を残して繰り出された二人の斬撃は、クジカに大きなダメージを与え、よろけさせた。

 

「ぐっ……! やるっ!」 

 

「おっしゃあっ! これで終わりにしてやるぜ!」

 

<必殺技発動! ブーメランアクス!>

 

 弱ってきたクジカの姿を見た櫂がこれを好機と見て必殺技を発動する。渾身の力を込めて繰り出された斧は、空を切り裂きながらクジカへと迫っていく。

 

「舐めるなよ、人間っ!」

 

 だが、クジカも負けてはいない。双剣を巧みに扱ってその一撃を防ぐと、思い切り斧を弾き飛ばしたのだ。まだそれだけの力が残っていることに驚きながらも、櫂は素手で戦いを挑もうとする。

 

 しかし、それよりも早く動いたのは勇だった。ホルスターからカードを二枚取り出すと、その内の一枚をディスティニーソードへと使う。電子音声と共に、ディスティニーソードからは炎が噴き出した。

 

「これでも喰らいやがれっ!」

 

 そのまま剣を地面に突き刺す勇。剣から放たれる炎は地中を伝い、まるで間欠泉の様にクジカの足元から噴き出した。

 

「ぐおぉぉぉぉっ!?」

 

 体を焦がす炎の熱さに呻くクジカ。そんなクジカを見ながらも勇は次の行動を開始する。

 

 地面に突き刺さっているディスティニーソードにもう一枚のカードを使用すると、そのまま開いている手を上に向ける。まるでその行動を予期していたかの様に、手の中には櫂の投げたグレートアクスが落ちてきた。

 

「あっ! てめえ、それは俺の武器だぞ!」

 

「へっ、ちょっと借りるぜ!」

 

<フレイム! スラッシュ!>

 

<必殺技発動! バーニングスラッシュ!>

 

 剣と斧、同じカードを使われた二つの武器からは電子音声が同時に鳴り響き、これまた同じ必殺技が発動された。燃え盛る二つの武器を手に持った勇はクジカへと接近し、ディスティニーソードとグレートアクスを振るう。

 

「はぁっ! おりゃあっ!」

 

「ぐっ! うおぉっ!?」

 

 一本目の剣をディスティニーソードで、二本目の剣をグレートアクスで吹き飛ばす。燃え盛る武器たちを頭上へと振り上げた勇は、勢い良くそれをクジカの脳天へと振り下ろした。

 

「これで、終わりだぁぁぁっ!」

 

「ぬぅぅぅぅぅっ!?」

 

 自分へと繰り出された必殺の一撃をすんでのところで回避するクジカ。しかし、完全に避け切ることは出来ず、胴体を燃え盛る斬撃が襲う。

 

 決して浅くは無い傷を負わされたクジカは大きくよろめきながら後退すると、鋭く勇を睨みながら怒鳴った。

 

「貴様……! 貴様、貴様、貴様ぁっ! 許さぬ、決して許さぬぞ……! この屈辱、必ずや晴らして見せる!」

 

 憎々しげに吐き捨てながらクジカは手の平から黄金の光線を飛ばす。勇と櫂がそれを回避している内に更に大きく後退したクジカは、完全に戦線から離脱してしまった。

 

「あの野郎! 逃げやがった!」

 

「待て、追うんじゃねえ! 今はこの町を制圧することが先決だ!」

 

「そうよ櫂! さっき無理に追撃してピンチになったのを忘れたの!?」

 

「ぐっ! ぬぅぅぅっ……!」

 

 逃げたクジカを追おうとした櫂だったが、それを勇と真美の二人に制止されてその足を止める。まだ戦いは終わっていない、本来の目的であるこの町の開放をしなければならないことを思い出した彼は、地団太を踏みながら手近なエネミーへと殴りかかって行った。

 

「……良し、マリア! 光牙の治療を頼む! 他のA組のやつらもな!」

 

「わかりました! さあ、光牙さん、私に掴って下さい」

 

「あ、あぁ……」

 

 戦う櫂の姿を見ていた光牙は、マリアの肩を借りて戦線から離脱しようとしていた。彼に近づいた勇は、その背中に向けて労いの言葉をかける。

 

「光牙! お前が粘ってくれたから俺は間に合った! A組のやつらを救ったのはお前だって事、忘れんなよ!」

 

 勇のその言葉は確かに光牙に届いたが、彼はなんの反応も示さないまま、その場から立ち去って行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ……うぅっ……」

 

「痛い……痛いよぉ……っ!」

 

 戦場から少し離れた救難所に辿り着いた光牙は、そこで繰り広げられている惨状に目を覆った。そこでは、A組のクラスメイトたちが痛みに呻きながら怪我の治療を受けていた。

 

 クジカに斬られ、体から血を流す者がいた。エネミーに殴られ、胸を押さえて痛がる者もいた。

 

 親しい友人たちが傷ついた姿を目の当たりにした光牙は悔しさを覚えながらただ俯く。その胸の中は自分の不甲斐なさを責める気持ちでいっぱいだった。

 

(すべて俺の責任だ……すべて、俺の……っ!)

 

 自分の考えが浅はかだった故に仲間たちは傷ついた。自分が弱かった故に仲間たちを守れなかった。

 

 そして、自分は何も出来なかった。クジカを倒すことも、町を開放するための作戦を指揮することも、何も出来なかったのだ。

 

 光牙はそれが悔しかった。自分が出来なかったそれを行ったのが勇である事がその悔しさに拍車をかけた。体の痛みを忘れてしまうほどの心の痛みに、光牙はただ嗚咽を漏らして呻くことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何とか終わったか」

 

 虹彩学園の教室の中、慌しい一日を思い返しながら勇は一人呟く。

 

 当初の目的通り、ガグマに制圧されていた町の一つを開放することには成功したが、決してこちらの被害も軽くは無い。だが、魔人柱二人と戦ったと考えれば決して甚大な被害だとも言えないだろう。少なくともミギーと戦った時よりかはましだ。

 

「俺たちは順当に強くなってる……! このまま行けば、ガグマだって……!」

 

 確かな手応えを感じた勇が拳を握り締め、笑顔を浮かべる。レベルが上がったと言うことだけでは無く、戦いの経験を積んだ事によって個々の技術や集団の連携が取れる様になって来たのも確かだ。

 

 条件さえ整えばガグマにも勝てるかもしれない……勇がそんな希望を思い浮かべた時だった。

 

『いや、まだ早いな……』

 

「えっ……!?」

 

 自分以外誰もいないはずの部屋の中に響く声、聞き覚えの無い男の声に驚いた勇は周囲を見渡すも、やはり自分以外の人影は見えない。

 

「だ、誰だ……? 俺の空耳か……?」

 

『いいや、聞き間違いなどではないさ。私はここにいる』

 

 再び聞こえた男の声が自分のすぐ傍から聞こえる事に気がついた勇は自分の体をまさぐる。そして、自分の携帯電話が見た事の無い画面を映し出している事を見て取ると、それを机の上に放り投げた。

 

「な、なんだこりゃあっ!? 電話か……?」

 

『ふむ、そう考えると良いかもしれないな。私は君に話があってこうしているわけだ』

 

「い、いや、何なんだよお前? どちら様?」

 

『……ああ、そうか。まだ自己紹介をしていなかったな。失念していたよ』

 

 電話から聞こえる謎の男の声に警戒しながら話を続ける勇。顔も名前も知らない男とこうして話していると言うのはなんとも奇妙だと思っていた彼だったが、数秒後、電話の向こう側から信じられない言葉が聞こえてきた。

 

『……私の名はマキシマ。「機械魔王 マキシマ」だ』

 

「……は?」

 

 一瞬、相手の言っている事の意味がわからなくなる。勇はポカンとした表情で自分の携帯電話を見つめる。

 

 葉月たち薔薇園学園から繋がるソサエティ、SFワールドの支配者『機械魔王 マキシマ』。その名を名乗る人物が自分に電話をかけてきた。

 

『状況が理解出来なくて当然だ。しかし、私は君に忠告をしに来ただけだ。この言葉は信じて欲しい』

 

「は、はぁ……? そ、それで、俺に何を伝えようとしたわけで?」

 

 理解不能の状況のままに流された勇は、とりあえず相手の話を聞いてみようと思い相手の話の先を促した。この異質な状況の中で彼が何を話すのか興味があったからでもある。

 

 そんな軽めの勇の考えとは裏腹に、マキシマを名乗った人物は真剣な声色で勇へと忠告を投げかけた。

 

『……ガグマと戦ってはならない。奴には、まだ君たちの知らない恐ろしい能力がある』

 

 



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進む歯車

<ゲームクリア! ゴー! リザルト!>

 

 軽快な電子音声が鳴り響き、戦闘の終わりを伝える。それを耳にした生徒たちの表情からは緊張の色が消え、代わりに勝利の喜びが浮かび上がってきた。

 

「特に問題点は無し……苦戦も無く、順調に戦いを終えられたね!」

 

「これで5つ目! うーん、波に乗ってるね、アタシ達!」

 

「そうね。でも、油断は禁物よ。いつ魔人柱が来るかもわからないんだから」

 

「はっ! そうびびることなんざねえよ!」

 

 ディーヴァの三人の会話に割り込んで来たのは櫂だ。今日の戦闘で目覚しい活躍をした彼は、どこか得意げな表情で彼女たちに自信の程を語りだす。

 

「俺たちも大分レベルアップした。途中離脱した俺や光牙もお前たちに追いついてレベル50だ! もう恐いものはねえよ!」

 

「そんな短絡的な……って言いたいけど、確かガグマのレベルって40後半位って話じゃなかったっけ?」

 

「そうだったね……ってことは!?」

 

「そう! 俺たちはガグマより強くなってるってことだ! これなら負けるはずがねえだろ!」

 

 櫂のその言葉に周囲の生徒たちから小さな声があがった。同時に葉月とやよいの顔には笑みがこぼれ、表情が明るいものになった。

 

「そっか……! そう言えば、アタシたちのカードも50レベルで強化が打ち止めになってるし……」

 

「もしかして私たち、すごく強くなったってことなんじゃないですかね!?」

 

「そうに決まってるぜ! なにせ俺たちはレベルがMAXになったんだからな!」

 

 大声で笑う櫂につられ、たくさんの生徒たちが笑い始めた。自分たちが一つの到達点に辿り着いた事を知った達成感がその笑顔には滲み出ていた。

 

「……櫂、そう油断はしてはいられないよ。同じレベルだとしても、ステータスには大きな差がある可能性が高い。決して油断はできないはずさ」

 

 浮ついた空気の中、それを引き締める様にして注意を呼びかけながら光牙が姿を現した。復帰戦から一転、見事な指揮で戦いを勝利に導いた彼に生徒たちからの信頼が込められた視線が集中する。

 

「ガグマは強敵だ……。しかし、俺たちも強くなった。油断せずに行けばきっと勝てる! もう少しで魔王を倒せるところまで俺たちは来ているんだ!」

 

「おーーっ!」

 

 生徒たちを鼓舞する光牙の言葉に大きな歓声が上がる。その声を聞きながら、光牙は堂々とした演説を続けた。

 

「もう少しだ! もう少しで俺たちは世界を救える! 今まで誰も成し遂げられなかったことを、俺たちがやってのけるんだ!」

 

「そうだ! 光牙の言う通りだぜ!」

 

「皆! どうか俺に力を貸して欲しい! 俺と一緒に魔王を倒して、世界を救おう!」

 

 拳を振り上げながら熱く語る光牙の演説に生徒たちは尊敬と感嘆の視線を向ける。リーダーとしての絶対の信頼がそこにはあった。

 

 櫂は大きく頷きながら拳を握り締め、真美は嬉しそうに笑っている。そしてマリアは、光牙に向けて惜しみない拍手を送っていた。

 

 葉月ややよいもその演説に心強いものを感じ、今後の攻略活動に対する意気を大きく上げたが、一方でこの空気を危険視している者も居た。

 

「……良い雰囲気、なんだよね? これ……」

 

「……そう感じていなさそうな表情ね、謙哉」

 

「そう言う水無月さんもそうじゃない? なんだか足が地に着いてない感じがして僕は嫌だな……」

 

「……私もよ。上手く行き過ぎて皆が調子付いてるわ。良い事でもあるけど、油断は命取りよ」

 

 盛り上がる生徒たちを尻目に、二人だけで小さく話し合いながら謙哉と玲がこの状況を危惧していた。全体から一歩引いた位置で見守る事が多い二人だからこそ感じられた危機感、しかし、二人にはこの空気を壊してまでその危機感を皆に告げる決断は出来なかった。

 

「それに……少し気になってる事もあるんだ」

 

「え……?」

 

 謙哉がホルスターからカードを取り出して呟く。『見習い騎士 サガ』のカードを玲に渡した謙哉は、そのカードの情報をゲームギアから呼び出して感じている疑問を玲に告げた。

 

「本当にレベルの上限は50なのかな……?」

 

「どういう意味?」

 

「そのカード……『見習い騎士 サガ』のレベル上限は15だったんだ。低レアリティのカードだから当然なんだろうけど、と言うことはカードのレアリティ毎にレベルの上限って違うんじゃないかな?」

 

「私たちが勝手に最大レベルが50だと思っているだけで、本当の上限はもっと上の数字なんじゃないかって考えているって事?」

 

「うん、そういう事なんだけど……」

 

 そう言いながら謙哉はこの考えが正しかった時の事を考えて身震いした。ただでさえ魔人たちは自分たちより能力が高いのだ。現状、自分は魔人柱と互角以上に戦えているが、それでも一対一の話である。

 

 もしもレベルの上限が50以上であり、ガグマたちがそのレベルまで到達していたとしたら、自分たちとの戦力の差は決定的なものになる。そうなった場合、勝利のイメージがまったく沸いてこないことは確かだ。

 

「……確かにその可能性はあるわね。でも、そこまで気にする必要は無いんじゃないかしら? だって、ガグマのレベルは40後半で間違いないんでしょう?」

 

「……それもそうだね。僕の考えすぎかな」

 

 玲が言ったその言葉に謙哉は納得の意を示した。ガグマの推定レベルが40台であると言う事実がある以上、そこまでレベル上限の事は気にしなくて良いのだろう。まさかガグマがせっせと配下のエネミーを倒してレベル上げなどするまいと考えた謙哉は、自分の考えていた疑問を頭から払いのける。

 

「でも、油断できる状況じゃ無い事も確かよ。せめて私たちだけでも気を引き締めないと」

 

「うん、そうだね……ねえ勇、君はどう思う?」

 

「えっ!?あ、ああ……そうだな……」

 

 玲の言葉を受けながら親友に話を振る謙哉。彼ならばいつも通りの的確な意見を述べてくれると思っての行動だったが、珍しい事に勇は口篭りながら謙哉に対して視線を向けるだけだった。

 

「ま、まあ、光牙たちの気持ちもわかるしよ。ちょっと様子を見ながらやばいと思ったら俺たちが言えば良いんじゃないか?」

 

「……そうだね。そうしようか」

 

 珍しくやや漠然とした意見を述べた勇に対して怪訝な表情を向ける謙哉。しかし、偶にはこんな事もあるかと納得して玲との会話に戻っていく。

 

 その背後で冷や汗を流しながら仲間たちを見つめる勇は、先日受けた忠告を思い返しながら自分たちがまずい状況に向かって行っているのでは無いかと言う不安感を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガグマと戦うな……だって?」

 

『ああ、少なくとも今は戦っては駄目だ。君たちに勝ち目は無い』

 

 数日前、『機械魔王 マキシマ』を名乗る人物からの接触を受けた勇は彼の言葉をどこまで信用したものかと悩んでいた。

 

 まずこの相手が本物のマキシマである証拠は無い。あったとして、魔王である彼が何故こんな事をするのかが不明だ。

 

 勇がそんな疑問を浮かべている事はマキシマも承知のはずだ。この状況で彼が何を話すのか興味があった勇は、とりあえず最後まで彼の話を聞いてみようと決心した。

 

『君が私のことを信じられなくともそれは当然のことだ。しかし、私は真実を話している。証拠は何も無いがね』

 

「……お前、本当にマキシマなのか? ただの悪戯って可能性もあるわけだが……」

 

『ふむ……限られた人間しか知らない名を名乗り、今君にしか知られない様にコンタクトを取ったと言うことは証明にならないだろうか?』

 

 マキシマを名乗る人物のその言葉に勇は小さく頷く。この行動をやってのけた時点で相手が只者では無いことは確かだ。携帯電話も通話状態と言うわけではなく、それを媒介にして話をしているという感じでもある。

 

『時間を貰えれば何か君だけにわかる合図でもして見せるのだが……残念ながら今は時間が無い、この会話もいつまで続けられるか分からない』

 

「……わかったよ。とりあえずお前の話を聞いてやる。で? ガグマの能力ってなんなんだ?」

 

『すまないが、それは言えない。我々魔王の間には一種の協定が結ばれている。その内容に、相手の不利益になる行動はしないと言うものがあるのだ。それを破るとほかの魔王たちに攻撃を受けることになるからな』

 

「おいおい、それじゃあ意味無いじゃねえかよ。どんな能力か分からない以上、それを知る為にも一度戦ってみるしか……」

 

『……無論、君になんのメリットも無くこんな話をするわけでは無い。私の能力を君に教えよう』

 

「は……?」

 

『私の能力は『エネミーを作り変える』能力だ。『改造』の能力と言えば分かりやすいかもしれないな』

 

 事も無げに自分の手の内を曝け出して見せたマキシマに対し、勇は驚愕の表情を浮かべた。先ほどから思っていたが、なぜこんなことをするだろうか?

 

 普通に考えて全てがデタラメだと言う可能性が一番しっくり来る。全てが嘘ならばなんとでも言えるからだ。

 

 だが、わざわざ嘘を吐いてまで勇にコンタクトを取ってきた理由は何なのか? ガグマを倒しに行け、と言うのならまだ分かる。実際は勝ち目の無い戦いを勧める事で勇たちを全滅させようとしていると考えられるからだ。

 

 しかしマキシマの言っている事はその逆……ガグマと戦うな、だ。この言葉の真の意味は何なのか? 追い詰められているガグマを助ける為に時間稼ぎをしようとしているのだろうか?

 

「……改造の能力って、どういう事だ?」

 

『私のソサエティは見たな? あそこに居るのは全てが機械系のエネミー、つまりはロボットだ。私はそれを改造し、強化することが出来る……以前、君たちが戦ったガンゼルもその改造されたエネミーなのさ』

 

 マキシマの口からあの巨大ロボットの名前が出てきた事に勇は軽く目を開いて反応した。あのロボットの名前を知っている人間はかなり限られている。と言うことは、この会話の相手はやはりマキシマなのだろうか?

 

『そして……あのソサエティに生息する以上、私もロボットである事は想像に容易いだろう。つまり、私は自分の体も強化する事が出来る』

 

「なっ!?」

 

『私はレベルを上げる必要は無い。元々の高いレベルに加えて、自分で自分を強化改造出来るのだからな……これが私の能力だ』

 

 ゴクリ、と勇は息を飲み込んだ。まさかレベル以外でのステータスの強化方法があったとは……そう考えた後、大きく頭を振る。

 

(いや、逆だ。普通はそう言った方法があるはずなんだ! だってソサエティはゲーム空間、強化方法なんていくらでもある!)

 

 そう、その通りだ。スキルの習得、アイテムの使用、装備を変える事だってそうだ。ゲームである以上、レベル上げ以外でも強くなる方法なんていくらでもある。そもそも、レベルと言う概念が無いゲームだってあるのだ。

 

 ソサエティは自分たちが思っている以上にゲームとしての体制を整えている。これから先、現実離れした能力を持つ敵がいつ出てくるかも分からない。そして、その現実離れした敵の筆頭が、ガグマを始めとする魔王たちなのだ。

 

 そこまで考えた勇の背中に冷たいものが走った。今、自分たちは魔人柱たちを倒し、勢いづいてはいる。このままガグマとの戦いに向けてひた走ろうとしている。

 

 しかし、予想もつかない能力を持っている可能性が高い相手と無策で戦うと言うことは、滅びの道を突き進んでいると言うことでは無いのだろうか? 自分たちはガグマを押しているのではなく、ガグマにおびき寄せられているのではないのだろうか?

 

『……やはり、君は賢いな。今の自分たちの状況を的確に判断したか』

 

 感心した様な、それでいてこうなると予測していた様なマキシマの言葉に勇は我に返った。自分の携帯電話をまっすぐに見つめながら、勇は問いかける。

 

「……なんでこんな真似をする? 俺たちに味方する理由なんて、お前には無いはずだろ?」

 

『ふふ……その理由は2つある。1つは、私は自分のソサエティがあればそれで良い。現実世界の侵略など考えてはいない。だから、君たちと敵対する理由も無いのさ』

 

「……もう1つは?」

 

 マキシマが勇に忠告をする理由のうち、一つを聞いた勇が続けて問う。マキシマが進んで現実世界と敵対する気が無いと言う事は分かった。しかし、勇たちに協力する理由があるわけでもないのだ。

 

 どんな思惑があって勇にこんな事を話しているのか? マキシマの策を見抜く為に集中していた勇は彼の返事を待つ。しかし、返って来たのは予想外の言葉だった。

 

『……私は魔王、人類の敵として認識されている存在だ。私も人間たちの事を敵とは思わなくとも、味方では無いと思っている。しかし……君個人に関してならば私は味方と言えるのだよ、勇』

 

「は……?」

 

 要領を得ない、抽象的な返答。何かをごまかそうとしているとしか思えないその言葉に勇は戸惑う。それは、相手の思惑が計り知れなかったからでは無い。

 

 ほんの数秒、ほんの少しだけの言葉……しかし、その言葉の中には、確かな温もりが感じられたからだ。

 

 何か、大切な存在に語りかける時の様な温かさを帯びたその一言が、なぜ魔王の口から自分へと放たれるのか? データの集合体であるはずの魔王がこんな温かな感情を持っているのだろうか?

 

 疑問は尽きない、元々の考えを忘れて混乱する勇に対して、マキシマは短く最後の言葉の告げた。

 

『ここまでだ、またいずれ会う事もあるだろう。……ガグマとはまだ戦うな、運命の歯車を動かしてはならない……分かったな、勇』

 

「あっ! お、おいっ!」

 

 携帯電話のディスプレイから光が消える。その後、勇が何度も声をかけてみても、もうマキシマは何も答えてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日も絶好調だったな、光牙!」

 

「はいっ! 櫂さんの言うとおりですよ! 今の私たち、勢いに乗ってます!」

 

「こらこら、二人とも油断は禁物だぞ?」

 

 調子に乗ってはしゃぐ櫂とマリアを窘めながら、光牙も内心では心を躍らせていた。最初の失敗を経験した後、気合を入れなおして指揮を執り続けた結果、連戦連勝でここまで来る事が出来た。

 

 自分たちの成長と勢いを実感出来ているこの頃、光牙はようやく自分が前に進んでいる様な気がしていたのだ。

 

「……まだガグマとの戦いは残っている。魔人柱も二人いる……。油断するのはまだ早いさ」

 

「でも、この勢いに乗れば魔人たちも恐くないですよ! 現に何度か戦って、退けているじゃないですか!」

 

「マリアの言うとおりだぜ! 少しは調子に乗らせろよ、光牙!」

 

 櫂の返事にしょうがない奴だなと笑みを浮かべながら光牙は思う。今こそ、思い切った行動を起こす時なのだ……と

 

 その思いに呼応する様に教室へと入ってきた真美が、光牙に束になった紙を渡しながら報告をしてきた。

 

「光牙、頼まれてたガグマの戦闘データの資料、天空橋さんから貰って来たわよ」

 

「ああ、ありがとう。真美!」

 

「ガグマの戦闘データ……ってことは、もしかして……!」

 

「光牙さん、ガグマと本格的に戦うおつもりですか!?」

 

「……ああ、この戦いも大詰めだ。今、ガグマの戦力は大きく削がれている。チャンスを見つけ次第、俺はガグマとの最終決戦に移るつもりだ! ……みんなは、どう思う?」

 

 光牙は自分の意思を継げた後、心配そうにマリアたちの様子を覗った。果たして仲間たちは自分のこの意見に賛成してくれるだろうか? そんな心配を浮かべていた光牙だったが、その思いに反して櫂は強く彼の背中を押しながら賛成の声を上げた。

 

「あったりまえだろうが! この勢いのままガグマをぶっ飛ばしてやろうぜ!」

 

「ええ! 今の私たちなら行けるわよ!」

 

「私も……その意見に賛成です! 光牙さんならきっと、ガグマを倒せますよ!」

 

「皆……!」

 

 信頼する仲間たちに背を押された光牙は自分の考えが間違っていなかった事に安心し、三人に感謝の気持ちを持った。自分の気持ちを尊重してくれる素晴らしい友人の事を誇らしく思っていた彼が、感謝の気持ちを口に出そうとした時だった。

 

「……それ、マジか?」

 

「え……?」

 

 聞こえたのは自分の考えを批難する様な男の声、その声の持ち主に心当たりのあった光牙は振り返ると同時に彼の姿を見る。

 

「光牙、お前本気でガグマと戦うつもりか?」

 

「……ああ、そのつもりだが……龍堂くんは不服かい?」

 

 ここで気後れしてはならない。そう強く自分に言い聞かせて勇へと問いかける光牙。勇は迷った様な表情を浮かべた後で口を開く。

 

「な、なあ、もう少し様子を見ないか? まだガグマと戦うのは早いんじゃねえのか?」

 

「何言ってんだよ龍堂!? さてはお前、びびってんだな!?」

 

「そうじゃねえよ。けど、そんなに急ぐ必要は無いだろ? まずは落ち着いて、腰を据えてから大ボスの攻略に取り組むべきなんじゃないのか?」

 

「今の勢いと良い流れを断ち切ってまでそうする必要はあるの? むしろ勢いに乗った今だからこそ出来る事があるんじゃない?」

 

「勢いと流れだけじゃ戦いは出来ねえよ。そんなものに頼らないで、確実な戦いをだな……」

 

「なら、龍堂くんは今の俺たちになにが足りないと思うんだい? レベルはマックス、連携も上々、情報だってある……むしろ、勢いがあれば完璧なんじゃないかな?」

 

「そ、それは……」

 

 光牙の言葉に言い淀む勇。何か反論をしようとしているのだろうが、その前にマリアが口を開いた。

 

「私も光牙さんの作戦に賛成します。勇さんの考えも分かりますが……今は一刻も早く魔王を倒して、世界に平和を取り戻すことが優先では無いでしょうか? その機会が目の前にあるのなら、それに手を伸ばしましょうよ」

 

「っっ……!」

 

 マリアのその言葉に勇は表情を曇らせ、俯く。いつも味方をしてくれていたマリアの言葉は、彼に大きなショックを与えた様だ。

 

 対して光牙は、マリアが勇ではなく自分の事を肯定してくれた事に大きな喜びを感じていた。勇に対する嫉妬心がその喜びに拍車をかけ、胸を高鳴らせる。

 

「……お前たちの意見は分かったよ。でも、俺は反対だ。その事を覚えておいてくれ」

 

 意気消沈した勇はそう言い残すと教室から出て行った。彼の足音が完全に遠ざかった事を確認した後、櫂が苛立ち混じりに勇への不満を吐き捨てる。

 

「なんだよあいつ、せっかくの良い流れをぶちこわす様なこと言いやがってよ!」

 

「でもなんだか勇さん、いつもと様子が違った様な……」

 

「もしかしたら……龍堂は焦っているのかもね。光牙が手柄を立てて、せっかくの自分の評価が落ちてしまうことを危惧しているんじゃない?」

 

「い、勇さんはそんな人じゃありません! 言い過ぎですよ、真美さん!」

 

 真美の言葉に憤慨したマリアが抗議の声を飛ばす。しかし、櫂と光牙は心の中で彼女の意見に同意してしまっていた。

 

 特に光牙は初めて勇より上位に立てたと言う思いを感じ、心を躍らせていた。あの龍堂勇が自分に嫉妬している……その事が、やたらと嬉しかった。

 

 総じて、彼らはこの時点では勇の言葉を深く考えずに忘れてしまっていた。勇がもっと上手く彼らを説得するか、あるいは彼らに勇の言葉を聞く耳があれば、この先の未来は変わったかもしれない。

 

 誰が悪いと言う訳では無い。勢いに乗り、調子付いてしまった光牙を諌める事は至難の業だっただろうし、信頼できるかどうかも分からない魔王の言葉を仲間たちに伝えるべきか悩んでいた勇が上手く弁が立たなくとも仕方が無かった。

 

 マキシマの言葉を借りるなら、すでにこの時点で運命の歯車は回り始めていたのだ。止め様の無い悲劇のカウントダウンは、もう始まっていたのである。

 

 そんなことにも気がつかないまま、彼らは今日と言う日々を過ごし、明日も何一つ変わらない一日が送れると信じ切っていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――彼女に悲劇が訪れるまで、あと24日

 

 



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不協和音

 

「ガグマとの決戦、ですか?」

 

「ああ、そうだ」

 

 虹彩学園の会議室では、今後の活動方針を決める作戦会議が行われていた。部屋の前方では光牙が緊張した面持ちで自分の考えを話している。

 

「以前話した通り、俺たちはガグマとの戦いに向けて十分な力がついてきたと思う。そして今、俺たちはガグマの勢力を攻め、その戦力を殺ぐ事に成功している。この勢いに乗って、俺はガグマとの最終決戦に挑みたいと考えているんだ!」

 

 ぐっと拳を握り締め、叫ぶ様にして集うメンバーに語りかける光牙。そんな彼の言葉に真っ先に同調したのは櫂だった。

 

「おう! やってやろうぜ、光牙!」

 

 席から立ち上がり、興奮した口調で光牙の意見を盛り上げる様にして同意を示す。それに続いて、やよいと葉月もそれぞれの意見を述べた。

 

「つ、ついにその時がやってきたんですね……!」

 

「魔王との最終決戦かー! なんかこう、燃えるものがあるよね!」

 

 彼女たちもまた自分の意見に同意してくれているのだと理解した光牙は笑みをこぼすと後ろを振り向く。そこにいるマリアと真美へと頷くと再び集まっているメンバーの目を見ながら演説を再開した。

 

「まだガグマと戦う算段がついているわけでは無い。でも俺は、機会を見つけ次第最終決戦に挑むつもりだ! 皆もその覚悟を決めておいてくれ!」

 

 強い口調で堂々とそう言い切った光牙に数多の視線が注がれる。尊敬と羨望が込められた視線を浴び、自分が彼らの目に勇者らしく映っていることを誇らしく思っていた光牙だったが……

 

「……反対だ、まだ早すぎる」

 

 会議室の一角から放たれたその言葉を受けた光牙は彼の顔を見る。反対意見を口にした勇もまた、光牙のことをまっすぐに見つめ返しながら自分の意見を伝える。

 

「光牙、事が急すぎるぜ! そんなに急いでも良い事はなにも無い、もっと慎重になるべきだ!」

 

「逆だよ龍堂くん、敵の戦力と体勢を崩せている今だからこそ迅速に攻撃を続けるべきなんだ! 敵に休ませる暇を与えてはならない!」

 

「そうだぜ! 魔人柱たちも数を減らして来ている今の機会を逃す手はないだろ!」

 

「時間をかけるとまた魔人柱たちが復活するかもしれませんし……」

 

「なにより、乗ってる時にガンガン攻めちゃった方が良いんじゃないの?」

 

 反対意見を口にした勇に対し、櫂たち決戦派の生徒たちのこうすべきだと言う意見が飛んだ。1対4の状況に加えて黙っているマリアと真美も光牙に賛成している立場なのだ。勇に味方する者はいないと考えられたが、黙っていた謙哉と玲が彼を援護する様にして口を開く。

 

「待ってよ、僕も勇と同意見だ。まだまだ不確定要素が多すぎる、それを解決しないで決戦を挑むのは危険だよ」

 

「勢いに乗っているって言うのは、言い換えると足元をすくわれやすくなっているって事よ。大きな戦いを前にした時ほどクールになるべきなんじゃなくて?」

 

「日和見してる暇はねえ! 敵を叩き潰す機会をみすみす逃すつもりかよ!?」

 

「今勝っているからって次の戦いに勝てるって保障は無いんだ。皆、冷静になれよ!」 

 

 ガグマとの決戦に賛成派と反対派の二つの派閥に分かれて討論しあうライダー達。会議室の中には不穏な空気が立ち込めていた。

 

「せっかく減らした魔人柱を復活でもされたらまた攻略はやり直しだ! そのことをわかってんのか!?」

 

「一度倒した敵だ、相手の能力はわかっているんだから対策もしやすい。それよりも忘れてないか? まだ俺達が見た事の無い相手が残っているんだぜ?」

 

「……憤怒の魔人は姿を見せて無いわ。どんな能力をもっていて、どれほどまでの強さを誇っているのかもわかっていないのよ」

 

「まだまだわからないことが多すぎるよ。もっと情報を集めて作戦を練ろう、それからガグマとの決戦に挑んでも遅くはないはずさ」

 

 勇、謙哉、玲の意見は変わらなそうだ。これ以上話しても無意味だろうと考えた光牙は溜め息をつくと三人を見ながら言った。

 

「……君達の意見はわかった。でも、俺もこの意見を変えるつもりは無い。だから……三人にはよく考えて欲しいんだ」

 

「考えて欲しいのはこっちの方だ。なあ光牙、お前のその決断が本当に正しいのか良く考えてくれ!」

 

「……俺が間違っているって言いたいのか?」

 

 勇の言葉に話し合いが始まって初めて不機嫌さを露わにした光牙が彼を睨む。ピリピリとした緊張感が集まった面々を包む中、先に口を開いたのは光牙だった。

 

「……そこまで言うのなら仕方が無い。間違った意見の俺についてくるのも嫌だろう? 龍堂くん、君は攻略メンバーから外れて貰ってもかまわないよ」

 

「えっ!?」

 

「……わかった。俺は一度抜けさせてもらうぜ」

 

 リーダー直々の脱退勧告を受けた勇は悲しそうな顔を見せてから会議室を後にした。マリアはそんな勇と光牙を交互に見ながらどうすれば良いのかわからないでいる。

 

「虎牙くんと水無月さんも不満があるなら抜けて貰っても構わないよ。ガグマの攻略は残ったメンバーで行う」

 

「……白峯くん、君は本気で勇を追い出すつもりなの? 強敵との決戦を前にして、こんなガタガタのチームワークで大丈夫だと本気で思っているの?」

 

「同じビジョンを持った人間が集まったなら、その結束は強固なものになる。俺は皆と違う方向を見ている人間を排除したに過ぎないよ」

 

「……そう、わかったよ」

 

 光牙の言葉を聞いた謙哉がぐっと拳を握り締める。諦めの感情が浮かぶ表情で光牙の意見を受け止めると、彼をまっすぐに見ながら言った。

 

「僕は君のやり方は好きになれない。自分の意見以外は認めないってやり方、勇はしなかった。みんなが違ってそれで良いって言ってくれる勇の方が僕は好きだ」

 

「なら、彼に着いて行くと良い。止めはしないよ」

 

「……そうさせてもらうよ」

 

 勇に続いて部屋を出て行く謙哉、反対派の中で唯一残った玲もまた不機嫌そうな表情を浮かべている。そんな彼女をからかう様にして櫂が口を開いた。

 

「旦那は出て行っちまったぜ、お前はどうするんだよ?」

 

「……黙りなさいよ、金魚の糞。アンタ、性格も頭も悪いのね」

 

「んなっ!?」

 

 バッサリと櫂を切り捨てて部屋の出口へと向かう玲。ドアノブに手を伸ばした彼女はそこで動きを止めると振り返って友人達に目を向ける。

 

「やよい、葉月……あなたたちも良く考えて頂戴。こんな風にバラバラになっているのに本当に決戦を挑むつもりなの? 私は、今の状況じゃどう足掻いたって勝てるとは思えないわ」

 

「玲ちゃん……」

 

 親友達に忠告を残した玲もまた部屋から出て行く。残ったメンバーが寂しさと後味の悪さを感じていると、それを払拭する様にして光牙が全員に号令をかけた。

 

「……龍堂くんたちが考え直してくれるまでこのメンバーで戦うことになる。ガグマと戦うと強く決心したこのメンバーなら奴にも勝てると俺は信じている。だから、その為の戦術と作戦を磨いていこうじゃないか」

 

「三人が居なくなったのは痛いけど、戦力としては十分なものが揃っているわ。まずはこのメンバーの戦闘能力を高めましょう」

 

「へっ! あいつらが居なくたって何の問題も無いってことを教えてやるぜ!」

 

(……これで、本当に良いんでしょうか……?)

 

 どこか強がりにも聞こえる光牙たちの言葉を聞きながら、マリアは初めて友人達の言葉に不安感を覚えたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……わりぃな、謙哉。俺のせいでお前まで攻略班から追い出されちまった」

 

「ううん、僕は自分でチームを抜けることを選んだんだよ。勇が引け目を感じる必要は無いって!」

 

 繁華街近くの公園、人通りがまばらなそこで勇と謙哉は話をしていた。会議から数十分の時間を空けて待ち合わせをした二人は、缶ジュースを片手に現状の確認をしている。

 

「……光牙の意見が間違っていると思ってるわけじゃねえんだ。けどよ……」

 

「わかるよ、あまりにも急すぎる……迅速な行動は賞賛すべきところだと思うけど、早すぎるのも問題だよね」

 

 自分の意見に同意してくれる謙哉に頷く。そうした後、勇は頬を掻きながらマリアの事を思った。

 

(……止めてくんなかったな。今まで光牙もマリアも俺がA組から追い出されそうになった時は庇ってくれたのになあ)

 

 光牙は少し変わっているところもあるが良い奴だと勇は思っていた。使命に燃え、世界の平和を願う勇者に相応しい男だと信じていた。

 

 そしてマリアには大きな信頼を寄せていた。自分の考えを理解して、彼女も自分に信頼を寄せてくれていると信じていたのだ。

 

 しかし……その二人が自分を要らない存在だと排除した事に勇はショックを受けていた。同時にあの二人がそこまでするのだから、間違っているのは自分なのでは無いかと不安にもなる。

 

「ああ、ちっくしょう!」

 

 空になった缶をゴミ箱に投げ捨てながら言いようのない不安もまたどこかに放り投げようとする勇。そんな彼の事を謙哉が不安そうな目で見ている。

 

「元気だしなよ。きっと皆もわかってくれるって」

 

「……ありがとな、謙哉」

 

 ぼそりと感謝の言葉を呟くと、頼れる親友は自分に対して笑顔を向けてくれた。味方をしてくれる人間が居ると言う事は本当に救われると思いながらベンチから立ち上がった勇は、先ほどまでの暗い考えを切り替える。

 

「うっし、今日はソサエティの事なんか忘れていっぱい楽しむぞーっ! って言うか、こっちの方が学生らしいことなんだよな!」

 

「あはは! 確かにそうだね」

 

 ようやっと明るい気分を取り戻した勇は履いてきたジーンズの尻を払いながら時間を確認した。時刻は3時過ぎ、放課後の高校生が遊ぶのに丁度良い時間だ。

 

「どこ行くかな~? 秋物の服を見に行くにはまだ早いしな~……」

 

「もう七月かぁ、早いもんだねぇ……」

 

「だな、考えてみれば戦いばっかで遊んでる暇が無かったからな。こんな日があっても良いだろ」

 

 謙哉の言葉に同意しながら、せっかくの機会を有意義に使おうと決めた勇はこの後どうしようかと考える。まあ、謙哉と二人ならば適当にぶらぶらするのも悪くないのだが、そう言ってられない理由もあるわけで……

 

「……お待たせ、遅くなって悪かったわね」

 

 勇がそこまで考えた時、その『理由』が待ちあわせ場所にやってきた。水色のTシャツに黒のミニスカートを合わせ、更に黒のハイソックスを履いている。胸元に輝くネックレスや帽子などの小物にもセンスが出ているなと思いながら、勇は彼女に手を振った。

 

「いやいや、あんま待ってねえよ。そんな気にすんな」

 

「そう、なら良いのだけれど」

 

 クールにそう言って帽子を被り直る玲。まさか現役アイドルとお出かけする日が来ようとは、人生何が起こるかわからないものである。

 

「……で、お二人さん? 何か無いのかしら?」

 

「へ……?」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべる玲をきょとんとした顔で見つめる謙哉。彼女の言っている意味がわからないのだろうと鈍い親友に心の中で苦笑を浮かべながら、勇は彼がどうするかを楽しむ事に決めた。

 

「何かって……なに?」

 

「……ふ~ん、へ~、ほ~……」

 

「……く、くくく……っ!」

 

「え? え? い、勇は水無月さんが何を言ってるかわかるの?」

 

 玲にジト目で睨まれて慌てる親友の姿が面白くてつい笑ってしまった勇。そんな彼に対して謙哉がこれまた慌てながら質問をしてくる。

 

 そろそろ意地悪もやめてやろうと思った勇は、玲が望んでいるであろう言葉を口にした。

 

「似合ってると思うぜ、可愛い可愛い」

 

「あ……!」

 

「……はい、合格。それに比べて……あなたって本当に鈍いのね」

 

「う、うぅ……ごめん……」

 

「謙哉はもうちょい女心を学んだ方が良いな。ウラタロスにも言われてたろ?」

 

「……うん、その忠告を受け止めるよ……」

 

 がっくりと肩を落とす親友とちょっと不満げに彼の事を見るアイドルの事を見比べた後、勇はニヤリと明るい笑みを浮かべた。二人の手を取って歩き出すと元気いっぱいに声を出す。

 

「さあ、除け者同士今日は楽しもうぜ! たまには息抜きしてもバチは当たらねえだろ」

 

「こうやって遊ぶのは初めてだしね。僕、結構楽しみだなあ!」

 

「……あんまり騒がないでね。バレたら厄介な事になるから」

 

 思い思いの言葉を口にしながらも表情は全員楽しげだ。三人は揃って歩きながら、今日はどこに行こうかと話し始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわっ!? ちょ、待てっ! これ敵が多すぎ……どえぇっ!?」

 

 湧いてきた敵キャラクターの攻撃を受けてHPが0になる。GAMEOVERの文字が躍る画面を見ながら、勇は軽く舌打ちをした。

 

「難易度高すぎだろ……どうなってんだよ、これ?」

 

「ふふふ……ありがとね龍堂、あなたのおかげで大体のパターンはわかったわ」

 

「あっ! 水無月、卑怯だぞ!」

 

「なんとでもどうぞ。あなたはそこで私がゲームをクリアするのを見てなさい」

 

 クスリと笑いながら財布から100円玉を取り出した玲がそれを筐体に入れる。銃型コントローラーを手に取ると、それを大きな画面に向けた。

 

<バンバンシューティング!>

 

「くっそー……敵が無限湧きだなんて聞いてねえぞ……」

 

 バンバンシューティング………超高難易度のガンシューティングゲームであるそれのアーケード版が最近稼動したと聞いた勇たちは、興味本位でこれをプレイするためにゲームセンターにやって来ていた。プライベートでもゲームに関わるのかと苦笑したが、純粋に楽しめるのならば問題なしだ。

 

「これ、二人プレイも出来るのね……謙哉、あなたも一緒にやる?」

 

「え? でも僕、射撃苦手だよ?」

 

「構わないわよ。丁度良いハンデになるわ」

 

「えっと、じゃあお言葉に甘えて……」

 

 玲の誘いに乗った謙哉は彼女の横にあるガンコンを取ると100円をゲーム機に挿入した。軽快な音楽と共にゲームが始まり、早速激しい銃撃戦が繰り広げられる。

 

「わっ!? ちょっ!? 敵が多すぎないっ!?」

 

「さっき龍堂がそう言ってたでしょ? 聞いてなかったの?」

 

「いやあ、僕あっちで『太鼓マスター響鬼』ってゲームやってたから……って、また来たぁっ!?」

 

 慌しく銃を構える謙哉と彼をフォローしながら的確に敵を倒していく玲、そんな二人は共通してとても楽しそうにゲームをプレイしている。

 

 はたから見ればカップルにしか見えないなと思いながら二人を見守っていた勇は、同時にゲームとはやっぱり楽しむためにあるものだとも考えていた。

 

 先ほど自分はゲームクリアに失敗してゲームオーバーになった。しかし、100円玉を消費しただけでそれ以外の損害はまるでない。ゲームなのだから当然なのだろうが、ソサエティと言う究極にリアルなゲーム空間を知っている勇にとっては、それは何だか不思議な事に思えた。

 

 ソサエティでの戦い……エネミーとの戦いは敗北は許されない。ゲームオーバー=死を意味するのだから当然だろう。

 

 あのもう一つの現実とも言えるゲームをクリアしないと世界に平和が戻る事は無い。数奇な運命を辿ったとはいえ、多少の危険は承知の上で勇も戦い続けてきた。きっとこの戦いは自分が虹彩学園を卒業するかソサエティを攻略し終えるまで続くのだろう。

 

 もしくは、自分が死ぬまでかだ。そう考えた勇は身震いした。改めて死と言う概念がすぐそこにある学園生活を送っていることに気がついたからだ。

 

 命は一つしかない。人生にコンティニューは無い。だからこそ、勇たちは慎重に戦いを続けなければならない……リスクを出来る限り排除しようとする自分の考えは決して間違っていないはずだと思いながら、勇は光牙たちの事が心配になった。

 

 なんと言うか、光牙たちは向こう見ずな感じがしてならない。今までソサエティを攻略するために努力を積んできた彼らは、もしかしたら勇の感じられないガグマに勝利できる確信があるのかもしれない。

 

 だが、それでも彼らの行動は危険すぎるとしか勇には思えなかった。同時に今、ソサエティで戦っている光牙たちは無事だろうかと思いを馳せる。

 

 こうして勇たちが遊んでいる間に彼らはピンチに陥ったりはしていないだろうか? 光牙や葉月、マリアは無事で居てくれるだろうか……?

 

(……もう少し話してみるべきだったかもな)

 

 魔王であるマキシマの話を聞いて、信用している仲間達の話をちゃんと聞かないと言うのもおかしな話だ。もう少し彼らの話を良く聞いて、自分の意見にも耳を貸して貰うべきだったかもしれないと反省する勇。

 

 

(明日、ちゃんと話をしてみるか……)

 

 櫂や真美は無理でもマリアや葉月なら自分の話に耳を傾けてくれるだろう。光牙だって悪い奴じゃない、本気で話をすればちゃんと応えてくれるはずだ。

 

「勇、見て見て! 初めてのゲームクリアの景品で商品券もらっちゃった!」

 

 と言う事を考えていた勇の耳に親友の声が聞こえてきた。顔を上げてみれば嬉しそうに手を振る謙哉と得意げな玲の姿が見える。

 

 良かったじゃないか……そう口にしようとした勇は、二人の表情が驚きに変わった事を見てその言葉を飲み込んだ。

 

 謙哉と玲は自分の後ろを見ている。そこにある何かに驚いているようだ。

 

 一体何なのだろうか? そう思いながら振り向いた勇もまた、彼らと同じ表情を浮かべる事になった。

 

「……マリア? なんでここに……?」

 

 振り向いた視線の先、自分の事を見ている少女の姿を見とめた勇は驚きと共に彼女に尋ねる。やや後ろめたさそうな表情をしたマリアは、勇に近づくと深く頭を下げた。

 

「あの、勇さん……すいません、でした。私、何も言えなくて、その……」

 

「お、おいおい、落ち着けよ。別に気にしちゃねえからよ」

 

 泣き出しそうな顔のマリアを慰めながらどうしたものかと思案する勇。そんな彼に対して、難しい表情をした玲が提案をしてきた。

 

「……しばらく二人になったらどう? 私と謙哉は席を外すから、ちゃんと話し合って来なさいよ」

 

「……おう、そうさせてもらうわ」

 

 玲の提案をありがたく受けさせて貰うと、勇はマリアの手を引いてゲームセンターの外へと歩き出す。確か近くに喫茶店があったなと思いあたった勇は、そこにマリアを連れて行こうと歩みを進めて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……勇とマリアさん、大丈夫かな……?」

 

「信じてあげなさいよ。親友なんでしょ?」

 

「……うん」

 

 謙哉と玲もゲームセンターから出て繁華街をぶらぶらと歩いていた。二人の事は気になるが、ここは勇の事を信じるしかないだろう。

 

 勇からの連絡待ちとなった二人は、とりあえずバンバンシューティングの景品である1000円分の商品券を使ってしまおうと決めて色々な店を回っていたのであった。

 

「……こう考えてみると1000円って予算はなかなか難しいね」

 

「しかも二人でだから余計にね……一人頭500円の物ってそうそう無いわよ」

 

 予算内で買える物と言えば文房具かちょっとした小物か……そう考えた二人はその辺りの店を重点的に回って中を覗いてみる。買い物をしなくともただ店の中で面白そうなものを見つけてはしゃぐこの時間はとても楽しかった。

 

「なかなか決まらないね。もういっそクレープでも買って食べる?」

 

「そうね、その辺が妥当かしらね」

 

 結構な時間が過ぎたと思うがまだ商品券の使い道は決まらない。消え物になってしまうのは何だかもったいない気がするが、気軽に食べられるものでも買って食べてしまうのが一番良いのかもしれない。

 

「それじゃあお店を探そうか、きっと近くにあるよ」

 

 自分の横に並んで歩く謙哉の笑顔に玲は胸をときめかせる。さりげなく人ごみから自分を庇ってくれたりだとか、車道側は彼が歩くだとかの気遣いを嬉しく思いながら、やれば出来るのでは無いかと感心していた彼女はとある事に気がついた。

 

(……待って、これってデートじゃないの?)

 

 二人でお店を回り、クレープ片手にお喋りするなんて正に王道のデートだ。ドラマや少女マンガでお決まりのデートを今、自分がしている事に気がついた玲は顔を真っ赤にした。

 

「……水無月さん、どうかした?」

 

「へっ!?」

 

 どうやら衝撃のあまり自分の足は止まっていたらしい。いきなり立ち止まった玲の事を心配してくれた謙哉に対して、玲は間抜けな声を上げてしまった。

 

「……もしかして疲れちゃった? 最近暑くなってきたし、日が沈んで来たとは言え体力持っていかれるよね」

 

「え、ええ! そうよね!」

 

 どうやら謙哉は真っ赤になった玲の顔を見て勘違いをしてくれたらしい。いつもは少し恨めしい彼の鈍さに感謝しながら、玲は必死に自分を落ち着かせようとした。

 

(落ち着きなさい私、冷静になるのよ。大丈夫、普通にしてれば良いのよ!)

 

 困った様に笑う謙哉を見ていると悔しくなる。自分だけが意識している事が悔しくて恨めしくて仕方が無い。

 

 でも、どこかこの胸の高鳴りも心地良く感じてしまうのだなと思えばまた心臓が騒ぎ始めてしまう。余計な事に感づいてしまった自分自身に若干苛立ちながらなんとか立ち止まっている理由を見つけようとしていると……

 

「あっ!」

 

「ん? どうしたの? ……おや、これは……」

 

 振り向いた先にあったポスターを見つめる二人。小さなカードショップであるその店のガラスに貼ってあるポスターには、「ディスティニーカードSPブースター本日発売!」の文字が書かれていた。

 

「人気のカードグループである<騎士サガ>と<歌姫ディーヴァ>のサポートカードを多数収録したスペシャルパック……」

 

「一パック15枚入り、税込み500円で販売……」

 

 ポスターに書かれていた文字を音読した後で顔を見合わせる。もはや運命だとしか思えない組み合わせに噴き出した二人は、その店の中に入って商品券でカードパックを2つ購入した。

 

「偶然にしては出来すぎだと思わない?」

 

「本当だね! でも、商品券の良い使い道があって良かったよ!」

 

 驚くほどの偶然に笑いながら近くのベンチに座った二人は、早速購入したカードパックを開けて中身を確認し始めた。自分達の使っているカードと相性が良い物が揃っているのだから戦力の向上に役立つはずだと思いながら一枚ずつカードを見ていく。

 

「あ、射撃系のカードだ! これ、水無月さんの役に立ちそうじゃない?」

 

「本当? 光ってるってことは、レアなカードなんじゃないかしら?」

 

 謙哉が差し出したカードを見た玲は、カードパックに入っていた灰色の紙へと視線を移す。そこにはこのSPパックに収録されているカードの一覧が記載されており、何がどのレアリティなのかも確認できるようになっていた。

 

「えっと……ほら、やっぱりそうよ。スーパーレアですって」

 

「へえ~、じゃあ僕、結構ラッキーだったんじゃないかな?」

 

「ふふふ……そうね、かなりツイてたんじゃない? ……あら?」

 

 何気なく読んでいたカードリストを裏返してみると、そこには細かい文字でなにやら物語が描かれていた。「① 始まりの歌」と振られたタイトルを目にした後、玲はその物語を読み進める。

 

「始まりの歌……その日、少年と少女は出会った。世界が分かれる前ののどかな森の中、騎士を目指す少年と歌姫を目指す少女は出会った」

 

「……それ、カードの背景ストーリーかな? 騎士を目指す少年って、もしかしてサガの事?」

 

「そうじゃないかしら? ふふ……でもこういうのをあの天空橋さんが考えてるって思うと、ちょっと笑っちゃうわね」

 

 なんともむずかゆい感覚を覚えながら玲は再び背景ストーリーが書かれた紙へと視線を戻す。そして、続きを読み始めた。

 

「森の中に響く歌声、それを耳にした少年はその歌を口ずさむ少女の元へとたどり着いた。静かな花畑の中で歌う可憐な少女に目を奪われながら、彼女もまたやってきた唯一の観客に視線を注ぐ」

 

 この文から読み取るに、サガは森の中で歌姫の誰かと出会ったらしい。そこで二人は運命的な出会いを果たしたと言うことだ。

 

「その日、少年は誰かを守りたいと言う気持ちを知った。少女は誰かのために歌うと言う喜びを知った。たった一度の出会い、お互いがお互いの名前を知るまでには、長い月日が過ぎる事となる」

 

 そこで物語は途切れていた。第一章を読み終わった玲に代わって、今度は謙哉が口を開く。

 

「② 蒼の騎士と蒼の歌姫……長い月日を経て、立派な騎士へと成長したサガは運命の青年と共に電子の都に辿り着いた。そこは魔物たちと戦いながら人々を笑顔にする歌を歌う女性達、<ディーヴァ>が活躍する世界だった」

 

「蒼の歌姫……?」

 

 とある事を思い至った玲は自分のホルスターから変身に使っているカードを取り出した。「蒼色の歌姫 ファラ」……どこか自分と似た雰囲気を持つ少女が描かれたそのカードを見ながら玲は謙哉の語る物語を聞き続ける。

 

「サガはそんな歌姫の中でも一際美しい歌を披露するファラに惹かれる。ファラもまた優しさと気高さを併せ持つサガに戦いの中で心惹かれていく。二人は気がつかない、こうして想い合っている相手が、あの日に自分に大切な思いを教えてくれた存在だと言うことに……」

 

 そこまで読んだ謙哉が口を閉ざす。どうやら物語の2章はここで終わりらしい。出会いと再会を描いた物語を読んだ二人は思い思いの感想を言い合った。

 

「ちゃんと背景ストーリーも考えられているんだね。驚いたよ」

 

「そうね……でも、このカードゲームって元々ゲームを題材にしてたんでしょ? なら不思議なことじゃないわよ」

 

「それもそうか。にしても……お前、恋してたんだなぁ……!」

 

 いつの間にかホルスターからカードを取り出していた謙哉が笑いながら「護国の騎士 サガ」のカードを見つめた。相棒をからかうような口調をしつつ、楽しげな表情を見せる。

 

「なんだかぐっと人間臭さが増したと言うか、親しみが増したと言うか……」

 

「気持ちはわかるわね。でも、あんまり想い人の前でからかわないであげたら?」

 

 玲もまた悪戯っぽい笑みを浮かべながらファラのカードを謙哉に見せつけた。淡い恋心を抱く二人を描かれたカードを交互に見ながら謙哉は微笑む。

 

「……好きな人と一緒に戦えて、二人は喜んでるかな?」

 

「さぁ? 所詮はお話だし、カードに意思があるとは思えないけど……でも、もしかしたら好きな人の傍に居られることを喜んでるかもしれないわね」

 

 少し捻くれながらも感じた事を口にする玲。その答えに満足した笑みを見せる謙哉を横目で見ながらそっと自分の相棒に微笑む。

 

(わかる気がするわ、あなたの気持ち……きっと、あなたの好きな人もこんな人なんでしょう?)

 

 少し不器用で鈍いけど、優しくて傍に居ると温かい気持ちになれる男の人……自分の相棒が好きになった人は、きっと自分の好きな人に良く似ているはずだ。

 

 どうか彼女の恋が実りますようにと思いながら玲は自分の当たったカードの中から一枚のカードを取り出すと謙哉に差し出した。

 

「……交換よ。さっきのカードとこれを交換。良いでしょ?」

 

 ストーリーの第一章の名前と同じカード『始まりの歌』を謙哉に手渡す玲。レアリティや価値は断然下のはずなので普通なら交換は成立しないが、謙哉はそれでも嬉しそうに笑った。

 

「わぁ……! ありがとう、水無月さん!」

 

「別に、ただカードをもらうだけじゃあ気が引けるから渡しただけよ。感謝されるいわれは無いわ」

 

 軽いツンを見せながらも隠しきれないデレ、玲はついついにやける頬を必死に抑えながら立ち上がる。

 

「さ、こんな所でいつまでも油を売ってないで龍堂たちを探しましょう。そろそろ話も終わった頃でしょうしね」

 

「そうだね。そろそろ行こうか!」

 

 立ち上がって歩き出した謙哉の横に並びながら、玲はあともう少しだけこの時間が続いて欲しいと願ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、喫茶店に入った勇とマリアの二人は静かに話をしていた。と言っても、ドリンクを飲みながら和気藹々ととはいかず、ぽつぽつと語るマリアの話を勇が聞き続けているだけである。

 

「……わかっているんです。勇さんが皆のことを考えて安全性の高い作戦を選ぼうとしてるって……でも、やっぱり光牙さんの意見も間違っていないとは思うんです」

 

「……確かにな」

 

 小さく同意の呟きを漏らした後、注文したアイスティーを一口飲む。やや迷った表情を見せた勇は、意を決した様子でマリアに切り出した。

 

「マリア、俺の話をよく聞いてくれ。それで、その上で俺と光牙のどちらが正しいと思うかを決めてくれれば良い。俺は一度しっかり自分の意見を話しておくべきだったんだ」

 

「……はい、わかりました」

 

 伏し目がちだがはっきりとそう言ってくれたマリアに対して頷いた勇は、彼女の目を見ながら話し始める。その口調にはどうか自分の思いを理解して欲しいと言う願いが篭っていた。

 

「……この戦いはゲームじゃない。失敗して死んだりしたら取り返しがつかないんだ……光牙が世界に平和を取り戻したいって思ってるのは理解してるけど、その為に沢山の人の命を危険に晒すことは間違っていると俺は思う」

 

「……皆さんが命を落としても惜しくないと考えていてもですか?」

 

「命を落としてもかまわないと思っているのと実際に死ぬのは別だ。リーダーになった奴は皆を死なせない様にする義務があると俺は思う」

 

 一度その役目を担った勇だからこそ言えるその言葉、誰かの上に立つと言うことはその人たちの命を背負うと言うことなのだ。

 

 危険を顧みず戦わなくてはならないこともあるだろう。命を懸けてやり遂げなければならないことも世の中にはあるだろう。しかし、だからと言ってそれを達成しようとする人間が全員死んで良いはずが無い。

 

 リーダーの一番重要な役目は、ついてくる人々の命を守る事だと勇は思っていた。誰一人死なせない為に皆を纏め、目的意識を共有させる。一つの目標を達成しようと協力しあうから、チームにはお互いを助け合おうと言う意識が生まれる。それが勇の思う理想のチームの形だ。

 

「……でも、今の光牙やA組の奴らを見てると思うんだ。なんだかあいつらは倒れた仲間を踏み越えて勝つために前進しそうだって……もしくは、自分たちが死ぬっていう可能性を考えてないんじゃないかって思っちまうんだよ」

 

 勇が見る限り、今のA組には自分たちの命というものが見えていない気がした。それが危険を承知で自分たちの命など捨て石にしようとしているのか、それともただ単純に舞い上がって危険が目に映っていないのかのどちらかなのかは勇には判断がつかない。だが、どちらにせよ良い状態でない事は確かだ。

 

「だからマリア、俺と一緒に光牙を説得してくれ。お前の言う事なら光牙だって耳を貸すだろう。俺は皆を死なせたくないんだ、だから……!」

 

「勇さん……」

 

 心の奥底からの思いをマリアにぶつける勇。今ならまだ光牙を止められるかもしれない、危険に飛び込もうとしている彼らを止められるかもしれないのだ。

 

 その為にはマリアの力が必要不可欠だった。所詮よそ者の自分や謙哉には無い光牙からの信頼がマリアにはある。彼女の言葉なら、光牙にあるいは届くかもしれない。

 

 いつも自分の味方をしてくれていたマリアならばきっとこの思いを理解してくれる。そんな信頼を込めた視線を彼女に送りながら、勇はマリアの返事を待った。

 

 やがて目を閉じて何かを考え続けていたマリアがゆっくりと瞳を開いて勇の事を見つめ返してきた。自分の考えを纏めた彼女が勇に対してそれを話そうと口を開いたその時だった。

 

「ギャガァァァァァッ!」

 

 獰猛な獣の叫びとガラスの割れる音が店内に鳴り響く。驚きと共に音がした方向を見た二人の目にエネミーの姿が飛び込んできた。

 

「え、エネミー!? どうしてここに!?」

 

「まさかゲートが出現したのか!?」

 

 割れたガラスの向こう側、繁華街の大通りを見た勇はその考えが正しいことを確信した。そこには数え切れないほどのエネミーが群れを成して通行人に襲い掛かると言う地獄絵図が広がっていたのだ。

 

「マリアっ! お前はここに残って応援を呼んでくれ!」

 

「わ、わかりましたっっ!」

 

「よし、行くぜっ! 変身っ!」

 

 ドライバーを取り出しながらマリアに指示を送った勇はそのまま店内に乱入してきたエネミーへと駆け出すとディスのカードをギアドライバーに通す。今にも店員や店の客に襲い掛かりそうなエネミーに対して飛び掛るとそのまま店の外まで放り投げた。

 

<ディスティニー! チェンジ ザ ディスティニー!>

 

「へっ、かかって来いよ! まとめて相手してやらぁ!」

 

 通りに鳴り響いた電子音声を聞きつけたエネミーたちが勇に視線を集中させる。ディスティニーソードを呼び出した勇は店から追い出したエネミーを切り捨てるとエネミーの大群へと啖呵を切った。

 

「ギッ! ゴッ! ギギィッ!」

 

 威嚇を受けた野獣型エネミーの数体が勇へと襲い掛かった。爪と牙を光らせながら突撃してくるそのエネミーを前にした勇は慌てる事無くホルスターからカードを取り出し、それを剣へと使用する。

 

<フレイム!>

 

「おおっしゃぁっ!」

 

 燃え盛る剣を片手にエネミーを迎撃する勇。一番近くの敵の胴体を切り裂くと同時に次のエネミーに前蹴りを食らわせて体勢を崩す。よろめいた相手にめがけてもう一度剣を振るえば、炎のダメージを追加された強力な斬撃の威力に耐え切れず、そのエネミーは光の粒へと還っていった。

 

「ガガッ! ガッ! ガガガッ!」

 

「ちっ! どんだけいやがるんだよ!」

 

 叫び声をあげて勇へと殺到するエネミーたち。一体ずつそれを切り伏せて行く勇だが、流石に数の多さには勝てずに弱音が漏れた。だが、諦める訳にはいかない。横一線に剣を振り抜きながらエネミーを斬り倒し、勇は再び剣を構えた。

 

「ガルルルゥゥゥゥ……!」

 

 一体や二体倒した程度では減った様に見えない数のエネミーたちが勇との距離を詰めていく。狩りの獲物を追い詰める様な連携で勇を狩ろうとしていた彼らだったが、そんな彼らの頭上から青いエネルギー弾が雨の様に降り注いだ。

 

「龍堂! 今のうちに離脱しなさい!」

 

<ラピッド!>

 

 自分に向けられた声に顔を上げた勇は建物の上から援護してくれている玲の姿を見つけて安堵した。数歩助走をつけて空中へと跳んだ彼女は着地地点のエネミーたちに向けて銃口を向けると連続して引き金を引いた。

 

「グギィィィィッ!!!」

 

 連射力が強化された銃から放たれる弾丸の雨を受けたエネミーが断末魔の悲鳴を上げながら消滅して行く。そのまま着地した玲は自分に接近しようとするエネミーから優先して狙い、それを撃破していった。

 

「まったく、数ばっかり多くて嫌になるわね!」

 

 右から迫るエネミーを迎撃、空中に一体跳び上がったことを確認しながらバックステップを踏んだ玲は愚痴をこぼしながら向かってくる敵を撃ち抜く。その攻撃を受けたエネミーは地面に足を着く事無く空中で消滅した。

 

「ギ、ギギギギギギッ!」

 

「っっ! おい水無月! お前が狙われてるぞっ!」

 

 次々と仲間たちを撃ち倒していく玲の事を苦々しく思ったのか、エネミーたちは勇から玲へと攻撃の対象を変えて攻撃を仕掛けて来た。先ほどよりも数の増したエネミーたちを迎撃する玲だったが、じりじりと追い詰められていく。

 

 ついには壁を背にした状況でエネミーたちに囲まれてしまった。ギラギラと爪を光らせながら先ほどまでのお礼をしたやると言わんばかりに興奮して毛を逆立てるエネミーたちが一斉に彼女に襲い掛かる。

 

 しかし、玲は焦る事無く銃を構えると自分に攻撃を仕掛けてきているエネミーではなく、遠距離にいるエネミーを狙撃しながら小さく呟いた。

 

「さ、ちゃんと守ってよね」

 

<ドラゴテイル!>

 

 エネミーたちの耳に電子音声が響いた次の瞬間、彼らは青い龍の尾を模したエネルギーに薙ぎ払われて瞬時に消滅した。巨大な尾はそのまま一回転し、多数のエネミーを巻き込む。

 

「ごめん勇、遅くなった!」

 

「ったく、俺一人にこの数の相手をさせんじゃねえよ!」

 

 遅れて登場した謙哉の背を叩いた勇は再びエネミーの大群へと突貫して行く。謙哉もそれに続いて突撃し、玲はそんな二人を援護すべく引き金を引き続ける。

 

「どらっ! うっしゃぁっ!」

 

 切れ味抜群のディスティニーソードを振るってエネミーを退治して行く勇。彼を背後から襲いかかろうとするエネミーもいたが、謙哉によってカバーされた勇の死角を突く事は非常に困難になっていた。

 

 目の前の一体に回し蹴りを決めた勇が数歩踏み込んで別のエネミーを切り裂く。最初に蹴りを食らったエネミーは体勢を立て直して勇に襲い掛かろうとしたが、その体を謙哉に貫かれて消滅して行った。

 

「龍堂! 謙哉! 決めるからそこから離れてっ!」

 

 残っているエネミーが二人の周囲に居るものだけだと見て取った玲が叫ぶ。同時に先ほど謙哉から受け取ったカードをメガホンマグナムにリードして必殺技を発動した。

 

<ホーミング! レーザー!>

 

<必殺技発動! レーザーレイン!>

 

「はぁぁぁぁぁぁ……っ!」

 

 銃口に集う青の光、それが最大限に高まった瞬間に玲は引き金を引く。放たれた光は空中で炸裂するとエネミーたちを追尾する光の雨として空から降り注いだ。

 

「ギャァァァァァッ!!!」

 

 避けようとするもの、防ごうとするもの、何も出来ずに攻撃を受けるもの………その反応は様々であったが、皆一様に攻撃を受けて消滅するという結末だけは変わらない。空中から降り注いでいた光が消え去った時、大量のエネミーたちはその姿を完全に消し去っていた。

 

<ゲームクリア!>

 

「終わった……か」

 

「勇、怪我は無い!? 被害状況は!?」

 

 戦いの終わりを告げる電子音声を耳にした勇たちは変身を解除した。予想外の敵の襲来に対して迅速に行動できた事は良かったが、それでも被害を0にすることは出来なかった様だ。

 

「……大丈夫、エネミーが出現したのはこの辺りだけみたいね。他の地域は無事みたい」

 

「良かった……! これ以上は僕たちだけじゃカバーしきれない、人が集まっている場所とはいえ、小規模な攻撃で終わって本当に良かった」

 

 ゲームギアの情報を読み取った玲の一言を聞いた謙哉が安心した表情を見せる。そんな二人を背にした勇は、先ほどまでくつろいでいた喫茶店の中に入るとマリアの姿を探して声をかけた。

 

「マリア、もう大丈夫だ。エネミーは倒し終わったぜ」

 

「………」

 

 彼女に安心して貰おうと明るく声をかける勇。しかし、マリアは彼のその言葉に反応せずに俯いたままだ。

 

「マリア……?」

 

 何かあったのだろうかと不安になった勇が彼女に近づく。勇が彼女の事を気遣いながらその様子を伺っていると、マリアは唐突に顔を上げて勇の目をまっすぐ見ながら口を開いた。

 

「勇さん……私やっぱり、光牙さんの意見に賛成します」

 

「えっ……!?」

 

「……今回は偶々、勇さんたちがここに居たから迅速に対応出来ました。でも、次がこうなるとは限りません……こんな人通りの多い所でエネミーが暴れたらどれだけの被害が出るか想像も出来ないんです! ですから一刻も早く魔王を倒さないと!」

 

「ま、待てって……! 慌てても仕方が無いんだ、着実に情報と戦力を集めないと俺たちだって危険に……」

 

「その間にどれだけの人が犠牲になるかもわからないんですよ!? のんびりしている暇は無いんです! だったら、多少の危険は承知で攻勢に出た方が良いに決まっています!」

 

「俺たちにはその危険が多少で済むのかどうかも分かって無いんだぞ? 判断材料がほとんど無いってのに攻撃を仕掛けるのは無謀としか言い様が無いんだ! なんで分かってくれないんだよ、マリア!」

 

「分かってないのは勇さんの方です! これはゲームじゃ無くて本当の戦いなんですよ!? 時間をかけている間に消える命は、本物の命なんです!」

 

 段々と話す二人の声が大きくなる。激しさを増す話し合いの中、二人の間には大きな溝が出来ていく。

 

 A組や攻略に携わる生徒たちを思う勇と世界中の全ての人を思うマリア。どちらも多くの人の事を思っている事は同じなのに意見が合わずに考えがすれ違うばかりだ。

 

「私は光牙さんが正しいと思います。失敗するかもしれませんが、とにかくやってみなくちゃわからないじゃないですか!」

 

「マリア、やっぱりお前はなんにも分かっちゃいねえ! 俺の話をちゃんと聞いてくれよ!」

 

 ほとんど絶叫に近い二人の声、我慢なら無くなった勇はマリアの肩を強く掴んでもう一度自分の考えを彼女に伝えようとする。

 

 しかし、マリアはその手を振り解くと勇から離れてしまった。彼女からはっきりと拒絶された事にショックを受ける勇に対し、マリアが追い討ちをかける。

 

「……もう勇さんと話す事はありません。私が勇さんと話す時が来るとしたら、勇さんがガグマの討伐に協力してくれる気になった時でしょう」

 

「っっ……! なら、もう好きにしろよ。俺が何を言っても聞いちゃくれないんだろ?」

 

「………」

 

 勇の苦しげな言葉に肯定も否定もしないまま無言で離れて行くマリア。そんな彼女の事を玲が見ている。すれ違う寸前、わずかに目を合わせた二人は動きを止めてお互いを見つめ合う。

 

「……本当にそれで良いの?」 

 

「ええ……きっと勇さんも分かってくれると思います」

 

 たったそれだけの短い会話を終えたマリアが再び歩き出す。玲は立ち去ろうとする彼女のその背に向かって若干の苛立ちを孕んだ声をぶつけた。

 

「……ルーデンス、あなたは自分の事を理解してくれない人間の事を理解しようと思えるの? 私には無理よ。少なくとも今のあなたたちの事を理解しようとは思えないわ」

 

 玲のその言葉は確かにマリアの耳には届いていたが、彼女は何も言う事無くそこから立ち去ってしまった。その背中がどこか寂しそうで、辛そうであったなと玲は心の中で思ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くそっ!」

 

「勇……」

 

 マリアが立ち去った後の喫茶店の中で目の前にあるテーブルに拳を叩きつけながら勇が呻く。大きなショックを受けた彼の事を心配する視線を送る謙哉だったが、今の勇になんと言って声をかけたら良いのか分からずに立ち尽くす事しか出来なかった。

 

「お前が……お前が言ったんじゃないかよ……これはゲームじゃ無いって……そこまで分かってるんじゃないかよ……!」

 

 もう話す事は何も無い、そう言ったマリアの声が頭の中で何度も繰り返し響いている。勇は最後に彼女に言おうとして言えなかったその言葉を誰も居ない虚空に向けて口にしていた。

 

「とにかくやってみて、失敗して……またやりなおせるって保障がどこにあるんだよ……? 失敗して、そのまま死んじまう……そうなる可能性だってあるってのになんで……? なんでなんだよっ!?」

 

 はっきりとした怒りと苛立ちを含んだ叫びと共に拳をテーブルへと振り下ろす。皮が破けて血が滲んでいるが、その拳の痛みにも気がつかないほどに勇は心を痛めていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――彼女に悲劇が舞い降りるまで、あと19日……

 

 



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男の決闘VS光圀!

 

「よし、皆! 今日も頑張ろう!」

 

 今日の授業の終わりを告げる終業のチャイムが鳴り、それと同時に光牙がA組の生徒たちに向けて鼓舞する言葉をかける。皆は一同にその言葉に笑顔を見せながら頷くと、意気揚々と教室から出て行った。

 

「今日は薔薇園の皆は来れないらしいから俺たちだけで攻略できる範囲を進めよう。真美、場所のピックアップを頼む」

 

「もうやってあるわ。戦力的にはこの辺りが妥当かしらね?」

 

「どこだって良いさ! 全部攻略してやるだけだ!」

 

「おいおい櫂、あんまり調子に乗るなよ?」

 

 威勢の良い櫂の言葉に対して光牙が苦笑しながらその発言を窘めるが、どこかその口調には彼の発言に対しての同意の感情も感じられた。今の乗っている自分たちに自信があるからこそ出る感情だろう。

 

「とにかく今日も油断せずに行こう! 俺たちの力を見せてやるんだ!」

 

「おおーーーっ!」

 

 光牙の下、士気も高く一つに纏まったA組の生徒たち。固い結束を見せる彼らだったが、その輪の中に入れないものも一人だけ存在した。その唯一の生徒である勇は攻略に向かうA組のクラスメイトたちをすり抜けて教室の外へと向かう。

 

「あ……!」

 

 途中、どこか気まずい雰囲気のマリアと目が合ったが、彼女が悲しそうに顔を伏せて勇の横を素通りするだけだった。先日の一件以降ずっとこの調子である彼女との関係に暗い気分を落としつつも勇は一人学校の昇降口へと向かう。

 

『……孤独だな。だが、君は間違ってはいないぞ』

 

「……マキシマか」

 

 制服のポケットから聞こえてきた声にも驚かず、その相手の名を口に出来る位には今の勇は落ち着いていた。落ち込んでいるわけでも無い彼の様子を感じ取ったマキシマは少し意外そうな声を出す。

 

『除け者にされて気が滅入っているのでは無いかと思ったが……杞憂だった様だな』

 

「そうでもねえよ。やることがあるから自分を奮い立たせているだけだ」

 

『なるほど……やはり君は強く優しいな。君の考えを理解出来ぬ級友など捨て置けば良いものをそうしないのだから』

 

「………」

 

 自分が何をしようとしているか見透かした様な口振りのマキシマに対して若干の不快感を持ちながらも、勇は自分のことを理解してくれている存在が居る事に少しだけ感謝した。魔王に感謝するというのも変な話だが、今の孤独な勇にとっては優しさは何よりの薬であった。

 

 そんな彼に近づく男子が一人。親友である謙哉が勇の姿を見つけて駆け寄って来たのだ。いつもと変わらぬ笑顔を浮かべながら謙哉は勇に午後の予定を尋ねる。

 

「おーい、勇! 何処かに行くの?」

 

「ああ、ちょっとな……お前も来るか?」

 

「そうだね。僕も暇してるし、一緒に行こうかな」

 

「おう、んじゃあ行くか!」

 

 理解者は少ないが確かに存在する。その事に少しだけ救われた気分になった勇は、謙哉と共に目的地へと歩き出したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここって……!?」

 

「ああ、昨日の内に住所を調べといたんだよ」

 

 一時間ほど後、勇と謙哉はとある場所に到着した。目の前の大きな建物を見ながら謙哉は冷や汗を流す。

 

 立派な作りである建物だが、随所に凹みや大きな傷跡が見える。血の跡と思わしき黒ずんだ壁の染みを見た謙哉は、自分もあの染みの様な跡をつける目に遭いません様にと心の中で祈った。

 

 私立戦国学園……大文字や光圀が通う不良校へとやって来た勇は、この学園が放つ一種の威圧感も気にせずに悠々と中に入って行く。

 

「あん……?」

 

「おう……?」

 

 戦国学園の生徒からしてみれば他校の生徒である二人は大分目立つ存在だ。札付きの悪である彼らに睨まれれば普通の人間ならば縮み上がってしまうだろう。

 

 しかし、そこは日頃エネミーと言う怪物と戦っている二人である。謙哉は多少萎縮している面が見受けられたが、それでも普通に行動できるほどの度胸を二人は持ち合わせていた。

 

「ね、ねえ、勇! ここに何しに来たの?」

 

「ん? ……そういや言って無かったな。実は……」

 

 周囲の生徒たちが自分たちを見ていると言う状況にいたたまれなくなった謙哉のその質問に勇が答えようとした時だった。すぐ近くにあった窓ガラスが割れると同時に人が飛び出してきたのだ。

 

「うわぁぁぁぁぁっっ!? だ、大丈夫ですか!?」

 

 その急すぎる出来事と飛び出して来た男子が頭から血を流している事に気がついた謙哉が驚きながらも彼の安否を確かめる。その生徒が気を失っているようだが息をしている事に気がついた謙哉は安心するが、次に気になるのは何故こんなことが起きたのかである。

 

「……ったく、ボケが! 俺に挑むんならもっと強くなってからにせえ! 無駄な時間を使っちまったやないか!」

 

 その答えとも言える声が割れた窓ガラスの向こうから聞こえてくることに気がついた二人は、同時に視線を声のした方向に向ける。そこには、見慣れた革ジャンを身に纏い、サングラスをかけた男の姿があった。

 

「お……!? そこにおんのは勇ちゃんと謙哉ちゃんやないか! 遊びに来たんか!?」

 

「ああ、まあ、そんなところだ」

 

 二人の姿に気がついたその生徒……真殿光圀は笑顔を浮かべて二人に話しかける。足元に血まみれの男が転がっていると言う異質な状況でありながらも勇もまたその挨拶に平然と応えた。

 

「ほうかほうか! そんならこんなとこで立ち話してないでこっち来ぃや!」

 

「ああ、そうさせて貰うぜ……ところで、こいつほっといて大丈夫なのか?」

 

「かまへん、死んでなきゃ自分でどうにかするやろ」

 

「そ、そんな無茶苦茶な……!?」

 

「その無茶苦茶なのがこの戦国学園や、俺はそういう所が好きなんやで!」

 

 唖然とした謙哉の言葉に対し、光圀は笑顔を見せながら堂々と胸を張ってそう言う。責任もへったくれも無いその言葉に、勇と謙哉は顔を見合わせて苦笑いするほか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで……俺になんか用なんやろ? 勇ちゃんがただここに遊びに来るわけが無い事くらいわかっとるわ」

 

「察しが良いな。お前に頼みがあって来たんだよ」

 

「頼み……? なんや、言うてみい」

 

 上機嫌に笑いながら勇の言葉を待つ光圀。勇はそんな彼の目を真っ直ぐに見ながら、彼に対する頼みを口にした。

 

「……俺たち虹彩学園の攻略班がガグマと戦っている間、現実世界の防衛を任せたい。お前にしか頼めないことなんだ」

 

「ほぅ……詳しく聞かせてくれや」

 

 笑い顔はそのままに、光圀は真剣な口振りで勇に頼みの詳細を説明する事を求める。勇もまた真剣な顔つきで話を続けた。

 

「……近いうちに光牙たちはガグマとの決戦を迎えるつもりだ。それが良いか悪いかは別として、俺たちがその際に気をつけなきゃならないのは、ガグマたちが手薄になった現実世界に攻撃を仕掛けてくるってことだ」

 

「なるほど、入れ違いになる可能性を考えてるんやな?」

 

「虹彩、薔薇園の戦力をソサエティに閉じ込めている間に現実世界を攻撃する……ありえなくない可能性だろ?」

 

「確かにな……そやけど勇ちゃん、そしたら勇ちゃんが残れば良いやんけ。一人で不安なら謙哉ちゃんも残せばええ。何で俺に頼むんや?」

 

「……俺は光牙たちと一緒に行かなきゃいけねえ。恐らくの話だが……今の俺たちじゃガグマに勝てねえ。負けた時の撤退戦では、俺と謙哉の力が必要になるはずだ。犠牲を出さないためにも、俺たちが残るわけにはいかねえ」

 

 至極もっともな光圀の意見に対してそう答える勇。その言葉を聞いた光圀はしたり顔で頷くと椅子にどっかりと座り直した。

 

「つまり、勇ちゃんは負け戦の尻拭いに行くから残る事はできへん。せやからその役目を俺に押し付けに来たってわけか」

 

「……ま、そう言う事になるな」

 

 あっけらかんと返事をした勇は光圀から視線を逸らして近くにあるベンチへと座った。話したせいで乾いた喉を水で潤す彼を見る謙哉は、勇の本当の狙いが分かっていた。

 

(きっと勇は、この前マリアさんに言われた事を気にしているんだ……)

 

 数日前の繁華街での一件、人通りの多い場所で起きたエネミー襲撃事件で勇とマリアの溝は決定的なものとなった。

 

 これ以上、現実世界に被害を出さない為にも魔王の攻略を急ぐ………マリアの意見も間違ってはいない。何の罪も無く、戦う力の無い人々を思うその思いは、優しい彼女の性格を良く現したものだ。

 

 勇はそんな彼女の思いを理解し、出来る限りの準備をしようとしているのだ。もしもの可能性に備えて現実世界に盾を用意しておき、ガグマたちの侵略を抑える為の準備。その役目を担える人物として光圀を選び、彼に依頼をしに来た。

 

(……でも、辛い所だよな。この事を誰かに言うわけにもいかないし……)

 

 謙哉の思うとおりだった。もしも勇がガグマ攻略の準備をしていると知ったら、光牙たちは何の迷いも無く計画を進めてしまうだろう。勇はあくまで決戦に対しては反対派であり、今している事は念のための準備なのだ。

 

 だから言う訳にはいかない。この事を一番望んでいるであろうマリアにも言ってはならない。彼女がこの事を知れば間違いなく光牙に報告してしまうからだ。

 

 手柄を誇ることも出来ず、仲間はずれにされた状態を維持し続けるほか無い勇。だが、彼はそんな状況でも友達の事を思って行動している。謙哉はその事に衝撃を覚えながら勇の事を見ていた。

 

「……辛いとこやな、勇ちゃん。群れとるとそう言うめんどい事があってかなわん。そんなの俺は絶対にごめんやで」

 

 光圀もまた勇の状況を察したのかおどけた様にして彼に声をかけた。その言葉に軽くため息をつきながら勇は問う。

 

「んで……どうなんだ? 頼みを聞いてくれんのか?」

 

「あ? それなんやけどな……もう、わかっとるやろ?」

 

 そう言った光圀が獰猛な笑みを見せる。その笑みを見た勇もまた楽しそうな笑みを浮かべると、お互い同時に立ち上がった。

 

「俺に言うこと聞かせたいなら……俺に勝って無理にでも聞かせてみせや!」

 

「そう来ると思ったよ……まあ、俺もいい加減にあの日の決着をつけたいと思ってたんだけどよ!」

 

 意見の一致、相対するのは未だに決着のついていない好敵手。とくれば、する事は一つしかない。

 

「ほな、勝負といこか!」

 

「ああ、上等だぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦国学園、修練場………ただっ広いその場所で向かい合って戦いの構えを取る男が二人。そのどちらもが楽しそうな笑みを浮かべている事までが共通しており、戦いへの期待と高揚感を隠せないでいた。

 

「準備はええか、勇ちゃん!」

 

「ああ、いつでもOKだ!」

 

 互いに声を掛け合った後でドライバーを構える。鋭く、それでいて子供の様な輝く目をした二人は、同時にドライバーにカードを通した。

 

「「変身っっ!」」

 

<ディスティニー! スラッシュ ザ ディスティニー!>

 

<キラー! 切る! 斬る! KILL・KILL・KILL!>

 

 ディスティニー・サムライフォームと蛇鬼、初めて戦った時と同じ姿になった二人は武器を構える。勇は二刀流モードにしたディスティニーエッジ、光圀は愛用の妖刀・血濡れを手にすると、一気に距離を詰めて激しい剣戟を繰り広げ始めた。

 

「うっしゃぁぁっ!」

 

「きえぇぇぇあぁぁぁっ!」

 

 勇と光圀による激しい戦い。合計三本の刀が乱れ舞う戦いの中で有利なのは、以前の戦い同様勇だった。

 

「ふっ、おらぁっ!」

 

「ちぃっ!」

 

 光圀の繰り出した一撃を右手の刀で止め、左手の刀で反撃に移る。それをなんとか防いだ光圀だったが、今度は先ほど防御に使われていたはずの右の刀が攻撃を繰り出してきた。

 

「がぁっっ!?」

 

 無防備な胴体に直撃しそうになるそれを何とかバックステップでかわす。しかし完全には避け切れず、刀の切っ先が蛇鬼の鎧を火花を舞い散らせながら切り裂いて行った。

 

「くかか……! やっぱやるのぉ、勇ちゃん。そやけど、俺も前と同じ手でやられるほど甘くはないで!」

 

<連!>

 

 劣勢に追い込まれた光圀だったが、それすらも楽しむ素振りを見せるとホルスターからカードを取り出した。それを妖刀・血濡れへと使用すると紫色の光が刀を包む。

 

「さぁ、こっからやでぇっ!」

 

 叫びを上げながら突っ込んでくる光圀を迎え撃つ勇。しかし、その攻撃は先ほどよりも苛烈を極めていた。

 

 斬撃速度上昇のカードを使った光圀。そのカードの効果は覿面で、勇が二本の刀で防御しても間に合わないほどの攻撃を繰り出せるようになっていた。

 

 元々攻め全振りの戦いを展開する光圀と抜群の相性を誇るカードの登場に勇は一転して劣勢に追い込まれていく。ぎりぎりで光圀の攻撃を捌いて反撃の隙を見つけ出そうとするも、彼ほどの強者を相手にそれをするのは非常に難しいことであった。

 

「どないしたんや!? そんなもんか、勇ちゃん!?」

 

「うるせえ、すぐに巻き返してやっから見てろよ!」

 

 何人にも割り込む事の出来ない本気の戦い。真剣勝負そのものであるそれを繰り広げながら、二人は仮面の下で楽しそうに笑っていた。

 

 厄介なしがらみも心を縛る鎖も無い、ただ目の前の相手と全力でぶつかりあうだけの純粋な勝負。対するは以前の戦いで力を認めながらも決着をつけることが適わなかった相手。これを楽しまない道理など存在しないだろう。

 

 互いの攻撃をかわし、刀同士をぶつけ合い、全力で行う鍔迫り合いの楽しさは二人に最高の時間を与えてくれていた。火花を散らせながら刀を振るう二人は勝利を求めて貪欲に戦い続ける。

 

 相手が憎い訳でも勝たなければならない理由があるわけでもない。強さを認めた相手だから、ライバルだから絶対に負けたく無い、ただそれだけだ。

 

「うおぉぉぉぉぉぉっっ!!!」

 

「なにぃっっ!?」

 

 鋭い連撃を繰り出した光圀に対して、勇は防御を捨てて二本の刀で同時に攻撃に出ると言う手段を取った。その行動に面食らった光圀だったが、負けじと攻撃に全力を注いで刀を振り抜く。

 

「ぐうっっ!」

 

「がぁっ!」

 

 互いの体にぶち当たる刀、同時によろめき後退する両者。痛みを感じながらも楽しげに笑った二人は、もう一度武器を構えた。

 

「楽しいのぉ、勇ちゃん! こうしてずっと戦ってたい位や!」

 

「奇遇だな、俺もだよ! だが……」

 

「ああ、そやな……そろそろ白黒つけよか!」

 

 二人が構える刀に光が灯る。ディスティニーエッジには黒と紅の光が、妖刀・血濡れには紫色の光が灯り、刀身を包んでいく。

 

 戦いの決着をつけるべく全霊の技を繰り出そうとする二人の間には緊張感と共に相手に対する敬意が感じられた。勝っても負けても悔いは無い、しかし絶対に勝ちたい。矛盾した様でいて理に適っているこの考えを一言で現すならば「意地」だろう。意地の張り合いと戦いを楽しむ両者は刀の柄を強く握り締めると、同時に相手目掛けて駆け出した。

 

<必殺技発動! テンペストオブエッジ!>

 

<必殺技発動! 血風・五月雨斬り!>

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」

 

「でぇりゃぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 

 発動する必殺技、巻き起こる刃の旋風。凄まじい衝撃を放ちながらぶつかり合う二人は刀を振るう腕に力を込めて相手を押し切ろうとする。

 

「まだや! まだまだぁっ!」

 

「もっとだ! もっと、俺は……っ!」

 

 勝利への執念を曝け出してぶつかる二人を爆発が包む。強力な技同士のぶつかり合いに空気が耐え切れず、振動を起こしたのだ。

 

 最後の最後まで相手を倒すことだけを考えて突き進む二人はその爆発に飲み込まれ、そして………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、くっそ! 勝てなかった!」

 

 戦国学園の校門前を歩きながら勇が悔しそうに叫ぶ。だが、口ぶりに反してその表情には清々しさを感じさせるものがあった。

 

「でも良かったじゃない! 負けてもないし、光圀さんも勇の頼みを受けてくれることになったしさ!」

 

「それはそうだけどよ。やっぱ勝ちたかったんだよなぁ……」

 

 久方ぶりの光圀との勝負は引き分けに終わった。必殺技のぶつかり合いで起きた衝撃の余波によって変身を解除されることになったからだ。

 

 全力を出して戦って勝てなかったのならば仕方がない。そう素直に思えはするものの、やっぱりどこか勝ちたいと願っていたことは本当だった。

 

「……ちくしょう、次は絶対に勝ってやるからな!」

 

「あはは、まだやるつもりなんだ」

 

「当然だ! 引き分けいつか絶対に決着をつけてやるぜ!」

 

 ぼろぼろの体を謙哉に支えられながら宣言する勇。謙哉もまたそんな彼のことを困ったような、それでいて楽しげな目で見ている。

 

 とにもかくにも目的を達成できた二人は、橙色に染まった空の下で仲良く並んで帰路について行った。遠く伸びる二人の影を戦国学園の屋上から見つめていた光圀は、今日の心躍る戦いを思い出して満足気な笑みを浮かべていたが、はたと何かを思いついてしまったと言う様な表情を見せる。

 

「しもた、勇ちゃんのお願いを断っときゃまた戦えたやんけ!」

 

 惜しいことをしたと口では言いながらもそんなことを言うつもりは毛頭無い。食事と一緒だ、どんなに美味い料理も何度も食べていたら飽きが来る。

 

 思い出した時に、戦いへの飢えが高まった時にまたやり合えば良い。たまにしか戦えないからこそその決闘は何よりも楽しめるものになると言うものだ。

 

「さて、明日から忙しくなるの……」

 

 勇同様にぼろぼろになった体を引きずりながら、光圀は一言だけ呟きを残すと屋上のドアを開けて校舎の中へと消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、勇は結構上機嫌で登校した。A組ではまた空気の様に扱われるのだろうが、元々扱いが悪かったのでそこまで気にはならない。むしろ前日の光圀との戦いの高揚感を胸にしたままの彼はそんなことを気にせずにいた。

 

 だが、勇が教室に入った瞬間にクラスメイトたちが一斉に自分の方向を見て来た時には流石に驚いた。しかも何だか睨む様な視線である。

 

「……おいおい、何だよ? そんな恐い顔するなって」

 

 理由はわからないが自分はクラスメイトたちから敵視されている。まさかガグマとの決戦に反対したからと言ってここまでの扱いを受ける言われは無いだろう。

 

 一体何が原因なのか? その答えは大股で自分へと近づいてきた櫂が教えてくれた。

 

「てめえ、昨日戦国学園に行ったらしいな? 一体何をしてきやがった!?」

 

「はぁ? それが何だってんだよ?」

 

 昨日の自分の行動を何故彼らが知っているのかと言う疑問が生まれたが、それ以上にそのことで何故櫂たちがこんなにも怒りを露にしているのかがわからない勇。そんな彼に対して櫂が口にしたのは思いもしない内容だった。

 

「当ててやろうか? お前、俺たちのことを戦国学園に売ろうとしてんだろ!?」

 

「はぁっ!?」

 

 予想外、と言うよりも考えもしなかった事に関する容疑をかけられている事に驚きの声を上げる勇。そんな彼に対して櫂は鼻息も荒く詰め寄る。

 

「俺たちと意見が合わないからって戦国学園に鞍替えするつもりか? 流石転校生様はやる事が違うぜ!」

 

「おいおい……何わけの分からないことを言ってんだよ? 俺はそんな事してねえっての」

 

「嘘をつくんじゃねえ! だったら何で戦国学園に行ったんだよ!?」

 

 何の証拠も無いと言うのにこの言われ様、流石の勇も怒りを通り越して呆れを感じてしまう。しかし、周りのクラスメイトたちが櫂と同様の怒りと疑惑を孕んだ目で自分を見ている事に気がつくと表情を曇らせる。

 

 櫂だけではない、光牙も真美も勇の事を険しい表情で見ている。この場にいる全員が勇の事を疑っているのだろう。

 

(……ったく、そこまで信用無いのかよ)

 

 唯一の救いはこの場にマリアが居ない事だろう。彼女にまでこんな視線を向けられたら完璧に心が折れていたなと勇は自嘲気味に笑った。

 

「龍堂! てめえ、何がおかしいっ!?」

 

「ぐっっ!」

 

 勇の浮かべたその笑みが気に入らなかったのであろう。櫂が激高すると同時にその太い腕を振り抜いて勇の頬を殴った。鈍い痛みを感じながら派手に吹き飛んだ勇は、背後にあった机をなぎ倒しながら教室の床に倒れこむ。

 

「答えやがれ、お前は昨日、何をしてやがった!?」

 

「……何って、お前たちに仲間外れにされたから光圀に会いに行ったんだよ。腕が鈍っちゃいけないからな」

 

「訓練だったらソサエティでも出来るだろうが! 何でわざわざ戦国学園まで行ったんだって聞いてるんだよ!」

 

「だーかーら! 光圀に会いに行っただけだって言ってんだろ? それとも何か? 俺がお前たちを売ったと言わなきゃ気が済まねえのか?」

 

「ふざけやがって……!」

 

 眉間に青筋を立てた櫂が再び勇を殴る。先ほど殴られた頬とは反対側を殴られた勇は今度は覚悟をしていたために吹き飛ぶような事はなかったが、それでも二、三歩後ろによろめくことは避けられなかった。

 

「……誰もこの筋肉ダルマを止めないって事は、俺が悪いと決め付けられてるってわけだ? 俺もずいぶんと嫌われたもんだな」

 

 再び自嘲気味に笑った勇だったが、内心では深く傷ついていた。転校して来た時から余所者扱いされていたことは分かっていた。それでも、自分とA組の生徒たちは一緒に戦う仲間だと、友達だと思っていた。

 

 だが、実際はこれだ。ちょっとしたすれ違いからありもしない疑いをかけられ、誰も自分の話を信じてくれないまでに嫌われていると知った勇は歯を食いしばって心の痛みに耐える。

 

「………」

 

 その途中、光牙と目が合った。彼も勇の事を見つめていた。

 

 光牙の目には勇を見下した様な色があった。いつものリーダー然とした彼の目には映らないはずのその感情を初めて見て取った勇は彼に対して危機感を持つ。

 

(ああ、そうか……こいつ、自分が間違ってるって欠片も思ってねえんだ……)

 

 自分は正しい事をしているから罪悪感を感じない。光牙にとって勇は自分たちを裏切った悪であり、櫂はそれを裁いているに過ぎないのだ。

 

 彼がそう思ってしまうのは、光牙だけが悪いわけでは無かった。周りの誰も彼を止めないから、誰も彼の間違いを指摘しないから、光牙は自分の失敗に気がつけないのだ。

 

 誰かが……いや、自分が止めなくてはならない。光牙が取り返しのつかない失敗をする前に……そう思った勇が彼に向けて口を開こうとした時だった。

 

「なに光牙を睨んでやがるっ! 自分のした事を棚に上げやがって!」

 

「がはっ!?」

 

 ボディに叩き込まれた大きな拳の衝撃で呻き声がもれる。まったく予期していなかった一撃を受けた勇はその場に膝から崩れ落ちた。

 

「てめえの事は前から気に入らなかったんだ。いつか何かをやらかすと思ってたぜ!」

 

「ぐっ……!」

 

 櫂は勇の胸倉を掴んで無理やり立たせると拳を振り上げる。何度目か分からない暴力を受ける事を覚悟して勇が目を瞑った時だった。

 

「がっ!?」

 

 突然、自分を掴んでいた櫂の手が離れた。代わりに肩を支える様にして誰かの手が勇を掴む。驚いて目を開けた勇が見たのは、床に倒れている櫂と自分を支えてくれている謙哉の姿だった。

 

「謙哉……!?」

 

「……君たち、何やってるんだい?」

 

 静かにクラスメイトたちに問いかける親友の口調には確かな怒りが篭っていた。櫂の様に激しく燃え上がる炎というよりか、青い炎が徐々にその温度を上げていく様な怒りの表し方にとてつもないプレッシャーを感じる一同に対し、謙哉は再び口を開く。

 

「こんな真似して恥ずかしくないのかい? 城田くんも自分が何をしているのか分かっているの?」

 

「うるせえ! D組のお前は部外者だ! 何もわからねえ癖に口出ししてくんじゃねえ!」

 

 怒りの対象を勇から謙哉に変えた櫂が詰め寄ってくる。今度は謙哉を掴もうとしたその手は彼を掴むことなく謙哉によって捻り上げられた。

 

「ぐうっ!?」

 

「……分かりたくも無いさ。無抵抗の相手に暴力を振るう様な奴の気持ちも、それを黙って見てる人たちの気持ちもね!」

 

 櫂の手を振り払った謙哉が勇を支えながら教室を出て行く。扉に手をかけ、それを開いた後、謙哉は最後に教室にいる全員に聞こえる声でこう言った。

 

「……僕は君たちを心の底から軽蔑する。そして、僕の友達を傷つけた事は絶対に許さない……絶対にだ」

 

 その言葉を残して謙哉は去って行った。教室に残った生徒たちはその言葉に圧され、ただ黙ってその背中を見送る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……悪ぃ、謙哉。手間かけさせたな」

 

「何言ってるの! そんな事言ってる場合じゃ無いよ!」

 

 保健室に向かう道すがら、勇は小さく謙哉に詫びた。優しい親友は勇の謝罪の言葉に対して憤慨した声をあげる。

 

「A組の皆はおかしいよ! 白峯くんも城田くんも……ううん、全員が異常だ。こんな事許されるわけが無い」

 

「止せよ、あいつらも神経が過敏になってるだけさ。俺が嫌われてるのは元からだっただろ?」

 

「でも……!」

 

「……勇さん?」

 

 A組の生徒たちを庇う言葉を口にし続ける勇に謙哉が何かを言い返そうとした時だった。廊下の向かい側からマリアが姿を現したのだ。

 

「ど、どうしたんですか、その怪我!? い、一体何が……?」

 

「マリアさん、実は……」

 

 ただならぬ様子の勇を見たマリアが慌てた口調で勇に問い掛ける。彼の事を心配しているその様子を見て取った後、謙哉は先ほどの出来事を彼女に説明しようとしたが……

 

「なんでもねえよ。ちょっと転んじまっただけだ」

 

「勇!?」

 

 勇はそんな謙哉の言葉を遮るとマリアに真実を告げずに嘘をついた。その行動に驚いた謙哉が彼を責めようとするも、勇はそれを制して保健室へと歩き出す。

 

「ほんとに何でもねえからよ。そんな心配するなって、な?」

 

「あっ……!?」

 

 笑顔を見せて自分から遠ざかって行く勇の事を見送るマリア。彼女の視線を背にしながら謙哉が勇に追いつくと早い口調でまくし立てる。

 

「勇! なんでマリアさんに本当の事を言わなかったんだ!? さっきの事を言えば彼女だって勇の味方に……」

 

「……良いんだよ謙哉。今、余計な事をしてチームの結束にひびを入れるわけにはいかない。ガグマとの決戦を前にしてチームがバラバラなんて最悪の状態じゃあ、敗北どころか全滅もありえるからな」

 

「っっ……!?」

 

「……水無月にも言うなよ。あいつに言ったら葉月どころか薔薇園全体に話が広まっちまうからな」

 

 そう言って歩き出した勇の背を見ながら謙哉は歯がゆさを感じていた。誰よりも友達の事を思い、行動する彼が何故ここまで理解されない事が何よりも悔しかった。

 

「勇……君が皆を率いるべきなんだ……君こそが、真に勇者に相応しい人間だと言うのに……!」

 

 ぼろぼろで孤独な勇の背中、しかし、謙哉にはその背中がとても大きく見えた。

 

 とても大きく、広い勇の全てを誰もが一部しか見ることが出来ないから理解されない。大きすぎる故に孤独である彼の横にせめて自分だけは寄り添おうと決めた彼は、よろよろと歩く勇の肩を支えて再び歩き出したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……彼女に悲劇が舞い降りるまであと14日

 

 

 

 



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悲劇の始まり

(……このままで良いんでしょうか?)

 

 放課後の教室、クラスメイトたちが急いでソサエティ攻略に乗り出す準備をしている中、マリアは一人物思いに耽っていた。気になっているのは今の状況、ガグマ攻略に向けて動く自分たちのことだ。

 

 ガグマを倒すために全力を注ぐ、それはマリアも大賛成だった。勝機を見逃さずに戦い、世界に一刻も早く平和をもたらす事をいつもマリアは夢見ていた。

 

 その夢が叶うかもしれない……ドライバーやチーム間の連携と言った力をつけ、情報も手に入れた。今の自分たちには勢いもある。だが……

 

(……勇さん)

 

 主の居ない椅子に目を向けるマリア。数日前から、教室の中で勇を取り巻く空気が一変した事を彼女は感じ取っていた。

 

 その日の朝、怪我をした勇が謙哉と共に廊下を歩いていた姿をマリアは見ていた。勇はなんでも無いと言っていたが、マリアにはとてもそうとは思えなかった。

 

 そして教室の中に漂っていた不穏な空気、苛立ちと罪悪感が入り混じったクラスメイトたちの表情を見れば、賢い彼女にはおおよそこの場で何があったのかを察することが出来た。

 

(本当に今の私たちは正しいのでしょうか……?)

 

 何もかもが順調だと思った。きっと作戦は上手く行くと思っていた。

 

 だが、ここに来て初めてマリアはA組の抱える問題点に気がついた。気がついてしまったのだ。

 

「今の俺たち、波に乗ってるよな!? 連戦連勝だし……!」

 

「光牙さんに任せておけば間違いないって!」

 

「龍堂も馬鹿だよな。皆の士気を下げる様な事を言いやがってよ……」

 

 級友たちの会話を耳にしながらマリアは身震いした。そう、自分が思ったとおりだ。彼らは、考える事を放棄している。

 

 光牙が、真美が、櫂が言ったから………だから正しいと思い込んで、それ以上の思考を放棄しているのだ。それが本当に正しいかどうかなんて、彼らはわかっていないのだ。

 

 危険かもしれない、でも何とかなるだろう。だって光牙が言っているから……そう考えて全てを光牙任せにしてしまっているクラスメイトたちの事が恐ろしくてたまらなかった。転校してきて初めて、マリアはこのクラスの問題点に気がついたのだ。そして、同時に今のチームの中心となっている人物で、この攻略の先を考えている者が何人いるか数えてみた。

 

 葉月は駄目だろう、彼女は考える事が苦手だ。直感的な物は優れているが、思考能力は微妙に足りない。

 

 やよいは意志が弱い。多少の不安があっても、周りの雰囲気に流されてその事を言い出せない人間だ。

 

 櫂は光牙に賛成する以外の意見を口にしないだろう。真美は頼りになるが、なんだかんだで光牙に甘い。彼が本気を出して説得したら折れてしまう可能性が高いだろう。

 

(誰も……誰も光牙さんを止められない……!?)

 

 その通りだった。光牙の独裁を止められる人間が今の自分たちには居ないのだ。そして、光牙は自分の行動を正しいと思っているから変える訳が無い。その行動を皆が支持するから間違っているとしても気がつかない。

 

 今の自分たちには決定的に足りない物がある。その事に気がついてしまったマリアの胸中には次々と不安が浮かび上がっていった。

 

 本当に今の戦力でガグマたちに勝てるのだろうか? 勇と謙哉と言う主力を欠き、ディーヴァも玲がいない以上100%の力を出せるとは思えない。万が一、ここから勇たちが加入してくれたとしても、チームワークはガタガタにならないだろうか?

 

 勇の言う通り、自分たちがガグマと戦うのはまだ早いのでは無いだろうか? しかし、もうそんな事を言える段階はとっくに過ぎていた。

 

(あの時、私が勇さんの意見に賛成していれば……!)

 

 ガグマとすぐに戦う事を反対し、光牙を説得する。自分と勇が協力すれば、光牙だって耳を貸してくれたはずだ。

 

 D組を始めとした他のクラスの生徒たちに支持される謙哉もいる。薔薇園の生徒やディーヴァの二人は玲が説得してくれるだろう。

 

 あの時、もしも自分が勇の意見に賛成していれば……マリアがそう後悔した所で後の祭り、何もかもが遅すぎた。

 

『……もう勇さんと話す事はありません。私が勇さんと話す時が来るとしたら、勇さんがガグマの討伐に協力してくれる気になった時でしょう』

 

 あの日、自分が勇に言ってしまった言葉を思い返したマリアはぐっと拳を握り締めた。この言葉を投げかけられた勇の悲しそうな表情がまぶたの裏に焼きついて離れないでいる。

 

 勇は光牙に手柄を取られてしまう事を恐れた訳では無い。光牙を嫌いだから困らせてやろうと思ったわけでもない。ただ、自分たちA組の事を真剣に考えてくれていただけだったのだ。

 

 A組の皆を、光牙を大切な友人だと思っているから、勇は真剣に反対した。光牙が何を思って、何を考えているか知りたかったからぶつかろうとした。

 

 それを拒否したのは紛れも無く自分たちの方なのだ。勇たちの言葉に聞く耳を持たないで、自分たちこそが正しいと思い込んで……彼を除け者にし、暴力まで振るってしまった。

 

 謝りに行くべきだろうと何度も思った。そしてもう一度自分たちに力を貸して欲しいと頼むべきだと頭の中ではわかっていた。しかし、自分が勇に対してしてしまった事を思うと行動に移せないでいた。

 

 嫌われてしまっただろう、憎まれてしまっただろう。もしかしたら、もう二度と話して貰えないかもしれない。そう恐れたマリアは勇と話が出来ないまま何日も過ごしていた。

 

「勇……さん……」

 

 ぽつりと名前を口にする。もう一度、話がしたかった。あの笑顔を見せて貰って、この不安を吹き飛ばしたかった。

 

 だが、あまりにも都合が良過ぎるとその考えを自分で戒め、マリアは立ち上がる。もう自分は、自分の出来る事をするしかないのだ。勇の手を借りずに、やるだけのことをやるしかないのだ。

 

 心の中の不安を押し込め、マリアは教室から出る。今日もガグマの領地を攻略しに行くのだからと気合を入れ直すと、彼女は廊下を一歩一歩強い足取りで歩んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「櫂、手筈通りにやれよ」

 

「わかってるって!」

 

 一時間後、ソサエティへと繰り出した攻略チーム一行は、今までの開放戦の中で最大規模の戦いに望もうとしていた。

 

 隣接した都市の中心部、ここを制覇できれば周囲の街も簡単に落とせるであろう場所に狙いを定めた光牙が持てる戦力を全て投入して戦いを挑んだのだ。彼の胸中にはこれをガグマとの戦いの前哨戦としようとする思いもあったのだが、それに気がつくものは誰もいなかった。

 

<ホークアイ!>

 

「良し、攻撃開始だ!」

 

 視界強化のカード、『ホークアイ』を使用した光牙が全軍に指示を出す。上空から自分たちを見下ろす様な視界が取れるこのカードは戦いの指揮を執ることに大きく役立っていた。加えて、ビクトリーブレイバーの演算能力とも相性が良い。自身の能力をフルに活用出来るようになるこのカードを使いながら、光牙は多くの生徒たちに指示を飛ばしていった。

 

「A班は櫂に続いて攻撃を! B班、東から敵が接近しているぞ! C班はディーヴァのメンバーと共にそこで敵を迎撃! 全員、自分の仕事をきっちりこなせよ!」

 

「……流石ね、光牙。堂々とした指揮よ」

 

「ホークアイと勝利の栄光のカードのお陰さ。さて、俺たちものんびりしてられないぞ!」

 

 自分を褒める真美に軽く手を振って応えた光牙は、そのままエクスカリバーを手にして駆け出して行く。先ほど見た映像から計算してタイミングを見計らった光牙は一気に飛び出すと、目の前に現れたエネミーを一刀両断して叫んだ。

 

「さあ、いくらでもかかって来い! 俺が相手になってやるぞ!」

 

 自分たちを挑発するその声を聞きつけたエネミーたちが光牙へと殺到する。勢い良く、殺気を漲らせて自分に迫り来るエネミーたちを前にした光牙だったが、非常に落ち着いた雰囲気を放ちながらそれに対応していった。

 

「ふぅ……せやぁっっ!」

 

 軽く息を吐いて呼吸を整えた後、エクスカリバーを振るう。演算能力が指し示した向きに剣を振るうと、目の前にいたエネミーが火花を散らして後ずさった。

 

「たぁぁぁっ!」

 

 続く二撃目、先ほどの勢いを逃さぬ様にして再び剣を振るう。横薙ぎに繰り出されたその一撃は、多数のエネミーを巻き込んで斬り飛ばした。

 

「光牙だけに戦わせるつもり? 私たちも行くわよ!」

 

「おおーっ!」

 

 背後から聞こえる真美の号令と鬨の声を聞いた光牙は仮面の下で微笑んだ。同時にエネミー目掛けて飛来する攻撃魔法の数々を見ながら彼は思う。

 

(そうさ……これこそが勇者だ! 俺の目指していたものなんだ!)

 

 仲間たちを率い、悪しき存在に立ち向かう存在……自分が思い描いていた勇者像と今の自分がリンクしていることに満足げに笑った光牙は再びエネミーたちとの戦いに戻る。もっと勇敢に、もっと力強く……誰もがついて行きたくなる様な勇者になるべく、彼は剣を振るい続ける。

 

「ギャガォォォッッ!」

 

「……ボスの登場か、面白い!」

 

 目の前に現れる色違いのエネミー、こいつがこの街のボスだと判断した光牙は勇んで敵に挑みかかった。エクスカリバーを握り締めながら駆ける光牙は、ビクトリーブレイバーの演算能力が敵の攻撃を察知したこともお構い無しに突っ込んで行く。

 

「ギゴォォォッ!」

 

「てやぁぁっ!」

 

 繰り出される爪での一撃、それをギリギリで回避しながらエネミーの横を斬り抜ける。確かな手応えを感じながら振り返った光牙は、相手の胴目掛けて思い切り剣を突き出した。

 

「やぁぁぁっ!」

 

「ギャォォォォッ!!!」

 

 再びヒット、火花が散る。胴体に剣での刺突を受けたエネミーは数歩後退しながらよろめくも、まだ致命的なダメージを受けるには至っていない様だ。

 

「グギギ……! ギイィィィッ……!」

 

 戦いは光牙の優勢で進んでいた。しかし、状況を不利と見たエネミーが唸り声を上げると、周囲から数体のエネミーが姿を現したではないか。

 

「くっ、増援を呼んだか……小賢しい真似をっ!」

 

 一気に不利な状況へと追い込まれてしまった光牙だったが、慌てずに戦いの構えを取りながら敵を睨んでいた。こんな不利な状況でこそ冷静にならねばならない……そう考えながら敵を見据える彼の真横を何かが通り抜ける。

 

「援護するぜ、光牙っ!」

 

「櫂っ!!!」

 

 櫂の必殺技、『ブーメランアクス』が雑魚エネミーたち目掛けて飛んで行ったのだ。一度に二体のエネミーを切り裂いた斧は反転すると持ち主である櫂の手の中に帰って行く。勢い良くエネミーにタックルを繰り出しながら光牙の危機に駆けつけた櫂は、光牙の肩を叩きながら言った。

 

「雑魚は俺に任せろ! お前はボスを仕留めるんだ!」

 

「ああ……そうさせて貰うさっ!」

 

 有象無象の雑魚を櫂に任せた光牙はボス格のエネミーへと再度挑みかかって行った。一気に距離を詰めて剣で叩き斬るというシンプルだが有効的な攻撃がエネミーへと加えられ、その一撃を受けたエネミーは悲鳴を上げて仰け反った。

 

「まだまだぁっ!」

 

「グギャオォォッ!?」

 

 怒涛の連撃、相手の反撃を許さない光牙の攻撃が容赦無くエネミーへと加えられて行く。一撃ごとに火花が舞い、剣に切り裂かれるエネミーの悲鳴が響き渡る。

 

「良し、決めてやる!」

 

 優位に戦いを進める光牙は渾身の一撃を繰り出してエネミーを大きく吹き飛ばすと、ホルスターからカードを取り出した。そして、体勢を立て直して自分に襲い掛かろうとしているエネミー目掛けて必殺技を発動する。

 

<フォトン! スラッシュ!>

 

<必殺技発動! プリズムセイバー!>

 

「はぁぁぁぁぁ……っ! せやぁぁっ!」

 

「グロォォォォッォッ!」

 

 光り輝く聖なる剣を手にした光牙が前へと駆け出す鋭い爪を振りかざして攻撃を仕掛けに来たエネミーと交錯するその一瞬、お互いがお互いに向けて必殺の一撃を繰り出した。

 

「うおぉぉぉぉぉっ!!!」

 

 エネミーの爪は光牙の胴の装甲を掠って振りぬかれる。致命的な一撃を回避した光牙は、エクスカリバーを大きく振りぬいてエネミーの体を両断しながら駆け抜けた。

 

「グギャァァァァァァッッ!?」

 

 斬り抜かれた部分が大きく光り、段々とその光が大きくなる。まるで爆発するかの様な激しい光を放ったエネミーの体は、次の瞬間には爆発四散していた。

 

「へっ! そんじゃあ、こっちも決めてやるぜ!」

 

<必殺技発動! ブーメランアクス!>

 

「おーらよっ!」 

 

 光牙とボスエネミーの戦いが終わった事を確認した櫂もまた戦いを終わらせるべく必殺技を発動した。高速回転しながら飛ぶ斧の一撃は次々とエネミーを切り裂いて行く。最後の一体を倒したグレートアクスが櫂の手に戻った時、戦場に電子音声が鳴り響いた。

 

<ゲームクリア! ゴー、リザルト!>

 

「よし! このエリアの開放も成功だ!」

 

「ええ! 大成功よ!」

 

 光牙と真美の勝利を喜ぶ声に続いて生徒たちの歓声が上がっていく。大きな戦いを何の問題も無く勝利することが出来た事に感激していた彼らは、今の自分たちの勢いを再確認していた。

 

「このまま行けば本当にガグマも倒せるんじゃないか!?」

 

「やれるわよ! 今の私たち、絶好調じゃない!」

 

 A組の生徒だけでは無い。他のクラスの生徒も、薔薇園学園の生徒たちもここに至るまでの戦いの結果から自分たちの力に自信を持っていた。彼らのもはやただのエネミーなど相手にもならないと言わんばかりの自信に満ち溢れた表情を見た光牙もまた、自分たちの強さが本物である事への確信を強めていた。

 

「櫂、このまま周囲のエリアの開放戦に向かおう! 今の勢いなら必ず勝てる!」

 

「ああ! 戦力を整えたらまた進軍開始だ! 今日中にこの辺のエリアを開放しきっちまおうぜ!」

 

 親友に声をかけ、戦いを続ける事を提案する光牙。その判断に快く応えながら櫂もまた戦いへの意欲を見せる。

 

(行ける……! 行けるぞ! 俺たちは今、世界を救えるだけの力を持っている! 皆の期待と希望に応えられるだけの力があるんだ!)

 

 勇者として仲間を引っ張り、世界を平和に導く…………連戦連勝を続ける光牙は、自分の力に若干の自惚れを抱いていた。

 

 勇者に相応しい実力を身に付け、仲間たちの信頼も得た。後はそれに相応しい活躍をするだけ……そう、魔王を倒すだけなのだ。

 

(やってやる! やってやるぞ! 俺は勇者になるんだ!)

 

 羨望と期待の眼差しを受けながら、光牙は次の戦いへと乗り出して行く。自身の強さを証明し、使命を果たす為に、彼は仲間たちを率いて歩き出したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……頃合だな」

 

「ガグマ様、では……!?」

 

 薄暗い部屋の中、荘厳な雰囲気の玉座に座す魔王ガグマは一言そう呟いた。その言葉に反応した魔人柱、パルマとクジカはとうとうその時が来たのかと緊張した面持ちを見せる。

 

「ああ、奴らも頑張っている。そろそろわし自らが相手をしてやらねばな」

 

「そうですか……とうとう奴らに絶望を見せ付ける時が来たのですね!」

 

「これこれ、そう言うな。案外わし達が負ける可能性だって無くも無いのだからな」

 

 ほんの少しだけ愉快そうな声色を出しながらガグマは言った。しかし、その謙虚な言葉の裏には絶対的な自信が感じられる。

 

 負けるわけが無い、ほんのお遊びに付き合ってやろう。大人が子供にそうする様に、微笑ましい子供の努力を称えるかの様に、ガグマは光牙たちを相手してやるつもりなのだ。

 

 それが慢心ならば突く隙も生まれよう。しかし、そうではない。ガグマにははっきりとした勝利のビジョンが見えているのだ。

 

「さて、勇者たちをお迎えするとしよう。向こうがこの誘いに乗るかどうかはわからんがな」

 

 絶対に乗る、暗にそう言いながらガグマは喉を鳴らして笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ついに……ついに来た! この時が!」

 

 興奮気味に光牙が叫ぶ。彼だけでは無い、教室にいる生徒達もまた興奮を隠せない表情で教室の前方に注目していた。

 

「……昨日、情報管理局に寄せられた情報よ。ファンタジーワールドに突如巨大な建造物が出現、城の様なそれは、おそらくガグマの居城……! ついに決戦の時が来たのよ!」

 

「ああ! 奴さん、俺達の勢いに負けて姿を現しやがったんだ!」

 

「一気にガグマの勢力圏を開放した事がきっかけみたいね! 向こうも痺れを切らしたってわけでしょ」

 

 真美が、櫂が、光牙と同じ様に興奮気味に叫ぶ。自分達がボスを追い詰めていると言う実感を胸にした事が、普段冷静な真美すらも熱狂させているのだ。

 

「で、でも、やっぱりガグマも本気で相手をしてくるんじゃないかな……?」

 

「向こうにしてみれば後が無いわけだしね~……こりゃ、かなりきつい戦いになりそうなんじゃない?」

 

 ガグマとの戦いを前にして浮かれ気味になっているA組の面々を嗜める様にして意見を口にするやよいと葉月。そんな彼女たちの言葉に頷きながら、光牙も自分の意見を口にした。

 

「勿論そうだろう、この戦いは今までで最も苦しい戦いになる……だが、決して避けて通れない戦いなんだ! なら、逃げずに戦おうじゃないか!」

 

「おおーーっ!」

 

 仲間達を鼓舞するその言葉は、A組を始めとする攻略メンバーの活気に更に火を着けた。盛り上がる仲間達を見た葉月たちもまた笑みを見せて戦いへの思いを口にする。

 

「ま、その通りだよね! どーんとぶつかってみよう!」

 

「皆と一緒ならきっと勝てるよ!」

 

「ああ、その通りだ! 俺達ならやれる! 自分達を信じるんだ!」

 

 リーダーを始めとする中心格のメンバーの強気な発言に更に盛り上がりを見せる教室の中では、誰もがガグマとの戦いについての想像を巡らせて話をしていた。しかし、そんな中でたった一人だけこの騒ぎを静観している人物もいた。

 

(……何も具体的な話が出ていない……本当にこれで大丈夫なんでしょうか?)

 

 そんな不安が頭の中をよぎる。湧き上がっている懸念はこの状況を見て更にその形をはっきりとしたものにしていた。

 

 今は仕方が無いのかもしれない、強敵との決戦を前にして皆が浮き足立っているのだから具体的な話が出来なくても仕方が無いのだろう。しかし、この空気は何時薄まるというのだろう?

 

 決戦が近づけば皆は冷静になってくれるのだろうか? マリアにはそうは思えなかった。むしろ決戦が近づけば近づくほどに冷静さが失われるのでは無いかと思えているのだ。

 

(このまま戦うの? 勢いに任せて、はっきりとしたビジョンも無いままに戦って本当に大丈夫なの?)

 

 そう自分自身に問いかける。本当にこれで良いのかと、大丈夫なのかと……その答えはNOだった。 

 

 止めるべきなのでは無いのだろうか? 一度冷静になるべきだと言うべきなのでは無いだろうか? 勇の意見に耳を貸そうと提言すべきなのでは無いだろうか? 今、この場で冷静さを保てている自分こそが、その意見を口にすべきなのでは無いだろうか?

 

 誰かがこの流れを止めなければならないのならば、それは自分の役目では無いのだろうか? この空気に違和感を感じている自分こそが、それをなすべきなのではないのだろうか?

 

 頭の中ではそう思えてはいた。しかし、マリアにそれを実行できるかと言われればそれもNOだった。自分の感じている漠然とした不安だけで判断して、本当にこの勢いを殺すことになってしまう事が恐かったのだ。

 

 だから何も言えなかった。不安を抱えていても何も言えなかったのだ。だが、その代わりに教室のドアが開いて人影が教室の中へと入ってきた。その人物の姿を見とめた時、A組の生徒達が静まり返った事をマリアは感じていた。

 

「……ガグマの城が出現したってのは本当か?」

 

「勇、さん……!」

 

 その言葉を発したのは、今、マリアが最も力を貸して欲しいと願っていた人物……勇であった。水を打ったかの様に静まり返った教室の中、勇の言葉に真っ先に反応したのは、彼に反感を持つ櫂だった。

 

「今更何の用だよ? 俺達が手柄を立てそうになったから焦ってんのか?」

 

「君には何も聞いて無いよ。関係ない発言は遠慮して貰えるかな」

 

 櫂の攻撃的な言葉にも負けない刺々しい言葉を発しながら謙哉が教室へと入ってきた。普段の彼が絶対に口にする事の無いであろうその言葉と確かな怒りの色を窺わせる表情に生徒達が気圧される。櫂もそれは同様で、謙哉の姿を見た途端に一瞬だけ体を強張らせていた。

 

「……白峯、ガグマの城が出現したって言うのは本当なの?」

 

「……ああ、その通りだ」

 

 最後に教室に入ってきた玲は、勇がした質問と同じものを相手を光牙に限定して尋ねた。光牙はその質問に答えると今度は逆に三人に向かって尋ねる。

 

「それで? 君達は何のためにここに来たんだい? まさか今の質問をするためだけじゃないだろう?」

 

「……光牙、ガグマと戦うって言う意見を曲げるつもりは無いのか?」

 

「龍堂くん、俺の質問に答えてくれるかな?」

 

 質問を質問で返した勇に対し、光牙は若干の苛立ちを含ませた言葉を返した。その対応には勇の質問に対する答えも含まれており、光牙自身がガグマとの決戦を避けるつもりが無い事を告げていた。

 

「……お前がガグマと戦うつもりなら、俺はそれを止めるつもりだった。けど……もう遅いんだな」

 

「遅いも何も、俺達は最初からガグマと戦うと明言しているんだ。最初から決まっていた事なんだよ」

 

「……そうか、なら……」

 

 そこで勇は一度言葉を切った。そして、教室に居る生徒達の顔をゆっくりと見つめていく。

 

「っっ……!」

 

 途中、彼と目が合ったマリアは、なんとも言えない罪悪感に胸を締め付けられて目を逸らしてしまった。その事に対して勇は寂しそうな表情を浮かべると、光牙へと向き直って言葉の続きを口にした。

 

「……俺も同行する。ガグマとの決戦、乗らせてもらうぜ」

 

 どよめきと、わずかな歓声が教室に響く。勇のその言葉を聞いた生徒達の反応は、喜ぶ少数と何を今更と不快感を露わにする大多数に分かれた。

 

「……驚いたな。君はガグマとの戦いに反対していたんじゃ無かったのかい?」

 

「ああ、今でも反対だ。だが、もう事態はどうしようもない所まで来ちまった……なら、俺もやれる事をやるだけだ」

 

「つまりお前は、俺達の尻拭いをする為に着いて来るってわけか? あんまり俺達を舐めるんじゃねえ!」

 

「櫂、よしなさいよ!」

 

 あくまで喧嘩腰な櫂を真美が抑える。しかし、A組の生徒達の本心は櫂のその言葉が表していた。

 

「好きに思えよ。俺は例え邪魔だって言われても着いて行くぜ」

 

「いや、龍堂くんの実力は頼りになる。君が協力してくれて心強いよ」

 

 そう言いながら笑顔を見せた光牙が勇に手を差し出す。勇はその手を一応と言った様子で掴むと、光牙と握手を交わした。

 

「……同じく、私も参加させて貰うわ。ディーヴァは3人で1チーム……私が抜けるわけにはいかないでしょ」

 

「玲ちゃん……!」

 

 玲の決意表明にやよいが嬉しそうに顔を綻ばせた。長らくチームから離れていた玲が戻って来てくれた事が喜ばしいのだろう、葉月もまた嬉しそうに玲の事を見ている。

 

「と言うことは……虎牙くんも作戦に参加してくれるのかい?」

 

「……そのつもりだよ」

 

「ありがとう! 本当に嬉しいよ!」

 

 光牙は謙哉にも握手を求めて手を差し出した。しかし、謙哉はその手をちらりと見ただけで握手を拒否する。

 

「……僕は君やA組の皆を許したわけじゃない。僕がこの戦いに参加するのは、勇や水無月さんのためだ。その事を忘れないでもらえるかい?」

 

「謙哉、よせ」

 

 嫌悪感を剥き出しにした謙哉を勇が嗜める。親友の言葉に対して口を噤んだ謙哉だったが、光牙や真美、そして櫂に対する鋭い視線は変わる事は無かった。

 

「……とにかく、これで戦力は揃った! ガグマとの戦いに向けて準備は万端だ!」

 

 やや沈んでしまった教室の空気を盛り上げようと光牙が集まった生徒達に声をかける。リーダーのその言葉に活気を取り戻した生徒達は、光牙の次の言葉を待ちながら彼に視線を注いでいた。

 

「後は入念に準備するだけだ! 学校もそろそろ夏休みに入る、それを機にガグマとの戦いに乗り出そうじゃないか! それまで皆は情報を集め、準備を整えつつ、英気を養って欲しい!」

 

 光牙の声を聞く生徒達に見る見る活気が蘇って行く。力強いリーダーの言葉を耳にしながら、生徒達は胸を高鳴らせていく。

 

「……決戦は一週間後だ! そこでガグマを倒し、世界の平和を取り戻すんだ! 皆、やってやろう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……決まって、しまった……)

 

 寮からほど離れた公園の中、マリアはとうとう決まってしまったガグマとの戦いに対して不安を募らせていた。

 

 本当に勝てるのか? この判断は正しいのか? 今はもう、そんな事を考えていても仕方が無い事はわかっている。全てはもう、決まってしまったのだから

 

(もしあの時、私が勇さんに協力していれば……)

 

 こんな不安を抱えたまま戦うことは無かったのかもしれない。そんな事を考えながら暗い表情を浮かべていたマリアの耳に聞き覚えのある声が飛び込んできた。

 

「お? マリアちゃんやないか!? どないしたんや、そんな暗い顔して?」

 

「あ……光圀さん……」

 

「辛気臭い顔してると幸せが逃げてくで~! 俺を見てみぃ! いつでもニコニコしとるから幸せいっぱいや!」

 

 自分を元気付けようとしてくれている光圀に対して微笑みを返すマリアだったが、どこか暗い雰囲気は拭えないでいた。そんな彼女の様子を見て取った光圀は心配そうな表情を浮かべるとマリアに言う。

 

「そんな暗い顔しとると勇ちゃんも心配するで、心配事があんなら俺に話してみるか?」

 

「いいえ……大丈夫です。それに、勇さんも私の事を心配するわけないでしょうし……」

 

「なんでやねん! 勇ちゃんがマリアちゃんを心配せんわけ無いやないか!」

 

「いや、その……この間から気まずい雰囲気になってしまったと言うか、酷い事を言ってしまったと言うか……それで、嫌われてしまったと、思うんです……」

 

 マリアの口からぽろりと本音が零れる。罪悪感と不安を胸に抱えたままの彼女がそれを拭い去れない理由を察した光圀は、少しだけ悩んだ後で涙目になっている彼女の言葉を否定した。

 

「……んな事無いで、勇ちゃんはマリアちゃんの事を嫌いになってなんかおらんよ」

 

「でも、私は勇さんに酷い事を……勇さんもショックを受けていましたし、それで……」

 

「嫌いになってなんかあらへんて! だって、こないだな……」

 

 光圀は語る。戦国学園に勇がやって来た事、自分に現実世界の防衛を頼みに来た事、それがマリアの不安を払拭してやりたいと思っての行動だと言う事を……

 

「……え?」

 

 それを聞いたマリアの目が大きく見開かれ、涙が零れた。彼女の心の中では、様々な感情が入り混じって暴れていた。

 

 勇が自分の事を思って行動してくれた事への喜び、嫌われていなかった事への安心感、そんな勇に対する罪悪感などの感情が入り混じり、複雑な模様を呈している。だが、この真実を知れた事でマリアの中にあったつかえが取り除かれるきっかけが出来た。

 

「……光圀さん、ありがとうございます」

 

「ううん、俺はなんもしとらんよ。それよりも、次に勇ちゃんに会う時には可愛い笑顔を見せたるんやで! そしたら勇ちゃんもイチコロや!」

 

「ふふふ……! 光圀さんも面白い事を言いますね」

 

「冗談じゃあらへんよ? マリアちゃんが笑ったらものごっつ可愛いんやから、自信持ってや!」

 

 光圀との会話でようやく笑顔を取り戻したマリアは目元に涙を浮かべながら思う。明日、勇にちゃんと謝ろうと……友達に戻るための努力をしようと、心に決めた。

 

(きっと大丈夫! 勇さんと一緒なら、どんなピンチも乗り越えられるはず……!)

 

 快活で見ていると明るくなれる勇の笑顔を思い浮かべながら、マリアは涙を拭った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――彼女「マリア・ルーデンス」に悲劇が訪れるまで、あと7日……

 

 



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譲渡

 目を覚まし、朝食を取り、身支度を整える。そうした後、カレンダーの前に立った勇は、今日の日付を見て小さく呟いた。

 

「いよいよ今日か……」

 

 ガグマ討伐作戦決行の日付、7月30日……とうとうこの日がやってきてしまった。

 

 準備はした、計画も練った。戦力も現状で揃えられる最大数を抑えたはずだ。

 

 だが、それでも不安は拭い切れないでいる。未だ姿を現さない憤怒の魔人やチーム内に残る僅かなしこりが勇の不信感を囃し立てているからだ。

 

 加えて、マキシマの言っていたガグマの恐るべき能力と言うものも気になる。敵の全容が見えていないと言う事もこの不安を掻き立てる事に一役買っているのだろうと勇は思った。

 

「……それも全部今更の話か……」

 

 自嘲気味に呟き、鞄を取る。もう事態は後戻り出来ない所まで来てしまっている。ならば、突き進むしか無いのだろう。

 

「……行くか」

 

 誰に言う訳でもない自分に対する言葉を呟いた勇は、玄関の扉を開いて決戦の地へ向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 虹彩学園のゲート前、そこでは光牙率いる攻略隊を教師を始めとする大人たちが見送りに来ていた。

 

「白峯、お前の指揮に期待している……必ず、生きて帰って来い」

 

「命さん、ありがとうございます」

 

 大人たちを代表してリーダーである光牙に激励の言葉をかけた命は、そう言って光牙の手を取った。光牙もにこやかな表情を浮かべながらそれに応える。

 

「葉月、やよい、玲……苦しい戦いになるだろうが、お前たちならば乗り越えられると信じているぞ」

 

「まっかせてくださいよ! 帰って来たら祝勝パーティーといきましょう!」

 

「ご、ご期待に添えられる様に頑張ります!」

 

「……行って来ます、義母さん」

 

 園田の言葉に思い思いの反応を返すディーヴァの三人。緊張した面持ちなのは変わらないが、それを抑えようと三人共にそれぞれの方法でリラックスしようとしていた。

 

 そして最後、天空橋が勇に近寄ると彼の瞳を見る。やや不安げなその視線を受けた勇は、その不安を払いのける様にして笑った。

 

「なに死にそうな目で見つめてんだよ、オッサン! 戦いに行くのはオッサンじゃないだろ?」

 

「ええ……ですから不安なんですよ。勇さんたちが戻ってこないんじゃないかって考えてしまって……」

 

「縁起でも無いこと言うなっつーの! ……大丈夫だよ、オッサンがサポートしてくれるんだろ? 俺はそれを信じてるぜ」

 

「勇さん……!」

 

 信頼を込めた眼差しと言葉を勇から受け取った天空橋はそこでようやく笑みを見せた。そして、勇に対して激励の言葉を送る。

 

「……勝ちに行きましょう。私も出来る限りの援護はさせて頂きます、だから……」

 

「ああ! ……必ず誰も欠けずに帰ってくる。待っててくれよ、オッサン」

 

 二人は手を伸ばすと、お互いの手を取り合って握手を交わした。戦いの場は違えと共に戦う仲間としての信頼を込めたその行動を終えた後、勇は自分を待つ仲間たちの元へと歩き出す。

 

「……行こう! 世界を救うんだ!」

 

「おおーーっ!」

 

 リーダーの光牙の下で一致団結した生徒たちは、士気も高くソサエティへと乗り込んで行く。一人、また一人とゲーム世界へと飛び込んで行く生徒たちの背中を見つめながら、大人たちは期待と不安が入り混じった表情でそれを見守り続けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……最後の作戦確認だ。皆、首尾は良いか!?」

 

「当たり前だぜ、光牙!」

 

 ソサエティを進み、目的地の前まで辿り着いた一行はそこで最終確認をしていた。目の前に広がる巨大な城を見るたびに心臓の鼓動が緊張と恐怖で大きくなる。黒々としたいかにもなボスの居城であるガグマの城は、それに相応しい威圧感を放っていた。

 

「ここまでは問題無く辿り着けた、そしてここからが本番だ。わかっていると思うが、油断せずに行くぞ!」

 

「おう! 敵も中で待ち構えているだろうしな。じっくり、慎重に攻めて行くんだろ?」

 

「櫂、あなたにしては良い判断じゃない。やっと知能が追いついて来た?」

 

「うっせぇ! 俺をいつまでも駄目な奴だと思ってんじゃねえぞ!」

 

 真美の軽口から湧き上がった笑いに若干憤慨しながら櫂が叫ぶ。場の空気が和み、生徒たちがリラックスする中、光牙はそんな空気を引き締める様に声を出した。

 

「櫂の言う通り、この城の中には大量のエネミーが居ると見て間違いないだろう。魔人柱の生き残りと、当然ガグマも一緒だ」

 

「まずは雑魚の露払い、次に魔人柱を倒して、最後に全員でガグマを攻める。三段階に分かれた作戦になるわね」

 

「けど、やることは非常にシンプルだ。敵を倒す、これだけで良い。もしも魔人柱とガグマが同時に現れたら……」

 

「光牙がガグマと戦闘、残ったメンバーでそのフォローをしつつ魔人柱を撃破する、だろ?」

 

「ああ! 迅速に、そして確実に戦おう!」

 

 城の中に入った後の行動を確認する光牙たちは最後に戦いの準備を始めた。入念に装備や体をチェックし、不備が無いか確認していく。

 

「……全員、準備は良いか!?」

 

「おおーーっ!!!」

 

 響く歓声、鬨の声と言っても良いそれを耳にしながら、生徒たちの先頭に立った光牙は腕を振り上げて響く歓声に負けない大声で叫んだ。

 

「全軍、行くぞっっ!」

 

 その言葉を合図にして生徒たちが駆け出す。目指すは敵城、ガグマの住まう闇の城。その入り口である巨大な門目掛けて数十は下らない人数の生徒たちが殺到する。

 

<フレイム!>

 

<バースト!>

 

 部隊の後方から飛来する数々の魔法が門を叩く。二度、三度と軋み、音を立てるそこを目掛けて、光牙は大きくジャンプすると変身しながら跳び蹴りを繰り出した。

 

<ブレイバー! ユー アー 主人公!>

 

「てやぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 勢いの乗ったブレイバーの跳び蹴りを受けた門は激しい音を響かせながら崩壊した。内部に一番最初に突入した光牙は、急いで周囲を確認する。

 

「グラッ! ギッ! ガァァッ!」

 

「やはり居たか、エネミー!」

 

 城の薄暗がりから飛び出してきた二体のエネミーを迎撃すべく剣を振るう光牙。さほど強くは無いそのエネミーを難なく捌き、次の行動に移る。

 

「どけっ! お前たちに構っている暇は無いんだ!」

 

 光牙は下から掬い上げる様にして切り上げを繰り出すと一体のエネミーを両断した。そのまま一歩前進し、勢いのまま体を次のエネミーにぶち当てる。

 

「ふんっ!」

 

「ギャゴォォッ!?」

 

 強烈なタックルを受けて大きく後退したエネミー、そんな彼に向かって赤い影が突撃していく。

 

<必殺技発動! パワードタックル!>

 

「ナイスだ光牙! トドメは俺がもらうぜっ!」

 

「ギャガガガァッ!!!」

 

 巨大な体躯を活かした櫂のタックル、それを受けたエネミーは光牙の時とは比べ物にならないほどの距離を跳び、その最中で爆発四散した。

 

「良し! 押してるぞ! このままガンガン進むんだ!」

 

 新手のエネミーを切り伏せながら味方へと号令を出す光牙。そんな彼の活躍に合わせて生徒たちも奮起していた。

 

 ある者は手に持つ武器でエネミーを打ち倒し、ある者は魔法で一気に敵をなぎ払う。またある者はカードを使ってモンスターを呼び出してエネミーと戦わせていた。

 

「ふっ! おらぁっ!」

 

「勇さん、援護しますっ!」

 

 城のエントランスでの戦いは熾烈を極めた。勇もドライバ所持者としてその力をいかんなく発揮している。

 

 今、正に同時に三体のエネミーを撃破した彼が次の相手を探そうとした時、自身の体に力が湧き上がって来るのを感じた。マリアが体力回復のカードを使ってくれたのだ。

 

「サンキュー、マリア!」

 

「お気をつけて! 敵はまだまだ居ます!」

 

 自分に攻撃を仕掛けて来たエネミーをバリアで牽制し、光属性の魔法で攻撃しながらマリアが叫ぶ。頼もしい彼女の活躍に頷いた勇は、再び敵の真っ只中へと飛び込んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このっ! おりゃぁっ!」

 

「あー、もう! 全然終わりが見えないよ~っ!」

 

「葉月! 愚痴を言ってないで敵を倒しなさい!」

 

 泣き言を口にする葉月に対して玲の叱責が飛ぶ。かく言う彼女も休み無くメガホンマグナムの引き金を引き続けてエネミーを撃破しているものの、敵の数が減る様子は一切無かった。

 

「既に30分はここで戦っているわ、これ以上の消耗は避けないと不味いわよ!」

 

「わかってる! でも、どうすれば……!?」

 

 この先に居る魔王と言う強敵との戦いを前にして消耗するわけにはいかない。真美の言葉に対してそう言ってみたものの、光牙はこの状況をどうにかする方法を見つけ出すことは出来ずにいた。

 

(この敵を放置するわけにはいかない! ガグマたちと戦っている時に背後を突かれることは避けなければならないが、どうすれば良いんだ?)

 

 ガグマたちとの戦いに集中するためにもこのエネミーを放っておくわけにもいかない。さりとてこのまま戦い続ければじりじりと消耗していくことは目に見えている。

 

 この状況をどう打破しようかと思案を巡らせていた光牙だったが、彼が考えを纏めるよりも先に謙哉が動いた。

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

<ドラゴウイング!>

 

 カードを使用して背中から翼を生やした謙哉は宙に舞うと、そのままエネミーの上空から攻撃を開始した。ヒット&アウェイの要領で攻撃を繰り返しながら、謙哉は勇たちの方を見て叫んだ。

 

「ここは僕が引き受ける! 皆は先に進んでくれ!」

 

「謙哉っ! 流石に一人じゃ無茶だ! 俺も一緒に残る!」

 

「駄目だよ、勇の力はガグマとの戦いできっと必要になる! ここで足止めに残すわけにはいかない!」

 

 勇の申し出を断った謙哉は再びエネミーへと攻撃を繰り出すと地面に一度着地した。そして、先が見えない城の廊下目掛けて盾を構える。

 

<ドラゴブレス! サンダー!>

 

<必殺技発動! グランドサンダーブレス!>

 

「はぁぁぁ……っ!」

 

 蒼い龍の顔を模した盾の口部分が開き、雷光が集って行く。その光が最大限に高まった時、龍の息吹の様な必殺技が放たれ、謙哉の前方に居たエネミーを灰と化した。

 

「さぁ! 先へ進むんだ! ここは僕が引き受けた!」

 

「謙哉……っ!」

 

 親友が切り開いてくれた道の先を見た勇は、一度振り向いて大量のエネミーと戦い続ける謙哉へと視線を移す。このまま彼一人だけをこの場に残すことを心苦しく思っていると……

 

「何名か私と一緒に援護に残って! 皆の退却ルートを確保するわよ!」

 

「水無月、お前!?」

 

 薔薇園の生徒たちに指示を出しながら一歩前に出た玲がエネミーと戦い続ける謙哉の援護に回ったのだ。驚く勇たちに対し、玲は振り向かないまま短く答える。

 

「私も援護に残るわ。薔薇園からも何部隊かこの場で援護させる。あなたたちが戻ってくるまでの間この場を持たせるなら、これがベストじゃないかしら?」

 

「……確かにその通りだ。水無月さん、この場を任せるよ」

 

「そう言ってるでしょう、さっさと行きなさい……葉月、やよい、一緒に行けなくてごめんなさい。あなたたちの事、信じてるわよ」

 

「玲ちゃん……!」

 

「……うん、任せてよ! ガグマをささっとやっつけて、戻ってくるからさ!」

 

 光牙が、櫂が、葉月とやよいが……次々と廊下の奥へと走り去って行く。その背に続いて多くの生徒たちが先へと進む中、最後まで残っていた勇は自分たちのために足止めを買って出てくれた二人のライダー目掛けて大声で叫んだ。

 

「謙哉っ! 水無月っ! 絶対にやられるなよ! すぐに戻ってくるからな!」

 

 仲間に対する激励の言葉を言い残し、勇もまた先へと進んで行く。エントランスに取り残されたいくつかの部隊は、一箇所に固まってエネミーの攻撃を凌いでいた。

 

「水無月さん、別に君が残る必要は……」

 

「あなた一人でどうにかできる数じゃないでしょ? 大人しく人の手を借りなさいよ」

 

 玲が残る事に不安を感じている謙哉を短く叱り、その横に並び立つ。それぞれの得物を構え、迫り来る敵を睨むと、二人はお互いに声をかけた後で駆け出して行く。

 

「援護は任せたよ、水無月さんっ!」

 

「あんまり無茶するんじゃないわよ!」

 

 雷光と銃弾が飛び交う戦場の中、仲間たちを信じて時間稼ぎを行う二人のライダーは獅子奮迅の活躍で次々とエネミーを倒して行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 謙哉と玲をエントランスに残して城の内部へと突入した光牙たち一行は、そこでも激しい戦闘を続けていた。数こそ少ないものの物陰から急に飛び出してくるエネミーに驚かされながらも次々とそれを撃破して先に進んでいく。

 

<必殺技発動! バーニングスラッシュ!>

 

「おおっらぁっ!」

 

 右薙ぎに剣を一振り、続けて正面の敵二体を串刺しにする様に突きを繰り出した勇の攻撃を受けてエネミーたちが消滅する。ほっと一息ついていた勇だったが、背後から別のエネミーが飛び掛って来た事に気がついて咄嗟に剣でそれを防ごうとすると……

 

「勇さん、危ないっ!」

 

<バリア!>

 

「グガガッ!?」

 

 電子音声と共に勇の周囲に光り輝く壁が生成されたではないか。突然目の前に出現した障害物に驚いたエネミーは攻撃を取り止め、地面に着地する。そこからどうしたものかと戸惑う隙だらけのそのエネミーに向かって、勇は瞬時に駆け出した。

 

「っしゃぁっ!」

 

「グギイッ!?」

 

 勇の動きに合わせてバリアが消え、エネミーとの間にあった隔たりが消滅する。あっという間にエネミーに接近した勇が勢いのままに右のフックを繰り出してエネミーの顔面を叩くと、情けない悲鳴を上げてエネミーは数歩後ろへとよろめいた。

 

 なおも勇の攻撃は止まらない。剣の柄でエネミーの胸を突き、そのまま回転して横薙ぎに胴を切り払う。連撃を受けてグロッキー状態になったエネミーに対して、勇は止めと言わんばかりに回し蹴りを繰り出した。

 

「ゲゲェェッ!!?」

 

 クリーンヒット、側頭部を蹴り飛ばされて床に倒れたエネミーは短い悲鳴を上げると光の粒になって消滅した。勇は今度こそ周囲が安全になったことを確認した後、自分を援護してくれたマリアに感謝の言葉を述べる。

 

「サンキュな、マリア。お陰で助かったぜ」

 

「いいえ、お礼を言われることなんかしていませんよ。助け合うのは当然じゃないですか」

 

 勇の言葉に笑顔で応えるマリア。変身しているので今の勇の表情はわからないが、きっと笑顔を見せてくれているのだろうと思ったマリアは自分もまた嬉しそうに笑顔を見せる。

 

 数日前、光圀から事の真相を聞いたマリアは、その日のうちに勇に連絡を取って謝罪をしていた。翌日も朝早くに登校し、勇が教室に来てすぐに改めて自分の行動で勇を傷つけてしまった事を謝った。

 

 マリアのその謝罪に対し、勇は若干やりすぎだと苦笑しながらも何でも無いようにそれを受け止めて彼女を許してくれた。と言うより、そもそも怒っていなかったわけなのだが、ようやっとわだかまりが無くなった二人は以前と同じ様に笑い合える関係に戻ったわけである。

 

 マリアはそれが嬉しかった。意見の衝突から亀裂が入った関係を修復出来た事がとても喜ばしかった。なにより、胸の中に渦巻く不安を相談できる相手が出来た事が彼女の心を大きく安らがせてくれたのだ。

 

 光牙と対等に接し、彼に意見を物怖じせずに言える勇が居れば、万が一の事態の時も大丈夫だろう。その時は、今度こそ自分が彼の後押しをしてみせると決意しながら先へ進むマリアの耳に先頭を進む光牙の声が聞こえてきた。

 

「……あったぞ、ここだ」

 

 彼が指差す先にあったもの、それは大きな扉だった。赤黒く、血の色にも見えるその扉には豪華な装飾も施されており、扉の奥からは痛いほどに感じる威圧感が放たれていた。

 

「この先にガグマがいるのか?」

 

「おそらくだけどそうだろう。ここは城の行き止まり、雰囲気からしてここがガグマの居る部屋だ」

 

 光牙のその言葉を聞いた生徒たちの間に緊張が走る。とうとうやってきた大ボス戦を前にして緊張しない方がおかしいと言うものだろう。

 

 マリアも、真美も、櫂も……この場に居る全ての人間が少なからずプレッシャーを感じていた。しかし、光牙はそんな彼らの様子もお構い無しに扉に手を掛けると腕に力を込めてそれを開く。

 

「こ、光牙っ!?」

 

「……固まっている暇なんか無い。ここまで来たら勝つだけなんだ!」

 

 勝利への渇望と意欲を見せたその言葉にA組の生徒たちもはっとした表情を見せる。そして、各々で深呼吸をすると、光牙が開く扉の先へと視線を向けた。

 

 ゆっくり、ゆっくりと、扉が開いていく。鈍い音を立てるそれがぴたりと動きを止めた時、光牙たちは扉の先にあった玉座と、そこに座る人物を睨みつけた。

 

「……よくぞここまでやって来たな。その事を素直に褒め称えよう」

 

 ぱちぱちと手を叩いて光牙たちを称える言葉を口にするガグマ。その周囲に居た二つの影が動き、光牙たちとガグマの間へと入り込む。

 

「イージスはどこだい? あいつはボクが倒すって決めてるんだ」

 

 この場に居ない謙哉の姿を探すパルマは、そう不機嫌そうに呟くと両腕を開いて戦いの構えを見せた。彼の隣に控える黄色の魔人……クジカもまた、鋭い視線を勇へと向けながら苛立ち混じりに言葉を吐き捨てる。

 

「貴様から受けたあの屈辱と痛み、一時も忘れた事は無かったぞ……! 今日こそ借りを返してくれよう!」

 

「……どうやら、クジカは俺との一騎討ちをご所望みたいだな。んじゃ、あいつは俺に任せろ」

 

「任せたよ、龍堂くん。俺と櫂はガグマを狙う!」

 

「ってことは、アタシとやよいがパルマを相手するってわけだね!」

 

「強敵だし、玲ちゃんも居ないけど……絶対に勝ってみせます!」

 

 部屋の中には他のエネミーの姿は見当たらない。真美は後ろに控える生徒たちに背後の警戒を任せながら、何時でも光牙たちを援護できる体制を取る。良く訓練された生徒たちは各自の割り当てられた役目を果たすべく、必死になって行動していた。

 

「行くぞ……覚悟しろ、ガグマっっ!!!」 

 

「そう猛るな、急いては事を仕損じると言うだろうに」

 

 剣の切っ先を自分へと向けて叫ぶ光牙に対して、ガグマはまるでおちょくる様な口調で言葉を返した。その反応に仮面の下で怒りの表情を見せた光牙は、剣を構えると一直線にガグマへと駆け出して行く。

 

「うおぉぉぉぉぉっ!!!」

 

「……そう易々とガグマ様に挑ませると思う? ボクたちが居る事を忘れないで欲しいな!」

 

 自分たちの間を縫ってガグマの元へと向かおうとする光牙を迎撃するパルマ。手の平から光輪を飛ばし、彼を攻撃する。

 

「くっっ!?」

 

 無数に飛び交うパルマの光輪を受け、前へと進む動きを止めた光牙がそれを剣で薙ぎ払って防ごうとするも、一つや二つ叩き落した所で完璧に攻撃を防げるわけでもない。何とかして攻撃を防ぎながら前へと進もうとする彼だったが、肩と腹に飛来した光輪を受け、堪らず後ろへと後ずさってしまった。

 

「ふん……! 愚か者めが、己の力を考えてから行動するのだな!」

 

 その隙を見逃すまいと距離をつめたクジカが双剣を振り上げて光牙を攻撃する構えを取った。目にも止まらぬ早業で光牙を切り裂こうとした彼だったが、自身と標的の間に入り込んだ勇にその攻撃を受け止められてしまう。

 

「……おいおい、寂しいことすんなよ。お前の相手は俺なんだろ?」

 

「ちぃっ!」

 

 剣を振り払い、クジカの双剣を弾く勇。クジカはすぐさま右の剣で勇へと攻撃を仕掛けるも、その行動を見切っていたかの様に動いた勇は身を屈め、頭上スレスレを通るクジカの一撃を回避した。

 

「うっらぁぁっっ!!」

 

「ぐうっ!?」

 

 勇はそのまま屈めた体を跳ね上げる勢いを活かして剣での斬り上げを繰り出す。攻撃を出した後の隙を疲れたクジカは、その攻撃を防ぐことが出来ずに左肩を斬られ、痛みに呻いた。

 

「光牙、行けっ! くれぐれも慎重にな!」

 

「ああ! ありがとう!」

 

 勇の援護を受けた光牙が再びガグマへと突撃を仕掛ける。クジカが居なくなった分スペースが空き、彼の進むルートも大きく増えた。

 

「また突っ込んでくる気かい? 何度やっても同じ事さ!」

 

 己と、己の主君に対して迫り来る光牙へもう一度光輪を飛ばして攻撃を仕掛けようとするパルマ。だが、それを邪魔する様にピンク色の光弾が彼目掛けて飛んで来た。

 

「なっ!?」

 

 咄嗟にサイドステップを踏んでその攻撃をかわす。しかし、次に仕掛けられた葉月の一撃を避ける術は無く、真横一文字に胴を切り裂かれてしまった。

 

「ぐわぁぁぁっ!?」

 

「邪魔はさせないよっ!」

 

「光牙さん、今ですっ!」

 

 葉月とやよいがパルマを足止めし、作ってくれたチャンス……それをものにすべく、光牙はひた走る。その横には彼に付き従う櫂の姿もあった。

 

「光牙ぁっ! 俺が真正面を攻める、お前は……!」

 

「ああ、上から同時に攻めるぞっ!」

 

 一瞬の内に定まる攻めのパターン、何度も練習したそのフォーメーションを頭に思い浮かべながら光牙は跳ぶ。

 

「今よ! 全員、二人に補助魔法を!」

 

 ここを最大の好機と見た真美は生徒たちに能力強化のカードを使うことを指示した。攻撃力と防御力、素早さを強化する魔法が発動され、光牙と櫂に集中してその効果が注がれていく。

 

「みんな、ありがとう! ここで決めてみせるっ!」

 

<必殺技発動! ビクトリースラッシュ!>

 

 光り輝き、強い力を放つエクスカリバーを握り締め、光牙はガグマへと向かう。仲間が道を切り開き、力を託してくれた。この絶好の機会を逃す訳にはいかない。

 

「たぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

 光牙は剣の柄を強く握り締め、それをガグマ目掛けて振るう。

 

 完璧な一撃、跳躍と落下の勢いを乗せた今の自分に放てる最高の攻撃を繰り出しながらガグマへと迫る。

 

(俺は……俺はっ! 勇者になるんだっ!)

 

 父の思いに応える為に、世界を救う為に、皆の期待に応える為に……エクスカリバーに自分の全ての思いを込め、ガグマへと渾身の一撃を放つ光牙。

 

 あと1m、50cm、30、10、5……光牙は、エクスカリバーが放つ光がガグマを捉えた事を見て、そして……

 

「……がはぁっっ!?」

 

 次の瞬間、城の壁へと叩きつけられていた。

 

「……え? え?」

 

「な、なに、が……!?」

 

 ほんの一瞬、まばたき一つの間に起こったその出来事を正しく理解できる人間などここには居なかった。吹き飛ばされた光牙のすぐ隣にいた櫂ですら、何が起こったのかを理解出来ていなかったのだ。

 

 戦いを見守っていた生徒たちには、攻撃を仕掛けた光牙が消えた様にしか見えなかった。ガグマがなにか特殊な能力を使ったのでは無いかと身構えた彼らだったが、そうでは無い事をただ一人だけ理解していた男が居た。

 

(な、殴られたのか……? あの状況から、一瞬で!?)

 

 よろめき、立ち上がった光牙は、あの瞬間の事を思い返していた。ガグマに自分の必殺技が当たると思われたその時、自分はガグマに殴られて吹き飛ばされたのだ。

 

 何か特別な能力を使われたわけでは無かった。信じられないトリックがあるわけでも無かった。ただ、殴られただけだったのだ。それだけで、大幅に能力を強化され、櫂との連携で繰り出した自分の必殺技が破られたのだ。

 

「こ、光牙っ!? てめえっ!」

 

 ようやく光牙が攻撃された事を悟った櫂がガグマへと斧を振るうも、ガグマはいとも容易くその攻撃を受け止めるとまっすぐに光牙を見る。そして、とても愉快そうに笑い始めた。

 

「クカカカカカカ! やはりその程度か。あの日よりかは強くなった様だが、それでもまだまだ弱い!」

 

「ぐっ! うぅっ! ぐうっ!?」

 

 ガグマは笑いながら光牙への嘲りの言葉を口にした。片手で斧を掴み、櫂の方を一瞥もせず、ピクリとも動かないでいる。

 

「う、嘘……!? 何で? どうして!?」

 

 理解出来ない光景だった。ガグマは最大までレベルを上げ、自分たちの援護で能力を強化したはずのブレイバーの必殺技を打ち破り、力自慢のウォーリアの全力を涼しい顔で受け止めているのだ。

 

 どう考えてもおかしかった。魔王や魔人柱たちの能力値が同じレベルであっても自分たちよりも高い事は知っている。しかし、これはどう考えても差がありすぎた。

 

「が、ガグマのレベルは40の後半のはずでしょ……? どうしてこんな差があるのよ!?」

 

「ああ……そうか、やはり勘違いをしていたか」

 

「か、勘違い、だと……!?」

 

 ゾワリ、とした悪寒が光牙の体を駆け巡った。光牙だけではない、この場に居るガグマの声を聞いた生徒たち全員が同じ感覚を覚えていた。

 

 なにかとても嫌な事を告げられる予感………絶望的で、悪夢の様な何かを感じさせるその声が、不安と共に生徒たちの心を蝕んでいく。自分以外の誰もが身動きを止めたこの状況で、ガグマは悠々と自分の『能力』について語り始めた。

 

「冥土の土産に教えてやろう。わしの能力をな……」

 

「能、力……?」

 

「左様、わしの能力の名は『譲渡』。譲り渡す、と書く譲渡だ」

 

 広い王座の間の中にガグマの声だけが響く。光牙はその声を聞きながら、自分の心臓が爆発するのでは無いかと思うほどに早鐘を打っている事を感じていた。

 

「わしはレベルを10下げる事で素体を作り上げることが出来る。その素体に自身の能力を譲り渡すことも出来る。そうして出来た素体はレベル10の唯一の個体となり、育てていく事が出来るのだ」

 

「素体? 唯一の個体? ど、どういう……!?」

 

「え? あ……!? も、もしかして、その個体って……!?」

 

「そう、お前の考えた通りだ。魔人柱とは、わしが作り上げ、わしの能力を一部授かったオリジナルのエネミーなのだよ」

 

 やよいの呟きを肯定し、答えを口にするガグマ。じわじわと迫る悪寒に身を震わせながら、真美は彼にこう尋ねた。

 

「つ、つまり……あんたは、自分のレベルの能力を犠牲にして魔人柱を生み出せるって事?」

 

「正解だ、明晰な頭脳だな。お前たちは良くやったよ、なにせ魔人柱は育ちきれば精強無比の存在となる。そうなる前に倒されてしまったのでは、わしの費やした時間が無駄になってしまうと言うものだ」

 

 真美はその答えを聞いて安堵した。もしも自分たちが魔人柱たちを倒すことが遅れていれば、彼らは更なる強敵として自分たちの前に立ちはだかっていたのだろう。それを阻止出来た事は素直に喜べることであった。

 

「……だから、なんだ!? お前が魔人柱をいくら作り出しても、俺たちは何度だって倒すだけだ!」

 

 徐々にガグマのペースに巻き込まれている事を危惧した光牙が痛む体に鞭打って立ち上がり、戦いの構えを見せながら叫んだ。その頼もしい姿にA組の生徒たちの心は奮起し、ガグマへの対抗心を募らせる。しかし……

 

「クカカ……まだ分からんのか?」

 

 ガグマはただ笑うだけだった。愉快そうに、まるで簡単ななぞなぞが解けずに四苦八苦する子供を見るかの様に光牙たちへと視線を注いでいる。

 

 その視線の意味する所は何なのか? 光牙はそれを考えようとして、止めた。ごちゃごちゃ考えるのならばガグマを斬る方法を考えた方が良い。そう思い直した彼が再びガグマに挑みかかろうとした時だった。

 

「皆っ、逃げろっ! 撤退だっ!」

 

「なっ!?」

 

 勇がこの場に集まる生徒たちに大声で叫んで指示を出したのだ。リーダーである自分を差し置いて全軍の指揮を執る彼に対して苛立ちを超えた怒りを感じた光牙は、勇へと突っかかる。

 

「龍堂くん、何を言っているんだ!? まだ戦いは始まったばかりだ、なのにもう諦めるだなんて……君は何を考えているんだ!?」

 

 光牙の言葉にA組のほとんどの生徒が同意の表情を見せた。だが、そんなこともお構い無しに勇は叫び続ける。

 

「櫂っ! お前も早くガグマから離れろっ! 今の俺たちじゃ絶対にそいつには勝てないんだっ!」

 

「何言ってやがる!? 光牙の言うとおりだ、まだ戦いは始まったばかりじゃねえか!」

 

「ほぅ……そうか、そう言うか……ならば……」

 

 櫂の言葉を聞いたガグマが斧を掴む手に力を込めた。瞬間、グレートアクスは黒い炎に包まれて消滅してしまう。

 

「引き際を見失ったのだ。その覚悟に殉じるつもりはあるのだろう?」

 

「っっ!?」

 

 ぞっとするほど冷たい声だった。それを耳にした櫂が固まっていると、体を叩く強い衝撃と共に大きく吹き飛ばされてしまう。方向は光牙たちと反対の方向、入り口から最も離れた位置だ。

 

「あ……がっ……!?」

 

「櫂ーーーっ!」

 

 倒れ、あまりの衝撃に立ち上がることすら出来ない櫂を勇が助けに向かおうとする。しかし、パルマとクジカの妨害に遭い、彼に近づくことは叶わなかった。

 

「くそっ! 除けよっ!」

 

「……話の続きをしよう。わしの能力が魔人柱を作り出すことだと言うことは話したな。では、もしもわしが作り出した魔人柱が死んだ場合、どうなると思う?」

 

「あっ……!?」

 

 その言葉を聞いた真美が何かに気が付くと愕然とした表情を浮かべて小刻みに震え始めた。顔は青ざめ、瞳には涙が浮かんでいる。気丈な彼女をここまで追い込む事実が存在する事を悟った光牙は、そこでようやくガグマの能力が自分の想像を超えていることに気が付いた。

 

「……答えを教えよう。その魔人柱を生み出すために使ったレベルと能力がわしの元に戻ってくる、だ。さて、ここまで言えばわかったのではないか?」

 

「え……!? あっ……!」

 

 はたと気が付く。恐ろしい考えが思い浮かぶ。絶対にあって欲しくない、だが、全ての事実がこの考えが正しい事を物語っている。

 

 ガグマは魔人柱を生み出す為にレベルを10必要とする。つまり、強欲以外の6つの罪の名を背負った魔人柱を生み出すには60ものレベルを下げる事が必要になるのだ。

 

 自分たちがガグマと初遭遇した時、ガグマはミギー、マリアン、クジカ、パルマの4体の魔人柱を従えていた。光牙たちが倒したドーマと存在が確認されて居ない憤怒の魔人柱を除いたとしても、その時点で40レベルは本来のレベルから下がっていた事になるのだ。

 

 その時点で40後半、つまり、ゆうに光牙たちが考えていた最大レベルである50を超える事になる。その事実に気が付き、青ざめていく生徒たちを目にしたガグマは再び愉快そうに笑った。

 

「クカカカカ! もう一つサービスだ。お前たちと初めて会った時、わしは憤怒の魔人柱の素体も完成させていた。その時点でのレベルは49……さあ、ここから導きだされる答えはなんだ?」

 

 単純な計算、49+五体の魔人柱を生み出すのに必要なレベル=50……つまり、ガグマの本来のレベルは……

 

「レベル……99?」

 

「正解、良く出来たな。褒美にわしの真の名を教えてやろう……はぁぁぁぁぁぁぁ……!」

 

 空気が震える。地面が揺らぐ。ガグマが力を滾らせるだけで周囲に大きな影響を与えると言うことに身震いしながら、光牙はガグマの姿を見続ける。

 

 灰色のガグマの体が徐々に黒ずみ始める。まるで人の罪を顕現させたかの様な深い黒の色、闇の色と言っても過言では無いその体表の上に纏う黄金の鎧には、新たに紫、赤、そして青の宝玉が出現して鈍く輝き始めた。

 

「……これで半分と言った所か。さて、改めて名乗らせて貰おう」

 

 装いと姿を新たにしたガグマが光牙たちへと向き直る。その圧倒的な威圧感を前に、生徒たちの中には呼吸が困難になる者も居た。

 

「我が名は『大罪魔王 ガグマ』、現在のレベルは69である……さて、挨拶は終わりだ。戦いを再開しよう」

 

「えっ……!?」

 

 戦いを再開する……そう口にしながら、ガグマは光牙たちに背を向けた。およそ戦うつもりがあるとは思えない彼の行動に驚く光牙だったが……その先を見て血相を変えた。

 

「あ、ぐ……っ!」

 

 自分たちの視線の先、ガグマが見ている方向…………そこには櫂が居た。傷つき、倒れ、立ち上がることも出来ずに呻く櫂の姿を見た瞬間、光牙はガグマが彼に止めを刺そうとしている事に気が付き、叫んだ。

 

「や、止めろぉぉぉぉっ!」

 

 ガグマを止めようと駆け出す。しかし、傷ついた体は言うことを聞いてくれず数歩走った所で倒れてしまった。

 

「に、逃げろ! 逃げるんだ、櫂っ!」

 

 なんとか時間を稼ぐ様に親友に叫ぶ光牙。しかし、櫂も限界の様で、立ち上がる事で精一杯だった。

 

「まず一人目だ。わしの手で倒されることを光栄に思え」

 

「あ……あ……!」

 

 黒い炎がガグマの手に集まっていく。それが炎なのか、それとも闇なのか、遠目には判断がつかない。唯一つ分かっている事は、それが今まで見たどんな必殺技よりも強大な威力を秘めている事だった。

 

<必殺技発動 セブンス・シン>

 

「ぬぅぅぅぅぅん……っ!」

 

「あ、ああ……うわぁぁぁぁぁっ!」

 

 いつもより低く響く電子音声をバックにガグマの手から必殺技が放たれる。黒く渦巻くそれが櫂へと向かう光景が、光牙にはスローモーションに見えた。

 

 どうしようも無かった。全てが遠すぎた。距離も、実力の差も、全てがかけ離れていた。そしてなにより、彼らは判断を誤った。故に、この悲劇は起きた。

 

 後悔と絶望を感じながらその光景を見守っていた生徒たちの前で、ガグマの放った必殺技は櫂へとぶち当たり、そして……

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

「か、櫂ぃぃぃぃぃぃぃっっ!!!」

 

 悲鳴と爆発、黒い炎が巻き起こした衝撃波が部屋の中を包む。変身していない生徒たちの中には、その衝撃波だけで吹き飛び、壁に叩きつけられて気を失う者まで居た。

 

「か、櫂っ! 櫂ぃぃっ!」

 

 光牙は待った。煙が晴れ、櫂の様子が伺える様になる時を待った。どうか櫂が生きていてくれる様にと心の底から願った。

 

 ゆっくり、ゆっくりと煙が晴れていく。視界を取り戻した光牙たちはすぐさま櫂の居た場所を見て、そして、愕然とした。

 

「か、い……?」

 

 そこには誰も居なかった。ただ一つ、櫂の着けていたギアドライバーだけが転がっていた。その光景を見た光牙の口から呆然とした呟きが漏れる。

 

「い、いや……いやぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 やよいの叫びが木霊する。真美が膝から崩れ落ちる。葉月の手からは剣が取り落とされ、誰もが悪夢を見ているかの様に呆然と立ち尽くしていた。

 

「ク、ククク……クハハハハハハハ!」

 

 絶望と悪夢で染め上げられた部屋の中、ガグマはひたすらに笑い続けた。至極愉快そうに笑って、自分の勝利を喜び続けた。

 

 全ての音がその笑い声でかき消される。だが、生徒たちは確かに聞いた。櫂のゲームギアから鳴り響く、短いたった一つのアナウンスの言葉を……

 

<GAME OVER> 

 

 



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悲劇の訪れ(前編)

<必殺技発動! レーザーレイン!>

 

「ラストナンバーよ! 吹き飛びなさい!」

 

 上向きに構えられたメガホンマグナムの銃口から無数の光線が放たれる。一度天井スレスレまで上昇したその光線はそこで方向を変えると雨の様にエネミーの頭上へと降り注いで行った。

 

「ギャガァッ!」

 

「グギャァァァッ!!?」

 

 10、20と次々に玲の放った必殺技を受けて光の粒へと還って行くエネミーたち、最初の頃から比べると大分数が減った様にも思えるが、同時にこの場で戦い続けている生徒たちの体力も限界に近づいていた。

 

「グルルルガァッ!」

 

「くっ……! いい加減に消えなさいよ!」

 

 もう既に何十体ものエネミーを倒しているが未だに終わりが見えてこない。それでもめげずに引き金を引き続ける玲だったが、一瞬の隙を突かれて接近を許したエネミーに右手を弾かれてメガホンマグナムを取りこぼしてしまう。

 

「しまっ……!?」

 

「ガァァァァッ!!!」

 

 武器を落とした玲を見たエネミーたちは今が好機と言わんばかりに彼女に攻めかかって来た。銃を拾うことを諦めた玲はすぐ近くにいたエネミーに肘打ちを繰り出して距離を取るも、その後ろから迫っていたエネミーに掴まれて押し倒されてしまう。

 

「ぐあっ……」

 

「ギギギギギィィッ!」

 

 床に倒れた玲の下に集うエネミーたちは彼女にトドメを刺そうと牙と爪を光らせて迫りくる。玲は何とか体勢を立て直そうするも、元々のパワーが低い自分のステータスに加えて疲労が溜まった体ではエネミーの腕を払いのけることが出来ないでいた。

 

「ぐっ……うぅっ……!」

 

 必死になって目の前に迫るエネミーの爪を掴んで押し返そうとする。しかし、じりじりとその距離を詰められ、更に二体のエネミーが彼女目掛けて大きく腕を振りかぶって攻撃を繰り出そうとして来た。

 

「くっ……!」

 

 もう駄目だと思った。目を瞑って襲い来るであろう痛みに耐えようとする玲。エネミーたちは身動き出来ない彼女目掛けて容赦の無い一撃を放つ。

 

 鋭い爪での一閃、装甲が薄いディーヴァγがその一撃を受ければ重傷は免れないだろう。エネミーたちは自分たちの勝利を確信しながら玲に攻撃を仕掛ける。

 

 しかし……

 

<RISE UP! ALL DRAGON!>

 

「てぇぇやぁぁっ!」

 

 三体並んだエネミーの腹部を切り裂く三本の光。自分たちの持つそれよりも鋭く大きな爪での攻撃を受けたエネミーたちはHPを0にして瞬時に消滅した。

 

「水無月さんっ! 大丈夫っ!?」

 

「ええ、助かったわ!」

 

 ギリギリの所を謙哉に救って貰った玲は彼に礼を言いながら取り落とした武器を拾って残る敵へと銃口を向けた。扇状に広がって自分たちを取り囲むエネミーたちを睨みながら玲が攻撃を仕掛けようとすると、謙哉が腕を伸ばしてその行動を止めながら言った。

 

「もう十分だ、後は僕がカタをつける!」

 

 <テイル! フルバースト!>

 

 電子音声が響くと同時に謙哉の腰から生えた巨大な龍の尾に雷光が奔り、力強く光を放ち始めた。

 

 謙哉がその場で半回転し最大まで力を発揮した尾をエネミー目掛けて振るうと、龍の尾はグンとリーチを伸ばして数十体のエネミーを一気に薙ぎ払う大きさへと変貌した。

 

<必殺技発動! タイラントスイング!>

 

 巨大化した尾がエネミーたちを次々と薙ぎ倒して行く。尾に弾かれて吹き飛ばされる者、放たれる雷光に身を焼かれる者、倒れた仲間に巻き込まれて押し潰される者……阿鼻叫喚と言えるエネミーたちの惨状は、謙哉が回転を終えた時には彼らの全滅と言う結末と共に収まっていた。

 

「……制圧完了、だよね?」

 

「そうみたいね。……まったく、何時見ても恐ろしい威力よね、それ」

 

 エントランスに居たエネミーたちを全滅させた事を確認した謙哉と玲は一度大きく息を吐くと変身を解除した。この場に残ってくれた生徒たちが全員無事であるかどうかを確かめながら荒れた息を整える。

 

「どうやら行動に支障が出る怪我を負った人は居ないみたいね。一度体勢を立て直したらすぐに白峯たちの後を追いましょう」

 

 疲労はあるが思ったよりも少ない被害状況に安堵の笑みを見せながら玲が謙哉へと声をかける。先に向かった仲間たちの事を心配している彼ならばすぐに反応を返すだろうと思っていた玲だったが、なかなか謙哉からの返事が無い事を訝しがり、彼の居る方向を見る。

 

「謙哉……?」

 

「っっ……!」

 

 その場に片膝を付き、胸を押さえている彼の様子に違和感を覚えた玲は謙哉の名を呼んで問題が無いかを尋ねようとした。だが、それよりも早く振り返った謙哉は申し訳無さそうに頭を掻きながらいつもと変わらぬ笑みを浮かべて玲へと謝罪の言葉を口にした。

 

「ごめんごめん、ちょっと疲れちゃってさ。息を整えてたせいで話をちゃんと聞いて無かったや」

 

「……そう、ならもう少しだけ休んでから先へ進みましょうか」

 

 いつもと変わらない謙哉の様子を目にした玲は、先ほど自分の感じた違和感をただの杞憂だと思って頭から削除した。自分もまたここでの激しい戦いで大分体力を消耗した事もあり、謙哉の言葉をすんなりと信じたのである。

 

「そうだね、急ぎたくもあるけど、このまますぐに進んでもへろへろのままだしね。少し休憩を取ってから先に進んだほうが……」

 

 玲の言葉に同意を示す謙哉がそう口にした時だった。城の奥から凄まじい振動と衝撃音が響いて来たのだ。咄嗟に腕を交差してその衝撃に耐えた二人は、しばらく後に静寂を取り戻したエントランスの中でお互いに顔を見合わせる。 

 

「今の、もしかしてガグマと戦ってるメンバーに何かあったんじゃ……!?」

 

「どうやら、休んでる暇は無さそうだね」

 

 短い会話の後で二人は駆け出す。先に進んだ仲間たちの無事を祈りながら、謙哉と玲は長く続く廊下をひたすらに走り続けて行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁっ! わぁぁぁぁぁっ!」

 

 王座の間に光牙の叫び声が響く。まるで子供の様に喚きながら剣を振り回し、憎きガグマたちへと斬りかかって行く。

 

「ふん……!」

 

 しかし、ガグマたちはそんな無茶苦茶な攻撃が通じる相手では無かった。あっさりとクジカに蹴り飛ばされた光牙は変身を解除され、ごろごろと床を転がると真美たちの元へと追い返されてしまう。

 

「あ、あぁぁぁぁっ!!!」

 

 だが、それでも光牙は無謀な突撃を止めようとはしなかった。目の前で親友を手にかけたガグマへの怒りのままに動き、相手を倒そうとしているのだ。

 

 そんな彼の姿を見ていられないとばかりに勇が後ろから光牙を抑えてその行動を止めさせようとする。勇は必死になって叫びながら、光牙に冷静さを取り戻させようとしていた。

 

「光牙、落ち着け! 落ち着くんだっ! このまま戦っても犠牲者が増えるだけだ! 何とかして撤退するんだよ!」

 

「うるさい! 黙れぇぇぇっ!!!」

 

「こ、光牙っ!?」

 

 半狂乱になって叫びながら勇の手から逃れようとする光牙の様子に真美が困惑した声を上げた。A組やこの場に居る生徒たちが動揺している姿を尻目に光牙は大声で叫び続ける。

 

「櫂の仇を取るんだよぉっ! あいつを……ガグマを倒すんだぁっ!」

 

「無茶だ光牙! 頼むから落ち着いてくれ! お前が冷静にならないと全部が終わっちまうんだ!」

 

「俺は冷静だっ! だから戦おうとしているんじゃないか! ガグマを倒すんだ、勇者として、あいつを倒すんだっ!」

 

 じたばたと暴れまわる光牙を必死になって抑える勇はなんとか残っている仲間たちを助けようと必死になって考えを巡らせている。だが、光牙はそんな勇や周りの状況などお構い無しに叫び続けていた。

 

「そうさ、勇者は諦めないんだ……! どんな逆境でも、危機的状況でも、諦めずにそれを乗り越えるんだ……! この絶望的状況を乗り越えてこその勇者なんだよ!」

 

 自分の中の勇者像を思い浮かべ、この危機的状況の中でも必死に心が折れぬ様に自分を励ます光牙。しかし、傍から見ればその行動は狂ってしまった人間のものにしか見えなかった。

 

「頼む……! 頼む、光牙……っ! お前が皆を引っ張らないと全滅だってありえるんだ。櫂がやられて仇を討ちたいって気持ちもわかる。でも、ここは皆のために堪えてくれ!」

 

「なるんだ……! 俺はなるんだ、勇者になるんだ……!」

 

 勇の必死の説得も光牙の耳に届かない。彼に代わって指揮を執るべきであろう真美も櫂を失った事と錯乱した光牙の姿を見た事で冷静さを失っており、とてもそんな事が出来る状況ではなかった。

 

「……ねえ、そんな隙だらけで良いわけ? まだ戦いは続いてるんだよ?」

 

「あっ!?」

 

 長らく動揺し、何の行動も取れないでいたメンバーたちに向かってパルマが呆れた様な口ぶりで注意を促しながら攻撃の構えを取る。彼の両手が開き、周囲にいくつもの光輪が出現した事を見て取った真美だったが、防御行動を指示するにはあまりにも遅すぎた。

 

<必殺技発動! パトリオット・リング!>

 

「み、皆っ! 逃げてっ!」

 

 パルマの元から飛来する無数の光輪。鋭い切れ味を誇るカッターとなって生徒たちを襲うその攻撃から皆を守ろうと葉月とやよいが立ちはだかる。

 

 ロックビートソードで光輪を切り裂き、プリティパイクバトンで打ち落とす。必死になって攻撃を防ごうとする二人だったが、それは無理な話であった。

 

「あっ!? きゃぁぁぁっ!!!」

 

 やよいが打ち漏らした一つの光輪が彼女の脚に当たり、その痛みで床に膝をついた彼女に向かっていくつもの光輪が殺到する。防御行動もままならずに光輪を体に受け続けた彼女は、パルマの攻撃が止むと同時に装甲から火花を舞い散らせながら後ろに倒れこんだ。

 

「やよいぃぃぃぃっっ!!!」

 

「人の心配をしている暇があるのか?」

 

「あっ!?」

 

 親友が倒れる姿を見た葉月が急いで彼女の元へと駆け寄ろうとする。しかし、それを許すまいと動いたクジカが彼女の前に立ちはだかると、両手に持った双剣を光らせて鋭い斬撃を見舞った。

 

<必殺技発動! プライドスラッシュ!>

 

「うわぁぁぁぁぁぁっっ!」

 

 左肩から右腰へと斬り抜ける鋭い一撃を受けた葉月の悲鳴が木霊する。十分にダメージを与えたと言うのにも関わらず、クジカは追い討ちと言わんばかりに葉月の脇腹に回し蹴りを浴びせると彼女を大きく吹き飛ばした。

 

「あ……あ……」

 

「う、あ……」

 

<GAME OVER>

 

 ほとんど同じ場所に倒れた二人は小さく呻いた後で気を失って動かなくなった。櫂に続いて葉月とやよいが敗れた姿を見た生徒たちに恐怖が伝染し、恐慌が始まる。

 

「ど、どうすればいいんだよ!?」

 

「レベル99なんて相手になるわけが無い!」

 

「に、逃げるの!? でも、どうやって!?」

 

 指揮を執る者も居ない。はっきりとした作戦も無い。完全に行動の指針を見失った生徒たちは恐れおののきながらどうすれば良いかと喚き散らしている。

 

 答えが出るわけも無いその叫びと恐慌の姿を愉快そうに見ながら笑うガグマの姿が生徒たちの不安と恐怖に拍車をかけた。完全に戦意を失った彼らはただ泣き叫ぶだけの集団と化してしまっている。このままでは全滅を待つばかりだと判断した勇は、なんとかしてリーダーである光牙に冷静さを取り戻して貰おうと必死になっていた。

 

「光牙っ! 今の俺たちじゃあガグマには敵わないんだ! 退くんだよ! そうしなきゃ全滅しちまうんだ!」

 

「諦めるんじゃない! なんとしてでも勝つんだ! どんな犠牲を出したって勝つんだよ! それが勇者なんだ! それが、俺の取るべき……ぐっ!?」

 

 叫び、喚く光牙の声がそこで途切れた。同時に乾いた音が鳴り響く。必死の叫びを中断させられた光牙は、信じられないと言った表情で顔を前へと向けていく。

 

「な、なんで……? どうして? マリア……!?」

 

「……勇さんの言う事に従ってください、光牙さん」

 

 肩を震わせ、目に涙を浮かべながら光牙の頬を叩いたままの姿勢でマリアはそう告げた。彼女に張られたと言う事実を認識しきれない光牙の耳に続けてマリアの声が届く。

 

「このまま戦っても皆が死んでしまう……ここは退かなきゃいけないんです。戦いを続けるというあなたの判断は、間違っています!」

 

「……ぇ?」

 

 声にならない声が光牙の口から漏れた。マリアの言葉を聞いた瞬間、光牙は自分の足元の地面が音を立てて崩れていく感覚を覚えていた。

 

 自分が絶対の信頼を置いていた彼女が、密かな思いを寄せていた彼女が、自分の事を理解してくれていると思った彼女が……自分を間違っていると言った。自分ではなく、龍堂勇の方が正しいと言った。

 

「まち、がっている……? おれ、が……?」

 

 全てが受け入れられなかった。魔王との戦いに敗北した事も、櫂を失ったことも、マリアに自分を否定されたことも、光牙は全てを受け入れることが出来ないでいた。

 

 だが、そんな彼を放っておいて、マリアは次々に指示を飛ばす。彼女はこの状況を何とかしようと努力する勇の為に必死になって自分の出来る事をしようとしていた。

 

「真美さん、皆さんに撤退の指示を出して下さい! 負傷者をフォローしつつ、戦場からの離脱を最優先で行いましょう!」

 

「え、ええ……わかったわ」

 

「防御チームは盾を展開して少しでも時間稼ぎを! 私たちが踏ん張れた分だけ皆が助かる可能性が上がります! 奮起して下さい!」

 

 自分の率いるチームに指示を出しつつ、自分もバリアのカードを使用して攻撃を防ぐ構えを見せるマリア。真美はその隙に葉月たち負傷者を助け出して生徒たちに指示を飛ばす。

 

「皆、マリアたちの後ろへ! 何とか隙を見つけてここから脱出するわよ!」

 

 撤退命令、実質的な敗北を意味するその命令だが、それでもこれ以上の犠牲を出さない為のこの場における最上の策でもあった。ようやく指揮官からの命令が下ったことで少しだけ冷静さを取り戻した生徒たちは、真美の言葉に従って各自行動を起こす。

 

「ば、バリアを一枚でも多く展開しろ! 攻撃を防ぐんだ!」

 

「逃げる為に使えるカードって何かない!?」

 

「負傷者の治療は!? 何を優先すべきなんだ!?」

 

 まだ恐慌は続いているものの何か行動を起こす為に前を向き始めた生徒たち。だが、そんな彼らの希望を摘み取る様にガグマが攻撃を仕掛ける。

 

「脆い壁だな、まるで薄氷の様だ」

 

 手から放たれる黒い炎、それがマリアたち防衛チームの作り出していたバリアをただ一撃で打ち砕く。自分たちの中でも特に防御に秀でているはずのメンバーの盾がまるで歯が立たないことを見た生徒たちは、絶望と共に再び恐怖に支配されてしまった。

 

「だ、だめだ! あんな攻撃、防ぎようが無い!」

 

「も、もうお終いだぁっ!」

 

「皆! 諦めないで! 諦めちゃ駄目よっ!」

 

 真美の励ましの声も彼らの心には届かない。こうやって全員を鼓舞する真美ですら本当は心が折れかけているのだから当然ではあるものの、生徒たちはガグマとの圧倒的な実力差に萎縮し、どう行動すべきかもわからないまま震えるばかりだ。

 

「……ふん、残るは羽虫ばかりか……興が失せた、お前たちで蹂躙してやれ」

 

「「はっ!」」

 

 そんな彼らを先ほどまでの愉快そうな表情から一変した退屈そうな目で見たガグマが両隣に控えるクジカとパルマに殲滅の指示を出す。その言葉に従って一歩、また一歩と生徒たちに近づく二体の魔人柱の前に勇が立ちはだかった。

 

「……待てよ。まだ俺が残ってるぜ」

 

「ふっ……たった一人で我らに挑むか。無謀な男よ……!」

 

「まあ、そうせざるを得ない今の君の状況には哀れみを感じるけどね」

 

 最後の仮面ライダーになってしまった勇は、この絶望的な状況でも何とか皆を生還させようと必死になっていた。しかし、今のままではどうあがいても勝ち目どころか自分の命すら守れないということも同時に理解していた。

 

(どうする? どうすれば良い!?)

 

 背中を伝う冷や汗が止まらない。先ほど見た櫂が敗れる姿が脳裏にフラッシュバックし、死のイメージをまざまざと自分に植え付けている。

 

 ガグマ、パルマ、そしてクジカ。その三体の強敵を抑えつつこの場を脱する方法を考えていた勇だったが、魔人柱たちはそんな暇を与えないとばかりに勇に攻撃を仕掛けてきた。

 

「お前を倒し、最後の希望を摘み取ってくれよう!」

 

「ぐっ!?」

 

 双剣を構えて接近してきたクジカを迎え撃つ。右の剣が繰り出す横凪ぎの一撃を回避し、左の突きをぎりぎりで受け止める。数歩後ろに押された勇は顔を上げると、二本の剣を振りかぶって上段斬りを繰り出してきたクジカの一撃を何とか受け止めた。

 

「ぐ、うぅぅ……っ!」

 

「やるな! しかし、その必死の抵抗がいつまで持つ?」

 

 じりじりとクジカのパワーに押されていく勇。どれだけ腕に力を込めても双剣を払いのけることが出来ないでいる。なんとかクジカの攻撃を凌ぐことで精一杯の勇は歯を食いしばって踏ん張るも、無慈悲にももう一人の魔人柱がその隙を見逃すはずも無かった。

 

<必殺技発動 ギロチンソーサー>

 

「さて、これで終わりにしてあげよう」

 

 頭上に掲げられたパルマの右手から巨大な光輪が生成されていく。刺々しいそれが回転ノコギリの様に高速で回転しながら空を裂く音を耳にした勇は仮面の下で顔色を青くした。

 

「パルマ! 貴様、我の戦いに水を注すつもりか!?」

 

「うるさいなぁ……お前の戦いなんて僕には関係無いんだよ。あるのはさっさと邪魔者を駆除したいって思いだけさ」

 

 そう面倒臭そうに言ったパルマが右腕を振り、巨大な光の輪を勇目掛けて発射した。クジカとの鍔迫り合いで精一杯の勇にそれを防ぐ術は無く、ただ見ていることしか出来ない。

 

「さあ! 真っ二つになりなよ!」

 

「勇さんっ!」

 

 パルマとマリアの声が響く。自分目掛けて飛来する光輪をどうすることも出来ずにいた勇が覚悟を決めたその時だった。

 

<ファング! クロー! ブレス! ウイング! テイル! フルバースト!>

 

<必殺技発動! オールドラゴン・レイジバースト!>

 

 電子音声が鳴り響くと共に部屋の入り口である巨大な扉が音を立てて吹き飛んだ。そこから飛び出して来た青い影が猛スピードで光の輪に突っ込むと、一瞬のぶつかり合いの後でそれを打ち砕いてなおも前進していく。

 

「はぁぁぁぁっっ!」

 

「何っ!? ぐわぁぁぁぁっ!!?」

 

 自分の必殺技を打ち破りながら突如乱入して来た宿敵の姿に動揺を隠せないでいたパルマは、謙哉の放った強烈な飛び蹴りを受けて後ろに大きく吹き飛ばされた。すぐさま体勢を立て直した彼だったが、同時に乱入して来たもう一人の仮面ライダーが必殺技を発動している姿を見て表情を強張らせた。

 

<必殺技発動! パイレーツカーニバル!>

 

「遠慮はしない! 全部、持って行きなさいっ!」

 

 玲の背後に浮かび上がった巨大な砲台から、それに相応しい大きさの砲弾が次々と発射されていく。狙いは無茶苦茶だが着弾地点に巻き起こる爆発と威力はかなりのものだと見て取った魔人柱たちは、その爆風から主を守るために攻撃を一度中止してガグマの元に集うと剣と光輪で防御の構えを取った。

 

「まだだ! こいつも、食らえぇぇっ!!!」

 

「ここがチャンスだ! 押し込むしかねえっ!」

 

<必殺技発動! グランドサンダーブレス!>

 

<必殺技発動! ディスティニーブレイク!>

 

 玲の必殺技に合わせて勇と謙哉も必殺技を発動した。空中に浮かぶ謙哉は雷光を頭部と両腕から放ち、ガグマたちの真正面にいる勇はディスティニーソードから斬撃型のエネルギー波を放って攻撃を仕掛ける。

 

「ぬ、おぉぉぉぉっっ!!?」

 

「この……小癪な真似を……っ!」

 

 三つの必殺技が巻き起こす強大な衝撃、それは魔人柱すらも身動き出来なくするほどの威力を誇っていた。ギリギリと歯を食いしばりながら衝撃を抑えるクジカとパルマだったが、背後に控えるガグマが見ていられないと言った様子で立ち上がると腕を振るう。

 

「ふんっ……!」

 

 瞬間、巻き起こっていた爆発と衝撃が一瞬の内に消え、部屋の中には静寂が戻った。自分たちが苦戦していた攻撃をあっという間に打ち消したガグマの強さに恐ろしさすら感じるクジカとパルマは、そのガグマが小刻みに震えながら笑い始めた姿を見てゾクリと恐怖に体を震わせた。

 

「……やるな、仮面ライダー」

 

「あっ……!!」

 

 振り返り、先ほどまで大量の生徒がいたはずの場所を見たパルマは驚きの声を上げた。そこにはもう誰もいなかったのだ。自分たちが今の攻撃を防いでいた隙に敵がまんまと逃げ出したことを悟った彼は怒りで拳を震わせる。

 

「この……僕たちをこけにしやがって……!」

 

「いかがしますか、ガグマ様」

 

「無論、追撃だ。お前たちがエネミーを率いて奴らを追え。二度とわしに逆らおうなどと思えんほどに完膚なきまでに叩いて来い」

 

「はっ!」

 

 ガグマの命を受けた二体は影となって姿を消した。一人残ったガグマは玉座に座るとにんまりと笑いながら言う。

 

「……さあ、どうする仮面ライダー? お前たちはこの危機を乗り越えられるかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆、大丈夫か?!」

 

「なんとか……葉月さんたちも命に別状は無いみたいです」

 

「そうか、良かった……!」

 

 ガグマの城から脱出した勇たちは、近くにあった町で一時の休息を取っていた。間違いなくガグマたちからの追撃が来るとは思っていたが、心身ともに疲弊した生徒たちを無理に進ませるよりも一度どこかで落ち着いた方が良いと判断したのだ。

 

「危ないところだったね。まさか、勇たちがあそこまで追い詰められるなんて……」

 

「ああ、二人が来てくれて助かったぜ」

 

 危ない所を救ってくれた謙哉と玲に感謝の言葉を述べる勇。その言葉に葉月とやよいを診ていた玲が振り返ると、何かに気がついて彼に質問を投げかけた。

 

「……ねえ、城田の姿が見えないんだけれど……」

 

「っっ……!!!」

 

 櫂の名前を聞いた勇の表情が曇る。彼のその表情を見た玲は何かを察した様に俯き、謙哉は信じられないと言った表情を浮かべた。

 

「そ、そんな!? まさか、そんなことって……!?」

 

「……ガグマの必殺技を受けて、消えた。死んだのかどうかはわからないが、ガグマにやられたのは確かだ」

 

「……そう、だったの……ごめんなさい、答えにくい質問をしてしまったわね」

 

「いや、良いんだ。それよりも今はこの窮地をどう脱するかだ」

 

「そうだね……ガグマたちは間違いなく僕たちを追ってくるだろうし、負傷者を抱えたままじゃ撤退のスピードも速くは……ぐっ!?」

 

 勇の言を受け、撤退について話をしていた謙哉の表情が苦しそうに歪む。突然言葉を切った彼は、左胸を抑えるとその場に蹲ってしまった。

 

「謙哉、どうしたんだ!? まさかさっきの戦いでどこか怪我を……!?」

 

「だ、大丈夫だよ。ちょっと息苦しくなっただけだから……」

 

「んなわけあるかよ! どう考えてもおかしいだろ!」

 

 苦しそうな表情を浮かべる彼の様子に違和感を感じた勇が大声で叫ぶ。強がる謙哉だったが、その顔色は悪く、蒼白になっていた。

 

「……あなた、オールドラゴンを使いすぎたんでしょ? 大文字と戦った時だって、バテバテになってたじゃない」

 

「そ、そうなのか? 謙哉?」

 

「あ、あはは……ごめん、短期間の二回連続発動で、大分体力を持ってかれちゃったみたいだ」

 

 かつて見た光景から謙哉の不調の原因を言い当てる玲。謙哉もその言葉に同意するも、わずかにその答えは間違っていた。

 

 体力の消耗だけでは無い、ガグマと言う強敵から与えられたプレッシャーやこの状況の緊張感、そして連続してオールドラゴンの必殺技を使ったことによって、謙哉の体には彼が思っている以上の負担がかかっていたのだ。

 

 今まで感じたことの無い痛みに耐えながら何とか笑顔を作る謙哉。これ以上、仲間たちに心配事を増やして欲しくないと言う彼の気遣いゆえの行動だったのだが、彼もまた自分の限界が近いことをその痛みから察することは出来ていた。

 

「……謙哉、お前はもうこれ以上戦うな。危険すぎる」

 

「何言ってるのさ!? 残っている戦力は僕と勇と水無月さんだけなんだよ! ここで僕が抜けたら、それこそ……ぐうっ!?」

 

 無理を押して戦おうとする謙哉だったが、もう彼にその力が残されていないことは誰の目に見ても明らかだった。勇は玲と目を合わせ、彼を戦いから外す事を決める。

 

「とにかくお前は戦うな。お前が倒れたりなんかしたら、それこそ何の意味もねえんだ」

 

「でも! ……だったらどうするって言うのさ? 残された戦力をフル活用しないことには、このピンチを切り抜けられないよ!」

 

「……方法ならあるぜ。一つだけな」

 

 勇は謙哉の目を見ながらそう言うと、生徒たちの様子を見ていた真美を呼び寄せた。そして、自分の考えた作戦を全員に告げる。

 

「龍堂、どうするつもり? どう足掻いたって追撃をかわすことは困難よ」

 

「ああ……だから、その追撃を食い止める役目を引き受ける人間が必要だ。そいつが敵を抑えている間に撤退を進めるんだ」

 

「捨て駒を作る、ってこと?」

 

「そんな!? それじゃあ残った人は助からないじゃあないか!」

 

「そうじゃねえよ、あのな……」

 

 勇が作戦の詳しい内容を説明しようとこの周囲の地図を広げる。すると、彼の腕に取り付けられていたゲームギアに通信が入り、画面に天空橋の姿が映し出された。

 

『勇さん、頼まれていたものの計測が終わりました。……本当にやるつもりなんですか?』

 

「ああ、皆で生きて帰るにはもうこれしかねえ。頼むぜ、オッサン」

 

『………』

 

 無言のまま俯く天空橋は勇の広げた地図に幾つかの記号を表示させた。それを見せながら、彼はこの場にいるメンバーに勇の考えを説明する。

 

『……この先にある町で防衛線を張り、そこで追ってくる敵を迎え撃ちます。間違いなく敵の通り道になり、出来る限り狭く、内部が混雑した場所と言うことでこの場所をピックアップしました』

 

「つまり……ゲリラ戦がしやすい場所を選んだってこと?」

 

 真美の言葉に勇が頷く。少数の人間が多数の敵と戦う、ましてや撤退戦をするのならば方法はこれしかない。

 

 物陰に隠れて敵を奇襲し、一度に大勢を相手にしない様に狭い場所で戦う。内部が混雑していれば敵は相手を見失いやすく、それ故に奇襲が何度も行えるようになる。このゲリラ戦法で時間を稼ぎ、相手の進軍を遅くしようと言うのが勇の立てた作戦であった。

 

「……確かにこれなら私と龍堂だけでも十分に時間を稼げるかもしれないわね……やってみる価値はあるかもしれないわ」

 

 そう言いながら勇の顔を見る玲。しかし、勇はそんな彼女の目を見るとゆっくりと首を振った。

 

「いいや、お前は皆と一緒に撤退してくれ。この場所には俺が一人で残る」

 

「!?」

 

 勇のその言葉を聞いた全員が目を見開いて驚きの表情を浮かべた。たった一人でガグマの軍勢を迎え撃つという自殺行為としか思えない行動を起こそうとしている勇に対して、謙哉が体の痛みを堪えながら掴みかかる。

 

「何を言ってるんだよ!? 一人で敵を迎え撃つなんて無茶だ!」

 

「そうよ、虎牙の言うとおりよ! 相手には魔人柱がいるだろうし、もしかしたらガグマが出張ってくる可能性だってあるのよ!」

 

「かもな。でも、水無月を残すわけにはいかねえよ。俺と水無月がいなくなったら、もしもの時に誰が本隊を守るんだ?」

 

「そんなの! 僕が多少の無茶だってするよ! それに白峯くんだって戦えないわけじゃない!」

 

「それこそ無理な話だぜ、謙哉。お前の限界が近いってことも、光牙が今、戦える精神状況じゃないことも一目でわかるさ」

 

「……なら、私が一人で作戦地点に残るのはどう? 遠距離戦が得意な私の方が、多数との戦いには向いているんじゃないかしら?」

 

「それは違うな。お前は装甲が薄くて、接近戦には不向きだ。近づかれたらそのまま押し切られちまう可能性が高い……なら、遠距離戦も近距離戦もこなせる俺が残るのが一番だろ? 大丈夫だって! 俺も死ぬ気は無いからよ!」

 

 謙哉と玲の意見を却下した勇がこの状況に似つかわしくない笑みを浮かべながらこの場にいる仲間たちの顔を見る。死ぬつもりは無い、それは彼の本心なのだろうが、勇に死ぬ覚悟があることもまた事実であった。

 

『……魔人柱二人とエネミー50体が相手だとして、勇さんが無事に生還できる可能性は3%……やはり、無謀です! 他の可能性を考えましょう!』

 

「なんだよ、そんなにあるのか? てっきり1%以下だと思ってたぜ」

 

『勇さん!』

 

「……もう、これしかねえんだよ。皆で生きて帰るにはさ……」

 

『え……?』

 

 勇の無謀な作戦を止めようとする天空橋たちは、勇が小さく呟いたその一言に口を噤んで彼の言葉を待つ。勇は全員に背を向けたまま、自分の思いを語り始めた。

 

「……この作戦に参加する前から嫌な予感はしてたんだ……何とかして止めようって思ってたけど、それも無理だった。ならせめて、一緒に戦って、いざって時に力を貸せればって思って、この作戦に参加した。けど……」

 

 そこで勇は一度言葉を切った。背を向けている為に彼の表情はわからないが、小刻みに震えている肩を見れば、彼がどんな気持ちでいるかはすぐに理解出来た。

 

「……俺は櫂を助けられなかった。目の前であいつがやられる姿をただ見てることしか出来なかった……もう、こんな思いはたくさんだ! 俺はもう、誰も死なせたく無いんだよ!」

 

「でも、それで君が死んだら……!」

 

「大丈夫だ、謙哉。俺は死なない、死ぬつもりも無い……知ってるだろ? 俺は奇跡を起こす男なんだぜ?」

 

 振り返った勇が笑顔を見せながら謙哉に言葉をかけた。ほんの少しだけ赤くなった勇の目を見た謙哉は、彼の心の中の思いを察すると何も言えなくなってしまう。

 

「信じてくれよ。俺は必ず生きて帰る……皆で生き残りたいんだ、だから……俺に戦わせてくれ」

 

 謙哉の、真美の、玲の、天空橋の顔を見ながら勇は語る。自分を信じて欲しいと呼びかける。勇の言葉を聞いたメンバーは、ただ黙りこくることしか出来なかった。

 

「……今更かもしれないけど、あんたに言わなきゃいけないことがあるわ」

 

 その重苦しい沈黙の中、やがて口を開いたのは真美だった。なにか後ろめたそうな口調で、勇から目を逸らしながら独り言の様に語り続ける。

 

「……戦国学園と繋がってるだなんて疑って、ごめんなさい。あんたは、本当に良い奴だったのね」

 

「ほんと今更だな。気がつくのに時間がかかりすぎだろ?」

 

 おどけた様なため息交じりに勇が真美へと言葉を返した。気にしていないと暗に態度で示した彼に対して、真美が少しだけ口元を歪めて笑みを見せる。

 

「……信じるわ。あんたのことを……だから、絶対に帰って来なさいよ」

 

「ああ、もちろんだ!」

 

 力強い返事を真美に返す勇。そんな彼を見ていた玲も、観念した表情を見せた。

 

「もう、覚悟は決まってるんでしょ? なら、私が何を言っても無駄じゃない」

 

「……そうだな。悪い……」

 

「良いわよ、でも……死ぬんじゃないわよ」

 

「ああ! ……皆を頼む。特に謙哉と……光牙に注意してやってくれ、今のあいつは何をするかわからねえからな」

 

 勇の言葉に玲が頷く。突き出した拳と拳を合わせた後、彼女は視線を横にずらして謙哉のことを見た。

 

「……僕も残るって言っても、断るんだろう?」

 

「……ああ、今のお前は足手纏いになる」

 

「そっか……情けないな、君の隣で戦うって約束してこのドライバーを貰ったのに、肝心な時に一緒に戦えないなんて……っ!」

 

 悔しそうにうつむく謙哉。彼のその姿を見た勇も心苦しそうに俯くも、すぐに笑顔を浮かべると握り拳で謙哉の胸を小突いた。

 

「なに暗い顔してんだよ、相棒! お前の親友はこんなとこでくたばる奴じゃないって事はわかってんだろ?」

 

「勇……!」

 

「……絶対に皆で生きて帰るぞ。だから俺を信じろよ、な?」

 

「……うん。わかったよ……必ず、皆で生きて帰ろう。約束だよ!」

 

 二人は約束を交わしながら笑い合う。お互いのことを心の底から信じ合い、無事に帰れることを願いあう。それはこの場にいる誰もが同じであった。勇の無事と、残る全員の無事を祈りながら行動を始めようとした面々だったが、その耳に震える声が届いた。

 

「それ……本気なんですか? 勇さんが一人で残るって……!?」

 

「マリア……」

 

 自分の名前を呼ぶ勇の元に大股で近づこうとするマリア、しかしその腕を一緒にこの場に来ていた光牙が掴んだ。

 

「止めようマリア、今君が何を言っても龍堂くんは聞きやしないよ」

 

「っっ……!」

 

 一瞬、マリアは悲しそうな表情を浮かべてその場に立ち止まると俯いた。じっと固まったまま動かない彼女を見ていた光牙だったが、突然強い力でマリアを掴む腕を振り払われ、その手を離してしまう。 

 

「マリっ……!?」

 

 自分の手を振り払い、勇の所へ駆けて行くマリアの背中へもう一度手を伸ばす光牙。しかし、彼女にその手が届くことは無く、マリアが勇に何かを覚悟した目で語りかけ始める姿をただ見ることしか出来なかった。

 

「……決めたんですよね、残るって……そう、勇さんは決めたんですよね?」

 

「……ああ。ごめん、マリア……俺は、何を言ってもそれを変えるつもりは……」

 

「わかってます。だから……私も一緒に残ります」

 

「!?」

 

 まさかのマリアの一言に勇だけでなくその場に居た全員が驚きの表情を見せた。勇はマリアの肩を掴むと、強い口調で彼女の真意を問いただす。

 

「何言ってんだよ!? 一緒に残るだなんて、何でそんな……?」

 

「私だけじゃありません、勇さんをサポートするメンバーを募集して、決死隊を作るんです。ギリギリまで勇さんを援護して、少しでも勇さんの戦いを手助けするんですよ!」

 

『補助役の参加……! 直接戦闘は出来なくても、それなら十分に役に立ちますよ!』

 

「勇さんの生存確率も少しは上がるはずです……だから、どうか!」

 

「だ、駄目だ……! 駄目だ、そんなの!」

 

 マリアの提案を却下したのは勇では無く光牙だった。彼は二人に近づくと必死の表情でマリアに思い止まらせ様と説得を試みる。

 

「危険だ! 仮面ライダーでも無いマリアが無事で居られる保障は無いんだ! 皆を救おうとする龍堂くんの思いが、それだけで無駄になってしまう可能性だってあるんだぞ!」

 

「……光牙の言うとおりだ。マリア、あんまりにも危険すぎる。ここは俺に任せて、お前も皆と一緒に撤退を……」

 

「いいえ、退きません。何を言われようと、私は勇さんと一緒に残ります」

 

 強い光を湛え、ほんの少しだけ涙を滲ませた瞳で勇の目を見つめるマリア。先ほど彼がそうした様に、今度は勇が説得を受ける番だった。

 

「私は……勇さんのことを一度見放してしまいました……。自分の考えが正しいと思い込んで、勇さんの言葉に耳を貸さないで……それで、そのせいで、櫂さんが……っ!」

 

 彼女の青い瞳から大粒の涙が零れる。親しくしていた友人を目の前で失った心の痛みに胸を抑えながら、マリアは勇に自分の思いを語り続けた。

 

「もしもあの時、勇さんの言葉に耳を貸していれば、力を貸していれば……きっとこんな事にはならなかったんです! 櫂さんも、あんなことにならずにすんだのに……」

 

「それはマリアのせいじゃ無いさ。何も気にする必要は……」

 

「いいえ、私にも責任はあります。この作戦に賛成した人たち全員に責任はあるんです。私も、あの時こうしていればって後悔するのは嫌なんです! もしも……もしもこの作戦で勇さんの身に何かがあったら、私は絶対に後悔します。だから、私も何かしたいんです! 勇さんの手助けをしたい! 一緒に、戦いたいんです……!」

 

「マリア……!」

 

 綺麗な顔をくしゃくしゃにしながら泣きじゃくるマリアを見た勇は、彼女もまた自分と同じ後悔を胸に抱えていることに気がついた。そして、自分が無事に帰れる可能性が低いことも改めて理解する。

 

 もしここで彼女の思いを無下にすれば、自分の身に何かあった時にマリアは再び心を痛めるのであろう。櫂を失った時の痛みと同じか、それ以上の苦しみをもう一度味わうことになるのだ。

 

 突き放すべきだとわかっていた。マリアの安全を思うのならそれが正しい選択だとわかっていた。しかし、マリアの心を思う勇の気持ちと、自分の中にある心細さがその思いに勝ってしまった。

 

「……俺が撤退しろって言ったら、何があってもすぐに逃げる。それを約束できるのなら……残っても構わない」

 

「龍堂くん!?」

 

 気がつけば彼女が残ることを許す言葉を口にしていた。真剣な表情でマリアを見た勇のことを見つめ返したマリアは、力強くただ頷いた。

 

「止めるんだ二人とも! 誰かが残ることが不服なら皆で撤退した方が良い! そっちの方が、きっと……」

 

「光牙さん、これが一番の方法なんです。勇さんの立てた作戦が、皆で助かる可能性のある唯一の作戦なんですよ」

 

「でも……でも……!」

 

「光牙……気持ちはわかるけど、マリアの言うとおりよ。……二人を信じましょう」

 

 自分を落ち着かせる様に語りかけながらマリアとの間に入ってきた真美によってその場から連れ去られていく光牙。波立つ心のままに手を伸ばすも、マリアがその手を掴み返してくれることは無かった。

 

「何で……? どうして……?」

 

 何で自分ではなく、あの男なのか? 何で自分を信じず、あの男を信じるのか? 自分の何が間違っているのか? 光牙の心の中では答えの出ない疑問が渦巻き、ざわついていた。

 

(君は……俺じゃなくてあの男を選ぶのか……?)

 

 信じていた、頼りにしていた、愛していた……だが、彼女はそうじゃなかった。今まで必死になって努力してきた自分ではなく、何処の馬の骨とも知れない男を選んだ。

 

「う、うぅ……うぅぅぅぅ……」

 

 自分のことを理解して、導いてくれる存在だと思っていた。勇者になる自分を支えてくれる存在だと信じていた。

 

 だが、そうではなかった。マリアに裏切られたと思い込んだ光牙は深い失望感と共に崩れ落ち、嗚咽の声を漏らす。誰も居ない部屋の中、たった一人で泣き続ける彼は握り拳を作って地面を叩くと、感情の無い虚ろな瞳で天を仰いだ。

 

「………」

 

 今の光牙は冷静では無かった。様々な出来事で心を打ちのめされ、平静を欠いていた。

 

 魔王との戦いに破れプライドを傷つけられ、親友を失って絶望していた。だから、普段の彼では無かった。重ねて言うが、決して彼は冷静では無かった。

 

 だが、それ故に……初めて彼は、自分の中に眠っていた意思を自覚することが出来た。

 

 父の願いに応えるためでもない。世界を救う勇者になるためでもない。誰かの期待に縛られず、初めて彼は自分のしたいことを自覚し、それを口にする。

 

「ならもう、君は要らない……!」

 

 皮肉な事に……世界のために自分を抑えつけていた勇者は、その全てを失って初めて、本当の自分を知る事になったのであった。

 

 

 

 



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悲劇の訪れ(後編)

 ソサエティの大地を多くのエネミーたちが駆ける。ガグマとの戦いに敗れ、撤退して行く虹彩、薔薇園学園の生徒たちを殲滅すべく風の様なスピードで追撃を行っているエネミーたちの集団の中心では、魔王ガグマから直々に命令を下された二人の魔人柱たちが視線を前に向けながら話し合っていた。

 

「計算によればそろそろ奴らに追いつく頃だ。負傷者を抱えたままではまともに撤退も出来ないだろうからな」

 

「僕なら足手纏いは切り捨てて逃げるけど……さて、あいつらはどんな策を選ぶのかな?」

 

 クジカとパルマは余裕の雰囲気を見せながら先へと進む。この一ヶ月ほどで光牙たちに奪還された街の中を悠々と進みながらその支配権も取り戻す二人。たった一日で勢力図を元通りにした魔人柱たちは、やがて中央区間の最後の街へと辿り着いた。

 

「ここで城の周囲の土地は最後だ。奴らの努力も無駄なものだったな」

 

「本当、頑張って手に入れた土地をあっという間に取り戻されちゃうなんて笑い話にもならないよね」

 

 呆れた様な、それでいてこうなる事はわかり切っていたとでも言う様な声で二人は笑う。自分たちの主を敵に回した時点で光牙たちの敗北は決まっていた。ならば、この展開も二人にとっては予想通りと言うものである。

 

 勝てるはずのない戦いに挑み、敗れたのだから全てを奪われるのは当然の事だ。勝者が敗者の全てを手に入れる事など大昔から決まっている。

 敗者である光牙たちが迎える末路は、徹底的に蹂躙され、全てを奪われた上で惨めに消される……この追撃戦で命まで奪われて彼らの短い人生は幕を下ろすのだと、二人は思っていた。

 

 正確には「思う」のではなく、そうすると心に決めていたと言う方が正しいのだろうが……とにかく、光牙たちを容赦なく潰すとだけは決めていた二人はエネミーを引き連れて街の中を突き進む。彼らが狭い道を通り、街の外へと続く関所の門を潜ろうとした時、それは起こった。

 

<必殺技発動! バレットサーカス!>

 

「!?」

 

 自分たちに向かって右側の建物から黒い影が顔を出す。建物のテラスからディスティニーブラスターを構えながら飛び出してきた勇は、大量のエネミーたちに向けて無数の黒い弾丸をばら撒きながら叫んだ。

 

「こっから先には行かせねえっ!」

 

 叫びを上げながらガトリングガンよろしく銃弾を乱射する勇。必殺の威力を持ったエネルギー弾を体に受けたエネミーたちは、断末魔の悲鳴を上げながら光の粒になっていく。

 予想外の奇襲を受けて面食らったエネミーたちが混乱している姿を見ていたクジカとパルマは、苛立った様に舌打ちをすると大声で軍団に向けて指示を飛ばした。

 

「何をもたもたしてるんだ! 敵はたった一人だぞ!?」

 

「全員、一斉射撃で建物ごと潰してしまえ!」

 

 リーダーである魔人柱たちの号令を聞いたエネミーたちはすぐさま行動に移った。遠距離攻撃が出来る者がそうでない者を盾にしながら攻撃の準備を整え、一斉に勇の居る建物目掛けて攻撃を開始したのだ。

 

「やっべっ!?」

 

 慌てて建物の中に逃れる勇。しかし、時すでに遅しと言った所で、何十と飛んでくる火の玉や真空波と言った遠距離攻撃を受けた建物はそれに耐え切れず、轟音を立てて脆くも崩れ去ってしまった。

 

「ふん、他愛無い! 後は瓦礫の下敷きになっているあの男にトドメを刺せば良いだけの話よ」

 

 あっさりと決着がついた事を鼻で笑うクジカ。この軍勢相手にたった一人で立ち向かったその勇気は賞賛に値するが、それはやはり無謀と言うものだ。

 おそらく虫の息となっているであろうライバルの事を考えたクジカは、最後に勇にトドメを刺すことで先に受けた屈辱を返そうとしたが……

 

「おいおい……どこ見てるんだ?」

 

「何……っ!? ぐおぉっ!!?」

 

 聞き覚えのある声に振り向くクジカ、その顔面に飛んできた火の玉を受けて痛みと熱さに悲鳴を上げる。そんな彼の姿を見た勇は、仮面の下で得意気に笑うとディスティニーワンドにカードを使用した。

 

<フレイム! フレイム!>

 

<マジカルミックス! ギガフレイム・ビックバン!>

 

「おっしゃ! これでも食らえぇっっ!!!」

 

 勇の頭上に生成される巨大な火球。それは十分に距離が離れているクジカたちの所にまでも炎の熱さを伝え、激しく燃え盛る。

 一瞬にして自分たちの背後に出現した勇の行動に対して完全に不意を突かれた形となったエネミーたちはその強力な攻撃を前にして何もする事が出来ず、ただ勇が杖を振って自分たち目掛けて必殺技を飛ばして来る姿を見ることしか出来なかったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……作戦第一段階、見事成功! 連続での奇襲で敵の戦力を大きく削ぐ事に成功しました!」

 

 勇が戦う街の中心部から少し離れた茂みの中。双眼鏡を使って勇の戦いを見守っていたマリアは勇が作り出した火球がエネミーの軍団に見事炸裂した事を見て取って共に残った決死隊に向けて通信を飛ばした。

 敵にバレないように位置を少しずつ変えながら勇の援護をこなす彼女たち決死隊は、能力強化のカードを勇へと使用しながら慎重に戦いを見守る。

 

「勇さん、『ポータル』のカードを見事に使いこなしてくれたみたいですね」

 

 独り言を呟いたマリアは、優秀だが使い所が難しいポータルのカードの事を頭に思い浮かべる。

 二枚で一組、離れた位置と位置を結んで瞬間移動が出来る門を作り出せるそのカードは、中々に便利そうな効果を持つものの今まで使われる機会が見出せずに居た。

 何を隠そう、ポータルで移動できる距離がほんの数メートルしかないのだ。瞬間移動が出来ると言ってもこれでは狭すぎる。しかし、勇はそんなポータルのカードの出入り口を「通りを挟んだ別々の建物に置く」ことで見事に使いこなして見せた。

 

 最初に姿を見せて建物の中から先制攻撃を食らわせた勇は、相手が反撃を試みていると見るやすぐに設置しておいた一つ目のポータルの中へと入る。

 そして出口に設定しておいた反対側の建物の中へ移動すると、先ほどまで自分が居た建物の残骸を漁るエネミーたちを背後から急襲したのだ。

 

 連続の奇襲攻撃は予想以上の成果をもたらした。だが、火球が消え、煙が晴れた街の中からはまだまだ大量のエネミーが残っている。

 その全てが勇に対して敵意を剥き出しにして襲い掛かってくる。ここから先は仕掛けておいたトリックは無い。隠れ、不意を突き、確実に敵の数を減らしながら戦うしかないのだ。

 

「皆さんは出来る限りの支援を! もしも敵に見つかったと思ったら、すぐに離脱して先行隊の後を追って下さい!」

 

 マリアはこの戦いの真の目的を思いながら仲間たちにそう告げる。

 この戦いの目的は相手を倒すことでは無い、皆で生き延びる事だ。

 誰一人として欠けずに虹彩学園に戻る事、それを再度仲間たちに意識させた彼女は、支援用のカードを手に強い視線で勇を見守る。

 

「誰も死んではいけません……そして、誰も死なせてはいけません! 助け合って、このピンチを乗り越えるんです!」

 

 通信越しに伝わる仲間たちの強い覚悟を感じながら、マリアはこの正念場を乗り切る為の戦いを始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、勇たちが戦っている街の前方では、真美が生徒たちを率いて撤退を進めていた。

 周囲の安全を手早く確認しながら先へと進む彼女は、左腕に取り付けられたゲームギアで天空橋と通信を行って逐一情報を仕入れていた。

 

「……どうやら勇さんたちが敵と戦闘を始めたみたいです。出来る限り抑えると言っていましたが……」

 

「完全に抑えられるだけの余裕は無い、もしかしたら龍堂たちの防衛網をすり抜けてエネミーたちが私たちを追いかけてくるかもしれない……後方にも注意をしながら進まないといけないわね」

 

 隊列の後方を一目見た真美は疲れきった表情を浮かべて首を振った。

 前と後ろ、左右も確認しながら先に進まなければならないが、それが出来るだけの戦力が揃っていないのだ。怪我をしたり疲労で戦闘が出来ないでいる生徒たちを率いてここまで来るだけでも、真美は相当神経を磨り減らしていた。

 

「頑張ってください、真美さん。あともう少しでこちら側に残った生徒たちが確保してくれている安全圏内に入れます。そこまで行ければ安心です」

 

「はい……。怪我をした皆の治療も、心を休ませる時間も必要です。苦しいですが、皆にも最後の力を振り絞って貰わないと……」

 

 今、自分たちに残されている戦力はごく僅かだ。仮面ライダーの中で戦える者は玲だけ、他の生徒たちも少なからず傷を負っており、満足に戦闘を行える者などほんの一握りだ。

 

 だから戦闘になるのは非常に不味い。どんなに苦しかろうが今は持てる力の限りに進んだ方が良いのだ。

 戦闘になれば大きな被害が出るだろう。追いつかれる前に早く安全地帯に辿り着きたい……そんな小さな祈りを心の中で唱えた真美だったが、現実は容赦なく彼女たちに牙を剥いて襲い掛かって来た。

 

「っっ!?」

 

 ゲームギアの画面に映し出される敵の反応。一つや二つでは無い、集団になって自分たちの進路を塞ぐ様に位置する敵の配置を見た真美は苛立ちと同時に絶望感にも襲われた。

 

(あともう少しだって言うのに!)

 

 ぎりぎり希望に手が届きそうな所で、そうはさせないとばかりに自分たちに伸びて来る魔の手。深い絶望の闇の中に真美たちを引き入れるべく、絶望と共に襲い掛かってくる。

 

「こちらも戦力を向かわせます! 真美さんたちも何とかして突破を!」

 

「ええ!」

 

 天空橋との通信を切り、真美は生徒たちと共に駆け出す。ここでもたもたしていて挟撃されれば、それこそ自分たちに助かる道は無い。

 ならば、先に進むしかないだろう。敵の防衛線を突破し、安全圏へと逃げ延びるのだ。

 

「ここが正念場よ! 全員、気合を入れなさい!」

 

 開けた視界の先にエネミーたちの姿を見つけた真美は、数少ない戦力である生徒たちに発破をかけると自分も戦いの中へと身を投じたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<必殺技発動! テンペストオブエッジ!>

 

「うおぉぉぉぉっっ!!!」

 

 サムライフォームへと姿を変えた勇が両手に持つ剣でエネミーたちを斬り裂きながらその集団の中を駆け抜ける。

 赤い斬光を纏った刃で一撃。斬り付けられた敵を蹴り倒し、一歩踏み込んでもう一撃。三体の敵が並んで襲い掛かってくる姿を見た勇は、最後に両手の剣をXの軌跡が残る様にして振るい、立ち並んだエネミーたちを同時に斬り倒した。

 

「すいませんマリアさん、敵に位置が悟られました!」

 

「すぐに撤退を! その際、敵に見つからない様に慎重に逃げて下さい!」

 

 近くの茂みの中で勇の補助を行う決死隊の生徒に逃げるよう指示を送ったマリアは、自分もまた相手に位置を悟られぬ様にこっそりと場所を移動し始めた。

 もうこの場に残っているのは自分と勇だけだ、他の生徒たちが無事に真美たちと合流出来たかどうかは気になるが、今はそんなことを考えている余裕は無い。

 

「ぜぇっ……! はぁっ……!」

 

 遠巻きに見ても勇の体力が限界に近いことはすぐにわかった。マリアは体の傷を癒す力を持つカードを使用するも、大した効果は得られなかった様だ。

 

 攻撃や防御の補助も、危ない所を防ぐ盾の展開も、敵を分断する手助けもした。勇もディスティニーの全ての力を持ってエネミーや魔人柱と戦い、この多くを撃破した。

 だが……それでも敵の数が尽きる事は無かった。たった一人で全力の戦いを長い間続けている勇は、もういつ倒れてもおかしくないはずだ。

 そうならないのは単に彼の精神が強いからに他ならない。勇は今、気合と信念で限界を迎えている体を動かしているのだ。

 

(勇さん……! もう、これ以上はっ!!!)

 

 もう撤退すべきだとマリアは思った。これ以上の時間稼ぎは危険が過ぎる。もう撤退すべきなのだ。

 しかし、勇にその様子は見られない。まだ時間稼ぎが不十分だと感じて、仲間のためにここで追撃を食い止めるつもりなのだろう。肩で息をしながら戦う彼は、目の前に迫ったエネミーの顔面目掛けてディスティニーソードを叩き付けた。

 

「ぐっ……らぁぁっっ!!!」

 

 エネミーの顔面から火花が舞い、ヒットエフェクトの後で小さな爆発が起きる。疲れのピークを迎えている勇はそのまま剣を地面に突き刺すと、杖代わりにして暫しの休息を取りながらマリアへと通信を飛ばす。

 

「マリア、聞こえてるか……?」

 

「はいっ! 聞こえています!」

 

「……そろそろ限界だ、引き上げるぞ。お前は先に逃げて、光牙たちと合流するんだ」

 

「だ、駄目です! 勇さんも一緒に逃げましょう! 今の勇さんを一人で残すなんて、とても……」

 

「ばーか、俺にはバイクがあるから多少遅れたって問題は無いんだよ。だからお前は先に行って、距離を稼いで来い」

 

「で、でも……」

 

「最初に約束したろ? 俺が撤退を指示したら、すぐにそれに従えってさ………大丈夫だから先に行けよ。必ず追いつくから」

 

「くっ……!」

 

 息も絶え絶えですでに体力が尽き様としている勇の声を聞いたマリアが胸を抑える。ここは勇を信じて先に逃げるべきなんだろう。だが、疲れきった彼を一人で置いて行くことなど出来なかった。

 

「やっぱり駄目です! 一緒に逃げましょう! 私、撤退の援護もしますから! だから……っ!」

 

 不思議な予感がしていた。このまま勇と別れたら、もう二度と会えなくなってしまう様な寂しい予感をマリアは感じていた。

 だから離れたくなかった。一緒に逃げたかった。しかし、勇はマリアのその願いを許してくれはしなかった。

 

「良いから行け! 俺は大丈夫だから先に行くんだ! 必ず生きて帰る! 約束だ!」

 

 ゲームギアの通信越しにそう告げられたマリアが首を振りながら勇の居る方向を見る。

 自分に対して背中を向けたままの勇の周囲をエネミーたちが取り囲もうとしている様子を見たマリアが彼の元へと駆け出そうとした時、どこにそんな力が残っていたのだろうかと思う程の声で勇が叫んだ。

 

「行け! マリア! 俺を信じろっ!」

 

「う、うぅぅぅぅっっ……!」

 

 もう自分が足手纏いにしかならないことを悟ったマリアが涙を零しながら駆け出して行く。マリアのゲームギアの反応が徐々に遠ざかって行く事を確認した勇は、絶体絶命のピンチの中で小さく笑い声を上げた。

 

「ふ、ふふ……!」

 

「……何がおかしい? ついに気が狂ったか?」

 

 勇の口から漏れた笑い声に対してクジカがやや苛立った声を上げる。地面からディスティニーソードを引き抜きながら前を向いた勇は、仮面の下でふてぶてしく笑いながら自分を取り囲む敵の姿を見た。

 

「おーおー、皆さんお揃いで……!」

 

 必殺技の連発でかなりのエネミーを倒したはずだ。しかし、まだまだ周囲には10や20では足りない程の数のエネミーが居る。

 それに加えて二人の魔人柱も居るのだ。この疲弊した体では勝負にならないと分かりきっていながら、それでも勇は笑みを浮かべた。

 

「ここまで付き合ったんだ。もう少し時間を寄越せよ」

 

 これが最後と自分に言い聞かせて強く剣を握る。体に残った最後の力を振り絞り、強い意志を持って戦いの構えを見せる。

 とうに限界を迎えているはずの人間とは思えない程の堂々とした姿を見せた勇からは重い威圧感が放たれ、エネミーたちの中にはそれだけで後ろに後ずさる者も居た。

 

 ハッタリ、虚勢、ブラフ……もう、なんでも良かった。あと少しだけ時間を稼げれば良いと勇は思っていた。だから、クジカが恨みと怒りを込めた言葉を自分に向けて来た時にはありがたく思いながらそれを利用する。

 

「貴様の悪足掻きにいつまでも付き合ってやるほど暇では無い。さっさと討ち取らせて貰おう!」

 

「おいおい、せっかちすぎてもつまんねえぞ? お前たちが有利な状況なんだから、もう少し余裕って物を見せろよ」

 

 軽口交じりに会話を引き伸ばし、時間を稼いでいく。もう少し、あと少しだけで良い。マリアが遠くに逃げられるだけの時間を稼げれば、それで良いのだ。

 

(……悪い、皆。やっぱ帰るのは無理そうだわ)

 

 心の中で諦めの言葉を呟く勇。仲間たち一人一人の顔を思い浮かべた彼は、最後にマリアの泣き顔を思い浮かべて罪悪感に胸を痛めた。

 自分を信じろ、絶対に帰ると約束しておきながらこの様だ。守れない約束を口にして、彼女を騙した事だけが心残りだった。

 

「……まあ、今更か」

 

 そう言いながら浮かべた笑みは自嘲の意味を持っていた。どこかでこうなることがわかっていながらこの道を選んだのだ、皆を騙す事になると言うことはわかっていた。

 

 だがそれでも……友達を守りたかった。大切な仲間たちを守りたかった。もうこれ以上誰にも消えて欲しくなかった。

 その目的を達成するために前を向く。圧倒的不利な状況で、勇は剣の切っ先を敵に向けながら叫ぶ。

 

「さあ、かかって来い! 最後まで相手してやるよ!」

 

 言うが早いが敵の集団目掛けて駆け出し、宙へ跳ぶ。敵のど真ん中へと落下しながら、勇は命を燃やして戦いの渦の中へと飛び込んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう少し……! あと少し、なのにっ!!!」

 

 苦々しげに目の前から迫るエネミーたちを睨む玲。連戦の影響で腕は疲れ、銃を構えることすら困難になっているが、それでも必死になって戦いを続けていた。

 

 撤退中にエネミーと遭遇し、戦い始めてからどれだけ時間が経っただろうか? 長く戦っているような、そうでもないような不思議な感覚を覚えるのは、全て疲労のせいなのかもしれない。

 

 あとわずかで安全圏内にたどり着けると言うこともあり、玲を初めとする戦闘担当の生徒たちは最後の力を振り絞る勢いでエネミーとの戦いを開始した。待ち受けていたエネミーたちのレベルが低かったことや、エネミーの背後から虹彩学園に待機していた生徒たちが攻撃を仕掛けてくれたことで戦闘は有利に進められたが、それでも戦いが続くにつれて皆は限界を迎え始めていた。

 

 武器や魔法を使って戦う者は体力が続かなくなった。エネミーを召還して戦う者は精神的に疲弊し、使えるカードがなくなっていった。

 気がつけば戦っている生徒の数は玲を入れてほんの一握りにまでなっていた。まともに戦えているのは自分ひとりだけなのだろうと思いながら玲はメガホンマグナムの引き金を引き続ける。

 

(あと10体くらいなのに……たったそれだけなのに、それが遠く感じる……)

 

 決して口には出せない弱音を心の中で零す。万全の状態で戦えれば何の問題もない相手だ、万全の状態で戦えたならば……

 だが、今はそうでは無い。疲弊しきった体で、援護も期待出来ないこの状況で、皆を守りながら戦わねばならないのだ。

 苦しすぎると言わざるを得ないがそれでも玲は自分に出来ることをしようと必死だった。

 

(私しかいないの……! 皆を守れるのは、私しか……っ!)

 

 ガグマたちから全員を逃がすため、勇やマリアたちは危険な場所に残った。今も自分たちの撤退を手助けする為に戦っているのだろう。

 謙哉も体力の消耗を承知でオールドラゴンを使い撤退を援護した。彼らは自分の出来ることをやってのけたのだ。

 

 なら、自分もそうするしかない。自らの誇りにかけて大切な仲間を守りきることが自らに課せられた使命だと判断した玲は、今また数体のエネミーを必殺技で撃破して息を吐いた。

 

「あと、何体よっ!?」

 

 来るなら来い、若干やけっぱちさになりながら心の中でそう叫ぶ。そうした後、周囲を見回して次の相手を探そうとした彼女は、自分ではなく後ろの生徒たちに向かおうとしているエネミーの集団を見つけて彼らに狙いを定めた。

 

「行かせるわけないでしょっ!」

 

 走りながら銃の引き金を引く。ざっくりとした狙いしかつけられなかったが乱射された弾丸がエネミーたちの体に当たり、玲は彼らの気を引くことに成功した。

 

「来なさいよ……私はまだ戦えるわよ!」

 

 一定の距離を保ち、弾丸の雨を浴びせる。敵の動きに注意し、絶対に接近も離脱もさせない様に玲は戦いを繰り広げる。

 

「グガァァァァッ!!?」

 

 苦しげなエネミーの悲鳴を聞きながらも攻撃の手を休めることは無い。絶対に、確実に、この敵を倒すのだと思いながらなおも引き金を引き続ける。

 

「あっ……!?」

 

 だが、その動きが乱れた。腕に走った痛みと共に銃を取り零した玲は、短い悲鳴を上げながら自分の手から落ちていく銃を視界に移す。

 

「グルフフゥゥッ……!」

 

「しまっ……!」

 

 玲を嘲る様な笑い声を上げるエネミー。気配を消して接近して来ていたのだろう、目の前の敵に対して集中しきっていた玲はその動きに気がつかず、まんまとしてやられてしまったのだ。

 

「グラァァァァッッ!!!」

 

「きゃぁぁっ!!?」

 

 銃を落とし、抵抗の術を失った玲をエネミーたちが取り囲む。先ほどまで受けた痛みと屈辱を晴らしてやらんとばかりに殺気立って攻撃を仕掛けて来たエネミーたちの強烈な一撃を受け、玲は悲鳴を上げながら地面を転がっていく。

 

「あっ……がぁっ!!!」

 

「ギググルルルルッッ!!!」

 

 立ち上がろうとした体を踏みつけられ、伸ばした腕も踏みつけられる。身動きが出来なくなった彼女を総勢五体のエネミーが見下ろす様にして取り囲んだ。

 

「離せっ! 離しなさいよっ!!!」

 

 形勢逆転、完全に取り押さえられた玲は、それでも抵抗を諦めなかった。必死になって叫び、身を動かしてこの状況から脱しようとする。

 

「あ……っ!?」

 

 しかし、あるものを見た玲はその動きを止めてしまった。彼女が見たもの、それは、後方に控える生徒たちの集団に向けて襲い掛かろうとするエネミーたちの姿であった。

 

「止めろっ! 止めてぇぇぇぇっっ!」

 

 あそこにはもう負傷者しか居ない。戦える者も抗う者も居ないのだ。たった数体でもエネミーの攻撃を受ければ甚大な被害が出てしまうだろう。

 そしてなにより、あの場所には気を失っているやよいと葉月も居た筈だ。このままでは彼女たちも攻撃の被害に遭ってしまう。

 

「くそっ! 離しなさいよ! 私と戦いなさいっ!」

 

 動きを再開した玲は先ほどよりも激しい抵抗の色を見せる。しかし、疲れた体に加えて多勢に無勢のこの状況では、それはなんの意味も成さなかった。

 

「グルルルルルゥゥッ……!」

 

 勝者の余裕を感じているのか、エネミーたちは満足げな唸り声を上げて玲を見下している。すぐには彼女にトドメを刺そうとしない彼らは、もしかしたら玲に仲間たちがやられていく姿を見せつけようとしているのかもしれない。

 

「このっ……! このぉぉっ!」

 

「グッフッフッフッフ……!」

 

 生徒たちの悲鳴を耳にした玲がなおも体に力を込めて立ち上がろうとする。しかし、それを可愛い物だと言わんばかりに笑いながら、エネミーたちは彼女を踏む足に力を込めた。

 

「ぐ、あぁっ……」

 

「グギギギギギギッ!!!」

 

 腹と腕を強く踏まれ、痛みに喘いだ玲をエネミーたちが嘲笑う。

 玲は屈辱や痛みよりも、自分のすぐ近くで仲間たちが倒されようとしているのに何も出来ない自分の不甲斐無さに歯を食いしばった。

 

「く、うぅ……っ!」

 

 何も出来ない、誰も守れない……大切な親友も、大好きな人も、自分は守れないでいる。それが何よりも悔しい。

 気がつけば目からは涙が零れていた。仮面の下で泣きじゃくりながら、玲は自らの不甲斐無さを仲間たちに詫びる。

 

「ごめん、葉月、やよい……! ごめんなさい、龍堂……! 私、皆のことを守れなかった……」

 

 仲間たちの悲鳴とエネミーたちの笑い声を耳にしながら玲は呟く。その目からは止め処無く涙が流れ、彼女の頬を濡らしていった。

 

「グラララララァァッ!!!」

 

 涙する玲の耳に届く一際大きなエネミーの声。それが自分を足蹴にするエネミーたちでは無く、負傷者たちを襲っているエネミーたちから発せられたものだと悟った彼女は最悪の事態を想像した。

 直後、大きな爆発が起きる。その光景を見ていたエネミーたちが大騒ぎする姿を見た玲は、彼らのその姿に反して唇を噛み締めた。

 

「ごめんなさい……謙哉……!」

 

 搾り出す様に呟く玲。震えたその声は誰の耳に届くわけも無く、ただ空虚に消えていく。

 あともう少しだったのに……そんな後悔を抱え、涙に暮れていた彼女は悔しさに打ち震えている。

 

 だが、彼女はあることに気がついた。それは、自分を踏みつけているエネミーたちの騒ぐ声が徐々に戸惑う物に変わっていくと言うことだった。

 目を開き、視線を上に上げる。玲の目に映ったのは、明らかに動揺しているエネミーたちの姿だった。

 

「一体、何が……?」

 

 視界がエネミーたちの体で塞がっている為に何が起きているか理解出来ない玲。エネミーたちは自分ではなく、先ほどまで彼らの仲間たちが暴れていたであろう場所を見つめている。

 震え、何かを恐れている彼らの姿を見て取った彼女は、次の瞬間に今最も聞きたくて、同時に絶対に聞きたくない音声を耳にして、何が起きているかを理解した。

 

<ブレス! フルバースト!>

 

<必殺技発動! グランドサンダーブレス!>

 

 聞きなれた電子音声の後に起きる爆発。地面を揺るがすその爆発が治まった時、エネミーたちは玲の上から足を退け、自分たちに迫る脅威に対処しようとしていた。

 

「グロロロロォォッ!!!」

 

「ガギャァァァッ!!!」

 

 ある者は爪を光らせ、またある者は武器を振りかざしてそれに襲い掛かる。徐々に開けていく視界の果てに、玲は蒼い龍騎士の姿を見た。

 

<クロー! フルバースト!>

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ……っっ!」

 

 巨大な爪が雷光を纏い、更なる鋭さを宿す。遠く離れた距離に居る玲にもバチバチと電撃が弾ける音が聞こえることがその威力を物語っていた。

 

<必殺技発動! ギガントクロースラスト!>

 

「はぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

 気合の雄叫びと共に謙哉が動く。地を滑る様に滑空して最も近い敵へと接近した彼は、雷光纏う爪を振るいその敵を撃破した。

 謙哉はそのまま二体目の敵へと接近、同じく爪を振るってそれを仕留める。三体目は爪を突き刺して胴を穿ち、四、五体目は左右両方の爪で同時に引き裂く。

 

「グギャァァァァァッッ!!?」

 

 時間にしてほんの一秒か二秒の間の出来事。その短い時間で致命傷となる必殺技を叩き込まれたエネミーたちは、断末魔の悲鳴を上げながら同時に消滅していった。

 

「……敵の全滅を確認。皆、次が来る前に急いで撤退して!」

 

 変身を解除した謙哉がまだ動ける生徒たちにそう指示した後で未だに倒れている玲へと近づいてきた。戦いの終わりを悟って彼と同じく変身を解除していた玲は、謙哉に見えない様に涙を拭ってから彼に詰め寄る。

 

「謙哉! あなた、無理はするなとあれほど言ったでしょう!?」

 

「大丈夫だよ。水無月さんが頑張ってくれたから元気になったし、戦ったのも短い時間だからさ」

 

 平然とそう言って笑顔を見せる謙哉。玲はそんな彼にきつい口調で接しながらもその身を案じていた。

 

「水無月さんこそ大丈夫? 手酷くやられてたみたいだけど……」

 

「……恥ずかしい所をみられちゃったわね。大丈夫よ、少なくともどこぞの半病人よりかはましなはずだから」

 

 体は痛むが、その痛みを隠して強がりを見せた玲は体を起こして立ち上がろうとする。しかし、やはりと言うべきか鈍い痛みが体を襲い、その痛みに顔をしかめて動きを止めてしまった。

 

「やっぱり痛むんじゃないか! ほら、手を貸すから……」

 

「いいわよ別に……でも、ありがとう」

 

 まるっきり立場が逆ではないかと思いながら顔を背ける玲。気遣われたり、女の子扱いされて嬉しくないわけではないが、今の謙哉に心配されると言うのは悔しいものがある。

 先ほどまで感じていた不甲斐なさも重なり、玲は再び胸の中に芽生えた悔しさを感じていた。

 

(何にも出来なかった……。また守られて、無理をさせて……)

 

 素直に悔しかった。限界が近いのは自分よりも彼のはずなのに、そんな彼が自分を守るためにまた無理をしたと言うことが悔しくて堪らなかった。

 俯き、肩を震わせる玲。動かなければならないのはわかっているが、今は謙哉と顔を合わせたく無い。

 

「ひゃっ……!?」

 

 そんな風に固まっていた玲だったが、突如として自分の肩と腰に謙哉の手が触れたことに驚いて可愛い悲鳴をあげてしまった。気恥ずかしさと共に何事かと顔を上げた彼女の耳に謙哉の声が届く。

 

「……良かった、水無月さんが無事で……」

 

「謙、哉……?」

 

 そっと、自分によりかかる様に体重をかけてくる謙哉。すとんと胸の中に彼の顔が納まり、それを受け止めるために彼の背中に手を伸ばした玲は、自分たちが今「抱き合っている」と言う状態であることに気がついて顔を真っ赤にした。

 

「ちょ、ちょっと!? 何してるのよ謙哉?」

 

 嬉しさと気恥ずかしさに顔を赤くしながら玲が叫ぶ。謙哉に心配され、抱きしめられるなど想像も想像もしていなかった彼女は、人の目があるこんな場所で行われた大胆な行為に困惑していた。

 

「恥ずかしいじゃない! そ、それに、女性の胸に顔を埋めるなんて、マナー違反にもほどがあるわよ!」

 

 別に嫌ではないが、の一言を飲み込みながら玲は謙哉に注意を続ける。何も言わない彼が何を考えているのかわからないでいた玲は、自分が叫ぶことで周囲の視線を集めてしまうのでは無いかと思って声を小さくして彼に話しかけた。

 

「ね、ねえ、もうわかったから離してよ。私の無事を喜んで貰えるのは嬉しい、け、ど……?」

 

 少しずつ、玲は違和感に気がついた。それは何も言ってくれない謙哉の態度だとか、彼が先ほどから動きもしないことだとか、いつもなら考えられない大胆な行動を起こされたことなどから感じていた微々たる違和感が元になったものだ。

 だが、今、感じているそれはそんなに小さなものでは無い。何かがおかしい、決定的に、何かが変だとわかる。だが、頭がそれに気がつくことを拒否している……一刻も早く気がつかなきゃいけないのに、気がついたら終わりだと思わせるそれの原因を探っていた玲の目が、大きく見開かれた。

 

「あっ……!?」

 

 玲は気がついた。気がついてしまった。自分の触れている彼の背中、丁度謙哉の心臓の位置を反対側から触れているその手が、何の振動も感じていない事に……

 

 それに気がついた途端、自分の背と肩に触れていた謙哉の手がだらりと地面に落ちた。力無く崩れた謙哉の体にもう一度触れながら玲はうわごとの様に呟く。

 

「ねぇ……嘘でしょ? そんな事、あるはず無いわよね……?」

 

 自分の勘違いだと思いたかった。何かの間違いだと信じたかった。

 だから、玲はもう一度謙哉の左胸に触れた。今度は正面から、間違いなく心臓のある筈の場所に触れて、その鼓動を確かめようとして、そして……

 

「……いや、いやぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

 彼の心臓が止まっていることを確かめ。絶叫した。

 

「い、医療班! 早く来てっ! 大変なの!」

 

 いつもは冷静な彼女が取り乱して叫ぶ。だが、周りの生徒たちも自分たちの事で手一杯で、玲の叫びに気がつくことはなかった。

 

「嘘よ……! こんなの嘘よ! そうでしょ謙哉? 何か言ってよ!」

 

 ぐったりとしている謙哉の体を揺さぶり、彼に問いかける玲。その瞳から乾いていた涙がもう一度溢れ、謙哉の顔にぽたぽたと零れ落ちる。

 だが、その涙を拭ってくれるはずの彼は何も言わず、動いてもくれなかった。

 

「謙哉! 目を開けて! 何か言ってよ! お願いだから! 謙哉ぁぁぁっ!」

 

 玲の叫びが木霊する。優しい笑みを浮かべてくれるはずの愛しい人の名前を呼びながら叫び続ける。

 だが、どんなに彼女が叫んでも、謙哉が瞳を開ける事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がっっ……はぁっ……っっ」

 

「……良く粘った。そう素直に認めよう、しかし……!」

 

 ほんの数センチ先に剣の切っ先がある。そこから目を離せないでいる勇は、それでも体を起こして立ち上がろうとする。

 しかし、その動きを察知したクジカに脚を払われ、勇はもう一度地面に崩れることになってしまった。

 

「ぐっ……!」

 

「本当に貴様は良くやった。たった一人でここまで持ちこたえ、仲間が逃げる時間を稼いだのだからな……。おかげで我々の追撃は失敗、さしたる戦果を挙げることも敵わないだろう……しかし!」

 

 怒気と賞賛を孕んだクジカの声を耳にしながら勇は顔を上げる。もうすでに変身は解除されており、戦う力も残っていない。

 そんな彼の姿を見ながらも一切の油断をしないまま、クジカは右手に持った剣を大きく上へと振り上げた。

 

「……せめて貴様の首だけは持ち帰らせて貰おう。この様な決着になったことは遺憾だが、再戦の機会を与えるほど我は甘くないのでな」

 

「ちっ……! そこは甘さを見せろよ。こんなんでお前の気が晴れるのか?」

 

「無理だろうな。しかし……我はガグマ様の命令に従うのみだ。追撃を命じられた以上、得られる限りの成果はあげてみせよう」

 

「……ああ、そうかよ」

 

 武人としての誇りよりもガグマへの忠義を取ったクジカの返答を聞いた勇は地面へと倒れこんだ。そして、大きく息を吐く。

 

「あー……つっかれたぁ……」

 

 自分は十分に良くやった。これほど時間を稼げば、皆も先ほど逃げたマリアも十分に安全圏内に逃げ込めただろう。

 時間稼ぎには成功した。あとは勇もこの場から離脱するだけなのだが……それは到底叶いそうに無かった。

 

「言い残す言葉はあるか?」

 

「ねえよ。あったとしてもお前には頼まねえ」

 

 剣を振り上げたまま近づいてくるクジカにそう答え、勇は目を閉じた。約束を果たせなかったことを心の中で皆に詫びながら、その時を待つ。

 

「……そういえば、お前の名前を聞いてなかったな」

 

「あ?」

 

「お前の名を聞かせろ、我が宿敵よ。せめて心の中にその名を刻み付けたい」

 

「……勇、龍堂勇だ」

 

「……勇、か……その名、確かにこの傲慢のクジカの心に刻まれたぞ。誇りに思うが良い」

 

 最後の会話がこれかと思いながら勇は笑った。まんまゲームの中のイベントだなと苦しげに笑う彼の表情を見たクジカは、そのふてぶてしさに心の中で賞賛を送っていた。

 強さだけではない。知恵と勇気、そして仲間を救う為に己の命を投げだすその思いの深さに敬意を示しながら、クジカは剣を支える右腕に力を込める。

 

「では、さらばだ龍堂勇! 我が認めし人間の勇者よ!」

 

 死を目前としながらも笑う勇目掛けて剣を振り下ろす。その一撃は勇の首を刎ね、彼の命を摘み取る……はずだった。

 

「ぬうっ!?」

 

「えっ!?」

 

 ガキィン、と言う鈍い金属音がした。同時にクジカの剣が止まり、勇は九死に一生を得る。

 何が起こったのかわからなかった勇が目を開けると、自分とクジカの間に入り込んだ銀色の物体がその目に映った。

 

「な、何だこいつは!?」 

 

「………」

 

 物言わぬ銀色の物体は間違いなくエネミーだった。しかし、このファンタジーワールドに生息する獣や蛮族と言ったタイプとは似ても似つかないそれは、クジカの動きを止める様にして彼に絡み付いていく。

 

「ぐっ!? ど、どういうことだ!? こいつらは何なんだ!?」

 

 気がつけば銀色のエネミーは群れを成してクジカたちに襲いかかっていた。正確には襲いかかると言うよりも勇との間に入り込み、集団で彼を守ろうとしているように見える。

 この予想外の援軍に驚いた勇は、目の前にいるエネミーの姿を観察して誰がこんな事をしているのかを考え始めた。

 

「この……小癪なぁっ!!!」

 

 クジカが怒声を上げながら自分に絡みつくエネミーを引き千切る。だが、エネミーの体は光の粒に還る事は無く、千切れた体から火花を舞い散らせながらなおも彼に組み付いていく。

 

(……火花?)

 

 その姿を見た勇は、目の前にいるエネミーたちが機械であることに気がついた。

 機械のエネミー、つまりロボット。それが自分に味方している……そこまで考えた時、勇はとある可能性へと行き着いた。

 

「まさか、マキシマが俺を!?」

 

 勇に目をかけ、忠告を残すなどの支援を行ってくれた「機械魔王 マキシマ」の存在を思い当たった勇はもう一度ロボット兵たちに視線を向けた。

 勇を守る様にして戦う彼らがマキシマの手下である可能性は大いにある。もしかしたらこのロボットたちは、マキシマが勇の命を救う為に送ってくれた援軍なのかもしれない。

 

「そうと分かればやる事は一つだ!」

 

<マシンディスティニー!>

 

「ま、待てっ!!!」

 

 ロボットたちがクジカやパルマの身動きを封じてくれている今がチャンスと踏んだ勇は、自分のバイクを呼び出すとそれに跨る。エンジンを噴かして急ぎその場から立ち去って行く彼の後ろ姿を見たクジカが叫ぶも、ロボット兵に組み付かれたままの体では勇を追うことも出来なかった。

 エンジン音と共に遥か彼方へと逃げ去っていく勇。クジカは宿敵を逃した事に苛立ちながらロボット兵を斬り捨てる。

 

「このっ! 雑兵どもがぁっ!!!」

 

 ロボットたちに苛立ちをぶつけるクジカ。しかし、追撃戦で何一つとして成果を挙げられなかったことへの怒りは消えることなく彼の中で燃え上がっており、クジカはロボット兵たちが動かなくなるまで延々とその体を切り刻み続けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ……! あと、少しで、皆さんと合流できるはず……!」

 

 同時刻、森の中を必死になって走るマリアは、安全圏内まで後少しと言う所までやって来ていた。

 残してきた勇の事を心配しつつも彼を信じるマリアは、きっと先に進んだ生徒たちも無事であると信じて先へと急ぐ。

 

(皆で生き残るんです……! 絶対に、皆で……!)

 

 勇との約束を果たす、それだけを考えて先へと進むマリア。木々が生い茂る森を抜けた彼女は、森の中でも木が少ない見晴らしの良い場所に辿り着いた。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 ここなら敵が来てもすぐに気が付くだろう。そう考えたマリアは呼吸を整えると、少しだけここで休息を取る事に決めた。

 ポーチから水を取り出してそれを口に含む。乾いた喉に潤いが戻り、文字通り生き返った気分になった彼女が深呼吸をした時だった。

 

「……やっと来たんだね、マリア」

 

「えっ!?」

 

 自分の名前を呼ばれた事にとっさに身構えるマリア。だが、視線の先にいた人物を見てすぐにその警戒を解いた。

 

「光牙さん! 迎えに来てくれたんですね!」

 

「ああ、君を待ってたんだ。この場所でね……」

 

 そこにいたのは光牙だった。マリアは彼が自分を迎えに来てくれたのだと思い、安堵の表情を見せる。

 彼がここにいると言うことは、先に行った部隊も無事に安全地帯に辿り着けたと言うことだろう。その事を喜ばしく思っていたマリアに対し、光牙が一歩近づいてくる。

 

「皆さんは無事なんですか? 葉月さんたちの怪我の具合は……?」

 

「………」

 

「あ、あの……光牙、さん……?」

 

 ゆっくりと自分に近づく光牙に質問をするマリア。だが、光牙はそれには答えずにただ近づいてくるばかりだ。

 その反応に不気味なものを感じて一歩後ずさるマリアに対し、ようやく光牙が口を開いた。

 

「……俺はね、君こそが俺を導いてくれる存在だと思っていたんだよ」

 

「え……?」

 

「俺が勇者になるための道を指し示し、俺の傍で俺を支えてくれる存在だと思っていた……そう、信じていたんだよ……!」

 

「こ、光牙、さ……?」

 

「でも……違った。違ったんだね。だって君はあの男を選んだ。俺じゃなく、あいつを選んだんだ……!」

 

 何かが変だ。光牙の様子に違和感を感じたマリアが彼から距離を取る様に後ずさって行く。光牙はそんな彼女の行動などお見通しだと言う様にして、装着したドライバーにカードを通した。

 

「……変身」

 

<ブレイバー! ユー アー 主人公!>

 

 ブレイバーに変身し、マリアへと近づいてくる光牙。彼のただならぬ様子を見て取ったマリアは咄嗟に彼に背を向けて走り出す。

 

(あの雰囲気、ただ事じゃあありません。光牙さんに一体何が!?)

 

 光牙から逃げながら彼の異変の原因を探るマリア。だが、その答えを見つける事は出来ず、ただ困惑するばかりになってしまう。

 森の中を闇雲に逃げまわっていた彼女は、木々を抜けた先が崖になっている事に気が付いて脚を止めた。

 

「うぅっ!?」

 

 視線の先にぽっかりと広がる闇に気を取られ、次の行動を迷っていた彼女は、いつの間にか自分に近づいていた光牙に首を絞められ、持ち上げられてしまった。

 

「ぐ、あ……光牙、さ……何、で……?」

 

「………」

 

 自分の問いかけに何も答えない光牙に対して涙を浮かべながら視線を向けるマリア。視界が滲み、光牙の姿が歪んでも、その目を逸らす事はしなかった。

 

「……さよならだ、マリア」

 

「……あ」

 

 不意に、自分を掴む光牙の手が離れた。支えるものが無くなったマリアの体はそのままゆっくりと崖の下へと落ちていく。

 

「こうが、さ……」

 

 耳を劈く悲鳴も、泣き叫ぶ声も無かった。あったのは、信じられないと言う表情を見せ、小さな声で自分の名を呼ぶマリアの声だけだった。

 そう、それだけを残して……マリア・ルーデンスは崖下に広がる闇の中へ堕ち、その姿を消してしまったのだ。

 全てを終えた後、しばしの間その場で立ち尽くしていた光牙だったが、突如として狂った様に笑い始めた。 

 

「……ククク……ク、アハハハハハ! 予知で見た通りじゃないか! なんてすごいんだろう!」

 

 光牙はビクトリーブレイバーに変身した際に見たあの幻を思い出していた。

 光牙が見たのは、自分の名を呟きながら闇へと飲み込まれていくマリアの姿……そう、この光景そのものだったのだ。

 

「……安心してよ、マリア。君の犠牲は無駄にはならない……俺にとっても、あの男にとってもね……!」

 

 仮面の下でドス黒い笑みを浮かべた光牙はそう一言だけ呟くと、来た道を戻って安全地帯へと帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マリアが戻って来てないだって!?」

 

「……ええ」

 

 クジカとパルマの追撃を凌ぎ、命からがら安全地帯まで辿り着いた勇が聞いたのは、にわかには信じられない言葉だった。

 自分より早く離脱したはずのマリアがまだここに戻って来ていない……真美からそう告げられた勇は血相を変えて彼女に詰め寄る。

 

「ど、どういうことだよ!? マリアは俺よりも早く戦闘から離脱したんだ! その後、十分に時間だって稼いだ! ここに戻って来られてないはずが……」

 

「それなら……きっと、ここに戻ってくるまでの間に何かがあったのよ。エネミーに襲われたとか……」

 

「そ、んな……!?」

 

 勇はその光景を想像し、絶望した。疲弊しきった体で逃げ延びているマリアに伸びる魔の手。それに捕まったマリアが傷だらけになっている光景を想像した勇は我慢出来なくなり、マリアを探しに行こうと立ち上がるが、真美に止められてしまった。

 

「龍堂! 後から戻って来たあなたがマリアを見てない以上、撤退ルートにマリアはいないって事になるわ。今から闇雲に探しても、あなたまで行方不明になる可能性が高いのよ!」

 

「くっ……!」

 

 分かっていた。自分の体も傷ついている、エネミーに襲われれば一たまりもないだろう。

 その事を理解した勇は悔しさと心の中の激情を抑えて歯を食いしばる。そして、他にも生死が分からなくなっている生徒はいないか真美に確認を取った。

 

「……他に、行方不明者はいないのか?」

 

「ええ……行方不明者はマリアだけよ。負傷者たちも大半は平気だけど……」

 

「だけど? おい、誰かがやばいのか?」

 

「……虎牙よ」

 

 再び自分に詰め寄って来る勇に対し、やや迷った表情を見せた後で真美はそう告げた。

 一番の重傷を負った人間が自分の親友だと知った勇は、先ほどと同じくらいの動揺を見せながら彼女に問いかける。

 

「謙哉はどうしちまったんだよ!? エネミーに襲われたのか!?」

 

「……撤退途中にエネミーが出て、水無月一人じゃ対処が追いつかなかったの。それでまた、オールドラゴンになって……」

 

「あの……馬鹿野郎! なんで無茶したんだよ!?」

 

「虎牙は正しい判断をしたわ。あそこであいつが戦ってくれなきゃ全滅もありえた……そう責めないであげて」

 

 机に拳を叩き付けて叫んだ勇を真美が嗜める。しばし肩を上下させて荒い息を繰り返していた勇だったが、ゆっくりと顔を上げると真美に謙哉の容態を聞いた。

 

「それで、謙哉の容態は……?」

 

「……意識不明の重態よ。一時心停止にまで陥ってたみたい。いつ目が覚めるかも分かってないって……」

 

「そんな……謙哉……」

 

 予想以上に悪いその報告を受けた勇はその場にがっくりと膝から崩れ落ちた。悔しさに拳を握り締めることも無く、ただ呆然とした表情を浮かべている事しか出来ないでいる。

 そんな時だった、彼を責める声が聞こえてきたのは……

 

「……だから言ったじゃないか、皆で撤退しようって……!」

 

「こ、光牙!?」

 

「皆で撤退していれば、マリアだってこの場にいたかもしれない! 虎牙くんだって無理をする必要は無かった! この事態は、君の判断ミスが引き起こしたものなんだぞ!」

 

「何を言ってるの光牙! もう止めなさい!」

 

「俺の……せい……?」

 

 慌てて真美が光牙を止めるも、時すでに遅し。光牙の言葉は勇の傷ついた心を抉り、彼を苦しめるのには十分だった。

 

「君の自己満足が招いた結果だ、何が奇跡を起こすだよ……そんな事、出来やしないくせに!」

 

「光牙、もう止めてっ!」

 

「お、俺が……俺の、せいで、二人は……!」

 

 手が震え、吐き気がしてくる。己のせいで友人が死に掛けていると言う事実が、勇の心を激しく揺さぶる。

 本当は一切彼に責任はないはずだ。彼は出来る事をし、見事に全員の撤退を手助けして、自らも生還した。十分過ぎるほどの戦果だと言えるだろう。

 

 だが、今の勇にはそれを冷静に判断する余裕が無かった。心の傷は深く、それを慰めてくれる友人たちもこの場にはいない。全ては自分の責任だと頭を抱え、苦しみのままに叫ぶことしか勇には出来なかった。

 

「あ、ああ……うわぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

 地面に突っ伏し、泣き叫ぶ勇。そんな彼の姿を光牙が薄ら笑いを浮かべて見下ろしている。

 

(……ありがとう、マリア。やっぱり君の死は無駄では無かったよ。この男の心を追い詰めるのに十分に役立ってくれたね……!)

 

 その心の中を見透かせるものなど誰にもいない。だが、彼のすぐ傍では、真美が今の彼の事を不審に思いながらその笑みを見ていたのであった。

 

 

 



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喪失

 ソサエティ攻略の名門校、虹彩学園がガグマの討伐に挑み、そして敗北したと言うニュースは、同じくソサエティの攻略を目指す日本中の学校に瞬く間に広がった。

 ドライバー所有者を数多く有し、またディーヴァを擁する薔薇園学園との連携をもってしてもガグマを倒せなかったと言う事実は数多くの生徒や教師たちを震え上がらせたが、それ以上に一部の学園の中ではある動きが目立ち始めていた。それは、ガグマとの戦いに敗れたことによって戦力と威厳を失った両校に代わり、自分たちの学園がソサエティ攻略の最前線になろうとするものであった。

 

 中堅、もしくは虹彩学園の後塵を拝していた名門校の数々がこぞって積極的にソサエティの攻略に乗り出し、日本政府に自分たちの活躍をアピールする。政府からの支援を受けられれば、もしかしたら次に量産されたドライバーを受け取れるかもしれない……そんな考えを持った各学園の試みは日本中で行われていた。

 

 それに対して虹彩学園側はこの戦いで得たガグマの貴重な情報を開示することで決してこの戦いが無意味ではなかったということをアピールしようとした。ガグマのレベル、そして「譲渡」の能力がわかったことは、非常に大きな戦果であったと主張したのだ。

 しかし、それをもってしてもギアドライバー一機を失ったことによる損害と生徒たちの受けた被害を帳消しにすることは出来なかった。少なくとも、今の虹彩学園にはソサエティ攻略校の日本代表という看板を掲げるには疲弊しすぎていた。

 

 生徒も学園も大きな損害を受けたこの戦いから三日が経ったが、未だにガグマから受けた傷はその爪痕を深々と残している。肉体的、精神的に大きな傷を負った生徒たちはその傷を癒すことを優先としていた。

 だが、現状の虹彩学園の中で唯一まともに戦える仮面ライダーである勇は、休息を取る事も無く連日ソサエティへと繰り出していたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

 ゲートを潜り抜けて虹彩学園に戻って来た勇は荒い呼吸を繰り返しながらポーチからペットボトルを取り出した。入っていた少ない量の水を飲み干し、暫し呼吸を整える為にそのまま静止する。

 ほんの少しだけの休憩を取った勇は振り返ると今しがた自分が通って来たゲートを睨む。そして、再びソサエティへと突入しようとした。

 

「待って下さい、勇さん!」

 

 だが、その行動を駆けつけた天空橋が止める。事後処理に追われている彼の顔には疲れの色がありありと浮かんでいるが、それでも今の勇よりかはましに見えた。

 

「もう三日間ぶっ通してソサエティに潜っているじゃあないですか! 気持ちはわかりますが無茶です! 少しは休んでください!」

 

 勇の腕を掴み、彼の無茶な行動を咎める天空橋。彼の言うとおり、勇はあの激しい戦いが終わってから休みもせずに延々とソサエティに入り浸っていた。

 間違いなく誰よりも疲弊し、傷ついているであろう勇がそうまでする理由がわからないわけでは無い。だが、それで彼まで倒れたら無事に帰ってこられた意味が無いのだ。

 

 天空橋は必死になって勇の説得を試みる。だが、当の勇はそんな彼の手を振りほどくと短い言葉でそれを拒絶した。

 

「うるせえ、ほっといてくれ」

 

「勇さん!」

 

 天空橋の叫びも無視してゲートを潜った勇は、再びソサエティの中へと姿を消してしまった。そんな彼の背中を見ていることしか出来なかった天空橋の背後からスーツ姿の女性が近づいてくる。

 

「彼は聞く耳を持たないみたいだな」

 

「命さん……! ……ええ、誰の話も聞いてくれないんです」

 

「……もう三日か、彼は今までずっとあの調子で?」

 

「……はい、ずっとマリアさんを探しているんです」

 

 マリアの名前が出た途端、命の表情が曇った。攻略班の中心メンバーであり、慈愛に満ち溢れた彼女の笑顔を思い出した命は彼女の安否を気遣う。

 この戦いで行方不明になった彼女がどうなったかはまるで分かっていなかった。彼女の身に何が起きたのか? それを探ろうにも情報が足り無すぎたのだ。

 

 エネミーに襲われたのか、道に迷っているだけなのか、はたまた負傷して動けないのか……天空橋がマリアの着けていたゲームギアの信号を辿ろうとしたが、その信号はあまりにも微弱でなかなか位置が特定出来ないでいた。

 

「……天空橋、彼女は生きていると思うか?」

 

「……いいえ、残念ですがその可能性は低いかと……」

 

「そう、だな……」

 

 天空橋の現実的な意見に同意しながら命は言葉に詰まる。だが、その考えは命も同じであった。

 もしも負傷したり遭難しているのだとしたら、真っ先にゲームギアを使って本部と通信を取ろうとするだろう。それをしないと言うことは、マリアが通信出来ない状態であることを示している。

 丸三日間、通信の無いままソサエティで過ごしている。その事実から考えてみれば、マリアの生存が絶望的なのは明らかだった。

 

「……ですが、勇さんはそうは思ってないみたいです。すぐにマリアさんを見つけてあげないといけないと言って、あの調子なんですよ」

 

「もしかしたら龍堂は、自分のせいで彼女が行方不明になったのだと思っているのかもしれないな……」

 

 自分と共に残り、味方の撤退を支援したマリアが生死不明の状況になったことで、勇は自分自身を責めているのかもしれない。そんな考えを思い浮かべた命は、それはまったくの見当違いだと思った。

 この戦いにおける最大の殊勲者は間違いなく勇だ。彼がいなければもっと多くの犠牲が出ていただろう。それは間違いない。

 だから彼が自分を責める必要はまるで無い……だが、そんな言葉を送っても、勇が自分を許せるわけが無いと言うことも分かっていた。

 

「……信号をキャッチしたらすぐに教えてくれ、捜索部隊を送る」

 

「……わかりました」

 

 すでにマリアは生きていないだろうと考えている二人は、勇が彼女の亡骸を一人で見つけ出した時の事を想像し、同じ結論を出した。少なくとも彼を現場に立ち合わせることはしない方が良いだろうと考え、秘密裏に行動を終わらせようとする。

 それは勇の事を思っての行動であったが、傷ついた彼に隠し事をすると言うことに対してほの暗い罪悪感を抱えた大人二人は、何も言うことも無く目の前のゲートを見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『勇さん』

 

 瞳を閉じれば瞼の裏に笑顔が浮かんで来る。優しくて輝く様なその笑顔を思いだしながら、自分の名を呼ぶマリアの姿を思い浮かべる。

 

「マリア……!」

 

 行方不明になってしまった彼女の名前を呼びながら、勇はあの時マリアが自分と共に残ることを許してしまったことを後悔していた。

 自分の無茶な作戦に付き合わせたせいでマリアは行方不明になってしまった。あの時、光牙たちと一緒に撤退させていればこんな事にはならなかったかもしれない……そんな後悔を抱えた勇の脳裏には、また別の言葉が浮かんでいた。

 

『君の自己満足が招いた結果だ、何が奇跡を起こすだよ……そんな事、出来やしないくせに!』

 

「くっ……!」

 

 光牙に言われた言葉が勇の胸を締め付ける。その言葉は、自分のせいでマリアが苦しんでいるのだと勇に思わせるには十分な威力があった。

 

「……ああ、そうだよ。俺のせいさ……だから、その責任は果たさないとならねえんだ……っ!」

 

 苦しげに呟いた勇は森の中を歩み続ける。慰めも労わりも無いまま自分を責め続けながら、勇はマリアの捜索を続けていた。

 

「……ここ、は……!?」

 

 茂みを抜け、少し開けた場所に出る。勇の眼前には、あの崖が広がっていた。

 

「……この下、まだ調べてねえな」

 

 崖下に広がる闇を見つめながら勇が呟く。彼の心の中では、この後どうするかなど既に決まっていた。

 

「……行くか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っっ……!」

 

 カードを使って浮遊効果を得た勇は、変身したまま崖の下へと降下して行った。浮遊と言ってもごく僅かな効果である為、しっかりと移動する場所を考えねばならない。

 自分が立っている足場が崩れたことに小さく呻いた勇は、すぐに次の足場へと飛び移ると下方向を見る。だいぶ降りてきたもののまだ先は深そうだ。

 

「ん……?」

 

 不意に勇の耳が何かの音を捉えた。水の流れる音に似ていると思った勇は、耳を澄ませてその音を聞き取る。

 

「……やっぱり水の音だ。ってことは、この下は川になっているのか?」

 

 下に降りて行くごとにその音は大きくなっている。あまり激しくない流れの音を聞きながら崖下へと向かって行った勇はついに一番下が見える場所まで辿り着いた。

 

「やっぱりそうだ! 川になってやがる!」

 

 緩やかに流れる川の姿を見て取った勇は自分の予感が正しかったことを喜んだ。見た感じだと深さもかなりありそうだ。その事に気がついた勇の表情に笑みが浮かんだ。 

 

 もしも何らかの理由でマリアが足を滑らせ、この崖の下に落ちて行った場合……この川に落下したのならば、十分に生存の可能性はある。

 着水し、落下の衝撃で気を失ったマリアはそのまま流されて行ったとしたならば、この先にもしかしたら彼女が居るかもしれない……そんな考えを思い浮かべた勇は川の下流へと視線を移す。

 

「……水泳の時間だな」

 

 意を決して水中へと飛び込んだ勇は川の流れに従って下流へと泳いで行く。この先にマリアが居ることを信じながら、勇は冷たい水の温度に耐え続けて先へと進んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……?」

 

 川の先は洞窟だった。真っ暗で何も見えない洞窟の中を見た勇はホルスターからカードを取り出すとそれを使用する。

 

<フラッシュ!>

 

「よし! これで……」

 

 ドライバーから光が放たれ、周囲の闇を明るく照らし始めたことを見た勇は洞窟の先へと進んで行く。周囲を確かめ、マリアの姿が無いか目を凝らしながら先へと進む彼の目にそれは映った。

 

「あっ……!!!」

 

 ライトが照らし出したピンクのポーチ。それは、マリアが装備していた物とそっくりだった。

 多少汚れてはいるが、彼女の持っていた物に間違いないと思った勇は確信を強める。間違いなくこの先にマリアが居るのだと思いながら勇は洞窟の奥へと駆けて行く。

 

 そしてついに……勇は、ずっと探し続けていた彼女の姿を見つけ出すことが出来た。

 

「あ、あ……!」

 

 洞窟の中、少しだけ広くなったスペースの中に体を丸める様にして寝そべる彼女。金色の髪は薄汚れ、体や顔に痛々しい傷はあるものの命に別状はないようだ。

 

「マリア! マリアっ!」

 

 マリアの名を叫びながら彼女に近寄った勇はその体を揺らして彼女を起こそうとした。服は水に濡れ、体温の低下を招いているが、確かに彼女の体には熱がある。マリアは生きているのだ。

 

「ん……」

 

「っっ……! マリアっ!!!」

 

 ゆっくりと、勇の目の前でマリアが目を開いた。青色の瞳の中に映る自分の顔を見た勇は笑みを浮かべたまま彼女を見つめる。

 マリアが生きていたことを喜ぶ勇だったが、自分を見る彼女が何も言わないままでいることをおかしく思った勇は笑みを浮かべたままもう一度彼女の名を呼んだ。

 

「マリ、ア……?」

 

 意識は覚醒しているのだろう、自分を見る彼女の目には光が灯っている。だが、そこにはどこか怯えの色も見て取れた。

 何故自分のことをそんな目で見るのだろうか? そんな疑問を浮かべた勇が聞いたのは、信じられない一言だった。

 

「あなたは……誰、ですか?」

 

「え……?」

 

 笑顔が凍り付く、何かの冗談だろうとマリアのことを見つめる。

 しかし、マリアの表情には一切のふざけた様子は無く、恐怖の色を見せながら勇に対して話を続けていた。

 

「何で私のことを知っているんですか? ここはどこなんですか? 私は……私に何が起こったんですか!?」

 

「え? え?」

 

「わからないんです……。気がついたらここに居て、寒くて、苦しくて、恐くって……ポケットの中に食料があったから生きて居られましたけど、でも、なんでこんな事に……?」

 

「わから、ない……?」

 

「帰りたい、帰りたいです……! 光牙さん、真美さん、櫂さん……A組の皆に会いたいよぉ……うわぁぁぁぁん……」

 

 ぽろぽろと目から涙を流して弱音を口にするマリアの姿を見た勇は、頭をハンマーか何かで殴られた様な衝撃を感じていた。

 光牙やA組のことは覚えているのに自分のことや直前の出来事は覚えていない……一体マリアの身に何が起きてしまったのか? 疑問を浮かべた勇だったが、周囲に気配を感じて後ろを振り向くとそこには数体のエネミーが二人を取り囲む様にして姿を現していた。

 

「グロロロロ……!」

 

「き、きゃぁぁぁっっ!!!」

 

「マリアっ!?」

 

 エネミーの姿を見たマリアが悲鳴を上げるとぐったりと動かなくなった。気を失った彼女のことを心配する勇だったが、マリアの声に興奮したエネミーが飛び掛ってきた為にそちらの相手を優先せざるを得なくなってしまった。

 

「くそっ! 邪魔すんじゃねえっ!」

 

<ディスティニー! チェンジ ザ ディスティニー!>

 

 瞬時に変身、飛び掛ってくるエネミーの胴を剣で斬り裂いて一刀両断にすると、勇はまだ残っているエネミーへと視線を向けた。

 

「グ、グルルルルゥゥ……!」

 

「……来るなら来いよ。ただし、手加減は出来ねえぞ」

 

 威圧感を放ちながらそう告げる勇に対し、エネミーたちは怯んだ様な素振りを見せた。それでも闘争本能を抑え切れなかった一体が勇へと襲い掛かるも、攻撃を仕掛ける前に勇の一撃が炸裂する。

 

「おらぁっ!!!」

 

「グギャァァァッッ!!?」

 

 まるで手も足も出ない、そのことを理解したエネミーたちは蜘蛛の子を散らす様にその場から逃げ出して行った。

 あっけない戦いの終わり、それを確認した勇はすぐさまマリアに近づくと彼女の体を抱え上げる。

 

「……心配すんな、もう大丈夫だから……!」

 

 気を失った彼女に自分の言葉など届いていないと分かっていながら、勇はマリアに対する言葉を止めることは出来なかった。思いが言葉となって溢れ、心を締め付ける。

 

「大丈夫だ、お前を傷つけようとする奴はもう居ないから……! もう安心して良いからな、マリア……!」

 

 洞窟の出口へと歩き出しながら、勇は覚悟を決めていた。一度マリアの顔を見つめると、勇は小さく呟く。

 

「お前は誰にも渡さない……! もう誰にもお前を傷つけさせない……! お前は、俺が守るから……!」

 

 決意の言葉を口にしながら歩き出す勇。そんな彼が知る由も無いことだが、今の彼の姿は、かつて光牙が予知で見た光景とまったく同じものだ。

 そのことは勇にもマリアにも、この場にいない光牙にも分かる訳が無い。だが、またしても光牙の見た光景が現実となったことだけは確かであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「記憶喪失……?」

 

「ええ、そう言う事になると思われます」

 

 勇によって発見され、虹彩学園係りつけの病院に担ぎ込まれたマリアはすぐにそこで医師の診察を受けた。

 その結果、彼女はおよそ一年ほどの記憶を失っているという診断が下ったのだ。その事実を医師から聞いた勇はショックを隠せないでいた。

 

 ここ一年の記憶を失っているとするならば、自分がエネミーと戦い始めたと言うことも二年生に進級したと言うことも覚えていないのだろう。当然、数ヶ月前に出会った勇のことなど記憶にあるわけがない。

 勇はマリアの中から自分の存在が消えてしまったという衝撃的な現実を必死になって受け止めようとしていたが、やはりショックが大きすぎた。顔色を蒼白にした彼のことを気遣いながらも医師は説明を続ける。

 

「落下の際の衝撃が原因か、はたまた精神的なショックが原因かはわかりませんが……今の所、それ以外には問題点が見つからない点が不幸中の幸いですね」

 

「……記憶が戻る可能性はあるんですか?」

 

「難しいとしか……全てを完璧に思い出すと言うのはまず無理でしょう」

 

「そう、ですか……」

 

 医師の言葉を聞いた勇はがっくりと肩を落とした。もしかしたらマリアは二度と自分のことを思い出してはくれないのかもしれない。そんな恐怖を感じて胸をぐっと抑えた勇は、背後の扉が開く音に気がついて振り返った。

 

「そこから先の話は俺が聞きます」

 

「こ、光牙!?」

 

 開いた扉の先にいた人物を見た勇は驚きの声を上げた。光牙はそんな勇の声を無視して部屋の中に入ってくると一度勇の顔を見てから医師に話の続きを促した。

 

「彼は患者と数ヶ月前に出会ったばかり、当然彼女の記憶の中に彼は存在していません。ですが、俺は違う……俺なら、彼女の記憶を取り戻す手伝いが出来る」

 

「待てよ光牙! いきなり出てきて何を……!?」

 

 自分のことを無視した光牙に食って掛かる勇だったが、思い切り腕を後ろから引っ張られてその動きを止めた。

 驚いて振り返った勇が見たのは、申し訳なさそうな表情で自分の腕を掴む真美の姿であった。そのまま彼女に引っ張られて部屋の外へと連れ出されて行く勇を見送った光牙は、満足そうに微笑むと医師に言う。

 

「さあ、治療方法を話し合いましょう。俺に出来ることならば何でもしますから……!」

 

 医師は多少の戸惑いを見せたものの光牙の持つ清廉潔白な雰囲気と真剣さに押されてしまった。

 勇に取って代わった光牙はそんな医師と会話を続けながら、心の中で黒い笑みを浮かべていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願い龍堂! 光牙にマリアを任せてあげて!」

 

「お、おい!? 顔を上げろって!」

 

 同じ頃、別の部屋では真美が床に手を着いて勇に懇願の言葉を口にしていた。プライドの高い真美のそんな姿を見た勇は戸惑いながらも彼女にそれを止める様に言う。

 

「止めてくれよ、なんでお前がそんな真似を……!?」

 

「……光牙は今、精神的におかしくなってるわ。意気込んでいたガグマとの戦いに敗れ、親友の櫂も失ってしまった……光牙には支えが必要なのよ!」

 

「あいつの気持ちもわかるさ。けど、何でそれがマリアをあいつに任せる事に繋がるんだ?」

 

「……あなたは気がついてないかもしれないけど、光牙はマリアに思いを寄せているのよ。マリアの力になって彼女から頼られれば、きっと光牙も精神的に持ち直すわ」

 

「ちょっと待てよ! それってマリアを利用することになるんじゃねえのか!? 今一番しんどいのはマリア本人のはずだ、あいつを振り回すわけにはいかないだろ!?」

 

 やや身勝手にも聞こえる真美の言葉に反発する勇。しかし、真美は瞳に涙を浮かべたまま勇へと懇願を続ける。

 

「わかってるわ! でも、今は光牙が持ち直せるかどうかの瀬戸際なの! もしも光牙がこのまま潰れてしまえば虹彩学園は終わりよ! そうならない為にも出来る事はしてあげたいの!」

 

「けど、けどよ……!」

 

「それに……私たちはマリアの事をあなたよりもよく知ってるわ。マリアだって、記憶にないあなたよりも光牙の方を信頼してるんじゃないかしら?」

 

「っっ……!?」

 

 真美の言葉に勇がたじろぐ。洞窟の中でマリアが口にした言葉を思い浮かべた勇は、再び自分はもうマリアの中には存在していないという事実を痛感した。

 

『光牙さんに会いたいよぉ……』

 

 子供の様に泣きじゃくり不安を口にしたマリアが頼ったのは光牙だ。自分では無い。

 そして真美の言うとおり、光牙は自分の知らない昔のマリアを知っている。それらの事実を考えれば、どちらがマリアの傍に居るべきかは一目瞭然だった。

 

「お願い龍堂……! 光牙の好きにさせてあげて! もちろん、マリアがあなたの事を思い出す様に努力はするわ! だから……」

 

 もう一度真美が床に頭をつけて土下座をする。俯いてその姿を見ていた勇だったが、やがて搾り出す様な声を出して震えながら返事をした。

 

「……わかった。お前たちに任せる」

 

「あ……!」

 

 勇の返事を耳にした真美は表情を明るくさせて顔を上げた。勇にお礼を言おうとした彼女だったが、彼は既に部屋から出て行こうとしている。

 

「ありがとう龍堂! 必ず、あなたの期待に応えてみせるわ!」

 

 どこか小さく見えるその背中に向かって叫ぶ真美だったが、勇は振り返ることなく部屋から出て行ってしまった。多少の申し訳なさを感じながらも真美は全てが上手く行っていることに安心感を得る。

 まだ自分たちは持ち直せるはず……部屋の中にあった椅子に座った彼女は心の中でそう繰り返すと、小さく目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 無言でただ歩く勇。足取りは重く、どこかおぼつかないでいる。階段を上って屋上まで辿り着いた彼は、そのままフェンス際までやって来た。

 

「……俺、は……」

 

 この決断は正しかったのだと自分に言い聞かせる。今の自分に出来る最良の選択をしたのだと思い込もうとする。

 だが……確かに感じる胸の痛みがそれを許してはくれなかった。

 

「俺は……」

 

 マリアを失ったと思い傷つき、マリアが自分を忘れている事に傷つき、マリアに必要とされていないことに傷ついた。

 それでも、彼女を守ろうとした。そう決意したはずだった。

 

「俺は……っ!」

 

 だが、それも許されなかった。周囲の人々は自分よりも光牙がマリアの傍に居るべきだと思っているのだろう。勇もマリアに余計な不安や恐怖を与えないためにもそれが良いのだと言うことは理解していた。

 そう、理解はしていた……理解はしていたが、心がそれを納得できるかは別の話ではあった。

 

『勇さん』

 

 自分を呼んで笑うマリアの姿が瞼の裏に浮かんでは消える。もう二度と、あの笑顔は見る事は出来ないのだろう。もう自分は、マリアと元の関係に戻れないのかもしれないと勇は思った。

 

 ぽっかりと心の中に空いてしまった穴。それを埋める方法はわからず、ただ空虚さと痛みが胸を締め付ける。

 マリアが記憶を失った様に自分もまた何かを喪ってしまったのだと思いながら、勇はその場に崩れ落ちた。

 

「俺は……どうすれば良い……!?」

 

 何のために戦っているのか? 何のために戦えば良いのか? もう勇にはわからなくなってしまった。自分が何をすべきなのかもわからないでいる。

 苦しむ彼にその答えを教える者は、誰も居なかった。

 

 

 



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お父さんがやって来た!?

「………」

 

 人もまばらな病院の廊下、個室病棟の一室の前に立つ勇はネームプレートに書かれた<虎牙謙哉>の名前を見て小さく俯いた。

 マリアのことに注力し過ぎたせいで今までここに来れなかった事に対して、勇はほんの少しの罪悪感を感じながらドアノブを掴み、ゆっくりと扉を開く。

 

「……よう」

 

「……随分と遅かったじゃない。ルーデンスのことはもう良いの?」

 

「……悪い」

 

 中にはベッドで眠る謙哉と彼を見守る玲の姿があった。振り返らず、背中を見せたまま彼を責める様な言葉を投げかけた玲の返事に勇はばつの悪そうな顔をして素直に謝罪した。

 

「別に責めてるわけじゃないのよ。あなたが思いつめてることはわかってたから、本当に大丈夫なのか聞いただけ」

 

「……そうか」

 

「……座ったら? 見舞いに来たんでしょう?」

 

 短い会話の後で玲に促され、勇は彼女が差し出した椅子へと腰を下ろした。そして、目の前で眠り続ける親友の顔を見る。

 

「謙哉……!」

 

 もう三日もの間、謙哉はこうして眠り続けている。一応、天空橋から彼の状態は聞いたが、あまり芳しく無い様であった。

 命の危機は越えた。しかし、いつ目が覚めるかわからない。相当の負担がかかっていた体が回復するまでどの位かかるのかは、医者ですら判断できないと言うのだ。

 

「馬鹿よ……! 何でオールドラゴンのデメリットを教えてくれなかったのよ……!?」

 

 隣に座る玲が小さく呟く。その声には、彼女の苦しみが深く表れていた。

 

「何で……そんな無茶ばっかりするのよ? 死ぬかもしれないってわかってたでしょうに、なんでここまで……!?」

 

 謙哉に対して苦しげな声で言葉を投げかける玲。だが、謙哉がその声に反応を見せる事は無い。

 玲もそれはわかっているのだ。しかし、そうであっても彼にこう言わざるを得なかった。

 

「……俺の、せいだ」

 

「えっ……!?」

 

「俺が……謙哉の負担に気がついていれば、こんなことには……!」

 

 そんな玲の様子を見た勇は、自分を責める様にして拳を握る。堪らない悔しさを胸にかかえたまま、勇は自分の後悔を口にした。

 

「謙哉はいつだって俺の事を気にかけてくれていた……。俺がA組で孤立した時だって、代理でリーダーになった時だって、いつだって味方で居てくれた……! なのに、俺は自分のことで精一杯で謙哉の不調に気がついてやれなかった……。俺がもっとお前の事を見ていてやれれば、こんな事には……!」

 

「違う! 違うわよ! ……あんたは自分のやれる事をやった。あんたが居なければ、もっと甚大な被害が出ていたはずよ」

 

「だが、そのせいで謙哉もマリアも……!」

 

 玲の慰めに対して、勇は苦しげな声で反論しながらその言葉を詰まらせる。自分の味方をしてくれた二人を傷つける結果になってしまった己の行動を恥じ、ひたすらに自分を責める。

 後悔を抱えながら自分を責め続ける勇……彼の隣に座る玲は、そんな勇へと視線を向けると俯いて自分の胸の内を語り始めた。

 

「……あんたは悪くないわよ。悪いのは、他の奴らよ……! 相手の力量もわからないで作戦を決行する事を決めた奴とそれに賛成した奴らなのよ!」

 

 ぐしゃり、と玲はスカートの端を握り締めながら呟く。その表情には、仲間たちへの怒りが映っていた。

 

「白峯も美又も城田も……私たち反対する人間を除け者にして、無理に作戦を進行した。葉月もやよいも、それに賛成して何も言わなかった……! そのせいでこんな事に……!」

 

「水無月、そんな事を言うもんじゃ……!」

 

「いいえ! ここで言わないでいつ言うのよ!? 誰のせいでみんなは、謙哉は、こんな目に……っっ!」

 

 自分を窘める勇の言葉を跳ね除け、玲は仲間たちに対する恨みの言葉を口にし続ける。その瞳には怒りの炎が燃えていた。

 

「私、皆を許せない……! 作戦の指揮を執っていた白峯や美又、賛成していた葉月ややよい! 他の皆を許すことはできない……! でも、でも……っ!」

 

 仲間を、友人を恨む玲。だが、途中で言葉を途切れさせるとスカートを握っていた手を開いた。

 腕は脱力し、だらりと椅子の下へと垂れ下がる。先ほどまで怒りの炎を燃えさせていた瞳からはそれが消え失せ、代わりに大粒の涙が溢れた。

 

「今、一番許せないのは自分自身よ……! 私が、もっと強ければ……! 一人で撤退を援護することが出来ていたら……!」

 

「水無、月……」

 

「いつだってそう! 私は守られてばっかりで、強がっても一人じゃ何も出来なくて……謙哉に無理ばっかりさせて……そのせいで、謙哉は……!」

 

 涙を零しながら自分を責める玲。そんな彼女の姿を見た勇は彼女もまた自分同様に後悔を抱えている事に気がついた。

 もっと強ければ、もっと良い方法を思いつけていれば……そんな後悔を抱えながら、玲もまた自分を責めているのだ。

 

 勇は涙を流す玲をどう慰めれば良いかわからず、黙って俯いていた。自分が何を言っても虚しいだけだろうとわかっていたからである。

 重苦しい沈黙が部屋の中に漂う。ただ俯き、自分を責め続ける二人は悔しさに震えるばかりだ。

 

 そんな時だった。二人のの背後から声が響いたのは

 

「そんな事を言うもんじゃありませんよ」

 

「えっ……!?」

 

 突如として自分たちに投げかけられた言葉を聞いた二人は、驚いて顔を上げて振り向く。病室の入り口、開いた扉……そこに声の主は立っていた。

 

「そんな風に自分を責めるものじゃありません。それに、女の子が泣いてちゃあ可愛い顔が台無しじゃない」

 

「あなたは、もしかして……?」

 

 部屋の中に入ってきた老婆は、鞄からハンカチを取り出すとそれで玲の涙を拭った。そうした後で笑う彼女の表情を見た勇は、彼女のその笑顔に見覚えがあることに気がつく。

 今、自分たちのすぐ後ろで眠っている謙哉。彼が笑った時と良く似た笑顔を見せた老婆は、ぺこりと頭を下げて二人に挨拶した。

 

「はじめまして、虎牙たまと申します。謙哉の祖母です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そう。あの子、そんなことを……」

 

「すいません、俺たちにもっと力があれば……」

 

 病室に現れた謙哉の祖母、たま。彼女にことのあらましを詳しく説明した勇は己の不甲斐なさに俯きながら謝罪の言葉を口にした。

 もっと自分が良い方法を取っていれば……そう考えて自分を責める勇だったが、その肩を優しく叩かれて顔を上げた。

 

「大丈夫、あなたたちは何も悪くないわ……。自分を責める必要なんて、どこにもないのよ」

 

「でも、俺たちのせいで謙哉くんは……」

 

「いいえ、この子がこうなったのはこの子が選んだ道を突き進んだからよ。この子は、自分の選択に後悔はしていないはず。だから、あなたたちが気に病む必要なんてないの」

 

 優しく勇と玲を慰めるたま。玲は、そんな彼女に一つの質問を投げかけた。

 

「あの、謙哉……くんは、自分が仮面ライダーだってことご家族には言っていたんですか?」

 

「……いいえ、何も聞いてなかったわ。でも、そうなんじゃないかって思ってたのよ」

 

 そう言いながらたまは眠る謙哉の傍へと近づく。彼の横顔を見つめるたまの口元には、悲しみと優しさの篭った微笑みが浮かんでいた。

 

「テレビで青い仮面ライダーのニュースを見るとね、なんだかこの子の事を見ている気分になったの。不器用だけど誰かの事を守るために必死なこの子そっくりだなあ、って思っちゃってね……それにこの間、この子が悩んで帰って来たことがあったのよ。その時のこの子の顔、戦っている人間の顔だったわ。だから、この子が仮面ライダーなんじゃないか、って薄々感づいてはいたのよ」

 

 そう言いながらたまは謙哉の頭を撫でる。愛しい孫の眠る姿を見ながら、彼女は何を考えているのだろうか?

 勇も玲もそんなたまの事を黙って見ていると、今度は逆に彼女の方から二人へと質問が投げかけられた。

 

「……お二人から見て、この子はどんな子かしら? 良い子? それとも悪い子?」

 

「……自慢の親友です。俺の事をいつでも気にかけてくれて、しんどい時は励ましてくれて……でも、俺はそんな謙哉を守る事が……」

 

 たまの質問に答えながら、勇は瞳に涙を浮かべた。今までずっと謙哉は体に負担のかかるオールドラゴンを使い続けて来た。その際に彼の不調に気がつけていればこんな事にはならなかったかもしれないのだ。

 またしても自分の事を責める勇。そんな彼の耳にたまの声が届く。

 

「あなたは何にも悪くないわ。悪い子がいるとしたら……それはきっと、この子自身よ」

 

「えっ……!?」

 

「人間ってね、自分以外の人間の運命を変えることは一人では出来やしないの。だって、どんなに頑張ってもその人の意思一つですべてが決まってしまうから……人が、自分以外の人の意識をコントロール出来ない様に、他の人間の運命をコントロールすることなんて出来やしないのよ」

 

「運命は、変えられない……? だとしたら、俺は……」

 

 たまの言葉に勇は自分の戦ってきた意味を考える。自分が戦ったおかげで誰かが助かったとしたなら、そこに意味があると考え続けてきた。

 だが、自分が戦っても何の運命も変えられないとしたら? 悲劇は舞い降りると前もって知っておきながら、自分はそれを変える事は出来なかった。だとすれば、自分の戦いに意味はなかったのでは無いだろうか?

 

(俺は、何も変えられなかったのか……?)

 

 今までの戦いも、これからの戦いも無意味なものだったのだろうか? そんな勇の考えを見通したかの様にたまは首を振ってそれを否定した。

 

「最後まで話を聞いて頂戴。確かに人は誰かの運命を変える事は出来ないわ。でも、それは大きな運命の流れに関しての話、小さな運命ならばいくらでも変えられるの」

 

「小さな、運命……?」

 

「そうよ、誰かが傷つくと言う運命はどうあがいたって変えられないかもしれない。でも、そこで誰がどの位傷つくのかを変えることは出来るかもしれない。あなたたちがそうした様にね」

 

「俺たちが……?」

 

「……もしもあなたたち三人がこの作戦に参加しなかったら、被害はもっと甚大なものになったんじゃないかしら? たくさんの子供たちが命を落として、もしかしたら誰も帰還することは叶わなかったかもしれない。それが、行方不明者一名と意識不明の重体が一名……これは、あなたたちが運命を変えたって言えるんじゃないかしら?」

 

「……私たちが負けると言う運命は変えられなかった。でも、そこから先の行動で、負けた後のみんなの運命を変えたってことですか?」

 

 玲の発言にたまは微笑みながら頷く。そして、二人の顔を見ながら話を続けた。

 

「あまり思い上がってはいけないわ。どんなに強い力を得た所で、人が一人で変えられる運命なんてたかが知れてるもの……大きな運命のうねりは、そう簡単には止められないのよ」

 

「だとしたら、俺たちは何のために……」

 

「……この話で一番大事なことはね、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのよ」

 

「えっ……!?」

 

「人は、他人の運命を簡単に変えることは出来ない……でも、自分の運命ならば自分の選択一つで変える事が出来るわ。あなたたちが戦う理由は、自分の運命を決めるためにあるんじゃないかしら?」

 

「俺の、運命……」

 

 たまの話を聞いた勇は、左胸を抑えながら呟いた。今まで自分は、自分自身の運命を決めるために戦って来たのだろうか?

 誰かのためにと戦い続けてきたこの数ヶ月。その間、自分はどんな運命を選択して来たのだろうか?

 

「……でも、この子はその選択を間違えちゃったみたいね。あなたたちみたいな良いお友達を悲しませるなんて、本当に馬鹿な子よ……」

 

 勇が最後に見たのは、そう言いながら謙哉の頭を撫でるたまの寂しそうな横顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そう、だったんですか……そんなことが……」

 

「ああ、すべてはあの男……龍堂勇のせいなんだ」

 

 マリアへ憎々しげな表情を見せながら光牙はそう吐き捨てる。そして、彼女に対して話を続けた。

 

「彼が手柄を立てようと無茶な足止め作戦を立案し、君を巻き込んだせいでこんなことになったんだ……大人しく俺たちと一緒に撤退していれば、こんなことには……」

 

 そう言うと光牙は少し悲しげな表情を見せた。俯き、首を振りながら自嘲気味に呟く。

 

「……いや、俺の責任だ。俺が奴の手からマリアを守れていれば、記憶喪失になんかならなくて済んだのに……!」

 

「そんな……! 光牙さんの責任ではありませんよ! 櫂さんが倒されて、光牙さんだって動揺してたんでしょう!? 冷静な判断が下せなくっても仕方がありませんよ!」

 

「マリア……ありがとう……!」

 

 瞳に涙を浮かべながらマリアの手を取る光牙。彼女の目をまっすぐに見ながら、力強く語りかける。

 

「約束する……! 俺は、今度こそ君を守ってみせる! こんな悲劇を二度と繰り返さないことを君に誓うよ!」

 

「光牙さん……!」

 

「……だから、君も龍堂勇には気をつけるんだ。奴と接触すると何をされるか分からないからね」

 

「……はい、そうですね。出来る限り二人きりにならない様にします」

 

「ああ、それが良い! そうだ、真美が言っていたんだけどね……」

 

 マリアの返答に笑みを浮かべると光牙は明るい話題へと話を変えた。自分の話で笑顔を見せるマリアを見ながら心の中で彼は思う。

 

(……上手くいった。これで、計画は完璧だ……!)

 

 マリアが発見されたと聞いた時、光牙はかなり焦った。自分がマリアを突き落としたと知られれば、文字通り自分はお終いだ。勇者どころか犯罪者になってしまうだろう。

 だが、神は光牙に味方した。都合良く記憶喪失になったマリアは、自分が光牙に陥れられたと言う記憶を失っていたのだ。それどころか、目の上のたんこぶである勇との記憶を失っていた。

 

(今のマリアはあの男のことを覚えていない! まだあの男に狂わされていないんだ!)

 

 勇と出会う前のマリア。光牙のことを慕い、信頼を寄せていてくれたマリア。

 今のマリアはあの頃の彼女だ。光牙のことを疑いもせず、彼の話をすんなりと信じてくれている。

 光牙はこれを神の啓示だと受け取った。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 いつだって自分の傍に置き、彼女を監視する。都合の悪い情報は与えず、光牙を崇める存在へと育て上げる。勿論、勇と接触させるなどあってはならない。彼に何を吹き込まれるかわからないからだ。

 こうして今度こそ、マリアを自分の理想の女神へと育て上げるのだ。これは、勇気を出して彼女を突き落とした自分へ与えられた神からの褒美……でなければ、こんなにも自分にとって都合の良い展開が起きるわけもない。

 

 現実はゲームとは違う。一度きりの人生、リセットは利かない。だが、今回は違う。マリアは、()()()()()()()()()

 ここからまたリスタートすれば良い。そう、自分の勇者への道の第一歩は、ここから始まるのだ。

 

(上手くいく、上手くいくさ……! これもまた、試練なんだ……!)

 

 光牙はそう自分に言い聞かせた。二度と同じ失敗はしない。敗北を糧に成長することが重要なのだと言い聞かせた。

 新たなる自分の物語の始まりを感じ、胸を高鳴らせていた彼であったが……不意に現れた乱入者によって、その高鳴りは打ち消されることになる。

 

「……ん?」

 

「光牙さん、どうかしましたか?」

 

「いや、部屋の外から声がした様な……?」

 

 マリアの個室の出入り口である扉の外から声が聞こえた気がした光牙は、その方向へと視線を向けた。すると、それと同時に扉が開き、一人の男性が姿を現す。

 部屋の中に入って来たのは、スーツを着た中年の紳士であった。彼の顔を見た光牙は、はっと息を呑む。

 金色の髪と青色の眼……自分の隣にいるマリアと同じ特徴を持つ彼の顔を見た時、光牙は紳士が何者であるかに気がついた。

 

「おお……マリア……! 良くぞ無事で……!」

 

「お父、様……!? どうしてここに!?」

 

 マリアの声を聞いた光牙はその予感を確信へと変えた。やはり彼は、マリアの父親だったのだ。

 そんな風にいきなりの親の登場に面食らっている光牙を置いて、ルーデンス親子は嬉々とした表情で会話を始めた。

 

「ドクターから聞いたぞ、記憶喪失らしいな……。だが、私の顔を忘れていなくて本当に良かった!」

 

「ご心配をおかけしました。ですが、記憶喪失以外は特に目立った後遺症も無く、その内無事に退院出来そうです」

 

「そうか! それは良かった!」

 

 完全に置いてきぼりを食らった光牙の横で親子の会話を繰り広げる二人。そんな彼らに対してどうすべきか光牙が困惑していると、マリアの父が彼の顔をちらりと見てから娘に問いかけた。

 

「ところで……さっきから気になっていたのだが、彼は誰かね? まさかお前のボーイフレンドか?」

 

「ち、違いますよ! 彼は、白峯光牙さんと言って、虹彩学園に転校して以来、私のことを気にかけてくださっている方です! ソサエティ攻略のリーダーで、仮面ライダーでもあるんですよ!」

 

「ほう……そうか、彼が……」

 

 誇らしげに光牙を紹介するマリア。娘からの話を受けたマリアの父親は、光牙に対して難しい表情を向ける。

 

「光牙さん、紹介しますね。 私の父親のエドガー・ルーデンスです。フランスからわざわざ来てくれたみたいで……」

 

「マリア、もう結構だ。……光牙くんと言ったね? 君がソサエティ攻略のリーダーと聞いたが、つまりは娘をこんな目に遭わせた責任は君にあると言うことかな?」

 

「!?」

 

 マリアの言葉を遮ったエドガー氏は、光牙に対して辛辣な言葉を発した。その表情にはさきほどまで娘と話していた時のにこやかさは無く、静かな怒りが燃えている。

 

「……そう、なります」

 

「歯切れの悪い回答だな。自分のせいで誰かが苦しんでいると言う自覚はあるのかね?」

 

「お父様! 光牙さんを責めるのはやめてください! 光牙さんは十分に頑張って……」

 

「その結果がこれだ。頑張ったから責めないでくれなどと言う甘っちょろい考えは通用しない。特に、命の懸かっている戦いの場ではね」

 

 エドガー氏は光牙を追い詰めていく。一歩間違えれば娘が命を落としていたのだから、彼のこの行為は当然だろう。光牙もマリアも、彼の剣幕に対して何も言えなくなってしまった。

 

「……マリア、私が日本に来たのはお前の見舞いのためだけでは無いんだ」

 

「えっ……!?」

 

「お前をフランスに連れ帰る。もうこんな危険なことにお前を関わらせるわけにはいかないからな」

 

「そ、そんなっ!?」

 

 エドガー氏の突然の宣告に驚きを隠せない光牙とマリア。困惑する二人を無視して、エドガー氏は話を続ける。

 

「飛行機は明日の便を予約してある。フランスの大病院にもベッドを取った。明日、お前は私と一緒に国に帰るんだ」

 

「待ってください! そんな急に言われても、私は……」

 

「急に、と言うのなら、それはこっちの話だ。お前が行方不明になったと聞かされて私と母さんがどれだけ心配したと思う?」

 

「っっ……!」

 

 両親に心配をかけてしまったと言うことを聞いたマリアは、それだけで何も言えなくなってしまった。黙り込む彼女に向けて、エドガー氏は瞳に涙を浮かべたまま語りかける。

 

「……やはり、お前を日本に留学などさせるのでは無かった。世のため人のためとソサエティの攻略を志したお前に憎まれてでも止めるべきだった。そうすれば、こんな事には……」

 

「で、ですが、私は……」

 

「私はお前の命がある内にフランスに連れ帰りたいんだ! 今回は幸運にも命は助かった、しかし、次はこうなるとは限らん! ……不快かもしれんが、彼が指揮を取り続ける以上、私たちはまた娘が傷つくかもしれないと不安を抱えることになるんだぞ?」

 

「光牙さんを悪く言うのはやめてください! 光牙さんだって、今回のことは反省して次に活かしてくれるはずです!」

 

「一度失敗した者は、そういうレッテルを貼られるのだ! 犯罪を犯した者と同じ、どんなに反省しても周囲の目は変えられない! 彼もそれは分かっているはずだ!」

 

「くっ……!」

 

 光牙は悔しさに歯を食いしばった。エドガー氏の言うことは正論だ。自分は失敗した人間で、これから周囲もそう言う目で光牙のことを見るのだろう。

 しかし、ここで引くわけにはいかなかった。マリアをもう二度と手放すわけにはいかないのだ。

 

(何か、何かを言わないと……)

 

 何でも良い、何とか話を続けて、エドガー氏の気持ちを変えさせなければならない……そう考えた光牙が口を開こうとした時であった。

 

「いいんじゃねえか、それが」

 

 部屋の外から聞こえてきた声。入り口へと視線を向けた三人が見たのは、真剣な表情でこちらを見る勇の姿であった。

 

「君は……?」

 

「娘さんと同じクラスの生徒で、龍堂勇と言います。話を盗み聞きするような真似をして、すいません」

 

 勇はエドガー氏に頭を下げると彼の横を通って光牙の真正面にやって来た。そして、彼の目を真っ直ぐに見ながら言う。

 

「光牙、マリアを親御さんに預けよう。それが一番の方策だ」

 

「な、何を言ってるんだ、龍堂くん……?」

 

「……俺たちはマリアを守れなかった。なら、せめてマリアを安全な場所に送ることはしてやろうじゃねえか。家族を失う痛みは、お前もわかってんだろ?」

 

 勇は光牙へと語りかけながら、彼の肩を掴む。そして、言い聞かせる様にして話を続けた。

 

「マリアのことを大切に思うなら、あいつの安全を第一に考えるべきだ。俺たちじゃマリアを守りきれない、だったらもう、戦いから遠ざけるべきなんだ」

 

「う、っ……!」

 

「光牙、わかるだろ? 俺たちじゃ無理なんだよ。だから……」

 

「うるさい! 黙れっ!」

 

「ぐっ!?」

 

 勇の話を聞いていられないとばかりに叫んだ光牙は、勇を突き飛ばすと部屋の外へと駆け出して行ってしまった。その姿を見送る勇に対して、手が差し伸べられる。

 

「……大丈夫かね?」

 

「あ……! す、すみません……」

 

 差し出されたエドガー氏の手を取り、勇は立ち上がる。再び彼に頭を下げた勇に対して、エドガー氏は微笑みを見せた。

 

「娘のことを第一に考えてくれてありがとう。だが、君は彼に恨まれてしまったのでは無いかね?」

 

「……良いんです。元々、あまり良い関係とは言えませんでしたし」

 

 そう言いながら勇は強がって笑みを見せる。エドガー氏はそんな勇とマリアを見比べた後で、小さく彼に囁いた。

 

「……すまないが、この後少し付き合ってくれるかね? ホテルまでの道のりを一人で歩くのは味気なくてね」

 

「えっ!? あ、はぁ……」

 

「ありがとう。では、少し娘と話をするから部屋の外で待っていてくれ」

 

 勇の気の抜けた返事を了承と取ったエドガー氏はそのまま彼を部屋の外に出るように促した。勇はそれに従い、部屋の出口へと足を向ける。

 

「………」

 

「……っっ」

 

 途中、マリアと目が合ったが、すぐに彼女は目を逸らしてしまった。マリアのその態度に胸を痛めた勇もまた彼女から視線を逸らして病室を後にする。

 扉の外で悲しみを堪えながら、勇はぐっと悔しさに拳を握り締めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでこうなる? どうしてみんな、俺の邪魔をする……?」

 

 誰もいない病院の屋上で一人、光牙は小さく呟いた。フェンスを掴み、憎しみを込めて拳を叩きつける。

 

「やり直せると思ったのに! どうして邪魔が入る……!? どいつもこいつも、何で俺の邪魔をするんだ!?」

 

 憎しみと怒りを込めた叫びを上げた光牙は、荒い呼吸を何度も繰り返しながらフェンスに拳を叩きつけた。やがて、その手に血が滲み始めた頃、唐突に動きを止める。

 

「……く、ククク……あはははははは!」

 

 先ほどまでの様子から一変、狂った様に笑い出した光牙は目元を手で押さえておかしくて堪らないと言う様に笑い続けた。

 そして、その笑みもまた唐突に途切れる。夕焼けに染まる空を見つめながら、彼は呟く。

 

「そうだよ、なんでこんなことに気がつかなかったんだろう? 邪魔者は消せば良いだけじゃないか……!」

 

 マリアにそうした様に、また同じことをすれば良いだけだ。こんな簡単なことになぜ気がつかなかったのだろうと思いながら、光牙は再び狂った笑いを浮かべる。

 その目に映る空の色は、血の色をしていた。

 

 



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選択の時

「……お兄ちゃん、目を覚まさないね」

 

「……そうね」

 

 隣に座る少女に応えながら、玲は彼女の頭を優しく撫でる。くすぐったそうに笑う彼女に不器用な笑みを返すと、玲は未だに眠り続けている謙哉へと視線を移した。

 

「……ごめんね」

 

 口をついて出るのは謝罪の言葉。もっと自分に力があればこんな事にはならなかったと言う思いから生まれる罪悪感が玲の心を責め立てる。

 

「……お姉ちゃん、どうかしたの?」

 

 視界に映った少女の顔が滲んで見える。そこで初めて自分が涙を浮かべていることに気がついた玲は、それを拭うと出来る限り元気な声で少女に返事を返した。

 

「大丈夫よ、ちょっとナーバスになっちゃっただけ。海里ちゃんが心配することはないから」

 

「そう? なら良かった!」

 

 明るく笑顔を見せる謙哉の妹、海里(かいり)は疑いも無く玲の言葉を信じたようだ。無邪気な彼女の表情に安堵した玲は、再び謙哉の顔を見る。

 

 もう三日も目を覚まさないでいる謙哉。既に葉月ややよいを含めた作戦に参加した生徒たちは、彼を除いて全員が意識を取り戻している。

 残すは彼だけ……だが、その最後の一人である謙哉がいつ目を覚ますのかは、誰にもわからなかった。

 

(ホント、馬鹿よ。こんなに沢山の人を心配させて……)

 

 たまも海里も謙哉の事を心配していた。自分には居ない()()()()()()()()()を持つ謙哉を羨ましく思う一方、こんなにも良い家族を悲しませている彼をほんの少しだけ恨めしく感じてしまう。

 謙哉の両親もきっと彼の身を案じているのだろう。こんな風に心配してくれる人が居ると言うのならば、もっと自分の命を大事にするべきなのだ。

 

 だと言うのに謙哉は自らの命の危険性を周囲に秘匿してオールドラゴンを使い続けた。そうしなければならなかった戦いもあっただろう。だが、その結果がこの様だ。

 無理をして、格好つけて、倒れて……意識不明の重態に陥った。

 

 それが彼の性分だと言うことは玲にも分かっている。自分の命なんか顧みないで誰かを守ろうとするのが虎牙謙哉と言う男なのだ。だが、分かっているからと言って納得できると言うものでは無い。

 もっと良い方法があったのでは無いだろうか? 誰も傷つかずにすんだ方法が、あの時あったのではないだろうか? そう考える度に、玲は自分が強ければ良かったのだと思い悩み、弱い自分に自己嫌悪を抱えていた。

 

「ねえ、玲お姉ちゃん。聞いても良い?」

 

「え……?」

 

 何度目か分からない自己嫌悪に陥ろうとした玲の意識を呼び起こしたのは、自分の事を見つめる海里の一言だった。少し慌てながら、玲は彼女に笑顔を返す。

 

「な、何かしら?」

 

「玲お姉ちゃんってさ……お兄ちゃんの事、好きなの?」

 

「なっ!? げ、げほっ! ごほっ!?」

 

 どストレートに投げかけられたその質問を耳にした玲は、驚きのせいで大きくむせ込んでしまった。もはやその様子だけで質問の答えはわかったようなものなのだが、海里は咳き込む玲の事を心配しつつ彼女に返答を迫る。

 

「ねえ、どうなの!? 教えて教えて!」

 

「う、あ、う……」

 

 純粋な眼差しを自分に向けながら迫ってくる海里に対してなんと返答すべきか悩んでいた玲だったが、無邪気な子供の追及をかわすのは難しそうだ。答えを聞くまで自分のことを見続けてくるであろう海里の様子を見て取った玲は、観念する事にした。

 周囲の様子を伺い、自分たち以外に誰も居ないことを確かめた後で、玲は顔を赤らめながら小さく呟いた。

 

「……ええ、そうよ」

 

「うわ~……! そうなんだ! ねえねえ、お兄ちゃんのどこが好きなの!?」

 

「か、海里ちゃん! 声が大きいから少し静かにして!」

 

 大声で叫ぶ海里を玲は慌てて嗜める。こんな会話を誰かに聞かれたらスキャンダル間違いなしだ、知名度の高いアイドルの恋愛事情など誰かに聞かせられるものでは無い。

 ……それと、単純に恥ずかしい。どちらかと言えば後者の方が理由としては大きい。そんな風に慌てる玲の姿から何かを察したであろう海里は、おおよそ彼女の歳らしいおしゃまな表情を浮かべると人差し指を唇の前に立てて笑って見せた。

 

「……ね、どこが好きなの? 内緒にするから教えて!」

 

「どこ、って言われても……?」

 

 どこであろうか? そういえば、自分は何で彼を好きになったのであろうか? 何か明確な理由が存在していたのだろうか?

 思いつかない理由を無理にあげるならば、()()()()()。何となく優しさに惹かれた。一緒に居て、笑って、戦って……そんな日々の中で、いつしか思いを寄せていた。

 別に大層な理由があるわけではない。ただ、自分に寄り添ってくれた彼の優しさが嬉しかった。傍に居たいと思った。

 探せば劇的なドラマがあるのかもしれないが、玲にとってはそれがすべてで、それで満足していた。もしかすると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思った玲は、気恥ずかしさを隠しながらくしゃくしゃと海里の髪を掻き回す。そして、驚いた表情を浮かべる彼女の目をまっすぐに見つめるとこう言った。

 

「はっきりこれ、って言うのは難しいわね。でも、あえて言うなら……」

 

「言うなら?」

 

「……全部、かしら」

 

 玲のその言葉を聞いた海里は、一瞬きょとんとした表情を浮かべた。そして、彼女の言葉の意味を理解すると非常にいい笑みを浮かべる。

 玲の耳元まで自分の小さな口を運んだ海里は、兄のことを褒められたことに対する喜びの表情を浮かべながら恥ずかしそうな声で玲に対して囁いた。

 

「大好きなんだね、お兄ちゃんの事……」

 

「ええ、自分でも驚くくらいにね」

 

 囁きの言葉に囁きで返す。そうした後、二人はクスクスと笑いながらお互いの顔を見合った。

 ガグマとの戦いに負けて以降、ずっと暗い気持ちでいた玲はこのやりとりで久しぶりに明るい気持ちになった気がした。その事を心の中で感謝しながら、海里へと声をかける。

 

「海里ちゃん、ジュース飲む? 買ってあげるわ」

 

「あ、知ってるよ! これって口止め料でしょ?」

 

「ふふふ……賢いわね!」

 

 軽い冗談を言えるまで気持ちを明るくした玲は笑顔を浮かべると海里の小さな手を握り、二人で自動販売機へと歩き出して行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、病院の外では勇がマリアの父親であるエドガー氏のことを待っていた。彼からホテルに着くまでの話し相手になって欲しいと頼まれた勇は、なし崩し的にそれに同意することになってしまったのである。

 何故自分がとは思ったが、ここでエドガー氏のことを無視するわけにもいかなかった勇は素直に彼が病院から出てくるのを待っていた。

 

(……マリア、フランスに帰るのか……)

 

 彼が来るまでの間、勇の頭の中はマリアが学校を退学して帰国するということで一杯だった。急な話ではあるが、致し方ないだろう。何せ今の彼女は記憶喪失、それも記録的大敗を喫した後の話なのだ。

 今の虹彩学園にはマリアを守れるだけの力は無い。分かっていたことではあるが、ソサエティ攻略に挑む生徒たち全員には危険が伴うのだ。

 きっとエドガー氏はマリアがソサエティの攻略に挑むことを反対していたのだろう。それでも強く娘が望む事だからこそそれを許可し、日本に留学させた。だがその結果、マリアの身には悲劇が舞い降りてしまったのだ。

 

(そりゃあ、心配だよな。連れ帰るって言われたって反対できねえよ)

 

 自分がエドガー氏の立場でもそうするだろう。もうこれ以上、愛する娘の身を危険に晒したくは無い。普通の青春を送り、平和な日々を謳歌して欲しいと願うだろう。

 それを止めて欲しいと願うのはただの我侭だ。だからこそ、勇は光牙を説得して彼を納得させようとした。その努力は無駄に終わりそうだが、それも仕方がない事だと勇は思っていた。

 勿論、自分もマリアと離れることになるのは嫌だと言う思いはある。記憶を失ったまま、彼女に思い出してもらえないままに離れ離れになることを悲しむ気持ちもある。

 だが、自分のそんな感情でエドガーを納得させられないことも勇は分かっていた。

 

 延々とマリアのことを考えていた勇だったが、一度首を大きく振るとその考えを頭から追い出す。もう、考えてもどうにもならないことだ。すでに彼女の帰国は決まっている……ならば、後はそれを見届けるだけだと納得するほか無かった。

 勇がそんな風に無理やりに思考を切り上げた時、ちょうどのタイミングでエドガー氏が病院から出てきた。待たせてしまったことを詫びながら、エドガー氏は勇に近づいて来る。

 

「すまない、待たせてしまったね」

 

「あ、い、いえ……」

 

 緊張気味に言葉を返し、勇はエドガー氏と並んで歩き始めた。病院の駐車場には一台の車が止まっており、エドガー氏はそれを指差しながら勇に言う。

 

「あれでホテルまで行くんだ。さあ、乗ってくれたまえ」

 

「は、はぁ……」

 

 てっきり徒歩でホテルまで行くものだと思っていた勇は気の抜けた返事を口にしながらエドガー氏の言葉に従って車の後部座席に乗り込む。次いでエドガー氏が自分の隣の席に乗り込んで来る姿を見た勇は、自ずと姿勢を正して緊張した面持ちを見せた。

 

「運転手、すでに話してある目的地まで頼む……ああ、すまないが私と彼の会話は聞かなかったことにしてくれ」

 

「はい、分かりました」

 

 座席や今の運転手の態度からして、これは一般のタクシーとは違うのだろう。うまく言えないが、もっと高級な何かである気がする。

 娘を留学させたことや、すでにマリアが帰国するための準備なども手配していることから、勇はルーデンス家は相当なお金持ちなのでは無いかと言う思いを抱いていた。

 

「話し相手になってもらってすまないね、勇くん。君とは少し話がしてみたくてね……」 

 

「いえ、別にかまわないんですけど……なんで俺を?」

 

 当然の疑問をエドガー氏に投げかける勇。自分と彼は初対面のはずだ、ほんの数分顔を合わせただけの自分を何故話し相手に指名したのだろうか?

 勇の問いかけに対し、エドガー氏はちらりと視線を動かして勇の顔を見るとその答えを口にした。

 

「……娘とはよく電話や手紙のやりとりをしていてね、友人や学校での出来事はよく耳にしているんだ。病室に居た彼……光牙くんのことも聞いているよ」

 

「は、はあ……」

 

「数ヶ月前から娘が君の名前を良く口にするようになってね。どんな男なのか気になっていたと言うことさ」

 

「そうだったんですか……」

 

 エドガー氏の答えを聞いた勇は、一応は納得した素振りを見せた。彼の話は筋が通っているし、十分に納得できるものだ。

 だが、勇が気にしている点はそこではなかった。それを口にするのはなんとも気が引けたために黙っているが、エドガー氏は勇のそんな思いを見透かしたような表情で言う。

 

「……君が本当に聞きたいのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? では無いかね?」

 

「っっ……!?」

 

 エドガー氏の言うとおりだった。勇が本当に知りたいのは、エドガー氏が同じく病室に居た光牙ではなく、何故自分を指名したのかと言うことであった。

 確かに、先ほどの光牙は冷静ではなかった。すぐに話し合うのは無理だっただろう。しかし、少し時間を置けば彼の頭も冷えたはずだ。

 マリアを帰国させることを納得できていない彼を説得する機会でもああったと言うのにも関わらず、エドガー氏は勇とこうして話すことを選んだ。勇はそれが不思議でならなかったのである。エドガー氏はそんな勇の疑問を解消すべく、その答えを口にする。

 

「その理由は、君と彼の態度の差だ。君と彼とでは、圧倒的に違う点がある」

 

「圧倒的な、差……?」

 

「……彼も君も、どちらも今回の作戦の中心となったメンバーであると言うことはなんとなくだが分かる。詳しいことは知らないが、君たちはこの作戦の失敗に少なからず関わっているのだろう?」

 

「……はい」

 

 エドガー氏のその言葉に勇は俯いて暗い表情を浮かべた。決して責める様な口調では無かったが、マリアの身に起きたことを考えれば彼の言葉を笑顔で受けとめられるはずも無い。

 苦しげな表情を浮かべる勇に対して視線を向けたエドガー氏は、そんな勇のことを指差しながら話を続けた。

 

「そう、それだ。その思いこそが君と彼を分ける最大の差なのだ」

 

「は……?」

 

 突如として投げかけられたその言葉に困惑した表情を見せる勇。褒められているのか貶されているのか、と言うよりもどういう意味で言っているのかも理解出来ない。

 この苦しみが光牙との差とはどういう事なのか? エドガー氏は困惑する勇に対して、その理由を説明する。

 

「君は知らないと思うが、私が娘の病室に入った時、光牙くんは娘と楽しげに談笑していた。穏やかな一時を過ごしているように見えたよ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あ……」

 

 エドガー氏は言葉の後半を苦々しげに言い捨てる。彼の怒りを見て取った勇は、必死に光牙のフォローをするべく口を開いた。

 

「こ、光牙も悪いやつじゃあ無いんです! 今は本当にいろいろあって、ただマリア……娘さんが無事だった事を喜んでいただけと言うか……」

 

「だが、目の前に居る人物も自分のせいで被害を被った人間に他ならない。相手がそれを忘れているからと言って、あからさまに表情に出すのはいかがなものだと思うがね」

 

「た、確かにそうかもしれないですけど……」

 

 その通りだ。だが、決して光牙は無神経な男では無い。多少問題はあるかもしれないが、良い奴だ。そう考えている勇はエドガー氏の誤解を解こうと良い言葉を考えるが、それよりも早くエドガー氏が口を開いた。

 

「……これは私の個人的な観測だ。もしかしたら君の気分を害するかもしれないが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。間違いなく、自分のせいで苦しんでいる友の事など頭の中に無いと思うよ」

 

「なっ!?」

 

 流石に言いすぎだと勇は思った。ただ少し笑顔を見せただけでそこまで言われてしまっては堪ったものでは無い。

 反論の言葉を口にしようと思った勇だったが、エドガー氏はなおも話を続ける。意外な事にその表情には怒りや憎しみと言う感情は見られなかった。

 

「私は決して彼を憎んでこんな事を言っている訳では無い。ただ、職業柄人の事を良く見るんだ。その人物が何を考えているかを見抜く力はあると自負している。だからこそ言えるんだ。彼は失敗した自覚はある、だからこそそれを次に活かそうと考え、すでに今の失敗を過去のものとしている……分かりやすく言えば、()()()()()()()()と言うわけだ。確かにその資質はリーダーに必要なものなのだろう、だが、人間的にどうかと聞かれれば信用できる人間とは言い難い。ゆえに私は彼を信用しないと言うわけさ」

 

「………」

 

「だが勇くん、君は違う。君は……今も後悔しているね? それも深くだ」

 

 エドガー氏の言葉に何も言えないまま勇はただ前を見る。確かにその通りだ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……俺のせいで親友は意識不明の重態になりました。まだ、意識は戻っていません……このまま、取り返しのつかない事態になることも十分考えられます」

 

「君の抱えている後悔はそれだけでは無いはずだ、すべて話してみたまえ」

 

 エドガー氏は淡々と、だが優しさを感じられる声色で勇に語りかける。その優しさに歯を噛み締めながら、勇はもう一つの後悔を口にした。

 

「俺が……俺があの時、マリアを一緒に残すことを許さなければ、こんな事にはならなかったんです……! マリアがあんな事になったのは、俺の、俺のっ……!」

 

 ぐしゃりと服の左胸の部分を掴み、抱えている最大の後悔を口にする。もしもあの時、マリアに撤退を指示していたら……この三日間、勇はその事をずっと後悔していた。

 謙哉の時とは違い、明確にこうしていれば良かったと思える選択肢が存在することがその後悔に拍車をかける。苦しみ続ける勇に対して、エドガー氏は淡々と語りかけてきた。

 

「……君は後悔している。自分の過ちを恥じ、悔やむ心を持っている。君がどんな失敗をしたのかは私には分からない。だが、少なくとも君は自分の出来ることをしようとし、娘もそれに賛同した。違うかね?」

 

「それ、は……」

 

 少なくともその時はそう思った。これが今自分に出来るベストなのだと思い、行動した。だが、その後で別の選択肢が見えたからこそ後悔は生まれる。

 

「ならばその選択を悔やむ事は無い。悔やむなら、己の力が足りなかったことを悔やめば良い。娘もまた君の選択が正しいと思ったからそれに従う選択をした。ならば、責任の所在は君ではなく娘にあるのだからな」

 

 エドガー氏は自分の考えを勇に伝える。そして、真っ直ぐに勇へと視線を向けると、笑みを浮かべながらこう言った。

 

「……君は後悔している。悩んでいる……私は大人だ、若者が悩んでいるのならば、それを導く立場にある……私が君と話したいと思った理由はそこにあるのさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 エドガー氏との対話から数時間後、勇は寮の近くにある公園をぶらぶらと散歩していた。ホテルでエドガー氏と別れた後、タクシーで寮まで送ってもらったがそのまま休む気にはなれず、なんとなく近所を彷徨っていたのだ。

 段々と暗くなっていく空を見上げながら、勇は自分がどうするべきなのかを悩んでいた。

 

「……俺は……」

 

 今まで必死になって戦い続けて来た。ひたすらがむしゃらにここまで突き進んで来た。そうするほか無かったから、ただ真っ直ぐに歩んで来た。

 だが、初めて自分の前に分かれ道が現れた。なにがどう繋がっているかわからないまま、勇はこの道の前で立ち止まっているのだ。

 

「俺は、どうすれば良い……?」

 

 道標も何も無い、この道を進んで良いのかも分からない。だが、何らかの道を選んで進むしかない。それが分かっているからこそ、勇は思い悩んでいるのだ。

 もう間違えるわけにはいかない。二度と失敗は出来ない……正しい道を選ぼうとする勇はひたすらに悩み続ける。いつしか空は黒く染まり、月明かりが勇を照らし始めた。

 

 そんな時だった、勇の耳にかすかな声が聞こえ始めたのは。

 

(……の、……です)

 

「は……?」

 

 最初は空耳かと思った。だが、徐々に聞こえる声は大きくなっている。聞き覚えの無い女性の声が耳に届く度、勇は周囲を見回して声の主を探す。

 

(せ……の、時です、勇……)

 

「誰だ? 何処に居る? 何で俺の名前を知っているんだ?!」

 

 若干パニックになりながら叫ぶ勇は、冷静さを取り戻すためにも声の主の姿を探し続けた。だが、すでに大分はっきりとした声が聞こえているにも関わらず声の主の姿は見つからない。

 困惑、恐怖、驚愕……様々な感情を抱きながら周囲を見回す勇の視界が突如明るくなる。まるで大量のスポットライトに照らされた様に明るくなった視界の眩しさに堪らず目を伏せた勇の耳にはっきりとした女性の声が響いた。

 

(選択の時です、勇。あなたは自分の運命を選ばねばなりません……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さむ、勇!」

 

「っっ……!?」

 

 眩しさを感じて目を閉じた勇は、自分を呼ぶ声を耳にして瞼を開く。すでに強烈な光は消えており、勇は周囲の状況をばっちりと見て取ることが出来た。

 そして、自分の名前を呼んだ人間の姿を目にした勇は、先ほどとは逆に目を見開くことになる。今、自分の目の前にいるのは、未だに意識が戻らず病院のベッドの上で眠り続ける虎牙謙哉その人であった。

 なぜ彼が自分の目の前に居るのか? もう体は大丈夫なのか? そんなことを問いかけようとした勇だったが、自分の口から出てくるのはまったく関係の無い言葉であった。

 

「いよいよだな、謙哉……! これで最後だ、本当に、最後なんだ……!」

 

「ああ、そうだよ。この戦いですべてが終わるんだ! 必ず勝とう! そして、世界の平和を取り戻すんだ!」

 

 謙哉の言葉に力強く頷いた自分が一歩前に踏み出す。今、自分の目の前には数多くの若者たちが集まっていた。

 纏う制服がそれぞれ違う彼、彼女たちの姿を見つめる。虹彩や薔薇園、戦国学園の生徒たちの他にも見たことの無い学校の生徒たちの姿も見える。

 勇が背後を振り向けば、そこには謙哉と並んで見知った仲間たちの姿が見えた。葉月、玲、やよい、そして光圀……信頼を感じる眼差しで自分を見つめる彼らに頷きを返すと、勇は生徒たちに向かって叫び声を上げた。

 

「さあ、行くぞ! 世界の未来を勝ち取るんだ!」

 

 勇のその声に応えるかの様に生徒たちは声を上げる。地響きを引き起こすほどの歓声を耳にしている勇がこれは一体どういうことなのかと困惑していると……

 

『くっ……! この、裏切り者め……!』

 

 叫び声に紛れて聞こえる憎しみの篭った声。それが光牙のものだと気がついた勇の視界が歪む。

 勇が次に見たのは、暗くおどろおどろしい広い部屋とその中で自分の前に倒れ付す光牙やA組の生徒の姿だった。

 

「龍堂、勇……! お前さえ、いなければ……っ!」

 

「……お前がそんな言葉を口にするなんてな。まあ、確かにお前の野望の実現の為には俺が居ない方が良かったんだろうけどよ」

 

 勇は自分の口から出た声の冷たさにゾッとした。倒れ、悔しそうに自分を見上げる光牙を蹴り飛ばした勇は、彼のドライバーを足で踏み躙り破壊する。戦えなくなった光牙の周りには、絶望的な表情を浮かべているかつての仲間たちの姿があった。

 

「……諦めなよ、君たちの負けだ」

 

「そして、私たちの勝ち。勝敗は決したわ」

 

 自分の隣から同じ様にドライバーを手にした謙哉と玲が姿を現す。二人は、恐らく相手から奪ったであろうそのドライバーを地面に叩き付けると光牙たちへ冷ややかな視線を向けた。

 

「白峯、これでアンタの野望もお終い! 負け犬はさっさと消えなよ!」

 

「ぐっ! う、うわぁぁぁっっ!?」

 

 光牙が、真美が、A組の生徒たちが、すべて光の粒となって消え失せる。それをすべて見送った後、笑みを浮かべた葉月が抱きついて来た。勇はそれを受け止めると、彼女を抱き寄せて同じく笑う。

 

「……これで、世界はあなたの物。勇が望むままに世界は変わっていく……!」

 

「そうさ! この世界を俺が作り直す! このふざけた世界をな!」

 

 部屋の中にある玉座に腰を下ろした勇は、満足げな表情で笑いながら叫びを上げた。その声には、世界に対する憎しみがありありと感じ取れる。

 瞳の中に黒く燃える炎を燃やしながら勇は吼える。世界の覇者となった彼は、王者としての雄叫びを上げ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだよ、今のはっ!? 何なんだよっ!?」

 

 意識が覚醒する。光の中で目覚めた勇は、心の中の思いを叫びにした。

 たった今見た謎のビジョン。夢にしてはリアリティがありすぎるそれは、心を揺さぶる程の衝撃を勇に与えていた。

 今のは何なのか? ここは何処なのか? そして、あの女の声は何だったのか? 勇がそう考えた時であった。

 

(今あなたが見たのは、あなたの未来の可能性……一つは世界を救う英雄として皆の先頭に立つあなたの姿。もう一つは、世界の覇者として君臨するあなたとその仲間の姿です)

 

「だ、誰だっ!?」

 

(あなたは決めなくてはなりません。今、二つに一つを選ぶのです……)

 

「何なんだよ!? お前は誰なんだ!? 俺に何を決めろって言うんだよっ!?」

 

 勇は自分の言葉を無視する声の主に苛立ちながら叫ぶ。選択を迫る謎の声は、自分に何を決めさせようとしているのか? 勇のその疑問に答えるかのように、声の主は単純(シンプル)な二つの選択肢を彼に突きつけた。

 

(選びなさい、勇……このまま戦いを続けるか、それとも逃げ出すか……)

 

「は……?」

 

(これが最後のチャンスなのです。ここで決めたなら、あなたはもう戦いから逃げ出すことは出来なくなる……。長く続く苦しい戦いを最後まで続けなければなりません。あなたが命を落とすか、戦いが終わりを迎えるまで、その苦しみは続くでしょう)

 

「最後の、チャンスだって……?」

 

 うわ言の様に言われた言葉を繰り返す。信じられないと言った表情を浮かべる勇に対して、声の主はただ淡々と話を続けた。

 

(さあ、選びなさい……あなたの運命を……!)

 

 



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選び取る運命

『……間もなく、シャルル・ド・ゴール行きの便の搭乗を開始します。搭乗のお客様は、チケットをご確認の上で搭乗口へと……』

 

「そろそろだな。マリア、行くぞ」

 

「……はい」

 

 父親からの言葉に対して、マリアは俯いたまま小さく返事をした。その様子をみたエドガー氏はわずかに良心を痛めたが、娘を守るために心を鬼にしてマリアを連れていく。

 昨日の一件から早十数時間、病院から退院したマリアは、日本の国際空港へと連れ出されていた。無論、父親とともにフランスに帰るためだ。

 

 完全に納得出来ている訳では無かったが、それでも今のマリアには父親を説得する余地は残されていなかった。心配をかけた事への負い目があるマリアは、父の言葉に従って日本を後にすることになったのである。

 

 記憶を失っている為、自分が今まで何をしてきたのかを覚えているわけではない。だが、光牙たちA組の仲間たちと離れることは、マリアにとってとても寂しいことであった。

 

(これで良いんでしょうか……?)

 

 成したいことがある。皆と叶えたい夢がある。だが、今の自分にそれは許されない。悔しい思いを胸に、母国に帰るしか無いのだ。

 光牙たちに迷惑をかけっぱなしのまま国に帰ることに心残りを感じていたマリアは、俯いたまま搭乗ゲートへと進んでいく。

 

「ま、マリアっ!」

 

「!?」

 

 父の背中を追って歩んでいたマリアは、自分の名前を呼ぶ声にはっとして顔を上げた。急ぎ振り返り、声の主を探していると……

 

「良かった、間に合った!」

 

「ギリギリセーフね!」

 

 そこに居たのは光牙や真美をはじめとしたA組の仲間たちであった。彼らに交じって見知らぬ女子たちの姿もある。

 自分を見送りに来てくれた友人たちの姿を見たマリアは、同じく振り返って彼らの姿を見ていた父へと視線を送る。彼女の言わんとしていることを理解したエドガー氏は、少し悩んだ後に小さく頷いて見せた。

 

「ありがとうございます、お父様!」

 

 父に感謝の言葉を告げたマリアは、仲間たちの元へと駆け出して行った。そして、見送りに来てくれた友人たち一人一人の顔を見ながら頭を下げる。

 

「……すいません、みなさん。こんな形でお別れになってしまうなんて……」

 

「仕方がないわよ、お父さんの決定なんだから……」

 

「寂しくなるけど、ご両親を安心させてあげるといいさ」

 

 真美と光牙がマリアのことを慰める。マリアは、昨日大きく動揺していた光牙がここまで落ち着き払っていることに違和感を感じたが、彼もまた冷静に事態を判断して納得することに決めたのだろうと思い、その考えを頭の中からかき消した。

 

 友人たちとの別れの一時を過ごすマリア。そんな彼女の近くに三人の少女がやって来る。今のマリアには見覚えの無い、初対面だと思える彼女たちは、悲しそうな表情を浮かべながらマリアへと尋ねてきた。

 

「今のマリアっちは、アタシたちのことも忘れちゃってるんだよね?」

 

「顔も、名前も……何も思い出せませんか?」

 

「えっと……すいません……」

 

 申し訳ない感情を覚えながらマリアは三人に詫びる。深々と頭を下げたマリアの姿を見た少女たち……ディーヴァの三人は、それぞれがそれぞれの反応を見せた。

 

「……何も覚えてない相手にこんな事言われても困るかもしれないけど……あなたの幸せを願ってるわ。元気でね」

 

 クールにそう言った玲はマリアへと手を伸ばした。その手を取ったマリアと固く握手を交わすと、玲は友人たちに順番を譲る。

 

「あの、えっと……私、マリアちゃんのこと、忘れませんから! だから、もしも私たちのことを思い出してくれたら、また、日本に遊びに来てね……!」

 

 瞳にいっぱいの涙を浮かべながらやよいが言う。ここまで自分のことを思ってくれる友人のことを何一つとして思い出せないことを悔やみながら、マリアは彼女とも握手を交わした。

 

「……アタシたち、頑張って有名になるよ。いつかディーヴァで海外ライブが出来る様になって、フランスに行くことになったらチケット送るからさ! その時は、絶対に観に来てよね!」

 

 最後に挨拶をしてきた葉月は、前者二人とは違って明るい表情でマリアへと話しかけて来た。だが、彼女の目にもうっすらと涙が浮かんでいることを見て取ったマリアは、葉月が必死に悲しみを押し殺して笑顔を作ってくれているのだと気が付いた

 

(私、何にも思い出せてない……こんなに優しく話しかけてくれてる人たちのことも、()のことも……)

 

 仲間たちと過ごした日々を何も思い出せないマリアは、別れの寂しさとはまた別の意味での涙を流した。そして、どうしても気になっている一人の人物のことを頭に思い浮かべる。

 暗い洞窟の中、自分を見つけ出した彼……勇が昨日見せた悲しそうな表情が頭からこびりついて離れない。彼はあの時、何を思っていたのだろうか?

 光牙からは彼に近づくなと言われていた。彼こそが自分の記憶喪失の原因を作った張本人であり、今のマリアに何をしてくるかわからない人物だと言われていた。

 だが……何故か、彼の姿を見ると胸がざわつくのだ。思い出さなければならないことがある、そんな感情を揺さぶられる気がしてならないのだ。

 

(私は……何もわからないまま、日本を離れても良いの……?)

 

 手遅れだとはわかっていたが、それでもマリアはそう思わざるを得なかった。何か一つでも自分の身に起きた出来事を思い出して、納得してからこの国を離れたいと思っていた。

 仲間たちに囲まれ、ぼんやりと考えことをしていたマリアは、答えを探す様にして天井を見上げる。そんな彼女の姿を見た光牙は、隣にいる真美に対して目頭を押さえながら小さく呟いた。

 

「すまない、真美。少し席を外させてもらうよ……」

 

「ええ、でもあまり遅くならないでね」

 

「わかっている……」

 

 きっと光牙も悲しいのだろう。だが、マリアに涙を浮かべた表情を見られたら、彼女を悲しませてしまう。

 マリアのことを気遣い、泣き顔を見せまいとする光牙の思いを汲んだ真美は、光牙へと頷いて見せた。光牙はそっと仲間たちの輪から抜け出すと近くにあるトイレへと向かう。

 

「……ククク」

 

 その表情には涙ではなく、薄ら暗い笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、謎の女性の声に導かれて光の中へと迷い込んだ勇は、彼女の言葉に対しての疑問を投げかけていた。

 

「どういう意味なんだ、運命を選ぶって!? さっき見たのは何なんだよ!?」

 

 先ほど見た幻は夢の様であり、それでいて現実味を帯びていた。運命を選ぶと言う言葉も相まって、これが何か重大な意味を持っているのではないかという思いを胸に抱く。

 だが、謎の女性の声は勇のそんな疑問には答えず、ただひたすらに選択を押し付けてきた。

 

(勇、選びなさい……戦うのか、それとも逃げるのか……その時は、着々と近づいています)

 

「だからそれはどういう意味なんだよ!?」

 

(……今、あなたは人生の岐路に立っている。そして、この分かれ道の選択次第では、もう取り返しのつかないことになってしまう)

 

「はぁ……?」

 

(戦うことを選べば、あなたを待ち受けるのは長く苦しい運命。沢山の困難と悲劇があなたを襲い、もう逃げだすことは出来なくなる。マリア・ルーデンスに起きた悲劇など、これから先の悲劇に比べれば小さなものなのです)

 

「え……?」

 

 女性の声に勇は目を見開いた。記憶喪失になり、自分のことを忘れてしまったと言うマリアの身に起きた悲劇すら、これから先の苦しい運命と比べれば軽いものだと言うのか? ならば、一体この先には何が待ち受けているのだろうか?

 きっとそれはまさに()()()()()()()()なのだろう。痛みと苦しみを伴う戦いをまだ続けるのかと女性は勇に問いかけているのだ。

 

(……あなたが逃げることを選べば、この戦いの中で掴み取ったすべてを投げ捨てると決めさえすれば、あなたはその苦しみから解放される……平和で穏やかだった日々に戻り、二度と戦わなくて済むのです)

 

「全てってことは……」

 

 勇はこの戦いの中で手に入れた物を頭の中に思い浮かべる。真っ先に思い浮かべたのは謙哉だ。

 虹彩学園に転校してから初めて出来た友人。戦いの中で協力し、時にぶつかり合ってその絆を深めてきた親友。もしもすべてを捨てることになったのならば、彼のと友情も捨てなければならないのだろうか? 

 いや、それだけではないのだろう。光牙や真美、A組のメンバーたちとの絆も、葉月や光圀と紡いできた絆も、すべて投げ捨てなければならないのだ。当然、その中にはマリアも含まれる。

 

 もしかしたら……勇の中にはこんな思いが浮かんでいた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と……

 マリアは記憶を失った。もう自分のことを覚えてもいない。それにフランスに帰ってしまうのだ。

 謙哉もまだ眠っている。勇のことを引き留める人物など一人もいないのだろう。むしろ、A組の皆は大手を振って喜ぶかもしれない。

 

 そういう意味では、今はこの戦いから身を引く絶好の機会なのかもしれないと勇は思った。そして、これ以上のチャンスはもう二度とやってこないだろうとも思った。

 だとしたら、声の主の言う最後のチャンスと言う言葉も納得できる。これが勇にとって戦いから逃れられるラストチャンスなのだ。

 

(ドライバーを捨てて、何もかもを忘れれば、俺は今までの日常に戻れる……)

 

 虹彩学園に通う前の日々、普通の高校で友人たちと笑い、遊んだあの日々。週末には希望の里に帰り、子供たちと楽しく過ごす平和な毎日……あの日々が、帰ってくるのだ。

 自分には光牙の様な立派な夢や目標はない。ただ巻き込まれてからなし崩し的に戦いを続けていただけだ。

 何時だってこの戦いを止めても良い、その時が来たのかもしれない……そう、勇は思った。

 

(けど、俺は……)

 

 それでも、戦いの中で積み上げてきたものは勇にとって光り輝く宝物の様なものだった。謙哉との友情、仲間と紡いだ信頼、沢山の思い出……それを捨てることは、正直に言って惜しかった。

 戦うか、逃げるか……その二つの考えに板挟みになりながら勇は悩む。この答えはいくら時間があっても簡単に導き出せるものでは無い。

 だが、非情な運命は、勇に悩む時間すら与えてくれなかった。

 

(……選択の時です。選びなさい、勇……)

 

 女性の声と共に目の前が光り輝く。眩しさに目を瞑った勇は、やがて瞼の裏の輝きが収まったことを感じ取り目を開いた。

 すると、目の前には青く輝くゲートが浮かんでいた。ふわふわと漂うそのゲートの中には、現実世界の様子が映し出されている。

 

「なっ!?」

 

 その映像を見た勇は驚きに目を見開いた。沢山の人が居る建物……おそらく空港と思われるそこには、何故か大量のエネミーが出現していたのだ。

 大人、子供、老人……国籍、年齢、性別を関係無しに沢山の人々がエネミーに襲われ、悲鳴を上げている。まさに阿鼻叫喚の地獄絵図と化した空港の中では、戦いを繰り広げている者の姿もあった。

 

「あれは、光牙か!? それにディーヴァの三人も!」

 

 変身した四人は、それぞれ二名ずつに分かれてエネミーと戦いを繰り広げていた。それぞれの相手を見た勇は、再び驚きに目を見開く。

 

「クジカ……!? それにパルマっ!?」

 

 空港を襲っているのはガグマの手下である魔人柱、傲慢のクジカと怠惰のパルマだったのだ。光牙と葉月がクジカと、玲とやよいがパルマと戦っているが、戦況は芳しくない。四人とも徐々に追い込まれてしまっていた。

 

「なんでだ……? どうしてこんなことに!?」

 

 この光の中に入ってからそんなに時間が過ぎてしまっていたことにも驚いたが、それよりも今は空港で何が起きたのかが気になっている。

 戦いを続ける仲間たちの姿を見ながら、勇がただ立ち尽くしていると……

 

(……もしもあなたが戦いを選ぶのならば、このゲートの中に飛び込みなさい。ですがもし、あなたが戦いから逃れたいと思うのならば……)

 

 その声と共に、今度は勇の背後に新たなゲートが作り出される。中には何も映し出されていない、文字通り通り道であるゲートを見た勇に対して女性は言った。 

 

(そのゲートに飛び込めば、あなたは現実世界の安全な場所に送り届けられる。そしてもう二度と戦うことを強いられなくて済むのです)

 

「マジ、かよ……!?」

 

 前と後ろ、二つのゲートを交互に見比べながら勇は考える。自分がどうするべきなのか、どう行動すべきなのかを……

 制限時間はあまり残されてはいない、焦る勇の思いに拍車をかける様にして女性の声が問いかけて来る。

 

(さあ、選びなさい。あなた自身の運命は、あなたが決めるのです……!)

 

「くっ、うぅっ……」

 

 突きつけられた選択を前に、勇は呻き声を上げながら悩み続ける。答えの出ないこの選択のどちらを選べば良いのかを必死に悩みながら、勇はゲートの中に映し出される映像へと視線を移したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(くそっ! どうしてだ? どうしてこんなことに……!?)

 

 必死の戦いを続けながら、光牙は頭の中で何度目かわからないその疑問を思い浮かべた。無論、何度思い浮かべてもその答えは出ないわけではあったが、そう思わざるを得なかった。

 

 この空港にエネミーを出現させ、暴れさせる……それは、光牙が描いていた計画とまるっきり同じであった。だが、ここまで大規模なものは想定していない。

 せいぜいほんの数体のエネミーを出現させ、飛行機の出発を遅らせることが目的だった。あわよくば、マリアの父であるエドガー氏を消せたら万々歳と言った程度のささやかな計画だったはずだ。

 それを実行しようとした光牙は、こっそりと一人になってゲームギアにモンスターカードを使おうとした。自分でエネミーを操り、騒ぎを起こそうとしたわけだ。

 だが、光牙がカードを使おうとした瞬間、空港には非常事態を知らせるサイレンが鳴り響き、同時に人々の悲鳴が聞こえてきたのだ。何が起きたのかと光牙が飛び出してみれば、そこには大量のエネミーを引き連れたクジカとパルマが居たわけである。

 

「ぐぅぅっ!?」

 

「ふん……動きが鈍いな、人間っ!!!」

 

 疑問を思い浮かべながら戦っていた光牙は、その隙を突かれてクジカに手痛い一撃をもらってしまった。胴を斬られる痛みに呻きながら、光牙は体勢を立て直す。

 

「先日はまんまと逃げられたからな、今回はわざわざ我らがお前たちの息の根を止めに現実世界まで出張って来てやったぞ。覚悟を決め、命を差し出すが良い!」

 

「ぐっ……! 好き勝手言ってくれちゃって……!」

 

「ここで、やられるわけには……!」

 

 吹き飛ばされ、床に倒れこんだ二人は痛みに耐えながら立ち上がると戦いの構えを取る。

 前回と違い、今回は守りの戦いだ。周りには逃げ遅れた人々が不安そうな目つきで戦いを見守っている。

 

 負けるわけにはいかない……ここで負ければ、彼らにまで危害が及んでしまう。それに、二度目の敗北は民衆からの信頼を失う決定的な機会になってしまうだろう。

 己の誇りを懸け、光牙は葉月と共にクジカへと挑みかかった。エクスカリバーを振るって攻撃を仕掛けるも、クジカは難なくその攻撃を防いでしまう。

 

「くっ! このぉっ!」

 

 必死になって剣を振るう光牙だったが、どんなに攻撃を仕掛けてもクジカの余裕が消えることは無い。そのことに苛立ちを募らせた光牙は、更に一歩踏み込んでクジカに立ち向かう。

 

「……ふんっ!」

 

「ああっ!!?」

 

 だが、それは逆効果であった。隊列が崩れたことで葉月との連携が取れなくなり、彼女からの援護が受けられなくなってしまったのだ。

 クジカは片方の剣でエクスカリバーを払い、光牙を丸腰にすると、もう片方の剣で縦一文字に彼を切り裂く。防御も回避も出来なかった光牙はその一撃を受けて堪らず膝をついてしまった。

 

「ぐうぅぅっ……!?」

 

「白峯! 一人で戦おうったって無茶だよ! 連携を取らないと!」

 

「うる、さいっ!」

 

 攻撃を受けた彼の身を案じる葉月を払いのけた光牙は、再び無謀な突撃を繰り返した。当然、その攻撃は軽くいなされ、フォローに入った葉月共々クジカに切り裂かれてしまう。

 

「ぐわぁぁぁっっ!」

 

「きゃぁぁぁっっ!」

 

「ふん……この程度か。技も、力も、連携も未熟と来れば、もう救い様が無いな」

 

「このっ……! 舐めるなぁぁっっ!!」

 

<必殺技発動! ビクトリースラッシュ!>

 

 クジカの挑発を受けた光牙が必殺技を発動して突っ込む。真っ直ぐ、風の様に自分の元へと走る彼を見たクジカは溜息を一つ吐いた後で双剣を握り直した。

 

「くらえぇぇぇっっ!!!」

 

 光り輝くエクスカリバーを構えた光牙が宙へと飛び上がる。落下の勢いを乗せた上空からの振り下ろしを繰り出すも、やはりクジカからは余裕が消えることは無かった。

 

<必殺技発動! プライドスラッシュ!>

 

「ぬぅぅぅぅんっ!!!」

 

 渾身の一撃を繰り出して来た光牙に対し、クジカもまた必殺技を発動する。双剣に光が迸り、鋭く輝き出す。恐ろしいまでの力が籠められたそれを目にも止まらぬ速さで振るったクジカは、目の前にまで迫った光牙の体をX字に斬り裂いた。

 

「がぁぁぁぁっっっ!!?」

 

 体中に走る鋭い痛みを感じながら光牙は大きく後方へと吹き飛ばされる。何枚かのガラスを突き破り、椅子とテーブルを薙ぎ倒しながら空港の床に転がった彼は、許容ダメージを超えたことによって変身を解除されてしまった。

 

「あ、ぐ……」

 

「光牙っ!!」

 

 真美の声を耳にした光牙は何とかして立ち上がろうとした。だが、体中の痛みに耐えきれずに再び床に突っ伏してしまう。周囲の人々も自分のそんな姿を見て、絶望した表情を浮かべていた。

 

「お、おい……仮面ライダーもやられちまったぜ……!」

 

「あんな簡単に倒されちゃうなんて、どうすれば良いのよ!?」

 

 光牙がクジカに成す術も無く敗北した事によって動揺した人々は、空港の中でパニックを起こしてしまっていた。クジカはそんな彼らの姿を鼻で笑いながら見ている。

 

「……どうするも何も、ここに我らが現れた時点でお前たちの運命は決定している。諦めて命の終わりを待つが良い」

 

 地獄の底から聞こえる様な恐ろしい声。それを耳にした人々は恐怖に震え、子供たちは瞳に涙を浮かべていた。

 葉月はそんな人々を守ろうと勇敢に戦いを挑むも、力量の差は明らかであった。

 

「ぐっ! っっ……!」

 

「暇つぶしに遊んでやろう。どうせ外のパルマもじきに掃除を終える。奴が戻って来たら二人掛かりでお前たちの命を絶ってくれよう!」

 

 自分の攻撃を軽く防ぎ、いとも容易く反撃を繰り出すクジカの様子に葉月は奥歯を噛みしめる。どう足掻いても一人では勝てないだろう。だが、それでも戦うしかない。

 自分の後ろには守るべき人々が居るのだ。彼らを見捨てて逃げることなど出来はしない。葉月は無謀だとわかっていながらも、パルマと戦うやよいと玲を信じて少しでも時間を稼ごうと彼に挑みかかっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃぁぁぁぁぁっっ!!」

 

「あぁぁぁぁぁぁっっ!?」

 

 一方、空港の外でパルマと戦うやよいと玲も苦戦を強いられていた。パルマの繰り出す変幻自在の攻撃に翻弄される二人は、攻撃を仕掛けるどころか防御すらままならない状態だ。

 あまりにも一方的な戦いを続けていたパルマも辟易とした様子で倒れる二人を見下している。イライラとした様子で足踏みしたパルマは、怒りの感情を露わにして叫んだ。

 

「あいつは……イージスはどこだ!? お前たちじゃあ相手にならない! イージスを出せ!」

 

 自分に幾度となく屈辱を与えた蒼の騎士、イージスとの決着を望むパルマは、戦場に宿敵の姿が無いことに苛立ちを隠せないでいた。

 今日こそは屈辱を晴らしてやろうと意気込んでいたと言うのにも関わらず、自分の相手は雑魚二人……期待した分だけ失望も大きかったパルマは、光輪を浮かべるとそれを玲達目がけて飛ばして攻撃を繰り出した。

 

「くっ!」

 

 飛来するは三つの光の輪。冷静に狙いを定めた玲は、メガホンマグナムの銃撃でその攻撃を打ち落として何とか防御する。

 体に痛みは感じるが、戦えない程ではない。歯を食いしばって立ち上がった玲は、強くパルマを睨みつけながら彼に言った。

 

「あんまり調子に乗るんじゃないわよ! 私たちが相手にならないって言葉、撤回させてあげるわ!」

 

「ふぅん……まだやるの? どうやらお前も死にたいみたいだね。あの赤い奴みたいにさ……!」

 

「ひっ!?」

 

 パルマの脅し文句を耳にしたやよいは小さく悲鳴を上げて体を縮み上がらせた。同時に頭の中ではガグマの城の中での出来事がフラッシュバックする。

 

 ガグマの圧倒的な力の前に何も出来なかった自分たち、彼の必殺技を受けて呆気無く消滅してしまった櫂……その光景を思い出したやよいは、手から武器を取り落とすとガタガタと震え始めた。

 

「あ、あ、あ……!?」

 

「やよい……? どうしたの、やよい!?」

 

「いや……いやぁぁっ……!?」

 

 まざまざと鮮明に焼き付けられた()()()()()()。それは、か弱い少女であるやよいの心をへし折るには十分な恐怖を持っていた。

 戦うどころの話ではなくなってしまったやよいに対して必死に声をかける玲だったが、パルマがそんな隙だらけの姿を見逃してくれるはずもなかった。

 

<必殺技発動! ギロチンソーサー!>

 

「あっ!?」

 

 電子音声を耳にした玲が振り返った時にはもう遅かった。先ほどの物とは比較にならない程の大きさの光輪が自分たち目がけて飛んで来ている。

 銃弾を当ててもびくともしないそれを必死に両腕を交差させて防ぐ玲だったが、そんな大した防壁にもならない守りでは、パルマの必殺技の威力を殺すことなど出来はしなかった。

 

「あ、あぁぁぁっっ!!?」

 

「いやぁぁぁぁっっ!!!」

 

 爆発、そして轟音……凄まじい衝撃に打ちのめされた二人は、変身を解除されながら地面を転がる。

 

「……ほら、相手にならなかっただろう? お前たちなんか所詮は雑魚なんだよ!」

 

「くっ、うぅっ……!」

 

 またしても自分の力が足りなかったことを悔しがり、拳を握り締める玲。やよいは涙を流しながら震え続けている。

 

「ふん……」

 

<必殺技発動! パトリオット・リング!>

 

 自分と戦う力を無くした二人の姿を見たパルマは、彼女たちに終わりを与えるべくもう一度必殺技を発動した。無数に分裂した光の輪を見た二人はこれから起こる事を想像して恐怖に表情を歪ませる。

 

「……僕に無駄な時間を取らせたんだ、その命で償ってもらうよ。……楽には殺さない、全身をズタズタに切り裂かれ、想像を絶する痛みの中で息絶えると良い!」

 

 10、20と言った数字では数えきれない量の光の輪は、パルマが命令すればすぐに自分たち目がけて飛んで来るのだろう。まさに絶体絶命の状況の中、玲はやよいを抱き寄せると彼女を守る様にして抱きしめる。

 

 無駄な事かもしれない。だが、少しの間だけでも誰かを守りたかった。そんな彼女の姿を見ながら、パルマは呆れた様に笑っている。

 二人の命を掌の上に乗せたパルマは、感じている苛立ちを紛らわせるかの様にして、この状況を楽しんでいたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「葉月! 片桐! 水無月っ!!」

 

 光の中で仲間たちが危機に陥っている姿を見た勇は居ても立っても居られないと言う様子で叫んだ。そして、すぐさま空港に続くゲートの中に飛び込もうとする。

 仲間たちの危機を放っておけるはずもない。運命だのなんだのの選択などは忘れて、彼女たちを助けに行かなくてはならない。そう考えた勇のことを女性の声が引き留める。

 

(本当に良いのですか? 一時の感情で、すべての運命を決してしまっても良いのですか?)

 

「そんなもん、今はどうだって良い! あいつらを助けに行かないと……!」

 

(……彼女たちを救わなければならない理由などどこにも存在しません。彼女たちは、彼女たちの意思で戦いを選び、敗れようとしているだけなのですから)

 

「ふざけんな! それを黙って見ていられるか!」

 

(では……あなたは、自分の運命を投げ出すと言うのですね? 一時の感情に従い、自分の運命を捨てて他者の命を選ぶ。その先にどんな悲劇が待ち受けていようとも)

 

「構わない! 葉月たちを助けられるのなら、俺は……」

 

(……ここで死ぬことが彼女たちにとって幸せな道だったとしても?)

 

「!?」

 

 女性の声が告げた衝撃的な言葉に固まる勇。声はそんな勇に対して畳みかける様に話し続ける。

 

(今、この瞬間に彼女たちが助かったとしましょう。しかし、この先の運命で彼女たちが生き残れるなどと言う保証はありません。もしかしたら、もっと残酷で苦しい死を迎える可能性だってあるのですよ?)

 

「だ、だとしても! 俺は……」

 

(……あなたは一度守れなかった。一度失敗した人間は、きっとまた失敗する……その失敗のせいで彼女たちが命を落としたら? いいえ、もっと残酷な運命が待っていたとしたら? それでもあなたは耐えられますか? 彼女たちをここで死なせなかった方が良かったのだと言い切れますか?)

 

「それ、は……」

 

 勇の頭の中にマリアの姿が思い浮かぶ。自分が選択を誤れば、彼女の様に悲劇に見舞われる可能性のある人間が出てくるのだ。そして、その悲劇のせいで命を落とすことだってあり得る。

 

 可愛らしく優しいやよいが死ぬ。人を信じる様になってくれた玲が死ぬ。自分を励ましてくれる明るい葉月が死ぬ……自分が、何かをしくじったせいで死ぬかもしれない。苦しく、辛い死を迎えるかもしれない。その思いが、勇の決断を鈍らせた。

 

『あ、ぐっ……』

 

 目の前のゲートの中では、葉月がクジカに首を掴まれ、持ち上げられていた。片手で葉月を掴むクジカは、もう片方の剣を彼女の腹に突き刺そうとしている。

 葉月にはもう抗う力は残されていない。周りの生徒たちも既にエネミーたちに倒され、援護も期待出来ない。このままでは葉月の命は奪われてしまうだろう。

 

「行か、なきゃ……俺が、助けなきゃ……」

 

(……義務感とその場の感情……迷いを振り切れないままに決断しても何の意味もありません。あなたは、自分の運命に向き合わなければならないのです)

 

「でも葉月が……片桐と水無月が、このままじゃ……」

 

 行かなければならない、だが、その一歩が踏み出せない……迷いが、恐れが、勇の決断を踏み切れなくしていた。

 勇には、何が正しくて何が間違っているのかがわからなくなっていた。葉月たちを守ろうとする自分の思いが正しいのかもわからなくなっていた。

 

「俺は……どうしたら良い……?」

 

 勇の口から出たのは、そんな言葉だった。ここ最近、ずっと胸の中に抱えている思いが自然と声に出てきていた。

 何の為に戦うのか? 自分の思いは正しいのか? この行動の結果、悔いが残ることはないのか? 疑問が次々と浮かび、勇の胸を締め付ける。

 このまま悩み続けることが正解ではないことはわかっていた。だが、自分の中ではっきりとした答えを出さないまま戦いに飛び込んでも、声の主が言うようにもっと悲惨な運命を迎える様な気がしてならなかった。

 

 決断を下せないまま固まる勇。このままでは葉月たちが危ない、だが……そうやって悩み続ける彼が、深い胸の苦しみを感じた時だった。

 

『何をしているんだ!? マリアっ!!!』

 

『そこまでだ、パルマ……!』

 

 自分の耳に届く二人の人物の声に顔を上げた勇は、ゲートの中に映る光景に視線を送った。そして、そこで繰り広げられる戦いに目を奪われる。

 一つ目の声、マリアを呼んだ声の主は、彼女の父親であるエドガー氏の物だ。今、マリアは倒れている生徒の腕からゲームギアを取り、戦いに赴こうとしている。エドガー氏はそれを止めているのだ。

 そしてもう一人……玲とやよいにトドメを刺そうとするパルマを呼び止めた声の主の姿を見た時、大きく開かれた勇の目からは、涙が零れ落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでだ、パルマ……!」

 

 自分を呼ぶ声に振り向いたパルマは、今まで感じていた苛立ちが消えていくことを感じていた。ようやく邂逅できた宿敵の姿を見たパルマが彼の名を呼ぶ前に、自分の背後にいる玲が信じられないと言った様子でその名を呼ぶ。

 

「謙、哉……!? あなた、目が覚めて……!?」

 

「ごめん、遅くなっちゃった。起きたら空港が襲われてるってニュースでやってるのを見てね、急いで来たんだ。間に合って良かった」

 

 玲の言葉を受けた謙哉は、いつもと変わらぬ笑顔を見せて彼女に答えた。今の今まで意識を失っていたことを感じさせないその笑顔を見た玲の胸に痛みが走る。

 だが、謙哉はそんな玲の感情を知る由も無い。彼女に向けて浮かべた笑顔を顔から消した謙哉は、自分を待ち受けている宿敵に対して鋭い視線を向けた。

 

「……お前の狙いは僕だろ? 相手になってやる!」

 

「ああ、そうさ……! 僕はこの時を待っていた! 今日こそお前を倒し、今までの屈辱を晴らしてやる!」

 

 歓喜と憎悪、二つの相反する感情がこもった叫びを上げながら腕を振りかざしたパルマは、玲たちに向けて放とうとしていた必殺技を謙哉目がけて発射した。自分目がけて飛来する無数の光輪を見た謙哉は、瞬時に腰のドライバーにカードを通して変身する。

 

「変身っ!!!」

 

<RISE UP! ALL DRAGON!>

 

 爆炎と轟雷が謙哉とパルマの周囲に巻き起こる。オールドラゴンに変身した謙哉の背中から生えた翼がはためき、凄まじい突風を引き起こす。パルマが放った光輪はその風を受けて失速し、脆くも崩れ去った。

 

「そうだ、それだ! 僕はその姿のお前を倒さなきゃならないんだ!」

 

 一度ならず二度までも自分を圧倒したイージスオールドラゴンの姿を目にしたパルマは、狂った様な叫び声を上げながら謙哉へと突撃した。

 自分の得意な遠距離戦を捨てて接近戦を挑んできたパルマの狂乱ぶりを見た謙哉は、彼と一気に決着をつけるべく必殺技を発動する。

 

<ドラゴクロー! フルバースト!>

 

<必殺技発動! ギガントクロースラスト!>

 

 巨大な翼を羽ばたかせ、謙哉は宙に浮かぶ。そのまま自分目掛けて突進して来るパルマと同じ様に一直線に向かって行く。

 猛スピードで滑空しながら雷光を纏った爪を振り上げた謙哉は、そのまますれ違い様にパルマの胴を切り裂く一撃を繰り出す。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

「ぐっ、ぎぃぃぃぃっっ!!!」

 

 幾つかの光輪を盾の様に展開して謙哉の必殺技を防ごうとするパルマだったが、自分の作り出した光の輪が次々と砕けていく光景を目にして怒りの咆哮を上げた。

 

「なんでだっ!? なぜ僕はこいつに勝てないっ!? 何故、僕はぁっっ!!!」

 

 魔人柱である自分が、ただの人間である謙哉に何故勝てないのか? 疑問と怒りを感じながら叫ぶパルマに対し、謙哉は思い切り腕に力を込めて爪を振りぬく。

 

「せいやぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

「ぐぅぅぅぅぅっっ!!??」

 

 最後に残っていた光の輪が消滅したことを見て取ったパルマは急ぎ身を捻って謙哉の必殺技を回避する構えを取った。凄まじいまでのエネルギーを秘めたその一撃を完全に避け切ることは叶わなかったが、致命傷を避けることに成功したパルマは地面を転がる。

 

「勝つ……! 僕の誇りにかけて、勝つんだ……! 次こそは、勝って見せる……!」

 

 痛みに呻きながら立ち上がったパルマは、謙哉を睨みながらうわ言の様にぶつぶつと呟きながら姿を消した。倒したのではなく、何らかの方法でパルマが逃げたのだと悟った謙哉は、大きく深呼吸をした後で変身を解除する。

 

「ぐっっ!?」

 

 戦いを終えて安堵した謙哉だったが、やはりオールドラゴンの副作用によって猛烈な痛みを感じてその場に蹲ってしまった。玲は慌てて謙哉の元に駆け寄ると、その安否を気遣う。

 

「謙哉っ、しっかりして! 薬は!?」

 

「だい、じょうぶ……! まだ、中にはクジカが居るはずだ。早くそっちに向かわないと……!」

 

「何言ってるの!? そんな体でまだ戦うつもり!? 一人で魔人柱を全員片付けようなんて無茶よ!」

 

 玲は怒りと悲しみを込めた叫びを謙哉へと向けた。せっかく目を覚ました彼が、自分の命を軽視していることに我慢が出来なかったのである。

 だが、謙哉は小さく首を振ると玲へとまっすぐな視線を向ける。そして、彼女に対して笑顔でこう言った。

 

「大丈夫、そんなことは考えてないよ。きっと……ううん、勇が必ずここに来る。だから、僕は少しでも時間稼ぎをするつもりさ」

 

「えっ……!?」

 

「沢山の人が危機に陥ってるこの状況を勇が見過ごすはずがない。必ずここにやって来るはずさ! クジカの相手は勇に任せる。僕たちは時間稼ぎと逃げ遅れた人たちを助けよう!」

 

 謙哉の親友への信頼と今の自分に出来ることをしようとする思いを耳にした玲は一瞬だけぽかんとした表情を浮かべた。そして、すぐに思い出す。

 そうだ、これが()()()()()()()()()()()。たとえ自分が意識不明の重体から復活した直後だとしても、誰かを信じて、誰かを守る為に必死になる男なのだ。

 そんな彼に苛立たないわけではない。もっと自分の命を大事にして欲しいと思わないわけがない。だが……自分が好きになったのは、こう言う男なのだ。

 

「……肩を貸すわ。あと、絶対に無茶しないこと! 良いわね?」

 

「うん、わかってるよ。それと、その……」

 

「……何?」

 

「……心配かけて、ごめん」

 

 申し訳なさそうに謝る謙哉の姿を見た玲は、そんな彼の頭に一発の拳骨を食らわせてやった。結構良い感じに決まった拳骨の手応えに満足しながらぶっきら棒に玲は言う。

 

「それでチャラにしてあげるわ。でも、次は無いから。そのことをよ~く覚えておきなさい!」

 

「う、うん……」

 

 痛みに涙目になりながら、謙哉は玲とやよいに支えられて空港の中へと向かって行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をしているんだ!? マリアっ!!!」

 

 エドガー氏は必死になって娘を抑えていた。友人たちがエネミーに倒されていく姿を見たマリアが、近くに倒れている生徒の腕からゲームギアを取って戦いに参加しようとしていたからだ。

 記憶も無く、戦っていた経験も覚えていないマリアにその行動は危険すぎた。娘を思う気持ちのまま、エドガー氏は一心にマリアを説得する。

 

「今のお前に何が出来る!? 記憶も戦いの経験も無いお前が、あの強大な敵を前にして何が出来ると言うんだ!? 何もするな、私の傍に居るんだ! 私がお前を守ってやる!」

 

 エドガー氏はマリアに対して思いの丈をぶちまけた。もう二度と、娘に危険なことをして欲しくなかった。大人しく、可憐で、誰よりも優しい娘を守る為ならばなんだってしようと思っていた。

 たとえ命を捨ててでも娘を守る……そんな思いを胸に、エドガー氏はマリアの腕を強く掴む。絶対に放さないと覚悟を決めたエドガー氏がマリアを引っ張って安全な場所へと避難しようとしたその時だった。

 

「……そうかもしれません。私は、何も出来ないのかもしれません」

 

「何……?」

 

 小さい、だがはっきりとした声でマリアが自分に話しかけて来たのだ。その声を聞いたエドガー氏が固まっていると、マリアは振り向いて覚悟を決めた眼差しを自分へと見せて来た。

 

「私は弱くって、戦っていた時の記憶を失っていて、満足に何かを成すことなど出来ないのかもしれません。ですが……私には、戦う力があるんです!」

 

「マリア……?」

 

「今までずっと、私は世界中の人たちを守る為に訓練してきました! その記憶や戦いの中で積み上げた物は、きっとこの体の中に残っているはずです! なにより……ここで逃げたら、私が今まで日本で学んできたことの意味がなくなってしまう! 私は、みんなを守る為に、戦う為にこの国に来たんです!」

 

 涙を浮かべながら叫んだマリアは、クジカによってトドメを刺されそうになっている葉月へと視線を移した。そして、もう一つ付け加える。

 

「そして、あそこで戦っているのは私の友達です! 記憶がなくっても友達なんです! その友達のピンチを黙って見てることなんて、私には出来ません!」

 

 マリアがエドガー氏の腕を振り払う。唖然とした表情で娘を見る父親に対して、マリアは深々と頭を下げた後でこう言った。

 

「……ありがとう、お父様。今まで私を守ってくれて、私を守ろうとしてくれて、本当にありがとうございます。……これからは、私はお父様を守る番です。世界中の人たちを、お父様を……私が守ります!」

 

 そう言い残すと、マリアは戦いの輪の中へと加わって行った。すぐにカードを使用し、火の玉を作り出すとそれをクジカへと飛ばす。

 

「ぬっ?!」

 

「がはっ! げほっ、げほっ……!」

 

 マリアの攻撃に不意を打たれたクジカは、掴んでいた葉月を放してしまった。急いで彼から離れた葉月は、自分を助けてくれたマリアへと礼を言う。

 

「あ、ありがと、マリアっち……おかげで助かったよ」

 

「いいえ、まだ助かってはいませんよ……勝たなきゃ、そうしなきゃ、ここにいるみんなが死んでしまいます……!」

 

 不意を打つことは成功したが、クジカには全くダメージが入ってはいなさそうだ。ぼろぼろの葉月と戦闘能力が低い今のマリアの二人で彼を倒すことは不可能に思えた。

 だが、それでもやるしか無かった。それが彼女たちに与えられた使命だからではなく、それを彼女が選んだからだ。自分の意志で戦う運命を選んだマリアは、まっすぐにクジカを睨みながら叫ぶ。

 

「私が、守ります……! 友達も、お父様も、ここにいる人たちも、私が守って見せます!」

 

「よく言った! その思いに免じて本気で相手をしてやろう!」

 

 強い意志を秘めたマリアの姿に触発されたのか、クジカは全身から威圧感を放って二人を威嚇した。空気が震え、足元が揺れる感覚を覚えながらマリアと葉月は互いに顔を見合わせる。

 

「やるっきゃない、よね!」

 

「そうです! やるしかないんです!」

 

 緊迫した空気の中で笑いあった二人は、互いにフォローしながらクジカとの戦いを始める。たとえどんなに負ける可能性が高かろうとも、みんなの為に戦う二人は決して諦めることはしなかった。

 その姿を見ている人々の胸に確かな明かりが灯る。弱々しくも必死に戦う少女たちの姿は、見ている者すべての胸を打った。

 

 そう、例えこの場に居なくとも……この光景を見ている人間は、彼女たちの行動に胸を熱くしていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「謙哉……! 葉月……! マリア……!」

 

 光の中で勇は今見た光景を思い浮かべると目に涙を浮かべた。

 自分のことを信じ、必ず駆け付けると言い切った謙哉。無謀でも誰かを守る為に戦いを続けるマリアと葉月。三人の思いは、迷いを抱える勇の心に熱い鼓動を与えていた。

 

「……戦いを選べばもう逃げられなくなる。だとしても、俺は……!」

 

 迷いが、悩みが、消える。義務感でも一時の感情からでも無い。()()()()()()()()()()を理解した勇の耳に女性の声が響く。

 

(……勇、あなたはどうしますか? あなたは、どんな運命を選びますか?)

 

 その問いかけに瞳を閉じた勇は、改めて自分の中の答えを確認した。そして、目を開くと目の前のゲートをまっすぐに見つめる。

 もう答えは決まった。自分の戦う理由も見つけ出した。迷いは、無い。

 ここまで何度も問われたその質問に対しての答えを思い浮かべた勇は、それを強い覚悟を込めた声で口にした。

 

「俺が選ぶ運命は……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がっ、はっ……!」

 

「くっ……ここまで、なの……?」

 

 クジカに蹂躙されたマリアと葉月は、床に這い蹲りながら呻いた。既に葉月の変身も解除されており、全身傷だらけの二人に戦う力が残っていないことは明白だった。

 

「……良く抗った、素直にそう認めよう。褒美だ、我が全霊の一撃を以て、天に還るが良い!」

 

 戦いの終わりを悟ったクジカが双剣を振り上げる。先ほど光牙を打ち倒した必殺技が発動され、二人に狙いが定められる。

 防ぐ手段どころか立ち上がる力も残っていない二人は、自分たちが死の瞬間を迎えようとしていることを冷静に受け止めていた。

 

「葉月! ルーデンスっ!」

 

 遠くから玲の声が聞こえる。葉月もマリアも、負けたことはわかっていたが諦めはしなかった。

 

「まだ、まだっ……!」

 

「せめて、なにか……!」

 

 傷一つでも良い、ほんの少しで良い、クジカに何か、一つでも良いから手傷を負わせたかった。

 自分たちが諦めなかった証明を、戦った証を刻もうとする二人の姿を見ながら、クジカは静かに笑う。

 

「愚か、だが……嫌いではなかった。さらばだ、勇敢なる少女たちよ」

 

 クジカが双剣を握る手に力を込めた。後はそれが振り下ろされれば斬撃が二人目掛けて飛来し、その命を奪うだろう。

 謙哉たちも間に合わない。この場にいる全員が、マリアと葉月はもう助からないと思い、絶望していた。

 

 だが……彼は、やって来た。最大のピンチ、誰もが絶望したその時に、彼はやって来た。

 

「ぬっ!?」

 

 クジカの背後にあった巨大なガラスが割れ、その破片が彼へと降り注ぐ。とっさに振り返った彼が見たのは、自分の頭上を越えて跳ぶ男の姿だった。

 

「マリア、葉月、大丈夫か?」

 

「あ、なたは……!」

 

 駆け付けた男の姿を見たマリアが驚きの表情を浮かべる。対して、葉月は笑顔を見せると彼の名を呼んだ。

 

「来てくれたんだね、勇……!」

 

「遅くなって悪い、後は俺に任せとけ」

 

 優しく二人の肩を叩いた勇は、懐からドライバーを取り出すとそれを装着しながら振り返った。そして、自分を見つめるクジカとその後ろに控える大量のエネミーを睨む。

 

「……来たか、龍堂勇……!」

 

「ああ、来たぜ。俺は、自分の運命を選び取った……!」

 

「運命だと? それは、どういう物だ? お前は何を選んだ? このクジカと決着をつけることを選んだのか!?」

 

 クジカの叫びに勇は首を振った。そして、この場にいるすべての者に聞こえる様な声で話し始める。

 

「俺は弱い。一度失敗して、大切なものを失いかけて、その怖さに気がついた。このまま戦いを続けたらまた失敗して、この恐怖と痛みを何度も味わうんじゃないかって思うと、戦いから逃げ出したくなった。何のために戦うのかも決められない俺がこのまま戦っても、何の意味も無いんじゃないかって思えて仕方がなかった。でも……!」

 

 言葉を切った勇はマリアを見る。自分に大切なことを教えてくれた彼女を見た後、勇はクジカに向けて叫んだ。

 

「……戦いから逃げたら何も守れない。大切な友達も、たくさんの人たちの命も、未来も……何一つとして守れないんだ! 弱くったって、戦うことは出来る! 誰かの為に戦うことは出来る! 俺には……俺には力がある! 沢山の人を守れる力が! 未来を、夢を、命を守れる力がある! だから、だからっ……!」

 

 覚悟は決めた。戦う理由も見つけ出した。勇は、自分の仲間や敵に対して自分が導き出した答えを告げる。

 

「俺には世界を守ろうと思えるほどの夢は無い。でも、俺には守りたい人たちがいる。俺は、その守りたい人たちを守る。そして、その守りたい人たちが守りたいものも守って行く! 守ってやるさ、全部を! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 びりびりと空気が震える。勇の宣言を聞いたクジカは、低い声で呻く様にして叫んだ。

 

「全ての命を守るだと……? なんと傲慢な考えよ! 己の弱さを自覚しながら、なおも巨大なる夢を掲げるか!?」

 

「夢じゃねえ! そう決めたんだ! 絶対に守ってみせる! どんなに傷つこうとも、俺は逃げないと決めたんだ!」

 

 たとえ弱くとも、傷つこうとも、突き進む。この道の果てに何があるのかもわからない。だが、それでも良い。自分の守りたい人たちを守る為なら、どんな痛みも乗り越えてみせる。

 強い覚悟を胸に、勇はホルスターからカードを取り出す。己で決めた運命の第一歩、それを踏み出す勇の耳に、あの女性の声が響いた。

 

(……あなたのその覚悟は、あなたの道を切り開く……勇、突き進みなさい。 あなたの運命は、あなたが決めなさい!)

 

 その言葉と共に勇の前に光が現れた。銃士、剣士、魔導士の三枚のディスのカードを手に入れた時と同じ感覚を覚えた勇は、その光に手を伸ばす。

 光が消え、掴み取った運命を目にした勇は、新たな力を呼び覚ますべくドライバーへとカードを使用する。

 

<運命乃羅針盤 ディスティニーホイール!>

 

 そのカードが呼んだのは、まるで船の舵の様な形をした輪であった。四つに区切られたスペースを持つその輪は、独りでに勇の左腕へと装着されていく。

 かちりと勇の腕にディスティニーホイールが取り付けられた次の瞬間、ホルスターからは四枚のディスのカードが飛び出して仕切られたスペースへと収まって行った。

 

「あれは、なに……?」

 

「武器なのか? それとも……?」

 

 困惑する謙哉や葉月の声を耳にしている勇には、何故かこの輪の使い方がわかっていた。深く息を吸い、吐く、そして、左腕に取り付けられたディスティニーホイールを掴むと、それを回転させながら叫んだ。

 

「変身っっ!!!」

 

<ディスティニー! チョイス ザ ディスティニー!> 

 

 いつもよりも大きな電子音声を響かせながらドライバーの画面が光る。まるで船の舵を切る様に回転させたディスティニーホイールからは、赤と黒の旋風が巻き起こっていた。

 猛々しく、荒々しいその風は勇を取り囲む竜巻となって吹き荒れる。完全に風の中に隠れてしまった勇の姿をクジカや謙哉、そしてマリアが黙って見つめていた。

 一瞬の様な、それでいてとても長く思える時が過ぎる。やがて勢いを増すばかりの風の中からは、新たな電子音声が聞こえて来た。

 

<舵を切れ! 突き進め! お前の運命はお前が決めろ!>

 

「はぁぁっ!!!」

 

 風の中に光が灯る。同時に竜巻を切り裂く様にして中から伸びた腕が周囲の旋風を払い飛ばした。

 暴風と轟音をまき散らしていた竜巻。それが消え去った後の空港の中は驚くほどの静けさが支配していた。物音ひとつ響かない空間の中、勇が一歩前に踏み出す。

 

「また、新しい姿……!?」

 

「な、なんか、今回はいつもと違わない!? カード四枚だよ!? それに、何あの腕につけられた奴!?」

 

 黒のロングコートに紅が散りばめられた容姿は、今までのどのディスやワールドにも対応している様には思えない。現代的ではあるがそこまで新しくも無い、強いて言うならばそう、あの姿は……

 

「航海士、か……?」

 

 細身の出で立ちに舵の様な輪、そして現代と中世を織り交ぜた様な姿形は航海士に見えなくも無い。だが、謙哉にはそれよりも気になることが一つあった。

 

「勇、武器を持ってないけどどうするつもりなんだ……!?」

 

 今までのディスにはそれぞれ専用武器が存在していた、だが、今回はあの舵がそれに当たるせいか勇は素手のまま戦いに臨もうとしている。

 今までのディスティニーとは確実に違う新たな姿『セレクトフォーム』の登場に困惑を隠せないままの謙哉たち。だが、勇は迷いなく前へと突き進む。

 

 確かな決意を固めた勇は、仮面ライダーとして命を守る為の戦いの中へと突き進んで行くのであった。

 

 



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鮮烈! セレクトフォーム!

「……さあ、ゲームスタートだ。かかって来い!」

 

 新たなる力、ディスティニーセレクトフォームへと変身した勇がクジカに吠える。数えきれないほどのエネミーを目にしても怯むことなく敵を睨み、戦いの構えを取っている。

 

「なるほど、新しい力を手に入れたか……ならば、その力がどれほどの物か試してやろう!」

 

 今までよりも覇気を漲らせて自分へと向かってくる勇を前にしたクジカは、まずは小手調べと言わんばかりに数体のエネミーを向かわせる。魔人柱ほどではないが十分な強敵であるエネミーたちは、一斉に勇へと跳びかかり攻撃を仕掛ける。

 正面から一体、上空から一体、そして右側側面からもう一体と合計三体のエネミーの連携攻撃が勇へと迫る。だが、勇は一切の焦りを見せずにその攻撃に対処した。

 

「せやぁぁっ!!!」

 

 まずは正面の敵を迎撃し、思い切り振りかぶったアッパーカットを繰り出す。強烈な威力を持ったその一撃を顎に受けたエネミーは仰け反りながら空中へと打ち上げられ、ジャンプして勇を襲おうとしていた仲間の体にぶち当たった。

 

「ギャギッ!?」

 

「グギャァァッ!?!?」

 

 二体のエネミーは空中でぶつかり合い、お互いに絡まりながら地上へと落下してきた。その間に側面から攻撃してきたエネミーを掴んだ勇は、それを落下してきた二体のエネミーの方向へと投げ飛ばす。

 

「おっ、っしゃぁっっ!!!」

 

 気合一発、三体のエネミーが重なり合った一瞬に強烈な右回し蹴りを繰り出した勇は、その一撃でいっぺんにエネミーたちを撃破してみせた。

 冷静な対処と強力な攻撃を以ってあっという間にエネミーたちを撃破した勇を見たクジカは、その強さに衝撃を受ける。

 

(一撃!? 一撃だと!? 決して低級ではないエネミーたち三体をまとめて一撃で撃破するだけの攻撃力があると言うのか!?)

 

 一瞬の戦闘で向かって来た敵を撃破した勇は、そのまま前進を再開する。自分目がけて突き進んで来る勇の姿にわずかな恐怖を覚えながら、クジカは彼に向って叫んだ。

 

「龍堂勇! お前はすべてを守ると言ったな!?」

 

「………!」

 

 クジカの叫びを耳にした勇は動きを止めた。クジカの背後に居るエネミーたちが一斉に戦闘の構えを取り、動き出す準備をしていることを目にしたからだ。

 今にも動き出しそうなエネミーたち、しかし、その狙いは自分ではない。自分の背後にいる戦えない人々を映しているエネミーたちの瞳を見た勇は、クジカが何をしようとしているか理解した。

 

「ならば、守って見せよ! その二本の腕で、一体どれだけの命を救えるか試してみろ!」

 

「グラァァァァッッ!!!」

 

 クジカの叫びを合図にエネミーたちが一斉に動き出す。宙と地を埋めつくす様に進撃するエネミーたちは、勇を無視してその背後にいる人々に襲い掛かろうと走り出す。

 30は下らないであろうエネミーたちの数。それらすべてを勇一人で相手することなど不可能に思えた人々は悲鳴を上げながら逃げ惑う。エネミーたちによる一方的な蹂躙を予想していた人々だったが、勇はなんら焦ることなく左腕のディスティニーホイールを掴んだ。

 

<ディスティニー・チョイス!>

 

 ディスティニーホイールの周囲に生えた四本のレバーを掴み、それを回転させる勇。電子音声が響く中、<運命の銃士 ディス>のカードをホイールの内側に取り付けられた矢印部分に合わせた勇は、そのまま掴んでいたレバーを押し込んだ。

 

<チョイス・ザ・フューチャー!>

 

 再び流れる電子音声。同時に勇の前にガンナーフォームの武器であるディスティニーブラスターが出現する。

 いつもと違い、銃口の下部分に黄金の刃が取り付けられ、銃剣となったディスィニーブラスターを掴んだ勇は、それを向かってくるエネミーの集団目がけて構えると引き金を引いた。

 

<スーパーマシンガンモード!!!>

 

 ディスティニーブラスターから放たれる銃弾の嵐。ガンナーフォームが使っていた時よりも素早い連射、しかも強力になった弾丸が文字通り嵐の様に飛び交い、たった一撃でエネミーたちを爆散させた。

 大量に居るエネミーたちは前に進もうとするも、一体として勇の居る場所より先へは進むことは出来ない。守護神の如く立ちはだかる勇の守りを崩すことが出来ないのだ。

 

「す、すごい……! 攻撃がパワーアップしてる!」

 

「いや、それよりも狙いの正確さよ。あれだけの連射で一撃も銃弾を外していないわ!」

 

 玲の言う通り、勇は凄まじいまでの連射攻撃を放っているにも関わらず、一撃も攻撃を外していなかった。周囲の被害を抑えながら完璧にエネミーたちを駆除する勇の姿は、仲間である謙哉たちですらも戦慄を覚えるほどだ。

 

「うっらぁっ!!!」

 

 やがて目の前まで迫ったエネミーを銃口の下についた刃で切り捨てた勇は、立ち尽くしているクジカへと視線を向けた。そして、静かに口を開く。

 

「……残るはクジカ、お前だけだ!」

 

「ぐっ……!?」

 

 あれだけいたエネミーたちをほんの数分で全滅させた勇の強さにクジカは驚愕する。しかし、その恐れを振り払うと自分の武器である双剣を構えて勇へと挑みかかって行った。

 

「良いだろう! このクジカが直々に引導を渡してやる!」

 

 一発、二発と撃ち出された弾丸を斬り払い、クジカは勇へと接近する。勇もまたクジカとの戦いを接近戦に切り替えることを決めるとディスティニーホイールを再び回転させた。

 

<チョイス・ザ・エヴァー!>

 

 今度は「運命の戦士 ディス」のカードを選択した勇の手にディスティニーソードが出現する。切っ先に黄金の刃が取り付けられ攻撃範囲が延長されたそれを構えた勇は、挑みかかって来るクジカの双剣を受け止めた。

 

「ぬっ! ぐぅぅぅっ!!!」

 

 二本の剣を振り回し、次々に勇へと攻撃を繰り出すクジカ。しかし、その全てを勇は冷静に斬り払い、防いでいく。

 手数では勇の防御を崩せないと悟ったクジカは攻めの方法を力押しに変えると、双剣を一息に勇へと叩きつけた。

 

「ぬぉぉぉぉっっ!!!」

 

 二つの剣の力を合わせた強烈な斬撃が勇に迫る。勇が剣で防ごうとも防御ごと叩き斬る勢いで繰り出されたその攻撃は、間違いなくクジカの最高の一撃だった。

 

「……ふっ!」

 

 だが、勇はそれをこともなげに剣で打ち払う。ディスティニーソードの一振りで自分の渾身の一撃が崩され、弾き飛ばされたことにクジカは驚きの叫びを上げた。

 

「なっ!? 馬鹿なっ!?」

 

「たぁぁぁっっ!!!」

 

 驚き、動きが固まったクジカに繰り出される返しの二刀目。鋭い軌跡で振るわれたその一撃はクジカの胴を斬り裂き、大ダメージを与えた。

 

「があぁっ!?」

 

 勇の攻撃を直に受けたクジカは、その強力さを身をもって体験した。素早く重いその一撃は、今までの勇の攻撃とは段違いにパワーアップしている。

 下手をすれば……いや、間違いなく自分よりも今の勇は強い。レベル50の魔人柱である自分よりも強くなった勇に対し、クジカは疑問を投げかけた。

 

「何故だ……!? 同じレベル50ならば、魔人柱である我の方が強いはず……! なのになぜ、貴様に押されているんだ!?」

 

「……確かにお前の言うとおりだ。同じレベル50なら、俺はお前に勝てるわけがねえ。だが、()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「な、なにっ!?」

 

 ディスティニーソードの切っ先を自分へと向けながら語る勇の言葉に驚きを隠せないクジカ。そんなクジカに向けて、勇は今の自分のレベルを告げた。

 

「……セレクトフォームのレベルは()()! 4枚のディスのカードから最も優れた部分を20レベルずつ取り出した最強の力だ!」

 

「レベル……80だと!?」

 

 レベル80……それは自分よりも30レベル、そして主であるガグマよりも11レベルも高い。

 ただの人間である勇が自分たちを超える力を手に入れたことに驚きと屈辱を感じたクジカは、首を振りながら小さく呟いた。

 

「こんな、こんなことが……!? 馬鹿な!? お前は一体……!? まさか、ガグマ様と同じ王の器なのか!?」

 

「……そんなんじゃねえよ。俺は、仮面ライダーディスティニー! この世界と、そこに生きる人々を守る戦士だ!」

 

 勇者でも王でも無い。世界を守るヒーロー、仮面ライダーとしての覚醒を始めた勇は大声でそう叫ぶ。人々の心に熱さと頼もしさを感じさせる雄姿を見せながら、勇はディスティニーホイールへと手を伸ばした。

 

「……さあ、終わりにしようぜクジカ! この運命、断ち斬らせてもらう!」

 

「ぬぅぅぅぅぅっ……! 我は傲慢の魔人、クジカ! 例え敵が如何に強大であろうと、背を向けることはこの誇りが許さん! 受けてたとう、その勝負をっ!!!」

 

 全身から覇気を漲らせ、双剣を握る力を更に強めながらクジカが必殺技を発動する構えを取る。剣の刃には黄金のエネルギーが溜まり、その輝きを増させていく。

 空港の中の空気が震え、窓ガラスが次々と割れていく。凄まじい緊迫感に包まれる戦いの中、勇もまた必殺技を発動しようとした時だった。

 

「うわぁぁぁぁんっ! おかーさーんっ!!!」

 

「!!!」

 

 自分の背後から聞こえる声。振り返った勇が見たのは、頭から血を流して倒れる女性と彼女を揺さぶる子供の姿だった。

 親子と思われる二人、母親は完全に気を失っており、逃げることは出来なさそうだ。目の前で繰り広げられる戦いの余波から逃げようと、子供は母親を必死に起こそうとしている。

 

 もしもここで勇がクジカとの必殺技の撃ち合いに負けたなら、あの親子はただでは済まないだろう。それがわかっているからこそ、小さな手で必死になって母親を起こそうと息子は尽力しているのだ。

 

「起きてよ! このままじゃ死んじゃうよっ!!!」

 

 恐怖に涙を流しながら母親に叫ぶ。先ほどクジカにいとも容易く倒された光牙の姿を思い返すと、その恐怖はさらに大きくなって心を押し潰して来る。

 勝てない。死んでしまう。大好きな母が、このままでは命を落としてしまう……そんな恐怖に支配された小さな心が、真っ暗な闇に塗り潰されそうになった時だった。

 

「大丈夫、必ず守る……!」

 

 凛とした、力強い声が耳に届く。顔を上げた子供が見たのは、自分たちを守る為にクジカに立ち向かう戦士(ヒーロー)の姿だった。

 振り向かず、敵の姿を見ながらも自分へと声をかけてくれた勇の背中は、とても大きく見えた。その姿を見ていると心の中に希望が生まれて来る。

 

「守るから……! 絶対に、守ってみせる!」

 

 自分を見つめる小さな瞳。そして、この場にいる人々の期待を背中に感じながら勇は覚悟を固め、ディスティニーホイールを回転させる。一、二、三……レバーを押し込まずに回転を続けるディスティニーホイールに異変が起きた。

 回転を続けるディスティニーホイールから、黒と紅の風が舞い上が始めたのだ。竜巻の様に吹き荒れる風が一度上空に飛び立つと勇の右手に掴まれたディスティニーソードを囲む様にして舞い戻って来た。

 

 黒と紅の嵐を纏ったディスティニーソードを上段に構えて攻撃を繰り出す構えを取った勇は、思い切り腕を振ってその剣を振り下ろした。

 

「はぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

「ぬっ!? ぐぅぅぅぉぉぉぉっっ!!!」

 

 剣が振られると同時に放たれた嵐は、真っすぐにクジカ目掛けて飛び立って行く。クジカもまたその嵐を迎え撃つべく双剣を構えると必殺技を発動した。

 

<必殺技発動! プライドスラッシュ!>

 

「おっ、おぉぉぉぉっっ!!!」

 

 暴風吹き荒れる嵐に向けて剣を振るうクジカ。激しい衝撃と轟音を響かせながら嵐と鍔迫り合いを続けるクジカは、自身の誇りをかけて咆哮する。

 

「そう、やすやすと……負けるものかぁぁぁぁっっ!!!」

 

 レベル差があろうとも、そう簡単に敗北を認めるわけにはいかない。自分は大罪魔王ガグマの手で作り出された栄誉有る存在、魔人柱なのだ。

 クジカは己の心を奮い立たせ、誇りと激情を込めて双剣を振るう。嵐と押し合う刃が悲鳴を上げ、腕に激痛が走ろうとも力を抜くことはしなかった。

 

「ぐ、おぉぉぉぉっっ!!!」

 

 雄叫びを上げて最後の力を振り絞ったクジカは、思い切り目の前の嵐を斬りつけた。刃が纏った光が大きく弾け、消え去ると同時に向って来ていた嵐も消滅する。

 相打ち……勇の必殺技を何とか相殺したクジカの全身から力が抜けていく。全力を以って敵の必殺の一撃を破った事にわずかな安堵を胸にした時だった。

 

「なっ!?」

 

 顔を上げたクジカの目に勇の姿が映る。上空に跳び上がり、黒い紅の光を纏ったディスティニーソードを手にした勇が自分目がけて飛び掛かって来ていたのだ。

 それを目にしたクジカは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言うことに気が付いた。

 そう、あの嵐は真の必殺技の為の布石。敵の体勢を崩し、この次の一撃を炸裂させる為の言わば牽制だったのだ。

 

(馬鹿なっ!? ただの牽制であの威力だと!?)

 

 自分の全力の必殺技で何とか相殺出来たあの嵐はただの牽制。その事実に驚愕するクジカだったが、もうすべてが遅すぎた。

 自分目がけて剣を振るう勇の攻撃に対して回避も防御も出来ない。剣を振り下ろす勇の姿を見ながらクジカが耳にしたのは、必殺技の発動を告げる電子音声だった。

 

<超必殺技発動! ギガ・ディスティニーブレイク!>

 

「うおぉぉぉぉっっっ!!!!!」

 

「ぐっ、ぐわぁぁぁぁぁっっっ!!??」

 

 眩い光が輝くと同時にクジカは自分の体に激痛が走ったことを感じた。左肩から右腰へ、ディスティニーソードが纏っていたものと同じ黒と紅の残光が自分の体に刻まれている。

 深く鋭い傷痕をつけられたクジカの手から剣が零れ落ちる。傷痕からは光が泡の様に次々と浮かび上がっては消えていった。

 

「負け、たか……この、クジカが……!」

 

 クジカは必殺技を放った後の体勢のまま、油断なく自分を見つめている勇の姿を視界に映した。そして、その背後にある彼が守ったものを見て、満足げに笑う。

 

「見事……! お前のその傲慢なる夢、しかと叶えて見せよ! 我は、お前の行く末をあの世から見守ってやろう!」

 

「ああ……守って見せるさ! もう二度と悔やむことの無い様に!」

 

「くく……! その力、覚悟、見事なり! さらばだ我が宿敵、龍堂勇! いや……仮面ライダーディスティニーよ!」

 

 断末魔の叫びとしては余りにも清々しいそのセリフを最後に、クジカの体に刻まれた光が大きく弾けた。

 旋風と爆発が空港の中に巻き起こり、衝撃波が人々の体を叩く。やがて、その余波が収まったことを感じ取った人々が顔を上げると……

 

「……良く頑張ったな。お母さんのこと、守ろうとしたんだろ?」

 

 小さな子供の頭を撫で、励ます勇の姿がそこにあった。勇は倒れている母親を担ぎ上げると、周囲の人々に叫ぶ。

 

「誰か、手を貸してくれ! 怪我人を協力し合って安全な場所に連れて行こう! もうエネミーはいないから、落ち着いて行動するんだ!」

 

「あ、ああ! わかった!」

 

 勇の言葉を聞いた人々が次々と立ち上がり、周囲の人と共に怪我人の護送を始める。空港の職員から旅行客、大人も子供も関係なく、自分に出来ることをすべく頑張っていた。

 

「マリア、手を貸すぜ!」

 

 先ほどの親子を他の人に預け、勇は全身傷だらけのマリアへと手を差し伸べた。マリアは少し戸惑った表情を見せた後、勇の手を取って立ち上がる。

 

「大丈夫か? 遅くなって悪かったな」

 

「いいえ、大丈夫です。ありがとうございます、()()()

 

「礼を言うのはこっちの方……って、え? 今、俺のこと、名前で呼んで……?」

 

 丁寧にお辞儀をしながら自分にお礼を言うマリアに対して返答をしようとした勇は、彼女が自分の名前を口にしたことを驚いていた。

 それは勇の名を呼んだマリアも同じだった様で、慌てた様子で口に手を当てて勇に謝罪する。

 

「ご、ごめんなさい! なんだか自然とそんな風に呼んじゃってて……馴れ馴れしかったです、よね?」

 

 勇に謝罪したマリアは、おずおずと彼の様子を伺った。光牙が言う通りの人物ならば、きっと今の自分の馴れ馴れしい態度に怒りを露わにしているのだろう。

 恐怖と緊張で顔が上げられないマリアだったが、その肩を思い切り掴まれ、驚いて跳び上がってしまった。その拍子に前を向いた視線の先に意外なものが映る。

 

「……良いんだ。それで……それが、良いんだ。お前さえ良ければ、これからもそう呼んでくれ……!」

 

「え……?」

 

 笑いながら瞳に涙を浮かべ、嬉しそうな声でマリアにそう告げる勇の顔を見たマリアは、聞いていた情報とは違う彼の温かな姿に困惑した。

 だが、自分の胸の中で何かが鼓動していることを感じ、その感情のままに静かに頷きながら彼の名を呼ぶ。

 

「い、勇、さん……」

 

「っっ……!!!」

 

 自分の一言に涙を流した勇は、俯きながら喜びに体を震わせていた。そして、マリアに顔を見せないまま小さく呟く。

 

「お前が居てくれたから、俺はここに来れたんだ……! お前が、俺に勇気を与えてくれた。だから、俺は……っっ!」

 

 感謝の言葉を口にする勇は、マリアへの思いを声にして話し続ける。マリアは、そんな彼の姿を見て、何か温かい感情を覚えていた。

 何も覚えていない、だが、彼は聞いていた様な人物では無い様な気がする……そんな思いを胸にしながら、マリアはこの日生まれたヒーローの姿をずっと見守り続けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふ~ん、レベル80かぁ……。現実世界の奴らの中にも、ボクたちに手が届きそうな存在が現れたってことか」

 

「その様だな。しかしレベル80とは、ちと予想を上回っておる。存外、手を焼く相手にもなるやもしれん」

 

「だからボクを呼んだんでしょう? 向こうが連合を組む様に、ボクたちも魔王連合を組んで奴らに当たる……。それが君の目的だろう、ガグマ?」

 

 先日ガグマが入手したギアドライバーを手の中で弄りながら、『暗黒魔王 エックス』は彼に返事を返した。そんなエックスの姿を見たガグマは喉を鳴らして笑う。

 

「察しが良くて助かる。マキシマもシドーもこの計画には乗らんだろうからな、頼みの綱はお前だけだったというわけさ」

 

「まあ、ボクもボクの目的の為に君を利用するだけさ。君もそうなんだろう? 君の望む物の為に、ボクの力を利用するつもりなんだろう?」

 

 そう言いながらエックスは右手を開き、その中に入っていた真紅の玉をガグマへと投げて寄越した。それをキャッチしたガグマは、そのまま玉を自分の体に吸収する。

 

「まったく、人を呼び寄せていきなり滅茶苦茶なことを言うよね。でもまあ、ボクも楽しかったから、良しとさせてもらうよ」

 

 ガグマの姿を見つめていたエックスは、やがて彼が何かを求める様に自分のことを見ていることを察して指を鳴らした。すると、二人の背後にある扉が開き、そこから誰かが部屋の中に入って来た。

 

「……素晴らしいな。流石と言った所か」

 

「お褒めの言葉をありがとうね。さて、と……」

 

 ガグマに気のない返事を返しながら、エックスは手にしていたドライバーを謎の人影へと放り投げた。

 その人物がドライバーをキャッチしたことを確認してから、エックスは彼に語り掛ける。

 

「それ、返すよ。元々は君の物だろう?」

 

 エックスからドライバーを受け取った男がそのホルスターの中身を確認すると、中に自分の見覚えの無いカードが入っている事に気が付いた。

 『憤炎 アグニ』……そう銘打たれたカードを顔の前にかざす男に向けて、ガグマとエックスが口を開く。

 

「それはボクたちからのプレゼントさ。それを使って、思う存分に鬱憤を晴らすと良い!」

 

「期待しているぞ、我が新たなる配下……憤怒の魔人柱よ」

 

 魔王二人に声をかけられたというのにも関わらず、男は何の反応も見せないままドライバーを手に部屋から出ていこうとする。扉を開けて外に出る寸前、彼はこの部屋に入ってから初めて声を発して二人に話しかけた。

 

「……あいつらは俺にやらせろ……! 光牙も真美も、そして龍堂も……この俺が叩き潰してやる!」

 

 激しい怒りの感情を感じさせるその声にエックスとガグマは満足げな笑みを浮かべた。そして、男が出て行った部屋の中で語り始める。

 

「さて、どんな顔をするかな? 相手側の反応が楽しみだね」

 

「ああ、まさかかつての仲間と戦うことになるのだからな……!」

 

 趣味の悪い、黒い笑みを浮かべた二人の声が闇の中に響く。愉悦に満ちたその声は、部屋の中で反響してより不気味さを増していた。

 

 新たなる力、セレクトフォームを手に入れた勇。だが、敵もまた新たなる力を得て、現実世界に襲い掛かろうとしていることを今の彼らは知る由も無かった。

 

 




次回 「憤怒の魔人 出現」


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憤炎 アグニ

 燃える炎、崩壊した建物……その中で苦しむ生徒たちが多数。そして、彼らが呻き、苦しむ姿を見下ろす人影が一つ。

 

「こんなもんかよ……その程度で虹彩学園なんざ大したことねえと息巻いてたのか? ああ!?」

 

「う、ぐ……」

 

 人影は一人の生徒の胸倉を掴んで無理矢理引き起こすとその生徒に怒声を浴びせた。

 怒りの感情をそのまま声に出す相手に対して、恐怖を感じた生徒は身動き一つ出来ずにいる。

 

「……ああ、むかつくぜ。なんでこんなにも舐められてるんだ、俺たちがよ……!」

 

「ぐぅっ!?」

 

 人影は掴んでいた生徒を放り投げる。瓦礫に頭から落下した生徒は、その衝撃で気を失って動かなくなってしまった。

 つい十分ほど前には普通に談話していた学校が瓦礫の山になってしまったことにショックを受けながら、生徒たちはこの地獄絵図を作り出した男の姿を見つめる。

 燃える様な赤の鎧に身を包んだその男は、自分に集まる視線を感じながら苛立ち紛れに吐き捨てた。

 

「……苛立つ、腹が立つ、怒りが収まらねえ! こうなったのも、すべてあいつらのせいだ!」

 

 咆哮、その表現が相応しいだろう。男は天に向かって吠え立て、怒りの感情を露わにする。

 その音量と威圧感に顔を伏せた生徒たちが再び視線を前に戻した時、今まで相対していた男の姿は消え失せていた。

 

 助かった、そう思うと同時に暗い感情が胸の中に過る。これで自分たちも()()()()の被害に遭ってしまったのだと自覚した彼らは、廃墟と化した母校の中でただ茫然と立ち尽くすことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「名門狩り、ですか?」

 

「ああ、そうだ。最近そう言う事件が多発してるんだよ」

 

 茹だる様な夏の暑さの中、宿泊しているホテルまでマリアを迎えに行った勇は、学校までの道すがら今回の収拾の原因を彼女に語っていた。

 空港での事件の後、暫くの間事件の発生現場である空港は運航を取り止めることが決まった。

 一応、別の空港で国際線も運航しているのだが、マリアはエドガー氏に無理を言って夏休みの間は日本に居られる様に頼み込んだのだ。

 何か思うことがあったのか、エドガー氏は娘のその要求を飲み、8月の末までは日本に滞在することを許可した。

 もうしばらくの間だけだがマリアと一緒に居られることを喜んだ勇は、エドガー氏に娘の世話役を任されたのである。

 

(これって役得、だよな……?)

 

 学校の寮ではなく親子で宿泊しているホテルまで送り迎えし、何かあったら一緒に出掛ける。マリアと共に他愛のない日常を過ごせることが、勇はとても嬉しかった。

 だが、そんな中でも事件は起こる。それが先ほど話題に出た『名門狩り』と言うことだ。

 

「空港での一件から数日、その間に幾つもの学校が襲撃されてる。そのどれもがソサエティ攻略の名門校ばかりだ」

 

「そんなことが……!? それで、犯人の手がかりは何かあるんですか?」

 

 マリアの言葉に勇は声を詰まらせた。

 少しばかり彼女に対してこの情報を告げることを躊躇ったが、正直にすべてを話すべきだろうと判断した勇は、被害に遭った学校の生徒たちから聞いた情報を口にする。

 

「襲撃を受けた学校の生徒たちは全員……赤いライダーを見た、と言っていた」

 

「赤い、ライダー……? それって、まさか……!?」

 

 マリアが言わんとしていることはわかる。自分たちの中で、赤を基調としたライダーは一人しかいない。

 いや……いなかった、と言うべきだろうか? 彼はもう、ここにはいないのだから……

 

(まさかお前なのか? 櫂……)

 

 ガグマとの戦いに敗れて消え去ったクラスメイトの顔を思い浮かべながら、勇とマリアは虹彩学園へと続く道のりを黙って歩いて行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなことはありえない、絶対にだ」

 

 机を叩きながら立ち上がった光牙は勇に向ってそう告げた。

 拳を強く握り、鋭い目つきで勇を睨みながら彼は話を続ける。

 

「櫂は……俺たちの前でガグマに倒された。それは君だって見ただろう?」

 

「それはそうだけどよ……」

 

「なら、櫂が噂の赤いライダーであるはずがない! 死んだ者は蘇ることは無いのだから……」

 

 今日の会議の第一の議題、()()()()()()()()()()()()()()()? と言う勇の意見を真っ向から否定する光牙。彼の表情には多少なりとも心苦しさが見受けられた。

 消え去った親友のことを思い出した事とその親友が犯罪者の候補として名前が挙がっていることが許せないのだろう。そう考えた勇は口を噤むと光牙に詫びる。

 

「……そうだな、不謹慎なことを言って悪かったよ」

 

「でもその場合、名門狩りを行っているライダーは誰なんだろうね?」

 

「……心当たりが無いわけでも無いでしょう? 一つ、可能性が残っているはずよ」

 

 浮かび上がった疑問に対し、冷静な口調で意見を述べた玲に全員の視線が集中する。

 玲は自分のドライバーを取り出すと、それを全員に見せつけながらある可能性について話し始めた。

 

「……あの戦いの後、城田のドライバーはガグマの城に残ったわ。なら、奴らがそれを回収していて当然と考えるべきでしょう?」

 

「ちょっと待って、ってことは……まさか、ガグマがドライバーを使って変身を!?」

 

「馬鹿、そんなわけないでしょう。ガグマのレベルは99、対してあのドライバーを使った城田のレベルは50……使ったらレベルが下がっちゃうじゃない」

 

「あ、そっか……」

 

 謙哉に突っ込みを入れた玲は腕を組むと椅子の背もたれに寄り掛かる。そして、軽く伸びをしながら話を続けた。

 

「……でも、少なくとも謎のライダーは魔王側の人間であるはずよ。正確にはエネミーっていうべきなのでしょうけど……」

 

「いや、それもありえない」

 

 名門狩りの黒幕はガグマ……そう結論付けようとした玲の言葉を光牙が強く否定する。

 自分の意見を否定されたことに怪訝な表情を見せた玲は、光牙にその根拠を説明する様に求めた。

 

「随分と自信がありげだけど……なんでそう言えるのかしら?」

 

「簡単だよ。櫂のドライバーは俺や龍堂くん、そして虎牙くんと同じ初期生産型だ。この4つのドライバーには、変身者設定が施されている。俺たち以外の人間には扱えないはずなんだ」

 

「光牙さんの言う通りです。私のプログラムは完璧なはず……ガグマたちが設定をリセットすることなど、到底不可能でしょう」

 

「……そう、ならもう手がかりは0ってことね。犯人に繋がる情報が無い以上、この話はお終いにして次に行きましょうよ」

 

「ああ、そうしよう。名門狩りのことは気になるけど、今はもう少し情報を集めようじゃあないか。で、だ……出来れば、皆にはこのイベントに顔を出して欲しい」

 

 天空橋にまで自分の意見を否定された玲は、若干憮然とした表情を見せると投げやりに話題をうっちゃった。光牙もそれに乗っかり、議題を切り上げる。

 そうして次の議題に移ると、光牙は数枚のプリントを出席者に手渡して自分もまたそれを手に取った。勇はそのプリントに刻まれている文字を口に出して読み上げる。

 

「月英学園、軍事演習会開催のお知らせ? なんだこれ?」

 

「……龍堂くんは知らないかもしれないけど、月英学園と言えばこの虹彩学園に続くソサエティ攻略の名門校だ。その月英学園が今度、大規模な軍事演習を行うらしい」

 

「おそらくだけど、ガグマ討伐に失敗して衰退している虹彩学園に取って代わってやろうとしてるのよ。大々的なアピールを行って、政府からの支援を受けようと目論んでいるわけね」

 

「……ソサエティとの戦いもあるけど、学校同士の戦いもしっかり続いているってことね。ホント、嫌になるわ」

 

 名門校同士のプライドのぶつかり合いに辟易とした表情を見せる玲。かねてより大人同士の醜い争いがあることを理解していた彼女がうんざりとした表情を浮かべると、隣の葉月が口を開く。

 

「で? アタシたちは敵情視察ってことですかね?」

 

「そういうことになるね。ドライバーは無いとは言え、俺たちのライバルと言える学校だ。しっかりとその実力を見ておきたい」

 

「日にちは明日か……まあ、そう言うことなら俺はOKだ」

 

「あ、僕も行けるよ」

 

「わ、私もご一緒します」

 

「……残念だけど明日は仕事が入っているから私たちは無理ね」

 

「アタシとやよいが入院してた分を取り戻さないといけないから余裕が無くってね~……ごめん!」

 

「気にすんなよ。お前たちにも事情ってのがあるからな」

 

 手を合わせて謝罪する葉月を気遣った勇は笑みを浮かべて彼女たちにそう告げた。ディーヴァの三人は申し訳なさそうにしているが、仕事ならば仕方が無いだろうと全員は納得している様だ。

 予定が入っている三人を除くメンバー、つまりは勇と謙哉とマリア、そして光牙と真美を加えた五人が翌日の出席メンバーとなる。

 伝えたいことをさっさと伝えた光牙が席に座ると、今度は天空橋が手を挙げて話し始めた。

 

「あ~……最後に私から一つご報告があります。まだ詳しくは話せませんが、ディスティニーカード第三弾のブースターパック発売が決定しました。パック名は『暗黒の魔王と創世の歌声』……と言っても、まだ仮の物ですけどね」

 

「お!? 新カードの登場か! これで戦力を補強できるぜ!」

 

「歌声ってことは……もしかして、アタシたちの強化カードもあったりするの!?」

 

「ご用意してますよ! ディーヴァ系統のカードだけでなく、皆さんの使っているカード全般を強化出来る内容になっています!」

 

 天空橋の発表を受けた一同は大いに色めき立った。激化する戦いの中で戦力の強化は必須事項だ。その足掛かりとなる新しいカードの登場は純粋に嬉しいものがある。

 

「よーし! 勇っちのレベル80に追いつくぞ~っ!」

 

「……もう、自分の弱さに悔やみたくない。そのためには……!」

 

 葉月も玲も、それぞれが強くなりたい理由を胸に意気込んでいる。二人とも、これからの戦いの為に強くなろうと必死なのだ。

 だが……

 

「………」

 

 そんな中でたった一人、やよいだけが暗い顔をしたまま俯いていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はい、例のカードを園田さんに届ける様にお願いします。ええ、三枚です。はい、では……」

 

 夜、自分の研究室で電話を終えた天空橋は軽く溜め息をついた。

 ディスティニーカードの開発も一段落したとは言え、まだまだやることは沢山ある。ほんの少しの休息を終え、自分の仕事に戻った天空橋が取り掛かったのはある映像の解析だった。

 

『うわぁぁぁぁぁっっ!!!』

 

『か、櫂ーーーっ!!!』

 

 天空橋が今見ている映像、それはガグマ討伐作戦にて、光牙の視点から見た櫂の最期の姿であった。

 ギアドライバーには戦闘データ解析の為の映像録画機能がついている。それによって記録されたこの映像を見ていた天空橋は、手元のPCの画面と流れる映像を見比べながらデータを計測していった。

 ガグマの必殺技の威力、属性、対抗策……櫂の犠牲によって生み出されたこの手掛かりから少しでも情報を得ることが、彼に対する供養になるはずだと考えた天空橋は必死になって解析を続ける。そんな中、彼はふととある異変に気が付いた。

 

「これは……?」

 

 時間にして一秒足らず、ほんの一瞬と言える時間だが、櫂がガグマの必殺技を受けて姿を消すまでの間に謎のノイズが走っているのだ。

 これは一体何なのか? ノイズの情報を解析しても、今までのどのデータとも一致しない物だ。なら、これは未知のデータと言うことになる。

 

「……まさか、これは……!?」

 

 いくつかのデータとノイズのデータを照合していた天空橋は、()()()()()を思いついて顔色を変えた。そして、すぐに計算を始める。

 もしもこの考えが正しかった場合、様々な疑問が解消される。そして、名門狩りの犯人である赤いライダーの正体にも辿り着けるかもしれない。

 天空橋は必死になって自身の考えの裏打ちを探して膨大なデータを探し始める。この考えが間違っていて欲しいと思わないわけではない。だが、もしもこの考えが正しかったならば、彼はまだ助かるかもしれない。

 絶望と希望が入り混じった複雑な思いを抱えながら、天空橋は日が昇っていることにも気は付かない程の集中力で計算を続けていったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天空橋が計算を続けている頃、勇はマリアをバイクの後ろに乗せて月英学園へと向かっていた。当然、昨日の会議で決まった演習会を見学するためだ。

 マリアを迎えに行った為、他のメンバーより少し到着は遅くなってしまうだろう。それでも十分に開催時間には間に合うことを確認した勇は、信号待ちの時間を利用してマリアに話しかけた。

 

「もう少しで目的地に着くぜ。そうしたら光牙たちを探して合流しよう」

 

「はい、わかりました」

 

 エンジン音に紛れて聞こえたマリアの返事を耳にした勇は小さく頷くと視線を前に戻した。

 信号が変わるまでもう少しだけ時間がかかりそうだなと考えていた勇は、自分の肩が叩かれていることに気が付いて再びマリアの方向へと振り向く。

 

「マリア、どうかしたのか?」

 

「いえ、あの、その……」

 

 何か自分に用かとマリアに尋ねる勇。しかし、肝心のマリアは歯切れ悪くもじもじとしているばかりだ。

 一体どうしたのだろうか? もしかしてトイレにでも行きたいのか……? 勇がそんな考えを浮かべる中、多少気まずそうな表情をしたマリアは少し俯きながらぽつりと言葉を発した。

 

「……勇さんの知る私って、どんな人でしたか?」

 

「え……?」

 

 予想外の質問を受けた勇は目を丸くしてマリアを見つめた。その時、信号の色が青に変わり、周りの車が次々と動き出す。

 勇は慌ててエンジンを吹かしてバイクを走らせると、マリアの質問に対して質問で返した。

 

「なんでそんなことを聞きたいんだ?」

 

「……気になるんです。私の知らないあなたが、私のことをどんな風に見ていたのかが……」

 

「だから俺の話を聞きたいってことか?」

 

「はい。光牙さんや真美さんじゃなく、あなたが見た私と言う人間の印象を聞いてみたいんです。お願い出来ますか?」

 

「………」

 

 運転をしている為、振り向くことは出来ないが、声を聞けば今のマリアが真剣な表情をしているであろうことは簡単に想像できた。

 勇は暫し悩んだが、マリアの為になるのならばとこれまでの学園生活の中で見てきた彼女の印象を語りだす。

 

「……俺が転校して来た時、A組の奴らは殆ど良い感情を抱いて無かったみたいだが……お前だけは違ったよ。色々と面倒見てくれて、気を遣ってくれた。今思えば、マリアがこの学校で俺に初めて出来た友達だったんだな」

 

「それで、他には?」

 

「……色々あったぜ。キャンプの時は何だか怖かったし、ドーマって言う魔人柱の住処に行った時は、暗い洞窟のことを滅茶苦茶怖がってたし……そうそう、試験の時とその後の臨海学校では沢山遊んで、楽しかったなぁ! ……本当、楽しかったんだ」

 

 その一つ一つを口にする度に思い返されるマリアとの思い出が勇の胸を締め付ける。

 こんなにも色鮮やかに刻み込まれている思い出は、マリアの中には存在していないのだ。楽しかったあの日々をマリアは覚えていないのだ。

 笑ったことも、怒ったことも、泣いたことも……この数か月の思い出はマリアの中から消え去ってしまった。勇は、それが悲しくて仕方が無かった。

 

「……謙哉と喧嘩した時も励ましてくれて、すげー力になってくれた。何時だってマリアは俺の味方でいてくれると思ってた。でも……」

 

「でも?」

 

「……一度だけ、俺とお前の意見がぶつかったことがあったんだ。その時に大喧嘩して……それで、暫く話さなくなっちまった」

 

「そう……なんですか……」

 

「……もしあの時、もっと別の道を選んでいたら……こんなことにはならなかったかもしれないんだ。マリアも記憶を失わなかったかもしれないし、櫂の奴だって……!」

 

 悔やんでも悔やみきれない思い出に勇は歯を食いしばる。もしもあの日、マリアともっと意思の疎通が出来ていたならば、自分を取り巻く環境は大いに変わっていたかもしれない。

 マリアと協力出来ていたら、光牙を説得することが出来たかもしれない。あの無謀な作戦自体を止めて、ガグマとの戦いを回避できたかもしれない。

 そうしていれば……櫂は死なずに済んだし、マリアも記憶喪失にならずに済んだかもしれなかったのだ。

 

 今更悔やんでももう遅いことはわかっている。だが、いつになってもこの後悔は消えはしないのだろう。

 勇は話す口を噤むと押し黙ってしまった。そんな彼に対して、マリアが口を開く。

 

「あの、勇さん……」

 

「あ、ああ、悪い! なんか重くなっちまったな! ゴメンゴメン! なんかもっと明るい話の方が……」

 

「い、いえ、そうじゃなくって、あれを見て下さい!」

 

「え? あれ、って……っっ!?」

 

 驚き、鬼気迫る声である方向を指さすマリアに釣られてそちらの方向を見た勇は目を見開いた。そこには、空へ濛々と湧き上がる黒煙がどんよりと浮かび上がっていたからだ。

 火事か、それとも何かの事故か……そんなことを考えるよりも早く、勇はある事実に気が付く。どうやらそれはマリアも同じだった様で、慌てた口調で勇へと尋ねて来た。

 

「た、確かあっちの方向って月英学園がある場所じゃあ……!?」

 

 マリアの言う通りだった。距離、方角的に黒煙の上がっている空の下にあるのは月英学園で間違いないだろう。つまり、そこで何かが起こったのだ。

 では、何が起きたのだろうか? 勇とマリアの頭の中に浮かんだのは、()()()()の一言だった。

 

「……マリア、一度ここで降りてくれ。何があったか確認して来る」

 

「は、はい!」

 

 勇はバイクを路肩に停めるとそこにマリアを下ろした。何が起きているかわからない危険地帯にマリアを連れて行くのは危険だと思ったからだ。

 

「ここに居てくれ、安全が確認出来たらすぐに迎えに来るから!」

 

 その一言を残した勇は猛スピードでバイクを走らせて月英学園へと向かう。先についているであろう光牙たちの身を案じながら、勇は一秒でも早く現場に辿り着くべくバイクで駆けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……嘘だ」

 

 光牙は、目の前で起きている光景が信じられないと言った様子で首を振った。

 

 虹彩学園のメンバーの中で真美と二人で月英学園にやって来た光牙は、開会式を最前列で見るべく席を確保して月英学園の生徒たちを観察していたのだ。

 流石は虹彩学園に続く名門校と言うべきか、月英学園の生徒たちも十分に訓練を積んでおり、体も鍛え上げられていた。そんな彼らの姿を見た光牙は、まだ手強いライバルが人間側にもいるのだと警戒を強めたものである。

 だが、そんな月英学園の生徒たちは、突然起きた地響きに動揺した隙に大半が吹き飛ばされていた。ほんの一瞬の出来事に困惑する光牙たちの目の前で、奴が姿を現したのだ。

 

 名門狩りの犯人、赤いライダー……赤と橙のカラーリングの戦士は、まるで煮え滾るマグマの様であった。

 赤いライダーは、突然の襲撃に驚く月英学園の生徒たちを次々と打ち倒していった。訓練された生徒たちが抵抗を仕掛けても無駄、全て薙ぎ払われて返り討ちに遭うだけだ。

 襲撃からものの数分、たったそれだけの時間で月英学園の精鋭たちは全滅し、校舎は半壊させられてしまったのだ。

 

「嘘だ、あ、あれは……!!?」

 

 赤いライダーによる暴虐の一部始終を目の前で見ていた光牙は、もう一度現実を認められないと言う様に首を振った。正確には、認められないと言うよりも()()()()()()、が正しいのだろう。

 赤いライダーの戦い方や動きを見ていた光牙には、彼の正体が何者であるかがわかっていた。今までずっと見て来たその動きを見間違えるわけが無い。

 

「な、なんで……? どう、して……!?」

 

「……なんで? どうして? ……それはこっちの台詞だぜ、光牙」

 

 その思いを裏打ちする様に赤いライダーが光牙の声に反応を示す。自分の名を呼んだ彼の声を耳にした時、光牙の中の思いは確信へと変わった。

 

「あ、あ……!?」

 

 目の前で赤いライダーが変身を解除する。鎧が消え、その下から姿を現した人間の顔を見た光牙は、茫然とした表情のまま彼の名を呼んだ。

 

「か、櫂……!?」

 

「……ああ、そうだぜ。久しぶりだなあ、光牙」

 

 赤いライダーの変身者は、紛れも無く櫂であった。喋り方も、動きも、その姿も、何もかもが自分の知る彼そのものだ。

 ただ一つ違う点があるとすれば、それは彼の瞳だ。自分を見つめる瞳の中には激しい炎が燃え盛り、轟々と憎しみが浮かび上がっている。

 

「な、なんでだ……? き、君は、ガグマに倒されて……!?」

 

「死んだはずだって言いたいのか? はっ! まあ、その通りだろうな。だが、俺は生きてる……そして、こうやってお前に会いに来たってわけだ!」

 

 叫ぶ様な大声で光牙へ向って吠えた櫂は、ドライバーのホルスターからカードを取り出すとそれを構える。

 そして、真っすぐに光牙を見つめながら、彼に対して言葉を投げかけた。

 

「さあ、構えろよ光牙……! 俺は、お前を倒しに来たんだぜ……!」

 

「ま、待ってくれ! 俺は、君と戦いたくなんか……」

 

「……そうか、お前は俺と戦いたくないか、なら……!!!」

 

 戦いを拒否しようとする光牙の言葉に無表情になった櫂は、一瞬だけ構えを解いた。

 その動きに櫂が戦いを止めてくれようとしているのでは無いかと期待した光牙だったが、櫂はそんな彼に向けて憤怒の表情を見せると大声で吠える。

 

「なら……そのまま黙って俺に殺されるんだなぁっ!!!」

 

 ビリビリと空気が震え、足元の地面がぐらつく。手にしたカードをドライバーにリードした櫂の体に燃え滾る炎が纏われていく。

 

「変身……っっ!!!」

 

<アグニ! 業炎! 業炎! GO END!!!>

 

 低く唸る様な電子音声がドライバーから発せられると同時に櫂の纏っていた炎が大きく弾けた。その中から姿を現した赤いライダーは、拳を唸らせながら光牙に迫る。

 

「光牙ぁ……! 俺は、お前を、ぶちのめすっっ!!!」

 

「くっ! や、やるしかないのかっっ!?」

 

 周囲の温度を跳ね上げるほどの熱と怒りのオーラを纏いながら突進して来る櫂の姿を見た光牙は、迷いながらも覚悟を決めるとブレイバーへと変身した。

 すぐさまエクスカリバーを振るい、櫂を傷つけない様に注意しながら戦いを挑むが……。

 

「温い! 温いんだよぉっ!! お前はその程度の男なのか!? ああんっ!?」

 

「くっ!?」

 

 パワフルな櫂のボディにいくら攻撃を仕掛けても一切ダメージを受けている様子は見られない。それどころか、攻撃を仕掛けているこちらの方が熱で体力を奪われている始末だ。

 

「甘い、温い、弱いっっ!!! やっぱりお前はその程度の人間なんだよっ!!!」

 

獄炎斧(ごくえんふ) イフリートアクス!>

 

 何度かわざと光牙の攻撃を受けていた櫂であったが、その行為に辟易した様子を見せると武器を召喚した。

 人の頭蓋骨をあしらった装飾を付けた紅蓮の斧……かつてのウォーリアが使っていたグレートアクスよりも一回り大きいそれを掴んだ櫂は、一直線に光牙へと襲い掛かる。

 

「くっ、来るっっ!!!」

 

 重機関車の様に突進して来る櫂の姿を見た光牙は、とっさに剣を前に構えて防御の姿勢を取った。

 唸りを上げて襲い来る斧の一撃を防ごうとした光牙であったが、金属音が響くと共に体が浮き上がる感覚を覚える。

 

「なっ!?」

 

 余りにも重く強烈な櫂の一撃は、防御の上からでも十分な衝撃を光牙に与えていたのだ。手と腕が痺れていることを感じた光牙の体は、地面から数十センチほど浮かび上がっていた。

 

「おらぁぁぁっっ!!!」

 

「ぐっ、ぐわぁぁぁぁっっ!!?」

 

 宙に浮かび上がり、踏ん張りの効かない光牙の体に叩きつけられる紅蓮の斧。防御を打ち砕いて繰り出されたその一撃を受けた光牙は傷口が燃え上がる様な感覚に襲われていた。

 

「あぐっ! あ、がぁっ!!!」

 

 たっぷり数メートル後ろに吹き飛ばされ、背中から地面に落下した光牙は痛みに呻きながら地面を転がり続ける。

 灼ける様な体の痛みと全身を走った衝撃に苦しむ彼の姿を見た櫂は、憐れみとも侮蔑とも取れる言葉を吐き捨てた。

 

「はっ……! 無様だな、光牙。てんで俺の相手になりゃしねえ」

 

「か、櫂……なん、で……!?」

 

「……なんで? なんでだと? それはこっちの台詞だろうがぁっ!!!」

 

 何故、こんなことをするのか? 光牙が投げかけようとした言葉は、櫂の叫びによって打ち消された。

 地面に斧を突き刺し、光牙への怒りを露わにする櫂は溜まりに溜まった怒りを爆発させる様にして叫び続ける。

 

「何で虹彩学園が舐められることになった? 何でA組の奴らは今にも死にそうな顔をしてやがる? そして……何で俺はこうなった!? 答えられるか、光牙ぁっ!!?」

 

「そ、それは……」

 

 櫂から発せられる威圧感に怯んだ光牙は、答えに詰まって口を閉ざしてしまった。

 今、目の前に居るのは本当にかつての親友なのだろうか? そんな逃げの感情を持った光牙に対し、櫂は苛立ちをぶつけるべく口を開く。

 

「お前が答えられないなら俺が答えてやるよ。それはなぁ……全部、お前のせいだろうが!」

 

「っっ!!??」

 

「お前が無茶な作戦を立て、引き時を見失い、多大な損害を出したから、だから虹彩学園は弱体化した! 敗戦に打ちのめされた精鋭たちは自信を失い、更なる負の連鎖を生み出している! 全部全部、リーダーのお前の責任だろうが!」

 

「そ、そんな……お、俺は……っ!!」

 

「……お前が弱いから、俺はガグマにやられたんだろうが。そのせいで、こんなことになっちまったんだろうがよ!」

 

「!!!???」

 

 親友からの否定の言葉に光牙の心が打ちのめされる。認めたくなかった事実を突きつけられ、彼は目の前が真っ暗になってしまった。

 

「そんな俺がお前を憎んで何が悪い!? 俺が怒り、狂い、猛ったとして誰が責められる!? この憤怒の感情のままに、すべてを打ち砕いて何が悪いって言うんだぁぁぁっっ!!??」

 

 狂った叫び声を上げながら、櫂が光牙へと突っ込んで来る。光牙がそれに気が付いた時には、もう既に手遅れであった。

 

<必殺技発動! レイジ・オブ・インフェルノ!>

 

「あぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」

 

 豪炎を纏った櫂の拳が光牙に迫る。とっさに腕を前に出して防御しようとした光牙だったが、そんなものは何の意味も成さなかった。

 

「ぐうっっ!?」

 

 右のフックが頬を叩き、衝撃に脳が揺さぶられる。そのダメージが去らない間に鳩尾にストレートを決められた光牙は、体をくの字に折り曲げながら苦しみに呻いた。

 

「ごおぉぉぉぉぉぉっっ!!!」

 

「がっ、あぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!?」

 

 折れ曲がった体、がら空きになった顎を打ち上げる櫂渾身のアッパーカット。衝撃が脳天を貫き、一瞬光牙の意識が途絶える。

 だが、すぐにその意識は覚醒された。打ち上げられた自分の体が炎を纏い、燃え始めたからだ。

 パチパチと小さな音を立てたことを皮切りに徐々に大きくなっていった炎は光牙の全身を包み、轟音を響かせて大爆発を起こした。

 

「あ、あがっ……が、はっ……!」

 

<GAME OVER>

 

 パンチと爆発の衝撃を受けた光牙が地面を転がる。変身を解除され、戦闘不能になった彼の姿を見下ろしながら、櫂は叫んだ。

 

「まだだ! まだ足りねぇっ! もっと、もっとだ! 光牙だけじゃねぇ! 真美もマリアもディーヴァの奴らも、全員ぶちのめさねぇと気が済まねえっ!」

 

「がふっ!!!」

 

 光牙の体を思い切り踏みつけながら櫂は叫ぶ。何度も何度も足を光牙の体に下ろして彼を踏みつける櫂は、一向に消えない苛立ちに心を乱されていた。

 

「あいつだ……! あいつは、どこに居る!? あいつを倒さないことには、この苛立ちは消えやしねぇっ!!!」

 

 自分の倒すべき敵の姿を探し、櫂は周囲を見渡す。動くものなら何でも良い、この苛立ちを紛らわせる術が欲しいと願う彼の目の前に格好の獲物がやって来た。

 

「こ、光牙っ!!!」

 

「く、ククク……! ようやく、ようやく会えたなぁっ!!!」

 

 光牙の名前を叫びながら現れた二人の人物を見た櫂は歓喜の雄叫びを上げた。そして斧を握り締め、獲物の姿を再度見つめる。

 姿を現した二人の内の一人、真美は踏み躙られている光牙を見て衝撃を受けていた。彼女も報復の対象だが、今はそれよりも優先しなければならない相手がいる。

 

「お前、その声……まさか!?」

 

「ああ、そうだ……! 俺さ! この俺が、帰って来たんだよ!」

 

 目を見開き、真美とは違った意味で衝撃を受けた表情をしている勇に対して叫ぶ。ほんの少しだけ踊った心は、彼の姿を見るや否や再び憤怒に塗り潰された。

 

 憎い、許せない、潰したい……そんな怒りの感情を爆発させながら櫂は叫ぶ。宿敵とかつての友を前にした彼は、喉が千切れんばかりに叫び声を上げた。

 

「俺の名はカイ! 魔人柱の最後の一人、憤怒のカイ! またの名を()()()()()()()()()! この怒り、憎しみ、狂気……お前たちにぶつけさせてもらうぜぇっ!!!」

 

 



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カイの真実

 

「憤怒の魔人……仮面ライダーアグニだと……!?」

 

 月英学園に到着し、真美と合流した勇を待っていたのは、あまりにも衝撃的な出来事だった。

 かつての戦いで魔王に敗れ、ゲームオーバーになったはずの櫂が敵として復活していたのだ。これには流石の真美ですらも言葉を失って茫然と立ち尽くしている。

 

 櫂の足元で転がっている光牙を見るに、彼は櫂に倒されてしまったのだろう。

 油断ならない強敵の出現、それも元は仲間である櫂の離反に動揺する二人だったが、櫂のその隙を見逃すわけも無く、雄叫びを上げながら突っ込んで来た。

 

「お前たち二人も叩き潰してやる! ぶっ潰して、叩きのめしてやるっ!!!」

 

「くっ!? 美又、逃げろっ! ここは俺が何とかする!」

 

 紅蓮の炎を纏いながら迫り来る櫂の姿を見た勇は真美を逃がすと、自分もまたディスティニーに変身して彼の前に立ち塞る。

 猛烈な勢いがついた櫂のタックルを全身で受け止めた勇は、体を焦がす熱を感じながらも必死になって櫂に語り掛けた。

 

「おい筋肉ダルマ! こんなバカなことはもうやめろっ! 何でこんなことしてやがるんだよ!?」

 

「何でだと!? そんなもん、お前たちがムカつくからに決まってんだろうが!」

 

「あぁ!? どういう意味だ!?」

 

「ムカつくんだよ……! 後ろからのこのこ現れて、さっさと俺を追い越していったお前が! 俺のことを馬鹿にする奴ら全員が! ムカついてムカついて堪らねえんだよっ!!! だからぶっ潰すんだ! 俺を苛立たせる奴は全部! 俺がこの手でぶっ潰してやるんだよ!!!」

 

「!?!?」

 

 心からの咆哮を上げた櫂が勇の体を掴む。櫂は、その馬鹿力によって持ち上げた勇の体を大きく振り回すと、思い切り遠くへと投げ飛ばした。

 

「がはっ!!」

 

「まだだ! まだおねんねするには早えっ!」

 

 崩壊した校舎の壁に叩きつけられた勇の口から呻き声と空気が漏れる。

 凄まじい衝撃に意識を手放しそうになった勇だったが、懸命に自分を奮い立たせると斧を手に迫る櫂への防御の構えを取った。

 

「ぬらぁっ! おらぁっ!!!」

 

「ぐっ、ぐぅぅっ!!?」

 

 繰り出される炎の斧をディスティニーソードで受ける勇。燃え盛る斧での一撃は、見た目以上の威力を誇っていた。

 鎧越しにも伝わる炎の熱と力自慢の櫂の剛力によって、剣を支える腕に負担が蓄積されていく。腕が痺れ、焼き焦がされる痛みに必死に耐えながら、勇は防御を続ける。

 防戦一方の勇に向って斧を振り下ろしながら、櫂は狂った様な叫び声をあげていた。

 

「俺はっ、お前より強いっ! お前ごときに負けるはずがないっ!」

 

 櫂の放つ気迫が、熱が、威圧感が、勇を追い込んでいく。攻勢に出ている櫂は、大きく斧を振りかぶると渾身の力を込めて勇へと攻撃を放った。

  

「ぐっ!? ぐはぁっ!!!」

 

 バキッ! と鈍い音がして、勇の体に激痛が走った。櫂の攻撃が自分の防御を打ち砕いたのだ。

 先ほど投げ飛ばされた時よりも長い距離を飛んだ勇は、地面を二度三度と転がると力なく地面に倒れ伏した。

 

「くっ、そ……! この、やろうが……!」

 

 痛みに呻きながら勇は憎々しげに櫂を睨む。今の櫂が手加減できる相手ではないことはわかっているが、どうしても仲間が相手だと思うと手加減をしてしまうのだ。

 

「どうだ、見たか!? これが俺の実力だ!!」

 

 勇のそんな葛藤を知らない櫂は得意げになりながら勇へと詰め寄って来る。

 この強敵に対してどんな対応をすることが正解なのかを探りながら戦う勇は、とにかく時間を稼ぐべく防御に専念しようとした。

 

「い、勇さん……? 光牙さん!? こ、これって、一体……!?」

 

「えっ!?」

 

 その時だった。自分の背中に向けて聞き覚えのある声が投げかけられたのは。

 驚いた勇が声のした方向を見ると、そこにはここに来る前に安全な場所に置いて来たはずのマリアの姿があった。

 どうやら居ても立っても居られなくなって現場に駆けつけてしまった様だ。彼女の姿を見た勇は、必死の表情を見せて叫ぶ。

 

「マリア、逃げろっ! 急いでこの場所から離れるんだっ!」

 

「えっ!? で、でも……」

 

「良いから! ここは危険なんだ! 早く離れてくれ!」

 

 困惑するマリアに向けて勇は必死に叫び続ける。

 マリアは知らない。今、勇が相対している相手がかつてのクラスメイトであることを。そして、彼が自分の命を狙っていることなど思いもしていないのだ。

 だから勇は懸命にマリアに叫び続けた。櫂の興味がマリアに向かう前に彼女がこの場を離れてくれることを祈っての行動であったがしかし……

 

「マリア……! お前も、ここに居やがったのか……!!!」

 

「えっ!? そ、その声は、櫂、さん……!?」

 

「ああ、そうだ……! お前たちを叩きのめす為に地獄から舞い戻って来た、この俺だよ!!」

 

「っっ!? よ、よせっ!!!」

 

 マリアの姿を見た櫂は、すぐさま勇から彼女へと標的を移し替えた。手から大きめの火球を作り出した櫂は、それをマリアに見せつける様にして高く掲げた後で思い切り投げ飛ばす。

 唸りを上げて放たれた火球は真っすぐにマリアへと飛んで行く。突然の攻撃に何の対応も出来なかったマリアは、咄嗟に地面に伏せて身を守ることが精いっぱいであった。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁっっ!?」

 

「ま、マリアっ!!!」

 

 響くマリアの悲鳴。黒々とした煙が彼女の居た場所を覆い、勇の視界を遮る。

 最悪の事態を想像した勇だったが、巻き起こった風が煙を払い、その中で蹲るマリアの姿を見て取ると安堵の溜め息をついた。

 

「か、櫂、さん……なんで、こんな……!?」

 

「簡単には殺さねえよ。じわじわ痛ぶって、苦しめて、恐怖させて……その果てに、一番苦しむ方法で息の根を止めてやる!」

 

「そ、そんな……!?」

 

 仲良くしていた級友の変貌に衝撃を隠せないマリア。そんな彼女に対して拳を掲げた櫂は、先ほど投げたものよりも一回り大きな火球を作り出すとそれを投擲する構えを見せた。

 

「さ~て、次はさっきのよりもデカいのが行くぜ。今度も無事でいられるか、試してみろよ!」

 

「っっ!!?」

 

 仮面の下で悪どい笑みを浮かべながら、櫂は腕を振りかぶる。

 彼がそのまま二発目の火球を発射しようとしたその時、異変は起こった。

 

「なっ!? ぐうぅっ!!?」

 

 振り上げた腕をマリアの方向へと振ろうとした瞬間、その腕に激痛が走ったのだ。痛みは同時に自身の体にまで走り、櫂は堪らず膝をついてしまう。

 荒い呼吸を繰り返し、何が起きたのかを確認しようとした櫂が顔を上げると、そこにはディスティニーソードを構えて立つ勇の姿があった。

 

「龍堂、てめぇ……っ!!?」

 

 痛みの原因を見つけ出した櫂は再び胸の中の苛立ちを燃え上がらせた。自分の復讐を邪魔する勇に対して憤怒の感情を募らせる櫂であったが、勇は静かに顔を上げると真っすぐに櫂の目を見つめて来た。

 

「……お前には同情するよ。救えなかったことも悪いと思ってた。だからさっきまでは迷ってたんだ。いくら良好な関係じゃなかったとはいえ元はクラスメイト、そんな奴と全力で戦うなんて出来やしないってな……でもな」

 

 櫂は、自分に対して話し続ける勇の雰囲気が変わったことを感じ取っていた。

 彼の言う迷いが消えてなくなり、完全に意思を固めた瞳を見せている。ホルスターから一枚のカードを取り出した勇は、それをドライバーに通しながら櫂の声量にも負けない声で叫んだ。

 

「お前がマリアに手を出すってんなら話は別だ! 光牙や真美は止めるかもしれねぇが、俺はそんなに甘くねえ! 全力で、お前を倒してやるよ!」

 

<運命乃羅針盤 ディスティニーホイール!>

 

 飛来した円盤が勇の左腕に装着される。そこにホルスターから飛び出したカードが装着されたことを確認した勇は、取っ手を掴んでディスティニーホイールを回転させた。

 

「行くぜ櫂! 全力で相手してやるよ!」

 

<ディスティニー! チョイス ザ ディスティニー!>

 

<舵を切れ! 突き進め! お前の運命(さだめ)はお前が決めろ!

 

 巻き起こる旋風に目を細めた櫂が次に見たのは、自分の知らない姿に変身したディスティニーであった。

 またしても自分を超えて先に進もうとする勇に対して憎しみを募らせた櫂は、怒りの叫びを上げながら勇へと駆け出す。

 

「またお前は俺を下に見るつもりか!? そんなことさせねぇ! 俺が……俺の方が強いんだよっ!」

 

 イフリートアクスを構え、全身に力を漲らせながら突撃する櫂。勇はそんな彼の姿を黙って見つめると、ディスティニーホイールを回転させる。

 

<チョイス・ザ・パスト!>

 

「……この運命、断ち切らせて貰う!」

 

 「運命の剣士 ディス」のカードを選択した勇の目の前に二振りの刀が出現する。

 切っ先に黄金の刃が取り付けられ攻撃範囲が広がったディスティニーエッジを構えた勇は、櫂が全力で振るった斧をその刀で受け止めた。

 

「なっ!?」

 

 地響きを起こし、地面に亀裂を入れるほどの衝撃を与える自分の一撃を勇に受け止められた櫂は、戦いが始まって初めて驚きの感情を露わにした。

 パワーならだれにも負けないと自負しているアグニの一撃を簡単に受け止めた勇に連続して攻撃を繰り出す櫂だったが、その全てをディスティニーエッジを振るう勇に簡単に受け流されてしまう。

 正面から受け止めるのではなく、力の方向を上手くずらす勇の技術を前にした櫂は完全に攻撃を防がれてしまっていた。予想外の技術を見せる勇に対して怒りの感情を湧き上がらせていると……

 

「……はぁっ!!」

 

「あぐっ!?」

 

 まさに一瞬、ほんの瞬き一つの間に見つけ出した櫂の隙を突き、勇が手痛い一撃を繰り出したのだ。

 ディスティニーエッジによる鋭い斬撃を受けた櫂は、自分の防御力を超える勇の攻撃力を知って愕然とした。と、同時にさらに強さを増した勇に対して怒りの炎を燃え上がらせていく。

 

「こん……畜生がぁぁぁっ!!!」

 

<必殺技発動! レイジ・オブ・インフェルノ!>

 

 櫂の両手に燃え盛る豪炎が纏われる。光牙を倒した必殺技を発動させた櫂は、遠距離から炎を纏った拳を振るい、それを勇へと発射した。

 右と左、合計二発の炎のパンチが勇目掛けて飛翔する。だが、強烈な威力と熱を持つそれを前にしても、勇には怯む様子は一切見受けられなかった。

 

<チョイス・ザ・アナザー!>

 

 勇は武器を捨てるとディスティニーホイールを回転させて新たな武器を呼び出した。4つ目のフォーム、マジカルフォームで使っていたディスティニーワンドだ。

 杖の頂点に付けられている宝珠に金の装飾が纏われ、強化されたことを示しているそれを構えると、電子音声と共に杖の新たな能力が発動した。

 

<マジカルドレイン!>

 

「なにぃっ!?」

 

 杖の宝珠が光るや否や、櫂が放った炎がそこに吸い込まれていった。自分の必殺技が呆気なく破られたことに驚きの表情を見せる櫂だったが、ディスティニーワンドの真の能力はここからだったのだ。

 

<フレイム! フレイム!>

 

<トリプルミックス!>

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ……っ!!」

 

 櫂の必殺技を吸い込んだ宝珠が紅に輝く。その状態の杖に炎属性付加のカードを二回使用した勇は、高くそれを掲げると櫂目掛けて振りかぶった。

 

<必殺技発動! プロミネンスバースト!>

 

「なにぃぃっ!?」

 

 電子音声と共に発動される必殺技。三つの炎の力を解き放った杖からは、まるで太陽の様な輝きを放つ巨大な炎の球体が出現した。

 燃え盛る熱と陽光を櫂に煌かせながら落下する炎を見ながら驚愕した櫂は、それを睨みつけて憎々し気な叫びを上げる。

 

「くっそぉっ! 龍堂! また、俺はお前に……っっ!!!」

 

 櫂がその言葉を言い終わる前に炎は彼へと落下した。その身を押し潰し、全身を灰にせんばかりの熱を放ち、炎は爆発する。

 

「ぐおぉぉぉぉっっ!!!」

 

 その中心で叫び声を上げながら、櫂は必死に必殺技を耐えていた。

 勇に負けてなるものかと言う意地だけでその場に立ち、目を見開いて宿敵の姿を見つめる。

 

「負けるかぁぁっ!! 俺は、俺はまだ戦えるっ! お前に負けて堪るかよぉぉっ!!!」

 

「ぐっ……!? なんてしぶとい奴だよ、お前はっ!?」

 

 杖を握る手に力を込めながら、勇は再び櫂に対して意識を集中させる。

 これ以上の被害を出させる訳にはいかない。この場に居る人々の為に、そして櫂自身の為にも彼を止めると固く決意した勇が杖を構えた時だった。

 

「……まったく、無理しすぎじゃないかな? まだ君は生まれたばかりなんだから、ここで死なれたら困るんだよ」

 

「!?」

 

 天から響く声に勇が顔を上げて見れば、そこには黒い影の姿があった。

 昔一度見たその姿を目にした勇は咄嗟にその場から飛び退くと、乱入者と櫂から距離を取る。

 

(まさか、あいつは……!?)

 

 ゆっくりと黒い影が地面に降り立つ。巨大な杖を手にした黒ずくめの神官の様な姿をした彼の姿を見た勇は、自分の想像が正しかったことを悟った。

 

「暗黒魔王エックス……!? 何でお前が……!?」

 

「ああ、製造責任ってやつかな? 彼はボクが作り出した存在だから、すぐに消えて貰ったら困るんだよね」

 

「お前が櫂を作り出した……? 何を言ってやがる!?」

 

「ああ、説明しても良いんだけどさ。流石にこのまま彼を放置していたら面倒なことになりそうだから今日は帰るね。多分だけど、君のお仲間が彼の秘密を解析してる頃じゃあないかなぁ?」

 

「なっ!? 待てっっ!!!」

 

 撤退の意思を口にしたエックスを勇は引き留めようとした。だが、瞬時に発生した闇の波動に押されて後ろに押し飛ばされてしまう。

 瞬時に体勢を立て直して櫂たちの居た方向を見るも、もう既に二人の姿は無かった。あと一歩まで追い詰めた櫂を逃がしてしまったことを悔やむも、もう後の祭りだ。

 

「……くそっ! 何がどうなってるんだよ!?」

 

 廃墟と化した月英学園の中、光牙や学園の生徒たちが倒れ伏している姿を見た勇は悔しさに吠える。

 守ることも櫂を助け出すことも出来なかった。その事を悔しがる勇は、強く拳を握り締めて被害に遭った学園の残骸を見つめていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの櫂は櫂じゃない、だって?」

 

「ええ、今回月英学園に現れた櫂さんは、私たちの知る櫂さんとは別の存在なのです」

 

「ちょっと待てよオッサン! あの櫂は間違いなく櫂だった! ドライバーだって使えたし、それがアイツが本物だって証明じゃあないのかよ!?」

 

 天空橋の言葉に勇が反論する。月英学園襲撃事件から数時間後、天空橋に集合をかけられた勇と謙哉、そしてマリアの三人は彼の元に集まっていた。

 そこで天空橋が口にしたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う衝撃の一言であった。

 当然、勇はその言葉を否定した。今日戦った櫂は勇やマリアのことを覚えていたし、何より櫂しか扱えないはずのギアドライバーを扱っていたはずだ。

 もしあの櫂が偽物だとしたならば、色々な点が不可解ではないか。そんな勇の疑問に対し、天空橋は自分の解析したデータを見せて説明する。

 

「これが勇さんの戦闘データを解析した情報です。この櫂さんのデータを解析した結果、()()()()()()()()()()と言う事がわかりました」

 

「は、はぁっ!? あ、あの櫂は死んでるってことなのか!?」

 

「いいえ、違います。あの櫂さんは、()()()()()()と言うことなのです」

 

「え……? そ、その、それはどう違うのでしょうか?」

 

 天空橋の発した言葉に謙哉が当然の反応を返す。天空橋は謙哉に向き直ると、二つの言葉の違いを説明した。

 

「あの櫂さんは、人間では無いんです。恐らくですが……彼は、エネミーになっています」

 

「え、エネミー……!? あの櫂さんは、エネミー……!? そんな、そんなことって……!?」

 

 マリアが信じられないと言った表情を見せて驚愕した。かつての友人が人ではなく、文字通り敵であるエネミーになっていると言う現実を受け止められない様子だ。

 そんなマリアの姿を見て少し辛そうな表情を見せた天空橋だったが、気を取り直すとかつてガグマに櫂が倒されたシーンをPCに映し出した。

 

「このシーンの解析をした結果、櫂さんが倒された瞬間に謎のデータが出現したことがわかりました。私がそのデータを調べてみると……それは、櫂さんの情報が詰まったデータだったんです」

 

「櫂の、データ……?」

 

「ええ、ガグマに倒された櫂さんは、死んだのではなく()()()()()()()()()()()()()()

 

「城田くんがデータになったですって!?」

 

「……そうか、だからあいつは死体も残さずに消えちまったのか!」

 

 勇の脳裏にあの光景が蘇る。ガグマの必殺技を受けた櫂が消え失せ、ドライバーだけを残して消滅してしまったシーンだ。

 ガグマの必殺技の威力が桁外れだったから、もしくはゲームの世界だったからそうなったのだと思い込んでいたが……その真の理由を知った勇は、驚きと共に全てに納得が出来ていた。

 

「……で、でも……それがどうして櫂さんがエネミーになることに繋がるんですか!? データになったからって、どうしてエネミーなんかに……?」

 

「……魔人柱の素体」

 

「えっ?」

 

「魔人柱の素体! それとエックスだ! そう言うことだったんだ!」

 

「い、勇? 何かわかったの!?」

 

 謙哉の言葉に勇は大きく頷く。そして、興奮気味に自分の見つけ出した答えを解説し始めた。

 

「ガグマの能力、譲渡のことは覚えてるよな? あれは、自分のレベルを犠牲にして魔人柱の素体を作り出す能力だ」

 

「う、うん……生まれた魔人柱のレベルは、ガグマの消費したレベルと同じ10……だったよね?」

 

「ああ……じゃあ、そこに()()()()()()()()()を送りこんだらどうなると思う?」

 

「!?」

 

 謙哉とマリアは勇の言葉を聞き、彼の考えたことを理解した。天空橋もまた頷き、話の続きを引き受ける。

 

「はい。勇さんの言う通り、魔人柱の素体に櫂さんのデータを送り込んで融合させれば、レベル50の櫂さんのデータを持つ魔人が誕生します。櫂さんの記憶や性格はそのままに、自分たちの都合の良い駒が出来上がるのです」

 

「そっか……レベル99の魔王がドライバーを使っても意味は無いけど、レベル10の魔人なら……」

 

「十分に意味がある。一気に40もレベルアップ出来る上に、エックスがデータを弄ればさらにそこから強化出来るだろうしな」

 

「櫂さんが凶暴になっていたのはエックスにそう設定されたから……だから、私や光牙さんにもあんなに苛烈に接して……!」

 

 導き出された答えに4人は愕然とした表情を浮かべた。

 ガグマに倒された櫂は死んではいなかった。だが、その力を敵に利用されてしまっているのだ。

 そのことを喜ぶべきか、それとも悲しむべきなのか……複雑な思いを胸にする勇たちに対し、天空橋は力強い表情を見せながら言う。

 

「……あの魔人を倒せれば、もしかしたら櫂さんは戻って来るかもしれません。逆に言えば、あの櫂さんを倒さない限り、彼は……」

 

「戻って来れない、ってことか……」

 

「でも、今の城田くんは強敵だよ。同じレベル50の白峯くんをあっさり倒して、名門校の生徒たちも次々と撃破してる。しかも、まだ生まれたばかりってことは、これからレベルアップして強くなるわけだし……」

 

「……関係ねぇよ、んなもん」

 

 謙哉の言葉を途中で止め、勇は一言呟く。瞳に鋭い光を浮かべながら、彼は自分の決意を口にした。

 

「あいつを取り戻せる可能性があるなら、それに賭けるだけだ。あの馬鹿をぶん殴って、さっさと目を覚まさせてやる……それに、魔人を全員倒さない限りは、ガグマに挑むなんて夢のまた夢だからな」

 

「勇さん……」

 

 マリアの呟きを耳にしながら、勇は櫂との思い出を頭に浮かべていた。

 正直、良い思い出があった訳ではない。顔を合わせれば喧嘩ばかりで、ぶつかり合っていた記憶しかない。

 だが、それでも勇は櫂のことを友人だと思っていた。その友人が敵に利用されていると言うのなら、そこから助け出さなければならないだろう。

 

「……やってやるよ、櫂。お前の憤怒、俺が受け止めてやる!」

 

 闘志と燃やし、胸に覚悟を固めながら、勇は拳を叩き合わせて憤怒の魔人となった旧友との戦いを決意したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、園田が社長を務める芸能会社のオフィスにて、彼女と彼女に集められたディーヴァの三人が話をしていた。

 緊張した面持ちの三人に対し、園田はテーブルの上に三枚のカードを置いてそれを彼女たちに差し出す。

 カードの名は『ブライトネス』……見たことの無いカードを手に取った三人は、園田に視線を向けて彼女が口を開くのを待った。

 

「……ディスティニーカード第三弾の収録カードだ。天空橋からフライングゲットさせて貰った。それがあれば、お前たちも強くなれる」

 

「ブライトネス……ディーヴァの強化カード!」

 

「やった! これがあれば、勇っちに追いつける!」

 

 自分たちの新たな力となるカードを手に入れられたことに喜ぶ玲と葉月。これで想い人たちの力になれると思い、笑顔を浮かべて顔を見合わせるが……

 

「待て、そのカードには制約が一つある。それは、()()()()()()()()()()()()()()()()だと言う事だ」

 

「え……? じゃ、じゃあ、アタシがこのカードを使っている時は、玲とやよいはパワーアップ出来ないってことですか!?」

 

「そう言う事だ。これから先は更に綿密な作戦と的確な判断が必要とする厳しい戦いになるぞ。それに、このカードにもデメリットが無いとは限らない。実験も必要だ」

 

 デメリット……園田が発したその一言を耳にした葉月と玲は表情を強張らせた。

 だが、多少のデメリットを乗り越えてでも新たな力を手に入れたいと言う覚悟はある。二人はそんな思いを胸に、園田へと一歩近づいて言った。

 

「どの道、今のままじゃあアタシ達は戦いについていけない……なら、冒険してやろうじゃん!」

 

「義母さん、私たちは覚悟は出来ています。一刻も早くこのカードを使いこなせるようにならないと……!」

 

 園田は恐怖を乗り越えて先に進む覚悟をした二人の瞳を見て、大きく頷く。だが、それと同時に自分が危惧していた状況を迎えていることも確認していた。

 ブライトネスのカードを手にしたまま、小さく震えているメンバー最後の一人へと視線を向けた園田は、彼女に対して冷たい声でこう尋ねる。

 

「やよい……お前はどうなんだ? これから先も戦う覚悟はあるのか?」

 

「え……? あ、あの、私、は……」

 

 急に声をかけられて驚いたやよいは、真っ青な顔を園田達三人へと向ける。園田の問いに答えられない彼女は、しどろもどろになりながら視線を泳がせていた。

 

「……ディーヴァの強化カード使用実験は、お前を対象にして行うつもりだ。どの程度の力を引き出せるのか? そんな能力があるのか? それを知る為には、最も平均的なお前を対象にするのが一番良い」

 

「えっ!?」

 

 葉月でも玲でも無く、自分が真っ先にこのカードを使う。その宣告を受けたやよいの瞳に迷いの色が映りこんだ。

 どんなデメリットがあるかもわからない。これからの激しい戦いに巻き込まれる可能性が跳ね上がるこのカードを自分が実験台となって使う……その言葉は、やよいの弱っていた心に深く不安の感情を植え付ける。

 

「わ、私が、一番最初に……」 

 

 真っ白な花嫁衣裳が描かれたカードを掴むやよい。その手は小刻みに震え、恐怖に怯えている。

 園田はそんなやよいの様子に不安を抱えながらも、彼女を信じるしかない現状に心の中で溜め息をつき、小さなやよいの姿を見つめ続けていた。

 

 



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やよいの憂鬱

 ……何故、こんなことになってしまったのだろうか?

 

 一人きりの廊下でやよいは自分に問いかける様に疑問を浮かべる。

 何度目かの自問自答を繰り返しながら、彼女はこの答えの出ない問題に頭を抱えながら椅子へと座りこんだ。

 

 自分はただ、アイドルになりたかっただけだ。その為に養成所に入って、芸能事務所に応募して見事入所することに成功した。

 ずっとずっと、自分の夢を追い続けて来ただけだった。その夢は叶ったが、同時に一つのおまけも付いて来てしまった。

 それがこのドライバー……仮面ライダーとしての力だった。

 

 ディーヴァとして活動する為の条件として手渡されたこのドライバーのことを深く考えていなかったわけではない。ただ、元来の優しさからこう思ってしまった。

 この力があればたくさんの人を助けられる、と……

 

 ヒーローになりたかったわけではない。誰かに感謝されたかったわけでも無い。ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()だけだった。

 それで良いと思っていた。喧嘩は苦手だが、それでもエネミーを倒せば誰かの命が助かる。その為に頑張ろうと思って戦って来た。

 つい、この間までは……

 

「っっ……」

 

 寝ても、覚めても脳裏から消えない光景。櫂がガグマに敗れ、消え去ってしまったあの場面。それがやよいに一つの現実を突きつけて来る。

 これは遊びじゃない。負ければ当然、命が消える……櫂の消滅は、やよいに初めてその事実を実感させたのだ。

 

 死にたくない。逃げ出したい。でも、葉月や玲を置いて戦いから離れることなんてしたくない……その感情に板挟みにされ、やよいはずっと悩んでいたのだ。

 

(いいな、二人は……)

 

 葉月と玲には強くなりたい理由がある。どちらも好きな人のためだ。

 そのためにならば多少の危険は承知で突き進むのだろう。だが、自分にはそんなことは出来ない。

 強くなれば、更に激しい戦いに飛び込むことになるだろう。新しい力を手に入れたら、もしかしたら謙哉の様にデメリットに苦しむことになるのかもしれない。

 正直に怖かった。怯え、惑い、怖がっていた。だから……こんなことになってしまった。

 

「……やよい、大丈夫?」

 

「あ……! 真美、ちゃん……」

 

 俯く自分にかけられた声に顔を上げれば、そこには心配そうに自分のことを見つめている真美の姿があった。

 自己嫌悪と後悔に苛まれていたやよいは、彼女のその眼差しを受けて感情を爆発させる。瞳から涙を零し、大きな声で泣き始めてしまった。

 

「や、やっぱり……やっぱり、私には無理だったんだよ! 出来っこないんだよ! 私なんかに!」

 

 病院の廊下で泣きじゃくるやよいに対し、真美はなんと言葉をかければ良いのかわからない様子で押し黙っている。

 やよいの大声が響く廊下には、二人以外にも病室から顔を出している勇と謙哉の姿もあったが、二人もまた真美同様に黙ってやよいの嗚咽の声を聴き続けていることしか出来なかった。

 

「わ、私が……私が悪いんだよぉっ! 全部、私のせいなんだよぉぉっ……!!」

 

 なおも大声で泣き続けながら、やよいは今の状況に繋がる出来事の起きた数時間前のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ディーヴァのパワーアップカード!?」

 

「うん、そうだよ! これでアタシたちも勇っちに追いつけるよ!」

 

 その日の昼、やよいたちディーヴァの三人は、虹彩学園で勇たちに『ブライトネス』のカードを入手したことを報告していた。

 この日は櫂の復活にショックを受けたマリアと負傷した光牙、彼に付き添っている真美は欠席しており、珍しく完全部外者たちの集いとなっていた。

 厳格な雰囲気の光牙や真美が居ないため葉月は結構調子に乗っており、指でVサインを作りながら勇たちに胸を張りながら新カードの情報を伝えていた。

 

「園田理事長によると、ブライトネスのカードを使ったディーヴァのレベルはなんと75! 勇っちの80には及ばないけど、十分魔人柱たちとも戦えるレベルになれるんだ!」

 

「へぇ、そりゃあすげえじゃねえか! 一気に戦力増大だな!」

 

 葉月の話を聞いた勇は表情を綻ばせながら戦力の強化を喜ぶ。レベル75のライダーが一挙に三人も増えるのだ、これは大幅な戦力の強化が見込めるだろう。

 だが、勇のそんな考えを見越したのか、玲が小さく首を振りながら『ブライトネス』にまつわる注意点を口にする。

 

「ただし……強化カードを使えるのは一回につき一人! 一回の戦闘につき、一人しかパワーアップ出来ないわ」

 

「えっ……? ってことは、レベル75になれるのは三人のうち一人だけで、他の二人は50のまま戦うことになるってことなの?」

 

「そういうことね……。でも、それでも十分戦術の幅は広がるわ。もうお荷物になるつもりは無いし、あなたに無理はさせるつもりもないわ」

 

「勇っちだけにしんどい役目はやらせないって! これからは、アタシたちも一緒に踏ん張れる様になるんだから!」

 

「へへっ! 頼もしい限りじゃねえか。なあ、謙哉!」

 

「うん!」

 

 新たな力を得たことに意気揚々と燃える葉月と玲の姿を見た二人は、言葉通りの頼もしい視線を彼女たちに送る。

 仲間同士の絆を再確認していた勇は激化する戦いに向けての二人の心構えに自分も気を引き締めたが……そんな中、一つのことに気が付いた。

 

「……片桐? どうかしたのか?」

 

「えっ……!? な、なにがですか?」

 

「いや、なんかさっきからテンション低くないか? 新カードを手に入れたんだから、喜んでんじゃねえのかな~と思ったんだけどよ……」

 

「あ……いや、その……ちょっと緊張しちゃってて……」

 

 勇の訝し気な視線を受けたやよいは固い笑みを浮かべるも、普段の彼女の輝く様な笑顔とは全く違うそれは逆に勇の違和感を煽った。

 一体どうしてしまったのだろうか? 何か不安なことでもあるのだろうかと考えた勇はやよいに質問をしようとするも、その前に彼女は固まった笑みのまま教室から走り去ってしまった。

 

「……なんか変じゃねえか、片桐の奴……」

 

「うん……近頃ずっとあの調子なんだよね……」

 

 明らかに様子のおかしいやよいを心配した勇は、皆と一緒に一体彼女に何が起きてしまったのかを考え始めた。

 ややあって、謙哉が一つの可能性に思い当たり、それを口にする。

 

「もしかして……城田くんが倒されたことで、ショックを受けているのかも……!?」

 

「……ありえるわね。あの子、人一倍優しいから、関わりのあった城田がやられてショックを受けないはずがないわ」

 

「というより……()()()()()()()()()って思っちゃったんじゃないかな?」

 

「え……?」

 

 謙哉の言葉に玲が不思議そうな顔をする。そんな彼女や勇たちに向けて、謙哉は自分の考えを述べた。

 

「前に空港で戦った時のことを覚えてる? あの時、片桐さんはパルマとの戦いを心底怖がっていた気がするんだ。もしかしたら、彼女の中で敗れた時のビジョンがはっきりして、ゲームオーバーになる事の恐怖が生まれたんじゃないかな?」

 

「あ……!?」

 

 確かにあの時、やよいの様子が急変したのはパルマの言葉を受けてからだった。

 櫂同様に消滅させてやると言うパルマの言葉に激しく取り乱したやよいの姿を思い出した玲は、そのことを念頭に置いて今までのやよいの行動を振り返ってみた。

 

「……確かにそうかもしれないわ。やよい、いつもビクビクしてた……!」

 

「このカードを貰った時もそうだよ! やよいが試験体になるって聞いた瞬間、顔が真っ青になってたもん!」

 

「……くそっ! あの脳筋馬鹿、どこまで俺たちに傷痕を残すつもりだよ?」

 

 復活した……いや、()()()()()()()旧友のことを思い出しながら、勇が憎々し気に呟く。

 決して櫂を責めているわけではない。だが、やはりあの戦いが残した爪痕は深かったのだと再確認した勇は、どんよりとした気分を拭えずにいた。

 

「……その城田くんも復活した。僕たちの敵、魔人柱として……!」

 

「コンティニューが敵側だなんて、ガグマの奴ってほんと悪趣味だよ……」

 

「敵はガグマだけじゃあ無いわ。エックスもガグマと手を組んで何かを企んでる……魔人柱の大半を倒してパワーアップも順調にこなしてるけど、まだまだ厳しい戦いは続きそうね」

 

「……片桐が壁を乗り越えられる様に俺たちも手を貸してやらねえとな」

 

 やよいを気遣った勇の呟きにこの場の全員が頷く。仲間として、友人として、彼女の悩みを共に解決する手助けをしたいと願いながら、勇たちはやよいの出て行った教室のドアをじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……っ」

 

 疲れた表情を浮かべながら校舎の中に入った真美は、夏の暑さとここ最近の出来事にうんざりとした溜め息を吐いた。

 ガグマ戦の敗北から続く今日までの出来事は、彼女にとってもA組の皆にとっても衝撃の連続だ。

 戦いに敗れ、仲間が消滅し、権威は地に落ち、極めつけにかつての仲間が敵となって復活するなど誰が予想しただろうか? 思い返すだけでどんよりとした気分になるその出来事を忘れたくとも忘れることは出来ない。彼女は皆を率いる立場にあるのだから。

 

(光牙……)

 

 真美はこんな状況の中で一番辛いであろう光牙の身を案じた。肉体的な怪我もそうだが、今の光牙はむしろ精神的に厳しい状況に置かれているのだろう。

 親友であるはずの櫂に指摘された事実、それは光牙が目を背けていたものに違いない。それをはっきりと断言された彼の心中は、控えめに言ってズタボロと言う所だろう。

 

 いや……それだけではないはずだ。今、ソサエティ攻略の中心になっているのは光牙ではない。勇者になろうと努力していた彼は今、完全にお荷物と呼ばれる状況になってしまった。

 今の虹彩学園を引っ張っているのは光牙ではなく勇だ。レベル80の力を手に入れた彼は、空港での一件で完全にヒーローとしての地位を手に入れた。

 彼がそれを望んだわけではないのかもしれない。だからこそ、それを望み続けた光牙にとっては心の奥底から悔しがる状況になっているのだ。

 

 真美は思う。今の光牙は追い詰められている。誰かが彼を支えなければならない、と……

 では、誰かとは誰か? 無論、自分に他ならないだろう。それは有象無象のA組の生徒や、記憶を失ったマリアには出来ないことだ。

 だが、支える方向性を間違ってしまっては逆に光牙のプライドを傷つけて彼を追い込みかねない。光牙のことを完全に理解し、絶対の献身を尽くさなければならないだろう。

 

 自分にそれが出来ない訳ではない。むしろ、その為の準備は既に終えてある。

 だが……本当にそれで良いのだろうか? この道を選べば、きっと自分は後戻り出来なくなる。

 真美は自分の取るべき道を吟味し、今後の行動を考える。聡明な彼女がこれから先の展開を予想し、その対応を思い浮かべていると……

 

「あ……! 真美、ちゃん……」

 

「あら、やよい。もう話し合いは終わったの?」

 

「う、うん……」

 

「そう……。色々と大変だからこそ、落ち着いて目の前の物事に当たりましょう。そうすれば先の展望が見えて来るわ」

 

 数少ない……訂正、唯一と言って良い他校の友人であるやよいに対して、真美は自分に言い聞かせる様な言葉を口にした。

 どこか元気のなさそうな彼女のことを心の中で気遣いつつも表面には出さない。沈んでいる時に優しい言葉をかけるなど、自分には無理だと思ったからだ。

 

 やよいはそんな真美の言葉を聞いた後、じっと俯いていた。

 いつもはニコニコと笑っている彼女の沈んだ表情になんとも言えない心暗さを感じていた真美だったが、そんな彼女に向けてやよいが口を開いた。

 

「……真美ちゃんは凄いよね。何時でも自信満々で、冷静でいられてさ……私とは、大違いだよ」

 

「え……?」

 

 自分を羨む様なやよいの言葉に真美は呆気に取られた。同時に今の彼女を見て一つの感想を心の中に浮かべる。

 なんと言うか、()()()()()。いつもの明るさも他人を元気にする輝きも、今のやよいからは感じられないと思った。

 暗く、どんよりとした雰囲気を纏うやよいは、いつもの彼女と比べて別人ではないかとまで思える。何がここまで彼女を追い込んだのか? 流石に心配になった真美がやよいを問い詰めようとすると……

 

「私には……何にも無いから……だから、皆が羨ましい……」

 

「え? それって、どういう……?」

 

 やよいの呟きを耳にした真美は、彼女の言っていることが全く理解できなかった。

 全国区のアイドルとして活躍し、沢山のファンを持つ彼女が何も無い? そんな馬鹿なことがあり得るはずが無い。

 

 これは本当に重症かもしれないと思った真美だったが、ここまで沈んだやよいにどう言葉をかければ良いのかがわからずに口をもごもごとすることしか出来ない。

 痛々しい沈黙が支配する廊下の中で、真美がもっと他人に優しくする方法を学んでおけば良かったと後悔していると、この空気を切り裂く鋭い音声が響いて来た。

 

「これ……緊急時のサイレン!? まさかどこかにエネミーが!?」

 

 急いでゲームギアの画面を目にした真美は、自分の予想通り、近くの住宅街にエネミーが出現したとの情報を目にするや否やすぐに走り出した。

 当然、すぐ近くにいたやよいにも声をかけ、二人で現場に向かおうとする真美だったが……

 

「どうしたのよやよい!? エネミーが出たのよ! すぐに現場に行かないと!」

 

「う、うん……」

 

 こんな状況でも歯切れの悪いやよいは俯きがちに頷いた後で自分の背中を追って走り出した。

 やはりいつもの彼女らしくないと思いながら、真美は少しでも早く現場に辿り着こうと必死に走り続けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グルゥゥゥ……! ギガァァァァッッ!!!」

 

「うわぁぁぁっ! うわぁぁぁぁぁぁっっ!」

 

 都内の住宅街、そこに住まう人たちで賑わう昼下がりには似つかわしくない声が響く。

 悲鳴が飛び交う住宅街の中では巨大な棍棒を手にした一つ目の鬼が暴れ回っており、剛腕を活かした攻撃で次々と家々や草木を薙ぎ倒していた。

 

「見つけたっ! あいつがこの騒ぎの元凶ね!」

 

「スキャン完了! エネミー名、サイクロプス! 遠距離攻撃はしてこないけど、馬鹿げた腕力を誇る接近戦タイプの敵よ!」

 

 一足先に現場に辿り着いた葉月と玲は、逃げ惑う人々の中に見えた緑色の化け物を見つめながら気を引き締める。

 ゲームギアの画面に映し出されたサイクロプスのレベルは40……エネミーの中ではかなりの強敵だ。

 

「とにかく皆が逃げられる様にあいつを食い止めなきゃ!」

 

「その通りね……やよいもすぐ来るでしょうから、私たちは先に始めてましょうか!」

 

<ディーヴァ! ステージオン! ライブスタート!>

 

 一瞬の会話の後にドライバーを装着した二人は、それぞれカードをホルスターから取り出してドライバーに使用する。

 光が輝き、電子音声が流れた後に出現した鎧を身に纏った二人は、剣と銃を片手に罪のない人々を襲うサイクロプスへと立ち向かって行った。

 

 一方同じ頃、住宅街の入り口とも言える場所では、第一部隊から少し遅れて到着した真美とやよいがとある人物と睨み合っていた。

 サイクロプスにも負けない大柄な体で二人の行く先に立ち塞がるその人物は、ドライバーを装着しながら憎々し気な言葉を真美へとぶつける。

 

「よぉ、真美……! お前に会えて嬉しいぜ、なんせここでお前をぶちのめせるんだからなあっ!!!」

 

「か、櫂さん……!?」

 

 自分たちに怒りの形相を向ける櫂の名を呼んだやよいは、小さく首を振りながら数歩後退った。目には涙が浮かび、震える歯がカチカチと打ち鳴らされている。

 

「片桐……! お前にもしっかり俺の怒りを感じ取って貰うぜ! その小さな体をぐちゃぐちゃにしてやらぁっ!!!」

 

「ひっ!?」

 

 怪獣の咆哮の様な櫂の叫びを受けて身をすくませたやよいは更に数歩後ろに退いて櫂から距離を取った。

 威圧感に押され、小動物の様に震えるだけの存在になった彼女の姿を怒りの炎に彩られた瞳に映しながら、櫂は<アグニ>のカードをドライバーへと使用して憤炎の鎧を身に纏う。

 

<アグニ! 業炎! 業炎! GO END!!>

 

「うおぉぉぉぉぉっっ!!!」

 

 空気を震わす程の衝撃が周囲に轟く。桁違いの大声で叫びながら変身を終えた櫂は、己の武器である大斧を召喚すると真美とやよいを睨みながらその距離を一歩ずつ詰めて行く。

 

「さぁ、覚悟しろ……! まずはお前たちから血祭りに上げてやるぜ!」

 

「くっ……!?」

 

「あ、あぁ……っ」

 

 圧倒的な重圧を放ちながら接近する櫂に対し、真美もやよいも何も出来ないでいた。

 変身することすら忘れて震えるだけのやよいはすでに涙を零しており、これから櫂の手によって一方的な蹂躙が行われるであろうことを予想させる光景が繰り広げられている。

 このままでは二人が危ない……絶体絶命のピンチに陥った二人は成す術無く櫂に倒されるかと思われたその時、一陣の風と共にやって来た二つの人影が両者の間に入り込み、真美とやよいを守るかの様にして櫂の前に立ちはだかった。

 

「……よう、また会ったな。あいも変わらず余裕の無い顔しやがって」

 

「城田くん……こんな形で、また君と会うことになるなんて……!」

 

「龍堂……! 虎牙ぁ……! また俺の邪魔をしに来やがったのか!?」

 

 突如として現れた勇と謙哉の姿を見た櫂は、苛立ち紛れの叫び声をあげて二人を威嚇する。

 戦いの標的を真美たちから二人に映した櫂の様子を見て取った勇は、鋭い視線で櫂を睨んだまま背後の真美へと声をかけた。

 

「……筋肉ダルマの相手は俺たちがする。お前たちは先に行け!」

 

「この先で水無月さんたちがエネミーと戦ってる。片桐さんは二人の手助けをしてあげて」

 

「は、はい……!」

 

 ドライバーを取り出し、変身の構えを取りながら作戦を伝えた二人に対して頷きを返した真美とやよいは、そっと櫂の視線から外れる様にして騒ぎの中心地へと向かって行く。

 残された勇と謙哉は険しい表情のまま、変わり果てたかつての友人の姿を見つめて呟きを交わした。

 

「……謙哉、手を抜こうなんて考えるなよ。アイツ、冗談抜きで強いぞ!」

 

「分かってる! 天空橋さんの話だと、アイツを倒さないと城田くんは帰って来られないんだろう? なら、全力で倒す為に戦うまでだ!」

 

「ごちゃごちゃ何を話してやがる!? 来ないなら、こっちから行くぜぇっ!!!」

 

 怒号を上げ、炎を拳に纏いながら突っ込んで来る櫂。相対する二人もまたドライバーにカードを通しながら真っ向勝負を仕掛ける。

 

「「変身っ!!!」」

 

 電子音声が響いた後で仮面ライダーへと変身した二人は、櫂に負けず劣らずの気迫を纏いながら彼目掛けて駆け、武器を振るって戦いの中へと身を投じたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……居た! 居たわよ、やよい!」

 

「う、うん……」

 

 勇たちと別れた真美とやよいは、暫く走った後でようやく葉月たちが戦う現場に辿り着いていた。

 剛腕を誇るサイクロプスは強敵らしく、葉月の斬撃と玲の援護射撃を受けてもびくともしていない。パワフルさとタフさを兼ね備えるサイクロプスに対して苦戦を強いられている二人は、やよいの到着に気が付くと仮面の下でほんの少しだけ笑みを浮かべた。

 

「やよい! やっと来た!」

 

「ブライトネスを使って! こいつ、普通の戦い方じゃあ手こずる相手よ!」

 

「えっ……!?」

 

 玲の叫びを耳にしたやよいの動きが固まる。そんな彼女の様子を見て取った真美は、状況が状況だからと心を鬼にしてやよいを叱責した。

 

「やよい! 何ぼさっとしてるの!? 強化カードがあるんでしょう? それを使って、あのエネミーを倒すのよ!」

 

「あ、う、うん……」

 

 ホルスターからブライトネスのカードを取り出すやよい。ドライバーを腰に装着し、手に取ったカードを使用しようとするも……

 

「っっ……う、うぅ……っ!?」

 

「や、やよい……!? どうしたのよ!?」

 

「あ、ああ……うぅぅぅぅっっ……」

 

 やよいは手にしたカードを使うことが出来なかった。手が、声が、体が震え、そのままその場に蹲ってしまう。

 心の底に刻まれた戦いへの恐怖を拭えない彼女は、新たな力を使うことを反射的に拒否していたのだ。この大事な場面で最悪の事態を迎えてしまったことに気がついた真美の背中に冷たい汗が流れる。

 

「やよい! しっかりして! あなたがやらないで誰がこのカードを使うのよ!?」

 

「む、無理だよぉ……! 私には出来ない、出来ないよぉっっ!!!」

 

 子供の様に泣きじゃくり、恐怖と不安を口にするやよい。真美は何とかしてそんな彼女を宥めようとするが、敵がそんな隙を与えてくれるはずも無かった。

 

「グルォォォォォッッ!!!」

 

「っっ!?」

 

 唸る様な叫び声に真美が顔を上げれば、狙いをこちらに向けたサイクロプスが突っ込んで来る姿が見えた。

 このままあの突進を食らえばタダでは済まない……真美は急いでやよいを引っ張って逃げようとするも、それよりも早くサイクロプスは二人に接近していた。

 

「グガァァァッッ!!!」

 

「っっ! やよいっ!!!」

 

 咄嗟に真美はやよいを守るべく身を挺してサイクロプスと彼女の間に割り込んだ。自分の体を盾にして友人を守ろうとした彼女は、すぐにやって来るであろう痛みを予測し、それを耐える為に歯を食いしばる。

 直後、ドガッと言う鈍い音と地面に何かが転がる音を耳にしたやよいは、ようやく正気を取り戻して顔を上げ、そこに広がる光景を目の当たりにした。

 

「あ、あ……!? 嘘……!?」

 

 自分のすぐ近くに仁王立つサイクロプスと、彼の突進を受けて地面に転がった人影を目にしたやよいは何が起きたのかをすぐに理解した。そして、反射的に友人たちの名前を叫ぶ。

 

「は、葉月ちゃん! 玲ちゃんっ!!!」

 

「う、っ……」

 

「く、ぅっ……」

 

 サイクロプス渾身の一撃を受け、地面に倒れ込んでいるのは真美では無く葉月と玲であった。二人は、やよいを庇おうとした真美をさらに庇ったのだ。

 強力無比なサイクロプスの攻撃をもろに受けた二人は意識を失っている様で、やよいの叫びにも小さな呻き声を上げるばかりだ。すぐに変身も解除され、傷だらけの姿を晒すことになった二人の姿を見た瞬間、やよいは涙ながらに大声で叫んでいた。

 

「いや……いやぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこから何がどうなったのかはやよいにはわからない。気が付いた時には病院の中に居て……葉月と玲は、緊急治療室に運ばれていた。

 エネミーを取り逃し、親友たちも重傷を負った。その責任は紛れも無く自分自身にある。弱く、臆病な自分のせいで沢山の人が傷ついたのだとやよいは自分を責め続けていた。

 そうやって自己嫌悪と後悔を繰り返していたやよいに真美が声をかけ……冒頭に繋がると言う訳である。

 

「私のせいだよ……私が変身出来なかったから! 怖がったから! だから、葉月ちゃんと玲ちゃんは……!」

 

「落ち着いて、やよい! 二人とも命には別条は無いわ。まずは落ち着いてこの状況を……」

 

「……今回は、でしょ? 同じことが次に起こったら、今度はそうならないかもしれないじゃない! ……私ならきっとそうなるよ。私のせいで、二人が死んじゃうことになるよ!」

 

「何言ってるの!? そんなことあるわけないじゃない!」

 

「なるよ! だって、だって……私には何にもないから! 戦う覚悟も! 理由も! 勇気も! 何にも無い! こんな私が、ヒーローになること自体が間違いだったんだよ……!」

 

 泣きじゃくりながらその場に崩れ落ちたやよいは絶叫にも近い叫びを上げながら床を叩く。

 そして、後悔の念を抱えたまま……常に感じていた自分のコンプレックスを吐露し始めた。

 

「私には何にもない……葉月ちゃんみたいに周りの空気を読む力も、玲ちゃんみたいな歌の才能も持ってない……。仮面ライダーとしても、アイドルとしても、私は二人のお荷物で、私なんかいない方が良くって……! ただ、状況に流されてどっちも続けて来ただけなんだよ……!」

 

「そんなこと……そんなこと、あるわけないじゃない!」

 

「あるよ……! だって現に今、こうやって二人の脚を引っ張ってるじゃない! ……私なんか居ない方が良いんだ、何にも出来ない私なんかが、アイドルも仮面ライダーもやる資格なんて無いんだよ……!」

 

 慟哭を続け、涙を流したままのやよいはゆっくりと立ち上がると自分のギアドライバーを掴む。

 光の灯っていない目でしばらくそれを見つめた後、やよいは消え入りそうな声で呟いた。

 

「……私、ディーヴァ辞める。園田理事長に言って、もっと才能のある人をメンバーにしてもらう……!」

 

「な、なに言ってるのよやよい!? 馬鹿なことは言わないで!」

 

「本気だよ……! 私なんかより、ディーヴァのメンバーに相応しい人は沢山居る……何にもない私より、このドライバーとステージに立つ権利を手にするべき人は山ほど居るんだよ。だから……」

 

 ふらふらと、まるで亡霊の様な足取りでやよいは病院を去って行く。悲劇的な決意と覚悟を固め、自分の夢に終止符を打とうとしている。

 友人として何か声をかけるべきだと言う事はわかっていた。だが、真美には今のやよいになんと声をかければ良いのかがわからなかった。

 やがて病院から消えた彼女の背中を思い出しながら、真美は今までで一番の自分の力不足を痛感し、悔しさに拳を握り締めた。

 

「……何にも無いって、何よ……!? あるわよ、あなたには沢山の財産が……! こんな私より、沢山の良い所が、あるじゃない……!」

 

 たった一つ、彼女の告げたかった言葉を今更口にしながら……真美はやはり、溢れ出る悔しさのままに涙を零したのであった。

 

 



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彼女たちの決意

「……本気、か?」

 

「……はい」

 

 園田にきつめの口調で問い詰められたやよいは、彼女の鋭い視線に怯えながら小さな声で返事をした。

 わずかに震えながらも自分の意思を示したやよいを見た園田は、一瞬だけ彼女から視線を逸らした後で頷く。

 

「……わかった。なら、お前の意思を尊重しよう。ディーヴァには新しいメンバーを補充する」

 

「……ありがとうございます」

 

 最初から最後まで小さな声で応答したやよいは、自分がもう既にここに居るべき人間では無いことを思い部屋から出て行こうとする。

 ほんの少しだけ、園田は自分を引き留めてくれなかったなと暗い気分が心を過ったが、そんな感情を覚えた自分がそれを望んだ事なのだから当然なのだろうと己の身勝手さを恥じた。

 

「まて、やよい。お前に渡したい物がある」

 

「え……?」

 

 だから、そんな考えを浮かべながら部屋のドアノブに手をかけた時に園田に呼び止められたやよいは、自分の考えが彼女に悟られてしまったのではないかと少し焦った。

 しかし園田は慌てるやよいのことを咎めもせずに一枚のディスクを差し出して来る。

 

「これは……?」

 

「……もし、お前がこれを見て何も感じないと言うのなら、私はお前の言う通りにしよう。だが、もしもお前の気持ちが変わることがあれば……」

 

 園田はやよいに向けて手に持ったディスクと先ほど彼女から返却されたギアドライバーを差し出した。

 困惑するやよいに向けてそれらを渡すと、園田は彼女の目をまっすぐに見つめて言う。

 

「もう一度、歌姫(ディーヴァ)としてステージに立て。戦いとアイドル、どちらにでもな」

 

「………」

 

 無言のまま、やよいは差し出されたディスクとドライバーをおずおずと手に取った。

 責任感とプレッシャーで随分と重く感じるドライバーを見つめながら、やよいは今度こそ理事長室を後にする。

 

「……失礼しました」

 

 深々と頭を下げて部屋を出たやよいは、園田からの贈り物を見つめて大きな溜息をついたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「片桐がディーヴァを辞めるだって!?」

 

「それ、本当なの!?」

 

「……ええ」

 

 同じ頃、葉月と玲が搬送された病院の中では、真美が先ほどやよいと話した内容を勇と謙哉に伝えていた。

 真美の話を聞いた二人は、やよいが感じていた精神的な動揺と自分への無力感を察しきれなかったことを悔やんで表情をしかめる。

 

「……悪い、ちょっと行ってくる!」 

 

「ちょっと! どこに行くつもりよ、龍堂!?」

 

 一度振り返ってベッドの上で眠る葉月の姿を見た勇は、謙哉と真美に手を合わせてその場を後にしようとする。

 そんな彼のことを慌てて呼び止めた真美が行き先を尋ねると、勇は険しい表情のままこう答えた。

 

「決まってんだろ、片桐のところだよ。このままあいつをディーヴァから抜けさせちゃなんねえからな」

 

「待ちなさいよ龍堂! あんた、このままやよいを戦いの場に残して良いと本気で思ってるの!?」

 

 行き先だけを告げて再び走りだそうとした勇のことを強い口調で制止した真美は、彼の正面に回り込んでその動きを阻害するようにして位置取ると一つの質問を投げかける。

 優しく、どこまでも普通の少女であるやよいの苦しい心の叫びを聞いた張本人である真美は、今勇がしようとしていることが本当に正しいことなのかと問いかけて来た。

 

「……確かにあんたの気持ちも分かるわ。でも、やよいは戦いから離れたがってる……戦いは怖いし、怪我だってするわ。それに、取り返しのつかない事態に陥ることだってある……そこから逃げたいって思ったやよいのことを誰が責められるの?」

 

「………」

 

「本人が望まない以上、放っておいてあげる方が得策よ……あんたがやよいの所に行っても何も出来ない、むしろやよいが苦しむだけよ。なら、このまま……」

 

 目を伏せながら自分の意見を勇へと告げる真美。今、彼女が口にしていることは、数少ない友人を思う彼女の本心であった。

 やよいは本当に優しい、そして普通だ。キラキラしたアイドルのステージにならともかく、戦いの舞台に上がる様な女の子ではない。

 そのやよいが、アイドルと言う自分の夢を投げ捨ててまで戦いの場から離れたいと願っているのだ。長年の夢を諦める覚悟までしているのだから、その思いは相当強いだろう。

 なら、これ以上やよいを苦しませることの無いようにその思いを後押ししてやりたい……そんな意見を口にした真美のことを見つめていた勇は、深く息を吐いてから自分の思いを彼女に伝える。

 

「……そうかもな。片桐のことを考えりゃあ、ここで仮面ライダーを辞めさせてやった方が良いのかもしれない。……でもよ、そうしたらこの二人の意見はどうなるんだ?」

 

「え……?」

 

「目が覚めて、いきなり片桐がディーヴァ辞めたなんて聞かされても二人は納得しねえよ。片桐が本気でディーヴァを抜けたいにしても、それならまずこの二人に話を通さなきゃならねえだろ?」

 

 勇はベッドで眠る葉月と玲の方向を指差して真美に尋ねる。未だに気絶したままの二人の思いを想像しながら、勇は進行方向を塞ぐ真美の体の横をすり抜けて行った。

 

「俺は片桐と話して来る。仮面ライダーとアイドルを辞めるにせよ、ここまで一緒に戦って来た仲間に何も言わないまま終わりになんかしちゃいけねえよ。どうしても抜けたいって言うなら、まずは二人に話を通さないとな」

 

 それだけ真美へと告げた勇は、彼女の肩を一度叩いた後で走り去ってしまった。

 自分の制止も聞かずにやよいの元へ向かった彼のことを憎々しく、されど少しだけ羨ましく思いながら、真美はその背中を見送る。

 

「……多分、どっちも間違って無いと思うよ」

 

「……え?」 

 

「勇の行動が不服なのかもしれないけど、決して勇は間違ったことはしていないと思う。でも、美又さんも間違って無いと僕は思うよ。だって、どちらも片桐さんのことを思って行動してるわけでしょ?」

 

「………」

 

「……この問題に完全な正解なんて無いんだよ。だからこそ、僕たちは必死になって正しい道を選ぼうとするんじゃないかな?」

 

「……ええ、そうかもしれないわね」

 

 もし、今のやよいの立場に光牙が立っていたのなら……彼が勇者になる夢を諦めてまで戦いから逃れようとしたら、自分はきっと勇と同じ行動をするだろう。

 何で逃げようとするのか? 未練は無いのか? 戦いを止めた後はどうするのか? そう言った事項を一つ一つ確認して、光牙の思いを最大限に汲み取った答えを出す様に尽力するだろう。

 

「完全な正解なんて無い、か……」

 

 もしそうならば、自分はどうやって光牙を支えれば良いのだろう? 自分の愛する男をどうやって勇者へと導けば良いのだろうか?

 彼を思って行動するだけでは駄目だということはわかっている。今までのやり方では駄目なのだ。自分はそれをしっかりと思い知ってしまった。

 

「……やよい……光牙……」

 

 友人も、好きな人も、自分の大切な人を支えるには自分は力不足の様だ。

 最後の一歩、強い覚悟を決められぬ自分を強く恥じながら、真美は二人の名を呟いて謙哉と共に葉月たちの専用病室の中へと消えて行く。

 その拳は強く握り締められ、小刻みに震えていたのだが……それが、彼女のどういった感情を意味するのかを知る人物は何処にも存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 携帯電話のディスプレイが放つ光に顔を照らされながら、やよいは今まで撮影した写真を一つ一つ眺めていた。

 フォルダ一杯に保存された写真のほとんどは、葉月と玲の二人と撮ったものだ。写真の中の自分はどれも満開の笑顔をカメラに向けている。

 

(楽しかった、な……)

 

 自分がアイドルとして活動した期間はそう長くは無い。だが、養成所時代から今までの間、自分たちはずっと一緒だった。

 一般応募で入所したやよいと一番最初に友達になってくれたのは葉月だった。彼女と一緒に何度も笑って、何度も辛いことを乗り越えて来た。

 園田の義理の娘であり、事務所にも特別扱いされていた玲とはユニットの顔合わせの時に初めて会話を交わした。それまでに彼女の歌声を耳にする機会があり、もはやプロと言っても過言では無い歌唱能力を持つ彼女とユニットを組めて本当に幸せだと思ったものだ。

 

 本当に楽しかった。何のとりえもない自分が、沢山の魅力を持つ二人と一緒にアイドルとして活動出来て、本当に幸せだった。夢の様だった。

 だが……夢は必ず覚める。そろそろ自分は目を覚まさなければならない。普通の自分が、輝く彼女たちと一緒に居て良いはずが無い。

 

 寂しさを堪える為にぎゅっと拳を握り締めるやよい。瞳から大粒の涙が零れ、携帯電話の画面へと落ちて行く。

 肩を震わせ、声を殺して噎び泣きながら、やよいは静かに泣き続けていた。

 

「……何してんだよ、お前。こんな所で……」

 

「あ……!?」

 

 突然かけられた声にやよいが顔を上げれば、そこには息を切らせた勇の姿があった。全身汗だくになっているところを見るに、走り回ってやよいを探していたのだろう。

 

「……聞いたぜ。お前、ディーヴァを辞めるって美又に言ったらしいな」

 

「……はい」

 

 自分の横に腰を下ろした勇の言葉にやよいは頷く。か細いその返事を聞いた勇は、少し表情を曇らせながらも話を続けた。

 

「本当にそれで良いと思ってるのか? 葉月たちがそれを聞いて、納得できると思うのか?」

 

「………」

 

「お前の気持ちもわかるぜ。けど、そんないきなり決断をすることは……」

 

「……わけないじゃないですか」

 

「え……?」

 

「勇さんに私の気持ちなんて、分かる訳がないじゃないですか!」

 

「か、片桐っ!?」

 

 勇の言葉が何の琴線に触れたのか、やよいは大声を出しながらベンチから立ち上がった。

 泣きながら怒る彼女は涙で顔をくしゃくしゃにしながらなおも勇へ叫び続ける。

 

「分かるわけないじゃないですか……強くて、凄い才能を持ってて、レベル80の力まで手に入れた勇さんに、私なんかの気持ちがわかるわけないですよ……! 何の才能も無い、ただ皆の足を引っ張るだけの私の気持ちなんて、分かる訳が……」

 

 最初は大きかったやよいの声だが、段々と尻すぼみになると最終的にはか細くなって消えてしまった。

 再びベンチにへたり込む様に座り、大声で泣きじゃくるやよいは自分の無力さを噛みしめて更に悲しみの感情を強める。

 だが、勇はそんな彼女の姿を黙って見た後、頭を掻きながら困った様にして口を開いた。

 

「……そう、かもしれねえな。所詮、人は他人の気持ちなんて分かる訳が無いのかもな。でも……お前が何を怖がっているかはよくわかるぜ」

 

「え……?」

 

「お前は、自分のせいで大切な友達が傷つくのが怖い……そうなんだろ? だから、もっと優秀な奴を選んで貰おうとしてるんだろ?」

 

「っっ……!?」

 

 勇にぴたりと本心を言い当てられたやよいは驚きながらもそれを肯定した。そんな彼女のことを僅かに微笑みを浮かべた表情で見つめながら勇は話を続ける。

 

「自分が傷つくことよりも、自分の大切な人が傷つくことの方が何倍も怖い。俺もこの間そのことを思い知ったよ。謙哉が目を覚まさなくなって、マリアが居なくなっちまって……そこで初めて、自分以外のものが傷つく恐怖を知ったんだ」

 

 じっと握り締めた自分の拳を見つめながら勇は語る。ガグマとの戦いの果てに得た、自分の戦う理由を……

 

「自分が死ぬのなんて怖くなかった。本当に怖いのは、自分のせいで誰かが傷つくことなんだ。俺は……俺は、本当にギリギリまでそのことに気が付かなかったんだ。失いかけて初めて気が付いた、大切な友達が傷つく恐怖に……」

 

「でも……でも、勇さんはその恐怖を乗り越えたじゃないですか! 勇さんは強い人だから、私とは違うから……」

 

「そんなこと無い。俺は強くなんか無いんだ。……俺がその恐怖を乗り越えられたのは、俺のことを信じてくれた人が居たからなんだよ」

 

「え……?」

 

「……俺は強いって信じてくれた奴が居た。俺に戦う理由を教えてくれた奴が居た……そいつらのお陰で俺は一人じゃないって思えた。俺のことを信じてくれる人が居るんだって思えたんだ。だから、俺は戦う運命を選ぶことが出来た。きっと一人だったら何も選べなかったんだ」

 

「信じてくれる人……? 一人じゃ、ない……?」

 

「ああ! ……片桐、お前にも居るだろ? お前のことを信じてくれる仲間が、少なくとも二人居るはずだ」

 

 真っすぐに自分を見つめて力強く断言する勇。彼の言葉を聞いたやよいの頭の中に葉月と玲の姿が浮かんで来た。

 ずっと一緒に頑張って来た大切な友達。大好きで、誇らしくって、心の底から信じられる最高の親友たち。そんな二人は、自分とは全く違う。二人は光り輝く一等星で、自分はただの星屑なのだ。 

 そんな二人は自分のことを信じてくれているのだろうか? 情けない自分の事など足手まとい位にしか思っていないのではないだろうか?

 

「……あ?」

 

 そこまで考えたやよいは、あることを思い出した自分の鞄の中を漁り始めた。暫く中身を探ったやよいは、目当ての物を見つけ出すとそれを引っ張り出す。

 やよいが取り出したもの、それは園田から渡されたディスクであった。どうやら映像が記録されているらしきそれをゲームギアに挿入すると、機械を操作して再生を開始する。

 一瞬だけ砂嵐が走った後……画面には、満面の笑みを浮かべる葉月とクールな表情の玲の姿が映し出された。

 

「これ、って……?」

 

『やっほー! やよい、見てる~!?』

 

『驚かす様な真似をしてごめんなさい。でも、番組の為に必要な事だから許して頂戴ね』

 

 どうやらこれは二人からのビデオレターの様だ。比較的最近撮影された、どこかのテレビ番組で使われるはずの映像なのだろう。

 園田は何を思って自分にこれを見せようとしたのか? 疑問を浮かべるやよいに向け、画面の中の二人は話を続ける。

 

『えっと……いつも中々言えないことを告白しよう。って趣旨のビデオレターなんだよね? うわ~、ちょっと恥ずかしいなぁ……』

 

『確かに恥ずかしいけど良い機会だから……今日は、私たちがやよいのことをどう思っているかを話させて貰うわね』

 

「っっ……!?」 

 

 玲の言葉を聞いた瞬間、やよいの体が小さく震えた。咄嗟にゲームギアに手を伸ばし、映像の再生を止めようとまでしてしまう。

 二人が自分の事をどう思っているのか? それを知ることがとても怖かった。足手まといだとか、要らない奴だとか、そんな風に思われているのではないのかと思い、これ以上聞きたくないと思ってしまう。

 だが、伸びて来た勇の腕がやよいの手を掴み、その行動を阻害する。驚いて顔を上げたやよいに対し、勇は黙って目で語り掛けて来た。

 

 最後まで見続けろ……勇の目はそう言っていた。その目を見たやよいは迷いの表情を見せるも、逆らうこと無く勇の指示に従う。

 画面へと視線を移したやよいは、流れ続ける二人のビデオレターを黙って見続ける。

 二人の話は昔へ遡り、ユニットを組むと言われた時のものになっていた。

 

『……正直、最初は二人のことを信用できないなと思ってたのよ。葉月は何も考えて無さそうだし、やよいはおどおどしてて自信なさげだし、こんなのと一緒にやって行けるのかなって思ってた』

 

『アタシもそう! やよいはともかくツンケンしてる玲と上手くやって行けるのかな~って思ってたんだよね! でも、そこを上手く取り持ってくれたのがやよいだったんだ』

 

「……そういえば、そんな頃もあったなぁ……」

 

 脳裏に蘇る記憶。性格の合わない二人を上手く馴染ませる為に奮闘し、ユニットとしての協調性を作り上げようと一生懸命に努力した。

 その甲斐があってか二人は少しずつ会話をする様になり、チームとしての雰囲気が纏まって来た様な気がする。

 

 しかしそれが何だと言うのか? そんなもの、きっと園田が一喝すれば纏まった話だ。

 今、自分はディーヴァの為に何も貢献出来ていない。それがすべてでは無いのだろうか?

 

 やはり自分は何もない少女なのだと俯きがちになるやよい。だが、そんな彼女の耳に飛び込んで来たのは、信じられない言葉だった。

 

『……それにね、私たちはやよいと一緒にアイドルが出来て本当に良かったと思ってる。あなたは、凄い女の子だから』

 

「え……?」

 

 玲が発した一言を耳にしたやよいは我が耳を疑った。歌が上手く、スタイルも良く、誰もが羨む玲が自分の事を褒めているなんて、信じられなかったのだ。

 

『そうだよやよい! やよいはもっと自分に自信を持って良いんだって!』

 

 だが、紛れも無い現実に起きた出来事を肯定するかの様に今度は葉月がやよいへ言葉を投げかけた。二人の発言の衝撃にゲームギアを持つ手を震わせながら、やよいは視線を画面へと釘付けにしている。

 自分の憧れである二人が何故、自分の事をこんなに褒めてくれるのか? その理由は、すぐに二人の口から語られることになった。

 

『確かにあなたは普通の女の子なのかもしれないわ。初めて会った時は歌もそこそこで運動神経もあんまり良くなかった』

 

『でもさ、やよいはそれを必死に努力して上達させていったじゃん! いつの間にか歌が上手くなって、出来なかった振り付けを完璧にこなす様になるやよいの事、昔っから凄いって思ってたんだよ!』

 

『そう……あなたは普通の女の子。夢に真っすぐで、それを叶える為にならどんなことでも一生懸命になれるって言うだけの女の子。だからこそ、魅せられる夢がある』

 

『やよいがステージに立つ度、世界中の女の子が希望を貰ってるんだ! 自分だって頑張れば夢を叶えられる、叶わない夢なんか無い! って思わせてるんだよ!』

 

『そんなやよいと一緒にステージに立てることを私たちは誇りに思うわ。これは、紛れも無い私たちの本心よ』

 

「私が……そんなことを……!?」

 

 考えたことも無かった。ただ、自分は夢を叶えたくて必死になっていただけだった。

 自分は普通の女の子で、何も長所なんて無いと思っていた。こんな自分には何も出来ないと思い込んでいた。

 

『……忘れないで、やよい。あなたは世界中の人を笑顔に出来る。あなたに出来ないことなんてないわ』

 

『どんな困難も努力で突破する最強の普通の女の子、それが片桐やよいなんだよ! その一生懸命さは、やよいの宝物なんだからね!』

 

『私と葉月があなたのファン1号と2号よ。憧れのアイドルと一緒にユニットが組めて、私たちは幸せ者だわ』

 

『これからもよろしくね! ディーヴァで天下を取るまで、アタシたちはずっと一緒だよ!』

 

 笑顔を浮かべる二人を映したのを最後に映像は途切れた。再生が終わったゲームギアを掴んだまま、やよいは肩を震わせて涙を流す。

 見た目だけは先ほどまでと同じ光景……だが、一つだけ圧倒的に違う物があった。それは、やよいの感情だ。

 情けない、自分には何もないと思い込んで自分を恥じていた彼女は、親友たちの本心を聞いてその感情を打ち消した。同時に、喜びと別の意味での羞恥心が湧き上がる。

 

「私だけ、だった……」

 

 出来ない、何も無い、足手纏い……そうやって自分を諦め、逃げ出そうとしていた。所詮自分は普通の女の子なのだと思い、信じることを忘れていた。

 だが、こんな自分を信じてくれる人たちが居た。親友が、仲間が、そして世界中の顔も知らないファンたちが、自分の事を信じてくれているのだ。

 片桐やよいは凄い「普通の女の子」なのだと信じ、声援(エール)を送ってくれていたのだ。

 

「私のことを信じてなかったのは……私だけだった……っ!!」

 

 あともう少しでその信頼を裏切ってしまう所だった。勝手に自分には何も出来ない思い込んで、全てから逃げ出そうとしていた自分の事を猛烈に恥じる。

 戦いは怖い。迷ったりもするだろう。しかし、この期待を裏切ってしまうことに比べたら大したことではない。

 戦い、歌う自分の姿を見て夢を抱く少年少女が居るのだろう。ただの女の子から一躍スーパーヒロインになったやよいのことを見て、自分もああなりたいと願う子供たちが居るのだろう。

 その夢を壊したくない……! ただの女の子だからこそ見せられる夢がここにある。ただの女の子だから出来ることがここにあるのだ。

 

「……どうする? まだディーヴァを抜けたいって言うつもりか?」

 

 投げかけられた勇の問いかけに何も答えず、やよいはただ目元を腕で擦った。

 涙で濡れた顔面を拭き、深呼吸をして気持ちを落ち着けた後、やよいは勇へと向き直って笑顔を見せる。

 

「……いいえ。私はもう、何も諦めません……! 友達の命も、自分の夢も、全部手にしてみせます! だって私、()()()()()()()()()ですから!」

 

 やよいの表情にあの輝く笑顔が戻って来た。迷いを振り切り、覚悟を固めた彼女は、今までで最高の笑顔を見せながら勇へと自分の意思を伝えた。

 

「……今のお前の気持ち、良くわかるぜ。誰かから信じて貰えるのってすげー嬉しいよな」

 

「……はい!」

 

 同じ思いを感じたことがあるからこそ言える言葉を口にした勇は、復活したやよいに向けて笑顔を見せた。アイドルの笑顔には敵わないなと思いながらも、目の前のやよいと同じ様に笑い続ける。

 暫しそうやって笑っていた二人だったが、やよいの持つゲームギアが電子音声を響かせ始めたことに気が付くと表情を元に戻してその呼び出しに応答した。

 

「はい、片桐です!」

 

『……園田だ。現在、工業団地でエネミーが暴れているとの情報が入った。現場に向かって貰いたいのだが……』

 

「わかりました! すぐに向かいます!」

 

 やよいの感情を確かめる様にして問いかけた園田は、彼女が即答で現場に向かうことを了承した姿を見て少しだけ驚いた表情を見せた。

 その後で小さく口元を綻ばせた後、園田はやよいへと発破をかける。

 

『行ってこい、やよい! 葉月と玲の分まで暴れてしまえ!』

 

「了解ですっ!!!」

 

 大声で叫んだ後、やよいは園田との通信を終えて反対方向に振り向いた。既に勇はマシンディスティニーを召喚して現場に急行する構えを見せている。

 

「乗ってくか?」

 

「勿論ですっ!」

 

 二つ返事で返答するとバイクのシートへと腰を下ろす。ヘルメットを着けたやよいは思いっきり腕に力を込めて勇に抱き着いて出発の時を待った。

 

「しっかり捕まってろよ!」

 

「は、はいっ!!」

 

 一瞬後、爆音と共にマシンディスティニーが風を切って走り出す。現場へ向けて疾走するバイクの上で、やよいは心臓が高鳴っていることを感じていた。

 

(葉月ちゃん、玲ちゃん……見てて! 私、やってみせるから!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もう一度言ってくれないか、真美。俺が、なんだって……?」

 

 同時刻、病院のベッドの上で顔面を蒼白にした光牙が顔を引きつらせながら目の前に座る真美へと問いかけた。

 何かの冗談だろうと言わんばかりに会話を流そうとしているが、彼の挙動すべてが彼の心の中の焦りを現している。

 

「……そう、聞こえなかったのね? なら、もう一度言うわ」

 

 明らかに動揺し、狼狽している光牙の姿をまっすぐに見た真美は、深く息を吸い込むとつい数秒前に発した言葉をもう一度口にする。

 心の奥底で固めた()()()()を胸に秘めながら、真美は光牙の目を見つめて事実を突きつけた。

 

「光牙……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 



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戦場の花嫁 ブライトネスディーヴァ

「……は、はは、な、何を言っているんだよ真美? 俺が、マリアを……? 冗談にしても笑えないぞ」

 

 隠していた自分の罪を真美に指摘された光牙は、引きつった笑顔を見せながらそれを恍けて見せた。真美が何かの冗談を言っているか、カマをかけて来たのではないかと思ったからだ。

 しかし、能面の様な無表情を浮かべたままの真美は、ゆっくりと首を振ると光牙の逃げ道を塞ぐ一言を口にする。

 

「私、見たのよ。ガグマとの戦いの後、あなたの戦闘記録を……そうしたら、あなたがマリアを崖に突き落とす映像がバッチリ残ってたわ」

 

「!?」

 

 光牙があまりにも迂闊だった自分の行いを後悔した。凶行に及んだ時も、それが終わった後も、自分は正常な精神状態では無かった。証拠を残していないか確認する余裕はなかったのだ。

 まさかそんな簡単な場所から自分の犯した罪が露見するとは……言い逃れの出来ない証拠を掴まれていることを知った光牙は、動揺しながらもこの状況への対応を模索する。

 

(どうする? どうすれば良い!?)

 

 自分たちのクラスメイト、大切な仲間であるマリアを殺そうとしたことがバレれば自分は終わりだ。勇者どころか犯罪者になってしまう。

 なら、ここで真実に気が付いた真美の口封じをするしかない。しかし、それをどう誤魔化せば良いのだろうか?

 賢い彼女のことだ、必ず保険は掛けてあるだろう。何らかの手段を用いて彼女を消したところで、自分の立場が悪くなる可能性はかなり高い。

 であるならば……もう、詰みなのだろう。取れる手段は無い。自分に出来るのは、真美の裁きに従うことだけだ。

 

「……俺をどうするつもりだ? 警察に突き出すのか?」

 

 震える声で真美に問いかける光牙。自分の運命は目の前の彼女が握っていることに怯えを見せながら、光牙はどうにかしてこの場を収める方法を考えることを止めはしなかった。

 どうにかして真美を丸め込めないだろうか? ……その方法を考え続けていた光牙だったが、真美が取った行動を受けて思考を停止させた。

 

「えっ……!?」

 

 伸びて来た彼女の腕が自分を抱きしめたのだ。真美の腕の中に抱き寄せられ、胸に顔を埋める状況になった光牙は驚きで目を見開いた。だが、真美はそんな彼をもっと驚かせる一言を言ってのける。

 

「……大丈夫よ、光牙。私はあなたの味方……誰にもこのことを言うつもりは無いわ。証拠となる映像も消した。これで誰もあなたの罪に気が付くことは無い……!」

 

 真美は光牙の頭を優しく撫で、静かな声で語り掛ける。予想外の彼女の行動に状況を呑み込み切れない光牙は、ただ小さな声で問いかけることしか出来なかった。

 

「どう、して……?」

 

「……どうして? どうしてこんなことをするのかって? ……そんなの、あなたが大切だからに決まっているじゃない!」

 

 愛情、羨望、独占欲……様々な感情が入り混じった声で真美が叫ぶ。光牙の肩を掴み、真正面から彼の目を見つめながら、真美は嗚咽にも近い声で彼に訴えた。

 

「あなたを一番理解しているのは私よ! あなたの夢を一番応援しているのは私よ! 他の誰でも無い! この私なのよ!」

 

「ま、真美……?」

 

「私はマリアの様にあなた以外の人を見初めはしない! 櫂の様にあなたを否定しない! 私が……私こそが、あなたを勇者に導く存在なの!」

 

 真美は叫んだ、感情のままに。抱えていた思いをぶちまけ、光牙に自分の心の叫びをぶつける。

 ずっと見て来た。ずっと応援して来た。ずっと好きだった。手が届かないならそれで良いと思った。

 だが……彼は自分の手が届く所に落ちて来た。弱り切り、誰もに見捨てられた彼を支えれば、この思いは成就するかもしれない……そう思ってしまった。

 しかしそれは、彼の罪を隠蔽しなければならない邪道だった。勇者となる人物が罪を隠すと言う相反した道を進まなければならないのだ。

 

 だが……それでも良かった。後ろ暗いことが無い人間など居はしない。光牙の場合、それがただ仲間を殺そうとしただけだと言う事だ。

 そんなことで勇者となるべき彼の未来が絶たれて良いわけが無い。そうとも、彼は勇者となる人間なのだ。勇でも他の誰でも無い、彼が世界を救う勇者なのだ。

 そして、それを支えるのはマリアではなく、この自分だ。例えどんな道であろうと、自分は光牙を勇者とする道を選んだのだ。

 

 覚悟は決めた。どんな手段を使おうと、どんな罪を被ろうと、自分は光牙を勇者にする。世界に認められる勇者に、光牙をしてみせる。

 強く、強く光牙を抱きしめながら……この瞬間、真美は勇者を導く魔女としての運命を受け入れた。

 

「愛しているわ、光牙……! 絶対にあなたを勇者にしてあげる……! 私は、あなたを裏切らないからね……!」

 

 自分の胸の中で黒い炎が燃え上がっていることを感じながら、真美はただ光牙のことを抱きしめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこだ……!? どこに居やがる!? 俺の前に出て来い! 光牙! 龍堂!」

 

 市街地に響く男の声。怒気を荒げ、感情のままに破壊を繰り返す櫂は、宿敵である男たちの名を叫びながら前進を続けていた。

 エネミーたちを率いる櫂はただ憤怒の感情をぶつける相手を探し求めている。それは自分の気に食わない相手であれば誰でもよかった。

 例えば目の前に居る弱いだけで何も出来ない奴ら……不平不満を口にはするが結局は自分達頼りの弱者に辟易する櫂は、目に付く人々を薙ぎ倒しながら先へと進む。

 

「とっとと出て来いよ! 俺を止めなきゃ、どれだけの死人が出るかわからねえぞ!」

 

 櫂は胸の中の苛立ちを声にする。自分はただ暴れまわりたいのでは無い、自分の事を苛立たせる奴らを木っ端微塵に吹き飛ばしてやりたいのだ。

 こんな破壊をしても自分の怒りは収まらない。早く、早くこの怒りを爆発させられる時が来て欲しい……。

 

「……ははっ!!!」

 

 そこまで考えた櫂は、遠くから聞こえて来るバイクの疾走音を耳にして仮面の下で笑った。真っすぐ、躊躇いも無しにこちらに近づいて来る音に興奮を隠せないでいる。

 来たのだ、戦いの時が。最高級に自分を苛立たせる相手をぶちのめす機会がやって来たのだ。

 期待を胸に、櫂は音のする方向を見つめる。ややあって姿を現した二人組の男女は、櫂の横をすり抜けると暴れまわるエネミーたちを跳ね飛ばしてから急停止した。

 

「……よう、随分と楽しそうなことしてるじゃねえか」

 

「来たな、龍堂……っ!」

 

 櫂はバイクから降り、ヘルメットを外した男の顔にギラギラとした視線を向ける。鋭い櫂の視線を受けてもなお不敵に笑う勇の姿は、櫂の怒りの感情を更に強めた。

 

「櫂……さん……!」

 

「あ……? てめえはディーヴァのへっぴり女じゃねえか。お仲間は病院か? たった一人で何しに来やがった? あぁっ!?」

 

 次いで自分に声をかけて来たやよいに対し、威嚇交じりの大声を上げる。小動物の様なやよいは、それで怯えて動けなくなると思っていた。

 だが、そんな櫂の予想に反してやよいは目を逸らさずに櫂のことを見つめて来ている。確かな覚悟と強さを感じさせる彼女の表情に逆に櫂が押される様な感覚を覚え、少し苛立ちが高まった。

 

「……私は一人じゃありません。私のことを信じて、支えてくれる友達がいる……その人たちの為にも、私はもう逃げません! 仮面ライダーとして、沢山の人を守ってみせます!」

 

「ちっ! 弱い癖に調子に乗りやがって!」

 

「弱くったって何も出来ない訳じゃない! 力が足りなくっても、自分の意思を貫くことは出来ます!」

 

「そう言う事だ! ……行くぜ、片桐! 櫂は俺に任せて、お前はエネミーを頼む!」

 

「はいっ!」

 

 短い会話で意思を疎通し、己の戦う相手を決める。勇は櫂を、やよいはサイクロプスを見つめ、腰にドライバーを装着した。

 

「変身っ!」

 

<ディスティニー! チョイス ザ ディスティニー!>

 

<舵を切れ! 突き進め! お前の運命(さだめ)はお前が決めろ!>

 

 セレクトフォームへと変身した勇はディスティニーホイールを回転させて剣を呼び出した。切っ先を櫂に向け、挑発する様に叫ぶ。

 

「さあ、ゲームスタートだ! 思う存分相手してやるぜ!」

 

「抜かせ! 今日こそお前をぶっ潰してやる!」

 

 怒号を上げながら勇目掛けて突っ込む櫂。イフリートアクスを振るって勇に攻撃を繰り出し、がむしゃらに突き進む。

 徐々に離れて行く勇と櫂の戦いの騒音を耳にしながら、やよいはホルスターからブライトネスのカードを取り出した。花嫁の姿が描かれたカードを暫し見つめた後、それを天高く頭上に構える。

 

「葉月ちゃん、玲ちゃん……私に力を貸して!」

 

 自分を信じてくれる親友たちの名を口にし、やよいはブライトネスのカードをドライバーへと通す。次の瞬間、電子音声が流れると共に純白の羽が彼女の周囲を舞った。

 

「変身っ!」

 

<ブライトネス! 一生一度の晴れ舞台! 私、幸せになります!>

 

 いつもとは違う女性の声の様な電子音声が流れ、周囲に舞っていた羽が光と共にやよいの体を包む。

 その光が弾けた時、ピンク色の薔薇の花びらと細やかなガラスの様な光と共に新たな力を手に入れたやよいが姿を現した。

 

 ディーヴァタイプαのピンク色の装甲の上から纏われているのは純白の花嫁衣裳。フリルのついたスカートをはためかせながら彼女が一歩前に足を踏み出せば、その動きに合わせて薔薇の花が舞う。

 頭上に輝くティアラと左手の薬指に嵌められたピンクルビーの宝石が付いた指輪……可憐な花嫁の出で立ちをしたやよいは、まるでお姫様の様な動きでサイクロプスを指差す。

 

「全力で輝きます! 絶対に目を離さないでくださいね?」

 

<プリティマイクバトン!>

 

 いつもの武器を呼び出したやよいは華麗なステップを踏んでサイクロプスへと接近した。ふわりと空を舞う様に跳躍すると、落下の勢いを活かした振り下ろしを繰り出す。

 

「グガァァァッッ!?」

 

 攻撃がヒット、サイクロプスの悲鳴が響く。着地したやよいはスカートをはためかせながら回転すると、二度三度と連続して回し蹴りをサイクロプスへと浴びせて行った。

 

「はっ! てやぁっ! たぁぁっ!!!」

 

「グッ! ギィィッ!!?」

 

 まるでダンスでも踊っているかの様なやよいの戦いぶりに翻弄されるサイクロプスは、防御の構えを取って繰り出される攻撃から身を守ろうとした。

 やよいの攻撃の一撃一撃は重くない。連続して攻撃を食らうから不味いのだ。そう判断したサイクロプスだったが、やよいは冷静な分析で敵の防御の隙を見つけ出すと、その僅かなガードの間にプリティマイクバトンを突き入れてサイクロプスの胴を打った。

 

「ゴォォォッ!?」

 

 丁度鳩尾の部分を突かれたサイクロプスは苦しみに呻いて体をくの字に折り曲げる。その隙を見逃さないやよいは突き出したプリティマイクバトンをサイクロプスのの顔面をかち上げる様にして上へと思いっきり振り上げた。

 

「やぁぁぁっ!」

 

「グォォォォッッ!?」

 

 ゴツン、と鈍い音がして、今度はサイクロプスの体が大きく伸び上がる。防御もへったくれも無い敵の体勢を見たやよいは今が好機と判断して連続した攻撃を繰り出した。

 敵に向けて一歩前進、がら空きの腹に膝蹴りをかます。攻撃を受けて離れて行くサイクロプスへともう一歩サイドステップで近づくと敵の顔面を払う様にプリティマイクバトンを横薙ぎに振るう。

 左から右へ、振り払われたプリティマイクバトンの一撃を受けてサイクロプスの頭部が勢いよく傾いた。回転する敵の体にキックを繰り出したやよいは、吹き飛ぶサイクロプス目掛けて変形させたプリティマイクバトンからレーザーを発射して追い打ちをかける。

 

「ギャァァァァァッッ!!!」

 

 全身にピンク色の弾丸が幾つも直撃したサイクロプスは痛みに耐えかねて悲鳴を上げる。その声を聞きつけた櫂が援護に回ろうとするも、勇がそれを防ぐかの様に立ち回るお陰で思うように動くことが出来ずにいた。

 

「まだまだ、ここからが本番です!」

 

<β! γ! オンステージ!>

 

 戦いを有利に進め、敵の援護も無い。ここが好機と見たやよいはギアドライバーの画面を操作してからもう一度<ブライトネス>のカードをドライバーへとリードした。

 するとどうしたことだろう、やよいの両隣にディーヴァタイプβとγの姿が現れたではないか。

 突如として出現した増援に一つしか無い目を見開くサイクロプスに対し、召喚されたディーヴァたちは容赦なく攻撃を仕掛けて来る。

 

『はぁぁぁぁっ!』

 

『よい、しょっと!』

 

 タイプγの援護射撃を受けながらサイクロプスへと突っ込んで来たβがロックビートソードを振るい、鋭い斬撃を何度も見舞う。彼女が一歩後ろへ下がれば、タイプγが放つ弾幕の雨がサイクロプスの体を叩いた。

 

「グ……グラァァァァッッ!!!」

 

 全身の痛みに耐えながらも反撃を試みたサイクロプスは、目の前の敵に向かって自慢の剛腕を活かした攻撃を繰り出す。防御を許さぬ一撃がディーヴァに迫り、あわや直撃するかと思われたが……

 

「ガルルッ!?」

 

 サイクロプスの攻撃が当たるかと思われたその瞬間、βとγの二人のディーヴァは跡形も無くその場から消え失せてしまった。悲しく空を切った自分の拳を見つめながら、サイクロプスが事態を呑み込めないでいると……

 

「……こっちですよ」

 

「!?」

 

 自分に浴びせられた声に振り向けば、そこにはプリティマイクバトンを地面について構えるやよいの姿があった。

 スタンドマイク型に変形させたそれをしっかりと掴むやよいは、まるで歌う寸前の歌手の様だ。可憐な花嫁姿も相まって、非常に美しい光景が広がっている。

 

「ガ……ウ……!」

 

 エネミーであるサイクロプスすらも見惚れさせるその光景。やよいが放つ優し気な光が戦場を包み、逃げ惑い、恐怖に怯える人々の心を穏やかにする。

 人が、エネミーが、誰もがやよいに目を奪われていた。そんな彼らの耳に鳴り響く鐘の音が聞こえて来る。

 それが花嫁の未来への出立を祝う福音だと人々が気が付いた時、彼らを包む光が弾けると共にやよいのギアドライバーが電子音声を響かせた。

 

<必殺技発動! ピュアホワイト・ゴスペル!>

 

「はぁぁぁぁぁぁ……っ!」

 

 マイク目掛けて静かに声を出すやよい。彼女の叫びを受けるマイクの前にはハート型のエネルギーが出現していた。

 鐘の音と共に徐々に大きさを増していくそれにサイクロプスは完全に目を奪われる。彼が気が付いた時には、自分の顔程までの大きさになったエネルギーが、自分目掛けて飛んで来ていた。

 

「オ……オォ……っ!?」

 

 やよいが放ったハート型エネルギーに文字通り心臓を射抜かれたサイクロプスが小さく呻く。不思議なのは、痛みよりも遥かに強い幸福感を感じていることだった。

 

「……私の全力、受け止めてくれてありがとう!」

 

「……!?」

 

 響く鐘の音と舞う羽と花びら、その中心で敵である自分目掛けて感謝の言葉を口にするやよいを見た時、サイクロプスが感じている疑問は更に強まった。だが、同時に彼は気が付いてもいた。

 この僅かな時間である戦いの中で、自分は彼女に魅了されていた。強い覚悟と可憐さ、そして何より全力を出して戦う彼女の姿に見惚れていたのだ。

 そんな彼女に敵う訳も無い。エネミーであるサイクロプスは、自分で出した答えに妙に納得すると、幸せな気持ちのままに光の粒へと還って行ったのであった。

 

「ちぃっ! 使えねえエネミーだな、おい!」

 

 サイクロプスが消滅する姿を見た櫂は舌打ちをして文句を口にした。迫る勇の剣を何とか防ぎ、大きく後退する。

 

「今日は退いてやる! そう何度も勝てると思わないことだな!」

 

「はっ! そっちこそ、次は勝てるとか思いながらやって来るんじゃねえぞ! 何回だって返り討ちにしてやるからな!」

 

 去り際に捨て台詞を残して消えた櫂に対して叫び返した勇は、周囲にエネミーの姿が残っていないことを確認して変身を解除した。そして、同じく変身を解除して自分の元にやって来るやよいに笑みを見せる。

 

「よっ! やれば出来るじゃねえか! 凄かったぜ!」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 掲げられた勇の手に自分の手を合わせ、二人はハイタッチをした。心地良い乾いた音と笑い声を響かせ、やよいは輝くような笑顔を浮かべて勝利を心から喜んだのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おめでとう、やよい。あなたなら出来るって信じてたわ」

 

「うんうん! やっぱやよいは凄い女の子だ!」

 

「や、止めてよ! 私一人のお陰じゃないし、二人が居てくれたから頑張れただけだし……!」

 

「や~! やよいは控えめな良い子だね~! 同じ位胸も控えめで可愛いし~!」

 

「ひゃぁぁっ!?」

 

 戦いの後、意識を取り戻した葉月と玲のお見舞いにやって来たやよいは、病室で軽いセクハラを受けて悲鳴を上げていた。

 後ろから葉月に胸をわしわしと揉まれて顔を真っ赤にするやよい。その様子を苦笑交じりに見守る勇と謙哉は顔を見合わせた後、なんにせよ無事に問題が解決して良かったと頷き合った。

 

「……これでブライトネスのテストは完了したわ。次は今後の実践にどう活かして行くかを考えないとね」

 

「みなじゅきさん、いひゃいんらけど……」

 

 何故か玲に頬を引っ張られている謙哉が抗議の声を上げるも彼女はそれに聞く耳を持たなかった。謙哉の頬を抓りながらやよいと葉月へと向き直り、何か言いたげな表情をしている。

 ようやっと葉月のセクハラから解放されたやよいはその視線に慌ててドライバーを取り出すと、それを手に話を始めた。

 

「取りあえずはディーヴァの中で平均的な能力の私がブライトネスのカードを使ったけど……今度は、接近戦か遠距離戦に特化した二人のデータが欲しいよね」

 

「なら、次はアタシたちのどっちかだ!?」

 

「そうね。また戦いになった時にどっちがブライトネスを使うかを考えましょう。3人のうち1人しか使えないって言うデメリットとはうまく付き合って行かないとね」

 

「みなじゅきさん、しょろそろはなひてくれない?」

 

「ま、新しい力が手に入った分、チームワークにも更なる強化が必要になったってことだろ? お前たちならそれを踏まえて強くなれるって!」

 

 (謙哉を除き)ブライトネスのカードと今後のディーヴァのチームワークについての考察を続けていた面々は勇の一言に笑顔を見せて頷いた。

 新たなる力、ブライトネスディーヴァ……それは自分たちにどんな変化をもたらすのか? 更なる力を得たディーヴァの三人は、口々に己が抱負を口にした。

 

「今度はもうガグマにも負けないよ! 絶対絶対、強くなるんだから!」

 

「もう足手纏いにはなりたくないから……必ずこの力を物にして見せるわ」

 

「私たち三人なら絶対に大丈夫だよ! 新しいディーヴァの力、世界中に見せつけちゃおう!」

 

 自分たちの思いを締めくくるやよいの言葉に葉月と玲も静かに頷く。賑やかな病室の中、結束を強めた三人は、お互いの絆を確認し合ったのであった。

 

 

 

 

 

 

「……次のパックの情報、目を通しておいてね。私は帰るから」

 

「あ、ああ……」

 

 同じ頃、光牙は病室を後にしようとしている真美の背中を半ばぼやけた目で見ていた。

 先ほどの彼女の言葉は脅迫なのだろうか? それとも、自分の罪を共に背負って行くと言う共犯宣言なのだろうか?

 今の自分には判断がつかない。だが……真美が自分の運命を握っていることは確かだった。

 

「……安心して、光牙。私はあなたの味方よ。なにがあっても、ね……!」

 

 その言葉を最後に部屋から出て行った真美のことを見送った後も、光牙は自分の置かれた状況を飲み込めないでいた。

 本当に真美を信じて良いのだろうか? 今の自分にはそれしか方法がないことも確かだが……

 

「……俺を、勇者に……」

 

 引っかかるのは彼女の言葉だ。真美は自分を勇者へと導くと言ってくれた。その時の彼女の言動に嘘は無かったように思える。

 なら、彼女は本気なのだろうか? 本気で、自分を勇者にしようとしてくれているのだろうか?

 

「………」

 

 光牙は彼女の置いて行ったディスティニーカード第三弾のカードリストを視界に映した。これもまた彼女がくれた自分を勇者にする為に必要な物なのだろうか?

 ぼやけた思考のままにシークレットレア以外のカードが記載されたそのリストを眺めていた光牙だったが、気になる名前を見つけるとそのカードへと注目して視線を向ける。

 光牙の気になったカード……それは、最高位レアリティのディスティニーレアである『暗黒魔王 エックス』のカードであった。

 

「エックス……奴のカードもこの中に……」

 

 臨海学校で自分たちに恐怖のゲームを体験させ、櫂を魔人柱へと変貌させた張本人であるエックスのカードへ憎しみの視線を浴びせる。黒く輝く絵柄のカードは、まるでブラックホールの様に光牙の視線を吸い込んでいた。

 エックスが恐ろしい敵だと言う事はわかっている。だが、どんな能力を持っているのかまではわかってはいない。ガグマの『譲渡』の様な強力な特殊能力を持っている可能性も十分にある。

 もしそうであれば……また、自分たちの中から犠牲者が出るのではないのだろうか? 櫂の様に、ゲームオーバーになる仲間が出てしまうのではないだろうか?

 光牙がそう考えた時だった。

 

「うっ!?」

 

 突如として激しい頭痛に襲われた光牙は、頭を抱えてベッドの上で蹲った。ガンガンと痛む頭の中でいくつもの声が反響している様な感覚に襲われ、その声が頭痛を更に強くしている気がする。

 悲鳴、怒声、嘲笑……負のイメージを持つ声が響き渡る中、最後に光牙の中で弾けたのは、絶望感漂うあの電子音声だった。

 

<GAME OVER>

 

「うわぁぁぁぁっ!?」

 

 非情な宣告が響く。櫂の散り際を思い出した光牙は、ベッドの上から転げ落ちると荒い呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻そうとした。

 同時に彼は思う。何故だかはわからないが、前回の自分の予知夢は的中した。自分がマリアを突き落とす光景は、現実の物となった。

 ならば……きっと今の声も現実になるはずだ。きっと……いや、()()()()()()()()()()()()()()()はずなのだ。

 

「……く、く……! 出来たら、龍堂くんになって欲しいなぁ……!」

 

 下種な一言を口にした光牙は、病室の床の上で静かに狂った笑みを浮かべ続けていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かがまた、犠牲になる。それは……の……を呼び起こす。

 暗黒の魔王の策謀に飲み込まれるのは、誰だ?

 

 

 



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悩め葉月! 出せない必殺技の謎

 

 

 

 

「ちょいさぁっ! どうよ? この攻撃!」

 

「葉月! ふざけてないで真面目に戦いなさい!」

 

「はいはい、分かってるって! 口調はこれでも、戦いぶりは大真面目だよっ!」

 

 玲に返事をしながら葉月は自分目掛けて向かって来たエネミーたち数体を纏めて斬り飛ばした。

 実力差があったのか、その一撃を受けたエネミーは呆気無く消滅し、光の粒へと還って行く。

 

「さてさて! お次は誰が相手をするのかな~!?」

 

 調子よく敵を倒した葉月は挑発するような口調でエネミーへと言葉を投げかけた。

 彼らに彼女の言葉が理解出来るかはさておき、仲間を倒されたことを怒ったエネミーはもう一度葉月に向けて攻撃を仕掛けに行く。

 だが、エネミーたちの緩慢な動きの合間を縫ってロックビートソードを振るった葉月によってあっという間に倒されてしまい、敵討ちどころか仲間の後を追う結果になってしまった。

 

「よゆー、よゆー! 準備運動にもならないよ!」

 

「葉月! 油断しないの!」

 

「だいじょぶ、だいじょぶ! こんな奴らパパっとやっつけて……」

 

 

 

 玲の忠告を受けても余裕の表情を崩さない葉月だったが、突如背後から大きな物音が響いたことに驚き、言葉を切ってそちらへと振り向いた。

 視線の先にはボス格と思わしきエネミーが大暴れしている。先ほどの物音は奴が出した音だと察した葉月は、玲と合流したやよいを含めた三人で短い会話を交わした。

 

「あいつ、どっからどう見ても接近戦タイプだよね? なら……」

 

「ブライトネスβの練習台にはもってこいね。葉月、今回は譲るわ」

 

「私たちは援護するから、思いっきり暴れて来ちゃってよ!」

 

「サンキュー! では、お言葉に甘えて……!」

 

 今回の作戦プランを決めた三人はそれに合わせたフォーメーションを取った。

 葉月が前、残りの二人が後ろと言う接近戦を行うディーヴァβをαとγが遠距離射撃で援護すると言うオーソドックスな陣形を整えた後、葉月がホルスターからブライトネスのカードを取り出して意気揚々とドライバーに通す。

 

「ブライトネスβのデビューステージ! 思いっきり盛り上げようじゃん!」

 

<ブライトネス! 一生一度の晴れ舞台! 私、幸せになります!>

 

 ブライトネスのカードを使用した葉月の周囲に花びらが舞う。黄色い薔薇の花弁が飛び散っている中心で回る葉月の体にやよいの時同様に白い花嫁衣装が纏われていく。

 αの時と比べてやや動き易そうなミニスカート型のウェディングドレスを身に纏った葉月は、その場で一回転するとロックビートソードの弦を掻き鳴らしてバッチリとポーズを決めた。

 

「さあ、行っちゃうよ!」

 

 視線の先に居るボスエネミーとその取り巻きに向けて一言告げるや否や、葉月は脚に力を込めて一直線に敵の集団へと飛び込んで行った。

 強化前では考えられないような瞬発力と跳躍力を発揮した自分の力に仮面の下で笑みを浮かべた葉月は、そのまま直進の勢いを活かして果敢に敵集団へと斬りかかって行く。

 

「てぇぇやぁぁっ!!」

 

 目の前に居た敵に向けてロックビートソードの振り下ろしを一撃。不運なそのエネミーは頭の頂点から体を真っ二つにされて瞬時に消滅してしまった。直進の勢いをそのままに地面を滑る葉月は、片手で武器を構えたままぐるりとその場で回転してみせる。

 周囲を薙ぎ払う様にして繰り出された斬撃を受けた数体のエネミーが胴を斬り裂かれ、光の粒を体から撒き散らしながら地面へと転がっていった。集団への切り込みに成功したことを確認すると、葉月はその中で大暴れし始める。

 

「ヒィア・ウィ・ゴー!」

 

 言葉の分節の区切りごとに斬撃を見舞う。乗りに乗った今の葉月を止められないまま攻撃を受け続けるエネミーたちは次々に彼女の手で消滅させられ、光の粒へと姿を変えて行く。

 速攻で取り巻きを片付けた葉月はボス格のエネミーへと接近するとロックビートソードの切っ先を敵の腹に突き刺し、そのまま思い切り振り回して遠くへと投げ飛ばしてしまった。

 

「グガァァァァッ!!?」

 

 着地に失敗して頭から落下したエネミーは完全にグロッキー状態になっている。今が好機と判断した葉月は、ロックビートソードを振り回すと必殺技を発動した。

 

「よっしゃ~! これでフィニーッシュ!」

 

<必殺技発動!>

 

 葉月の手に握られているロックビートソードへとエネルギーが溜まって行く。徐々に輝きを増すそれを構え、最高潮まで高められた光を纏う武器を葉月が振り下ろそうとした時だった。

 

<……エラー!>

 

「へっ!?」

 

 突如として電子音声が鳴り響くとロックビートソードを包んでいた光が消滅してしまったのだ。

 突然の事態に驚き、脱力した葉月がその場にずっこけてしまった。そんな彼女の見せた隙をエネミーが見逃すはずも無い。

 

「ガ、ガガァァッ!!!」

 

「あっ! こら! 待てーーっ!!!」

 

 形勢不利な状況から一目散に逃げだすエネミー。すたこらさっさと逃げ去ってしまった敵の背中に大声で葉月が叫ぶも、そんな声に振り向く相手ではない。

 あっという間にエネミーの姿は見えなくなってしまった。あそこまで敵を追い詰めておきながら逃がしてしまったことに悔しさを感じる葉月は、地団太を踏みながら変身を解除する。

 

「もー! なんで必殺技が出なかったの~!?」

 

「何かの故障……かな?」

 

「だとしたら天空橋さんに見せた方が良いわね。残念だけど、あのエネミーのことは一度忘れてラボに行きましょう」

 

「くっそ~! あと少しだったのに~~!」

 

 最後の最後で締まらないデビュー戦になってしまったことを心底悔しがりながら、葉月は二人の意見に同意して天空橋に会うべく彼の研究室へと向かって行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え~~っ!? 特に問題は無い~~!?」

 

「は、はい、ギアドライバーにもゲームギアにも、ブライトネスのカードにも特に異常は見受けられませんでしたよ?」

 

「じゃ、じゃあ、何でアタシの必殺技は発動しなかったのさ!?」

 

「い、いや……それを私に聞かれましても……現場を見たわけでもないですし、返答に困ると言うかなんというか……」

 

 で、数十分後。天空橋の研究室で装備のチェックをして貰った葉月は、彼の下した診断に食って掛かっていた。

 天空橋曰く、ドライバー等の装備には一切の異常は無し。至って通常の状態だと言うのである。

 

 であるならば、何故葉月の必殺技は発動しなかったのか? 何処に問題があったのかを必死になって考える葉月だったが、すぐに頭から湯気を出してその場に蹲ってしまった。

 

「ダメだ~~! アタシ、難しいことは10秒以上考えられないんだよ~~!」

 

「……でも困ったわね。必殺技が使えないとなるとブライトネスβの使用は躊躇うことになってしまうわ」

 

「戦いぶりを見ると凄く強いんだけど……なんで必殺技が出ないのかなぁ?」

 

 今後のフォーメーションや作戦に多大なる影響を及ぼすであろうこの問題の解決策を必死になって考えるディーヴァの三人。

 腕を組んで唸る三人の後ろでは、モニターに映った葉月の戦いを見学している勇たちの姿もあった。

 

「はー、接近戦に特化した分、瞬発力と機動力が上がってるってわけか……確かにこれを使えないのは勿体ないな」

 

「必殺技も問題なく発動した様に見えたんだけど、何が悪かったのかな?」

 

「わーん! 勇っち! 謙哉っち! アタシに知恵を貸しておくれよ~~!」

 

 冷静に分析を重ねる二人に対して抱き着いた葉月は、おいおいと泣きながら二人に助けを求めて来た。

 大胆な行動をする葉月の密着した体の柔らかい感触とふわりとした良い匂いに心臓を跳ね上がらせた二人は、顔を赤くしたまま各々の考えを述べて葉月へと言葉をかける。

 

「え~っと……何かカードが必要ってことは無いかな?」

 

「カードを使った場合は別の必殺技が出ますね。問題は、ブライトネスβのデフォルト必殺技が出ないと言う点ですからそれは外しましょう」

 

「じゃあレベルが足りないとかか?」

 

「それも無いでしょう。一度発動している以上、必殺技が使えると言う点は間違いないんです。この場合の問題点は必殺技を発動した後、葉月さんが何をすれば良いのか? と言う事ではないでしょうか?」

 

「何かって何なのさ~!? ギターの演奏? それともポーズ!? わかんないよ~!!!」

 

「だ~~! 葉月、引っ付くんじゃねえ! 色々当たってんだよ!」

 

 泣き言を口にすると同時に抱き着く力を強める葉月。彼女の大きな胸が体に押し付けられることになった勇と謙哉は顔を真っ赤にしてその行為を咎める。

 若干ぶー垂れながら二人から離れた葉月は、がっくりと肩を落として原因不明の不調を嘆き悲しんだ。

 

「ううう……このままじゃあ、アタシだけブライトネスになれないまま……。そんなの嫌だよ~! どうすれば良いってのさ~!?」

 

「困りましたね……何とか解決してあげたいのですが、何も手掛かりが無いと推測の仕様もありませんし……」

 

「せめて何かヒントがあればなぁ……」

 

 いつもの明るいオーラは何処へやら、凹み、落ち込む葉月の姿を見た一同は何とかして彼女の手助けをしてあげたいと思ってはみたものの、何の情報も無いこの状況ではどうしようも無い。

 首をかしげて困っていた勇たちだったが、ここで予想外の人物が恐る恐る手を挙げた姿を見て一斉に彼女へと視線を注目させた。

 

「あ、あの……もしかして、なんですけど……」

 

「なに!? マリアっち、何か思いついたの!?」

 

 期待を込めた葉月の視線を受けたマリアは自信無さげな表情を浮かべて見せたが、それでも悩んだ後で自分の意見を全員へと告げる。

 

「あ、その……役に立つかはわからないんですけど……ブライトネスって、花嫁ってことですよね? なら、必殺技もそれをモチーフにしてると思うんですけど……」

 

「それは……確かに一理あるけど……」

 

「花嫁らしい必殺技って、一体どんなのだ?」

 

 一概に間違いだとは言えないマリアの意見を聞いた勇たちは、先ほどとは違った意味で首を傾げて見せた。

 花嫁の必殺技……そもそも花嫁が戦うと言う事自体がおかしな話だが、確かにやよいが変身した時はそれっぽい雰囲気を醸し出す必殺技を使っていたはずだ。

 

「……やっぱり、私の意見なんか役に立たないですよね……」

 

「い、いや! いい線行ってると思うぜ! 問題はここから先ってだけだから!」

 

「うんうん、そうだよね……花嫁らしい必殺技かぁ……うん、そうだ……よし、決めた!」

 

 しょんぼりとするマリアのフォローに入った勇のすぐ近くで意味深な言葉を呟いた葉月は二、三度大きく頷くと手のひらをぽんと打ち合わせた。

 なんだか嫌な予感を感じた勇がおっかなびっくり彼女のことを見つめていると、葉月が自分の方向へと向き直って来たでは無いか。

 とても嫌な予感がする……勇の第六感がそう告げる中、葉月はその予想に違わぬ問題発言を口にして来た。

 

「勇っち! アタシと結婚しよう!」

 

「は……はぁぁぁぁぁぁぁっっ!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、何でこうなったわけだ?」

 

「いやさ、やっぱりこう言うのって習うより慣れろじゃん? 一度自分で体験していれば、何か掴めるかもと思ってさ!」

 

「だからって結婚式の真似事までする必要無いだろ……?」

 

「いーじゃん、いーじゃん! 楽しそうだし!」

 

 結局、本音はそれかと思った勇は大きな溜息をついた。着慣れないタキシードなんかを着ているせいで妙に窮屈な気分になるなと思いながら周囲の光景を見渡す。

 荘厳なチャペル、数は少ないが席に座っている友人たち、華やかな飾り……ただの体験の為にここまでやるかと逆に感心するレベルで本格的なこの偽結婚式の主役の一人として立っていることに対し、勇は今更ながら緊張感が湧いて出て来た。

 

 葉月の問題発言の後、彼女はすぐさまツテのある技術スタッフに連絡してこの偽の結婚式の準備に取り掛かった。ただ花嫁の気分を味わうだけの為にここまでする葉月に脱帽した勇は、なんやかんやで彼女の押しに負けて相手役で舞台に立つことになってしまったわけである。

 この結婚式の本格さと言ったら、友人役として出席している謙哉や玲たちまでスーツやドレスでめかし込ませる程である。やや困惑気味の表情を浮かべる友人たちを見た後で、勇は真横に居る葉月の姿をちらりと見やった。

 

(……やっぱ、すげー可愛いよな……)

 

 綺麗な花嫁衣裳を身に纏った葉月は、普段の活発な姿からは想像出来ないお淑やかな可憐さを勇に見せていた。

 化粧も薄く施してあるせいか、いつもと比べて大人っぽく見える彼女の姿に素直に可愛いと言う感想を持った勇は、同じく自分の事を横目で見て来た葉月と視線を重ねて短い会話を交わす。

 

「カッコいいじゃん、勇っち。似合ってる、似合ってる」

 

「そう言うお前も良い感じだぜ。花嫁衣裳、やっぱ女の子の夢だよな」

 

「にゃはは! 国民的アイドルのお相手役として抜擢されたことを喜ぶと良いさ!」

 

「なんだよそれ? ったく、口を閉じてりゃあ美人なのによ……」

 

 くすくすと小さく笑った勇は解れた緊張感のままに前を向いて演技に集中した。なんにせよ、ここまで準備されたのであれば思いっきり乗っかった方が良いだろう。

 葉月が何かを掴む為にも出来る限りの協力をしようと思った勇に対して、何故か神父役を演じる天空橋が指輪を手渡す。

 

「勇さん、ほら、指輪の交換を!」

 

「あ、ああ……」

 

 色々と突っ込むべき点はあると思ったが、取り敢えず勇は何も言わないことに決めた。渡された指輪を持つと葉月の左手を掴み、薬指へと指輪を嵌める。

 

「……ありがとう、勇……」

 

「お、おう」

 

 ぴったりと嵌ったその指輪を見ながらはにかんだ葉月の表情にドキリとした勇は、これはあくまで演技なのだと自分に言い聞かせて冷静さを取り戻そうとした。

 とは言え、目の前には文字通りアイドル級の美少女がおり、自分の結婚相手を演じているのであるから、到底冷静になどなれる訳が無いのだが。

 

「……ほら、勇っち。次に行こうよ」

 

「え、えっと……次は何をするんだ?」

 

「そんなの決まってるじゃん! 結婚式と言えば、誓いのキスでしょう!」

 

「ぶはぁっ!?」

 

 爆弾発言パート2。葉月のまさかの発言に思い切り噴き出した勇はまじまじと彼女の表情を見つめてそれが本気なのか冗談なのかを見極めようとした。

 あくまでニコニコと笑い続ける葉月の表情からは先ほどの発言が本気だと思わせるような素振りは見えない。だが、ほんのりと赤く染まった頬を見るに、彼女もそれなりに照れていることは間違いないのだろう。

 

「……ほら、勇。ケープを捲って……」

 

「え、あ、ま、マジで?」

 

「……嫌? アタシとキスするの……」

 

「っっ……!?」

 

 本気で誓いのキスをするのかと驚いた勇だったが、葉月の不安そうな表情を見て思考を停止させた。

 別段、嫌なわけでは無い。むしろ役得と言えるだろう。演技で口付けをすることに若干の躊躇いはあるが、もしかしたらアイドルの葉月にとってはこれが普通なのかもしれない。

 ドラマや映画の撮影でキスシーンを撮ることもあるだろう。今回のこれも彼女にとっては演技で、他意は無い可能性だって十分にある。

 

 向こうがそうであるのならば、自分が拒否するわけにもいかないだろう。あくまでこれは演技、本気でキスするわけでは無いのだ。

 そう思い、覚悟を決めた勇は葉月へと手を伸ばすと彼女の被っているケープを捲り上げた。真正面から向かい合い、見つめ合った状態で葉月の肩に手を置く。

 

「んじゃ……行くぞ?」

 

「ん……」

 

 緊張で爆発しそうな自分の心臓の鼓動を感じながら、勇は葉月の唇目掛けて顔を落として行く。瞳を瞑り、自分の事を待つ葉月の表情を見ると更に大きく心臓が跳ね上がるを感じた。

 徐々に葉月の顔が近づくことに緊張感を抱えながらも、もうどうにでもなれと半ばヤケクソ気味に勇は唇を近づけて行く。

 

 あと数センチ……葉月の整ったまつ毛が、細やかな肌が、桃色の唇が、すぐ近くに見える。

 ほんの数ミリ、お互いの唇が触れるか触れないかの位置で一度止まった勇は、一瞬だけ躊躇いの表情を見せたが……決心を固めると、唇を重ねるべくそっと前へと自分の顔を進ませた。

 

「っっ……」

 

 ほのかに唇に感じる柔らかい感触。瞳を閉じたままの勇には、その感触が逆にはっきりと感じられていた。

 これって結構凄いことなのでは無いだろうか? と言うより、間違いなく凄いことなのだろう。現役アイドルとのキスだなんて、ニュースに乗るレベルの出来事のはずだ。

 

 どきどきと心臓を高鳴らせたままの勇は、やや不謹慎とは思いながらも今の葉月の表情が気になってしまい、欲望に負けてうっすらと瞳を開けて彼女の顔を見ようとした。

 葉月にバレぬ様にと慎重に瞳を開く勇の視界が徐々に明るくなり、目の前の光景が露わになり、そして……

 

「……はい?」

 

「ふっふっふ~……引っかかった、引っかかった!」

 

 自分が葉月の人差し指にキスしていることに気が付き、間抜けな声を上げたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~、面白かったね~! 本当はこんなことしちゃあいけないんだろうけど、楽しかったから良しとしよう!」

 

「は、はぁ……それで、葉月さん的に何か必殺技のヒントは掴めましたか?」

 

「うんにゃ、全然!」

 

「ええ~~っ……?」

 

 偽結婚式終了後、控室で着替える葉月に付き添うマリアは彼女の返答に渋い顔を見せた。

 ここまで大掛かりなことをしておいて何も収穫は無しとは、いささか問題があるのではないか? と言うより、この結婚式は単純に葉月がやりたかったからやったのではないかと言う疑問を呆れと共に浮かべたマリアだったが、そんな彼女に対してニヤケ面を見せた葉月が一つの質問を投げかける。

 

「ところでさ、マリアっちはアタシと勇っちがキスするかもって時、何か思わなかった?」

 

「え……? 何か、ですか?」

 

「そうそう! 些細なことでも良いからさぁ!」

 

「え、っと……」

 

 葉月の質問にばつの悪い表情を見せるマリア。実はあの瞬間、彼女の言う通りほんの少しだけ自分の胸の内が波立つことを感じていたのだ。

 理由は何故だかわからないが、ざわざわと騒ぐ感情は葉月が勇にネタ晴らしをするまで蠢いていた。葉月が本気でなかったと知って安心したことも事実だ。

 

「ふ~ん……そっか! なら、これも無駄にはならなかったかな?」

 

「わ、私、何も言ってませんよ!?」

 

「大丈夫、大丈夫! 大体わかったからさ!」

 

 自分の中の思いを葉月に見透かされたマリアは顔を赤らめながら席を立って叫んだ。自分がわかりやすいのか、それとも葉月が鋭いのかはわからないが、どうやら彼女にはすべてお見通しの様だ。

 そこまで考えた時、マリアはもしかしたら葉月がこの催しを開いたのは、自分の為では無くマリアの為だったのかもしれないと気が付いた。

 記憶を失った自分に何かを思い出させようとした彼女なりの気遣い……あくまで可能性だが、破天荒な彼女ならばその為だけにここまで大きなことをやってもおかしくないとマリアは思った。

 

「……えっと、その……」

 

「ん~、でもどうしよっかなぁ? このままじゃあ必殺技が使えないしな~」

 

 その可能性に思い至ったマリアのことを今度は余り気にしないふりをしてそっぽを向く葉月。そんな彼女の様子を見た後、マリアは深く頭を下げてから部屋を出て行った。

 

「……あの、私も一生懸命頑張りますから! だから、必殺技の問題を一緒に解決しましょうね」

 

「ん! 期待してるよ、マリアっち!」

 

 弾ける様な笑顔を見せた葉月に対してもう一度頭を下げ、マリアは部屋を後にする。

 葉月はそんなマリアを見送った後で、誰にも気づかれない様に小さく呟いた。

 

「……フェアじゃないもんね。もう少しの間だけ、勝負はおあずけってことにしておくからさ。マリアっちも早く思い出してよね」

 

 ライバルに対してニヤリと笑って見せた葉月は、再度ブライトネスの必殺技を出す方法を考え始め、10秒後に頭から湯気を出して机に突っ伏したのであった。

 

 

 

 




 ごめんなさい、来週は投稿できないかもしれません。
 少し気長にお待ちください。


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ウエディング・カット!

「だ~め~だ~! 全然わからないよ~~~っ!!!」

 

「……ここまで色々試してみて何も変わらないなんて……本当に必殺技は発動するの?」

 

「それはアタシが知りたいって~!!! も~、なんでなのさ~!?」

 

 机に突っ伏して頭を抱える葉月は未だに発動しないブライトネスの必殺技にやきもきして叫んだ。やよいと玲に手伝って貰いながら色々と試行してみたが、まったくもって必殺技が発動する気配は見えない。

 体勢を変えてもダメ。動きを変えてもダメ。考え付く限りのことはやってみたが、それでも必殺技は発動してくれないのだ。

 

「もうダメだ~! このまま必殺技を使えないダメダメヒーローとしてアタシは生きて行くことになるんだ~!」

 

「おいおい、そんな世界の終わりみたいな顔すんじゃねえよ」

 

「大袈裟だって。まだ何か方法があるかもしれないし、試してみようよ」

 

 あまりにも悲観的な意見を口にする葉月の事を勇と謙哉が慰めるも、彼女にはあまり効果が無いようであった。

 葉月は我儘を言う子供の様に手足をじたばたさせながら、ブライトネスディーヴァに関しての愚痴を喚き散らしている。

 

「だいたいおかしいんだよ! 何で花嫁にギターなのさ!? 完全にミスマッチじゃん!」

 

「いや、それを言ったら花嫁に戦わせることが間違いだと思うけど……」

 

「……まあ、新婦がギターをかき鳴らす結婚式は嫌よね。やよいの必殺技みたいにゴスペルでも鳴ってくれてた方が現実的だわ」

 

 葉月の叫びに対して勇と玲が的確な突っ込みを入れる。なおも葉月は文句を言い続けていたが、次の瞬間に彼女が口にした言葉を聞いた途端、全員の動きが完全に止まった。

 

「そもそも、花嫁が何かをぶった切る結婚式なんてある訳ないじゃん! そんな暴力的な式、アタシはごめんだよ~!」

 

「「「「……ん?」」」」

 

 勇が、謙哉が、やよいと玲が、今の葉月の一言に何か違和感を感じ、考え込み始める。

 自分の周囲で押し黙る友人たちに驚いた葉月は、慌てながらも4人に対して声をかけてみた。

 

「い、勇っち~? アタシ、何か気に障る事言った……?」

 

「結婚式? 花嫁……?」

 

「やよい~? 玲~? 何を考えてるのかアタシにも教えて欲しいな~……」

 

「結婚式で、花嫁が切る……?」

 

「ゴスペル……結婚式の催し……切る……」

 

「け、謙哉っち~! 優しい謙哉っちなら、アタシのこと無視しないよね!?」

 

「何か……何か、引っかかるんだよね……」

 

 4人の頭の中で、この問題の答えが見え隠れしている。結婚式らしい必殺技で、花嫁が切る物……とんでもないヒントを貰った事で必殺技発動への考えを巡らせる4人は、自分たちに話しかける葉月の言葉など耳に届いていない様だ。

 葉月は暫く4人に話しかけていたが、自分の事を無視する仲間たちに対して頬を膨らませると部屋の中に備え付けてある冷蔵庫の前に立ち、そこから何かを取り出しながら拗ねた口調で叫んだ。

 

「良いもん、良いもん! みんなしてアタシの事を仲間はずれにしてさ~! 理事長から貰った美味しいケーキ、アタシ一人で全部食べちゃうもん!」

 

「ケーキ……?」

 

「そうだよ! 話題の名店のとっても美味しいケーキだよ! たくさん種類があるけど、全部アタシ一人で食べちゃうもんね~! 今日はカロリー制限なんて気にせずに……わぁぁっ!?」

 

 冷蔵庫からケーキを取り出し、ぶー垂れながら振り返った葉月は、自分のすぐ傍まで近寄って来ていた仲間たちの姿を見て悲鳴を上げながら跳びあがった。

 全員が全員、真剣な顔をして自分の事を見つめている。食べ物の恨みは恐ろしいと言うが、ここまでのものだとは想像出来なかった葉月は大慌てで今の自分の言葉を訂正する。

 

「じょ、冗談だって! ちゃ~んと皆の分も取っておくし、お茶目な葉月ちゃんの可愛い冗談として、許してちょ~だい!」

 

「……葉月」

 

「そ、そんな怖い顔しないでよ~! まだ食べちゃったわけじゃないじゃんか~!」

 

「いや、そうじゃなくて……それだ、必殺技」

 

「へ……? それ、って……ケーキの事?」

 

 謝罪する自分に対して投げかけられた予想外の言葉。発動しない必殺技の正体はケーキであると言われた葉月は、それがどういう意味なのかを理解する為に勇の顔とケーキを交互に視線に映す。

 暫くその意味が分からず困惑していた葉月だったが、そんな彼女に対して玲が助け舟として一つのヒントを出した。

 

「良い、葉月? 結婚式、切る、ケーキ、花嫁……このキーワードを組み合わると、何か思いつかない?」

 

「へ? ……あ、ああっ!!! そう言う事かぁ!」

 

 玲のヒントを受けた葉月もまた、ようやくその答えに辿り着いた。しきりに感心した様子で頷く彼女は、仲間たちに向けて自分の出した答えを口にしてそれを確認して貰う。

 

「ウエディングケーキ! それが答えってこと!?」

 

「そうだと思うよ。結婚式で花嫁が切るものと言ったら、これしかないもんね」

 

 自分の答えを肯定してくれた謙哉の言葉に安堵しながら、葉月は結婚式の恒例行事であるケーキ入刀の事を思い浮かべる。

 確かにあれは()()がケーキを()()()いる。斬撃必殺技である自分の必殺技にぴったりなものなどこれしか無いだろう。

 であるならば……必殺技を出すために足りなかった物の正体自ずとわかって来る。ようやく必殺技の出し方を理解した葉月が大喜びで叫ぼうとした瞬間、部屋のドアが開いて天空橋が駆け込んで来た。

 

「み、皆さん! 訓練でお疲れでしょうがエネミー出現です! 急いで現場に急行してください!」

 

「OK! 最高のタイミングで来てくれたじゃん!」

 

「うん! これで葉月ちゃんの必殺技のお披露目が出来るね!」

 

「そういうこっと~!!! さあ、派手に行っちゃうよ~~っ!」

 

 訓練の疲れもなんのその。元気よく駆け出した葉月に続いて部屋を飛び出した勇たちは、急いでエネミーたちが暴れる事件現場に向かったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 閑静な住宅街、平日の昼下がりのそこは、夏休みと言う事もあって家で休んでいる母親や子供の姿が多々存在している。そこに出現したエネミーは数こそ少ないものの、戦う力のない一般市民からしてみれば十分な脅威だ。

 暴れまわるエネミーたちから逃げ惑う人々の合間を縫って現場にやって来た葉月たちは、暴れているエネミーたちが前回の戦いで逃がしてしまった相手だと言う事に気が付いてがぜんやる気を見せた。

 

「よっしゃ! リベンジマッチと行くよ~! 今度は逃がさないんだから!」

 

「油断しないの! 前に勝てたからって今回も絶対に勝てるとは限らないんだからね!」

 

「分かってるよ! ……でもさ、アタシたちが固い表情してたら、皆も不安になるじゃない? ステージの上でも、戦いの場でも、笑顔でいた方が周りの皆も安心するでしょ?」

 

 ちらりと周囲を見渡した葉月は、不安に怯える子供たちに向けて満開のスマイルを見せた。緊張感の感じられない彼女の行動に面食らう子供たちだったが、葉月の笑顔を見て安心感が生まれたのも確かだ。

 

「……ヒーローでしょ、アタシ達? なら、やって来ただけで皆が笑ってくれる様なスーパーなヒーローになってやろうよ! もう2度と負けない! 世界を守る為にアタシだって強くなって見せる!」

 

 葉月の瞳の中でメラメラと燃える闘志の炎。ノリは軽く、されど至って本気(マジ)な彼女は、彼女なりの思いを抱いて戦いに身を投じているのだ。

 やよいと玲は、いつでも真剣なチームリーダーに信頼を込めた視線を送る。葉月の肩を叩いた二人は、彼女の背を押す言葉を口にして戦いの場へと送り出す。

 

「さあ、やっちゃいなさい。あなたの力、見せつけてやりなさい!」

 

「新必殺技も一緒にね!」

 

「OK! そんじゃ、ノリノリで行っちゃうよ~!」

 

 懐からドライバーを取り出した葉月がそれを腰に構える。勇と謙哉、ディーヴァの二人もそれに続いてホルスターからカードを取り出した。

 

「変身!」

 

<ブライトネス! 一生一度の晴れ舞台! 私、幸せになります!>

 

 ブライトネスのカードを使用した葉月の周囲を花びらが舞い、中心から花嫁衣裳を纏ったディーヴァβが姿を現す。2度目の変身に慣れた様な素振りを見せながら、葉月はロックビートソードを構えてエネミーのリーダー目掛けて突っ込んだ。

 

「アンコールライブ、ヒィア・ウィ・ゴー!」

 

「ドロロロロロウゥッ!?」

 

 威勢の良いセリフと共に自分の目の前に出現した葉月を見たエネミーの脳裏には、つい先日彼女にやられた時の記憶が蘇っていた。

 ほとんど一方的にやられ、命からがら逃げだしたことを忘れていなかったエネミーは葉月の姿を見ただけで及び腰になってしまう。対して、今度こそ逃がしはしないと熱意に燃える葉月はエネミーに向けて積極的に攻撃を仕掛けて行った。

 

「ちょいさぁっ! 最初っからフルスロットルで飛ばすよーっ!」

 

 振り上げたロックビートソードを思い切りエネミーの脳天に叩き落す。強烈な一撃を貰ったエネミーの頭の上には星が飛び、意識が一瞬飛びかける。

 葉月は隙を見せたエネミーに連続して剣を振るい、怒涛のラッシュを叩きこんだ。火花が舞い、鋭い斬撃の音が響くと共にエネミーの体力が的確に削がれて行く。

 

「そらっ、よっと!」

 

 数歩後退したエネミーに向けて跳びかかった葉月は、空中で体を反転させてソバット気味の飛び蹴りを叩きこんだ。

 側頭部に強力な後ろ回し蹴りを食らったエネミーは意識を昏倒させ、完全にグロッキー状態になっている。

 

 その隙を見た葉月は今がチャンスと見るやロックビートソードを構え、前回発動出来なかった必殺技をエネミー向けて繰り出した。

 

<必殺技発動! ウェディングケーキ・ホールド!>

 

「よいしょっと!」

 

 電子音声が響くと共にロックビートソードに溜まって行くエネルギー。葉月がそれが最高潮に高まる前に剣を振るえば、切っ先から地面を這って真っ直ぐにエネルギー波がエネミーの元へと突き進んで行く。

 やがてエネミーにぶち当たったエネルギー波はその形を変えると、三段重ねの巨大なウエディングケーキへと姿を変えた。その中心に拘束される形になったエネミーがもがく様をしっかりと確認した後、葉月は大声で勇を呼ぶ。

 

「勇っち~~っ! 新郎さんの出番だよ~~っ!」

 

「はいよ! んじゃまぁ、初めての共同作業と行きますか!」

 

「いやん! 勇っちったら大胆!」

 

 拘束されたエネミーの正面に立ち、二人は両側からロックビートソードを掴んで二人でそれを振り上げる。

 剣の刃には黄色と黒のエネルギーが混ざり合い、切っ先からそれが入り混じったエネルギーの刃が伸びて眩い光を放っていた。

 

「……ケーキ入刀は一人じゃ出来ねえ。なにせ新郎新婦の初めての共同作業なんだからな」

 

「まさか、デフォルトの必殺技が合体必殺技だったなんてね!」

 

 予想外だが、気が付いてしまえば簡単な話。別段特殊な条件は必要無い。葉月が必殺技を出すには、人数が足りてなかったと言うだけなのだ。

 至極簡単なその答えに辿り着いた二人は、お互いに仮面の下でまんざらでもない笑みを浮かべながらロックビートソードを振り上げる。そして、その切っ先から伸びるエネルギー波をケーキの中に拘束されるエネミーに向けて振り下ろした。

 

<合体必殺技発動! ウェディングケーキ・カット!>

 

「これでっ……!」

 

「終わりだよっ!」

 

「ガギャァァァァッ!?!?」

 

 ウェディングケーキの中に捕らえられたエネミーは、自分目掛けて振り下ろされる黄色と黒の刃を見て何とかここから脱出しようとした。だが、次の瞬間には頭から真っ二つに体を両断され、ケーキの中で爆発四散してしまう。

 周囲に居たエネミーたちもまた葉月と勇の必殺技の余波を受けて次々と消滅していく。レベル80と75の戦士である二人の合体必殺技だけあって、その威力は驚異的なものであった。

 

「……アタシ達のセッション、楽しんで貰えた?」

 

「アンコールをお望みならくれてやるぜ? 消えてなければの話だけどな!」

 

 二人で決め台詞を口にして、勝利のポーズを決める勇と葉月。お互いの拳をぶつけ合った二人は、必殺技の発動と戦いの勝利に満足げな笑みを浮かべて笑いあったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝った、勝った! 必殺技も無事に発動して、もう言う事無しだよね!」

 

「うん! 良かったね、葉月ちゃん!」

 

 戦いの後、虹彩学園でシャワーを浴びて汗を流した一行は、クーラーの効いた涼しい部屋の中で園田からの差し入れであるケーキを頬張っていた。

 この夏限定のマンゴーのケーキを食べながら上機嫌で笑う葉月は先ほどの快勝にご満悦だ。ケーキと紅茶で乾杯する彼女たちを見ているとアイドルと言えどもやっぱり女の子なのだなと思いながら、勇もまた好物のチョコレートケーキを口に運ぶ。

 

「このケーキ、美味しいね!」

 

「本当、義母さんに感謝しなきゃ」

 

 ショートケーキとレアチーズケーキを頬張るやよいと玲も幸せそうだ。チームメンバーと楽しくお互いのケーキをシェアし合う三人の様子を眺めながら笑っていた勇は、一件落着で終わりそうな今日に思いを馳せながらカップの中の紅茶を飲み干す。

 

「新しい力のブライトネスもガンガン使って、これからの戦いに備えて行こーーっ!」

 

「「おおーっ!」」

 

 お茶会と戦いの中で結束を深めたディーヴァの三人は楽し気に笑い合いながら談笑している。

 そんな彼女たちを微笑ましく思いながら見守っていた勇だったが……突如として、彼の隣に座っている謙哉が、不安そうな口ぶりで口を開いた。

 

「本当に多用して大丈夫なのかなぁ?」

 

「何? デメリットの心配をしてるわけ? 言っておくけど、あなたのオールドラゴンに比べたらその危険性は遥かにまし……」

 

「い、いや、そうじゃなくってさ……。その、結婚前に花嫁衣裳を着ると婚期が遅れるって言うじゃない? ただの迷信だけど、気になる人は気になるかな~って……」

 

 謙哉がその言葉を口にした瞬間、葉月たちの間に謎の緊張感が走った。

 部屋の中にピシッと言う亀裂が入る様な音が鳴り、女子たちの顔は笑った顔のまま凍り付いている。何か厄介なことが起き始めた事を予感した勇は、そっと気配を消して傍観者になる事を決めた。

 

「……その理論で言うと、まだブライトネスに変身してない私はセーフってことよね? 葉月、やよい、二人はもう手遅れだから、私の婚期の為に犠牲になって頂戴」

 

「ええっ! ず、ずるいよぉっ! 玲ちゃんもブライトネスになって、私たちと一緒に長く独身で居ようよ!」

 

「アイドルがほいほい結婚してもまずいじゃん!? だからさ、ほら! 玲もアタシ達の方に来なよ!」

 

 ディーヴァの内紛、勃発。まだ花嫁衣裳を着ていない玲と既に手遅れな葉月とやよいの間に起きた紛争は、怪しい方向へと向かって行く。

 

「玲もウェディングドレス着よう? 何だったら大道具さんとスタイリストさんに連絡して、アタシがやったなんちゃって結婚式をやってあげるからさ!」

 

「相手役は謙哉さんで良いよね? と言うより、謙哉さんが良いよね!?」

 

「えっ? 何でそこで僕を巻き込むの!?」

 

「……何、その反応? あなたは私が結婚相手だと不満ってわけ?」

 

「ええっ!? い、いや、そんなことは……」

 

「そう言う反応をするってことは、そう言う事でしょうが! ちょっとあなたにはお仕置きが必要みたいね……!」

 

「いだだだだっ!? ちょ、止め、水無月さ、色々当たって……あだだだだ! 助けて、勇っ!」

 

 不要な一言を口にしてしまったが故に玲に折檻を受けることになった謙哉。彼女に密着された状態でプロレス技をかけられると言うのは見方によってはご褒美に見えなくも無いが、今の謙哉にはそんなことは無いらしい。

 名前を呼ばれてしまった以上、傍観者でもいられないなと思いながら苦笑した勇は、賑やかな仲間たちの騒ぎの輪に入り、今日もまた簡単に終わってくれない騒がしい一日を楽しく過ごしたのであった。

 

 

 

 




 エグゼイド、終わっちゃいましたね。
 これを投稿している時点では見ていませんが、最終回が素晴らしいものになる事を信じています!


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狂気と歌姫と騎士

 仮面ライダービルド、始まりますね!
 ディスティニーも負けずに更新しますよ~!


「……なんでだ、何で僕はあいつに勝てない……っ!?」

 

 城の中でパルマが一人悔し気に呟く。脳裏に浮かぶのは蒼き騎士の姿、幾度と無く相対した宿敵、仮面ライダーイージスだ。

 自分が立案した包囲作戦での戦いを皮切りに三度奴とは戦った。そして、その全てで自分は撤退に追い込まれている。

 

 自分はクジカとは違う。マリアンを単独で撃破し、他の魔人柱の討伐にも大きく貢献している謙哉との戦いに喜びを見いだせる程、戦いに楽しみを見出してはいない。自分が好きなのは()()()()なのだから。

 だが、自分は彼に負け続けている……その事実はパルマのプライドを大きく傷つけていた。

 

 気が付けば残っている魔人柱は実質的に自分一人だ。倒した人間を利用して作り上げたカイを除けば、ガグマのスキルで生み出された魔人柱の生き残りは自分一人だけになる。

 そんな自分が負け続けると言うことは、ガグマの力が足りないと思われる原因にもなる。何より、ただの人間に後れを取る事など、自分のプライドが許さない。

 

 もっと力が欲しい。あの宿敵を打ち倒すほどの力が欲しい……。パルマがそう心の中で強く思ったその時、彼の背後の闇が蠢き、そこから声が響いて来た。

 

「そんなに負けるのが嫌かい? まあ、負けっぱなしはボクだって嫌だけどね」

 

「っっ……!?」

 

 自分に向けられた声に驚いて振り向いたパルマが見たのは、愉快そうに笑うエックスの姿だった。

 油断ならない主の同盟者に訝し気な視線を送るパルマだったが、エックスは彼のそんな視線も気にせずに一枚のカードを手渡して来る。

 

「じゃあ、このカードを使ってみるかい? それなりにデメリットもあるけど、能力は保証するよ」

 

「なんだ、これは……?」

 

 手渡されたカードをまじまじと眺めるパルマ。そのカードには、紫と赤のオーラに包まれた男の姿が描かれていた。

 酷く禍々しく、そしてひりひりとした狂気を放つそのカードを見つめたまま動かないパルマに対し、エックスが煽る様な口調で言葉を投げかける。

 

「怖いなら使わなくて良いんだよ? でもまぁ、そのままだと負けっぱなしの運命をたどる事になると思うけどね」

 

「ぐっ……! 僕を馬鹿にするなよ! 僕は怠惰のパルマ、こんなカード一枚に恐れる様な男じゃない!」

 

 自分を馬鹿にするエックスの言葉に憤慨したパルマは、渡されたカード……狂化(バーサーク)のカードを無理矢理奪い取って彼に背を向ける。

 大股で自分の元から離れて行くパルマの背を見送りながら、エックスは自分の思惑通りに彼が動いてくれたことに満足げな笑みを見せたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薔薇園学園内の訓練所で玲が荒い呼吸を繰り返しながら自分の訓練データをチェックする。その内容が自分の望む物には届いていないことを見て取った彼女は、小さく舌打ちをしてから溜息をついた。

 

「……どうしたってデータ処理が追い付かない……。確かに手応えはあるのに……!」

 

 更なる強さを身に着ける為に試している新戦法、これをものに出来れば自分の戦い方にも幅が出るはずだ。だが、それをいまいち完璧に使うことが出来ていない。

 ブライトネスの入手だけではない自分自身の能力の向上にも余念がない玲はもう一度訓練を行おうとしたが、そろそろ訓練所の使用時間の期限が来ている事に気が付いてもう一度溜息をついた。

 

「今日はここまでね……また次の機会に試しましょう」

 

 交代の時間の少し前に訓練所を出る。暑い夏の気温と激しい運動のせいで全身汗だくになった玲が、一度シャワーを浴びてから着替えようと更衣室に向かって歩き出そうとした時だった。

 

「お疲れ様、水無月さん」

 

 自分に投げかけられる言葉と共に目の前に飛んでくるペットボトルの容器。それをキャッチした玲は、予定外の来客に視線を向けた。

 

「ありがと、謙哉。気が利くじゃない」

 

「どういたしまして。……天空橋さんから頼まれて園田さんに会いに来たら、水無月さんがここで訓練してるって聞いたものだから様子を見に来たんだ」

 

 そう自分に言ってにこやかな笑みを見せる謙哉の顔を見ながら彼から渡された水を一口飲む。ひんやりとした冷たい水が喉を通り、火照った体が少しだけ冷める感じがした。

 

「ブライトネスのカードのこともあるし、やっぱり水無月さんは研究熱心だね。でも、頑張り過ぎも禁物だよ?」

 

「カードのデメリットを無視して倒れた人に言われても説得力が無いわね。言われずとも、ちゃんと限界は見極めてるわ」

 

「あはは、手厳しいな……」

 

 ごもっともな玲の指摘に頭を掻きながら同意した謙哉は、少し開いている玲との距離を詰めるべく一歩前に踏み出した。だが、そうすると今度は玲が一歩後ろに下がってしまう。

 おかしいと思いながらもう一歩足を踏み出す謙哉。またしても後ろに下がる玲。何度かそんなやり取りを繰り返している内に、謙哉がもしかして自分が玲に避けられる何かをしてしまったのかと不安になっていると……

 

「……ねえ、あんまり近づかないでもらえるかしら?」

 

「あぅ……。ぼ、僕、何かしちゃったかな?」

 

 玲のその一言に何かをやらかして彼女を怒らせてしまったのかと慌てて彼女に尋ねる謙哉。心当たりはないが、きちんと謝らなくてはならないと思いながら仔細を聞き出そうとする。

 しかし、玲は謙哉の言葉に呆れた様な表情を見せた後で顔を赤らめながら……凄く恥ずかしそうに口を開いた。

 

「……見て分からない? 私、汗かいてるの。臭いとか気になるの。女の子だから」

 

「あ……! そ、そういうことかぁ……!」

 

 玲の言葉を聞いた謙哉は思ったよりも単純な理由にほっと胸を撫で下ろしたが、直後に彼女から鋭い視線で睨まれて再び心臓を跳ね上がらせた。

 どうやら、自分が思うよりもことは重大らしい。乙女心がわからないと言う事はここまで罪なことなのかと鈍い自分自身を少しだけ呪う。

 まあ、謙哉が知る由も無いのだが、確かに玲からしてみればこれは一大事だ。好きな相手に汗臭いと思われて傷つかない少女など居る訳が無いのだから。

 

「……シャワー浴びて来るからちょっと待ってなさい。良いわね?」

 

「は、はいっ!」

 

 言葉だけ聞いてみればおいしいシチュエーションなのだが、今の謙哉にはそんなことを思う余裕は無い。

 玲の言葉に敬礼で答えた後、更衣室に向かう彼女の背中が見えなくなるまでそのままの姿勢で硬直し……最後に、彼女がシャワーを浴びている姿を少しだけ想像して顔を赤くした後、大きく頭を振ってその妄想を脳内から追い出してから、玲を待つべく校内に入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで? 義母さんには何の用だったの?」

 

「あ、ああ……今までの戦闘で得たブライトネスディーヴァの戦闘データが欲しいらしくって、受け取りに行ってたんだ。あと、第三弾のカードリストを渡されたから、それを届けに」

 

「ふ~ん……カードリストには興味があるわね。後で義母さんに頼んで見せて貰おうかしら」

 

 それから一時間後、二人は学園の近くにある喫茶店で他愛ない会話を繰り広げていた。玲も謙哉もこの後の予定は無く、どうせなら何かを食べながら話でもしようと言う事になったからだ。

 先ほどの玲の様子から自分に怒っているのではないかと心配した謙哉だったが、平然と会話しながらサンドイッチを口に運ぶ彼女を見てその心配は杞憂だったかと安心する。そうして、自分もまた頼んだアイスコーヒーを飲みながら、会話を続けた。

 

「まだ水無月さんはブライトネスのカードを使って無いんだよね? さっきの訓練でも使わなかったの?」

 

「最近、仕事のせいで三人で集まることが出来てないのよ。どうせなら三人揃った状態で使って、能力を確認したいじゃない?」

 

「そっか、それもそうだね。……でも、これで水無月さんもレベル75かぁ……僕一人だけ取り残されちゃったなぁ……」

 

 少しだけ寂しそうに目を伏せた謙哉に対し、ちらりと視線を送った玲は内心で何を言っているのかと文句をつけた。

 彼女からしてみれば、今まで自分の方が彼に置いてきぼりになっていたのだ。ちょっと位差を付けられて凹んだ方が自分の気持ちも分かるだろう。

 

「……まあ、僕のオールドラゴンだって負けてるとは思わないけどね! いざとなったら、それを使えば皆と肩を並べられるよ」

 

 そんな若干の憤りを感じながらサンドイッチをぱくつく玲に対し、謙哉は再びアイスコーヒーを飲みながら何の気無しの一言を口にする。だが、その一言は彼女の逆鱗に触れる一言だった。

 

「……今の、どう言う意味?」

 

「え……? 言葉通りの意味だけど、どうか……」

 

「あなた、まだオールドラゴンを使うつもりなの!? あれのデメリットは十分理解してるでしょ!?」

 

 あくまで笑顔で、そして自分の言っていることの意味を理解していない様な口調で語る謙哉。そんな彼に明らかな怒りの感情を見せながら、玲はテーブルを叩いて立ち上がる。

 

「あなた、死ぬつもり? 前に死にかけた事をもう忘れたの!?」

 

「ちょ、水無月さん! ここお店だし、周りの人の迷惑になるから……」

 

「良いから答えなさい! あなた、まだオールドラゴンを使うつもりなの!?」

 

 大声を出す玲は自分に向けられる視線は気にも留めていない様だ。凄い剣幕で自分に詰め寄る玲に対し謙哉は困った様な表情を見せるも、彼女の追及は止まらない。

 

「ドラグナイトイージスになる為にサンダードラゴンのカードを使うのは分かってる。だからみんなもカードを取り上げないけど……もしあなたがオールドラゴンを使うつもりだって言うなら、サンダードラゴンのカードは私が管理するわ!」

 

「ま、待ってよ! 何もそこまでする理由は……」

 

「ある! あなたみたいに自分の命を軽視してる人に危険な力は任せられないわ! カードを取り上げられたくなかったら、絶対にオールドラゴンを使わないって約束しなさい! 今、ここで!」

 

 謙哉に詰め寄り、激しい口調で問い詰める玲。彼女の出した条件に対し、謙哉は少し口籠る。

 自分の事を真っ直ぐに見つめる玲の表情には、怒りの他に悲しみと苦しみの感情が僅かに浮かんでいた。瞳には涙が浮かび、珍しく彼女が感情的になっている事を現している。

 

「………」

 

 ここで彼女を納得させるのは簡単だ。ただ一言、もうオールドラゴンには変身しないと言えば良い。だが、謙哉は嘘の付けない男だった。

 例え悲しむ女の子を慰める為だとしても、出来ないことは言えない……もし仲間たちの身に危険が迫れば、自分は迷い無くオールドラゴンを使うつもりだから、故に玲に対してそんな嘘の言葉を告げることが出来なかった。

 

「……言いなさいよ。言ってよ、お願いだから……!」

 

 徐々に玲の怒りが薄まり、代わりに悲しみの色が表面に出て来る。下手をすると泣き出してしまいそうだ。

 このままでは自分は【人前で女の子を泣かせた最低の男】と言う不名誉極まりない称号を戴くことになってしまうだろう。軽くパニックになりながら打開策を探る謙哉だったが、そんな彼に対して天の助けとも言える出来事が起きる。

 

「きゃーーーーっ!!!」

 

「「!?」」

 

 突如、喫茶店の外から聞こえて来た叫び声に謙哉だけでなく、玲や店の客たちも驚いて視線を外に向けた。一体何が起きたのかと訝しがる一同に対し、その答えが向こうから姿を現す。

 

「見つけたぞ……イージス……!」

 

「お、お前はっ!!?」

 

 店のガラスを割りと言う物騒な方法で入店した男の顔を見た謙哉は驚きに顔を歪めた。そこに居たのは怠惰の魔人柱・パルマ、エネミーの中でもとびっきりの上位種であり、自分の宿敵でもある相手だ。

 パルマは謙哉の姿を見つけると椅子やテーブルと言った障害物を弾き飛ばしながら真っ直ぐに突っ込んで来る。咄嗟に玲を突き飛ばした謙哉は右側に飛び退き、その突進をギリギリで躱した。

 

「今日こそ……今日こそ、お前を倒して見せる……っっ!」

 

「くっ……!!」

 

 繰り出される拳を防ぎ、思い切り後ろに飛び退く。店の壁に背を付けた謙哉は周囲の状況を確認してから再び宿敵を睨む。

 人の多い店の中で戦えば被害が大きくなる。そう判断した謙哉は、近くに有ったフォークとナイフを掴むと、パルマ目掛けて投擲した。

 

「ついて来い、パルマ!」

 

「小癪な……待て、イージス!」

 

 自分目掛けて投げられた食器を防ぐ為に隙を見せたパルマに叫びを上げて気を引くと、謙哉は全速力で店の外へと駆け出して行く。当然、パルマもそれを追って外に飛び出した。

 囮になった謙哉は人通りの多い場所からパルマを連れ出すべくカードでバイクを呼び出すと、それに跨って疾走した。戦っても問題なさそうな場所をピックアップしつつ、そこまでのルートを検索する。

 

 ここまで大きな音を立てて移動しているのだ、パルマは間違いなく自分を追って来るだろう。そう考えながらバイクを走らせる謙哉だったが……彼の去った後では、彼の予想を超える出来事が起きていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ちなさい、パルマ。あなたの相手は私よ!」

 

「ん……? お前は……」

 

 謙哉が去った町の中では、彼を追おうとするパルマの前に玲が立ちはだかっていた。

 すぐにでも謙哉を追おうとするパルマは玲の事を無視して先に進もうとするが、そんな彼の行動を見て取った玲は即座に変身してメガホンマグナムの銃口をパルマに向ける。

 

「行かせないって言ってるのよ!」

 

「ちっ! 雑魚が、調子に乗って!」

 

 浴びせられる弾丸の痛みに舌打ちをしながら、パルマもまた戦闘態勢を整えて玲に攻撃を仕掛ける。

 小さな光輪を幾つか玲に向けて放ち彼女の体を斬り裂こうとしたが、玲はその攻撃を読んでいたとでも言う様にメガホンマグナムの弾丸で光輪を撃ち落とした。

 

「もうあなたの攻撃パターンは読めてるのよ! そう何度も同じ攻撃が通用すると思わないで!」

 

「ちっ……!?」

 

 光輪を防ぐ弾丸に続いて繰り出される攻撃、冷静に自分の攻撃を撃ち落とす玲に歯噛みしたパルマは苛立ちの表情を見せる。

 本来の目的である謙哉では無く、こんな小娘相手に苦戦を強いられている事に腹立たしさを感じたパルマは、手の中にエックスから貰った狂化のカードを取り出すと苦々し気に呟いた。

 

「……まあ、良い。慣らし運転には最適の相手だろう」

 

 手にしたカードを握り締めたパルマは、そのまま自分の体に埋め込む様にしてカードを突き刺した。

 ずぶずぶと音を立ててパルマの体の中に入って行くカードが怪しく光り、完全に彼の体の中に飲み込まれる。

 

「ぐぅぉぉぉぉぉぉぉっっ……!!!」

 

「な、なに? 何をしたの……!?」

 

 見慣れないカードを妙な方法で使用したパルマに対して警戒を強める玲。そんな彼女の目の前で、異変は起き始めた。

 

「グ、ガ……ゴォォォォッッ!!!」

 

「!?」

 

 突如として獣の様な咆哮を上げたパルマの体が徐々に変化していったのだ。

 緑色だった体の色は黒みがかった深緑に変わり、腕や脚も筋肉質な物へと変貌する。刺々しい針の様なものがパルマの体の至る所に出現し、狂気を放っている。瞳の色も血走った赤に変わり、猛獣の様に鋭く光っていた。

 今までの知的なパルマの姿とはかけ離れたその変化に呆気に取られる玲は、油断ならない変化を見せた敵に対して銃口を向けると引き金を引いて弾丸を放つ。容赦無く、確実に全弾を命中させた彼女だったが、煙の中から姿を現したパルマが平然と立っている姿に軽く衝撃を受けた。

 

「嘘でしょ……? 効いてないって言うの……!?」

 

「グ、グ、グオォォォォォッッ!!!」

 

「っっ!?」

 

 玲の攻撃を受けきったパルマは、自分に敵対する相手として彼女を認識した様だった。口から意味を成さない叫び声を上げながら、玲に向って突撃する。

 

「はっ、早い!?」

 

「ガァァァァァッ!!!」

 

 パルマの俊敏かつパワフルな突進に驚く玲。

 地面を踏み抜き、障害物をぶち壊しながら真っ直ぐに自分目掛けて突き進んで来たその突進をすんでの所で躱した玲であったが、パルマが激突した壁が大きな音を響かせて崩壊した事を見て顔を青くした。

 

(なんて威力……!? あんなの食らったら、ひとたまりもないわ!)

 

 ただでさえ装甲の薄い自分の事だ、これほどまでに強烈な一撃を受ければただでは済まないだろう。

 しかし、あのスピードの攻撃をいつまで捌き切れるかも分からない。このままでは、追い詰められる一方だ。

 

(……こうなったら!)

 

 玲は一か八かの勝負に出ることを決めた。ホルスターから【ブライトネス】のカードを取り出し、それを構えてパルマを睨む。

 ぶっつけ本番での初使用、葉月もやよいも居ないこの状況で使うにはリスクがあるが、何か打開策を用いなければ負けてしまうだけだ。

 

「……行くわよ!」

 

 自分を睨んだまま動かないパルマに短くそう告げた玲がカードを振り上げる。

 ドライバーにブライトネスのカードを通そうとした彼女が、腕を動かした時だった。

 

<RISE UP! ALL DRAGON!>

 

「えっ!?」

 

 自分のドライバーから流れた訳では無い電子音声にはっとして動きを止めた玲の横を一陣の風が吹き抜ける。それがオールドラゴンに変身した謙哉だと言う事に玲が気が付いた時には、謙哉はパルマと激しくぶつかり合っていた。

 

「はっ、あぁぁっっ!!!」

 

「グオォォッ!!!」

 

 謙哉が繰り出した突進の勢いを乗せた巨大な爪での一突き。空を裂き、唸りを上げて繰り出されたそれをパルマはギリギリの所で食い止める。

 必殺技とまではいかないが、十分に戦いを終わらせられるだけの威力を誇っていたその一突きを止められた謙哉は素直に驚いた。そのまま自分の爪を捻り上げて弾こうとするパルマの動きに対応し、翼を羽ばたかせて空中へと浮き上がる。

 

「なら、これでどうだ!?」

 

 宙高くまで上昇し、そのままパルマ目掛けて急降下。左足を突き出しながら落下する謙哉は、必殺の飛び蹴りをパルマへと繰り出す。

 サンダードラゴンの能力を得たその一撃は、眩い雷光を伴って放たれる。まともに受けてはただでは済まないであろうその一撃を、謙哉はパルマが防ぐか躱すと思っていた。

 

「ガァァァァッ!!!」

 

「なっ!?」

 

 だが、それは違った。あろうことか、パルマは謙哉の攻撃を真正面から受ける選択をしたのだ。

 拳を強く握り、それを思い切り振りかぶる。どす黒い波動を纏った右拳を自分目掛けて飛来する謙哉に突き出すパルマ。

 謙哉の左足とパルマの右拳がぶつかり合い、周囲に凄まじい衝撃が飛び散った。蒼い雷光と黒い波動が反発し、光と闇の相反したコントラストを空間に描いている。

 

「ぐぅぅっっ!!?」

 

「ガァァァッッ!??」

 

 やがて一際大きな衝撃が弾けた時、謙哉とパルマは互いの一撃の衝撃を受けて共に後方に吹き飛んで行った。数秒の間に行われた激しいぶつかり合いに眩暈を起こしながら、謙哉は急いで体勢を立て直す。

 

「なんて力だ……! 今までのパルマとはまるで別物だ!」

 

 何度も戦った相手ではない。今のパルマは、自分が知る彼より数段パワーアップしている。

 理由は分からないが、宿敵が信じられないほどの成長を果たした事に謙哉は警戒心を強める。まだオールドラゴンの制限時間は残っているが、それでも勝てるかどうか分からない。

 焦らず確実に隙を狙って戦うしかないと判断した謙哉は、体にかかる負担を無視して長期戦を覚悟した。

 戦いの構えを見せ、パルマを睨む謙哉だったが、戦いはあっけなく終焉を迎える。

 

「あ、が……! がぁっ!!!」

 

 突然苦しみだしたパルマがもがき出すと同時に、彼の体から狂化のカードが排出されてしまったのだ。

 途端にパルマの体は元通りになり、彼が纏っていたオーラも消滅する。

 

「くっ……! このカードが、ここまで恐ろしいものだったとは……!」

 

 荒い呼吸を繰り返しながら、パルマが狂化のカードを見て呟く。ほんの一分か二分そこらの戦いを繰り広げただけとは思えないほど、パルマは消耗していた。

 

「……使いこなすにはまだ慣らしが必要か……! 仕方が無い、ここは退いてやる……!」

 

「あっ! 待てっ!!」

 

 悔しそうに、本当に悔しそうにそう吐き捨てたパルマは、自分の作り出したゲートの中に消えて行った。

 出現から30分も満たない間に退却したパルマだったが、謙哉に与えた衝撃は計り知れない。宿敵が予想外の強さを得た事に対し、謙哉は険しい表情を浮かべたまま変身を解除した。

 

「あのカード、普通じゃない……。一体何だったんだ……?」

 

 謙哉の頭の中に浮かぶのはパルマの体から排出された【狂化】のカード。種類と使い方、共に見たことも聞いたことも無いそのカードに対して警戒心を強める。

 詳しいことは天空橋に聞くしかない。そう考えた謙哉が顔を上げると、後ろから近づく足音が聞こえた。

 その足音が自分より先に戦っていた玲の物だと思った謙哉は振り向いて彼女に声をかけようとする。しかし、謙哉が口を開くよりも早く、彼の頬に痛みと衝撃が走った。

 

「!?!?!?」

 

「……何やってるのよ? あなた、何してるのよ!?」

 

「な、何って……それは僕の台詞だよ! せっかく僕が囮になってパルマを引き付けようとしたのに、何で一人で戦おうとしたのさ!?」

 

「そんなの決まってるじゃない! あなたが一人で戦ったら、間違いなくオールドラゴンを使うでしょう!? そうさせないために私が戦ったのに、あなたって人は……!」

 

 いきなり自分の頬を叩いた玲の行動と言葉に流石の謙哉も憤慨しながら答えを返す。しかし、玲もまた彼に負けないほどヒートアップしていた。

 

「ついさっき言ったばかりじゃない! オールドラゴンはもう使うなって! そう言ったばかりなのに、なんであなたは……!?」

 

「しょうがないじゃないか! 相手は魔人柱、間違いなく強敵だ! しかも今回は未知の力を使ってた! 僕だって本気で戦うしかないだろう?」

 

「だからって危険なオールドラゴンを使う必要は無いじゃない! 私にもブライトネスがあるのよ? それを使えばパルマにだって負けないわ!」

 

「まだちゃんとその力を把握してないじゃないか! 新田さんの時みたいに不都合が起きたらどうするのさ!?」

 

「そんなデメリット、あなたがオールドラゴンを使う事に比べれば軽いものじゃない! 命が懸かってるのよ? それなのにあなたは何でもない様な顔して……!」

 

 普段とは違う本気の言い争い。ここまで良い関係を築けていたからこそ出来る本心のぶつけ合いは、確かに二人の心の距離が近づいていた事を示している。心の底から相手の事を想い、その身を案じているからこそ出る言葉だ。

 だが、今の二人には相手の思いを汲み取る余裕はなかった。謙哉からしてみれば危機に陥っていた玲を守りたかっただけであり、玲は自分の命を顧みない謙哉のフォローに回ったと言う思いがあるからだ。

 

「あなたは私の事を信用してないの? 一緒に戦う仲間として、私が力不足だって言いたいわけ!?」

 

「そんな事、一言も言ってないじゃないか! 勝手に思い込むのは止めてよ!」

 

 何で自分の思いを理解してくれないのか? ただその命を守りたいだけなのに……

 互いが、相手への思いをぶつけ合う。自分の考えを理解してくれない相手に対して、声を荒げて怒鳴り合う。

 

「もう良い! そんなに死にたいなら好きにすればいいじゃない! あなたのことなんて知らない! 勝手にしなさい!」

 

「……わかったよ。そんなに僕の事が気に食わないなら、君だって好きにすれば良いさ! 僕も僕で好きにやらせて貰うから!」

 

 普段は熱くなる仲間たちを窘める役目の二人だからこそ、ぶつかり合いの引き際を知り得なかった。しかも、今ここには、仲裁に入る人間も居ないのだ。

 相手の身を案じているがこそ起きた諍いは、いつの間にか決定的なすれ違いへと変わっていた。お互いの間に出来た溝を埋めるつもりのないまま、二人は互いに背を向けてその場から去って行く。

 

「……何よ、馬鹿……! 人の気も知らないで……!」

 

「……守りたいだけなのに、なんでわかってくれないんだよ……!?」

 

 お互いの姿が見えなくなった後、小さく呟いた言葉が二人の本心を表す。大切なだけなのに、それだけなのに、ぶつかり合ってしまう。

 チリチリと痛む胸の痛みと重く圧し掛かる心の重圧を感じながら、謙哉と玲は言い様の無い感情を吐き捨てることも出来ずにただ苛立つことしか出来なかった。

 

 

 

 



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君がいて、僕が居て

 構成を考えていたら遅れてしまいました。玲の必殺技の披露は次回をお待ちください……



 

 

「玲~、そろそろ機嫌を直してよ~!」

 

「別に、機嫌が悪いことなんて無いわよ」

 

「うっそだ~! 絶対に怒ってるって!」

 

「うん……顔が怖いと言うか、なんと言うか……」

 

「だから! 別に怒ってないって言ってるでしょ!」

 

 不機嫌顔の玲に声をかけた葉月とやよいは、彼女に怒鳴り返されてさもありなんと言う表情を浮かべた。そんな二人の顔を見た玲は、しまったと言う様子でそっぽを向く。

 玲が昨夜から機嫌が悪くなっている理由は既に彼女から直接教えられた。クールな彼女が愚痴吐きとは珍しいなと思いながらそれを聞いた二人は、なんとも言えない感想を持った上で玲に語り掛ける。

 

「謙哉っちも悪気があった訳じゃないし、許してあげなよ」

 

「玲ちゃんの気持ちも分からない訳じゃないんだけどさ……」

 

 昨日のパルマとの戦いで命の危険があるオールドラゴンを使った謙哉に対して心配とも怒りとも言える感情を抱えた玲は、彼と大喧嘩をした挙句そのまま別れてしまった。

 関係を修復できないまま翌日を迎えてしまった二人をどうにか仲直りさせようとする葉月とやよいだったが、彼女たちの言葉は玲にとって逆効果だった様だ。

 

「……なに? 二人はあの馬鹿の肩を持つわけ?」

 

「い、いや、そういう訳じゃないんだけどさ……」

 

 ぎろりと鋭い視線で玲に睨みつけられた二人はその剣幕に押されてたじろいでしまった。

 どうやら玲は相当怒っているらしい……視線を泳がせる二人から目を離してもなお、彼女の怒りの言葉は止まらないでいる。

 

「だいたい、あいつはいつもそうなのよ。平気で危険な事に首を突っ込んで、止める声も聞かないで……心配するこっちの身にもなってみなさいよね!」

 

「……それ、直接謙哉っちに言えば良いんじゃなかな……?」

 

「言ったわよ! ほぼほぼ同じような意味の事を言ってやったわよ! でもあの馬鹿には通じないの! とことん鈍くて馬鹿なんだから!」

 

 憤慨する玲の姿を見ながら、二人は見てもいない謙哉と玲の喧嘩の様子がなんとなく想像出来ていた。どうせ、無茶をした謙哉の横っ面を玲が引っ叩いたか、思いっきり怒鳴ったかで始まった喧嘩なのだろうと……

 お互いに頭に血が上った状態での言い争い。謙哉も玲もいつもは冷静だが、その実凄く頑固だ。自分の意見を譲らない時は絶対に退いたりなんかしない。

 心配していると言う意味の言葉を全力で相手に向かって叫んだは良いが、相手の事を心配しているが故に相手からの心配の思いが逆に腹立たしく感じてしまうのだ。そんな事を考えているのなら、無茶なんかしないでくれと互いに思っているのだろう。

 その結果がこの現状である。なんとも厄介な喧嘩を繰り広げている親友とその想い人の事を思った二人は、深いため息をついて顔を見合わせた。

 

「あの馬鹿、もう知らないんだから。好きにオールドラゴンでもなんでも使って、倒れちゃえば良いのよ!」

 

「またまた、そんな事欠片も思ってない癖にさ~! 玲は変なとこで意固地なんだから~」

 

「……玲ちゃんの言うことが間違っては居ないと思うけど、謙哉さんも玲ちゃんの事が心配なんだよ。ブライトネスを初使用した葉月ちゃんが必殺技をちゃんと発動出来なかったことも知ってるしさ……」

 

「……だからって、私が退くわけにはいかないじゃない。だって私が退いたら、あいつは死ぬ可能性のあるオールドラゴンを使い続けるに決まってるわ……それこそ本当に死ぬまで……」

 

 強がりにも聞こえる謙哉へと罵倒の後でぼそりと本心を口にした玲は肩を震わせて俯いている。そんな彼女の姿を見た葉月たちは、困った様な表情を浮かべて口を噤んだ。

 

「死んで欲しくないから言ってるんじゃない。たとえ嫌われたって生きてて欲しいからきついことを言ってるんじゃない……。なのに、あの馬鹿は自分の命なんか見向きもしないで! 誰が死んでも良いから私を守ってくれって言ったって言うのよ!? 無理しないで欲しいって言ってるだけじゃない! なのに、なのにあいつは……!」

 

「玲ちゃん……」

 

 玲の言葉は厳しいが、そこには謙哉への思いが溢れていた。彼女の瞳にうっすらと涙が溜まっているのは、決して興奮だけが理由では無いだろう。

 感情的に喚いているからこそ怒りの色が濃く見えるが、実際はそれよりも謙哉の事を心配する気持ちの方が強いのだ。

 

「あー……イライラすると言うか、むかむかするって言うか……! それもこれも全部あの馬鹿のせいよ!」

 

 つい数秒前までの弱々しい姿が嘘であるかの様に立ち上がった玲は仁王立ちして大声で叫ぶ。

 彼女の溜まったフラストレーションをどう発散させるか、そして謙哉とどう仲直りさせるべきなのかを葉月とやよいが考えていると……

 

「あ、危ないっ!!!」

 

「は……? きゃぁっ!?」

 

 突然響いた女性の声に驚いた玲が反応を見せるよりも早く、彼女の頭に飛んで来た野球が直撃した。ごつんっ、という鈍い音が鳴り、玲はそのまま真後ろに倒れてしまう。

 

「れ、玲ちゃんっ!?」

 

「う、う~~ん……」

 

「た、大変! 保健室に行かなきゃ! お医者さ~ん!」

 

 目を回して倒れてしまった玲を担いだ葉月は、学校の中の保健室に彼女を運ぶべく大急ぎで駆け出して行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……水無月さんの気持ちもわかるけど、急に叩くなんてやり過ぎだよね!? その点に関しては、僕だって抗議したっていいじゃないか!」

 

「あ~、はいはい。にしても珍しいな、お前と水無月が喧嘩だなんて……」

 

「そりゃあ僕たちだって人間だし、喧嘩の一つや二つくらいするさ! ……何故かみんな同じこと言うんだよね」

 

 同時刻、虹彩学園近くのファーストフード店では、勇が謙哉の愚痴を聞きながらランチタイムと洒落こんでいた。珍しく口調が荒い親友の話を聞きながら、勇は口の中のハンバーガーを飲み込んでから言葉を返す。

 

「謙哉、悪いが俺は水無月の肩を持つぜ。俺だってあいつと同じ意見だ、お前は無茶しすぎなんだよ」

 

「ええっ!? で、でも! あの状況じゃあ仕方がないじゃあ無いか!」

 

「かもな……でもよ、お前が死ぬかもしれないって言うリスクを抱える必要は無いと思うし、それに……」

 

「それに?」

 

 自分の言葉をオウムの様に繰り返した謙哉の横顔をちらりと見た勇は、容器に入ったドリンクを飲み干してからやや真剣な表情になった。

 ストローから口を離し、視線を上に向けながら、勇は自分の見た物と思いを丁寧に言葉にしていった。

 

「……それに、俺は見てるからな。お前が意識を失っている間、毎日お前のベッドの横に居た水無月の姿をよ……」

 

「え……?」

 

「ガグマん時の撤退戦の後、お前は意識不明の重体になってただろ? 水無月の奴、そのことで結構思い詰めてたんだぜ? 謙哉がこうなったのは自分が弱かったせいだ、なんて言ってな……」

 

「そ、そんなの水無月さんが気にする必要無いよ! あれは、厳しい状況下で自分が出来る事をした結果なだけだし……」

 

「過程はどうだって良いんだよ。あの戦いの結果として、お前は心停止するまで追い込まれた。んで……いつ目が覚めるか分からない状況になっちまったわけだ」

 

「………」

 

「……怖かったぜ、もしかしたらもう二度とお前が目を覚まさないんじゃないかと思っちまってな。マリアの事とかでテンパってた俺ですらそうなんだ、お前の傍にずっと居た水無月はもっと怖かったと思うぞ」

 

 勇の言葉を聞いた謙哉は、頭の中で祖母のたまから聞かされた自分が眠っている間の話を思い出していた。

 母が、父が、弟と妹が、代わる代わるで見舞いに来た。皆不安な落ち着かない様子で謙哉に起きてくれる様に話しかけていたと言う。

 そして、謙哉の家族が見舞いに来た時には必ずと言って良い程玲の姿もあった。先に居るか、後から来るかは日毎でまちまちだったが、毎回必ず顔を合わせていたと言うのだ。

 

 葉月とやよいも治療中であり、その間のディーヴァとしての活動を一身に引き受けていた玲には時間がいくらあっても足りなかったはずだ。だが、玲はその貴重な時間を謙哉の為に割いていてくれていたのだ。

 単純に葉月たちの見舞いもあったのだろう。しかし、謙哉の病室に毎回顔を出す必要は無いはずだ。本当に心配で怖かったからこそ、玲は謙哉の様子を見に来ていたのだ。

 

「……俺だって、あんな思いは二度と御免だ。お前が無理しないで済む様に努力するし、場合によっちゃお前をぶん殴るかもしれねぇ。そこまでしてでも止めたいんだよ。そん位、嫌で怖い時間だったんだよ」

 

「……ごめん」

 

「俺に謝る必要なんかねえよ。俺もお前と同じ位皆に心配かけたしな。……謝る相手は、他に居るんじゃねえか?」

 

「………」

 

 少しだけ、謙哉は自分の行動を反省した。守りたいと言う思いだけが先行して、守りたい相手の気持ちをちゃんと理解していなかった事を後悔した。

 よくよく考えてみれば、あの玲が感情的になってまで自分の身を心配してくれているのだ。その行動にはちゃんとした理由があるはずだった。

 

『あなたは私の事を信用してないの? 一緒に戦う仲間として、私が力不足だって言いたいわけ!?』

 

 今の勇の話を聞き、あの日玲に言われた言葉を思い出した謙哉は、ようやくその言葉の裏に込められていた玲の思いに気が付くことが出来た。本当に、心の底から……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 大切だから守りたい、一緒に戦いたい……謙哉が勇や玲に対して抱えている思いを、彼女もまた謙哉に向けてくれている。100%の信頼を謙哉に寄せてくれている。謙哉もまた玲に同様の思いを持っていたとして、それを理由にしたとしても彼女の思いを無為にして良い理由にはならなかった。

 

「……押し付け過ぎちゃったかな……?」

 

 玲もそうだが、自分も意固地になり過ぎた。自分には前科と言うべき失敗がある。それを踏まえれば、玲が多少感情的になるのも仕方が無いだろう。

 あの場合は自分が折れて謝罪すべきだった。その上で、彼女の自分の思いをちゃんと伝えるべきだったのだ。

 玲への憤りの感情で熱くなっていた謙哉だったが、その結論に達すると同時に彼女に対する深い罪悪感を覚えた。色々と熱くなり過ぎた事を猛省し、とにかくきちんと玲に謝ろうと決意する。

 

「……ま、次に会った時にちゃんと謝れよ? 俺はそれを勧めておくぜ」

 

「……うん」

 

 食事を終えた二人はトレイを手に席を立つ。包装紙やカップのゴミを捨てた二人は、まだ暑い夏の日差しが照り付ける店の外に出ると、それぞれのバイクに跨って次の目的地へと向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良かったぁ……特に異常は無いみたいで本当に良かったぁ……!」

 

「まったく、皆大袈裟なのよ。たかだかボールが当たったくらいじゃない」

 

「いやいや、頭って大事だよ? ちょっとの刺激でパーになっちゃう位だし、きちんと検査を受けておくべきだって!」

 

 本当に安心した様な表情を見せる葉月たちに対して呆れ半分の笑いを見せながら、玲はそっとボールのぶつかった後頭部を撫でた。

 たんこぶになってしまっているが、そう大きくも無い。良く冷やせば明日には治っているはずだ。だが、保険医から連絡を受けた園田の指示によって、こうして病院で精密検査を受ける羽目になった訳である。

 

「大した事無いんだから大騒ぎする必要なんて無いのに。現に何の異常も無かったでしょう?」

 

「でもさ、ぶっ倒れた現場を見ちゃった身としては心配にもなるよ。綺麗に頭にヒットしたじゃない?」

 

「玲ちゃんは心配される側だから分からないかもだけど、私たちからしてみれば気が気じゃ無いんだよ!」

 

「……まあ、そう言うのは確かにあるかもね。でも、本当に大丈夫だから心配しない……で……」

 

 大した怪我でも無いのに大騒ぎするやよいと葉月に対してにこやかに対応していた玲だが、とあることに思い当たると表情を凍り付かせた。

 急に雰囲気が変わった玲に対し、やよいたちはもしかしてなにか体の異常を検知したのかと思って不安そうな表情を見せたが、玲はそんな二人の様子に気が付いて慌てて弁明を始める。

 

「あ、大丈夫よ。そう言うんじゃなくって、その……こんな感じなのかな、って思っちゃって……」

 

「こんな感じって、何が?」

 

「……心配される側は、心配する側の気持ちが分からないって言ったでしょ? もしかしたら、謙哉もこんな気持ちだったんじゃないかって思って……」

 

 そうやよいに言いながら、玲は頭の中であの日の謙哉の考えを読み取ろうとしていた。

 命の危険があるオールドラゴンを平然と使った彼のことが許せなかったが、改めて考えてみると自分にも問題点が多くあった気がする。

 

 今の自分がそうである様に、もしかしたら謙哉もまた自分の体に異常が起きない確信があったのではないだろうか? 一度死にかけたからこそ限界点を知り、そこに辿り着かない様に工夫出来る様になっていたのではないだろうか?

 だとするならば、この間の戦いも十分に許容範囲内だったのではないだろうか? 苦しい戦いではあったが、それでも死ぬ可能性は限りなく0に近かったのでは無いだろうか?

 

『まだちゃんとその力を把握してないじゃないか! 新田さんの時みたいに不都合が起きたらどうするのさ!?』

 

 あの戦いの後、謙哉に言われた言葉を思い出した玲は、その時の自分の行動を顧みて赤面した。今になって考えてみれば、そう言われてもおかしくない訳である。

 

 敵は魔人柱のパルマ、しかも未知のカードを使ってパワーアップしていた。油断は勿論、一瞬だって気の抜けない相手なのは間違い無い。

 そんな相手に対して、自分は不確定要素を多く含むブライトネスのカードを使おうとしていた。ぶっつけ本番で相手を出来る様な安定性がある訳でも無い、ある意味では危険な賭けに出ようとしていたのだ。それもたった一人で。

 

 もし、葉月の時の様に必殺技が出なかったら? あるいは、何か別の問題が発生したら? 玲は一人で対処しきれただろうか? パルマを相手にした状態で、たった一人ですべての問題を解決出来たであろうか?

 無理だ、と玲は思った。そして自分の思い上がりを恥じる。謙哉に足手纏い扱いされていると憤慨していたが、あの瞬間、自分は間違いなく彼の足手纏いだったのだ。

 

 せっかく彼が立てて実行していた作戦をぶち壊す。使ったことも無い新しい力を持っていると言うだけで自信満々になる。防御能力の低さを理解しているのにも関わらず、一人で前に出ようとする……こんな奴のお守りは誰だって御免だろう。自分で考えても最悪である。

 オールドラゴンを使わせないと言う目先の目標にばかり気を取られていた結果、パルマを倒せるかどうかの問題には目もくれていなかった。自分の取った行動も、考えも、何もかもが甘すぎた。

 あの日、自分が抱えていた問題を見つける度に玲の感じている恥ずかしさは激しさを増していく。どれだけ自分は調子に乗っていたのだろうかと反省し、同時に謙哉への罪悪感が生まれる。

 

「ちゃんと気持ちを口に出せないくせに、変なところで意地張っちゃって……私って、本当に馬鹿……」

 

 あの日、ちゃんと謙哉と一緒に行動していれば良かった。彼に対して、素直な感情を伝えるべきだった。

 彼が取ったとしても仕方が無い行動を咎め、感情的になり、暴力を振るった上に喚き散らしてしまった。そりゃあ、謙哉だって怒るに決まっているだろう。

 ちゃんと言えば良かった。怒鳴り合いの最中になどでは無く、ただ穏やかに「あなたが心配だ」と伝えれば良かったのだ。

 不器用で人との接し方を知らない自分は、感情的に喚き散らすことしか出来なかった。喧嘩になって、伝えたかったことの半分も伝えられないで……それで、言いたいことは全部言ったなどとどの口が言えるのだろうか? どの口が、彼を鈍い馬鹿だと言えるのだろうか?

 

「あぁ、もう……私、何やってるのよ……? どんな顔して謙哉に謝れば良いのよ……? ほんと、馬鹿……!」

 

「ちょ、ちょ、ちょ!? 玲っっ!? ど、どうしたの!? 顔色が真っ青だよ!」

 

 自分を心配する葉月の声が頭に入ってこないほどに玲は動揺していた。今更ながら、自分の取った行動が愚かに思えて仕方が無かった。

 嫌われてしまっただろう、呆れられてしまっただろう。こんな感情的でヒステリックな女、嫌悪感を抱かれて当然だ。それは仕方が無いが、問題はそれをどう謝ればいいのかという話だった。

 気まずいし、もう顔も見たくないと思われてしまっていたらどうすれば良いのか? 動揺に動揺を重ねた玲が、若干パニックになっていたその時だった。

 

「あの……そんなに心配することは無いと思いますよ?」

 

「!?」

 

 部屋の中に響いた声に顔を上げた三人が見たのは、申し訳なさそうな表情をしているマリアだった。どうやら先ほどの台詞は彼女が発した物の様だ。

 

「すいません、盗み聞ぎするつもりはなかったんですけど……」

 

「あ、いや、それよりもマリアっち、心配する必要無いってどういう……?」

 

「そりゃあ、こう言う意味だよ」

 

「い、勇さん!? それに……謙哉さんまで!?」

 

「あ、あの、その……」

 

 葉月の言葉に答える様に今度は勇が部屋に姿を現した。ついでの様に引っ張って来た謙哉の事を指差しながら、呆れ顔で話し始める。

 

「マリアの定期検診の迎えに来たら、なんだか気になる会話が聞こえて来てよ……ったく、どっちも頑固かと思えば妙に凹み易いし、そんな気にしてるんだったらさっさと解決しちまえってんだよ」

 

「そうだね~……んじゃ、邪魔者は居なくなるからあとはお二人でゆっくりどうぞ~!」

 

「い、勇!?」

 

「葉月!? やよい!? ちょっと、どこ行くのよ!?」

 

 謙哉と玲を残して部屋から退出してしまった一堂に対して焦る声が投げかけられるも、勇たちはこの話にこれ以上の介入をすることは避けた様であった。あっという間に扉が閉まり、部屋の中には喧嘩の真っ最中である二人だけが取り残される。

 

「………」

 

「………」

 

 なんとも気まずい沈黙。そっぽを向いて黙っている玲と、ちらちらとそんな彼女の様子を伺う謙哉と言うなんともじれったい時間が流れる中、先に口を開いたのは謙哉だった。

 

「……ごめん、なさい。その、水無月さんが、そこまで僕の事を心配してくれてただなんて思っても無かったから……」

 

 たどたどしく謝罪の言葉を口にした謙哉は、玲の様子を伺いながら話を続ける。そっぽを向いたままなので彼女の表情は見る事が出来ないが、それでもきちんと自分の思いを言葉にしていった。

 

「勇にも諭されて、僕も結構思い上がってたってわかって……君に、沢山心配かけてるってことに気が付いて、それでその……この間の事を考えたら、水無月さんがあそこまで怒っても仕方がないと思って……と、とにかく、ごめん!」

 

 言葉早に謝罪した謙哉は体を折って頭を下げた。そのまま玲の反応を待ちながら、彼女の様子を探る。

 謙哉が頭を下げたまま数秒ほどの短く、されど彼にとってはとても長く感じる時間が過ぎた時、顔を背けたままの玲がぼそりと声を出した。

 

「……あなたが羨ましい」

 

「え……?」

 

「……愛してくれる両親、優しいおばあちゃん、慕ってくれる兄妹、沢山の友達……私には無い物を沢山持ってるあなたが羨ましくて、眩しかった。でも、あなたのおかげで私も大切な物が沢山出来た。感謝してるわ」

 

「あ、そう……なの?」

 

 玲が話し出した内容の意味が分からない謙哉は、それでもその言葉から玲の心を読み取ろうとした。彼女が何を考えているのかを必死になって理解しようとした。

 しかし、それよりも早く振り向いた玲の表情を見た時、謙哉は彼女がどんな感情で今ここに居るのかがわかってしまった。

 

「……だから、悲しませないでよ。あなたにもしものことがあったら、あなたのことを大切に思う人たちが悲しんで、傷つくことになるのよ? 家族も、友達も、私も……皆が涙して、苦しむ事になるのよ?」

 

「っっ……」

 

 玲の目には涙が浮かんでいた。悲しみの感情が色濃く浮かぶ表情を隠す様に謙哉の胸に顔を押し付けた玲は、小さな声で語り続ける。

 

「あなたが守りたいと思ってる大切な人たちも、あなたの事を大切に思ってるってことを忘れないでよ……! 心配も説教もするわよ! 大切な人に死んで欲しく無いって思わない人間なんて居る訳ないじゃない!」

 

「……うん、そうだよね……その、本当に、ごめん……」

 

 多少戸惑いながらも、謙哉はそっと手を玲の頭に置いて彼女のことを撫でた。玲はその行動を咎めもせず、ただじっとしている。

 やがて落ち着いたのか、謙哉からそっと体を離した玲は、やや赤い目のままで謙哉に向けて人差し指を突きつけながら言った。

 

「約束しなさい! オールドラゴンを使うなとは言わないわ、言っても無駄でしょうしね。だから、オールドラゴンを使う時には必ず私の許可を取ってからにすること! 良いわね!?」

 

「あ、はい……」

 

「何? その気の抜けた返事は? 守る気無いの? 龍堂からあなたが倒れている時の私の反応は聞いてるんでしょ? もう一回私のこと泣かせるつもり?」

 

「そ、そんなつもりはないよ! わかったから! 今度から水無月さんを不安にさせない様にするから!」

 

「……絶対よ? 絶対に守りなさいよ」

 

 ふくれっ面の玲が右手を上げ、小指を立てて謙哉の前に突き出す。その行動の意味を読み取った謙哉もまた同じように小指を立てると、玲の小指と絡め合わせた。

 

「……指切りしたからね? 嘘ついたら弾丸千発撃ち込むわよ?」

 

「ええっ!? それはペナルティとしては重すぎない!?」

 

「あなたが破らなきゃ良いだけの話でしょ? ……そんなに私を泣かせたいなら、今ここで泣いて見せましょうか?」

 

「わー! ごめん! ごめんなさいっ!!!」

 

 大半の本心と軽い脅しを混ぜた玲の言葉に大慌てで謝罪する謙哉。そんな彼を見た玲は、あまりにも必死なその態度につい噴き出してしまった。

 クスリと笑った玲を見た謙哉もまた笑顔を見せる。そして、静かに心の中の声を呟いた。

 

「……うん、やっぱり水無月さんの笑った顔、可愛いよ」

 

「っっ~~!? この状況でよくもまあそんなことが言えるわよね……?」

 

「あっ!? も、もしかして怒った? ごめん、つい本音が……」

 

 不意打ちの一言に顔を赤くした玲を見た謙哉がまたしても慌てながら弁明を始める。どうやら彼は赤くなった玲の顔を見て、彼女が怒っていると勘違いした様だ。

 やっぱり鈍いなと思いながら、玲はもう少しだけ自分の思いを優しく伝えられる様になろうと決意した。この優しくて良い意味で馬鹿な男の手綱を握る役目は、自分以外には務まりそうにも無さそうだ。

 ……もっとも、誰かが代わりを買って出ても譲るつもりは無いのだが。

 

「とにかく! ……約束するよ、水無月さんの事、もう悲しませないから」

 

「……ん。それじゃあ、今回の事は水に流しましょう。あと、それと……」

 

「???」

 

「……顔、叩いてごめんなさい。痛かったでしょ?」

 

「あ……! そ、そうでも無かったよ! 少し、少しだけ痛かっただけだから!」

 

 目を泳がせながら答える謙哉の事を見ながら、玲は彼は嘘が下手だなと心の中で苦笑した。だが、そういう所も彼の魅力なのだろう。

 もう少しだけ、このまま謙哉の事をからかって過ごしたかったのだが……突如、病院の中でけたたましい音が鳴り響き、二人は驚いて飛び上がってしまった。

 どうやらこの音は警報の様だ。この病院で何かが起きていることは間違い無いだろう。

 

「な、何かあったのかな?」

 

「外に出てみましょう。そうすれば何か分かるかもしれないわ」

 

 短い会話で行動を決定し、二人揃って部屋を出る。騒ぎの中心へと向かう二人は、かつての連携を取り戻していた。

 お互いの思いを理解した二人は、前よりも強い信頼関係で結ばれている。警戒を怠らない様にしながら、謙哉と玲の黄金ならぬ()()()()()は自分たちの事を待つ人たちの元へと駆け出して行った。

 

 

 



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蒼の花嫁 オンステージ

「龍堂! どこに居やがるっ!? とっとと出て来て俺と戦えっ!!」

 

「イージス……魔人柱の誇りにかけて、今度こそ君を倒してやる!」

 

 エネミーたちと共に病院を破壊しながら宿敵を探し叫ぶ二人の魔人柱。怒髪天を突くとばかりに怒りのオーラをまき散らす彼らの姿は、見る者全てを威圧していた。

 病人や怪我人、年老いた人々などの体が上手く動かない患者たちは必死になってエネミーたちから逃げ惑う。そんな患者たちを掻き分けてエネミーたちの前に姿を現したのは、ドライバーを構えた勇たち五人だった。

 

「そこまでにしとけよ、櫂! んな暴れまわらなくても俺は逃げたりしねえよ!」

 

「パルマ! 病院の人たちに手を出すことは許さないぞっ!」

 

 威勢良く飛び出して来た勇たちを見た櫂とパルマは、倒したい相手を見つけ出すことに満足した笑みを見せた。そして、お互いに協力する気配を見せないまま戦闘態勢を取る。

 

「龍堂……! ここでてめえをぶっ飛ばしてやるぜ!」

 

<アグニ! 業炎! 業炎! GO END!>

 

 アグニのカードを使って変身した櫂がイフリートアクスを勇に向けながら首を回し、ポキポキと音を立てて骨を鳴らす。パルマもまた周囲のエネミーと共に戦いの構えを見せながら謙哉を睨んでいた。

 

「……謙哉、櫂の奴は俺に任せろ。お前はパルマを頼む!」

 

「了解! ……水無月さん、援護を頼めるかな?」

 

「当たり前でしょ? あなた一人で戦わせて、無茶なんかされたらたまったもんじゃないわよ」

 

「それじゃあ、アタシとやよいは勇っちの援護と行きますか!」

 

「玲ちゃん、今回のブライトネスは玲ちゃんが使って!」

 

 5人は各自の会話を通じて戦略と戦う相手を定めて行く。勇と葉月、やよいは櫂と謙哉と玲はパルマと戦うことを取り決めた後、5人はカードを片手に次々と変身していった。

 

「「「「「変身っっ!!!」」」」」

 

<ディスティニー! チョイス ザ ディスティニー!>

 

<ドラグナイト! GO! ナイト! GO! ライド!>

 

<ディーヴァ! ステージオン! ライブスタート!>

 

 黒の航海士、蒼の竜騎士、三色の歌姫、それぞれに姿を変えた5人は武器を手にエネミーの大群へと駆け出して行く。

 雑魚を蹴散らし、それを指揮するボス格の相手へと突っ込んだ勇と謙哉は、雄叫びを上げながら強烈な一撃を繰り出して飛び掛かった。

 

「うおぉぉぉっ!!」

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

 ディスティニーソードが、ドラグファングセイバーが、櫂とパルマの頭上に迫る。あわや直撃と言う所でその一撃を斧と光輪で受け止めた二体の魔人柱は、激しい鍔迫り合いを繰り広げながら左右に走り出して行った。

 

「龍堂……っ! 絶対にてめえを、ぶっ飛ばすっ!!!」

 

<フレイム!>

 

 勇に対する憎しみの呪詛を吐きながら炎属性付加のカードを使用した櫂は、燃え盛るイフリートアクスを振るって次々に勇へと攻撃を仕掛ける。強力なパワーと激しい炎を組み合わせた櫂の攻撃を何とか凌ぐ勇は、大振りの一撃がやって来たことを見て思いっきりバックステップを踏んでそれを回避した。

 

<チョイス ザ フューチャー!>

 

「でりゃぁぁっ!!!」

 

 そのまま空中でディスティニーホイールを回転させた勇は、強化されたディスティニーブラスターを召喚して櫂へと狙いを定める。空中から落下するまでの間に連続して引き金を引けば、紅の弾丸が櫂へと雨の様に降り注いで行った。

 

「ぐおぉぉっ!?」

 

「良し、今ならっ!」

 

「食らえーーっ!」

 

 自分の体を叩く弾丸の痛みに呻く櫂。彼の攻撃の手が緩んだことを見たやよいと葉月が同時に跳躍し、櫂目掛けて飛び蹴りを放つ。

 両肩に息ぴったりのタイミングで炸裂した二人の攻撃を受けた櫂は、そのまま叫び声を上げてエネミーの大群の中へと吹き飛ばされてしまった。

 

「がはぁっ!!! くっ、この野郎がぁ……っ!」

 

「野郎じゃないし、レディだし! 女の子にそんな口を利く奴には、葉月ちゃんからのお仕置き行っちゃうからね!」

 

<エレクトリック! サウンド!>

 

<必殺技発動! エレクトロックフェス!>

 

 カードを二枚使って必殺技を発動させた葉月がロックビートソードの弦を掻き鳴らす。ギターの音と共に繰り出される電撃と衝撃波を受けたエネミーたちは、次々と光の粒へと還って行った。

 

「この、アマぁぁぁっ!!!」

 

 強靭な防御力を持って葉月の必殺技に耐える櫂は怒りの咆哮を上げて彼女に突っ込む。ショルダータックルを繰り出して葉月を吹き飛ばそうとした櫂であったが、その行動に対して何のアクションも起こさない程勇とやよいも馬鹿ではない。

 

「そう言う汚い言葉遣いが駄目って言ってるんです!」

 

「お仕置きパート2だ! 派手に吹っ飛びなっ!」

 

<必殺技発動! プリズムレーザー!>

 

<超必殺技発動! ワールドオブエンド!>

 

「何っ!? ぐおぉぉぉぉぉっっ!?」

 

 猪突猛進する櫂へと撃ち出される二本の光線。光り輝くレーザーと紅と黒の混じった混沌とした光線を受けた櫂はまたも吹っ飛び、病院の床を二転三転して膝を付く。

 

「がっ、はぁっ……! まだだ、まだ、俺は……っ!」

 

「ったく、しつこさは変わらねえな! それなら、お前が満足するまで相手してやるよっ!」

 

 怒りから来る興奮で全身の痛みを忘れた櫂がぎらついた眼光を勇たちへと向けながら立ち上がる。全身に力を滾らせ、まだ戦えることをアピールする彼の姿を見た勇もまた彼との決着をつけるべく挑みかかって行く。

 

「龍堂……龍堂ぅぅぅぅっっ!!!」

 

「人の名前を大声で叫ぶんじゃねえ! 気持ち悪いだろうが!」

 

 拳と拳をぶつけ合う激しい肉弾戦を繰り広げながら、勇と櫂はかつてと同じように激しい火花を散らして争い合っている。憎しみと憐憫と言う相反した感情のままに戦う二人は、自分の全力を拳に乗せ、殴り合いを続けるのであった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてオールドラゴンを使わない!? 僕を舐めているのかっ!? 本気で戦えっ!」

 

 一方、謙哉と戦うパルマは、彼が本気を出さないことに苛立ちを募らせていた。

 自分を何度も破ったオールドラゴンとの再戦を望むパルマは、謙哉にその姿に変身する様に求める。しかし、謙哉は仮面の下で笑みを浮かべるとその要求を断った。

 

「悪いね、あれはそう簡単に使う訳にはいかないんだ。僕のことを心配してくれる人の為にもね!」

 

「あぐっ!?」

 

 ドラグファングセイバーを振るい、パルマの脇を斬り抜ける謙哉。その動きに合わせて反対側から繰り出された銃撃を受けたパルマは、痛みに呻きながら攻撃を放った相手の姿を探して方向転換をした。

 

「……少しは考える様になったみたいね。ビンタの甲斐があったわ」

 

「あはは、洒落にならないレベルで痛いからね、あれ」

 

 援護射撃を飛ばした玲は、軽いジョークを口にしながら謙哉の頭を小突いた。謙哉もまた苦笑しながら彼女の隣に並び立つ。

 先日から自分と謙哉の戦いを邪魔する玲に対して怒りの感情を露にしたパルマは、その胸の苛立ちのままに彼女に向って叫んだ。

 

「邪魔するなよっ! これは僕とイージスの戦いだ! 関係ない奴は引っ込んでろ!」

 

「そう言われて、はいそうですかって引っ込む訳が無いでしょう? 引っ込むのはそっちの方よ!」

 

 メガホンマグナムの銃口をパルマに向けた玲は彼に向けた言葉と共に銃弾を見舞う。それを回避したパルマはお返しとばかりに光輪を作り出して玲へと飛ばすも、間に入った謙哉の盾によって全て防がれてしまった。

 

「……それじゃあ、本気で行くわよ? 覚悟は良い?」

 

 戦いの決着をつけるべくブライトネスのカードを取り出した玲は、カードを掴んだ手をパルマに向けながらそう問いかけた。

 苦々し気な思いを胸に浮かべながら玲の姿を見守るパルマの前でカードをドライバーに通した玲は、両手を軽く広げてその場で直立する。

 

<ブライトネス! 一生一度の晴れ舞台! 私、幸せになります!>

 

 玲の周囲に舞うは青い薔薇、甘い香りと美しい花弁を回せながら体を光らせた玲は、新しい衣装をその身に纏う。

 薄い青色のウエディングドレスは、動きを阻害しない様な細身のマーメイドタイプだ。しかし、花嫁としての美しさを損なうことなく玲を彩るそのドレスは、外見だけでなく内部にも新しい力を与えてくれていた。

 

(空間把握システムと計算能力の性能上昇! これならっ……!)

 

 自分が欲していた能力を得た玲は、ここ最近ずっと試していた戦い方を実演すべくカードを取り出す。二枚目のメガホンマグナムのカードを使って二丁目の銃を取り出した玲は、それを構えながら堂々とした態度でパルマに叫んだ。

 

「ここからは二重奏(デュオ)よ! たっぷり聞き惚れなさい!」

 

「っっ!?」

 

 戦いの口火を切る啖呵と共に駆け出した玲のスピードにパルマは面食らった。3タイプの中で最も機動力に秀でたタイプγの強化されたスピードはまさに目にも止まらぬほどであり、あっという間に有利な位置取りをした玲が引き金を引けば、二丁の拳銃が絶え間なく火を噴いて弾丸をパルマへと浴びせた。

 

「ぐっ! くぅっ! このぉっ!」

 

 弾丸を浴びたパルマの反撃。光輪を作り出したパルマはそれを玲に向って飛ばすも、玲は焦る事無くそれを迎撃する。

 片方の銃で光輪の破壊を、もう片方の銃で継続した攻撃を繰り出す玲は、攻防一体の戦術を披露してパルマを追い込んで行った。

 

「これで、どうよっ!?」

 

「うわぁぁぁぁぁぁっっ!?」

 

 光輪を全て撃ち落とした玲が二丁の銃をパルマに向けて激しく連射する。顔面、胴、下半身……全身に雨の様に浴びせられる弾丸の連射を受けたパルマは大きく吹き飛び、呻きながら地面に倒れた。

 

「凄い……! 水無月さんがこんな戦い方をマスターしていたなんて……!?」

 

「当然でしょ、私はただ守られるだけのか弱い女の子じゃないの。あなたのお荷物で居続けるつもりなんてさらさら無いわ!」

 

 予想以上の強さを見せる玲に驚きの表情を見せる謙哉。そんな彼に向けて自分の意思を伝えた玲は、もう一度彼の頭を小突くと仮面の下で笑みを浮かべた。

 

「さあ、決めるわよ! 付き合ってくれるわよね、謙哉!」

 

「勿論! 派手に決めちゃってよ!」

 

「なら、遠慮なく……行くわよ!」

 

 気合の籠った言葉を口にした玲は、手にした銃を二つとも空中へと放り投げた。そのまま胸の前で手を組み、何かを掴む様な姿勢を取る彼女の手の中に白い花束(ブーケ)が出現する。

 手の中に出現した花束をしっかりと握り締めた玲は体を反転させると、ちょうどパルマの頭上に向けてその花束を放り投げた。結婚式で花嫁が行うブーケトスに似たその行動にパルマが目を奪われていると……

 

「……ラストナンバーよ、アンコールは無しでお願いするわ!」

 

<必殺技発動! ブーケトス&シュート!>

 

「良しっ! 僕も!」

 

<必殺技発動! グランドサンダーブレス!>

 

 必殺技の発動を告げる電子音声をドライバーから響かせ、先ほど落下して来た二丁の拳銃を掴んだ玲がブーケに向けて狙いを定める。謙哉もまた盾をパルマに向けると、二人同時に攻撃を放った。

 

「これで……」

 

「ショーダウンだっ!」

 

「がっ!? ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

 花束に向けて放たれた弾丸は正確にそれを射抜き、パルマの頭上から文字通り雨の様なエネルギー弾を降り注がせる。正面から放たれる雷撃の咆哮もまたパルマを攻め、逃げ場のない攻撃にただ苦しむ事しか出来ないでいる。

 大きな爆発を起こすと共に地面に膝を突いたパルマは、苦しみを耐える様な声を出しながら謙哉と玲に向けて憎しみの言葉を投げかけた。

 

「お前たち……絶対に、許さない……! この僕を怒らせたこと、必ずや後悔させてやる……!」

 

 その言葉を最後にパルマの姿が消える。だが、彼は消滅したのではなくこの場から逃げ去っただけだ。

 またしても宿敵を仕留めきれなかったことを悔しがる謙哉であったが、変身を解除した玲に三度頭を小突かれてつんのめって床に倒れてしまった。

 

「あいたたた……酷いよ、水無月さん……」

 

「どう? これでも私のことを信用出来ないかしら?」

 

 痛む鼻を抑えながら顔を上げた謙哉の前にしゃがみ込んだ玲は、珍しく笑みを浮かべながらそう問いかけた。謙哉は恥ずかしそうに目を逸らしながらその質問に答える。

 

「……ううん、そんなこと無いよ。凄く頼りになった」

 

「そうでしょ? ……約束しなさいよ。今度から、私が傍に居る時は無茶しないこと! 良いわね?」

 

「う、うん……」

 

 ぎこちなく玲の言葉に反応する謙哉だったが、玲は彼のその態度が気に入らないのか剣呑な表情をしたままだ。

 玲は少し怒気を強めると、厳しい口調で謙哉に対して詰め寄る。

 

「……約束をする時は相手の目を見なさい。そっぽ向いたままの約束なんて信用性0でしょ?」

 

「あー、うん……わかったから、少し離れて……」

 

「いいえ、あなたが私の目を見て約束するまでは離れないわ! こっちを向きなさい!」

 

「……それは無理、です……」

 

「どうして!? まさかあなた、また無茶するつもりじゃ……!?」

 

 頑なに自分の目を見ようとしない謙哉の態度に彼がまた無許可でオールドラゴンを使おうとしているのでは無いかと考えた玲が大声で叫ぶ。そんなことは許さないとばかりに怒りの表情を見せて謙哉に詰め寄る玲は、もう一度彼に約束をすることを求めた。

 

「私の目を見て約束しなさい! 目を逸らさないの!」

 

「む、無理……それは、無理……離れてくれたら約束するから、一度距離を……」

 

「はぁ? それどういう意味よ!? まさか距離を取った瞬間に逃げるつもりじゃないわよね?」

 

「いや、そうじゃなくて……」

 

「なら何よ!? きちんと納得できる説明をしなさい!」

 

 青の花嫁から一変して青鬼に変わった玲は表情もまた鬼の様な形相を浮かべて謙哉を睨んでいる。彼が頑なに自分を見ないことに怒る玲は、ほとんど本気で切れかかっていた。

 このままでは再び喧嘩になってしまう……観念した謙哉は大きくため息をつくと、顔を地面に突っ伏したままぼそぼそと話し始める。

 

「……あのね、僕はこうやって地面に倒れてるわけじゃない? それで、水無月さんはしゃがみ込んで僕の前にいるわけでしょ?」

 

「……それが何よ?」

 

「水無月さんは学校の制服を着てるわけでしょ? それで、薔薇園の制服って下はスカートじゃない?」

 

「ねえ、意味のないことを延々と言って時間を稼ごうとしてるなら怒るわよ?」

 

「……見えるんだよ、この位置だと……」

 

「……見える? 何が?」

 

「だから! 水無月さんのスカートの中身が丸見えなの! 顔を上げると見えちゃうから、離れて欲しいって言ってるの!」

 

 もはや直球で言葉にしなければ自分の置かれている状況を伝えられないと踏んだ謙哉は、やけくそ気味に叫んでから玲の裁きを待った。

 取り合えず、自分が顔を上げられなかった理由はわかってくれただろう。しかし、それとは別の問題が生まれてしまった訳である。

 

(水無月さんのビンタ、痛いんだよなぁ……)

 

 何発引っ叩かれるだろうか? 出来たら温情を期待したいと願う謙哉は、やはり顔を上げられないまま床に突っ伏している。

 硬直したまま動かない玲の様子を察した謙哉が、心臓の鼓動を恐怖で早鳴らせていると……。

 

「……あなたって人はねえ……そんな、下らないことで……!」

 

「く、下らないって、僕にとっては結構だいもんだ、いだだだだだだっ!?」

 

 玲の言葉に反論しようとした瞬間、謙哉は彼女に腕の関節を取られて極められてしまった。結構本気の極め技を繰り出しながら玲が謙哉に向けて叫ぶ。

 

「あなたは! もう! 私の! 水着姿を! 見てるでしょうが! 今更パンツの一枚位で動揺するんじゃないわよ!」

 

「いや! 水着とパンツは大違いでしょ!? って、あいたたたたたたっ!?」

 

「何!? 私の水着姿は動揺するほどの物じゃなかったってわけ!? 乙女の柔肌を見ておいて、その反応はなんなのよ!?」

 

「ギブ! ギブっ! 僕が悪かったから! 許して水無月さん!」

 

 プロレス技をかけられる謙哉とかける玲。傍から見ればただじゃれついているバカップルなのだが、本人たちからしてみれば重大な問題だ。

 そんな風に大声で怒鳴り合う謙哉と玲の様子を物陰から見守る勇たちは、呆れた様な溜息の後で顔を見合わせる。

 

「完っ全に尻に敷かれてるな、あれは」

 

「でも、二人が仲良しに戻って良かった!」

 

「分かるよ謙哉っち……玲のプロレス技、痛いんだよね……!」

 

「あだだだだだっ! み、水無月さん! 当たってる! 色々当たってるからっ!」」

 

「だから何よ!? 少しはそれで耐性付けなさいっ!」

 

 なおも続く二人のじゃれつく声を聞きながら、どうせそのうち戻って来るだろうと判断した勇たちは病院で患者の避難を誘導しているマリアの元に戻って行く。

 なんにせよ二人の関係が元通りになってよかったと思いながら、勇たちは背後から聞こえる謙哉の悲鳴を聞こえないふりをして歩き去って行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ、うん。こんな感じか……うん、役者は揃ったね」

 

 闇の中で満足げに微笑むエックスは、自分の手元にあるボードと駒を見てそう呟いた。

 準備は着々と進んでいる。自分の思い描いた絵が出来るまで、あともう少しだ。

 

「さあ、ゲームを始めよう。最高に楽しく、心を揺さぶるゲームを!」

 

 魔王、魔人柱、そして人間……そのすべてを掌の上で転がしながら、暗黒の魔王は怪しい笑みを浮かべた。

 

 




 更新が遅れてすいません! 出来る限り追いつけるように頑張ります!


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妃の秘密

 

「……ええ、はい。こちらも確認しています。これでブライトネスディーヴァ三種の戦闘データは集まりました。これからの研究に役立てさせてもらいますよ」

 

 深夜、天空橋は自分の研究室でPCに向けて喋っていた。正確にはスカイプで繋がっている園田と話している彼は、ブライトネスのカードを使ったディーヴァ三人のデータを確認して目を細める。

 

「レベル75……この力は、彼女たちのチームワークと相まってきっと更なる進化を遂げてくれるでしょう。私も出来る限りのサポートはさせて頂きます。……ええ、では」

 

 通話を終えた天空橋は深く息を吐くと、残っている仕事を片付けるべくPCのキーボードを叩く。密度の濃い仕事をこなす分披露は溜まっているが、それでもまだ休む気にはなれなかった。

 

「………」

 

 そっと、天空橋は視線をPCの画面から逸らし、机の引き出しを開ける。そこにしまってあった一枚の写真を見つめながら、天空橋はポツリと呟いた。

 

「妃さん……ええ、頑張っていますよ。あなたの思いに応えるためにね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妃、と言う人物が?」

 

『ええ、おそらくは全てのカギを握っているかと……』

 

 同時刻、都内にあるホテルの一室では、天空橋と同じようにスカイプを通じて本国の調査員と会話するエドガーの姿があった。

 娘に見つからぬ様に情報を集める彼は、少し前に調査を依頼した内容の報告を受けながら眉を顰める。

 

『テンクウバシワタル……出生、経歴に不審な点は無く、ゲームデザイナーから政府直属の研究員に転身した点がやや不透明な点を除けば、彼に不審な点はありません。しかしそれ故に生まれる疑問もあります』

 

「……何故彼がエンドウイルスのワクチンを持っているか、だな?」

 

『はい……政府の中でもエンドウイルスの情報は秘匿されており、彼以外の研究員は存在すら知らなかった。しかし、彼は既にそのワクチンを作り上げることに成功していた……これは、明らかに不可思議です』

 

「その鍵を握っているのが、妃と言う人物だと?」

 

 エドガーの言葉に調査員の男性が頷く。そして、自分の集めた情報を彼に告げる。

 

『本国や諸外国の政府関係者を当たった所、このワクチンの初期名称はキサキ・ワクチンと名付けられていました。日本人と思われるこの名前は、ワクチンを作り出した人物の名でしょう』

 

「では、その妃と言う人物を見つけることは出来たのか?」

 

『……各国の製薬、および病原体研究機関を調査し、天空橋の交友関係も洗ってみましたが……どこにも妃と呼ばれている名前の人物は見当たりませんでした。現在も調査中です』

 

「むぅ……」

 

 報告を受けたエドガーは短く唸った。世紀の大発明であるエンドウイルスの抗体を作り出した謎の人物、キサキ……先入観は危険だが、おそらく女性と思われるその人物は今何をしているのだろうか?

 決して表に出すことは出来ない研究成果だが、エンドウイルスに対抗する為の研究機関に所属してリーダーとして活躍していてもおかしくない成果を上げた彼女が各研究機関に名を連ねていないと言うのはいささか不思議なことでもある。自分の依頼した調査員は非常に優秀だ。秘匿された情報も何とか見つけ出してくれるはずである。

 

(であるならば、相当厳重に情報が管理されていると考えた方が良さそうだな……)

 

 優秀な調査員を持ってしてもその正体を見つけ出すことが出来ない謎の人物、キサキ。彼女の正体を知る人物は、恐らく天空橋しかいないのだろう。

 

「……ご苦労であった。後は私が調査してみよう」

 

 危険な賭けに出ることを覚悟したエドガーは、そう言って調査員との会話を打ち切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、早速エドガーは行動を開始しした。天空橋の研究室がある情報管理室にアポイントメントを取り、彼との面会をセッティングしたエドガーは、予定の時間よりやや早く情報管理室にやって来ていた。

 スーツ姿の英国紳士であるエドガーの姿はやはりと言うべきか目立つものだ。周囲の人々から受ける好奇の視線に居心地の悪い思いをしながら、エドガーは受付を担当する人物に声をかける。

 

「天空橋氏との面会を予定しているエドガー・ルーデンスだ。彼は今何処に?」

 

「ルーデンスさんですね? お待ちしておりました……申し訳ありません、天空橋は急な来客の応対をしており、今は応接室におりまして……」

 

「ああ、わかった。なら先に彼の研究室で行き、そこで待たせて貰うとしよう。天空橋博士にそう伝えてくれたまえ」

 

「かしこまりました」

 

 受付にそう伝えたエドガーは、第一関門を突破したことに安堵の溜息をついた。急な来客を作る為に人を雇ったのも彼であり、全ては単独で怪しまれることのない様に天空橋の研究室に潜入する為の行動である。

 上着のポケットに入っている物を握り締めたエドガーは険しい顔をしたまま天空橋の研究室へと向かう。雇った人物が時間を稼いでいる内に作業を終わらせなければならないと気分をはやらせるエドガーであったが、そんな彼の前に予想外の人物が姿を現した。

 

「お父様……? どうして、ここに?」

 

「んっ? ……ま、マリアか。お前こそ、どうしてこの場にいるのだ?」

 

 研究室に向かう自分の背中に投げかけられた声に振り向けば、そこには驚いた表情を浮かべる愛娘、マリアの姿があった。

 まさかこの場所で、このタイミングで娘と会うとは思いもしていなかったエドガーは多少の動揺を浮かべるも、それを悟られぬ様にしてマリアと会話を始める。

 

「私は、天空橋さんに呼ばれて勇さんや光牙さんたちと一緒にお話をする所だったのですが……私一人だけ、早く着いてしまったみたいです」

 

「そ、そうか……私も天空橋に話があってな。今、奴の研究室に行くところだ」

 

「そうだったんですか……なら、ご一緒しても良いでしょうか? 同じ人に用事があるのなら、一緒に研究室で待っていても問題は……」

 

「ああ、駄目だ、駄目だ! マリア、お前は友人たちとの待ち合わせがあるのだろう? なら、ここで彼らを待ってあげなさい」

 

 自分について来ようとするマリアを慌てて止めたエドガーは、内心冷や汗をかいていた。そんな彼の不審な行動に首を傾げつつも、マリアは素直に父親の言う事に従った。

 

「は、はぁ……お父様がそう言うのなら、そうすることにします……」

 

「う、うむ。では、私は先に天空橋と会って来よう! またホテルでな!」

 

 強引にマリアとの会話を終わらせたエドガーは、大股で天空橋の研究室へと足を運ぶとその中に入る。部屋の中に入った彼は、周囲を見回した後で大きく息を吐いた。

 

「……安心するのはまだ早いな。本番はこれからだ……」

 

 自分にそう言い聞かせ、上着のポケットからUSBメモリを取り出す。そして、それを天空橋のデスクの上に置いてあったPCに挿入し、作業を始めた。

 

「よし、よし……早く終わらせてくれよ……!」

 

 PCの内部データをハッキングし、その中身をコピーするプログラムが記録されたUSBメモリの指示に従い、エドガーは天空橋のPCの中に入っている情報を全て抜き去って行く。聡い天空橋のことだ、きっと自分のPCに何者かが侵入したことには気が付かれるだろうが……それでも、その中身を得ることが出来たならば問題はない。

 暴かなければならない、天空橋の秘密を……。もし、自分の感じている懸念が現実のものとなったならば、それはとても恐ろしい事態を引き起こすだろう。

 それを避ける為にも天空橋の知る情報が必要だと感じたエドガーは、PCの内部データをコピーする間に彼のデスクを慎重に漁った。何か重要な情報が記載された書類は無いかと引き出しを開けた彼は、そこに一枚の写真を見つけて目を細める。

 

「これ、は……?」

 

 やや色あせたその写真は、今より少し若い姿の天空橋が一人の女性と共に笑顔で映っている。その写真を裏面をひっくり返したエドガーは、そこに書いてある文字を読んで愕然とした。

 

「学友、妃と天空橋……撮影者、Sだと……?」

 

 妃、探し求めたその名前を見つけたエドガーは、もう一度写真を裏返してそこに映る女性の顔を見つめる。

 彼女こそがエンドウイルスの抗体を作り出し、それを天空橋に預けた人物、妃……天空橋と共に映る彼女の姿をエドガーが茫然と見つめてたその時であった。

 

「……何をしているんですか? ルーデンスさん……?」

 

「っっ!?」

 

 投げかけられた声に顔を上げれば、扉の向こう側から自分のことを見つめている天空橋と目があってしまった。

 あまりにも早い彼の登場に動揺するエドガーに対し、天空橋は腕時計を見せながら説明を始める。

 

「私のPCには特殊な設定を施してありましてね、何か操作を受けた時、この腕時計に通知が来ることになっているんですよ。誰もいないはずの私の部屋でPCが操作されていると知って、スパイの仕業かと思い慌ててやって来たわけですが……まさか、あなたがこんなことをしているとは……」

 

「お父様……一体、何故……?」

 

 部屋に入って来た天空橋の後ろからはマリアや彼女の友人である勇たち仮面ライダーも姿を現していた。これだけの目撃者がいるのだ、言い逃れは出来ないと覚悟を決めたエドガーに対し、天空橋は静かな口調で彼を問い詰める。

 

「ルーデンスさん、あなたは何をしていたんですか? なんの目的でこんなことを……!?」

 

「……この様な手段に打って出た非礼は詫びよう。犯罪行為であることも重々承知だ。しかし……それでも、私はお前に聞かなければならないことがある」

 

 深く……本当に深く溜息をついたエドガーは、小細工なしの真っ向勝負に出ることを決めた。周りに真実を知るべき子供たちが居るこの状況の中、彼は天空橋に秘密の開示を求めて疑問を投げかける。

 

「天空橋……お前は、どこでエンドウイルスの抗体を手に入れた?」

 

「……とある人物から預けられた物です。それを改良して、私は……」

 

「その人物とは、この写真に写っている妃と言う名の女性のことか?」

 

「っっ……!?」

 

 天空橋の言葉に被せる様に声を発したエドガーは、持っていた写真を彼に突き付けた。それを見た天空橋の表情が一変し、目を背けた彼は小さな声で呟く。

 

「まさか……あなたがそこまで情報を掴んでいるとは……」

 

「エンドウイルスの抗体を作り上げた女性……? その写真、見せてくださいっ!」

 

 妃の映っている写真に興味を持った真美にそれを手渡した後、エドガーは黙って天空橋のことを観察し続ける。彼に何か不審な所は無いかを必死になって探すエドガーは、天空橋の背後で写真を見つめる子供たちの声を聞きながら天空橋を問い詰めた。

 

「答えろ、天空橋! ……その女性、妃がお前にウイルスの抗体を渡した人物なのか? それとも……そんな女性、最初から存在していないのではないのか!?」

 

「えっ……!? そ、それはどういう事ですか、お父様?」

 

「……そうすれば様々な点に納得がいく。エンドウイルスのワクチンを天空橋が所持していた事、妃と言う女性がどれだけ探しても見つからない事、情報が秘匿され続けていること……全てが天空橋の仕組んだことだと考えれば、辻褄が合うんだ」

 

 そう、エドガーの感じている懸念とはそれだった。エンドウイルス、リアリティ、そしてソサエティ……その全てが、天空橋の作り上げたものだとしたら、恐ろしいまでに話が合うのだ。

 エンドウイルスの抗体を天空橋が持っていたのは、彼がそのウイルスの生みの親だから。妃と言う女性が見つからないのは、そもそもそんな女性など存在していないから。そして情報の秘匿性が高いのは、天空橋が真実を知る人物を抹殺しているからではないのか? エドガーはそう考えていたのだ。

 少なくとも天空橋は、ソサエティとディスティニーカードと言う物を生み出した。人知を超えたこれらの品物を作り上げた彼ならば……いや、それ以前にエンドウイルスとリアリティを作り上げた彼だからこそ、後に続く二つの物品を発明出来たのではないだろうか?

 

「答えろ、天空橋! お前は何を知っている!?」

 

「………」

 

 エドガーに厳しい口調で問い詰められる天空橋は、未だに何も語らず黙り込んだままだ。写真の感想を言い合っていた生徒たちも口を噤み、成り行きを見守っている。

 重苦しい沈黙に支配される部屋の中、聞こえるのはパソコンの駆動音だけという部屋の中で、その沈黙を破ったのは天空橋でも、エドガーでもなく、天空橋と妃が映った写真を見つめる一人の生徒だった。

 

「……なんであんたが、この人を知っている?」

 

「え……?」

 

 突如として口を開いた彼……最後に写真を手に取り、そこに映る二人の人物を目にした彼は、明らかな動揺の感情を声に乗せて天空橋へと尋ねる。そんな彼の声に反応した人々は、誰もが彼へと視線を向けた。

 

「教えてくれ……なんであんたはこの人と一緒に写真に映っている!? この人とはどう言う関係なんだ!? 教えてくれよ、オッサン!」

 

「い、勇くん……!?」

 

 顔を青くし、声を大きくしながら天空橋へと詰め寄る勇の姿を見たエドガーは、いったい自分の目の前で何が起きているのかわからなくなってしまった。

 最初は天空橋が自分を問い詰め、そこから自分が天空橋を問い詰める様になったかと思えば、今は勇が天空橋に詰め寄っている。この急展開ばかりが起きる部屋の中でエドガーたちが交互に勇と天空橋の顔を見つめていると……

 

「……出来れば、こんなタイミングで話したくは無かった。もっとそれに相応しい時に、きちんと手順を踏んでから話したかった……」

 

「話す……? なにをだ?」

 

「……ルーデンスさん、あなたの質問にお答えしましょう。その女性こそ、私にエンドウイルスの抗体を預けた人物であり……今は、あなたの予想通り、この世に存在してはいません」

 

「今は……? と言う事は、つまり……」

 

「はい……その女性は既に亡くなっています。15年前、エンドウイルスの抗体を作り上げた直後に不慮の事故で夫と共にこの世を去ったのです……最愛の一人息子を残して、ね」

 

「一人息子、だと……!?」

 

 少しずつ、天空橋の言うことを理解し始めたエドガーたちは、彼から勇へと視線を移す。彼が言っていることが真実であるならば、それはつまりそういう事だ。

 天空橋は伏せていた顔を上げ、エドガーを見つめると……周囲の人物と同じように勇に視線を向け、こう告げた。

 

「……その写真に映っている女性、エンドウイルスの抗体を作り上げた研究員の名は()()()……勇さんの、実の母親です」

 

 

 



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龍堂妃

「エンドウイルスの抗体を作ったのは、勇のお母さん……? それ、本当なんですか!?」

 

「……ええ、紛れもない真実です。彼女、龍堂妃は、勇さんの母であり、沢山の人々を救う発見をした、まさに英雄と呼ぶに相応しい人物なんですよ」

 

 謙哉の言葉に肯定の返事を返した天空橋は、そのまま勇の顔をじっと見つめてから天井を見上げた。その表情には、過去を懐かしんでいる様な色が見受けられる。

 深く息を吐き、首を動かして全員の顔を見て行った天空橋は、最後に勇の目を見つめると、自身の過去を話し始めた。

 

「……今から20年以上も前の事……高校生だった私は、とある人物と出会いました。その人物の名は龍堂世界……勇さん、あなたのお父さんです」

 

「龍堂世界……俺の、親父……?」

 

「……きっかけはささいなことでした。私の発したウイルス、と言う言葉に世界さんが食いついて来たことが私たちの友情の始まりでした。私のコンピューターのウイルスの話を、世界さんは病原菌のウイルスの話をしていると思って話しかけて来たことが発端だったんです」

 

「病原菌? 親父はなんでそんなことに……?」

 

「あなたの父世界さんは、将来細菌学者になることが夢でした。だからこそ、私のウイルスの話に食いついて来たんでしょう。……後々、同じウイルスの話をしているはずなのにまったく話が噛み合わなかったと、私たちの間で笑い話になったものです」

 

 その頃の思い出を懐かしむ様に笑った天空橋は、瞳を閉じて首を振った。勇の父との思い出を語る彼は、それからの話をし始める。

 

「世界さんと親友となった私は、三年間の高校生活を楽しんだ後で大学に進学しました。コンピューターのプログラムについて学ぶその大学で、私はもう一人の人物と出会うことになる」

 

「それが……俺の、母親……!」

 

「はい……コンピュータープログラマーを志していた妃さんとの出会い……何を隠そう、二人を引き合わせたのはこの私なんですよ」

 

 在りし日々の思い出を回想した天空橋は、勇に対してずっと黙っていた事実を告げた。両親を引き合わせ、その息子である自分にも関わっている天空橋の数奇な運命に戸惑いながら、勇はただ話を聞き続ける。

 

「世界さんと妃さんは数年の交際を経て結婚。お互いに夢だった職業に就き、充実した生活を送り……あなたが産まれた。実は、私は産まれたばかりのあなたに会っているんですよ。まさか、遠い日の再会があんな形になるなんて思いもしませんでしたけどね……」

 

「……俺が産まれて一年後、親父とお袋は死んだ……その間に何があったのか、アンタは知っているのか!?」

 

「……二人は、とあるプロジェクトに参加していたと言うことはわかっています。それが、エンドウイルスのワクチン開発プロジェクトだったと言うことも……」

 

「待て、何故ウイルスの研究にプログラマーが関わる? 細菌学者である世界氏はまだしも、妃氏が関わる理由はどこにあるんだ?」

 

「エンドウイルスは人をデータに変えてしまう全く未知のウイルスです。通常の細菌学者たちに加え、コンピューターや電子工学に詳しい専門家を招集したのでしょう。そしてそこで妃さんは伝説的な成果を残した。エンドウイルスの抗体の発見者となり、ワクチン開発に大きく貢献したのです」

 

 そこから先は簡単であった。妃の発見した抗体のお陰で開発されたワクチンは、彼女の功績を称えて『キサキ・ワクチン』と名付けられた。初期型のワクチンではあったものの、十分な成果を出したそのワクチンはエンドウイルスに感染した人々の命を救ったのだ。

 もはや伝説的な発見をした妃とそのサポートをした世界は研究者仲間からも大いに感謝された。誰もが二人の未来を祝福し、希望を持っていた。しかし……

 

「……研究所があった外国で不慮の事故に遭い、二人は日本に戻る事無く亡くなってしまいました。当時一歳になる勇さんを残して……」

 

「親父……お袋……っ!」

 

 自分の両親の功績と最期を知った勇は瞳に涙を浮かべて拳を握り締めた。両親のお陰で沢山の人たちが助かったと思うと同時に、今もなお悠子の様な人々を救う発明をした二人に初めて尊敬と誇らしさを感じることが出来た。

 

「……理由はわかりませんが、妃さんは死ぬ少し前に私に研究成果と初期型ワクチンを郵送して来たんです。もしかしたら……彼女は、自分たちに何か良くないことが起きることがわかっていたのかもしれません。女性特有の第六感……と言ってしまうのは、些か不謹慎でしょうか」

 

「それが……お前がエンドウイルスに詳しかった事と、ワクチンの抗体を持っていた理由か……」

 

 エンドウイルスの抗体を作り上げた人物と深い親交があり、その情報を得ていたからこそ、天空橋はエンドウイルスのワクチンを所持していた。この重大な秘密を誰にも語れなかったのは、偏に勇の為だろう。

 天空橋は、どのタイミングで勇に真実を告げるべきか悩んでいたのだ。本来、エンドウイルスやそのワクチンが登場した時に離すべきだったのだろうが、あの時は全員がバラバラでそんな状況では無かった。悠子の命がかかっていることもあり、話すタイミングを完全に逃してしまったのだろう。

 

「……ここから先は少し不謹慎な個人的な話になります。勇さん、私はね、あなたをスカウトする為に情報を調べ、あなたの素性を知った時に心が躍ったんですよ。エンドウイルスの抗体を作り上げた両親の息子が、そのエンドウイルスが変異した新たな脅威に立ち向かう戦士の資質を持っている……なんて運命的なんだろうと、そう感じました」

 

 天空橋の話を聞いた勇は、数か月前に彼が希望の里にやって来た時のことを思い出していた。あの飄々とした態度の裏でそんなことを考えていたのかと思う勇に向って、天空橋は話を続ける。

 

「もしお二人が生きていたのなら、きっとエンドウイルスの完璧な抗体を作り上げた事でしょう。そうでなくともリアリティの対抗策を作り上げていたに違いありません。しかし……不幸な運命により、あなたの両親はエンドウイルスを駆逐しきれなかった。エンドウイルスはリアリティへと変異し、新たな脅威となって世界を脅かしている。……その脅威に立ち向かうのは英雄の息子とその両親の親友……ゲームのシナリオみたいだとは思いませんか?」

 

「……ああ、確かにな」

 

 両親の、親友の無念を晴らすべく戦う二人の男は、そう言葉を交わしながら見つめ合う。やがて手を伸ばした天空橋は勇の手を取ると、硬くその手を握り締めた。

 

「……話をするのが遅くなって申し訳ありません。しかし、私のソサエティをクリアし、この世界を救いたいと言う気持ちは本物です。私やあなたのご両親がかつて成し遂げられなかったこの目標を、どうかあなたの手でやり遂げて欲しい……その為に、力を貸して貰えませんか?」

 

「………」

 

 深く頭を下げる天空橋の姿を見た勇は、涙を浮かべる瞳をそっと閉じると……そのまま、大きく頷いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ありがとうございます。あなたのお陰で、俺は両親について知ることが出来た。感謝してもし足りません」

 

「いいや、礼を言うのは私の方だ。君のお陰で不法侵入や盗難と言った犯罪行為がお咎め無しになったんだからな」

 

 天空橋の研究所からの帰り道、自分の前で話す父と勇のことを交互に見比べながら、マリアは二人の話に聞き入っていた。

 自分の両親とエンドウイルスにまつわる因縁を知った勇は何を思うのか? 少しだけ、マリアは彼のことが心配になっていた。

 

「……今回の一件で、俺の中の何かが色々と変わった気がします。この戦いは俺だけのものじゃない。天空橋のオッサンや……俺の両親の戦いを受け継いだものだってことがわかりました。もしかしたら、これが運命って奴なのかもしれませんね」

 

「うむ……時として、現実はドラマやゲームよりも変わった運命を紡ぐとは言うが……それにしてもこんな衝撃的なことが起きるとは、正直私も困惑しているよ」

 

 伏し目がちに今日知った真実への感想を口にしたエドガーは、勇の様子を横目で探った。彼もまた娘のマリア同様に、自分のせいで何の前触れもなくこんな衝撃的な事実を知ってしまった勇のことが心配であった。

 だが、勇はそんな二人の不安をよそに真剣な面持ちのままだ。やがて二人が勇と別れる場所に歩きついた時、勇は二人に背中を向けながら静かに呟く。

 

「……俺がやることは変わりません。皆と、皆の守りたい全てを守り抜く……そこに戦う理由が一つ増えただけですから」

 

 そう告げた勇の背中を、二人はただ黙って見送る。夕日に照らされる勇の表情には、確かな覚悟と決意が宿っていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なん、でだ……? どうしてだ……? なんで、彼なんだ……!?」

 

 茫然とした表情で呟いた光牙は、そのまま目の前のラックの上にあった様々な物を腕で薙ぎ払った。陶器が割れ、床に物が落ちる音が響く中、真美は彼の暴走を止める為に後ろから光牙に組み付く。

 

「落ち着いて! 落ち着いてよ光牙! こんなことしたってなんの意味も無いわ!」

 

「何でだ!? 何で彼にばかり勇者としての資格が舞い降りる!? 力も、才能も、戦う宿命も……何故、俺では無く奴にばかり!?」

 

 天空橋から告げられた真実に動揺していたのは光牙も同様だった。だが、これは勇たちの見せる同様とは少し意味が違う。親から託された運命の戦いと言う勇者が戦う理由に相応しい物が勇にあると言う事を知ってしまったが故の動揺であった。

 

「俺じゃ駄目なのか……!? 俺は、勇者になれないのか!? 世界を救う勇者になるのは、俺では無く奴なのか!?」

 

 自分を抑える真美を払いのけた光牙は、そう叫びながら地面に崩れ落ちた。勇の持つ勇者としての才覚は自分の遥か上を行っている。そこに更にあんな運命的な事実が加わってしまえば、ドラマチックさも万端だ。

 着々と勇者としての道を歩き始める勇は自分の先へと進んで行く……自分が進むべき道を先に往く勇に対して圧倒的な敗北感を感じる光牙は、ただ肩を震わせて咽び泣くばかりだ。

 だが、そんな彼に寄り添った真美は、そっと彼の顔に触れて持ち上げると、その瞳を真正面から覗き込んだ。きらきらとした涙を浮かべる光牙の瞳を真っすぐに見ながら、真美は力強く言う。

 

「……大丈夫よ、光牙。あなたが勇者になれない訳が無い。あなたは勇者になるべき存在なの……! 誰がなんと言おうと、私があなたをそこに導いてあげる! 私が、あなたを勇者にしてあげる!」

 

「真、美……!」

 

「大丈夫よ……私は、いつでもあなたの味方だから……! 私こそが、あなたの全てを理解している存在……あなたを愛し、支える為の存在なの……!」

 

「う、う、う……うわぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

 真美に抱きしめられた光牙は、彼女の胸の中で子供の様に泣きじゃくった。そんな彼の頭を撫でながら真美は不思議な満足感を感じる。

 あの光牙を支えているのは自分なのだ。愛する人が自分を求めていると言う状況に恍惚とした表情を浮かべた真美は、形容しがたい感情を湛えた笑みを浮かべる。

 

 絶対にこの幸せを手放すものか。何を利用しようとも、誰を使い捨てようとも、この地位は譲らない……邪魔者を排除してでも、光牙の一番近くに居られるこの場所から離れるつもりは無い。

 彼の望みを叶える為なら、自分はどんな手段をも使おう、己の手も汚そう。自分は、絶対に光牙を勇者にするのだ。

 

「愛してるわ、光牙……! 必ずあなたを勇者にしてあげるからね……!」

 

 薄暗い部屋の中でそう言いながら笑う真美の瞳には、どんよりと黒く濁った光が灯っていたのであった。

 

 

 



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ドキドキのお泊り会(前編)

 二回に分けて戦闘無しの回をお届けします。
 ここでも結構重要な話をしてますので、じっくりとご覧ください。


「泊りに行きたい? 友達と一緒に?」

 

「はい……駄目でしょうか?」

 

 ある日の午後、娘であるマリアからの突然の相談を受けたエドガーは目を丸くして彼女の言葉を繰り返した。目の前ではマリアが父に対して少し不安そうな表情を見せている。

 

「そ、その友人とは、いったい誰なんだ? まさかボーイフレンドと言うわけじゃあ……!?」

 

「ち、違います! 薔薇園学園のお友達で、皆女の子ですよ!」

 

「そ、そうだよな……! 良かった、良かった……!」

 

 一瞬だけ浮かんだ非常に悪い考えを振り払いながらそう呟いたエドガーであったが、心の中ではまだ不安感を掻き消せないでいた。何故急に娘がこんなことを言い出したのか、その理由を知り違っていると……

 

「……もう少しで夏休みが終わってしまいます。そうすれば、私は母国に帰ることになる……だから、その前に少しでも思い出が作りたくって……」

 

「むぅ……」

 

 寂しそうにそう言ったマリアの姿にエドガーの心が揺らぐ。彼女も友人たちと別れることが辛いのだろう。

 自分が日本に居られる間に出来る限りの思い出を作っておきたい……そんなマリアの思いがわからぬほど、エドガーも冷酷では無かった。

 

「一泊二日でお友達の家に泊まる予定です。一緒にご飯を作って、食事して、夜更かししながらお喋りして……そんな他愛ない、でも、かけがえの無い思い出を作っておきたいんです」

 

「……そう、だな……。このまま別れたとしたら、お前の友人たちも悲しむだろうしな……」

 

 先日顔を合わせたディーヴァの三人のことを思い出せば、彼女たちがマリアと仲良くしていることも理解出来た。三人の内の誰かの家に泊まるのだろうと考えたエドガーは、娘にそんな提案をしてくれた三人へと感謝の思いを抱く。

 

「……行ってきなさい。相手の親御さんには迷惑をかけないようにな」

 

「は、はい! ありがとうございます!」

 

 不安そうな表情から一変、輝くような笑顔を浮かべたマリアの姿を見たエドガーもまた笑みを見せて小さく頷いた。

 これで良いのだ、娘に楽しい思い出を作って貰いたいと思わない父などいないだろう……そう考えるエドガーであったが、その一方で不安な気持ちも確かに存在している。

 

「……一応聞いておくが……本当に男は来ないんだろうな?」

 

 念の為に……本当に念の為に娘に尋ねる。自分の娘は嘘をつくような性格ではないことは親である自分が知っているのだから、彼女は正直に答えてくれるはずだ。

 

「はい! 私と、ディーヴァのお三方だけです!」

 

 そう言って屈託のない笑みを浮かべたマリアを見たエドガーは、その笑顔に嘘をついている邪気が一切感じられなかったことにようやく胸を撫で下ろしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その数日後、マリアは約束通りディーヴァの三人との待ち合わせの後で宿泊地へと向かっていた。

 セキュリティがしっかりしているマンションのロビーを通り抜けた四人は、そのままエレベーターで地上から離れた高層階へと昇って行く。エレベーターの中から外の景色を見れば、地上に見える人々は黒い点に見えた。

 

「うひゃ~! たっか~い! こんなマンションの部屋を持ってるなんて、流石は理事長だよね!」

 

「義母さんには感謝しないとね……まあ、勝手に使っても良いって言われてるし、特に咎められはしないでしょう」

 

「それよりも、結構雨が降って来たね。タクシーで移動して来たけど、少し濡れちゃったな……」

 

 どんよりと曇った空からは大粒の雨が降って来ていた。今晩の食事の買い物を終えた辺りから本降りになった雨のせいで濡れてしまった服を叩きながら、やよいが深い溜息をつく。

 エレベーターが目的の階に着いたことを確認した四人は、エレベーターから出ると部屋に向かって歩き始めた。その間も女の子らしいお喋りをして楽しい時間を過ごす。

 

「玲~! 部屋のお風呂ってどの位の大きさなの~!?」

 

「さぁ……? でも、三人くらいなら一緒に入れるんじゃないかしら?」

 

「マジ!? なら皆で一緒に入ろうよ! 背中の流しっことかしちゃってさぁ!」

 

「それ良いですね。お風呂での裸のお付き合いは日本人特有の文化……一気に仲良くなれる気がします!」

 

「お~! マリアっちも乗り気だ! じゃあじゃあ、部屋に着いたら早速チャレンジしてみてさ……」

 

「……私は嫌だな。絶対に自信を無くすから……」

 

 きゃいきゃいと騒ぐ葉月とマリアを尻目にやよいが小さく呟きを漏らす。彼女たちには有って自分には無い体の一部分の膨らみを見比べた後、やよいは先ほどよりも深い溜息をついた。

 

「あんまり騒がないでね。この階は義母さんが芸能事務所の打ち合わせとかアイドルの一時的な宿泊で使う為に貸し切りにしてるけど、その分綺麗に使わなきゃ駄目なのよ?」

 

「わかってるって! そんじゃま、女の花園に一番乗りだ~い!!」

 

 マンションの一室に辿り着いた彼女たちは、鍵を開けた玲の後ろに続いてその部屋の中に入って行く。取り合えず荷物を下ろすべくリビングに向かった彼女たちは、豪華で綺麗な部屋の作りに感激しながら騒いでいた。

 

「うっわ、豪華~! 広~っ!」

 

「凄いね……これなら本当に全員でお風呂に入れちゃうかも……」

 

「本当にこんな所に無料で宿泊しちゃって良いんでしょうか……?」

 

「構わないわよ。義母さんからは好きに使っても構わないって許可は貰ってるし、合鍵だって渡されてる。普通に使う限りは大丈夫よ」

 

 若干気後れする葉月達に対してクールに言い切った玲はリビングに続く扉のノブを掴むと笑みを見せる。そして、軽いジョークを口にしながらその扉を開いた。

 

「まあ、先客が居れば話はべ、つ……!?」

 

 冗談を口にしながらドアを開けた玲であったが、突如として彼女の動きが止まった。リビングの光景を見て固まってしまった玲に対し、いったい彼女は何を見たのかと後ろに続くマリアたちが中を覗き込むと……

 

「み、水無月さん……? それに、皆……? ど、どうしてここに!?」

 

 リビングの中には謙哉が居た。それも上半身裸で。

 もう一度言おう、何故かこの部屋のリビングに居た謙哉が、上半身裸でこっちを見つめているのだ。

 

「け、け、け、け、謙哉っ!? な、なんでここに居るのよ!?」

 

「……ねえ、玲。もしかしてなんだけどさ……玲ってば、ここで謙哉っちと隠れて同棲とかしてる訳じゃ無いよね?」

 

「葉月! ふざけたこと言わないで! そんなわけ無いでしょう!」

 

 まさかの不意打ちに動揺する玲は大声で葉月に怒鳴りながら手を振り回した。図らずも謙哉のセクシーショットを見てしまった彼女の顔は真っ赤で、いつものクールさはかけらも感じられない。

 予想外のアクシデントが起きた事に動揺しているのは玲だけでは無い。葉月もやよいも、そしてマリアも謙哉の登場に驚きを隠せないでいる。だが、そんな彼女たちに更に追い打ちをかける出来事がこの後すぐに起きてしまった。

 

「おい、謙哉。どうかしたのか? なんかうるさ……どあっ!?」

 

「い、勇さん!? 勇さんまでここに!?」

 

「どう言うことだ!? まさか自力で脱出……おおっ!?」

 

 なんと葉月達の背後にある廊下から勇が姿を現したのだ。彼もまた上半身裸であり、鍛え上げられた肉体を間近で見た葉月は鼻息を荒くして笑みを浮かべる。

 前後を上半身裸の男に挟まれてしまった麗しの女子諸君は、それぞれ顔を赤くしながら男子たちの肉体を横目で見つめていた。そんな彼女たちからの若干のセクハラを受けながらも、勇はマリアへと声をかける。

 

「ま、マリア、お前たちは何しにここに来たんだ? 俺たちは、園田さん届け物をしにこのマンションまで来たんだけど……」

 

「そこで急に雨が降り始めちゃってさ。バイクで来てたから道路が滑って危ないし、視界も悪いからどうしようかって困ってたら園田さんがこの部屋の鍵を貸してくれて……」

 

「それで、ここに泊まることになったってことですか?」

 

 マリアの言葉に勇と謙哉が大きく頷いた。この不可解な事態に対する一応の回答が出たところで、恥ずかしさに耐えきれなくなったのか、突如として上を向いたやよいが大声で叫ぶ。

 

「と、取り合えず、二人とも何かを羽織ってくださ~~いっっ!!!」

 

 ごもっともなその意見に頷いた二人は、急いで雨に濡れた服をもう一度羽織り直した。そこでもう一度マリアたちを見ると質問を返す。

 

「んで、そっちは何でここに?」

 

「え、っと……実はですね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……娘が……マリアが、男とお泊り……一つ屋根の下、一夜を明かす……?』

 

「あの、本当に偶然と言いますか、事故と言いますか……」

 

『本当なんだろうな!? まさかと思うが、最初からその予定で……』

 

「いや、本当に偶然なんですよ! ですからこうして連絡をしようと思ってですね……」 

 

 十数分後、勇はマリアの携帯電話を借りてエドガーと話していた。この世の終わりが訪れたかの様なエドガーの声に申し訳なさを感じつつ、勇は必死に理解を得ようと話を続ける。

 

「だ、大丈夫です! 寝る時は別の部屋に行きますし、絶対に変なことはしないと誓いますんで!」

 

『当たり前だ! もしも娘に手を出してみろ、君と言えど本気で叩き潰すぞ!』

 

「ひ、ひぃっ!?」

 

 ドスの利いたエドガーの声に背筋を凍らせる勇。娘を持つ父とはここまで恐ろしいものなのかと怯える彼に対して、マリアが携帯をひったくりると電話に向かって叫んだ。

 

「お父様! あまり勇さんを虐めないでください! これは本当に事故で、仕方が無い事なんです! まさか勇さんに野宿しろだなんて言いませんよね!?」

 

 いつものおしとやかな雰囲気はどこへやら、強気な口調で父親に詰め寄るマリアの姿を見た勇は、背中に冷たい汗が流れることを感じていた。

 間違いなく……明日からエドガーからの自分への評価は変わっているだろう。恐ろしい未来を想像した勇がガタブル震えている後ろでは、似たような会話を謙哉と園田が繰り広げていた。

 

『……良いか、虎牙? 今回の一件は私のミスだ。玲たちの予定を確認せず、君にその部屋の鍵を渡してしまったのだからな……だが、それとこれとは話が別だ』

 

「はい……十二分に理解しています」

 

『……宿泊用の部屋を貸した以上、私には彼女たちの親御さんに子供たちの安全を保障する義務がある。ルーデンス氏にもそうであるし、葉月ややよいのご両親に顔向け出来ない事が起きては困るわけだ。無論、君たちがそんなことをする男では無いとは理解しているが……』

 

「も、勿論です! 僕も勇も、彼女たちには指一本手出しはしませんよ!」

 

 年頃の娘を持つ親としては当然のその懸念に対し、謙哉は力強く返事をする。これで園田の不安が解消されてくれれば良いのだと思う謙哉であったが、彼女は先ほどよりも深刻そうな声で謙哉に話しかけて来た。

 

『……もう一つ、君に言っておかねばならないことがある。心して聞いてくれ』

 

「は、はい……! 何でしょうか?」

 

 真剣な園田の雰囲気に釣られ、謙哉もまた真剣な表情で彼女の話を聞き始める。電話の向こうから聞こえる園田の声は、謙哉に対して一つ一つの事実を確認し始めた。

 

『……先ほどの話だが、玲に関しては適応されない。何故なら玲の監督者は私であり、私が玲の親代わりである以上、玲の安全を保障しなければならない理由はどこにも無いからだ。だがまあ、娘の安全を願わない親は居ない訳だが……』

 

「分かっています。ですから、僕は彼女に手出しする様な真似はしません」

 

『良い返事だ。しかし……玲はアイドルであり、美少女に分類される女子だ。いかに気を強く持っても心動かされる時もあるだろう。その時には、是非ともこの言葉を思い出してくれ』

 

「な、なんでしょうか……?」

 

 園田の言葉に謙哉はゴクリと唾を飲み込んだ。あの園田が放つ脅し文句とは、どれほどまでに恐ろしいのかと身構えながらその時を待つ。

 じっくり、たっぷりと時間をかけ、謙哉の動揺を誘った園田は、十分な溜めの時間をかけた後、謙哉に向ってこう言った。

 

『……()()()()()()()()()

 

「……はい? あ、あの、それってどう言う……?」

 

『君ならば、玲に手を出しても構わない……以上だ』

 

「あ、ちょっと!? 園田さん!? 園田理事長!? 何ですかそれ!? ど、どう言う意味ですか!? 答えて下さいよっ!」

 

 園田からのまさかの言葉に戸惑いを隠せない謙哉は電話に向けて大声で叫んで納得の行く返答を求めた。しかし既に通話は切られており、その声は園田には届かないでいる。

 ちょっぴり茫然としながら園田との会話を頭の中に思い浮かべた謙哉は、自分が園田からのお許しを受けたことを再確認してから大きく首を振る。

 園田からはああ言われたが、実際にそんな恐れ多い事が出来る訳が無い。間違いなく玲に殺されてしまうだろう。

 

「……どうしたの謙哉、凄い汗よ? 義母さんからそんなに恐ろしい事を言われたの?」 

 

「あ、い、いや! そんなこと無いよ! 平気、すっごく平気!」

 

 突然に声をかけて来た玲から飛び退く様に距離を取った謙哉は、そのまま適切な距離を保ちつつ彼女と会話を続ける。そんな彼の様子を怪訝そうに見ながら、玲はからかう様な口調で謙哉に言った。

 

「そんなに汗をかいてるならシャワーでも浴びてくれば? ……一緒に入って、背中でも流してあげましょうか?」

 

「そ、そそそ、そう言う事、冗談で言うもんじゃ無いって! この状況なら、特に!」

 

「……分かってるわよ。まったく、そこまで拒絶すること無いじゃない……」

 

 頬を膨らせてむくれる玲であったが、謙哉は内心それどころではなかった。玲の一つ一つの行動に過敏に反応しつつ彼女をやり過ごす彼であったが……

 

「……ああ、一応言っておくわね。私、冗談じゃああんな事は言わないから」

 

「へっ!?」

 

「ま、ヘタレで女の子への耐性が無いあなたには無理でしょうけど……覗き位なら許可してあげるわ。興味があったらバスルームまで来てみれば?」

 

「だ、だから! そういう冗談は良くないって……」

 

「あら……冗談だと思う? 少なくとも私、龍堂には同じことは言わないわよ?」

 

「!?!?!?」

 

 意味深に笑う玲は、本気とも冗談とも取れる口調で謙哉に言う。園田だけでなく玲からもまさかの一言を告げられた謙哉が動揺していることがよほど可笑しいのか、玲は楽しそうに笑うと立てた人差し指を左右に軽く振った。

 

「……ふふふ、やっぱり面白いわ。それじゃ、本当にお風呂に入って来るから……気が向いたら、来れば?」

 

「あ、ちょ、水無月さん!?」

 

 お腹を抱えて笑いながら部屋から出て行く玲の後姿を見送った謙哉は、園田と玲親子に揃って自分のペースを乱されてしまっていた。あの二人には血の繋がりは無いはずなのだが……根本的な部分が似通っているのだろうか?

 

「な、なんなんだよ、あの親子は~~!?」

 

 何で女の子では無く男である自分の方が苦悩しているのかを理解出来ない謙哉は、頭を抱えてながら小さな叫び声を上げてがっくりと項垂れたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どう言う事だ、それは?」

 

『言葉通りの意味です……これは、相当危険なことと推察できます』

 

 同時刻、ホテルの一室にて……娘の居ないこの日を利用して部下と連絡を取ったエドガーもまた、衝撃的な言葉を告げられていた。

 

『龍堂妃……その名前を元に様々な調査を行いましたが、私たちは殆どの情報を掴めないままです。彼女の家族関係、職歴、学歴……その全てが抹消されているんです』

 

「何故、そんなことが……!? 彼女はただの研究員では無いのか?」

 

『わかりません……しかし、これほどまでに厳重な情報統制が敷かれていると言う事は、それを行った組織の大きさが推し量れると言う物です。恐らくですが……政府レベルの組織が動いているのではないでしょうか?』

 

「そんな、馬鹿な……!? たった一つの家族の情報を葬る為に、政府が動くだと……!?」

 

 龍堂妃、そして龍堂世界と言う二人の人間に関する情報は、殆どと言って良い程残っていなかった。二人の息子が勇であると言う事は何とか調べることが出来たが、それ以前の情報が一切残っていないのだ。

 一体何があったと言うのか? この不可解な事柄の裏には、まだ隠された事実があるのではないだろうか? 天空橋すら知り得ない、何か重大な事実が隠されているのでは無いだろうか?

 

『……これは、あくまで私の想像ですが……龍堂夫妻は、何かとんでもない秘密を知ってしまったのではないでしょうか? 国家の存亡に関わる程の重大な秘密を……!』

 

「だから事故に見せかけて抹殺された。龍堂夫妻は、何者かに口封じされたと言いたいのか?」

 

『あくまで想像ですが……あり得ない可能性では無いかと……』

 

 部下の考えに否定の言葉を口に出来ないエドガーもまた、それが現実のものである可能性が非常に高いと思っていた。そうでなければ、ここまで不可解な出来事が起きるはずがない。

 エンドウイルスの抗体を作り上げた龍堂妃は、それと同時に重大な秘密を知ってしまった。その事を隠しておきたい謎の組織によって、夫婦共々始末されてしまったのではないだろうか?

 

「……勇くん……君の戦う相手は、もしかしたらソサエティだけでは無いのかもしれないぞ……!」

 

 この場には居ない龍堂夫妻の遺した息子のことを思いながら、エドガーはまだ知らなければならない秘密が存在していることを確信したのであった。

 

 



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ドキドキのお泊り会(中編)

 三回になっちゃった……続きは明日投稿するので、許してください!


「つ、疲れた……! まさか食事一つでここまで疲れるなんて……!?」

 

 6人分の食器を洗い終えた勇は、濡れた手をタオルで拭きながら呟く。

 表情にはありありと疲れの色が見え、食後の満腹感もそこまで感じていられない様に見えた。

 ただの皿洗いでここまで疲れる訳も無く、勇が疲れている理由はその前の調理過程にあった。その時のことを思い出した勇は、がっくりと肩を落として溜息をつく。

 

 生活をする以上避けては通れない調理と言う行為に関し、6人は協力して立ち向かうことに決めた。奇跡的なことにそれぞれが購入して来た食材はカレーを作る為の物であり、メニューは速攻で決まったわけだ。

 そこからカレー制作に当たって料理が出来る人間と出来ない人間を組み分けし、勇とマリアが葉月を、謙哉とやよいが玲を指導することが決まったのだ。

 

 そこまでは良かった。問題はここからだった。料理が出来ない組の二人が勇たちの予想以上にポンコツであり、残りの4人はそのフォローの為に必死になる羽目になってしまったのである。

 皮剥きを忘れる、分量を忘れるなんて序の口であり、箱の裏に書いてある作り方すら理解出来ないポンコツ二人組は本当に厄介な事件を引き起こしてくれた。

 最終的に葉月と玲に正座をさせて料理が完成するまで待たせることにした4人は、先ほどまでの苦労が嘘のように作業を順調に進め……美味しいカレーが出来たと言うわけだ。

 

「ったく……葉月はともかく、水無月まであんな壊滅的な腕前だったとは……アイドルってホントに料理出来ねえんだな……」

 

 手慣れた様子で乾燥機の中に食器を入れスイッチを押した勇は、食後の片付けを終えて一息つく。そして、自分以外誰も居ないリビングのソファーに腰かけた。

 

 現在、玲とやよいは風呂に入っており、葉月とマリアはその順番待ちだ。謙哉は男子に割り当てられた部屋で休んでいる頃だろう。

 広いリビングを独り占めする勇は、大きく伸びをして欠伸をした。自由時間ではあるが、テレビを見る様な気分でもない。さてどうするかと勇が思案していると……

 

「あん……?」

 

 視線の先にあるカーテンがふわりと風で揺れたことを見て取った勇は、その先にあるベランダに誰かが居ることに気が付いた。

 ソファーから立ち上がった勇がその人影を追ってベランダに出ると、そこにはマリアが一人星空を眺めて立っている姿が見えた。

 

 夕方から降り続けていた雨も既に止んだ様だ。空には星が輝き、暗い夜の闇を彩っている。

 満点の星空の下、星の輝きに照らされる美少女と言う絵になる光景を見た勇は、自分の心臓が高鳴っていることを感じていた。

 

「……あ、勇さん。勇さんも空を眺めに来たんですか?」

 

「お、おう。そんな所かな」

 

 不意に振り返ったマリアに声をかけられた勇は、心の中の動揺を悟られぬ様に平静を装ってその声に応える。

 そのままマリアの隣に並んだ勇は、星空とマリアの横顔を交互に見比べながら彼女と会話を続けた。

 

「雨、止んだんだな。空が綺麗だ」

 

「そうですね……星が綺麗です……」

 

 触れれば掴めそうな距離にある星を二人っきりで眺めていると言うロマンティックな状況にドギマギしながらマリアとの会話を続ける勇は、こんな時にどんな話題を振れば良いのかわからないでいた。普段通り振舞おうと決めても緊張のせいか上手く言葉が紡げないのだ。

 

「あ~、えっと、その、なんだ……」

 

 何を話すべきか? それを決められずに口ごもる勇の頭の中には見上げる星空の光景なんて入ってくるはずも無かった。

 少し情けない姿を晒す勇に対し、マリアは楽しそうに頬笑みを浮かべると小さく呟く。

 

「……楽しいですね。こうやって皆さんと一緒に過ごせて、今日は楽しかったです」

 

「そ、そうか? なら良かった!」

 

「ええ! ……もう少しで私は皆さんとお別れですから、こうやって思い出を残せて本当に良かった……!」

 

「あ……!」

 

 どこか遠くを見る様な眼差しで空を見上げながら呟いたマリアの声を聞いた勇は、はたとその事実を思い出した。

 もうすぐ夏休みが終わる。そうすれば、マリアはフランスに帰ってしまう……彼女との別れの時は、すぐそこにまで迫って来ているのだ。

 

「皆さんとお料理作ったり、お喋りしたり……本当に楽しかったです! 少し大変でしたけど、それも良い思い出になりました!」

 

「……そっか。そりゃあ、良かった」

 

 その事を思い出した勇の心は、先ほどまでの高鳴りが嘘の様に静まり返ってしまった。

 何も思い出せぬまま、何の良い兆候も見えぬまま、マリアは国に帰ってしまう……そのことが、悲しくて堪らなかった。

 

 だが、それは仕方が無いことなのだろう。マリアの安全を考えるなら、それが一番の方策のはずだ。

 寂しいが、それを悲しんでいる場合ではない。マリアのことを思うのならば、笑って送り出してやるべきなのだ。

 それに、勇はもう一つ思い出したことがあった。ベランダの柵に肘を乗せた勇は、マリアに視線を送りながらその思い出したことを口にした。

 

「……夏休みの終わりにうちの近くで花火大会があるんだ。マリアは覚えてないだろうけど、一緒に行く約束してたんだよな」

 

「花火大会、ですか?」

 

「ああ! 施設の庭から良く見えてな、ガキ共も毎年楽しみにしてるんだよ! 皆で庭に出て、作った焼きそばとかかき氷を食べながら花火を楽しんで……一年に一度のお祭り騒ぎって感じだな!」

 

「うわぁ……! 私、花火好きなんです! 見に行っても良いんですか!?」

 

「勿論だぜ! そう言う約束だからな!」

 

 子供の様に瞳をキラキラと輝かせるマリアを見た勇は、微笑みを浮かべながら彼女の頭を撫でた。

 少しばかり馴れ馴れしいかと思いながらも、勇はマリアと自分自身に言い聞かせる様に言う。

 

「……まだお別れまで時間はあるんだ、その時まで一杯の思い出を作ろうぜ!」

 

「はいっ!」

 

 ()()()がもう目の前にまで迫っているのはわかっている。それが避けようの無いと言う事もだ。

 だが、それでも……時間の許す限り、マリアの傍に居たい。彼女と一緒に笑って居たいと勇は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何してるの、謙哉?」

 

「あ、水無月さ……んっ!?」

 

 その頃、男子に割り当てられた部屋で休んでいた謙哉は、突然部屋を訪れた玲の姿を見て驚きの声を上げていた。

 風呂上りである玲は、当然の如くパジャマを着ている。夏の暑さに合わせた薄い布地のパジャマ姿である今の玲の姿は、謙哉にとっては刺激が強すぎた。

 

「龍堂とあなたに後片付けを任せて悪かったわね。それで、何をしてたの?」

 

「あ、えっと、これを見てたんだよ」

 

 パジャマ姿の玲にドキマギしながら自分が見ていた資料を差し出す謙哉。

 近づいた来た玲がそれを取った瞬間、彼女の髪からシャンプーの良い匂いがして、謙哉は更に顔を紅潮させた。

 

「これって……第三弾のカードリスト?」

 

「う、うん……この間見たいって言ってたでしょ? 偶々持ってたから、渡そうかと思って……」

 

「そう……なら、一緒に見ましょうよ。コンビを組む間柄だし、カードの使い方を話し合っておいた方が良いんじゃないかしら?」

 

「あ、うん……」

 

 すとんと床に腰を下ろした玲に釣られて頷いた謙哉は、玲から少し距離を開けて自分もまた床に座り込んだ。

 謙哉は自分が手渡したカードリストを玲と共に眺めながら、色々な誘惑から目を逸らすべく必死になってカードについての話をし続ける。

 

「ディーヴァの強化カードはブライトネスが主体みたいね。他は個別の細やかな補助カードって所かしら?」

 

「そうだね……でも、水無月さんたちのチームワークと合わせれば、ブライトネスは十分な戦力になるよ!」

 

「ふふっ、当然でしょ? 問題は、あなたと組んでる時にどうするかって話なのよ。……あら? これって……!」

 

「あ、気が付いた? サガにも新カードが追加されたんだ! これで僕もパワーアップ出来るよ!」

 

 カードリストに載っているサガの新カードを指し示した謙哉は得意げに胸を張る。その様子がおかしいのか、玲はくすくすと笑ってからそのカードについて話し始めた。

 

「【百人隊長 サガ】……出世したのね、サガ」

 

「強くなってそうだし、このカードを手に入れれば僕もレベル50を超えられそうな気がするんだ! そうすれば、もうオールドラゴンを使う必要も無くなる……もう、皆を心配させたくないからね」

 

「……ちゃんと気にしてたのね、偉いじゃない」

 

「ははは……もう水無月さんを泣かせたく無いしね。僕だって、皆を悲しませたい訳じゃあ無いし……」

 

 自分の拳を握り締め、それをじっと見つめる謙哉は己の心情を呟くと顔を伏せた。

 先日の一件から彼が色々と考えてくれたことを感じ取った玲は、そんな謙哉の頭を掴むと無理やり自分の方向に引き倒す。

 

「うわっ!?」

 

 玲に引かれ、彼女の膝の上に頭を置く格好になった謙哉は驚くと同時に顔を赤らめた。

 後頭部に当たる柔らかい感触だとか、すぐ近くから感じられる良い匂いだとかに硬直している謙哉の頭を優しく撫でる玲は、小さく彼に向けて呟きを漏らす。

 

「……その気持ちを忘れるんじゃないわよ。私だって、あなたの為に泣くのは二度と御免だから」

 

「う、うん……」

 

 確かな温もりを感じる玲の言葉に赤面しつつ、謙哉は彼女から顔を逸らした。見上げればすぐ近くにある彼女の顔や胸の膨らみを見ない様にしつつ、ただじっと玲に頭を撫でられている。

 玲の頬もまたほんのりと赤みが差していた。それはきっと風呂上りだからと言う訳では無いだろう。

 気恥ずかしい、されど幸せな一時を過ごす二人。何も喋らず、黙ったままの二人は顔を赤らめたまま相手の触れ合っている部分に意識を集中させていた。

 

(やっぱり女の子なんだな……膝、柔らかいや……)

 

 側頭部に当たる玲の膝の柔らかさに赤面した謙哉はそんなことを考えていた。

 気が強く、戦っている姿ばかりを見ているが、玲もまた女の子であることを実感する謙哉の頭上では、玲が頬を赤らめて彼を見つめていた。

 

(なんか、胸の辺りが温かい……幸せ、って感じがする……)

 

 誰かとここまで心を通わせる日が来るとは思わなかった。こんな風に触れ合い、誰かに恋をする日なんて来ないと思っていた。

 この鈍く優しい青年と過ごす時間を大事に思う自分を見たら、昔の自分はどう思うだろうか? きっと驚き、今の自分に怒るのだろうと思った玲は、その光景を思い浮かべてクスリと笑った。

 

「……そう言えば、なんだけど……」

 

「ん? どうかしたの、水無月さん?」

 

 少しばかりこの状況にも慣れた二人は、ようやっと口を開くと会話を再開した。

 玲はカードリストを見ながら自分が感じた疑問を謙哉に告げる。

 

「3弾のカードパックの題名って、【暗黒の魔王と創世の歌声】だったわよね? 暗黒の魔王がエックスだってことはわかるけど、何でディーヴァたちが創世になるのかしら?」

 

「え……? 言われてみればそうだね。それっぽいカード、何かあったかな?」

 

 その言葉に反応した謙哉が起き上がり、玲と共にカードリストを眺めてみるもそれらしいカードは見つからない。一体【創世】の部分を司るカードがどこにあるのかと二人で探していると……

 

「玲ちゃん、お布団の支度しておこう、よ……!?」

 

「あ、やよい。そうね、葉月達の為にもそうしておいた方が良いわね」

 

「あ……その、ごめん! 二人の邪魔をしちゃって!」

 

「え? いやいや、そんなことないよ。別に邪魔だなんて……」

 

「で、でも、二人ともそんなに近くに寄ってるし……!」

 

 やよいのそう言われて二人がお互いの距離を確認してみると、いつの間にか自分たちが肩と肩がぶつかる程の距離まで近づいている事に気が付いた。

 先ほどまでの膝枕のせいか、距離に関しての感覚がおかしくなっていた様だ。改めてその事に気が付いた二人は、顔を赤らめて距離を取る。

 

「あの、その、ご、ごめん!」

 

「べ、別に謝らなくても良いわよ! 私も気が緩んでたみたいだし……」

 

「ああ、やっぱり私が入って来るべきじゃあ無かったんだ……ごめんね~!」

 

「いや! やよいが謝る必要はこれっぽっちも無いから! ええい、もう行くわよ! 謙哉、この資料借りて行くから!」

 

「う、うん……」 

 

 頬を染めたまま立ち上がった玲は、やよいに声をかけて連れたって部屋を出て行こうとしていた。謙哉も彼女たちを見送るべく立ち上がり、その後を追う。

 

「じゃあ、またね」

 

「うん!」

 

 短い会話を交わした後、玲は部屋のドアを開けた。やよいが先に部屋から出て、その後に玲が続く。

 何てこと無い普通の別れ……彼女たちの背中を見送っていた謙哉も笑みを浮かべて手を振っている。

 

 その時だった。

 

「っっ……!?」

 

 猛烈な悪寒と震え、そして恐怖が謙哉の体を走った。何かは分からない。だが、無視出来ない悪い予感がした。

 それが何なのか、この直感が正しいのか、何もわからない。だが、謙哉の体は自然と行動を起こしていた。

 

「きゃっ!?」

 

「わ、わわっ!? わわわっ!?」

 

 突然、腕を伸ばした謙哉が玲の体を後ろから抱きしめたのだ。あまりにも大胆な彼のその行動に玲もやよいも面食らっている。

 

「け、謙哉っ!? 一体どうしたのよ? なんでこんなことを……?」

 

「え……? あっ!? ご、ごめんっ!!!」

 

 玲に叱られて我に返った謙哉は、大慌てで彼女を開放すると距離を取った。

 突然の抱擁を受けて動揺している玲であったが、それでも気恥ずかしさを紛らわせようと謙哉をからかおうとする。

 しかし……今の謙哉の顔を見た玲は、口を半開きにして固まってしまった。それは、今の謙哉の様子があまりにも自分の予想とかけ離れていたからだ。

 

「あ、あの、その……本当に、ごめん、ね……?」

 

 あんなに大胆な行動をしたと言うのに、謙哉の表情には照れの様な感情は浮かんでいなかった。ただひたすらに蒼白で、信じられない様な顔色をしていた。

 玲を抱きしめた事に対する罪悪感だけでは、あんな表情を浮かべることは無いだろう。そもそも、謙哉ならば顔を赤くして恥ずかしがる方が正しい反応のはずだ。

 

「……どうかしたの? まさか、私と離れるのが寂しかった?」

 

「……そんなんじゃ、無いよ。そんなんじゃ……」

 

 それでも……玲は、謙哉をからかうことを止めることはしなかった。単純に気恥ずかしかったのと、何かに怯えている謙哉を励ますためにわざとふざけて見せたのだ。

 歯切れの悪い返事を返す謙哉の額にデコピンをかました玲は、人差し指を謙哉の顔の前に立てながら笑みを浮かべる。そして、彼に対して駄目出しを始めた。

 

「まったく……そこは、少しでも女の子を喜ばせなきゃ駄目でしょ? 嘘でも、『もう少し一緒に居たい』って言える様にならなきゃ」

 

「ご、ごめん……」

 

「ふふ……良いわよ、あなたがやよいの前でそんなこと言えるはずも無いでしょうし……抱きしめただけでも十分勇気を出したと思うわ。何でそんなことしたかは今度聞くから、良い言い訳を考えておきなさいよね?」

 

 愉快そうに笑った玲は、再び自分たちの部屋へと歩き始めた。やよいと今の謙哉の行動について楽しそうに話しながら歩く彼女のことを、今度こそ謙哉は手を振って見送る。

 廊下の曲がり角の先へと消えた二つの背中を見送った謙哉は、部屋に戻るとただ黙って床に座り込んだ。そして、先ほどの自分の行動を恥ずかしがる。

 

「なんであんなことしちゃったんだろう……?」

 

 大胆、と言うより恥知らずだ。二人きりならともかく、やよいも居ると言うのにあんなことをしてしまうなんて馬鹿らしいにもほどがある。

 そんな風に自分を責める謙哉であったが、先ほどの急な抱擁が玲への愛情から来るものではないことは分かっていた。

 謙哉は、自分の胸の内に急に湧き上がった恐ろしい予感を抑え込む様にして左胸をぐっと掴む。誰も居ない部屋の中、謙哉はただぼそりと小さく呟いた。

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……なんて、水無月さんには言えないよな……」

 

 離れて行く玲の後ろ姿が、もう手の届かない場所に行ってしまう予感がした。恐ろしくて堪らなくて、体が勝手に動いてしまっていた。

 そんな何の根拠も無い自分の予感を頭から追い出した謙哉は、大きく溜息を吐いてから思考を普段の物に戻す。そうした後、目下最大の悩み事について考え始めた。

 

「水無月さんになんて言い訳すれば良いんだろうなぁ……?」 

 

 ある意味呑気な悩みを解決するべく働き始めた謙哉の頭の中には、もう既に先ほどの悪い予感は残っていなかった。ただの妙な予感、別段当たることも無い勘だからと頭の中から弾き出し、忘却の彼方へと追いやってしまったのだ。

 

 ……少なくとも、この時の謙哉にはこの予感について深く考える必要は無かった。だが、彼の知らない所では、既に物語が動き始めていたのだ。

 

 自分に敵意を向ける宿敵、彼が手にした危険な力、自分を想ってくれる玲と自分の命を軽視する謙哉の性格……その全てを絡め合わせた暗黒の魔王の脚本は、着々と現実のものとなろうとしていた。

 数多くの思惑と悪意が交わるこの物語の先に大いなる絶望が待っていることを、今の謙哉は知る由も無かった。

 

 



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ドキドキのお泊り会(後編)

「よ~るじ~か~ん~! さあ、ここからは女の子のお楽しみの時間だよ! お菓子片手に色々と話し合おうじゃあないか!」

 

「夜に油分や糖分の高いものを食べたら太るでしょ。アイドルとしての自覚を持ちなさい」

 

「硬いんだよ玲~! ちょっとぐらい良いじゃん! 玲だって謙哉っちと仲良くしてたみたいだしさ~!」

 

「なっ!? べ、別にやましい事なんか無いわよ。ただカードリストを見せて貰ってただけだし……」

 

「ふふふ……! 玲さんは謙哉さんと本当に仲が良いんですね!」

 

 部屋に敷かれた布団から頭を出してお喋りに興じる4人は、本当に楽しそうにこの時間を過ごしていた。年頃の女の子らしい姦しい一時を過ごしながら、あれやこれやと話題を変えて夜更かしを楽しんでいる。

 美味しいスイーツ、アイドルの仕事、それぞれの交友関係……そんな話を続けていた4人であったが、不意に真面目な顔になったやよいが話題を提示して来た。

 

「あのさ……これから、どうなると思う?」

 

「ん? どういう意味?」

 

「そろそろ夏休みが終わって、二学期が始まる訳でしょ? そうしたら、またソサエティの攻略に乗り出すことになるんだけど……今の私たちは一学期の私たちとは違う。色々と変わっちゃったから、どうなるのかなって……」

 

「……そっか、二学期からはマリアっちも居なくなるし、城田も居ないんだよね……」

 

「白峯や虹彩のA組のメンバーもボロボロで心身共に傷を負ったわ。今まで通りに活動出来るかって聞かれたら、難しいかもしれないわね」

 

 夏休み中に起きた様々な事件、ガグマとの戦いに敗れたことから始まったそれらの出来事に思いを馳せた4人は、今度はこれからの事について考え始める。

 マリアと櫂の離脱、不安定になってしまったリーダー光牙、手を結んだガグマとエックス……夏休み前と比べると、悪いニュースが多すぎる。だが、敵は待ってくれないのだ。

 

「……一番良いのはさ、勇がリーダーになる事だと思うんだよね」

 

「勇さんが、ですか?」

 

「そう! だって勇は強いし、実績だってある! それに、お父さんとお母さんの過去も知って戦いにかける意気込みも違ってくるだろうし……今の状況なら、勇がリーダーになった方が良いと思わない?」

 

「……部隊を一から作り直す、悪くないわね。不安定な組織ならいっそ解体してしまった方が良い場合もあるわ」

 

「でも、それで良いのかな? 緊迫した状況下で最初から部隊を作るって、危険過ぎない?」

 

 葉月が口にした意見に対し、玲とやよいはそれぞれの感想を述べた。彼女の言う事は決して現実味が無い話ではない、むしろ上策の部類に入る物だろう。

 

 状況は変わった。虹彩学園と薔薇園学園にも変化は必要だ。そして、変化にはリスクが伴う。どうせ背負うのならば、リターンが大きいリスクの方が良いだろう。

 リーダー交代と部隊の再編成は大きな賭けだ。しかし、上手く行けば今後も安定した活躍が見込める様になる。既に一度リーダーの役目を果たしている勇なら、次のリーダーの役目を担うことは可能に思えた。

 

「……私は、そうは思いません。これ以上、勇さんに何かを背負わせたくは無いです」

 

 だが、葉月の意見に賛成できないマリアは、そう自分の意見を述べた。少し目を伏せた彼女に他3人の視線が集まり、彼女の言葉を聞き始める。

 

「勇さんは沢山の物を背負っています。私に対する罪悪感だとか、周りの皆さんから寄せられる期待から来る重圧とか、ご両親の事とか……ここに新しいリーダーとしての役目まで加えたら、勇さんが潰れてしまう気がするんです……」

 

「……そうかもしれないね。勇さん、ああ見えて凄く我慢強いし……」

 

「ヒーロー気質って言うか、率先して危ない役目を請け負おうとする所もあるよね。それで、自分の弱みを見せたりもしない。謙哉っちもそんな風な所あるけど……」

 

「自分よりも周囲を優先するのはリーダーとしての才覚がある証拠だけど……それが過ぎると、周囲の人たちも不安になるのよね……」

 

 マリアの言葉を受けた3人は自分たちが勇に頼り切りになっている事を自覚し、それを恥じた。

 レベル80を超え、人類の切り札として認知される様になった勇だが、その中身はただの高校生……自分たちと同い年の子供なのだ。彼にばかり負担を強いるのは良くないと思い直した葉月は、俯きがちに呟く。

 

「……駄目だなぁ。アタシ、なんだかんだで勇の事を頼っちゃってる……置いてかれたく無いって言っておきながら、なんかそう言う部分が抜けきらないんだよね」

 

「でも、葉月ちゃんの気持ちも分かるな……。今の私たちを支えてるのは、間違いなく勇さんだもん。それで、その勇さんを支えてるのが謙哉さん」

 

「戦闘も、面子も、あの二人で持ってるって所が大きいわね……その分、二人の負担も多いでしょうし……」

 

「……私も、もっと皆さんを支えて行きたかったです。勇さんだけじゃなく、光牙さんの事を支えてあげたかった……光牙さんは、勇者になれる人ですから……」

 

 瞳を閉じたマリアは、日本に来たばかりの頃の事を思い出していた。

 虹彩学園に転入した自分を優しく迎え入れ、色々と世話を焼いてくれた光牙。一生懸命に努力し、立派なリーダーであろうとする彼の姿は輝いて見えたものだ。

 だが今、その光牙は苦しんでいる。自分の大変な時期を支えてくれた光牙のことをマリアも支えて行きたかった。しかし、その願いは叶いそうにない。

 

「……悔しい、です。このまま何も出来ずに国に帰るなんて……」

 

「そうだよね……アタシも同じ立場になったら、凄く悔しいと思うよ」

 

「……やっぱりまだ、私は戦いたいんだと思います。皆さんと一緒に困難を乗り越えて、未来を掴みたい……そう、思っているんです」

 

 自分の置かれた状況に納得出来ないマリアは、ぽつりと本心を口から零した。そんな彼女の姿を見た葉月達も口を噤み、暗い表情を浮かべる。

 随分と沈鬱な雰囲気になってしまった部屋の中では、時計の針が進む音だけが鳴り響いていた。そんな空気に耐えられなくなった葉月が立ち上がると、他の女子たちを見回しながら大きな声で叫ぶ。

 

「あ~っ! 止め止め! こんな暗い雰囲気になったら楽しめないじゃん! ほら、空気変えよ! お菓子とジュース持ってきて、もっと騒ご!」

 

「……そうだね。今は楽しまないとね!」

 

「そうでした……限られた時間だからこそ、楽しい思い出を作らないといけませんよね」

 

「……ま、今日は目を瞑ってあげるわ。偶には女の子らしく、普通にしてみましょうか」

 

「お! 話がわかるじゃん! じゃあ、リビングにあるお菓子を取ってこよ~!」

 

 葉月の一言で明るさを取り戻した女子たちは、笑みを浮かべて話を再開する。多少の暗い気持ちは心の中にあるものの、それを掻き消すほどの明るい気分があることも確かだ。

 今はとにかく楽しい時間を過ごそうと決めた4人は、和気あいあいと話しながら部屋から出てリビングへと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なあ、謙哉。ちょっと良いか?」

 

「ん? 何だい?」

 

 その頃、男子の部屋の中では勇が謙哉に会話を切り出していた。二人きりの空間の中で真剣な表情を浮かべた勇は、部屋の天井を見つめながら口を開く。

 

「……夏休みが終わって学校が始まったら、俺は光牙に一つ提案してみようと思うんだ。もしかしたらA組の連中には反対されるかもしれねえが、それでもやんなきゃなんねぇことだと俺は思う」

 

「……うん、僕たちにも変化は必要だ。少なくとも、今のままでは回って行かないよ」

 

「……色々と迷惑をかけるかもしれないけどよ、俺を信じてついて来てくれるか?」

 

「当たり前でしょ? 約束したじゃ無いか、最後まで一緒に戦うって……僕は、勇の傍で戦い続けるよ」

 

「……サンキュな、謙哉」

 

「言いっこなしだよ、勇」

 

 視線を交わらせずに行った会話ではあるが、確かに親友と心が繋がっていることを感じた勇は幸せそうに笑みを浮かべた。

 謙哉に対する感謝の気持ちを胸に抱く勇は、電気の消えた部屋の中で今後の行動について考えを巡らせた。謙哉の言う通り、今の自分たちには変化が必要なのだ。

 周囲の状況に対応する為、失ってしまった物を補う為、自分たちは変わらなくてはならない……出来る限り全員の納得を得た状態でそれを行わなければチームワークの崩壊に繋がることを理解している勇は、慎重に考えを巡らせていった。

 

「……ねえ、勇。勇って、好きな女の子とか居ないの?」

 

「……はぁ?」

 

 そんな時だった、謙哉が不思議な質問をしてきたのは。

 最初はポカンとした表情を浮かべた勇であったが、悪戯っぽく笑うとその話題に乗っかって話し始める。

 

「珍しいじゃねぇか、お前がそんな話を振って来るなんてな」

 

「偶には良いでしょ? 考えてみれば、僕たちの周りって可愛い女の子ばかりじゃない? 一人くらい気になってる女の子が居るんじゃないの?」

 

「そうだなぁ……でも、今まで考えてもみなかったんだよなぁ……」

 

 勇が口にしたのは紛れも無い本心であった。戦いばかりの日々の中で、恋愛に割くほどの心の余裕が無かったのだ。

 だからあまり女子たちにそんな思いを抱いたことは無い訳だが……そんな勇に対し、謙哉は二人の女子の名前を提示して来た。

 

「新田さんとマリアさんはどうなの? 二人とは仲が良いでしょ?」

 

「あー……まあ、そうだな……」

 

「……二人のうち、どっちかの事を良いな、って思ったことは無い?」

 

「ん~……難しいなぁ……。なんつーか、恋愛感情って言う程の思いはねえよ」

 

「え~? 本当に~?」

 

 揶揄う様な謙哉の声に苦笑した勇は、少し考えた後で自分の思いを言葉にし始めた。

 

「……葉月もマリアも、俺にとっては大切な存在だよ。そこは間違いない」

 

「ふ~ん……それで?」

 

「……前にリーダーになった時、悩んでた俺の背中を押してくれたのが葉月だった。あいつの明るさとか、勢いとかに救われることは結構有ってさ……なんつーか、太陽みたいな奴だな~って思ってる。近くに居てくれるだけで、明るい気分になれるからな」

 

「へぇ……じゃあ、マリアさんは?」

 

「マリアは……守りたい奴、かな? 優しくって、温かくって……変身は出来ないけど、あいつは強い。あいつが凛としてる姿に勇気をもらったし、そんな姿を見ていたいって思う。だからあいつを守りたい……たとえ俺との記憶が無くなっても、俺のその思いは変わんねえよ」

 

「……大切なんだね、二人の事が」 

 

 謙哉の言葉に勇は頷く。真っ暗な部屋の中だが、親友には何となくでも自分の思いは通じているだろう。

 少し恥ずかしい事を話した勇はほんのりと顔を赤くさせるが、その恥ずかしさを紛らわせる為に謙哉に対して質問を投げかけた。

 

「さて、次はお前の番だぜ? 謙哉はどうなんだよ?」

 

「僕? 僕は……居ない、かなぁ?」

 

「そう言うと思った! ……なら個人指名だ、水無月の事をどう思ってるか教えろよ」

 

「水無月さん? う~ん、そうだなぁ……」

 

 その言葉に悩み始めた謙哉の様子を探りながら、勇は何故かドキドキしていた。

 鈍い謙哉のことだ、玲から向けられている感情には気が付いてはいないのだろう。そんな状況の中で、謙哉が玲にどんな感情を抱いているのかを知ることに、勇は軽く緊張していた。

 

「……勇が新田さんとマリアさんに抱いてる感情を半分ずつにしたら丁度良い感じかな?」

 

「ほう? つまり?」

 

「水無月さんは強い人だから、守るって言うのはなんか違うと思う。でも、弱い人でもあるから、支えてあげたいとも思っちゃうんだよね」

 

「ほ~、なるほどな~……最初と比べて態度が軟化して来たことに関してはどうよ?」

 

「素直に嬉しいと思うよ。良いチームになれてると思う。……彼女からあんなに心配される日が来るなんて思ってもみなかったし、一緒に居てくれて素直に嬉しいな」

 

 謙哉の声が少しだけ暖かくなる。元より感情の籠った優しい声であったが、それに輪をかけて温もりが溢れる様になったその声には、幸せの感情が詰まっていた。

 

「……キツイ時には支えてくれて、発破をかけてくれる。何かと僕を気に掛けてくれてて、何時もフォローしてくれるんだ。ただ話したり一緒に居たりするだけで幸せだし……笑ってくれると、胸が温かくなるよ」

 

「……そう言や、あいつも良く笑う様になったよなぁ」

 

「水無月さんの笑った顔、凄く可愛いんだ! もっと笑って欲しいって思うし、守りたいって思う。……うん、守りたいって思うよ」

 

「……なあ、謙哉。お前、好きな奴は居ないんだよな?」

 

「え? うん、そうだけど……どうかした?」

 

「ああ、うん……そっか、そう言うことか……妙に納得したわ……」

 

「???」

 

 頭の上に?マークを浮かべる謙哉を見ながら、勇はしきりに頷いていた。そして、謙哉は本物のにぶちんだと確信する。

 謙哉は本当に鈍い、鈍すぎる。他者からの思いだけで無く、自分の感情にまで気が付いていないのだ。

 傍から見ればその答えは分かり切っている。気が付いていないのは自分だけ……それに気が付けば、一気に話は進むと言うのに。

 

(水無月の奴、苦労しそうだなぁ……。でもま、あいつの事だから大丈夫だろ!)

 

 今もなお疑問を浮かべた表情で首を傾げている謙哉を横目に見た勇は、小さく笑うと頭から布団を被った。

 面白い話を聞けたと満足げに微笑む彼は、瞳を閉じて微睡に身を預けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねえ、皆、顔が赤くなってるんじゃないかな?」

 

 珍しく……本当に珍しく他人をからかう口調で話すやよいは、目の前に居る3人組へと小悪魔の様な笑みを見せた。

 そんな彼女に恨みがましい視線を向けながら、葉月達は小さく声を漏らす。

 

「う~……覚えとけよぉ、やよい……!」

 

「あう、あう……ふぁぁ……!?」

 

「……今は話しかけないで、余裕ないから……っ」

 

 男子の部屋のすぐ傍で聞き耳を立てていた4人は、今の勇と謙哉の話を全て聞いてしまっていた。彼らからの率直な思いを耳にした葉月達は、恥ずかしさで顔を真っ赤にしているのだ。

 

「ふふふふふ……! からかう側って楽しいんだね! 葉月ちゃんの気持ちがわかったよ!」

 

「あ、あんまり大きな声を出さないで下さい! 勇さんたちにバレたら、どんな顔すれば良いのかわかりませんよ……」

 

「部屋! 早く部屋に戻りましょう! 今の話は聞かなかったことにして、早く!」

 

 足音を立てぬ様に慎重に、されど素早い動きで部屋へと戻って行く3人の姿を見たやよいは、声を殺して笑う。なんとも甘酸っぱい青春模様を見せられた今の自分は、おせっかいなおばあちゃんみたいだ。

 

「良いなぁ……! 私も誰かからあんな風に想われてみたいなぁ……」

 

 小さくそう呟いて葉月達の後を追うやよいは、部屋の中でもこれをネタに揶揄い続けてやろうと心に決めてまた笑ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜は更ける。様々な感情、様々な事柄を絡ませ、時間は進む。

 もう過去には戻れないと知っているから、人は今を後悔しない様に生きる。今を楽しみ、幸せに生きようとする。

 この先には苦しい戦いが待っていると言うのなら……せめて今だけは、彼らに休息を……

 

 

 

 



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終わる夏、始まる戦い

<チョイス・ザ・エヴァー!>

 

「おぉぉりゃぁぁっっ!!!」

 

 ディスティニーチョイスで呼び出した愛剣【ディスティニーソード】を振るった勇は、目の前に居るエネミーを思い切り斬りつける。

 確かな手ごたえと共に火花が散り、攻撃を受けたエネミーが数歩後ろに下がったことを見た勇は、続けて剣を振るい続ける。

 

「はっ! せやぁっ!!」

 

 再びヒット、鋭い斬撃が肩口から腰を斬り裂き、エネミーにダメージを与えた。そのまま剣を突き出した勇は、敵の胸に目掛けてディスティニーソードの先端を繰り出す。

 ガキィンッ! と言う音が響き、今までで一番重い手応えを感じた勇の目の前では、渾身の一突きを受けたエネミーが大きく後ろへと吹き飛んでいた。

 

「グ、オォォォォォッ……!?」

 

「ったく、いつでもどこでも湧いて来やがる……こっちの都合も考えろってんだ!」

 

<フレイム! スラッシュ!>

 

 うんざりとした口調でエネミーに文句をつけた勇は、ホルスターから二枚のカードを取り出した。

 そして、そのカードを手にしたディスティニーソードへと通し、必殺技を発動させる。

 

<必殺技発動! バーニングスラッシュ!>

 

「おっしゃ、行くぜ!」

 

 燃え盛る炎を纏ったディスティニーソードを斜めに一閃。もう一度構え直し、更にもう一閃。二連続で振られた剣の軌跡をなぞる様に生み出された炎の斬撃が宙を飛び、エネミー目掛けて突き進んで行く。

 

「ガ!? ガガゴッ!?」

 

 ダメージを受けて身動きが出来ないエネミーの体を斬り裂いた二つの炎の斬撃は、その身体にX状の傷を残して爆発四散した。

 その一瞬後、エネミーの体もまた灼熱の炎に包まれて見えなくなり、最後には光の粒となって消滅して行く。

 

「ふぃ~……これで終わりっと!」

 

 戦いの終わりを見て取った勇は変身を解除すると深く息を吐いた。そして、まだ高い位置に昇っている太陽に視線を移し、目を細める。

 買い出しの最中にエネミーに遭遇した時は驚いたが、周囲の被害が少なくて良かった。そう思った勇であったが、自分が買い出しの最中であったことを思い出すと慌ててバイクを走らせてスーパーに向かう。

 

「やっべぇ! 急がねえと夜に間に合わなくなっちまう!」

 

 予想外の手間を取らせてくれたエネミーに苛立ちつつ、勇は大急ぎで買い物を済ませるべく目的地へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ええ、はい……無事、納品も完了ですか。シークレットレアも問題無し……それは良かった」

 

 電話で会話しながら笑顔を浮かべた天空橋は、無事にディスティニーカードの新弾が発売する為の準備を整え終わったと言う報告を受けてほっと一息をついた。どうやら、忙しかった最近の日々の努力が実を結んだ様だ。

 数日後には全世界でディスティニーカード第三弾【暗黒の魔王と創世の歌声】が発売されるだろう。今回もまた沢山の人たちに喜びと驚きを届けられることに満足感を抱いた天空橋は、電話を切って天井を見上げる。

 

「これで一安心……って、行かない所が悲しい所ですよね」

 

 そう呟いて苦笑した天空橋はすぐさま自前のPCを起動すると作業を再開した。

 フォルダから今回の新作パックの高レアカードの一覧の画像を呼び出すと、それを見ながらまた別のPCに文字列を記入していく。

 

「このカードと、ソサエティのクエストクリアで貰える素材を組み合わせれば……うん、これでディーヴァのお三方用の装備も作れる。後は、出来たらこのカードも光牙さんたちに差し上げたいですね……」

 

 政府の協力者として、そしてディスティニーカードの生みの親として、天空橋は自分に出来る仕事を続ける。今は、勇たちに自分の作ったカードの力を最大限に引き出して貰う方法を考えることが彼の仕事だ。

 

 新たなカードパックが発売されれば、新たな力が彼らの元にやって来る。その力を最大限に使わなければ、新たな脅威に立ち向かうことは出来ないだろう。

 ガグマとエックスが手を結んだことは分かっている。今は静観しているマキシマやシドーもいつ動き出すかわからない。彼らに対抗する為にも、戦力の増強は必要不可欠だ。

 

「……後は、このカードが皆さんの手に渡ってくれればいいんですけど……」

 

 最重要、と書かれたファイルの中にあった一枚のカードを眺めた天空橋は、入手しにくいこのカードを何とか勇たちが手に入れてくれないかと天に祈る。強力なカードであるこのカードは、それに比例して非常に入手しにくい物なのだ。

 今回の第一陣の出荷でも合計10枚しか出荷していないこのカードは、日本だけで見れば2、3枚程度しか流通しないことになるのだろう。

 

 流石にこれを入手するのは不可能かと考え直した天空橋は、取り合えず企業との連絡を続けてこのカードを勇たちに出来る限り早く譲渡することを決めた。今までのフライングゲットとは違い、このカードだけはすぐに公開できない理由があるのだ。

 

「……まだ実験データも取れていませんが、これを使ったらどれだけの力が計測出来るんでしょうかね?」

 

 今は手元に無いそのカードの絵柄を眺めながら、天空橋はその力を想像して楽しそうな声を漏らしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……終わるのね、夏休みが……また、学校が始まる、か……」

 

 ゲームギアを弄っていた真美がカレンダーを見つめてから呟きを漏らす。

 長い休みが終わることを悲しむと言うよりかは、今後の動きをどうするべきかを迷っている様な意味合いが強いその言葉を口にした彼女は深く息を吐いてからもう一度ゲームギアへと視線を移した。

 

「どうすれば良い? どうすれば戦力を立て直せるの……?」

 

 甚大な被害を負ったA組を立て直し、もう一度戦いへの準備を整える為の策を考える真美は、夏休み明けの行動を頭の中でシュミレートしていた。だが、そのどれもがしっくりと来る効果を挙げられないでいる。

 魔王、櫂、マリア、光牙の精神状態……解決するべき問題は山積みだ。だからこそ、その全てを解決する方法は簡単には見つけ出せない。

 ただ一つ……たった一つだけだが、一応の効果はあるであろう策はあった。だが、それにはまた光牙のプライドを傷つける必要がある。

 

「……もうこれしかないわ。今は我慢して、光牙……必ず、必ずあなたを勇者にしてあげるから……!」

 

 ここには居ない光牙に対しての言葉を口にした真美は、危険な光を瞳に灯しながら覚悟を決めた。

 この策を実行するために光牙を説得することこそが自分の役目なのだと信じる彼女は、もう一度自分の策に不備が無いかどうかを確認し始める。

 

「今は我慢の時……でも、あなたが勇者になる日は必ず来るわ……! その日まで私があなたを支えてみせるから……!」

 

 これから始まる新たな戦いに思いを馳せながら、もう一度真美は呟き、そして笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、希望の里で子供たちに作った料理を振舞う勇は、まだ暑い外の気温に汗を流しながら外を見る。

 遠くの方に見える明かりと聞こえて来る喧騒に笑みを見せながら、勇が外の会場の設置を終えて一息ついた時だった。

 

「勇さん、お待たせしました」

 

 自分を呼ぶ声に勇が振り返れば、そこには浴衣姿のマリアが居た。赤と黒の綺麗な浴衣を身に纏った彼女の姿に心臓を跳ね上げた勇は、少し緊張した面持ちで彼女を迎える。

 

「お、おう、丁度良かったな。今、準備が終わった所なんだ」

 

「今日はお招きくださってありがとうございます。楽しみにしてました」

 

「うちのチビ共もおなじさ。一緒に楽しんで行ってくれよな」

 

 きゃいきゃいと騒ぐ子供たちに連れられて庭に敷かれたシートまで歩くマリアの後ろ姿を見つめた勇は、数日前から楽しみにしていた花火大会を鑑賞すべく自分もそれに倣う。

 この希望の里の一大イベントを楽しむ準備を終えた勇は、子供たちや職員たちに囲まれるマリアの隣に腰を下ろした。

 

「……浴衣、似合ってるな。綺麗だぞ」

 

「あ……ありがとう、ございます……変じゃ無いと良いんですけど……」

 

 頬を赤らめるマリアの横顔にドキリとした勇は、それを隠すべく空を見上げた。

 空中を見つめつつ、横目でマリアの様子を探る。綺麗な横顔を見せるマリアの表情は、どこか晴れやかであった。

 

「……勇さん、花火が始まる前にちょっとだけ良いですか?」

 

「あ……? どうかしたのか?」

 

 急にマリアに話しかけられた勇は、声を少しだけ上ずらせて返事をした。緊張感を隠せないでいる勇に対してクスクスと笑みを笑みを見せたマリアは、ほぅと息を吐いてから話を始める。

 

「……残ることになりました。日本に」

 

「は……?」

 

「二学期も、虹彩学園に通う事になったんです」

 

「え……? えええぇっ!?」

 

 予想外、そうとしか言い様の無いマリアの言葉に驚愕の表情を見せる勇は、何故そうなったのかと言う疑問を心の中に浮かべた。マリアはそんな勇の疑問を読み取ったのか、理由の説明を始める。

 

「……お父様がまだ日本に残るって言いだしたんです。何か調べたいことがあるとかで滞在するって言ってて、最初は私だけでも国に帰そうとしてたんですけど……」

 

「説得したのか?」

 

「説得……と言うよりもごねましたね。私も知りたいことがある、記憶だって取り戻したい、って言って散々我儘を言いました。それで、根負けした感じでしょうか?」

 

「お、おいおい……良いのか、それで……?」

 

「……多分、お父様も自分が日本に残ることを決めた時からこうなることは分かってたんじゃないかと思うんです。私を残すことを考慮しても、調べたいことがあったんでしょう?」

 

「そう、なのか……」

 

 あのエドガーがマリアの危険を考慮してまで知りたいと思った事柄とは何なのか? 彼の心の中など読めはしない勇であったが、なんにせよまたマリアと共に学校に通えるようになったことを素直に心の中で喜ぶ。

 しかし、マリアは真剣な表情で勇のことを見つめると、静かな声で自分の意見を口にし始めた。

 

「……お父様がそこまでして知りたいこと……それはきっと、二つあるんだと思います。一つは私の記憶喪失の真相、そしてもう一つは……勇さん、あなたのご家族のことです」

 

「え……? 俺の家族についてだって?」

 

「……実は、聞いてしまったんです。お父様が部下の方に勇さんのご家族の情報を調べさせた所、一切の情報が秘匿されていたって……勇さんの家族にはまだ何かがある、お父様はそう考えているみたいです」

 

「情報が秘匿……? なんで、そんな……?」

 

「わかりません。でも……お父様は、自分のしてしまったことに責任を感じているみたいなんです。自分のせいで勇さんは、突然真実を知ることになった。天空橋さんの考えをふいにしてしまったことに責任を感じている様で、出来ることならもっと勇さんのご家族についての情報を集めたいと思っているみたいなんです」

 

「そんな……気にしなくて良いって! 俺もマリアのお父さんのお陰で家族について知れたし、むしろ感謝してるって!」

 

 そうやって正直な思いを口にする勇であったが、マリアはそんな彼に対して小さく首を振ってみせた。恐らく、暗にそんな単純な話ではないと言いたいのだろう。

 気にかけて貰っていることを感謝する様な、また新たな謎が生まれてしまった事に困惑する様な、そんな複雑な思いを胸に浮かべた勇であったが、突如として夜の闇が明るくなったことに驚いて顔を上げると……

 

「うわぁ……! 綺麗、ですね……!」

 

 空に打ちあがる綺麗な花火が夜の闇を照らし、華麗に天空を彩っていた。その美しい光景に息を飲むマリアが笑顔を見せる。

 先ほどまで心に浮かんでいた暗い感情を掻き消す様な花火の光に照らされた勇は、一度顔を伏せた後でマリア同様に笑顔を見せた。

 

「ま、なんにせよだ! ……また、一緒に学校に通えるんだよな?」

 

「はい! ……ソサエティの攻略には加われないかもしれませんが……まだもう少し、一緒に居られることは間違いないです」

 

 今の自分たちにとって大事なことはそれだけだ。

 まだ一緒に居られる。まだ共に過ごせる……それさえ分かれば十分だ。

 

 まだまだ自分たちの抱える問題には解決が見えない。暗い話題も多く、この先を楽観視することは出来ないだろう。

 だが、明るいニュースが無い訳でも無い……こうやってマリアと共に過ごせる時間が伸びたことは、間違いなく良い話だ。

 

「……光牙にも教えてやんねえとな。あいつもきっと喜ぶぜ」

 

「はい! ……勇さん、二学期もどうぞよろしくお願いしますね!」

 

「こちらこそよろしくな!」

 

 差し出された手を取り、勇はマリアと握手を交わす。楽しい一時を過ごす二人は、再び夜空を見上げて美しい花火を眺め続けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、様々な驚きを勇たちに与えた夏休みが終わろうとしていた。仮面ライダーたちは再び集い、新たな戦いを始めようとしている。

 だが、彼らの前に最初に立ちはだかる暗黒の脅威は、その思惑を着実に現実の物とするべく行動を続けていることをまだ勇たちは知り様が無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――???がゲームオーバーになるまで、あと???日……

 

 

 



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新学期、新たな戦略

 勇が教室に入った瞬間、教室の空気が変わった。A組の生徒たちが一斉に勇の方向へと視線を送り、何とも言えない表情を浮かべている。

 ガグマ戦での出来事、いなくなった櫂、その後の戦いを支えた勇……そう言った一連の出来事のせいか、この夏休みでの戦いの最大の功労者にして自分たちが蔑ろにし過ぎた男に対し、生徒たちは何と声をかけて良いのかがわからない様子だ。

 勇もまた居心地の悪さを感じながら自分の席へと向かうと、黙って椅子に座った。そして、ただ黙って黙々と今後の行動についてを考え始める。

 

 自分のやりたいこと、今やらなければならないことは明確に分かっている。だが、それが自分一人の力では実現出来ないことも良く理解していた。

 少なくとも、このクラスの全員の力が必要だ。と来れば、間違いなく光牙を説得しなければならないだろう。

 今の彼が自分の話を聞いてくれるかを心配する勇であったが、そんな彼の前にその光牙がやって来るとおもむろに声をかけて来た。

 

「龍堂くん、少し良いかな……?」

 

「え……? あ、あぁ、なんだ?」

 

 久しぶりの様な、そうでも無いような。そんな良く分からない距離感に緊張する勇は、背筋を正して光牙に応える。

 対して光牙は少しだけ物憂げな表情を浮かべると……予想外の行動を取って見せた。

 

「……ここ数か月に及ぶ俺の君への非礼を詫びさせてくれ。本当に済まなかった……!」

 

「!?」

 

 自分の目の前で深く頭を下げた光牙の姿を見た勇は唖然とした表情を浮かべて思わず立ち上がっていた。あの光牙がA組の観衆の前で自分に頭を下げるなど、想像も出来ない出来事だったからだ。

 しっかりと頭を下げて勇に謝罪の意思を見せた後でゆっくりと頭を上げた光牙は、瞳に涙を浮かべながら勇へとなおも謝罪を続ける。

 

「俺は……俺は、馬鹿だった……! 調子に乗り、浮かれ、沢山の仲間を危険にさらしてしまった。その上、櫂やマリアもあんな目に遭わせてしまって……虹彩学園が弱体化したのは、間違いなく俺の責任だ」

 

「こ、光牙! そんな事は……」

 

「いや、俺の責任なんだ……! 俺はそれを認めたくないばっかりに君に当たり、酷い行動ばかり取ってしまった……龍堂くんが居なければ、もっと甚大な被害が出ていたと言うのにも関わらずだ。今までの自分の行動を振り返ってみると、俺は自分が恥ずかしくて堪らないよ」

 

「光牙……」

 

 自分の前で悔しさと寂しさが入り混じった表情を浮かべる光牙を見た勇は、彼もまた様々な悩みを抱えているのだろうと思った。ストレスやプレッシャーが大いにのしかかって来るリーダーと言う責任ある立場にあって、それは当然のことだ。

 本当に色々な事があり過ぎた。あえて誰かが悪いと言う言い方をする必要も無い。光牙もただ、度重なる辛い出来事の前に心が疲れてしまっただけなのだ。

 

「……こんな愚かな俺だが、まだ世界を救いたいと言う思いは変わっていない。虹彩学園の力を、櫂を、そして人類の平和を取り戻す為、また君の力を貸してくれないだろうか?」

 

 謝罪の言葉と共に光牙が手を差しだす。それをじっと見つめた後、勇は小さく笑みを浮かべてからその手を取った。

 

「ああ! また一緒に戦おうぜ! 今度こそ力を合わせて、ガグマたちを倒すんだ!」

 

「龍堂くん……! 本当に、ありがとう!」

 

 力強く手を握る勇に対して笑みを浮かべた光牙もまたその手を強く握った。固い握手を交わす二人の周囲には、A組の生徒たちが事の成り行きをあっけにとられた表情で見守っている。

 

「龍堂くん、これからの活動方針に関して君の意見を聞かせて欲しい。詳しくは後の作戦会議で話し合おう」

 

「ああ、わかった。じゃあ、また後でな」

 

 最後に短く今後に関することを話し合った後二人は別れ、それぞれ自分の席へと座った。

 ほんの数分の出来事に目を丸くするA組の生徒たちであったが、始業のチャイムが鳴り響くと同時にその困惑を切り捨てて授業へと意識を集中させていく。

 そんな彼らの様子を黙って見つめながら、美又真美は口元で小さな笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これで良いのかい、真美?」

 

「ええ、十分よ。これでA組の皆も余計な心配をしないですむわ」

 

 会議室に向かう途中、真美と二人きりになった光牙はそう彼女に尋ねた。真美はその言葉に大きく頷き肯定の意を示す。

 

 夏休み前から続く虹彩学園の中心メンバーの内紛を収める為にすべきこと、それは、光牙と勇の関係を良好な状態に戻すことだった。不和を感じさせる状態で活動したくないと言う事もそうであったが、一番の目的はそこではない。

 光牙と勇のパワーバランスは夏休みの前と後では大きく逆転していた。夏休み前は大きく支持を得ていた光牙であったが、ガグマ戦での失敗からその評価を大きく落としてしまったのである。

 それに対して勇は撤退戦での活躍とレベル80の力を得たことで、文字通り人類の切り札としての地位を確立した。認めたくは無いが、今はもう勇の方が光牙より上の立場にあると言った方が良いだろう。

 真美が危惧しているのはそこだ。この先、()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを心配しているのだ。

 

 失態から権威を失墜させた光牙では無く、実質的に虹彩学園を引っ張っている勇をリーダーにしようとする者が現れないとも言い切れない現状、すぐにでも光牙の威厳を元に戻すことも不可能な状況である限りはその心配はいつまでも付きまとう。ならば、取る手は一つしかない。

 誰よりも先んじて光牙と勇の関係を修復させ、勇の意見を後押しする雰囲気を光牙自ら作り出させるのだ。

 仲間たちに良好な関係でいる様に見せ、全幅の信頼を置いて右腕の様に扱えば、生徒たちも勇も変な考えは起こさないだろう。

 

 幸か不幸か、その状況に一番反対するであろう櫂は今は居ない。新たな火種が生まれそうならば真美やマリアがフォローに入ればいい。上手く言えば、マリアだって手玉にとれるはずだ。

 学園が違うやよいたちもクラスが違う謙哉もそこまで奥深く潜り込むことは出来ない。表面上だけでも上手くやっていると見せかければ、誰も追及はしないはずだ。

 

 今、勇を認めたふりをしておく事にはこれだけのメリットがあった。彼と共にA組と虹彩学園の戦力を復活させるまでは、勇のことを上手く使って行けば良い。目的が完遂されたら適当な所で切り捨ててしまえばいいのだから。

 その際もあまり手酷い終わり方にならぬ様に注意を払いつつ行動を起こさねばならないが……現状、それが光牙にとっては最高の策に思える。真美は光牙にそう話し、彼に朝一で勇に頭を下げさせると言う行動に出させたのだ。

 

「大丈夫よ、光牙……! 今は我慢の時、すぐにあなたを元の立場に……いえ、今まで以上に勇者に近い位置に戻してあげるからね」

 

「……ああ」

 

 自分に対して狂気的な愛情を持ってそう呟く真美に対し、光牙は多少の寒気を覚えながらも頷く。

 どう足掻いたって彼女が光牙の()()を握っている以上は逆らう事が出来ない。今の光牙には、真美に従うと言う選択肢しか持っていなかった。

 

「取り合えずは、龍堂の考えに乗りましょう。あまりにも非現実的だったら反対するけど……あいつのことよ、きっと面白い策を考え付いてるんでしょうね」

 

「そう、かもしれないな……」

 

 自分には無い柔軟な思考を持つ勇に嫉妬の感情を抱きながら、光牙は会議室のドアを開けて中に入る。

 自分の背を見つめて微笑む真美の視線に再び寒気を感じながら、彼は自分に割り当てられた席に座って全ての参加者が揃うのを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数分後、虹彩学園の主要メンバーが揃い、薔薇園学園の面々はテレビ通信と言う形で出席することになった新学期初の会議が開催された。

 今回の議題である『今後の活動方針』と『失った戦力の補強及び回復』について話し合うメンバーたちに対し、勇は一つの提案を掲げる。それを聞いた光牙たちは、唖然とした表情で面食らっていた。

 

「も、もう一度聞いても良いかな? 龍堂くん、それは本気かい?」

 

「ああ……この状況を打破する方策は一つ、戦国学園と同盟を結ぶしかねえ」

 

 光牙の確認に対して同じ台詞を繰り返した勇は、この場にいる全員の顔を見渡す。そして、意を決したようにして説明を始めた。

 

「良いか? 現状、虹彩も薔薇園もまだガグマとの戦いが癒えてねえ。この状況じゃ夏休み前の様に動くことは出来ないし、逆にガグマたちが何らかの動きを見せた場合は一転して大ピンチに陥るって訳だ」

 

「それは理解している。だからこそ、戦力の補給と回復が必要だと言う事もね」

 

「その戦力の補給方法を戦国学園の生徒たちを迎え入れることで果たそうって事だよ。あいつらの腕っぷしは分かってる。十分に信用出来る連中のはずだ」

 

「……悪くないね。光圀さんや大文字先輩が協力してくれたら、怖いもの無しだ」

 

「でも、そう上手く行くんでしょうか? 相手はあの戦国学園ですし……」

 

 勇の話を聞いた謙哉が肯定と取れる声を上げるも、やよいの不安そうな呟きもまたここに集まった生徒たちの心中を現していた。

 同盟を結ぼうとしている相手はあの戦国学園、武闘派の荒くれもの集団だ。それに、彼らとは一度争ったこともある。

 一筋縄ではいかなそうな策だが、決して下策と言う訳でも無い。この作戦が成立すれば、勇たちは十分な戦力と学園の体力を回復させる時間が得られるのだ。

 

「……俺は龍堂くんの意見に賛成だ。危険な賭けだが、やってみる価値はある」

 

「同じく、乗るよ。戦国学園の皆とも協力できるようになれば、魔王を倒す事だって夢じゃないしね!」

 

「謙哉、光牙、サンキュー。これで、ある程度は形になるかな」

 

「龍堂、アンタの考えはわかったわ。でも、どうやってあの大文字を説得するつもり? 何か方法があるの?」

 

「ああ? 方法なんか一つに決まってんだろ?」

 

 謙哉、光牙の同意を得た勇がにやりと笑う。そんな彼に対して若干苛立ち紛れの言葉を投げかけた真美であったが、不敵に笑う彼の表情を見ればなにも言えなくなってしまった。

 勇には何か考えがある……それだけ分かれば十分だとばかりに頷いた彼女を見た勇はもう一度笑みを浮かべると椅子から立ち上がった。

 

「さて、行くか」

 

「え……? 行くって、どこにさ?」

 

「決まってんだろ? 戦国学園にだよ。行動を起こすなら早い方が良いってな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お断りします。我らに益が無い」

 

「当然だろうが! てめえら何考えてこの話持って来やがった」

 

「……って言ってるけど、どうするの?」

 

 当然とばかりの根津と仁科の声に真美が肩を竦めて勇の方を見る。それに釣られて彼へと視線を送った二人もまた、勇が口を開くのを待つ。

 彼らの後ろでは大きめの椅子に座る大文字と行儀悪く机の上に座る光圀の姿もあり、それぞれが違った表情で勇のことを見つめていた。

 

「正直、我ら戦国学園が力を失った虹彩学園と薔薇園学園を攻めても良かったんです。そこの光圀がそんなつまらんタイミングで仕掛けるのは嫌だ、と言わなければさっさとあなたたちを配下に置いているものを……」

 

「そんな死に体の奴らと組む理由が見つからねえだろうがよ! 分かったらさっさと帰れ、このすっとこどっこいが!」

 

「まあ、待てよ。少しは俺の話も聞けって」

 

 勇は二人の言葉を軽く受け流すと根津の方を見た。学校間のやり取りを仕切る彼に注力して話を始め、その反応を探る。

 

「こっちが面倒を見て貰う可能性が高いってのは確かだ。けど、そっちにだってメリットはあるぜ?」

 

「ほう? それは何でしょうか?」

 

「シドーとやり合う時に手を貸す。それじゃ不服か?」

 

 その名前を出した瞬間に根津だけでなく仁科の表情をも変わったことを確認した勇は、心の中でしたり顔を浮かべて脈があることを喜ぶ。そして、そのままここが押し時とみて話を続けた。

 

「そっちがシドーに歯が立たなかったことは前に聞いた。次に奴が何時姿を現すのかもわかんねえ。なら、それまでの間に出来る限りの備えをしておいた方が良いんじゃねえか?」

 

「……なら、あなた方をさっさと倒して奪える物を奪うとしましょうか。それが現存、一番の戦力の補給方法では?」

 

「おいおい、冗談はよせよ! 分かってんだろ? 今の虹彩にも薔薇園にも大した力はねえ、奪って得をする物も特には無い。せいぜいギアドライバー位のもんだが、俺たちのドライバーは個人認証があるからお前たちには使えないと来た。俺らとことを構えてまで奪う価値のある物か?」

 

「………」

 

 勇の言う通りだった。万一、ここで両校と戦いを始めたとしてもあまり益は無いのだ。勇の言った通り、薔薇園学園のギアドライバーを三機奪えるくらいのもので疲弊した二つの学園にはあまり価値がある物は残ってはいない。

 それに、戦うとなれば当然こちらも疲弊する。両校は紛れもなく名門校であり、消耗しているとは言え間違いなく厳しい戦いになるだろう。奪う物よりも失う物が多い戦いなど愚の骨頂だ。

 

 当然そんな戦いをするつもりの無い根津は、自分のはったりを簡単に躱した勇との交渉の席に着く。少なくとも彼の話は聞く価値があると考えた根津は、そのまま彼との話を再開した。

 

「それで? まさかそれだけでは無いでしょうね? たかがシドーを倒す時に力を貸すだけで、この戦国学園との同盟を締結出来るとお思いですか?」

 

「たかがなんて言い方すんなよ。結構きついぞ、魔王の相手は。それが三体となったらお前たちだって困るだろ?」

 

「……三体、とは?」

 

「考えるまでも無いだろ? シドー、ガグマ、それにエックスの三体のことさ。虹彩と薔薇園がやられたら、奴らは次にどこを狙うと思う? ……自分たちの仲間とやり合ってる所があるとすりゃあ、興味を向けるのはそこだと思うけどな」

 

「ふむ……なるほど……」

 

 交渉材料に自分たちの弱体化している現状までもを加えて来る勇の大胆さに根津は舌を巻いた。決して予想できない事態では無かったが、弱みを強みに見せる勇の交渉術には大文字すらも笑みを浮かべて感心している。

 交渉の席を軽い雰囲気で支配する勇は笑ったまま根津の反応を伺っていた。そう言う小狡い所も評価できると思いながらも、根津は自分の意見を言葉にすべく口を開く。

 

「なるほど、そちらのお話は分かりました。しかし、戦国学園があなたたちと組むことはあり得ません。何故なら……」

 

「戦国学園は何処とも組む気はない。それがどこであろうとも……特に、弱い奴とは組みたくない、だろ?」

 

「……そこまで分かっていながら何故、ここに来たのでしょうかね? 結局、話し合いは無駄になることは分かっていたでしょう?」

 

「ははっ! そりゃそうだな! ……んじゃ、お互いに実力行使と行きますか!」

 

 その言葉が合図だったかの様に、大文字と光圀が椅子から立ち上がった。虹彩学園側も謙哉と光牙がドライバーを片手に前に出て来る。

 お互いに三人のドライバー所持者たちが睨み合う形になった教室の中、一番最初に口を開いた大文字が勇たちへと告げる。

 

「戦国学園の流儀は一つ、強き者が全て! それに従い、我らに勝利し、我らを従えてみせよ!」

 

「つーわけや! じっくり楽しもうやないか!」

 

「てめえらには何時ぞやの礼もまだだしなぁ……! ぐっちゃぐちゃにしてやるぜ!」

 

 大文字たちは闘気を漲らせ、勇たちを睨む。しかし、いかつい大男たちの険しい視線を受けても勇たちには臆した様子は無かった。

 緊張した面持ちではあるものの、戦いへの覚悟を決めて来たであろう三人は息を整えてからドライバーを構える。そして、それぞれの相手を見つめながら口を開いた。

 

「申し訳ないが、また勝たせて貰うよ。俺たちのこれからの為に、負けるわけにはいかないのさ」

 

 光牙は一度勝利したことのある仁科に対して余裕を含んだ口振りでそう告げた。

 その言い方に青筋を立てて怒りの表情を見せる仁科は拳を打ち鳴らして戦いの時を今か今かと待っている。

 

「……そう言えば、初めて戦う事になるんですね。よろしくお願いします!」

 

 緊迫した戦いが始まると言うのに、謙哉はまるでスポーツか何かの練習試合を始めようとしている様な雰囲気の言葉を発した。

 流石の光圀も苦笑するも、謙哉もまた彼が認める強者である事には変わりない。謙哉との戦いに胸を躍らせながら、光圀は舌なめずりをしていた。

 

 そして最後、大将である大文字と睨み合いながら、勇はどこか楽し気な口調で彼に向って言う。

 

「一度戦ってみたかった相手だ、遠慮なしにぶつからせて貰うぜ!」

 

「レベル80の力、存分に振るってみせろ! 我も全霊で相手をしてやる!」

 

 バチバチと火花が散る様な睨み合いの中、予期していた流れに沿った戦いへの道筋を辿った両校は、お互いの目論見を理解しつつ負けられない戦いへと挑む。

 勝って虹彩学園に再び戦う力を取り戻す為に……三人は、強敵との戦いへと飛び込むのであった。

 

 

 

 



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戦 IXA

「……問おう、龍堂勇。貴様は何の為に戦う?」

 

「……守りたい物を守る為、受け継いだ悲願を果たす為だ」

 

「なら、貴様にはそれを実現出来るだけの強さがあるのか?」

 

「はっ、それを今から確かめるんだろ? 違うのか?」

 

 勇の挑発的な口ぶりに口元を歪めた大文字は小さく笑って見せた。そして、これ以上は語り合いよりも自分の得意とする分野でお互いを理解し合う方が早いと判断し、その口車に乗る。

 

 ドライバーを手にした大文字は、それを腰に装着した後でもう一度勇を睨む。

 熊でさえ怯みそうな鋭いその視線にも負けず、勇は真っすぐに大文字のことを見つめ返していた。

 

(大胆不敵な奴だ。恐れ知らずというよりも、全てを覚悟している目をしている。困難を乗り越える覚悟もある、か……)

 

 深く息を吐き、全身に闘気を漲らせる。

 神経を研ぎ澄ませた大文字は、手にしたカードを強く掴み叫んだ。

 

「変……身っっ!」

 

<ロード! 天・下・無・双!>

 

 電子音声が響くと同時に大文字の体に纏われる鎧。赤揃えのまるで炎の様な真紅の鎧に身を包んだ大文字は、大太刀を手にするとその切っ先を勇へと向ける。

 

「さあ、始めるぞ。遠慮なくかかって来い!」

 

「そうさせて貰うぜ、なにせお前は手加減出来る相手じゃなさそうだからな!」

 

<運命乃羅針盤 ディスティニーホイール!>

 

 左腕に呼び出したディスティニーホイールを装備した勇はその取っ手を掴んだ。拳に力を籠め、呼吸を整えてからその腕を回す。

 

「変身っ!!!」

 

 羅針盤が回り、竜巻が巻き起こる。その中心に飲み込まれた勇が次に姿を現した時、彼は漆黒の装いを身に纏っていた。

 そのままディスティニーホイールを回転させた勇はディスティニーソードを呼び出してそれを手にする。武器を装備した二人はお互いに睨み合うと、短く声を発した。

 

「始めるか」

 

「ああ」

 

 たったそれだけの会話の後で同時に駆け出す。瞬間、金属がぶつかり合う重厚な音が響き、火花が散った。

 剣劇の嵐の中、真剣な表情を浮かべる二人は、渾身の力を込めてぶつかり合い続ける。相手の力量、そして思いを計り知る為、手の抜かない文字通りの真剣勝負を繰り広げていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たぁぁぁぁっっ!!」

 

「どうした!? んなもんかぁ? 今度も勝つんじゃなかったのかよっ!」

 

 咆哮を上げた仁科が大槌を振り回す。エクスカリバーを盾代わりにしてそのその重い一撃を受け止めた光牙だったが、勢いに押された身体は後ろへと吹き飛ばされてしまった。

 

「ぐっ……!?」

 

 膝を曲げて地面に着地し、衝撃を膝から逃がす。瞬時に体勢を立て直した光牙は地面を滑りながら剣を構え直し、再び仁科を睨んだ。

 

「はっ! まさか俺があの日の俺のままだと思ってたのかよ!? レベルが上がったのはテメーだけじゃねえんだよっ!」

 

 巨大な武器を持っていると言うのにも関わらず脅威的な速度で光牙へと接近して来た仁科は、武器を光牙へと振り下ろす。

 遠心力を活かした大槌での攻撃は的確に光牙の頭を狙って繰り出されるも、光牙はギリギリの所でそれを抑えると仁科の懐へと潜り込んだ。

 

「たぁぁっっ!!!」

 

「ちぃっっ!?」

 

 スライディング気味に繰り出される斬り抜けでの一撃が仁科の胴を捉える。体に走る鋭い痛みを覚えた仁科が呻き声を上げた時には、光牙は反転して次の攻撃に移っていた。

 

「せっ、やぁっ!」

 

 右上から左下へ、左下から直角に上へ……二連続の斬撃が仁科を襲い、その身体に残光を走らせる。

 厚い装甲の上からでも感じる痛みに苛立ちを感じながら、仁科は一度バックステップを踏むと光牙から距離を取った。

 

「どうした? 強くなったんだろう? このままだと結果は変わらなそうだけれど?」

 

「このっ……! 良い気になりやがってっ!」

 

 実直な熱くなりやすい性格の仁科は光牙の挑発に乗って猪突猛進を続けた。真っすぐ突っ込んで来る仁科の姿を見ながら、光牙は冷静に隙を見出す為に相手の様子を伺う。

 ビクトリーブレイバーの演算能力によって見つけ出された幾つかの弱点を把握し、そこを突く最適な行動パターンを頭に叩き込んだ光牙は、強くエクスカリバーを握り締めると前へと駆け出した。

 

「こんにゃろうがぁぁぁっっ!!!」

 

<必殺技発動! 大槌大回転!>

 

 突撃を続ける仁科はその勢いのまま回転、遠心力を乗せた強烈な必殺技を発動する。

 だが、唸りを上げて自分に迫る大槌を見ても、光牙は一切焦ることは無かった。

 

「……たぁっ!」

 

<必殺技発動! ビクトリースラッシュ!>

 

 仁科に一拍遅れて必殺技を発動させた光牙は、相手の必殺技の軌道をビクトリーブレイバーの演算能力によって計算して回避行動を取る。

 完全に予想通りの軌道を描いて振るわれた大槌を最小限の動きで避けた光牙は、自分の手に握られているエクスカリバーをすれ違い様に仁科の胴に叩き付けた。

 

「ぐおぉぉぉっっ!?」

 

 光が弾け、小さな爆発が何度も起きる。仁科の目の前で大きく輝いた斬撃の軌跡は、やがて大爆発を起こしてから徐々に収まって行った。

 

「が、はっ……」

 

<GAME OVER>

 

 変身を強制解除された仁科は、光牙に斬られた腹を抑えながらその場に崩れ落ちた。戦国、虹彩両校の生徒たちがその光景を見守る中、光牙もまた変身を解除すると周囲に呼びかける。

 

「勝負は俺の勝ちだ。彼を手当てした方が良いんじゃないのかい?」

 

 余裕を見せる光牙に憎々し気な表情を見せながらも彼の言う事に従った戦国学園の生徒たちは、仁科を連れてこの場から去って行った。

 残された虹彩学園の生徒たちは光牙の勝利に湧き立ち、口々に戦いの感想を言い合っている。

 そんな仲間たちの様子を見つめた光牙は、自分に視線を送る真美と目を合わせ、彼女が無言で頷いた事に知らず知らずの内に安堵の感情を浮かべていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はははははっ! ほらほら、まだまだ行くでぇっ!!!」

 

「うわわわわわっ!? ちょ、ちょっと待ってくださいよぉっ!」

 

 繰り出される光圀の鋭い斬撃を盾で防ぎながら謙哉が叫ぶ。残像しか見えぬ程の素早い連撃をギリギリで受け止める謙哉と光圀の戦いは、傍から見れば光圀が圧倒している様に見える。

 しかし、狂乱の中でも冷静な思考を持つ光圀は、相対する謙哉が油断ならない相手であることを知っていた。その証拠に、まだ自分の攻撃は一撃も彼の体に当たってはいないのだ。

 

(おかしいやろ、こんだけやったら一発くらいは良いのが入っとるはずやで?)

 

 何度も戦った勇相手ならば、既にお互いに数多く被弾しているはずだろう。しかし、謙哉の場合は違う。光圀も謙哉も、お互いに一撃も攻撃を食らっていないのだ。

 攻めよりも守りに主点を置いた謙哉の戦いが引き起こしたこの現象は、二人の戦いの主導権を謙哉が握っていることを示している。一瞬でも光圀が気を抜けば、抜け目ない謙哉の反撃から一気に状況は逆転してしまうだろう。

 それを許していないのはひとえに光圀が攻めの手を休めることをしていないからだ。反撃の隙も許さず攻撃を続ける光圀は、この戦いの勝敗は謙哉の守りを突き崩せるかどうかにかかっていることも理解していた。

 

(おもろいわ……! 勇ちゃんとは違うが、謙哉ちゃんもごっつ強いやんけ!)

 

 仕留められる、そう思って繰り出した攻撃をいとも簡単に防がれる。隙だと思った場所に不用意に踏み込めば、手痛いカウンターが待っている。

 防御と言う観点から見れば、謙哉は大文字以上の実力を持っている様に思える。この人間要塞を前にした光圀は、愉快そうな笑い声をあげて攻撃の手を更に激しくした。

 

「きえぇぇぇぇぇぇいぃっ!!!」

 

 斬撃の軌道が見えなくなる。刀がぶつかる音は早すぎるが故に一つしか聞こえなくなり、衝撃も増す。

 旋風が吹き荒れる程の斬撃を受け止める謙哉であったが、流石にこの猛攻の前に完璧な守りは出来なくなっていた。それでもトドメとばかりに繰り出された刃を盾で防ぐも、勢い余って後ろへと押し飛ばされてしまう。

 

「~~~っっ!!」

 

 盾を構える左腕がジンジンと痺れていることを感じながら、謙哉もまた光圀が強敵であることを再確認していた。

 勇より荒っぽく、それでいて冷静だ。隙を見せれば一瞬で飲み込まれ、何が何だかわからないうちに敗北しているだろう。

 

 まるで蛇の様な戦い方を見せる光圀を相手にどう戦うべきか悩む謙哉であったが、そんな時、彼の背後から少し苛立った様な声が響いた。

 

「何やってんのよ、謙哉。いつまでもグダグダしちゃって……」

 

「えっ……? あっ、えっ!?」

 

 急に自分に投げかけられた声に振り向いた謙哉は、そこに玲の姿があったことに驚いて情けの無い声を上げた。

 腕を組んでしかめっ面を見せる玲は、制服姿で謙哉のことをじっと見つめている。なんだがばつが悪くなって小さくなった謙哉の姿を見た光圀は、からからと笑って彼に声をかけた。

 

「ちょっとタンマにするか? 俺は一向にかまへんで」

 

「あ、す、すいません……」

 

 小さく頭を下げてその申し出を受けた謙哉は、変身したまま玲へと近づく。

 彼女からの冷ややかな視線を浴びたことで背中に変な汗をかいている謙哉は、戦々恐々といった様子で玲に話しかけた。

 

「あの……ど、どうしてここに?」

 

「あなたたちが戦国学園に行くって話を聞いたから、授業後にわざわざこうして出向いてあげたのよ。で、着いたら着いたで喧嘩が始まってて驚いてるってわけ」

 

「い、いや、喧嘩してるってわけじゃ無いんだけど……」

 

「どうでも良いわ。そんなことより苦戦してるじゃないの。まさか負けるんじゃ無いわよね?」

 

 ギロリと自分を睨む玲の姿に背筋を凍らせた謙哉は、手を振り回しながら一生懸命に自分の意見を主張した。

 

「み、光圀さんは強いし、絶対に勝てるとは言えないよ! ほんと、どうしようか悩んでる位で……って、あだっ!?」

 

「気持ちで負けてどうするのよ!? 絶対に勝つ位のことは言って見せなさい、このヘタレ!」

 

「ひ、酷いよ、水無月さん……」

 

 頭を叩かれた謙哉は涙目になりながらそう呟いた。変身しているので痛みは殆ど無いが、容赦のない玲の言葉に心が抉られたのは事実だ。

 そんな風に傷ついた姿を見せる謙哉から目を逸らした玲は、そっぽを向きながら小さな声で話し始める。

 

「……私のパートナーはそんな簡単に負ける人間なの? 少なくとも、私はもう少しあなたのことを信用している訳なんだけど」

 

「えっ……?」

 

「呆けた顔してないで、きっちりやることをやって来なさい! 龍堂の考えていることを実現させるんでしょ?」

 

「……うん、そうだね。僕は勇を支えるって決めたから……だから、負ける訳にはいかないんだ!」

 

 玲に発破をかけられ、自分の戦う理由を思い出した謙哉は拳を握り締めて光圀へと再び向き直る。そして、彼を見つめて頭を下げた。

 

「すいません、お時間を取らせました」

 

「ええんやで! にしても、大分尻に敷かれとるなぁ、謙哉ちゃんは!」

 

 仮面の下で屈託のない笑顔を見せた光圀は、素直な感想を口にした後で長刀を構えた。その表情は笑みこそ浮かんでいるが、雰囲気は真剣そのものだ。

 謙哉もそんな光圀と向き合いながら、全身に力を込めて深く息を吐いた。一拍の呼吸の後、謙哉は光圀目掛けて駆け出す。

 

「正面突破か!? それにしちゃあ無謀なんやないか!?」

 

「多少の無茶は承知の上ですよっ!」

 

 先ほどまでの防御主体の戦い方を捨てた捨て身の戦法へと切り替えた謙哉は、繰り出された刀での一撃を盾で受け止めるとそのまま拳を振りかぶる。

 体を捻り、謙哉の攻撃を躱した光圀は、もう一度刀を振るってカウンター気味の攻撃を繰り出した。

 

「しゃらくさいっ!!」

 

「なんやとっ!?」

 

 今度は謙哉は攻撃を躱そうとはしなかった。高い防御力を活かし、光圀の攻撃を受けながら自分も攻撃を繰り出すと言う選択肢を取ったのだ。

 戦い方が先ほどとは真逆になった謙哉の姿にわずかな動揺を感じる光圀。しかし、攻め合いだったら自分の十八番だと思いなおし、この乱打戦に嬉々として望んで行く。

 

「しゃあぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

「はぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

 刀が光り、拳が唸る。嵐の様な連撃を互いに繰り出しながらも、謙哉と光圀は一切に怯む様子はない。

 しかし、とうとうこの猛打が続く戦いにも転機が訪れた。謙哉の左拳を胸に受けた光圀が苦し気に表情を歪めて動きを止めたのだ。

 

「ぐぅっ!?」

 

 強烈な拳での一撃に流石の光圀も表情を歪ませる。彼の戦い方は攻め『100%振り』、この状況には一見して適している様に見える。だが、実際はそうでは無かった。

 なぜならば、光圀の戦い方における勝利のパターンは『攻めの連続で徹底的に相手を蹂躙する』か、『自分の攻撃の嵐に耐えきれらなくなった相手の不用意な一撃をカウンターする』と言う物だからだ。つまり、今の謙哉の様に『自分の損傷を度外視して攻め続ける相手』とは非常に相性が悪いのである。

 しかも謙哉は光圀よりも圧倒的に装甲が厚い。単純に殴り合えば謙哉の方が有利なのだ。

 

「もらったぁぁっ!!!」

 

「なん、のぉっ!!!」

 

<<必殺技発動!>>

 

 電子音声が二重に響き、謙哉と光圀の二人が必殺技を発動させる。謙哉は左の拳に雷光を纏わせ、光圀は刀に鋭い残光を光らせた。 

 

 光圀は体勢を崩しながらも手にした刀を謙哉の首へと振り抜く。鋭さを増したその斬撃は、謙哉の首をあと僅かな所で斬り落とす所まで接近した。

 だが、そこで光圀は腕を止めた。同時に謙哉の動きも止まり、戦いに静寂と均衡が戻る。

 

「はぁ……はぁ……っ」

 

「ふぅ~~……」

 

 荒い呼吸を繰り返す二人は、お互いに相手の攻撃が自分の急所の寸前で止まっている事を見て取ってから手を下げた。

 先ほどまでの激しい戦いが嘘の様に落ち着いた二人は、同時に口を開く。

 

「「引き分けにしときます(しとこか)?」」

 

 同じ言葉を口にした二人は少しだけ驚いた顔をした後で同時に噴き出した。

 変身を先に解いた光圀は、いつも通りの笑みを浮かべながら謙哉の肩を叩く。

 

「いや~、謙哉ちゃんもごっついのお! と言うより、俺や勇ちゃんよりもゴリゴリ行くやんけ!」

 

「正直何度も受けたい攻撃じゃあありませんでしたけどね……このまま続けてたら、どうなってたかは分かりませんよ」

 

「嘘こけ! 顔に絶対負けへんかったって書いてあるで! ……ま、俺もそうなんやけどな!」

 

 お互いの強さを認め合った二人は握手を交わした後で頷き合った。光圀はもう一度謙哉の肩を叩くと、彼を勇の元へ行くように促す。

 

「ほれ、そろそろ大将と勇ちゃんの戦いの決着も着く頃やろ。応援に行ったれや」

 

「はい! そうさせて貰います!」

 

 光圀に頭を下げた謙哉は、勇と大文字が戦っている場所へと駆け出して行った。その背中を見送った光圀は、今度は玲へと向き直ると彼女に話し始める。

 

「……なんや、大分良い感じなんやな。アイドルつっても、一人の女の子やもんな」

 

「……なんのお話をしてるのかさっぱりです」

 

「よせよせ、俺もそんな野暮な男や無いし、阿呆みたいに鈍くも無い。玲ちゃんの気持ちもなんとな~く、わかっとるで」

 

 揶揄う様な光圀の言葉に顔を逸らした玲であったが、その頬はわずかに赤みを帯びていた。

 珍しく感情を露にした玲の表情を見た光圀はくっくと喉を鳴らすと、彼女にこう告げる。

 

「……手綱、握っといたれや。今んとこ、それが出来んのは玲ちゃんと勇ちゃんだけや」

 

「どう言う意味ですか?」

 

「わかっとると思うが、謙哉ちゃんは自分の痛みに鈍い。その癖他人の痛みには敏感やから、すぐに他人の為に無茶してまう……そう思う事、あるやろ?」

 

「………」

 

 光圀の言葉に玲は肯定も否定もしなかったが、彼女が自分の話を聞いていることが答えであると判断した光圀はそのまま自分の意見を話し続けた。

 

「今の戦いもそうや。俺の攻撃は大分きつかったはずやが、それでも受け続けた。勇ちゃんの為に勝ちたい、その一心でな。……謙哉ちゃんは強いが、その強さは()()()()()()や。下手すると、自分の痛みに気が付かん間に唐突に壊れるで」

 

「……わかってるわ。あなたに言われなくてもね」

 

「けど、実際どうすれば良いのかが分からへん。違うか?」

 

 自分の心の中を見透かした様な光圀の言葉に、玲は少し戸惑った後で素直に頷いた。

 

「は~、やっぱりなぁ……こんな美少女を放って置くなんて、謙哉ちゃんも罪な男やで」

 

 光圀は、頭をぽりぽりと掻きながら困った様に言う。その声には珍しく、他者を心配する様な感情が込められていた。

 まあ、彼の事だから強い謙哉が居なくなってしまったら、彼と二度と戦えなくなってしまうことを心配しているのだろうが……それでも、自分同様に謙哉を危うく思う人間がいてくれたことが、玲は嬉しかった。

 

「助言を下さってありがとうございます。肝に銘じておきます」

 

「かまへんよ、俺は思ったことを言うたまでやしなぁ……でもま、一つアドバイスがあるとしたらアレやな。直接言ってしもた方が良い! なにせ謙哉ちゃんはむっちゃ鈍いみたいやからなぁ……」

 

「……心配しているってことは伝えたんですけどね。でも、あの性格は変わらないみたいです」 

 

「あ~、そうやなくてやな……ま、ええか! その辺は自分のペースですんのが一番や!」

 

 光圀が何を言いたいのかを察した玲はその話題から逃げる様に顔を背ける。そんな彼女の様子を見る光圀はとても楽しそうだ。

 

「お似合いやと思うで、冗談抜きにな。お得意の銃撃と一緒で、玲ちゃんなら一発で仕留められるやろ」

 

「……そう言うのじゃ無いんで」

 

「カカカ! 立場上はそう言うしかあらへんもんな! ……でも、後悔はせんようにな? うかうかしてたら他の誰かに取られてまうかもしれへんよ?」

 

「……大丈夫です。では、私はこれで失礼します」

 

 あくまでクールに光圀をあしらった玲は、彼に別れを告げると謙哉の後を追って駆け出して行った。

 前に見た時よりも柔らかな雰囲気を纏う様になった彼女の背中を見送りながら、光圀は心の中で思う。

 

(ほんま、不器用なんやな~。惚れたら惚れたでちゃっちゃと言ってまえば良いのに)

 

 単純明快・行動即決な光圀からしてみれば、あの二人の恋路はまどろっこしいことこの上ない。好き合っているのだから、さっさとくっつけば良いのにと思ってしまう。

 しかし、そう単純に行かないのも恋の面白さだ。自分はただの観客として、この愉快な見世物を楽しませて貰う事としよう。

 

「ええなあ! 俺も恋、してみたいなぁ……!」

 

 きゅんと来る甘酸っぱさを感じ、青春を羨ましがる光圀は、そんな心にも無い言葉を発した後で自分で自分のことを笑ったのであった。

 

 



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締結 三校同盟

 荒れた、されどかなりの広さを誇る戦国学園の校庭。普段から荒くれ者共が己の力量を計るべく争うその場所で、二人の男がぶつかりあっていた。

 

 片方は戦国学園の首領、大文字武臣が変身した仮面ライダー覇道。

 戦国武将の様な鎧に包まれたその大柄な戦士は、身の丈程もある大太刀を振り回している。

 

 そしてもう片方はそれに挑む虹彩学園の代表者、龍堂勇・仮面ライダーディスティニーだ。

 現在最強のレベル80を誇るセレクトフォームに変身している勇は、最も扱いやすいディスティニーソードを呼び出して大文字と鍔迫り合いを演じていた。

 

「うおぉぉぉぉぉぉっっ!!!」

 

「ふんっ……!!!」

 

 全身のバネを活かした勇の一撃を大岩の様な大文字が受け止める。地面が凹み、衝撃波が舞う戦場の様子から、その戦いの激しさが見て取れるだろう。

 既にこうやって30分ほど戦いを続けている二人は、時間が経っても疲れを見せるどころか更に激しさを増した戦いを繰り広げているのだ。

 

「負ける訳には、いかねえんだよっっ!!!」

 

 迫り来る魔王の脅威、それに対抗する為の力を求める勇はこの戦いに全てを懸ける。このまま学園が個々で戦っていても終わりは訪れない。一丸となって協力し、戦わなければ魔王やソサエティとの戦いに勝つことは出来ないだろう。

 

 自分の両親が果たせなかった夢を自分が叶える。それは親の為では無く、自分がそう望むが故にだ。

 この世界に生きる人々、施設の子供たちの未来を守りたい。そして、もう二度とマリアや櫂の身に起こった様な悲劇は繰り返させない。

 その為にはこの戦いで負ける訳にはいかない。勝って、戦国学園との協力体制を作り上げることが、その願いを現実にする為の第一歩なのだから。

 

<チョイス・ザ・フューチャー!>

 

「っっらぁぁぁぁぁっっ!!!」 

 

 ディスティニーホイールを回転させ、【運命の銃士 ディス】のカードを選択する。

 目の前に召喚されたディスティニーブラスターを手にした勇は、雄叫びを上げながらそれを連射した。

 

「ぬぅぅぅぅっ!?」

 

 黒と紅の光弾が大文字に幾つも襲い掛かる。一つ、一つと飛来する光弾を切り払う大文字であったが、その防御にも限界が訪れた。

 肩口に一発の弾丸が当たったことを皮切りに、次々と大きな彼の体に弾丸が命中していったのだ。苦し気な声を上げた大文字の姿を見ながら、勇はここが好機とばかりに猛攻を繰り出す。

 

<チョイス・ザ・アナザー!>

 

 今度はディスティニーワンドを召喚した勇は、ホルスターから【フレイム】のカードを取り出すとそれを連続して三回武器に通した。

 轟々と燃える炎の力がディスティニーワンドに集い、紅の宝玉から眩い光が放たれる。

 

<必殺技発動! プロミネンスバースト!>

 

<吹っ飛び、やがれぇぇぇっっ!!!>

 

 頭上に燃え盛る巨大な火球を生み出した勇は、杖を振るってそれを大文字へと飛ばした。周囲の温度を飛躍的に高まらせる程の熱さを持った火球が唸りを上げながら大文字へと向かい、その姿を赤く照らす。

 しかし、体勢を立て直した大文字は勇の繰り出した必殺技に対して憶すること無く大太刀を振り上げると、真っ向から迎え撃つ構えを見せた。

 

「剛ぉぉぉぉっっ!!!」

 

「なにっ!?」

 

 上段に振り上げた大太刀を大文字が振るう。一刀の下に繰り出された強靭な一撃は、勇の勇の必殺技をいとも容易く両断して見せた。

 半分になった火球は大文字の両脇を通り、そのまま地面に落下した。大きな爆発を起こす必殺技の余波にやられ、この戦いを見守る生徒たちはその場に蹲ってしまう。

 

「まだまだぁぁっっ!!」

 

「その気概だ! かかって来いっ!」

 

 だが、その中央に位置する二人の戦いは白熱し続けている。周囲の状況も傷ついた体も関係無い。ただ負けて堪るかと言わんばかりの形相を浮かべて戦う勇は、今度はディスティニーエッジを召喚して二刀流で挑みかかった。

 

「らっ! しゃぁっ!」

 

「ふんっ! 破っっ!!!」

 

 細かな勇の連撃を一本の大太刀で防ぐ大文字は、その合間を縫って的確な反撃を繰り出していた。

 光圀ですら攻めあぐねた二刀流での攻撃にこうも早く対応する大文字の戦闘センスに冷や汗をかきながら、勇もまた憶する事無く攻めの手を強める。

 

 火花舞う剣劇を繰り広げる二人は全力で手にした武器を相手へと押し込みながら、吠える様な声で叫び始めた。

 

「龍堂勇! お前は戦いの果てに何を望む!? 戦いの最中ではない、その果てにあるものだ!」

 

「そんなもんは決まってる! 誰もが怯える事無く暮らせる世界だ!」

 

「では問おう! お前はその為にどんな犠牲も乗り越える覚悟はあるか!? 仲間、友、愛する者……その全てを捨てて、掴みたい未来の為に戦う覚悟はあるのか!?」

 

「ぐあっ!?」

 

 巧みな剣捌きでディスティニーエッジを払いのけた大文字は、そのまま繰り出した横切りで勇の胴を薙いだ。

 防御を崩された状態で大文字の一撃を受けた勇は、大きく後ろに吹き飛ばされてしまう。手からはディスティニーエッジが取り零れ、勇はそのまま壁に叩き付けられた。

 

「……何かを選ぶと言う事は、何かを捨てると言うことだ。犠牲を払わぬ君主など存在しない……お前は、非道になることは出来るか?」

 

 崩れた壁と巻き上がる砂煙を見つめながら問いかける大文字は、その中にいるであろう勇の答えを待った。

 このまま何も答えを返さぬのであればそこまでの話。戦い続ける理由もない。そう考えながら勇の返答を待つ。

 

 やがて煙の中に見える黒い影が揺れ動き、最初に手にしていた剣を掴んだ状態で再び姿を現すと、勇は痛みを堪えた様な声で自分の答えを口にした。

 

「んな覚悟、俺にはねえよ。俺は、誰かを犠牲にするつもりなんかねえ!」

 

「温い! その覚悟無くして、王座に就くことなど出来ん!」

 

「俺は王になんかなるつもりは無い! 俺は……ただ、皆を守りたいだけだ!」

 

「っっ!?」

 

 勇を中心として巻き起こる竜巻。龍が唸っている様な音を響かせながら、風は徐々に強く激しくなっていく。

 

「……俺が、全部を守れるほどに強くないことは分かってる。だからこそ、俺には力が必要なんだ! どんな形でも、皆を守れる強さが……!」

 

「……なるほど、それがお前の答えか。犠牲を作り上げぬと言うその覚悟、決して弱さから生まれた物では無いと言うことはよくわかった。ならば……!」

 

 大文字の手にする大太刀が鋭く光る。深く、強い気を纏い、大太刀はその強靭さを増していく。

 大地を震わせる様な闘気を放つ大文字は、銀色に光る大太刀を頭上に振り上げると上段の構えを取った。

 

「乗り越えてみろ、この大文字武臣を! その一刀と覚悟の強さを我に見せよ!」

 

「上等だ! この運命、断ち切らせて貰うっ!」

 

 竜巻によって生み出された上昇気流に乗った勇は、天高くまで跳び上がるとディスティニーソードを振り下ろす。

 紅と黒に光る剣を大文字目掛けて繰り出し、さながら龍の様に上空から襲い掛かった。

 

 対する大文字は地面に根付いた大樹の様な雄大さで勇の攻撃を迎え撃つ構えを見せた。

 強大な力を持つ勇の一撃を見た彼は、僅かに緊張で表情を強張らせた。

 

<超必殺技発動! ギガ・ディスティニーブレイク!>

 

<必殺技発動! 剛斬・天元の一刀!>

 

「たぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

「おぉぉぉぉぉぉっっ!!!」

 

 それはまるでスローモーションの様な光景だった。

 それぞれが爆発的な威力を持つ二つの必殺技がぶつかり合い、激しく火花を散らす。二人の周囲では空気が震え、何度も爆発が起きていた。

 

「俺は、絶対に……勝つ!!!」

 

 決して譲れぬ思いを胸に、勇はディスティニーソードを振るう腕に力を込めた。既に痺れと衝撃で腕の感覚は殆ど無いが、それでも負けぬ様にと渾身の力を込めて踏ん張り続ける。

 自分を信じてくれた仲間の為、何の力も無い人々を守る為、そして大文字に自分自身の覚悟を見せつける為……勇は、襲い来る衝撃と痛みに耐えながら必殺技の鍔迫り合いを続けた。

 

「ぬ、ぐ、おぉぉぉぉぉっ!!!」

 

 その勢いに押されたのか、大文字の体が徐々に後ろに退き始めていた。それでも気迫で押し返そうとする大文字もまた丸太の様な腕に力を込めて大太刀を振るっている。

 

 勝負はほぼ互角だった。レベルの差を物ともしない大文字も、経験と素の戦闘能力の差を埋めている勇も、どちらも限界以上の力を引き出していることは確かだ。

 お互いがお互いの限界を乗り越え続ける戦い。このまま、この戦いはいつまでも続くのでは無いかと思われた。しかし、ついに拮抗する勝負にも転機が訪れる。

 

「ぬぅっ!?」

 

 強大すぎる必殺技同士のぶつかり合いが生み出す衝撃に負けたのか、大文字の愛刀である【覇道丸】の刀身にひびが入ってしまったのだ。

 予想外の事態に焦る大文字の姿を見た勇は、勝負を決めるのはここしか無いと確信してありったけの力を振り絞る。そして、全力を以ってディスティニーソードを振り抜いた。

 

「うおおぉぉぉぉぉぉっっ!!!」

 

「ぐぅぅぅっ!?!?」

 

 大文字もまた自分を押す力に負けぬ様にと全力で踏ん張る。しかし、自身の刀はそうはいかなかった。

 勇の猛攻に耐え続けた名刀も、この長いぶつかり合いを耐えることは出来ない。【覇道丸】の刀身に広がって行くひびを見た大文字は、深く息を吐くと小さく呟いた。

 

「……見事だ、龍堂勇」

 

 諦めた訳でも、悔しがった訳でも無い。限界を超えた自分を乗り越えるだけの力を見せた勇を素直に褒め称える言葉。

 そして、ここまで付き合ってくれた愛刀への感謝の意を伝えたその瞬間、大文字の手にする【覇道丸】は折れ、ディスティニーソードが彼の体に直撃したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……貴様の覚悟、しかと確かめた。その強さもな」

 

「……おう」

 

 折れた大太刀を手に大文字は勇へと言葉を送った。まだ戦える様な雰囲気を見せてはいるが、彼にそのつもりは無い様だ。

 大文字の手から【覇道丸】が光の粒となって霧散すると同時に、彼ら二人は変身を解除して見つめ合った。

 

「次が有ったら、今度も俺が勝てるとは限らねえ。素直にそう認めるよ」

 

「だろうな……しかし、此度の戦いは貴様の勝ちだ。いや、貴様らのだな」

 

 大文字がそう言いながら視線を横に向ける。勇もまた彼に釣られて同じ方向を見れば、そこには光圀と仁科の姿があった。

 

「すまんな大将、勝てへんかったわ」

 

「くそっ……勝ち星無しかよ、だらしねぇ……!」

 

 あっけらかんとした笑顔の光圀と悔しそうな表情の仁科。その二人の反応を見れば、戦いの結果は自ずと理解出来る。

 軽く息を吐いた後、根津へと向き直った大文字は、ほんの少しだけ申し訳無さそうな表情を浮かべると彼に向けて口を開いた。

 

「……すまんな、根津。お前の予定を大幅に変えることになりそうだ」

 

「ですな……しかし、私がやることは変わりません。主君の為、知略を振り絞るのみです」

 

「……忠義、感謝する」

 

 口元に微笑みを浮かべ、大文字は根津の肩を叩いた。会釈をした後で後ろに退いた根津は、前に進む大文字の背中を見送る。

 大文字は、勇とその後ろに控える謙哉と光牙の三人の方向を向くと、虹彩、薔薇園学園の両校の生徒たちにも聞こえる様な大きな声で話し始めた。

 

「我らの流儀に従い、戦をした結果……貴校らは、我ら戦国学園に勝利した! 盟約に従い、我らも貴校らの同盟に加わらせて貰おう!」

 

 この場にいる全員に聞こえる様な大声でそう告げた大文字は、腕を組んでどっしりとその場に構えた。

 学園の頭である大文字の宣言に不満を抱く者はおらず、戦国学園の生徒たちも彼の言う事に従うつもりの様だ。

 

「……今まで色々とあったが、これからはよろしく頼む」

 

「ああ、こっちこそよろしくな!」

 

 勇と大文字がそう言葉を交わし、握手をする姿を見た生徒たちはある種の感動を覚えながら、ここに三校同盟が設立した事実を確認していた。そして虹彩、薔薇園、戦国と言うソサエティ攻略の名門校たちが、力を合わせて戦う事になったことに改めて感激する。

 

 様々なしがらみを越えて協力関係を結ぶに至った三校の生徒たちは、これから協力することになる相手の姿を見ながら僅かに戸惑っている。しかしその中心では、彼らの代表者たちがそれぞれ笑顔を浮かべて新たな仲間と絡んでいる姿があった。

 

「流石だよ、勇っち! あの大文字に勝っちゃうなんてさ!」

 

「かっかっか! 味方同士ってことは、これでいつでも勇ちゃんと手合わせが出来るちゅうこっちゃ! 案外悪い事でも無いなぁ!」

 

「うわぉっ!?ちょ、お前ら! 俺は疲れてんだからあんまりひっつくなっつーの!」

 

 応援に駆け付けた葉月と何やらご満悦な光圀に囲まれた勇は、ややうんざりとした口調でそう叫んだ。

 しかし、その表情には笑みが浮かんでおり、彼が決して不快な気分ではないことを示してもいた。

 

「……ま、考えようによっちゃあ、カワイ子ちゃんたちとお近づきになれるチャンスが増えたってことだ! これからよろしく頼むぜ~!」

 

「は、はい! よろしくお願いします……!」

 

「……妙な真似したらぶっ飛ばすから、その事はよく覚えておきなさい」

 

 変わり身が早いと言うか、煩悩に忠実と言うか……早速やよいと玲に調子よく挨拶する仁科のことを二人は警戒した目線で見ている。

 取り合えず薔薇園の生徒たちには彼に気を付ける様に警告しようと、彼女たちは思った。

 

「大文字先輩、あなたが力を貸してくれれば百人力です。未熟な僕ですが、これからよろしくお願いします」

 

「ああ、こちらこそ頼む。お前を敵にしておくのは少しばかり恐ろしく感じていた。味方になって心強いと思っているのは我も同じだ」

 

 一度手合わせをした事から相手の実力を知る謙哉と大文字は、常識人同士固い握手を交わしながら感謝と自分の思いを伝えあっていた。

 非常にまともな反応を見せる二人の事をマリアが嬉しそうに眺めている。周囲のわちゃわちゃした様子を除けば、本当にまともな絵面であった。

 

 今はまだ一部の生徒たちだけではあるが、これから時間が経てば徐々に他の生徒たちも慣れて来るだろう。三校同盟による情勢の変化は、本当に大きなものだ。

 仲良く交流を深めている仲間たちの姿を見ながら、真美は早速今後の作戦について思考を重ねていた。増えた戦力をどう扱うか、それを考えるのは参謀である彼女の務めだ。

 

(これで、大胆な手も打てるようになる……光牙を勇者にする為の準備が、また一つ整ったわ)

 

 後顧の憂いを断ち、戦力も増やせた。これからは、思い切った行動を取れるようにもなるだろう。

 その事を喜ばしく思いながらもその感情を表情に出さない様にする真美は、ちらりと横目で光牙の様子を伺った。彼が今、どんなことを考えているかが気になったからだ。

 

 自分のすぐ隣に居る光牙は、どんな思いを抱えているのだろうか……? そんな疑問を胸に彼の表情を探った真美は、緊張と驚きで心臓を弾ませることになる。

 

「……そう、か……そうなのか……!」

 

「光、牙……?」

 

 口元を右手で隠し、何事かをぶつぶつと呟く光牙。その表情の全てを見ることは出来ないが、付き合いの長い真美は光牙がどんな表情を浮かべているのかが分かってしまっていた。

 

 彼は今、笑っているのだ。それも、いつも見るような爽やかで快活な笑みでは無く、未だ自分も見た事の無いどす黒い笑みを浮かべている。

 例えるならば、そう……()()()()()()()()()()()()()()の様な、邪悪で覚悟が決まった時の彼の姿が、その片鱗を見せているのだ。

 

「ああ、うん、そうか……! そうなんだな……!」

 

「……どうしたの、光牙?」

 

 何事かに満足げな表情を見せ、しきりに頷く光牙に声をかけた真美は、震える声でそう尋ねた。

 彼女の声が震えていたのは恐怖からではない。光牙の自分しか知らない部分を見れたことが単純に嬉しく、幸せに思えていたからだ。

 

 誰も知らない光牙の真の姿を知っている。彼を真に理解しているのは、この世界で自分だけだと言う思いを胸に抱える真美は、珍しく表情にその喜びを現している。そんな彼女に向け、同じく笑みを浮かべている光牙は、自分だけが知るある事実を告げた。

 

「……見えたんだ、また……次の犠牲者の姿がさ……!」

 

「次の、犠牲者……!?」

 

「信じられないかもしれない、でも、俺には分かるんだ……! 前もそうだった。なぜかは分からないが、俺にはそう言う特別な力があるんだよ」

 

 ごくり、と真美は唾を飲み込む。震えが止まらない拳を握り締め、目の前の光牙の顔を見つめる。

 光牙にそんな能力が本当にあるとすれば、それはきっと神の啓示に他ならない。やはり、彼こそが勇者になる存在なのだろう。

 そんな風に崇拝にも近しい感動を覚える真美に向けてそっと顔を近づけた光牙は、自分が見た予知の一端を彼女へと告げる。

 

「……今はまだ、誰が犠牲になるかは言えない。でも、そう遠くない未来に犠牲は生まれるんだよ、真美……!」

 

「犠牲って、もしかして……!?」

 

「ああ……! 俺にははっきりと見えた! マリアの時の様な抽象的な予知じゃない、明確で確実な光景を……!」

 

 うっとりとした様な光牙の声。彼の横顔を見つめる真美もうっとりとした表情を浮かべている。

 生徒たちの騒ぐ声が響く戦国学園の校庭で、ただ二人だけの秘密を共有する二人の会話は、光牙の最後の一言で終わりを迎えた。

 

「次にゲームオーバーになるのは、あいつだ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――???がゲームオーバーになるまで、あと??日

 



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悪の脚本

今回は凄く短い話ですが、凄く大事な回になっています。

この話から考察を重ねて頂き、楽しんでいただけたら幸いです。


「ねえ、どうするつもりだい? 仮面ライダーたちは、順調に戦力をつけてるみたいだけど」

 

「…………」

 

 自身の同盟者にそう尋ねるエックスは、どこか楽しそうだ。不謹慎とも思える彼に対して、ガグマは何も言わないでいる。

 沈黙を続けるガグマの様子を見つめながら、エックスは話を続ける。

 

「今更魔人柱を復活させてもデメリットの方が大きいよね。君のレベルを下げるのはまずい」

 

 ガグマの能力【譲渡】について言及したエックスは、そのデメリットを指摘して喉を鳴らして笑った。

 彼の言う通り、再び魔人柱を生み出すにはガグマがレベルを10下げるしかない。敵にレベル80の勇が居る以上、それは危険な行動に思える。

 

 であるならば、今の戦力のまま戦うしか無いのだろう。だが、敵が徐々に力をつけていることに対してもガグマは一切の焦りの色を見せることは無い。

 

「……余裕だねぇ? 何か考えがあるのかい?」

 

「考え、か……それがあるのはお前の方だろう?」

 

「……ふふっ」

 

 ようやく沈黙を破ったガグマの言葉にエックスが不気味な笑みを見せる。

 お互いの腹の中を探り合う様な雰囲気の中、先に口を開いたのはガグマの方だった。

 

「お前にはお前の目的があるのだろう? それがなんにせよ、それを果たす為にわしの誘いに乗ったことは分かっておる」

 

「ふふふ……さてねえ? ボクは、何を考えているんだろうねぇ?」

 

「とぼけるな。わしが倒した仮面ライダーを復活させた事も、パルマにカードを渡した事も、全ては貴様の計画の達成の為なんだろう?」

 

 部下や自分の策を利用して己の目的を達しようとするエックスに対して、ガグマは余裕の表情を見せている。

 全てを利用されている事に関しての怒りなどは感じられないが、その事が逆に不気味さを感じさせた。

 

「……因果な物だよね、ボクはどうしても心躍る物語を楽しみたいんだ。それも観客では無く、それを操る脚本家としてさ……!」

 

「なるほどな……既にその為の仕込みは終えていると言う所か?」

 

「勿論さ! ……後は、時を待つだけ。多少のアクシデントはあるだろうけど、それを楽しみながら話を誘導して行くのがボクの役目だろう?」

 

「……大胆不敵と言うべきか、恐れを知らぬと言うべきか……利用している相手に向けて、その物言いはどうかと思うがな」

 

「そうかい? 利用されていると分かってる相手に堂々と接する君の方が大胆だと思うけどね」

 

 二人の魔王は話を続けながら愉快そうに笑った。だが、そこに円満な信頼関係は無い。

 この二人は互いに互いを利用し、自分の為に扱おうとしているだけに過ぎない。何時か切り捨てる相手だと思っているからこそ、こんな風に話し合う事が出来るのである。

 

「……何を考えている? それを教える位は良いだろう?」

 

「そうだね……君は、ボクの演出に協力してくれる存在だ。それなりの敬意を払わないといけないだろうね」

 

 妙に納得した態度を見せ、エックスが頷く。そんな彼のことをじっくりと見つめるガグマに対し、彼は自分の思い描く物語の構想を伝えた。

 

「ボクが描こうとしているのは……人の愛とそれにまつわる悲しみの物語、かな?」

 

「悲恋か、それに相応しい役者も用意出来ているのか?」

 

「当然、最高のキャストを用意したよ! ……ボクの思い描く通りになれば、この物語はボクの手掛けた中でも最高の舞台となる! ああ、今から完成の時が待ちきれないよ!」

 

 恍惚とした声を出すエックスは、自分の中で作り上げられている物語へと思いを馳せた。そして、再びガグマへと視線を移すと彼に言う。

 

「ああ、言い忘れてたけど君もボクの脚本のキャストの一人なんだよ。舞台の上で存分に踊って頂戴よね」

 

「クカカ! 魔王たるわしを手玉に取るか!? その豪胆さは良し! だが……そう簡単にわしを思い通りに出来ると思うなよ?」

 

「分かってるさ。まあ、ボクたちの同盟関係も一時的な物、現実世界の脅威が消えれば、今度は君とも戦う訳だ。昨日の友は今日の敵、とはよく言ったものだね」

 

「何を言うか、貴様がわしと友であったことなど一度もあるまい。他の魔王も同様よ、己が目的の為に動く、利己的な集団では無いか」

 

「確かにねえ……でもま、とりあえずこう言っておこうか」

 

 ゆっくりと、エックスが闇の中へと歩き出す。その背を見送るガグマは、ただ黙って彼の言葉を待つ。

 やがて一度振り返ったエックスは、ギラリと光る眼を細めてガグマへと告げた。

 

「……()()()()になるのはボクだ。ボクは、世界をボクの劇場にして見せる……! その世界の神として、ボクは在り続けるんだ!」

 

「好きに描け、望むのは誰にでもある自由だ。それが叶うとは限らないがな」

 

「ふふふ……! 楽しみだね。8つある王の座の内、5つはボクたちが埋めた。残りの3つに座るのは誰なのか……?」

 

「もしかしたら……仮面ライダーたちがその資格を得るかもしれんぞ? 我らの予想を裏切ってな」

 

「ははっ! 君にしては面白い冗談だよ! ……あり得る訳が無い、ただの人間たちが王の座に座る資格を得られる訳が無いんだ」

 

 ガグマの言葉を一笑に付したエックスは、意味深な言葉を残して自分の作り出した暗闇の渦の中へと消え去った。

 王の間に一人残されたガグマは、誰も居ない闇の中で呟きを漏らす。

 

「ただの人間、か……奴にしては面白い事を言うな。いや、奴だからこそか? なんにせよ、奴の描く物語には興味がある……楽しませて貰うぞ、暗黒魔王よ」

 

 玉座に座し、ガグマは笑う。この先に何が待ち受けているかはわからないが、あの魔王が手掛ける脚本なら結末は決まっている。

 文句無し、救いも無しのBADEND……その二つ名の様に暗く底の深い悲劇を、エックスは引き起こそうとしているのだ。

 

「さあ、どうなる? お前たちにこの結末を変えることが出来るのか?」

 

 幾度となく戦いを繰り返した宿敵たちの顔を思い浮かべ、ある意味での期待を込めた言葉を口にしながら、ガグマは妖しく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――暗黒魔王が筆を執る、悲しい劇の指揮を執る。

 人や魔王の思いを操り、喜怒哀楽を利用して、最高の悲劇を彩ろうとしている。

 

 きっとそれは止められない。それはきっと起こってしまう。

 涙と嗚咽と絶望と、大きな後悔を胸に君は蹲るだろう。

 でも、忘れないで欲しい。その後悔は君が生きている証だってことを……

 

 君が諦めないのなら

 君が立ち上がると言うのなら

 君はきっと、限界を超える奇跡を呼び起こす……私はそう、信じているよ。

 

 最後に一つ、伝えておこう。とても大事な事なんだ。

 これは一つの宿題だ、君が答えに辿り着く日を待っているよ。

 さあ、よく考えて答えるんだ……

 

―――君が、一番守りたい物はなんだ?

 

 

 

 

 

 

―――??がゲームオーバーになるまで、あと14日

 



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序章 ~プロローグ~

――大切な思い出がある。

 

 夕暮れの公園で遊び続ける自分は、時間も忘れて何かをして楽しんでいた。そんな自分に向けて投げかけられる声が一つ。

 

「迎えに来たよ。さあ、帰ろう」

 

 うん、と元気良く返事をして、迎えに来てくれた祖父の手を取る。

 夕焼けが目に染みる帰り道を祖父と一緒に話をしながら帰ることが好きだった。

 

 自分は祖父の事が大好きで、自分にとって彼はヒーローだった。誰にでも自慢出来る、最高のお爺ちゃんだった。

 

「……なあ、いつかお前もこの答えに辿り着く日が来るだろう。その時に儂がお前の傍に居るかどうかはわからないがな……」

 

「???」

 

 ほんの少しだけ寂しそうな顔をした祖父は、真剣な表情をしたままこっちを見て口を開く。

 

「謙哉……お前が一番守りたいと思うものは、何だ?」

 

 その時は、その質問に上手く答えられなかった。なにせ自分はまだ幼い子供であり、守ると言う言葉の意味をよくわかっていなかったから。

 その日以降、時々その質問を思い出しては答えについて考えを巡らせたが……祖父が逝ってしまうその日になっても、自分は答えを出せないままだった。

 

 きっとそれはとても難しい問題で、祖父の遺した一つの宿題なのだと思う。この答えは、いつか必ず出さなきゃいけない物なのだと思う。

 

 でも……仮面ライダーとなり、沢山の人を守る戦いに身を投じる様になった今でも、僕はその答えに辿り着けていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これで三校の協力体制が整った。今まで以上に大規模な作戦行動を取ることが出来る様になったわけだ」

 

「それで……今後打つ手は決まっているのですか?」

 

「仲間が増えた訳だし、ガグマにリベンジを仕掛ける意味を持ってドーンと攻めに行っちゃう!?」

 

 虹彩学園の会議室は、今まで以上の賑わいを見せている。大文字を始めとする戦国学園のメンバーが加わったのだから当然と言えば当然だろう。

 様々な提案が挙がる作戦会議を取り仕切るのは光牙だ。騒がしい面々を制した彼は、静粛を取り戻した部屋の中で口を開く。

 

「いや、まだ攻めに出るのは危険すぎる。俺たちが同盟を結んだ様にガグマとエックスも手を組んだ。二人の魔王の軍勢と真っ向勝負を挑むには危険すぎる」

 

 かつての経験を思い出し、彼我の戦力差を考察した光牙はそう結論付けると首を振る。彼の脳裏には、かつての敗北の瞬間がありありと浮かび上がっていた。

 

 完璧な布陣を以って、十分な戦力を整えて、最高の状態で戦いに臨んだ。だが、その先に待っていたのは手痛い敗北と親友の消滅だった。

 浮ついた気分があったかもしれない、どこか魔王を舐めていたのかもしれない。しかし、あの時の虹彩と薔薇園はかなり最高に近い状態だったのは間違いない。それでも魔王には敵わなかったのだ。

 

「でもずっと様子見って訳にもいかんやろ? 攻めな勝てへんからな」

 

「……なら、狙う相手を変えれば良いんじゃないかしら? 向こうが同盟を組んだと言うのなら、そこから零れている相手を狙えば良いのよ」

 

「マキシマとシドーの事だね?」

 

「ええ、彼らがガグマとエックスの同盟に加われば更なる脅威になる。なら、その前に叩いてしまうのが良いんじゃないかしら?」

 

「その意見には一理ありますね。叩ける所から叩くと言うのは間違いでは無い」

 

 玲の意見に根津が賛同する。冷静な頭脳役である二人の意見に頷きを見せる面々であったが、この意見にも問題が無い訳では無い。

 

「でも、その魔王たちが何処に居るのかは分からないよ。今の所僕たちが居場所を掴んでいるのはガグマの居城だけだし……」

 

「そっか……マキシマとシドーに対しては、こっちから攻めるってことが出来ないんだった……」

 

 その問題点を謙哉に指摘されたメンバーは、その問題点の事を思い出して溜息をつく。

 SFワールドの支配者であるマキシマと戦国ワールドの支配者シドー、その二人の居場所は未だに掴めていないのだ。

 しかも、マキシマに至っては誰も姿を見た者は居ない……まったくもって謎の存在である彼らに対しては、こちらからアクションを起こすことが出来ないのだった。

 

「つまり、我々が取れる行動は、敵の行動を受けてからの受け身の物となると言うことだな」

 

「戦力が増えても、案外出来ることって少ないんですね……」

 

 自分たちの置かれている状況と打てる手を再確認した一同は、その数の少なさにがっくりと肩を落とす。

 戦力が増えて意気揚々としていたが、自分たちは案外不自由であると言う事を知ってしまって意気消沈してしまうが……

 

「……それでも、ここにいる全員が協力すればすげえことが出来るはずだ」

 

 ぽつりと口を開いた勇の言葉に顔を上げた面々は、彼に視線を集中させた。全員が自分の事を見つめている状況下で、勇は静かに自分の考えを話す。

 

「皆で力を合わせれば、一人じゃ出来なかったことが出来る、当たり前だけどその答えに辿り着くまでに大分時間がかかっちまった。だから、これからはその時間を挽回する位の活躍をしていきたいと思ってる」

 

「……策は無いに等しいで、勇ちゃん。これからどないする気や?」

 

「まずは向こうの動き待ちってことは変わりねえと思う。でも、ただ防御に徹するだけでも今までとは違う戦い方が出来るはずだ。もっと被害を抑えたり、連携を強めたり……こっちにだって試さなきゃならないことは山ほどある。その為に時間を使えば良いさ」

 

「確かに……我々は同盟を組んで日が浅い、連携も何もありませんね」

 

「まずは足並みを揃えることから始める、か……初歩的過ぎて気が付かなかったよ」

 

 先を見過ぎていたせいで忘れていた足元を固めると言う行動指針を勇の言葉によって気付かされた一同は、顔を見合わせながら感嘆した。

 気がはやり過ぎていたが、自分たちには時間が幾らあっても足りない、ここからはその時間をどうやって有効活躍して行くかが重要になるのだと気が付いたメンバーたちは自校と他校の状態を確認しつつ今後の行動を話し合う。

 

「まずは虹彩の完全復帰を目指すべきかしら? 主力が戻らない事にはどうしようもないしね」

 

「主力と言うのなら戦国学園の精兵も居る。作戦目的によって適した行動を取れる様に細分化しておいた方が良いかもしれないな」

 

「では、その為のチーム分けは私にお任せください。なるべく平等に、かつ最適な資質を持つものを頭に据えて編成いたします」

 

「……なんや、それっぽくなってきたやないか。よっしゃ! こっからが本番やでーっ!」

 

 慌ただしく、されど着実に歩みを始めた三校同盟。僅かばかりの手応えを感じる心境に充実感を覚えながら、皆は話し合いを続ける。

 

(……やっぱすごいな、勇は……!)

 

 そんな風に思いながら、勇の提案から動き出したこの会議の様子を謙哉は微笑みを浮かべて見守っていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 数時間後、謙哉は会議室近くの休憩所で飲み物を片手に一息ついていた。

 今後の方針として『各校の戦力と連携の強化』を掲げた三校同盟は、それを実現させようと具体的な動きに取り掛かっている。形ある成果を得られたことに満足した謙哉は、微笑みを浮かべて小さく拳を握り締めた。

 

「……嬉しそうじゃない。ニヤニヤしちゃって、気持ち悪い」

 

「あ、水無月さん……!」

 

 自分を揶揄う様な声に振り返れば、そこには玲が自分と同じ様に小さく笑みを浮かべて立っていた。そのまま謙哉の横に座った玲は、缶ジュースのプルトップを開けながら話を続ける。

 

「意外とすんなり話し合いが進んだわね。アクが強い面々が集まったからどうなるかと思ったけど、要らない心配だったかしら?」

 

「勇と白峯くんが上手い事纏めてたからね……特に勇は凄いよ、話し合いの方向性をきっちりと定めてくれた。やっぱり頼りになるよなぁ……!」

 

 親友の事を褒め称え、謙哉は手に持った飲み物の缶を傾けて中身を一気に飲み干す。

 爽快感のある清涼飲料水が喉を通り、清々しい気分を感じた謙哉は満面の笑みを玲に見せながら再び口を開いた。

 

「ここから僕たちの役割も変わって来ると思う。戦国学園の皆は攻め気が強いから、それを上手くフォローすることが重要になると思うんだ」

 

「確かにね。遠距離射撃と堅牢な防御、それでしっかりと援護してあげないとね」

 

「攻めの要は勇や戦国学園のライダーに任せるとして、僕たちが防御の要にならなきゃいけないと思う。マリアさんが戦闘に参加出来ない今、それが出来るのは僕たちしかいないだろうからさ」

 

「……私たちの連携も強化しつつ、更にバリエーションを増やさなきゃ駄目ね。加えて、生徒全員の動きを把握しつつ動く思考パターンも用意しないと……」

 

「そうだね……やることは山積みだけど、その……僕に力を貸してくれる?」

 

 そう不安げに言いながら謙哉は玲へと視線を送った。仲良くなってきたとは言え、最初のつっけんどんな態度を思い出すと玲との付き合い方の正解がまだわかってはいない。

 もう少し自分と深く関わる事になる玲が不快感を持ってはいないかと言う意味合いを持ったこの質問に対し、当の玲は軽く呆れた様な笑みを見せながら答えを口にする。

 

「呆れた……今更何言ってるのよ。あなたは私とチームを組んだんでしょ? なら、多少強引にでも引っ張っていく気概を見せなさいよ」

 

「え、あ、うん……なんかその、ごめん……」

 

「はあ、まったく……あなたってそう言う所があるわよね。いつぞやの私を抱きしめた時の大胆さを常に持っておきなさいよ」

 

「っっ!?!?」

 

 その言葉を聞いた途端、謙哉の顔は耳まで真っ赤になった。彼の脳裏には、夏休みの時にしてしまったあの抱擁の瞬間がフラッシュバックする。

 思ったよりも小さく、柔らかかった玲の体。石鹸の良い匂いとサラサラとした髪の感触を思い出した謙哉は口をもごもごさせて照れを見せた。

 

「……はぁ。本当になんて言うか……不思議よね、あなたって……」

 

「ご、ごめん……」

 

「……責めてないから謝らなくて良いわよ。むしろ今のは……ううん、何でもない……」

 

 意味深に言葉を区切った玲であったが、謙哉には彼女のその言葉に反応する余裕も無かった。

 ちょっとしたからかいの言葉にあたふたする謙哉の可愛い様子を見つめながら、玲は口元に柔らかな微笑みを浮かばせる。

 

「……ねえ、水無月さん。一つお願いがあるんだ」

 

「え……?」

 

 そんな中、不意に口を開いた謙哉は真剣な眼差しで玲の事を見つめて来た。

 その視線を受けた玲は一瞬胸を高鳴らせるも、すぐに平常心を取り戻すと彼の話を聞く姿勢を取る。

 

「……何かしら?」

 

「うん……戦力が増えて、もう僕が無理をする必要はほぼなくなったって言って良いと思う。命の危険があるオールドラゴンを封印しても良いと思うんだけど……」

 

「……だけど?」

 

 玲は話しにくそうにしている謙哉の言葉の先を促すように相槌を打つ。オールドラゴンについて、彼が自分から話すと言う事は、とても重要な話だと言う事は玲にも察しがついた。

 だから、この話は最後までしっかり聞こうと彼女は決めていた。謙哉は自分の言葉を待つ玲の眼差しを感じて覚悟を決めると、彼女に言いたかったことをはっきりと口にする。

 

「……あと一回だけ、僕にオールドラゴンを使わせて欲しいんだ」

 

「……一回? なんでなの?」

 

「決着をつけなきゃいけない相手が居る。あいつは……パルマとだけは、僕が決着をつけなきゃいけないって予感がするんだ」

 

 幾度となく激戦を繰り広げた宿敵を頭の中に思い浮かべた謙哉は、最初とは違った意味で拳を握り締めた。

 オールドラゴンの力を以って彼を破ってから、パルマは自分に対して異常な執着を見せている。その執着心は、リスクのある新しい力をエックスから譲り受けてまで謙哉を倒そうとするほどだ。

 

 恐ろしい【狂化(バーサーク)】の力を使うパルマは間違いなく強敵だ。自分以外のライダーでも戦えはするだろうが、彼がそれを望むとは思えない。

 どんな手段を使おうとも、必ずパルマは謙哉と戦おうとするだろう。ならば、それを真っ向から迎え撃つことが自分の使命の様に思えた。

 

「あいつは僕が倒す。僕が、僕だけの力で勝たなきゃ駄目な相手なんだ……だから、その一回だけオールドラゴンを使わせて欲しい。それが終わったらもう二度と使う事はしないから……」

 

 自分の命を軽視している訳ではない。だが、この我儘を引かせるつもりもない。

 これは、どうしても自分がやらなければならないことだから……そう思うが故に玲の同意を求めた謙哉は、自分の事を心配してくれる彼女の答えをただ黙って待ち続けた。

 

「……確認するわね。あなたはパルマとの戦いでオールドラゴンを使う、そしてそれ以降、オールドラゴンを封印する……これで良い?」

 

「……うん、そうだよ」

 

「……なら、一つだけ条件があるわ。それを守るって約束してくれる?」

 

「……なにかな?」

 

 静かに、ただ静かに口を開いた玲の言葉に耳を貸す。ほんの少しだけ震えているその声は、玲の心の中を現している様だった。

 手放しで賛同できるわけではない。だが、謙哉の我儘を必死に納得しようと努力している。それでも、彼女の心の中から不安が消えることは無いのだ。

 だから、玲は謙哉にその不安を掻き消して欲しかった。必ずこの約束を守ると言って貰って、自分の中で納得を得ようとしていたのだ。

 

「絶対に……死なないで。負けても、勝てなくても良いから……死なないで帰って来て……!」

 

 真っすぐに謙哉を見つめる玲の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。自分の前で泣くことを堪えようとする玲のその姿に謙哉は胸を痛める。

 しかし、すぐに心を持ち直させると、玲の願いに応えるかの様に笑顔を見せ、力強い口調で約束を交わした。

 

「勿論だよ! 僕は必ず帰って来る……それで、オールドラゴンを使うのもお終いにするよ。約束するから」

 

「……分かってると思うけど、嘘をついたら後が怖いわよ? 覚悟は出来てるの?」

 

「……絶対に守るから、だから信じて欲しい……僕は絶対に死なない、約束するよ」

 

「……なら、良いわ。でも、絶対だからね!」

 

 玲が立てた小指に自分の小指を絡ませる。いじらしい指きりを交わした二人は、少しの気恥ずかしさと共に押し黙ってしまった。

 

「……そろそろ行かなきゃ、皆も待ってる頃だろうし……」

 

「あ……うん……。それじゃあ、また今度……」

 

「ええ……またね、謙哉」

 

 玲が立ち上がる。自分の傍から離れて行く……その時謙哉は、いつぞやに感じたあの恐怖感をまたしても感じていた。

 段々と玲が自分から離れ、もう会えなくなってしまう様な恐怖。しかし、その感覚を振り払った謙哉は、手を振って玲を見送る。

 

 約束したから、自分は必ず戻って来ると。

 そう決めたから、破らないと決めたから……だから、この感覚は何かの間違いだ。きっと気の迷いなのだ。

 そう、謙哉は思った。そうやって納得した、してしまった。

 

 この時の謙哉は、自分が彼女との約束を違えることになるなんて欠片も思っていなかった。

 この時の謙哉はまだ……自分が、とんでもない過ちを犯してしまうことなど知る由も無かった。

 今の謙哉は何も知らずにただ、玲へと手を振ってその背中を見送るだけの幸せな青年であり続けていた。

 

 この先に、何が待っているかも知らないで……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――未だに答えが出せない悩みがある。その答えに辿り着く日が何時になるかもわからない問いがある。

 自分の守りたい物が何かなんて、今の僕にはまだわかりはしなかった。ただ、目の前の何かを守る強さだけを手に入れてしまっていた。

 

 誰かが目の前で傷ついているのなら……

 誰かの代わりに僕が傷つくことで全てが解決するのなら……

 僕が誰かの痛みを引き受けることで誰もが幸福になれるのなら、それで良いと僕は思ってしまったんだ。

 

 ねえお爺ちゃん、教えてよ。僕は何を守ればよかったの? 僕は何を間違えたの?

 ねえ、水無月さん……教えてよ、僕に教えてよ。

 

 君は、どうすれば笑ってくれるの? 僕はどうすれば……君の涙を拭えたの?

 僕は正しい道を選んだつもりだったんだ。僕は皆を守る方法を選んだつもりだったんだ。

 でも何で……君は、泣いているの?

 

 

 

 

 

 

 

――??がゲームオーバーになるまで、あと14日

 



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1.暗黒の企て

――人生は、山があって谷があると有名な歌が言っていた。少し前まで、そんなのは嘘だと思っていた。

 

 生まれて間もなくして不幸の連続で、それまでの人生で得た幸福とは到底釣り合いが取れないと思っていた。この先の人生も、こんな感じなのだろうと思っていた。

 闇の中から抜け出せなくて、ずっとずっとこのままで……なら、負けたくないと私は思った。

 不幸、悲しみ、苦しみ……その全てを受け入れて、先に進むだけの強さが欲しかった。その為に生きていきたいと思った。幸いにも、私には天才的な才能がある。それを活かして、私は生きていく術を手に入れた。

 

 煌びやかなステージで歌って踊るアイドルと言う職業。誰もが憧れ、熱狂する存在に私はなった。

 こうなれば、私は幸せを掴んだと皆は思うだろう。でも、私はそう思わなかった。

 

 何と言うか、冷めるのだ。舞台で歌う度、隣で踊る仲間の姿を見る度、私の心はすぅっと冷めて行くのだ。

 それはきっと、私の心が皆が思っているよりも遠くにあるからだろう。どんなに輝く舞台の上に居ようと、私の心は暗闇の中にあるのだから。

 

 私は、輝く様な女の子じゃあ無かった。普通の女の子とはかけ離れた生き方をして来た人間だった。だから、普通の女の子の感性がわからなかった。

 例えば恋の歌を歌ったとしよう。胸がドキドキして、頭の中がその人で一杯になって、苦しくってでも幸せで……そんな歌を歌っても、私はその感情が理解出来なかった。

 

 人は裏切る、どんなに愛した人でも平気で裏切る。

 母も父も私を裏切った。愛なんて不確かな物に陶酔するほど、私は愚かじゃ無いと思っていた。

 

 でも……心の何処かで、そんな恋に憧れていたのは確かだ。自分でも気づかない様な心の片隅で、私は女の子の部分を持ち続けていた。

 誰かを好きになってみたいと思っていた。心の底から信じられる男性(ひと)に出会い、愛してみたいと思った。

 そして同じ様に愛されてみたいと思った。そして……それは、叶わぬ願いだと思い込んでいた。

 

――でも、それは違った。

 

 ある日、私はとんでもない馬鹿に出会った。ムカつくくらいに正直で、他人の事ばかり考えている男だった。

 私はこう言う奴が一番嫌いだ。こう言う奴に限って、笑顔の下ではあくどい事を考えていたりするのだ。

 

 だから私はそいつを徹底的に避けた。そいつは私に色々とおせっかいを焼いて来たが、それも全部無視してやった。時には酷い言葉を投げかけたりもしたし、挑発だってして見せた。

 これでこいつも私から離れるか、本性を剥き出しにするだろう……そう考えていた私だったが、彼はそんな私の予想を乗り越えて来た。

 

 信じようとしてくれた。手を差し伸べてくれた。傍に在ろうとしてくれた。なんの得も無いのに、奴は馬鹿みたいに笑って私に接して来るのだ。

 そう……彼は、正真正銘の馬鹿でお人好しで……とても優しい人だった。

 

 だからなのかもしれない、彼に心の傷を触れられた時、そこまで不快に思わなかったのは……私は、誰かに受け入れて貰いたいと思っていたのかもしれない。

 お互いに不器用で、不慣れだったけれど、それでも私は、遠くにあった私の心が普通に近づいている事を感じていた。そして、今まで見えなかった物が見える様になって来ていた。

 

 一緒にステージに立つ友人たちは、何時も私の事を心配してくれていた。義母は、血の繋がっていない私の事を実の娘の様に想ってくれていた。

 他にももっと沢山、私は人の温かな思いを知ることが出来た。私の心の暗闇に差し込んだ蒼い光は、私の見る景色を広げてくれたのだ。

 そして何より、私は自分の願いを叶えることが出来た。本当にいつの間にか、私はこの馬鹿正直で優しい男に恋をしていたのだ。

 

 胸の中が温かくなった。心の中に差した太陽は、凍えた感情を溶かしてくれた。

 笑わない女神と呼ばれた私が、色んな感情を表情に出す事が多くなった。その中心には、必ず彼の姿があった。

 

 とても、言い表せない位に、彼には感謝している。何時かこの思いを感謝の気持ちと共に伝えたいと思っていた。

 今は状況や立場がそれを許してはくれないから、でも必ず何時か告げて見せると決めていた。その時がいつ来るかは分からないが、そうしようと思っていた。

 

――きっと、今がその時なんだろう。

 

 ねえ、聞いて。もしかしたらとびきり鈍いあなたには伝わらないかもしれないけど――

 

 お願い、私を見て。その目に、私の姿が見えているのなら、私を見つめて――

 

――神様……これが最後で構わないから、あと一分だけ私に時間を下さい。最後の幸福を、私に下さい。

 

 今まで沢山の物をあなたに貰った。短い間だったけど、私はとても幸せだった。

 私はあなたに何かをあげられた? あなたを幸せに出来た?

 今の私があなたにあげられる物なんて、こんなものしかない。こんなものしか見せられない。

 涙が止まらなくっても、苦しくって仕方が無くっても、飛び切りの笑顔を見せてあげる。だから、だから――

 

――死なないで、謙哉……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三校の代表者が揃った会議から、一週間の時が過ぎた。

 『戦力と連携の強化』と言う具体的な目標を掲げる生徒たちは、一丸となってその目標を達成する為に邁進している。

 

 根津が的確に人材を配備し、その役割に応じた動きを全員でチェックしながら訓練をする。最初はぎこちなかった生徒たちも、徐々に活動に慣れて来た。

 全体的なリーダーは光牙だが、勇や大文字、そして葉月たちが先頭に立って自分たちの学校の生徒たちを指示し、他校の生徒たちとの連携に不備が無い様に確認している。性格は千差万別だが、全員が同じ目標を掲げている故に協調性を取ることはそう難しくはなかった。

 

 今、三校の生徒たちは目覚ましい程の成長を続けている。連携、各人のポテンシャル、判断力などが今までとは段違いになっていた。

 その上で自分の足りない物を補える様にチームワークを取っている。未だに戦力が完璧に整ったとは言えないが、今後の成長が楽しみに思えることは間違い無いだろう。

 

 そんな時だった、ある事件が起こったのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うらぁぁぁぁぁぁっっ!!! ぶっ飛びやがれぇぇっっ!!!」

 

 紅蓮の斧が建物の壁を破壊し瓦礫に変える。弾け飛んだ岩は周囲に飛び散り、その被害を更に広げた。

 

「あぁ~~……っ! イライラする! イライラするんだよっ!!」

 

 既にアグニに変身している櫂は、そう苛立ちが籠った叫び声を上げた。天に向かって吠えた櫂が再び視線を前に向けると、そこには怯え、逃げ惑う人々の姿があった。

 

「むかつくんだよ……! てめえらの叫び声を聞かせろっ!」

 

 胸の中の苛立ちを紛らわせる為か、櫂は斧を振りかざして人々へと襲い掛かる。憤怒の炎に彩られた彼の暴走は誰にも止められない、ただ悪戯に被害が増えるだけだ。

 

「落ち着きなよ、今日は暴れる為に来たんじゃないって事は分かってるだろう?」

 

「うるせぇっ! 俺は俺の好きな様にやるだけだ!」

 

 そんな櫂の事を窘めるパルマの言葉を無視した櫂は一直線に駆け出した。そのまま、辺りにある木や建物に八つ当たりでもするかの様に斧を振り回す。

 暴れ回る櫂の姿を見たパルマは大きなため息を一つ零した。憤怒の感情が色濃く出過ぎているせいか扱いにくい新入りは、今回の目的を完全に忘れているらしい。

 

(……まあ、良いさ。これならあいつらもすぐ来るだろうし……)

 

 パルマがそう思い、ほくそ笑んだ時だった。バイクの疾走音と共に飛び出して来た影が、櫂の真正面に陣取って行く手を塞いだのだ。

 自分の邪魔をした相手の姿を見た櫂は、仮面の下でギラついた笑みを見せる。ポキリ、ポキリと拳を鳴らした彼は、低く唸る様な声を口から漏らした。

 

「龍堂……! またてめぇか……っ!」

 

「そりゃあこっちの台詞だ、お前こそいい加減にしやがれ!」

 

「黙れっ! ぐらぁぁっっ!!」

 

 問答もそこそこに現れた勇へと斧を振り下ろす櫂。勇はその強烈な一撃をさらりと避け、腰にドライバーを装着する。

 

<運命乃羅針盤 ディスティニーホイール!>

 

「変身ッ!!」

 

 今回は最初からセレクトフォームになることを決めた勇は、召喚したディスティニーホイールを左腕に装着してそれを回転させる。

 黒い竜巻が巻き起こり、櫂が放つ炎を掻き消しながらその中心から現れた勇は、強化したディスティニーソードを手に挑みかかって行った。

 

「目を覚ませよっ! お前はガグマに利用されてるだけなんだぞっ!?」

 

「知るかそんなもん! 俺はただ、この苛立ちと憎しみを誰かにぶつけられりゃあそれで良いんだよ!」

 

 剣と斧がぶつかり合い、火花が舞う。アグニの剛力を上手くいなしながら戦う勇は、体勢を低くした状態から一気に体を跳び上がらせた。

 

「おっっらぁっ!!」

 

「ちぃっ!?」

 

 跳躍の勢いを活かした斬り上げがアグニの胴を掠める。装甲に傷をつけた勇に苛立ちを募らせながら後退した櫂であったが、それに追い打つ様にして降下して来る勇の攻撃がヒットした。

 

「ぐぅぅっ!?」

 

 先ほどよりも深く、抉る様な一撃を受けた櫂は痛みに呻いた。だが、すぐにその痛みを怒りの感情で掻き消すと、がむしゃらに拳を振るう。

 

「がっ、はっ!?」

 

 今度は勇が櫂の攻撃を受けて呻く番だった。腹に思い切り突き立てられた櫂の拳は、勇の体を数メートル先へと吹き飛ばす程の威力を持っていた。

 吹き飛んだ先の壁に背中を打ち付けた勇は、肺から全ての空気を吐き出してむせる。

 

「いつまでも良い気になってんじゃねえぞ! 俺だってレベルは上がってる……お前をぶっ飛ばす為に強くなってんだよ!」

 

「みたいだな……! だが、俺だってそれは同じだ!」

 

 立ち上がり、呼吸を整えた勇が次の武器を召喚する。遠距離戦用のディスティニーブラスター、それを構えた勇は櫂との距離を詰めながら銃弾を連射した。

 

「うらぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

「がっ! ぐぅっ!?」

 

 光弾が何発も体に当たった櫂は表情を歪めながらも勇への鋭い視線を逸らしはしない。ただ迎え撃つことを硬く決心し、斧を握る拳に強く力を籠める。

 自分の腕と武器の届く範囲、攻撃の射程圏内に勇が入った瞬間、櫂は彼を叩き切るつもりであった。

 

(来い、来いっ!)

 

 怨嗟の籠った声を心の中で呟く。着実に、確実に、勇を仕留める為の熱を滾らせる。

 弾丸を体の中心に受け、大きなダメージを受けたとしても櫂は勇から目を逸らさなかった。そして、彼が間合いに入るや否や、斧を大きく振りかぶって迎え撃つ。

 

「だぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 横薙ぎに払う斧での一撃。それを勇が回避出来るとは思えなかった。

 自分の前方を広範囲に薙ぎ払うこの攻撃をとっさに避けるのは非常に難しい。もしも無理に回避したとしても、続いて行われる攻撃からは逃れようがないだろう。

 相当の自信をもって攻撃を行う櫂は、目の前の勇の行動に注意を払いながらも勝ちを確信していた。しかし、勇は彼の予想を超えた行動を見せる。

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

「なっ!?」

 

 今まで攻撃を行っていたディスティニーブラスターを左手に持ち、それを盾にする様にして櫂のイフリートアクスでの攻撃を防ぐ。完全に勢いを殺す事は出来なかったが、一瞬の時間を作り出すには十分だった。

 遠距離武器を犠牲にして作り出したその一瞬の間に櫂の懐に潜りこんだ勇は、いつの間にか召喚していたディスティニーソードでの連撃を繰り出す。

 櫂の横を斬り抜けながらの一発。更にそこから振り返って無防備な背中へもう二発。遅れて振り返った櫂の体を両断するかの様に最後の一発を繰り出して攻め立てる。

 

「ぐぅわぁぁぁぁぁっ!?」

 

 俊敏さと力強さ、その二つを兼ね合わせた勇の攻撃を前に櫂は全身から火花を舞い散らせながら叫んだ。よろめき、崩れ落ちる彼の姿を見ながら勇は言う。

 

「強くなってんのはてめえだけじゃねえんだよ。俺たち全員、お前らを倒す為に努力し続けてるんだ!」

 

「こ、の……クソがぁっ!!」

 

 勇の言葉に逆上した櫂は再び立ち上がり攻撃を仕掛けようとした。しかし、その行動をもう一人の魔人柱が阻む。

 

「なにしやがる!? そこを退けっ!」

 

「まったく……お前は、自分の目的を忘れてるみたいだね。仕方が無いから僕が役目を果たさせて貰うよ」

 

 やれやれ、と言った感じで櫂を抑えたパルマは、勇へと向き直ると手の平を見せて彼の動きを制する。自分に戦意は無いと訴えるその様子に、勇も警戒しながら剣を引いた。

 

「今日は、ガグマ様からの言伝を預かって来た……ガグマ様もそろそろお前たちと決着を付けたいそうだ。だから、今度はこちらから攻撃を仕掛けるつもりだよ」

 

「何だと……!?」

 

「僕たちは宣戦布告に来た。今日より一週間後、我らは軍を率いてこの現実世界を強襲する! ……防ぎたくば、相応の準備を整えておくんだね」

 

 ズシリと、思い緊張感が勇の肩に圧し掛かる。とうとう魔王たちが現実世界を攻撃しようとしていると言う事実に胸の動悸が激しくなる。

 一週間……その間に自分たちは準備を整えておかねばならない。だが、まだ連携を強化している段階の自分たちにそれは可能なのだろうか? 

 

「……もう一つ、これは個人的な事だ。イージスに伝えておけ、僕たちも決着を付けよう、と……!」

 

 ギラリと眼光を光らせたパルマは、ライバルへの伝言を最後に櫂を伴って姿を消した。

 只の戦闘だけでは終わらなかった今回の戦いを終えた勇は、未だに訪れない平常心を取り戻そうとしながら呟く。

 

「やるしかねえ、か……!」

 

 もう、決まってしまった。待ったが利く状況でもない。ならば、やるしかないだろう。

 出来ることを、やれることをやる……そう決めた勇は、この重大な情報を皆に伝えるべくゲームギアの電源を入れたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全て決まった、か……うん、それは良い! すべてボクの脚本通りだ!」

 

 暗黒の中、空中に浮かぶ謎の文字を読みながらエックスが頷く。満足気に、楽し気に歌う様な口調で独り言を呟く彼は手を振りながら言った。

 

「無論、こちらも犠牲を払う事になるだろう。でも、それを払うだけの価値はある! ……なにより、ボクは痛くも痒くもないしね」

 

 悪戯っ子の様にくすくすと笑ったエックスは、自分の計画を慎重に確認する。

 この後自分はどう動くのか? 何か不備は無いか? 丁寧に一つ一つを確認しながら、エックスは湧き上がる興奮を抑えきれずに笑い声をあげた。

 

「始まるんだ……この劇の後に、ボクが世界の王となる物語が幕を上げる……! 文字通り、ボクが世界の指揮者(コンダクター)となる日がやって来るんだ!」

 

 見えているただ一つの道、その先には自分が望む全てが手に入る玉座が待っている。この世の全てを操り、世界を一つの劇場とする自分の望みが叶えられるだけの力が手に入るのだ。

 

「魔人柱も、魔王も、仮面ライダーも……皆、ボクの描く物語の登場人物(キャスト)に過ぎない……! 世界の王となるのは、ボクだ……!」

 

 輝かしい自分の未来を想像しながら、エックスは全てを手玉に取ってただ笑い続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――??がゲームオーバーになるまで、あと7日

 

 



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2.決戦の日

 あけましておめでとうございます。新年初の更新を楽しんで頂けたら光栄です。


 

『……ついに、この日がやって来た。この放送を聞く多くの仲間たちよ、どうか少しの間だけ俺の話に耳を傾けてくれ』

 

 天空橋に協力して貰い、ゲームギアを通じて日本中の高校生たちに語り掛ける光牙は、神妙な表情を浮かべて言葉を紡いでいる。人の上に立つ者としての風格を纏う彼は、一つ一つの言葉をはっきりと口にしながら演説を進めた。

 

『俺たちはかつて大罪魔王ガグマと戦い、その強さの前に敗北を喫した。ソサエティ攻略の最前線を担う虹彩学園と薔薇園学園の敗北のニュースは、皆の記憶にも新しいだろう。だが……俺たちは、手痛い損害を負いながらも諦めはしなかった。まだ完全とは言い難いが、それでもこうやってまた戦えるだけの力を得られたことはその不屈の精神が生み出した産物だと思っている』

 

 三校同盟による戦力の補強、及びそれを元にした更なる強化……戦国学園を同盟関係に加えた虹彩と薔薇園の両校は、再びかつての力を取り戻そうとしていた。

 威厳を取り戻し、ソサエティ攻略の絶対的主導校としての地位を確立し、その虹彩学園のリーダーを務める光牙は、己の持つカリスマを活かして全国の生徒に語り掛ける。

 

『……皆も聞いているだろう、今日、この日……俺たちがかつて敗れた大罪魔王ガグマが、同じ魔王であるエックスと共に現実世界に攻撃を仕掛けて来る。奴らの侵略は、とうとうここまでやって来てしまったんだ』

 

 光牙が拳を握り締め、カメラを真っすぐに見ながらそれを振りかざす。強い意志を湛えた瞳を光らせた彼は、演説の口調を強く、大きなものにして叫ぶ様にして語った。

 

『俺たちは負ける訳にはいかない! ここで俺たちが負ければ、世界は魔王たちの手に堕ちてしまうだろう! それだけは絶対に阻止しなくてはならない! この世界を守る為に……!』

 

 力強い口調で戦いへの意気込みを口にした光牙は一度そこで言葉を切ると、深く息を吸ってから再びカメラへと視線を向ける。そして、この演説を聞いている多くの生徒たちの心を射抜く様にして、最後の言葉を口にした。

 

『……この戦いは、世界の命運を決する戦いだ……! 敵がどう攻めて来るかもわからない、戦力も把握しきれてはいない。だが、俺たちが協力すれば必ず勝てる! 総員、最後の最後まで諦めるな! 世界の光を守る為、限界を超えて戦うんだ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パルマを通じてのガグマの宣戦布告から一週間……現実世界は、とうとう開戦の日を迎えてしまった。

 無論、その間にも様々な動きがあり、魔王たちの侵略行為への対策は十分に練られていた訳ではあるが、それでも戦力の全てを把握しきれていない魔王たちに対して、完璧な防御態勢が敷かれているとは誰も確信出来てはいない。

 何処を、どうやって、どのように攻めて来るのか? 誰も、何も知らないのだ。分かっている事と言えば、敵は想像もつかない程に強大だと言う事くらいだろう。

 だが、それでも、勇たちは逃げ出す訳にはいかなかった。自分たちの戦いが文字通り世界の運命を握っているのだから。

 

 勇からの報告を受けた学園側は、すぐにこの情報を日本全国のソサエティ攻略校に拡散し、協力体制を整えた。一時的ながらも、魔王と言う強大な敵を前にして協力しようと決めた訳である。

 果たして、その目論見は上手く行ったが……それでも、敵の作戦が分かっていない以上は不安は残る。だが、全国の生徒たちも士気を高めて今日と言う決戦の日を迎えようとしていた。

 それに加え、実質的に日本の学生たちの頂点に立つ光牙の激励の演説である。決戦を前にして、生徒たちの士気は最大級に高まった。後は、この戦いを乗り切るだけだ。

 

 生徒たちは皆、自分の持ち場に就いて戦いの時を待ち続けている。指揮を執る立場にある者は慌ただしく動いているものの、戦いが始まればもっと大変な事になると考えればこの程度は訳無かった。

 全国から情報を集め、異変を察知したら即座に動く……特に、最大戦力となるであろう仮面ライダーたちは、何処で戦いが起きても駆けつけられる様に各地に分かれて出撃体制を整えている。

 そんな仮面ライダーたちの待機場所の一つである虹彩学園では、勇がたった一人でどんよりと曇る空を見上げていた。

 

「何してるんですか、勇さん」

 

「……ああ、マリアか」

 

 そんな勇の背後から近づいたマリアは小首を傾げながら彼に問いかけてその横に並んだ。放送の為に虹彩学園を離れている光牙たちが居ない為、珍しい事にこの場には二人だけだ。

 決戦を前にしている緊張感が学園を包む中、マリアは自分の緊張を解きほぐすかの様にして勇に話を振った。

 

「勇さんは怖く無いんですか? 光牙さんや謙哉さんも居なくて、今はお一人じゃないですし……」

 

「何言ってんだよ、マリアたちが居るだろ? 俺は一人じゃ無いさ。それに、バラバラでも戦う目的は皆一緒だ。皆と一つになれてるから、俺は怖くなんかねえよ」

 

「そう、ですか……」

 

 ドライバーのホルスターに入っているカードのチェックを行う勇は、マリアに視線を向けぬままそう答えた。決して彼女を蔑ろにしている訳では無いが、それ以上にやらねばならぬことがあるのだ。

 そんな勇の事を見つめるマリアは、少し目を伏せて言葉を区切った。次の言葉を紡げないでいる彼女は、口をもごもごとしたまま黙っていたが……。

 

「……一緒に戦えない事を気にする必要は無いんだぞ。お前が置かれてる状況を考えれば、それは当然なんだからな」

 

「……でも、やっぱり心苦しいです。皆さんのお力になれないなんて……」

 

 父親との約束がある為、今回の決戦に参加出来ないマリアは悔しそうな表情を浮かべて呟く。勇は、そんな彼女の事を優しく励ましながら笑顔を見せた。

 

「記憶を失ったままのお前に無理はさせらんねぇよ。……もう一度、万が一の事が有ったら、今度は命が助かる保証も無いからな」

 

「……だからですよ。また、櫂さんみたいに誰かが犠牲になったらって考えると怖いんです……!」

 

「マリア……」

 

 カタカタと体を震わせるマリアは、瞳に浮かべた涙を手の甲で拭う。堰を切った様に溢れる心の中の思いを言葉として紡ぎつつ、彼女は己の本心を吐露した。

 

「また、誰かがゲームオーバーになったら……誰かが居なくなったらって考えると、凄く怖いんです。勇さんや光牙さん、ディーヴァのお三方が消えたりしたらどうしようって……そんな時、私は何も出来ないんだって考えると、凄く怖くて、情けなくて……」

 

 誰かを思い、心配するが故の恐怖を抱くマリアは、肩を震わせながら涙を流し続けている。そんな彼女を見た勇はマリアに向けて手を伸ばすも、空中でその動きがピタリと止まった。

 果たして、無責任な言葉を彼女にかけて良いのだろうか? 確証の無い、あやふやな言葉でマリアを励ましても良いのだろうか? 僅かに抱いた疑念が勇の動きを止め、彼に迷いを抱かせる。

 しかし……目の前で涙にくれるマリアを放って置くことなど、勇には出来なかった。抱いた疑念を振り払い、顔に笑みを浮かべ、勇はマリアの肩を力強く叩くと言った。

 

「大丈夫だって! 誰も居なくなったりなんかしねえよ! 俺たちは、皆無事に帰って来るからさ!」

 

「本当、ですか……?」

 

「ああ! ……約束するよ、絶対に帰って来る。誰一人欠けずにな」

 

 笑顔を見せた勇は、右手の小指を立てるとマリアの眼前へとそれを差し出した。先ほどの言葉を耳にしたマリアは勇のその行動の意図を悟り、自分もまた右手の小指を立てて勇の小指と絡ませる。

 

「指きり、な? 約束だ、皆で帰って来るから」

 

「……はい!」

 

 ようやっと笑顔を取り戻したマリアを見た勇は、自分の行動が間違っていなかったと確信しつつ彼女に笑顔を返す。たとえ不確かな約束だとしても、死ぬ気で現実にしてしまえば良いのだ。

 そうとも、自分たちは誰一人として欠けるつもりは無い。どんなに苦しい戦いだとしても、一人の犠牲も出さずに勝ってみせるのだ。

 

(必ず、生きて帰るんだ。もう、あんな思いをするつもりは無い!)

 

 マリアに見えぬ様、拳をぐっと握り締めた勇は、固い決意を抱くと共に戦いへの思いを更に強めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「立派な演説だったわよ、光牙。皆の士気も上がったと思うわ」

 

「ああ……だが、まだ戦いは始まってもいないんだ。気を引き締めていかないと」

 

「そうね」

 

 各校の生徒たちへの演説放送を終えた光牙は、真美と共に現状の把握に注力していた。未だ敵の動きは見えないが、それがかえって不気味に思えてしょうがない。

 だが、今の光牙はそれと同じ位に自分の隣に居る真美の事が不気味に思えていた。一体なぜ、彼女は自分にここまで尽くしてくれるのだろうか?

 

 彼女は光牙の秘密を知っている。マリアを襲い、彼女の記憶喪失に陥らせたのは紛れもなく光牙なのだ。

 そんな光牙のことを、真美は必死に支えてくれている。ある種、狂信的とも言えるその奉仕は、それを受ける光牙にとっても困惑する程のものであった。

 

「……大丈夫よ、光牙。あなたは勇者になる人間だから……だから、この戦いにも必ず勝てるわ」

 

「……ああ」

 

 正直、今の真美が何を考えているかは分からない。だが、彼女の献身は本物だ。それを理解しているからこそ、光牙は彼女を傍に置き続けている。

 ……自分の弱みを握っている存在を目の当たる場所に置いておきたいと言う面もあるにはあるのだが。

 

(……いけないな、今はそれを忘れよう。ガグマたちとの戦いに集中しなくては……)

 

 心の中の不安を打ち消し、目の前にまで迫った戦いに集中し始めた光牙は、懐にしまってあるギアドライバーへと視線を向ける。自分を勇者へと導くそれを見つめ、軽く頷いた時だった。

 

「光牙さん! 建物の正面玄関に敵が!」

 

 勢い良く扉が開き、血相を変えた一人の生徒が飛び込んで来た。敵の出現を伝える彼の言葉に椅子から跳び上がる様にして立ち上がった光牙は、建物の正面玄関へと一気に駆け出す。

 そして……そこに居た見知った顔の敵を視界に捉え、彼に対して静かに語り掛けた。

 

「櫂……!」

 

「……ずいぶんと余裕があるじゃねえか。あんな放送して、居場所を教えるなんてよ」

 

 放送の発信源を辿って建物に現れた憤怒の魔人は、光牙に鋭い視線を向けながらそう吐き捨てた。光牙は、全身から威圧感を放つ櫂に負けぬ様に拳を強く握りしめて叫ぶ様にして叫び返した。

 

「櫂……! お前が本当に敵になってしまったと言うのなら、それを止めるのは俺たちの役目だ! ここで……お前を倒すっ!」

 

 そう言い切った光牙の周囲をA組の生徒たちが取り囲む。櫂の事を知り、かつての仲間の凶行を止めるべく戦いに臨まんとする生徒たちの顔を見た櫂は、飽き飽きとした表情を浮かべて呟いた。

 

「雑魚が……お前たちに何が出来る? 昔っからそうだ、お前たちは俺や光牙が居なきゃ何も出来なかっただろうが」

 

「今の俺たちはお前の知ってる俺たちじゃない。お前を止める為に、必死に訓練を重ねて来た!」

 

「なら……その成果を見せてみろよ! やれるって言うのなら、俺を止めてみやがれってんだ!」

 

 空気を震わせる程の叫びを上げた櫂がギアドライバーを構える。光牙も懐からドライバーを取り出すと、腰に構えてホルスターからカードを取り出す。

 睨み合う両者は、自分たちを見つめる生徒たちの視線を受けながらカードを掴んだ手を動かし、同時に叫んだ。

 

「「変身っっ!!!」」

 

<ブレイバー! ユー アー 主人公!>

 

<アグニ! 業炎! 業炎! GO END!>

 

 眩い光が光牙を包み、燃え盛る火炎が櫂の周囲に渦巻く。それらが消え去った瞬間、それぞれの鎧を身に纏った戦士たちが姿を現しながら対面する敵へと向かって駆け出して行く。

 

「櫂ーーっっ!!」

 

「光牙ぁぁっっ!!」

 

 剣と斧がぶつかり合う衝撃音とお互いの叫び声を響かせ、級友たちは激しい戦いの中へと飛び込んで行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……来たか」

 

 エネミー部隊を率い、現実世界を攻撃していた魔人柱『怠惰のパルマ』は、一つの気配を感じて小さく呟いた。既に自分の指揮する部隊は作戦行動に移り、自分はただ一人でこの場で立ち尽くしている。

 いや、ただ立っていた訳では無く、正確には()()()()()と言う方が正しいだろう。彼が感じた気配は、その待ち人の物だった。

 

「待ち侘びたよ……ようやく、お前と決着をつけられる!」

 

「……変身」

 

<ナイト! GO! ファイト! GO! ナイト!>

 

 宿敵の言葉に反応を返す事無く身に着けたドライバーにカードを通した謙哉は、青い騎士の姿へと変身してパルマを見つめた。パルマもまた、自分の倒すべき敵の事を真っすぐに見つめている。

 今日、ここに至るまで、自分たちは何度もぶつかって来た。火花を散らし、誇りをかけ、激しい戦いを繰り広げて来た。だが、それも今日までの話だ。

 

「……終わりにしようか、僕たちの腐れ縁って奴をさ」

 

「ああ……お前を倒して、世界に平和を取り戻す! その為に、僕は……!」

 

 その拳を振るう為、謙哉は掌を硬く握る。魔術を行使する為、パルマは軽く手を開く。

 両者反対の行動を行いながらも、その行動はどちらも戦いに臨む為のものだった。一拍の間が空いた後、二人は同時に互いの名を叫びながら駆け出す。

 

「パルマぁぁぁぁっっ!!」

 

「イージスぅぅぅっっ!!」

 

 世界の運命をかけた戦争の中、青の騎士と怠惰の魔人柱は己の誇りを賭けた決戦に挑む。今、この瞬間、目の前に居る宿敵に勝つべく、二人の戦士は全力を以って戦いに臨むのであった。

 




 今年も仮面ライダーディスティニーを宜しくお願い致します!


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3.崩壊の時

「がっ……はぁっ!」

 

「てえやぁっ!!」

 

 光輪を防いだ左腕の盾が甲高い金属音を響かせる。空気を震わせるようなそれを耳にしながら、謙哉はただ前へと突貫した。

 なおも迫る光輪を時に躱し、時に盾で防ぎながらパルマへと接近した謙哉は、敵の横っ面に思い切り振りかぶった拳を叩き込む。

 

「ぐぅぅっ!?」

 

 鈍い打撃音、先ほどの物とは真逆の音が謙哉とパルマの接着面から響いた。痺れる拳の痛みを感じる謙哉は、目の前のパルマがごろごろと地面を転がって行く姿を見ながら呼吸を整える。

 

「まだ、だぁっ……! まだ、僕は負けてないっ!」

 

「……来るか!?」

 

 痛みと屈辱に歯を食いしばりながら立ち上がったパルマは、その手に握る一枚のカードを自分の体へと突き入れた。その光景を見た謙哉もまた、ホルスターからカードを取り出してそれを構える。

 

「ぐ……オォォォォォォォッッ!」

 

「……狂化状態、お前の切り札……! それを倒す為には、やっぱりこれを使うしか無い!」

 

 手の中に握られた『サンダードラゴン』のカードを構えた謙哉は、それをドライバーに通す前に静かに呼吸を整えた。

 これで最後、もうこの危険な力は使わない……玲との約束を果たす為、必ず自分は勝たなくてはならないのだ。

 

「行くぞ、パルマっっ!!」

 

<RISE UP! ALL DRAGON!>

 

 謙哉の体を青い雷光が包む。手に巨大な爪が、腰には太い尾が、そして背面に翼と頭部に龍を模した兜を装着した謙哉は、体に走る痛みにほんの少しだけ表情を歪ませた。

 

「ガ、アァ……ッ! イー、ジスゥ……!」

 

「これが正真正銘、僕の全力だ! この力でお前を倒してみせる!」

 

 黒い狂気に取りつかれた宿敵にそう言い放ち、謙哉は宙を舞った。天高く飛翔した彼は、鋭い視線で宿敵を捉えると一直線に降下して行く。

 

「はぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

「オォォォォォォォッッ!」

 

 挑みかかる謙哉。迎え撃つパルマ。両者の叫びが響く戦場は、より一層激しくなった戦いをただ見守るだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱ、謙哉っちの事が心配?」

 

「……ええ」

 

 街の中を駆けながら葉月からの問いかけに答えた玲は、浮かない表情のまま自分のゲームギアへと視線を落とす。

 つい先ほど、謙哉と光牙がそれぞれ魔人柱との戦いを開始したとの報告があった。強敵である魔人柱との戦いに臨む二人の事を心配するのも当然だが、謙哉への心配はひとしおだ。

 

 光牙はまだ良い、味方の拠点近くで、しかも多くの仲間に囲まれた状態で戦えるからだ。危なくなったとしても、A組の生徒たちがフォローしてくれるだろう。

 しかし、謙哉は完全にパルマと一対一で戦っているのだ。『狂化』のカードを使い、恐るべき力を得たパルマとの戦いは間違いなく苦しい物になるだろう。

 それに、謙哉がパルマに勝ったとして、その後無事でいられる保証はない。オールドラゴンを使った反動で、そのまま倒れてしまう可能性だってあるのだ。

 

(……約束、必ず守りなさいよ。絶対なんだからね……!)

 

 心の中でそう呟いた玲は、拳をぎゅっと握り締める。そして、不安に押し潰されそうになる心を叱咤し、目の前の戦いへと意識を集中させた。

 

「もう少しで魔王とご対面だよ! 気を引き締めて行こう!」

 

「うん! ……もう、負ける訳にはいかない。絶対に勝つ!」

 

「そうね、勝ちましょう! 皆で帰って、笑いましょうね」

 

 親友たちに静かに言葉を返しながら、必ずこの言葉を実現して見せると玲は自分自身に誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、街の中央施設では光牙が櫂と死闘を繰り広げていた。

 業火を燃やし、その剛腕を以って攻撃を仕掛ける櫂に対し、光牙は厳しい戦いを強いられている。唸りを上げて迫るイフリートアクスを何とか防いだ光牙であったが、その衝撃に手が震わせて表情をしかませた。

 

「ぐっ……うっ……!?」

 

「光牙ぁ……っ! てめえは何時だってそうだ、出来もしねえことを自信満々にやってのけるって言う……! 俺がゲームオーバーになった時だってそうだ!」

 

「だま、れっ!!」

 

 櫂の言葉を振り払うかの様に斧を弾き、敵の無防備な胴に蹴りを喰らわせる光牙。僅かに距離が空いた事で体勢を立て直す事には成功したが、櫂もまた重戦車の様な荒々しい特攻を仕掛けて来る。

 

「お前は何時だってそうだ! 理想を掲げ、ついて来る者に居心地の良い夢を見せ、自分が特別な存在だと思わせる! だが、お前は自分に憧れる者たちの責任を負おうとはしない!」

 

 怒りの咆哮、そう呼ぶに相応しい櫂の叫びは空気を震わせて戦場に響いた。

 繰り出される斧を防ぎ、突貫を躱す光牙は、その叫びをただ聞いたまま防御に回るしかない。

 

「自分が高みを望み、それを実現させる為に協力を請う。だが、お前は自分について来た者を守ろうとはしない! 自分の望みしか見えてねえんだよ!」

 

 櫂の言葉が、繰り出される攻撃が、光牙に歯を食いしばらせる。痛んでいるのは腕なのか、心なのか、今の光牙には判断が出来なくなっていた。

 

「出来もしない夢を掲げて、全員を危険に晒して……失敗して、誰かが傷ついたとしてもお前は次の事しか考えない! 散って行った者の事なんか、お前はすぐに忘れるんだよ!」

 

「違うっ! 俺は、俺はっっ!」

 

「違わないさ! 温厚な坊ちゃんを装ってるお前だが、実際は冷酷で自分の事しか考えていないエゴイストだ! 俺には分かるんだよ!」

 

 櫂の叫びに激高した光牙に隙が出来る。その一瞬を見逃さずに繰り出された櫂の一撃は、見事に光牙の胸を捉えた。

 

「ぐあぁぁっっ!!」

 

 装甲から火花を散らし、光牙が真後ろに吹き飛ぶ。高温を纏った炎の斧は、彼の体に刃と共に熱い傷跡を残していた。

 

「……俺を倒すだぁ? 出来もしねえ事を言ってるんじゃねえよ! お前は一人じゃ何も出来ない、俺を倒すことなんざ、絶対に不可能なんだよっ!」

 

 地に倒れる光牙を見た櫂は、そう吐き捨てると再び斧を構えて突撃した。

 胸の内に燃える憤怒の炎は、勇者を気取る無様な男を見る度にその激しさを増して燃え盛っている。この苛立ちを治める為には、光牙を倒すしか無いと櫂は分かっていた。

 

「死ねっ! 光牙ぁぁぁっっ!!」

 

 櫂の巨体が宙を舞う。振り上げた斧を地に倒れる光牙に向けて振るい、落下の勢いを加えた強烈な振り下ろしを繰り出そうとする。

 ぱちぱちと空気を焼く斧の刃は、赤熱してどんな装甲でもバターの様に斬り裂くことが出来るだけの熱を纏っていた。この一撃を喰らえば、変身した光牙でもただでは済まないだろう。

 全ての決着をつける一撃……この瞬間、櫂は自分の勝利を確信していた。

 

「……分かっているさ。俺は、弱い……」

 

 だが、そんな櫂の目の前で光牙が立ち上がると静かに呟く。防御や回避の構えを見せない彼は、ただ櫂の攻撃を受ける為だけに立ち上がった様に見えた。

 そんな光牙の姿を見た櫂の中で苛立ちが募る。意味のない、自分のプライドを守る為だけに立ち上がった様に見える彼への怒りが更に激しさを増して燃え上がった。

 櫂は斧を掴む手に力を籠め、光牙に強烈な一撃を見舞ってやろうと意気込んだ。剣を前に出して防ごうとも、その剣ごと光牙を斬り捨てるつもりで斧を振るった。

 

「光牙ぁぁっ!!」

 

 もう、光牙は目の前だった。自分の一撃は、彼を間違いなく捉えるだろう。

 だが……光牙は何も焦る事無く、その場で立ち尽くしたまま再び呟きの言葉を口にする。

 

「だからこそ、俺は一人で戦わないんだ!」

 

 光牙がそう口にした瞬間、彼の背後から幾つもの魔法が飛来して来た。炎の玉、水の弾丸、竜巻……様々な属性を持つそれは、上空から落下して来た櫂の体にぶち当たり、その勢いを殺す事に成功する。

 

「ぐおぉぉぉぉっ!?」

 

「今だっっ!!」

 

 予想外の攻撃を受けて体勢を崩した櫂に向け、光牙は手にしているエクスカリバーを振るった。

 櫂の横をすり抜ける様にして斬り抜け、腹部を真一文字に斬り裂く一撃を見舞う。櫂は、カウンター気味に繰り出されたその攻撃を受け、地面に落下すると同時にその場に崩れ落ちた。

 

「がっ、はっ……!?」

 

「……お前の言う通りだ、櫂。俺は弱い、一人じゃ何も出来ない程に……だが、俺には仲間がいる! 俺を支えてくれる、大切な友人たちが居る!」

 

「そうよ、櫂。光牙は一人じゃ無いの……たとえあなたが敵に回ったとしても、まだ私たちが居るわ!」

 

 地面に崩れ落ちた櫂に向けてそう告げたのは、A組の代表である真美だった。見事な魔法攻撃で光牙を援護した彼女は、周囲を取り囲む級友たちに向けて指示を飛ばす。

 

「皆、補助魔法よ! 光牙のステータスを上昇させて、援護するの!」

 

「はいっ!」

 

 真美の指示を聞いたA組の生徒たちが補助魔法のカードを使用し、光牙の能力を大幅に向上させた。級友たちの援護を受けた光牙は、エクスカリバーを手に櫂へと真正面から挑みかかる。

 

「俺はっ! 一人で戦ってるんじゃない! 俺を支え、頼りにしてくれる皆と一緒に戦っているんだっ! だから、一人で出来ないことだって、皆と一緒なら必ずやり遂げることが出来るっ!」

 

「ぐぅぅっ!?」

 

 腕力の増した光牙が剣を振るい、櫂の持つ斧を弾く。俊敏性と技巧も強化された光牙は、そのまま鋭い一撃を櫂へと繰り出した。

 肩から腰へ、斜めに斬り落とす様に振るわれるエクスカリバー。白銀の残光を櫂の体に刻むと同時に、小さな爆発が起きたかの様に火花が飛び散った。

 

「がはっ!? この野郎っ!!」

 

 痛みに呻き、怒りを募らせた櫂が反撃に出る。しかし、振り上げた右手には真美をはじめとする遠距離攻撃部隊の魔法が集中し、彼に攻撃の隙を与えない様にしていた。

 能力を強化された光牙の攻撃とA組の生徒たちによる連携を前に防戦一方に追い込まれる櫂は、巨体と厚い装甲を活かして何とかそれを耐え凌ぐ。しかし、A組の全員による猛攻を前にその耐久力も尽きようとしていた。

 

「これで……どうっ!?」

 

<トルネード!>

 

「ぬぅぅっ!?」

 

 今、真美の使用した魔法によって生み出された竜巻に体を巻き上げられた櫂は、空中へと投げ出されて無防備な姿を晒してしまっていた。

 回転し、落下する櫂は体勢を立て直すことも出来ずにいる。そんな彼の姿を見た真美やA組の生徒たちは、皆一様に光牙へと叫んだ。

 

「今よ、光牙っ!」

 

「ああっ! これで決めるっっ!!」

 

<フォトン! スラッシュ!>

 

 光属性の付与と斬撃強化のカードをエクスカリバーに使用した光牙が落下する櫂に向かって駆け出す。剣を構え、ひたすらに前へと突き進む彼は、親友に向けて必殺技を繰り出した。

 

「櫂っ! これで終わりだぁぁぁっっ!!」

 

<必殺技発動! プリズムセイバー!>

 

 エクスカリバーが一際大きな光を放った瞬間、光牙は目の前にまで落下して来た櫂の体をその剣で斬り裂いた。仲間たちによって能力を強化されたその一撃は、櫂の胴体に一陣の光と強烈な痛みを残す。

 

「ぐ、あぁぁぁぁっっ!!!」

 

 落下、そして爆発……地面を転がり、ドライバーが弾け飛んだ事で変身が解除された櫂は、そのまま地面に蹲って呻いている。

 A組の生徒たちはそんな櫂と、彼に勝利した光牙の雄姿を見てこの戦いに終止符が打たれたことを喜んでいた。

 

「やった……やったぞ! 光牙さんが、魔人柱に勝ったんだ!」

 

「私たちの連携の勝利よ!」

 

「はぁっ……はぁっ……!」

 

 荒い呼吸を繰り返したまま動けずにいる櫂を見れば、彼にはもう戦うだけの力が残っていない事は明白だろう。

 完全勝利……そんな文字を脳裏に浮かべたA組の生徒たちの中で、真美は冷静に光牙へと声を投げかけた。

 

「光牙、トドメを刺すの! まだ櫂は消滅していないわ!」

 

「……ああ!」

 

 抵抗できない相手、しかも親友の姿をした敵に対して、トドメを刺す事を躊躇した光牙であったが、彼を倒さない限りは櫂は戻ってこないという天空橋の言葉を思い出し、自分を叱咤激励すると決意を固めた。

 一歩、また一歩と櫂に近づく光牙は、緊張とプレッシャーから自然と呼吸を荒げている……しかし、それでもこの勝利を確定的な物にすべく、彼は地面に膝をつく櫂の前に立つと小さな声で彼に語り掛けた。

 

「櫂……これで、終わりだ。次は、本物のお前に会えると俺は信じているから……!」

 

 震える手に力を籠め、しっかりと剣を握り直す。ここで心が折れては駄目だと自分に言い聞かせ、目の前の敵を斬り捨てようとする。

 両手で剣を持ち、それを頭上にまで掲げた光牙は、最後の決心と共に櫂目掛けてトドメを繰り出した。

 

「……お前は、何時だってそうだ……!」

 

「っっ……!?」

 

 刃が櫂を捕らえる寸前、光牙は彼の呟きを聞いた。

 いや、呟きだけでは無い。櫂の悲しみと恨みと、そして怒りが籠った視線をも、光牙は感じ取っていた。

 その視線を浴びた時、光牙の体が金縛りにあったかの様に動かなくなる。結果、振り下ろした剣は櫂との距離を数センチだけ残して完全に静止してしまった。

 

「こ、光牙っ!?」

 

 動きを止めた光牙の異変を感じ取った真美が彼の名を叫ぶ。しかし、今の光牙の耳には彼女の声は届いていなかった。

 目の前にいる親友の呟きが、彼の感情の全てが込められていたその声が、光牙の心に刻み込まれる様にして、延々と響いて来ているのだ。

 

「お前は、何時だってそうだ……! 何時だって正しい立場に立つ、何時だってその正しさの代表になる……力を得て、表面に立って、誰も彼もに祭り上げられ……その正しさに相応しく振舞おうとする……!」

 

 今、光牙の目の前で話し続ける櫂の声には、諦めの様な、それでいて光牙を憐れむ様な感情が込められていた。

 その声を聞く光牙の体が震え、吐き気が駆け上がって来る。もうこれ以上この言葉を聞きたくないと思うのに、彼の体はその意思に反してまったく動かないでいる。

 

「お前は正しい……正しい立場に立つ。そうして悪を滅ぼして、自分の正しさを皆に証明する……! 分かってる、俺は悪でお前は正義だ。でもな……でもなっ!!!」

 

 静かだった櫂の声が急に荒々しくなる。顔を上げ、涙を浮かべる櫂の瞳には炎が燃えていた。

 それは怒りの炎だった。純粋混じり気無い、本物の怒り……捻じ曲がった物でも、誰かに植え付けられた物でも無い、櫂本人の光牙への怒りが彼の中で燃え盛っていた。

 

「お前には分からないだろう? お前が悪と斬り捨て、滅ぼして来た者たちにも正義があったってことが!? 自分の意見だけが正しいと、自分を認めない者は悪だと、そう決めつけて滅ぼして来たお前には、斬り捨てられる側の人間の気持ちなんかわからないだろうさ!」

 

「う、うぅ……!」

 

 ぴしりと、光牙の心の中に亀裂が走った。櫂の言葉を聞く彼の不安定な心が、段々と崩壊を始めた。

 

「こ、光牙っ! それ以上聞いちゃ駄目ッ! 早くトドメを刺すのよっ!」

 

 事ここに至って異変を完璧に察知した真美が光牙に先ほどよりも大きな声で叫ぶも、彼の体は微塵も動かない。逆に、真美の声を掻き消すかの様にして、櫂が声を荒げて光牙へと叫んだ。

 

「誰もがお前を正しいと思う! 誰もがお前が正義だと信じて疑わない! お前は清廉潔白な正直者で、リーダーに相応しい人間だと信じている! でもな……お前はそんな人間なんかじゃない、お前は、ただの卑怯者だ!」

 

「う、ぐ、うぅ……!?」

 

「俺は知っている、お前は皆の希望を背負うふりをして、最後の最後で自分の欲を優先する。醜いエゴイストの面を善人の仮面で隠して、必死に自分の面子を保っているんだ!」

 

「ち、違う……! 違うっ!」

 

 櫂の主張に光牙が初めて反論した。震える声で、それでも自分を否定する言葉を否定しようと、光牙は僅かに残った勇気と意思を振り絞って言葉を紡ぐ。

 しかし……無残にも、櫂はその言葉と意思を打ち砕くかの様にして咆哮を上げた。

 

「違わないさ! お前はそれすらも認められない弱い人間なんだよ! だから、自分の望みを阻もうとする人間が出てきたら、正しさの名を騙って排除しようとする……! お前の姑息な本性に気が付いた奴や自分より優秀な奴を集団の力で押し潰そうとするんだ! 今俺にしている様に! かつて龍堂にそうした様に!」

 

「っっ……!?」

 

「自分より上の存在を許すわけにはいかないから! 自分の足元を崩す人間を放置しておけないから! だから、お前は正しい事をするふりをしてそいつらを排除する! 嫉妬や恐れと言う自分の中に生まれた悪感情を認めようともせず、皆の為にと言う大義名分を掲げて自分のエゴを通す! お前は……そう言う奴なんだよ!」

 

 光牙の胸に、心に、櫂の言葉が突き刺さる。その痛みは、彼が今まで経験したどんな痛みよりも深く、鋭い物だった。

 その痛みは、親友に自分の黒い部分を指摘された事から来ると言うよりも、自分が見ない様にして来た自分の弱い部分を突き付けられた事に起因する痛みだった。そして、その弱さを前にした光牙は今までの自分の行動を顧みて更に胸を痛める。

 

 確かにその通りだった。自分は勇に嫉妬していた。自分よりもリーダーに相応しく、高い能力を持ち、マリアに愛される彼に嫉妬の感情を抱いていた。

 彼が居ては自分の立場が危うくなると思った。だから、彼がA組で迫害を受けたとしても見て見ぬふりをした。理解者が0になった時、自分は心の中で勇の事をせせら笑っていた。

 これで良いのだと、自分が正しいから勇は孤立するのだと思っていた。自分が正義で、勇が悪だから彼は苦しんでいるのだと思った。

 

 だが、それは違った。

 

 自分の考えが、進んで来た道が、間違っていたと知った時、それでも光牙はそれを認められなかった。自分は間違っていないと思い込んで、思考を停止させた。

 その間、自分や自分について来た者たちを守ったのは勇だった。全てを失い、ボロボロになった光牙は、そんな彼に再び嫉妬の感情を燃やした。

 

――正しいのは、自分のはずだ……!

 

 過ちを認める訳にはいかなかった。自分が間違っていて、勇が正しかったと思う訳にはいかなかった。何故なら、それは自分のコミュニティの崩壊を意味するから……自分が積み上げて来た物が、一瞬にして崩壊してしまうからだ。

 だから彼を間違わせた。勇の心を折る為に愛した女性であり、彼に心を寄せたマリアに手をかけた。

 自分を裏切った存在などもう必要ない。勇が間違った様に演出する為に、光牙はマリアを殺そうとした。

 そして……彼は、自分の楽園を守った。今の今まで、光牙は絶対的なリーダーの座を守り続けて来たのだ。

 

「……いつかお前は知ることになる。自分自身の醜い面が周囲に知られた時、今まで自分がして来たことをやり返される……正しさの名の下に、お前が斬り捨てられる時が来る! その時、俺の言った言葉を思い出せよ、光牙っ!」

 

 地に膝を付く櫂と、剣を振り上げていた光牙。絶対的有利な状況で、あとはトドメを刺すだけという状況で……二人の立場は逆転した。 

 櫂の言い放った言葉は光牙の心を抉り、深い傷を残す。彼の言葉と自分の醜さを認められなかった光牙は、狂ったような叫びを上げて蹲ってしまった。

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!?」

 

 認められなかった。自分は勇者なのだから、嫉妬や恐怖と言う感情を持ってはいけないのだ。そんなものがあっては、自分は勇者になれないのだ。

 自分は何時だって正しい場所にいなければならない。自分は何時だって正義でなければならない。自分は何時だって誰かの希望を背負っていなければならない。

 だってそれが勇者だから。正しい道を歩む光の存在だから……だから、認める訳にはいかなかった。

 

「あぁぁぁぁっっ!? うわぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」

 

「光牙っ! 光牙ぁっ!? しっかりして、光牙っ!」

 

「お、俺はっ! 僕はっ! ま、間違ってなんかいないっ! 俺は勇者に、なるっ! ならなきゃいけないっ! そうだよ……俺は正しくなきゃいけないんだよっ!」

 

「お願い光牙っ! 正気に戻って! 私の目を見るの! 光牙っ!」

 

 もう戦いどころでは無かった。変身を解除して地面を転げまわる光牙は、砂埃と涙に塗れたまま喚き続けていた。

 そんな彼の事をA組の生徒たちは茫然と見つめ、真美は必死になって正気を取り戻させようと声をかけ続けている……櫂は、いつの間にか姿を消していた。

 

「俺は……僕は……俺はっ……!」

 

 すっかり戦いの騒音が消えたこの戦場の中で、自分の醜さを認められないまま……光牙は、直面した己の暗黒面を受け入れられず、ただ泣きじゃくっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ねえ、ねえ……聞こえなくっても良いの。これは私の独り言だから……。

 

 私は、あなたを信じてる。あなたはきっと世界を変える勇者になる。私はあなたを支えて、導いてみせる。

 あなたはただ進めば良い、自分の信じた道を進めば良い。あなたはいつも正しいの、あなたが進む道が、正しい道になるの。

 

 ねえ、ねえ……光牙、よく聞いて?

 あなたが勇者になる為ならば……

 あなたが作り上げた世界をこの目で見る為ならば……

 あなたの為にならば、私はどんなことだってする。例え何を犠牲にしても、人から何と呼ばれ様とも構わない!

 

 ねえ、だから……お馬鹿さん、あなたはその為の犠牲になって。

 あなたは私にとってモブキャラで、世界にとっても大したことの無い存在。勇者を守る為に、死んで頂戴。

 大丈夫、あなたの犠牲は語り継がれる。あなたは勇者を守った英雄になるのよ!

 

 名誉と、誇りと、あなた自身の望みの為に……ここで死んで貰えるかしら? ……虎牙謙哉くん。

 

 

 

 

 

 

 

 

――誰かが犠牲になるまで、あと数時間……

 

 



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4.因縁の決着

今回は早めの投稿です。やや短いですが、謙哉とパルマの戦いを愉しんで下さい。


 曇天の下、宙を舞う青い影に無数の光輪が迫る。今までの様に自分を追尾するのではなく、猛スピードで真っすぐに突っ込んで来る巨大な光輪を前にした謙哉は、体を捻ってそれを躱した。

 

「ガッ、ガァァァァッッ!!」

 

 しかし、一撃を躱したからと言って油断は出来ない。続け様に放たれた二つの光輪もまた、謙哉を撃ち落とそうと唸りを上げて迫って来ているのだ。

 謙哉は体を回転させ、腰から生えた龍の尾で一つの光輪を薙ぎ払うと、もう一撃をすんでの所で回避した。そして、そのまま地上に居るパルマ目掛けて突っ込むと、頭部に生えた角から電光を発射する。

 

 一直線に走る青い電撃は、パルマの体に見事直撃した。しかし、パルマは唸りを上げて謙哉を睨むばかりだ。

 通常のエネミーならば大ダメージを受け、消滅していてもおかしくない程の威力を持っている攻撃を受けても彼に怯んだ姿は見えない。それどころか、憎しみを増した目で謙哉を睨んでいる。

 

「……厄介なカードを使ってくれちゃって……!」

 

 理性を崩壊させる事を代償にステータスを上昇させる禁断のカード『狂化(バーサーク)』。その力を取り込んだパルマは、恐ろしい程の戦闘能力を発揮していた。

 敵を捕らえ、じわじわと自分に有利な状況を作って行く策士の様な面は消えてしまったものの、それを以って余りある暴力的な本能で襲い掛かる今のパルマは、一時も気を抜けない相手である。謙哉はそんなパルマを相手にヒット&アウェイの戦法を取っていたのだが、自分の攻撃を難無く受け止めるパルマの様子に焦りを募らせていた。

 

 謙哉がオールドラゴンに変身していられるのはたった5分だけだ。それ以上はドライバーの保護機能が発動し、自動で変身が解除されてしまう。そうでなくても体に大きな負担をかける危険な力を長くは使ってはいられない。

 それでも、狂化されたパルマと戦うにはオールドラゴンしか無い。この5分間で因縁の相手との決着をつけなければ、謙哉に勝機は無いのだ。

 

(オールドラゴンに変身してからもう2分は経ってる……これ以上、牽制している余裕は無い)

 

 空を飛び、繰り出されるパルマの攻撃を防ぎながら反撃でダメージを重ねると言う戦法は決して間違いでは無い。だが、自分には制限時間がある。じわじわと相手にダメージを蓄積させるにはあまりにも時間が少な過ぎた。

 であるならば……もう、危険を覚悟で真っ向勝負に挑むしか無いのだろう。覚悟を決めた謙哉は一旦空中で制止すると、雄叫びを上げながら地上のパルマ目掛けて突貫した。

 

「うおぉぉぉぉぉぉっっ!!」

 

「イー、ジスゥゥゥゥゥッッ!!」

 

 自分目掛けて突撃して来る宿敵の姿にパルマもまた咆哮を上げ、迎撃の構えを見せた。

 一瞬にして存在していた空白の距離を消失させた両者は、爪と光輪を光らせながらそれを振るった。

 

「ぐぅっ!?」

 

「ガァッ!?」

 

 初撃、互いに腹部に攻撃が当たる。やや掠める様でいて、しっかりと芯を当てられたその一撃の重さに謙哉とパルマは呻き声を上げた。

 しかし、ここで怯んでしまえばそこで終わりだ。痛みを堪え、もう一度パルマへと接近した謙哉は、電撃で牽制しながら二発目の爪での攻撃を見舞った。

 

「ガっ! グゥッ!?」

 

「まだだっ! これも喰らえっっ!!」

 

<テイル! フルバースト!>

 

 電撃を防いでいたパルマは、再度接近して来た謙哉の一撃に対して迎撃の構えを見せる事は無かった。今度は一方的に自身の攻撃が命中し、パルマがよろめいた姿を見た謙哉は一気に畳みかけるべく必殺技を発動する。

 尾に込められる雷龍の力、それは徐々に激しさを増してその強靭さを強めて行く。地上に降り立ち、その場で一回転した謙哉は、強大な力が籠められた龍の尾を振るってパルマの体を薙ぎ払った。

 

<必殺技発動! タイラントスイング!>

 

「ガウゥゥゥゥッッ!!?」

 

 まるで自動車に撥ねられた時の様な鈍い音を立て、パルマの体が横方向に吹っ飛ぶ。壁に叩き付けられ、瓦礫に飲み込まれた宿敵の姿を見た謙哉は、肩で呼吸をしながら呟いた。

 

「や、やったか……?」

 

 手応えはあった。しかし、相手は魔人柱だ。しかもカードの効果でパワーアップしている。油断は出来ない。

 謙哉のその考え通り、パルマを飲み込んだ瓦礫が揺らいだかと思えば、岩やコンクリートを吹き飛ばして深緑色の体が姿を現したのだ。

 

「グルルルルルルッッ!!」

 

「……ま、やっぱそう簡単には終わらないよね……」

 

「ガァァァァッッ!!」

 

 呆れ気味にそう呟いた謙哉に向け、パルマは連続して巨大な光輪を放つ。ギロチンの様な形状のそれが唸りを上げて謙哉へ飛来し、彼を両断しようと刃を光らせる。

 謙哉は一度天高く跳躍すると翼をはためかせて空中で制止し、自分目掛けて飛んで来た光輪を幾つか爪で切り払った。そして、残り時間を憂慮した後、最後の戦いに臨む。

 

「……終わりにしよう、パルマ! 僕が勝つか、それとも君が勝つか、これで決めようじゃないか!」

 

<ファング! クロー! ブレス! ウイング! テイル! フルバースト!>

 

「グオォォォォォォォォッッ!!」

 

 決着をつけるべく全力を開放する謙哉。ドライバーが龍の力を引き出す為に全性能を以って作動し、電子音声を響かせる。

 パルマもまた、謙哉が最後の一撃を繰り出して勝負に出る事を感じ取ったのか、両腕を広げて雄叫びを上げると同時に今までの物よりも更に大きな光輪を作り出していた。

 

「行くぞっっ! パルマァァァァッッ!!」

 

「コイッッ! イィジスゥゥゥゥッッ!!」

 

 互いが互いの名を叫び、凄まじいばかりの力を放つ。輝く青と鈍重な緑の光がぶつかり合い、この場をその二つの色に染めた。

 

<必殺技発動! オールドラゴン・レイジバースト!>

 

 青い雷を身に纏い、全身に漲らせた力を左脚へと収束した謙哉がパルマへと突っ込む。神速の一撃は正確に魔人柱へと狙いを定め、空気を唸らせながら繰り出されていた。

 

<必殺技発動! スロウスギガリング!>

 

 対抗するは怠惰と狂気が籠められし巨大な光輪(ギロチン)。宿敵への憎しみが込められたそれは、超高速で回転しつつ謙哉に向かって飛び立って行く。

 

 それは時間にすれば一瞬の、それでいてとても長い時間に思えた。誰も見守る者のいない戦場にて、これだけ強大な必殺技同士がぶつかろうとしている。

 謙哉の左脚が、光輪の切っ先が、互いに触れる。その瞬間、凄まじい衝撃と共に青と緑の光が大きく膨れ上がった。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 左脚が痛み、全身に痺れが走る。ぶつかり合っているこの必殺技が、途轍もなく強力な物だと言う事は身を以って理解していた。

 それでも、謙哉には負けるつもりは微塵も無かった。歯を食いしばり、気合の叫びを上げ、視線の先に居る宿敵を見据えた謙哉は、最後の力を振り絞ってただ前へと直進する。

 

「せいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

「!?!?!?!?」

 

 やがて、謙哉とぶつかり合っていた光輪がひび割れ、真っ二つになった事を見るパルマは、狂気に彩られた思考の中で驚きの感情を浮かべて愕然としていた。自分の全力の技が破られた事に動揺を見せ、無防備になった彼は、未だに必殺技を発動させていた謙哉が目前に迫っていたことにも気が付かないでいる。

 電光と衝撃、そして弾けるような衝突音が響き、パルマの腹部にぶち当たった謙哉の左脚からそこに込められていた全ての力が解き放たれ、パルマの全身を駆け巡った。瞬間、爆発と共に二人はそれぞれ反対方向へと吹き飛んでしまう。

 

「がっ、はっ……! ぐ、あ……」

 

 制限時間が来た事によって変身を解除された謙哉は、地面を転がりながらその痛みとオールドラゴンの反動に呻いた。それでもパルマがどうなったかを確認しようと痛む体に鞭打って立ち上がり、荒い呼吸を繰り返しつつも鋭い視線を見せている。

 そしてパルマはと言うと……彼もまた、謙哉とまったく同じであった。全身をボロボロにしながら、よろめきながらも立ち上がって光輪を構えているのだ。

 

「くそっ……! しぶといんだよ、お前……っ!」

 

「ガ、フッ……! ウゥゥ……ッ!」

 

 全力の必殺技を放った。体の限界を迎える程の戦いを繰り広げた。しかし、まだ宿敵は倒れていない。なら、まだ戦い続けるしか無いではないか。

 謙哉もまた『サガ』のカードを構えて再び変身の構えを見せた。呼吸をするだけで痛む体に歯を食いしばりながら、謙哉はパルマに向かって大声で叫ぶ。

 

「まだ、やるんだろう……? お望み通り、最後まで付き合ってやるよ!」

 

「ガ、ア……アァァァァァァァッッ!!」

 

 咆哮、戦場の空気が震える。鼓膜が破れてしまいそうなほどの大声で叫ぶパルマを前にして、流石の謙哉も冷や汗を流した。

 もしかしたら、この戦いに勝ったとしても自分は死ぬかもしれない……そう直感的に感じ取った謙哉は、それをも覚悟で再び戦いに臨むべくカードを掴む手に力を込める。

 しかし……それよりも早く、目の前に立つ宿敵の体に異変が起きた。

 

「ア、ガ……グッ……!?」

 

「えっ……!?」

 

 突如として膝を付いたパルマが苦しそうに呻き出したのだ。手にしていた光輪は消え失せ、全身をだらりとした状態から動けなくなっている宿敵を見た謙哉は、目を見開いた。

 徐々に……徐々に、パルマの体が光の粒へと還っているのだ。それは紛れもなく、エネミーが消滅する時の姿と同じ物であった。

 

「い、やだ……! 僕はまだ、戦える……! あいつに、イージスに、勝つんだ……! 僕は……っ!」

 

「パルマ……」

 

 それは執念か、それとも死を目前としたが故の渇望か、パルマは謙哉に勝利したいと言う願望を口にしながら必死に手を伸ばしている。しかし、その手もまた光の粒に還ってしまった。

 劇的であり、あっけない幕切れ。長きに渡って戦い続けて来た宿敵が消滅していく姿を見つめる謙哉の胸の中には、僅かな寂しさが去来していた。

 達成感や安心感に紛れて確かに存在しているその感情は、形はどうであれ自分に勝とうとした宿敵への尊敬から生まれた物だと感じた謙哉は、ただパルマに向け視線を送る。

 

「……さよならだ。最悪にして、最強の好敵手(ライバル)……!」

 

「くっそぉ……! 勝ちた、かった……! 僕は、お前に……か……」

 

 最後の最後まで勝利への執念を見せたパルマの言葉は、最後まで紡がれる事は無かった。宙に舞う光の粒へと化した宿敵へと敬礼の姿勢を取った謙哉は、静かに息を吐いて戦いの緊張感を解きほぐす。

 

 自分の宿敵との決着はつけた。しかし、まだ戦いが全て終わった訳では無い。

 勇たちの援護に向かおうとした謙哉が痛む体を少しだけ休めた後で立ち上がったその時だった。

 

<ラッキーボーナス!>

 

「え……?」

 

 謙哉の眼前に出現した光り輝くカードそれを掴み、絵柄を見た謙哉は驚きの表情を浮かべて目を見開く。

 

「この、カードって……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……パルマよ、お前も敗れたか」

 

 自分の手の中に出現した緑色の宝珠を掴んだガグマは、寂しそうにそう呟いた。自分が生み出した最後の魔人柱の消滅を感じ取った彼は、出現した宝珠を握り締めてその力を吸収する。

 全身に光る6つの宝石は、ガグマがほとんどの力を取り戻したことを示していた。現在の彼のレベルは89……櫂を除く、全ての魔人柱の力がガグマの元に戻って来ていた。

 

「……さて、人間どもよ。再び儂の前に立ち塞がると言う事は、相応の覚悟はしているのだろうな?」

 

「当然だろ? あんまり俺たちを舐めんじゃねえよ」

 

 拳を握り締めたガグマは視線を上げると、その先に居た勇たちへと質問を投げかけた。自分の言葉に威勢の良い返答を返した勇を見て、彼の口元に笑みが浮かぶ。

 

「……ならば、この大罪魔王と暗黒魔王に勝ってみよ! 世界を救いたくば、この戦いに勝利してみせよ!」

 

「ったりまえだ! 今度こそ、てめえをぶっ飛ばしてみせるっ!」

 

 勇、ディーヴァの三人、そして戦国学園の生徒たち……多くの仮面ライダーたちが戦いに望む構えを見せ、ガグマとエックスを睨んでいる。

 前回の屈辱を晴らす為、そして世界を救う為に集った仲間たちは、二度目の魔王討伐戦に挑もうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……これで準備は整った。後はその時を待つだけなんだ。

 きっとボクらは勝つだろう。きっと彼はやって来るだろう。そして、きっとアレを使うだろう。

 

 全ては脚本通りなんだ。役者は踊り、主役は観客の興奮を煽り、ヒロインの涙は悲劇をより一層深く彩ってくれる。

 

 だからそう、もう少し、この戦いは生き延びてくれよ? この戦いのその先に、君が倒れる最高の舞台を用意してるんだからさ……!

 

 

 

 

 

 

 

――誰かが犠牲になるまで、あと数時間……

 



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5.乱入者

 

 異様な程の緊張感に包まれた戦場。自分たちの前に立ちはだかる二つの人影を見つめる少年少女たちは、戦いへと意識を集中させながら懐からドライバーを取り出す。

 

「……光圀、仁科。決して油断はするなよ」

 

「んな事、言われなくてもわかってらぁ! 出来る相手じゃあないだろうよ」

 

「魔王かぁ……どんだけ強いんやろなぁ!? わくわくするで!」

 

 戦国学園の三人は、場慣れした雰囲気を醸し出しながら二人の魔王へと視線を注いでいた。

 大文字を中心に両脇を光圀と仁科が固め、すぐに動ける陣形を作る。あとはいつも通り、全力で攻め切るだけだ。

 

「絶対に勝とうね! 誰一人、欠けないでさ……!」

 

「当然じゃん! リベンジ戦は勝利で飾るよ!」

 

「ええ! ……必ず勝つ! 皆で!」

 

 ディーヴァの三人は湧き上がる緊張感を必死に抑えて戦いに臨もうとしていた。

 恐怖や緊張と言ったマイナスの感情を抑え、勇気を振り絞る今の彼女たちはスーパーヒロインの名に相応しいだろう。必ず皆で勝って帰ると言う硬い誓いを交わした後、三人もまたホルスターからカードを取り出す。

 

「……ようやくだ。ようやくお前に借りが返せるな、ガグマ」

 

「黒星を重ねるの間違いでは無いのか? そもそも、わしらに勝てるとでも思っておるのか?」

 

「その言葉、そっくりそのままお前に返してやるよ! 俺たちが何時までもお前の想像の範疇の強さでしかいないと思ったら大間違いだぜ!」

 

 大罪魔王にも一歩も退かず、覇気を漲らせて相手を睨みつけた勇は『ディスティニーホイール』を左腕に取り付けるとその取っ手を掴んだ。他の生徒たちもそれぞれカードを構えて変身の準備を整える。

 

「さあ……行くぜ! ゲームスタートだ!」

 

 勇のその言葉を合図にして、全員が動く。そして、まったく同じ言葉を同じタイミングで叫ぶ。

 

「「「変身っっ!!!」」」

 

<ディスティニー! チョイス ザ ディスティニー!>

 

<ディーヴァ! ステージオン! ライブスタート!>

 

<ロード! 天・下・無・双!> 

 

<キラー! 切る! 斬る! KILL・KILL・KILL!>

 

<メイジ! 暴れ壊して好き放題!>

 

 響き渡る電子音声と共に、勇たちは姿を変える。黒の西洋騎士、電子の妖精、和装の鎧武者……それぞれ違う装いの戦士に変身した勇たちは、各々の武器を手に戦いへの構えを見せ、敵に向かって突撃した。

 

「ガグマっ! エックスっ! 行くぞっっ!!」

 

<チョイス・ザ・エヴァー!>

 

 駆け出しながらディスティニーソードを召喚した勇は、最後の一歩を踏み込む脚に力を籠め空中高くへと跳躍する。狙うは暗黒魔王の首、落下地点で待ち受ける宿敵に鋭い視線を向けながら、勇は強烈な振り下ろしを繰り出した。

 

「ぬぅぅんっ!!」

 

 当然、ガグマもそれを無防備に受けるはずが無い。勇の攻撃力を確かめる様にして軽い防御を施しつつその攻撃を受けたガグマは、腕に走る想像以上の痺れにわずかな呻き声を漏らした。

 

「どうした? 思ったよりも情けない声を出すじゃねえか」

 

「ほぅ……? まさか、これほどまでに力を付けているとはなっ!」

 

 ニヤリと笑みを浮かべたガグマは勇の剣を振り払うと己の両手に双剣を召喚してそれを構えた。ガグマの召喚した武器が、かつて自分が倒したクジカの物である事に気が付いた勇は、彼の強さを思い出して仮面の下で油断ならないと言った表情を見せる。

 魔人柱たちの能力は、元々ガグマの物……あの強烈な剣技をガグマも使えると知った勇は、呼吸を整えた後で自ら攻撃を仕掛けに飛び出した。

 

「せやぁぁっっ!!」

 

「ふぅんっっ!!」

 

 正眼の構えから繰り出される面打ち、必要最小限の動きから放たれた素早く、されど強力な勇の一撃をガグマが片方の剣を使って止める。

 勇の攻撃を打ち払い、空いているもう一つの剣で勇の顔面を狙った刺突を繰り出したガグマの一撃は、ギリギリの所で首を傾けて躱した勇の行動によって空を切った。

 

「ちっ!」

 

 首を傾けた事で崩れる体の重心を立て直すことはせず、勇は側転をする時の様にそのまま真横へと重心を傾けていった。その時、ガグマの側頭部を狙った回し蹴りを繰り出すことも忘れはしない。

 今度は防御では無く、回避と言う選択肢を取ったガグマが後方に大きく飛び退くと、その体に向けて青とピンクの色をした弾丸が飛来した。

 

「むぅぅっ!?」

 

 着弾、ガグマの体に火花が舞う。大したダメージでは無い物の、空中と言う身動きが出来ない場所で連続して攻撃を喰らうと苛立つ事は確かだ。

 勇が横方向に回避したことによって生まれた自分との直線空間を見逃さずに援護攻撃を仕掛けた玲とやよいに対して舌を巻いたガグマは、お返しとばかりに着地と同時に彼女たちに攻撃を繰り出そうとする。

 しかし、それよりも早く自分の背後に何者かの気配を感じた彼は、途中まで行っていた攻撃のモーションを中断してそのまま背後へと振り向いた。

 

「ちょいさぁっ!!」

 

 そしてガグマは見た、自分に背後から攻撃を仕掛ける葉月の姿を。カードを使い、いつの間にか自分の背後に忍び寄っていた葉月は、ロックビートソードを大きく振り上げてガグマの無防備な背中に一撃を喰らわせようとしていたのだ。

 敏感に気配を感じ取ったガグマがギリギリの所でその攻撃を防ぐと、葉月は小さく舌打ちをした後で後方へとステップを踏んだ。仲間たちの陽動で生まれた確かな隙を活かせなかったことを悔やみつつ、彼女は次の行動に移る。

 

<エレクトリック! サウンド!>

 

「アタシの演奏で、痺れさせてア・ゲ・ル!」

 

<必殺技発動! エレクトロックフェス!>

 

 ガグマとエックスの丁度中間地点、そこで必殺技発動を発動した葉月はロックビートソードの弦を大きく弾いた。必殺技の効果により、葉月の演奏に合わせて電撃が周囲に乱れ飛ぶ。

 レベルの上昇によって強化された葉月の必殺技を受けた魔王たちは、体が痺れる感覚に堪らず彼女の攻撃範囲から飛び退いた。どちらも自分の後方に飛び退いた事によって、二人の魔王は互いに距離を取って分断された形になってしまう。

 

「……なるほど、これが目的か」

 

「ボクたちに協力させない様にするってことね……」

 

 まんまと勇たちの策略に嵌ってしまったガグマたちであったが、その態度には焦りの色は見受けられない。むしろ、この状況を楽しんでいる様にも見える。

 自分たち相手に何処まで戦えるのか? 勇たちの力量を計り、それを確かめる事を愉しむ二人の魔王から余裕を剥ぎ取るべく、次に戦国学園の三人が仕掛ける。

 

「あっはぁっっ!! 楽しませろや、魔王っ!!」

 

「うおっとぉっ!?」

 

 神速、その表現が相応しい光圀のスピード。瞬時に自分との距離を消滅させた彼の速度に軽く驚嘆したエックスは、自分の前方に魔術でバリアを作り出して攻撃を受ける。

 

「っしゃぁぁっっ!!」

 

 再び神速、目にも止まらぬ速度で刀を抜いた光圀は、エックス目掛けて超速の居合切りを繰り出した。

 武術の心得が無い者には残光すら見えぬ速度で振り抜かれる刀は、エックスの作り出したバリアにぶつかって甲高い金属音を鳴らす。暗黒魔王の防御を打ち崩す事は出来なかったが、それにも怯まず光圀は攻撃を続けた。

 

「せりゃせりゃせりゃぁぁぁっっ!!」

 

 上下左右、全方位から襲い来る『妖刀・血濡れ』による剣劇は、確実にエックスのバリアにダメージを蓄積させていた。それを理解していながらも、エックスは防御を立て直す事が出来ないでいる。

 バリアを解除すれば最後、光圀による終わらない斬撃の餌食になってしまう、その事を理解していたエックスはただひたすらに彼の攻撃が途切れる瞬間を待ち続け、懸命に防御を続けている。

 だが、その願いに反して光圀の攻撃は途切れる事は無かった。戦国学園のNO.2の実力は伊達では無いのだ。

 

「どしたどしたぁっ!? 暗黒魔王ってのはそんなもんなんかぁっ!?」

 

「まったく、調子に乗ってくれちゃって……!」

 

 挑発の言葉に軽く苛立ちを感じつつ、エックスは平静を装ってバリアに力を込める。魔力が籠められ、更に強化されたバリアは、光圀の攻撃を受け止める事に成功していた。

 しかし、その背後から別の人物が姿を現す。大槌を手に、強烈な一撃を繰り出そうとそれを振りかぶりながら飛び出して来たのは弁慶に変身した仁科だった。

 

「何もたもたやってんだよ、光圀ぃ!? 一人でやり切れないなら、俺が手を貸してやるよっ!」

 

「!?!?!?」

 

 仁科が『ぶっ潰し丸』を振るえば、それに合わせて空気が唸りを上げた。真正面から壁を崩す様にして打ち付けられた大槌は、見事にひびだらけになっていたバリアを破壊することに成功する。

 二人の拙くも強烈な連携によって防御を破壊されたエックスは、流石に驚きの表情を見せて後退るも、その隙を見逃す事無く大文字が大太刀を手に挑みかかって来た。

 

「暗黒魔王! 覚悟っっ!!」

 

「ちぃぃっ!? ボクは君たちみたいな脳筋は苦手なんだよっ!」

 

 錫杖を手にしたエックスは何とか大文字の一太刀を防ぐも、やってられないとばかりに叫ぶと更に後方へと飛び退いてしまった。

 これにより、ガグマとの距離は更に広がることになる……もはや、二人の魔王が連携を取る事は、絶望的に思えた。

 

「魔王の分断、完了……! 後は、各個撃破するのみっ!」

 

「大文字! 俺とディーヴァの三人でガグマの相手をする! エックスはお前たちに任せたぞっ!」

 

「請け負った!」

 

 勇とディーヴァ、そして戦国学園の三人は同時に逆方向へと駆け出した。大罪魔王と暗黒魔王、それぞれ自分たちの標的に向け、全力で疾走しながら攻撃を繰り出す。

 

 玲とやよいが援護射撃を飛ばし、その隙に接近した勇と葉月が剣を振るう。銃撃と斬撃のコンビネーションを受け、ガグマは段々と追い込まれていった。

 光圀が、仁科が、大文字が、それぞれの武器を手にエックスに接近戦を挑む。魔法による遠距離戦が主体であるエックスは、彼らの荒々しい戦闘スタイルに対応出来ずに生傷を増やしていく。

 見事な連携を見せ、魔王たちを各個で追い込んで行く勇たち。そんな彼らの姿を見守る生徒たちは、自分たちが優勢である事をひしひしと感じていた。

 

「も、もしかして……俺たち、勝てるのか!?」

 

「勝てる! 勝てるわよ! 私たちが他のエネミーを抑えて、邪魔が入らない様にすれば、二人の魔王を倒せるわ!」

 

 つい先ほど、光牙が櫂を、謙哉がパルマを倒したと言う報告は聞いた。つまり、もうこの戦いに魔人柱は参加してこないと言うことだ。

 残るはただのエネミーたちだけ、それならば仮面ライダー抜きの自分たちでも十分に相手が出来る。今、優勢に戦いを進めている仮面ライダーたちをそうやって援護すれば、自分たちは間違いなく勝てるのだ。

 

「行ける……行けるぞ! やっちまえ! 龍堂ーーっっ!!」

 

「皆っ、頑張ってーーっ!」

 

 周囲に警戒を送り、油断無く状況を確認しながら仮面ライダーの戦いを見守る生徒たちは、彼らに声援を送る。その声援を背にした勇は、湧き上がる力を感じてその勢いのままにディスティニーソードを振るい、ガグマの体にそれを叩き付けた。

 

「ぐぬぅっっ!?」

 

「っっ……っしゃぁっっ!!」

 

 確実な手応えを感じた勇は、思わず喜びの叫びを上げていた。ガグマの装甲に刻まれた切傷は、勇の一撃がダメージを与えたことをはっきりと示している。

 追い込んでいる、追い詰めている……もう少し、あと少しで、自分たちは勝利を掴めるのだ。

 

「龍堂勇! 決して油断はするなよ!」

 

「……ああっ!」

 

 優勢に傾いている戦況に気分を高揚させていた勇であったが、大文字の叱責を受けて再び冷静な思考を取り戻した。まだ戦いは終わっていない。ここから先、何が起きてもおかしくないのだ。

 ましてや相手は強大な力を持つ魔王たちだ。戦いの中で油断など出来るはずも無い。

 

「少しずつ、確実にダメージを重ねて行くんだ! 俺たちなら必ず勝てる!」

 

「「「おうっっ!!!」」」

 

 自身の叫びに力強い声を返してくれる仲間を頼もしく思いながら、勇は再び剣を構えると、ガグマへと挑みかかって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれは、何だ?」

 

 パルマとの戦いを終え、痛む体に鞭打って勇たちの元へと向かっていた謙哉は、遠くの空に見える暗雲を目にしてそう呟く。

 それは、明らかに自然に発生した物だとは思えなかった。見ているだけで心が震え、体の芯から冷えて行く様な感覚を覚えるそれを発見した謙哉は、背筋に冷たい汗が流れて行く事を感じ、同時に謎の恐怖をも感じていた。

 

「何なんだ、この予感は……!? 何か、物凄く恐ろしい物が近づいて来ている気がする……!」

 

 それは生物の本能的な直感だった。草食動物が肉食動物を恐れる様に、刃物を見た人間が恐怖を抱く様に、謙哉はその暗雲に言い様の無い恐怖を感じて身震いをする。

 そして、同時にその恐怖が今まさに魔王たちと戦っている仲間たちに向かうのでは無いかと思った彼は、軋む体に鞭打って戦いの場へと再び駆け出す。

 

「勇、水無月さん……皆、無事でいてくれ!」

 

 何かが……そう、何かが起きてしまう。とても良くない何事かが、自分の目の前で起きてしまう予感がする。

 どうかその予感が自分の間違いである様に、そして自分が皆の窮地に間に合います様にと心の中で願いながら、謙哉はただひたすらに街の中を駆けて行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおぉぉぉぉぉっっ!!」

 

「ふっ! はぁっ!」

 

 雄叫びを上げながらガグマへと突撃する勇は、ディスティニーブラスターを乱射してガグマをかく乱しつつ接近して行く。弾丸の雨を切り払い、迎撃の構えを見せるガグマの姿を見た勇は、ディスティニーホイールを回転させて次の武器を召喚した。

 

<チョイス・ザ・パスト!>

 

「これならどうだっ!?」

 

 攻撃方法をディスティニーエッジによる強烈な一発に切り替えた勇は、ブーメランモードに変形させた武器を思い切りガグマへと投げ飛ばす。旋回し、黒い竜巻を作りながら飛んで行くそれを受け止めたガグマであったが、その瞬間に僅かな隙が出来ていた。

 

「今だっっ!!」

 

<フレイム! キック!>

 

「!?!?」

 

 この戦いが始まってから初めて魔王が見せた隙、長きに渡る戦いの中で作り上げようと、見つけ出そうと躍起になっていたその隙を見逃さず、勇はホルスターからカードを取り出してドライバーへと使用する。

 電子音声が響き、黒の力と紅の炎が勇の右足を包んだ瞬間、彼は空中へと跳び上がっていた。

 

<必殺技発動! バーニングクラッシュ!>

 

「喰らえっっ! ガグマぁぁぁぁぁッッ!!」

 

 燃え盛る炎と滾る力、その二つが込められた右足を突き出し、勇はガグマへと一直線に降下して行く。

 爆発的な推進力を得た勇の体は、まるで隕石の様に猛スピードで標的へと向かっている。流石の魔王ですら完全には反応しきれないその必殺技は、ガグマの見せた一瞬の隙を的確に突いていた。

 

「ぬぅぅぅぅぅっっ!?」

 

「でりゃぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 衝突、ガグマ突き出した右腕と勇の右足がぶつかり合う。激しい衝突音と爆風を巻き上げ、戦士と魔王が激闘を繰り広げている。

 エックスや葉月達が見守る中、勇はあらん限りの思いと力を全身に籠め、勝利を渇望しながら叫びを上げた。

 

「俺たちは、勝つっ! 勝って、世界に平和を取り戻す! 俺の親父やお袋の為にも、俺はお前たちに勝って見せるっっ!!」

 

「っっっ……!?」

 

 父と母の無念を晴らし、世界の脅威を取り除いて見せる……そんな願いを胸にする勇の気迫が、徐々にガグマを押し込み始めた。

 レベルの差、特殊能力の有無、ステータス……そう言った数値的な部分を乗り越え、精神的な物を前面に押し出して戦いに臨む勇は、天来の才能を十二分に発揮しているのだ。

 

「まさか……貴様が、これほどとは……っっ!?」

 

「ガグマ! お前の運命は、ここで俺が断ち切るっ!」

 

 勇の必殺技に圧され、ガグマの体が後退して行く。じわじわと敵の守りを貫きつつあるディスティニーの猛攻に、戦いを見守る生徒たちの期待は最高潮に達していた。

 

「行ける……! 行けるぞっ! やっちまえ、龍堂っ!」

 

「勇! 行けっ! 行け~~~っ!!」

 

 背中に受ける声援が、確かに感じる手応えが、そして胸の内から湧き上がる熱い感情が、勇に限界を超えた力を引き出させていた。全てを守ると決めたあの日からずっと戦い続けて来た彼は、目の前に居る悪の元凶に対して正義の牙を剥く。

 

(負けられない……! 皆の為に! 世界の為に!)

 

 自分を信じてくれる仲間がいる。自分の背を守り、共に戦ってくれる仲間がいる。

 勇の身を案じ、無事に帰って来てくれるようにと願ってくれているマリアの為、今ここには居ないが魔人柱を倒すべく全力を尽くしたであろう光牙と謙哉の為、そして過去にエンドウイルスと戦いを繰り広げた父と母と為に、自分は負ける訳にはいかないのだ。

 

「これが! 俺たちの全力だっっ! 受け取れっ、ガグマァァッ!!」

 

「ぬぐっ……ぬうぅぅぅっっ!?!?」

 

 咆哮と共に力を込めた右足が、ガグマの防御を弾き飛ばした。ガグマの体を守る腕が開き、無防備な胴が剥き出しになる。

 あとほんの数十センチ、その距離を詰めれば自分の必殺技が魔王に決まる。ここまでのぶつかり合いで威力は相殺されてしまったかもしれないが、それでも大ダメージは避けられないだろう。

 ようやく届く、あの日からずっと鍛え上げ、積み重ねて来た自分たちの力が。屈辱に耐え、必死に研鑽を重ね、前に進み続けて来た自分たちの思いと力が、魔王に届こうとしているのだ。

 

「やっちゃえ! 勇ーーっっ!!」

 

 興奮した葉月の声が戦場に響く。その瞬間、誰もが勇の一撃がガグマに届くと思っていた。

 それは魔王であるエックスも、今まさに攻撃に晒されているガグマも一緒……本当にこの瞬間、勇はガグマに手痛い一撃を喰らわせられるはずだったのだ。

 

 ……そう、()さえ現れなければ。

 

「えっっ!?」

 

「なにっ!?」

 

 それには何の前触れも無かった。一瞬にして走った巨大な閃光が勇とガグマの体を包み、一拍の時を開けて爆発を巻き起こしたのだ。

 衝撃と痛みに体を叩かれながらも、勇は一体自分の身に何が起きたのかを理解出来なかった。間違いなく、自分の攻撃はガグマに当たるはずだった。それが何故、自分が地面に転がると言う結果に繋がってしまったのだろうか?

 

「ぐっ……! なんなんだよ、一体……?」

 

 悪態をつきながらも再び立ち上がろうと地面に手を付いた勇であったが、その瞬間に自分の体を押し潰す様な重圧を感じて体を強張らせる。それは、今まで感じたことの無い純粋混じり気無い恐れであった。

 冷たく纏わり付く殺気とは違う、重くて鈍いその感覚。感じる者を息苦しくさせるような、圧倒的な緊張感を引き出す強い闘気を全身で感じている。

 立てないと、勇は思った。このプレッシャーの中では、体を起き上がらせることすら困難に思える程であった。

 

 そんな中、一足早くその重圧を放つ存在の正体に気が付いたエックスは、口元に笑みを浮かべながら小さく呟く。

 

「……ああ、やっと来たんだ。随分と遅かったね……でも、十分に計画の範囲内さ」

 

「ふん……! この野蛮な気配は、貴様の物か。通りで荒々しく、粗暴であることよ……」

 

 エックスに続いて謎の存在の正体に勘付いたガグマは、忌々し気にそう吐き捨てると勇に跳ね上げられた腕を摩る。間違いなく、彼の必殺技は魔王にダメージを与えていたのだ。

 惜しむべくはこの乱入者の存在だろう。彼が現れなければ、戦局は勇たちに大きく傾いていたのだから。

 

「何? 何なの!? 急に何が起きたの!?」

 

「この、プレッシャー……只者じゃないわ!」

 

「い、勇さんは、無事!? まだ戦える?」

 

 ディーヴァの三人もまた、突然の事態に困惑しながらも状況を把握しようと頭をフル回転させていた。

 一体何が起き、どうなってしまったのか? それを知ろうとする三人の真横で、光圀が茫然とした様子で呟きを漏らす。

 

「嘘、やろ……? 何で、このタイミングで……!?」

 

「み、光圀さん? どうか――?」

 

「ああ、糞っ! クソ、クソ、クソっっ! 最悪だっ! こんな事になるなんて!」

 

「な、何!? どうしたってのさ!? 何でアンタらはそこまで動揺して……!?」

 

 茫然とする光圀に続き、仁科すらも慌てた様な声を上げる。戦いと言う面においては自分たちよりも場慣れしている戦国学園の二人がここまで動揺を見せる事態に異様さを感じ取った葉月は、二人に詰め寄ってその理由を問いただそうとした。

 しかし、それよりも早くに大文字が一歩前に出ると、自分たちを庇う様にして戦いの構えを見せる。今の彼の背中には、はっきりと緊張と畏れの感情が表れていた。

 

「……奴が、来た」

 

「奴? 奴って、誰の……?」

 

 緊張感が伝わる大文字の言葉を聞いた玲が問いかける。大文字は、謎の乱入者の正体に気が付いている様だ。

 戦国学園の首領である彼をここまで畏れさせる相手とは一体誰なのか? その正体を探ろうとした玲の耳に、聞き慣れない声が響いて来る。

 

「戦いの臭いに誘われて来てみれば、見慣れぬ者と良く知った顔がぶつかりあっている……随分と楽しそうな事だ、俺も混ぜて貰おうか」

 

 戦場に居た誰もが、その声のする方向へと視線を向けていた。爆炎と共に噴き上がる黒煙の中心から響くその声は獅子の唸りの様に低く、そして恐ろし気だ。

 黒煙が晴れ、聞く者を畏怖させる言葉を発する乱入者の姿を衆人の下に曝け出させる。姿を現したのは、赤と金の武者だった。

 

 筋骨隆々と言う言葉が相応しいであろう体格。されど鈍さは感じさせず、機敏さと器用さも兼ね備えている戦巧者(いくさこうじゃ)としての風格を感じさせるその容姿を見た生徒たちは、知らず知らずの内に数歩後退っていた。

 絢爛と燃える太陽の様な、轟々と唸りを上げる溶岩の様な、何か……そう、圧倒的な力を感じさせるその姿を見れば、間違いなく彼が只者では無いと言う事は分かる。

 ガグマとエックスと比べても遜色ない威圧感と闘気を放つ乱入者は、拳を構えると勇たちへと向き直った。そして、挑発するかの様に言葉を発する。

 

「さあ、来い。そして俺を楽しませてみせろ……! この『武神魔王 シドー』をな!」

 

「『武神魔王 シドー』……!?」

 

「え? あ? し、シドー……? ま、魔王……?」

 

「さ、三人目の……魔王ですって!?」

 

 何の前触れも無く姿を現した暴風、脅威の戦闘力を持つ『武神魔王 シドー』の登場に動揺が広がって行く。

 特に、その力をよく知る戦国学園の生徒たちは、他の学園の生徒たちよりも強い緊張感を胸に抱いていた。

 

「ガグマ、エックス……それに、シドーだって……? このタイミングで、三人目の登場かよ……!?」

 

 自分の予想を超える最悪の展開を目の当たりにした勇は唖然とした表情を仮面の下で浮かべ、震える手を握り締める。そして、戦いが自分たちに不利な状況に陥った事を悟って背筋を強張らせた。

 三人の魔王を同時に相手すると言う正念場を迎え、より一層強い緊張感に晒されながらも、勇は必死に自分を奮い立たせて戦いへと臨む。必ず勝利を掴むと、自分に強く言い聞かせて……!

 

 魔王と仮面ライダー、両者の戦いは、今まさに第一の転換期を迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頼む、間に合ってくれ……! 間に合いさえすれば、僕が……!」

 

 謙哉は走る、友の元へ。言い様の無い不安を感じ、纏わり付く恐怖感に震えながらも彼は懸命に走って行く。

 誰かが犠牲になる前に辿り着かなければならない。自分が皆を守る為に、今はただ必死に走る事しか出来ない。

 

「急がなきゃ……! 早く、行かなきゃ……!」

 

 戦いに間に合いさえすれば、自分が戦況をひっくり返してみせる。このボロボロの体でも使える()()が、今の謙哉にはあった。

 だがそれは、同時に謙哉自身をも危険に晒す諸刃の剣でもある。それでも、仲間たちを守る為ならば、自分の命は惜しくないと謙哉は思っていた。

 

 しかし……謙哉の脳裏に一つの光景が浮かんだ。自分を見つめ、涙を流す一人の少女の姿を思い浮かべた時、謙哉の胸にわずかな痛みが走る。

 きっと彼女は涙するのだろう。約束を破った自分に怒り、そして悲しむのだろう。

 それでも、自分はやらなければならないのだ。だって自分しか、皆を守れる人間はいないのだから……!

 

「ごめん、水無月さん……! それでも、僕は……!」

 

 届かない謝罪の言葉を口にしながら、謙哉はただ前へ、戦いの場へと突き進んで行く。その手には、紫色に光るカードが握られていた。

 

 

 

 



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6.魔王集結

 やっとノロウイルスから復調しました。短めのお話ですが、少しずつ体調を整えながら元のペースに戻していきます。

 お待たせして申し訳ありませんでした。


 

 

「さあ、かかって来い。俺を楽しませてみせろ……!」

 

「くっ……! こんなタイミングで、厄介な奴が来やがるとは……」

 

 強者の風格を放ち、ゆっくりと自分たちに近づいて来るシドーの姿を見る勇は、全身に冷や汗を浮かばせながらそう呟く。先ほどまでの攻勢が一転し、自分たちが追い込まれる形になってしまった。

 せっかく分断したガグマとエックスも、シドーが乱入し、勇たちが混乱している間に合流してしまっている。ここからは、向こうの連携の事も考えて戦いを続けなければならない。

 

「どうする? どう戦うつもりや?」

 

「三人の魔王を相手に立ち回るのは厳しい。どうにかして、退かせないと……」

 

 ここで自分たちが撤退する訳にはいかない。自分たちの後方には、数多くの人たちが避難している避難場所があるのだ。

 ならば、ここで魔王たちを食い止めるしかない。そして、最悪でも撤退させなければならないのだ。

 

「……大文字、シドーの強さはどんなもんだ? あいつを止めるのにどれだけの戦力が要る?」

 

 跳ね上がる心臓の鼓動を必死に抑えながら、勇はシドーの強さを知るであろう大文字へと質問を投げかける。シドーへの対策は必須ではあるが、そこに割く戦力を多くし過ぎてはガグマとエックスを抑える事が難しくなるだろう。

 出来る限り最小限に、かつ的確な戦力をシドーの対策に向かわせたい、その為の判断材料を大文字へと求める勇であったが、彼はゆっくりと首を振ると真剣な声で言葉を返して来た。

 

「無理だ……シドーは、並大抵の戦力で止められる奴では無い。我らの全戦力を以って戦っても、勝てるかどうかは分からない程だ……」

 

「あいつは強い、それも生半可じゃ無くなぁ……勇ちゃん、あいつに半端は通用せん。俺ら全員でぶち当たらな、全滅するのは目に見えてるで」

 

「ははっ! お前らがそこまで言う相手かよ……いよいよもって絶望的じゃねえか……!」

 

 自嘲気味な笑いを一つ浮かべた勇は、戦闘能力の高い大文字と光圀にそこまで言わせるシドーへの警戒を更に強めた。しかし、敵に対する明確な対策は思い浮かばないままだ。

 全戦力でシドーと戦った所で、そこにはガグマとエックスも参戦する。超強力な魔王を三人同時に相手にすると言う危険な賭けを行える程、勇たちは自分たちの実力を過信してはいない。

 

「時間稼ぎだけならどう? 誰か一人がやられない様にしてシドーの気を引いて、他の魔王を撤退させる為の時間を稼ぐってのは……」

 

「無駄や、んな生半可なやり方じゃあシドーに一瞬でやられてまう。あいつと戦うんなら、100%の覚悟を持ってやらなアカン」

 

 葉月の提案を光圀が即座に却下する。いつものおちゃらけた雰囲気が消え、ピリピリとした緊張感を感じさせる今の光圀の言葉を受けた葉月は、すぐに口を噤んだ。

 

「……せめて、謙哉さんが居てくれれば……」

 

「確かにな……時間稼ぎっちゅーんなら、謙哉ちゃんが一番や。最悪、オールドラゴンだってあるしなぁ」

 

 守りに長けた謙哉の不在を惜しむ一行であったが、勇と玲だけはこの言葉に賛成出来ないでいた。ここに謙哉が居れば、間違いなく彼は無茶をするだろうと考えたからである。

 自分たちの危機を放って置く謙哉では無い筈だ。確実に、彼は無理をしてでもシドーを一人で食い止めようとするだろう。もしかしたら命の危険性のあるオールドラゴンを使うかもしれない。

 そうなればシドーはどうにかなるかもしれないが……謙哉だってただでは済まない事は、明々白々だった。

 

「……謙哉だってパルマを倒す為に全力で戦ったんだ、これ以上の無理はさせられねえよ」

 

「何より、ここに居ない奴の話をしても事態は好転しないわ。今、ここに居るメンバーでどうにかする方法を考えましょう」

 

 後ろ向きになりそうな思考を無理矢理切り替えるべく、勇と玲は仲間たちにそう言って戦いの構えを見せた。剣と銃を握り、迫り来る魔王たちへと視線を向ける。

 途轍もない威圧感に押し潰されそうになるも、心を奮い立たせて自分を鼓舞した勇たちは、策を使わない真っ向勝負に打って出る事に決めた。

 

「……全員で全員をフォローしながら戦うぞ! 相当厳しい戦いだが、俺たちが協力すれば可能性はあるはずだ!」

 

「まあ、それしか無いわなぁ。全力で、噛み付いてやろうやないか!」

 

「やれるだけの事をやろう。それで、絶対に勝とう! アタシたちならやれるよ!」

 

 勇の言葉に力強く頷き返し、同意した葉月達は横一列に並んで陣形を作り上げた。ここからどう動くかは完全にノープラン、一つ一つの動きに集中しながら、最適な行動を選んで行かなければならないのだ。

 無茶かもしれない、無謀かもしれない。それでも、今の自分たちにはそれしか無いのだ。

 

「……行くぞっ!!」

 

 苦しみを噛み殺した様な声で叫びながら、勇は仲間たちと共に魔王たちに向けて突貫し、剣を振り上げた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何よ、これ……!?」

 

 それから約一時間後、現場に辿り着いた真美が見たのは悲惨な状況だった。

 自分たちに対して立ちはだかる三人の魔王、それに今も立ち向かえているのは勇と大文字だけだ。そして、他のライダーはと言うと……

 

「くっ……そがぁっ!」

 

「なんて、馬鹿げた強さなの……!?」

 

 ある者は地面に這いつくばり、またある者は立ち上がろうとするも体に力が入らず蹲ったままでいる。変身は既に解除され、彼らが敗北を味わったと言う事を後から来た者にも分かる様に証明していた。

 戦いを見守る生徒たちにも傷跡や疲れの色が見える。彼らもまた、ライダーたちの援護をすべく必死に戦ったのだろう。しかし、それでも魔王を倒すには至らなかったのだ。

 

「やよい、大丈夫!? 怪我は……?」

 

「あ、真美ちゃん……!!」

 

 傷つき、地面に膝を付くやよいであったが、その瞳にはまだ戦意と気迫が残っていた。彼女の心が折れていない事に安心した真美であったが、この究極に不利な状況に陥るまでの情報を得るべく、やよいへと質問を投げかける。

 

「やよい、一体何があったの? 何故、魔王が一人増えているの?」

 

「……それはね――」

 

 悔しそうな表情を浮かべながらも、やよいは真美へとここに至るまでの経緯を話し始めた。

 

 自分たちライダーを相手取った魔王たちは、特に連携を取る事も無く戦いを始めた。と言うより、シドーがほぼ一人で戦っていたと言う方が正しいだろう。彼は、たった一人で勇たちをここまで追い込んだのだ。

 『武神魔王』の肩書は伊達では無かった。戦国学園の生徒たちの猛攻もやよいたちの援護も何一つとして通用しないまま、あっという間に仁科と光圀はシドーに吹き飛ばされてしまったのだ。

 

「……本当に馬鹿げてるとしか言い様が無かったよ。それほどまでに圧倒的だった……」

 

 シドーとの戦いを経験したやよいがそう感想を漏らす。今の彼女にとって、シドーはそれほどまでに恐ろしい相手に思えたし、実際にそうだったのだ。

 純粋混じり気無い暴力、圧倒的な武……そう表現するに相応しいシドーの強さは、他の魔王と比べても一段上と評する他無いだろう。ガグマやエックスの様な不気味さが無い分、実直に力に特化しているシドーの戦闘能力は、正に破格と言うべき物だった。

 それでもなお抗ったやよいたちであったが、彼女たちの援護が小賢しいと感じたシドーによって急接近され、あっという間に三人纏めて蹴散らされてしまった。その速さ、強烈さを前にして、やよいたちは一体何時自分が攻撃を受けたのか分からない間に倒されてしまっていたのだ。

 

「……それでもう、戦っているのは勇さんと大文字さんだけになっちゃって……」

 

「そう、だったの……」

 

「でも、私たちもまだ戦える! もう一度変身して、魔王たちと戦わないと……ううっ!」

 

「やよいっ!? 無理はしちゃ駄目よ! そんな体で戦ったら、ゲームオーバーになるかもしれないのよ!」

 

 真美へと自分たちが体験した戦いを話したやよいは、もう一度ドライバーを手にして変身しようとするも体に走った痛みに呻いてそれを落してしまった。彼女の体に残るダメージを想像した真美はなおも戦おうとするやよいを必死の形相で止める。その脳裏には、ガグマに敗れて消え去った櫂の姿があった。

 この危機的状況で無理をすれば、また誰かがゲームオーバーになるかもしれない。だが、このままでは全滅だってあり得る。何とかして状況を打開しなければならないが、その手段を思いつくことが出来ない。

 

(考えて……考えるのよ、私! このまま終わる訳にはいかないの!)

 

 そう自分に言い聞かせた真美は、その明晰な頭脳をフル回転させて策を講じ始めた。

 ここで終わる訳にはいかない、自分はまだ、光牙を勇者に出来ていない。彼の悲願を果たさせるまで自分は諦める訳にはいかない。どんな手段を使ってでも生き延びなければならないのだ。

 再び自分に言い聞かせ、思案を続ける真美。しかし、戦況は彼女に策を考えるまでの間、何の変化も無いままとはいってくれない。

 

「なるほど……思ったよりもやるでは無いか! わざわざ戦場に出て来た甲斐があったと言うものよ!」

 

 残る仮面ライダーである勇と大文字を同時に相手取るシドーは、その恐ろしいまでの強さを遺憾なく発揮しながら楽し気に咆哮を上げている。その様子には、まだ余裕すら感じられた。

 脅威的な戦闘能力を持つシドーと戦う二人は、普段以上の緊張感に襲われていた。片時も気が抜けない戦いは、二人の精神を確実に摩耗させて疲労を蓄積させている。それでも戦いを続けていられるのは、二人が流石としか言い様が無かった。

 

「くっ……! 化け物かよ、こいつは……!?」

 

「……武の化身、その言葉がしっくり来るであろう。こうして相対してなお、強さの底が見えぬ……!」

 

 三校同盟の中でも最強格であろう自分たち二人を圧倒するシドーの力に軽い恐怖すら覚える二人。しかし、自分たち以外には戦える者も居ず、ここで自分たちが倒れれば敗北が決定的になることを知るが故に膝を屈する事無く戦いを続けていた。

 だが、この戦いで勝利する事は難しい事も同時に理解している。自分たちに出来るのは、あくまで時間稼ぎ程度の事なのだ。

 

(ここからどう動く……? どうすれば、損害を抑えて撤退することが出来る?)

 

 敵を退かせる事はほぼ不可能だろう。ならば、こちらが一時退却して体勢を立て直してから再戦すると言うのが一番現実的な方策だ。その為には、ここでの退却時に不要な損害を出す訳にはいかない。

 今、勇たちがすべきことは、粘って援軍が来るまでの時間を稼ぐ事だ。撤退を援護してくれる援軍さえ来れば、この危機を脱することも不可能では無いだろう。もっとも、それまでの間に自分たちがシドーに倒されなければの話だが。

 

「……思ったより粘るね。なら、打つ手を変えてみようか」

 

 そんな勇の危惧が現実の物になろうとしていた。他の魔王たちよりやや後方に位置していたエックスが呟きを発すると共に、掌に黒い魔力を溜め始めたのだ。

 徐々に大きくなる黒い光を見た勇と大文字はその攻撃に備える。しかし……

 

「戦いの定石は各個撃破、トドメを刺せる敵は確実に倒しておかないとね」

 

「!?!?!?」

 

 エックスが狙っていたのは二人では無かった。二人の後方、そこで倒れている葉月たち仮面ライダーと援護の為に周囲を取り囲んでいる生徒たちを狙っていたのだ。その事に二人が気が付いた時には、もう遅かった。

 

<必殺技発動! ダークネス・フレア!>

 

「んじゃ、ばいば~い」

 

「ま、まずいっっ!!」

 

 エックスの手から放たれた必殺技が真っすぐに仲間たちの元へと飛んで行く。勇と大文字は、その光をただ見ることしか出来なかった。

 恐怖に表情を歪ませる生徒たちや、咄嗟に防御の構えを取る者、近くの友人を守ろうと無謀にもその身を盾にして庇おうとする者たちなど、それぞれの反応を見せる生徒たちに対して一切の興味を見せる事も無く、エックスの必殺技は彼ら全員を攻撃範囲に捉え、そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<必殺技発動! メガ・メカニクル・バリア!>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何だって?」

 

 自分の放った必殺技が爆発する寸前に響いた電子音声を耳にしたエックスは、未だ晴れぬ黒煙を睨みながら呟いた。その前方ではガグマが唸り、シドーが笑い声をあげている。

 

「……まさか、な……」

 

「ククク……愉快愉快! なかなかどうして予想もつかない事が起きるものだ! 更なる強者の登場とは、戦いは俺の血を滾らせる!」

 

「な、なんだ……? 一体、何がどうなって……!?」

 

 この状況においてまったく理解出来ない反応を見せている魔王たちの姿を見た勇は、茫然としながらただ立ち尽くしていた。そんな時、彼の傍らに立つ大文字が何事かに気が付いて勇へと声をかける。

 

「龍堂勇、あれを見ろ!」

 

「えっ? あ、あれは……?」

 

 必殺技の衝撃で湧き上がった黒煙が徐々に晴れて行き、そこにいる仲間たちの姿が露になる。同時に、勇たちの前に先ほどまでは存在していなかった人影が姿を現した。

 その人物は鈍色の体をしていた。メタリックな機械を身に纏い、武骨なフォルムを晒しながら悠然とその場に立っていた。

 

「……防御は成功、被害も無し……さて、ここからが本番だな」

 

 前に出していた腕を下ろし、発生させていたバリアを消滅させた謎の人物がゆっくりと勇たちの方へと歩み寄る。一歩、また一歩と彼が足を進める度、何処か鈍い機械の駆動音が響いた。

 

「な、なに……? 何が起きたの……?」

 

「あれは、誰……?」

 

 突如として現れた乱入者が自分たちを助けてくれたことを理解した生徒たちであったが、同時に新たな疑問にもぶち当たっていた。それは当然、自分たちを助けてくれたあの人物とは誰なのか? と言うものだ。

 魔王の必殺技を防げる程の実力を持つ謎の人物、生徒たちの誰もがその正体について何一つとして見当がつかない中、勇だけがたった一つの可能性を頭の中に思い浮かべていた。

 

「あ、アンタは、まさか……!?」

 

「どうやら無事の様だな、勇」

 

「あ、あ……!!」

 

 彼が自分に対して発した声を聴いた瞬間、勇のその思いは確信に変わった。そう、自分は彼と話した事がある。こうして顔を合わせる事は初めてだが、その声には聞き覚えがあった。

 何故か自分に対して警告と忠告を行ってくれた人物、その正体に関しては半信半疑であったが、この邂逅でそれにも答えが出た。()は、間違いなく本物だったのだ。

 

「マキシマ……なのか……?」

 

「その通りだ。私の声を覚えていたようだな」

 

 震える声でそう尋ねた勇に対し、マキシマは肯定の言葉を告げた。その答えを聞いた勇の体には、衝撃と共に震えが走った。

 ガグマの能力に対する忠告や撤退戦での手助け等、隠れて自分を助けてくれていたマキシマが目の前に居る……しかも、仲間を守ってまたしても自分を助けてくれた。目的は分からないが、助かった事には変わりない。

 

 勇以外のライダーたちも、他の生徒たちも、魔王ですらも今の状況を理解し切れてはいなかった。そんな中、一足早く立ち直ったガグマが威圧感を込めた声でマキシマへと問いかける。

 

「マキシマ、一体何をしに来た? 何故、人間たちの事を守った?」

 

「……答える必要はあるか、ガグマ? 見ての通りだ、私はこちら側に付く」

 

「っっ!?」

 

 マキシマの発した言葉は、この戦場に大きな波紋を呼んだ。まさか、魔王であるマキシマが人間に味方するとは誰が予想したであろうか?

 何の目的があって、どの様な意図でこんな行動を取ったのか? この場の誰もその答えを知る由が無い。だがしかし、マキシマの参戦によって戦局が再び大きく変わった事は確かだった。

 

「勇、まだ戦えるな? これよりは私が手を貸そう。敵を消耗させ、こちらが有利な状況を作り出した後で撤退する……良いな?」

 

「……ああ! 今はアンタの目的や考えはどうだって良い! 魔王の力を利用させて貰うぞ、マキシマ!」

 

「……どうやら、貴様には何か考えがある様だな。ならば我もそれに従おう、この場を斬り抜けることを最優先とする!」

 

 マキシマを中心に勇と大文字が戦いの構えを取る。予想外の、それでいて強大な援軍が、二人の戦意を大いに高揚させた。

 この戦い、まだ勝ち目はある……僅かに見えた希望の光明を手繰り寄せる為、二人の戦士は魔王の集結したこの戦場において、必死の戦いを繰り広げようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――大筋は合ってる。予想外の出来事があっても、進むべきルートが間違っていなければ問題無い。後は彼が来るだけだ。そうすれば、全ての準備は揃うのだから。

 

 全部が正しく進むとは限らない。それでも、勝つのはこのボクだ! この戦いから、ボクの輝かしい未来が幕を開けるのだ!

 

 世界の全てを手に入れる、このボクが、世界の指揮者(コンダクター)となる。世界全てを舞台にして、最高の物語を作り上げようじゃないか!

 

 ……そうとも、ボクは勝つのさ。そして世界をボクの色に……暗黒に染め上げる。ボクの望むがままの世界に、ね……!

 

 

 

 

――誰かが犠牲になるまで、あと数時間…… 

 

 

 



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7.暴龍降臨

 休んでしまった分、私生活で取り戻さなければならない事が山積みな現状です。しばらくの間、不定期な更新になるかと思いますが、どうぞご了承ください。


 

「マキシマ……! 貴様、我らを敵に回すつもりか!?」

 

「その通りだ、ガグマ。何も問題はあるまい? 我々は同じ魔王ではあるが、仲間や友と言う間柄でも無い筈だ」

 

「僕たちを裏切った末に現実世界側に付くなんてね……ホント、君の考えは読めないよ」

 

「貴様ほどでは無いさ。エックス、そのどす黒い心の中で、貴様は何を企んでいる?」

 

 自分の隣に立つマキシマと彼に語り掛ける魔王たちの会話を耳にしながら、勇は未だに自分の目にしている光景を現実だと信じる事が出来ないでいた。まさか、魔王であるマキシマが自分たちの味方としてこの戦いに参戦するなど誰が予想しただろうか?

 こうして並び立ってみても、彼の思惑は全く読めない。何故、自分たちに味方するのか? それによるメリットは何なのか? その答えと思わしき物も、手掛かりとなるであろう物ですらも欠片も思い当たらないままだ。

 だが、それでもマキシマが味方となってくれた事で事態が好転したことも確かだ。そんな考えを頭の中に思い浮かべていた勇に対し、ほかならぬマキシマがひっそりと声をかけて来た。

 

「……これで3対3の状況にはなった。しかし、未だこちら側が不利だと言う事には変わりはない。同数で戦ったとして、君たち仮面ライダーと私たち魔王ではステータスの差が大きすぎる」

 

「ああ、わかってるよ。この状況で勝てるだなんて思っちゃいねえ」

 

「敵に打撃を与えて退かせる、もしくはこちらが撤退出来るだけの猶予を作り出す。それが我らの目的であり、勝利条件である事は重々理解している。後は、その方法だけだ」

 

 剣と刀を構え、油断無く敵を見据えながら勇と大文字がマキシマへと答える。二人も99と言うレベルの上限値である数字にまで達している魔王たちを相手にそれ以下の能力値しか持たない自分たちが一対一で勝てる訳が無いと言う事は十分理解していた。ならば、この場を切り抜ける為に全力を尽くす他無いだろう。

 二人が自分の思ったよりも冷静であり、かつ状況が見えている事を確認したマキシマは、この戦いを少しでも優位にするべく二人に自分が知る限りの情報を教え始めた。

 

「よろしい、この状況での勝ちを良く見据えている様だ。ならば……簡単に我ら魔王の戦闘能力を説明しよう。戦いの参考にしてくれ」

 

 駆動音を響かせ、右腕を剣の形に、左腕を大砲に変形させながらマキシマは語る。その視線の先がまず捉えたのは、暗黒魔王エックスだった。

 

「まず、我々の中で一番弱いのはエックスだ。ただし、これは正面切っての一対一での話……奴の能力は、私でも把握しきれていない。加えて狡猾な奴の性格がある以上、単純なステータスだけでその強さを計る事は出来ないだろう」

 

「……じゃあ、逆に一番強いのは?」

 

「間違いなくシドーだ。奴は我らの中で最強と呼ぶべき力を持っている……しかし、奴はエックスとは逆だ。こうやって相対した時点で、奴は全ての手札を公開しきっているのだよ」

 

「それは、どう言う意味だ?」

 

 大文字の問いかけにマキシマがちらりと視線を彼に向ける。機械の無機質な光を受けた大文字は、僅かな緊張感が胸を走る事を感じていた。

 

「……シドーの能力の名は『武力』。奴には他の魔王が持つようなユニークスキルは持っていない。それどころか、魔法の類も使えはしない……その代わり、そう言った物全てを単純なステータスに変化させていると言う事だ。お陰で奴のステータスは我々の中でずば抜けている。シドーが最強たる所以はそこにあるのさ」

 

「なるほどな、シンプルかつ強力なスキルって訳だ……お陰で突破の方法が見つからねえや」

 

 背中に冷や汗を流しながら勇が言う。シドーの能力が分かったは良いが、それでもその攻略方法が見つかった訳では無い。それどころか、突破の方法がまるで無いとしか言い様が無いのだ。

 

 勇が知る限り、どんなゲームでも突破口はあった。RPGのボスで言えば、敵の攻撃属性に合わせた装備を整えたりすると言った物がそれだ。炎属性の攻撃を使って来るなら、そのダメージを軽減する装備を整える。それに加え、敵の弱点を突く方法も用意すれば攻略は容易だった。しかし、今回は違う。何の能力も無い、ただステータスの高いだけの敵……それを倒すとなると、非常に苦労することになる。単純な消耗戦で疲弊させるか、もしくはこっちもそのステータスに見合った能力値を得るしか勝つ方法は無いのだ。

 大半のゲームに共通する最強の攻略方法『レベルを上げて物理で殴る』。単純なステータスを上げ、使用制限の無い単純な攻撃で殴り倒せるだけのステータスを持てばどんな敵にも勝てると言うのがこの格言の意味合いだ。

 単純ではあるが非常に効果的なその方法を今、自分たちが相手している敵がして来ている……時間も策も無いこの状況で、シドーへの対処方法が見つかる訳が無かった。

 

「それじゃあどんな戦い方をしてもやられるしか無いってことじゃねえか……ったく、絶望的だな……!」

 

「……そうでも無い。実はシドーにはある特徴がある。奴は、自分が強者と認めた相手とは必ず自分一人での戦いを望むのだ。君たち二人がシドーに認められれば、奴はエックスとガグマの介入を必ず拒むだろう」

 

「あん……? ならよ、もしかしてだが……」

 

「……おい、一応質問するぞ。ガグマ、エックス……貴様ら、俺の戦いに水を差すつもりでは無いだろうな?」

 

 マキシマの言葉に反応した勇が彼に何事かを言い切る前に、シドーが低い声で恫喝する様にして自分の横に並ぶ魔王たちに質問をした。エックスは、おどけた様な口調でその質問に答える。

 

「そんな訳無いだろう? 僕たちはそんなお邪魔虫じゃあないって!」

 

「ほぅ……? 先ほど外野を処理しようとした癖によくもまあそんな言葉がぬけしゃあしゃあと言えたものだな?」

 

「あれは戦えないゴミを潰しておいてあげようと言う僕の粋な心遣いじゃあないか。むしろ、あいつらこそが君の戦いを邪魔する奴らなんじゃあないの?」

 

「……ふん」

 

 自分を揶揄い、弄ぶかの様な口調でしゃべり続けるエックスを見たシドーは、これ以上の会話は無駄だとばかりに彼から視線を逸らした。しかし、その目には「自分の戦いを邪魔する事は許さない」と言う主張がはっきりと映っている。

 決して一枚岩ではない魔王たちのやりとりを眺めている勇が体を硬直させていると、隣に立つマキシマが大砲に変形させた腕を視線の高さに上げながら口を開いた。

 

「そして最後、ガグマの力は私と同等だ。この様にな」

 

 マキシマの言葉が途切れると同時に轟音が響く。その一拍後、更に大きな音を響かせて二つの攻撃がぶつかり合った。

 

「ちっ……!」

 

 自身の繰り出した黒い炎を掻き消されたガグマが舌打ちを鳴らす。その様子を淡々と見つめながら、マキシマは煙の立ち上る左腕の砲身から連続して砲弾を発射した。

 

「ふっ!」

 

「おおっと!?」

 

 ガグマ、エックス、そしてシドーが左右に飛び退く。彼らが居なくなったその領域に飛び込んで来た砲弾は、着弾と共に凄まじい爆発を巻き起こした。

 立ち上る火柱、そして体を叩く爆発の衝撃を感じながら勇は思う、マキシマの実力は今の自分たちよりも圧倒的に上であると。そして、そんな彼が味方に付く事を再度疑問に思った。

 

「……勇、この戦いにおいての勝ち筋を見つけられているか? 流石に私も三人の魔王を同時に相手することは出来ないぞ」

 

「わかってる、だが……」

 

 マキシマの質問を受けた勇が言葉を詰まらせる。正直、この状況で自分がどう動けば良いのか、その具体的な答えが出ている訳では無い。誰をどう狙うのか? そもそもどう戦うのか? 何か一つでも失敗すれば甚大な被害が出るかもしれないと言う思いが、勇の決断を鈍らせていた。

 かつてのガグマ戦での敗走の時を超えるピンチ。当然、失敗すればその時を超える被害が出る。慎重に答えを出さなければならない事は分かっているが、その為の時間も与えて貰える訳でも無い。

 

(どうする? どうするべきだ……!?)

 

 迷いは思考を鈍らせ、鈍った思考は決断を渋らせる。決断が出せなければ精神は消耗し、その消耗は肉体にも影響を及ぼしてくる。

 まだ戦いも始まっていないと言うのにも関わらず、勇の呼吸は既に荒くなっていた。そして、それに気がつけない程に勇は追い詰められていた。

 

 マリアや謙哉を失いかけたあの戦いを思い出す度、体が意識しないまま強張ってしまう。徐々に周囲の物音や状況も耳や目に入らなくなってきていた勇が、剣の柄を握り締める拳に力を込めた時だった。

 

「……案ずるな、勇。冷静になれ……状況は君が思うよりかは悪くはない。落ち着くんだ」

 

「えっ……?」

 

 不意に肩を叩かれ、優しい声をかけられた勇は驚いて顔を跳ね上げた。横を向けば、マキシマが腕を変形させたまま自分の肩を叩いているのだ。

 

「あの時、君は一人だった。だが、今は違う……今の君には仲間がいる、共に戦う仲間がな。頼れる者がいるのだ、少しは重荷を分け合ったらどうだ?」

 

「っっ……」

 

 マキシマの言葉を受け、その事に気が付いた勇は、マキシマの隣に控える大文字へと視線を移す。覇道に変身している彼もまた、仮面の下から力強い視線を向けたまま勇に向かって頷いた。

 確かにマキシマの言う通りだ、今の自分は一人では無い。あの戦いの様に()()()()()()()()()()()()()()()()と気負う必要は無かったのだ。

 その事に気が付いた勇の体から僅かに硬さが抜けた。深呼吸し、心を落ち着けた勇は、まずは隣の魔王に向けて感謝の言葉を口にする。

 

「……ありがとうな、マキシマ。アンタのお陰で少し落ち着けたよ」

 

「結構だ、これで我々の生存確率は上がった。それで? 策は思いついたか?」

 

「ああ、物凄くシンプルな奴がな。戦いに勝つ必要が無いって事を忘れてたぜ」

 

 仮面の下でニヤリと笑い、勇は一歩後ろに下がった。剣を構え、戦いに挑む姿勢を保ったまま、じりじりと後退して行く。

 

「……大文字、マキシマ、徹底的に時間を稼ぐぞ! 援軍が来るまで持ちこたえて、あいつらを辟易させてやるんだ!」

 

「ふふっ……正解だ、正しい答えを導き出せたようだな」

 

 勇の作戦を聞いたマキシマが初めて笑った様な声を出した。大文字もまた、勇の作戦に乗る姿勢を見せて大太刀を構える。

 一見、世界を守るヒーローが取る様な作戦では無い事行動、しかし、これこそがこの状況下における最良の策だったのだ。

 

 勝てない戦いの中で無理に攻め込めば、結果は火を見るよりも明らかだろう。自分たちは倒れ、残った生徒たちも邪魔者が消えた魔王たちによって駆逐されてしまう。ならば、敵を倒そうとしなければ良いのだ。

 自分の身と仲間たちを守り、各地で戦っている仲間たちが援軍に来るのを待つ。例えそれが大した戦力にならずとも、数の差が生まれれば不安になるのが生物の心理だ。強敵と戦っている最中に援護の魔法や補助効果のあるカードを使われれば鬱陶しく感じる事も確かだろう。そうなれば、ほぼ間違いなくシドーは消える。彼の望む戦いが出来ないのなら、彼はこの場に居る意味が無いからだ。

 勇たちにとって目下最大の脅威はシドーだ、そのシドーが居なくなれば勝機も見える。そして、それは残る魔王たちも十分に理解しているだろう。シドーの撤退に合わせ、彼らも撤退する可能性は十分にあり得る。

 

「マキシマ、アンタは何時でもバリアを出せる様にしていてくれ。皆を守れるのはアンタしかいないんだ」

 

「請け負った」

 

「大文字、俺とお前で突っ込んで来る敵を捌くぞ! お前の技量なら、そん位訳無いだろう?」

 

「応っ! ……まだ負け戦では無い。光明が見えているのならば、それに向かって突き進むのみよ!」

 

 明確な勝機(ビジョン)を確認し合い、それを共有して行動を起こす三人は自分たちを見つめる魔王たちへと鋭い視線を送った。しかし自分から仕掛ける様な事はせず、相手の出方を慎重に伺う様にして睨み続けている。

 勝利条件は先ほどよりも更に単純になった。()()()()()()()()()()してくれれば良い。援軍を呼ぶ時間稼ぎもその為の手段に過ぎない。ただ相手を鬱陶しがらせ、シドーを退かせれば良いのだ。そして、案外その時は早くやって来た。

 

「……ちっ! 奴らめ、まともに戦うつもりは無い様だな。臆病だが、賢い奴らよ……」

 

「むっ!? シドー、何処へ行く!?」

 

「知れたこと、もうこの場に用はない……弱者を蹴散らす様なつまらん戦い、俺は望んではいない。後はお前たちで勝手にやれ」

 

 勇たちが時間稼ぎに出たことをみたシドーは、踵を返して戦場から去ろうとしていた。マキシマの言う通り、彼は自分の望む戦い以外には興味が無いのだろう、もはや用済みとばかりに戦線を離脱して行く。そんなシドーを呼び止めるガグマの声と表情には、はっきりとした焦りの感情が見え隠れしていた。当然の事だ、このままでは自分たちが圧倒的不利な状況になってしまう。シドー抜きでは勝てない事はよく理解しているのだ。

 仮面ライダーの中でも強者の部類に入る勇と大文字だけなら良い、しかし、今はそこに魔王であるマキシマも助力しているのだ。三対二で自分たちが勝つ可能性は非常に低い。シドーが消えると言う事は、自分たちの撤退を意味しているのだ。

 

「……言っておくが、俺も貴様らと手を組んだ訳では無い。ただ面白そうな戦いが行われているから顔を出しただけだ。お前たちの願いに手を貸す理由など、欠片も無い」

 

「ぐぬぬぬぬ……!!」

 

 シドーのはっきりとした拒絶を受けたガグマが唸る。このまま自分とエックスだけで戦っても勝ち目は薄い。ならば撤退が一番の策だが、ここまで敵を追い詰めておいて撤退すると言うのも口惜しい物がある。自分は魔人柱であるパルマも失っているのだから、その思いはひとしおだった。

 退くべきか、それとも少しでも敵の戦力を削ぐために戦うべきか……援軍の来るタイミングを間違えば、撤退の隙も見失ってしまう。それを理解しているガグマが思考をフル回転させて計算していた時だった。

 

「……まあ、このまま撤退って言うのも悔しいよね。なら……こうしようか?」

 

「ぬっ!?」

 

 自分の背後から聞こえた声に振り返り、そこに居る筈のエックスの姿が無い事に驚いたガグマは周囲を見回して彼の姿を探した。つい先ほどまでここにエックスは居た筈だ、不意に姿を消した彼が何かを企んでいる事は間違い無いだろう。そしてそれは、絶対にろくでもない事なのだ。

 シドーも、勇も、マキシマも……この場に居る全員がエックスの姿を探して周囲を探る。戦いを見つめる生徒たちも固唾を飲んで行く末を見守っていたが、そんな彼らの更に背後から大きな叫び声が聞こえて来た。

 

「勇っ! 上だっっ!!」

 

「っっ!? 謙哉っ!!」

 

 聞き間違えることの無い親友の声に反応した勇が上空を見上げる。それに釣られるかの様に同じ方向を見た者たちは、同時に眼を大きく見開いた。

 

「……こんなぐだぐだな終わり方は嫌だろう? だから、最後にドデカい一発で締めようじゃあないか」

 

 上空に浮かび、愉快気な笑い声で語るエックス。その更に上空からは、巨大な隕石が落下して来ていた。それも一発や二発では無い、両手で数えきれない程の数の隕石が自分たち目掛けて降下して来ているのだ。

 

「エックス……貴様ぁッッ!!」

 

「さあ、フィナーレだ……! 存分に盛り上がろうじゃあないかっ!!」

 

<超必殺技発動 ダーク・メテオ・レイン>

 

「っっ!? 皆っ、伏せろっ!!」

 

 空気を震わせ、轟音を響かせながら降下する隕石群。勇の叫びを受けた生徒たちは地面に伏せ、その衝撃に備えた。

 

「防御班はバリアを張って! 何でも良い! 防御をするのっ!」

 

 真美の指示が生徒たちの間に飛び、防御の為に無数のバリアが生成される。それを覆う様にしてマキシマもバリアを作り上げるも、急遽作成したそれが十分な防御力を持っていない事はすぐに分かった。

 その瞬間、生徒たちは思い思いの行動をした。地面に伏せたまま蹲り、震える者も居れば、友人を守る為にその身を盾にする者も居た。変身出来ない仮面ライダーたちは周りの生徒を庇う様にして身を伏せると、自分たちを襲うであろう衝撃を耐えるべく必死に歯を食いしばる。

 そして……そんな生徒たち全員を押し潰すかの様に飛来した隕石が爆発し、暗黒の炎を巻き上げながら全てを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「み、皆……無事か……!?」

 

「我は、なんとかな……だが、他の者はどうだか……?」

 

 衝撃と爆炎が去った戦場で、苦し気に勇と大文字がお互いの無事を伝えあう。マキシマのバリアに守られたお陰で大ダメージを負う事は避けられたが、それでもかなりの痛みが体に残っていた。

 そのマキシマもバリアを使った事による負担こそある様ではあるが、そこまで甚大な被害を受けた様子は見受けられない。問題は、自分たちの背後に居た葉月たちの方だ。

 

「葉月、美又っ! 返事をしてくれっ!」

 

「光圀、仁科、生きていたら声を上げよ!」

 

 衝撃による変身解除を経た二人は、後ろにいる筈の仲間たちに向かって叫び声を上げた。どうか無事であって欲しいと言う願いを胸に、二人はただ仲間たちからの返事を待つ。

 ややあって、煙が晴れた後の光景を見た二人は、安堵すると同時に奥歯をぐっと噛み締める様な苦しみにも襲われた。

 

「い、勇っち……アタシたちは、何とか無事だよ……でも――!」

 

 痛みを堪えながら声を出す葉月。彼女とその周囲にいる生徒たちはほぼ無事であり、多少の怪我程度で今の攻撃を凌げた様だ。しかし、それ以外の生徒たちの様子を見れば、決して楽観視できる状況では無かった。

 

「あ、ぐ……」

 

「痛い……痛いよぉ……」

 

 地面に横たわり、痛みに呻く仲間たち。無事な者とそうで無い者、両者がはっきりと分かれた戦場で悲鳴と呻き声が心を暗くする合唱を奏でる。

 攻撃は完全に防ぎ切れなかった。バリアが破られた場所に居た生徒たちは、酷い怪我を負って地面に倒れ伏しているのだ。

 

「く、クソッ! 畜生っ!」

 

 あまりにも一瞬で、予想外の攻撃だった。不意を打ったエックスの攻撃に何も対応出来なかったことを悔しがる勇は、傷ついた仲間たちを見つめながら握り締めた拳を震わせている。だが、今の彼と同等の悔しさを感じている男もまた、この場に存在していた。

 

「エックス……貴様ぁっっ!!」

 

 勇たちの反対側、そこに立っていた『大罪魔王 ガグマ』は明らかに怒りを孕んだ声で叫んだ。上空に浮かぶエックスはその声を耳にして、ニンマリと笑いながら地上へと降下して来る。

 今の攻撃を受けたのは勇たちだけでは無い。轡を並べ、協力関係にあったガグマとシドーもまたエックスの必殺技の餌食になっていたのだ。自分たちを攻撃に巻き込んだことを怒り狂うガグマは、エックスに鋭い視線を向けつつ詰問した。

 

「どう言うつもりだ? 何故、わしらを攻撃に巻き込んだ!?」

 

「ああ、その答えなら単純だよ……君との同盟関係はここまで、ここからはボクの好きな様にさせて貰うからさ!」

 

「ぐっ!?」

 

 エックスの放った攻撃がガグマの胸を撃つ。後方へ吹き飛び、壁に叩き付けられたガグマに向け、エックスは嘲笑うかの様な声を上げた。

 

「まあ、そもそもボクなんかを信用するって事が間違いなんだよね。君もボクを裏切ろうと考えてはいたんだろうけど、こっちの方が早かったってわけ」

 

「おのれ……おのれ、エックスッッ!」

 

「そんなに怖い顔しないでよ……今すぐ逃げるなら、同盟に誘ってくれたお礼も兼ねて見逃してあげるからさ。まさか、そんな体で戦いを続けようと思う程馬鹿じゃあ無いだろう?」

 

「ぬ、ぐぐぐ……っ!」

 

 エックスの強力な必殺技を受けて甚大なダメージを負っていたガグマは、その言葉に悔しさを募らせながらも従うしか無いと言う事を理解していた。負傷が激しいこの体で戦ってもエックスに勝てる見込みは薄い、シドーもいつの間にか姿を消しているし、自分が不利である事は明らかだ。

 

「必ず……この借りは返す! その日まで首を洗って待っておれ、エックス!」

 

 捨て台詞を残し、ガグマは姿を消した。彼の恨み言を聞いたエックスはわざと怯えた様に肩を竦めた後、勇たちへと視線を移す。

 

「さて、これで邪魔者は居なくなったね。後は掃討戦と行こうか?」

 

「くっ……! んなこと、させっかよ……!」

 

 エックスは仲間たちを皆殺しにし、戦いに終止符を打つつもりだ。その事を悟った勇は全身の痛みを歯を食いしばって耐えながら立ち上がるも、既に戦える様な状態で無い事は明らかだった。少なくとも、休息の時間は必要だろう。しかし、エックスがそんな時間を与えてくれる訳も無い。

 大文字もマキシマも、そして他のライダーたちも戦える状態では無い。されど、仲間たちを置いて逃げる訳にもいかないのだ。

 

「有体に言うとさ……これ、詰みって奴だよね? ボクの勝ちで、君たちの負け……そう言う事でしょ?」

 

「くっっ……!」

 

 エックスの言葉を否定出来ないまま、勇は悔しさに歯軋りして呻き、憎き敵の顔を睨み続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勇っ! 水無月さんっ! 皆っ!!」

 

 エックスの放った必殺技の衝撃が去った後、謙哉は狂乱と言うに相応しい様相を見せながらひた走っていた。向かう先は戦いの中心地、先ほどまで親友たちの姿があった場所だ。

 必死に駆け、仲間たちの名を叫びながらその姿を探す謙哉の目が探し人を捕らえる。すぐに彼女の元まで駆けつけた謙哉は、地面に蹲る玲の肩を抱いて揺さぶりながら声をかけた。

 

「水無月さん、しっかりして!」

 

「け、謙哉……? 良かった、無事だったのね……!」

 

「それはこっちの台詞だよ! 他の皆は? 戦いの状況はどうなの!?」

 

「落ち着いて……私や葉月達は大丈夫よ。でも、他の生徒たちの中には酷い怪我をした人も居るみたいだし、戦いの方も……」

 

 そう呟きながら視線を移した玲に釣られてそちらを見てみれば、そこにはエックスと対峙する勇たちの姿があった。勇と大文字は既に変身を解除されており、魔王マキシマも体の至る所に損傷を負っている事が見て取れる。

 謙哉には何故マキシマがここに居るのかを知らない訳だし、更には彼がマキシマである事すらも分からなかったが、それでも今の勇たちが満身創痍であり、エックスと戦えば間違いなく負けてしまうであろうことは簡単に理解出来た。

 

「助けなきゃ……! 勇と大文字先輩を、何とかして……ぐっっ!?」

 

「謙哉っ!?」

 

 ドライバーを手に立ち上がろうとした謙哉であったが、パルマとの戦いで消耗していた事に加えてオールドラゴンの反動によるダメージが体を襲ったせいで変身することは叶わなかった。玲もそんな彼の姿を見て、叫び声を上げてその体を抱きとめる。

 

「無茶よ、あなたはオールドラゴンを制限時間一杯使ったんでしょ!? そんな体でまた戦うだなんてしたら、今度こそ死んでしまうわ!」

 

「でも、それでもっ! 僕が戦わなきゃいけないんだ! 今一番余力があるのは僕なんだ! 僕がオールドラゴンを使って、エックスを撤退させることが出来れば、皆が助かるんだよ!」

 

 叫び、痛みを堪えて立ち上がり、そしてドライバーを構えた謙哉はもう一度変身を試みた。しかし、カードを持つ腕を玲が掴んで離さない。謙哉の無茶を止めようとする彼女もまた、必死になって謙哉に向かって叫んだ。

 

「止めて、謙哉! 約束したじゃない、私の許可なくオールドラゴンは使わない! パルマとの戦いを終えたら、もう二度とオールドラゴンには変身しないって……! 自分の命を危険に晒すのは止めて! 他の方法を考えて!」

 

「っっ……」

 

 玲のその叫びは謙哉の胸を打ち、心の中の罪悪感を刺激した。思い返すのは、自分を心配する玲と親友である勇の言葉、もう自分に無理をしないで欲しいと願い、自分もまたその願いに応えようと努力していた。

 今、ここで変身してしまえば、その願いを裏切る事になる。それも最悪の形でだ。その事を理解している謙哉の心が、僅かに迷いを見せた時だった。

 

「里香っ! しっかりしてよ! 目を開けて、里香っ!!」

 

 聞き覚えのある声にはっとした謙哉が顔を上げれば、そこには合宿の時に知り合った橘ちひろの姿があった。泣きじゃくり、悲痛な叫びを上げる彼女の横には同じく合宿で知り合った夏目夕陽の姿もある。

 そして、彼女たちの視線の先には、頭から血を流して動かない宮下里香の姿があった。

 

「お願い……死なないで……! 目を開けてよ、里香……っ!」

 

「自分たちを庇ったせいで、こんな事に……! 里香ぁ……!」

 

 友人を庇い、重傷を負った里香。それを見て泣きじゃくるちひろと夕陽。悲痛で苦しいその光景を繰り広げているのは、何も彼女たちだけでは無い。

 

「死ぬな! 死ぬなよ! すぐに治療してやる! 絶対に助けてやる! だから死ぬなっ!」

 

「大丈夫だよ! 絶対に助かるから! ねえ、返事をして! 私の顔を見てて!」

 

 苦しみに耐える痛みの声を掻き消す様に、より悲痛な叫びが木霊する。それは友人を想う仲間たちの叫び、怪我を負い、正詩の狭間を彷徨う友を引き留めようとするが故の叫びだった。

 このままでは皆が死ぬ。誰かが皆を守らなければならない……この悲劇を止める為には、誰かが戦わなくてはならなかった。そして、それが出来るのは自分だけだと言う事も謙哉は理解していた。

 

「きゃっ!?」

 

 思い切り腕を振り、自分に縋り付く玲を払い飛ばす。地面に尻もちをついた彼女の姿を見た謙哉は、堪え切れぬ罪悪感に声を震わせながら言った。

 

「ごめん、水無月さん……でも、僕がやらなきゃならないんだ。僕しか出来ない事だから、僕には出来てしまうから……!」

 

「謙哉、待って!」

 

 戦場に木霊する叫びよりも悲痛なそこ呟き。それを耳にした玲が立ち上がって謙哉を止めようとした瞬間、彼は手にした一枚のカードをドライバーに通していた。

 それは、つい先ほど手に入れたカード……宿敵が使い、その能力は身に染みて知っていたそのカードをリードしたドライバーは、低く唸る様な電子音声を響かせてその名をコールした。

 

狂化(バーサーク)……!>

 

「うぐっ! が、あぁぁぁぁぁっっ! あ、あぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

「謙哉っっ!!」

 

 パルマの使った狂化のカード。自分の理性を犠牲にし、体に途轍もない負担をかける事で極限まで力を引き出すそのカードを使った謙哉は、今まで聞いたことの無い様な叫び声を上げた。苦しみ、痛みに喘ぐ彼に手を伸ばした玲が、ドライバーを剥ぎ取ろうとした瞬間だった。

 

「グオォォォッッ!!」

 

「きゃぁぁっっ!?」

 

 凄まじい力で謙哉に弾き飛ばされた玲は、地面を転がった後で倒れたまま彼へと視線を向ける。彼女の視線が捉えたのは、自分の知る優しい彼の姿では無かった。

 

「グ、オォ……ッ! ガ、アァァァァァッッ!!」

 

 全身を走る黒い雷光。禍々しく恐ろしいそれを身に纏う謙哉の目は赤く光り、理性を感じさせる光は欠片も残っていなかった。闘争本能に全てを支配されたまま、謙哉は手にしていたもう一枚のカードをドライバーへと通す。

 

<RISE UP! ALL DRAGON……!!>

 

 ドライバーからはいつもよりも低い電子音声が流れ出た。変身の際に巻き起こった衝撃から顔を覆いながら、玲は必死になって謙哉の姿を見つめ続けている。そして、その衝撃が去った時、変身を終えた謙哉がゆらりと揺らめきながら姿を現した。

 

「グルルルルルル……ッ!」

 

 獣の様な唸り声を上げ、瞳を赤く光らせ、本能のままに敵へと鋭い視線を向けながら……謙哉は、圧倒的な力を纏って宙へと飛び立つ。信じ難い速度でエックスの前まで飛んで行った謙哉は、着地と同時に周囲を威嚇する様な咆哮を上げた。

 

「ガァァァァァァァァァァァッッ!!!」

 

「けん、や……!?」

 

 守りたい物を守る為、命を懸け続けて来た謙哉……その彼は、ついに理性を投げ打ってしまった。そして、今まで以上に命の危険を背負って戦いに臨もうとしている。

 その彼を止められなかった事に、自分の無力さに絶望した玲の口からは、魂が抜けた様な声が呟きとなって漏れ出た。

 

「何でよ……? なんであなたは、いつも……!」

 

 狂い、荒れ果て、悲痛な姿を晒す謙哉。そんな謙哉の事を見つめる玲の瞳からは、大粒の涙が零れていたのであった。

 

 

 

 

 




――あの時は何でって思ったけど、今となっては少しだけあなたの気持ちが分かる。きっとあなたもこんな気持ちだったんだろうな、って思うの。

 ねえ、黙って聞いてくれる? この言葉が届くと信じてる。きっと最後のチャンスだから、しっかり言わせて貰うわ。

 あなたは馬鹿で、ドジで、鈍くって……とても優しい、私の好きな人。心の底から大好きな、私の初恋の人。

 ありがとう、大好き、もっともっと時間が欲しい。でも、そんな時間は無さそうなの。だから、だから……言葉じゃなくて、この笑顔で伝えるわ。

 あなたは好きでいてくれた? 私のこの笑顔を、愛してくれていたかしら? そうだとしたら、嬉しいわ。でも、物凄く悔しい。もっと早く知りたかったなって思っちゃうから。

 ……もう時間が無いから、これで最後にするわ。最高の笑顔でお別れ出来る様に頑張る、でもね、でも――ほんの少しだけ、泣く事を許してね。

「    、  ……」

 












――何かを間違えたんだってことはわかったんだ。でも、何を間違えたのかが分からないんだ。こんなの僕が望んだ事じゃない。わかってるんだ、でもわからないんだよ。

 何で君は泣いていたの? 何で君は笑えたの? 僕は、君をどうすればよかったの?

 今更答えなんか出なくて、胸が痛くて、辛くって……これが、間違い続けた代償なの?

 見たくなかった、させたくなかった、あんな悲しい笑顔、君に浮かべて欲しくなかった。僕はただ、皆に笑っていて欲しかっただけなんだよ。

 ねえ、水無月さん、教えてよ。僕はこれから、どうすれば良いの? 僕は、どうしたら良いの? もう間に合わないのかな? もう僕に出来る事は、何にも無いのかな?

 最後の最後で耳にした、君の言葉が耳から離れないんだ。君はあの時、どんな気持ちでいたの?











……誰かがゲームオーバーになるまで、あと数時間……


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8.暴走する意思

「良いねぇ! 予想以上だよ! 君の潜在能力は、ボクの想像を遥かに超えていたみたいだ!」

 

 新しい玩具を手にした子供の様にはしゃぎ、目をキラキラと輝かせるエックスは目の前で自分に敵意を漲らせる謙哉を見ながら興奮気味に叫んだ。謙哉には彼の言葉は届いていないのだろうが、そもそも今の謙哉にとっては会話など無意味な事だ。闘争本能に意識を支配された今の彼には、会話をする事はおろか言葉の意味を理解する事も不可能なのだから。

 

「グォォォォォォッッ!!」

 

 咆哮を上げ、戦闘態勢を取った謙哉は黒く鋭い爪をエックスへと向けるとそのまま突貫した。真っ向から突っ込むだけの無謀な突撃、だがしかし、その突撃速度はあまりにも早すぎた。

 

「ぐぅぅぅっっ!?」

 

「ガァァァァァァァァァァァッッ!!」

 

 瞬き一つの間にエックスとの距離を消滅させた謙哉の一撃が繰り出される。何とかその一撃を防御用の結界で防ぐエックスであったが、謙哉の強烈な一撃を受けた結界は早くもひびが入り始めていた。

 恐るべき力とスピードを披露した謙哉は、結界に突き刺した右爪はそのままに今度は左爪での横薙ぎを繰り出す。三本の巨大な鉤爪はまるで紙でも引き裂くかの様にエックスの作り出した防御結界を斬り裂き、彼を完全に無防備な状態にしてしまった。

 

「ぐあっ!?」

 

 これは不味い……僅かに残っていた慢心を消し、一度謙哉と距離を取ろうとするエックス。しかし、それよりも早くに自身の体を叩く衝撃を感じたと共に大きく横に吹っ飛ばされてしまった。

 吹き飛び、壁に激突したエックスは巻き上がった土煙の中に飲み込まれて姿が見えなくなる。もうもうと視界を遮る煙を謙哉は唸りを上げながらただ黙って見つめていた。

 

「グルルルル……ッッ」

 

 エックスを叩きのめした尾をしならせた謙哉は少しずつ彼の落下地点へと距離を詰めて行った。一歩、また一歩と謙哉の足が進む度、地面に巨大な龍の足跡が残される。

 そうやってある程度の距離まで接近した謙哉は、突如としてその場で立ち止まった。油断無く何かを警戒し、鋭くなった察知能力で何かを感じ取った彼は、背中の翼を大きくはためかせて突風を巻き起こす。

 

「ガギャァァァッッ!!」

 

 まるで台風の様な激しい風を巻き起こした謙哉は、未だに巻き上がっていた土煙をその風で吹き飛ばしてしまった。同時に、煙に紛れて繰り出されていたエックスの魔法攻撃をも撥ね飛ばして無効化する。

 二発の光弾があらぬ方向へと吹き飛び、その先に在ったビルに直撃して倒壊させると同時に猛加速した謙哉は再び右爪を光らせながらの突撃攻撃を繰り出す。その一撃は、今度はエックスの防御を貫くだけの威力を誇っていた。

 

「グガァァァァァァァァァァァァァッッ!!」

 

 突き出された謙哉の右爪はガラスを砕く様にしてエックスの防御結界を貫いた。そして、そのままエックスの腹に深々と突き刺さる。

 だが、急所に致命的な一撃を与えても謙哉はまだ止まりはしなかった。全身に纏う雷光を激しく稲光らせると、その全てを右爪に収束させたのだ。

 

「グロォォォォォォォォォォッッッ!!」

 

 咆哮が、戦場に響く。体の内部で強烈な電撃を発せられたエックスの体が瞬く間に黒焦げになって行く。

 傍から見ればその光景はただの処刑だった。暴虐に、一方的に……謙哉がただエックスを嬲っているだけの戦いであった。

 そんな一方的な戦いを見守っていた勇たちは、最強のエネミーの一角であるエックスをいとも容易く屠ってしまった謙哉に恐れの感情を抱いていたが、トリックスターであるエックスがそう簡単も倒されるはずも無い。勇たちの頭上から響いて来た拍手の音に気が付いて顔を上げれば、そこには空中に浮遊するエックスの姿があった。

 

「いやぁ、素晴らしい力だね! その力に賛辞を贈ると共に……こいつも差し上げよう!」

 

 賞賛の言葉を贈るエックスが指を鳴らす。すると、謙哉が攻撃を仕掛けていたダミーのエックスの体が膨れ上がり、轟音を上げて爆発を起こしたではないか。

 轟々と音を立てて燃え盛る炎に飲まれた謙哉の身を案じた生徒たちであったが、程なくして突風に掻き消された炎の中から謙哉が無事な姿を現した事に一応安堵する。しかし、決して安心出来る状況では無かった。

 

「グルルルルルル……ッッ!!」

 

 謙哉はさほどダメージを受けている様子は無かったが、姑息な攻撃を受けた事で怒りを募らせている様であった。その怒りは彼の理性を更に失わせ、それと引き換えに更なる力を引き出している。

 しかし、それは謙哉自身の命を削る諸刃の剣……彼が理性を失えば失う程、彼の生命は危険に晒されることを意味していた。

 

「やめて……もうやめてよ、謙哉っ!」

 

 怒り狂い、暴れ回る謙哉の姿を見ていられなくなった玲は瞳に涙を浮かべながら彼の下へと走り寄った。例え自分の身がどうなろうとも彼を止めて見せると言う覚悟と共に謙哉へと手を伸ばす玲であったが、悲しいかなその手が謙哉に届くことは無い。彼は、暴風を巻き起こしながらエックスへと飛び掛かってしまったのだ。

 

「ガァァァァァァァァァァァッッ!」

 

 三回目の突貫、単純な行動だか避ける事も防ぐ事も困難なその攻撃。だが、攻撃の対象になっているエックスが焦る事は無かった。

 

「う~ん……これは想像以上過ぎるなぁ……。このまま戦うのはしんどいし、ここは一旦退かせて貰うね。んじゃ、バ~イ!」

 

「ゴォォォォォォォッッ!!?」

 

 謙哉の攻撃が当たる寸前、エックスはその場から姿を消した。空を切った爪を振り回し、謙哉は周囲にいる筈のエックスの気配を探る。しかし、鋭敏化された今の謙哉の感覚をもってしても、エックスの気配を見つけ出す事は叶わなかった。

 

「グ、ギ、ギ……ガァァァァァァァァァァァッッ!」

 

 獲物を逃がした悔しさに謙哉の怒りが爆発する。荒れ狂い、ただ暴力を撒き散らすだけになった龍は近くの物に八つ当たりの如く攻撃を仕掛け始めた。

 建造物に、地面に、瓦礫に……爪や牙、尾を打ち付けて胸の中にある激情をぶちまける。だが、そんなことをしても謙哉の怒りが収まる事は無かった。むしろもっと激しくなるばかりだ。

 

「不味い……! このままじゃ、皆が!」

 

 段々と大きくなって行く被害を見た勇は、このままでは謙哉が仲間たちに手を出してしまうのではないかと危惧して叫んだ。立ち上がり、何とかして暴走する謙哉を止めようとする勇であったが、ダメージの残る体が言う事を聞いてくれない。

 それでも仲間と親友を救う為に立ち上がろうとした勇が、謙哉へと視線を向けた時だった。

 

「グロォォォォォォォォォォッッッ!?!?」

 

 突如として飛来した網の様な物体が謙哉の体を絡め取ったのだ。それも一つや二つでは無く、10個近い数のネットが謙哉を拘束しようとしている。

 その一つ一つを引きちぎり、体の自由を取り戻そうとする謙哉であったが、拘束は思ったよりも頑丈な様で手古摺っている。今ならば、謙哉をどうにかする事が出来るかもしれない。

 

「今の内に彼の体からドライバーを外せ! 時間は思ったよりも少ないぞ!」

 

「っっ!? マキシマっ!」

 

 どうやらあのネットを放ったのはマキシマの様だ。彼の援護に感謝した勇は、ふらつく足を抑えながら謙哉に近づく。だが、そんな勇よりも素早く謙哉に近づいた玲が、迅速な動きで彼の体からギアドライバーを剥ぎ取った。

 

「ぐっっ! あぁっ!?」

 

「謙哉っっ!?」

 

 ドライバーを剥ぎ取られた瞬間、謙哉の体に黒い稲妻が走った。苦し気な呻きを上げる謙哉に対し、玲が不安そうな表情を浮かべてその体を揺さぶる。

 

「謙哉っ! しっかりしてっ! 私の事がわかる!?」

 

「う……水無月、さん……」

 

 懸命に謙哉に叫びかける玲は、彼が自分の名前を呼んだ事にわずかな安堵を覚えた。しかし、弱々しく笑う謙哉は、彼女の目を見つめながら口を開く。

 

「ね……? 何とか、なったでしょ? 僕、皆を……君を、守って……がふっ!?」

 

「!?!?!?」

 

 喉の奥から言葉を絞り出す様にして喋っていた謙哉の口から鮮血が迸った。びしゃりと噴き出したそれは玲の顔にも降りかかり、茫然としたままの表情の彼女を赤く染める。

 二度、三度と咳をした謙哉は、そのままぐったりと意識を失って動かなくなった。玲は、そんな彼の姿を見ながらかつて見た同じ様な光景を思い出す。じっとりと血で濡れた手が、不安に拍車をかけていた。

 

「あ、あ、あ……?」

 

 今度はもう、泣き叫ぶことも出来なかった。悲痛さが玲から感じる心を奪い、ただ茫然とした声を漏らす事しか出来なくなっていた。

 自分の心臓の鼓動が段々と冷え切っていく事を感じながら、玲は力無く眠る謙哉の顔を見つめ続けることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後、玲は都内の病院の一室で項垂れていた。目の前のベッドで眠る謙哉の手を握る手は微かに震えている。心細さか、それとも悲しみか……その震えの理由を知る者は、誰も居なかった。

 

「馬鹿よ、あなた……やっぱりこうなる癖に何が私を守ったよ……!? そんな事、誰が頼んだって言うのよ……!?」

 

 謙哉を責めるその声は、彼女の手と同様に震えていた。瞳から大粒の涙を零し、非常な現実に心を痛める彼女の肩に真美が手を添えた。

 

「……あんまり虎牙を責めないで上げて……彼が行動しなければ、もっと大きな被害が出ていたかもしれないわ」

 

「わかってるわよ……! でもっ……!!」

 

 結果として、謙哉の行動は正しかったのだろう。謙哉が命を懸け<狂化>のカードを使ってエックスを撤退させたからこそ、自分たちは無事に窮地を潜り抜ける事が出来たのだ。

 だが、その行動を誰もが納得出来る訳では無い。少なくとも、彼がこうして生死の狭間を彷徨う事を玲は望んではいなかった。

 

「……これで二度目じゃない。約束したじゃない……無茶はしないって言ったじゃない……!」

 

 頭ではわかっている、彼がこうしなければならなかった理由も理解している。だが、目の前で苦しんでいる謙哉の姿を見ればそんな思いが薄れてしまう事も確かだ。

 先ほど浴びた血の温度がまだ忘れられない。ねっとりとした、命が消えそうになる感覚を覚えるあの感触が、玲の体にまとわりついて離れないままでいた。

 

「……落ち着きなさいよ。あなただって消耗してるはずよ、これ以上自分を追い詰めてどうするの?」

 

「わかってるわよ……! それでも、龍堂達に比べればマシな方よ」

 

「仮面ライダーたちには体を休めて貰わないと困るの。また何時エックスが攻めて来るのかわからない状況よ、少しでも休息を取って頂戴」

 

「………」

 

「……虎牙の様子を私が見ておくわ。あなたは次の戦いに備えて体を休めて頂戴。次の戦いこそ、虎牙の力を借りなくても勝てる様にしておきなさいよ」

 

「……わかった、わ」

 

 真美の言葉に頷き、椅子から立ち上がった玲は俯いたまま部屋の出口へと向かう。そんな彼女を呼び止めた真美は、彼女の手から謙哉のギアドライバーを奪い取ると言った。

 

「これも私が預かるわ。これを持ったまま、あなたが心を休められるわけ無いじゃない」

 

「……そうね」

 

 素直にその言葉に従った玲は、謙哉のギアドライバーを真美に渡すと今度こそ扉を開けて外に出ようとしたが……そこで、はたと何かを思い出して立ち止まると振り返って真美へと告げる。

 

「後で天空橋さんが狂化(バーサーク)のカードを取りに来るって言ってたわ。ホルスターから出して、渡してあげて」

 

「ええ、了解したわ。ゆっくり休んで頂戴」

 

「……お願いね」

 

 伝えることを伝えた玲はようやく部屋から出て仮眠室へと向かった。その背中を見送った真美は、玲の姿が完全に見えなくなったことを確認してから謙哉のギアドライバーからカードを一枚のカードを取り出す。

 

「……これが、<狂化>のカード……! これさえあれば……!」

 

 明らかに何かを企んでいる真美は、瞳に妖しい光を宿して意味深に呟きを漏らしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エックスの目的は謙哉のデータだと!?」

 

「ああ、恐らくだがな……そう考えれば奴の行動に納得が行く」

 

 同じ頃、勇と光圀、やよいと葉月の4人は、画面越しにマキシマと会話をしていた。この場に居ない大文字と仁科は怪我が酷く、今は治療の最中である。

 

「謙哉のデータが目的ってどう言う事だ? 奴は、何を企んでいるんだよ?」

 

 勇は必死の形相でマキシマの言葉の意味を尋ねる。親友が魔王に狙われていると言う彼の言葉に動揺を隠せない勇に対し、マキシマは冷静な口調で自分の考えを述べ始めた。

 

「エックスがデータを改ざんする能力を持っている事は理解しているな? 奴は、エネミーを始めとするデータの存在をある程度改造することが出来る」

 

「知ってるよ、櫂の奴はそうやって生み出されたんだろう?」

 

 ガグマの攻撃に敗れ去り、データとなってしまった級友の事を思い浮かべながらマキシマに告げた勇。アグニとなった櫂もまた、エックスによってそのデータを改竄されて生み出された存在である事は理解していた。

 それは葉月もやよいもそう……唯一光圀だけが完全には理解していない様子ではあったが、ある程度の理解は出来ている様であった。

 

「ならば話が早い。その能力を活かし、エックスは虎牙謙哉のデータを利用して最強の配下を生み出そうとしているのだ。狂化のカードを彼の手に渡る様にガグマを利用し、全ての準備が整った今、奴は同盟関係を破棄したと言う事さ。後は邪魔の入らぬ様に虎牙謙哉を倒し、そのデータを入手するだけだ」

 

「そ、それ、本当なんですか……!? 狂化されたオールドラゴンの謙哉さんをゲームオーバーにする事がエックスの目的だなんて……!!」

 

「でも、あの謙哉っちが敵になったら勝てるイメージが湧かないよ……! 絶対に阻止しなきゃ! 謙哉っちの為にも!」

 

「無論、そうするべきだろう。だが、私もダメージが酷くすぐには動けない状況だ。対してエックスは負傷も無く、仕掛けようと思えばすぐにでも攻撃をして来るだろう。君たちも、決して軽い怪我と言う訳でも無い筈だ」

 

「そんなの関係無い! 謙哉がピンチだってのに、自分の命を惜しがっていられるかよ!」

 

 机を叩きながら立ち上がった勇の力強い言葉を聞いたマキシマは満足気に頷いた。そして、今の自分に出来る限りのアドバイスを全員に送る。

 

「……エックスの目的は狂化した状態の虎牙謙哉だ。あのカードを使わせさえしなければ、最悪の事態は防げるだろう。すぐにでも彼の手からあのカードを預かるべきだ」

 

「ああ、そうさせて貰うよ。今、謙哉はまだ気を失ってる筈だよな? 今の内にドライバーからカードを――」

 

 エックスの言葉に従う事を決め、勇が謙哉の眠る病室に向かおうとした時だった。部屋の扉が開くと、血相を変えた夕陽が飛び込んで来たでは無いか。

 ただ事ではない彼女の様子に話し合いを中断した勇たちは、驚きの表情のまま夕陽を見つめる。全員の視線が集中する中、夕陽は息を整えた後で信じられない事を口にした。

 

「け、謙哉さんが……病室から、姿を消しましたっ! 行方不明です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どう言う事……? どう言う事なのよ、それ……?」

 

 玲に謙哉が行方不明になった事を告げに行ったちひろは、彼女に激しく追及されることを覚悟していた。しかし、彼女の予想に反して玲は顔を真っ青にすると弱々しい声でちひろに詳しく話を聞こうと震える手で彼女の手に肩を乗せて来ただけだった。

 それほどまでに動揺し、現実を受け止めきれていないのだろう。もしかしたら、玲は自分が悪い夢でも見ていると思っているのかもしれない。

 だが、ちひろは一度歯を食いしばって覚悟を固めると、自分が知る限りの情報を彼女に伝え始めた。

 

「……巡回の看護婦が虎牙の様子を見に行ったら、ベッドはもぬけの殻になっていたらしい……アイツが何処に行ったのかも、どうやって抜け出したのかも皆目見当がついて無いんだ」

 

「そんな……そんなことって……!?」

 

 ちひろの話を聞いた玲は、青い顔をしたままベッドへと腰を下ろした。今の彼女の様子を見れば、誰もが心配の感情を胸にする事だろう。

 ギリギリの体調で病院を抜け出し、行方不明になった謙哉を玲が心配しないはずも無い。玲の思いを理解しているちひろはその胸中を察して唇を噛み締めたが、少しでも良いニュースを届けようと努めて明るい口調で励ます様に言った。

 

「で、でも、安心しろよ! アイツはドライバーを持ってない! 戦う事が出来ねえんだから、危ない目に遭う事も無いって!」

 

「……そう、ね……そうよね……」

 

 今のちひろの励ましで玲は僅かに平常心を取り戻した様だった。この調子だと思ったちひろは、続けて玲を励ます言葉を口にする。

 ……その言葉が、玲を最大に追い詰めるとも知らずに。

 

「お、()()()()()()()()()()()()()良かったよ! 反応で居場所を探れないのは残念だけど、これでアイツも無茶は……」

 

「……待って、今、何て言ったの?」

 

 部屋の中の空気が、玲の雰囲気が変わる。何か、聞いてはいけないことを聞いた様な表情の彼女は、震える声でちひろに尋ねる。

 

「私が……謙哉のドライバーを持ってる? それ、誰から聞いたの……?」

 

「え……? ち、違うのか? だって天空橋博士が言ってたんだぜ!? お前が、ドライバーを持ってるって……そのまま仮眠に就いちまったから、《狂化》のカードの研究は後回しにするって! そう言ってて!」

 

「そんな……なん、で? どうし……っっ!?」

 

 ちひろの言葉に我を失った玲は、何故天空橋がそんな事を言ったのかを茫然としたまま考え、そして……ある可能性に行き当たった。

 その可能性に気が付いてしまえば、次々とそれを補強する事実が浮かび上がって来る。そうだ、謙哉が部屋からいなくなったのならば、()()がそれを見ていないとおかしい。

 

「み、水無月……?」

 

 ふらふらとした夢遊病者の様な足取りで歩き出した玲は、ちひろの呼び止めにも振り返らず足を進める。向かう先は謙哉がいたはずの病室……その部屋の扉を開けた玲は、中に集まっていた友人たちの中に探し人の顔を見つけて彼女へと近寄った。

 

「どうして、よ……?」

 

 それは恨みか、怒りか……詳しい感情は玲にも分からなかった。ただ、何故そんな事をしたのかと言う疑問だけが彼女を突き動かしていた。

 

「どうしてよ……!?」

 

 驚く葉月ややよいをよそに、玲はその人物の胸倉を掴むとそのまま壁へと叩き付けた。一同が突然の出来事に驚く中、玲は悲痛な声で叫んで彼女を問い詰めた。

 

「どうして謙哉を逃がしたのよ……? 答えなさいよ、美又っっ!!」

 

 目の前に居る真美の目を睨む玲は、激情のままに叫んでいた。普段感情を表に出すことが少ない彼女のその様子に驚く葉月達であったが、一足早く落ち着きを取り戻したやよいが玲を真美から引き剥がす様に組み付いて玲へと尋ねる。

 

「ま、待ってよ玲ちゃん! 真美ちゃんが謙哉さんを逃がしたってどう言う事!? 何かの勘違いじゃ無いの!?」

 

「そ、そうだよ! 真美っちが少し目を離した隙に謙哉っちがいなくなってたって話だし、そこを責めるのは流石に可哀想だよ! 玲も動揺しているんだろうけど、少し落ち着いて――」

 

「……なら、謙哉のギアドライバーを見せてよ。あなたが私から預かった、謙哉のギアドライバーを! ここで私たちに見せてよ!」

 

「え……?」

 

 玲の叫びを耳にしたやよいたちは、自分たちの知る情報と違う事を言う玲の言葉に耳を疑った。

 真美の話では、謙哉のドライバーは玲が預かっていたはずだ。だが、当の玲は真美にドライバーを預けたと言っている。これは明らかに矛盾していた。

 

「出して見せなさいよ……謙哉のドライバーを持っているのはあなたの筈でしょう? でもあなたは皆に嘘を付いた……それは、今あなたが謙哉のドライバーを持っていない証拠じゃない!」

 

「……ふふふ、バレちゃったわね。まあ、しょうがないか」

 

「ま、真美ちゃん……?」

 

 玲の追及を受けて雰囲気を変えた真美は、妖しい笑みを浮かべながら体を震わせていた。変貌した彼女の様子に誰もが言葉を失う中、玲は彼女を掴む手に力を込めてなおも叫ぶ。

 

「最初からそのつもりだったのね! 狂化のカードが入ったままのドライバーを謙哉に渡して、そのままあいつを逃がして……そのつもりで、私を謙哉の傍から引き離したのね!?」

 

「そうよ……! だってしょうがないじゃない! この窮地を乗り切る為には、アイツの力が必要なのよ!」

 

 開き直り、玲を跳ね退けた真美は、自分を見つめる仲間たちに向けて主張を始める。罪悪感を感じている様子ではあったが、それ以上の使命感が彼女を突き動かしていた。

 

「今、私たちの中にはまともに戦える戦力は無い! 全員が傷ついて、下手をすれば全滅してしまう……なら、あの力に賭けるしか無いじゃない! 狂化のカードを使った虎牙がエックスを倒す事に賭けるしかないじゃないのよ!」

 

「ふざけないで! そんな事をしたら謙哉が死んでしまうのよ!? 謙哉を死なせる様な真似をして、何を開き直っているのよ!」

 

「……それの何が悪いのよ?」

 

「は……!?」

 

 玲には真美の言葉の意味が分からなかった。それは玲だけでなく、他の仲間たちもそうだった。謙哉の命を犠牲にしようとしている真美は、それを肯定する様な事を口にしているのだ。それを理解出来るはずも無い。

 だが……真美は、狂ったような表情を浮かべると、まくし立てる様な口調で叫び、言った。

 

「アイツ一人の命で全てが救われるのよ……? エックスを倒さなくとも、深手を負わせてくれるだけで良い! アイツが時間を稼いでくれれば、私たちはもう一度体勢を立て直せるの!」

 

「な、に、言って……?」

 

「私はねぇ! ……私は、光牙を勇者にしなきゃいけないの。勇者になれる素質を持つ光牙を、導かなきゃいけないの! ……そんな私にとって、光牙以外の人間なんてゲームのモブキャラと同じよ。水無月……勇者とモブキャラ、あなたならどっちの命を取る?」

 

「ふっ……ふざけないでっっ!!」

 

 病室に乾いた音が響く。振りかぶった右手で真美の頬を叩き、床に崩れ落ちた彼女の姿を見つめる玲は、荒い呼吸を繰り返しながら涙を零していた。

 仲間に裏切られた悲しみと裏切った仲間への怒りの感情が入り混じったその涙が床に零れ落ちる。誰もが何一つとして言葉を発せない中、蹲ったままの真美は静かに口を開いた。

 

「……あなたには悪いと思ってるわ。あなたが虎牙に想いを寄せてるのは知ってる……あなたの好きな人を利用してごめんなさいね」

 

「~~~っっ!!」

 

 挑発にも等しい真美の言葉を受けた玲がもう一度腕を振り上げる。しかし、彼女はその手を振り下ろす事はしないままだらりと腕を垂らした。

 

「……もう、何も言わないで……! 私はアイツを犠牲になんかさせやしない、今から謙哉を探しに行くわ」

 

「……そう。なら、ギアドライバーの信号を辿ると良いわ。あなたが虎牙を見つける前に敵が襲って来ないと良いわね」

 

 またも挑発の様な言葉を投げかけて来た真美に対し、玲は握り締めた拳を震わせて怒りの感情を見せる。湧き上がる感情のまま、つかつかと真美に歩み寄った玲は、彼女を引き起こすと真っすぐにその瞳を見つめながら言った。

 

「……それが、あなたの勇者様への献身って訳ね? 勇者様の為なら他の誰だって犠牲にする……その覚悟は素晴らしい物かもしれないわ。でも私はあなたを認めない。そんなやり方で作り出された勇者なんて、絶対に認めない!」

 

「なら……あなたの献身を見せてみてよ。あなたのやり方で、虎牙を守ってみれば良いじゃない」

 

「言われなくてもそのつもりよ……もう一度言うわ、私はあなたたちを絶対に認めない。あなたも、あなたを傍に置いて信用してる白峯もね……!」

 

 床に崩れ落ちたままの真美にそう吐き捨て、玲は病室から去って行く。絶対に謙哉を見つけ出し、止めて見せると覚悟を固める彼女の目には、涙が滲んでいたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「げふっ……! ごほっ! ごほっ……!」

 

 大量の薬を一気に飲み干して体調を整えた謙哉は、呼吸を整えながら遠くの空を見た。そして、胸に湧き上がる罪悪感に声を詰まらせながらも呟く。

 

「ごめん、勇……ごめん、皆……ごめん、水無月さん……」

 

 きっと仲間たちは自分を心配しているのだろう。だが、それでも自分がやらなければならなかった。

 今、皆を守れるのは自分だけだ。自分が命を懸けてエックスを倒さなければ、皆の命が危険に晒されてしまうのだ。

 だから戦うしかない。あのまま病院に居ては戦う事を止められてしまう。だから逃げ出すしか無かった。皆を守る為に、自分はこうするしか無かった。

 

「絶対に守るんだ……! 大切な友達を、皆を……君の、事を……!」

 

 脳裏に浮かぶのは大切な人たちの姿。最後に映し出されたのは玲の笑顔。朦朧とした意識の中でも、謙哉はそれを守りたいと願っていた。

 痛みが響く胸をぐっと抑え、敵の反応を見逃さぬ様にゲームギアの画面を見つめ続けながら、謙哉は一人命を捨てる覚悟を固めつつあった。

 

 

 




――誰かがゲームオーバーになるまで、あと僅か……



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サヨナラ、謙哉

 

「クソッ! このタイミングでかよっ!?」

 

「勇っち、急ごう!」

 

 苛立ちを募らせた言葉を吐きながら、勇は仲間たちと走っていた。ゲームギアの画面が表示している敵の出現地帯まではまだ遠く、大分時間がかかってしまいそうだ。

 それでも一秒でも早く敵の元に向かおうとする勇たちの脳裏に浮かぶのは、未だ行方不明なままの謙哉の姿だった。

 

「謙哉さん、間違いなくこの場所に向かうはずです! 私たちが先回り出来れば……」

 

「謙哉を戦わせなくて済む! 身柄も確保して、病院に連れ戻す事もな!」

 

「玲も絶対に向かってるよ! アタシたちも急ごう!」

 

 決してタイミングが良いとは言えないが、敵が出現したのであれば謙哉もここに向かうだろう。勇たちが謙哉よりも早く出現地帯に辿り着ければ、彼が戦う事を阻止出来るはずだ。

 ギリギリの体で戦おうとしている謙哉に無理はさせられない。このままでは彼の命が危ういのだ、自分たちの体も疲弊しているがそれでも彼よりもましな筈だ。

 

「待ってろよ、謙哉……!絶対に無茶すんじゃねえぞ!」

 

 遠くに居る親友に届かぬ言葉を呟きながら、勇は懸命に走り続けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「~~~♪ ~~~♪」

 

 曇天の下、誰も居ない広場の中央で上機嫌に鼻歌を歌い、エックスはその時を待ち続けていた。長きに渡って実行し続けて来た自分の策が今、実りの時を迎えようとしている……その事を思えば、彼の機嫌が良くなるのも当然の事だろう。

 狂化したオールドラゴンの力を持つ謙哉のデータを得ることが出来れば、もう自分の勝利は決まった様なものだ。他の魔王や仮面ライダーも敵では無くなる。自分が世界の王となる日が、もうすぐそこにまでやって来ているのだ。

 

「~~~♪ ……お、来たね」

 

 笑みを浮かべ、想像に浸っていたエックスは、背後に気配を感じて振り返る。視線の先には、決死の形相を浮かべた謙哉が立っていた。

 

「待っていたよ……! さあ、早速始めようじゃあないか!」

 

「………!」

 

 エックスの言葉に謙哉は何も答えない。ただドライバーを構え、カードを取り出すと言う行動で返事をした。

 謙哉が自分との戦いに臨む姿勢を見せたことにほくそ笑んだエックスは、自分もまた全身から魔力を漲らせて構えを取る。黒く淀んだ悪のオーラを纏うエックスを睨みつけながら、謙哉は手にしたカードをドライバーへとリードした。

 

狂化(バーサーク)……!>

 

「変、身……ッッ!!」

 

 最初に<狂化>のカードを、次いで<サンダードラゴン>のカードをドライバーに通し、その力を身に纏う。バチバチと弾ける黒雷が全身を駆け巡る痛みに呻いた謙哉は、目を大きく開くと同時に咆哮を上げた。

 

「グアァァァァァァァァァァッッ!!」

 

<RISE UP! ALL DRAGON……!!>

 

 湧き上がる激情が謙哉の理性を奪う。憎悪、憤怒、そして狂気……それらの感情に包まれた謙哉の心は、一瞬にして思考を捨て去った。

 

「グガ……ガァァァァァァァァァァァッッ!」 

 

 謙哉はもう何も考えていなかった。ただ目に映る物全てを破壊し、打ち倒す事と言う思いだけが心を支配していた。

 その本能に刺激されて脳内から大量に分泌されたアドレナリンが全身の痛みを忘れさせ、軋む謙哉の体を強引に動く様にする。

 

<必殺技発動 タイラントスイング!>

 

「うおぉっ!?」

 

 謙哉の初動はいきなりの大技だった。力を蓄えた尾をしならせ、大きく横薙ぎに払ってエックスの体を跳ね飛ばす。その一撃を先の戦いと同様に結界で何とか防いだエックスであったが、衝撃を完全に殺す事は叶わず、脇腹を叩かれる痛みに僅かに呻き声を漏らした。

 

「グガァァァァァァァァッッ!!」

 

 大技を出した後の隙を強引に掻き消し、翼をはためかせて謙哉が飛翔する。全身の負荷を無視して行われたその行動は謙哉の体の筋肉や骨に甚大なダメージを与えているが、それでも彼は感じる痛みに攻撃を止める事はせず、無謀な突貫を続けた。

 

「あんまり、調子に乗らないでよねっ!!」

 

 真っ向から突っ込んで来る謙哉の姿を見たエックスが苦々し気に言葉を吐き捨てる。無数の魔法弾を作り出し、それを謙哉目掛けて乱射しながら、エックスは横滑りに動いて謙哉を翻弄する。

 

「ギギギギギギィィィッッ!!」

 

 直撃、そして爆発……全身で炸裂する爆発の威力に謙哉が叫びを上げる。だが、それでも狂気に支配される彼は、その痛みを瞬時に忘れ去って牙を剥いて吠えた。

 前へ、ただ前へ……横方向に逃げるエックスに謙哉が追い縋る。流石のエックスもダメージを無視して突っ込んで来る謙哉の姿には恐怖を禁じえなかった。

 

「まったく……予想以上の化け物を作り出しちゃったみたいだなぁっ!!」

 

 もうすぐそこまで迫った謙哉の体を作り出した魔力の鞭で薙ぐ。横っ面を叩く様に繰り出されたその一撃は、盾として突き出された巨大な鉤爪に防がれて不発に終わった。

 

「っっ!?!?」

 

<必殺技発動 ギガントクロースラスト!>

 

「ギィャオォォォォォォォォォッッ!!」

 

 光る爪を振り上げ、獣の如し唸りを響かせ、謙哉が必殺技を繰り出す。咄嗟に手にしている杖で謙哉の巨大な爪を防ぐエックスであったが、そんな物で今の謙哉は止まるはずも無い。

 

「ぐぅぅぅぅぅっっ!?!?」

 

 体を斬り裂かれる痛みと電撃によって傷口を焼かれる痛み、その二つの痛みを感じたエックスから初めて余裕が消える。地に膝を付き、受けた必殺技のダメージに身動き出来なくなっているエックスを見た謙哉は、今が正気とばかりに追撃を繰り出そうとするが――

 

「ガガァァァッッ!?」

 

 謙哉がもう一度爪を振り上げた瞬間、彼の体に激しい痛みが走った。狂気によって抑えられていた痛覚がその役目を発揮し、堪らず謙哉は数歩後退ってしまう。

 

「ははは……! どうやら君の体は限界が近いみたいだね? まあ、<狂化>のカードの連続使用に加えて既にボロボロの体だ、そうなるのもあたりまえだよね」

 

「ガ、ハッ……グルォォォォォォォッッ!!」

 

 オールドラゴンの反動、狂化のカードの副作用、傷つき切った体……それらすべてのバッドコンディションを受け入れた上で戦う謙哉は、もう限界だった。狂化のカードが痛みを誤魔化せなくなる程に、彼の体は疲弊しきっていたのだ。

 痛みに眼が霞み、口からは微量の血が噴き出す。関節が、骨が、筋肉が、謙哉の全身の組織全てが悲鳴を上げていた。

 だがそれでも謙哉は止まらない。湧き上がる闘争本能に突き動かされる彼は、体にかかる負担を無視して更に大技を繰り出す。

 

「ガァァァァァァァァァァァァァッッ!」

 

<必殺技発動 グランドサンダーブレス>

 

「!?!?!?」

 

 既に限界だと思っていた謙哉が雄叫びを上げ、強烈な雷の奔流を放ったことに反応しきれなかったエックスはその光に成す術なく飲まれた。全身を焦がし、痺れさせる雷の衝撃に歯を食いしばり、その痛みに耐える。

 背後にあった壁に叩き付けられ、嗚咽にも近しい吐息を吐く羽目になったエックスは、視線の先でボロボロになっている謙哉を見て怒りと悦びの混じり合った複雑な感情を抱いていた。自分をここまで追い詰めた男への憎しみと、そんな彼を作り出した自分の策略に自画自賛を送っているのだ。

 

「は、ははははははっっ! 良いぞ! 君はボクの想像以上の存在だっ! 戦えば戦う程に強くなる! 君のデータを手に入れれば、ボクは二つの世界の王になれる!」

 

「ガオォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!」

 

 エックスから受けた賛辞の言葉は謙哉自身の咆哮によって掻き消された。言葉など必要なく、自分の前に立ちはだかる者は全て破壊の対象だと言わんばかりの謙哉の叫びにエックスは更に満足気な表情を見せる。

 謙哉の攻撃を受け続けたエックスと数々のカードの副作用によって多大な負担を体に掛けている謙哉。もう、二人の体は限界が近かった。このまま長々と戦い続ける事は、両者ともに不可能であった。

 

「オォォォォォォォ……ッッ!」

 

<超必殺技発動 バーサークドラゴン・レイジバースト>

 

 戦場に低い電子音声が響く。それと同時に謙哉の体が黒く禍々しいオーラに包まれる。今、自分の持つ全てを吐き出しての最強の一撃を繰り出そうとする謙哉は、己の命すらも捨て駒としてこの戦いに終止符を打とうとしていた。

 徐々に力を増す謙哉の波動……それを見たエックスもゴクリと喉を鳴らすと、杖を構えて真剣な表情で呟く。

 

「……ああ、良いとも。乗ってあげるよ、全力の勝負って奴にさ……! ボクが君を殺すか、君がボクを殺すか、その勝負をしようじゃないか!」

 

<超必殺技発動 カオス・クライシス>

 

 必殺技を発動させたエックスの周囲に黒い淀みが現れる。まるで沼の様に広がっていたそれらは、段々と収束するとブラックホールの様な物体となった。

 エックスが杖を振るえば、ブラックホールはその動きに合わせて移動する。自分の頭上に作り出した必殺技を構えたエックスは、小さな笑みを浮かべると共にそれを謙哉目掛けて解き放った。

 

「これでゲームオーバーだっっ!!」

 

「ゴォォォォォォォォッッ!!」

 

 黒く弾ける雷光と全ての光を飲み込む暗黒。二つの強大な力がぶつかり合い、激しい火花を散らそうとしている。

 謙哉の目には、エックスの放った必殺技がスローモーションで見えていた。自分の全てを解き放ち、この一撃を破って勝利を得る……いや、敵を叩き潰すと本能で決めた謙哉は、一歩足を前に進ませる。

 あと数メートル、すぐそこの距離までエックスの必殺技は迫っていた。自分も繰り出すのだ、自分の全てを込めた最強の一撃を……!!

 

「グルォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!」

 

 狂気の咆哮を上げ、迫る暗黒に爪を突き立てるべく腕を突き出す謙哉。巨大なブラックホールは彼の全身を包み、そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初に謙哉が感じたのは、()()()()()()()()()()()と言う感想だった。魔王の必殺技を真正面から受けたにしてはダメージが少なく、案外軽微な損害であったと拍子抜けしてしまった。

 もしかしたら痛みの感覚が麻痺しているだけなのではないかと考えた謙哉であったが、それならそれで好都合だとばかりに黒い稲光を纏っている右爪を前に突き出してエックスへと突貫しようとする。しかし、その動きは実行に移される事は無かった。

 

「………?」

 

 何故か、体が動かないのだ。まだ自分は戦えるのに、動くことが出来る筈なのに、言う事を聞いてくれないのだ。

 どうしてそうなっているのかわからない謙哉であったが、徐々に麻痺していた感覚が戻って来ると共に一つの事実に気が付く。それは、()()()()()()()()()()()()()()()と言う事だった。

 

「ねえ、謙哉……少しだけ私の話を聞いて……! ほんの少し、それだけで良いの……それだけで、十分だから……」

 

 自分を抱き締める()()が声を発する。思考が狂気に染まっている今の謙哉には言葉の意味は分からなかったが、その声が聞き覚えのある物である事は感じ取っていた。

 何か……何か、大切な事を忘れている気がする……そんな不安を感じた謙哉の耳に、優しい女性の声が響く。

 

「……あなたって、本当に馬鹿。誰かの為に一生懸命で、利用される位にお人好しで……でも、そんなあなただからこそ、私は信頼出来たんだと思う。あなたのお陰で、少しの間だけだけど私は普通の女の子に戻ることが出来たわ」

 

 温かい声だった。寂しい声だった。聞いていると落ち着いて、なのに今は不安になって……この声が、謙哉の心を搔き乱す。この声が何なのかを思い出さなければならないと言う気持ちにさせる。

 

「ホントはね、もっと沢山言いたいことがあるの。ありがとうだとか、大馬鹿だとか、色んな事を言いたい……でもそんな時間は無さそうだから、一番伝えたい事を言わせて貰うわ」

 

 少しずつ、少しずつ……暗闇に包まれていた謙哉の視界が戻って来る。光を取り戻しつつある彼がまず目にしたのは、青い光の粒だった。

 

「グ……あ……?」

 

 その光を目にした謙哉は、自分が失っていた大切な物が戻って来ることを感じていた。まだ不完全で、何もかもが足りなくて……それでも、最後の一歩を踏み出さなくて済んだことだけは、なんとなくわかった。

 そして理解する。自分を抱き締めるこの人物は、自分の事を守ろうとしてくれたのだと……そこまでを理解した謙哉の耳に、彼女の声が響いた。

 

「……私、あなたのことが大好き! ドジで、鈍くて、お人好しの馬鹿で……温かくって優しい、あなたのことが好きよ。女の子として、あなたのことを好きになれて良かった……!」

 

「う、ぅ……!?」

 

 真っすぐな思い。隠す事もせず、はっきりと謙哉に向けられた胸の内の本心……それを耳にした謙哉は、全身に温もりと感覚が戻って来ることを感じていた。

 

「あ、あ……!」

 

「……だからお願い、死なないで……! あなたが皆を守りたいって思う様に、皆もあなたを守りたいって思ってる。その人たちを悲しませないであげて。それが……私からの最後のお願いよ」

 

「み、な、づき、さ……?」

 

 抱き締められる温もりが、耳にする声が、誰のものであるかにようやく謙哉は気が付いた。顔を上げれば、すぐ近くには大切に思う女性(ひと)がいた。だが……

 

「!!??」

 

 謙哉が目にした玲の体は、徐々に光の粒に還っていた。まるでエネミーが消え去る時の様な光景を目にする謙哉は、茫然とした表情で玲を見つめる。

 何か、恐ろしい事が起きている……胸騒ぎを感じる謙哉が目を見開くと同時に、玲はふっと表情を綻ばせた。

 

 それはとても悲しい表情で、無理して笑おうとしている様な悲痛な表情で……それでいて、美しい表情だった。

 涙を零し、それでも笑う玲の体が離れて行く。咄嗟に手を伸ばした謙哉の耳に彼女の悲しい別れの言葉が届く。

 

「サヨナラ、謙哉」

 

 その言葉を耳にした瞬間、謙哉の目の前で蒼い光が弾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みな、づき、さん……? どこに、行ったの……? 水無月さん……?」

 

 正気を取り戻した謙哉は、ついさっきまで確かに自分の目の前に居たはずの玲の名を呼んで周囲を見回した。震える声で彼女を呼び、その姿を探し続ける謙哉の顔色は真っ青で、悪夢を見ている様な表情だった。

 

「どこ? 水無月さん……!? 水無月、さん……?」

 

 何かの間違いだと思いたかった。今見た光景は、ただの夢だと思いたかった。だから謙哉は必死に玲の姿を探す。いつも通り、自分に発破をかけてくれる優しい彼女の姿を探し続ける。

 一歩、二歩……よろめく足で前に進んだ謙哉は、何かを踏みつけた事を感じて視線を下に向けた。そして、自分の右足の下にある物を見つめて声にならない声を漏らす。

 

「ぁ、ぁ……?」

 

 自分が踏みつけたもの、それはギアドライバーだった。ホルスターから飛び出しているのは<ファラ>のカードと射撃用に使うカードばかりで、それが玲の物であるなんてことはすぐに分かった。ここに玲のドライバーがある。なら、その持ち主は何処に行ってしまったのだろうか……? 

 何かを予感し、震え始める謙哉がドライバーの画面を見つめた時、それを待っていたかの様にドライバーから電子音声が発せられた。

 

<GAME OVER>

 

「は、ぁ……? ぁぁ、ぁ……?」

 

 聞こえた言葉の意味を理解することを脳が拒む。認めたくないと、そう謙哉の意思が叫ぶ。

 だが、現実は非情で、謙哉の周囲でその現実を認めなければならない出来事が次々と起こってしまう。

 

「玲……? れぇぇぇいいっっ!!」

 

 空気を裂いて響いた声に顔を上げれば、葉月とやよい、そして勇が血相を変えて自分の下に走って来る様子が見て取れた。ほんの数秒で自分のすぐ近くに来た三人は、瞳に涙を浮かべて次々と叫びを上げる。

 

「エックス……! てめえ、よくも水無月をっっ!!」

 

「いやだよ……こんなお別れ、嫌だよ……! 玲ちゃぁんっ!!」

 

 勇と葉月はエックスへの怒りを露にし、やよいは悲しみに満ちた表情でその場に崩れ落ちた。仲間たちのその反応で、謙哉は何が起きたのかを完全に理解する。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと……

 

「……そだ……うそ、だ……」

 

 認めたく無かった。認められるはずが無かった。こんな現実を認めて良い筈が無かった。

 だが、仲間たちの涙が、自分の胸を突く激しい痛みが、これが現実だと知らしめている……謙哉は地面に落ちている玲のドライバーの前で崩れ落ち、ただ首を振って現実を拒否していた。

 

「こんな、こんなの……こんなの、嘘だぁ……!」

 

 守りたかっただけだった。自分が傷ついて、苦しんだとしても、ただ守りたいと願っただけだった。自分はこんな結末を望んではいなかった。

 誰もが涙するこんな結末を、望んでなどいなかったのに。なのに……それは訪れてしまったのだ。

 

 後悔、怒り、懺悔、憤怒……狂気に彩られていた時よりもどす黒い感情が謙哉の中に溢れ、ぐちゃぐちゃに混じり合う。その全てを飲み込み切れるはずも無い謙哉は、この非情な結末を認められないまま叫びを上げることしか出来なかった。

 

「こんな、こんなの、嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 涙に濡れ、崩れ落ちる謙哉。しかし、その背中を叩いて励ましてくれる女性の声は、響くことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水無月玲 ゲームオーバー

 

 






「……ありがとう、悠子ちゃん! これでお兄ちゃんたちを助けられるよ!」

「ううん! 私のお小遣いが役に立って良かった! 海里ちゃん、謙哉お兄ちゃんと玲おねえちゃんをよろしくね!」

「うん!」

 一軒のカードショップの前で握手を交わす二人の少女がいた。一人の少女は病院に入院している兄の手助けになる様にとカードパックを購入し、もう一人の少女はかつて助けて貰った青年の妹に自分のお小遣いをカンパした所だ。
 少女たちの名は海里と悠子……今、とんでもない悲劇が起きている事を知らないでいるいたいけな少女たちだ。

「……私、お父さんたちの所に行かなきゃ。エネミーが来るから、非難するんだって……」

「私もお兄ちゃんのお見舞いに行ったらすぐにおばあちゃんたちと非難するよ! 悠子ちゃん、元気でね!」

「海里ちゃんも気を付けてね!」

 手を振って別れの挨拶を交わした二人は、それぞれ家族が待つ場所へと駆け出して行った。海里は今買ったばかりのディスティニーカードのパックを強く握り締め、戦いを続けている兄の事を思い浮かべる。

(大丈夫だよね、お兄ちゃん……玲お姉ちゃんも元気だよね……?)

 父が運転する車に飛び乗り、曇天の空を眺める彼女は兄とその相棒へと届かぬ思いを胸にする。海里の小さな胸は、不安で張り裂けそうになっていた。









 思い出して欲しい事がある。それは、()()()()()()()()()()()()()()()と言う事だ。大きなうねりを見せる運命は、人の思いなど簡単に飲み込んで物語を紡ぎ続ける。
 だが、忘れないで欲しい……運命は絶対に変えられると言う事を……! 人が諦めなければ、その機会は必ずやって来ると言う事を。

 運命のバトンは繋がっている。本来あり得なかった未来を紡いでいる。なら、まだ諦めるには早いのだ。

 一見、何も変わっていない様に見える現実。だが、確かな爪痕がそこには刻まれている。諦めない人の意思が作り出す奇跡は、その光を段々と強めている。

 君が立ち上がると言うのなら、諦めないと言うのなら、君はきっと奇跡を起こせる。彼女が変えた筋書きが、白紙の未来を作り出したのだ。

 ……立て、そして立ち向かえ。ここからの物語を描くのは、他の誰でもないのだから。

 その胸に勇気を、心に愛を、そして……決して折れぬ不屈の意思と汚れぬ誇りを持て。それが鍵となる。
 
 決して諦めるな。君の望む奇跡は、自分の手で創り出すと吼えろ!
















「ここからは、僕の創る物語だ」


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守りたかったもの、その為に

 

「う……」

 

「……目を覚ましたか」

 

 短い呻き声を漏らし、体を起こした謙哉は、自分が病室のベッドの上に寝ている事に気が付いた。

 同時に自分のすぐ近くから聞こえて来た声が親友の物であると言う事にも気が付いた謙哉は、周囲を見回して自分を心配そうに見つめる仲間たちの顔を一人一人確認する。

 

 親友の勇、彼に付きそう葉月とやよい、この部屋に居るのは、その三人だけだった。

 そう……()()は、この場には居なかった。

 

「う、あ……!」

 

 脳裏に蘇ったその光景に謙哉は嗚咽を漏らす。出来ることならば、夢であって欲しかった。しかし、あれは紛れも無い現実だった。

 

 玲が消えた、ゲームオーバーになった。自分を守る為、エックスの必殺技を受けていなくなってしまった……その事実を再び認識した謙哉は、拳を握り締めるとベッドから立ち上がって病室の外へと出て行こうとする。

 

「おい! 何処に行くつもりだ、謙哉!」

 

「決まってるだろう! 水無月さんを助けに行くんだよ! まだ、彼女は生きてる……! エックスを倒して、水無月さんを救い出すんだ!」

 

「何言ってやがる! その体で無茶出来る訳ないだろ!」

 

「それでもやらきゃいけないんだよ! ……《狂化》のカードを使えば体の疲労や負傷は無視出来る。そうすれば、エックスだって倒せるはずだ! もし僕が負けたとしても、手傷を負ったエックスに勇たちがトドメを刺してくれればそれで――がっっ!?」

 

 ドライバーを握り締め、ホルスターの中に仕舞われていた《狂化》のカードを握り締めながら呟いた謙哉は、突然に自分を襲った衝撃に呻きを上げて床に崩れ落ちた。

 頬に走った衝撃は鈍く、重い物だった。口元に血を滲ませる謙哉は、肩で呼吸をしながら自分を見下ろす勇へと視線を向ける。

 

「勇、何を……?」

 

「何を、だと……? それはこっちの台詞だ! お前は何を考えてやがるんだ!? まだ自分の命を軽視するつもりか!?」

 

 激高した勇は謙哉の胸倉を掴むと、そのまま病室の壁へと彼を叩き付けた。

 怒りに染まった表情を浮かべる勇は、僅かに涙を浮かべながら謙哉へと吼える。

 

「何の為に水無月がお前を庇ったのか分からねえのか? お前は……水無月の最期の言葉を聞いてなかったって言うのかよ!?」

 

「っっ……!!」

 

 謙哉の頭の中でもう一度あの光景が蘇った。玲が消え去る寸前、彼女が浮かべた悲しい笑顔が記憶の中で何度も繰り返される。

 玲は謙哉に言った、「死なないでくれ」と……自分の命を大事にして、生きてくれと願っていた。

 その為に彼女は消えた。玲は、命を懸けて謙哉を守ったのだ。

 

「……わかってるさ、そんな事……! でも、だからこそ……僕が、戦うしかないんじゃないか! 僕が勝たなきゃならないんじゃないか! 水無月さんがまだ生きている内に、僕がっ!」

 

 悲しみと後悔を感じさせる謙哉の叫びを耳にした勇は表情をしかませ、彼の胸中を想像した。

 謙哉が今、どんな気持ちでいるかが分からない訳では無い。しかし、だからと言って無理をさせる訳にもいかない。

 

 だが、謙哉が戦いたいと言う理由も十分に理解出来る勇は、あの後に起きた出来事について思い返し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「水無月さん……? あ、あ……あぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 玲のドライバーを抱き締めて泣きじゃくった謙哉は、目の前で消え去った玲の名を悲痛な声で叫ぶ。しかし、その声に返答は無く、代わりにエックスの嘲笑う様な声が響いた。

 

「あっはっは! これはやられたなぁ! まさか君じゃなく、お姫様の方を捕まえちゃうなんてね」

 

「捕まえる……? どう言う意味だ!?」

 

 倒す、では無く()()()()、と言う表現をしたエックスの言葉に疑問を抱いた勇は、強い口調で彼を詰問した。

 エックスは、勇の質問に口元を歪ませて笑みを作ると、自身の手に持つ杖をトントンと叩く。

 

「ああ、見て貰った方が早いでしょ。つまり、こう言う事だよ」

 

 エックスの手にした杖、それに飾り付けられている宝玉が光り出す。空に真っすぐに伸びた光は、まるで映写機の様に一つの光景を映し出した。

 

 光の中には茨に囲まれた十字架が映り、そこには一人の人間が磔になっていた。その人物の顔を見た葉月が、驚きに口元を抑えながら叫ぶ。

 

「玲っっ!!?」

 

 そう、そこに映し出されていたのは玲であった。たった今、ゲームオーバーになったばかりの彼女が映し出される謎の映像を見る面々が驚きに言葉を失っていると――

 

「彼女のデータはね、この宝玉の中に閉じ込められているんだ。消え去った様に見えたけど、データとなって分解した後、この中に吸い込まれたって訳。つまり……()()()()()()()()()()、この宝玉の中でね」

 

「玲ちゃんが、生きてる……? そこに、玲ちゃんが居るの……?」

 

「ああ、その通りだよ! ……そして、ここまで来れば話は早いんじゃないかな?」

 

 空中に映し出されていた玲の映像を消滅させたエックスが両腕を大きく開いて高笑いを上げる。彼の背後には稲妻が走り、堂々たる悪のボスとしての風格を演出していた。

 

「彼女を助けたければボクを倒すしかない! ボクを倒してこの杖を破壊することで、彼女は人としての形を取り戻す事が出来る! でも、あんまり時間は無いよ? なにせボクは飽き性でね、長々とデータを保存しておくつもりは無いんだ。あんまり時間が経っちゃうと……彼女のデータを異形の化け物の姿に変えちゃうかもね」

 

「そんな事……! そんな事、絶対にさせない!」

 

 エックスの恐ろしい台詞を聞いた葉月は、親友を彼の好きにさせるものかと強い意思を持ってそう叫んだ。

 それは勇もやよいも同じで、全員が玲を取り戻す為にエックスに戦いを挑もうとする。

 

 しかし、それよりも早く動いた謙哉は、おぼつかない足取りながらもエックスへと駆け出し、半狂乱になって叫びつつ殴り掛かった。

 

「返せ……! 水無月さんを、返せぇぇぇぇっっ!!」

 

「そうそう、それで良いんだよ……! その必死さが、ボクの脚本を更に素晴らしい物にする。だからね、ここで決着をつけるのは良く無いんだ」

 

 変身もせずに自分に殴りかかって来た謙哉を軽くいなしたエックスは、杖の先端から光弾を作り出すと謙哉に向けて発射した。

 吸い込まれる様に謙哉の体に直撃した光弾は大きく弾け、その衝撃に吹き飛ばされた謙哉は地べたを転がって動かなくなってしまう。

 

「謙哉っっ!?」

 

「……ここは決戦の地には相応しくない。ボクの城においでよ。そこで最終決戦と行こう……これが、ボクの城に続くゲートの鍵さ」

 

 数枚のカードを作り出したエックスは、それを勇たちに向けて飛ばすとマントを翻して姿を消してしまった。

 高笑いを残し、玲のデータを連れて本拠地へと撤退したエックスを止められなかった事を悔しがりつつも、勇たちは気を失った謙哉を病院に担ぎ込み、今の状況に至ったと言う訳だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エックスに勝つには《狂化》のカードを使うしか無いんだ! それ以外にアイツに勝つ方法なんて無いんだよ!」

 

「そんな事わからねえだろ! それに、それしか方法が無かったとしてもそんな事をさせられるかよ!」

 

「なら、勇は水無月さんを見捨てるって言うのかい!? 僕はそんなの嫌だ! 例え僕が死んだって、水無月さんは助け出してみせる!」

 

「まだんな事言ってんのか!? 少しは冷静になれよ!」

 

 病室では、勇と謙哉による激しい言い争いが続いていた。

 お互いに玲を助けたいと言う気持ちは一緒だが、自らの命を犠牲にしても玲を救おうとする謙哉に対して勇は苛立ちを隠せないでいる。彼に馬鹿な真似をさせるまいと必死に説得を続けるも、その話し合いはどう見ても言い争いにしかなっていない。

 

 怒鳴り合いにも近しい争いを続ける二人。険悪なムードが病室に漂う中、二人の声を引き裂く様な悲痛な叫びが響いた。

 

「もうやめてよ! 二人とも、もう喧嘩なんかしないでよっっ!!」

 

 涙が混じったその叫びにはっとした二人が顔を向ければ、そこには泣き顔になっている葉月とやよいの姿があった。

 双方ともに親友が消えたショックに打ちのめされた上、仲間たちが争う姿を見て傷ついているのだ。その事に気が付いた勇と謙哉は、バツが悪そうな表情になって言い争いをストップした。

 

「玲、ちゃんを助けたいって……そう、思う気持ちは、皆一緒です……でも、謙哉さん、今のあなたとは、一緒に戦う事は出来ません」

 

「えっ……!?」

 

 絞り出す様に紡がれたやよいの言葉を耳にした謙哉は、驚きのあまり目を見開く。

 やよいの言葉を肯定する様に口を開いた葉月の意見を聞いた時、その驚きは更に大きくなった。

 

「アタシもやよいと一緒……今の謙哉とは一緒に戦えない。どんなに強くっても、一緒に戦いたくない」

 

「何で……? 僕が居なきゃ、エックスとは戦えないじゃないか! 《狂化》とオールドラゴンの力が無きゃ、エックスに勝てるわけが――!」

 

「それでもだ。謙哉……これは俺たち全員の意思だ、お前はエックスとの決戦に連れて行かねえ。お前は待機してるんだ」

 

「っっ……!?」

 

 親友にまで自分を否定された謙哉は、衝撃のあまりその場に崩れ落ちた。そんな謙哉の事を辛そうな表情で見つめる三人であったが、部屋に入って来た天空橋を始めとする面々に気が付くと今後の作戦について話し始める。

 

「おっさん、エックスを倒せるカードってのは無いのか? アイツもおっさんの作ったゲームのキャラクターなんだろ? なら、弱点みたいなカードもあるんじゃないのか?」

 

「……あるにはあります。しかし、そのカードを勇さんたちが手にするのは、実質不可能なんです」

 

「実質不可能って? そのカードが存在してるなら、急いで探せば良いじゃん! お金にも糸目はつけないよ! 玲が救えるんだったら、それで――」

 

「違うんです! ……そのカードは、現在世界中に5枚程度しか存在していないレア中のレアカードなんですよ。今からその持ち主を探すのも、カードを見つけるのも、時間的に不可能なんです……」

 

「そんな……せっかくの希望が……」

 

 天空橋の回答を聞いたやよいが絶望的な声を漏らす。しかし、そんな暗い雰囲気を吹き飛ばす様な快活な言葉が病室内に響いた。

 

「ほなら、やっぱガチンコで勝負やな! 頭数は揃えたで!」

 

 景気の良いその声に振り向けば、扉の前で腕を組む光圀とちひろの姿があった。

 二人は、傷だらけの顔を綻ばせて笑顔を作りながらこの場に居る全員に告げる。

 

「三校の生徒たちの中で動ける奴は全員かき集めた。この数なら、エックスとだって戦えるはずだ!」

 

「仁科と大将はまだ動けんが……俺が一緒に行けば十分やろ?」

 

「光圀……お前、良いのか?」

 

「ったりまえやろ! 困った時は助け合うのが、友達ってもんやで!」

 

 勇の言葉にそう答えた光圀は、彼にヘッドロックをかけながら快活に言った。

 底抜けに明るい彼の態度に少し救われた気持ちになった勇は、エックスとの戦いに臨むべく残された戦力を把握し、戦い方を模索し始める。

 葉月達もまた一刻も早く出撃する為、自分たちを待つ仲間たちの元へと向かって行った。

 

「……謙哉さん、お気持ちは分かりますが、今のあなたに必要なのは休息です。水無月さんの事は私たちが何とかしますから、体を休めていてください」

 

 そうして人が居なくなり始めた病室で、最後まで残っていた天空橋は項垂れたままの謙哉にそう言葉を投げかけると自分もまた勇たちを追って部屋を出て行った。

 残された謙哉は一度立ち上がると、ベッドに腰かけて再びがっくりと項垂れる。

 

「水無月、さん……」

 

 自分を庇って消えた彼女の為に何もすることが出来ない。今の自分は、仲間たちに共に戦う事を拒否されてしまった。

 

 悔しかった、情けなかった、不甲斐ないと思った。一番大事な時に、何も出来ない自分が嫌で仕方が無かった。

 

「なんで、こうなっちゃったんだろう……?」

 

 ただ守りたかっただけなのに、大切な友達を守る為、自分は一生懸命戦っただけなのに……何故、こんな結末がやって来てしまったのだろうか?

 その疑問に答えてくれる者は一人もいない。親友も、友人も、大切に想う人も、今の謙哉の周りには誰も居てはくれない。

 

「………」

 

 虚ろな目をした謙哉は、ただ黙ったまま玲のドライバーを手に取る。そして、そのホルスターの中に仕舞われているカードを一枚一枚眺めながら、彼女との思い出に浸り始めた。

 

 玲が一番使う《ウェイブ》と《バレット》のカードを見て、初めて戦った時に喰らったコンボ技はとても痛かった事を思い出した。

 その後も何度か喰らったし、コンビを組む事を賭けた戦いの中でもその技を受けた。玲は毎回、謙哉の痛い場所を的確に狙っていたなと思い、僅かに口元を綻ばせる。

 

 マリンワールドで入手し、セクハラの代償として譲渡した《カノン》のカードを見つけた謙哉は、あの時は玲にしこたま叱られたなと懐かしい気持ちに浸った。

 夏の海で彼女と二人で話をする程まで関係を良好に出来るなんて考えもしなかった。そう思い、謙哉は玲との関係性を変化させたカードを見つけ出す。

 

 《キュアー》のカード。謙哉と協力し、悠子を救った時に使ったそのカードは、謙哉にとっても特別な物だった。

 親友との激突を経て自分の正義を見直した謙哉は、誰かを守る為の戦いを続ける事を誓った。あの日から、その思いが変わる事は無かった。

 自分の事をお人好しの甘ちゃんだと言っていた玲も、あの戦いから態度を軟化させてくれた。協力し、共に戦う事を素晴らしさを分かってくれたのだと、謙哉はそう思っていた。

 

「僕、は……」

 

 思い出すのは玲との思い出の一つ一つ。怒った顔、笑った顔、悔しそうな顔、自分を心配してくれた顔……短い間に作られた数々の思い出と共に、様々な玲の表情が謙哉の脳裏に思い浮かんでは消えて行く。

 

 二人でカードパックを買い、当たったカードを交換したあの日、玲はとても幸せそうな表情をしていた。楽しそうで、嬉しそうで、謙哉が今まで見たどんな表情よりも綺麗な笑顔だった。

 あの日から、自分には守りたい物がまた増えた。もしかしたらもっと前からそうだったのかもしれない。だが、はっきりと自覚したのはあの日だった。

 

「僕はただ……君を守りたかっただけなんだ……!」

 

 この笑顔を守れるならどんな苦しみだって受け入れられる、そう思っていた。

 

「僕は、君にあんな顔をさせたかったわけじゃ無いんだよ……」

 

 消える寸前に玲が浮かべていたあの悲しい笑顔は、謙哉の瞼に焼き付いて離れないままだ。

 自分は、玲にあんな表情をさせないために戦っていたはずなのに、それを果たす事は出来なかった。

 いや、玲だけじゃあ無い。勇にも、葉月にも、やよいにも……大切な友達皆に、笑っていて欲しかった。そう思っていたはずだった。

 

「僕は……何を間違えてしまったの? こんな結末、望んでなんかいなかったのに……!」

 

 自分に対する怒りを燃やす勇の表情。玲を失った悲しみに暮れる葉月とやよいの表情。それら全てが謙哉の胸を苦しめる。

 守りたかったはずの物を守れず、大切な物を失ってしまった。こんな悲劇、望んだ事は一度も無かったはずなのに。

 

「ごめん、水無月さん……本当にごめん……!」

 

 ぽたぽたと、玲のギアドライバーの画面に涙が落ちる。涙する謙哉を励まし、発破をかけてくれるはずのドライバーの持ち主は、今日は影も形も見えない。

 

 全ては自分の責任だと、謙哉は自分を責めた。深い悲しみに覆われる彼は、ひたすらに涙を流し続ける。

 

 その時――

 

『立ってくれ、謙哉。私一人では彼女を救えない』

 

「え……?」

 

 謙哉の耳が聞き慣れない声を捉えた。今まで聞いたことの無い、男性の声が部屋の中に響いたのだ。

 驚いて顔を上げた謙哉は、声の主を探して周囲を見回した。その時、タイミング良く扉が開き、部屋の中に一人の老婆が入って来た。

 

「あ……」

 

「目が覚めたのね、謙哉。話は全部聞いたわ」

 

 部屋に入って来た祖母、たまの姿を見た謙哉は口を開いたままの間抜けな表情で彼女を見つめていた。

 だが、たまはそんな謙哉の様子を無視したまま、部屋の中にあった椅子に座って話を始める。

 

「また、無茶をしたのね……死ぬかもしれないって言われるほど、危険な事をしてしまったのね」

 

「……ごめん、おばあちゃん」

 

「謝るのは、私にだけじゃあ無いでしょう? お父さんもお母さんも、陸も海里も皆心配してたのよ?」

 

「……うん」

 

 前に意識を失ってしまった時からあまり時が経っていないと言うのに、また同じ様な心配をかけてしまった。

 家族に対する申し訳なさに俯いた謙哉であったが、たまはそんな彼の前にカードパックを一つ差し出す。

 

「海里と悠子ちゃんって子からよ。前にあなたと玲ちゃんに助けられた子ですって」

 

「悠子ちゃんと海里が、これを……?」

 

「少しでも二人の力になりたいって、これを買ったみたい。二人ともあなたたちの事をとても心配してたわ」

 

「そう……」

 

 年の離れた少女たちに心配されてしまった謙哉は、またしても自分の不甲斐なさを呪った。せっかく受け取ったカードも今の自分では役立たせられる事は出来ないだろう。

 謙哉は妹と悠子の心遣いを無駄にしてしまったと思い、再び表情を沈ませる。そんな彼に向けて、たまは静かに口を開いた。

 

「謙哉、あなたは間違えてしまったみたいね。守りたかった物を見失ってしまった、そんな顔をしているわ」

 

「……うん、その通りだよ。僕は……間違えてしまったんだ……」

 

 戦いに続く戦いの中、謙哉は自分の一番守りたかった物を見失ってしまっていた。

 自分が本当に守りたかったのは皆の笑顔だったはずなのに、何時しか独り善がりな願いを胸に戦う様になってしまっていたのだ。

 

 自分がどんなに傷つこうとも、皆が無事ならそれで良い……そう思い、何度も無茶をして来た。それを諫められても、とうとう止める事は出来なかった。

 その結果がこの悲劇だ。後悔してもし切れない結末を迎えてしまった事を、分かってはいても悔しがらずにはいられない。

 

「僕は、見えて無かったんだ……僕自身の命を、僕の事を大切に思ってくれている人たちの事を……見ようとしていなかったんだ。だから、最後の最後でこんな事になって、その事に気が付かされて……最悪だ……!」

 

 何度も何度も、玲は自分に無理をするなと言ってくれた。その思いを知りながら、謙哉は何度も無茶をし続けた。

 だからこうなった。もう玲は自分の傍には居ない。自分が彼女の忠告を聞いていれば、こんな結末は避けられただろうに。

 

 後悔を続け、項垂れたままの謙哉。そんな謙哉に向け、たまは厳しい口調で活を放つ。

 

「……何時までそうしているつもりなの? あなたは、そのままずっと膝を抱えたままでいるつもりなのかい?」

 

「僕は……僕は、戦えない……! 自分が何のために戦うのか、分らなくなっちゃったんだ……僕は、自分がどうすれば良いのかが分からないんだよ……!」

 

 弱音を口にし、膝を抱える謙哉は涙を零しながら苦しんでいた。自分がどうすべきかがまったく分からない今の状況では、自分が何の役にも立たないことがわかっていたからだ。

 そんな謙哉の様子にたまは深い溜息をつく。きっと祖母を失望させてしまっただろうと心の中で悲しむ謙哉であったが、その耳に聞こえて来たのは予想外に優しいたまの声だった。

 

「謙哉、手を開いてごらんなさい」

 

「え……?」

 

「手を開くの、簡単な事でしょう? ほら、やってごらんなさいな」

 

 自分に優しい笑みを向けたたまに言葉に謙哉は戸惑いながらも従った。

 硬く握られていた右の拳を開き、爪の跡が残っている掌を見つめる。たまは、そんな謙哉に向けて穏やかな口調で話を続けた。

 

「今、あなたと手の中には何も残っていないわ。あなたは間違って、大切な物を取りこぼしてしまった。でもね……あなたの手は、まだ()()()()()()のよ」

 

「何かを、掴める……?」

 

「そうよ。取りこぼしてしまった手でも、開くことが出来るのならばまた何かを掴めるわ。お爺さんも良く言ってたわ、本当に大切なのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だって」

 

 謙哉は見つめる、自分の掌を。白く、大きく、所々に爪痕が残るその手を見つめながら、たまの話を聞き続ける。

 

「……謙哉、たった一つだけの簡単な質問よ。もう一度だけ、あなたがその手の中に何かを掴むとしたら、何かを取り戻せるとするのなら……あなたは、何を望むのかしら?」

 

「……僕、は……」

 

 何か一つ、この情けない男の掌が掴む事が出来るのなら、取り戻す事が出来ると言うのなら、もう答えは決まっていた。

 考えるまでも無い。これしか答えは無い。涙に滲む視界でも、確かに見える光を放つそれを、諦められるはずも無い。

 

「僕は……っ!」

 

 自分の名を呼ぶ玲の様々な笑顔がフラッシュバックする。そのどれもが綺麗で、眩いばかりに輝いていた。

 ただ一つだけ違ったのは、自分に見せた最後の笑顔だ。あんな悲しい笑顔を玲の最期の笑顔にして良い筈が無い。

 

「僕はもう一度……()()()()()()()()()()()()()……! また、彼女に笑って欲しいんだ……!」

 

 絞り出す様な声で呟いた謙哉は、胸の奥に火が灯る事を感じていた。まだ弱々しく、小さな灯火……だが、それは謙哉を突き動かす確かな熱となる。

 

「……それがあなたの戦う理由よ。ちっぽけで、世界の平和と比べたら大した理由じゃ無いかもしれないわ。でも……それが、あなたの本心なのよ」

 

 祖母の言葉に黙って頷いた謙哉は、涙を拭うと顔を上げる。そして、光を取り戻した瞳でたまを見つめ、力強い視線を向けながら言った。

 

「お婆ちゃん、僕、行って来るよ。今度こそ、自分の守りたい物を守って見せる」

 

「ええ、そうね。それが良いわ。……そうそう、ここに来る前にこれを預かってたのよ。え~と……確か、仁科さん、って人からね」

 

「えっ? 仁科先輩が……?」

 

「『あなたの様な素敵な女性にプレゼントです、きっとお孫さんも喜ぶでしょう』ですって。そんな風に言われたのは久しぶりだったわ」

 

 クスクスと微笑みながらたまが差し出したのは、エックスの城へと続くゲートを出現させる為のカードだった。

 たまからそれを受け取った謙哉は、自分に機会を与えてくれた仁科へと心の中で感謝する。

 

「……それじゃあ、行って来るよ」

 

 制服を羽織り、自分と玲のドライバーを手にして、最後に海里と悠子から受け取ったカードパックの中身を見ずにホルスターの中にしまった謙哉は、たまに笑顔を見せてそう言った。

 たまもまた孫の背中を押すべく、励ましの言葉を口にする。

 

「忘れちゃ駄目よ、謙哉。あなたの未来を紡ぐのは、あなた自身なの……誰だってそうよ、自分の未来を描くのは、自分しかいないんだから」

 

 再び、謙哉は頷く。そんな謙哉に向け、たまは笑顔を見せながらこう言った。

 

「ここから先の未来は……謙哉、あなたの手で描きなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは本当なのか、真美? 水無月玲が、ゲームオーバーになっただって……?」

 

「え、ええ、本当よ……ショックでしょうけど、仕方が無い事なの……」

 

 光牙に状況をかいつまんで説明した真美は、彼が予想以上の動揺を見せる事に困惑していた。

 自分の裏切り行為は当然の如く明言していないが、それでも分かり易く状況は説明出来たはずだ。光牙が普段の状態でないにしても、流石におかし過ぎる。

 

「どうしたの、光牙? 確かに大変な事だけど、あなたがそこまで動揺する必要は――」

 

 別段、光牙は玲と仲が良い訳では無かった。櫂ならともかく、玲が消えてここまで動揺する必要は無い筈だ。

 その事を訝しがる真美に向け、光牙は一つの質問を投げかける。それは、真美にとっては理解不能な事だった。

 

「本当に……水無月玲がゲームオーバーになったのかい?」

 

「え? ……ええ、そうよ。残念な事だけど……」

 

「ゲームオーバーになったのは水無月玲なのかい? 虎牙謙哉じゃあ無くって、彼女なのかい?」

 

「……え?」

 

 謙哉の名前が出た時、真美は僅かに焦りの感情を胸にした。自分が犠牲にしようとした男の名前が出た事に、彼女も動揺したのだ。

 しかし、光牙はそんな真美の様子に気が付かないまま自分の疑問を問いかける。その様子は、玲がゲームオーバーになった事よりも、謙哉がゲームオーバーになっていない事に対して動揺している様子だった。

 

「おかしい……俺は見たんだ! アイツが、虎牙謙哉が死ぬ姿を! 次にゲームオーバーになるのはアイツのはずだったんだ! なのに、何で……?」

 

 光牙はブツブツと呟き、答えの無い疑問に頭を抱えていた。

 彼の言葉を聞いた真美はその内容を理解しきることは出来なかったが、一つの可能性に思い当たる。

 

「ゲームオーバーになるのは、虎牙だった……? でも、現実は水無月がゲームオーバーになった……()()()()()()()ってこと……?」

 

 それは論理的で無く、何処かロマンチックな考えだった。だが、あり得ないと思いつつも真美は思いついてしまったその可能性に考えを巡らせてしまう。

 

 光牙の言う通り、本当はゲームオーバーになるのは謙哉だったのかもしれない。だが、その運命を玲が命を懸けて変えた。消えたのは玲で、謙哉は生き残る事になったのだ。

 玲は、『誰かがゲームオーバーになる』と言う運命は変えられなかった。だが、『謙哉がゲームオーバーになる』と言う運命を変えて見せたのだ。

 

 だが……それに何の意味があると言うのだろうか?

 

(……無駄な事よ。そんな事したって、何の意味も無いじゃない)

 

 玲の命懸けの献身を真美は無駄と切って捨てた。しかし、心の中でざわつく何かが、その考えを完全に否定させてはくれない。

 もしかしたら……玲は、自分が思っているよりも大きく『何か』を変えたのでは無いだろうか? それが何かは分からない。だが、彼女の命を懸けた行動は、確かに謙哉を救ったのだ。

 

(馬鹿馬鹿しい! そんなことある訳無いじゃない! そんな事、ある筈が……)

 

 首を振り、異次元的な考えを払いのけた真美は、次のエックスとの戦いに備えて光牙を回復させることに専念し始めた。まだ収まらない胸のざわめきを感じたまま……

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、彼女は正しかったのだ。玲は、とても大きな運命を変えた。彼女の行動は、世界の運命そのものを変えてみせたのだ。

 

 あの時、玲が謙哉を庇わなければ、世界は暗黒に包まれる事が決まってしまっていた。すべてはエックスの脚本のままに進み、何もかもが彼の思い通りになっていたのだ。

 だが、そうはならなかった。運命は、世界が辿る道筋は、玲の行動によって変わった。その行動によって彼女は命を落としたが、彼女の手を掴もうとする男がこの世界に一人残った。

 

 まだ誰もその事を知らない。運命のバトンは確かに繋がっている。着々とその時を迎えようとしている。

 脚本は変わった。白紙の未来は、筆を執る者を待ち続けている。そして、その為の切り札は、既に彼の手の中にある。

 

 玲が変えた運命が花開くまで、後僅か――!

 

 

 





 ねえ、水無月さん。君に聞いて欲しい事があるよ。

 それは本当にちっぽけな事で、大して重要って訳でも無くって、退屈な事なんだと思う。でも、僕が君に伝えたい事なんだ。

 自分でもまだ良く分かってない事で、少しばかり不思議な事なんだ。君が聞いたら、きっと呆れて、怒って、それから少し笑って……最後まで、ちゃんと聞いてくれるんだろうね。 

 だから待っていて、僕は必ず君の元に辿り着くから。絶対に、君に会いに行くから。

 ねえ、水無月さん。君は笑ってくれるだろうか? こんな僕の事を許してくれるかな? 僕が差し伸べた手を、君は掴んでくれる?

 だとしたら嬉しいな。本当に嬉しい……あのね、水無月さん。僕は、君が――






















「お前の描く三流の脚本は終わりだ。誰もお前の描く悲劇なんて、望んじゃいないんだ」

「もうお前に何も奪わせない。大切な友達の命も、世界の未来も、彼女の笑顔も……僕が守ってみせる」

「さあ……ここからは、僕が創る物語だ」


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創世の騎士王

少し早いですが、明日分のお話を投稿します!

これが、謙哉と玲が作り上げた物語です!



 暗黒城……その名の通り深い闇に包まれた暗き城。その城主であり、この世界のエネミーを支配する魔王であるエックスは、自分の居る玉座の間に続く扉が開いた事に笑みを浮かべた。

 

 開いた扉の先から姿を現したのは、仮面ライダーを始めとする現実世界側の戦士たち。予想以上の数が集まった若者たちは、全員がエックスを倒して玲を救い出すと言う目的の下、固い結束に結ばれている。

 彼らの軍団から一歩前に出た勇は、鋭い視線をエックスに向ける。そして、仲間たちの思いを代表して、彼に告げた。

 

「エックス……お前を倒してみせる! 水無月は返して貰うぞ!」

 

「……虎牙謙哉は居ないのかい? 《狂化》の力抜きで、ボクに勝てるとでも?」

 

「うるせえ! 何が何でも勝つんだよ!」

 

「絶対に玲を助け出す! その為に皆が協力してくれてるんだ! アンタなんかに負けないんだから!」

 

 ドライバーを構えながら叫ぶ葉月の背後では、三校の生徒たちが思い思いにカードを使って戦闘態勢を整えていた。

 武器を召喚する者、エネミーを呼び出す者、攻撃や補助の魔法を大量に展開する者……それぞれが自分の出来る事を行い、この戦いに勝利しようとしている。

 勇たちドライバ所持者たちもまた変身の為のカードを構えると、同時にそれを使用して戦いの為の鎧を纏った。

 

「変身っっ!!」

 

《ディスティニー! チョイス ザ ディスティニー!》

 

《ブライトネス! 一生一度の晴れ舞台! 私、幸せになります!》

 

《ディーヴァ! ステージオン! ライブスタート!》

 

《キラー! 切る! 斬る! KILL・KILL・KILL》

 

「良し……行くぞっっ!!」

 

 セレクトフォームに変身した勇を筆頭にブライトネスの葉月、接近戦が得意な光圀、援護役のやよいと隊列を整えた仮面ライダーたちは、それぞれの武器を手に死ながらエックスを睨む。

 数は十分に揃えた、これならば謙哉が居なくても十分に勝算はある筈だ。

 

 だが、エックスは圧倒的に不利な状況にも関わらず余裕を崩さないまま笑い続けている。

 まだエックスが何か奥の手を隠し持っている事を感じ取った勇が、その不気味さに背筋を凍らせていると――

 

「……しょうがないなぁ。君たちがそのつもりなら、ボクも少し遊んであげるよ」

 

「!?!?!?」

 

 何やら意味深な呟きを口にしたエックスが立ち上がると、同時に彼の周囲に黒い影の様な兵隊たちが現れた。

 その数は多く、勇たちがかき集めた戦力とほぼ同じほどまで存在している。突如として出現した敵兵に驚かされつつも、しかしその程度の事で勇たちは怯む訳が無い。

 

「全員、油断するなよっ! かかれっっ!」

 

「おおーーっっ!」

 

 改めてエックスを睨みつけ、叫んだ勇は先頭を切る形で駆けだした。仲間たちもその背に続き、エックスとの戦闘がついに始まる。

 

 真っ先に敵の集団に辿り着いた勇は、目の前の影の兵を一刀の下に斬り捨てた。その後、続くもう一体を返す刀で両断し、次々と屠って行く。

 優位に雑魚の群れを打倒していく勇。それは他の仲間たちも同様で、仮面ライダーだけでなく一般の生徒たちですらも容易にエックスの召喚した兵たちを倒し続けていた。

 

「おい、こいつら滅茶苦茶弱いぞ!」

 

「この程度なら、仮面ライダーの力を借りるまでも無いわ!」

 

「行ける……行けるぞ! 俺たち勝てる!」

 

 ほぼ一方的な戦いを繰り広げる仲間たちは、また一体の敵を倒して歓喜の声を上げた。

 自分たちが優勢である事で生徒たちの士気が上がり、更に戦局を有利にしていく。

 

「てぇやぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 勢いに乗る仲間たちの様子を見た勇は、気合の雄叫びと共に立ち並ぶ兵隊を一気に叩き切った。5,6体並んでいた兵たちは、その一撃を以って全員が消滅してしまう。

 

 行ける、勝てる……戦況も有利で、仲間たちの士気も高い。策士であるエックスを相手に油断は出来ないが、それでも十分に勝算はある。

 希望を感じ、また一歩前に出た勇はこれで何体目か分からない数の影の兵を斬り捨てた。もう少しでエックスの下に辿り着く、直接攻撃を仕掛け、この剣で叩き斬る事が出来る。

 

「うおぉぉぉぉぉぉっっっ!!」

 

 また一体、もう一体。ディスティニーソードの刃が敵を捉え、無慈悲にもその体を引き裂く。

 この兵たちは自分たちの相手にならない、そんな思いを胸に勇はまた一歩前に踏み出す。 

 

 そして、違和感に気が付いた。

 

「せっ! たぁっ!!」

 

 また一体、勇は敵を倒した。葉月や光圀も次々と敵を倒し、他の生徒たちも兵たちを順調に倒している。

 戦況は自分たちが有利だ、敵は自分たちに倒され続けている。なのに、()()()()()()()()のだ。

 

「勇ちゃん! なんか変やでっ!」

 

「ああ、俺もそう思っていたところだ!」

 

 また数体、勇たちは敵を斬って捨てた。倒した敵は消滅し、その場で雲散霧消する。だが、すぐに他の兵たちが勇たちの元に向かって来るのだ。

 倒しても倒してもきりがない、何時までもエックスの元に辿り着く事が出来ない。自分たちは先ほどからずっと、この雑魚たちの相手を続けさせられているのだ。

 

「な、なんだ……? まだ終わらないのか!?」

 

「もうかなりの数を倒した筈でしょ? なのに何でまだあんなに居るのよ!?」

 

 生徒たちの中にもその異変に気が付く者が現れた。彼らの中で生まれた不安はすぐに伝播し、他の生徒たちにも広がって行く。

 その不安に拍車を掛けたのは、終わらない戦いを続けているが故の疲労だった。いかに雑魚であろうとも、相手をすれば間違いなく消耗はする。体力も精神力も、じりじりと削られ続けているのだ。

 

「どうなってるのよ、これ!? 敵が全然減らない……!」

 

「私、もう30体は倒したよ? 最初に見た時、それで半分くらいだったよね?」

 

 葉月とやよいも疲労が蓄積して来た様だ。減る気配の無い敵に対して恐れを抱きつつある彼女たちは、同様による呼吸の乱れを必死に整えながら戦いを続けていた。

 

 終わらない、先に進まない……一体何がどうなっているのか分からない勇たちは、それでも敵を倒し続けるしかない。

 エックスはそんな勇たちの様子を見て大きな笑い声をあげると、減らない敵のからくりを説明し始めた。

 

「あ~、面白い! 無駄な頑張りをする君たちは非常に滑稽だよ! これね、いくら頑張っても数は減らないんだよね!」

 

「何っ!? どう言う意味だ!?」

 

「こいつらの名前は『暗黒兵』、ボクの能力で生み出した意思の無い兵隊さ。こいつらの強さはレベルで言えば10にも満たない雑魚中の雑魚なんだけど、その代わりにリソース無しで無限に呼び出せると言う特性があるんだよ」

 

「む、無限に、呼び出せる……!?」

 

「そう。君たちが一体倒した次の瞬間には、もう別の一体が生み出されているんだよ。こいつらの生成には一瞬あれば十分だし、ボクも力はほぼ使わない。だから、ボクがその気になれば君たちは一生こいつらの相手をし続けなくちゃならないってことさ」

 

「そんな……! 何よ、それ……?」

 

 あまりにも絶望的な暗黒兵の特性にやよいが苦しい声を漏らした。次々に出現する敵は力こそ弱いものの、延々と戦い続けられる相手では無い。

 このままでは自分たちはじわじわと消耗し、何時か戦えなくなる時が来るだろう。そうなったら全てが終わりだ。だが、この状況の解決策は思いつかなままだ。

 

「あっはっは! せいぜい頑張りなよ! ほら、ボクの所までやって来てご覧?」

 

「クソっ! 調子に乗りやがって……!」

 

 余裕のエックスに悪態をついた勇はまとめて数体の暗黒兵を斬り倒すも、次々と敵は襲い掛かって来る。ここまで戦いが続けば、流石に精神的な疲労は隠しきれなかった。

 精神的な疲労は肉体の疲労を呼ぶ。暗黒兵との戦いが終わらない事が、生徒たちの気力を徐々に奪って行く。

 

 勇たちが気が付けば、優勢だった戦況は逆転されていた。暗黒兵の物量作戦に飲まれつつある勇たちは、この状況に更に焦りを募らせる。

 

「あははははは! あはははははっっ! 水無月玲を助け出すんだろう? そんなんじゃあ到底ボクに勝てっこ無いよ!」 

 

 自分の仕掛けた策が効力を発揮する様にエックスは高笑いを上げた。まるで弱い毒が徐々に獲物を弱らせて行く様に敵を殺す様子は、いつ見ても楽しい物だ。

 

「あはははははははははっっ! は~っはっは!」

 

 エックスは笑う。あまりにも圧倒的なこの戦いに。

 このまま戦いが続けば、勇たちは勝手に消耗して倒れてくれるだろう。自分は指一本動かさないまま勝利出来ると言う訳だ。

 

「くははははははははははっ! あはははははははっ!」

 

 あれだけ意気込んで自分に挑んで来たくせに、自分に手傷一つ負わせられない勇たちを嘲笑するエックスは、倒されて行く暗黒兵を再生しながら笑い続ける。

 結局、最初から結果は決まっていた。多少の暇つぶしにはなったが、その程度だろう。そんな思いを心の中で浮かべたエックスは、拳を開き、そして――

 

 そこで、違和感に気が付いた。

 

「ん……?」

 

 暗黒兵を生み出し続けていたエックスは、その再生スピードが落ちている事に気が付いて首を傾げた。最初は気のせいかと思ったが、今は確実にその速度は遅まっている事がわかる。

 再生の速度が遅くなれば、元々弱い暗黒兵は簡単に倒されてしまう。敵の数が減っている事に気が付いた勇たちは、再び勢いを復活させて暗黒兵たちを押し始めた。

 

「行けるっ! 行けるぞっ! 踏ん張れ、皆っっ!!」

 

 勇たち仮面ライダーを先頭にして盛り返し始めた生徒たちは、エックスに向かって快進撃を始めた。

 どうして暗黒兵たちの生成が遅くなったのか? その疑問にエックスが首を傾げていると――

 

「……調子に乗り過ぎましたね、エックス。タネが分かれば、能力の対策なんて簡単なんですよ」

 

「ちっ……! 天空橋、貴様か……!」

 

 得意げな笑みを浮かべて自分を見つめる天空橋を見たエックスは、苛立ちが籠った呟きを吐き捨てた。彼の手にはノート型のPCがあり、それがフル起動している事が見て取れる。

 どうやら天空橋は、倒される暗黒兵からそのデータを収集する事で、生成を遅らせるプログラムを構築した様だ。自分の能力を封じに来た天空橋の行動にもう一度舌打ちを打ちながら、エックスは勇たちへと視線を移す。

 

「エックス! これで終わりにしてやるぜっっ!」

 

「俺も付き合うで、勇ちゃん!」

 

「やよい、手を貸して! アタシの合体必殺技で行くよ!」

 

「うんっ! 私たちで玲ちゃんを助けようよっ!」

 

 気が付けば、暗黒兵たちはその数をほとんど減らしていた。残る数体も生徒たちが相手しており、仮面ライダーたちは完全にフリーな状態になっている。

 勇が、光圀が、葉月とやよいが……それぞれの武器を手に必殺技を発動する構えを取る。

 本気の一撃でエックスを倒そうとする4人は最強の一撃を繰り出すべく、武器を握る手に強く力を込めていた。

 

《必殺技発動! 血風・五月雨斬り!》

 

《合体必殺技発動! ウェディングケーキ・カット!》

 

《超必殺技発動! ギガ・ディスティニーブレイク!》

 

 それぞれのドライバーから電子音声が響き、4人の仮面ライダーたちの必殺技が発動の準備を終えた事を告げる。後は、その手を振るって攻撃を仕掛けるだけだった。

 

 光圀の手にする妖刀・血濡れが紫色の妖しい光を宿す。葉月とやよいが共に掴むロックビートソードが祝福の光に包まれる。

 そして勇が頭上に構えたディスティニーソードには竜巻の如く風が纏われ、激しい暴風を巻き起こしていた。

 

「こいつで……終わりだぁっ!!」

 

「やぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 気合の雄叫びと共に繰り出される三つの必殺技。それらは真っすぐにエックスへと向かい、彼の作り出した防御壁にぶち当たる。

 バチバチと火花が弾け、甲高い音を響かせ、長い様で短い攻防の激突の後、ライダーたちの必殺技は見事に結界を破壊し、エックスへと直撃した。

 

「や、やったぁっ!」

 

「どないや!? やったか!?」

 

 爆発によって巻き起こった煙の内部はまだ見えない。だが、確かな手応えを感じた勇たちは笑みを浮かべながらエックスの反応を観察していた。

 多少防御によって威力は軽減されたとは言え、強力な必殺技を三つ同時に喰らえばいかに魔王と言えど無事では無いだろう。大きなダメージを負わせることに成功している筈だ。

 

 もしかしたら……この攻撃で戦いの決着がついたかもしれない。希望的観測かもしれないが、その可能性も十分にある程の手応えであった。

 

 だが――

 

《超必殺技発動 ダークバレットストーム》

 

「!?!?!?」

 

 煙の中から姿を現したのは、傷ついたエックスでは無く無数の黒い弾丸だった。勇たちに向けて真っすぐに飛来するその弾丸の数は、到底数えきれる物では無い。

 

「ぐわぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 必殺技を放った後の隙を見逃さずに放たれた反撃に何の防御も起こす事が出来ないまま、勇たちは連続して弾丸を食らってしまった。

 大きく背後に吹き飛ばされ、地面に転がった四人の体からドライバーが剥がれ落ちる。変身を解除させられてしまった四人は、痛みを堪えながら弾丸の発射先を睨めば、そこには何てこと無い様な様子で杖を構えるエックスが立っていた。

 

「いやぁ、危ない危ない……でも、ピンチの後にはチャンスがあるって言うのは本当だねぇ!」

 

「な、何で……? 私たちの必殺技は、ちゃんと当たったはずなのに……?」

 

 エックスは勇たちの必殺技を受けてもなお平然とした様子のままだ。多少のレベル差があるとは言え、四人の全力の技を受けて無事と言うのは明らかにおかしい。

 その疑問を口にしたやよいに視線を向けたエックスは、ニンマリと笑ってその予想通りの反応を喜び、種明かしを始めた。

 

「ああ、実はこれもボクの能力なんだよ。ボクの能力の名は『改竄』、文字通りエネミーたちのデータを改竄し、能力を付け加える事が出来ると言う物さ。そして、改竄出来る対象には、このボクも入っている。だから、ボクは自分のデータを改竄して超強い能力を付与したってわけさ!」

 

「何、だと……?」

 

「……ノーコスト、タイムラグ無しで行える暗黒兵の召喚もその一つ。君たちの攻撃を防いだのはね、『攻撃の威力を属性一つにつき半減する』って能力さ。例えば、風、斬撃、運命の3属性を持つ君の攻撃なら、当初の威力の半分の半分の半分……つまり、八分の一の威力になるってこと!」

 

「待て、待て待て待て! それって何か? お前に対する攻撃全部は、最低でも半分の威力になってまうってことかいな!?」

 

「そう言う事! ……後、ボクの攻撃は『全て対象の弱点属性になり、敵の弱点を突く』って言う攻撃能力もあるよ。まあ、これがボクが付与できる能力の限界って所かな? その分、他の魔王たちに比べればステータスは低いんだけどさ……」

 

「何すか、それ……? まるっきりチートじゃないすか!?」

 

 エックスの解説を聞いた夕陽は、顔を真っ青にしてそう呟いた。体は小刻みに震え、瞳には涙すら浮かんでいる。

 無限に手駒を召喚出来る上、攻撃と防御に関しても完璧に隙が無い。他の魔王よりステータスが低いと言っても、エックスは自分たちより圧倒的に能力値は上だ。

 生徒たちがその事実を知って愕然とする中、エックスは更に絶望を与えるべく杖を一振りする。そうすれば、天空橋のプログラムで抑えられていたはずの暗黒兵たちの召喚が、再び行われ始めたでは無いか。

 

「な、なんですって!? そんな、どうして……?」

 

「……あんまりボクを甘く見ないでよね。一つの構築プログラムを抑えられた所で、その内容を変えちゃえば何の意味も無い……お前程度の浅知恵で、魔王たるボクの能力を封じ込められるなんて思い上がるなよ」

 

「そ、そんな……どう、すれば……?」

 

 一度は希望が見えたはずだった。しかし、それはエックスが与えたまやかしの光であった。自分たちは彼の手の上で転がされていたにすぎなかったのだ。

 兵力も個人的な戦闘能力でも敵わない。突破口も見えない。自分たちの置かれた絶望的状況を理解しつつある生徒たちは、徐々に戦意を喪失しつつある。だが、それでも仮面ライダーたちは諦めようとはしなかった。

 

「へっ、おもしれえじゃねえか……! ゲームは難しい方が攻略し甲斐があるってもんだ!」

 

 傷だらけの体に鞭打って立ち上がった勇は、威勢の良い言葉を口にしながら不敵に笑う。彼の周囲で倒れていた葉月達もまた、彼と同様に立ち上がって再び戦う構えを見せた。

 

「なんやタネが分かれば簡単なこっちゃ、何時もの二倍斬ればええんやろ? やったろうやないかい!」

 

「玲を、助けるまでは……絶対に、諦めないっ!」

 

「まだ戦える! まだ諦めない! 私たちは、玲ちゃんを助け出すんだからっ!」

 

 光圀が、葉月が、やよいが、己の誇りを込めて叫び声を上げる。しかし、彼らの体は既にボロボロで疲労も蓄積しており、戦える状態では無い事など誰が見ても明らかだ。

 それでも諦めない勇たちの事を見下した様な視線で見つめていたエックスは、溜息を吐いて杖を構えた。多少順番が前後してしまうが、謙哉の前に勇たちをゲームオーバーにしてしまうのも悪く無いだろう。

 

 彼がそう考え、再び必殺技を発動させようとした、その時――

 

「待てよ、エックス……お前の狙いは、僕だろう?」

 

 開いたままになっている扉の向こう側から聞こえたその声に魔王も生徒たちも全員が顔を向けた。そして、そこに立つ男を視界に捉え、それぞれの反応を見せる。

 多くの視線を受けながらゆっくりと歩み出した謙哉は、ドライバーを腰に装着するとホルスターから《狂化》のカードを取り出してエックスを睨む。その様子を見たエックスは、戦いの対象を勇たちから謙哉に変えて彼を歓迎した。

 

「やあ、待っていたよ! さあ、早く戦おうじゃあないか! ……もう君の邪魔をする奴はいない。愛しのお姫様を助け出す為には、ボクを倒すしかない……なら、手段は一つだろう?」

 

「……ああ、その通りだ。僕の取る手段は一つしかない……!」

 

 狂化のカードを手に、エックスを睨む謙哉は瞳を閉じて深呼吸をする。心を落ち着かせ、覚悟を固めた謙哉は、瞳を開くと共に強い光を瞳に灯らせていた。

 

「駄目です、謙哉さん! 狂化のカードを使っては駄目だ!」

 

 謙哉は再び狂化のカードを使ってエックスに挑むつもりなのだろう。しかし、体に多大なる負担を懸けるそのカードを使えば、今度こそ謙哉の命は無い。

 そう予感した天空橋が大声で叫ぶも、謙哉は躊躇い無く狂化のカードを右手で掴んだ。その状態で再び深呼吸をし、そして――

 

「やぁっっ!!」

 

「……は?」

 

 短い叫びを上げ、カードを真っ二つに破り去った。

 

 目の前で、自分に勝てる可能性を文字通り破り捨てた謙哉の行動にエックスは間抜けな声を漏らす。それは、自分が長らく企てて来た計画が水の泡になった事も意味している。彼も当然、困惑と失望に茫然とする他無い。

 謙哉はそんなエックスの心中を知ってか知らずか荒い呼吸を繰り返すと、僅かに微笑みを浮かべた後で口を開いた。

 

「ふぅ……ちょっとすっきりしたかな」

 

「お前、自分が何やったか分かってる訳? 狂化のカード無しでボクに勝てるとでも思ってるの?」

 

「……わからないさ。確かにボクがこのままお前と戦って勝つ可能性は限りなく0に近いんだろう。でも、ボクがあのカードを使って勝ったとしても、誰も笑っちゃくれないんだ」

 

「はぁ……?」

 

 エックスにとっては理解出来ない謙哉の言葉。しかし、彼がここに辿り着くまでに導き出した答えは、今度こそ彼にとって最高の答えだった。

 謙哉は叫ぶ、思いを胸に。多くの仲間に、目の前の敵に、そして、()()に向けて胸の中の思いを叫び続ける。

 

「僕がお前に勝ったとしても、僕が死んだら誰も笑っちゃくれない! 勇も新田さんも片桐さんも、水無月さんだって……皆、皆、誰も笑顔になんかなれない! 僕が守りたいのは皆の笑顔なんだ! だから、もうこのカードは使わない! 可能性が僅かでも、ボクはお前に勝ってみせる! そして、水無月さんの笑顔を取り戻す!」

 

 叫びを上げた謙哉が取り出したのは青の騎士が描かれたカード。一番最初の瞬間から共に戦い続け、苦楽を共にし続けて来た《サガ》のカード。

 もう自分の命を犠牲にはしない。そして必ず勝つ。決意と共にカードを握り締めた謙哉は、《護国の騎士 サガ》のカードをドライバーへとリードした。

 

「変身っっ!!」

 

《ナイト! GO ファイト! GO! ナイト!》

 

 堅牢なる鎧を身に纏い、蒼く輝く盾を光らせ、謙哉はエックスに向かって突撃する。その先に居る玲の事を心の中に思い浮かべ、謙哉は床を蹴って大きく跳躍した。

 

「はぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 拳を振り上げながらエックスへと落下する謙哉。そのまま勢いを付けた右ストレートを食らわせるつもりで飛び掛かった謙哉は、エックスが微動だにしていない事を見て攻撃の成功を確信していた。

 しかし――

 

「……ふざけるなよ、お前」

 

「!?!?!?」

 

 エックスの呟きと共に、謙哉の体は重力に逆らって浮かび始めた。ジタバタと空中でもがく事しか出来なくなった謙哉に対し、エックスは明らかに怒りの籠った視線を向けて吼える。

 

「何が笑ってくれないだ、何が可能性は低くとも勝つだ……そんな下らない理由で、ボクの脚本を壊しやがって!」

 

「ぐぅぅっっ!?」

 

 腹部に魔王での一撃を受けた謙哉は、苦し気な呻きを漏らして後方へと吹き飛んだ。体がくの字曲がる程の衝撃は簡単に回復せず、床に崩れ落ちた謙哉は顔をしかめて痛みに耐えている。

 

「お前の勝手な行動のお陰でボクの脚本は全てパーだ。お前たちキャストは、ボクの手の上で踊り回ってりゃいいんだよ! なのに、勝手な真似をしやがって……! もう良い、お前のデータなんか要らない。当然、水無月玲のデータもだ!」

 

「がぁぁっっ!!」

 

 魔法弾での追撃を受けた謙哉は、再び吹き飛ばされて地面を転がった。エックスは変身を解除した謙哉の周囲に暗黒兵を召喚し、彼を取り囲んだ状態で指示を下す。

 

「八つ裂きにしろ、見るも無残に殺してやれ! ……お前が死んだら、すぐに水無月玲のデータを消去してやる。二人仲良くあの世で過ごすんだな!」

 

「ウゥゥゥ……ッ!」

 

 じわじわと暗黒兵が輪を縮め、中心の謙哉に向かってにじり寄る。エックスの指示通り、謙哉を引き裂こうとしているのだ。

 

「謙哉っ! 待ってろ、すぐに助けてやるっ!」

 

 親友のピンチに居ても立っても居られなくなった勇は体の痛みを無視して謙哉の下へと駆け出そうとした。しかし、後ろから光圀に羽交い絞めにされ、その無謀な行動を咎められてしまう。

 

「勇ちゃん、アカン! そんな状態で行っても勇ちゃんも一緒にやられてまうだけや!」

 

「だからって謙哉を見殺しに出来るかよ! 放せっ! 放してくれっ!!」

 

 絶体絶命のピンチに陥った謙哉は、気を失ってしまったのか微動だにしていない。このままでは暗黒兵に殺されてしまうだろう。

 だがしかし、他の仮面ライダーたちもまともに動ける状態では無い。謙哉を助け出そうとする生徒たちもいたが、暗黒兵に阻まれて救出は叶わなかった。

 そして、ついに謙哉の体が暗黒兵の渦に埋もれて見えなくなる。その絶望的な光景に誰もが言葉を失い。茫然と立ちつくしてしまう。

 

 只一人、戦いを続けようとカードを手にしたちひろは、涙を溢れさせたまま絶叫にも近しい叫びを上げて謙哉の名を呼んでいた。

 

「嘘だろ? こんな所で死ぬタマじゃあ無いよな? 何とか言えよ……水無月を助けんだろ? 何とかいってくれよ、虎牙ーーっっ!!」

 

「……無駄な事を。何をした所で運命は変わらないと言うのに……」

 

 ちひろの叫びと必死の行動をエックスは一笑に附した。何をしたって謙哉は助からない。今頃、暗黒兵の手で八つ裂きにされているだろう。

 次は玲のデータを消去し、勇たちに完全なる敗北を味合わせようとするエックスは、杖を掴んで早速行動に移ろうとする。しかし、そこである事に気が付いた。

 

「暗黒兵の数が減っているだと……?」

 

 自分だけが知る暗黒兵の残数のカウントを確認したエックスは、その数が徐々に減っている事に気が付いた。減った分を召喚すれば済む話なのだが、問題は誰が暗黒兵を倒しているかだ。

 ちひろの様に戦いを続けている生徒たちもいるが、せいぜい一体や二体を倒すのが精いっぱいだ。しかし、減っている数はそんなのんびりとした速度では無く、まとめて数体が一瞬の内に消え失せているのだ。

 

「何だ? 何が起きている……?」

 

 ついには目で見て分かる程まで暗黒兵の数は減っていた。敢えて後続の暗黒兵を召喚せず、何が起きているかを確認しようとしたエックスに釣られて他の生徒たちも成り行きを見守り始める。

 やがて、十数体まで減った暗黒兵たちを斬り裂き、輪の中から姿を現した男の姿を見た時、誰もが己の目を疑った。

 

「あれは……?」

 

 床に倒れたままの謙哉、彼を守る様に戦う騎士が一人……青い鎧を纏い、盾と剣を駆使して暗黒兵たちを斬って捨てるその騎士の姿には、誰もが見覚えがあった。

 《護国の騎士 サガ》……謙哉が変身に使って来たカードに描かれているキャラクターである彼が今、謙哉を守る為に戦っている。その光景に驚く一同であったが、真の驚きはここからであった。

 

『立ってくれ、謙哉。私一人では、彼女たちを救う事は出来ない』 

 

 なんとカードのキャラクターであるサガが、謙哉に向けて語り掛けたのだ。その表情にも必死さが表れており、まるで本物の人間の様な印象を感じてしまう。

 目の前で何が起きているのか分からないままの一行を他所に謙哉へと叫ぶサガは、暗黒兵たちとの戦いを続けながら謙哉に激を送っていた。

 

『私はずっと君と戦って来た。長い戦いの中、私は君と言う青年の心を知った……君は、私と同じだ。何かを救い、守る事の尊さを知っている。だからこそ私は君と戦い続けて来たんだ』

 

 サガが暗黒兵をまた切り捨てる。暗黒兵の再召喚を始めたエックスは、早くサガを消滅させようとやっきになっていた。

 それでも、多くの敵に囲まれ、苦しい戦いを続けながらも、サガは謙哉への叫びを止めようとはしない。

 

『私は一度見失った。大切な物を守る事を第一と考え、一番守らなくてはいけない自分の命を見失ってしまっていた……その結果が、彼女の涙だ。君もそうなんだろう? 失いかけてようやくその事に気が付いた、だからここまで来たんだろう!?』

 

 必死の戦いを続けるサガであったが、ついに無数に増える暗黒兵たちを前に膝をついてしまう。だが、それでもその瞳からは光が消えることは無く、最後の力を振り絞って立ち上がると今までよりも大きな声で叫んだ。

 

『立ってくれ、謙哉! 私一人では彼女たちを……ファラと玲を救う事は出来ない! 君の力が必要なんだ! 君が諦めないと言うのなら、私たちの手は彼女に届く! だから立ってくれ、謙哉!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ねえ、聞いて欲しい事があるよ。凄く不思議で、何てことでも無い様な、でも、僕が君に伝えたいことなんだ。

 

何でかは分からないんだ。理由も皆目見当つかなくて、自分でも不思議に思う事なんだ。でもね、これは確かな事なんだよ。

 

水無月さん、僕はね……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それはレベルで言ったら1くらいの物で、ほんのわずかな物なのかもしれない。だけど、絶対に勘違いなんかじゃ無いんだ。

 

なんでかな? 君には分かるかな……? 僕にはわからないや、やっぱり僕って馬鹿なんだろうね。

 

ねえ、水無月さん。こんな僕を許してくれるかな? 君は、また僕に笑顔を見せてくれるかな? それだけの為に戦って良いかな? もう一度、君の笑顔を見る為だけに戦っても良いかな?

 

……ああ、うん、やっぱりそうだ。うん、間違いないや。あのね水無月さん、僕はね――

 

いつだって、君の笑顔で無敵(イージス)になるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《LIMITOVER EVOLUTION》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なん、だ……? 何が起きている……!?」

 

 何度目になるかわからないその言葉を口にしたエックスは、目の前の光景を震えながら見つめていた。

 視線の先に居るのは虫の息まで追い込んだ取るに足らない存在のはずだ。なのに、自分は彼から目を離せないでいる。

 

 暗黒兵に囲まれた謙哉がサガの援護を得て立ち上がるまでは見た。その後、ひとりでにホルスターから飛び出して来た飛び出して来たカードを掴んだところもだ。ここまでは理解出来た。だが、その次が問題だった。

 謙哉がそのカードを使った瞬間、暗黒兵たちは全て天から降り注いだ雷に撃たれて消滅したのだ。しかも、何故か再召喚を受け付けないでいる。

 そして何より、謙哉がそのカードを使ってから、今もなお彼のドライバーからは勇ましいファンファーレが鳴りやんでいない。あのカードは、まだ真の能力を発揮していないのだ。

 

「リミットオーバー、エボリューション……?」

 

「限界を超える、進化……」

 

 葉月とやよいはドライバーから響いた言葉を繰り返し、ただ謙哉を見守っていた。勇も唖然としたまま彼女たちと同様の反応を見せていたが、隣に居た天空橋が小さく首を振りながら何かを呟いている事に気が付いてそちらを向く。

 

「オッサン? どうかしたのか?」

 

「……奇跡だ。こんな、こんなの、天文学的な数字ですよ……! まさか、そんな事が……!?」

 

 独り言を呟く天空橋の表情は、先ほどとは打って変わって笑顔になりつつあった。勇からの視線に気が付いた天空橋は、興奮の冷めやらない震えた声で彼へと囁く。

 

「あれなんですよ、勇さん……! あのカードなんです!」

 

「え? な、なんだよ? 何がだよ!?」

 

「言ったでしょう!? エックスを倒せるカードがあるって! 入手が困難で、到底用意出来ないカードだから諦めて下さいって言ったあのカードなんですよ! 謙哉さんが持っているのは!」

 

「はぁっ!?」

 

 あまりにも突拍子なその言葉に驚いた勇は、改めて謙哉へと視線を送る。天空橋の言葉では、そのカードは世界に5枚ほどしか存在していないはずだ。一体どうやって謙哉はそんなカードを入手したのだろうか?

 

 ……勇は知る由も無いが、その入手先は非常に単純だった。海里と悠子が購入し、謙哉に手渡したあのパック。謙哉が中身も確認せずにホルスターに突っ込んだあのカードの束の中に、このカードは入っていたのだ。

 

 ずっと前から繋がれていたバトン。玲と共に悠子を助け、眠る謙哉を海里と共に玲が見守り、そうして紡がれた絆の果てに、謙哉が生き残っていたからこそ起きた奇跡……玲が謙哉を守ったからこそ、この場に奇跡が舞い降りた。

 

『……行こう、謙哉。大切な人が待っている』

 

 笑みを浮かべたサガもまた、光の粒となってそのカードに同化した。手にしたカードが青く光ると同時に、謙哉の瞳の中にも一瞬だけ蒼い光が灯る。

 

「ディスティニーカード第三弾『暗黒の魔王と創世の歌姫』のシークレットカードにして、私の作ったディスティニークエストでエックスを倒すキャラクター! 全ての騎士の原初としての力を手にした彼の名は、《創世騎士王 サガ》! 世界最強、無敵の騎士です!」 

 

「《創世騎士王 サガ》……エックスを倒せる、切り札……!」

 

 天空橋の叫びが木霊した瞬間、生徒たちの目が輝き出した。もう希望は無いと思われたこの状況に最大の朗報が飛び込んで来たのだ。

 誰もが謙哉に視線を送り、期待を胸にする。だが、謙哉は仲間たちから贈られる様々な感情など、まるきり頭に入っていなかった。

 

「……待ってて、今行くから……! 必ず君を救い出すから……!」

 

 ここには居ない、だが、目の前に居る彼女へと言葉を送る。今はただ、それだけの為に戦う。

 自分にとって大切な物が次々と心の中に溢れる。友人たちの笑顔を、未来を守る為の力が湧き上がって来る感覚を胸に、謙哉はカードを構えた手を伸ばして交差し、叫んだ。

 

「変身ッッ!!」

 

 謙哉がドライバーにカードをリードした瞬間、巨大な雷が天空から降り注いだ。暗黒城を明るく照らす程の眩い輝きを目にした勇たちは、顔を伏せて目を閉じる。

 その光は激しく力強くありながら、どこか優しさを感じる光だった。瞼の裏に焼き付く光が治まって来た事を感じた勇たちは顔を上げ、雷の中心に立つ騎士の姿を目にする。

 

《オリジンナイト! GO! GO! FIGHT! GO! GO! KNIGHT! MAKE LEGEND&SAGA!》

 

 一回り大きくなり、より重厚になった蒼の鎧。銀の外蓑を纏い、頭部には西洋龍の意匠が施された兜を被っている。

 最大の武器であり、最強の防具でもある左腕の盾は五角形のカイトシールドへと変化した。腕全体を覆ってしまいそうな程の大きさを持つそれを悠々と持ち上げられる力強さを感じさせる謙哉の姿に誰もが息を飲んでいる。

 

「あ、ありえない……! こんな、こんなことがあって良い筈が無い……!」

 

 自分の目の前で進化を遂げた謙哉の姿を見つめながら、エックスは何度も首を左右に振って現実を否定していた。しかし、謙哉は彼に向かって悠然と歩みながらもう一枚のカードを使う。

 

《創世騎士槍 サーガランス》

 

 カードを使った謙哉の真横に雷が落ちる。光が消えた落下地点には、力強く美しい西洋槍が突き刺さっていた。

 地面から武器を抜き取った謙哉は、再びエックスへと歩み出す。無言のまま戦いに臨もうとする謙哉の姿を勇が固唾を飲んで見守っていると――

 

「う、そ……? なにこれ……!?」

 

「ど、どうしたの、夕陽?」

 

「け、謙哉さんのステータスを調べたくって、《スキャン》のカードを使ってみたんすよ! そ、そしたら、そしたらっ!!」

 

 興奮気味に語る夕陽の言葉を受けた勇たちもまた、彼女同様に謙哉をスキャンしてそのデータを観測した。

 暫しの計測時間の後、ゲームギアの画面に映し出された数値を見た勇たちは、全員が驚愕の表情を浮かべる。

 

「え? え? え? ど、どう言う事!?」

 

「これって……なにが……?」

 

 誰もがその意味を理解しながらも完全に理解出来なかった。勇もまた、自分のゲームギアに映し出された文字を茫然とした声に出しながら首を振る。

 

「レベル……100だって?」

 

「レベルの最大数値って99だよね? 何で謙哉っちはそれを越えちゃってるのさ!?」

 

 今まで自分たちの知っていたレベルの上限99を超えた謙哉に対して驚きを隠せないでいる勇たち。そしてそれは、彼と相対するエックスも同じであった。

 いや、彼は少し違った。驚きの感情もあるが、それ以上に何かを許せないと言う怒りの感情の方が強く感じられるのだ。

 

「……ありえない、あって良い筈が無い。お前みたいなガキが、ボクたちと同じ()()()に目覚めるなんて! ボクの描いた脚本を上回るなんて、許される事じゃあないんだぞ!」

 

 王の器……その部分に力を込めた叫びを上げるエックスは、何かに焦っている様にも見えた。しかし、謙哉はそんな彼の様子を無視して手にしている槍の切っ先を向ける。

 その重圧、威圧感にエックスは声を詰まらせた。周囲で見守っているだけの生徒たちもまた、味方であるはずの謙哉から畏怖を感じて押し黙ってしまう。

 ざわめきが治まり、静まり返った王座の間。その中で口を開いた謙哉は、エックスに向けてのはっきりとした宣戦布告を口にした。

 

「エックス、お前の描く三流の脚本は終わりだ。お前の描く悲劇なんて、誰も望んじゃいなんだ」

 

「ボクの脚本が三流だと……!? 思い上がるのもいい加減にしろ!」

 

「……もうお前に何も奪わせない。大切な友達の命も、世界の運命も、彼女の笑顔も……僕が守ってみせる」

 

 新たなる王として目覚めた騎士は言う、ただ前へ、後ろに在るかけがえの無い命を守るべく戦いに臨む。

 この世界を守る者として、騎士は世界を暗黒に誘おうとする悪しき者へと牙を突き立てる。光を奪う者を打倒すべく前へ進む。

 そして、騎士は一人の男として大切な人を取り戻す為に彼女の元へと歩む。恐れは無い、明確に、自分のすべきことは見えている。

 

「さあ……ここからは、()()()()()()だ!」

 

 悲劇的結末(バッドエンド)では終わらせない。幸福な結末(ハッピーエンド)は己の手で創り出すのだ。

 

 自分の運命を描けるのは自分だけ、歩む道を創れるのも自分だけ……その事を知っている騎士は仮面の下で僅かに笑い、そして駆け出した。

 

 

 

 



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闇を裂く雷光

 

 創世の騎士王として覚醒した謙哉とエックスの戦いがついに始まった。両者が向かい合う中、先に動いたのは謙哉だ。

 召喚した槍を手に、エックスへと真っすぐに突撃して行く。その進路に迷いは無く、稲妻の様なスピードで動いた謙哉は、槍での刺突攻撃をエックスへと繰り出した。

 

「うぐわぁっっ!?」

 

 オールドラゴンよりも早く、そして重いその一撃をエックスがギリギリの所で躱す。魔法障壁を何重にも張り、神経を過敏に反応させて何とか謙哉の初撃を躱したエックスは、後ろへと浮遊して距離を取った。

 

「くそっ! 何で暗黒兵が出ない!? 天空橋のプロテクトはもう無効になったはずなのに……!」

 

 謙哉と距離を取り、一応の安全を確保したエックスは先ほどからずっと試している暗黒兵の再召喚を試みるも、それが叶う事はなかった。いつもは自分が指を鳴らせば即座に無数の手駒が出現すると言うのに、今は何を試しても影一つ出現しないのだ。

 目の前で王の器へと覚醒した謙哉の姿を見ているせいか、エックスは明らかに平静を失っていた。暗黒兵の召喚が出来ないと言う事は、更に彼の苛立ちを加速させているのだろう。

 

 だがしかし、何故暗黒兵の召喚が出来なくなってしまったのだろうか? 勇たちが自分たちがあれほどまで苦戦した暗黒兵の姿が一つも観られなくなった事に困惑する中、その疑問に答えるべく天空橋が口を開く。

 

「あれは《創世騎士王 サガ》の能力の一つです。彼にとって弱者は倒す者では無く、守るべき者……王としての威厳を身に纏った彼の前には、一定以上の力量を持たない者は存在すら許されないのです」

 

「えっ!? でもそれって、私たちもカードを使ってエネミーを召喚出来なくなるって事じゃない?」

 

「そうでもありますが、今の状況にはまず間違いなく効果的な能力です。エックスは切り札の一つである暗黒兵の召喚を完全に封じられているんですからね」

 

 天空橋のその言葉に勇が頷く。確かに、エックスの能力を一つ完璧に封じられるサガの能力は今の状況にうってつけだろう。

 無限に続く露払いで消耗する必要も無い。暗黒兵に気を取られているせいでエックスから不意打ちを食らうことも無い。何より、仲間たちの安全をほぼ確保出来るのだから、これで謙哉はエックスとの戦いに集中出来るはずだ。

 

 ここからは完全に一対一の真っ向勝負となる。謙哉が勝つか、エックスが勝つかの決闘だ。

 

(落ち着け、落ち着くんだ……! 今の状況ならボクのペースに持ち込める。油断無く、確実に距離を取って遠距離戦に持ち込むんだ!)

 

 いくら試しても暗黒兵を召喚出来ない事に業を煮やしたエックスであったが、それでもまだ自分のチートじみた能力が残っているのだから優位は変わらないと自らに言い聞かせる事で落ち着きを取り戻した。そして、改めて戦いへの分析を始める。

 

 自分の射程距離は主に遠距離、強力な魔法攻撃による広範囲攻撃が主力だ。対して謙哉は、手にしている武器からも分かる通りに接近戦が主体なのだろう。

 今の謙哉のスピードとパワーは脅威的だが、接近されなければ何とかなる。今、自分が保っている距離のまま応戦し、遠距離からの攻撃で体力を削り続けるのだ。

 その戦法を続け、謙哉が消耗し、弱って来たら強力な攻撃魔法で一気に仕留める。自分の中でプランを組み上げたエックスは、ニヤリと笑うと杖を構えて謙哉へとその先を向けた。

 

「いい気になるなよ、ガキが! お前にボクとの差って奴を教えてやるよ!」

 

 杖をその場で回転させたエックスは、自分の背後に7つの光弾を作り出した。それぞれが別々の色に光り、強力な力を秘めたそれを暫し浮遊させると、謙哉へと狙いを定める。

 光によって属性が変わるそれは、エックスの持つ『攻撃は全て相手の弱点属性になり、弱点部位に当たる』と言う能力を最大にまで引き出してくれる攻撃であった。この攻撃で敵の弱点を見切り、その属性と部位を執拗に攻めるのがエックスの基本戦法なのだ。

 

「さあ……喰らえよっ!!」

 

 謙哉へと狙いを定め、自動追尾が可能となった光弾は別々の軌道を描いて飛んで行った。美しい虹を描く様にして、謙哉に破滅をもたらす光弾が猛スピードで向かって行く。

 

 光弾の内、二つは謙哉の頭上から襲い掛かっていた。二つは左右から挟み込む様に、二つは謙哉の逃げ場を奪う様に後方から、そして最後の一つは真正面から小細工なしに突っ込む。

 何をどう防いでも一発は当たる。そうなれば、謙哉は彼が思っている筈のダメージを受け、エックスは攻略の糸口を得る。観察を怠らず、直撃した謙哉の反応を確認しようとしていたエックスは、彼がどう自分の攻撃を防ごうと足掻くのを楽しもうとしていたが……

 

「……は?」

 

 謙哉は、何もしなかった。ただ悠然と歩き、エックスの咆哮へと進むだけだ。

 腕の盾で光弾を防ぐ事も、手にした槍で薙ぎ払う事もしなかった。回避も防御もしない、まるでエックスの攻撃など防ぐ必要も無いとばかりに前へと歩み続けている。

 

 その態度にエックスは自尊心を大きく傷つけられる。王へと覚醒したばかりの若造が、自分を完全に舐め腐っていると言う事実は彼の激しい怒りを再燃させた。

 

「ふざけやがって……! そいつを喰らっても、そんな舐めた真似を続けられるかっ!?」

 

 弱点に必中する特性を知らないが故に謙哉の奢りに怒りを燃やしたエックスは、普段のクールさをかなぐり捨てて叫ぶ。勇たちもまた、無謀としか思えない謙哉の行動に焦燥を募らせつつ彼へと叫びかけた。

 

「謙哉っ、駄目だっ! その攻撃は、お前の弱点属性になって、弱点に必ず当たるんだっ!」

 

「盾で防ぐんやっ! そうすりゃ、ダメージは防げるで!」

 

「もう遅い! 無謀さのツケは、その身で払うんだなっっ!」

 

 勇たちの叫びを嗤ったエックスは、自分の攻撃を受けようとしている謙哉へとギラついた笑みを送る。次の瞬間には、予想外のダメージに襲われた謙哉が地に膝を付く光景が見られるはずだった。

 

 しかし、本当に予想外に襲われるのは謙哉では無く、他の全員であったと言う事をこの場に居る誰もが知る事になる。

 

「……その能力、オフにした方が良いよ。じゃなきゃ、僕に攻撃は当たらない」

 

「は……?」

 

 足を進めながらの謙哉の呟きにエックスは間抜けな声を漏らした。その意味を理解出来ぬ彼は、それが謙哉のハッタリなのであろうと判断して強気な笑みを見せる。

 だが、次の瞬間にその笑みは完全に凍り付いた。

 

「はっ……!?」

 

 正面、頭上、左右、背後……全ての方向から謙哉を襲撃していたエックスの光弾が、一様に弾け飛んだのだ。謙哉は何もせず、ただ歩いているだけだと言うのにである。

 7つの光弾は謙哉に何一つダメージを与える事も、歩みを止める事すら叶わなかった。その事に動揺したエックスは、喚く様にして叫びながら再び攻撃を繰り出す。

 

「わ、わ、わぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 上空から襲う隕石、地面から湧き上がる罠、真正面から襲い来る極太のレーザー……様々な方法を用いて謙哉を攻撃するエックスであったが、それら全ては謙哉に当たる前に自ら消えてなくなってしまった。

 何をしても、どんな方法を試してもそう。自分の誇る攻撃魔法たちが、何一つとして謙哉には通じないのだ。

 

「な、なんで……? 何をした? お前は、何をしているんだ……?」

 

「……言っただろう? 弱点を突く能力を無くせと……それさえ切れば、攻撃は当たるよ」

 

「何だと……?」

 

 騎士道精神故のフェアさを望む謙哉は、その場で立ち止まるとエックスへと視線を向ける。そして、この現象の種明かしを始めた。

 

「何故、お前の攻撃が僕に当たらないのか……答えは単純だ、『イージス オリジンナイト』には()()()()()。属性、部位、どちらの意味でもだ」

 

「は、ぁ……?」

 

「……お前の攻撃は必ず敵の弱点を付く。だが、僕には弱点は存在しない……この矛盾を解決する方法はただ一つ、『必ず弱点を突く攻撃が、自ら消滅する』しか無いんだよ」

 

「あ……っ!!」

 

 謙哉の説明を受けたエックスは、ようやくその意味を理解すると同時に愕然とした。弱点が存在しない相手に対し、自分の攻撃は意味をなさない。それどころか、その矛盾を解決する為に消え去る事しか出来ないと言う事を初めて知る事となった。

 本来、弱点の存在しない者など居る筈も無い。魔王である自分も、ガグマやマキシマ、あのシドーですらも弱点はあるのだ。だからこそ、エックスの攻撃におけるチート能力は無類の強さを誇っていた。

 しかし、今、自分が相対している相手はその限りではない……元々が防御に秀で、その特性を最大限まで引き上げられたサガには、弱点と呼べる物は存在していないのだ。

 

「ぐ、う、う……うわぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 また一つ自分の能力が無効化された事に怒り狂いながら、その能力をオフにしたエックスは謙哉に向け連続して光弾を発射する。マシンガンの様に乱射される魔法弾は、謙哉の体に何発も当たっては小規模な爆発を起こす。

 しかし、そんな物は何の意味も為さないとばかりに歩みを止めない謙哉は、エックスに向けて一歩一歩着実に足を進めていた。エックスの攻撃は全て、イージスの頑強な鎧に弾かれて傷一つ付けられぬまま消滅してしまう。

 

「来るなっっ! 来るんじゃあないっ!!」

 

 牽制攻撃は無意味だと判断したエックスは、謙哉への攻撃を連続攻撃から強力な一撃へと切り替える。極太のレーザーを放ち、謙哉の体を暗黒の光に包み込んだエックスは、引き起こされた大規模な爆発を荒い呼吸を繰り返しながら見つめていたが……

 

「……それで終わりか?」

 

「う……あ……!?」

 

 謙哉は、エックスの攻撃などまるで意にも介さずにその場に立っていた。攻撃を受ける際に止めた足を再び進め、ただ真っすぐに自分に向けて歩み続ける謙哉に対し、エックスは初めて恐怖を抱く。

 

「あ、あぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 もはや謙哉は腕が届く距離にまで近づいていた。狂乱したエックスはがむしゃらに謙哉へと手にした杖で殴り掛かるも、そんな見え見えの一撃に当たる程、謙哉は愚かでは無かった。

 左手を伸ばし、振り下ろされた杖を掴み取る。瞬時にその腕を払いのけ、エックスの腕を杖ごと真上に跳ね飛ばした謙哉は、右手に構えた槍を勢い良く前方へと突き出した。

 

「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!?」

 

 穂先が雷光を纏い、電撃が弾ける。エックスの胸へと伸びたサーガランスが、着撃と共に派手な火花を巻き上げてエックスの体を吹き飛ばす。

 悲鳴を上げて地べたを転がったエックスは、今まで経験したことの無い痛みが走る胸を抑えながら呻いていた。咽る様に息を吐き、苦悶の声しか出ない口を何度も開閉し、エックスは喘ぐ。

 

「な、なんで……? 防御効果は、切ってないはず……?」

 

「……オリジンナイトの三つ目の能力。僕の武器であるこの槍は、敵の如何なる防御も貫通してダメージを与える。当然、お前の特殊能力による防御も無意味になる」

 

「ば、馬鹿な……? ボクの、チート能力が、また……!?」

 

 茫然とするエックスの胴に再び槍での一撃が叩き込まれる。横薙ぎの一閃。刻まれた傷跡が青く光り、一拍空けて電光と共に熱と痺れを放つ。

 次いで石突での打突、前蹴り、一回転しての薙ぎ払い……掌から放つ電撃で動きを封じ、接近してからの全力の左ストレート。抵抗の暇さえ与えぬ謙哉の猛攻を前に、エックスは成すが儘にされていた。

 

「こんな……魔王であるボクが、何故こんな目に……!? ぐあぁっ!?」

 

 未だに夢でも見ているのではないかと言わんばかりのエックスに対し、サーガランスでの刺突を以って痛みを与え、これが現実の出来事であると教え込む謙哉。魔王を相手にあまりにも一方的な戦いを見せる彼には、勇たちですら戦慄を禁じ得なかった。

 

「すごい……! あれが、レベル100の力……!」

 

「エックスの能力全部を封じ込めてる! これなら勝てるよ!」

 

「ああ! ……《創世騎士王 サガ》は、エックスに対する最強のメタカードだったんだ! 能力を封じられた上、ステータスが上である謙哉を相手にすりゃあ、エックスには打つ手が無いぜ!」

 

 今までとは別次元の強さを身に着けた謙哉。その彼が今、エックスを一人で追い込んでいる。誰も成し得なかった魔王の討伐を今、成し遂げようとしているのだ。

 

「……なあ水無月、見てるか? アイツの戦いを見ているか? お前が守って、信じた男が、お前の為に戦ってるんだぞ……!」

 

 込み上げる熱い感情を胸に、くしゃりと制服のスカートを握り締めるちひろは、病院で耳にした真美の言葉を思い出し、目に涙を溜めながら叫ぶ。

 

「お前が、お前が信じた男は! モブキャラなんかじゃなかった! お前の為に限界を超えて、魔王だって倒せる男だ! 帰ったらあのバカ女に言ってやろうぜ! 虎牙謙哉は、勇者よりも凄いヒーローだってな!」

 

 こうなる事が分かっていた訳ではない。ただ信じ、守り、想っただけだった。その果てに待ち受けていた物は、絶望だけではなかった。

 この場に居る誰もが断言出来る。虎牙謙哉は強い。単純な強さだけでは無く、何かを守る為に戦い続け、ここまで辿り着いた彼だからこそ、この希望を掴み取れたのだ。

 

「行けっ! やっちまえっ! 勝って水無月を取り戻してくれっ! 虎牙!!」

 

 ここに居るのは世界の命運を背負う勇者ではない。破滅的な運命を変えるべく戦う戦士でもない。

 ここに居るのは、たった一人の女性を救う為に戦う者。ただ一人の為だけに己の限界を超え、苦しみから立ち上がり、その手で未来を創ろうとする者。()()()()()()()()()()()()()。だからこそ彼は強い。目の前に戦う理由があり、その背を支える声援があるから。

 

「勝て……! 勝てっ! 謙哉っっ!」

 

「玲ちゃんを救い出して! 謙哉さん!」

 

「絶対に勝てる! 勝てるよっ!」

 

「ほんまもんや! ほんまごっついで、謙哉ちゃん!」

 

 誰もがその背に声援を送る。誰もがその雄姿に勇気づけられる。彼ならば、不可能すらも可能にしてくれると信じ、希望を抱くことが出来る。

 何かを守る為に戦い、多くの人々の希望を背負う者……呼び方なんて無数にあるその存在に、今、名前を付ける必要などないのだろう。もう、その呼び名は決まっているのだから……

 

「なんだ……? 何なんだ、お前はっ!? お前は一体、何なんだよっ!?」

 

 傷だらけになり、反撃も儘ならないエックスは、吐き捨てるようにそう吼えた。ただの人間であったはずの謙哉は、自分の目の前で途轍もない勢いで進化している。エックスには、今、自分が相対しているこの男が未知の存在であるように思えた。

 だから吼えた、その正体を知りたくて。理解出来ない存在である謙哉を前に、エックスはそう尋ねる他なかった。恐怖と困惑の感情が、彼にその疑問を口に出させたのだ。

 

「僕が何者かだって……? そんなの、決まってるだろう?」

 

 その疑問に対し、謙哉は仮面の下で微笑を浮かべて一つの答えを突き付ける。至ってシンプルで、当たり前であるその答えを口にする。

 

「僕は……仮面ライダーイージスだ!」

 

 無敵、その名を冠した英雄は、堂々たる名乗りを上げる。この暗雲を掻き消す程の威光を放ち、圧倒的な強さを誇り、エックスを追い詰める。

 この場に居る誰もが謙哉の勝利を確信していた。だがしかし、エックスは諦めることなく最悪の一手に打って出る。

 

「ふざ、けるなよ……! 調子に乗るのもいい加減にしろ!」

 

「!?!?!?」

 

 ボロボロのローブを揺らめかせ、立ち上がったエックスは怒気に塗れた叫びを上げながら杖を振りかざした。そうすれば、空中には杖に取り付けられている宝玉の内部の映像が浮かび上がり、磔にされている玲の姿が映し出される。

 

「今すぐに変身を解除しろ! さもなければ、水無月玲のデータを消去するぞ!」

 

「なっ!?」

 

 それはまさしく最悪の一手であった。囚われの身になっている玲の命を盾に、エックスは勝利を掴もうとしているのだ。

 なりふり構わぬエックスの暴挙に勇たちは怒りを込み上げさせる。その感情のまま叫ぶ勇たちは、口々にエックスを罵倒した。

 

「エックス! この卑怯者が! 正々堂々と戦いやがれ!」

 

「そうだよ! 玲を人質にするなんて卑怯だよ!」

 

「負けそうになったからってそんなことをするなんて……恥を知りなさい!」

 

「何とでも言え! ……ボクはね、戦いなんか好きじゃ無いんだよ。ボクが好きなのは勝つことで、楽に勝てればそれで良いのさ! 方法や過程なんてどうだって良い! 正々堂々とか誇りなんて糞喰らえだ! 勝てば良いんだよ、勝てば!」

 

 勇たちの言葉もどこ吹く風。開き直ったエックスは堂々と卑怯な手段に打って出る自分を肯定していた。

 どんな方法を使おうとも勝てば良い。玲の身柄を抑えている以上、自分に敗北は無い。この勝負は、最初からこうなると決まっていた。何もおかしいことはないのだ。

 

「さあ、変身を解除しろ! それとも、お姫様がどうなっても良いのかい?」

 

 再び謙哉へと脅しを口にしたエックスは、じりじりと玲の周辺にある茨を消滅させることで彼へとプレッシャーを掛ける。こうすれば、じきに彼は変身を解除するだろうとエックスは考えていた。

 しかし、その予想に反して謙哉は微動だにせず、一言も言葉を発しないままだ。ある種不気味である彼の様子に恐れを抱きつつも、自分が優位と信じて疑わないエックスは、謙哉から余裕を引き剥がすべく更なる脅しを掛けに来た。

 

「随分と余裕があるようだが、ボクは本気だぞ? ボクがその気になれば、彼女のデータは一瞬で消去される。今も少しずつだが、水無月玲のデータは消去されつつあるんだ。……これが最後の警告だ。変身を解除しろ……さもなくば、愛しの彼女と永遠にお別れすることになるよ?」

 

 じりじりと玲のデータに消去の波が迫る。あと数秒で彼女の指先からデータの削除が始まり、玲の存在はこの世界から消え失せてしまうだろう。

 だがしかし、それでも謙哉は動かない。動じず、惑わず、ただじっと宙に浮かぶ玲の姿を見つめているだけだ。

 

(……まさか、水無月玲を見捨てるつもりか? いや、それはありえないはずだ。今までの奴の行動を見れば、間違いなくその可能性は――)

 

 謙哉が玲の救出を諦めたのではないかと考えたエックスであったが、即座にその考えを否定して首を振った。であるならば、謙哉は何を考えているのだろうか?

 今の彼はまるで何かを待っているようであった。仲間たちの援護を待っているのかとも考えたが、エックスが周囲に警戒を払う限りでは玲を救い出すプランを持つ者は居ないように見える。

 

『……まだわからないのか、エックス? 今、お前の取っている策は、お前にとって最悪の一手となるんだぞ?』

 

 ならば、彼は何を……また同じ考えをループしようとした瞬間、エックスは謙哉の方向から聞こえて来た声に弾けるようにして顔を跳ね上げた。

 いつの間にか、玲を見ている筈の謙哉の目は、自分の方向へと注がれていた。蒼いオーラを放つ彼の声色が先ほどとは違うものになっている事に気が付いたエックスは、金縛りになったように動かないままその声に意識を集中させる。

 

『お前が気が付いたように、謙哉もまた王の器に上り詰めた。今の彼は、お前と同じ()となっているんだぞ? なら――お前と同じ様に、目覚めてもおかしくはないだろう?』

 

 その声は、先ほど謙哉を守ったサガの物だった。その言葉には、何一つとして偽りの色はなかった。

 何かがおかしい、そうエックスが思った瞬間、彼の背中に悪寒が走る。自分は何かを間違えている。何かを失敗している。そんな確信に近い予感がしてきている。

 だが……もう、遅かった。その瞬間に、全てが決まってしまったのだ。

 

 エックスが何かに気が付いた丁度その時、玲を拘束する茨を消去し終わった消去の波は、ついに彼女の本体を抹消しにかかったのだ。指先と爪先から徐々に玲のデータは光の粒となり、彼女の存在を完全に消し去るべく杖の中のプログラムは主からの命令を遂行しにかかる。

 あとほんの数十秒で玲のデータは消去され、今、消されてしまったデータはもう戻ることは無くなる……はずだった。

 

「……は?」

 

 エックスは、間抜けな声で呟いた。理解出来ないことが、一瞬で幾つも起きていた。

 まず、消去が始まっていた玲のデータが、急速に復旧され始めたこと。自分はこんな命令を出していないはずなのに、どうしてか消えた玲のデータ(と言っても指先と爪先だけだが)が戻り始めたのだ。

 

 二つ目は視線の先に居た謙哉の姿が一瞬で消え去ったこと。10mほどの距離にいた彼は、瞬き一つの間にその姿を消していた。

 

 そして三つ目は……今、自分が宙を舞っていることだった。

 当然、エックスが自分で飛んだのではない。ならば何故、彼は宙を舞っているのか? ……答えは非常に単純だった。

 

 彼は今、殴られて吹き飛ばされたのだ。

 

「がっっ! はっっ!?」

 

 背骨が折れる程の衝撃が体を貫く。逆くの字に曲がった体が悲鳴を上げる。

 仰け反った体のまま背後を見れば、先ほどまで自分の居た場所には謙哉が拳を構えて立っているではないか。あの一瞬に何が起きたのかを理解出来ないエックスがただ疑問を浮かべたまま吹き飛んでいると――

 

「こっちだ」

 

「がべぇっ!?」

 

 またしても、瞬き一つの間に謙哉は移動していた。今度は宙を舞う自分の真上、そこで拳を構えた謙哉は、地面に向けてエックスを思い切り殴り飛ばす。

 強烈な一撃を受けたエックスは、きりもみ回転をしながら真っ逆さまに地面へと落ちて行く。痛みと回転によるGによって意識を混濁とさせたエックスは、三度信じられない物を目にしてしまった。

 

「なんで……お前がそこにいるんだよぉぉぉぉっっ!?」

 

 空中で自分を殴り飛ばしたはずの謙哉が、何故か落下地点で自分を待ち構えていた。拳を構え、もう一撃を繰り出す用意をした彼が、三度目の打撃を無防備なエックスの顔面へと叩き込む。

 

「ぐばぁぁっっっ!?」

 

 顔面の骨が砕けた気がした。首も折れ、全身がバラバラになる程の痛みを感じた。

 だが、エックスはそれ以上に謙哉の高速移動に対する疑問で頭の中が一杯になっていた。一体、どんなトリックを使ったのか? 呻きながら立ち上がったエックスが耳にしたのは、先ほどから響いていたサガの声であった。

 

『……これが、謙哉の能力だ。お前の《改竄》同様の能力であり、王となった彼に与えられた固有の力……その名は、《守護》』

 

「《守護》、だと……?」

 

『その通りだ。その能力は味方が敵の攻撃及び効果の対象となった際に発動し、その効果を無効にして謙哉自身の能力値を上昇させる。そして、対象となった存在が謙哉にとって大切な存在であればある程、その上昇量は増大するのだ』

 

「こ、攻撃や効果を無効にするだって……? じゃあ、水無月玲のデータの消滅が止まったのは……?」

 

『この《守護》の能力故だ。謙哉の高速移動も、《守護》の効果で上昇したステータスがあってのこと……言っただろう? お前の打っている手は、お前にとって最悪の一手だとな』

 

 まさしくその通りであった。エックスの一手は、何の意味も為さないどころか謙哉のステータスを大幅に上昇させる結果に繋がってしまったのだ。

 しかも、よりにもよって自分が壊そうとしたのは()()()()()()()()()()なのだ。この一手でどれだけ謙哉の能力値が上昇したのかなど、考えたくもない。

 

「う、ぐ、あ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 謙哉の攻撃を受け、目で追えぬ程のスピードを体感し、その強さを理解したからこそわかる。今の自分では、絶対に謙哉には勝てない。どう足掻いたって無理だ。

 であるならば――非常に情けない事だが――逃げるしかない。今、ここで無理に戦いを仕掛ける事は馬鹿がやる事だ。

 

《超必殺技発動 ダーク・メテオ・レイン》

 

 判断を下した後のエックスの動きは速かった。即座に広範囲射程の必殺技を発動し、その狙いを定める。標的は謙哉では無く、その背後にいる勇たちだ。

 

「うぅぅぅぅあぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 遮二無二隕石を彼らの頭上へと降らせ、ひたすらに時間を稼ぐ。もしも謙哉が勇たちを守ろうとすれば、その為に隙が生じるだろう。自分はその隙に逃れれば良い。

 そして、謙哉の性格上、勇たちを見捨てるという事はしないはずだ。こうすれば確実にこの場から離脱出来る、エックスはそう信じていたのだが……

 

《封印解放・レベル1》

 

「!?」

 

 謙哉は焦る事無くサーガランスに巻き付いている鎖を一つ外すと、それを地面に突き立てる。そして、外蓑をはためかせると、自身も必殺技を発動した。

 

《超必殺技発動! レイ・オブザ・ファランクス!》

 

 瞬く閃光、その眩しさにエックスは目を覆い、一瞬視界を閉ざした。光が収まったことを感じ、彼が再び顔を上げれば、そこには盾を構えた無数の兵士たちがいるではないか。

 勇たちを庇う様に立ち、盾を構える兵士たち。迫り来る隕石目掛けて盾を突き出した彼らは、鉄壁の防御を以ってエックスの攻撃を防ぎ切る。

 これで勇たちの安全は確保された。そして、謙哉はまだ身動きが出来る。再び槍を手にした謙哉は、エックスに向けてその穂先を向けた。

 

「……これで終わりだ、エックス!」

 

《封印解放・レベル3》

 

《MAXIMUM POWER! MAKE SAGA!》

 

 サーガランスを包む光が渦を巻く。蒼い雷光が弾け、徐々に力と激しさを増していく。

 謙哉が天高く槍を掲げれば、天空から舞い降りた雷がその穂先へと直撃した。それが更にサーガランスに力を与え、刀身を拘束する鎖を一斉に弾け飛ばさせた。

 

「ぐ、ぐぐ……! ボクを、舐めるなっっ!! 王に覚醒したばかりの貴様に負ける程、ボクは落ちぶれちゃいないっ!」

 

 自分の視界を覆う光は激しく強く、そして神々しい。その光に圧倒されながらも、エックスは僅かに残る矜持のまま叫ぶ。

 負ける訳にはいかない。ただのガキなどに負けを認め、尻尾を巻いて逃げる訳にはいかない……それは、愚かなエックスのプライドの咆哮であった。逃げる事が正しいとわかっていながらも、それでも自分の名誉を優先することしか彼には出来なかった。

 

「消えろぉぉぉっ! ボクの最強の必殺技で、存在ごと消えてなくなれぇぇっっ!!」

 

《超必殺技発動! ブラックホール・ダウン!》

 

 杖を振ったエックスの頭上に黒点が生じる。それは徐々に渦巻き、周囲の空気を飲み込み、大きくなっていく。

 光を、声を、物質を、全てを吸い寄せ、逃れられぬ破滅へと誘う最強の暗黒……ブラックホールを発生させたエックスは、その闇を以って謙哉たちを葬り去ろうとしていた。

 

「あはははははは! あははははははははは!」

 

 成長するブラックホールは王座の間を飲み込む程の大きさになろうとしている。全てを吸い寄せ、破壊する破壊の化身となったブラックホールは、謙哉たちの姿を完全に覆い隠していた。

 エックスにはもう、広がる闇以外の物は見えていなかった。全てを吸い込み、破壊する自身の最強の必殺技。本拠地で撃てば被害も大きいが、これを破ることなど決して出来ないだろう。そう、決してだ。

 勝ったと、彼は思っていた。いや、そう思いたかったと言う方が正しいのだろう。だがしかし、彼のそんな思いは今日、何度も裏切られたことを忘れてはいけない。

 

《究極必殺技 発動》

 

 闇の先から聞こえた電子音声。それは、全てを飲み込むブラックホールを突き抜け、確かにエックスの耳に届いた。

 ゾワリと、その音を聞いたエックスの背筋に悪寒が走る。自分に纏わり付く不快な何かが、自分に恐怖心を抱かせている。

 逃げたい、目を覆って全てを見なかったことにしたい……だが、体が動いてくれない。瞼を閉じることすら出来ないまま、エックスは目の前の光景を見続けるしかない。

 

 エックスには見えていた。自分が作り上げた闇の果て、その先に一人の騎士が槍を構える姿を。電撃が、雷光が、稲光が、蒼い色をしたそれが、はっきりとその目に映っていた。

 

「うそだ……」

 

 確信に近い予感。抗い難い真実。首を振り、それを否定しようとも、エックスの運命は変わらない。

 

「邪魔なんだよ、お前……! お前がそこに居たら――」

 

 響くのは謙哉の声。雷の弾ける音に紛れ、彼の声もまたエックスの耳に届いていた。

 闇に吸い込まれるはずの彼の姿が、声が、雷光が……その全てをエックスが感じている。闇に包まれることの無い光を放つ謙哉をブラックホールは捉え切れていない。

 事ここに至ってエックスが考えたのは、『自分は何処で間違えた』のかであった。何を誤ったが故の敗北なのかを、彼は考え始めていた。

 そう……エックスは自らの敗北を悟り、諦めの境地に辿り着いていたのだ。そんな彼に向け、謙哉は最後の一言となる叫びを口にする。

 

「お前がそこに居たら……水無月さんに手が届かないだろうが!!」

 

《究極必殺技発動 オリジン・ロンゴミニアド》

 

 謙哉が構える槍が突き出される。自分に向け、まっすぐと……その穂先から放たれる蒼い光は、いとも容易くブラックホールを突き破り、エックスへと向かって来た。 

 

 それは世界に産声を上げさせた始まりの光。天と地を割り、世界を創り上げ、命を生み出した原初の雷。

 それは玉座の間に広がる闇を一瞬にして突き抜け、世界を光で照らす最強の稲光。防げる物は無く、受け切る事も不可能な、最強の矛。

 

 真っすぐに……ただ真っすぐにエックスへと突き進んだその光は、完璧に彼の体を捉えた。胸を貫く電撃は、電子で構成されるエックスの体に大きな風穴を開ける。

 呻き声一つ上げないエックスの手から滑り落ちた杖は、謙哉の放った必殺技を前に跡形も無く消え去った。取り付けられていた宝玉が砕け、その内部から飛び出した光は空中で徐々に人の形を取り、元の姿を取り戻していく。

 やがて……宝玉から解放された玲は、空中で人の姿を取り戻すとゆっくりと落下して行った。彼女の体が地に落ちる寸前、伸ばされた謙哉の腕が玲を受け止める。

 

「……確かに、お前に奪われていたものは返して貰ったぞ」

 

 闇が晴れた戦場に謙哉の声が響く。暗黒魔王の手から奪い返した大切な人を抱き締め、胸に大きな風穴を開けた宿敵に背を向け、謙哉は仲間たちの元へと歩き出す。

 

「エックス……僕の、勝ちだ」

 

 手向けの言葉でも何でもない、ただの勝利宣言。視線も向けず、その姿を見ぬまま、エックスへと謙哉が言葉を残す。

 直後、それが合図であったかの様に、エックスへと裁きの雷が舞い降り、爆発を起こした。

 

 



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エピローグ 騎士と歌姫のこれから

色々と悩んでおきながら……ここでは一切、お話が進んでおりません!

重要な部分はまた次回をお待ちください! 本当にすいません!


 

 

「……ん、うぅ……?」

 

 短い呻き声を漏らし、瞼の裏に光を感じた玲はゆっくりと目を開く。白くぼやけた視界で何度か瞬きしてみれば、焦点があった瞳が白い天井を映し出した。

 

「ここ、は……?」

 

「玲っ! 目を覚ましたんだね!」

 

 全身に感じる気怠さのせいでその呟きに力はなかったが、その小さな声を聞き逃すことをしなかった二人の少女が満面の笑みを浮かべて玲の手を取る。とても喜ばしそうで、嬉しそうな表情を浮かべるその少女たちへと視線を移した玲は、未だに回らない頭のままに心に浮かんだ言葉を口にした。

 

「葉月? やよい……? 私、どうなって――?」

 

「玲ちゃん! 良かった、良かったよぉぉ……!」

 

 両手で玲の手を握り、顔を寄せながら涙を零すやよいは、大袈裟と思える程の反応を見せている。そんな彼女の様子を見つめていた玲は、少しずつ記憶を取り戻していった。

 

「そうだ……私、エックスの攻撃を受けて、ゲームオーバーになって……」

 

 徐々に鮮明になる記憶。暴走した謙哉を庇い、エックスの強力な一撃を受けた自分は、櫂と同じ末路を辿ったはずだった。しかし、自分は今、確かにこうして生きている。

 何があったのか? もしかしたら、自分はギリギリの所でゲームオーバーにならなかったのでは……? そんな、細やかな疑問を浮かべていた玲の頭は、唐突にある事実に気が付いてそれで一杯になる。

 

「謙哉はっ!? あいつは無事なの!? まさか、またエックスを倒す為に無茶してるんじゃないでしょうね!? そんなことしてたら、今度はギッタンギッッタンのボッコボコに――!」

 

「わーわーわー! お、落ち着いてよ玲! 謙哉っちも無事だし、もう《狂化》のカードも使ってないからさ!」

 

「本当に凄かったんだよ、謙哉さん! 玲ちゃんの為にエックスをやっつけちゃったんだから!」

 

「え……? エックスを倒した? 魔王であるエックスを《狂化》無しで?」

 

「「うんっ!」」

 

 同時に頷いた葉月とやよいは、玲が囚われの身になっていた間に起きた多くの出来事を代わる代わる解説し始める。

 玲は間違いなくゲームオーバーになっていた事。謙哉が《創世騎士王 サガ》の力を得てレベル100に達した事。その力でエックスを打倒した事。そのお陰で玲は無事に戻ってこられたという事……それら全ての出来事を耳にする度、玲の表情は驚きの感情に染まっていく。やがて、謙哉がエックスを倒し、玲を奪還した所で、堪らず彼女は二人の話に待ったをかけた。

 

「ま、待って、理解がついて行かないわ。そんな、色んな事をいっぺんに言われたって……」

 

「その気持ちもわかるけどさ、この後に起きたことの方が大変なんだよ。そのなんて言うか……」

 

「なに? まだ何かあるの? もう、何があっても驚かないわよ」

 

 驚きと半分の呆れ、理解を超える出来事が連発して起きていることはわかったが、ただ話を聞くだけでは到底それが現実に起きたことだとは思えない玲はややうんざりとした様子で首を振る。その言葉通り、もう何が起きたとしても驚かない心構えをしていた玲であったが――

 

「水無月さんが目を覚ましたって本当!?」

 

「きゃっ!?」

 

 そんな叫びと共に勢い良く開いた扉の音に、その心構えは呆気無く砕け散った。なんとも可愛らしい悲鳴を上げた玲の瞳が息を切らせて部屋の中に駆け込んで来た青年の姿を捉え、彼女にもう一度驚きと衝撃をもたらす。

 傷だらけでボロボロの状態である彼は、もしかしたら自分よりも入院の必要があるかもしれない。それでもその瞳に灯る光は力強く、自分が危惧していた時の彼のものとは同じとは思えない程に温かだ。端的に言ってしまえば、自分が好きな本来の彼の姿と言えるだろう。

 謙哉は、涙混じりの笑顔を浮かべながら玲に近づき、腕を大きく広げて彼女を抱き締めた。

 

「水無月さん……! ごめん……本当にごめんなさい……! 僕のせいで、取り返しのつかないことになるところだった……!」

 

「え? ちょ、謙哉っ!? な、何考えてるのよ!」

 

 彼女が無事な普段の自分とは思えないような女の子らしい悲鳴を上げる玲。葉月とやよいの目を気にして自分に抱き着く謙哉を引き剥がそうとするも、内心まんざらでもない気分になっていた。

 くしゃりと彼の頭に優しく触れ、慣れない手つきで背を撫でる。顔は真っ赤で、まともに前も向けない状態ではあったが、確かに感じる謙哉の温もりに玲の口元はわずかに綻んでいた。

 

「まったく、なんなのよ……恥ずかしいったらありゃしないわ……」

 

「ご、ごめん……」

 

「……良いわよ。今日だけは許してあげる」

 

 何とも甘く、幸福な一時。謙哉に抱きしめられ、幸せそうな表情を浮かべる玲の姿を葉月とやよいも温かい視線で見つめていたが――

 

「え~……ゴホン、ちょっとよろしいでしょうか?」

 

「え……?」

 

 部屋に響く第三者の声。その声に顔を向けた玲は、気まずそうな表情でこちらを見る天空橋の姿を見つけた。その背後で頭を抱え、やっちまったと言わんばかりの顔をしている勇の姿もだ。

 気心知れた葉月たちならともかく、天空橋や勇にこのような姿を見せていたということに気が付いた玲の表情が一気に強張る。顔の赤みも更に増し、まるでトマトのようになってしまった彼女は、悲鳴を上げると共に全力で謙哉の体を突き飛ばしてしまった。

 

「ひにゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「わぎゃっ!?」

 

 玲に突き飛ばされ、すてーん! という擬音がぴったりの転倒で頭を床に打ち付けた謙哉は、そのまま目を回したまま何事かを唸っている。当たり所が悪かったのか、すぐには立ち上がれそうには無さそうだ。

 

「お、おい、謙哉!? 大丈夫か!?」

 

「う~ん、うう~ん……」

 

 慌てた様子の勇の呼びかけにも満足な返答が出来ない謙哉。勇はそんな彼の体を揺さぶったり、大きな声で呼びかけたりして、なんとか意識を覚醒させようとしている。

 玲たちは、親友二人のやり取りを心配そうに見つめていたが、天空橋が自分たちに向けて何か言いたそうな表情をしていることに気が付き、彼へと視線を向けた。

 

「え~……色々とお話したいことはあるでしょうが、それは次の作戦会議の際に纏めて報告しましょう。そこで、色々と分かることもあるはずです」

 

「で、でも、玲にはもう少し事情を話しておいた方が――」

 

「水無月さんに必要なのは休養です。まずは体を休め、回復に努めて下さい。状況を確認するのは、その後でも構わないでしょう?」

 

「……わかりました。ご心配をおかけした身分です、その決定に従います」

 

「ありがとうございます……色々と気になることはあるでしょうが、必ず説明はさせて頂きます。その日に備え、体を万全の状態に戻しておいてください」

 

「はい。……でも、その前に一つ良いですか?」

 

「は? なんでしょうか?」

 

 あっさりと休養に専念することを了承した玲は、訝しげな顔を見せる天空橋に一つの条件を突き付ける。ようやっと床から立ち上がり、頭を振って意識を覚醒させつつある謙哉を指差した彼女は、単純明快な要求を口にした。

 

「……少しで良いので、彼と二人きりにして下さい。お願いできますか?」

 

「それ位なら、まあ……」

 

 未だに状況を確認出来ていない謙哉の顔を一瞬だけ見てから玲の要求を飲んだ天空橋は、謙哉だけを残して病室から出て行った。その時、勇が「オッサン、もうちょい状況を読めよ。あの声のかけ方は無いだろうが」と突っ込んでいる声が聞こえたが、玲にとってはそんなことはどうでも良い。

 狭い病室の中で謙哉と二人きりになった玲は、ベッドのシーツを握り締めたまま顔を伏せ、その表情を謙哉に読ませないようにしている。感情の読み取れない玲に対して気後れしてしまう謙哉であったが、玲はそんな彼に向けてか細い声で問いかけをした。

 

「……何か、私に言う事は無い?」

 

「え? あ、あぁ……その、本当に、ごめん……僕が身勝手な行動をしたせいで、水無月さんを危険に晒してしまったことや、約束を破って君に沢山心配をかけたこと、ちゃんと謝らないといけないと思って――」

 

「……他には?」

 

「えっと……ありがとう、かな。水無月さんのお陰で色々と大切なことに気が付けた。自分が見失ってたものとか、戦う理由だとか……だから、そのことについてお礼を言わせて欲しい」

 

「……それだけ?」

 

「え? ええっと……」

 

 一つ、また一つと自分の思いを言葉に紡ぐ謙哉。しかし、玲はといえば、謙哉が口を開く度にどこかぴりぴりとした雰囲気を放つようになっている。

 明らかに……そう、明らかに玲は機嫌を損ねている。一体、自分の何がそこまで彼女を苛立たせているのだろうか? 謙哉は少ない乙女心に関する情報を脳内から引き出しつつその理由を探るが、答えらしい答えは残念ながら浮かんで来ない。

 

「あの、その、え、ええっと……」

 

 段々としどろもどろになる謙哉は、これ以上玲に不快な思いをさせたくないと更に思考を深めるも、逆にそれがパニック状態を引き起こしてしまっていた。こういう時にはどうすれば良いのか? 完全に困り果てた謙哉が、先ほどとは別の理由で目を回していると――

 

「……本当にそれだけなの?」

 

「へっ?」

 

「私に対して言う事は、本当にそれだけなの? あなた、私の話をちゃんと聞いてた?」

 

 謙哉の制服の裾を指で掴み、ほんの僅かに顔を上げる玲。その顔は真っ赤に染まっており、気恥ずかしさ故か目にも涙が浮かんでいる。

 

「私、あなたに対して凄く大事なことを伝えたと思うのだけれど? 本当にそれだけしか言えないわけ?」

 

 勇気を振り絞った玲の呟きを耳にした謙哉の視線が上を向く。彼女からの話を思い出そうとしている謙哉の顔をちらちらと見つめる玲は、必死に平静を装うとしていたが、実際の所は心臓がうるさいぐらいに鼓動を刻んでいたのだ。

 そう、彼女はとても大事なことを謙哉に告げていた。簡潔で、単純な、自分の思いを告げていた。もうこれで最後だから悔いを残さぬようにと言ってしまったあの言葉を思い返す玲は、耳を真っ赤にしながら下を向く。

 

(ああ、何で……なんで、あんなことを言っちゃったのよ?)

 

 あなたのことが大好きだなどと、なぜ口にしてしまったのか? 無論、それはほかならぬ自分の本心なのだが、実際に想い人に告げようと思ったことは一度も無かった。

 が、言ってしまった。場の空気に流されたというか、本当に最後だからと半ばヤケクソのようなものだったというか、理由は色々と思い浮かぶが、事実として自分は()()()()()()()しまったのだ。

 恥ずかしい。火が出て来るのではないかと位に顔が熱い。正直、まともに謙哉の顔を見れないというのが玲の現在の心情だ。

 だとするならば……少しは謙哉もこの恥ずかしさを味わうと良い、玲はそう思っていた。自分だけが恥ずかしがるなど不平等であるし、告白を受けた以上はその返事を行うことは当然の義務だろう。まさか、逃げるつもりでもあるまいし。

 そう強がって、虚勢を張る玲であったが……やはり、彼女の心臓はうるさいぐらいに高鳴っていた。しかも時折、痛むほどに大きく鼓動するのだ。

 本当は不安だった、謙哉が自分の想いを受け入れてくれるのかどうかが。この行動の果てで、自分と彼との関係が壊れてしまうことが怖かった。

 だが、もう後戻りは出来ない。進むしかない……どうなったとして、あの言葉を無かったことには出来ないし、するつもりも無い。なら、この恐怖を抑え、謙哉の答えを聞くしかないのだ。

 

「聞かせてよ……あなたの返事を……!」

 

 からからに乾いた口の中から声を漏らす。喉を痛めない様にしないとなと何処か冷静に考えつつも、体の温度はぐんぐんと上がっていく。

 制服の袖を掴む手にも強い力が込められていた。緊張と不安、そして期待に胸の内を支配されながら、玲は謙哉の答えを待つ。

 そして……彼女へと真っすぐに視線を向けた謙哉は、一瞬だけ申し訳無さそうな表情をし、そして――

 

「……ごめん」

 

 そう、答えた。

 

「……そう。それが、あなたの、答え……ね」

 

 昂っていた心臓が、体温が、一気に冷める。玲は、胸を締め付けるような痛みを感じていた。

 わかっていた、自分の様な不愛想な女を好きになる筈は無いと。彼は誰にでも優しい、自分だけが特別なのでは無い。その優しさに慣れていない自分が馬鹿なだけだ。

 

(これが失恋、か……)

 

 それを自覚した瞬間、玲の中の何かがぷつりと切れた。同時に涙腺が決壊してしまったかのように涙が溢れ、悲しみの感情が抑えきれなくなる。

 辛く、苦しい経験。しかし、謙哉を恨むことは出来ない。自分の思いを受け止められないことは決して罪では無いし、彼にだって選ぶ権利はあるはずだ。

 そうやって自分を納得させようと心の中で言葉を重ねる玲であったが……しかし、次に謙哉が口を開いた途端、その感情も瞬時に消え去ってしまった。

 

「あの、本当にごめん……どうやら凄く大事なことを言われたみたいなんだけど……聞こえてませんでした!」

 

「……はい?」

 

 出かけていた涙が引っ込む。心が先ほどとはまったく別の理由で冷える。自分は今、何かとんでもない発言を聞いた気がする。

 キリキリと、機械人形のように顔を上げた玲が見たのは、死ぬほど申し訳無さそうな表情で自分に詫びる謙哉の姿……その謝罪内容は、自分の想像を遥かに超えるものではあったのだが。

 

「《狂化》の影響か、はっきりと意識が戻ったのは水無月さんが消える寸前でさ、その……そこに至るまでの話の全部を聞けてたわけじゃあ無いんだよね……」

 

「……は?」

 

「死なないで、って言われたことは覚えてるし、何か大事なことを言われた気もするんだけど……その前までのお話は、まったく思い出せません! ごめんなさい!」

 

「は、ぁ……?」

 

 深々と玲に頭を下げる謙哉。玲は、そんな彼の姿を見ながら乾いた呟きを口にする。

 覚えていない。自分の命懸けの告白を謙哉はかけらも覚えていない……それは、今まで通りの関係を続けられるという、玲にとってはある意味望ましい展開であり、同時に最悪の展開でもあった。

 

「覚えてない? 聞けなかった……? そう、そうなのね? あなたは、私の話を聞けていないと、そう言うのね?」

 

「い、いや! 全部を覚えてない訳じゃあないよ! ただ、その……一番大事な場所を聞けてなかったってだけで――」

 

 必死になって言い訳をする謙哉は、目の前にいる玲が非常に不機嫌であることを雰囲気から察知していた。自分が彼女の地雷を見事に踏み抜いてしまったことを悟るや否や、なんとかしてこの場を収めようと懸命に努力を始める。

 しかしまぁ、こうなった以上はこの先の展開も予測出来るわけであり……謙哉がどうなるかなど、考えるまでも無く――

 

「こんの……大馬鹿男! にぶちんっ! あほ! オタンコナス! ばーか! ばーか! ば~~かっ!!」

 

「あんぎゃぁぁぁぁぁぁっっ!! やっぱりこうなるんだよねぇっ!?」

 

 折檻、開始。何処で覚えたのかもわからないプロレス技を駆使して謙哉の関節と言う関節を締め上げる玲は、怒りと悲しみと気恥ずかしさと、おまけにちょっとした安心感を胸にしながら彼への罵倒を大声で叫び続けていた。

 

「あなたって人は、本当にっ! 少しは察しなさいよ、この鈍感っ!」

 

「いだだだだだだだっっ! 水無月さんっ! むりっ! それは無理っ! おれ、折れるっ!」

 

「知らないっ! もうあなたが死にかけてもなにもしないわよ! 少なくとも、あんなこっぱずかしい真似は二度としない! 絶対にあんなことはもう二度と言わないから!」

 

「水無月さっ! あた、あたってるっ! 色々当たってるからっ! 十分恥ずかしいことになってるからっ!!」

 

「なによ今更! 胸でもお尻でも好きに触れば良いじゃない! こっちはもうとっくにそれより恥ずかしい目に遭ってるって言ってんのよ、このドにぶちんっ!」

 

「いだだだだ! も、もうやめてよ~~っ!」

 

 地獄絵図と言うべきか、それとも仲の良いカップルがいちゃついていると言うべきか……何にせよ、この状況で甘いロマンスなどが生まれる筈は無い。と言うより、虎牙謙哉という青年に恋物語などを期待する方が無理な話なのだ。

 部屋の扉の外から中の様子を覗き見ていた勇たちも、そんな謙哉の様子に頭を抱えていた。三人が三人、同時に溜息をついて部屋の扉から遠のいて行く。

 

「……まさか、オッサン以上の駄目男がいるとはなぁ」

 

「な~んで戦いの時の鋭さがここで出ないんだろうね……?」

 

「……玲ちゃん、ちょっと可哀想……」

 

 呆れ果てた様子で呟き、再び溜息。そしていそいそと忍び足で部屋から離れ、とばっちりを喰らうのを避ける。

 部屋の内部から聞こえる悲鳴には同情を禁じ得ないが、自業自得として諦めて貰おう。全部、謙哉自身の責任なのだから。

 

「も、もう本当にやめてってば! 流石にげんか……あいたたたたぁっ!」

 

「ば~か! ば~~かっ! もひとつおまけにば~~かっっ!」

 

 もはや何処かほほえましく思えるやり取りを続ける謙哉と玲。そんな二人のことを、騎士王と歌姫のカードが優しく見守っていたのであった。

 

 








一人の王が消え、一人の王が現れた。権利を持つ者が一人減り、残る椅子は二つとなった。

その椅子に座すのは、果たして守る者か。それとも壊す者か。それを知るのは運命のみ。

己の願いを全て叶えられる力があるとするならば、それで何を望む? その力を以って、何を成そうとする?

既に賽は投げられた。運命の歯車は回り出した。あとはただ、終わりまで突き進むだけ……

さあ、今一度問おう。君は、何を望む?








「僕は……守りたいと願うよ。例えこの世界がどれほどまで罪深くとも、そこに生きる命や幸せを守りたいと望む。僕は守る、この選択に悔いは無い。僕は最後まで、君と一緒さ」






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魔王・器・仲間

 

 

 

「……では、会議を開始しましょう。今回は報告することが多すぎるので、順序良く進めていきたいですね」

 

 魔王エックスとの決戦から数日、虹彩学園の一室に集まった人々の顔を見つめながら、天空橋が会議の指揮を執る。緊張感が漂う会議室の中には、回復した玲や大文字などの生徒たちも含まれており、自分たちの知らない事実をようやく知る事が出来るということにある種の安心を感じてもいた。

 暗黒魔王の打倒というセンセーショナルなニュースに続き、レベル100に到達した謙哉や王の器という単語まで登場したこの戦いには、その時にあの場に居なかった自分たちにとって分からない事が多すぎた。こうして会議を開き、その事実を知る事になるまで、存分にやきもきさせられた訳だ。

 

「まずは、水無月さんを始めとした方々の回復を喜びましょう。皆、無事でよかった」

 

「ありがたい言葉ですが、今はそういったものは結構です。順序良く会議を進めるのであれば、建前の様な物は省いていきませんと」

 

 天空橋の言葉を受けた玲は、ややぴりぴりとした雰囲気を放ちながら言葉を返す。仲間たちの中で唯一状況を知らない彼女は、このメンバーの中でも一際苛立っている様に見えた。

 ……もしかしたら、数日前のあの出来事が後を引いている可能性も無きにしもあらずなのだが、今それを指摘することは自殺行為としか呼べないので追及は止そう。

 

「そう、ですね……では、まず一つ目の議題から行きましょう。これが一番重要な事実かもしれません」

 

 気を取り直した天空橋は、自分のPCを操作してスクリーンに映像を映し出す。若干荒れてはいるが、十分に高画質といえるであろう映像を目にした生徒たちは、視線をそこに集中させた。

 

「これは……?」

 

「数日前の戦いにて、謙哉さんがエックスに勝利した後の映像を記録したものです」

 

「なんだよ、戦いの映像じゃねえのか? あんまり意味ねえだろ、これ」

 

「……そうでも無いぜ。これ、かなり重要な映像になる」

 

「は……?」

 

 戦いの記録では無く、戦いが終わった後の記録であることに不満を漏らす仁科であったが、それを窘める様な勇の言葉に眉をひそめて彼へと視線を送った。勇は真剣な表情で映像を見つめており、決して先ほどの言葉が誇張ではない事がその様子から見て取れる。

 しかし、戦いが終わった後の映像が重要だと言うのはどういう意味なのだろうか? 仁科以外にもその言葉の意味を理解出来ないメンバーがいる中、映像が再生されてその時の光景を再現し始めた。

 

『エックスはどうなった!?』

 

『玲! 玲は無事なの!? 怪我は無い?』

 

 画面奥に燃え上がる炎をバックに、玲を抱えた謙哉がこちら側に向かって来るところから映像は始まった。重厚な鎧を身に纏った騎士王の姿を始めて見た面々は、それこそがレベル100に到達したオリジンナイトである事に気が付いて息を飲む。

 出来得ることならばその戦いを観てみたいとは思うのだが、今はこの映像を鑑賞することが優先だ。そう結論付けたメンバーは、そのまま映像の成り行きを見守っていく。

 映像ではやよいが玲の脈を取り、その無事を確認した所で、安堵と喜びの表情が画面いっぱいに映し出されていた。ここまではよくある光景だ。重要なのは、この先と言うことなのだろう。

 そして、その予想を裏切ること無く、映像は衝撃的な光景を皆の目の前に披露し始めた。

 

『み、見て! あれっ!』

 

 葉月の声が響き、画面の中の彼女が何かを指さす。カメラがその方向を向いてみれば、そこには腹に大きな穴を開けながらも立ち上がってこちらを見つめているエックスの姿があった。しかし、その脚はふらついており、最早彼に戦いを続けるだけの力が残っていないことは明らかだ。

 

『み、みとめな、い……! ボクは、終わっちゃいない……! 世界の指揮者になるボクが、こんな所で終わりを迎える訳には……!』

 

 よろめく足のまま、エックスが勇たちへと近づいて来る。その姿に警戒を強めた謙哉が、全員を庇う様に立ちはだかったその時だった。

 

『あ……! あぁぁ……っ!?』

 

 エックスの体が崩れ始め、形を保てなくなってきたのだ。表皮から剥がれていく様に崩壊を始めた自分の体を見たエックスは、絶望的な呻きを漏らして狂った様に叫び出す。

 

『い、嫌だ! こんな所で消えたくない! まだ、まだボクにはやるべきことがあるんだ! ボクはこの世界の支配者になって、全てを操る神になるはずなのに……!』

 

 嘆き、怒り、悔い、様々な感情を声に滲ませるエックス。しかし、彼の消滅は止まらない。訪れた死は、彼を決して逃してはくれない。

 

『嫌だ! 嫌だっ! ボクは王だ! 世界の王となる存在なんだ! 死んでたまるか! 消えてたまるものか! もう一度チャンスをくれ! そうすれば、今度は必ず……!』

 

 何かに、誰かに叫びかけるエックスであったが、最早そんなことをしても意味が無い程に彼の体の崩壊は進んでいた。全身が泡の飛沫の様に弾けて消えていく中、足掻き続けるエックスは最後に勇たちを目に映すと恨めし気な視線を送りつつ叫び声を上げる。

 

『お前たちは馬鹿だ……! 何も知らないまま、過酷な戦いの中に飛び込んだ。そのツケは必ず払うことになる! 死ね! 死んでしまえ! 苦しく辛い戦いの中、何も知る事無く消え去ってしまえ! ボクの夢を、野望を、脚本を……壊したことを、絶対に後悔させてやる!』

 

 エックスの体が弾ける。光の粒がその全身を包み、一瞬だけ彼の姿を隠す。

 そして、その光が消えた時……勇たちは、信じられないものを目にした。

 

『え……?』

 

 エックスの立っていた場所には、エックスはいなかった。代わりに一人の人間が立っていた。

 不健康そうな肌、やせ細った体、濁った瞳をしたその男性は、自分の体を見てから悲痛な呟きを漏らす。

 

『ああ……死にたく、ない……! ボクはまだ、何も成してないのに……』

 

 それが彼の最後の言葉となった。もう一度光が弾け、男性の体を完全に消し去り、跡形も無く消滅させる。それで、正真正銘、本当の終わりだった。

 目の前の光景に唖然としたまま動けない勇たちは、ただ茫然としたまま立ち尽くしていたが――そんな彼らに告げる様にして、聞き覚えのある電子音声が響く。

 

《GAME OVER》

 

 魔王の消滅を告げる電子音声が響いた王の間の景色を映し出し、映像は唐突に終わりを告げた。

 その映像を見終えた玲たちは、衝撃を感じながらも天空橋へと質問を投げかける。

 

「今の映像は、なんですか……? と言うより、あれは……!?」

 

「……決して、私が映像を捏造したという訳ではありません。あれは、実際に起こったことなのです」

 

「じゃ、じゃあ何でエックスが人間の姿になったんだよ? あんなの、絶対におかしいだろうが!」

 

「落ち着いて下さい! ……私も、全てを把握している訳では無いんです。ただ一つ言えることは、エックスは間違いなくゲームオーバーを迎えたということのみ……他のことについては、何一つとして理解出来ていないんです」

 

 天空橋のその答えに何も言えないまま、玲たちも口を噤んで押し黙る。ただ不気味で言い様の無い不安を胸に抱えたまま、彼女たちは今見た映像の意味を考え始めた。

 

 映像をそのままの意味として捉えるならば、エックスは実は人間だったということなのだろう。消滅の寸前、仮面ライダーが変身を解除する様に彼もまた人間態を明らかにして消え去ってしまったということだ。

 しかし、それが正しいのだろうか? 少なくともソサエティという世界が構築されてから10年以上は過ぎている。その間、彼は魔王と人間の二つの顔を使い分け、二重生活を行っていたのだろうか?

 ならば、あの人間はエックスが作り出した幻影か何かなのだろうか? 自分を打倒した人間たちに後味の悪い感情を抱かせる、いわば最後っ屁と呼ぶべきささやかな抵抗……それをエックスが行ったのだろうか?

 

「……あの人間については政府が調査を続けている。報告があり次第、君たちにも伝えよう」

 

「……それで、今の所は納得して頂けないでしょうか? 少なくとも、私たちにはこれ以上の報告は出来そうにありません」

 

「……わかりました」

 

 全員の意思を代表して答えた玲は、渦巻く不安を抱えたまま押し黙った。そんな彼女に申し訳無さそうな顔を見せつつ、天空橋は次の報告を始める。

 

「次に行うのは、『王の器』という単語についての報告です。と言っても、これは私が説明するのではなく――」

 

『私が行う、という訳だな』

 

 天空橋の言葉に被る様にして響く声。謙哉たちが驚いて顔を上げれば、先ほどまで映像が映し出されていたスクリーンに鈍色の魔神の姿が映し出された。

 

「マ、マキシマ!?」

 

『いかにも、機械魔王マキシマだ。今回の出来事において、私以上の解説役は存在しないだろう。よって、協力関係を築くという名目の下、私が王の器についての説明を始めよう。と言っても、私自身も全てを理解している訳では無いがな』

 

 突然登場したマキシマに対し、会議室に集まったメンバーの大半が驚きを隠せないでいた。ドライバーを手にして戦いの構えを取る者も居る中、勇は冷静に仲間たちに語り掛け、この混乱を収めようとする。

 

「落ち着けよ。マキシマは俺たちを助けてくれた。一応は信頼出来る相手だって言えるだろ?」

 

「そやけど勇ちゃん、こいつがほんまのこと言うてるかは分からんで? デタラメ吹いて、俺らを混乱させようとしとるのかもしれん」

 

「そうだとしても、俺たちには何の情報も無いんだ。だったら何か手がかりを得る為に少しは冒険しなきゃだろう? ……気持ちはわかるけど、俺を信じてくれよ」

 

 マキシマを信じるという判断を下した勇から大文字へと視線を移した光圀は、彼もまた静かに頷きを返したことを見て渋々ながらも椅子に座った。他のメンバーも光圀同様にマキシマの話を聞くことにしたらしく、会議室に静寂が戻る。

 

『……では、話させて貰おう。王の器とは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()といえる物だ』

 

「ソサエティの、王になる……?」

 

『ああ、王の器を得た者は、他の王たちと戦わなければならない。そして、最後の一人になった王が、ソサエティの全てを手に入れられる……らしい』

 

「ちょっと! 一番重要なところがあやふやじゃん! そこが大事だっていうのに!」

 

「で、でも! ソサエティの全てを手に入れられるってことは、エネミーも自由に出来るってことですよね!? なら、もしも良い人が王様になれば、もう世界はエネミーの脅威に怯えなくて良いってことじゃないかな!」

 

『……逆も然りだ。悪しき者がその力を得れば、現実世界はあっという間にエネミーによって滅ぼされる。大いなる軍勢を率いた魔王によって、世界は征服されるだろう』

 

「っっ……!!」

 

 興奮気味に希望的な未来を語ったやよいであったが、マキシマの言葉を受けて一瞬で顔を青ざめさせた。それは他の面々も同様で、もしもそうなった場合を想像して絶望的な表情を浮かべる。

 ソサエティの全てを手に入れる力……それがどんな物なのかは具体的にはわからない。だが、それをガグマやエックスの様な己の欲望の為に使う者が得れば、現実世界は容易く崩壊してしまうだろう。

 

『力は力だ、故にそれを振るう者にも大いなる責任が圧し掛かる。王の器に選ばれる者は、全員がその重圧に耐えられる強き者という点では共通しているな』

 

「……その王の器に選ばれたのが、アンタたち魔王と――」

 

「……僕、ってことですね?」

 

『そうだ。虎牙謙哉、君は新たな王となり、この世界を手中に収めるだけの力を得る戦いに参加する権利を得た。君は、我々魔王と並び立つ存在になったのだ』

 

 全員の視線が謙哉に集中する。レベル100の力、王の器、そしてソサエティの全てを手に入れられる可能性を手に入れた謙哉に眼を向けながら、緊張感に息を飲む。

 王の器を持つ者は、今まで魔王しか存在していなかった。しかし、謙哉がそこに加わったことで状況は変わった。これで、現実世界の人間たちも強大な力を得る可能性が生まれたのだ。

 しかし、それは更なる激しい戦いが始まろうとしていることを意味していた。特に王となった謙哉は、他の王たちと戦わなければならない宿命が付いて回るのだ。

 

『……エックスは王となった君に敗北したことが原因となって消滅した。奴は王の器を失い、争奪戦に参加する権利も失った。故に、ゲームオーバーとなった。そして、君が奴と同じ目に遭う可能性も十二分にあり得る。君が他の王に敗北すれば、君もエックスの様に消滅するかもしれないぞ』

 

「なっ……!?」

 

 それはあまりにも重く、衝撃的な罰則(ペナルティ)だった。敗北が死を意味するというのは、戦いにおいては当然のことかもしれない。しかし、これから強大な敵と戦い続けなければならない謙哉がその宿命を背負うというのは、精神的なプレッシャーが大きく圧し掛かるということになるのだ。

 死の恐怖と戦い、世界の命運を背負い、これからも戦い続けなければならない……普通に考えれば気が遠くなる様な状況だが、謙哉は軽く息を吐くと笑顔を見せつつマキシマに答える。

 

「覚悟してます。それに、負けたら消滅するかもなんて、最初から危惧されてたことでしょう? ……城田くんの礼もありますし、僕がそれを恐れて逃げる訳にはいきませんよ」

 

『……勇敢だな。でなければ王と成ることも出来まいか……。しかし、これから先の戦いは君の想像を遥かに超える厳しい物になるだろう』

 

「それも理解しています。でも……勝てば良いんでしょう? 勝たなきゃ結局、魔王たちがソサエティの全てを手に入れて現実世界を攻撃する。そうなったらお終いです。それを阻止するには、僕が最後の勝利者にならなければならない……そうでしょう?」

 

『その通りだ。君たち人類には、勝利以外の道は存在していない。敗北は即ち、魔王たちの侵略を意味しているのだからな』

 

 マキシマの言葉に頷きを返す謙哉は、この先待ち受ける戦いを思って僅かに恐怖を覚える。しかし、それでも戦いから逃げる選択肢を取ることはせず、力強い光を目に映して息を吐いた。

 そんな中、ぴんと手を伸ばして挙手した玲が、マキシマへと真っすぐな視線を向けて口を開く。彼女の瞳にもまた、謙哉にも負けない程の光が灯っていた。

 

「質問です、その王の器は、私にも得ることが出来ますか?」

 

『……可能か不可能かで言えば可能だ。しかし、人数制限がある。王の器は8つだけ、権利を得られるのは残り2名までだ』

 

「2人……! たったそれだけ……」

 

「……待たれよ、機械魔王。王の器は8つと言ったな? しかし、現状魔王は4人、そこに虎牙を加えたとて5人にしかならぬ。であれば、残りの権利者は3名ではないのか?」

 

 至極真っ当な疑問を投げかけた大文字は、マキシマの返答を待った。他の面々も指折り数えてその事実に気が付き、マキシマの返答に耳を貸す。

 そして、口を開いたマキシマが言ったのは、勇たちがまだ知らない新事実を示す言葉であった。

 

『……第五の魔王が居る』

 

「え……?」

 

『詳細は知らぬ。だが、そいつは()()()と呼ばれる存在らしい。我々の中でも最初に王の器を手にした存在で、全ての権利者が出そろった時に姿を現すと聞いている』

 

「だ、大魔王……! 明らかラスボス的な奴じゃん、それ!」

 

「まだそんな敵がいるなんて……」

 

「……つまりは、虎牙はまだ見ぬ敵を含めた魔王たちを全員打倒しなければならない、ということか」

 

 初めて存在を知った強敵、大魔王。その名を耳にした生徒たちは体に震えが走ることを感じていた。

 エックスを倒す事には成功したが、まだ他にもガグマやシドーといった強敵が控えている。これからも間違いなく辛い戦いが続くことを予感したメンバーであったが、意外なことに明るい話題を提供したのはマキシマであった。

 

『そう悲観することもない。君たちはエックスを倒した、これで現状明確になっている敵はガグマ、シドー、そして大魔王の三体だけだ。私は力を得る権利を放棄するからな』

 

「えっ……!? な、なんで、そんな……?」

 

『私は私のソサエティが存在していればそれで良い。引きこもり、実験と称した改造を行えればそれで良いのさ。現実世界を侵略するつもりは毛頭なく、他の魔王が力を得ては我が楽園の安寧も長くは続かないだろう。だから私は君たちに協力する。君たちがソサエティの全てを手に入れ、他の魔王を倒したその後で、私はのんびりと自分の世界で生き続けたいだけなのさ』

 

「とか言うといて、美味しいとこ取りするつもりちゃうやろな? 最後の最後で裏切る段取りやったら、許さへんで?」

 

『ふむ……その可能性を否定出来る材料は今の私には無い。しかし、私と協力するメリットも十二分にある筈だ。現にこうして王の器に関する情報を得ることが出来た。今後もこうして役に立てると思うのだがね?』

 

 あくまで機械的に話を進めるマキシマ。その対応は彼の二つ名からすれば当然なのだろうが、それでもどこかうさん臭さを感じずにはいれらない。

 警戒を見せる光圀であったが、現状はどうこう出来る訳でも無い。取り合えず、今は共闘関係を結んだ方が得策だと判断した彼は、鋭い視線を隠すとどっかりと椅子に座り直した。

 

『……もう一つ明るい話題だ。残り二つの王の器を君たちのうちの誰かが得ることが出来れば――その分、虎牙謙哉の負担は軽くなるはずだ』

 

「それもそうだな。謙哉一人で全部の魔王をぶっ潰す必要を無くせるなら、それに越したことはねえ」

 

「問題は、その王の器をどう入手するのかってことよね……物質として存在してるわけじゃ無く、何かのきっかけで得られる抽象的な物だから見当もつかないわ」

 

『……こればかりは私も何も言えない。その時を待つしかないのだろう。だが、それもまた厳しい道であることは確かだ。これだけは肝に銘じておいてくれ』

 

「分かってるよ。でも、仲間の一人だけにそんな辛い役目を押し付ける訳にはいかないからな。俺たちも出来ることをやる、その気持ちは変わんねえよ」

 

『なら、良い。これで私の話は以上だ。残りの議題について話し合ってくれ』

 

 勇の返答を聞き、どこか嬉しそうな声色でそう言い残したマキシマの姿がスクリーンから消える。映像の再生のために落としていた照明が再点灯し、部屋の中に明かりを取り戻した後で……天空橋から議長の役目を引き継いだ命が口を開いた。

 

「……本日の会議、最後の議題に入る。その、内容は……」

 

 話しながらちらりと部屋の一点を見つめた命は、やや辛そうな表情を浮かべて目を伏せた。しかし、そこは大人として、公平な立場に立つ者として話を進め、最後の議題を皆に提示する。

 

「……内容は、()()()()()()()()()()()……今回の戦いにおいて、彼女が犯した問題行為の責任を追及することが、最後の議題だ」

 

 沈痛な声色でそう告げる命の声を聞きながら、真美は俯いたまま何も言わずにただ黙っている。そんな彼女に向け、仲間たちの様々な感情が入り混じった視線が交差していたのであった。

 

 

 




運命の戦士 ディス (キャラクターカード)

ATK 2
HP  6

分類 人間 運命の子 主人公

効果
・フィールドに登場した時、もしくはリーダーカードとなった時、デッキから【ディスティニー】と名の付いた装備カードを一枚手札に加えることが出来る

・手札から運命、もしくはディスティニーと名の付いたカードを見せることで、このカードは1ターンに2回まで攻撃することが出来る

・『運命の子』を持つカードは、場に一枚だけしか存在出来ない

・1ターンに一度、手札に存在する『運命の子』を持つカードとこのカードを入れ替えることが出来る。その場合、HPは現在のHPに+2した状態とする



運命剣 ディスティニーソード (装備カード)

ATK +2

コスト リーダーカードにダメージ2を与えなければ、このカードを場に出すことは出来ない

効果

・『運命の子』を持つカードにしか装備出来ない

・このカードを装備したカードが手札に戻る時、このカードも手札に戻して良い

・このカードを装備したキャラクターが二回目の攻撃を行う時、その攻撃は庇われない



ディスティニーブレイク! (技カード)

条件

・『運命剣 ディスティニーソード』を装備した『運命の子』を持つカードが場に居る

・このターン中、相手リーダーに4以上のダメージを与えている

・相手リーダーの残りHPが5以下

・自分のリーダーカードが『運命の子』を持っている

コスト 手札を二枚捨てる

効果

・相手リーダーに5ダメージを与える。このダメージは減らせず、無効に出来ない





天空橋博士からのワンポイントアドバイス!

ディスティニーカードゲーム第一弾のシークレットカードである3枚のカードをご紹介! このカードは全部同じパックに入っているよ! 当たったら超ラッキー!

場に出た時に必ず専用装備カードを手札に加えられるディス。ディスがリーダーなら、『ディスティニーソード』の装備コストも手札にある他の『運命の子』と入れ替えることによって回復するから、実質タダでサーチと装備を行える!

相手が防御手段を持っていないなら、4ダメージの二回攻撃で一気に8ダメージ! もしもその攻撃で相手のHPが5以下になれば、必殺技のディスティニーブレイクを発動だ! 発動すれば絶対に勝利出来るこの必殺技で、バトルをカッコ良く決めよう!

ディスのサポートカードはまだまだ増える! 成長性の高いカードだから、ゲットした君は大事に持っておいてね!


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変化の時

 

 

「ま、待ってくれ、真美を追放する? 一体どういうことなんだ?」

 

 命の口から出た衝撃的な言葉に動揺を隠せない光牙は、蒼白な顔のまま仲間たちを見回してそう尋ねる。詳しい事情を知る者たちはそんな彼にどう説明したものかと悩み顔を浮かべるも、メンバーを代表して玲が口を開いた。

 

「その女はね、自分勝手な判断で謙哉を殺そうとしたのよ。そんな奴に指揮権を握らせる訳にはいかなってこと」

 

「こ、虎牙くんを……? 一体、何が……?」

 

「……美又は、お前とA組の生徒たちを守ろうとしたんだよ。その為に、《狂化》のデメリットを理解しながらも謙哉に時間稼ぎを命じたんだ。誰にも相談すること無くな」

 

 あまりにもぶっきらぼうな玲の説明に疑問を深めた光牙を哀れに思った勇は、真美の犯した過ちをざっくばらんではあるが分かり易く説明した。光牙は、勇の話を聞くと蒼白な表情を更に青ざめさせて真美に詰め寄る。

 

「な、なぜ……? どうしてそんな真似を……!? 君は、そんなことする様な人間じゃ無い筈だろう?」

 

「……そいつは何をしたってアンタを守りたかったのよ。だから、謙哉を犠牲にしようとした……気持ちは分からなくも無いわ。でも、だからと言って自分勝手な判断で人を殺そうとする奴を信用することは出来ない。そんな奴、私は指揮官として認めないわ」

 

 あくまで冷ややかな玲の声は、光牙の胸を深く抉った。冷静であり、知的であった真美がそんな独断専行を行うなど、こうして仲間たちに言われてもまだ信じることが出来ないでいる。

 信じたかった、自分を支えてくれると言ってくれた彼女のことを……しかし、真美は光牙の顔を横目で見ると、沈痛な面持ちのまま小さく呟いた。

 

「……すべて事実よ。私はA組と光牙の権威を守る為に虎牙を犠牲にしようとした……この事実は、どう足掻いたって覆らないわ」

 

「な、なんで……? 真美、どうして……?」

 

「それを説明したところで私のしたことは消えないわ。……攻略班からの除隊、及びその他の処分も異議なくお受けします。最悪、退学処分を受けることも覚悟しています」

 

 淡々と暗い瞳のまま話し続ける真美の横顔を光牙は現実を受け入れられない様な表情で見つめていた。

 彼にとって、この話し合いの全てが衝撃的過ぎた。実際に起きた出来事を噛み砕き、消化することが出来ないまま一番のショックを受けてしまった光牙は、ただ茫然と目の前の成り行きを見守ることしか出来ない。そんな光牙の周囲では、仲間たちがそれぞれ真美の処分についての話し合いを彼抜きで進めていた。

 

「待てよ、流石に退学はやりすぎだろう? 今までの功績もある、この一件で退学まで持ち込むのは納得出来ねえよ」

 

「間接的にとは言え、こいつは人を殺そうとしたのよ? 今回は偶然が重なって犠牲は出なかったけど、下手をしたら想像以上の被害が出ていたかもしれないわ。退学処分を下すには、十分な罪じゃなくって?」

 

「俺も玲ちゃんに賛成や。やらかした奴には罰が下る、それをビシッと見せつけとかな、群れの統率は乱れてくだけやで?」

 

「で、でも……やっぱり、退学はやりすぎだよ! 真美ちゃんも思い詰めての行動だったし、勇さんの言う通り、今まで一生懸命頑張ってくれたじゃない! それを全部無かったことにするのは可哀想だよ!」

 

 真美を擁護する声と非難する声、対立する仲間たちの意見を光牙は何処か遠い所から聞いている様な気分だった。まるで夢の中に居る様な……これが現実では無い様な、そんな気がしていた。

 

「……大人の私としては、美又の失態は確かに許せないものだ。しかし、ただ一回の過ちで全てを失う結果を招くことは避けたい。大人として、子供には過ちを正す機会があるべきだと私は思う」

 

「……命さんは、あくまで攻略班からの追放だけで処分を済ませるつもりなんですね。人が死ぬかもしれなかったのに……!」

 

 自分に対して憎々し気な視線を向ける玲の表情に命の胸が痛む。確かに彼女の気持ちは重々に理解出来るが、それでもあまりに重い処分を下すのは真美の未来を考慮すれば躊躇われた。

 出来ることならば、玲には納得して欲しい。そんな思いを胸にする命に助け舟を出したのは、真美に殺されかけた張本人である謙哉であった。

 

「水無月さん、そこまでにしようよ。確かに美又さんはやりすぎだったのかもしれないけど、彼女の意見に乗ったのは僕の意思だ。僕にも十分責任はある」

 

「だとしても納得出来ないわ。この学園に残る以上、あいつは何かしらの形でソサエティの攻略に関わる事になる。それを認可出来るほど、私は心が広くないの」

 

「水無月さん! ……美又さんのせいで君がゲームオーバーになったことや、沢山の人を危険に晒したことは許せることじゃないかもしれない。でも、それを彼女一人の責任にするのはお門違いだよ。少なくとも、今回の件に関しては僕にも非はあるんだからさ」

 

「………」

 

 真摯な態度で玲を説得する謙哉。彼の言葉に不機嫌そうな顔をしていた玲であったが、大きな溜息をつくと同時に諦めた様に声を発した。

 

「わかったわよ……一番の被害者であるあなたがそう言うのなら、私もそれ以上は追い込まないわ。でも、私は美又を許すつもりは無い。そのことだけは覚えておいて」

 

「うん、わかった。ありがとう、水無月さん」

 

「……別に、お礼を言われることじゃないでしょ。ホントに甘いんだから……!」

 

 他ならぬ謙哉の説得を受けた玲は渋々と言った様子で真美の退学案を退けた。この場で一番強硬な反対派が矛を収めたことを確認した命は、僅かにほっとした様子で結論を出す。

 

「では、最終的な美又真美の処分だが……ソサエティ攻略の第一線、つまりは指揮を下す立場から退き、一生徒として活動して貰う。これで良いな?」

 

「俺に異論は無いぜ。辛いかもしんねえが、受け入れてくれ」

 

「……ええ、寛大な処置に感謝致します」

 

「……光牙、お前も良いな?」

 

「あ、ああ……」

 

 勇に肩を叩かれ、声をかけられた光牙が呆けた声で返事をする。そんな彼のことを、勇は心苦しそうに見つめた。

 記憶喪失になってしまったマリア。ゲームオーバーになり、敵として復活した櫂。次々と親しい友人を失い続けた光牙にとって、最後の仲間であった真美は一番の心の拠り所だっただろう。そんな彼女が、ついに自分の傍から消え去ってしまう……光牙の辛い胸中を察する勇は、彼になんと言葉をかけるべきかに悩んでしまった。

 しかし、そんな彼に先んじて口を開いた真美は、普段の平静を保ったまま光牙に語り掛ける。僅かに震える声のまま、彼女は光牙に伝えるべきことを伝える。

 

「光牙……大丈夫よ、もう二度と会えなくなるわけじゃ無いわ。あなたを支えるという決意は変わらない、これからもそうよ。また私の力が必要になったら言って頂戴。絶対に駆けつけるから……」

 

「真美……!」

 

 その言葉を最後に、チームの中心から外された真美が会議室から去って行く。最後の最後まで自分を想い、協力してくれた真美の背中を光牙はただ黙って見送ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 部屋を出て、深く息を吐いた真美は沈痛な面持ちのまま顔を手で覆った。この辛い状況に心を痛めた訳では無い、これから始まる光牙の孤独な戦いを思い、その過酷さを想像したからだ。

 A組は弱体化し、側近と呼べる親しい仲間たちも全員消え去ってしまった。そんな辛い状況の中、自分は彼の傍に寄りそうことは出来ないのだ。

 エックスの退場、戦力の強化、そして王の器……これから先、状況は目まぐるしく変化するだろう。残りの魔王たちとも本格的な争いが始まる可能性だって十分にある。だが、光牙はこれから先、その戦いを一人で生き抜かなければならないのだ。

 

(可哀想な光牙……私がこんなミスを犯さなければ……!)

 

 もう少し慎重に行動すべきだった。謙哉を誘導するにしたって、もっと方法があったはずだ。

 焦りの感情から、短絡的な手段を選んでしまったことを後悔する真美。先ほどまでのしおらしい態度とは真逆の思いを胸にする彼女の瞳には、ギラギラと鋭い光が灯っていた。

 

(今の私にも出来ることはある。でも、光牙を一人には出来ない……光牙には傍で支えてくれる人間が必要だわ)

 

 クラスでも、攻略班でも孤独を深める光牙。そんな彼に必要なのは、心を許すことが出来る側近……自分の傍で優しく見守ってくれる存在だ。そしてそれは、願わくば彼がまだ攻略班の中心であることをアピール出来る様な人物であると良い。というより、そうでないと駄目だ。このままではリーダーとしての才覚を発揮し始めた勇が、憔悴した光牙に代わって攻略班全体のリーダーになってしまうだろう。

 光牙を支える人物に必要なのは、『彼が心を完全に開ける人物』であることと『勇を牽制し、光牙との関係を調整出来る能力を持つ人物』であるということ……それが可能なのは、たった一人しかいないだろう。

 そこまで考えを巡らせた真美は、自分のスマートフォンを取り出して電話帳を開くと、その人物にコンタクトを取るべく通話を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで? どないする気や、勇ちゃん?」

 

「は? 何がだよ?」

 

「勇ちゃんは虹彩の頭になるつもりがあるんかちゅうことや。もしもその気なら、今が良い機会だと思うで」

 

「俺が? んなつもりはねえよ。虹彩学園の代表は今まで通り光牙だ」

 

 光圀の話を一笑に附す勇。しかし、二人の会話に割り込んで来た葉月は、何処か楽し気な様子で勇に言う。

 

「え~っ、そんなの勿体無いじゃん! 勇っちがリーダーの方が良いんじゃない?」

 

「葉月、あのなぁ……俺はそんなタマじゃねえよ。第一、光牙以外の奴が頭になったら他の生徒たちが黙っちゃいねえだろ?」

 

「そうかな~……? アタシは大賛成だし、戦国学園の皆もそうじゃない? 反対するのって、A組の生徒たちだけでしょ?」

 

「少なくとも謙哉ちゃんのクラスの生徒たちは勇ちゃんに味方するやろな。他にも、エリート気取りの奴らを気に入らんちゅう奴は絶対に折るはずやで。そいつらの意見を合わせりゃ、勇ちゃんが白峯にとって代わることも可能やろ」

 

「おい、やめろって。今、光牙は美又の離脱で追い詰められてる筈だ。元々、あの筋肉馬鹿が敵になったり、マリアが攻略班から離れたりで心労が祟ってたところにこれなんだ、そんな話をしてアイツに余計な負担をかけんなよ」

 

「……逆やろ。こっから正念場って時に心構えが出来とらん奴に頭にいられちゃ、付いて行く側は堪ったもんやない。そやから、それ以外の信頼出来る奴が指揮を執るべきやと言っとるんや。そんで、それが可能なのは誰や? 一番の候補は勇ちゃんやろ?」

 

「それなら謙哉だ、アイツが俺たちの中で一番強い。リーダーになるのはアイツの方が――」

 

「ああ、ちゃうちゃう。そんなんやないで、勇ちゃん」

 

 からからと笑った光圀が勇に手を振ってその言葉を遮る。天井を見上げ、手を頭の後ろで組んだ光圀は、いやに真剣な様子で勇に語り掛けた。

 

「勇ちゃん、頭の資格ちゅうんは強いとか頭が良いとか違う。一番の条件は、こいつについて行きたいって思わせられるかどうかや。そしてそれをずっと背負い続けるかどうかってことなんやで」

 

「なら、やっぱり光牙だ。アイツが一番適役じゃねえか」

 

「確かにアイツは頭がええ、気質もリーダーっぽいんやろ。しかしな、アイツは高すぎる理想を持つ故に自分を追い詰めがちなんや。なまじ人よりは有能やからその理想を諦められん。やから無茶なことをしでかして、失敗して、自分に絶望して……その悪循環や」

 

「白峯も悪い奴じゃあないのかもしれないよ? でも、アタシたち外部の人間からすると、勇っちの方が信頼出来るんだよね」

 

「んなこと言われてもよ……俺は転校生だ、元からこの学園に居た訳じゃない。そんな奴が代表になるっていうのはおかしな話だと思わねえか?」

 

「思わんよ、俺は。言ったやろ? 頭になるやつの一番の条件は、こいつについて行きたいって思わせられるかどうかやってな。有体に言えばカリスマっちゅうやつや、勇ちゃんにはそれがある」

 

「おだてるなよ。褒めても何もでねえぞ」

 

「勇ちゃんは気が付いてないだけや。勇ちゃんには、白峯や大将とはまた違うカリスマちゅうもんがある。俺は、勇ちゃんがこの先何をするのかを見てみたいって思う気持ちが十分にあるで。そやから、勇ちゃんが思う様に絵を描ける虹彩の頭ちゅうポジションに就いて欲しい訳や」

 

「……アタシもそう思う。悪いけど、今の白峯は信頼出来ないから。今回の一件、真美の独断専行を引き起こした原因って、元はと言えばアイツの責任じゃん。櫂もマリアっちの時もそう、アイツが指揮を執った結果、かなりの被害が出ていることは間違いないんだよ」

 

「葉月、言い過ぎた。光牙だってアイツなりに一生懸命やって――」

 

「……また、マリアみたいに酷い目に遭う子が出るかもしれないよ。今度はゲームオーバーになる生徒だって出るかもしれない。実際、謙哉がレベル100にならなかったら、玲は死んじゃってた可能性が高いんだよ。このまま白峯が指揮を執ってたら、勇の大切な友達が死んじゃうかもしれないんだよ。それでも良いの?」

 

 突如として真剣な雰囲気になった葉月の言葉に勇は声を詰まらせてしまう。普段のお茶らけた態度とは違う、真面目な様子の葉月は勇の目を真っすぐに見ながら話を続けた。

 

「アタシはディーヴァのリーダーで、薔薇園の代表の一人でもある。だから、学園の皆の命を守る責任があるの。勇っちが好きだからだとか、白峯が嫌いだからとかの理由でこんなことを言ってるんじゃない。皆の安全の為、命を守る為に勇にリーダーになって欲しいって言ってるんだよ」

 

「……葉月、俺は……!」

 

「一人で出来ることには限界があるの。ガグマと戦った時、勇が一人で頑張ってもマリアを守り切れなかったみたいに、一人で全部を守ることは出来ない。でも、皆を指揮できる立場になれば話は変わる。今度こそ皆を守れる様になるんだよ」

 

「それは、そうだけどよ……」

 

「勇にその気があるのなら、アタシだって動くつもりだよ。光圀だってそうだし、なにより謙哉は間違いなく勇の味方になってくれる。各学園のライダーが協力すれば、勇がリーダーになることだって簡単なんだよ?」

 

「葉月! もう止せ! ……今はそんな話をしてる場合じゃない。光牙を立ち直らせて、美又の穴を早急に埋めなきゃならないんだ」

 

「待ってよ、勇っ!」

 

 矢継ぎ早に投げかけられる言葉に戸惑った様子を見せながら、強引に葉月との会話を打ち切った勇は足早に教室から出て行ってしまった。呼び止める葉月の言葉にも振り返らないまま、勇はひたすらに廊下を歩き続ける。

 だが、その頭の中から今の会話が消えることはなかった。同時に胸の中に一つの思いがよぎり、思考を満たしていく。

 

(俺が、リーダーに……皆を指揮する立場になる……)

 

 ぐしゃりと握り締めた拳が震える。思い出すのは、かつて自分の無力さを思い知ったあの戦いのこと、多くの物を失った辛い過去。

 あの時、もしも自分にもっと権力や発言力があったのなら、結果は違ったものになっていたのかもしれない。櫂は消えず、マリアも記憶喪失にならず、今も普通にソサエティの攻略を一緒になって進めていたのかもしれない。

 外部から来た自分には、それを阻止できるだけの力が無かった。自分に力を貸してくれる人間も数える程しか存在しなかった。

 だが、今は違う。今の自分には葉月や光圀の様な協力者が出来た。今の自分なら、今までとは違う目で生徒たちから見られることになるだろう。

 もしも自分がリーダーになったなら、全ての生徒たちを自由に動かせる立場になったのなら……それは、きっと重い責任が圧し掛かることになるのだろう。しかし、あの悲劇をもう二度と引き起こすことは阻止できるはずだ。

 なるべきなのかもしれない。だが、デメリットだって数えきれない程にある。これが正しいかどうかなど、誰にも判断がつかないのだ。

 

 守りたいものならある。だからこそ、強くなろうと決意したのだ。ベンチに座った勇は、ホルスターから《ディス》のカードを取り出して眺めながらポツリと呟く。

 

「どうしたら良いんだろうな、マリア……」

 

 困った時に悩みを聞いてくれた優しい少女の顔を思い浮かべ、勇は自嘲気味に笑みを浮かべてただ深く溜息を零したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうあなたしかいないの、分かってくれるでしょ? ねぇ……!?」

 

「わ、わかります。わかりますけど……」

 

 普段は強気で、弱音一つ吐かない真美が涙目になって自分に縋り付いている。それほどまでに彼女が弱っていることを悟ったマリアは、そんな真美を無理矢理引き剥がすことが出来なかった。ただ宥める様に声をかけ、背中を撫で、落ち着かせる為に声をかけることしか出来ないでいる。

 真美は、声を震わせ、泣きじゃくる表情のまま赤くなった目でマリアを真っすぐに見つめる。そして、背中に回した腕に強く力を込めながら、言葉を紡いだ。

 

「あなたにこんなことを頼むのは間違っているのかもしれない。でも、もうあなたしかいないの……!」

 

 信頼の籠った眼差し。頼れるのはあなただけだと、真美の瞳は言っていた。

 ごくりと喉を鳴らし、彼女の言葉に耳を傾けるマリア。真美は、そんな彼女に向けて最大の頼みごとを口にする。

 

「マリア、もう一度攻略班に戻って……そして、()()()()()()()()……!」

 

 それぞれの知らぬところ、見えないところで、それぞれが動く。物語はまた、その歯車を動かし始めていた。

 

 





光の勇者 ライト


ATK 2

HP  4


分類 人間 勇者 主人公



効果

・このカードがリーダーである時、自分の他のモンスター、キャラクターカードのHPとATKを+1する

・自分の『人間』カテゴリを持つカードが場に出た時、自分の体力を1回復する(最大値以上にはならない)

俺は勇者になるんだ! その為の旅が、今始まる! ――ライト



怪力戦士 ガイ

ATK 3

HP  5

分類 人間 戦士

効果無し

もっとオレを頼れよ、ライト! ――ガイ



女魔法使い マミー

ATK 1

HP  3

分類 人間 魔法使い 

効果

・このカードの攻撃時、自分の手札を一枚捨てて発動出来る。山札からカードを一枚引く

まったく、考え無しに突っ込むんだから! ――マミー



シスター マリア


ATK 1

HP  2

分類 人間 女性 僧侶

効果

・自分の他のカードのHPが回復した時、追加で体力を2回復する(最大値以上には回復しない)

貴方に神の祝福を……どうか、世界を救うヒーローになってください ――マリア





天空橋博士からのワンポイントアドバイス!


『ディスティニーカードゲーム・スターターデッキ』より、目玉カードをであるライトを含む4枚のカードをご紹介!

リーダーに設定した時、味方を強化する効果を持つライト! 体力が減ったとしても、キャラクターカードを出す事で回復することが出来るぞ! マリアが場に出ていれば、それだけで体力を3回復出来る!

『怪力戦士 ガイ』は、効果は無いものの高いステータスを持っている。ライトの効果を合わせれば、攻撃力4、体力6の強力なカードになってくれる! 更に装備カードで強化して、超強力なアタッカーになって貰おう!

要らない手札を交換することの出来るマミーは、必要なカードを手元に持って来るのに最適! ただし、マリア同様にステータスは低いので、倒されない様に工夫が必要だ。イベントカードや庇うことの出来るカード、装備カードでHPを増やすなどの対策を取ろう!

総じて、この4枚のカードは効果を組み合わせた長期戦が得意だぞ! 絆の力で助け合い、協力して勝利を目指そう!




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彼女たちの決意(前編)

 がらんとした空っぽの教室の中、一つの机を囲んで座る三人の少女たち。三人が三人、やや沈んだ様な暗い表情を浮かべたまま黙りこくっている。普段は笑みや明るい表情をしていることが多いこの三人がこんな様子を見せるのは、珍しく思えた。

 部屋の中に響くのは彼女たちの吐息の音のみ、それ以外の物音が一切しないこの部屋は、まるで世界から隔絶された空間の様だ。

 そんな中、ふっと口元に笑みを浮かべた葉月が残りの二人を見ると、この状況の中で初めて声を発した。

 

「ちょっと真面目な話しようか? 久々にさ……」

 

「ええ、良いわよ。色々と意見を交換するのは良い事だしね」

 

「う、うん……」

 

 葉月の意見に乗る玲とやよい。二人は、葉月が何を語ろうとしているのかを何となく察せていた。

 数時間前の会議では、新たな情報が幾つも自分たちに提示された。それら全てを取り込み、整理できた今だからこそ、話そうと思える事がある。

 二人もまた自分と同じ思いなのだということを葉月も理解出来ていた。だからこそ、改めてここで二人の意見を聞いてみたかったのだ。

 返答を受け、軽く息を吐いた彼女は、机に身を乗り出す様にして体を前に傾ける。二人との距離を物理的に詰めてから、葉月は言った。

 

「今日の会議で出た『王の器』について、二人はどう思う? 何か思う所があるんじゃない?」

 

「思う所って、その……?」

 

「……自分もその資格を得たいと思わないのか、ってことかしら? だとしたら、私はなりたいと思うわ。残る椅子の内、一つは私が手に入れる」

 

「ん……玲ならそう言うと思ってたよ。やっぱ、そうだよね……」

 

 腕を組み、しきりに頷く葉月。やよいはそんな彼女と真剣な表情を浮かべる玲の顔を交互に見てはおろおろしていた。

 玲もまた二人を視界に映しながら拳をぎゅっと握る。彼女の脳裏には、少し前の出来事が浮かび上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会議の終了後、玲は謙哉と共に会議室に残っていた。別段、何かを話そうとしたわけでは無く、ただ仲間たちが去って行く中で二人だけが残っただけだ。

 二人きりの空間だというのに全く良い雰囲気にならないのは、直前の会議の内容が後を引いているのだろう。玲も楽しくおしゃべりという気分では無かったものの、一つだけ確認したいことがあったために重い口を開いて謙哉に話しかけた。

 

「……謙哉、あなたはこれからどうするつもり? あなたは魔王たちと同じ立場になった、力も手に入れた……あなたはどうしたいの?」

 

「今までと何も変わらないよ。僕は皆を守る為に戦う、それだけさ」

 

「それだけ? ……世界を変えられる程の力を手に入れられるかもしれないのよ? 少しは野望とか無いの? 男の子らしく、世界征服とか……」

 

 からかう様に謙哉へ笑みを見せながら、玲の胸中は不安で仕方が無かった。今の言葉も、冗談では無くある種の確認として口にしたものだ。

 人は変わる、良い意味でも悪い意味でも、変わってしまう。どんな人間も、一生そのままであり続けられる訳では無い。良い例が自分だ、人を信じず、一人で生きていくと固く決意していた玲は、謙哉との出会いで変わった。仲間を信じ、人に恋をする様になったなど、昔の自分が聞いたら到底信じられないだろう。

 そして、彼女の両親もそうだった。優しかった父と母は変わってしまった。あんなに愛してくれていた玲を捨ててしまう程に心の冷たい人間になってしまった。

 玲は人が変わってしまうことについての恐ろしさと温かさを身に染みて理解していた。そして、だからこそ不安だった。優しい謙哉が強大な力を得たことによって、変わってしまうのではないかと思ったからだ。

 

 もしも、彼が世界を滅ぼせるだけの力を手に入れられたら? それを手にした彼が野心を抱いてしまったら? 謙哉が欲望のままに動く可能性は0だとは言い切れない。

 無論、玲は謙哉を信じている。だが、謙哉が100%正しい側に立ってくれるかどうかなどわからないのだ。

 彼は変わってしまうかもしれない。優しく、温かい謙哉が、居なくなってしまうかもしれない……そう思うと玲の胸は締め付けられる程に痛んだ。そして、言い様の無い不安に襲われる。その不安を掻き消す為、確証が無くとも彼の「変わらない」という言葉が聞きたかった。

 

「世界征服だなんて、そんなことする訳ないよ。ていうか、僕がそんなこと出来る人間だと思う?」

 

「……言われてみればそうね。あなたがそんな大したことが出来る人には思えないわ」

 

「あっ、酷いなぁ。そこまで言う?」

 

 玲の望み通り、謙哉は温かな言葉と共にその不安を一蹴してくれた。やはり彼が変わることはないのだと、玲は安心することが出来た。

 そう、何の確証も無くとも、これで自分は安堵出来る……笑みを浮かべ、心の平穏を取り戻した玲が顔を上げた時だった。

 

「……ねえ、水無月さん。ちょっとだけ聞いてくれる?」

 

「えっ……!?」

 

 玲の頬に何かが触れた。それは、ぞっとするほど冷たかった。

 次いで謙哉から告げられた言葉に目を見開いた彼女は、自分の頬に触れているのは謙哉の手であることを知る。恐ろしいくらいに冷たいそれとどこか空虚な謙哉の瞳に背筋を凍らせた玲は、息を飲みこんで硬直してしまった。

 

「少しだけ、ほんの少しだけで良いんだ。僕の独り言を聞いて欲しい。もう二度と口には出来ない僕の本音だろうからさ」

 

 寂し気に謙哉が微笑む。その言葉に答えを返せないまま玲は彼へと視線を注ぐ。謙哉は、そんな玲の様子などお構いなしといった感じで言葉を紡ぎ始めた。

 

「誰かを守る為に戦うって気持ちに嘘は無い、皆の為に戦うって気持ちにも嘘は無い。でも、本当はね……とても怖いんだ」

 

「え……?」

 

「負けたら死ぬかもしれないってことも怖い、誰かが死んじゃうかもしれないってことも怖い。でも、でも……一番怖いのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことなんだ」

 

 玲の頬に触れる謙哉の手は震えていた。玲にはそれが、まるで温もりを求める赤子の様な弱々しいものに感じられた。

 

「……僕がゲームオーバーにしたエックスは、人間だったかもしれない。それはつまり、僕が人を殺してしまったってことになるんだと思う。知らなかったとはいえ、僕は……人を殺してしまったんだ……」

 

 謙哉の独白を耳にした玲は喉を詰まらせた。彼の言葉を否定したくとも、声が出て来なかった。

 ただ首を横に振り、貴方は悪く無いと謙哉に伝えようとする玲。謙哉はそんな彼女の行為に微笑みを浮かべながら、悲し気にはなしを続ける。

 

「良いんだ、事実は変わらないから。それに後悔もしてないよ。僕は皆を守る為に……水無月さんを助ける為に戦って、勝った。その結果として、僕はエックスを殺してしまった。この事実はどう足掻いたって消えない、だからこそ後悔しちゃいけないんだ。僕は人を殺した、その事実から逃げちゃいけなんだと思う。そして――僕は、これからもそんなことを続けなきゃいけないんだ」

 

 ズキリと、玲の胸が痛んだ。自分が小さなことで安堵しているすぐ傍で、謙哉が苦しんでいることに気が付けなかったことが悔しかった。

 そして、それ以上に情けなかった。弱い自分がまた彼に寄り掛かろうとしていた。傷つき、苦しんでいる謙哉に縋ろうとしていた。そのことが堪らなく玲の心を締め付けていた。

 

「もう僕は戻れない、誰かを殺してしまったという事実からは逃げられない……だから、皆にこの重しを背負って欲しくないんだ。僕が全ての魔王を倒して、彼らを殺してしまえば良いって、そう思って自分を納得させようとしてたんだ。でも、でもさ――本当は怖いんだよ、水無月さん……!」

 

 謙哉の声が震える。瞳から涙が零れる。玲もまた、いつの間にか涙して視界を滲ませていた。

 玲には想像しきれない苦しみと恐怖、それを抱いた謙哉は初めてその感情を吐露している。弱音を、本音を玲に告げ、彼女に弱い自分を晒している。そんな謙哉を目の前にする玲は、彼の言葉を聞くことに必死で瞬きをすることすらも忘れていた。

 

「怖いよ……これから僕は人を殺さなきゃいけないんだって考えると凄く怖いんだ……。ガグマとシドーが人間だったら、僕は最低でもあと二人の人間を殺さなきゃいけなくなる。マキシマが裏切ったらもう一人、残る椅子に座る人間が悪人だったら、合計で五人だ。僕は、僕は……それだけの人間を殺す戦いに参加することになっちゃったんだ……」

 

「けん、や……」

 

「でも……僕がやらなきゃいけないんだ。皆を守れるのは僕だけだから……! 僕がやらなきゃ、皆が死んじゃう。そんなの絶対に嫌だ! だから、僕がやらなきゃ……! だって僕はもう一人殺してるから! もう戻れないから!」

 

「謙哉、もう、もうっ……!」

 

「勇にも、白峯くんにも、他の皆にも……誰にもこの苦しみを味合わせちゃいけない。こんな思いをするのは僕一人で沢山だ! だから僕が、僕が――っ!」

 

「もうやめてっ! 謙哉っっ!!」

 

 悲痛な玲の叫びが木霊する。同時に自分の側へと謙哉を抱き寄せた玲は、強く彼を抱き締めながらその背を撫でた。

 自分より頭一つは大きい謙哉が、とても小さく感じられる……弱々しく震え、怯える子供の様な謙哉は、か細い声で呟き続けていた。

 

「怖いよ、水無月さん……! 誰かを殺すことが本当に怖い……! 本当は逃げ出してしまいたい、でも僕がやらなきゃいけないんだ。だから、でも……怖いんだよ……!」

 

 今、自分の腕の中にいる青年は、強くて弱い人間だ。本当は怖くて仕方が無い癖に、その本音を押し殺して恐怖に立ち向かおうとしている。だが、どうしてもその思いを捨てきれない人間なのだ。

 それは正しい人の在り方であり、同時に歪な在り方でもある。虎牙謙哉という男は、誰よりも真っすぐであり過ぎた。だからこそ、抱える恐怖もここまで大きく膨れ上がっているのだろう。

 

 玲は悟る、謙哉はエックスを倒したあの日から、ずっと苦悩していたのだ。人を殺してしまったのかもしれないという苦悩。自分が人殺しになってしまったかもしれないという恐怖。そういったものとずっと格闘していたのだ。

 そこに今日の会議の内容である。謙哉は今日、自分がこの苦しみをずっと背負わなくてはならないことを知り、他の誰にもこの思いをさせたく無いと思った。だが、それはあまりにも過酷な道だ。20にも満たない年齢の子供が選ぶには、到底苦し過ぎる選択だった。

 

「だい、じょうぶ、大丈夫よ……大丈夫だから……!」

 

 震える謙哉の頭を撫でながら玲は思う、何が大丈夫なのだろうかと。自分には謙哉の苦しみを取り除くことは出来ない、こうして抱き締めることくらいしか出来ないのだ。それで何が大丈夫なのかと、玲は心の中で自分を笑っていた。

 

「大丈夫……! 私が傍に居るから、何時でも抱き締めてあげるから……! だから大丈夫よ、謙哉……!」

 

 今、自分が出来ることだけを口にて、ありふれた慰めの言葉を謙哉へかける玲の体もまた、小さく震え続けていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私は王の器を手に入れる。アイツ一人に全部を背負わせる訳にはいかないから……!」

 

 絞り出す様に声を発した玲は、葉月とやよいに眼差しを向けた。二人もまた、玲のその視線から彼女の強い決意を感じ取り、頷きを見せる。

 理由を教えてはくれないが、玲は本気だ。本気で王の器を手に入れようとしている……そしてそれはおそらく謙哉の為なのだろうという所までを察した二人であったが、それぞれ複雑そうな表情を浮かべて口を開いた。

 

「でも、難しいんじゃないかな。方法もさっぱりわからないし……」

 

「それでもよ。方法を見つけ出して、私も魔王と戦えるだけの力を手に入れるわ。そう決めたから」

 

 おどおどとした様子で玲に意見したやよいは、彼女の身を案じつつ視線を向ける。王の器を手に入れた者が厳しい戦いに飛び込むことは理解している。親友にその苦しい戦いを味わって欲しくないと思うのは、優しい彼女からすれば当然のことだった。

 しかし、玲も自分の思いを譲るつもりは無い様だ。彼女の真っすぐな雰囲気に何も言えなくなってしまったやよいに代わり、今度は葉月が口を開く。

 

「そっか……じゃあ、アタシと玲はライバルだね。同じ王の器を狙うライバルだ」

 

「葉月、あなたも王になるつもりなの?」

 

「うんにゃ! アタシは王にはならないよ。……アタシは、勇を王にする」

 

「!?」

 

 今度は玲が驚く番だった。やよいもまた、葉月の宣言に驚きを隠せずにいる。

 自分では無く、勇に王の器を捧げようとしている葉月。彼女は、頬杖を突くとニヤけた面のまま自分の思いを語り出す。

 

「玲は怒るかもしれないけどさ。謙哉よりも勇の方が王様に相応しいと思うんだよね! ……アタシたちの誰より、勇が世界の未来を背負うに相応しい人間だと思ってる。だから、アタシは勇に王になって欲しい」

 

「待ちなさいよ、葉月。それって何? 龍堂と謙哉を戦わせる気があるってこと? 世界の運命を背負う人間を決める為、あの二人を争わせるつもり?」

 

「そんなんじゃないよ! もしも勇が王の器を手に入れたとして、他の王を倒した後でどちらかがマキシマみたいに権利を放棄すればいいだけじゃん? ……それに、謙哉だけに力を握らせておくのは危ないかもしれないよ?」

 

「……どう言う意味かしら?」

 

 部屋の中にピリリとした緊張感が走る。普段は仲が良い二人の間に張り詰めた鋭い空気は、どこか重苦しく感じられた。

 

「玲はさ、もしも謙哉が世界を滅ぼそうとしたら、どうする?」

 

「ありえない、そんなことになったりしない」

 

「もしもの話だよ。謙哉が力を手に入れて、世界を自分の物にしようとしたら? 玲は謙哉を止めることが出来――」

 

「ありえないって言ってるでしょ!」

 

 淡々とした葉月の問いかけに感情的になって叫ぶ玲。いつもとは逆の反応を見せる二人をやよいはおろおろと見比べることしか出来ない。

 悪戯っぽく笑う葉月と肩で息をしながら前のめりになる玲。対照的な二人が視線をぶつける中、先に口を開いたのは葉月だった。

 

「アタシはね、止めないよ。もしも勇が王になって、世界を自分の物にしようとしたら……それに手を貸すと思う」

 

「あなた、何を言って――!?」

 

「そりゃあ、勇が悪の親玉になって沢山の人を虐殺ー、とかありえないとは思ってるよ? でもさ、逆にそんな風に勇がなるとしたなら……それは、そうした方が良いと勇が判断したからだと思うんだ」

 

「……だから、勇さんがおかしくなったとしても止めないで手を貸すってことなの? もしもの話だとしても、そんなの怖いよ……」

 

「そうだね……アタシも美又と似た様な人間だってことかな? ……アタシは、勇が変わったとしても構わない。変わった彼について行って、それで……新しい王の誕生を目にしてみたいな」

 

「葉月……!」

 

 淀んでいる様な、それでいて澄んでいる葉月の瞳を見た玲とやよいは息を飲んだ。それは、いつもは無邪気な彼女が初めて見せる黒い一面を目の当たりにしたことへの衝撃と、彼女にそこまで言わせるこの状況への戸惑いから来る反応で、二人は自分の胸の中に生まれたこの感情を処理出来ずに狼狽しつつある。

 ただ一人、この中で唯一冷静な葉月は椅子から立ち上がると、ゆっくりとした足取りで部屋を出て行った。去り際に、玲とやよいへ順番に視線を送りつつ、二人への言葉を残す。

 

「玲……玲はアタシと逆だよ。玲は自分が大好きな謙哉に変わって欲しくないから力を求めてる。対等な位置に立って、傍に居ようとしているんだよね? ……でも、謙哉が望んでるのはそんな存在じゃ無いと思うよ。少なくとも、アタシが謙哉だったら玲には王の器を手に入れて欲しいとは思わないかな。その辺のことも考えてみれば?」

 

「………」

 

「やよいはさ、自分がどうしたいかを考えた方が良いよ。やよいは凄い女の子だってこと、アタシたちは知ってる……だからこそ、ここからの戦いは自分の意思で何を目指すかを決めなきゃいけないんだ。そうしなきゃ、やよいは本当の力を出しきれないと思うから。誰か、じゃなくって、自分の為の戦いを始めなきゃ、ね……」

 

「葉月、ちゃん……」

 

「もしかしたら……アタシたちは、正面切って戦うことは出来なくなるのかもしれない。でも、誰かを支える戦いなら出来ると思うんだ。それが女の子だけが持つ強さで、男には出来ないことだと思うから」

 

 ガラリと扉を開いた葉月は、その言葉を最後に教室から出て行ってしまった。取り残された二人は、何とも言えない空気の中で硬直したまま微塵も動かないでいる。

 そして、同時に息を吐いて脱力した玲とやよいは、そのままぺたりと背後にあった椅子に腰かけた。首だけを動かして相手を見つめ、今の葉月の言葉に何を感じ取ったのかを視線だけで語り合う。

 

「……真美ちゃんもさ、同じ様なことを言ってたよ。きっと、今も光牙さんの為に動いてるんだと思う」

 

「そう……皆、想い人の為に一生懸命ってことなのね……」

 

「……玲ちゃん、私さ――」

 

「???」 

 

「私は……皆と仲良くしたいって思う。人間だけじゃなく、もし協力してくれるならマキシマみたいな魔王とも仲良くして、世界中が平和なら良いなって思うんだ。だから、王の器とか言われてもいまいちピンと来なくて、その為に皆が喧嘩するのは、嫌だなとしか思えないんだ」

 

「……あなたらしいわ、やよい。とっても優しくて、温かい気持ちじゃない」

 

「でもさ、それじゃ駄目なのかな? これからは苦しい戦いが続くから、もっと強い覚悟を決めなきゃいけないのかな? 葉月ちゃんや、真美ちゃんみたいに……」

 

「……いいえ、私はそうは思わないわ。やよい、あなたは……あなたは、変わらないでいて。私と葉月は変わってしまうかもしれないけど、それでも……あなただけは、そのままでいてね。お願いだから……」

 

 泣き出しそうなやよいにそう告げ、今日は何度も大切な人たちの泣き顔を見る日だなと苦笑しながら、玲は天井を見上げる。葉月の残した言葉を思い返し、深く息を吐く。

 またきっと、何かが動くのだろう。自分たちの全てを巻き込んで、変わって行くのだろう。

 自分が変わることを望みながら、大切な者には変わって欲しく無いと願う自分はとんだ強欲な女だなと自嘲して、玲は自分自身を鼻で笑う。それでも、その身勝手な願いを捨てることは出来ないのであった。

 





純白の歌姫(ピュアホワイト・ディーヴァ) ユー

ATK 1

HP  5

分類 人間 歌姫 アイドル



効果

他の「歌姫」を持つカードが場に出る度、そのターン中このカードのATKを+1する

他の「歌姫」を持つカードが場から離れる度、このカードのHPを1回復する(1ターンに三回まで)




「さあ、君もアイドルになろう!」



天空橋博士からのワンポイントアドバイス!


ディスティニーカード第二弾『異世界への旅路』から、新テーマの『歌姫(ディーヴァ)』の核となるカードをご紹介!

分類『アイドル』を持つカードは、場に出た時と場から離れる時に発動する様々な効果を持っている。カードのドロー、装備のサーチ、他のカードの強化……という様な効果を存分に使って、次々と新しいカードを場に出すプレイスタイルは、正にアイドルのライブ! 『純白の歌姫 ユー』は、そういったアイドルカードの効果と噛み合った能力を持つ切り札となるカードだ!
ガンガンフィールドに『歌姫』を出し、その効果でアドバンテージを稼ぎつつ、攻撃力を強化! 最後は超強力な一撃でゲームを決めろ!

ユーとは、英語で君、という意味を持つ。このカードで君もアイドルとなって、他のカードと一緒に輝こう!



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彼女たちの決意(後編)

入院で大分時間を空けてしまいました。まだまだ本調子では無く、短い内容となっておりまずが、取り合えず更新いたします。

楽しみにして下さっている皆さんには申し訳なく思いますが、精一杯努力しますのでもう少々お待ちください。


 

 その日、虹彩学園2年A組に激震が走った。それは謙哉のレベル100到達や、暗黒魔王エックスの退場などの情報よりも自分たちに影響を及ぼすものであり、しかもそれが同時に二つも起こったのである。

 一つ目は、参謀役である美又真美のチーム追放。櫂やマリアの離脱以降、どこか覇気が感じられなくなっていた光牙を引っ張って、実質敵にA組を指揮していた彼女がA組から追放されるという出来事は、同クラスの生徒たちに途轍もない不安を与えた。これから先、誰が自分たちを引っ張っていくのか? 光牙を支えて来たメンバーはもう誰も残っていないと言うこの状況に戸惑わないはずも無く。これから先の不安を掻き立てるには十分過ぎた。

 しかし、もう一つのニュースはそんな彼らに再び途轍もない衝撃を与えることになる。そして、そのニュースに誰よりも衝撃を受けたのは、A組に参加して間もない勇であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「本気なのか、マリア? お前が、その……」

 

「……はい。一晩考えて結論を出しました。私は、攻略チームに復帰します」

 

 自分の目の前でそう力強く宣言したマリアの姿にA組の生徒たちの表情が綻ぶ。一度は離脱し、もう二度と共に戦うことは出来ないと考えられていたマリアがチームに戻って来てくれることは、とても喜ぶべきことだろう。しかも、主力生徒たちが次々と離れて行っているこの状況で、だ。A組の生徒たちの喜びは計り知れないほどである。

 だがしかし、勇だけはマリアのその結論に納得がいかない様子であり、何とも言えない渋い表情を見せている。暫し悩み、自分の意見を伝えるかどうかを迷った後、勇は自らの想いをマリアに告げることに決め、口を開く。

 

「反対だ、お前はもう戦う必要は無い。あんなことがあったんだ、親父さんだって心配するだろ」

 

「それもわかっています。でも、今の光牙さんには支えが必要な筈です……。お父様だって、きっと理解してくれます」

 

「やっぱり、親父さんには話して無いんだな? あの人が知れば、間違いなく反対する。下手したら、今度こそ国に帰らされる羽目になるかもしれないんだぞ!?」

 

「わかって……います。でも、私もそう簡単に意見を譲るつもりは――」

 

「わかってねぇ! 良いか? ソサエティ攻略は、お前が思っている以上に危険なことなんだ! 事実、お前は記憶喪失になって、櫂の奴はゲームオーバーになった! 水無月も謙哉のお陰でどうにかなったが、一歩間違えればどうなってたかわからない状態だったんだぞ? そんな危険に踏み出すってことを、お前は理解してない!」

 

「っっ……」

 

 豪い剣幕の勇に気圧されたマリアは、紡いでいた言葉を途中で飲み込んで唇を真一文字に結ぶ。父と同様に彼もまた自分のこの決断に反対することは予想出来ていた。そして、彼を説得する良い方法が無いこともわかってはいた。だが、それでもマリアは窮地に立つ光牙を支えたいと思ってしまったのである。

 

「……わかって、います……。私が、勇さんやお父様に沢山心配をかけたことも、そのことで不安な目に遭わせてしまったことも、わかってはいるんです……でも、それでも……!」

 

 フランスから留学して来たマリアを優しく迎え入れてくれたのは光牙だった。クラスに馴染む様に協力し、信頼を勝ち取る手助けをしてくれたのは彼だった。これまで何度も光牙に自分は救われて来た。彼が居なければ、自分は異国の地で独りぼっちだったかもしれない。

 だから、今度は自分が苦しむ彼の力になる番なのだと、そうマリアは思っていた。昨日、真美に涙ながらに光牙を支えて欲しいと訴えられたことから芽生えたその感情を撤回するつもりは今の彼女には毛頭ない。

 そう……それが例え、自分の記憶喪失の直接の原因が光牙自身にあると知らなかったとは言え、それでもマリアは優しく強い女性であった。相手が勇であれ、父であれ、自分のこの決断を譲る気はない。

 

「それでも……私は、もう一度戦いたいんです! 光牙さんや、勇さん、A組の皆さんや他の学園の皆さんと一緒に、もう一度……!」

 

 目に涙を湛え、訴えて来るマリアの様子に複雑な感情を抱きながら、今はもう、これ以上の話し合いは無駄だと判断した勇は、首を横に振って視線をマリアから逸らすと、無言で教室を出て、やりきれない感情のままに近場の壁に拳を叩き込んでその鬱憤を晴らそうとした。

 しかし……無論、そんなことが気休めになる訳も無く、勇はより一層暗い感情を胸の内で深め、ただただ苛立ちを抱えて虹彩学園の廊下を歩み続けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どう言うつもりだ? お前は、何でマリアにあんなことを頼んだ?」

 

『ごめんなさい……でも、もうこうするしかなかったの。こうするしか、光牙を支える方法は……』

 

 放課後、人影のない教室で携帯電話を握り締める勇は、電話越しの相手に自らの疑問と怒りをぶつけていた。

 マリアを再び危険な戦いの場に引きずり込んだ張本人である真美は、やや衰弱した声で言い訳と自身の思いを勇に伝える。そこには、自分がいなくなったA組の中で、光牙が無事に集団の長を務められるかどうかの不安と、彼を想う真剣な真美の感情が籠っていた。

 

『もうマリアしか居ないの。櫂も私もA組には居ない。あなたや虎牙にリーダーを譲ることは光牙のプライドが認めはしないわ。もう一度光牙が立ち直るためには、マリアに攻略チームに復帰して貰うしかないのよ……』

 

「……ふざけるなよ。また、光牙のために誰かを犠牲にするつもりか? お前はその行動が原因でA組から追い出されたってのに、何も反省して無いんだな」

 

 ぎりり、と電話を握り締める拳に力を込めた勇は、胸の中で噴き出す怒りを抑えることで必死だった。つい先日、真美が謙哉を犠牲にして光牙が立ち直るまでの時間を稼ごうとしたことは、勇にとってもそう簡単には許すことは出来ない出来事だった。玲ほどでは無いが、彼もまた自分の親友を生贄として差し出そうとした真美に怒りを燃やしていたのである。

 真美を退学させることに反対したのは、一番危うい立場にあった謙哉が真美を弁護したことと、精神的に窮地に立っている光牙のことを思っての行動だ。決して、勇は真美を許した訳では無い。その状況で更にマリアを光牙のために危険に引き込もうとした彼女に対して、勇は本気で怒りを抱いていた。

 

「この際だからはっきり言っておくぞ、俺はA組の連中やお前のことを仲間だとは思っているが、決して好きな奴らだとは思っちゃいねぇ……! 転入当初からハブられて、虐められて、時には殴られもした。そんな中でもお前たちと協力体制を敷いてんのは、ソサエティの攻略にそれが必要だからってことと……光牙とマリアのためだ」

 

『……ええ、それも理解しているわ』

 

 電話越しに聞こえて来る声からは、ありありと真美の後悔の感情が滲み出ている。勇を冷遇し続けたことを今更ながら失策だったと思っているのだろうが、もう過去は変えられない。今、ここまでに起きた出来事を踏まえつつ、先に進むしかないのだ。

 

「A組の中で、俺を差別せずに接してくれたのは光牙とマリアだけだ。光牙とは意見の食い違いで関係がこじれたこともあったが、今はそんなこと気にしてねえ。マリアだってそうだ。俺のせいであいつは記憶喪失になった。今、マリアが苦しんでんのは俺やお前たちの責任でもある。だから俺は、俺の守りたいものだけじゃなく、マリアや光牙の守りたいものも、その大切な人たちが守りたいものも守るって決めた。それが俺の罪の償い方で、世界を救える道だって思ったからだ。なのに、てめえは……ここに至ってまで他の何よりも光牙のことを優先して、全部をぶっ壊そうとしやがって……!」

 

『……ごめんなさい。今の私には、謝ることしか出来ないわ。自分が狡い女だってことは十分に理解してる。だけど、もうこうするしかなかったの』

 

「何がこうするしかなかっただ!? 凹んでる光牙を支えるためだけにマリアを危険に巻き込んで、光牙の母親代わりにしやがって! てめえは何も出来ない、何もしない状況でぬくぬく見てりゃあ良いんだから良いさ! だがなあ、マリアはこれから魔王たちの戦いに巻き込まれることになるんだぞ!? ガグマと戦った頃より、戦いは確実に激しくなってる! 今度こそ誰かが死ぬかもしれないって戦いに記憶喪失のマリアを引きずりこんでおいて、ごめんなさいの一言で済ませてんじゃねえぞ!」

 

 段々と、怒りを孕んだ声が大きくなる。それは叫びとなり、教室の空気を震わせ、勇の感情を燃え上がらせた。

 今までの人生において、何度も怒りを覚えたことはある。しかし、ここまで激しい怒りは初めてだ。どんな事情があろうとも、どれほど後悔していようとも、今の真美を許す気には欠片もなれない。ふつふつと燃え滾る怒りの炎を胸にする勇は、感情のままに怒気を荒げて真美を責め立てる。真美もまた、その怒りは正当だとばかりに反論することなく、ただただ勇に謝罪の言葉を繰り返し続けていたのだが――。

 

『……それでも、十分に安全策は取ってあると踏んでの行動よ。私だってマリアのことは大切に思ってる。むやみに危険に晒すことをするはずは無いわ』

 

「安全策、だと……? どう言う意味だ?」

 

『……龍堂、あなたの存在がマリアの安全を保障する鍵になっているの。あなたさえいれば、マリアは戦いの中でも安全な筈よ』

 

「はぁ?」

 

 唐突に始まった言い訳じみた真美の言葉に、勇は困惑して言葉を失った。怒りの感情もあるにはあるが、それよりも真美の理解不能な意見を聞くことを優先して口を閉ざした勇は、黙って真美の言葉を聞き続ける。

 

『龍堂、あなたはレベルでは計測出来ない類稀なる戦闘スキルを持ってる。人と信頼関係を結ぶことも得意で、指揮能力も悪くない……認めたくはないけれど、今の虹彩学園の要はあなたなの。あなたが居るからこそ、虹彩学園は日本全国の学園の中でもソサエティ攻略のトップと言われているのよ』

 

「……だから、なんだ?」

 

『あなたには実力も人望もある! そんなあなたが光牙を支えるマリアを守る姿勢を見せたなら、あなたに協力する人たちもそれに手を貸すわ! レベル100になった虎牙! 綿密な連携を得意とする薔薇園学園のディーヴァ! 戦闘に関しては右に出る者無しの戦国学園! そう言ったトップ校の代表者たちもあなたと一緒にマリアを守ろうとしてくれる! これは、十分に安全と言えるのではなくて?』

 

 真美の言葉に、勇はぎりりと歯を食いしばった。確かに真美の意見にも一理はある。いつ、どこでエネミーに絡まれるか分からない目の届かない場所にいるより、戦いの最前線と言えど勇たちの目に届く場所にいた方がいざという時にマリアを守り易くはある。しかし、それでも危険に飛び込むことには間違いはない。チームへの参加は、決して安全を確保するとは言い難いだろう。

 それに……勇には、綺麗に取り繕った真美の本心がわかっていた。彼女の意見を聞き終わり、ある程度冷静さを取り戻した勇は、口を開くと自分でも驚くほどの冷たい声色で真美を問い詰める。

 

「……ちげえだろ? お前はマリアを俺に守らせようとしてるんじゃない。光牙を守るマリアを守らせようとしてるんだ……光牙のために、マリアと俺を利用しようって腹積もりなんだろう?」

 

『………』

 

 電話の向こうで真美の息を飲む声が聞こえた気がした。やはりと言うべきか、彼女の行動の第一優先事項は光牙の様だ。それ以外のものは全て利用するために存在していると言っても過言では無い。

 怒りが再燃する。しかし、ここでその感情を真美にぶつけても何の意味も無い。何も解決はしない。

 そして、マリアがチームへの参加に乗り気になっている以上、勇にはそれを止める手立ては存在していなかった。例え勇が一人で働きかけたとしても、A組や光牙がマリアの意見を後押しするだろう。そうなれば、勇の意見など簡単に退けられてしまう。

 結局のところ……勇は、真美の思惑通りに動くしかないのだ。マリアと一緒に光牙を守り、彼を支えることに尽力するしか、勇には道が残されていなかった。

 

「……覚えてろよ、美又。俺はてめえを許さねえ。いつか必ず、このツケは払わせてやる」

 

『……それで構わないわ。私もこのまま終わるつもりは無い。だから、今は私の出来ることをやらせて貰うことにする。龍堂、せめてもの罪滅ぼしとして、私が掴んだ情報をあなたにも共有する。それで今は納得して頂戴』

 

「……聞かせろ、お前は何をするつもりなんだ?」

 

 勇としても、真美がこのまま終わるはずが無いとは思っていた。A組の指揮と言う重荷から解放されて自由に動ける様になった今だからこそ、彼女もまた何か行動を起こそうとしているのだろう。

 なら、その行動とは何なのか? 勇の疑問を受け、真美は深く息を吸い込むと、その答えを電話越しに返す。

 

『……私は、()()()()()を探るわ。きっとここには、私たちの想像を超えたなにか途轍もない重要な秘密があると思うの。ソサエティの誕生にも繋がる、何かが……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……出来る限り早くこの人物の情報を探れ。分かったことは逐一私に報告しろ」

 

「はっ!」

 

 勇と真美の会話を行っているのと同時刻、命もまた、暗黒魔王エックスの死に際して出現した謎の男についての情報を集め始めていた。

 部下に指示を飛ばし、忙しい仕事の合間を縫って少しでも情報を集めようとする命は、写真に映っている謎の人物の顔を睨み、意識を強く固める。この人物は、命たちが長年追い求めて来たソサエティの謎を解明するための鍵だ。何としてでも、この人物の詳細を調べ上げなくてはならない。

 

 何かがある。命はそう確信していた。4人の魔王と王の器に大魔王の存在、そしてこの謎の人物……ここに来て、事態は急展開を迎えている。こういう時にこそ、新事実は明るみになるのだ。その新事実こそが、自分たちの抱える謎を解明する大きな手助けになると、彼女は確信していた。

 

 絶対に何かがある。あの天空橋ですら知らない何かが、この鍵で開く扉の向こう側に存在している。自分たちはそれを見つけ出さねばならない。もう一度決意を固めた命は、椅子から立ち上がると自分もまた情報収集に出かけた。厳しい戦いを続ける子供たちを一日でも早く解放するため、世界に平和を取り戻すため……彼女もまた、自分のすべきことを成そうと必死であった。

 

 様々な場所で動きつつある人々が、それぞれの行動の果てに何を得るのかはまだ誰も分からない。だが、彼女たちの行動は紛れも無く真実に近づき、新たな決断を下すために必要なことであったのだ。

 これから先、彼女たちも、彼らも、想像を絶する真実に辿り着くことになる。全てを知る者は一握りしかいないこの世界は、ただただ真実を隠したまま今日も回り続けるのであった。

 

 

 





山吹色の歌姫(サンライトイエロー・ディーヴァ) レンレン

ATK 1

HP  4

分類 人間 歌姫 アイドル


効果

このカードが場に出た時、自分の場の分類『歌姫』を持つ全てのカードのATKを+1。分類『アイドル』を持つ全てのカードの攻撃を+1する

このカードが場にある時、自分の場に分類『歌姫』を持つカードが出た場合、1ターンに一度、山札からカードを引ける

――いつだって、アタシがキミの太陽だよ! レンレン

――イエーイ! ノってるか~い!? (SPVer)

桜色の歌姫(ブロッサムピンク・ディーヴァ) チェリル

ATK 1

HP  3

分類 人間 歌姫 アイドル

効果

このカードが場に出た時、山札から分類『アイドル』を持つカードを一枚選んで手札に加えても良い。そうした場合、このカードはターンの終わりに山札の一番下に置く

このカードが効果で場から離れた場合、撤退ゾーンから名前に『歌姫』もしくは『ステージ』とあるカードを一枚選んで手札に加えても良い

――一生懸命輝きます! 目を離さないで下さいねっ! チェリル

――みんな~っ! 今日のライブも楽しんで下さいねーっ! (SPVer)

蒼色の歌姫(ディープブルー・ディーヴァ) ファラ

ATK 2

HP  2

分類 人間 歌姫 アイドル

効果

このカードが場に出た時、リーダーカードを除いて他に自分のカードが無いのなら次の効果を使える
・手札を一枚捨て、山札から分類『歌姫』を持つカードを場に出し、すぐに手札に戻す

このカードが場に出た時、自分の場に『歌姫』もしくは『サガ』の名前を持つカードがいるなら次の効果を使える
・そのカードのHP+2。対象がサガである場合、代わりに+4

このカードが場から離れる時、山札か撤退ゾーンからテキストに『歌姫』を持つ装備、イベント、スキルカードを一枚手札に加えられる

――信じられるモノは自分だけだと思ってた。でも、今は違う! ファラ

――歌に乗せて、想いを届ける。皆にも、アイツにも……(SPVer)

ファイナルソング・ディーヴァ!! (技カード)

条件

・自分の場に分類『歌姫』を持つカードが3種類以上存在している

効果

・このターン、自分は一回しか攻撃出来ない

・自分の『歌姫』カードを一枚選び、このターンのみ、そのカードのATKはそのカードに他の『歌姫』カードのATKを全て足した数値となる! 

・ターン終了時、自分の場の『歌姫』を持つカードを全て山札に戻し(リーダーカードは除く)、シャッフルする。その後、戻したカードと同じ枚数分だけ山札からカードを引く

・このカードは一回の対戦中に一度しか発動出来ない



天空橋博士からのワンポイントアドバイス!


今回は、ディスティニーカード第二弾から新テーマである『歌姫』デッキの中核を担うスーパーレアカードの3枚をご紹介!
SFワールドで人気大爆発のアイドルたちは、そのほとんどが改造手術を行うことによって戦闘能力やパフォーマンスの質を向上させているのだが、そんな厳しいアイドル界でのし上がって来た最強のアイドルたちには、ファンたちから畏敬の念を込めて特別な呼び名が与えられる。この3人も、多くの試練を乗り越えてここまでやって来た最強の女の子たちだ!

場に出た時、もしくは場から離れた時に発動する効果を持つ『アイドル』カードたちのトップ、それが『歌姫』だ! 設定上でユニットを組むこの三枚は、分かり易く強力なコンボを決めることが出来る能力を持っているぞ!

まずは『ファラ』を場に出し、効果で『レンレン』を手札から捨てる。そして、山札から『チェリル』を場に出してすぐに手札に戻すことで効果を発動! 撤退ゾーンの『レンレン』を手札に戻し、すぐに召喚だ!
『レンレン』の効果でファラはパワーアップ! リーダーカードが『歌姫』である場合、そのカードも強化出来る! そして手札に戻した『チェリル』をもう一度場に出せば、二枚のカードの効果で手札を一気に補充出来るぞ!

勝負を決める時は『ファイナルソング・ディーヴァ』の出番! 対戦中に一度しか発動出来ないが、それに見合った超強力な効果を持っている! 強化したアイドルの魅力で相手はイチコロだ!

場に次々とアイドルを出し、効果を発動し続けることでアドバンテージを握るのが『歌姫』や『アイドル』デッキの特徴だ。手札を補充しやすいので様々な状況に対応出来るが、カードの能力値は低めで防御はそこまで厚くない。また、デッキ切れにも注意が必要だぞ。
一気に攻め切るのか? それともじっくり腰を据えて勝利を狙うのか? その判断はプレイヤーである君の手に委ねられている。アイドルをプロデュースする心づもりで対戦してみよう!

(おまけ・この三枚のカードには絵違いのSPレアバージョンも存在しているぞ! サイン入りの超かわいいイラストになっているので、当たった人は自慢しちゃおうぜ!)


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陰謀の影(前編)

未だに胃腸炎から回復しきっておらず、更新が遅れて申し訳ありません。
完全に回復するまで、隔週の不定期更新になってしまうと思います。楽しみにしている方々には本当に申し訳ないのですが、どうぞご理解いただけますと幸いです。


 都内、昼下がりの繁華街。買い物客や家族連れで賑わうこの場は、今日も大勢の人々の声で騒がしい。ただ、今、響いている声は楽し気なものとは到底かけ離れていた。

 悲鳴や泣き声、もしくははぐれた我が子を探して叫ぶ親の狂った様な声……人々は皆、同じ方向に駆け抜け、何かから逃げる様にして走り続けている。もはや考えるまでもなく、この繁華街にエネミーが現れたのだ。

 

「た、助けてくれーっ!」

 

「いやぁぁぁぁっっ!!」

 

 ザクザクとアスファルトで舗装された道を歩むエネミーたちは、逃げ遅れた人々を襲っては次の獲物を探してまた進撃を始める。警備員や警察の抵抗も虚しく、立ち塞がる者を撃退し続けるエネミーたちを阻むことは不可能に思えた。

 

「あ~ん! あ~ん! ママーっ!!」

 

「ギギギギギギッッ!!」

 

 今、エネミーはまた新たな獲物を見つけ出した。親とはぐれて泣きじゃくる子供を視界に映した一体のエネミーは、両腕に光る爪を研ぎながらその子の元へと歩み寄る。勿論、迷子の彼のために親を見つけ出すためでは無い。本能のまま、その鋭い鍵爪の錆とするためだ。

 

「ああぁ~~んっ! わぁぁ~~ん!」

 

 幼子は迫るエネミーの気配に気が付いていないのか、親を探して泣き続けているだけだ。もうすぐに射程範囲に入ってしまうその子が辿る運命を想像することは難しくない。このまま助けが来なければ、短すぎる一生をこの場で終えてしまうだろう。しかして、エネミーを阻む者がいないこの場では、助けが来ることなど期待も出来ない。いよいよ進退窮まった子供が、あらん限りの声を振り絞って叫びを上げた時だった。

 

「えいっっ!!」

 

「ギャッッ!?」

 

 不意に物陰から飛び出した影が、迫り来るエネミーに体当たりをぶちかましたのだ。そこまで大きな衝撃ではなかったものの、完全に不意を突かれたエネミーは体勢を崩してその場に尻もちをついてしまう。

 エネミーに体当たりを繰り出した影……マリアは、うるさい位に鼓動を繰り返している心臓を落ち着かせる様に深呼吸をした後、泣いている子供の手を掴んで引っ張りながら駆け出した。

 

「こっちへ! 避難所がありますっ!」

 

 返答も聞かぬ間に走り出したマリアは、いざという時に設定されている避難所へと子供を連れて行くために必死になっていた。追走するエネミーを振り切るために全力で走り、時にカードを使って妨害を試みながら頭の中の地図に従って駆け続ける。

 そうして、ようやく避難所の近くまで辿り着きそうになったマリアは、曲がり角を一つ曲がった所で急に脚を止めた。急いで角に身を隠して視線をその先に向けるマリア。その瞳には、数体のエネミーが映っている。

 

「ギギギギ……ッッ!」

 

「くっ……! この道は、使えそうにありませんね……」

 

 ここを駆け抜ければ避難所だったというのに……最後の最後で現れた邪魔者に歯ぎしりしながらも、マリアはもう一度繁華街の地図を頭の中に展開して別のルートを探ろうとした。しかし、その耳に子供の叫びが届き、何事かと顔を上げた彼女もまた小さな呻きを漏らしてしまう。

 

「グルルルルッッ!」

 

「か、囲まれた……!?」

 

 見れば、背後から振り切ったと思っていたエネミーの集団が血眼になって自分たちへと駆けて来ていた。退路を断たれる形になってしまったマリアだが、悲劇はこれでは終わらない。今の悲鳴で、先に居たエネミーたちもマリアたちの存在に気が付いてしまった。前と後ろから挟撃されることになったマリアは、一緒に逃げて来た子供を自分の背後に隠しながらゲームギアを構える。

 

「くっ! う、っ……!」

 

 壁を背にして迫る敵に背後を突かれぬ様にしながら、マリアは必死に子供を守ろうとしていた。使えるカードには攻撃手段はなく、エネミーを撃退することは出来ないと分かってはいながらもせめて時間稼ぎだけでもと決死の覚悟を固める。

 敵の数は数十を下らない。手持ちのカードでどれだけ捌けるかもわからない。それでも、背後の小さな命のために諦めるわけにはいかない。マリアが歯を食いしばり、手にしたカードをゲームギアに通そうとしたその時だった。

 

「うっ、らぁっ!!」

 

「ギャンッッ!?」

 

 先ほど、自分が子供を助けた時の様に物陰から飛び出した影が迫るエネミーの一団に躍りかかって行ったのだ。乱入者は強烈な飛び蹴りを先頭の一体に繰り出して背後へと大きく吹き飛ばしたことを皮切りにし、次々とエネミーを殴り飛ばしていく。

 そして後方から迫っていたエネミーの集団にも二人の人間が戦いを挑んでいた。荒々しく敵を殴り飛ばし、上手く攻撃をいなして道を作り、二人はマリアたちの退路を切り開く。

 

「マリアちゃん、こっちきぃや! そこ、危ないで!」

 

「ここは僕たちに任せて、早くっ!」

 

「あ、ありがとうございますっ!!」

 

 エネミーを蹴散らして隙を作り出してくれた謙哉と光圀に感謝しながら、マリアは子供の手を引いて避難所へと駆け抜けて行った。彼らの姿が消える寸前、振り返ったマリアは足止めをしてくれたもう一人の人物へと視線を向ける。

 

「勇、さん……」

 

 光圀たちがマリアを逃がすための時間稼ぎを終えた勇もまた、二人と合流して避難所へと続く道を防衛し始めた所だった。暫し彼の後ろ姿を見つめていたマリアであったが、このまま自分がこの場に居ても何も出来ないどころか足手纏いであることや、連れている子供を安全な場所に送らなければと思いなおし、再び走り出す。

 勇は、そんなマリアが建物の陰に隠れて完全に見えなくなったことを確認してから、ドライバーを取り出して腰に構えた。

 

「クソっ! 最近、エネミーの襲撃事件が多くねえか?」

 

「エックスが倒されたことでバランスが崩れているのかもしれないね。だとしたら、少し責任感じちゃうな」

 

「そうかぁ? 俺は毎日が刺激的で楽しいけどなぁ! ……ま、そんなことは後で話すとしよや。今は――」

 

 迫るエネミーを勇が蹴り飛ばし、謙哉が捌いて投げ捨て、光圀が纏めて殴り飛ばす。そうして出来た一瞬の隙を突いて、勇たちはドライバーへとカードをリードした。

 

「「「変身っっ!」」」

 

《ディスティニー! チェンジ・ザ・ディスティニー!》

 

《ナイト! GO! FIGHT! GO! KNIGHT!》

 

《キラー! 切る! 斬る! KILL・KILL・KILL!》

 

 三重に電子音声を響かせるドライバーと、戦場に立つ三人の戦士。黒の剣士と蒼の騎士、そして紫の武士に変身した勇たちは、それぞれの武器を手にエネミーたちへと挑んでいく。

 

「はっ! せやっっ!!」

 

 ディスティニーソードを振りかざし、次々と敵を一刀両断していく勇。前方に見えたエネミーを上段からの一撃で真っ二つにし、その隙に背後から攻撃を仕掛けて来ていた別の一体を振り向きざまに腰から斬り裂く。一歩踏み込み、前蹴りを繰り出した後で体重を乗せた斬撃を見舞えば、エネミーはあっという間に電子の粒となって消滅してしまった。

 

「勇ちゃん、飛ばしとるやないか! ほな、俺も行くでっ!!」

 

 凄まじい勢いでエネミーを倒す勇を一瞥した光圀もまた、彼に触発された様に微笑むとゆらりと構えを取った。腰に差した《妖刀・血狂い》の柄に手を乗せ、まるで気楽な散歩を楽しむ様にエネミーの集団の中に入り込む光圀。

 自分たちを舐め切っているとしか思えないその態度に怒りを覚え、牙を剥き出しにしたエネミーたちは、光圀の四方八方を囲んで一斉に飛び掛かった。逃げ道すらないエネミーの攻撃包囲網が光圀に迫り、あわや一大事……という所で、光圀は獰猛な笑みを浮かべつつ呟く。

 

「遅いわ、ダボが」

 

 刹那、居合切りの要領で振り抜かれた刀が彼の周囲に一陣の風を巻き起こした。ひゅるり、と頬を撫でる生温い風を感じると共に、エネミーたちの体はそれぞれの位置で泣き別れしてバラバラと崩れ去る。

 攻撃の勢いもそのままに地面に崩れ落ち、消滅していくエネミーたちを見送った光圀は、先ほどまで斬り捨てた敵たちがそうしていた様に次の獲物を探して戦場を駆け抜けて行った。

 

「僕がエックスを倒したせいでこうなっているとするなら……その責任は、僕が取るっ! この先には絶対に行かせないっ!」

 

 残る謙哉は二人から一歩引いた位置で戦いを繰り広げていた。勇と光圀の取りこぼしたエネミーを倒し、この先にある避難所に被害を拡大させないためだ。冷静に、的確に、拳や蹴りを繰り出し、重い一撃を以ってエネミーたちを消滅させながら、謙哉は最後の砦としての役目を全うしている。

 近頃増えたエネミーたちの暴動とエックスの消滅が明確に関係があると決まったわけではない。しかし、完全に無関係とも思えない謙哉は、自分のしたことで何の罪もない一般市民たちが傷つくことを良しとはしなかった。責任感と守る者としてのプライドを掛け、彼は迫るエネミーたちを打倒していく。

 

「ふっ! はぁっ! てやぁぁっっ!!」

 

 右から迫るエネミーの顔面に拳の一撃。鼻っ柱を折られ、面食らったその一体に左のストレートを見舞う。ぐしゃり、と鈍い音がして、謙哉の連撃を受けたエネミーは真後ろに倒れて動かなくなった。

 続いて迫る数体の集団には、『サンダー』のカードを利用した広範囲攻撃をお見舞いしてやった。電撃の痛みと痺れで動けないエネミーたちを上空から襲撃し、確実に一体一体と仕留めていく。

 

 そうして三人が三人ともに己の実力を出し切った戦いを続けていれば、出現したエネミーたちは急激にその数を減らして進行すらままならなくなっていた。残る敵の数が十体以下になったことを見て取った勇は、単独での必殺技を発動して目の前の数体を斬り捨てる。

 

《必殺技発動! ディスティニースラッシュ!》

 

「はぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 黒い斬撃の波動が一閃、続いて紅の波動が宙を舞う。連続斬撃を受けたエネミーたちは体にX状の傷を残して消滅し、勇たちの近くには敵影が見えなくなった。

 残すは中距離の位置にいる数体だけ。三人は、ホルスターからカードを取り出すと一気に必殺技を発動して集団を殲滅しにかかった。

 

《キック! フレイム!》

 

《キック! サンダー!》

 

《飛翔脚! 旋風!》

 

《合体必殺技発動! トリプルライダーキック!》

 

 炎、雷、風の三属性の力とキック力強化の力を脚に纏い、勇たちは空中へと跳び上がった。一直線に並んだ三人の仮面ライダーたちは、同時に宙返りを行い、凄まじい力が込められた脚を突き出した格好でエネミーたちへと急降下して行く。

 

「うおぉぉぉぉぉぉっっ!!」

 

「はあぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

「しゃぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

「グギッ!? ギギャァァァァァッッ!!」

 

 見事に敵集団のど真ん中に降下した三人は、同時に繰り出した三発の必殺技でエネミーたちに壊滅的な打撃を与えることに成功した。爆発と共に衝撃が巻き起こり、周囲にいるエネミーたちを大きく吹き飛ばして次々と消滅させていく。

 やがて、その衝撃が収まった頃、広場で立っていたのは勇たち三人だけだった。エネミーたちの撃退を完了した勇は、周囲の安全を確認しつつ変身を解除してゲームギアでの通信を行う。

 

「こちら作戦ポイントA、龍堂だ。無事にエネミーの殲滅に成功した。ここからは救助活動に移る」

 

『了解……お疲れ様、龍堂くん。こちらもエネミーの撃退を終えた所だ。Cポイントもディーヴァの三人が抑えてくれた。被害は最小限に収められたと思う』

 

「だな……」

 

 別地区で大文字たちと戦いを繰り広げていた光牙と通信し、彼の無事を確認した勇はほっと一息をついた。腕利きの大文字が付いている時点で大きな問題が起きるとは思っていなかったものの、やはり不安なものは不安だ。こうして無事を確認出来るまで、完全に安心することは出来ない。

 

『……君や虎牙くん、真殿先輩の実力は頼りになる。一番の戦闘地域に行ってもらって助かったよ』

 

「気にするなよ、それが俺たちの役目だ。それより、お前も勘を取り戻して来たんじゃないのか? 戦力の分け方も申し分ない、復活も近いな」

 

『おだてないでくれ、自分がまだまだだっていうのは俺が一番理解してるよ。今回は雑魚が主体だったから上手く行ったけど、魔王を相手にするならこうはいかない。もっと、実践経験が必要だ』

 

 リーダーとしての光牙の手腕に素直な賞賛の言葉を送る勇。光牙は謙遜気味に勇の言葉を受け取り、更なる精進を目標としていた。光牙には未だに不安定さも残ってはいるが、真美や櫂が抜けた頃から比べればこれでもマシな方だ。それもこれも全て、マリアの補佐があってのことだろうと勇は思う。

 正直に言えば、勇はまだマリアが部隊に復帰することを納得出来てはいなかった。しかし、今の光牙に支えが必要だという真美の言葉も十分に理解出来てしまう。彼の崩壊はそのままA組の崩壊に繋がり、それは下手をすると世界の崩壊にまで繋がってしまうかもしれない。光牙を立ち直らせることは勇も必要だとは思っていたが、その方法がマリアの力を借りる以外に見つからないことが問題だった。

 

 今の勇に出来ることは、光牙とマリアを守ることだけ……兎にも角にもそれしか出来ない自分自身に嫌気を感じつつ、勇は光牙との通信を切る。そうして振り返ってみれば、腕を組んでこちらを見ている光圀の姿が目に入った。

 

「難儀やな、勇ちゃん。もっと好き勝手にやりゃええと言いたいが、マリアちゃんがおるんじゃそれは無理な相談やな」

 

「……謙哉は?」

 

「もう救助活動に向かったで。俺らも合流しよや」

 

「ああ、そうだな……」

 

 周辺の状況を確認しつつ、戦闘を終えた生徒たちを動員して逃げ遅れた人々を救助し始める勇。その活動の最中、勇は傍にいる光圀へと現状に対する疑問をぶつけてみた。

 

「光圀、この状況をどう思う?」

 

「この状況っつーんは、エネミーがバカスカ出て来る最近のクソ忙しい毎日のことを言っとるんか? さっきも言うたが、刺激的でええと思うで」

 

「そうじゃなくってだな――」

 

「……エックスが倒されて、他の魔王がなんか企んどるっちゅーことを心配しとるんやろ? 気持ちは分かるが、それに関しては杞憂ってやつやで」

 

 普段通りの口調で感想を口にした光圀に呆れ半分の溜息を漏らす勇であったが、次いで彼が口にした言葉を聞いて息を詰まらせた。ふざけている様で鋭い光圀は、現状を細やかに分析しつつ自分の意見を勇へと告げる。

 

「エックスが消え、『王の器』に関する情報も露見した。魔王からしてみれば動く時なんやろが、いかんせん状況が状況や、派手に動くことも出来んと思うで」

 

「どうしてそう思うんだ?」

 

「まあ、マキシマは味方として数えるとするなら、奴がこの騒動を引き起こしているとは思えん。そんなことするなら、俺らに手を貸す理由がない。エックスの策略に合わせて、俺らを潰した方が早いんやからな」

 

「なら、シドーとガグマが動いている可能性は?」

 

「シドーは群れて動かん。つまりはこの雑魚どもの攻撃とは無関係や。残るガグマはエックスの不意打ちを受けて深手を負った。あれからそう時間は経ってないし、こっちに謙哉ちゃんっていうジョーカーがある限り、万全じゃあない状況で動くとは思えん。この攻撃がガグマの手引きっちゅーんなら、それは奴がまだ回復しきっていない証拠にもなる。雑魚を現実世界に送り込んで、自分が回復するまでの時間を稼ぎたいってことになるからな」

 

「なるほどな……」

 

 やはりこの男は鋭い。現状、知る限りの情報を使ってここまでの分析を行える光圀の思考能力に驚きつつ、勇は彼の横顔を見つめる。下手をするならば戦国学園の参謀である根津よりも賢いのではないかと思える光圀をどこか空恐ろしく感じながら、勇が彼が味方であることを素直に感謝していると今度は彼が勇に対して質問を投げかけて来た。

 

「勇ちゃん、俺の話を聞いて分かったと思うが、今は魔王たちも大きく動けはせえへん。つまり、俺たちも動くんなら今ってことや」

 

「かもな……だが、俺たちもエネミーの対処で手一杯だ。こっちから攻撃を仕掛けることなんて出来っこねえよ」

 

「そうやない。俺が言いたいんはなぁ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことやねん」

 

「はぁ……!?」

 

 先日の作戦会議の後に湧き出た話題を再度口にした光圀に対し、勇は何とも言えない笑みを浮かべた。あの日、自分はその意見を却下したはずだ。それなのにまだ光圀は諦めていないのだろうか?

 もう一度、勇はその意見を否定しようとする。しかし、普段のふざけた態度を引っ込めた光圀の視線を受けた時、勇はつい体を強張らせて押し黙ってしまった。

 

「……勇ちゃんが頭になるなら今がベストや。魔王も動けん今なら、白峯を追放しても部隊を再編成する時間はある。また一から兵隊を育てる時間もあるんやで」

 

「光圀、前にも言ったが俺にはそんなつもりは――」

 

「無いんやろ? でも、リーダーになればマリアちゃんの安全を確保出来るとしてもその意見を曲げるつもりは無いんか?」

 

「っっ!?!?」

 

 光圀の言葉に勇の耳がピクリと動いた。周囲の生徒たちに聞かれぬように、ひっそりとした声で耳打ちする様にして光圀は話を続ける。

 

「白峯を部隊から追放すれば、アイツが戦う理由は無くなる。そうなれば、マリアちゃんも戦いに身を置かんで良くなるんやで? 勇ちゃんが頭になりゃ、その采配は自由に出来るっちゅーことや」

 

「……そんなこと、出来るわけがねえだろ……っ! 光牙にとって、ソサエティの攻略は親父さんと約束した生き甲斐みたいなもんだ。それを奪うことなんて、俺には出来ねえよ……!」

 

 光圀の言葉にも一理ある。正直、心が揺れ動いてしまったことも確かだ。しかし、今、必死に立ち直ろうとしている光牙のことを思えば、勇にはそんな非情な選択をすることは出来なかった。

 リーダーの座を奪うということは、光牙や真美、そしてマリアの信頼を裏切るということだ。勇を頼りにしてくれている彼らのことを裏切ることも出来はしない。それが正しいことだとは、勇にはどうしても思えない。

 

 拳を握り締め、マリアの安全を確保出来るという魅力的な言葉を必死に忘れようとする勇。彼がまだ心を決められないことを悟った光圀は、深く溜息を洩らした後で勇に背を向けて歩き出した。

 

「ま、好きにするとええ。でも、勇ちゃんにもしその気があるんなら、早めに動いた方がええで。そんときゃ、俺も手を貸すしなぁ!」

 

 クーデターの際に協力を確約する言葉を残し、光圀も勇の傍から離れて行った。その背中を見送った勇は、今度は人込みに紛れている金色の髪を見つけてそちらの方向を見る。

 子供の手を引き、親を探すマリアの姿……懸命に働き、光牙や世界のために動く彼女の姿を見つめながら、勇は葛藤を重ねていた。

 

 彼女を裏切り、嫌われることを覚悟してもリーダーの座を狙うべきなのか? はたまた、光牙を支えることを第一として今まで通りに動くべきなのか? ……答えが出ぬ迷いに苦悶しながら、勇はただ苦し気な表情を浮かべる。どちらの道を選んでも後悔しそうであり、そしてどちらの道にも多大なる苦労が待ち受けていることを理解しているからこそ、勇は悩み続けていた。

 

「リーダー、か……」

 

 何の気なしに呟いたその言葉にさえ、不思議な重圧を感じる。決断の時が着実に近づいていることを知りながら、その答えが出せないでいる勇であったが、ふと自分の腕のゲームギアが通信音を鳴らしていることに気が付いて眉をひそめた。

 まさか、またエネミーの襲撃だろうか? 抱えていた苦悩を投げ打ち、再び気を引き締めた勇はボタンを操作してその通信に応えた。すると、画面には光牙ではなく、深刻な顔をした天空橋が映し出されたではないか。

 

「オッサン……? なんだ、どうかしたのか?」

 

「……勇さん、落ち着いて聞いて下さい。実は……わかったんです」

 

「わかった? なにがだよ?」

 

 どうやら新しい敵の出現を告げる通信ではないらしい。しかし、天空橋の表情を見るに重大な何かを伝えようとしているのだろう。

 少し気重で、緊張感を漂わせながら勇は彼に何がわかったのかを問いかける。ややあって、天空橋が口にしたのは、勇も驚きの事実であった。

 

「エックスの正体……消滅の寸前、我々の目の前に現れたあの男性の身元や経歴がわかったんですよ」

 

「え……?」

 

「彼の名は黒須和彦(くろすかずひこ)。詳しい経歴等は後で説明しますが、10年前から行方不明になり、未だに発見されていないことが警察の捜査でわかっています。顔写真を見せて貰いましたが、完全に私たちが見た男性と一致しました」

 

「エックスの正体がわかった……? 10年前に行方不明になった、人間……?」

 

 勇の茫然とした呟きに天空橋が頷きを返す。そんな彼の姿を目にした勇は、改めて質問を投げかけた。

 

「じゃあ、人間なのか……? エックスは、人間だったってのか? 数多くのエネミーを操って、世界を征服しようとした魔王の正体が、人間……?」

 

「そう、なります……詳しいことは、今から行う緊急会議で話させて頂きます。勇さんは、光圀さんと謙哉さんを連れて虹彩学園に戻って来て下さい」

 

「あ、ああ……わかったよ……」

 

 了承の返事をした瞬間に途切れた通信画面を見つめながら、勇はまだ今の天空橋の話を信じ切れていなかった。まさか、魔王エックスの正体が人間であったなど、誰が想像したであろうか?

 それでも、まだ詳しい話を聞かなければ全てはわからない。そう思い直した勇は、謙哉と光圀を探すべく歩き出す。彼の頭の中からは、リーダーになるかどうかという迷いは完全に消え失せていた。

 

 

 






護国の騎士 サガ

ATK 2

HP  6

分類 人間 騎士 相棒

効果

自分の他のカードが攻撃を受ける時、代わりにこのカードに攻撃対象を変更させても良い

このカードが受ける全てのダメージは1軽減される

場に分類『主人公』を持つカードがある場合、そのカードは相手のカードの効果で選択されない

『その日、二人は出会った。幾度の運命を共に乗り越える、最高の親友に……』




コバルトリフレクション! (技カード)

条件

・自分の場に『サガ』と名の付くカードが存在している

効果

・このカードは場に設置する。自分の場にサガと名の付いたカードが存在しない場合、このカードは撤退ゾーンに置かれる

・自分の『サガ』と名の付いたカードがダメージを受けた時、このカードの上にブルーカウンターを一つ載せる

・ブルーカウンターが5つ以上あるこのカードを撤退ゾーンに置くことで、選んだ相手のカード一体にブルーカウンターと同じ数のダメージを与える

「受け取れっ! これが、お前が他者に与えた痛みだ!」――サガ




天空橋博士のワンポイントアドバイス!


遅ればせながら、ディスティニーカード第一弾から人気カードである『護国の騎士 サガ』とその必殺技をご紹介! どちらも超強力だぞ!

サガは高いHPと優秀な防御スキルを持っているキャラクターカードで、一枚あるだけでデッキの安定性がグンと上がる。強力な防御効果を持つ彼をサポーターにするのも良いが、数多くある『サガ』のサポートカードと組み合わせてリーダーとして扱うのも悪くないだろう。第二弾やエクストラパック、更には最新弾である第三弾にも『サガ』の強化カードは多数収録されているぞ!

必殺技の『コバルトリフレクション!』はサガの効果と噛み合った強力なカードだ! 敵の攻撃をサガでガンガン防ぎ、ブルーカウンターを溜めてからの超強力な一撃! なにより恐ろしいのは、ブルーカウンター以外のコストを何も要求しないこと! このカードで大ダメージを与えた後、他のカードで追撃だって出来るぞ! 『コバルトリフレクション!』自体の攻撃力を上げたいなら、体力を回復するカードと組み合わせるのが良い。スターターデッキの『マリア』や、エクストラパックに収録されている『ファラ』のカードは相性抜群だ!

ついでに言うと、サガは数少ない分類『相棒』持ちでもある。誰のベストパートナーとするかはデッキを組む君次第! 頼りになる相棒と共に、君も勝利を目指そう!


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陰謀の影(後編)

大変長らくお待たせいたしました。
先月から続く体調不良とそれを原因とする更新の一時停止ですが、どうにかこうにか復調の目安が立ちました。恐らくですが、8月の半ばからは今まで通りの毎週日曜日の投稿ペースに戻せると思います。
完全復活までもう少々お待ちください。

……そして、このお話の後書きには重大なお知らせを記載しておきました。是非とも最後までご覧になって下さい。



 

 

 虹彩学園の会議室に集まった生徒一同は、緊張を露にした表情を顔に浮かべている。当然だ、この集まりは、今までの会議とは事情が大きく違うのだから。

 今まで自分たちが戦いを繰り広げて来たエネミーたちの長、魔王。何もかもが謎に包まれていた彼らの秘密が一つ暴かれようとしている。それも最も気になる正体がわかったと言うのだから、勇たちが驚くのも無理は無いだろう。

 なんにせよ、今回の会議は普段とは全く違う物になる……そう確信する生徒たちの前に姿を現した天空橋もまた、彼らの緊張感を肌で感じ取っていた。

 

「……会議の内容は既に伝えた通りです。回りくどい話も面倒でしょう。端的にお話させて頂きます」

 

 PCを操作し、スクリーンに一人の男性の写真を映し出す天空橋。勇たちはその男性へと視線を注ぐ。

 容姿から察するに、年齢は20代の後半から30の前半の様に思える。不健康そうにこけた頬と不揃いな頭髪が男性を不気味に見せており、加えてぎょろりとした眼がどこか彼を化物じみた存在の様に演出している。シックな黒色を基調とした出で立ちをしている男性は見方によっては良い男にも見えるが、どうしても不穏な雰囲気を拭いきれないでいた。

 

「こいつ……!? 確かに、エックスが消える寸前に姿を現した奴だ!」

 

「ええ、画像認証で確認しましたが、顔と体形の特徴はほとんど一致しています。彼の名は黒須柾木(くろすまさき)、10年前に失踪届けが出されていることが警察で確認されており、行方不明になる前は伝説的な脚本家として有名な方だったそうです」

 

 脚本家、という言葉を耳にした一同の表情が強張る。エックスもまた自分を脚本家と捉えていた節があった。その点もまた黒須と酷似している。

 容姿と性格が一致している以上、黒須=エックスであることはほぼほぼ間違い無いだろう。問題は、彼が魔王へと変貌するまでの経緯だ。

 勇たちが動揺と困惑をそれぞれに見せる中、天空橋からバトンタッチした命が彼らの前に立つと黒須の経歴について淡々と語り始めた。

 

「黒須柾木……大学生の時に公募のシナリオコンクールにて優秀賞を受賞。そのままシナリオライターとして活躍し始め、舞台の脚本を中心として大活躍を続ける。ただ、本人がメディアへの露出や人間嫌いだったこともあり、業界外での知名度はほぼ皆無に等しかったそうだ」

 

「聞く限りでは順風満帆な生活だった訳じゃないですか。何でそんな人が魔王に……?」

 

「そこに至るまでの詳しい経緯は分からない。だが、黒須は元来の拘りが原因で所属していた劇団を追い出されてしまうこととなった。劣悪な人間性を加味しても彼を欲しがった会社や劇団は多く在ったそうなのだが……黒須はその全てを断り、その数日後に姿を消すこととなる。その直前に彼は気になる言葉を残しているんだ」

 

「気になる言葉……?」

 

「ああ……『もう人に使われるのは終わりだ。ボクは、世界全てを動かす王となる』……そう、言っていたそうだ」

 

「王……! 黒須は、魔王の存在をその時点で知っていた!?」

 

「ちょちょちょ! ちょっと待ってや! 確かにこの黒須っちゅうおっさんがエックスの正体っぽいってことは納得出来る。でも、ソサエティが生まれたんは12,3年前やで? 魔王であるエックスは、ソサエティが出来た後に誕生したってことかいな?」

 

「それは……確かに変だねぇ……」

 

 黒須についての話で盛り上がる中、光圀が一つの疑問を一堂に投げかける。言われてみればとその疑問に首を傾げる勇たちであったが、どっかりと構える大文字が低く唸る様な声で場をまとめ始めたことで全員が彼の言葉に耳を傾ける様になっていた。

 

「分らぬことも多くある。だが、逆に分かったこともあるだろう。まずは我らが知り得る限りの情報を整理してみてはどうだ?」

 

「そうだな……! えっと、じゃあまずは――」

 

「エックスは元は人間の黒須柾木だった。これはもう、ゆるぎない事実だよね?」

 

「もう一つ、そうして魔王になった黒須は王の器を手に入れた。もしかしたら順番は逆かもしれないけどね」

 

「王の器を手に入れたから魔王になったのか? 魔王になってから王の器を手に入れたのか? ……判断はつかないね」

 

 ディーヴァの三人が口にした言葉を天空橋がスクリーンに表示していく。分かり易く情報を纏めようと努力する彼の横では、今度は光圀と仁科が意見を口にしていた。

 

「黒須の失踪は10年前。対してソサエティの誕生はそれより前だ。つまり、エックスはソサエティの後に生まれた魔王ってことになる」

 

「他の魔王もそうなんか? それともエックスが特別なんか? これも疑問の一つやな」

 

 スクリーンに映し出される新たな情報。一つ一つの手がかりからソサエティや魔王の正体に迫っていく勇たち。じりじりと真実へ距離を詰めて行く中、光牙が呟く様な大きさの声を発した。

 

「もう一つ、忘れてはいけないことがある。エネミーを生み出すウイルス『リアリティ』の元となった『エンドウイルス』の抗体を作り出した女性……龍堂くんの母親である龍堂妃さんが亡くなったのが15年前だ。どうにも、ソサエティの謎に関わる事件はこの10数年前に密集してると思わないかい?」

 

 光牙の言う通りだった。龍堂夫妻が事故で死亡したのが15年前。その数年後に『リアリティ』と『ソサエティ』が誕生し、その後に黒須は失踪、魔王エックスへと姿を変えた。この数年の間にソサエティ絡みの事件が起き続けているのである。

 この数年間には何かがある……この場に居る全員がそう思わざるを得なかった。同時に、命もまた調査をこの年代に絞って続行することを心の中で決心する。

 そんな中……会議を纏めていた大文字が瞳を開き、ぐるりと周囲の生徒たちを見まわした後で口を開く。その表情には、何か重々しい感情が含まれていた。

 

「……ここまで出た情報を纏めた我の考えを述べさせて貰おう。これはあくまで推測だ、何の根拠もない。だが、決してあり得ない話でも無い筈だ」

 

「……君の考えを聞かせてくれますか、大文字くん」

 

 天空橋の促しを受け、大文字が首を縦に振る。そうした後、彼は再び口を開いて自分の考えを語り始めた。

 

「龍堂夫妻の死、ソサエティの誕生、そして黒須の変貌……この事件はすべて繋がっている、我はそう思う。この事件の裏では、何者かが糸を引いているのだ」

 

「な、なんです、それ……? 謎の陰謀論ってことですか……?」

 

「事はもっと単純だ。ソサエティを生み出したのも、黒須を魔王に変えたのも、その暗躍者だとすれば納得がいくのだからな」

 

「あぁ? どういう意味っすか?」

 

 大文字の話を理解出来ない仁科は首を傾げて間抜けな声を漏らした。だが、光圀を始めとする聡明な生徒たちは、これまでの話で大文字が何を言いたいのかを理解した様だ。

 

「暗躍者は、エンドウイルスの情報をどこからか聞きつけた。そして、それを利用する計画を立てた……!」

 

「エンドウイルスを入手、それを改良してリアリティを生成した暗躍者は、それを世界に放った……! 本当はここで世界を征服したかったけど、エネミーたちを『ディスティニークエスト』の中に封印されたことで侵略は中途半端な結果に終わってしまう。だから、計画を変更してソサエティと現実世界を戦わせることにした!」

 

「そのエネミーを指揮したり、各ワールドに分かれたソサエティを統治させるために魔王を作り出した。暗躍者は適当な人間を見繕って、そいつにエンドウイルスを投与したんやろ。んで、戦争の準備を整えたってことやな」

 

「そんな……!? そんな、怖いことを計画出来る人が居るって言うの!? 世界征服を目論んでる人が、世界のどこかに居るってこと!?」

 

「……全ては推測の域を出ない話だ。しかし、可能性はかなり高い。否定材料も無いのだからな」

 

「嘘……! じゃあ、エネミーを生み出したのは人間ってことなんですか!? 悪意を持った誰かが、世界を滅ぼそうとしてこんな事件を引き起こしたってことなんですか!? 私たちの真の敵は……エネミーじゃなくって、人間ってことなんですか!?」

 

 やよいの悲痛な叫びには、悲しみと困惑の色がありありと現れていた。無理もない、今までずっと彼女は外界からの侵略者と戦って来たつもりだった。しかし、そのエネミーを作り出したのは人間である可能性があると知り、動揺してしまっているのだ。

 なにもそれはやよいだけではない。葉月や謙哉、玲や光牙もまた動揺を露にしている。しかし……そんな中でまた違う意味での動揺を胸にしている人物が一人いた。

 

「待って、下さい……もし、その話が事実だとしたら、そしたら……!」

 

「マリア……? 一体、どう――」

 

 他の生徒たちより明らかに大きな動揺を見せているマリアを案じた光牙は、彼女の顔色が真っ青であることに気が付いて紡いでいた言葉を途切れさせた。一体、何が彼女をここまで追い込んでいるのか? 声を詰まらせた光牙をよそに、マリアは大文字へと自らの思いを確かめる様にして語り出す。

 

「もし、もし……ソサエティを生み出した暗躍者が本当にいるとするなら、そう、だったら……!」

 

「……気が付いたか。恐らくは、その想像通りだ」

 

「ああ、そんな……!?」

 

 大文字の返答を受け、マリアはその場にガクリと膝から崩れ落ちた。青ざめ、目に一杯の涙を浮かべるマリアと大文字を交互に見比べるメンバーは、唐突に口を開いた大文字の声に耳を傾ける。

 

「……もし、暗躍者がソサエティを生み出すためにエンドウイルスを使おうと考えた場合、一つ大きな障害が生まれることとなる。それは、抗体を生み出した者の存在だ。細菌兵器の抗体を作られてしまっては、それに価値がなくなってしまう。故に……暗躍者は、その障害を取り除かなければならなかった」

 

「え……?」

 

「この場合の障害とはつまり、抗体を作り出した龍堂妃に他ならない。彼女が存在していては、間違いなくエンドウイルスの完璧な対策を作り上げられてしまう。だからこそ……暗躍者は、彼女を排除した」

 

 しん、と空気が静まり返った。誰かの荒い息遣いとすすり泣く様な声だけが響く部屋の中で、誰もがそのことを言葉にすることを恐れていた。しかし、ただ茫然とした様子の葉月が信じられないとばかりに首を振り、マリア同様に瞳に涙を一杯に浮かべながら……ついに、誰もが思い描いた言葉を口にする。

 

「殺されたってこと……? 勇のお父さんとお母さんは、暗躍者の野望の邪魔になるから殺されたってことなの……!?」

 

「……その可能性はかなり高い。全てが繋がっているとするならば、それが一番しっくり来る解答だ」

 

「そ、んな……? そんな、ことのために……!?」

 

 未だに想像の範疇を出ない答え。だが、ほぼ現実に起きたとしか考えられない答えでもある。ここまで集めた情報が、この答えを導き出しているのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだと……。

 

「世界さんと妃さんが殺された……!? まさか、そんなことが……!」

 

「……結論を急ぐのは危険だ。しかし、暗躍者の存在やエックスを魔王に変えた存在が居ることはほぼ間違い無いだろう。であるならば、これは――」

 

 天空橋も命も、こうして導き出された答えに動揺を隠しきれてはいない。ここに来て噴出した新たな可能性に狼狽しつつも、大人として出来る限り冷静になろうと努めていた。

 だが、そんな彼らの耳に響いたのは鈍く大きな打撃音だった。音の発生源に視線を向け、硬直する天空橋たちの眼には、拳を震わせて立ち上がっている勇の姿が映っている。

 

「……誰だ……? その暗躍者ってのは、誰なんだ!? 誰が親父とお袋を……俺の家族を奪ったんだっ!?」

 

「勇、落ち着いて! まだそうだって決まったわけじゃ――」

 

「ソサエティの裏には悪意を持った何者かの影がある! それは紛れも無い真実だ! なら、そいつと俺の両親の死が無関係な訳がねえ! 抗体を作れるお袋がたまたま死んで、その数年後にパンデミックが起こるなんて偶然にしても出来過ぎだろうがよ!」

 

 冷静さも落ち着きもかなぐり捨て、勇は謙哉に向かって叫ぶ。その眼には涙が浮かぶと共に怒りの炎が燃え上がっていた。今まで事故だと思われていた両親の死が何者かによって引き起こされた事件だとするならば、これまでやこれからの戦いの意味が変わって来る。

 もしも、何者かがエンドウイルスを使って世界を征服しようとしているのならば。もしも、その何者かが勇の両親を暗殺したとするのならば。勇にとってこの戦いは……親の仇を討つ戦いになる。両親を殺し、世界を我が物にしようとする悪を滅ぼすための戦いになるのだ。

 

「大文字! 誰が暗躍者なんだっ!? お前なら目星もついてるんだろっ!?」

 

「……候補は二人だ。一人目は、大魔王と呼ばれている存在……その名前からして、一番最初の魔王は奴である可能性が高い。つまりはソサエティを作り出した存在だとも言えるだろう」

 

「なら、もう一人は誰だ? お前の考えるもう一人の暗躍者の正体は!?」

 

「……龍堂、忘れた訳ではあるまい。我々が初めてエンドウイルスに遭遇した時、その事件の裏で糸を引いていたのは誰だ?」

 

 大文字の言葉を受けた勇は、過去の記憶を遡ってエンドウイルスとの邂逅の時を思い返し始める。自分が初めてエンドウイルスの存在を知った時、それは悠子がエネミーに変貌した時だったはずだ。

 悠子をエネミーにしたのは今は亡き『色欲のマリアン』だった。彼女が悠子にエンドウイルスを感染させ、事件を巻き起こしたのだ。つまりは、マリアンを操っていた存在がもう一人の暗躍者候補である。マリアンを操れる人物など、一人しか存在していない。

 

「『大罪魔王 ガグマ』……! 奴がもう一人の暗躍者候補……!」

 

「うむ……何故、奴はエンドウイルスを持っていたのか? そこにも疑問が残っている。しかしそれも奴が暗躍者だとするならば容易く答えが出るだろう。なんにせよ、奴からも詳しく話を聞かねばなるまい」

 

「あぁ……! 何としてでも口を割らせてやるよ……! もし、ガグマが俺の両親を殺したとしたら、そん時は……っっ!!」

 

 煮え滾る怒りの炎を胸に抱き、勇はガグマへの憎しみを募らせる。新たに浮かび上がった事実は、これから先の戦いにどう影響するのか? その答えを知る者は今は何処にも存在していないのであった。

 

 





――夢を見る。とてもとても楽しい夢を見る。夢の中では何でも出来て、不可能なんて一つも無い。幸せで、最高で、ずっとずっとこうしていたいと私は思う。
 でも、夢は終わってしまう。目が覚めれば悪夢の様な現実が目の前にある。私はただ、絶望することしか出来ない。
 ……そんな私の前に、彼はやって来た。

「君を辛い現実から連れ出そう。私はヒーロー。子供たちのヒーローだ」

 彼は、私に力があると言ってくれた。その力で同じ様に苦しむ子供たちを救えると言ってくれた。
 彼は、私を夢の国に連れて行ってくれた。私の力と重なれば、どんな夢だって叶う素敵な世界を教えてくれた。
 彼は、私たちのヒーロー。子供たちの夢を守り、笑顔を守る最強のヒーロー。私たちは彼に名前を付けた。最高のヒーローに相応しい、最高の名前を……

 彼の名は、()()()()()()()()()()()。私たちのソサエティ、『ドリームワールド』を守る戦士。
 私たちはこの夢から目覚めない。永遠の幸せの中で微睡み、生き続けるのだ……。



『劇場版 仮面ライダーディスティニー HERO IN THE DREAM』 今冬公開予定

 世界の危機に『無敵の運命』が覚醒する。



続報は後書き及び活動報告にて公開予定!


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獄炎の暴走

 

 

 ベンチに座り、ちらりと横を向く謙哉。視線の先に居る親友の様子を探りながら何と話を切り出そうかを悩む彼は、意外なことに冷静な勇の姿に少し安堵していた。

 先日の会議にて明らかになったショッキングな出来事。勇の両親の命は、何者かによって奪われたのかもしれない……そんな、あまりにも残酷な可能性があることを知った勇が荒れてしまうのではないかと不安になっていた謙哉であったが、今の彼の様子を見る限りはその心配も杞憂に終わりそうだ。

 葉月も、光圀も、あの大文字ですらも勇のことを心配していた。しかし、当の彼は缶ジュースを片手に鼻歌を歌っている状況である。どうにも、彼がそこまで思い詰めている様には見えなかった。

 

「……んで? 話ってなんだよ、謙哉?」

 

「あ、えっと、その……」

 

「……まあ、大方俺のことを心配して、様子を探ろうとしたって所だろ? 安心しろよ、お前が思うよりかは冷静だぜ」

 

 ジュースを飲み干し、空になった缶をゴミ箱に捨てながら、勇は謙哉にそう告げた。その言葉には嘘や強がりの意味合いは無い様で、再びベンチに座った勇は笑みを見せながら謙哉に語り始める。

 

「あんなことがあったとは言え、まだそうと決まった訳じゃねえ。感情のままに動いて失敗すんのはガグマの時で懲りてる。まずは冷静に情報を集めないとな」

 

「……本当に平気かい? 会議の時、酷い顔してたけど……」

 

「まあな……親父とお袋が誰かに殺されたかもしれないって聞いた時は動揺したが、時間が経って落ち着いてきたよ。真実がどうであれ、それを知る為には戦い続けなきゃなんねえんだ。なら、俺はただ戦うだけさ。魔王を倒さねえ限りは、世界も平和にはなんねえしな」

 

 トントンと足踏みを鳴らし、調子を取った勇は話を切り上げて立ち上がった。謙哉も彼に続き、休憩所から歩き去って行く。

 

「……なあ、謙哉。俺は攻略チームは今のままであるべきだと思う。外部が大きく動いてる状況で内部も変えちまったら、それはとんでもない混乱を招くと思うんだ。俺は、マリアと一緒に光牙を支えるよ。それが一番の方策だと思う」

 

「勇がそうするって言うのなら、僕は反対しないよ。新田さんたちは残念がるかもしれないけど、勇の決めたことだから納得してくれるさ」

 

 廊下を並んで歩く最中、勇は長々と悩んでいたリーダー交代の件についての結論を謙哉へと告げた。彼の同意を得たことに安堵すると同時に、ぐっと拳を握り締めて新たに決意を誓う。

 

(ゆっくり、確実にだ……少しずつ前に進めば良い。その中で明らかになることも、新たに得るものだってあるはずだ。前に進もう、皆と一緒に……!)

 

 片付けるべき問題は山ほどある。しかし、解決の糸口が見えない訳では無い。一歩ずつ、着実な歩みが自分たちの未来を切り開くことを確信する勇は、強い眼差しを前に向けてただ歩み続ける覚悟を胸にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 同日、正午。青い海に浮かぶ豪華客船の中では、多くの人々が壇上に上がる3人の乙女たちの姿に見惚れていた。老若男女問わずに多くの人々が乗り合わせた船の中では、ディーヴァのトークイベントが行われていたのだ。

 

「いや~、いつの間にやら夏が終わっちゃってたよねぇ……。戦いやらお仕事やらで忙しくって、満喫する機会が中々なかったよ~!」

 

「でも、学校の臨海学校には行けたじゃない。あれはあれで楽しかったでしょう?」

 

「お仕事としても、初めて三人で水着のグラビア写真集も発売出来ましたし……私は結構、良い思い出がいっぱいかな!」

 

 アイドルらしく、年頃の乙女らしく、司会の男性が出すお題で軽快なトークを繰り広げる3人。楽し気な彼女たちの様子に観客たちも笑顔を見せ、イベントを大いに楽しんでいる。

 アイドルとしての活動について一通り話した後は、彼女たちのもう一つの顔である仮面ライダーとしての話へと移る。時に笑いを交えながらも、そこは真面目に世界の平和を祈るスーパーヒロインとして、3人は切々と語り続けた。

 

「……戦うアイドルとして活動して来たけど、やっぱり3人だけじゃあどうにもならないこととかも多くあってさ。そう言う時、仲間の大切さとかを実感するよね」

 

「そうね。私も仮面ライダーになってから、結構考え方が変わったと思う。1人で何でもやってやる、って気持ちは最近は控えめになってるかしら?」

 

「チームワークもそうだけど、周りの人たちに色々と協力することの重要さが分かったと思う。でも、やっぱり一番実感したのは、命の大切さかな……」

 

 それぞれの想いを口にする中、やよいはぽつりと重い呟きを漏らした。どこか沈痛な面持ちを見せる彼女に観客たちの視線が集中し、言葉の続きを待ち侘びている。

 

「……私たち、何回も危ない目に遭って来てるでしょ? 今、こうやって3人でステージに立ててることが奇跡って思えるくらいの修羅場を何度も潜り抜けて来たわけなんだけど、もしも何か一つでも悪い方向に動いてたら、こうはならなかったって思うんだよね」

 

「……うん、そうね。やよいの言う通りよ。多分、私が一番皆に心配をかけてるわね」

 

 マリアンに操られた過去や、ゲームオーバーの経験もある玲は、やよいの言葉に深く頷いた。明るい葉月も神妙な面持ちのまま、やよいの話を聞き続けている。

 

「少し前に拡散された話だけど、私たちは戦いの中で大切なお友達を一人失ってます。学校も違うからあんまり話す機会はなかったけれど……でも、一緒に戦い続けて来た仲間だったから、凄くショックな出来事でした」

 

 今でも、あの瞬間の映像は脳裏に焼き付いている。ガグマの攻撃を受け、ドライバーだけを残して消滅した櫂……ああして、命が消える光景をまざまざと見せつけられた時、やよいはこれがゲームなどではない正真正銘の戦争なのだと言うことを理解した。それまでだって決して戦いを舐めていた訳ではないのだが、それを実感する機会を得て、改めてそのことを理解したのだ。

 

「私は……もうこれ以上、大切な友達がいなくなって欲しくない。世界中の皆も、誰だって犠牲になって欲しくない。だから、頑張って強くなろうと思います。それが、仮面ライダーである私たちの使命であると思うから……!」

 

 小さな声の、だが力強い宣誓の言葉を口にしたやよいに向け、多くの人たちから惜しみない拍手が送られた。立派なヒーローの模範的な姿を見せた彼女は、少し気恥ずかしそうになりながらも観客たちに向けて小さくお辞儀をする。

 少し重くはあったが、お陰で良い話が聞けた。ここからは再び明るい話題で場を盛り上げる……そのはずだった。

 

「ほぉ……? 誰にも居なくなって欲しくないだって? 流石はアイドル様、甘ちゃんな考えだな!」

 

「えっ……!?」

 

 聞き覚えのある声が会場に響く。やよい、玲、葉月はその声をした方向へと視線を向け、目を見開いた。

 そこには、大量のエネミーを引き連れた櫂が立っていたのだ。エネミーの姿にパニックになる観衆たちであったが、櫂はそんな彼らの様子などまるで気にしていない。ただまっすぐ、憎しみを込めた眼差しを壇上のやよいたちへと向けている。

 

「アンタ、どうしてここに……? 何が目的なの!?」

 

「そんなもん決まってんだろうが! ムカつく奴らを全員ぶちのめすためだ!」

 

 ディーヴァの3人は、ドライバーを構えながら櫂の前に立ち、民間人たちを庇う姿勢を見せた。それに対して櫂はニヤリと笑うと、低く唸る様な声で彼女たちへと語り掛ける。

 

「なんだ? 俺と戦うつもりか? 俺は一向に構わねえが……良いのか? お前たちが派手に暴れたら、この船もただじゃ済まないぜ?」

 

「!?!?!?」

 

「変身しているお前たちは良いだろうが、もしもこの船が沈んだら後ろの奴らは絶対に助からねえ! それを理解した上で、俺と戦うつもりか? あぁ?」

 

「ぐっ、ぅぅ……!!」

 

 カードを構えた手を震わせ、歯を食いしばる3人。ここで戦えば、間違いなく大きな被害が出る。最悪、この船が沈没する危険性もあることに思い当たった彼女たちは、櫂に睨みを利かせながら牽制する様な叫びを上げた。

 

「抵抗出来ないアタシたちを嬲るつもり? 良い趣味してるじゃん、アンタ!」

 

「ははは! 安心しろよ、お前たちに手を出すつもりはねえ。俺の目的は、龍堂と光牙だ!」

 

「龍堂と白峯? 残念だけど2人はここには居ないわよ。さっさと陸に戻って、探せば良いじゃない」

 

「わかってねえなぁ……! お前たちはあの2人を呼び出すための餌なんだよ。ついでに、エックスを倒して調子に乗ってる虎牙の奴も呼び出して、楽しいショーを始めようってことだ!」

 

「わ、私たちを人質にするつもりですか!?」

 

「そうだ! ……大人しく囚われのお姫様をやってろよ。さもなきゃ、ここにいる民間人がどうなっても知らねえぞ?」

 

 エネミーを片手で操り、葉月たちを恫喝する櫂は自身の目的を語るとじわじわと部下を船内へと展開させていく。海の上に浮かぶ牢獄と化した船の中、乗客たちを守る為には彼の言うことに従う他ないと判断した3人は、悔しさに歯噛みしながら櫂に投降し、彼の作戦の駒として扱われることになってしまった。

 着々と準備を整え、目指す標的を仕留める策略を何重にも巡らせる櫂。その瞳に燃える炎は紅蓮に逆巻き、煌々とした明かりを放っている。

 

「龍堂、虎牙、光牙……! てめえら全員、ぶっ潰してやるからな……!」

 

 憎しみを込めた呟きを漏らし、歯を見せて笑った櫂は、エネミーたちを引き連れて戦いの準備に取り掛かり始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『よう、久しぶりだな……! もうわかってるとは思うが、お前たちの仲間は俺が預かってる、他の有象無象の人質たちと一緒にな。返して欲しけりゃ……俺の言うことに従え』

 

『龍堂、虎牙、光牙……お前たち3人だけでこの船に乗り込んで来い! そこで俺と勝負をしろ! 俺に勝てたら、人質は無事に返してやるよ……! ただし、お前たちが他の仲間を引き連れて来たり、逆に1人でも欠けていたら、その時点で終わりだ。船は沈んで、乗客たちは海の藻屑になる。勿論、俺が勝負に勝った場合も同じだ』

 

『絶対に……俺は負けねえ! 今度こそお前たちをぶっ潰してやる!』

 

 怒気を荒げた櫂の表情を最後に映し出し、映像が途切れる。明かりが戻った部屋の中で、深刻な表情をした天空橋が部屋に集まった勇たちへと視線を向けた。

 

「これが、櫂さんから送られて来た映像です。既にニュースでも葉月さんたちが乗っている船がハイジャックされたことは報道されており、人質の奪還と共に事件の早期解決が願われています」

 

「櫂の野郎……! 俺たちとの決着をつけるためになりふり構わなくなって来やがったな!」

 

「水無月さんたちも人質になっているんですよね? 急いで助け出さないと!」

 

「落ち着け! ……分かっているとは思うが、これは間違いなく罠だ。敵は様々な手段を講じて君たちを待ち受けているだろう。だが、ここで逃げると言う選択肢を取ることは許されない。多くの人質を見捨てたとあれば、世間の仮面ライダーへの信頼はがた落ちだからな」

 

「毛頭、逃げる気なんてありゃしませんよ! こうなった以上、櫂の奴をぶっ飛ばしてやるだけだ!」

 

「捕まっている人たちを見捨てることなんて出来はしません! 僕も覚悟は出来ています!」

 

 勇と謙哉、二人の力強い答えを聞いた命は、ゆっくりと頷きを見せた。敵が待ち受ける逃げ場の無い船の上に、たった3人だけの若者を送り込むしかない状況に歯噛みし、自分の無力さに悔しさを感じる彼女であったが、多くの人々のためにはそうする他ないと自分に言い聞かせ、無理に納得した。その思いは天空橋も一緒なのか、彼も俯いて唇を噛み締めている。

 そして、残る最後の1人の生徒に向けて視線を送った命は、彼の想いを尋ねるべく、声を発した。

 

「白峯……君はどうだ? かつての親友を相手にして、戦えるか?」

 

「……俺、は……」

 

 命からの真っすぐな視線にたじろぐ光牙。前回の戦いの中、櫂の叫びを耳にした自分は、動揺して絶好のチャンスを逃してしまった。あの時、櫂を仕留めていればこんなことにならなかったのだと思いながら、光牙は拳をぎゅっと握り締める。

 

「……行くしかないです。俺が行かなきゃ、沢山の命が失われる。それに、櫂がああなったのは元はと言えば俺の責任だ。俺が、けじめをつけなきゃならないんです……!」

 

「……気を張るなよ、光牙。あの時、何も出来なかったのは俺も同じだ。櫂を助け出すためにも、協力して戦おうぜ」

 

「ああ……! たった3人だけの戦い、か……」

 

「……全員、覚悟は出来ているか。ならば、この作戦の概要を説明させて貰おう」

 

 先ほどまで櫂の映像が映っていたスクリーンに船の写真と見取り図が映し出される。現在の船の在処、そして内部の構造を一つ一つ指し示しながら、命はじっくりと知り得る情報を勇たちに伝え始めた。

 

「現在、船は陸から相当離れた位置に停止している。中継無しでは電波が届かないため、通信での援護すらも出来ないだろう。海上自衛隊もいざという時のために周囲に展開してはいるが、あくまで救出が主だった目的であり、戦闘に関しては君たち任せになる」

 

「エネミーの数も分かってはいないし、もしかしたらゲートもあるかもしれない。そうなった場合、苦戦は必至ですね」

 

「その通りだな……。1時間後、君たちをヘリコプターにて船の上へと輸送する。その後、船内にて『憤怒の魔人 カイ』を撃破しつつ、人質の安全の確保を目指せ。見取り図のデータは君たちのゲームギアに転送しておこう。出来るだけ、内部の構造を頭の中に叩き込んでおくんだ」

 

「もう一つ、ディーヴァのお三方は早めに救出した方が良いでしょう。ギアドライバーが無事なら、彼女たちも一緒に戦ってくれるはずです。敵に奪われている可能性も大いにありますが、それでも彼女たちから得られる情報も多々あるはずですから」

 

「つまりだ……俺たちの目的は、1.人質の奪還 2.エネミーの撃破及びゲートの破壊 3.櫂の野郎をぶっ飛ばす! ってことで良いんだな?」

 

「おおよそそれで間違いない。だが、敵は間違いなく卑怯な手段を講じて来るだろう。出来る限り、我々もサポートを行う。しかし、人質の安全確保は君たちに任せるしかないんだ」

 

「わかりました。全力で、この任務に挑ませて頂きます」

 

 光牙は頷き、勇と謙哉へと視線を送った。二人もまた緊張を感じながらも呼吸を整え、視線を返す。

 

「やるっきゃねえんだ。なら、覚悟決めてびしっと行こうぜ! 全員で帰って来られる様にな!」

 

「逃げ場はない。多くの人の命もかかってる……だからこそ、絶対に負けられない!」

 

「ああ……! ここで決着をつけよう。あの日の悪夢を終わらせるために、櫂を倒すんだ!」

 

 全員が覚悟を決めた。どれだけ不利な状況であろうと、逃げることなく戦い抜く覚悟を……そして、かつての友を倒し、自分たちの過ちを正す覚悟を胸に秘めた。

 勇気が要るのだろう。きっと辛い戦いになるだろう。だが、それでも……絶対に負けるわけにはいかないのだ。

 

「……出発は1時間後だ。それまでに準備をしておいてくれ。……頼んだぞ、仮面ライダー!」

 

 憎しみの獄炎が燃え盛る船に乗り込むまであと1時間。魔王ガグマが誇る最後の魔人柱・櫂との戦いの時は、刻一刻と迫っている。

 心臓の鼓動が激しくなることを感じながら拳を握り締めた光牙は、今度こそ櫂を倒すのだと強く自分に言い聞かせ、湧き上がる吐き気を必死に堪えて呼吸を続けたのであった。

 

 

 

 



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裏切りの歌姫

 

 

 

 

「よっ、と……ふぅ、無事に船には乗り込めたな」

 

「ここまでは一切の妨害は無かった。だけど、本番はここからだ。気を引き締めてかかろう」

 

 ヘリコプターから降ろされたロープを使い、櫂がジャックした客船に乗り込んだ勇、謙哉、光牙の三人は、周囲の状況を確認しながら警戒を続ける。これより先は敵地。いつ、どこから敵が襲って来てもおかしくない状況だ。

 ドライバーを取り出し、すぐにでも変身出来る体勢を取りながら、三人がこれからどう動くかを考えようとしていると、若干のノイズ音の後で船内放送の音が響き、この騒動の原因となった人物の声が聞こえて来た。

 

『よう、随分と遅い到着じゃあねえか……! まあ、逃げずに来たことだけは褒めてやるよ』

 

「櫂……!!」

 

 長く聞いていない様な、しかして実際はつい先ほど聞いたばかりの櫂の声。懐かしい様な、腹立たしい様な、そんな奇妙な感覚を覚えているのは、光牙だけではなかった。自分たちの目の前で消滅した彼が、自分たちに憎悪を剥き出して襲いかかって来るこの状況に僅かな虚しさを感じる三人に対し、櫂は妙に楽し気な声で語り出す。

 

『折角の再会だ。すぐに顔を合わせて決着をつけるってのも味気がねえだろ? だから、ここで一つゲームでもしようじゃねえか』

 

「ゲーム、だと……?」

 

『ルールは簡単だ。お前たちの大切なアイドルのお仲間が今、死ぬほど危険な目に遭ってる。制限時間はねえが、急がねえと間違いなく手遅れになるって状況だ。三人はバラバラに別の場所で助けを待ってる。お前たちは、お姫様たちが死ぬ前に奴らを見つけ出すことが出来るかな?』

 

「水無月さんたちが死にかけてるだって!?」

 

「てめえ、ふざけんな! 俺たちが憎いなら、俺たちだけに手を出しやがれっ!!」

 

 ディーヴァの三人が危機に瀕していることを知った勇と謙哉は大声で櫂へと怒鳴り声を上げる。しかし、放送で一方的に話しかけている彼にはその怒声は届かず、ただただ三人の感じている焦りと怒りを増長させる結果となってしまった。

 親友がここまで非道な策を実行していることに歯噛みし、先の戦いで倒すことを躊躇してしまったことを光牙は悔やんでいた。あの時、自分の心が強ければ、櫂にこんな汚名を着せることは無かったのだと、自分を責め続けた。

 しかし、そんなことをしても状況は何も好転しない。三人を嘲笑い続ける櫂は、通信を切る前にゲームの仕掛け主として、勇たちにヒントを与える。

 

『さてと……一人目のお姫様は、きっと寂しくて心細さに体を震わせてる頃だろうぜ。二人目のお姫様は……王子様の助けを顔を真っ赤にして待ち続けてるだろうな。最後の一人を見つけられた奴はラッキーだ。アイドルらしいサービスショットを堪能出来るぜ。ただし、時間が経ったら見るも無残な姿になっちまうだろうけどな!』

 

『これがお前たちに与えられる手がかりだ。さあ、早くお姫様たちを見つけ出してやんな! 急がなきゃ、三人とも死んじまうぜぇ!』

 

 ブツン、という放送が切れた音を残し、櫂の声が聞こえなくなる。甲板に残された三人は、焦りの感情を抱きながらも、必死になって葉月達の居場所を探ろうとしていた。

 

「クソ! わけわかんねえぞ!? あの筋肉馬鹿は、この船がどんだけ広いと思ってるんだよ!?」

 

「とにかく動かないと! 片っ端から船内を見て、ヒントの意味を解読しなきゃ!」

 

「虎牙くんの言う通りだ。ここは、三人別々に行動しよう。纏まって動くより、探索範囲が広くなるはずだ」

 

「……わかった! 気を付けろよ、二人とも!」

 

 光牙の提案に頷き、駆け出した勇が廊下の先へと消えて行く。残された二人も頷き合うと、互いに反対方向へと走り出して行った。

 

 

 

 

 

 今、まさに命の危機に瀕している歌姫たちの姿を探し、櫂にこれ以上の罪を重ねないために必死に走る光牙は、彼の残した手がかりの意味を考えながら船内を探索していた。時折、ゲームギアに転送されている船内の見取り図を眺めては自分の現在位置や船の構造を確かめ、そして葉月達の居場所を推理する。

 答えはそう難しいものでは無いはずだ。事件が起きてから現在に至るまでの間に、櫂には捻った監禁場所を作り出す時間は無かったはず。であるならば、答えは直接的なものである可能性が高い。

 

(寂しくて震える……顔を真っ赤にする……サービスショット……?)

 

 一つ一つのヒントの意味を探っても、これだという答えは見つからなかった。三つのヒントが互いに絡まり合い、それぞれの答えを隠すかの様に複雑な思考を作り上げてしまうのだ。

 ここはまず、解く問題を一つだけに絞るべきだ。そう考えた光牙は、櫂の最初の言葉へと思考の焦点を絞る。寂しい、心細い、震える……単語を一つずつ注目し、最も重要な部分が何処であるかを見つけだす。この場合、櫂が伝えたかったヒントは『震える』の部分だろう。

 時間の経過と共に命の危険があり、居ると震える場所……その答えを探る光牙は、船内見取り図の中のとある部屋を見つけ出すと確信に近い思いを抱いた。

 厨房のすぐ近くにある『冷凍保管庫』。ここならば、人を監禁出来る。氷点下の寒さに晒され続ければ、凍死の危険もあるだろう。寒さに震えながら自分たちの助けを待っていると考えれば、櫂の言葉にも十分に当てはまる。

 

「良し、確認してみよう。今は行動あるのみだ!」

 

 自分自身に言い聞かせる様にしてそう呟いた光牙は、颯爽と船の中を駆け抜け、冷凍庫へと向かったのであった。

 

 

 

 

 

 

 同じ頃、勇は船のボイラー室を目指していた。光牙同様に櫂からのヒントを解き明かし、そこに誰かが囚われている可能性が高いと踏んでの行動であった。

 船内の地図を頼りに進み、駆動音を響かせる機械でごちゃごちゃとしている部屋に辿り着いた勇は、周囲の状況をつぶさに確認する。見落としの無い様、慎重に人影を探す勇は、部屋の奥で力なく項垂れている少女の姿を見つけると急いで彼女の元へと駆け寄った。

 

「おい葉月、大丈夫か!?」

 

「うぁ……? 勇っち……? 助けに来てくれたの……?」

 

 蒸気で蒸しているボイラー室の温度は非常に高い。換気も働いていないのか、まるでサウナの様な状態になっている。そんな部屋の中で長時間拘束されていた葉月は、大量の汗を流し、瞳も虚ろな状態になっていた。

 顔どころか全身が真っ赤になっている葉月。このまま勇に見つけられなければ、脱水症状で命を落としていたかもしれない。そうなる前に彼女を見つけ出せたことに安堵しつつ、勇は櫂が人の命を弄ぶことに躊躇を感じていないことを悟り、ぐっと拳を握り締めた。

 

 その行動の意味は、どちらかと言えば悲しみであった。無論、仲間である葉月を苦しめたことに対して怒りの感情を抱かない訳ではない。しかし、それ以上に櫂が人の心を忘れていくことを悲しみ、そうなった原因が自分たちにあることを悔いている。

 一刻も早く、櫂を止めなければならない。彼が本物の化け物になってしまう前に……そう、心の中で思い浮かべた勇であったが、目の前でぐったりとしている葉月の呼吸が弱々しくなっていることに気が付き、今は彼女の救護を先にすべきだと判断して立ち上がった。肩を貸し、脱力しきっている葉月の体を支えながら、勇は彼女の意識を保たせるべく、何度も呼びかけを試みる。

 

「キツかったな、もう大丈夫だ。まずは水を飲んで、一息つこう。食堂になら、飲料水が大量にあんだろ」

 

「サンキュ、勇……でも、恥ずかしいな。アタシ今、汗臭いだろうしさ……」

 

 照れた様に笑う葉月が思ったよりも体力に余裕があることに安堵してから、勇はゆっくりと、しかして出来る限り迅速な動きで食堂を目指す。他の二人の仲間が無事であることを祈りつつ、彼もまた自分に出来ることをするべく一歩ずつ前に進み続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突入班とディーヴァの残る最後の一人、謙哉と玲は共に上階の客室、スイートルームに居た。勇、光牙の両名が船の下層を探索する素振りを見せたため、謙哉は残る上層部を捜索することにしたのだ。そして、その最中に奇妙な物音を耳にしたのである。

 ゴポゴポと言う、水の排出される音。謙哉を除いて人っ子一人いない船の廊下には、その音が良く響いた。謎の物音の出所を確かめるべく耳をそばだてて進んだ謙哉は、現在彼が居るスイートルームに辿り着き、そこで玲を見つけ出したという訳だ。

 

 豪華客船のスイートルームに男女が二人きりとなれば、それはそれはロマンティックな場面に思えるだろう。しかし、当の本人たちはそんなことを思う余裕などまるでなかった。

 玲は、手足を拘束され、重しを体に付けられた状態でバスタブの中に放置されていたのだ。湯舟を満たすために排出されるお湯は彼女の体を浸し、ついには顔を沈め様かという所まで溜まっていた。玲が溺れる寸前、という所で謙哉が部屋に入って来て、彼女を見つけ出したのである。

 大慌てでバスタブの栓を抜き、溜まっていたお湯を流したことで難を逃れたが、あと数秒遅ければ玲は溺れ死んでいただろう。危ない所であったと額の汗を拭い、安堵の息を吐いた謙哉は、そこで玲の服装を見て顔を赤らめた。

 

 水に沈められるという扱いを受けるせいか、玲はいつぞやに見たあの青い水着を纏っている。可愛らしい水着姿のまま、手足を拘束されているのだ。

 脱ぐと凄いグラマラスな体型の玲が、手足を拘束され、口にガムテープを貼られている姿というのは、何と言うか非常に危ない香りがする。確かに危ない状況ではあったのだが、そう言う意味ではない危険さと言うか、何と言うか――

 と、謙哉がややパニック状態になっていると、その玲が極寒の視線を彼に向けて縛られている両腕を突き出して来た。どうでもいいからさっさとこれを解け、ということなのだろう。ジト目の玲に怯えつつ、後ろめたい気持ちがある謙哉は大急ぎで玲の手足、そして口のガムテープを剥がし、彼女を自由にする。

 

「水無月さん、大丈夫!? 怪我はない?」

 

「ふぅ……死ぬかと思ったわ。本当、ギリギリだったわね」

 

 縛られていた手首を摩り、チラリと横目で謙哉を見る玲。どこか艶めかしいその姿にドギマギしてしまった謙哉は、彼女にその動揺を悟られぬ様に視線を横に向けた。

 濡れた髪を撫で、赤くなってしまった肌に触れ、深呼吸を何度か繰り返した玲は、視線を謙哉の方に向けないまま彼に一つの頼みごとをしてきた。

 

「謙哉、そこに私のゲームギアとドライバーがあるでしょ? 取ってくれない?」

 

「え、あ、うん!」

 

 言われるがままに風呂場の床に落ちていた玲のドライバーを手にした謙哉は、それを彼女へと渡す。自身の変身アイテムを受け取った玲は、視線をそれに向けながら更に謙哉に指示を出した。

 

「……少し、向こうを向いていてくれないかしら」

 

「あ、はい……」

 

 その頼みにも即座に従った謙哉は、玲に背を向けてぴしっと立ったままその場で硬直し続ける。先ほどの下世話な自分の行動を恥じ、玲に不快な思いをさせたことを謝らなければな、と思案にくれていた謙哉であったが……

 

「……え?」

 

 自分の背中に何か柔らかいものが当たる感触に気が付いた謙哉は、驚きに眼を見開きながら首を回して背後の様子を探る。そうすれば、視界には俯いた状態で自分に背後から抱き着く玲の姿が映った。

 水着姿のまま、謙哉に縋る玲。片方の手はドライバーのある腰の辺りに、もう片方の手はブレザーの内側に侵入している。強く、されど緩く力を込める彼女の様子に困惑し、謙哉は茫然と玲に声をかけた。

 

「み、水無月さん? 一体、どうしたの……?」

 

「ごめんなさい、謙哉……! 本当に、ごめんなさい……!」

 

 ただならぬ玲の様子に何があったのかを問いかけた謙哉が弱々しい玲の呟きを耳にすると同時に、彼女が動きを見せた。謙哉の腰からドライバーを剥ぎ取り、そのまま俊敏な動きでバスルームから出て行く。あまりにもスムーズな動きにただ驚くことしか出来ない謙哉の目の前で、玲は大声で叫んだ。

 

「取ったわよ! これで良いんでしょう!?」

 

「ああ……! いい仕事をしたぜ、水無月……!」

 

「!?!?!?」

 

 玲の叫びに呼応するかの様に、部屋の中にゲートが出現した。驚きに眼を見開く謙哉は、そのゲートの内部から櫂が姿を現したことに更に驚き、玲が謙哉のドライバーを彼に手渡したことにもっと驚く。

 玲の手からドライバーを受け取った櫂は、ホルスター内のカードを確認し、ニヤリと笑った後……謙哉へと得意げな表情を浮かべてみせる。

 

「よう、久しぶりだな……! で、どうだ? 助けたお姫様に裏切られた気分はよぉ?」

 

「え……?」

 

「状況が飲み込めない、って顔してんな。まあ、しょうがねえよ。なにせ、お前の大事な歌姫は、俺に味方してお前からドライバーを奪ったんだからな! お前のゲームギア、ドライバー、カード、全部がここにある。お前はもう、戦えない……ここで俺に叩きのめされるしかねえんだよ!」

 

 櫂の言葉に顔を真っ青にした謙哉は、彼から隣の玲へと視線を移す。玲は、俯いたまま悔しそうに肩を震わせ、ただただ謙哉へと謝罪の言葉を繰り返し続けていた。

 

「ごめんなさい、謙哉……本当に、ごめん……」

 

 今の玲の様子を見れば、彼女がカードの効果で操られている訳ではないことは分かる。謙哉を裏切ることを悔やみながらも、そうする他の手段がないからこそ、彼女はこの様な行動を取ったのだ。

 一体、何が玲をそこまでさせたのだろうか? そのことに考えを巡らせようとした謙哉であったが、それよりも早く櫂の巨大な拳が顔面を捉え、大きく吹き飛ばされてしまった。強かに壁に頭をぶつけた謙哉は、歪む視界の中で懸命に立ち上がるも――

 

「まだ気を失うんじゃねえぞ? 暫くは、俺の遊び相手になってもらわないとなぁ!」

 

「ぐぅぅっっ!!」

 

 まるでサンドバッグを殴るかの様に、何度も何度も謙哉の体に拳を叩きつける櫂。目の前で行われる凄惨な私刑に心を痛め、傷つく謙哉の姿に罪悪感を抱きつつも、玲はただ涙を零してその場に立ち尽くすことしか出来ない。

 

「へへへ……! 今頃、光牙と龍堂も残りのお姫様に裏切られてる頃だろうさ! 暫くお前を嬲って楽しんだら、今度はあの二人を叩きのめす番だ! それまでせいぜい死ぬんじゃねえぞ!」

 

「がはっっ!!」

 

 謙哉の呻き声と鈍い打撃音が響く。復讐の炎を燃やす櫂は、戦う力を持たない謙哉を徹底的に嬲り、それでも満たされない心に更に激しい憤怒の感情を燃え上がらせると、それを目の前の敵に向かって叩きつけるかの様に拳を振るい続けた。

 

 




最近短くって本当にすいません。出来る限り、更新を急ぎます。


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海上の激闘

お久しぶりです。本当に長い間、お待たせしてしまいました。

ゆっくり、自分の体調と相談して、また更新を続けていきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

2020年の仮面ライダー最初の放送に間に合ってよかったです。


 

 

「はははははっ! ま、こんなもんか。前菜としちゃあ楽しめたぜ!」

 

「ぐ、ふっ……」

 

 散々に櫂に痛ぶられた謙哉は、壁に背を付けてぐったりと倒れ込んでいる。全身の痛みを堪え、立ち上がろうとする彼であったが、体のダメージは予想以上に大きく、自由に動くことはままならなかった。

 そんな謙哉へと近づいた玲は、辛そうな表情のまま彼をそっと抱き締める。涙ぐんでいる彼女に対し、謙哉は裏切りには何か理由があることを察しているのか、決して恨む様な素振りは見せなかったのだが、それがまた玲の罪悪感を刺激していた。

 

「ごめんなさい、謙哉……でも、今はこうするしかないの……」

 

 謙哉を抱き締める腕に力を籠め、彼の頭に胸を押し付ける様にしている玲。そんな彼女を横目にしながら、櫂は謙哉のドライバーのカードホルスターを確認し、そこにある『サガ』のカードを確認してほくそ笑んでいた。

 

(これが王の器を有するカードか……! こいつを破っちまえば、その資格は消えるのか?)

 

 『創世騎士王 サガ』のカードを手にして、邪な想いを抱く櫂。しかし、そんな考えを脳裏に浮かべた途端、彼の手に鋭い痛みが走った。

 

「ぐっ!? な、なんだ……!?」

 

 突然の衝撃に驚き、櫂はカードを落としてしまう。床に落ちたカードを見つめ、今の痛みが『サガ』による物であることを感じ取った櫂は、忌々しいとばかりに荒く鼻息を吐くと、恨み節を口にする。

 

「ケッ! そう簡単にはいかないってことか……。まあ良い。どの道、俺が優位であることは変わらないんだからな」

 

 カードを拾い、謙哉を抱き締める玲へと視線を送った櫂は、無言で彼女にこの場を立ち去ることを伝えた。水着姿の玲は謙哉のことを後ろ髪惹かれる思いで見つめていたが、諦めた様に腕を離すと小さな呟きを残す。

 

「……本当にごめんなさい、謙哉。後でどんな我儘だって聞いてあげるから、今は許して……」

 

 謙哉から離れ、櫂の手から彼のドライバーをひったくる様に奪い、憎しみを込めて睨みつけた後、玲は着替えのために部屋の中へ消えて行った。既に謙哉の持つ『サガ』のカードがホルスター内に仕舞われていることを確認していた櫂は、特に惜しむこともなく玲の自由にさせてやる。

 

「後で、ねえ……お前たちに後でなんかねえよ。このままここで、俺にやられる運命なんだからなぁ……!」

 

 扉の先へと消えた玲とぐったりと倒れる謙哉を交互に見つめた後、櫂は愉快気に喉を鳴らして不気味な呟きを口にしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおぉぉぉっ!?」

 

「ぐッ!? くぁぁっ!!」

 

 同じ頃、勇と光牙もまた、謙哉同様ピンチに陥っていた。

 強烈な攻撃に吹き飛ばされ、豪華な絨毯の上をごろごろと転がった2人は、頭を振りながら立ち上がり、困惑しながらも状況の把握に努める。

 そうはいっても、彼らは難解な問題に悩まされているわけではない。それとは真逆に至ってシンプルな危機だからこそ、彼らも困惑しているのだ。

 

「クッソ! どうしたってんだよ、葉月!? 片桐!?」

 

 震える手でディスティニーソードを構えながら、勇は動揺を隠せていない叫びをあげる。視線の先にいるのは、自分たちに攻撃を仕掛けてきているのは、これまで苦しい戦いを共にくぐり抜けてきた信頼出来る仲間……葉月とやよいだった。

 勇と光牙の不意を打つようにして変身した2人は、有無を言わさぬ勢いで攻撃を繰り出してきている。その理由も語らず、ただ淡々と自分たちを襲って来る2人の行動に、勇も光牙も困惑して、手出しが出来ないでいた。

 

「がはっ!? ぐっっ!!」

 

「光牙っ! 大丈夫か!?」

 

「ああ、大したことはない……だが、どうして2人はこんなことを? まさか、洗脳でもされているんじゃ……!?」

 

 やよいが放った光弾を受け、その場に崩れ落ちた光牙が仮面の下で苦し気な表情を浮かべながらそう呟く。

 味方である自分たちを襲うという、あまりにも不可解な彼女たちの行動に対して、葉月たちが正気を失っているのではないかという疑問を抱いた彼であったが、その耳に大きく野太い笑い声が届いた。

 

「はははははっ! おめでたい奴だぜ、お前はよぉ!! そいつらは、自分たちの意思でお前らを潰すことを選んだんだよ、光牙ぁ!!」

 

「っっ!? 櫂っ!! それに、水無月さん!? いったい、どうして……?」

 

 戦場と化していた船内ホールに姿を現したのは、この船をハイジャックした櫂だ。彼に従うようにして隣を歩む玲の姿に驚き、困惑する光牙に対して、苦々し気な声色で勇が呟く。

 

「乗客たちだ、光牙。畜生、さっきからおかしいと思ってたんだよ……!」

 

「えっ……? ああっ!!」

 

 勇の呟きを聞いた光牙もまた、彼が何を言いたいのかを理解した。そして、どうしてディーヴァの3人が自分たちを襲い、櫂に従っているのかという理由も同時に悟る。

 この客船は元々、ディーヴァのイベントのために貸し切られたものだったはずだ。今を煌く大人気アイドル ディーヴァのイベントならば、軽く100名を超えるだけのファンが集まっていてもおかしくはない。実際、この船ならば確実にそれくらいの人数は余裕で乗せられるだろう。

 だが、これまで光牙たちが探索した中で、そういった船の乗客たちの姿は影も形も見つけられていなかった。それはつまり、彼らが意図的に光牙たちが見つけられない場所に閉じ込められている可能性が高いということであり、それらの状況証拠を踏まえた結果、出て来る答えといえば――

 

「ひ、人質を取っているのか!? この船の乗客たちを!!」

 

「はははっ! 大正解! お前も少しはマシに頭を使えるようになったなぁ! ま、龍堂の方が先に答えに辿り着いた辺り、お前がまだまだお馬鹿ちゃんだってことがわかるけどよ!」

 

「……ごめん、白峯、勇っち……! でも、アタシたちにはこうするしかないんだ……」

 

「私たちが櫂さんに逆らえば、この船に集まってくれたファンの皆を殺すって……! 私たちには、皆を見捨てることなんて出来ない。だから、だからっ……!!」

 

 嬉しくって堪らないとばかりに笑う櫂と、彼とは対照的に苦しく辛そうに呟きを漏らす葉月とやよい。彼女たちがこの行動を心の底から嫌がっていることは、その様子からも察することが出来る。だが、今の彼女たちには、櫂に従う以外の選択肢がないのだ。

 ディーヴァの3人を救出することに手いっぱいで、まず最初に考えねばならなかった人質の存在という部分を完全に失念していたことを光牙は悔やむ。その隣に立つ勇は、今度は櫂の横に立つ玲へと声をかけた。

 

「水無月、お前がそうして無事でいるってことは、謙哉がお前を助けに来たってことだよな? あいつは、どうしてるんだ?」

 

「………」

 

「み、水無月さん……? まさかっ!?」

 

「答えられねえよなぁ! 自分を助けに来てくれた虎牙を裏切って、ドライバーもカードも奪っちまったなんてよぉ!! こいつが後生大事に抱えてるのは、虎牙の奴のゲームギアさ。必死になって自分を助けてくれた奴を裏切る気分ってのはどうなんだよ、水無月?」

 

「くっ……!!」

 

 挑発的な櫂からの言葉に表情を顰め、苦し気な呻きを漏らす玲。見慣れた薔薇園学園の制服を纏う彼女は、櫂の言う通りに腕の中にゲームギアとドライバーをしっかりと抱えこんでいた。

 

「虎牙の奴なら、廊下でおねんねしてるところさ。徹底的にボコしてやったから、多少はスカッとしたが……まだ、この怒りは晴れねえ。お前たちを苦しめ、叩きのめし、ぶっ潰すまで、俺の憤怒は治まらねえんだよぉっ!!」

 

「ぐッ!? ぐああぁっ!!」

 

「がぁあっっ!!」

 

 表情を怒り一色に染め、船を揺らすほどの激しい叫びを上げる櫂。その叫びに気を取られていた勇と光牙の体に、葉月たちが放った一撃が直撃する。

 強烈な一発をまともに食らった2人は、悲鳴を上げて大きく吹き飛んでしまう。変身も解除され、生身の状態に戻ってしまった勇たちの姿を見た葉月は、戦いの手を止めると今度は櫂へと詰め寄った。

 

「これで良いんでしょ!? 早く皆を解放して!」

 

「ああ、上出来だ。少し待て……」

 

 勇たちを倒した葉月のことを手で制した櫂は、そのまま右手を頭上へと掲げた。そうすれば、空中に四角いスクリーンが浮かび上がってくる。

 船内の何処かと思わしき室内に集められた、大量の人、人、人……老若男女が不安気に膝を抱え、自分たちを見張るエネミーたちに怯え切っている。どうやら、彼らが人質であるこの船の乗客、乗員のようだ。

 

 人質を見張るエネミーの1体が櫂からの視線に気が付き、こちらへと振り向く。言葉を発さずに主からの命令を待つその怪物に対して、口の端を歪ませて笑みを作った櫂が、指示を送った。

 

「お前ら、もうそいつらは用済みだ。1人残らず、始末しろ」

 

「なっ!? そんなっ! 約束が違うじゃんっ!」

 

「クハハハハハッ!! まさか、俺がそんな口約束を本気で守ると思ってたのか? 龍堂たちを動けなくしたら、あんな雑魚どもに用はねえ。邪魔者は消す、当然のことだろう?」

 

「やめて……! やめてくださいっ! お願いします、櫂さんっ!!」

 

 阿鼻叫喚、そう表現するに相応しい、絶望の叫びが人質たちの口から発せられている。じりじりと自分たちに詰め寄る、異形の怪物たちへの恐怖を越えにして叫ぶ彼らの姿に愉悦を感じる櫂は、自分に懇願してくるやよいをちらりと見ると、これまた嬉しそうに笑みを浮かべてこう言った。

 

「いい気味だぜ。俺はな、お前らが苦しんで苦しんで、絶望に浸る姿が見たかったんだ。自分たちの手で仲間を叩きのめして、それなのに何も守れなくて……今、どんな気持ちだ? 苦しい! 辛い! そんな思いに縛られるお前らの顔を見るためにこんな手間のかかることをしたんだ、やめるわけねーだろうがよっ!!」

 

「お願い、します……! 今は魔人柱でも、元は仲間だったじゃないですか……! あなたにはまだ、人の心が残っているはずです。だから、どうか……!」

 

「知らねえな、そんなもん。さあ、目を開けてよ~く見ておけ。お前たちのせいで、お前たちのファンが無残に嬲り殺される様をなぁ」

 

 無慈悲にも、やよいの懇願を切り捨てた櫂は、彼女の顔を掴むとスクリーンから顔を背けることを許さないとばかりに強い力でそれを固定してしまう。やよいの目には、泣き叫ぶ乗客たちの悲痛な姿がはっきりと映っている。

 

 今、まさに、1体のエネミーが腕を振り上げ、間近にいた少女へと襲い掛かろうとしていた。恐怖に怯え、身が竦んでいる彼女は、涙を浮かべながら自分の辿る末路を想像し、きゅっと目を閉じてその時を待つ。

 

「やめて、やめてっ!! だめーーっ!!」

 

 届かないと知っていながらも、やよいはそう叫ばずにはいられなかった。だが、やはりその叫びで何かが変わることもなく、エネミーは振り上げた腕を少女の頭上へと振り下ろし、攻撃を仕掛け――

 

『ぎゃふんっ!?』

 

「……は?」

 

 ――何者かに蹴り飛ばされ、情けない悲鳴を上げて背後へと倒れてしまった。

 

 突然の乱入者に驚き、素っ頓狂な悲鳴を上げるエネミー。そんな彼の姿を目の当たりにして、櫂もまた間抜けな表情を浮かべてポカンとしている。

 やよいも、葉月も、勇も光牙も、何が起きているのか分からないとばかりに唖然としている中、たった1人だけこの状況で安堵の息を吐き、ほっとしている人間がいた。

 

「よかった、間に合ったのね。ホント、ギリギリじゃない……」

 

「水無月……? テメェ、何か知ってやがるのか!?」

 

 意味深な言葉を発した玲へと詰め寄ろうとした櫂であったが、それよりも早くに後ろへと飛び退いた彼女は大きく距離を取り、その手から逃れる。

 そうやって、己の身の安全を確保した玲が、自分の手にしているゲームギアを軽く左右に振ってみせると……

 

『……もしもし、水無月さん? 人質にされてる船の乗客たちを見つけたよ!』

 

「上出来よ。でも、もう少し早く出来なかったの? 心臓に悪いじゃない」

 

『ごめん、これでも急いだんだけど……』

 

「その声……! 虎牙か!? あの傷で、どうして動ける!?」

 

「あんたが謙哉のカードに夢中になってる間に、私が回復(ヒール)のカードを使ったからよ。ついでに状況も説明して、人質の奪還にも協力してもらってたの。葉月たちが龍堂たちを倒したら、あんたが人質を始末するってことは予想が出来た。そうなる前に手を打ったまでの話よ」

 

「ちっ……! 抜け目のない女だぜ。だが、虎牙の奴がたった1人で駆け付けたからってなんになる? あいつのドライバーはお前が持ってる! カードだって1枚も持ってねえ! 変身どころか、まともに戦うことも出来ない奴に、何が出来るっていうんだ!?」

 

 突然の謙哉の乱入に驚き、ペースを乱された櫂であったが、まだ自分の方が優位に立っていることを再確認すると、余裕の表情で玲へとそう尋ねてみせた。

 今の謙哉には、変身に必要なドライバーもカードも無い。生身の状態で、10体以上のエネミーを蹴散らすことなど出来るはずがない。そんな確信を持つ櫂であったが、玲もまたそんなことは予想していたとばかりに涼しい表情を浮かべると、彼に向けてこう返した。

 

「私からも2つほど質問があるのだけれど、答えてくれる? 1つ目、謙哉のドライバーは確かにここにあるわ。じゃあ、私のドライバーは何処にあると思う?」

 

「なに……?」

 

「一応言っておくけど、私のドライバーはあんたたちの変身者認証システムが備わってない量産型よ。つまり、使おうと思えば誰だって使えるってわけ」

 

「テメェ、まさか……!!」

 

 玲からの指摘を受けた櫂は、得意気にそう語る彼女の顔から人質たちを閉じ込めている部屋を映すスクリーンへと目を向ける。そこには、懐からドライバーを取り出して、腰に装着する謙哉の姿があった。

 そう、櫂が謙哉を嬲り終え、『創世騎士王 サガ』のカードに意識を傾けていたあの時、玲は謙哉に抱き着き、彼の治療を行うと共に自身のドライバーも預けていたのだ。そして、自分がドライバーを所持していないことを櫂に悟られぬよう振舞っていたのである。

 

 変身者認証システムがオミットされている玲のドライバーなら、謙哉でも変身出来る。後は、そのために必要なカードだけだが……

 

「で、2つ目の質問よ。あなた、謙哉のカードホルダーは見たのよね? その時、何か足りないカードはなかったかしら?」

 

「ぐっ……!!」

 

 玲の言葉を受けた櫂は、今度はすぐにその答えに気が付く。

 あの時、自分はイージスの基本フォームへの変身に使う『護国の騎士 サガ』のカードや王の器を持っている『創世騎士王 サガ』のカードにばかり気を取られていたから気が付かなかったが……今思い返せば、あのカードを見てはいなかった。

 

「いつの間にそんなことを……? 虎牙のドライバーは、俺がずっと持ってたはずなのに……!」

 

「あなたに渡す前に、ドライバーの中からそのカードだけを抜いて、ずっと隠し持ってたのよ。私のドライバーを預けるタイミングで、そのカードも一緒に渡したってわけ」

 

「隠し持ってただぁ!? お前はあの時、何も持ってなかった! 水着姿だったから、他に隠せるような場所なんて――」

 

「ああ、そうね。隠し持ってたって言うより、()()()()って言う方が正解ね。カード1枚くらいなら、()()に隠せるもの。やよいには無理かもしれないけどね」

 

 悪戯っぽく微笑みながら、自分の胸をとんとんと叩く玲。男である櫂には思いつかない、女性の武器を用いて敵の眼を欺いた彼女が持つゲームギアから、謙哉の声が響く。

 

『水無月さん、改めて確認しておくけどさ……どんな我儘だって聞いてくれるんだよね?』

 

「ええ、そのつもりよ。ただし、5分だけだからね」

 

『それだけあれば十分さ。その5分だけ……無茶させてもらうよ!』

 

 櫂、勇、光牙、ディーヴァの3人、そして人質である船の乗客たちが見守る中、謙哉が1枚のカードを取り出す。それをドライバーへと通した彼の周囲には雷光が煌き、それに撃たれたエネミーたちの悲鳴と共に、電子音声が高らかに鳴り響いた。

 

<RISE UP! ALL DRAGON!>

 

『せぇぇやぁあぁぁあぁっっ!!』

 

 暴風、閃光、衝撃。稲光と竜巻で荒れ狂う船室に、雷龍の力を身に纏った戦士が降り立つ。

 その爪でエネミーを斬り裂き、その牙でエネミーを噛み砕き、弱き者を脅かす敵の前に立ちはだかる守護者と化した謙哉は、今2体のエネミーを消滅させながら、仲間たちに向かって叫んだ。

 

『こっちは僕に任せて! 水無月さんたちは、櫂くんを頼んだっ!!』

 

「ええ、任せてちょうだい。と言っても、私はドライバーがないからなにも出来ないんだけどね」

 

 人質の安全を確保した謙哉にそう返しつつ、玲は頼りになる仲間たちの顔を見やる。葉月とやよいはぱぁっと表情を輝かせ、飛び跳ねながら彼女のことを褒め称えた。

 

「れ~い~!! ナイスっ! ナーイスッ! あの状況でよくそこまでやってくれたよ~っ! 謙哉っちも同じくナイス! 流石、蒼色夫婦!」

 

「あとは私たちに任せて! 玲ちゃんと謙哉さんが頑張ってくれた分、私たちも頑張らなきゃ!」

 

「ちょ~っと待てよ、おい。俺たちだって、まだやれるぜ?」

 

 盛り上がる葉月とやよいに待ったをかけたのは、先ほどまで蹲っていた勇だ。多少の疲れを見せながらも、光牙同様にまだまだ戦えると戦意を見せている。

 

「勇っち、大丈夫なの!?」

 

「あんなもん屁でもねえよ。櫂の野郎を締め上げなきゃ、安心して気も失えねえしな」

 

「櫂を止めるのは、俺の役目だ。この体に鞭を打ったって、俺は俺の使命を果たす!」

 

 傷ついた状態でありながらも、2人は衰えぬ戦意を以て櫂を睨む。勇はディスティニーホイールを呼び出してそれを腕に装着し、光牙はホルダーから『勝利の栄光』のカードを取り出して、同時に叫んだ。

 

「「変身っっ!!」」

 

《ディスティニー! チョイス・ザ・ディスティニー!》

 

《ビクトリー! 勝利の栄光を、君に!》

 

 セレクトフォームとビクトリーブレイバー。自身が持つ、最強の力と武器を解放した2人は、葉月たちの横に並び立つと戦いの構えを取った。

 人質を奪還され、予定を大幅に狂わされた櫂もまた、怒り狂った様子でドライバーを装着すると、苛立ちを吐き捨てるようにして大声で叫ぶ。

 

「変……身ッッ!!」

 

《アグニ! 業炎! 業炎! GO END!!!》

 

 爆発と熱風、絨毯やテーブルクロスを焦がす熱を発した櫂もまた、アグニへと変身して4人を睨む。イフリートアクスを手に、荒い呼吸を繰り返して、怒りの咆哮を上げる。

 

「殺す! お前らは、1人残らず俺が潰してやる! 焼き尽くして、叩きのめして、跡形も無く消し飛ばしてやるっ!!」

 

「櫂……! お前を救うには、お前を倒すしかないというのなら、俺は……もう、迷わない! 今度こそ、お前を倒してみせる!」

 

「ふざけろ、光牙ぁっ!! この間のようにはいかねえ! 俺は、俺はぁぁぁぁっっ!!」

 

 野獣のように吠え、怒りの炎を燃え上がらせながら駆け出す櫂。一歩ごとに炎の足跡を残し、仮面の下で鬼気迫る表情を浮かべながら、かつての仲間たちへと挑みかかっていく。

 そんな櫂を迎え撃つのは、4人の戦士たち。この戦いが、憤怒の魔人との最終決戦になることを感じている彼らは、各々が自身の武器を握り締めると、かつての仲間を解放すべく、彼の怒りを受け止める戦いへと身を投じるのであった。

 

 



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