新月は機甲兵を照らすか (大空飛男)
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悪夢からの目覚め。

―――それは、冬の出来事。年が明けまであと二日と言った時期であった。

人々は喜びの声を上げることはなく、むしろ人を無慈悲に焼き殺した異臭が辺りを立ち込め、絶命間際に残す悲痛な叫びに、対して人ならざる奇声が辺りで木霊していた。

まさに地獄。人々はその出来事に成すすべなく、無残にも阿鼻叫喚の叫びを上げ続けているのだ。

そんな中、彼女は偶然にも両親に庇われ、幸か不幸か助かることができた。しかし、本日五歳となった彼女には、それを受け入れることは容易ではないだろう。彼女は人ではなく、もはやモノとなってしまった両親を、おとうさん、おかあさんと連呼していた。

しかし、その声は別のモノに届いてしまったのだろうか。彼女が住まう町を襲った黒い影が、木々のひしゃげる音を立て、壁を突き破り目の前に現れた。彼女は突然のでき事に思わずへたり込む。

壁を突き破ってきた正体は、禍々しく丸みを帯びた、漆黒の鎧ともいえる鱗を身にまとい、巨大な蒼眼を不気味に輝かせていた。まるで御玉杓子から蛙へ進化をする最中のような、手足が生えた楕円型の生き物である。
それは静止をすると、彼女を蒼眼で捉えた。そして、人々が空腹を満たす際に食事を行う様に、ごくごく当たり前の動作で、軽く丸のみできるだろう大口を開いた。

その出来事に、彼女は手足を小さく動かしながら後ずさる。叫びを上げたがそれは言葉にならない、恐怖から出た高くかすれた声であった。

彼女は同時に、不思議にも理解が追いついていた。ああ、食べられてしまうのだろうと。それはすなわち、死を意味することも。

楕円型のそれは彼女を喰おうと近づいてくる。それは面白いぐらいスローモーションに見え、彼女は刹那的に不思議に思えた。死ぬ間際には、こうやって見えるのかと。

彼女は五歳児ながらの覚悟を決めると、目をつむり、死を受け入れようとした。

―だが、その覚悟は無駄に終わる。彼女が喰われることはなかったからだ。

風切り音が痛く耳に入るより前に、生き物の側面から鉄と鉄がぶつかり合うような、甲高い音が響き、火花が散った。楕円形の生き物はハトが豆鉄砲を食らったかのように、きょとんと食らう動作を止めると、その風切り音の正体を探るべく、体ごと振り返った。

「ガァ」

生き物がうなるようにそう呟いた刹那だった。

「ファアック!―電―不足―のか!」

そう聞こえたと思うと、瓦礫が砕けるような音が響き、生き物の上に何か人影のようなものが着地する。そして、三つの球体のような物体にギザギザとした突起がいくつもついた―掘削用ドリルのような無骨な物体を、その生き物の後頭部へ向け殴りつけるように勢いよく振り下し、押し付け始めた。

刹那、高速に回転するモーター音と、工事現場などで甲高く響く鉄を削るような、聴き心地の悪い音が彼女の耳へと入ってきた。

「グガァアアアアア!!」

生き物に痛覚があるかは不明だが、それは咆哮を上げると暴れ始めた。顔と体が一体化したような姿を、ぐわんぐわんと左右へ振りながら。

だが、頭上で張り付いている人物は、振り落とされない。激音が続いている以上、理解できるであろう。
やがて鉄を削るような音は衰えていき、代わりに肉をミキサーにかけるかのようなねっとりと、血と肉が絡み合うような音へと変化し、青いドロリとした液体が噴き出し始める。それは2mほど離れた彼女の付近にまで、激しく飛び散った。

「ギャァアアアア!グギャアアアアアア!」

生き物は耳の鼓膜が突き破れそうなほど、激しい苦痛の叫びを上げる。だが、人影はまるで聞こえていない様に、ただ掘削ドリルのような物を、目一杯と押しつけ続けていた。

彼女はそんな人影をただ呆然と見ていた。無理もないだろう、五歳になったばかりの彼女にとって、その光景はひどく残酷でえげつなく、その場で失禁をしてしまう程だからだ。

その出来事は数分間に思えたが、事実濃厚な数秒であること彼女が悟る刹那、生き物の叫びはだんだんと力なく衰える。そして、掘削用ドリルの無慈悲な回転音が鳴り止むと同時に、生き物は絶命したのだろう。ずうんと地面に伏せるようにして、蒼眼の光を失い大口を閉じた。

生き物が死に絶えた事を確認すると、その人物は伸ばしきった右腕を、生き物の体から勢いよくずぽりと抜き取る。そして再びドリルを回転させ青い液体をまき散らすと、口を開いた。

「クソ…!死に去らせバケモノめ」

野太く、そして恨みをはらんだ重い声からして、おそらく男であろう。その人物は白い吐息を獣のように漏らすと、生き物の体から降り立った。ガシャンと音を立てるその男が纏うのは、部分的に発光した特殊な装甲であり、日本人にはなじみ深い迷彩色が施してある。

この時、彼女は自分が助かったと飲み込むことができた。そして同時に、両親の死別から今に至るまでを、すべて把握し理解した。

「う…ううう…うわぁ…ぁぁぁあ…あっ…」

彼女は泣き出す。大声で、月に照らされた夜空に響くように。
すると男は、やっと彼女を認識することができたのだろう。男は反射的に、右手に装着した掘削用ドリルのような物をパージすると、信じられないようなものを見るように、ゆっくりと歩み寄ってくる。

「…生存者だ。生存者がいたッ!こちらスパルタン1、生存者を発見!繰り返す生存者を発見した!医療兵!早く来い!」

男が彼女の目の前に着くや否やわなわなと体を動かし、いまだ泣き止まない彼女をまるで精密なガラス細工を包み込むように、優しく丁重に抱きかかえた。

「…本当に…生きていてよかった…。君は…俺たちにとって女神だ…」

先ほどとは別人のように、男は急に涙を流しながら彼女へと語りかけた。

その男から感じる触感は固く無機質なものであったが、それでもなぜか、彼女は暖かい温もりを感じることが、できたのだった。





防空駆逐艦として位置づけされる『秋月型駆逐艦』の四番艦である艦娘、初月は早朝六時に鳴り響く起床ラッパにより目が覚めた。

彼女の所属は、舞鶴鎮守府。京都北部に位置する、歴史ある鎮守府である。第二次世界大戦時ではここで多くの船が建造され、初月の艤装の元になる船もまた、ここで作られた。

「はは…目覚めの悪い夢だな…」

ぼそりとそう呟くと、初月は息を漏らす。体中が汗ばんでいて、ひどく疲労感を感じていた。

だが、初月は体を伸ばし、意識を眠りから覚醒させようとする。そして切り替わりが始まる前から、黒いインナーとタイツを履き、その上から制服に着替えると、いつものように行動を開始した。点呼を取り、室内の掃除を同室している艦娘と行い、朝食を取る。特に初月のような、鎮守府内で主戦力として数えられない艦娘たちにとって、これは当たり前すぎることであった。

ここ舞鶴鎮守府は、本土にある鎮守府だけあって所属する艦娘も多い。その為に第一艦隊、第二艦隊に所属しない艦娘は、基本的に毎日同じような日常を繰り返すだけであるのだ。

朝食後、初月は同室及びチームメイトと共に訓練を行うこととなっている。模擬戦に基礎トレーニング、座学に、射撃訓練など、これもいつもと変わらない。

そして昼食。訓練は17時に終了であり、そこからは自由時間。これを、艦娘たちは楽しみにしていた。

残り時間は、4時間。この昼食で残りの訓練を乗り切るエネルギーを蓄え、自由時間へ向けて気持ちを保つようにしていた。

「でね。私言ってやったのよ。そこは輪形陣だって―」

「あーなるほどぉー」

しかし、昼食時間も立派な休憩時間である、食堂はこのようににぎわい、初月もまた、ルームメイトと他愛ない会話を楽しんでいた。

「初月さぁ…もっと女の子っぽい恰好とかしてみたら?なんかこう、ずっと凛として疲れないの?」

同じルームメイトである、彼女の姉的立ち位置の秋月型駆逐艦のネームシップ―秋月が、初月へと軽く話題を振る。どうやら日頃から凛々しい姿勢を崩さない初月を見て、注意を促しているようだった。

たとえ血のつながりがなくとも、彼女らに宿る艦の御霊は姉妹であり、それを艦娘は自然と受け入れるのである。故に初月にとって、秋月は実の姉のように慕っているのだ。

「僕がかい?そうだな…うん。考えておくよ」

そう、初月は苦い笑いを浮かべて言葉を返すと、考え込むしぐさをした。女性らしい恰好と言っても、彼女の育った経緯的に、考えはつかないのだが。

「そうやってまた話を濁すー。もうちょっと姉の意見を取り入れてほしいなって」

秋月は頬を膨らませてそういうと、ぐるぐるとスープをかきまぜ始める。特に意味はない。彼女の癖のようなものである。

「あ、じゃあ今度一緒にお買いものにいこぉ?きっと初月ちゃんの似合う服、見つけられると思うなー」

そういうのは、秋月型駆逐艦二番艦の照月だった。鈴のなるような綺麗な声であるが、ふわふわとした雰囲気の持ち主で、初月にとってはむしろ保護欲が高まる、花のような姉である。

「いや、いいよ。僕はやっぱり、こうして規則正しい恰好の方が落ち着くんだ。それよりも、午後は模擬戦だよ。僕らはあまり戦果が残せてないし、この時間で作戦を決めないかい?」

そう初月が、女子特融の話を濁そうとしたその時、食堂のテレビから、とあるニュースが流れてきた。

『次のニュースです。先日起こった強盗過失致死の事件ですが、犯人の男が逮捕されました。犯人の名前は永田軍平。警察の発表によると、男は元岬守であることが判明いたしました。犯人は三十代男性に対し暴行を―』

そのニュースを見て、初月は不快感を覚える。なぜなら『岬守』とは、彼女にとって大きな存在であったからだ。

しかし、それはあくまでも彼女が持つ感覚である。現国政の常識的に、岬守は忌み嫌われた存在であり、それは世論でもある。

「まーた岬守が犯罪を犯したのねー。ホント暴力的というか、無能というか…」

「そうね。過去の作戦で何も残せなかったから、仕方ないとおもうなぁ」

現に、初月にとっての姉妹艦である秋月と照月ですら、その名を聞いただけで苦い顔をしている。もっとも、それは無理もないだろう、彼女らは初月の過去―元の名前の過去を、知らないのだから。

「…そ、そんなことよりも、作戦を考えよう。姉さん達」

初月はそういうと、あらかじめ持ってきていた紙とペンを取り出す。しかしいつもであれば、二人は早々に話を切り上げ、話題転換に乗るが、今日というばかりは食い下がらなかった。

「そういえば、初月は岬守をどう思ってるの?今思えば、批判的な意見を聞いたことない気がするね」

「たしかにー。まあ初月ちゃんのことだよ。答える価値もないってわけじゃない?」

秋月と照月は、何も罪悪感なく、ちょっとした好奇心で初月へと質問を投げかける。

初月もそのことはわかっている。だが、それでもうつむき、一つ息を吐いた。そして顔を上げると、無表情でつぶやく。

「どうでも…いいと思ってるよ。僕はね」





舞鶴鎮守府提督、田宮伊久は送られてきた書類を読み終えると、ごま塩頭を掻きながら深く息を吐いた。

最前線基地のひとつである、ラバウル基地に対しての増援願い。それも、対空能力の高い船を優先的に寄越して欲しいといった、注文付である。

「どうしましょうか。提督」

田宮の秘書艦を務める妙高は、彼の顔色をうかがうべく、質問を投げかける。彼女と田宮の付き合いは、もう三年にもなり、良きパートナーであった。

「うーむ、あくまでも大本営を通じての命令だ。背くわけにはいかないだろう。しかしな…」

うなりつつ、田宮はぎしりとキャスター付の椅子へともたれ掛る。ラバウルの司令官は、田宮より階級も低く、地位もない。故に借りを作って今後に生かそうとしても、それは無駄骨に終わるだろう。田宮は再び電報を手に取り、内容に目を通す。

「…ラバウルの環境が、気になりますか」

鋭い妙高の指摘に、田宮は眉毛をぴくりと動かす。確かに、一番の問題はそこであった。階級はともかく、ラバウルの司令官はその立場上、地位がまるでない。ましてや国民にも人気が高く、希望の星となっている艦娘をこれ以上その司令官に預けるのは、得策ではないだろう。田宮は書類を机へ雑に置き、肘をつく。

「ああ、そうだ」

「はい、そうですね。だからこそ、慎重に艦娘を選ぶことが、重要でしょう」

田宮の言葉を先んじて妙高は言うと、彼は「だろうな」と頷いた。どちらにせよ、増援は送らなければならない。ラバウルの増援願いは、大本営から通じた、正規かつ絶対的な命であったからだ。これが指揮官同志のやり取りであればまだはぐらかせたのだが、国のスローガンとして挙げられている、「護国絶対」がある以上、正規命令は従わなければならない。従わなければ目をつけられ、いつ憲兵にしょっぴかれるかわかったものではない。

「まあ、だからこそ一人は調べが済んでいるはずだ。こうした時のためにな」

そう田宮が言うと、妙高は「はい」と答える。彼女は胸元で抱えていたバインダーを表に向けると、挟まる資料を数枚めくり、目的の項目をつらつらと述べた。

「秋月型駆逐艦四番艦初月。彼女は幼少期、旧自衛隊特殊作戦群第一機甲兵小隊に救出をされています。ですので、彼女はまず適役かと。呼び出しますか?」

妙高がそう述べ終えると、田宮は再び「うむ」と頷きを見せ、椅子から立ち上がったのだった。




どうも、はじめましての方は初めまして。久々の方は久々ですね。飛男です。
今回はハードな感じのお話を手掛けてみました。賛否両論あるかもしれませんね。
あらかじめここで記載しますが、この物語は「壊れた提督、一途な月」のリメイク作品です。とはいうもの、投稿していた期間はほんと一瞬でありましたので、覚えていない方は新作と思ってもらって構いません。と、いうか覚えてる人いるの?と、いうかもはや原型ないですかね。

では、今回はこのあたりで。一応ストックはありますので、切れるまでは随時投稿して行きたいと思います。


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歯車は動き出す

「転属ですか?」

午後の訓練が始まる十分前。初月は館内放送で執務室へと呼び出された。
久々に入る執務室。彼女が艦娘として覚醒し、この舞鶴鎮守府へ正規着任したとき以来であろう。どこか懐かしさを感じつつも、初月は凛とした姿勢で聞き返す。

「うむ。先ほどラバウルから増援願いが届いた。おそらく、敵戦力に空母系の深海棲艦が増加しているのだろう。だからこそ、防空能力の高い、君が選ばれた」

確かに、ラバウルには空母系の深海棲艦が近頃増加していると、初月は噂で聞いていた。それに対抗すべく、大本営は空母型の艦娘を二人送り出し、拮抗状態にまで持ち込んでいると言う。
しかし、だからと言ってなぜ自分が選抜されたのか、初月には理解ができなかった。

「僕以外にも、秋月姉さんや照月姉さんがいるでしょう。二人は第一、第二艦隊に入れずとも、相応の実力を持っているはずです。なぜ?」

確かに的を射た意見に、田宮は椅子にもたれ掛りつつ、「ふーむ」と言葉を漏らす。事実、秋月と照月は一度、それぞれ第一、第二艦隊で防空任務にあたったこともある。だからこその、初月が抱いた疑問なのだろう。
田宮は姿勢を起こすと、両肘を机へとつき、静かに口を開いた。

「君でなければならない。その理由ではだめかね?」

「…正直、納得しかねます」

「そうか。なら仕方ない」

初月の答えに田宮は妙高へ視線を促すと、妙高は執務室の出入り口を開き、何かを確認し始める。そして、すぐに田宮の近くへ戻り、「大丈夫です」と述べる。

「うむ。…初月くん。私が回りくどいことが嫌いなのは知ってるはずだね。だから単刀直入に述べよう。君は、岬守の尊重派だね?」

その言葉に、初月は凛とした表情を一層引き締めると、きっぱりと言い放つ。

「まさか。そんな訳ありません」

だが、その返答は予想済みだったのだろう。田宮はすぐさま、引出しから資料を取り出し、それを机の上に投げ捨てるがごとく、乱暴に置いた。

「この通りだ。隠さなくてもいい。すでに調べはついているからな」

さすがの用意周到さに、初月は思わず視線を泳がしたが、すぐに表情を繕い。口を開いた。

「仮にそうだとして、だからこそ僕をラバウルに送るのですか?」

「そういうことになるな」

そう、何のためらいもなく田宮は言うと、加えて「これは大本営じきじきの命でもある」と付け加えた。こうなれば、初月も従うしかない。たとえそれが不服であっても、上官の命令は絶対である。

「…わかりました。秋月型駆逐艦四番艦初月。神皇様の命に、謹んで任務を了解します」

「よろしい。出発は明日、飛行場へヒトロクマルマルに集合となる。それまでに準備をしておくように。以上」





その後、初月は何事もなく日課の訓練をこなすと、部屋へと直行した。

自由時間となれば、艦娘たちも十分に羽が伸ばせる時間帯であろう。甘味処へ足を運ぶものもいれば、PXで生活品を買うもの、また鎮守府に置いてある軍用トラックを借り、基地外まで買い物を行うものもいる。もっとも、こうして初月のように、自室へ直行するものもいるのだが。

初月は自室へたどり着くと、ロッカーを開けダッフルバッグを取り出し、私物をそこへ入れ始める。とはいうもの、初月の私物はそこまで多いわけではない。替えの制服に、生活必需品、それに簡単な化粧品に小物と、これだけであった。故にものの十分足らずで用意し終えるのだが、彼女はできるだけ早く準備したかった。秋月や照月に、その様子を見せたくなかったのである。

「…ん、これは?」

何気なくロッカーにある私物をバッグへ入れていると、ふとロッカーの奥底で、木製であろう板状の何かを発見した。初月はそれを取り出すと何なのかを確認する。
それは擦り切れた写真の入った写真立てであった。映っているのは、小さいころの彼女と、もう一人は傷だらけの顔をした男である。そういえば、着任してしばらくこれをひそかに見て、苦しい訓練にも耐え抜いてきたのだったなと、初月は思い出す。今となっては無用の代物であるが、思い出深い物であった。

「…これも、持っていくか」

そう、初月が呟いたその時だった。自室の扉が勢いよく開くと、先ほどまでどこかへ出かけると言っていた秋月と照月が、息切れした様子で現れた

「ね、姉さん達!?」

そう初月が声を出すと、秋月は震え声で、静かに問う。

「は、初月…。転属するって本当?」

その様子を見て、考え違うはずもないだろう。初月はすでに聞いたのだなと、あきらめの色を見せた表情で口を開く。

「そうだね…。ごめんよ、さっき言わなくて。ただ、訓練に支障が出ると思って…」

「そんなこと…どうでもいいよ!」

いつも落ち着いてゆるそうに見える照月が、珍しく大声で怒鳴った。

「そんなの急すぎるよ!それにラバウルは…最前線基地なんでしょ?私や秋月姉さんならともかく、どうして初月ちゃんが!」

秋月も頷き「そうだよ…おかしいよ!」と、照月に便乗する。やはり姉二人も、納得がいかない様子であった。

「…これは命令なんだよ。僕らはたとえ艦娘で、国を守る要だとしても、命令には逆らえない。違うかい?」

そう初月は言うと、二人はぐっと押し黙る。艦娘は確かに国を守る要であり、艦の御霊が憑代としても宿る、神聖なる人間でもある。

だが、所詮はそれだけだ。艦娘は必然的に軍属にならなければならず、ましてや一般市民としての権利はなくなり、兵器と人の側面を持つ、不安定な存在ともなる。故にそれを導く主導者―提督の命を背くわけにはいかないのだ。

初月は黄昏の夕日に照らされつつ、すっとその場から立ち上がると、二人の目を見て、力強く口を開いた。

「僕は、秋月型の強さを示す絶好の機会だと思っている。姉さんたちの名前に泥を塗ることも、するつもりはない。だから、心配しないでくれ。僕は、戦果を残してくる」

そう初月は言うと、ふと視線を写真立てへと向けた。そして僕は、あなたのように大きく、力強い人になってみせると、心の中でつぶやいた。

「やだ…。やっぱり、納得できない!」

照月はそういうと、部屋から飛び出して行ってしまった。秋月はそんな照月を止めるかのように手を伸ばすが、表情を引き締めると、すぐに下した。

「そうよ…。ごめん…私も、やっぱり納得できない!だから、待ってて!」

何か覚悟を決めたような声で秋月は言い残すと、彼女もまた走り去ってしまう。そして部屋には、初月がポツリと佇むだけになった。

「…僕だって、離れたくはなかったさ…」

そうぼそりと初月は座り込み、写真立てをバッグの中へと入れたのだった。





翌日。いつもより早い朝の天気は、日は雲ひとつとない晴天であり、早朝の太陽が室内を薄く照らし始めている。出発するには、十分すぎる天候であろう。

初月はベッドから出ると身体を伸ばし、手前に見える窓から、外を確認した。

滑走路は太陽の日差しが、まるで塗りたくられたオレンジ色のペンキのように眩しく照らされており、すでに初月が乗るであろう、C-2輸送機が佇んでいた。小さく人影が周りに見えることから、出発前のチェックを行っているのだろう。ねずみ色のC—2は日差しの所為か黒く見え、彼女にはどこか物々しく感じた。

「姉さん達は、結局戻ってこなかったのか」

二段ベッドの上から、隣の秋月と照月が使っているベッドを見れば、そこに彼女達の姿はなかった。昨日は結局、秋月と照月が部屋に戻ることなく、出発が早いこともあり初月は早めに就寝をしていたのだ。故に夕方時以降、彼女達を見ていない。

初月は寝間着から制服に着替えると、いつもの様に顔を洗い身嗜みを整え、シーツと布団を綺麗に畳み終える。そしてダッフルバックを肩に担ぐと、ドアを開けて外へと出た。

「今までありがとう。…僕は、行くよ」

そう、自分がこれまで使っていた部屋に振り返ると、何処か切なげに初月は言い残す。若干の名残惜しさを感じつつもドアを閉め、滑走路へと向かうべく歩き出した。
歩めば歩むほど、この鎮守府で過ごしてきた思い出が浮かび上がる。確かにここは退屈な鎮守府ではあったが、同時に新人からベテランまでの艦娘が、過ごしやすい鎮守府でもあったのだろうと思い返せる。無論、ラバウルがどの様な場所かは不明であるが、それでもここの鎮守府が内地である以上、同等の過ごしやすさはありえないだろうと、初月は決めつけていた。

思い出にふけりつつ、鎮守府内を歩いていた初月であったが、ついにそれは終わりを迎え、コンクリートで整地された滑走路へと歩きついた。そして、その灰色のキャンバスに浮き出る様に鎮座するC—2輸送機は、宿舎から見るのとはまた違う、仰々しさがよくわかる。

C—2へと歩みを進めていると、白い服を着ている人物がその近くに見えた。見間違えるはずもない、この鎮守府の最高司令官、田宮であろう。

初月は駆け足で向かうと、田宮の前で敬礼を行う。

「お見送りご苦労様です提督。今までお世話になりました。どうかお元気で」

「ああ…うむ。君もな」

何処か意気消沈した声で言う田宮に、初月は少々疑問を残したが、気にせず初月は田宮に「では行ってまいります」と敬礼し直す。田宮は何か言いかけた様子だが、もはや聞く意味はない。現時点を持って、田宮は初月の上官ではなくなったのだ。初月は田宮の言葉を待たず、C—2の乗員出入り口の一つである扉の階段へと歩みをかけた。

階段を上りきり初月が機内へと入ると、中には殺風景に空間が広がっている。機体に固定された、簡易的に作られた連なる椅子だけがあるが、初月はある二つの影に目を見開いた。

「ね、姉さん達!?どうして!?」

思わず声を上げる初月。無理もない、姿をこれまで見せなかった秋月と照月が、その連なる椅子に腰掛けていたからだ。


「あ、やっと来たね初月!」
秋月は軽く手を振りながら、呑気な声を上げる。また照月も言葉こそ発しないが、秋月と同じく手を振っていた。

「やっと来たねじゃないよ。ここにいる理由が聞きたい」

呆れた様に初月は言いながら、彼女達へと歩みを進めていく。そして初月が照月の隣へと椅子に腰をかけると、秋月は口を開いた。

「えっと、私たちも志願したんだよね。ラバウル増援にさ」

「志願って…。提督に許可をもらえたってことかい?」

「うん。ずっと粘ってたら、もう好きにしろーって」

ふふと微笑みながら言う照月に、初月はもはや何も言う気が失せてしまう。要するに二人は部屋から出て行った後、提督へ抗議しに行ったのだろう。そして長い言い合いの末、増援の選抜メンバーに選ばれたのだ。ある意味、仕方なく。

「一応、増援には対空能力の優れた船を3隻だったみたいで、秋月型の私達が適任だったってわけ。まあ提督はそれこそ初月だけで手を打とうとしてたみたいだったけどね」

秋月は加えて説明をすると同時に、パイロットからそろそろ出発すると声が飛んでくる。

「ともかく、これでまた一緒だね。たとえどこでも、私達は一緒なんだから!」

にっこりと笑顔で言う秋月に、初月も仕方ないなと覚悟を踏む。

そして同時に、田宮は自分のことを言わなかったのだろうかと、疑問が芽生えた。たとえもし自分が岬守の尊重思考だと知れば、当然嫌悪感を抱き、距離を置くはずだ。すなわち、それを聞いただけで、こうして初月と共にラバウルへ向かおうとは、思わないはずなのである。

つまり田宮は、初月が尊重思考だということを明かさなかったのだろう。確かに思い返せば、田宮は転属理由を述べるとき、妙高に執務室付近に誰もいないことを確認させていた。田宮は田宮なりに、初月を配慮していたのだろう。そう思えば、最後に田宮が何か言おうとしたことを聞いておけばよかったなと、初月は少し後悔をした。

こうして、秋月型三姉妹は、ラバウル基地へと旅立って行ったのだった。



どうも、飛男です。連日投稿はまだまだ続けれそうです。

今回は少し短めです。と、いうか本来一章の話を分割して投稿しているので、文字数が統一性なくバラバラになっていくと思います。
じゃあ一章全部投稿したらどうか?と、思うかもしれませんが、まだまだ見直す部分も多いので見直し次第といった感じでやっていきます。ですので、いわゆるストックがあるというわけなんですよね。

では、今回はこのあたりで。また次回お会いしましょう。


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初月、ラバウルへ

ラバウルは、パプアニューギニア領のニューブリテン島最大の都市である。一九四二年に、帝国軍はオーストラリア軍を退き占領。ソロモン諸島方面進出への拠点とされた場所であり、連合軍からはラバウル要塞と呼ばれていた。

大規模な基地であったが一九四三年の夏以降に連合軍はラバウルの補給線を切断。度重なる連合軍の攻撃を帝国軍は試行錯誤し耐えつつ偵察活動を行っていたが、一九四四年に米国機動部隊の攻撃を受け、航空隊はほぼ全滅。そのまま終戦を迎える事となる。戦後はオーストラリアの統治下となったが一九七五年にパプアニューギニアとして独立。一九九四年には火山被害にあうも、現在は復興をしている。

日ノ本にとっては多くの思いが渦巻くこの場所も、現在ではWW2の再来と思えるほど、激戦区と化してしまっている。現在はブイン基地、ショートランド泊地と共にソロモン諸島近海を守る要となっており、事実上はラバウル要塞復活ともいえるであろう。

そして今日も、その激戦区を臭わせる、戦いが繰り広げられていた。

『ポセイドンから各マーメイドへ。作戦は先にも伝えた通り、敵勢力の目的は不明。最低限の働きをしてもらう。通信終わり』

ノイズ交じりの通信機からコードネームを呼ぶしゃがれた耳障りな声。そんな声を、ラバウル基地の長門型戦艦一番艦の長門は、内心舌打ちをして、聞いていた。

「マーメイド1から各員へ。聞いたか?隊列を組むぞ!」

長門の言葉と共にコールサイン、マーメイド2から6までの艦娘たちは隊列を組む。海を自由に動き回る彼女らにつけられた「マーメイド」のコールサインは、どこか固く聞こえるだろう。

ところで敵性艦は偵察をしに来たのか、果たしてその知性を持っているのかわからないが、はぐれの駆逐艦―雑魚どもが相手となる。だが、ここは腐っても激戦区。個体はすべて、紅に怪しく輝くエリート共であった。

しかしまた、長門率いるラバウル基地マーメイド艦隊も、たたき上げのエリート集団だ。多くの戦闘を経験してきた彼女たちにとっては、所詮エリート駆逐など赤子の手をひねるごとく、屠るのは簡単であった。

「発砲始め!撃てェ!」

長門がそう叫ぶと同時に、四一㎝砲の轟音が海上に響き渡る。それに続き、長門を筆頭とした艦たちもほぼ同時に発砲を開始した。
いうなれば、それは虐殺ともいえるべき状況だろう。単縦に並んだ隊列から放たれる砲弾は、降りしきる雨のごとく駆逐エリート共に直撃し、無残に劣悪な装甲をぶち抜いていく。駆逐エリート共はそこから青き液体をまき散らし、海面へと引きずりこまれていった。

「グガアァ!」

残る駆逐たちも懸命に砲撃を行うが、刹那。駆逐艦の横腹に水柱が立つ。水煙が晴れるころには、その駆逐艦は右翼に大穴を開け、また沈んでいった。

「よし!まだまだ!」

そうハキハキとした口調で、阿賀野型軽巡二番艦能代は得意げに言うと、さらに魚雷発射管から雷撃を行う。彼女は阿賀野型だけあって新しい艦種ではあるが、このラバウルで鍛え上げられ、すっかりベテランの顔となっていた。

『こちらマーメイド4!敵駆逐艦撃破!引き続き殲滅に当たります』

このように、マーメイド艦隊は至極優勢であった。事実、すでに6機目のエリート駆逐艦はマーメイド6である阿賀野型軽巡四番艦酒匂が雷撃を直撃させ、海の藻屑となっている。

「敵勢力見えず…か。終わったな」

長門がそう呟くと同時に、周りには一瞬の安堵がよぎる。
だが、それは視野外から飛んできた数本の雷撃により、一瞬にして凍りついた。

「ッ!?全艦回避行動ッ!」

後方に位置する隊員の声に、全員は反射的に回避行動を取る。だが回避行動は遅すぎた。階段状に放たれた雷撃はたとえ一本や二本は回避できるとしても、まるで誘導するが如く進行上へと追従し、一人の艦娘へと襲い掛かった。

「わぁぁ!こちらマーメイド3!被弾しました!損傷率中破!」

阿賀野型軽巡のネームシップ、阿賀野の叫びが聞こえると、全艦はさらに周囲警戒を始める。マーメイド5である阿賀野型軽巡三番艦矢矧も偵察機を飛ばし、さらに索敵範囲を広げた。

「くっ…どうやら奴らはおとりだったようですね」

長門の隣で、視界からの偵察行動を行うマーメイド2―高雄型重巡のネームシップ高雄は、苦い声でそう漏らした。長門も言葉を返そうとしたその刹那。

「偵察機、撃墜されました!おそらくこれは…!」

焦り混じりで矢矧が叫んだと同時に、ふと上空に黒い影がぽつぽつと数点見えた。間違いないあれは―

「敵艦載機発見!くっ…あの役立たずめ、見抜いていたとでもいうのか!?」

悔しさをにじみだしたような顔で、長門はそう吐き捨てた。出撃前、あの男は確かに言っていたのだ、敵艦載機の可能性を。

もっともその言葉を、妄言だと長門は突っぱねていた。そもそも今回の作戦は、あくまでも近海に出現したはぐれ駆逐艦隊の討伐であり、会敵率は限りなく低いはずであったのだ。偵察任務を行っていた艦隊の報告でも、敵空母の存在は確認できてはおらず、どこから来たのか、まさか敵艦載機による奇襲攻撃が行われるなど、予想できなかったのである。

「対空警戒用意!」

高雄がそう叫びをあげた同時の事だった。動きが鈍くなっている阿賀野へ、さらに水中で描く白い線―雷撃が襲いかかってきた。

「阿賀野ねぇ!」

能代はそう叫びながら、阿賀野の前に立ち受け身を取る。そして着弾後水柱が上がり、水霧が晴れる頃には能代が姿を現した。受身を取ったらしく轟沈までにはいかずとも、艤装服装共にぼろぼろ―大破した様子だった。

「うぐっ…ぐう…」

大破した以上、ダメージが大きいことは火を見るよりも明らかだ。能代はふらりと片膝を海上へと付き、苦痛の声を漏らす。たとえ艤装を装着した艦娘が纏う『加護壁』があっても、肉体的ダメージはそれを貫通し、相応の痛覚を感じさせるのだ。

「能代!くっ…このままじゃ能代が…!マーメイド1!一度戦線離脱を提案します!」

若干の焦りを交えた声で阿賀野はそうは言うが、大破した能代と中破の阿賀野では、速力はかなり落ちる。故にしんがりを務める艦が、必要となるだろう。

「任せて姉さん達!マーメイド6!私たちで抑えるわよ!いや、一掃してやるわ!」

負傷した二人の前に率先して出たのは矢矧と酒匂であった。二人は対空攻撃を始め、敵艦載機を威圧し、その背中は阿賀野と能代にとって大きく見えた。

「了解。申請を許可する。マーメイド5と6は時間を稼いくれ!マーメイド3、マーメイド4には、私とマーメイド2が肩を貸す!」

長門はそう答え高雄に視線を送ると、二人は阿賀野と能代へ寄り添い、肩を貸した。
流石に攻撃態勢へと入ることができないのか、敵艦載機は矢矧と酒匂の対空攻撃をかいくぐり、ふらふらと上空を逃げ惑う。

負傷者を保護した長門と高雄は、矢矧と酒匂に背中を任せ、徐々に戦線から離脱を図った。遠のく長門たちの為にも、ここである程度は敵艦載機を落としておきたいと、矢矧が思考を巡らせる。

「侮らないで!そこぉ!」

矢矧はそう叫びながら、視線に一瞬入った黒い影に機銃掃射をする。進行方向に置く形で放たれた連なる弾丸は、見事に敵艦載機の胴体を打ち抜き、木端微塵に砕いて見せた。

「よし!この調子で…!」

回避パターンを把握し始めた矢矧は、確かな手ごたえを感じ始め、次々と艦載機を落としていく。だが、まるで空中を飛び回る蠅のように、巧みに攻撃をよける艦載機も存在した。

「この羽虫ども…ッ!」

矢矧がそう毒吐き、ふと目に入った艦載機をピンポイントに撃ち落した刹那だった。

「ぴゃあぁあ!?」

酒匂が声を上げたと同時に、爆発音が矢矧の耳に入る。瞬間的に矢矧が振り返るとそこには、艤装炎上をした酒匂が目に映った。

「酒匂っ!」

「うぐ…ううう!」

だが、酒匂の心は折れていない。艤装が炎上してもなお、酒匂は対空攻撃を行い続ける。幸いにも損害状況は小破であり、次第に艤装で燃え上がる炎は、弱まっていった。
二人は背中を合わせ、時には敵機の爆撃を避けるべく、同じ極が向き合った磁石のように瞬発的に離れ、次第に敵機の数を減らしていく。

だが、敵機の数を減らせば減らすほど、当然残弾も少なくなっていく。矢矧の頭の中で表示されている残弾数は、残り僅かと赤く点滅をしていた。

「くっ…キリが無い」

苦い顔つきで、矢矧は言葉を漏らす。恐らく酒匂も同じ気持ちなのだろう。横目で彼女を見ると、焦りと不安が入り混じった表情に変わっている。

そしてついに、矢矧の対空機銃は一門、また一門と乾いた音でカカカと響かせ、弾数が空になったと伝えてくる。また、背中を合わせた酒匂の対空機銃も、数門乾いた音を鳴らしていた。

それでも、まだ諦めるわけにはいかない。矢矧は最後の機銃が切れると、仰角いっぱいっぱいに上空へ主砲を向け、受けて立とうとした。

だが、酒匂の落とした一機を境に、敵機は回避行動をとりつつ、徐々に上空へと昇っていく。そして隊列を取り直すと、撤退を始めた。

「…逃げていった。助かったの?」

上空へ消えゆく敵機を見ながら、矢矧は若干の安堵を入り交えた声で、そう呟いたのだった。





初月がラバウルへたどり着いたのは、舞鶴を出発して3日後の事だった。

C—2輸送機は台北を経由し、パプアニューギニアへ到着。その後は定期巡回の輸送船でラバウルへと向かい、目的地へたどり着いたのは昼過ぎであった。

なお、彼女たちがパプアニューギニアに到着した際、何故偽装を使わず定期輸送船を使いラバウルへ向かったのかは、慣れない海域の事を踏まえて、疲労蓄積を抑えるためであった。

やはり艦娘は特別な存在であり、最高のコンディションで戦場に赴かなければならない。これは彼女が勝手に取り決めた訳ではなく、軍の取り決めである。過去のように精神論だけでは、現在の戦争で勝利を掴むことはできないのだ。

さて、話を戻すが上陸した初月達を待っていたのは、ギラギラと照らしつける太陽と、日ノ本とは違う独特な匂いを始め、軍用車の駐車場に、物資などの積荷が入ったコンテナ群だった。コンテナ群においては人々が忙しそうに駆け回り、中にはフォークリフトを使い物資を移動、搬送している者も見える。

ちなみに現ラバウルは、第二次世界大戦時に使用された基地をそのまま利用しているわけではなく、むしろ現代に即した鉄筋コンクリートなどの建物で組織された軍港となっている。もともとオーストラリア軍が深海棲艦の出現前に、パプアニューギニア政府と共に修復改造した港であったが、深海棲艦が出現した事で有効的な戦力を保有していないオーストラリアは、手放すことを余儀なくされた。そこで現在は今戦争に優位な立場にある日ノ本に貸し出され、こうして運用をされている。艦娘運用のほかにも、設営や憲兵などの陸においての業務を熟す一般兵、また単に艦娘を使用しない作戦行動に従事する陸戦隊なども存在し、それは大規模なものであった。

「やっとついたー。あー、やっぱりあっついねぇ…」

船から降りてすぐに発言したのは、照月であった。制服の襟元をつかみ、ぱたぱたと手首を動かして風を送ろうとする。確かに何処か蒸し暑く、初月も滲み出る汗を拭った。

「ところでさ。迎えの人とかいないのかな?」

秋月の不思議そうに言う言葉に、二人はそういえばと、秋月と同じく辺りを見渡した。舞鶴鎮守府に着任する際は、初めて軍属になる為でもあっただろうが、数人の迎えが門の前で待っていた。故に広い敷地内の舞鶴でも迷わず庁舎まで辿り着けたのだが、今回は違うのだろうか。そう、三人は頭で思い描いていた。

「…どこの鎮守府―もとい基地だと勝手が違うのかもしれないな」

どことなく把握した初月は頷くと、ちょうど手前を通ろうとした、何も荷物を持っていないフォークリフトの運転手に目を付ける。そして、秋月たちに目線で聞いてくると合図すると、小走りで後を追った。

「そこの男性の方、仕事中すまない!ちょっといいか?」

初月の声に、フォークリフトの男は感づいたのか、停車すると振り返る。

「あ、はい…って、艦娘の方ですか?」

「ああ、僕は初月。本日付でこちらに転属することになったのだが…庁舎はどこにあるんだい?」

迎えがいない以上、おそらくは自主的に庁舎まで向かわなければならないだろう。故に、初月は何のためらいもなく、男にそれを聞いた。

しかし、その問いかけに男は「え」と言葉を漏らすと、首を横にしかしげた。

「えっと、庁舎はこの先をまっすぐ行って突き当りを右に行けばありますけど…。何も聞いていませんか?」

思ってもみないことを言われると、初月もまた、凛とした表情を若干崩し、困惑した顔色になる。

「あ、ああ。すまない、何も聞いてなくてね。だからこうして…お前に聞いているのだが?」

すると、男は「あー」と納得したようにうなると、言葉をつづけた。

「なら、司令代理の長門さんが帰港するまで待っていた方がいいですよ。おそらくあの人なら、何か知っているはずですから」

男の口走った司令代理という言葉に、初月は疑問が過ぎる。司令代理とはどういうことなのだろう。

「司令代理?」

「ええ、司令代理の長門さんです。現在このラバウルは、長門さんが取り仕切ってますからね」

「すまない。そういう話は聞いていないんだ。提督はどうした?どこか出かけているのか?」

おそらく、普通の艦娘であればだれもがこう問いかけるだろう。だが、何も知らない初月に、男は苦い顔をする。

「まあ提督自体はいます。ですがアレは名ばかりのものですかね。ここじゃ何の役にも立たない、クズ同然のやつです」

どこか男は、口に出すだけでも苛立ちを覚えるかのように言う。しかし、初月もまた、そんな男に若干苛立ちを孕むと、腕組をした。

「おかしいな。上官に対して、その口のきき方は感心できない。見たところ君は一等陸士だろう?おそらく提督は、君以上だと思うのだが」

すると、男は乾いた笑を漏らし「いや、ですけどもね…」とつぶやくと、言葉をつづけた。

「奴は…奴は岬守なんですわ。はい、あの岬守です。だから、たとえ彼奴が将官だとしても、軽蔑しますよ。あなたもそうでしょう?」

その、忌々しく言葉を並べる男を見て、初月は納得し、同時に理解をした。ここでも岬守は、忌み嫌われている存在なのだろう。

もっとも、内地から離れたからと言って、岬守の待遇が変わるというわけではない。そもそも岬守を含む、『機甲兵』として位置づけされる兵士たちはどの国でも大抵、こうした扱いを受けるのだ。世論で言う機甲兵は、クズや負け犬など、散々の罵倒で表現をされる。

「…あ、ああ。理解した。ありがとう」

初月はそういうと、男に対しもう行って構わないと告げ、秋月たちの元へと転身をする。
今でこそ反論なく、聞き分けよく身を引いた初月であったが、内心には悔しさと悲しさの入り混じった気持ちを抱いた。それは表面上でしか物事を見ることしかできない、世の中に対して、そして恩を仇で返している、世論に対してである。

「おかえりー。どうだった?」

戻れば、秋月と照月が結果を聞いてくる。おそらく二人も、このことを聞けば顔をゆがめるだろう。彼女らもまた、そうなのだから。

それでも初月はいつもの凛々しい顔つきで、何事もなく彼女らにこういった。

「ここはどうやら、他の基地とは根本的に勝手が違うようだね。現在出撃中の、長門型戦艦一番艦の長門が、色々と熟してくれるようだ。一応僕は、提督のいる庁舎へ向かってみる。ついて来るかい?提督は、岬守だそうだが」



連日投稿3日目です。どうも、飛男です。

今回は戦闘シーンが冒頭にありました。艦これ小説において戦闘シーンはそのまま艦娘が戦う、某漫画のように生体ユニットとして戦うなどがありますが、今回は前者を採用―すなわちそのまま艦娘が戦っております。今後もそうしたことを前提に置き執筆していきますので、どうかよろしくお願いします。

次に岬守のことに少し触れましたね。いわゆるオリジナル設定の一つでありますが、簡単に述べるとパワードスーツをまとった兵士だと思ってもらって構わないです。とはいってもすらっとしたMGSシリーズのようなものではなく、ゴツゴツとした鎧のようなものであります。後日知り合いに頼んだ立絵が届くと思いますので、届き次第挿絵にこっそりと入れておきます。

では、今回はこのあたりで。また次回お会いしましょう


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運命の悪戯

※暴力的なシーンがあります。ご注意を


先ほど言われた通り、コンテナ群を抜け港の関所を通過すると、初月はそのまま庁舎へと向かい、歩き続けた。

秋月、照月はと言うと、やはり初月との同行を拒み、むしろ初月に向かう事をやめろと促してきた。だが、初月は以前彼女らに言った、「どうでもいい」という内容を思い出させると、その真意は岬守が受けている評価に対しての事だと暴露をした。それを聞いた秋月と照月は何かを言いかけたが、初月は耳に入れず、彼女らを置いて庁舎へと歩を進めたのだった。

さて、それから初月は、庁舎へ到着した。男の言う言葉通り、中央をしばらく進み、右をまがったその先に立地していた。

しかし、言葉を聞けばすぐそこのように感じるだろうが、実際初月は庁舎までたどり着くのに、三〇分ほども時間を費やしている。道中に迷いもしたが、それもそのはず。男の案内は言うまでもなく大雑把で、その距離を明確には伝えていなかったのだ。

途中、初月は基地内で整備された道路を走る軍用車やバイクなどを見かけており、ここは小さな町のように広いのだろうと把握した。つまり本来であれば、輸送船の停泊する港から庁舎までは、自動車などを使うのだ。むしろ、この基地内部の移動手段が基本、自動車や二輪車などのエンジンのついた車。ないしは自転車などの軽車両を使うのだろう。もっとも、初月が車を運転できるわけもなく、ましてや自転車などがどこに駐輪してあるかもわからない故に、結局は徒歩となったのだが。

さて、初月はいよいよ庁舎内に入ると、その眼に映る光景に再び驚きを抱く事になる。いや、予測はしていたが事実本当にこうだとは思わず、的中した事での驚きであった。

内部は見る限りに寂れ、人の気配がしなかったのだ。言うなれば廃ビルのようで、まるで其処だけこの基地とは無縁に感じるほどの場所であった。ロビーには椅子が整頓されるどころか統一性を持たず無造作に置かれ、ちらほらと足が折れているのか、倒れている物もある。また窓も埃っぽく曇っており、電気は一応通っているようだが、ビビビと蛍光灯は内部を照らそうとする意図を見ることができず、奥に通路が続けば続くほど、薄暗かった。

「ここは…本当に庁舎なのか?」

この情景を見れば、誰もがこう言うだろう。庁舎とは鎮守府や基地を動かす重要施設であり、このように寂れていい場所な訳がないのだ。初月はふと、もしやここ此処に提督はいないのではないだろうかと疑ったが、あの初めて会った男の言葉は、蔑みを含む分、少なくとも嘘を言ってないように見えた。故に初月は奥へと進み、寧ろ確かめなければと、使命感を抱いた。

しばらく内部を歩き提督の捜索をしている初月であったが、その途中様々な考えが頭の中によぎっていた。

まず、此処までされてもなおここに居続ける岬守の提督は、一体どんな人物なのだろうか。また、何故岬守であるのに、提督をやっているのだろうか。更には、その岬守は自分と面識のある人物なのだろうか。

多くの考えが渦巻く中、初月はまず会う必要があると結論を下した。たとえどんな人物であろうと、岬守は国を守るために身を捧げた愛国者であることに、間違いはないはず。ならばそれを支え、共に国を守護する者と過去にそうだった者同士、協力し合う必要があるはずだろう。それが、初月の持論であった。

ここで協力し合い、そして結果を出していけば、世論も再び動くかもしれない。その功績を湛えて国政も、岬守の見方を変えるかもしれない。ならばこそ、自分はその結果を残させる、先駆けにならなければならない。

だからこそ、初月は歩みを止めなかった。部屋名を確認し続け、その提督がいるだろう執務室を、只々使命感で探し続けた。今度は、自分が彼らを救う番なのだと。

初月が三階に登り、五部屋目を確認し終えた時だった。正面から見て、右側の部屋から、微かに煙草の臭いを感じた。古く染み付いた臭いではなく、他の部屋などと比較しても真新しい臭いだ。 おそらく、あそこにいるのだろう。その提督は此処で一人、孤独に椅子に座っているのだ。秘書艦などはおらず、作戦報告などもしに来ることもない、孤独な部屋に。

初月は急ぎ足でそこへと向かう。駆け出すことはなくとも、その一歩一歩が次第に早足となっていく。

そして、ついにその扉が目の前に立ちふさがった。扉はどこか大きく仰々しく見えたが、初月は一つ大きく息を吸うと、きちんと三回、軍令に即したやり方でノックをする。

ノックをしてしばらく沈黙が続いたが、唐突に「入れ」と男の声が耳に入る。それは低く、しゃがれた声であった。

「失礼します!」

初月はそう、凛々しく透き通った声で言うと、執務室へと続く扉を開いたのだった。





室内に入った初月をまず襲ったのは、立ち込める煙草に臭いと、仄かに感じるアルコール類の臭いであった。その双方が入り混じった臭いはまさに異臭さながらで、田宮がいたような執務室の感覚を抱いていた初月は、思わず「うッ!?」と言葉を漏らし、綺麗に整った鼻と唇と片手で抑え込んだ。

次に初月の目に飛び込んできたのは、薄暗いというにはあまりにも暗い、室内そのものであった。かろうじて薄暗さを作り出しているのは、閉じられたカーテンから、風により靡くことで差し込める、わずかな光だけである。カーテンの閉じた隙間から漏れる光は提督が使用しているだろう机に向かい、わずかながら卓上を照らしていた。

「何の用だ」

初月がその情景をぼうっと見ていると、ふと机の方から聞こえるしゃがれた男の声により、我に返る。その人物の容姿は薄暗くわからないが、机に行儀悪く足を乗せているらしく、軍用のブーツのような靴が、差し込める光により見えていた。

「あっ…。はっ!秋月型駆逐艦四番艦初月。本日付を持ってラバウル基地へ着任いたします!」

数刻、初月は戸惑いも見せるも、瞬時に綺麗な敬礼を見せ、威勢よく言い放つ。男はそれを見たからか、足を机から降ろすと、暗闇からぎしりと椅子の軋む音を鳴らした。

「新人…?貴様、何も聞いていないのか?俺に報告せずとも、あの女に報告すればいいと」

その声からどのような感情を抱いているかはわからない。男の声は、それほどにまで静かに重い声であった。それは例えるのであれば、感情の起伏や生気を感じられない、まるで廃人のような声量である。

「はい。聞きました。ですが、ここの提督は貴方です。故、軍令に従い、挨拶をしに参りました」

「なるほどな。いいだろう」

そういうと、男は黙り込む。それを期に会話に間が生じ、沈黙が始まった。
重い空気が漂う中、その沈黙を破ったのは以外にも男の方であった。

「どうした?報告はし終えた。下がれ。それと…今回ばかりは忠告で終わらせておく。二度とここに来るな」

男は徐々に声にドスを利かせ、怒りを含んだ声でそう言い放った。その時、初月は初めて理解をした。自分は歓迎されてはいない。むしろ、この領域に入ったこと自体が、男にとっては怒りの対象であったのだと。

だが、初月はそれでも引かなかった。いや、むしろ対抗意識が燃え、口を開く。

「いえ、まだ終わってはいません。僕は、提督の…いや、あなたの名前を聞いてはいません。着任時には、必ず提督側は名乗り、着任の承認が必要になるはずです。ですから…」

そう、初月が言葉をつなげようとした刹那だった。一瞬初月は頬に風を感じたかと思うと、扉の方で何かガラスの割れるような、甲高い音が室内に響いた。その唐突な出来事に、初月は振り返らず姿勢こそ崩さなくとも、目を見開き驚いた。

「ふざけてるのか?俺が岬守なのは知っているんだろう?」

そういうと男はぬっと椅子から立ち上がり、大声で怒鳴りつけるように言葉をつづけた。

「ああそうだ、俺は岬守だ。先の作戦をことごとく失敗させ、国務を果たせなかった役立たずでクズ以下のなッ!そもそも、軍令がそう決まりを定めていたとしても、ここはここだ。
俺は所詮、軍事顧問と作戦顧問しか果たさない、名ばかりの提督なんだよッ!それに対し、あの女は何でも熟す、いわば名を持たない提督だ。ではどちらが本質的な提督かは、艦娘でなくともわかるはずだろう。
それを貴様…何が軍令に準じてだ?貴様は俺をあざ笑いに来ただけなんだろう?貴様も同じはずだ…マーメイド艦隊や予備の艦娘達のようになッ!いいか、もう一度いうぞ?痛めつけられたくなければ出ていけ、俺の前に二度と現れるなッ!」

男の声には純粋なる憤怒しかなく、ましてや岬守であるはずの自分までも否定していた。それは、初月の抱いていた岬守とは程遠い、自己嫌悪と自暴自棄の塊のような存在であった。

その時、初月はこれまで溜まり続けていた怒りが、ふとした拍子で溢れてしまう。

初月は許せなかったのだ。自ら志願し、そして国を守るために戦い続けた岬守を侮辱する意見を、まさか岬守からじきじきに言うとは思わなかったのである。それに加え、そんな岬守を擁護し続けていた初月自身を、むしろ岬守を否定しあざ笑う側だと見られたことに、感情の線が緩んでしまった。

「…僕は!僕はそんなこと思ってない!それにあざ笑いに来た?そんなわけないだろう!お前はあの誇り高い岬守じゃないのか!自らの行いを否定するなんて、それでも岬守なのか!そこで腐ることに、お前は恥を感じないのか!」

「なっ…貴様ッ!」

はっと、初月は自分が言ってしまったことを認識すると同時に、薄暗闇から初月の目の前にぬっと、燻した銀色の何かが抵抗するまもなく首元を掴んできて、彼女を宙へと浮かせた。

「ぐっ…!」

そう鈍い声を漏らすと初月は、もがきつつも両手でその首元を掴んでいる物体を、懸命に引きはがそうとする。それは固く、そしてゴツゴツと優しさを感じない、無骨な鉄塊のような感触であった。

「貴様が…岬守を語るだと?艦娘の貴様がか?調子に乗るのも大概にしたらどうだッ!」

初月は掴んでいる物体を懸命に引きはがそうとしても、それは一向に動く気配はなく、むしろ次第にギリギリと力強くなっていく。もはや初月は、ただもがくのを激しくすることしか、できなかった。

初月の意識が朦朧とし始めたその時、ふと微塵な光しか差し込まなかった窓から、ぶわっと突風が吹き込み、カーテンが強く煽られた。そこから日の光がふんだんに室内へ差し込み、ぱっと明るくなる。

そして同時に、初月を掴んでいるもの、それに男の全貌が明らかになった。

「あっ…」

苦しい表情をしつつも、初月は一瞬意識がはっきりし、目に映った事に驚きを隠し切れなくなった。

まず、初月の襟元を掴んでいたのは、無骨な鉄でできた機械式の義手。日の光により鈍く輝くその義手は、五本の指が備わり、人の腕となんら変わらない形をしていた。
だがそれよりも初月が驚いたのは、男の顔である。

男の顔は堀が深く、そして鼻も高い。オールバックでひげ面だが、それをすべて恐怖へと変えるような、傷だらけの顔。そしてほかの傷とは比べ物にならない、頬に大きくくっきり浮き出た、横線のような縫合の痕。そして戦争の中でしか生きることが許されない、狼のように鋭い目つき。

そのすべてを、初月は確かに見たことがあった。忘れもしない、彼女を瓦礫と死人が無造作に散らばる地獄助け出し、そして彼女が岬守を尊敬するきっかけとなった人物。その男は―

「とし…くん…」

そう初月は呟いたと同時に、意識が遠のいていく。どこからか「なに…?」と声が聞こえたが、ふと首元の苦しみが無くなると彼女は地面に力なく落ち、そのまま意識を失ったのだった。



どうも、飛男です。そろそろ本編でもいろいろと記載したので、あらすじを明確に書かせていただきました。ちなみにストックは、あと一話くらいでしょうかね…。

さて、今回の中に一つだけ迷った描写があります。それは言わずと、初月が首を絞められるシーンです。
正直「艦娘にこんなひどいことするな!」とかいう方もいるでしょうけど、そこんところ許していただけると幸いですかね…初月ファンのみなさんには申し訳ない…。見せ方ゆえのことなんです…。

今回はこんなところでしょうか。また次回お会いしましょう。


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軍令との相互

初月はふと、意識が覚醒して目覚めると、上空には白い風景が一面に広がって居た。

いや、あれは天井だ。初月は自分が仰向けになっている事を理解し、体を起きあげる。

「初月ちゃん!気が付いたの!?」

置きあがろうとするや否や、鈴の音がなるような美しい声が耳に入る。この声は、おそらく照月だろう。どうやら自分は、気を失っていたらしいと初月は認識する。

「よ、よかった…気が付いたんだね?」

同時に、秋月の声も聞こえてくる。初月は起きて間もない故に、なぜ自分がここにいるのかわからず、辺りを見渡した。

「ここは病院。初月、あなた病院の前で倒れていたそうよ?」

「僕がかい?」

秋月の言葉に、初月は頭を抱え思い出そうとするも、やはりそんなはずはない。最後の記憶に残るのは確かに執務室のはずで、記憶と違うことを言われ混乱する。

だが、次第に記憶のパズルが組み合わさるようにはっきりとし始めて、初月はようやく記憶の整理が着いた。あの後、自分は気絶した。男に首を絞められ、地面へと落下したのだ。あの目は、殺そうとはせずとも確実に敵意が存在し、その現実を突きつけられた初月は、じわりと目頭が熱くなってきた。そう、あの自分を絞殺しかけた人物はー

「トシくん…」

か細く、蚊の鳴くような声でつぶやき、ぐっと握り拳を初月は作る。彼女の目に映ったのは、記憶に残るあの勇猛果敢だった岬守の男ではなく、暗闇の室内でただ腐り、変わり果ててしまった男の姿だった。ただ、自分の行いを否定し、負い目を感じ、世論からの一方的な攻撃により、かつての真っ直ぐな姿勢はもはや影も形もなかったと言える。

だからこそ、初月にとってその反動は大きかった。自分の考えを根底で支えていた存在そのものが、あの始末であったからだ。これでは、岬守は決してクズや役立たずではないと訴えたくとも、その自信を持つことができなくなってしまった。

初月が落ち込んでいるのを見て、秋月が何かを口走ろうとしたその時。病室の扉が開いたと思うと、一人の女性が入ってきた。三人は自然に振り返り、彼女が誰かを確認する。

彼女は二十台前後の容姿をして、軍帽を被りロングヘアとは言えないがほどほどに長い黒髪。また白を基調にした軍服―海軍二種軍服を肩に掛けており、その下からは露出度の高い、とある艦娘専用の制服が見える。軍刀は腰から掛けるように帯刀しており、そのアンバランスな組み合わせを見て、初月は彼女がうすうす誰なのかを察することができた。

「ふん、起きたようだな」

そう、黒髪の女性は冷酷な声量でつぶやくと、初月のベッドへと歩み寄ってくる。

「お前、執務室へと足を運んだらしいな。その首元のアザは、その所為か?」

どうやら、自分の首元にはアザがあるらしいと、初月は理解する。おそらく首を絞められた際に、できたのだろう。

「…いや、わからないな」

だが、初月は首を横に振り、しらばっくれる。すると黒髪の女性は「そうか」と一言つぶやくと、腕を組んだ。

「コンテナ群で物資搬入を行っていた一等陸士に、話は聞いているはずだ?どうして執務室へ向かった?理由を教えろ」

そう、きつい口調で女性は言うが、初月もまた凛々しい顔つきを崩さず、言い返した。

「待ってくれ。一方的すぎやしないかい?こっちも質問させてほしい。貴方は、長門ということでいいのかい?」

「そうだ。長門型戦艦一番艦長門。お前が聞いたであろう通り、司令代理を行っている。それで、どうしてあのクズの元へと向かったのかと聞いている」

長門は冷たい口調を崩さず淡々と、作業を熟すかのように名乗る。初月はやはりかと内心でつぶやき、再び口を開いた。

「うん、じゃあ改めて答えさせてもらうよ。僕が執務室へ向かった理由は一つ。それが軍令だからだ。間違ったことを行ったとは、思わない」

真っ直ぐと陸奥の目線を見て言う初月に長門もまた見返し、口を開いた。

「なるほど。まあ、確かに軍令上はそう書いてあるな。だが、ここは此処の方針に従ってもらう必要がある。私が艦隊を任されている以上はな。勝手な行動はするな」

 その言葉に初月はむっとした顔つきになり、凛々しさに冷たさを足したような口調で言い返した。

「勝手な行動?ここは日ノ本の領地だ。ならば日ノ本の軍令に従うのが当たり前だろう?それを違反するのは、間接的に神皇様に逆らうことになる。違うかい?」

「ちょ、ちょっと初月ちゃん!?」

まさか言い返すとは思わなかったのか、秋月と照月は青ざめた表情をして、初月を止めようとする。だが、もう遅い。長門は鋭い顔つきをさらに歪め険悪な表情になると、厳しく言い返した。

「そんな訳がない。私は確かに代理だが、おおよその指揮系統を持っている。つまり実質的な指揮官は私だ。それにお前を着任登録するのも、この私だ」

確かにその隊から師団までの責任者が再起不能、戦線離脱、ないしは指令系統を放棄した場合。次に階級の高い人物、あるいは指揮能力の高い人物に指揮系統を任されることがある。おそらく長門はそうしたことを根底において話しており、その考えは間違いではない。現に長門が羽織る海軍二種軍服は、そうした経緯を物語っている。

「だが、提督は現にここにいるじゃないか。それに―」

「二人とも落ち着いてください」

それでも初月が言い返した最中、それを遮るように誰かが声をかぶせてきた。

「高雄…?」

長門の言葉に初月も目線を寄越すと、病室の出入り口に青色のスーツのような服を着た黒髪の女性―高雄が立っていた。彼女は息を少々荒げていることから、ここまで走ってきたのだろう。

「長門さん。一度落ち着きましょう?」

「落ち着いてだと?私は冷静だ。ただ新人の艦娘に対して、ここの決まりを教えているだけだが」

そういいつつも、長門は先ほどまでの険悪な顔を少し緩め、初月のベッドから一歩下がる。高雄はそれを確認すると、初月のベッドまで歩み寄ってきた。

「えーこほん。それで初月ちゃん…よね?本日着任予定の、秋月型駆逐艦四番艦の…」

「ああ、そうだ。その…こちらもヒートアップしてしまったよ。申し訳ない」

後悔の色を含めた表情で初月はうつむき、そう答える。すると高雄は、一つ息を漏らして口を開いた。

「まあ、秋月ちゃんのいう事も間違いではないかと。そもそも、ここラバウルは現在オーストラリア軍から借り受けているため、一時的に日ノ本領となっていますからね。しかし、こちらもこちらで艦隊を円滑に動かすために、独自の決まりも設けています。最初は慣れないかとは思われますが、どうか了承していただけないでしょうか?」

こうも丁重に言われては、初月も言い返す気力は起きなかった。むしろこれ以上言い返せば、自分だけではなく姉たちにまで迷惑をかける恐れがある。故に初月は、しぶしぶ「わかったよ」と了承をした。

「よかった。ではこれで、初月ちゃんも立派なラバウル所属の艦娘です。登録了承はこちらでやりますので、それでよろしいですよね?」

「うん。問題はない。しかし…認めたくないが勝手な行動をしたのは確かなんだろう?僕は着任早々、謹慎処分なのかい?」

少なくとも初月は着任の了承をしたため、高雄が言ったようにラバウル所属の艦娘となる。つまりここの取り決めを初月は破ってしまった故に、それは命令違反となり、初月も言うように謹慎など何かしらの処罰を下されるはずである。しかし長門は首を横に振り、高雄はそれに答えた。

「いえ、それはありません。そもそも提督に面会するのは違反ではありませんので。もっとも命令違反は致しましたが…それは着任前ですので適応外ですね。それに、あなた達には早速艦隊に所属してもらうことになりますし」

その言葉に初月だけではなく、外野と化している秋月と照月も目を見開いた。

「早速かい…?ずいぶんと早急に感じるのだが」

「いえ、これは前々から決定していたことです。実は今後の作戦を踏まえ、私たちラバウル所属の艦隊は部隊を再編し、第二艦隊を増設しようと考えていたのです。許可申請は三か月ほど前に送ったのですが、おそらくたらい回しにされて、ずいぶんと遅くなってしまいましたが」

そういう事かと、初月は一つ頷き理解した。確かに最前線であるこのラバウルに損失の危険を負ってまで、護国の要となる艦娘をやすやすと送りたくはなかっただろう。内地に艦娘を配置し、制海権だけは国の存亡を掛け守りたいはずである。

しかし国のスローガンである『護国絶対』を掲げている以上、国をさらに安全にすべくための絶対防衛権を、無視することはできない。そこで却下ではなく延期として長い間先延ばしにし、その伝令が舞鶴へ回ると鎮守府にただ置かれ、かつ岬守の尊重思考を持つ初月に白羽の矢が立ったのだろう。おそらく誤算だったのは、芋づる式に秋月と照月もついてきたことなのだろうが、当初の目的である三隻を達成したため、都合が合ったと言える。

「所属艦隊は明日の朝礼で伝えます。本日はゆっくりと休み、体を癒してください。心も…ですかね?」

どこか意味深に高雄は言うと、長門に目線を寄越し「行きましょう」と声をかける。長門も頷いてそれに応じ、二人は病室から出て行った。



その後、初月と姉二人は病院を後にし、今後自分が住まう兵舎へと足を運んだ。

長門と高雄が病室を立ってすぐに、初月はベッドから起き上がり、姉二人に大丈夫だと伝え、制服に着替えた。二人はどこか不安なのか初月の着替え途中に安静にしていろと伝えたが、そもそも初月は病気や怪我などで倒れたわけではない。あくまでも建前上は病院の前で気絶し、運ばれたことになっているのだ。故に初月は別段どこも悪いわけではなく、彼女は二人の意見を心配性だと突っぱねた。

さて兵舎は少々高い位置にあったが、難なくたどり着いた三人は、兵舎長をしている兵士から部屋の振り分けを教えられると、その待遇に驚いた。なんと三人一緒というわけではなく、それぞれ個室であったのだ。一兵士にはもったいない―むしろ贅沢極まりないだろうが、ここラバウルでは長門の計らいらしく、艦娘は特別待遇を与えられるのだという。理由としてもちろん、ラバウル自体に艦娘が少ないこともあり、舞鶴や横須賀など艦娘が多く所属して運営される内地の場合はそうはいかない。これも、この基地の特異性を見ることができる一部分であろう。

「夢の一人部屋だぁー!私憧れてたのよねー」

兵舎長からその事を聞くや否や、照月は心底嬉しそうに飛び跳ねた。対して秋月はどこか苦い顔をし、乾いた笑を漏らしている。

「一人部屋ですかぁ。いや、まあ寂しいってわけじゃないけど、やっぱり姉妹で一緒にいた方がいいかなーって」

「うん。僕は秋月姉さんの意見に賛成だ。やっぱり大人数の方が、心地よく感じるよ」

初月が秋月の意見に賛成する意思を見せると、照月はかわいらしく頬を膨らませ、すねたような口ぶりで言う。

「ぶー。どうせ私は大家族でしたよー。一人部屋とかありませんでしたよー」

おそらく彼女が語るのは、艦娘になる前の事だ。照月は兄弟姉妹合わせて五人であり、上に兄がいたこと、また弟や妹が下にいる事など、舞鶴で語っていたことを初月は思い出す。

そもそも、艦娘も元を辿ればれっきとした人間である。艦娘になる前には普通の人間として生まれ、普通に一般人として生活をする。

しかし、日ノ本の行政機関である『陰陽省』が特定の秘術を使い、艦娘の根本となる艦の御霊定着に適した人材探し出し、艦娘徴兵を通達する『御霊之札』を送りつける。その徴収に応じることで、そこから初めて人から艦娘となるのだ。つまり彼女らは、艦の御霊に選ばれた存在なのである。なおこの御霊之札は反発などは少なく、むしろ日ノ本の象徴である神皇から直々に送られるものであり、むしろ誇らしいものとされている。ゆえに艦娘は国の花形であり、あこがれの的であった。

「もうその話はいいよ照月。次女には次女なりに辛い所があるって話でしょ?」

「もー先に言わないでよ!」

そんなやり取りをしている二人を見て初月は微笑んでいると、照月に向かい合っていた秋月がふと目線を彼女へと寄越した。

「そういえば、初月ってどんな家庭だったの?三年も姉妹艦やってるのに、聞いたことないや。兄弟とか姉妹とかいた?あ、一人っ子?」

「あ、私も気になるなー。お金もちだったりした?最初聞いたときはまだこの場所になれてなくて、語るのはまた今度にしてほしいとか言ってたけど…」

二人の興味が初月の方へと向かい、思わず初月は苦笑いを漏らす。

「えっと…正直言いたくないんだ。おそらく、気を使わせちゃうと思う」

「え、そんなに深刻な家庭だったの?気になるけど…気になっちゃいけないけど…」

「でもそういわれるとなぁ…やっぱりねぇー。初月ちゃん」

かえって言わない理由が裏目に出たようで、堪らなく気になるそぶりを見せる二人に初月はもういいかとため息を漏らすと、口を開いた。

「うん、じゃあ答えるか。僕は五歳から孤児院で育ったんだ。だから兄弟とか姉妹とかいなかったな。ふむ…五歳より前の記憶はあまり鮮明に覚えていないけど、確か一人っ子だったか。もともと住んでいた場所は港近くの、過ごしやすい場所だったのは覚えている。孤児院はそれこそ、緑に囲まれたお寺だったが―」

思い出しつつ、初月は特に言葉の抑揚なく述べていると、途中で秋月があわてたようにそれを制止させる。

「あ、も、もういいよ!うん!聞いた私たちがバカだった!」

初月は「え、いいのかい?」と若干戸惑うような表情をするが、秋月と照月の様子を見て、今度は小さく苦笑いを漏らした。

「はは、だから言ったじゃないか。気を使わせちゃうからって」

その言葉に、秋月と照月は小さく「ごめんなさい」と謝罪の言葉を漏らしたのだった。



どうも、飛男です。連続投稿は今回で終わりと書いていましたが、次こそラストになるかと思われます。

今回はこの小説においての設定が、ちらほらと出てくる話でしょうか。艦娘の設定に、初月の過去などでしょうか。そのため字の分が少々多いですね。
もっともまだまだ書ききれてはいませんが、開示できる設定が現状ではこれだけということになります。今後どんな設定が出てくるのかは、お楽しみといったところでしょうかね。

では、今回はこのあたりで。また次回お会いしましょう。


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そして月は昇る

秋月と照月も同じ2階に部屋があり、三人は途中まで同行し階段を上がると、彼女らと反対に位置する場所に部屋のある初月は、登り切った場所で別れを告げた。

どうやら2階は艦娘専用の区画らしく、初月が歩みを進める途中、ドアにネームプレートを掛けている部屋もあれば、私物らしきものが部屋の外で雑に置いてもあった。しかし、途中ばったり所属艦娘と出会うこともなく、初月はそのまま部屋へとたどり着く。

部屋番号は206。2階の一番端に位置する部屋である。ドアを正面に見て左手に窓があり、そこからはぽつぽつと明かりの灯るラバウルの町が見え、いずれはあの町まで向かうこともあるかもしれないと、初月はふと思う。舞鶴にいたころは、なんだかんだ言いつつも秋月や照月とともに、町まで買い出しにも足を運んでいた。もっとも、初月がそこで洋服や小物などを無駄に買うことなく、むしろ二人の荷物持ちと化していたのだが。

さて、初月がいよいよ自室のドアを開き中へと入ると、そこには薄暗くもベッドと簡易的な机、何の装飾もないシンプルな時計を確認することができた。その他の家具は何もない、月明かりが差し込む殺風景な室内である。初月は靴を脱いで、ゆっくりと室内へ足を掛ける。
ちなみにもともと外国の基地ゆえに土足で入室することを視野に入れた作りであったが、日ノ本にわたると同時に、改装され、その文化はこの基地内では消えている。

電気をつけると、白々と輝く蛍光灯により室内は照らされた。特に汚れもなく、数歩歩いた後ろを見ても、足跡などついてはいない。漂う空気も庁舎のような埃っぽくもないことから、初月はどこか感心した声を漏らした。

「なるほど、ちゃんと清掃してあるようだ。てっきり埃っぽいと考えていたが…。やはり僕にはもったいない待遇だな」

清掃はもちろん、奥手に見えるベッドも綺麗に整えられている徹底ぶり。また入らなければわからなかったが、すぐ横には洗面所と簡易なシャワールームもあり、例えるのであればビジネスホテルのような部屋であった。

初月はベッドの前まで歩むと、制服のボタンやスカートのフックを外し、それを簡単に畳んでベッドの上へと投げ捨てる。今彼女が纏うのは、黒いインナーとタイツだけであった。

そのままの状態で彼女は早速洗面所へ向かうと、顔を濯いだ。ひんやりとした水は、夜間もそれなりに熱いラバウルの気候にとって、ありがたい事だろう。

初月が顔を上げると、そこに映るのは華奢な体つきで控えめに胸が膨らんだ少女の姿がある。言うまでもなく初月本人だが、改めて自分の姿を見て、初月はぼそりと言葉を漏らした。

「僕は…こんなに大きくなったんだよ…トシくん…」

そう彼女はつぶやくと再びベッド近くまで行き、今度は昼間に掻いた汗を流すべくシャワーを浴びようと思い立つ。そこで室内の端に置いてある、私物のダッフルバックを開け、中からタオルを取り出した。

あらかじめ荷物は船から降りる際、船内の兵士から自室へ送らせていただくと聞いており、事実何の手違いもなく送られたようだ。今思えばそうした待遇も、すべて艦娘である為だったのだろうと、初月はふと思い返した。

「うん、よかった。何もなくなってない。まあ、流石に人の物を、勝手に開けるような輩はいないか。帝国軍人として、あるまじき行為だからな」

荷物の中身を確認を終えた初月は、次いであの写真立てを取り出した。写真には言わずと先ほど猛烈に初月を否定し虐げた、あの堕落した提督の若き姿。そして小さいころの、まだ何も知らなかった小さいころの初月が写っている。

自分を救った人物があそこまで堕ちてしまっていて、かつ彼は自分の事もまるで覚えていない様子であった。それなのに、この十数年間の間自分はあの提督を信じていたのかと思うと、一般的な人々のように岬守そのものを拒絶し、嫌ってしまいそうになる。いや、むしろそれが一般人として普通の思考なのだろう。

だがしかし、手に持つ写真を大事そうに眺める初月には、長門との言い合いの際ある覚悟が生まれていた。

「…僕は、やっぱりあきらめきれないよ…。きっと貴方は僕の事を覚えていないかもしれないけど、僕は忘れることができないんだ。だって、貴方は僕の…」

そこで初月は言いとどまると、ふうと息を吐いた。そして写真立てを、用意された簡易な机の上に置き、再びじいっと写真立てを見つめた。

「僕は、たとえ貴方に虐げられても挫けない。だって、僕は貴方の役に立ちたくて艦娘になったんだ。神皇様に任命されたからとか、御霊之札が送られたからとか、そういった事で決めたわけじゃない。…まだ退役してなかったのはすごくうれしかったし、一緒の場所で戦えることも、とても誇らしい。だから僕は何と言われようと、貴方に接していきたい。もっと僕は、貴方を知りたい…」

それは、彼女の覚悟を復唱したものであった。いうなればもはや病的と言ってもいいだろう。だが、それが彼女の信念あり、性格である。

初月は写真立てにほんの少し笑みを見せると、シャワールームへと足を運んだのだった。




夜の庁舎内は昼間と変わらず、照らす気のない蛍光灯が道筋を示している。もともと周りには建物が多く、窓も少なかったこの場所には、月明かりすらも入りにくい。

その暗闇の中、カツリカツリと足音が響いていた。手元にはいまどき古臭い石油式のハリケーンランタンを持ち、そこから照らされる優しい光は、所持者の像を長く伸ばしている。
足音は三階の端にある執務室の前でふと止まると、コンコンコンと三回ほどノックをする音が響いた。部屋の中にいる人物が「入れ」と短く声を出すと、ドアがゆっくりと開いた。

「…食事を持ってきたぞ。電気くらいつけたらどうだ」

冷たく言葉を発するのは、長門であった。庁舎に響いていた足音を立てていたのは、彼女であったのだ。彼女は毎晩、こうしてこの男―佐貫俊一郎に夕食を持ってきている。

もっともこれは好意によるものでもなく、また俊一郎に頼まれたわけでもない。その理由は至極単純。彼をここに、貼り付けにしておく為である。ラバウル基地内において俊一郎は岬守ゆえに問題を起こす可能性を鑑みて、勝手に出歩くこと長門に禁じられているのだ。

「ああ」

俊一郎はさも当然のように、先ほどと変わらず短い返事をする。そして、同時に指に挟んでいたライトシュガーを、灰皿へと押し付けた。

だが、いつもであればこれ以上の会話はなく、すぐさま食事を置いて部屋から出ていく長門であったが、今回は御盆を持ったまま、その場から動かなかった。俊一郎はぎろりと目線を長門へ向け、嗄れ声を発した。

「なんだ。早く置け」

そう促された長門は、あえて遠くにある棚の上に御盆を置いた。その行為に俊一郎は一言物申そうと考えた瞬間、先んじて長門が口を開いた。

「その前に、いくつか質問をさせてくれ」

その長門が発した言葉に、俊一郎はふと目を見開く。だが、すぐさま椅子にもたれ掛ると、視線を鋭くし直した。

「何が狙いだ?」

「ふん。狙いなどない。だが、聞かなければならないことを聞くだけだ」

長門はそういうと、俊一郎が黙ったまま聞く姿勢を見せたことから、同意したと見て言葉をつづける。

「一つ目は、何故敵艦載機が襲ってくるとわかった?もともとの任務は、基地近海のはぐれ駆逐艦どもの討伐だったが、急に戦闘機群に襲われた。それを、お前はまるで予見していたかのようにブリーフィング時、注意しろとほのめかしていたな。それはなぜだ?」

あくまでも凛々しく言い放つ長門に対し、俊一郎は鼻で笑うと、先ほど火を消した吸いかけのライトシュガーを再び手にとって、火をつけなおす。

「簡単な話だ。カンだ。カン」

そう俊一郎は聞こえるようにつぶやきシュガーの煙を吐くと、長門は詰め寄り両手で机を思い切り叩いた。

「ふざけるな何がカンだ!これまでお前はそういって、何回もカンを当ててきている。これが偶然だと言うのか?」

長門が怒りを孕んでそう言い切ると、俊一郎は長門を睨み返す。

「偶然も何も、根拠に基づいたカンだ。貴様は報告書をちゃんと見ているのか?」

「なにィ…?」

「ふん、冷静になれ脳筋。根拠ならいくらでもある。先日から遠海においてちらほらと報告されてきた空母の影。理由不明の近海に現れた駆逐艦群。空母は遠海にいたとしても、奴らの武装は艦載機だ。それゆえに奇襲要因として飛ばす可能性がある。なら話は簡単だ。近海に理由不明に出没した駆逐艦群は、おそらく撒き餌だったんだよ。お前たちを呼ぶな。ほか基地で空母が発見できなかったのは、そもそも遠海までの偵察任務を請け負っていない。つまり、発見できるわけがねぇ。こうした根拠の元に、俺はやつらが艦載機を飛ばしてくると、容易に想像がついたわけだが?」

「フン、もし相手が人間だったら、私だって考えつく。だとしても、奴らにそこまでの頭があるのか?鹵獲された深海棲艦の知能は、観測上高くないと報告にも上がっている!やつらは人間のように聡明な生き物ではないんだぞ!それは貴様も知っているはずだ!」

更に顰めた顔でいい寄る長門に、俊一郎もまたより厳しい顔となる。

「お前は敵を侮りすぎだ。それでよく司令代理と名乗っているな。俺達にも指揮官がいる以上、向こうにもそうした指揮官がいる可能性がないとは言い切れない。それに、これまでの戦闘は統率性や実力ともに向こうよりこちらの方が圧倒的に優勢だったが、最近になり敵も敵で徐々に頭を使うようになってきたとは思わなかったのか?」

確かにこれまでの戦闘は敵の量こそ多かったものの、質そのものは劣る事が普通であった。言わば知能的な行動を起こすのではなく、どちらかというと動物に近い、本能的な動きによるものだったのだ。

だが最近になり、敵もめきめきとその行動パターンを変えていった。例えるのであれば
新生児が徐々に大人へと成長するように、次第にその動きに意味を持ち始めたのだ。
そして今回の撒き餌作戦。ここまで来るともはや何を切り捨て、何を残すのかはっきりとし始めている。雑兵のような駆逐艦6隻を犠牲に、ラバウル近海及び遠海にまで防衛力持つ、国防の要となっている艦娘を一隻でも失わせた方が、敵からすれば計算上おつりがくるほどであろう。

「これはお前だけじゃなく、他のアマたちにも伝えておけ。もはや敵は烏合の衆ではないとな」

俊一郎の指摘に、長門は押し黙る。暫し間が開き、長門は「いいだろう」と小さくつぶやいた。

「…お前は一つ、俺に質問をしたな。だったら、俺にだってその権利はあるはずだ」

うつむいて長門が内心落胆している中、俊一郎はおもむろに立ちあがると、締め切ったカーテンを少し開いて彼女を見つめた。思ってもみない彼の言葉に、長門は先ほどのやるせなさを引きずりながらも顔を上げ、言葉を返す。

「確かに不平等だな。いいだろう。次は貴様の番だ」

腕を組み答えた長門を俊一郎は確認すると、今度は窓から空を見上げて口を開く。

「…秋月型駆逐艦四番艦初月とか言ったな。奴はどうしてここに?」

その質問に、長門は「む?」と首をかしげる。質問の意図がわからない故に、長門は淡々と初月が来た意味を答えた。

「彼女は援軍要請により舞鶴から送られてきた艦娘だ。防空能力の高い艦娘を三隻ほしいと要請を送った結果、彼女を含める秋月型が三隻来た」

俊一郎は「そうか」と一言漏らすと、そのまま沈黙してしまった。しばらくして長門はその沈黙に耐えきれることができず、怒りを含んだ口調で言葉を発した。

「だからなんだと言うんだ。…そういえば貴様、初月に手を出したな?これが二つ目の質問だ。ついにそこまで堕ちたのか?彼女はまだ駆逐艦の年齢だぞ?年端もいかない生娘を嬲るのが趣味にでもなったのか?」

嫌味を含んだ言葉を長門は投げかけるも、俊一郎はむしろ乾いた笑を漏らす。

「ははっ。ああ、そうだな。俺はクズだ」

それっきり、俊一郎は口を開かなかった。長門は言い合いになるかと覚悟を踏んでいたが、以外にも真摯に受けとめた様子の俊一郎を見て、もはやここにいる意味はないと悟ると、何も言わず執務室から出ていく。


ラバウルに新たな風が吹き込んだ。その風は、世論と言う名の雲を流して行く事になるだろう。そして現れるのは、陰暦で八月を迎えるラバウルに昇った、微笑むような初月である。

月は孤独となり果てた、機械と交えた狼を導き照らすことができるのだろうか。



どうも飛男です。これでひとまずストックは出し切りました。ここから、しばらく不定期化すると思います。気長に待っていただけることを、期待しています。

さて、今回はさまざまな心情を聞ける回だったかとおもいます。とは言っても、二名だけでしょうかね。

では、今回はこのあたりで。また次回お会いしましょう。


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