異世界のカード使い (りるぱ)
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サバイバル編
第01話 黒いもこもこ


 力は与えた。後は好きにするがいい。

 

 ルールは五つ。

 モンスターの召喚には、そのレベルと同等の魔力を消費する。

 魔法・罠の使用は、その効果内容に相応しい魔力を消費する。

 カードの使用は、対象カードを手に持たなければならない。

 カードの効果は二十四時間経過することにより消失する。

 魔力は、毎晩零時に全回復する。

 

 頑張りたまえ。

 全ては君次第だ。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 ジャングルなう。

 まっぱなう。

 寒いなう。

 ヘルプミーー!

 

『ワウ! アウアウアウアウ――!』

 

 うぎゃー! 

 何かいるー!

 

 両手に持ったスーツケースをぶん回し、近くにある大樹の影に隠れる裸の俺。

 何だ、この絵面? 間抜けすぎる。

 

 一先ず大樹の根元に腰掛ける。

 つい狼狽してしまったが、過剰反応だったかもしれない。あの動物の鳴き声は結構遠くからしたように思う。

 しかし、この空気はやばい。リアルに野生の王国だよ、ここ!

 まだ直に見てないけど、至る所から動物の気配がぷんぷんするもん!

 

「お、落ち着けぇ俺。深呼吸深呼吸。ひ、ひ、ふー……ひ、ひ、ふー……」

 

 脳の奥まで染み込むような濃厚な草の香り――。

 あ……なんか生まれそう。って一人漫才やってる場合じゃなくてぇー。

 

「そ、そうだ。能力の確認。――こうかな?」

 

 目を瞑って、額に意識を集中。

 

「んんー……」

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

未熟なカード使い      -闇ー

               ☆

 

【上位世界人族】

異世界に迷い込んだカード使い。魔力を

消費してカードに秘められた力を解放す

ることが出来る。しかし、その力はまだ

未熟だ。

 

ランクアップ条件

モンスターを召喚せよ 0/1

 

魔力 5/5   ATK/80 DEF/50 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 うわっ! 本当に出た!

 と言うことは、この無理やり刷り込まれたような記憶は本物?

 

 この際だ、信じるしかない。

 何しろ今現在進行形で獣の吼え声があちこちからするんだ。

 どっかの本で見たけど、道具を持たない人間は犬にさえ勝てないらしい。

 俺も昔飼い猫とマジファイトやらかして、これでもかって程に引っかかれたり噛まれたりした記憶がある。その時の戦いの傷跡は今もくっきりと手足に残っている。

 …………。

 …………。

 ……あれ? ない……?

 

 まぁ、それはいいとして。よくないけど、いいとして。

 ここで何かに襲われたら捕食される率100%だ。俺が保証しよう。

 

「と、とりあえず、スーツケース」

 

 俺の両手は未だ固くスーツケースの取っ手を握り締めていた。

 それらを近くに寄せ、一旦横の地面に置く。内一つを横に倒し、ロックを外す。

 何の抵抗もなく、すんなりと開かれるスーツケースの蓋。

 

「やっぱり……カード」

 

 遊戯王カードである。

 スーツケースの中には、遊戯王カードがぎっしりと詰め込まれていたのだ。

 脳内に刻まれたかのような、あの鮮明な記憶に意識を移す。

 ――そう、ルールは五つ。

 

「ぶぅぅうぅぅぅ」

 

 全身に震えが走り、変な声が口から漏れ出た。

 興奮しているんじゃない。寒いのだ。

 

「あ、暖かいものを……」

 

 冷気にさらされ、ものすごい勢いで体温が失われていくのを今更のように自覚する。

 まったく、ジャングルなのに寒いとはこれ如何に?

 つくづく常識が通用しない。

 とにかく、このままじゃ捕食される前に凍死してしまう。

 小刻みに震える手でケースの中のカード――その一番上の段にある物からいかにも暖かそうな一枚を目の前まで摘み上げ、眺める。

 

「…………。

 これで何も起きなかったら、俺、馬鹿だな」

 

 ま、馬鹿以前に凍死確定するけど。

 

『オォォーーーーーーーーン!!』

 

 周囲の空気をも震わせるような獣の声。

 いやでも耳に届いたのは、遠くから響くイヌ科動物らしきものの遠吠えだ。

 捕食ルートもまだ消えてないわけね。

 

 さて、覚悟を決めて――。

 座ったまま腕を伸ばし、カードを差し出すように掲げる。

 

「イリュージョン・シープ、召喚」

 

 そして――

 ――――

 ――――

 ――それは、そこにいた。

 

「メェ~~」

 

 いつの間にか、そこにいた。

 カードが光るエフェクトも、モンスターが飛び出すアニメーションも無い。

 もこもことした黒い羊は、最初からそこに存在していたかのように、そこにいたのである。

 前屈みに後足二本で立つ、黒毛の羊。

 手の中のカードはいつの間にかなくなっていた。

 

「何て分かりにくい。もう少し何かしら登場効果があってもいいんじゃないか?

 ……でも、これで召喚は成功したってことだな」

 

 先ほど自分の能力を確認した要領で目に力を込め、黒羊を凝視する。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

イリュージョン・シープ   -地ー

              ☆☆☆

【獣族】

       ATK/1150 DEF/900

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 ステータスが脳裏に浮かんだ。

 言うまでもない。このステータスの表示法は遊戯王カードのそれだ。

 しかし、カードにあるような効果の説明がないな……何でだろ?

 今度はより集中して視線と額辺りに力を込める。

 むむむ……。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

イリュージョン・シープ   -地ー

              ☆☆☆

【獣族・効果】

このカードを融合素材モンスター1体

の代わりにすることができる。その

際、他の融合素材モンスターは正規の

ものでなければならない。

       ATK/1150 DEF/900

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 はぁ……疲れた……。

 融合素材1体の代わりになるって……元のテキストのまんまだな。

 ……ふむ……、やはりモンスターを融合したり出来るのだろうか?

 

 さて、この赤い目で俺を見つめる地肌が黄緑色の黒いもこもこ羊。

 多分大丈夫だと思う。なぜかその確信は俺の中にある。

 コイツは俺を傷つけないのだと。コイツは俺の言うことを聞くのだと。

 

 しかし、現実はどうだろう?

 未知の動物を前にして、やはりびびってしまうのは仕方ないと思うのだ。

 

「ほ~ら~、こっちおいでー」

 

 手をそっと下から差し出す。

 人間を含め、動物は無意識に上空から近づくものを怖がる習性がある。

 嘘だと思うなら家族や友人に頼んで、手をパーにして頭上からゆっくりと振り下ろしてもらうといい。きっと訳の分からない恐怖を感じるはずだ。

 因みにこれは鷹などの空中捕食者に対する恐怖の記憶らしい。地上に住む動物の遺伝子レベルにまで刻み込まれているのだそうだ。

 地上生物は進化を遡ると、みんな鼠みたいなのになるらしいしね。

 

 だから動物と接する時はゆっくりと下から手を差し出す。

 これなら少なくとも敵対したい訳じゃないことを分かって貰えるはずだ。

 ……。

 ……まぁ、ムツゴロウさんはこれでライオンに指を食われたが……。

 

「めぇ~~」

 

 黒毛の羊――イリュージョン・シープは前足を地面につけ、ゆっくりと四本足でこちらに歩み寄って来た。

 

「おー、よしよし」

 

「めぇぇぇぇ~」

 

 首の下を軽く撫でる。

 イリュージョン・シープの気持ちよさそうな顔から危険がないことを改めて確認し、そのまま手を背中の方へ――。

 

「もうちょっとこっちおいで」

 

「めぇぇ~~」

 

 全身をくっ付けるように抱き寄せる。……暖けぇ……。

 

「しばらく湯たんぽになりなさい」

 

「めぇ~~~」

 

 はぁ……もこもこ……生き返る……。

 あら、今気づいたけど、この子、角が水色だ。

 

「めぇぇ~」

 

 そして、もう一つ重要なことに気づいた。

 背中が寒い……。

 

 出来ればもう一体背中方面に欲しいところ。

 よし、ならば召喚だ! と思ったところで()()()を思い出す。

 

 ――モンスターの召喚には、そのレベルと同等の魔力を消費する。

 

 そうらしい。

 もう一度自分のステータスをオン。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

未熟なカード使い      -闇ー

               ☆

 

【上位世界人族】

異世界に迷い込んだカード使い。魔力を

消費してカードに秘められた力を解放す

ることが出来る。しかし、その力はまだ

未熟だ。

 

ランクアップ条件

モンスターを召喚せよ 1/1 Clear

魔力の最大値が1アップしました。

 

8時間生き延びろ 0:01/8:00

 

魔力 2/6    ATK/80 DEF/50 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 ……あれ? 魔力が4ポイント減ってる。

 ルールには消費する魔力はモンスターレベルとイコールってあるんだけど……。

 頭をひねる。

 イリュージョン・シープのレベルは3。ルールに間違いがないなら、何か別のことで魔力を消費したことになる。

 俺がここに来てまだ五分未満だ。やったことはそう多くない。

 

「――――。

 ――モンスターの詳細ステータスを見た、から?」

 

 考えてみるとこれが一番可能性が高い。

 ……うわぁ……、こんなくだらないことにも魔力を消費するのかよ。

 

 謎が解けたところで、他の項目にも目を移していく。

 ランクアップ条件……。

 なるほど、これをクリアしていくと魔力の最大値が増えていく訳か。

 そして次のお題は……8時間生き延びろ。 

 そう言えばと、またまた昔どこかで読んだ本の内容を思い出す。現代生活に慣れ親しんだ人間が野生の世界に放り込まれた時、8時間以上生存することは難しい的なことが書かれてあったような記憶がある。

 

「8時間、ね。……これが分水嶺ってか?」

 

「めぇぇ~~~」

 

「うん、ありがと。何言ってるか分からないけど」

 

 守ってやるぜ、ご主人! この黒羊はそう言っているような気がしたのだ。

 とりあえず鑑定能力を再度試してみようと思う。

 もちろん対象はイリュージョン・シープじゃない。

 ――目を瞑る。

 

「…………あそこら辺か」

 

 今の俺には生き物の気配が大雑把に分かるようになっていた。これは多分鑑定に付加した能力だと思う。

 そしてここはジャングルの中。至る所に生き物の気配がごろごろしている。

 

「鑑定。ステータス表示」

 

 別に声に出す必要はまったくないのだが、気分である。

 鑑定の対象は約70メートル先にいる大き目の気配。多分中型動物だ。

 兎に角、ここの生物のステータスが知りたい。それによって今後の動きが決まる。

 情報は重要である。

 

「お! 出た出た」

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

ヤクト・ウルフ       -地ー

               ☆

【獣族】

森林地帯に生息する狼種。常に三匹

一組で行動し、獲物を追い詰める。

       ATK/300  DEF/80

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

 

 ヤクト? どう言う意味だろ?

 とか言ってる場合じゃないな。

 こいつ、そろりそろりとだけど、確実にこっちに近づいて来ている……ような気がする。

 この大雑把な気配探知じゃ細かいことは分からん。

 しかし名前と説明文にあるように、こいつは狼。きっと鼻が利くはずである。

 俺に気づき、狩りの目標に定めたとしても、何ら不思議じゃない。

 

「しかも三匹一組で行動するわけか」

 

 と言うことは、どこかに残りの二匹がいるわけだ。

 まずいな……。

 ステータスはこちらのモンスターが圧倒的に高いが、三匹同時に襲って来た場合、俺が無事でいられるか分からない。

 イリュージョン・シープから離れ、再びスーツケースに身を向ける。

 まだ距離はある。向こうは俺が気づいてないと思っているのか、かなり慎重なスピードで接近して来ている。

 寒さと恐怖に体が震える。

 

「狼三匹が近づいてくる。警戒してくれ」

 

「めぇぇぇ~」

 

 背後にいる黒羊にそう言い放ち、急いでスーツケースの中を漁ることにする。と言っても、時間をあまりかけられない。

 ささっと目に入ったので妥協しよう。

 

「ん、これでいくか」

 

 目的を叶えられそうなカードを手に取り、ケースの蓋を閉じる。

 

「フレムベル・ベビー、召喚」

 

 空中に、炎の玉が現れた。

 炎球は徐々にその形を変形させ、二頭身の人型を型取る。

 燃え盛るその外見は、まさに炎の子供。

 目に力を入れ、簡易ステータス鑑定を発動させる。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

フレムベル・ベビー     -炎ー

               ☆

【炎族】

       ATK/800 DEF/200

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 こちらに迫るヤクト・ウルフの2.5倍程ステータスが高く、レベルは1だ。

 これで俺の魔力は、見事にすっからかんである。

 

「こんにちは。俺の言うこと、分かる? 分かるなら頷いて欲しい」

 

 首を上下させるフレムベル・ベビー。予想通り、モンスターには俺の言葉が分かるようだ。

 

「狼三匹が襲ってくるかもしれない。あっちの方角だ。

 周りを燃やさないよう注意しながら、威嚇して来てくれないか」

 

 俺のポンコツな知識が正しければ、狼は火を怖がるはずだ。

 彼の炎で追っ払うのが今回の作戦である。

 

 命令を受け、ジグザグ飛行で俺の指差した方角へと向かう炎の子供。

 残された俺は再びイリュージョン・シープに身を寄せ、暖を保つ。

 そして、しばしの時間が過ぎる――。

 

『ギャオウァン!』

 

『ギャイン、ギャイン』

 

 遠くからイヌ科動物の悲鳴らしき鳴き声が聞こえて来た。と同時に、二つの気配が遠ざかって行くのを感知する。

 

「ふぅ……」

 

 これでとりあえずの危機は回避できた……のかな?

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

未熟なカード使い      -闇ー

               ☆

 

【上位世界人族】

異世界に迷い込んだカード使い。魔力を

消費してカードに秘められた力を解放す

ることが出来る。しかし、その力はまだ

未熟だ。

 

ランクアップ条件

8時間生き延びろ 0:17/8:00

 

魔力 0/6    ATK/80 DEF/50 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼



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第02話 炎の子供

「お疲れ様。サンキュー」

 

 意気揚々と戻ってきた炎の子供――フレムベル・ベビー。

 片手を上げて礼を述べると、彼は俺を真似るように手を上げ返す。そしてやってきた方向をつんつんと指差した。

 

「ん?」

 

 フレムベル・ベビーは俺の目の前をぐるぐると飛び回り、そしてぐいぐいと腕で手招きしている。見せたいものがあるっさ! 主、ついて来てくれぃ! とても言いたいのかな?

 

「うん、分かった」

 

「めぇぇ~~」

 

 正直、これからの行動の指針はまだない。

 こいつらが俺に害を与えるわけじゃないのは信じていい気がするし、ついて来いと言うなら、多分俺の得になることがあるのだろう。

 一旦イリュージョン・シープから身を離し、近くに置いてあるスーツケース二つを手に取る。

 重そうなスーツケース二つを軽々と持ち上げる腕。改めて目線を下げ、自分の身体を見下ろす。

 

「…………。

 ……何でこうなったか知らんが、すげぇな……」

 

 ガリガリだった自分の肉体が見事な細マッチョになっていた。

 相変わらずマッパでティンティンをぶらぶらさせているのはちょっといただけないが……。

 

「末期がん患者の肉体とは思えん……」

 

 とりあえずの危機が去り、頼もしい護衛が二体もいることで、こんなことを考える余裕も出てきた。

 うっ、と身震いを一つ。……寒い。

 

「フレムベル・ベビー、俺の周囲の温度を少し上げるようにしてくれ。出来ないか?」

 

 正直こいつはいるだけで大分暖かいが、細かいコントロールが出来るならそれに越したことはない。

 OKさ~! と言わんばかりにフレムベル・ベビーは空中で一回転し、体の炎を更に燃え盛らせる。心なしか、その色は赤から若干青っぽく変化したようだ。

 

「うん、大分暖かくなったね」

 

 と言っても、均等にではない。フレムベル・ベビーに面した俺の身体前面は少しひりひりと熱く、背中は冷たい。まぁ、熱を溜められない外じゃこの辺りが限界だろう。

 さて――。

 

「行こう、案内してくれ」

 

 

◇◇◇◇

 

「痛っ……!」

 

 とっさに踏み下ろした足を上げる。また何やら尖った物を踏んづけたようだ。

 幸いそこまで深く踏み込んでないので、血は出てない。

 

「まともに歩くのすら一苦労とは」

 

 慎重に一歩を踏み出す。

 両手に持ったスーツケースはそう重く感じる訳じゃないが、歩くのに結構邪魔だ。

 足で地面をなぞり、危険が無いかをチェック。そしてそろりそろりとさらに一歩を踏み出す。

 出来るだけ怪我は避けるべきである。どんな病原菌が漂ってるか知れたものじゃない。破傷風菌とか、割とシャレにならないものも多いのだ。

 

「それでも、死ぬときは死ぬだろうな……。

 ……魔法カードの中に病気を治すやつってあったけ?」

 

 ぱっと思いつかない。

 そもそもライフポイントを回復する効果はどう処理されるのだろうか?

 

「確認すべきことはまだ山程ある……か」

 

 それにしても、と周囲に目を向ける。

 

『ギョウ、ギャーギャーギャー』

『オウオウオウオウオウオウ』

『チュン、チチチチチ』

 

 聞こえてくる様々な動物の鳴き声と相まって、まさにジャングルの景色だな。

 俺は本物のジャングルを見たことはないが、この蔦が木に絡み合う密林景色は映像や写真で見る熱帯雨林そのものだ。

 これで寒くなけりゃ~なー……。

 

「めぇ~~」

 

 ここらしいぜ、ご主人! と一声を上げ、イリュージョン・シープが立ち止まる。

 顔を上げると、フレムベル・ベビーもその場で滞空しながら、この先をツンツン指差していた。

 主、着いたさー! と言わんばかりに…………うん、もう認めよう。気のせいじゃないな。

 何でかは知らんけど、俺にはこいつらの伝えたいことが何となく分かる。

 これもカード使いの能力なのか?

 まぁ、とりあえず――

 

「この先に何かある訳か」

 

 名称不明の植物を掻き分け、足元に注意しながらさらに土を踏み進める。

 そして、ちょっとした広場に出た。

 

「うっ」

 

 広場の右端に半径1メートル程の、ぷすぷすと焼けた地面があった。

 未だ薄く煙を立ち昇らせるその中央には、焦げた動物の死体が転がっていた。

 

「うわっ、気持ちわるっ」

 

 あ~、見てない見てない。俺は何も見てない。

 

「めぇぇぇ~」

 

 顔を背け、立ち去ろうとする俺を呼び止めるめぇ~の声。

 フレムベル・ベビーもその場で8の字を描いて飛び回っている。

 

「この死体に何かあるのか?」

 

「めぇ~~」

 

 いやだけど、かなりいやだけど、動物の焼死体に目を向ける。

 褒めるさー、主! と意思をとばしながら、その上空で飛び回る炎の子供。

 

「……そっか。これ、お前が倒したヤクト・ウルフか」

 

 まったく、こんな簡単なこと、今頃になって気づくとか……俺って結構馬鹿だな。

 

「よくやった。ありがと」

 

「めぇぇ~~」

 

「え? 重要なのはそこじゃないって?」

 

 改めて焼死体に目を向ける。

 どうやら炭化しているのは表面だけのようで、肉の焼けるにおいが鼻につく。

 

「ひょっとして……食料……か? 俺の為の」

 

 そうさ、主! 好きなだけむさぼれ!

 フレムベル・ベビーはボボッと大きく燃え上がる。

 

 て、提案は有り難いけど、こ、これを食べろと言うのか?

 味は我慢するとしても、衛生的に大丈夫なのか?

 

「はぁ……分かった。

 ま、まぁ、食べるかは置いといて、とりあえず一旦ここで休もう」

 

 まだ進行距離100メートル足らずだけど、素足での移動が無理であることがよ~く分かった。

 ここまで来るのに15分くらい掛かっている。このまま進み続けるのはさすがに無謀だろう。

 幸いにしてフレムベル・ベビーがここで暴れてくれたおかげか、近くに中型以上の動物の気配を感じない。

 

 木の棒を拾って焼死体を(つつ)いてみる。

 頭部と皮膚の一部表面は炭化しているが、体のほとんどが生のようだ。

 

「フレムベル・ベビー、こいつの頭を焼ききってくれ」

 

 合点承知の介さ! 任せてくれ、主!

 早速自身の体温を上げるフレムベル・ベビー。周囲が一気に熱くなる。

 とりあえず、食べるなら血抜きは必要不可欠だ。その作業の為の手頃な石を探す。

 

「そう簡単には見つからないか……。

 あ、そうだ。イリュージョン・シープ、あの岩を砕いてくれ」

 

 地面から突き出ている高さ80センチくらいの岩を指差す。

 

「めぇぇ~!!」

 

 ついに我の出番が来たのだな! ご主人、我のパゥワーを見てくれ! 

 俺の指示に従い、イリュージョン・シープは巻き角を突き出しながら、岩に向かって猛突進!

 そして、バンッ!! という、ダイナマイトを爆発させたような乾いた破砕音。

 あまりにも大きな音に、反射的に目を瞑る。

 

「めぇ~~」

 

 そっと目を開くと、岩は小さな破片となって散らばっていた。

 一仕事したぜ、な顔で悠々とこっちに戻ってくるイリュージョン・シープ。

 どうだ、ご主人! 我には湯たんぽ以外の使い道だってあるのだ!

 

「……あ、ありがと。よくやった」

 

「めぇ~……」

 

 ご主人、そ、それは、あぁ……。

 頭と首を撫でてやると、気持ちよさそうにめぇ~と鳴く黒いもこもこ。

 ふっ、落ちたか。ちょろいんめ。

 ナデポを習得したぜ。これで何も怖くない!

 

「さてさて~」

 

 砕かれた岩の破片に目を向け、使える物があるか探す。

 

「お、これなんかいけそうだな」

 

 巧い具合にナイフみたく尖っている破片を見つけた。

 とここで、ぶんっ、と火の塊が結構なスピードで俺の眼前を横切る。

 

「うおっ! って、フレムベル・ベビーか。

 頼んだ仕事は終わったみたいだな。ありがとさん。よくやった」

 

 ちょろいさー。褒めるまでもないさー。

 嬉しそうに飛び回るフレムベル・ベビー。 

 うんうん、褒めることは大事だ。これで信頼関係が築けるケースだって多いのだ。

 

 さっそく見事頭部が全て灰となっている黒焦げ狼に向き直る。

 

「うっ」

 

 くっ、こ、ここは我慢だ。

 気持ち悪いが、サバイバルにこれは必要なことなのだ。

 尖った石を炭化している首に当て、突き刺すように(えぐ)り切る。

 そうしてしばらく切り進める内にやっと血液が流れ出たので、その傷口を更に切り広げる。

 

「よしっ、次は」

 

 予想以上に重い死体を近くの大木の元まで引き摺っていく。

 付近に生える丈夫そうな蔦をなんとか石のナイフで切り離し、それを首無し狼の後ろ足に結びつける。そしてもう一方の先端を太めの枝に引っ掛けると力を入れて引っ張り、死体を吊るし上げた。

 逆さになった首から、ちょろちょろと血が滴り落ちていくのを確認。

 最後に手に持った蔦を木の幹に結びつけ、俺はモンスター達の元へと戻った。

 

「こんなもんかな?

 イリュージョン・シープ、湯たんぽ。フレムベル・ベビー、ストーブ」

 

 しばらくイリュージョン・シープとフレムベル・ベビーで暖をとりつつ、休むことにした。

 暇なので、吊るした狼の死体に目を向ける。

 ここまで作業したことによって、死体に対する耐性が大分できてきた。

 最初に比べると、嫌悪感が大分薄らいてきた感じだ。

 

――ドボドボドボ……。

――ベト、ベトトトト。

――ブチャ、ブチャ。

――ズルルルル……。

 

 流石に顔を引き摺らせる。

 狼の体内から蛆虫のようなものがベトベトと何匹も落ちたかと思うと、ミミズ程のサイズある虫が連続二匹あたまを出し、同じく地面へとブチャブチャ落ちる。

 そしてやけに長い、全長20センチはありそうな白い虫がズルルルルと逆さまに這い出て来た。

 ……そう、まるで、倒壊する家から逃げ出すかのように――。

 こいつらはきっと狼に寄生していた虫――寄生虫なのだろう。

 

「アハ……アハハハハハ」

 

 これを食えと?

 これらが住んでた肉を食えと?

 

「アハハハハ」

 

 無理!

 これを食うくらいなら、俺は死を選ぶ!

 ……まぁ、まだそこまで腹が減ってないから言えることかも知れないけど……。

 

「フレムベル・ベビー、洞窟を探してくれ。トンネルが掘れそうな岩山でもいい」

 

 命令を下す。

 OKさー! 主の命令なら火の中でも飛び込むさ!

 空中で一回転してから飛んでいく炎の子供。

 

「頼んだよ~」

 

 まずは衣食住の住を何とかしよう。安全に寝る為であり、暖をとる為にも必要不可欠だ。

 何しろこのままじゃ、落ち着いて有用なカードを探すことすらできない。

 寝座(ねぐら)の大切さをしみじみと感じる。動物の世界で巣作りのうまい雄が雌にもてる理由が分かるような気がする。

 食に関してはカードを探せばそれっぽい物があるかもしれない。いざとなったら……嫌だけど、目の前の狼を食べよう。

 衣は……早急に何とかしたいが、解決出来る目途がまるで立たない。これは人里が見つかるまで我慢するしかないだろう。幸いにして凍死を回避する手段はとりあえずある。

 

「ふぅ……」

 

 待っている間、手持ち無沙汰になる。

 一息つくついでに、一度状況を整理してみよう。

 

 まず、俺は病室で寝ていたはずだ。

 末期がんの余命二年と診断されたのが十七歳。そして今日はその二周年記念日。

 体はガリガリに痩せ衰え、常に激しい痛みと戦っていた。鎮痛剤がなければとっくに気が狂っていたことだろう。

 つまり、いつ死んでもおかしくない状態だったわけだ。

 

「いや、待てよ」

 

 死んだのか? ひょっとして。

 俺は死んだことがないので、ここが死後の世界であると言われても否定できない。

 …………。

 本当に……そうなのか?

 …………。

 ……。

 

「……ああ、母さん、兄さん、感謝します。最後まで面倒見てくれて……」

 

 ……っと、しんみりしてる場合じゃないな。

 流石にこんな死後の世界はサバイバルすぎるだろ。もっかい死にそうだよ。

 

 ここに来た時に聞こえてきたと言うか、脳みそに直接ぶち込まれたあの声。

 

 ――力は与えた。後は好きにするがいい。

 ――ルールは五つ。

 ――頑張りたまえ。

 ――全ては君次第だ。

 

 能力の鑑定とか、そういった知識と一緒に入り込んできた。

 

「ほんと、何だろあれ?」

 

「めぇぇ~」

 

「ねー」

 

 んー……神様……とか?

 いやいや、ないない。もちろん俺が無宗教で、神なんか眉唾物だと思っているのもあるけど、例え神なる超常的存在がいるとして、地球の総人口は約70億人。その70億分の1である矮小な存在一匹に神様がわざわざ手をかけるか?

 神様にとって俺達人間なんてミジンコみたいな存在だろうし、そもそも見分けすらつかないんじゃないの?

 

 じゃあ、あの声は何なんだろう?

 俺は何でここにいるんだろう?

 そもそもここはどこだろう?

 

「…………。

 …………。

 ……はぁ……結局考えて分かる訳でもないか……」

 

「めぇぇ~~」

 

 元気出すんだ、ご主人! 我がついている!

 湯たんぽ代わりにくっ付いているイリュージョン・シープの首筋を掻いてあげる。

 

 まいっか。

 元々死を待つだけの身だし。

 それがこんなジャングルの真ん中でとは言え、健康な肉体と破格の能力を持たせてくれたんだ。これが人為的にしろ、自然的にしろ、感謝はしても文句を言う筋合いはない。

 

「……絶対に生き延びて、幸せになってやる」

 

 

◇◇◇◇

 

 炎の球がこちらへ飛んで来るのが見える。

 フレムベル・ベビーが戻ってきたようだ。

 

「お帰り、見つけたのか?」

 

 炎の子供はコクコクと頷く。

 

「よし! なら出発しよう!

 イリュージョン・シープ、乗ってもいいか? 当然スーツケースを持ってだけど」

 

 先程の大岩へのパワフルなタックルを見る限り、こいつは相当パワーがありそうだ。俺を乗せても余裕なんじゃないかな。

 

「めぇぇ~」

 

 肯定だ、ご主人! ドンっと来い!

 なら、とりあえず跨ってみよう。

 うおっと、不安定だな。鞍がないから当たり前か。

 足をイリュージョン・シープの腹に絡ませ、何とか体勢を保つ。

 しかし……これは――

 

「スーツケース二つはきつい、っていうか無理!」 

 

 色々と乗り方を変えてみることにする。

 

試:スーツケースをイリュージョン・シープの上に乗せる。

答:一つならギリギリいけるけど二つは無理。

 

試:スーツケースの車輪を下にして、イリュージョン・シープの両端に立てる。その取っ手を

 掴みながら騎乗。イリュージョン・シープが進めばスーツケースも車輪で進む。

答:地面がでこぼこで車輪が進まん。てか、腕が死ぬ。

 

試:いっそのこと逆さ乗り。

答:なんの解決にもならん。

 

 やはりスーツケース二つを持ちながらの曲芸騎乗は無理だった……。

 

「はぁ……疲れた……無駄に……」

 

 スーツケースを置いて膝をつく。

 カードの多さは俺の力の多様さを象徴するのだが、今はこのでかいスーツケースが恨めしい。

 とりあえず一休みだ。まだ一歩たりとも動いてないけど。

 

 と、そこへ炎の子供が飛んできた。フレムベル・ベビーである。

 彼は自分をつんつん指差すと、続けてスーツケースを指差した。

 俺に任せるさ! 主よ!

 そしてスーツケースの取っ手に腕を近づける。

 

「ちょっと待てーー! 溶けちゃうー! …………って、あれ?」

 

 止める間もなくスーツケースを持ち上げる炎の手。しかし取っ手は何ともない?

 普通なら煙が上がるとか、溶け出すとか、赤く燃え光るとか、そう言ったことはまったくない。

 

「……そう言えば、このスーツケースも材質不明だったな……」

 

 疲れた声で呟く俺。

 でも、これなら――。

 

「なぁ、二つ持てるか?」

 

 フレムベル・ベビーは一旦下降し、二つ目のスーツケースを持って再び舞い上がる。

 嘗めてもらっちゃ困る! こんなの軽いさ!

 

「よし! なら全ての問題は解決!」

 

 再び黒いもこもこ羊に跨る俺。

 そして宙に浮かび、後をついてくる炎の子供。

 

「日が沈まないうちに目的地まで移動するぞ! しゅっぱーつ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 因みに、狼の死体は置いていった。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

未熟なカード使い      -闇ー

               ☆

 

【上位世界人族】

異世界に迷い込んだカード使い。魔力を

消費してカードに秘められた力を解放す

ることが出来る。しかし、その力はまだ

未熟だ。

 

ランクアップ条件

8時間生き延びろ 2:13/8:00

 

魔力 0/6   ATK/80 DEF/50 

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第03話 ドリルとチームA

 フレムベル・ベビーはぐるぐると、楽しそうに空を飛び回っていた。

 自身の体積よりも大きなスーツケースを二つも持っているので、傍目にはスーツケースが空を飛び回っているように見える。

 壊れないかな……? でも異常に丈夫だったし……うん、きっと大丈夫。

 

 空飛ぶ(ダブル)スーツケースから視線を落とし、眼前にそびえ立つ巨大な岩の塊を見る。

 山と言うには小さすぎるが、ただの岩と言うにはあまりにも巨大すぎる。

 周りを一周しようとすれば、四、五分程度はかかりそうだ。

 

 何だろ? 山より小さいから――

 

「岩……丘?」

 

 まぁ、別に無理にネーミングしなくてもいいだろう。

 フレムベル・ベビーは俺の注文通り、トンネルが掘れそうな巨岩を見つけてくれたのだ。そして俺達は今、そこに辿り着いたと。

 正直洞窟を期待してたけど……この際、あまり贅沢は言うまい。

 

「それじゃあ、夜になるまでここでキャンプだ。

 イリュージョン・シープもフレムベル・ベビーも野生動物を警戒してくれ」

 

 俺の魔力はすっからかんである。トンネル掘りのできるモンスターを今すぐ召喚できない。

 声によれば――

 

 魔力は、毎晩零時に全回復する。

 

 なのだそうだ。

 ここで0時を待つしかない。

 

「あ、そうだ。

 フレムベル・ベビーはスーツケースをこっちに持って来てくれ」

 

 承知さ、主よ!

 こちらへ飛んで来る大きなスーツケース二つを眺めながら、巨岩を背もたれに地面に突き出た岩に腰掛ける。ち、ちべたい!

 やはり少し離れてしゃがみ込むことにする。

 

「イリュージョン・シープ、背もたれになって」

 

「めぇ~……」

 

 お安い御用だが……ご主人は我の役割を勘違いしている。

 そう言いながらも俺の背中に回る黒いもこもこ。ん、暖かい。

 

「さて」

 

 スーツケースを近くに寄せ、ロックを開く。

 

「今の内に使えそうなカードを選んとこ」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 何と言うか……疲れたー。

 カードの数、ハンパねっす。

 

 すっかり日は暮れようとしていた。

 この光量でカード探しをするのは大分きつい。

 と言っても、フレムベル・ベビーがいるのでそこまで暗い訳でもない。

 

「でもまぁ、必要なカードは見つかったし。とりあえずいっか」

 

 スーツケースを閉じる。

 カードは律儀に一種類三枚ずつ入っていた。

 全種類揃っているかは流石に分からない。確認のしようがないからだ。

 

「もうそろそろかな? ステータス、オン」

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

未熟なカード使い      -闇ー

               ☆

 

【上位世界人族】

異世界に迷い込んだカード使い。魔力を

消費してカードに秘められた力を解放す

ることが出来る。しかし、その力はまだ

未熟だ。

 

ランクアップ条件

8時間生き延びろ 7:59/8:00

           残り 38秒

魔力 0/6    ATK/80 DEF/50 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼ 

 

 

「お、ほとんどドンピシャ! ナイスだ、俺!」

 

 新たにカウントダウンが増えている。きっと制限時間間近になると加わるのだろう。

 これでランクアップしたら、魔力で食料を召喚しようと思う。

 そのためのカードもすでに見つけてあるしね。

 

「6,5,4,3,2,1――」

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

未熟なカード使い      -闇ー

               ☆

 

【上位世界人族】

異世界に迷い込んだカード使い。魔力を

消費してカードに秘められた力を解放す

ることが出来る。しかし、その力はまだ

未熟だ。

 

ランクアップ条件

8時間生き延びろ  Clear

魔力の最大値が1アップしました。

 

森の生き物を鑑定せよ 0/4

 

魔力 1/7    ATK/80 DEF/50 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 キターー! 魔力が上がったぜ!

 はははは、これで食い物を出せる!

 

「ははははは!

 はは……は…………あれ?

 …………。

 …………。

 ……お、俺って奴は……俺って奴は……」

 

 今気づいた、今気づいたけど――

 

「異世界に迷い込んだカード使いって、異世界って、書いてあるじゃん!!」

 

 しかもなぜか上位世界人族だよ。

 ってことはここは異世界で下位世界か? だからカード使いって言う異能が使えるのか?

 

「パニクってたとは言え……俺って馬鹿……」

 

 いやまぁ、知ったからって何か進展があるわけじゃないけどね。

 それでもここが異世界で、地球じゃないことがはっきりと確認できたわけだ。

 

 この際だ、隅々までじっくり見てみよう。

 名前は未熟なカード使い。何故か属性は闇でレベルは1。そして上位世界人族。

 説明には「しかし、その力はまだ未熟だ」と書かれてある。未熟じゃなくなったらこの説明も変わるのかな?

 

「――うん。

 もう見落としてるところはないな」

 

 さすがにもう大丈夫そうだ。

 これからはこんな間抜けなことがないようにしよう。

 さてさて――。

 

「気を取り直して、食事を出しますか」

 

 取り出したるは魔法カード。その名も非常食。

 まさに今この時の為に存在しているような一枚だ。

 カードのイラストには乾パン、缶詰が描かれている。

 

 念の為にもう一度魔法カード、非常食に簡易鑑定をかけてみる。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

非常食            ー魔ー

        【魔法カード・速攻】

 

このカード以外の自分フィールド上に

存在する魔法・罠カードを任意の枚数

墓地へ送って発動する。墓地へ送った

カード1枚につき、自分は1000ラ

イフポイント回復する。

 

           消費魔力 1

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

「間違いなく消費魔力は1」

 

 簡易鑑定で得られる魔法・罠カードの情報は通常のカードテキストに加え、消費魔力が載っている。ついさっき気づいたことだ。

 これでどれくらい魔力を消費するか事前に分かる。

 

「ちゃんと食えるといいけど……。

 いざ! 速攻魔法、非常食発動!」

 

 カードを前に掲げ、発動をイメージ。即座に指の間からカードの感触が消える。

 そして――

 縦に積み重なった缶詰。散らばる多数の銀色の袋。

 先程イラストで見たものと寸分違わぬこれらが、眼前に現れた。

 

「ふむ……」

 

 まずは缶詰から拾い上げてみる。

 ずっしりと重い。

 缶の裏側に、細長い缶切りと爪楊枝のような二股フォークが貼り付けてある。

 

「後はこの袋か」

 

 次に銀色の袋を手に取り、ぎざぎざに沿って袋を破く。

 出てきたのは予想通り、乾パンだ。

 乾パンは板チョコみたく繋がっていて、大きなピース状となっている。その一切れを割って、口に入れてみる。

 

「あむ」

 

 もぐもぐと噛んだ後、飲み下す。

 大分堅いけど、香ばしい麦の香りが口内に広がる。

 

「これは……いけるな」

 

 量的に十食分くらいはありそうだ。

 24時間で消えるので、全部は食べきれないだろう。

 

「時間切れで消える時、摂取した分が栄養ごと消えないといいけど……」

 

 多分大丈夫とは思うが、要検証だろう。

 

「続けて缶詰だな」

 

 缶切りを手に取り、適当に一缶開けてみることにする。

 肉の香ばしい匂いが鼻に触れた。

 

「これは……コンビーフか」

 

 続けてもう一缶開ける。

 

「こっちは魚だな。何の魚か分からないけど……」

 

 缶には何も表記してないのだ。何に当たるかはくじ引きである。

 

「うん、味も結構!」

 

 黒いもこもこ羊にもたれかかり、コンビーフをおかずに乾パンを齧る。

 中々いいご身分じゃないだろうか。

 後は魔力の回復を待つのみ。

 

「……早いとこ、住処を作らないとな」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

「よし!」

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

未熟なカード使い      -闇ー

               ☆

 

【上位世界人族】

異世界に迷い込んだカード使い。魔力を

消費してカードに秘められた力を解放す

ることが出来る。しかし、その力はまだ

未熟だ。

 

ランクアップ条件

森の生き物を鑑定せよ 0/4

 

魔力 7/7    ATK/80 DEF/50 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 魔力は全回復した。

 つまり、今は深夜の0時を過ぎたと言うことだろう。

 詳しく時間を知ることができないというのはかなり辛い。日々の生活における時計の有り難味がよ~く分かる。

 

 辺りは真っ暗である。唯一の光源はふわふわと浮かんでいるフレムベル・ベビーの炎のみ。

 本来ならそれは、空に浮かぶ月という名の天体の役目であるはずなのだが、ここにはその月がない。

 いや、比喩的表現とか、雲に隠れているとか、そういう話じゃなくて――。

 月が無いのだ。本気でないのだ。

 ふっ、やってくれるな……。さすが異世界……。

 

 月が存在しない。このことからある推論が成り立つ。

 この世界に、夜活動する生物はほとんどいないんじゃないかと言う仮説だ。

 当たり前だが、生き物が活動する為には光が必要だ。それがどんなに夜目が利く動物でも、僅かな光すらなければやはり何も見えないのだ。まぁ、中には鼻が異常発達した生き物や蝙蝠のように超音波を発して位置情報を得ることができる生き物もいるだろう。しかしそれはあくまでも少数派である。そんな生き物がごろごろしているとは思えない。

 以上のことから――

 

「夜は昼よりも安全である」

 

 きっとね。

 

「と言う訳で、活動するなら今だ。

 さー、行くぞ!」

 

 明るいうちに悪戦苦闘して探し出した二枚のカード。

 その内の一枚目を掲げる。

 

「まずは、ドリルロイド、召喚!」

 

 失われるカードの感触。

 そして眼前に現れるモンスター。

 

 召喚されたこいつを一言で表現するなら、SF映画に出てくるような発掘マシンだ。

 頑丈そうな金属の車体に戦車のようなキャタピラ。車体の先端には大きなドリルがついている。

 しかし、そんなものはこいつの特徴とは言えないだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ドリルロイド。

 ぱちくりとしたお目目が可愛い。

 

 そう、この発掘マシンには目と口と、ついでに小型ドリルの形をした手もついていて、それらが有機生命体のように動くのだ。

 

 おやびん、お呼びッスか?

 硬い機械の身体を柔軟に動かし、ドリルロイドは俺に向き直る。一体どういう原理なんだろうか?

 ここで簡易ステータスを展開。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

ドリルロイド        -地ー

             ☆☆☆☆

【機械族】

      ATK/1600 DEF/1600

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 魔力は四つ消費したが、攻守ともに1600で高水準。

 そして、やはり穴を掘るといえばコイツだろう。

 他にもドリラゴやドリル・シンクロンなども考えたが、体のあらゆる場所からドリルを生やしたドリラゴは細かい加減ができるとは思えなく、サイズの小さいドリル・シンクロンじゃ掘り終わるまでに時間が掛かりそうである。

 

「この大岩を掘って俺の住居を作ってくれ。

 入り口はスーツケースがギリギリ入るくらいで、中は40平方メートル程あると嬉しい」

 

 約(たたみ)25(じょう)分である。

 中に水源も出したい。それくらいあれば、きっと十分だろう。

 

 気合入れるッス! あっしの働き、見て欲しッス!

 ギュイン、ギュイン、ギュイィィィィィイン!

 鼻のドリル――位置的に鼻に見える――と両手のドリルを回転させ、やる気満々のドリルロイド。

 

「ああ、よろしく頼むぞ!」

 

 行っきまーす!!

 ギュイーンンンズゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

 

 すさまじい轟音と共に岩山に穴を開けていくドリルロイド。掘った土と岩の欠片がどんどん後方に溜まっていく。

 はは、近くの小型動物の気配が蜘蛛の子を散らしたように逃げてったよ。

 

「イリュージョン・シープとフレムベル・ベビーは周りを警戒してね。

 ひょっとしたらこの音でこっちに来る動物もいるかもしれないから」

 

「めぇぇ~~~!」

 

 我に任せるがいい! この角の染みにしてくれる!

 前足で土を掻き、闘志を燃やすイリュージョン・シープ。

 そしてボォボォと燃え上がるフレムベル・ベビー。

 丁度いいさー! 昼間の獣一匹じゃ、まだまだ燃やし足りないさ!

 

「それじゃあ、任せる」

 

 ギュイーンンン! おやびんの為に! 砂となれーー!! ギュイーンンン!!

 ドリルロイドも絶好調のようだ。

 

 さて、そろそろお手伝い部隊を呼びますか。

 先程選んだもう一枚のカードを前方に掲げる。

 

「召喚! トラップ処理班Aチーム」

 

 そうして現れたのは安全ヘルメットを被った四名の人型。ツルハシやらスコップやらを持っている。

 そう、あくまでも人型である。人間じゃない。

 何しろ人型をした彼らには目も口もなく、服も身につけてない。そして、全身が一色だった。

 

「えっと……お疲れ様です」

 

 つい敬語で声をかけてしまった。

 彼らは人型な上に、人間の、それも何だかくたびれたサラリーマンっぽい雰囲気を全身から漂わせていたからだ。

 

 あ、どもっす。

 トラップはどこでしょう?

 解除! 解除!

 頑張らせて頂きます、すいません。

 

 返事を返す四人。

 しかし……こいつ等ってどう見ても……。

 

「まずは自己紹介、お願いできますか?」

 

 オレっちの名前コイツって言うっす。

 アイツです。よろしくお願い致します、マスター。

 俺の! 名前は! ソイツだ!

 ドイツですぅ、すいません。

 

 青、赤、緑、橙の順に喋るトラップ処理班Aチーム。

 彼ら一人一人は単色だが、全員色が違っていた。

 って言うか、やっぱり彼らだったか……。紙飛行機に乗っているあんちくしょう共だ。

 ステータスを簡易鑑定する。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

トラップ処理班 Aチーム  -炎ー

              ☆☆

【機械族】

       ATK/300 DEF/400

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 あれ? 機械族だったのか? こいつらは天使族だったような気が……。

 まぁ、どうでも良い事は置いといて――。

 

「自己紹介有難う。

 ところで、今回皆さんにやってもらうお仕事はトラップ処理ではありません」

 

 はぁ……そっすか。

 私達にできる事でしたら。

 矢でも! 鉄砲でも! 何でも来い!

 す、すいません。

 

 テンションがまったく違う四人。

 何か、色々と大丈夫か、こいつら? ちょっと心配になってくる。

 

「今あそこで、ドリルロイドが穴を掘っています」

 

 大分土やら岩の欠片やらで盛り上がった穴の入り口付近を指差す。

 

 この爆音はそういう訳っすか。

 ふむ……なるほど。

 俺も! どんどん! 掘る!

 すすす、すいません!

 

 スコップを持って穴へと駆け出す緑色。なぜかひたすらに頭を下げながら、後に続く橙色。

 それらを冷静に見送る赤に、興味なさげに眺める青。

 

「いやいや、待ちなさい君達。掘らんでいいから。

 緑色の方は話を最後まで聞いてくれ。それから橙色の方、意味もなく謝りながら付いて行かないで」

 

 俺は! 穴を! 掘らない!

 ほんっとうにすいません!!

 まったくキミ達は、もう少し落ち着いたらどうです?

 もうほっといていいっす。話しが進まないっす。

 

「はぁ……」

 

 両手でスコップを頭上に上げながらテンションマックスで戻ってくる緑。頭を下げながらそれに続く橙。

 

 何となく彼らの性格が掴めて来た。

 青いのはコイツ。語尾に「っす」。意外と常識人。

 赤いのはアイツ。沈着冷静。叱り役。

 緑色のはソイツ。テンション高し。一応話は聞いてるっぽい。

 橙色のはドイツ。すみません。生まれて来てすみません。

 

「それじゃ、皆さんの仕事を説明するよ。

 あそこに土と岩の破片が大分溜まっているでしょ?」

 

 確かにたくさんありますね。

 俺は! 岩を! 溜める!

 いや、溜めなくていっす!

 すいませんー、今すぐ片付けますぅ~。

 

 おっ、橙色、正解。

 

「皆さんには、あの掘り出される諸々を片付けてもらいます」

 

 彼らと一緒に猫車などの工具類も一緒に召喚されている。

 もしかしたらと思って試しに召喚してみたが、案の定であった。

 これなら楽に岩運びができるだろう。

 

 OKっす。お安いご用っす。

 今片付けてまいりますので、すいません。

 邪魔にならないよう、掘り出された土と岩の破片を運び出せばよろしいのですね。

 俺はー! 岩を! 片付ける!!

 

「宜しく頼むよ。

 じゃあ、早速取り掛かってくれ」

 

 そう声をかけると、それぞれ工具を手に穴へと向かうAチーム。

 と、そこで思い出したように、赤色のアイツがスコップを片手に俺に向き直る。

 

 ところでマスターよ。なぜ全裸なのだろうか?

 おティンティンが! フルフルだ!

 ストリップするには気温が低すぎっす。風邪には気をつけるっす。

 あ、す、すいません、今すぐ行きますぅ。………………フルチンって……ぷっ。

 

「やかましいわ! 早よ行け!」

 

 常に全裸のお前らに言われたくない。

 はぁ……こいつ等を選択したのは失敗だったかもしれない……。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

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未熟なカード使い      -闇ー

               ☆

 

【上位世界人族】

異世界に迷い込んだカード使い。魔力を

消費してカードに秘められた力を解放す

ることが出来る。しかし、その力はまだ

未熟だ。

 

ランクアップ条件

森の生き物を鑑定せよ 0/4

 

魔力 1/7    ATK/80 DEF/50 

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第04話 青い薬

「う……うーん……。うー……う? んー……。

 …………。…………。

 …………あ…………朝か……」

 

「めぇぇ~~」

 

 ようやく起きられましたか、ご主人よ。

 

「……? ……布団が喋ってる…………イリュージョン・シープ?」

 

 のたのたと目を擦りながら起き上がる。よろよろと体についた土を払い落とす。

 すっかり日は昇っていた。

 どうやら俺は眠っていたらしい。イリュージョン・シープを抱き枕にして。

 これぞまさに羊毛100パーセント! ……くだらないこと考えてる場合じゃないな。

 岩の破砕音はもう聞こえないけど、洞窟作りはどうなってるんだろう?

 

「んん、ん~~~~――、はぁ!

 おはよう。フレムベル・ベビー」

 

 大きく伸びをしていると、すぐ近くに浮かぶ炎の子供が視界に入ったので、朝の挨拶を交わす。

 フレムベル・ベビーは自身の体の炎を揺らめかせる。

 

 おはようさー、主! 寒くなかったさ?

 

「うん、全然…………そっか、お前がずっと暖めてくれてたのか。

 ありがとう。寒くなかったよ」

 

 それはよかったさー。

 

 おかげでこっちは薄暗くて作業が遅れたっす。

 スコップ片手に、青の人型がやって来る。その後には著しくテンションの違うお仲間三名の姿もあった。

 

 まぁまぁ、よいではありませんか。ドリルロイド殿のヘッドライトとテールライトで十分対応できたのですから。

 暗い穴で! 俺は! 土を掘る!

 ソイツさん、僕らは運んだだけで掘ってないです。す、すいません。

 

 そう話す彼らの安全ヘルメットにもヘッドライトがついていた。

 なんだかんだで光源は足りてたわけだ。

 

「それで、どうなった?」

 

 洞窟内からはギュイン、ギュッ、ギュギュギュ、ギュイィィン! と途切れ途切れにドリルの音が漏れている。

 

 穴の拡張は少し前に終了致しました。

 今は壁の形を整えてるっす。

 唸る両腕の小型ドリル! 削られる壁のでこぼこ!!

 僕らの仕事が殆どなくなってしまって……すいません。

 

 軽く首を動かし、新造洞窟の周辺を見渡す。

 昨晩、寝る直前には結構な量の土砂がそこかしこに積まれてたが、今はその影も形も見当たらない。

 

「破片とかはどうしたの?」

 

 オレッちは東の方に捨てたっす。

 そんな物! 全て! 西へ!

 すすすいません。全部南の方に運びました。

 それでしたら、北の方角へ捨てて来ましたよ。崖があったので丁度よかったです。

 

 何でバラバラ!?

 

「まぁ、捨ててくれたんならいいや。

 それじゃ次の仕事だ。Aチームは大き目の岩を探して運んで来てくれ。

 それでうまい具合に、洞窟の入り口を隠すように配置して」

 

 なるほど、カモフラージュですね。

 すいません、今すぐ行きます。………………人使いの荒いマスター。

 こら! わがまま言うなっす! 皆さんだってずっと働き通しっす。

 岩をー! 運ぶー! 俺の得意分野ー!

 

「えっと……悪いね。今あまり余裕ないから」

 

「めぇぇ~~」

 

 ご主人よ、戯言だ。気にすることはない。

 そうさー。うちらは主の役に立つことが喜びっさー。

 フォローを入れてくれるイリュージョン・シープとフレムベル・ベビー。

 黒羊は細めた目でAチームを睨みつけ、炎の子供はさり気なく火の粉を彼らに飛ばしている。

 

「ま、まぁ、それじゃあ、宜しく頼むよ」

 

 了解しました。Aチーム、出発しますよ。

 おおおおーーー!

 オレっち、変なこと言っちゃって……何か申し訳ないっす。

 すす、すいません。

 

 そうして、Aチームは岩探しの旅に出発した。

 さて、洞窟の様子が気になるな。

 

「めぇぇぇ~」

 

 一歩踏み出し、歩き出そうとしたところで、横にいる黒羊に止められる。

 ご主人よ、まだ地面に細かい岩の欠片が散乱しております。後程丁稚(でっち)共に片付けさせますので、今は我にお乗り下さい。

 

「うん? ああ、ありがとう」

 

 丁稚って……。

 勧められる通り、黒羊に乗ることにした。もこもこしてて(あった)かい。

 洞窟の入り口へと進むイリュージョン・シープ。炎の子供は後をついて来ている。

 なるべく小さめに作るようにとお願いした入り口だが、出来上がったのはそう小さいものでもなかった。ドリルロイド自身の大きさがそこそこあるものだから、これは仕方ないだろう。

 と言っても、そこまで大きいわけでもない。俺がここを通るには、少し頭を下げる必要があるだろう。そんな程度の大きさである。

 

「ドリルロイド! 入っても大丈夫か?」

 

 大丈夫ッス! どうぞッス! はやくおやびんに中を見てほしいッス!

 入り口から大声を張り上げると、そう返事が返ってきた。

 

「なら行こう。頼むよ」

 

「めぇぇ~」

 

 少しだけ頭を下げ、入り口を騎乗しながら(くぐ)る。狭い通路が約2メートル程続き、それを過ぎると広い内部の空間が俺の前に広がった。

 

「おお! これは!」

 

 注文通り、全体的にかなり広い。そして天井は3メートルくらいの高さがある。きっとドリルロイドが立ち上がって削ってくれたんだろう。

 

 ここッス、おやびん!

 ヘッドライトをチカチカさせながら、手――勿論小型ドリルのことだ――を振るドリルロイド。

 因みにヘッドライトは目そのものだった。あれで見えてるんだろうか?

 

「ああ、一晩中もお疲れ様………………って、なんじゃこりゃあ!!!!」

 

 ドリルロイドの背後の壁――そこにある、一面になされた彫刻の浮き彫りが俺の視界を埋め尽くした。

 植物らしき柔らかい曲線模様の中、ドリルロイド、イリュージョン・シープ、フレムベル・ベビー、そしてトラップ処理班Aチームの姿がエキゾチックな画風で彫られていた。

 芸術性、高っ! ドリルロイドが掘ったのか!? さすがに吃驚仰天だよ!

 

 ふっ、つい創作意欲が爆発したッス。

 ギュインッと上に向けた手のドリルを一回転させるドリルロイド。

 中は下っ端共に綺麗に片付けさせたッス。おやびんが下りても大丈夫ッスよ。

 

「お、おう、そうか」

 

 未だ驚きから回復しない硬直した思考のままイリュージョン・シープから降り、冷たい岩の地面を踏む。

 地面はほぼ平らに削られていて、よほど綺麗に掃除したのか、小石もほとんどなかった。……なるほど、これはいい。

 

 食料はあそこに運ばせたッス。

 腕である小型ドリルの指す方に目を向けると、非常食が壁の隅に積まれていた。

 彫刻も後ちょっとで完成ッス。最後までやっていいッスか?

 

「ああ、ならお願いするよ」

 

 ありがとッス。作品を完成させるッス! 頑張るッス!

 

「が、頑張れよ」

 

 もう一度壁一面に広がる彫刻に目を向ける。

 チュイン、ギュッギュイン、ギュギュ、ギュイーン!

 腕の小型ドリルで精密作業をするドリルロイド。

 

 …………。

 …………。

 ……。

 ……さて――。

 

「朝食でも食うか……」

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 おいしい缶詰朝食の後。

 やることもないので、ドリルの音をBGMにして寛ぐ。

 25畳ある洞窟の上空中央にフレムベル・ベビーを配置したことで、洞窟内は一気に明るくなった。これで光源問題が解決されたと同時に暖房問題も解決したことになる。

 しばらく手持ち無沙汰にボリボリ乾パンを齧っていると、Aチームが報告に帰って来た。

 

 持ってきたぞー!

 足りないんですね、すすすすいません、今すぐ追加をお持ちします。

 待つっす。マスターはまだ何も言ってないっす。

 全部で八つ持って参りました。適当に入り口付近に並べておきましたので、後ほどお確かめ下さい。

 

「おう、お疲れ様ー」

 

 そう言いながら腰を屈め、洞窟の入り口から外に顔を出す。

 俺の身長の三分の二程ある岩が八つ。それらは入り口を塞がずに、しかしぱっと見洞窟に気づかせないよう、うまい具合に配置されていた。

 

 洞窟内に戻り、Aチームに対しGood! のサインを送る。

 

「ナイスだ!

 とりあえずこれで仕事は終わりだ。後はゆっくり休んでてくれ」

 

 ふぅ……と一息つくAチーム。

 ギュイン、ギュイン、ギュイィィイン!

 下っ端共、休む前にここを片付けるッス。新しく掘った分の土砂が散らばってるッス。

 

 ええー、マジっすか? ドリルロイドさん、マジ鬼畜っす。

 は、はいすいません! すぐやります! ……………………もう、死ねばいいのに……。

 仕事はー! まだまだ! 終わらない!

 ほら、皆さん。愚痴ってもしようがないです。始めますよ。

 

 バンバンと手を叩くレッドのアイツに先導され、だるそうにドリルロイドの芸術から生み出された廃棄物を片付け始めるチームA。

 いつの間にやら、モンスターの間にヒエラルキーができてる……。

 

「……まぁ、ガンバレ」

 

 何はともあれ、これで住居は完成した。

 ここまで賑やかだとついつい忘れがちになるが、俺は今絶賛遭難中でピンチ中なのだ。これからは魔力をやりくりしながら、ここから脱出する糸口を見つけ出さねばならない。

 間もなくこの世界に来て24時間だ。ルールにはこうある。

 

 ――カードの効果は二十四時間経過することにより消失する。

 

 それは昨日使ったカード効果の消失、つまりイリュージョン・シープとフレムベル・ベビーの消失を意味する。

 

 ステータスを開く。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

未熟なカード使い      -闇ー

               ☆

 

【上位世界人族】

異世界に迷い込んだカード使い。魔力を

消費してカードに秘められた力を解放す

ることが出来る。しかし、その力はまだ

未熟だ。

 

ランクアップ条件

森の生き物を鑑定せよ 0/4

 

魔力 1/7   ATK/80 DEF/50 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 残る魔力は1。

 これは暖をとる為に、フレムベル・ベビーの再召喚に当てなければならない。

 と言うことは結局のところ、本格的な活動は明日からになる。

 食料と水の問題もある。非常食はまだ残っているが、昨日からまともに水を飲んでない。もうつばに粘性が出来るほど、口の中が乾いていた。

 水場を探してフレムベル・ベビーで沸かして飲むのもありだが、それにしたって探索専用のモンスターが必要だ。

 

「水は……明日まで我慢だな。一応非常食の中にも魚の缶詰スープとかあるし……」

 

 塩分ハンパないけどね!

 

 こうして考えると、水やら食料やら、結構最低限生き抜くのに必要な魔力が多いな。

 ここは一度、毎日の必要不可欠な魔力消費をまとめてみよう。

 まず非常食に1。

 そして多分、水にも1。

 暖房にフレムベル・ベビーで1。

 護衛に3。いや、万全を期すなら4……かな?

 

 あれ? これだけで消費は7だ。

 最大魔力全部じゃん。

 

「これは……早期のランクアップは必須だな」

 

 いっそのこと竜を召喚してどっかの町まで乗ってくか?

 いやいや、何考えてんだ俺は。

 地上ですら凍えそうなのに、まっぱで空に上がったら凍死するわ!

 ……なら……、残る脱出方法は徒歩。

 このジャングルが一日二日で抜け出せる程度の狭さであると、さすがの俺もそう期待できるほど天然さんじゃない。地球におけるアマゾンの熱帯雨林の面積は550万平方キロメートル。日本の総面積の約14.5倍だ。今いるここがそうじゃないと誰が保証してくれる。

 

「長期戦になりそうだな……」

 

 まずはランクアップだ。

 今日たらふく食って、明日は水だけ出そう。護衛もレベル3のモンスターを出して、残る魔力2をランクアップ条件の森の生き物鑑定に使おう。考えてみればこれはこれで丁度いいミッションだ。なにしろこの森の動物の能力はまだ狼一種類しか調べてない。近場の動物の能力を把握すれば、どの程度の護衛をつけるべきかも分かる。それが()いては魔力の節約にも繋がるはずだ。

 

「めぇぇ~~」

 

 ん?

 

「どうした?」

 

 抱き座布団にしていたイリュージョン・シープに聞き返す。

 

「めぇぇぇ~」

 

 ご主人、そろそろお別れの時間です。

 名残惜しそうな目で俺を見るイリュージョン・シープ。

 最初は怖いと思っていたこの赤い瞳も、今は見ていて何だか安心できる。

 

「ああ……そっか」

 

 やけに長く一緒にいたような気がするが、ほんの24時間の付き合いだった。

 内容が濃かったからな……。

 

「しばらく戻って休んでろ。また今度呼び出す」

 

「めぇぇ~~」

 

 無理をせずにご自分の命を優先してください、ご主人。我の召喚は余裕のある時で十分です。

 

「……そうか。

 色々ありがとう。世話になった」

 

「めぇ~……」

 

 では……。 

 

 そう言って――

 イリュージョン・シープは消えた。

 現れた時と同じように。

 何のエフェクトもアニメーションもなく、カードだけが地面に残されていた。

 

 ……。

 本当にお疲れ様。

 ………………。

 …………。

 ……。

 

「はっ!」

 

 羊毛座布団が無くなってしまったぞ!

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 再び今は深夜の0時だ。

 時計のない俺になぜそれが分かるかと言うと――

 

「……よし。

 魔力が回復した」

 

 まぁ、こういう訳だ。

 

 あの後順当に消えていったフレムベル・ベビーを再召喚し、後はごろごろと巣の中で寝て過ごした。地面は堅くて冷たいが、体温をさらに上昇させたフレムベル・ベビーのおかげで丁度いい涼しさとなっている。

 フレムベル・ベビー……まさに一家に一体ほしい暖房モンスターである。

 

 昨晩洞窟を掘る為に延々と轟音を鳴らしたおかげか、大型の動物ところが小動物さえこの近くに寄ってこない。そういう訳で、ドリルロイドの戦闘力が無駄になってしまった。

 そして気がつけば、壁には一面の彫刻が……。……。……。……。……。どんだけ~~。

 ギュイッ、ギュイィン!

 まだ掘り込む余地は残してあるッス。今後のインスピレーションに乞うご期待ッス。

 

「そっすか」

 

 あっ、そろそろ時間ッス。あっしも消えるッス。

 

「お、もうか。

 この洞窟を作ってくれて本当にありがとう」

 

 壁一面の浮き彫り彫刻を見る。

 

「お前がいなかったら、こんな豪華な住処を作れなかった」

 

 正直蛇足な気がしないでもないけど……。

 ギュイィィイン!

 へへ、照れるッス。また今度呼んでほしいッス。残りを仕上げるッス。

 

「ああ、正直多分別の場所でと思うけど、絶対にまた呼ぶよ」

 

 それでもいいッス。さらばッス!

 

 ドリルロイドは消え、彼のいた場所には一枚のカードがぽとりと落ちる。

 それを拾い、スーツケースに納めた。 

 

 さて、飲み物を召喚しようと思う。

 初めは洞窟内にエレメントの泉を召喚しようと思っていた。

 だがしかし、エレメントの泉を鑑定してびっくり!

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

エレメントの泉        ー魔ー

        【魔法カード・永続】

 

フィールド上に存在するモンスターが

持ち主の手札に戻った時、自分は500

ライフポイント回復する。

 

           消費魔力 6

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 消費魔力6とか……。

 まぁ、いい。イラストに描かれてる泉も何か光ってるし、正直飲めないかもしれないし……。

 

 じゃあ、泉つながりで天空の泉はどうだろうと思った俺。

 イラストには空に浮かぶ浮き島に、その中央にある神々しい泉。

 これはひょっとしたら浮き島ごと召喚か? まぁ、絶対たらふく魔力を食うだろうなと考えながら鑑定。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

天空の泉          ー魔ー

        【魔法カード・永続】

 

光属性モンスターが戦闘によって破壊

され自分の墓地へ送られた時、そのモ

ンスター1体をゲームから除外する事

で、そのモンスターの攻撃力分だけ自

分のライフポイントを回復する。

 

           消費魔力 18

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 はっはっは。18消費だよ。

 いつになったら使えるんだよって話。

 

 こうして残った候補は二つ。

 レッド・ポーションとブルー・ポーションだ。

 それぞれを鑑定した結果がこれ。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

レッド・ポーション      ー魔ー

           【魔法カード】

 

自分は500ライフポイント回復する。

 

           消費魔力 1

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

ブルー・ポーション      ー魔ー

           【魔法カード】

 

自分は400ライフポイント回復する。

 

           消費魔力 1

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 両方共に消費魔力は1。後は好みの問題だ。

 イラストを見る限り、レッド・ポーションはフラスコに入った気泡立つ毒々しい赤色。

 一方、ブルー・ポーションは壺からグラスに注ぐ場面が描かれている。色は青だが、まぁ、水に見えないこともない。

 

 あ、どもっす。お疲れ様したー。

 お疲れ様でした。

 俺! 魔力切れ! 帰還!

 すいません、帰ります、すいません。

 

 このどちらかを選ぶなら、俺は断然ブルーの方にする。

 正直、飲むのに勇気がいるレッドはちょっと……。

 

「と言うわけで、魔法ブルー・ポーション、発動!」

 

 手の中からカードの感触が消える。そして――。

 

「ほうほう、壺ごと出たか。しかもグラス付きとは」

 

 それじゃあ、さっそく。

 壺を持ち上げ、グラスに中身を注ぎこむ。

 やはり青色だ。まぁ、ソーダ飲料とか、ブルーハワイとか、こんな色の飲み物なら以前にも飲んだことはある。そのせいかあまり抵抗はない。

 

「いただきまーす」

 

 正直、もはや(つば)も出ないくらいに喉はカラカラだ。

 およそ35時間ぶりの飲み物である。

 

「ゴク、ゴク、ゴク、ゴク、ゴク、ゴク、ゴク、ゴク、ぷはーーーー!」

 

 うん! 何って言うのかな? 栄養ドリンク? リポビタン的な?

 それを薄めたやつ。

 いっぱい飲んだら鼻血出そう。そんな感じの。

 

「うん! 全然飲めるな! よし! もう一杯!」

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

未熟なカード使い      -闇ー

               ☆

 

【上位世界人族】

異世界に迷い込んだカード使い。魔力を

消費してカードに秘められた力を解放す

ることが出来る。しかし、その力はまだ

未熟だ。

 

ランクアップ条件

森の生き物を鑑定せよ 0/4

 

魔力 6/7    ATK/80 DEF/50 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼




 主人公、地味に八方塞り。


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第05話 顎ドラゴン

 傷が治った。

 

 初日にここまで移動した際、木の枝などで体のあちこちに擦り傷を作ったのだが、それらが今、跡形もない。

 

「……さすがブルー・ポーション。ライフ400回復は伊達じゃない……か」

 

 さて、喉も潤ったことだし、そろそろ寝ようと思う。

 

「フレムベル・ベビー、野生動物が近づいて来たらすぐに起してくれ」

 

 了解さー! 主は安心して寝るさ!

 体の炎をゆらゆらさせるフレムベル・ベビー。

 

「頼むよ」

 

 地面に体を横たわせる。…………羊毛の抱き枕が恋しい。

 緊急時の為のモンスターカードを何種類か頭の横に置き、俺は目を閉じる。

 

 これで二日目も終了だ。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

「う……ん。朝……」

 

 上半身を起し、大きく伸びを一つ。

 

「はぁーーぁ…………トイレ……」

 

 排泄欲求が脳を満たす。……外に出て小用を足そう。

 おはようさ、主。

 

「うん、おはよう」

 

 フレムベル・ベビーは今朝も元気にエアコンの代わりをしてくれている。

 手で目を擦りながら立ち上がる。

 …………よしっ。大分頭がすっきりしてきた。

 まずは護衛モンスターを召喚しよう。用を足すにも護衛がいないと心許ない。

 

「レベル3でなるべく強いの……。ついでに空も飛べればいいかな」

 

 ……うん、それならこいつが最適だろう。

 昨晩用意した緊急時用カード群の中から目当ての一枚を取り出す。

 カードに書かれたステータスはこうだ。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

ハウンド・ドラゴン     -闇ー

              ☆☆☆

【ドラゴン族】

鋭い牙で獲物を仕留めるドラゴン。

鋭く素早い動きで攻撃を繰り出すが、

守備能力は持ち合わせていない。

      ATK/1700 DEF/100

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 レベル3で攻撃力1700もあるドラゴン種である。レベル3通常モンスターデッキで大分世話になった一枚だ。

 

「フレムベル・ベビー、ついて来て」

 

 外に向かうことにする。

 何しろハウンド・ドラゴンの大きさがよく分からない。ここで召喚して外に出られないなんてことになったら、流石に間抜けすぎる。

 

「うっ、さむっ」

 

 寒波が身を襲う。

 洞窟の中があまりにも快適なおかげで、外が極寒だったのを忘れていた。

 実際のところ、気温何度くらいあるんだろう? 氷点下までは行かないと思うけど……2、3℃程度かな?

 

「速いとこ済ませちゃおう……。ハウンド・ドラゴン、召喚」

 

 バサッ、バサッ、バサッ!

 二回、三回と小ぶりの翼をはためかせ、ハウンド・ドラゴンは入り口を隠す八つ岩の、その一つの上に降り立つ。自然と俺を見下ろす形になる。

 

 

「ギャオオォォォン!」

 

 あんたが俺のマスターか。俺は何をすりゃいい?

 ハウンド・ドラゴンは曲刀のように大きく尖った(あご)を突き出し、俺に問いかける。

 予想よりも小さなドラゴンだった。

 全身は黒い鎧のような鱗に覆われ、手足の爪はまるで刃物のごとく鋭く銀色に光っている。その尾の先端には戦斧の刃が生えており、鈍い光を反射していた。

 全体的に細いが、とても攻撃的なデザインをしている。

 

「この洞窟の天辺(てっぺん)で辺りの監視を頼みたい。そして何か脅威に相当するものが近づいて来たら、俺に報告してほしい。場合によっては排除も頼むつもりだ」

 

 彼らモンスターが俺に語りかける声は何と言うか、言わばテレパシーみたいなものである。それは屋根を経たてたくらいでも十分伝わる。

 

 オッケー! へへ、はやくなんか来ねぇかなー。ぶっ殺すのが楽しみだぜ!

 尖った顎をぐいぐい持ち上げ、尻尾の戦斧でバンッ! と岩の表面を叩く。

 見た感じ、随分と好戦的な奴っぽい。

 

「後当たり前だけど、俺を守ることを優先してね」

 

 ハハッ、了解、了解ー。

 お前、ちゃんと分かってるさ? 主の命令を守るっさ!

 はっ、うっせぇよ、火のカス如きが! 俺様に指図すんじゃねぇ!

 お前! 喧嘩売ってるさ!?

 

「おい、お前ら」

 

 ……ヘッ、マスターの命令は守るよ。

 そう言いながら、(あご)ドラゴンはバッサバッサと洞窟の頂上へと飛んでいった。

 う~ん、DQNタイプか……。

 

 うぅ~~、寒い。さっさと用を足して戻ろ。

 

 

 

 

 帰りに、トラップ処理班Aチームのカードが洞窟内の端っこに落ちてるのを見つけた。

 

 …………。…………。…………そう言えば……。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 主! 主!

 

「ん? んん~~。……どうした?」

 

 目を擦る。

 あの後洞窟に戻り、俺はすぐに二度寝を始めた。勿論惰眠を貪るのが目的じゃない。

 今日は非常食を出す分の魔力を鑑定に使おうと予定している。そして昨日出した非常食はすでに魔力切れで消滅していた。

 そう、俺は省エネの為に眠っていたのだ。

 ……腹ペコをごまかす為に寝たとも言う。

 

 もうすぐオレが消える時間さ。再召喚をお願いするっさ。

 

「ああ、そういうことね。OK、分かったよ」

 

 ヒャッハー! 俺の爪の餌食になりな!

 外からハウンド・ドラゴンのテレパシー的音声が聞こえる。やけに声のでかい思考が全て駄々漏れである。

 あいつ、近くに寄ってくる小動物を殺しまくってるさ。本当にあいつに任せて大丈夫さ?

 苦言を呈する炎の子供。

 お前ぇも中々美味ぇじゃねぇか! ハハッ、血の味は甘露の味!

 

「う~ん…………。一応狩った獲物はちゃんと喰ってるみたいだし……まぁ、あれくらいならいいんじゃないの?」

 

 主は甘いさ! あれはいつかや――

 

 あ、時間切れだ。

 フレムベル・ベビーはカードに戻り、ひらひらと舞い落ちる。

 目の前に落ちてきたところで、パシッと掴み取る。

 

「フレムベル・ベビー、召喚」

 

 ――らかすさ!

 

「えっと……うん、お帰り。

 まぁ、とりあえず様子を見よう。どうせ今日はもう新しいモンスターを召喚する魔力がないし」

 

 フレムベル・ベビーを再召喚して、ただ今の魔力、残り2である。

 

 とりあえず主が叱っておくさ。アイツは主の言うことなら聞くさ。

 

「そう……だね」

 

 ここは忠言を聞いておくとしよう。洞窟入り口に向かう。

 頭を外に出し、灰色の小動物を解体するハウンド・ドラゴンに呼びかける。

 

「お~い! 狩りも程々にしといてくれ! あんまり無駄に暴れるなよ~!」

 

 ヘ~~イ。

 詰まらなさそうにそう言いながら片爪で獲物を掴み、洞窟の天辺へバッサバサと飛び戻る顎ドラゴン。

 とりあえずこれでいいかな。う~~寒い寒い。

 

 洞窟内に戻り、ブルー・ポーションを一杯。……プハー!

 壺で召喚されたのがありがたいね。一日分以上の量があるよ。

 さてさて、ランクアップ条件の消化に勤しみますか。

 

 今回のランクアップ条件は森の生き物に対し、合計四回鑑定することだ。簡易鑑定でなく魔力を消費する鑑定なので、今日と明日で二回に分けて行おうと思う。

 

 目を瞑り、集中。生き物の気配を探知する。

 細かい小さな気配は数多くあるが、これは多分虫とかだろう。せっかく魔力を消費して鑑定するんだ。ここはできれば、脅威になりうる中型動物以上の気配が望ましい。まぁ、もちろんここは異世界なので、アニメみたくやたら強い小動物が存在することを完全に否定できないが……。

 

「でも常識的に考えて、大きいのからだな」

 

 ――――

 ――

 半径80メートル内に目標とする動物の気配はない。

 因みにこの半径80メートル――正確に測ったわけじゃないので推測でだが――と言うのが、俺がとっさの状況でも使える気配探知の効果範囲だったりする。

 あくまでとっさの状況で80メートルなので、落ち着いた場所で集中すれば、もっと探知範囲を広げることも可能だ。

 そんな訳で、さらに意識を集中し、前方にレーダー範囲を広げていく。

 薄い粘土を一つの方向に向けて、更に薄く、長く伸ばしていく感覚。

 ――100メートル、120、140、160………………さっそくいた。

 探知した気配は中々大きい。

 

「鑑定、開始」

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

川辺に潜む大蜘蛛      -水-

              ☆☆

【昆虫族】

川辺に巣を張る大蜘蛛。川魚を狙う

鳥や熊を罠にかけ、捕食する。

       ATK/650 DEF/300

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 うわぁ……蜘蛛か……。いやだな……。

 そしてあっちには川があると。これはいい情報を手に入れた。まさに棚から牡丹餅。

 

「次はこっちにしよう」

 

 右に向けて座りなおし、再び目を閉じて前方に気配探知。

 80メートル、90……っと、すぐにいたな。

 

「――ステータス鑑定」

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

ヤクト・ウルフ       -地-

               ☆

【獣族】

       ATK/300  DEF/80

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲ 

 

 

 あれ? ヤクト・ウルフだ。しかも魔力を消費しない簡易鑑定になってる。

 ふむ、なるほどなるほど。

 ヤクト・ウルフは初日に一度鑑定したことのある動物だ。つまり、一度鑑定した動物は簡易鑑定ができるようになると。

 

「ならこいつはパスして、また別のを探そう」

 

 そのまま鑑定範囲を更に先に延ばす。すぐ近くに同じような気配を二つ見つけるが、多分これもヤクト・ウルフだろう。

 …………140メートル、160、180、200、210…………これだ。

 

「鑑定」

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

陰影の虎          -闇ー

              ☆☆☆

【獣族】

森に潜む大虎。体の色を周囲に同化

させ、影から獲物に痛恨の一撃を与

える。

       ATK/900 DEF/700

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 これは……結構強いんじゃないのか? フレムベル・ベビーじゃステータスが負けてるし。

 しかも周囲に同化って……出会わないことを祈る。

 ……でも……俺なら近くに寄れば、気配探知で分かりそうだな……。

 

「ふぅ……こんなもんかな。ステータス、オン」

 

 最後に自身のステータスを開く。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

未熟なカード使い      -闇ー

               ☆

 

【上位世界人族】

異世界に迷い込んだカード使い。魔力を

消費してカードに秘められた力を解放す

ることが出来る。しかし、その力はまだ

未熟だ。

 

ランクアップ条件

森の生き物を鑑定せよ 2/4

 

魔力 0/7    ATK/80 DEF/50 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 見事に魔力が0となっていた。

 今日はもうできることがない。また省エネ睡眠を再開するとしよう。

 

「それにしても、半径200メートル内に大型動物がこんなにいるとは……」

 

 ヒャッハー! 狼ごときがマスターの寝座(ねぐら)に近づくたぁいい度胸だな! なます切りにしてやるぜ!!

 

「ま、あいつが居れば安全か……」

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 時間は無為に流れ、四日目の朝が始まる。

 目を覚ますと、目の前に(あご)ドラゴンがいた。

 

 へへっ。もうそろそろ魔力が切れるからよぉ。再召喚してくれよ。

 だからお前はもう少し口の利き方に注意するさ! 主に無礼さ!

 うっせぇな! 俺はマスターに話しかけてんだ!

 

「……はいはい、再召喚ね。

 とりあえず喧嘩をやめなさい……」

 

 へへへへ、頼むぜぇマスターよぉ。まだ暴れたりな――

 

 ……あ、カードに戻った。

 ひらりと地面に舞い落ちるカードを拾い、機械的に召喚呪文的なものを唱える。

 

「ハウンド・ドラゴン、召喚」

 

 まぁ、別に唱えなくても召喚はできるけどね。

 おおっ! 再召喚してくれたのか! ありがとよ、マスター!

 

「ほいほい……外の見張りに行って来なさい」

 

 おう! 行って来るぜ!

 

 さて、今日も一日が始まる……って当たり前だ。何言ってんだ、俺?

 うぅ……頭が痛い。これは間違いなく寝過ぎたせいだ。いくらやることがないからって、昼も夜も寝るもんじゃないな。

 主、おはようさー!

 

「ああ、おはよう。

 ――非常食、召喚」

 

 朝食の為に非常食を召喚する。深夜0時を跨ぎ、すでに魔力は全回復している。

 ……あっ、さっき顎ドラゴンを再召喚したから3減ったか……。そんで今1減って魔力は残り3。

 昼にフレムベル・ベビーの再召喚も必要だからさらに1減る予定だ。

 しかし、後鑑定二回でランクアップして最大魔力が1増える。その際に魔力が1ポイント回復するので、このまま行けば夜にはブルー・ポーションが出せそうだ。

 

「まずは朝食だな。

 さ! 30時間ぶりの食事だ! 今日の缶詰は何が出るかな?」

 

 だから狼ごときがマスターの寝座(ねぐら)に近づくんじゃねぇよ! ヒャッハー!!

 

 

 

◇◇◇◇

 

 食事が終わり、洞窟内で(くつろ)ぐ。

 暇なので、壁一面の彫刻を鑑賞する。初めは一角だけを掘っていたドリルロイドだったが、そのうち興が乗ってきたみたいで、結局壁の7割方に彫刻を施していた。何がすごいかと言うと、あの掘り込む速さがすごい。たった一日で壁一面とか、プロの彫刻家でもできないだろう。

 

「まぁ、見る人は俺しかいないけどね……」

 

 おやびん第一のドリルロイドにとって、それこそ望むところだったかもしれないが……。

 

 テメェ! 俺の頭上を飛ぶたぁいい度胸だな! ぶっ殺すっ!

 外から聞こえるチンピラ風の思念。何かもう慣れてきた。

 顎ドラゴンは近づく全ての動物に因縁をつけ、マスターへ害を及ぼす可能性があることを口実に喧嘩を吹っ掛けている。……と言うか、一方的に襲い掛かっている。

 声を聞く限りにおいて、どうやら狼が一番多いらしい。

 

「そろそろもう一度説教しとくか……」

 

 うおっ! 避けやがったな! だが俺にはまだ尻尾のぐっ

 

「…………。…………ん?」

 

 沈黙。

 

「…………。

 …………。…………え?」

 

 ハウンド・ドラゴンの声が……途切れた?

 身震いを一つ。

 嫌な予感がする。これは……多分ないとは思うが、ひょっとして――

 

 主、気をつけるさ! 不良がやられたさ!

 いつもよりさらにメラメラと燃え上がるフレムベル・ベビー。

 攻撃力1700が負けた!? マジで!?

 

 慌ててスーツケースの上に乗せてあるカードの元へ。

 使えそうなカードはすでにまとめてあり、その内の何枚かを手に取る。

 俺の残り魔力は3。レベル3までのモンスターなら、もう一度召喚できる。

 気配探知に集中しながら身構える。相手は空を飛んでいるようで、この大岩を中心にぐるぐると旋回している。

 

「………………」

 

 どうやら探し物をしているようだ。……いったい何を?

 

「フレムベル・ベビー、お前らはやられたら、どうなる?」

 

 どうにもならないさ。ただ何も残らず、消えるだけさ。

 顔を敵がいるはずの宙に向けたまま、そう答えるフレムベル・ベビー。

 

「……なるほど。仕留めたハウンド・ドラゴンが消えたから探してるのか」

 

 多分……それが正解だと思うさ。

 

「ふぅ……」

 

 張り詰めていた緊張の糸を緩める。向こうは空を飛ぶ生き物だ。きっとここまで入って来ないだろう。

 そして、そのまま二分程経過した。

 さすがに諦めたのか、空にいる気配が徐々に遠ざかって行くのを感じ取れた。

 あ、そうだ。射程範囲外に飛ばれる前に――

 

「鑑定!」

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

猛襲する大鷲        -風ー

              ☆☆☆

【鳥獣族】

一里先から敵を見つけ、正確無比な攻

撃で命を刈り取る。その眼球は薬の材

料として高額で取引されている。

       ATK/1000 DEF/400

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 えっ――

 

「ええーーーー!?」

 

 主、どうしたさ?

 フレムベル・ベビーはいつもの調子に戻り、定位置でふわふわと浮かんでいた。

 

「だって、あれ、攻撃力が1000しかなかったよ!

 何でハウンド・ドラゴンが負ける訳!? 攻撃力1700もあるんだよ!?」

 

 あいつ、装甲が紙くず並みさ。オレでも当てれば簡単に倒せるさ。

 え? ええっと……確かハウンド・ドラゴンの防御力は――

 

「そう言えば……防御力100だったような……」

 

 ええー……。

 

 大方攻撃を避けられて、カウンターを喰らったさ。調子に乗るからさ。

 まじですか……。

 真面目にやれば大抵の攻撃が避けられるのに、馬鹿さー。

 呆れた風に言うフレムベル・ベビー。

 

「護衛がいなくなったよ……。不安なんだけど……」

 

 大丈夫さ。この洞窟の入り口はあそこだけさ。入りこむ奴にオレが炎を浴びせるさ。それで大抵なんとかなるさ。

 やる気満々に燃える炎の子供。

 

 まぁ、後悔しても仕方ない。今回のことで色々反省すべき点も見つかった。

 とりあえず、今日の護衛はフレムベル・ベビーに任せるしかない。

 

「はぁ……」

 

 地面に座り込む。

 

「疲れた……」

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 フレムベル・ベビーの再召喚を果たしたお昼頃。

 これで俺の残り魔力は1。だが猛襲する大鷲を鑑定したおかげで、ランクアップまでに必要な鑑定回数も後一回だ。

 

「よし! さっさとランクアップを果たしちゃおう」

 

 今回はついでに実験を一つ兼ねたいと思う。俺の探知能力がどこまで行けるかの実験だ。

 

「昨日、200メートル超えたしな……よし」

 

 胡坐(あぐら)をかく。

 特に意味はない。この方が集中できる気がしたからである。

 まぁ、ようするに気分だ。

 

「行くか……」

 

 目を瞑り、探知の触手を伸ばす。

 100メートル……120、140、160、180、200――

 

 ここから少し難しくなる。更に神経を集中させる。

 210、220、230、240、250、260、270、280、290――

 

 まだまだ、行けそうだ。

 300、310、315、320、325、330、340、350、355、360――

 

 く、段々ときつくなる。伸びしろが短くなっていく。

 400、402、405、408、412、413、418、430、432、438、445――

 

 ふんならばっ!!

 501、503、504、506、507、508、510、511、513、514、515、516――

 

 根性ぉー!

 601、602、603、604、605、606、607、608、609、610、611、613、614――

 

◇◇◇◇

 

 997、998、999、1000――

 もうこれを始めてから二時間は経つ。そしてついに1000メートル。1キロメートルの大台に乗ったのである。

 

「ふ……うっ」

 

 喋る余裕もない。よし、次に見つけた動物を鑑定して終了しよう。

 1022、1023、1024、1025、1026、1027――

 

 ……くそ……こんな時に限って見つからなかったりするし……。

 1059、1060、1061、1062、106…………よし、いたー! お前に決めた!

 

「ぁ、こ、かん、定」

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

ミオ族の狩人 アリア    -地ー

               ☆

【戦士族】

多彩な毒を使い分ける。矢に塗り、

獲物を狙い打つ。

       ATK/300 DEF/100

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

 

 

「は…………はぁ、はぁ、はぁ――」

 

 お、終わった。は……はは。

 

「ははははは……。

 はははははは――」

 

 多分だが、多分これは……これはきっと――

 

「人間キターーーーーーーー!!!!」

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

未熟なカード使い      -闇ー

               ☆

 

【上位世界人族】

異世界に迷い込んだカード使い。魔力を

消費してカードに秘められた力を解放す

ることが出来る。しかし、その力はまだ

未熟だ。

 

ランクアップ条件

森の生き物を鑑定せよ  Clear

魔力の最大値が1アップしました。

 

知的生命体と接触せよ 0/1 

 

魔力 1/8    ATK/80 DEF/50 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼



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第06話 隼と目玉

 外は無明地獄。この時間帯は虫の鳴き声すら聞こえない。

 戦死したハウンド・ドラゴンの為に手を合わせる。

 フレムベル・ベビーの話によればカードごと消えたらしいので、墓を作ってあげることすらできない。だからせめてこれくらいはと、黙祷を捧げているのだ。

 

 ……ありがとう。そしてすまない。

 喧嘩っ早い奴だったけど、その行動の根源は「俺の為に」であった。結局のところ、彼は俺の為に戦い、俺の為に死んでいったのだ。

 

 主、余り気にすることないさ。うちらは主の魔力で作られてるさ。主の為に働くのも、そして戦って消えるのも当然さ。むしろ本望さ。

 

 俺を慰めようとするフレムベル・ベビー。

 その言葉の中に初めて聞く設定を見つけ、興味を覚える。

 え? 何? 魔力で作られてるって?

 

「俺の魔力がお前らを作ってるのか?」

 

 そうさ。うちらの大本となってる物は主の魔力で作られてるさ。

 

「大本? 意味がよく分からないんだけど。召喚する時に使う魔力のことだよな?」

 

 それとはまた別さ。大本って言うのはカードのことさ。

 フレムベル・ベビーはスーツケースを指差す。

 

「ん? どういうこと?」

 

 そのスーツケースにあるカードは全て主の魔力で作られてるってことさ。それを作ったせいで、主はこんなに弱体化してるさ。

 

「え? 弱体化してたの? 俺って。

 と言うかやけに詳しいみたいだけど、この際だから知ってること全部教えてよ」

 

 詳しいわけでもないさ。オレに分かるのはオレの本体は主が作ったってことと、主は本来もっとすごい力を持ってたってことくらいさ。

 誇らしげに話すフレムベル・ベビー。

 すごい力って……元末期がん患者に何言ってんだか。

 

「う~ん……俺の元々持ってた力って部分はよく分からないけど、カード自体が俺の魔力でできているってのは分かったよ。

 後、慰めてくれてありがと。これからはなるべく君らを死なせないように頑張るよ」

 

 それもいいことさ。うちらの存在は主の力そのものさ。できるだけ失わないよう注意すべきさ。

 

 そう諭す炎の子供に、どうしてか違和感を覚える。

 彼は俺が力を失う要因になるから、なるべくモンスターを死なせないよう注意すべきだと言っている。そこに自分達の命を勘定に入れていない。

 これは忠誠なのか? それとも――――。

 

「なぁ……、お前らって……生きてるのか?」

 

 最初の頃からずっと思い続けていた疑問をぶつける。

 気になり続けていたことであり、そして……できれば知りたくないことでもあった。

 

 ――生きてないさ。

 何てことのないように言う炎の子供は、静かに揺らめく。

 

 この人格も全部擬似的なものさ。主は本当の意味で、うちらの命を心配する必要なんかないさ。

 

「…………、」

 

 死ぬことに恐怖を覚えないし、主以外の死に対しても何とも思わないさ。

 うちらが恐怖を覚えるなら……それは一つだけさ。主の役に立てなくなることさ。

 生きている炎は……生きているように見える炎は、そう続ける。

 

 だから……主はここに(こも)っちゃいけないさ。同じ人を、同じ生きてる命を探しに行くべきさ。

 

「…………。

 ………………そうか」

 

 心の中を見抜かれた気分になった。

 昼間に人間らしきものを鑑定で見つけ、興奮を覚えたのはまだ記憶に新しい。たが、俺はそれらと接触する為に行動を始めるべきか、未だに悩んでいた。 

 まだ四日目とは言え、ここでの生活にも慣れ始めている。

 便利とはいえないが、快適な住居。周辺の野生動物の強さも徐々に分かって来たし、食べ物も水も魔法で出せる。そして……話し相手だっている。

 小さな世界だが、安全な世界だ。ここに全てはないが、必要なものはある。

 この安心できる巣穴から、わざわざ危険溢れる大海原へ出る必要はまったくないように思えたのだ。

 

「そうだな……」

 

 人は一人では生きられない。寂しさに耐えられないからだ。

 うさぎじゃないが、寂しさで人は死ぬ。例え肉体的に生きていても、精神が死ぬのである。

 だから人は仲間を求め合う。コミュニケーションを欲する。

 俺は無意識に召喚したモンスターをその相手として代用していた。だが正に今、そんな行為はまやかしであると、そう言外に告げられたのである。

 

 ――初心に帰ろう。

 まだ四日しか時間は経過してないが、初めの頃の気持ちを思い出すべきだ。

 この何だか分からない場所へ放り出された時の気持ちを。

 ここから脱出し、人に会いに行きたいと思った気持ちを。

 

「行動しよう……予定通りに」

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 五日目、朝。

 昨晩0時前にブルー・ポーションを出し、最後に残った魔力1を消費した。ギリギリまで魔力を温存しておいたのは、もしもの時の為にである。何しろ護衛はフレムベル・ベビー一体しかいない。慎重になりすぎて損することもないだろう。

 そして今さっき。

 0時に全回復した魔力から1ポイント消費し、非常食を出した。

 これで腹も満腹。今日は水も食料も完全に充足している。すばらしい!

 

「さて、恒例の護衛召喚を始めよう」

 

 手に持ったカードの名は、A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス) サイクロン・クリエイター。

 記載されたステータスにもう一度目を向ける。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

A・O・Jサイクロン・クリエイター ー闇ー

                ☆☆☆

【機械族・チューナー】

手札を1枚捨てて発動する。フィールド上に

表側表示で存在するチューナーの枚数分だけ、

フィールド上に存在する魔法・罠カードを手

札に戻す。この効果は1ターンに1度しか使

用できない。

         ATK/1400 DEF/1200

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 光属性を目の敵にしているA・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス)シリーズの中では珍しく、打倒光関連の効果を持たない一枚である。

 テキストに書かれている効果がどういう形で現れるか分からないが、今回注目したのはそのステータスと機械族であるという二点。

 攻撃力は1400と現在鑑定したこの辺一帯の野生動物全てより高く、防御力も1200でハウンド・ドラゴンのように一撃でやられることはないだろう。そして種族は機械。つまり壊れでもしない限り、暴走することはまぁ、多分ないと言うことだ。

 

「フレムベル・ベビー」

 

 了解さ。ついてくさ。

 召喚の為に洞窟の外へと向かう。入り口に差し掛かったあたりから凍えるような寒気が肌を刺す。くっ、相変わらず寒いな。

 カードを前に掲げ、これだけで召喚の準備は完了。実にお手軽である。

 

A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス) サイクロン・クリエイター、召喚」

 

 小さなつむじ風が巻き起こる。

 朱色の(はやぶさ)は翼を広げ、ふわりと大地に降り立つ。

 その特徴はやはり何と言っても機械であることだろう。動く度に小さなモーターの駆動音が耳に届く。身体の四倍程ある両翼の中央には、それぞれ一つずつ大きなファンが取り付けられている。イラストではそのファンが回転し、風を作り出す様が描かれていた。きっとモンスターの名の通り、サイクロンの如く強い風を生み出すのだろう。

 因みにサイクロンとは、インド洋方面に発生する熱帯低気圧のことだ。台風的なものだと思えばいい。他にも微粒子の分離に使われる機械もそう呼ぶのだが、こいつの名前は前者の方を指すと思われる。

 

 マスター、ご指示ヲ。

 鋼のクチバシを俺に向けるサイクロン・クリエイター。早速命令を下すことにする。

 

「この洞窟の周りの監視を頼む。相手が攻撃してきた場合を除いて、戦闘は避けてくれ」

 

 ハウンド・ドラゴンの一件の反省を踏まえ、はっきりと戦闘を避けるよう言い含める。

 

 畏まりマシタ。

 朱色の隼は平坦な思念で了解の意を示す。

 

「何かあった時はまず俺に報告するように。

 それから監視と並行してでいいから、大きめの葉っぱをたくさん持って来てくれ。なるべく種類は多い方がいい」

 

 ハイ。洞窟内にオ持ちすれば宜しいデスカ?

 

「ああ、それで頼む。命令は以上だ。始めてくれ」

 

 ハイ。

 

 サイクロン・クリエイターは鋼の翼を大きく羽ばたかせ、空へと上昇する。

 それを最後まで見ずに、俺は洞窟内へと足を向ける。

 歩きながら自身のステータスを開く。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

未熟なカード使い      -闇ー

               ☆

 

【上位世界人族】

異世界に迷い込んだカード使い。魔力を

消費してカードに秘められた力を解放す

ることが出来る。しかし、その力はまだ

未熟だ。

 

ランクアップ条件

知的生命体と接触せよ 0/1 

 

魔力 4/8    ATK/80 DEF/50 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

「残り魔力は4。この後、お昼にフレムベル・ベビーを再召喚して、残り3」

 

 まだ無駄遣いが許される範囲にはないけど、大分魔力に余裕が出てきたな。

 そして次のランクアップ条件は、知的生命体と接触せよだ。

 一口に接触せよと簡単に言うが、それなりの準備が必要である。まず裸はまずい。衣服とは文明の象徴だ。真っ裸でうろつく人間なんて不審人物以外の何者でもない。警戒されるのは当たり前、下手するとその場で攻撃を受けかねない。

 その為の葉っぱ集めだ。正直焼け石に水な気がしないでもないが、木の葉で簡易的な服を作ろうと思う。真っ裸よりはずっとましなはずだ。

 

 そしてもう一つ、最も重要な課題がある。それは人里を見つけ出すことだ。まぁ、当たり前だな。

 今現在人間らしき存在は鑑定で確認できたが、未だに彼らの住処は分からない。

 

「それを探し出さないことにはなぁ……」

 

 スーツケースの隣にしゃがみ込むと、機械の隼が大きな葉っぱを何枚か咥え、洞窟内に入ってきた。まったく、仕事が速い。

 彼は小さく幅跳びをくり返し、器用に地面を進んでいる。

 

「お疲れ様。そんな感じにどんどん集めて来てくれ。

 あっと、ちょっと待って」

 

 無言で立ち去ろうとするサイクロン・クリエイターを一旦止める。

 

「空から見たこの森はどんな風だった? どこかに町が見えたりしない?」

 

 隼は首を回し、機械の顔を俺に向ける。

 見渡ス限り、木々が続いていマシタ。町は確認してイマセン。

 

「そうか……ありがとう、仕事に戻ってくれ」

 

 やはりそううまい話はないか。

 再びスーツケースの上に目を向ける。

 そこには昨日の晩に探しあてた、とあるモンスターカードが置かれていた。

 

「コイツで何とかなるといいけど……。こればっかりは召喚してみないと分からないしな……」

 

 遊戯王カードは効果持ちでない通常モンスターを除いて、そのテキストにはゲームにおけるモンスター効果――言わばモンスターの特殊能力が書かれている。しかしそれはあくまでゲームにおける効果であり、現実においてどう作用するのか分からない。

 今から俺が使おうとしているカード――モンスター・アイ。そのテキストはこれである。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

モンスター・アイ      -闇ー

               ☆

 

【悪魔族】

1000ライフポイントを払って発動

する。自分の墓地に存在する「融合」

魔法カード1枚を手札に戻す。

       ATK/250  DEF/350 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 イラストには六体の目玉がそれぞれ別の方向を向き、宙に浮く様子が描かれている。テキストと合わせ、何か物探しをするモンスターだと俺は判断した。

 果たして実際はどうだろうか?

 

「消費魔力も1だし、失敗してもそんなに痛手じゃない」

 

 カードを取り、前方に掲げる。

 うん! そういうわけで、いって見よう!

 

「モンスター・アイ、召喚」

 

 ――――

 ――

 そして――

 ふわ、ふわ、ふわりと――

 

「小っちゃっ!」

 

 人間の眼球より一回り大きい程度の目玉の群れ。それらが宙を舞う。

 

 マスター。命令。マスター。

 マスター。

 命令。マスター。マスター。

 

 飛び回る目玉達。俺にじゃれているのか、たまに軽い体当たりをかましてくる。

 

「はいはい、落ち着いてー。飛び回らない。そして一箇所に集合しよう」

 

 命令? マスター。マスター。

 命令。マスター。

 マスター。それ命令?

 

 俺の話に耳を貸したのか――耳なんて無いけどな――目玉達は徐々に飛行スピードを緩め、一箇所に集合する。

 えっと、数は……3、4、5、6っと、イラスト通り――

 あれ? 7体目?

 

「イラストより一体多いな」

 

 まぁ、こう言う事もあるだろう。さてさて、こいつらが宙に浮けることは現在進行形でやってるからもう分かった。後はスピードだな。

 

「それじゃあ命令だ。一体だけでいいから、この部屋の周りを二周飛んでくれ。出せる最高の速度で頼む」

 

 了解。誰行く? 

 私行く。了解。

 了解マスター。お前行く。了解。

 

 相談? の後、目玉の一体が飛び出し、部屋の内壁に沿って回り始める。

 

「へー……結構早い」

 

 とは言え、すごくじゃない。せいぜい自転車を速めにこいたくらいだろう。

 命令通り部屋を二周した目玉はわらわら(うごめ)く群に戻り、適当にシャッフルされ、どれがどれだったか分からなくなった。

 

「今から君達に人里を探して欲しいんだけど…………そうだね、君達は何ができるかな?」

 

 本人――本目?――に能力を聞いてみることにした。これが一番手っ取り早い。

 

 何できる? できること。

 リーダー。できる? 私リーダー。何できる?

 何できる?

 

 ん? リーダー?

 目玉の群の中から一体が俺の前に進み出る。見た目は他の目玉とまったく変わらない。

 

 私リーダー。

 

「そ、そう。能力説明、頼めるかな?」

 

 私達。みんな一つ。私リーダー。私中枢。

 

「うんうん」

 

 みんなが見る。私も見る。

 

「うん? 他の眼球が見たものはリーダーの君も見えるってこと?」

 

 目玉リーダーは頷くように上下に揺れる。

 そう。私本体。私消える。みんな消える。魔力切れる。私戻る。

 

「え~と、君が消えると他の眼球も消えて……。

 で、時間切れになると君がカードに戻ると。これで間違いない?」

 

 そう。

 

「なるほど」

 

 これは当りを引いたかもしれない。中々偵察に適した能力である。

 

「他の眼球がやられても再生できたりする?」

 

 無理。再召喚。戻る。

 目玉リーダーはその場で小さく円を描くように飛びながら思念を飛ばす。

 再召喚しなければ復活はなしか。それでも破格だ。なにしろコイツのレベルはたったの1だ。かなりコストパフォーマンスに優れていると言っていい。

 

「それじゃあ命令だ」

 

 先日人間らしきステータスを鑑定した方向を指差す。滅多に外に出ない上に、出ても太陽の位置などわざわざ確認しない。俺は未だに東西南北が分からないのだ。

 更に言うと、分からなくても生活にまったく何の支障もない。まぁ、これが一番の理由だな。

 

「あっちの方向を行ける所まででいい。偵察して来てくれ。

 探すのは主に人里だけど、それ以外の何かを見つけても報告を頼む」

 

 カードの効果は24時間で消える。それは即ち、モンスター・アイに許される移動時間は24時間しかないと言うことだ。どんなに遠くまで行っても、24時間過ぎればただのカードに戻り、移動距離は全てリセットされる。

 まぁ、こればかりはどうしようもない。比較的近い場所に人の集落があることを祈るしかないだろう。

 

 了解。報告

 人里。

 報告。何か。了解。見つける。

 

 目玉達は狭い範囲内をぐるぐると飛び回る。その様子はまるで巣の周りを飛び回る蜂の群のようだ。

 

「よし!」

 

 バンッ! と手を一叩き。

 

「行ってこい。期待してるぞ!

 ――――――――――――――って、待てぇーい!」

 

 俺の声に反応し、洞窟入り口に殺到する目玉の群は急ブレーキをかける。

 

「リーダーは行かんでいいから! てかむしろ行くな!」

 

 行くな。行くな。リーダー。

 私? お前。

 行くな。留守番。

 

 七体の内、一体がふわふわと俺の元へ戻ってくる。心なしか落ち込んでいるようにも見えるが、目玉しかないので断定はできない。

 

 私。留守番。

 

 行く。どうする?

 行く。行く。出発。バイバイ。

 

 リーダーを残した六体は螺旋飛行を行いながら入り口から出て行った。

 

 バイバイ……。

 

 そんな皆をリーダーは見送る。

 ……。

 ……。

 何故かその背中には、哀愁が漂っているように見えた。

 

 ……こっち来るさ。オレが話し相手になってやるさ。

 気を使うようなフレムベル・ベビーの思念が、洞窟内に響いた。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 絶賛葉っぱ服製作中なう。

 フレムベル・ベビーを再召喚し、今は午後。

 

 川。発見。

 

 火の子供の横に浮かぶ目玉リーダーからの報告だ。

 へー、また川を見つけたのか。もしかしたらこの辺、結構河川が多いのかもしれない。

 

 俺が大きな葉っぱを破いたり結んだりしている横に、数枚の葉っぱを咥えたサイクロン・クリエイターがとっとっとっ、とまたやって来た。

 

「もう葉っぱはこんなもんでいいよ。後は警邏に集中しててくれ」

 

 ちょっとした葉っぱの山が出来上がっている。失敗予定分を含めても、これだけあればきっと十分だろう。

 

 畏まりマシタ――。

 それだけ言うと、サイクロン・クリエイターはホップ・ステップ・ジャンプな足とりで洞窟から出て行った。

 

 機械隼が持って来た葉っぱは多種多様であった。まぁ、俺がそう命じたんだから、当たり前だな。

 その中には俺の身長を超えるような超巨大なものもある。さすが異世界。

 

 果物の木。発見。

 

「いや、待てよ。俺が知らないってだけで、もしかしたら地球にも同じような巨大葉っぱの生える植物があるかもしれない」

 

 ……まぁ、あるからって何? っちゅう話だけどね。

 くだらないことを考えている間にも手を動かす。

 

 葉を折る。折る。折り返す。

 茎を結ぶ。結ぶ。結びつける。

 

 これで――

 

「よっしゃあ!! できたーー!!」

 

 俺の葉っぱ工作第一号、それは――

 

 

「これでフルチンからおさらば!!

 おパンツ! ゲットだぜーーーーーー!!!!」

 

 

 川の先。滝。発見。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

未熟なカード使い      -闇ー

               ☆

 

【上位世界人族】

異世界に迷い込んだカード使い。魔力を

消費してカードに秘められた力を解放す

ることが出来る。しかし、その力はまだ

未熟だ。

 

ランクアップ条件

知的生命体と接触せよ 0/1 

 

魔力 2/8    ATK/80 DEF/50 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼




主人公、6話目にしてようやくパンツをゲットする。


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第07話 血と紫ローブ

 狼。発見。

 

 五日目夕方。

 相変わらずモンスター・アイは分隊の見た情報を逐一俺に報告している。そう有用な情報があるわけでもないので、適当に聞き流す。俺から聞けば、彼はもう一度今までの報告を繰り返してくれる。そのことは少し前に確認したので、一つ二つ聞き逃しても大した問題はない。

 

「てい!」

 

 俺は三時間かけて作り上げた葉っぱ服を脱ぎ、それを思いっきり地面に叩きつけた。

 我ながら中々の力作だと思う。どこかの観光地の店頭に並んでもおかしくない出来栄えである。これでも図工の成績は優秀だったのだ。小学生の時なら「たいへんよくできました」、中学生の時なら5段階評価の5をいつも貰っていたものだった。

 

「あー……もう。パンツもアウトだ」

 

 続けて葉っぱのおパンツを脱ぎ捨て、同じく地面にぽいする。これでいつものまっぱ状態に戻った訳だ。

 

「あー痒い、痛い。ブルー・ポーション、ブルー・ポーション」

 

 俺がそんな優秀作品を地面に叩きつけたのには勿論理由がある。それを発見したのは葉っぱ服を身に着け、愉悦な気分に浸って更に三時間経ってからのことだった。

 ――皮膚が、かぶれてきたのだ。

 体を見ると、あちこちに蚯蚓(みみず)腫れができていた。理由はまぁ――

 

「葉っぱに毒素があるとか、いじめかよ……」

 

 色々な種類の葉っぱを組み合わせて作ったので、具体的にどれがまずかったのかは分からない。そして例え皮膚のかぶれとなった原因元を見付けたとしても、他の葉っぱが無毒だという保証も無い。もしかしたら何時間か後にもっと酷いことになるかもしれない。もしかしたら致死性の毒があり、口に含むことで即死するかもしれない。

 

 岩。大きい。発見。

 

「よくよく考えてみると穴だらけの計画だった……。よく知りもしない植物を使うとか……俺ってどんだけ命知らずだよ……」

 

 くっ、痛い。

 患部を見て現実味が出てきたからか、徐々に痛覚が強烈なものへと変わっていく。

 おパンツに使った葉っぱが毒素を持ったものじゃないのは――まだ断定できないが――本当に幸運だったと思う。局部のアレがアレになるとか……あまり考えたくない……。

 ブルー・ポーションを飲み、皮膚のかぶれが引くのを待つ。

 

「…………。

 ………………う~ん」

 

 しかし、どうにも効果が薄い。

 相変わらず強烈な痛みが繰り返し再生のように延々と俺を(さいな)む。

 

「……効いてることは効いてるみたいだけど……」

 

 効果をほとんど実感できない。

 擦り傷なんかは一発で治ったのになー……やっぱり毒状態だからか?

 

「……しようがない。背に腹はかえられんってやつだ」

 

 皮膚の痛みは段々とシャレにならないものへと変化しつつある。

 さすがにこれで死ぬことはないと思うが……、思うが…………素人の俺の「思う」にいったいどれ程の価値があるだろう。これで翌日あっさり死んだりしたら、さすがに笑えない。

 

「まぁ、そうなったら物理的に笑えなくなるだろうがな」

 

 光る花。発見。

 

 そんな訳で、新しい薬を出そうと思う。魔力の残りは2だ。

 

「前にまとめた回復候補は――」

 

 予めスーツケースの上に並べられた中から回復系のカードを全て手に取り、一つ一つ簡易鑑定していく。

 

「魔力2までで使える回復系は……これだけか」

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

モウヤンのカレー       ー魔ー

           【魔法カード】

 

ライフポイント200ポイント回復する。

 

           消費魔力 1

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

ゴブリンの秘薬        ー魔ー

           【魔法カード】

 

自分は600ライフポイント回復する。

 

           消費魔力 1

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

天使の生き血         ー魔ー

           【魔法カード】

 

自分は800ライフポイント回復する。

 

           消費魔力 2

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 この三枚の内から選ぶしかない。

 とりあえずモウヤンのカレーは論外。美味しそうではあるし、いつか食してみたいが、解毒効果があるとは思えない。

 次はゴブリンの秘薬。

 

「正直、これでいけると思うけど……」

 

 イラストには葉っぱの上に乗せられた水色の錠剤が描かれている。いかにも解毒作用のご利益がありそうな雰囲気だ。

 

「でも、やっぱ万全を期すなら……」

 

 最後に天使の生き血と書かれた魔法カードに目を向ける。イラストには指を切った天使がたらたらと血を垂れ流している様子が描かれている。他の2枚と違って消費魔力は2。

 神聖な生物の体の部位に、奇跡を起す力がある。これは太古の昔から様々な伝説として語り継がれて来たことだ。龍の髭、麒麟の角、人魚の肉、鳳凰の血。その中で天使の生き血に関しては寡聞にして知らないが、まぁ、きっと何らかの伝説的物語があるのだろう。

 

「何しろ魔力2も消費するし、そこから見ても効きそうだよな」

 

 そう、やはり大きな理由はここだ。消費の多い分、効力もきっと強いと考えてしまうのだ。

 ……でも天使が出てきて、指切って、はいどうぞ。とかだったら嫌だな……。

 そんなこと考えながらも手はカードを掲げる。

 

 湖。発見。

 

「天使の生き血、発動」

 

 即座に失われるカードの感触と同時に、目の前には小瓶が一つ。

 

「目薬かよ……」

 

 思わずそうこぼしてしまう程、小さなガラス瓶だった。中には赤い液体が入っている。

 まぁ、ここは自傷天使が出てこなくてよかったと思うべきだ。

 

「それにしても……これ、どう使うんだ?」

 

 選択肢は二つ。

 1:飲む

 2:塗る

 

 飲むとしたら一口分もない。それで効くか、正直疑わしい。

 なら――

 

「塗ってみるか……痛っ」

 

 そろそろ痛みがシャレにならない階層を乗り越えようとしている。

 もうあまり考えてる余裕はない。蚯蚓腫れとなった部分を見ると、そこから薄い膜を張るように油がにじみ出ていた。もしかしたら、これは予想以上にヤバイ状態なのかもしれない。

 歯を食いしばりながら天使の生き血を患部に塗り、均等に行き渡るよう引き伸ばす。

 

「――っ、」

 

 強烈な痛み。

 指をこすりつけて塗るのだ。当たり前である。

 だが、それは長く続かない。天使の生き血を塗りつけた箇所から急速に痛みが引いていく。

 

「これは……すごい効いてるな」

 

 巨大魚。発見。

 

 正直、途中から自分がどうなっちゃうかかなり冷や冷やだったけど、これなら事なきを得そうである。

 天使の生き血を更に手の平に垂らし、続けて別の患部に塗りつけていく。

 赤い生き血が通った箇所から急速に退いていく痛み。

 

「……は……ぁ……」

 

 それは脳に、ある種の快感をもたらす。

 きっと脳内麻薬的なものがドバドバと出ているのだろう。

 …………あー……うぅ……ふぅ……、なんか、大分余裕が出てきた。

 速いとこ全部の患部に塗っちゃおう。

 

 

 巨大魚体内。侵入。

 

「素直に食われたって言え!」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 集落。発見。

 

 その知らせを聞いたのは草木眠る丑三つ時……かどうかは知らないけど、とりあえず深夜だった。天使の生き血により毒に犯された身体は回復したが、大分体力を消耗してしまった。

 つまり、俺はいつもよりもぐっすりと眠っていたのである。

 

 集落。発見。

 

「…………ん……」

 

 集落。発見。

 

「……ん……は…………けん?」

 

 集落。発見。

 

 ……集落……発見……? 集落発見だって!?

 

 徐々に目覚め始める意識を一気に覚醒段階まで引き上げる。

 睡眠の心地よさに身を委ねてる場合じゃない。飛び起き、目玉リーダーに視線を向ける。

 

「見つけたのか!?」

 

 夜。暗い。明かり。小さい。見つけた。

 

 そうか。夜になれば人は明かりを使用する。それは上空から見れば一目瞭然だ。

 

「実は夜の方が探しやすかったりするわけね」

 

 意外な盲点だ。

 ……いや、少し考えればすぐに分かることか。つくづく自分の頭の悪さに辟易する。

 

「それじゃあ、えっと……1体魚に食われたから、残り5体だったかな? その全員を集めて、集落の情報を収集してくれ」

 

 了解。

 

 目玉リーダーの近くに座り込み、報告に耳を傾けることにする。

 

 ――周り。壁。覆う。硬い。

 

 ――壁。上。見張り。

 

 ――家。土。泥。

 

 ――地面。泥。

 

 ――畑。小さい。

 

 ――家畜。鳥。一杯。

 

 ――家。八十二。全部。       

 

 断片的に入ってくる情報をまとめてみる。

 家は全部で八十二軒。夫妻二人に子供二人の二世帯住宅だと仮定する。これで計算すると、総人口は328人。規模的には小さな村と言ったところだ。

 その村の周りを硬い壁が覆い、壁の上には見張りがいる。こんな所に住んでいるのだから当然と言えば当然なのだが、気になるのは家が土と泥でできていること。

 

「村を覆う壁も土と泥でできてたのか?」

 

 違う。材質。壁。不明。

 

 ……ふむ。だとすると、壁を作ったのは村人じゃないのか? この村をどこかの国の開拓村的な位置付けだと考えるなら、本国から技術者が来て、壁だけを築き上げたって可能性もある。

 後残る情報は、畑が小さいことと鳥の家畜が多いこと。つまり、食料の確保は狩猟が中心と言うわけだ。先日の鑑定も「ミオ族の狩人」と出ていた。多分これは間違いないだろう。

 

「畜産はそれなりにやってるみたいだけど……文明レベルは低いのかな?」

 

 狩りと言うものは、成果が酷く不確かなものである。連日獲物を仕留められることもあるだろうが、やはりボウズの日の方が多い。狩人一人の成果はせいぜい三、四日に一体くらいだろう。

 

「それに、逆に野生動物に食われる危険もあるしな……」

 

 お父さんが狩りに出るとして、それを食べるのは一家四人。鹿サイズのモノを狩ったとしても、一度の成果はもって二日分だろう。なら残りの一日か二日間は飢えることになる。

 

「そこで家畜と少ない畑の出番なのかな?」

 

 だとしても、やはり食料の供給は不安定だ。原始的と言ってもいい。

 

「でも、ここは異世界だ……」

 

 俺に魔力が備わったように、きっとこの世界の人間も魔力を持っているだろう。それを利用して、俺の考えもつかないような産業を生み出しているのかもしれない。

 

「行ってみりゃ分かるか」

 

 うん。百聞は一見にしかず。

 色々想像するのも楽しいが、現場に行くのが一番手っ取り早い。

 

「よし! 明日から準備だ!」

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 異世界生活()()()、早朝。

 六日目である昨日は出発の準備に大わらわだった。もう一度トラップ処理班Aチームを呼び出し、洞窟内に穴を掘ってもらった。スーツケースを埋める為にである。初めて行く場所に自分の生命線を全て持っていく勇気はない。必要になりそうなカードは五十枚厳選した。これだけあれば十分だ。

 その後、とある実験の為にワイトキングの召喚を行った。この実験が思いの他うまくいったことがこの日最大の成果だろう。

 

「スー……ハー……」

 

 深呼吸。早朝の空気を肺一杯に吸い込む。ここの空気はいつも綺麗なのだが、早朝だと余計おいしいように感じる。

 

 仕事! 終了!

 今終わったっす。

 がんばって塞ぎました~、すいません。

 こんなものでいかがでしょう、マスター。

 

「ああ、OKだ」

 

 ついさっき、こいつ等Aチームには洞窟の入り口を塞いでもらうよう命令した。以前洞窟前まで運ばせた八個の岩を入り口に詰め、その間を土で塞いだのである。これで動物は入ってこれないだろう。人間対策としてはまだまだ甘いと言わざるを得ないが、こんなところまで人間が来る可能性は低い。

 

 あ、そろそろ時間っす。

 俺! 魔力! 終了!

 御用があればまたお呼びください。

 戻ります、すすすすいませんー。

 

「お疲れ様~」

 

 Aチームはカードへと戻る。それを拾い上げ、葉っぱで作った簡易カードフォルダにしまう。

 葉っぱ製カードフォルダは蔦で俺の腰に巻きつけてある。当たり前だが、この葉っぱは無毒だ……多分。

 

 さて、そろそろ行こうかな。

 例のカードを取り出す。旅をするには必要不可欠なモノを呼び出すのだ。

 何度も言うが、このジャングルは極寒である。今横にいるフレムベル・ベビーのおかげで寒さは大分柔らいてるが、それでもきつい。

 その問題を解決する為にこのカード――ワイトキングのカードが必要なのだ。

 カードに目を向け、ステータスを見る。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

ワイトキング        -闇ー

               ☆

 

【アンデット族・効果】

このカードの元々の攻撃力は、自分

の墓地に存在する「ワイトキング」

「ワイト」の数×1000ポイント

の数値になる。このカードが戦闘に

よって破壊され墓地へ送られた時、

自分の墓地の「ワイトキング」また

は「ワイト」1体をゲームから除外

する事で、このカードを特殊召喚す

る。

        ATK/?  DEF/0 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 単体で戦闘させるとしたら、色々と心配になる一枚だ。

 まぁ、それも今回は関係ないか……。

 

「ワイトキング、召喚」

 

 ――――

 ――

 ――紫のローブを纏った骸骨。

 これだけでコイツの全てを表現できるだろう。ある意味、特徴がないのが特徴のモンスターだ。

 骸骨はガタガタと下顎骨(かがくこつ)を動かす。

 

『クァッハッハッハ! またまた我輩を呼んだか。さぁ、用件を申せ!』

 

 地獄の底から響くような、おどろおどろしい声だ。あらかじめ俺に害がないと知らなければ、声に何らかの呪いでも込めているんじゃないかと疑っていたことだろう。自然と心の奥底に眠る恐怖を呼び覚まされるような……そんな声である。

 それとどうでもいい情報だが、俺が召喚する中で、言葉を声に出して話すモンスターはコイツが初めてだったりする。

 

『我輩の気分がよければ、叶えてやらんでもないぞ。クックック……クワーハッハッハッハ!』

 

「脱げ」

 

『ハッハッハッハッハッハッハッハ』

 

「いいから脱げ」

 

『ハッハッハッハッハッハッハッハ。グワーハッハッハッハ――』

 

「聞こえない振りしても無駄だぞ。さっさと脱げ」

 

『キサマァ! またそれかぁ!』

 

「昨日説明したじゃん。速く脱げよ」

 

『我輩がこれを脱いだら、ただのそこら辺にいる骸骨ではないか!』

 

「そこら辺に自立歩行する骸骨がいてたまるか! もう、諦めて脱ぎなよ」

 

『うぅぅぅ…………』

 

 崩れ落ちる紫ローブを着た骸骨。真黒の闇に染まる眼窩(がんか)から、涙がぽたぽたと滴り落ちる。

 

『な……なぜ我輩がこんな目に……』

 

 昨日召喚した時のことだ。コイツは散々横柄な態度とり、癇に障るセリフをマシンガンのようにぺらぺらと喋りまくっていた。これにより、召喚当初あった罪悪感は全て霧散したのだ。今俺のコイツに対する態度は全てそこら辺からきている。

 

「ほら、時間もないし、寒いんだ」

 

 何しろローブは二十四時間で消えてしまう。速めにここを出発したい。

 

『……くそ……くそ……王たる我輩に……何たる屈辱だ……』

 

 ぶつぶつ言いながらもローブを脱ぎ捨てるワイトキング。さらけ出された中身は彼自身の言う通り、ただの骨だ。

 

 人型モンスターから衣服を貰う。

 この案は大分前から思いついていたが、ずっと実行せずにいた。

 理由は勿論…………気まずいからだ。

 何しろ自分と同じ生身の人間を召喚し、その衣服を剥ぎ取るのである。女の子に対してやるのはセクハラで論外。そもそも俺に女装の趣味はない。なら男に対して策を実行した場合、その後二十四時間の間、その真っ裸の男と一緒に過ごすのだ。彼の服は俺が身に着けている……。そうなった時の気まずさたるもの、想像に難くない。 

 そこで白羽の矢が立ったのがワイトキングだ。コイツなら裸になってもただの骨である。

 

『…………これでよいのだろう? …………ちくしょうっ』

 

 俺に自らのローブを渡すワイトキング。

 

「えっと……まぁ、悪いな。今度ちゃんとした使い方で呼んでやるから」

 

 ここまでくると、さすがにちょっと可哀想かな~? と思わなくもない。

 手に持ったローブを広げる。

 

「ほんと、いい素材を使ってるよなー」

 

 紫色のローブはテント生地――ようするにジーンズ――のように分厚く、それでいて絹のように柔らかく滑らかだ。何らかの魔術が掛かっているらしく、保温性能は完璧。魔法に対する防御力もあるらしい。

 

『はん! 当たり前である! 王の物だからな!』

 

 仏頂面――多分――でそうのたまうスケルトン。じゃなくてワイトキング。

 

 ま、これでとりあえず。

 

 

「衣服、ゲットだ!」

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

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未熟なカード使い      -闇ー

               ☆

 

【上位世界人族】

異世界に迷い込んだカード使い。魔力を

消費してカードに秘められた力を解放す

ることが出来る。しかし、その力はまだ

未熟だ。

 

ランクアップ条件

知的生命体と接触せよ 0/1 

 

魔力 7/8    ATK/80 DEF/130 

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第08話 黒い飛竜

 さて、次は移動方法の召喚だ。

 まず機械族は却下。小回りが利かないので、木々生い茂るジャングルでの走行には向かない。

 次に考えたのは馬。古来から人は馬を調教し、移動手段としてきた。驚くことに、これは地球のあらゆる地域でなされていたことである。発祥はどこか一箇所ではないということだ。

 それだけ馬は人が乗るのに適した動物なのである。

 そこで、サンライト・ユニコーン、宝玉獣サファイア・ベガサス、ダークゼブラの三枚の馬型モンスターが候補に挙がった。だがイラストを眺めでいる内に、こいつらには(くら)も手綱も(あぶみ)もないことに気づいた。何か代用できるものはないかと更にスーツケース内を大捜索したところ、モンスターカード、花騎士団の駿馬が見つかった。ステータスは弱いが、こいつには前述の全てが揃っている。

 しかし、そこでまたまたはっと気づいた。俺の乗馬経験は小学生時代に家族旅行で行った牧場の乗馬体験コースがその全てだったことを。そんな俺にこの障害物の多いジャングルの中、操馬ができるだろうか? モンスターとの意思疎通ができる点を考えればこれはもしかしたらいけるかもしれない。だがしかしだ。例え操馬の問題をクリアーできたとしても、自転車で約二十時間の距離を、俺は馬にしがみつくことができるだろうか?

 

 とまぁ、色々ゴチャゴチャ考えたが、その結論だけを簡潔に述べよう。

 馬をあきらめて空路を行く。

 

 まず、長距離移動に俺が耐えられないのが一つ。

 空路を使うなら、木や岩などの障害物がなく、襲い掛かってくる野生動物も限定される。出せるスピードも違うし、移動は大分スムーズになるだろう。かなりの時間短縮が望めるはずだ。

 

 続けて、暖かいワイトキングのローブを手に入れたのが一つ。

 保温性能があるといっても所詮ローブ一枚なので、そこまでは期待できない。しかしそれでも低空での飛行には耐えられる程度の暖が得られる。完全にではないが、これで一応寒さの問題を解決したと言える。

 

 最後に、水・食料の問題が一つ。

 当然の如く、移動途中に水と食料を出すことはできない。ブルー・ポーションは大きな壺が、非常食は十食分くらいまとめて出てくるからだ。

 問題となるのは食べ切れなかった分だ。量があるのでそのまま騎獣に積むことはできない。ならその場に放置すれば、当然の如く二十四時間後にはカードに戻る。この広いジャングルの中、後からカード一枚を探し出し、回収するのは至難の業だろう。つまり出せばそのカードは失われることになる。その場に留まってカードに戻るのを待つ方法もあるが、あまり効率がいいとは言いがたい。

 

 以上のことから、空から短時間で行くのが一番いいと判断したのだ。

 

「さっさとやっちゃおう」

 

 あらかじめ用意したカードを取り出す。

 

真紅眼の飛竜(レッドアイズ・ワイバーン)、出ろ」

 

「ギャアオオウ!」

 

 出現したのは漆黒に染まる飛竜。つまりはワイバーンだ。

 伝説上におけるワイバーンの大きな特徴は二つ。翼と同化している腕。尻尾に生える毒の棘。

 こいつはその二つを忠実に守っているように見える。

 後の特徴といえば、鳥類のクチバシのように鋭く尖っている口と、その名の通り、爛々と真紅に輝く目だろうか。

 体格は馬の三回り程大きい。

 

「これなら乗れそうだな」

 

 よぉ、マスター。よろしく頼むぜ。

 

「ああ、よろしく

 俺を乗せて飛んでもらうことになるけど、まぁ、安全飛行で頼むよ」

 

 それくらいお安い御用だ。

 

「それは心強い。

 ――モンスター・アイ、召喚」

 

 黒飛竜と喋りながらも案内役を召喚する。

 7体の目玉が呼び出される。

 

「用件は分かってるよな」

 

 大丈夫。案内。

 了解した。案内。連れてく。

 聞いた。昨日聞いた。

 

「それじゃあ、ローブの中に入ってくれ」

 

 そう言ってローブの袖をめくると、7体の目玉はわらわらと中に入ってくる。

 

「よし。真紅眼の飛竜(レッドアイズ・ワイバーン)、乗るから体を下げてくれ」

 

 こんなんでいいか? おっと、尻尾の毒には気をつけろよ。

 

「ありがとう」

 

 真紅眼の飛竜(レッドアイズ・ワイバーン)の体のあちこちから突き出る角のような取っ掛かりを足場に登る。肩の少し上を跨ぎ、上半身は抱擁するように首につかまる。

 

「ワイトキング、固定だ。昨日言った通りにしてくれ」

 

『分かっておる! まったく、我輩をここまで顎で使ったのはキサマが初めてだぞ!』

 

 そりゃそうだろう。何言ってんだこいつ。

 

 見た目、歩く骨格標本となったワイトキングは黒飛竜に跳び登り、俺の背後に回る。そして俺を抱え込むようにがっしりと黒飛竜の首に抱きつき、俺を固定した。

 骨と黒飛竜の首にサンドイッチされ、これで安全ベルト完成。容易に振り落とさることはなくなるだろう。

 普通なら骸骨に抱きつかれるのは気持ち悪いと思うだろうが、不思議とそう言った嫌悪感はない。こいつの召喚主だからだろうか?

 

「最後にフレムベル・ベビー、尻尾あたりにでもしがみついてくれ」

 

 了解さー、もう掴まってるさ。黒竜の旦那、熱くないさ?

 

「キャォオウ」

 

 嘗めんなよ! 俺にとっちゃ溶岩もただの風呂だぜ。お前ぇこそ毒は大丈夫なんか?

 

 火の塊に毒は効かないさ。

 

「これで準備は全部終わったな。

 飛ぶ方向の指示はモンスター・アイが出す。なるべく低空飛行で頼む」

 

 まかせとけ!

 

 黒飛竜は大きく翼を羽ばたかせ、ぐんっと一気に高度を上げる。

 ひゅんっと心臓が体内を駆け登っていくような感覚。

 ワイトキングが体を固定しているおかげで姿勢はかなり安定している。その為、上空に上がった恐怖感はそれほど感じない。

 十分に高度が取れたところで、号令をかける。

 

「行くぞ! 出発!!」

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 三時間程経過し、空の旅にも大分慣れてきた。

 予想通り、強い上空の風は冷たく、抱きついた黒飛竜の体も硬い為、気持ちのよい空中遊泳とはならない。

 ワイトキングは後方からがっしりと固定してくれている。掴まる力を少し抜いても、揺れや強風で落ちることがないのは非常に助かる。

 

 集落についたらどうするか、昨夜の内に色々考えた。

 どうするかとは、主にモンスターについてである。住民を驚かさないよう手ぶらで行くのは簡単だが、俺の力は彼らモンスター達そのものだ。やはり力を持っているのと持っていないのとでは、向こうの対応も違ってくるだろう。

 そもそも村人は友好的であるとは限らないわけで、その辺りを鑑みても、集落においては能力を隠さないでいた方がいいと結論に至った。辺居にある村なだけに、きっと迷信なんかも多いだろう。俺の能力についての誤魔化しも効くはずだ。

 後々の為にも、この世界の魔法や魔力に対する認識がどのようなものであるか知りたい。まずはできるだけの情報をあの小さな村で集めてみよう。

 

「大丈夫かな……?」

 

 戦力的にという意味だ。もちろんいざ攻撃された時のことを考えてである。

 しがみ付いている黒飛竜を簡易鑑定する。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

真紅眼の飛竜(レッドアイズ・ワイバーン)       -闇ー

             ☆☆☆☆

【ドラゴン族】

      ATK/1800 DEF/1600 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 以前鑑定した村の狩人だと思われるステータスは攻撃力300だった。俺の攻撃力が80であることを考えれば、これは相当なものだろう。モンスターを連れていかない場合、武力で来られたらどうしようもない。

 だが黒飛竜の攻守は彼らの約六倍。流石にこれをどうにかできる奴はいないと信じたい。

 

 そんなことをつらつら考えていると、懐に入っている目玉達が声をあげた。

 

 湖。ここ湖。湖。

 湖。私食べられた。

 大きい魚。湖。前。

 

 黒飛竜の首にくっ付けていた顔を持ち上げ、右側から前方に目を向ける。

 

「湖か……。でかい……と言うか、向こう岸が見えない。それに――」

 

 渓谷……なのだろうか?

 湖と隣り合わせの右側前方の密林は、まるで何かに食われたかのように、一直線、縦に割れていた。湖と同じく終点が見えないので、長さは数キロ単位に及ぶだろう。深すぎる為、下まで光が届かず底は見えない。

 俺達はその渓谷を右手に、湖の上を飛行する。水の冷たさを得てさらに低温となった風が頬に当る。

 

「ジャングルのど真ん中にこんな大きな大地の裂け目があるってのも、何か不自然な感じだな……」

 

 馬鹿な考えかもしれないが、人為的に作られたようにすら見える。

 

「個人レベルでこんなことができたりとか、やめて欲しいね……」

 

 流石に過ぎた妄想だと思うが……。

 

 主。そろそろさ。

 

 サイヤ的な人達がいたら嫌だなー。などと考えていると、黒飛竜の尻尾にしがみ付く火の玉が俺に話しかけてきた。

 

「ん? もうか。

 真紅眼の飛竜(レッドアイズ・ワイバーン)、一旦止まってくれ」

 

 黒飛竜はゆっくりと減速し、大きく上下に翼を羽ばたかせて、その場でのボバーリング飛行に体勢を移行させる。

 全身にかかるGと冷たい風が止んだと同時に、火の子供は俺の右手へと飛んできた。

 

「ワイトキング、少し拘束を緩めてくれ」

 

 手をフレムベル・ベビーの真下に差し出す。

 主、これでしばらくお別れさ。またオレのことが必要になったら呼ぶさ。

 

「ああ、ほんと、助かったよ」

 

 フレムベル・ベビーは満足そうに体の炎をボォッと燃え上がらせると、カードとなって俺の手に落ちた。

 このまま蜻蛉(とんぼ)帰りでもしないかぎり、彼の出番はしばらくない。思えば、彼には一番お世話になった気がする。 

 

「それじゃあ、五分休憩して、それからもう少しスピードを上げて飛ぼう」

 

 了解だ。

 

『もう好きにすればよい』

 

 休憩。お休み。休憩。

 休憩。

 五分。休憩。五分。

 

 何故か投げやりなワイトキングに、ざわめく懐の中の目玉達。

 因みに休憩とは、勿論俺の為の休憩である。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 見える。あった。見えた。

 村。見えた。村。

 着く。

 

「あ、ああ、みみみ見えてる」

 

 溢れる思いを抑えきれず、にんまりしてしまう。ついでに溢れる寒さも抑えきれず、声が震えてしまう。

 長かった。実際この世界に来てまだ一週間なのだが、気分的には一月くらいサバイバルしてた気がする。まぁ、アレをサバイバルと呼ぶのはプロの人に色々と怒られそうだが、俺にとっては間違いなくサバイバルだったのだ。

 

「とと取りあえず、おおお降ろしてくれ」

 

 はははは、お疲れ様だな、マスター。

 

『はん! 無茶をして速度を上げさせるからだ』

 

 でもそのおかげでまだ日は高い。いい感じに早く辿り着くことができた。

 眼下には目的地の集落がある。家屋八十数軒の村と聞いて必要以上に小ぢんまりしたものを想像したが、実際見るとかなり広いことが分かる。今丁度上空にいて村の全体像が見えている。形は歪で円形や正方形と分かりやすく表現できない。一番距離の長い部分で見れば、村の端から端まで6キロメートル程ある。

 そして最も目立つのは、そんな広い面積を囲む赤銅色(しゃくどういろ)の壁だろう。

 高さは7メートル程。それがぐるりと村を守るように続いている。材質は何だろうか? 石のようでいて、金属のようでもある。継ぎ目がまったく見当たらない。これを建てるには相当高度な建築技術が必要となるだろう。上空から見たところ、壁の対角線上に出入り口が一つずつ――合計二箇所あり、それぞれの横に背の高い見張り塔がついている。この塔も赤銅色であり、きっと壁と同じ材質でできているのだろう。

 

「壁の外側の入り口付近に降りてくれ」

 

 目的は友好だ。いきなり中に進入したら敵と判断される可能性がある。まずは受付を通らないとね。

 入り口の門からは踏み均された道がある程度続いている。そんな門の近くの道に黒飛竜は降り立つ。

 長時間の空の旅により筋肉の凝り固まった肩を回す。ゴキゴキと骨の音が鳴る。

 少し体を動かしたいと思い、黒飛竜に声をかけて下ろしてもらうことにした。

 変なものを踏んで足に怪我しないよう、ゆっくり歩いていく。早いところ靴を入手したい。

 

 さて、この世界で初の人間との接触。第一声はどうしようか。

 おっす! 気安いな……。

 たのもうー! いやいや、道場破りじゃないんだから。

 こんにちは。……と、これは普通過ぎるな。

 嘗められない為にも、やはり少し偉そうに喋った方がいいだろうか?

 

 残り僅かな距離を進みながら考える。まったく日本語って難しい。

 黒飛竜は俺の後に続いていて、ワイトキングは未だその背中に乗ったままでいる。そして目玉達は俺のローブの中だ。

 ……それにしても……、……何か見落としてる気がするんだが……。

 地面は冷たく、砂の感触でざらざらしている。そんな大地を踏みしめ、とうとう門の前に辿り着いた。

 

 目の前の門はいくつもの細い木の丸太を縄で束ねて作られたものだ。赤銅色の壁の材質と比較してやけにアンバランスに見える。

 

「なんだろ? 未来的住宅の中にダイヤル式の黒電話を見つけた……みたいな?」

 

 そんなことを考えながら更に一歩門に近づくと、高さ4メートルある門は音を軋ませつつ外側――つまりこちら側に向かってゆっくりと開いた。

 

 てっきり塔の上から職質的に色々聞かれるかと思ったが、いきなり開くとは……。

 少し無用心じゃなかろうか?

 

 たっぷり20秒かけてようやく門は開ききり、その向こう側に待機していたらしきとある集団を視認できるようになった。

 中央にはもさもさと(ひげ)らしきものを生やした老人。杖をついているのできっと老人で合っているはずだ。その両脇にはそれぞれカラフルな民族衣装を身に纏った顔役らしき中年。更にその外側に、皮鎧を身に着けた青年らしき人物二人。先ほど門を開き切り、今入り口の両端に立っている青年二人を合わせると総人数七名。盛大なお出迎えである。

 彼らの後方20メートル程離れた場所で、口に指を咥えた子供がじーっとこちらを見ている。あ、今お母さんらしき人が慌てて掻っ攫うように彼を抱いて逃げていった。

 

 歓迎……されてないね。明らかに。

 

 カツンッ。

 中央に立つ()()()()()()()()()は杖の音を鳴らし、背後にいる()()()()()()()()を守るよう一歩こちらに近づいた。

 

 …………。

 ……。

 ……。

 ……あ……ありのまま今起こった事を話すぜ!

 おれは人間の集落に辿り着いたと思ったら、そこは二足歩行する猫の村だった。

 な……何を言っているのかわからねーと思うが以下略。

 

 勿論、毛むくじゃらの老人も猫である。

 

「ど、どうも」

 

 つい無難なセリフが口から滑り出た。

 何だかしまらないファーストコンタクトになってしまった。

 

 身長1メートルちょいある猫達は俺をじっと凝視している。

 これがアニメとかなら「可愛い~」で済むのだが、現実に目の前にいるとなると、はっきり言って結構怖い。

 そして、ここではたっと気づいてしまった。

 

 ――日本語、通じるわけないじゃん!

 

 こんな当たり前なことに気づかないとか、何たるお粗末!

 や、やべー! どうしよう!

 ここに来てまさかの意思疎通不可能。

 俺の内心は大根らん状態だ。

 だ~いこんらん、だいこんらんですぞ~!

 せ、せめて表面上だけでも冷静を装わなければ。

 

 いつの間にか、猫の老人は俺の目の前まで歩を進めていた。

 そして彼は、ゆっくりと、(ひげ)を生やした、その口を開く。

 

「――にゃーーーー」

 

 に、にゃー?

 よし、こ、ここは冷静に!

 

「に、にゃーーーー!」

 

 って全然冷静じゃねーー!

 

「…………。

 ……わしはこの集落の代表役をしとりますにゃ。

 不躾な質問にゃが、賢者殿。我らが村へ何用ですかにゃ?」

 

 ――――

 ――

 ――

 ――初めて出会う異世界人の言語は、語尾に”にゃ”をつけるあやしい日本語でした。

 

 

 

――――――――――――――――――――

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

未熟なカード使い      -闇ー

               ☆

 

【上位世界人族】

異世界に迷い込んだカード使い。魔力を

消費してカードに秘められた力を解放す

ることが出来る。しかし、その力はまだ

未熟だ。

 

ランクアップ条件

知的生命体と接触せよ Clear

魔力の最大値が1アップしました。

 

信奉者を獲得せよ 0/10

 

魔力 3/9    ATK/80 DEF/130 

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 因みにレッドアイズ・ワイバーンとワイトキングはスカルライダーの如く、主人公の後で睨みを利かせてます。
 モンスター・アイ達は「マスタ-を守るぞー!」とローブの中でスタンバってます。

主人公 → 事前に色々考えるが、肝心なことが抜け落ちる残念な人。


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ケーネ村編
第09話 治癒の光


 第一発見者は見張り番のダストであった。

 同期よりも若干幼く見られる小柄な彼はその時、見張り塔で傷心の時間を過ごしていた。

 彼は先月、初めて愛が芽生える季節――発情期なる期間を迎えた。

 身体が火照る未知の体感に、胸はワクドキの頭テンションMAX状態となっていたが……今となっては、それが全ての元凶だったんじゃないかと彼は考える。

 これまでいい仲であったと思っていた同い年の幼馴染にいざ告白に行かんと彼女の部屋まで脇目もふらずにダッシュしたところ――件の幼馴染はこれまで眼中になかった近所に住むおっさんと、その、まぁ、アレしていたのだ。

 ダストにとって、それはそれはショッキングな事件であった。

 どれくらいショッキングであったかというと、これまでの人生で起こった幸せな出来事TOP10を、十数分間にわたって延々と見続けるほどのショッキング具合であった。

 そんな失恋をした彼は早々立ち直れず、次の日、部屋でふて寝した。

 その次の日も、部屋でふて寝した。

 そのまた次の日も、部屋でふて寝した。

 そしてそのまた次の日はさすがにもう眠くなかったので、ベッドの上を体育座りしながら、過去にあった幼馴染との幸せな時間を夢想して、にへら~と笑っていた。

 十八日目で、”仕事しろっ!!”と、父にこの見張り塔へと放り込まれた。

 村にニートを養う余裕はない。

 彼の両親の忍耐力は、なかなかに強かったと言えるだろう。

 

 見張りと言っても壁を越えられるような動物は早々やってこない。大型動物さえ獲物とする緑襲鷲(りょくしゅうわし)の縄張りは大森林の遥か向こう側である。極まれにゴブリン共が攻め込んでくることもあるが、どうせ壁を越えられやしない。

 結局のところ、彼ダストは、望遠鏡で遊ぶくらいしかやることがないのであった。

 しかし、たまにはこんな仕事もいいと、普段狩猟に勤しむダストは望遠鏡を覗き込みながら考える。年に三度村に帰って来るジオさんが持ってくるお土産は毎度毎度興味深い。彼にとって、都会とはまるで夢の国のような場所であった。

 毎日変化のない狩猟生活をやめて、自分もジオさんについて行こうかな? そうすれば、幼馴染が余所の男といちゃつく所を見ないで済む――。

 そんなことを割と真面目に考えながら、ダストは森に向けていた望遠鏡から目を離す。

 

「ふぅ……」

 

 一度目を瞑り、軽く肉球で眼球をマッサージする。見張り番も今日で連続六日目だ。なんだかんだで、心の傷は少し癒えたように思う。そして望遠鏡と言う都会の珍しい玩具を弄るのにも、そろそろ飽きてきたところである。

 何か面白いことでも起きないものかと考えながら窓の下枠に腕を置いて寄りかかり、彼はなんとなしに遠くに目を馳せる。

 

「あれ?」

 

 遠く空の上、ごみ粒のような黒い点が浮かんでいるのが見えた。初めは目にゴミでも引っ付いているのかと思ったが、どうも違うらしい。

 

「なんだろ? 

 ……へへっ、丁度いい物があるじゃん」

 

 すぐ手に持った玩具が遠くを見る為の物であることに気づき、黒い点に望遠鏡を向けるダスト。

 そうしてレンズを通し、彼の目に映ったもの。

 それは――

 

「……ぇ……え? ……まっさかー。

 …………で、でも……。……ドラゴン?」

 

 それは、漆黒のドラゴンであった。

 おとぎ話に頻繁に登場する最強種。もちろんダストは本物などに出会ったことはないのだが、小さい頃に幻獣図鑑の挿絵で見たことがある。そう言えば、あの幻獣図鑑もジオさんが都会から持ってきたお土産だったな……などとどうでもいい所に思考が飛ぶ。

 

「近づいてきてる……」

 

 ドラゴンは体を村の方角――つまりこちらに向け、真っ直ぐ突き進んで来ていた。その輪郭は少しずつではあるが、どんどん大きくなっていく。

 実は背中に一人と一体が乗っているのだが、真正面からしか見れないダストにはそれらを視認することはできない。

 

「あわわわわ、は、早くみんなに知らせないと!」

 

 階段を転げ落ちるように駆け下りたダストはポケットから緊急用の笛を取り出し、迷わずそれを全力で吹き鳴らした。皆何事かと困惑する中、ダストは叫ぶ。

 

「ド、ドラゴンだ! ドラゴンが来たーー!!」

 

 ――こうして、村は約二十年ぶりの大騒ぎとなった。

 

 

◇◇◇◇

 

「た……確かに、ドラゴンじゃ」

 

 村の代表役の震える声が、見張り塔の狭い室内に反響した。

 望遠鏡を下げる彼とて過去にドラゴンを見たことがある訳ではない。だが遠くからも感じるあの威圧感――。あれは間違いなく上位生物のものであると彼は確信する。

 

「どうするんだ!? ドラゴンなど敵うわけがない!」

 

「襲われたら、村は一巻の終わりだぞ!」

 

 慌てふためくのは村の顔役二人だった。一人は狩猟を管理し、もう一人は村内の農畜産業をまとめている。今この場所に、このケーネ村をまとめる最高幹部が全て集まっていることになる。ことはまさに、村存亡のかかった一大事であった。

 

「代表、私にも望遠鏡を貸していただけませんか?」

 

「おお、ジオ殿」

 

「そうだ、ジオ殿なら何かいい案を思いつくかもしれん」

 

 そうして代表役から望遠鏡を受け取る一人の男。年の頃は三十代半ばだろうか。

 彼の名はジオ。村の対外窓口を一身に背負う苦労人であった。村で栽培した香辛料を町まで運んで売り、村に必要な品物を町から購入して持ち帰る。彼はその役割の為、一年の半分近くを旅路に費やしていた。そんな彼の知識は役割柄村一番であり、相談役としても皆から頼りにされている。

 

 望遠鏡を覗き込むジオ。ドラゴンはもうかなり近くまで近づいてきている。今後どうするにしても、あまりもたもたしている余裕はない。

 

「戦えない者の避難は済んでいますか?」

 

「今やってるところじゃ。じゃが、地下壕には全員入りきらんじゃろうな……」

 

「そうですか……。……ん?」

 

「ど、どうした?」

 

「何か分かったのか!?」

 

 慌ててジオに詰め寄る顔役二人。

 この村はなんだかんだで危機らしい危機に見舞われたことがない。

 だからといって、皆をまとめる立場の人物達がこの有様とは……。まったく嘆かわしいと心の中で嘆息するジオ。

 

「あれはドラゴンではありませんね。ワイバーンです。

 似ていますが、ドラゴンより数段ランクの劣る幻獣です。弓矢を持った者が30人程いれば、どうにか退治できると思います」

 

「なら今すぐ村の衆を集めて弓矢を――」

 

「少し待ってください」

 

 そう言って、ジオは望遠鏡を覗き続ける。

 

「……しかし、あのような黒いワイバーンは私の知識にはありません。きっと突然変異種か何かでしょう」

 

「その……突然変異種とはなんじゃ?」

 

 杖をつき、一歩前に進む出る代表役。

 

「極々稀に生まれる強力な個体のことです。

 見たところ、あの黒い装甲は相当頑丈そうだ。下手をすると、矢が刺さらないかもしれません」

 

「勝てんのか?」

 

「分かりません……。

 撃退できたとしても、相応の犠牲を払うことになるでしょう。

 このまま隠れてやり過ごすことが最善かもしれません……」

 

 皆無言となった。

 何しろ、やり過ごせる保障などどこにもないのだから。

 強力な種には知性が生まれる。知性があるということは、遊び心があると言う事でもある。かのワイバーンが()()の後、子供が蟻の巣に水を流し入れるように、蝶の羽を一枚ずつもいでいくように、気軽な遊び感覚で村民を皆殺しにする可能性は十分にあった。人の倫理観など彼らには通用しない。それは人が蝿を叩き潰す時、いちいち罪悪感を覚えないのと一緒である。

 

「降りてきます!」

 

「!」

 

 ジオの声に皆窓の外に顔を向ける。漆黒のワイバーンはしばらく滞空し、そしてゆっくりと村へと向かって下降する。とうとう結論が出せないまま相手が来てしまった。

 

「――! あ、あれは!?」

 

「誰かが背中に乗っておるぞ!」

 

「い、今確認します」

 

 再び望遠鏡を向けるジオ。あまり深く考えずに適当に買ってきたものであったが、この道具は存外役に立つものだなと内心思う。

 レンズの先から見えたのは人だった。自分達と違い、割とポピュラーなヒューマン型である。紫のローブを身に着けている。

 

「どうじゃ? ジオよ」

 

「はい。間違いなく人です。

 ……ワイバーンは彼に付き従っているように見えます」

 

「なら、そいつを殺せば」

 

「さっそく村一番の弓の名手を呼んでこよう。確か今はアリアがそうだったか」

 

「やめてください! どうしてそういう結論になるんですか!?」

 

 弱点見つけたり! と意気揚々と戦闘計画を立てる顔役達に対し、ジオは右腕を横に振り、怒りを顕わにする。この田舎者共はなんでもかんでも排除すれば解決すると思っている。それが可能であるかさえ考えもせずに――。

 

「ジオの言う通りじゃ。主を殺されればワイバーンとやらは怒り狂うやもしれん。冷静で居られないのは分かるが、おぬし等ももうちっと考えてものを言え!

 ――それでジオよ、どうすればよいと思う?」

 

「遥か東方、メルア王国の現国王は類稀なる神級のカイリ保持者です。彼の傍には常に幻獣――金毛赤眼の獅子が付き従っていると聞きます。何でも幼き頃にかの獅子より認められたとか。

 見たところ、あそこにある漆黒のワイバーンもメルア王の獅子に近い強さを持っているように思えます。それを従わせるだけの力を持つとなれば、あれに乗っている御仁はメルア王と同等のカイリを保持しているかもしれません」

 

「ふむ」

 

「それだけの御仁ならば、むやみに暴力を振るうこともないでしょう。まずはこちらが礼を持って対応すべきです。そうすれば、そう悪いようにはならないかと思います」

 

「……ならばその案を採用しよう。

 ルラータ、ヘーロ、お前達もついで来なさい。我らミオ族最上の礼式をもって出迎える」

 

「し、しかし」

 

「そうです。万一アレが敵意ある者ならどうするのです?」

 

 なおも食い下がる村の顔役――狩猟頭ルラータ、そして農畜産まとめ役ヘーロ。

 彼らの心配も真っ当であった。ことが村の存亡に関わる以上、下手な希望的観測は命取りとなるかもしれない。

 

「どの道戦って勝つ可能性は限りなく低い。そうじゃな、ジオ」

 

「はい。突然変異種のワイバーンに加え、神級クラスのカイリ保持者が相手となれば……おそらく」

 

 その言葉を受け、代表役は無言で歩き出し、見張り塔の下り階段を駆け足気味に下り始める。それに従うルラータとヘーロ。ジオもその後に続いていく。もう相手はすぐそこまで来ているのだ。

 

「……ジオよ、お前は後方に下がりなさい。もしわしらに何かあれば、お前が皆をまとめよ」

 

「……はい」

 

 

◇◇◇◇

 

 見張り塔から出る村の幹部四名に対し、狩猟班の青年達は不安げな視線を注いでいた。もしもの為にと集められた彼らは、皆腕っ節に自信のある者達だった。その中には今回の件の第一発見者であるダストも混ざっている。

 

「コロ、レビジ、アリア、あーそれからダスト、武器を置いてわしらについて来なさい。残りはジオの指示に従うんじゃ」

 

 代表役の突然の言葉に、訳が分からないという表情をうかべる青年達。

 

(彼らには申し訳ないのじゃが、説明してる余裕はない)

 

「よいか! これから来る人物に敬神の礼をもって出迎える! やり方は毎年の光臨祭で見ておるじゃろ? コロとアリアはわしらの両端へ、レビジとダストは門を開ける役じゃ!」

 

 若者達は互いに顔を見合わせ、頷く。どうやら時間がないことを察したらしい。

 

「よし。レビジにダスト、すぐ開門せい」

 

 代表役は門の前に陣取る。敬神の礼に合わせ、その両隣には顔役である二人が、さらに両端には強き乙女が。

 そして、門はゆっくりと開かれた――。

 

 

◇◇◇◇

 

 硬直するように皆の動きが止まった。

 その理由は三つ。

 

 一つは門の前にタイミング良く、いや、タイミング悪く相手がいたこと。これでは心の準備も何もあったものではない。

 

 二つ目は間近でワイバーンの突然変異種を見たこと。陽光を反射する漆黒の体に真紅の目。その溢れ出す存在感、種の差による絶望感にはただただ圧倒されるばかりであった。何の冗談なのか、その背中には人の骨が騎乗している。

 ぎょっとする。骨は首を動かし、奈落の底へと繋がるような闇色の眼窩をこちらに向けたからだ。どうやら錬金術で作り出された生物であるらしい。骨からさほど威圧感を感じないが、その代わり、呪いとても言うべきか――防衛本能を刺激する不吉な何かをその身から噴出させている。何かを条件に力を発揮する特殊なタイプなのかもしれない。例えば、死者の魂とか……。

 恐ろしい。本当に喧嘩を売らなくてよかったと代表役は心の底から思った。

 

 そして三つ目は目の前にいるヒューマンの男性。黒の髪に黒の瞳。その背丈はヒューマンとしてはかなり高い。いや、むしろ巨人と称してもいいかもしれない。代表役にヒューマンの美醜はよく分からないが、無感情な視線を向けられていることだけは理解できた。

 

(な、なんという桁違いのカイリじゃ……)

 

 そんな彼からは強力なカイリが漏れ出ていた。その分だけでも王級クラス程あるが、潜在的にはまだ上があるように見える。その身に纏った紫のローブも、何らかの強力な呪詛が込められたものなのか、禍々しいオーラーを周囲に漂わせている。

 

 代表役は震えだす杖を握る右手に左手を重ね、鷲づかみにした。

 

(皆圧倒されて動けん。ここでわしも動かんでどうする!)

 

「ど、どうも」

 

 紫ローブの男から声がかかった。標準的な言語であるニホン語であった。どうやら問答無用で襲う気はないらしい。代表役は意を決し、彼の前へと一歩一歩、歩みを進める。皆の息を飲む気配が背後から感じられた。

 男の眼前の、敬神の礼で正しいとされる位置で立ち止まる代表役。ドラゴン、骨、そして紫ローブの男から放たれる圧力を受け、気絶しそうになる。何とか意識の紐を繋ぎ止め、変わらず無表情の彼に対し、代表役は太古に神より伝えられたミオ族最上級の挨拶を実行する。これできっとこちらの従順の意を分かって貰えるだろう。

 からからに乾いた口を開き、声を絞り出す。

 

「にゃーーーー」

 

(……こ、これでどうじゃ?)

 

「に、にゃーーーー!」

 

 なんと、男から挨拶を返された。確かに神以外がこの挨拶を受け取る際、同じ「にゃー」を持って返すことが正しい礼儀とされるが、こんな古いしきたり、ミオ族ですら知らない者は多い。

 

(ふぅ……。どうやら何とかなりそうじゃな)

 

「…………。

 ……わしはこの集落の代表役をしとりますにゃ。

 不躾な質問にゃが、賢者殿。我らが村へ何用ですかにゃ?」

 

 だからと言って、ここで油断して普通の話し方をしない。ミオ族に伝わる最上級の尊敬語で語りかける。賢者殿と呼称したのは言わば”Mr.(それがし)”や”なんちゃら先生”といった意味合いだ。向うの名前を知らない今、妥当な呼称と言えるだろう。

 

「私は旅をしている者です。今回は補給の為にこの村へと寄らせて頂きました。

 職業柄薬を作っていまして。もしよろしければ、この村の怪我人や病人を治す代わりに、いくつかの物資を融通してもらえないでしょうか?」

 

 代表役は思う。彼はこれだけの力を持っているのだ。その気になればこんな木っ端村、わざわざ交渉しなくとも根こそぎ略奪できるはずである。だから今彼が語った内容はきっと本当のことなのだろう。

 

「わかりましたにゃ。

 ようこそ。ケーネ村は賢者殿を歓迎しますにゃ」

 

 

 

◆◆◆◇

 

 よっしゃ! ファーストコンタクト成功だぜ!

 にしても三毛猫の村とは、さすが異世界。度肝(どぎも)を抜かれるとはこのことだな。

 

 でも何で彼らの言語は日本語の語尾に”にゃ”なんだろ? 謎過ぎる。

 とりあえず長老的な猫について行くことにする。確か代表役とかいったか。彼は一番前を先導して歩いている。

 俺の左右斜め前に豪奢な民族衣装を着た猫二人が、両隣には皮鎧を身に着けた若い猫が俺を挟むようにして歩いていた。

 そう言えば、確か三毛猫ってほぼ雌しか存在しないんだっけ? 遺伝子的にあーだこーだあって。ってことはこいつら全員雌……なわけないか。代表役は髭っぽいの生えてるし、両斜め前を歩く幹部的な感じのご両人もいかにもおっさんって感じだし。

 なら左右の二人は雌? うーん……よく分からんな……。

 

 右を歩く若い猫に目を向けると、彼(彼女?)は怯えたように目を逸らす。

 人見知り? まぁ、俺異種族だしね……。この世界に俺と同じ人間っているのかな……?

 

 進むうちに、ちらほらと民家が見えてくる。外見は……土で作ったかまくら。この表現が一番近いだろう。勿論その規模は標準的なかまくらの七、八倍以上ある。それがぽつぽつと点在していた。

 

 稀に入り口から頭半分を覗かせ、そっとこちらを見る村民を確認できる。元が三毛猫なので妙に可愛らしい。よ~く彼らの視線の先を辿ると、どうやら見ているのは俺ではなく、真紅眼の飛竜(レッドアイズ・ワイバーン)であるようだ。まぁ、そりゃあ目立つわな。てか、よくもまぁコイツごと村に入れてくれたものだ。てっきりもっと色々言われると思ったんだが……。

 

 俺を連れた一行は村のはずれの方に向かっているようだ。およそ八分間程度歩きつづけ、一軒のかまくら型家屋に辿り着いた。

 

「賢者殿、窮屈じゃろうが、ここにお泊り下されにゃ。

 身の回りの世話役にコロとアリアを置いていくにゃ。ほれ、挨拶なさい」

 

 ずっと俺の両端を固めていた猫達が頭を下げる。

 

「よ、よろしくおねがいしますにゃ。コロですにゃ」

 

「アリアですにゃ。何でもお申し付け下さいにゃ」

 

「どうも、宜しくお願いします」

 

 声を聞く限り、どうやら雌……と言うのは失礼か、女性らしい。

 

「わしはこれから少し所用がありますにゃ。賢者殿はしばらく寛いでくださいにゃ」

 

 そう言って代表役は頭を下げ、その背後に控える幹部二人も同様に頭を下げた。そう言えば彼らは最後まで喋らなかったな。

 

「ああ、ありがとう」

 

「では……」

 

 

 

◇◇◇◇

 

「賢者様、お茶をどうぞにゃ」

 

「これはどうも、ご丁寧に」

 

 石のテーブルにお茶を載せるアリア。

 彼女ら二人は甲斐甲斐しく俺の世話をしている。時たま妙な目配せをしているのが気になるが、特に騒ぎ立てる程のことでもない。

 黒飛竜は外で休ませている。当たり前だが、中は狭くて入れないからだ。ワイトキングは壁の隅に立っていて、微動だにしない。すっかり骨格標本が板に付いてきたようだ。時々部屋の掃除をするコロが彼を見て、びくっと身を竦ませたりしていた。そして7体のモンスター・アイは変わらず俺のローブの中にいる。

 

 家の中には薄いほこりが積もっていた。アリアによればここは来客用の家で、そもそもこの村に来客などここ十数年なかったらしい。だからこの家に入った当初、彼女らは慌てて清掃活動に勤しんでいた。

 そしてなんだかんだで、ここに座ってから一時間以上経過している。これまで二人とも忙しそうに立ち回っていたので、大した話を聞けてない。ようやくお掃除もひと段落したようなので、声をかけてみることにする。

 

「少々お尋ねしたいのですが、この後の予定はどうなっているのでしょう?

 私は生活用品を数点購入したいと思っていますが、この村に雑貨屋などお有りでしょうか?」

 

「い、いえ、この村にはお店と呼べるものはないですにゃ」

 

「多分、この後代表役の家で賢者様の歓迎会をすると思いますにゃ。賢者様の要望に関しては、その時に代表役から相談があるはずにゃ」

 

 少しどもりながらも答えてくれるコロに、これからの予定予想を話してくれたアリア。

 アリアってあれだよね。俺が鑑定した人だよね、多分。まったく、奇妙な縁もあったもんだ。

 

 村民の見た目は二足歩行する巨大三毛猫なので、中々個人の判別がしづらい。だから個々の服装や装飾で見分けることにした。まず俺の世話をしてくれる二人に目を向ける。

 コロは右腕に銀色の腕輪つけ、左耳の後に羽を(かたど)った髪飾りがある。ワイトキングが動くたびにいちいち怯える姿が可愛らしい。とりあえず羽飾りの猫と覚えよう。

 アリアの特徴は頭に巻いたバンダナだ。原色の赤をベースに花模様があしらわれている。尻尾にも赤い飾り布を巻きつけており、赤色が彼女のチャームポイントなのかもしれない。アリアのことは赤バンダナの猫と覚えることにする。

 

 まだ警戒されているのか、二人からの情報収集は進んでいない。コロは怯えるし、アリアは何を聞いてものらりくらりとかわしてしまう。後程代表役にお聞きくださいにゃ、だ。

 結局収穫を得られないまま、日は沈もうとしていた。夕刻であった。

 

「賢者様、代表役がよろしければ共にお食事をと申してますにゃ」

 

 今さっき来た伝令の言葉を俺に伝えるアリア。

 勿論二つ返事でOKした。ここにいても何の情報も集まらない。

 

「それでは、ご案内いたしますにゃ。こちらへどうぞにゃ」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 食事は肉、肉、肉、豆、芋、肉、肉、肉だった。

 大きなテーブルに様々な肉料理が並んでいた。どうやらここには主食と言う概念はないらしい。別にそう驚くことでもない。地球でも主食と言う概念があるのはアジア圏くらいである。よく欧米はパンが主食という勘違いをする日本人を見かけるが、パンは欧米の人にとっておかずの内の一品であり、そもそも主食という考え方は向こうにはない。

 

「歓迎しますにゃ、賢者殿。どうぞ遠慮せずに召し上がってくださいにゃ」

 

 そう代表役が勧める食卓には俺を含め、五人が席についていた。

 

 ここは小高い丘に立てられた代表役の家。当然の如くかまくら式である。

 先の代表役のセリフの前に、彼らは一人一人俺の前で自己紹介をしてくれた。

 昼に俺を出迎えた代表役以外の二人は、名をルラータとヘーロと言う。ルラータさんは狩猟を管理していて、ヘーロさんは村内部の様々な仕事をまとめているらしい。二人とも非常によく似たカラフルな民族衣装を身に着けており、中々見分けがつきにくい。

 そしてもう一人、新たに紹介されたのはジオと言う男性。何でも、いつもは村と町を往復しているのだそうだ。俺の欲しいものに関しても、彼が便宜を図ってくれるらしい。茶色のポンチョに身を包んでいる、落ち着いた雰囲気の三毛猫だ。

 彼らの態度から過度の恐れや嫌悪感は感じない。この世界でも人間型の知的生物は存在するのかもしれない。

 

「どうかのう、賢者殿。女衆が腕によりをかけて作った料理ですにゃ」

 

「はい、とてもおいしいです。

 こんなきちんとしたお食事にありつけるのは久々です」

 

「おおー。それはよかったにゃ」

 

 正直なところ、まずくはないが、特別おいしいとも思えない。だが懸命によいものを出そうとしてくれる彼らの親切は心に染み入るものがある。その為か、料理は五割り増しくらいにおいしく感じられた。世話役といい料理といい、実際、怪しい旅人に対しては過ぎた待遇だと思う。久々のお客さんらしいので、それで奮発しているのだろうか?

 食事は終わり、太陽もすでに木々の向こうへと沈んでいた。なんとなしに部屋の壁に設置された松明(たいまつ)の明かりを見つめる。

 

「賢者殿は薬を作られるのにゃとか」

 

 これは狩猟頭のルラータさんだ。声をかけられ、意識をテーブルに戻す。

 

「ええ、少し制限はありますが、かなりいいものが作れますよ」

 

「それはなんとも有り難いにゃ。にゃにしろ、狩りに出ると生傷が絶えないにゃ。

 近頃西のゴブリン共も頻繁に襲い掛かってくるようににゃったし、今も動けない者が何人かいるにゃ」

 

「村の中にも病気で倒れているものが数人いるにゃ」

 

 続けて農畜産まとめ役、ヘーロさんが話し出す。

 

「やはり薬で治るものと治らないものがあるようにゃ。もしよろしければ、賢者殿には後日、彼らを見てやって欲しいにゃ」

 

「分かりました。私でよろしければ」

 

「ぜひお願いしますにゃ」

 

 頭を軽く下げるヘーロさん。

 

「賢者様。

 賢者様の連れている黒いワイバーン、私はこれまでにあれだけ強力なものを見たことがありませんでした。あのワイバーンはなんという種でしょうか?」

 

「あれの名は真紅眼の飛竜(レッドアイズ・ワイバーン)です。

 そうですね……あまり余所のワイバーンと強さを比べたことはありませんが、かなり珍しい個体であることは確かですよ」

 

「おお……やはり――。レッドアイズ……ですか……。

 ワイバーンを騎獣にしていることといい、賢者様は強力なカイリをお持ちのようだ。もしよろしければ、等級をお教え願えますでしょうか?」

 

 カイリ? 話の流れからして魔力みたいなものだろうか? それに等級があると。

 

「もうしわけない。何しろ年がら年中移動ばかりを繰り返していたもので、きちんと測ったことがないのです」

 

「……なるほど、そうでしたか。

 賢者様からはかなり強力なカイリを感じます。きっと神級にも届くでしょう」

 

「いえ、さすがにそれは褒めすぎかと。そこまで高くはないでしょう」

 

 ごまかせたかな?

 このジオって人、少し苦手かもしれない。さっきから何かと探りを入れてくる。

 今気づいたけど、彼一人だけ語尾に”にゃ”をつけてないね。

 

 

◇◇◇◇

 

「もうすっかり夜ですにゃ」

 

 あれからしばらく談笑が続いた。

 ルラータさんから狩猟の苦労話を聞き、ヘーロさんから家畜や畑の自慢を聞いて、そして幾度かあるジオさんからの鋭い質問を何とか嘘でかわす。

 

「賢者殿もきっと長旅で疲れていることでしょうにゃ。今日はもうこれでお開きにしたいと思いますにゃ」

 

 代表役の言葉である。

 どうやらその言葉の通り、今日はこれでお開きにするらしい。

 

「ええ、大変おいしいお食事、有難うございます。

 明日からは皆の役に立てるよう努力いたしましょう」

 

「とても有難いですにゃ。それでは、帰りはまたアリアとコロに案内させますにゃ。

 ――おーい! アリアにコロ!」

 

「はい」

「ただいま」

 

 入り口からアリアとコロが入ってくる。ひょっとしたら、ずっと外で控えていたのだろうか?

 

「賢者殿を家まで案内せい」

 

「「かしこまりました」」

 

 あれ?

 

「こちらへどうぞにゃ」

 

 手を出口に向け、俺を案内するアリア。

 君達、今”にゃ”つけないで喋ったよね?

 

「えっと……はい。

 では代表役、お先に失礼します」

 

 こうして代表役からの夕食への招待は無事終わった。

 少しギクシャクした席ではあったが、彼らの歓迎は心の底から好ましく思う。

 お返しする為にも、明日から頑張ろう。

 

 

◇◇◇◇

 

 ぴ~、ひゅるりるりら~♪

 

 うおおおおおおおおおお!!

 

 ぴ~ひゃらぴ~♪

 

 油断したーーーー!!

 うおおおおおおおおおお!!

 何だこの痛みは! 腹が捻じ切れるぅぅぅぅ!!

 駄目、無理、死ぬ死ぬ死ぬ。もういっそ殺せ!!

 

「カカカカード……」

 

 いでぇーーーー!

 完全に食中毒だよ!

 に、日本人の腹に、この世界の衛生基準で作られた食事は無理だったんだ!

 なんか腹ん中でチャルメラが鳴ってるぅぅぅ!

 

 ちゅるりらり~♪

 

 うおぉおぉおぉ。もうマジ無理。絶対無理。

 吐きそう。ごめん、許して。

 

 ぎゅぎゅぎゅのぎゅ♪

 

 すみませぇん! 謝る、謝りますからぁ!

 だだだ誰に謝ればいいんですかーー!?

 

「どどどどどこだ、どこだ――」

 

 ああああった! これだ!

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

治療の神ディアン・ケト    ー魔ー

           【魔法カード】

 

自分は1000ライフポイント回復する。

 

           消費魔力 3

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 ちち、治療のかか神なんだから、ここここれくらい直せるだろ、きっと。

 し、喋ってる余裕もない。

 ちちち治療の神ディアン・ケト、発動。

 

 俺の手の平に、白の光が生まれる。

 どうすんだ、これ? 手のひらに引っ付いてる?

 とりあえず患部である腹に当ててみることにする。

 

「くっ…………はぁ……はぁ……」

 

 光は広がり、俺の全身を包み込む。

 五臓六腑の異常が、取り除かれていくのを感じる。

 まさに一瞬。

 光が収まると、腹の痛みは嘘のように退いていた。

 

「はぁー…………な……治った……」

 

 きつかった。食中毒があんなに苦しいものだったとは。

 日本でも毎年何人かの人が食中毒で亡くなってるらしいけど、今ならよ~く分かる。

 死ねるわ、これ……。

 

「…………マジ、疲れたぁ……」

 

 

 

――――――――――――――――――――

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

未熟なカード使い      -闇ー

               ☆

 

【上位世界人族】

異世界に迷い込んだカード使い。魔力を

消費してカードに秘められた力を解放す

ることが出来る。しかし、その力はまだ

未熟だ。

 

ランクアップ条件

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第10話 青薬無双

「ふぅ……」

 

 椅子にドカッと座り、ケーネ村代表役は大きくため息を吐き出す。

 つい先程、実に十七年ぶりの村への来客を送り返させたところだった。

 

「お前達、アレをどう思う?」

 

 もちろん、()()殿()についてである。実のところ、代表役は客人の来訪に対してかなり否定的であった。未だに彼の本名すら聞かないことからもその心中を察することができるだろう。

 

 問いかけに対し、狩猟頭ルラータと農畜産まとめ役ヘーロは顔を見合わせる。今回相談役として参加したジオも思案顔で何か考えているようだ。

 

「……私には、彼が無害であるように思えます。態度も友好的でしたし」

 

「私も同じです。こちらの話を静かに聴くお方でした」

 

 二人共肯定的な意見である。強大な力を持ちながらその力を驕らない謙虚な姿勢は、単純な彼らに好印象を与えていた。さながら不良が子猫に餌を与えている場面を見て、普段とのギャップにいい奴だと錯覚するように、賢者殿はいい人だという印象は、深く彼らの脳内に刻み込まれたのだ。

 

「ジオ」

 

「害意がないという点については賛成です。

 しかし……彼は何かを隠している。これは確実でしょう」

 

「ふむ……」

 

 思案する代表役に対し、ジオは言葉を続ける。

 

「ですがこれに関して、私はそこまで気にすることはないと思います。隠し事などそれこそ誰にでもあるでしょうから。

 今重要なのは、彼がこの魔境を単身で旅できる程の実力者であること。そして現時点において、この村をどうこうしようと思っていないこと。この二点ではないでしょうか?」

 

「……なるほど。

 ならば、これからの対応はどうするのが一番よいと思う?」

 

「まずは彼の要望を叶えていけばいいでしょう。その中で、こちらに得する条件を引き出せるものなら引き出していく。

 彼の薬師としての力量は知りませんが、根拠もなしに大言壮語を言うタイプには見えませんでした。うまくすれば、村の病人を幾人か治してくれるでしょう」

 

 妥当な案であった。代表役はルラータとヘーロに目を向けると、彼らも無言で頷く。

 

「今後の行動指針はそれで行くとしよう。

 ジオよ、客人との交渉はお前に任せる。うまくやってくれ」

 

「かしこまりました」

 

「それでは、この件はこれで一旦終わりじゃ」

 

 手を二度叩き、そう締めくくる代表役。

 

「ほれ、さっきは皆緊張して飯を殆ど食っておらんじゃろ。せっかく女衆が腕によりをかけて作ってくれた豪華な食事じゃ。余らせるのは勿体無い。改めて食事会と行こうではないか」

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◇

 

『朝である。起きられよ』

 

 やさしく肩を揺らす骨の両手。俺の朝は柔らかな骸骨の声から始まる。

 なんだろうね、悲しくなってきた。普通、この”骸骨”の部分は”幼馴染”とかのはずじゃないだろうか?

 

「おはよう」

 

『間もなく我輩達の魔力が切れる。必要なら再召喚の準備をしろ』

 

 はいはい、分かってますよ。なんでこいつは喋り方がいちいち偉そうなんだ?

 ここ来客用かまくらハウスは半径200メートル圏内に余所の民家がない。世話役のアリアとコロも昨夜家へ帰ったので、秘密行動するには都合のいい環境と言える。

 

 しばらく時間が過ぎ、モンスター達はほぼ一斉にカードへと戻った。真紅眼の飛竜(レッドアイズ・ワイバーン)とモンスター・アイを葉っぱカードフォルダに戻し、ワイドキングだけを再召喚する。

 

「ほれ、脱げ」

 

『…………ちっ』

 

 そう舌打ちをしつつ、渋々とローブを脱ぎ捨てるワイトキング。

 俺は再び彼の紫ローブに着替え、硬い木のベッドに腰を下ろす。

 多分これがこの村の普通なのだろうが、せめて藁くらい敷いて欲しかった……。

 

「非常食、ブルー・ポーション、発動」

 

 目の前に現れる缶詰、乾パン、それに回復薬と言う名の飲み水。

 朝食である。流石に食中毒が怖くなったので、自分で用意することにした。

 

 腹が痛くなったのは昨晩世話役の二人がいなくなってからなので、朝食がいらないことをまだ告げていない。もし用意してくれてるんだったら、素直に好意を受け取って食べよう。後でもう一度治療の神ディアン・ケトを発動させればいい。消費魔力3は勿体無いが……。

 

「それにしても……。ステータス」

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

未熟なカード使い      -闇ー

               ☆

 

【上位世界人族】

異世界に迷い込んだカード使い。魔力を

消費してカードに秘められた力を解放す

ることが出来る。しかし、その力はまだ

未熟だ。

 

ランクアップ条件

信奉者を獲得せよ 0/10

 

魔力 6/9    ATK/80 DEF/130 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 よく見ると守備力が50から130に上昇している。きっとワイトキングのローブを着ているからだろう。

 守備力0のワイトキング。そのローブを着たら、守備力が80上がるとか……色々と謎が多い。

 

 そして俺を悩ませているのは次のランクアップ条件。

 ――信奉者を獲得せよ。

 教祖様にでもなれと言うのだろうか? とりあえずクリアーする目途がまるで立たない。

 

「ほんと、どうすっかな……?

 病気を治されたくらいで、信奉者までにはならんよなぁ……普通」

 

 

◇◇◇◇

 

「おはようございます、賢者様」

 

 朝一番に戸を叩いたのは、茶色のポンチョを着た三毛猫――ジオさんだった。まるきり俺の偏見だが、ポンチョを見ると、どうしてもメキシコあたりをイメージしてしまう。

 

 それにしても、てっきり世話役のアリアとコロが最初に来るものだと思っていたんだが……。

 

「おはようございます、ジオさん」

 

 無難に挨拶を返す。

 

「昨夜はよくお眠りになられましたか?」

 

「はい、大丈夫でした」

 

 これまた無難な社交辞令を無難に返し、俺とジオさんは客間のテーブルに着く。

 

「すみません賢者様。少々お訪ねしたいのですが……外にいた真紅眼の飛竜(レッドアイズ・ワイバーン)は今どちらに……?」

 

「彼なら森に放しましたよ。皆が怖がるでしょうから。

 呼ぶまで帰ってこないよう言ってあります。今頃、狩りに勤しんでいることでしょう」

 

「なるほど……。あ、申し訳ない、少し興味があったもので」

 

 そう言って姿勢を正すジオさん。

 興味どうこうより、きっと村の安全問題に関わるから聞いたのだろう。

 

「今回お邪魔したのは、一度賢者様の欲しいものをお聞きしたいと思いまして。旅に必要な日常雑貨程度なら用意できると思いますが、物によっては準備に時間のかかる物もあるかもしれませんので」

 

 そう言いながら白い紙のメモ帳を取り出すジオさん。

 どうやら製紙技術はすでにあるらしい。

 

「はい、そうですね――」

 

 少し考えを巡らす。

 

「今回調達したい物は、まず服上下三着ずつ。下着五着。靴二足。タオル三枚。それから大き目の(かばん)とポーチが欲しいですね」

 

 俺が喋る内容をさらさらと書き込むジオさん。

 驚くことに、メモに書き込まれた文字はひらがなカタカナそして漢字と、どこからどう見ても完全無欠に日本語であった。

 これで俺が不思議な力で耳に届く異世界言語を日本語に翻訳している訳じゃないことが分かった。

 

「タオルと(かばん)などはすぐにでも用意できますが、衣服はこれから採寸して縫うことになります。ですので二日程お時間を頂くことになるでしょう。よろしいでしょうか?」

 

「はい。宜しくお願いします」

 

 考えてみれば、ここの住民は皆三毛猫だ。人間サイズの服が普通にある訳がない。 

 それにしても、ジオさんは突っ込まなかったな……。旅の途中なのに、衣服や(かばん)を持ってない理由も一応用意したんだが……。

 

「私の方も、さっそく皆さんの病気や怪我を治しに参りたいのですが」

 

「それでしたらアリアとコロに案内させます。今二人共外に控えさせてますので、後で声をかけてください。大抵のことは融通を利かせるよう言ってあります」

 

「分かりました」

 

 メジャーを取り出すジオさん。今ここで採寸してしまうつもりだろう。

 

「それでは、上半身の採寸を致しますので、しゃがんでください」

 

「はい」

 

 彼の言う通り、しゃがんで高さを合わせる。

 いくら巨大三毛猫と言っても、彼らの身長は人間より随分と低い。平均120~130センチくらいだろうか。

 

 採寸されながら考える。

 そう言えば、何で彼だけ語尾に”にゃ”をつけないのだろう?

 ん~……この際だから聞いちゃえ。

 

「ジオさん、一つ質問よろしいでしょうか?」

 

「はい、何でもどうぞ」

 

「この村の方は皆語尾に”にゃ”をつけていました。私はこれがこの村特有の話し方だと思っていましたが、ジオさんは”にゃ”を語尾につけてらっしゃらない。これは――」

 

 うーん……冷静に考えてみると随分と間抜けな質問だな。語尾に”にゃ”をつけるとかつけないとか……。

 

「……は、ははははは。ははははははは」

 

 メジャーを持った手で腹を押さえ、突然愉快そうに笑い出したジオさん。

 

「や、やはり賢者様には意味が通じておりませんでしたか」

 

 そう言って彼は自分を落ち着かせるように、二回、三回と深呼吸をする。

 

「いやいや。申し訳ない。何だか代表役達が間抜けに思えてしまって。

 ――ごほんっ。

 ご質問に対するお答えですが、あの独特なニホン語は、我らミオ族に伝わる最上級の尊敬語なのです。起源を辿れば、初代ミオ族が直接神から教わったもので、何でも我らのモデルとなった”猫”と言う生き物の鳴き声からとったとか」

 

「ね、ねこ?」

 

「ええ、神の飼っているペットの名前だそうですよ」

 

「はぁ……」

 

 ペットとな。

 

「まぁ、この習慣自体かなり古い錆付いたものです。

 実際、今ではミオ族以外で知る人は殆どいないでしょう。もし賢者様に意味が伝わらなかった場合、気分を害されるかもしれないと思ったもので、私だけ念の為に普通に話していたのですよ」

 

「なるほど……そうだったのですか」

 

「はい」

 

 猫と言う生き物の鳴き声から取った……ね。

 お前も猫じゃん! って言う突っ込みは無粋かな?

 ミオ族のモデルって言ってるし、多分、猫ってあの猫だよな?

 昼間八時間くらい寝て、それに加えて夜もたっぷり寝て、かまうと嫌がって逃げるくせに、放置すると頭を擦り付けてくるっていうあの……。

 ジオさんの言いようからして、この世界に純粋な”猫”はきっと存在しないだろうな。

 ……それにしたって、神様のペットとは……。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 俺の全身の採寸を終えたジオさんは去り、入れ替わるようにアリアとコロがやって来る。

 彼女らに朝食を準備しなくともいい旨を告げると、はぁ? 的な顔をされた。

 

「失礼したにゃ。大丈夫にゃ、ニュアンス的に朝食べる食事であると分かるにゃ」

 

 えっと……どゆこと?

 

「賢者様の旅してきた場所のことは分からにゃいが、この辺は起きてすぐ食事をしないにゃ。

 食事は一働きをした後に食べるにゃ」

 

 んっと――

 

「つまり、一日二食ですか」

 

「当たり前にゃ。賢者様のいた場所は三回も四回も食べてたにゃ?」

 

 心なしか、呆れた目で俺を見るアリア。赤い飾り布をつけた尻尾をゆらゆら揺らす。

 同列に見ていいものか知らないが、猫が尻尾を振るのは苛立っているサインだ。

 

「け、賢者様は色んな場所を旅してたにゃ。そういう地域もきっとあるかもしれないにゃ。せ、世界は広いにゃ」

 

 慌てて右、左とアリアと俺に視線を彷徨わせ、フォローを入れるコロ。頭の羽飾りがくるくると動き回る。

 

「食事の回数はひとまず置いといて、今後私の食事はいらないとお伝え願えますか?」

 

「それくらいなら伝えますにゃ。むしろ余計な分が減らなくて助かるにゃ」

 

 はは……何か棘があるなぁ……アリアさん。

 コロはコロであたふたしてるし。

 

「それでお薬に関してですが、君達が私を患者の元へ案内してくれるとジオさんから聞きましたが」

 

「そ、それに関してはもう手配しましたにゃ。まず動ける怪我人をここに来させますにゃ」

 

 ここに患者を集めるのか。考えてみれば俺が一軒一軒回るよりその方が効率的か。

 もっと村の中を見てみたかったんだが……仕方ない。今日の所、信用を勝ち取ることに専念しよう。

 

「もうすぐ来ると思うにゃ。準備があるならするといいにゃ」

 

 アリアの俺に対する態度がどんどん雑になっていってる気がする。”にゃ”言葉って最上級の尊敬語なんだよね。……タメ口に”にゃ”をつけても尊敬語なわけ?

 

 それにしても、なぜアリアがとげとげしているのかさっぱり分からない。特に怒らせるようなことはしてないと思うけど。そもそも付き合い自体浅いし……。

 

「それじゃあ、私は中で準備するよ。患者が来たら案内を頼みます」

 

「わ、分かりましたにゃ」

 

 

 

◇◇◇◇

 

「ゴブリンに矢を射掛けようしたら木から落っこちて、そん時に切っちまってな。じゃなくて、切ってしまいましたにゃ。

 ……とりあえず(つば)つけて布巻いといたけど、動くたびに痛いんだわ。…………じゃなくて、痛いですにゃ」

 

「無理に敬語を使わなくても結構ですよ。

 とりあえずこれを飲んでみましょう。これで治ると思います」

 

 後を振り向き、かなり小さめのコップにブルー・ポーションを入れる。

 おっとっと。壺からコップへなので加減が難しい。

 今現在、俺の前に座っているのは本日八番目の患者さん。どうやらわき腹を深く切ってしまったようだ。

 

「どうぞ」

 

「お、おう」

 

 恐る恐るコップを見る中年三毛猫。やはり知らない薬は怖いらしい。

 

「ぐぃっとどうぞ。苦くないですよ」

 

 三秒程のにらめっこの末、彼は目を瞑り、コップの中身を一気にあおいだ。

 

「……お、お?

 変な味だけど、中々うまいな」

 

「どうでしょう。治りましたか?」

 

「いやいや賢者様、冗談言っちゃいけねぇ。いくら良く効く薬だからって、怪我がすぐ治るわけ……」

 

 わき腹の包帯代わりに巻いてある青い布部分をさする男性。ようやく痛くないことに気づいたのだろう。患部をつねったり叩いたりしている。

 

「う、うそだぁ。えっ? 本当に?」

 

「布を取ってもらえませんか?」

 

「お、おおぅ」

 

 布を取った後には、白い綺麗な毛皮があった。…………モフりたい……。

 

「……治った……本当に治った……。

 すげぇ……、すげぇよ賢者様。おれぁ今までこんな薬見たことぁねぇ。本当にすげぇよ」

 

「良かったですね。他の小さな傷も治ったはずですよ」

 

「…………。

 ほ、ほんとだ! 今朝母ちゃんに引っかかれた痕がねぇ!」

 

 一体何をしたんだ、こいつは。

 

「……そ、そんな目で見んなよ。ちょっとエンカちゃんのお尻の匂いを嗅いだだけだって。

 ほんと、それだけだって……。

 ………………。

 …………。

 ……お、おれ! 皆に薬のこと知らせてくるわ!」

 

 そう言って逃げるようにダッシュで出て行った中年三毛猫。

 別に俺、何も言ってないんだけど……。

 

「コロさん。次の方呼んで」

 

「は、はいにゃ!

 次の方、どうぞ~!」

 

 今度入ってきたのは若い三毛猫だった。

 因みに、若い、中年とか全部俺の主観なので、もしかしたら全然はずれているかもしれない。

 

「ど、どうもにゃ。見ての通り、この頭にゃんですが……」

 

 彼の頭の左半分には、左目を覆い隠すように包帯が巻かれていた。

 

一昨日(おととい)、西のゴブリンに斧で目ごと切られたにゃ。一日中ずっとじくじくと痛むにゃ。痛み止めが貰えるとうれしいですにゃ」

 

「はい、お薬出しますね」

 

 ブルー・ポーションをコップ二つ分注ぐ。

 

「二杯共飲んでください。これで治ると思いますよ」

 

「はい。

 これで痛まなくなれば助かりますにゃ。村の薬に効く物がないでしたにゃ」

 

 そう言ってお猪口サイズのコップに入ったブルー・ポーションを飲んでいく青年。

 

「す、すごいにゃ。すぐに痛みがなくなったにゃ」

 

「もう一杯分もどうぞ」

 

「はいにゃ」

 

 青年はもう一つのコップも飲み干す。

 

「どうですか?」

 

「とてもよく効いてますにゃ。もう痛くないですにゃ。すごい薬ですにゃ」

 

「では包帯を取ってみましょう」

 

「…………何を言ってるにゃ?

 ――なぜ後に回り込むにゃ!?」

 

「はい、取りますよー」

 

「ま、待つにゃ! やめるにゃ!」

 

 包帯の結び目を解き、ぐるぐると回しながら外していく。

 

「はいはい、大丈夫ですから動かないで下さいね」

 

「後生にゃ! 勘弁してくださいにゃ!」

 

「はい! 取れましたよー」

 

「ぎゃーにゃ!」

 

 反射的になのか、手で左目周辺を押さえる青年。

 

「あれ?」

 

「一度手をどけて、ゆっくりと左目を開けてください」

 

「…………。

 ……み、見えるにゃ……」

 

「見たところ、一部毛が禿げてますが、もう傷はありませんね」

 

「治った……? 嘘だろ……」

 

「外に水を張った(たらい)がありますから、そこで確認してきてください」

 

 水を張った(たらい)は簡易的な鏡の代わりである。アリアに聞いてみたところ、この村の鏡は代表役の家に一枚しかないらしい。もちろん家宝扱いだ。

 

「治った……嘘……治った?」

 

 茫然自失の(てい)で青年は部屋を出る。

 

「コロさん、次の患者を……あれ? アリアさん」

 

「コロなら行列整理に行ってるにゃ。あの子の方が皆に好かれてるから向いてるにゃ」

 

「行列? そんなに人が来ているのですか?」

 

「何かよく効くって評判になってるにゃ。野次馬も含めて一杯集まってるにゃ」

 

「ははは……そうですか」

 

 狭い村だ。噂なんて千里を駆けるまでもない。きっとあっと言う間だったんだろうな。

 

「それじゃあアリアさん。次の患者を」

 

「ぅぉぉぉぉおおお!」

 

 さっき目を治した青年がすごい勢いでアリアを突き飛ばし、部屋へ再突入してきた。

 

「賢者様! ありがとうございます! おかげでまた見えるようになりました!」

 

 そう言って青年は深く頭を下げた。

 

「では! 母さんにも知らせてきます! 本当にありがとうございました! にゃ。

 アリア姉、突き飛ばしてごめん! うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ………………――」

 

 そして、青年は嵐のように去っていった。

 

「今の、ギン君よね。治ったって、完全に眼球が潰れてたはずよ……」

 

「アリアさん、次の患者さんを呼んでください」

 

「……は、はいにゃ……」

 

 

◇◇◇◇

 

 馬鹿の一つ覚えみたいにブルー・ポーションをコップに注ぎ、患者さんに飲ます。今の所、勝率は十割。ブルー・ポーション無双状態である。

 ……本物の医者が見たら発狂物の治療風景だな。

 

 そんなこんなで人が人を呼び、呼ばれた人がさらに人を呼び、終いには飲むだけで健康になれるとか、飲むと長生きできるとか、飲むと女にモテるようになるとかいう、実に訳の分からない噂まで流れ出ているらしく、深刻な怪我から肉球の表面をちょこっと切った人までが、この来客用かまくらハウスの前の長蛇の列に並んだ。

 どうやらこの世界には飲むだけで直ぐに傷を治す薬はないらしい…………いやいや、地球にだってないよ、そんな薬。つくづくブルー・ポーションの異常性が目に見えて分かる。

 

 四回目に再発動したブルー・ポーションが底をつき始めた頃、やっと患者はいなくなったようだ。しかし家の周囲は、まだ随分とざわついていた。

 アリアによると、治った人達がお互いの健闘を称え(?)、お喋りに興じているのだそうだ。さしずめ、田舎の病院ロビーといった感じだろうか。

 

「……その薬、すごいにゃ。まるで治癒のカイリにゃ」

 

「は、はい、本当にすごいですにゃ。私もびっくりしましたにゃ」

 

 今簡易診察室――と言ってもポーション飲ませるだけの場所だが――に俺、アリア、コロの三人が集まっている。やっと一息つけたので、皆で休憩していたのだ。

 

「それ、本当は治癒カイリじゃないにゃ?」

 

「その……二人共。よければ”にゃ”はもうつけなくていいですよ。

 何だか言いにくそうですし、私のいたところではその習慣はありませんでしたから」

 

「そう? じゃあお言葉に甘えて」

 

「ア、アリアちゃん……!」

 

「本人がいいって言ってるんだからいいじゃない」

 

「で、でも……」

 

「いえ、大丈夫ですよ。コロさんもこれからは普通に話してください」

 

「は、はい」

 

 もっと早く言っとけばよかったかな? 今度代表役かジオさんに会ったら、村の皆にもやめてもらうよう言ってもらおう。

 

「それで、あんた本当は治癒カイリが使えるんじゃない?

 治癒カイリ使いは狙われやすいから、薬で偽装してるんでしょ」

 

 また出たか、カイリ。

 ほんと、どういうものなんだろう? 聞く限りじゃ、魔力と同じ扱いだよな。

 

「いいえ。本当に薬の力ですよ」

 

 それでも何だか納得の行かない顔をするアリア。コロは黙ってあたふたしている。

 

「ただし、その薬を作るのに私のカイリを使っています」

 

 嘘ではない。もしカイリが魔力と同じものなら、この説明はこの上ない真実だったりする。

 

「カイリで作る薬? 聞いたことないわね」

 

「世の中、聞いた事のない事象の方がきっと多いでしょう」

 

「ふーん……。

 ま、そういうものかもしれないわね」

 

 アリアはそう頷きながらトレードマークである赤いバンダナのズレを直す。

 

「ア、アリアちゃん、そろそろ……」

 

「ん? そうね。

 私達は今日のことを代表役に報告してくるわ。ついでに外の暇人共も追っ払うから。

 そう言えばあんた、夕飯も要らないの?」

 

「ええ、大丈夫ですよ。自分で用意してあります」

 

「ふーん……そ。じゃ、また明日ね」

 

「あ、あの、賢者様。これで失礼します」

 

「はい。また明日」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 そろそろ日が沈み始める頃。アリアとコロが追い払ったのか、家の周りは初日来た時のように、静寂に包まれていた。

 少し散歩に行こうかと思ったが、よくよく考えたら俺はまだ靴を持っていない。いくらブルー・ポーションで治るとはいえ、あまり足に怪我を負いたいとは思わない。

 なもので、俺は沈み行く太陽を眺めながらボーっとしていた。

 

『そこだぁぁぁぁ!!』

 

 突然骨格標本ケフン、ケフンッ。ワイトキングが奇声を上げて動き出し、扉の外に隠れている何者かの首を骨の右腕で掴み上げた。

 

『我輩の目をごまかせると思うたか?

 何のつもりでこそこそしておった? さぁ、言うがいい』

 

 ワイトキングが掴み上げたのは当然の如く三毛猫だった。

 毛並みや表情、そして体格からして、まだ若いと幼いの中間あたりにある猫だろう。

 

「ご、ごめん! ……ゴホッ! オ、オレ、そんなつもりじゃ、なくて」

 

「ワイトキング、離してやれ」

 

『……フン』

 

「……ゴ……ゴホッ、ゴホッ」

 

 しばらく地面にうずくまる少年。ようやく息を整えると、彼は俺に顔を向ける。

 

「も、申し訳ございませんにゃ」

 

「ああ、敬語はいいですよ。普通に話してください。どうして隠れていたのですか?」

 

「すみません。オレ、もう一度ワイバーンの突然変異種が見たくて。それでコロ姉にお願いして、賢者様にオレのこと紹介して貰おうかなって。

 でもコロ姉いなくて……そ、それで、どこにいるのか見て回ってたら……」

 

「なるほど、コロさんを探していたのですか。彼女ならもう帰りましたよ。

 ――しかし、どうしてまたこそこそと」

 

「その……紹介もなしにいきなり賢者様に合うのも気まずくて……。

 オレ、潜伏するの得意だし。だからまず見つからないようにコロ姉探し出そうと思って……」

 

 そう言って頭の後をかく少年。

 彼はアリアやコロと同じ茶色の皮鎧を身につけ、頭には緑色の鉢巻(はちまき)をしていた。

 

「君のお名前は?」

 

「あ、はい。オレ、ダストって言います」

 

 ダスト君か。

 

「それではダスト君。少しお話をしませんか?

 私は今とても暇でして、少し付き合って頂けると嬉しいです」

 

「はい! オレでよければ!」

 

「あ、どうぞ。座ってください」

 

 ダストに椅子を勧める。

 丁度いい。ここでボロが出ない程度、この世界の情報を集めてみよう。

 

「私は色々な場所を旅していましてね。

 それぞれの地域の話を聞くのが楽しみなんです」

 

「話……ですか?」

 

「そうですね。例えば……神話とか」

 

 こういった未発達な地域は、歴史を神話とごちゃ混ぜにして後世に伝えるものだ。神話を聞くことで、その地域の歴史、ひいては住民の価値観やものの考え方まで分かるかもしれない。

 

「神話? 神様のお話ですか? そんなの、どこ行っても大して変わらないと思いますけど……」

 

 大して変わらない? 

 それは神話なんてどこの国も同じようなものだと言う達観した意味なのか、それとも――。

 

「いえいえ、それでも場所によってはそこ特有の色が出てくるものなのです。

 私はそれらを聞きたいのですよ」

 

 どうとでもとれるように誤魔化しておく。

 

「えっと……オレ、歴史は苦手なんだけどな……。

 その、オレ……ちゃんと勉強してなくて、結構抜けてる部分とかあるかもしれないけど、それでもよければ」

 

 歴史? 今明確に、神話のことを歴史と言ったのか?

 ふむ……。

 

「大丈夫ですよ。覚えているものだけ話してください」

 

「……は、はい」

 

 ダスト君は仕舞い込んだ記憶を思い出すように、視線を斜め上に彷徨わせる。

 

「まず、この世界を作ったのは女性の神様です――」

 

◇◇

 

 まず、この世界を作ったのは女性の神様です。その……作ったのはすごいすごい昔で、いつ作ったのかは誰も知りません。女性の神様は世界とそこに住む動物、植物を作ったところで飽きてしまって、世界をそのまま放置したそうです。

 

 そこで登場したのが男性の神様です。オレ達が一般的にいう神様は彼を指します。

 神様がオレ達知恵ある者、人間を作ったのが368年前です。

 ――え? ……は、はい。間違いないです。

 今年が神暦368年だから……。あ、はい、どこも一緒のはずです。

 それで、神様がオレ達人間を作った後、初代の人間達にたくさんの知識を与えました。

 

 えっと……確か今都会で問題になってるんですよね。神の与えた知識がどんどん失われていくって。まぁ、しようがないですよね。ご先祖様達も知識全部を次世帯に伝えられるわけじゃないですし。世帯を跨いでいけば、そりゃあ失われもしますよ。ニホン語も意味が分からなくなった単語がいくつも出てきて、学者さん達があーだこーだ言ってますよね。

 いや。実際にオレが見たんじゃなくて、全部ジオさんの受け売りなんですけど。

 いいですよね、都会。いつか住んでみたいです。

 

 あ、はい。続きですね。すみません、脱線しちゃって。

 ――えっと、後何があったかな……?

 あ、そうだ。人間を作った後、神様は人の安全を守る為に壁を作りました。って、これは当たり前すぎましたね。どこの町や村にもあるんですから。

 え? うちの村の壁もそうかって、当たり前じゃないですか。いやだな~。

 

 壁まで話しましたよね。後はそれと同時期に、神様は様々な建築物や道具を作って、人間に与えました。神築物と神造具って言うんですよね、正式には。

 で、神築物の特徴はどんなことをしても絶対に壊れないこと。神造具は壊れるけど、多種多様な効能を持ってて、しかも精巧なものが多いって聞いたけど…………オレ、実は一度も本物を見たことがなくて……その……詳しくは知らないです。

 

 後はすったもんだあって……いや、ごめんなさい。よく覚えてないです。代表役の話つまんないから、眠くて……。

 で、最終的に神様がオレら人間に与えた目標が、壁を出て世界を広げろ……です。実際にやってる人は少ないですけどね。

 あ、そっか。賢者様はこの教えを実践してるんだ。すごいなぁ……。

 

 うんっと、オレが覚えてるのってこれくらいです。

 全部皆が知ってるようなことばかりでごめんなさい。賢者様がもっと詳しくミオ族の歴史を知りたいって言うなら、代表役かジオさんに聞いてみるといいよ。

 

◇◇

 

 一息つき、俺が入れたブルー・ポーションを飲み干すダスト君。

 

「うわぁー、おいしいなぁ。これは賢者様が持ってきたの?」

 

「はい、まだありますから、好きなだけ飲んでいいですよ」

 

 そう言って、壺から彼のコップへブルー・ポーションを注いであげる。

 今日使い残った分だ。どうせ時間になれば消えるので、余ったら勿体無い。

 

「賢者様、ありがとう!」

 

 満タンになったコップからブルー・ポーションをさらに一口。どうやら彼はこの味が気に入ったようだ。

 それにしても、色々と衝撃的な話だった。

 

 まず、この世界と言うか、社会は成立して368年しか経ってないらしい。そして知的生物は神とやらに、ある程度の知識を与えられた状態で作られたのだそうだ。いや、作ってから与えたのかな? 結局は一緒だから、そこら辺の前後関係はどうでもいいだろう。

 話を聞いていると、この世界で言う人間とは、神が創った知恵ある者全てのことを指すと推測できる。つまり、巨大三毛猫であるミオ族も立派な人間なのだ。

 

 神なる人物はその後、壁を含む様々な建築物と道具を作り、人間に与えた。

 そして、神が最後に人間に与えた目標が、”壁を出て世界を広げろ”だ。

 

 まぁ、ダスト君の知識がどこまで正しいのかと言う問題点はあるが、おおむねこんな感じでいいだろう。

 

「えっと、ダスト君は何か宗教を信じていますか? 教会などに行ったりしますか?」

 

 もしダスト君の言うこれらが本当なら、この世界の住人は全て同じ宗教だということになる。

 ならきっと宗教関連の争いは起きにくいだろうな。

 

「宗……教? 教会? ……って何?」

 

 ふむ……呼称が違うのかな?

 

「……宗教とは、神様の存在や言ったことを信じることですね。

 教会は、昔あった神様の行いや言葉を教えてくれる人がいる家、建築物のことです」

 

「?」

 

 首を傾げるダスト君。

 

「いいえ、知らないのでしたらいいんです。

 私が前に訪れたことのある町には、そういったものがありましたから」

 

「へへ、何それ? 変なの。

 神様の存在を信じるって、わざわざその為に家を作るなんてばっかじゃねーの?」

 

「そう思いますか?」

 

「うん、思うよ。

 今度オレも雲とか川の存在を信じる為の建築物を作ってみよっかな? きっといい笑い話になるって。そうだ、羽跳び魚を信じる為の建て物なんかいいかもしんない。あれうまいからオレ好きなんだ」

 

 そう言ってダスト君は愉快そうに笑った。

 

「……ダスト君は、神様はどこにいると思いますか?」

 

「どっかでオレ達のこと見てるよ。当たり前じゃん」

 

 賢者様も変なこと聞くなー。と続けて笑うダスト君。

 

 きっとこの世界の人々にとって、神はいて当たり前の存在なのだろう。それこそ太陽のように、風のように、すぐ身近で実感できている。

 だから、わざわざ神を信じる為の宗教という概念はない。

 だから、わざわざ神の教えを広める為に教会を作ることもない。

 

 宗教とは、言わばいるかどうかもよく分からない神を信じさせる為のものだ。

 わざわざ”太陽は存在しますよ~、風は吹きますよ~”と有り難がって声高に叫ぶ者はいない。

 そんなの、()()()()だからだ。

 

 窓から外を見ると、夕日は地平線の向うへ沈もうとしていた。

 もう間もなく、月のない夜が始まる。

 

「もうすぐ日は沈みますが、ダスト君は帰らなくて大丈夫ですか? お母さんが心配しますよ」

 

「あー賢者様、馬鹿にしてるな。

 言っとくけど、オレ、もう成人してるからな。今年からだけど、発情期だってきたし……」

 

 なぜか発情期という単語を言ってから、落ち込んだ顔をするダスト君。

 ひょっとしたら、ダスト君は発情期なる期間に何か嫌なことでもあったのかもしれない。

 って言うか、発情期ってあの発情期だよね。

 

「うぅ……リアちゃん……。

 ………………賢者様、オレ、松明(たいまつ)点けてくるよ……」

 

 ダスト君はそう言って微妙に沈みながら松明の用意を始める。

 よかった。今気づいたけど、俺、松明の点け方とか分かんないじゃん。

 

「そうでしたか、ダスト君は成人してたんですね」

 

「だから馬鹿にすんなって。こう見えてもオレ、この村で三番目に強いかんな。

 天才児とか、麒麟児とか、小っちゃい頃から呼ばれてたし」

 

「そうだったんですか」

 

 今日一日この村の患者を診察したから分かるが、彼の背丈は小さい部類に入るはずだ。

 まったく、人は見かけによらない。

 

「ダスト君は三番目に強いと言うことは、一番と二番は誰なのですか?」

 

 ぼっと燃え上がる炎の光。

 ダスト君は二つ目の松明に火をつけ、壁に設置しながら答えを返す。

 

「二番目はアリア姉ちゃんだな。

 何しろ弓の腕は村じゃぴかいちで誰も敵わないし、それに毒を調合する知識もあるんだ」

 

「……驚きました。アリアさんはそんなに強かったんですか」

 

「そりゃあ強いって。

 それに、すっげぇもてんだぜ。あんな性格で」

 

 最後の松明を設置したダスト君はこちらに振り向き、”うげぇ”という風な顔を作る。

 

「ケーネ村一番の謎だよな」

 

「ははははは、アリアさんの前では言わない方がいいですね」

 

「お、恐ろしいこと言うなよ。殺されちまうって」

 

 夕日はすっかり森の向こうへと沈んでいた。外を見ると、少数ではあるが、村のあちこちにも篝火(かがりび)が灯されている。

 

「でも、アリア姉ちゃんでもケーネ村一番の強者には全然敵わないんだぜ!

 何しろケーネ村始まって以来、最強って言われてるからな。アリア姉ちゃんが勝ってるの、弓の腕くらいだし。

 ありゃあ間違いなく英雄とかだよ。時代が時代なら、三勇士に仲間入りすんじゃないかな?」

 

 へー、それはすごいな。

 三勇士というのは知らないけど、なんとなく勇者的な響きがあるのは分かる。

 それに仲間入りするくらいの剛の者がこの村にいるのか。やっぱり狩猟隊の隊長とか?

 確か代表役の家で一緒に食事した、あのカラフルな民族衣装を着た狩猟頭の名前が――

 

「ひょっとして、その村一番の強者というのはルラータさんだったりしますか?」

 

 だったら人は見た目によらないを地でいってるよな。

 

「ありえねぇって。あんな威張り散らしてるだけの糞じじいが強いわけないじゃん。

 実際、狩りにも出てないんだぜ、あいつ。まだオレの方が全然強ぇよ」

 

「そうなのですか」

 

「そうだよ。すっげぇ嫌われてんだぜ、狩猟頭。

 ああいうのを……。

 前にジオさんに教えてもらったんだけど、何だっけ? え~と――

 あ、そうだ。老害だ、老害。ああいうのを老害って言うんだよ」

 

「はははは。老害ですか」

 

 そう言えば、いつの間にかダスト君の口調がかなり砕けたものになっていた。

 うん。これも仲良くなれた証拠。いいことだ。

 そうだ、ついでにダスト君を鑑定してみよう。魔力も余ってるし。

 

 それ、鑑定。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

ミオ族の戦士 ダスト    -地ー

               ☆

【戦士族】

まだまだ駆け出しの戦士。体の奥底

に強力な魔力を秘めている。

       ATK/250 DEF/100

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 ステータスだけを見ると、ヤクト・ウルフより少し低いくらいかな。

 でも、ステータスだけで全てを判断しちゃいけない。彼は知恵ある人間なんだ。単純な攻撃力、守備力では推し量れないものがある。

 説明文を見ると魔力を秘めてるって……やっぱり魔力とカイリは同じものなのだろうか?

 

「で、話の続きだけどさ。ケーネ村一番の強者の話。

 色々な逸話があるんだぜ。腕を軽く振るだけで太い木をなぎ倒したとか、睨んだだけで銀熊の群が尻尾巻いて逃げ出したとか」

 

「本当でしたらそれはすごいですね。少し言い過ぎな気がしないでもありませんが」

 

「へへ、オレもその現場を見たわけじゃないからそう思うよ。

 でも、そういう話が出るほど強いってことだよ」

 

「……なるほど、そういう考え方もありますか。

 それにしても、詳しいですね、ダスト君」

 

「小っちゃい村だしね。それにオレ、家が隣なんだ」

 

 ダスト君は誇らしげに胸を張る。

 きっと本当に誇らしいのだろう。

 

「それじゃあ、発表しよう。

 ケーネ村最強の人物、その名前を!」

 

「おお」

 

 パチパチと拍手して場を盛り上げる。

 言われても俺が知ってるわけないので、そんなに興味なかったりするのは内緒である。

 

「その名は――」

 

 トントントン。

 丁度いい所を邪魔するように、ドアを叩く音が室内に響いた。

 今この家の戸を叩く者は限られている。アリアかコロ。もしくは代表役かジオさんだろう。

 

「どうぞ」

 

「ちぇ、誰だよ。いいとこなのに」

 

「……や、夜分遅くすみません」

 

 入ってきたのはコロだった。彼女は腰を九十度曲げ、羽飾りのついた頭を下げる。

 

「こ、こんばんは、賢者様。

 あの、もしかしたら、ダスト君、いますか?」

 

 コロはちゃんと”にゃ”をつけないで喋っている。昼間に言ったことを聞いてくれたみたいだ。

 

「はい、ここにいますよ。ダスト君に用事ですか?」

 

「これ……ダスト君のお父さんから。

 もし賢者様のところにいたら、賢者様と一緒に食べるようにって……」

 

 コロはそう言いながらバスケットを差し出す。中には何らかの木の実がたっぷり入っている。

 

「ちぇ、おやじかよ」

 

「あ、ダスト君」

 

 ダスト君は本日二度目の舌打ちと共にバスケットを受け取り、石のテーブルに置く。

 

「お父さんがあまり賢者様に迷惑をかけないように――」

 

「そんなことよりさ、今丁度コロ姉の話してたんだ。

 ほら、色々あっただろ、逸話が」

 

「や、やめて、賢者様の前で。恥ずかしい……」

 

 ――え?

 

「改めて紹介するよ、賢者様」

 

 ――へ?

 

「彼女こそがケーネ村一番の戦士! コロ姉だ!」

 

 ええーーっ!

 

「強くて器量よし。

 村のお嫁さんにしたい子、ナンバーワンなんだぜ!」

 

「もう……。やめてって言ったのに……。

 け、賢者様、あ、あたしはこれで失礼します。

 ダスト君の話は、できれば話半分くらいに聞いてください」

 

「ええー、もう帰んのかよ、コロ姉ぇ」

 

「し、しし失礼します」

 

 踵を返し、コロは走り去っていく。

 ――か、鑑定!

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

ミオ族の勇士 コロ     -地-

             ☆☆☆☆

【戦士族】

英雄の力を持つ優しきミオ族の少女。

全ての能力が最高レベルにあるが、

未だに一度も全力を出し切ったこと

はない。

      ATK/1700 DEF/1200

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 

 

 ――開いた口が、しばらく塞がらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

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未熟なカード使い      -闇-

               ☆

 

【上位世界人族】

異世界に迷い込んだカード使い。魔力を

消費してカードに秘められた力を解放す

ることが出来る。しかし、その力はまだ

未熟だ。

 

ランクアップ条件

信奉者を獲得せよ 0/10

 

魔力 1/9    ATK/80 DEF/130 

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第11話 訪問治療

 ここはケーネ村。ミオ族と呼ばれる直立歩行する猫達の暮す村。

 その村の中心点より少し東側、小高い丘の上に立てられた半楕円形(はんだえんけい)の家。その一室に、彼ら四人は集まっていた。

 木の椅子に座り、円卓に手を置く老人はこの村をまとめる代表役。

 その傍らに立つのは間もなく初老に差し掛かる男性。ポンチョに身を包む彼の名はジオと言う。いつもなら、そろそろ町に向けて村の名産品の行商に出発する時期であったが、今回の賢者来襲により、知識の豊富な彼は未だに相談役として村に残っていた。

 

「そうか、どんな怪我でも治す薬か……。

 ロサナんとこの(せがれ)が騒いとるのを聞いた時は、何の冗談かと思っとったが……」

 

「薬は間違いなく本物よ」

 

「は、はい。本当です。あたしも、見ましたから……」

 

 そんな村代表役と相談役の前に立つ二人。

 彼女達はこのケーネ村の武力におけるナンバーワンとナンバーツー。コロとアリアである。

 二人は昼間あった出来事を交えて、村に来訪した賢者様について代表役に報告していた。

 

「治癒のカイリのごとく、即座に傷を治す薬。そんな物、現実に作れるものなのか……?」

 

 難しい顔で考え込む代表役。

 彼はどうにも、そんな物の存在が信じられなかった。

 確かに神造具クラスならばそういった物もあると聞く。しかし正体がそれなら、今日のような大判振る舞いはできないはずだ。そう彼は考える。

 

「よく分かんないけど、本人はカイリを使って作ってるって言ってたわよ」

 

「それは本当ですか?」

 

 反応したのはこれまで無言だったジオだ。その顔は驚愕の色に染まっている。

 

「ジオ、何か知っておるのか?」

 

「はい。嘘か真かは知りませんが、錬金術の秘奥中の秘奥に、カイリを霊薬に変化させるものがあると聞きます」

 

「…………秘奥中の秘奥……。……到達者か……」

 

「彼は従者にも魔導生物を連れています。まず間違いないかと」

 

 到達者。それはあらゆる錬金の秘術を修め、神造具と近しいレベルの道具を生み出せる者のことを言う。

 当然のことながら、到達者は稀少である。そもそも錬金術自体極めようとする者は少なく、昨今では半ば金持ち達の道楽と化している現状があった。

 到達者レベルの者であれば、かの五賢人の一人”知識の番人 ゲオルグ”が最も有名であるが、彼以外の到達者の名は殆ど世に知れ渡っていない。

 

「あ、あの……」

 

 おずおずと声を上げたのは窓の横に立つコロだ。

 彼女の右腕にある唐草模様が刻まれた銀の腕輪は日の光を反射し、キラリと光る。

 腕輪は代々、村の最も強き者に受け継がれる品であった。それはまぎれもなく、村最強を証明する(あかし)である。

 

「どうした? コロや」

 

「あの骨の魔導生物、き、危険です」

 

「危険? そうか……。

 実は初めて会った時、わしもアレに嫌な気配を感じておった。

 黒いワイバーンの脅威に加え、あの魔導生物もそこそこ強いとなると――」

 

「ち、違い、ます!」

 

 コロにしては珍しいことに、彼女は感情を顕にして代表役の言葉を遮った。

 

「ん?」

 

「黒いワイバーンは頑張れば、あたしとアリアちゃんと、後何人かいれば、倒せると思います。

 で、でも――――」

 

 一旦歯を食いしばるようにして口を噤むコロ。

 しばしの沈黙。それに耐えかねてか、ジオは顎を動かし、話の続きを促す。

 その仕草に彼女はようやく閉じた口を開いた。

 

「……こ、怖いです。とても、怖いです。力の底が、見えないんです。

 多分、ほ、本物のドラゴンよりも、強い力を秘めています。あ、あの骨の魔導生物に比べれば、黒いワイバーンなんて、赤ちゃんです」

 

「――なんと! それ程までにか」

 

 目を見開き、顔を強張らせる代表役。横にいるジオもぶるりと肩を震わせた。

 二人ともコロの異常さを知っている。彼女の強さは明らかに人間の枠内に納められるものではない。

 その彼女がこうまで言うのだ。話半分に聞いたとしても、あの骨の魔導生物の強さは漆黒のワイバーン以上だと言うことになる。

 

「なるほどのう……。ジオから彼がワイバーンを森にやったと聞いた時は、随分と首をかしげたものじゃったが――」

 

「最強の護衛は常に傍に置いていた。そういう訳ですね……」

 

 代表役もジオも一様に沈んだ表情である。何しろ頭の痛い種がまた一つ増えたのだ。

 

「もう、みんな。深刻になり過ぎよ」

 

「アリアちゃん……」

 

「そもそもまだ敵になるって決まったわけじゃないんだから」

 

「む、むぅ……」

 

「それに私の見た感じ、あれはお人よしね。

 よほどのことがなきゃ、何もしてこないわよ」

 

「そうは言うがな――」

 

 口ごもる代表役。

 彼の不安も最もである。誰もライオンの隣で昼寝などしたくはない。例えそれが人に飼いならされ、周囲から絶対に安全だと言われていたとしてもだ。

 

「あたしも、そう思う。彼はすごくいい人」

 

「じゃが、アレは到達者レベルの錬金術師なんじゃぞ」

 

 少し言葉を荒げる代表役に、皆沈黙する。

 

 錬金術師は変態が多い。

 変態が錬金術師になるのか、それとも錬金術を学ぶ内に変態になるのか、この話題は頻繁に井戸端会議の議題に上る。

 

 何しろ、彼らはやらかす。

 その規模の大小は異なるが、必ず何かしらやらかすのだ。

 七年前に、世界征服などとイタイことをのたまい、マジにその為の準備をし、無駄に世間を騒がせた、自称”偉大なる頭脳 キース”の笑い話はまだ皆の記憶に新しい。

 因みにこれは遠い場所の出来事だからこそ笑えるのであって、実際、”偉大なる頭脳 キース”の標的となった都市に住む住民達が受けた被害は甚大であり、彼らにはとても笑う余裕などなかったことだろう。

 そんなキースでさえ、錬金術師ランクの第四位にあたる「錬金師」であった。

 これが「到達者」レベルにもなれば、一体どれだけの被害を周囲に撒き散らすのか。想像するだに恐ろしい。

 

「意味のない心配をするのはやめましょう。もしあの魔導生物の強さがコロの言う通りなら、どの道我々に彼を止めることは出来ません」

 

 そう言って、ジオは太い息を一つ吐き出す。

 

「それよりも、もっと現実的なことを考えましょう。

 私は彼の持つ薬に興味を持っています。できれば手に入れたい。それも多めに」

 

「ふむ……」

 

 ジオの提案で即座に頭の中身を切り替える代表役。

 確かに魅力的である。

 薬が噂通りの効能を持つなら、是非村にストックしておきたい。

 

「交渉なら私がやりましょう」

 

「それもいいんじゃがな――」

 

 一旦言葉を切り、代表役は隣のジオに顔を向ける。

 

「昨夜一晩、とある考えがわしの頭の中をくるくると回っておった。

 正直、成功するとは限らん。じゃが、わしはどうしてもこの魅力的な考えを捨てきれんかった」

 

 もったいぶった言い方に、皆何事かと意識を代表役に集中させる。

 十分な間を溜められたのか、代表役は自身の考えを言い放つ。

 

「わしはなぁ、客人をあの鬱陶しいゴブリン共にぶつけたい」

 

「それは――!」

 

「みなまで言うな!

 確かにこれはわしらの問題じゃ。正しくはわしらの先祖が残した問題じゃが……」

 

「……しかし、よろしいのですか? 下手をすると、彼にあのことを知られてしまいますが」

 

 アリアとコロも共に何かを言おうとして、言葉に詰まった。

 賢者様がこの件を何事もなく解決出来るのなら、確かにそれは最上である。だがジオの言う通り、それにはけっして漏れてはならないこの村の秘密に触れられる危険性があった。自分達を含め、それぞれの部門のトップに立つ合計八人にしか明かされない秘密。それは決して一般の村人に知られてはならない。彼らが知る必要もない。

 

「そこは何とかごまかす。そもそも、容易に気づけるものでもないじゃろ」

 

「確かに、普通ならば……」

 

「いざという時は、相応の対価を持って秘密を黙ってもらえばいい。

 アリアとコロが言うには、賢者殿はいい人なのじゃろ? 実際、この事を衆目に晒しても誰も得をせん。誠意を持って話せば分かってくれるはずじゃ」

 

「……それはそうかも知れないけど……」

 

「あの魔導生物の強さがコロの言う通りなら、戦力も十分じゃろうしのう」

 

 皆考え込むように黙り込んた。

 確かに代表役の言うことは理にかなっている。せっかくの降って湧いたチャンスだ。利用しない手はない。

 

「どう思う、ジオ? わしはよいアイデアじゃと思うが」

 

「……確かに。ここらで長い因縁に終止符を打つのも、いいかも知れません。

 ――――私は、賛成します」

 

「ふむ。なら決まりじゃな。

 このことは頃合を見てわしから賢者殿に直接頼もう。

 コロにアリア、お前達はさり気なくゴブリンの被害を賢者殿に知らせよ。さり気なくじゃぞ」

 

 代表役は今後の方針をそう決定した。

 西のゴブリンは、賢者殿に何とかしてもおうと。

 村の政治は代表役の独裁に近い。彼がそう決めたなら、誰も文句を言えないだろう。

 

「まだ完全に納得はしてないけど……代表役の決定なら仕方ないわね。分かったわ」

 

「はい……あたしも、アリアちゃんと同じです。

 本当はあたし達自身で解決するべき問題だと思いますけど……代表役がそう決めたなら……」

 

 心から納得はしていないようだが、アリアとコロも賛成の意を表明した。

 

「あい分かった。この件は決まりじゃ。

 コロにアリアは引き続き彼の監視を頼むぞぃ」

 

 

 

 

◆◆◆◇

 

「それじゃ、案内するわ。行きましょ」

 

「ええ」

 

 ケーネ村滞在、三日目。

 今朝はとても嬉しいことがあった。

 ジオさんが朝一番に、完成したとあるものを持って来てくれたのだ。

 

 ――靴である。

 

 届けられた靴は柔らかく、俺の脚にぴったりとフィットした。

 靴の製造法や原料に詳しいわけではないが、きっと高級な動物の皮を使っていると思う。

 

 感動だった。

 何だか、野人から一端の文明人に進化した気分である。

 そしてこれはつい先程、アリアとコロが来た時点で気づいたのだが、彼らミオ族は皆靴を履いていない。と言うことは、この靴は本当にわざわざ俺だけの為に作ったことになる。まったく、感謝のあまり言葉もない。

 

 靴の履き心地を確かめるように大地を踏みしめ、一歩、さらに一歩と歩き出す。

 違和感があるならすぐに直すと言われたが、今の所、感触はすこぶる良好だ。

 

「ええっと……まずはどちらに?」

 

 隣を歩くコロに質問をぶつける。

 これからアリアとコロに連れられ、動けない病人を治しにいくのだ。

 

「は、はい。

 まずはゴブリンの襲撃で重度の怪我を負った人達のいる、村の治療所に行きます」

 

 コロはそう言いながら、たまにちらちらと後を気にしている。

 俺達の後に、ブルー・ポーションの壺を持たせたワイトキングがついで来ているからだ。荷物持ちと念の為の護衛である。まぁ、あれでもいないよりはきっとましだろう。

 勿論彼の紫ローブは俺が着ているので、裸と言うか、骨剥き出しの状態である。

 

「ゴブリンですか……昨日も幾人か襲われたと言う患者がいましたね」

 

()()()私達ミオ族を見ると、問答無用で襲い掛かってくるのよ。集団で壁まで攻めて来たこともあったし」

 

「そうなのですか……」

 

 どうやらこの世界のゴブリンは大層凶暴であるらしい。

 ゴブリンと言う名の種がいること自体、知った当時――まぁ、昨日だが――は大分驚いたものだった。ミオ族といい、まるでどこかのファンタジーゲームである。

 ……本当にこの世界に人間はいるのだろうか? 

 少し不安になる。

 

 

 そのまま村内を歩き続けること約十分。

 進む先々で村人達の注目を浴びながら、俺の方からも村を見学していく。

 

 モンスター・アイが報告した通り、村には多数の家畜小屋があった。飼育しているのは尻尾の長い鳥。知っている動物で例えるなら、(きじ)が一番近いだろう。村の至る所で放し飼いされている。

 飛べないのか、それとも飛びたくないのか、雉もどきは首を前後に揺らしつつ、地面に足をつけて徘徊していた。鶏と一緒で、羽が退化しているのかもしれない。

 

「あ、賢者様だ!」

 

「賢者様、昨日はありがとうございましたにゃ」

 

 今の所、村人達の俺に対する反応は皆ポジティブなものばかりである。たまに拝んでいるおじいちゃんおばあちゃん猫も見かける。……さすがにやめてほしい。

 

「この先が村の中心よ」

 

 アリアの声に視線を前に向けなおす。

 すぐそこに、赤銅色(しゃくどういろ)の広場があった。

 半径20メートル程の円形広場であり、その範囲内の地面は全て赤銅色のつるつる謎素材で作られている。多分、この村を覆う壁と同じ材質でできているのだろう。昨日のダスト君の話によれば、”神築物”だったか……。

 

「これは、時計?」

 

 広場の中心に、大きめの野外時計が立っていた。よく日本の公園などでも見られるモニュメント型の野外時計を、少し大きくしたようなものである。

 

「そう。ケーネ村自慢の大時計ね」

 

「これも、神築物なんですよ」

 

 自慢げに言うアリアにコロ。

 

「へぇ~、綺麗にしてありますね」

 

「はい、毎日、ピカピカに磨いてます」

 

 大時計もやはり赤銅色であった。

 高さは多分3メートルちょい。俺にとって馴染み深い12の数字の時計盤。下三分の二の柱部分には、白の線で抽象的な絵が描かれていた。

 

「あれはなんの絵でしょう?」

 

「あ、あれは、猿の絵と言い伝えられています」

 

「何でも、昔ここら一帯にたくさん住んでたらしいわよ」

 

「昔……ということは、今はもういないのですか?」

 

「いないわね。住処を変えたか、それとも絶滅しちゃったか」

 

 絶滅か……。まさに盛者必衰だな。

 今現在、地球の動物は年間約四万種類絶滅しているらしい。異世界に来ても自然界は世知辛い。

 ……まぁ、地球の動物が滅んでいるのは主に人間のせいなのだが。

 

「も、もう、着きます」

 

 広場の周囲に建てられた、他よりも一際大きな建物を指差すコロ。

 

「あれが診療所よ。さ、行きましょ」

 

 

 

◇◇◇◇

 

「賢者様、どうかお願いしますにゃ」

 

「はい、できるだけ尽力致します」

 

 診療所の中は呻き声に満ちていた。

 痛々しい包帯に包まれた三毛猫達。腕を失った者。足を失った者。片耳の者。片目の者。生きているのが不思議な状態の者――――。

 医者の話によれば、その全てが西の森に住むゴブリンによる被害だという。

 

「ブルー・ポーションを」

 

 背後に控えるワイトキングに声をかける。

 

「まず、この薬を一人につきコップ一杯分飲ませてください。それでも治らない時は、私が直接治療致します」

 

 ポーションを壺ごと医者の助手らしき人物に渡す。

 俺が一人一人に飲ませるより、この方が早いだろう。

 

「おお!」

「奇跡の薬だ!」

「飲んだ瞬間に傷が消えるとか!」

「これがそうか!」

 

 三毛猫の医者と助手達は感動の声を上げ、盛り上がっていた。

 感動しすぎて”にゃ”言葉を使っていない。

 

 医者は早速助手達に声をかけ、ポーションを患者達に飲ませるよう指示する。

 白衣を(ひるがえ)し、きびきびと動く医者の様子は、なんとも村の文化レベルとかけ離れているように見える。

 

「なんだか……あまりこの村にそぐわない格好の方ですね」

 

「せ、先生は、都会で医術を学んで、帰ってきた人だから」

 

「あの白い服が医者を象徴する格好なんだって。都会って変なとこよねぇ」

 

 つまり、あれは都会の文化らしい。

 広場の時計といい、彼らの話す言葉といい、この世界の文化はなぜか日本的なものが数多く混ざっている。

 ダスト君から聞いた限りじゃあ、言葉を含めた最初の知識は神が与えたそうだ。

 どいうことは……なんだろう?

 ――――神様が………………日本好き?

 色々と謎が多い。

 

 

◇◇◇◇

 

「すばらしいにゃ! まったくもってすばらしいにゃ!」

 

 褒め殺しである。

 三毛猫の医者は先程からこの言葉を繰り返していた。

 

「いえ……」

 

 俺としては努力して手に入れた力ではないので、わざわざ都会まで医術を習いに行った彼に絶賛されるのは何だか気が引けてしまう。ズルしているような気分になるからだ。

 

「いや、それにしても、本っ当ーにすばらしいにゃ!」

 

 結果だけを言うと、患者は二人を除いて全員意識を取り戻し、外傷も綺麗に治った。

 さすがに失われた手足は再生しなかったが、まぁ、それは再生しないのが当たり前だという認識が一般的であるらしく、そのことについて特に何も言われてない。

 

「それで、治らなかった患者さんというのは?」

 

「ああ、彼らのことにゃら――」

 

「あ、よろしければ、普通に話していただいても構いませんよ。私のいた所ではあまりなじみのない習慣でしたから」

 

「それもそうですね。こんな古びた言葉遣い、未だに使っているのはミオ族の中でもほんの一握りしかいませんから。

 神の言葉にもありましたね。古きモノに固執せず、新しきモノを求めよ。と」

 

「ええ」

 

 適当に相槌を打つ。そんなこと言ったのか、神様……。

 ここまで来るともう認めざるを得ないだろう。

 この世界には確かに神なる存在がいる、もしくはいたことを。

 

「意識の戻らなかった患者二人についてですが……彼らの場合、もう仕方がないでしょう。

 外傷は全て治っていますし……。あ、こちらへどうぞ」

 

 医者は歩き出す。

 きっと、今話に上がった患者達の病室まで案内するのだろう。

 

「どんな状況でしょうか?」

 

(べに)ヨモギ草を知っていますか? この森にしか生えない毒草です。

 紅なんて名前についてますが、色は普通に緑です。これを潰すと赤色に変化し、致死性はありませんが、とても強力な毒になります。残念ながら、未だに解毒方法が見つかっていません」

 

 毒草の話を始める医者。

 いくら何でも無関係な話をしないだろう。つまり――

 

「患者は、この毒に侵されているわけですか」

 

「はい、その通りです」

 

 医者は苦い顔で俺の推測を肯定した。

 

「私も解毒薬を調合してるんだけど、中々うまく行かないのよねぇ……」

 

「アリアちゃんは悪くないよ。

 だって、狩りには紅ヨモギ草、使わないし」

 

 暗い顔で言うアリアに、コロはフォローを入れる。

 アリアは解毒薬の調合ができるのか。

 コロの戦闘力といい、彼女らは俺の予想以上に有能な人材であるようだ。

 

「強力な毒だという話ですが、なぜ狩猟に使わないのですか?」

 

「紅ヨモギ草の毒はすぐに全身に回って、血を抜いてもずっと残ります。

 お肉が、食べれなくなっちゃいます」

 

 なるほど。そういうこともあるのか。

 毒だからって、何でも使っていいわけじゃないんだな……。

 ――――あれ? 

 

「患者達はどこでその毒を受けたのですか?」

 

「……ゴブリンですよ」

 

 医者は大きな溜息と共に言葉を吐き出す。

 またしてもゴブリンですか。

 

「最近知恵をつけ始めたのか、色々な毒を使うようになりましてね。

 大体のものはこちらでも解毒できるのですが、こればかりは……。あ、ここです」

 

 案内された病室に患者達は眠っていた。痛みが激しいのか、二人共苦しそうに唸っている。

 一瞬、ちょっと前までの自分――病室のベッドで痛みに震える自分を、幻視した。

 

「できる限りの延命処置を施していますが、それでももって後四日程度でしょう」

 

 医者の顔は暗い。きっと、俺のポーションによる回復を期待してたのだろう。

 不治の病ならぬ、不治の毒。何だか嫌な気分になる。

 

 さて、まどろっこしい前振りはもうやめて、さっさと治療を施そう。

 今のところ、俺が確認した解毒効果のあるカードは天使の生き血だけだ。ならこれを使うしかない。

 

 回復カード一式は分かりやすく(ふところ)の中に()けて入れてある。

 手をローブの中に突っ込み、該当カードを探し出す。そして懐の中で、静かに天使の生き血を発動させる。

 

「では、こちらの薬を飲ませてみましょう。強力な解毒作用があります」

 

 ローブの中から出したように見せかけ、赤い液体の入った小さなガラス瓶を皆に示す。

 

「解毒作用ってあんた、紅ヨモギ草のことさっき始めて聞いたんでしょ!

 成分の割合とかちゃんと知ってて言ってるの!?」

 

 信じらんない! 何言ってんの、こいつ! と言うような態度で俺に詰め寄るアリア。

 さすがに知らない毒を治せると言うのは無理があったか?

 

「大丈夫です。これは先程のポーションと同じく特別製です。毒ならなんでも治しますよ」

 

 多分ね。

 

「なんでもって……はぁ……つくづく非常識ね」

 

 そんな訳で、天使の生き血を患者達に飲ませてみた。

 俺の時は皮膚に塗ったけど、体内の毒ならきっと飲ませた方がいいだろう。

 

「うっ……う……」

 

 患者二人に半分半分で分け与えると、彼らの表情は見る見るうちに安らいだものへと変化していった。

 

「お、おお!」

 

「な、治った、の?」

 

「まだ確実にとは言えませんが、きっと大丈夫でしょう」

 

「すばらしい、本当にすばらしい」

 

 またまた医者のすばらしい絶唱がきた。

 

「はぁ……」

 

 そしてアリアは、うつろな目で溜息をついていた。

 なんか、ほんっとうに申し訳ない……。

 

 

◇◇◇◇

 

「賢者様に頼みがあるのですが……」

 

 医者が話を切り出したのは患者全員の回復を確認し、そろそろ切り上げて戻ろうかと、立ち上がった時のことだ。

 正直、彼の言う頼みとはなんのことか、もう予想はついていた。

 

「ほんの少しでいいのです。賢者様の薬を分けていただけないでしょうか?

 もちろん、対価ならお支払いいたします。お金や宝石もありますし――」

 

「それはできません。

 私の持っている薬は特殊な保存方法が必要でして、普通に置いておくと、24時間で気化してしまいます」

 

「なら、ぜひその保存方法を」

 

「申し訳ないが、それは秘術の範疇に入りますので、おいそれとお教えすることはできません。それに、例えお教えしたとしても、この村の設備では保存施設を作ることはできないでしょう」

 

 はは……。秘術(笑)(かっこわらい)だな。

 あらかじめ考えておいた嘘を適当に並べ立てる俺。

 これで納得してもらえればいいが……。

 

「それは……やはり錬金術に使う、稀少な材料が必要と言うことでしょうか?」

 

「ええ、その通りです」

 

 …………。

 ……。

 ……錬金術ってなんやろ?

 

 

 

◇◇◇◇

 

 治療所での薬配布を終え、俺達は早々に来客用ハウスに戻ってきた。

 その後はちらほらとやって来る怪我人にブルー・ポーションを飲ませながら、アリアとコロからゴブリンの詳しい話を聞いた。

 

 どうやらゴブリン達は、ずっと以前から西の森に住んでいたらしい。昔から何かとミオ族に対してちょっかいを出していたが、ここ最近特に酷くなったという。ゴブリン達を率いるリーダーが替わったのではないかと、村では推測がなされている。

 やはり、人的被害が馬鹿にならないそうだ。

 

 夕方になると、アリアとコロは診察終了を知らせる赤い布を門の前に立てかけ、昨日と同じように来客用ハウスの周りでプチ集会をしている暇人達を追い立てながら、家に帰っていった。

 

 それと入れ替わるようにやって来るダスト君。

 どうやら昼間は狩りに行っていたらしく、この時間からしか暇がとれないのだそうだ。

 昨日彼の父から貰ったピーナッツに似た木の実を摘みながら、彼との雑談を始める。

 

 やはり話に出てくるのはゴブリンである。ダスト君によれば、明らかにミオ族を狙った罠が森の至る所に仕掛けられており、おちおち狩りもできないらしい。そして今月だけで、彼らの毒牙にかかって二人もの死者が出ているとのこと。

 

「話を聞いていますと、ゴブリンは以前よりも凶暴になっているようですね。

 具体的にいつ頃からなのですか?」

 

「うーん……いつからだっけなぁ……。

 オウルさんがあいつらに殺されたのが半年前だから、それくらいからかなぁ?」

 

「それ以前は、そんなに被害はなかったのですか?」

 

「いやまぁ、嫌がらせはよく受けてたけど……。

 昔と違って、今のあいつらは何って言うか……本気入ってるんだよ。絶対に滅ぼしてやるって感じの」

 

「……何かのっぴきならない事情があるかもしれませんね……」

 

「関係ねぇよ、そんなの。

 向こうが殺すつもりでくるなら、こっちも殺さなきゃ」

 

 

◇◇◇◇

 

 日が完全に沈んだ頃。ダスト君は室内の松明(たいまつ)を灯した後、家へ帰っていった。あまり遅くなると、怒られるらしい。

 

 ピーナッツ的な実の殻を剥く。

 硬い殻だが、その全てにひび割れができていた。ダスト君によれば、熟すとそうなるのだそうだ。ひび割れに爪を差し込み、軽く力を入れるだけで殻はサクッと二つに割れる。

 

 昨日もいくつか食べたが、中々に美味しい。癖になる味である。

 それを味わう為には殻剥きという軽作業が必要なのだが、それが余計おいしさにアクセントを与えているように感じられた。苦労して食べる物はうまい。

 食中毒に関しても今の所、特に何ともない。どうやら、植物系の食べ物は大丈夫のようだ。

 

 それにしても、ゴブリンか……。

 ファンタジーゲームだと最初の方に出てくる雑魚敵なのだか、現実に存在するとなると色々と被害がシャレにならないようだ。事実、ゴブリンにやられた怪我人を何人も見ているだけに、何とかしてやりたいと思ってしまう。

 

「いやいや、しゃしゃり出るのはやめよう」

 

 ミオ族にはミオ族なりの計画があるかもしれないし、あまり部外者が立ち入っていい問題でもないだろう……。

 

 俺は剥いた木の実をまた一つ、口に放り込んだ。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

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未熟なカード使い      -闇ー

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【上位世界人族】

異世界に迷い込んだカード使い。魔力を

消費してカードに秘められた力を解放す

ることが出来る。しかし、その力はまだ

未熟だ。

 

ランクアップ条件

信奉者を獲得せよ 0/10

 

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第12話 風玉炎龍のちアフロ

 朝。ケーネ村滞在四日目である。

 いつものように朝食にブルーポーションと非常食を食したのち、ワイトキングを再召喚する。

 着替えが完了した頃には、アリアとコロがやってきていた。

 

「今日は、重病人の元へ案内しますので、もし治せましたら……」

 

「どうせ大丈夫なんでしょ? あんたの薬、何でも治るもんね」

 

「いえいえ、流石にそこまで万能ではありませんよ。

 とりあえず、患者の方を見に行きましょう」

 

 こうして、本日はアリアとコロに案内され、病人の家へ赴くことになった。

 

 道中、声をかけてくれる村人達に挨拶を返す。

 昨日と同じように物見遊山気分で村を歩いていたら、はやくも目的地に着いたらしい。

 目の前にあるのは普通の、この村では有り触れたかまくらハウスである。

 まずは治療の説明のために、先にコロが中へ入っていった。

 

「賢者様、よろしくお願いしますにゃ」

「父を救ってくださいにゃ」

「おじいさんをお願いしますにゃ」

 

 玄関から出て、俺に挨拶する三毛猫達。きっとご家族の方だろう。

 

「はい、きっとお治し致します」

 

 患者の家族らに案内され、病人の部屋へと入ると、中は濁った空気に包まれていた。

 湿気と埃、そして病人の体臭にまみれた空間は、何だかここにいるだけで、病気じゃない人も病気になりそうな感じがした。

 すぐにアリアとコロに指示して、木の板で作られた窓を開けてもらう。

 

「さて……」

 

 寝ているのは年老いた猫だ。何の病気かは知らないが、大分衰弱している。

 

「賢者様……本当に治りますでしょうかにゃ?」

 

 不安そうに聞く若い三毛猫。

 きっと息子さんなのだろう。

 

「え? ええ、大丈夫ですよ」

 

 そう何回も大丈夫かと聞かれると少し不安になる。何しろ、俺自身には医学知識など微塵もないのだから。

 

 懐から出したカードを手の平に隠し、その手を患者に向ける。

 俺の知る病気を治すカードはこれしかない。

 心の中でカード名を唱える。

 

 ――治療の神 ディアン・ケト。

 

 手の平に、白の光が生まれた。

 その光を患者の胸にあてる。直ぐ様光は、患者の身体全体を優しく包み込んでいく――。

 アリアにコロ、そして患者の家族達は、まるで奇跡の行使を見るような眼差しで俺の治療行為を見つめている。

 やがて、光は収まった。

 

「もう大丈夫ですよ。これで治りました」

 

 心なしか、患者の息遣いはさっきよりも整っているように感じる。多分、治ったと見ていいだろう。

 

「……お、おおぅ……、有難うございますにゃ。有難うございますにゃ」

「ほ、本当に、にゃんと感謝の言葉をお伝えすればいいか」

「ありがたや、ありがたや……」

 

 土下座せん勢いで頭を下げる夫婦に、俺を拝み始めるおばあちゃん。

 

「いえいえ、大丈夫ですよ。

 おじいちゃんが起きましたら、栄養のある物を食べさせてやってください。

 それから、部屋の換気……空気の入れ替えはこまめにしてあげてください」

 

「ええ、ええ」

「はいにゃ。はいにゃー」

「ありがたや、ありがたや……」

 

 返事はすごい良いけど、ちゃんと話聞いてるのかな? この人達は。

 

「それでは、お大事に」

 

 

◇◇◇◇

 

 外に出て、大きく伸びを一つ。

 うーんーー、良い仕事をした。

 

 隣にいるアリアは、ジト目で俺を見つめている。

 

「あのー……何でしょうか?」

 

「何よ。やっぱり使えるじゃない、治癒のカイリ」

 

 やっぱりそう見えたわけか。

 

「ええ、使えないとは言ってませんよ」

 

 しれっと返してやる。確かに使えないとは言ってないはずだ。

 

「はぁ……。

 あんたさー、何で旅してるの?

 治癒のカイリが使えれば、どこの国も重役で取り立ててくれるじゃない」

 

 そうなのか?

 なんとなく想像はしてたけど、この世界の治癒術ってやっぱり貴重なんだな。

 

「性に合ってるんですよ。色々と見てみたくて」

 

「それに、何で錬金術なんかに手を出してるわけ?

 薬なんか使わずに、全部カイリで治せばいいじゃない」

 

「カイリには残量がありますから……。

 さっきの術も、今日は後一回しか使えませんし」

 

「ふーん……」

 

 だから、錬金術ってなんちゃらほい?

 いや、単語の意味は分かるけど……。この世界のことだから、地球の歴史における錬金術みたくインチキじゃないんだろうね、きっと。

 

「あんた……思ったよりすごいじゃない」

 

「ありがとうございます」

 

 因みにコロはと言うと、始終あたふたしながら首を動かし、俺とアリアを交互に見ていた。

 ……けっこう可愛い。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 もう一件の病人を治療し、今日のカイリはもう限界だと二人に告げて家に戻る。

 そして今日も今日とて、ブルー・ポーション飲ませ屋を開始。

 お客さんの数は昨日とほぼ一緒だったが、怪我で来た人は少なかった。

 それと言うのも――

 

「賢者様、大怪我を治して頂いて、本当に有難うございますにゃ」

 

「いえいえ、同然のことをしたまでですよ」

 

「よければ、これをぜひ食べてくださいにゃ。今朝森で採ってきたものにゃ」

 

「はい、ありがとうございます。後程いただきますね」 

 

 と、こんな感じである。

 昨日診療所で治した大怪我の人達が次から次へと、お礼に来るのだ。

 今受け取った(かご)一杯の琵琶らしき果物をコロにしまってもらう。

 

「け、賢者様、これ以上もらうと、全部食べきる前に駄目になってしまいます」

 

「うーん……しかし、受け取らないと言うのも相手に悪いですし……」

 

 怪我を治したと言っても全て治ったわけではない。四肢の欠損はそのままなのだ。今の人も左腕の(ひじ)から先が失われている。

 そんな人達がわざわざ森まで出かけて採ってきてくれた果物である。受け取らないのは何だか申し訳ない気分になってくる。

 

「もう、しようがないわね」

 

 玄関から隊列整理をしていたはずのアリアが顔を出す。

 

「いいわ、私とコロで何とかしてあげる。コロ、来て」

 

「う、うん」

 

「え? 大丈夫ですか?」

 

「大丈夫よ、狩猟組なんて全員私とコロの下っ端みたいなものだし。ね?」

 

「う、うん。叱ってくる……」

 

「いえ、そうではなく。あまりきついことは――」

 

「甘い! 言いたいことはちゃんと言わなきゃ駄目よ。誰もあんたの心を読む能力なんて持ってないんだから!」

 

「はぁ……」

 

 そう言って出て行くアリア。コロは軽く俺に首を下げるとその後について行く。

 どうやらこの世界において、”沈黙は金なり”は通用しないらしい。

 

 ――そして外から、アリアの罵声とコロの威厳に満ちた声が聞こえた。

 最終的には、賢者様の迷惑になるから、とお礼は日持ちする物限定としたようである。

 

 診察が終了した夕方。

 家に帰ろうとするアリアとコロを呼び止め、今日の収穫を大量に持たせる。

 何だか悪いわね。と言うアリアと、両手をパーにして肉球を突き出し、そんな、受け取れませんよ。と言うコロ。

 まぁまぁとなだめすかして果物を押し付け、にこやかに二人と分かれる。

 

 そして、当たり前のようにダスト君来訪。

 

「うおっ!? 果物がすっげぇ一杯!」

 

「治療のお礼にといただいた物ですよ。

 以前治した患者さんが今日の昼間にたくさん来られました。ありがたいことです。

 ――そう言えばダスト君、この村の人口はどれくらいですか?」

 

「じん、こう?」

 

「村人の数です」

 

「数……? さぁ? 誰も数えてねぇし、四百人くらいいるんじゃないの?」

 

 割といい加減だった。

 

 夜になり、ダスト君にも大量の果物を持たせてから帰す。

 これで大分減ったな。この量なら、一日、二日で食べきれるだろう。

 

 名称不明な果物の皮を剥きながら思う。

 ――こんな生活も結構いいかもしれない。

 いっそのこと、ここに永住しようかな……。

 

「うっ、すっぱ!」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 ケーネ村滞在五日目。

 どうやら残る村の重病人は一人しかいないらしく、アリアとコロに連れられ、午前中の内にささっと治した。

 そして家に戻ると、そこにはにこにこ顔のジオさんが俺を待ち構えていた。相変わらずの全身を覆うポンチョというメキシカンなスタイルである。

 

「賢者様の服ができ上がりました。一度ご試着いただけますか?」

 

「はい! 是非!」

 

 キターーーーーー!!

 この日をどんなに待ち望んでいたことか!

 

 ジオさんの出した服に着替えることにする。

 下着はぴっちり風のトランクス。いや、これだと、スパッツって言った方がいいかもしれない。やはりゴムはないようで、腰に通してある紐を縛って止める。肌着は灰色のシャツで、トランクスと同じような柔らかい布が使われている。

 

 続けて履くズボンは藍色。分厚い生地を引き上げ、皮ベルトを腰に通す。ベルトの金具は、精巧な模様が彫られた格調高い仕上げとなっていた。この世界の文化レベルから考えるに、これだけでもかなりの値段がするだろうことは容易に想像がつく。

 

 上着はやや派手。赤と黒を混ぜたデザインで、狩猟頭ルラータさんや農畜産まとめ役ヘーロさんの着ていたものと少し似ていた。きっと、ケーネ村の民族衣装のイメージを混ぜているのだろう。

 

 最後に黄土色のマントを羽織る。

 ファンタジーゲームでしか見たことのないマントだが、やはりこれも旅の必需品なのだろう。分厚い生地で木の枝や砂煙から守ってくれるだけじゃなく、寒さ対策にもなりそうだ。マントの後にはフートもついていて、これを被ればガードは完璧である。

 

「いかがでしょう? 最高のものに仕上げたつもりです」

 

「すばらしいです。私としてはこれで大満足ですよ。本当にありがとうございます!」

 

「それだけ喜んで頂けるのなら、作った者達も喜ぶでしょう。

 中には賢者様に家族を治していただいた者もいましたので、大分張り切って作っていたようですよ」

 

 いやー、本気で素直に嬉しい。

 これまで裸にローブと言う変態的な格好だったのだ。こんないい服が着れるとは……やべ、涙が出そう。今なら葉っぱ服で全身痛い痛いしてたのも全部いい思い出として処理できるね。

 

「それと、こちらはポーチになります。リュックサックは後日、服の残り分とタオルを入れてお渡ししますね」

 

 ポーチは腰に巻くタイプである。黄緑色で、スタイリッシュなデザインをしている。

 これも買うとしたら、相当なお値段がするだろう。

 

「はい、分かりました。何から何まで本当にありがとうございます」

 

「いえいえ、世の中、ギブ&テイクです。

 賢者様は村のほぼ全ての怪我人病人を治療してくださいました。これに報いる為に、我々も頑張ったのですよ」

 

 そうでなければ、もっといい加減な物でお茶を濁すつもりでした。ジオさんは芝居がかった笑顔で、そう冗談めかした。

 

 

 ジオさんが去り、俺達はいつものようにポーション飲ませ屋を始める。

 流石に治療を始めて四日目だけあって、怪我人は殆どやってこない。もうこれまでの三日間で、ほぼ全て治療し尽くしたのだろう

 

「賢者様、先日は大怪我を治して頂いて、本当にありがとうございますにゃ。おかげさまで、またこうして歩けるようになったにゃ。これ、干しヤブトですにゃ。一年くらいはもつから、好きな時に食べるといいですにゃ」

 

 先日アリアとコロが追い返した人達だ。皆ピーナツ、アーモンド的な乾果(かんか)やドライフルーツをお礼に持ってくる。こういう系の食べ物は好きなので、素直に嬉しい。

 

「賢者様、その格好、イカスにゃ。かっこいいにゃ」

 

「そ、そうか? うは、うはははは」

 

 ふふん! そうだろう、そうだろう。

 

「け、賢者様! 急患です!」

 

 コロが慌てた様子で部屋に飛び込んできた。

 直ぐ様、気を引き締める。

 

「患者はどこにいますか? 私が行った方がいいですか?」

 

「も、もうここに運んできてます!

 ――入れて!」

 

「お、おれ、邪魔だから外に出るよ」

 

「ああ、すまない。干しヤブト、ありがとう」

 

「はい、失礼しましたにゃ」

 

 お礼を持ってきた青年と入れ替わりに、皮鎧を身につけた患者が運ばれてきた。体に何箇所もの切り傷があり、左足がなくなっている。

 

「ちぎれた足もあるけど、くっ付く?」

 

 そう言ったのは、彼の足を持ちながら部屋へ入ったアリアだ。

 

「できるだけのことはやってみます。アリアさん、水を持って来てください!」

 

「うん!」

 

 まず千切れている足の切断面に付着していた泥をさっと水で落とす。そして足を根本部分に当て、その上からブルー・ポーションをぶっ掛ける。

 ――これでいけるか?

 

「よし、とりあえずくっ付けるだけくっ付けました。

 後はこれを飲んでください。飲めますか?」 

 

「は……はい……」

 

 彼にブルー・ポーションを飲ませていくと、見る見るうちに全身の傷が治っていく。

 二杯目を飲み終えた頃には、もはや身体の傷は完全に消え去っていた。

 

「試しに歩いてみてください。ゆっくりでいいですよ」

 

「……はい。

 …………大丈夫、みたい、です……」 

 

 おっかなびっくりで立ち上がる元急患は、問題なく歩けていた。本当にブルー・ポーション様様である。

 

「どうしてこんな怪我を?」

 

「その、運悪くゴブリンの群と出会っちまって……にゃ」

 

「ゴブリン三匹を群と言わないわよ。

 賢者様の前だからって、いい格好しようとしないの」

 

「その、うそは、駄目」

 

「うぅっ……」

 

 やはりゴブリンか……。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 間もなく太陽が夕日へとその姿を変貌させようとしている。

 すっかり患者のいなくなった部屋で、俺は暇していた。

 そんな時のことである。

 

「賢者様、代表役が来てます。お会いに、なりますか?」

 

「え? 代表役さんが? ええ、ええ、どうぞ、案内してください」

 

 頭を引っ込めたコロに案内され、数日振りに見たもさもさ髭のおじいちゃん猫が俺の前にやってきた。――代表役である。

 

「お久しぶりですにゃ、賢者殿。

 村の病人怪我人を一掃してくださり、本当にありがとうございますにゃ。ケーネ村全てを代表して、感謝を申し上げますにゃ」

 

「いえ、当然のことをしたまでです。よろしければ、最上級の敬語を使わなくとも結構ですよ。私はそこまで徳のある人間ではありませんので」

 

「は、はぁ……。では、お言葉に甘えまして」

 

 その後、いくつかの社交辞令を挟んでから、代表役にとあるお願いをされた。

 それはある程度予想をしていたものだった。

 現実に言われて、ああ、やはりか……。という気持ちになる。

 

「賢者殿にこんなことを頼めた義理じゃないのは分かっております。

 しかし、恥を忍んでお願い致します」 

 

 深く頭を下げる代表役。

 彼の頼みとは、西の森に住むゴブリンを何とかして欲しいと言うものだった。

 ゴブリンの集落がある場所は予想ついているという。しかし、自分達が戦うと、どうしても総力戦になってしまう。そうなれば、何人の死傷者が出るか知れた物じゃない。だから賢者様のワイバーンや魔導生物に期待したいとのこと。

 全滅させなくても構わない。

 しかし、もうこちらに手出しをしてこない程度には損害を与えて欲しい。

 

 ゴブリン退治のクエストか……。ほんっと、どこのRPGだよ。

 だがゴブリンによる被害は、俺も直にこの目で見て知っている。ここまで来た以上、さすがにもう見て見ぬ振りはできないだろう。

 

「分かりました。確約はできませんが、出来るだけの事はしましょう」

 

「おお!」

 

 ゴブリンクエ、確かに引き受けました。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 来客用ハウスを背にして立つ。今の時刻は夜の11:50。

 つい先程、散歩ついでに中央広場の大時計を見に行って来た。その時は十一時半であったので、今は五十分くらいのはずである。

 

「ステータス」

 

 

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未熟なカード使い      -闇ー

               ☆

 

【上位世界人族】

異世界に迷い込んだカード使い。魔力を

消費してカードに秘められた力を解放す

ることが出来る。しかし、その力はまだ

未熟だ。

 

ランクアップ条件

信奉者を獲得せよ 0/10

 

魔力 3/9    ATK/80 DEF/150 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

「うん、やっぱ魔力が3余ってるな」

 

 明日、ゴブリンを何とかしに行こうと思う。

 その為の移動手段を今夜の内に召喚したい。余った魔力の有効活用だ。

 

 それにしても、信奉者の数が増えないな……。未だにゼロか……。

 結構、怪我病気治してるんだけどな……。

 ひょっとしたら、何か方向性的なものが間違っているのかもしれない。

 

「さて――」

 

 取り出したるは一枚のカード。

 それに目を向ける。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

トランスフォーム・スフィア   -風ー

                ☆☆☆

【鳥獣族・効果】

1ターンに1度、相手フィールド上に表側

守備表示で存在するモンスター1体を選択

して発動する事ができる。手札を1枚捨て、

選択した相手モンスターを装備カード扱い

としてこのカードに1体のみ装備する。

このカードの攻撃力は、このカードの効果

で装備したモンスターの攻撃力分アップす

る。このカードは攻撃した場合、バトルフ

ェイズ終了時に守備表示になる。エンドフ

ェイズ時、このカードの効果で装備したモ

ンスターを相手フィールド上に表側守備表

示で特殊召喚する。

        ATK/100  DEF/100 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 今回召喚するのはこいつだ。よし――

 

「トランスフォーム・スフィア、召喚!」

 

 渦巻く風と共に、大きな鳥人が現れる。

 銀の甲冑に茶色の体毛。身長は2.5メートル程か。

 

「よろしくな」

 

『ああ、主の意図は理解している。任せておけ』

 

 おお、喋った。

 

「入れるのか?」

 

『もちろんだ。激しく暴れない限り、壊れることはないよ』

 

 茶色の鳥人の特徴は何と言っても、身長と同じ程度の長さを持つその巨大な腕にある。そして彼は腕と腕の間に、これまた大きな大きな透明な玉を抱えていた。

 

 分かりにくいのなら、こう説明しよう。

 身長2.5メートルある鳥人が、巨大な腕で直径2メートル程ある透明なガシャポン玉を抱えている。

 それが彼、トランスフォーム・スフィアだ。

 

 彼のカードゲームにおける能力は、相手モンスターを鹵獲できることにあった。

 外見からして、多分、その手に持つ透明の玉で鹵獲するだろうと予測したのが始まりである。

 

 ――俺がそこに入れば、快適に移動できるんじゃね?

 

 ステータスが弱すぎる為、ケーネ村までの移動には使用しなかったが、戦闘が予想される明日はコイツに乗っていこうと思う。

 理由は簡単。

 俺を乗せたままだと、戦闘用モンスターはまともに戦えないからだ。

 

 明日は他のモンスターに戦わせて、俺はコイツの中で安全待機。

 指示を出すのもよし、新たなモンスターを召喚するのもよし。戦闘スタイルとしては結構いい線をいっているのではないだろうか。

 

「試しに入ってみるね」

 

『ああ、どうぞ。触れれば、どこからでも入れるよ』

 

「うん、ありがとう」

 

 透明な玉に触れると、手を包むようにすり抜ける。イメージはシャボン玉だ。

 

「結構広いな」

 

『ああ、風なんかも防ぐから、快適さも保障するよ。飛んでみるかい?』

 

「いや、村人達を驚かすのはやめよう。悪いけど、今夜は外で待機しててくれ。明日になったら呼ぶよ」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 出発の朝である。

 五十枚のカードを葉っぱデッキフォルダからポーチへ移動。

 マントを羽織、これで準備完了。

 

 外に一歩踏み出すと、そこには代表役、ジオさん、顔役の二人、そして、アリアとコロが見送りに来ていた。後の方では、村の若い人達がまばらに並んでこちらを見ている。顔を見ても見分けがつかないが、きっと俺が治した人達なのだろう。

 

「賢者様。あたしも連れてってください!

 あたし、こう見えても結構強いです。きっと役に立つから」

 

 コロが一歩前に進み出る。

 うん。君が強いのはよ~く知ってるよ。

 

「私もついていくわ。

 やっぱりミオ族の問題だし、ミオ族も解決に協力しなきゃね」

 

 と、これはアリア。

 

「ありがとう、コロさん、アリアさん。

 でも、やはり私ひとりで行くことにします」

 

 手を招き、トランスフォーム・スフィアを呼び寄せる。

 俺の要請に応え、トランスフォーム・スフィアは空より舞い降りる。その羽ばたきにより発生した強い風が、吹き降ろされた。

 

「何だ、あれは!?」

「鳥か?」

「何か抱えてるぞ!」

 

 村人達の驚きの声が聞こえてくる。

 代表役達も口を開けて、トランスフォーム・スフィアを凝視していた。やはりびっくりしているらしい。

 

「何しろコイツは、一人しか乗れませんので」

 

「こ、これも、賢者殿の……」

 

「ええ、私の使役するモノの内の一体です」

 

 トランスフォーム・スフィアの(スフィア)部分に触れ、中に入る。

 

「ねぇ、本当に一人で大丈夫なの?」

 

「あ、あたしも……」

 

 アリアは心配そうにこちらを見ている。

 そしてコロはやはり一緒に行きたそうにしていた。

 なら、少し二人を安心させてあげよう。

 

「本当に大丈夫ですから。

 ――炎龍(マグナ・ドラゴ)、召喚!」

 

『GYAAAAAAOOOON!!』

 

 天を裂く咆哮と共に、一匹の赤きドラゴンが出現する。

 名を炎龍(マグナ・ドラゴ)。カードに描かれたステータスはこれだ。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

炎龍(マグナ・ドラゴ)           -炎ー

               ☆☆

【ドラゴン族・チューナー】

このカードが相手ライフに戦闘ダメー

ジを与える度に、このカードの攻撃力

は200ポイントアップする。

      ATK/1400  DEF/600 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

 

 

「な、なんと!」

「ドラゴン!?」

「そんな!」

「それにしては少し小さいが……」

「何と言う威圧感だ!」

「まさか!?」

 

 各々に驚愕の声を上げる面々。

 炎龍(マグナ・ドラゴ)。外見は幼生のドラゴンだ。羽は小さく、手足も伸びきっていない。全体的に真紅眼の飛竜(レッドアイズ・ワイバーン)よりも一回り小さいだろう。

 だが、それでもドラゴンはドラゴン。

 黄金色の目と鋭い牙を光らせ、獰猛たる面構えである。

 

「少しびっくりしましたか? 他にも色々と呼べますよ。

 ……だから、二人共安心してください。私は大丈夫ですから」

 

 静かに頷く二人。

 驚かせすぎたかな? でもコイツよりも強いんだよね……コロさん。

 

「それでは、行ってまいります」

 

 トランスフォーム・スフィアに出発の合図を送り、高度を上昇させる。

 

「お気をつけて」

 

 一礼するジオさん。

 

「頼みましたぞ、賢者殿」

 

 と、これは代表役。

 

「け、賢者様、がんばってー!」

 

「危なくなったら一旦戻ってくるのよ!」

 

 手を振るアリアとコロ。

 

「賢者様、がんばれー」

「ゴブリンなんぞ、全滅させてくれー!」

「頼んだぞー!」

「やっちまってくれー!」

「無事を祈ってるからなー!」

 

 他の面々も思い思いに応援の声をかけてくれる。

 そんな彼らは高度が上がるにつれ、どんどん小さくなっていく。

 

「――よし!

 行くぞ! トランスフォーム・スフィア、炎龍(マグナ・ドラゴ)

 西に向かってくれ!」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 快適な空の旅を始めて、約一時間。

 

『主、あれじゃないかな?』

 

「ああ、多分そうだ。高度を落としてくれ」

 

 ゴブリンの集落を見落とさない為にも、トランスフォーム・スフィアには結構な高度で飛行させていた。

 そしてこんな上空でも寒くなく、風もなく、普通に息ができるスフィアの中は本当に快適であった。今後の旅はこいつを利用しようと心の中に決める。

 

 上空から徐々に下降する。

 集落に近づくにつれ、その全貌が見えてきた。

 (わら)の家、竪穴式住居と言うのだろうか? それがゴブリン達の住処(すみか)である。その数はぱっと見、約六十軒。集落の全体の大きさは、ケーネ村の五分の一と言ったところ。つまりそれだけ住宅が密集していることになる。

 

 ダスト君に聞いた話だと、ゴブリンの数は300近く。それぞれの強さはミオ族と大して変わらないらしい。ミオ族の平均ステータスが 攻/150 守/50 くらいだから、もう一体モンスターを召喚すれば全部倒せるかもしれない。

 

「散乱しているのはキャンプファイヤーの跡かな? 随分と文明観のある村だな……」

 

 ひょっとしたら、それなりに知性がある奴らなのか?

 

『主、何か雰囲気がおかしいぞ』

 

「そうなのか?」

 

 未だ高度は高く、俺の目では細かいところまで見ることができない。

 

『右の方だ』

 

「右……?」

 

 右下に顔を向け、俺は固まった。

 

「……な、なんだ、あれは?」

 

 

◇◇◇◇

 

 端的に言うと、ゴブリンの集落は怪物に襲われていた。 

 俺はトランスフォーム・スフィアと炎龍(マグナ・ドラゴ)を高度5メートル辺りまで下降させ、今起こっている出来事の全容を見る。

 

 悲鳴をあげ、逃げ惑うゴブリン達。中には武器を手に取り、果敢に怪物に挑む者もいたが、その(ことごと)くが怪物に潰され、食いちぎられていた。

 

「……くっ、鑑定!」

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

森を走る大鮫        -地ー

            ☆☆☆☆☆

【魚族】

森を支配する王者。縄張りへ侵入する

者に怒りの鉄槌を下す。その剛力を止

められる者はいない。

      ATK/2200 DEF/2000 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 姿形を一言で表現するなら、手足の生えた鮫である。

 そして、その余計に生えた手足がとにかく太い。筋肉でガッチガチである。

 鮫の大きさは横2メートルに、縦7メートル。四つの足で地面を這っているが、その状態でも高さ3メートル程ありそうだ。とにかく全体的に巨大で、根源的な恐怖感を見る者に与える。

 

 何これ!? ゴブリンを倒しに来たら、ボス出現だよ!

 しかし、これはこれでラッキーかもしれない。何しろほっといてもゴブリンを減らしてくれるわけだし。

 

 改めてゴブリン達に目を向ける。

 身長はミオ族と同じくらい。高い鼻に禿げた頭、そしてエルフ耳。顔は遊戯王カードにあるゴブリン突撃隊のゴブリンとよく似ている。

 その皮膚の色は、鉄が錆付いたような赤茶びたもの。俗に言う赤銅色(しゃくどういろ)だ。

 

 目の前で行われていたのは惨殺だった。

 食べる為ではない、遊ぶ為でもない、ただ殺す為に殺す。

 走る鮫はゴブリンを巨大な足で踏み潰し、鋭い牙で食いちぎり、巨体で突き飛ばした。

 

 よく見ると、ゴブリン達の行動はある程度秩序だっているものであった。

 文字通り命を賭して鮫を食い止める役。

 遠くから弓を射掛ける役。

 子供や老人らしき者を避難させる役。

 それぞれが必死な表情で自身の責任を果たそうとしていた。

 

 鮫は突進する。

 四、五軒の家と七、八匹のゴブリン達をまとめて押し潰す。

 

 鮫は大地を踏み鳴らす。

 それだけで、いくつもの血の花が、地面に咲いた。

 

 鮫は勇敢に、無謀に向かってくる一匹のゴブリンの下半身に齧り付き、首を振り回す。

 俺のすぐ近くに、ゴブリンの上半身だけが飛んできた。

 

 既に事切れたゴブリンに目を向ける。

 彼は絶望に固まった表情で、虚ろな目をこちらに向けていた。

 バラバラに壊された藁の家屋に目を向ける。

 茶碗や壺、そして何に使うのかよく分からない道具が散らばっていた。

 彼らが生活してきた……生きてきた証である。

 

「…………。

 …………やっつけるぞ……」

 

『主?』

 

「あの鮫、やっつけるぞ!!」

 

 ポーチからカードを取り出す。

 

「足止めしろ、炎龍(マグナ・ドラゴ)! これ以上殺させるな!」

 

『GUGYAAAAAAAAOOOO!!』

 

 炎龍(マグナ・ドラゴ)は上空から果敢に鮫へと襲い掛かる。

 新たな参戦者に慌てふためくゴブリン達。

 そんなゴブリン達をよそに、大きく口を開け、鮫へと向けて灼熱の炎を吐き出す炎龍(マグナ・ドラゴ)

 だが、それをそよ風の如く意に介さない鮫。

 

 くそっ! まったく堪える様子がないな。

 炎が効かないのか、それとも炎龍(マグナ・ドラゴ)の攻撃力が低すぎるのか。

 

「よし! あった!」

 

 鮫に対抗できるレベル5のモンスターを右手に掲げる。

 

「雷帝ザボルグ、召喚!」

 

 …………。

 …………。 

 ……。

 ……。

 ……あれ?

 

 反応がない。

 うんともすんとも言わない。

 

 ええっと、何でだ?

 今俺の残り魔力は7。レベル5のこいつを召喚するのは余裕のはずだ。

 

 鮫は身体を振り回す。

 まるで巨大なハンマーのように、鮫の尾は炎龍(マグナ・ドラゴ)を轟音と共に殴り飛ばす。

 俺の左横に吹っ飛んでくる炎龍(マグナ・ドラゴ)。ドゴンッという音と共に、藁作りの家屋にねじり込まれる。

 

「くっ……」

 

 上がった土煙に、思わず目を覆う。風の玉にガードされ、砂が入ってこないことに気がづき、手を下げる。そしてすぐさま手痛い一撃を受け、家屋の下敷きとなった炎龍(マグナ・ドラゴ)に視線を向けた。――大丈夫なのか?

 炎龍(マグナ・ドラゴ)の上に被さった藁がもぞもぞと動き出す。彼は爪で地面を引っ掻き、立ち上がろうとしているようだ。

 よかった、まだ死んでない。

 

 安心したのもつかの間。

 再び鮫に目を向けると、怪物はその目蓋(まぶた)のない魚眼を俺に向けていた。ロックオンである!

 間を置かず、突進!

 

「雷帝ザボルグ! 雷帝ザボルグ!

 くそっ! トランスフォーム・スフィア、上昇しろ!」

 

 今トランスフォーム・スフィアと俺のいる高度は約5メートル。俺の命令を受けたトランスフォーム・スフィアはさらに高く、高く、上昇していく。

 ――6メートル。

 ――――7メートル。

 

 鮫は大きく口を開け、猛スピードで迫ってくる。一歩足を踏み出す(たび)に家屋を吹き飛ばし、運悪く進路上にいたゴブリン達を踏み潰す。

 ――――――8メートル。

 ――――――――9メートル。

 ――――よしっ! ここまで来れば!

 

 眼下にある、迫りくる地を這う鮫の後ろ二本足が、収縮したように見えた――。

 一瞬のことであった。血管が浮き出るほど、その両足に力を込めた鮫は――大きく跳躍した!

 

「ちょっ! うそぉ!」

 

 迫り来る鮫の口内。

 時間の流れが、やけに遅く感じられる。

 徐々に近づく鋭い牙の一本一本がはっきりと見てとれた。 

 一説によると、人間は死の瞬間、全てがスローに感じるらしい。あれって本当のことだったんだなぁ……。

 って冷静に考えてる場合じゃねぇーー!

 よけろ! よけろ! よけろ!

 

『うおおおぉぉぉおお!!』

 

 トランスフォーム・スフィアの咆哮。

 両翼に力を入れ、何とか鮫の跳躍突進をかわそうと奮起する。

 そしてゆっくりと、かするように、俺のすぐ左脇を通り過ぎていく鮫の魚眼と一瞬目が合う。

 よし! なんとかこれで――っ!

 

 鮫の黒い爪が、トランスフォーム・スフィアの翼を(えぐ)った。

 左翼の半分を失う程の激しい力を受け、まるで電車に引っかかれたように錐揉み状に落下していくトランスフォーム・スフィア。俺のいる玉の中もぐるぐると回転し、激しいGがかかる。

 なんとか上だと思われる方向に目を向けると、必死に損傷した翼を羽ばたかせ、体勢を立て直そうとしているトランスフォーム・スフィアの姿が目に入った。

 

 ――激しい衝撃!

 

 ――――――

 ――――――

 ――――

 ――――

 ――

 ――

 

「は……ぁ……うっ」

 

 まだ……生きているようだ――。

 どうやら、藁の家に落ちたらしい。きっとトランスフォーム・スフィアによる最後の減速も効いたのだろう。

 粘着性のあるぬるりとした液体が、顔の左半分を染める。

 左腕も折れているのか、まったく動かない。

 麻痺しているからか、不思議と痛みはなかった。

 

「…………生きてるか?」

 

『まだ死んでないよ。でも悪いな、主。すぐには動けそうにない』

 

「いや、別にいいさ。

 落ちる時、俺の為にクッションになってくれたんだろ? でなきゃ、この程度で済んでる訳がないもんな」

 

 瓦礫をどかし、よろよろと立ち上がる。

 さっきまで入っていたトランスフォーム・スフィアの玉は、落下の衝撃で割れていた。

 ――状況はどうなっている?

 

 地面に降りたことにより、途端に視界が狭くなったように感じられた。

 しかしそれでも、鮫の巨体を見つけることは容易であった。

 こうして陸から見上げるとホント、リアルに怪獣だな……。

 

 どうやら鮫は自らの標的を抵抗するゴブリンの方に切り替えたらしい。

 

『GYOOOOAAAAA!』

 

 そんな鮫に対し、上空から襲い掛かる炎龍(マグナ・ドラゴ)

 うまく鮫の攻撃範囲外の背中付近に位置取り、一方的に炎を浴びせている。

 だが、いかんせん攻撃力が低すぎる。鮫はケロッとしていた。

 

「そうか……俺のゴブリンを守れって命令を、守っているのか」

 

 一旦戦場から離れたことで、大分頭も冷えてきた。冷静になったという奴だ。

 手に持ったままの、雷帝ザボルグのカードに目を向ける。

 

『GUGYAOOOOO!』

 

 主人、オレをツカエ!

 

 炎龍(マグナ・ドラゴ)からのテレパシーだ。

 ああ、分かっている。

 生贄、それともリリースか?

 

 遊戯王カードゲームにおいて、高レベルモンスターの召喚にはモンスターの生贄が必要である。生贄と言う単語はイメージが悪い為、今ではリリースと呼び方を変えたが、やってることは一緒だ。

 具体的には、レベル5、6の上級モンスターの召喚には生贄が一体。それ以上のレベルの最上級モンスターの召喚には生贄が二体必要である。

 

 今回俺が召喚しようとした雷帝ザボルグはレベル5。ルール通りに考えるなら、生贄なしでは召喚ができないのだろう。

 

 鬱陶しそうに炎龍(マグナ・ドラゴ)をあしらっている鮫が、こちらを見た。

 どうやら、俺がまだ生きていることに気づいたようだ。

 体の向きを変え、太い筋肉質な足で地面を這うように迫り来る鮫。

 突進攻撃である。

 ……きっとかすっただけでも死ねるだろうな。

 

 主人ヨ! ハヤクヤレ!

 

 ああ、分かってる。

 

炎龍(マグナ・ドラゴ)をリリースし――」

 

 炎龍(マグナ・ドラゴ)は光の粒と化す。

 

「雷帝ザボルグ、召喚!!」

 

 轟く雷鳴! バチバチとスパークする電光が、ゴブリンの集落を包み込む。

 予想外の現象に驚き、動きを硬直させる鮫。

 

 そして――

 白銀の巨人が、光臨する。

 

 雷鳴と共に現れたのは身長3メートルある人型。

 白銀の重甲冑を身につけ、体の周囲に稲妻をスパークさせる。

 

「やれーーー!! ザボルグーーーー!!」

 

 ここに来て、鮫はやっと自身の脅威となりうる存在を認めた。

 ターゲットを切り替え、先程とは比べ物にならない勢いで雷帝に突進をしかける。

 

OOOOOOOOOOOO!!!!(オーーーーーー!!!!) 雷撃を受けよぉぉぉぉ!!』

 

 叫びと共に、全身に目が眩まんばかりの雷光を纏う雷帝!

 その身体から伸びる極太の(イカズチ)が、鮫と繋がった。

 全ては一瞬。雷は、避けられない。避けようなどない。

 

 光が、収まる。

 鮫はブスブスと煙を上げ、ゆっくりと、大きな音を立て、横向きに、大地に倒れ臥した。 

 

 そして、しばしの沈黙――。

 

「「「「「「ウオオォォォォォオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」」」」

 

 ゴブリン達の歓声が、集落に響き渡った。

 

 

◇◇◇◇

 

 ふらふらした足取りで前に進む。

 背後にいたトランスフォーム・スフィアも何とか起き上がり、よろよろと俺についてくる。

 

 雷帝は振り返り、俺に(ひざまず)く。

 改めて近くで見た雷帝ザボルグは、虎柄の腰巻をつけた、緑色のアフロヘアーだった。

 こんな時だけど、ちょっとおかしい。

 

『よくぞ召喚下さいました、マスターよ。我が力は全て御身の為に』

 

「ああ……出て来て早々、ご苦労だった。う……」

 

 くらっとする。

 結構出血している。早めにポーション飲まないとな。

 

「ん?」

 

 周囲を見回すと、いつの間にかゴブリン達に囲まれていた。

 そろそろと、ゆっくりと、慎重に近寄ってくるゴブリン達。そうして、俺から5m程度の距離まで近づくと、彼らはばらばらに立ち止まる。

 その中で一匹だけ、俺の前に進み出るゴブリン。

 彼は鋭い眼差しで真っ直ぐ俺を見つめたまま、左手を高く掲げる。

 そして――

 

 ――ザ、ザザザザザザザ!

 

 ゴブリン達は一匹残らず、全員一斉に土下座した。

 

「御使い様に、感謝の意を!」

 

 

 

 

 ――――痩せこけたゴブリン達は…………猿のように見えた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

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未熟なカード使い      -闇ー

               ☆

 

【上位世界人族】

異世界に迷い込んだカード使い。魔力を

消費してカードに秘められた力を解放す

ることが出来る。しかし、その力はまだ

未熟だ。

 

ランクアップ条件

信奉者を獲得せよ Clear

魔力の最大値が1アップしました。

 

大型モンスターを2体討伐せよ 0/2

 

魔力 3/10   ATK/80 DEF/180 

 

▽NEW

魔力10到達により、効果が開放されまし

た。最大魔力を消費して習得できます。

 

ロックLv.1   消費2

カード一枚の発動限界時間をなくす。使

用中、そのカード分の魔力は回復しない。

 

バウンスLv.1  消費3

魔力の切れたカードは自動的に手の中に

戻る。

 

サーチ     消費4

カードをカードケースより呼び出し、手

の中に転送することができる。

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第13話 星光る池

 ガヤガヤとした声に目が覚める。眠気(まなこ)で上半身を起し、辺りを見回す。

 狭い空間……家の中だ。

 俺は茣蓙(ござ)の上に寝かされていたようだ。体の上には厚い動物の毛皮がかけられている。

 

「そうか……気絶したのか」

 

 ゴブリン達から総土下座されて……その後、すぐに意識を保てられなくなったんだ。

 

「起きなきゃな……。

 ――何が、どうなってる? うぅ……」

 

 立ち上がろうとして、失敗する。片膝をついて、自分の状態を思い出す。

 ああ……怪我してるんだっけ。

 

「……この頭の鈍痛はそのせいか……。痛っ」

 

 左腕が少し地面に触れて、さらなる激痛が走る。

 そう言えば腕も折れてるんだったな。

 

「……はは」

 

 可笑しさに、つい声を出して笑ってしまった。

 左腕は風船みたいに、元の倍くらいまで()(ふく)らんでいた。痛みで動かせないのと合わせて、まるで自分の腕じゃないみたいだ。

 ――さっさと治そう。

 そう思い、ポーチからここ最近よく使う魔法カードを取り出す。

 

「ブルー・ポーション」

 

 どこからともなく出て来たコップを用い、同じく無より現れた壺からポーションをすくう。そして、それをごくごくと飲み干す。

 一杯目で頭の鈍痛が治まり、二杯目で腕の腫れも綺麗に引いた。毎度思うが、脅威の回復力である。

 しかし俺の意識は麻酔を打たれた後のように、未だ(もや)がかかったまますっきりしない。きっと単純に血が足りないからだろう。でもまぁ、動けない程じゃない。

 

 体も一応治ったし、一先ず辺りの様子を確認してみる。

 (わら)で作られた壁の隙間隙間から日光が針のように射し込み、何もない雑風景な家の中を照らしていた。

 まだ外は明るい――と言うことは、そんなには寝てないはずだ。

 

 ならば、そこまで急がなくても大丈夫かな?

 一旦腰を下ろして目を瞑り、もうしばしの休息をとることにする。

 外からわいのわいのと人の――ゴブリン達の甲高いざわめき声が耳に届く。

 距離が近いからだろうか? とある二匹の会話がやけにクリアーに聞こえた。

 

 

『駄目。もうオレ、生きていけない……』

『どうした? 仕事する』

『ベリーギの実、壺ごと潰された。二年も溜めてたのに……』

『ベリーギ、めずらしい実。溜めたのか?』

『壺一杯……』

『すごい! ――おれも、食いたい』

『無理。壺と一緒に潰れた』

『それは困った……』

『オレ。生きる楽しみ、なくなった』

『……』

『――死にたい……』

『…………』

『…………』

『……』

『……』

『……わかった。おれにまかせろ』

『……? どうする?』

『割れた壺、どこにある?』

『これ、欠片。一個持ってる』

『――うん。この欠片、おれ知ってる。おれが作った壺』

『そう。壺、お前から貰った』

『おれ、またこれ作る』

『また?』

『そっくり』

『――――』

『一緒』

『――』

『同じもの。作る』

『――』

『そしたら。ベリーギの実、元に戻る』

『……戻る?』

『そう』

『……』

『…………』

『………………』

『……………………』

『……すごい。お前、天才』

 

 

 ……。

 ……。

 一度今の状況を整理してみよう。

 俺はゴブリンの集落を襲う怪物――手足のついた筋肉ムキムキな鮫を倒し、その後ゴブリン達に囲まれて総土下座された。

 普通に考えれば、土下座は感謝か謝罪の意味を持つ。まぁこの場合、きっと感謝の方だろう。

 そして出血多量が原因なのか、俺はすぐに倒れた。

 今の状態を見る限り、倒れた俺を家まで運んで休ませたのはゴブリン達だろう。

 つまり今の所、ゴブリン達に敵対意思はない。

 

 ゴブリンをやっつけに来たのにおかしなことになった。

 どうやら彼らは組織的な行動をとることができ、言葉も話せるようだ。

 ゴブリンと意思の疎通ができるなんて、想像すらしていなかった。

 

 そもそもゴブリンが害獣と大して変わらないと思ったからこそ、俺はこの依頼を引き受けた。

 ここまでの文明と文化を持っている種族なら、もはや獣とは言えないだろう。

 であるならば、ミオ族が受けた被害の数々は害獣によるものではなく、異種族間に起った争いによるものであると推測することができる。

 そう、争いだ。これはミオ族とゴブリン族の地域紛争なんだ。

 ――その片棒を担がされたのか?

 

 いや、違う。

 ミオ族達との会話を思い返してみると、彼らはゴブリンの存在をごく当たり前に、知っていることが常識である風に話していた。

 彼らからして見れば、賢者と呼ばれる俺も、ゴブリンと言う種族を知っていて当然だったことだろう。そしてそんな俺にゴブリン退治――ゴブリン族虐殺の依頼をし、俺は(こころよ)くそれを引き受けたわけだ。

 そう、詰まる所――

 

「悪いのはなんの知識もない、アホな俺自身か……」

 

 もっとゴブリンについて詳しく聞いておくべきだった。

 本当、自己嫌悪に陥る。

 ろくに考えもせず、ゲーム感覚で引き受けた俺が全ての元凶だ。

 危うく取り返しのつかないことをしてしまう所だった。

 まったく、何かゴブリンクエだ。

 意気揚々でいた昨日の自分をぶん殴ってやりたい。

 ここは現実の世界だってのに。

 現実の世界が、そんな都合よくできてるわけないってのに……。

 

「はぁ……」

 

 情報整理終了。なぜこうなったのかよ~く理解できた。

 ――これからどうしよう……?

 

「さっきブルー・ポーションを使ったな。

 残り魔力は後どれくらいだろ? ――ステータス」

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

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【上位世界人族】

異世界に迷い込んだカード使い。魔力を

消費してカードに秘められた力を解放す

ることが出来る。しかし、その力はまだ

未熟だ。

 

ランクアップ条件

信奉者を獲得せよ Clear

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大型モンスターを2体討伐せよ 0/2

 

魔力 2/10   ATK/80 DEF/180

 

△NEW

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 ラ、ランクアップしてる!?

 つまり、俺の信奉者が少なくとも、新たに十人以上も生まれたってことか!?

 心当たりを考えてみると…………きっとあれだな。ってか、あれしかない。

 

「……うっそーん。

 あのゴブリンの総土下座って、そういうこと!?」

 

 なにそれこわい。

 何がどうなって、どういう思考回路でそうなったわけぇ!?

 いやまぁ、集落襲ってた鮫やっつけたけど――でもそれだけで信奉者になるってのもな……。

 ケーネ村であんなに病気怪我治してあげたのに、一人も信奉者生まれなかったわけだし……。

 

「これは何かしら理由がありそうだね。――要調査っと」

 

 続けて次のランクアップ条件の項目を読み進める。

 お題は大型モンスターの討伐。

 大型の基準がよく分からないけど、あの鮫みたいな奴を後二体だと思えばいいのかな?

 鮫が他にもいるとは限らないし、それに今回のように楽に勝てるとも限らない。

 ――前途多難だ……。

 

「…………ん? この最後のNEWってのは何だろ?」

 

 一番下の行に、新しく追加されたNEWと書かれた項目があった。

 その文字に意識を向けてみる。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

未熟なカード使い      -闇ー

               ☆

 

【上位世界人族】

異世界に迷い込んだカード使い。魔力を

消費してカードに秘められた力を解放す

ることが出来る。しかし、その力はまだ

未熟だ。

 

ランクアップ条件

大型モンスターを2体討伐せよ 0/2

 

魔力 3/10   ATK/80 DEF/180 

 

▽NEW

魔力10到達により、効果が開放されまし

た。最大魔力を消費して習得できます。

 

ロックLv.1   消費2

カード一枚の発動限界時間をなくす。使

用中、そのカード分の魔力は回復しない。

 

バウンスLv.1  消費3

魔力の切れたカードは自動的に手の中に

戻る。

 

サーチ     消費4

カードをカードケースより呼び出し、手

の中に転送することができる。

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 効果が……開放された?

 こ、これは……! かなりすごいんじゃないだろうか。

 

 新たに習得できる三種類の効果――

 24時間の発動限界をなくすロック。

 魔力切れカードを自動回収するバウンス。

 そして、カードケースからカードをアポートするサーチ。

 

 ぶっちゃけ、どの能力も喉から手が出るほど欲しい。

 

「でも、最大魔力を消費……か」

 

 いかんせん、習得する為には魔力の最大を削らなければならない。

 せっかく上がった魔力を……。

 

「特に時間制限もないみたいだし、しばらく保留だな」

 

 残り魔力に目を向けると、今日使えるのは後2ポイント。

 これはもしもの時の為に温存しておこう。

 

 ――うん。

 こんなもんでいいだろう。

 考え事をしていたおかげか、それとも少し休めたおかげか、薄い幕がかけられたように違和感のあった脳味噌は、大分正常な状態に戻ってきた。

 そろそろ外に出て、色々と情報を集めてこよう。

 

 天井が低いので、腰を少し(かが)めながら立ち上がる。

 ゴブリンのサイズに合わせているからか、この家はかなり狭い。家というより大きめなテントと言った方が正確に表現できているかもしれない。

 一歩、二歩踏み出すと、まだ足取りが少しふらついているのが分かる。そのまま外へ進み出る。

 

『起きたみたいだね』

 

「トランスフォーム・スフィア……」

 

 入り口の前で俺を出迎えたのは茶色の体毛に銀の甲冑。身長2.5メートルある鳥人、トランスフォーム・スフィアだった。大鮫との戦いで千切れた左羽根が痛々しい。

 どうやら、彼は俺の寝ていた家の前で見張りをしてくれていたようだ。

 

『我もいる』

 

 その背後にいるのはトランスフォーム・スフィアより頭三つ分大きい重甲冑のアフロ巨人。

 ――雷帝ザボルグだ。

 彼はどこかの邪神像のように、無駄な威圧感を周囲に撒き散らしながら佇んでいる。

 

「うん。二人共、見張りお疲れさま。

 それで、今状況がどうなってるか分かる?」

 

『それなら、彼らから聞いた方が速いんじゃないかな?』

 

 

「おお!」

「御使い様!」

「御使い様、起きた!」

「うで治ってる」

「怪我、あとかたもない」

「御使い様、すごい!」

「御使い様……」

「救って。御使い様」

「御使い様!」

 

 誰も集合の号令をかけてないのに、わらわらと集まってくるゴブリン達。そしてあれよあれよという間に、彼らによる赤銅色の土下座の輪ができあがった。

 

「えっと……」

 

 平伏すゴブリン達の中心にいる俺。

 うーん……これは困った。

 

 どうしようかと考えながら顔を上げてみると、輪の向こうにいる一匹の――いや、一人のゴブリンが視界に入る。

 何やら指示を出していた彼はこちらの様子に気づき、輪を縦切るように俺の元へとやって来た。

 見覚えのある鋭い目付き。

 気絶する前に見た、”御使い様に感謝を”と号令をかけたゴブリンだ。

 彼がこの集落のリーダーなのかもしれない。

 

「起きたか……御使い様。

 しかしまだ顔色が悪いようだな。オレの家でもう少し身体を休ませるといい。

 お前ら! 御使い様はまだお疲れだ! 少し休ませる!

 全員、作業に戻れ!! 

 ――――では、こちらへ。散れ散れ散れぃ!」

 

 土下座するゴブリン達を追い立てながら、彼は俺に目配せをする。どうやら合わせてほしいようだ。

 詳しい事情が分からないので、とりあえずここは流されるがままにいこう。黙って目付きの鋭い彼について行くことにする。

 歩くこと約30秒。

 元いた場所から30メートルも離れていない、すぐ近くにある一軒の竪穴式住居に案内された。

 外から見た広さは先程寝ていた場所の二倍くらい。道中観察した限り、この集落の中では大きい部類に入る家だ。

 

 慌てて作業に戻ったその他大勢のゴブリン達は、どうやら俺を案内する彼のことを怖がっているようである。しかしやはり好奇心の方が勝るのか、仕事をしつつも、ちらちらとこちらに目を向けてくる。皆口を噤んで、先程まであった雑談する声がなく、妙な静けさが出来上がっていた。

 

「中へ――」

 

「ええ」

 

 俺が家の中に入ると、外のざわめく音が徐々に元に戻っていく。

 

「まぁ、座ってくれ」

 

 彼に勧められるがままに、地面に敷かれた茣蓙(ござ)の上に腰を下ろす。

 そして、俺の向かい側に胡座(あぐら)を組んで座る彼。

 

 さて、まずはこれを言っておかないとな――。

 

「皆さん何か勘違いをされているようですが、私は御使い様と言う人物ではありませんよ」

 

 信奉者の件といい、その肩書きはどう考えても可笑しい。

 勝手に誤解して、後で違うと怒られても困る。

 

「ああ。分かっている」

 

 彼はそう言って改めて姿勢を正す。

 

「オレの名はカイ。この集落の首領をしている。

 まずは礼を言わせてもらおう。

 客人は我らを滅亡の危機から救ってくれた」

 

 深く頭を下げるカイさん。

 

「――心から感謝する」

 

 彼の姿勢、表情、動作の一つ一つから、本当に感謝していることが(うかが)い知れる。

 ここは素直にその感謝の意を受け取っておこう。

 

「……それで……どうして私が御使い様なのですか?」

 

 俺はカイさんが頭を上げたのを見計らい、話の本題をもう一度切り出す。

 

「それに関しては申し訳ないと思っている。

 御使いなどと言う呼称からも、客人はそれが何を指すのか、推測くらいできているだろう」

 

「まぁ……。

 神の御使い……でしょうか?」

 

 御使いとは、一般的に神の使者を指す単語だ。

 

「その通りだ。今我らにはそういった心の支えがどうしても必要だ。

 悪いとは思ったが、勝手に客人を御使い様に仕立て上げさせてもらった。

 だからここを出るまでの間だけでいい。御使いのふりをしてもらえないか?」

 

 彼、”ゴブリンのリーダー”カイは両手の拳を地面につけ、先程よりもさらに深く頭を下げた。

 

「――頼む」

 

 心の支えが必要なほど、ゴブリン達はまずい状況にあるってことか。

 選択を俺に委ねてくれたけれど、そういう状況ならやらない訳にも行かないだろう。甘いとは思うが……まぁ……これも日本人気質だな……。

 外にいるゴブリン達の様子を見た限りじゃあ、もうばっちり御使い様認定されているようだし……。

 ……お芝居か……。

 

「――――分かりました。引き受けましょう。

 その代わりといっては何ですが、いくつかの質問をさせてください」

 

 ここでできる限りの情報を集めよう。

 今後どうするかに関しての指針になるはずだ。

 

「もちろん構わない。オレに答えられるものなら」

 

「ありがとうございます。

 ――ではまず、お聞きします。あの鮫はなんですか?」

 

「さめ?」

 

 鮫を知らないのか?

 いや、もしかしたら呼称が違うだけかもしれない。

 

「ここを襲っていた化物のことです」

 

「ああ……。我らはアレを”森喰い”と呼んでいる。

 遥か昔から西の森奥深くに住む、見た通りの怪物だ。本来なら縄張りから出ることはないのだがな……」

 

「森喰い……」

 

「森喰いは七年前に三体の子を産んだ。

 アレの生態をよく知ってるわけじゃないが、少なくともこれまでに一度もなかったことだ。

 その子らが七年かけて成体化し、今新たな縄張りを求めてここら一帯で暴れまわっている」

 

「では、この村はよく襲われるのですか?」

 

「いや。今日が初めてだ。

 だが……いつか来るとは分かっていた。

 その為の準備もしたんだが……なんの役にも立たなかったな」

 

 つまり、この集落が初めて森喰いに襲われた日に俺が来たわけか。

 ――天文学的な確率だな。

 もし俺の到着が後一時間遅かったら……あるいは後一時間早かったら……。

 そうだったなら、結果的にこの集落はなくなっていたはずだ。

 遅ければ怪物に殺し尽くされ、早ければ多分……俺が彼らを全滅させていた。

 

「次の質問です。

 御使い様とはなんでしょう? 詳しく教えてください」

 

 イエス・キリスト(救世主・イエス)みたいなものなんだろうか?

 この世界の人は全員同じ神を信じていると思ってたんだが……うーん、気になる。

 それにお芝居をする為にも、御使いとやらが何なのか分からないと話にならない。

 

「御使いとは、神が我らゴブリンに知識を授ける為に遣わせた者の事だ。

 背の高い、黒髪黒目のヒューマンタイプだと言い伝えにある」

 

「知識を……授ける?」

 

「見ての通り、我らは元種だ。

 神は元種の一部にも知識を授け――」

 

「少し待ってください」

 

 元種?

 また分からない単語が出てきたぞ。

 どうする。このまま流すか? 誤魔化すだけなら何とでもなる。

 

 ――――いや……やめよう。

 知識がないせいで間違いを犯しかけたばかりじゃないか。

 人は反省できる生き物だ。

 ここは、「素直に聞く」ことこそが最善のはずだ。

 

「その――元種について、教えてもらえませんか?」

 

 カイさんは驚いた顔をする。

 

「客人は今まで元種に会ったことがないのか?

 ――――いや……住む地域によって、それもありえるのか……?」

 

「お願いできますか?」

 

「あ、ああ、構わない。

 元種とはとどのつまり、神が人間を作る以前からこの大地に住んでいた者達のことだ」

 

 ふむ……。

 確かダスト君の話によれば、女神がこの世界と動植物を作り、男神(おがみ)が人間を作ったらしい。

 

「つまり……元種とは男神ではなく、女神によって作られた知的生物?」

 

「その認識で間違いない。

 人間共は差別と侮蔑を込めて、我らを人に満たない者――亜人と呼ぶ」

 

 差別と侮蔑……か。

 

「業腹だが、その思考は理解できないでもない。

 知識を与えられた状態から作り出された人間達と違い、当時の我らは獣当然だったからな」

 

 カイさんは苦い顔で話す。

 

「実際、今でもゴブリン族は馬鹿な者が多い」

 

「……カイさんを見ていると、とてもそうは思えませんが」

 

「オレはな……大きな都市で奉公してたんだ。六年近くな。

 ……やってた仕事は下っ端の……そのさらに底辺のものだった。結局クソみたいな環境に耐え切れなくなって、ここに逃げ帰った。

 そしたら……笑えることに、あっと言う間に首領に担ぎ上げられた。

 人間の小間使いをやってたオレは、ここじゃあ知識人らしい」

 

 なるほど。

 都会で働くうちに、色々と学んだのか。

 

「この調子だと、百年後も人間共に差別され続けていることだろうよ」

 

 カイさんはそう自嘲ぎみに続けた。

 

「御使いの話だったな……。

 神は確かに人間を作ったが、元々あった我ら元種をも見捨てなかった。人間と同じように、我らへも多くを与えたのだ。

 その中の一つが御使いだ。

 神は我らに知識と文化を教える為、身を守る術を教える為、御使いを遣わせた。

 御使いは様々な新しい知識を我らにもたらし、我らを導いた」

 

 つまり御使い様は当時のゴブリンにとって、教師兼リーダーだったわけか。

 

「神の時代というと、300年以上昔の話になりますね」

 

「そうだ。今となっては御使いに関する記録はあまり残されていない。

 ただどうしようもない困難に陥った時、再び我らを救う為にやって来ると信じられている。

 我らにとって、御使いとは奇跡をもたらす救世主だ。

 数百年経った今でも、”五賢人”に勝るとも劣らないほど敬愛されている」

 

 五賢人?

 本筋とは関係なさそうだが、また新しい単語が、ががが……。

 

「良ければ少し村を回らないか?

 御使い様である客人の顔をみんなに見せてやりたい」

 

「ええ。構いませんよ。

 ――その前に続けて質問です。五賢人とはなんでしょうか?」

 

 こうなったらもう、ここで分からない単語を徹底的に聞いておこう。

 どこに落とし穴があるか分かったものじゃないし、それでなくても、知ることは今後の為になるはずだ。

 

「五賢人を知らない? 冗談だろ?」

 

 カイさんは顔を強張らせたまま固まってしまった。

 ……あれ? そこまで驚くこと?

 まずったかなぁ……。

 

「とある事情により、知識がとことん足りないのですよ」

 

 曖昧に誤魔化してみる。

 

「いやいや、それにしたって。五賢人を知らないのは()()()()()だろ!

 …………待てよ。……そう言えば――」

 

 カイさんは何やら考え込むように手を顎に当てる。

 

「頭をうって、それまでの人生を全て忘れたという人間の話を聞いたことがある。

 まさか……それなのか?」

 

 どうやら記憶喪失と解釈してくれたようだ。

 なら、それに乗ろう。

 

「ええ。そのようなものです。

 ――因みに、その、ありえないとは?」

 

「あ、ああ。

 五賢人のことは、八歳になると世界の声によって知らされるんだ。

 だから、知らないのはありえないと言った」

 

「世界の声?」

 

 うっはー!

 もう、知らない固有名詞が次から次へと!

 

「それすら分からんのか?」

 

 カイさんの俺に向ける視線が段々と可哀想な人を見る感じに……。

 

「えっと……すみません。

 教えて頂けますか? 世界の声についても」

 

「あ、ああ。悪かったな。客人も大変だろうに。

 世界の声とはそのままの意味だ。何と言うか……直接頭に声が降って来る。

 一度体験すれば分かりやすいんだがな」

 

 逆に言えば、体験しなければ分かりにくいと。

 

「その……八歳の誕生日以外に、どういった時に世界の声が聞こえますか?」

 

「そうだな――

 まず、自分の何かが劇的に変化した時。

 それと滅多にないが、賢人か、もしくは勇士が新たに生まれた時。

 後は……世界規模の何かが起きた時だな」

 

 最後の世界規模の事件なんかは、そうおいそれと起きやしないだろう。

 そして彼の口ぶりからすると、賢人や勇士が生まれることも滅多にないらしい。

 残るは――

 

「自分が劇的に変化した時……ですか。聞ける可能性が一番高いのは」

 

「あまり期待するなよ? 一生聞けない奴がほとんどだ。

 確実に世界の声を聞けるのは……まぁ、八歳の誕生日だけだな」

 

 なるほど。

 その時に五賢人の情報が貰えると。

 

「しかし、八歳ですか……。

 そんな幼い時分に偉い人の名前を言われたって、覚えられないでしょうに」

 

「それはない。

 世界の声を覚えないというのは、できない」

 

「できない?」

 

「頭の中に直接刻み込まれる感じだ。

 だから、世界の声は忘れられないんだ」

 

 ……知的生命体全員の頭に刻まれる、絶対に忘れられない声か。

 それが本当なら、五賢人というのは有名ところの騒ぎじゃないだろう。

 

「集落を回りながら話さないか?

 もう少しすると暗くなる。できれば、明るいうちに御使いの顔を皆に見せてやりたい」

 

「え、ええ。かまいませんよ」

 

 カイさんは丸めていた足を伸ばし、立ち上がる。

 

「後についてきてくれ。

 客人は適当に笑っているだけでいい」

 

「分かりました」

 

 言われた通り、彼の後について外に出る。

 カイさんの家の周りでは、作業をするゴブリン達が皆ちらちらととある場所に視線を向けていた。その先を辿ると、カイさん宅の入り口付近でじっと俺を待つ、トランスフォーム・スフィアと雷帝ザボルグのいる場所に行き着く。

 そしてゴブリン達がカイさんに連れられ、家から出て来た俺に気づくと、皆視線の先をこちらへと移した。

 

「少し集落の中を歩く。君らはそこで待機してて」

 

 雷帝ザボルグとトランスフォーム・スフィアにその場で待機するよう言い付ける。

 今集落は復興作業の真っ最中である。体の大きな二人がついて来るのは色々と邪魔だろう。

 

『御意』

 

『わかったよ。もしもの時は呼んでくれ』

 

 集落自体そう広くない。

 もし何かが起った場合、集落全体を見渡せる長身のザボルグに雷を放ってもらえばいい。距離なんて関係なく、次の瞬間には届くだろう。

 

「それでは行こう。

 お前ら、さっさと仕事しろ! 御使い様が見てるんだ! 恥をかかすつもりか!」

 

 カイさんの怒鳴り声に、こちらを盗み見ていたゴブリン達が慌てて自分の作業に戻る。

 

「すまないな。こっちだ」

 

 ゴブリンの集落を観察しながら少し早足に付いて行く。

 気分はゴブリン村の観光客だ。

 

 ゴブリン達の多くは、手作り感満載の皮鎧を地肌につけていた。少数ながら、毛皮で作った衣服を着ている者もいる。

 そんな彼らのほとんどが壊れた家屋の片付けをしていた。

 まだ使えるパーツともう駄目なパーツを分類したり、廃材をどこかへ運んだりしている。

 すでに御使い様の話は集落全体に伝わったのか、彼らは俺を見つけると慌てて土下座体勢に移ろうとし、カイさんの一睨みでまた慌てて作業に戻る。

 うーん。よく訓練されている。

 

「助かる。御使い様の顔を見たあいつらは皆、やる気を出してくれている」

 

「いえ……役に立っているようでしたら何よりです。

 それで話は戻りますが、先程の五賢人の続きをお願いできますか?」

 

「ああ、そうだったな。

 五賢人とはその名の通り、五人の賢い人達のことだ。

 この世界で最も豊富な知識を持つ五人が選ばれる……と言われている。

 実際、基準は不明らしいがな」

 

「選ばれるって……誰が選ぶんですか?」

 

 天使? 神様? 王様?

 

「さあな。とりあえず神ではないらしい。

 一般的には世界だと言われている」

 

 世界……って何? どいうこと?

 

「大きな悩みや迷いを持つ者達は彼らを探し出し、相談を持ちかける。

 大体何かしら、いい結果を得られる場合が多い。

 少年ニコルの母を救う旅とか、皇女エアラのお家騒動とか、そのいくつかは餓鬼共の寝物語にもなっている」

 

 そっか……。

 世界規模で名前バレするから、そうなるのか。

 さしずめ、世界に選ばれた悩み相談員ってとこかな?

 大変そうだ。

 

「多くの人々が引っ切り無しに訪ねるせいか、賢人はその内皆、どこか隠れ住むようになってしまう。

 三年前に”夢幻の旅人”ルーファル様もどっか消えちまったしな。

 ルーファル様を囲んでたエミル王国の貴族共は大慌てよ。ははっ、あれは痛快だったな」

 

 カイさんはそう話しながら懐かしそうに笑った。

 これも都会で得た情報のはずだ。

 都会での生活は最悪である風に言ってはいたが、きっとそれだけじゃなかったに違いない。

 

「まぁ、今となっちゃ所在がはっきりしている賢人は一人だけとなった。

 ”知識の番人”ゲオルグ様だ。知識の都と呼ばれるルミナス皇国首都にいる。

 御使い様も困ったことがあれば、相談に行くのもいいかもな。おいっ! いつまでこっち見てんだ! 仕事しろ!」

 

 へー。ルミナス皇国か。

 もしかしたら本当に相談に行くかもしれないな。覚えとこ。

 

「夢幻の旅人 ルーファル様に、知識の番人 ゲオルグ様か……。

 ――残りお三方のお名前はなんでしょう?」

 

「ああ。”純白の癒し手”白蓮(びゃくれん)様。

 それに”不動の哲学者”ロマイヤー様だな」

 

 聞いといてなんだけど、さすがにこれだけの人物名を一斉に覚えられない。

 まぁ、心の片隅にうっすらと印象だけでも残しておこう。

 

「今の所、五賢人はこの四人だけだ」

 

 え?

 

「”氷流の魔女”ルーシー様が一昨年に亡くなったからな。まだ次が選ばれていない。

 ”大学”の校長を勤め、数千種の知識を修めたケント翁か、神算鬼謀で知られるメルア王国の金獅子将軍ルイか、今の所この二人が最有力候補だ。まぁ、”ここら辺の”とただし書きが付くがな」

 

 そうか。四人の時もあるのか。

 それにしても、候補者達の肩書きもすごいな……。

 

 話しながら歩き進む内に、俺達はとある巨大な物体が横たわる場所に辿り着いた。

 雷帝ザボルグが倒した大鮫――森喰いの死体である。

 森喰いの周りでは、多くのゴブリンが何らかの作業をしているのが見える。

 

「おい! どうだ! 食えそうか?」

 

「首領! み、御使い様……――」

 

 こちらに気づいたゴブリンが慌てて地面に手を付こうとするところを、カイさんの軽いキックによって阻まれる。

 

「いいから報告しろ!」

 

 うわぁー。体育会系だー。

 

「は、はい。肉、焼いた」

 

 報告する彼が手を仰ぐと、他のゴブリン達が木の皿に載せた肉を持ってくる。

 なるほど。鮫の肉を食料にするのか。

 

「御使い様も……」

 

 俺の方にも同様に皿を差し出すゴブリン。

 集落を歩いていく内に見慣れてきたせいか、こいつらの長い鼻も、禿げた頭も、赤銅色の肌も、その全てが段々と可愛く見えてきた。子供みたく全部のパーツが小さいのもまたいい。

 

 カイさんは受け取った肉を齧り、渋い顔を俺に向ける。

 無言で食ってみろと促しているようだ。

 ――さて、どうする? 

 焼いただけって言うし、食っても大丈夫か? 主に食中毒的に。

 覚悟を決めて一口齧ってみる。

 

 こ、これは――

 

「……硬くて、筋張ってて、臭くって、嫌な後味がいつまでも口の中に残りそうな味ですね」

 

 まったく噛み切れる気配を見せない肉をもぐもぐしながら感想を述べる。

 驚くことに肉は塩で味付けされていた。一体どこで採っているのだろうか?

 だがそれでも、鮫肉の味は控えめに言って――

 

「同意見だ。不味いな」

 

 カイさんも同じ感想のようだ。

 

「だが、食料は残り少ない。……しばらくこれで凌ぐしかないか」

 

 どうやらゴブリン村の食糧事情はあまり芳しくないらしい。

 まぁ、御使い様という精神的支えが必要なくらいだから、推して知るべしか。

 

「皆に伝えろ! 今夜、御使い様歓迎の宴会を開く! 宴の用意をしろ!」

 

「歓迎の宴会……ですか?」

 

「すまないが、出席してくれ。皆の気分を盛り上げたい。

 ――まずい肉とはいえ、全員腹いっぱい食えるのは久しぶりだろうしな」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 横たわる森喰いの周辺にある倒壊した家屋は撤去され、ちょっとした広場が作られた。

 そこにキャンプファイアーの準備がなされる。

 よく見ると、キャンプファイアーに使われている燃料は倒壊した家のパーツだった。きっと使えなくなった物を燃やすのだろう。リサイクルである。

 

 そして夜は深け、キャンプファイアーに炎が灯される。

 ゴブリン達はまずい肉を食べながらも、歌い、踊りと、大いに宴を楽しんでいるようだ。

 途中俺こと御使い様が紹介され、皆が平伏(ひれふ)す一場面もあったりする。

 

「御使い様。我らゴブリンを助けてくれて、感謝じゃ」

 

 今俺の前で頭を下げている人物はここの長老らしい。

 曲がった腰に杖をついている。

 

「従者様方のお食事、本当にいらないかのう?」

 

「彼らは食べなくとも平気ですので」

 

 俺は広場全体を見渡せる席に座っていた。椅子や目の前のテーブルには彫刻が施されており、きっとこの集落においては貴重なものを出したのだろう。所狭しと並べられた食事もまずい鮫の肉ではなく、新鮮な果物や木の実ばかりである。

 マンゴーに似た果実の皮を剥きながら思う。

 きっとこの果物も、残り少ない食料の中から捻出したものに違いない。

 御使い様という役割を演じてる為ある程度は仕方ないだろうが、一人だけ上等な代物を消費していくというのは、どうしても他の飢えているゴブリン達に対し申し訳ない気分になってくる。

 

 ――約半年前、ここ”ゴブリンの集落”より西の森に、複数の森喰いがやってきた。

 彼らは貪欲に縄張りを広げ続け、それはついに西の森全体にまで及んだ。

 

 西の森にはゴブリンが主食とする”白果(バイカ)”と呼ばれる木の実が豊富にあり、彼らは食糧のほとんどをそこで賄っていたそうだ。

 そんな彼らは徐々に異変に気づく。

 

 ――最初は一人が帰ってこなかった。

 きっと獣にでもやられたのだろうと皆思ったらしい。そう頻繁にあることじゃないが、そこまで珍しいことでもない。

 だが異常は続く。

 一人、そしてまた一人と、食料を採りに行った者達が次から次へと何人も戻って来なかったのである。

 さすがに短期間にこれだけの失踪者が出るのはおかしいと、当時首領になったばかりのカイさんは調査隊を組織し、西の森へ派遣したそうだ。

 結果、複数の森喰いが木々の合間を徘徊していることが分かったのである。

 

 他の猛獣なら知恵と勇気と数の暴力で何とかするのも(やぶさ)かではなかったが、相手は絶望と恐怖の象徴、森喰い。子供を寝かしつかせる時に言い聞かせる怖い話の――その怪物的な位置に存在する誰もが認める正真正銘の化物である。

 この時点で、ゴブリン達の心は()し折れたらしい。

 誰一人、西の森へ入ろうとしなくなったそうだ。

 

 正直その気持ちはよーく分かる。森喰いの実物は俺も見ている。

 体長7メートルあるガチムチの筋肉鮫だ。漏れなくぶっとい手足と黒く鋭い鉤爪もついてくる。

 あんなのが割とよく行く近場を徘徊してたら、心が圧し折れるのも仕方ない。

 

 しかし、生き物は食べなければ死ぬ。

 西の森での食料収集を諦めたゴブリン達は、森喰い達のいない反対側の森――東の森にそれを求めた。

 だが東の森に白果(バイカ)はない。

 ゴブリン達は不承不承、これまであまりしてこなかった狩りに手を出すことになったそうだ。

 

 とまぁ、ここまでがカイさんに聞いた話。

 

 ゴブリン達が食料を求めた東側の森の、そのさらに先にはミオ族の村があるはずだ。

 見事に狩場が被ってしまったのだろう。

 ミオ族との敵対原因はここら辺にあるんじゃないかと俺は推測している。

 

 

「少しは楽しめそうか?」

 

 数少ない集落の有力者達の挨拶が一通り終わったところで、カイさんがやってきた。

 

「ええ。楽しい雰囲気の中にいるだけで、自分も楽しくなってくるものですよ」

 

 キャンプファイアーを囲みながら踊るゴブリン達。

 まるで今日の惨劇がなかったかのように、皆楽しそうにはしゃいでいた。

 

「無理をするな。客人にとってはきっと、野人の集会も当然だろう。

 ……ただまぁ、許してやってくれ。

 皆今日を生き残れて嬉しいんだ。勿論、御使い様が来てくれたことも大きいがな」

 

 

『聖地を取り戻せーーーー!』

『『『『おーーーー!!』』』』

『柱を取り戻せーーーー!』

『『『『おーーーーっ!!』』』』

 

 誰かの叫びに、一部のゴブリン達はのって盛り上げる。

 まるで何かのスローガンのようだな。

 

『御使い様がいる! 今! 決戦の時ーーーー!』

『『『『おーーーー!!』』』』

『聖地を取り戻せーーーー!』

『『『『おーーーー!!』』』』

『柱を取り戻せーーーー!』

『『『『おーーーーっ!!』』』』

 

 

「…………。

 ――――あれは?」

 

「気にしないでくれ。一部の跳ねっ返り共だ」

 

 カイさんは苦い顔でそう答える。

 

「……聖地の奪還など、できるはずもないのにな……」

 

 小さな呟きは、キャンプファイアーの爆ぜる音の向こうに消えていった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 夜。

 宴会はたけなわの内に終わり、今頃皆寝床についたことだろう。

 御使い様たる俺は開いている家を一軒与えられた。

 気絶してた時に休んでいた家だ。自由に使っていいらしい。

 だから今ここには、俺とモンスター達しかいない。

 出入り口の内側にトランスフォーム・スフィアが立ち、外側には雷帝ザボルグが控えている……はずだ。

 この家はケーネ村の来客用ハウスみたく、松明(たいまつ)などの光源設備がない。

 だから不本意なことに、月のないこの世界の真骨頂を味わうことになった。

 一寸先は闇ってやつだ。

 

 さてさて。今俺の魔力は後2ポイント残っている。

 ここで何かモンスターを召喚したいと思う。

 カードは先程キャンプファイアーの光がある内に選んでおいた。

 

 それを指で挟み、前にかざす。

 

「スーパースター、召喚」

 

 そう言いつつも、俺の視界は黒一色に染まっている。

 カードの感触が指の間から消えたので、きっと召喚は成功したのだろう。

 

「スーパースター、発光できるか?

 もしできるなら薄っすらでいい。光ってくれ」

 

 ――そして、暗黒の空間に、光が生まれた。

 スーパースターは空に浮かびながら、斜め目線で俺を見やっていた。

 そして”にやり”と口の端を持ち上げる。

 

 モンスター、スーパースター。

 形はその名の通り星型。色は黄色。

 黄色い五芒星の中央に顔があり、下の角二つに靴を履いている姿を想像すればいい。

 キャンプファイアーの時に見たカードのステータスを思い出す。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

スーパースター         ー光ー

                 ☆☆

【天使族・効果】

このカードがフィールド上に表側表示で存在

する限り、フィールド上に表側表示で存在す

る光属性モンスターの攻撃力は500ポイン

トアップし、闇属性モンスターの攻撃力は

400ポイントダウンする。

         ATK/500  DEF/700

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 こいつは光属性モンスターを強化し、闇属性モンスターを弱体化させることができる。

 確か雷帝ザボルグの属性は光だったはずなので、相性はいいだろう。

 光……だったよね?

 

「鑑定、雷帝ザボルグ」

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

雷帝ザボルグ          ー光ー

              ☆☆☆☆☆

【雷族】

         ATK/2400 DEF/1000

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

「うん。あってた」

 

 それに、スーパースターは効果で自身の攻撃力をも500ポイント上昇させることができる。

 予想通り光源にもなってくれたし、色々とお得なモンスターだ。

 

「…………。

 ザボルグ、炎龍(マグナ・ドラゴ)がどうなったか分かるか?」

 

 森喰いと勇敢に戦ったドラゴンを思い出す。

 ザボルグ召喚の為にリリースした彼――炎龍(マグナ・ドラゴ)のカードは見つかっていない。

 正直予想は付いていたが、一応聞いてみることにした。

 

 奴は我の(いしずえ)となった。

 雷帝ザボルグの声が脳内に響く。

 

「そうか……」

 

 やっぱそういうことか……。

 リリースしたモンスターは失われる。

 覚悟は、してたけどな……。

 

「気軽に生贄召喚できないってことがはっきり判明したわけか……。

 ――ザボルグ、明日残りの鮫を退治しに行くとしたら、全部倒せそうか?」

 

 やれんことはないが……今日のようにあっさりとはいかんな。あの技は一度きりだ。

 

「やっぱり、今日のあれは効果なのか?」

 

 ご明察の通りだ。

 

 カードゲーム遊戯王における雷帝ザボルグは、召喚成功と同時にモンスターを一体破壊する効果を持っていた。

 強制発動なので、相手モンスターがいない時は自分を破壊しなければならなかったりとゲームでは使いづらい時もあったが、今回はこれが大鮫に対して発動したのだろう。

 

 これはすんなりといかなさそうである。

 大鮫――森喰いは最低でも後二体存在している。親もこの辺にいるならさらに多いだろう。 

 雷帝に一撃で森喰いを倒す力がなければ、最悪の場合、複数に囲まれてしまうかもしれない。

 

「ザボルグ一体じゃあ無理があるかな……?」

 

 とりあえず今の段階での森喰い退治は保留しよう。

 いざとなったらゴブリン達に協力してもらうのもありだ。これは元々彼らの問題であるし、いやとは言わないだろう。

 

「それにしても、聖地か……」

 

 さっきの宴会で一部ゴブリン達が騒いでいたのを思い出す。

 これまで得られた情報のピースを繋ぎ合わせると、何となく真実が見えてくる。

 嫌な予測ができあがったが……可能性は高い。

 

 欲しい情報はすでに七割方揃っているはず。

 真面目に今後の方針を考えてみようと思う。

 

 俺がここへきた当初の目的は、ミオ族内におけるゴブリンによる被害をなくすことだった。

 その方法とはゴブリン皆殺しという乱暴極まりないものであったが、今となってはゴブリン側にも情が移っている為、それを選択する気は毛頭ない。もしミオ族とゴブリンの関係が俺の予想通りであるなら、きっとさらに情が移るだろう。

 しかし、だからといってミオ族を切り捨てることもできない。今着ている服を含め、彼らには大分世話になっているし、あの村の――あの来客用ハウスで過ごした数日間は、間違いなく居心地の良いものだった。それこそゴブリン退治を引き受けてもいいと思えるくらいに。

 

 なら、何が最善だ? 俺はどうしたい?

 俺が望む未来。それは――

 

「ゴブリン族とミオ族が争わない未来。

 双方が幸せになる未来――」

 

 だが、それには聖地が関連してくるはずだ。

 両者の間に死人も出ている。

 

「…………。

 はぁ……。

 これ、どうにかなるのか?」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 チュン、チチチと、野鳥のさえずる声に目が覚める。どうやら朝のようだ。

 昨晩は結局うまい方法を考え付くことができなかった。ああ……憂鬱だ……。

 

 上半身を起こし、しばらく意識が完全に覚醒するのを待つ。

 とことん防音性能のない(わら)の壁の向こうから、ゴブリン達の話し声が漏れ聞こえてくる。

 ……。

 ……。

 

 

『よろこべ! 壺、できた』

『ほんとか!? お前、速い』

『おれ、頑張った。見ろ』

『おお!』

『どうだ?』

『そっくり!』

『そうだろ』

『まったく一緒。同じ壺!』

『そうだろ。そうだろ。もっとほめろ』

『感謝。ベリーギの実、半分やる』

『やった! おれ、うれしい!』

『オレもうれしい!』

『………………』

『………………』

『…………』

『…………』

『……』

『……』

『入ってない』

『入ってないな』

『なんでだ?』

『なんでだろ?』

『…………』

『…………』

『……』

『……』

『さては……』

『?』

『お前、盗んだな』

『!? 違う! おれ、盗んでない』

『壺作ったの、お前。だから盗めるの、お前だけ』

『……そ、そうか。本当だ。――――お前、頭いい』

『オレ、頭いい。お前。盗んだベリーギの実、返せ』

『分かった。返す。………………いや。待て』

『何だ?』

『おれ、盗んでない』

『お前しかいない』

『違う。きっとおれ見てない時、他の奴が盗んだ』

『……そうなのか?』

『き、きっとそう』

『こりゃ、お前ら。朝っぱらから何騒いとる』

『長老?』

『長老、おはよう』

『おお、おはよう。それで、何があったんじゃ?』

『こいつ。オレのベリーギの実、盗んだ』

『違う。盗んだの、別の人』

『これこれ、喧嘩するでない。詳しく話してみよ』

 

 

『なるほどのう。そっくりの壺を作っても、実が入ってないか。ホッホッホッホッホ』

『長老、なぜ笑う?』

『そうだ。オレの実。盗まれた』

『盗まれた。じゃないわ! こんの馬鹿タレ共め』

『え!?』

『じゃあ。何でベリーギの実、ない?』

『そんなの――』

『そんなの……?』

『そんなの?』

『そんなの…………壺の形が違うからに決まっとろうがっ!!!!』

『!』

『!!』

『そ、そうなのか!?』

『ちがう! おれ、そっくりに作った!』

『そっくりじゃなかったんじゃよ……。口の大きさとか、取っ手の長さとかがのう』

『そんな……』

『でも、同じの作った』

『同じのを作ったつもりでも、少し違ったんじゃ。きっと』

『そ……そうか……』

『そうだったのか……』

『そうじゃ。じゃから、もう一度作り直すんじゃ』

『…………』

『…………』

『……』

『……』

『……よし。頼む』

『分かった! おれ、がんばる!』

『出来上がったら、わしにもベリーギの実を寄越すんじゃぞ』

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 ん。起きよ。

 

 

◇◇◇◇

 

 魔力の切れたトランスフォーム・スフィアのカードを回収する。

 そして大きく伸びをしながら外に出ると、一人のゴブリンがこちらへやってくる。

 キリッとした意志の強い眼。カイさんである。

 

「おはようございます。カイさん」

 

「ああ、おはよう。客じ……御使い様」

 

 こちらを覗っている周りのゴブリン達を確認し、カイさんは俺の呼び方を御使い様に変える。

 

「!? それは一体!?」

 

 そして俺の頭上に浮かぶ薄く光る星を見て、目を丸くした。

 

「スーパースターと言います。私の使役するモノの内の一体です」

 

「そ……そうか。

 他にも……いたのか。ゴボンッ。いや、すまない。

 今日は頼みがあって来た。

 これから冥府へ旅立つ者を看取ってくれないか? 御使い様が看取るのなら、彼らも安心して逝けるだろう」

 

「ひどい怪我人がいるのですか!?」

 

「今現在43人死に、100人以上が重症のままだ。

 ――――死者の数はこれからもっと増えるだろうな……」

 

 沈痛な面持ちで話すカイさんの言葉に、俺は内心自分を叱咤した。

 すっかり失念していた。

 昨日は元気に働く彼らや宴会で騒ぐ彼らを見て、重傷者はいないものだと思い込んでいた。

 ――――いや。違う。

 そもそも考えすらしなかったんだ。彼らに……怪我人がいるかなど……。

 初めての大怪我の直後だったり、ゴブリンのことを知る為の情報を集めたり、割と一杯一杯だったという事実もある。

 ……いや。そんな言い訳はいい。

 今俺がやるべきことは――――

 

「急ぎましょう。

 今すぐ彼らの元へ案内してください」

 

 

◇◇◇◇

 

 カイさんに連れられ、辿り着いたこの場所。

 周囲には無数の呻き声と鼻が曲がるような血臭。

 多くのゴブリンが野晒しで茣蓙(ござ)の上に横たえられていた。

 包帯を使う習慣がないのか、遠くからも分かる彼らの深い傷口には、何らかの葉っぱが当てられていた。もしかしたら、止血成分を含んだものなのかもしれない。

 

 この人数じゃブルー・ポーションはきっと足りない。

 あれは壺一つにつき、せいぜい十二、三人分だ。どう見ても、ここには百二、三十人はいる。

 

「おお……御使……い様」

 

 目の前にいる半死半生のゴブリン。彼は俺に向けて手を伸ばす。

 

「もう死を待つだけの者は向こうにいる。行こう」

 

「いいえ。その死を待つだけの者を全員ここに連れてきてください」

 

 伸ばされた手を取る。

 

「大丈夫です。必ず治してあげます」

 

「う……あぁ……、御……使い……さ」

 

「どういうつもりだ?」

 

「そのままの意味です。怪我人を全て治します。

 丁度ここに広い空間がありますしね」

 

 ポーチからカードの束を取り出し、目当ての物を探し出す。

 

「それは一体……?」

 

 取り出されたカードを見て、疑問を浮べるカイさん。

 論より証拠だ。カードに魔力を注入する。

 

「エレメントの泉、発動!」

 

 薄っすらと、水色の光を放つ泉が出現した。

 形は直径5メートル程の円形。水底は見えているので、水深はせいぜい50センチくらいだろう。

 その中央には高さ3メートル程の石柱が立っている。

 淵は石タイルによって舗装されており、自然の泉というよりはどこかの公園の池のように見える。これで中央が石柱でなく噴水なら、そのものになるだろう。

 

「……!!」

「な、なんと……」

「奇跡」

「……奇跡だ」

「御使い様……」

「御使い様が奇跡を」

「ああ……奇跡だ……」

 

 突如現れた泉に目を白黒させるカイさんを含むゴブリン一同。

 

 ――そう言えば……こういうのはできるだろうか?

 出現したエレメントの泉に視線を向けたまま、心の中で簡易鑑定をかけてみる。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

エレメントの泉        ー魔ー

        【魔法カード・永続】

 

フィールド上に存在するモンスターが

持ち主の手札に戻った時、自分は500

ライフポイント回復する。

 

           消費魔力 6

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 鑑定の効果が現れ、ちゃんとカードの詳細が出た。

 どうやら実体化させたカードも鑑定できるようだ。

 

 エレメントの泉。

 以前にも使おうとして、そのあまりもの高い魔力消費量により一度諦めたものである。

 今なら余裕とまでは行かないが、何とか使える範疇にある。

 この量の水が全部回復薬なら、瀕死の怪我人が百人以上いても十分足りるはずだ。

 

「失礼」

 

 先程俺に手を伸ばした重症のゴブリンを抱き上げる。

 

「うぅ……あぁ……」

 

「少し我慢してください」

 

「御使い様……何を? それに、この溜め池は一体どこから?」

 

 疑問を呈するカイさん。

 はは……、やっぱ泉に見えないんだ……。 

 

「彼を治療します」

 

「治療……? その池の水に何か……?」

 

「ええ。まぁ、見ててください」

 

 振動がないよう、ゆっくりと歩く。抱き上げた彼をあまり痛ませないようにする為だ。

 エレメントの泉に辿り着くと、一旦患者を泉のそばに下ろす。腰を屈め、泉の中に手を差し入れてみる。

 ほんの少しの抵抗。この感触は……水のそれじゃない。

 むしろ気体に近い気がする。――そう、纏わり付くような……粘着質な感触のする気体だ。

 泉から手を出す。案の定、手はまったく濡れていなかった。

 神秘的である。これは……何だかいけそうな気がする。

 

「…………。

 ――いきますよ」

 

 再び彼を抱き上げ、淡く光る泉に浸からせてみた。

 彼には悪いけど、実験体第一号になってもらおう。そう悪いことにはならないはずだ。

 

「あ……あぁ……。あ……たたか……い……」

 

 泉の水は彼を癒す。

 傷口が盛り上がり、再生していく。

 気持ちよさそうに、泉による肉体治療を受け入れる彼。

 ゴブリン達はその様子を、ただただ黙って見つめていた。

 

 時間にして一分程だろうか。

 ついさっきまで死の一歩手前だった彼は、今やその面影はどこにもない。

 

「自分で動けますか?」

 

「……は……はい」

 

 彼は恐る恐る立ち上がり、傷口があった箇所を確認していく。

 

「な、治った……」

 

 感極まったのか、彼は目の中に涙をいっぱい溜めると、それを滝のように流した。

 

「ありがとう。うぅ……ありがとう! 御使い様! ああーーーーん!」

 

 うわっ、マジ泣きっ。

 

「ありがとう。ありがとう。ありがとうぅ」

 

 壊れたカセットテープみたいに感謝の言葉を繰り返す彼。

 泉はちゃんと効果を発揮してくれた。ブルー・ポーションと比べると治るまでに少し時間が掛かるようだが、戦闘中じゃない今、そんなことを気にする必要はないだろう。

 

「今すぐ怪我人を全員連れて来い!

 いや、待てっ。死にそうな奴からだ! 行け! 速くしろ!」

 

「「「「は、はい!」」」」

 

 我に返ったカイさんの号令により、ダッシュするゴブリン達。

 

「御使い様。この池、使ってもいいんだな」

 

「ええ、もちろんです。その為に出しましたから、どうぞ存分に」

 

 そして、次から次へと運ばれてくる負傷者達。

 

「感謝する。

 聞こえたか、お前ら! 怪我人を中に放り入れろ!」

 

 そうして、負傷者達はポチャポチャと、次々と中に落とされていく。

 

「うげっ」

「うぐっ」

「ぐはっ」

「ちょっ、まっぶはっ」

「げふっ」

「ぼえっ」

 

 もう少し丁寧に扱ってやりなよ……。

 

 ゴブリン落としは止まらない。

 しばらくすると、泉の中は負傷したゴブリンで溢れかえっていた。

 そして、一分程経った頃だろうか。

 初めの方に落としたゴブリンの内、何人かが自力で起き上がった。

 

「聞こえてるか! 治った奴はさっさと中から出ろ! 邪魔だ!

 ――――おい、治った中で意識の戻らない奴らも回収しろ」

 

「「「「へい! 合点承知!!!!」」」」

 

 ここまで来るともう俺の仕事はない。

 邪魔にならないよう隅っこに引っ込んでいよう。

 

 俺の後ろをふわふわとついて来るスーパースターと共に端の方に寄る。

 すると一人のゴブリンが木の椅子を置いてくれた。

 そこに腰掛けると、流れるような作業で俺の前に木の机が置かれ、さらにその上に様々な新鮮な果物が置かれる。

 両脇には二人のゴブリンが”何でもお言いつけ下さい”とばかりに、片膝立ちで控えていた。

 なんだろ? 王様気分?

 これで寒くなかったら、うちわで扇いでくれそうだな。

 

 

◇◇◇◇

 

 ここはカイさんの家。スーパースターは照明のごとく、部屋の中央上空に浮かんでいる。

 怪我人は一通り泉の水(?)により治癒され、俺たちはここへ戻ってきた。

 エレメントの泉はそのままにしてある……というか、そのままにするしかない。

 重傷者はもういないので、今は軽傷の者などが浸かりに来ている。どうやら肩こり・腰痛にも効能があるようで、お年寄り連中にも大人気である。

 魔力が切れる明日の朝まで、好きにさせておこうと思う。

 

「重傷者128人、全員傷一つない健康な状態に戻った。

 本当にありがたい。何度も我らを救ってくれて、感謝の言葉もない」

 

「いえ、私が勝手にやったことです」

 

 事実だ。彼らは一言も森喰いをやっつけてくれや怪我人を助けてくれと俺に言っていない。

 全ては俺が、俺自身の信ずる倫理の為に勝手にやったことだ。

 つまりは自分の為にやったことである。こんなので恩を押しつけようとは思わない。

 

「そうだとしても、結果的に我らは救われた。

 だからまぁ、そう謙遜するな」

 

「ははは。そう言われると少し照れますね。頑張った甲斐がありました」

 

 俺の動機はどうあれ、結果的に感謝されるのは気持ちのいいものである。

 さて、ここら辺で真面目な話に入ろう。

 

「ごほんっ。

 カイさん。お聞きしたいことがあります」

 

「ああ、何だ?」

 

「昨晩の宴会で、声高に叫んでいた方達がいましたね。

 聖地を取り戻せ。柱を取り戻せと――。

 カイさんはあれを一部の跳ねっ返りと評しましたが、一緒に叫んでいる人の数は決して少なくありませんでした」

 

「…………」

 

「ひょっとしたら、全体の過半数を超えていたかもしれません。

 ”取り戻す”という言葉は、一般的に奪われたものに対して使います。”聖地を取り戻せ”とは”奪われた聖地を取り戻せ”と言う意味でしょう。

 ――奪われた聖地。

 聖地とは一体どこのことなのですか? いつ、誰に、なぜ、奪われたのですか?

 よろしければ、教えて頂けませんか?」

 

 俺の質問を聞き、顔をしかめるカイさん。

 

「……あまり客人に関係のある話とは思えんが……」

 

「いいえ。これは私の目的に大いに関係のある話です」

 

「目的?」

 

「はい」

 

「それは教えてもらえるのか?」

 

「ええ。単純な話ですよ」

 

 全てをよい状態に持っていくことは、どだい無理なのかもしれない。

 それでも俺は俺の思う”良かれ”をするだけだ。

 まったく……傲慢だな……。

 だが、もうすでにここまで関わってしまっている。

 だから、できることなら――――

 

「みんな幸せに。です」

 

「…………」

 

 俺の答えから何かを読み取ったのか、カイさんはしばらく考え込むように目を瞑った。

 

「みんな…………幸せ……。みんな……か」

 

 そして彼は目を開き、睨みつけるように俺に視線を寄越した。

 

「…………。

 いいだろう。特に隠しているという訳でもないしな」

 

 話をする準備の為か、それとも心の整理をする為か、胡座(あぐら)をかく彼は一度姿勢を正す。

 そして落ち着いた声で、淡々と語り始めた。

 

「三百年以上前、神の時代の話だ。

 神は当時獣同然だった我々に御使いを遣わせ、さらに安全な住処――聖地を与えた。

 聖地はあらゆる外敵の侵入を拒み、我々はその中で栄華の時代を築いた」

 

 なるほど。だから聖地……か。

 

「きっとあの時代を生きた者達が一番幸せだったんだろう。

 因みに、聖地の中央には一本の柱が立っていると言い伝えにある。

 何か重要な意味のある柱らしいが……まぁ、今のオレ達に本物を見たことのある奴はいないから、本当のところは知らん。

 ――聖地を取り戻せ。柱を取り戻せ。

 親父やお袋からよく聞かされたよ。それこそ、子守唄代わりになるくらいにな」

 

「それは……何者かに聖地を奪われたからなんですね」 

 

「ああ、そうだ。聖地が奪われたのは二百数年前だ。

 もう大分昔の話なんで、詳細な時期はオレも知らん。大体そのくらいだと言われている。

 ――ある日、人間の一団がやってきた。聞けば、彼らはどこぞの戦争で逃げてきたと言う。言わば難民だな。

 その難民らは自分達を聖地の中に受け入れて欲しいと言ってきた。ボロボロになって逃げてきた彼らは見るも無残な姿だったらしい。泥に塗れた子を抱いた女も多く、当時の首領は見るに耐えかねて彼らを聖地の中に招き入れた。

 奴ら人間共が、我ら元種をどんな目で見ていたかも知らずにな……」

 

 うわぁー……。

 なんかもう、先の展開が読めるんですけど。

 

「首領!」

 

 とここで、家の外からカイさんを呼ぶ声が響く。

 

「なんだ!? 今忙しい!」

 

「いえ。あの……。

 毛玉。村の中、隠れてた。みんな。網投げた。

 毛玉、捕まえた」

 

 毛玉? 何かの動物の俗称か?

 

「……ふむ……丁度いいか。

 おい! その毛玉をここへ連れて来い! すぐにだ!」

 

「は、はいっ!」

 

 命令を飛ばしたカイさんは俺に向き直る。

 

「悪いな。話の続きは少し待ってくれ」

 

「いえ、大丈夫ですよ」

 

 毛玉とやらが来るまで待つのか。なんでだろ? 

 

「念の為に確認するが、客人はケーネ村から来たのだな」

 

「――はい。その通りです」

 

 やっぱり分かってたか。

 途中から何となくそうじゃないかと思ってたけど……。

 

「来た目的は……ゴブリン退治か?」

 

「はい」

 

「ふふふ……。

 あの毛玉共めが。よほど業を煮やしているようだな」

 

 ん、なるほど。毛玉が何なのか分かった。

 それがこっそりと村の中に隠れてて、そして今掴まったと。

 

「まぁいい。大体の事情は把握できた」

 

「私を拘束しなくてもいいのですか? 私はあなた方を退治しに来たのですよ」

 

「事情は大体把握できたと言ったろ。

 そもそも、客人は元種が何なのかすら知らなかったんだ。

 大方、あの毛玉共に利用されたんだろう。それくらいは想像がつく」

 

「いえ。そんなことはありません。

 彼らの依頼を引き受けたのは私自身の判断です」

 

「なら我らを救ったのも客人自身の判断だ。

 客人が来なければ最悪、我らは滅びていたかもしれん。

 ……そうだな、世間一般のゴブリンに対する固定概念って言うやつを教えてやる。

 ”ゴブリンは受けた恩を必ず返す。”だとさ。くくっ、まったくその通りだ」

 

 そういって愉快そうに笑うカイさん。

 

 

「首領。連れて来た」

 

「よし! 入れ!」

 

 四人のゴブリンが入室する。

 その中央には、網でぐるぐる巻きにされた一人の三毛猫がいた。

 

「け、賢者様~」

 

 頭に緑色の鉢巻(はちまき)――ダスト君であった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

未熟なカード使い      -闇ー

               ☆

 

【上位世界人族】

異世界に迷い込んだカード使い。魔力を

消費してカードに秘められた力を解放す

ることが出来る。しかし、その力はまだ

未熟だ。

 

ランクアップ条件

大型モンスターを2体討伐せよ 0/2

 

魔力 4/10   ATK/80 DEF/180

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼




 ゴブリンって可愛くないですか? コミカルな感じで。
 主人公がゴブリンを何の罪悪感もなく殺すネット小説を見るたびに、もやっとした気分になります。
 それはそれとして、次回でケーネ村編を終わらせることができそうです。

 割とどうでも良い情報――
 中盤に出てくる”世界の声”。主人公はすでに体験済みです。
 本人はまだ気づいてません。


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