捻くれた少年としっかり者の少女 (ローリング・ビートル)
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Wake me up!

  予定より早いですが、書きました。
  
  それではよろしくお願いします。


「偶然でも運命でも宿命でも…………現実にこうしていれるから、私は幸せです」

「…………ああ」

 月がぼんやりと浮かんでいた。

 星が穏やかに輝いていた。

 

 

「お兄ちゃん、こっちこっち!」

「へいへい」

 我が最愛の妹、小町に手を引かれ、よたよたと歩く。「東京わんにゃんショー」が開催されている幕張メッセは、今年も大盛況である。動物大好きなので、テンションはあがるが、人ごみが辛くて疲れてしまう。

 ふれあいコーナーで、子猫を抱きあげた小町は、幸せそうな声をあげ、優しく戯れ始めた。

「わぁ~、可愛い~♪」

「…………」

 俺も軽く子猫を撫でる。猫の扱いは割と心得ているつもりだ。人との接し方は落第点だが。どうやら神様は能力値をそれなりに振り分けてはくれるらしい。ただ少しイタズラ好きなだけで。

 先日の由比ヶ浜の件もあり、浮かない気分もあるが、やはり動物と触れ合うのは心が和む。将来はアニマルセラピーの被験体になる所存であります。

「ニャー」

 足元に別の猫がきた。

「…………」

 右前方から視線を感じ、目を向けると、女の子がこちらを、というか猫を切なそうに見ている。何やら奪ってしまったみたいで申し訳ない。ステルスヒッキーも動物には効果が薄い。

 ひとまず気にせずに、少し離れた所にいる小町を見ながら、猫を撫でていると、また猫がやってきた。

「あっ…………」

 さっきと同じ方角から声がして、まさかと思い、目を向けると、女の子がさっきと同じ状態になっていた。

「…………」

「…………」

 今度は一瞬だけ目が合う。

 …………なんか気まずい。

 とりあえず出ようと思い、女の子の近くに猫をさり気なく、そっと、意識する事なく置いて、コーナーを出た。

「可愛い♪」

 見ず知らずの女の子の甘い歓喜の声を聞きながら、別のコーナーへと足を運ぶ。べ、別に意識なんかしてないんだからね!

 

「かーくんも可愛いけど、やっぱり子猫も可愛い~♪」 

 フードコートで小町と食事しながら、だらだらと可愛いを連呼するだけの、他愛ない会話をしていると、さっき見た女の子が斜向かいの席に座った。

 再び目が合う。

「…………」

「…………」

 さっきより長い分、気まずい思いをさせてしまったかもしれない。もう二度と見ない。

 

 あれこれしている内に、あっという間に時間は過ぎ、夕暮れに染まる道を小町と並んで歩く。

「あ~、楽しかった♪」

「そだな」

「そういや、お兄ちゃん!」

 小町がからかうような視線を向けてきた。

「どした?」

「フードコートで可愛い女の子に見とれてたでしょ?」

「…………ちげーよ」

 もう顔なんてほとんど忘れたし。

 

「やっぱりお隣さんの犬触ってるから、匂いついてるのかな~」

 きっとそうだ。

 あんなに目が怖い人にも懐いてたし。

 いや、でも優しいのかな。猫、こっちに置いていったし…………。




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彩り

  ついつい妄想が(笑)。

  それでは今回もよろしくお願いします。


『八幡さん』

 隣に寄り添う小柄な女の子が、そっと指を絡めてくる。合わさる体温が、二人の気持ちの温度なのだろうか。

 そのまま寄り添う体の柔らかさを意識しながら、ゆっくり見慣れた道を歩いていく。

 

「…………」

 夢か。

 いかんいかん。

 見ず知らず(?)の女子で甘々な夢を見るなど…………。

 いや、見ず知らずならいいのか。身近な奴ならうっかり意識しちゃうし。もし夢の中で戸塚に迫られたら、俺は間違いなく戸塚ルートに入っちゃう。

 つーか、わんにゃんショー行ったの一週間前じゃねーか。

 

「…………」

 私ってばなんであんな夢見たんだろ?

 体を伸ばしながら、窓の外に目を向ける。

 いつもと同じ風景が、新しい一日を迎え始めていた。

 

「お兄ちゃん!早く早く!」

「あんま走るなよ。転ぶぞ」

 本日は小町に秋葉原まで連れて行かれております。受験勉強前の最後のリフレッシュだそうだが、本当に最後かは小町のみぞ知るところだ。あまり期待はしないでおこう。

 まあ、兄としてできるのは、こうして息抜きに付き合ったり、願掛けするくらいだ。

 ふと目に入った電柱に、案内がある。

「神田大明神…………」

 たまには千葉以外のパワースポットの力を借りるのもいいだろう。もらえる幸運はどこからでもいただく。

 もしかしたら、俺の専業主夫の夢への道が開けるかもしれん。

「小町、お参りしてこうぜ」

「うん、わかった!」

 

 お参りを済ませ、専業主夫へと一歩近づいた事を実感する。

「ゴミぃちゃん、目が腐ってる」

「…………」

 妹からの罵倒を傷つきながらも聞き流し、長い石段を降りると、風情ある建物が、視界に入ってきた。どうやら和菓子店のようだ。

「へえ~、なんか良い感じだね」

「なんか買ってくか」

 小町を引き連れ、歩き出す。

「『穂むら』か…………」

「はやく入ろ!」

 小町に背中を押されるように中へ入る。

「いらっしゃいませ!…………」

「…………」

 笑顔で挨拶してきた店員の表情が心なしか強張る。

 嘘だろ。

 真っ先に頭にそんな言葉が浮かぶ。

 左右の耳の辺りだけ伸ばしたショートカット。ぱっちりと大きな目。すっとした形のいい鼻、淡い桜色の唇。今朝、夢の中で見たまんまだ。

「…………」

 小町から背中をはたかれる。

 はっとして、適当なものを三つほど見繕って購入した。

「ありがとうございます」

「…………」

 軽く会釈して、お釣りを受け取る。

 僅かに触れた白く細い指先はひんやりして柔らかかった。

 戸惑いを隠しながら、小町を連れて、店を出た。外の風がやけに涼しく感じられた。

 

「びっくりしたー…………」

 あの独特な目つき。

 それ以外は割と整った顔。

 くたびれたような猫背。

「正夢…………かな」

 手元に目をやると、ある事に気づく。

「あ、お釣り間違えちゃった…………」

 まだその辺にいるかな?   




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箒星


  SHIROBAKO…………いいですね!!

  それでは今回もよろしくお願いします。


「すいませーん!!」

 後ろから甲高い声が響く。

 振り返ると、さっきの子が割とガチで走ってきていた。

 何故かはわからないが、どくんと胸が高鳴るのを感じた。息を切らしながら走ってくる少女を、素直に可愛いと思った。

「お、お釣りを間違えまして…………」

「あ、ああ…………」

 さっぱり気づかなかった。

 というか今この時点でもあまり気になっていない。

「失礼しました…………」

「…………」

 頭を下げ、お釣りを渡してくる彼女の手と再び触れ合う。今度はさっきより長い気がした。

「あ、ありがとうございましゅ…………」

 …………噛んだ。

 案の定、店員さんはぽかんとしていた。

「…………」

「…………」

 止めて!見つめないで!恥ずかしさで死んじゃう!

 気まずい沈黙の数秒間の間に、小町が何やら俺と店員さんを見比べ、何か閃いた顔をする。漫画みたいに電球が見えちゃった。

「ありがとうございます~♪うちの兄がぼ~っとしてまして♪」

「あ、いえ…………私が間違えたので…………」

 小町が何か言えと目で合図を送ってくる。

「いや、その、俺もぼーっとしてたし」

「そんな…………」

「それにしても、店員さん若いですね~!学生さんですか?」

「はい中学3年です」

「わぁ~、小町と一緒だ♪でも中学生って事は…………」

「はい、家業の手伝いです」

「へえ~、凄いなぁ。あ、私、比企谷小町。よろしくね。あなたの名前は?」

「え、私?高坂雪穂です」

 我が妹ながらすげぇ。さりげないコミュニケーションから、あっという間に名前まで聞き出しやがった。俺の妹とは思えない!結婚したい!

「こっちが兄の…………」

 感心していると、今度はお前も自己紹介しろ、とばかりに睨んでくる。

「…………比企谷八幡だ」

「比企谷小町ちゃん、と八幡さんですね。よろしくお願いします」

「あら、雪穂?どうかしたの?」

 通りの向こうから、きれいなお姉さんがやってきた。高坂の姉だろうか。

「あ、お母さん」

 マジか。本当に姉みたいな母親っているんだ。さすが秋葉原。日本のユートピア。

 高坂が事情を話す。

「そう。ごめんなさいね」

「あ、いえ。こっちもぼーっとしてたので」

「ありがとう。雪穂、今日はもういいわよ。あとは穂乃果にやらせるから」

「お姉ちゃん、まだ寝てるよ」

「…………ほんっと、あの子は!」

 高坂のお母さんは肩を怒らせながら、穂むらへと帰っていく。

「ねぇねぇ、雪穂ちゃん!」

「ど、どうしたの?」

「ヒマならちょっと付き合わない!?」

「おい、小町。さすがにめいわ「いいですよ」…………いいのか?」

「ええ、今日ヒマですし」

 高坂はあっさりした口調で言う。表情も少しばかり微笑んでいた。

 まじか。まじなのか。

 いや、別に何かあるとか期待していないよ。ハチマン、ウソ、ツカナイ。

 

 何で私、初対面の人と意気投合(?)してるんだろう。

 でも…………何か気になる、のかな?  





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PADDLE


  もう10月も終わりますね。

  それでは今回もよろしくお願いします。


 落ち着け。別に何も起こりはしない。

 高度に訓練されたぼっちはこの程度の事では心は揺らがない。別に何の事はない。小町が偶然仲良くなった女子を遊びに誘っただけの事だ。そして俺は…………保護者みたいなもんか。二人を三歩後ろから見守るだけ。何なら背景みたいなもんだ。

「お兄ちゃん。そんな目しないの。せっかく雪穂ちゃんみたいな可愛い子もいるんだから」

「あ、ああ…………」

「…………」

 おそらく可愛いという言葉に反応したのか、高坂は僅かに頬を赤く染め、軽く俯く。だが、それも数秒の事で、すぐに顔を上げた。

「そ、それよりさ、小町ちゃん達は行きたい所ある?」

「う~ん、スカイツリー!」

「よし、行こ!」

「お~♪」

「…………。行きましょう!」

「…………おう」

 今、微かに名前を呼ばれた気がしたのは、きっと気のせいなのだろう。

 6月の陽気は、生温く体を包み、自然と足の運びも速くなる。

 それは小町も高坂も同じようだ。

 

 今、私の事、可愛いって思ってくれたのかな…………。

 

「わ~♪」

「すげえな」

 心の底からの感動の声が漏れてくる。

 展望台から見える東京は、疑いようもない絶景だった。この街の中に幾通りもの暮らしがあると思うと…………うん、面倒くさい。そしてしばらくすれば、自分もあの面倒くさい街並みの中に紛れるのだろう。

「お兄ちゃん、雪穂ちゃん、ここ、ここ!」

 小町はぴょんぴょん跳ねている。ああ、あれか。テレビで見た奴だ。床がガラスになってる奴だ。

「お兄ちゃんも!」

「あ、ああ…………」

 正直かなり怖いが、まあ大丈夫だろう。…………大丈夫なはず。大丈夫だよね?

 小町に手を引かれ、勢いよく透明な床の上に乗る。 

 …………おお、案外良い眺めじゃんか。

 さすがに飛び跳ねたりはしないが、テンションはそれなりに上がる。っべーわ。…………何だ、このテンションは。

「ほら、雪穂ちゃんも!」

「いや、私はもう…………何回もやったし!」

 こちらを全く見ようともせずに、はっきりと拒絶してくる。これはもしや…………

「あ、高い所苦手なのか…………」

「ち、違います!」

「いや無理しなくても…………」

「いいえ、怖くないですよ!ほら!」

 決して挑発したつもりはないのだが、高坂はこちらに駆けよってくる。

「…………大丈夫か?」

「だ、だだ大丈夫ですうわぁ!」

 震える足をもつれさせた高坂はこちらに倒れ込む。

 腕に柔らかい温もりがしがみついてきて、それと同時に控えめな甘い香りがふわりと漂う。どくんと胸が高鳴った。

「す、すいません」

「いや、大丈夫だ」

 高坂は足場を確かめるように、ゆっくりと離れる。

「ほら、大丈夫ですよ?」

「…………ああ、そだな」

「むー、疑ってますね」

 頬を膨らます高坂の温もりが去っても、左腕に何か残っている気がした。

 …………小町と同じ歳とは思えない大きさでした。

 





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I'm taking about lovin'


  あえてこちらから更新!
  すいません!前回、6月を3月にしてしまいました!もう直しました!

  それでは今回もよろしくお願いします。


 小町からさりげなく太股をつねられる。

「っ痛!?どうしたんだよ…………」

「何、いやらしい事考えてんの!ゴミぃちゃんのあほ!帰ったら、お説教だかんね!」

「いや…………俺は何も…………」

 駄目だ。妹はごまかせそうもない。

「どうしたの?」

 高坂が怪訝そうな顔をしている。改めて見ると、夏物の洋服は、露出が多いだけではなく、生地が薄いせいで体のラインは浮き出るので、さっきの膨らみを妙に意識してしまう。落ち着け。相手は妹と同じ歳だ。妹と思えばいい。やだ何それ。どんなシスタープリンセス?

「いや~、ごめんね?うちのお兄ちゃんったら、雪穂ちゃんみたいな可愛い女の子と一緒に遊んだ事がないから、ついつい緊張しちゃって!」

「おい…………」

 失礼な俺だって…………ありませんでした。

 高坂は、何とも言えない表情をしている。かわいそうに思われているのか、ドン引きされているのか、人間観察に長けた俺でも推し量れない。

「あの…………」

「?」

「いえ、甘いものでも食べませんか?私、ロールケーキが美味しいお店、知ってるんですよ!」

「お~、いいね!行こ行こ!お兄ちゃん、まだ時間大丈夫だよね♪」

「まあ、まだ余裕はある」

「そういえば、聞いてなかったけど、今日はどこから来たの?」

「千葉だよ」

「へえ…………あ、だから…………」

「?」

 高坂のリアクションに小町は首を傾げる。おそらく、わんにゃんショーでニアミスしていた事を、高坂は覚えているのだろう。小町はきれいさっぱり忘れているかもしれないが。

「今日は何か用事があったの?」

「まあ、本格的な受験勉強前の最後の息抜き…………かな?」

 何故首を傾げる。何故俺を見る。あんま息抜きしすぎて落ちても知らんぞ。

「確かに受験勉強辛いよね」

「え、もう始めてるの?」

「うん」

 高坂は頷きながら、少し心配そうに小町を見る。やれば出来る子なんです。やれば。

 

 高坂のおすすめのお店とやらに向かいながら、きょろきょろしない程度に東京の街並みを眺める。さっきスカイツリーから小さく見えた街並みにすっぽり包まれて、千葉よりも数段騒がしい雑音をBGMに聞き流していた。

 何故か先頭を歩く小町を見ていると、隣の高坂が話しかけてくる。

「あの…………お兄さんは何か部活をやってるんですか?」

「奉仕部だ。そっちは?」

「私は何もしてません」

「…………高校では何かやるのか?」

「今のところ予定はないです。ただ…………」

「?」

「姉がスクールアイドルをやってまして…………知ってますか?スクールアイドル」

「さっきでかいビルに看板が…………」

「それです!うちの姉も今年になってからいきなり始めまして…………なんか夢中で…………羨ましいなあって」

「そうか」

「ところで…………奉仕部ってなんですか?」

 簡単にその概要を説明する。

「へえ…………私も何か依頼しよっかな」

「生憎、出張は受け付けてない」

「土日に私の代わりに店番とか」

「ただのバイトじゃねえか」

「ふふっ」

 その悪戯っぽい笑顔は年相応の無邪気さで、ついほっこりしてしまった。

 

 そっか…………千葉から来たんだ。こんな偶然もあるんだな。

 私はその先はあまり考えないようにした。

 

 





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Dear wonderfulworld


  活動報告でこの前とは違う方向のアンケートを募集しておりますので、気が向いた方はよろしくお願いします。

  それでは今回もよろしくお願いします。


 高坂おすすめのケーキ屋は、女性客がほとんどで正直居心地はあまりよくない。しかもこういう店は店員も女だから、なおのこと居づらい。

「おお…………」

「わあ~♪」

「来た来た♪」

 クリームやフルーツがたっぷりと盛り込まれたロールケーキが運ばれてくる。見た目がいかにも女子好みでかなり可愛らしい(笑)。

 まあ、一男子としては、美味ければそれでよし。味に集中すれば、少しは居心地も良くなりそうだ。

「はい、どうぞ」

 いつの間にか、高坂が手早く切り分けてくれていた。

「ありがとう~♪」

「あ、ありがとう…………」

 さっそく三人共、ケーキを頬張る。

 まず生地の部分がかなり上手い。決して甘すぎず、程よい感じが、生クリームとフルーツの甘さを引き立てる。これまで食べた中でも一番のロールケーキかもしれない。

「美味しい~!ね、お兄ちゃん!」

「ああ、美味いな…………」

「喜んでもらえて何よりです」

 高坂も幸せそうな笑顔を浮かべている。

 数秒間見とれていると、小町が高坂に話しかけた。

「やっぱり外では和菓子を食べないの?」

「うん。散々試食させられてるからね。和食もほとんど食べないくらい」

「家は和食ばかりなのか?」

「ええ、お父さんが和食派なので。お姉ちゃんも外でパンばかり食べてます」

 高坂は苦笑していた。まあ、年頃の女子はそういうもんじゃなかろうか。小町ぐらいしか年頃の女子の生態をまともに知らんけど。

「小町ちゃん達の家ではどうなの?」

「ウチは私がほとんど作ってるんだけど、まあ、日替わりかな~」

「へえ~、すごいね。料理出来るんだ!」

「いえいえ、両親共働きであんまり家にいないし」

「私も、やってみようかな」

「ぜひぜひ!そういえばお姉さんいるみたいだけど、いくつなの?」

「高2だよ」

「お兄ちゃんと同じだね~」

「え、そうなんですか?」

「ああ」

「高2って修学旅行とか楽しみですよね」

「あ、ああ…………」

 小町と共に気まずい表情になる。まあ、ここで俺のぼっちエピソードを紹介しても仕方ない。

 小町の学校生活に話題を逸らす事で、何とか学校内の話題をやり過ごした。

 

 会計を済まし、店を出る。また少し温い空気に包まれた。

「おいしかった~」

「すいません。奢ってもらっちゃって」

「気にすんな。しばらく金使ってなかったし」

「さっすがお兄ちゃん。デートの予定もない男は違うね~」

「おい。褒めるふりして罵倒するのは止めろ」

「雪穂ちゃんは彼氏とかいないの~?」

 小町がニヤニヤしながら聞く。何故一瞬俺をチラ見した? 

「わ、私?い、いないよ!まだあまり興味ないというか」

 高坂の顔が赤くなり、きょろきょろと視線が彷徨う。

「でもモテそうだよね~、お兄ちゃん?」

「あ、ああ……」

「そ、そうですか?」

 こちらを窺うような視線に軽く頷いた。

 彼氏がいないという言葉に少し胸が高鳴ったのは、気のせいに違いない。ああ、きっとそうだ。これまでにそんな勘違いを繰り返してきたのだから。

 





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UFO

  アンケートお答えいただいた方々、ありがとうございます!まだしばらく受け付けていますので、気が向いた方はよろしくお願いします!

  それでは今回もよろしくお願いします。


「じゃあ、今日は付き合ってくれてありがとね~♪」

「うん、私も楽しかったよ!」

 日も傾き始めた頃、俺と小町は帰る時間になった。明日は雪ノ下と共に、由比ヶ浜の誕生日プレゼントを買いに行かなければならないので、遅刻するわけにはいかない。罵倒の種は減らしておくべきだ。

 小町と高坂が連絡先を交換しているのを見ながら、今日の不思議な出来事を考える。今思えば、俺のテンションがおかしかったのは、新しい妹ができた気分になったからかもしれない。そんな大して意味のない事を考え、駅の人ごみが奏でる雑多なBGMを聞きながら、ポケットに手を突っ込んでいた。

「はぁ、ったく。このゴミぃちゃんは…………」

 小町が何事か呟くが、高坂の耳にも届かなかったらしく、首を傾げていた。

 手早く連絡先を交換すると、あとは改札をくぐるだけだ。

「じゃあ、帰ったら連絡するからね!」

「うん、二人共、帰り気をつけて!」

 二人共と言われたので、軽く頭を下げる。

「そっちも気をつけて帰れよ」

 こちらの言葉が意外だったのか、高坂が一瞬だけ目を見開いた。

「…………ありがとうございます」

 遠慮がちな言い方に、もしかして言わなけりゃよかったのだろうか、という不安を抱きながらも、その微笑みに半分安心しながら、小町を促す。

「行こーぜ。小町」

「はいはい」

 二人はまた別れの挨拶を交わし、こうして不思議な出会いは終わりを告げた。

 最後に軽く手を上げた高坂に、こちらも軽く手を上げて応え、それきり振り返る事はなかった。

 ちなみに、家に帰ってから小町に説教された。

 

「どうしたの?雪穂」

 クラスメイトの絢瀬亜里沙が話しかけてくる。今日も姉の絵里さんより薄めの金色の髪が綺麗だ。白い肌も陶器のように透き通っている。

「ぼーっとしてるよ?」

 机の前にしゃがんで、私の顔を覗き込んでくる。

「亜里沙…………」

「?」

「年上と年下と同い年どれがタイプ?」

「え、ええ!?」

「ど、どうしたの?」

 突然の親友の大声にこっちが驚いてしまう。

「ハ、ハラショー…………雪穂がそんな事を聞いてくるなんて…………」

「いや、思春期の女の子だからね、私」

「そ、そうだよね。でも、どうしたの?」

「ただ気になるだけだよ」

 何が気になるのだろうか。自分でもいまいちわからない。

「う~ん、年上…………かな」

 聞き耳を立てていたらしい男子達がガクッと項垂れる。ご愁傷様。

「そ、そういう雪穂はどうなの?」

 亜里沙は顔を赤くしながら聞いてくる。この初々しさがたまらなく可愛い。あ、え、わ、私?

「…………年上」

 窓の外に目を向けると、うねるような雲が青空に浮かんでいて、それは誰かさんの髪型に似ていた。 

 

 




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終末のコンフィデンスソング

  アンケートお答えいただいた方々、ありがとうございます!まだしばらく受け付けていますので、気が向いた方はよろしくお願いします!

  それでは今回もよろしくお願いします!


「ねえ、雪穂の好きな人ってどんな人?」

「はあ!?」

 帰り道、夕陽をぼんやり眺めながら歩いていると、亜里沙が訳の分からない質問をしてきた。

「どこ情報なの?それ」

「だって雪穂が私に聞いてきたから、もしかしたら自分が好きな人がいるんじゃないかと思って」

「ないないないない!絶対にない!」

「…………怪しい」

「怪しくない」

 あの人…………比企谷八幡さんの事は別に嫌いではない。休日に妹を連れて歩く家族想いなところは好ましい。ただ男性としては、と聞かれると…………もう少しシャキッとした人の方が…………。猫背だからかな。とりあえず、姉も親友もふわっとしてるから、せめて恋人くらいは…………。

「ふぅ~ん。じゃ、そういう事にしてあげる♪」

「何か引っかかる言い方…………」

 その日の夜。眠りについた私は、また似たような夢を見た。

 

『あの…………八幡さんの好きな女の子のタイプは?』

『…………養ってくれる人』

 俺の言葉に雪穂が頬を膨らます。

『またそんな事言う…………』

『穂むらの試食係なら喜んで就職する』

『はぁ~、どうしてこんな人…………になっちゃったんだろ…………』

『?』

『何でもないです』

 

「…………」

 またか…………。

 何だよ。欲求不満なのかよ。

 まあ、これは高坂に対する恋愛感情とは違う。ただの偶然。偶然も運命も宿命も俺は信じない。

 ただ欲求不満でこの夢は色々やばい気がする。いや、ここは何か別の事を思い浮かべよう。戸塚戸塚戸塚戸塚戸塚…………。

「何やってんの…………朝っぱらから…………」

「別に。いつも通りだよ」

「それがいつも通りなら早く病院行った方がいいよ、ゴミぃちゃん」

「それよか、どうしたんだ?ノックもせずに」

 軽く嗜めるように言った。

「いや、何か寝言がうるさいな~、と思ってドアの前まで行ったら、今度は戸塚先輩の名前を呼びまくるから、怖くなって…………」

「俺、どんな寝言を?」

「そこまでは聞いてないけど…………」

「そっか」

 むくりと起き上がる。本格的な夏はまだ先だと言うのに、じっとりと汗ばんでいる。

「でも、小町は嬉しいよ!」

「何がだよ…………」

「最近、お兄ちゃんの周りに女の子の影が多くなって!」

「気のせいだろ」

「そんな事ないよ!雪穂ちゃん、結衣さん、雪乃さん、沙希さん、平塚先生…………」

「おい、待て。色々おかしいのがいる」

 そんな事になる前に、お願いだから誰かもらってあげて!!

「それに高坂はもう会うかもわからんだろ」

「ふっふっふっ」

 何故か小町は不敵に笑う。

「実は穂むらのお菓子をお母さんが気に入っちゃって、取引先に上げたいから、買ってきてってさ」

「そうか、行ってこい」

「お兄ちゃんも行くんだよ。小町一人じゃ心配でしょ?」

 まあ、確かに小町を一人で行かせる選択肢など存在しない。

「…………いつだよ」

「今週の土曜日」

「…………はあ、わかったよ」

 どうやら土曜日は買い物。日曜日は小町の受験勉強に付き合わされそうだ。




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my life


  アンケートお答えいただいた方々、ありがとうございます!まだしばらくは受け付けていますので、気が向いた方はよろしくお願いします!

  それでは今回もよろしくお願いします!


「え、今週の土曜日?」

「うん、またお店に行くね♪」

 どうやら小町ちゃんのご両親がうちの商品を気に入ってくれたようだ。うんうん、試食係を務めた甲斐があったなぁ。

「わかった、待ってるね!」

「お兄ちゃん引き連れてくから」

「ふぇ!?」

 思わず変な声が出る。

「ど、どうしたの?」

「な、何でもない!」

 言えない…………。夢の中でお兄さんとデートしてたとか。てゆーか、何て夢見てんのよ、私は!

 別の話題を振る事にする。

「あ、もしかしたら、お母さんかお姉ちゃんがカウンターにいるかもだけど…………」

「雪穂ちゃんのお姉ちゃんか~。見てみたいな~♪きっと綺麗なデキる女って感じの人なんだろうな~」

「あはは…………」

 見た目はいいし、運動神経もいいんだけど…………。おそらく小町ちゃんの期待は裏切ってしまいそうだ。

「あ、お兄ちゃんだ!代わるね!」

「へ?あ!ちょっ…………」

 

 梅雨のジメジメと雨にうんざりしながら、何とか家に辿り着く。無事に今日一日をやり過ごした達成感に胸が満たされた。

「ただいまっと」

「あ、お兄ちゃん!電話電話~♪」

「は?誰からだ?」

 俺に電話などここ数年かかってきた記憶などない。携帯とは暇つぶし機能がついた目覚まし時計の事である。あ、たまに家族からの連絡が来るか。

「雪穂ちゃん」

「高坂…………?」

「いいからほら!」

 無理やり携帯を渡される。いきなりすぎてイミワカンナイ。

 …………何の用だろうか。もし、「夢にまで出てこないでください!」なんて言われようものなら、うっかり死んでしまいそうだ。

「あー、もしもし…………」

「こ、こんにちは、お兄さん」

「高坂…………元気か?」

「は、はい…………お兄さんは?」

「まあ、ぼちぼち」

「…………」

「…………」

 とりあえず安心する。いや、ありえないってわかってるんだけどね。

「土曜日に来るんですよね」

「ああ」

「楽しみにしてます」

「わかった」

 お互いに気持ちを切り替える。高坂は店の手伝いをしているからか、こういう時の社交辞令的な対応は上手いように思える。その分、変な勘違いを起こす事もない。

「あの…………」

 小町に電話を戻そうかと耳から離そうとすると、高坂の声が僅かに漏れ聞こえたので、慌てて耳に近づける。

「お兄さんは…………どうでした?」

 何の事かと思い、胸が高鳴った気がしたが、すぐに内容に思い至る。

「ああ、美味かった」

「よかった~!試食係頑張った甲斐があった~!」

「食べてるだけだろ」

「あ~、言いましたねぇ?結構大変なんですよ!感想も細かく言わなきゃいけないし、体重も気になるし」

「す、すまん…………」

「前より沢山買ったら許してあげます」

「それなら任せろ。親父の金で買うからな。持って帰れる範囲なら幾らでも買ってやる」

「それは酷いような…………じゃあ、土曜日は気をつけて来てください」

「ああ」

 俺の言葉に少し呆れながらも、受話器の向こうで笑っているのが感じられた。

 通話を終え、小町に携帯を返すと、ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべている。

「何だよ…………」

「別に~♪」

 

「ふふっ」

 土曜日の予定にほんの少し胸を弾ませていると、ドアが少し開いていて、そこにお母さんとお姉ちゃんがいた。

「な、何よ!」

「「別に~♪」」

「いや、おかしいから!普通に覗きだから!」

 この二人がいない時に来てくれますように…………。

 





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未来


  感想・評価・お気に入り登録・誤字脱字報告ありがとうございます!

  それでは今回もよろしくお願いします。


「まさか雪穂がねぇ~」

「うんうん、雪穂がだよ!」

「な、何よ!どうしたの?」

 お母さんとお姉ちゃんが何やら勝手に納得している。

「まさか穂乃果より先に雪穂に彼氏ができるとはね~」

「雪穂…………成長したね」

 うわぁー、腹立つ。特にお姉ちゃん。あとでパンを食べてやる。

「彼氏とかじゃないよ。ただの知り合いっていうか」

「てことは、男の子なのね?」

「ふふ~ん」

 やばっ。誘導尋問に引っかかった。

「いや、何て言うか、偶然出会っただけだし…………」

「あ、もしかして、この前の男の子?」

「うっ」

「えー!お母さん見たの!?どんな人なの!?」

 厨房の方でガタンと音がしたけど気のせいだろう。

「そうねえ。目つきは悪かったけど、顔自体はそこそこだったわね。身長は普通くらいかしら。猫背が少しマイナスだけど…………将来性に期待はできるかも」

「雪穂!写真見せて!」

「ないよ!あったとしても見せないし!てゆーか出てって!」

 何とか二人を追い出し、ベッドに寝転がる。

「ふう、疲れた」

 お姉ちゃんも自分の恋愛に興味持てばいいのに。今女子高だけど。

 …………だめだ。ぼーっとしてたら色々と考えてしまいそう。読書でもするかな。

 読みかけの文庫本のページを開く。このまま眠ってしまったら、また同じような夢を見てしまいそうだし。

 

 土曜日。割と早めに家を出たので、昼前に穂むらに着いてしまう。まあ用事が早く済むのはいい事だ。親父の金で、小町と再び東京観光でもすればいい。ざまぁ。

 午後の予定に思いを馳せながら、穂むらの中へ入る。

「「いらっしゃいませ~♪」」

 高坂の母親と、姉らしき女の子に挨拶される。愛想が良すぎて、思わず一歩引きそうになってしまった。

「あなたが比企谷君?」

 姉らしき方が素早い移動で俺の真ん前にやってくる。近い近い近いいい匂い近い!

「え、ええ、まあ…………」

「むぅ…………お母さんの言ったまんまだね」

 お母さんの言ったまんまとはどういう事かわからないが、何やら俺の話がされていたらしい。

 …………しかしこの姉妹、あまり似てない。

「もしかして、雪穂ちゃんのお姉さんですか?」

 小町がひょこっと俺の背後から出てくる。

「うん、高坂穂乃果です!小町ちゃんだよね?よろしく!」

「こちらこそ~」

「こっちが母の高坂秋穂です!」

「こら、穂乃果。いきなりお客様に対して失礼でしょ?ねえ、比企谷君」

 言いながらも、どこか楽しそうだ。

 高坂は用事なのだろうか、と思ったが、聞きはしなかった。本能が、聞くのはやめたほうがいい、と告げている。

「じゃあ、小町。俺は適当に選んどくから」

「うん、任せた!」

 そう言った小町は、もう高坂姉と打ち解けていた。

 任された俺は、この前と同じやつと、直感で良さそうなやつを選ぶ。

「ありがとうございます!」

 高坂母の声と共に商品を受け取り、小町を促す。

「じゃ、行くか」

「比企谷君!」

 小町より先に高坂姉が反応した。

「小町ちゃんとまだ話したいんだけど、比企谷君も上がってお茶飲んでかない?」

「ね?」

「…………わかった」

 小町に手を引かれながら言われたので、選択肢などないに等しかった。

 





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ほころび


  アンケートお答えいただいた方々、ありがとうございます!まだしばらく受け付けていますので、気が向いた方、よろしくお願いします!

  それでは今回もよろしくお願いします!


「へえ、比企谷君って総武高校に通ってるの?」

「え、ええ…………」

「確か進学校よね。頭いいのね~」

「そうなんだ。どんな学校なの?」

「昔から学校行事が盛り上がるのでも有名だったわね。学生時代に友達と文化祭を観に行ったわ」

 高坂母娘の勢いに押されながら、たどたどしい会話を続ける。小町は時折口を挟むくらいで、あとはニヤニヤ見ているだけだ。お兄ちゃんを助けろよ。

「私、勉強苦手だからな~。比企谷君は学校ではどのくらい?」

「兄は国語だけなら学年3位なんですよ!」

「すごい!」

「数学は学年最下位ですけど」

 何でお前が説明してんだよ。しかも悪い方まで。いや、合ってんだけどさ。

「すごい!私と一緒だ!」

 数学最下位に高坂姉が共感してきた。あまり嬉しくない。

「穂乃果」

「あっ…………」

「お小遣い千円カット」

「そんなぁあーー!!」

 自ら墓穴を掘った高坂姉は頭を抱えていた喚いていた。ドンマイ。

「比企谷君からも何か言ってよ~!」

 高坂姉が俺の肩を揺する。ああ、さっきから感じる既視感めいたものの正体がわかった。こいつ由比ヶ浜に似てる。特にこの計算がなく、警戒もしない無邪気なスキンシップ。モテない男子をあっという間に死地へと送り込むから控えるように!

「あんまり騒ぐと1週間パン禁止にするわよ」

「やーめーてー!」

 頭を抱えたまま、畳の上をゴロゴロ転がる高坂。まあ、わからんでもない。俺もMAXコーヒー1週間禁止とか言われたら、学校を休む。

 小町が高坂姉を宥めていると、高坂母が傍にやってきた。

「比企谷君」

 耳元を大人の色気と吐息がくすぐる。高坂姉妹と同じ柑橘系の香りがした。

「うちの姉妹、どっちがタイプ?」

 唐突な質問に思いきり咽せる。お茶が気道に入りかけた。

「何の事ですか?」

「姉の方はズボラだけど優しいし、妹の方は小うるさいけどしっかり者よ」

「は、はあ…………」

 ちょっとしたイメージに繋がり、顔が熱くなるのを感じる。

「ふふっ。じゃあ、ゆっくりして行ってね」

 そう言うと、ぱたぱたとお店の方へと戻っていった。

「ふむ。こうなったら雪穂ちゃんだけじゃなく穂乃果さんもお義姉さん候補に…………さらに…………いや、さすがに人妻は…………」

 小町が一人でぶつぶつ呟いているが、内容は聞こえない。

「おはよ~…………ふわぁ~」

 引き戸をすーっと開け、眼鏡をかけた高坂が欠伸をしながら入ってきた。まだかなり寝ぼけ眼のようだ。

「あ、雪穂おそいよ!もう比企谷君達来てるのに!」

「仕方ないでしょ~。ここ最近毎晩読書してあまり寝てなかったんだから…………」

「おはよ~、雪穂ちゃん」

「おう…………」

「ど~も…………え?」

 小町を見て、次に俺と目が合うと、徐々に意識が覚醒していき、眼鏡の向こうの両眼がしっかりと俺を注視する。

「はっ!」

 ちなみに、今の高坂は足丸出しの短パンと、肩も露わなタンクトップだ。正直、目のやり場に困る。  

 高坂もそれに気づいたのか、顔が次第に真っ赤になっていく。

「わ、わ、し、失礼しました~!」

 ドタバタ走る高坂に、皆ポカンとして、開いたままの引き戸を眺めていた。  

 





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NOT FOUND



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「…………」

 着替えた高坂はまだ少し顔を赤くしたまま俯いている。

「雪穂~。どうしちゃったの~?」

「大丈夫だって!お兄ちゃんもいきなり変な目で見たりしないから!ね、お兄ちゃん!」

「あ、ああ…………」

 別に見てない。

 タンクトップで強調された、同い年の小町より明らかに大きな胸とか、名前通りの色白な背中とか、同じくしろく、そして細長い足とか、短パンが強調した尻とか断じて見ていない。ハチマン、ウソ、ツカナイ。

「比企谷君」

「ゴミぃちゃん」

「お、俺は何も見てないろ!」

 噛んだ。

「…………」

 高坂は俺を数秒間、ジト目で見て、溜息を吐いた。怒られちゃうんだろうか。

「ま、まあ、私の不注意も原因ですし…………」

 どうやら許してもらえたようだ。

「あ!そういえば比企谷君、スカイツリー観に行ったんでしょ?」

 高坂姉が突然話に割り込んでくる。多分、話を逸らそうという気遣いだろうが、話題の振り方やら入るタイミングやらが滅茶苦茶すぎる。見ろよ。高坂からジロリと見られてるぞ?

「高かったでしょ!?」

「いや、当たり前だから」

「あの透明な床どうだった?大丈夫だった?」

「もし抜けてたらここにいないから」

「そういう事じゃなくて!」

「まあ、あれだ。たまには人を上から見下すのもいいもんだ」

「ダメだよ!そんなひどい事言っちゃ!」

「じゃあ、あれだ。たまには愚民から見上げられるのもいいもんだ」

「うんうん。いや、あまり変わってない!むしろひどくなってない!?」

 他にどう言えばいいのか。ふと隣を見ると、いつの間にか座っていた高坂がジト目で俺と高坂を見比べていた。

「ふぅ~ん。ずいぶん仲良くなったんだね」

「そうか?」

「そうかな?」

 首を傾げる。特に仲良くなるような事はしていない。

 会話が続いたのもただの偶然だ。今お茶を飲むタイミングが重なったのも。そんなものに深い意味はない。

「ふぅ~ん。ま、いいですけど」

 高坂はそっぽを向く。すると、小町がこちらを睨みつけて、アイコンタクトで何か話しかけるように指示を出してきた。

「あー、高坂。最近夜遅くまで読書してたのか?」

 先ほど高坂自身が口にしていた事を改めて確認する。

 俺ぐらいの会話スキルになると、年下女子との会話なぞバリエーションがほとんどない。…………よくよく考えたら、ぼっちなので、対人スキル自体あまりありませんでした。てへっ!

「あ、はい…………」

 何故か気まずそうに視線を逸らされる。…………何で?

 高坂がまた少し顔を赤くしたのは、きっと気のせいなんだろう。






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言わせてみてぇもんだ



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「でも、読書かぁ~。私、国語の成績悪いからなぁ~」

「お姉ちゃんの場合、読書とか全くしないから悪いんじゃないの?」

 頭をかきながら、成績を憂う姉に高坂がジト目を向ける。その姿は微笑ましいが、他人事ながら高坂姉が心配になってしまう。高坂姉の成績の低さは、俺の対人スキルばりに低いらしい。

「お兄ちゃんも私に似たような事言ったよね?」

「ん?ああ、まあ実際にそういう習慣があれば、国語の点数を落とす事はないからな。あとは古文の文法覚えるだけでいいし」

「ですよね」

 高坂が同調してくれる。

「何なら出題者の気持ちまでわかるからな」

「いえ、そこまでは…………」

 まだまだだね。

 某スポーツの王子様の決めゼリフを心中で呟きながら、分かり合う事の難しさを思い知る。おっかしーなー。問題解き終えたらこうして時間潰すのが一番楽なんだけどなー。

「あの…………お兄さんはどんなのを読むんですか?」

 ここで恋愛系ライトノベルをプレゼンしてドン引きされるようなマネはしない。しかし、嘘をつくつもりもない。

「ライトノベルか、昔の有名な作家とかだな」

 女子に引かれないであろうギリギリのラインをつく。

「あ、私も同じです」

 意外な答えが返ってきた。

「最近何読みました?」

「あー、最近は…………」

 しばらくライトノベル談義に花が咲いた。

 

「っと、もうこんな時間か」

 そろそろここを出て、どっかで昼飯を食って、浅草寺にでも寄って帰るか。

「じゃあ、小町。そろそろ行くか」

「そうだね。いやー、よかったね、お兄ちゃん。趣味が合う友達ができて」

「…………」

 確かに学校ではあまり話さない。雪ノ下は古典文学なら話が合いそうだが、俺とあいつが文学談義している姿はあまり想像できない。由比ヶ浜はあれだし。戸塚はそんなに読書しないとか言ってたし、材木座は嫌だ。あいつの作品の話に流れていきそうだ。

 まあ、高坂は友達が多そうだから、そういう話は出来るだろうが。

「ま、高坂は読書好きな友達はいるだろ」

「私、読書しないよ?」

「私は、友達にはいないですね」

 何故か姉が答える。

「いや、高坂…………」

「何?」

「どうしました?」

 姉妹揃ってキョトンとしている。これはあれですか。俺が悪いんでしょうか。

「お兄ちゃん…………どっちも高坂なんだから、私みたいに名前で呼べばいいじゃん」

 そうは言われても、一流のぼっちにそんな高度なコミュニケーションはできない。なら、ここは俺の流儀に従って…………

「高坂と高坂姉で」

「「「…………」」」

 3人のシラーッとした冷たい視線が全身に突き刺さって、かなり気まずかった。






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ヨーイドン



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 その場で解散かと思ったが、小町が誘った事により、4人で昼飯を食う事になった。そして、再び雑多な街中へ飛び込む。

「やっぱりパンだよ!」

 高坂姉が薄い胸を張る。…………ここは由比ヶ浜の圧倒的勝利である。

「もー、お姉ちゃん。落ち着いてってば」

 高坂がはしゃぐ姉を見ながら溜息をつく。別に変な意味などこれっぽっちもないが、高坂は潜在能力が高いはず。もう一度言うが、別に変な意味はない。

「まあまあ、うちも今朝和食だったから、洋食がいいかなぁ~♪」

「…………」

 女子3人に男子1人。俺に決定権など皆無である。まあ、特に何を食べたいとかの希望はないから何でもいいけど。

「お兄さんはどこに行きたいですか?」

 いつの間にか隣りにいた高坂がこちらを見上げてくる。あら、優しい。ていうか上目遣いは緊張するからやめてね。俺の身長は平均ぐらいだが、高坂が割と小柄なので、近くにくればこうなるのは仕方ないかもしれんが。

「高坂の行きたいところでいいんじゃないか?」

「わーい!」

「お姉ちゃんは高坂姉でしょ?」

「むー、雪穂が高坂だから、なんかオマケみたい」

 頬を膨らます高坂姉をスルーして、話を進める。

「ま、どこでもいいのは本当だ。それにこの辺りの事は全然知らんし」

「じゃあ、その辺りのファミレスに…………」

「雪穂?」

 高坂に声がかかる。

「あ、亜里沙!」

「亜里沙ちゃんだ!」

 薄めの金髪の美少女がほんわかオーラを放ちながら、こちらへ駆け寄ってくる。て、天使だ。天使がおる。

「亜里沙、どうしたの?」

「お買い物だよ!たまには一人もいいかなって。お姉ちゃんに心配されたけど」

「絵里ちゃん、心配性だからね」

 ハーフか、クォーターか。金髪碧眼なんてラノベでしか見た事ない。どこの血だろうか。

「…………」

 亜里沙と呼ばれた、高坂より小柄な少女はこちらをぽ~っと見ている。日本語は普通に話せるようだが、何だか緊張してしまう。あ、三浦にひびっちゃうのも金髪だからか!

「小町ちゃん、お兄さん、紹介しますね。同級生の絢瀬亜里沙です。お姉さんはμ'sのメンバーの絢瀬絵里さんなんですよ」

「…………よろしくお願いします!」

 どこかぽ~っとしながら頭を下げる。熱でもあるのだろうか。

「お兄ちゃん。恐がらせちゃダメでしょ」

「何でだよ。何もしてねーよ」

 濡れ衣もいいところだ。ただ女子しかいないので、証拠能力を認められてしまうだろう。

 金髪美少女は、こちらを見上げながら、ぽそぽそ呟いた。

「ハラ…………ショー…………」

 ハラショー?ロシア語だよな。

「ほほう…………」

「亜里沙?どうしたの?」

「比企谷君、ダメだよ!怖がらせちゃ!」

「…………」

 駄目だ。俺の対人スキルでは女子4人を相手になどできん。

 もう、夏と言ってもいいくらいの暑さと、普段味わう事のない賑やかさに、頭がオーバーヒートしそうになっていた。   






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ロックンロール



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 亜里沙も合流して、5人で移動する事になった。

 今日は6月の割には空は晴れ渡っていて、その分日差しが強く照りつけている。

 前を歩くお姉ちゃん、小町ちゃん、お兄さんを見ながら、天気の事を考えでいると、亜里沙が顔を寄せてきた。

「あのかっこいい人が雪穂の好きな人なの!?」

「はあ!?」

 小声で囁いてくる亜里沙に驚きで返す。

「な、何をいきなり…………」

「違うの?」

「違うよ!」

 まったく、お母さんといい、お姉ちゃんといい、亜里沙といい…………ん?

「今、亜里沙…………かっこいいって…………」

「うん!」

 ものすごく目をキラキラさせている。

 う~ん。そこそこ整っているけど、そんな絶賛するほどかなぁ。

「ちなみにどの辺りが?」

「目!!!」

「…………」

 嘘でしょ!?

 あのそこそこの顔で唯一残念な部分じゃん!

「鋭くてかっこいい~♪」

 亜里沙がまたぽ~っとしている。まあ、好き嫌いは人それぞれだ。

 当の本人はお姉ちゃんのパン論議を聞かされている。少しだるそうに頷き返していた。まったく私が色々聞かれて大変なのに。あ、ほら、お姉ちゃん。近すぎ。誤解されちゃうよ?

 考えている内にファミレスに到着した。

 

 大きめのテーブルに案内されて、適当に座る。

 俺と高坂が並んで座り、残り3人が向かいに座った。

「あの!」

 天使…………じゃなくて絢瀬が身を乗り出して聞いてくる。

「比企谷さん!彼女いますか!?」

「…………は?」

「比企谷さんモテそうだから…………」

 マジか。そんな事を言う人間がいるとは…………。いや、本当に戸塚と同じ天使なのかもしれん。

「い、い、いや、いた事がない」

 なるたけ平静を装い、独り身を高らかに宣言する。いや、平塚静を装い独身を高らかに宣言する。効果は抜群だろう。

「お兄ちゃん、テンパりすぎ」

「亜里沙もいきなりそんな事聞いちゃ失礼でしょ?」

「あはは、比企谷君モテないんだね~」

 三者三様のリアクションを示される。てか、高坂姉の遠慮のなさ。まんま由比ヶ浜じゃねーか。

「ほっとけ。俺は気ままな独り身を楽しんでんだよ」

「てゆーか、お姉ちゃんも彼氏いた事ないじゃん」

「うっ…………わ、私は女子高だもん!そ、それに雪穂もじゃん!」

「わ、わ、私はまだ興味ないし!」

「あれ?この前…………」

「知らない知らない!」

「あ、そうだ!」

 絢瀬が手をポンと叩く。戸塚と並べてみたい。

「比企谷さん。この中で誰が1番タイプですか?」

 天使が小悪魔に変わりました。

 とはいえ、このメンバーなら即答できる。

「小町」

『…………』

 本日2度目の気まずい沈黙が訪れた。 






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旅人



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「お兄ちゃん。そういうのは、家で二人っきりのときにしてよね」

「二人っきりの時はいいんだ」

 小町の言葉に高坂が苦笑いをする。そんなに変な事なのだろうか。

「むぅ、小町ちゃんがタイプか」

「…………」

 絢瀬と高坂は何やら思案顔でこちらを見ている。

「どした?」

「比企谷さん!」

 一転して、無邪気な笑顔を見せた絢瀬がテーブルに両手をつき、顔を近づけてくる。思わず後退ろうとするが、生憎そんなスペースはない。幼さを残しながらも整った顔立ちが目の前にある。それと、甘い香りが漂ってくる。落ち着けハチマン。相手は小町と同い年だ。

「亜里沙、お行儀悪いよ」

 それを高坂が嗜める。そうだお行儀悪いぞ。あと俺の心臓に悪い。

 だが絢瀬は聞いておらず、話を続ける。

「連絡先交換しましょう!」

「えっ」

「あ、ああ…………」

 隣の高坂の驚いたような声の後に頷きを返す。小町も高坂姉も意外そうな顔をしている。

「じゃあ、ほら」

 携帯を絢瀬に差し出す。

 それを受け取った絢瀬は、あまり慣れていない手つきで、電話番号やら何やらを登録していく。

「思わぬ伏兵が…………これはもしかして…………」

 小町が顎に手を当て、ぽそぽそと何かを呟いているのを見ながら、俺は頭の中で非モテ三原則を何度も復唱した。

 

 亜里沙…………。

 親友の意外すぎる行動のはやさに、私はただただ呆気にとられていた。

 お兄さんの事…………好きになっちゃったのかな?

 不意に夢で見た景色を思い出す。

 何か釈然としない。

 

「お兄さん」

 隣の高坂が肩をポンポン叩いてくる。

「あの…………私もいいですか?」

「お、ああ…………」

「雪穂、交換してなかったの?」

「…………うん」

「あ、比企谷さん。終わりました!」

「おう」

 そして、絢瀬から戻ってきた携帯を高坂に渡す。

「さっきから思ってたんですけど、よく携帯渡せますね…………」

「まあ、見られて困るもんはないからな」

 高坂は慣れた手つきで、手早く登録を済ませる。

「お、お、お兄ちゃんの携帯の電話帳に女の子が二人分増えた…………」

 いや、もう既に由比ヶ浜と平塚先生の番号が登録されているからね。…………いかんいかん平塚先生をうっかり女の子に分類しちゃったぜ。これは由々しき事態。ついつい俺がもらってしまいそうだ。

「はい、お返しします」

 ずいっと携帯を返される。…………どこか不機嫌な気がするのは気のせいでしょうか。

 

「ねえねえ、これってどういう雰囲気なの?」

「穂乃果ちゃん。これは女の戦いが始まる瞬間だよ」

 端っこで小町と高坂姉がヒソヒソ話をしている。はっきり言って、まともな内容じゃないだろう。

 






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独り言



  い、いきなり沖田沙羽でSS書いたりなんてしませんよ(笑)!

  それでは今回もよろしくお願いします!


 

 あの後、小町ちゃん達は急用ができた為、ファミレスの前で別れた。私は食事を御馳走になったお礼をいうので、精一杯だった。

 そして、お姉ちゃんも一足先にお家へ帰ったので、今は亜里沙と二人きりだ。

 さっきから携帯の画面を見ながらニッコリと可愛く微笑んでいる。もしかしたら、今まさにメールのやり取りでもしているのだろうか。

「亜里沙」

「な~に?」

 声をかけたものの、明確な話題があるわけじゃない。

 どうしたものかと黙っていると、亜里沙から話を振ってきた。

「雪穂。あのね…………今日はいきなりごめんね?」

「え?何が?」

 突然謝られてしどろもどろになってしまう。すれ違った女の人に見られたのが少し恥ずかしい。

「その…………比企谷さんに…………」

「あ、ああ、気にしなくていいよ!」

「ひ、ひ、一目惚れなのかな…………」

 まじか。

 そんな気はしていたけれど、いざ本人の口から聞いてみると、やっぱ違うなぁ。

「雪穂は…………違うんだよね?」

「何が?」

「…………好きじゃないの?」

「もー、違うって言ってるじゃん」

 頬を膨らまし、しっかりと抗議する。

「でも…………雪穂も連絡先交換してたから」

「あれ?あれは…………そう!たまたま趣味が合って!お兄さん、読書が好きなんだよ!」

「そうなんだ!」

「あ、あと…………猫飼ってるんだよ!カマクラちゃんっていう可愛い子!」

「猫…………私、猫大好き!」

「ほら、小町ちゃんから送ってもらった写真!」

「ハラショー♪」

 ふう、何とか話を逸らした。

 いや、夢の中では…………。

 違う違う!今、そんな事考えちゃダメ!!

「雪穂、どうしたの?頭を振って?」

「何でもない、何でもないよ!」

「それより雪穂、来週比企谷さんの家の猫見に行こうよ!」

「え、ええ!?そんないきなり!」

「猫可愛いよ?」

「可愛いけどさ…………」

「それに…………」

「?」

「初めて…………だから」

 顔を赤らめ、伏し目がちになる亜里沙は文句なしに可愛い。でも、何だろう…………このモヤモヤは。

「応援…………してくれる?」

「え?」

 亜里沙の懇願するような目には、不安と戸惑いが見てとれる。初めての恋に怯えているのかもしれない。

 私の返事は決まっていた。

「もちろんじゃん!任せて!」

「ありがと~♪」

 がばっと抱きつかれる。

「く、苦しいよ…………」

 きっとこの暑い時期に亜里沙が抱きついているからなんだろう。

 この胸に何か詰まって引っかかる感覚がするのは…………。

 

 その日の夜。

 読書の世界に没頭していると、電話の呼び出し音が静寂を切り裂いた。

「誰?…………え?」

 お、お兄さん?

 






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虹の彼方へ



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 ど、どうしたんだろう?こんな時間にメールじゃなくて電話なんて…………。

 亜里沙は先輩に電話したのかな?

 二つの考えで思考回路がごちゃ混ぜになりながらも、黙ってお兄さんの言葉を待つ。

「あー、そっちに小町が学生証忘れたかもしれないって言ってんだけど、どっか落ちてないか?」

「へ?」

 我ながら間の抜けた声が出た。

「いや、何故かわからんが小町が私服のポケットに突っ込んでたのを落としたらしくてな。今日行った所を当たってみようと思って…………」

「ちょっと待ってくださいね」

 茶の間に行って、室内を見渡す。

「あっ!」

 テーブルの上のお煎餅の隣に手帳らしきものが置いてある。

「ありましたよ!よかったですね」

「ああ、そうか。じゃあ明日取りに行くわ」

「わかりましたー…………って明日!?」

「あ、ああ…………忘れ物取りに行くだけだし」

「で、ですよね」

「もしかして都合が悪かったか?5分もかからないと思うけど」

「いえ、大丈夫ですよ!駅に着く頃に連絡してください」

「ああ、わかった」

「それじゃあ、失礼します!」

 お兄さんの返事が聞こえる前に電話を切ってしまう。

 …………失礼だったよね。

 何やってるんだろう、私。

 また自分の意識に深く入り込もうとしたところで、電話が鳴る。今度は誰だろう?

 自分の部屋に戻りながら確認すると、画面には『絢瀬亜里沙』と表示されている。

 少しだけギクッとする。何も後ろめたい事はないはずなのに。

「もしもし、どうしたの?」

「雪穂…………どうしよう」

 真剣な声音に、思わず緊張感が走る。あまり音を立てないように部屋のドアを閉め、先を促した。

「何があったの?」

「実は…………」

 ベッドに腰を下ろし、シーツをきゅっと握り締めた。

「比企谷さんにどんな話すればいいかわかんないの!」

「…………はい?」

「比企谷さんに電話しようとしたんだけど、何言えばいいのかわからなくて…………」

 思わずずっこけそうになった。さっきまでの緊張感を返して欲しいよ。

「まずお兄さんに好きな物聞いたりすればいいんじゃないかな?」

「うん…………」

「まだ亜里沙はお兄さんの事、何も知らないんでしょ?」

「…………」

「なら、まずお兄さんの事を知って、本当に好きかどうか確かめた方がいいんじゃない?」

「雪穂……大人だね」

「そんな事ないよ」

 少し恋愛に対してドライなのかもしれない。中学生なら対して話した事もない相手に告白するなんてよくある事だ。別に不誠実とも思わない。ただ私がそうしないだけ。

「わかった!そうしてみる!あ、それと明日は空いてるかな?」

「ごめん、明日は店番頼まれてて…………」

「そっか。じゃあ、またね!」

「うん、また…………」

 電話を終えた私は仰向けになり、天井を見ながら、明日の事を考えた。






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innocent world


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 日曜日。

 本来なら明日からのだるい学校生活に向け、束の間の休息を堪能する日なのだが、とある事情で朝から秋葉原に来ていた。

『ごめ~ん。小町、どうしても外せない用事があってさ。お兄ちゃん取ってきてくんない?お願い♪』

 本当に腹立つな。何であんなに可愛いんだよ。俺の妹があんなに可愛いわけ…………あるか。

 溜息をつきながら穂むらの扉を開ける。

「いらっしゃいませ~!あ、お兄さん」

「おう」

 高坂が白い割烹着のようなものを着て、商品整理をしている。こういう普段のイメージとギャップのある恰好っていいよね!まあ、そこまで普段の高坂を知らないんだけど。

「ちょっと待ってくださいね」

 高坂がこちらに背を向けると、最後の仕上げか、一気に大きめの箱をいくつか持ち上げる。

「…………大丈夫か?」

「平気ですよ。このぐらい」

 しかし、案の定バランスを崩す。

「わわっ!」

「っと…………」

 すんでのところでに荷物を支える。そこそこの反射神経に感謝感激。そのまま一人で抱える。

「すいません…………」

「…………どこに運ぶんだ?」

「あ、こっちです」

 高坂に案内され、お客様侵入禁止のエリアへと入っていく。

「あら、比企谷君?」

「…………どーも」

 高坂母は、俺が入ってきた事にキョトンとしていたが、箱を抱えているのを見て、理由を察したようだ。

「ごめんねぇ。お客様に手伝わせちゃって」

 そう言いながらニヤニヤ意味ありげな視線を送るのはやめてもらえませんかねぇ。

 とりあえず華麗にスルーして、高坂の指示通りににもつを置く。

「ありがとうございます!助かりました!」

「ああ…………」

「やっぱり男手がある方がこういう時に楽よね~。あなたもそう思うでしょ?」

「…………ありがとう」

「い、いえ」

 いかにもな職人オーラをバシバシ放つ高坂父の威厳ある低い声に身構えてしまう。怒鳴られたら震え上がってしまいそうだ。

「じゃあ、俺はこれで…………」

「あ、これ…………」

 高坂から小町の学生証を受け取る。ミッションコンプリート!

「ちょっといい?」

 高坂母にがしっと肩を掴まれる。

「お母さん?」

「な、何でしょうか?」

 嫌な予感がする。そして大抵の場合、その予感は的中する。

「比企谷君、今日は暇?」

「いやー、どうでしょう」

 あると言っておけばいいものを、何故か都合のいい嘘がつけない。正直者が損をする世の中です。

「よかったら力仕事を手伝ってほしいんだけど…………どう?」

「…………」

 いつの間にか、高坂父も帽子を取り、頭を下げている。

「外も雨だし…………」

 窓に目を向けると、確かに雨が降り出していた。いつまでも降りそうな6月の雨。まあ、こんな日もある。

「わかりました…………」

 諦めたような俺の返事に、隣で高坂が小さく微笑んでいた。





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one two three

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「じゃあ、これを上の棚に直してもらえる?」

「はい」

「これは全部倉庫にお願いね」

「はい」

「あと、床を掃いてきてもらえる?箒はそこにあるから」

「はい…………」

「へえ」

 お兄さんの意外な姿に感心してしまった。

 お母さんの強引すぎる誘いに応じた事もそうだけど、嫌な顔一つせずに、黙々と仕事している。

 掃除を頼まれた時は、「あれ、力仕事だけじゃないの?」って表情だったけど、手早くすませてるし。

「…………どうかしたか?」

 気がつけば、じーっと見てしまっていたらしい。

「あら、ごめんねぇ。雪穂ったら、男の子がいるから緊張してるのよ」

「そ、そんな事ないし!」

 この母親、何言ってんの!?

 厨房でお父さんが餡子を握り潰してしまったのは、スルーしておく。

「違うの?」

「違うよ!」

 急いで仕事に戻ろうと思い、駆け足で足を踏み出すと、いきなり速く動いたからか、脚がもつれてしまった。

「わわっ」

 転ぶかと思ったが、誰かに受け止められる。

「…………大丈夫か?」

「は、はい…………」

 私はお兄さんの胸にすっぽり収まっていた。

 さらに、両肩にはお兄さんの手が置かれている。

 伝わってくる体温は、こんな季節でも温かいと思えた。鼓動がほんの僅かだけ速く波打つ。

 でもすぐに我に返った。それと同時に、亜里沙の顔が脳内にちらついた。

「わ、私、店番してるから!」

 顔が熱くなっているのを感じながら、私はその場から逃げるように走り去った。

 

「ふぅ…………」

 私ってば何やってんだか。

「高坂」

「うひゃあ!」

 思わず飛び跳ねる。

「ど、どうした?」

 私のリアクションに軽く引いているようだ。

「何でもないです何でもないです!」

「そ、そうか…………」

 お兄さんはそのままカウンター裏に商品を補充していく。

「…………昨日、亜里沙から電話ありました?」

「いや、ない」

 即答された。

 そっか。亜里沙、電話しなかったのかー。

 そっかぁー。

 …………いや、別にどうでもいいんだけどさ。

「それがどうかしたのか?」

「いえ、別に…………」

 自分から聞いておいて、会話をざっくり切ってしまった。失礼だったかも。

 でも、お兄さんは特に気にした様子もなく、黙々と仕事を続ける。これはこれで腹立つなぁ。私だけが変に意識してるみたいじゃん。

 すると扉が開けられ、お客さんが入ってきた。

「いらっしゃいませ-!」

「い、いらっしゃいませ…………」

 お兄さんはぼそっと呟いて、中へ逃げていった。

 スムーズに会計を済ませ、お客さんが出て行くと、お兄さんは何事もなかったように戻ってきた。

 そして、再び作業を始める。

「今、逃げましたね?」

 私の言葉にぴくっと反応した。

「な、何の事でしょう…………」

「接客苦手ですか?」

「聞かなくてもわかるだろ…………」

 確かに。ただ苦手というより嫌いと言った方が正しいかもしれない。

「じゃ、じゃあ、私が教えてあげます!」

「いや、俺は裏で…………」

「ダメです!お兄さんの将来の為にも、私が接客を教えてあげます!」

「あ、ああ…………」

 もはや自分で何を言っているか、わからなかったが、お兄さんは渋々了承してくれた。

 ちょうどいいタイミングでお客さんが入ってきそうだ。扉が開き出す。

「じゃあ、私に続いてください。いらっしゃいませ-!」

「いらっしゃいませ-」

「雪穂-!お仕事頑張ってるー?…………比企谷さん?」

 そこには、キョトンとした顔の親友・絢瀬亜里沙がいた。




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君の事以外何も考えられない



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「比企谷さん…………」

 亜里沙が比企谷さんを注視している。まるで、現実のものか確かめようとしているみたいに。

 やがて、一歩二歩と距離を詰め、その肩に触れる。そして、その顔を覗き込んだ。

 一方、比企谷さんは少し頬を染め、されるがままになっている。ああ、もう、何やってんのよ!デレデレしちゃって。

「本当に比企谷さんだ!」

 ようやく本物と確信したのか、ピョンピョン飛び跳ねる。クラスの男子が見たら、嫉妬で震えるだろう。

「ど、どうした?」

 至近距離で跳ね回る亜里沙から目を逸らしながら、お兄さんが亜里沙に尋ねる。多分、本人も何を尋ねているのか分からないと思う。

「まさか、会えるなんて思ってなかったから!」

「そ、そうか…………」

「あ、亜里沙はどうしたの?いきなり…………」

「頑張ってる雪穂を応援しようと思って!!」

「あ、ありがとう…………」

 何やら紙袋を手渡される。

「これ何?」

「ふっふっふ…………」

 亜里沙は腰に手を当て、凄まじいドヤ顔をする。

「私の得意料理、ピロシキだよ!!」

「へえ~」

 素直に感心してしまう。親友に料理の趣味があるとは思わなかった。

「よかったら比企谷さんもどうぞ!」

「おお…………ありがとな」

 お兄さんの言葉に嬉しそうに身を捩る亜里沙。恋する乙女の初々しいリアクションが微笑ましい。

「あら、亜里沙ちゃん」

 お母さんがひょこっと顔を出す。

「こんにちわ!」

「こんにちわ。雪穂と比企谷君、休憩入っていいわよ。お昼ご飯用意してるから」

「あ、どうも…………」

「亜里沙ちゃんも食べてく?」

「あ、私は家で食べてきましたから」

「じゃ、二人共。お茶淹れるから」

 ちょうどいい機会だ。ここで二人が仲良くなればいい。

 突然の事とはいえ、亜里沙に教えようとしなかった自分とその事を責められたらどうしよう、なんて考えている自分に自己嫌悪を感じた。

 

「「いただきます」」

 高坂母が用意してくれた昼食は、焼き鯖を中心とした和食だった。久しぶりの労働で疲れた体に、大根の入った味噌汁の温もりが染みる。たまには労働も悪くないかもしれん。たまには。

「…………」

 絢瀬がさっきから、こちらをじぃ~っと見てくる。

 食事中に見られるのって、結構落ち着かないんだけど…………。とはいえ、そんな子犬みたいな目で見られたら、文句も言えないので、スルーしておくしかない。

「亜里沙、そんなに見ちゃ失礼でしょ?」

「あ、ごめんなさい」

 高坂、ナイスアシスト!中学時代の俺なら惚れてた。そんでフラれてた。

「よかったら、これも一緒に…………」

 絢瀬が紙袋から、いそいそとピロシキを取り出す…………ピロシキ?

 そこにあったのは、某アニメのパンのように、虹色に輝く何かだった。 






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Monster


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「…………」

 うっすらと目を開ける。

 あれ?俺、何で眠ってんだ?

 畳の感触に心地良さを感じながら、意識が徐々にはっきりしてくる。まず目に入ったのはテレビ台だ。時計を見ると、一時間くらい眠っていたらしい。続いて、口の中に妙な後味が残っている。何だこれ…………。

 数秒考えて思い出した。そういや、食後に絢瀬の持ってきたレインボーピロシキを食ってから…………。

 まじか。つーか、虹色に輝いてる時点でやばいとはおもっていたんだが。由比ヶ浜の木炭クッキーを凌ぐ大ダメージを負ってしまった。しかもこれは、本人がいい子すぎてツッコミにくいパターン。例えば姫路さんみたいな。

 目の前で右手を開いて閉じてを繰り返す。よし、何ともない。今ならこの幻想をぶっ壊せそうな気がする。

 まあ、人の家でがっつり熟睡するのも申し訳ない。それにそろそろ仕事に戻った方がいいだろう。

 そう思いながら寝返りを打つと、高坂の顔がそこにあった。

「…………」

「すぅ…………すぅ…………」

 鼻と鼻が触れ合いそうな距離に、驚きで目を見開く。

 普段の言動から大人びて見える高坂はそこにはいなくて、年相応のあどけない寝顔がそこにあった。

 規則的な寝息が、こちらの唇を熱くくすぐっているのに気づいて、ドキリと心臓が跳ね上がる。そのぐらい近い距離に赤みを帯びた高坂の唇があった。

 本来ならすぐに顔を背けるべきなのだろうが、体が上手く動かない。別にレインボーピロシキのせいではなく、どこか自分の意思が混じっているようにも思える。

「ん…………」

 ゆっくりと高坂の瞼が開き、瞳が俺を捕らえた。

「八幡さん……」

「は?」

 聞き慣れない呼び方に思わず聞き返してしまう。俺を名前で呼ぶ奴なんて片手で数えられる。

「…………え?」

 高坂の表情が固まる。ようやく目が覚めたようだ。そして、俺も冷や汗をかく。数秒前の俺をぶん殴りたい。

 そのまま見つめ合うこと数秒、次第に高坂の顔が赤くなる。

「~~!」

 その変わった呻き声を合図に、二人して寝返りを打った。

 

「お兄さん」

 呼び方が戻っている事に安堵しながら高坂を見ると、ジト目で睨まれていた。

「どした?」

 何事もなかったかのように訊ねる。

「私の寝顔見ました?」

「…………しゅこし」

 失礼、噛みました。

 だが、高坂はどうでもいいようで、恥ずかしそうに俯く。

「…………高坂も食べたのか?あれ」

 とりあえず話題を変える。お互いに気まずい思いをしても、仕方がない。

「あ、はい……」

 高坂は、レインボーピロシキだけに色々と思い出したのか、疲れた表情になる。

「何、使ったんだろうな…………」

「あはは…………」

 話していると、ガラリと戸が引かれた。

「あら、あなた達。やっと起きたの?」

「すいません…………」

「いいのよ!今日は暇そうだし」

 高坂母は笑いながらひらひら手を振る。

「あれ?亜里沙は…………」

「あ、雪穂、比企谷さん。おはよー!」

 高坂母の後ろから、ひょっこり出てきた絢瀬は穂むらの仕事着を着て、元気な挨拶をしてきた。

「びっくりしたよ~。ピロシキ食べ終わったら、二人共寝ちゃうんだもん」

「…………」

「…………」

 俺と高坂は苦笑いを返す事しかできなかった。





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LOVE



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「助かったわ~。ありがとう、比企谷君」

 お母さんが、自分より目線が高いお兄さんの頭をぽんぽん叩く。だから近いって。お兄さん照れてるじゃんか。

「亜里沙ちゃんもありがとね」

 亜里沙の頭も同じようにぽんぽん叩く。目を細める親友に、どこかほっこりした気持ちになった。

「じゃ、失礼します」

 帰り仕度を整え、伸びをしたお兄さんが気だるげな足取りで帰ろうとする。

「あ、比企谷君!亜里沙ちゃんも!お給料払うから待って!」

「いや、金貰う程の事は…………」

「私も…………」

「他人様の子をただ働きなんてさせられないわよ」

「…………」

 お母さんの言葉にお父さんも大きく頷く。

「ね、二人共。ここは親戚のお店を手伝ってお小遣いをもらったと思えば…………」

「確かに雪穂が比企谷君と結婚すれば親戚ね♪」

「…………!」

「ゆ、雪穂!や、やっぱり雪穂も!」

 あぁ~もう!また何か始まった!違うって言ってるのに!お父さんもまた餡子握りつぶしてるし…………。

「い、いや…………俺は…………」

「照れなくていいのよ~」

「だ、ダメですよ!比企谷さんが困ってるじゃないですか!」

「…………!!」

「たっだいま~!あっ!亜里沙ちゃんに比企谷君だ!やっほ~!」

 この状況でお姉ちゃんが帰ってきた!

「あ、穂乃果さん!」

「おう」

「亜里沙ちゃんはいつも可愛いね~!それに引き換え、比企谷君は元気なさすぎ!」

 お姉ちゃんはお兄さんの背中を、手の平でバンッと力強く叩く。

「って!!つーか、絢瀬が可愛いのと俺が元気がないのは関係ねーだろ」

「あるよ!周りの空気とか!」

「…………」

 お兄さんはお姉ちゃんの言葉に絶句しながら、その距離の近さを意識して目をそらす。

「あらあら、これはこれで…………ね、雪穂♪」

「これは…………強敵かも」

「…………!!!」

「だぁ~~!もう、比企谷さんが困ってるでしょ~!」

「あ、雪穂。今、比企谷さんって!」

「い、今はそんな事はどうでもいいでしょ!」

「…………は、入り込めん」

 

 やっとのことで給料の受け渡しが終わり、私は二人を見送る為に玄関にいる。…………仕事よりさっきのやり取りの方が疲れたんだけど…………。

 お兄さ…………比企谷さんと目が合い、つい逸らしてしまった。何を意識してんだろ、私。いきなり呼び方変えたり…………。

「雪穂」

 亜里沙が小声で話しかけてくる。心なしか顔が赤い。

「どうしたの?チャンスじゃん」

「雪穂も一緒に来ない?」

「な、何で?」

「…………」

 この表情で理由を察してしまった。私は小さな溜息をつき、玄関の戸を開ける。雨はもう上がっていた。






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Any



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「カマクラちゃんって普段どんな感じなんですか?」

「…………俺にはあまり懐いていない」

「へえ~、まあ猫ってそういう所も可愛いですよね」

「ま、そうだな。餌が欲しくて寄ってくる時とかな」

「いいなあ…………猫」

 さっきからこんな感じで私と比企谷さんばかりが話している。亜里沙に話は何度もふっているのだが、「そうだね!」とか「う、うん!」とかばかりで、会話らしい会話に発展しない。これじゃあ、どっちがサポートかわからない。てゆーか、比企谷さんも亜里沙に少しぐらい声かければいいのに。こんな可愛い子から好きになってもらえるなんて、なかなか無いことだよ?まあ、気づいてないんだろうけど…………。

「あ、あの!」

 何の前触れもなく亜里沙が大きな声を出すから、体がビクッと跳ねそうになる。

「ど、どうした?」

 比企谷さんも驚いたようだ。その表情と仕草が微笑ましい。

「今度の土曜日、雪穂と一緒にカマクラちゃんの家に遊びに行っていいですか!?」

 よく言った、と褒めたい所だけどなんか惜しい!てゆーか私が一緒に行く事になってる!

「あ、ああ。別にいいけど」

「雪穂、よかったね!」

「え?う、うん!」

 だから、これじゃあどっちがサポート役かわからないってば!

 

 和気藹々(?)とした会話をしている内に、駅へと到着した。雲の合間の空を見て、少し日がながくなったんだなぁと実感する。

「それじゃあ、今度連絡しますね!」

「おう、お前らも気をつけて帰れよ」

「比企谷さん。今日は本当にありがとうございました」

「まあ、そんな大した事はしてないけどな」

「今度は接客もちゃんとしてくださいね」

「次があるのかよ…………」

「ふふっ、どうでしょう?」

「むう…………」

 亜里沙が頬を膨らませたのを見てはっとなる。今のは私のミスだ。

「比企谷さん、亜里沙の割烹着姿もよかったですよね!看板娘みたいで!」

「え、え?」

 私の言葉に亜里沙が驚く。少し強引だったかもしれない。

「…………まあ、確かに…………いいと思う」

 それだけ言い残して、比企谷さんは足早に改札を通り抜けていった。照れてるのかな?

「ゆ、雪穂!聞いた!?今、ものすごく可愛いって!」

「落ち着こうね、亜里沙。そこまでは言ってないから」

 親友の頭を撫でながら落ち着ける。

 気持ち良さそうに目を細めるのを見て、自分もほっこりした気分になった。

 …………仮に、私が同じような事を言われたら、私はどんな気持ちになったんだろう?

 もう比企谷さんの背中は見えなかった。

 

 東京から千葉へと流れていく景色を窓越しに眺めながら、上手く働かない思考回路に戸惑っていた。

 まだ口元に高坂の吐息の熱が残っている気がして落ち着かない。それに間近であんな寝顔を見せられたら、どうやっても深く記憶に刻まれてしまう。

「…………」

 無理やり意識を外の風景に持っていった。

 このまま考えていたらやばい事になりそうだった。

 何がやばいのかは自分でもわからない。






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youthful days



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「お兄ちゃーん!起きて-!」

「あと5分…………」

「はいはい。そんな定番のセリフはいいから」

 小町は無情にもカーテンを開け、日光が部屋の中に降り注ぐ。ああ、体が溶ける~…………。

「どうしたんだよ…………。今日は土曜日だろ…………」

 次に月曜日を控えている日曜日と違い、土曜日は気兼ねなく惰眠を貪れる貴重な休日なのだ。ただの休日とは違うのだよ。

「今日は雪穂ちゃんと亜里沙ちゃんがウチに来るんだよ。忘れたの?」

「…………」

 わ、忘れてなんかないよ?ハチマン、ウソ、ツカナイ。

「はぁ~。いいから早くシャワー浴びてきて。着替えは置いとくから。二人が来るのにその恰好じゃみっともないでしょ」

「え?俺、出かけた方がよくない?」

 女子会に男が入っても仕方ない。手持ち無沙汰になるくらいなら、図書館にでも行って時間を潰した方がマシだ。

「…………まったく。相変わらずゴミぃちゃんは…………」

「?」

「はいはい。そんなお兄ちゃんでも見捨てないでいてあげるから。早く準備してきて。あ、今の小町的にポイント高い♪」

「へいへい」

 今日も今日とて、妹に主導権を握られるシスコンっぷり。これ八幡的にポイント高い。

 

 客を迎える準備を整え、ソファーでくつろいでいると呼び鈴が鳴った。

「お兄ちゃん、行ってきて!」

「俺かよ…………」

 のろのろと起き上がり、よたよたと玄関まで行く。学校やバイトならこのまま逃げ帰るところだが、生憎ここはマイホーム。俺の帰る場所はここしかない!やだ何この格好いいフレーズ。

 扉を開けると、高坂と絢瀬が並んで立っている。

「おう」

「こんにちわ」

「ふ、ふつつか者ですが、よろしくお願いします!」

「「…………」」

 おや、のっけからいいパンチきましたよ?おかげで目が覚めた。

 よく見ると、高坂は肩も露わなタンクトップに脚も露わなホットパンツ。絢瀬もミニスカート。…………ちと無警戒すぎやしませんかね。

 しかも、絢瀬はポニーテールにしている。これがまた破壊力抜群だ。スポーティなイメージのあるポニーテールに、絢瀬の快活な表情が相まって、健康的な魅力が溢れている。何かもう爽やかさが天元突破して、すごいニアってる。

「…………」

「どした?」

 高坂がじぃーっとこっちを見ている。

「いえ、別に…………」

 ぷいっとそっぽを向いてしまった。

 

「わぁ、可愛い~♪」

「カマクラちゃ~ん。よしよし♪」

 初対面の二人にカマクラはされるがままになっている。…………俺の時と態度違いすぎねーか、こいつ。ここにこの家の長男がいますよー!

「おとなしいんですね」

「動くのが面倒くさいだけだろ」

「お兄ちゃんと一緒だね」

「…………否定できねぇ」

「肉球柔らか~い」

 高坂のむき出しの脚に横になり、絢瀬に肉球を触られるカマクラ。この二人のクラスメートが見たら、きっと羨ましがるだろう。俺も…………ごらむごらむけぷこんけぷこん。

「にゃ~」

 あぁ、ほっこりするなぁ。花の中3トリオは天使なので、見ているだけで癒される。いい休日になりそうだ。

 しかし、俺は…………いや、誰も知る由もなかった。

 この後の騒動が今後の人生を左右する一大事になるという事を。

 






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youthful days ♯2


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 さすがに猫とじゃれ合うだけではすぐにやる事もなくなるし、何より気まぐれなうちの猫は飽きてどっか行くだろう。…………あれ?カマクラさ~ん?

「ふふっ。寝ちゃいましたね」

 カマクラは高坂の膝枕ですやすや寝息をたてている。身長の割にスラリと伸びた、白く弾力のありそうな太ももが気に入ったのだろうか。…………男ってやっぱりバカばっかだな。

「悪い。うちのバカ猫が」

「だめですよ。バカ猫なんて言っちゃ。こんなに可愛いんだから」

「あまり俺には可愛いところ見せないけどな」

 俺がそう言いながらカマクラを撫でるのを高坂は微笑みながら見ていた。

「カマクラちゃん温かいですね」

「まあ、確かに…………」

 今気づいた。俺は高坂の太もも辺りに寝ているカマクラを撫でている。つまり、俺の手と高坂の太ももがかなり近い位置にあるという事だ。俺の高感度センサーが危険を察知した。

 心中の焦りを高坂に悟られぬよう、そっと手を離す。

 危ない危ない。ちなみにリトさんならここでラッキースケベ発動していたはず。…………いや、あの人はどこでも発動するか。

「むぅ。なんか家族みたい」

 絢瀬がジト目でこちらを見ている。

「何がだ?」

「二人が夫婦でカマクラちゃんが子供みたい…………」

 な、な、何言ってるんですかね?この子は。

 だが、俺が何か言うよりはやく反応した奴がいた。

「な、何言ってんのよ亜里沙!」

「だって、本当なんだもん」

「ない!絶対ないから!」

 あれ?なんか今チクリときましたよ?やってもない事をチクられて心に傷を負った事はあるが、それとは質の違うダメージだ。いや、わかってるんだけどね。

「本当に~?」

「本当だってば!」

 絢瀬にはどこかからかうようなニュアンスがある。ていうか本人目の前にしてやめてくんない?高坂が顔を赤くしてチラチラこっち見てくるのが心臓に悪いんだけど。

 だがこれだけでは終わらなかった。

「残念だったね比企谷さん。で、でも心配しないで」

 俺の隣にきた絢瀬は覚束ない動作で、俺の腕に自分の腕を絡める。

「な、な、何なら亜里沙がお嫁さんになってあげようか?」

「…………」

 右腕に発展途上の膨らみが当たるのを感じながら、顔を逸らす。え?何これ。ドッキリなの?実はそろそろその辺から材木屋が出てくんじゃねえの?あれ、材木屋で合ってるよな?どうでもいいけど。

 そして、顔を逸らしたせいで今度は高坂と目が合う。高坂は目を伏せ、なんとも言えない顔をしている。

 ひとまず俺がやるべきは絢瀬を振り払うか、雑念を振り払うかだ。うん、満場一致で雑念さんに退場していただこう。別に?雑念さえなければこの発展途上の膨らみも甘い香りも気にならないし?よし、戸塚戸塚戸塚戸塚戸塚…………。

「お兄ちゃん、モテモテだねー♪」

 そう言いながら、小町が後ろから抱きついてくる。さすがにこれは別に何ともない。むしろ頭が冷めてきた。

「別にそんなんじゃねーよ」

 男子にスキンシップをやたらしまくる女子は中学時代にも見かけた。きっとあの類いだ。いや、違う。絢瀬はそんなビッチキャラじゃないはず!だってこんなにポニーテールが似合うんだもん!

「な、なあ、そろそろ離れてくれると…………」

「う~ん、どうしよっかな~」

「あ、亜里沙。比企谷さんに迷惑かけちゃダメでしょ?もう…………」

「迷惑…………ですか?」

「いや、迷惑ではなく、なんと言いましゅか…………」

「あ、噛んだー♪」

「むぅ…………」

 高坂が怒ったような表情になる。…………俺のせいじゃないよな?

「じゃあ、条件があります!」

 近い!顔近い!

「な、何だ?」

「あ、亜里沙って呼んで?」

「いや、さすがに…………」

「ダメ~♪」

 ぎゅうううっと腕が締まる。くっ、この程度で!負けてたまるか!

「あ、亜里沙!」

「ついでに雪穂も名前で呼んで♪」

「な、な、何でそうなるの!?」

「何でだろうね♪」

「…………」

 俺を挟んで言い合いするのはやめていただきたいのだが…………。





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youthful days ♯3

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「…………あ、亜里しゃ」

「はい♪」

「……………………雪穂」

「は、はい」

「お兄ちゃん!小町は?小町は?」

「ああ、小町」

「うえー、なんかテキトー」

 三者三様のリアクションを見届けながら、溜息を吐く。くっ、こんなにあっさりファーストネームで呼ぶ事になるとは!でも誘惑されたんだから仕方ないよね。だって男の子なんだもん!

「じゃあ、私も今から八幡さんって呼びますね」

「…………」

 そう呼んでいいのは戸塚だけだ、と丁重にことわろうとしたが、まだ腕がホールドされているので逆らえない。約束が違うじゃないかよう…………。

「八幡さん!」

「…………」

「ぎゅうううううっ♪」

「は、ひゃいっ!」

「…………デレデレしすぎだよ、もう」

 高坂がぼそっと何か呟いたが、今はそれどころではない。このままでは理性が持って行かれる…………とまではいかないが、あまり精神的によろしくない。

「な、なあ、そろそろいいか?」

「しょうがないなあ~」

 本気の懇願が伝わったのか、ようやく離れてくれる。

 …………いざ離れていくとやっぱり寂しいような気がする。何このツンデレ。そうか、俺はヒロインだったのか。 

 おかしな事になっているが、奉仕部に入ってから振り回されるのには慣れている。材木座の小説読まされるよりは百倍はマシ、いや比べるのも失礼か。中学時代の俺なら好きになっていたところだ。

「ま、まあ、ファーストネームで呼び合うくらい、なんでもないか」

「あはは…………比企谷さん。頑張ってください」

「雪穂、呼び方違う!」

「え?」

「八幡さん、でしょ?」

「え?わ、私も?」

「当たり前だよ!ほら早く」

 キョトンとしている雪穂に亜里沙は異論を許さない。

 高坂は

「…………八幡さん」

「お、おう」

「…………」

「…………」

 沈黙がふわふわと漂い、リビングが何とも言えない気恥ずかしい空気に支配される。どこかへ追いやろうとして無理矢理口を開こうとしても、言葉が出てこない。

「うん、二人共いいよ♪でも、少し見つめ合いすぎ!」

 絢瀬…………亜里沙の言葉に反応して、視線を何も映っていないテレビに向け、気持ちを落ち着ける。えーと、リモコンリモコン。左手でソファーの上にあるものを掴んだ。

 そして手に取った物をテレビに向けるが反応しない。あれ?…………ってこれは…………

「「「「…………」」」」

 俺が握っていた物はリモコンではなく、高坂の右手だった。高坂は頬を紅く染め、繋がれた手を見ている。

「あ、あの…………」

「わ、悪い!」

「お兄ちゃん、何やってんの…………」

「さすがにこれはダメ!」

 顔が熱くなるのを意識しながら、俺は台所へ行き、MAXコーヒーを1本、一気飲みをして気分を落ち着けた。  

 

「昼飯どうする?」

「皆で作るっていうのはどう!?」

 小町が唐突な提案をしてきた。

「あ、私得意だよ!」

「私も…………できなくはないですね」

 まじか。俺も専業主夫志望として見習わなくてはいけない。

「材料あんのか?」

「あー、冷蔵庫何もないから買い物行くしかないね」

「じゃあ、行くか」

「私はお留守番してるから3人で行ってきて♪」

「お前…………楽しようとしてないか?」

「だって亜里沙ちゃんや雪穂ちゃんにお留守番させるわけに行かないし、男子がいた方が荷物持ってあげられるでしょ?」

「まあ確かに」

 小町にしては正論だ。

「じゃ、行くか」

 こうして女子二人を連れて、食材集めをしに行く事になった。こう言えばなんか冒険っぽい。大して意味はないが…………どうやらさっきのをまだ引きずっているみたいだ。

 

 さっきから亜里沙ってば一体何考えてるの?これじゃ、立場が逆じゃん…………。

 私は無垢な笑顔の親友の気持ちが全くわからなくなっていた。




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youthful days ♯4


 お待たせしました!

 それでは今回もよろしくお願いします!


 

 休日という事もあり、スーパーマーケットは沢山の客で賑わっていた。はしゃぐ子供を叱りながらテキパキと食品を選ぶ家族連れ。のんびりと店内を見て回る老夫婦。弁当を見ているスーツ姿の女性。様々な目的を持った人々で溢れていた。

「ん~、何作ろっか?」

「オムライスにしましょうか?」

「わかった!ロシア風レインボーオムライスだね!」

「「…………」」

 困り顔の雪穂とアイコンタクトを交わす。

(おい、またレインボーなんて言ってるぞ)

(しかもアレ、ロシア風なんですね……)

(いや、違う。絶対にロシアは関係ない)

(ですよね……)

(アレは絶対に回避しよう)

(はい。私も全力を尽くします)

(俺はカゴを持つ)

(私は食材を選びます)

 おそらく、伝わった……か?

 雪穂と頷き合い、それぞれのポジションにつく。亜里沙は……何故かスパイスのコーナーから出てきた。おい、いつの間に……何を持ってるのかな?それがこの前のレインボーの元ですか?だとしたら、さり気なく棚に戻しておかねばなるまい。

 と、とりあえずミッションスタート。

「じゃあ、玉ねぎを」

 雪穂が玉ねぎをカゴに入れる。

「じゃあ、らっきょうを」

 亜里沙がらっきょうをカゴに入れる。

「…………」

 俺はらっきょうをこっそり棚に戻す。この子はどうやって食材を選んでいるのかしら。

 これを繰り返さなきゃならんのか。いや、いっそはっきり事実を突きつけて……

「なあ、亜里沙……お前の料理な……」

「はい?どうかしましたか?あ、もしかしてこの前のピロシキ、お口に合わなかったですか?」

「…………すごく楽しみだ」

「ありがとうございます!私、頑張りますね!」

「ああ」

「…………ふん。デレデレしすぎ」

「……っ」

 足に激痛が走る。

 見てみると、雪穂に足を踏まれていた。

「ゆ、雪穂……?」

 振り返ると、すぐそこに雪穂の顔があった。……すっごいジト目で睨まれている。

 そして、ひそひそ話のように小声で小さな怒りを俺の耳に吹き込んでくる。

「目的忘れたんですか?またレインボーされたいんですか?」

「……わ、悪い。気をつける」

 その後はこっそりスパイスを棚に戻したり、何故か入っていたかき氷シロップを棚に戻したり、隠密行動を繰り返しながらレインボー回避の為に全力を尽くした。

 

「よ~し、お腹も空いたし早く帰ろう!」

「あ、ああ……」

「あはは……そうだね」

 第一関門はクリアした。

 あとは調理さえしっかりすればいい。

 亜里沙が由比ヶ浜のような木炭製造機じゃない事を切に願いながら、再び夏の陽射しが照りつける道を引き返した。

 

 





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youthful days ♯5


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 無事に買い物を終え、家へ帰った俺達はさっそく料理を始めていた。手を洗い、材料を並べ、雪穂と頷き合う。

 いよいよ第二関門の始まりだ。

「お兄ちゃん、頑張って!」

 亜里沙のレインボーの破壊力……そもそもレインボーを知らない小町は呑気に傍観を決め込んでいる。……こいつの分だけ亜里沙に作ってもらおうか。

 由比ヶ浜にはズバッと言えたのだが、ここまで亜里沙ちゃん、マジ天使!な可愛さがあると、俺の精神をもってしても事実を告げるのに躊躇してしまう。

 いや、今はそんな事より早急に俺と雪穂で役割分担を済ませてしまおう。今日は無難にやり過ごす方向で。

「よし、じゃあ……」

「じゃあ私が野菜を切りま~す!」

「お、俺が切る!」

 さっそく来たが、ここはガード。

 その拾ってきた子猫が家で飼えないと言われた時のような表情に胸が痛むが仕方がない。後でお菓子を買ってあげるから笑って許して!

「じゃあ、卵を……」

「あ、あたしやるから!亜里沙は小町ちゃんとゲームでもやってて!」

 次は雪穂がガードに入った。

 表情から察するに、心の中で謝りまくっていそうだ。

 亜里沙が今度は落ち込むのではなく、怪訝そうな目を向けてくる。

「……どうしたの、二人共?」

 やばいな。少し露骨だっただろうか。やはりレインボーの正直な感想を言うしかないのだろうか。亜里沙の視線に緊張しながら、雪穂を横目で窺う。

 僅かな逡巡の後、意を決した彼女は予想外の事を言い放った。

「私……今、八幡さんと二人で料理が作りたいの!」

「は?」

「え?」

 驚く俺と、さっきまで話に入ってなかった小町が反応して、突然の停電のような静寂が訪れる。

 ごまかす為に言っているのは間違いないが、さすがにストレート過ぎて、顔が熱くなる。

 雪穂はほんのりと赤く頬を染め、一瞬だけこちらに目をやり、再び亜里沙に向き直った。

 それに対して亜里沙は…………微笑んだ。

「……二人がそんなに仲良くなってたなんて。ふふっ」

「あ、亜里沙?」

 亜里沙の予想外のリアクションに雪穂はポカンとしている。このやり取りには、俺では知り得ない二人だけの秘密のやり取りも為されている気がした。

「しょうがないなぁ~。じゃあ、今日は譲ってあげる」

「う、うん……ありがとう」

 何とか第二関門をクリアしたが、亜里沙の悪戯っぽい笑顔がやけに気になった。

 

 作業は順調に進み、俺はピーラーの便利さに感謝しながら、野菜の皮を剥き終えた。ひとまずボウルに入れておこうと手を伸ばすと……

「「…………」」

 同じボウルを取ろうとした雪穂の手と重なっていた。お互いにその手を確かめ、そして目が合う。

「わ、悪い……」

「いえ、こちらこそ!」

 お互いにぱっと手を放した。

 漫画とかだとあまりにもベタな展開だが、やはり自分の身に起こると対応に困る。触れたのは数秒なのに、やけに柔らかい感触が手に残っていた。

「じゃあ、雪穂がそっち使ってくれ……」

「あ、はい。ありがとうございます」

 そこにある気まずさか気恥ずかしさからか、この後二人して作り終えるまで、一言も話さなかった。





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エソラ

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「すごいね!二人共上手!」

 完成したオムライスを見て、亜里沙がぱあっと子供のような笑顔になる。ここまで喜ばれると、2割程度しか貢献していない俺としては心苦しい。……うわあ、青い目がキラキラしてる。この子、俺の事好きなのかしら?

「……冷める前に食べましょうか」

 雪穂が冷めた視線でこちらを見ながら言ってくる。さり気なく足を踏まれているのですが、これはわざとなんですかね。

「どうかしましたか?」

「い、いや、何でも」

 まあ、気のせいだよな。痛いけど。

 

「片付けは私がやりますから二人は休んでてね!」

 こちらが返事をするより早く、亜里沙は洗い物を始めた。

「な、何とか切り抜けたな」

「ええ、切り抜けました」

「……ごちそうさん」

「八幡さんも一緒に作ってくれたじゃないですか」

「いや、野菜の皮剥いたりとかしかしてないから……」

「いえいえ、それだけで十分ですよ。その辺に寝転がって『雪穂~、ご飯まだ~?』なんていう姉よりずっとマシです」

「そ、そうか。何か大変そうだな」

「そうですよ!おまけに食後なんて『雪穂~、お茶~』なんて言ってくるんですから」

「……簡単に想像できたんだが」

 今度からさり気なく小町の手伝いをするよう、心がけよう。

 

 その後は小町も交え、ゲームをしていたら、あっという間に時間が過ぎ、二人の帰る時間になった。

 小町に連れられ、俺も駅まで見送る事になった。

「今日は楽しかったです!ありがとうございます!」

「またこっちにも来てくださいね。それと、またカマクラちゃんを触らせてください」

「うん、またね~!……あと不束な兄ですがよろしく」

「じゃ、気をつけてな」

 珍しく休日に自宅で誰かと過ごしたせいか、この別れの時間も少し寂しい気分になる。こんな事はちっとも自分らしくないと知りながらも。

「あ、そういえば……」

 雪穂が何かを思い出したように呟いた。

「私達……宿題してない」

『…………』

 

 その晩、雪穂から電話があった。

「あ、あの、こんばんは!」

「お、おう、ど、どうした……」

「いえ、その……今日のお礼と言いますか……」

「そうか……いや、むしろこっちが言わなきゃいけない気がするんだが……」

「いえいえ、カマクラちゃんに触れただけで幸せなので」

「そっか……あいつも普段、あれぐらい愛想がいいと可愛げがあるんだからな」

「ふふっ。猫ってそこが可愛いんじゃないですか?」

「まあ、そうかもな」

「八幡さんもそういう所ありますよね」

「……どうだろうか」

「図星ですか?」

「そういや宿題やるの忘れてた」

「ふふっ。わかりました。それじゃあ、今日はありがとうございました」

「……こちらこそ」

 

 今日は夢で逢えるのだろうか。




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エソラ ♯2


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 ふわふわした感覚……。

 どうやら俺はまた夢の中にいるようだ。

 目の前には当たり前のように雪穂がいて、こっちを向いて微笑んでいる。

『八幡さん……』

『……どした?』

『また……逢えましたね』

『そう、だな』

 戸惑いながら頷くと、雪穂は頬を膨らませた。

『……あまり嬉しそうじゃない』

『いや、そんな事はない』

『じゃあ…………て』

『?』

『な、何でもありません!』

 やがて、ゆっくりと夢から覚めていった。

 

「七夕祭り?」

「うん!」

 亜里沙が笑顔で頷く。まだ日本に来て、それほど時間が経っていないからか、祭りという言葉にやたらと反応する可愛い親友だ。クラスの男子達も、チラチラと見ている。

「今度の土曜日だって!八幡さんと小町ちゃんも誘って、花火見ようよ!」

 周りからガタガタっと椅子が鳴った。その様子に他の女子がしらーっとした目を向けている。

 もちろん、亜里沙はそんな事には気づいていない。

「雪穂、どうかした?」

「いや、何でも……うーん、八幡さん達かあ。でもわざわざ来てもらうのも悪い気がするし、帰りが……」

「じゃあ、小町ちゃんが家に泊まって、八幡さんが雪穂の家に泊まるのは?」

「はえ!?な、何言ってんの!?」

「ほら、うちはお姉ちゃんいるし」

「うちもいるよ!!」

 グータラで色気など欠片もないけど!今朝も寝坊するし!

「雪穂の部屋とかダメかなあ?」

「ダメに決まってるよ!」

 一瞬だけ想像してしまった。あわわ、べ、べ、別に意識してるとかそんなんじゃないんだからね!

「顔赤いよ?」

「亜里沙のせいでしょ!」

「ふふっ、ごめんね?二人、仲良いから♪」

「それに……亜里沙はいいの?」

「何が?」

「い、いや、何でも……」

 本当にこの子は何を考えているのか、わからなくなる時がある。でも、そこが小悪魔的で可愛らしいのかも……。

 でも、七夕祭りかあ……。

 

「…………じゃあ小町。気をつけろよ」

「お兄ちゃん。ゴミいちゃんを発揮してないでいくよ」

 小町に叩き起こされ、何事かと思えば、秋葉原の七夕祭りに行くとの事らしい。

 そして、到着してみればこの盛大な賑わい。行き交う雑多な人の群れ。色とりどりのコスプレ。最後だけイベントの趣旨にあっていない気がするが、そこはご愛嬌なのだろう。

「あ、二人共こっちこっち!」

 声のした方を向くと、亜里沙がこちらを見て、ぴょんぴょん跳ねながら手を振っている。隣には雪穂がいて、控え目に手を振っていた。

 まあ、ここまで来て何もせずに帰ったら、交通費がもったいない。

 俺は既に談笑を始めている3人の元へ駆け寄った。





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エソラ ♯3


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「小町ちゃん!私、たこ焼き食べてみたい!」

「了解であります!それと、綿菓子なんてどう?」

「ハラショー……綿を食べるなんて……」

 

 亜里沙と小町が、カラカラと景気よく下駄の鳴る音に合わせるように、出店の方へと早歩きで進んでいく。周りには似たような歩き方をしている奴が結構いる。きっとこういう忙しない流れも、祭りを華やかに盛り上げる要素の一つなのだろう。

 そして、そのすぐ後ろを雪穂が見守るように歩き、左斜め後ろを俺がつかず離れずの距離を保って歩く。殿は任せてくれ。『ここは俺に任せて先に行け』という準備はできているからな。

 

「八幡さん、行きますよ?」

「べ、別にこっそりいなくなろうとかしてねーし……」

「何も言ってませんよ……もう……」

「っ!」

 

 いきなり手首に何かがまとわりつき、はっとする。

 すると、雪穂がこちらを躊躇いがちに見ながら、それでもしっかりと自分の左手で俺の右手首を掴んでいた。

 彼女のひんやりした白い指先の不意打ちに、鼓動が跳ね上がる。

 

「お、おい……」

「仕方ないじゃないですか。だ、だってこうしないとはぐれちゃうし……あんまり間を空けるのは効率が悪いというかなんというか……」

「…………」

 

 そう言われては何も言い返せない。

 俺は前を歩く二人に見つからないように祈りながら、雪穂と並んで人混みをゆっくり進んだ。

 夏と祭りの匂いに混じり、隣からは鼻腔をくすぐるのは、最近覚えた控え目の甘い香りだった。

 

 *******

 

「おかしい……絶対におかしい」

「…………」

 

 あんなに注意していたはずなのに、ちょっと目を離した隙に、小町と亜里沙はいなくなってしまった。何だ、この予定調和のような流れは……つーかやっぱり、迷子の心配をしなくていいボッチ最高かよ。

 

「もう……亜里沙ったら、また変な気を……」

 

 雪穂は何やらブツブツと呟いている。二人とはぐれたことに、責任を感じているのだろうか。

 そこでスマホが震えた。

 

「……おい、これ……」

「はい……え?」

 

 雪穂にスマホの画面を見せる。

 そこに書かれていたのは……

 

『迷子になったと思ったら、μ'sの皆さんに遭遇!花火が終わってから合流ね♪亜里沙&小町』

 

「……そうきたか」

「…………」

 

 どうやら俺達は変に気を遣われているらしい。さっきのを見られたのだろうか。

 

「……雪穂」

「あ、はい」

「小町達にはメールで集合時間と集合場所伝えて、あとはしばらくこの辺りぶらぶら歩くか」

「え?でも……」

「どうせ合流すんのも難しいだろ。しばらくしたら花火始まるから人も増えるし……その……この際だから、楽しんだ方が、いいと思う……」

 

 自分でも何が言いたいのか、何を言ったのかもわからずに、言い訳するように頬をかいていると、雪穂は小さく微笑んだ。

 

「……ふふっ、そうですね。じゃあ、楽しんじゃいましょう!」

「まあ、あれだ……焼きそばくらいなら奢ってやる」

「う~ん、りんご飴を追加してくれたら、ほむまん新作の試食の権利が八幡さんに!」

「……わかった。追加しよう」

 

 手首を握られるという少し変わった状態のまま、俺達は焼きそばの屋台を目指し、さっきより弾んだ歩幅で歩き出した。





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エソラ ♯4

 

 しばらくすると、花火は定刻通りに上がり始め、皆一様に夜空を見上げていた。

 ぱあっと夜空を照らす花火は、儚げに消えていき、誰もがそこに一瞬と永遠を見た。

 

「わあ……綺麗……」

 

 雪穂はそのぱっちりした目をうっとり細め、花火の輝きをその瞳に移していた。

 

「ふふっ、どうしたんですか?」

 

 いつの間にか凝視してしまっていたのか、雪穂がこちらに気づき、困ったような笑みを向けてきた。

 

「いや、何でもない……」

「何でもないなんて言う奴が、何でもなかったことがないとか、八幡さんなら言いそうですけど」

「ぐっ……」

「もしかして、私に見とれてました?」

 

 悪戯っぽい笑みを向けられる。しかし、花火に照らされ、その頬がほんのり赤いことに気づく。

 自分で言っといて照れるなら、言わなきゃいいのに。

 とはいえ、至近距離でそんなことを言われてしまっては、こちらも落ち着いてはいられない。

 

「い、いや、別に……」

「じゃあ、私には興味ないですか?」

 

 再び手首をぎゅっと掴まれ、鼓動が高鳴り、彼女から目が逸らせなくなる。

 中学時代なら間違いなくこのタイミングで告白してしまっていただろう。今、場の空気に流されまいと、全力で心を押さえつけている自分に敬意を表したい。

 そんな俺の様子を見た雪穂は、クスッと顔を綻ばせた。

 

「わかってますよ。八幡さんがお祭りの空気に当てられて、そういう事する人じゃないって」

「……そっか」

「いきなり私にキスしてくるような人なら、亜理沙も二人きりにしないでしょうし」

「ああ。俺が並の思春期男子なら、今頃……って何言わそうとしてんだよ」

「ふふっ、自分から言ったんじゃないですか。ほら、花火観ないともったいないですよ」

「そうだな」

 

 それから、俺達は無言のまま花火を見つめた。

 手首はしっかり掴まれたままだった。

 

 *******

 

「雪穂~!八幡さ~ん!どこ行ってたの~?」

「「白々しい……」」

「そ、そんなことないよ!ね、小町ちゃん!」

「うんうん!そうだよ、亜理沙ちゃん!」

「μ'sの皆さんは?」

「途中で別れたよ。……お姉ちゃんもいるし」

「?」

「あ、こっちの話だよ!それより、どうだった?」

「え?花火は綺麗だったよ」

「お兄ちゃん、どうだった!?」

「まあ、雨が降らなくてよかったな」

「「…………」」

 

 二人からジト目を向けられるが、花火が綺麗だった以外の感想などない。いや、この二人の言わんとすることはわかるのだが……現状、特に何かあったわけでもない。

 ふと雪穂と視線がぶつかる。

 すると、どちらからともなく苦笑いしてしまう。

 

「……そろそろ帰るか」

「ええ、そうですね」



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エソラ #5

「へえ、林間合宿ですか~」

「ああ」

 

 八幡さんに電話したら、今は林間合宿で宿泊施設にいるようだ。もちろんって言ったら失礼だけど、本人は嫌がってるらしい。

 でも、林間合宿かあ……なんか夏らしくていいなぁ。八幡さんも楽しんでくれればいいけど。

 

「八幡さん」

「どした?」

「楽しんできてきださいね」

「……ああ、空いた時間にゲームぐらいできるだろうから、大丈夫だ」

「い、いや、そういう意味じゃなくて……まあ、そっちの方が八幡さんらしいですけど……」

「まあ、あれだ……何とか切り抜けるわ」

「ただの林間合宿でなんかハードル高くないですか!?」

「ハードル高いから、くぐり抜ける方向で行くんだよ。じゃ、そろそろ戻るわ」

「あっ、はい。頑張ってください」

 

 通話を終え、ふと窓の外に目をやると、突き抜けるような青い空だった。

 いつか機会があれば、四人で山に行くのもいいかもしれない。八幡さんは嫌がるだろうけど。

 ……手作りのお弁当とか、喜んでくれるかなぁ?……いや、いきなり、何考えてるのよ私は。まだそんな上手くもないのに。

 ……また明日、電話してみよっかな。

 

 *******

 

「あっ、お兄ちゃん。誰と電話してたの?」

「……ああ、雪穂からだった」

「お兄ちゃん……」

 

 何故か小町が目元を拭っている。ちなみに一滴も涙は流れていない。

 

「お兄ちゃんが当たり前のように女の子と連絡を取るなんて……小町は嬉しいよ……うっ、うっ……」

「わけわかんねえ事言ってないで、さっさと戻るぞ。確か夕飯はカレーだっけ?」

「そだよ。自分達で作らなきゃだけど。てかまだ早いよ。他にやることいっぱいあるでしょ?」

「へいへい」

 

 ジリジリと肌を焼く暑さに顔をしかめながら、俺は手伝いに戻った。

 ふと見上げた空には、雲一つなかった。

 

 *******

 

 翌日、私は亜里沙と一緒に夏休みの宿題を終わらせていた。

 そして、その休憩中に八幡さんと小町ちゃんの話をしたら、亜里沙はものすごく食いついてきた。

 

「へえ~、八幡さんと小町ちゃん旅行中なんだ~」

「旅行じゃないよ。小学生の林間合宿にボランティアとして参加してるんだって」

 

 林間合宿という言葉に、亜里沙は首を傾げる。

 

「リンカン、ガッシュク……って、何をするの?」

「どこも同じ事やってるかはわからないけど、自分達で晩御飯作ったり、キャンプファイアーしたり、水遊びしたり……まあ自然と触れ合うのが目的かな」

「ハラショー……雪穂、私もリンカンガッシュク行きたいよ!」

「いや、普通にキャンプでいいんじゃないかな……道具何も持ってないから、すぐには無理だけど」

「そっかぁ……あっ、じゃあ明後日二人で八幡さんと小町ちゃんを迎えに行こうよ!」

「えっ?迎えにって、あの二人千葉なんだけど……」

「ほら、この前は二人がこっちに来たでしょ?次は私達が行かなきゃ!」

「はあ……」

「雪穂だって、本当は会いたいくせに~」

 

 亜里沙の言葉に、この前の事を思い出し、顔が熱くなるのを感じた。

 まだ、左手にはあの日の感触が残っていて、それは不思議と胸を締めつけた。

 そのことを知られたくなくて、私は亜里沙を怒る。

 

「い、いきなり何言い出すのよ!?」

「顔赤いよ?」

「ああもう、ほら、早く宿題終わらせるよ!」

 

 慌てて両頬を抑えた私は亜里沙を急かして、夏休みの宿題の続きに取りかかった。

 

「そして、雪穂は八幡さんと会える日を心待ちにするのであった」

「もう、亜里沙!」

 

 



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BLUE

 色々あった林間学校。これでよかったとは思わない。間違いなく最悪な選択肢を選んだのだろう。しかし、あれが今の自分にできる最善か……などと自問自答しているうちに、いつの間にか窓の外は見慣れた景色に変わっていた。

 すると、車内に可愛らしい声が響いた。

 

「あっ、平塚先生!小町達はこの辺りで大丈夫です」

 

 小町からいきなりの提案。この辺りは普段の買い物をする場所ではないし、できればもうちょい家に近い場所のがありがたいんだけど……。

 しかし、こちらが口を開く前に、車は既にスピードを緩めていた。

 

「よし、二人ともお疲れ様。気をつけて帰れよ」

「いえいえ、こちらこそ。お疲れ様で~す♪」

「お疲れ様です……」

 

 仕方ないので、皆に軽く挨拶して渋々降りると、誰かがとてとてと駆け寄ってくる足音が聞こえた。

 その音に目を向けると、誰だかすぐにわかった。

 

「八幡さんっ、小町ちゃんっ、おかえりなさいっ♪」

「……お、おう」

「ただいま~!」

 

 鮮やかな金髪。宝石のような碧い瞳。雪のように白い肌。無邪気な笑顔。

 絢瀬亜里沙は、今日も惜しみなく凄まじいまでの魅力を振り撒いていた。

 

「いや~、亜里沙ちゃん、今日も可愛いね~♪疲れが吹き飛ぶよ~」

「あははっ、ありがとう♪小町ちゃんも林間学校お疲れさまだね」

 

 キャッキャとはしゃぐ二人を見ていると、なんか一つだけ足りないことに気づいた。

 

「……ひとりで来たのか?」

「えっ?あっ、雪穂~。なんで隠れてるの~?」

「いや、べ、別に……」

 

 何故か建物の陰からこちらを窺いながら、高坂雪穂はこちらを見ていた。

 しかし、亜里沙が手招きすると、観念したようにゆっくりと歩いてくる。

 途中、ふわりと吹いた風に短めの髪がさらさらと靡き、それがやけに彼女を大人っぽく見せた。

 そして、目が合うと今度は年相応の幼さの混じった、でも少し硬い笑顔を見せた。

 

「こ、こんにちは……」

「……おう」

「…………」

「…………」

 

 こちらも何故か言葉がうまく紡げない。何がそうさせるかはわからないが、とにかく今は他愛のない会話なんてものも難しい気がした。

 彼女も同じ気まずさを感じているみたいで、目線を斜め下に逸らして苦笑いをしている。

 すると、手首に彼女の手の柔らかさが蘇ってきた。

 ……落ち着け。きっと林間学校でのあれこれで疲れてるんだろ。

 それに、こっちは年上なので、形だけでもしっかりしておかねば。

 

「……久しぶりゅ……」

「…………」

 

 ……噛んじゃったよ。マジか。

 自分で言っといてなんだが、言うほど久しぶりでもないからね?

 恥ずかしさで自分の顔が熱くなっていくのを感じていると、雪穂がクスクスと笑いだした。

 

「……ふふっ、今噛みましたね?しかも、そんな久しぶりじゃないですよ?」

「悪い……」

「あ、謝らなくても大丈夫です!それと……おかえりなさい」

「あ、ああ……ただいま」

「あの……二人していつまでやってんの?」

「見てるこっちが恥ずかしいよ~」

「「っ!」」

 

 小町と亜里沙の声に、はっと我にかえる。いかん。いくらなんでも考えすぎだろう。家に帰って、非モテ三原則を復唱しよう……変な空気に飲まれんように。

 そこで、何故かまた視線を感じた。

 

「…………ん?」

 

 目を向けると、平塚先生の車はまだ停まっていて、窓から由比ヶ浜と戸塚がじーっとこっちを見ていた。

 ……いや、まだいたのかよ。てか平塚先生、何面白そうにしてんですか。

 

 *******

 

 家に帰り、ようやく人心地つくと、小町は大きく伸びをした。

 

「ん~♪よしっ、じゃ、荷物を家に置いたから出かけよっか」

「うんっ、出かけよっか」

「おう、気をつけてな」

「…………」

 

 小町がじ~っと見つめてくるが、今はそんな体力はない。ないったらない。むしろ、お前は何でそんな体力あるんだよ。

 すると、すぐさま示し合わせたように、亜里沙と悪戯っぽい笑顔を作った。

 

「そっかぁ、じゃあ小町達だけで出かけるしかないか~」

「だね~。でも、八幡さんが一人だと寂しいだろうなぁ~」

「…………」

「え?え?」

 

 何だか先の展開が読めてきた気がする……雪穂はどちらかわからないが、小町と亜里沙を交互に見比べていた。

 

「じゃあ、お兄ちゃん。一休みしてから、千葉に来てね~」

「雪穂、八幡さんとゆっくりしてから千葉に来てね~」

 

 二人はどたばたとリビングを出ていき、あっという間に炎天下へ飛び出した。

 俺と雪穂は、その様子をポカンと見つめてから、顔を見合わせ、苦笑いをした。

 

「あはは……何だかあっという間に行っちゃいましたね」

「……ああ。てか、なんか悪いな」

「大丈夫ですよ。私もゆっくりしたかったですし。あっ、じゃあ私、クッキー持ってきたから食べませんか?」

「そっか……じゃあ俺はお茶でも淹れてくるわ」

 

 *******

 

 それから、しばらくクッキーをつまみながら、夏休み中のあれこれについて話した。

 

「ふふっ。八幡さん、家にいてばかりじゃないですか」

「……いや、皆出かけてるから、誰か留守番してたほうがいいだろ。防犯面考えたら」

「防犯の為に何をしてるんですか?」

「……防犯のシミュレーションゲームだよ」

「じゃあそういうことにしてあげますね」

「ああ、そういうことにしといてくれ」

「じゃ、じゃあ……」

 

 急に雪穂が視線を明後日の方向に向け、何やらもじもじと気まずそうに指を絡ませていた。

 

「?」

「今度でいいから千葉を案内してくれませんか?それか……た、たまには東京に来ればいいんじゃないですか?」

 

 そう言いながら、微かに頬を染める彼女に胸が高鳴るのを感じた。よくわからんが、そういうのは反則じゃないんですかね……。

 とりあえず頷いておいた。いや、それしかできなかった。

 

「……そ、そうだな」

 

 噛みながら返事したところで、欠伸がでた。今朝もかなり早く起きたからだろう。車の中では平塚先生と話していたので寝てないし。

 すると、雪穂が優しい微笑みを見せた。それは、季節外れの雪を溶かすような温かさを含んでいた。

 

「疲れてるなら少し横になっていいですよ?私は読書してますんで」

「ああ、そっか、悪い……」

 

 それから、二、三回言葉のやりとりがあった気がする。

 彼女の声を聞いているうちに、俺は自然と眠りに誘われていった。

 



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BLUE #2

 本当に寝ちゃった……相当お疲れだったんだなぁ。

 八幡さんは、片付けを終えると、いつの間にかソファーで寝息をたてていた。

 近くにいって、その寝顔を見てみると、何だかいつもより幼く見えて、これはこれで可愛く見えなくもない。

 ……そうだ。枕ないみたいだし、膝枕してあげよっかな。ほら、寝違えたりしたら大変だし!

 自分自身に言い訳しながら、私はなるべくそっと八幡さんの頭を抱え、自分の膝を滑り込ませた。

 

「よい、しょっと……ふぅ」

 

 お、重い……よし、何とか起こさずにすんだ……。

 すると、八幡さんの体温とクセのある髪の感触が太ももに広がり、なんだか不思議な気持ちになった。

 

「…………」

「…………」

 

 もしかして私は物凄く大胆な事をしているのでは!?

 ま、まあ……でも?膝枕くらい……いや、そんなにしないか。ああ、もうっ!考えるのやめよ。

 すると、八幡さんが寝返りをうち、私のお腹側に顔を向けた。

 

「ひゃうっ」

「…………」

 

 直に太ももに頭を乗っけたせいで、割とくすぐったい。あとなんか恥ずかしい……。

 どくん、どくんと胸を高鳴らせていると、「んん……?」と低めの声が響いた。

 あっ、これもう起きるやつだ。

 八幡さんはうっすらと目を開き、何度かまばたきをした。

 

「……は?」

「お、おはようございま~す……」

「……っ!!」

 

 八幡さんは数秒寝ぼけていたが、すぐに意識が覚醒し、私の膝から離れた。

 と、とりあえず……色々説明しなきゃ。ああ、でも……。

 

 *******

 

「…………」

「…………」

 

 気まずい沈黙がリビング内を満たしている。外では蝉がけたたましく鳴いているのに、音をたてることすら躊躇われた。

 何故雪穂に膝枕されていたかはわかったが、正直リアクションに困る。あと、頭に残った柔らかな感触がやばい。

 

「あっ、そういえば、ずっとリビングってのもあれだし、八幡さんの部屋行きません?」

「……そ、そうだな」

 

 とりあえず二人とも立ち上がり、階段を上がり始めた。

 ……何で自然な流れで俺の部屋に向かってるんですかね?

 寝ぼけていたという言い訳もできないくらいに、どうしようもない状況になっている気がする。

 いつものようにドアノブを回すと、見慣れた光景が目に飛び込んでくる。

 

「へえ、ここが八幡さんの部屋なんですね」

「……ああ」

 

 雪穂がキョロキョロと視線を動かすのを見ていると、こちらも何だか視線が泳いでしまう。変なもの、出しっぱなしにしてないよな?いや、別にないけどね!

 

「……じゃあ、そろそろリビングに戻るか」

「まだ入ったばかりですけど!?」

「いや、ほら……散らかってるから、ね?」

「じゃあ、そ、掃除してあげますよ」

 

 雪穂は頬を赤らめながら、ぽしょりと呟いた。大変ありがたい話ではあるが、変なスイッチが入ってるようにも見える。

 

「いや、ほら……ここ思春期男子の部屋だし」

「もしかして、見られたくない物があるんですか?」

「そう言われると、そうでもないんだが」

 

 まあ部屋に入られたところで、特にやばい物はないし、ラブコメ的なイベントが起こるわけでもないんだが。

 すると、雪穂が悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「あ~、もしかして、エッチな本とかベッドの下に隠してるんですかぁ?」

「いや、ないから。ていうか、今時そんな奴いないから」

「そっかぁ、あっ、パソコン見ていいですか?」

「ああ、別に構わんけど」

 

 文明の利器に感謝。会話が続かなくとも、間を埋められるもんね!

 雪穂がパソコンの電源を入れると、スクールアイドルの動画サイトが画面に映し出された。

 

「あっ、これμ'sだ。八幡さん、観てくれてるんですね!」

「……まあ、一応な」

 

 姉を陰ながら応援していた事が嬉しかったのか、雪穂は笑顔でライブ動画を再生していた。まあ、なんだかんだいって、この子、お姉ちゃん大好きだからな。

 すると、雪穂が画面を観ながら「あれ?」と首を傾げた。

 

「高評価している動画に……東條希さんの動画が……あ、次はA-RISEの優木あんじゅさんだ。他にもプロのアイドルの動画がある……えっと、月岡恋鐘さん、豊川風花さん、三浦あずささん、あっ、さらに地方アイドルまで……フランシュシュのゆうぎりさん……ふぅ~ん」

「…………」

 

 何故だろうか。

 悪い事は一切してないし、やましい事もない。むしろ誰かを応援するという俺にしては微笑ましい行いなんだが……とにかくやばい!何がやばいかわからなすぎてやばい!!

 

「八幡さんって、こういう女の人がタイプなんですね」

「いや、タイプというか……」

「八幡さんって、こういう女の人がタイプなんですね」

 

 どうやら大事なことらしい。だって二回言ったもん!

 

「胸、おっきなほうがいいんですか?」

「……偶然だ。偶然。たまたま頑張ってるアイドルの動画を高評価して、お気に入りの登録しただけだ」

「それは素敵な偶然ですね~」

「……あ、ああ」

「……あの……もしも、の話ですけど」

「?」

「もしも……私がスクールアイドルとかやったりしたら……高評価して、お気に入り登録してくれるんですかね?」

「…………それは内容による、けど。まあ、再生数には貢献するんじゃないか?」

「そうですか……ふふっ、何聞いてるんだろ、私」

「さあ、な……」

 

 そのやわらかな笑みは、不意打ちのように胸を高鳴らせてくる。

 何てことのない夏の昼下がり。

 ささやかに響き合う声が、最近見慣れてきた笑顔が、くたびれた心をほんのり癒していくのを感じていた。

 



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羊、吠える

 気がつけば、家に帰ってからそこそこ時間が経っていた。

 さすがにそろそろ出たほうがいいだろう。

 

「じゃあ、もう行くか」

「そうですね。あ、その前にカマクラちゃん撫でていいですか?」

「……好きなだけどうぞ」

 

 それを聞いた雪穂は嬉しそうにカマクラに近づいていき、よしよしと優しく頭と背中を撫でた。

 おい、カマクラ。なんか俺の時より気持ち良さそうにしてないか?気のせいですかね……。

 

 *******

 

 雪穂と千葉に向かう道中、夏休みの課題やら、二学期のイベントやらについて話していると、割とはやく到着した気がした。

 そして、すぐに二人の姿を見つけることができた。

 

「八幡さん、もう疲れはとれたんですか?」

「むむぅ、これはもしや……いや、なんもなかったっぽい」

「いや、あんま遅くなると、2人の帰りが遅くなるからな」

「お兄ちゃん、何言ってんの?今日二人ともウチに泊まるんだよ」

「……え?マジで?」

「マジだよ。てか、帰りの車の中で言ったじゃん」

「…………」

 

 疲れてぼーっとしてたからか、どうやら聞き逃していたようだ。そういや、今さらながら雪穂達が持っていた鞄は、割と大きかった気がする。

 

 

「すいません、昨日いきなり決まっちゃって」

「いや、別に謝るようなことじゃない。まあ、せっかくの夏休みだし……いいんじゃねえの?」

「そういえば、あと少しで夏休みも終わりなんですよねぇ」

「どした?急にしみじみと……」

「あと1ヶ月欲しいなぁ、なんて」

「お前もそういうこと考えるんだな」

「考えますよー。ほら、うちはお姉ちゃんがあんな感じだから、私がやたら真面目に見えるだけというか……」

「なるほど……ちなみに俺はあと2ヶ月欲しい」

「ああ……予想的中しちゃいました」

「……マジか」

「マジです。当たったから、アイスとか貰えたりするんですかね」

「いつからそんなルールが……まあ、幸い合宿で金使うこともなかったから、そのぐらいなら構わん」

「やった!じゃあ、私はお礼に今度ほむまん持ってきます」

「そりゃどうも」

「そ、それか……この前亜里沙達とプールに行ったんですけど、その時の写真を見せても……いいですよ?……なんちゃって」

「…………は?」

 

 今、なんかすごいこと言わなかった、この子?

 当の本人は、あからさまにそっぽを向いているが……ていうか、耳まで赤いし。

 すると、いつの間にか結構先を歩いていた2人が、こちらを振り返り、声をかけてきた。

 

「もしもーし、お二人さーん!」

「置いていっちゃうよ~!」

 

 二人からの呼びかけに、俺と雪穂はようやく足を動かすが、しばらく彼女はこちらを見なかった。

 

 *******

 

 ああ、もう!私ったらいきなり何言い出してんの!?馬鹿じゃないの!?これじゃあ、見せたがりの変な人みたいじゃん!

 とはいえ、出した言葉はもう飲み込めない……うぅ、変な子だと思われてなければいいけど。この後お泊まりもあるわけだし…………ん?

 そこで1つの事実に気づく。

 私ほどじゃないけれど、八幡さんも頬を赤くしていた。

 そして、そのことに何故かほっとしている自分がいた。

 

「八幡さん、顔赤いですよ?」

「……そりゃ、お互い様だろ」

 

 

 

 



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運命

「よし、じゃあ部屋割りを……」

「いや、決める必要ねえだろ」

「あはは……」

 

 どんな部屋割りにする気だよ。ハレンチは許しませんぞ!

 小町は笑いながら、スーパーで買った物を台所に置いた。

 

「じゃあ、さっそく晩御飯作っちゃおうか」

「うんっ、今日のメインイベントだね!」

 

 そうだったのか。まさか晩御飯を作るのがメインイベントだったとは……しれっと寝てようかと思ったが、それなら何か手伝ったほうが、無事に晩飯にありつけるだろう。

 

「……あー、なんかやろうか?」

「じゃ、雪穂ちゃんとこれお願い」

「おう……」

 

 ディアマイシスターからありがたく仕事を授かると、雪穂が隣にやってきた。

 

「じゃ、やっちゃいましょうか」

「……ああ」

 

 慣れない手つきで野菜の皮剥きを始めると、思いの外集中できそうだったが、すぐに沈黙が気になった。

 先に口を開いたのは彼女だった。

 

「八幡さん、最近学校はどうですか?」

「……あー、まあ、いい感じだ」

 

 なんだ、その母ちゃんみたいな質問。俺の返しも大概クソだが。

 雪穂もそれに気づいたのか、何とも言えない笑みを浮かべた。

 

「あはは……わ、私、いきなり何聞いてんですかね。母親じゃあるまいし」

「いや、いい。そっちはどうだ?」

「わ、私ですか?えーと、もうだいぶ受験モードになってますね。勉強時間も増えました」

「ああ……まあ、そうだろうな」

「そうなんですよ」

「……音ノ木坂には行かないのか?」

「どうなんでしょうね。まだ自分が何をやりたいのかがわからなくて」

「そっか」

 

 こういう時、ためになるアドバイスしてやれない自分がもどかしい。頼りない先輩ですまんな。

 雪穂はちらりとこちらを見て、小さく呟いた。

 

「……総武高校もいいかなー、なんて」

「…………」

 

 おい、いきなり変なこと言うんじゃねえよ。つい妄想……想像しちゃっただろうが。まあ、悪くないんじゃないですかね。うん。制服も似合わなくはない。

 

「もしかして、ちょっといいなとか思っちゃいました?」

「……べ、別に?そんなことないにょろよ」

「あははっ、噛んだ♪」

「…………」

 

 ええい、しれっと距離を詰めてくんな。なんかいい匂いすんだろーが。

 とりあえず作業に集中して、心を空白に。次の野菜を……。

 

「っ……」

「あっ……」

 

 偶然手が重なり、慌てて手を離す。

 目を向けると、さっきまでと違い、今度は彼女のほうが慌てていた。

 

「あはは、な、なんか暑いですよね!」

「……エアコン、温度下げるか」

「ですね!」

「もう下げてるよ~」

「暑くなりそうだったもんね~」

「「…………」」

 

 何となく雪穂に目を向けると、彼女はすぐに目をそらした。

 



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