令嬢戦記 (石和)
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第1話

 初めまして、石和です。
 名前は最近行った温泉地です。適当ですね、すみません。

 web版幼女戦記面白いな、ターニャちゃんのお友達を作ったら楽しそうだな、ついでに女子が一人増えるからいいかな、参謀本部にぶち込みたいな、なんて簡単すぎる思いから見切り発車。文章まともに書いたこともないのに、ちゃんと着地できるか不安しかありません。文系出身者ですが、得意科目は理科社会、苦手科目は数学・物理・国語な人間ですので確実に素質はありません。無いもの尽くしで誠に申し訳ありません。

 では高身長・変人・身分良し(ただし偽の身分で活動)の令嬢戦記を楽しめる方はお楽しみください。


3/3追記:スコップからシャベルに表記変更、訂正ばかりでまことに申し訳ないです




 ああ、これは夢だ。懐かしき子供時代、屋敷を抜け出した秘密の時間。私が私である支えが、そこにある。

 

『こんにちは!』

『アナスタシア、久しいな。少し大きくなったか』

 

 夢の中で、あの人はいつだって私の名前を呼んでくれる。

 

 私はアナスタシア・フォン・プルシア、本名はもっと長い。帝国貴族プルシア公の娘に生まれた不義の子だ。父はプルシア公に認められた人間ではなかったために引き離され、プルシア公の一人娘であった母は8歳の時に遺言を残して死んだ。8歳で孤児院行きかと思いきや、世間体のため(または風聞を避けるために)仕方なしと引き取った母方の祖父母に愛なく育てられた。

 このように家族に恵まれなかった私を唯一かわいがったあの人。屋敷をこっそりと抜け出したときに必ず向かった図書館、そこで時々会っては話し相手になってくれた、それなりに身分のありそうな――――確か中佐とか大佐とかだった気がする、記憶は朧気だ――――軍人さん。名も知らず、それでいて懐いていたあの人に駆け寄って抱きしめてもらえば、彼と同じ髪色をした私の頭を必ず撫でて、細い目を柔らかく緩ませたのをよく覚えている。

 

『ねえ、軍人さん』

『何だね?』

『どうやったら、あなたみたいに賢い軍人さんになれますか。私もあなたみたいに、いろいろなことを知りたいし、同じ軍人にもなりたい』

『レディに軍人は厳しいだろう。だが、本を読み、興味のあることも無いことも知る努力を怠らなければ、賢くなれる』

 

 それから、私は勉強した。本を山ほど読んだ。屋敷中の本を読み漁り、読みたくても無い本は強請ったり、屋敷を抜け出した際に図書館で読んだ。淑女になれと教育してきた祖父母の期待に反して、私はどんどん学力を上げた。時折あの人と話をして、彼の優秀な頭脳が織りなす思考に感嘆した。

 

 私はなぜか、どうしても彼のようになりたかったのだ。しかし、士官学校に入学したいと祖父母に言い出せない。そのことをふいに漏らしてしまったとき、彼は糸目を開くと、今まで感じたことの無い威圧感を伴わせて言った。

 

『自分の望むものは、自分で掴め。そこに必要なのは、自分の力だ』

 

 耳から取り込まれる彼の力強い言葉、目から取り込まれる彼の瞳の色。金言と珍しい光景は私の記憶に鮮烈な衝撃をもって刻み込まれた。それを胸に、私はそれ以前よりも一層努力して知識を習得するようになった。

 

 12歳になるころに、私が士官学校を受験したいことを祖父母に告げた。案の定激怒した祖父母に内緒で、彼らが受けさせなかった魔導適性の検査を受けた。結果として人並みの魔力があること、軍に引き抜きたいという旨の手紙が祖父母に送られた。せっかく素質もあるのだから受験はさせてほしい、私がそう告げれば彼らはやれるものならと言わんばかりに偽の身分と受験票を用意した。そうして私は士官学校を受験し、首席で通った。実力を見て納得せざるを得なくなった祖父母は何も言わなくなった。

 

 無事士官学校に入学した私が貴重な休日に図書館へ行っても、そのころにはあの人に会えなかった。私と同じ髪の色、瞳の色をした、学者然の軍人さん。彼の声を聞けないのは悲しくて、寂しくて。でも、彼が軍人ならば、それも首都にいるようなエリートコースの軍人なら、私がエリートコースへ進めばきっとまた会える。そう思った私はがむしゃらに努力して、時折小さな同期ににらまれながらも座学だけは主席を勝ち取った。恐ろしく戦闘の素質がなかったのは残念だが、座学成績と士官学校後の実戦を評価され、

 

「起きろ!!ユリア・バーナード!!朝食抜かれるぞ!!遅刻だぞ!!」

「っ!………ん?ぬあ?」

 

たった今ベッドから蹴落とされた人間は、すなわち私は、ユリア・バーナードと名乗って軍大学に通っている。

 

 

 

 

 

 ……お見苦しいところをお見せしました。私はユリア・バーナード中尉、軍大学所属の学生です。この名前の経歴としては、孤児、士官学校での座学成績優秀者、配属先のライン戦線でシャベル姫の異名を頂き、上層部より軍大学入学許可を受け取ってここにいます。私を蹴り起こした人間は士官学校同期以来の付き合いであるターニャ・デグレチャフ中尉、私が小さな同期と脳内で呼んでいる幼女軍人です。参謀の人事局から狂人と評されたらしい彼女ですが、なぜか私の面倒を見てくれます。不思議ですね。多分、私が座学だけは優秀であるため、そこをうまく使いたいと寄ってきたのかもしれません。ですがこのざまです。ごめんねターニャちゃん。

 

「今日もありがとう。どうしても休日は眠たい」

「ふん。礼はレポートの感想でいい」

「ターニャちゃんレポート問題ないじゃん」

 

 それにあなた強いから大丈夫だと思う。撃墜王も涙するスコアだもの。野戦将校になればきっと人生の終わりまでいい身分かもしれない。私には無理だけど。

 

「お前が示してくる意見に興味があるのだよ、座学のみの主席殿」

「いやー、射撃が致命的なエラーって感じ?」

「お前の人より丈夫な防壁展開能力とその頭脳がなければ士官学校で斬っていた」

 

 いつもと変わらず容赦ない同期殿と大学へ向かう。今日は休日のため講義はない。しかし、寮の図書室では読む本が尽きたという友人は大学図書館へ足を運ぶというではないか。私も休日の暇を持て余すくらいならと、彼女についていくことにした(蹴り起こしてもらった)。ただし、今日は図書室より先にトイレへ行きたい。

 

「トイレ行ってくる」

「先に行っているぞ、ユリア」

 

 ターニャと別れ、トイレへ向かう。男子禁制である。そして手を洗って適当に束ねた髪を整えてから、本当の目的地へと赴く。

 

「バーナード中尉、入室します」

 

 気を張り、ドアを引く。嗅ぎ慣れた古書やインクの匂い、さらさらと聞こえるのは誰かの筆記音。町の図書館と違うのは、ここにいるのがみな軍人であることくらいであるが、それが問題なのはもう慣れた。私はターニャと一緒でひよっ子なのだ。そうである以上、私がするべきは上官に無礼をしないことと自分の目的を果たすことくらいである。なのでとりあえず、

 

「あの、お持ちしましょうか」

 

目の前を大量の本を持って歩く上官に声をかけた。

 

「……君は?」

「バーナード中尉と申します。ここの生徒です」

 

 自分の名前と身分を答え、上官殿が抱え込んでいる大量の本の上半分を奪うように持つ。そしてどこですか、と言って座席まで連れて行ってもらうと、そこで本を机に置いた。

 

「すまない、バーナード中尉」

「いえ。余計なおせっかいであれば申し訳ありません」

「いや、助かった」

 

 眼鏡をかけた上官殿――――名をレルゲン少佐というこの男性は、参謀本部の人事局で人事課長をしているらしい。優秀な人材なのだろう、良識ある紳士のような雰囲気が滲み出ている。気のせいかもしれないが、胃痛に悩まされそうな人間にも見える。

 

「貴官の噂は聞いている。士官学校では座学の成績優秀者、配属後は白銀の隣でシャベルを振るっていたと」

「恐悦至極に存じます。ただ、シャベルの話だけはご容赦ください」

 

 そんなに真面目な顔で言われると羞恥でシャベルを叩きつけたい、とは口が裂けても言えない。顔はきっと赤い。熱が集まっているのがよくわかる。

 この少佐が言いたいのは、私が軍大学に来る前、ライン戦線に少尉として配属されたときのことだ。前述の通り、私は射撃が致命的なエラーと言わんばかりに不得手である。というか、軍人失格レベルで射撃ができない。遠距離はおろか、至近距離でも的に弾を当てられない。術式で補助しても当たらないという発狂するレベルのエラーは、たいそう教官を悩ませた。魔法発動ができても射撃下手と連動した結果当たらないのでは航空魔導士どころか軍人など論外である。ただし、私は防壁の性能と、座学における頭脳の性能は抜きんでていたらしい。多くの教官の慈悲なのか何なのか奇跡的に卒業を果たし、ラインへと配属された。だが敵を撃墜できないのであればただの無能である。それでは軍にとって非合理的。私は首を切られる前に対策を練らなくてはならなかった。

 

「優秀であることに変わりはない。貴官は射撃が致命的という評価を下されたが、長所である防壁の硬度を生かしてシャベルを武器に近接格闘で敵を倒している」

 

 そう。私は思いついてしまった。人より硬く丈夫であるなら、自分で殴れるところまで近づけばいいのだと。非常に馬鹿であるが、それしか方法がない。戦闘中だけは脳筋になって、近接格闘のレベルを上げて物理的に敵を殴ることにした。途中から手が痛いからと武器を探した結果、わりとどこにでもあるシャベルをメインウェポンにした。普通、兵士はライフルと宝珠で戦うはずだ。私のなすことは非常識にもほどがある。

 

「発想の転換で弱点を克服する。いい思考だ、シャベル姫」

 

 そう、シャベルで殴りつけて敵を墜とす女性兵士は私。そしてその不名誉なあだ名を考えたのはターニャ・デグレチャフ。あいつが報告書に書いたり無線でそのあだ名を言わなければ私はちょっと変な兵士という地味な存在でいられた…と思う。思うだけで実際どうなったかは知らないけどね。

 とにかく前言撤回。目の前の少佐殿は真面目かもしれないが、紳士ではないと思う。少し楽しそうな表情になった少佐殿は椅子を引いて座ると、私に席を勧めた。仕方がないので礼をして座る。

 

「で、休日をなぜ図書館で費やそうと?」

「私は近接以外では無能です。魔力も自分で手一杯くらいしかないですので、頭を鍛えようと思いました」

「ほう」

「統計学、調査分析の技法、戦術、兵站……様々な知識を身に着けたいです。射撃下手にとって代わるかはわかりませんが」

 

 正直、射撃下手な時点で軍人失格は明白だ。今はチャンスを与えられて軍大学にいるが、いつ首を切られるかわからない以上、私はできることを努力するしかないのだ。エリートコースであの人を探すなんて豪語した過去は黒歴史に葬りたい。あの人のことは探したいけれど、エリートコースはちと無理だ。それでも、

 

「私は軍人として祖国に尽くしたいです。もちろん、軍からいらないと言われれば別の方法を考えるしかないのですが」

 

やれることはやる。やってやる。自分の力で掴むしかないのだから。少佐殿の目を見て意思を伝えれば、彼は納得したような表情を見せた。果たしてその納得が良いほうに働くのか、悪いほうに働くのかはわからないが。

 

「そうか。……時間を取らせたな」

「いえ。失礼いたします」

 

 席を立ち、礼を尽くして彼に背を向ける。自分の好きな統計データの集まる棚へ向かい、誰もいないことを確認した私は安堵のため息をついた。たいそう緊張していたらしい、チカチカと景色が光る。しばらく呼吸を整えて、私は今日の目的を果たしに資料をかき集め始めた。

 

 だから知らないのだ。少佐殿が手帳を取り出してさらさらと何かを書き留めていただなんて。 

 

 

 ちなみにこの日の帰り道、ターニャからゼートゥーア准将にお会いしたと聞いて驚いた。やっぱりターニャちゃんが参謀で狂人と話題になったのは本当なのかもしれない。

 

 




 見切り発車、続きがあるかもわからない。
 ですが誤字脱字、感想等ありましたらコメントいただけると幸いです。


 なお、web版は読みました。小説版は1巻を買ったばかりです。劇場版を楽しみに待ちます。



 2/22 酔っ払いが計算を間違えたようなのでアナスタシアさんの回想を一部訂正しました。
    あの人、どう考えても令嬢が子供の時すでにおっさんですね。
    私はいったい誰と勘違いしたのだろう、不思議。
    申し訳ありませんでした。

2/27追記:令嬢のスコップは大きい方のスコップ、足掛できるやつです。人によってはシャベルと変換してお読みください。そしてまた酔っぱらいのミスを訂正しました。スコップ姫はアサシンではない。もう酒の勢いで書かないし酒の勢いでしか確認しないようにします(絶対とは言ってない)。


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第2話

 酔いもさめて開きっぱなしだったPCで1話を読み、「うわあこれは書きにくそう(黒歴史の予感)」と思った。

 評価、しおり・お気に入り登録等してくださった方々ありがとうございます。それらをするに値すると判断してもらえたことは本当にうれしいです。ただの酔っぱらいがしでかしたこと、誰にも見向きもされないで終わると思っていたのですがちょっと楽しくなってきたので続きをやれるとこまでやってみます。
 では、令嬢の軽い設定の後、第2話をお楽しみください。


<令嬢の軽い設定>
☆アナスタシア・フォン・プルシア
 4月生まれ。現在結婚適齢期な20歳。令嬢にしては高身長。12歳から5年くらい祖父母と士官学校入学を巡って戦争していたが、何せ受かってしまったので18歳の一般の学校卒業と同時に士官学校へ入学。ターニャと同じく1年で繰り上げ卒業。
 知識を蓄えるのが好き。嫌いなことは家から押し付けられる縁談と令嬢の恰好をすること。

☆ユリア・バーナード
 4月生まれ。軍大学在籍時20歳。女子にしては高身長、スタイル良し。孤児であり、両親の名前は空欄になっている。
 射撃能力が発狂するレベルのエラー。しかし防壁硬度と近接格闘能力はそれなりにある。シャベル姫とは彼女のこと。




 

 ある日、ターニャは言った。此度の戦争は一撃では終わらない。むしろ、その一撃をはじめとした世界大戦になると。

 

 私はターニャがゼートゥーア准将に提出するというレポートを、確認という体で読ませてもらっていた。ほら読め、と押し付けられたそれを読み、彼女から受け取った生のデータにも目を通し――――私は彼女よりも統計を扱う上では成績が良かった――――分析方法が間違っていないこと、2つ数字のミスがあったのでそれを訂正するよう伝えた。そして、そのレポートを返却するや否や衝動のままに自室へ駆け込み本棚から歴史書を、それも戦史においてターニングポイントとなる時代のところだけを引っ張り出して、あらかじめ端を折っておいたところを広げて速読していく。そこだけ読めば、戦史がどのように転換するかを再確認できるようにつけておいた印は、私が確認したい知識を的確に伝えてくれた。そしてすべてを確認し終えた時、私のこの切羽詰まるほどの焦りと不安は、私が積み重ねた知識が警鐘を鳴らしている故だと把握できた。

 

 彼女は世界大戦、それも国力すべてを挙げての総力戦が展開されると書いていた。帝国は新興列強にして、従来の列強よりも単独で優位に立っている。確かに、共和国や協商連合くらいには単独戦であれば勝てると思う。様子見をしている連邦や連合王国は難しいが、イルドアなら仮に攻めてきても倒せるかな、というくらいだろうか。

 ただ、帝国が共和国を制圧すれば、もしくは協商連合を制圧すれば、連合王国が動くのは簡単に予測できる。

 何故なら、かの国は一時期世界を掌握できるくらいには優秀な国だったのだ。自分たちの不都合に目ざとく気づき、小さな島国とは思えぬ国力で火消しにかかる優秀な国だ。共和国とは100年殴りあうし共和国の敵の味方になるようなことが多いが、それはたいてい共和国の敵が共和国より弱い時の話。

 もしも長年の敵が帝国に飲まれたら?それは困るはずだ。だって、彼らは何だかんだ一緒に動いているのだ。この欧州大陸を三分割するなら連邦、帝国、彼らの3つになるのだ。気に入らないけど認めている、ツンデレのような関係が彼らだと個人的には思っている。そして連合王国は、今回協商連合を支援している。共和国も協商連合に味方している。それははっきりと、連合王国が帝国を脅威ととらえていること、共和国は帝国にちょっかいを出したいことを示しているではないか。

 しかも極東の皇国と連邦の不穏な動き――――連邦は今、極東に戦力を割きたくないから皇国を叩き潰さなかったのだ。なら、その戦力の来る先は間違いなく欧州大陸だ。帝国とその他列強諸国の世界大戦が見えてくる。

 

 状況は把握した。では、何故こうなった?

 

 答えとしては、帝国は一歩国外へ、協商連合へ踏み出してしまったことだろう。それも外交官ではなく、兵士が踏み出してしまった。そこがターニングポイント。それも、帝国が世界大戦の引き金を引く転換点。この戦争の歴史書を将来手にすることができれば、ぜひとも印をつけておきたいほどの。

 

「……もう少し早くこのレポートが上に行っていたら、何か違ったかしらね」

 

 帝国は総力戦かつ消耗抑制で「負けないこと」を目標に据えることになるというターニャちゃんの意見は非常に過激で狂気的だが、恐ろしいほどの正しさを持っている。このレポートは将来的に、北方で戦争をすることを主張した愚かな将校を片っ端から斬っていくだろう。

 

 小休止。息を吐いて、息を吸い、そして息を吐く。

 

 ターニャ・デグレチャフのレポートは、あくまでもこのままちょっかいを出され続けることを前提に書いている。ちょっかいを出された場合、軍としてどのように対応するかを考慮した完璧なレポート。

 だが、どうにも引っかかる。

 それはターニャちゃんが未来を予見したような分析をしたことではない。彼女の有能さはずっと隣で見てきているから知っている。私がどんなに努力しても掴めないものを彼女が掴み続けているのはよく見てきたので、今更気に留める内容ではない。では、気に留めるべきは何か?

 

『命令を忘れるようなアホな頭には、頭蓋骨を切開し、直接命令を叩き込んでやろう』

 

 鮮烈な記憶――――一人の廃人が生み出される寸前だったあの光景。

 やはり、彼女の狂気だろう。所以の一つは彼女が他者の感情を理解できていないと思われる。理解できないのだから、私たちから見て彼女が異質に見えるのは当然である。

 もう一つ、このレポートにおいて、人間を「消費」…つまり資源として捉えきっていることか。彼女の合理性は突き抜けて異常だ。彼女が正常に考慮できるのは、自分の命と保身についてなのだと思う。

 まあ、そんなことは士官学校の時から知っている。それを知っていて離れなかったのは私だ。私とて、誰かを資源として消費することになる可能性は捨てきれない。だって、消耗抑制ドクトリンに共感できるあたり、私も合理主義者である可能性は高いし、そこにどれくらい狂気があるかなんて私には把握できない。

 

 では、狂気の彼女が正しいとして。私、もしくは私以外の帝国軍が把握しておくべき、彼女から見た私たちの無駄はなんだ?

 

「…………!」

 

 そこまで思い浮かべて、私はデスクの引き出しから紙とインクを取り出し、ペンを手にガリガリと文字を書き始めた。日が暮れても、月が頂点に至ってもひたすら書き続け、月が沈むころにようやく、

 

「……ぐう、」

 

ペンは止まった。

 

 

 

 隣室から何やら大きな音がした気がする。それと、一瞬の魔力反応。

 朝、ターニャ・デグレチャフは目覚めた。時間を確認し、起きるにはちょうどいいことを判断。寝癖やらを整えてから廊下へ出た。すぐ隣、士官学校から同期の女の部屋で立ち止まると、小さな手を伸ばす。室内に響き渡る硬い音。もう起きてもいい時間であるのにしばらくしても動きのない室内にまたか、とドアを開ける。開けて、彼女にしては珍しく心臓が止まるような衝撃を受ける。ドアを開ける最中に見えたのは床に投げ出された白い腕。ドアを開けきって見えたのは、部屋中に散乱した大量の白紙と書き損じ丸められた紙、そしてシャツに軍のズボン姿で倒れている部屋の主。まさか死んでいるわけではあるまいな?!と呼吸を確認すれば規則正しい呼吸音。

 

「…………ついにこいつ、床で寝るようになったのか?それも、紙と一緒に?」

 

 無駄な心配を、とため息をつく。改めて部屋を見渡せば数冊歴史書が本棚から落ちていたり、椅子が倒れていたり、デスクの上でペンが転がっていたり、何か書いた跡があったり、心理学の本が山積みになっていたりする。床で眠るバーナードは束ねた髪を解いた形跡も着替えた形跡もなく、演算宝珠も首から提げたまま。…そういえば、彼女は昨晩夕食をとっていないはずだ。風呂にも入ってなさそうなあたり、彼女は何か熱中して書くだけのものを思いついたらしい。

 ほう、とターニャは思う。自分にできない思考をする座学最優秀の彼女を熱中させるその内容は、どうやら心理学と歴史に関係することらしい。デスクに置きっぱなしにされたレポートの中身に非常に興味がある。彼女は眠っているし、整理整頓がてらのぞいてみるのもいいかもしれない。

 表紙に書かれた題名は「仮題:歴史と心理学の関連」、ぱらぱらと頁をめくれば、彼女が分析した歴史上のターニングポイントと、その時の軍人の心理について書かれている。歴史の転換点は油断であったり、欲目であったり、確認不足であったり、人間の不出来な部分に軍人たちが陥って発生したもので、それは時に国全体を包み上げるとある。確かに、戦場一つとっても軍人の愚かな勇気と愚行は状況を一転させる。現場に即したいい内容だ。だがどうにも掴めないのは、彼女が書きたいことであった。

 彼女はどうにも、今の帝国軍に流れる空気を恐れているようであった。周辺国は打ち勝つべき敵と認識する帝国の勘違いを彼女は指摘したいような文面を書いている。また過去の戦争の歴史から、帝国はあと少しならやってしまえという風潮があると、こちらははっきり指摘している。――――そんなこと、今更指摘して何になるというのか。

 ターニャはそこまで考えて今回のレポートは興味なしと切り捨てた。しかし、彼女は知らない。これから先、軍と帝国がしでかすことが更なる泥沼を呼び込むことを。また、勘違いという単語のみに関しては、彼女が一番気に留めるべきであり、気に留められない彼女の欠陥であることを。

 

 ターニャが出て行った数分後、ユリア・バーナードは起き上がった。その顔に眠気はない。

 先ほど椅子を倒して起きたとき、とっさに魔法で棚を揺らして自らばらまいた大量の紙をかき集めてすべてごみ箱へ捨てた。そして、デスクに置きっぱなしのレポートは容赦なく火をつけ、使いもしない大ぶりの灰皿へ置く。燃え行くレポートを眺めつつ、結びっぱなしの髪を解いた。

 

「ごめん、ターニャ」

 

 本当はそのレポート、提出する気なんてさらさらない没案なんだ。口には出さず、その件に対する謝罪を述べた。ただし、罪悪感など感じない。ターニャがレポートを盗み見るような真似をしても罪悪感を感じないのだから、ユリアが騙したことに罪悪感を感じる必要はないと判断した故に。

 

 引き出しから束ねられたレポートを取り出し、ぱらぱらとめくる。ふくらますべき内容を確認してまた引き出しにしまうころには灰皿のレポートはチリと化した。灰を捨て、吸いもしない煙草の灰皿を定位置に戻した。

 朝だ、大学だ、と急いで支度をし始めたところで今日は休日であることを思い出した。げんなりした彼女は、ストックしているパンを適当に食べ、さっさと風呂に入り、流れるような二度寝を決めた。

 

 

 






 果たしてこれは友人なのか。まあとにかく、ヴィーシャ路線ではないことは確実です。



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第3話



 もっと早く投稿しようと思っていたんです。ベヨネッタに時間を食われたんです。原因は簡単です、作者にアクションゲームの素質が全くない故であります。イージーに苦慮するほどの実力の無さであります。しかし、どうしてもベヨネッタさんじゅうななさいを操作したかったんです。美人は好きです。



 はい、すみませんでした。
 第3話はアナスタシアお嬢様のターンです。題名の通り令嬢ですよ、多分。



 洗いっぱなしの質素なワンピース、ショートブーツといった格好にトランクを持って町を歩く。普段より髪は丁寧に梳かれ束ねられてあったが、その目は死んでいる。

 

 皆さんご機嫌麗しゅう。私はアナスタシア・フォン・プルシアでございます。久方ぶりに家から呼び出しがかかり、士官学校で家を出て以来何の沙汰もなかったくせに、いったい何用かと出向いております。

 昼過ぎに到着した、久方ぶりのプルシア家は相変わらずギスギスした雰囲気。カフェイン不足ですかね。私は令嬢の恰好をしていないという理由で裏口から家へと入ります。

 

「ただいま戻りました。――――まあ誰も反応しないからいいか」

 

 慌ただしく働く使用人たちに礼儀程度のあいさつはする。しかし、誰もこちらに気づかないのは雇い主の命令だからだろうか。まあ、なんだっていい。私はここにおいて、昔からそのような扱いであるから今更。

 廊下を歩き、扉を開けて自室へ入る。扉を意図的に少し開けておき、トランクをベッドに放る。窓を開け、ほこりの積もった自室の掃除をするべく、トランクから雑巾と三角巾、マスク、エプロンを取り出す。身支度をして自室備え付けの洗面所――――祖父母は私に一人で暮らすだけの用意はしてくれた、ただし屋敷内での一人暮らしである――――で雑巾を濡らし、広くない室内を全力で磨き始める。正直な話ベッドとデスク、棚一つしかないため掃除するところはほとんどが床である。軍人としては当たり前の、令嬢としては信じがたい掃除スキルで床を磨き上げると、ベッドのシーツ類もトランクから取り出し、ずっと放置されていたかび臭いシーツ類を片っ端からごみとして燃やす。もちろん空中で。術式は便利である。

 嬉々としてごみを燃やしていき、埃っぽくなった身体は風呂でさっぱりさせた。部屋着に着替え、きれいになった自室でくつろぐころには夜になっていた。呼び出しの手紙に書かれていた集合時刻?のようなものは翌日の9時。7時ごろに人を寄越すと書いてあるあたり、今晩祖父母に私を呼び出す用件はないはずだ。私はトランクから固形食料を取り出し、それだけ食べるとさっさと眠りについた。

 

 

「――――、――――様、お嬢様!アナスタシアお嬢様!」

「っ、」

 

 大声と頬を叩く何か――――多分、手。それらに驚いて目を開けると、見覚えのある婦人の困り顔。プルシア家の使用人にして唯一私を世話していた人、かつこの家で唯一私に最低限よりも多くやり取りをしてくれる人。

 

「……エリカさん」

「お久しぶりでございます、アナスタシア様。いつお戻りになられたのですか?」

 

 彼女から目をそらし、窓の外を見やる。朝だ。つまり日付が変わっている。

 

「あー…昨日の午後に裏口から戻りました」

「なぜ床で寝ているかお聞きしても?」

「寝相が悪いからです」

「旦那様と奥様に挨拶は、」

「どちらもいいえ。――――誰も気づかないのであれば問題はありません」

 

 何てことはない、と言わんばかりにあっさりと告げれば、彼女は記憶と同じように悲しそうな顔をする。そんな必要はない、私はこの家で必要とされないのだから。普段から閉めっぱなしの部屋のドアが開いていれば普通気づくだろうに、誰も気づかないこの存在感の無さは、全く正常とは言い難い。それに、あなただって気づかなかったのだから…とは言わない。

 

「とりあえず、湯浴みでしょうか。それと食事を」

「…湯だけ張って。朝食は自分でとるから」

「ですが、」

「本当なら自分ですることよ。それに、どうせこの家に私の食器はないわ」

 

 かしこまりました、と暗い声音の彼女を無視して硬い床から起き上がる。体中が悲鳴を上げるが、何事もなかったように立ち上がる。壁掛けの時計は7時を示していた。私は水道からコップに水を入れて飲み干し、案の定トランクから固形食料を取り出して口に含む。ああ、こんなくだらない用事がなければ私は今頃、おいしいご飯にありつけていたはずなのに。ターニャは元気かな。…まあ元気だろうな。うん。

 

「お嬢様、湯が沸きました」

「ありがとうございます」

 

 タオルを受け取り、浴室へ向かう。着替えはどうせこれから家の指示するものを着ることになるので必要ない。さっさと入浴を済ませ、髪は魔法でさくさく乾燥させる。一つ諦念のため息をついて浴室から出れば、案の定祖母好みの堅苦しい服装が待っている。胸元にフレアのついた白い立て襟のシャツはボタンを袖含めすべて止めてかっちりと着る。次にひざ下まである長めのスカートを履き、パニエでふくらませる。スペンサータイプのジャケットを羽織り、ボタンを留める。ジャケットとスカートの色はボルドー。私の髪色には悪くはなくとも、正直もう少し明るい色味にしてほしい。なんというか老けている。もしも金髪であれば、その色味は"お人形"のように当てはまるのだろうけれど。あとは白い手袋を着け、黒いタイツ、焦げ茶色の革でできたレースアップのハーフブーツを履けば服装については完成である。

 

「では、失礼いたします」

 

 私はエリカさんに有無を言わせず座らされると、髪をガッと掴まれて一気に結い上げられる。ああ、重たい。そしてボルドーの帽子を被らされ、アナスタシア・フォン・プルシアという芸術品が完成した。どう間違ってもこれは私ではない。ため息をついて壁掛けの時計を見ればもう9時。

 

「時間ですので、旦那様の元へご案内いたします」

 

 先導のエリカさんに続いて部屋を出る。ちゃっかり荷物をまとめて持ってきたのは万一の時の保険だ。廊下を歩けば皆が目をそらす。小さいころから当然のように受けてきたその態度はもう慣れたもので、私は軍にいるときと同じように胸を張って歩く。トランクを預かる、と言ってきた人間には丁重に断りを入れた。信頼できない家で、信頼できない人の配下に荷物を手渡すような教育は受けてない。隣室のドアの前で立ち止まると、エリカさんが扉を叩く。

 

「旦那様、アナスタシア様をお連れしました」

「入れ」

 

 部屋に入ると不快な視線が身体を貫く。久々の感覚、子供時代には毎日だったその視線は私の頭に注がれる。そして、お決まりの文句。 

 

「やはり忌々しい。何故お前は我が家の金色ではないのだ」

 

 この一言で旦那様、私の血縁上の祖父が何を考えているかお分かりになるだろう。祖父は、軽やかな金髪どころか黒髪に近い、私の重たい色をした髪が嫌いだ。そしてこの髪色は父親のものらしい。つまり、祖父が望んだ婿とは違う男の娘である私が嫌いなのだ。

 いい加減あきらめてほしい。曲がりなりにもプルシア家の血を継いでいるというだけで家に迎えたのは祖父であるし、金髪でないから気に入らないというならそれこそ捨てておけばよかったのだ。むしろ変なプライドに邪魔されて嫌々家で生活させたり、そのくせ令嬢たるものが何かを仕込みに来ては誰かと結婚させようとしたり、その相手は必ず金髪であったり、私の自己実現を邪魔するべく全力を尽くすのは疲れるだろう。

 

「だが、お前にプルシア家で功績を積ませてやろう。うまくいけば、お前を認めてやる」

 

 そして何よりその家の名前が素晴らしいと思い込むそれ。言っておくが、軍ではその名前は全く知られていないからな…とは口が裂けても言わない。仕打ちを受けるだけで利益がない。素直に従うこともできないが。

 

「そんなものに興味はありません」

「黙らんかね!お前にそのような権利などない!――――女性は、価値ある血統の血を増殖させるために多産する、控えめで、従順で、献身的な主婦であるべきだ。よって、お前に縁談だ」

「……お言葉ですが、私は軍人です。それも、軍大学に進学させてもらえるほど、軍から期待を背負った人間です。そんな人間を、結婚で家に閉じ込めるなど、帝国に不利益であるとはお考えにならないのですか」

「重用される?お前が?――――誰かから獲物を横取りできるよう媚を売ったにすぎぬだろう」

 

 下らない。上官に媚を売るだけで上に上がれるような軍隊はこの帝国にはない。本当に目の前の男は帝国の貴族なのか怪しいと思う。フォンという肩書がただの紙っぺらだ。名はあっても実体がないのではどうしようもない。

 

「何も言えないだろう?お前など所詮そんなものだ」

「いえ、言っても理解できない人間に説明する口は持っていません。時間と酸素と体力の無駄です」

「お前というやつは!!!」

 

 ああ、そうだ。すぐブチ切れるのも祖父の癖だった。投げつけられる文鎮を防壁で弾き落とす。ちょっと仕返しにペンを折ってやろうと、デスク右側に向けて攻撃術式を組んで射出した。しかし左側へ向かった術式はデスクランプを壊した。なんという致命的エラー。突如発生した見えない壁と見えない攻撃に、祖父が怯えを得たのがよく分かる。この人はきっと軍にこれより優秀な航空魔導士がうようよいるのを知らないのだろう。

 本当に、井の中の蛙。どうしようもない。

 

「嫌なものは嫌です。私は軍人として帝国に尽くす覚悟をとうの昔に決めています。プルシア家に尽くしたいわけでも、あなた方に認められたいわけでもない」

 

 もういいだろう。会わなかった祖母は縁談相手をもてなしているのだろうが、そんなことはどうでもいい。せいぜい謝罪に精を尽くせ。トランクを掴んで適当な窓を開けると、そこから飛び出す。男の怒号と、女の悲鳴を後ろで聞いた気がした。お構いなしに宝珠で干渉し、着地を丁寧に決めると、私は昔と同じように走って屋敷を逃げ出す。

 

「ああくそ…!やはりあの家は碌なことがない!いったい、いつまで時代遅れな!」

 

 自分で切れる縁なら、今すぐにでもぶった切って自由になりたい。だが、そううまくいかないのも人生。昔のように逃げ先である図書館へ駆け込むと、すぐさまトイレへ向かう。個室に入るや否や、やけくそになりながら白い手袋で口紅を拭いとる。美味しくない上に不快感しか与えないそれはべったりと手袋についたが、どうせすぐに捨てるので問題はない。さっさとあの家で支給されたものを捨てるべく着替えを敢行。洗いざらしのワンピースは支給された高級品よりも肌や私の髪色に馴染んだ。髪も解き、いつもの自分へ戻ると落ち着いた。図書館を出て洋服類を路地裏のごみ箱へ容赦なく突っ込んで、帰路をたどる。そして軍用地へ踏み入れば、先ほどまでの不快な気持ちは薄れる。私の居場所はここにある。明日には死んでいる身であったとしても、私はこちら側に生きていたい。そう思わせる何かが、職場に存在するのだから私は幸せなのだろう。

 

「今日はやけくそだ。ストックしておいたとっておきのコーヒーを飲んでやる」

 

 宿舎自室の棚の上、ターニャから見えないところに置いた箱の中身。それは前線にも肌身離さず持ち歩いた、初任給をつぎ込んで買った高級豆。それを挽いて淹れるコーヒーは、私にとって格別の味なのだ。ふふ、と緩んだ口からご機嫌な笑みが漏れる。そうしてささやかな宝物は、彼女の足取りを浮足立つ軽やかなものに変えた。

 

 皆さまごきげんよう。私は帝国陸軍中尉、ユリア・バーナードである。

 

 

 







 作者はAC等フロムちゃんのゲームとか、少し違いますがメタルギアとか、いろいろやりたいゲームはあってもそれを操作する能力に恵まれなかったので、簡単に操作できるストラテジーにしか手を出せないでいます。ストラテジーだとルナティックハードもクリアできるのにアクションはイージーにすら詰む有様。
 まああれです、きっと誰にでも無いものねだりしたいことはあるはず…だと思う。皆が何でも出来たら、世界はきっと平和。うん。



 とりあえずアナスタシア嬢の面倒なおうち事情はこれくらいにして、次からはユリアちゃんのウキウキわくわく進路決定(誰の副官にしよう)



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第4話


 細かい設定って忘れますよね。酒が入っていれば尚更。前書きの時間は酒入ってないんですけど、本文の時間はだいたい酒が入ってます。そして酒飲みながら考えたことは一晩で消えゆくので細かい設定を忘れる。指摘されて初めてなにやらおかしいところに気づく辺り、作者は思考補完型のご都合主義者かもしれない。

 では、ユリアちゃんの進路決定です。



 数か月後、最終課題として軍大学の生徒から提出された山ほどの課題。その中でもひと際異質で、評価が二分したものが存在する。あまりにも評価が二分されすぎて評価できず、軍大学どころか参謀本部上層部まで持ち出されたその論文。それを手にして唸る将校と、納得の表情を見せる将校がいるあたり、参謀本部中でも優秀な頭脳を持つ人間ですら評価が二分する内容であるらしかった。

 

 

 特別に開示された執筆者の名はユリア・バーナード。題名は「戦史における帝国軍と今次戦争について」、帝国軍の戦史における特徴と行動心理を時代別に読み解き、今次戦争について帝国軍の行動に警鐘を鳴らすものであった。

 論文で彼女はこの戦争について、国の勘違いから始まっていると評する。帝国の軍事力を見誤った協商連合、協商連合などすぐに潰せると勘違いした帝国。特に帝国に関しては、周辺国すべてを仮想敵国とみなさねばならぬその不安な状況に刺激された軍が、協商連合が帝国軍より強いと勘違いした故に過剰反応を見せたに過ぎない。だが、その過剰反応は新興列強の帝国を警戒する従来の列強国には悪影響しかもたらさない。このままいけば帝国は、周辺国と本格的に戦わなくてはならなくなるだろう。

 そのような愚を犯した理由は決して、帝国軍人が無能であるからではない。帝国軍は、建国以来勝ち続けている。余裕があっても、少し無理をしてでも勝ってきた。それ故に、軍は戦って勝つことしか知らず、帝国は軍で勝つことしか知らない。その軍の生い立ち故に、帝国軍は戦ってしまう――――その分析に怒る者、困惑する者様々であったが、結論に一部を除いた将校がこの論文を嫌悪する原因がある。

 

 今次戦争は参戦国が増える前に止めるべきである。決してこれ以上我々から敵国へ攻め立ててはならないし、冬季に短期決戦を目論むなど論外なのである。勝ちたいという思考ではなく、負けないという思考でなければ、四方を囲まれた帝国に未来はない。

 

 その文章はノルデン侵攻を声高に訴えた将校にとって認めがたいものであった。自分の間違いを突きつけてくるようなその文章を受け入れるには、いささか直接的すぎる。一方、ノルデン侵攻に反対した将校には好感を持たれる内容であり、自分の麾下に置くべく彼女のポストを考え始める。彼女の頭脳明晰ぶりと近接以外の戦闘下手は有名であり、後方勤務にせざるを得ないのは誰もが知るところであったが、その座席をどこに設けるかで大きな差が発生する。帝国軍に有意に働かせるにはどこが良いか、その最善を模索し始める。

 

 そしてこの論文、実はもう1つ重要な要素がある。「規模関係なく、戦史に名を残す独裁者・カリスマの分析」が書かれているのだ。そこには分析結果から取扱説明書ばりの対応方法が記されている。その中でも注目を浴びたのは3つの項目。

 

 一つ、絶対に知られたくない内容は欠片も教えてはならない。たとえ世間話だとしても、少ない情報からその内容にたどり着く能力が高い。デスクに置きっぱなしにした書類、論外である。

 一つ、自分たちと同じ感情の物差しを持っていると思ってはいけない。良心の呵責など、一番頼れない。

 一つ、主張してくる内容の裏側を読み取るべし。案外、自己の保身に突っ走っていることがある。そこを誤解すると自分の首を絞める可能性がある。

 

 これには一部の将校――――特にゼートゥーア准将、レルゲン中佐が高評価した。彼らからしてみれば、これらの項目は誰のことを示しているか、そう考えた時にターニャ・デグレチャフが浮かぶ。そして執筆者はその隣で軍人生活を歩み続けるユリア・バーナード。悩む人間たちに、この分析は大いに参考になった。理解できない、からほんの少しでも理解したに進歩するために、大人たちは必死だったらしい。

 

 結果、ユリア・バーナードの論文は色濃く記憶に残る、強烈な論文であったことは間違いない。その論文を取り巻く感情や思惑は分かれたが、高評価ということで幕を閉じた。

 

 

 

 皆様、ごきげんよう。私はユリア・バーナードであります。晴れて軍大学を卒業し、あとは配属を待つのみとなりました。現在暇を持て余しながらターニャの部屋にいます。彼女は同期たちと同じように昨晩配属が決まり、参謀本部付の編成官となったそうです。……かなり古い時代の制度名を聞きましたが、きっとこれは何かの前触れでしょう。そうですね、きっと編成の功績やらで少佐にして、その編成された大隊を率いさせたいと参謀本部は考えているのだろうと思います。二桁にようやく差し掛かるその年齢で大隊長。いやあ、夜道を歩くの不安になっちゃう!って感じ?とにかく彼女は野戦将校への道をまっしぐらというわけです。部下を壁と考えるあたり、ターニャちゃんは有能な怠け者だから仕方ない。

 

「全く、外にも出られんよ」

「そうねえ、背後とか狙われちゃいそう」

「やめてくれ。近接においてシャベル姫には勝てない」

「死にたいようだな」

「すまなかった」

 

 何故か昨日のうちに何の音沙汰もない私は果たしてどのような場所に配属されるのやら。私お得意のシャベル片手に戦える戦場は塹壕戦くらいなので正直野戦将校には向かない。かと言って無能な怠け者にはなりたくない。無能な働き者なら軍大学には入れてもらえないままクビだったか死んでいたかだ。そうならば有能な働き者であるべきだし、そう見えるよう努めているが上から何と見られるかは分からない。ああ、どうしよう。こんなに税金を湯水のごとく注がれた環境で育てられたのに無能と言われたら心がしんどい。

 

「どうしよ、ターニャ。落ち着かない」

「先ほどから本の上下が逆さまだぞ」

「だから落ち着かないって言ってるじゃん。悟って」

「面倒な奴だな」

 

 ターニャちゃん、そういうところだよ。心の機微に疎いの、どうにかしなよ。――――かく言う私も心の機微に疎い部類ではあるので人のことは言えない。

 とにかく、昼時だ。こうなれば昼ご飯を食べてうつらうつら睡魔と闘いながら知らせを待つほかない。立ち上がり上着を着て、身支度を整える。そしてターニャを引き連れ昼食へ――――と廊下に出たのは間違いだったのかもしれない。

 

「ああいた、ユリア・バーナード」

 

 廊下に出るや否や、軍大学教官であった人、もとい上官に遭遇する。しかも呼んでいる名前は私の名前。

 

「すぐに荷物をまとめろ。昼食は現地で支給する」

「は、はい」

「支度はどれほどでできる?」

「10分もあれば」

「では15分後、下にて待つ」

 

お呼び出し、しかも配属先に言及することなく命令だけ下して去っていくって、え?

 

「ターニャ……」

「幸運を祈るぞ。――――もう遅いかもしれないがな」

「ああああああ…」

 

 ユリア・バーナード、もしかしたらこのままクビかもしれません。

 

 

 

 30分後、トランクと身一つで上官に連れられて到着したのは参謀本部食堂。わけがわからないよ…と泣きたくなる顔を何とか普通の状態に維持して、荷物はそのまま持たされている。持って入れ、とのこと。

 

「ここで昼食だ。貴様のほかに将校がいらっしゃる。無礼の無いように」

「はい。……あの、なぜと問うたら怒りますか?」

「怒りはしない。私も詳しくは知らん。だがもう少し自信を持つようにな、ユリア・フォン・バーナード」

 

 そういって踵を返していく上官。結局何も知らないし教えてくれなかった。しかもフォン…つまりまた成績優秀者扱い、勘弁してほしい。あと、こっちの名前でも貴族のお飾り付けるの面倒なので名誉とはいえお返ししたくなる。しないけど。

 一息ついて、覚悟を決める。もうどうしようもないのだから、やるしかない。

 私が落ち着くまで待ってくれていたらしい従卒に案内されて部屋に入る。席に案内され、荷物を脇に置いた私は、遅れてやってきた人物に気が付くと顔を上げ、視線を上げ、驚くことになった。

 

「久しいな」

「れ、レルゲン少佐?!」

「今は中佐だ。所属も作戦局になっている」

 

 見覚えのある顔、眼鏡。なんだか気苦労が多そうなその雰囲気。大学図書館で少し前にお会いした人物が、参謀本部の食堂で、しかも目の前にいる。まさか、まさか。いやいや、そんな。私はあなたみたいな苦労人属性ではないと思っているのですが。

 

「お久しぶりです、レルゲン中佐。昇格おめでとうございます」

「ああ。バーナード中尉、軍大学卒業おめでとう。とりあえず昼食だ」

 

 食堂の使い方をレクチャーされながら、昼食を受け取る。席へ戻り、食前の祈りを済ませて食事を開始する。

 

「さて、急に連れてきて申し訳ない。つい先ほど会議で君の処遇が決まってね」

「……私の扱いそんなに悩まれていたんですか」

「まあそうだな。論文は高評価と低評価の嵐だった。フォンを与えるか否かも割れた」

「…………」

 

 書いた論文がもめ事を引き起こす自覚はある。それ故に昨日、同期と同じタイミングで配属の話を聞けなかったことは簡単に予想できることだった。そして、レルゲン中佐は先ほど決まったと言った。つまり、この昼食の場は私の辞令が下る場と考えていい。

 

「ユリア・フォン・バーナード中尉、今日付で大尉に昇格、参謀本部作戦局に配属だ。当面は私と一緒に動いてもらう」

「は……はい、力を尽くさせていただきます」

「昇格おめでとう、歓迎する」

 

 辞令は参謀本部への配属。それは素直にうれしい。私が不必要ではないこと、野戦より参謀でこき使おうということはよく理解できた。ただ、何故いきなり作戦局なのか。スープを口に含みつつ目線を上げれば、眼鏡の奥の瞳と視線が合った。

 

「何故、という顔だな。…本当なら人事部を経由してから作戦局のほうがゼネラリストとしては有能になる。だが今は戦時、そんな猶予はない」

「成程」

「作戦局で下働きしながら、コネでも何でも積み上げてくれ」

「承知しました」

 

 会話の間に昼食を平らげる。小休止ののちレルゲン中佐のデスク付近に連れていかれた私は早速自分の仕事場を整えた。自分の支度を整えている間に、レルゲン中佐のデスクの整理整頓(決して彼が悪いわけではない、仕事が多すぎる故だろう)、濃すぎる紫煙に嫌気がしたので分煙の徹底、彼のために胃薬の備蓄の必要性を把握した。胃薬が必要とかやめてほしい。いつの日かストレス性胃痛で倒れそうな上司をどう支えればいいのかは学習していない。

 そして自室の引っ越し作業、とは言ってもトランクの開封だけだが、それを済ませて今日の業務は終了となった。

 

 





 はい、上司は胃痛のお兄さんとなりました。何も考えず部下にしちゃって申し訳ないですね。とりあえず無言で胃薬差し出す部下だからうまく使ってあげてください。ああ、かわいそうに。




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第5話

 誤字報告等ありがとうございます。スコップの件は全力で直しましたので誰か確認をお願いしたいです。知識不足が恥ずかしいです。

 ぐるぐる先生の翻訳機能は頼れますがミスがないと言い切れないのが問題ですよね。ということでぐるぐる先生よりも優秀な英語力をお持ちの方、添削をお願いします。
 …あれ?知識ほとんどないんじゃ…とか思ってないですとも(思ってます、すみません。ベヨネッタやってる場合じゃない)。では第5話です。


 先日、部下がついた。名前はユリア・フォン・バーナード。首から演算宝珠を提げた参謀将校は珍しい…というより本当ならば野戦でこき使いたいが素質上無理、と判断された故に彼女はここにいる。重たい色の長い髪を束ね、暗めの青い瞳は理知的な光を灯す。

 

「この度作戦局に配属となりました、ユリア・バーナード大尉です。ここに来るまではライン戦線にいたり、軍大学に通ったりしていました。どうぞよろしくお願いいたします」

 

 作戦局の朝礼でそう挨拶した部下は、参謀本部ではかなり有名人だ。演算宝珠の件もあるが、彼女のシャベル姫という二つ名に近いそれと論文の話は皆の知るところであり、さらにターニャ・デグレチャフと普通に友人をやっているときた。

 

「ターニャ?ええ。士官学校からだいたい一緒にいましたね。初任地が違いましたが、ラインで一緒に戦っていますし、軍大学も同期です。仲良くなりたいなら美味しいコーヒーで釣れますよ。苦手なものは美味しくないものと女の子らしいふわふわな格好です」

 

 コーヒーでデグレチャフが釣れると表現したのは前にも後にも彼女だけだろう。しかし、士官学校から一緒にいたとは知らなかった。軍大学の図書館で初めて見かけたように思っていたが、記憶に残らなかっただけだろうか。

 

「だいたい射撃訓練クリアできなくて居残りです。それ以外の時間は図書館でした」

 

 なるほど。遭遇できないわけだ。本当によく卒業できたな。まあ、座学とその後の経過を見るに、卒業させて正解だったが。

 

 

 何はともあれ、この部下、非常に優秀である。

 

 

「バーナード、例の件だが」

「やっておきました。纏めたデータと報告書は少佐の席からみて左の山、上から3つ目のクリップの書類です」

「助かる」

 

 任せた仕事は確実にこなすこの部下は、仕事スピードを格段に向上させるブースターのような存在になりつつある。ルーデルドルフ閣下との会議に連れ出した際は、今まで課題として残っていた作戦上の欠陥部分を埋める提案をしてのけた。また、彼女は仕事の合間に本を読むのだが、そのジャンルは多岐にわたる。ジョーク集を読んでいるときは流石に笑った。だが、様々な本から吸収した知識を使って、敵国のデータの裏にある事情を汲み上げるのを見た時は、本気で彼女が士官学校で撥ねられなかったことに感謝した。

 あとは気が利くところか。

 

「中佐ー、胃薬ですよー」

「あっターニャ!元気?え?書類が多すぎて死にそう?副官ついてるでしょ?は、忘れてた?なら呼んであげなよ、多分暇してるよ」

「あれ、残業ですか?そうですか。――――明日、私は非番です。なので今日は徹夜しても大丈夫。手伝いますよ」

 

 確実なタイミングで水と胃薬を差し出されるのは複雑だが、コーヒーの淹れ方はうまいし、デグレチャフに遭遇しかけた際は彼女が先に声をかけ、横目で「早く行け」と逃げ道を提示してくるのは正直ありがたい。会いたくないから。時々発生する残業を手伝ってもらうと深夜までかからない。非常に優秀である。

 問題…として挙げられるのは時々深い思考に耽ることだろうか。彼女は学者肌らしい。声をかけても反応しないのはかの准将を彷彿とさせる。しかし今は仕事中だ。無理にでも思考の淵から引きずり出さねばならない。

 

「――――!あ、すみません」

「構わん。質問だが、貴官は外国語を話せるか?」

「は。英語なら会話可能かと。『Hello, Lieutenant Colonel Regen. Are you suffering from stomach pain today as well? Do you need stomach medicine?(こんにちは、レルゲン中佐。今日も胃痛に悩まされていますか?胃薬要りますか?)』」

「今はいらない。ふむ、ふざけた内容だが上出来だな」

「ありがとうございます」

 

 正直驚いた。流れるように喋りだした英語はある程度の慣れを感じさせた。聞けば、士官学校入学前まで通っていた仕事場には英語を話す人間がそれなりにいた珍しい環境だったらしい。孤児とはいえ偶然にも良い場所にいた彼女は、教養の深い人間にかわいがられて知識をため込む人間になったそうだ。航空魔導士を目指して士官学校に入学したのも勉強ができるからだという。それならばダキア語を勉強しておけ、という言葉にも素直に頷いて、

 

「せめて読解と聞き取りくらいはできるようになっておいたほうがいいですよね」

 

とやる気を見せる。目が輝いているあたり、仕事の時間に勉強していいという許可同然のそれに大喜びしているらしい。是、ただし仕事もせよと答えてやれば、翌日から彼女のデスクの上はダキア語の文献と彼女の筆跡の踊る紙で一杯になった。

 それから数日間、ダキアの文化、歴史、行政区画、政治、経済まであらゆる内容が散らばるデスクは大学の教授か、と言いたくなるような有様。だが、レポートとしてダキア軍の予測される戦法などを書いて寄越してくるあたりは軍人らしい。その内容は非常に問題であるが。

 

 

 統一歴1924年9月中旬、参謀本部内某会議室。

 部下は上官に囲まれてレポートの説明をしていた。それは仮想敵国の一つ、ダキア大公国についてまとめられたものであり、領土問題の件と現大公の妃が連合王国出身である件から確実に敵として近いうちに攻めてくることを主張したうえで、彼女が予測したダキア大公国軍の現状を報告するものであった。

 

「ダキアには航空戦力が無いようです。どの文献を読んでも出てきませんでした。また、それを装備するべきだと説く文献も一切見当たりません。情報部から情報を頂きましたがそれでも気になる要素は無し。ダキア語に航空魔導士の言葉もない。そうすると、越境は徒歩になるでしょう。山ですからね、機動はどうやっても遅くなるかと。それに装備は帝国に比べかなり時代遅れのようでして…というのも、あの国は歴史的に周辺国が発展してからテコ入れされないと次世代の技術を取り入れられないようなのです。現在周辺国で最先端なのは帝国ですが、そこに追いつけるだけの技術力は他国にありません。自分には直接調べる能力がないのが惜しいですが、これが真実ならば、帝国は航空部隊を送り込むだけでさくさくっと国境防衛できる可能性があります」

 

 失礼、と彼女がコーヒーを口に含む。これは余談だが、彼女の動作は軍人らしからぬ丁寧さと美しさがある。

 カップを置いた段階で、ルーデルドルフ閣下の鋭い視線が彼女に向けられる。

 

「………つまり、大尉は『実弾演習くらいにしかならないダキア戦』に対してどうしろと言いたい?」

「ターニャ・デグレチャフ少佐の部隊を査閲したいとおっしゃられましたよね?あれ、南東部で行ってそのままそこに配属すればいかがでしょう。ダキアがきな臭いのでしたら、訓練期間が足りないと嘆くターニャちゃんにそのまま実戦演習させればいいと思います。軍服がカラフルらしいので、新兵訓練にはもってこいでしょう」

 

 いかがですか、と彼女が振ったのはゼートゥーア閣下。閣下は少々考えたのち、悪くないと返答。ルーデルドルフ閣下も納得の表情を見せたあたり、彼女のプレゼンは成功したらしい。一方の自分は、デグレチャフに似通う何かを彼女に感じて、背中を冷たいものが流れ落ちていったのは気のせいだと思いたい。

 

「レルゲン、バーナード。お前たちに査閲は任せる。レルゲンは公用使として少佐に連絡、査閲式に出席せよ。バーナードはレルゲンの護衛でもしつつ、自分の主張の正誤を確認するんだな」

 

 ルーデルドルフ閣下の言葉に背を伸ばし、拝命の旨を伝える。そうして会議は解散となり、デグレチャフに会うという将来を思い浮かべて胃が痛くなった。すかさず胃薬を差し出してくる部下の出来の良さを褒めればいいのか、胃痛の要因を持ち込んだことを責めればいいのか悩ましい。

 

 

 

 会議から数日後、ランシルヴァニアへ向かうために参謀本部を出発した。駅へ到着し、チケットを取ってくるよう命じた時、珍しく返事が返ってこない。振り返っても目線をそらされる。

 

「何か問題でも?」

「あ、あのですねえ、中佐……えっと、その…」

 

 ぼそぼそ、と何かを答える声がしたのは分かった。しかし聞こえないのでは意味がない。再度言い直せと命じれば、

 

「わ、私!自分で列車乗ったこと無いんです…!だから、その、チケットの取り方も、わからない……ううっ」

 

やけくそになったのか彼女にしては大きい声で始まった返事は、彼女の顔が赤くなるのに反比例するかのように尻すぼみになって終わった。ふむ、そうか……え?

 

「自分でチケットを取って列車に乗ったことがないのか?!どこの貴族だお前!」

「だってきっ――――貴族ではなく孤児です!帝都の孤児院でしたし、帝都以外は軍で連れていかれた場所以外行ったことないんです!仕方ないじゃないですか!」

「あー…すまない。そうだったな」

 

 ついてこい、教えてやる。そう言って歩き出せば、彼女はほっとしたように安堵して、後ろを付いてくる。

 ああ、彼女が一般家庭で育っていないことをつい失念していた。そうだ、孤児だ。だがそれにしても丁寧な所作と訛りのない言葉遣い等――――いわゆる文化資本は他の孤児院出身者より突出して備わっているように思う。多分、貴族の中に放りだしても平気でやり取りできる。ドレスを着せてもまともに歩けるのではないか。

 到着した窓口でチケットの購入手順を教え、発券されたチケットを渡せば楽しそうに目を輝かせる。列車に乗り込み、寝台だと気がついた時の彼女はただの子供のようだった。

 

「すごい!ベッドついてる!」

「本当に乗ったことないのか…」

「帝都住まいだと帝都ですべて済んでしまうではないですか。――――食堂車なんてのもあるんですね!」

「前に前線派遣の時はどうやって行ったんだ」

「貨物車で行きました。あれもなかなか楽しかったですね。知らない土地行くの結構わくわくするんです」

 

 いつになく笑顔の部下。メモにこっそり旅好きと記入しておき、こき使うときはできるだけ遠路にしようと思った。

 部下が存外かわいらしいと気づいた翌日、この部下とデグレチャフのコンビネーションで胃痛が二割増しになることをレルゲンはまだ知らない。

 

 

 

 

 




 ふふ、2巻買ってねえな…買わなあかんな…
 クソアニメのステッカー二枚じゃなくて2巻買うべきだったな、と自省しておりますが後悔はしておりません。



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第6話


 バーに色がついていました。もうおねむの時間(本来は早寝遅起き型、例外は酒)という時に見たので「エラーだな?!報告だな?!」と本気で考えつつ寝て起きてクリーンな頭で真実だと把握しました。皆様ありがとうございます。感想とかも嬉しいです。胃が痛いですが死なない程度に頑張ります。現実に胃薬差し出してくれる人間はいませんからね、ええ。

 では第6話をどうぞ。




 

 統一歴一九二四年九月二四日。

 

 皆様ごきげんよう。ユリア・バーナード大尉であります。大尉になってからいろいろありました。チケットの時のように、まれに自ら身バレしそうにもなりましたが、現時点では元気に一般人をしております。いや、貴族だし列車乗ったことないのは祖父母が帝都から外へ行かせてくれなかったことと、徒歩もしくは自動車移動が基本だったんですよね。そんなこんなで楽しい列車旅が終わってしまったのは誠に残念ですが、お仕事の時間です。とりあえず、レルゲン中佐を脇へ逃がし、小さな同期と会話することから始めるとしましょう。

 

「ユリア!」

「あ、ターニャ。元気?」

「お前のレポート読んだぞ。なかなか面白かった」

 

 相変わらず小さな身体で見上げてくる同期は外見に関してはかわいらしい。ただ、1か月で部隊訓練するとかいう鬼畜っぷりは間違いなく幼女にできることではないので、中身は男前なおばさんか何かなんじゃないだろうか。しかもドSの部類だと思う。

 笑顔を浮かべながら横目で中佐の様子を確認すれば、行き場所がなかったのか通路の壁の向こうでこちらを窺っている。いや、逃げてよ。苦手なんでしょう?

 

「今日の査閲式には参加するのか?」

「うん。ほら、一応防壁だけは硬いから何かあったときは火消しできるし」

「じゃあこぼれ弾をせいぜい回収してくれ。お前ならできる」

「意図的に撃ってくるのやめようね?」

「新兵がミスするかもしれないではないか。まあそんな奴は私の権限で間引くが」

「うわあえげつない」

 

 ささやかにしては物騒な会話ののち、時間が迫ったので解散。小さな歩幅でかつかつ歩いていく航空服の後姿を眺めながら、近づいてくる人間に声をかける。

 

「中佐、胃薬をご用意いたしましょうか」

「いや…万が一の時は頼む」

「ええ。胃薬も防壁もお任せください」

 

 深いため息をつく中佐にこちらもため息をつきたくなる。これぐらいでその調子だと、デグレチャフの狂気には勝てませんよ。まあ、レポートを彼女が高評価したこと、つまり私の行動もそのため息の要因にはなっているので、そこだけは謝罪しておいたほうがいいかもしれない。

 

 

 

 帝国軍野外演習場に高級参謀らがずらりと並ぶ。皆男性であり、軍服をかっちり着てすらりと立っているので見栄えとしてはいいものである。ただ、皆一様に顔が引きつっている。その端っこで私は苦笑いしながら無線の音声を聞く。一応シャベルは近くにある。憲兵に持っていくなと厳命したのできっと万が一も大丈夫。

 

『聞こえていないのか?よろしい。ならば、死ね。今すぐに死ね。貴様が死ねば諸経費が戦友のために役立つ』

 

 容赦のないたたき上げと脱落者への砲撃術式。本当に撃墜してしまうなどターニャと私以外誰が想像していただろうか、というような周囲の動揺ぶりはきっと正常な判断だ。

 

『さあ、潔く死ぬか上昇しろ』

 

 兵を死ぬ間際まで追い詰め、文字通り生かさず殺さず能力の限界まで絞めあげるその才覚は異常だ。大方、人間の死の恐怖の中発生する急激な能力向上の特性を生かして教育したつもりなのだろうが、これは将官たちがちょっとかわいそうである。ターニャの言う人的資源という面では何の問題もないのかもしれないが。

 隣ではレルゲン中佐がターニャ直々に説明を受けている。ターニャからしてみれば、査察に同行したいと申し込まれた側なのだからプレゼンは必須だろう。しかし、中佐は上から命じられて申し込んだに過ぎない。直々の説明なんて欲しいけど欲しくない、そんなジレンマに駆られているはずだ。

 

「エレニウム工廠に資料を請求したい」

「わかりました、手配しておきます」

 

 さくさくと手配を進め、意識を査閲に戻したときには、中佐の表情が真っ暗になっていた。ああ、まずいんじゃないかな。何聞いたんだろ。ターニャがいなくなるのを見送ってから、中佐にお伺いする。

 

「中佐、せめてポーカーフェイスを習得してください。胃薬あげませんよ」

「そんなにひどいか」

「ええ」

 

 視線を上げれば、ひと月で訓練されたとは到底思えない精鋭部隊が空を舞う。なかなか信じがたい光景ではある。兵士の顔つきがほかの部隊の人間とは全く違う。すでに死線を潜り抜けまくって慣れ始めた人間の顔をしている。私も人を率いて戦場に赴いた経験はあるが、あそこまで……そう、戦闘狂のような雰囲気ではなかったと思う。人が死にかけるほどの教育を当たり前のようにこなせる彼女は、きっと異常だ。私にそれはできそうもない。

 

「奴は、人的資本と言った」

「……ああ、成程。気づきましたか。――――デグレチャフという人間は士官学校時代からあんなです。もしかしたら、元からかもしれない」

「知っていて一緒にいたのか」

「ええ。そうでなければあんな取扱い説明書なんて書けません」

「はは……やはりそうか」

 

 中佐の表情が取り繕われる。どうも、今までのあらゆることが脳内で処理できたらしい。どこか諦めを持ったその様子に安堵したとき、緊急事態を告げる一報が届けられる。

 

『緊急。軍団規模ダキア軍我ガ国境ヲ侵犯中』

「中佐、」

「とりあえず指揮所へ。……ルーデルドルフ閣下もふざけて言ったはずだろうに、まさか、本当に滞在中にお前の答え合わせの時間になるとはな」

「それは私も驚いています」

 

 眼鏡の位置を直したレルゲン中佐とともに指揮所へと向かう。後ろからターニャちゃんが小さな歩幅で近づいてきているのは回避不可能なので後でめいっぱい対応してあげねばなるまい。対応?もちろんレルゲン中佐の。さぞかし胃痛、苦痛に苛まれるであろう未来はもう見えてる。

 指揮所へたどり着くと現状の把握。60万のダキア軍が徒歩でえっちらおっちら登山しているらしい。本気で攻めたいというのがダキア上層部のお考えか。なのに、航空戦力がない。準備砲撃も、制空戦もない。致命的だ。

 どうやら、この弱小国の侵攻によって軍大学のデグレチャフレポートは現実になりつつあり、今日が帝国の世界大戦突入日らしい。

 ああ、愚かな。脅威を感じる相手には手を出さない。それが生き残りの定石だ。なのになぜ、わざわざケンカを売りに山越えしてくるのか。義理か?それとも欲目か?まあ、どうだっていい。無知は罪なりというけれど、詰みでもある。愚かな選択をした上層部のせいで、歩みを止めて滅ぶ羽目になるのだから。そして、さぞかしデグレチャフはこのダキア戦(実弾演習)を楽しむことだろう――――私の予測が正しいなら、の話だが。

 ターニャがてくてくと近づいてくる。さあ中佐、胃痛のお時間です。

 

「……なんと意外な攻撃、と驚くべきですかな。レルゲン中佐殿」

「皮肉はいい。少佐、遅滞戦闘に出てもらうぞ」

「は?遅滞戦闘でありますか」

 

 ターニャが信じられないといわんばかりの返答をする。それに対し中佐が至極まっとうな返事をするが、多分彼女に関しては違うと思いますよ、ええ。中佐の広げた命令書に目を通しながら、彼女の思考を読める範囲で探る。

 

「中佐、デグレチャフ少佐が言いたいことは多分、『余裕なので蹴散らしてきます』かと。命令されたのは『国境防衛に最適な行動をとれ』です。帝国…デグレチャフ少佐の部隊は精鋭の航空魔導士集団、対するダキアは陸上専門の歩兵、航空戦力無し。これはノルデン、ラインで最も欲される戦局ですよ」

「先鋒だけで三個師団近くというが?」

「問題ないでしょう。デグレチャフ少佐の撃墜スコアは邪魔があってもあの数値ですから」

 

 想像とその材料を説明してみせれば、中佐が引きつった顔を見せる。何故、と思ったがこの中佐はターニャの野戦将校としての活躍はあまり見ていないのだったと思い出す。

 彼女は砲弾、航空機、敵魔導士の邪魔を受けてなお戦場トップに君臨する“ラインの悪魔”なのだ。その邪魔が一切ない、その状況で果たしてどれだけの死体を積み上げることになるのか。まして部下は全員精鋭ぞろい。部隊全体でカウントしたらどうなるか。正直考えたくない。

 

「正解だ。流石はユリア・バーナード。レポートにおける戦力予測もドンピシャだ」

 

 うわあ嬉しくない。自然に漏れ出た感想にターニャが私の脛を軽く蹴り、中佐の左手が胃の位置に持ち上げられた。ああごめんなさい、中佐を苦しめる予定はなかったんです。

 とりあえず、これで国境防衛はできる、と思った。それで終わりだと思ったし、レポートにもそう書いた。だが、ターニャ・デグレチャフは止まらない。

 

「それで、どこまで進んでよろしいのでしょうか?」

「何?」「はい?」

「うっかり、敵の抵抗が脆弱すぎて兵站限界を超えては問題ですから」

「まて、少佐。貴官は何を言っている」

 

 うわあまじかあ、と思った。私も彼女が何を言っているのかよく分からない。え?余裕すぎるの?長距離遠征するつもりでいるの?私無理だよ?

 私も一応魔導大尉だ。空を飛びつつ攻撃をすることの疲弊度合いが結構すごいこと、魔導士の燃費の悪さは分かっているつもりだ。彼女はここからどこまで進むつもりなのだろうか。まさか首都ではあるまいな?――――いや、そうだろう。彼女ならやってのけそう。そもそも、それができるほど規格外な部隊を作り上げたというのかターニャ・デグレチャフ!?お前の脳内は一体どうなっている?!

 思考に身体の機能を奪われている間に、ターニャは満面の笑みで私に言うのだ。

 

「待ってろユリア、サクサク攻略してお前のレポートの正しさを証明してやる!」

 

 頭が痛い。

 

「………じゃあ期待しないで待ってるねターニャちゃん」

「ちゃん付けはやめろ!」

「ターニャちゃんの武運を祈るよ……必要なさそうだけど」

「お前帰ったら覚えてろ…?!」

 

 お呼ばれしていたらしい彼女の副官が来たので適当に返事をして副官と会話させる。その間にも飛び交う言葉は耳に入らず、私の頭は鈍痛を訴え続ける。そんな私に、ターニャは胸を小さな拳でおまかせあれと言わんばかりに軽く叩く。その様子に私の思考は限界を迎えて停止した。ふと視野に入ったレルゲン中佐も同じような様子だったから笑えない。パタパタ去っていく背中は小さい。しかし、あの中にあるのは間違いなく化物だ。

 

「中佐、胃薬です。あと水筒も」

「すまない。………お前にも鎮痛剤か何かが必要そうだが」

「頭痛薬をください…」

 

 二人分の溜息がターニャのいない指揮所に消えた。

 

 ……本当に、笑えない。私も、中佐も。

 

 

 






 レルゲンだけでなくユリアちゃんも痛みに苦しむ羽目になった。後悔はしていない。


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第7話



 感想、評価、誤字報告エトセトラ、皆さまありがとうございます。
 では、第7話です。





 某日、帝都参謀本部。

 私はルーデルドルフ閣下にお呼び出しされていた。

 

「昇格だ。バーナード少佐。今回はよくやった。上も貴官を褒めている」

「恐悦至極に存じます」

「素直に受け入れればいい。お前の予測は大正解だったようだからな」

 

 大正解?否、不足することばかりではないだろうか。

 

 先日のダキア戦は六十万を七万が蹂躙した圧倒的国力差を見せつけての終わりを迎えた。それは、近代技術を誇る帝国が技術後進国に見せた、近代戦の実戦演習だった。山岳地帯を陸路で行軍するカラフルなダキア軍に航空戦力はなく、前線は途中分派された帝国軍予備戦力第十七軍と航空艦隊により崩壊した。ターニャ・デグレチャフ少佐率いる第二〇三航空魔導大隊により戦域の制空権の完全支配に成功……そこまでは、私が予測できた結果だ。私はその戦域が国境周辺だと思っていた。だが、これで終わらない。友軍航空艦隊に先んじてデグレチャフ少佐は前進、ダキア首都を制圧。その時彼女はこう言ったらしい。

 

『蹂躙できないほうがどうかしている』

 

 そうやって国境どころか国を手中に入れて見せたあのラインの悪魔。私はデグレチャフの有用性、思考も勘案してダキアレポートを書いたつもりだったのだ。なのに、不足した。例の取扱説明書も多くの改定が必要だと思うが、何を書いたらいいのかわからないという現状。

 ああ、私の思考は彼女の思考を読み解くには不足する。私は、私が、ターニャ・デグレチャフに追い付けない。指揮所でのどこまで、という質問。彼女はやはり間違いなく、首都まで行くつもりで中佐に聞いたのだ。

 

「いえ、小官の予想は当たったかもしれませんが、不足する部分が多いです。特にデグレチャフ少佐を当てれば国境防衛できると想定しましたが、実際は首都制圧、終結まで進みました。結果は良かったものの、不測の事態であることに変わりはなく、さらに悪化する可能性があったものと思います」

 

 いい方向に進んだから、今回は良かったのだ。もし、参謀本部も予想外かつ政治的に大問題な案件を引き起こしていたら、帝国の首は絞まる。それを一番やりそうな現場の人間はターニャ・デグレチャフだと思う。それに――――

 

「だが、今回は成功した。それでいい。次は北方を処理する。貴官にも時期に辞令が下る、それまで待て。…少佐、あまり完璧を求めるのはいいことではないぞ」

 

 私の思考を遮った声は退室していい、と許可を下す。私は会釈し、閣下に背を向けて歩きだした。廊下へ出て、自室への道をたどろう…として行き先を変更、続きを考え続ける。

 完璧?違う。私が気にしているのはリスクだ。それも、ターニャ・デグレチャフを運用することのリスク。確かに、今回は彼女のおかげで損耗少なめ、かつ短時間で敵国を制圧できた。ただ、それはうまく行き過ぎただけだ。航空艦隊がないなど、ダキア以外ではありえない。だが、帝国は彼女を使えば美味い汁を啜れることを、勝利の味をまた一つ知ってしまったのだ。これは、まるで、劇薬だ。それも、参謀本部と国を惑わす傾国の幼女ではないか。これでまた、帝国は勝利を渇望するのだ。歴史が繰り返される一方で、そうでない時の対処法をまた知ることなく次へ進むのだろう。

 

 神よ。あなたは、帝国の味方ですか?それとも、帝国の破滅を望まれているのですか?

 

 

 

 

 皆さんごきげんよう。ユリア・バーナード少佐であります。ええ、昇格しました。少佐になったので、人事課とかに飛ばされるかなとか思っていたんですけれど現状維持だそうです。いやあ、ありがたいですね。ありがたいのですが、上司が相変わらず胃痛に悩んでいるのはどうしたらいいのでしょう。

 

「中佐、今日もデグレチャフ少佐からラブレターですよ」

「やめてくれ…!」

 

 ここ最近、毎日作戦局のレルゲン中佐宛にデグレチャフ少佐からお手紙が届きます。内容は決まってこき使われることへの苦情。どうやら部隊訓練を盾にターニャちゃんは前線勤務をさぼりたいらしいのです。

 

「『休養とか連携訓練とかやりたいみたいなんだけど、ターニャちゃんほら、ダキア戦で十分実弾演習してしまったじゃない?だから働いてほしいの!消費した弾薬分の働きをよろしく!』って書けばいいんですよ」

「お前が書け」

「嫌ですよ、だってターニャちゃんからレルゲン中佐宛のラブレターなのに、私が返事書いたらラブレターの意味がないですもの」

「何の問題も無いから書いてくれ…!もうダースは届いている!」

「ターニャちゃんの純情!ってやつですかね。少々重たいですが」

「本当にやめてくれ」

 

 そんなことを言われても、こちらとしては書けない。というよりも、書く余裕がないのだ。私が少佐に昇格すると同時に任される仕事量が増えた。思考力を問われるような仕事が増えたので時間を食うようになっていて、今だって会話はおまけ程度で本当に集中しているのは北方方面軍の現状把握。分析したり考察した部分を書き留めて気になる部分には印をつける。今日の私は昼食をとる前にはノルデン旅行開始なのだ、中佐の世話を焼いている余裕は正直ない。

 ええ、実はですね。私にはノルデン――――北方方面軍司令部への出向が命じられまして。表向きは前線司令部で経験を積ませる、本当の目的は中央の意向を通しやすくするための伏兵…といった具合であります。何故私なのか、と思ったが、ルーデルドルフ閣下は戦争大好き北方方面軍に真っ向から対立する主張の持ち主である私を連れて行って会議をぶち壊すつもりらしい。だって、下積みと称して中央に送られてくる北方軍のデータとか報告書とか読まされてるし、協商連合の知識も突っ込んだし。しかも現地に着いたら中央宛の報告書と現地報告書との差分を調べるようにですってよ?全く、仲良くする気は毛頭ないとはっきり仰せになればよろしいのですわ!そのくせ時が来るまでは猫を被っておけと言うのですから、私のストレスがマッハだよちくしょう!しかもターニャちゃんもゼートゥーア少将から拝借して連れてくるときた、勘弁してほしい……もうすでに疲れている気がする。

 

「中佐はそれさえこなせばしばらく平和な胃を維持できます。問題は私です。ターニャちゃんに次会ったとき処刑な、って宣告されてるので死ぬかもしれない」

「防壁で防げばいいだろう」

「前線離れて久しいですし、もうターニャちゃんに勝てないと思います。ほら、早いところ書きあげてください、返事書く前に次の手紙が来ても知りませんよ」

「ぐっ…」

 

 時計を確認するともうそろそろ支度をはじめなければまずい時間に差し掛かっていた。というか、早いところ車を出してもらって駅に行かねばならない。書き上げた書類やデータを封筒に詰め、筆記用具類とともにトランクに放り込む。髪をシニヨンに結いなおし、苦手な帽子を被り、コートを羽織る。見た目だけは完璧な軍人の出来上がりだ。外向けの笑顔も装備。くそ、令嬢訓練で身に着けた外面がこんな時に役立つとは聞いていない。

 

「では中佐、行ってまいりますわ。わたくし、しばらくいませんから。ちゃんとご自分でデスク整理なさってくださいね」

「善処する。……貴官も無理をしないように」

「こんな馬鹿らしい化けの皮とっとと剥がして会議ぶち壊してやる……!――――行ってきます」

 

 別れ際に私のストレス発散も兼ねて胃薬を1ダース中佐に投げつけたが、正直不足するのではないかと思う。まあ、あとは軍医さんのお仕事ってね。

 ルーデルドルフ閣下と合流し、手配した車に乗り込んで駅まで向かう。発行済みの切符(自分で買ってきた、ちゃんと買えた)で列車に乗り込み、自分のコンパートメントを見つけて帽子とコートを脱いでから着席。窓の大きい席をもらえたことを喜びつつ、これからやることを順番に整理していくべく頭を働かせる。

 

 今回の派遣において私が期待されているのは、ノルデン侵攻時における中央のわがままがきっかけで起きた北方方面軍との仲の悪さの改善と、中央の意見を押し通す足掛かりとなることだろう。仲の悪さについては大陸軍の配置換えで北方方面軍を振り回した中央が悪いと思うのでもうどうしようもないと思う。

 もう一つのお仕事としては、中央の意見――――というより、所属的に私はルーデルドルフ閣下の意見を押し通すことになる。ただ、意見において2つの方向性があるので、現地を先に視察してどちらを優先するべきか見ておかなければならない。

 1つ目の意見は、協商連合など捨て置くパターン。越冬を見越して防御を固め、えっちらおっちら兵站の整備に取り掛かる。正直、私はこちらを薦めたいところだ。最近協商連合の魔導士の強化、それも立場上中立を保った国の兵士が混じっていることが報告されている。防衛を理由に撃ち落としたならまだしも、攻勢に出て撃ち落とした場合に政治面で文句をつけられるきっかけとなってはたまらないし、それを理由に参戦されてみろ、もっと混沌が訪れる。それは帝国にとっていい状況ではない。それだったら先に共和国を潰したほうが義勇軍派遣とかもされずに済みそうである。

 2つ目の意見は、オース・フィヨルドを攻撃し、短期決戦を決める。北方方面軍に攻勢をかけさせて囮とし、別動隊を海から派遣して叩くのだ。上手くいけば協商連合は砕けるし、北方方面軍は今までの鬱憤を晴らすが如く戦うだろう。まあ、悪くはないのだろうよ。でも、わざわざ戦いに行く必要もないかなあと。北方方面軍がよほどの戦闘狂ならこっちにするしかないのだが。……ああどうしよう、戦闘狂だったら。

 とりあえず私はこれから最善を検討するために現地の様子を調べ、不都合の無いように猫を被り、情報を多く手に入れる。そして閣下に報告、順序を決めるそうだ。ターニャはその後に合流らしいので、私の死はその後にやってくるかもしれない…と。

 

「まあどうせ、ターニャが来る前から針の筵状態だろうし…」

 

 私の主張と真っ向違う人間に囲まれて暮らすのだ。だから頭痛薬はちゃんとダースで持ってきた。

 

「次は軍務でも仕事でも何でもなく、旅行で行ってみたいものだわ。そうね、復興した後に。荒野が見たいわけではない」

 

 ノルデンより北にぜひ行ってみたい。フィヨルドなんて独特な地形、面白そうではないか。海の青と雪の白、さぞかしきれいに見えるのだろう。

 窓の向こうを眺めながら巡る思考を終わらせるべく、目を閉じた。

 

 

 

 






 お嬢様言葉ってこんな感じですかね。噛みそう。

 海外の列車旅は風景がきれいで楽しいと聞いています。ぜひ生きている間に一度くらいは行ってみたいものです。


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第8話



 みんな!クソアニメ見ようぜ!!!





 一台の車が帝国北方方面軍司令部前に止まる。ドアを開けた従卒に対してありがとう、と礼を告げるその声は戦場に飛び交う声より高いが、高すぎないアルトボイス。というのも、車を降り、帽子を被った人間は頭のてっぺんから足先まで軍服で身を包み、重たい色の髪をシニヨンに結った女性兵士であった。階級は少佐で、次に降りる人間のために場所を空ける。次に降りたのは初老の軍人で、階級は少将。

 案内役を任された男性兵士が駆け寄り、挨拶とともにトランクを預かろうとする。それに対して少将は自ら連れてきた従卒に自らの分だけ持たせ、どうするかと問われてやんわりと断った少佐は、気づかいに対して礼を言う。そして早く連れて行けと言わんばかりに二人から睨まれた男性兵士は慌てて切り替えるかのように案内を開始した。途中、珍しく読み物を持った兵士が座っているのを、少佐の瞳が捉えていた。されど声はかけず、少佐は案内役や少将に大人しくついていき、本部へと連れていかれる。

 出迎えた高級将校たちに彼らはきれいに整った礼を見せる。簡単な挨拶を済ませると、握手を交わす。暖炉のある室内でコーヒーを飲みながら、方面軍の状況や必要事項の説明を受ける。良い待遇に感謝の意を述べ、執務室へと案内してもらうと、案内役に礼だけ述べて扉を閉めた。

 少将と少佐の先ほどまでのにこやかな笑みは一切消える。

 

「とんでもないな…なあ、少佐」

「ラインは物資足りなくて大変だったのに、あいつら上質なコーヒーにミルクまでついている…それでいて現状は厳しい?ふざけています」

 

 恐ろしく据わった目をして悪態をついた少佐は帽子を脱ぐや否や自分のトランクにしまい込み、シニヨンを解こうとしてやめた。自らのデスクに仕事道具を並べ、少将と自分の分のコーヒーを淹れて少将へ手渡せば、少将は満足げにそれを飲み、腕前を褒めた。そして表情を切り替えると、入り口で待機していた従卒に声をかける。

 

「とにかく仕事だ。――――書類を持ってこさせろ」

 

 かくして、ルーデルドルフ少将とバーナード少佐は北方方面軍司令部での仕込みを開始した。

 

 

 

 

 皆さんごきげんよう。ユリア・バーナード少佐であります。今、ノルデンにいます。ルーデルドルフ閣下の元で書類を読み漁り、情報を分析し、報告を続ける数日間を過ごしていますが、

 

「……もう放っとけば良いのではないでしょうか」

 

そう呟いてしまった私を許してほしい。疲れています。ええ。資料の読み過ぎで母国語がゲシュタルト崩壊してきている。自分が何を書いているのかも分からないなんて末期症状だと思う。そんな泣き言のような呟きに案の定、ぎろりと目を向けてくるルーデルドルフ閣下。彼もだいぶ資料を読み込んでは2つの策の詳細を練り直しているので、それなりの疲れは見える。

 

「何故だ、少佐」

「……参謀将校としてはもうお答えできません」

「ではユリア・バーナード、答えよ」

「兵站は伸び切ってるのに敵地に攻め込みたい?馬鹿じゃないんですか?何でわざわざ戦闘狂するのやら!帝国の基本戦術は防戦のはずです!」

「それはもう崩れている」

「そうなんですけども、そうなんですけど……」

 

 フェードアウトする発言に閣下がため息をつく。『言いたいことは山ほどある、それは理解するがすべて言ってくれるな状態』で働く身なのでもうこれ以上文句は言うまいと机に突っ伏す。従卒が用意してくれたコーヒーがもう何杯目かなんて知らない。

 

「まあこれもあと少しだ。明日にはデグレチャフ少佐が来る」

「……ああ、死んだ…!」

「とはいえ仕込みにはもう少し時間がかかる。デグレチャフ少佐にはしばらく訓練しながら空挺作戦でも考えていてもらうとする。貴官も魔導士として訓練を受けてきたらどうだ?久々にシャベルを振り回してくればいい」

「あの、閣下。小官は参謀将校であると認識していたのですが」

「参謀将校にしては動きが軽やかすぎる。もしも野戦将校ならば貴官のコードネームは何になるかという話題では、Streber(ガリ勉)Hirnmuskel(脳筋)で割れた」

「うわあ…どっちも嫌……」

 

 私の悲痛な叫びに対し、閣下は北方司令部で借りた資料の一部返却を言い渡した。デスクに積まれる大量の書類。今までに読み込み、不要と判断された書類たちの返却を済ませたら帰ってこいとのお達し。

 

「これ、全部、私が?」

「一人で行ってこい、Hirnmuskel(脳筋)

「………」

 

 ああ、早くレルゲン中佐の下へ帰りたいとか思ってしまった。胃薬投げつけた分だけで足りてるかしら。

 よろよろと立ち上がり、書類を抱えて返却の旅へ向かう。畜生、どうせ閣下がこれから煙草タイムに入るのは知っている。せいぜい時間をかけて返却してくるとしよう。そう思って少しすっきりしたはずなのに、人生は上手くいかない。

 

「…………」

 

 目の前で散乱する書類。尻もちをついたのは私。私を見て前を見ろだのなんだの怒鳴りつけてくる将校は服装の乱れもなく、私はちゃんと立ち止まったのに前方不注意でぶつかってきた人間なだけあってあーだこーだうるさい。……階級は大佐か、逆らえないな。ああ困った。

 

「聞いているのかね少佐!」

「申し訳ありません。書類の順番を思い出していました」

「はあ?!」

「書類は司令部からお借りしたものなので、きちんと順番を整えて返却しなければなりませんし。ああ、大佐、足を動かさないでいただけませんか。表紙に靴跡がついてしまいますので」

 

 言っていることはあれだが、笑顔だけは令嬢スマイルで何とか対応する。だがやたら文句をつけるのに忙しい北方司令部の大佐殿はそれくらいでは文句を言って時間をつぶしたいという意思を揺るがしてくれないらしい。散々怒鳴り散らしてから去っていった。まあ、書類は踏まないよう気を付けていたのでまだいい。…ああだめだ、もうプラス思考というものも怒りゲージに蓄積されていく。

 

「くそったれ…絶対後で痛い目見せてやる……シャベル…」

 

 一人でぼそぼそ呟きながら書類をかき集める。順番に並べなおしながら拾っていき、先は遠いなあなどと内心でぼやいていた時、きれいにまとめられた書類を差し出される。

 

「……あの、大丈夫ですか?」

「?!」

「えと、シャベルでしたら、今すぐお持ちできますが…」

 

 驚いて顔を上げると、困惑した表情を見せる兵士が横で同じようにしゃがんでいた。頭髪は栗色、目は緑色、階級は伍長。礼を言って書類を受け取り、ぱらぱらとめくればページがちゃんと揃えられている。おお、有能である。

 

「ハイディ・シュテーグマン伍長です。お手伝いさせてください」

「バーナード少佐。ありがとう、とても助かります。シャベルは別の機会にお願いします」

「わかりました。書類、全部拾ってしまいましょう」

 

 この伍長、先ほどまでの流れの悪さを吹っ飛ばすかのようにさくさく書類を拾い上げ、返却まで手伝ってくれた。優秀過ぎる。涙が出そう。だから返却が終わった瞬間、コーヒー飲まない?なんてお誘いしてしまったのは仕方がないと思う。

 

「改めまして、私はユリア・バーナード少佐。先ほどはありがとう」

「ハイディ・シュテーグマン伍長です。ラインでのご活躍は風の噂で知っています、よろしくお願いいたします」

 

 ショートヘアの女性兵士はなんとなく見覚えがある。顔ではなくて、その猫背気味な座る姿勢に。……そういえば、数日前に私が目を付けた人間に似ている。顔は見えなかったが、確か本を読んでいて、珍しいなあって思った覚えがある。

 

「ねえ、読書好き?」

「あ……はい」

「何を読んでいたの?」

「大陸の歴史について書かれたものを」

「前線でそんな本読んでる人久々に見たわ…だいたいカードゲームとかで時間を潰す兵士が多いような気がするけど」

「私はあまりカードは得意でなくて…それに、久々に手に入れた本なので嬉しくて」

 

 たわいもない会話をしながら、彼女の為人や能力を探っていく。するとなかなか、彼女はできる人間なのだということが分かる。幼年学校しか通ったことがないと言っているが、高等学校で習うような知識もいくらか身についている。誰がどこで手に入れたかも不明な、様々な言語の本を人づてに手に入れては読んでいたために、彼女は簡単な会話程度であれば英語も扱えるようだった。会話は苦手らしい。発音は本から学び取れないので当たり前ではあるが。もし戦争が終わったら、様々な言語を扱えるようになって翻訳の仕事をしたいらしい。

 そろそろ戻らねば、と会話を終わらせて彼女と別れる。そして部屋に戻るや否や、彼女について書類が欲しいと閣下に言えば、予想通り煙草を楽しんでいた閣下は従卒にそれを持って来させた。ありがとうございます。

 

『ハイディ・シュテーグマン伍長。魔導適性は無し。志願入隊。射撃の腕は良く、戦闘能力も高い。冷静沈着、ただし扱いにくい』

 

 ふむ、なかなか悪くない。戦場でこき使うにはいい人材のようだ。しかし、あの知識量ではいささか生きにくいだろう。実際、彼女は敵の言葉を断片的に理解しては瞬間的により良い行動を提案してくる点で上官と折り合いが悪いらしい。確かに、敵が罠にはめようとしているのを理解できるのはいいが、駒としては賢すぎて、上官としては扱いにくい。だが、それはもっと教育すれば優秀な将校になるだろう。そうだな、情報部あたりがいいのではないか。彼女の希望に沿った仕事ができるだろうし、外国語を複数操れるようになる。

 そこまで思考を膨らませて、彼女が自分の部下ではないことを残念に思った。管轄下でもないので将校課程への推薦は難しいだろう。ああ、こういう時人事局所属だったら職権で引っこ抜きも出来ただろうに…と思ってもあいにく作戦局所属だ。

 残念、いい子を見つけたと思ったのに。人生とはかくも上手くいかぬものなのか。

 ため息をつきながら書類をデスクへしまう。そうして、私は何とか終わりが見えそうな仕事の山を解体する作業を再開するのであった。

 

 

 







 前書きは大変失礼いたしました。
 リアルでメンタルゴリゴリだったものですから…ええ。現実は難しい事だらけ、人生はうまくいかない。でもまあ、心の中で中指を立て、好きなワインを飲んでクソアニメ見てだらだらして寝ます。





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第9話



 第9話です。気付けば小説情報のところが以前より黒くなっている気がしました。何か数字が増えたりゲージが増えたりしていて見るのをやめたんだぜうわあまじかよ。皆様ありがとうございます、誰か胃薬をくれ。





 皆さんごきげんよう。ユリア・バーナード少佐です。

 ついに、この日が来てしまいました。

 

「デグレチャフ少佐、ただいま着任いたしました」

「ようこそ、ノルデンへ。いや、お帰りというべきかな。歓迎しよう、デグレチャフ少佐」

 

 これでもう二度と皆さんに挨拶できないのだと思うと非常に残念です。小官、結構このくだりが好きだったんですよ。なのに今日限りで私はターニャ・デグレチャフによって息の根を止められ、もう二度とお目にかかれない可能性が高いことはすでに決められた道筋として私の目前に広がっています。

 

「前線の押し上げという事でありましょうか?いえ、ご命令とあれば即座に取り掛かりたいと思いますが」

「申し出はありがたいが、入念な準備が入り用だろう。しばらくは、訓練に専念してもらいたい。必要とあらば、バーナード魔導少佐を駆り出して構わない」

「ありがとうございます!」

 

 ターニャちゃんの凶悪な眼光が私を貫くのがよく分かります。隠し切れない殺意が滲み出ています。嬉しいんでしょうけど、私にはそう見えます。一方私はといえば、睨まれたウサギのごとくじっとしているほかありません。上官に『訓練手伝ってやれ』と遠回しに命令されたのですから、逃げ出しては命令違反です。でも、正直逃げ出したいしもう泣きそう。

 

「ユリア」

「何、ターニャ」

「ちょっと付き合え。支給はシャベルと宝珠でいいな?」

「……あの、もう前線離れて久しい、」

「ダキアで言ったこと、忘れてないだろ?」

「すみませんでしたぁ!」

「謝罪は模擬戦の後にいくらでも言わせてやる!」

「いや私仕事がまだ……そうですよね、ルーデルドルフ閣下」

「貴官も一応魔導少佐だ、たまには訓練してこい」

「というわけでやるぞ」

 

 ユリア・バーナード、死亡フラグが立ちました。

 おお、主よ。……私をお救いくださいませ。

 

 

 久々に航空服を身に着けるなあ、と思う。通信機器を巻き付け、いつものように無造作に束ねた髪を航空服の背中に押し込む。普段の軍服より重たくなった身体から戦場を思い出し、背筋が伸びる。装備品を確認し、シャベルを手にする。首には旧式だがずっと持ち歩いてきた宝珠を提げてある。

 コンコン、とドアを叩く音が響く。どうぞ、と自室への入室を許可すれば、見覚えのある軍人――――セレブリャコーフ少尉の姿。お迎えに来てくれたらしい。

 

「バーナード少佐、お久しぶりです。とは言っても、ダキアで会いましたけれど」

「…話すのは久しぶりね、ヴィーシャ。前回のは忘れて」

「いいえ、忘れません。――――あんなに機能停止したバーナード少佐、めったに見れませんので」

「見なかったことにして」

「戦闘中にシャベルの柄が折れた時も動揺しないのに、デグレチャフ少佐にはたじたじになってしまうのは新しい発見でした!」

「もうやだ…」

 

 随分とたくましくなった彼女に涙が出る。いや、良い事。良い事なの。でも、ターニャちゃんについていけるほどの逞しさ、絶対何か捨てて手に入れていると思う。

 演習場へ連れ出され、太陽光を浴びる。最近はずっと室内にこもりっぱなしだったので久々な感じがする。ああ、お部屋のデスクと書類が恋しいとこれほど思うなんて、ついさっきまで母国語がゲシュタルト崩壊していた人間とは思えないほどの社畜っぷりではないのか。否、単に現実逃避しているだけである。だって目の前には第二〇三の精鋭たちがずらりと並んで、私の横にはターニャちゃんが立っている。

 

「えー…参謀本部作戦局所属のユリア・バーナード少佐です。ターニャとは士官学校・軍大学の同期でした。苦手なものは狙いを定めないといけない武器全般、好きなものは狙わなくても当たる武器です。よろしくお願いします」

「さて諸君、彼女の射撃能力は致命的だ。誰も真似しないように。ただ、戦い方は参考にできるところもあるだろう。よく観察し、良い所は真似ろ。戦場ではなかなかお目にかかれないタイプだからな、この機会を大事にしたまえ」

 

 ああ、そんなにハードルを上げないでほしい。逃げ出したいと思ったのを察知されたのか、ガシッと嫌な効果音をつけそうな勢いで手を握られる。

 

「まずは私とユリアで模擬戦でもするとしよう。そうそう、諸君、くれぐれも油断しないように。――――彼女から目を離すと、痛い目を見るぞ」

 

 この上なく凶暴な目をしている。嫌な予感が背中を走り、反射的に宝珠に魔力を流し込むと同時にターニャの瞳の色が明るくなる。

 

「それでは訓練開始だ!」

 

 手が離される。最大出力で防壁を組み上げたのと、ターニャの一撃が入るのは同時だった。反動で後ろへ流れる体を飛行することにより倒れることだけは免れた。ぐるぐる回る視界と久々の浮遊感、そして煙の中から飛んでくる術式。

 

「ああもう、だから前線離れて久しいって言ったじゃない!」

 

 シャベルの刃に防壁を展開、自分に危害を加えそうな術式を叩き落とす。地上で悲鳴が聞こえた気がするが、それはきっと気のせいだ。自分に直接当たりそうにないものはスルーして、目にもとまらぬ速さで飛び込んできたターニャに対し、シャベルに付与した防壁に重ねるよう展開した攻撃用術式を振りかぶる。

 

「ほう、お前、前線離れて久しいは嘘ではなかったんだな。昔だったら回避していただろう」

「避ける暇も無かったよ…!」

 

 戦の相手ではないためターニャも私も出力は抑えている。それでも普通なら防壁破壊できるだけの術式を難なく受け止めたターニャの進化ぶりが化物だ。そんなターニャはそうだ、と思い出したかのように私に何かを差し出す。

 

「ユリア、これ使ってみろ」

「エレニウム工廠の97式か、パンフレット読んだ覚えはある。…ほう、結構扱いに癖があるね」

「お前も一応練度が高い部類だから扱えるだろう」

「まあ、慣れれば。だからって高度八〇〇〇で戦いたくない、無理」

「安心しろ、このまま一〇〇〇だ。流れ弾に当たるような部下はいないし、出力も抑えるから問題ない」

 

 スパルタだねターニャちゃん!てか、さっき悲鳴が聞こえた気がしたんだけど?

 

「そんな奴は後で扱く」

「うわあえげつねえ」

 

 首に提げる宝珠を旧式から97式に交換する。ターニャに少し練習するために模擬戦の休止を申し出れば、当然のように是とされた。良かったよターニャ、君にはまだ慈悲があったらしい。

 くるくると空を舞う。防壁を展開してそのスピードと性能の向上に驚く。どうも、魔力の流れが旧式より格段にいい。慣れるまではむしろ暴走しないようにコントロールが必要そうだが、悪くない。

 

「いつ見てもお前の目は不思議だな。オレンジに光る人間はなかなかいないと思うが」

「それ言ったらターニャだって95式の時は光り輝く金色じゃない、神々しい」

「その喩え止めろ、撃ち抜くぞ」

「はい」

 

 シャベルに防壁術式を展開し、ターニャが放ってくれたゴミを刃先で地上へ向けて叩き落としてみる。ついでにシャベルと接触した瞬間にゴミへ爆裂術式をかければ、ゴミは地面に接触したと同時に爆発した。ほう、これはなかなか。

 

「旧式より複数展開しやすい」

「そりゃあ性能が段違いだ。……お前は相変わらず変にコントロールがいい。そんな人間は戦場にあまりいない。射撃能力があればなお良かったのだが」

「私の取柄はそれくらいってね。それより部下が数名伸びてるけど平気?あと信じられないものを見る目で私を見てるんだけど」

「はあ…――――『目を離した馬鹿者を起こせ。これから本番だ、よく見ておけ』」

「え」

「もう十分練習しただろう」

 

 そう言って術式を組み上げてくるターニャちゃんは鬼だと思うの。防壁展開と同時にぶち当たる頭上からの攻撃術式。高度を下げつつもやり過ごし、煙を挟んで落下しながらデコイを作成、水平移動で距離をとるよう動かしていく。第二幕は体勢を立て直したので防壁展開したシャベルで必要な分だけ弾き、不足分は防壁で受ける。適当なところで上昇するべく加速して、あまりの性能の良さに少々振り回される。想像よりも早くターニャちゃんの背中が見えたが、私のデコイを追いかけるデコイだったので無視して上昇する。そして煙を抜けた先で、

 

「ごきげんよう、小さな同期」

「?!」

 

 下から容赦なく足を掴み、腕を伸ばしてシャベルの刃先を彼女の顎下へと突きつける――――が、足を掴んだはずの手が空を切る。

 

「っ…!」

「それも外れだ!!!」

 

 容赦のない攻撃が側面から飛んでくる。防壁を張るが間に合わず、衝撃を緩和する余裕もなく地面へと落ちた。かろうじて受け身はとったが、全身が軋む。肺から空気が押し出される感覚を味わう。ぶつけたところが痛い。

 大丈夫ですか?!と駆け寄ってくるセレブリャコーフ少尉に抱え起こされ、大丈夫と言おうとして咳き込む。存外に身体は悲鳴を上げているらしい。口の中は砂まみれだし、衝撃で胃が揺れたのか若干気持ち悪い。まあ、吐く物は胃の中にないので問題ない…そう頭が回るあたり、多分私は大丈夫。水を受け取り、口をゆすいでから乾いた喉を潤して、ようやく声が出た。礼を言って立ち上がると、ターニャがとことこ寄ってくる。――――ああ、落ちた私の周りに全員集合しているのか。そりゃあ降りてくるし寄ってもくるか。

 

「大丈夫か?」

「問題ないよ。で、どういうことだったかな」

 

 自分の敗因はデコイと本物を見分けられなかったことに尽きるが、一応聞いておきたい。これは素質の差か?練度の差か?

 

「ユリア、私は等身大の自分のデコイを2つ出せる」

 

 ターニャが浮かべるのは晴れやかなどや顔。ああ、素質かな…。

 

「そんなの聞いてないって…」

「やっぱりお前に前線は不向きだな。射撃がなければ始まらん」

「だから参謀将校…ああ、身体痛い…」

 

 そういえばなんかぐらぐらするし地面が揺れている気がする。いや、揺れているのは私か。

 慌てた顔をしたターニャを最後に、私の視界は真っ暗になった。

 

 

 数時間後、無事に目を覚ました私が見たものは、申し訳なさそうな顔をして手持ちのチョコレートとコーヒー豆を差し出してくるターニャちゃんだった。どうやら主はちゃんと私を救ってくれたらしい。翌朝にはその代償と言わんばかりに大量の書類がデスクに山積していたが、これからは母国語のゲシュタルト崩壊にも耐えられそうな気がした。

 だって、ターニャちゃんの訓練に付き合わされるよりも遥かにましなのだから。






 うーん戦闘は苦手ですね。もうできれば書きたくない。多分、自分が運動苦手だから体を動かすイメージがいまいち持てないのだろうと分析します。それゆえに、もしも次の作品を書くことがあったら戦闘なんて全くないものにするべきでしょう。

 …だが本棚に戦闘が一切ない作品はほとんどなくてな?ゲームもなんか戦ってばっかでな?今一番楽しみに待っているのはFE新作だとも。FEシリーズはいいぞ。

 とりあえず当分ユリアちゃんにはおとなしくデスクワークをしてもらいたいところです、ええ。 


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第10話


 待たせたな…
 これからも待っていてくれよな…





 統一歴1924年11月16日 北方方面軍司令部参謀会議室

 

 薪のはじける音と葉巻に火をつけるべくマッチを擦る音に支配された空間。この会議の主要出席者は、北方司令部所属の参謀将校ラーゲリ上級大将、シュライゼ中将、ウラーグノ北方方面司令、そして中央所属の参謀将校ルーデルドルフ少将。喫煙者たちが各々火をつけ終え、コーヒーとミルクが出席者に配られ終えるのを待つ。すべてが整い、会議の開催を宣言しようとした北方司令部の参謀将校に対し、ルーデルドルフが先に口を開く。

 

「会議に先立ち、現場で働いた士官の意見が聞きたい。よろしいかな?」

 

 北方司令部の参謀将校たちが否定しないのを見て、ルーデルドルフは召喚したい将校の名前を告げた。北方側から賛同を得るなり部下の名前を呼べば、ドア際に立っていた部下は待っていたとばかりに閣下ご希望の将校――北方付き旅団指揮官級の野戦将校が幾人かと中央所属の野戦将校デグレチャフ少佐――を部屋へ招き入れる。手際が良すぎることからあらかじめ呼んであったことが見て取れたため、北方司令部の参謀将校は苦い顔を浮かべることになった。

 

「バーナード少佐、貴官もだ」

「はっ」

 

 さらに一人、手際の良い部下もとい、中央所属のバーナード少佐が増えた。自分を嫌そうに見てくる北方司令部の参謀将校たちを帽子の下の笑顔でさらりと流し、増えた人数分のコーヒーを淹れて各員に渡す。仕事を終えたと言わんばかりにデグレチャフ少佐の横に並んで座る、そのタイミングを狙ったかのように北方方面軍の従卒がミルクを目前に置いた。そのことに彼女はほんの少し口をゆがめたが、それに気づいたのは中央所属の他の二人だけだろう。

 

「さて。貴官らを呼び出した理由だが…いやなに、難しい事ではない。現場で働いた士官、つまりは貴官らの意見を聞きたいだけだ」

 

 では、君。一人の将校を指定するルーデルドルフ少将の声で会議は始まった。

 

 

 

 

 皆さんごきげんよう。ユリア・バーナード少佐です。ええ、生きています。生き抜きましたとも。一緒に訓練した人たちからの報告書に「シャベル姫」「脳筋」「錆銀とは違った狂気」とかいろいろ書かれていて落ち込みましたが私は元気です。元気ですからね。現在私は令嬢らしく笑顔を浮かべつつ、軍人の仕事として会議に参加しています。私の視線の先では北方方面軍に属する方々が異口同音に「進軍し、攻撃するべき」と唱えたところです。あまりにも想定通りの発言なので気分がいいです。

 え?想定通りでいいのか?お前の主張と食い違うぞ?――――ええ、良いのです。私の主張はこれから通されますので何の問題もありません。むしろ台本ばりにうまく事が運んでいます。最高です。

 

 というのも、ここしばらく北方方面軍の状況を分析した結果、ルーデルドルフ閣下の意見としては「オースフィヨルドへ向かう」で纏まったのであります。だって、どう工作しても北方の方々は脳筋かつ戦闘狂でどうしようもならなかったし、協商連合の厳しい冬の中で戦闘がしたいらしいのです。なので、ルーデルドルフ閣下の約束である越冬作戦の提案はするだけして、どうせ蹴飛ばされるのでむしろ盛大に彼らの怒りを焚きつけるのが私のお仕事となりました。もう仲良くなろうとか考えてないですね。まあ、オースフィヨルドの作戦が成功すれば北方方面軍は囮扱いで立つ瀬もなくなるのです、それでいいでしょう。私たちはちゃんと道を作ってあげようとして、それをはねのけたのはそちらですから。自業自得、すべて解決。

 

 そうこうしているうちにターニャちゃんが意見を述べ終えました。あちら側がブチ切れて聞く耳も持たず、ターニャちゃんは手袋を華麗に投げつけて退場。うーんいい感じ。これも台本。知らない間に組み込んでごめんねターニャちゃん、でもあなたのそういう思考はこういう時頼れると思う。合理性を追求し、かつ他者の心情理解に欠けてて都合がいい。

 

「ついでだ、バーナード少佐。貴官も意見があれば言え」

 

 ルーデルドルフ閣下のセリフに短く返事をして立ち上がる。姿勢を整え、畏まって口を開く。

 

「意見具申の前に一つ、私の質問にお答えくださいませんか」

 

 苛立つ将校たちが是としたので、私は少し怯えているかのようなふりをしつつ、

 

「軍大学の卒業論文で、『戦史における帝国軍と今次戦争について』という論文をお読みになった方はいらっしゃいますか?」

 

ヒットしたならば確実にこの会議場を吹っ飛ばすであろう爆弾を投げ入れる。そして、それはクリティカルヒットらしい。将校たちの抑えられていた怒りが燃え上がり、頭に血が上っているのが見てわかる。わざと被っていた帽子を脱ぎ、シニヨンを解いて後ろで適当に束ねる。そして令嬢スマイルを剥がせばあら不思議。

 

「貴様、あのバーナードか!」

「…参謀の皆様はご存知でしたか。ええ、小官が執筆した論文であります。さて、知るところとなれば話は早い」

 

 野戦将校はぽかんとしているが、参謀将校たちの怒りは凄まじい。あまりの緊張感と敵意に押されたのか、魔導将校においては事情の読めないまま宝珠に手をかけた。良い判断だが、ここは味方しかいないのでやめたほうがいいと思う。

 

「これから冬になります。こちらの冬は帝都とは違って厳しい冬なのだそうですね。私は厳冬の状況がどんなものか知りませんが……帝国の兵器に使われる潤滑油は寒さに比較的弱いこと、備蓄された装備が通常装備しかないことから兵器の故障と兵士の凍傷による離脱が予測されます。装備、人員、物資すべてを激しく損耗することから冬は合理性においては最悪な環境でしょう。負けないために必要なものを悉く失うのですから」

 

 一息。そして久々に浮かべる気楽な笑み。

 

「ですので小官はデグレチャフ少佐の意見を支持します。戦わずして後退し、態勢を整えて越冬するべきかと。無駄な損耗が兵糧だけで済むならそれが一番合理的で最善でしょう。――――『冬季に短期決戦を目論むなど論外なのである。勝ちたいという思考ではなく、負けないという思考でなければ、四方を囲まれた帝国に未来はない』」

 

 読んだ覚えがあるらしい。非常に不満そうだ。私はミルクを手に取り、コーヒーへと注ぎ込む。カップを持ち上げると口をつけ、一口口に含んでいつもより甘いその味に顔をしかめる。ああ、入れなければよかった。不機嫌さをむき出しに、セリフを重ねる。

 

「北方方面軍はいささか血の気が多すぎます。少し立ち止まって、負けないことを考えてはいかがですか?あまり勝利にこだわると、このコーヒーとミルクが無くなってしまいますよ?」

「――――貴様!中央に帰れ!そして見ていろ!我ら北方方面軍が協商連合を短期で打ち破るさまを!戦闘もまともにできない臆病者には成しえぬことを成す様をな!」

 

 北方方面側が激高し、会議が紛糾する。ターニャや私が推し進めた意見は問答無用で破棄され、ルーデルドルフ閣下はこっそり満足そうに口角を少し上げた。それを見て、私も最後のセリフを告げる。

 

「ええ――――期待していますわ」

 

 とても満足したような響きに聞こえていればなおよいのだが、どうだったかな。

 

 

 

「よくやった、バーナード」

「ありがとうございます。仕込みがうまくいって良かったです」

 

 我々がしていた仕込み、それは呼び出す現場将校のピックアップであった。中央の意向に反すること、つまり北方方面軍にとって都合の良い事を話すこと、また我々の思惑をぶち壊さないよう話してくれるであろう人間を大量の報告書やら書類の中からピックアップして召喚し、最終的にデグレチャフ少佐もしくは私に中央の意向に沿う発言をさせて会議をぶち壊す。おかげで私はなるべく早めに北方方面軍司令部から出ることになるだろう――――身の安全のために。

 

 すべては前任者が浮かれて大陸軍を引っ掻き回したせいだ。『決してこれ以上我々から敵国へ攻め立ててはならない』の文章が盛り込まれた私の論文でぶった切られた彼等のせいで中央は北方に対して変に気を回さなくてはいけなくなったからこの任務が発生したのだ。まあ結局なかよしどころか私の論文で中央と北方の関係までぶった切ったけれど、どうせ花を持たせてやるのだから問題ないとはルーデルドルフ閣下の言。

 

「これであいつらはいい囮になるだろう。あとはデグレチャフ少佐がどう動くか……」

「心配ご無用です。合理的に戦うのが好きですからね、彼女は確実に喰いついてきます」

 

 ノックが響くとともに従卒が部屋へ入ってくる。そして、来客を告げる。

 

「ほら、来たじゃないですか」

 

 客の名はターニャ・デグレチャフ。

 

「では閣下、私は失礼いたします」

 

 それから先、何が起こるかは言わずと知れたものである。

 

 

 

 

 

 後日、私は配置換えで北方司令部を出ることになった。これから会議に出席するルーデルドルフ閣下と握手を交わし、閣下からプレゼントだと書類を受け取る。封がされていないのを疑問に思えば、開けてみろとのこと。その通りに中の紙束を引っ張り出し、その中身を見て、私は目を見張る。

 

「え、閣下、これ」

 

 中に入っていたのはハイディ・シュテーグマンの人事書類と、ルーデルドルフ閣下による彼女の推薦状など、将校課程への推薦書類一式。

 

「お前が目をつけていたからな。しばらく観察させてもらったが、確かに優秀な人材だ。教育を施さない理由がない。それに、ここに置いておくにはもったいない。そう思わんか?」

「同意します。彼女は戦闘狂の高級将校なんかより圧倒的に正しく戦況を判断できますしね」

「ああ。育ったらどうなるか」

「とても楽しみです。……閣下、ありがとうございます」

 

 想定外の事態に混乱する頭を立て直しつつも礼を言えば、閣下は散々こき使ったからな、と口元を緩める。閣下はほら貸せ、という言葉とともに再び書類を手に取り、今度は封をする。そしてそれは中央送りの書類の束の一つとなった。

 

「今度は支援作戦担当になるだろう。上手くやれ」

「はい。それではまた」

 

 敬礼の後、荷物を持って部屋を退出する。嫌いな帽子を被らず、適当に束ねた髪が揺れる中、私は久々に機嫌よく歩を進めていくのだった。

 

 

 





 第10話です。ついに2桁突入です。頑張れ自分。


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第11話

 彼女に二つ名を授けるなら何ですかね?
 シャベルはほら、彼女のポンコツっぷりの象徴だから、うん。


 では第11話をどうぞ。


 統一歴一九二四年十一月下旬、北洋艦隊母港内某所。

 

「総員傾注!――――作戦を説明します」

 

 穏やかなアルトボイスが室内に響く。

 

「第二〇三航空魔導大隊には、北方方面作戦の支援任務として行われる北洋艦隊のオースフィヨルド揚陸を支援していただきます」

 

 室内にいる軍人たちの視線を一身に集めても震えることの無い発声は、注目されることに慣れていることの証明であり、実際、その声の主は緊張しているそぶりもなく、掲示した地図を指し示しながら着実に情報を発信する。 

「本作戦の目標は後方の制圧です。手始めに、フィヨルドの地形を生かした砲撃陣地の密集地帯を先行の航空魔導師に破壊させます。これにより、短期間の間敵砲台を機能させずに艦隊が突入することが可能となりますので、後続もとい本隊の上陸部隊を積んだ輸送艦隊で後方の策源地を制圧してください。

 この作戦において、二〇三大隊は先遣の空挺降下作戦実行担当となります。輸送機で敵方の背後から作戦区域に侵入、空挺装備による非魔導依存降下で戦闘開始です。各砲台、魚雷陣地を制圧し、後続の道を切り開いてください。なお作戦区域侵入は航空機で行い、エンジンを切るなどして魔導大隊の存在に気付かれにくい状況を可能な限り作り上げる予定です。また、艦隊司令部は魔導大隊の降下から三〇分後に海兵二個連隊の増援を手配してくださるそうです。

 背後…共和国側には他の魔導師部隊と大洋艦隊が足止めをしてくださいますので、作戦区域内に集中していただいて問題ありません」

 

 一呼吸の休みを置き、声の主の視線は一人の幼女に向けられる。

 

「なお、作戦立案は参謀本部ですが、作戦指揮権は北洋艦隊司令長官にあります。もしもデグレチャフ少佐が作戦の中止を勧告する事態になった場合は、海兵連隊指揮官の同意を得たうえで中止を勧告するようにしてください。……ええ、すでに私のほうで北洋艦隊司令とすり合わせをしておきました。砲台無力化に失敗した場合は艦隊保護を優先すること、海兵とは指揮系統が違うことから二〇三大隊が指揮下に組み込まれることも指揮をすることもできないことからこのような条件になっています。万一不足がありましたら、デグレチャフ少佐のほうで不足分の交渉をお願いいたします」

 

 幼女の是とする短い返事に対し口元へ薄く笑みを刷くと、再度全体に向き直って声を張る。

 

「以上です。参謀本部はあなた方に期待しています。それでは、武運を祈ります」

 

 

 

 

 

 皆さんごきげんよう。ユリア・バーナード少佐であります。現在私は北洋艦隊母港内、二〇三大隊に割り当てられた区域にいます。

 え?何故って?簡単です、次の役目が陸軍と海軍の橋渡し役だからであります。ターニャちゃんよりも先に現地に到着し、伝令役であるがゆえにターニャちゃんより先に作戦内容を知っていたので、面倒を避けるため彼女に話が伝わる前に必要そうなことは片っ端から海軍と話をつけておいたのですが……まるで交渉人みたいだあ。そんな内容をターニャに話せば、彼女はコーヒーを飲みながら満足そうな表情をしたので、私は間違いを侵さなかったらしい。

 

「正直助かる。いちいち腹の探り合いをしながら話をつけるよりいい。ユリアなら間違いがないというのもあるがな」

「お褒めに預かり光栄ですねえ」

「これで戦闘ができればぜひ副隊長に据えたいが、なあ」

 

 毎回チョコレートを差し出す羽目になりそうだからやめておく、という言葉を貰って非常に安心した私は悪くないと思う。しかし、私は作戦所属のはずなのだが、このまま鍛えていくと兵站…後方支援に転向した方が良いのでは?ぶっちゃけこの件において私がやったことは事務のお仕事に区分けされそうだし。

 

「もしもこの先何かあったら戦務か兵站に転向するという選択肢を頭の片隅に置いておこうかなあ」

「人事でもいいぞ、私のところに優秀な人材を送れ」

「うわあ圧力」

 

 ひーやめておくれー、と大根役者のような返答をしながら書類をめくり、今回の作戦の全容を再度確認する。ルーデルドルフ閣下と詰めた支援作戦は、戦闘狂な北方方面軍がお相手してくれる協商連合軍の補給を背後から断つものだ。しかもフィヨルドの砲台まで無力化する点では今作戦の成功は帝国の勝利に直結すると言えよう。

 

「たとえ北方方面軍が失敗しても、ターニャちゃんがどうにかしてくれる…魔法のような布陣よね」

 

 コーヒーも美味だし、ターニャちゃんの訓練に付き合わされることもないし、大量の母国語を読むこともないし、何より参謀本部から派遣されたのは私と二〇三大隊だけなので気張る必要もないしそもそも猫を被らなくていいのは溜まるストレスの速さが違う。非常に快適だ。あとはしばらく帰っていない帝都の宿舎にある秘蔵のコーヒーを飲めたら最高なのだが、油断するものではない。

 

「で、旗艦防衛はユリアの任務の内に入るのか?」

「一応魔導装備着込んで同行する………」

 

 本当、油断するものではない。

 

 

 後日、支援作戦は決行された。連絡将校であるはずの私は何故か旗艦に乗り込んで作戦に同行している。というのも、海軍にいい顔をしておけという参謀本部からの命令と、作戦成功後すぐに損耗率のデータを取ってこいという命令の両方を合理的にこなすための行動だ。参謀本部からは作戦が成功したらすぐに帰ってこいと言われている。仕事が溜まっていると言う。ああ、若い参謀将校はこき使われると言うが、それは事実である。

 休めない悲しみで船の揺れなどどうでも良くなったユリアに、端目からはただ冷静に状況を見続けているようなユリアに、近くに座る水兵が声をかけてくる。

 

「少佐殿は船に慣れているのか?」

「…いいえ。ただ、空を飛ぶと爆風に巻き込まれて大回転したりするので、三半規管は鍛えられているかもしれません」

「ふうん…空を飛べる魔導士も大変だな」

「船に乗るあなた方も、ずっと海の上では苦労もありそうですが」

「なあに、潜水艦よりましさ。新しい空気が吸えるしな。敵に見つかりやすいのは潜水艦に劣る部分だ」

 

 ユリアが成程、と呟くと同時に報告が入る。海兵隊が作戦区域に到着、砲台は半分まで制圧が進み、敵魔導部隊の邪魔が入ったが二〇三大隊と海兵の二個大隊で賄えるらしい。多分、敵地からは我々の輸送艦隊が見える頃か。

 立ち上がって装備を確認し、シャベルを引き寄せる。

 

「あなた方の大切な船を護る手伝いくらいはこなせるよう努力しますね。私も良い空気を吸いたいので」

 

 とは言っても、私は船に群がるハエくらいしか退治できないので、前線の皆様が優秀過ぎると出番がない。きっと暇だなあ、と思っていた。しかし、

 

「少佐殿、お助けいただきありがとうございます!」

「さすがラインのシャベル姫!機動が早い!」

「助かった…え?君があのシャベル姫?」

「あ!オレンジの瞳!シャベル姫ですね?!」

「シャベル姫!あっちだ!」

「助けていただき感謝です!ついでにシャベルで殴っていただけませんか!記念に!」

 

多少の砲撃を食らった船から転落する水兵を引き上げ、瞬間的に服を乾かして体温保全を図る重要な作業をすることになったのは想定外だったと報告書に記しておく。あと誰だ私の異名を言いふらしている奴は。海軍でもシャベルで有名になるだなんてそんな不名誉なことがあってたまるか。だめだ、認めないぞ私は!

 

 そんなこんなで作戦は成功という結果で終了した。陸軍・海軍合同の支援作戦は無事協商連合の補給路を刈り取ることに成功したので、その物資は帝国のために有意に活用させていただく。掃討戦も終了したという報告を受け、私はあきらめとやる気を混在させた複雑な心境で空へ上がる。私の身柄は陸軍なので、私を守ってくれる妖精さんたちへ通信をつなぐ。

 

「ローレライよりピクシー大隊、これより戦果確認に入る」

『こちらピクシー01、了解した。護衛は要るか?』

「不要。万一の撃ち漏らしのために警戒だけはしてほしい」

 

 宝珠に込める魔力を増やして防壁を展開する。私は例の方々のように高度八〇〇〇を保つこともないので、万一敵が潜伏していれば射程範囲になるために防壁は厚めにした。そりゃあ、ローレライというコードネームの通り歌って相手を沈められるなら是非にと思うが、あいにく私にあるのは歌ではなくシャベルだ。なお、このコードネームは参謀本部から言い渡されたものだが、戦果確認においてシャベルで人を沈めるような状況はあまりないはずなのでもっといいコードネームが欲しかった。

 

「――――砲台の全破壊を確認。優秀だわ」

『まああれだけ防壁が頑丈なら問題ないか。報告は色を付けてくれよな?』

「色を付けなくても充分最高評価よ」

 

 空を飛び、魔導を利用して映像を録画しながら望遠鏡で詳細を確認、メモをサクサク記入していく。砲台は全破壊。二〇三大隊の撃墜スコアはまたいくらか上昇し、損耗は殆ど無し。オース市を入手した故に、協商連合軍前線が瓦解し、首都が陥落するのは時間の問題か。あとは…先ほど、共和国の増援は増援たり得ずに終了したと連絡が入った。なので、上手く事が運んだことを丁寧に報告書に記せばよいというわけだ。

 戦果確認を終え、気分良く降下せんと拠点への帰路をたどる。あともう少しで任務終了、と思うと同時に、

 

パァン!

 

撃たれた。

 

「ピクシー01」

『何だ』

 

 銃弾、というか攻撃術式は難なく弾いたが、撃ち落とされたように見せかけるため防壁も飛行も解除して落下する。

 

「あいにくだけど満点はあげられないわ」

 

 その間に目は望遠鏡で対象を補足する。浜辺でどうやら一人。けがをしている。足をやられたようで、引きずって動いてきた跡が見える。空を飛ぶための道具を失ったらしい。ふむ、ならば。

 

「捕虜の回収が不足していたようよ」

 

 海氷にぶつかる直前に水平方向で加速。敵の攻撃を防壁で弾き、浜辺に着くや否や攻撃術式を展開したシャベルを振りかざして敵のライフル銃をぶん殴る。たやすくライフルが手放されたので、あとはマニュアル通りに腕を固めて地面へ叩きつける。首元へシャベルを付きつければ、敵は動きを止める。

 

「投降なさい、帝国軍はあなたを捕虜として受け入れます」

「ふざけるな!俺たちはまだ負けていない!」

 

 強い意志の籠る茶色い瞳に射抜かれて、一瞬身体がこわばる。だが、すぐに立ち直るのはやはりシャベル姫の経験のおかげか。

 

「確かにまだ首都は陥落していませんが、時間の問題でしょう」

「まだだ!」

 

 性別故の力の差で拘束を解かれかけた上自爆を敢行しようとしたため、仕方なくシャベルの柄で殴って気絶させる。そして周囲を警戒確認するが、本当に一人らしい。助けに出て来る者も、声を上げる者もいない。魔導反応もないし安全かな、と通信で大隊に回収要員を依頼し、気絶した敵の傍らに座って待機タイム。

 

「………『"俺たち"はまだ負けていない』、ね」

 

 気絶した敵の茶色の瞳を思い出す。俺たち、の定義は何だろう。小隊?軍全体?国?帝国に敵対する者たち?いいや、それでは何かが違う。あの言い方は、あの目は、どうもそんなことを言いたいわけではなかったように見えるのだ。

 まあ、いつか分かるだろう。そうして脳内の保留リストへそれを投げ入れると、見えた迎えに手を振るのだった。

 

 

 

 







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第12話

 ユリアちゃんは久々に帝都に帰ってきました。ということで今回は論争も血の香りも魔法もない平和回にしたかったんです許してください。

 では第12話をどうぞ。


 皆様ごきげんよう、ユリア・バーナード少佐です。私は今、帝都参謀本部作戦局内にある私のデスクにいます。非常にうれしいです。だってここは私のホーム、作戦局。本当に安心できる。時をさかのぼって数日前、帰り着いたときに上官の姿を見て涙が出たくらいには。

 

「久しいな、バーナード」

「生きて帰ってこれて良かったですレルゲン中佐ぁぁぁ!」

「……デグレチャフ少佐の訓練に付き合わされたことは聞いた」

「それも嫌でしたけど北洋艦隊の旗艦防衛とか何で組み込んだんですか!閣下と向こうで組んだ時はそんなの一切入れてなかったはず…おかしくないですか?!」

「こちらで愉快そうだからと入れた。私は止めた」

「中佐が止めてくれたのに何故」

「ゼートゥーア閣下が合理的に進めろと」

「あああ……」

 

 ひどい話を聞いたが、もう数日前なので立ち直っていますとも。あの後海軍の人たちから手紙が来たが、救助の礼とシャベル姫への賛辞が書かれていたので封印した。

 

 そうそう、久々にお会いしたレルゲン中佐は顔色が少し良くなっていました。というのも、私がしばらくターニャの相手をしていたおかげで無茶を要求されることがなくなったそうでして。ええ、当たり前ですよねえ?だって私が頑張ってターニャちゃんの訓練相手になったり、ターニャちゃんのサポートをしていたりしたんですから。だからレルゲン中佐は私に甘味の一つや二つくれたっていいんですよ?ああでも、ターニャちゃんから恋文が届かなくなったというのは私、もしかして馬に蹴られて死ぬパターンでは。

 

 とは言え馬に巡り合う暇などない参謀本部なので、今日も今日とて書類整理、作戦の策定のための資料集め、その他数多の頭脳労働をこなしていく。馬に巡り合うというより、私が馬車馬のパターンかもしれない。それでも、これについては文句を言う資格があると私は信じている。

 

「レルゲン中佐、一つお聞きしたいのですが」

「何だ」

「私がノルデンにいた間、デスク整理はきちんとできましたか?」

「…………できた、」

「できたとは言わせませんよ」

 

 だったら何故、私は仕事の合間、レルゲン中佐のデスクで発見したずいぶん前に終了した作戦の書類を処分しているのか。不思議ですねえ、不思議ですよ、中佐殿。

 

「胃薬の補充はきちんとご自分でなされていますね。ええ。ならばどうして書類整理しきれないんですかね」

「善処した、したんだが」

「忙しくて手が回らない?なら誰か呼んで手伝ってもらえばいいのに。まさか…」

「人望が無い訳ではない!仕方ないだろう、空いている人間はそういない」

 

 そうか、そうですよね。下っ端からお偉いさんまで馬車馬な参謀本部ですからね。…ん?

 

「……では何故私の時間は空いているのですか?」

「仕事量を増やそう」

「待ってくださいデスク掃除させてください」

 

 結局文句を言う資格さえ全うできないとは。数日前蓋をした悲しみに苛まれながら、自分のデスク掃除も兼ねて書類を捨てていく。

 

「お前の時間が空いているのには事情がある」

 

 レルゲン中佐がお土産のノルデン銘菓の箱を開ける。私は書類を整理する手を止め、コーヒーの缶に手を伸ばしてコーヒーを準備し始めようとしたが、その動作は中佐が缶を奪うことで止まる。休んでいろと言うことか。ならば、お言葉に甘えて私は大人しく座っていよう。

 

「理由はお前を休ませるためだ。休暇は取れそうにないのはすまないが」

「問題ないです。移動しかしなかった日もありますし、その日にたんまり寝ています」

「だが久々に航空魔導士として動いただろう。そのツケは来ているのではないか?」

「……筋肉痛です」

「そうだろうな」

 

 まあ、お前は参謀将校だから走り回れれば十分だが、という言葉とともに突き出されるマグカップ。それを受け取り、口に含む。自分が淹れるよりもおいしく感じるのは、きっと信頼する人に淹れてもらったという事実がスパイスになっているからだと思う。家のコーヒーは泥の味がするし。

 

「だが、最大の理由ではない」

「え?」

 

 差し出される命令書。

 

「お前に文化・宣伝局からの呼び出しだ」 

 

 コーヒーが一気に泥の味になったのは気のせいだと思いたい。

 

 

 

 日付も場所も変わって帝都の文化・宣伝局。

 

「嫌です!いーやー!!」

 

 只今、私は味方の女性数名によって軍人生命の危機にさらされている。主に身包みを剥がされる意味で。

 

「参謀将校がわざわざ身バレするようなプロバガンダに協力するなんておかしくないですか?!」

 

 残念なことに、私にプロバガンダ映像の撮影命令が下った。華やかな室内で可愛く着飾り、帝国の裕福さを見せつけながら帝国の正しさを伝える外向けの映像を作りたいらしいのだが、人選間違えていると思う。ついでに言うと宣伝工作のやり方も。これはまあ、帝国の外交下手たる所以を正さないと直らないので突っ込まないが。

 

「ちゃんとカモフラージュの身分は用意しました!あなたはヒルデ・テレジアになるんです!」

「い、いやです!知り合いに見られたくありません!てか偽の身分があっても実体がそのままじゃあ意味ない…」

「バーナード少佐、大丈夫ですから!映像を見るのは軍内部と政府内部、それに敵国の皆さんだけです!」

「軍内部が一番の身内じゃあないですか!!!」

 

 軍内部も嫌だが、私にとって一番問題なのは敵国の皆さんにも見られちゃうことだよ!!

 というのも、化粧人形アナスタシアとして出会った人間は外国籍…現在敵国の人間が多いのだ。祖父母が連れてくる縁談の相手は金髪碧眼の男なら国籍を問わなかった。国籍を問わなかったからこそひっきりなしに連れてきた。それこそ海の向こうからでも容赦無く。いや、それだけのパイプがあることはすごいと思うが、もっと別のことに使うべきではないのか。それこそお国のために。

 そもそも、カモフラージュの身分にさらにカモフラージュの身分を被せるなんて、私は一体どこへ向かうのだ。

 

「どうせいつも適当に髪を束ねているだけなんでしょう?なら化粧決めてその長い髪をふわふわにすればバレやしませんよ」

「うっ…いやっでも、ほら!髪をふわふわにすると軍務に差しさわりが!」

「大丈夫よ、参謀本部から最長2週間あなたを借りたから。十分元通りになるわ」

「もっと適任がいるでしょう!ターニャ・デグレチャフとか!」

「彼女はあなたの次に来てもらうわ!」

「次の犠牲者はターニャちゃんか…」

 

 聞いてはいけないことを聞いたので、忘れておこう。一瞬でも現実を忘れようと思考逃避に走っても、私が取り巻かれている現状は変わらない。数人の女性に取り囲まれてがっちり固められた私の目の前にはアナスタシアの時によく見るような型の洋服、きれいな群青色。左右には化粧道具や櫛、鏝、帽子などの小物類。

 

「それにあなたスタイルがいいわ!顔もいい、特にその目は形も色もきれいよ?」

「勘弁してください!ちゃっかり上着剥がすのやめ、」

「もう無理矢理にでも着せる」

「ああもう分かりました着るから脱がさないで!」

 

 身包みをすべて剥がされる前に諦めて投了、さっさと軍服を脱いで令嬢らしい服装に着替える。ふむ…群青色がきれいな服ではあるが、私の瞳の色と被るし、何より重たい色の髪にはあまり似合わないのではないか。映像は白黒、ということは私はほぼ黒く映るのか、ならば………と悲しくも積み立てられた令嬢の感覚が私というマネキンの最善を作り上げていく。

 

「あの、他に着る洋服の色は何があるんですか?」

「臙脂と深緑よ」

「……ウィッグってないですか?」

「金髪ロングならあるけど、どうして?」

「白黒で撮るんですよね。私の髪は重たい色だし、服も暗めに映るので全身真っ黒になります。華やかな印象を与えるなら、ウィッグで髪色を変えるのが一番かな、と思いました」

「成程ね。ちょっと待ってて」

 

 なーんだノリノリじゃない~、と上機嫌でウィッグを取りに向かう女性職員を死んだ目で見送りながら、編み上げブーツに足を突っ込み、ひざ下まで紐を絞めてリボン結びにする。踵が高いので走って逃亡もできないなあ、と絶望していると、金髪ウィッグが到着したので私の表情は死んだ。

 

「あらー、地毛とかけ離れた髪色なのに似合うわね!お肌が白いからかしら?」

「化粧を可愛めにしましょう、金髪にしたら大人びたので」

「髪型はハーフアップにしてトーク帽を載せたら良いとこのお嬢様みたくなりそうね」

「トーク帽見つけてきたわー!」

 

 投了、素直に従うことで早く仕事を終わらせるつもりだったはずが、お姉さま方の着せ替え人形になる結果となったのは解せない。あれだこれだとくるくるさせられながら、レルゲン中佐がコーヒー淹れてくれたのは単なる甘やかしではなく代償があっての事か、と悲しくなる。

 結局、見た目が決まったのは翌日だった。鏝でふわふわにした後ハーフアップにした金髪にトーク帽を載せ、深緑色のワンピースと飴色の編み上げブーツというちょっぴり裕福そうな可憐なお嬢さんに仕上げてもらった。あらー似合うわあ、などと褒めはやし、写真をパシャパシャ撮っていく女性職員たちの目は光り輝いているが、鏡に映る私の目が死んでいる時点であれは個人用だと分かる。

 

「ちょっと化粧濃いめにしますね」

 

 あらかた個人用写真を撮り終えたのか、想像した通り先ほどまでの写真撮影会の雰囲気が嘘のようにパリッとした空気に代わる。私に分厚くファンデーションを塗りたくり、化粧を濃くしている間に室内は映像撮影のセッティングがなされていく。

 化粧が完成すると同時に全身写真を何枚か撮られる。笑ってー、と言われるたびに心を殺して令嬢の笑みを浮かべる。ストレスがたまる。

 全身写真が終われば今度はフィルムへ映像の撮影。令嬢として鍛え上げられた動作は帝国淑女として完璧であるとのお褒めを頂いた。とても嬉しくない。

 プロパガンダは多言語対応なので同じ映像を違う言語で何回も撮る。すらすら流れ出る外国語はどう考えても令嬢ゆえにできること。認めたくない。

 

 そうして精神をゴリゴリ削って過ごした5日間の後、私は解放された。詳細は伏せるが、ホームである作戦局のデスクに戻ってから、何を思ったかレルゲン中佐から申し訳なさそうな顔でチョコレートの小箱を貰ったくらいにはひどい有様だったということで理解してほしい。

 

 

 




 借りてきた猫ならぬ、借りてきた令嬢(本物)ですかね。しかも金髪っていう。

 これからユリアちゃんが停戦に向けてさくさく進めていけるよう努力するらしいです。


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第13話



 感想・評価ありがとうございます。心が躍ります。ダンスは苦手なので踊りません。
 フィルムの件は納得しかなかったので全力で修正しました。スライディング土下座で感謝申し上げます。







 皆様ごきげんよう、ユリア・バーナード少佐です。私は今、参謀本部内で一部から人気者になっています。

 

「少佐!これ少佐なんだって?」

「あ、あのっ、バーナード少佐!サインください!テレジアのサインで!」

「テレジアって奴いないだろ………え?バーナードなの?」

 

 最近こんな言葉ばかり私の周りで飛び交います。そして、皆が手に持つのは金髪碧眼、ふわふわヘアーの御令嬢の写真。そう、ヒルデ・テレジア嬢の写真。あのプロパガンダ隊のお姉さま方が撮った写真は見事に参謀本部にも出回り、いったい何があったかは知りませんが大きな話題となって参謀本部内をにぎやかにしています。加えて流石と言いますか、直ぐそれが私だということがバレているこの現在。何がうれしくて毎日人の話題に晒しあげられているんですかね、ええ。おかげでどこに行ってもこんなである。

 

「あー!噂をすればバーナード!」

「君、普段化粧っ気全然ないから最初分からなかったよ」

「女は化けるんだな…すげえや」

「バーナード少佐、普段からもう少し頑張ればいいんじゃない?」

 

 煩い。そんなものは無視である。というか、反応してやる必要もない。女性の化粧は男性の欲を満たすものではなく、女性が自分のためにするものであり、女性が必要としなければ不必要なものなのだ。…というか、それだったら男性の化粧もありなのではないか?だってコンプレックスくらいあるよね?え?無いの?

 

 とにかく逃げるように作戦局へ戻り、ドアを閉めて自分のデスクに戻る。そうして深呼吸をして怒りを忘れ、落ち着きを取り戻し、仕事に取り掛かる。働かなければ居場所は無いんだから仕方ないよね!

 

 そんな私は現在、作戦局の主要項目となっている「ルーデルドルフ閣下肝煎り、協賛ゼートゥーア閣下のライン戦線に梃入れ大作戦」を練る仕事をしています。レルゲン中佐は上官命令で胃をしくしくさせながらターニャちゃんに会いに行くなど諸々の仕事を外へ済ませに行っているので不在ですが、名目上は彼に引っ付いてこの大作戦に参加している形になっています。なのでこれからガリガリ書いていく書類はレルゲン中佐のサポートになるというわけなのだが、そろそろ帰ってきてくれないと書き上げた書類を積むスペースが中佐のデスクに残っていないので非常にまずいですねどうしよう。

 

 まあ仕方がないし仕事は山積しているのでひたすらに仕事を続ける。この作戦はいかに演技をするかにかかっているのだから、完璧なシナリオを描き上げねばなるまい。一分一秒まで現地の演者たちに共和国宛の舞台を演じてもらうため、作戦の骨子案に肉付けをするべく共和国東部の地形図を細かいところまで眺め、検討し、ペンを走らせる。

 

 地上で演技をしてもらう間に地下で仕込みを行い、地上の演目が休憩に入ると同時に地下の演目が開演する――――そのように仕組まれたこの演目は、なんと常軌を逸するのかと最初は驚きもした。決して後退するわけにはいかないが、前進するには不足する。その地上戦の現状を打破できぬなら、地下を使ってでも前進し、現状を打破せん。普通ではない、きっと異端に属するのであろう意見も、論理と知性の牙城である帝国参謀本部は帝国に問題がなければそれを実行する。するのだが、どうもこの作戦には打撃力が足りない。塹壕の地域を沈めても、司令部が残っているのでは軍の機能は生き続ける。

 

 どうだかなー、と書類を書き上げペンを手放し、使い終わった資料を机の下、足元に置いた自前の返却物ボックスへと仕舞う。後で暇そうな人を手伝わせよう…いないけど。宝珠の力を使ってこっそり飛行して移動したいなー、なんて。

 

「バーナード少佐」

「っ!」

 

 突然の声に驚き頭をぶつける。ゴツンという鈍い音、ずきずき痛む後頭部、じんわり滲む涙。痛い。何とか泣くことなく顔を上げて声の方を振り向けば、若干の呆れを滲ませた表情の兵士が立っていた。

 

「ゼートゥーア少将がお呼びです。……先に医務室へ寄られますか?」

「いえ、大丈夫です……」

 

 そう返事はしたが、用事が済んだら一度医務室で氷を貰うべきかもしれない。いや、大丈夫か。

 

 数多の視線を浴びながら本部内を移動し、ゼートゥーア少将のいる部屋へと連れて行かれる。私を呼び出し連れてきてくれた閣下の従卒が部屋をノックし、返事もないまま扉を開けて私に入るように促す。その際に人差し指を立てて口元へ当てていたため、私は静かに部屋へ入る。さすれば、待っていたのは電話中のゼートゥーア少将。

 

「ああ、今バーナード少佐を呼んできた。――――バーナード少佐、魔導士の貴官に問いたい。その資料を読め、そして意見を聞かせろ。準備が出来次第答えてもらう」

 

 眉間にしわを寄せた少将が指さす先には書類の山。まさかこれすべてか?!と戦慄しながら書類を確認すると、一目を惹く目新しいタイトルの書類があった。多分これか、と電話中の少将に表紙を見せれば是と返ってきたのでそれの概要とまとめを読む。

 

「強行偵察用特殊追加加速装置……?」

 

 唐突に現れた謎の言葉に首をかしげることを止められない。しかし、“強襲前提かつ一撃離脱を可能とするために、追加加速装置を付けた航空魔導士という重武装かつ高速のユニットを作り上げる”という答えを見た瞬間にピンときた。確か、ターニャちゃんが半泣きにさせられた一種の“てんさい”が居たはずだ。ターニャちゃんの95式を作り上げ、私や二〇三大隊の装備となった97式の生みの親――――そう思いながら提言者を見ればやはり見覚えのある名前。

 

「エレニウム工廠……シューゲル博士」

 

 ああなつかしい、ダキアを思い出す……若干の頭痛はこの際置いておいて、きっとそれは先ほど頭をぶつけたせいに違いないと思っておいて、目前で電話を続けるゼートゥーア閣下を見やる。何故彼は私にこれを見せた?例の作戦のためだとは思うが………。

 

――――どうもこの作戦には打撃力が足りない。塹壕の地域を沈めても、司令部が残っているのでは軍の機能は生き続ける。

 

 これか。

 ユリアは自分が考えたことのある内容と結びつける。司令部が残って軍の機能が生きるなら、司令部を刈り取れば軍は残らず死ぬ。

 

 概要を読み終わり、表紙に戻ったところを確認するや否や、閣下は容赦なく受話器を差し出す。眉間にしわが寄っている。おそるおそる電話を代わり、バーナード少佐ですと一言いえば、耳元から大声が――――自分の所属する局のトップの声に顔をしかめる。非常にうるさい、つまり、機嫌が悪そうだ。

 

「お久しぶりです、ルーデルドルフ少将。……はい、読みました。所見を述べてもよろしいでしょうか」

 

 言え!という強迫じみた返答には慣れたものだ。伊達にノルデンで副官を務めたものではない。

 

「突飛ですが不可能ではないでしょう。航空魔導士は空を飛び戦う兵士ですから、日ごろの航空の慣れと魔導兵士としての身体の丈夫さがあれば大丈夫かと。どうせ、手練れ…二〇三の選抜ですかね、彼らに乗らせるのであれば装備と環境が十全であればきちんと作戦は遂行されるでしょう。そうすれば、現在作戦と戦務合同で練っている例の作戦も遂行しやすくなると考えられます」

 

 他にも問われたことにサクサクと返事を返し、時折ゼートゥーア少将の問いかけにもうまく答えてやれば、ルーデルドルフ少将の機嫌もだんだん上昇していく。すごい、これが竹馬の友パワーなのか。質問と称して気分回復薬のような効果を持つなんて、ゼートゥーア少将の部下をやったら医者になれるのではないだろうか。

 そんなこんなで受話器をゼートゥーア少将の手に戻してしばらく、例の作戦の不足部分は埋まったらしい。シューゲル博士に装置――――秘匿名称V-1の開発を進めさせることなどがいろいろと詰められ、今度の合同作戦会議に持っていかれるそうだ。そして言われた。

 

「バーナード少佐、貴官の演算宝珠の型は?」

「旧式です」

「………ルーデルドルフが嘘をつくなと」

「97式です、はい、すみません嘘つきました。ターニャちゃんから97式を受け取っています」

「では、貴官がV-1の最終テスト要員だ。いいな?」

「はい……かしこまりました……」

 

 私が最終テスト要員として引きずり出されることも決まった。97式は癖が強いから、ある程度練度のある兵士じゃないと扱えないし、扱える私がテストすればターニャちゃんを速攻で納得させられますもんね知ってますちくしょう……。

 電話が切られ、いくらか気分がよさそうなゼートゥーア少将が私を見る。仕方がないので機嫌をノーマルへと引き戻し、姿勢を正して礼をとる。

 

「遅くなりましたが、バーナード少佐です。お呼びでしょうか」

「貴官への用事は大体済んだが、もう少し付き合ってもらおう」

 

 戦務から作戦への言付けやら何やら細々とした用件を処理し、必要なことをメモに残す。その最中、思いがけずと閣下の手が書類の山に当たり、書類の山が崩れる。

 

「ああ…しまった」

「拾うの手伝います」

「助かる」

 

 書類を拾い上げ、閣下の言う通りの順番に揃えようと指示を仰ぎ、逆にうまく整理してみろと言われたため四苦八苦しながら整理整頓をする羽目になったのは解せぬ。その間、閣下は面白そうに笑うのだから卑怯である。

 書類整理も終盤、最後に残ったものは書類やら資料ではなく。

 

「……これは、」

「――――これは懐かしい………若いころの写真だ。参謀本部の下っ端時代だな」

 

 私が拾い、閣下の手に渡ったものは白黒の写真。軍大学の一角を背景に、軍服を着た若い将校が3人写っている。許可なく見たことを詫びると、構わないという返事と共に写真を見せた。

 

「左がルーデルドルフ、右は私だ。真ん中のこいつはオズヴァルド・ドバナという。……優秀な野戦将校だった。軍大学の後輩というつながりしかなかったが、よく飲みに行くような仲でな。――――ああ、今は懐かしき青春の日々か」

 

 聞けば、ドバナという野戦将校はすでに亡くなっているらしい。二度と会えぬ人に寂しさを滲ませているゼートゥーア少将など初めて見たので、若干の驚きを持って話を聞いていたが、ふと気が付く。

 

「閣下、その、髪色は…黒かったんですか?」

「ん?ああ、そうだな。ちょうどバーナードと同じような重たい色だった。真ん中のこいつはバーナードの髪色そのままだな。目は緑色だ。写真も色付きになったらさぞ楽しいだろうに」

 

 そうですね、とユリア(軍人の私)は話を聞きながら相槌を打つ。

 

 一方、アナスタシア(貴族令嬢の私)はそれどころではなかった。

 

 特徴的な糸目、青色の瞳、私と同じような重たい色の髪。この写真の人間からいくらか時を進めたら、記憶の中の人間に一致する。――――ああ、なんてことだ。どうしていままで気づかなかったのだろう。髪が灰色だったから?時が経ちすぎたから?

 そんなことはどうでもいい。そんなことよりも、軍人さんは、アナスタシアの追いかけたあの人は、今、目の前にいるこの御仁ではないのか?だとしたら――――だとしても、

 

「バーナード少佐、」

「――――っ、はい」

「疲れているのかね?泣きそうな顔をして」

「……いえ、昔を思い出しただけです。作戦局への言付けはほかにありますか?」

 

 無いと言われたので早々に退室の許可を得て、逃げるように部屋を出る。作戦局に戻るや否やメモを丁度帰ったばかりらしいレルゲン中佐へ押し付けるように渡し、終業時刻を過ぎていたのでそのまま自室へと駆け戻る。

 

 部屋に戻るや否や、こらえていた涙が頬を滑り落ちる。

 

 どうしよう、と思った。軍人さんの正体は掴めた。あの人のようになる道のりを辿ることだってできている。なのに、私がユリアであるが故に、私はあの人を呼ぶことができない。ここにいる私はユリア・バーナードであって、アナスタシア・フォン・プルシアではない。

 

 ああ、どうして今までそこを考えなかったんだろう。どうして、昔のように呼んでもらえると思ったのだろう。

 

 

 ここにいる私は、私じゃないのに。

 

 

 













 そうだよ、バレたら軍法会議さ。







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第14話



 誤字報告や感想などありがとうございます。


 明かりの灯らない暗い部屋に、小さくすすり泣く声が響く。街灯の僅かな光が差し込むだけの室内で床にへたり込んだ少女。臙脂色の高級感あふれるワンピース、焦げ茶色のブーツと身につけているものはすべてが小さく、身体も小さい。彼女は流れ落ちる涙をぬぐうこともなく、ただ泣き続ける。

 

『ナーシャ、心配いらないわ』

 

 少女が思い出すのは母の言葉。

 

『あなたは祝福されて生まれてきたのよ。だから、私が死んでしまっても、必ず誰かに愛されて生きていけるの』

 

 彼女の母はいつだって、少女にその言葉をかけて抱きしめてくれた。それはきっと、彼女の母がいなくなった時には少女が実家に引き取られるであろうこと、祖父母……母の両親は少女を愛してくれないことを予測しての言葉だったのだろう。そして、実際にそうだった。

 

――――ああ、あれは私か。

 

 ぼんやりと認識したとき、景色は真っ暗な帝都の自室から、太陽の光で明るくなり始めた兵舎の自室へと変わる。………どうやら私は目覚めたらしい。起き上がり、時計を確認する。まだ早朝だ。

 

 懐かしい夢を見た。一人になったばかりの頃の私が出てくる夢。

 大嫌いな淑女教育は厳しいし、家にいても一人ぼっち、大好きなお母さんはもういない。辛くて、寂しくて、悲しくて。

 でも泣いても何も変わらなくて、結局アナスタシアは泣かなくなった。時々屋敷から脱走しつつも比較的おとなしく淑女教育を受け、プルシア家の令嬢という人形になった。

 

 ベッドから降り、自分が寝間着姿ではなく昨日の軍服姿であることを認識する。髪すら解いていないその状況。………そういえば、泣きながら寝てしまったかもしれない。

 泣いていたのはアナスタシアか、それともユリアか。そこの区別すらつかぬとは、なんとも弱りきっている。

 髪を解き、演算宝珠を洗面台へ置く。そして衣服のすべてを脱ぎ捨てて洗濯籠へ投げ入れると、シャワールームへ入る。蛇口を捻れば、そこは水の音だけが響く空間になった。

 

 私――――アナスタシアは、病死した母の声をもう思い出せない。しかし、顔も名前も知らない父親の分まで私を抱きしめた母の腕は細く、日に日に力を失っていったこと、それでも母の笑顔は陽だまりのような温もりがあったことはまだ覚えている。まるで力を与えてすり減っていくようだ、と思った私は、与えられた力で生きていくしかないのだと幼心にも感じていた。

 

――――お母さんの金色は、とても綺麗だったな…

 

 母の髪は、それは見事な金髪だった。あの祖父母も文句の付け所がなかったであろうその髪は光を反射させてキラキラと輝くのがとても綺麗なのだ。一方、私の髪は暗く重たい髪色で、今だって水を吸って白い肌にまとわりつき、模様のように色素の濃さを主張する。

 

 長い髪を絞って水を切り、タオルで身体を拭く。すぐ着れるようにと洗面所の小さな棚にセットしてある下着類を身につけ、洗面台の演算宝珠を掴むなり、魔力を流してサクッと髪の毛を乾燥させる。おもむろに顔を上げれば、鏡に映るアナスタシアの姿。

 

 私が似たのは目の色だけだったなあ、と鏡に映る自分の青い瞳を見つめ、父は何色だったのだろうか、と顔も名も知らぬ父を思った。髪と同じような暗い色の瞳だっただろうか。それとも、人目を引くような明るさを持った瞳だったのだろうか。

 まあ、いくら想像しても答えは無い。仕方のない事だ。

 

 髪を束ね、クローゼットから軍服を引っ張り出す。袖を通し、ボタンをきっちり留め、非の打ちどころなく着こなしたその姿はいつもの様子と変わりなく姿見に映る。

 

 首から演算宝珠を提げ、顔を上げる。

 私はアナスタシアではない。違うのだ。

 

 私はユリア・バーナード。

 

 今は、それ以外の何者でもない。

 

 

 

 

 

 

 

 皆さんごきげんよう、ユリア・バーナード少佐です。先日はみっともない姿をさらして申し訳ありませんでした。いやあ、だめですね。どうやら私は気が緩んでいたようです。以後このようなことがないよう、全力で気を引き締めていきます。

 

 昨日は夕食を食べなかったので、いつもより多めに朝食を摂りました。そして作戦局へ向かえば、私の異変に気付いていたらしい先輩方に様子見がてら声を掛けられました。ちょっと悲しいことを思い出したのだと言えば、私の経歴を思い出してか皆同じように何かあれば言え、相談には乗ってやると言ってくださいます。ああ、何と優しい職場。まあ、孤児院出身の参謀将校なんてレア中のレア、シャベルを振り回す航空魔導士以上のレア度を誇りますからね。どう対応したらいいか分からない人もいそうですが触れてくれなければオールオッケー。

 

「バーナード、その、何か、」

「はーいはいはい、今日も元気に仕事するのでレルゲン中佐、早くデスク上の書類片してください。いつまでも私が仕事を進められないじゃないですか」

「…………いや、昨日戻ったばかりなんだが」

「そうでしたねおかえりなさい。――――ターニャちゃんは厄介払いと前線押し上げ、両方の意味を込めてライン送りでいいんですよね?喜ぶんじゃないですか?」

「あれを喜んでいると評価するなら、そうだろうな……うっ」

「胃薬ですよー、あと水も」

 

 触れてくれるなその話題、と私が方向転換したら逆に中佐にとっての触れてくれるなその話題になってしまった。少し申し訳ない。言葉の通り胃薬と水を差し出し、彼が服薬したところで業務を開始する。

 シフト始まりに必ず行う戦況の確認。刻一刻と変化する戦況は私が寝て目覚めるまでの間に大きな変化を起こし、毎日毎日追いかけるのが大変である。しかも、そこから戦況予測を毎日毎日行い、作戦局で会議をして共通見解を持ち、そこから作戦を練ったりすでにある作戦を調整したりするのだから頭を使う。

 それが終われば作戦局は非常に喧しくなる。個々が全体の目的達成のために動き回るのだから仕方のない事だが、それにしても聞き取り能力が地味に重要なのは砲撃の鳴りやまぬライン戦線と大差ないのではないか。

 

「東部戦線の書類はまだか?!」

「情報部に情報請求、ついでに物資の輸送状況を鉄道部に」

「今戻った!レルゲンは今すぐ報告に来い!」

「うーん…山道を回り込んだ方が奇襲になるから、戦域はこちらにずらしたほうが…」

「ルーデルドルフ閣下、報告です」

「情報部からの回答と鉄道部からの輸送状況についての連絡をお持ちしました!」

 

 ルーデルドルフ閣下が帰ってきたらしく、騒がしさがいつもより上がっている。また、彼が戻ってきたことで進む仕事がいくらかあったせいで私のデスクはまた書類が山積し始める。それをひたすらに進めて早数時間、夕方になる頃に私の作業は止まる。

 

「あ、資料が足りない…!」

「バーナードが資料庫行くってよ、返却物あるやつは渡せ」

 

 自前の返却ボックスに同僚や先輩たちから数多の資料を入れられ、溜息をつきつつも、いつもの事なので仕方なしにそれを持って足早に目的地へ向かう。結構数が多い。面倒だなあ…と思ったが仕方がない。書類を演算宝珠で浮かせて戻そうかと思ったが、そんな芸当ができるなら私は今頃野戦将校でライン戦線最前線にいたはずだ。

 資料庫へ着くなり自分の身分を確認される。入室許可を得て室内へ入ると、演算宝珠に魔力を込め、地面を軽く蹴る。ふわりと浮く体を制御しながら、脚立要らずで書類を戻していく。

 

 やはり、魔導は便利なものである。適性と魔力保有量に個人差があるため、軍のような規格統一を求める機関で利用するのは難しい所もあるが、こうして個人の作業を楽にできるという点では私は適性有りでよかったと思う。ふわふわ宙を舞えば届かない位置にも書類をすぐに返せる。これば非常に便利だ。最後の書類を戻し終え、自分の書類も引っ張り出す。作業をすべて終え、気分の良さもあってくるりと一回転してみる。おお、長い髪が舞ってちょっときれいに見える。不思議。

 

「さながら妖精のようだな」

「――――っ?!」

 

意識の外からかけられた声に思わず肩を揺らす。下を見ればレルゲン中佐の姿。

 

「え、あ、その、これは、ええっと」

 

 恥ずかしい所を見られた。私何してた?宙に浮いてたけどどんな表情してたかわかんない。でもどげんかせんといかん。どうしよ、ああ落ち着けユリア。こういうときは、ええっと、そう!東洋の国の土下座なるものを!

 

「すみませんでした内緒にしてください!!!」

「何をやっているかよく分からんが」

 

 この書類も戻してくれ、と差し出された書類を空中土下座から姿勢を戻して受け取り、指示された通りに棚へと戻す。そして大人しく中佐の前に降り立つと、頭を下げる。

 

「恥ずかしいので忘れてください……」

「いや、いい光景だったぞ。航空魔導士の飛行は戦闘以外にも使い道があるな。戦後、もしも職を失ったときは曲芸師にでもなればいい」

「失いたくないです」

「冗談だ、そんな顔をするな」

 

 ほら、戻るぞ、と声をかけられる。それに返事をして、背を向け歩き始めたレルゲン中佐に続く。顔が熱くなっているのを必死に冷ましていると、くつくつと小さく笑い声がしたので恨みがましく上を見れば、彼はいつもと少し違う顔をしている気がする。

 

「元気は出たらしい」

「?」

「昨日、泣いているように見えたからな」

「………別に、泣いてなどいません」

「そうか。だが、辛いことがあれば周囲に言えばいい。作戦局で紅一点というのもあって、お前の様子がおかしいと周囲は何だかんだ心配するからな」

 

 そう言ってガシガシ頭を撫でられる。

 ああ、彼は安心したのか。皆と同じく、私を心配してくれていたらしい。

 ユリアは、良い環境にいると思う。作戦局の皆は本当に優しい。いい職場にいるなあ、温かいよなあ、と安堵するのが分かる。

 

 礼を言えば、明日からまた例の作戦について進めていくからしゃんとしろと言われる。それに元気よく返事をして、私は改めて覚悟を決めるのだ。

 

 私はユリア・バーナード。だから、軍人さんを追いかける必要はない。私が大切にしないといけないのは、帝国と、私の職場だ。大切なものの喜びのために、私は何としても、この戦争を早くに終わらせる。

 

 実家からの呼び出しがないことも重なり、私はアナスタシアを忘れて以前より仕事に打ち込んでいく。その内に冬が終わり、春が来る。柔らかな春の陽射し、咲き乱れる花々の豊かな色彩。雪解けた大地に生命が萌える中、参謀本部で長い間練られてきた異色の作戦が完成した。あとは、発動を待つのみ。

 

 






 次回の令嬢戦記は

「主導権」「ユリアちゃんの技量カンスト疑惑」

 の2本です(予定)。







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第15話



※魔導関連でオリジナル要素が強いです、お気をつけを






 

 皆さんごきげんよう、ユリア・バーナード少佐です。春はいいものです。色鮮やかな花は風景に彩りを与え、厳しく冷え込む冬の辛さを耐え忍んだ帝国の民の心をほぐしてくれます。私もその一人であり、上空から眺める花畑の美しさは私に癒しを与えてくれます。これで、火薬と煙の臭いがしなければ最高なのですが。

 

 春になり、「ルーデルドルフ閣下肝煎り、協賛ゼートゥーア閣下のライン戦線に梃入れ大作戦」――――本当の名を「衝撃と畏怖」という作戦が実行される運びになりました。私としてはとても嬉しいです。自分が頑張ってお仕事した事が生きるのですからね。ただ、内容が内容なので参謀本部は大荒れになりました。

 

 ええ、そりゃもう荒れた。

 

 賛否の嵐が吹き荒れる参謀本部はあらゆる場所が議場(リング)になり、無法地帯と言わんばかりの危険を認識する程度の状況になっていました。一度、目の前で話し合い(言い争い)が発生したときは防壁術式を展開して止めに入りましたが、何故か討論会(殴り合い)に発展し、止めにかかった私に牙が向いたので両サイドとも殴り倒して止めました。飛行術式を使えば重力ガン無視でさくっと拳を避けて距離を詰めて気絶させて解決。私の中で飛行術式の万能度が高すぎる。流石はHirnmuskel(脳筋)、シャベル姫だとギャラリーにコールされた記憶は封印封印!だがゼートゥーア閣下とかルーデルドルフ閣下、レルゲン中佐、ウーガ少佐などギャラリーに徹した人間の顔は忘れないからな。なおレルゲン中佐にだけは仕返しのようなものとして大量の書類を回して軽く胃痛になってもらった。でも私も始末書で胃痛になった、解せなかった。

 

 現在、V-1のテストが終わって、ターニャちゃんがここに来るのを待っているところです。“てんさい”シューゲル主任技師の開発したロケットはテスト用の短距離とはいえ、無事全行程を遂行し、私を安全に運送してくれました。報告書に「安全な運用が見込める」と一筆入れてサインをしたので、これでターニャちゃんは嫌でも乗ってくれることでしょう。あくまでも見込めるだけで、安全という保障にはなってないのは内緒です。

 

「ユリア!!!ユリアは居るか?!」

 

 そんなに叫ばなくたって、連絡将校は逃げませんよ小さい同期。地上に軍服姿の同期と大隊隊員達の存在を認め、彼らの元へ降りる。

 

「お久しぶりです、二〇三大隊の皆様。とりあえず荷物の整理から始めていただいてよろしいですか?」

「おい、ユリア・バーナード」

「そんなに怒らずとも、質問にはすべてお答えしますよターニャ・デグレチャフ少佐。と言うわけで、皆さんは荷物の方を」

 

 落ち着け噴火だ!早く逃げろ!と視線を送れば、理解したらしい副隊長以下隊員達が脱兎のごとく退散していく。よく訓練されてるなあと現実逃避するが、濃密で刺激的すぎる殺気にそれは一瞬で霧散する。

 

「お前!本当にこれをやらせる気か?!我々はすでに半損しているのだぞ!?」

 

 うわあターニャちゃん凄い顔してるよ、中佐が見たら倒れちゃいそう。脇道に逸れたがる思考を何とか戻し、連絡将校兼説得要員兼ガス抜き要員として彼女に話しかける。

 

「ええ勿論。それを知っていてなお、参謀本部は二〇三大隊にこの作戦の肝を任せます。一番成功率が高いと思われるのはあなた方なので。――――良かったねターニャちゃん、すごい認められてるじゃない」

「いや、だからと言って実機演習もなしにそんな無茶な作戦をやるのか?!」

 

 秘匿ものだからね、仕方ないじゃん?と言っても納得してもらえそうにはない。しかし、彼女がどうあがいたところで状況は変わらない。私はターニャ・デグレチャフ少佐をV-1に搭乗させる任務があるのだから。

 

「大丈夫大丈夫、私がちゃんと最終テストに立ち会ったから問題ないって。これから作戦内容もやり方も全部仕込んであげるから心配しないで?」

「あのV-1とかいう武装が“てんさい”によって作られたヒドラジンを積みまくったブースト兵器どころか爆弾なのは知っている!あれが不確定要素で爆発してみろ!死ぬぞ?!」

「確かにターニャちゃんの95式は不確定要素ありそうだけど、今回のは私が生きて帰ってるから確定要素率上がってると思うよ」

「お前は運がいいだろう!」

「そんなこと初めて言われたけど、それは白銀のターニャちゃんの方が運良いと思うの」

「だが――――」

 

 グダグダと続く無意味な会話。どうも、疲労といつにない損耗が彼女から冷静を奪っているように見える。ラインの悪魔とはいえ、ライン殿軍任務はかなり消耗するものだったらしい。………ならば私がやるべきは冷や水を浴びせることか。

 

「『常に彼を導き、常に彼を見捨てず、常に道なき道を往き、常に屈さず、常に戦場にある。全ては、勝利のために。求む魔導師、至難の戦場、わずかな報酬、剣林弾雨の暗い日々、耐えざる危険、生還の保証なし。生還の暁には名誉と賞賛を得る』――――ですよね、デグレチャフ少佐」

「………」

「それとも、それを曲げてでも渋るに足る相応の存念があるのですか?」

「…いや、だが………」

 

 思ったよりも冷たく冷えきった声が出た。怯えが見える、少し申し訳ない。だが鋭く突いた質問に、珍しくターニャは疑問の表情を浮かべる。そこに作戦への疑義はあっても、逃亡の意思はなさそうだ。なら、その疑義を取っ払う材料さえ与えれば、彼女は勝手に作戦を成功させるだろう。

 

「同期のユリア・バーナードから、同期のターニャ・デグレチャフに1つだけ伝えるわ」

 

 ラインでの殿を見事に果たし、手放すことに成功した地域はどこかしら?そこを手放すとどうなるか予測はつくでしょう?言わずとも、そこは理解してもらわねばなるまい。

 

「あなたはドアノッカーなのよ。――――支度なさい。すぐに任務の説明を開始しますから」

 

 彼女に背を向けて歩き出す。さて、X-Dayが来るまでにまともな状況になっていれば良いが。

 

 

 

 それから数日。二〇三大隊に私や技術者たちからの秘匿兵器取り扱いに関するブリーフィングを受けさせながら敵地に関する講習で戦闘任務概要を叩き込み続ける日々を過ごす。その合間に二〇三大隊から作戦メンバーを選抜したり、報告書を書いて送ったり、技術者たちの依頼で試作兵器のテスターをしたりしながら、参謀本部からのゴーサインを待つ。なお初日からずーっとターニャちゃんからはどことなく距離を取られている。ちょっと胃が痛いし後が怖い。

 

 そんなことを気にしていても仕事はあるので、今日も今日とて参謀将校としてのお仕事を済ませる。そして、選抜から漏れた重傷患者以外の二〇三大隊のメンバーと一緒に、技術者たちからよろしくと手渡された試作兵器を手にテスターをする。もちろんただでテスターをするわけではなく、訓練と同時並行だ。彼らの大隊長のデグレチャフ少佐は選抜メンバーとして休憩に入っているため、自動的に私が訓練担当になる。

 

 ターニャちゃんにできて私にできないことは山ほどあるが、ターニャちゃんにできなくて私にできることは限りなく少ない。その少ない中でターニャちゃんに褒められた、私の魔力コントロールを伝授してほしいと隊員たちから依頼されたため、私の目の前にいる精鋭部隊の航空魔導士たちは皆揃いも揃ってシャベルを持っている。――――そう、シャベルを。

 

「防壁術式をシャベルの刃全体に展開したら、その上に攻撃術式を乗せるように展開します。そうすれば、シャベルで打撃を与えた時、敵に攻撃術式を叩き込みつつ、自分のシャベルは破損させずに済みます」

 

 訓練初日、その話をしたときは訳が分からないという顔をされた。正確には、あの緊張状態Maxの戦場でそんなことをしながら戦うとはどういう神経しているんだ、という顔。

 

「バーナード少佐!質問があります!」

「許可します」

「もしや少佐は旧式の演算宝珠で飛行、酸素など航行中に必要な術式を展開した上でこの操作を行いつつ、大隊長と同じような戦場を駆け巡っていたんですか?」

「はい。銃弾を当てられませんからね、仕方ないです」

 

 当たり前だろう、と答えたときに見えた相手方の表情を見るに、どうもこれは簡単な話ではないようだ。彼ら曰く、出力一定、位置固定(どちらも多少の変動あり)ならば無意識でもできるが、常に出力、位置を細やかに気にしながら展開する私の戦闘スタイルは維持できないらしい。確かに、銃弾は撃つ一瞬に必要量を操作すればあとは魔導適合の高い銃がどうにかしてくれる。だがシャベルは魔導適合がないし、自分でシャベルの刃に沿わせて展開しないといけないため頭を使う。また、防壁と攻撃のバランスが崩れればシャベルがおじゃんになる。あんまり深く考えたことが無かったが、一般的にこれは難易度が高いという。

 まさか、と思いながら、私が握っていた試作兵器――――特化型演算宝珠付き棍棒を試しに渡してみる。これは棒全体に防壁術式を展開するだけの機能を持った特化型という新開発の演算宝珠がついた、防壁が破れない限りは絶対に折れない伸縮機構付き金属製棍棒である。私は宙を舞いながらこれを展開し、攻撃術式だけを考えればいいから楽な剣だなあなんて思ったものである。しかし、二〇三大隊のメンバーに渡せば面白いように墜落者が発生した。何でも、演算宝珠二つを同時展開など出来ないらしい。そう言えば、私がこれを展開しながら九七式で宙に舞い上がったときは技術者たちも信じられないものを見る目をしていた気がする。

 

「やっぱりシャベル姫の名は伊達じゃねえんだな…」

「シャベル姫の技量、絶対カンストしてると思う」

「姫ってつくから大隊長より普通だと思ったんだけどなぁ」

 

 狂った方の姫だったか、と目前でひそひそ会話されて正直悲しい。だが、これが彼らなりのガス抜き、ストレス発散、メンテ作業なら不問に付すよ…だって参謀本部はあなた方にいいパフォーマンスしてもらわないと困るからね!

 そんな初日から数日経ったが、相変わらず97式と特化型の同時使用者は現れない。しかし、特化型を使えば防壁術式の上に攻撃術式を展開する感覚は掴めたようで、実戦では使えずともそのノウハウを何かに生かす状況は作り上げられた。いやあ、良かったよ。実はさっき連絡があってね、作戦実行日が明日になったから、面倒見れるの今日までだったのよ。あーほんと、役目を果たせて何より。

 

「コツは掴めましたかね?皆さんの実戦に役立つようでしたら幸いです」

「ありがとうございました!」

「はーい、では解散………ん?」

 

 二〇三大隊の皆はいい戦闘狂だなあ…としみじみしながら敬礼を受けていたとき、突如演習場に現れた魔力反応。敵…なわけはない。しかし味方にしては殺意が有り余りすぎてて、こんな奴はもう一人しかいない。あーこまったなあ、明日作戦だって従卒に伝えにいかせたけどもしかして潰しちゃったとかそんなことしてないよなあ、とそちらを振り返り、分かっていたけれども絶望する。

 金色に輝く瞳、神(もしくは悪魔)の恩寵賜りし膨大な魔力、それを収める小さな身体。

 

「ユリア、模擬戦を申し込む」

 

 どうしよう、目がガチだ。







 とりあえず前回の予告はちゃんと回収したつもりです。

 ユリアちゃんは多分怒らせたらまずい子だと思うの。でも、ターニャちゃんはもっとまずいと思う。





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第16話



 お待たせしましたかね。すみません。いろいろ立て込んでました。
 本当はもう少し早く更新する努力をしていたのですがほら、switchのソフト豊作なんだもの、仕方ないよね!しかもそのソフトたちを2、3日前からようやく触れたとあればもう(ry



 私は短機関銃を構え、照準を合わせ、魔力を込めて引き金を引く。

 そうすれば彼女は防壁を展開しながらくるくると空を飛ぶ。それは一瞬のロスもなく流れるように行われ、姫の異名にふさわしいワルツを踊るような優雅さを兼ね備えた回避。

 私は再度短機関銃を構え、照準を合わせ、魔力を込めて引き金を引く。

 そうすれば彼女は瞬間で距離を詰め、複雑な工程をクリアして武器となったシャベルを振りかざして短機関銃へ打ち付け、術式の軌道を変える。

 仕方がないので蹴り飛ばそうとすれば、それはシャベルの柄で防がれたので都合が良いと反対の足で柄を蹴って移動、距離を取る。

 彼女から逃がさないと追いかけるように突き出された棒は特化型の演算宝珠を備えた試作品で、防壁を棍棒全体に展開していることから、彼女が飛行などの制御を行う97式と同時にそれを使用していることがわかる。

 

 銃を構え、照準を合わせ、魔力を込めて引き金を引く。戦場では日常茶飯事で、航空魔導士なら誰もが当たり前のように行うその行為が、彼女にはできない。銃を構え、照準を合わせても、銃弾はあらぬ方向へ飛んでいく。演算宝珠の力を借り、術式を組み上げても、術式は意図せぬ方向へ向かう。当たり前のことが出来ない彼女が後方勤務なのは当たり前の話なのかもしれない。

 だが、それは甚だ疑問である。

 彼女は、ラインにおいて誰よりも先頭で敵を倒し、多くの味方を助けていた。時にシャベルで、時に拳で殴り、または足で蹴り――――近代的とは言えぬ戦闘スタイルだったが、銃を使う人間よりも真っすぐに敵と向き合う彼女はあの泥臭い戦場において誰よりも勇敢で、高潔だったのだ。その勇敢さと高潔さから呼ばれ始めた“姫”という二つ名(そこにシャベルと付け加えたのは私だ)は、戦場でこそ輝くはずであり、決して後方勤務で使われる人材ではないはずだ。

 また、彼女の航空魔導士としての技量は飛びぬけて高い。彼女の防壁硬度や魔力操作技能に比肩する人間はほとんどいない上、机上の空論でしかない演算宝珠の二個同時使用の実現など、他の人材にはない圧倒的戦闘センスがある。

 

 彼女ほど、航空魔導士をやれる人間はいないというのに、どうして後方に配属する。

 

 彼女ほど、航空魔導士の才能に恵まれた人間が、どうして参謀将校であることを望まれる。

 

――――ああ、

 

 結局、私は羨ましいのだ。

 何故下がれたのが彼女で、私はひたすら前に居続けているのだろう。才能があり、努力もできるし、神に履かされた下駄を最大限活用して有能であり続ける天才型。

 自分に呆れるしかない。こんな、比較して変わるものでもなかろうに。それはあの現代社会の競争で嫌と言うほど理解したはずではないか。

 

 

 だから、この模擬戦は、半ば当て付けのようなものだ。

 

 

 距離を取って引き金を引く。

 防壁に銃弾がぶつかり弾ける音がする。ガキン、という音と共に黒い煙の中から術式を纏った銃弾が飛んでくるので防壁で防ぐ。あらかた、彼女が撃てないのに所持している術弾をシャベルで打ち付けて飛ばしてきたのだろうが、全くどういう術式展開をしたら高速で打ち出せるほどの推進力を与えられるのか。

 煙が晴れる照準器の向こう、オレンジに輝く瞳がこちらを捉える。諦めの色など全くない、射貫くようなその瞳はどこまでも真っすぐで。数日前、元の瞳の色をしていた時も同じような目を向けられた。

 

『それとも、それを曲げてでも渋るに足る相応の存念があるのですか?』

 

 引き金を引くと同時に言葉がフラッシュバックする。疑問を告げているはずなのに、そこにあるのは猜疑心ではなかった。ただ諭すように、信じていると言わんばかりの真っ直ぐさは、前世を含めて彼女からしか感じ取れたことが無い。

 防壁に銃弾が弾ける音が続く。彼女が術式で煙を撒き散らし、体勢が見えない中から突き出された特化型の棍棒が左頬に傷をつけた。痛みを気にする余裕も無くシャベルが次にくると踏み、防壁を両サイドに展開して失策に気づいた、彼女が身を回したことで晴れゆく煙の下から上へと振り上げられたシャベルの刃先を舌打ちと共にライフルでかろうじて防ぐ。そして再度突き出される特化型棍棒から逃れるために後退する。

 リロードしながら思う。自分の周りにいるのは競争相手ばかりのはずだ。同期にして同階級なのだから蹴落としていかねばならぬはずなのに、彼女から妨害というものを受けたことがないし、時折手助けすら寄越す。一方で、私は彼女が一緒の立場にいることを嬉しいと感じるのだ。彼女が後方勤務であることは不満だが、参謀本部に属する同じ階級の人間であることには満足する。

 

 どうして彼女は私を蹴落とさない?

 どうして私は彼女を蹴落とさない?

 

 音と煙に重点を置いて爆発術式を連射する。彼女の周りでそれは爆発し、彼女はその中心で防壁を強固に守りへ入る。その下から煙に紛れて彼女の足を掴み、地面へと投げる。

 

「………っ、」

 

 何かに驚くオレンジの瞳がこちらを捉える。息を呑んだのはどちらか、よく分からない。気に止めぬふりをして引き金を3回引き、彼女の防壁を撃ち抜く。さすがは"シャベル姫"、多重に展開した防壁で2発防ぎ、間を空けて発射した最後の一発はシャベルではねのけた。だが、彼女の顔は悔しげに歪んでいる。

 

 近づく地面、シャベルを振り切り崩した姿勢。そう、狙っていたのはこの瞬間。

 

 飛行術式でなんとか対地衝撃を和らげた彼女を地面に押し付け、首元にナイフを当てる。そうすれば瞳の色は元の青へと戻り、揺るぎない視線は一気に日常の柔らかなものに戻る。ゆらゆらと両手を上げ、敗北を受け入れられる。腹が立つのは、この勝利はあくまでも試合の話で、結局私は彼女の持ってきた作戦に従事するしかない。こうして模擬戦で勝っても、私は彼女に負けるのだ。

 

――――ああ、くそ。

 

 それに満足している自分がいるとか、認めたくない。しかし、その満足を前提に口は言葉を発していく。

 

「ドアノッカー、それは私達がこの戦線を突破する首刈り機という理解でいいのだな?」

「…うん」

「私達が成功すれば、戦争は終わるな?」

「うん―――終わらせないと」

 

 彼女の首元からナイフを離し、溜息をつく。深い海をたたえた色合いの瞳がこちらに向く。

 

「必ず成功させる」

 

 自分がどんな顔をしているのかよく分からない。ただ、彼女が笑顔を浮かべたのだから、そう悪い顔ではないのだろうよ。

 

 

 

 

 

 X-Day、ターニャ・デグレチャフ少佐と二〇三大隊選抜メンバーは衝撃と畏怖作戦を開始、V-1に搭乗して敵司令部と疑わしき目標の破壊へと向かった。彼女は何を要求するでもなく黙々と準備を進め、最後に行ってくると告げて飛んでいった。

 私はただ最大限の礼をもって彼らを見送ることしかできない。どんなに私や参謀本部の人間が策を練っても、技術者たちが整備を丁寧に行っても、すべてを決めるのは彼らの行動だ。それを、私が代わることはできない。私には、その技能が無いのだから。

 ああ、どうして私はここにいるのだろう。昨日、私は見たはずだ。模擬戦の最中に一瞬だけ垣間見た、不安に揺れる空色の瞳を。本当に、本当に珍しく、はっきりと露わになった彼女の感情は、私の適性に欠く素質を不満に思わせるには充分だった。

 だってそうだろう。いくら化物のようとはいえ、私はあんな幼子を、参謀本部でも若い部類に入る私よりも若い子を戦地へ送り出し続けているのだから。今までは良かった。ただ、あの目を見て私は、全く戦えない人間ではないのに、土と鉄と焼けた臭いの満ちたあの場所にいないことを、紙とインクと少しのホコリの匂いに満ちたこの場所にいることを咎めない心など、持ち合わせていなかった。

 

「バーナード少佐」

「何でしょう、シューゲル博士」

 

 彼の声に窓から目線を外せば、いつもと違う表情を声の主はしていた。

 

「貴官はできる事をした、最善を尽くした。あの少佐の機嫌を引き戻したのも貴官、本当にやれることは全てやっているのだ。だから、そう思いつめた顔をするな」

 

 どうやら、私の感情は表情に出ていたらしい。そのせいで珍しく、このマッドサイエンティストから人を気遣う言葉を聞いた…らしい。信じられないが、どうやら真実らしいし、そうさせる程度には私の顔は死んでいるらしい。まあ、毎日別の意味で死線をくぐった代償と言えなくはないので、結局お前のせいでもあるんだぞ――――とは言えない。

 

「ありがとうございます。――――さて、私は参謀本部に戻ります。博士には、本当にお世話になりました。どうか、お身体に気を付けてください」

「君には世話になった。……これは餞別だ、持っていきたまえ」

 

 言葉と共に渡されるのは特化型演算宝珠付き棍棒。結局開発は中止、たった一本のこの武器は廃棄される予定だったはずだが。

 

「君は使える人間なのだ。持っておいて損はないだろう」

 

 思わず目を見張る。刻印されているのは姫君を意味する言葉。

 

「君が姫と言われる所以は詳しく知らないが……誠実な姿勢を評価した人間がここでは多かった。――――また会おう」

 

 もう二度とここへは来たくないが、どこかで会った際は酒を一杯くらいおごってもいいかもしれない。

 

 

 皆さんごきげんよう、ユリア・バーナード少佐です。現在、某所での衝撃と畏怖作戦第一段階の任務を終了し、報告書を書きながら帝都への鉄道の旅を楽しんでいる最中であります。久々にリンゴジュースを飲みました。ああ、美味しすぎる。これを最初に考えた人と握手がしたいなどとくだらないことを考えつつ、しばしの休憩を楽しんでいます。

 

 列車が止まり、貨物の出し入れや人の乗り降りでしばらく停車することを告げられる。概ね予定通りに進行する帝国の鉄道網は今日も優秀です。きっと、帝都の鉄道部が頑張ってくださっているのでしょう。お土産をウーガ中佐達に買って帰ったほうがよさそうだなあ…。

 いろいろと予定を脳内で組み立てながら思考に耽って暫くの時が過ぎる。唐突なノック音に意識を戻し、返事をすれば乗務員が新聞とおまけを置いて行ってくれる。新聞はまともなことが書いていないのでスルーし(報道は信頼しがたいし)、おまけに手を伸ばす。そのおまけというのが、なんということか、軍用ライフルのパンフレット。そう言えば、ターニャちゃんが使っていた短機関銃はどこのものだろう。ASと刻印された“おしゃれな”ものだったが、果たして。

 

「はは……やっぱりオーダー品か」

 

 該当商品の写真に例の刻印はなかった。ページに書かれた国籍から、オースフィヨルドの戦果偵察を思い出す。嫌な予感がする。

 

 オーダー品――――この品に込められたものが持ち主のプライドなのか、それとも贈り物なのかはわからない。ただ、思い当たる理由のうちの一つ、“家族・友人など親しい者からの贈り物”だった場合、この銃の持ち主は相当な覚悟を持って戦っていたはずだ。そして、その覚悟の向く先は、オースフィヨルドの戦いで私が確保した敵の生き残りと同じで、私の意識からすっぽ抜けていたもので。

 

 彼らにだって護りたいものはある。それは国とか主義など、そういうものよりも重要な、彼らにとって大切なもの。

 

「たとえ命を落とすことになれど、同胞のためなら戦える。彼らが生きるためなら、国が変わっても彼らは戦う可能性が高い……帝国を潰すためなら、どこであろうとも」

 

 裏を返せば、帝国には絶対に味方しない。協商連合や共和国だけでなく、現在進行形で介入し、彼らの同胞を殺されている連合王国も同じだろう。

 

 私は、帝国は、合理性に走りすぎて、忘れてはならないものを忘れていた。

 

 頭痛がするのを無理やり意識の外へ押しやり、ペンをとる。目標は、今回の作戦が成功したときに提出すること。それを読んで、帝国がすぐに終戦に持ち込んでくれることを願って。

 

 

 






 ターニャちゃんが心を開いた()疑惑。

 ユリアちゃんが善人疑惑。


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第17話



 遅くなりましたがあけましておめでとうございます。
 今年も頑張るので皆さまよろしくお願いします。





――――合理の牙城内、とある会議室にて。

 

「バーナードのレポート、読んだか」

「ああ、読んだ。『感情を軽んじてはいけない』、か?我々が合理的過ぎて、非合理的な人間の思考を読めていないと書いてあったな」

「言いたいことは確かに理解できる。彼女が懸念するのは、敵国の非合理的な感情を理解できていないということなのだろう。だが、いくら敵国が非合理的とはいえ、首脳陣がこの状況においても非合理的な思考をするか?」

「国民感情と最高統帥府の思考は別物だろうに」

「そもそも、この戦争はもう終わる。彼女の懸念こそ非合理的、無駄だろうよ」

「最後に書かれていた講和条件――――我々が勝ち取った土地を元あるところへ返す、だぞ。それこそ、我々が払った血と涙と汗はどうなる。こちらの感情が軽んじられるではないか」

 

 紫煙に包まれる空間の中交わされる会話は、期待を裏切られたといわんばかり。

 

「今回のレポートは不作だ。心理学会に提出すればもっと高評価だっただろうに」

「彼女が軍を辞めるときには、大学教授の職を準備してやったほうがいいな」

「………だが、」

「どうした?」

「いや、何でもない」

 

 響き渡る嗤い声の中、紙束は箱へと放られる。『ナショナリズムと感情』と銘打たれたレポートは日の目を見ることなく保管庫へと仕舞われることになった――――

 

 

 

 皆さんごきげんよう、ユリア・バーナード少佐であります。今日は青々とした空の広がる快晴、お日様の光に心が踊る上、帝国軍が共和国首都を占領。これで終戦までうまくやれれば秒読み。なんて素晴らしいのでしょう。

 今朝の作戦局は連合王国が近海で演習を開始したという話題で持ちきりです。周囲はあれやこれやと話し合いをしていますが、私は若輩組で協力して、この汚い空間を何としても清浄してやると不要書類やらなんやらの廃棄をしたり掃除をしたり、つまり肉体労働をしています。だって戦闘は止まっているから若いのは暇だし、私だって中佐が現地視察へ飛んでるからちょっと暇ができたんだもの、やるなら今でしょ?

 なおメンツの中で私しか魔導師はいませんので、つまり私だけは高所の掃除にふわふわ浮きながら従事するしかないんだなあ!?

 窓を掃除していると、近くの棚を浮かせて移動してほしいと言われる。

 

「私の二つ名ご存じでしょう」

「ん…?ああ、ごめん。“シャベル姫”には遠隔操作は無理か」

「はい。浮かせてそのままにするので動かしていただけると」

 

 あー久々の魔力を消費するこの感じ。戦闘とは違ってじわじわと消費されていく感覚はなかなか疲れるし、すっきりしないので気持ちのいいものではないが、流石に参謀本部で破壊神になるわけにはいかない。私の射撃能力が発狂する程度のエラーなのだ、ちょっと楽をして致命的なミスをしたら笑えない。そんなことを考えながらひたすら窓を拭いていく。雑巾で一拭きするだけで真っ黒になるくらいにはヤニだらけの窓をピカピカにしていると、突然作戦局の扉をノックする音が響く。

 

「報告します!ド・ルーゴ将軍名義で戦闘休止、移動命令が共和国軍に出され、共和国海軍が撤収作業をしているとの情報が入りました!」

 

 開け放たれた扉を叩いて注目の的になった兵士は情報を書きなぐったであろう紙を作戦局の将校へ渡す。それに目を通したルーデルドルフ閣下以下中心人物から情報が伝播する。

 どうやら、共和国軍は戦線を放棄してブレスト軍港に移動、集結しているらしい。

 

「ド・ルーゴ将軍名義で共和国海軍が撤収…ブレスト軍港…」

 

 これで終戦となれば、帝国の優位は確定だ。これから停戦を各部隊に最優先で送付し、小康状態を作り上げる。その間に文官の人達がせっせと講和条約の締結に走るだろう。

 なのに何故連合王国はこのタイミングで演習を行う?しかも挑発するかのように帝国側の近海で、まるで視線を集めている。その状況の裏に当たるのは一体何?今ある情報だと、共和国海軍の件。連合王国と共和国…どちらも互いを失えないと考えているだろう。――――失えない?

 

 連合王国が失えないものを腐れ縁の共和国だとする。

 ド・ルーゴ将軍名義で海軍が撤収する?ブレスト軍港に集結するのは何故?そこから近いのは南方大陸、共和国の植民地…。

 その上で、共和国が失えないものは?連合王国は失われない。彼らの祖国はすでに帝国が失わせた。彼らに残る失えないものは、

 

「――――!!」

 

 思わず雑巾を落とす。それに気が付いて拾ってくれた先輩を無視して地面へ落下するように降りるや否や、シャツの捲った袖もヤニだらけになりつつある手もそのままに上司の集団へ突撃する。

 

「失礼します。ルーデルドルフ少将、お聞きしても?」

「構わぬが、まずその手をどうにかしたらどうだ」

「ありがとうございます。降伏の処理はなされていますか?」

「……まだなされていないが、時間の問題だろう」

 

 無視か、と苦い顔をされるがそんなことを気にしている暇はない。

 

「つまり、現時点ではあったとしても“停戦”ですね?“終戦”ではないのですね?」

「そうだ」

 

 時間がないのだ。

 

「ならば、私は即時のブレスト軍港襲撃を提案いたします」

 

 彼らが積み荷を纏めきるまで、あと何時間ある?

 

 何を言うか、と制止してくる上司たちを無視して、顔をひきつらせたルーデルドルフ閣下が沈黙しているのも無視して私は口を開く。

 

「共和国は残存戦力を植民地へ避難させるつもりです。そして体勢を立て直し、彼らの“強い祖国”を取り返しに来るでしょう。連合王国がわざわざ私たちの目を引き付けるように演習を行っているのは、彼らの戦力を重要視している故です」

「艦艇を集結させるのは戦争を終わらせるためにすぎない」

「そもそも、首都を失った国に戦争継続能力はない」

「合理的に考えすぎです!逃げた彼らが私たちの味方になることなど、絶対にありえないというのに!」

「しかし今から攻撃をすれば終戦交渉に影響が出る!バーナード、お前は戦争を継続したいのか?!」

「違う、違う!」

 

 どうして分かってくれないの。そう珍しく声を荒げる部下に、ルーデルドルフは努めて冷静に口を開く。

 

「”停戦”に何の問題がある。我々は勝利した」

「勝利したからこそ、その使い道を考えねば美酒に溺れて足元を掬われるのです!閣下は、帝国は本気でこのまま戦争が終わるとお思いなのですか?停戦しておけば、あちらから終戦に動くと?」

「当たり前だ。合理的に考えれば当然の帰結だろう。それに、それは文官の仕事だ」

「失礼ながら!」

 

 ルーデルドルフの舌打ちをかき消すように、ユリア・バーナードは叫ぶ。

 そうじゃない。そうじゃないんだ。

 どうして、どうしてわからない?人間の大切なものを、どうして。

 

「閣下は、帝国は、合理的過ぎて感情を忘れています!――――国がなくなるのですよ?彼らの怒りは、復讐心は、停戦程度で消えるような生易しいものではないでしょう。それに、帝国は力を振りかざして協商連合、ダキア、共和国を呑み込んだのです。周辺の大国が黙って大陸の覇権を渡すとお思いなのですか?彼らの帝国に対する恐怖心は、私たちが周辺国に抱いていた恐怖心と何ら変わりないというのに」

 

 私たちは周辺国がすべて敵と仮想して動かなくてはならなかった。その時の圧迫感は、恐怖心は、こうも勝利に溺れることで忘れ去られるのか。それを知っているからこそ、策を練ってきたのではなかったのか。

 

 それがなかったら、戦争などしなかったのではなかったのか。

 

「バーナード、貴官のレポートは読んだ。だが深く考えすぎだ。あれでは軍事レポートというより心理学のレポートだ」

「軍事を執り行うのは人間だけです。心理学を持つのも、人間だけです。人間がやる以上、心理を考慮しなくてどうするのですか」

 

 声高な私の訴えに机を叩きつけたルーデルドルフ閣下は、怒りの度合いにしては珍しく静かに言葉を発する。

 

「バーナード。貴官の意見は却下だ」

 

 静かに、それでいて局内へ響く程度に発せられた言葉で――――私は止まれない。

 

 飛行術式を展開する。地図の広がる大きな机を軽々と飛び越え、私を止めようとした上司やら先輩やらを容易く振り切ってその向こうにある個室――――ルーデルドルフ閣下の個室へと引きこもる。

 

 バーナード、開けろ!声が響き渡るが意識的に外へ追いやる。ルーデルドルフ少将の棚から地図を引きずり出し、全力で防壁術式を組んでドアを塞ぎながら頭を回す。

 

「共和国ブレスト軍港……並の魔導士では間に合わない…V-1…デグレチャフ少佐と二〇三大隊ならテスターとして使用許可を持っているか………くそ!権限が足りない!何で最初の配属が作戦なんだ…!コネ不足にも程がある!」

 

 距離、速度、戦闘力はあっても、許可が出せない。しかし、独断専行を唆すなど私はいいが相手が何と言うか。

 

「………ターニャちゃん、」

 

 あなたなら、私よりも賢く嗅覚のあるあなたなら、分かってくれる?

 

 おそるおそる受話器を持ち上げ、西方司令部へ繋ぐ。二〇三大隊を呼び出し、朗らかな声を遮って要件を伝える。

 

「セレブリャコーフ中尉、今すぐにデグレチャフ少佐を。早く」

 

 人が替わる。何だ、と鋭く問われた私の返事は、誰が聞いても情けないものだろう。

 

「デグレチャフ少佐…ううん、ターニャちゃん、お願い。私のわがままを聞いて」

 

 彼女の戸惑う声に、私は口早に情報をぶつける。

 

「共和国ブレスト軍港に共和国軍の残党勢力が集結しています。彼らは本土を捨てて南に渡るつもりなんだ…!早く、早くしないと帝国が負ける!」

 

 焦りといら立ちでまとまりのない文章になったが、すべての情報を理解した彼女は一言、それはお前のわがままだな?と聞いてくる。

 

「独断専行です、私の首で足りればいいけど――――きゃあ!」

 

 自分の魔力が弾ける感覚と防壁が割れる音で身をすくめる。振り向けば、噴火どころの雰囲気ではないルーデルドルフ閣下と、魔導が使える兵士がちらほら、さらに後ろから様子をうかがう作戦局のメンバー。

 

「バーナード!ふざけた真似を!――――その電話の相手は誰だ!」

「やりなさい!いいわね?!」

 

 命令形式で電話を切る。これで、ターニャが私の独断専行に無理矢理巻き込まれたという形は作れただろうか。そう考える暇もなく肩を掴まれる。抵抗しようにも、魔力切れで防壁も何もできなくなった私はあっさり兵士によって床へ押し付けられた。床もヤニ臭い――――しかし、もうそんなことはどうだっていいのだ。何より、何よりも!

 

「お願いです!これから発効するのが停戦ならばせめて、ブレスト軍港襲撃の許可をデグレチャフに下してください!共和国は、国を捨ててでも戦力を逃がすつもりなのです!今のうちに削いでおかなければ、帝国の足元が、」

「くどいぞバーナード!」

「お願いです、何としてもこちらから終戦に持ち込んでください!彼らに彼らの国を返して、終戦の講和条約を結んで、戦争をしないと約束してください!」

 

 でなければ滅ぶのは私たちだ、という言葉は紡がれない。頭に衝撃を受け、状況を把握する間もなく視界が真っ暗になった。

 

 

 







 あーあ、やっちまったなあ~(他人事)



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第18話



 映画の感想を述べようかと思いましたがネタバレが怖いので何も言いません。観に行っていない同志はなるはやで観に行くのです。間に合わない人はいつか出るであろう円盤を買うのです。デグレチャフ少佐の可愛さに萌えること間違いなし!


 ということで18話です。戦争は終わるかなー?





 

 ………至る経緯は問題が多かったとはいえ、結果としてもたらされた光景、緑に輝く湖畔の景色を眺めつつ、美味しいコーヒーを飲む。これほど贅沢で、快適な時間には喜びしかない。ただ難点としては非常に窮屈で動きにくい服装をしていること、また目の前に座る人間がいて、しかもそれが金髪碧眼の男――――縁談の相手であることだろうか。

 

 

 皆さんご機嫌麗しゅう、アナスタシア・フォン・プルシアです。只今わたくしは祖父母好みのクラシカルな装いをして、帝国南部の高級別荘地の喫茶店にいますの。

 

 何故そこにいるのかって?ユリアちゃんはどうしたと?――――順を追って説明いたしますからご安心を。とりあえず、数日前のユリアちゃんがどうしていたのか説明いたしますね。

 

 

 

 

 

 帝都参謀本部内。

 

 冷たい。…湿り気がある。目を開ければ、私は石畳に転がっていて、視界に広がるのは薄暗く狭い空間――――独房である。冷え込んだ空気が身体を冷やしたのか、カチコチに固まっているのをゆっくり動かして解いていく。そして、またじっと静かに過ごす、そんな生活もかれこれ一週間超え。これだけ生活すると慣れが発生する。恐ろしいったらありゃしな「出ろ」……さようなら、慣れ。

 

 皆さんごきげんよう、ユリア・バーナード少佐であります。ちょっと前に抗命行為、越権行為を盛大にやらかし、さらには上官に対する無断魔導使用や独断専行の教唆などもうなんかクビまっしぐらな項目をすべてやらかして独房行きになりましたが今この瞬間に独房から出されて連行されています。

 

 ああ、笑えない。………いや、狭いようで広い独房の隅で膝を抱えた姿勢で横になってやさぐれていた惨めな自分の身は笑えるが、共和国軍が南方大陸に逃げたという情報は笑えない。

 

 敵勢力の温存、これで戦争は継続される。しかも共和国の人間のための、自分たちの共和国を取り戻す大義名分を掲げた戦争に姿を変えて。おかしいなあ、つい先日まではまだギリギリ帝国が自分の身を護るための戦争だったはずなのに、これでは侵略者だ。人的資源も物的資源も、正義も信頼も何もかもを泥沼に吸い取られていく。それこそ、私のような人間も捨てられないレベルで…って考えるとクビはないが参謀本部での座席はなくなるだろうなぁ…ターニャちゃんが後釜に…ならないよなあ…残念。

 

 ………でも、本当に物理的に首切られるなんて状況になったらどうしようか…そこは考えてなかった…ってか、当時はもう必死だったんだよなあ…。

 

 なお、やさぐれたり寒かったりいいことなしの独房生活で嬉しかったことが一つ。作戦局の先輩や同輩たちはそれはもう慌てふためいて、日替わりで私に理由やら事情やらを根掘り葉掘り聞いてきては、報告書の内容と照らし合わせてくれたことか。いい上司に同期だ、私がこれだけの行動をした理由が何かあると信じて、私を救済するべく動いてくれているのだから。だが、その現場にいた彼らが見た内容や、報告書に上がっている内容以上に伝えることも、やったことも何もないのだ。

 

 私はあそこで戦争を終わらせる気だった。しかし誰にも理解を得られず失敗した。それに尽きる。周囲が「何かあると思って」行動してくれていると言う事実が尚更私を抉ってくるのは少ししんどい………待ってやっぱり嬉しくなかったかも。本当に理解してもらえていないとは、神に戦争をやめられない呪いでもかけられているのか?

 

 あー、もう本気でやばそうだったらもういっそユリアちゃんを殺してアナスタシアに戻って大人しくお見合い相手と結婚しよう。うんそうしよう。自分のミスだ、自分で回収するしかない。うん。青春を代償にしたものが終戦失敗なんて悲しすぎるけれど、もう私の限界はここにあるのかもしれないし?限界だから状況に敗北して死んでいくのは当然だよね!

 

 日頃の自分では想像つかないレベルでの白旗を祖父母に対して掲げていると、あっという間に部屋に連れていかれる。法務官やら何やらが集合し、その中にはルーデルドルフ閣下やゼートゥーア閣下の姿もある。そんな中、私が手錠をかけた状態で立たされた場所は、少し前に見た景色の中央部分。私の前にこの場所に立っていたのはターニャちゃん、つまり、私は査問会議にかけられるらしい。

 

「一日で悲鳴を上げると思ったが」

「………私は孤児です。寒い空間で寝るのはそれなりに慣れています」

 

 ルーデルドルフ閣下の声に、私は返事を返す。何が面白くないのか、ふんと鼻を鳴らして言葉を続ける。

 

「デグレチャフ少佐は停戦命令に従った。よって貴官の独断専行は未遂に終わったわけだ。彼女の狂犬ぶりに期待したようだが、残念だったな」

 

 出撃直前まで行ったが、出撃はできなかった。話を聞きながら私は一人安心する。良かった、ターニャは何もなく終わったらしい。罰を受けるのは私だけ、想定で一番いいルートだ。

 

「本当なら首を切りたいが、貴官の頭も身体も替えが効かぬ」

 

 与えられる罰は何だろう。参謀本部に残れるとは思っていない。だが、今この場で殺されることは確実にない。だって、人的資源が不足している。あるとすれば、私は参謀将校から野戦将校へと転換することだろか。閣下たちの想像通り戦争が終われば、私は軍縮なり何なり理由をつけて市井へ放り出されるだろうが、確実に戦争は終わらないのだから、私の目的である軍人を続けるということは可能に違いない…多分…たぶん…。

 

「これから会議にかける。せいぜい寛げばいい」

 

 想定した通りの言葉と共に、形式だけの査問会議が進んでいく。ターニャちゃんの時とは違い、誰も彼もが害を被ることなく進んでいく。そうして出された判決は執行猶予付きの無罪。

 

「――――?!」

 

 思考が追い付かない。どういうことだ。私が混乱しているのを見て楽しいのか、いや、実際楽しいのだろう、ルーデルドルフ閣下の声音が踊っている。

 

「ちょうどいい処罰だろう?」

「少佐が少将に逆らったんです。独断専行未遂でもある。そう考えると、軽すぎる処罰でしょう」

「不満かね?」

「文句をつけるつもりはありません。その権利は、私にはない」

 

 何故この程度なのか、そこだけが引っ掛かりを覚える。まるで、何かあると言われているみたいじゃないか。……ああ。

 

 ルーデルドルフ閣下の表情を見て確信する。

 ここは合理の牙城。隙を見せた人間にぶち込める物は山ほどある。多分、いや確実に、私に充てられる罪状は別にある。それは今そこに無くたっていいのだ。どうしても逃れられないもののスケープゴートとして私の罪は“現状において”無罪として流され、それが現れた時に宛がわれて有罪になる。

 ため息はつけないが、眉間にシワが寄るのは止められない。

 

 ああ、――――ろくでもないことになった。

 

 そうして、ユリアちゃんが休暇を取らされました。強制で日程決定の権利すら与えられないものです。実質、停戦関連どころか戦争業務から追い出された形になります。宿舎からは追い出されていますし、休暇明けに出頭するところを指定されているとはいえ、休暇から帰る頃には参謀本部の私のデスクはなくなっているでしょう。監視がついている気がするので逃げ出せばお尋ね者、なので名誉のために逃げないでおこうな!辞令は休暇から復帰後に与えるとされましたが、これは良くてクビですかねえ………最悪はとんでもない罪で首が飛ぶかな?

 

 まあ、何が何であれ休みですので、ユリアちゃんの元職場として登録されている飲食店に向かい、住まわせてもらう代わりにお仕事でもしながらのんびり過ごそうとしていましたがあら不思議。どこから聞きつけたのか家から呼び出しがかかりました。いつぶりかしら。仕方がないので私服で裏口から屋敷へ立ち入れば、エリカさんが待っていて、あれよこれよと頭の天辺から足の先まできっちり令嬢の格好に仕立て上げられる。そして祖父に対面させられ、

 

「面倒なことをしてくれたな、忌々しい髪色の分際で」

 

一言目からこれである。コップの水をぶっかけられたので魔導で乾燥させれば、顔が引きつる。それでも威勢を張るのだから少し面白いぞ?

 

「お陰でお前の影武者を立てる羽目になった。お前をアナスタシアとして動かしている間、ユリア・バーナードの代理をする人員を割かなくてはならん」

「監視がついていることまでよくご存じですね」

「我がプルシア家にかかればどうということはない。お前が査問会議にかけられたこともな」

「そうですか」

 

 ほう、軍内部にプルシアの人間がいたのか。知らなかった。というか、私はプルシア家が表面上は商会経営――――プルシア・ライヒ商会の会長をしていることしか知らないので、祖父の発言で裏側がきな臭い雰囲気であることを知ってしまった感じになる。

 

「これだから魔導師は嫌いなのだ。自分の力で何でもできると驕る」

「何でもできるなら、今頃私の力で戦争は終わっているでしょうに」

 

 ユリアちゃんの元職場も商会の運営するものだが、時折コーヒーを飲みに行ったりする間に、従業員の足の運びや体のこなしが普通でないことには薄々感づいていた。それに、随分前にレルゲン中佐に説明したように、彼らは知識も教養もあり、外国語を手繰ることができたものだから、何だか頭の良い傭兵じみているなあ…とか考えてしまったのはこういう理由だったのか。………おい、大分物騒ではないのかこの商会、もといこの家。

 私が嫌な汗をかくのを知ってか知らずか、今日の祖父はやたらよく喋る。

 

「共和国軍を仕留めなかった結果はすでに見えている。海の向こうでは多国籍軍が編成されている上、東側の動きが怪しい」

「東部戦線は異状なしのはずですが」

「商会員はそうは言っていない。――――新規開拓して正解だったな」

 

 そして、嫌に冴えている。

 このクソジジイ爪隠して愚か者やってたのか腹立たしいとか、分かってるならそのパイプを使って戦争終結させりゃあこんな苦労してねえとかいろいろ湧き出すが、そんなことよりもその事実を今、私に明かす理由がわからない。

 

「今日、私をここに呼んだ目的は何ですか」

「ふん、縁談に決まっているだろう」

「は――――はあ?!」

 

 意味が分からないと私がキレている間にあれよあれよと別荘地へ連行され、今に至る――――

 

 

 以上で最初の時間軸、つまりは別荘地にいる私の状態につながります。そして、縁談の相手とコーヒーを飲みながら話す…いえ、演説を聞く羽目になっています。

 なお、祖父母は今、観光を楽しんでいます。もう訳が分からなさ過ぎて殺意しか沸かない。

 

「――――そして我が小隊は敵陣を制圧し、祖国に貢献したのだ……アナスタシア嬢、聞いているかな?」

「ええ。あなたの武勇伝は聞いていて楽しいです、中尉さん」

「そうかそうか!そういえばつい最近もだな…」

 

 さて、私の縁談相手ですが、見ての通り軍人です。魔導適性の無い普通の軍人、階級は中尉。彼は自分がいかに優れた軍人かを熱く語ってくださるので、ある意味非常に面白いです。大した内容も無いのにもう二時間は話しっぱなしという纏まりの悪さ、永遠に軍大学へ入れてもらえなさそうなのがよく分かります。これで私が、ユリアが少佐であることを伝えられたらもっと面白い状況になりそうなのですが……きっと顔を青ざめさせて、先ほどまでの非礼を云々言い始めるのです。それで少しは私も満足できそうなのですが、不可能な話です。残念。

 もういいだろう。彼の話が途切れるあたりで声をかける。

 

「あの、誠に申し訳ないのですが、わたくしこの後用事がありまして」

「ん?ああ、もうこんな時間か、よく聞いてくれるから喋るのにも熱が入ってしまった。明日の夜会には参加するのか?」

「はい」

 

 明日の夜会をサボるのは祖父母が黙っていないので、否とは言えない。ただ、その後に言われたエスコートの話くらいは断ったっていいと思う。私の有意義な読書・その他思考の時間を潰してまで希望をかなえてやるのだ、これくらいいいだろう。

 ご馳走になったコーヒーと(長ったらしい)話の礼を告げ、私は喫茶店を出た。なお、ここも商会経営のお店。

 

 別荘への帰路の途中で立ち止まる。空を飛ぶことなく収めた視界はとても穏やかだ。

 煙や硝煙の臭いがしない青々とした空は憎らしいほど美しい。焼けた跡一つ無い緑に包まれた風景も、青空を映す湖も、何もかもが輝いて見える。

 今この瞬間にも南方大陸では共和国の生き残りが帝国への牙を研ぎ、帝国占領下に置かれた国の人間が帝国への恨みを育てていく。これはユリアちゃんの悩みの種。

 一方のアナスタシアは、つまり私は、唐突に表れた自分の家名における裏の顔を飲み込みきれていない。あと夜会に行きたくない。金持ちが行う戦勝を先走って祝う会など、戦争が終わらないことを知っている人間にとって楽しくも何ともない、むしろ不愉快である。

 

「……とんだ休暇だ」

 

 物理的にも、感情的にも、恐ろしく長い休暇になりそうだった。

 

 

 







 終わりませんでした。残念。しかも左遷の未来が見える!カワイソス!

 少しだけアナスタシアお嬢様もといユリアちゃんの話をしてまた戦場に戻ります。


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第19話



 遅くなりました。遊んだり、旅行したり、遊んだり、ゲームしたり、遊んだり、引っ越したり、遊んだりで忙しくしていたら執筆時間がなかったんですお許しください何にもしませんけど。
 ということで19話です。


 

 

 揺れる車窓に映る景色はのどかだ。青々とした自然、空を映す穏やかな湖畔。硝煙や鉄の臭いなど一切しないその場所になぜ自分は向かっているのだろうか。いや、仕事である以上向かわなくてはならないのである。しかし、本来なら伴っていたであろう部下がいないという事実を認識するたびに、気分は少し下がる。彼女ならこれからある仕事に適任であっただろうし、何よりこの旅路と光景を喜んでいただろうから。

 

 彼女、それは作戦局における紅一点だった女性であり、先日まで将来を嘱望されていた元参謀将校の女軍人、ユリア・バーナードである。自分が現地視察に向かっている間に、上官への抗命行為、越権行為、独断専行の教唆といった参謀将校にあるまじき罪状のオンパレードを成し遂げた彼女は、過去に取りそびれた休暇を消費するという名目で参謀本部から追い出された。彼女の行く先は未定であるが、参謀将校であり続けられない以上彼女は野戦将校へと鞍替えすることになるだろう。

 

 そこに口を何一つはさめなかったことについて、直属の上司としてどうだろうかとは思うが、ルーデルドルフ閣下は自分が視察から帰還するまでに彼女に関するすべての過程を終わらせてしまった。作戦局の面々からどうにかしようと動いていたこと、結局それが意味をなさなかったことを聞いたが、彼女がルーデルドルフ閣下に楯突いた時点で許される範疇を超えてしまっていることは確実なので仕方がない。

 

 しかし、あれほど有能に働ける人間を追い出して、一体どのように使う気でいるのだろうか。彼女の射撃能力は皆無どころかマイナスであるというのに。ゼートゥーア閣下はその能力を鑑みてルーデルドルフ閣下のやり方に反対したというが………

 

 とにかく、済んだことを考えていても仕方がない。だが、これからやる仕事が金持ちたちの相手をすることだなんて、彼女ほどの適任はいないのではないか、せめてこれをやらせてから飛ばすなり何なりしてほしかったと思った自分は悪くない…だろう。

 輝かしい景色を遮るためにカーテンを下ろし、顔写真の載った書類の束を取り出す。これを到着までに覚えておかなくては今回の仕事は全うできない。

 

 

 思い出されるのは昨晩の出来事。

 

『接待ですか?この時期に?』

『金持ち――――貴族の方々から招待状を貰ってな。この忙しい時に、“戦勝を前祝する会”ときた。あいつらは頭が沸いているらしい。共和国首都を占領し停戦が見えてきたとはいえ、まだ戦争は終わっていない』

 

 参謀本部の一室で、沸々と煮えたぎる怒りを滲ませながらそう言ったゼートゥーア閣下は、返事も待たずに続きを話す。

 

『現地の軍人もいくらか参加するが、階級が低い奴らだけでは満足できないから独身の高級将校を寄こせというらしい。軍人の多忙さを舐め腐っている』

 

 盛大な舌打ちを聞いた気がした。この冷静な学者然としている理知的な将校から、舌打ちを聞いた気がした。否、聞いた。

 

『申し訳ないが、お前に行ってもらいたい。本当はバーナードに行かせるつもりだったが、ルーデルドルフのやつが追い出してしまったのでな』

 

 これはまさしく、あの部下が言うところの、東洋の般若の表情というところだろうか、恐ろしく怖い。しかし、それをはっきり言うわけにもいかず沈黙していると、青い瞳がこちらを射抜く。返事を要求されている。

 

『は、承りました』

『参加者はリストアップした。貴族の顔を全員覚えるのは無駄の極みだ、必要な人間だけ覚えてくれればそれでいい』

『……女性が得意そうな任務ですね…』

 

 うっかり零した言葉。しまったと思った時にはゼートゥーア閣下の笑いが室内に響く。冷汗が背中を伝う。

 

『本当に、そうだな。………ルーデルドルフ、何も追い出さなくとも解決する方法はあっただろうに』

 

 返ってきた反応は叱責ではなかった。その反応の内容を聞く限り、彼女を追い出すことを厭うようにもとれる。そういえば、彼女が最近提出したレポートを読んで批判しなかった人間は、この少将ではなかったか。

 

 違和感から生じた思考はおもむろに発せられた貴族の名前で霧散した。この伯爵、この男爵、次々と告げられる今回のキーマンに印をつけ、きちんとポーズを決めて取られた写真の顔と名前と爵位と情報を頭に詰め込んでいく。その最後、一人だけ異質な人間の名前を伝えられる。小さい身体、どこかで本を抱えている様子が収められた肖像画をつけられた女性。どこか照れているような笑みを見せている。見る限り黒のような重たい色の髪をしていて、瞳の色はデータによると青。

 

『一人だけ、資料が違いますね。…年齢を鑑みると、これは幼少期の絵だと思うのですが』

 

 資料――――やたら空白の多いそれを見せれば、ゼートゥーア閣下は珍しく頬を緩ませた。

 

『ああ……最近の写真が無いそうで、私が持っていた肖像画が使われた』

『ゼートゥーア閣下、お知り合いで?』

 

 ああ、と閣下は肯定する。

 

『アナスタシア・フォン・プルシア。私はかの家と直接関わりはないが、彼女とはかなり前から知り合いでね。よく帝都の図書館で本について話をした。賢い娘だ、生まれによっては軍人か優秀な官僚になっていただろうに――――貴官も、プルシア公爵家くらいは知っているだろう?』

 

 知っている。公爵という爵位を持った家は限られているが、その中でもひと際地味で、何をしているか知れない家系。商会経営をしているらしく、帝都で行きつけにしている喫茶店はそこの商会によって運営されていた気がする。確か、この家だけが何故か金髪に固執している。差別意識が強いのかもしれない、が。

 

『本当に、あのプルシア家の令嬢なのですか?』

『その疑いは金髪でないからか?』

『それもありますが……プルシア家といえば、もう老齢の当主とその妻しかいないと思っていました。一人娘には先立たれたと聞いていましたし』

『彼女は不義の子だからな。あまり公には出てこないが、それでも継承権は第一位だ』

『ならば、彼女が将来の当主ですか』

『だがあの老人当主は納得しないだろうよ。だから必死に婿養子を探しているようだ』 

『……ならば、写真の一枚程度ありそうなものですが』

『全く出回らない。良くも悪くも、貴族社会の頂点に立つだけはあるのだろう』

『では、この肖像画は?』

『私が描いた』

『え…え?!』

『レディ――――当時は可愛い子供にせがまれては、するしかあるまい?』

 

 帝国紳士たるもの、レディの希望には全力で応えなくては。

 そう言って微笑む視線の先にあるもの、まったくいつの間に手に持ったのか。それは軍人にしては上手すぎる、重たい色をした髪をハーフアップにして、深海のような色の瞳を輝かせた幼い子供の肖像画だった。

 

「レルゲン中佐、まもなく到着です」

 

 レルゲンと呼ばれた軍服の男性は、トランクを持ち上げると座席から立ち上がった。

 

 

 

 ライヒ・プルシア商会。それは極東からアフリカの大地まで幅広く視野を広げ、欧州に利益を持ち込む帝国最大の商業団体である。戦争による経済制裁によって業績を下げつつも、独自のルート開発で一定以上の利益を上げ続けている――――

 

 皆様ご機嫌麗しゅう、アナスタシア・フォン・プルシアですわ。今ご覧いただいたのは私の実家が経営する商会の紹介文ですの。シンプルすぎて私の知りたいことは何にも分からないだなんて何て素晴らしい隠匿状況。これに関しては我が帝国軍も見習わなくてはならないでしょうし、情報をすっぱ抜く暇があるなら少しは協力したらいかがなの?とも思いますがまあわたくしにもユリアちゃんにももう関係のない話になりそうですわね。

 

「でも戦時下なのにここまで業績がいいなら法を掻い潜ったりしてそうだし、本気で爪隠してやがったなあのジジイ…おっと」

 

 あら、口調がユリアちゃん。よろしくない。しかし、本当に業績は良いのだ。別荘地でレジャーを楽しめる程度の余裕があるとは、参謀本部で話したらぶち殺されそうな勢いである。商会ではなく家の家計簿を覗き見たが、一応国に寄付をしている形跡も見られるし、王宮への交通費の計上から皇帝陛下と謁見する機会を持てる政治的な権力だってあると理解できた。とは言え、権力と金があるだけではあそこまでの経常利益を出すことはできないだろうから、商会は何かやっているはずである。たとえば、軍内の情報を収集したりとか。――――もうそれ答えじゃん、商会は情報屋も兼ねてそうじゃん。色々知っているから利益が出る土地に新規展開するんだよねそうだよね!

 

 八百長かな?と言いたくなるが、多分そうできるだけの苦労は支払っているはずなので、それができる理由を探りたい。そう、例えば。

 

「お嬢様、失礼いたしま――――」

「ごめんねエリカさん!」

 

 我が家の使用人に一発蹴りを入れにかかる。もちろん、シャベル姫御用達の格闘――――それは見事に両腕で受け止められる。

 

「――――っ」

 

 宙を返って体勢を立て直しながら着地するや否や、左右の拳を突き出していくがそれは容易く弾かれていく。拳では足りないと足まで使って攻撃していくが、逆に足を払われそうになる始末。結局、慣れないヒールに足を取られたその隙に組み伏せられ、ポケットに忍ばせていた演算宝珠を奪われる。なおも抵抗しようとすれば首筋に手刀を宛がわれたので大人しく降参する。

 

「何のつもりでしょう、お嬢様」

「――――ははっ、とてもカタギじゃないわ。それに対魔導士のスキルがある。非魔導師の人は普通、演算宝珠を狙わないのよ?」

「それは、……っ」

 

 エリカさんが言葉に詰まったようだった。これはもう、答えなのだろう。

 正直に言おう、恐ろしい腕前だった。帝国軍ならエリートになれる。

 

「何故このようなことを?」

「商会の人間はやたら傭兵じみてるなあと思って。エリカさんもそっち経由の人…というか、我が家の使用人は全員そういう感じなのかしら」

 

 公爵家という肩書きのわりには意外と人数いないし、よくよく思い出すと皆足音がないわよね。そう言えばエリカさんは私に突き出した手刀を引き下げ、無表情に告げる。

 

「それを知っていかがされるおつもりで?」

「今まで全く知らなかった事を知り始めると、好奇心が疼いて仕方ないのよ」

「興味本位で手を出すというなら今すぐお止めになられたほうが宜しいかと」

「祖父が私に継がせる気がない間は興味本位でしか動けないわ。分かるでしょう?」

 

 無表情だったエリカさんの表情が曇る。

 

「まあ、私は別にいいの。我が家が仮にキナ臭かろうが、仮に世界の裏側から世界を救ってるなんてことがあろうが、私がこの家に受容されない人間であることに変わりない。だから私はユリア・バーナードとして軍人生活を送り、早ければ戦場で死ぬだけ。その後のことも、そもそも今のことだって、どうでもいいのよ」

 

 起き上がるそぶりを見せれば、彼女は簡単に拘束を解いて私を立たせてくれた。その際に汚れた裾を払ってくれるのだから、気遣いもできる。

 

「そろそろ夜会の仕度しないといけないんでしょう?もう好きなようにして頂戴、どうせ私の意見は通らないんだから」

 

 そうして私の身支度を完璧に済ませるこの女性が、先ほどの格闘の合間に見せた猛禽類のような瞳を見せる人間と全く同じだという。

 とんでもない家に育ったものだ――――私は祖父母の評価をクズから怪物に変更せざるを得ないと痛感した。

 






 次でアーニャちゃんの話を終わらせて戦争業務に戻ります。
 早めに続きを投げ込みたいのでほどほどにがんばるぞい!


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第20話



 誤字脱字校正その他もろもろ、皆様いつもありがとうございます。自分のダメっぷりに気付いて悲しい反面、皆様の優しさに嬉し泣きします。


 さてアーニャちゃんの胃痛タイムです。調子に乗ってサクサク書いて投げ込むので今回も誤字脱字以下略よろしくお願いします。


 

 

 

 前回、私は祖父母の評価をクズから怪物に変更せざるを得ないと痛感した、と言ったな?

 だが、夜会は別である。

 

「絶許」

 

 適当に挨拶を済ませ、することもなく話しかけられたくもないので壁の花になりながら、夜会を楽しんでいる祖父母へ恨みの言葉を述べる。ドレスは窮屈である。

 ユリアちゃんの時の普段の適当なスタイル、ぱっつん前髪に適当に束ねた長い髪は驚くほどの変貌を遂げた。アナスタシアの時は前髪は横に流され、ハーフアップがデフォルトになるのだが、今晩は後ろががっつり持ち上げられて結い上げられ、コテでふわふわにされた髪をよく分からない纏め方できれいに見えるように加工されていてもうなんかよく分からない(大事なので二回)けど凄い。分かるのは頭を振っても髪がバサバサしないということと、髪飾りがついていることと、イヤリングがつけられたことくらいか。

 イヤリングの石はエリカさん曰くハイパーシーンという石らしいが、そんなのはどうでもいい。

 ドレスは群青色のAライン。私の瞳とは相性がいいが、髪には合わない。無表情を装いながらふてくされていると、私が知っている声が飛んでくる。

 

「またそんな色のドレス着て」

「金髪には映えるのではないかしら」

「相変わらずねえ。あんたの髪色はそれだから良いのに」

 

 ソプラノボイスでの打てば響く反応、さらっと誉め言葉まで述べる。この反応の仕方は、“私”の学生時代を思い起こさせる。

 

「久しぶり、リリア」

「久しぶりね、アーニャ」

 

 目の前で不敵にほほ笑むのは、懐かしきアナスタシアの学生時代を充実させた、金髪碧眼、祖父母の理想形態を持つ女性――――悪友リリア。

 

「リリアは楽しくやっている?旦那様はどう?」

「毎日楽しいわ。ちょっと寝不足なのが悩ましいけど、幸せな悩みよね」

 

 そう言って笑う彼女は、とても美人だ。

 

 

 

 私が近況をしばらく語れば、次は自動的にアナスタシアの近況について聞くこととなる。

 

「アーニャは…その様子だと引きこもりかしら」

「そんなところ」

「猫被れるしスタイル良し、頭も切れるの三拍子揃ったそれなりの優良物件なのにねえ…性格が難だけど」

「ぐっ…相変わらず容赦の無い…」

「そんな人間を友人に選んだのはあんたでしょ」

「仰る通りで」

 

 流しきれない長さの前髪が彼女のこめかみ付近で揺れる。色白な肌にはっきりと主張する重たい色の髪は、相変わらず彼女を苦しめるのだろう。だが、その苦しみに対して何も手を打たないとは到底思えない。それは、私が悪友だからだろうか。

 

「アーニャ、あんたいつまでそうしているつもり?」

「………」

「あんたは邪魔する者を蹴散らすのなんて得意だろ?私は忘れてないわよ、全方位から売られた喧嘩を耐えて耐えて耐えながら情報収集して、最後の最後で敵の汚点暴露して下剋上どころか舞台ひっくり返す勢いの復讐を成し遂げて令嬢方に心の傷を塩と一緒にブチ込んだこと」

「リリアは横で大爆笑してたわね、懐かしいわ」

「今だってあそこで鼻高々なレイマーク夫人の弱みを握ってるから壁の花やってるんだろ?先輩ったら、アーニャに近づきもしない。手を振ってみたけど、私とアーニャを見て顔をひきつらせてるし」

「ちょっと脇腹を突いてあげただけよ、学生時代に」

 

 深い海の色を湛える瞳が闇を映す。けしかけておいてという話だが、少し怖い。

 リリアと呼ばれた友人は久々の感覚にゾクリとするのを抑えられなかった。

 

 実害は無いわ、わざわざ弱みを作るのがいけない、そもそも私を舐めてかかるからそうなる――――全てを飲み込む荒波というよりは、どこまでも静かな凪。しかし、どこまでも穏やかで、深く引きずり込める深海を持つ彼女を、リリアは学生時代から大層大事にしている。

 

 敵に回してはいけないと本能的に悟ったせいでもあるが、何より彼女の隣にいることは楽しいのだ。勉学の成績もスポーツの成績も優秀で、クソ真面目と思いきやジョークを解するユーモアも持ち合わせた賢い令嬢。こちらが何か言えば、それに合わせてそれなりに変化する表情も面白いし、時折見せる冷徹さも面白い、というよりは興味深いだが、とにかくリリアという令嬢は“金髪でない”ことも含めて彼女を気に入り、友人を始めた。そして、いつの間にかこうして顔を合わせれば会話が止まらないような関係になっている。

 

 今だって、彼女の口から言葉は止まらない。あのお菓子がおいしい、最近の物価は値上がりが激しい、あるブランドのドレスは輸入禁止になった、様々な情報のやり取りをしていく。まあ、これは情報交換が優先的に行われているだけだが………先ほどから彼女の視線の先にあるもの、それについてからかうのはこの会場において友人の立場を得ている私だけが許された行為なのではなかろうか。

 

「ふうむ……軍人さんは人気者ね。アーニャも軍人さん狙い?」

 

 彼女の視界にとらえられているであろう一人の令嬢とその取り巻き。彼女らの獲物は軍人らしい。軍服をまとった眼鏡の男は面白いくらいにタジタジだ。どうやら兵士や敵をあしらうことは慣れていても、自国民やその令嬢をあしらうことは全くもってだめらしい。

 

「……そうね、そしていいえ。可哀想なことに、その本人は逃げたくて仕方がない様子だけれど」

「気になるなら、助けに行ってあげれば?」

 

 お前の家名はぶっちぎりだろう?とからかうように言えば、彼女は苦い顔をして面倒くさいと呟く。

 そうだろう、だって彼女は家に認められない子供なのだから。認めてもらえないのに家督継承権は1位で、他の候補がいない。彼女の祖父は自分の選んだ男と彼女を結婚させて、男のほうに家督を継がせたいようだが、彼女は首を縦に振らない。

 まあ、圧倒的にレベルの低い男を当てようとしたって、権力を握るどころか足蹴にされるだけなんだがね。それをわかっているからか、それとも彼女の幸せを祈っているからか、彼女が首を縦に振らない縁談はまとまったことが無い。もし後者なら、というかハイパーシーンなんて石をイヤリングとして身に着けさせるくらいなら公爵は早々に彼女へ家督を譲るべきだと思う。出来るだけ“なるはや”で、彼女に下剋上アタックで殺される前に。

 祖父達に強要される縁談の数々で嫌になってしまったのか、もしくは彼女の理想が高すぎるせいか、中等部から高等部、学校を卒業した今に至るまで、彼女が自発的に起こした浮いた話など一切無い。時折誰かに告白を受けていたようだがバッサリだ。

 アーニャ、お前の中身がブリザードクイーンなのではないかと私は何回も疑っているんだよ。でも、もしかしたら、今日やっと、お前はかわいらしいお嬢さんなんじゃないかって、自発的に声をかけに行くんじゃないかってちょっと心が躍る。だからけしかけるね!

 

「家名は置いておいて、中心人物に心当たりあるだろう?」

「フィルデラント伯爵令嬢ね。縁談がまとまってたわよね、1年前に」

「あれ、破談の危機らしい。そんな状況で男性に声をかけるなんて、なあ?」

 

 軍人さんに多大な迷惑がかかる未来が見えるねえなんて言ってやれば、彼女はため息をついてこちらを見る。呆れ顔――――そのどこかに何だか恥ずかしそうな何かが見えるあたり………待てお前ちょっといつもよりかわいいぞ?!

 

「アーニャ、健闘を祈るわ!」

「何のことだか」

 

 張り切って一押ししたら、彼女は歩き出した。ちょ、もしかしてこれは、

 

「アーニャに春が……!?」

 

 え、うわ、どうしよ。私の心の準備がまだ!

 私が一人で浮かれている間に、彼女は例の集団のもとへ優雅にたどり着き、よく通るアルトボイスで一撃を入れる。 

 

「レルゲンさん、お待たせしてしまったでしょうか」

 

 軍人さん、レルゲンって言うのか、よく知ってるな…。面白いくらいに固まった彼の腕にアーニャはさらりと手を乗せる。あ、眼鏡がずれた。落ち着けって。

 

 誰も彼もが驚く中状況を飲み込んだのか、突然現れた上に軍人さんのずれた眼鏡を直してやる頭脳高レベルな乱入者に対し、問題の令嬢が悲鳴をあげた。

 

「プルシア公爵令嬢…?!何故ここに…!」

「お久しぶりですわね、フィルデラント伯爵令嬢。私も帝国貴族の端くれ、呼ばれた夜会には出席いたしませんとね」

 

 無駄にいい笑顔、周辺の男性の視線が彼女の顔に釘付けになるのが分かる。よく言うよ、無駄な夜会は断りまくって滅多に表へ出てこないくせに…とジト目になった私は悪くないよな?

 

「未来の旦那様の元へは行かれなくて良いのですか?それとも、まさか将来を約束した唯一に見放されているのでしょうか」

「そんな事はないわよ!」

「でしたら、この方は必要ありませんわね?道が違いますもの」

 

 おーおー、盛大に吹っ掛けやがった。今、フィルデラント伯爵令嬢の縁談は破綻しかけているんだ。新しい旦那候補が欲しい、しかし、縁談の破談を認めてしまえば傷がつく。ご令嬢のお相手は誰もが認める優良物件なだけに大変ねえ、まあ私は知らんけどと言わんばかりに軍人の腕を引き、さらりと集団から抜け出た彼女は、こちらを一瞥する。私は行っちまえ、と手を振り、彼女がごめんね、と目線だけ寄越してバルコニーへ出るのを見届ける。

 タイミングを見計らって迎えに来てくれた旦那に寄り添いながら、過去に一切浮いた話の無かった彼女に幸あれ、と思ったのは内緒だ。

 

 

 

 

 皆様ご機嫌麗しゅう、アナスタシア・フォン・プルシアですわ。

 今、私はユリアちゃんの上司、いえ、元上司を救済しに行きましたの。隣でぎこちない動きをなさっているのがその元上司、ユリアちゃん風に言うなればレルゲン中佐。

 

「助かりました………その」

「アナスタシアです。私の方が年下ですし、敬語は不要ですよ」

「しかし、」

「だって私、ただのアナスタシアとしか名乗っていませんもの。そう考えると、身分も何も関係ないのでは?」

 

 本音としては、私の中のユリアちゃんが発狂しそうなので私が敬語でお願いしますというところです。ええ、キャラの使い分けは大変なのです。今は令嬢外面モードですわ。

 

「恐ろしく頭の回る」

「お褒めの言葉、ありがとうございます」

 

 爽やかに微笑んで見せる間に、レルゲン中佐が落ち着きを取り戻した。大方、任務でこんなくだらない夜会に来ているのだろう。彼の性質と多忙さを考えると、こんなところに寄越していいのかと疑問しかないが、来てしまったものは仕方がない。お疲れ様です。ですが忠告。

 

「お嫁さん候補を探しに来たのなら、もう少し女性を学んだほうがよろしいですわ。先ほどの令嬢とその集団は貴方のキャリアにおいて火薬庫でしかありませんの」

「………社交界は恐ろしい」

「ええ、バケモノがたくさんいますから。軍務とはいえお疲れ様です」

「………」

「何故ばれたって顔をしていらっしゃいますが、あなたのような人間を送ってくるには理由があるでしょう」

 

 もう少し手段を工夫するべきですわ、と伝えると苦い顔をされる。まあ、この方法を考えたのは彼でないだろうから、上司にでも伝えてくれればそれでいい。正直人選ミスだろとは思います、ええ。

 

「そんな貴女もいいのか?こんなところで意味のない会話をしていて」

「名前と肩書に釣られる頭の悪い人たちと会話したり踊ったりしたところで無益でしょう。一応挨拶はしましたし、家としてつながりを保っておいた方がいい人たちとはもう会話も済ませてあります」

「コネ作りも合理的に、ということか」

「そういうものです」 

 

 ふむ、と生真面目に頷く中佐。そういうところがだめだと思います、キャスト変更を要求しますとか云々は絶対に口に出さない。

 しばらく会話が途切れる。バルコニー下の庭から頭上の空へと視線の角度を変える。月を隠す雲の合間から見える深い紺色の空には、銀砂のような星が散らばる。

 ふと、話題転換に自分の欲求を吐き出してみる。

 

「……ああ、コーヒーが飲みたい。なぜこういう場所にはお酒しか置いてないのでしょう」

「酒は飲まないのか」

「ええ。苦手です」

 

 本当はワイン大好きです、とは口が裂けても言えないのです。酔ってユリアに戻ったら笑えないですからね。仕方がないので帝都に帰ったらユリアちゃんの時に存分に飲んでやりますわ。

 

「商会のコーヒーはこの状況にあっても比較的質が良く、私もよく飲みに行っている。――――すまない、あなたの実家で間違いないか?」

 

 唐突な内容に驚きしかないが、さらっと微笑みと肯定の返事をした私を誰か褒めてほしい。

 

「まあ、そうなんですの。職場で人気なのですか?」

「知らない…が、直属の部下や、知り合い達はよく足を運んでいた」

「あら…」

 

 うーん。直属の部下、それはどう検討してもユリアちゃんですねありがとうございました。

 

「……その部下は貴女によく似ている」

「それは見た目が?性格が?」

「性格……だが、見た目も似ているかもしれないな」

「見た目が似ている人間は世界に3人くらいいるって言いますからね。しかし、私のような性格をしているとは、その方も大変ですね。きっと問題児でしょう」

「そうだな。だが、とても優秀だ。そこに間違いはないし、よく助けられる。感謝しているよ」

 

 

 思わず目を見張る。思考が荒れる。

 それでも何とか冷静な部分を作り出し、至って普通を装いながら、最上の解を目指して、ゆっくりと視線を空から中佐に変更して、慎重に口を開く。

 

 

「……それ、ご本人に直接言って差し上げればよいのでは?」

「似ている貴女で予行演習したと思ってくれ」

「まあひどい」

「だが、貴女も優秀であることは間違いないだろう」

「ありがとうございます」

 

 月の光が差し込む。

 

「私の名前はエーリッヒ・フォン・レルゲン。貴女の名前をお伺いしてもよろしいですか?」

「アナスタシア・フォン・プルシア。通名ですわ、本名はもっと長いです。ご希望通り、次にお会いするときは本来の身分で――――話して差し上げませんわ」

「だろうな。そんな気がする」

「だって年上から敬語で話しかけられるだなんて、しかも国のために働く方に……まあ、状況によりと言ったところですわね。そろそろいい時間ですし、失礼いたします」

 

 努めてゆったりとした動作でお辞儀をし、踵を返してバルコニーから室内、廊下、玄関へと場所を変える。迎えの車に乗り込むや否や、頭を抱える。

 

 ああ、本当にしんどい。やべえ、ユリアちゃんの正体割れてたらどうしよう。いや、あの感じだと私はアナスタシアで、ユリアちゃんとは認識されてないよね?そうだよね?オールグリーンだよね?No problemだよね?

 

「――――っ、~~~~~~!!!」

「お嬢様、顔が真っ赤です」

「酔っただけ!帰ります!」

 

 運転手の一言が刺さる。

 畜生、そんなこと報告してくれるな!

 

 

 

 

 それから数日、休暇最終日。帝都の屋敷だろうと別荘だろうと引きこもりかつ起きない私をエリカさんが叩き起こしてくれた。

 

「おはようございます、お嬢様」

「………おはよう」

 

 ユリアちゃんとしての身支度をさっさと整え、裏口に回る。朝食は車内でとる予定にして、朝一の電車に乗ることにした。

 

「では私はこれで。エリカさん、世話になったわね」

「いえ…あの、帝都のお屋敷には次いつ戻られるのですか?」

「休暇の見通しは立っていないから当分戻らないわ」

「そうですか…」

 

 表情がいつもと違う。そう思うのと踵を返すのは同じタイミングで、私は見なかったふりをしてドアノブに手をかけた。そしてドアを開けようとして、

 

「あの、お嬢様!」

 

エリカさんの声に振り返る。

 

「何?」

 

 珍しく切羽詰まった声に気付かなかったわけではない。だが、素直に心配する程、私はこの家の人間ではないから、あえて何も気づかなかったように振舞う。

 

「その、旦那様の命がもう長くないことはご存知ですか?」

「……いいえ」

「……お嬢様、どうかお戻りいただけませんか。このままでは、」

「祖父が私を後継に指名しなければ家は無くなるわね。まあそうしたら、アナスタシアもいなくなるでしょう」

「!」

 

 祖父の命は長くないらしい。

 

「大丈夫よ。家が無くなったなら私が責任を持って使用人たちの転職先を手配するわ」

 

 ドアを開け放って外へ出る。後ろは振り返らなかった。

 

 一体、何だというのだ。何を知ろうと、何に興味を持とうと、私は後継に据えられないただのアナスタシアなのだからそこに関しては何にも関係ない――――だがしかし。

 

「…………果たしてどうなるかしらね」

 

 家が無くなったら無くなったで、私はユリアとして生きることができて人生お花畑モードに突入できる。しかし、どうもそんな様にはならない気がして、不穏な何かを感じつつ帝都行きの列車へと乗り込んだ。






 アーニャちゃんとレルゲン中佐のエンカウントを達成しました。やったね!
 悪友リリアちゃんは勝手によく喋るいい子です、お陰で文字数が…。
 ユリアちゃんは幸先よくなさそうな感じを察してしまった!可哀そうに。

 次からは戦争業務です。ではまた来月以降お会いしましょう。


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第21話


 次から戦争業務と言ったな?あれは(辛うじて)嘘じゃない。

 だけどもう一人不幸せ(?)にしてからユリアちゃんの左遷先へ。






 

 

 

 

 ユリア・バーナードが朝飛び乗った列車から降り立ったのは午後のことだった。足取りは住み込みで働いていた経歴のある喫茶店ではなく、帝都の図書館へと向かい、幼いころは常連のようにいた小説のコーナーで1冊手にする。やはり常連だった、日の当たる窓際のテーブル2人席で上着を脱いで膝に掛け、手は本のページを手繰る。児童向けというよりもう少し成長した少年少女向けの本は昔より色あせて、ボロボロになっているが、そもそも内容を覚えているので問題なかった。

 

 本の内容は、魔王によって国を追われた王子が別の王国で成長し、仲間を集めながら祖国解放の旅をする。その途中で聖剣に認められた後、祖国を乗っ取った魔王を倒して出身国の王となるありきたりな内容。聖剣に認められた男の子の名前はオスカー。彼と一緒に育ち、最初の仲間となり、最後は結ばれた別の王国のお姫様の名前はリジー。オズヴァルド・ドバナという無名の作家によって書かれたその物語は、彼女がここで初めて読んだものであり、人生で一番、何度も読み返したものだ。それは、彼女がその物語を好きだったからというのもあるが、何よりも、軍人さんに薦めてもらった初めての本がこれだったということが大きい。

 

 ああ、懐かしいな。また、軍人さんに会いたいな。

 

 

 

『ナーシャ』

「――――?!」

 

 

 

 誰かに呼ばれた気がして目を開く。視界を木の板と自分の腕が占めている。光源はどう考えても夕日で、昼からの記憶がないということは寝ていたらしい。人の気配を感じて向かい側を見ると、誰かいる。

 

「目が覚めたか?」

「…………?」

 

 寝ぼけ眼で顔を上げると、視界に参謀本部のお偉いさんがいる気がする。――――気のせいじゃないぞ?!

 

「ゼートゥーア閣下!?うわ、え…いつから!」

「………まあ、落ち着きたまえ。ついさっき座ったばかりだ。そう長い時間ではない」

 

 目が覚めました。ゼートゥーア少将でしたね!うわこれは恥ずかしい。寝顔とか見られてそうだし何より居眠りというのは軍人にあるまじき失態ですね!

 

「あの、レルゲン中佐とかデグレチャフ少佐には内緒にしてください。こんな醜態さらしたなんて」

「案ずるな、私は本に夢中だったからな。ただ、レディが一人、外で居眠りするのは危ないからやめることだ」

「一応前線勤務経験ありの兵士なんで万一の時は心配ないかと……すみませんでしたもうしません」

「それでいい」

 

 少将が面白いものを見つけたかのようにくつくつ笑う。私はというと恥ずかしくてそれどころではない。ああ、この世に女神がいるというならば、きっととんでもないいたずら好きに違いない。何で普段なら寝もしないような状況で寝ているんだ私!いや私が悪いんですけどね、でもいつもしないもの、だから女神のせい。いいね?

 

「しかし、随分と古いものを読んでいるのだな。まして子供向けの本とは」

「…小さいころに読んでとても好きになって、それからずっと思い出しては読んでいるんです」

「思い出の本、というわけか」

「はい。初めて人に薦めてもらった本でもあります」

「ほう?誰に薦めてもらったんだ?」

 

 あなたですよ、とはとても言えない。 

 

「名前も知らない軍人さんに。昔はよくこの図書館にいて、私にいろいろなことを教えてくれました。この数年は会っていません。私は彼の行方を知らないので、会いにも行けない」

「……その人間に会いたいと思うか?」

「会えたらいいですね。でも、あちらが会いたくないなら会わなくていいとも思います。大分身長も伸びました、見た目も違います。あちらはきっと分からないでしょうから。私が会いたいと思っているのは、きっとわがままなのかもしれませんね」

 

 そう言って微笑む――――私はうまく笑えているだろうか。

 

「少佐、この年齢層の本で、他に薦めてもらえないか?」

「わかりました」

 

 少将にお薦めの本を教えて、もう耐えられないと私は図書館を出た。

 

 

 某日夕刻の図書館。

 閉館直前の静けさの中、軍服に身を包んだ学者然とした軍人が、日の沈むテーブル席で3冊の本を前に頭を抱えていた。

 目の前に並ぶ本はどれも少年、少女向けの小説。どれも見覚えがあり、そのどれもが記憶の中の人間から薦められ、現実の人間に薦めたものであった。そしてつい先ほど、その現実の人間から薦められたもの。

 

「ナーシャ、………アナスタシア」

 

 確かに、現実の人間には自分の望むものは自分で掴めと説教した覚えがある。しかし、それで本当に軍人になると、それも素質ある軍人になるとは誰が思っただろうか。

 

『ゼートゥーア閣下!?うわ、え…いつから!』

 

 ……ああ、何故、何故彼女が、彼女なのか。今更、あの有能な人材を手放す余裕は無い。だが、これでは、あいつに顔向けできない。――――父親と同じではないか。

 

「良い訳がない…言い訳もない」

 

 思い出す記憶の中の人間も、同じような重たい髪色をしていた。瞳の色は違うが、纏う雰囲気は彼そのものではないか。細めの目ではないがあの形の目は覚えがある。多分、パートナーだった人間の目の形をしているのだ。これほど分かりやすいにもかかわらず、何故今まで気づかなかったのか、と己を責めてももう遅い。

 

 しかもよりによって、あの本が一番好きだという。本の内容は、魔王によって国を追われた男の子が別の王国で成長し、仲間を集めながら祖国解放の旅をする。その途中で聖剣に認められた後、祖国を乗っ取った魔王を倒して出身国の王となるありきたりな内容。聖剣に認められた男の子の名前はオスカー。彼と一緒に育ち、最初の仲間となり、最後は結ばれた王国のお姫様の名前はリジー。そして、書かれてこそいないが設定段階では存在していたもう一人――――二人がもうけたたった一人の娘はナーシャ。ナーシャは愛称であり、本当の名前はアナスタシアであったが、出版するときにその話はカットしたのだと、結婚を圧力で消された記憶の中の人間は言っていた。

 

 彼女は、いや、ユリア・バーナードは、何だかんだ、重要な佐官として立ち位置を得ている。ならば、自分は気づかないふりをして部下を上官としてこき使うしかない。本当の名前を呼ばず、偽の身分を申告したことを咎めることなく、むしろその隠蔽に協力していくしかない。それが帝国にとって一番合理的であるがゆえに。そして、帝国の勝利のために。

 

――――女神というものがいるなら、それはとんでもない阿婆擦れに違いない。

 

 

 

 

 皆さんごきげんよう、ユリア・バーナード少佐です。ご報告したいことがいくつかありますのでお聞きいただければと思います。

 

 まず、休暇明けに命令通りの場所に出頭いたしましたところ、私の軍籍を継続することが決まりました。ただし、ちょっと変更が。ええ、フォンが取れました。私が優秀だった証拠はすべて無くなって私は一介の少佐になったのであります。シャベルは手放せませんがね。

 

 次、帝国は戦争続行となりました。連合王国からは挙国一致、徹底抗戦の姿勢を見せられ、共和国と協商連合の残党――――自由共和国と姿を変えたそれは帝国に対する闘争を続けるそうです。しかも海の向こうで義勇軍設立の噂ありと来れば、帝国がさらに戦いの泥沼へ足を突っ込むどころか全身で飛び込んでいくことは想像できますね、ええ。

 さらに付け加えるならどの勢力を抑えきるにも帝国は力不足です。しかしすべての戦線を維持する程度には力があるという……これでは千日手。だからあの時戦争やめろって言ったのにと言ってももう遅いですから何も言いません。

 

 では次。

 

「………あ…暑い…暑すぎる…」

 

 帝都は比較的涼しかった。軍服一式を着こめた。だがここでそんな服装規定を順守していたら脱水状態で死へとまっしぐらではないのか。早速上着を脱いでシャツを捲った。

 視界に映る光景も随分と違う。近代的建築の立ち並ぶ景色ではなく、砂塵が舞う原始的光景。

 

 …ええ、皆さんお察しの通り、私、今、砂漠にいます。

 それも、南方大陸ときました。

 

 ここで四つ目の報告、私は野戦将校へと転向になりました。しかも見た目がちょっと変わりましてね?今まで後ろで束ねていた長い髪が短くなって、ぎりぎりシニヨンができる長さになりました。そりゃあもう、転属先聞いた瞬間バッサリと。頭が軽くなりましたし、シャワーにありつけない生活に以前より適応できますし、涼しいし、結構便利です。本当はベリーショートにしたかったのですが、まあ、アナスタシアが困るので仕方がないのです。

 

 そして一番の変更点。

 

「第八〇八航空魔導大隊に配属となりました、ユリア・バーナード少佐です。大隊長の任を預かっています。よろしくお願いします」

 

 次、五つ目、そう、私は指揮官になりました。絶対向いてない。私に威厳もクソもないから、現に目前で飴を舐めてる人とか勝手に武器を解体し始めた白衣とか、なんか色々いるんですけど?私が解散の合図もしてないのに勝手に解散したんですけど?皆ちょっと待って?

 

「こりゃあまた別嬪さんが来たねえ…ねえ、どこかのお嬢様だったりする?」

 

 解散しても立ち去ることなく近づいてきた、ネコのような雰囲気を醸し出す猫目の男に声をかけられる。自己紹介もなくタメ語で話しかけられるとは私の大隊長職が不安。

 しかしそんなことを気にする程私はこだわるタイプでもない。今そう決めた。

 

「いえ、孤児です」

「はあ…それで参謀本部にいたなんて君凄いんだねえ」

 

 声をかけてきた男は30代に差し掛かるくらいだろうか、周囲と比べて雰囲気が老成されている。軍人のわりに細身で、心なしか軽装備な気がする――――いや、装備品に軽量化の改造の跡が見られる。

 

「――――で、どうしてそんなやつがこんな廃材置き場に?」

「戦争を終わらせられなかった責任をとってここに」

「それはそれは桁の違う罪状だ。弱味でも握られたか?」

「上官への抗命行為、越権行為、独断専行の教唆をチャラにされた結果です」

「うへえ、フルコースじゃん!ここじゃあぶっちぎりの勇者だな」

「罪人に勇者はないのでは?」

「んまあ、それもそうか」

 

 ひとしきり楽しんだらしい男は、スッと手を差し出してくる。

 

「俺はアンスガー・ミュンテフェーリング中尉。シャン()って呼ばれてる。歓迎するぜ、嬢ちゃん」

「よろしくお願いします」

「ほら、お前も挨拶しろ」

 

 ミュンテフェーリング中尉、もといシャンの後ろから、金髪碧眼の可愛らしい女性が顔を出す。この人は通常装備だが、全身がやたら煤けているのは何故なのか。

 

「わ、私はヒルデガルト・ベッカー中尉です!プルバー(火薬)とお呼びください!」

 

 緊張した面持ちで敬礼までしてくれる。やる気がありすぎて空回りするのが不安だが、この現状において敬礼までしてくれたその心が嬉しい。

 

「えっちょっ何で泣くんですか!」

「あなたの優しさが沁みる…」

「プルバーが嬢ちゃん泣かせたー」

 

 初日初っ端からこんな状況である。大丈夫だろうか。いや、本当に。

 

 







★オズヴァルド・ドバナ
 皆様お察しユリアちゃんの実の父親。職業は軍人。軍大学を出る程度には優秀だったらしく、ゼートゥーアとルーデルドルフの後輩にあたる。航空魔導師で野戦将校だったらしいが記録が一切残っていないらしい。ユリアちゃんの髪色と性格は父親譲り。嫁はエリザベト・フォン・プルシア、愛称リジー。



 女神ってもんはとんでもない奴ですねえ(他人事) 



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22話



 さあ、楽しい戦争の時間であります!




 

 

 

 皆さんごきげんよう、ユリア・バーナード少佐です。晴れて、もしくは誠に遺憾ながら、第八〇八航空魔導大隊の隊長を務めることになりました。

 罪人が大隊長なんて出世、意味が分からないですね?私は最初首をかしげました。では、説明していきましょう。

 

 第八〇八航空魔導大隊、通称ムルトナ大隊。私が率いることになったこの大隊は、魔導師のうち、空を飛べる程度の魔導規格不適合者、何らかの罪を犯した者など正規で扱えない人間48名(ただし現在欠員多数、つまり人材不足)と後方支援の数名で編成される大隊、つまるところ厄介払いを兼ねた懲罰部隊である。通称のムルトナは役に立たない廃材(正規から不必要とされた人間)の集まるゴミ箱ということを示してついたのだそうだ。そして、その筆頭だった人間が先の任務で本当に廃材になってしまったので、頭の挿げ替えパーツが私なのである。いやあ困った、困った。ちなみに死亡率は帝国軍内でトップだって!泣けるね!

 まあ困っていてもしょうがないので?ちゃんと昨晩のうちに全員分のデータを読み込んで、適切な運用から何まで全部考えてきたんです。来たんですよ?なのに。

 

「総員傾注、………」

「大隊長!おはようございます!」

「よお、嬢ちゃん」

 

 朝礼なのに私を含めてたった3人しかいないとはどういうことなのでしょう。

 

「…おはようございます、お二方。集まったのはお二人だけですか?」

「そうみたいだぞ?」

「………」

 

 …これは、本当に。

 

「えっと、元気出してください大隊長…!」

 

 ショックで言葉を失っていたが、とりあえず私が考えてきたことを口に出していくことにする。一番頼れそう、と考えていた二人がちゃんといてくれるだけ、これは僥倖…そう、僥倖なのよ…!

 

「ありがとうプルバー…とりあえず、あなたを副官に任命します」

「は?――――はい!」

「そしてシャン。あなたは次席指揮官…つまり、副長に任命します」

「俺か?しゃあねえなあ」

「二人ともありがとう」

 

 もうこれだけしかいないので朝礼台の上に立つ必要も前に立つ必要もない。三人仲良く座ると会議を開く。

 

「とりあえず聞きたいのだけれど、この部隊は軍の規則は適用されないの?」

「いえ、されます。ですが、その…」

「はっきり言っていいです。いつでも正確な情報が欲しい」

「はい!――――ムルトナ大隊は異常な死亡率と過酷すぎる任務で祖国への忠誠心を失った人間が多いのです。任務を進めても死ぬ、任務を進めなくとも死ぬ。仮に大成功を収めても、それは私たちの戦果になりません。なので、自分たちの生き死にがかかわる任務のことも、上官が変わることも、従いたくないと考える人は多いのです」

「……でも、先の戦いで前任者が死んでいる。つまり、戦闘をしたということよね?」

「前任者は隊員に信頼されていた。それだけだ」

「…………成程」

 

 随分と厄介な話だ。無条件で階級に従うわけではないし、帝国と帝室を守ろうという意思もあまりない。しかも。

 

「次の話題です。プルバー、あなた、罪状――――フレンドリーファイアは本当の話?」

「っ、仲間は殺していません!」

「では、魔導のコントロールが効かないのは真実なのね?」

「…はい」

 

 副官プルバーを始め、この部隊にいる人間は戦闘能力に問題を抱えている。このプルバーは火薬という名前の通り、爆発の根源になりうる人間だ。膨大な魔力量、コントロールが効かず暴発する術式。昨日の初対面の時は何故煤けているのか疑問であったが、それは自分が発した攻撃術式の爆風で真っ黒になった形跡だったわけだ。

 

「シャンは魔力量がない。威力攻撃不可」

「そうだな。奇襲は好きだが、一撃離脱じゃないと死にそうになる」

 

 シャンは装備が軽量化されていると記憶したが、それは行軍の長距離移動と彼のできる攻撃方法である奇襲に必要なもので、逆にそうしなければ彼は戦えないのだ。

 成程。確かに彼らは画一規格を求める正規から捨てられる。プルバーの様にありもしない罪状を擦り付けて捨てられれば、祖国への忠誠心など薄っぺらい紙くず同然である。

 私は偶然にも参謀本部へ拾われたが、もしもそうでなければ、私は真っ先にここへ来ていたのだ。しかし私は来なかった。シャベルで戦う術を得て、参謀本部で要求される学力と思考力を得て正規にあり続けたのだ。私にそれができたのだから、彼らにも光るものはあるはずで。

 

「面倒だけど磨けば宝の山か…しんどいな…」

「?」

 

 本当に面倒くさい。しかし、ここが私の居場所となるようにするにはやるしかない。

 

「とりあえず、本日の指令を伝えます。この先の町にいる少人数偵察部隊を追い払えと言われています。ついでにその背後にいる敵本隊の数を減らしておけとも。後から正規軍が来ますが、準備に忙しいそうで」

「無茶です…!」

「無茶だろ」

 

 二人に真顔で否定された。でもここ、懲罰部隊なのよね。

 

「さすがに初戦から処罰は嫌なので、最低条件の偵察部隊殲滅だけ私たちで成し遂げておきましょう」

「…三人で?」

「もちろん」

 

 決まっているでしょう?

 

「プルバーの高威力攻撃とシャンの奇襲能力。私も敵をぶん殴ることくらいはできるから、偵察程度の人数なら我々でどうにかできるでしょう」

 

 そう言えば、プルバーとシャンがドン引きしたが、私は気にしない。

 

 

 

 

 それからしばらくして、陽が沈む前。

 シャンの偵察結果から、二人に作戦を伝える。

 

「私たちが現在野営しているエリアは、自由共和国の影響下から外れています。帝国の影響下でもありません。陣取りの超初期段階のようですので、偵察部隊と言えどほとんど人数はいないようです。魔導師部隊も小隊規模、感知した魔導反応から判断するに一個小隊でしょう。私たちはそれを利用して、さくっと敵の目を潰します」

 

 敵魔導師が巡回している間に地上の非魔導師の小隊を潰し、戻って来た魔導師小隊を潰す。仮に魔導師が地上にいたとしても、先にシャベルで殴れば問題はないだろう…私は。

 

「シャン、あなた、夜間の射撃は得意?」

「んー…プルバーよりは確実に」

「ならばプルバーと私がツーマンセルで。シャンには遊撃を命じます」

 

 プルバーが明らかに肩を揺らす。味方と一緒に行動するのが怖い気持ちは理解できるが、副官になった以上私と行動できなければ困る。

 

「夜、敵魔導師部隊の離陸を見届けてから魔導・無線封鎖状態で敵陣営に近づきます。シャンは隠れて待機、私とプルバーは敵歩兵を殴って黙らせます。陸上を沈黙させた頃に敵魔導師部隊が帰還すると思いますので、シャンは鴨撃ちを。私とプルバーは空に上がります。空域はシャンの射撃が届くよう低空で設定します。相手も、敵が見えないのでは降下してくるしかないでしょうから、釣れるでしょう」

 

 プルバーが顔を真っ青にしている。心配そうな表情でこちらを見たシャンに平気よ、と視線を送ってから、震える彼女に落ち着きなさい、と肩を叩く。

 

「大丈夫よ。私の防壁はラインの悪魔――――白銀も認める硬度よ。それとも、私では不満かしら」

「いえ!そんなことは!」

「なら、出会って短時間で悪いけれど、信頼して頂戴。安心なさい、現時点においてここには私以上の奇行種はいないから」

 

 私以外の部隊員全員がライフルを保持しているのだ。ライフルどころか銃の類を一切持たない私が一番奇妙で変人なのは間違いないだろう。

 そんな事情が読めていないプルバーは笑えないにしても、幾分ましな顔色になった。

 行くわよ、と立ち上がって移動を開始する。

 

 

 それから十数分後。

 

「本当にやるんですか…」

「やるわよ」

「嬢ちゃん、随分身軽だな」

「ええ。私の武装はこれだから」

 

 腰から吊るした特化型演算宝珠付き棍棒。そして何より、メインウェポンのシャベル。久しぶりの感覚に若干心が躍るのは内緒だ。私がシャベルを手繰るのを見てギョッとしたシャンが敵勢力圏内に踏み込んだことも忘れて声を上げる。

 

「シャベル…お前まさかシャベル姫か?!」

「さあ、そんなことを言われたことがあったかどうか」

 

 口元で指を立てれば、シャンが沈黙する。

 作戦を最終確認。二人ともきちんと頭に叩き込んでいた。

 

「では、作戦開始」

 

 シャンが音もなく消える。彼、隠密行動が上手すぎやしないだろうか。

 プルバーと二人でシャベルを構えて足音もなく突き進む。真っ暗な中を魔導も使わずに進み、エンカウントした歩兵を殴り倒していく。二人で何人も殴って殴って殴って蹴り、地上の非魔導師歩兵は全滅する。

 

「大隊長!敵魔導師が戻ってきています!」

 

 プルバーと同時に敵の魔導反応を認識する。彼女の報告を承認し、無線の電源を入れる。

 

「予定通りか。――――シャン!魔導封鎖解除!援護射撃を!」

『承知した!』

 

 シャンの声が心なしか緊張している。そうだろう、正直本番はこれからである。

 

「空に上がるわ。プルバーは私の援護を。不安なら、私の傍にずっといてくれれば誤射は避けられると思う」

「はい…ついていきますね」

 

 不安に揺れつつも唇を引き結んで覚悟を決めたらしい彼女に微笑む。

 

「分かった。では攻撃開始」

「は――――え?!」

 

 ライフルを構えた彼女を置いていかんばかりの加速で空に上がる。私の手には勿論シャベル。

 

「大隊長!シャ、シャベルのままなのですか?!」

「私、射撃がからっきしなのよ!」

「え、ええ………?!」

 

 プルバーは優秀だ。結構速度を出しているのだが息が上がることもなく付いてこれている。

 敵影を確認する。想像通り一個小隊、大した人数ではない。練度はそれなりにありそうだが、ターニャちゃんとその仲間たちには遠く及ばない。ならば、問題はなかった。

 

「敵襲…?!」

「文明の利器を食らえ!」

 

 防壁術式の上に展開した攻撃術式が敵の防壁を打ち破り、こめかみへと吸い込まれるようにぶち当てられる。詳細は伏せるが、白目をむいた敵は地面へと落下していく。シャベル姫の眼前ではよくある光景である。ライン戦線の時は毎時間のように見ていた。

 寄ってくる敵を殴ったり、手持ちの術弾を打ち込んだりしながら、周囲を確認する。発生源は見えないが感知できる攻撃はシャンだろう、良い感じで敵が混乱している。プルバーは何とか引き金を引けている。射撃の腕は良いようだ。防壁も上手に…というよりは、硬くて撃ち抜かれない感じか。本当に魔力量と出力の高さはある。しかし、私近辺に撃ってこないあたり、気が引けているのがわかる。

 これは、荒療治が必要だろうか。

 

「っ、大隊長!」

 

 私の後ろにつけた敵が複数いる。ちょうど良かった。

 

「撃ちなさいプルバー!出力をミスってもいいから!攻撃術式で!」

 

 魔力で色を変えた彼女の瞳が揺らぐ。しかし、敵は待たない。銃を構え、引き金に指をあてる。私は万一の事態に備えながら、彼女をけしかける。

 

「やりなさい!本当に味方殺しになりたいのか?!」

「――――っ!」

 

 あ、来る。

 最大出力で防壁を展開し、息吐く間もなく世界が揺れた。硬い防壁は見事に私を守ったが、視界は真っ黒で何も見えない。

 

『嬢ちゃん、敵が落ちた。最後の三人。制圧完了』

「げほっ、ごほっ………報告ありがとう」

 

 シャンの報告で彼女の攻撃が成功したことを知る。ああ、煙たい。防壁を解き、シャベルを振り回して煙を払う。よく見れば煤だらけじゃないか…私が。

 

「やってみろとは言ったけど…旧式の演算宝珠で通常の攻撃術式があの威力……笑えないわ…けふっ」

 

 しかも三人も落とすとは、私の周りにたむろしていたとはいえ攻撃術式が範囲攻撃になっていやしないか、というか爆裂術式な感じがしたんですけど。いや、これは、確かに廃材送りにしたくなるのも理解はできる………シヌカトオモッタ……ちょっとこれは、運用方法を考えなくてはならないだろう。

 しかし今は。

 

「だ、大隊長…!」

「無事よ。無傷。ほら――――平気だったでしょう?」

 

 不安そうに飛び寄ってくる彼女に笑顔を向ける。ついでに、肩に手を置く。

 

「ありがとう、プルバー。誇りなさい、あなたが私を救ったの」

 

「――――ありがとうございます…!」

 

 

 

 

 シャンは作戦終了の言葉を聞いて、隠れていた砂地の溝から空へ上がる。

 まさか本当に作戦が成功するとは思ってもみなかったが、あの大隊長の考察力、統率力、技量と度胸は確実に成功要素となっていた。出会って二日目の、まだ様子見すら終わっていない段階で援護射撃を任せる度胸は一体どこから、と思ったが、近接主体の彼女にとって防御さえできれば何の問題もないのだろう。特に文明の利器シャベルで殴って敵を撃墜するあの戦闘スタイル。間違いなく、シャベル姫――――ユリア・バーナードだった。

 そんなことを考えながら二人の傍に着くや否や、状況が呑み込めない。

 

「うわ、今度は嬢ちゃんがプルバー泣かせてる…どんな状況?」

「私の奇行種っぷりについていけなくなった図」

 

 いやあ確かに奇行種、と軽口を叩こうとして、

 

「いいえ!」

 

ずびっ、と鼻を啜った彼女が涙を拭いて笑顔になる。

 

「私が大隊長にずっとついていくって決めた図です!」

「………おお、」

 

 シャンは正直に驚いた。彼女はいつも不安で仕方なく、空回りしそうなほどのやる気はその裏返しだったのだが、それがなくなっている。魔力に輝く瞳は涙で潤んでいるものの喜びに満ち溢れていて、ムルトナに来て以来初めての表情を見せている。

 

「こりゃあ、ひょっとしたら、ひょっとするかもな…」

 

 とんでもない嬢ちゃんが来た――――シャンは一人笑った。

 





 以上初陣でした。今日はチュートリアルです(メタい話)。
 初っ端から修羅場に放り込んだりしません。ゼートゥーア閣下のお導きでしょうかね。

 さて、大隊を名乗るのでせめて中隊三個くらいには仲間を増やしたいよね!
 今ユリアちゃんの身内は三人しかいないんですけど………
 大丈夫!君ならできる!(某元テニスプレイヤー風)


 という感じで帝国軍内に規格外の集団を作り上げることにします。
 大丈夫かな………



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