人は去り、また来る (スープレックス)
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路傍の家にて
レ・プレ


初投稿です。仕事の合間に気が乗った時だけ書いてるんでペースはお察し。楽しんでいただけたなら幸いです。駄文?こまけえこたぁいいんだよ!それじゃいってみよう!


王都より遥か西、辺境を治めるゴスター領は最西端の海岸線に小さな町がある。いや、町といってもその規模はひどく小さく、大きな村といった方が正しいだろう。町は物資の流通も人の行き交いも盛んではなく、唯一の目抜き通りにも人影はひとつふたつあるだけである。この町からは「活気」というものが忘れ去られていた。

 

ある晴れた日、町の外れにある居酒屋に、にわか雨を避けて一人の男が飛び込んで来た。

 

入口の扉を引きちぎるように早足で入ってきた男は、びしょ濡れになった頭と体をバシバシ払い、僅か数組のみある席にどっかりと腰を下ろした。風来坊のような格好の男は鍛えてあるのか、プロレスラーさながらのがっしりとした体躯が服の上からでもわかる。腰に差しているのは騎士の持つような両刃の剣ではなく、鍔のない白木の刀。身長はおよそ180cmくらいで、黒い短髪は編笠で隠れている。切れ長の目元にはどこか威圧感が漂うものの、眉間にしわがよっているわけでもなく、単に目つきが悪いだけらしい。

 

店内はその構造のせいか、昼過ぎだというのに薄暗い。

「誰かいるか」

男の呼びかけが終わる間もなく、奥からサンダルをつっかけた気の良さそうなおやじが前掛けで手を拭きながら出てきた。

「へいへい、いらっしゃい。おや、この夕立に降られたんで。災難でしたな」

男は差していた刀を隣のいすの背に立て、懐から手拭いを出して顔やら腕やらをぬぐっている。しかしどうやら懐の手拭いまで雨で濡れてしまっており、仕方なく男は手拭いもいすの背に引っ掛けた。

「ひどい雨だ。少し雨宿りさせてもらうぜ。ああ、腹も減っている。何か食い物を出してくれ」

 

実の所、そこまで腹が減っている訳ではなく、雨宿りの軒先料としてである。

 

 

この世界は「竜の足跡」と呼ばれる領域が国と国とを分けている。その領域は長大で、街や村、農地などの人間社会の営みはその領域を避けるようにして在る。領域に入ると、それまでよい天気であってもシャワーに入るように突然にして息もつけぬ程の暴風雨となる。そして風雨は足跡の奥に近づくにつれて激しさを増す。それだけならばまだ命に関わる危険ではないが、この領域を人々がわざわざ避ける理由がもうひとつある。曰く「竜が棲む」という話である。いつどこで、誰がそんな事を言い出したのかはわからない。真中にあたるラインに最も近づいた者が何かの「咆哮」に似たうなりを聞いたという説もある。現段階で足跡について間違いない事は、今までに横断できた者はいないという事、横断を試みた者は一人として帰ってこなかったという事、そして足跡は何故か10年の周期で蛇がうねるように流動する、という事である。

 

足跡の流動に伴う社会的な損害は大小あり、それに伴い人々の日常も変化を余儀なくされる。近くにあった足跡が山を隔てて向こうに行ったおかげで野生動物達の気性が穏やかになり暮らしやすくなる、という事もあれば、足跡が国を繋ぐ街道にまでずれてきて交易すらまともにできなくなる事すらある。流動のある年は、人の心は穏やかではない。そして今年は、流動の年であった。人々は足跡に合わせてまた暮らしを変えていかねばならない。

 

 

軒先料はそんな景気の悪さを懸念しての事だった。「しかしひどい目にあった。雲一つない快晴だってんのにこのどしゃぶりだ」

「ほう。そら、狐の嫁入りですな。空は晴れているのに雨に降られるのを狐の嫁入り言うんです。お客さん、もしかしたら化かされたのかも知れませんな」

おやじはテーブルを拭きながらそんな事を言って再び奥へ入っていった。

「そんなことはないさ」

男はびしょ濡れの懐から煙草入れを出して、テーブルのすみにほっぽり出されていた誰かのマッチをすって呟いた。狐狸の化かしや小金稼ぎの妖術師崩れの幻覚などは道中いくつも破ってきた。煙が灯りにゆれ、くすんでいく。それをぼんやり眺める男の目が少し鋭くなった。

 

ふたつめの煙草をのみ終わる頃、盆を持ったおやじがいそいそと奥から出てきた。

「随分早いな」

「へい、恐れいります。今朝入った鮎の塩焼きです」

それはいい、と男は顔をほころばせる。店の様子からしてあまり期待はしていなかったが、意外にも上等なめしである。男は早速みそ汁をすすり始めた。

「おやじ、店の調子はどうだ」

男は香の物を噛みながらノホホンと尋ねた。

「この所ずっと赤字ですよ。足跡が街道の方までズレて来ちまったおかげでルマッカからの物質もここんとこトンと来ねえ。おかげで町もウチもこのざまで」

窓際の席で新聞を読んでいるおやじも言うことの割にはのんびりキセルをのんでいる。意外と肝の太いおやじである。

 

店内は相変わらず薄暗く、小さな窓から差す光の他にはぶら下がる灯りが白くともるのみである。男はしばらくめしを食いながらおやじと話していたが、食後の茶をすすりながら男を見なかったか、とたずねた。おやじは歳のせいか、少し眠そうである。

「んん?」

男はマッチをすり、煙草に火をつけた。正面のおやじの姿が煙にゆれる。

「片腕の男さ。髪は黒で赤い目をしている。背はそうだな、俺と同じくらいだ。」

おやじは老眼鏡らしき眼鏡を拭きながらかぶりをふって

「いや、知りませんな。探し人で?」

男は立ち上がり、支度をしながら残った茶を飲み干した。

「いや、ついでさ。知らないならいいんだ」

男は煙草をくわえると、少し多めにめしの代金を置いてごちそうさん、と店を出た。

 

帰る間際男は

「っと、おやじ」

と店の奥に入っていくおやじを呼び止める。

「はい、なんでしょう」

男はにやりと笑い、

「次はうまく化かすことだ。店主がムジナと知れちゃ商売もあがったりだろう」

と言い捨てて後ろ手に扉を閉めていった。残った店主は頭を掻き掻き誰もいない扉に向かって「…年のせいかな」と独りごちると、新聞を小脇に店奥の暗がりにのそのそと消えていった。

 

 

 

ここは足跡によって分けられた四つの領からなる、ある一つの大陸。それは大昔、時空の揺らぎによって世界から切り離され、忘れ去られた。今、その大陸について知るものはほとんどいない。大陸に今なお住んでいる者達でさえ、もう大陸の名を覚えている者はいない。



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On the road

今回は短め。キリがいいからね、しょうがないね


海岸線の寂れた町を後にした男は、峠をふたつみっつ越えて少し内陸の城下町を目指して草原を歩いていた。春は終わりに近く、寒くもなく暑くもなく、過ごしやすい季節である。見渡す限りに広がる草原は膝より高い草もなく、少し強い風がその上を撫でるように通り過ぎていく。持っていかれないように編笠をちょいとおさえて、男は風を楽しむように立ち止まってすう、と息をした。青草、緑の風のさわやかな香りである。

 

「ん?」

とそこで男は風に混じる臭いに気がついた。獣、それも鼻に馴染みある馬の臭いである。西のレノ領ならまだしも、ゴスターのこんな田舎に野性の馬などは滅多にいるものではない。ということは、「馬車か」きっと城下から海岸線の町へ行く商人だろう。商人の馬車には荷と情報がたんまり乗っている。近くにいるのなら会わない手はないと、男は草原を少し逸れ、城下へは遠回りとなる道へ鼻を頼りに向かった。

 

道端で馬を休憩させていたヨボヨボのじいさん商人にいくつか日用品を売ってもらった男は、少し気になる話を耳にした。

「手配人?」

じいさんはガムも噛んでいないのに口をもごもごさせながら言った。

「あぁあ、そう。手配人。この先の町にいるって話さぁ。少しばかり腕がたつ若い幻術師みたいな話だったなぁ。あれ、人質がいるって話だったかなぁ。いやだねぇ、ここんところよくものを忘れがちでねぇ。」

このじいさんどうにもボケ始めているようだと、男は心配になった。

「なぁにやらかしたのか知らないが、悪人としてギルド本部から正式に手配書が出た。一昨日の話だ」

(流石に腐っても商人か、耳が早い)

男は関心した。手配書などは流れてくるのに普通一週間はかかる。しかしギルドから悪人として指名手配を受けている奴など別に珍しくもない。本部から、というところが少し引っかかるが、大した話でもないのに長くなりそうなので男は話に割り込むように一番聞きたい所だけ訊いた。

「それで、そいつの首にはいくらぶら下がってんだ?」

 

するとじいさんはそれきたとばかりに身を乗り出し、ひそひそ声で

「それがよぉ、そんなチンピラ小僧にギルドの連中20万Gも懸けやがった。20万だぞ。白鹿追いの時ですら連中100万を渋ったのに。しかも詳しい理由はだんまりときてる。みんな気味悪がって受けねえよ、そんな依頼」

 

面白そうな話だろ、とじいさんは嬉しがる。確かに妙、というよりそれを通り越して気味の悪さすら感じる。こういう依頼は大抵裏があるもので、普通ならまず受けない方が厄介がなくていいだろう。だが男はそのきな臭い依頼に興味を持った。

「その依頼書、持ってるか?」

じいさんの眼光が鋭くなる。

「あるよぉ、ちょっと待ってな」

そう言うと、ホロが被さっている荷台に半身を潜らせた。

「あんた、顔はボサっとしてるようでどこか若い雰囲気だったからねぇ。わかるんだよぉ、そういうの。こいつはきっと受けそうだってな。ええと、確かこの辺でぇ…はいはい、あった」

寄越してきた半ペラの依頼書の写しを流し読むと、男は今来た道を戻り出す。

「ありがとう、恩に着る」

「達者でなぁ……ああ、そうそう待った。あんた、名前はなんてんだ」

怪訝な顔を浮かべて男は振り返る。

「そんなこと聞いてどうすんだ?」

「いやいや、あきんどは情報が命さ。どんな奴だろうと名を聞いて損はしねえってのが俺の流儀さ。そういうもんだ。その依頼書をくれてやったんだ、その代金として教えな」

男は納得し、編笠を少しあげて煙草に火を付けた。

「今はネズミと名乗っている。じいさんも、達者で」

 



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アイデンティティ

前回の投稿から随分かかってしまった…!
年末は仕事が忙しいからね


「待てえええ貴様ああああああ!」

突然の絶叫が草原に響き渡る。ネズミと名乗った男とじいさんは驚いて声のする方へ振り向いた。声の主は馬車を覆う白いホロからずるずると這い出てきた。どうやら初めから馬車に乗っていたらしい。

出てきたのはマントを羽織った青年だった。金髪碧眼で、肩まである長髪を後ろで結んでいる。整った顔立ちと清潔感のある旅装束を見ると、平民ではないように見える。その後ろから、場違いなことにどこからどう見てもメイドの格好をした女の子も一人出てきた。こちらは装飾の少し剥げた長剣を抱えている。使い込まれているものだ。

ホロからやっとの思いで這い出た青年は馬車の縁に仁王立ちになると、その眉間にシワを寄せて怒りをあらわにした。

「ネズミ!ネズミと言ったな!遂に!遂に見つけたぞ貴様!よくも我が家名に泥を塗ってくれたなッ!」

ネズミは困惑する。どうにも覚えがない。

「あぁ…その、まず聞かせてくれ。すまないがお前さん、誰だ?」

それを聞いて青年はますます美しい顔を怒りでぐしゃぐしゃにした。

「き、貴様!白鹿追いの件忘れたとは言わせないぞ!お前は「ウィル様、お互い面識が無いのだからまずは名乗らないとわかるわけないじゃないですか、バカなんですか」っせえ!よく聞け!私はこの西方を治めるアルベルト・ゴスターの嫡男、ウィリアム・ゴスターだッ!」

西国の雄アルベルト・ゴスター。その名の通り西国ゴスター領を治めるゴスター家当主である。

 

 

西国ゴスター領は東西南北の四国の中で最も術者を輩出している。温帯多雨、一年を通して四季が存在するゴスターの気候は古代日本とよく似ている。水や資源に関して困ることはなく、かつ足跡によって他三国の大規模な干渉もほとんど受けない穏やかな風土は術者の育成に非常に適していた。「術を学ぶならゴスター」は世の常識である。

事実、歴史上の術者や今日高名な術者は皆ゴスター領で学んだか、あるいは領出身者に師事している。現在は老齢から第一線を退いているゴスターお抱えの大魔術師「指先ひとつ」のマザー・メリッサ、その娘「燃え上がるボンバーバカ女」シルヴィア・ドラム、最高峰の仙術師「第三の目」の本間総右衛門、そして「コンダクター」アリスなど。一部可哀想な異名を持つ者もいるが、並の術者などは名を聞くだけでも震え上がるような怪物ばかりである。

そのため、ゴスター領では剣を学ぶ者が少ない。また、剣の腕によって立身できる者もほとんどいない。術者に対して半端な腕の剣士が挑んでも返り討ちにあうからである。剣士は技を磨き、自分の腕でめしが食えるレベルになってやっと未熟な術者を倒す事ができる。それがましてや術者の一大産地のゴスターにおいてでは、フリーランスの大剣士ですら一年と待たずに領での立身を諦めるのである。

 

そんなゴスター領で唯一剣の腕で立身したのが、若き日のアルベルト青年であった。王家に生まれながら術の才に恵まれなかった彼は、剣の才に依ってその存在を領に知らしめた。常人ができることではなく、彼の名は剣を学ぶ者の中で知らぬ者はいない。

 

 

そんな大物の倅が何故こんな所で俺を探し回っているのか、ネズミは訝しんだ。

「見ろぉッ!」

ウィルは後ろで控えているメイドが携えていた長剣をひったくって引き抜いた。その抜き方が僅かにぎこちなかった事をネズミは見逃さなかった。

(得物に慣れていないな)

ウィルが怒りにまかせて引き抜いた長剣は、長い鞘と柄に対して刀身が三分の二程しかなかった。その剣は、折られていた。

「!…そうか。あの時の老騎士は…」

「ようやく気づいたか…だけど遅い!我がゴスター家の誇りのために、お前の折った父の剣と父の左腕の仇、取らせてもらう!」

なに?腕?腕だと?

ちょっとまて、とネズミが言おうとしたがそれは馬車の縁から飛んで斬りかかったウィルに遮られた。とっさに半身になって躱すネズミ。

「躱したか!しかし!」

ウィルは振り下ろした剣をかえして逆袈裟に斬りつけ、さらに身を翻してネズミを追い詰めていく。

それらを全て紙一重で躱しながら

(そこまで才があるわけではないな)

とネズミは思った。太刀筋は早いが、直情的で無駄な動きが多い上に直線的なために躱しやすい。何より剣士として文字通り死活問題である才能の片鱗すら感じる事ができなかった。

(剣の才はそう簡単に受け継がれるものではないな)

しかしネズミは、ひたすら不器用に突貫してくるこの青年の事を何故か気に入ってしまった。燃えるような目をしている。赤子の手をひねるようにあしらわれているのを分かっていながらなお、父の仇と家の誇り、そしてそれを信じる自分のために彼はそれまで以上に気迫をおびて突撃を繰り返してくる。

 

「じいさん!」

「ああ?」

どこから引っ張り出してきたのか、酒を飲みながら始終を見物していたじいさんにネズミは声をかけた。折れた剣が鼻をかすめる。

「荷に木刀があったらひとつよこしてくれっ」

「15Gだぁ。使うんなら金払いなあ」

ネズミはウィルの剣を避けながら懐からいくらか掴んで、ぱっとじいさんに投げた。まいどぉ、という声とともに一振りの木刀が飛んでくる。ネズミは上から振り下ろされる折れた剣の腹に掌を当てて剣筋を逸らし、ウィルがよろけたと同時に木刀をキャッチした。

「何いっ」

ウィルが呻く。

朝から晩まで稽古して鍛え上げた剣がことごとくかわされ、しまいには素手で剣筋を逸らされたウィルは心中呆然としていた。

(確かに俺は未熟かも知れないが、しかしこの男、それにしてもただ者じゃない。あれだけの手数を一度も剣を合わせずに避けきるとは…)

それにあの掌での迎撃、相手の呼吸を完璧に掴んでいなければできるものではない。体中から吹き出る汗がひどく冷たく感じた。

ネズミは懐から出した手拭いで木刀をぐるぐる巻きにすると、ぴゅっと一振り感触を確かめて正眼に構えた。「ウィリアムと言ったかな、お前さん」

ウィルは睨みつけたまま答えない。

「いい目をしている、気に入った。少し稽古をつけてやろう」

父の敵相手に稽古などと舐められたウィルは、激高した。

「貴様ぁぁぁぁぁ!」

いや、激高したかのように振舞った。ウィルは、行動言動とは裏腹に頭の中は何故かとことん冷静な青年だった。

(何が狙いだ…?命を狙いに来る敵に対して何故こんなことを)

頭の中ではそんな事を考えつつも、しかし体は再び遮二無二突貫していた。

ウィルは再び上段から剣を振り下ろす。それを躱したネズミに今度は突きを入れる。どの剣もネズミは受けない。

「貴様、逃げるだけか!大した事ない奴だ!」

内心あまりの技量差に臆しているのは自分のくせに、ウィルは大口をたたく。その言葉が終わらないうちに、ネズミの姿が少しぶれたように見えた。と、その瞬間にウィルの体は吹っ飛ばされていた。数メートル飛んで、地面に叩きつけられる。

「剣に気が乗っていない」

ネズミは汗一つかかず、静かに言った。

「お前さん、初撃で決められるわけがないと思っているだろう。何合も剣を合わせて、鍔迫り合いになり、両者へとへとになって、それでも打ち合ってやっと決着が着くと思っている」

ちがう、とネズミは言う。

「舞踊じゃあないんだ、一手一手に必殺の気合いを込めることだ。相手がどんな得物で来ようと、それごと真っ二つに斬ってみせる気合いを込めることだ」

ウィルが立ち上がる。胸を逆袈裟に叩かれたのが激痛で分かった。息をするのにもやっとであるが、その素振りをなるたけ見せずに再びネズミに向かって突撃する。「これぐらいでええええ!」

ウィルの突きをするりと躱すネズミ。

「死ねやあああああああ!」

再びネズミの体がぶれる。その瞬間、横薙ぎに剣を振ろうとするウィルの体が止まった。目の前で木刀が突き入れられる瞬間で止まっていたからである。

「その多い口数も減らした方がいい。命のやり取りの最中にあまりぺらぺら喋るものじゃない」

勝負あった、とネズミは表情を変えずにその場で木刀を下げた。

「クソがああああああ!」

恐怖に止まった自分の体を無理矢理起こし、その場で突きを入れるウィル。しかしその刃は相手に届くことはなかった。その場で旋回して突きを避けたネズミはその勢いのままウィルの側頭部を打ったからである。ウィルは地面に叩きつけられ、白目を向いて失神した。

 

巻いてあった手拭いを解いて懐に突っ込んだネズミは、馬車の上で始終を見ていたメイドに目を向けた。

「主人を助けなくてよかったのかい」

「ウィル様から今回の仇討の手伝いは禁じられております。この件は必ず自らの手でケリをつける、と」

煙草を出して一服するネズミ。

「坊っちゃんにしちゃあ、気骨のあるやつだ」

メイドは馬車から降りて、白目を向いたままのウィルに治癒魔術をかけ始めた。

「誤解があるようだが、俺はお前さん達の当主さんの剣は折ったが、腕までは斬っていない。信じるか信じないかはお前さん達次第だが」

メイドはネズミに目もくれずに治癒魔術を続けている。「でしょうね。当主様の傷は鋭利な刃物ではなく、強力な魔術によるものでしたから。それに、」

ウィル様はバカですから、とメイドは付け加えた。

「そうかい。でも俺が術を使えるって線は考えないのかい」

「あなたからは術者の力を感じません。それに、あなたは騎士の目をしています」

「俺は騎士じゃないんだけどなあ」

 

治癒魔術をかけ終わると、メイドはこともなげにウィルを肩に担いで城下への道を歩き出した。

「失礼をいたしました。では、私達はこれで」

ネズミはその気もないのにわざと、

「おいおい、勝手に突っかかってきてそれはないぜ」

とおどけてみせた。メイドはそれをちらりと横目で見やる。

「見逃してくれないのであれば私達は全力で抵抗しますが」

メイドの気が膨れ上がる。

「ああすまんすまん、別に切った張ったが好きなわけじゃないんでな、このまま行ってくれると助かる」

ネズミは少し慌ててかぶりを振った。強い術力が彼女の右手の小指に集まりだしたのが見えたからである。

「ですが、仕掛けたのは私達なのでお詫びを望むならいたします。お金、やはりお金ですか。それとも私の体ですか。なんて汚い大人」

「なんだそりゃあ……何もいらんわ、早く行った行った」

ネズミはしっしっ、と手を振る。

「そうですか、安心しました。では私達は改めてこれで失礼します。もう会う事もないでしょう。ウィル様への稽古、ありがとうございました。ああ見えて人の話はよく聞いてるタイプですから」

そう言うとメイドは白目のウィルと共に城下へと去っていった。

 

ひとり残されたネズミは彼らの去った方を眺めながら草原の風に吹かれている。

「じいさん、俺にもそれ、一杯くれよ」

返事はない。馬車へ振り返ってみると、じいさんは案の定気持ちよさそうに船をこいでいた。



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路傍の家にて 前編

第一幕は次回の「路傍の家にて 後編」で終わりになります
本当は前編と後編に分けるつもりはなかったんですが、合間合間に入る説明のおかげでなんか長くなりそうだったんで分けますた


その後ネズミは道中での野宿の後、半日かけて海岸線の町まで引き返してきた。野宿の際に商人のじいさんから買った酒を寝酒にしようとしたが、ほとんど水でかさ増しされたひどい酒であった。おかげでこの男、今日はひどく機嫌が悪い。

(くそっ、後でましな酒をたらふく飲んでやる)

ネズミはそれだけを考えながら町を目指して黙々と歩いた。

目的地は、先日の町外れの居酒屋である。町に潜伏する手配人が幻術師(商人のじいさん曰く)であるならば、町で居酒屋を経営しているムジナのおやじが何か知っているだろうという考えである。

 

が、実際はうまいめし目当てである。ついでにうまい酒も出させて昨日の雪辱を果たすつもりであった。

 

店に着いたネズミが見たのは、山盛りになったチャーハンをブルドーザーのように口にかっ込んでいるウィルと、その隣で静かにコーヒーを飲むメイドの姿であった。ウィルはネズミが入ってきたのを見て驚くが、すぐさま勝ち誇った顔で立ち上がった。口にはまだチャーハンが詰め込まれている。

「うはははは!手配書貰って先回りしてやっぱり正解だった!昨日の借りを」

「ウィル様!食事中にお行儀が悪いです」

「っせえ!いいかジル!俺は勝つまで、」

ウィルが言い終わらないうちに、ジルと呼ばれたメイドは目元を抑えてよよよ、と床に崩れる。

「…これはこれは。お行儀が悪くなってしまったのではマザーに連絡を取ってお叱りをいただかなければなりません。哀れウィル様は黒焦げになってしまいます。かわいそう、ウィル様かわいそう」

「ああーッ!コレうまいなあーーッ!行儀も悪いし借りを返すのは食ってからにしよう!」

神速で座ったウィルは恐怖で汗をだらだら流しながら夢中でチャーハンをかき込み始めた。ネズミは席に戻って涼しい顔でコーヒーを飲み始めたジルを目で責める。(もう会わないんじゃなかったのか)

ネズミを逆ににらみつけるジル。

(私 は 止 め ま し た !)

逆ギレされたネズミは何だかもう嫌になって、とっととめしを食って出てやろうと少し離れた席にふらふらと着いた。どうも今日はツイてない。

「ったく、なんでこんな……おやじ!いるかい!」

「はいはいいらっしゃい、すぐ行くよ!」

奥から怒鳴り声が響いてくる。ネズミはげんなりしながら煙草に火をつけ、頬杖をついた。

「オッシ食い終わった!勝負だ!」

「まだごはん粒が残ってるじゃないですか。バカだから目も見えなくなったんですか。いいですか、お米には七人の神様が」

後ろはまだ騒がしい。あの娘がまた上手くウィルを丸め込んで出ていってくれないかと願ったが、そもそもこんな田舎にまで追いかけてくるウィルを止められるとも考えにくかった。というか現に止められず、ここにいる。

(どうしたもんかな)

やり方は色々あったろうに、よりによって遺恨を残すようなやり方がまずかった。

(少し調子に乗っていたな)

後悔する。

(そもそも俺はいつもこうだ。やってから失敗に気付く。あの時も、あの時も、)

 

悶々と考えていたネズミの思考は、店内奥からの足音で遮られる。おやじが注文でも取りに来たのだろう。しかし、

(なんだこの嫌な感じは……!?)

ネズミの背筋が凍りつく。どう考えても普通ではない。呪いの碑でも見ているような、黒魔術の儀式でも見せつけられているような、不吉な感覚。まさかムジナのおやじが正体を暴いた者を消しに来たのか。

(いや、それならば昨日すでにやっている)

段々と近付いてくる。振り返って二人を見やるが、何も感じている様子はない。

「なんだ貴様。貴様まで俺にごはん粒で説教するつもりか!」

「ウィル様。口の中が見えてます。お行儀悪いです。汚いです。ヴォエ」

「ジル、お前本当は俺の事嫌いなの…?」

ウィルはともかく、術士のメイドも何も気付いていないのは

(どういうことだ…!?)

立ち上がり、混乱する頭をクールダウンさせる。これだけの気配、まず敵だと考えていいだろう。敵でなくとも害をなすものである事は間違いない。ネズミは刀の柄に少し触れた。

昨日と同じ店主のおやじが店内奥からのそのそ現れる。

「いらっしゃい、今日は何にしやしょう」

ネズミはにこにこと近付いてきたおやじを神速の如き早さで肩口から腰まで、ばっさりと斬った。ウィルを叩きのめした時とは比べ物にならない早さと気迫である。おやじがどたりと倒れた。遅れて、席の二人が驚愕する。

「貴様!」

ウィルが横に立てかけてあった剣を引っ掴んで立ち上がり、抜いた。ジルの方も素早くウィルの横に来て術力を小指に集める。

「無抵抗の人間を何故殺した!?」

「見ろ!」

ネズミは怒りににじんだ表情で肩口からまっぷたつになっているおやじを指さす。死体の切り口には鮮やかな血と肉ではなく、大量の紙の切れ端が詰まっていた。それだけではなくその紙の切れ端の中には、

「……っ!なんてこと…」

「な……!?」

瞬間、二人は凍りついた。真っ白な毛並みの狐の死体が紙の切れ端の中に埋まっていた。

 

狐。

ムジナ(狸)や猫と共に、古来から妖怪変化の類に(その全てではないが)化けるものとして有名である。一般的に、妖狐、化け狐などと恐れられる。しかし白狐は普通の、よく見られる妖狐とは一線を画す。人よりも遥かに長い時を生きる白狐は仙力を宿しており、一廉の仙術師にも及ぶ仙術を操る。故に、白狐は「神獣」として術士のみならず一般的に不可侵なものとされている。いや、禁忌といってもよい。もっとも、ざらに居るものではなく、一生お目にかからずにいる者も珍しくないが。

その白狐が、おやじの形をした紙切れの中に埋まっている。術、恐らくは遠隔操作型の人形の依代(よりしろ)にされている。そもそも術士の間においては術人形の依代に生物を使用する事自体生命倫理に反したタブーとされており、それがましてや神獣である白狐ともなると、これは尋常な話ではない。

 

おやじの人形は斬られたことによりその形を留めなくなり、ものの数十秒で完全な紙の切れ端の山になった。三人はそれをただ呆然と見ていた。

「人形だったのか」

ウィルが青い顔で呟く。

「ただの人形じゃないでしょう。依代に神獣が使われてた。使う術も多分仙術レベルのものでしょう。道理で私が気付かなかったわけね。魔術による幻覚とか人形ならともかく」

 

 

このあたりでそろそろこの世界における「魔術」と「仙術」について、説明をしなければならない。この世界では「魔術」と「仙術」というふたつの術が存在する。どちらも手のひらから炎を出したり地を割ったりとあらゆる不思議を可能にするものであるが、その発生のプロセスと威力に違いがある。

どちらも元となるものは、人間に宿る霊力である。魔術はそれを理論立てられた術式を用いて術に変換、発生させるものである。故に詠唱が必要なものもあれば、陣を組んで発生させるものもある。が、大抵は詠唱である。慣れてくれば心中で詠唱を行う事もできる。

一方仙術は詠唱や陣など、あらゆる式を用いる必要は無い。自らの霊力を思念のみで変換し、術を発生させる。また、仙術は魔術に比べ強力で、強大である。仙術を極めた者であれば、天変地異を起こすことも可能である。

ここまで言うと、では魔術ではなく仙術を学べばよかろうと思われるだろうが、実際それは難しい。

仙術の修行は想像を絶するほどに辛く厳しく危険な修行なのである。修行に死人が出るのはもちろん、それに耐えかねて自殺するものもある。そんな修行を何十年もかけて積み、頭に白髪が混じるようになった時、初めて未熟な仙術師になれる。

一方、魔術の修行は一般人から見ればやはり険しいものではあるが、それでも仙術の修行よりはずっとましである。修行年数も人による。何年もしないうちに魔術師として独り立ちできるレベルにまで成長できる者もいる。

ただし、仙術と違って魔術師になるためには「素養」がなければならない。そしてそれは主に女が持っているものである。女であれば、三人に二人は持っているとされる。逆に、男が魔術の素養を持っているケースは珍しく、大抵の男は魔術の素養を持たない。魔術師の大半が女なのはそのためである。

 

 

ぱっ、と火が上がる。

哀れな神獣を火葬するかのように、紙の切れ端の山はあっという間に炎に包まれた。

「な…!」

ウィルは後ずさる。次から次へと起こる予想外の事態に、彼は最早驚く事しかできなかった。それは他の二人も同じ様であった。

燃え上がる炎のてっぺんが、少し青色に染まる。青色は上から下へ一気に炎の色を包み、人型の形になった。その瞬間、そこから地獄の釜が開いたかのようなおぞましいオーラが噴き出した。今度はネズミ以外の二人にもそのどす黒いオーラを感じられるようで、ウィルは思わず剣を落としそうになる。

『まさか白狐まで使った人形がやられるとは、思いもよらなんだ』

「声が…!」

炎の中から声がする。鈴を転がすような、幼く可愛らしい声である。しかしその喋り方はのらりくらりとした老婆のそれであった。

『どうやって見破ったのかね?ええ?坊や』

ネズミは下ろしていた刀を正眼に構えた。よく分からない状況であるが、この声の主は間違いなく敵だ。そう確信していた。冷や汗が全身から吹き出す。手汗ににじむ柄を握り直す。マズい。こいつはマズい。



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路傍の家にて 後編

何ヶ月かぶりの投稿となりました。え?もう誰も読んでないって?そんなの関係ねえ!投下だオラァ!



ネズミが再びたたっ斬ってやろうと全身に気を流そうとした瞬間、横から細く赤い糸のようなものが素早く伸びていき人型の青い炎に巻きついた。

「!」

ネズミは振り向くと、ジルの小指からそれは伸びていた。

『おっ』

声の主が反応する前に、ジルは赤い糸をぐいと引っ張り、ぐるぐる巻きになった糸を締め上げる。

「下がって!」

二人が弾かれたように飛び退くのと同時に

「爆ぜろ!」

とジルは術を発動させた。青い炎に巻きついた赤い糸がバン、と爆発して物凄い爆風を撒き散らす。家具と一緒に飛び退いたはずの男二人もさらに吹っ飛ばされ、受身を取り損ねたウィルは白目を向いて失神した。

「やったか…!?」

あだだだ、と背中をさすりながら起き上がったネズミ。しかしもうもうと立ち込める白煙の中に、依然として人型の炎は揺れていた。

「そんな…直撃させたのに!?」

信じられない、と親指を噛むジル。

『驚いた……!』

炎の声はダメージを受けている感じではない。しかし動揺、というより興奮を隠しきれずにいるのが伝わってくる。

『今の術はリズの十八番じゃないか…!そこの嬢ちゃん、あんたドラム家の娘だね?』

ジルは炎をにらみつけたまま答えない。

『ヒヒヒッ、術が破られた時点でもう今回は諦める他無いと思っていたが、まさかドラム家の人間に出くわすとは。その歳ならシルヴィアの娘ってところだね。あの脳筋バカ、結婚できたんだねえ』

人型が右腕を伸ばし、ゆっくりとジルを指さす。

『ドラムの血筋の人間は良い依代になる。嬢ちゃん。悪いがその体、いただくよ。』

指先に光が集まっていく。ジルが再び赤い糸を人形の炎に向かって矢の如く飛ばすが、糸は光に弾かれて届かなかった。

「させるか…!」

ネズミが飛び出そうとしたその瞬間、目の端に真っ赤な光を見た。真紅の光が、ジルのペンダントから発せられている。ジル本人も驚いているところを見ると、本人の意思ではないらしい。部屋いっぱいに真紅の光を放つペンダントの石がパキッ、と割れる。そして、

『……まさかこの宝珠が使われるとは』

ペンダントから女の、恐らく老婆と思わしき声が響く。『お久しぶりです。私の子供達が世話になっているそうで』

人型の炎が不機嫌そうにゆれた。

『…小娘め、また邪魔しにきたのかい。不愉快だ』

「マザー!マザーですね!?緊急事た…」

『ジル、事情は分かっています。お前は少し黙っていなさい』

焦るジルを遮り、真紅の光はその光を増していく。目の前の青い炎からジル達を守るように光は大きくなる。

『ジルに石を持たせておいて正解でした。まさか私の管轄領内で、よりにもよってあなたの術を捉えるとは。やってくれましたね』

青い炎はそれをせせら笑う。

『私の領内でぇ?ついこの前までまともに箒も乗れなかった小娘が、一丁前気取りとは笑わせる』

『あなたの思い通りにはさせません。この子らも、ゴスター領も』

 

『お前がネズミかい』

やり取りを蚊帳の外で聞いていたネズミの頭に、声が響く。

「なっ…!?」

『声を出すんじゃないよ…!この声は今、お前にしか聞こえてない』

(この声…メイドのペンダントから聞こえる声の主か)

ネズミは混乱しながらも、青い炎には悟られまいとただでさえ冴えない面をさらにムスッとさせる。

『今私はもうひとつチャンネルを開いてお前に話している。私はゴスター支部のギルドマスター代理、メリッサ』

これは大物が出てきたとネズミは手汗を裾で拭う。大魔術師マザー・メリッサ。あらゆる敵を指先一つで打ち倒すと言われ、「指先ひとつ」の異名を持つ現代最強の魔術師である。御年八十余歳。現在は老齢により第一線を退いているが、現役時代の逸話は枚挙にいとまがない、生きる伝説である。なお、現在のギルドゴスター支部のマスターはメリッサの娘であるシルヴィア・ドラムだが、彼女は数年前に失踪してしまっているため代理としてメリッサがギルドを運営しており、事実上はメリッサがマスターみたいなものである。

『ジルの報告からお前の事は聞いている。時間が無い、単刀直入に聞くよ。お前、白鹿追いの件で角を目に食らったのは本当かい?』

聞いた途端、ネズミは口をへの字にして不機嫌になる。この男にとって、その件は思い出したくない嫌な記憶なのである。

(だから何だ)

ぶっきらぼうに返事をする。

『とっとと答えな!』

メリッサの声色は青い炎への毅然とした声色とは逆に、少し焦りをおびている。それをネズミも察してか、少し黙った後、

(……右目に受けた。この通り何故か傷ひとつないがね)

としぶしぶ答えた。

『…!いいかい、よくお聞き。今から私はジルとそっちでノビてるバカを転移魔術でゴスター領外に避難させる。でも飛ばせるのは私と直接繋がりのあるふたりだけだ。それが限界。お前を飛ばすことは出来ない』

(おい、それってつまりそこの青い炎の奴とふたりきりになるって事か!?)

『そうなる。普通ならすぐ殺されるだろう。でもお前ならなんとかなるかもしれない。あいつを見な。あの青い炎をだ』

ネズミは真紅の光を放つ石とまだ話している青い炎に目をやった。青い炎がまだ攻撃してきていないという事は、石の方から話しているメリッサが時間をかせいでいるからだろう。

『青い炎の中に、赤い糸が一本紛れているのが見えるか』

目を凝らす。ゆれる青い炎の中に、ちらと一本赤いものが見えた。

(見えた)

『あれは奴本体の髪の毛だ。それを媒体にして術を発現させている。私が転移魔術を使って奴の気がお前から逸れた瞬間、あれを斬れ』

「…っ!」

思わず声が出そうになる。正直なところ、ただでさえ青い炎から発せられる恐ろしいプレッシャーで押しつぶされそうになっているのである。脊髄に氷柱でもブチ込まれているかのような恐怖の中、まともに体を動かせる自信すら無い。しかし、

(…分かった)

と、ネズミは頷いた。攻撃を外せばあの青い炎に間違い無く殺されるだろうが、どちらにせよ今はこれしか手がない。全身に気を巡らせながら、頭をクールダウンさせる。

『よろしい…!行くよ!』

真紅に輝くジルの胸元の石が、堰を切ったようにその光をさらに放出させてジルと失神しているウィルを取り込む。

『んんっ、転移させる気かえ?させぬわ』

青い炎の人形がジル達へ一歩踏み出した瞬間、ネズミは板張りの床を踏み抜かんばかりに蹴って炎に突貫した。

 

剣客ネズミの非凡な点のひとつに、剣士としては破格ともいえる身体能力の高さがある。山のような筋肉に加え二メートル近く背丈がある。地を走れば馬より早く、蛙か何かのように空高く跳躍する。ろくに術も使えず、仲間もいないこの男を今日まで生かしてきたのは、特異な剣術とこの身体能力によるものである。

 

距離にして約五〜六メートル。剣の師でもある父の言葉を思い出す。

(其れ剣は瞬速、心気力の一致。勝負は何より早さで決まる……!)

『ぬう…!』

青い炎が突貫してくるネズミに気付いて光の矢を手のひらから放出する。ネズミはそれを走りながら半身になって紙一重で躱した。矢が頬を掠めてビッ、と血が飛ぶ。

『(早い…!)』

青い炎は矢を躱されたと見るや、もうひとつの腕へも魔力を注ぎ込んで両腕を突き出した。

『(足だけならホーキンスより早いんじゃないかこのデカブツは……!しかし)』

惜しいな、と炎はごちる。一瞬いい動きを見せたが、それだけの事だ。両腕へ魔力は充填した。あとはこの家ごと虫けら達を吹っ飛ばして、それからあのメイドの肉体を貰うとしよう。なあに、ちょっと体の一部がちぎれ飛ぼうが継いでしまえば使えるだろう……

 

青い炎の思考を遮ったのは、転移魔術の光の中から矢のように放たれた赤い糸であった。糸は両腕にぐるぐる巻きに巻き付くと、一気に絞りあげられた。

『無駄な足掻きを……!』

苛立つ青い炎は一思いにその糸を引きちぎり、魔力開放のトリガーを引いた。膨大な魔力がバチバチと死の閃光を放つ。

『身の程を…』

「ネズミさん!」

しかしジルが稼いだ僅かな時間、その一瞬でネズミは青い炎の懐へと転がり込み、片膝をついたままに腰を切って抜刀した。そして青い人形の炎のちょうど心臓にあたる部分に浮かぶ、小さな糸くずのような髪の毛一本に向けて渾身の突きを放つ。突きは正確に髪の毛をぷつり、と真っ二つにした。

 

『…!』

青い炎が一瞬何か呟くが、聞こえなかった。媒体である髪の毛を切られた青い炎はその膨大な魔力もろとも一瞬にして霧散する。それと同時に、ウィル達は転移魔法によって姿を消した。暗い店内に残ったのは、突きを放った姿勢のまま静止しているネズミのみである。

 

しばらくして、ネズミはどたりと木張りの床に倒れ込んだ。びっしょりと汗をかいて、必死で息をついている。

「(生きている…!)」

まだガタガタと震える手で額の汗を拭おうと顔に触れると、目尻から熱いものがつたっているのがわかった。凄まじいプレッシャーだった。

「(本当に死ぬかと思ったのは初めてだ……いや、二回目か)」

目に涙さえ滲ませて安堵する自分を少し情けなく思いながら大きく息をついて、起き上がる。

 

店内は爆発の衝撃でめちゃくちゃになっていた。木張りの床には大きな穴があき、イスやら花瓶やら、諸々は壁沿いまで吹っ飛ばされている。ネズミはぐるりと見回って、これは店主のじいさんに何言われるかわかったもんじゃないなと思いかけてハッとする。

「(本物の店主はどこへ行った…?)」

先程からホールでどたばたと騒ぎになっていたのにも関わらず、本物の店主は怒鳴り込んでは来なかった。

「(……恐らく)」

先日来た後に青い炎がこの店に来て元々いたムジナの店主になりかわった、その際にムジナの店主は始末されたのか。ネズミはそう考えた。あのムジナも大した力を持っていたようではあるが、とてもあの青い炎には敵うまい。ネズミは懐から煙草入れを掴み出すと、ぴっと一本抜き出して火を着けた。

「(件の幻術師とやらは間違いなくあの青い炎だろう)」

そのへんに転がっていたイスを引き寄せ、どっかり座り込む。魔術師の多いゴスター領とはいえ、こんなド田舎にあれだけ危険な奴が一人も二人もいるとはとても思えない。

 

主を失った店の照明が揺れ、先の爆発で上がった木っ端の粉がまだちらちらとその中を舞っている。ネズミはイスにもたれ掛かりながら、それを眺めていた。

「(ムジナのおやじは残念な事をした)」

道すがらに出会っただけの他人ではあるが、店主をやるような、変わった面白い妖だった。思っていたより人懐っこい性格だったのかも知れない。いずれにしろ、もう分からない事である。

「(動乱の多いこんなご時世だ。妖だろうと人だろうと、死ぬ時ぁ死ぬ)」

そう思うしかなかった。諦観にも似た気持ちだった。

 

ネズミは弔いの作法などはまるっきり知らないがせめてもの手向けとして、手持ちの酒を転がっていた湯のみに一杯注ぎ、カウンターに置いた。

「ん?」

その時、キラリと光る何かが目の端に映る。青い炎が消えた所に何かある。

「これは……」

拾い上げてみると、それは小さなペンダントだった。親指のツメほどの小さな緑色の宝石が埋め込まれており、そのまわりには何かの文字と小さくもきらびやかな装飾が施されている。青い炎が持っていたものだろうか。

「(そうだとしたら、これが青い炎を操る奴の目的のものか?)」

わざわざこんな田舎まで、依代を入れた幻術師を使ってまで手に入れようとしたもの。

「(ただもんじゃあねえかな、これ)」

しげしげと眺めていたネズミは、それを懐へ突っ込んだ。どういったものか分からないが、何か重要な意味のあるものかもしれない。それでなくとも少なくとも宝石には値打ちがある、と判断しての事だった。

 

店を出ると、空は夕焼けの赤に染まっていた。雲の少ない夕焼け空は、町外れの山々にも鮮やかな赤色を写している。煙草に火をつけ、ネズミは内陸の城下を目指して峠を登り始めた。潮の香りのする風に煽られるように、ネズミはふと峠半ばで振り返る。主を失った路傍の家は、人や妖の揉め事などどこ吹く風でそこに有り続けていた。




この回にて最初の話である「路傍の家にて」編が終わりとなります。小説を書く事自体初めてで、探り探りやってきてようやく一区切りできました。なかなか上手くいかないけども楽しいわね、こういうの。時間はかかると思いますが、まだまだ続けていきたいと思います。


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君よ!俺で変われ!
ネズミとネコミミ


お待たせしました新章です!え?誰も待ってない?うるせー!投下じゃオラ!


メルロはどこにでもいる普通の少女だった。親の影響で幼い頃からシルバ教をよく信仰し、同い年の子供達がしょっちゅうサボっていた朝晩のお祈りも欠かさなかった。授業がない日などは率先して家の仕事を手伝い、腰痛持ちの父を支えた。一年に一回ある村の謝肉祭で幼いながらも巫女をやったこともある。数え年で今年で15。少し恥ずかしがり屋で心優しいメルロを誰もが愛していた。

 

彼女の頭にネコミミが生えるまでは。

 

 

ノホホンとすすっていたうどんをぶはっ、とネズミは吹き出した。思ったより大きな音を立ててしまったようで、周りでめしを食っていた客が振り向くのがちらほら見える。

「…は?」

そそくさと口元やら何やらを拭い、あまり気は乗らないが聞き返す。

「失礼、今なんて?」

「ネコミミです。彼女の頭に、ネコミミが生えたのです。かわいいしっぽも生えました」

そう語る村長の表情は真剣そのものである。とても、というより全くふざけている様には見えない。村長は眉間の皺をいっそう深くして、両手を組んだまま静かに語る。

「いつものように朝のお祈りを教会で捧げている真っ最中に突然ピョコっと生えてきたと、その場に居合わせたケイビン牧師から聞きました。ネコミミ萌え萌えしっぽが生えたメルロはその後家に戻らず外れの森へ失踪、ときどき村に戻ってきては悪さをしていくようになったのです。本当はそんな事をする娘では無いのですが……」

ネズミは口を挟まずそのままうどんを食いながら聞いている。内心、この話を真面目に聞くべきか悩んでいた。村長の真剣極まるいぶし銀な眼光と話す内容がシュール過ぎる。

「メルロの姿を見るに恐らくは妖のようなものに取り憑かれたのでしょうが、何分このガトーネ村は小さな村です。領ギルド員の駐在所もありませんし、術を行えるような者もいません」

「ふむ」

膝に上げたすねのあたりをかきながら、残った汁をすする。メルロに憑依したのであろう妖を取り除くには、妖の姿を捉え、術を施せる術士が要るのである。術を使える者もなく術士を呼べるギルド組合員もいなければ、この村には打つ手がない。

「隣村あたりの駐在員なんかは呼べないのかい。このへんの土地はよく知らないが」

「隣町からガトーネまではかなり距離があって、なかなか呼べないのです。それに最近隣町のあたりでシード団らしき人影が目撃されたと噂が広がっております。駐在所はそっちにかかりっきりでしょうな」

最近はどこも物騒だ、と村長はため息をもらす。すっかりうどんを食い終わって一服のんでいたネズミはそのシード団ってのは何だ、と訊いた。

「強盗か何かかい」

「ご存知ないので?ああ、私も詳しくは知りません、この通り田舎暮らしなもので。確か、いろんな所で悪さをはたらくオークの軍団、みたいな話だったと思います。町の方では何やら有名だそうで」

へえ、とネズミはこともなげな生返事をした。押し込み強盗などは最近は珍しい話でもない。もっとも、被害者からしてみればたまったものではないが。

頬付を付いていたネズミはふと、

「その娘の親御さんはどうしてんだい」

と何の気はなしに訊いた。

「ああ、メルロのですか。気を揉んでるって騒ぎじゃありませんよ」

村長は手元の湯のみを引き寄せてずず、とすすった。初老の痩せっこけた細腕は真っ黒に日焼けしており、日々の農作業の苦労が思われた。

「メルロの親父のブランは愛情深い男でしてね。その時も牧師から話を聞き終わらないうちに、縄と聖水の入ったでかい壺を担いで外れの森へメルロを追って飛び出していったくらいです。結局見つけられずに出てきたのは二日……いや三日後だったか。ひどい落胆ぶりでした。何せ、まだ学校も出てない一人娘が妖に攫われたようなもんですから」

「…そうか」

ネズミはそれを聞きながら、ぼんやりとしていた。

「(俺の妹と同じくらいだったか)」

もしも妹が妖に攫われたら、自分も同じように押っ取り刀で飛び出すだろう。行き先が森なら、全ての木をたたっ斬るまで帰ってこないかもしれない。ネズミは、その親父を不憫に思った。

「分かった。その娘の件に俺も力を貸そう。いやなに、外れで腹をすかしてぶっ倒れていたのを助けてもらった恩を返せるいい機会だ」

立ち上がったネズミを見上げて、村長は申し訳なさそうに眉をひそめた。

「しかしあなたは騎士様では。剣を下げておいでだ」

村長は暗に無理だ、と言っていた。妖に対処できるのは一端の術士からであり、普通の剣士では妖は退治するどころか、目視すらできないからである。

「それはそうなんだが、俺にはその、なんだ。『見える』事がよくある。何かできるかもわからん」

「おお、そうなのですか!」

一転、村長は膝を打って喜んだ。

「メルロはいつも村から東の方に広がる森から悪さをしにやってくるのです。我々には追おうにも何も見えませんでしたが、騎士様ならば何か分かるかも知れませんな」

どうかご助力いただきたい、と村長は座ったまま頭を下げた。

「……俺は騎士様じゃあないんだが」

バツが悪そうにネズミは頭をかいた。

「じき日が暮れる。明日の朝にそこへ行ってみよう。なに、俺独りで行くさ」

「今日はもうお休みになられるので?」

「ああ。森は夜行くところじゃない。何がいるか、わからん」

 

 

 

ガトーネ村の東にうっそうと広がる深い森のそのまた奥。慣れた村民ですら立ち入らない森の中心部の少し空けた広場は、かがり火によってうっすらと明るくなっていた。そこに、彼らはいた。

皆種族は違えどオークや狼男など、獣人ばかりである。彼らは一様に毛皮製の手作りのネコミミを被り、整然と横一列に並んでいた。そしてその列に相対する形で腕を組みふんぞり返っているのは、村人達が愛していたメルロだった。ボロボロになった服の上からどこぞの商人からかっぱらったであろうホロ布をマントのように巻いている。幼さが残るも端正な顔立ちをしており、しかしその可愛らしい顔には少女らしからぬ嗜虐的な笑みが浮かんでいた。

「では報告を開始せよ!」

列の一番左にいたワシの顔をした男が一歩前に出る。

「アイアイニャンニャン!本日は、カゴいっぱいのリンゴをお持ち致しました!」

「よろしー!次!」

「アイアイニャンニャン!ワタクシは木の洞からハチミツをたくさん採ってきました!」

「次!」

「アイアイニャンニャン!私は本日街道をフラフラ歩いていたマヌケな商人から金品を奪ってきました!」

「マヌケは貴様だこのバカチンがぁぁ!」

「ギャアアア!」

メルロの手から電撃が走り、列の中にいた一人のオークは一瞬にして丸焦げになった。

「おい隊長!私は先日、金目のものをとって来いと一言でも口にしたかー!?」

ワニ頭の隊長が顔を真っ青にして怒鳴る。

「ノー、ニャンニャン!」

「甘くておいしいものを献上しろと言ったはずだよなー!?」

「イエス、ニャンニャン!」

「このトンチンカン豚野郎は我々『にゃんにゃん☆まーだー☆まさくる』の法に則り処刑する!独房にぶち込んでおけ!」

「ア、アイアイ!ニャンニャン!」

丸焦げにされた上に縄で縛り上げられた哀れなオークは、数人の獣人達に抱えられ森の暗がりに連れていかれた。

「いいかー!今度こういう事があったら次は全員におしおきを与えるぞ!分かったかー!」

「イエス!ニャンニャン!」

ガタガタ震える獣人達を見て、メルロはひそかにほくそ笑んだ。いや、正確にはメルロに取り憑いた何か、というべきであろう。

「(むふふ、びびってやがらあ。しかしまだまだ足りねえ。もっともっと従えて、もっと甘くておいしいものをたくさん食べてやる。そして……)」

思考はそこで遮られた。猪頭の獣人がドタバタとメルロに走り寄ってきたからだ。

「報告します!ガトーネ村から見知らぬ人間が一人森に入ってきました!」

「アホー!森に人が入ったくらいで連絡なんかしてんじゃねー!」

「ち、違います!あっ、失礼しました!人間は〝Bブロック〟に入ってきました!」

「ニャにぃ!?」

メルロはハッとして空を見上げる。東の空から陽の光が、うっすらと夜を侵食していた。

「夜明けを狙って〝Bブロック〟に入ってくる人間は術士ぐらいしかいねー!何でだ!?村にギルドの連中が来るにしても早すぎる!」

メルロは人間離れした脚力で木の枝に飛び乗ると、そこから獣人の列に向かって号令を発した。

「おまえたち!今すぐ行ってそいつをまさくる☆してくるのだ!敵は一人だ!チームワークで囲んで叩けー!」「アイアイ、ニャンニャン!」



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「名付けて、テメーが眠れる森の美女作戦!」

ガトーネ村の東の森は、入口付近を除けば人の手がかかっていない原生林である。あちこちで朽ちた大木や大岩が折り重なり、粉雪が降り積もるごとく苔がそれを覆っている。広葉樹はその大きな枝葉を余すことなく太陽に浴びせようと四方八方に広がっており、森に若草色の天井を作っていた。

 

「(雰囲気が変わったな)」

よっこいせ、と苔だらけの足元を滑らぬよう森の奥へ進むネズミは、手に付いた苔の混じった泥を払った。日が昇る直前を狙って森へ入って数十分、ふと道外れの妙な気配のする獣道に入ってみたが、どうやらアタリを引いたらしい。地面に這いつくばり、においを嗅ぐ。先程の道に残るものとは明らかに違うにおいがした。

実のところ、森にはある幻術が張られていた。村人達が容易に森の奥へ侵入できないようメルロが張ったものである。この幻術はそこまで大したものではないので一端の術士であればすぐに気がつくところであるが、感覚的に幻術を見破るネズミは「幻術」を「幻術」と認識することができずに中へ進んでいた。

「(はてさて、鬼が出るか蛇が出るか)」

そんなことを考えつつもネズミは特に緊張するでもなく、どこか物見遊山のような、森林浴にでも来たかのような気分だった。煙草入れを懐からまさぐり出すと、一本抜き出して火をつけてまた歩き出す。話を聞く限りでは、相手は度々村に来ては悪戯をしていく程度の妖である。そこまで手こずりはしないだろうと踏んでいた。

と、ネズミは再びその巨体をすとんと落とすようにして這いつくばる体制になり、付けたばかりの煙草を勿体ないが目の前の石で揉み消した。においを嗅ぐ。

「(この先にいるな…二匹、いや三匹?)」

土をなめるようにして念入りに神経をまだ見ぬ何かにとがらせる。

「(どうも獣っぽいが、それにしては上の方から流れてくるな。件の少女とは違う……?)」

しばらくそのままの体制で考えていたネズミだったが、やがて小物妖一匹を相手にぐるぐる考えを巡らせるのがバカらしくなって、においの主の元へ自ら踏み込むことにした。

 

蔦を押分け倒木を乗り越え、額にじわりと汗が浮かぶ頃に、その主は現れた。巨木が立ち並ぶ獣道を塞ぐようにして、こちらに背を向けうずくまっている者がいる。ネズミは刀の柄に手をかけたが、それはもぞもぞとうずくまるばかりで動かない。とうとう真後ろにまで来て、ようやく

「……あ、あの」

と背中越しに話しかけてきた。

「ああああなたはもしかして旅のお方でっ、ですか」

なにやらたどたどしい裏声である。ネズミは不審に思って、それの正面に回り、柄に手をかけたまま顔を覗き込むようにしゃがんだ。

「まあそんなところだが、そういうあんたはどうしたんだ」

エプロンドレスで赤い頭巾を被った、まるでおとぎ話の世界から抜け出てきたかのような格好をしている。リンゴが山盛りになった手さげかごを抱きしめるようにしてうずくまっているそいつは、格好だけ見ればいかにも善良な村人だが、残念なことに深く被った赤ずきんからオオカミさんの鼻がしっかり見えていた。よく見ればガタイも女性のそれではないしおまけになんだか獣臭い。

「あ、あの、ワタシこの近くの村の者なんですが、オナカが痛くなってしまって!あっ!怪しい者ではないです!」

赤ずきんを被った狼男は目も合わせずにものすごい早口の裏声でまくし立てる。

「……そうか。大丈夫か?」

村で獣人を見た記憶は無いが、

『もしかしたら普通に困っている獣人なのかもしれない』

という一縷の望みを賭けて、ネズミはその怪しさ満点の狼男の背中をさする。しかしその望みは側で群生する巨木の陰から聞こえてくる会話で台無しになった。

「っしゃあ!かかった!あのおっきい奴、本当に罠にかかったよワシ太郎君!」

「さすがイヌ次郎君、薄幸の美女役をあそこまで自然に演じるとは……!僕はずっと思ってたんだ、彼の才能は演劇にこそ活かされるべきだって!」

ネズミの視界の端に、巨木の陰から熊の頭と鳥の頭がチラチラ見えている。そして目の前でうずくまっているこいつはどうやらオオカミでは無く犬らしい。

「でもクマ五郎君、ここからだぜ。僕の考えたスペシャルな作戦は!僕の類稀なる発想力とイヌ次郎君の劇団員が裸足で逃げ出す演技力によって、これからあいつは深い眠りにつくのさ。そう、あの毒リンゴをかじってね!」

「な、なんだってェーッ!」

奸計を巡らすふたりのヒソヒソ声は特別耳の良くないネズミにもしっかり聞こえていた。それもそのはず、彼らが潜伏する巨木はイヌ次郎から僅か数歩のところにあった。ネズミはオナカの痛いかわいそうなイヌ次郎君の背中をさするのをやめて、しゃがんだまま二人が隠れている巨木を凝視していたが、やがて聞くに耐えなくなった。

「……」

隠れている奴がどんな奴かは分からないが、もし戦闘になったとしてもそれはその時だ、とネズミは無言のまま立ち上がって鯉口を切った。冷や汗を流しながらネズミの様子をチラチラ伺っていたイヌ次郎は、巨木に近づこうとするネズミの腕をすがるようにがっしり抱きしめた。

「あっ、ちょっ待ってああああああオナカ痛い!痛すぎて死んじゃう!オナカがぽんぽんストマックエイク痛いのお!」

「ちょ、待て、おいっ、あいつらお前の仲間だr」

「何のことですかわかりません!腹痛が痛いからどうかいかないで!さすって!背中さすってえええ!行っちゃらめえええ!」

「なっ、お前っ、くそっ」

イヌ次郎の決死のおねだりに気圧されたネズミはしぶしぶ彼の汗で変色した背中を再びさすりだした。

「ふふ、イヌ次郎君の押しの強さは折り紙つきさ!今の彼女もそれで落としたとか」

「甘いマスクの裏にはオオカミが潜んでいるんだね、彼犬だけど」

「ブッ、ちょ、クマ五郎君、それやべぇ」

 

敵にしては抜け過ぎていて、ネズミはまだ刀を抜けないでいた。これならばまだ刃を向けられた方が相対し甲斐がある。

「なあ、そこのあいつらお前の仲間なんだろ?何故俺を狙う?」

「ちょっとよくわかりません!小鳥のさえずりかな!それよりもっと慈しむようになでてください!苦しくて痛い!」

腹痛を訴える割に溌剌とした声色である。ネズミはまだ刀の柄に手をかけつつ適当にさすりながらこのふざけた連中の意図をなんとか穏便に探れないか考えあぐねていたが、そのうちイヌ次郎がすっと立ち上がってリンゴの手さげかごを突き出してきた。ずきんの奥の素顔を見られぬよう、そっぽを向いてであるが。

「あの!オナカはもう治りましたありがとうございます!お礼にリンゴあげます!食べてください!」

「は?」

「食べてください!」

やれ痛いださすれだの一点張りから急に展開が変わって、ネズミは思わずポカンとなる。

「よーし、そのまま言われるままにリンゴをかじってしまえ!ハリーハリーハリー!そしてグッナイ!」

「あれ?ワシ太郎君、あのリンゴは全部毒リンゴなの?勿体なくない?」

「ふふっ、フェイクってやつさ。毒が入ってるのは一番上のやつだけ、残りはあとでみんなで食べようぜ」

「わぁいリンゴ!僕リンゴ大好き!」

ネズミは一番上のリンゴを手に取る。一般的なものより少し小さい、テニスボール大の大きさの真っ赤なリンゴである。鼻に近づけてみると確かにリンゴの甘い香りの中に明らかに違うにおいが混じっている事が分かった。

「あっ……でもあれ、毒リンゴだよね。僕、誰かの命を奪うはいけないと思うな……」

「クマ五郎君、安心したまえ!毒といってもちょっと深く眠るだけさ!」

「ワシ太郎君……!慈愛……!」

ふむ、とネズミは取った毒リンゴをかごに戻し、違うリンゴを掴み出すとそのままごりごり食い始めた。

「ありがとよ」

リンゴはちょっと酸っぱかった。

「ああああああ!」

「ああああああ!」

「ああああああ!」

獣人三人衆、まさかの展開に声がシンクロ。



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「見つけました!全員お昼寝してます!」

獣人三人衆の侵入者捕獲作戦は、敵の知略によって暗礁に乗りあげようとしていた。

「くそっ……くそおっ!」

「オーマイ……なんてこった……!」

二人は揃って膝から崩れ落ちた。成功間違いなしと三人で肩を叩きあった完璧な作戦がいとも簡単に覆されてしまった。一体何が足りなかったのか。

「んん、ちょっと酸っぱいけどこれはこれで」

リンゴをモグモグやっているネズミは、あまりのアホくささに切った鯉口をキン、と収めてしまった。それを見たイヌ次郎はとっさに持っていたかごを落とし、リンゴをあたりにばら撒いた。

「ああーー!たいへーん!間違えてリンゴを落っことしてしまいました!拾うのを手伝ってくださーい!」

そして素早くワシ太郎とクマ五郎に視線を送り、

『すまない、作戦は失敗した。かくなる上はこいつをやっつけるしか方法はない。こいつが油断してリンゴを拾っている間に、不意をついて襲うんだ!』

と小声で呼びかけた。無論、ネズミはその目の前でリンゴを拾いだしたため、どんなに小声でも丸聞こえである。しかしネズミはやる気を完全に削がれており、最早「来るんなら来い」状態であった。

「どどどどうしようワシ太郎君、僕誰かと戦ったことなんて無いよォ!」

「落ち着きたまえよクマ五郎君!ノープロブレム、何も問題はない。あいつは人間一人、僕達獣人は三人だ。とにかく取り囲んでしまえばどんなに強い奴だろうとあっという間に泣いて許しを請うだろう!」

「あ、ああ!」

「それに、万が一戦うことになっても僕達が力を合わせて飛びかかってしまえばなんてことはない!ただひとつ問題が起こりうるとすれば、それは『誰かが勇気を出せないこと』だけさ。協力し合うことで1+1+1は10にも20にもなるけど、1は足されないとただの1でしかない。大事なのはみんなで勇気を振り絞ることなんだ!」

「そうだ、そうだよね……!やろう!邪悪なあいつに立ち向かうんだ!」

と、お互いを励まし合うと、ガチャガチャ何やら準備を始めた。いつの間にか邪悪とか言われていたネズミはリンゴを拾いつついつ来るかいつ来るかと巨木の陰を伺っていたが、何故かいつまで経っても二人は一向に出てこない。

「ほら、このナイフを棒の先にくくりつけるんだ」

「ええ、そんな器用なことできないかも……」

「もー、ちょっと貸して!僕がやるから!」

「おお……おお!すっげえ!ワシ太郎君すっげえ!」

「ふふん。僕、手先は器用な方なんだ!」

「大したもんだなあ」

 

二人がモタモタしてる間に、とうとうネズミはリンゴを拾い終えてしまった。

「ほら、拾ったぞ」

「あ、ありがとうございましゅ……」

なかなか出てこない二人に気を揉んでいるのはイヌ次郎の方もらしく、どうも返事がうわのそらである。このままでは、とっさに思いついた「リンゴを拾わせている間に不意打ち作戦」までも台無しになってしまう。イヌ次郎は意を決して、再びリンゴの入ったかごをぶち撒けた。

「あああー、すいません、手が滑ってぇー!」

せっかく拾ったリンゴ達が再びネズミの足元に転がってくる。ネズミはそれを無表情で見ていたが、最後のひとつがコツンとつま先に当たったところで我慢の限界がきた。

「ごめんなさーい、また手伝ってくださまあああちょちょちょちょ待って待って!ウェイト!!ウェェェェェェイト!!やめてええええ!」

イヌ次郎が腰にがばっと抱きついてきたが、ネズミはそのまま引きずるようにして二人の方へ向かう。巨木の前で仁王立ちになると、すらりと抜いた刀を正眼に構えた。

「やめてお願いもう少しだけ待って!もう少しだから!一回落ち着こう!深呼吸しよう!」

「充分待った」

「それはそうかもしれないけどそんなこと言わないでさ!ね!?おねがぁぁ〜い!一回だけ!一回!一回だけだから!先っちょだけだからああああああ!この人でなしいいいい!」

ネズミは腰にイヌ次郎をぶら下げたまま、ふっと丹田に気合いを入れて一閃、二閃、三閃。癖で切った後にぴゅっと一振り。ワシ太郎とクマ五郎を隠していた巨木は、ずずん、と大きな音を立てて倒壊し、苔の混じった土煙が舞い上がる。バリひとつ無い綺麗な切断面の切り株の向こうでは、これ以上なく口をあんぐりさせた二人が突っ立っていた。

「……!……、……!」

心臓でも掴まれているかのような、驚愕の色。二人とも口をぱくぱくさせているが如何せん声になっていない。遠くの方で、小鳥の楽しげな鳴き声が聞こえた。

「……」

腰にしがみついていたイヌ次郎も同じく、時が止まったように目を見開いたまま呼吸すら止まっていた。湿った土煙と細かい木っ端が舞う中で、ネズミは眉一つ動かさず刀を収める。

「よう」

試しに話しかけてみた。瞬間、三人の時は動き出した。

「ア、アワワワワワ……アワワワワ……なに……?なにがおきたの……!?」

「お……おおおおおおちつけクっクククマ五郎君おちゃおちゃちゃちゃちゃつけおちゃちゅけ」

「夢……そっかこれ夢か……じゃあ素数数えなくていいね……」

急遽バイブレーション機能が搭載された二人とネズミの腰を抱きしめたまままぶたをこすり始めるイヌ次郎。三人ともまさか敵が細っちい剣一本でここまでやるおっかない奴だとは全く思っていなかったせいで、ただでさえ足りない脳ミソがオーバーフローを起こしていた。

「ぶき…」

獣人三人の内、誰かがふと呟く。

「へっ?」

「武器だよクマ五郎君!急いで武器を構えるんだ!!」

「!あばばばば!」

切り株の向こうで、大急ぎで武器を用意する二人。お腰につけたイヌ次郎は「ねむーい!ねむーい!!」とまだ現実からダッシュで逃走中である。

二人はそのへんに散らばっていたナイフやら棒切れやらをかき集めて、混乱のままネズミの前に転がりこんできた。

「や、やいやいやい!やいやい!」

「やい!やいやい!」

まだ事態が頭で整理できていないため、二人の語彙力は死んでいた。しかし現実は非情であり、そんな哀れな二人にさらに過酷な現実がのしかかる。

土煙の向こうの侵入者は、イヌ次郎の首根っこにその太い腕を絡ませていた。空いた方の手で、刀の鯉口を切ってみせる。

「あー、なんだ。人質?違うな、イヌ質だな」

「トランキーロ……あっせんなよ……」

イヌ次郎は顔面蒼白になりながら自らの理性へ最後の抵抗をしていた。

「とりあえずお前達、武器全部そこに置いてこっちに来な。コイツがどうなってもいいのか」

最早戦う気すらさらさら無く、ただ事情が聞ければそれでよかったのだが、様式美的にネズミはとりあえずそう言ってみる。

が、しかし。

この時大変悪そうな笑みを浮かべていた事に、本人は全く気付いていないのだった。

 

 

時間にして正午、太陽はてっぺんを回ろうとしている。本日は日差しも暑く感じるくらいであり、森は緑色の光に包まれていた。こんな日は山菜でも採りながらハイキングに繰り出したいものである。

 

しかし残念な事に、獣人三人衆はもうそれどころではなかった。

「……それで、そのネコネコ様とやらが来て、たまたまこのあたりにいたお前らを無理やり配下にしたのか」

「は、ハイ……僕らはここから少しいった町に行こうとしてたんですけど……ネコネコ様が何ヶ月か前に突然現れて……今日からお前達は『にゃんにゃん☆まーだー☆まさくる』の隊の一員だ、わたしの下僕として喜びに打ちひしがれながら働くのだ、って……」

ネズミはふむ、と腕を組む。三人衆はその前で揃って正座させられていた。

「それからは毎日良いように使われていたと」

ワシ太郎は震えながらうなずく。

「ネコネコ様に甘いものとかを毎日献上してて……嫌だって言ったらビリビリで痛くされて……ちょっと機嫌が悪い時には処刑とかもされたり……」

ネズミは眉をひそめた。思ったより事態は重くなっているようである。

「それで何人も殺されたのか?」

「あっ、いえ……処刑の時は丸裸にされて、夜通しどじょう掬いをさせられながらおっきい葉っぱでオシリをびたんびたん叩かれるんです……あーらよっとって言わないと『あーらよっとって言えよ!』って怒鳴られるし……」

ちょっと心を痛めた自分がバカだった。

「んで、そいつの命令で俺を捕まえに来たと。何故俺が来ると分かった?見張りがいたのか?」

あえて質問したが、それはないと踏んでいた。余程巧妙に潜伏しなければ、森に入る前の段階で見張りなどはにおいですぐわかる。

「あ……いえ、確かネコネコ様が僕達のいる森、あ、僕らはBブロックって呼んでるんですけど、そこに村人が来れないように、け、けっかい?だっけ……とにかく不思議な力を使ったとか言ってたような……」

「…こ…だ……」

先程正座させられてからずっと無言でうなだれていたイヌ次郎が何か呟く。

「何だって?」

「殺されちゃうんだ……僕達みんな……」

両手を食いしばり悲しげに涙をぼろぼろこぼし始めるイヌ次郎。もしかしたら話を聞き出した後に始末されるかもしれないという恐怖が我慢の限界を越え、イヌ次郎はそのまま地面に寝転がりじたばた泣きじゃくり出した。

「おいこら、」

「うあああああ!!殺されちゃうんだああああああ!!じょばぁぁぁぁぁ!」

「イヌ次郎君、大丈夫……!僕達はずっと友達…そうだろ…ううっ……」

「ママ……ママーーーー!!」

森に悲しみの絶叫が響き渡る。大の男が三人揃って泣き出す情けない有様に、ネズミは思わず顔を覆った。

「お前達なんつー……おいこら!泣くな!おい!殺す気なんかねえって!」

ネズミは両手を挙げてそう言うと、三人の慟哭はぴたっと止まった。

「……ほんとに?」

「本当だって。俺は村から頼まれてそのネコネコ様って奴をなんとかしに来ただけだ」

「でもさっきイヌ質って」

「冗談だって!」

「もういじめない?」

「いじめないって……」

 

あの手この手で説得すること三十分。ネズミはようやく三人をなだめすかして、メルロの居場所を聞き出すことができた。元々舌を振るうことに慣れていないために、終わる頃にはネズミは何故か三人よりげっそりしていた。

「……じゃあこの先にそいつはいるんだな……分かった……ちなみにお前達以外にも手下はいるのか」

「あっはい、僕達の他にも何人かが森にいます」

「でもこの方面は僕達だけだよね」

「そうだけど、あんまり帰りが遅いとみんな心配してこっちに来ちゃうね。早く行った方がいいですよ」

三人はネズミから貰ったオヤツの干し肉をカジカジしながらのんびり答えた。酒のアテが無くなる様を見せつけられ、ネズミは今日何回ついたか分からないため息をもらす。

「あっ、ここで侵入者を見逃しちゃうと後で怒られるかも……」

しかし、クマ五郎の余計な一言で、再び三人に不安な気持ちが伝播する。

「どどどどうしよう……!」

「これ絶対ビリビリ処刑コースだよ!今度こそ痔になっちゃう!」

「もう痔になってる人だっているんですよクマ五郎君!僕の気持ちも考えて発言してくれよ!」

痔への恐怖が三人に襲いかかる。ドーナツ型クッションを持ち歩く惨めさは半端ではない。

そんな彼らに、とっておきの朗報。

「安心しろお前達。その点は俺に任せておけ」

ネズミはにおいを頼りに、そのへんに散らばっていたリンゴをひとつ手に取った。

「要はお前達の手落ちじゃなきゃいいんだろう。全員上を向け」

「え?」

「上を見てみろって言ってんだ」

三人衆はぽかんとしながら上を向く。うっそうと生い茂る木々の間から陽の光が漏れており、何とも幻想的な風景である。

「おおー」

「きれいだね」

「今日はいいお天気だからね」

ネズミは拾ったリンゴを片手でバキッ、と粉々に砕くとその欠片を三人の口に放り込んだ。

「きれい」

「ん?おいしい」

「モグモグ、きれい」

それぞれ言いたい事を残して、獣人三人衆は糸が切れたように眠りについた。

「やれやれ……」

敵に逆に毒リンゴを食わされてしまいました。これで言い訳はつくだろう。ネズミは親指についた残り汁をペロッと舐めて、ぐうぐう眠る三人衆を背にしてその場を後にした。

後にしようとした。

「しまっ……!」

た、と言葉が続くことはなく、そのまま苔の積もる地面に倒れる。

 

こうしてネズミはよく晴れたお天気の中で、獣人三人衆と共に晴れて仲良くお昼寝タイムに突入したんだとさ。

作戦大成功である。




※7月25日 不適切なテキスト一部改稿しました。すまねぇ!


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しゃべくりオークと黒い風 前編

「おはよう、よくグッスリ眠てたな。あんちゃんガトーネから来て捕まったんだって?いやはや可哀想に、どうせ森の目立つようなとこで昼寝でもしてたんだろ。でなきゃ連中に捕まるなんて有り得ねえよ、あいつら全員とんでもなくバカな上に根が善人だからな。

 

おいおい暴れるな、落ち着けよ。まあ驚くのも無理ねえ、誰だって起きたらこんな危機的状況になってたら驚くさ。お気持ちお察しします、ってやつよ、おとなしくしてな。もっとも、俺達にとっちゃこの程度は危機でもなんでも無いけどな。何せ俺ぁ何十人もの腕っききの魔術師に三日三晩追っかけられた事もあるんだぜ?あん時ゃ流石に今度こそ死んだなこりゃと思ってね、三途の川の渡し賃ぐれえは持っとかねえとと思って火の雨ん中で財布出そうとして、ああすまねえすまねえ、自己紹介が遅れたな。

 

はじめましてだな。俺はムツタカ、見ての通りオークだ。太りやすいオークにしちゃあけっこう絞ってる方だからな、へへっ、大したもんだろ?トシは今年で50くれえだな、まあ健康寿命が長いオーク種の中じゃまだまだフレッシュな方だぜ!多分!ウワハハハ!好物は牛の肉で最近凝っているのは自家製のトマト栽培だ。ちっちゃくてまるっとしてて可愛いんだぜ、これがよ。そうそう、レノのアーイレタウン産のよく寝かせたアクアヴィテも好物だ、一晩でビン三本空けたこともある!アクアヴィテって何だか知ってるか?酒だよ酒、なんかムギかなんかでできてるらしいんだけど、何だったっけなあ……ああ、いや、まあそんな感じだ、よろしくな。まあこんな状況で何も出来ることもなし、ここは少し話でもしようじゃないの。俺は喋るのが好きなのさ。三度の飯より喋るのと笑うのがが好きなんだ、こないだなんかメシ食うのか喋るのかどっちかにしろって若い連中から怒られたぐらいだよ!ウワハハハ!さてさてどうしような、特に共通する話題もなし、ああじゃあ俺の話でもするかな。ん?興味無さそうな顔したって無駄無駄。意地でも喋るからな。ああちなみに俺から振っといてなんだけどこの話はあんまり外で話さないでくれよ。組織の情報を漏らすなってボスがうるせえのさ。

 

俺はあんちゃんが来る何日か前にここに来たんだ。このへんの森で最近動き始めたこの連中について色々調べなきゃいけないことがあってさ。そうだ、この獣人共、なんつー名前か知ってるか?『にゃんにゃん☆まーだー☆まさくる』だってよ。俺ぁアタマおかしいんじゃねえのかって思ったけど、本当の話らしいんだわ、これが。若い連中の中ではこんなのがトレンドなのかってちょっとショックを受けたよ……ああ脱線したな、そんで、何とか連中の中に潜り込んで連中とそのアタマをはってるネコネコ様って奴のことを調べてたのさ。偵察だとか潜入だとかって任務は本当は他の奴の仕事だけどね。最近はどこも同じなんだろうが、ウチの組織も人手が足りねえのさ。慢性的にな。嫌になっちまうぜ、まったく。ボスももう少しイイもんのフリが上手けりゃあ……ああ、こっちの話さ、すまねえな。とにかく、俺は連中のことを調べてたのさ。でも俺にゃあ潜入ってやつが向いてなかったのかな、調べ物の傍らでネコネコ様って奴のいいつけをテキトーに聞いてこなしてたら、これがトチっちまってよ。ネコネコ様の怒りをかってもう全身丸焦げ。ローストオークの出来上がりだ。ポークじゃねえよ、オークだ。俺は痩せてるから食う所が少ねえだろうがな。なーんつって!ウワハハハ!

 

でもなあ、キツかったのはその後よ。いやいやネコネコ様の電撃?か、アレは大した事はなかったんだ。一応グロッキーなフリはしたがね、あの程度なんざ屁でもねえ。その後牢屋にぶち込まれて、また出されたと思ったら今度は夜通しどじょう掬いをさせられたのさ。どじょう掬い。知ってるだろ?それをな、全裸で踊らされるんだよ。しかも踊ってる間中他の連中が俺の尻をシバき続けるときたもんだ。このトシになってまでこんな体を使わにゃあならんのかと考えたらあん時ばかりは自分の情けなさに泣きたくなったよ。そんでもってそれが終わったと思えば今度はこんな所に連れてこられてあれよあれよという間にこの状況さ。今度は何が始まるのかユーウツ気分のチョベリバな俺の所に寝っこけてアホ面さげたあんちゃんが運ばれてきたってワケよ。分かる?」

 

 

「……それで?」

「は?おいおいなんだいなんだい、あんちゃん俺の話全スルーだったってのかい。おお悲しいねえ、最近の若者はこれだから、あっ!俺まだ若者だった!なーんつって!ウワハハハ!」

「だから……!この状況を結局どういうことか短く説明してくれ!」

「んー、チョー短く言うと……

殺されることはないけど、俺もあんちゃんもまな板の上の鯉?みたいな?敵中孤立、四面楚歌、ほんのちょっぴり大ピンチ、ってか!ウワハハハ!面白っ!」

「畜生話にならねえ!あんた本当に素面か!?」

ネズミは丸太のてっぺんに括りつけられたまま叫んだ。

 

夜の広場を照らすかがり火が風で揺れる、ここは森の中心部。この広場では今、ネコネコ様の従える獣人達が集まって楽器を演奏したり、ごちそうを運んだりとみな忙しそうに働いていた。ちなみに全員ネコミミを頭に被っているため、それだけでとても異様な光景である。そして広場のど真ん中に鎮座する岩の上にはボロ布をまとった彼女があぐらをかいたまま、蜂蜜をたっぷり含んだ蜂の巣に憮然とした顔でむしゃむしゃかぶりついていた。二本の丸太はその岩のすぐ横に風などで倒れないよう固定され、そのてっぺんにネズミとムツタカを名乗るオークが縛り付けられている。丸太は付近の巨木よりは低いものの、ビルの三階建てくらいの高さはあった。

 

「くそ……!」

悪態をついてネズミは縄を強引に緩めようとするが、縄は体にくい込むほど強固に結ばれており容易には抜けられそうになかった。同時に、いつも腰に感じていた感覚がなくなっていることにも気がつき、慌てて目下をキョロキョロ見渡した。

「ん、あんちゃんどうした?」

「俺の商売道具を……あっ、ちきしょう、あのガキ!」

ネズミの腰から消えた刀は、ネコネコ様らしき少女が背に背負っていた。不意に、少女と目が合う。

「ようやく目が覚めたのかこのねぼすけさんめ!おいお前ー!お前村の雇われ術士だろー!わたしを捕まえようったってそうはいかないからな!バーカ!」

少女はネズミの足元でひとしきりキャンキャン跳ねまわっていたが、ふと思い出したように背負った刀を引きちぎるみたいにして抜いてフフンと得意気に鼻を鳴らした。

「おらおらおら!どーだ!お前の武器はわたしが貰ったぞ!なんかすごい細っちいけど……」

初めて買ってもらったおもちゃみたいに刀をフラフラと振り回す。しかし思ったより刀は重く、小さな手からすっぽ抜けて岩にガシャンと激突した。

「っべ」

「おいこのクソガキ!」

せめて大事に扱え!というネズミの悲痛な叫びも届かず、ネコネコ様はきらきら光る物珍しい武器に夢中であった。

「ウワハハハ!あんちゃん顔怖っ!腹痛ぇ!ウワハハハ!」

「うるさい……!」

ネズミは通り魔みたいな人相になりながら、ムツタカを睨みつける。ごめんごめんとムツタカは謝ったが口の端が曲がっており、誠意のある謝罪とは程遠かった。

 

彼の自称通りムツタカはオーク種にしてはかなり絞られており、服の上から見えるアスリート然とした筋肉に覆われている細身の体は鈍重なイメージからは程遠い。またオーク種は目の上が少しもりあがっているために基本的に皆目つきが悪いが、ムツタカは眉も目尻も七福神のように下がりきっており、顔に刻まれた皺も相まって「明朗なオークのおっさん」感があった。

「ウハハ、まぁそんなに怒るない。あの妖のお嬢ちゃんもここの獣人共も本当に悪い奴等じゃねえ。ここは俺達が大人になろうじゃないの」

「……あんた、あのガキが憑かれてるって分かるのかい」

『妖のお嬢ちゃん』という点に、ネズミは驚いた。

 

獣人には魔術、仙術共に扱う際に必要となる『霊力』がほとんど無く、術由来の現象を認識できず、行使もできず、耐性もなく、また妖なるものの存在をも認識できない。そのため獣人の戦士の間では『術士が来たら逃げろ、妖が居そうな所へは行くな』が鉄則となっているくらいである。相対そうものなら、何もできずにタコ殴りにあって殺されるからである。

 

「ああー分かるとも。お嬢ちゃんにネコミミが生えてるからね。なんでわざわざ生やしたままにするのかは分からんが、あんな現象憑き物以外で見たことないね。あっ、街のちょっといかがわしいお姉ちゃんのお店でなら見た事あるか!ウワハハハ!それに俺には見えなかったが『電撃』らしきものは食った。ビリビリっとくるやつ、あれも妖に共通する力のひとつだからな。若い頃はあの見えねえ電撃でよく死にかけたもんだ。うん、主な根拠はこのぐらいか」

「へぇ、獣人なのに大したもんだ」

「どうも。でもな、それ以上に確固たる自信がある根拠が存在する」

「何……?」

「俺の勘さ」

歴戦の勇士は恥ずかしげもなくウインクしてみせた。



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しゃべくりオークと黒い風 後編

最近、伝説巨神イデオンを見始めました。
こんな話が書けたらいいなあー


「はっくしょい!」

自分の寝床であるテントのすぐ前に焚いた火の前でイヌ次郎は鼻をすすった。

「うう、さむっ……これは本当に風邪をひいたかなあ……」

現在森の大広場では、『第六回にゃんにゃん☆まーだー☆まさくる大処刑大会』が絶賛開催中である。獣人全員が強制的に参加させられるこの『処刑大会』を仮病で抜けてきたイヌ次郎は、大広場から少し離れたネコネコ様配下のメンバーのテント村で小さなたき火に当たっていた。

手元には古い演劇の指南書。イヌ次郎は何年前に街から流れてきたのか分からないこの本を、暇さえあればずっと読んでいた。時折地べたに置いては跪いて腕を伸ばしたり、暗記したセリフを大仰に叫んだりして劇団員の真似をした。

いつか街の大きな舞台で、大勢の観客の喝采を浴びるのが彼の夢だった。

「まぁ、こんな生活を抜け出せたらの話だけどなあ」

イヌ次郎は力なく座り込む。ここでネコネコ様にこき使われている獣人達は皆、不幸にもネコネコ様に見つかってしまった者達なのだ。ある者は山菜取りの途中、ある者は元々森で暮らしていた中で、そしてイヌ次郎も田舎から街へ向けて旅をしていた最中であった。皆武器など手にしたことの無い穏やかで善良な獣人達だ。

しかし、かといって獣人達は生活を大きく曲げられてしまった元凶であるネコネコ様に刃を向けようとはしなかった。もちろん彼女の使うビリビリ術に対抗するすべを持たなかったのもあるが、人の良すぎる彼らは幼い子供に対して暴力を振るう事を良しとしなかったのである。

「(……ネコネコ様、ちょっとかわいいし)」

一部、不純な理由で付き従う者もいるが。

 

びゅおっ、と風が鳴り、イヌ次郎の目の前のたき火からは細かい火の粉がわらわらと舞い上がる。風にあおられた小さなたき火は勢いを失って消えてしまった。

「はっ、はあっ、はっくしょい!」

何度目かのくしゃみで鼻をズルズルにしたイヌ次郎は愛読書を小脇に抱えて、砂をたき火にかけて確実に鎮火してから寝床であるテントに潜り込んだ。

「(季節の変わり目は風邪をひきやすいっていうし、気をつけなくちゃ)」

 

しかし、それにしても。

「(今夜は風が強いなあ)」

 

 

夜の暗闇から吹く風がかがり火を大きく揺らす。

「うおっ……おい、風が強くなってきたがこの丸太倒れたりしないだろうなっ」

強風にあおられて、二人を縛り付けた掘っ建て丸太がギシギシと悲鳴をあげる。

「えー?それはちょっとわかんない、おいそこの豚ネコミミ!これ風とかで倒れるのか?」

「はあ……我々そんな事はよく考えないで命令を遂行したもので。分かりません!ニャンニャン!」

豚の獣人の衝撃告白にネコネコ様は口をあんぐりさせた。

「あんがー!それ、それちょっと危なくない!?」

「くそ、このまま俺達を殺す気か……!」

「ウハハ、俺今死にそうなう!ウハハハ!」

「え!?いやそんな、わたしはおしおきのつもりで、さすがに殺すのは良くないと思うし、あああどうしよう!」

「どうしようじゃねえ!降ろせ!」

「わ、分かった!おまえたち、大至急あいつらを降ろせー!」

目下の獣人達は蜘蛛の子を散らしたように大騒ぎになる。

「アイアイニャンニャン!」

「どうすればいいんだ!?」

「みんな落ち着け!まずはお茶でも煎れて」

「ワニ隊長!君が一番落ち着くべきだ!」

「また風が強くなった!?もうおしまいだ!僕達は人殺しの犯罪者になるんだ!」

 

 

「……なああんちゃん。この森、いつもこんな風が強えのかい」

ネコネコ様の号令からしばらくして、ムツタカは夜空を見上げながら静かに呟いた。

「いや、俺はこのあたりの事にあまり詳しくないから分からん。ただ村もそうだったが、こんなに強い風は吹いていなかったと……おい!まだ降りられねえのか!」

「ヒエッ!イエスニャンニャン!ごめんなさいもうちょっと待ってくださいだからそんな怖い目で睨まないで!」

下では一刻を争う事態なのにまだ安全に二人を降ろす方法を検討している。わざとではない。揃いも揃って学校もない山村出身の彼らには絶望的に知識がなく、どうすればいいのか分からなかった。

そんな彼らには目もくれず、ムツタカは風に吹かれながら考える。

「(おかしい……地形的にも季節的にもこのあたりにこれだけ強い風が吹くのは調査結果からしておかしい。それに下の連中のあの騒ぎ方だ、やはりこのあたりに強風が吹くこと自体基本的に無いんだ。となると……)」

嫌な予感がする。

「(街を陥落させて、帰路に着くまでまだ時間がある……もしかしてボスが出張ったのか!?バカな、いやしかしであれば有り得る。ということは、)」

「(団はこの森を通過するか……少なくともボスはもう来ている!)」

「ヤバい……!少し時間をかけすぎた!」

ムツタカは足を跳ねあげて、靴に隠していた小さなペーパーナイフ大の刃物を器用に口でくわえると、ペッと上に吐き出して後ろ手にキャッチした。

「何っ、あんた、」

「悪ぃなあんちゃん、休暇はここまでだ。俺ァ行かなきゃならなくなった。多分な」

呆気にとられているネズミを尻目にムツタカは急いで自らを縛る縄をグリグリと切断し始めた。

 

ボス達のルート変更は恐らく自分の帰還の遅さに気を揉んでの事だろう。このままボスが広場に到着してしまえば、待っているのは惨劇である。自分を捕らえていた獣人から何から全て皆殺しになり、破壊されるのは間違いない。

「(もう少し早めに合流していれば……!)」

ムツタカは焦りながらも手際良く縄を切り、解いていった。

数々の修羅場をくぐり抜けてきたムツタカにとって、今回の実地調査は『休暇』みたいなものだった。ハードな殺しも本格的な潜入もなければ、ギルドの介入の懸念すら無い任務だったからである。やろうと思えば獣人やあのネコネコ様もろとも息の根を止めることは簡単だったし、丸太に縛られたまま横倒しにされても蚊に刺されたくらいのダメージしかないだろう。ただ、できるなら殺しはしないのがムツタカの主義だった。それがたとえ気休めにもならないような言い訳に過ぎなくても、である。

それにここの獣人達は皆呆れるほどにバカでイイ奴らばかりである。最後に殺してしまうような結果になるのは、できれば避けたかった。

 

森からの強風が吹く中、揺れる丸太の上でムツタカは縄を抜けた。その前に落ちないようにガッチリと股で丸太を挟んでいる。

「一丁上がり!やれやれ」

そしてムツタカはネズミが縛られている隣りの丸太にひょいと飛び移ると、ニヤリと笑った。

「行きがけの駄賃だ、あんちゃんも助けてやるよ」

そう言うと風に揺れる丸太に合わせて思い切り体を揺すった。掘っ建て仕様の丸太が傾き出す。

「なっ、おい!何してんだあんた!」

「そーらそらそらウハハハハハハハ!おぉいお前ら!どけーーー!」

棒倒しのごとく丸太を固定していた土が崩れ、丸太はネズミを縛り付けたまま広場中央に向かって倒れだした。

「ぎょえー!なんて事しやがる!全員退避ー!」

「アイアイニャンにああああああ!」

「故郷のママー!」

下で慣れぬ頭をひねっていた獣人達は一斉に広場から退避、尻に火がついたみたいにして森の中へ飛び込んだ。ネコネコ様もたまらず手近な木の上へ駆け上る。

 

風を切って眼前の景色が通り過ぎていく。先程まで遠かった地表が今度はすごい勢いでネズミに向けて迫っていた。このままいけば拘束されたままのネズミは身動きもできずに、受身すら取れずに地面へ顔から突っ込む事になる。

「ぐあああ!」

思わず悲鳴が漏れる。ネズミの身体は人並み外れて鍛え抜かれているため落下の衝撃で死ぬ事はないだろうが、受身も取れないとあれば大怪我は免れないだろう。ネズミは歯を食いしばった。

地面まであと少し。とうとう激突するその瞬間、ムツタカは懐から白い玉をいくつか抜き出して地面にばらまいた。ボシュウ、と玉が弾けて広場一面が白い煙で真っ白に染まる。それと同時にネズミが括りつけられている丸太はドーンと地を鳴らして地面に倒れた。

 

 

「フガッ!」

テント内で毛布をかぶって眠っていたイヌ次郎の体がビクッと跳ね、起き上がった。

「なんだァ今のは……花火かな」

イヌ次郎は寝ぼけた頭でそのままボーッと考えていたが、その実自分が何も考えていない事に気が付くと、そのまま毛布をかぶって目を閉じた。

「(気のせいかな、うん)」

再び彼が寝息を立て始めた頃。そのテントのすぐ隣に、誰かが風と共に森を抜けて来た事に気付く事はなかった。

 

 

荒れる風に白煙が乗り、広場一帯の視界が遮られる。白い風の濁流が駆け回る。

「げほっ……なんだあ!」

ネコネコ様は立ちのぼる煙に口を覆った。混乱のあまり思わず白煙の中をきょろきょろと見回すが、視界一面白ばかりで何も見えない。

しかし確かに侵入者を縛り付けた丸太が横倒しに倒れていくのは見たし、倒れた音もした。下手をすれば侵入者は頭から地面に突っ込んでその脳髄を飛び散らせているかもしれない。

「どうなった!死んだか!死んだのか!」

悲痛に歪んだ、あるいは苦虫でも噛み潰したような顔で叫ぶ。制裁と称して暴力を振るってきた彼女であるが、他人の命にまで手をかけようとする程彼女は悪人ではなかった。

臆病とも言えるだろう。

その時白に染まった視界からひゅっ、と音がして、先端に何重にも結び目のついたロープが耳をかすめた。えっ、と声を上げるまでもなくそれは器用に肩にかけていたネズミの刀に巻きつき、引っ張られた。ロープが巻きついた刀はすぽんとネコネコ様の肩から抜け、白い視界へと消える。立て続けに予想もしていなかった事が起きてネコネコ様の小さな脳ミソは容量オーバーを起こし、木の枝の上にすとんと座ってしまった。

「はえっ……何……」

沈黙。そこから再び声を取り戻すまで、視界を塞ぐ白煙が風に流れきるまでかかった。

 

 

ムツタカはよっ、と気合いを入れて白煙の中に伸びるロープを手繰り寄せ、刀の絡まったロープの先端をうまくキャッチした。

「ほいあんちゃん、もう無くすんじゃないぞ!」

ネズミは縛られていた腕をさすり、半ば呆然としながら受け取った。

鍔のない白木の刀。間違い無く自分の刀である。ネズミは礼を言うとまだぼんやりとしたまま刀を腰に差し込んだ。

「……本当にわざと捕まってたってわけか。三歩先すら見えねえこんな中で一体どういう理屈だ」

「ここが違うのよ」

ムツタカは得意げにトントンと、自分の耳を叩いてみせた。

 

丸太が地面へ激突する瞬間、ムツタカは煙玉で一帯の視界を奪ってから神速の如き早さと手際の良さでネズミを縛る縄を切り解いたのち、大男のネズミを小脇に抱えてうまく地面に着地した。さらに「あんちゃんの相棒もついでに取り返してやんよ」と自分の体を縛り付けていたロープに細工をして、数回振り回してスピードをつけてから白煙の中にその先端を放り込んだのである。ロープは見事にネズミの刀を捉えて戻ってきた。

 

「なあに、つまりはオンナノコがどこにいるかなんざオジサンにはお見通しって事さ!ウハハハ!」

そうはぐらかすと、ロープを頭の上で再び慣れた手つきで回し始める。

「さあて、そんじゃズラかりますか。あんちゃん、あのバカで無垢な獣人連中だけは撫で切りにしてくれるなよ。アイツらには罪はねえ。切るならせめてあのお嬢ちゃんだけにしてくれや」

「いや、俺は村から頼まれてここに来てる。あのガキに憑いた憑き物をなんとかするってな」

「おや、そうかい」

ムツタカは意外そうな顔をしながら、さらにロープの回転を加速させた。先端が頭上でびゅうびゅうとうなりをあげる。

「俺ァてっきり……いや、いかん。時間がねえ。そういう事ならあんちゃん最後にひとついい事を教えてやろう」

瞬間、ムツタカの目が鷹のように鋭く光り、ロープを風上上方に向かって勢いよく投げつけて何かに固定させた。ぎゅっと手元のロープを絞る。ネズミにちらりと視線を送る頃には、彼は目尻の下がった温和な獣人に戻っていた。

「得物を使うな、血を使え。『鹿』の暴く力は恐らく血に宿る、それを使って憑き物を抜くこった。そんじゃああばよ、ネズミさん」

そう捨て台詞を残してムツタカはロープを使って飛び上がり、「アーアアー!ウハハハハ!」と笑いながら白煙の薄らいだ風の中へ消えていった。



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「燕返し」

「倒れた、倒れた!」

「大変だぁ」

避難した獣人達がちらほら広場に集まってくる。その中にネコネコ様も木の上から降りてきて、しばらくその有様を呆然と凝視していたが、ハッとして叫んだ。

「隊長!点呼ぉ!」

「へっ……あ、ハイ!アイアイニャンニャン!」

ワニ頭の獣人がひとりひとりの名を呼び、確認する。

「ニャンニャン!病欠のイヌ次郎君以外全員います!」

「そっか……じゃなーい!わたしは王様なんだぞ!お前達の心配なんかしてねー!バーカ!」

「ネコネコ様……」

普段ひどい仕打ちを受けているのにキュンとなる獣人一同。とても厳しい自然を生き抜くなぞできなさそうな単純さである。何だかんだでちょっぴり僕らのこと心配してくれてたのかなあ、とほっこりムードが一同に流れたが、

「おう、なごやかに談笑しているところに悪いが」

そんな空気に水を差す奴が一人。例の侵入者である。丸太から落下して重症を負ったかと思われたが何故かピンピンしており、おまけにさっき捕られた武器まで持っている。柄尻に手をかけたまま、もう片方の手をなにやらバキバキ言わせながらゆっくりと残る煙の中から現れた。獣人達のアゴがあんぐり空く。

「なんで助かってるんだお前ー!どうやって抜けたんだ!さっきの白い煙みたいのはなんだ!つーかもう一人はどこいったー!?」

「うるせえ!知るか!」

ネズミは矢継ぎ早に飛んでくる質問を全スルーする。ネズミを助けて慌ただしく去っていったあのよく喋るオークについては最後までよく分からなかった。何より、何故『鹿』について知っていたのか。ネズミにはそこが気がかりだったが何を聞く暇もなく当人は既に風の中へ去っていってしまっている。後出しジャンケンをされた時のような溜飲の下がらない気分のまま、眉間に苛立ちを浮かべてネズミは本来の目的を遂行しようとした。

「『化け猫』、好き勝手やってる所で悪いがその子供を返してもらいに来た。神妙にしろ」

「な、なに!?なんで正体が!?」

と、化け猫はボロを出す。

耳と尻尾まで生やしておいて何を今更、とは言わずネズミはすらりと刀を抜く。余計な言葉は太刀筋を鈍らせる。無造作に拳からぶら下がる刃が一瞬ギラリと月の光を映した。

 

「くそう!おまえたち、全員武器を持てー!」

「ネコネコ様、武器はありません」

「は!?」

「だってほら、誰かに刺さったりしたら危ないですから……今日はお仕置きの日だったし、そういう危ないのは全部キャンプに置いてきてます!ニャンニャン!」

「アホかワニ公!誰がそこまでしろって言った!」

「ネコネコ様では?」

「ガッデム!そうだった!」

そういやそんな事言ったわとネコネコ様、もといメルロに取り憑く化け猫は頭をばさばさ掻きむしると、殺人嗜好者の目を浮かべて(※化け猫視点)近づいてくるネズミへ向かって両手を突き出し、エネルギーを集中させた。腕と腕の間に白い電撃が浮かび、球の形を形成する。

「うおおおおお!こうなったらわたしが直接お仕置きよ!KE☆SHI☆ZU☆MIにしてやる!」

「ネコネコ様が術を使う気だ!皆逃げろぉ、巻き込まれるぞ!」

「退避ー!」

「またかよー!」

獣人達が再び蜘蛛の子を散らすようにバタバタと射線から逃げ出す。それを待たずして化け猫は逆ギレの怒りを溜めた電撃をぶっ放した。

「最大パワー!サンダーファイヤーウルトラボンバー!」

打ち出した衝撃は地面を抉り、衝撃波が木々を揺らす。電撃弾はその白い光を夜に撒き散らしながら一直線に獲物に向かって飛んでいく。

 

 

電光が迫り眼前を白く染めるその一瞬、だがネズミは小指ひとつ動かさなかった。

引きつけている。

『剣とは早さだ』

柄尻に左手を添え、半歩前の右脚で地を踏みしめる。構えは下段、ほんの少し左に流した。

『相手よりも早く、剣先を相手に到達させることだ』

空気が震える。衝撃が顔を叩く。手を伸ばせば白光に届くほどに電撃が迫っている。

『そうだな、あの鳥よりも早く剣を振れたなら』

時間が引き伸ばされたような長い一瞬の中で、ネズミはスイッチを切り替える。体の中で風船を膨らませるように全身に気力を一気に充満させる。脚はもも、膝、ふくらはぎから足裏、そのつま先まで。

『お前は…』

肩、上腕二頭筋、肘、腱、掌、指先、その先の刀身の先端。顔と頭まではち切れんばかりに気が行き渡り髪の毛が逆立つような感覚を覚えた時、ネズミはいつか父の背で見た燕より疾い風となった。

「っっっ!!」

下段で地を指していた刃が右上へ逆袈裟に閃く。さらに上段に上がった勢いそのままに切り返し左手へ横一閃。電撃弾は四つに切り裂かれ、その場で光と衝撃をまき散らして霧散した。瞬きより早い斬撃は軌跡すら見せず、電光を刀身に写す事すらなく、その場にいた獣人達には目視することもかなわなかった。彼らが見たのはノイズのように僅かにぶれるネズミの影と、まるでそうなる予定であったかのように四つに割れ自壊した電光弾のみである。

 

妙見元流、燕返し。

元々は相手の剣を切り返すための型である。相手よりも太刀筋の早さを求められるこの型をネズミは好んで使っていた。太刀筋の早さに自信があるからではない。刀を振るう速度こそが全てだと信じてきたこの男は他の型を知らず、また知る必要があるとも思っていなかったからである。

『早さ』は彼の正義であり、信仰だった。

 

 

「術を切った!?」

術を使った衝撃で地面に転がっていた化け猫は目を疑った。魔術師の術でもなく、仙人の術でもなく、剣で?そんな話は聞いた事がない。包丁で水は切れないように、そもそも捉える事が不可能なはずでは……

化け猫は無意識に尻餅をついた状態でじりと下がろうとしたが、砂と擦れた手のひらが刺すように痛んだ。びっくりして見ると肘から先が赤く焼けている。

「本気を出しすぎたっ……」

化け猫は術に耐えきれずに肌が焼けてしまった両腕をぶらぶらさせながら急いで立ち上がり、ネズミから距離を取りながら叫ぶ。

「何してるおまえたちー!あいつを倒すんだよー!」

これには獣人達も流石に声を荒らげた。術を叩き切ってなお平然と残心をするネズミを一斉に指さしながら

「「「無理でしょー!」」」

「なんで!相手は一人だぞー!」

「あんな強そうなのに素人の僕らが勝てるわけないじゃないですかやだー!」

「ネコネコ様、流石にあいつは僕らには無理です!」

「僕ら素手だし!」

「気は済んだか」

「済んでなーい!あんなあ、おまえたちはビビり過ぎなんだ!獣人の力があればたとえ相手が強い人間で、こっちは素手でも束になってかかれば勝てるんだよ!多分!え?」

しゃがんで輪になって会議していた化け猫は振り返る。剣士はすぐ後ろにいた。

「ああいう術は森を焼くから無闇に撃たない事だ。とにかく今ならまだ許してやるから、とっととその子を返せ」

叩き切った人の血を啜るのが最上のごちそうなんじゃ……と言わんばかりに暗い光を目に宿す殺人嗜好者(※化け猫視点)。刀の背で肩をポンポン叩いているのは、恐らく『ギヒヒヒヒ!オマエらを肩からまっぷたつにして膾にしてやるよォー!』という意思表示に違いない(※化け猫視点)。化け猫以下獣人達はがたがた震えだした。なおネズミにビビるあまり目的があくまで化け猫であるという事に獣人達は全く気づいていない。

「こ、殺される!ジョバー!」

「無敵のネコネコ様の術でなんとかしてくださいよォー!」

「さ、さっきので力全部使っちゃったんだよー!」

「ママ……ママーーーーー!!ウッ……」

「ああ!クマ五郎君!気をしっかり持つんだ!」

「素手相手に卑怯だよぉ!」

「男らしくないと思う!」

 

 

「男らしくない……?」

 

 

ネズミの動きが止まる。一人の獣人の言葉に便乗するように他の連中も怯えながら反論する。

「そ、そうだー!」

「男らしく素手で勝負してよ!」

「あたしなんか女だぞー!正確にはメスだけど!」

「誰か死んじゃったらどうするの!」

「なんかこう、ほら、腕相撲とかで勝負しよう!」

「あ、僕プロレス得意!」

彼らの抗議が終わらないうちにネズミは引きちぎるように腰の鞘を抜くと、バチッと刀を収め、凄まじい力とともに勢いよく鞘尻を地面に突き立てた。爆発音のような爆音と土煙がもうもうとあがり、広場の地面一帯にヒビが入る。

「……いいだろう」

煙に浮かぶ剣士の影は、目だけが燃えるように爛々と輝いていた。

「素手でやってやる。腕相撲でも何でも、全員まとめてかかってこい!」




T-SQUAREを聞きながら書くのに最近ハマってます。
T-SQUAREはいいぞ。

11/19追記
一部文章修正しました。
サーセン!


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チキチキ登頂百番勝負! 前編

「この広場から続く山道を登って、途中にいる獣人達とそれぞれ違うルールで戦ってもらいます。武器は禁止。山のてっぺんで待っているネコネコ様に勝てばあなたの勝ちです。制限時間は日の出まで、オーケー?」

「おう」

「それではにゃんにゃん☆まーだー☆まさくる主催第一回チキチキ登頂百番勝負スタートです!ファイッ!」

 

【ROUND1】

 

さて始まりました第一回チキチキ登頂百番勝負、実況はわたくし神出鬼没の実況解説者ジェイケー・マイマイがお送りします!ゲスト解説はこの方、猪獣人ボタン・ムラセさんですどうぞよろしくお願いします。

 

ーーあの、実況を始める前にお聞きしたいのですがほんとにジェイケーさんは通りすがりの旅人なんですか?我々にゃんにゃん☆まーだー☆まさくるのメンバーではない人間の女の子に見えますけど……

 

はい、ガトーネ村から森を抜けてくる途中でちょうど実況のにおいを嗅ぎつけてきました、テヘペロ!

 

ーーそ、そうですか。勝手に人間の人入れて後でネコネコ様に怒られないかなあ……

 

ギャグ回ですから細かい事は気にしないで!まずは概要を説明しましょう。関係者にお話を伺ったのですが、今回この百番勝負は挑戦者の剣士さんがにゃんにゃん☆まーだー☆まさくるのメンバー全員といっぺんに勝負をつけるにあたり、合議の末急遽開催されたものであるとのことでした。理屈はとってもカンタン!夜が空けるまでに山道で待ち構える獣人全員を倒しててっぺんにいるネコネコ様を倒せば挑戦者の勝利!一回でも挑戦者が負けるか朝を迎えてしまえばネコネコ様達の勝利です!

 

さあまずは一人目の試練に向かって挑戦者は山道を足早に登っていきます。関係者の情報によりますと挑戦者は「ネズミ」というお名前だそうです。ゴツゴツした見た目に反してかわいいお名前ですね!ん?あれ、ネズミさんの後ろに付いてきてる白黒シマシマ服の獣人の方は?

 

ーーワシ頭の彼はレフェリーです、今回急遽試練を裁いてもらうことになりました。

 

先刻何か怖い事でもあったせいかレフェリーの方は緊張した面持ちでついてきてますね。彼には厳正なレフェリングを期待したいところではありますがさあ早速第一関門!少し開けた山道に待ち構えるのは山羊獣人のヤギの助!一対の椅子と机に座して挑戦者を睨みつけます!

 

「来ましたね!最初の相手は僕です!」

 

ーー競技種目は何でしょうね。

 

「腕相撲!ファイッ!」

 

先行して両者の間に入ったレフェリーが腰から下げたゴングを鳴らします!競技はどうやら腕相撲のようですが……なんとネズミ選手椅子に座らずに競技体制に入りました!大丈夫か!?

 

「ふん!」

「アバーッ!」

 

なんということでしょうか!ネズミ選手立ったままヤギの助選手を秒殺!ほとんど歩みを止めずにそのまま二人目目指して既に登って行ってます!

 

ーー流石に体を使う勝負は分が悪過ぎましたね、見た感じ手加減されて腕は折れてなさそうですけどヤギの助君の安否が心配です。

 

「ナ、ナムアミダブツ……」

 

ヤギの助選手うわ言で何か呟きながら担架で運ばれていきましたが、その間にもネズミ選手は既に二人目の試練へ歩みを進めております。

 

ーー女の子にモテたくて始めた日頃の腕立て伏せの努力むなしく、噛ませ犬にすらなりませんでしたね……

 

【ROUND2】

 

ーーそこまで高くない山とはいえ、割と急勾配の山道をネズミ選手は息もつかずにスッサスッサ登っていきますね。すごいなあ。

 

ガタイの良さが服の上からでもハッキリ分かるくらいですから、相当鍛えあげられてるんですねえ。先程聞いた話によると、あれだけの巨漢にも関わらず身のこなし、というか突進速度は恐ろしく早いそうで。

 

ーーええ。なんというか、多分真横から隕石が降ってきたらあんな感じですよ。事故ですよ事故。

 

さあその突撃隕石野郎は汗一つかかずに二人目の試練に到着した模様です。待ち構えるのはワニ獣人の隊長さん、椅子に座ったままコンパクトに凄んでおられます!

 

「よくきたなコラ!すっぞコラ!」

 

ーーウチの隊長珍しく強気ですね。ただ凄む事に慣れてない感が隠せません。

 

設けられた椅子とテーブルにネズミ選手が隊長さんと向かい合う形で今着席、運ばれてきたのは……あれはおでんですかね?二人分のおでんがお皿に山盛りで運ばれてきました!

 

「種目はこのアッツアツのポテト……じゃなかったおでんの早食い対決だ!僕が勝ったら何でもひとつ言う事を聞いてもらうよ!」

 

ん??今何でもって????

 

ーージェーケーさん落ち着いて。

 

失礼!さあ両者共に箸を構えて臨戦体制!ん?ネズミ選手の方がレフェリーを呼びつけています。どうしたんでしょうか。

 

「おい」

「何ですか」

「俺はんぺん嫌いだから除けてくれ」

「ノー!」

 

ネズミ選手の申し出をレフェリーは大きく手と首を振って拒否しました!ネズミ選手箸を握りしめて苦い表情!

 

ーー好き嫌いはいけませんね。当然のレフェリングだと思います。

 

相対するワニ隊長は何やらニヤニヤと笑い始めました。何か秘策があるのでしょうか……

 

ーー元々キングオブクソビビリのクマ五郎君に次ぐビビリ症の隊長ですから、ここまで強気なのであれば何か策を練ってきたと見て間違いないでしょうね。

 

「相手の食べる行為を暴力で妨害するのは反則です。コップのお水と辛味はご自由にどうぞ。それではファイッ!」

 

さあ第二関門になりますおでん早食い対決、ネズミ選手が早速大根にかじりつき、いや、つけない!

 

ーーおでんがアツアツ過ぎて一旦戻しましたね。彼はマナーが良くないですね。

 

「ぐ、あがががが」

 

挑戦者ネズミ選手なんとかちびちび大根を攻略しようと試みておりますが……おや!?ワニ隊長はおでんに手をつける前に箸を地面に取り落としてしまった模様です!レフェリーが慌てて落とした箸を取りにテーブルの下に潜りました。

 

「今だ喰らえ!そらそら!」

「なっ、てめえ!」

 

ああっとこれはいけません!ワニ隊長レフェリーのブラインドを突いて自分の大根とはんぺんをネズミ選手の皿に移し替えています!ネズミ選手怒ってそれを返そうとしますが、

 

「ノー!ノー!」

「ふざけるな!反則じゃねえのかおい!」

 

返そうとする前にレフェリーがテーブルから出てきてしまいました!ワニ隊長の反則行為に気づいておらず、ネズミ選手が自分の分のおでんを押しつけようとしていると勘違いをおこして必死に止めています!

 

ーー褒められる行為ではありませんが、うまい手を考えましたね。あとでシバかれるであろう事を考えてはいけません。

 

抗議の間にもワニ隊長は自分のおでんに手をつけはじめています、これは隊長が優勢でしょうか。

 

ーーあ、ネズミ選手諦めて食べ始めましたね。レフェリーを睨みつけています。怖っ。

 

二人とも皿いっぱいのアツアツおでんを手こずりながら食べ進めています。口が大きい点において隊長の方が優勢かと思われましたが、隊長の一口が思ったより小さい。

 

ーーアツアツですからね……ところで私さっきから思ってたんですけど、登頂百番勝負って本当に百回勝負するんですか?そんなに仲間はいなかったはずですけど。

 

いえ、あくまで百番勝負っていうのは名前だけで実際にはもっと少ないですよ。本当はとっとと次の展開書きたいそうなので。

 

ーーギャグ回とだけあって先程から発言がメタいですね……聞かなかった事にしましょうか……

 

さあ試合展開に戻りましょう!それぞれある程度食べ進めたみたいですね、終わりが見えてきました。先程から隊長の一口がネズミ選手に比べて少し小さいようですが、しかしリードを付けた分隊長の方が先に食べ終わるか……!?ネズミ選手ピンチです!しかも残っている具はちくわとがんもとはんぺんがふたつ!最後のはんぺんに苦戦を強いられるか!隊長が大根を口に入れた!残るはがんもと牛スジ、ラストスパートをかけます!

 

ーーあれっ、これ本当に隊長勝てるんじゃないんですかこれ……!隊長頑張って!今輝いてる!

 

ネズミ選手まだ熱いちくわとがんもを一気に口に詰め込む!ああっ、顔が真っ赤です!喉に詰まったか!

 

ーー胸をドンドン叩いてますが大丈夫でしょうか。場合によってはレフェリーストップも……!

 

その隙に隊長牛スジを完食、残るはがんもただ一つ!決まるか!?決まるかァァ!?

 

ーーち、ちょっと待ってください!ようやく飲み込んだネズミ選手が水の入ったコップを手にしましたよ!

 

ここで給水!?危険な判断いや違う!ネズミ選手コップに辛味をありったけぶち込んでいます!どうする気だ!?

 

ーーいやでも隊長ががんもを摘んだ!隊長!それ食べたら勝ちだ隊長!いけー!

 

「おい!向こうの杉の木真上あたりをでんでん太鼓持った赤ちゃんちゃんこ姿のシルバが龍に乗って空飛んでるぞ!」

 

「「えええどこどこ!?」」

 

「んぐっ、ブーッ!」

 

「ギエエエエ!!」

 

ど、毒霧だァーッ!!ネズミ選手レフェリーの気を逸らした瞬間辛味入りの水を隊長に吹きかけたァ!隊長思わず椅子から転げ落ちて悶絶しています!ダーティーファイトにはダーティーファイトだァ!

 

ーーた、隊長!隊長のつぶらな瞳に涙が……

 

その隙にネズミ選手はんぺんを二つまるごと口に押し込む!咀嚼する事に顔色が青くなっていくが!?

 

「どこ!?シルバどこ!?」

 

ーーレフェリーまだ探してますね……つくづく残念な……

 

顔面辛味まみれの隊長ようやく席に着いた!が遅かった、ここでネズミ選手が完食!気付いたレフェリーがゴングを鳴らします!

 

「ひ、卑怯者!レフェリー!」

「ノーノー!」

「コンナハズジャナイノニィ!」

 

隊長が悲痛な声色で抗議しますがレフェリーは取り合いません!ネズミ選手の腕を上げます!

 

ーー隊長の味方をしといてこう言うのはどうかと思いますが、先に仕掛けといて何言ってんだって話ですねぇ。

 

ネズミ選手早々にレフェリーの手を振りほどいて山道を登り始めます、残念ながら敗れた隊長は担架で運ばれていきました!

 

ーー負けた人を担架で運んでいく意味はあるんですか?

 

ありません!様式美です!




さて、前半戦ここまで振り返っていかがでしょうか。

ーーえ!?まだ二回戦目ですよ!?

この章を早く書ききりたい作者によると、この勝負自体一話で終わりたかったとの事ですが……

ーー蛇足が大きすぎて結局足主体の謎の生き物になるのがいつものパターンですね。

それにプロレスとゆるキャン観てる暇があったら次の話に取り掛かる準備を少しでもしなきゃいけませんね。ただでさえ何ヶ月ぶりの投稿になるんですから……


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チキチキ登頂百番勝負! 中編

【ROUND3】

 

 

いやー、モグモグ、次のカードはどんな種目になるん、モグモグ、でしょうね!

 

ーージェーケーさん!実況中にオニギリを食べてはいけませんよ!

 

お腹が!減ってたんです!美容の大敵夜食に負けちゃう負けちゃう!

 

ーー天真爛漫すぎィ!

 

さあネズミ選手三つ目の試練へたどり着きました!今回のお題は!?ゴクゴク

 

ーーお茶も後で飲んで!……ん?あれ?そこに立っているのは一回戦で瞬殺されたヤギの助選手!?どうしてここに!?

 

「三回戦の相手も僕です……!ネバーギブアップエンディングストーリー!腕相撲リベンジマッチだ!」

 

なんと右腕を吊ったままのヤギの助選手がまさかのリベンジ!勝算はあるのかあ!?

 

ーーネズミ選手またも席に着かずにそのままの体制ですね、危険なにおいがします。主にヤギの助君に……

 

「ファイッ!」

「ふん!」

「ホンギャァァァ!!」

 

悪夢再びだァーッ!ヤギの助選手今度は左腕を瞬殺されました!のたうち回っています!

 

ーーあれだけ差がついた勝負があったにも関わらず果敢にリベンジを挑んだその勇気だけは素晴らしいと思います……うわもうネズミ選手歩きだしました、アウトオブ眼中過ぎる……

 

「次来たらそのツノをむしるぞ!」

 

捨て台詞まで吐かれたヤギの助選手、やはり担架に運ばれていきます!

 

ーー散りざまは見事でしたね。

 

 

【ROUND4た。

 

 

【ROUND5】

 

 

あ、あれ?なんかおかしくないですか?あれ?

 

ーーどうかしたんですか?ネズミ選手が次の試練に挑戦しますよ。

 

あれっ、えっ?気のせい?今なんか変じゃなかったですか?違和感というか。

 

ーーまーたメタいことでも考えてたんじゃないですか……?ほら、始まりますよ。

 

そ、そうですか……ま、まあ気を取り直していきましょう次の試練です!おや、清流に出ましたね。かがり火に照らされて綺麗です。そこに待ち構えるのは……デカい!背がデカい!そして手足が長い!

 

ーーキリン獣人のジラフ三郎君ですね。のんびり屋さんのいい奴です。

 

「ぼかぁ釣りが好きだからよォ、今回のお題は先ににこの籠に魚を三匹ぶち込んだ方が勝ちって事にしようぜえ。ほい竿、貸したげる」

 

今回は釣り勝負みたいですね。夜明けまでに頂上にたどり着かなければならないネズミ選手にはキツい勝負です。

 

「ファイッ!」

 

さあ始まりました釣り勝負。ジラフ選手眠そうにポイントを探し始めました。彼はのんびりしすぎててなんか眠そうです。一方ネズミ選手は竿を担いだままキョロキョロしてますね……

 

「くそ……」

 

ーーあっ、走り出しました。ジラフ君より上流で釣るつもりですかね。

 

そうみたいです、ジラフ選手より数メートル離れた上流に座りました。あ、しかしこれは。

 

ーージラフ君はセオリー通り川の窪んだあたりに糸を落としましたが、彼は流れの急な川中に投げました。これ、もしかして……

 

恐らくですが、ネズミ選手は釣りの経験があまりないと思われます。

 

ーーあんな竿をしょっちゅう動かしてたら食いつくものも食いつきませんね……時間制限があるとはいえ焦れすぎでは。

 

「うぇーい一匹目」

 

なんともう一匹目を釣り上げましたジラフ選手!ネズミ選手またもやピンチか!?

 

「おいレフェリー!アイツはそこの籠に三匹『 ぶち込んだら』勝ちって言ってたよな」

「あっ、はい」

「『 釣り上げたら』とは言ってないよな」

「えっ、まあそうでしたけど……」

 

ああ!ネズミ選手竿を放り出して上着を脱いで川の中に入っていきます!おおう……!おおおう!筋肉!筋肉がすごい!うわっはぁ私筋肉フェチであるからにしてェこれは私大興奮!なんと見事なマッスル!えっちだ!ああーーーあの益荒男の○○に○○突っ込んで

 

ーージェーケーさん落ち着いてください!というか発言伏せて伏せて!

 

……はっ!失礼取り乱しました、いやはや。

 

ーーなんだこの娘おっかねえ……まあ筋肉はともかく、あの人って物静かで思慮深い人なのかと思ってましたけど、割と勝つために手段を選ばないですね。

 

じれったいのが嫌いなのかもしれませんね。ネズミ選手腰まで水に浸かったまま手づかみで魚を取ろうとしています。ありゃ熊ですね熊。

 

ーークマ五郎君より熊してますね。ネズミなのにクマってどういうことなんですかね。下流で釣り糸を垂らすジラフ君には迷惑にならないといいですけど。

 

「おーい、シャケは時期的にいないぞう」

「うるせえ!」

 

ーーさすがジラフ君怒りませんね。大人だなあ。

 

「うぉら!」

 

お!なんとネズミ選手本当に魚を手づかみでゲットしました!

 

ーー鼠熊という新たな生き物の誕生ですね。そのまま魚を頭からムシャムシャ食べないかなあ。

 

さすがにそれはなさそうですね。取った魚を岸の籠へ投げ入れました。

 

ーー熊要素しかないですねこれ。あっでもジラフ君二匹目釣り上げました、今回こそ決まるんじゃないですか……!?

 

ジラフ選手残り一匹!ペース的にはネズミ選手またもやピンチです!

 

「ちょっと休憩」

 

ーー何ですと!?

 

ファッ!?ジラフ選手二匹目を籠に入れてそのまま寝転がってしまいました!のんびり過ぎてもはや勝負を勝負とも思っていないのか!?それとも王者の余裕か!?

 

ーーああ、次から次へと頭の弱い人ばかり……

 

「レフェリー!これは二匹分にならないのか!」

 

「ノー!ノー!」

 

あちらではネズミ選手がオオサンショウウオを抱いてレフェリーに抗議をしています!粘膜がテラテラ光ってえっちでは!?

 

ーーこの川あんなのもいたんですね……でけえ……

 

混沌としてきましたね。ジラフ選手寝息までたててます。

 

ーー期待して損しましたよ……ジラフ君的にはもうこれ勝負というより晩御飯の調達なんですかね。せっかく勝てそうな勝負なので真面目にやって欲しいです。

 

「そら!」

 

ネズミ選手二匹目の魚を捕まえた模様です。勝負が拮抗してまいりました。

 

ーー拮抗て。彼寝てるんだからもう勝負にならないですって。

 

それはそうなんですけどね。そう言わないと実況的にちょっと……ん?あれ?グースカ寝てるジラフ選手の竿、かかってません?

 

ーーああ!三匹目かかってますよ!竿がビクンビクンいってます!

 

ムラセさんその発言はえっち過ぎます!えっちゼリフ禁止です!

 

ーーあなたさっき何て言いました!?違いますよジラフ君の釣竿です!これ釣り上げてしまえば勝負決まりますよ!起きて!ジラフ君起きてーー!!ウェイクアップジラーーフ!

 

ネズミ選手もジラフ選手の竿に気付いた模様!手当り次第にレフェリーにチェックを要求します!

 

「これじゃダメか!?」

「ノー!」

 

両手にはサワガニだァ!

 

ーー焦ってますね!今のうちに起きて!早く!

 

「zzz……いやいやこんなの食べだしたらキリンが無……フゴッ」

 

ーーあっ、起きました!起きましたよ!

 

「あ、ラッキー三匹目」

 

さあ決まるか!ジラフ選手が竿に手をかけた!

 

ーーま、待って!ネズミ選手も三匹目を掴みました!ものすごい勢いで水を蹴って帰ってきます!

 

しかしジラフ選手も釣り上げた模様!針を魚から抜いています!

 

ーーこれ先に籠に突っ込んだ方の勝ちですね!

 

ただ川中から帰ってくるネズミ選手は間に合いません!あっ、いやしかし膝下まで水があるなかで投擲モーションに入った!投げる気だ!ジラフ選手も針を取り終わった!ネズミ選手振りかぶって投げる!どっちだーッ!?

 

「あれ?これ子持ちじゃん。ラッキー♪」

 

ネズミ選手が勝ったーーッ!ジラフ選手魚に気を取られた瞬間ネズミ選手の投げた魚が籠に入ったーッ!

 

ーーもーー!このおバカ!

 

ネズミ選手岸に上がって服を絞っています。いやー今回は危なかったですね。

 

ーーウチの獣人チームはどうしてこう頭が弱いんですかね……

 

 

惜しくも破れたジラフ三郎選手は担架で運ばれていきます!

 

ーー彼何一つ怪我負ってないじゃないですか……

 

様式美です!

 

「ほいネズミさん」

「何だ」

「あの娘とあの子、二人ともよろしく頼むよォ」

「……」

 

今ジラフ選手がネズミ選手に何か囁きましたが、ちょっと聞こえませんでしたね。

 

ーーどんな言葉を交わしたのか気になります。後で聞いてみようかな。




ーー中編ってどういうことなんですか!前編後編で終わるんじゃないんですか!

私に言われても困りますよ!

ーー一体いつになったら元の文体に戻せる日が来るんでしょうね。

それは神のみぞ知ることでしょう。


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チキチキ登頂百番勝負!後編

うん。いやまあその。今更ながらこの「実況の掛け合いを地の文にする」手法、色々とキツい……
ともあれ、実況風の書き方はこの回で最後になります。

読みにくい?俺もそう思ってたんだ!奇遇だね!(白目)
次回からはまた普通の書き方に戻るから許してクレメンス……


【round6】

 

試合もいよいよ終盤だいや終盤にしろ!書ききれ作者!この展開なげーよ!

 

ーージェーケーさんは一体誰と話しているんですかね。

 

なんでもありません!さあ夜も更けてまいりました、頂上まであとわずか!ネズミ選手山すそを回って頂上へと続く大通りに出てきました。

 

ーーここから先はある程度舗装された道ですから、少なくとも獣道に入ることはないでしょう。おや、途中に誰かいるみたいですね。

 

「よく来たなピョン!ここから頂上までレース勝負だピョン!」

 

ーーあれはウサギ獣人のラビ吉君ですね。あの語尾マジでヤバいから止めろってみんなで言ってるんですけど……

 

無駄に大柄なのも相まって最高にキモいですね。後で改めて注意してあげてください。さあ頂上に続く最後の試練はどうやらレースのようです。ネズミ選手あらかじめ用意された馬に乗ります。おや、今回は他にも選手がいるようですね。

 

ーーネズミ選手はその中で一位にならないといけませんね。なかなか大変だと思います。乗馬の経験はどうやらあるようですね。うまく手綱を使ってなだめてます。

 

「どうどう……よしよし、少し大人しいが悪くない」

 

うまいもんですねえ。ただ今回は乗り物に乗ってのレースですから、ネズミ選手は自慢の身体能力が制限されることになりますね。圧倒的な戦力差にはならない勝負になりそうです。対するラビ吉選手は……ファッ!?デカい!まるで馬車みたいな大きさのイノシシに乗っています!これはズルでは!?いくら馬が早くとも体格差がありすぎます!

 

「僕はこのイノコちゃんに乗るピョン!乗る動物が与えられるだけ感謝しろピョン!」

「俺あ乗るより自分で走った方がずっと早いんだが……だあくしょい!」

 

ーーネズミ選手なんか大変な事呟いてますね……

 

馬より足早い人ってギルド治安部の実力者でもなかなかいないですよ……あぁでもルマッカのホーキンス氏がいたかな。しかし、ネズミ選手先程の対決からくしゃみが多いですね。少し風邪気味なのかも知れません。

 

ーー季節の変わり目でまだ夜は冷えるってのに川ん中に入ったりするから……あ、馬上でも懐紙使ってますし鼻も出てるっぽい。

 

対決に支障が出なければいいんですがね。さあ選手がスタートラインに出揃いましたご紹介しましょう。馬に乗るネズミ選手をはじめ、大猪に乗るラビ吉選手、その横で犬ぞりに乗っているのは猿獣人のエテ吉選手。おや、その隣の人は黒いローブで全身覆われていて誰なのか分かりませんね。こちらも馬で参戦する模様。最後は牛車に乗っているウッシー牛助選手。レースに牛車って。

 

ーー最後とだけあって色んな人がいますねえ。つーかあの黒い人誰だろう……

 

「ファイッ!」

 

さあ始まりました最終戦、真っ先に先頭に踊り出たのはなんとウッシー選手!伸びる伸びる次点のラビ吉選手を大きく振り切ってトップを独走!牛車ってあんな早い乗り物でしたっけ!?

 

「行くぜ相棒!このまま頂上まで突っ走れ!」

「ブモー!」

 

先頭を行くのは牛助選手、それに続いてラビ吉選手、ネズミ選手、エテ吉選手!ローブの人はその後ろで様子見か!おや、早速エテ吉選手に不穏な動き!そりの中から先を布で丸めた矢と弓を取り出したァ!

 

「ヒャッホー!踊れ踊れーッ!」

 

手綱を足で巧みに操りながら矢を射まくる!

 

ーーもう自然に妨害するようになってきましたね……

 

いや、しかし当たってません!次々に矢をつがえて射まくってはいますが全部明後日の方向へ飛んでます!

 

ーーこのヘタクソ!

 

「あ、あたんねえ〜〜ッ!クソ!クソ!どうして!?どうしてなの!?」

「ワンワン!ワンワン!」

「ワンワン!」

「何!?日頃やらない事を今突然やってもしょうがない!?確かに!」

 

なんか会話してますね。獣人だから言葉が通じてるんでしょうか。

 

ーーいえいえ、そんなことはありません。ジェーケーさん御存知無いみたいなので解説しますけど、獣人と普通の動物で言葉が分かるなんて事はありません。同じ種でも然りです。獣人は見た目と身体的な特徴が少し違うだけで、あんまり人間とは変わらないですよ。

 

そうなんですね。いえ失礼、獣人やオーク種みたいな亜人種の方々とはなかなか関わる機会がないもので。それにまだ亜人種の迫害事件なんかも珍しくないですし……

 

ーー純血種の方々も逆にナイーブになってるところではあるんですね。なかなか難しい問題です。

 

あ、という事はエテ吉選手はただ単にコミュニケーションできてる気になっているだけということでよろしいのでしょうか。

 

ーーまあそういう事になりますね……

 

えぇ……さあレースに戻りましょう。エテ吉選手の猿知恵むなしく順位に変動はありません。ここまではなだらかな坂道が続いていましたが、ここで最初のカーブに差し掛かります。先頭を走るのはウッシー選手、猛スピードでカーブに突撃していきます!大丈夫か!?

 

ーー外側のコースから大きく曲線を描くことでスピードを落とさずに行きたいですね。

 

「相棒!曲がれるか相棒!」

「ブモー!」

「曲がれるのか相棒!少しスピードを」

「ブモー!」

「相棒ォォォォ!」

 

ーーコミュニケーションどころか意向が伝わってない!

 

相棒とは果たして何だったのか!カーブを曲がれずそのままコースアウトしていきます!他の選手はその間にウッシー選手を追い越していく!

 

ーー独りよがりな片想いでしたね……

 

 

 

 

 

 

「給水所でーす、給水所でーす」

 

おや、あれは先程敗れたワニ隊長。カーブを抜けた先でどうやら選手に水を配っている模様です。

 

ーー釣竿に水の入った皮袋をぶら下げて選手に配ろうとしてます。流石隊長気が利くなあ。しかしなんでわざわざ給水なんだろう。

 

通り過ぎる選手達が次々に皮袋を受け取ります!

 

「隊長!いただくピョン!」

「はい!ラビ吉君その語尾絶対気色悪いからやめなってー!」

「そんな事ないピョン!」

 

あ、やっぱり言われてますね。

 

ーー個性に飢えてるという噂も聞いてるんですが、なんでよりによってあんなんなんですかね……

 

さあ全員に皮袋が渡りましたかね。皆走りながら給水していきますが、

 

「がっ!ゲホッ、ゲホッ……んだこりゃあ!辛え!」

 

あら!なんとネズミ選手の水だけ何か仕込まれていた模様!

 

ーーあれ、もしかして辛いって行ってますし辛味とか入れたんじゃないですかね。

 

そのようです!ネズミ選手が悶える光景をワニ隊長後ろからいい笑顔で見つめています!

 

ーー超悪い顔してますね。先程の報復って感じですかね、ちっちゃいなあ。

 

「てめえ!」

 

おおっとネズミ選手辛味入りの皮袋をワニ隊長へ投擲だ、あれ!?しかし直線上にはエテ吉選手!顔にジャストミートだァ!

 

「あべしっ!」

 

手綱のコントロールが乱れる!エテ吉選手悶絶していますが……なんとか持ち直した模様です。

 

ーーただでさえ赤い顔がさらに真っ赤に!血管切れるんじゃないですかあれ。

 

いや、切れたのは血管ではなくエテ吉選手みたいです!

 

「モキー!もう絶対絶対許さんばい!」

「ワンワン!」

「ワンワン!ワンワン!」

「そうだよなあ、めちゃ許さんよなぁぁーーッ!」

 

ーーあっ、エテ吉君そりからなんか出しましたね。

 

「これでも喰らえファイアー!」

 

あ、あれはロケット花火!エテ吉選手ロケット花火をネズミ選手へ向けて次々とぶっぱなす!ネズミ選手、それとさらに前を走るラビ吉選手の乗る大猪と馬が驚いて蛇行し始めました!

 

「ファッ!?エテ吉君落ち着いてピョン!コントロールが!」

「くっ……!」

 

ーーこれはまずいですよ!二人とも勝負云々以前に転倒する危険が……!

 

「くっ、面倒だ!」

 

おおっとここでネズミ選手転倒!馬から転げ落ちました!痛そう!

 

ーーいや待ってください、あれわざと落ちてますよ!わざと落ちて、エテ吉君のそりに飛び乗ったァ!

 

ええ!?あの体制からジャンプできるもんなんですか!?ネズミ選手エテ吉選手へゲンコツ一発!再び悶絶するエテ吉選手の襟をふん捕まえて後方……あっ、ワニ隊長!ワニ隊長へ向かって一直線にぶん投げたー!

 

ーー僕人が真横に飛ぶの初めてみました!やられたら絶対やり返すマーン!

 

「ホゲーッ!」「あいたー!」

 

その間ネズミ選手はコントロールを失った犬ぞりから素早く飛んで、走っていた馬に乗り移ったァ!彼はひょっとしてサーカス団員か何かですかね!?

 

ーー熊で鼠でピエロとか設定盛り過ぎィ!

 

ともあれ試合に戻りましょう。ラビ吉選手ネズミ選手のデッドヒート!ローブの人物は二人の後方に張り付いています。

 

ーー彼は一体何者なんですかね。背丈はそこまで大きくないですけど……

 

「くそう!なかなか引き離せないピョン!意外にやるピョン!」

 

ネズミ選手やりますねえ。この勝負ラビ吉選手の圧勝かと思いきやなだめておだててうまいこと走らせています。

 

「こら!早く走るピョンこのブタ野郎!」

「フゴフゴ……」

 

ラビ吉選手必死で大猪を煽りますが、なかなか速度が上がりません。

 

「かくなる上はこの『胸がドキドキ(物理的に)ニンジンエキス』でドーピングするしかないピョン!それ口開けろ、直々に飲ま飲まイェイしてやるピョン」

 

なにやらラビ吉選手、おどろおどろしい色の飲み物を大猪に飲ませてますね。

 

ーーあ、あれは!

 

知っているのか雷電!

 

ーー誰ですか!いやあれはラビ吉選手が趣味で作ったニンジンエキスですよ!動物のキモとかニンニクが偶然絶妙に配合されていて、色々と元気になる薬です!

 

勃つようになるんですね!?

 

ーージェーケーさん直球過ぎやしませんかね……

 

「フゴーッ!!」

 

大猪のスピードがグンと上がりました、ジリジリとネズミ選手が離されていきます!なんとか最終カーブで距離を詰めておかないとマズいですね。さあその最終カーブが見えてまいりました!ここを過ぎれば後は頂上へ直線が続きます!カーブには……やはり獣人チームの刺客がいるようです!

 

ーーあれはジラフ三郎君ですね!焼き魚をムシャムシャしてます、あれさっき釣ったやつですね。

 

もう片手には釣竿です!やはり何かしら仕掛けて来ると見て間違いないでしょう。頂上前最後の試合とだけあって獣人勢揃いですね。

 

「ファー!ジラフくーん!ジラフ君のサポートさえあれば一気に引き離す事ができるピョン!さあ後ろの彼にその釣竿で重い一撃をぉ!」

 

「と、思うじゃん?」

 

ーーな、なんですと!?

 

ジラフ選手、釣竿に何か本らしきモノをぶら下げました!あれは何の本なのか?

 

「フゴゴゴゴゴ!ブヒィー!」

 

ーーあれ!?ラビ吉君の大猪の様子がおかしいですね!一体何をぶら下げているんでしょうか!

 

んん〜……?あれは……!あれは動物の本?メスイノシシがあられもない姿で描かれた本です!

 

ーーそうか!大猪発情してるんですねあれは!さっきのニンジンエキスで精力が上がった大猪が発情しています!なんてもん見せんだ!

 

「グエエ制御が!制御がきかないピョーン!」

 

エロ本に誘導された大猪そのままカーブ先の崖に突っ込んだー!ラビ吉選手コースアウトです!仲間割れなのか!?

 

「ネズミさん頑張って〜」

 

ーージラフ君はネズミ選手の味方をしましたね!なんでや!

 

わ、分かりません!残ったのは先頭のネズミ選手、あとは後方に張り付いているローブ姿の謎の人物ですが……おおっ、ここでローブ姿の選手が急にスピードを出し始めました!カーブを内側に攻めてネズミ選手を抜き去るつもりか!?どんどんスピードが上がります、一気に横に並びました!早い!

 

ーーネズミ選手油断しましたね。最大の敵だったラビ吉君が脱落して少し気持ちに緩みが出たみたいです。

 

並走しながらカーブに突入します!内側を攻めるのはローブ姿の選手!

 

「ハーッハッハッハー!そーら!」

「ぐあっ!」

 

ここでローブ姿の選手がここで深く被っていたローブをネズミ選手に浴びせかけました!ネズミ選手は馬もろとも転倒!ローブ姿だった選手が抜きさります!あ、あれは!

 

ーーあのネコミミ、そしてあの高笑いは!

 

 

 

 

 

 

「ハーッハッハッハーー!!油断したなー!?」

 

ネコネコ様!?ローブ姿の謎の選手はネコネコ様だったーーッ!

 

ーーええ!?ネコネコ様は頂上で待ってるんじゃなかったんですか!?

 

「バカめー!『最後の戦い』はもう始まっていたのだー!わたしは一言たりとも『頂上で戦う』なんて言ってましぇーん!」

 

な、なんだってー!?

 

ーー卑怯オブ卑怯ですねえ!そんなん誰も考えてなかったわ!

 

ネコネコ様が頂上へと続く最後の直線に入りました!追随する選手は誰もいません!ネズミ選手も転倒以降姿が見えない!このまま終わってしまうのかーッ!?

 

ーーだいぶ距離が空いちゃってますね!これは流石のネズミ選手ももう追いつけないのでは!?

 

さあネコネコ様脅威の爆進!ゴールがついに見えてきました!まだ後方にはネズミ選手の姿が見えません!

 

ーーもう勝負ありましたかね!

 

いやちょっと待ってください!……なんですかこのドドドドって地鳴りみたいな音。

 

ーー嫌な予感がします。具体的にはゴリ押しが始まりそうな予感が……これ絶対後ろの方から聞こえてます、試しに振り向いて見ましょうか。いやだなあ。

 

見てください!後方からネズミ選手怒涛の追い上げ!ものすごい勢いで走ってきます!馬を背中に担いだネズミ選手が!

 

「んぐぐぐぐぐ!」

「なんじゃありゃー!」

 

ーーほらもーー!だから言ったじゃないですかあ!あの人もう絶対そうだと思った!いつもの力押しですよ!しかし鼠が馬をしょってくるとかこれもうわかんねえな!

 

身体能力だけは本当に規格外だァ!早い早いネズミ選手もうネコネコ様に追いつ、かない!追い越した!ゴールは目前!ネズミ選手このまま大逆転なるか!?

 

ーーいやちょっと待ってください!ゴールから誰か逆走してきますよ!何でしょうあれは。牛かな?牛!?

 

あ、あれはウッシー牛吉選手の乗っていた牛車を引いていた牛ですよ!先程まで取り付けてあった後ろの牛車が今はありません!牛単体です!そしてその牛の背に腕を組んで立っているのは……!

 

ーー嘘でしょ!?何で来ちゃったの!?

 

「アイシャルリタァァァン!メェェェェェ!」

 

ヤギの助選手だァァァ!組んでいるように見えた腕は両方とも首から釣られています!聞こえる!デンドンデンドンってあの音が私には聞こえるゥ!!

 

ーージェーケーさんが遂に幻聴聞き出しました……

 

「このままやられっぱなしじゃ終われない!!野郎オブクラッシャー!!」

 

何を仕掛けるんだヤギの助選手!馬を担いだ無防備なネズミ選手へ真正面から突撃していきます!

 

「ハァ、ハァ、野郎いい根性してやがる」

 

ーー直線上からネズミ選手逃げない!正面衝突する気ですかね!

 

「とうっ!」

 

と、飛んだーー!ヤギの助選手ネズミ選手へ跳躍一閃!決死の頭突きをおみまいだァ!

 

「ふんがー!」

「ぐあっ……!」

 

ネズミ選手またもや転倒……かと思いきや、よろけただけで走り続けています!すごいタフネス!しかし額が割れたようです、ネズミ選手流血!一方のヤギの助選手は地面に放り出されてぐったりしています!

 

「まだだ……まだ終わらんよ……」

 

ーーヤギの助くーーーん!

 

三度登場ヤギの助選手が担架で運ばれていきました!負けても挑み続けたその姿勢はアッパレだと言えるでしょう!

 

ーー担架もようやく正当な理由で使われましたね。

 

そしてその隙にネコネコ様が猛然と追い上げ!ネズミ選手に並びました!揉み合いになりながらゴールへもつれ込みます!

 

「くそー!あっちいけ邪魔だー!」

 

「お前が離れろ、くそ、ぺっぺっ」

 

ーーネズミ選手流血が激しいですね。頭の血が口へ入ってます!

 

口の端から血を流すその姿はまさに鬼!普通に怖すぎるのでモザイクかけてかけて!

 

ーーゴールまであと数メートル!どっちが勝つんですか!?

 

分かりません!このままでは同着になる恐れもありますが……

 

「こうなったら……」

 

ーーああっ!ネズミ選手口をもごもごさせています!また毒霧でも吹くんですかね!?

 

あり得ますあり得ますよ!さあゴール目前!ネズミ選手が勝つのか!?ネコネコ様が勝つのか!?どっちだ!どっちが勝つんだァァァ!?

 

 

「飛ばないヤギはただのヤギ!!リボーーン!!」

 

ーーああ!先程担架で運ばれたはずのヤギの助君が投石器を使って後方から吹っ飛んできたァ!あの人ホント諦めが悪い!

 

なんとゴールへもつれ込む二人目掛けて直立姿勢のヤギの助選手すっ飛んでいきます!つーか投石器なんてどこにあったんですか!?いやそもそもそんなのあるんですかこんな田舎に!?

 

ーーラビ吉君が趣味の日曜大工で作った自作の投石器が山頂付近にあるはずです!私も数日前遊ばせてもらいました!

 

なんでそんなもん作ってんですか!

 

「ヤ ギ は 二 度 刺 す !」

 

「あがーっ!」

 

再び頭突き敢行ーー!!しかし狙いがずれてネコネコ様に直撃だァー!

 

ーー何しに来たんだ!このバカ!

 

ネコネコ様体制が崩れる!毒霧を繰り出す寸前のネズミ選手へ覆いかぶさるようにして……ああっ!

 

ーーちょっ……!

 

ズギュウウウン!

 

ーーま、マウストゥーマウス!最後の最後でお色気シーンが!!

 

そのままもつれ合うようにしてゴーーール!!背中からゴールした分わずかにネズミ選手の方が早かった!!チキチキ登頂百番勝負を制したのはネズミ選手!しかも!よりによって不慮の事故!ネズミ選手とネコネコ様がマウストゥーマウスしながらゴールへもつれ込みました!!ヒューッ!お熱いのが好きィー!?

 

ーーあれ血の毒霧がそのままネコネコ様の口の中へ入ったんじゃないですか!?苦しそうにじたばたしてます。汚っ……

 

「ぷはっ、ぺっぺっ!お前なんちゅう……」

 

「ぎゃあああああああ!!」

 

……あ、あれ!?ネコネコ様の様子がおかしいですよ!そこら中に電撃を撒き散らし始めました!

 

「お、おい」

 

「ああっ、いああああああ!!痛い痛い痛い痛いぃぃぃ!!」

 

ーーいやあれマジなやつじゃないですか……!?ちょ、ちょっと救護班呼んできます!



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タマキ

「ぎゃああああああ!!」

強烈な電撃を帯びてネコネコ様は夜に絶叫した。その姿が闇夜に白く浮かび上がる。あっちへ跳ねこっちへもがいている内に、その体は変化し始めた。

「あ、あれ!?ネコネコ様のネコミミがだんだん透けてきてる!?」

獣人の一人が叫ぶ。ネズミは口の中にまだ残っていた血を吐き出して口元を拭った。

「(化け猫が抜けてきているのか……!?)」

しかし何故、と考える前にすぽーんとネコネコ様の憑いていたメルロから何かが抜け、力なく地に伏した。黒い子猫であった。

「ファッ!?」

「何があったの!?どういう事!?」

獣人達が慌てふためく。ネズミは化け猫の抜けたメルロへ飛びついた。脈を見、胸に耳を押し当てる。どうやら気を失っているだけのようだった。

「お、おいテメー……おえっ、臭い!お前の血、臭いぞ!それに何だ今のは……って、え?なんだこれ!何で元の姿になってんだ!」

「なんでかは知らんが手間は省けたな。やれ、どうしてくれる?」

ネズミはゴキゴキと拳を鳴らす。今夜散々な目に会わせてくれたこの生意気な猫をどうしてやろうか。

「くそ、力が出ない……なんでだ!?で、でもお前っ!今の私は妖の姿だから、お前は触れない!触れないぞ!」

「持ってきたよォ」

「おお、さっきから悪いな」

ジラフ三郎から刀を受け取るネズミ。化け猫はあんぐりした。

「な……」

「しかしなんで俺を助けるんだ?」

「いいじゃないそんな事。にしてもいやあー、猫ちゃんだねえ。ぼかぁ妖ってやつを初めて見たよ。思ったより普通の猫ちゃんだねえ。子猫ちゃんだねえ」

ネズミは驚いた。

「見えるのか」

見える見える、と指を指す。どうやら他の獣人達もそうらしい。

「えええ!?力が弱まってる上に獣人に見えるようになってるってどういう事だ!?なんでだ!?血か、もしかしてさっきの血か!」

「知らねえよ」

ネズミは腰に差した刀に手をかけた。今夜は色々ありすぎて、考える気にもならない。

「とにかく今できることと言えば、コイツでお前をどつき回す事ぐらいだ。それともまだ抵抗してみるか?」

「ぎゃー!もうだめかー!」

「いやー……その事なんだけどねえ。見た感じこの子まだ小さいし、命だけは勘弁してもらえないかねえ」

ネズミは驚いた。コイツに散々こき使われて苦しめられたのは他でもない獣人達ではないか。

「お前ら、いいのか」

「まあまだこんなに小さな子猫に乱暴するのは流石にね……」

「そこまでやるのはかわいそうだし」

「ていうかネコネコ様って妖だったんだ……知らなかった……」

どこまでもお人好しのアホ獣人達にネズミは呆れてため息をついた。一番苦しめられていた獣人達がこう言うのだからネズミも許さない訳にはいかず、刀から手を離す。

「だとよ、良かったな。これに懲りたらもう悪事をはたらくのはやめることだ」

「ち、ちくしょー……」

「何だ、それとも今ここで動けないように腱でも切ってやろうか」

「わああわかったわかったー!やめる!もうやめるよォ!」

子猫は慌ててかぶりをふる。

けっ、と溜飲の下がらぬままネズミはそっぽを向いた。

 

 

眠っているメルロを背負ってネズミは朝もやの中を山道を降りていく。獣人達の多くは元々この森を抜けて街へ出るつもりだったからと荷物をまとめる算段をするためにキャンプへ戻っていった。本当にこれでいいのか、とネズミは最後にジラフ三郎へ尋ねたが、

「なんだかんだで僕らも楽しかったからね」とノホホンとしていた。

「いいのか。この化け猫はお前等に散々電撃やら何やら酷い事をしてきたんだぞ。それを許せるのか」

「亜人差別に比べればこんなのは大した話じゃないよォ。それに、あの子は僕らを少なくとも仲間みたいに思ってくれてたと思う。僕にはそれが嬉しかったし、このお祭りみたいな大騒ぎは楽しかったんだよね」

分かる分かる、と首肯する獣人達。ネズミだけがもやもやしたままさっさと別れを告げてきた。

 

 

冷たく澄んだ空気をかき分けて、降りていく。

「わたし……」

「気がついたか」

気がつけば背中のメルロが目を覚ましていた。まだ調子が良くないのか、白い顔でうとうととしている。

「あんまり思い出せないけど、村のみんなにわたし……」

「夢を見たんだな。お前さんは妖に取り憑かれてまぼろしでも見ていたんだろう。大丈夫だ、もう妖は退治た」

「……本当?」

本当だ、とネズミはできるだけ優しく言った。無論、嘘である。

ふもとまで降り、林の中を進んでいく。木の間から太陽の光が山並みを這い上がって来るのが見えた。眩しさにメルロがうう、と呻く。

「あの子」

メルロがぽつりぽつりと話し始める。

「強くなりたかったんだね、きっと……」

ネズミは黙っていた。

「独りぼっちで不安で、だから強くなりたかったんだ」

「何故そう思う?」

「さびしそうだったから。でも他の子達が集めてからは楽しそうだった」

ネズミは朝露に濡れる背の高い雑草を避けた。もうすぐ森を抜けるだろう。

「でもそれは邪悪だ。人の体で散々好き放題して」

「そう?子供ってそういうものだと思うけど」

「子供だったのか?」

「なんとなく、ね」

ガトーネの村が見えるまでもう少し。メルロは再びうとうとと眠りにつきはじめる。

「……嘘つき」

しまった、とネズミは苦い顔をした。

 

 

村に着いたのは結局日が登ってからだった。ネズミはメルロを背負ったまま一度村長に報告した後、彼女の家に送り届けた。事のあらましはある程度ぼかして伝えた。全てを伝えれば村長はすぐさまギルドに連絡して化け猫やそれに加担した獣人達を討ちにいくのは明白であり、それだけは、とメルロがせがんだからである。つくづくネズミには分からなかった。

村長は報酬として村にある金品を出そうとしたが、断っておいた。元々道端で空腹でくたばっていたのを助けられたお礼として引き受けたものである。ただ、少しの酒と干し肉だけは貰っておいた。

 

その後、またあの化け猫が悪さをしていないか確かめるためにネズミは獣人達がいた森へ再び足を運んだが、もうそこには誰もいなかった。ただ、黒猫だけが大岩の上にちょこんと座っていた。

まだいたのか、とネズミは声をかけたが、黒猫はムスッとしている。

「お前も元いた所へ帰れ。仲間はいないのか、親御さんは」

「……いねえ、そんなの。お父もお母もとっくの昔にくたばった」

「そうか」

「児童相談はやってくれねえのかよ」

「ばかめ」

ネズミは苦笑した。思いのほか元気は取り戻したようである。

「だったらよ、なんでもいいから技を教えてくれよ。お前騎士サマってやつだろ」

「あいにくだが俺が知っているのはコイツだけだ」

腕でも生やしてくるんだな、とネズミはポンと刀の柄を叩いてみせた。ふんと息を鳴らして子猫は飛び上がり、叫ぶ。

「変化!」

どろん、と体から煙を撒き散らす。気がつけば子猫は小さな黒髪の女の子に姿を変えていた。これでいいだろ、と化け猫は腕をぶるんぶるん回してみせる。

「お父がいってた、今日のメシを食って明日を生きるためには強い妖にならなきゃいけないって。でもわたしは元々術力が弱かった。ただでさえ弱かったのに、お前のせいでこのざまだ!電撃も出せないし、できるのはせいぜい化ける事ぐらいだ、だからなんでもいいから教えてくれ、強くなる方法」

「中途半端に教えたところでせいぜい小競り合いにちょっとばかし強くなるくらいだ。他にできることを探すんだな」

「じゃあ全部教えてくれ!」

「無茶言うな!一朝一夕で身につくもんじゃねえ」

「じゃあできるまで教えてくれよ!」

ガキに構っている暇はねえ、とネズミはうんざりしてさっさと歩き出す。化け猫は地団駄踏んでしばらくは大騒ぎしながらしがみついていたが、何か思いついた様子でニヤリと笑った。

「こんなに頼み込んでる子供の言う事ひとつ聞いてくれないなんて、男らしくない奴だなあ」

ネズミの足がぴたりと止まる。しめたとばかりに化け猫はまくしたてた。

「こおんな非力な子供を置いてきぼりにするなんてひどいと思うけどなあ!何をしたのか知らないけど、お前のせいで力を失ったのに!男としてそれはどうなのかなあ!どうなのかなあ!」

ど、う、な、の、か、な、あ!そうですよねえ奥さん、最近の若い男性のモラルが問われますよねえ……と煽って煽って脳内リールをガリガリ回しまくる。やがて魚は観念した。

「……そんなに教えてほしけりゃ着いてこい!道中だけなら教えてやる、くそっ」

「うほほい!やりぃ」

すったもんだのやり取りの末にいつの間にやら高かった日は落ち始めていた。

「これからどこに行くんだ、街に降りるのか?」

「そうだ」

「だったらこの先に柿の木があるからそこに行ってからにしようぜ!急ぐんじゃないだろ?」

「いやしかし」

「弟子の言うことは聞くもんだぜ!なあ!」

「いやてめえは弟子のつもりじゃ」

「楽しみだなあ!わたし街初めてなんだ!なんかうまいもんあるんだろうなあ!甘いもんあるかな?」

ちょっと寄ってそのまま街へ降りるつもりだったのに……とネズミは後悔していた。なんだってこんなガキがくっ付いて来ようとしているのか。ただ、言っちまったもんは仕方ない。

「そうだ。名前は」

「なんぞ!」

「お前、名前はなんてんだ」

ネズミを置いて先へほいほい歩いていた化け猫はくるりと振り返る。

「タマキ!お父がそう呼んでた!」

「タマキ……環か。けっ、お前にゃもったいねえいい名だ」

ネズミは煙草入れから一本抜き出して火をつけた。

「それじゃ、タマキ。これから街へ降りるまでにまずは樫か楢の木を探せ。木刀がなけりゃ稽古もできん」

おっしゃ、とタマキはいい返事で駆け出した。




第二章、これにて工事完了です……(死にそう)
本章の感想としては、やりたい事が色々あったような気がするけど結局上手くいかなかったって感じですわ。ええ。
私がプロットというものに手をつけ始めたのが丁度二章二話からで、やっぱそこが最後までネックになってましたね。クソすぎる。

三章からは一話の初めからプロット込みで考えられると思うので、次回からようやくまともな話が書けそうな気がします。多分。メイビー……


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赤色の中の少年
金は命より重いのだ 前編


新章のプロットがようやく固まって来たので投稿です
俺は失踪してないぜアピールのためにめちゃくそ短いけど投下じゃ!
次回からまた元の長さになるんじゃないかな……多分


「よォ兄ちゃん達、黙ってちゃわからないぜ。何か言ってみろよ」

「……」

「なあ。俺ァよ、怒ってるんじゃねえんだ。どう責任をとってくれんのかって聞いてるんだぜ」

「……」

「この桃園の桃は俺達がゴスター王家の方々に毎年納めてる大事な大事な桃なんだ。ジジイがくたばってからは親父、親父がくたばってからは俺が作ってる。作ってきたのは桃だけじゃねえ、世間様とお偉方からの信頼をも作ってきた。俺はそう思ってる。ここの桃はな、ブランド品なんだ」

「……」

「兄ちゃん達が勝手に手を出していいような安い桃じゃないんだぜ。それをてめえ、あっちからこっちまで軒並み全部たいらげちまった。どうすればいいんだ、俺は?」

「……」

「できることはある。幸いこの辺で作ってる桃はおんなじようなタネからできてるし、それを作ってる連中も俺が面倒見てきた奴らだ。味は少し落ちるがそれを分けてもらってそれで今年はお許しいただくしかねえわな。でもよ、タダってワケにゃいかねえよな?仲間とはいえ同業者だ。何が必要か分かるよな?カネだよ、カネ」

「……」

「出しなよ。桃代と慰謝料合わせてひぃふぅみぃ……これだけ出しな」

「……だ」

「あ?何だ?文句があるのか?」

「だから俺は止めとけって言っただろうが!」

「お師さんだって結局たらふく食ってたじゃねえかよォォォ!!」

 

 

悲しいことに、ネズミとタマキは盗み食いで糾弾されていた。

 

半日前。山間のガトーネ村から街へ出ようと山道を下っていた二人は腹を空かせていた。街までの距離が思っていたより長く、手持ちの食料品が底をついていたのである。しばらくはネズミが鼻を効かせて食い物を調達してはいたが、それも山道を出てからは通用しなかった。村を出発して数十日、せっかく辛気臭いネズミに新たな仲間が加わってさあ物語が転がりそうだというのにあわや餓死寸前、もうダメかと思われたところでネズミの鼻が甘い匂いを嗅ぎつけた。師弟揃って半死半生駆け出したところ、たわわな桃をいっぱいにぶら下げた桃園を発見。九死に一生を得たのであった。

 

「あァ、そういうのは他所でやれ。とにかく今は金を出せ。出せなきゃ身ぐるみ剥いでやる」

登園の主は声色こそ静かだが、そのスキンヘッドをリンゴかなにかみたいに真っ赤にして目を釣り上げている。何故か顔にいくつも刀傷があるあたりどうみてもヤッチャンである。

「金は……無い」

「は?」

ヤッチャンの怒気が一層濃くなり、タマキは思わずネズミの影に隠れた。

「ど、どうしよォォォ……お師さん、お師さん、なんかヘソクリみたいなのないのか!ヤバいって!」

「無いものはない!」

「いやちょっとは考えなよ!この場合正直は美徳じゃないって!」

「斬るか……?」

「人でなしかよ!もっとダメだろ!」

ネズミはタマキに剣術を指南するにあたって『お師さん』と呼ばせていた。最初はタマキも「おしさん、おしさん、なんか変な名前」と首をひねっていたが、それも慣れた。

「兄ちゃん騎士か、なら話は早え。街のギルドに立て替えてもらえ。いや、この場合そうするしかないな」

ヤッチャンは経験があるのか、書類と無線連絡装置の準備をてきぱきと整えだした。

「よかったなてめえら。これでアテがなきゃ俺のツテで内臓売っぱらってたとこだぜ。ハッハッハ!」

笑い話ではなかった。やはりヤッチャンなのだろうか。

ネズミは小さく嘆息した。

「ギルドは……好かん」

「好き嫌いの話じゃないでしょもう……これでしばらくは街のギルドで依頼を受けまくるしかないね。お師さん剣の腕はあるんだし、すぐ返済できるって」

「元はと言えばお前が桃を見つけるなり食いついたのが悪いんだろうが!」

「いやわたしが飛びつかなくたってお師さんがいってたでしょ!『た、助かった……』って言ってたじゃん!」

「それが師匠への口の利き方か!」

「今は関係なくね!?」

「うるせーてめえら!今街ギルドに連絡を付けた!ココの桃代は立て替えてくれるそうだ!その代わり返済し終わるまで街ギルドでカンヅメになって依頼をこなせだとよ!そら、とっとと街に下りるこった!逃げようなんて思うなよ、ギルドは地の果てまで追いかけて返済させるぜ!」

その物言いは、やはり畑の主というよりはヤッチャンのソレであった。



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復讐されるは・・・

若き騎士ホスア・テウは走っていた。はやるあまりに叫び出しそうになりながら、それでもグッと息をのみこみなるべく音がしないよう浅く呼吸する。もう太陽は真上に来ているというのに、霧の谷の底にもなると白いばかりで数メートルすら見通せない。背の低く濡れた雑草をなめるように身体をかがめて走り、音も無く岩陰に飛び込む。

 

「いるはずだ…確かにいるはずだ…」

 

彼は祈るように繰り返す。事前に得た情報では確かにここにいるはずなのだ。呼吸を整え、そっとあたりを見渡す。オークの白い影の中にひとつだけ、背の高い人間の影が確かに見えた。片腕で小太りにみえる人間のシルエット。

 

「…ッッ!!」

 

いた。いた。いた。いた。ホスアは背にある剣の柄を握りしめた。呼吸を整える。剣を抜き、脚に力を込める。あとは覚悟を決めるだけ。3…2…1…

 

「待ってほしい、私のお客さんだ。出てきたまえ!」

 

思わず足を踏み外しそうになる。あの男、今なんと言った?

 

「君がワタシを訪ねてくるのは分かっていた!大きくなったものだ!あの時の少年だろう!?」

 

ホスアは剣を構えたまま岩陰から出た。ちょっと動転したが、どうせここまでくればもう構うものか。

 

「ああ、やはりそうだ!身体はずいぶんガッチリしたが、面影はそのままだ!逢いたかったよ!」

 

「ビラン・ルードォ…!」

 

武装したオーク達に囲まれた片腕の男はホスアの怒気など気にもせず、柔和な笑みを浮かべている。

 

「ビラン!元レノ王家親衛騎士団団員、軽業のマウルを覚えているか!」

 

「もちろん」

 

「俺の師匠だ。俺がまだ幼い頃、俺の目の前で貴様が殺した!」

 

「それも覚えているよ。確か…そう!ちょうどレノで200人チャレンジをやってた時だったな!妙にフワフワした剣の男だった」

 

ビランはそうかそうかと目をほころばす。

 

「そして君は師匠を目の前でなぶり殺されて、涙を流して怯えていたあの時の少年というわけだ、ホスア君!」

 

「な…」

 

「そんなに動揺することもあるまい!ワタシは記憶力には自信がある。ちゃんと200人分全員の少年少女の名を覚えているよ!」

 

ビランは芝居がかった動きで腕を広げる。赤色の瞳が歓喜に染まっていく。

 

「君はワタシに復讐しに来たというわけだね!師匠の仇を取ろうと!ゴミみたいに殺された愛する者の尊厳を取り戻すためにその青春を全てかけて自身を磨き、ワタシを殺しに来てくれたんだね!」

 

軽くステップを踏み、ビランはくるりとホスアに向き直った。

 

「よいでしょう。とてもいい!来たまえ!君の好きだった師匠の仇、何百人もの罪無き人間を自己の都合のままに手にかけてきた極悪非道のイカレた殺人鬼を今!君の正義の剣で討ち果たすのだ!」

 

「シエエエアアアアア!!!」

 

ホスアは絶叫し斬りかかった。怒りで目の前が真っ白になったままだったが、幾度も鍛錬を積んだ身体はその動かし方を本能的に理解していた。笑みを浮かべたままビランは腰の長剣を抜き、その剣戟をいなしていく。

 

「死ねえええ!!」

 

「少年、もっと冷静になりたまえ!師匠と同じ流派の剣ならばもっと繊細さが必要だろう?」

 

「知った口を!」

 

ホスアは構わず攻め続ける。凄まじい撃剣の雨を、ビランは長剣を巧みに揺らし最小限の動きで躱していた。若輩ながらも復讐を遂げるために全てを剣の道に捧げてきたホスアは怒りながらも段々とその異様な実力に気づきつつあった。本来両手で扱うはずの長剣を片腕で、ここまで柔らかな防御ができるものか。ホスアは冷静になるため一旦飛び退いた。

 

「それでいい、それがいい!怒りに身を任せた考え無しの乱暴な撃剣など見たくも無い。ワタシが見たいのは確かな『結果』なのだよ」

 

「じゃあ、望み通りあの世へ送ってやる!」

 

剣を真横に寝かせ、流派に伝わる構えを取る。ホスアの空気が変わったのを見て周りのオーク達がざわめきだすが、ビランはそれを手で制した。

 

「マウル流軽業術、天空鞜破!」

 

ホスアはビランめがけて空高く飛び上がる。そのまま縦に一文字斬りかかるかと思われたがホスアはくるりと回転し、文字通り空を蹴って凄まじい勢いでビランの脳天へ連続で突きを繰り出した。ビランは先ほどのように長剣で対処しようとするが、真上というあまりに角度がついた相手の剣に、対処がわずかに遅れた。

 

「取ったぞォ!」

 

ホスアは絶叫する。躱しきれずにホスアの突きがビランをとらえようとしたまさにその瞬間。ホスアの剣を持った腕が肩ごとボッ、と消し飛んだ。血飛沫とともに受け身もとれずにビランの足下に叩き付けられる。

 

「ぐあ…!」

 

逆にビランの刺突を肩に食らったと分かったのは、ビランがホスアへ突きを入れた状態のまま石像のように動いていなかったのを見たからだった。まるで『突きとはこう繰り出すものだ』と教えんばかりに。

 

「所詮は軽業ということかな?その程度の曲芸など…」

 

視線を足下へ落とすと、ホスアの服が破れ、身体があらわになっていた。心臓の部分に杖に絡みつく鳥の紋章が描かれており、小指くらいの紐がそこから出ている。

 

「死ね…!」

 

ホスアが心臓から生えていた紐を引き抜くより先に、長剣が彼の首を斬り飛ばしていた。ビランは再び歓喜の声を上げる。

 

「素晴らしい!なんと素晴らしい!君はワタシを最初から道連れにしようとしていた!その覚悟を決めてワタシの元まで来てくれていたのですね!感動です!」

 

ビランは首の無いホスアの手をみぞおちのあたりまで引き寄せ、埋葬の姿勢を取らせてやった。

 

「神獣爆弾とは!君は騎士としてのプライドをかなぐり捨てて魔術師に自分の身体を改造させた!しかも禁忌に触れる神獣を使った爆弾!この紐を抜かれていたらワタシどころか霧の谷そのものが消し飛んでいた事でしょう!」

 

「ビランさん」

 

白い霧の中から一連の出来事を見ていた小柄なオークが一人、歓喜に踊るビランへ近づいていく。

 

「困りますな。我々ごと危険にさらされるのは」

 

「おや、ムツタカさん。危険なんてとんでもない!こういった事は趣味の一環とお伝えしたはずですが」

 

「そりゃあこの程度のガキ、あなたならなんとでもなることでしょう。あなたがいなくとも部下がとっくに締めてます。問題はこのガキが我々の居場所をつかんでいたということですわ。あんた、もしかしてわざと我々の位置を漏らしたんじゃあないでしょうな?」

 

「それもありません。こちらからヒントをあげるようなことはしませんよ。目標は自分で見つけ出してこそ、その価値があるというものです。ワタシの居場所を掴んだのはあくまでホスア少年の努力の結果です。彼はきっと血のにじむような努力でワタシを見つけてくれたのでしょう!とっても素敵なサプライズでしたよ!」

 

そう言ってビラン・ルードォは高笑う。狂人め、とムツタカは舌打ちしたい気持ちを飲み込み、さっさとその場を後にした。伝令のオークが入れ違って走ってくる。

 

「ビラン殿!」

 

「おやおや伝令係さん。どうしましたか?」

 

「あなたの『趣味リスト』に上がっている人が霧の谷近くの町に来たみたいですね」

 

「ほう!名前は」

 

「正式な名前は分かりません。ただ今はネズミと名乗っている者でして」

 

「…なんと!」

 

ビランはいっそう小躍りした。まさか。まさかあの時の彼では!

 

「嬉しいサプライズが続きますね!ありがとうございます!」

 

くるりくるりと回りながら、ビランは歌い出す。今度はどんな復讐者が来るのだろう。

 

「愛とは燦然と輝くもの…」



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金は命より重いのだ 後編

ネズミとタマキは霧の町ギルドの屋内掲示板の真ん前で立ち尽くしていた。無論本当にボーッとしている訳では無く、組合向けに毎日掲示されている仕事の依頼を探していた。

『霧の町』に来てから毎日、二人は桃の盗み食いで負った借金を返すために依頼を受けてはこなしている。依頼の報酬全てがギルド組合に持って行かれる訳では無く、最低限生活と仕事ができるように借金分を報酬から一部控除される形なのでただ働きというわけでは無いが、それでも生活には大きく制限がかかる。そもそも借金を返し終わるまでは霧の町からは出られない。こんなしょうもない借金などはとっとと返してしまいたいところであった。

 

「よう、チビデカ盗み食いコンビ!明日の仕事チェックしてんのか。熱心なこったな!あんたら最近有名だぜ、一日に何件も依頼かけもってるってな」

 

「うるせー!こっちだってやりたくてやってんじゃねえバカヤロー!」

 

「熱心なのはいいが、頼むから明日の依頼を今みたいな夜遅くに出してくんなよ!もう窓口は店じまいだ、明日の朝もってこい!」

 

受付の男は怒鳴って奥へ引っ込んでいく。基本的に組合の依頼窓口は酒場やコーヒーショップとくっついており、毎日何人もの組合員が依頼を受けに来たり、組合員同士で一服入れながらの情報交換に利用している。酒場などは夜更けまでやっていたりはするのだが、組合の窓口自体は日が落ちればとっとと閉めてしまう。霧の町の組合は夜を酒場に任せ、窓口の閉店業務にいそしんでいた。

 

「おい、明日の依頼はこれだけなのか」

 

ネズミは男の背中に投げかける。受付の男は面倒くさそうな雰囲気を隠しもせず怒鳴り返した。

 

「見りゃ分かるだろ、それだけだ!まぁ掲示していないのは他になんぼかあるが、町の新参が受けられるのはどちらにしろそこにあるものになる!」

 

「危険な仕事でもいい、もっとでかいのをくれ」

 

「ダメだ、お前らは町に来てまだ日が経ってねえ!信用ってやつがまだ無いのさ」

 

「なんでぇケチ!わたしらが依頼放っぽったことないだろ!報酬高いやつを上から順にぜーんぶやってるんだぞ!主にお師が!」

 

タマキが地団駄踏んで言い返す。事実、掲示されている依頼のうちネズミは報酬の高く危険な依頼を上から順に次々と受け、完遂している。危険の伴わない依頼についてはタマキも協力していた。

 

「頼むよ~もう報酬が低いやつしかないんだよ!わたしらこの町にいつまでいればいいんだよォ!」

 

「知るかばかやろう!元はといえば盗み食いなんかしたのが悪いんだろうがよ!」

 

受付の男はタマキにすがりつかれながら時計を見やる。もう上がりの時間はとっくに過ぎている。

 

「おら、もう話は終わりだ!とっとと帰んな!くそ、まとわりつくんじゃねえ!」

 

「頼むよ!危なくったっていい、なんでもやるからさ!お師が!」

 

「勝手なことを言うな!…だが俺からも頼む」

 

ネズミは軽く会釈する。これは困ったことになったぞ、と男はほとほと自分の仕事を呪った。組合職員である以上、組合を利用する者の要望にできる限り答える義務があるし、必要とあらば慣習的な決まりを排すのも職員の判断に委ねられる。なまじそのような依頼が無いわけでは無いが…あまりにも勧められない。

 

「組合さん」

 

夜も更けて人気の無い酒場から声が響く。薄暗いカウンターの端に、男が一人酒を飲んでいた。ぼろ切れみたいな土色のマントに全身を包み、同じく土色のつばの深い帽子は旅塵にまみれている。帽子は男の顔に暗い影を落とし、ただそのまなざしだけが三人をとらえていた。

 

「その男は腕が立つのかな」

 

「あ、いえ…ですがこの男は数週間前に町に来た新参者です!」

 

帽子の男は何も言わず、ただ受付の男を見つめる。観念したというように、受付の男は肩を落とした。

 

「…立ちます。しばらく放置していた大猪の依頼も、街道の呪術師連中も残らずコイツが片付けました」

 

「ならその男、おいらがもらった」

 

帽子の男が静かに立ち上がる。受付は分かりました、とだけ言い残し帰って行った。その際、ネズミと目が合う。ネズミにはその目が哀れんでいるようにも思えた。

 

「なんだおまえ!さっきのおっちゃんの上司か!」

 

ゴツゴツと床板を鳴らし男が近づいてくる。ネズミよりだいぶ背は低い。マントで隠れているものの体格に関してもそこまで大きいわけではない。普通騎士のような人種は、大剣を振り回すための膂力が目に見えるものだ。

 

「やるじゃないか。大猪も街道の掃除もこの町ではずっと手を焼いていたんだぜ。もっとも、魔術師共が幅をきかせてるゴスターじゃなかなか報酬金も捻出できんだろうがね」

 

「もらった、とはどういうことだ。あんたは何だ」

 

話も聞かずネズミは単刀直入に聞いた。我ながらあまりにも愛想がないもの言いだとネズミは内心思ったが、男の醸す独特の雰囲気にネズミは警戒せざるをえなかった。

ネズミには男の放つ気迫のようなものが、常人のそれには思えなかった。歴戦をくぐり抜けてきた猛者のような「気」が、目の前の何の変哲もない小汚い男からあふれている。

男が帽子を脱いだ。

 

「はは、すまん。おいらぁバスソウってんだ」

 

年は40を過ぎたくらいの男で、伸ばしっぱなしの赤茶色の癖っ毛を適当に後ろでまとめている。顔を袈裟懸けに大きな傷痕がある以外は、ただの眠そうな目をした中年の人間にみえる。

 

「あんたぁ、腕が立つならいい稼ぎ口があるぜ。ちょいと危ないがね」

 

「乗る」

 

即答した。後ろでタマキが騒ぎ出したが、どちらにしろ少しくらいリスクを伴わなければ借金は減らないだろう。お前は今回留守番でもしていろ、となだめる。

 

「内容も聞かずに返事とは男らしいねえ…よし、決まりだ!」

 

バスソウはその辺のいすを引き寄せると、背もたれを抱えるようにして座った。

 

「場所は霧の町からそう遠くない、霧の谷。内容はシンプルに『囮』だ。鼻持ちならねえいけ好かねえ、魔術師共のな。今回、表向きは霧の町から一般への依頼になってるが、実際はギルド治安部の上の方から霧の町とゴスター王立の魔術師団のふたつに情報が降りてきているもんだから、破格の報酬が出る。問題なのはその魔術師共がブッ殺そうとしている攻撃対象で、かつ俺たちが注意を引かなけりゃならないのがシード団の連中ってことだ」

 

ネズミはガトーネ村の村長がそんな名前を口にしていたことを思い出した。

 

「確かほうぼうで悪さを働くオークの集団だったか」

 

「随分ノンビリした言い方だな。そんなもんじゃねえよ、知らないのか?本当に?」

 

バスソウは何度も聞き返したが、ネズミ達がその程度の知識しか持っていないことを知ると思わず唸ってしまった。

 

「…シード団ってのは革命軍だ。オークを中心にあらゆる亜人種で構成されている。ゴスター、ルマッカ、レノの三領それぞれの王家とそれにまたがるギルド治安部に宣戦布告をしている連中だよ。『亜人種の権利拡大』をうたってはいるが、やってることは純血の人間種の虐殺に近い…というかそのものだ。確かに昔は純血の人間以外、つまり亜人種への差別も激しかったと聞いているが、そりゃあもうおいらのじいさんの世代の話だぜ。今はもうおおやけには差別は禁止されてる。裏ではまだ根強く残っている地域もあるだろうが、流石に今、公然と戦争までやって権利を主張しようだなんてあまりにも強引過ぎるわな」

 

もっとも、『足跡』の年ともなりゃ御時世はそもそも暗いだろうがとバスソウは付け加える。

 

「盗賊崩れの亜人連中なんかが憧れて徒党を組んでシード団を名乗ることも珍しくは無いが、今回おいら達が相手にするかもしれねえのはそういうパチモン連中じゃねえ、国を相手に未だに戦争を仕掛けようとして生き残っているような百戦錬磨の戦闘集団だ」

 

それでもやるかい、とバスソウは念を押す。何も知らない人間に手伝えとは言わない、この男なりの優しさだった。しかしネズミは答えを曲げなかった。

 

「やるさ。一度やると言ったからにはやる」

 

ただし、とネズミは続ける。

 

「治安部ってのは組合本部の連中だってきいたことがある。そんなところからの情報がどうだとか、あんた何故知ってるんだ?何故そこまで危険な依頼を受けるってんだ?」

 

ネズミにもそこについて疑問に感じるだけの頭があるということをバスソウは内心意外に思った。いや、本当であればもっと遠回しに聞くべき内容であるため、あまりにうかつな聞き方であるが、そこまで腹芸のできないネズミの直情さに逆に好感を持ったというべきか。この若者は見た目ほどではない。実力はそこそこあるのだろうが、思慮が浅く、御しやすい…

 

「この町の組合に友人がいるのさ。友情に報いるためにおいらは受けた」

 

バスソウは半分だけ本当のことを言った。相手が腹の探り合いをしないのであれば、こちらもなるべく誠実でいたい。

 

「本当なら本部が直接手を下すべき件なんだろうが、あいにく本部の財布も無限じゃねえらしい。おまけに常にかかっている霧のせいでシード団が本当にいるかどうかも分からないような状態ときた。窓口を霧の町に移さざるを得なかったんだとサ。んだもんで霧の町の組合はそりゃもう火の出るような騒ぎよ。『囮』ができるような実力者がどこにもいねえ、外から呼ぼうにも金がねえ。そもそも危険極まる仕事だ。困り切ったおいらの友人が、結局おいらに連絡を入れてきたってわけだ」

 

「ってーことはおっさん、もしかしてすごい奴なのか?」

 

隅っこで座って足をぶらぶらさせていたタマキが茶々を入れる。バスソウは腕をぐいっとまくってみせた。

 

「そらもう!どんな奴でもイチコロよ!」

 

「フゥー!カックイー!」

 

盛り上がる二人。ネズミは釈然としないような顔をしていたが、それが単に『知らない人間への不安』だということだけだとバスソウは判断し笑って肩をたたいた。

 

「まあそう怯えた顔をしなさんな!今回は町のギルドを通すから金を横取りするなんてこともないし、あんちゃんは町の依頼をやりきることだけ考えてりゃいい」

 

「それは…そうだな。どんな裏があろうと、やるだけさ」

 

自分なりに事態をまとめようとするネズミを見ながら、やはり御しやすいとバスソウは思った。同時に、あくまで依頼そのものには怯えていないことに内心驚いていた。よほど腕に自信があるのだろうか、あるいは何も理解していないただの馬鹿か。

 

「(その答えはやってみればわかる)」

 

破格の報酬に値するだけの実力を持っているのかそうでないかは、依頼が終われば分かるだろう。値しなければ、この町に生きて戻ってはこれない、それだけである。



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シード団

シード団。純血の人間以外から構成される『革命軍』。純血の人間が牛耳る三国より亜人を救い出し、純血も亜人もみな平等な新たな世の中をつくり出す・・・

 

聞こえは良いが、実際に彼らがやっているのはただの虐殺であった。町や村にどこからともなくあらわれては、まるで部屋の掃除でもするかのように冷酷に人々の首を剣で刎ね、のどを突き通す。虫けら一匹残さず殺して回ったのちオークの怪力で家々の柱を砕き、火を放ち去ってゆく。当初はレノ領内で群発していたそれは、いつの間にかゴスターとルマッカの領内でも見られるようになった。シード団は三国を渡り歩き活動している。

 

三国を渡り歩く。普通なら考えられないことだった。

 

領と領の間にはまともな関所などはほとんど無く、代わりに『竜の足跡』と呼ばれる踏破不可能の細長い領域が長城のように連なっている。常に嵐が吹きすさぶ『竜の足跡』を越えるためには基本的に三国王家の直轄する、一本だけ存在する大街道を通らねばならない。シード団はその大街道を使わない方法で三国を渡り歩き、侵略行為を繰り返している。三国の王家とギルド本部のトップが緊急会議を開くのには十分すぎる理由だった。

 

三国とギルドは協力しシード団討伐を宣言。大々的にシード団の捜索とその討伐計画が実行されたが、問題があった。彼らがどこを本拠地としているのか、足跡を越える方法などがわからない。シード団の末端組織などは領内それぞれに駐留しているようだが、肝心の幹部クラスの団員や頭領ベルード・シードの足取りがどんなに捜索しても途中でぽっつり途切れてしまう。居場所を掴めずいらだつ王家ギルド側と、殲滅せんとばかりの攻撃に抵抗するシード団、その争いは熾烈を極めた。所詮は数百人規模、大した戦力ではない当初は王家側もたかをくくっていたが、シード団は幹部団員を中心に少数精鋭で寡兵を破り続けた。主要戦力の大剣士を次々に失ったうえ、シード団の戦いを見て感化され徒党を組みだした亜人領民まで出現し出した王家ギルド側はついにギルド治安部の虎の子である拳狼ホーキンス・フェイスまで戦線に投入し幹部団員とベルードの討伐を試みたが、失敗。以降再び戦力を回復増強し討伐を計画するとしているが、未だ予定は未定。今より数年前の出来事である。

 

 

 

ともあれ、シード団。

彼らは数日前、ゴスター領内の町をひとつ侵略し陥落させた。都市部よりはるか離れた町であり戦力は薄く計画としては容易なるものであったが、気になることもあった。あくまで風の噂に過ぎなかったが、今回の作戦の活動地域をギルド側に予測されたかもしれないのである。事実今回は引き上げる際ギルド側の追撃の手が妙に早かった。あらかじめ戦力を手配させていたようだった。この事実を受け副団長直々の指示によりシード団は部隊を分け散り散りに引き上げることとした。今回は戦闘を早々に終わらせるため幹部団員を複数人投入しており、万が一にもギルド側に必勝の策があれば戦力の大幅ダウンは必至である。少数精鋭のシード団にとってイレギュラーがある事態に石橋を叩きすぎることはない、というのが副団長の意見だった。

この指示はどうも的を得ていたらしい。

 

 

 

「撤退に手こずっているのか?」

 

「ええ。部隊それぞれの撤退進路に伏兵がいたようです。特にセイブラさんの当たった敵には魔術師までいたそうで」

 

「俺の親衛隊を割いたのは正解だったみてえだな。今頃敵さんは泡吹いてるだろうぜ!ウハハハハ!」

 

ムツタカはゲラゲラ笑っている。つられて伝令係もふっと口元が和らいだ。

 

「(俺は笑わなきゃならん)」

 

そう思っている。今まで敵方に進路を予測されることなどなかったために、団の中に不安が広がっているからだ。こんなことはなんでもない、と空気を明るくしなければならない。

 

「中には苦戦する部隊もあり、そういう戦線には直接ボスが出向いて潰して回ってます。この調子であれば撤退そのものはうまくいくはずです」

 

「ギルド側はどうなってる?後方戦力に動きは無いか?」

 

「後方・・・後方ですか」

 

「常時潜伏している仲間に、情報はどんな小さいことでも上げろと伝えておけ。戦場そのものだけが戦いの舞台じゃあ無いぞ」

 

「分かりました。それとタカさん、」

 

「さっき聞いた。ギルドの連中、こっちにも魔術師共を向けたな?」

 

伝令係の面持ちに再び影が差す。彼はまだ若く、戦場での経験も少ない。

 

「はい。諜報員によると結構な人数がそろっているらしく」

 

「恐らく霧を吹き飛ばせる風系の魔術師団だな。アタマは・・・キブリあたりだな」

 

敵の隊長の名まで予測したムツタカに伝令係は目を丸くした。

 

「結構な人数ってのも実際戦力としては怪しいな。キブリ本人は確かに実力者だが部隊を指揮する才には欠ける。そもそも手持ちの部下が少ないはずだから・・恐らく金で雇って人をそろえた混成軍だ」

 

とくれば、とムツタカは指をくるくる回す。

 

「俺達の敵じゃないな。魔術師共は箒でフラフラ飛んできて、郵便物でも落とすかのような気楽さで霧の谷に術を落とすつもりだ。谷の手前の森で迎え撃つ。対空戦の用意だな。それと、多分もう少しすると町から谷へ直接騎士団か何かが部隊を差し向けてくるって話が来るはずだが、気にするな。そりゃ囮だ。霧の町は万年赤字予算だ、大した騎士も雇えまい」

 

「このキャンプはどうします?」

 

「魔術師共を返り討ちにしたらそのまま撤退に入る。持つモン持ったらほっとけ!」

 

その他細々と指示を与え終わるとムツタカは酒瓶をぐいっと飲み干した。テントの外がムツタカの指示を聞き、ドタバタと動き出す。

 

「(まだだ・・・もっと情報が欲しい)」

 

手持ちの親衛隊が手元にいないために、欲しい情報が不足している。部下の手前自信満々に指示を出したが、このまま戦闘に出るのは不安だった。

 

「ムツタカさん」

 

ぬっ、とテントに入ってくる背の高い影。ムツタカはあからさまにそっぽを向いた。

 

「ビランさん。何でしょう、指示はもう出したはずですが」

 

「お願いがあります」

 

にやにや笑いながらビランはムツタカの目をのぞき込む。嫌いとかそれ以前に、ムツタカはこの男が信用ならなかった。この男は自分の目的のためならなんだって、それこそ我が身すら切り捨てる、そんな気がする。そして何よりその肝心の『目的』とやらが見えてこないのである。

 

「ワタシにキャンプのしんがりをまかせていただきたいのです」

 

「必要ありませんな。キャンプは放棄します。あなたには我々と共に魔術師団の迎撃をやってもらう」

 

「そこをひとつ、お願いしたいのです。そもそも田舎魔術師共など、あなた達だけで十分討ち取れるでしょう?ワタシなんかが出る幕などどこにもありませんよ」

 

シード団の中でもビランは特別な立場にいる。そもそも純血の人間が団にいる、というのが不自然極まるところであるが。

ため息を漏らし、ムツタカは手をひらひらとやった。

 

「・・・好きにしてください。援軍は出しませんよ」

 

「おお、結構です!感謝します!」

 

ビランは口が裂けんばかりにニンマリと笑い、テントを出て行った。外から上機嫌な歌声が聞こえる。

 

「ボスは何であんなのを入れたんだか・・・」

 

腹に得体の知れない爆弾を抱えているようで、気持ち悪い。酒瓶に手を伸ばしたが、中身はもう無い。予定よりもずっと早く飲み干してしまっていた。

 



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前哨戦 その1

けっこう短いですが区切りがいいので投稿しました。


「あなたがたが注意を引き、その隙を狙って我々が駐留地点を焼き尽くす。後はうろたえる汚らわしいオーク共を全て殲滅する。それだけです。あなたがたは役割が終わり次第町に帰ってよろしい。我々の炎に巻き込まれるといけません。詳細は追って知らせます。以上、質問は?」

 

ゴスター王立魔術師団隊長が一人、キブリ・リーは席に着きもせずに高々と『宣言』した。脚の低いテーブルを挟んで苦笑しているのはバスソウ。

 

「おいらぁ打ち合わせと聞いて来たんですがね」

 

「その必要はありません。これは通知であり、すでに決定したものです」

 

「役割は分かっていたとはいえ…囮役をやるおいら達に何の話も無く作戦を決定したんですかい。それはちょっとあんまりじゃあありませんか」

 

キブリの後ろに控えている部下の顔つきが険しくなる。バスソウは知らないふりをしてさらに言った。

 

「それに、それは作戦とは言えませんな。確かに獣人に魔術は視認できない以上絶対的なアドバンテージはこちらにあります。ですが、いくらなんでもシード団を見くびり過ぎている。団を名乗るチンピラならそれでいいでしょう。ですが仮に団の中枢勢力であるならば、そうはいきませんぜ」

 

「貴様、無礼だぞ!役立たずの騎士風情がいい気になって…!」

 

激高し甲高い声を上げる部下を手で制し、キブリは冷たい目をバスソウに向ける。

 

「その必要は無いと言ったはずです。獣人相手に作戦など不要。我々が奴等を焼き尽くすだけです。それに、獣人相手の戦闘は十分に経験があるこの私が部隊を指揮します。あなたに心配されるまでもない」

 

伝えることは伝えたと言わんばかりにキブリはその場を後にする。帰りがけ、部屋に残るバスソウをちらりと見やった。

 

「我々はあなたがたのような『民間人』を魔の手から救うために日々戦っています。それをお忘れ無きよう」

 

バスソウはキブリがいなくなった後も、閉められた扉の方を見なかった。ゴスターの魔術師の騎士嫌いは今に始まったことでは無いし、それよりも気にかかることがあった。

 

「(魔女共は、いや魔術師団はこの戦いを小さな小競り合いだとしか認識していないな)」

 

自室に戻りながら考える。確かに現在の魔術師団においてこれは優先されるべきことではないのかもしれない。何より魔術師団は今それどころではない。数ヶ月前、ゴスター王家の世継ぎともなるべき直系の王子が従者とともに行方不明となったのである。王家と魔術師団は今も総力を挙げてふたりを捜索しており、それに比べればシード団の相手などしていられない、といったところだろうか。ただ、その力の入れようが尋常では無く、魔術師団の総元締めでありゴスターのギルドマスターのマザー・メリッサまでもが老体に鞭打って朝も夜も無く動いているという。いくら世継ぎの捜索とはいえ、少し不自然ではある…

ともあれ、今回の戦いに借り出されている魔術師の長キブリはとても師団の実力者とは言いがたい。シード団の顔ぶれによっては簡単になぶり殺されるかもしれない。

 

「(おいらの顔を見ても何も思わないとは、警戒心があまりになさ過ぎる。いや、単に若いから知らないだけか…)」

 

 

 

談話室から組合内の自室に戻ったバスソウは、今回のシード団掃討戦に関わった戦闘団へ片っ端から手紙を送った。大枚をはたいて通信士も呼び出し、近場であれば電報も送った。ゴスター領の地図を広げ、書き込んでゆく。

 

「(魔女共が何人殺されてもいいが、おいらが巻き込まれちゃかなわん)」

 

バスソウの関心は霧の谷に居座るシード団が、誰の部隊なのかによせられていた。戦は各地で散発的に繰り広げられており、シード団との戦いにおける情報は統制されていないに等しい。

 

「返信来ました」

 

「どれ…オウ、これはひどいやられようだ。オークの力押しに押されまくって陣が端から食い破られたようだが…単に力負けじゃないな、用兵が上手い。アイアン・カヅィの部隊だな」

 

「戦の記録だけで名前まで分かるんすか。詳しいんすねえ、なんかそういう人には見えないなあ」

 

「お前さんは黙って給料分の仕事をするんだな」

 

バスソウは書き込んでゆく。こうしてしらみ潰しにして候補を絞っていく。ギルドからわずかに提供された囮部隊を雇う金の大部分を通信につぎ込んでまで、霧の谷の部隊長をバスソウは割り出そうとした。いや、正確に言えば数人の部隊長名を探していた。寡兵をもって囮部隊の作戦を成功させる腹案は実を言えば、ある。あることにはあるが、それが通じる相手かどうか、確認したかった。相手によっては返り討ちにあうかもしれない。

 

「(老練で鼻が効くアイアン・カヅィは別の場所にいる。ボスのベルードはマキタの率いる主力部隊にいるはずだが)」

 

会いたくない名前が出てこないが、いずれ遠方の手紙が返ってくれば分かるだろう。シード団のナンバー2、知恵者と呼ばれる副団長がどこにいるのか。

 

「(縛鎖のムツタカ…まさかこんな辺境にいないだろうが)」

 

夜になり、バスソウは通信士を帰した後もひとり書き込みを眺めていた。




なお、ここでは『騎士』とは本当に想像するような騎士(ナイト)をさすものではなく、術を行使せず武器や肉体で戦う身分全体をいいます。騎乗して戦う者という語源は廃れており、ステゴロだろうと騎士と呼びます。


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前哨戦 その2

一抱えもある木箱の中に、潰れてしまわないようにひとつひとつ梱包された桃が山ほど入っている。木板の厚さがそれに加わり、木箱は大の大人が二人がかりでようやく持ち上げられる重さだ。

ネズミはそれをひとりで軽々と抱えた。半裸になったネズミの身体を伝う汗の玉が太陽に反射してきらきら光っている。

 

「ソイツで最後だ。今日の報酬は組合に振り込んでおくからな」

 

どう見てもカタギに見えないおっちゃんのハゲ頭も同じく太陽の光をきらきら反射していたが、今のタマキにはどうでもいいことだった。それどころじゃない。

タマキはうなり声をあげてもうひとつの木箱にしがみついていた。

否、しがみつくように抱えていた。

 

「お、重……」

 

バスソウの仕事に乗っかったはいいものの、作戦の実行日がくるまではやはり毎日ギルドの依頼をこなさなければその日食うものにも困るのだ。今日の依頼は果樹園の桃の運搬という簡単な内容だった。本来この仕事は荷車を借りて実施するものであったが、「鍛錬にちょうどいい」というネズミの余計な発案により素手で荷物を目的地まで運ぶ羽目になった。

タマキは手のひらに集めたわずかな術力を胸に押し当てた。元化猫のこの娘は妖怪としての力をほとんど失っていたが完全には消失しておらず、わずかながら術力を行使できた。その力を自分に使って身体能力を一時的に向上させる行為を、今日何度やったかもう見当も付かない。

 

「……」

 

腕力が向上しているとはいえ全く喋る余裕もなく、全身から滝のように汗を流してタマキはえっちらおっちら木箱を抱えていく。おお、とか嬢ちゃんすげえな、という声にも反応できない。

 

 

 

依頼の帰り道はもう夕暮れを通り越していた。未だ半裸のまま、ネズミはポクポク帰路をゆく。たばこをくわえたネズミはタマキの木刀をその辺で拾った木の枝で弾き返した。

 

「まだ遅い、まだまだ」

 

「お師、ちょっと、休憩、ゼエ、ゼエ」

 

「情けないな」

 

道外れに捨てられた岩にネズミは腰掛ける。一方のタマキはそのまま道のど真ん中で大の字になった。

 

「まだ遅い、か、ハア」

 

「遅いな」

 

太刀筋のことである。ネズミはタマキに稽古をつけ始めて延々とそれを口にしている。曰く、妙見元流の剣は速さが全てである、と。

 

「霧の町の本屋で騎士の本を読んでるんだけどさ、」

 

「お前師匠の前でよく言えたな」

 

「・・・?それで、なんかよく出てくるんだけどさ、騎士は大きくて強そうな剣を持ってるんだよね」

 

「・・・」

 

「お師、力が強いのにどうしてああいう大きい剣を持たないの?」

 

ネズミはもう一本、たばこに火をつけた。

 

「いいか。俺の師匠、つまりお前の大師匠は妙見元流は『剣は速さ』だといった。どれだけ大きな剣を持っていても斬れなきゃ意味が無い。剣は速く、鋭くなければならん。ああいう大きな剣は尋常の者が使ったところで太刀筋は遅くなるだけで鎧や盾に傷はつけられても斬ることはできんし、相手より斬るのが遅ければなんの意味も無い。

『相手より速く相手の身体に刃を到達させること』が剣術の全てだ」

 

「当たり前じゃん」

 

「皆、それを忘れている。やれ秘剣がどう、精霊がどうと言うが違う。剣の大きさも関係ない。それは課程に過ぎん。剣とは速さだ。大きいだけのアレはでくの坊だ」

 

その上で、とネズミは言う。本来ならもっと前に伝えるべき話ではあったが、妙なタイミングでネズミはタマキにこの剣術の秘宝を伝授していた。

 

「斬ることを念ずるのだ。一心に斬ることを念ずる」

 

「さっき言ってたことと違うじゃないか」

 

「そうじゃない。気を念ずるのはおのれから出るちからをいうのだ。先祖の霊や精霊に祈ることとは違う。気を念ずる行為はおのれから出るものだからだ」

 

タマキはネズミが言っていることは滅茶苦茶に思えたが、つまりはそれがネズミが信仰している剣術というものだった。

 

「敵と自分の剣が空でぶつかり合ったとする。どちらが勝つか、わかるか」

 

「はあ。力の強い方かな・・・いや、剣が速いほうかな」

 

タマキはなんとなくネズミの好みそうな回答をしてみたが、どうも違うらしい。

 

「斬ることを強く念じている方が勝つ」

 

「剣が速いほうじゃなくて?」

 

「剣がぶつかっている時点で速さの利は消えている。いいか、剣が速いだけでは生身の人間は斬れても敵の剣や鎧を両断はできない。斬ることを念ずるのみでは相手に斬られてしまう。どちらも、やるのだ」

 

 

 

日はすっかり落ち、空には紫色の夜が広がっている。

いつの間にか、二人のそばに人影がひとつ立っていた

 

「ほう。それが妙見元流の奥義ということかな!?」

 

小太りで背の高い中年の男が、にやにやしている。夜だというのに異様にぎらつく赤い瞳の男には、片腕がなかった。

 

「久しぶりだ、随分大きくなったじゃないか!お父君よりも背は伸びたんじゃないかね」

 

「・・・おっさん誰?」

 

「そこの青年が知っているのではないかね?ホラ、」

 

タマキはネズミを振り返るが、返事はない。

夜でも分かる程に、顔面から血の気が引いている。眼を見開き、唇が震えている。表情そのものが顔から失われていた。

 

「君がこの町にいると聞いていてね。実のところ待っていようと思っていたんだが・・・あんまり遅いんで私のほうから訪ねたのだよ。私の名はビラン・ルード。覚えているかね?」

 

うやうやしくお辞儀をする男の言葉はネズミに全く届いていなかった。男を凝視し続けるネズミはつぶやくように話し始める。

 

「俺は、ずっとお前をさがしていた」

 

「そうだろうね」

 

「国中を探して、藩を抜け海を渡り、こんなところまで来た」

 

「大したものだ」

 

ネズミの語気が段々強くなっていく。蒼白だった顔が打って変わって真っ赤になってゆき、目に見えるほどに肩で呼吸し始める。その異様さにタマキはじりじりと後ずさった。ネズミの気が膨れあがり、あたりに充満し始める。

殺気である。あまりの殺気にネズミのシルエットがゆらめくのを見たタマキは後ずさりをやめ飛び退いた。

 

「会いたかった。ようやく見つけた」

 

「わたしもさ」

 

眼がつり上がり、鬼の形相になったネズミは引きちぎるように剣を抜いた。怒りのあまり手元がおぼつかない。

 

「我が父、我が師、根隅鏡右衛門の仇、その首を搔き墓前に捧げる!いざ尋常に、勝負、勝負!!」



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前哨戦 その3

ビランは根隅鏡右衛門との立ち会いを思い出していた。鏡右衛門との立ち会いが特別印象に残っていたわけではない。ビランは今まで立ち会った試合は相手の名前や技まで全て覚えていた。それどころか、ビランは一度立ち会った相手の剣術を真似ることもできた。さて、根隅鏡右衛門。

 

根隅鏡右衛門は・・・とんだザコだった。妙見元流とかいう田舎剣術を名乗っていたが、別段たいしたことはなかった。似た剣術なら知っているが、それと比べれば全くくだらない。「妙見」などという名前も大方先祖が都会の剣術に憧れてつけた名前だろう。もしくは逆に都会の道場から落ちてきた者が名付けたか。どちらにしてもどうでもよいことだった。

この青年はどうだろう。ビランは目の前のネズミを品定めする。体格はまず大したものだ、服の上からでも膂力の強さもうかがえる。大柄でありながら足取りのしなやかさが特によい。最大の特徴は・・・精神から発する「気」の強さだろうか。気が剣にまでうつっている。いや、意識してうつしている。「体」の練られかただけなら気功術の域にまである・・・

剣術はどうか。ビランは本来片手などでは扱えないほどの長さの長剣を、重さを全く感じさせない手つきで腰からすらりと抜いた。

ビランの顔をもの凄い圧力が叩く。ネズミの殺気が先行したものだ。

 

「(殺気などは本来相手に気取られぬようするものだが)」

 

苦笑するビランにネズミは気づいていなかっただろう。その瞬間にはネズミは巨躯の弾丸になっていた。何メートルも距離があったはずなのに瞬きよりも速くビランに斬りかかるが、その剣は長剣に受け止められる。

ネズミの攻撃に気づいたタマキは驚愕した。

 

「お師のスピードに反応した!?」

 

「(速い・・・!)」

 

顔には全く出さなかったが、内心で同じくビランも驚いていた。殺気の先行がなければ初見で斬られていた可能性すら感じる速さだ。ビランの知るところでいえばここまで速い攻撃を繰り出せるのはシード団ボス、ベルードくらいだろうか。なかなか良い。それに、鍔迫り合いから通して伝わるネズミの膂力は想像通りだった。

今、ビランは剣士ではなかった。手ずから仕込み長く熟成させた酒樽、その栓をとうとう抜き最初の一杯を期待に胸膨らませながらテイスティングするソムリエなのだった。

青春の全てを賭けて熟成させた憎悪と殺意、大変味わい深いだろう・・・

鍔迫り合いから一旦距離を置いたネズミは間髪入れず突撃した。またしても強烈な殺気がビランの身体を左上から右下へ叩く。殺気どおり、左上段からの袈裟がけに一太刀。今度は焦らず斬り払う。

 

「その剣の速さは大したものだ。だが哀しい哉、君の太刀筋は非常に読みやすい」

 

ネズミは耳を貸さずに再度斬りかかる。ビランの身体を今度こそまっぷたつにすべく剣を振りかざしたが、その瞬間待っていたのはがら空きのビランの身体ではなく拳だった。長剣の柄を握り込んだ鉄拳がネズミの顔面を吹っ飛ばした。ネズミの巨体が凄い勢いで地面に叩き付けられ、衝撃が余していた肺の空気を全て体外へは吐き出させる。

 

「がふっ・・・」

 

「君の進行方向に剣の柄を合わせただけだ、私はまだ何もしていない。大丈夫かね?」

 

ネズミはしたたかに頭を打たれ意識が軽く飛んでいる状態であることを分かっていながら、ビランは特に追撃しなかった。剣を肩に乗っけて、回復を待った。

 

「確かに剣術は突き詰めれば殺人術だ。そういう意味では君の、いや君の流派の考え方は悪くない。ただし、恐らく、君自身にそれを実現させる準備が整っていない」

 

ビランがネズミの剣について分析をしている間に、ネズミは回復し再び突貫していた。猛牛よりも力強く、風より速いネズミの突貫をビランは最小限の動きと長剣の柔らかな剣さばきで受けきる。

 

「では次のステップだ!」

 

ビランはその長い剣をびょうびょうと振り回し、ネズミへ斬撃の雨を叩き付けた。今まで見てきたどの剣よりも速く重い剣が四方八方から飛んでくる。受けきるだけで精一杯どころか次第にネズミは押されていった。

 

 

剣の速さを信仰するネズミにとって、そもそも自らの剣を受け止められること自体がかなり珍しいことだった。たいていの相手は一太刀でまっぷたつにできたし、白鹿の件以降は化物だろうと何だろうと切り伏せることができるようになった。ただし、速度への信仰は彼の流派のものではなく、あくまで彼個人の信仰だった。妙見元流には様々技があったが、ネズミは燕返しのみを来る日も磨いてきた。

全ては師の仇を討つため。

ビランの猛撃のさなか、ネズミは呼吸を整えた。怒りでヒートアップしていた脳内もつられてわずかにクールになる。次いで、丹田から出づる気迫を全身に充実させるイメージ。

 

「(ほう、何かあるな)」

 

剣の天才ビランはネズミの思惑を交える剣から読み取った。が、対策はしない。

何が出てくるのか、見てみたい。

ビランは猛撃のさなか、わざと隙をつくった。それを悟られないほどにほんのわずかな隙。そしてネズミはそれを見逃さなかった。ネズミの剣が「受け」の剣から「攻め」の剣に変わる。

左下段からの斬り上げが来た。ビランはそれを斬り払おうとしたが、ネズミの剣が粘り着くように長剣はすくい上げられた。ここでネズミのギアが上がる。ありったけの気迫という名のガソリンをを全身駆動のエンジンへ突っ込む。その一瞬に全てを賭けて、ネズミは返す剣で右から胴を抜く。彼が唯一磨いてきた、「燕返し」という剣技である。



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前哨戦 その4

全身全霊の気迫を込めた燕返し。山中でタマキの術を破った時のそれとは比べものにならない剣速と気迫の、ネズミの全力の剣はむなしく空を薙いでいた。それでころではなく、目の前にいたはずの、まっぷたつになっていたはずのビランがどこにもいない。

 

「(消えた・・・!?)」

 

一瞬のさなか、引き延ばされた時間の中で、視線だけで周囲を見渡すもその姿は見つからない。ネズミは凍りついた。戦闘中に敵を見失った。すなわち、敵に無防備な姿を晒しているのだ。見つけたのはビランの大きな影だけ。

……影?

 

「こんな技でも使い時はあるものだ」

 

ビランの声はネズミの頭頂部のさらに上から響いている。ビランは神速の胴薙ぎを、その巨躯に似合わない軽い身のこなしで飛び上がり、回避していた。くるりと回転したビランは本来あり得ない筈の「空を蹴って」後方からネズミの真上へ急降下する。ネズミは振り返り剣を構え直そうとするが、後方真上からの攻撃という想定外のことに対応が完全に遅れた。ネズミがきちんと防御の姿勢になる前に、長剣の突きがネズミの左肩をとらえた。ビランのそれは『突き』と呼ぶには相応しくなく、大口径のライフルのごとくネズミの身体を貫通し地面にまで風穴を空けた。

叫ぶこともできずにもんどり打って倒れたネズミとは反対に、羽根のように音も無く着地したビランは、子供のように息を弾ませて無邪気に笑った。

 

「ハハ、見たかね!軽業師の技などと高をくくっていたが案外そうでもないかもしれないな!何事も自分でやってみるまではわからないものだ。さあ、次のステップといこう」

 

深手を負ったネズミは動かず、代わりに風穴が空いた左肩からどくどくとどす黒い血が溢れだしている。ネズミの周りはみるみるうちに血の海になり、ビランの革靴を濡らしたがビランは気にしようともせずにやにやしている。

 

「ンン?どうしたのかね・・・」

 

ビランは怪訝な表情だったがすぐに指を鳴らした。そうか、誘っているのか。死んだかと近づいた瞬間に逆転の攻撃をしようとしているに違いない。毒針?魔術?それとも先の少年のように神獣爆弾で自分ごとここらを吹っ飛ばそうとしているのか?

おもちゃのびっくり箱を開ける瞬間のような高揚感につつまれながら、ビランはネズミに近づいた。が、何もしてこない。

 

「(・・・?)」

 

もう少し近づいてみる。ホラ、ワタシはここだ、さあ見えるだろう。そら何が出る。もう来る、来るぞ・・・

しばらく待った。が何もない。顔をのぞき込んでみる。突きによる深手と失血で浅く呼吸するのみの、ネズミの焦点の合わない目がそこにあった。

 

「・・・・・・は?」

 

信じられない、とビランは飛び上がった。

 

「君は・・・ワタシが憎くてここまで来たのではなかったのか!?君の覚悟はそんなものか!」

 

ビランは憤慨した。

 

「君の肉親の仇はここにいる、かかってきたまえ!それともなにか、君の復讐にかける思いはそんなものだったのか!?」

「君は君の肉親を虫けらのように殺した仇が憎くないのか!?だとしたら、君はとんだ薄情者だ!薄情者の、卑怯者!目の前で親が手にかけられていながら復讐をしようともしない意気地無しの卑怯者だ!人として恥ずかしくないのか!?ええ!?」

 

しばらく虫の息のネズミを蹴り飛ばしていたが、それもやめて失意のうちに長剣を納めた。こんなところまで来て、このざまか。いや、この責任はワタシにもあるのかもしれない。人間だれしも間違いはあるものだ……

ちらりと、視界にうつった影がある。目を見開いたまま、身動きもできず震えていたタマキだった。歯をかちかち鳴らして、ただ自分の木刀を抱きしめていた。

 

「あ・・・」

 

「君は彼の友達かい。いや、その持ってる木刀を見るに・・・剣でも教わっていたのかな。可哀想に、こんな意気地無しの人でなしに師事しただなんて誰にも言えないな?」

 

打って変わって柔和な笑顔で近づいてくるビランに、タマキは何も言い返せない。恐怖で足がすくんで、声が喉から出てこない。一歩下がろうとして、転んでしまった。手をついた際に草で切ったか、腕に血がにじむ。それを見てビランの目の色が変わった。

 

「おや。なにかねその血は」

 

タマキの腕をぐいと引っ張り、傷の箇所を自分の鼻先まで持ってきてじろじろ見つめる。無理矢理凄い力で腕を引っ張られたタマキは完全に怯えきって、ひいひいと声だけで泣いていた。

 

「君が純な人間でないことは気の流れですぐ分かる、しかしなんだねこれは?」

 

「いたい、いたい」

 

「血を注がれたな。少量の白鹿の血と人の血が妖怪・・・化猫かな。その血に混じっている。白鹿の血が化猫の血をめちゃくちゃに乱しているな・・・君、元々は知らないけど、今は人間みたいなものになっているねえ。フム、どちらかと言えば人になっている。多分妖怪としての力はほとんど使えないでしょう?」

 

ビランは言いたいことだけ言うとタマキをぽいと投げ捨て、長剣に手をかけた。ビランの血のように赤い瞳の中に怯えきった生贄の姿が映る。

 

「君のこと、見逃してあげてもよかったんだけど・・・白鹿の血の力を回収しなきゃならないのでね。なあにワタシは剣の達人だ、瞬きする間に首を落としてあげよう」

 

再び長剣はその刀身に白銀の輝きをきらめかせる。

 

「いやだ、いやだ、やめて」

 

「おお、わがままを言ってはいけないよ。ワタシだってつらいんだ。こんなまだいたいけな子供に手をかけるだなんてね。怖いかい?ほら、顔をみせてごらん」

 

剣先がタマキのあごをくいと上げさせた。丸くなって頭を抱えていたタマキと、ビランの目が合った。

その赤い瞳は、笑っていた。さも申し訳なさそうに眉が下がっていたが、口の端がつり上がり、どうしようもなくにじむ笑いを噛み殺していた。

 

「君のように怯える子供の顔をワタシは何百人と見てきたが、いつも思うのだよ。なんて可愛らしいんだ、とね。子供ってのはこの表情が一番可愛らしい・・・うっくく、くくく、くくくく」

 

喉で吹き出すように笑いながら、長剣を振りかざす。ビランの頭上で月の光でぎらりと輝いた長剣はタマキの首を落とすべく夜を滑り落ちようとした。

 

瞬間、タマキの眼前に暗い影が落ちた。何かが剣を遮った。

 

「まだ動けたのかね、恥知らずめ」

 

ビランは自分の頬にはねた返り血を不愉快そうにこぶしで拭った。

 

全身血みどろのまま、ネズミがタマキとビランの間に割って入ったのである。背中を横一文字に斬られたネズミは、タマキを覆い隠すようにうずくまった。

 

「・・・お師!」

 

ネズミはタマキになにか言おうとしたが声が出ない。代わりに、血を吐いた。

 

「お、お、お師!だ、大丈夫、か!」

 

そんなワケないだろう、とも答えてやれない。ネズミは代わりに、震える指先と視線を交えて簡単に指示した。

 

『逃げろ』

 

「そんな、なんで、」

 

ネズミにも分からなかった。何故俺は、こんな行きがけに拾った子供を助けようとしているのか。弟子というテイではあるが、それでもまだ日は浅いのに。

ネズミは自分の血がべっとり顔に付いた少女を見つめた。そういえばこんな顔、前にも見たことがあったような・・・

こんな状況で唐突に訪れた懐かしさに、ネズミはふっと笑う。その瞬間意識はぷつりと落ちた。ネズミの父が死んだ日、妹が見せた表情とうりふたつであったことはネズミ本人は思い出せないまま終わった。

 

「未熟者が、何度も邪魔をするんじゃない」

 

ビランは再び剣先で、今度はネズミの巨体を引っかけて投げ捨てようと歩み寄ったが、うずくまって動けなくなったネズミから白い閃光が漏れ出したのを見て立ち止まった。

 

「うおおおおっ!!!」

 

閃光はネズミからではなくタマキから発せられていた。化猫としての力はほとんど失っていたが、わずかに残っていた唯一の力。手のひらに集めた術力を自分の身体に浴びせ、タマキは一時的に身体能力を向上させる。

 

「お師!お師!掴まってろよ!!」

 

さっきまで恐怖に支配されていた心に、何故湧いてきたのか分からないなけなしの勇気を絞り出し、タマキは全身血だるまのネズミを背負って駆けだした。脳裏には、何故か先程のネズミの笑みがこびり付いていた。



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