宇宙航騎スペーシア・ナイツ (gazerxxx)
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第一話:黎明の変身



スターシステムで他の自作小説のキャラに近い人物が、多少設定変更しつつ登場します


近未来、世界では広大な宇宙を探求すべく、宇宙開発を推進していた。目指すは、宇宙ステーションなどの中継も不可能とされる、太陽系よりも外宇宙の銀河の星々。各国政府は様々な宇宙開発技術に積極的に投資、実用段階に至れば、莫大な補助金を出すとも宣言されている。手つかずの新天地、豊饒な資源、未知へのロマン、人類は宇宙にひきつけられていた。そして、宇宙に魅せられた少年が、ここにも一人━。

 

「明けの明星、今日は特にいい色に輝いてんな~。今日は何かパーッと目の覚めることが起きそうだ」

 

まだ日も登りきらない早朝に、家のベランダで空に輝く金星を見つめる少年が一人。黒髪に茶髪を少し混ぜたようなちょっとした染め方、遠い明けの明星を見つめる真っ直ぐな瞳、顔つきも少年と青年の中間と言ったところ。このために早起きしたのか、グレーの寝間義のままだ。

 彼は美宙(みそら)陽明(はるあき)、この時代にはよくいる宇宙飛行士を目指す少年の一人である。いや、熱意だけなら人一倍と言えるかもしれない。明けの明星が見える季節になると、数週間の間は早起きして、飽きもせずに明けの明星だけを見つめているのだから。彼にとっては、これが毎日の励みになるらしい。

 

「あんなに金星が輝いてるんだから、俺も頑張らないとな。宇宙飛行士になれるように」

 

彼には、星の輝きが宇宙へのいざないのように思えるのだ。いつも変わらず空に輝き、遠い友人を励ましてくれているように。

ふと、目の端に妙なものが写った。すぐ下の裏路地を走っている白衣の女性が一人。何度も後ろを振り向き、そのたびに足を速めていることから、追われている様子だ。しかし、彼女の後ろには誰もいない。どういうことか。居もしない不審者に追われていると勘違いしているのか、あるいは…。

 

「どっちにしろ、困ってるってことだな。こんな早朝じゃ、俺以外に見てる奴もいないか。ちょっと待ってろよ」

 

陽明はパジャマのままベランダから自室、階段、玄関まで駆け出す。誰もいないから怖がる必要はない、そう教えるつもりで。

 

その裏路地につくと、思ったよりも奇妙な状況だった。裏路地はむき出しの水道管がはがれおちたり、横の建物の壁がえぐれたり、がれきが散乱したりと、少し前に通った時よりも荒れている。そして、息を切らしている白衣の女性は、白衣が擦り切れたり、手足に傷を作っている。ダークブラウンの髪は結び目がほどけ、赤いフレームの眼鏡も外れかけている。彼女が転んで作った怪我にも見えない。なのに、周囲にそれをやったらしき犯人の影すら見えない。不思議に思いながらも、陽明は傷だらけの女性に駆け寄る。

 

「大丈夫かアンタ、動けないなら肩を貸す。近くの病院まで…」

 

「博士は警告する。ここから離れて」

 

「えっ、博士?いやでもアンタが…」

 

女性は息を切らしながらも、突き放すような冷静な片言口調で陽明に警告する。陽明が面食らっていた次の瞬間、陽明の背中に激痛が走る。

 

「ぐあああっ!な、なんだ!?」

 

背中に手をまわして触ると、生傷に触れた時の痛みが走り、手にべっとりとした感触、手を確認すると血がついている。いつの間にか背中を斬られている。一体誰に。

 

「なんだよ…誰かいるのかよ?出てこい!」

 

陽明は裏路地に仁王立ちで向き直り、白衣の女性を背にしてかばう。しかし、返事の代わりに帰ってきたのは、見えない攻撃だった。さらに胸板に一条の傷ができる。

 

「くっそ、卑怯だぞ、返事位しやがれ…」

 

「クックック…」

 

「ヒヒヒ…」

 

傷をかばいながら精一杯の啖呵を切る陽明に返ってきたのは、嘲笑だった。二人の男のいやらしい忍び笑いが聞こえる。

 

「あなたでは勝てない。逃げて」

 

「悪いな。このまま終われねえよ…」

 

陽明には彼女っをいて逃げるなどできない。このまま見えない敵に声をぶつけるだけでは、嬲り殺しだ。陽明は近くに落ちていた折れた鉄パイプを手に取る。そして、いまだに忍び笑いが聞こえる方向に向けて2発、つまり2人分殴りつける。

 

「ってえ!」

 

「チッ!」

 

まさか声だけで正確に位置を捕えられるとは思っていなかったのか、二人は不意を突かれて鉄パイプの殴打を喰らう。

 

「へへっ、どうだ!」

 

陽明の勘が冴えた。しかし、彼が持っていた鉄パイプに目をやると、パイプはかなり湾曲していた。相手が人間以上に固いのか。これ以上武器として使えそうにない。

 

すると、何もない空間にショートしたような火花が飛び散り始める。そして、見えない敵の姿が現れる。

 

「ステルス機能が素人の一撃で、もうイカレやがった。安物をよこしたな、あのケチどもが」

 

「構わん。所詮生身の二人を相手するだけの仕事。おあつらえ向きに、ここには人目も防犯カメラもない。作戦に変更はない」

 

姿を現したのは、全身を金属製のスーツで覆った2人。そのスーツはカメレオンのような明るい緑色でカラーリングされ、迷彩色のようなまだら模様がついている。頭部はスモークガラスのフルフェイスメット、体は黄緑のプロテクターで覆われているが、関節部分の隙間からは黒いインナーが垣間見える。左手首にはクリアパーツのブレスレットのようなものがついているが、一人のブレスレットはショートを起こしている。手には同じ黄緑のコンバットナイフを構え、切り傷を作った時の者と思しき血がしたたり落ちている。

 

「お前ら何なんだ!」

 

「名乗りたくて姿を現したわけではない。お前ごときがかなわない相手として姿を焼き付け、抵抗する気力を奪ってから死んでもらうためだ。こっちのバカは、お前の攻撃でブレスレットを壊されたから隠れられなくなっただけだが」

 

「こいつがいきなり殴って来やがるから、左腕でガードしちまったんだよ!ま、俺も役に立たないステルスはいらねえ」

 

「彼らはユニティー財団に雇われ、安いギャラで何でもこなす下っ端産業スパイ。今回は博士を捕えろと指令を出されている」

 

名乗らない二人の代わりに、白衣の女性が説明する。

 

「誰が下っ端だゴラ!」

 

「下っ端だけ否定ってことは、ユニティー財団とやらにいるのは本当らしいな。お前ら殺し屋って奴か」

 

 「チッ、バカが」

 

荒っぽい方のカメレオンスーツがキレて素性をバラし、陽明は納得、ニヒルな方のカメレオンスーツはまた舌打ちする。

 

 「ベラベラと口の軽い馬鹿の処遇は後でもいい。どの道、ここに居合わせたお前は処分、そこの博士も二度と表には出さん。おい、今は任務に集中するぞ」

 

 「ああもちろん、こいつにはさっきの礼をしてやる。狩りの再開だあ」

 

 「黙ってやられっかよ。俺は宇宙に行くまで死なねえ!」

 

今度は角材を拾って抵抗しようとする陽明を、二人のカメレオン男があざ笑う。

 

 「宇宙に行くだと?お前みたいなガキには一生そんなチャンス来ねえよ」

 

 「宇宙開発は我々組織の特権、お前の夢はもうすぐ潰える」

 

 「どういう意味だよ?」

 

「宇宙開発はもうすぐ俺たちが独占するんだよ。その女の完成させた技術を俺たちが囲うことでな」

 

「それこそが、我々の任務の機密事項だが、死にゆくお前には特別に教えてやろう。お前の短い人生は、叶わない夢を追い続けた無意味なものだったのだ」

 

彼らは産業スパイと言うだけあって、単なる殺し屋ではない。まだ公になっていない最先端の宇宙開発技術を技術者ごと奪い、自分たちの物として公表する。そうして莫大な補助金と宇宙開発でのイニシアチブを得て、宇宙開発の利権を独占するつもりでいるのだ。

 

「彼らは利権のためなら、なんだってやる悪党。だからあなたは逃げて警察に知らせて」

 

白衣の女性はそう繰り返す。最早動き体力も残っておらず、自分だけこの場に残るつもりらしい。利権による薄汚い抗争に巻き込まれるのは、自分一人で十分だと考えて。

 

「そうか、アンタは宇宙開発の技術者…だったらなおさら置いていけないな。俺が宇宙飛行士になったら、世話になるかもしれない人だからよ!」

 

陽明はこれを聞いてますます燃え始めた。どれだけ遠く見えても、輝いている夢があったら追いかけ、手を伸ばさなきゃ叶わない。その信念は、宇宙開発の裏話を聞いたところで変わらなかった。

 

「宇宙飛行士…あなた、宇宙飛行士の訓練受けてる?」

 

「ああ、研修生コースなら…」

 

「一か八か、これをやって見る価値はある」

 

白衣の女性はポケットから、特徴的な機器を取り出す。球状にボタンの配置された端末にグリップを取り付けたオレンジのマイクかレバーのような機器。差し出された陽明が受け取ると、グリップ部分が手になじむ。

 

「口元で構えて、ソラリオン機動と叫んで」

 

「何だよそれ、マイクとどう違うんだよ」

「あれか、問題のブツは!」

 

「あんなガキに使いこなせると思えんが…先につぶすぞ」

 

コンバットナイフを構えて、カメレオンスーツが迫ってくる。

 

「マイクとの違いは、やれば実証できる。早く!」

 

「なんだかよく分からないが、ソラリオン機動!」

 

それと同時に、赤い光が薄暗い裏路地を照らす。スモークガラスで覆われたカメレオンスーツたちも目がくらんだのか、ナイフの構えを解いて、目を覆っている。白衣の女性はその光の中でもなぜか視線を外さない。目を射られたカメレオンスーツのうめき声がやみ、再び体勢を立て直したその時、彼らの眼前には陽明とは違う姿の人影があった。

 

カメレオンスーツと同じく全身金属のスーツだが、彼らよりも派手なオレンジのカラーリングに、赤いプロミネンスのような炎の模様があしらわれている。メットのバイザーは鏡に近い透明度だが、マジックミラーのように中の陽明の顔は、外側から見えない。そしてメットには、放射線状に太陽光線の装飾が施されている。右手には、先ほど使ったオレンジのグリップが。

 

「この姿って、あいつらと同じ…これがソラリオンか?」

 

「否、姿は似ていてもスペックは段違い。2対1であなたが負傷していても、クリアノィドに負けはしない」

 

「ンだと…俺たちが素人のガキに負けるかよ!」

 

「こちらも遠慮なくやらせてもらうぞ」

 

怒鳴った方のクリアノイドがナイフを逆手持ちにして突っ込んでくる。その凶刃をソラリオンは片手で受け止める。そのまま相手の腕を引っ張りこみ、勢い余って体勢が崩れたところへ、膝蹴りを入れる。

 

「うぼおっ!」

 

蹴りの威力はかなり強く、クリアノイドは放物線を描いて吹っ飛ばされ、裏路地に散乱した瓦礫の上に墜落する。

 

「おいおいなんだよ、この力は…」

 

「ぼうっとしないで、もう一人が消えた!」

 

呆然としてるソラリオンに、白衣の女性が注意を飛ばす。すると、ソラリオンの肩が切りつけられる。

 

「ぐっ、あいつまた消えたのか!」

 

ニヒルな方のクリアノイドは、相棒がやられている隙にステルス機能を再使用していた。性能差があるなら、ステルス機能でなぶり殺しにすればいい。このナイフは本気なら鉄パイプも切断できるキレ味だ。今度は声も出さずに動き回れば、奴も居場所を特定できない。そう考え、今度は後ろからナイフを振りかざし、首元を狙う。

その時、ソラリオンがその場で一回転する。思わぬ動きに躊躇して手が止まると、ソラリオンが振り向きざまにエルボーを繰り出す。ナイフが叩き落される。

 

「何、なぜわかった?」

 

「相手に見えなくても死角を取ろうとするのが、アンタのくせだろ。だから回転して死角をなくした。そうすれば動揺すると思ってたんだ」

 

陽明は正面と背後からナイフで切られていたが、斬られた感触が違うと思っていた。正面から大胆に切った相手は今倒れている荒っぽい方、背後から確実に切った相手は、残ったニヒルな方だと直感したのだ。だから片方だけなら隙を作る作戦も打てた。

 

「武器は拾わせないぜ」

 

落ちたナイフをソラリオンは遠くまで蹴飛ばす。

 

「ならば、そこの女を守って見ろ。せいぜい力を出し過ぎて傷つけんようにな!」

 

見えないが、クリアノイドは白衣の女性を狙う気らしい。確かに今の力に慣れてもいないのに、彼女の近くで暴れるわけにはいかない。

 

「ソラリオングリップの、右端のボタンを押して!」

 

戸惑うソラリオンに、白衣の女性がアドバイスを加える。右端のボタンを押すと、球状部分の液晶画面に、「レーザーInfra Red」と表示され、球状部分から、赤いレーザーが放射される。そのレーザーは裏路地の壁を乱反射して、あっという間に裏路地をふさぐ網を形成する。白衣の女性は身を低くして回避していたが、クリアノイドは網に引っ掛かり、その輪郭を浮き彫りにする。

 

「これは、動けん!」

 

「なるほど、こっちも小技が使えるのか」

 

「次は中央のボタンを押して」

 

「よし、どんと来い!」

 

意気揚々と次のボタンを押すと、「レーザーWhite」と表示され、今度は白熱したレーザーが剣のように放出される。

 

「その光線なら、奴らにも通用する」

 

「熱っ!グリップまでアツアツだな、これ!だが、手ごたえありだ、行くぜ!」

 

熱を放射するレーザーの剣を何とか構え、まずは赤色レーザーに捉えられたクリアノイドを斜め上段から切りつける。

 

「どりゃあ!」

 

「むうっ、バカな…」

 

レーザーのエネルギーを受けたクリアノイドのスーツは解け、サングラスをかけた傭兵風の男の姿に代わり、倒れた。

 

もう一人の方に向き直ると、起き上がったクリアノイドがナイフを構えながら、こちらへ突進してくる。

 

「死ねえ!」

 

間合いに入られた、間に合わない!とソラリオンが覚悟するが、その時、レーザーの剣が、ナイフサイズの刃渡りに縮む。すかさず相手のナイフと至近距離で刃を交えるソラリオン。レーザーの高熱で、クリアノイドのナイフが溶かされる。そしてそのまま、クリアノイドを正面から切りつける。

 

「がっ、このガキ…」

 

自分がやった攻撃をそのままやり返されたクリアノイドは倒れ、大柄のやくざ風の男の姿に戻った。

 

「はあ、はあ、勝ったのか?」

 

ソラリオンの装着が解け、そのまま倒れる。出血した傷のまま、あれだけ大立ち回りをしたせいだ。意識がもうろうとしている。

 

(俺も張り切り過ぎたか?でも、悪い気はしないな。なんつうか、目の覚めるような大活躍だったしさ…)

 

そして彼は意識を手放した。

 

目が覚めると、陽明は病室にいた。清潔な病人着に着替えさせられ、傷も手当てされている。病院に運ばれたのはわかったが、あの後どうなったのだろうか。裏路地には自分以外にも、白衣の女性や、襲ってきた犯人がいたはずだ。誰かに確認したい。そう思っていると、病室のドアが開き、黒髪で優等生風に群青色の詰襟を着こなした少年と、おかっぱ頭で褐色肌の白いワンピースの少女が入ってくる。

 

「あっ、見て見て。今起きたところみたいだよ。このタイミングでちょうどよかったね!」

 

「良く当たりますね、あなたの占いは。僕も起きるまで待たされたくはなかったところです」

 

「お前、衛斗と、エルハームちゃん!」

 

黒髪の少年の方は、星海衛斗(ほしみ えいと)。大学の宇宙飛行士研修コースで、推薦枠を争っているライバルだ。一緒にいる少女は4歳下の義理の妹のエルハーム。衛斗の父親がアラブ系の女性と国際結婚した際の連れ子らしい。幼い頃から日本語を覚えてきたので、見た目と違って普通に日本語で話せる。

 

「お見舞い第一号がお前かよ!普段は何だかんだ言っても、心配してくれたんだな、こいつ!」

 

「君がなぜか早朝の裏路地に出て行って、通り魔に刺されたと聞きましたので。怪我よりも、そんなドジを踏む頭の方は大丈夫かと心配して、敵情視察に来たのですよ」

 

同級生のお見舞いというめったにないシチュエーションに陽明はテンションが上がっていたが、衛斗の方は相変わらずの皮肉屋だった。

 

「何だよ、バカにしてんのか?」

 

「当然です。宇宙飛行士研修コースの推薦が決まる大事な時期に、夜道で通り魔に刺されるなんて無謀な真似、僕にはとても真似できません。そのおかげで、推薦枠の競争では、君が入院している間だけ、僕がリードするわけです」

 

「あのなあ、俺だって宇宙飛行士のこと忘れてたんじゃないんだよ。あの時、目の前で宇宙開発の技術者が、怪しい奴らにさらわれそうになってたから必死で…」

 

「技術者?何のことですか?」

 

「だから俺以外にもあそこにいただろ!白衣の女と怪しい二人組が」

 

「通報で救急車と警察が駆けつけた時には、君しかいなかったそうですよ」

 

「ええ、どうなってんだ…」

 

少なくともあの二人組は、動ける状態ではなかった。通報は白衣の女性がやったのかもしれない。どうやって消えたのか。消えたにしても、あの二人組はともかく、なぜ白衣の女性まで警察や救急車から逃げたのか。

 

「なんか面白そう、私がちょっと3人の行方を占ってあげよっか」

 

「時間の無駄ですよ。彼は長く眠りすぎて、夢と現実を取り違えているんです」

 

興味を持って黒目がちの瞳をキラキラさせているエルハームを、衛斗がたしなめる。

 

「俺、そんなに長く眠ってたのか?」

 

「ええ、丸一日面会謝絶になるほど」

 

「そんなにか!」

 

「だから容体が安定して面会謝絶が解かれてから、私たちもお見舞いのタイミングを見計らってたんだよ」

 

そこまで疲れた原因は、出血もあるだろうが、あのソラリオンしか考えられない。

 

「そうだ、あの時確か手に入れた…あれっ、どこ行った?」

 

ソラリオングリップがどこにもない。あの裏路地で落としたか、誰かが持って行ったのか。

 

「やれやれ、面倒な誇大妄想もほどほどにして、休養に専念し、早く治すことです。こんなことで宇宙飛行士への快速切符を逃すつもりではないでしょう」

 

「そうそ、お大事に。衛斗お兄さん、最後はちゃんとしたお見舞いの言葉で締められてよかったね」

 

「社交辞令ですよ、皮肉をたっぷり込めたね」

 

お見舞いの二人は帰ったが、休養する気にはなれない。あの出来事は、忘れてはいけない気がする。

 

じっと考え込んでいると、また、誰かが入ってきた。一人は陽明の母、そしてもう一人は、彼が一番話を聞きたかった人物。後ろで結んだダークブラウンの髪に、赤いフレームの眼鏡、理知的な顔つきも白衣も間違いない。

 

「良かった目が覚めて~お母さんこんな時に、アンタが通り魔に巻き込まれるなんて、もうショックだったのよ~」

 

どこか能天気なオーバーリアクションでハグしてくる母に、陽明は辟易としたが、今はそれどころではない。大急ぎで振りほどき、質問に持っていく。

 

「分かったから離れろよ、母さん。心配かけて悪かったって。それより教えてくれよ、この人は?」

 

「あら、一目見て気に入っちゃたの?目覚めてすぐにナンパなんてやるわね~」

 

「そうじゃなくって、誰なんだよ。どうしてこんなところに…」

 

助けた相手だから、そりゃ見舞いには来たいかもしれない。しかし、どうやって母と同伴でこの病室に入ってこれたのか。こんな知り合いがいたなんて聞いたこともないのに。

 

「この子は帰国子女の白瀬百華(しらせ ももか)さんよ。うちにホームステイすることになったの」

 

「ホームステイ!?俺が寝てる間に決まったのか?」

 

「イギリスの大学から急に頼まれたんだけどね。彼女、英語が堪能らしいから、アンタの家庭教師にちょうどいいと思ってね」

 

「博士はどうぞよろしくお願いする」

 

「おいおいマジかよ…大体その博士って一人称なんなんだよ」

 

「彼女、イギリスの大学で飛び級して、博士課程も修了してるらしいわよ。名前の白瀬を“はくせ”と読み替えて、博士ってニックネームなんですって。面白くない?」

 

「博士課程終わってるのにホームステイできんのか?」

 

「飛び級だからほとんどの学生生活は飛ばしちゃってるんですって。あんたと同じ大学に通うそうよ。それで、日本が不得意みたいでしょ?学生生活と日本語をやり直したいなんて健気よねえ。アンタも英語の代わりにちゃんと日本語教えてあげてね」

 

「つか、この人まだ学生なのか?何歳だよ?」

 

「失礼しちゃうわね~。あんたと2歳しか違わない20歳よ。見た目は堅そうだけど、まだまだ青春盛りよ」

 

確かに、表情や口調や白衣でイメージが固定化されていたが、落ち着いてよく見ると、意外に女性らしい。ダークブラウンの髪はこの前と違って綺麗にアップでまとめられているし、赤いフレームの眼鏡も知性の光が宿った瞳をお洒落に縁取っている。白衣はバランスのいい起伏を描く肢体を包んでおり、白いスカートから伸びる足もすらっとしている。

 

「あらやだ、年が近いなんて言ったとたんに意識しちゃって」

 

母の冷やかしで我に返る陽明、それと同時に肝心なことは何もわかっていないと気付かされる。

 

「わっかんねえ。何で突然こんなことに…」

 

事件の発端となった女性は、ここにいる。しかし、あの事件は警察沙汰にすらなっていないらしい。果たしてここで蒸し返していいものだろうか。

 

「彼は汗だく。飲み物を用意した方がよいのでは」

 

「そうよね、丸一日寝てばかりでのど乾くわよね。ポカリ買ってこなくちゃ。ちょっと後を頼むわ、博士ちゃん」

 

ウインクした母が出ていくと、百華が話を切り出した。

 

「まず最初に、あなたが裏路地で博士の貸したソラリオンに変身、ユニティー財団を撃退したのは間違いなくあった出来事。しかし、世間にはあなたが通り魔に襲われたとしか知られていない」

 

「あれだけの大騒ぎだぞ?誰にも知られずにアンタも犯人も逃げたっていうのか?」

 

「博士はあの後警察に通報したが、それは握りつぶされた。恐らく負けた二人組は、消された。警察にも手が回っているとはっきりした以上、博士も逃げるしかない」

 

「そんなことまでできる連中なのか。ユニティー財団なんて聞いたことないんだが…」

 

「世界の資本の流れを裏から操る複合組織の俗称、知らなくても当然。知ったら、引きずり込まれるか、消されるか」

 

「そうだ、そいつらが狙ってたソラリオングリップ!気絶した後どこにやったか覚えてないんだ!すぐ探しに…」

 

しかし、機先を制して百華がソラリオングリップを取り出す。彼女が回収しておいたようだ。

 

「これは既にあなたの声で認証されている。あなたの専用になっているから、説明を聞いてほしい」

 

「ああ、これって一体なんなんだ?」

 

「これは博士が開発した宇宙航行用のスーツ“宇宙航騎(こうき)スペーシア・ナイツシリーズ”。従来の宇宙服よりはるかに、宇宙空間や、外宇宙の環境に適している。出力が十分なら、宇宙船なしでほかの惑星までの航行も可能」

 

つまりは、これを着ていれば、宇宙船に乗らずとも、単独で他の星まで行ける、そういうスーツだという。

 

「すげえ、自由に宇宙を駆け回れるなんて、俺が夢見たようなスーツじゃないか!」

 

「ただし、装着者への負荷は、宇宙船以上に強い。あなたが経験した通り」

 

「あの疲れはそういうことか…」

 

確かに、宇宙飛行士の訓練を受けているか確認された上で装着した陽明も、負担が大きすぎて倒れてしまった。

 

「ユニティー財団は私の技術を盗み出して、廉価版を作り出した。でもそれだけでは出力が足りない」

 

「それで、アンタの身柄を狙ってるのか」

 

「そう。あの時は急場しのぎであなたに認証させてしまった。だからソラリオンはあなたにフィットするように変形してしまっている。そして、わたしが現在保有しているスペーシア・ナイツはこれ一つのみ。だから、あなたに今後も守ってもらう必要がある」

 

「はぁっ!?」

 

ユニティー財団の追っ手が、廉価版スーツで襲ってくる以上、百華の対抗手段はソラリオン以外にない。そしてソラリオンは陽明にしか使えない。

 

「だからって、ホームステイまででっち上げて、俺ん家に居座るのかよ!」

 

「いつ狙われるかわからないから、できるだけ行動を共にした方がいい」

 

「あのなあ、俺も宇宙飛行士研修コースの推薦枠狙ってて忙しいんだけど…」

 

余りに話が勝手に進んでいて、呆れ気味の陽明。しかし、百華は淡々とした口調、そして真剣な表情で話を続ける。

 

「あなたがソラリオンを使いこなせば、あなたはいずれスペーシア・ナイツの第一人者として認められるはず」

 

「認められるつっても、開発者のアンタが逃げて、情報操作で隠蔽されてる状況で、いつスペーシア・ナイツは日の目を見るんだよ」

 

「ユニティー財団の情報操作も完全にはいかない。彼らとの戦いが表面化していけば、スペーシア・ナイツは自然と人々に知れ渡る。そしてあなたも、宇宙飛行士の近道を行ける」

 

陽明は改めて、ソラリオンを使った時のことを思い出す。光線を自在に操り、身体能力を強化、何より自分によくなじむ使用感。実際に宇宙でも使ってみたい。

 

「分かった、俺がこいつをバンバン使いこなして、アンタも守る!だが、こいつは近道なんて気楽には構えない。障害を乗り越える王道こそ、燃えるからな!」

 

「やはり素質は十分。その覚悟があれば、スペーシア・ナイツは答えてくれるはず。博士が保証する」

 

こうして、スペーシア・ナイツの太陽は、自らの王道を上り始めた。固く握手する2人。

 

「お待たせ~、ポカリのついでに売店のお菓子買ってきちゃった。あら、二人とももう手を握ってるの、早いわね~」

 

そして悪気なく冷やかされ、二人は太陽のように顔を赤らめた。

 

どこかの薄暗い会議室では、ユニティー財団が秘密の会議を行っている。しかし、ここにはスカイプ用のパソコンと、それを操作する構成員しかいない。ユニティー財団の幹部は、秘密会議に自ら向かう危険を冒さないものなのだ。

 

「白瀬博士の拉致に失敗したか。孫請けの産業スパイ程度では、せっかくのスーツも宝の持ち腐れだったかな?」

 

「いや、白瀬博士が唯一保有していたソラリオンの適格者が見つかった。そいつに返り討ちにされた。産業スパイ君はそう言っていたがね」

 

「何だ、彼女は単身イギリスから日本に逃げてきたのではなかったのかね?無力な彼女を捕えるだけの簡単な任務ではなかったということだ」

 

「簡単な任務に変わりはないさ。所詮は現地で見つけた急場しのぎの適格者だろう。今度はそれなりに経験のある連中をぶつければいい」

 

「いざとなれば動かすかね、我々が確保している駒を」

 

「いや、ディスサターンはまだ早い。技術を確保する前に、世間に晒すわけにはいかん」

 

「では、下請けの実行部隊にやらせるか。こいつらは改良版のスーツを使いたくてうずうずしているからね」

 

「実戦テストも済み、白瀬博士も手中に加えれば、いよいよ我々が宇宙開発の利権を独占する」

 

「今から星空が輝く宝石の山に見えてくるよ、フフフ」

 

ユニティー財団もまた、何層にも欲望と悪意を積み重ねた底知れぬ組織。手心など加えるまい。

 

その頃、誰かからの国際電話を受けていた衛斗。

 

「教授、受け取った品物は確認しました。しかし、今からこれを僕が使ってもよろしいのですか?」

 

「約束の予定よりは早いが、君なら問題ない。そのための訓練も、センスも磨いてきたはずだ」

 

「白瀬博士の護衛のためですね」

 

「そうだ、ミス白瀬は保有していたソラリオンの適格者を、急場しのぎで選んでしまったらしいからね。素質は十分らしいが、私としては心配だ。だからそれは君に託すことにした」

 

「しかし、教授の元に残された貴重なスペーシア・ナイツを…」

 

「構わないよ。ミス白瀬は万一のことがあったらと、これを私に預けてくれたが、それなら私が信頼できる君に託しても同じことだろう。ミス白瀬が単身イギリスを出たおかげで、彼女を教えていた私も無関係とみなされ、今の所狙われないで済んでいる。彼女がホームステイとしてもぐりこむ手伝いはしたがね」

 

「分かりました。教授の代わりに、僕が白瀬博士の身の安全を守ります」

 

「頼んだよ。君の御父上にもよろしく」

 

電話を切ると、衛斗はイギリスからの荷物を開ける。

 

そこにあったのは、球状の端末に三日月状のカーブを描いたグリップ。スペーシア・ナイツの月・ルナイトのグリップだった。

 

「病院での陽明君の話と、今の教授のお話を合わせると、ソラリオンは彼で間違いない。スペーシア・ナイツに関しては、僕が内々にお墨付きをもらっていたはずですが、これもめぐり合わせ、ということか」

 

彼もまた、開発者の白瀬博士の命を守ることには違いないが、ソラリオンがスペーシア・ナイツの第一人者となるのを黙認する気はない。彼もまた、スペーシア・ナイツとして輝こうとするだろう。太陽と対となる月のように。

最後に空に輝くのは、どの星か。






何で装着変身ヒーローにするのかって原点から、いっそ単独で宇宙飛行できるようにしてしまえと、思いついたんですが。地球の外側に出るならまだしも、単身宇宙飛行するってのが、絵的にも装着変身ヒーローにとっては限界を超えてるのかなって。
装着でなければウルトラマンいるし、あれくらい達観してないと、単身で宇宙旅行は無理かな。

変身の時に光るのは、特殊な波長の光を放出し続けて、地球からでもスペーシア・ナイツを見失わないようにするためだって、開発者が言ってた。ということは、スペーシア・ナイツは星の光ほどの閃光を発揮することも可能だってことに…おお怖。



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第2話: 光明求める戦い

好評に後押しされて、連載開始。第2話のプロットが書きだしてみたら長くなって、第3話に続く構成になりました。

ソラリオンの機能が色々と明かされる第2話。
それと、本腰を入れ始めたユニティー財団の悪役度が増しています。


陽明の朝は早い。この時期は毎朝、明けの明星を見て、宇宙へのロマンに思いをはせる。誰も起きていない静かな夜明け前、ただ一人ひっそりと情熱を燃やすひと時。

……しかし、今朝は彼一人が早いわけではなかった。夜明け前の静寂を目覚めさせるように、ノックもなく自室のドアが開け放たれる。

 

「やっぱり起きてた。それなら、一緒に来てほしい」

 

「うっわ!ビックリさせんなよ!部屋に入る前はまずノックだろ!?てかこんな朝早くからどこ行くんだよ?」

 

ためらいもなく入ってきた闖入者は、昨日から居候し始めた白瀬百華、通称・博士。いくら居候だからって、女の子に勝手に自室に入ってこられるのは、陽明としても心臓に悪い。彼女の方は大丈夫と踏んでいたようだが、もっと間の悪いタイミングもあり得るわけで……。これで性別が逆なら母を起こすくらいの大声で騒いでいい場面かもしれないが、母は百華がこの家を自由に使うのを大歓迎している。もう娘ができたくらいに打ち解けている。

そんな百華がこんな朝早くに陽明を誘いに来たのも、まさかデートではあるまい。

 

「大学の研究室に行って研究進めるから。警護するあなたもついてきて」

 

「この朝早くから一人で研究か…。てか、朝飯まだだけど、母さんもこんな時間に起こすのか?」

 

百華は大学院生扱いで大学に編入、既に専用の研究室も手配してもらっているらしい。大学側がそこまで認めてるということは、相応の実績はあるのだろう。そこなら、開講前でも自由に使うことはできる。しかし、時間早すぎて母がまだ起きていないんだが。

 

「ブレックファストはもうできてる」

 

「作ったのか?やるじゃん!」

 

百華が口にした意外な女子力の片鱗に、陽明は驚かされる。年頃の男としては、女子の手料理を朝から味わえるとは、食欲をそそられる。一階のキッチンに降りて、テーブルの上を見て見ると、キツネ色に焼けたトースト、山盛りのスクランブルエッグ、透明感のある琥珀色のダージリンティー、焼いたリンゴなどが湯気を立てている。

パン、卵、リンゴは家にあった贖罪だが、紅茶はイギリスから送ってもらったという。

 

「おおっ、洒落てるな!じゃ、早速…」

 

陽明は席に着いてすぐに、トーストとスクランブルエッグを口に運ぶ。そのお味は…?

 

「あっれ~…。おっかしいな~?ほとんど味がしないんだけど…」

 

その物足りなさをごまかすために、焼きリンゴをほおばり、ダージリンティーを飲む。しかし、そちらもなぜか味が希薄である。

 

「どうやったら、こんな味が薄くなるんだよ!スクランブルエッグは調味料入れてるのか?」

 

リンゴでさえ、火を通しただけで味が薄まるのは、ある意味すごい。

 

「今まではこれで絶賛されてたから、問題ない。研究チームでは、私がいつも料理担当だった」

 

百華は本気で言ってるようだ。最も、彼女が表情を変えずに冗談を言ってる可能性もあるにはあるが。

 

「この味でか?」

 

呆れながら、陽明はここで「イギリス料理はまずい」とかいう、どこかで聞いたジョークを思い出す。百華の料理は、まずいという味さえしない淡白な代物だが、他の研究チームがまずい料理しか作れなくて、この無難な味が重宝されていたのかもしれない。あるいは、研究チームの男どもは女子の作る料理なら何でもよかったか。英国男性は紳士だしな。酷評するほどの出来でないのは間違いない。

 

何とも言えない感想を抱きながら、陽明は朝食を腹に詰め込む。百華はというと、この薄味の料理を黙々と味わっており、紅茶の微かな香りもたしなんでいる。昨日、陽明母の料理も楽しんでいたので味音痴ではないはずだが……多分この味が一番落ち着くのだろう。

 

朝食を終えると、始発バスに乗って、少し離れた町の大学・雲上学園に向かう。宇宙事業センター前で降りてから少し歩いた場所だ。

 

大学に到着し、研究棟を練り歩くと、確かに「白瀬百華」の名札の付いた研究室があった。

この雲上学園は付属中学や高校まである、そこそこ名の知れた私立大学である。卒業後の実績を重視しており、有望な学生には即座に研究室をつけることも認められる。

 

「ソラリオンの機構について、詳しく説明する。グリップを出して」

 

百華はグリップを受け取ると、球状端末のスイッチを一つ入れる。すると、グリップが淡い光を放つ。懐中電灯かペンライトのようだ。

 

「惑星が放つ光は、遠く離れた星でも観測できるほどのエネルギーを持つ。それを人工的に再現したのが、スペーシア・ナイツ。ソラリオンは太陽光の力がある」

 

「それはわかるな。俺も光る星にはあこがれるもんな」

 

この光エネルギーがスペーシア・ナイツの要であり、莫大なエネルギーを内包する光を様々な技術に応用できる。光子の推進力を利用することで、理論上は亜光速飛行も可能になる。また、光のパルスを利用することで、地球からでもスペーシア・ナイツの宇宙航行をほぼリアルタイムで観測し、光通信によって地球からの支援もスムーズに行える。

…専門的な話に入ったが、陽明はあまりついていけてなかった。

 

「なぜ、宇宙を単独航行できるかを説明するとこうなる。わかった?」

 

「……はっ!あ、あ~あ、要は星の光をエネルギーにしたら、宇宙にも通用するってことだよな?」

 

やっと話が終わったことに気づいて、とりあえず始めと終わりをつなげた感想をまとめる陽明。百華も理論で納得させるより実践的な話に映った方がいいと判断する。

 

「…今はその認識でいい。それを踏まえて、ソラリオンの性能を覚えてもらう」

 

研究室の内部で区分けされた、実験室に移る。そちらなら、ソラリオンの光線などを発揮しても安全だ。

 

「待ってました!講義より実験の方が肌に合うんだよな!」

 

難しい話に疲れていた陽明も元気になる。

 

「ソラリオンの性能を把握しておけば、クリアノイドに苦戦することもない。奴らよりも強力な敵もいるから…」

 

ソラリオンのシミュレーションは、開講時間前まで続いた。

 

「…博士、ちょっと、特訓きつ過ぎね?もう、意識が何度か、飛びかけたじゃんか…」

 

「ソラリオンを装備した状態で、宇宙空間で活動できなきゃ意味がない。辛くても慣れてほしい」

 

ただでさえ体力使うソラリオンを装備しながら、人工的な無重力空間で訓練をさせられたのだ。陽明も平衡感覚がブレて、フラフラだ。最も、この学園に通っている以上、無重力空間での訓練は始めてではないが…。

 

彼らが研究棟から本部棟まで歩いていると、本部棟の横辺りで、何か真剣な雰囲気を醸し出している男女がいた。

 

女の子の方は、気合の入った髪型のセットにメイクとファッション、うるんだ熱いまなざしと、緊張した面持ち。パッと見で分かる勝負モード。この朝早くのわずかなタイミングで、男の方を呼び止めたらしい。通行の邪魔にはならないわき道だが、人には丸見えの場所なので、辺りにはちらほらと野次馬が見守っている。

対する男の方は、突然の告白に呼び出されても余裕を保っている。髪型は少し襟足を遊ばせた程度の黒髪、涼しげな瞳がのぞく端正な顔に相手の発言を待っているような微笑をたたえ、服装は普段と変わらない紺の詰襟に、青いチノパンという落ち着いたファッション。

 

「あのっ、あなたのこと、前から気になってましたっ。付き合ってもらえませんか!」

 

そう言って紅潮した顔を伏せるように、頭を下げる愚直なまでのアタック。周りの野次馬がざわめく。

 

「…すみません。僕はあなたをよく知りません。あなたのことを知らずに、あなたの大事な気持ちは受け取れません」

 

野次馬から上がる落胆の声。告白を断られた本人は落胆どころではなく、しゃがみこんで泣き出してしまう。そんな女の子に、断った当人はハンカチを差し出す。

 

「さあ、涙を拭いて。涙が消えたら、このハンカチを返しに来てください。そうすれば、あなたの本当の気持ちが整理できるはずです」

 

「うん…うん…ありがとう…」

 

そう言い残して、彼は踵を返して去って行く。女の子はハンカチを受け取って涙をぬぐいながら、その姿を見送るだけだった。野次馬の中から、告白を見守っていたらしい数人の女子が集まり、その肩を叩いて慰める。

 

「良かったじゃない。ワンチャンあるよ」

 

「もう一回挑戦して来いってことでしょ」

 

一方、遠巻きに噂し合う野次馬。

 

「でも本当かっこいいよね、星海君。玉砕覚悟の告白もフォローするなんて」

 

「あれで丸く収まっちゃうところがすごいね。やっぱり一度断られてもいい思い出になっちゃうのかな?」

 

「告白失敗しても、いい友達になっちゃうってマジ?私も一回告ってみよっかな」

 

一方その場から歩き去る男の方を見ている陽明。最早見慣れたという様子だ。

 

「やっぱり歩く恋愛ドラマみたいだよな、衛斗の奴。大学入って数か月で20人は行ったんじゃないか?」

 

「彼、そんなにモテる?」

 

「見ての通り、クール系イケメンだし、成績優秀。大学一年にして数々の天文学の論文を発表。有名な天文学者の息子で、今みたいに粋な真似も涼しい顔でやって見せる。ま、宇宙飛行士の訓練じゃ、追い抜くつもりだけどな」

 

明らかにハイスペックな衛斗をライバル視する陽明。というか、単純に目標が高いから燃えているのかもしれない。

 

「…無理じゃない?」

 

百華の冷静なツッコミで、格好がつかなくなる陽明。

 

「あっ、信用しないのかよ?こう見えてもあいつからは、一目置かれてんだぞ。おーい、衛斗!」

 

陽明が大声で衛斗を呼ぶと、衛斗はこっちを振り返り、早足で向かってきた。この反応に、声をかけた陽明はしたり顔だ。

 

「相変わらず早いですね、美宙君。そして、そちらにいるのは、白瀬さんですね?お噂はかねがね伺っています」

 

陽明がライバルアピールのつもりで呼んだのだが、なぜか陽明をオマケ扱いで百華に声をかける衛斗。

 

(スペーシア・ナイツの開発者である白瀬さんには、適格者として顔を売っておかなくてはなりませんね。それも、美宙君より僕を第一人者に認めてくれるくらいには)

 

衛斗は自分がスペーシア・ナイツ:ルナイトの適格者であると、当分は明かさないつもりだ。最初からルナイトとして近づいたのでは、成り行きでソラリオンになったから百華に近づけた陽明のラッキーと大差ない。まずは、衛斗自身が宇宙に明るい人物であると知ってもらい、素質で陽明からリードを取るつもりだ。

 

「博士は来て間もないけれど、どんな噂?」

 

「イギリスの大学では博士課程を飛び級で修了した優秀な研究者で、既にこちらでも何らかの研究をしているとか。イギリスの大学教授に父の知り合いがいましてね、あなたの噂はその筋から聞いていました。よろしければ講義の後、研究室におたずねしても…」

 

衛斗の父と宇宙開発の分野で知り合ったその教授こそ、衛斗を適格者に推してくれた百華の恩師なのだ。教授から正式に開発者の百華に紹介してもらう矢先に、百華が日本へ国外逃亡する羽目になった。だから、衛斗は教授の口利きなしで、自分の素質をアピールする必要に迫られているのだ。

 

「おいおい、俺を無視すんなよ!」

 

いきなり流れるような勢いで百華にモーションをかける衛斗。百華本人は困惑気味だが、陽明は置いてきぼりを喰らってさらに混乱する。

 

「これは失礼しました。講義前だというのに、感激のあまり話し過ぎてしまって」

 

とりあえず話をとめて自重する衛斗。

 

「そういう意味じゃねえよ!お前ナンパとかしないタイプだろ?」

 

「それは不純な見方ですね。天文学を志す者として、彼女のような方と話題を共有したいからこそ…」

 

「だーもう!俺を無視してまでやることかって言ってんだよ!」

 

「無視というほどではありませんよ。白瀬さんと会話できる機会に比べれば、今の君の存在感は6等星以下というだけです」

 

「なんっだよそれ!」

 

いつも通り軽くあしらわれる陽明。しかし、この漫才じみたやり取りに、百華の困惑は消えたようだ。

 

「では、これから講義を案内しましょうか。美宙君も解説を聞きたければ、ついてきても構いませんよ」

 

「俺がついていく側!?白瀬、何とか言ってくれよ!」

 

「美宙君もついてきてくれないと困る」

 

「ではまいりましょうか。白瀬さんのための雲上学園講義案内に」

 

「だーから、俺がオマケ扱いなのは…。はあ、もういいや」

 

この雲上学園は、宇宙飛行士研修コース向けの様々なカリキュラムを用意している。

 

スクリーンに星図を投影しての天文学。

 

「今週で星並びが変わって、新しい星が3つほど追加されてますね」

 

「新惑星が発見されたニュースを、もう反映してるとは…これはいいプラネタリウム」

 

「それってどの星だよ?わかんね」

 

未知の宇宙環境を分析するための環境学シミュレーション。

 

「今回の星は地球史でいえば、3億年前の石炭紀に近いと…。どのくらいの確率であり得ると思いますか?」

 

「石炭紀は植物が繁殖し過ぎて二酸化炭素濃度が低くなるから、既に氷河期に突入してる可能性が…」

 

「夢のないこと言うなよ。でかい昆虫や植物が、宇宙のどこかに生きてるかもしれないんだぜ?」

 

宇宙船や人工衛星・宇宙ステーションの操縦にかかわる設計および航空力学。

 

「これは白瀬さんの専門分野と聞いてますよ?」

 

「ええ。この位の計算や作図は何でもない」

 

「マジ?じゃ、俺の分も手伝ってくれよ。間に合わねえ!」

 

宇宙服などの装備で無重力環境に適応する実地訓練等々…。

 

「やっぱ、実戦で覚えた方が楽しいな!」

 

「陽明、この訓練で軽快に動けるなんて…」

 

「本人が言うには、座学はさっぱりでも、実戦では集中できるとか。そんなアドリブでなぜついて来れるか?それが分からないから面白いのですが」

 

ある程度の敷地や設備投資を持った大学なら、どこでもこのカリキュラムは採用されている。90年代の黎明期や、00年代からの停滞期と違い、宇宙開発に身近な期待が寄せられているからこそ、専門のコースが用意されているのである。

 

 こうなった事の起こりは10年前、天文台が宇宙からの電波を受信した。そこには宇宙に仲間を求め、そのしるしに事前に資源を提供するメッセージがあった。気のせいでない証拠に、その天文台付近に小型隕石が降り注ぎ、その中には希少な金属資源が豊富に確認できた。今の地球人類の技術では、お礼に向かうどころか、電波での返信すらできない。地球人類として、この好意を無視していいのかという機運が高まり、宇宙開発は再始動した。

このカリキュラムを受ける学生たちは、その時代の変遷の中、成長してきた新しい宇宙世代と言える。

 

 

それら一通りに出席して回ると、もう夕方になっていた。

 

「初日でもまんべんなく参加できて楽しかった。ありがとう、星海君」

 

夕日に白い肌を赤く染め、百華は少し表情を和らげ、微笑に見えないこともない表情をしている。百華と衛斗は話も合うらしく、陽明を差し置いて講義内容を何段階も掘り下げた難解な会話を楽しんでいた。

 

「ご満足いただけで何よりです。研究室は無理でしょうけど、送っていきましょう。時間が遅いですからね」

 

衛斗は余裕の笑みで提案する。

 

「いや、俺が送るよ。家に居候してるからさ」

 

講義の解説では敵わなかった陽明がドヤ顔で割り込む。

 

「フッ、では近くですね。そこまで僕もついていきましょう」

 

「何でそこは驚かないんだよお!てか、マジでついてくる意味ないだろ!」

 

陽明は百華が同居しているという衝撃の事実で逆転しようとしたのだが、なぜか衛斗には軽く流されてしまった。本当に研究の同志と見てるだけなのだろうか。

 

「なぜ僕はダメで、君だけついている必要が?」

 

「決まってんだろ、俺がソラ…」

 

「黙って!」

 

「あっ、悪い…」

 

陽明は勢いで自分がソラリオンと暴露しそうになり、百華に強く制止されてきまり悪く黙り込む。

 

「そうですね、君ではなく白瀬さんに決めてもらわないと。いかがですか?」

 

百華が遮ったのは、一見すると陽明に勝手に衛斗を追い払われたくないからと受け取れるために、衛斗がこう続けるのは不自然ではない。しかしながら、衛斗は陽明がソラリオンのことを暴露しかけたと分かっている。知らぬふりをして、有利な流れを作ったのである。

 

「博士は構わないけど」

 

「やっぱこうなるのか…」

 

帰りのバスに同乗する3人。夕日が窓から差し込むバスは、電灯が切れかけているのか、明りがゆっくりと明滅し、学業・仕事終わりのけだるげな雰囲気を演出していた。そのバスには、他にも早めの通勤帰りのサラリーマンやOL,雲上学園の学生や、その付属中学・高校の生徒も乗っていた。その中には、乗ってきた3人の姿に気づいた者も。

 

「あれっ、今乗ってきたのって、衛斗お兄さん?お兄さ~ん」

 

衛斗の義妹・エルハームである。おかっぱの黒髪、夕日に照らされた褐色の肌の顔、つぶらな瞳のあどけない顔つき。今日はセーラー服姿だ。一番後ろの4人掛け座席から身を乗り出し、笑顔で手を振って声をかけようとする。

 

「しっ!静かに、エルハームちゃん!」

だが、一緒にいたショートカットの女の子がそれを制止し、引っ張って隠れさせる。

 

「なあに、サッキ―?衛斗お兄さん一人なら、こっちに呼んでも座れそうだよ」

 

エルハームは黒目がちの瞳で、制止した同級生を不思議そうに見つめる。

 

「そうじゃなくって、お兄さんが今女の人と一緒にいるでしょ?しかもあの雰囲気、お兄さんから誘ったんだよ!」

 

サッキ―と呼ばれた短髪の女の子は、衛斗が女性にアプローチしてると、いち早く察して妹が割り込む事態を避けたのだ。

 

「そうそ、ここは見守った方がいいって。しかももう一人男もついてきてるし、結構油断ならないみたいよ?」

 

その隣に座っていたサイドテールで丸顔の女の子も、エルハームをたしなめる。

 

「なおぽんも、そう思う?」

 

2人から止められてエルハームはおとなしく腰を下ろす。衛斗含めた3人はエルハームの存在に気づかずに済んだようで、前方の座席に座る。2人掛けの席しか余ってなかったので、ちゃっかり衛斗が百華の横に座り、陽明がその後ろに座る。

 

「にしても、レアだよね。エルハームちゃんのお兄さんが、女の人を取り合うなんて。やっぱり告白されるより、するタイプだったのかな?」

 

「その辺どうなの、エルハームちゃん?」

 

「私はそこまでわかんないけど…」

 

「またまた~。お兄さんの恋占いぐらい、頼まれたことあるでしょ?」

 

サッキ―がエルハームの背中をポンポン押す。

 

「そんなのないよぉ~。今日だってそんなそぶり全然……」

 

エルハームは照れているような、困っているような表情を見せる。衛斗がモテるのは知っていたが、実際に彼が女性とデートしてるのを見ると、どうにも気恥ずかしい。

兄が選んだ女性とはどんな人か、上手くいくのか。エルハームだって気になるのだ。

 

「気になるなら、どうなるか占ってみたら?いつもみたいに」

 

なおぽんが、ニヤニヤしながら唆す。エルハームはタロット占いが得技なので、よくこんな感じで周りから振られる。純真なエルハームをからかうノリで提案されるパターンが多いが、占いの結果が出ると、周りはいつも驚かされるのだ。

 

「それじゃ、バスの中だし、一枚だけ引いてみるね…」

 

エルハームはカバンから取り出したタロットカードをシャッフル、そしてサッキ―となおぽんにも混ぜてもらう。そしてエルハームがその中から1枚引く。バスの中のようにカードを並べられない場所だと、このような一枚だけ引く占い方で決めることも多い。それだけ、エルハームは占いに慣れているということでもある。引いたカードを裏返すと、正位置の「月」のカードだ。

 

「月?確かにエルハームちゃんのお兄さんって、そういう静かに輝くイメージはあるけど…」

 

「これってどういう意味なのエルハームちゃん?」

 

なおぽんが首を傾げ、サッキ―がエルハームの解釈を求める。

 

「正位置の月のカードの意味は不安・混沌・曖昧…。初対面で踏み込むのが不安だから、今日は進展しないで別れるってことかな」

 

「かーっ!惜しいね、それ!告白までついていこうと思ったのにー」

 

「以外にお兄さんも奥手なんだね~」

 

「そ、そうだね!そんな急になんていかないよね!」

 

エルハームは笑顔を作りながら二人に同調する。本当は二人と違って、ほっとしていた。義理の兄妹でありながら、最初から家族として接してくれた衛斗お兄さんが、まだ近くにいてくれる気がして。衛斗の後姿を確認すると、さっきまで弁舌さわやかだった彼が黙っている。何か考え込んでいるのか、微動だにしない。

不思議に思う間もなく、エルハームを、猛烈な睡魔が襲った。朦朧とする意識、ぼやけた視界で周りを見ると、かしましかったサッキ―となおぽんも、シートに体を横たえ、寝息を立てている。

 

(もしかして、混沌、曖昧な結果になる暗示はこのこと?でも、一体何が起こった、の…・・・・?)

 

エルハームは嫌な予感がしながらも、眠気に逆らえず、意識を手放す。

 

エルハームたちだけでなく、乗客は皆眠りに誘い込まれていた。さっきまで喋っていた衛斗は、突然目を閉じて頭を背もたれに沈めたかと思うと、ぐっすりと眠り込んでいる。

 

「おい起きろよ、衛斗!ダメだ、全然起きねえ」

 

さっきまで会話のはずんでいた衛斗が眠り込んで当惑する陽明。少しも眠くなかった彼自身も、頭の中に霞がかかっている。帰りのバスは眠りやすい環境と言うが、これは何かおかしい。百華もレンズの奥の瞼を瞬かせながら、眠気に抗い、声を絞り出す。

 

「陽明、これは、罠…。運転席を見て…」

 

運転席を見ると、いつの間にか迷彩色の戦闘員・クリアノイドが座って運転している。このバスもユニティー財団の手先が張っていたようだ。しかも、クリアノイドの運転するバスはいつの間にか町のルートを外れ、汽笛の響く閑散とした湾岸工業地帯を通っている。

 

「変身すれば、多分効かなくなる…速く!」

 

後を託すように変身を指示し、百華は崩れ落ちる。彼女も我慢の限界だったようだ。

 

「ああ、行くぜ。ソラリオン機動!」

 

陽明は眩き光とともに、ソラリオンに変身。全身に派手なオレンジのカラーリングに、腕部や脚部には赤いプロミネンスのような炎の模様が。胸部には、その炎模様が渦を巻いて集まった明るい橙色の日輪の意匠。放射線状に太陽光線の装飾が施されたメットと、マジックミラーのような透明度の高いバイザー。右手には、オレンジのグリップが。黄昏の眠気を裂く旭日の戦士が、バスの通路に仁王立ちする。

 

「バスのみんなに何をした?今すぐバスを止めろ!」

 

「寝つきの悪いガキだ。ソラリオンに変身したお前には、俺の催眠光は効かなかったか?」

 

ソラリオンの啖呵に、頭上から応じる声。バスの天井が破られ、崩れた天井板とともに、白い怪人が降ってくる。燈台を被ったような細長い円筒形の兜に、怪しく明滅する白眼のモノアイ。白い装甲で黒いインナーを覆い、手には中世の燭台に似た先端部を持つ、血のように赤い三又の長物を携えている。

 

「みんなを眠らせたのはお前の仕業か?」

 

「ああ~、そうだ。白瀬博士がこの町にいるなら、どのバスに乗るか特定できたら、このバスを向かわせて乗客ごとさらっちまおうと思ってな。クリアノイドの奴らにできるわけがない」

 

朝のうちにバスに乗った白瀬博士を確認、罠を仕掛けた帰りのバスで、さらう計画だったという。

 

「じゃあ、お前はなんなんだ?」

 

「俺は量産型のクリアノイドとは違う。スペーシア・ナイツのように特化した性能を持つアストロノイド“トーチヒュプナス”様だ。こいつらを眠らせた催眠光も、俺たちの保有する新技術さ」

 

白い怪人・トーチヒュプナスのモノアイから発する光には、生物を催眠状態に導入する作用がある。バスの二重天井に潜んでいた彼は、電灯を通じて催眠光を送り込み、眠りやすいバスの環境を利用して乗客全てを眠らせ、バスの行先も変えた。

クリアノイドの姿を見た百華の予想通り、変身して催眠光を直接見ていない者たちには効かなかったようだが。

 

「なんで、そんなすごい技術を持っておいて、大勢の人を巻き込む?」

 

「大勢の人間は、技術の使い所も、稼ぎ方も知らないとくる。だから俺たちに搾取されるんだよ。あの澄ました顔した白瀬博士も俺に反抗するなら、大人の付き合いでじっくり分からせてやるとするか。ヒハハハ…」

 

トーチヒュプナスは鼻で笑いながら、寝転がった人々を見回す。

 

「…そうはいくかよ。技術の使い方は、作った奴が一番わかってるに、決まってんだろ!」

 

陽明は今この瞬間にも、百華の助言とソラリオンに助けられたのだ。意識のない彼女への侮辱は許せない。その激昂を引き金に、ソラリオングリップの「レーザー white」のボタンを押し、白熱光線の剣「陽白刃ワイトセイバー」を構えて、挑みかかる。対してトーチヒュプナスは燭台型の三又武器「トライデント・バーナー」で受け止めるが、その熱量にたまらず飛びのき、距離を取る。

 

「待て!こんなバスの中に逃げ場なんてないぞ」

 

「チッ!キレるのだけは一丁前のクソガキが。おい、急げ!」

 

トーチヒュプナスは運転手のクリアノイドに合図を出す。クリアノイドはバスを急加速させ、狭い倉庫街の道へと突っ込む。

 

「うおぉ、危ねえ!何すんだよ」

 

「事故が怖いかガキが?殺される方がもっと怖いぜっ!」

 

スピードを上げたバスに揺られてバランスを崩すソラリオンに、トーチヒュプナスはトライデント・バーナーを振りかざし、何度もたたきつける。トーチヒュプナスは乗り物のスピードや揺れなどに慣れているらしく、体が揺れても細かい動きで上体を揺り戻し、バランスを保っている。

 

「威勢だけじゃどうにもならんぜ?おい、倉庫に突っ込め!」

 

バスの目前に迫った倉庫のシャッターが開き、バスは突入、入ると同時に急ブレーキをかけ、バス全体が前後に揺られる。

 

「おわあっ!」

 

ソラリオンはもんどりうって、床を転げまわる。慌てて周囲の乗客の様子を見るが、他は座るか横になっていたためにセーフだったらしい。

 

「ようやく寝る気になったか?邪魔だから伸びてな!」

 

トーチヒュプナスの声とともに、先端に炎が着火されたトライデント・バーナーのフルスイングが、隙だらけのソラリオンを吹き飛ばす。バスの窓ガラスを破り、外まで吹き飛ばされ、倉庫の床にたたきつけられるソラリオン。そのボディからは黒い煙が上がり、起き上がる気配がない。

 

「ようやく邪魔が片付いたか」

 

その時、戦闘の騒音のためか、エルハームと、サッキ―、なおぽんが目を覚ます。しかしまだ体は覚醒しておらず、動かすには重い。

 

「うぅん、何…?」

 

しかし彼女らは知らない倉庫の暗がりに停車しているバスや、バーナーを持った怪人、破れた窓ガラスを見て絶句する。一体眠っている間に、何があったのか

 

「もうお目覚めか。たっぷり睡眠をとってるガキどもは眠りが浅くていけねえ。ま、これからは眠る暇なく働いてもらうがな」

 

「ちょっと、アンタなんなのよ?ここはどこ?」

 

サッキ―が他の2人に代わって、勇気を振り絞って疑問をぶつける。

 

「必死だなあ、おい。ここがどこかなんて、どうでもいい。もうすぐ、この俺がお前らを他の国に売りさばいてやるからな、ヒハハハ」

 

トーチヒュプナスはサッキ―の虚勢をあざ笑う。トーチヒュプナスの人間としての顔は、人身売買のブローカーである。百華をさらう任務のついでに、他の乗客も自身の闇ルートに乗せて売りさばくつもりだ。

 

「ふざけないで!こんな騒ぎになったら警察が来るわよ!」

 

「慌てんなって。バスも倉庫も根回ししてあるから、誰も気づきしやない。それに、俺の密輸ルートなら、警察が来る前におさらばだ」

 

気丈に反抗するサッキ―を見下して、望みを折るトーチヒュプナス。更に彼は恐ろしい計画を得々と語る。

 

「お前らなんかは女としてもう年頃だし、その筋のマニアに売れるんだよ…。活きのいいお前なんかはしつけ甲斐があるからなあ…」

 

トーチヒュプナスはトライデント・バーナーをサッキ―の肩に押し付ける。着火はしていないが、バーナー部分の金属にこもった米津が、彼女の肌を苛む。

 

「っつ!熱い!」

 

なおぽんが、友人に向けられた脅迫に耐えきれずに、青ざめる。

 

「そんな、私まだ、恋人もいないのに…」

 

「はっ!デブが。お前は無駄に肥えた体を切り刻んで、臓器にして捌くんだよ。思い上がんな!」

 

「ひどい…!」

 

ぽっちゃりしていた体型を針小棒大に罵倒され、なおぽんは泣き出す。デブと呼ばれるほどでもないのだが、トーチヒュプナスは自分の眼鏡にかなわなければ、ゴミのように罵倒するのだ。

 

「もうやめて!これ以上酷いことしないで!」

 

「一番ひどいことになるのはお前なんだよ。この中じゃ、お前が一番上玉だからなあ…」

 

見ていられずに懇願したエルハームに、トーチヒュプナスは怪しく光るモノアイを近づけ、品定めする。

 

「外国じゃ、アラブ女は身持ちが固いからな。高く売れるぜぇ」

 

アラブ圏の女性は、肌をあらわにしない戒律が合ったり、貞操観念が厳しかったりする。エルハーム自身もその環境で、長袖の服を好む。だが、それも彼のようなブローカーからすれば、商品に箔をつける材料にすぎないらしい。余りの下衆な言い草に、エルハームは恥じらい、顔をそむけて、眠り込んだ衛斗の方を見る。しかし願い空しく、彼は目を覚ます様子はない

 

「大人しくなったな、ガキどもが。おい、いつも通り縛り上げて船に押し込め!」

 

倉庫に待機していたクリアノイドたちがバスに乗り込み、乗客を縄で縛って連れて行く。

 

「くっそお…待て!」

 

煙を上げながらも、ソラリオンがよろよろと立ち上がり、何とか止めようと近づいてくる。

 

「しぶとい馬鹿だ。大人しく寝てりゃいいんだよ。やれ!」

 

トーチヒュプナスの号令と同時に、ソラリオンの体に走る衝撃。周囲には誰もいないように見えるが、この感覚はクリアノイドにコンバットナイフで切られた時の物だ。

 

「またあいつらが、隠れてるか…なら、これでどうだ!」

 

今朝、百華に教えられたキーを押し、「レーザー spectrum」を発動、虹色の光線が周囲を照らし出す。すると、ソラリオンの周囲に数人のクリアノイドが姿を現す。これは七色の光を連続して照射することで、光線の反射を正常に戻す可視化光線。これにより、クリアノイドの光学迷彩は破られた。

 

「姿が見えりゃこっちのもんだ、行くぜ!」

 

ソラリオンは再びワイトセイバーを手にして、クリアノイド達に切りかかる。弱った相手をなぶり殺しにするつもりだったクリアノイド達は、突然の反撃に対処できず、あっという間に切り倒され、変身解除させられる。

 

「連れて行かせねえぞ!」

 

追いかけようとするソラリオンの行く手を、トーチヒュプナスが阻む。

 

「ソラリオンが頑丈なおかげで寿命が延びたなあ?最も、俺から見れば、風前の灯だ」

 

「さっきみたいに行くかよ。もう許さねえからな!」

 

「お前みたいな勢いだけの奴ほど脆いんだよ!」

 

トーチヒュプナスはモノアイから強い光を放ち、点滅させる。催眠光とは違う、チカチカした点滅だ。

 

「うあっ!目が…」

 

本物の燈台ばりに強力な点滅光はソラリオンにも効いていた。強烈な点滅で目が追い付かず、視界を奪われる。そこに、トライデント・バーナーが叩きつけられ、ソラリオンのボディを焼く。反射的にワイトセイバーを振るうが、その時には相手は間合いから逃げている。

 

「ガキがいきがろうと、無駄なんだよ。掠りもしないんじゃなあ」

 

トーチヒュプナスは何度も死角からトライデント・バーナーで攻撃し、ソラリオンに焦げ跡とダメージを蓄積していく。脇腹を横殴りにされ、大きく吹き飛ばされるソラリオン。そのまま倉庫の段ボールの山に突っ込み、崩れた段ボールに埋もれる。

 

「段ボールのベッドに寝たことはないだろう?ヒハハハ!」

 

そこから起き上がったソラリオンは、先ほどまでのワイトセイバーを持っていなかった。よく見ると、片手に拳銃型に変形した細身のソラリオングリップを持っている。手探りで「レーザー Beam」のキーを押して、両手持ちの太さだったグリップを2分割して、片手に収まる握りにする。外したパーツをアタッチメントとして球状端末にかぶせるように装填。光線を一方向に収束して銃口から発射する光線銃「ソーラーレイガン」に変形したのだ。

 

「碌に目も見えない癖に、銃なんて持ち出しても手遅れなんだよ!」

 

トーチヒュプナスは、着火したトライデント・バーナーを構えて静かに近づく。一方のソラリオンはソーラーレイガンの引き金に指をかけたまま、動かない。やはり、トーチヒュプナスが近づいてくるのが、ソラリオンには見えてない。トーチヒュプナスは、内心ほくそ笑む。

 

(音で俺の動きを把握するつもりだろうが無駄だぜぇ。汽笛の音と同時に忍び寄ってとどめを刺してやる)

 

相手に向ける必要がある光線銃が相手なら、横や後ろから不意打ちすれば、反撃はない。勝利を確信したトーチヒュプナスは、汽笛が耳をつんざくと同時に、素早く忍び寄り、斜め上から振りかぶって頭を狙う!

 

「そこだ!」

その瞬間、ソラリオンがトーチヒュプナスの方向に振り向き、銃口を向けて引き金を引く。ソーラーレイガンの収束レーザーが、トーチヒュプナスに直撃する。

 

「があはっ!馬鹿なあ!」

 

トーチヒュプナスは吹き飛ばされ、レーザーでプロテクターを溶かされ、白煙が立ち上る。

 

「位置が分かるのは、目や耳だけじゃないさ。アンタのバーナーの炎が、俺をどこから狙うつもりか教えてくれたぜ!」

 

ソラリオンは視覚や音ではなく、バーナーの熱でトーチヒュプナスの動きを感じ取っていたのだ。

 

「だったら、火の海で死ね!」

 

トーチヒュプナスはトライデント・バーナーから火を放ち、ソラリオンの周囲の段ボールを焼き尽くす。最早倉庫ごと焼き殺すつもりだ。しかし、ソラリオンの視力も回復し始めていた。ソーラーレイガンのグリップを強く握りながら引き金を限界まで引いてエネルギーを最大限にチャージする。球状端末部分がオレンジに輝き、エネルギーが溜まったことを示す。

 

「俺は死なない。まだ夢があるからな!」

 

ソーラーレイガンから最大出力のレーザー「ソーラー・レイ」が火の海を薙ぎ払い、トーチヒュプナスに照射された。その威力でトライデント・バーナーは真っ二つに砕かれ、全身から白煙を立ち上らせて、変身解除される。うつぶせに倒れているが、浅黒く日に焼けた肌と、潮風でチリチリに乾燥した黒髪の男の姿に戻る。

 

「こいつもやっぱり人間だったのか。でも今は、さらわれたみんなを追わないと!」

 

クリアノイドたちが変身解除した後、気絶するだけで済んだように、スペーシア・ナイツ由来の変身スーツには内部の人間を傷つけない安全装置が働いていると、百華が説明していた。一瞥して気絶しているだけと確認し、倉庫の外に急ぐ陽明。

 

 倉庫の外は、とっぷりと日が暮れていた。倉庫街を抜けて港にたどり着き、辺りを見回すソラリオン。どこかにさらわれた人々を乗せた船があるはずだ。トーチヒュプナスの口ぶりでは、もうすぐ出航しそうな船が。

 

「おい、そこの!お前だよ、お前! 」

 

突然甲高い大声で呼ばれて海の方を見ると、一隻の貨物船に、探していたバスの乗客がいた。ただし、エルハームを含めた女子中学生3人だけで、しかも縄で縛られたまま、甲板から海上に宙づりにされている。縄は甲板のクリアノイドたちが引いており、彼らが手を放せば3人は冷たく暗い夜の海にまっさかさまだろう。彼女たちもそれをわかっているのか、顔から血の気が引いている。脅すようにクリアノイド達がロープを引っ張り、不安定につるされた彼女たちを揺さぶる。

 

「ちょっ、やめなさいよ!このっ」

 

「落ちるっ、助けて!」

 

「どうして?こんな未来になるなんて…」

 

3人は揺らされて恐ろしさのあまりふるえるが、その動きは揺れを大きくして、更に彼女たちを恐怖に陥れる。

 

「動くんじゃないよ、ヒーロー気取りの坊や!あたしらはお前を殺して、グリップを奪い取れりゃいいんだよ。お前が大人しく死んでくれりゃ、小娘どもは助かるかもねぇ…ケケケケケ!」

 

オルカの鳴き声に似た笑い声で要求する声の主は、船上には見えない。近くの暗闇に潜んでいるのか。

 

「くそっ、どうすりゃいい…」

 

倉庫で聞こえた気がしたエルハームらしき声は、気のせいではなかったらしい。ソラリオンの光線を使えば敵を焙り出せるかもしれないが、目の前のエルハームたちを見殺しになんてできない。…何より、衛斗に顔向けができない。

 

(俺一人が犠牲になるしか…それしかないのか!)

 

夜のとばりが降りた港で、消えかける太陽の光。沈んだ太陽に明日はあるのか?

 




ソラリオンが今回披露した機能を解説。

・ミラーバイザー

ソラリオンの目元を覆う透明度の高いバイザー。マジックミラーのように内部から外の視界はクリアに確保できるが、外から内部を窺うのは難しく、変身物でお約束の仮面になっている。
外部からの光量を調節し、催眠光線などの影響を受けない。ただし、それにも限界があるようで、トーチヒュプナスの強烈な点滅光線で視界を奪われてしまった。

・可視化光線

ソラリオングリップの球状端末の内、「レーザー spectrum」のキーを押すことで、虹色の光線を発する。光の反射や屈折を正常に戻す効果があり、光学迷彩や蜃気楼による透明化、幻を見破る。

・陽白刃ワイトセイバー

レーザー Beam」のキーを押しての球状端末の内、「レーザーWhite」のキーを押すことで、白熱光線が剣をかたどる。光線が集中して高い熱量と威力を持っており、グリップまで熱が伝わるほど。クリアノイドやアストロノイドにも、まともに当てれば相当なダメージを与えられる。陽明の性格上、とりあえずこれでゴリ押ししようとするパターンが多い。

・ソーラーレイガン
ソラリオングリップの球状端末の内、「レーザー Beam」のキーを押して、更に変形ギミックを要する光線銃。両手握りサイズのソラリオングリップをパカッと真ん中で2分割、片手にギリサイズにしたうえで、外した側をアタッチメントとして球状端末にかぶせるように装填。L字型の拳銃に変形する。
光線をアタッチメント側の銃口に収束することで、レーザーの貫通力や精密性が増している。一旦引き金を引いて絞ることでエネルギーをチャージ、引き金を放した瞬間に光線が発射される。最大限エネルギーをチャージした上で放つソーラー・レイは、アストロノイドを倒すに余りあるほどの威力を誇る。

・安全装置

スペーシア・ナイツや技術盗用して作られたクリアノイド・アストロノイドは、内部の人間を守る安全装置が働いている。下手したら死にそうな攻撃を受けても、変身解除したら疲労や気絶・怪我で済むのはこのため。

今回は、クリアノイドと、上位種のアストロノイドが敵として登場。

・クリアノイド

シンプルな丸いメットに、迷彩色のスーツとプロテクター、クリアパーツのブレスレットを装備した、ユニティー財団の戦闘員ポジ。カメレオンがモチーフ。ブレスレットには光学迷彩による透明化機能が備わっている(ただし、そこが一番故障しやすい)。鉄をも切断するコンバットナイフ、鉄パイプで殴られても平気なスーツの強度はあるが、スペーシア・ナイツやアストロノイドにスペックで劣る量産型。
ユニティー財団のツテをたどって雇われたチンピラや傭兵崩れの「孫請け」、あるいはユニティー財団構成員が数をそろえたい時に変身する。
名前の由来は、clearまたは、ギリギリ宇宙進出をクリアできる性能(既存の宇宙服よりは高性能な程度)


・アストロノイド

ユニティー財団が保有する様々な技術に特化された専用型の怪人ポジ。星の光のエネルギーの代わりに、最新科学技術を搭載することでスペーシア・ナイツに近づけた性能。
ユニティー財団の構成員や、下部組織、フロント企業の人間が変身する。
名前の由来は、アストロノーツ(宇宙飛行士)から。


・トーチヒュプナス

燈台を模した円筒型の兜の奥から、乳白色のモノアイを光らせ、白い壁板のような材質のプロテクターを装備した外見。赤い燭台を模した三又の武器・トライデント・バーナーを備える。光の加減を自在に調節できるモノアイから、人間を催眠状態にする「催眠光」や、ソラリオンの視界をも奪う「点滅光線」を放つ。トライデント・バーナーは長物として扱う上に、先端部からは高火力の火炎を放つ。

変身者は日に焼けた浅黒い肌に、潮風でチリチリになった海賊チックなブローカーの男。密航の常習犯であり、二重天井や暴走バスにも動じない平衡感覚をユニティー財団に買われた。

陽明は初心者ゆえに苦戦しつつ、自力で光明を探すような泥臭い戦い方が特徴です。実戦でやる気と実力を最大限発揮するタイプ。

トーチヒュプナスの催眠光に、陽明は抗い、衛斗は即座に寝落ちしてましたが、一応個人差が理由です。
陽明が朝型で目が覚めやすい一方、衛斗は夜型で睡眠が短く深いせいで…。

太陽が沈んだ夜に準え、ソラリオンが追い詰められましたが、太陽が沈んだ後に待ち受けるのは、闇ばかりではありません。そう、夜は月が輝く時間です!…今の所衛斗は眠らされた上に縛られて船室に閉じ込められてますが。


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第3話:変幻の月夜

夜の港で、ソラリオンは人質を取ったクリアノイド、そしてまだ姿を見せない敵に怒りの火花を散らす。

 

「お前ら…何で関係ない女の子まで巻き込むんだ!狙いは俺と博士の二人だろ!」

 

「馬鹿だねえ。あたしゃ下請け仕事しかない下っ端どもとは違う。お前を倒す以外にも、この力で人さらいのシノギして、儲けたいんだよ」

 

前回白瀬博士を狙ったクリアノイドの二人は、あくまで拉致を依頼された雇われチンピラで、それ以外は何も知らされていないし、しようともしなかった。

だが、今回の怪人・アストロノイドは、その力を拉致の任務だけでなく、自分たちのシノギである人身売買にまで利用しているのだ。だから一般人まで平然と巻き込める。

こいつらからはソラリオンが倒された後で、人質を解放する気など、さらさら感じられない。となると、ソラリオンにできることは、要求を出す相手への徹底抗戦。

 

「お前らに利用されると、分かってて渡せるかよ…隠れてないで姿を見せろ!」

 

その返事の代わりに、鋭い怪鳥音が耳をつんざき、ソラリオンの体に衝撃が走る。

 

「うぐああああっ!!」

 

「おやまあ、変身してれば簡単には殺られないと高括ってたかい?抵抗できないお前を殺すなんて簡単なんだよ!」

 

暗い港のどこからか、ソラリオンを嘲る声がする。今の攻撃は隠れながら仕掛けたらしく、依然として姿は見えない。さらに見えない敵からの一方的な攻撃が連発され、ソラリオンを痛めつける。

 

「まだだ…。こんな汚い真似するってことは、正面から戦う自信がないってことだろ?卑怯者に俺は倒せないぜ!」

 

ソラリオンは衝撃でふらつきながらも倒れない。クリアノイドたちはその姿を見てどよめき、人質のロープを締め上げてさらに脅す。ロープが少女たちの柔肌に食い込み、苦痛の声を上げさせる。

 

「クソッ、早く変身を解け!でないとこいつらの命は…」

 

「そう言いながら人質を手放さないのは、その瞬間に俺が反撃できるのを恐れてるからだろ?」

 

「ゲッ!」

 

ソラリオンは怒りを込めて、クリアノイド達の図星を突く。隠れている敵の方はともかく、クリアノイド達ではソラリオンにかなわない。だから人質は彼らにとっては命綱だ。変身も解いていないソラリオン相手に手放せば、その直後に怒りの反撃を受けるのは明白だ。クリアノイド達は気圧されて、思わずロープを緩める。

 

「俺はこのまま耐えて、お前らを倒す突破口を見つける。…みんなも信じて、待っていてくれ」

 

ソラリオンはクリアノイド達に啖呵を切った後、サムズアップして人質の女の子を励ます。彼はまだ反撃のチャンスを諦めていない。攻撃を受けながらも、限界まで粘って半夏の糸口を見つける気だ。

 

「もしかしたら、あの人なら、できるかも。メットでよくは見えないけど……まだ死相が出てない」

 

「それ、本当…?」

 

「嘘でも安心するよ、エルハームちゃんが言うならさ」

 

吊るされながらも、ソラリオンが生き残る未来を信じようとするエルハームに、親友二人も勇気づけられる。

 

「いきがってんじゃないよ!やせ我慢すれば勝機があると思ってんのかい?」

 

「勝機は最初からあるもんじゃない!今から俺が見つけ出す!」

 

「このガキが……なら、お前じゃあたしには勝てないって教えてやるよ!」

 

敵が痺れを切らして叫ぶと、同時に海面がうねり、何かの影が蠢く。敵は海にいたのだ!

 

「そこか!」

 

ソラリオンは「レーザー spectrum」を発動し、可視化光線で海の中を照らし出す。夜の海が昼間のように鮮明な透明度になり、海の底に潜む姿を映しだした。

 

そこにいたのは、無機質な蝋のアーマーを纏ったトーチヒュプナスとは対照的に、生物的な衣装を持つアストロノイド。夜の海に溶け込むモノクロの体色で、スウェットスーツのような質感。オルカ特有の白黒模様で目や口元が描かれた不気味なマスク。頭頂部には背びれのようなアンテナ。大型魚の腹のように大きく湾曲した胸部アーマーや、水かきをもった細い足などから、女性的なフォルムに見える。同様に細い腕には、鋭利なひれ状の刃を装備して非力な印象を補っている。

彼女が海向こうからのブローカーが変身したアストロノイドの正体、ペルソナ―ハンターだ。

 

「ケケケ!あたしの居場所が分かったとしても、そこからどうやって攻撃する気だい?」

 

「居場所が分かれば、光線で十分だ!喰らえ!」

 

ソーラーレイガンに変形し、捉えた敵に一矢報いようとするソラリオン。収束レーザーをペルソナ―ハンターに向けて発射する!

 

逆転を賭けたその攻撃は……海中をわずかに進んだ途端、敵に命中する前に消失。ペルソナ―ハンターは寸前で消えた攻撃に余裕の表情を見せている。

 

「レーザーが効かない!?お前、何をした!」

 

「あたしゃ、何もしちゃいないよ。……お前、気づいてないのかい?海水は光線を大幅に遮断するってことを」

 

「何だって!」

 

光線は速度や威力にエネルギー効率など、どれをとっても汎用性の光る能力である。その最大の弱点は、軌道が直線的であり、その軌道をゆがませる要因が数多く存在することだ。

気温が高すぎれば空気中で光線が曲がってしまい、砂漠で見られる蜃気楼のようにあらぬ方に光線が向かってしまう。他にも電磁波で引き寄せられることもあれば、大気中に発生するプラズマに影響されることもある。

ペルソナ―ハンターは、海水が光線を通しにくいことを利用している。具体的には、海水を通れば大抵の可視光は、3メートルほどで明るさが半減される。当然ながら、光線の威力も激減する。ましてや数十メートルの海面下に潜っている敵に、光線は届かないのである。

 

「ほらほら、あたしを倒すんだろ?え?やれるもんならやってご覧よ!ケケケケケ!」

 

先ほどのソラリオンの決意を茶化すかのように、挑発し返してくるペルソナ―ハンター。確かに光線技を主力とするソラリオンでは、海中にいるペルソナ―ハンターに手出しができない。それが明らかになった時点で、反撃のチャンスは潰えた。

 

「何だよそれ…俺の攻撃は、最初から届かなかったってことかよ…」

 

「いい気になってかっこつけてたのは、お笑い草だったねえ!そしてあたしは攻撃できる。喰らいな!」

 

ペルソナ―ハンターが海中から再び超音波を発する。

 

「ぐあっ…」

 

衝撃がソラリオンの足を撃ち抜き、とうとうソラリオンは膝をつく。

 

ペルソナ―ハンターが頭部に搭載する超遠距離ソナーは、暗い海上の標的であっても的確にとらえる。そして、ソナーから発する超音波は、音声通信だけでなく、衝撃波を生み出す狙撃武器にも転用できる。つまりは、遠く離れた魚影しか見えない敵を、一方的に攻撃して狩ることができる。

 

ソラリオンがなす術なく痛めつけられる姿は、人質の少女たちの心を抉る。

 

「やばいよ、このままじゃ……」

 

「本当にあの人、死んじゃうよ!」

 

「もうやめて!それ以上酷いことしないで!!」

 

エルハームが悲痛に叫ぶ。それは、自分たちの命の危機よりも、目の前で体を張る人を見ていられなくなったが故の、必死の叫び。

 

「へえ、やめてほしいのかい。でも、こいつが変身解かない以上、攻撃して解かせないとねえ」

 

ペルソナ―ハンターはにべもなく断ろうとするが、エルハームが懇願しているのは……。

 

「これ以上、私たちの代わりに苦しむのはやめて……。もう見ているのが、辛いよ。今なら、まだ助かるかもしれないんだよ……」

 

エルハームは、無理押しで攻撃に耐え続けるソラリオンから、死の予感を感じ取っていた。だからそれだけは避けようと、まだ命あるソラリオンを死なせまいと、泣きながら懇願している。

 

「お前らが頼もうが、こいつが意地張ってるんだから仕方ないねえ。まあ、生意気な口利いたこいつも命乞いするなら、聞いてやろうかねえ」

 

ペルソナ―ハンターは、エルハームの涙を嘲りながら、ソラリオンにも命乞いを水向けする。

 

「待ってくれよ……。変身を解く…女の子を泣かせてまで、意地を張るつもりはねえ…」

 

ソラリオンがフラフラになりながらも、悔しそうに身を震わせながら降伏宣言する。そして、本当にソーラーレイガンの銃身に指をかけ、レイガンモードを解除しようとしている。

 

「やっと自分が木偶の棒だって気づいたのかい?変身解除したら、グリップを投げてよこしな。そうすりゃこいつらは放してやる。ケケケケケ!」

 

哄笑するペルソナ―ハンターの姿に、ソラリオンは…最後の光明を見ていた。

 

(やはり変身解除の瞬間が、最後のチャンスだ。どうにか、捕まってるエルハームちゃんたちだけでも助け出す!!)

 

もう奴らは勝利を疑っていない。変身を解くふりをしてグリップを操作。レーザーでクリアノイドを倒して、人質が解放された瞬間、ソラリオンの運動能力を生かし、落下する真下に跳んでキャッチする。

その後ペルソナ―ハンターに海中から狙われるだろうが、彼女たちを奴らの手に渡しておくよりは、よほどましだ。あの衝撃波に耐えながら、岸まで泳ぎ着けば、勝負を仕切り直せる可能性はある。

 

「おら、早くおし!グズグズ引き延ばすんじゃないよ!!」

 

「ああ、分かってるさ…」

 

緊張した声を出しながらも、動作を遅らせ、相手にタイミングを計らせないようにする。張りつめた警戒心は、長くは続かない。ソラリオンは、クリアノイドたちが既に勝利を確信して警戒を緩めたのを見逃さなかった。

 

ソラリオンは変身解除のキーを押しかけていた指をずらして、「レーザーpectroscopy」と「レーザーpolarizations 」のキーを押しながら、クリアノイドたちに銃口を向け、レーザーを発射する。

 

「何ッ?」

 

クリアノイドたちは慌てて人質で脅す余裕もなく、屈んで射程からそれて、レーザーを避けようとする。だが、レーザーは空中で三筋の光に分裂、さらにフォークボールのように下へ屈折し、クリアノイド3体に正確に命中した。

 

「がはっ…」

 

新技「レーザーフォークシュート」をまともに食らい、短い断末魔を上げて、クリアノイド達は昏倒した。

 

「レーザーpectroscopy」のキーは、光線を偏光させて、好きな方向に光線を屈折させることができる。直線的な光線の動きを変えられる機能だ。

「レーザーpolarizations 」のキーは、光線を分光させて、複数の光線に分化させることができる。複数の標的を、同時に撃ち抜ける機能だ。

 

クリアノイド達が倒れたことで、ロープを固定する者はいなくなり、繋がれていた少女たちが重力に従って、海に向けて落下する。

 

「キャアアアッ!!」

 

「間に合え…フッ!」

 

絶叫する少女たちを助けようと、ソラリオンが跳ぶ。岸からのジャンプで、一気に空中で到達し、少女たちをもう少しでキャッチできるとなった、その時。

 

「ケケケケケケケケケ!!!」

 

「うぐあっ、この音は…!」

 

ソラリオンの耳を、鋭く甲高い高音がつんざく。余りの音に耳を揺さぶられ、平衡感覚が狂い、体勢は崩れて、ソラリオン自身もジャンプから落下へと、急転直下する。

 

(やばいっ、あいつ、こんな奥の手を隠してたのかっ!)

 

この強烈な音源は、間違いなくペルソナ―ハンターだろう。奴は超音波で海中からも攻撃できる。今度は超音波による衝撃ではなく、音に威力を持たせて攻撃してきたのだ。

見ると、この音にはエルハームたち3人も苦しめられている。苦しんで叫んでいる顔つきだが、その声すらソラリオンには聞こえていない。この不協和音による攻撃には、周囲の全員を巻き込むようだ。さっきまではクリアノイド達がいたから、使わなかっただけ。人質が解放された途端、遠慮がいらなくなるのは敵も同じだったのだ。

 

(このままじゃ、エルハームちゃんたちも、俺もっ……。すまねえ、博士、衛斗……!)

 

オルカの嘲笑に似た不協和音に苛まれながら、少女諸共落下していくソラリオン。

 

走馬灯のように衛斗を思い返していたのは、彼だけではなかった。生身で超音波に晒されながらも、エルハームは兄に思いを馳せていた。

 

(私たちも、助けてくれた人も死ぬ未来なんて、こんなのないよ…。助けて、衛斗お兄さん!!)

 

その祈りが通じたか、夜空から何かが飛来する。暗い夜の月明かりに映し出された何かの影は、人が乗れるほどの大きさをした、平たい円盤の形をしていた。その円盤が海水面ギリギリを滑空し、飛行の勢いで水しぶきを上げながら、落下する4人の真下に移動してくる。そして、加速がついて海に衝突するかと思われ4人は、その円盤に衝撃をいなされて、優しく受け止められた。不思議なことに、その円盤に着地した瞬間、あの不協和音も聞こえなくなった。

 

「……助かった、のか?」

 

最初にソラリオンが、呆然とつぶやく。

 

「あたしたち、生きてる……」

 

「怖かったよぉ……」

 

「よかった、みんな……」

 

彼の声が聞こえたことで、少女たちも墜落と不協和音の恐怖から助けられたと気付き、息をつく。

 

「後少しってところで……誰だい、邪魔をするのは!!」

 

超音波を中断し、地声で怒り狂うペルソナ―ハンター。それに対して答える声は、なんと船のスピーカーから聞こえてきた。

 

「あなた方の邪魔をするのは、世界でも指で足りるほどしかいないでしょう。僕はスペーシア・ナイツの一人、月夜の騎士ルナイト!」

 

スピーカーを備えた船室の窓に、月の光に照らされた蒼い騎士の姿があった。

 

彼がどうやって救出を成功させたか、それを知るには彼の行動を追って説明しなくてはなるまい。彼の行動開始は、エルハームたちがソラリオンを助けてくれるように叫んでいた時にさかのぼる……。

 

眠らされてロープで拘束されたバスの乗客たちは、船室に転がされていた。その中の一人、星海衛斗がはっと目を覚ます。

 

「今、確かにエルハームの声が聞こえましたね…」

 

他の乗客たちは、目を覚ましていないのを見るに、エルハームが声を上げたとしても、船室まではほとんど届いていなかったはずだ。だが、エルハームの悲鳴で、衛斗の意識は覚醒した。

衛斗は夜でも起きて星を見るために、睡眠時間を削って短く深い眠りについている、いわゆる夜型人間だ。そんな彼には、トーチヒュプナスの催眠術は特に効いていた。しかし、エルハームの悲鳴が聞こえたとなると、彼も眠っているどころではない。

 

「僕も他の乗客も、ロープで簀巻きにされていますね。これは、ユニティー財団の罠ということですか……」

 

縛られている中に、エルハーム含む少女たち3人、それと陽明の姿が見えない。そのことから、陽明がソラリオンになって、戦っているということも即座に察する。だが、もしエルハームたちを人質として利用するつもりなら、陽明の愚直すぎる性格上、ピンチに陥っているはずだ。

 

「どちらも早く、助けに行かなくては…!」

 

まずは縄を斬って動くところからだ。彼は這うように少しずつ体の位置をずらし、倉庫に散乱している、ボール紙の切れ端を拾う。そして、その紙切れを指で挟み、手首だけで軽く振りかぶって、素早くロープに切り付けた。すると、ロープがぱらっと切断されて、拘束がほどける。

 

紙は弱い素材に見えて、薄い側面は人の肌を切るくらいの鋭さはある。その鋭さを利用して、割りばしでも切れる技というのがあるが……。衛斗の場合は縛られて手先しか動かない状態でも使えるほどの技術を体得している。

 

そして、自由になった彼はポケットから、握りが三日月上のカーブを描く蒼いグリップを取り出す。これが奪われていないということは、奴らも衛斗を一般人として見逃していたに違いない。となれば、敵の不意を突くのも可能だ。

 

「ルナイト。機動!」

 

そう声を吹き込み、彼は「月の光」の力を持つスペーシア・ナイツ、ルナイトに変身する。

 

激昂に似た光とともに、現れた姿は蒼い鎧騎士のような姿。西洋兜のようなメットは、目の部分に縦の格子がつけられ、その隙間からミラーバイザーが黄色く光る。ている。胸部には白い満月が紋章のように描かれ、鎧の隙間部分は伸縮性の素材で接合されて、気密性と機動性を両立してある。

そして腰の部分には、薄く透明な小型の円盤をいくつも提げている。

 

「ここは…?」

 

「なんだ、動けない?」

 

「縛られてる!」

 

「そこに、変な鎧がいる!」

 

「お前がやったのか?」

 

ルナイトが変身で発した光により、捕まっていた人々が目を覚ます。バスで眠ったかと思えば、起きたら縛られて動けないことで、動揺が走る。中にはルナイトが犯人かと思う人も。

 

「落ち着いてください。僕は皆さんを助けに来ました。今、縄を解きますから、すぐにこの船から逃げて下さい」

 

そう言いながらルナイトは、さっきのように白瀬博士の縄を切る。

 

「ルナイトは扱いにくいから、教授に預けたはず。それが、本当に適格者が見つかるなんて…」

 

白瀬博士も、イギリスの教授が前々からルナイトの適格者を探していたのは聞かされていた。しかし、それがこの窮地に間に合うとは思っていなかった。

 

「教授から事情はうかがっています。この場は僕に任せて、あなたも安全な場所まで」

 

白瀬博士が大人しく縄を解かれたことで、他の人々もルナイトが味方だと理解できたようだ。素早く縄を切断し、同室の人質を全員解放する。

 

人々を先導しながら、ルナイトは船の中をたどる。そう大きくない密航船なので、すぐに出口までたどり着くが、そこには見張りらしきクリアノイド達の姿が。

 

「待て、貴様等!」

 

「彼らの相手は僕が。皆さんはその隙に出口へ!」

 

ルナイトは、グリップ端末部分の「full moon」のキーを押して、腰の円盤を一つ取り外し、グリップの端末部分に取り付ける。すると、直径10センチ程度だった円盤が、直径1メートルほどに拡大する。大型の円盾「フルムーンシールド」を展開したルナイトは、それを構えてクリアノイド達に突撃する。

 

「デカい盾に隠れやがって、チキンが!」

 

「こんな狭い通路で邪魔なんだよ!」

 

クリアノイド達は一斉にコンバットナイフで円盾に攻撃するが、その衝撃が跳ね返り、逆に吹っ飛ばされる。薄く引き伸ばしたような見た目に反して、複数人を弾き返すほどの丈夫さなのだ。

 

「さあ、今のうちに!」

 

「すげえ、疑って悪かった!」

 

「ありがとう!」

 

「あなたならそれで戦える、ルナイト!」

 

「逃がすか!」

 

激励を送る人々、その中に混じってルナイトを応援する白瀬博士。クリアノイド達は起き上がって改めて出口をふさごうとするも、円盾によって抑えられ、クリアノイドの動きが封じられる。狭い船内では円盾一つでも複数人の進路妨害をするには十分だ。そのうちに、捕まっていた人々は、全員脱出していた。

 

「こうなりゃ体当たりで盾をぶち抜くぞ!」

 

クリアノイド達が助走をつけて、ナイフを構えた体当たりを仕掛けてくる。突進してくる敵に対して、ルナイトは腰を低く落として待ち構える。そして、クリアノイド達が至近距離に迫った瞬間。

 

「そこっ!」

 

円盾を少し斜め上に持ち上げる。すると、突撃してきたクリアノイド達の体は、斜め上へと弾き飛ばされた。そのまま天井にたたきつけられる。

 

「のはあっ!」

 

勢いをそのまま反射されて、クリアノイド達は床に落ちると、動かなくなり、変身解除する。これは敵が突撃する勢いを、タイミングよく盾の方向をずらすことで、円盾で跳ね返すカウンターだ。

 

「訓練ではうまくやれましたが、実戦でもカウンターが成立するとは思いませんでした……。このカウンターで戦えるという理論は、正しかったようですね、白瀬博士」

 

ルナイトの強みは、防御の上でのカウンター。ルナイトの装備に使われているのは、10年前に宇宙から降り注いだ宇宙金属の一つ、「ルナメイル」。薄く加工しても丈夫であり、反射角さえ調整すれば、あらゆるエネルギーを反射できるという特質を持つ。それゆえ、反射角を調整するために、ほぼ平面の形状に加工するのが生かしやすい。本来は、危険な宇宙線などを反射できると期待されて造られたものだ。

衛斗は緻密な軌道計算を行ってエネルギーの反射角を求めることで、ルナイトの武器を扱うに足る人材として教授にスカウトされ、変身までに訓練を受けてきた。

 

ルナイトは船の出口から、外を見回す。他の人々は倉庫街方面から逃げていくのが見える。静かに、確実に逃げられるように、白瀬博士が誘導してくれている。他に敵はいないかと慎重に動きながら、周囲を観察すると、岸には海をむいて身構える、オレンジのスペーシア・ナイツの姿が。

 

「あれはソラリオン…?すると、敵は海に…」

 

更に見ると、そこにはクリアノイド達に捕まったエルハームたちの姿が。

 

「人質でしたか、やはり…!」

 

グリップを強く握りしめるルナイト。最悪殺されていたかもしれないという一抹の不安が解消された反面、義妹のエルハームや友人の少女たちが、悲しみ苦しんでいる姿を目の前にすると、心配の代わりに怒りが込み上げてくる。

今の所、敵の注意は、岸にいるソラリオンに向いている。どうやらソラリオンが時間を稼いでくれているようだ。陽明は思った通り、人質を慮ってくれている。

 

(敵の攻撃は、オルカのような声や、海から攻撃していることから、恐らくは超音波。となると、耳栓をつけて向かわないと危険ですね)

 

冷たく滑らかな握りのグリップを強くつかんでいなければ、兄として自分も飛び出していたかもしれない。だが、ルナイトのグリップが怒りの熱を冷やし、自分がすべきことを教えてくれる。ルナイトとして狙うは、人質もソラリオンも助けるカウンターだ。

 

もう一度船に戻り、見張りを蹴散らしつつ、裏側からよじ登ってガラス張りで最も目立つ部屋、操縦室にたどり着く。腰の円盤、ルナディスクを一つ指先に挟み、スパッと窓を切りつけると、ガラスはほとんど音を立てずに割れて、侵入するための穴が開く。本来はグリップに接続して運用するルナディスクも、彼ならば単体で武器としても使える。中を探すと、目当てだった無線用のヘッドホンを見つける。これをつけておけば、超音波に邪魔されることはない。

 ルナイトはルナディスクを4枚手に持ち、グリップの端末部分についているリーダーで読み込む。そして手を放すと、ルナディスクは勝手に浮遊し始める。ルナディスクをグリップを通して、衛星の如く飛行させることが可能になったのだ。

 

「頼みましたよ…」

 

ルナディスクを窓の穴から送り出すと、「full moon」のキーで再び拡大させる。タイミングを見計らって、人質の身柄を奪い返すために。

 

こうして4人を軟着陸させたルナディスクは、4人を岸まで運ぶ。

 

「それにしても、何でこれに乗ってると、あの嫌な音も平気なんだ?」

 

ソラリオンが疑問を呈すると、ルナイトが解説に入る。

 

「その円盤は、あらゆるエネルギーを反射します。さっき落ちてきた皆さんを受け止めた時には、重力を分散して衝撃を緩和。さらに、今も超音波を分散して反射しています。後はその安全な円盤から降りずに、僕に任せてください」

 

「俺だけ見てられっかよ、…痛ッ!」

 

立ち上がろうとするも、連戦のダメージが残っているソラリオン。これでも変身解除ギリギリの状態だ。

 

「無茶しないで!」

 

「ここはあの人に任せなって」

 

「うん、あの人なら勝てるかも…あのカードが指し示したなら」

 

エルハームはそう言いつつ、バスの中で引いた「月」のタロットを思い出す。だとすれば、この場の運命を制するのは、彼ではないだろうか?

 

「コソコソ隠れて邪魔してんじゃないよ!」

 

ペルソナ―ハンターが超音波で再び攻撃してくる。今度は衝撃波でルナイト本人を狙うだが、さらにルナディスクが飛来して、尽く超音波を反射する。海中から高所を狙った超音波は、ルナイトからも進行方向が読みやすくなっている。

 

「あなたには言われたくありませんね。そっくりお返ししますよ!」

 

ルナディスクに反射された超音波が、今度はそのままペルソナ―ハンターの元へ戻っていく。ペルソナ―ハンターは自身が放った衝撃波をまともに食らう。

 

「ぎゃっ!なんてこったい!このあたしが手玉に…」

 

狼狽したペルソナ―ハンターは、海から飛び出し、直接操縦室に乗り込んでくる。

 

「なら、お前も直接叩いてやろうか!」

 

「やっと正面からやる気になりましたか」

 

ルナイトは既に、グリップにルナディスクを装填した新たな武器を構えている。ルナディスクをリーダー部分に挿入して、「crescent」のキーを押すことで、ルナディスクが三日月形に折りたたまれ、三日月の刃を備えた「クレセントブレード」になる。

 

「死にな!」

 

両腕の鋭利なヒレで互い違いに切りかかってくる。対して、ルナイトはクレセントブレードで横一閃する。

 

「フッ!!」

 

すると、大型魚のようなヒレは、極薄の刃によってどちらも切り裂かれた。

 

「がっ、こいつぅ!!」

 

一瞬の早業で武器を失い、愕然とするペルソナ―ハンター。

 

「さて、潔く一撃で散らせてあげましょう」

 

ルナイトは「moonlight」のキーを押す。クレセントブレードに月光の力が満ちる。そのまま振りかぶり一刀両断する。

 

「このあたしが…嫌だあああ!!」

 

頭からつま先まで、スーツが着られた白線が入ったと思うと、ペルソナ―ハンターは爆発し、変身解除して欲の皮が突っ張っていそうな、老けた外国女性の姿になって倒れる。これで

ユニティー財団の攻め手をまたも乗り切れた。

 

その後、ルナイトと白瀬博士が、ルナディスクに乗ったままの4人の元に集まってくる。

 

「大丈夫ですか?怪我は?他に何もされませんでしたか?」

 

「滅茶苦茶痛いけど、俺は何とか大丈夫だって」

 

倒れながらも、声だけは元気なソラリオン。

 

「あのぉ、本当に大丈夫ですから」

 

遠慮がちに安心させようとするエルハーム。

 

「私達気づいたら縛られてたくらいで…」

 

状況の篇アkについていけずに、困惑するなおぽん。

 

「後は蝋燭男から、ちょっとセクハラ発言されただけで…」

 

「セクハラ!?」

 

「だから、過剰に反応しないでよ!恥ずかしいから……」

 

説明しようとして、途中で恥ずかしくなるサッキ―。

 

ルナイトが4人を、かなり心配して問いただす。

 

(エルハームだけを心配すると、正体バレにつながりますからね。今はひっくるめて誤魔化すしかありません……)

 

(ルナイトさんって…)

 

(優しい…)

 

そんなルナイトの個人的思惑と裏腹に、その場の全員(特にサッキ―となおぽん)がルナイトの紳士ぶりに好感を覚えていた。

 

「それにしても、俺って最後は足引っ張っちゃたよな。ルナイト、アンタに比べると落ち込むぜ」

 

「いや…僕が助けた衛斗君という人が礼を言ってましたよ。妹を守ってくれてありがとう、と」

 

「あいつがそんなことを!?信じらんねぇ……」

 

「さっき助けた時と言い、人の厚意を素直に受け取れないんですか、君は」

 

「ごめんごめん、そうじゃないって!」

 

顔が見えなくても漫才を繰り広げる2人。そんなソラリオンの肩をポンとたたく白瀬博士。

 

「問題ない。博士はあなたの頑張り見てたから…」

 

バスで彼女のために啖呵を切ったことを、彼女は感謝してるのだろう。

 

「おっ、そうか?俺って、やっぱりできる奴だなあ!」

 

満身創痍で調子づくソラリオンに、周りは生暖かい目を送る。

 

(しかしながら、彼は白瀬博士には信頼されている。追い抜くためには実績が必要ですね)

 

野望を抱くルナイトの顔を、中天の月が静かに妖しく照らしていた。

 

 




今回のスペック解説

「レーザーpectroscopy 」
光線を任意の方向に屈折できるキー。光線発射後に、端末部分の方向キーを押し、押す時間によって角度調整できる。
「レーザーpolarizations 」
基本的に一直線に進む光線を、途中で分裂させるキー。やはり押す回数によって分光する数も決まる。

スペーシア・ナイツ、ルナイト

月光の力を利用して作られたスペーシア・ナイツ。名前は、月の「ルナ」と夜、騎士のナイトを二重に掛け合わせてあり、衛斗は「月夜の騎士」を名乗っている。

・ルナメイル
全身の西洋鎧と武器を形成するのは、隕石群に含まれていた宇宙金属「ルナメイル」。
反射角さえ調整すれば、あらゆるエネルギーを反射、分散し、薄く加工してもその特質と強度は変わらない。当初はエネルギーを反射するピーキーな性質から、加工すら危険と敬遠されていた。教授のツテで、歴史ある金属加工業者に持ち込まれたところ、月光の波長を照射している間は加工できると判明。月光の力で制御可能なルナイトが完成した。その開発秘話から、月の鎧・ルナメイルと命名された。

・ミラーバイザー・ブライト
ルナイトの兜の格子部分に覆われた、黄色のバイザー。マジックミラー効果はもちろん、エネルギー軌道を可視化して、ルナメイルで反射するための軌道計算を補助する。


・円月扇ルナディスク
直径10センチほどの薄型円盤。これもルナメイル製で、表面はエネルギーを反射し、側面は鋭い切れ味を持つ。実は扇のような展開・縮尺機能があり、グリップと連携して月の満ち欠けの如く、様々な武器に変形する。

・「full moon」
ルナイトグリップの端末部分にあるキーの一つ。ルナディスクをグリップにセットすることで、直径1メートルに拡大し、大型の円盾「フルムーンシールド」となる。武器による攻撃や、複数人の突撃も跳ね返し、相手の勢いが大きいほどカウンターの威力が高まる。相手の動きを抑え込むのに使いやすい。

・「crescent」
ルナイトグリップの端末部分にあるキーの一つ。ルナディスクをグリップにセットすることで、三日月形に折りたたまれて、三日月刃「クレセントブレード」となる。極薄の刃であるため、力を込めて叩き切るよりも、刃を通すように一瞬で切断する取り回しが求められる。もろ刃の剣以上に、一撃の切断に特化している。その分、鍔競り合う暇も与えず、敵の得物を切り裂く。
これをうまく扱うために、衛斗は教授の下で「名刺で割りばしを切断する」訓練を課された。

・ルナソーサー
ルナディスクをグリップにリードすることで、グリップからの指令で飛行する円盤モード。「full moon」のキーで大型化も可能。敵の攻撃に対して空中で回転させ、反射角を調整さえできれば、自在に飛行するリフレクタービットと化す。さながら太陽の光を反射する衛星・月を再現した機能。重力などを分散して反射することで、安全に人を乗せて飛行することも可能。

・「moonlight」
ルナイトグリップの端末部分にあるキーの一つ。月光の力を加えることでルナメイル
の力を発揮、あらゆる摩擦力を反射・分散し、抵抗を極力減らすことで、文字通りの一刀両断が可能となる。少なくともアストロノイドのスーツは、易々と切断できる。

ペルソナ―ハンター
ユニティー財団の、人身売買ブローカーが変身する。オルカの白黒模様をあしらったウェットスーツのような外見。「海のハンター」オルカの生態を元に開発した技術が使われている。
頭部の背びれ状のアンテナは、超遠距離ソナーであり、超音波で海中だけでなく、海上の標的も捕捉し、海上と海中で会話することさえできる。
超音波は衝撃波にも転用できる他、不協和音に変えて標的の平衡感覚を奪う目的にも使える。
潜航能力も高く、足の水かきと腕のヒレは、海面をうねらせる程の力が出せる。
変身者の女ブローカーは、密輸船に手入れが入ると、海に飛び込んで泳いで逃げ切った経歴もあり、「海の鬼婆」とあだ名されていた。




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