八雲立つ出雲の開闢者(仮) (alche777)
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000:各種設定

2017/01/21 オリジナルトリガー【追加】
       【アイギス】【鎌風】
       【風神丸】 【エスクード】

2016/12/22 比企谷 八幡【変更】材木座  義輝【追加】
       雪ノ下 雪乃【追加】由比ヶ浜 結衣【新規】
       葉山  隼人【新規】空閑   遊真【新規】
       オリジナルトリガー【新規】

2016/11/05 更新


【腐った眼だからこそ、見える道筋もある】

 比企谷八幡(ひきがやはちまん)

 オールラウンダー。A級比企谷隊を率いていたが、とある事件を境に解散。

 師匠木崎レイジの勧めもあるが、本部のギスギスした空気を嫌い玉狛に転属した経歴を持つ。

 材木座と設計思想が似ているが為、時折コンビを組んで試作品のトリガーを製作している。主にオプショントリガーに力を入れている隠れた変態。

 製作済みトリガー:【イグニッション】【ブレイク】

 初登場:001

 

 トリガー構成。

 メイン:弧月・旋空・シールド・イーグレット

 サブ :レイガスト・スラスター・アステロイド・スパイダー

 

【何度でも進化し続ける、メガネの智将】

 三雲修(みくもおさむ)

 アタッカー(仮)。玉狛支部全員の力を借りて、昇格が難しいと言われた前評判を覆す事に成功する。目下、鍛錬中の為に本部の人間と繋がりは薄い。

 努力をし続ける変態ゆえ、教えてもらったものは全て自分の物へ消化し、高めないと気が済まない気質の持ち主。

 初登場:001

 

 トリガー構成。

 メイン:レイガスト・スラスター・スパイダー・(グラスホッパー)

 サブ :レイガスト・スラスター・アステロイド・(シールド→バイパー)

 

【最高の未来を迎える為、暗躍し続ける変態】

 迅悠一(じんゆういち)

 アタッカー。黒トリガー【風刃】の使い手であり、目の前の人間の少し先の未来を見る事が出来るサイドエフェクトの持ち主。ぼんち揚げをこよなく愛し、時折女性陣にセクハラをしてしばかれる事もしばしあるが、それも全て最高の未来の為……らしい。

 メガネくんこと修の未来を変える為、目下暗躍中。その為に、八幡に恨まれるような事もしばし実行中であるが、今もどこかで暗躍を重ねている。

 初登場:001

 

 メイン:スコーピオン・エスクード・シールド・Free Trigger

 サブ :スコーピオン・エスクード・シールド・バックワーム

 

【小説の才能は最低。技術者の腕は絶大】

 材木座(ざいもくざよしてる)

 技術者。玉狛支部のエンジニア。とある事件を境に正隊員から技術者に転属した変わり者で、弧月に次ぐアタッカー用のトリガーを製作する事に心血を注いでいる。

 八幡のコンビとなって試作品を作った数は多数存在するが、どれも偏った性能が故に本採用された事はない。

 製作済みトリガー:高翼【ホーク】【ライコイ】

 初登場:002

 

【疫病神を演じ続けないといけない、傀儡の女】

 平塚静(ひらつかしずか)

 一般人。ごく普通の国語の教師であるが、迅悠一に未来の一端を聞かされる。

 合コンにつられて、知らずに迅の暗躍に加担してしまうのか?

 初登場:003

 

【現実に絶望し、他人を信じずにいる孤高の女】

 雪ノ下雪乃(ゆきのしたゆきの)

 一般人。容姿端麗、文武両道を字で行く令嬢。幼い頃、その容姿ゆえに言われもないイジメの数々を受けたせいで、他人を信じられずにいる。常に人の裏を考えずにいられないが故、純粋な褒め言葉とかに滅法弱い、と言うと本人は早口で全力否定する。

 考案済みトリガー:【ライコイ】

 初登場:003

 

【その笑顔と胸は近界民ですら魅了する】

 由比ヶ浜結衣(ゆいがはまゆい)

 一般人。社交性が高く人当たりが良いけど、人に合わせないと落ち着かない性分を持つ。

 周囲の空気を読む事に長けている為、自分を合わせようとする術と感情の機微を悟る能力に長けている。

 初登場:008

 

【何もかも、全てを護る事に拘るイケメン金髪】

 葉山隼人(はやまはやと)

 ガンナー。A級比企谷隊に所属していたが、とある事件を切欠に解体。現在は鈴鳴支部の来馬隊に所属している。

 初登場:011

 

 トリガー構成。

 メイン:アステロイド(散弾銃)・メテオラ・シールド・テレポーター

 サブ :アステロイド(突撃銃)・メテオラ・シールド・アイビス

 

【残りの時間を全て親友に捧げた、白い頭】

 空閑遊真(くがゆうま)

 アフトクラトルの諜報員。玄界の人間を効率よく攫う為にアフトクラトルが差し向けたスパイ。

 スピンテール戦でアフトクラトルの尖兵達に負けてしまい、知人を人質にとられてしまう。

 どうにかして助け出せないかとアフトクラトルと交渉して、自分自身の意志でアフトクラトルに力を貸していた。

 初登場:013

 

 

 

 

 オリジナルトリガー

 

 トリガー名:高翼【ホーク】

 製作者  :材木座輝義

 考案者  :材木座輝義&比企谷八幡

 製作コンセプトは高速斬撃。戦闘機の主翼をイメージされた刃型のトリガー。トリオンを注ぐ事でレイガストのオプショントリガー【スラスター】と同様の効果をもたらす。

 しかし、バーニアを取り付けた事でレイガスト以上の重さになってしまった故、常にバーニアを噴射しなければ満足に動く事すらままならないと言う欠点を持つ。対応オプショントリガーは【ホーク】を単体で飛ばす事を目的としたトリガー【イグニッション】である。数メートルほど飛行したらブーメランのように戻って来る。

 

 トリガー名:【ライコイ】

 製作者  :材木座輝義

 考案者  :雪ノ下雪乃

 製作コンセプトはシールド貫通攻撃。元々作成した【ラプター改】の改良機。材木座自身は【ラプター改Mk-Ⅱ】にしたかったのだが、玉狛支部の人間によって【ライコイ】と命名されてしまった。

 起動すると装備する方の腕が機械化される。反動が強い故の対処方法である。

 「セット」と命令を下すと反動を塞ぐためのアンカーが地面に縫い付けられ「スパイク」の命令でトリオンの杭が射出される。

 雪ノ下印の【ライコイ】はシールドに触れた瞬間、トリオンの杭が硬質化されて相手の身体を撃抜くと書かれていたが、トリオンの杭を作るだけでトリオンを大量に食らってしまう。その上に鉛弾の様に硬質化の機能を付けるとまともに使える人間がいなくなってしまう。

 一発撃つ毎にインターバルが必要で連打する事は不可能。膨大のトリオン量を誇る雨取千佳ならば可能かも知れない。

 対応オプショントリガーはシールドに触れた瞬間のみ起動する事が可能なシールド破壊トリガー【ブレイク】ただ一つ。

 

 トリガー名:【アイギス】<<new

 製作者  :unknown

 人型ネイバー、ユーゴが使用している黒トリガー。トリオン関係の攻撃に干渉する能力を有し、無力化することが可能な絶対防御トリガー。

 ただし、使用者が攻撃を視認する必要があり、不意打ち及び死角からの攻撃は無力化させることはできない。

 イージス・モードを起動することで敵のトリオン攻撃を反射させる事も可能であるが、ノーマル状態よりも維持費が必要となる。起動時は黒衣を纏わせる。

 

 トリガー名:【鎌風】<<new

 製作者  :unknown

 迅が使用している黒トリガー【風刃】と酷似しているトリガー。

 能力面もすべて【風刃】と同様である。

 

 トリガー名:【風神丸】<<new

 製作者  :ジン

 BBF記載している【実力派エリート迅】の迅が使用している風神丸に酷似したトリガー。

 トリオン量を調整することで風神丸の刀身は自由自在に伸縮する事が可能。

 

 トリガー名:【エスクード】<<new

 製作者  :unknown

 BBF記載している【実力派エリート迅】の陽太郎が使用しているエスクードに酷似したトリガー。

 三つの機能が搭載されており、攻守共にすぐれた万能トリガー。

 その内の一つ、バリケードを出現させる際に呪文のような文句を発しないといけないかは定かではない。




……今更思うけど、この設定って必要あるかな?


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001:実力派エリートからの忠告

「スラスター・オン!」

 

 

 両手剣形のトリガーレイガストのオプショントリガー、スラスターを利用しての投擲を行う弟子の姿を見る。

 比企谷八幡は己のトリガー、レイガストを起動させて迫り来るレイガストを薙ぎ払った。

 

 

「三雲。お前はレイガスト投げ過ぎ。それをやるならアステロイドと併用して攻撃しないと意味ないぞ」

 

「そう言う先輩こそ、レイガストで殴る必要はなかったんじゃないですか。弧月があるんですから、それで打ち払えばいいでしょう」

 

「お前、あれだよあれ。俺の師匠であるレイジさんなら、絶対にレイガストで殴りつけるから。悪いのは師匠の教育だ」

 

「なら、僕も先輩から幾分か教育を受けていますので、悪いのは師匠のせいと言う事になりますね」

 

 

 弟子の開始文句に言葉を詰まらせる。

 三雲修の言うとおり、いつの間にか比企谷八幡は彼の師匠的ポジションにつく事になってしまった。師である鳥丸京介がアルバイトなので多忙なせいで、不在の時は八幡が見る事になってしまった。恩師である木崎レイジと迅悠一から頼まれたら嫌とは言ええない。

 

 

「……烏丸がいる時は控えろよ、その発言。あいつ、何気にお前を満足に指導出来ないことをマジで気にしているんだから」

 

「す、すみません」

 

 

 烏丸にとって三雲は初めての弟子にあたる。面倒見のいいところがあり、戦闘能力の低い三雲の指導方法に苦慮しながらも、親身になって育てようとしている。

 最近では指導した内容を報告するように頼まれているぐらいだ。弟子バカにも程があるだろう、と感じずにいられない。

 

 

「どれ、もう一戦するか。……今度はなるべくレイガストは投げるなよ。お前は戦闘力が優れないんだから、頭を使って戦え。その為に俺達がトリガーの構成を考えてやったんだからな」

 

「はい、よろしくお願いいたします」

 

 

 軽く一礼した三雲は右手にレイガストを左手にアステロイドを生み出して身構える。レイガストを突き出して半身の構えになっているので、レイガストは盾モードにしているのだろうと推測される。けど、形状はなぜかブレードのモードのままである。

 

 

「んじゃ、行くぞ。三雲」

 

 

 三雲修の師になってから早一か月。いつの間にか社畜街道を突っ走っている事に比企谷八幡は未だに気づかず。

 

 

 

***

 

 

 

「お疲れ、八幡。それにメガネくん」

 

 

 日課の鍛錬が終わった二人を待ち受けていたのは、お馴染みのぼんち揚げを頬張っているボーダーでも最高ランクを誇る迅悠一であった。

 

 

「お疲れ様です、迅先輩」

 

「お疲れ様です。迅さん」

 

 

 二人とも軽く一礼をし、足を止める事無く迅の横を通り過ぎようとする。

 

 

「ちょい待ち。なんで二人とも、通り過ぎようとするの」

 

 

 けど、迅が回り込んで通り過ぎる事はできなかった。

 

 

「……いや、迅先輩。どうせいつもの暗躍報告でしょ? あまり聞きたくないんですが」

 

「今回はそんなんじゃないよ。この実力派エリートの迅悠一は可愛い後輩達に面倒事を押し付ける最低な男に見えるか?」

 

 

 返答に困った八幡は視線を反らして「そうですね」と答えるのみ。迅の言うとおり、面倒事を押し付けられた記憶はほとんどない。強いて挙げるとすれば、三雲を押し付けられたことぐらいだ。

 

 

「それで、本日はどんな御用でしょうか?」

 

「お、おぉそうだった。今日はメガネくんに一つ報告しようと思ってな」

 

 

 やっぱり暗躍のご報告じゃないですか、と愚痴る八幡を無視して迅は三雲に話しかける。

 

 

「僕に、ですか?」

 

「そうそう。数日間はトリガーにグラスホッパーを入れておいた方がいいよ」

 

「グラスホッパー、ですか?」

 

 

 グラスホッパーとは空中に足場を作り、それに触れる事で反発力を起こして加速・移動する機動専用オプショントリガーである。複数起動させて、自身をピンボールの弾の如く乱反射させて相手を翻弄させる事も出来る。

 攻撃手が好んで入れるトリガーの一つであり、八幡も今のスタイルに至るまではお世話になっている。

 

 

「まだメインの方が一つ空いていますしそれは可能ですが、なぜにグラスホッパーなんですか?」

 

「三雲の言うとおりです。正直、三雲がグラスホッパーを使いこなす事は難しいと思いますよ」

 

「時が来たら、グラスホッパーが必要な場面が必ず来る。俺のサイドエフェクトがそう言っているんだよ」

 

 

 サイドエフェクト。意味は副作用と呼ばれており、高いトリオン能力を持つ人間に稀に発言する特殊能力。迅悠一は一度でも目にした事のある相手の可能性と言う名の未来を視る事が出来る未来視のサイドエフェクト持ちである。

 迅の未来視のお陰で助かった場面も数多くある為、ボーダーの隊員は彼の助言を素直に聞く事にしている。

 

 

「……また、未来を視たんですね。グラスホッパーが必要と言う事は、三雲に危機が迫っているんですか?」

 

「近いうち、メガネくんの学校にトリオン兵が現れる。メガネくんは独りでトリオン兵と戦わざるを得ない状況に陥ってしまう事になるそうだ」

 

 

 迅の言葉に三雲と八幡の顔が強張る。三雲からしてみれば自分が通う学校が、八幡からしてみれば妹の小町が通う学校が襲われかもしれないのだ。いや、迅悠一が言うならばきっと確定事項なのだろう。

 

 

「迅先輩。数日中と言う事は確かなんですね。……なら」

 

「待て待て八幡。イーグレットを片手にどこへ行こうとするんだ」

 

「決まっています。これから数日の間、小町の通う学校に張り付きます」

 

「言うと思ったよシスコンめ。大丈夫だ、妹さんも全員無事に助かる。ただ――」

 

 

 三雲に聞かれない様に八幡の耳元に口を寄せて伝える。

 

 

「今後の戦いにどうしても必要な出来事みたいなんだ。メガネくんを独りで戦わせることに意味があるようだ」

 

 

 一瞬、何を言っているのか理解に苦しんだが、八幡は三雲を押し付けられたときの事を思い出して、腐った目を更に腐らせる。

 

 

「……まだ、こいつは独りで戦える実力はありませんよ」

 

「分かっているさ。だから、玉狛支部の皆が全力でサポートしている。八幡にとっても、メガネくんはいなくてはいけない存在になる事、間違いないさ」

 

 

 右肩に手を置かれた八幡は、隠す事無く盛大にため息を吐く。どうせ、迅悠一に逆らう事は出来ない事は分かって居るのだ。だとしたら、最善の行動はただ一つ。

 

 

「……三雲。宇佐美に頼んでグラスホッパーを入れてもらえ。それがすんだら、直ぐにグラスホッパーの訓練に入るぞ」

 

「は、はい!」

 

 

 八幡の指示に従い、三雲は現在フリーのオペレーター宇佐美栞の元へ向かって行った。

 

 

「悪いな、八幡。メガネくんの指導をまかせっきりで」

 

「本当ですよ。俺はギスギスした本部の空気が嫌で玉狛に来たんですよ。働いたら負けがモットーなのは、迅先輩だって知っているでしょ」

 

「そう言いながらも、真摯に取り組んでくれる後輩を持って俺は誇らしいよ」

 

「仕方がないでしょ。あいつが本物を掴もうと、必死になってあがいているんですから」

 

 

 不意に、八幡は三雲と初めて会った時に言われた迅の言葉を思い出す。

 

 

『メガネくんの生死は八幡にかかっているらしい。彼の力になってくれ』



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002:グラスホッパーを習得しよう

『三雲修です。よろしくお願いいたします』

 

『……ちょっ師匠、迅先輩。これってどう言う事でしゅか!?』

 

 

 いつもの様に玉狛支部に到着した八幡は抱えている仕事を取り組む前に、訓練室で軽く体を動かそうとしていたら師である木崎レイジと迅悠一が連れ込んだC級隊員に頭を下げられて困惑するしかなかった。

 

 

『比企谷、こいつは三雲修だ。訳あって玉狛支部に転属する事になった。烏丸が師となって面倒を見る事になったんだが、あいつはあれだろ。だから、あいつが指導できない時はお前に任せたいと思う』

 

『ちょ、ちょっと待ってください。なんでそんな話になるんですか。玉狛には小南や迅先輩だっているじゃないですか』

 

『俺も最初はそう言ったんだがな。迅がな』

 

 

 二人の間に割って入って、迅が話し始める。

 

 

『俺のサイドエフェクトが言うには、八幡の指導を受けてもらった方がいいみたいだ』

 

『また視えたんですね。俺、弟子を取った事なんて一度もないんですよ』

 

『分かっているって。けど……メガネくんの生死は八幡にかかっているらしい。彼の力になってくれ』

 

『それもサイドエフェクトですか?』

 

 

 迅は力強く頷いた。

 その態度を見て、事の重大さに気づいた八幡は後ろ首を描きつつ「分かりました」と了承する。

 

 

『けど、俺一人では限界がありますので手伝って下さいよ』

 

『分かっている。どうも、あのメガネくんは俺の二代目になるみたいだし』

 

『……暗躍二号とか可哀そすぎるだろ』

 

 

 八幡とレイジは全力で三雲を迅と同じ道を歩ませない事に決意したのであった。

 

 

 

***

 

 

 

 トリガーにグラスホッパーを入れ直した八幡と三雲は再び訓練に勤しむ事になった。

 

 

「三雲はグラスホッパーを使うのは初めてだよな」

 

「は。はい」

 

「こいつは主に触れたものを強制的に動かす効果を持っている。自身が乗れば、ジャンプ台にもなるし、敵を踏ませて移動を促すのもよし。荒業だが瓦礫などを触れさせて、即席の投擲台にすることも可能だ。ここまで、何か質問は?」

 

 

 首を横に振って「ありません」と答える。

 

 

「こいつはシールドと同じ様に分割させる事も出来る。これを利用してグラスホッパーからグラスホッパーへ連続で加速移動させる事も可能だ。最近A級になった緑川って奴が良く使う手のようだ」

 

「な、なるほど。それを使えば――」

 

「機動力を補えると思っているかもしれないが、こいつはセンスが必要だ。なぜだか分かるか?」

 

「い、いえ」

 

「単発のグラスホッパーは読まれやすい。動きが直線的だしな。上位の変態組なら、グラスホッパーを起動した瞬間に動きを読まれて落されてしまうぞ。同様にテレポーターも言えるな。要は使い方だが、レイガストの防御力に頼っている三雲と相性はよくない。それは俺にも言えた事だけどな」

 

 

 三雲のトリガーは本人の意見を参考に玉狛支部全員が意見を出し合って構成している。

 何を思ってか知らないが、メインとサブメインのトリガーにレイガストとスラスターを入れたいと言われた時、全員は相当頭を悩まされてしまった。理由を聞いて渋々納得した一同は、三つのトリガーを入れる事にした。残り一つは、今後の三雲の成長で必要になりそうなものを自分で決めて欲しいと言う意味も込めて、あえて決めなかったのである。

 その三つの中にグラスホッパーは組み込まれていなかった。それゆえ、空いているトリガーにグラスホッパーを組み入れる事にしたのである。

 

 

「使い方はアステロイドの置き球に似ているな。試にやって見ろ」

 

「はい。グラスホッパー!」

 

 

 三雲の手に起動させたグラスホッパーが出現する。トリオンの総量が少ないせいか、三雲のグラスホッパーは愛用する使い手達の奴と比べても二回りほど小さかった。

 

 

「えっと……」

 

「ま、トリオン量に作用されるらしいからな。試に、それでどれぐらい移動できるか確認するか。三雲、自分の足元にグラスホッパーを作って飛んでみろ」

 

「分かりました」

 

 

 言われた通り、三雲はグラスホッパーを踏みつける。

 グラスホッパーの効力が発動されて三雲の体は三メートルほど宙に突き飛ばされた。

 突然の出来事に思考が上手く働かなかったのか、着地する事を忘れたらしく尻餅をついてしまった。尻を強打した三雲はしばらく動く事が出来なかったようで、実践訓練を始める前にいくつか注意事項を伝える事にした八幡であった。

 

 

「分かったように、お前のグラスホッパーはわずか三メートル弱しか動かす事が出来ない。加速力もそこまでなかったことだから、お前が実践に必要になる場面はそう多くないと思う。それを頭に入れて、迅先輩の可能性の未来に臨んでくれ」

 

「わ、分かりました」

 

「んじゃ、それを念頭に入れて訓練を始める。まずは三コンボぐらいまで出来る様にするぞ」

 

 

 三雲が単発のグラスホッパーに慣れるまで二時間ほど有した。

 

 

 

***

 

 

 

「……なるほど。それで修にグラスホッパーを使わせていたんですか」

 

 

 アルバイトから帰ってきた烏丸京介は、慣れない事をやり続けて疲弊した三雲の姿を見て目を細める。

 

 

「比企谷先輩。少し、スパルタすぎじゃないですか」

 

「言うと思ったよ。これは迅先輩の指示でもある。あいつには酷だが、これぐらいで根を上げて貰っては困るんだよ」

 

「迅さんが?」

 

 

 どうやら烏丸は迅の予知の話しを聞いていなかったようなので、迅から聞いた話を全て話す事にした。

 三雲の通う学校が襲われると聞いて、烏丸は神妙な顔になる。

 

 

「……なるほど。修が通う学校が、ですか」

 

「あぁ。どうも、俺が介入する事を迅先輩は快く思っていないらしい」

 

「そうですか。……期間は?」

 

「分からない。迅先輩が言うには数日の間らしい。いつごろになるかまでは聞いていない」

 

「分かりました。そういう事なら、俺もグラスホッパーの使い方を重点的に指導しましょう。レイジさんや小南先輩には俺から言っておきます」

 

「おう、そう言ってくれると助かる」

 

 

 それから三雲は烏丸に引き摺られて訓練室へ再度突入する事になる。幾らトリオンの消費がないとはいえ、平均以下の体力しかない三雲にとって本日三度目の訓練は苦以外の何者でもなかったであろう。

 何度も烏丸の弧月で切り裂かれた修を尻目に、八幡はもう一つの仕事をする為に訓練室を後にしたのであった。

 

 

 

***

 

 

 

「待ち侘びたぞ、我が相棒にして好敵――」

 

 

 宛がわれた部屋に入ろうとすると腕組みをしながら仁王立ちしている怪しい人物がいたので、一度開けた扉を閉めざるを得なかった。

 

 

「ま、待って待って。ボクだよ八えモン」

 

「んだよ、お前かよ材木座。誰だかわかんなかったから通報しちまうところだったぞ」

 

 

 閉ざした部屋から飛び出した変人が材木座輝義であると判明し、八幡は取出した携帯電話をしまう。

 ほっと胸をなで下ろした材木座は、一度咳払いをして気分を落ち着かせ、通常運転に入り始める。

 

 

「久しいな、我が友よ。幾千の絶望と抗い、幾万の試練を乗り越えてやってきたぞ。剣豪将軍義輝、汝の希望に応え馳せ参じた候」

 

「キャラがブレているぞ、お前。……てか、なに? 試練を乗り越えたって事は、ついに出来たのか?」

 

「うむ。この剣豪将軍義輝に不可能の文字はない」

 

「剣豪将軍は関係ないだろ。……だが、よし。それなら早速試作品に取り掛かるぞ。クローニンさんがいないのが痛いが、そこはどうにかしてみよう。材木座、喜べ。今日も徹夜だぞ」

 

「は、八えモン!? さ、最近、あなた様の嫌いなワーカホリックになっていますよ? い、いーやぁあああああ。ぼ、ボクちん、今日はおうちに帰るの!!」

 

「諦めろ! 俺だって、最愛の小町に会いたいの我慢してるんだからな!」

 

 

 材木座の抵抗が激しかったので、トリオン体になって彼の後ろ襟を掴んで引っ張る事にする。やっと休めると思った材木座は滂沱の涙を流したのであった。



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003:氷の姫を救い出せ?

「比企谷。なんで呼ばれたのか分かっているな?」

 

 

 放課後、八幡は国語担当の平塚教諭に捕まってしまった。なんで呼ばれたかと聞かれて、八幡は率直に「いいえ」と答えたのだが、平塚先生が一枚の作文用紙を見せたのであった。

 

 

「これを見てもまだ分からないか?」

 

 

 平塚先生が出した作文用紙は本日提出したはずの宿題であった。お題は『高校生活を振り返って』と在り来たりな内容だったはず。

 

 

「なにか問題がありましたか?」

 

「問題だらけだ。なんだ、これは。これは作文ではなく行事の羅列を記しただけじゃないか」

 

「なにか間違っていましたか? 高校生活を振り返ってと言うお題目でしたので、ちゃんと日付も調べて記載したのですが」

 

「文章を書けと言っている。国語の課題でこんな事を書くやつがあるか! ったく、理系は素晴らしい成績を収めているのに、どうして文系の成績はからきしなんだ」

 

「理系は必要だから覚えただけです。それに英語は成績が良かったはずです」

 

「キミは優秀なのに本当に目と根性が腐っているな」

 

「腐った目の方が見えない戦場もよく見えるもので」

 

「屁理屈を言うな。これで総武高数少ないボーダー隊員とは……。少しは葉山を見習ったらどうだ?」

 

「あいつと俺とでは役目が違います。あいつはほとんど広報的な役割を担っていますので。……用件はそれだけでしょうか?」

 

「まだだ。課題は明日までに提出し直すこと。それと比企谷、これは一つ相談なのだが」

 

「――失礼しました」

 

 

 平塚先生の言葉を聞くよりも早く、一礼して職員室から退室を図る。

 けど、平塚先生も八幡の行動を読んでか立ち去るよりも早く彼の右肩を掴んだのである。

 

 

「なんですか。俺、こう見えても滅茶苦茶忙しいんですよ。厄介な後輩の指導をしないといけませんし」

 

「それはボーダー隊員の迅君って人から聞いている。けど、お前ほど適任の人間を私は知らないんだ」

 

 

 ここまで迅悠一の暗躍の手が伸びている事に驚きつつ、掴まれた手を払って襟元を正す。

 

 

「……内容次第ですよ。なんだかんだ言って、平塚先生にはお世話になっていますので」

 

「そうか、済まない。実はな――」

 

 

 

***

 

 

 

 平塚先生の事情を聴いた八幡は、渋々と彼女にとある部屋まで連れられてしまう。

 場所は特別棟のとある一室。文系部などが部の活動を行う為に宛がわれることを主とした場所である事から、とある部の部室へ連れられたと八幡は推測する。

 

 

「入るぞ、雪ノ下」

 

 

 何の断りも無くドアを開け、本を片手に紅茶を楽しんでいる少女に声かける。

 

 

「先生、いつもノックをしてくださいと仰っているのですが」

 

「キミはノックをしても返事をしないではないか」

 

「返事をするよりも早く先生が入ってくるだけです。それで、後ろにいる目つきの悪い人はどなたですか?」

 

「彼は比企谷だ。入部希望者でもある。こいつの腐った根性を叩き直して欲しい」

 

 

 と、言う設定である。

 

 

「お断りします、そこの男の下卑た目を見ていると身の危険を感じます」

 

 

 わざとらしく自分の胸を腕で覆い隠す仕草を見て、思わず八幡は鼻で笑ってしまう。

 どう誇張しても雪ノ下の胸は男が欲情するほどの大きさではない。大きさが重要とは言わないが、人目もつかないほど寂しい胸の持主に欲情するほど飢えていないはず。飢えていたら、既にボーダーの美人隊員に手を出して牢屋にぶち込まれているはずだ。

 

 

「お前の貧相な胸に欲情する奴なんていない」

 

 

 ボソッと呟いたはずなのだが、どうやら雪ノ下の耳にシッカリと届いてしまったようだ。

 

 

「平塚先生。女性の価値を胸だけで決めつける男と一緒に部活動など出来ません。警察にお世話になるような事になったら、総武校の皆さんにもご迷惑おかけする事になります」

 

「まあ、待て雪ノ下。この男は口ではそう言っているが、リスクリターンの計算が出来る悪党は悪党でも小悪党の類だ。雪ノ下を襲うとする甲斐性は持ち合わせていない」

 

「小悪党……。なるほど、そうですか」

 

 

 そこで納得するのかよ、と胸中でツッコミを入れてしまう。

 そんな八幡の心中など露知らず二人の会話は続いてく。

 

 

「ちょっと待ってください、平塚先生。俺、課題のペナルティで連れてこられたはずです。部活動に所属しろなんて話、聞いていませんよ」

 

「指導室でも言ったはずだ、比企谷。異論反論は許さない、と」

 

 

 勿論、これも指導室で平塚先生と事前に決めた設定の内である。

 

 

「聞いての通り、中々根性が腐っているだろ? そのせいでいつも孤独な憐れむべき奴だ。ボーダーに所属していてこれは非常に重要な問題なはずだ。彼の捻くれた孤独体質の更生が私の依頼だ」

 

「ちょっと平塚先生――」

 

 

 それは事前の打ち合わせに入っていませんでしたよ、と続けて口にしようとするが先生の視線による牽制によって阻止されてしまう。

 

 

「それなら、先生がお得意の暴力で解決なさればいいじゃないですか。えっとなんでしたっけ? 抹殺の云々ってやつで」

 

「そうしたいのは山々であるが、教師がそんな事をしたら大問題になるだろ」

 

「先ほども仰いましたが、お断りいたします。ボーダーであるなら、なおさら私の身の危険性が高くなるじゃないですか」

 

「仮にもA級を担うボーダーがそんな事をするはずあるまい。それとも流石の雪ノ下でも無理であったか?」

 

 

 酷い言われようであった。流石の平塚先生のお願いでも謂れのない侮辱の言葉の数々に物申そうとするのだが、先生の説得が功を奏してしまったのか知らないが意外にも雪ノ下は了承の意を示してしまう。

 

 

「まぁ、先生からの依頼では無碍には出来ませんね。承りました、結果は期待しないでください」

 

 

 本当に嫌そうな顔で言う雪ノ下に、平塚先生は満足気な表情で言う。

 

 

「そうか。なら、あとの事は頼むぞ」

 

 

 くるっと踵を返し、先生はさっさと退室してしまう。

 八幡の横を素通りする時「頼んだぞ」と呟いて。

 盛大にため息の一つもつきたい所であるが、現状がそれを許さない。ぽつんと取り残された八幡はこの後、どのような行動をして良いのか正直分かりかねていた。

 ボーダー隊員である事を省けば八幡は総武校の中ではボッチを貫いている。友人と呼べるような親しい奴も存在しない故、見知らぬ他人と取り残された現状をどう対処していいのか分からない。

 

 

「(雪ノ下を救ってやれ、と頼まれてもどうすればいいんだよ)」

 

 

 ホント、厄介な依頼を受けてしまったと今更になって後悔する。

 

 

「そんな所で突っ立っていないで、座ったら?」

 

「あ、あぁ。わりぃ」

 

 

 座る様に促された八幡は、空いている椅子に腰かける。

 それ以降、雪ノ下は興味を失せたのか再び読んでいた文庫本を開いて読書を初めてしまう。

 

 

「(えー)」

 

 

 流石にこれには八幡も驚きを隠せなかった。

 まだ、この部が何部なのかも知らない事になっている。普通ならば、部長の立ち位置にいる雪ノ下が簡単でも良いから説明してくれる流れになるはず、と思っていた。

 普段ならば、沈黙を厭わない八幡であるが悪戯に時間を浪費するのは好ましくない。仕方がなく、本当に仕方がなくであるが八幡は彼女に問う事にした。

 

 

「……で、俺は一体何をすればいいんだ?」

 

「何が?」

 

 

 読書を邪魔されたせいか、八幡と会話したくないからか知らないが、不快気に眉根を寄せて見返される。

 

 

「いや、だって訳分からずに俺はここに連れて込まれたんだ。俺はここで一体何をすればいいんだ?」

 

 

 不機嫌さを隠さないまま、文庫本を閉じる。短いため息を一ついて言葉を発した。

 

 

「それでは、ゲームをしましょう?」

 

「は? ゲーム?」

 

「そう。ここが何部か当てるゲーム。さて、ここは何部でしょ?」

 

「いや、そう言うのは要らないから。俺は質問の回答を要求しているんだが」

 

 

 自身の提案を却下された事に、ますます雪ノ下の不機嫌さが増す。

 

 

「比企谷君。女子と話したのは何年振り?」

 

「……は? なにそれ? それは俺の疑問を解消する答えになっていないぞ」

 

「良いから答えなさい」

 

「一昨日、ボーダーの仕事中だが?」

 

「質問が悪かったわね。プライベートで、と言う意味よ」

 

 

 質問の意図が分からなかったが、近日中の出来事を思い出していると――彼女としてはプライベートに八幡と話しをする女性はいないと踏んでいたのであろう。高らかに己の部活動の信念を高らかに宣言したのであった。

 

 

「持つ者が持たざる者に慈悲の心を持って与える。人はそれをボランティアと呼ぶの。途上国にはODAを、ホームレスには炊き出しを、モテない男子には女子との会話を。困っている人に救いの手を差し伸べる。それがこの部の活動よ」

 

 

 考えている最中に雪ノ下は立ち上がったのであろう。それゆえ、視線は八幡を見下ろす形となっていた。事実、彼女としては見下していたのかも知れない。

 

 

「ようこそ、奉仕部へ。歓迎するわ」

 

 

 聞く限り、歓迎されているように聞こえなかった。

 

 

「……ノブレス・オブリージュとでも言いたいのか?」

 

「あら、随分と高尚な言葉を知っているのね。意外だわ」

 

「お生憎だが、国語の成績は良くないが理系の教科は学年三位だ。顔だっていい方だと思うし、ボーダーでは戦友と呼べる者達だっている。彼女がいない事を除けば基本高スペックのはずだ」

 

「最後に致命的な欠陥が聞こえたのだけれど……。けど、貴方みたいな人がボーダー隊員、しかもA級隊員なんて耳を疑うわ。あなた、どんなコネを使ったの?」

 

「失礼だな、お前。確かに実力で入ったと言い難いが、こんな所で意気揚々とノブレス・オブリージュだと宣言できる変な女に言われたくない」

 

「ふうん。私が見た限り、どうやらあなたのその捻くれた性格は、腐った根性と感性が原因みたいね。そうね、まずは居場所を作ってあげましょう。知っている? 居場所があるだけで、星となって燃え尽きるような悲惨な最期を迎えずに済むのよ」

 

「いまどき、宮沢賢治を知る学生なんて少ねえよ!」

 

「……意外だわ。『よだかの星』を普通以下の男子高校生が読むと思わなかったわ」

 

「……だったら、何だ?」

 

 

 正確には言うと八幡は『よだかの星』を読んだ事はない。ボーダーの中で好きな奴がいたので、たまたま内容を知っていただけである。だが、それを雪ノ下に告げると付け上がりそうなので、絶対に言わないが。

 

 

「普通以下の男子高校生と思っていたのよ」

 

「今、明らかに劣等扱いしたよな」

 

「ごめんなさい、普通未満と言うのが正しいよね」

 

「過剰評価したとでも言いたいのか! 理系三位と言ったよな」

 

「三位程度でいい気にならないでくれる。ちなみに私は学年一位よ、全教科ね」

 

 

 どや顔で言う雪ノ下。八幡もまさか万年二位の葉山の上を行く勉学の変態が雪ノ下である事を知ると、居た堪れなくなってしまい「あっそう」と目線を逸らしてしまう。

 

 

「『よだかの星』は貴方にとってお似合いよね、よだかの容姿とか」

 

「……どう言う意味だよ」

 

「そんな残酷なこと言えないわ。真実は時に人を傷付けるから」

 

「ほぼ言っているじぇねぇかよ!」

 

「真実から目を背けてはいけないわ。鏡を見て現実を知りなさい」

 

「大きなお世話だ。……おい、この会話のどこにお前が自信満々言ったノブレス・オブリージュが関係している。お前がやっている事は、間違いなくトラウマを植え付けるだけの行為だぞ」

 

 

 話しを思い返して見ても、優れた人間に慈悲の心を持って与える行為とは程遠い会話内容であったはず。下手をすると並大抵の精神力しか持たない男子高校生は今の一連の会話で心をぽっきりと折られてしまうかもしれない。高貴さを強制する、の強制が罵倒すると言う意味とはき違えられているのでは? とすら考えてしまう始末だ。

 

 

「さて、これで人との会話シュミレーションは完了ね。私の様な女の子と会話できたら、たいていの人間とは会話出来るはずよ」

 

 

 まるで任務達成と言わんばかりに満ち溢れた表情で髪を撫でつける。

 

 

「……何となく、平塚先生が言った意味分かったぞ」

 

 

 八幡が平塚先生に頼まれた要件は、雪ノ下の解決方針の改善の手助けであった。過去数件ほど雪ノ下に相談しに行った生徒がいたらしいが、その解決方針は一言で例えると強行突破ただ一つ。

 やれ、生徒会長の威厳がなく生徒会がまとまりないと相談されると、一人で仕事を熟せるだけの能力を養えるようにとマニュアル書を渡して手本を見せるとか。

 やれ、ボーダー隊員の彼氏を危険だからやめさせたいと頼まれた時も、その人物と直接会って数時間かけて説得したとか。

 

 

「言っておくが、お前のそれは何も解決していない。てか、斜め上過ぎだろ」

 

「そうね、それだと先生の依頼を解決できていない……」

 

「しなくていい、そんな依頼。本人の俺が問題視していないんだから」

 

「……何を言っているの? 貴方は変わらないと社会的にまずいレベルよ?」

 

「既に社会に出ている俺に言う台詞じゃないと思うがな。変わるとしても、それは俺が必要になった場合だ。大体人に言われただけで変わってしまう自分は『自分』とは呼べない。そんなのは本物じゃねえよ、ただの偽物だ」

 

「言いたい事は何となく分かるけど、あなたのそれは自分を客観視できない、いわゆる逃げよ。変わらなければ前に進めないわ」

 

「逃げる事も勇気と言う名言を知らないのか。第一、変われ変われとアホの一つ覚えみたいに言いやがって。温暖化が激しいから二酸化炭素は分解して勝手に酸素と炭素に分裂しろ、と言うつもりか」

 

「意味が分からないわ。論点をずらさないでちょうだい。それに二酸化炭素は回収する事が困難なのよ。現在のところ植物の機能を使う以外の方法がないと言われているわ。そんなことすら知らないの?」

 

「たとえに決まっているだろうが。詭弁と言うなら、お前も同じことだ。変わると言う事は変わる前の自分を否定しているって事だろうが。今の自分と向き合わず、変わることで現実から逃げてしまう。本当に逃げずに戦えと言うならば、今の自分と確り向き合って、自分や自分の過去を肯定しやり、それを糧にして成長しないといけないんじゃないか」

 

「……それじゃあ悩みは解決しないし、誰も救われないじゃない」

 

 

 救われない。

 その言葉を言った雪ノ下は随分と鬼気迫るものを感じた。死線を潜り抜けた八幡でさえ、その表情に思わず体を強張らせてしまったほどに。

 なにが彼女をそこまで駆り立てているのか知らないが、一介の高校生が口にしていい言葉ではないはず。

 

 

「――二人とも、少し落ち着きたまえ」

 

 

 険悪なムードが立ち込める空気を和らげたのは、またもやノックもせずに勝手に入室した平塚先生であった。二人の様子が心配でずっと教室の外から様子を見守っていた事を知る八幡からしてみれば随分と遅い登場ですね、と悪態つきたい所であった。

 

 

「随分と面白い事になっているようだな。わたし好みの展開だ。少年漫画っぽくて大変宜しい」

 

 

 妙に平塚先生の篆書運河上がっている。まるで新しいおもちゃを手にした少年の様に目を輝かせている。

 

 

「古来より、お互いの正義がぶつかった時は勝負で決着をつけるのが王道だ」

 

「マンガと一緒にしないでください」

 

 

 と、反論した所で全く聞く耳持っていないご様子。高らかに笑い声をあげると、信じられない言葉を言ったのである。

 

 

「では、こうしよう。これから君たちの下に悩める子羊を導こう。キミたちなりに救って、己の言い分を証明したまえ。どちらか人に奉仕できるか。バトル――」

 

「――嫌です」

 

「――無理でしょ」

 

 

 最後まで聞く事無く、雪ノ下と八幡が言い放つ。

 

 

「先生。年甲斐もなくはしゃぐのは止めてください。みっともないです」

 

「そうですよ、先生。だから未だに彼氏の一人も見つからないんですよ」

 

 

 心臓を穿つ死の槍が二本、平塚先生の身体を貫く。雪ノ下と八幡のあまりの言葉に一気にテンションダウンした平塚先生は――

 

 

「と、とにかくっ! 勝負あるのみだ。君たちに拒否権はない」

 

 

 横暴にもほどがあるような身勝手な発言を言い放ち、さっさとのその場から去ってしまう。気配が遠ざかる事から、今回は本当に去ってしまったようである。

 

 

「……なぁ、もう帰っていいか?」

 

「好きにしたら」

 

 

 一応、雪ノ下に許可をもらい帰り支度を済ませた八幡はさっさと教室から立ち去る。

 さっさと学校から立ち去り、玉狛支部に向かいたい所であるがまだ帰る事は出来ない。

 

 

「……ほんと、俺が社畜人生なんて間違っている。残業手当を請求したいぐらいだぞ」

 

 

 向かうは、突拍子もなく厄介ごとを押し付けた疫病神の平塚先生がいる職員室であった。



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004:矛盾する暗躍

「来たか、比企谷」

 

「……説明してくれるんでしょうね、平塚先生」

 

「あぁ」

 

 

 八幡が来ることが分かっていたのか、待ち構えていたらしい。職員室に入ると平塚先生が目の前にいた。

 

 

「比企谷から見て、雪ノ下雪乃はどう映る?」

 

「大海を知らない蛙」

 

 

 即答であった。

 

 

「それを言うならば『井戸の中の蛙、大海を知らず』だ。だが、そうか」

 

 

 平塚先生は苦笑する。

 

 

「非常に優秀な生徒なんだがな。優しくなく、正しくもない世界のせいで捻くれてしまったそうだ」

 

「まるで、雪ノ下がああなった原因を知っている様な口ぶりですね。俺に雪ノ下を宛がう様に仕向けたのも、まさか迅先輩が絡んでいないでしょうね」

 

 

 まさかな、と冗談めいて言ったつもりであったが平塚先生の肩がビクついたのを見て図星であると悟る。

 

 

「マジかよ。あの人、いったいどこまで暗躍の手を広めれば気が済むんだ」

 

「す、すまない。けど、私も迅君に頼まれなくても比企谷、キミに任せようと思っていた。なにせ、あんな課題を提出するぐらいひねくれているのだから」

 

「あ、そうですか。……それで、雪ノ下の意識改革を手伝えとのお話しでしたが、何か策があるのですか? むしろ、あの偏屈者を矯正できるとお思いなのですか?」

 

「そこはお前に任せるとしよう。なに、雪ノ下を変えろと言っている訳じゃない。ただ少し、視野が広がるように仕向けて欲しいだけだ」

 

「それが難しい事は、先生だって分かっているでしょうに。……火曜と木曜だけです、俺が奉仕部で活動できる日は。あと、そちらも約束はちゃんと守ってくださいよ」

 

「分かっている。緊急時はボーダーを優先させよう。必要なら助力も惜しまない」

 

「あと、依頼がない時は暇になりそうなので、仕事用にパソコンを数台持ち込みたいのですがいいすか?」

 

「……ほぉ。ボーダーでは随分と仕事熱心のようじゃないか、比企谷。分かった、許可しよう」

 

「ありがとうございます。それでは、平塚先生、今日はこれで失礼します。……早く帰らないと合コンに遅れるんじゃないですか?」

 

「しまった。もう、そんな時間……か」

 

 

 失言をした事に気付いて、慌てて手を口元に当てる。やはり、暗躍大好き迅悠一が平塚先生を動かすために切ったカードはそれだったか、と納得した八幡は溜息をこぼす。

 

 

「また会う事があったら、言っておいてください。……今度から直接俺に言ってください、って」

 

 

 

***

 

 

 

 その暗躍大好き迅悠一が校門の前で待ち構えていた時、思わず懐からトリガーを取り出して襲い掛かってしまおうと衝動に駆られてしまったのは仕方がないだろう。

 

 

「よぉ、八幡。ぼんち揚げ食べる?」

 

「迅先輩。よくノコノコと俺の前に出てくる事が出来ましたね」

 

「なはは、大変だったみたいだね。けど、俺のおかげで美人の彼女とお近づきになれたんだから感謝してよ」

 

「……俺が雪ノ下と関わる事は、今後の未来に絶対必要な事だったんですか?」

 

「実力派エリートの俺としては、お前にも素晴らしい学園生活を送って欲しいと思ってな。先輩のちょっとした粋な計らいだよ」

 

「……迅先輩」

 

 

 言いはぐらす迅にトリガーを突き出す。

 

 

「はぐらさないでください。俺に三雲を任せると言いながら、部活動に所属させるなど矛盾も良い所だ。あんたは一体その眼で何を見た? どんな未来が見えているんだ」

 

 

 下手な言い訳をしたら、ただで済まさないと言わんばかりに迅を睨み付ける。

 観念したのか、迅はぼんち揚げを一枚頬張り――。

 

 

「A級比企谷隊を復活させるためだ。その為には奉仕部? だっけか。その部活動に所属してもらわないといけないみたいなんだよ」

 

「……なんだと」

 

 

 A級比企谷隊。それはかつて八幡が率いた本部職の部隊名である。

 

 

「はっ。まさか、アイツらと部隊を再結成しろと? 既に己の道を突き進んでいるあいつらを?」

 

「そうだ八幡。それがメガネ君の為にもなるし、今後の大規模侵攻の時、絶対に必要になる」

 

「その話、アイツらにもしたんですか?」

 

 

 首を横に振る。まだ、その話しは八幡以外の誰にも話していないらしい。

 それを聞いて、胸をほっと撫で下ろす。

 

 

「A級比企谷隊は、既に解散した部隊です。俺達が再び集う事は今後二度とないでしょう」

 

「……今はそれでいいさ。だが忘れないでくれ八幡。遅かれ早かれ、お前は再び部隊に所属する事になる。……メガネ君の為にな。あと、中二君がホークの試作品が完成したから、見てくれってさ」

 

「え!? アイツ、あれをたった一日で完成させたのか?」

 

「ほんと凄いよね、中二君。小説を書く才能はないのに、設計図を描かせたら天才なんだもんね」

 

「こう言ったら、付け上がるから言いたくありませんがトリガーの筐体技術はあいつにかないそうにありませんね。プログラム面ならまだしも」

 

「なに言っているんだい。グラスホッパーとカメレオンを開発した八幡だって充分凄いさ。それで、中二君と一緒になってどんなトリガーを作っているんだい? この実力派エリート、迅悠一に教えてくれないかな?」

 

「そんなに気になるなら、これから一緒に見に行きますか? もしかしたら、その眼で確かめる事が出来るかもしれませんよ」

 

 

 しばし考え込んだ迅は「面白そうだな」と笑みを繕い「じゃあ、お言葉に甘えようかな」と言って、八幡に同行する事にした。

 

 

 

***

 

 

 

「……は、八えモン」

 

 

 玉狛支部、材木座義輝に宛がわれた研究室に入ると、待っていたのは今にも霊魂が口から飛び出してしまいそうなほど弱りきった材木座の姿があった。

 

 

「おいおい、材木座。たかが三日ほど徹夜したぐらいで……。って、例のあれはどこだ? 見当たらないぞ」

 

 

 今にも死にそうな材木座を無視して、出来上がっているはずのトリガーを探す八幡。あまりの材木座の扱いに退いた迅は苦笑いしつつ、二人の後について来た少年こと陽太郎に食事を持ってくるように頼んだのである。

 

 

「そ、それが八えモン。迅殿に頼んだ後、強度的な問題がある事に気付いて、それで……」

 

「は? じゃあ、まだできていないのかよ。ったく、見せて見ろ。どこが問題なんだ」

 

「いや、そ、それが……」

 

 

 材木座が告げようとした時、研究所に彼の食事を持って来た三雲が現れる。

 

 

「あ、先輩。迅さん、お疲れ様です」

 

「おう、お疲れメガネ君」

 

「悪いな、三雲。今日は面倒見れなくて」

 

「いえ、大丈夫です。今日は烏丸先輩、アルバイトがなかったみたいなので」

 

「……なに?」

 

 

 記憶が正しければ今日も烏丸は別のアルバイトの為、三雲の指導は行えなかったはず。

 そこで思い当たるのは八幡の横でヘラヘラと笑っている迅だ。この男、既に烏丸まで手回しをしていたようである。

 

 

「(いったい、なん手先まで読んで裏で動いているんだ、この男は)」

 

 

 いくら未来が見えるからと言って、手回しが良すぎる。流石は玉狛支部が誇るS級ランクのボーダー隊員と感心したい所であるが、ここまで動けると末恐ろしさすら感じてしまう。

 

 

「はい、材木座先輩。あまりものですみませんが、お食事です。……あと、例のホークなんですが、僕なりに改善策を考えて設計し直してみたのですが、いかがでしょう?」

 

「「「……は?」」」

 

 

 まさかの三雲の言葉にこの場にいる全員の目が点になる。

 

 

「え、えっと……ごめんなさい。やっぱりいけなかったでしょうか」

 

 

 三人の反応に余計な事をしてしまったかと怯える三雲に、材木座は渡された食事に手を出す事無く尋ねる。

 

 

「智将三雲殿。ま、まさかお主。あの高翼、ホークの問題点を解決したと言うのか!?」

 

「え、あ……はい。その素人考えかもしれませんが――」

 

「拝見しよう。データを」

 

「あ、はい。これがそうです」

 

 

 渡された記憶メモリーを受け取った材木座は手早くパソコンを操作して、三雲が草案した高翼、愛称ホークの設計図を閲覧する。

 

 

「こ、これは……。ふむふむ、なるほどなるほど。こんな方法が」

 

「どうだ、材木座。行けそうか?」

 

「行けそうも何も、これは凄い。我が設計した時よりも、初動が一秒も短縮されている。お主が考えたイグニッションもこれならば……」

 

 

 興奮気味に尋ねてきた八幡に応える。よほどテンションが上がったのか、材木座は受け取った食事の事も忘れて、三つのキーボードを操作して瞬く間に新トリガー、ホークの設計を完成へと進めていく。

 

 

「ぬおー、たぎるたぎるぞ。我の血がたぎってやまない。悪いが八幡、もうしばし待たれよう。一時間ほどで完成させて見せる」

 

「おう。これに関しては全面的に信じてやる。……無理はするなよ、材木座」

 

「愚問だな、八幡。この程度、我にとって夕飯前だ」

 

 

 邪魔をすると悪いと思った一同は、一人奮闘する材木座を残してその場から立ち去る。

 三雲の改善策が功を奏したのか、あれから三十分ほどで材木座と八幡が前々から考案していた新トリガー、高翼【ホーク】の試作品を完成させたのであった。



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005:点火せし、タカの翼

「あの……。本当に僕なんかがテスターでよろしいのでしょうか?」

 

 

 現在の状況に全く持って納得していない三雲がモニターで閲覧しているであろう者達に向けて尋ねる。手にはついさっき完成した新トリガー高翼【ホーク】とオプショントリガーが登録されているトリガーが握られている。

 師の一人八幡に「お前、試しに使ってみろ」と半ば強制的に訓練場へ放り込まれたのであった。

 

 

『いいに決まっているだろ、三雲。最後の決め手はお前なんだ。お前がそれのファーストテスターになる権利は充分あるぞ』

 

「しかし、先輩。このトリガーは僕よりも――」

 

『もうっ! つべこべ言わずにさっさとトリオン体になりなさいよ、修っ! 本当ならそのトリガーは私が最初にやるはずだったのよ』

 

 

 金切り声をあげるは、玉狛支部紅一点の小南桐絵。口より先に手が出るタイプの彼女の機嫌を損なったら、理不尽な仕打ちが待っている。玉狛に来て色々と痛い目にあった三雲は彼女を怒らせる前にトリガーを起動させる。

 

 

「は、はいっ! トリガーオン」

 

『……どうだ、智将殿。どこか体に違和感とかないか? 細かい事でも良いから、素直な感想を聞かせてくれたまえ』

 

 

 トリオン体になった三雲は自分の身体を確かめる様に動き、不備がない事を確認する。

 時たま、不備があってトリオン体に支障が起こる時があると材木座に聞かされていたため、問題がない事に一安心した。

 

 

「その……。とりあえず、その呼び方はどうにかならないのですか?」

 

『ふっ。愚問だな智将殿。我らは互いに研鑽を積み重ねた仲であろう。お主に敬意を込めて、そう呼んでいるまでだ』

 

「はぁ……」

 

 

 なにが愚問なのか、なぜに智将なんて偉い呼び方をされているのか教えてほしいと胸中で呟く。玉狛支部に入ってから、トリガーの基礎知識を教えてもらった恩がある為、強く物申す事が出来ない三雲であった。事実、そのためにトリガーを弄れるほどの技術力が自然と身に付いたのは驚くべき成果と言えよう。

 

 

『おい、材木座。時間が惜しい、早速初めてくれ』

 

『心得た。さて、智将殿。まずは、トリガー【ホーク】を起動してくれないか』

 

「……分かりました」

 

 

 材木座に言われるまま、トリガー【ホーク】を起動させる。両腕に飛行機の翼と似た形状の何かが生み出される。

 

 

『トリガーの起動を確認。……どうだ、三雲。【ホーク】を使った気分は』

 

「その……。少し重いですね」

 

『ま、レイガストより重いからな。そりゃ、重いだろうな。んじゃ、折角だから、ここいらでトリオン兵と戦って貰おうか』

 

「た、戦う!? ちょっと、先輩。そんな話し一言も――」

 

『テスターなんだから、性能試験をやるのは当たり前だろうが。宇佐美、遠慮せずにどんどんトリオン兵を出してくれ』

 

 

 容赦のない一言に、修の額から滝の様に汗が流れる。

 

 

『アイアイサー。じゃあ、修君。最初はバムスター辺りでいこっか?』

 

 

 と、オペレーターの宇佐美栞は言うが、修の回答を待たずに訓練場に仮想敵バムスターを出現させる。

 2階建ての一軒家程の大きさであり、最も知られているトリオン兵。人間を捕獲する目的で作られたトリオン兵であり、装甲はそこそこ頑丈。しかし、攻撃力は乏しく動きは鈍重の為、正隊員ならば苦も無く倒せなくてはいけない雑魚中の雑魚。

 だが、その雑魚に三雲は何度も苦戦を強いられていた。仮想訓練時にC級隊員は劣化バムスターの相手をさせられるのだが、三雲は一度も規定時間内に倒した記憶はない。

 玉狛支部の先人達に指導をしてもらい、それなりに戦いの術を得てB級に上がったとは言え、トリオン量が極端に少ない自分がトリオン兵を倒せるのか不安で仕方がなかった。

 相対するトリオン兵――バムスター。しかし、不思議な事に目の前のバムスターは修の知るバムスターよりも一回り、いや二回り……軽く十回りは超える超大型であった。

 

 

『……栞、あんた』

 

『ご、ごめん修君。間違って百メートル級のバムスターを出しちゃった』

 

 

 あまり先輩を疑いたくはないが絶対にわざとだ。だって、宇佐美の声色から反省の色が全く持って感じられないのだ。少しだけであったが、笑い声も確実に聞こえてしまったのである。ぜったい、わざと改造バムスターを出現させたのであろう。

 

 

「三雲、起こった事は仕方がない。まずはトリオンを【ホーク】に流し、バーニアを噴射させろ。効果はレイガストのスラスターと同様だ」

 

「は、はいっ!」

 

 

 言われた通り、一対二翼のホークにトリオンを流す。燃料を受け取ったホークは翼に取り付けられていた噴射ノズルから白煙が噴き出す。

 

 

『よしっ。後はそのまま、バムスターに向かって斬りつけろっ!』

 

 

 トリオンによって推力を得たホークはバムスター目掛けて飛来する。三雲の身体ごと。

 己の身体が宙を浮いた事に戸惑いを隠せない三雲であったが、焦っている暇はなかった。目の前に巨体のバムスターが迫っているのだ。このまま何もしなければ、激突するのみ。

 だが、三雲修はどんな状況でも冷静に分析をして、考える事が出来る。師匠である八幡の言葉を思い出し、身体を捻らせてホークの推進力を利用した人間独楽となって突撃する。

 一閃。ホークの翼はバムスターの身体を引き裂き、独楽のように回っていた三雲は着地をするなり、尻餅をついて身動き一つしなくなった。あまりの回転力に目を回してしまったようだ。

 

 

『おぉっ! 凄いよ、修君。二十秒を切ったよ、これって自己新記録更新じゃないっ!?』

 

『当たり前だ、新トリガーの威力を舐めるなよ。おい、三雲っ! ぼけっとするな、どんどんやれ』

 

 

 容赦のない命令に「鬼だ」と小さく呟く。だが、その三雲の愚痴は当然モニタリングしている一同に聞こえていた。

 

 

『……宇佐美、容赦する事なくじゃんじゃんやれ。お前の夜叉丸シリーズだっけか? アレをどんどん繰り出せ』

 

『了解』

 

 

 弟子の何気ない一言に八幡の機嫌が損なわれたようだ。まだ戦った事もないトリオン兵、改造型モールモッドが出現する。

 

 

「せ、先輩。幾らなんでも……」

 

『泣き言を言うな。オプショントリガー【イグニッション】を使ってみろ』

 

「い、イグニッションっ!」

 

 

 再び、ホークのバーニアが噴射される。今度は三雲の両腕から離れ、単独で飛来する。高速回転しながらぶっ放されたホークはモールモッドの両腕を切り裂いて通り過ぎていく。

 けど、未だにモールモッドは健在。折りたためられていた残り六本の脚を展開し、無防備の三雲目掛けて突進する。普通ならば再びホークを展開して迎撃を図るところであるが、放ったホークは大きく弧を描き、モールモッドの背中を引き裂いて三雲の元へ戻ってきたのであった。

 

 

「す、すごい。……これが新トリガーの威力」

 

『ま、及第点と言った所か。耐久力やトリオンの効率も計測したいから、あと数匹倒すまで、続けろよ』

 

「へっ!? ちょ、ちょっと先輩」

 

 

 抗議するが返事がない。どうやら、通信を終了したみたいだ。

 あんまりだとぼやくよりも早くさらにバムスターとモールモッドが出現した為、三雲は二体のトリオン兵と戦闘を開始したのであった。

 

 

 

***

 

 

 

「ふむふむ。どうやら、まずまずと言った所だろうか。智将殿のトリオン量であれだけの加速力が出せるならば、成功したと言えようか」

 

「だな。だが、欲を言えばもう少し軽量化を図りたい所だ。レイガストぐらいまで軽く出来ればいいのだが」

 

 

 計測結果を凝視する材木座と八幡が各々感じた点を口にする。それを後ろで見守っていた迅がぼんち揚げを頬張りながら割って入る。

 

 

「いやいや、充分な結果だろう。オプショントリガーなしでスラスターと同じ効力を引き出せる点がいい。……まあ、見た目が少々不格好かも知れないがな」

 

「そうね。どうせならば、名前通り鷹の翼とかにした方が格好良かったんじゃない」

 

 

 同様に三雲の健闘を見守っていた小南が口にする。

 

 

「イメージが戦闘機のホークなので。……ま、もう少し見た目に気を遣うべきだったな」

 

「うむ。それは今後の課題としようか。……時に八幡。そろそろ我は夢路の旅へ赴いてもよかろうか」

 

「おう、ご苦労さん。ゆっくり休め」

 

「うむ。では、迅殿。小南嬢。我はしばしの休息を取る為、これにて失敬」

 

 

 既に限界を超えていた材木座は覚束ない足取りでモニター室から退室する。

 

 

「あいつ、大丈夫なの?」

 

 

 流石に心配したのか小南が心配そうに尋ねる。けど、八幡は「大丈夫だろう」と言って切り捨てる。

 

 

「あんな状態になっても、趣味の小説を書く変態なんだから」

 

 

 小説と聞いて表情を歪ませる小南。彼女もあの小説と言い難い文章を読んだ者の一人である。

 

 

「……ほんと、未だに信じられないわね。あんたくだらない小説を書く奴が、玉狛支部エンジニアとしていなくてはならない奴なんだから」

 

「そこが中二君の凄い所なんだよ。……もしかしたら、あのホークのアイディアも小説から来たかも知れないよ?」

 

 

 迅の予想は当たりであった。どちらかと言うと元ネタはゲームの類であったが、それを見て「ティンと来たっ!」と言って、八幡に今回のトリガー製作の協力を要請したのである。

 

 

「……あの、みなさん。そろそろ、修君の事も見てあげたら」

 

 

 完全に三雲そっちのけで談笑する三人に向けて言う宇佐美。こうして話している間に三雲は既に七体のトリオン兵と奮闘していたりする。

 何気に戦闘技術が向上している事に着目する三人であったが、いい機会なのでしばらく様子見をしようと心に決めたのであった。



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006:氷の姫、興味を示す

 本日、三雲がどうしても外せない用事があるとの事で訓練はなしとなった。

 平塚先生との約束では今日は奉仕部と言う怪しい名前の部に行く日ではないのだが「今日も奉仕部に行くこと」と暗躍マンに出頭命令が下ったので、仕方がなく奉仕部へ向かっているのであった。

 扉を開けようと手を掛けるのだが、正直言って気が重い。また、あの雪の女王様と対面しないといけないと考えると胃が痛くなってしまう。迅の言葉を無視すればいい話しなのだが、弟子の運命に関わると言われたら断れなくない。

 

 

「(ほんと、ちょっと前の俺だったらありえない事だよな)」

 

 

 自分の献身ぷりに思わず苦笑いを浮かべる。過去の自分がいたら「なにやってんだよ、お前」と悪態をついた事であろう。

 部室の扉を開くと、昨日と全く変わらぬ姿勢で読書に勤しんでいる雪ノ下の姿があった。

 

 

「……」

 

 

 扉が開いた事で雪ノ下の視線が八幡へと向けられるが、直ぐに興味が失せたように文庫本へと視線を戻す。

 

 

「……うす」

 

「こんにちは。もう来ないのかと思ったわ」

 

「色々と事情があってな」

 

「普通、あれだけの事があったら二度と来ないと思うんだけど……。ボーダーってそれほど暇なの?」

 

「暇じゃねえよ。事情があるって言っただろ」

 

「……ストーカー?」

 

「どうしてそうなる。なんで俺がお前に気がある事になっているんだよ」

 

「違うの?」

 

 

 小首を傾げてきょとんとした表情になる。雪ノ下の中では八幡が自分に好意を抱いていて、会いに来ているとなっているようだ。

 

 

「すげえなお前。その自信過剰ぶりには俺もひくぞ」

 

「私にとっては至極当たり前の帰結よ。経験則と言うやつね。私って可愛いでしょ。近づいてくる男子はたいてい私に好意を寄せて来たわ」

 

「まあ、性格はともかくその容姿だしな。言い寄って来るだろうな。ってなんだよ? 奇妙な人間でも見るような目で」

 

「べ、別に面と向かって褒められた事などないから慌てている訳じゃないのよ。勘違いしないでちょうだい」

 

「は? 急に早口になりやがって、意味わかんねえよ」

 

 

 突然慌てふためく雪ノ下を訝しむ。彼女自身も取り乱した事を帳消ししたいようだったのか、一度軽く咳払いをして間を開ける。

 

 

「それで……って、貴方は何をしているのかしら?」

 

 

 話している間、八幡が机に数々の器具類を用意している様子を見て気になったのであろう。

 

 

「ん? なにってパソコンを設置しているんだよ。見てわかんないか?」

 

「バカにしないでちょうだい。なんで、部室にそんなのを設置しているのって聞いているの」

 

「……俺がここにいる間、仕事が滞っちまうんだよ。これ、仕事道具なの」

 

 

 八幡が用意した器具類は三台のノートパソコン。市販品のパソコンだと性能が低いため、複数を同時稼働して使わないと玉狛支部と同様のパフォーマンスが発揮出来ないとのこと。

 三台共に立ち上がったのを確認して、各パソコンに必要なプログラムを立ち上げる。

 

 

「驚いたわ。ボーダーってそんなことまでするのね」

 

 

 作業内容が気になったのか、読んでいた文庫本をしまった雪ノ下は八幡の後ろに回り込み、映し出された画面を覗き見る。

 

 

「おい。何見ているんだよ」

 

「あなたが卑猥な動画やゲームをしないか見張っているのよ。気にしないでちょうだい」

 

「こんな所でするか。てか未成年なんだからそんなの一切入っていないからな」

 

 

 このパソコンには、とは胸中で付け足す。

 

 

「プログラムの一種らしいけど、C言語ではなさそうね」

 

「……お前みたいに覗き見る奴がいるから、わざわざ全て暗号化しているの。てか見ないでくれる? おちおちプログラムの一つも作れないから」

 

「あら、A級のボーダー隊員様はこれぐらいで仕事も滞ってしまうのかしら。あとそこ、入力ミスしているわよ」

 

「なに? この一瞬で俺の暗号を解き読んだのかよお前。それはいくらなんでも……」

 

 

 雪ノ下が指差す箇所を見て、目を丸くさせる。指摘箇所を確認すると指摘通り入力ミスしていた。

 

 

「なにお前。変態なの?」

 

「変態の貴方に言われたくないわね。……あと、そこはこのコードよりも、こっちのコードで短縮した方が処理速度も上がるわ」

 

 

 勝手に共通キーボードを取り上げて、タイピングし始める。それを見てギョッと大きく見開く。

 

 

「おお……。いや、これだとリソースがデカくなりすぎるか。なら、こっちのプログラムを改ざんするか」

 

「ちなみに比企谷君。これは一体なんのプログラムなのかしら?」

 

「俺が考案中のオプショントリガーの一つだ。ま、ちょっと癖があって万人受けじゃねえけどな」

 

「トリガー。それって、貴方でも簡単に出来る代物なのね」

 

「否定はしねえよ。俺の様な奴でも指導してくれれば、これぐらいの代物は作製できる」

 

「そう。それで比企谷君、そのトリガーはどんな代物なのかしら?」

 

「あん? そんなの聞いてどうするんだ。もしかして気になるのか?」

 

「そんなわけないわ。けど、貴方の様な腐った根性の人が作った代物で守られる市民の人が哀れだから、私が直々に査定してあげるだけよ。た、他意はにゃいわ……ないわ」

 

「(うわぁ)」

 

 

 いま、明らかに噛んだのに、直ぐに言い直して勢いでなかった事にしてしまった。目線で「何もなかったわよね」と強く訴えて来たので、八幡は聞かなかった振りをして操作し続ける事にした。

 

 

「悪いがそれは無理だ。一応守秘義務があるからな。雪ノ下がボーダーに入った後ならば、教えなくもないが」

 

「それは暗に誘っているのかしら、すけこまし君」

 

「なんでそうなる。同じボーダーならば命を預ける道具の事を教えなくもない、と言っているだけだ。最も、お前ほどの美貌の持ち主は嵐山隊みたいに報道部隊に回されると思うがな」

 

「ま、また……」

 

 

 シュミレートを行っている画面に夢中で気づかなかったが、同い年から褒め慣れていない雪ノ下は八幡の無自覚の口説き文句に薄らと頬を染める事になる。

 その後、雪ノ下は八幡の仕事内容が珍しかったのか、あるいは気に入ってしまったのか、何度も後ろから自分が気づいたプログラム箇所を指摘し、それを修正あるいは改善する作業が続いたのであった。

 

 

 

***

 

 

 

 八幡が雪ノ下と共同でオプショントリガーを作成している間、三雲は迅と相対していた。

 両者の手にはお互いが愛用しているトリガーが握られている。

 

 

「んじゃ、メガネ君。始めようか」

 

「ちょっと待ってください、迅さん。一体全体なんでこうなったのか説明してください。それに、その手に持っているトリガーって――」

 

 

 今すぐ戦闘状態へ移行する迅に慌てて待つように呼びかける。

 本日、三雲は迅に八幡との訓練を休む様に頼まれたのである。初めはなんでそんな事を頼むのだろうと首を傾げた三雲であったが、迅が「お願いだ」と頭を下げたので、頼まれるまま了承したのであった。

 

 

「悪いけど時間が惜しいんだ。今回は目が慣れる様になればいい」

 

 

 迅のトリガーが起動する。瞬間、修の身体が一刀両断される。

 

 

「三雲、ダウン」

 

 

 無機質の機械音が三雲の敗北を知らせる。

 

 

「なっ!?」

 

 

 仮想戦闘モード状態なので、三雲の身体は一瞬に元通りになる。だが、全く分からない内に自分の身体が真っ二つに切り裂かれてしまった事に恐怖し、腰が抜けてしまう。

 

 

『ちょ、ちょっと迅さん。それはいくらなんでも修君には酷すぎますよっ!』

 

 

 終始、三雲と迅の行く末を見守っていた宇佐美栞が珍しく動揺した声で諌める。

 

 

「悪いな、宇佐美。今は黙って見守っていてくれ。……メガネ君、立ち上がるんだ。そのままでは俺の風刃を対処する事なんて出来ないぞ」

 

 

 風刃。トリガーには規格外の性能を持つトリガーが存在する。そのトリガーの名前を使い手はブラックトリガーと呼び、威力は通常トリガーの数倍以上の性能を誇ると言われている。

 迅が使った風刃はボーダーが所有する数少ないブラックトリガーの一つである。当然、つい最近B級になった三雲が対処する事など出来るはずがない。

 

 

「どのトリガーを使っても構わない。八幡達が作り上げたホークを使用してもいい。この風刃に対処できるようになるまで、どんどん仕掛けるからな」

 

 

 と、言った直後に風刃を薙ぎ払う。

 三雲はシールドを展開して防御を図ったのだが、シールドごと三雲の身体は両断され二度目の敗北が知らされる事になる。

 

 

「ダメダメ、メガネ君。メガネ君のトリオン量じゃ、風刃の攻撃を防ぐことは万に一つないよ」

 

「む、無理ですよ。僕の実力じゃブラックトリガーを対処する事なんてできません」

 

「けど、対処出来なければキミは守りたい誰かを護れなくなるよ。それでいいのかい?」

 

 

 言われて、思い浮かんだのは幼馴染の思いつめた顔であった。理由は定かでないが、三雲の幼馴染はトリオン兵を誘い寄せる何かを持っている。そのせいで、彼女は数多くの大切な人を失ってしまった。

 幼馴染の絶望した表情を思い出して、三雲の目の色が変わる。闘志が込められた眼差しを見やり、迅は口角を上げた。

 

 

「八幡や京介。小南やレイジさんに色々と教わっていると思うが、それを実践で熟せないと意味がない。俺は嫌ってほどこの風刃で相手をしてあげる。頭で学習した事を身体に叩き込むんだ」

 

「はいっ! よろしくお願いいたします」

 

 

 やる気を取り戻した三雲は両手にレイガストを展開させる。レイガストのオプショントリガースラスターを駆使して、全力で風刃を回避する算段であろうと迅は予想した。

 

 

「よし。では、最初は一刃だ。慣れたら、どんどん刃を増やすからな」

 

「はいっ!」

 

 

 それから、迅との訓練は夜遅くまで続く事になる。

 結局、その日は一度も迅の風刃を対処する事は出来なかった三雲であった。



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007:メガネは希望を手に入れた

『基礎学力試験開始五分前です。受験者は指定の席に着いて下さい』

 

 

 夢を見ていた。夢の舞台は三雲がボーダーの入隊試験を受験している所からであった。

 基礎学力試験はマークシート形式。試験内容は中学三年以下の全教科であったが、家庭教師の教え方が良かったのであろう。まだ習っていない問題はともかく、一度習った問題は難なく解く事が出来た。

 不安定要素が高い体力試験も合格基準を上回っていたと自負している。

 けど、三雲の番号が合格者発表の掲示板に記されてはいなかった。

 三雲は入隊を諦めきれずにいた。ダメもとで試験管に直訴するのであったが。

 

 

「つまり、三雲くんは試験の結果に不満があると言う事かな?」

 

「不満と言うか、正直に言いますと試験の出来は悪かったとは思えないのですが」

 

「なるほど、合否の基準に疑問が残ると言う訳か」

 

 

 試験管は納得が納得がいったのか、三雲が落ちた最大の要因を説明し始める。

 

 

「合否の条件は目に見えるものではない。ボーダーが判断する最大の要因はトリガーを使う「才能」が大きい。素質の優劣が大きく左右されると言う事だ」

 

 

 才能。そんな事を言われても納得がいかないが、試験管からグラフが記された書類を受け取り愕然とする。

 

 

「本来なら、あまり表に見せてはいけないのだが……。キミも才能の一言で失格と言われても納得がいかないであろう。これは、今現在計測しているきみの素質を数値化した物だ。分かる様に、他の人達と比べても素質の数値は遥かに下回っている」

 

 

 それを見て、何も口応えする事は出来なかった。

 三雲自身分かっていたのだ。こんな事をしても何の意味がないと言う事を。けれど、やらなくては気が済まなかったのだ。目的を叶えるためにもボーダーに入る事は絶対条件の一つだったから。

 

 

 

***

 

 

 

 ボーダーの入隊試験に落ちてしまったため、目的を叶える事が出来なくなってしまった三雲は立ち入り禁止区域内の入り口前で立ち尽くす。手には鉄格子を断つ為のペンチが握られていた。

 

 

「……何をやっているんだろう、僕は」

 

 

 家を出るまではボーダーの偉い人に直談判すればもしかしたら、と考えて咄嗟に飛び出してしまったが、しばし時間が経って冷静さを取り戻したのか、自分の愚かさに気付いてしまう。

 ここから先、一歩でも中に侵入したら間違いなく捕まってしまうかもしれない。そうなったら、目的を叶える所の騒ぎではないだろう。

 

 

「けど、僕は――」

 

 

 それでも叶えなくてはいけない目的がある。その為にはどうしてもボーダーに入隊しなくてはいけない。ならやるべき事は一つしかない。これがいかに愚かな行為かと理解しているが、やらないで後悔するよりもやって後悔するべきだと考えたのだ。

 だが、運命の狼煙は既に上がっている。

 ネイバー侵入の警報が鳴り、トリオン兵バムスターが三雲の目の前に出現したのだ。

 

 

「ネイバー!? で、でかい」

 

 

 喰われると思った時にはもう遅かった。バムスターの口が大きく開き、三雲の身体を飲み込もうとしている。

 しかし、バムスターはそれ以上動く事はなかった。胴体を真っ二つに切り裂かれ、そのまま機能を失ったのである。バムスターの背中には一人の青年が立っている。手に対トリオン兵用の武器トリガーが握られている事から、彼がボーダー隊員であると直ぐに分かった。

 

 

「よう。無事か? メガネくん」

 

 

 それが迅悠一との最初の出会いであった。

 

 

「え、あ……その」

 

「こんな時間に、こんな所でうろついていると危ないぞ。名前は? 直ぐに他のボーダー隊員が駆けつけてくれる。その隊員に送らせるから」

 

「あ、あの。僕は三雲修と言います」

 

「へぇ。三雲君ねぇ。……なるほどね。こちら迅。バムスターを一体倒した。なお、付近に一般人らしき人影は確認出来なかったよ」

 

「へ? あ、あの……」

 

 

 何を言い出すのか、と言おうとする三雲は「シー」とジェスチャーして黙っているように促される。

 

 

「他の場所は? あっと、三輪隊が全部倒しちゃったの? さすがだね、仕事が早い。じゃ、通常運転に入るから、何かあったら連絡ヨロシク」

 

 

 通信を終了させた迅は、茫然と立ち尽くす三雲を見やる。

 

 

「さて、メガネくん。きみ、ボーダーに入りたいの?」

 

「え!? あ、はい。そうです」

 

 

 なんでわかったのか、と言いたい所であるが、まさかの展開に喰い付くように答えてしまう。

 

 

「なら、俺が推薦書を書いてやろっか? そうすれば、ボーダーに入る事も出来るよ」

 

「そんなこと出来るんですか!?」

 

「本当はあまりやっちゃいけないんだけど、うん。今回は特別だよ。だから、この事はあまり周りの人に言わないでね」

 

 

 そこで夢が終わる。腹部に強烈な一撃が加えられた事で、三雲は強制的に眠りから覚まされてしまったのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「目が覚めたか? 三雲」

 

「……先輩? はっ!? す、すみません」

 

 

 目の前に八幡の顔があるのを見て、自分がぶっ倒れている事にようやく気付いて、慌てて立ち上がる。

 

 

「ったく、急いで来て見れば気を失っているとか。……お前、今の今まで何をしていたんだ?」

 

「え? あ、あの、その……。レイジさんにレイガストの使い方を教わっていたら、綺麗に一発貰ってしまって」

 

 

 それを聞いて、八幡の眉がへの字になる。

 

 

「おいおい、なんて命知らずな。師匠のあれは、バムスターだって粉砕しちゃうんだぞ。平塚先生のなんちゃってブリットなんかより、よっぽど危険なんだからな」

 

 

 かつて何度も受けた事のある攻撃を思い出して、顔を青ざめさせる。レイジの一撃の重さを身体が覚えていたらしく、思い出しただけで顎下がビリビリと感じずにいられなかったみたいだ。

 

 

「その平塚先生が何者か分かりませんけど、確かにそうですね。気を付けます」

 

 

 胸中で木崎レイジのせいにしまった事をわびつつ、苦笑して遣り過ごすく三雲。

 

 

「で、やれるのか? 師匠の拳を受けたんなら、今日の鍛錬は中止にするか?」

 

「だ、大丈夫です。その、よろしくお願いいたします」

 

「お、おう。それじゃあやるか」

 

「はいっ!」

 

 

 

***

 

 

 

「三雲、ダウン」

 

 

 本日七回目の指導付きの模擬選が行われたが、結果は三雲の全敗であった。体力が限界近くなっているのか片膝を着いて呼吸を荒くしていた。

 

 

「……お前、昨日は何があった?」

 

 

 そんな三雲に近寄った八幡は、怪訝な表情で三雲に訊ねる。

 

 

「な、何がですか?」

 

「俺の攻撃、七割方見えていただろう。一昨日までは、俺の弧月に反応すら出来なかったはず。随分と戦いの目になったものだと思ってな」

 

 

 迅との模擬戦がいい作用を働いたらしく、三雲が思った以上に動けていた様だ。正直にブラックトリガーを使った迅と模擬戦をした結果故、と説明すればいいのだが、その事は本人から口止めされているので言うに言えなかった。

 

 

「えっと、昨日は烏丸先輩にアステロイドを大量に浴びせられたので、それじゃないですか」

 

「烏丸が?」

 

 

 嘘がばれたのか、八幡の目が険しくなる。苦笑いで誤魔化す三雲であるが、彼の後ろ首はびっしりと冷や汗が浮かび上がっていた。

 

 

「……まあいい。今日の動きは悪くなかった。これだけ動ける様になるなら、トリガーの構成を考え直すのもありだな。てか変えろ。レイガストの二刀流とか、お前には荷が重すぎる。大人しく防御よりの射手を目指せ」

 

「そうですか? スラスターを使う事で機動力を確保し、投擲と殴り付ける事で多くの間合いを対処できる。僕にとって打って付けのやり方と思うのですが」

 

「スラスター頼りの戦術だろ、それは。スパイダーやアステロイドはともかく、シールドは使えよ」

 

「その事なんですが、シールドは変えようと考えています。バイパーとかどうなんでしょ?」

 

「どうなんでしょって、何でバイパーなんだよ。あれは便利と言えば便利だが、上級者向けだ。決められた弾道軌道を数通り登録できるとはいえ、そんな状況に持って行くには――」

 

「いえ、そうではなくって。その、リアルタイムで弾道軌道を描けないかなって」

 

「お前な……」

 

 

 なにが三雲をここまで駆り立てているのか定かでないが、あまりお勧めできない選択であるのは確かである。

 追尾弾ハウンドと比べると変化弾バイパーは複雑な弾道設定が可能な為、物に出来れば三雲の大きな戦力になる事は間違いない。けど、敵味方が入り乱れる実際の戦闘の中、即興で弾道を引く事が出来る人間は少ない。

 

 

「あれは、イメージ力と客観的視点、空間認識能力に長けた人間だからこそ可能な変態技だ。こう言ったらなんだが、お前にそれらの観点が優れているとは思えないな」

 

「そうですか」

 

「……ま、本人のやる気を阻害するのは良くないか。試しにやってみろ」

 

「え!? い、いいんですか」

 

「やる気のある奴に水を差すつもりはねえよ。いいから、宇佐美に頼んでバイパーを入れてもらえ」

 

「ありがとうございますっ!」

 

 

 深々と頭を下げた三雲は急いで宇佐美がいる場所へと駆け出す。

 結果、その選択が今後の三雲の多大なる影響を及ぼすファクターになるとは、この時の八幡には知る由もなかった。



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008:依頼者はビッチ

「――再提出だ」

 

 

 防衛任務のせいで調理実習に参加出来なかった八幡は、家庭科の補習レポートを提出したところ、なぜか家庭科担当の鶴見先生ではなく現国担当の平塚先生に呼び出されてしまった。

 

 

「先生って、現国の教師だったのでは?」

 

「私は生活指導担当も兼ねているんだ。鶴見先生は私に丸投げしてきた」

 

 

 件の鶴見先生は、観葉植物に水やりをして見て見ぬふりをしている。そんな先生の事をチラッと見た平塚先生は八幡の方に向き直り、問題のレポート用紙を叩きつける。

 

 

「だいたい、薄っぺらい奴ほど人に影響されやすいのと同様、薄く切った方が味がよく染みる。例えるならば葉山とか……。実名を出して皮肉を混ぜるな」

 

「いや、だってアイツ薄っぺらいじゃないですか。芯がないと言うか、スカスカと言うか」

 

「誰が葉山の問題提起をしろと言ったか。それでも、同じボーダー隊員なのか?」

 

「俺とアイツは水と油なので、同じボーダー隊員でも仲がいいとは限りません」

 

「少なくとも私はお前の方が芯がなく、スカスカと思えるがな。……まあいい。あまり時間を取らせると部活の時間が無くなるだろう。今日は出るんだろうな?」

 

「正直に言うと、出ても何のメリットもないんですがね。……ま、アイツのおかげで色々と案が浮かんだのは否定しませんが」

 

「ほぉ。随分と雪ノ下と仲良くなったようだな。感心感心」

 

「性格は悪いですが、優秀なのは確かみたいですからね。まさか、俺が数か月かけて生み出した暗号を一瞬で読み解いた時は、へこみそうになりましたが」

 

「そうかそうか。その調子で、雪ノ下と仲良くしてやってくれ」

 

「……できてもビジネスパートナーぐらいですよ、あれは」

 

 

 

***

 

 

 

「……なにこれ」

 

 

 部室に入るなり、雪ノ下から分厚い書類を渡された八幡は眉をひそめる。

 題目には雪ノ下印のトリガーの草案と書かれており、軽く斜め読みすると複数のトリガーの草案が記載されていた。

 

 

「なに、お前。もしかしてハマったの?」

 

「そうね。新鮮味があって楽しかった事は否定しないわ。……それで、どうなのかしら?」

 

「どうなのかしらと言われても――」

 

 

 再び雪ノ下考案の数々に目を通す。今度は実際に製作可能であるのか、有用性が高いのかを加味して。

 

 

「先ず言わせてくれ。なんで名前のほとんどが猫絡みなんだ?」

 

 

 そして一番に目についたのがそれであった。雪ノ下が考案したトリガーの数多くが、と言うかすべてのトリガーの名前が猫に関係した名前である。ばれないと思っていたのかあまり知られていない猫の種類【スクークム】とか【ライコイ】など、トリガーに命名している。

 

 

「そ、それは……」

 

 

 まさか看破されるとは思ってもみなかったのであろう。

 

 

「か、勘違いしないでよね。別に私は猫が好きと言う訳ではないわ。ただ、名前を考えるのが大変だったので、たまたま見ていた猫大全集の本から名前を頂いただけで――」

 

「ああ、分かった分かった。それ以上言うと墓穴が掘るだけだから、黙っていようね」

 

 

 てか、既に墓穴を掘りすぎていると言っても過言ではなかった。口悪女のイメージが強かったが、猫が好きな事を指摘されただけで照れ隠しする様を見て「意外と可愛い所があるんだな」と印象を改める八幡であった。

 

 

「……俺だけでは判断しきれない箇所もあるから、筐体担当の奴にも目を通してもらう事にする。雪ノ下、これはもらっても構わないか?」

 

「構わないわ。その為に作ってきただけですもの」

 

「そうか、恩に着る」

 

 

 この件は一旦保留する事にして、一昨日の続きを始め様とパソコンを広げていると、唐突に弱弱しいノックの音が聞こえて来たのであった。

 

 

「どうぞ」

 

 

 座り直した雪ノ下は、扉に向かって声を掛ける。

 

 

「し、失礼しまーす」

 

 

 緊張しているらしく、来訪者は少し上ずった声と共に入室してくる。奉仕部を訪ねてきた彼女は八幡と目が合うと、ひっと小さく悲鳴を上げて後退りする。

 

 

「な、何でヒッキーがここにいんのよ!?」

 

「どちら様で? てか、人に指をさすなと親御さんから教わらなかったのか」

 

 

 見知らぬ女性にヒッキーと言われた事に色々物申したい所であるが、明らかに目の前の彼女は八幡が苦手とするリア充属の人間だ。その手の女子と交流した記憶はない故、と言うか総武校で女子と会話した事がある人物など今のところ雪ノ下しかいない。

 胸元のリボンの色が赤色故、彼女が同学年である事に気付くが、それでも彼女の様な派手な女子など八幡の記憶の中には存在しなかった。

 

 

「由比ヶ浜結衣さん、ね」

 

「あ、あたのしのこと知っているんだ」

 

 

 自分の名前を呼ばれて表情を明るくする彼女。

 

 

「比企谷君。お客様に椅子を用意してあげるべきじゃないの?」

 

「おう、そうだな。……とりあえず、座ってくれ」

 

 

 言われ、客用の椅子を持ち運んだ八幡は彼女に座る様に勧める。

 勧められたまま椅子に座った彼女に、紅茶を差出した雪ノ下が話しを切り出す。

 

 

「先ずはようこそ奉仕部へ。平塚先生から聞いて来たのでしょ?」

 

「う、うん。平塚先生から聞いたんだけど、ここって生徒のお願いを叶えてくれるんだよね? てか、そんな部活動にヒッキーがいる事が凄く違和感があるんだけど」

 

「そのヒッキーって、そこでパソコンをいじくって気持ち悪い笑みを浮かべているひ、ひ……挽肉谷君のこと?」

 

 

 突然の悪口にお客がいるにも関わらず、口を挟んでしまう八幡。

 

 

「おい。俺を挽肉にした所でおいしくないぞ。てか、まだ仕事道具広げていないし」

 

「そうね。あなたを挽肉にした所で誰も食べてはくれないものね。産業廃棄物扱いになるから、困ったものね」

 

「挽肉にする肉すらない奴に言われたくねえよ」

 

「比企谷君。つぎ言ったら容赦なく警察に通報するわよ。あと、女性の価値を胸で決めるのは最低だと知りなさい」

 

「誰もお前の胸が断崖絶壁の貧乳など言っていないだろ。被害妄想も甚だしい」

 

 

 舌戦が繰り広げられそうになる中、由比ヶ浜がキラキラした目で八幡と雪ノ下を見る。

 

 

「なんか……楽しそうな部活だね」

 

「別に愉快ではないけれど……。あなたに言っても仕方がないわね」

 

 

 明らかに視線を由比ヶ浜の胸に向けられている。彼女との戦力差を目の当たりにして、落ち込む雪ノ下の事など放って話しを進める八幡。

 

 

「んで、こんな人気もない部活にお前は何しに来たの?」

 

「……さっきから思っていたけどヒッキーって喋れたんだね? クラスにいる時と全然違うし。そっちの方がいいと思うよ」

 

「大きなお世話だ。てか、何で俺のクラスの時の事を知っているんだ?」

 

 

 まさかのストーカーか、と思っていた矢先、その疑問は雪ノ下が答えてくれた。

 

 

「あなたね……。由比ヶ浜さんは貴方と同じF組なのよ」

 

「え、ウソ。マジで?」

 

「その様子では、知らなかったのね」

 

「し、知っていたさ」

 

 

 目を逸らす八幡。

 

 

「……なんで目逸らすのよ」

 

 

 あからさまな態度を見て、ジト目で八幡を見る由比ヶ浜。

 

 

「そんなんだから、ヒッキーはクラスに友達がいないんじゃないの? キョドり方、キモいし」

 

 

 由比ヶ浜の人を馬鹿にしたような視線には八幡も覚えがあった。あの大嫌いな葉山隼人とよくつるんでいる連中の一人であると推測する。

 葉山隼人の事を嫌う八幡からしてみれば、そんな彼とつるむ彼女は敵同然。つまり、何の気兼ねなく罵倒してもいいと言う事になる。

 

 

「大きなお世話だ、このビッチめ」

 

「はぁ? ビッチって何よっ! あたしはまだ処――い、今のなし!」

 

 

 ばさばさと手を動かして、今の発言を掻き消そうとする由比ヶ浜のフォローをするつもりか、雪ノ下が口を挟んでくる。

 

 

「別に恥かしい事ではないでしょう。この歳でヴァージ――」

 

「ちょっと何っているの、雪ノ下さん。高2でまだとか恥かしいよ」

 

「……くだらない価値観ね。それで、本日はどのような用件で奉仕部に来たの?」

 

 

 本題を切り出す雪ノ下に対し、由比ヶ浜はアッと声を上げて口を開くのであったが、八幡の顔を見てその口を閉ざしてしまう。

 どうやら自分がいると話せないようであるらしい、と踏んだ八幡は、立ち上げたパソコンを第三者が使えない様にロックを掛ける。

 

 

「……ちょっと『MAXコーヒー』買って来るわ」

 

「私は『野菜生活100いちごヨーグルトミックス』でいいわ」

 

「……なにそれ、そんな飲み物がこの世に存在するのかよ」

 

 

 さり気無くパシるのは止めろ、とかお前には紅茶があるだろうと言いたい所であるが、反論したら話しが進まないので八幡は素直に「了解」と口にして買いに行ったのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……何してんの?」

 

 

 戻ってきた八幡が最初に見るのは、人のパソコンを堂々と使っている雪ノ下と由比ヶ浜の姿であった。

 

 

「あら、遅かったのね」

 

「デリケートな話だと思って、少し時間を空けたんだよ。空気を読める俺に感謝しろよな」

 

「あなたは空気しか読めないでしょ。あと、パスワードは誕生日にしない方がいいわ。直ぐに解除出来ちゃうから」

 

「いやいや、だからと言って人のパソコンを勝手に使って良い事にならないよね。それに由比ヶ浜! お前、何したんだ! ブルースクリーンが出ているじゃないか!?」

 

 

 ブルースクリーン。OSに何らかの異常が発生した際に表示されるメッセージおよび、その画面全体を指す通称である。簡単に言えば、由比ヶ浜が弄ってエラーさせたのであろう。

 

 

「いや、あのっ! ゆきのんが簡単そうに扱っていたから、私にも出来るかなって思って……」

 

「だからって……。データは死んでいないだろうな。死んでいたらマジで凹むんだが」

 

 

 急いで再立ち上げを行い、損傷具合を確かめたが、データが損傷している箇所は見当たらなかった。ほっと一安心した八幡は、これ以上勝手に触られない様に何か対処方法を考えなくえてはいけないと胸の内に秘める事になる。

 

 

「……ご、ごめんねヒッキー」

 

「ったく、人の物は勝手に触るなって教わっただろ。んで、何すんの?」

 

 

 これ以上、触られて何か不都合な事が起こってはいけない故、仕方がなくすべてのパソコンを回収する事にした八幡が聞く。

 

 

「家庭科室に行くわ。比企谷君も一緒にね」

 

「家庭科室? なんで?」

 

「由比ヶ浜さんは手作りのクッキーを食べて欲しい人がいるのだそうよ。でも、自信がないから手伝ってほしい、と言うのが彼女の依頼よ」

 

「……それ、奉仕部がやる活動なのか? それこそ、周りにいる友達に頼むとか、インターネットで調べようと思えばいくらでも調べられるだろうが」

 

 

 少なくともこんな怪しい部の人間に頼む内容ではないと思われる。けど、断る理由もないので、二人は依頼の為に動く事にした。

 

 

「……しかし、いきなり頼んでも家庭科室なんて貸してくれるのか? ウチにもあるだろ。たしか、調理実習部だっけか?」

 

「それは困ったわね。なら、実行日は明日に変更した方がいいかしら?」

 

「それは構わないが、明日は俺、普通にバイトがあるから無理だからな」

 

「あら、そんな話しは一言も聞いていないんだけど?」

 

「言わなくても分かるだろう。ボーダーに所属しているんだからよ。てか、察せよ学年一位の雪ノ下」

 

「毒見役がいないのは困るわね。それじゃあ、明後日にしましょう。材料などは私が揃えるわ。由比ヶ浜さん、それでいいわね?」

 

 

 話しを振られた由比ヶ浜は「毒見云々」の所に物申したい様子であったが、雪ノ下の圧力に負けて小さく頷き返すしか出来なかった。

 

 

「う、うん。それでいいよ」

 

「てか、毒見役とか失礼だろうが。その点はちゃんと抗議するべきだぞ、由比ヶ浜」

 

 

 八幡の援護を得た由比ヶ浜は頬を膨らませて抗議する。

 

 

「そ、そうだね。ゆきのん、それはちょっと酷過ぎだよ」

 

「さっきから思っていたけど、ゆきのんって私の事かしら? 出来ればその名前は改めて欲しいんだけど」

 

「なんで? ゆきのんって可愛いじゃん」

 

 

 不思議そうに小首を傾げる由比ヶ浜を見て、説得するのをあきらめたのだろうか。小さく溜息をついた雪ノ下は明後日の流れを説明し始める。

 

 

「生徒会及び家庭科担当の鶴見先生には許可を貰っておくわ。由比ヶ浜さんは約束の時間に家庭科室に来てちょうだい。比企谷君も休まずちゃんと来ることよ」

 

「分かったよ。ゆきのん……ん? えっ!? ヒッキーってボーダー隊員だったの!?」

 

「……気づくの遅いぞ」

 

 

 その後、何気ない会話ばかりが続き、今回の部活動は終了する事になった。



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009:メガネの修行(1)

 玉狛支部に出向いてみれば、肝心の三雲の姿がなかった。

 

 

「……あ、師匠」

 

「おう比企谷。三雲なら、迅と一緒に本部の方へ行ったぞ」

 

 

 弟子の八幡を見るなり、彼が何を聞きたいのか察したレイジは簡潔に彼が知りたい答えを教えてあげる。手には包丁が握られている所から、本日の夕食の準備を始めたのであろう。

 

 

「迅先輩と本部に? あの人、また余計な事をし始めたんですか?」

 

「さあな。そうだ、比企谷。今日は鍋にしてみようと思うのだが、お前もどうだ? 妹さんも連れてきて良いぞ」

 

「鍋ですか? いいですね。小町に聞いて、良ければご厄介になります」

 

 

 では、と八幡は本物へ向かう為に玉狛支部から飛び出していった。

 

 

「……いいんですか、レイジさん。比企谷先輩に言わなくても」

 

 

 八幡がいなくなったのを見計らって、烏丸が現れる。なぜか一つ上の先輩である小南の口をふさぎながら。

 

 

「直ぐに分かる事だ。一々言う事でもないだろう。それより京介、小南の顔が真っ青になっているぞ。いい加減に離してやれ」

 

「あ、はい」

 

 

 解放された小南は、獰猛な牙をむき出しにして烏丸に問い詰める。

 

 

「ちょっととりまるっ! あんた、何で私の口を塞いだのよ」

 

「だって、小南先輩。比企谷先輩の口車に直ぐ引っ掛かるじゃないですか。迅さんから内緒にしてくれと頼まれたんですから、仕方がない事なんです」

 

「だからってレディを羽交い絞めする事はないでしょっ!」

 

「知らないんですか、小南先輩? 比企谷先輩は話したくもないのに秘密を話してしまうサイドエフェクトを持っているんですよ。あれぐらいしないと防げませんよ」

 

 

 出鱈目にもほどがある情報に、小南は顔を真青にさせて「そう言えば」と口にする。記憶を思い返せば、色々と思い当たる節が彼女にはあるのだろう。

 

 

「う、うそ。だ、だから私がいつも隠したい事をベラベラと話してしまうのね。レ、レイジさんは知っていたんですか?」

 

「あぁ、知っていたさ。比企谷がサイドエフェクト持ちじゃない事をな」

 

 

 またもや自分がもさもさ後輩に騙されたと気づく。一気に怒りのボルテージが上がり、自分を騙した烏丸に文句の一つでも、と彼の方を見やると忽然と姿を消していた。

 

 

「あのもっさりっ! どこに行った!?」

 

「京介ならば、修の様子を見に行くって言っていたぞ。暇なら、お前も様子を見に行ったらどうだ?」

 

「そ、そうします。とりまるっ! 絶対に逃がさないわよ」

 

 

 喧しい連中が消えてシンと静まる中、レイジはせっせと夕食の準備を進めるのであった。

 

 

 

***

 

 

 

『三雲、ダウン』

 

 

 全方位から襲い掛かる『追尾弾嵐』によって、三雲の身体は蜂の巣にされてしまう。両手のレイガストで防御に回るのだが、弾丸の数が多くてすべてを防ぐことができなかったのだ。

 

 

「……三雲くん、次で最後だけどまだやるのかい?」

 

 

 間宮隊隊長、間宮桂三が弱りきった三雲に訊ねる。いま現在、間宮隊と三雲は模擬戦の最中であった。しかし、数的に不利な状況で三雲がなし得た成果は今の所なし。既に十戦中零勝九敗と負けが確定しているのだが、三雲の闘志は未だに消えてはいなかった。

 

 

「お願いします。もう少しで掴めそうなんです」

 

「分かった。仮にも迅さんの頼みだ。最後まで付き合おう」

 

「よろしくお願いいたしますっ!」

 

 

 一同、戦闘態勢に入る。間宮隊は全員シューターの部隊。圧倒的な物量をぶつけて勝負に挑む戦術が得意であり、同時両攻撃の『追尾弾嵐』と命名されたコンビネーション攻撃を持っている。

 

 

「「「アステロイド」」」

 

 

 最初に動いたのは間宮隊の三名であった。通常弾のアステロイドは他のトリガーと違い特殊な能力がない代わりに、威力は追尾弾や変化弾、炸裂弾よりも高い。

 

 

「(レイガストで受け止めるか。いや、それじゃダメだ)」

 

 

 四分割されたアステロイドが三方から三雲を襲う。レイガストを起動させて盾モードで防ごうと考えるが、それでは前の模擬戦と同じ結果を招いてしまう。相手は全員がシューター。弾丸系のトリガーを持っている以上、攻撃速度は圧倒的に相手の方が上なのだ。動きを止めて防御の態勢を取ったら、次は間違いなく『追尾弾嵐』が待っている。そうなったら、三雲が勝てる可能性はゼロである。

 

 

「(まずは、この弾丸を掻い潜って距離を詰めないと)」

 

 

 考えた末、三雲はレイガストを盾の形状で起動させ――。

 

 

「スラスター・オン!」

 

 

 オプショントリガー、スラスターを起動させる。推進力を得たレイガストを間宮隊の楠本葵へ向け、レイガストを手放した。一人で飛んでいくレイガストは楠本のアステロイドを跳ね除けていく。これにはさすがに驚いた楠本は後方に大きく跳び、飛んで来たレイガストを避ける事にする。

 その間に、三雲はもう一方のレイガストを起動させる。同じように鯉沼三弥に向けレイガストを飛ばし、二方向のアステロイドを防ぐ事に成功する。

 だが、未だに間宮桂三が放ったアステロイドが残っている。流石の三方向同時攻撃を防ぐことは出来ないと踏んだ間宮は自分の攻撃が当たった事を確信するが、三雲の足場にジャンプ台トリガー、グラスホッパーが発動した事に驚きを顕にした。

 

 

「なっ!?」

 

 

 二回グラスホッパーを踏んで上空へ逃げる三雲を見やる。その行動は初めて見た。そもそも三雲はこれまでの闘いで使ったトリガーはレイガストとアステロイドのみ。

 

 

「(まさか、この九戦はこちらの戦いを分析していたのか)」

 

 

 考えられなくもない。そもそも今回はS級ランク迅から頼まれて組んだ模擬戦である。これまでの戦いは何かを課せられたと考えるなら、今回の動きだけ違うのもうなずける。

 

 

「アステロイドっ!」

 

 

 アステロイドの発動を確認し、身構える三人。しかし、生み出された数はたったの二発。それも軌道は間宮隊の誰にも向けられていなかった。

 三雲の行動に疑問を感じない訳がなかったが、これはある意味大きなチャンス。三雲が何かを行動に移す前に、一気に『追尾弾嵐』で勝負を着けようとハウンドを起動させる。が、間宮桂三はアステロイドの軌道を描いた後に何やら糸の様な物が出現した事に気付いた。

 

 

「(あれは……。スパイダー? 待てよ、あの軌道には……まさかっ!?) 攻撃中止っ! 今すぐ離れろっ!!」

 

 

 攻撃を中止して回避行動に移る間宮。それに習って楠本と鯉沼も回避行動に移るのだが、二人の身体は三雲のレイガストによって真っ二つに切り裂かれたのであった。

 

 

『楠本、鯉沼。ダウン』

 

「「なっ!?」」

 

 

 二人は目を剥く。自分達に襲い掛かったレイガストは三雲が先ほどスラスターを使って投げたものである。盾の形状にしてはいたもの、モード自体は剣モードにしていた様だ。その為、盾の形をしていても二人の身体を引き裂く事が出来た模様。

 

 

「スパイダーをそんな風に使うなんて、驚いたな。三雲くん」

 

「ありがとうございます。実践で試した事がなかったので不安でしたが、決まって良かったです」

 

 

 アステロイドにスパイダーを追加させ、三雲は転がっているレイガストに放ったのである。レイガストにスパイダーを付けた事により鎖鎌の様な動きが可能になったのだ。三雲はスパイダーを振り回し、繋がっているレイガストを近場にいた楠本と鯉沼へ放ったのである。

 

 

「けど、まだ勝負は終わっていない。今回も勝利はもらうよ。ハウンドっ!」

 

「負けません。アステロイドっ!」

 

 

 追尾弾と通常弾が行き交う。

 三雲はスパイダーを使って、手元にレイガストを呼び寄せる。今度こそ盾モードに変化させて間宮の追尾弾を防ぐ。

 対する間宮は三雲の通常弾を回避するようであった。三雲の様に間宮はレイガストを入れていない。シールドで防げばいいのだが、三雲には距離を詰めるスラスターがある。中距離メインの自分の間合いを保つ為には攻撃を受け止めるよりも回避した方が得策なのだ。

 アステロイドの軌道を読んで、攻撃を回避する。しかし、直線にしか動かないアステロイドが直角に折れ曲がり、間宮の右肩に被弾したのであった。

 

 

「これはバイパーか!? アステロイドじゃないのかよ」

 

 

 簡単なトリックである。三雲はバイパーを放つ時、あえてアステロイドと口にして起動したのである。技名を口にした事で間宮はそれがアステロイドであると決め付けてしまったのだ。

 

 

「けど、まだまだ戦えるっ! アステロイドっ!」

 

 

 負けじと間宮はアステロイドで応戦する。トリオン量とシューターとしての腕は間宮に軍配が上がる。純粋な打ち合いならば負ける事はないはず、と踏んで打ち合いに持ち込もうとする。

 しかし、意識の外からレイガストが己の胴体を分断しようと襲い掛かって来た。

 気づいた時には既に遅かった。辛うじてシールドを起動させる事は出来たものの、木っ端微塵に粉砕され、間宮の胴体を食いちぎっていく。

 

 

『間宮、ダウン』

 

 

 機械音が三雲の勝利を知らせる。十戦中一勝九敗と負け越したが、昔の三雲と比べると大成長したと言えよう。

 

 

 

***

 

 

 

「……なんだ、これ」

 

 

 最後の模擬戦に間に合った八幡は、三対一の変則マッチをしている三雲を見て言葉を失う。

 

 

「あ、八幡。お疲れ、ぼんち揚げ食う?」

 

 

 呑気に観戦している迅を発見した八幡は、鬼の形相を浮かべながら彼の元へ歩み寄る。

 

 

「説明していただけるんですよね、迅先輩。どうして三雲がB級部隊と模擬戦なんてしているんですか?」

 

「なに。俺達ばかりじゃ戦いに偏りが出るだろ。ランク戦なんかやらせて、今の自分の実力を知ってもらおうかな……と思ったら、ちょうどシューター編成の間宮部隊と会ってさ。メガネ君の為に模擬戦をしてくれないかな、って頼んだんだよ」

 

「んで結果がこれですか。……戦績は?」

 

「十戦中一勝九敗だね。三対一って事もあるし、随分と善戦したと思うよ。ま、最後の模擬戦以外、レイガストとアステロイド以外の使用を禁止したんだけどね」

 

「バカですか、貴方は。数的不利で実力も上回る相手に、なにハンデを課してるんですか」

 

「メガネ君は防御に偏る姿勢があったからね。レイガスト頼みの防御がどれだけ危険か分かって欲しかったんだよ」

 

「……それで、今回の戦いを仕組んだわけですか。相変わらず暗躍していると言うか、この戦いでどんな未来へ導けたのですか?」

 

 

 未来視のサイドエフェクトを持っている迅が意味のない行動をするわけがない事は知っている。今回の戦いで得られる未来があるからこそ、この戦いを仕組んだはずなのだ。

 

 

「……あとは彼の度胸が試されるかな。勝負は明後日から二日間だ」

 

 

 いよいよ、迅が見た未来が訪れるらしい。表情を硬くした八幡は、まず間宮隊と握手を交わす三雲の元へ向かう事にした。

 

 

「……もうっ! とりまるが遅いから、終わっちゃったじゃないの!」

 

 

 数秒後、遅れて烏丸と小南が登場する。二人は変則的な模擬戦が終わった事に悔しがりつつも、未だにぼんち揚げを食らう迅の元へやってくる。

 

 

「迅さん。修の様子はどうでした?」

 

「頑張ったと思うぞ、メガネ君は。間宮隊相手に一勝もぎ取ったんだからな。十戦中一勝九敗だがな」

 

「うそっ。あの修が!? ひ弱で優柔不断の修が一人で勝っちゃうなんてね。……流石、私達の弟子だけあるわね」

 

「小南先輩は一度だけしか指導していないでしょ。俺と比企谷先輩の教えが良かったんですよ」

 

「いやいや、この実力派エリートの俺の指導が良かったんだよ。何せ、風刃を二つまで避けきれるまでになったんだから」

 

 

 玉狛支部の三人は修の成長に喜び合う。

 C級落第メガネと呼ばれた時代を思い出すと大きな飛躍であった。



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010:メガネの反省会(1)

 居心地が悪かった。

 一月前まで自分も同じであったC級隊員達の視線の雨に三雲は居た堪れない気持ちで一杯であった。

 間宮隊と模擬戦を終えた一同は、三雲の成長を労う為に本部のラウンジでお茶をしている最中であった。三雲を除いた隊員、八幡を初めとした玉狛支部は全員がA級。迅に至っては最高ランクのS級隊員である。視線を集めるなと言う方が無理な話である。

 そんな中、どこから購入したMAXコーヒーを飲み干した八幡は「ったく」と呆れながら口にする。

 

 

「無茶をする奴だと思っていたが、レイガストをあんな使い方するなんて……。初見だったから良いものが、早々上手くいくと思うなよ」

 

「は、はい。すみません」

 

 

 師匠の八幡に窘められて、頭を下げる。そんな三雲のフォロー役を買って出たのは実力派エリートであった。

 

 

「まあまあ、あれはあれで使い方を間違えなければ面白い事になると思うよ」

 

「迅さん。少し修に甘すぎじゃないですか? 聞く所によると上手く当てた攻撃は全て不意打ちのようですし。修は弾丸トリガーを上手く当てる練習をしないといけないな」

 

 

 鳥丸の言うとおり、全ての攻撃が相手の意識から外れた攻撃であった。最後の一戦以外の戦いはアステロイドを上手く当てる事が出来ず、間宮隊の必殺コンビネーションを受けて負けてしまったのである。

 

 

「けど、B級下位の部隊とはいえ、一人で勝つことが出来たのは快挙じゃない? 初めはこんなよわっちい奴がと思ったけど。ま、あたしの教え方が良かったと言う訳ね」

 

「あ、ありがとうございます。小南先輩」

 

 

 エッヘンと胸を張る小南に「教えてもらいましたっけ?」と言える訳もなく、素直に頭を下げる。

 

 

「小南、あまり三雲を付け上がらせるなよ。こいつの闘い方はセオリーを無視しすぎているんだからよ。ったく、レイガストを投げまくるとか誰に似たんだよ。……あ、師匠か」

 

「……比企谷先輩もレイジさんに負けず劣らず、レイガストでぶん殴ったり投げているじゃないですか。修があんな戦い方になったのも、比企谷先輩のせいじゃないですか?」

 

「俺は決め技にしか使ってねえよ。だいたいあの人なんなの? アイビスで体勢を崩したと思ったら、ガトリング型のアステロイドで距離を詰めて、挙句の果てにはレイガストのスラスター打撃でトリオン兵を粉砕するとか。化け物にも程があるでしょ」

 

「レイジさんだからとしか言えませんね」

 

「だよなぁ。……我が師匠ながら恐ろしい人だよ」

 

 

 幾度か師である木崎と模擬戦をした事があるが、八幡は一度も勝てた試がなかった。容赦ないアステロイドの嵐からのレイガストの一撃は思い出すだけで悪寒が走るほどの強烈な一撃である。

 

 

「……それでメガネ君。話しを元に戻すが、間宮隊と戦ってどう思った? 俺の言った通り、守りに回ったら限界があったでしょ?」

 

「そうですね。僕のトリオン量では、圧倒的な攻撃から護り切れる事は難しいと実感しました。けど、アレを全て避けきれる芸当は僕には無理ですね」

 

「けど、最後の一戦は上手くグラスホッパーを使って避ける事が出来たじゃないか。数発程度ならば、間宮隊のアステロイドレベルの弾丸速度は見切れると言う事になるんじゃないかな」

 

「グラスホッパーがあったから、避ける事が出来たんですよ。グラスホッパーがなければ蜂の巣になっていました」

 

 

 最後の一戦はマグレ勝ちも良い所であった。たまたま、運よく避ける事が出来たおかげで、不意打ちの攻撃を決める事が出来たと三雲は判断する。

 もし間宮隊が三雲のトリガーを熟知していたならば、今回の様な結末になかったはず。

 

 

「……ま、ともあれ最後の最後で勝ったのは確かだがな。今回はよくやったと言っておこう。けど、アレが他の奴にも通じると思うなよ」

 

「は、はいっ! ありがとうございます、先輩」

 

 

 師である八幡に褒められた事が嬉しかったらしく、本日最高角度で頭が下がる。

 

 

「でたわよ、捻デレが」

 

「これが、小南先輩が言う捻デレですか。確かに捻くれたデレ、ですね」

 

「素直にメガネ君を褒めてあげればいいのに。八幡も素直じゃないんだから」

 

 

 小南を初めとした同僚のからかいの言葉に頬を染める八幡。

 

 

「誰が捻デレだ。……小町だな、おかしな造語を教えたのは」

 

「いいじゃない、比企谷。捻くれたあんたにピッタリな言葉じゃない」

 

「……小南。人の事が言えるのか? お前、本部の連中から斧デレ小南と言われているんだぞ」

 

「なによ、斧デレって。……え、う、ウソだよね?」

 

 

 あまりにも嘘っぱちの内容に唖然とする三雲であったが、小南に話しを振られたもっさりイケメンこと烏丸はしれっと答える。

 

 

「斧デレとは、斧にデレデレした危ない女って意味ですよ。……小南先輩、知らなかったんですか?」

 

「だ、誰が危ない女よっ!! ちょ、ちょっと嘘よね」

 

 

 相変わらずいいリアクションを見せてくれる小南に迅も便乗してからかう事にしたようだ。

 

 

「本当だよ。斧デレ小南は有名だぞ」

 

「うそ……」

 

 

 そんなはずはないにも関わらず、意気消沈する小南の事が哀れになったのだろう。話しの行く末を見守っていた三雲が事の真意を告げる。

 

 

「……小南先輩。全部、先輩達のでっち上げですから。あまり気を落とさないでください」

 

「でっち上げ……。うそなの?」

 

「はい。小南先輩が危ない女性な訳ないじゃないですか。……ちょっと怖いですけど」

 

 

 小声で余計な事を口にしたのがいけなかったのだろう。本音の言葉を迅に聞きとられてしまい、案の定、騙された事に憤慨する小南に暴露されてしまう。

 

 

「メガネ君だって、小南の事が怖いって思っているじゃないか」

 

「え!? ち、違います。僕はその、あの……」

 

 

 わたわたと焦っている様が全てを物語っていた。怒りの矛先は三雲の方に注がれてしまう。

 

 

「お~さ~むっ! 誰が斧にデレデレした危なくて怖い女よっ! あんた、ちょっと勝てたからっていい気になっているんじゃないでしょうね。いいわっ! 今からあたしがみっちりしごいてあげるから、訓練ブースに来なさい!」

 

「え!? い、いや……。小南先輩。僕は既にへとへとなんですが……」

 

「戦いは待ってくれないのよ! さあ、来なさい!!」

 

 

 ドナドナ、と音楽が流れるかと思われるほど鮮やかに連れて行かれる三雲。我関せずを貫く三者に「助けてくださいっ!」と援軍を求めたのだが、彼らは手を振ってエールを送るのみであった。

 

 

「ありゃりゃ。あの様子だと、メガネ君の訓練はこれで終わりかな?」

 

「よく言いますよ、迅さん。あんな風に小南先輩を煽ったらどうなるか分かっていたくせに」

 

「おいおい。それを言うなら八幡にも問題があると思うよ。なんだよ、斧デレって。つくならもっとまともな嘘をつけよ」

 

「俺のせいにしないでください、迅先輩。烏丸だって便乗したじゃないですか。斧にデレデレした危ない女とか、思わず笑ってしまいそうになっただろ」

 

 

 責任のなすり合いをする三雲の師匠達は、机に両肘を立てて寄りかかり、両手を口元に持って顔を寄せ合う。

 

 

「それで迅先輩。三雲の仕上がり具合はどうなんです?」

 

「……なぜ、俺にそれを聞くんだい? 京介だっているんだから、京介に聞けよ」

 

「未来が見えている迅さんに聞くのは当然の流れでしょ。黒トリガーを使ってまで訓練させるなんてただ事じゃないですよ」

 

「……は? なんだって?」

 

 

 予想もしていなかった単語が聞こえて、八幡の腐った目が大きく見開かれる。

 

 

「知らなかったんですか、比企谷先輩。迅さんは比企谷先輩が見ていない時、黒トリガーを使って修を虐めていたんですよ」

 

「おいおい、迅先輩。それはシャレにならないぞ。……あんた、三雲に何を要求するつもりだ?」

 

「ひ、人聞きが悪いよ二人とも。俺が風刃を使ったのもあくまでメガネ君の事が心配で……。あ、その眼。絶対に信じていないでしょ?」

 

 

 当たり前です、と声を重ねて言い放つ。

 未来視のサイドエフェクトを持つ迅は、未来が見える故に最善の未来へ誘おうとコソコソと動いている事は二人も知っている。

 無言の圧力に耐えかねた迅は「分かった分かった、降参だよ」と両手を上げて、自分が見えている未来を告げる。

 

 

「どうもね。あのメガネ君は色々と厄介な未来が待っているみたいなんだよ。正確に言うと……黒トリガーのネイバーと戦うみたいな?」

 

「「は?」」

 

 

 あまり出さない様な素っ頓狂な声を上げてしまう二人。そんな二人の反応など無視して、迅は話しを続ける。

 

 

「あのメガネ君。トラブル体質と言うか、厄介事に進んで首を突っ込むと言うか、ほんと困った子だよね。ちなみに、これは確定事項ね。分岐点を変えても全くこの未来は動かなかった」

 

 

 あっけらかんと告げる迅に、烏丸と八幡は互いに目配せをして立ち上がる。

 

 

「あ、あれ? どうしたの二人とも。そんな怖い顔して……」

 

「いえ、何でもありませんよ迅さん。それより、久々に稽古をつけてくれませんか?」

 

「え? けど、今の京介のトリガーってガイストが入っているよね」

 

「大丈夫です。訓練ブースを使うので、トリガーが消費する事はありませんし」

 

「それって、俺をフルボッコするつもり満々だよね。ちょっと、八幡。京介に何か言ってくれよ」

 

 

 ガイストにトリオン消費がない訓練ブースのコンボは反則級の効果を発揮する。そこから見える未来はただ一つ。その未来を避ける為に後輩の八幡に助け船を求めるのであったが。

 

 

「……あ、材木座か? お前【ケストレル】のテストをしたいと言っていただろ? 本部まで来れば、恰好な的があるんだがどうよ? あと【ラプター改】も持ってきてくんない? ……何の為にって? 暗躍派エリート様にお説教するためだよ」

 

 

 まさかの援軍要請にさすがの実力派エリートも苦笑いせざるを得なかった。状況が全く好転しないと察した迅は、この危機的状況を回避する為に最後の手段に移る事にする。

 

 

「……あっ!? 太刀川が喜色満面とした表情でこちらに来るぞ」

 

 

 突然の大声に、二人は迅が指差す方に視線を向けてしまう。第一位太刀川隊隊長の太刀川慶に捕まったら、面倒な事になる事は二人とも既に経験済み。

 厄介になる前にと考えて、そんな訳がないと気づく。第一位太刀川隊は、現在遠征中でこの世界に存在しないはず。

 

 

「って、太刀川先輩は……。いないだと!?」

 

 

 振り向いた場所に、いたはずの迅が消えていた。

 

 

「まだそんな遠くまで行っていないはずです。比企谷先輩、追いましょう!」

 

「おう。今日と言う今日こそ、あの暗躍エリートさんにお灸をすえないとな」

 

 

 逃げるエリートと追うイケメンとグール。

 この鬼ごっこは、イケメンを慕う後輩の援護によって終止符を打たれる事となった。



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011:雪ノ下大規模侵攻

 昼食時。普段なら昼食に最適な場所に赴いて、一人ゆっくりと昼食を楽しむ八幡であるが、生憎の雨の為に学校生活で唯一の楽しみを満喫できずにいた。コンビニ購入したパンを租借しながら、現在作成中のオプショントリガーについて思考を巡らすのが、喧噪に包まれた教室では満足に自分の世界に入る事ができなでいた。

 

 

「(……って、よくよく考えてみれば俺って完全に社畜状態だよな)」

 

 

 今更ながら、自分がどっぷりと嫌悪している社畜状態に陥っている事に気付いてしまう。いや、前々から気づいていたが考えない様にしていたと言った方が正しいかも知れない。

 

 

「(にしても、あの暗躍派エリートはいったい何を考えているんだよ)」

 

 

 先日の迅の言葉を思い出す。彼は言った。自分の弟子が黒トリガーのネイバーと戦う未来が見えたと。それは三雲の絶体絶命のピンチと言えるだろう。

 玉狛の弟子、三雲は妹の小町と同年代にも関わらず頭が回る。自分に出来る事と出来ない事を正確に把握し、出来ない事を出来る様に努力する事ができる人間だ。その為に無茶な事も平然としてしまう故、頭が痛い所であるが、彼を突き動かしている理由を聞いたら不思議と力を貸してしまうのだから不思議だ。

 

 

「(ほんと、こんなことが小町にでも知られたら「熱でもあるの?」と驚かれそうだ)」

 

 

 現に「お兄ちゃん、少し変わった?」と言われてしまっている。自分では変わっていないと思っているが、もしかすると知らない内に変わっていってしまったのかもしれない。

 

 

「(そんな事、雪ノ下にでも話したら「ほら、私の言った通りじゃない」とない胸を張ってドヤ顔されてしまいそうだ)」

 

 

 雪ノ下の名前が出て思い出す。今日は後ろで騒いでいる上位カースト――八幡が嫌う葉山隼人を中心としたグループ――に所属する由比ヶ浜の依頼を実行する日であった。

 

 

「ねぇ。今日はフォーティワンでダブルが安いんだ。あーし、チョコとショコラのダブルが食べたいんだけど、行かない?」

 

「それ、どっちもチョコじゃん」

 

「えぇー。ぜんぜん違うし。て言うか、超お腹減ったし」

 

 

 声を荒げているのは、葉山の相方ポジションに立つ三浦優美子。派手な格好と頭の悪そうな言動は八幡が知る限り、葉山の友人としては珍しいタイプである。

 

 

「悪いけど、今日はパスな」

 

 

 三浦の誘いを断る葉山。きょとんとする三浦に葉山は理由を述べる。

 

 

「今日は、この後に防衛任務が入っているんだ」

 

 

 彼も八幡と同様のボーダーの正隊員の一人である。授業が終わった放課後は防衛任務が入っている。クラスメイトと放課後を共にする暇はないのだ。

 

 

「またぁ? ねー隼人。少しはあーし達と遊んでくれてもいいじゃん。そんなの、他の人に変えてもらう事はできないの?」

 

「無理言うなって、優美子。隼人くんはネイバーから俺達を護ってくれるボーダーなんだし。しっかし、隼人くん。昨日のテレビ見たよ。ネイバーをたった一人で倒すとか、マジパネェわ」

 

 

 葉山を絶賛する戸部翔が言っているテレビとは、ボーダー隊員を募集する為に企画されたバラエティ番組の事である。嵐山隊の様に報道関係の仕事も受け持っている葉山は、ちょくちょくテレビの企画で顔を出す。

 

 

「あれは訓練用だから、それほど大した事ないよ」

 

 

 テレビで良く見せるスマイルを見せた葉山の言葉が謙遜と取ったのだろう。戸部は「ほんと、マジ葉山君はパネェわ」と何度も持ち上げる。

 

 

「てか、優美子。あんまり食べすぎると後悔しないか?」

 

「あーし、いくら食べても太んないし。あー、やっぱ今日も食べるしかないかー。ね、ユイ」

 

「あーあるある。優美子スタイルいいよねー。でさ、あたしちょっと今日予定あるから……」

 

「だしょ? もう今日は食いまくるしかないでしょー」

 

 

 三浦の言葉に、どっと笑い声が上がる。

 

 

「(おいおい)」

 

 

 一見楽しそうな昼食の風景に見えなくもないが、今のやり取りは大いにツッコミを入れたい所である。

 困り顔を見せる由比ヶ浜と目が合う。由比ヶ浜は何かを決意したように深呼吸し、話しを切り出す。

 

 

「ごめん、優美子。あたし、これからちょっと行くところがあるから……」

 

「あ、そーなん? じゃさ、帰りにあれ買ってきてよ、レモンティー。あーし、今日飲み物忘れてさー」

 

「えっと……。あたし戻って来るの五限になるし、ちょっと無理かな。それに今日も用事があるから、放課後も遠慮したいんだけど」

 

 

 それを聞いて、三浦の顔が硬直した。

 

 

「は? え、ちょなになに? なんかさー、ユイこないだもそんなん言って放課後ばっくれなかった?」

 

「やー。なんて言うか、私事で色々ありまして……」

 

 

 放課後は奉仕部で雪ノ下とお菓子作りの予定が入っている。お昼に雪ノ下と一緒に家庭科室の貸し出し許可を願いに職員室へ向かう約束をしていた。

 けど、そんな事を友人の三浦に言う事は出来ない。以前、雪ノ下の名前を聞いただけで場の空気が悪くなった過去がある。場の空気を壊したくない由比ヶ浜としては、何とか誤魔化して雪ノ下の元へ向かいたいのが正直なところである。

 

 

「それじゃわかんないから。言いたいことあんならはっきりいいなよ。あーしら、友達じゃん。そういうさー、隠し事? とかよくなくない?」

 

 

 由比ヶ浜はしゅんと俯いてしまう。言っている事は正論だが、正論は時に人を傷付ける事を彼女は知らない。特に人の顔色に敏感な由比ヶ浜からしてみれば、今の発言は強要以外のなにものでもない。

 

 

「(……おい、場の空気が悪くなっているぞ。何とかしろや、葉山)」

 

 

 こういう時こそ、みんなの葉山隼人君が働かないと言うのに、彼は二人の成り行きを見守るだけ。

 上位カーストグループの空気の重さが伝播したのか、教室全体の空気が重苦しくなっていく。静かになって、八幡からしてみれば好ましい状況であるが、どうにも居心地が悪い。普段ならばこんな状況でも平然としているのに、どうにもイライラ感が募って仕方がない。

『そうするべきだと思ってるからです』

 不意に三雲の言葉を思い出す。なぜ、出会ったばっかりの弟子の言葉を思い出してしまったから知らないが、そのおかげでこの苛立ちの正体に気付いてしまった。

 

 

「(ったく。俺も三雲の奴に毒されたかな。……この空気をどうにかしたいと思っている自分がいるんだから)」

 

 

 それに、と胸中で呟く。

 

 

「(正論や理想論をかざして、強制させようとする人間も俺は嫌いだ)」

 

 

 考えがまとまったら、八幡の行動は早かった。机に放り込んでいた国語の課題を取り出し、颯爽と立ち上がる。

 

 

「おい、由比ヶ浜」

 

「……ヒッキー?」

 

 

 葉山グループの全員が歩み寄った八幡を見やる。

 

 

「お前、平塚先生に呼ばれていただろが。現国の課題で話しがあると」

 

「……ぇ?」

 

「まさか忘れたのか? 昼休みに職員室に来いと言われただろ。来ないと評価点を下げると言われたろ」

 

 

 八幡の言葉に目を丸くする由比ヶ浜。彼女は突然話しを振ってきた八幡の意図に全く気付いていないようであった。このままでは埒が明かない踏んだ八幡は強硬手段を使う事にする。

 

 

「とりあえず行くぞ。お前を置いて先生の所へ行ったら、抹殺何とかを食らう羽目になるんだからな」

 

 

 顎でついてこいと促す。そこでやっと八幡の意図に気付いたのか、パッと満面の笑みを浮かべた由比ヶ浜は「うんっ!」と力強く頷き、席を立つ。

 

 

「ちょ、ちょっと! あーしたちまだ話終わっていないんだけど」

 

 

 けど、それを許さないと三浦が牙を剥く。

 

 

「……あん? なんだよ。早く行かないと平塚先生に怒られるんだよ。友達ならば、友達の事を思って行かせたらどうなんだ」

 

「いきなり現れて、あんたなんだし。だいたい誰だし。うちのクラスにいた、あんた」

 

「さぁな。隣で顔を強張らせている、みんなの葉山くんにでも聞けばいいだろ」

 

 

 傍観を決め込んでいた自分へ話しを振られた葉山は、いつものように営業スマイルを浮かべて口にする。

 

 

「やぁ、ヒキタニ君。キミが話しかけるなんて珍しいね。明日はネイバーでも降るんじゃないか?」

 

「言ってろ。お前もただ黙って見ていないで何とかしろ。それでも“みんな”の葉山くんなのかよ」

 

 

 あえて“みんな”を強調して告げる。一瞬、葉山の顔が怒りに染まるが、直ぐに偽りの仮面をかぶる事になる。クラスメイトが知る葉山隼人は誰にも優しいみんなの葉山くんなのだ。

 

 

「……優美子。結衣にも都合があるんだから行かせてあげたらどうだ?」

 

「けどさ、隼人。友達ならば話してくれてもいいと思わない? こうやって隠れてコソコソされるのあーし、気分が悪いんだけど」

 

「だからと言って――」

 

「――気分が悪いのはこちらだわ。少しは会話のかの字ぐらいしたらどうなの?」

 

 

 教室に響く声。一同は声の主を確かめる為に、教室の端、ドアの前にいる少女を見やる。

 家庭科室の貸し出し申請をする為に由比ヶ浜を待っていた雪ノ下が腕組みをして、そこにいたのであった。

 

 

「由比ヶ浜さん。何時まで経っても来ないから平塚先生がお怒りよ。……そこの比企谷君も。おかげで私が迎えに行かなくてはいけなくなったじゃない」

 

「(え、なんで? 話しを合わせてくれるの。てか、話しを合わせるぐらい聞いていたの、この子)」

 

 

 雪ノ下が現れて話しがこじれると思っていたが、八幡が咄嗟に口にした内容と同じ様に口車をあわせてくれるとは思わなかった。てか、どこで聞いたとツッコミしたい所であるが、場の空気がそれを許さない。

 

 

「ご、ごめんねゆきのん。わざわざ迎えに来てくれて」

 

「ホントよ。おかげでまだ昼食もとっていないのよ。早く行きましょ。時間は有限なのよ」

 

「う、うん」

 

 

 三浦達の事など無視して話しを進めていく二人。けど、その状況にまたもや三浦が食って掛かる。

 

 

「いきなり出てきてなんなの、あんた。今、あーしが話していたんだけど」

 

「話す? アレが会話のつもりだったの? 一方的に自分の意見を押し付ける事が“話す”と言うなら、小学校からやり直した方がいいんじゃないかしら?」

 

「なっ!?」

 

「ごめんなさい。意味が分からなかったかしら? 分かりやすく言うと、今のあなたは気持ち悪いわ。……あなたの生態系だとこういうのだったわね、キモイと」

 

 

 雪ノ下の口撃は容赦なかった。今の以外に一言二言三浦に批難を浴びせる。彼女の冷酷な言葉の威力は黒トリガーに匹敵するかもしれない。

 現に三浦は雪ノ下の言葉の数々で、涙目になって戦意喪失しているのだ。

 

 

「……今のがあなたのやった“お話し”よ、三浦優美子さん。これに懲りたら、少しは勉強したら? 無駄に縦ロールする時間があるならば」

 

 

 雪ノ下の大規模侵攻のおかげで、ギスギスした空気が更にギスギスしてしまう。

 重苦しい空気に耐えかねたクラスメイト達は、葉山グループを残して早々と避難してしまったのである。それに便乗して八幡も教室を出ようとするが、雪ノ下によって呼び止められてしまう。

 

 

「どこへ行くの、比企谷君? あなたは私達と一緒に先生の所へ行くのでしょ」

 

「……そうでした」

 

 

 自分から言い出した虚言とはいえ、折角の昼休みを潰してしまう結果となってしまった事に八幡は盛大にため息を吐かざるを得なかった。



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012:ビッチは感謝を告げる

 雪ノ下大規模侵攻後、由比ヶ浜結衣は放課後に家庭科室の貸し出し出来る様に鶴見先生から許可を頂き、その足で三浦達の元に戻って放課後なにを行うのか素直に告白したのであった。

 雪ノ下に言われた言葉が彼女を突き動かしたのかも知れない。

 

 

『あなたの他人に合わせようとするのやめた方がいいわ。見ていても不愉快になったし。三浦さんの態度も悪いけど、人の顔色ばかり見ていた貴女にも非があるわ』

 

 

 率直の意見に、由比ヶ浜の隣で聞いていた八幡も「うわぁ」と呟くほどであった。似た様な感想は抱いていたが、それはあまりにも直球過ぎる。もう少しオブラートに言えないものであろうか、と思っていたら――。

 

 

『か、かっこいい……』

 

 

 瞳を輝かせて雪ノ下に詰め寄ったのであった。

 これにはさすがの雪ノ下も目を丸くさせる。横で成り行きを見守っていた八幡も動揺であった。

 

 

『……あなた、話しを聞いていた? 私、結構きつい事を言ったつもりだったのだけど』

 

 

 自覚があった事にも驚いた所であるが、何よりも由比ヶ浜の予想もつかない行動に驚きを隠せない。目の錯覚か、ご主人を見つけた子犬の様に尻尾を振っているように見えて仕方がなかった。

 

 

『そんなことないよ! 確かに言葉は酷かったし、ちょっと引いたけど……。でも、本音って感じがするの。人に合わせてばっかだったから、こう言う“お話し”って初めてで……』

 

 

 何時も顔色を伺っていた由比ヶ浜からしてみれば、雪ノ下の言葉は新鮮であった。言葉の内容は酷かったが、こういう風に面と向かって人の顔を見て話してもらった事など彼女の経験上では少なかったのであろう。だから、率直に自分の意見を人に話せる雪ノ下に憧れの様な感情が芽生えたのかもしれない。

 

 

『……ごめん、ゆきのん。放課後、少し遅れてもいい?』

 

『いいわ。準備する時間もあるから、少しぐらい。……もちろん、比企谷君も手伝うのだからね』

 

『へいへい。分かりましたよ』

 

 

 

***

 

 

 

 放課後、雪ノ下から“本音”を学んだ由比ヶ浜は、三浦達と対面する。

 

 

「んで、ユイ。なんで、雪ノ下さんとクッキーを作る事になったの? 別にあーし達に話してくれてもよかったんじゃない?」

 

「ごめん、優美子。けど、以前優美子は「いまどき、手作りを渡しても重いだけよね」って笑っていたから……」

 

 

 以前、遠回しに由比ヶ浜はそれとなく「人にプレゼントする時、手作りとかどうかな?」と聞いた事がある。その答えに三浦は否定的な返答をしたのであった。

 

 

「それを聞いたら、なんていうかさ。手作りのクッキーを渡したいって言うの、何となく恥かしくなっちゃって。そんな話しを平塚先生と話していたら、ちょうどいい人員がいるがどうだ? って提案されたの」

 

「それが雪ノ下さんってわけ?」

 

「……うん」

 

 

 軽く頷き、三浦の言葉を待つ。けど、三浦も何も言う事ができないでいた。友人の由比ヶ浜に相談されなかった事にショックを受けたのは間違いないのだが、そうさせたのは自分の軽はずみな考えから出た言葉であったからだ。今の聞いて、由比ヶ浜を責める事など出来ない。なら、彼女に対してなんて言ってあげたらいいのだろうか。

 と、思考を働かせて考えていると、葉山が彼女のフォローに入る。

 

 

「もういいだろ、優美子。結衣だって悪気があった訳じゃないんだから」

 

「隼人」

 

「けど、正直驚いたよ。あのヒキタニ君が他人の為に自分からフォローを入れるなんて」

 

「そう言えば、あの……ひ、ヒキオだっけ? 随分と隼人に馴れ馴れしかったけど、知り合いなの?」

 

「知り合いと言うか、彼とは同じ部隊に所属していたんだよ。A級8位比企谷隊のガンナー。それが前の俺の肩書だったんだ」

 

 

 衝撃の告白であった。その場にいた全員が目を剥いて、一歩後ずさる。

 最初に喰ってかかったのは、もちろん由比ヶ浜であった。

 

 

「えっ!? ひ、ヒッキーってそんなにすごかったの」

 

「過去形にしないであげなよ、ユイ。ヒキタニ君は今でも凄いんだからな。数多くのオプショントリガーを考案しているし、木崎さんの弟子と言う事もあってパーフェクトオールラウンダーになりうる人材なんて言われているんだから」

 

「オプション? パーフェクト?」

 

「ああ、ごめんごめん。つまり、ヒキタニ君は結衣が思っている以上に凄い男って事なんだよ。認めたくないけどね」

 

 

 あれで、あんな捻くれた性格でなかったらどんなに良かったかと葉山は愚痴る。

 比企谷の達観しすぎた性格と何度衝突した事か。それさえなければ戦闘時の連携も悪くなかったし、作戦会議の話し合いも新鮮味があって充実感があったと言えよう。今の所属している部隊も悪くないが、少し物足りない感があるのも否めない隼人であった。

 それを聞いて真っ先に反応を見せたのは、終始黙っていようと思っていた海老名姫奈であった。

 

 

「ま、まさかのリアルハヤハチッ!? 過去に同じ部隊であった二人。何らかの理由で離ればなれになって、けど思いは断ち切れる事なく、キキマシタワーっ!!」

 

 

 何を想像したのか分からないが――知っている一同もいるが知らない振りをしつつ――海老名の鼻から滴る赤いそれを見て、誰もが苦笑いする。

 

 

「姫菜、擬態しろし。……分かった、ユイ。けど、今度からは真っ先にあーし達に相談しろし」

 

「う、うん。ごめんね、優美子。これからも仲良く、できるよね?」

 

「友達なんだし、当たり前なこと言うなし」

 

 

 

***

 

 

 

「雨降って地固まるって所か……」

 

 

 ドアのすぐ真横に寄りかかり、由比ヶ浜達の話しを立ち聞きしていた八幡は家庭科室へ向かい始める。雪ノ下に遅れた理由を考えながら、廊下のむこうへ消えていった。

 

 

 

***

 

 

 

「や、やっはろー! ゆきのん、ヒッキー。遅れてごめんね」

 

 

 調理器具の準備をしていた最中に由比ヶ浜が登場する。

 

 

「こんにちは、由比ヶ浜さん。事前に遅くなるって聞いていたから大丈夫よ。……少しはそこの男にも見習ってもらいたいわね」

 

 

 そこの男、比企谷八幡へ冷たい眼差しを送る。なぜか、八幡は腕を後ろに回されて紐で動けない様に拘束されていた。

 

 

「ひ、ヒッキー。何しているの?」

 

「何もしてねえよ。この女、俺がちょっと遅れただけで「手伝って貰うって言ったでしょ。遅れるとはいい度胸ね」とかなんとか言って、俺を縛りつけやがったんだぞ。なんだよ、その捕縛術。お前、いったいどこを目指しているんだよ」

 

「今のゆきのんの物真似? 少し似ていたけど、なんかキモイよ、ヒッキー」

 

「るせぇ。見ていないで解いてくれ。縛り方が完璧すぎて解くに解けないんだよ」

 

「え、えっと……」

 

 

 由比ヶ浜はゆきのんの方へ視線を向ける。人の顔色を伺うなとばかり言われたにも関わらず、彼女は氷の女王様の顔色を伺わずにいられなかった。由比ヶ浜が何を言いたいのか察した雪ノ下は、用意していたエプロンを彼女に渡し、自分も手早く装着する。

 

 

「そのサボり魔君は放っておいていいわ、由比ヶ浜さん。あと、比企谷君、今後その口調で話したら、あなたのパソコンにウィルスを流すわよ」

 

「横暴だ! そんな事で俺のデータを壊すとかどんだけ怒っているんだよ。てか、この状態では手伝う事も出来ないんだが、それでいいのかよ」

 

「別にあなたの料理の腕に期待してないわ。味見して感想をくれればいいのよ」

 

 

 

***

 

 

 

「だ、だからと言って、こんなものを食べさせようとするやつがあるかっ!」

 

 

 八幡の目の前に物体Xが置かれる。

 

 

「な、なぁ。お前らはクッキーを作っていたんだろ。何をどうすれば、こんなダークマターが作れるんだよ。まさか、俺を亡き者にしようとハメやがったのか!?」

 

「黙りなさい比企谷君。見た目はあれだけど、食べて見ないと分からないものよ。ちゃんと味見役として仕事をしなさい」

 

「雪ノ下。それは言い間違えだ。これは味見ではなく毒見と言うんだ! それにお前、本当にそう思っているんだろうな」

 

「……看病ぐらいはしてあげるわ」

 

 

 あからさまに目を逸らす雪ノ下。彼女も自分が監督役を買って出たにも関わらず、結果がこんな体たらくになってしまった事に悔んでいるのであった。

 

 

「なんでうまくいかないのかなぁ……。言われた通りにやっているのに」

 

 

 心底不思議そうな顔をして由比ヶ浜は自分が作ったダークマターに手を伸ばし、そのまま自分の口へ入れた。

 

 

「うぅ~。に、苦いよ不味いよ」

 

 

 涙ながらにぼりぼり音を立てて齧る由比ヶ浜に、直ぐ紅茶が入ったティーカップを渡す雪ノ下。

 

 

「なるべく噛まずに流し込んだ方がいいわ。これで、口直ししてちょうだい」

 

 

 言われた通り、呑み込んだ由比ヶ浜は直ぐに雪ノ下が淹れた紅茶に手を伸ばし、口に含む。

 

 

「……さて、比企谷君。由比ヶ浜さんも食べた事なのだから、貴方も食べなさい」

 

「おい、待て雪ノ下。苦い、不味いって本人が言っているだろ。もう味見をする意味もないはずだ」

 

「ダメよ、何か問題なのか把握するにはこれしかないのよ。原因を追究するためには危険を冒す事も必要なの」

 

「だからと言って、これを一人で全部食わすつもりじゃないだろうな」

 

「つべこべ言わずに食べなさい。食べさせてあげるから」

 

 

 言うが早いか雪ノ下は残ったダークマターの一枚を取り出し、それを八幡の口元へ持って行く。けど、八幡の口が開く事はなかった。さながら鎖国を行った日本の様に外国との交流を拒絶したかの如く。

 

 

「比企谷君。口を開きなさい」

 

「断る。俺はノーと言える日本人だ。そんなダークマターを食したら死んでしまう」

 

「食べても死なない事は由比ヶ浜さん自ら証明してくれたわ。さ、この私が“あーん”とやらをしてあげるのだから、有り難く受け入れなさい」

 

「断固拒否する」

 

 

 黒船雪ノ下の開国要求を断る。けれど、黒船の武力は圧倒的であった。八幡が動けない事を良い事に、遠慮なく雪ノ下はダークマターを口へ押し当ててくるのだ。逃げようと腰を引く八幡であるが、動きを封じられているせいで一定以上動く事ができない。

 

 

「(どうする俺。どうすれば、この状況を打ち勝つことが出来る)」

 

 

 考える八幡。大量のトリオン兵と相対した時と同様の圧力が圧し掛かってくる。

 

 

「ゆ、ゆきのん。それ以上、ヒッキーに無理をさせなくてもいいよ」

 

 

 見るに見かねて、由比ヶ浜がストップをかける。自分の料理を受け入れ拒否されている姿を見て、見るに堪えなかったのが正直なところ。けれど、自分の料理が不味いのは事実だから怒るに怒れなかった。

 しゅんとする由比ヶ浜。その姿を見て、さすがに拙かったかと反省した八幡は僅か、ほんのわずかだけ由比ヶ浜作のダークマターに齧り付く。

 

 

「ひ、比企谷君?」

 

 

 ぼりぼり齧って咀嚼する八幡にギョッとする雪ノ下。まさか、本当にあの様な代物を食べるとは思ってもみなかったのであろう。顔面蒼白させながらも食す八幡を見て、慌ててティーカップに紅茶を淹れて差出す。

 

 

「に、にげぇ。由比ヶ浜、お前レシピ通りにやったのか?」

 

「……」

 

「由比ヶ浜?」

 

「……はっ!? ちゃ、ちゃんとやったよ。隠し味も入れたし、言われたようにやったし」

 

「隠し味だと? 何を入れたんだ、お前」

 

「えっと、コーヒーを少々」

 

「いやいや。少々どころじゃねえだろ。この苦味はコーヒーのそれだったのかよ。……雪ノ下、お前はちゃんと指導したのかよ」

 

 

 ちゃんと面倒を見ていれば、隠しきれていない隠し味を導入させるはずがない。そもそも、素人に隠し味なんて入れさせること事態が間違えている。そんな事を知らない雪ノ下ではないと思いたい所である。

 

 

「失礼ね。……と、言いたい所であるけど、非はこちらにあるわね。由比ヶ浜さん、まだ少し時間があるから、今度は私の真似をしてちょうだい。比企谷君、拘束を解くから由比ヶ浜さんがおかしな真似をしようとしたら止めて頂戴。いいわね、サボったらまた同じ目に合うと思いなさい」

 

「……あぁ。今回は全力で協力するさ」

 

 

 また、あの様な口に言えない代物を食わされてはたまらない。拘束を解いてもらった八幡は全力で協力する事を誓うのであった。

 けど、由比ヶ浜大規模侵攻は二人が思っているほど簡単な事件ではなかった。

 まとものクッキーを作るのに、三回も臨死体験を強いられることになるとは思ってもみなかったであろう。

 

 

 

***

 

 

 

「ま、これならいいんじゃねえか?」

 

 

 格段に良くなった由比ヶ浜製のクッキーを食した八幡の感想に、雪ノ下はほっと胸を撫で下ろし、由比ヶ浜は両手を上げて喜びを表す。

 

 

「ほんと!? ほんとに本当? ヒッキー」

 

「おう。少なくとも最初のダークマターと比べたら、格段に美味くなっているぞ。そうだろ、雪ノ下」

 

 

 話しを振られた雪ノ下は「そうね」と頷く。

 

 

「まだまだ改善点は少なくないけど、最初に比べたら格段に美味くなったわ。後は努力あるのみよ、由比ヶ浜さん」

 

「ゆきのん……。ありがとーっ!!」

 

「ちょっ。由比ヶ浜さん、暑苦しいから離れてちょうだい」

 

 

 嬉しさのあまり、雪ノ下に抱きつく由比ヶ浜。彼女の豊満な胸に埋もれた雪ノ下は何度も彼女を離そうと試みるのであったが、喜びに満ちた由比ヶ浜を離す事ができないでいる。

 

 

「これで、犠牲者が出なくなって良かったな。少なくとも嫌われずに済んだと思うぞ」

 

 

 彼女の被害者になったかも知れない人間の命を救えたことに満足したのか、八幡は近くにあった椅子に座りこむ。今更ながらどっと疲れが押し寄せて来たらしい。

 

 

 

***

 

 

 

 翌日。

 

 

「……あ、ヒッキー」

 

 

 昼休み時、八幡はいつもの安息の地へ赴こうと立ち上がると、由比ヶ浜によって呼び止められた。

 

 

「なんだ、由比ヶ浜」

 

「あの、その……。これ!!」

 

 

 突き出されたそれを反射的に受け止める。綺麗にラッピングされたそれを見て目を細める。

 

 

「これは?」

 

「お礼だよ」

 

「……礼? 昨日のお礼なら気にする事ないぞ。あれは部活動の一旦だから」

 

「ううん。これは第二次大規模侵攻の時のお礼。……お礼が遅くなってごめんね、ヒッキー」

 

 

 言いたい事を告げると、由比ヶ浜は逃げる様に葉山グループの元へ去って行く。

 

 

「第二次大規模侵攻ってお前、二年も前の事だぞ。……俺、アイツと会っていたか?」

 

 

 記憶を掘り下げようと思考の海に投げ出す寸前、懐から振動が発生する。受信を知らせる振動が伝わって来たのだ。

 八幡は私用の携帯電話の他にボーダー専用の携帯電話を所持している。懐で鳴っているのは私用の携帯電話であった。

 誰だよ、と思いながら送信主を確認すると相手は可愛い可愛い妹の小町からであった。

 

 

「……どうした、小町?」

 

『お兄ちゃん、助けて!』

 

「っ!? 小町、何があった?」

 

『ネイバーが。ネイバーが来て、三雲君が――ツーツーツー』

 

「小町? どうした、小町!? 小町っ!!」

 

 

 話しの途中で通話が切れてしまう。何度も掛け直すのだが、返ってくるのが『電波が届きません』と言った機械音のみ。

 

 

「くそっ! ここからだと十分以上かかるか。……葉山っ! 手を貸せ」

 

 

 怒鳴る様に声を荒げる八幡の要請に、葉山は静かに立ち上がって己のトリガーを取り出す。

 

 

「ネイバーが出たんだな、ヒキタニ君。標的はどこにいる?」

 

「奴らは俺がいた中学に出た。現地にはB級隊員の三雲がいるが、どうやら押されている模様。ここからだと俺達が一番早く到着すると思われる。悔しいが、お前の力を貸せ葉山」

 

「分かった。市民の平和を護るのがボーダーの役目だ。手を貸すよ、ヒキタニ君」

 

「よし、それじゃあやるぞ。トリガー起動」

 

「トリガー起動っ!」

 

 

 トリガーを起動させて、トリオン体になる八幡と葉山。

 輝く玉狛支部のエンブレムと鈴鳴支部のエンブレム。お互いにトリオン体になったのを確認した二人は大きく頷き合い、教室の窓を開けて飛び出す。

 

 

『今後の戦いにどうしても必要な出来事みたいなんだ。メガネくんを独りで戦わせることに意味があるようだ』

 

 

 迅はそう言っていたが、いざ現実になると冷静に判断なんか出来ない。今後、どれほど未来に大きく影響するか知らないが、大切な妹と弟子が危機に陥っているのだ。助けに行かないなんて選択肢は八幡には毛頭なかった。

 

 

 

***

 

 

 

 トリオン兵、モールモッドを撃退した三雲は目の前にいる友人の姿を見て愕然とする。

 

 

「どうしてだ……」

 

 

 それは信じられない光景であった。親友と思っていた友人がネイバーであった事に未だに信じられなかったのである。

 

 

「どうしてだ、空閑っ!!」

 

 

 三雲と相対する敵の名は空閑遊真。昨年から交友を深めていた親友の名前である。



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013:唐突に日常は崩れていく

 三雲が迅のコネでボーダーに入ってから、数日後に空閑遊真は三雲が通う中学校に転校してきた。

 白髪で一般中学生と比較すると小柄の少年は最近まで外国に暮らしていたせいか、クラスメイトの中ではかなり浮いている存在であった。しかも、幼い見た目に関わらず意外と好戦的な性格な為、不良グループに目を付けられている。最も空閑に喧嘩を売った不良達は例外なく返り討ちにされていたが。

 

 

「……まったく、空閑。これで何件目だと思っている」

 

 

 昼食時、空閑と屋上で昼食を取っていた三雲が責め立てる。

 本日も空閑は不良グループに絡まれ、一分も経たない内に黙らせたのであった。

 もはや恒例行事と化していると言ってもいいほどになっている。

 

 

「んと……。三百七十七回か?」

 

「違う。三百七十八回だ」

 

「数えていたのか。オサムも暇だな」

 

「誰のせいだと思っている。お前が問題を起こすたびに、なぜか僕が先生に呼ばれるんだぞ。あの校則違反に煩い学年主任の森林先生が泣いて「頼む、三雲くん。あの白い頭をどうにかしてくれ」と懇願してくるんだぞ。懇願される僕の立場も考えて欲しんだが」

 

 

 思い出すだけでげんなりしてしまう。

 転校初日、左人差し指に付けている指輪――空閑が言うに親の形見だそうだ――の件でもめてから空閑の事を苦手意識が芽生えてしまったらしく、喧嘩で問題が起こるたびに肩に手を置き「頼む、三雲くん」と頭を垂れてくる。

 そんな先生の頼みに三雲は「はぁ」と間の抜けた声を出さずにいられなかった。

 

 

「ふむ。それは悪かったな、オサム」

 

「本当に悪いと思っているなら、少しは喧嘩を控えてくれると嬉しいんだが」

 

「けどなオサム。やり返さなきゃやられっぱなしになるのがあたりまえだったから、あれぐらいしないとあいつ等は大人しくなんないぞ」

 

「それは……」

 

 

 空閑の言葉は一理あるだけに、反論しようがなかった。事実、三雲が彼らを止めようと呼びかけても聞く耳を持たないどころか、教科書などを投げ出してくる始末。この頃は、問答無用で拳を振るって来る傾向にあるほどだ。

 やり返さないとやられてしまうだけ。空閑の言葉はもっともだが、やり返しただけ事が大きくなるのも事実。何度も恥をかかせたせいで、空閑に仕返しをしようと何度も絡んできている。

 

 

「それよりオサム。さっきから不思議に思っていたが、両手両足に括り付けているそれは何の意味があるんだ?」

 

 

 指差す場所に視線を向けて、三雲は目を細める。

 

 

「何のことだ?」

 

「なにって、両手両足に変な何かを付けているだろ? ここ最近のオサムの動きが鈍く見えたのもそのせいか?」

 

 

 それは、と言いかけて口を閉ざす。

 誤魔化す事は簡単であるが、なぜか空閑に嘘が通じた事がない。

 三雲は制服の袖口をまくり上げて、空閑が指摘したそれを見せる。彼の腕には黒色のリストバンドが付けられている。

 

 

「ふむ。……察するに重りが入っているみたいだな。身体でも鍛えているのか?」

 

「まあ、そんな所だよ。先輩にお前はどんくさいんだから体を鍛えろ、って言われてね。普段から体を鍛えるなら、こう言った重りを使って日常生活を過ごせばそこそこ鍛えられると言われたんだよ」

 

 

 ちなみに「本当は中学生のお前にあまり進めたくないんだがな」と木崎レイジはため息交じりに付けたしたのであった。

 

 

「オサム。めちゃくちゃ弱いもんな」

 

 

 不良に一発腹を殴られて悶絶する三雲の姿を思い出して、空閑はにやつく。

 

 

「そうだな。……だから、もっと精進しないとな」

 

 

 少しずつであるが実力がついている自覚はある。けど、それでもまだまだ自分が追い求める姿には程遠い。

 B級になってからと言うものの、一度も個人ランク戦に出た事がないので自分の力がどれほどのものか分からないが、玉狛支部の師匠達と模擬戦をすると手も足も出せずに終わってしまう。まだまだ強くならないといけない。

 

 

「あれ? 空閑君と三雲君じゃん。二人もお昼は屋上でとっていたの?」

 

 

 食事を取っている二人の元へ駆け寄る一人の少女。その少女は三雲と同じクラスメイトであった。

 

 

「やあ。比企谷さんも昼食?」

 

「そうなんだよ。まったく、お昼休みまで生徒会にお仕事を押し付けなくてもいいと思わない? おかげで今の今までご飯を食べる事ができなかったんだよ。ひどいよね」

 

「それはお疲れ様です。比企谷さん一人?」

 

「うん。副くんも佐補ちゃんは自分のクラスで食べるって言っていたから、小町は一人寂しく食事をするであります」

 

「あははは」

 

 

 敬礼の姿勢を見せる比企谷小町に三雲は苦笑いを返すだけ。話しの流れから、一緒に食事に誘えと言われているのは察したが、親しみ易く可愛らしいクラスの人気者の彼女に気軽と食事を一緒に誘う度胸はなかった。

 彼女に気のある男共の嫉妬の眼差しに耐えられないと言う理由もあるが、何より彼女の事を誰よりも大切にしている師の八幡に知られたら、何をされるか分からない。以前、彼女の話題が上がっただけで「小町に手を出したらただじゃすまさないからな」とすごまれた事がある。

 

 

「なら、コマチも一緒にどうだ? 食事は多いほどいいってオサムが言っていたからな」

 

「そう? それじゃ遠慮なくお邪魔します」

 

 

 空閑の誘いに待っていましたと言わんばかりに、その場に座って弁当箱を広げる比企谷小町。止めようと思った三雲であったが、ここまで来て一緒に食べる事を遠慮してなど言える訳がない。はぁ、と一息ついた三雲に「そう言えば――」と小町が会話を切り出す。

 

 

「三雲君ってお兄ちゃんの弟子って聞いたけど本当なの?」

 

「……弟子?」

 

 

 小町の質問に口を開いたのは空閑の方であった。

 

 

「あれ? 空閑君は知らなかったの? 三雲君はボーダー隊員なんだよ。玉狛支部B級隊員三雲修。……その様子だと知らなかったみたいだね」

 

「オサム、ボーダーだったのか」

 

「凄いよね。同い年なのにボーダー隊員なんて」

 

 

 まさかの展開に困惑する三雲。今の今まで黙っていたのにも関わらず、こうもあっさりとばらされた事に冷静さを保つ事ができずにいた。

 

 

「あの、その。……出来ればその話し、内密にしてほしいんだけど」

 

「え、なんで? ボーダー隊員ってだけで凄い事なのに。きっと女の子にもてもてだよ。……ま、例外がなくもないけどね」

 

「その例外が誰かとは追求しないけど、僕は別にモテたくてボーダーに入った訳じゃないし、あまり公にしないでくれると嬉しいかな」

 

「けど……。副くんと佐補ちゃんには話しちゃったよ。ほら、二人のお兄ちゃんもボーダー隊員だし」

 

 

 嵐山副、嵐山佐補の兄はボーダー隊員の中でも知名度が高いA級嵐山隊の隊長を務めている。ボーダーの内部事情を知らない小町からしてみれば同じボーダー隊員の家族を持つ者として話して問題ないと判断したのだろう。

 

 

「まあ、言っちゃったのは仕方がないけど、これ以上あまり流布するのだけはやめてほしいかな」

 

「そう? 三雲君がそう言うなら小町は黙っているけど……。あ、でも。ボーダーでのお兄ちゃんの事は聞いてもいいよね。お兄ちゃん、小町が聞いても「お前が気にする事じゃない」の一点張りなんだもん」

 

「僕が話せる範囲で良ければいいけど」

 

「ほんと!? ありがとね、三雲君。じゃ、小町は残ったお仕事を片付けるので、この辺で」

 

「……え? 生徒会の仕事は終わったって――」

 

 

 言い終わるよりも早く、小町はその場から消え去ってしまう。

 

 

「まるで嵐の様な奴だな、コマチって」

 

「そうだね。風の様に現れて風の様に去って行く子だね」

 

「……で、オサム。オサムがボーダーって本当なのか?」

 

「あぁ。かれこれ、もう半年は経つかな」

 

「半年。ちょうど、俺がこっちに来たぐらいだな」

 

「そうなるな。……僕がボーダーでおかしいと思うか?」

 

「ん~。ま、いいんじゃないか。オサムが何になろうとオサムの勝手だしな」

 

「なんだよそれ」

 

 

 おかしいと笑われると思ったのだろう。興味ないと言いたげな言葉に目を丸くする三雲であったが、逆に空閑らしいなと思ってしまい「ぷっ」と息を吹きだす。

 

 

「……そうか、オサムがな」

 

 

 だから気付かなかったのかもしれない。空閑が浮かない表情で言葉を漏らした事に。

 

 

「……あ。そろそろ、お昼休みが終わるな。空閑、次は数学だけど宿題はやったか?」

 

「宿題?」

 

 

 頭上に疑問符が乱舞する空閑の姿を見て、盛大にため息をこぼす三雲。

 

 

「昨日言ったじゃないか。今日はお前が指される番だから、宿題をちゃんとやれと」

 

「なんと? そうだったのか」

 

「まったく、お前と言うやつは。……そうと分かれば急ぐぞ。教室に戻って、お前の当たる場所だけでも解かないといけないからな」

 

 

 弁当を片付けた三雲は早足で教室へ向かう。宿題を忘れた空閑を放っておくと言う選択肢は彼にはないのだろう。自分が面倒を見る事が当たり前に行動する親友の姿を見て、空閑はいつものお決まり文句を口にする。

 

 

「ほんと、オサムは面倒見のオニだよな。オサム様様だな」

 

「煽てても何も出ないからな。ほら、急ぐぞ空閑。お前も放課後に数学の補習なんて受けたくないだろ」

 

「そりゃそうだ。片付けたらすぐに行くから、先に行っててくれ」

 

「……早く来いよ」

 

「ほいほい」

 

 

 先に準備を始める為に三雲が屋上から立ち去ったのを確認した空閑は、壁に背中を預けて空を仰ぎ見る。

 

 

『……まさか、オサムがボーダーだったとはな』

 

 

 指輪から触手の様な物が伸び、空閑の耳元で囁く。長年の相棒の言葉に空閑は「そうだな」と答えるのみ。

 

 

『やるのか?』

 

「そう言う取引だったからな」

 

『何度も言うが、決めるのは私ではない。ユーマ自身だ。だが、ユーゴが言うに後悔だけはしない事だ』

 

 

 相棒のお決まり文句に空閑はしばし考えを巡らす。

 空閑の任務はミデンに溶け込み情報を収集する事。また、可能ならば敵の戦闘員を拉致し相手の情報とトリガーを手に入れる事であった。

 

 

「(オサムの持つ情報とトリガーで、アイツらを救えるな)」

 

 

 ふと、記憶の片隅にしまっていた三人の顔が思い浮かぶ。

 己の不甲斐なさで父親を失った後、自分を励ますように傍にいてくれた人たちの顔が。

 

 

「……やるぞ、レプリカ。どっち道、俺に任務を放棄する道はない」

 

『心得た。ユーマの思うがままにやるといい』

 

 

 覚悟は決まった。空閑は懐からボール状の何かを取り出す。

 

 

「出てこい、仕事だ」

 

 

 高々とそれを放り投げると、空間に亀裂が生じる。それは徐々に大きく広がり、やがてネイバーを呼び出すゲートとなる。

 

 

 

【緊急警報、緊急警報】

 

 

 

 ゲートが開くと同時に、アナウンスが告げられる。

 

 

 

【ゲートが市街地に発生します。市民の皆様は直ちに避難してください。繰り返します。市民の皆様は直ちに避難してください】

 

 

 

 ゲートから出現したネイバー、モールモッド二匹が現れたのを確認した空閑は他の生徒と同様に避難行動に移る。

 

 

「……オサム、悪く思うなよ」

 

 

 後に語られるイレギュラーゲート事件の幕開けであった。



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014:メガネ初出動

 ネイバーの登場に三雲が通う学校は混乱の渦に包まれてしまう。教師が先導して学生を避難所に誘導するが冷静に彼らの言葉に従う余裕は学生たちにはなかった。皆が皆、思い思いに悲鳴を上げて身の危険から逃れようと走り始める。避難時に大切な基本行動“おかしも”を護っている者など一人もいなかったのである。

 

 

「……ネイバーが来たのか、この学校に!」

 

 

 当然、教室に向かっていた三雲にもネイバーの襲来のアナウンスが届く。いち早く近場の窓に駆けより、状況を確認する。ゲートが発生したのは校庭のど真ん中。既にゲートからモールモッドが二体現れ、近場にいた人間を襲い始めている。

 悲鳴を上げながら逃げ惑う学生を視るや、三雲の行動は早かった。窓を開けるなり、懐にしまっていたトリガーを取り出すや――。

 

 

「トリガー、起動っ!!」

 

 

 ――トリオン体へ変身し、襲い掛かるモールモッド目掛けて身を投げ出したのであった。

 それを一部始終見ていた周囲の生徒達が三雲の行く末を確認するために、窓際へ駆け寄る。三雲が身を投げ出した場所は特別教室が設けられている四回だ。普通の人間が四回から身を投げたら、運が良くない限り死に至ってしまう。

 だが、今の三雲は普通の人間とは異なる。トリオン体へ変身を遂げた人間は身体能力が大幅に強化されるのに加えて、トリオンによる攻撃以外はほぼ無敵状態と化す。

 つまり、たかだか四回から身を投げ出したぐらいで三雲の体がどうこうなる事は一切ない。それどころか、これぐらいの高さで慌てふためいていたらボーダーの隊員としてやってはいけない。

 

 

「レイガストッ!!」

 

 

 両手にレイガストを生成し、モールモッド目掛けて切り伏せる。目の前の学生に気を取られており、上空から奇襲をかけてきた三雲に気を留めてすらいなかったのだろう。無防備に三雲の攻撃を受けたモールモッドは自慢の足を二本切断されることとなる。

 

 

「……ボーダー隊員?」

 

 

 助けられた生徒達は助けに来てくれたボーダー隊員を見て安心したのだろう。腰を抜かすもの、涙目を浮かばす者と安堵するものが続出する者達に三雲は告げる。

 

 

「はやく避難所へ向かうんだ! 動ける者は動けない者に手を貸してやれ! 時間は僕が稼ぐ」

 

「……三雲?」

 

「時間がないんだ、急げっ!!」

 

 

 自分達を救ったボーダー隊員が見知った人物であることに、何人かが現状を忘れて唖然としていたが、三雲の一喝によって現実へ戻される。

 

 

「頼む三雲。……急げ、避難所へ向かうぞっ!!」

 

 

 三雲の背中に隠れていた一同は、互いに助け合いながら避難所が設けられている校舎へ向かう。尻目で彼らが避難したのを確認し、いざ戦闘を始めようとするのだが……。

 モールモッドは二体存在する。つまり、三雲と対峙していないもう一体のモールモッドは避難が遅れて別校舎で立ち往生していた生徒達に襲い掛かって行ったのだ。

 

 

「っ!? アステロイ――」

 

 

 通常弾のアステロイドで牽制を図ろうと試みるのだが、射線上に生徒がいて射出する事が出来なかった。万が一、生徒に当たってしまったら大惨事に至ってしまう。変化弾を放つ事も考えたが、混乱した戦場で当てるべき敵だけに当てられる自信は三雲にはなかった。何せ、本物のネイバーと対峙するのは初めてなんだから。

 こんな特殊な状態で弾丸トリガーを使うのは危険と判断した三雲は、自分に意識を向かせる為に行動を開始する。けど、目の前にいるモールモッドがそれを許すはずがなかった。

 高速の斬撃が三雲の体を両断せんと襲い掛かる。レイガストで受け流した三雲は一旦距離を開けて仕切り直した。その隙に二体目のモールモッドが別校舎の中へと突入しに行ってしまった。

 

 

「(のんびり相手をしている暇はない。仮想訓練とはいえ、何度か倒す事が出来たんだ。目の前の敵を切り伏せて、直ぐに追いかけないと。大丈夫、教えられたとおりに動けば絶対に勝てるはずだ)」

 

 

 イケメン師匠の烏丸は言った。俺達の動きなんかよりもモールモッドの動きの方が数段遅い。まずは戦闘を可能とする目を養えと。そのおかげか、先ほどの不意打ちの一撃も難なく受け流す事が出来たのであった。

 玉狛支部紅一点の師匠、小南が言った。常に攻撃の意識を緩めるな。相手の隙を見つけたら果敢に攻めろ。攻撃は最大の防御につながる。

 

 

「スラスター・オンっ!!」

 

 

 一対二本の足を両断された事でバランスを崩したモールモッド目掛けてレイガストを投げ飛ばす。狙いはモールモッドの眼。けど、そんな単純な攻撃手段などモールモッドには通じない。事実、三雲が投げたレイガストはモールモッドの斬撃によって返り討ちに合ってしまうのであった。

 

 

「スラスター・オンっ!!」

 

 

 残りのレイガストにオプショントリガー、スラスターを起動させてモールモッドの懐に入る。

 完璧超人筋肉マンの木崎がいつも最後に付け足していた。どんな戦法も単体では意味をなさない。あらゆる状況を考慮して、“釣り”と“待ち”の二つを臨機応変に使いこなしてこそ、戦術が生かされると。

 一度目のレイガストは敵の隙を突くための釣り。本命はスラスターによって懐に潜り込んだ直接攻撃にあった。

 

 

 

 ――斬っ!!

 

 

 

 三雲のレイガストがモールモッドの眼を切り裂く。目は敵の急所なのか三雲は知らないが、レイガストの一撃でモールモッドは沈黙したのであった。

 初陣による初戦闘で初勝利。喜びを露わにしたい所であるが、そんな余裕は状況的に許されない。急いで別校舎に潜り込んだモールモッドを追撃するべく、三雲は敵の後を追ったのである。

 

 

 

***

 

 

 

『モールモッドが一体やられたみたいだな』

 

 

 センサーで状況を見守っていたレプリカから情報が入る。

 

 

「お、マジか。オサムの奴、意外とやるもんだな」

 

 

 意外と戦える親友に驚いた空閑は、顎に手を添えてこの後の事を考える。

 

 

「そうなると、モールモッド程度ではオサムを何とか出来ないという訳か」

 

『センサー越しだから何とも言えないが、意外と戦い慣れている印象が見受けられる。油断すると痛い目に合うのはこちら側だぞ』

 

 

 予想もしていなかった好評価に考えを改める必要が出来てしまった。まだ、何個かトリオン体を呼び出すゲート装置は持っているが、下手に数を増やして時間をかけてしまうと増援が来てあっという間に制圧されてしまう。それではこちらにうま味がない。

 確実に任務を遂行するにはやはり――。

 

 

「そっか。……なら、俺が行くしかなさそうだな」

 

『それを決めるのはユーマ自身だ。何度も言うが、後悔だけはしない様に』

 

「分かってるさ、レプリカ」

 

 

 親友を取り押さえる為、ネイバーの刺客たる空閑遊真が参戦する。

 

 

 

***

 

 

 

 避難が遅れた生徒達がいる校舎に避難所は存在しない。故に今の彼ら彼女らが助かる方法は、後ろから追いかけるモールモッドから逃げ延びなくてはならない。

 蜘蛛の姿の化け物、モールモッドに追われた一同が向かう先は屋上。勿論、屋上に逃げれば助かる見込みがあるわけではない。最終目的地で思い浮かぶ場所が屋上しかないが為に、向かっているだけである。

 

 

「みんな、急いでっ!!」

 

 

 先頭に立つ比企谷小町が屋上へ誘導する。生徒会の仕事に戻った彼女は運悪く逃げ遅れてしまい、自分と同様に逃げ遅れた人間と一緒になって安全の地を求めて逃亡を図っている。

 

 

「小町ちゃん、ボーダーのお兄さんに連絡した方が――」

 

「それは後だよ、佐補ちゃん。まずは小町達の安全が確保できないと」

 

 

 同じように生徒会で仕事をし続けていた嵐山双子の姉である佐補の提案を一蹴する。

 こう言う状況に陥ったら、と兄の八幡に嫌ってほど教わっていた。まずは自分達が安全の地へ逃げ延びる事が大切である。助けを呼ぶのはそれからだ。警察の様に連絡した数分後に助けが来るとは限らない。ボーダー隊員は圧倒的に数が少ない。何か事件が重なった場合、最悪のケースだと助けに行けない可能性もある。

 緊急事態の心構えを教わっていた小町は、兄の八幡の言いつけどおり、とにかく安全な場所へ避難する事を最優先としたのであった。

 

 

「来たぞっ! とにかく走って!!」

 

 

 最後尾を務める嵐山副が告げる。走力は圧倒的にモールモッドが上であった。後数メートルもしたら確実に生徒達の命を刈り取る刃が届いてしまう。

 

 

「(このままではいずれ――)」

 

 

 全員がモールモッドによって殺されてしまうのも時間の問題であった。そう考えた嵐山副は少ない勇気を振り絞って行動に移した。

 

 

「こっちだ、化け物っ!!」

 

 

 彼はその場に立ち止まって、行く手を阻む様に両手を広げたのであった。

 

 

「副っ!?」

 

「副くん!?」

 

 

 殿を務めていた副の予想外の行動に、全員の足が止まる。

 

 

「こいつは僕が足止めします。三雲さんが来るまでの間、何としても時間を稼ぎます」

 

「なにを言っているのよ。あんたじゃ、あっという間に殺されちゃうわよ」

 

 

 双子の姉の言うとおりだろう。自分程度がいくら頑張った所で何も好転しない。けど、自分の命を投げ出す事で救われる命があるならば……。震える体に喝を入れ、嵐山副は覚悟を固める。

 

 

「兄ちゃんに、ごめんって言っておいてくれないかな」

 

 

 別れの挨拶を告げ、いざ立向かわんとする時――。副とモールモッドの間の窓ガラスが割られ、一人の少年が割って入る。少年の名前はもちろん、彼らの救世主三雲修。

 

 

「みんな、無事だねっ!?」

 

 

 問いかけるだけ問いかけて、三雲はシールドモードのレイガストを前に翳して突貫する。スラスターを利用したシールドチャージで突撃し、モールモッドの動きを封じるつもりなのだろう。けど、体格差から考えて三雲のシールドチャージがいくら強力であったと言え、それほど嵐山姉弟や小町達と引き離す事は不可能。故に一工夫しなくてはいけない。

 

 

「グラスホッパーっ!!」

 

 

 モールモッドの体がわずかながら宙に浮く。ジャンプ台トリガー、グラスホッパーによって強制的に体を浮かばされてしまった結果である。その体目掛けて三雲は再びシールドチャージを敢行する。踏ん張る事が出来ない状態で体当たりを受けたら、そこそこ吹き飛ばせるはずだ。事実、三雲のシールドチャージを受けたモールモッドは近くの教室まで突き飛ばされてしまったのだ。

 遠のいていくモールモッドを見て、嵐山副は力尽きたと言わんばかりに膝を折る。張りつめた緊張感が一気に解放されて体が緩んでしまったのだろう。そんな彼の元へ近寄った三雲は彼の体にポンと置き「よく頑張ったね」と賛辞の言葉を贈る。

 

 

「後は僕に任せて、キミはみんなを護ってくれ。比企谷さん、みんなを屋上に連れて行ったら先輩に、八幡先輩に助けを求めてください。本部に助けを求めるよりも、あの人に連絡した方が早い」

 

「う、うん。けど、三雲君は?」

 

「僕は……。あのネイバーを何とかしないとね」

 

 

 片手でトリオンキューブを生成し、自身と彼女らの間の空間に網を張る。オプショントリガーのスパイダーを使って、時間稼ぎ用のトラップを生成したのであった。

 

 

「さぁ行って」

 

「……分かった。三雲君、気を付けてね」

 

 

 全員の姿が屋上へ消えると同時にモールモッドの姿が現れる。あの程度の攻撃ではモールモッドの装甲に傷一つ付かないらしい。けど、それは分かって居たこと。ただでさえ自身のトリオン量が少ないと自覚していた為、予想以上にダメージを与えられなかった事は想定の範囲内である。

 

 

「(狭い通路だと、機動性に優れている者が有利。この場合、接近して相手の刃を封じるのが得策か)」

 

 

 面倒だと常々言っていた師匠、八幡が言っていた。どんな強敵も利用できるもの次第で戦いになる。真正面から戦うだけが戦闘ではない。弱いお前は使えるものは何でも利用し、自分の有利な条件へと持って行けと。

 

 

「アステロイドっ!!」

 

 

 通常弾、アステロイドを分割させず大玉の状態でモールモッドのモノアイ目掛けて放出する。今度は自分のミスで他の学生に当てる心配はない。三雲は弾丸を対処するモールモッド目掛けて、更にもう一発大玉のアステロイドを放つ。

 通常弾、アステロイドは放出する都度に射出速度、威力、射程のステータスを変更させることが出来る。今回放出した三雲のアステロイドは威力重視の設定である。

 だけど、渾身の大玉通常弾はモールモッドの刃によって真っ二つに両断されてしまった。

 

 

「アステロイドッ!!」

 

 

 大玉アステロイドを難なく切り伏せられたにも関わらず、通常弾で応戦する。今度は四分割に分断し、射出速度重視の設定で解き放ったのだ。当然、先ほどの通常弾と比べて威力は小さいが飛来スピードは段違い。対処しようと刃を構えるモールモッドの複眼に二発着弾する事に成功したのであった。

 攻撃を受けたモールモッドが一瞬だけ怯みを見せる。その大きな隙を三雲は逃す事はない。残っているレイガストを振りかざしオプショントリガースラスターを起動。三雲お得意のレイガスト投擲でモールモッドにトドメを与える。

 スラスターの推進力の恩恵を受けたレイガストは、モールモッドのモノアイに突き刺し、体を貫通して通り抜ける。短い悲鳴を上げたモールモッドはその場で倒れ伏し、完全に沈黙したのであった。

 敵の鎮圧に成功した三雲はヘナヘナと膝を折り、尻餅をつくのであった。

 初の実戦戦闘と加えて単独戦闘だ。幾ら仮想戦闘で何度も戦った敵とは言え、緊張しなかったと言えばうそになる。何より校舎に突入する際にグラスホッパーを使ってショートカットした為に、トリオンがいつ底を突いてしまうのかと気が気でなかった。そう言う意味では自分はよく戦ったと、自分自身を褒めてやりたいぐらいであった。

 本当ならもうしばらく休んでいたい所であったが、屋上で待つみんなに戦闘が終わった事を知らせなくてはいけない。膝を付いて立ち上がった三雲はみんなの待つ屋上へ足を進めたかったのだが、後ろから聞こえる足音のせいで向かう事が出来ずにいた。

 

 

「(……逃げ遅れた生徒? いや、それならこんな落ち着いた足取りはおかしい。だとすると――)」

 

 

 念の為にレイガストを拾い上げ、シールドモードの体勢で身構える。

 

 

『……どうやら、モールモッドは完全に倒されてしまったようだな』

 

「そうみたいだな。……やるじゃん、オサム」

 

 

 現れた人間、親友の姿を確認した三雲は怪訝な表情を見せる。

 

 

「空閑。どうしてここに――」

 

 

 来たんだ、と言おうとしていた口を閉ざす。いや、正確には閉ざさずに終えなかったのだ。

 空閑の前方に鎖の印が浮かび上がり、トリオンで生成された鎖が三雲に襲い掛かってきたのだ。

 

 

「へぇ。いまのを避けるのか。やるなオサム」

 

 

 トリオン兵、モールモッドを撃退した三雲は目の前にいる親友の姿を見て愕然とする。

 

 

「どうしてだ……」

 

 

 それは信じられない光景であった。親友と思っていた友人がネイバーであった事に信じられない自分がいたのである。

 

 

「どうしてだ、空閑っ!?」

 

 

 相対する空閑遊真は、三雲の呼びかけに答える事無くトリオンの鎖で襲いかかる。



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015:メガネは諦めが悪い

 三雲の奮戦のおかげで屋上に逃げ延びた一同は、状況を確認しようと身を乗り出した戦闘中の場所を覗き見る。

 

 

「どうなった!?」

 

「よく見えねえよ!」

 

 

 現在戦闘が繰り広げられている場所からおよそ十数メートルはある。肉眼ではっきり見える事ができない。けど、未だに戦闘中である事は推測できる。なぜなら、彼らが視線を合わせている場所から轟音が何度も上がっているのだから。

 

 

「大丈夫かな、三雲先輩」

 

 

 三雲に助けられた嵐山副が呟く。

 

 

「……三雲?」

 

 

 それを聞いていた少女、雨取千佳が目を丸くする。

 

 

「え!? 本当にうちの学校にボーダーの人がいたの?」

 

「そうなのよ。いま生徒会長の比企谷さんが言っていたのをこの耳で聞いたんだから。三年生の三雲って人らしいよ」

 

 

 三年の三雲。情報を総括するとその三雲は雨取が知る三雲修で間違いないだろう。

 兄繋がりで知り合った彼がボーダーに入っているなんて初耳であった。校庭の中央で稼働停止しているトリオン兵モールモッドを見やる。あれを自分が知る三雲がやったと知ると胸の辺りがひどいほど痛く感じて仕方がなかった。

 

 

「……修くん」

 

 

 今も必死に戦っているであろう三雲に駆けつけたい気持ちで一杯であるが、何の力も持たない自分が行っても足手まといになるだけ。何もできない自分に苛立ちを感じながらも、三雲の安否を祈るのであった。

 

 

 

***

 

 

 

 同時刻、戦闘中の地域に駆けつけていた部隊がいた。

 星を囲む五角形を五つ円状に置き、星型を象ったエンブレム。ボーダーの顔役であり、一般人の多く知られているA級部隊の嵐山隊であった。

 ちょうど、隊員募集のCMを撮っている最中、ネイバー出現の報せを知らされた彼らは一番現場に近かったために出動要請が出されていた。最も出現場所が部隊長嵐山准の兄弟がいる中学校と知った時点で、嵐山准はいち早く現場に向かったのは言うまでもない。

 現場まで急いでも八分ほどかかる。その間に自分の大切な弟妹がネイバーの餌食になってしまうと考えるといても経ってもいられない。そんな焦る准の携帯が振動する。

 屋根から屋根へ跳び移っている最中、器用に懐から携帯電話を取り出し、発信者の名前を聞いて慌てて受信のボタンを押す。

 

 

「もしもし、佐補か!? 無事なのか!? ネイバーが聞いてお兄ちゃんいまそっちに向かっているんだが、副も無事なんだよな!?」

 

『ちょっ、お兄ちゃん。そんなにいっぺんに聞かれても答えられないよ。とりあえず、私や副、他の生徒も無事よ。ボーダーの三雲先輩が助けてくれたから、今のところ被害者はいないと思うけど……』

 

「三雲君?」

 

 

 無事であると知り、ほっと胸を撫で下ろす。

 しかし、妹から聞かされた恩人の名前に聞き覚えはなかった。

 

 

「あ、ぼく知っています。この前、間宮隊と模擬戦をしていましたので。確か彼は玉狛支部の新人だったはず」

 

 

 意外にも自分の疑問を答えてくれたのは、後ろから追従してくる己の部下である時枝充であった。

 

 

「ならなんでその情報がこちらに回っていないんですか。その人、本当にボーダーなんですか?」

 

「支部と本部の連携がなっていないのはいつもの事だから仕方がないね。特に玉狛と本部間では……。嵐山さん、兎に角急ぎましょう」

 

 

 訝しむ木虎を言い包め、急ぐように促す時枝の言葉に頷く嵐山。彼は妹から現状を確認し、力強く大地を蹴って現場に急ぐのであった。

 

 

 

***

 

 

 

 数名のボーダーが危険を察知し、現場に駆けつけている。

 けど、事件の火種は終わりに近づいている。空閑遊真の勝利と言う形で。

 

 

「三重も必要はなかったか。意外とあっけなかったか」

 

 

 己の拳で吹き飛んだ三雲を見やる。両手で構えていた盾モードのレイガストが二つとも木端微塵に粉砕されてしまっている。衝撃を完全に殺しきれなかった三雲は壁を突き抜けて教室の壁に背中を預けて項垂れている。

 

 

「が、はっ!」

 

 

 レイガスト二枚を犠牲にしたおかげか、奇跡的にも緊急脱出が作動せずに現場にいる事ができた。トリオンが限界に達したら自動的に三雲は玉狛支部へ移動させられてしまう。

 けど、状況的に最悪であった。何せ、何気なく放った空閑の一撃はモールモッドの数倍以上の破壊力を有しているのだから。

 

 

「(何が起こった……?)」

 

 

 三雲の呼びかけを無視した空閑は右腕を振り被って一撃をお見舞いしようとしていた。それは単純の右拳による打撃。無造作に放った一撃など止められると判断した三雲はレイガストを再び生成し、二枚のレイガストを交差して受け止めようとした。

 空閑の拳がレイガストに触れる直前に『強』と刻まれた印が出現し、気が付いたら三雲は踏ん張る事も出来ずに突飛ばされていた。

 

 

『ユーマ。あまり修のトリオン体を傷付けるな。ボーダーのトリガーには脱出機能が装備されている。修のトリオンは限界に近い。それ以上傷付けたら脱出機能が働くぞ』

 

「お、それは困ったな。オサム、生きているか?」

 

 

 いつも見る屈託ない顔で問いかけてくる。親友のその表情に異様な腹立ちを覚えた三雲は彼に向けて吠える。

 

 

「何故だ、空閑。どうしてこんな事を……」

 

「なにって、俺はネイバーだからな。それじゃ不満か?」

 

 

 おかしな質問をするな、と笑う空閑にアステロイドを放たんと生み出す。しかし、三雲がアステロイドを打つよりも早く、空閑が距離を詰め寄って右腕をおさえてしまう。

 

 

「オサム。さっきので実力差があるのは分かっただろ。大人しく投降する事をお勧めするぞ」

 

「くっ」

 

「あと、逃げようと考えない事だな。逃げたら、俺はトリオン兵をこの学校にばらまく。他のボーダーの人間が来たら厄介だからな。そうなったら、オサムのクラスメイトや学校のみんながどうなるか、分かるよな」

 

 

 遠回りに学校の生徒を人質にすると言われ、緊急脱出をする事を封じられてしまう。元々、三雲自身は他のボーダーが来るまでするつもりはなかったが、今のを聞いたら余計にすることが出来なくなってしまった。

 

 

「何が目的だ?」

 

「話しが早くて助かる。オサムの知る限りのボーダーの情報とトリガーが必要だ。大人しくトリガーを解除し、俺の命令に従って貰おう」

 

「そんなのを聞いてどうする?」

 

「オサムが知る必要はないよ。それに聞いているのは俺の方だし。戦闘員の数、黒トリガーの数と性質。基地の配置と内装などなど、答えてもらうぞ」

 

「僕は末端の兵士で、しかも新人に過ぎない。空閑が知りたいような情報は持っていないぞ」

 

「……オサム、つまんないウソを付くな」

 

「ウソ!? 僕はウソを付いてなど――」

 

「俺はウソを見抜けるサイドエフェクトを持っている。だから、オサムが嘘をついている事など直ぐに分からるぞ」

 

 

 反則に近いだろ、と胸中で嘆く。今の言葉が本当ならば下手に言葉を口にするのは危険である。空閑は情報とトリガーが欲しいと言っている。状況的に考えて空閑の言うとおりにしなければ自分の命はおろか、学校にいるみんなの命も危うい。

 ならば、空閑の言うとおりに情報とトリガーを渡せばいいかと言うと、それはそれで危険だ。情報は戦いにおいて必要不可欠なファクター。相手に自分達の情報が漏れてしまったら、それを皮切りに攻略されてしまう恐れがある。自分達の不利になる情報は絶対に話す事は出来ない。

 だからと言って、現状を切り抜ける手札は三雲にはない。それにあったとしても、先の戦いでトリオンを使いすぎてしまっている。戦いたくてもこれ以上闘う事は出来ないのだ。

 

 

「(空閑と対等に戦うには、高機動の戦いが可能なトリガーが必要だ。攻撃をさせる暇もないほどの高速な連撃が可能な、そんなトリガーなど……)」

 

 

 と、そこである手札を迅から渡された事を思い出す。もし、あれが自分の想像通りのトリガーであるならば、まだ闘う手札は残されている。

 

 

「……分かった。空閑の言うとおりにする」

 

「意外とあっさり降参してくれるんだな。ま、俺にとっては有り難いんだが」

 

「空閑の言うとおり、僕とお前との間には圧倒的な力量差がある。それじゃ、納得してくれないか?」

 

「なるほど。なら、早速トリガーを解除してもらおうか。トリオン体で何を言っても信じられないからな」

 

「分かった。トリガー・オフ」

 

 

 三雲は空閑の言うとおり、トリガーを解除して元の身体に戻る。

 

 

「んじゃ、オサムのトリガーを貰おうか」

 

 

 あまりに聞き分けの良い三雲の行動に怪しむ空閑であったが、トリガーを奪ってしまえばどんな策略を練った所で意味をなさない。

 

 

「……」

 

「どうした、オサム。早く、トリガーを渡せ」

 

 

 差出した手にトリガーを置かない三雲。やはり、何か悪巧みを考えていたのかと思った空閑は握りしめられているトリガーを奪い取ろうと腕を指し延ばす。

 

 

「……あぁ、渡すよ。受け取れ、空閑っ!!」

 

 

 空閑がトリガーを奪い取るよりも早く、三雲が天井目掛けてトリガーを放り投げる。

 放り投げられたトリガーを視線で追う。その時、三雲の腕を握りしめていた力を緩めてしまったのがいけなかった。

 三雲はその一瞬の隙をついて、懐から新たなトリガーを取り出す。

 

 

『ユーマっ!!』

 

「しまっ――」

 

 

 

 ――トリガー起動っ!!

 

 

 

 三雲の身体が再び戦闘体へ変身を遂げる。両手に銀翼が展開され、銀翼のバーニアが噴射される。推進力を得た三雲は空閑の身体を両腕ガッチリとホールドし、反対の壁際まで弾き飛ばす。

 

 

「おぉ、驚いた。レプリカ、サンキューな」

 

『油断するな、ユーマ。来るぞっ!!』

 

 

 壁にぶつかる直前に『盾』の印を使ってサポートしてくれたレプリカが叫ぶ。己の身体を真っ二つに切り裂かんと放たれた刃が眼前に広がる。空閑は飛ぶ様に真横へ転がり、それを回避する。

 

 

「へぇ。それがオサムの切札か。やるじゃん」

 

 

 一拍も待たずに三雲の追撃が行われる。バーニアを吹かす高翼【ホーク】の刃を数発放つが、全て空閑の『盾』印によって阻まれてしまう。

 

 

「無駄だ、オサム。さっきの奇襲で倒せなかった時点で勝負は決した。お前は俺に勝てない、諦めろ」

 

「諦められる訳、ないだろうっ! イグニッションっ!!」

 

 

 オプショントリガー、イグニッションを作動。『盾』印に叩き込んだ高翼【ホーク】の刃が三雲の腕から切り離される。解放された【ホーク】は高速に回転し始め、空閑の『盾』印に挑みかかる。

 

 

『ユーマ。そのトリガーは意外と厄介だぞ。単体では切り裂かれる恐れがある』

 

「なら、二重にするまでだ。ダブ――」

 

 

 予想以上にイグニッションによるホークの一撃が強かったのか、空閑の盾が持たないとレプリカから忠告される。それに伴って盾を強化せんとトリガーを起動させるのだが、三雲はその隙をついて、空閑の真横に移動して残っているホークで攻撃を放ったのだ。

 一方のホークに気を取られていたせいで回避行動に移るのが遅くなってしまった。そのせいで、空閑の右手の指が何本か切断されてしまった。

 

 

「……なるほど。その盾はボーダーのシールドと同様に平面にしか展開されないんだな。イグニッションによるホークの一撃が通じるのも貴重な情報だ」

 

 

 放ったホークの一翼を戻して再び構える。

 

 

『大丈夫か、ユーマ』

 

「平気だ、レプリカ。指を何本か持って行かれただけだ。……思った以上にやるようだオサムは。手加減をしたら、俺がやられてしまうかも知れない。情報は手に入れる事は出来なかったが、トリガーだけでも渡せればいいよな」

 

『取引材料は減るが、可能性はなくないだろう』

 

「だよな。……『強』印、二重っ! 『弾』印」

 

 

 『弾』印を踏んだ空閑の身体が弾丸となって三雲へ飛んでいく。迎撃を図ろうとホークを構える三雲であったが、あまりの速さに目が追い切れずに左腕を持って行かれてしまう。

 

 

「っ! 早すぎる」

 

「悪かったな、オサム。オサムの力に敬意を払って、ここから先は全力で戦ってやる。『強』印、四重っ!」

 

 

 容赦ない一撃が解き放たれる。



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016:絶望を打ち破る猫

 空閑VS三雲の戦いが最終章に突入した頃、八幡と葉山は目と鼻の先まで近づいていた。

 

 

「……見えた、あれだな」

 

 

 現場を視認した二人はすぐさま戦闘準備を始める。弧月を生成した八幡は空いた手でアステロイドを作り出して奇襲を図る。

 

 

「援護する、ヒキタ……いや、比企谷」

 

 

 右手に散弾銃、左手にトリオンキューブを作り出して援護体勢に入る。

 昔の癖なのか、八幡が前で弧月を抜いた時は必然と背中に隠れる様に追従する形になってしまう。

 懐かしさを感じつつ、後ろから追ってくる葉山に向けて口にする。

 

 

「腕は落ちていないだろうな、葉山」

 

「当然だ。来馬先輩や諏訪先輩、出水君から師事を受けたんだ。足手纏いにはならないさ」

 

「そうかい。……なら、行くぞ!」

 

「了解」

 

 

 お互いに意思確認を終え、いざ現場へ殴りこもうとした時――。

 

 

「ちょい待ち、お二人さん」

 

 

 二人の進路を遮る様に現れた迅悠一が現れたのであった。

 勢いを殺された二人は迅の直ぐ傍に着地し、生み出した武器を一旦消した。

 

 

「……迅先輩」

 

「ったく、ダメじゃないか八幡。いまここで、お前さん達が加勢したら困るんだよ」

 

「邪魔をしないでください、迅先輩。サイドエフェクトで何を視たか知らないが、あそこには妹の小町がいる。それに弟子の三雲を放って置く選択肢はない」

 

「その選択肢がメガネ君の未来を滅茶苦茶にすると分かっていてもかい?」

 

「だったら聞くが、何であんたはここにいる。戦闘に加入しない事が今後の未来の為に必要と言うならば、放って置けばいい話しだろ。けれど、あんたはここにいる。まだ未来は確定していないんじゃないか?」

 

 

 以前、迅はこう言っていた。未来は無限の可能性に満ちている。サイドエフェクトで見た未来になるとは絶対に限らない。俺は可能な限り良い未来に導くために動いている、と。

 

 

「お前たちが駆けつけて、メガネ君に加勢する未来が視えたんだよ。二人が加勢すればメガネ君が勝つ未来は確約される。けど、この戦いはただ勝つだけじゃダメなんだよ」

 

「どう言う意味ですか?」

 

「いまメガネ君が戦っている敵は彼の学友だった者だ。……分かるだろ、八幡。相手は人型だ。しかも黒トリガーの所持者と来ている」

 

 

 迅の口から飛び出した単語に言葉を詰まらせる。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください。僕にも分かる様に説明してくれませんか」

 

 

 突然の想像をはるかに超えた情報に葉山はパンク寸前であった。今現在起こっている状況を把握している二人に対して説明を求める葉山であったが、彼の要望は迅の「ごめん」と言う謝罪の言葉で却下されてしまう。

 

 

「訳は後で話してあげるから、いまは大人しくしていてくれないかな金髪君」

 

「わ、分かりました」

 

 

 へらへらと締りのない顔で言われた葉山は身震いする。一見、緊張感のない顔をしているように見えるが己を捕えている双眸は真剣そのもの。下手に突いたら己の身が危険に晒される、と経験で培った勘がそう訴えてきている。

 葉山はいつでも強襲を受けてもいい様に、いつでもアステロイドを生成出来る様に身構えるのであった。

 

 

「相手が黒トリガーなら、なおさら三雲一人では手に負えないだろうが。俺達が束になっても勝てると限らない相手だ」

 

 

 優れたトリオン能力を持つ者が命と全トリオンを注いで作られたトリガーが黒トリガーと呼ばれている。性能は八幡達が使用している通常のトリガーよりもはるかに強く、特殊な性質を持っている。戦争の力関係にすら左右されるトリガーを相手にする時は、複数で連携して対峙するのが鉄則だ。単独で相手をした所で倒されているのが目に見えているからだ。

 

 

「だから、俺達は今日の為にいろいろ準備をしてきたんだ。切り札も託した。後はそれを上手く使ってくれることを祈るのみ。八幡はメガネ君を信用できないと言うのか?」

 

「その問い掛けは卑怯だ」

 

 

 三雲修は比企谷八幡にとって初めての弟子である。驚くほど実力がなかった意識高い系の弟子はくそが付くほど真面目な性格の持主である。軽くアドバイスをしたらお礼は返すし、何気なく言った言葉も真剣に考えて実行に移したり、捻くれた自分と真逆な性格の持主と言えよう。

 初めは面倒だと思っていたが、次第に情が湧いてしまった。妹の小町程ではないが、出来る事ならば力になってあげたい一人にまでなった人物である。

 そんな三雲を信じていないのか、と聞かれたら答えは否だ。覚えが悪いのは確かであるが、それでも少しずつ実力は伸びている。自分の得意戦術すらも盗んでいった弟子を信じられないわけがない。

 

 

「……一つだけ教えてください。この戦いで、あんたの言うとおりに動けば何が起こるんですか?」

 

「メガネ君にとって、最大の味方が手に入る」

 

「そうですか。……行くぞ、葉山。どうやら俺達はお邪魔らしい」

 

 

 くるりと踵を返して、撤退を告げる八幡。其の信じられない決断に当然葉山は納得いくわけがなかった。

 

 

「ちょ、ちょっと比企谷。良いのか? あそこには妹さんの小町ちゃんもいるんだろ? いくら未来を視る事が出来る迅さんの言葉でも簡単に信じていいのかよ」

 

「あ? 信じられねぇよ。いかに憧れのS級の迅先輩に言われた所で信じられる訳ないだろうが。……今回、信じているのは俺達の弟子だけだ」

 

「弟子? キミの弟子がどれほどの腕か分からないが、相手は黒トリガーなんだろ。それが分かっているのに援軍に行かないのは信じる信じないの問題じゃない、ただの敵前逃亡だ。弟子を見捨てると言うのか!?」

 

 

 葉山のいう事はもっともである。相手が黒トリガー使いならば、三雲は絶体絶命の危機に陥っているはず。いまかいまかと援軍を待ち望んでいるはずだ。其の援軍の役割を担っている自分達が現場の眼先にいる。ならば、行かない理由は何一つないはずだ。

 

 

「まぁまぁ、金髪君のいう事は最もなんだけど。今回は俺の顔に免じて許してくれないかな。それに八幡、なにも帰る事はないだろ。お前たちの力はこの後に絶対必要なんだからよ」

 

「……必要? また、お得意の未来視で何かを見たんですか?」

 

「あぁ。メガネ君の勝利と黒幕の登場が、な」

 

 

 不敵な笑みを浮かべて迅はそう告げるのであった。

 

 

 

***

 

 

 

 空閑の一撃はどれも致命傷を与えるほどの大打撃となりうる攻撃ばかりであった。『強』印によって放たれた一撃で教室から突き飛ばされた三雲の体は限界に近づいている。

 

 

「(まずい。これ以上攻撃を受けてしまったら……)」

 

 

 ただでさえ、モールモッド戦の時にトリオンを使い果たしてしまったのである。未だに三雲が戦闘体を維持できているのは、高翼【ホーク】が装備されているトリガーに緊急脱出が装備されていないおかげである。つまり、今現在のトリオンは本来逃げる為に消費されるはずであったもの。言葉通りトリオンを絞りに絞って戦っているのだ。

 

 

『……か。メガ』

 

 

 絶体絶命。文字通り命の危機に立たされた三雲の通信機に聞き慣れた人物の声が届く。若干ノイズが紛れていて聞き取れなかったが、間違いなく自分の見知った人物の声であった。

 

 

『返事はしなくてもいい。逃げ遅れた人達は俺達が保護した、みんな無事だよ。後はメガネ君達が無事に戻ってくるだけだ。……男の見せどころだぜ、メガネ君』

 

 

 自然と笑みがこぼれてしまう。絶望と思っていた状況に希望の光が差された。少なくとも自分が負けた所で他の生徒が傷つく事はない。

 後顧の憂いが無くなった三雲は博打に近い策を思いつくのであった。

 

 

「どうした、オサム。まだ降参するのは早いんじゃないか」

 

「そうだな。月並みに言えば戦いはこれからだ、だな」

 

 

 残った右腕で片膝を押し当てて、勢いよく立ち上がる。先の攻撃で左腕を失ってしまっている。こういう時の対処法を思い出しながら、三雲は半身の体勢で構えるのであった。

 

 

「その前に空閑、教えてくれ」

 

「教える? 敵に教えを乞うとは、オサムは随分と甘いな」

 

「そうだな。けど、これだけは知りたいんだ。……お前がネイバーだったなら、何で学校なんかに転校してきた? そんな事をしてもお前にメリットの一つもなかったはずだ」

 

 

 空閑は言った。自分の目的はボーダーの情報と使用しているトリガーの奪取と。ならば、自分が通う学校に入るメリットはないに等しいはずだ。むしろ、時間を束縛されるだけと言うデメリットでしかない。任務を優先するならば、そんな愚かな事をする必然性は見られないはずだ。

 

 

「なぜって、そうしないと色々と煩いだろ。平日だとお巡りさんとかに職質受けちゃうし」

 

「そんなの気にするお前じゃないだろ。最悪の場合、殺せばいいだけの話しじゃないか」

 

「物騒な事を言うなオサムは。けど、なるほど。そう言う強硬手段もあったんだな」

 

 

 解決できない消失事件はネイバーに攫われたと警察が処理してくれる。それを利用すれば第三者に目撃されなければ、何の問題もなく平日も行動できるはずだろう。

 

 

「理由はさっき言った通りだ。そこまで考えが至らなかった。単純に在籍していたと言う証明が欲しかっただけだ。勉強は難しかったが、学校生活は悪くなかったぜ」

 

「そっか悪くなかった、か。半年近く何もしなかったんだ。結構気に入ってくれたんだろ? だったら空閑。これ以上、不毛な戦いはやめないか?」

 

「無茶言うな、オサム。俺にも色々と事情があるん――」

 

『ユーマっ!!』

 

 

 指輪越しからレプリカの制止の声が上がる。其の言葉に自分が喋りすぎたと気づいたのだろう。「おっと」と言葉を漏らして、口に手を当てる。其のいかにも隠し事がありますと言いたげな態度に三雲の口角が曲がるのであった。

 

 

「そっか。事情があるんだな。……なら、その事情を聞かせてもらうから」

 

 

 高翼【ホーク】のバーニアを噴射させる。片腕分の推進力しか得られないが、短距離を移動するには十分なパワーを有している。

 三雲は何の小細工なしの真っ向勝負を所望しているようだ。確かに腕から伸びている高翼【ホーク】の刃は厄介である。単体シールドで受けても切り裂かれてしまう恐れがあるからだ。三雲がそれを最後の手札にするのは理解できる。

 

 

「いいぜオサム。俺に勝ったならば、話してやるよ。『強』印、六重」

 

 

 純粋なパワー勝負で負けるはずがない、と分かって居る空閑は三雲の真っ向勝負を受けて立つ事にした。どんなに優れた兵器でも使い手も三雲ならば負けるはずがない。強化された打撃を放てば確実に勝てると踏んでいる。

 噴射の出力を上げ、三雲は高速移動を行う。空閑がいる正面でなく、皆が待つ屋上の通路へと。

 

 

「……は?」

 

 

 これには空閑も目を丸くせずにいられなかった。小細工なしの正面衝突。それが最後の三雲の悪あがきであると思っていた。それにも関わらず、三雲がとった行動はまさかの逃亡行為である。

 

 

『マズイな。いつの間にか援軍が来ている。オサムは援軍と合流するつもりだぞ』

 

 

 長く居座ったせいか平和ボケしてしまったのかもしれない。いつもならば即座に探知出来たはずなのに、三雲が逃亡を図るまで気づく事すら出来なかった。

 

 

「追うぞ、レプリカ。『弾』印っ!」

 

 

 即座に三雲の追撃にかかる。数はそれほど多くはないが、意外と三雲との戦いでトリオンを使いすぎた。これ以上、戦闘が長く続ければトリオン切れに陥る可能性も出てしまう。

 それに三雲を逃がせば自分の情報がボーダーに流れてしまう。正体を知られている以上、この先は気軽に散策する事も出来なくなってしまうだろう。それは絶対に避けなくてはならない。

 弾印で三雲を追う。廊下を真直ぐ飛来し続けている三雲を見て思わず「正直に逃げ過ぎだろう」とぼやいてしまう。素直な逃げ方に素人臭さを感じつつ『弾』印で距離を詰める。

 速度差を考えると階段手前でとらえる事が可能だろう。

 三雲と空閑の距離が徐々に詰められていく。追いつくのも時間の問題と思った矢先、三雲の体が反転したのであった。

 

 

「イグニッションっ!!」

 

 

 反転して間もなく、オプショントリガー【イグニッション】を作動させ、残った【ホーク】を射出。空中姿勢で飛来する【ホーク】を避けられないと踏んでの攻撃であった。

 けど、空閑には空中機動を可能とする『弾』印がある。グラスホッパーと同様の効力を持った『弾』印を起動させ、難なく三雲の最後の一撃を回避したのであった。

 

 

「残念だったな、オサム。これで最後だ!」

 

 

 先に起動させて六重の『強』印を右腕に刻み、大きく振り上げる。

 もし、この場に第三者がいたなら空閑の発言にツッコミを入れたことであろう。

 

 今の発言は失敗フラグである、と。

 

 振りかぶった空閑の体に衝撃が走る。何事かと衝撃を受けた体に視線を移すと、自分の行く手を阻む様に無数のワイヤーが存在していたのであった。

 

 

「これは……」

 

「ワイヤートリガー【スパイダー】だ。使用者がいなくなっても、スパイダー事態は消えない。かかったな、空閑」

 

「こんなの、いつ……」

 

 

 張ったんだ、と驚きの声を上げた空閑は思い出す。

 いま、自分の行く手を阻んだ【スパイダー】は三雲が逃げ遅れた生徒達の時間稼ぎの為に張られたものであった。

 三雲は片翼の【ホーク】を射出した後、自分で張った【スパイダー】に引っ掛からない様に滑り込んで、絶対的な隙を作り出したのであった。

 

 

「空閑っ! お前は言ったな。俺に勝ったらならば、話してやるって。……話してもらうからな」

 

 

 左足を一歩後ろに引く。其の構えはまるで失った左腕で殴りつける様な体勢であった。

 

 

「使わせてもらいます、材木座先輩。【ライコイ】顕現っ!!」

 

 

 三雲の指示に従い、試作品トリガーの一つ【ライコイ】が起動される。欠損した左腕に機械仕掛けの腕が生成され、三雲の背丈はあるだろう大きな筒が付随されていた。

 

 

「(なんだ、あれは……)」

 

 

 一言で言えば奇怪であった。数多くの死闘を潜り抜けて来た空閑も三雲が生み出した兵器を見るのは初めてであった。

 

 

「セットっ!!」

 

 

 両足がアンカーによって地面と固定化される。

 これから行われる技はそれだけ使い手自身にも衝撃力が掛かると言われている。

 材木座は言った。この兵器は男のロマンが詰まった一撃必殺の武器。どんな強大な敵であろうとも勝利をもぎ取ってくれるであろう、と。

 ただし、この武器は多大なトリオンを注がないと発動しない。改良して使い勝手が良くなったと言え、今の三雲が放つことが出来る回数はたったの一発。改良してから試運転もされていない兵器に頼るのは危険な賭けとも言えるが、空閑を倒す方法はこれしか考えられなかった。

 【スパイダー】によって一時的に体勢が崩れた空閑に【ライコイ】を向け――。

 

 

「スパイクッ!!」

 

 

 ――解き放つ。

 筒状から先端が尖った杭が高速射出され、空閑の心臓を抉らんと伸びていく。

 

 

「『強』印、二重。『盾』印っ!!」

 

 

 だが、解き放たれた杭は空閑が生み出した『盾』印によって阻まれてしまう。

 

 

「ふぅ。驚いた」

 

『いや、まだだ』

 

 

 間一髪と冷や汗を拭う空閑であったが、まだ【ライコイ】の脅威は終わらない。

 そもそも空閑は分かっていない。この兵器は男のロマンが詰まった一撃必殺の武器。種別で例えるならばパイルバンカーに当たる。パイルバンカーの役割は敵の装甲を撃抜き無力化させること。

 つまり【ライコイ】の製作テーマは“どんなシールドでも撃抜くのみ”である。例え黒トリガーで生み出されたシールであろうとそれは例外ではない。

 

 

「ブレイクッ!!」

 

 

 オプショントリガー【ブレイク】の起動を命じる。『盾』印によって行き場を失った【ライコイ】の杭が高速回転され、空閑の『盾』印を抉り取っていくのであった。

 改めて言おう。【ライコイ】はかつて八幡と材木座が共同で生み出した【ラプター改】の改良機。男のロマンがふんだんに備わった一撃必殺兵器は盾モードのレイガストでさえ簡単に貫いて見せる。

 抉り『盾』印を貫通した【ライコイ】の杭は空閑の心臓を捉え穿つ事に成功する。



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017:ヒーローは親友を取り戻す

『戦闘体活動限界』

 

 

 空閑の心臓部に【ライコイ】の杭が打ち抜かれたと同時にトリオン体を維持する事を知らせる機械音が三雲の耳を劈く。正真正銘、今の一撃が最後の足掻きであった。

 実体へ強制的に戻された三雲は【ライコイ】によって、体全体にヒビが生じた空閑を見やる。

 

 

「まさか、オサムに負けるなんてな」

 

 

 その言葉を最後に空閑の体が爆散される。同時に白煙が拡散されて視界が妨げられてしまった。両手で顔を覆い、爆散から生じた衝撃を耐えた三雲の眼先に自分が良く知る空閑の姿を確認する。

 

 

「まいったまいった。オサムは強いな。俺の負けだよ」

 

 

 降参と両手を挙げて敵意がない事を示してくる。

 

 

「……随分と潔いんじゃないか、空閑。お前らしくもない」

 

「幾ら俺でも、この状態で新たにボーダーを複数相手にすることは出来ないさ」

 

「なるほど」

 

 

 トリオンを回復する方法は今のところ解明されていない。

 回復する為には時間を置いて自然回復を待つしかないとされている。

 黒トリガーがいくら性能に優れていたとしても、それを使用する為の燃料たるトリオンがなければ無力も当然であった。

 

 

「さ、煮るなり焼くなり好きにしなさい。言っとくが、俺は美味しくないぞ」

 

「……教えてくれ、空閑。空閑の事情って奴を」

 

 

 空閑は言っていた。俺にも事情があるん、と口を滑らしていた。

 慌てて言葉を閉ざした所を視るとやらなくてはいけない事情があるとバカでも推測できた。

 

 

「それを知ってどうする?」

 

「力になりたい」

 

 

 即答であった。

 空閑もまさか三雲から「力になりたい」なんて返答が来るとは思っても見なく、目を丸くさせて唖然としてしまう。

 

 

「……オサム。敵の俺が言うのもなんだけど、それは面倒見の鬼を超えているだろ。鬼の上位主ってなんだっけ?」

 

「さぁ。少なくとも僕は空閑の事を敵とは思っていないよ。……親友の力になりたいと思うのは自然の事だろ?」

 

 

 本気で敵対行動を起こしていたならば、三雲は一瞬で空閑に負けていたであろう。幾ら制約を課せられたせいと言っても、普通のトリガーで黒トリガーにタイマン勝負で勝つのは不可能に近い。

 けれど、三雲は空閑に勝った。普通に考えればあり得ない事である。空閑自身も親友と呼んでいた三雲と戦う事を本能的に抑えてしまったのかもしれない。

 全ては三雲の勝手な想像にすぎないが、そうであって欲しいと思ったのであった。

 

 

『もういいだろう、ユーマ。ここからは私が話そう』

 

 

 沈黙の間を破ったのは空閑でもなければ三雲でもなかった。敵の援軍と誤解した三雲は慌てて周囲を確認するのだが、会話に割って入ってきたであろう声主の姿は見られなかった。

 

 

『いい反応だ、オサム。しかし、いまさっきまで敵であったユーマに背を向けるのは些か警戒心が足りないと言わざるを得ないな』

 

 

 空閑の指輪から何かが出現する。それは炊飯器に似た一個体へと変化を遂げた。

 

 

『初めまして、オサム。私の名はレプリカ。ユーマのお目付け役だ』

 

「トリオン兵なのか?」

 

『察しの通り、私はユーゴによってつくられた多目的型トリオン兵だ』

 

「ユーゴ?」

 

『ユーマの父親だ』

 

「空閑のお父さんが、レプリカを作ったと言うのか?」

 

 

 もし、それが本当ならば凄い技術力である。

 ここ最近、本部に足を踏み入れていないから断定できないが、レプリカの様な自立型トリオン兵を作れる技術はないはず。いったい、中身はどうなっているのだろうと少しばかり興味が注がれる三雲であった。

 

 

『その話しはまた今度しよう。今は時間もないし、手短にオサムの疑問に答える事にしよう』

 

 

 先ずは、とレプリカは話しを始める。

 

 

『ユーマは小さい頃から戦争中の近界を転々としていた。至る所でユーゴは戦争に参加し、ユーマも十一の頃から見習い傭兵として戦いに身を投じ始めた』

 

「なっ!?」

 

 

 それを聞いて言葉を失う。十一と言えば、こちらの世界では小学校高学年である。

 三雲が何気なく小学校で授業を受けている間に空閑が凶弾と凶刃が飛び交う死地を潜り抜けていたと考えると寒気を覚えて仕方がなかった。

 

 

『当時滞在していた国の防衛団長はユーゴの旧知の仲だったらしく、敵国に攻められていると聞いて、ユーゴは防衛団長と共に防衛線を繰り広げていた。ユーゴのおかげで不利だった戦況を五部まで押し戻し、しばしの間均衡状態が続いた。だが、奴らが現れた』

 

「奴ら?」

 

『神の国、アフトクラトルの尖兵達だ』

 

「アフトクラトル?」

 

『その話しもおいおいしていこう。奴らは三体の黒トリガー使いを寄越し、我々がいた世界を蹂躙していった。その時、ユーマも多大なダメージを負う事になってしまった』

 

 

 

 ――ドン

 

 

 

 説明の途中、衝撃音が響き渡る。何事かと三雲とレプリカが見やると廊下の壁目掛けて拳を打ち付けた空閑の姿があった。今の衝撃音は空閑が打撃をした音であった。

 

 

「……空閑?」

 

「おっと、すまんすまん。続けてくれ」

 

 

 どうやら無意識的に体が動いてしまったようだ。よっぽど因縁があると見た三雲は彼の言葉に従い、レプリカに話しを続けるように頼む。

 

 

『今の話しを聞いて察しがつくと思うが、ユーマが受けたダメージは深刻だった。いつ命を落としても不思議じゃなかったユーマを救う為、ユーゴが黒トリガーを作り上げたのだ。そう、先ほどユーマが使っていたトリガーこそ、その黒トリガーだ』

 

 

 なるほど、と短く答える。

 それ以外になんて返答をしていいのか分からなかったから。

 

 

『死に行くユーマの体はトリガーの内部に封印される。代わりに肉体をトリオンで作り上げてユーマの命を繋ぎ止めたのだ』

 

「けど、それじゃあ――」

 

『――なにも解決していない。今もトリガーの内部でユーマの体は死に近づいている。ゆっくり、ゆっくりとな。歳の割にユーマの体が小柄なのは、トリオン体だからだ。トリオン体は成長しないからな』

 

 

 横から「そそ。今の生身の俺は、きっとオサム以上に背が高いはずだ」と胸を張っているが、茶化す事も「そうだな」と苦笑いする事すら出来なかった。それだけいまの空閑の状況が壮絶を極めているのだ。もはや、三雲のキャパシティを遥かに凌駕していると言えよう。

 

 

『話しを続けよう。ユーゴの死後もユーマは黒トリガーを使いながら戦争に身を投じ続けた。ユーマの黒トリガーのお陰で再び均衡を取り戻しつつあると思われたのだが……』

 

「まさか、負けたのか?」

 

『その通りだ。アフトクラトルも長期戦を避けたかったらしく、ユーマに三体の黒トリガー使いを送り出したのだ。生身のユーマを死に追いやった、鎧人間もな』

 

 

 黒トリガーを相手にするには同じ黒トリガーをぶつけるのが効率的だと言われている。

 その時の最大戦力を全て投下する大胆な作戦はやり過ぎ感を否めないが、思い切った良い作戦とも言えよう。

 

 

『どうにか上手く戦えたのだが、奴らの狙いはユーマの足止めだった。アフトクラトルは四体目の黒トリガー使いを送り込んで、短期決戦に持ち込んで来た』

 

「黒トリガーが四本も、なんて」

 

『私達が知る限り、アフトクラトルは十三本所持している。しかし、一国を責めるのに二本以上使うのは稀であった。結果、私達は敗北。国民の大半は人質にされ――』

 

「空閑はその人達を助ける為に取引を持ちこんだんだな?」

 

『ご名答だ。後はオサムの知る通りだ。私達は玄界と呼ばれているこの世界に単独で潜入し、情報をかき集めていた。来る日に備えて、な』

 

「来る日? 大規模侵攻の事か!?」

 

『こちらではそう呼ばれているらしいな。その通りだ、オサム。アフトクラトルの連中は多くのトリオンとトリガー使いを求めている。後は言わなくても分かるだろう』

 

 

 頭痛を覚えて眉間を抑える三雲。先程から冷や汗が流れて仕方がなかった。

 もはや、自分一人では対処不可能なスケールの大きさ。これをどうにかするには、玉狛の師匠達の意見が必要不可欠であった。

 そこでふと疑問がよぎる。

 

 

「ありがとう、レプリカ。けど、聞いておいてなんだが、そんなにぺらぺらと話してもよかったのか?」

 

 

 親友の事情を知る事が出来たのは素直に嬉しい。しかし、本来ならば抵抗しないといけない所をレプリカは自ら進んで自分たちの事情を話してくれた。それは違った見方で言えば裏切り行為と言えなくないだろうか。

 そんな三雲の考えは的中してしまったらしい。

 

 

「まぁな。言ってみれば、俺達は諜報員やスパイと言った部類だ。オサムに負けた時点で戦略的価値がないと決めつけられてもおかしくないだろう。使えない奴はトカゲの尻尾切り。それが俺達の常識だからな」

 

 

 疑問に答えたのは空閑の方であった。

 

 

「……空閑、これからどうするんだ?」

 

「どうするって言ってもな。俺はオサムに負けたんだ。俺達の常識なら、俺の命をどうするもオサムの自由だ。煮るなり焼くなり、好きにしていいさ」

 

 

 なぜ、そんな事を淡々と言えるのかと込み上がった怒りを爆発したい所であるが、それは価値観の違い故、何を言っても無駄である事は承知している。

 

 

「そっか。なら、空閑。ボーダーに入ってはくれないか?」

 

「なに?」

 

「空閑の戦闘力や知識、そしてレプリカが蓄えているだろうデータは僕たちボーダーからしてみれば咽喉から手が出るほど欲するものだ。空閑の決定権を僕に委ねてくれると言うならば、僕達の味方になって欲しい」

 

「……俺を洗脳するってことなのか?」

 

 

 とらえたトリガー使いを自分の手駒として使う場合、洗脳して自分の味方にしてしまうのが手っ取り早いとされている。状況次第では昨日共に戦った友が今日になったら敵同士になっているケースだって珍しくないのだ。

 けど、空閑の予想は外れたらしい。三雲が「違う」と言って、頭を振ったからだ。

 

 

「僕は空閑自身の意志で仲間に来て欲しいんだ」

 

「俺の意志って……。オサム、甘い甘いと思っていたが甘過ぎだぞ。そんな事を許してくれる人間はどこにもいなかった」

 

「なら、僕が説得する。空閑とレプリカの有用性を説けば、上の人間だって納得できるだろう」

 

 

 説得する材料はレプリカの説明からいくつか得られた。

 その材料を基本ベースにして戦えば充分交渉の余地があると踏んでいる。

 ウソを見抜けるサイドエフェクトを持つ空閑は、今の言葉全てが嘘でないと嫌でも知ってしまう。普段から面倒見の鬼の名に相応しいほど世話になっていたが、先ほども言った通りもはや鬼の領域は越していると言えよう。

 

 

「だから空閑――」

 

 

 右手を空閑に差し出す。其の手の真意を察せなかった空閑は「これは?」と聞くよりも早く告げる。

 

 

「――仲間になって欲しい。親友として、相棒として共に戦ってほしい」

 

 

 駆け引きなしの真直ぐな言葉を叩きつけられた空閑は、差し出す三雲の手の意味にようやく気付いた。けど、その真意をくみ取る事はまだ出来ない。

 

 

「俺はアフトクラトルのスパイだったんだ。また、いつ裏切るか分からないぞ。それでもいいのか?」

 

「その時は全力で止める。一度は勝ったんだ。次も勝って見せる」

 

「俺を引き込む事でオサムに迷惑かける可能性もある。それでも――」

 

「――構うものか」

 

「俺は――」

 

「――空閑。つまんないウソをつかないでくれ」

 

「……それ、俺がよく口にするセリフなんだがな」

 

「それは悪かったな。お株を奪う真似をして」

 

 

 で、と返答を促される。

 三雲の言うとおり、下手なウソをついた所で納得してはくれないようだ。あの炎を灯す真直ぐな瞳を払う手段を空閑は持ち合わせていなかった。

 

 

「……レプリカ」

 

『それを決めるのは私ではない。ユーマ自身だ』

 

 

 助力を求めようとした矢先、レプリカに回り込まれてしまった。お決まりのセリフを口にして「こっちに意見を求めるな」と言い返されたのである。

 

 

「……はぁ。降参だ。どうせ、戻る事が出来ないんだ。ならば、オサムと一緒にどこまでも突っ走るのも悪くないか」

 

「じゃあ――」

 

「――これからもお世話になります、親友」

 

 

 やっと、差し出された手を取って握り返してくれた。

 三雲修の説得により、後の切り込み隊長となる空閑遊真を仲間に加える事に成功した。

 運命の交差路に立っていた三雲修はこれを機に茨の道を歩み続ける事になる。

 玉狛メガネの戦いはこれからなのだ。

 

 

 

***

 

 

 

 時は少しさかのぼる。

 三雲が【ライコイ】で空閑の心臓をぶち抜いた瞬間、未来が確定される。

 未来視を持つサイドエフェクトの持主、迅悠一は待ち望んでいた結果に至った事を知り「よし」とガッツポーズを見せる。

 

 

「どうやら、その様子だと賭けには勝ったみたいですね」

 

 

 敬愛する先輩のあまり見かけない行動を視た八幡は、救出した生徒の一人を地面に下ろしている。

 彼らは三雲が空閑と戦っている間、屋上へ避難していた生徒達へ向かったのであった。

 

 

「あぁ。これで最大の脅威の一つが最高の味方に変化してくれた。ったく、メガネ君様様だよ、ほんとに」

 

「そう言う風に仕向けた迅先輩が言ってもなぁ……。で、視えたんでしょ? 逃げ遅れた生徒達も全員保護する事が出来たし、そろそろ三雲の方へ駆け付けてもいいんじゃないか?」

 

 

 迅の様子から三雲がどうにかやり遂げた事は察せる。それ自体は師として、大変誇りに思えてならないが、戦いを終えた直後が一番気を引き締めなければならない。様子を伺えないので断定できないが、激戦をやり遂げたせいで緊張が一気に解放され、気を緩めがちになる事が多い。特に三雲は今回が初めての実戦。戦いの後が一番危険であることを彼はまだ知らないはずだ。

 

 

「そうだよ、お兄ちゃん。なんで、直ぐに三雲君の所へ行ってあげないの?」

 

 

 八幡の言葉に同意したのは、彼の妹の比企谷小町であった。彼女の思いと一緒の嵐山姉弟も「そうです」と激しく頷いて見せる。

 

 

「いまここで、お前たちを放って援軍に向かう事は出来ないだろ。お前たち、さっさと避難所へ逃げろと言っても逃げないんだから」

 

「だって、後は一体だからもう大丈夫って、迅さんって人が言っていたじゃない。小町達も三雲君が心配なんだもん」

 

 

 救出する際、迅が逃げ遅れた生徒達を安心させる為に「三雲君が残りの一体を相手しているから、もう大丈夫だよ」と情報を漏らしてしまったのである。

 小町達を初めとした一般人たちはモールモッドやバムスターを初めとしたトリオン兵だけが近界民だと思っている。自分達と同じ人型がいるなんて彼女達は知らないのだ。

 知らない小町達相手に「敵は黒トリガーだから気を付けろ」と言ったところで、彼女達は分かりようがないのだ。

 

 

「心配なのは分かったが、お前たちがこんなところにいたら、三雲が満足に戦えないだろうが。大人しく避難所へ逃げて――」

 

「いや、比企谷。どうやらその必要はなさそうだぞ」

 

 

 言葉を挟んだのは葉山であった。彼はいつでも敵が来てもいい様に警戒態勢を取っていたはずなのだが、ある方角を見据えた直後に武装を解いたのである。

 

 

「……君たちの英雄が戻ってきたみたいだ」

 

 

 葉山の指差した場所から二人の少年が現れる。疲れ切った空閑と三雲が無事に戻ってきたのであった。



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018:褒められるヒーロー

 英雄の凱旋に校庭で見守っていた生徒達は盛大な歓声が起こる。戦いが終ったであろうと勝手に決めつけた生徒達は未だに避難所でおびえているであろう生徒達に連絡を入れに行ったのであった。

 何人かは三雲の元へ駆け付けて自身が抱く疑問を問い質したい所であったが、彼らよりも早く迅を初めとしたボーダー達が三雲の元へ駆け寄ったのだった。

 

 

「……迅さん」

 

「上手くやったようだね、メガネ君」

 

「そうなんでしょうか? 必死だったからよく分かりませんが」

 

「俺のサイドエフェクトが言っている。今回の結果は最高レベルの結果だったよ。ほんと、よく頑張ったな」

 

 

 ワシワシ、と乱暴に頭をなでながら褒め称えた。

 迅が口にした言葉は嘘ではなかった。三雲が捕まった未来も視えたし、最悪の場合なんか今いる学校が消滅していたなんて可能性も起こり得た。手っ取り早く迅自身が助けに行けばよかったのだが、それだと隣でぐったりしている空閑を仲間にする未来は永久に閉ざされてしまったであろう。そう考えると苦笑いして頬を掻いている三雲はよくやったと言える。

 

 

「ったく、お前というやつは……」

 

「先輩」

 

「結果、何とかなったからいいものの少し無茶をし過ぎだ。誰か傷ついたら責任を負うのはお前になるんだぞ」

 

「はい、その……。あの時は仕方がなく――」

 

「んな事は分かっている。けど、緊急事態の時こそ必ず誰かに連絡しろ。報連相を忘れべからず、とボーダーでも習ったはずだ。本部または玉狛支部に連絡すれば誰か応対してくれるはずだから、決して忘れるんじゃねえぞ」

 

「は、はい。すみません」

 

 

 初めての戦いに加えて緊急事態であったのがいけなかったのだろう。三雲は目の前の敵を倒すことだけ考えて、敵を発見した際に報告を入れると言う基本事項を忘れてしまっていた。今回は倒せたからいいものの、三雲が倒されてしまったら事件に気付くまでタイムラグが生じる可能性も出てくる。

 

 

「だが、ま。迅先輩も言っていたが、一人でよくやったな。妹の小町を助けてくれてようだし、マジで感謝している」

 

「い、いえ。無我夢中だったので……。僕の方こそ、報告しなくてすみません。以後、気を付けます」

 

 

 深々と頭を下げる三雲の肩を数回叩いて労う。そんな八幡の裾を妹の小町が引張って自分の話しを聞くようにアピールし始める。

 

 

「ちょっとお兄ちゃん、いつまでも三雲君を取らないでよ。小町達も三雲君にお礼したいんだけど」

 

 

 と言うが、八幡の返事を待つよりも早くに三雲たちを引っ張って自分たちの元へ連れ去ってしまう。

 英雄が自分たちの元へ来てくれた事で生徒達の盛大な歓声が飛び交う。

 

 

「ったく……。まだ、言いたい事はたくさんあったんだがな」

 

「まぁまぁ、今回ぐらいは大目に見て挙げなよ」

 

 

 多くの生徒に感謝され、照れ笑いを見せる三雲の姿を見やりつつ葉山が八幡の横に立つ。

 

 

「彼がキミの弟子か。真面目でいい子そうだな」

 

「まぁな。真面目すぎる嫌いがあるがな。もう少し肩の力を抜いても問題ないと思うが……ってんだよ。なに、にやにやしているんだ葉山」

 

「いやね。あの比企谷隊長がそんな事を言うなんておかしくてね。少し、丸くなったんじゃないか?」

 

「もう隊長じゃねえよ。ま、あいつの真直ぐな気持ちに感化された事は否めないがな。お前こそ、鈴鳴支部で上手くやっているのか?」

 

 

 一瞬、何を言われているのか理解できなかった。まさか、全てにおいて効率を重視する冷徹人間と言われていた八幡からそんな話題が上がるとは予想もしていなかったのだろう。

 八幡もそれを自覚しているのか、視線を反らして「言いたくないなら、無理に言わなくていいぞ」と付け足した。

 

 

「い、いや。無理じゃないさ。鈴鳴支部の人達にはよくしてもらっているよ。来馬先輩はよく射撃訓練に付き合ってくれるし、村上先輩は僕の弱点を的確についた後に改善点を教えてくれる。太一のドジっぷりには手を焼くけど、あれはあれで面白く感じている自分がいるしね。勿論、今先輩にもよくしてもらっているよ」

 

「そうか。上手くやっているならいい。あまり来馬先輩に迷惑かけるなよ」

 

「そっちこそ、上手くやっているのかい?」

 

「んだよ、藪から棒に」

 

「最初にこの話しを振ってきたのは比企谷だろ。学校ではこう言う事は話せないからな。いい機会だから、皆の近状を聞いておこうとね」

 

「……材木座のバカは元気に玉狛支部の技術者として勤しんでいる。未だに弧月以上のブレードトリガーを作る事に固執しているがな。結果は散々だ」

 

「材木座君らしいね。他の人達は?」

 

「他の人達はって……まさか、知らなかったのか? あいつらは記憶封印処置を受けて、ボーダーを抜けたんだよ」

 

「……え?」

 

「第二次大規模侵攻時に色々あったんだ。お前が勝手に単独で行動した後に、色々とな」

 

「そうだったのか。道理で会話がかみ合わなかったわけか」

 

 

 以前、誰にも邪魔をされずに話す機会があったので、それとなく会話を振って見た事がある。その時は「私がボーダー!?」と驚かれ「冗談がきついよ、葉山君」と一笑されてしまった。しかし、記憶封印処置を受けていたならば納得できる。

 チームメイトは情報漏洩を防ぐためにボーダーの時の記憶を封印されてしまった。葉山がチームメイトと出会ったのはボーダーの時であったので、会った時に「初めまして」と挨拶をされても不思議じゃなかった。

 

 

「あいつらが決めた道だ。あまり奴らの記憶を突く真似はするなよな」

 

「分かった。今後は気を付けるとするよ」

 

「あぁ、そうしろ」

 

 

 二人の間に気まずい空気が立ち上る。

 八幡としては「やはり、元チームメイトの近状は教えておくべきだったか」と今になって後悔しており、葉山に至っては「自分の良ければ、と思ってやった事が」と失敗の記憶を思い浮かべて表情を暗くさせている。

 そんな二人の重たい空気を切裂いたのは迅悠一であった。二人の肩に腕を回して引き寄せる。

 

 

「ほらほら、二人とも。そんな暗い顔をしていないで、俺と一緒に現場調査しに行こうぜ。……これから戦いが控えているんだから、仲良くしてくれよな」

 

 

 後半の小声で囁かれた言葉を耳にして、二人の表情が引き締まる。一瞬で気持ちを切り替えた二人に頼もしさを感じつつ、笑顔を繕って呟く。

 

 

「あまり顔に出さないでくれよな。メガネ君と隣の彼に気付かれたくないからさ」

 

「……例の黒幕って奴の事でしょうか?」

 

「そ。流石八幡、正解。本当は俺一人で迎撃しようと思ったんだがな。せっかく来たんだから、手伝ってくれよ」

 

「それも、迅先輩のサイドエフェクトが言っていたんですか?」

 

「ま、そういう事。お昼は俺がおごるからさ、手伝ってくんない」

 

 

 中々魅力的なお誘いであった。そう言えば、緊急出動したのがお昼時。まだ八幡と葉山は何も口にしていなかった。横で「えーと」と悩んでいる葉山を放って置いて、八幡は「高いですよ」とニヒルに笑って了承したのであった。

 

 

 

***

 

 

 

 そんな密会が交わされた事などつゆ知らずの三雲は現在進行形で褒め称えられていた。

 

 

「みくもぉ~。お前、ボーダーだったのかよっ! いいなぁっ!!」

 

 

 真先に三雲に突撃したのは、自他共に認めるボーダーマニアの三好であった。以前、入部を希望して試験に挑み、会えなく落ちてしまった三好からして見ると、今の三雲の姿は羨ましい以外の感情は吹き飛んでしまったのかもしれない。

 

 

「ほんと、助かったよ。ありがとな三雲君」

 

 

 相変わらずの反応を見せる三好を黙らせた四谷も助けられた時の感謝を告げる。それを合図に全員が「助かった」「ありがとう」と三雲に向けて賛辞を贈る。

 普段、クラスメイトはおろか他人からここまで感謝をされた事がなかった為、賛辞を贈られた三雲は「ボーダーだから当然だよ」と謙虚な態度を見せる。

 そんな強者を装わない三雲の態度が功を奏してしまったらしく、ますます周囲の者は三雲の事を褒め称え続ける。

 

 

「いやぁ。オサムがいなければ今ごろどうなった事か……。オサムは命の恩人です」

 

 

 ふと空閑の声が耳に届く。学校の皆から煽てられて照れていた故、空閑から目線を外してしまったのであった。まずいと思って慌てて彼の方を見やると――。

 

 

「凄かったぞオサムは。襲い掛かるモー……いや、ネイバーの攻撃をヒラリヒラリと躱しつつ、距離を詰め寄って一閃。最後の足掻きを見せるネイバーの凶刃を切り伏せて、一刀両断。いやぁ、他の皆にも見せてあげたかったぁ」

 

 

 捏造にも程がある回想説明をする空閑の口を慌てて塞ぐ。ただでさえ慣れない空気にどう対処していいのか分からないのに、今の空閑の話しで尊敬の眼差しすら送ってくる者達を相手に出来るほど肝は据わっていない。

 

 

「おい空閑。なに勝手な事を口にしているんだよ」

 

「俺が敵だった事を隠さないといけないだろ。ここは派手にヒーローが戦ったって説明した方が手っ取り早い」

 

「だからと言って、おまえなぁ――」

 

 

 これ以上、可笑しな事を口にされては今後の学園生活に支障が出る。どうにかして、これ以上の被害が拡大しない様にしたかったが、もはや時既に遅しと言ったところだろう。

 

 

「――頼むよ、オサム。じゃなくてヒーロー」

 

 

 ついさっきまで殺し合いをしていたはずの親友の態度に呆れつつ、とりあえず空閑の耳を軽く抓った三雲であった。

 そんな和気藹々とした空気の中、校庭に飛び降りるものがいた。

 

 

「嵐山隊、現着しました」

 

 

 A級5位の嵐山隊であった。



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019:A級5位嵐山隊

 嵐山隊。

 ボーダーの顔役を担う彼らは別名タレント部隊と呼ばれている。

 

 

「嵐山隊だ……!」

 

「A級隊員だ!」

 

 

 故に彼らが登場した事でざわめくのも無理はない。

 

 

「到着が遅れてもうしわけない! 負傷者は!?」

 

 

 避難所から現れた教師に向けて、傷を負っている者を確認する。教師陣も確認中なのか名簿を片手に一人一人無事である事を確認し、彼に告げる。

 

 

「いま確認できました! 全員無事です!」

 

 

 負傷者がない朗報を聞いて「よかった」と安堵の溜息をもらす。

 

 

「しかし――」

 

 

 嵐山准は機能停止しているモールモッドを見やる。

 

 

「見事なものだ。的確にモールモッドの急所、複眼を捉えている。これを例の三雲君とやらがやったのか」

 

「そそ。それ、うちの新人君がやってのけたのよ」

 

 

 感嘆の声を上げる嵐山に声を掛けたのは迅であった。彼は調査を八幡と葉山に任せ、自分は駆けつけた嵐山隊の方へ戻ってきたのである。

 

 

「迅、お前も来ていたのか!?」

 

「や、嵐山。俺の他に八幡と鈴鳴支部の金髪君もいるよ。最も、俺達が駆けつけた時には既に戦いは終わっていたけどね。このメガネ君のおかげで」

 

 

 遠巻きで見守っていた三雲の傍まで歩み寄り、彼の肩に手を回して嵐山隊の傍まで近寄らせる。

 

 

「キミが……」

 

「あの……。初めまして、B級隊員の三雲修です。他の隊員が来るのを待っていたら間に合わないと思って、自分の判断で行いました」

 

「そうか、キミが三雲君か」

 

 

 嵐山は三雲の右肩を掴む。

 

 

「よくやってくれた。ありがとう、キミがいなかったら犠牲者が出ていたかもしれない。うちの弟と妹もこの学校の生徒だったから、気が気でなかったんだ」

 

 

 そう言うと嵐山はとある方角へ走り去っていく。三雲に礼を言った時に目敏く愛する弟と妹を見つけたのだろう。大きく両手を広げて嵐山副と佐補がいる場所へ駆け寄る。

 そんな兄の姿を見て不味いと思ったのだろう。思春期の中学生的には感涙しながら近寄ってくる兄の姿をクラスメイト達や学校の者にあまり見られたくない。そんな時の対処方法は一つしかない。他人の振り。二人は駆け寄る兄の姿など目撃もしていないし、知らなかったと――なんて甘い考えが通じる訳がなく、二人は兄の抱擁を受ける事になってしまう。

 

 

「うぉ~~!! 副! 佐補! お兄ちゃんは心配したぞ~~!!」

 

「ぎゃ――! やめろ――!」

 

「恥かしいよ、兄ちゃんっ!」

 

 

 嵐山准の行動に唖然とする三雲。三雲が知る嵐山准はあくまでボーダーの嵐山准しか知らない。まさか凛々しくかっこいい嵐山准が感涙しながら姉弟の元へ駆け寄るなんて思いもしなかった。

 

 

「なんかおもしろいやつだな。アラシヤマって」

 

 

 一部始終見ていた空閑が素直な感想を漏らす。それを聞いて迅は「ぷっ」と息を零した。

 

 

「あれでも特に優秀なボーダー部隊の部隊長なんだぞ。ボーダーの顔としてテレビとかにもよく出ているし、この辺では有名人だぞ」

 

「ほう、てれびとな」

 

 

 この半年間、情報集めを主に行っていた為に空閑はテレビの存在を今の今まで知る由もなかった。だからこそ、有名人と言われてもピンとこないでいる。

 

 

「いやしかし、すごいな。ほとんど一撃だろ、これ。B級になって間もないと聞いたが?」

 

「まぁね。なんせ、玉狛支部全員でメガネ君を鍛えているんだから。これぐらいの芸当、軽くこなしてくれないと俺達の立つ瀬もないよ」

 

「玉狛支部全員? と言うとあの比企谷も?」

 

「そそ。どちらかと言うと、練習量は八幡との模擬戦が多いから、八幡の弟子と言っても過言じゃないかもね」

 

「そうなのか! ここしばらくランク戦にも顔を出さないし、どうしたのか心配だったが……。そうか、今は三雲君の指導を」

 

 

 八幡とは兄弟繋がりで交流を持っていた。

 A級部隊を率いた頃から八幡の事を知っている者として、未だにボーダーを止めていない事が嬉しかったのだろう。

 

 

「あのあの! 嵐山さんはお兄ちゃんと仲が良かったんですか!?」

 

 

 兄の名前を聞いて黙っていられなかったのだろう。彼女の妹である小町は挙手しながら、嵐山准に詰め寄る。

 

 

「ん? キミは……?」

 

「あ、初めまして。比企谷八幡の妹、小町と言います。いつも副君と佐補ちゃんにはお世話になっています」

 

「そうか、キミが小町ちゃんか。二人から話しは聞いているよ。尊敬する先輩って」

 

「そうなんですか。て、照れちゃいますね。それで、あの……。お兄ちゃんとは」

 

「彼とは仲良くさせてもらっていたよ。いま学校の中に入っていった充や今は別部隊の柿崎とはよくランク戦をしていたからね」

 

 

 八幡が玉狛支部に転属する前までは普通にランク戦などをして交流を深めていた。

 嵐山准も空いている時間を利用して何度かお手合わせした記憶がある。戦い方が他の隊員と違ってトリッキーな動きを見せるから、色々と勉強になったのを覚えている。

 

 

「……そう言えば、木虎は八幡と面識がなかったよな?」

 

「例の腐った目の人ですよね?」

 

「腐ったって……。普通、妹さんの前でそれを言うか」

 

 

 部下の小馬鹿にした言葉を注意し、苦笑いを浮かべている小町に謝罪する。

 

 

「あ、いいんです。小町もお兄ちゃんの目は腐っていると思っているので。なんであんな風に腐ってしまったかは小町も分かりませんが」

 

 

 兄の八幡の目が腐敗しているのは紛れもない事実。何度も言われているせいで言われ慣れてしまったのか、笑って許してしまう。

 

 

「しかし、彼の実力は目に見張るものがあるのは知っていたが、弟子を育てる才能もあるとはね。キミの様な弟子を持てて、彼も鼻が高い事だろう」

 

「そうでしょうか。さっきも報告をし忘れた事で注意を受けたぐらいなので」

 

 

 三雲自身、かなり八幡に甘えている事は自覚している。何度も我儘を言って彼を困らせている故、嵐山准が考えるような評価をしてくれているとは思えないでいる。

 

 

「そうよ。現場にいたならなんで連絡の一つもしないの。おかげで、私達は無駄骨を折らされる羽目になったじゃない」

 

 

 それを機に木虎が不満をこぼす。自分達は仕事を中断して現場に急行したのだ。

 B級だろうとボーダーがいれば自分達が急行する必要はなかったはず、と木虎は主張する。

 

 

「おいおい、それはないだろ木虎」

 

「嵐山さん。私達のスケジュールは分刻みで決められているんですよ。彼のミスでスケジュールが大幅に遅れてしまったのは事実です」

 

「しかし、失敗は誰にもあるしな」

 

「その失敗のせいで誰かが迷惑をかける事を知るべきです。結果はともあれ、今後このようなミスを犯さない様に注意をするべきなのでは?」

 

 

 ふむ、と考え込み始める嵐山准。

 木虎にしては珍しく厳しい――普段からつんけんとしているが、今日は特に――主張に頭を悩ませる。なぜに、彼女はこんな事を言い出すのかと。

 そんな嵐山准が考えている事など露知らず、木虎は三雲に牙を剥ける。

 

 

「あなた、一人で倒せたからと言っていい気にならない事ね」

 

「別に僕はいい気になったりは――」

 

「普通、こう言う緊急事態の時は緊急マニュアルに従うべき。敵を見つけたら報告。その後に市民の安全を確保し、B級の場合は単独で戦う事は避けること。常識でしょ」

 

 

 完璧な状況で防衛を行えない場合は少なくない。その時は定められたルールに従って行動するべきとC級の時に教えられる。それは三雲も覚えていた。けれどそのルールに従っていたら、現状の結果を導けたであろうか。それを口にすると水掛け論に発展してしまう。ここはA級隊員の意見を尊重するべきだと三雲は判断した。

 

 

「そうだね。木虎の――」

 

「――おいおい、それはないんだろう」

 

 

 謝罪の言葉を口にするよりも早く、二人の会話に割って入ったのは現場の調査を終えた八幡であった。後ろで「あとは頼みます」と葉山が時枝に頭を下げている所を見て、調査結果は時枝に託したのであろう。

 

 

「よっ。比企谷、久しぶりだな」

 

「お久しぶりです、嵐山さん。あなた方も急行なされていたんですね」

 

「あぁ。妹弟達が襲われたと聞いて、いても経ってもいられなくてな。比企谷の弟子の三雲君には大変世話になった。ありがとう」

 

「よしてください。お礼を言うなら、助けた張本人に言ってくださいよ。俺達が到着したころには全て終わっていたんですから」

 

 

 正確には見守っていたのだが、それを素直に話す必要はない。三雲の隣で意味深な笑みを浮かべる空閑の姿を目にしたが、気付かない振りをして話しを続ける。

 

 

「んで、そこのお前。木虎だったか?」

 

「そうですが、貴方は……」

 

「俺は玉狛支部A級隊員、比企谷八幡だ。随分とマニュアルに詳しいようだが、あの緊急マニュアルの最後に『尚、必要な場合は臨機応変の対応を求める』と書いてあったはずだ。今回の三雲の行動はその最後のやつに該当すると思わないか?」

 

「それは……」

 

 

 確かに明記されていた。緊急マニュアルはあくまでマニュアルに過ぎない。

 状況に応じてはそのマニュアル書通りに動けない場合も少なくない。マニュアルに拘って視野を狭くするな、と言う事もC級時代に教わっている。

 八幡の言っている言葉は一理ある。しかし、ここで退いてしまったら自分が難癖を付けてしまったと思われる。

 

 

「しかしですね――」

 

「――まあまあ、木虎も落ち着いて。今回はこの実力派エリートの顔に免じて見逃してくれないかな。メガネ君には気を付ける様に言っておくから」

 

 

 これ以上話しがこじれてしまったら、あまり良い方向に発展しないと視えたのか。両者の間に割って入って迅が仲裁を誇る。流石に木虎もS級隊員の言葉を無視する事ができなかったのか「ふん」と顔を背けたのであった。

 

 

「なんか悪いな、迅。三雲君も。同い年でここまで戦える人はあまりいないから、きっと意識しちゃっているんだよ」

 

「ちょっと、嵐山さん!」

 

 

 図星だったのだろう。確かに木虎の世代で一目置かれている隊員は少ない。意識をするなと言われても無理な話だろう、と迅は納得する。

 

 

「いや、いいよいいよ。俺達はもう退散するが、嵐山たちはどうする?」

 

「俺達は調査結果を伝えたら、回収班が来るまで待機しているさ。一応、任された部隊は俺達になっているからな」

 

「そっか。なら、俺達は一足早く撤退させてもらうとするよ。メガネ君、授業が終わったら玉狛支部に来てくれよな。……もちろん、隣のネイバーの子も一緒に」

 

 

 耳元で囁かれた後半の部分に目を剥く。

 まさかこうもあっさりと空閑の正体がばれてしまったのか、と驚く三雲に気を使って「大丈夫。悪いようにはしないさ」と付け足したのであった。

 

 

「んじゃ八幡、そして金髪君。ここは嵐山隊に任せて行こうぜ」

 

「うす。……三雲。今日は部活で行けそうにないから、師匠にみっちり鍛えてもらえよ」

 

「了解です。またね、三雲君。今度は時間が空いたら、ちゃんと自己紹介させて欲しいな」

 

 

 現場を嵐山隊に任せた三人は早々と去って行った。

 

 

「オサムの師匠っていい人そうだな。さっきまで喚いていたキトラと違って」

 

「おい、空閑っ!」

 

 

 今の今まで黙っていた空閑を黙らそうと動くのであったが遅かった。空閑の何気ない感想はしっかりと木虎に聞かれていた。

 

 

「あなたね! 随分と失礼な物言いをするじゃないの!?」

 

「しつれいなのは、お前の方だろ。さっきは随分とつまんないウソを付いて、オサムを困らせてくれたな」

 

「な、何の事よ!?」

 

「緊急マニュアルが――」

 

「――待て待て待てっ!! 空閑、お前何を言い出すんだ。もう、終わった事を一々掘り返さなくてもいいよ!」

 

 

 慌てて空閑の口を押える。

 いま、彼の発言を許したら三雲にとって最悪な状況へ変わるのは目に見えていた。

 けど、親友の三雲をバカにされた空閑としては一言二言伝えたかったらしい。抑えていた三雲の手を振り払って、木虎に伝える。

 

 

「しかしなオサム。こいつはただ単にオサムが褒められるのが気に食わなかっただけだぞ」

 

「なっ!?」

 

「なわけないだろ。彼女はA級のエリート隊員だ。僕程度を彼女が意識したり、気に食わないと思う訳ないだろ」

 

「A級のエリート、ね」

 

 

 ボーダーの隊員制度を知らない空閑からしてみれば、三雲よりも木虎が凄いと言う方程式は納得いかなかった。なにせ三雲は油断していたとはいえ、黒トリガーの自身を単独で撃破した程の男だ。木虎の方が凄いと言う事になれば、空閑は彼女よりもしたと言う事になってしまうのだ。

 

 

「はいはい、お話しはそこまでにしようか」

 

 

 険悪なムードが立ち昇る中、調査報告を嵐山准に伝えた時枝が木虎に呼びかける。

 

 

「時枝先輩」

 

「あまり、人の功績に文句を言うと折角の人気に傷がつくよ、木虎」

 

「うぐっ」

 

「あはは。充に一本取られたな、木虎。後の事は俺達に任せてくれ、三雲君。本当にありがとう」

 

「そんな、こちらこそ」

 

 

 求められた握手に応じ、後の事は嵐山隊に任せて三雲たちはいつもの日常へ戻ったのであった。

 

 

 

***

 

 

 空閑遊真の敗北は彼を送り出したネイバー達に伝わっていた。

 

 

「ユーマが負けただと!? それで奴は無事なのか!」

 

『はん、俺が知るかよそんな事。それより話しが違うじゃないかよ。黒トリガーのユーマならどんな敵でも負けないんじゃなかったのか?』

 

「それは……」

 

『この落とし前どうしてくれるんだよ、貴様。あいつが敵の手に堕ちたとなると、こちらの情報が奴らに知られるぞ。俺達が近々襲い掛かりに行くこともな』

 

「あいつがそう易々と情報を流すとは思えない。だからチャンスをくれ」

 

『チャンス、ね。攻撃力に長けたアイツの黒トリガーでも負けた奴らにお前の黒トリガーが通じるとは思えないがな。……ま、いいだろう。好きにやりな。ただし、チャンスは一度だけだからな』

 

「ありがとうございます。必ずご期待に添える様に全力を尽くしますので。ですから、どうか!」

 

『分かった、分かった。それまでの間、お前の子供の命は保障してやる。だから、うまくやれ。……な、防衛団長殿。いや、今はユーゴと名乗っているんだったな』

 

「はっ。エネドラ様」

 

 

 言いたい事だけ告げたエネドラは通信を閉ざす。

 防衛団長、ユーゴと名乗った男は畏まった態度を止め、懐から一枚の写真を取り出す。

 

 

「ユーゴ、すまない。すまない。俺はお前の息子を……」

 

 

 一緒に映っているかつての親友に何度も謝罪する。決して謝っても許される事ではない事は分かっているが、それでも共に戦ってくれた戦友に詫びずにいられなかった。

 

 

「――嘆く暇はないぞ、ユーゴ殿」

 

「っ!? 誰だ」

 

 

 仮にも一国の防衛団長まで上り詰めた男。だれか人が来れば気配で直ぐに察知できるはずなのだが、声を呼び掛けられるまで全く持って気づく事ができなかった。

 ユーゴは己のトリガーを取り出して、いつでもおっぱじめる様に身構える。

 

 

「安心しろ、味方だ」

 

 

 現れたのは全身ローブに包まれた男であった。いや、声色から判断しただけで目の前の人物が男性かどうかは定かでないが。

 

 

「……味方? アフトクラトルの援軍か?」

 

「そう捉えてもらって構わない。俺の名はジン。貴君の援護をしに参った」

 

「俺の……?」

 

「左様。空閑遊真が負ける未来も見えていたのに、その対処を怠った。今回の失敗は私のミスでもある。故に、その埋め合わせをさせてもらう為に参った」

 

「未来が視える……? お前は、まさかっ!?」

 

「さぁ。始めるとしようか、ユーゴ殿。玄界の連中に目に物を見せてくれよう」

 

 

 ジンと名乗った男の瞳には黒トリガーを携えた男と戦う光景が広がっている。

 

 

「迅悠一。貴様の首は私が貰い受ける」



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020:グール、知らぬ内に株が上がる?

 未来は無限大の可能性を満ちている。未来視を持つ迅がよく誤魔化す時に使う文句であるが、迅自信その通りだと思っている。

 

 

「(いやぁ……。これは、どうしたものか)」

 

 

 注文を選んでいる八幡と葉山に悟られない様に表情を隠しつつ、迅はこれから起こりうる未来について頭を悩ませる。

 

 

「(この未来はどんなルートを進んでも変わらない。あちらさんも本腰を入れて攻めて来るんだろうな)」

 

 

 行動次第で回避できる未来は多い。しかし、どんな行動を起こしても回避できない未来も存在する。いま視ている未来は後者に当たっていた。

 

 

「(ったく、いきなり未来が変わるとか何なんだよ。どこで読み間違えた)」

 

 

 自身の持つサイドエフェクトは万能ではない。良かれと思った行動を取ってもそれが悪い結果に陥る事は少なくない。

 

 

「……どうしたんっすか、迅先輩。早く決めてくださいよ」

 

 

 自分が頼む品を決めたのだろう。未だにオーダー表を見ていない迅を見て八幡が早くしろと催促する。

 

 

「比企谷、目上の迅さんに向かってその口はないだろ。すみません、迅さん」

 

「いいよいいよ。八幡はいつもこんな感じだし。金髪君も選んだ? なら、先に注文してもいいからね」

 

 

 謝る葉山に対して気にしないと手を振り、二人が品を選んだのを確認して店員を呼ぶ。

 客が少なかったのだろうか、早々と店員が注文を取りに来てくれた。

 八幡と葉山はそれぞれ選んだ品を選ぶと自信はコーヒーを頼んで、店員を下がらせたのであった。

 

 

「……で、今回はどんな未来を見たんですか」

 

 

 店員が下がると同時に八幡が問い質す。

 

 

 

「八幡。お前さんはそれしか俺に言えないの。もっと何か話題とかなくない? 学校の事とか」

 

「迅先輩にご報告するような学校の出来事は特にありませんね」

 

「そう? 奉仕部だっけ? その部活動で可愛い女の子とお近づきになったじゃない。しかも二人も」

 

「二人? 雪ノ下と由比ヶ浜の事を言っているなら、勘違いも甚だしいですよ。あいつらはそんなんじゃない」

 

「またまた。そうやってはぐらかし過ぎるといつか修羅場を迎えるぞ。……いや、これは言っても無意味なのか?」

 

 

 未来の可能性の一つが視えてしまい、思わず合掌してしまう。ご愁傷様と。

 

 

「ちょっと待ってください、迅先輩。今のはどう言う意味ですか。俺の未来にいったい何が起こると言うんですか!?」

 

「いや、なんて言うかその……。強く生きろよ、八幡」

 

「やめてください。いや、ホントマジで。何なんですか、その憐れむような眼は。いったい、俺の未来で何が起こると言うんですか」

 

 

 これから起こるであろう未来に不安を感じた八幡の顔が青褪める。修羅場に陥るような心当たりは一切ないと断言できるのだが、迅に言われたら気にせずにいられない。何とか問いただそうと迅を責めるのだが、全く持って答えてくれない。

 

 

「俺が言える事は自分に素直になれよ、と言うぐらいだ」

 

 

 未来の可能性の一端を教えてあげてもよかったのだが、この問題は八幡の将来に関わる事。下手に教えたら彼の人生に影響しかねない為、迅は心を鬼にして話しをはぐらしたのであった。決して、複数の女性に詰め寄られる八幡が羨ましくて意地悪をしたわけではない。……多分。

 

 

「奉仕部? うちの学校にそんな部なんかあったか?」

 

 

 八幡が部活動に所属している事も十分驚くべきことであるが、そんな部の名前など葉山は一度も聞いた事がなかった。

 

 

「平塚先生が顧問の部活だ。あの人、俺の性格が捻くれているなんてくだらない理由で無理矢理入部させたんだよ」

 

 

 本当はその裏に迅が絡んでいるのだが、そこまで詳細を説明する義理はない。表向きの理由を聞いた葉山は八幡のめんどくさそうに言った内容にあからさまに引いて見せる。

 

 

「意外だな。結構いい先生だと思ったんだが。……ま、比企谷が捻くれているのは今に始まった事ではないが」

 

「余計なお世話だ。おかげでやりたくもない調理実習もやらされる羽目になるし、踏んだり蹴ったりだ」

 

「あ、なるほど。結衣が言ったクッキーの件はそれでか……」

 

 

 これで合点が言ったのだろう。突然、八幡が由比ヶ浜に絡んだ件もそうだが、唐突に雪ノ下が自分達のクラスに来たのもその奉仕部が絡んでいると葉山は理解する。

 

 

「どう言った部活なんだ、その奉仕部と言うんは?」

 

「……持たざる者に救いの手を、って感じの部活だ」

 

「悪い、比企谷。ちょっと意味が分からないんだが」

 

「簡潔に言えばボランティア部みたいなものだ。依頼者の悩みを陰ながら支えて、解決するための手助けを行うらしい。雪ノ下が言うにノブレス・オブリージュだそうだ」

 

「なんか、凄い部活動だな。……ま、彼女なら可能かも知れないか」

 

 

 孤高の女王様である彼女なら不可能ですら可能にしてしまう事を知っている。どんな無理難題でも彼女の手にかかれば簡単に解決してしまうんだろうな、と胸中でぼやく。

 

 

「……あん? 葉山、もしかして雪ノ下と知り合いなのか?」

 

「ちょっとね。親同士交流を持っていて、それでね」

 

「なら、アイツに言ってくれ。会う度に毒舌を言うのは勘弁しろと。俺のガラスのハートが軽くブロークンしちゃうから」

 

「ガラスはガラスでも、比企谷のガラスは防弾ガラスだろ。彼女の言葉程度で落ち込む訳ないじゃないか」

 

 

 自身の言葉に「お前なぁ」と呆れる八幡であったが、彼女に負けない高スペック持ちである事は葉山も知っている。そうでなければ比企谷隊に所属していた隊員を纏める事は不可能であった。何せ自信が所属していた隊の通り名は“猪部隊”なのだから。

 

 

「あはは。中々楽しい青春を送っているみたいじゃないか。結構結構」

 

 

 二人の会話を聞いていた迅が楽しげに笑い上げる。

 この二人、時折衝突する事はあるがそれでも戦いになると息が合った連携を取る事で有名であった。援護の葉山に遊撃の八幡。それに加えて突攻の彼と爆撃の彼女、四人を支えるオペレーターの彼女が繰り広げる部隊連携は自信ですら心躍るものがあった。

 

 

「俺の話しを聞いていました? 腕の良い耳鼻科を紹介しないといけませんかね」

 

「おいおい、八幡。それはないだろ。お前が奉仕部に行ってくれたおかげで、メガネ君の切札【ライコイ】が完成したんだから」

 

「あいつの切札ってアレだったんですか!? また随分と扱い辛いトリガーを渡したものですね。【スクークム】とか【トイガー】など扱いやすそうなトリガーがあったでしょ」

 

「いやいや。幾ら材木座君が優秀な技術者とはいえ、数日で一から完成させられる訳ないでしょ。八幡達が作った【ラプター改】があったからこそ出来た偉業なんだし」

 

「だからと言って【ライコイ】はないでしょ【ライコイ】は。三雲の性格と正反対な武器ですよ、あれ。あいつが「どんな障害も撃ち貫いて見せる」なんて言うタマだと思いますか?」

 

「分からないじゃないか。案外ノリノリで言うかも知れないよ。なんたって男のロマンが詰まった武器なんだし」

 

「……まぁ。あれのトリガーに内蔵してある黒箱にアクセスすれば分かる事ですが」

 

 

 指導の為に三雲のトリガーには自信の活動を記憶する事ができる機能を追加してある。微弱ながらトリオンを消費してしまうが、己の戦いを振り返って指導を行う場合は便利な機能であった。

 

 

「ブラックボックス? おいおい、八幡。メガネ君のトリガーにそんな物も追加してあったのかよ。ちなみに、それって俺も見て大丈夫?」

 

「例のネイバーの子と戦った内容が知りたいんでしょ。今度玉狛で撮影会をするとしましょう。勿論、他の連中も呼んで」

 

 

 ここでもし烏丸やレイジ、小南などを無視して撮影会を始めたら知った時にどれだけ文句を言われるか分からない。特に烏丸なんか自分を無視して弟子の記録を見たと知られたら何をされるかわかったものではない。最悪、ガイスト無制限による模擬戦に発展してしまうだろう。

 

 

「なぁ。その記憶、俺も見て良いかな?」

 

「なに葉山。お前も気になる訳?」

 

「そりゃあ気になるよ。だってあの子、黒トリガーの使い手だったんでしょ。どう見ても凡人の彼がどうやって黒トリガー使いを迎撃したのか知りたいじゃないか」

 

「いいが、他の連中には内緒にしろよな。まだ、アイツがネイバーである事もましてや黒トリガー使いだったと言う情報も本部に流すつもりはないんだから」

 

 

 何せデリケートな問題だ。ただでさえ城戸派一派はネイバーを嫌っている。下手に空閑の情報を流したら一悶着あるのは必須だ。最悪の場合は城戸派一派と一戦交えないといけなくなってしまうかもしれない。それだけは避けなくてはいけない。

 

 

「分かっているよ。鈴鳴支部のみんなに迷惑はかけられないからね」

 

 

 鈴鳴支部は中立の忍田派だ。

 空閑が自分達の世界の脅威にならない限り、こちらから争いごとを起すつもりはない。

 

 

「ならいい。……んで、迅先輩。そろそろ、今後の予定を話しませんか?」

 

「あ、やっぱり駄目だった?」

 

 

 うまく話題転換したつもりだったのだろう。八幡に話題を戻らされて苦笑いを浮かべる。

 

 

「当たり前だ。俺達がなんでここにいるか、忘れたとは言わせませんよ」

 

「……はぁ、だよね。あまり言いたくないが、二人には言っておかないといけないよね。これから相手にする敵は、人型ネイバーだよ。しかも黒トリガー使いと言うおまけつき」

 

 

 迅の告白に八幡と葉山は言葉を失う。

 そんな重苦しい空気を漂う中、二人の注文した料理を配布した給仕担当の人が後に語る。

 

 

「なんか修羅場っていたよ、あの席。もしかして一人の男を取り合うBL展開が起こっているのかな」

 

 

 ウキウキと瞳を輝かせる彼女がBL大好きな彼女と繋がりがあったなど、この時誰が想像できたであろうか。

 

 

 

***

 

 

 

 その頃、総武高校は喧騒の渦に包まれていた。具体的に言えば二人が所属している二年F組が。

 

 

「やっべーわ。さっきの視た!? あの万年机とお友達のヒキタニ君がキリっとした表情で『葉山っ! 手を貸せ』だぜ。思わず鳥肌が立ったよ俺」

 

 

 騒ぎの中心にいた葉山グループの一人、戸部が大げさに身震いする。

 

 

「おう、見た見た。二人ともまさか窓から飛び降りるとか、マジでビビったぜ」

 

 

 グループの一人大和の言葉に「うんうん」と大岡が頷く。三人ともボーダーはテレビでしか見た事がないため、生でしかも間近で見た事で興奮が冷め止まないのだろう。授業の合間の休憩時間はその話題で占められている。

 

 

「ヒッキー、大丈夫かな」

 

「大丈夫でしょ。偉そうに隼人を命令するぐらいなんだから。それより、隼人はまだ帰ってこないの? あーし、カラオケに誘うつもりだったのに」

 

「優美子。少しは心配してあげようよ。こうしている間も隼人君達は頑張っているんだし」

 

「隼人なら楽勝でしょ」

 

 

 その自信がどこから来るのか知らないが、信頼している三浦を羨ましく思う自分がいた。

 由比ヶ浜自信、八幡とちゃんと会話をしたのは奉仕部に関わってからだ。その為、あまり八幡の事を知らない。第二次侵攻で危険な目にあった事がある身としては、またあんな危険な事をし続けている八幡が心配でならなかった。

 

 

「……ねぇ。優美子。ボーダーってどうしたらなれるかな?」

 

 

 

***

 

 

 

「由比ヶ浜さん。ボーダーに入りたいの?」

 

 

 何時もの様に奉仕部の部室で読書をしていたら「やっはろー」と奇妙な挨拶をしながら由比ヶ浜が登場した。彼女は雪ノ下の隣に椅子を移動すると開口一番に「ねぇ、ゆきのん。ボーダーってどうしたらなれるのかな?」と相談してきたのであった。

 

 

「……うん。ほら、かっこいいじゃないボーダーって。藍ちゃんみたいに私もネイバーをバッタバッタ倒せたらって思ったり」

 

「木虎さんは栄えあるA級嵐山部隊だから、あなたがあのレベルになるまで相当努力が必要だと思うわよ」

 

「やっぱりそうだよね。さっき、優美子にも相談したんだけど「結衣はボーダーに向いていないんじゃない?」って言われたから」

 

「向き不向きは分からないけど、ボーダーは危険な仕事だから比企谷君みたいに芯がないと難しいと思うわ。……って、何かしら由比ヶ浜さん。その鳩が豆鉄砲を食らったような目は」

 

「あ、う、ううん。ゆきのんがヒッキーを褒めるなんてと思っただけで」

 

「なっ!? べ、別に褒めていないわ。私は思った事しか口にしないだけよ。この私に反抗するんだからそれだけ肝が据わっていると思っただけだし、他意はにゃいわ。……ないわ」

 

「あ、あはは。そうだね、第二次侵攻の時のヒッキーはかっこよかったし、やっぱヒッキーみたいじゃないとダメかな」

 

「それはどうかしら。ボーダーにも色々とあるみたいだから、試しに受けて見るのもありだと思うわ」

 

「そうかな? ちなみにゆきのんはボーダーに入ろうと思わなかったの?」

 

「両親に強く勧められたわ。ボーダーと繋がりを持つ為に入れ、と。けど、試験に落ちてなれなかったわ」

 

 

 父親が県議会議員な為、選挙を有利にする為に繋がりを持ちたいと頼まれた事があった。雪ノ下自信興味があったので吝かではなかったが、彼女はボーダーの試験に落されてしまったのだ。

 

 

「ゆきのんが試験に落ちたの!?」

 

「えぇ。私はトリオン量が平均よりも少ないらしいわ。だから、戦闘員にはなれないそうよ。エンジニアやオペレーターにならないか、と勧められたけどその時は断ったわ」

 

「そうなんだ。ゆきのんが落ちたんだから、私じゃなれそうにないかも」

 

「当初の試験官が言っていたけど、重視しているのはその人が保有しているトリオン量らしいわ。だから、由比ヶ浜さんがなれるかどうかはトリオン量を測定してからだと思うわ」

 

 

 なるほど、と雪ノ下の説明に納得する由比ヶ浜。

 

 

「しかし、由比ヶ浜さん。なぜ今になってボーダーに?」

 

 

 ある筋から聞いた情報だが、高校2年でボーダーに入るのは少し遅すぎるらしい。

 トリオンの成長云々を考慮すると一人前の戦闘員になった頃にはトリオンの成長が止まっている可能性があるからだ。

 今から入るならば戦闘員よりもオペレーターやエンジニアが望ましいと言われている。

 

 

「いや、それは……。なんて言いますか」

 

 

 理由を話すのは些か抵抗があるらしい。彼女自身、それほど立派な理由で志願している訳ではない事は自覚している。こんな不出来な理由で雪ノ下に話したら呆れられてしまうのではと思っている由比ヶ浜であった。

 

 

「まぁいいわ。どうしてもなりたかったら、まずは比企谷君にでも相談したら? 仮にもボーダーなのだから、相談したら答えてくれると思うわよ」

 

「うん、そうするね」



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021:一日に二度も

 迅達が次なるイレギュラーゲート事件に遭遇する少し前。

 学校のヒーローにクラスチェンジを遂げた三雲修は色んな意味で満身創痍と化していた。

 

 

「……オサム、無事か?」

 

「あんまり、無事じゃないかも知れない」

 

 

 現在、教室には空閑と三雲しかいないが、ほんの少し前まで三雲の教室には大勢の人で埋め尽くされていた。まさか、自分達の学校にボーダーに所属している隊員がいるとは思ってもみなかったのであろう。ただでさえ、注目する理由にも関わらず昼食時の事件のせいで三雲を一目見ようと集まる者が大勢いたのだ。

 三雲か彼らが悪気があって集って来たとは思っていないので、怒涛に押し寄せる質問の嵐に懇切丁寧に答えたのが疲労の一端となっている。

 

 

「にしても、空閑。あんまりボーダーの人間に噛みつくのはよせ。変に勘繰られたら困るのは空閑だぞ」

 

 

 木虎の件を言っているのであろう。

 

 

「あの女がやたらえらそうだったからつい、な」

 

「だからと言って、あれはないだろう。彼女にもA級としてもプライドがあるんだ。大衆の前で侮辱したら、彼女の面目が潰れるだろ。それにあんまり目立った行動を取るのは良くない」

 

 

 空閑遊真はネイバーである。それに付け加えて、自身の学校を襲った張本人でもある。理由はどうあれ、空閑の正体がばれたら確実に拘束あるいは討伐対象になってしまうだろう。

 

 

「けどな、オサム。おれはああいう大したことしていないくせにえらそうなやつが大っキライなんだ」

 

「……まぁ、気持ちは分からなくはないけど。とにかく、あんまりボーダーの人間に噛みつかないでくれ。少なくとも師匠達に相談するまでは」

 

 

 空閑から得た情報は今後の未来に大きく影響される。そんな重要な情報を上手く扱う自信は三雲にはなかった。本当ならば戦闘後に来てくれた迅と八幡に相談したかったのだが、隣に見知らぬボーダーの人間がいたのでそれは叶わなかった。

 

 

「オサムがそう言うならば、すなおにしたがうよ」

 

「そうしてくれると助かるよ。とりあえず、一緒に玉狛支部に行こう。空閑から得た情報を師匠達に報告しないといけないしな」

 

 

 

***

 

 

 

 帰宅準備を済ませた二人は校門辺りで人だかりが出来ているのを発見する。集まる人間の殆どが携帯電話を片手に「ポーズをお願いします」やら「こっちを見てください」と注文している。

 

 

「……なんだ、アレ?」

 

「さぁ?」

 

 

 空閑に問われるが、人だかりが出来る理由など三雲が知る由もない。気にならないと言われたら気になるところであるが、今はそんな事など言っていられない。

 二人は人だかりの隙間を縫って突破を試みる。

 

 

「ちょっと!」

 

 

 どうにか人だかりから通り抜けた二人は、そのまま玉狛支部がある方向へ足を歩み出すのだが――。

 

 

「待ちなさいって言っているでしょっ!!」

 

 

 何者かが三雲の肩を掴んだので、移動する事ができなかった。

 

 

「……キミは?」

 

 

 自身の肩を掴んだ人間が意外な人物であった。

 

 

「……待っていたわ。確か三雲くんだったわね?」

 

「嵐山隊の木虎藍さん? なんで、こんな所に」

 

「あなたを待っていたわ、三雲くん。これからちょっと時間を貰ってもいいからしら?」

 

「……はい?」

 

 

 

 ――なんなんだ、この展開は……。

 

 

 

 いま現在起こっている展開に、三雲は動揺せずにいられなかった。

 

 

 

***

 

 

 

「つまり、木虎は僕とランク戦をしたいから、わざわざ学校の前で待っていたの?」

 

「そうよ、何度も言わせないで」

 

 

 いやいやいや。普通、そんな事で他校の校門の前で待っているなどありえないだろ。とツッコミを入れたい所であったが、彼女の纏っている異様のない圧力に怯んでしまって言うに言えなかった。

 

 

「悪いけど、今日は玉狛支部で訓練があるんだ。だから、また別の機会にしてくれないか?」

 

「……ん? オサム――」

 

 

 下手な嘘をつくな、と指摘しようとする空閑の口を抑える。ここで下手に茶々を入れられたらまとまる交渉もまとまらない。先の会話で分かった事であるが、木虎と空閑の相性はよくない。何とか彼女の誘いを断って、玉狛支部へ向かうのが今回のミッションである。

 

 

「……玉狛支部?」

 

 

 気のせいか木虎の眉が跳ね上がる。

 

 

「あなた、玉狛支部の人間なの?」

 

「え? そ、そうだけど……」

 

「じゃ、じゃあ。か、烏丸先輩と一緒なの!?」

 

 

 迫り寄る木虎。

 急に態度を変化させた木虎に困惑する三雲であったが、彼女の問いに大きく頷いて返す。

 

 

「烏丸先輩は僕の師匠の一人だから、当然と言えば当然だよ」

 

「……し、師匠? 烏丸先輩が?」

 

 

 三雲の言葉に木虎の目が丸くなる。

 彼女の異様な反応に三雲は首を傾げる。はて、自分は何か変な事を言ったか、と。

 

 

「な、なんて羨ましい」

 

「……ごめん、木虎。いま、なんて言ったの? よく聞こえなかったんだが」

 

「な、何でもないわっ!!」

 

 

 思わず本音が漏れてしまった事に慌てて木虎は誤魔化す。顔に熱が帯びているのを感じつつ、木虎は言葉を続ける。

 

 

「烏丸先輩の弟子と言うなら尚更だわ。私とランク戦をしなさいっ!」

 

「何が尚更なのか分からないんだけど、今日は無理だと言ったよね?」

 

「私はあなたみたいに暇じゃないの。訓練などいつでも出来るわ。けど、私とのランク戦は今日しか出来ないのっ!!」

 

「言っている事が無茶苦茶だと自覚してる!? だから無理なんだって。どうしても、今日は玉狛支部に行かないといけないから」

 

 

 ランク戦が出来る施設は本部のみ。いま木虎の要望に応えたら、玉狛支部に着く時間が大幅に遅れてしまう。それは三雲からしてみればよろしくない。一分一秒でも早く空閑を玉狛支部に連れて行かなくてはいけない。

 

 

「大体、A級の木虎がB級の僕とランク戦をしたがるのさ? 言っとくけど、僕と戦った所で木虎にメリットがあると思えないぞ」

 

「それは……」

 

 

 返答に窮する木虎。

 自分が心の内に秘めている言葉を三雲に話したくなかったからである。その言葉を口にしたら、まるで自分が三雲を僻んでいると思われるからだ。

 

 

「(今日のあの近界民……。一撃で正確に急所を破壊していた。止まっている的ならいざ知らず、実践であれほど正確に攻撃できるなんて。……なんで、今の今まで名前が上がらなかったのかしら?)」

 

 

 聞く話だと三雲は木虎自身と同い年。自分と同い年の実力者は多数知っているが、三雲修の名前は今の今まで聞いた事がない。

 

 

「(あの烏丸先輩の弟子も考慮すると、まさか私よりも優秀なわけ!? そんなわけないわ! 私はA級隊員。私の方が上よ)」

 

 

 ただでさえ、意中の烏丸の弟子と言うだけで気に食わないのに、自分よりも優秀かも知れないと考えてしまうと、負けず嫌いの木虎からしてみれば見過ごせない事態である。

 なら、ちょうど時間も空いている事だし、この時間を利用してランク戦に持ち込み、優劣をはっきりしようと考えたのだ。

 しかし、それを正直に話す事は出来ない。先ほども言ったが、その事情を話したら自分が三雲に劣等感を抱いていると告白しているも同意だ。

 

 

「話せないなら、また今度にしてくれ。師匠達からもそろそろランク戦で腕を上げろと言われているから、近いうちに本部に行くと思う」

 

 

 それじゃ、と話しを打ち切って空閑と一緒に玉狛支部方面へ歩き出す。

 

 

「ちょっと、待ちなさい――」

 

 

 そうはさせないと、木虎が腕を掴もうとした時、緊急警報を知らせるアナウンスが鳴り響く。

 

 

 

***

 

 

 

「来たか!?」

 

 

 現場で待ち受けていた迅は、上空で門が発生したのを確認してトリガー風刃を抜く。

 

 

「二人とも、準備はいいね」

 

「比企谷、了解」

 

「葉山、いつでも良いです」

 

 

 上空から出現したトリオン兵、イルガーを見据えつつ二人もトリガーを起動させる。

 

 

「相手はイルガー二体ですか。厄介っすね」

 

 

 一見、魚の様な形をしているトリオン兵の名はイルガー。空中を優雅に泳ぐ奴は爆撃用トリオン兵と言われており、下手にダメージを与えると厄介な機能が働く敵である。

 

 

「俺はあのトリオン兵を視るのは初めてだが、どう言った敵なんだ?」

 

「奴は大きなダメージを受けるとも人間が多くいる密集地目掛けて特攻をするんだ。自爆目的でな」

 

「なんだって!? じゃあ――」

 

「確実に急所を貫く必要がある。安心しろ、迅先輩の風刃があればなんてことないさ」

 

 

 動揺を隠しきれない葉山に「問題ない」と八幡が言い切る。敵の装甲はモールモッドと比べてはるかに厚いがそれでも迅の黒トリガー風刃の敵ではない。

 

 

「いや、八幡。どうやら、そう簡単な話じゃなさそうだぞ」

 

「は? どういう意味……。なるほど。確かに美味くいかなそうですね」

 

 

 迅が指差す場所を見て、八幡は弧月に続いてレイガストを起動させる。葉山も二人の視線の先を見やり、顔を強張らせた。

 

 

「あれが……人型ネイバーか!?」

 

 

 イルガーの背中に立つ人影を見やり、葉山も散弾銃に続いて突撃銃を顕現させる。

 

 

「まだ一般人が避難しきれていない。第一優先として、市民の安全を第一とする。二人とも当てにしているぜ」

 

「比企谷、了解」

 

「葉山、了解」

 

 

 迅の指示に従い、二人は二体のイルガーに向かって跳びあがる。

 

 

 

***

 

 

 

「敵兵を発見。あんたの言った通り、敵が待ち伏せをしていたな」

 

「敵兵の数は?」

 

「三人だ」

 

「三人? 一人じゃないのか?」

 

「いや、三人のようだ。目が腐った少年と金髪の少年、その後方からもう一人来ているな」

 

「目が腐った少年と金髪の少年だと?」

 

 

 ユーゴの報告にジンは思案する。自分が見た未来にそんな二人の少年は存在しなかった。

 

 

「どうする、ジン。予定を変更するか?」

 

「そうだな、念には念を入れよう。貴公はその腐った目の少年と金髪の少年を相手してくれ。俺は迅悠一を相手する」

 

「イルガーはどうするつもりだ?」

 

「適当に泳がせておけ。墜ちそうになったら、十八番の自爆戦術を使えばいい」

 

「了解した」

 

 

 一通りの指示を受けたユーゴは自分達目掛けて突っ込んでくる八幡と葉山に向かって飛び降りる。

 

 

「さぁ、始め様か迅悠一。お前が見ている未来は、俺がことごとく潰してやる」

 

 

 続いてジンもユーゴに続いてイルガーから飛び降りる。

 

 

「出番だ【鎌風】」

 

 

 己のトリガー――風刃と瓜二つな――【鎌風】を起動させ、迅悠一目掛けて突貫する。



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022:グールとエリート、チート使いと相対する

 平穏な日常はふとした切欠で崩れ去る。

 ボーダーが護ってくれる故、安心しきった市民達は自分達がいかに危険な場所で生活をしていると襲い掛かってくる敵によって知らされる事になる。

 ネイバー、イルガーの腹部から多数の爆撃が放出される。爆撃用のトリオン兵だけあって、その攻撃力は絶大。触れたモノを全て破壊し、人々を絶望のどん底へ叩きつけていく。

 

 

「ちっ。不味いな。……葉山、お前は爆撃を撃ち落とせ。お前の腕なら、狙い撃ちするのも朝飯前だろ」

 

「分かった。比企谷は?」

 

「俺は、向かって来るお客さんを出迎える」

 

「……無理はするなよ」

 

「お前に言われたくないな。行け、葉山」

 

「……了解」

 

 

 先行していた八幡は葉山に爆撃を迎撃する様に命じ、自分は己に向かって来る人型ネイバーと対峙する。

 

 

「よぉ、人型ネイバー。随分と大層な奴を率いて来たな」

 

「そちらこそ、随分な歓迎ぶりだな。俺を一人で相手するつもりか? ただでさえ戦力が少ないのに分散するとは愚策を取ったね」

 

「お前を追い払っても市民を殺されたら意味ないんだよ。……目的を吐け、人型ネイバー」

 

「悪いがそれは話せないね。キミたちに恨みはないが、俺の目的の為に相手をしてもらうよ」

 

「そうかい。出来れば、早々と御引取する事を進めるぜ」

 

「やれるものならやってみるがいい」

 

「そうかい!」

 

 

 会話を終えた二人の距離が縮まる。八幡はレイガストを盾モードに変えつつ、弧月を振り上げて敵の右肩目掛けて袈裟斬りを行う。敵は何の武器も所有していなかった。何か策があると考えたが、あるか分からない策に怯えている暇はない。早々と目の前の敵を退けて、今も街を破壊し続けているイルガーを倒さなくてはいけない。

 

 

「……なにっ?」

 

 

 だが、八幡の弧月は敵に触れる前に強制的に止められてしまう。

 

 

「隙だらけだぞ」

 

 

 攻撃を受け止めた敵、ユーゴが弧月を掴んで八幡ごと放り投げる。

 

 

「っ! スラスター・オンっ!」

 

 

 オプショントリガー、スラスターを起動させて姿勢を整える。放り投げたユーゴが追撃の跳び蹴りを放って来るがレイガストで何とか受け止める事に成功する。けれど、蹴りによって生じた衝撃までは打ち消せない。蹴り飛ばされた八幡は上手い具合にビルの屋上に受け身を取った着地する。

 

 

「……随分と面白いトリガーを使っているじゃないか。トリオンを掴むとかチートも良い所じゃないか?」

 

「そちらこそ、初見で俺の一撃を受け切るとは中々。名を聞いておこうか、玄界の戦士よ」

 

「……比企谷八幡だ。あんたの名は?」

 

「今はユーゴと名乗っている」

 

「なら、ユーゴ。大人しく引く気はねえか? あと数分もしたら、俺達の仲間が駆けつけてくる。お前達がどれほどの実力者か知らないが、数の暴力に抗えないぞ」

 

 

 既にこの地域にトリオン兵が出没した情報は入っている。遅くても十分もすれば他の隊員が駆けつけてくるだろう。

 

 

「仲間、か。まさか俺達がこんな単調な攻めをしていると思ったか?」

 

「……どう言う意味だ」

 

「この地域しかトリオン兵が出現していないと本気で思っているのか」

 

「なに?」

 

 

 敵の言葉を聞いて八幡の表情が強張る。仮にユーゴの言葉が本当であるならば、他の地域にもトリオン兵が出現している事になる。人型ネイバーも脅威であるが、それでも他の地域に出現したネイバーを無視するわけにはいかない。否応でも戦力を分散しなくてはいけない事になる。

 事実、本部では他の地域にも同じ様にイルガーが出現した報告が入ってきていた。

 

 

「……なるほど、やってくれたな」

 

「話しはここまでだ。少しばかり相手をしてもらうぞ。玄界の戦士、ハチマンよ」

 

「そう簡単に倒せると思うなよ、ユーゴ」

 

 

 間合いを詰めたユーゴの拳をレイガスト受け止める。お返しと言うばかりに弧月を右脇腹目掛けて薙ぐのだが、最初と同様に刃が止まってしまう。

 

 

「無駄だ! お前の攻撃は俺には通じない!!」

 

 

 またもや弧月の刀身を掴まれる。そのせいで攻撃をした右側に大きな隙が生じてしまった。ユーゴはその隙を見逃す事無く膝蹴りを放った。

 

 

「ちっ」

 

 

 咄嗟に弧月を離して、ユーゴの膝蹴りを躱す。飛び回ると同時にイーグレットを生成して反撃にかかるのだが、放たれた弾丸はユーゴの直前で打ち消されてしまった。

 

 

「(こいつも通じないのか。この絡繰りを見極めない限り、勝機は薄そうだな)」

 

 

 己の攻撃手段が通じない事に苛立ちを覚えつつ、次なる攻撃手段を練る。

 

 

 

***

 

 

 

 一方、八幡とユーゴが刃を交わしている間、迅達は互いに睨み合ったまま動きを見せないでいた。

 

 

「……あんた、随分と変わったマスクをしているな。そいつは趣味かい?」

 

 

 正眼の構えのまま、自分と相対する敵へ話しかける。己の敵は大道芸の道化に出てきそうなマスクをかぶって素顔を隠していた。一見、ふざけた格好をした奴と思えなくないが纏う雰囲気が強者と物語っている。下手に隙を作ったら殺されると死線を潜り抜けて来た己の直感が訴えてきている。

 

 

「一つだけ忠告しておこう」

 

 

 迅の質問を無視した敵、ジンの口が開く。

 

 

「忠告?」

 

「シュウをこれ以上、この戦いに関わらせるな。さもないと奴は近いうちに死ぬぞ」

 

「シュウ? 誰の事を言っているのか分からないな」

 

「忠告はしたぞ。轟け【鎌風】っ!」

 

 

 ジンの言葉に従い【鎌風】の刃に無数の光の帯が生み出される。

 その姿を見て、迅は驚きを隠せずにいられなかった。いま起こっている現象は紛れもなく己が所有しているトリガー【風刃】と同様の現象をもたらしているのだから。

 

 

「迅悠一。お前は俺に倒される運命だ。俺のサイドエフェクトがそう訴えているっ!」

 

 

 正眼の構えから剣道の面の要領で刃が振り下ろされる。空を切った斬撃はそのまま地面を這い、迅に襲い掛かる。

 

 

「【風刃】起動っ!!」

 

 

 避けきれないと判断するや迅も黒トリガー【風刃】を起動させ、迫りくる三条の斬撃を迎撃する。

 

 

「ふぅ。驚いた、マジで」

 

 

 まさか、風刃同様のトリガーをお目にかかる日が来るなど予想もしていなかった。目の前の敵と対峙する未来は視えていたが、今のは己のサイドエフェクトに映ってはいなかった。敵の度肝を抜く攻撃に迅の表情から余裕が消える。

 

 

「面白いトリガーを持っているな。そいつは黒トリガーだな?」

 

「さぁ、どうかな。面白いトリガーならまだまだあるぞ。砕け、大地の咆哮」

 

 

 懐から更なるトリガーを取り出して、魔法を発動させる為に必要な呪文の様な文句を告げる。すると、迅の足場からバリケードが出現したのだ。

 

 

「こいつは……エスクード?」

 

 

 咄嗟に後ろへ跳んで躱す。

 足場から襲い掛かったそれは迅がよく知るトリガー、エスクードに酷似していた。

 

 

「よそ見をしている暇はないぞ。【風神丸】っ!!」

 

 

 更なる追撃が解き放たれる。己が生み出したエスクードを横一線にぶった切るブレード【風神丸】による刃が迅の胴体を捉えようとしていた。けど、その未来は迅のサイドエフェクトが看破していた。既に放っていた斬撃で【風神丸】の刃を切り裂き、かろうじで攻撃を凌いだのだ。

 

 

「あっぶねぇ……。まだ、そんな厄介なトリガーを隠し持っているとか、勘弁して欲しいな。ホント」

 

「と、言いながら随分と余裕じゃないか、迅悠一。だが、解せないな。なぜ、直ぐに反撃してこない。お前なら、今の攻撃ぐらい容易く避けられるだろうに」

 

「……あのさ。何気なく俺のフルネームを口にしているけど、お宅は俺と会った事があるのかい? お宅の様な吃驚箱紛いな人、会った記憶がないんだけど」

 

「それを俺が教えるとでも思ったか?」

 

「いやでも教える羽目になると思うよ。……俺のサイドエフェクトがそう言っているから!!」

 

 

 迅の風刃による遠隔斬撃が放たれる。いま現在解き放つ事が可能な八条の斬撃を解き放ち、自分も追従する様に駆け上がる。

 

 

「そんな攻撃などっ!!」

 

 

 対してジンも【鎌風】による遠隔斬撃で八条全てを防ぎきる。だが、その隙に迅は間合いを詰める事に成功していた。高々と振り上げた風刃をジンの頭部目掛けて力一杯振り降ろす。

 

 

「っ!!」

 

「やはりそうだ」

 

 

 迅の攻撃は【鎌風】によって阻まれてしまうが、それでも問題なかった。何せ迅が狙っていた行動は敵が持つ黒トリガーと思われるモノの正体を見極める事だから。

 阻む【鎌風】の刃を間近で見て確信する。

 

 

「何が【鎌風】だ。そいつの本当の名前は【風刃】じゃないのか?」

 

「だとしたらどうする?」

 

「そうなると、お前さんの正体が本気で気になって来た。……そのふざけた仮面、はぎ取らせてもらうぞ」

 

「やれるものならやってみろ。ただし、この仮面をはぎ取る事は一生不可能だ。何せ、俺のサイドエフェクトがそう訴えている」

 

「そいつは不思議だな。俺のサイドエフェクトはお前の仮面をはぎ取れると言っている」

 

 

 鍔迫り合いを解いた二人は一度体勢を整える為に距離を置く。

 

 

「そう言えば、あんたの名を聞いていなかったな。なんて言うんだ?」

 

「悪いがそれは言えないな。貴様に名を教えたら俺の未来を覗き見るだろ」

 

「ちがいない」

 

 

 再び、両者はトリガー【風刃】と【鎌風】の遠隔斬撃がぶつかり合う。

 

 

 

***

 

 

 

 街が崩壊している光景を目撃した木虎の行動は早かった。

 

 

「トリガー起動」

 

 

 彼女は直ぐに戦闘体に換装を遂げる。

 

 

「ほかの部隊をまっていられないわ。……三雲くん、貴方も手伝いなさい」

 

「分かった。トリガー起動」

 

 

 続けて三雲も戦闘体に換装するが、レイガストを生成しようとしてもその手に生み出される事はなかった。

 

 

「……呆れた。武器を作る為のトリオンが足りていないの。どうやら、私の考えすぎだったみたいね。そこで大人しくしていなさい」

 

 

 トリオンの回復は自然回復のみ。

 木虎は知る由もないが、三雲は数時間前に、隣にいる空閑と激戦を繰り広げたばかり。幾ら三雲のトリオン量が少ないとはいえ、短時間で戦闘可能になるほど回復する訳がない。

 

 

「よく見ていなさい、三雲くん。A級隊員の実力と言うやつを」

 

 

 勝ち誇った笑みを浮かべた木虎は、颯爽と現場に急行する。その背中を見守っていた空閑がようやく閉ざした口を開く。

 

 

「……いいのか、オサム。キトラの奴、イルガーは初めてなんだろ?」

 

 

 イルガーが出現した時、木虎は「なによあれ!?」と驚愕していた。その態度から初見の相手である事は容易に推測できる。

 

 

「空閑。木虎に付いて行ってくれないか?」

 

「キトラに?」

 

「キトラも初めて見る近界民だ。いくらA級でも一人じゃ難しいかもしれない。それにこれはいい機会だ」

 

「いいキカイ?」

 

「あぁ。この戦いで空閑が僕達の味方である証拠材料にする。空閑が木虎を護った実例を作れば今後の交渉材料に役立つ」

 

 

 一度敵となって相対した空閑をボーダーに引き入れる為には上層部に直談判しなくてはいけない可能性がある。その時、どれだけ空閑が自分達の味方かと決定づける証拠が必要となる。今回の件で完全に信用してもらえるとは思えないが、それでも協力関係にあると印象付けられるはずだ。

 

 

「ただし、ばれない程度に手を貸してやって欲しい。まだ、木虎や本部の人間に空閑がネイバーだとばれるのは好ましくない」

 

「え~~~」

 

 

 三雲の提案に不満声を上げる。当然だ。空閑は偉そうにしている木虎が好きではない。どうして自分がそんな彼女の援護をしなくてはならないのだ、と考えていた。

 

 

「本人がやるって言ったんだから、任せらればいいじゃないか」

 

「空閑……。頼む」

 

 

 半年の付き合いだが、空閑は知っている。三雲が炎と灯したような眼差しを送る時は全く持って自分の意見を折る事がないと。なら、やる事は一つのみ。

 

 

「……はぁ。親友の頼みだ。まったく、オサムは面倒見の鬼だよな。……それで、オサムは?」

 

「僕は街の人の救助に行く。逃げ遅れている人がいるかも知れないからな」

 

「ほんとだな? ムリしてイルガーに立ち向かうなんてむぼうはするなよ」

 

「分かっている。……空閑、頼んだぞ」

 

 

 三雲が戦地へ赴こうとするが、空閑が待ったをかける。

 

 

「まてオサム。……レプリカ」

 

『心得た』

 

 

 指輪から出現したレプリカは自分の身体の一部を切り離し始める。すると、切り離された部分が変化を遂げた。

 

 

『持って行け、オサム。私の分身だ。私を介してユーマとやり取りできる』

 

「ありがとう、レプリカ。……じゃあ、空閑。頼んだぞ」

 

「オーケー、親友。オサムもムリはするなよ」

 

「わかった」

 

 

 両者は互いに手を叩き合い、各々の戦場へ赴くのであった。



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023:金髪イケメンは役目を全うする

 葉山隼人は自分のトリガー構成に後悔していた。

 

 

「……っ。射程が圧倒的に足りない」

 

 

 アステロイド型の散弾銃と突撃銃の二挺拳銃スタイルで降り注ぐ爆撃の雨を迎撃しているのだが、現存のトリガーでは広範囲まで銃弾を飛ばす事が難しい。

 それに葉山の戦闘スタイルは中距離戦をメインとしている。援護射撃や牽制を基本とした戦い方では広範囲に降り注がれる爆撃を全て防ぐことは不可能であった。

 また一つ、取りこぼした爆撃が街を破壊していく。己の未熟さを悔みながら、銃の引き金を絞り続ける。数多の爆撃が葉山のアステロイドによって爆散していくが、街が崩壊するのも時間の問題であった。

 

 

「比企谷や迅先輩は人型近界民でそれどころでないし、かと言ってアイビスを使えば爆撃を抑えきれない」

 

 

 サブトリガーに高出力型の狙撃銃アイビスを入れているが、それだと手数が売りの突撃銃が使えなくなってしまう。何より、敵は高ダメージを与えると自爆すると言う厄介な機能を持っていると言われた。下手に致命傷を負わせてしまったら、それこそ大惨事につながってしまう。やるなら確実に一発で仕留めないといけないのだが、その自信を葉山は持ち合わせていなかった。

 今も逃げ遅れた一般人達の悲鳴が耳を劈く。助けたい衝動に駆られるが、その人一人助けている間に多くの民が犠牲になってしまう可能性がある。

 何度も何度も「すまない」と胸の内で謝り続けながら、葉山は降り注ぐ爆撃を掃討し続けた。

 そんな葉山の視界にイルガーに近寄る人影を捉える。

 

 

「あれは……。藍ちゃん?」

 

 

 アーチ橋のアーチリブを駆け上がる人影の正体は、A級嵐山隊のエース木虎藍であった。

 

 

「なんでこんな所に……」

 

 

 理由は定かでないが援軍が来たのは大歓迎である。

 しかし、木虎藍はあのイルガーの性質を知っているのであろうか、と言う疑問が生じた。

 もし、彼女が何も知らないでイルガーに攻撃を加えたら、事態は悪い方へ急変してしまう。それは何とかして避けなくてはいけない。けど、それを彼女に知らせる連絡手段を葉山は持ち合わせていなかった。止めに入るべきなのだが、いま自分がこの場を離れると街はいっそう滅茶苦茶にされてしまう。

 

 

「(どうする……。どうするんだ、葉山隼人)」

 

 

 自分はいつもそうだった。何か選択肢を追われると怖気づいて選べなかった。いざ選んだ所で、それが自分の願った未来に繋がった試はない。自分の行動がほとんど裏目に出てしまったのだから。

 

 

「やだぁー! ママー」

 

 

 過去の失敗を思い返している葉山の視線の先に泣きじゃくる子供の姿があった。近くに両親の姿はない――と思いきや、彼女の母親を確認する。崩壊する瓦礫によって建物の入り口から脱出できずにいたのだ。僅かの隙間から子供だけでも逃げる様に言い付けるのだが、子供は全く母親の言う事を聞かずにただ泣くだけ。

 それも当然だ。子供はまだ幼い。そんな小さな子供が母親を見捨てて自分だけ逃げるなんて冷静な考えが取れるわけがないのだ。

 

 

「ママも言う事を聞きなさい。そこの人達と一緒に逃げなさい」

 

「やだぁー!」

 

「バカ! 言う事を――」

 

 

 聞きなさいと、言う事ができなかった。葉山が取りこぼした爆撃が自分達のいるビルに衝突したのだ。爆音と共に盛大な衝撃が子供に襲い掛かる。子供は恐怖のあまりに身を縮めるのだが、それがいけなかった。子供の頭上に瓦礫が降って来たのだ。大の大人も軽々ごと命を刈り取る鋼鉄の雨を子供がどうにか出来る訳がない。子供の身体が瓦礫に押し潰される。母親は目の前の現実から目を逸らすように実際に視線を外す。

 

 

「大丈夫? ケガはないかい?」

 

「……うん。へいきだよ」

 

 

 自分の子供の声が聞こえた。母親は自分の子供が無事と悟り、慌てて視線を元に戻すと救ってくれたボーダーの姿があった。

 

 

「直ぐに助けますので、入り口から離れていてください」

 

 

 ボーダーの少年、三雲修は簡潔に逃げ遅れた市民に伝えると、入り口をふさいでいた瓦礫を払いのける。

 

 

「みなさんっ! ここは危険です。直ぐにシェルターに向かってください!」

 

 

 救われた一同は、三雲の言葉に従いシェルターへ駆け出す。その際、命を救ってくれた三雲にお礼の言葉を送りながら。

 

 

「ありがとう。ありがとうございます」

 

 

 己の子供を救ってくれた母親も、三雲に深々と頭を下げるとシェルターへ向かう。そんな市民の姿を見守った三雲は逃げ遅れた人間の救助に戻る。

 

 

「ボーダーです! 逃げ遅れた人はいませんか!」

 

 

 そんな三雲の行動を一部始終見守っていた葉山は、自分がこんな時に女々しく思い悩んでいるのかと嫌悪してしまう。

 

 

「(俺はバカだ。いま、そんな事でめそめそしている場合じゃないだろ。いつもそうだ。いつも、二の足を踏んで動くのが遅くて。……そして、誰かを犠牲にしてしまう)」

 

 

 第二次大規模侵攻の時に決意したはずなのに。

 もう二度と誰かを犠牲にさせるような男にならないと決めたはずなのに……。

 

 

『それでも“みんな”の葉山くんなのかよ』

 

 

 不意に思い出す八幡の言葉に怒りを覚える。

 お前はその程度なのか? とバカにされている様な気がしてならなかった。

 元隊長の八幡は言った。お前なら朝飯前だろ、と。その通りだ、この程度の危険など軽く取っ払ってやる。

 

 

「――見てろよ、比企谷。鈴鳴支部鈴鳴第一来馬隊が一人、葉山隼人。ここから先は一撃たりとも爆撃を落とさせない」

 

 

 散弾銃を捨て、葉山は力強く跳躍する。面で攻撃する散弾銃を至近距離で放ち確実に数発落すと、忽然と姿を消して近くで落下する爆撃の前に出現する。

 テレポーター。起動する事で瞬間移動できるトリガー。距離は僅かに数十メートルと短いが、一瞬にして射程間合いを詰める事が可能になる。消費トリオンは増大するが、今は後先の事など考えない事にいた。

 

 

「今は己の役目を全うする。だから、比企谷。さっさと片付けて戻ってこい」

 

 

 木虎の事も気になるが、動ける余裕など皆無。ならば、申し訳ないがイルガーは彼女に任せるしかない。もし、最悪な事態に陥った時は全てのトリオンを使ってでも叩き落とせばいい。

 

 

 

***

 

 

 

 未だに八幡の攻撃はユーゴに届く事はなかった。近距離戦から中距離戦へ変更した八幡は隙を伺ってイーグレットを叩き込む。狙撃能力はA級の中でも下位レベルなのだが、片手の速射撃ちを得意としているため、スコープを覗かなくても大体の照準を合わす事ができる。

 けど、いくら自慢の速射が凄いと言えダメージを与えられなければ意味がない。

 

 

「無駄だと言っている。お前の攻撃では俺を倒す事ができない。大人しく諦めろ」

 

 

 イーグレットの弾丸を無防備に受けたにも関わらず、ダメージを受けていないユーゴは弾丸の軌道から八幡のいる場所を予測して一足飛び。攻撃をしないところを見るとユーゴに近距離以外の攻撃手段はないと判断した八幡は距離を保ちつつ、無駄だと思いながらスパイダーを所々に設置して後退する。

 

 

「(ちっ。攻撃が全く通用しないとか無茶苦茶もいい所だろ)」

 

 

 だが、どれほど高性能なトリガーにも攻略の糸口は必ずあるはずだ。仮にユーゴのトリガーが黒トリガーだとしても。弟子の三雲に考えろと言った手前、師の自分が自棄に慣れない。冷静に戦力を分析して、戦い方を模索する。

 

 

「(けど、その為には――)」

 

 

 トリオンキューブを生み出し、周囲にばら撒く。生み出したトリオンキューブにはアステロイドがプログラミングされている。八幡の一声によって、いつでも設定した起動に飛ぶ様に仕向けた置き弾だ。

 

 

「(よし、これで準備は出来たな)」

 

 

 反撃の準備を整え、後退を一時中断。その場で動きを止めて迫り来るユーゴをイーグレットで立ち向かう。

 

 

「諦めたか。だが、目的の為に手加減は出来ないんでな。許せよ、ハチマンっ!!」

 

 

 八幡のイーグレットを受けつつ、ユーゴはライダーキックよろしくの飛び蹴りを放つ。

 

 

「今だ。アステロイドっ!!」

 

 

 周囲に散ばせたトリオンキューブ、アステロイドを作動させる。

 己を囮とした甲斐があったせいか、八幡が設定したアステロイドの軌道は飛び蹴りを放つユーゴの軌道と合致。通常弾は四方八方から飛び交い、ユーゴを狙い撃ちする。

 

 

「小癪な」

 

 

 器用に空中で体勢を整えたユーゴは、身体を捻って体を回転させる。さながら、スケートの三回宙の如く。

 ユーゴを捉えた通常弾が四肢を撃抜く前に掻き消される。置き弾による奇襲は失敗した。

 八幡はすぐさま距離を取り、ユーゴの反撃に備える。

 

 

「(……なんだ? 今の動きは。あんな派手に動かさなくても、攻撃を防げるトリガーならあんな事をする必要はないんじゃないか?)」

 

 

 明らかに今のユーゴの動きはおかしかった。あんな無駄な動きをしなくても、まして弾丸を無視して自分に攻撃をすればよかったのだ。

 

 

「(無視できない理由があったのか?)」

 

 

 今の八幡の攻撃を防ぎきれない理由があった。そう考えると疑問が解消される。なら、その防ぎきれない理由は何か。それを解明すれば、この不利な状況も打開出来るかも知れない。

 

 

「試してみる価値はあるな。もういっちょっ!!」

 

 

 同じ様に周囲にトリオンキューをばら撒き、一度消したレイガストを再び生み出す。

 

 

「スラスター・オン」

 

 

 シールドモードの状態でスラスターを起動させ、イーグレットを撃ちながら突撃する。

 再び近距離戦を挑むと思っていなかったのだろう。ユーゴは幾分か驚きの声を上げながらも、迫り来るレイガストを両手で受け止める。

 

 

「この距離ならどうだっ!!」

 

 

 レイガストの一部に穴を開けてイーグレットの銃口を突っ込み、引き金を絞る。近距離によるイーグレットのゼロ距離射撃。普通ならば並大抵の敵ならば撃ち抜けるのだが、ユーゴの眉間を撃抜く前に掻き消されてしまう。

 

 

「無駄だと言っているだろう」

 

「生憎、あきらめが悪いんでね。忠告は聞き入れないさ」

 

「なら、忠告を無視した事を後悔しろ!!」

 

 

 イーグレットの銃口を掴んで上空に放り投げる。落下する八幡に向かってオーバーヘットキックを放つ。体勢を崩した八幡はそれをレイガストで受け止める事ができなかった。……いや、あえて受けなかったと言った方が正しいかも知れない。

 

 

「アステロイドっ!!」

 

 

 蹴りをまともに受けて、蹴り飛ばされながらも置き弾のアステロイドを起動させる。

 するとどうだろう。ユーゴの背中から奇襲を行った通常弾が掻き消される事無く、ユーゴの身体をぶち抜いたのだ。

 

 

「……っ。まさか、俺のアイギスを掻い潜って攻撃を与える奴がいようとな」

 

「そうか。そう言う事か」

 

 

 よろめきながらも立ち上がる八幡は確信した。ユーゴに右腕を持っていかれた甲斐があり、ようやく敵のトリガーの弱点を看破する事に成功したのだ。

 

 

「そのトリガーは、使用者が敵の攻撃を視認する必要がある。つまり、視認できない攻撃は防御出来ない。違うか!?」

 

「……その通りだ、ハチマン。まさか初見の相手に俺の黒トリガー【アイギス】を看破されるとは思ってもみなかった。流石、ユーマを倒した組織と言った所か」

 

「ユーマ? おい、まさかお前の目的とは……」

 

「悪いが、ハチマン。もはやお遊びはここまでだ。俺のトリガーの正体を見破られた以上、お前には死んでもらう!」

 

 

 懐からトリオン兵が格納されている卵を取り出す。

 

 

「来い、トリオン兵どもよ。目の前の敵を食らいつくせ」

 

 

 ユーゴの命令の下、三体のモールモッドが出現する。けれど、いつも相手をしているモールモッドとは少し形状が違った。具体的に言うと宇佐美が趣味で作った夜叉丸シリーズのブラックに酷似していた。

 

 

「さて、ハチマン。この状況で、お前さん一人で勝てるかな?」

 

「……ちっ。めんどくさい状況になりやがって」

 

 

 先の攻撃で右腕は使い物にならない。片腕でどこまで戦えるか思考を働かせるが、ハチマンOSは撤退を進めていた。

 

 

 

 ――ホイホーイ、八幡君。無事かい?

 

 

 

「……っ。宇佐美か!?」

 

 

 通信機から聞こえるオペレーター宇佐美の声が聞こえて、敵と交戦中にも関わらず声を張り上げてしまった。

 

 

『ごめんね、八幡君。迅さんから聞いていたけど、ちょっと対応が遅れちゃったよ』

 

「それはいい。状況が分かっているなら――」

 

『大丈夫。あと少したら我らが筋肉様、パーフェクトオールラウンダーのレイジさんが到着するよ。だから、それまで凌いでね』

 

「師匠が!?」

 

 

 まさかの師匠介入に驚きの声を上げる八幡の視界を掠めて通り過ぎるものがあった。ブレードモードのレイガストだ。

 レイガストはユーゴが呼び出したモールモッドの身体を突き破る。その直後、膨大の弾丸がもう一体のモールモッドに降り注ぎ、瞬く間に二体のモールモッドが沈黙したのだ。

 

 

「誰だっ!?」

 

「比企谷、珍しく苦戦しているようだな。手は必要か?」

 

 

 二人の間に飛び込んできた戦士現る。

 その者はあらゆるトリガーを操り、完璧の称号を授けられた兵士の中の兵士。八幡の師であり、最強部隊の部隊長。A級玉狛第一木崎隊の隊長、木崎レイジであった。



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024:完璧超人キン肉マン

 木崎レイジの加入により劣勢であった戦況が一気に引っ繰り返った。

 二体のモールモッドを瞬殺したレイジは、ガトリング型のアステロイドを生成してユーゴに撃ち放つ。けど、どれほど強力な弾丸の嵐でもユーゴに傷一つつける事は出来なかった。

 

 

「師匠、敵は黒トリガーです。相手の死角を突かない限り、全て防がれてしまいます」

 

「らしいな……。要は不意を突けばいいだけだ。お前の十八番だろ?」

 

「援護を希望しても?」

 

「そのために来た。やれるな、八幡」

 

「比企谷、了解」

 

 

 ガトリングを撃ち放つレイジの前に出るや、八幡はトリオンキューブを生み出しながらユーゴに吶喊する。それに合わせてレイジもガトリング型アステロイドを投げ捨て――。

 

 

「メテオラっ!」

 

 

 炸裂弾を生み出してユーゴへぶっ放す。

 

 

「たとえ、援軍が来ようともその程度の攻撃――」

 

 

 ご自慢の体術でレイジのメテオラを撃ち落とそうと体勢を整えるのだが、メテオラの軌道はユーゴから逸れていた。前方側面後方、ユーゴの周囲に着弾したメテオラの白煙によって視界が封じられてしまう。

 

 

「アステロイドっ!」

 

 

 レイジの援護を受けた八幡は速度重視の通常弾を放出する。合計二十七発の通常弾は白煙の中へ吸い込まれていく。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 白煙の奥からユーゴの悲鳴が耳に届く。視界を封じてからの一撃が功を奏したらしい。

 数的有利から完全に流れが傾きつつある。更に追撃を掛けるべきなのだが、片腕では満足に攻撃する手段は限られている。

 そんな八幡が考えている中、レイジが白煙の中に突撃していった。両手に何も持っていないところを見ると、ユーゴに肉弾戦を仕掛けるのだろう。師の動きを確認して、八幡も次の行動を移す。生き残っている左腕にレイガストを握りしめ、ユーゴの背後に回り込むのであった。

 

 

「……っ。あの男をどうにかしないと――」

 

 

 反撃を試みたユーゴの視界を拳が埋め尽くす。それが敵の打撃である事を察知したユーゴは咄嗟にその腕を掴み、一本背負いの要領で後方に放り投げる。

 しかし、レイジは八幡と違って放り投げた直後に体を捻らせて着地する。直ぐ様にスラスターを起動させてご自慢の一撃、高速の拳撃をおみまいする。アッパーの要領で下から突き上げる様に放ったレイジの拳はユーゴの下顎手前で急停止させられる。

 

 

「ハチマンの言葉を聞いていなかったのか? この程度の攻撃は俺には通用しないぞ」

 

「だろうな。だが、これはあくまで囮だ」

 

「なに?」

 

 

 

 ――スラスター・オン

 

 

 

 ユーゴの頭上からレイガストが降り注ぐ。スラスターによる推進力を得たブレードモードのレイガストはユーゴの右腕を切り裂き、地面に突き刺さる。

 右腕を失ったユーゴは慌てて後方に跳んで距離を空ける。レイガストが突き刺さった地に八幡が降り立ち、それを引き抜いてレイジと肩を並べる。

 

 

「減点だ八幡。今の状況で敵の身体を真っ二つに出来ないなら、A級と胸を張って名乗れないぞ。戻ったら久方振りに相手をしないといけないみたいだな」

 

「え!? マジですか……。ほら、俺には三雲の訓練がありますから……」

 

「かまわん。なんなら、修も呼んで構わないぞ」

 

 

 師匠の特訓に付き合せたら確実に死んじゃうぞ、と反論したい所であったが言ったら何を言い返されるか分からなかったので、今の台詞は胸の内に秘める事にした。

 

 

『そうそう。その修くんだけど、近くにいるみたいだけど連れて来たの?』

 

「……なに?」

 

 

 宇佐美の言葉で初めて三雲が現場にいる事を知る。

 

 

「何の問題もないだろう。あいつもB級。正規の隊員だ。なら、現場を目撃したら急行するのは当たり前だ。例え、黒トリガーと戦った後でもな」

 

「しかし、師匠」

 

「八幡。今は余計な事は考えるな。俺達がこいつらを倒せば何の問題もない」

 

「……っ。確かに、その通りでした。すいません」

 

「よし。敵は手傷を負っているとはいえ、油断するな」

 

「了解です」

 

 

 指示に従い、再び連携を取るためにレイジの背中に身を隠す。

 レイジは両方ともレイガストをシールドモードに変化させ、俄然に立ち尽くす敵に伝える。

 

 

「八幡も言ったと思うが、撤退するなら今だぞ。ここから先は遠慮なく捻じ伏せてもらう!」

 

「……悪いが、それは出来ない相談だ」

 

「了解した。……スラスター・オンっ!!」

 

 

 二つのレイガストをスラスターでぶっ放し、その後に続いてレイジも突っ込む。突撃銃型アステロイドを生み出し、後方に続く八幡に命令する。

 

 

「やれると思ったら、一気に叩け」

 

「了解っ!!」

 

 

 先と同じ様にトリオンキューブを作り、周囲にばら撒く。レイジが大勢を崩したら一気にアステロイドを起動させて叩く戦法だ。

 

 

「……まいったな。まさか、奥の手を使う羽目となるとは」

 

 

 レイジの参入で手が付けられなくなってきているのだろう。劣勢である事を冷静に受け止め、ユーゴは残していた手札を切らざるを得ない状況にまで陥ってしまった。

 本来ならば使いたくない能力であるが、そうは言ってはいられない。

 

 

「アイギス。……イージス・システムを起動せよ」

 

 

 己の黒トリガーの能力を解放させる。全身に黒衣のローブを羽織ったユーゴは待ちの態勢を崩して近づいてくるレイジ目掛けて突っ込む。その前にレイジが放ったレイガストが二つ存在するのだが、ユーゴの身体がレイガストに触れると明後日の方角へ勝手に進路を変更したのだった。その異様な光景に訝しむレイジであるが、敵は目前。考えている余裕などなかった為、突撃銃型のアステロイドをぶっ放し様子をうかがう。

 

 

「跳ね返せ。アイギスっ!!」

 

 

 黒衣のローブをひらめかせる。さながら闘牛士が使うムレータの様に。

 すると驚くべき事にレイジが放ったアステロイドの弾丸が全て跳ね返されたではないか。これにはレイジも予想外であり、咄嗟に横に跳んで身を躱すのだが数発ほど弾丸が貫かれたのかトリオンが僅かながら漏れ出していた。

 

 

「(ちっ。まだ、あんな奥の手があったのかよ)アステロイドっ!!」

 

 

 敵が未だに切札を隠し持っていたことに嘆いている暇はなかった。直ぐに反撃の一手を打つ八幡だったが、拡散した通常弾もあっけなく全て逸らされてしまう。

 

 

「……比企谷、どう見る?」

 

「反則ですね、あれ。ですが、恐らく追加効果を得ただけで特性までは変わっていないはずです。牽制の仕方を変えましょう」

 

「よし。なら、敵を撹乱させて隙を作るぞ。手筈を整えるぞ」

 

「しかし、ぐずぐずしている暇はありません。早くしないと――」

 

「その点は安心しろ。そっちにはうちの斧姫が行っている」

 

「斧姫?」

 

 

 斧と聞いて思い浮かぶ人物は一人のみ。

 

 

「なんで、アイツが?」

 

「俺が一人で来たと思ったか? イルガーには小南を行かせた。念の為に迅の所にも烏丸を向かわせたから、心配するな。お前は目の前の敵に集中しろ」

 

 

 最強部隊とまで言われた玉狛支部玉狛第一木崎隊の総員が現場にいる。それは八幡にとって数万の味方を得たにも等しい。

 

 

「……分かりました。まずは、目の前の敵を何とかしましょう」

 

 

 もはや心配の種はない。八幡は全神経を目の前の敵に向けて、戦いに集中する事にした。

 

 

 

***

 

 

 

 一方、その頃。

 迅とジン。風の刃を操る二人は激戦を繰り広げていた。まるでお互いに競い合うかの如く放った遠隔斬撃を撃ち落とし、返しの刃を放つ。

 二人の器量は全く持って同程度。未来のサイドエフェクトを使って先読みの攻撃を放っても、まるでその攻撃が分かっていたかの如く防がれてしまう。

 迅はまるで鏡と戦っている様な錯覚を覚える。どんな攻撃を放っても全く当たる気がしないのだ。だが、戦いの最中に弱音は吐けない。自分はまだまだ余裕だぞ、と言いたげに笑みを繕って切り結ぶ相手に話しかける。

 

 

「お前さん方の目的は、黒トリガー使いの白チビか?」

 

「……」

 

「だんまりときたか。なら、せめてこの戦いの目的を言ったらどうだい。もしかしたら、交渉の余地があるかも知れないよ」

 

「そのつもり、サラサラもないくせによく言う」

 

「そうか? 互いに利害が合致したら、案外スムーズに行くかも知れないぞ?」

 

「なら、教えてやる。俺の目的はお前の首だ! 迅悠一」

 

「ありゃ。それは随分と壮大な要求なことで。俺、お前さんに恨まれること、何かしたか?」

 

「お前が存在する限り、シュウは……。世界を破滅へ導く。お前の未来を視るサイドエフェクトが破滅を誘う!!」

 

「世界を破滅、ね。それは随分と壮大なお話しな事で。だが、生憎。俺のサイドエフェクトはそこまで凄いものじゃないよ」

 

「だが、貴様の行動次第で未来は変わる。ユーマの時もそうやって裏から手を引いたんだろうが!」

 

「当たり前だ。俺達の大切なメガネ君が危機に陥ると分かって、何もしない訳ないだろうが」

 

「その選択が! シュウをいばらの道へと誘うんだ!!」

 

「まさか、シュウと言うのは……」

 

 

 

 ――砕け、大地の咆哮

 

 

 

 二人の間にバリケードが生み出される。エスクードと思われるトリガーの出現に迅は【風刃】を使って一刀両断するのだが、その先にジンの姿はなかった。

 周囲に視線を走らせるが、ジンの姿は見当たらない。……と、思いきや己の身体に影が差した。慌てて上空に視線を向けると【鎌風】を振り降ろさんとするジンの姿を発見する。

 

 

 

 斬

 

 

 

 力一杯に振り降ろされた【鎌風】をどうにか【風刃】で受け止める事に成功する。

 

 

「……聞かせろ。お前が言うシュウとはメガネ君……。三雲修の事か!?」

 

「だったら、何だ」

 

「お前とメガネ君はどう言った関係だ。お前は一体何者なんだ。答えろ!!」

 

「言うと思うか、迅悠一。お得意のサイドエフェクトで見て見るんだな」

 

 

 そうしたいのは山々であるが、迅のサイドエフェクトは相手の顔と名前が分からなくては発揮できない。例え、視えたとしても自分が欲する答えは得られる可能性は高くないだろう。

 

 

「ああ、そうさせてもらおうか。……京介っ!!」

 

 

 

 ――了解。

 

 

 

 通信機越しから、後輩の声が響く。

 待っていたかと言わんばかりに、両者の間にエスクードが出現する。

 

 

「ちっ。迅悠一、お前! 俺達の戦いに無関係者を引き入れたな!」

 

「当たり前でしょ。お前さん方、どう見ても厄介そうだったしね。俺達だけでどうにかなると思いたかったが、保険はかけておくべきでしょ?」

 

 

 もっとも、三雲の学校が襲われると知った木崎隊は緊急事態に備えて玉狛支部に待機していた。三人とも実力は乏しいが根性がある弟子の事を大層可愛がっている。迅が頼むまでもなく彼らは率先して動いてくれたのだ。

 

 

「迅さん。なんですか、このいかにも危なそうな人は。迅さんの御知り合いですか?」

 

「生憎、俺の知り合いにあんな危ないお友達はいなかったな。気を付けろよ、京介。奴は【風刃】と似た特製の黒トリガーを持っている。厄介だぞ」

 

「みたいですね。けど、負けるわけにはいきません。修もこの現場にいるみたいですし、さっさと倒して迎えに行きましょう」

 

「なら、全力で当てにするからな。……やるぞ、京介」

 

「烏丸、了解です」

 

 

 眼前にエスクードを出現させ、迎撃態勢を整える烏丸であった。



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025:トリオン兵の隠し機能

 八幡とレイジ、迅と烏丸が人型近界民と交戦中、三雲は逃げ遅れた市民の救助に奔走していた。

 予想以上に被害は多く、逃げ遅れた市民も少なくはない。広範囲に及ぶ襲撃を受けた街はイルガーの爆撃によって家屋や建物は半壊。電柱やらあらゆるものが薙ぎ倒されており、救助も難航していた。

 

 

「くっ。早くどうにかしないと……。このままでは」

 

 

 木虎がイルガーに向かって言ってからそこそこ時間が経っていたが、未だに倒される気配は見受けられない。彼女の支援に向かいたい気持ちは山々であるが、今の三雲は満足に戦えるだけのトリオン量が残っていなかった。

 

 

「(……僕に、もう少しトリオンがあれば)」

 

 

 戦えたのに、と己の無力さに歯痒さすら感じてしまう。そんな三雲の耳に「助けてぇ」と救助を呼ぶ声が届く。直ぐに自己嫌悪から脱して周囲を見渡す。すぐそばに電柱の下敷きになっている女性とそのそばで泣きじゃくりながら救おうと躍起になっている女の子の姿があった。恐らく母親と娘であろう。

 

 

「ボーダーです。助けに来ました」

 

 

 現場に急行した三雲は彼女達に簡潔に伝え、現状を把握する。

 

 

「(これは……)」

 

 

 逃げ遅れた母親の脚が倒れた電柱によって挟まれてしまい、身動きを取る事ができなかったのだ。すぐそばにいた娘が母親を助けようと電柱をどけようと試みるが、女性でしかも幼い子供が避けられるような代物ではない。

 

 

「あぁ。ボーダー……。お願いです、この子だけでも」

 

 

 母親はせめて己の娘でも、と懇願してくる。けれど、そんなこと娘は許容できない。

 案の定、娘は母親の言葉に「いやだ」と否定して、尚も救助を続けようとする。

 

 

「……どいて」

 

 

 三雲も母親を残して、娘を連れ去るつもりは毛頭ない。

 娘をどかして、三雲は電柱をどかそうと力を入れる。だが、予想以上にそれは重たかった。幾らトリオン体で強化された力でも軽くて三百近い重量物を持ち上げる事は不可能。

 

 

「私の事はいいです。ですから、あの子だけでも」

 

「そんなわけにはいきません!」

 

 

 そう。諦める訳にはいかないのだ。

 三雲はある人から託された人物を護る為にボーダーに入った。けれど、目の前の人も救えないでどうして誰かを護る事ができるだろう。己が無力であることは重々承知している。しかし、それで諦めるなんて選択肢は毛頭ない。自分はボーダーで誰かを護る為に入った。いまここで、母親を見捨てたら何の為にボーダーに入ったか分からなくなってしまう。それは今の自分を否定する事と同じだ。

 再び、力を入れて母親を救おうと試みる。

 

 

「ふっ……。んぎぎ……」

 

 

 しかし、一向に動く気配は見られなかった。

 

 

「(くそっ。流石にこの重さでは)」

 

『ユーマ』

 

 

 弱音を吐く三雲を見兼ねたレプリカは木虎の様子を見守っていた空閑にある要請をした。

 

 

「ほいよ」

 

 

 受諾した空閑がトリガーを使う。分身体を介せば離れた地でも空閑の黒トリガーを行使する事が可能になる。

 

 

「『強』印。二重」

 

 

 トリガーが起動される。

 三雲の背中に『強』印が出現したのを確認して、レプリカが説明を始めた。

 

 

「ユーマのトリガーでオサムのトリオン体を強化した。これでいけるだろう」

 

 

 レプリカの言う通りであった。今度はそれほど力を入れる事無く軽々と電柱を取り除く事に成功する。母親の救助が成功した事に娘が駆けつけるのだが、母親は彼女を受け止める事ができずにいた。当然だ。母親の脚はさっきので折れてしまったのだから。

 

 

「直ぐに安全の場所に移動します。少しの辛抱です」

 

 

 本来ならばその場で応急処置をして救急車を待つのが定石なのだが、そんな悠長な事は言っていられない。何せ、今も己の上空にイルガーが泳ぎ続けているのだから。

 担ぎ上げ、娘と一緒に脱出を図る。けれど、そんな三人の上空にイルガーの爆撃が降下して来たのだ。

 

 

「……くっ」

 

 

 気づいた時には遅かった。避けた所で爆風と衝撃によって彼女達は助からないであろう。どうにかして、二人だけでも救おうとするのだが……。

 

 

 

 ――ドンっ!!

 

 

 

 それよりも先に爆撃が爆発を起こし、三雲たちを黒煙で包み込んでしまったのだ。

 しかし、不思議な事に衝撃らしい衝撃が伝わってこない事に気付く。恐る恐る閉じていた瞼を開けてみると、三人を護る様にシールドが二重に重ねられていた。それは空閑の黒トリガー『盾』印ではない。ボーダー製のシールドだ。

 

 

「危ない所だったわね、修」

 

 

 頭上から舞い落ちた女戦士、己の支部に所属する先輩でもあるボーダー隊員の小南桐絵がフルガードを貼って護ってくれたのであった。

 

 

「小南先輩っ!!」

 

「迅から聞いたわよ、修。結構頑張ったじゃないの。後はこの私に任せなさい。直ぐ、あんな雑魚近界民なんて葬ってあげるから」

 

「はいっ! よろしくお願いいたします」

 

「栞! 修と合流したわ。これから私はイルガーを倒してくるから、あんたは修をサポートしてちょうだい」

 

『了解。じゃ、直接連絡が出来る様に設定を変えるからそのまま修くんから離れないでね』

 

 

 栞の指示に従い、小南は三雲と一緒に母親と娘を安全の場所に移動させる。

 

 

「それで修。あんたの背後に隠れているそれは、仲間でいいのよね?」

 

 

 レプリカの分身体の事を言っているのであろう。修は簡潔に「はい」と答えて「詳しい事は後ほどご説明します」と付け加えた。

 

 

「オーケー。栞の準備も終わった事だし、後は栞の指示に従いなさい。いいわね! 決して無茶はしない事よ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 きっかり十秒経った後、小南はイルガーの一体に向けて飛び立つ。修も途中で見つけた避難中の人達に親子を預け、再び人命救助に走り出す。

 

 

「オサム」

 

「大丈夫だ、レプリカ。あの人は僕が所属している支部の先輩だ。信頼できる人だから、安心してくれ」

 

 

 移動中、レプリカが何を言いたいのか察したのか問い詰められる前に話す。

 

 

「了解した。我らはオサムに命を授けた身。オサムが言うなら、それに従う」

 

「そんな大げさな。……けど、ありがとう。宇佐美先輩、現状を確認したいのですがいいでしょうか?」

 

『了解。まず、修くんは知らないと思うけど、この場には玉狛支部の戦闘員が全員いるよ』

 

「え?」

 

 

 栞の言葉に驚愕する。小南がいたから木崎と烏丸が近くにいるのは容易に想像できたのだが、この場に迅と八幡もいるとは予想外であった。

 

 

『現在、比企谷君とレイジさん。とりまるくんと迅さんの二組が二体の人型近界民と交戦中。こなみはいま会ったから分かるよね。後、鈴鳴支部の葉山君が爆撃の対応をしているわ』

 

「あと、いまイルガーは木虎が対応しています。それも」

 

 

 小南先輩に知らせてくれ、と言うよりも先に栞は「大丈夫」と返した。

 

 

『この栞さんに抜け目はありません。こなみには情報を流してあるから、大丈夫。修くんはこれ以上、無理をしない様に人命救助を優先に行動してね。トリオン残量もそれほど多くない所から見て、随分と無茶をしたみたいだし』

 

「……了解です。ご心配をおかけしてすみません」

 

『玉狛に戻ったら覚悟した方がいいわよ。みんな、まだ詳しい話しを聞かされていないから』

 

「はい、そのつもりです」

 

 

 

***

 

 

 

 木虎はスパイダーを使って、イルガーの背中に跳び移る。思ったほど抵抗もなく跳び移る事ができた事に拍子抜けした。

 

 

「空飛んでいるだけ会って、上はがら空きね」

 

「……とか、キトラが考えていたらやばいな」

 

 

 イルガーに飛び移った木虎を見守っていた空閑は呟く。

 

 

「そう考えても不思議はない」

 

 

 制空権を支配するイルガーの上を取ろうと考える者は少ない。普通は地上から迎撃を図る事を考える。ならば、イルガーは対地兵器しか所有していないと初見の者は思うだろう。

 しかし――。

 イルガーの背中に無数の何かが出現する。触手に視えなくないそれが光を放つと爆発が生じる。製作者もバカではない。敵がイルガーの上を取る事を考慮して、背中に爆破装置を設置していたのだ。

 連鎖爆発に呑み込まれた木虎。空閑はやられたか、と思ったが緊急脱出の様子は見られない。事実、木虎は己の周囲を覆うようにシールドを貼って難を逃れたのである。

 

 

「この程度?」

 

 

 すぐさまスコーピオンを生み出し、無数の爆破装置を切り落とす。抵抗手段を失ったイルガーに問答無用で短銃型のアステロイドを叩き込んだ。

 黒煙を上げながら高度を下げるイルガー。今の木虎の攻撃でイルガーが墜ちはじめたのだ。

 

 

「キトラ、思ったよりやるな。イルガーを墜としたぞ」

 

 

 A級と自慢するだけあるな、と感心する空閑であったが本番はここからである。

 

 

「しかし、そうなるとまずいな」

 

「うん。まずい」

 

 

 イルガーが変貌を遂げる。背中に内蔵されたトリオンが露出され、真直ぐ街の方へ向かい始める。木虎も異変に気付くもその意味を理解出来ず、行動に移す事ができずにいた。

 

 

「オサムの頼みだ。やるぞ、レプリカ!」

 

「待て、ユーマ」

 

 

 戦闘体へ変身して行動に移そうとする空閑を呼び止める。いつもならば「承知した」と己の考えに後押してくれるお目付け役の珍しい行動に空閑も動きを止めたのだった。

 

 

「どうした?」

 

「……様子がおかしい」

 

「おかしい?」

 

「もう一体のイルガーが近づいてくる」

 

「なんだと?」

 

 

 レプリカの言うとおり、自爆モードに移行したはずのイルガーに無傷のイルガーが近づいてくる。

 

 

「何をするつもりなの?」

 

 

 木虎も二体目が近づいて来た事を確認する。飛び移って同じ様に倒す事を考えたが、奇妙な動きを見せている目の前のイルガーを無視するわけにもいかない。

 そんな時――。

 

 

「木虎ちゃん!」

 

 

 小南が木虎と合流を果たしたのであった。

 

 

「小南先輩……?」

 

「遅かったか。急いでこのイルガーを倒すわよ。こいつは大きなダメージを受けると大勢の人々を巻き込んで自爆するのよ!」

 

「なんですって!?」

 

 

 驚愕的な事実に驚くも、木虎は小南の指示に従いイルガーを止める為に攻撃を続ける。

 しかし、高密度に凝縮されたトリオンは木虎のスコーピオンでは歯が立たなかった。

 

 

「(硬い。なんなのこのトリオンの密度は)」

 

「退いて!」

 

 

 木虎を退かせた小南は玉狛製のトリガー双月を生み出す。玉狛第一木崎隊が使用するトリガーは規格外のものである。支部長である林道匠が独自に入手したトリガーを参考に生み出されたトリガーの一つが、小南の双月である。

 

 

「接続器ON」

 

 

 試作のコネクターで両手の双月を連結。これこそが斧バカやら斧姫と呼ばれた小南の由来に当たる。コネクターによって強靭な戦斧へと変貌を遂げた得物を振り回し、力一杯叩き込む。

 木虎のスコーピオンではびくともしなかった高密度のトリオンが両断されたのだった。

 

 

「よし、イケるわね。なら、さっさと――」

 

「――小南先輩!」

 

 

 追撃の態勢を整える小南を呼び止める木虎。一刻の猶予もないのに呼び止めないで欲しいと注意するつもりであったが、その木虎は別の方角に向けて短銃型のアステロイドを放っている。己が立っているイルガーに向けてもう一体のイルガーが口を大きく開いて突っ走って来たのだ。

 

 

「……どうやらあのイルガーはエボルの機能を有しているみたいだな」

 

「既に完成していたのか。あれはまだ試作段階だと聞いていたんだが」

 

 

 空閑が玄界に来る前に噂は上がっていた。現存のトリオン兵を強化する為の改造計画が立案されている事に。

 

 

「しかし、まさかトリオン兵を食らう事で起動するとは思わなかったな」

 

 

 無傷のイルガーが自爆モードのイルガーを喰らっていく。本来ならばその時点で自爆が生じても不思議じゃないが、内蔵されたトリオンは抵抗する事なく無傷のイルガーへ九州されていったのだ。

 木虎と小南は近くのビルの屋上へ飛び降りて難を逃れる。直後にイルガーは共食いを終え、その姿を変化させていく。

 

 

「ふむ。まるで、この世界で言うクジラみたいだな」

 

 

 変貌を遂げたイルガーを見て、空閑が率直な感想を呟く。体格を二倍近く太らせたそれは、もはやイルガーの原型を留めてはいなかった。

 

 

「……名づけるならばエボルイルガーと言った所か。どうする、ユーマ」

 

「オサムの頼みはばれない様に、と言う事だ。ここはもう少し様子見だな」

 

「了解だ」

 

 

 直ぐに動けるように戦闘体へ変身を遂げた空閑は、この情報を真っ先に三雲に流すのであった。



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026:エボルイルガーを墜とせ

 エボルボイルガーの出現は、現地にいる全ボーダー隊員の度胆を抜く事になる。

 ジンと鍔迫り合いを行っている最中の迅も例外ではなかった。

 

 

「……たく。随分と面白い玩具を寄越してくれたな」

 

「お前のサイドエフェクトでも視えなかっただろう? これは俺からの餞別だ」

 

 

 両者の間の足元からエスクードが出現する。鳥丸が援護の為に顕現させたのだろう。二人はエスクードを避ける為に一旦距離を開ける。

 

 

「迅さん」

 

 

 迅の横に立つ烏丸が問う。何の掛け声もなくエスクードを放ったのは、烏丸自身が仕切り直しと状況の整理を行いが為であった。

 

 

「あのイルガーは視えていたんですか?」

 

「いや。生憎だが視えていなかった」

 

 

 頭を振って否定する。自分のサイドエフェクトが万能ではない事は知っていたが、ここまで未来が大きく変化した事は珍しい。

 何か己の知らない別の力が作用している事は確か。行使した犯人も目星は付いている。しかし、変化させた手段が分からない。

 

 

「……京介、お前も小南達と合流しろ」

 

「迅さんは?」

 

「こいつを抑える必要があるだろ?」

 

 

 敵は黒トリガー使い。正直なところ烏丸が戦線を離脱すると厳しいところではあるけど、己すら初見の相手を放っておくわけにもいかない。小南の実力は嫌ってほど理解しているつもりであるが、万全を期す為に烏丸へ行くように指示したのであった。

 烏丸も似たことを考えていたのだろう。直ぐに迅の考えに同意し、抜身の弧月を鞘に納める。

 

 

「分かりました。では――」

 

「――行かせると思ったか!」

 

 

 烏丸の俄然に【鎌風】の遠隔斬撃が飛来する。咄嗟に回避した烏丸であったが、その動きを呼んでいたのだろう。

 

 

「唸れ、風神丸!」

 

 

 風神丸の刃が烏丸の左腕を引き裂く。

 

 

「っ」

 

 

 左腕を失った事でバランスを崩した烏丸は素早く起き上がり、漏れ出すトリオンを抑える。

 

 

「大丈夫か、京介」

 

「えぇ。しかし、すみません。この状態では……」

 

 

 烏丸の戦闘スタイルは片腕を失っても戦う事は可能であるが、戦力の低下は否めない。重さを感じさせないスコーピオンやシューターの弾丸トリガーならば問題なかったが、烏丸のトリガー構成は弧月と突撃銃型である。左腕を失ったせいで必ずと言っていいほど重心が右へ傾いてしまう。そのせいで普段動ける動きも動けなくなってしまうのだ。今の烏丸の状態では七割が出せればいい方だろう。

 

 

「宇佐美っ!」

 

 

 迅も言いたい事を察して、直ぐにオペレーターの宇佐美へ連絡し始める。まだ向こうには八幡と木崎がいる。二人のうちどちらかが小南の方へ駆け付けてくれたなら、心置きなく戦える。

 

 

 

***

 

 

 

「了解した。八幡、迅からの要請だ。お前は小南と合流して、あのデカブツを倒して来い」

 

 

 宇佐美から聞かされた要望をそのまま八幡へ告げる。その間も木崎は相手に動きを捕えられない様に突撃銃のアステロイドで牽制を掛ける。

 

 

「しかし、それでは敵の不意を討つ事が困難になるのでは」

 

 

 置き弾のアステロイドを設置しながら、チャンスを伺う八幡が師の言葉に異を唱える。敵のトリガーはトリオンを跳ね返す能力がある。其のトリガーを潜り抜けて敵を倒すには死角を突くのが絶対条件となる。二人ならばまだしも一人で死角を突くのは相当の実力者でないと難しいはず。

 

 

「奴の動きはあらかた掴んだ。後は俺一人でもどうにかなる。行け、八幡」

 

「了解です」

 

 

 有無も言わせない命令文句に八幡は素直に従う。設置した全てのアステロイドを起動させて、ユーゴの足止めに利用。案の定、全てのアステロイドは跳ね返されてしまったが、その間に離脱を図る。

 

 

「させない!」

 

 

 離脱する八幡を追撃にかかる。試作型イルガーⅡと称されるトリオン兵に八幡を向かわせたくはなかった。戦って肌で感じた結果、腐ったような目つきの戦士を自由に動かせる訳にはいかないと判断する。

 

 

「それは俺のセリフだ」

 

 

 行く手を阻む様に木崎が間に入り、銃弾を浴びせる。当然の如く【アイギス】のイージス・システムが働いて銃弾は全て逸らされてしまう。

 

 

「邪魔だ」

 

 

 銃弾の嵐を跳ね除けて木崎の突撃銃を蹴り上げる。それだけならば直ぐに別のトリガーを生成して対処すればいい話しであったが、次のトリガーを生み出すよりも早くユーゴの蹴り上げた足が木崎の顎を捕えたのであった。空手の技にある跳び二段前蹴りを綺麗に受けた木崎は蹴り倒されてしまう。

 

 

「師匠!?」

 

 

 師がダメージを受けた事で咄嗟に足を止めてしまう。其の隙をユーゴが逃す事はなかった。一足飛びで跳び付いたユーゴはその勢いのまま八幡の腹部に体当たり。槍の如く鋭い体当たりを受けた八幡だが、伊達に師である木崎の剛腕を受けていない。普通ならば気絶は免れない衝撃にも耐えきり、身動きが出来る腕にアステロイドを生み出して放出を図る。

 しかし、ユーゴの攻撃はここからであった。がっちりホールドした八幡の体を後方に反り投げたのだ。

 

 

「(まさか、こんな所でジャーマン・スープレックス投げっ放し式を見られるとはな)」

 

 

 小南がいたら盛大にツッコミを受けそうな、呑気な感想を抱くのは木崎であった。その間、放り投げられた八幡はどうにか体を捻って首から地面に叩き付けられる事だけは回避する。

 

 

「……師匠」

 

「あぁ。分かっている」

 

 

 八幡が何を言いたいのか直ぐに察した木崎は宇佐美に伝える。

 

 

「すまない、宇佐美。俺達も直ぐは無理そうだ。こいつを片付けたら直ぐに駆け付ける」

 

 

 

***

 

 

 

『と、言うことらしいの』

 

 

 二組から要請を断られた事を宇佐美は小南に報告する。小南も予想はしていたのであろう。何せ相手は黒トリガー使いだ。四人の実力は知っているが、簡単に出し抜けるなんて思ってはいない。

 

 

「そう。黒トリガー使い相手なら仕方がないわね。……分かった。あのデカブツは私が何とかするわ。栞は引き続き修のサポートに付いてちょうだい。くれぐれも無茶はするな、と言っておいといてね」

 

『了解。では、引き続き修くんのサポートをするから、何かあったら連絡してね』

 

 

 通信が終了される。

 

 

「……さて、どうしようか」

 

 

 悠然と宙を泳ぐイルガーを見やり、小南は妙案がないか木虎に尋ねる。

 

 

「下手に攻撃を与えると危ない事は分かりました。しかし……」

 

「えぇ。黙って見ている訳にもいかないわ。あいつがどんな手段で街を襲うか分かったものでもないしね。とは言うものの……」

 

 

 イルガーは自分の背中に乗られる事を恐れてか、トリオン体でも飛び上がれないほど高度を保っている。あれではどれほど強力な攻撃を持っている小南でも当てる事が出来ない。グラスホッパーでもあれば話しは別だが、木虎と小南はグラスホッパーを入れていない。

 

 

「降りてくるのを待つしかなさそうで……っ!?」

 

 

 イルガーの腹から巨大な黒球が排出される。大きさは先の爆撃の三倍以上。己の身体すらすっぽりと覆えるほどの巨大な黒い球が落下し、着弾した途端に半径数メートルが灰燼に帰す。其の圧倒的な攻撃力を目の当たりにした二人はサッと顔を真っ青にさせた。

 

 

「なによあれ。ざっと十倍ほどの破壊力じゃない」

 

「あれでは、幾ら避難所でもひとたまりもありません。一刻も早く倒さないと」

 

「けど、あの高さまで跳ぶ事なんて出来ないわ。……どうすればいいってのよ」

 

 

 切れる手札が存在しない事に頭を抱えるしかなかった。無い知恵を振り絞って戦略を立てようと試みるが近づく方法が思いつかない。それは木虎も同様だ。相手がビルの屋上程度と同じ高度を保ってくれていたなら近づいてスパイダーを取り付けて飛び移る事が可能だ。けれど、今は完全に自分の射程の外にイルガーはいる。悔しいが今の自分達ではどうにもならない、と半ば諦めた時……。

 

 

『こなみ……』

 

 

 栞から連絡が来る。

 

 

「どうしたの、栞?」

 

『修くんが……』

 

「修がどうしたって!?」

 

 

 まさか先ほどの爆撃に巻き込まれてしまったのか。ありえない話ではない。実力は付いて来たとはいえ、三雲はもともとどんくさかった。気付くのが遅れて逃げ遅れた可能性は充分考えられる。ボーダーのトリガーには緊急脱出があるから最悪な状況に陥る事は少ないが、もしもと言う事がある。最悪なケースを想像しつつ、宇佐美の言葉を待った。

 

 

『アイツは僕に任せて欲しいと言っているんだけど』

 

「……なんですって!?」

 

 想像すらしていなかった三雲の主張に目を白黒させた小南であった。

 

 

 

***

 

 

 

 時は少し遡り、三雲はレプリカの分身体を通じて変化を遂げたイルガーの原因を空閑に訊ねた。

 

 

「エボル機能?」

 

『そうだ。トリオンを喰らう事で自己進化機能が働くらしい。あのイルガーは自爆モードになったイルガーを喰らう事で膨大なトリオンを取り込み、それを自身の力へ変化させたようだ。実践レベルまで完成していたとは知らなかったが……』

 

「性能は格段に上がったと言っていいんだな」

 

『恐らくな。……オサム。アイツは俺がやろうか?』

 

 

 空閑の申し出は正直に言って嬉しい。恐らく、この状況で動けて倒せる人間は少ない。

 敵は遥か上空に存在している。今も悠々自適に泳いている所を見るとイルガーと相対しているはずの小南と木虎も攻めあぐねているのだろう。八幡を初めとした四名も黒トリガー使いに手こずっていると考えるのが妥当だろう。だとすると、現状で最大戦力は黒トリガー使いの空閑になる。

 

 

「(空閑の言うとおり、ここは空閑に頼むしかないのか?)」

 

 

 空閑のトリガーにはグラスホッパーと似たトリガーがあった。アレを使えば空閑が呼ぶエボルイルガーの背中に飛び移る事も不可能ではないだろう。後は空閑の実力があれば容易に破壊できる。

 

 

「(しかし)」

 

 

 それをしてしまうと、本部の人間に空閑の存在がばれてしまう。トリガーで何かを破壊すればそのトリガー特有のトリオン反応が発生してしまう。空閑の黒トリガーのトリオン反応を検知したら、本部も黙ってはいないだろう。現在の最高戦力をぶつけて来るに違いない。交渉をする前にそうなるのは避けたい。

 他に何か手段はないのか、と思考の海に潜ったのがいけなかった。

 

 

「何をしている! 早く逃げろ!!」

 

 

 怒鳴り付けるような声掛けによってハッと正気に戻る三雲であった。声がした方向を見やると葉山が全速力で自分の方に向かっているじゃないか。

 はて、と首を傾げる三雲の身体に影が差す。頭上を見上げると巨体な砲弾が落下して来ているじゃないか。気づいた時には既に遅かった。逃げた所で落下して来ている砲弾の爆破範囲から逃れる事は叶わない。

 

 

 

 ――ドォォォン!

 

 

 

 この世の終わりを齎す様な破砕音と地鳴りが三雲に襲い掛かる。爆風によって吹き飛ばされると身構えた三雲の前に駆けつけた葉山がフルガードを生みだす。

 

 

「ぐっ。が、あぁぁ!」

 

 

 自身でも珍しいほどがなり声を上げながら、全身に力を入れて衝撃と風の連打に対抗する。

 

 

「(頼む、持ってくれ)」

 

 

 全てのトリオンを使い切るつもりでシールドを貼り続ける葉山の思いとは裏腹にシールドに亀裂が走る。徐々に亀裂は広がりつつあり、いつ破壊されてもおかしくはなかった。

 

 

「(頼む、頼む! 持ってくれ)もってくれ!」

 

 

 ボーダーには緊急脱出があるから、最悪な状況になる事は少ないが例外はある。緊急脱出を発動させるには数秒の時間が有するのだが、一瞬にしてトリオン体を木端微塵にされた場合は緊急脱出が働かない可能性がある。そうなったら一巻の終わりだ。

 葉山は己に活を入れるかの如く己がシールドに懇願するのだが、全体に亀裂が走ったシールドは葉山の気持ちをあざ笑うかのように、懇願した直後に崩壊したのだった。

 

 

「くそっ。ダメなのか。俺じゃダメなのかよ!」

 

 

 いつもそうだった。護りたいと思ったモノは護る事ができなかった。それだけならまだしも、自分の良かれと思って動いた行動が裏目に出る事もある。護りたい人を護れなかった自分を悔い、そんな自分と決別する為にボーダーに入ったと言うのに、結局一度も護りたいと思ったモノを護れずにいた。

 

 

「――いや、おかげでオサムを助ける事ができた」

 

 

 

 ――『盾』印

 

 

 

 崩壊した葉山のシールドを覆うように新たなシールドが生み出される。

 

 

「……キミは?」

 

「初めまして、私の名はレプリカ。オサムの友人だ」

 

「トリオン兵なのか?」

 

「詳しい話しはまた今度にしよう。どうにか爆撃から防ぎきれる事ができた」

 

 

 レプリカの言うとおり、気が付いたら全身を打ちつけるような衝撃と爆分は納まっていた。

 

 

「ありがとう、レプリカ……さん?」

 

「レプリカでいい。オサムを救ってくれて感謝する。オサム、無事か?」

 

 

 爆撃直後から目を瞑っていたのであろう。恐る恐る目を開いて自分が無事であると察した三雲は崩れる様に膝を折った。

 

 

「大丈夫。あの、ありがとうございます。えっと、あなたは……?」

 

「鈴鳴支部所属鈴鳴第一、来馬隊の葉山隼人だよ。危ない所だったね、三雲君。最も、俺もレプリカに助けてもらったから、人の事は言えないか」

 

 

 尻餅をついている三雲に手を伸ばして立ち上がらせる。

 

 

「いえ、すみませんでした。僕が油断したせいで……」

 

「反省は後にしよう。市民は大体避難出来たね?」

 

「はい。僕が見落としていなければ、全員かと」

 

「よし。ならば、後はアイツだけだな」

 

 

 上空に存在するエボルイルガーを見やる。

 

 

「あの高さじゃ、俺のアイビスでも届かないか。跳んで行ければいいんだが、グラスホッパーなんて入れていないしな」

 

 

 小南や木虎と同様に上空の敵を排除する手段にグラスホッパーが必要であると至ったのだが、葉山もグラスホッパーは入れていなかった。唯一、この場でグラスホッパーを入れているのは三雲だけなのだが、今の状態ではグラスホッパーを生み出す事も出来ない。

 

 

「……あの、僕のトリガーを葉山先輩が使う事は可能ですか?」

 

「どう言う事だ?」

 

「僕のトリガーにはグラスホッパーが入っています。一回、トリオン体を解除してトリガーを交換すればどうでしょう?」

 

「……キミのトリガー構成は?」

 

 

 問われて、正直に答える。

 

 

「レイガストとスラスターが二枚!? それにシールドなしだって。……キミのトリガー構成は随分と大胆だな」

 

 

 三雲のトリガー構成を聞いて一驚する。防御の要のシールドを更生から取り外した事にも驚きであるが、使い手を選ぶレイガストをメインとサブに入れている隊員など数える程しかいなかったはず。

 

 

「その、ダメでしょうか?」

 

「ダメじゃないが、キミのトリガー構成で戦える自信は俺にはないな。根っからの銃手だし」

 

 

 それに加えてシールドがないのが痛い。例えグラスホッパーで近づけた所で、防御が張れなければあっという間にやられてしまうだろう。

 

 

「そうですか。なら、アイツに接近するには飛ぶしか……」

 

「三雲君?」

 

 

 何かを思いついたのだろうか。三雲は分身体のレプリカを通して空閑に問い始める。

 

 

「空閑。後何回『強』印を使える?」

 

『『強』印か? そうだなぁ……。七重を一回使ったら後は三重が一回ぐらいだな。オサムに負けていなければもう少し使えたんだがな。それがどうしたんだ?』

 

「……それは、あのトリガーを強化する事も可能なのか?」

 

『あのトリガー……? なるほど、あれですな。確かにあれならば、俺の『強』印を使えばエボルイルガーまで近づけるな』

 

 

 三雲が何をやりたいのか察したのだろう。妙案を思いついた三雲に「流石だな」と何度も頷く空閑であったが、それには大きな欠点がある事に気付く。

 

 

「だが、オサム。今のオサムじゃ満足にあれは起動できないぞ?」

 

「分かっている。……葉山先輩。少し相談があるのですが」

 

「敵を倒す手段があるんだね」

 

 

 はい、と大きく頷く。

 

 

「なら、相談に乗らない訳にはいかないな」

 

「ありがとうございます。……僕に、あなたのトリオンを分けていただけませんか?」

 

 

 臨時接続。

 三雲が見出した手段は臨時接続によるトリガーの強制発動であった。



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027:七重【ライコイ】

「……つまりだ」

 

 

 三雲から作戦案を聞かされた葉山は自分の頭を整理する意味も含めて確認を取った。

 

 

「三雲君が持っているもう一つのトリガーには試作品が登録されており、そのトリガーを使う事で敵を倒そうと言うのかい? そのトリガーを使うには今のままではだめだから、俺のトリオンを使って武器を作り出そうと言う事か」

 

「はい、おおむねその通りです」

 

 

 正確に言えば空閑の黒トリガーの力も借りるのだが、そこまで細かく説明している暇はない。

 

 

「だがオサム。高翼【ホーク】で接近するのはいいが、決め手に欠けるぞ。【ライコイ】ほどの破壊力があれば問題ないが、あれは相当のトリオン量を消費するのだろ? ハヤトのトリオンだけでは高翼【ホーク】をもたせるので精一杯だろう」

 

「……なら、そのトリガーは俺が使おうか?」

 

 

 レプリカの問題提起に葉山は代案を立てた。試作品トリガーがどれほどのものか定かでないが三雲が使うよりも自分が使った方が問題は幾分か晴れると思ったのであろう。

 けど、三雲はそんな葉山の代案を却下する。

 

 

「いえ。あのトリガーは癖が強いので、僕がやるべきです。この場に八幡先輩がいたなら話は大きく変わったのですが」

 

 

 高翼【ホーク】のバーニア噴射は意外と神経を使う。それを使った事もない人間に託すにはあまりにもリスクが高い。考案者の八幡がいれば素直にトリガーを譲る所なのだが、その先輩は現在戦闘中で手が離せないでいる。ならば、己が行くしかあるまいと考えるのは自然なことだ。

 

 

『なら後は代償発動だけだな』

 

 

 空閑の呟く名称に首を傾げる二人。

 三雲の言う臨時接続による強制発動までは知識として入っていたが、代償発動は初めて聞いた。

 

 

「空閑。その代償発動とは?」

 

『オサムの肉体を形成しているトリオンを消費させて強制的に武器を作り出す奥の手だ。肉体強度と維持力が低下するから、あまりお勧めできないが』

 

 

 空閑の言葉に継いでレプリカが補足説明を伝える。

 

 

「ちなみに【ライコイ】を発動させるにはオサムの両腕のトリオンを変化させる必要がある。放った直後にオサムは戦闘体を強制的に解除され、生身の状態に戻る事だろう」

 

「……またぶっつけ本番の一発勝負と言う事か」

 

 

 中々リスキーであるが、なにも手段を講じないよりはだいぶましである。まったく安全率がかかっていない作戦に呆れつつ、宇佐美に連絡を掛ける。

 

 

「宇佐――」

 

「――待ってくれ」

 

 

 宇佐美に連絡を掛ける前に葉山に呼び止められる。

 

 

「三雲君。その作戦はキミがやるにはあまりにも危険が高すぎる。ここは他の人を呼ぶか俺に任せてはもらえないだろうか」

 

 

 葉山が止めるのも無理はない。そもそも三雲が無理に実行する必要はどこにもないのだ。確かに慣れないトリガーを使う破目になるかも知れないが、そこは使い手のセンスを頼ればいい。

 

 

「なにも三雲君が命を賭ける必要はない。だから――」

 

「――ありがとうございます、葉山先輩。けど、確実に倒すならば少しでも使った事がある僕がやるべきです」

 

 

 何度も言うが、これから切り札として使おうとする手札はどれも試作器である。試作機故、何が起こるか分からない。もしも、使っている最中にトリガーが破損したり、暴走でも起こしたら、他の者では対処しきれないだろう。

 

 

「しかし」

 

「問答をしている暇はありません。……レプリカ、空閑。頼めるか?」

 

 

 無理やり話しを打ち切らせて準備を始める。

 

 

『いいが、本当にやるのかオサム。ハヤマ先輩の言うとおり、他の人間に任せる選択肢だってあるはずだぞ』

 

 

 空閑が言うのはもっともな話しである。せっかく葉山が立候補しているのだ。

 ここは葉山に任せて三雲は後方で作戦を指示すればいいと考えている。

 

 

「いいんだ。……これは僕がやるべきことだと思うから」

 

『そう言えば、オサムはこう言う時に限って自分の考えを曲げなかったな。オーケー、親友。オサムのやりたいように動けばいい。尻ふきは任せておけ』

 

「それを言うなら、尻拭いだ。……当てにしているからな空閑」

 

『おう。任せておけ』

 

 

 覚悟は決まった。後は代償発動を行う為に宇佐美に頼まなくてはいけない。

 三雲は彼女に連絡を取り、己が考え付いた作戦を聞かせる。

 

 

『修くん。いきなり、アイツは僕に任せて欲しい。と言われて驚いたけど、それは危険すぎる。だいたい、代償発動なんて聞いたこともないよ』

 

 

 そこそこボーダーとして経験を積んでいるが、代償発動なんて三雲から聞かされるまで聞いたこともなかった。本当に三雲が言った事が出来るのか、と言う疑問点もあるが何より発案された作戦内容はあまりにも危険度が高すぎる。玉狛支部のオペレーターを担う者としては、三雲の作戦を簡単に了承する訳にはいかない。

 

 

「しかし、現状ではこれしか方法はないと思います。代償発動はそちらから操作する事は出来ないのですか!?」

 

 

 オペレーターの役割は通信の媒介や戦闘の記録。データ収集や解析、戦闘員のトリオン体のチェックなどなどである。オペレーターから得られた情報を送る事が出来るが、トリオン体を直接操作するなんて技法は聞いたこともやった事もない。

 

 

『二十秒ちょうだい』

 

 

 素早くキーボードを打ち込み操作を始める。

 戦場に直接いないが、聞こえてくる仲間の声によって攻めあぐねている事は宇佐美も分かっていた。いたずらに時間を消費してもろくな事が起こらないと分かっているが故、宇佐美もダメ元で三雲が言う代償発動について調べ始めたのだ。

 

 

「(これでもない。こいつも違う。そんなの本当にあるの?)」

 

 

 コマンドを入力して必要な情報を探し求めるのだが、それらしきものは存在しない。

 

 

「(……ん?)」

 

 

 貰った時間、二十秒が過ぎようとした時、宇佐美はとあるコマンドを見つける。

 

 

「(……安全装置の設定コマンド?)」

 

 

 初めて見るコマンド名であった。基本的な操作は一通り教えられるはず。けれど、このようなコマンドは下積み時代に聞かされた覚えはなかった。

 

 

『……まさか、これなの?』

 

 

 試に設定コマンドを入力してみると、ディスプレイにwarningと表示され、新たなコマンドが出現する。

 

 

『緊急脱出の停止コマンドに代償発動の……これね! 見つけたわ修くん。代償発動は可能よ』

 

「ありがとうございます、宇佐美先輩。なら早速――」

 

『待ちなさい! 修に何をさせるつもりなのよ。栞!』

 

『あ、やば』

 

 

 代償発動を調べている間に誤って通信設定が玉狛支部隊員に流れる様に変更してしまったらしい。宇佐美と三雲の会話は途中から五人に聞かれていたようだ。

 

 

『修! あんたもあんたよ。無茶はするなって言ったでしょ。その作戦は私が代わりに実行するわ。直ぐそっちに行くから、大人しく待っていなさい』

 

「いえ。幾ら小南先輩の頼みでもこれは譲れません。この作戦は僕が遂行します」

 

『あんたがそこまでする必要はこれっぽちもないでしょ。私がやった方が成功率は高いはず』

 

 

 小南は三雲が可動実験を行った後に高翼【ホーク】を使用した事がある。そう言う意味では適任と言えば適任だ。しかし、二人の距離はそこそこ離れている。合流するよりも早く二撃目が放たれる事もあり得るだろう。それは何としても阻止しなくてはならない。

 だからと言って、小南も早々簡単に自分の考えを折ってはくれないだろう。どうにかして彼女を説得して作戦行動に移らないといけないのだが、納得させるだけの交渉材料はほとんど使い切ってしまった。

 

 

『――やらせてやれよ、小南』

 

 

 そんな時、三雲の背中を後押ししてくれる声が届いたのであった。

 

 

「……先輩」

 

『ったく、無茶はするなとあれほど言ったんだがな』

 

「すみません」

 

『やれるんだろうな、三雲』

 

「はい! 必ずやりとおして見せます」

 

『なら、俺が言える事は一つだけだ。あの野郎に目にもの見せてやれ』

 

 

 はい、と力強く頷いて敵を見上げる。

 

 

『ちょっと比企谷! 勝手な事を言わないでくれる!!』

 

『――大丈夫ですよ、小南先輩』

 

 

 今度は烏丸が通信に割って入ってきた。

 

 

『修。俺が言った事は覚えているな?』

 

「はい。敵はなんであろうとトリオン兵はトリオン兵。プログラムされた動きさえ読み取れば、負ける道理はありません」

 

『よし。俺から言える言葉は一つだけだ。小南先輩を驚かせてやれ』

 

 

 二人の師に後押しされたおかげか、不思議と緊張はしていなかった。それどころか今は自分がやるべきことがはっきりしているせいか、不思議と気分が昂っている。

 

 

『とりまるも無責任な事を言わないでよ!』

 

『大丈夫。メガネ君ならやってくれるさ。俺のサイドエフェクトがそう言っているからな』

 

『俺達の弟子を信じてやれ、小南。何より、腹をくくった人間を考え直させる事は難しいぞ』

 

『迅どころかレイジさんまで。……まったく、うちの男連中ときたら修に甘過ぎなのよ! いいわね、修! 下手こいて怪我でもしたら承知しないからね』

 

「はい。ありがとうございます、小南先輩」

 

 

 更に気持ちが昂り、全身から力が漲る様な錯覚を覚える。

 これは自分の事を信頼してくれる師匠全員が後押しをしてくれたおかげであろう。我がままばかり言っていた自分の面倒を見てくれて、なおかつこんな大切な場面を「大丈夫」と言って任せてくれた師匠達の思いを裏切りたくはない。

 

 

「……比企谷がキミを弟子に取ったの、何となくわかったよ」

 

 

 一部始終見守っていた葉山が三雲の肩を掴む。

 

 

「葉山先輩」

 

「アイツはキミに任せた、三雲君」

 

「はい! トリガーオフ!」

 

 

 一度本部製のトリガーを解除する。

 使っていたトリガーを懐にしまい、本日二度目の玉狛印トリガーを発動させる。

 

 

 

 ――トリガー・オン!

 

 

 

 高翼【ホーク】と【ライコイ】がインプットされているトリガーを起動させる。

 三雲がトリオン体に入ると同時に葉山と宇佐美は行動に移した。

 

 

 

 ――トリガー臨時接続

 

 ――代償発動、リミットオフ

 

 

 

 三雲のトリオン体に葉山は己のトリオンを流して譲渡する。

 

 

「(出し惜しみはしない。全てのトリオンを三雲君に)」

 

 

 一途で真直ぐな少年に葉山も賭けて見たくなった。だからこそ、後先の事など考えず全てのトリオンを注ぎ込んだのだ。今の葉山は少しでもトリオン体にダメージが加わると直ぐに緊急脱出が働くようになっている。

 

 

『代償発動の制限を解除したわ! 三雲君!!』

 

「はい! 空閑、レプリカ!!」

 

『おう』

 

「心得た」

 

 

 

 ――高翼【ホーク】起動。

 

 ――『強』印、三重。

 

 

 

 三雲の両腕に高翼【ホーク】が展開される。鷹の名を頂いた翼に『強』印が刻まれ、性能が向上される。

 その証拠に、バーニアから噴射される威力は対空閑戦の時と比べると三倍以上の力を有していた。

 爆発的な推進力を得た三雲は一瞬にして離陸を遂げ、上空にいるエルボイルガーに向けて飛翔していった。

 

 

 

***

 

 

 

 文字通り空を飛び、上昇していく三雲の姿を目撃した木虎は戦場にも関わらず呆気にとられてしまった。

 

 

「なによ、あれ」

 

 

 両腕に翼を生やしたトリガーなど木虎は知らない。あんなトリガーが存在しているならば間違いなく自分の知識として存在していたからだ。

 

 

「……ったく。男って本当にバカなんだから。木虎ちゃん。修の援護をするわ。私達は修が危険と思ったらフルガードで護るのよ。……木虎ちゃん?」

 

 

 返事が来ない木虎に振り返る。再び彼女に声をかけても心ここに在らず状態であった。

 

 

「木虎ちゃん!」

 

「……ハッ。すみません、小南先輩」

 

「そうなりたい気持ちは分からなくないけど、今は戦いに専念して。修をフルガードで援護するわ」

 

「分かりました」

 

 

 二人がそうこうしている内に飛龍の如く昇り上がっている三雲は数メートルまで詰め寄っていた。

 そんな三雲に気付いたのであろう。従来のイルガーが放っていた爆撃を投下して、三雲が近づこうとするのを妨害し始めたのだ。

 高翼【ホーク】のバーニアはトリオンを使う。時間をかけてチマチマと避けていたら【ライコイ】を発動させるだけのトリオンが残らなくなる恐れもある。だからと言って、考えもなしに突っ込んだらトリオン体を失ってしまう。

 上昇し続けながら考え続ける三雲の体を二層のフルガードが包み込んでいったのだった。

 

 

「私達が援護するから、修はそのまま駆け上がりなさい!」

 

『小南先輩……。ありがとうございます!』

 

 

 フルガードと言う鎧を得た三雲は最短のルートを最速で上り詰めていく。いくつか爆撃が衝突するのだが、小南と木虎のフルガードが三雲の体を守り続けたのだ。

 二人の援護と葉山のトリオンのお陰で三雲はエボルイルガーの上を取る事に成功する。

 

 

「よし。後は、こいつだ!」

 

 

 展開した高翼【ホーク】を排除し、【ライコイ】を生み出そうとする。

 けれど、先のホークで譲り受けた葉山のトリオンは使い切ってしまった。普通ならば【ライコイ】は姿を現さないはずなのだが、三雲のトリオン体は自分の体を作っているトリオンを消費する事で発動出来る設定に変えられている。

 

 

 

 ――代償発動【ライコイ】

 

 

 

 両腕が勝手に切り離される。両腕は形を失い純粋たるトリオンに変化して一つの集合体となる。徐々に光度をましたトリオン集合体は【ライコイ】の姿に生まれ変わり、再び三雲の左腕にドッキングされる。

 

 

「レプリカ!」

 

「承知した」

 

 

 再びレプリカの分身体を通じて空閑にトリガーを起動してもらう。

 

 

 

 ――『強』印、七重。

 

 

 

 空閑の恩恵を受けた【ライコイ】が黒く染まられていく。膨大なエネルギーを受け取った事でトリオンの杭とそれを収納している筒が大きくなっていく。

 もはや全ての御膳立ては整った。後は皆の思いが込められたこの一撃をエボルイルガーに撃ち抜けばいい。

 高翼【ホーク】の恩恵を失った三雲の体がエボルイルガーに吸い込まれる様に落下していく。三雲は着地をすると同時に撃ち放つつもりなのだろう。【ライコイ】を引いて体勢を整える。

 

 

 ――セット

 

 

 空中の体勢のままにも関わらず、先に反動を抑える役目を担っていたアンカーを露出させた。なにもアンカーは固定金具だけしか使い道がないわけではない。先に露出させておけば、着地をすると同時にアンカーが装甲を貫き、一種の凶器と化すのだ。

 三雲の狙い通り、エボルイルガーの装甲をアンカーが貫き、本来ならばバランスを崩してしまう不安定な場所でも安定して【ライコイ】を撃ち放てる。

 怒りの鉄槌を構えた三雲の周囲を触手が取り囲む。迎撃用の爆雷を起動して三雲を粉々に粉砕するつもりなのだろう。

 自身が狙われているのにも関わらず、三雲は市民の怒りを代弁する為に鉄槌を降す。

 

 

 ――スパイク

 

 

 空閑の力によって増幅された【ライコイ】の威力は絶大であった。先の爆撃に負けず劣らずの雷声を響かせたと思うと、エボルイルガーの頭部がトリオンの杭によって撃ち貫かれたのであった。

 運が良かったのかトリオンの杭はエボルイルガーの核を捉えていたらしい。ゆっくりと崩壊を始めるエボルイルガーの背中に立つ三雲は今の一撃で全てのトリオンを使い果たしたのだった。強制的にトリオン体を解除され、足場であったエボルイルガーの崩壊と共に三雲の体は地面へと落下していく。



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028:合流する役者達

 エボル機能を使ってもイルガーが陥落する未来は変わりなかった。しかし、ジンが見た未来では堕とした人間は自分と対峙している迅のはず。黒トリガー【風刃】の遠隔斬撃を使う意外に大ダメージを与える手段はなかったはずだから。

 それが現実ではどうだろうか。堕とした人間は見知らぬトリガーを使ったある少年ではないか。しかも運がいい事にトリオン兵の核を的確に貫き、十八番の自爆戦術を防いだのである。あれではイルガーの切り札、自爆戦術は使えない。今の状態のイルガーなら目の前の街程度簡単に崩壊させられるだけの威力を有しているのだが、自爆をする前に倒されたら意味がない。

 

 

「ちっ」

 

「あんたの玩具も俺達自慢の弟子が破って見せた。さて、まだ闘うか?」

 

 

 【風刃】を構える迅に斬りかかるかと思いきやジンは【鎌風】の起動を停止させた。

 

 

「……今日の所はここで立ち去ろう。当初の目的は達成した事だしな」

 

「へぇ。面白い事を言うな」

 

「さらばだ、迅悠一。貴様の首、必ずや俺がもぎ取って見せる。せいぜい首を洗って待っている事だな」

 

 

 ジンの周囲にエスクードが出現する。それはあからさまな目晦まし。ジンはエスクードを盾にしてこの場を逃れようとしているのは誰の眼から見ても明らかであった。

 そうはさせまいと烏丸が動くのだが、迅がそれを制す。

 

 

「……京介。今日の所は止めだ。これ以上続けたら俺達ももたなくなるだろう」

 

「了解です」

 

 

 大人しく迅の指示に従う。己自身負傷の身。迅が止めだと言えば、自身だけ深追いをした所で痛い目に合ってしまうのは必然であった。

 

 

「宇佐美先輩。修の方はどうなりましたか?」

 

 

 顔に出してはいないが、やはり弟子の三雲の事が気になったのだろう。自分たちの戦いが終ったのを機に通信で確認を取ったのである。

 

 

『大丈夫、無事よ。最後は生身に戻ってひやっとしたけど、こなみがちゃんと衝突する前に受け止めたから』

 

「そうですか。さすが小南先輩。グッジョブですね」

 

 

 ほっと胸を撫で下ろす烏丸を見て、迅は茶化す様に笑いかける。

 

 

「そんなに心配ならば、さっきの時に「やめろ、修」と言えばよかったのに。京介が止めればメガネくんも考えたかもしれないよ」

 

「修に言ったところで、言うこと聞かないでしょ。意外と頑固なところがあるんですから」

 

「まぁな。……さて、俺達はレイジさん達と合流しよう。アイツが離脱したことを考えると向こうも同じだと思うが」

 

「はい。まだ戦いの最中なら援護しないといけませんね。何せ、あの二人がコンビを組んでも倒しきれない相手なんですから」

 

 

 二人は宇佐美にレイジと八幡の援護に行くと伝えてその場から去った。

 

 

 

***

 

 

 

「まさか、あのイルガーを倒せる奴がいるなんてな」

 

 

 玄界のトリガー技術は後進的だと耳にしていたが、それはあくまで噂であったようだ。

 こうして肌で感じてみて敵のトリオン技術が卓越していると身に沁みたことであろう。

 

 

「当たり前だ。俺達の自慢の弟子なんだからな」

 

 

 木崎の高速打撃が放たれる。狙いはユーゴの側頭部。腰を回転させて弧を描いた打撃はユーゴにとって避けるのは容易なこと。逆にその腕を掴んで投げ技に持ち込む事だって難しくはない。

 しかし、ユーゴは上半身を沈めて木崎のフックを躱した。木崎のパンチは囮であることを知っていたのだ。ユーゴが屈むと同時に先ほどまで首があった空間に一筋の光が流れる。

 短剣に変化させてレイガストの太刀筋によるものだ。

 

 

「その手は見飽きた。もはや俺には通じないぞ」

 

 

 己の後ろに回り込んできた八幡を蹴り飛ばし、二人との距離を開ける為に後方へ下がる。

 

 

「……ちっ。アイツ、戦い慣れすぎだろ。どうやったら、片腕であんなカウンター投げ技なんか持って行けるんだよ」

 

「それだけ奴の実戦経験が豊富なのだろう」

 

「アステロイドが使えればな」

 

 

 ユーゴのトリガー性能のせいで木崎と八幡は弾丸トリガーの使用を制限されている。

 トリオンに関係したもの全てを跳ね返してしまうのだ。欠点として使用者が視認出来なかったトリオン攻撃は通るのだが、それを実行に移すのは困難を極めている。

 

 

「弱音を吐く暇があるなら、どんどん仕掛けろ」

 

「ほんと、人使いが荒いんですから」

 

 

 いざ再び刃を交わさんと重心を前のめりにした所で、両者の地を抉る鎌鼬が襲い掛かる。

 

 

「……風刃?」

 

 

 八幡が風刃と間違えるのも無理はない。何せ、性能は瓜二つにも等しい。

 この場で「そうだ」とブラフを張ったら間違いなく騙されていた事であろう。

 

 

「ユーゴ殿。今日の所は撤退しよう」

 

 

 遠隔斬撃で今にも跳びかからんとしていた八幡を牽制し終えたジンが現れる。

 

 

「……この戦いで動くのではなかったのか?」

 

 

 事前の作戦と異なる撤退命令に、ユーゴはそう聞かざるを得なかった。

 

 

「予想に反して他のボーダー隊員の方々が奮戦してしまってね。計画を変えざるを得ないようだ。だが、当初の目的は達成した。これで面目を保つことが出来よう」

 

「そうか。お主が言うならそうなのだろうな」

 

「左様。……と、言う事でボーダーの諸君。我々二人は今日の所はお暇を致しましょう」

 

 

 ジンの撤退宣言を信じたのだろうか。二人は己がトリガーを解除して、その場から去る様に促したのである。

 

 

「帰ると言うなら止めはしない。さっさと自分たちの世界に帰ってくれ」

 

「そうさせていただこう」

 

 

 

 ――唸れ、大地の咆哮

 

 

 

 エスクードで己の姿を隠して逃亡に図る。

 

 

「……後を付けますか?」

 

「やめておけ。素直に逃げると言っているんだ。藪蛇を突く余裕は俺達にないだろ」

 

「でしたね。……宇佐美、こちらは比企谷。人型近界民の撤退を確認」

 

 

 戦闘終了を告げられた宇佐美は声高に「了解」と受け答えして、残存トリオン兵がいない事を確認。戦闘が終了したことを本部へ通達した。

 今回の件は異例に異例を重ねた事件である。きっと本部も黙ってはいないだろうな、と予想しながら報告を終えると本部から招集命令が下される。考えるまでもなく招集対象は迅悠一。未来が視えるサイドエフェクト持ちの迅を使って今後の防衛作戦を練るのだろう。

 本部の通達を聞かされた迅は「了解、分かった」と嫌な顔一つ見せる事無く了承する。

 

 

「悪いけど、後始末はみんなに任せてもいいかな?」

 

 

 合流直後に通達を受けた迅は本部から招集を受けたと話す。

 異例時に未来視のサイドエフェクトを持つ迅が招集されるのはいつもの事なので、三人は快く送り出したのであった。

 

 

「では、修と合流しましょう」

 

「だな。アイツには少し説教をしないといけないだろうから」

 

 

 烏丸と八幡、師匠ズは真先に弟子と合流する為に走り出す。そんな二人の弟子の背中を見守る木崎は呆れつつ、二人の後に付いていく。

 全速力で駆けだしたおかげで三人とも直ぐに修たちと合流する事が出来た。師匠ズは開口一番に文句の一つでも言ってやろうとしたのだが、目の前の光景を目の当たりにして言うに言えない状態になってしまう。

 

 

「まったく! 修は少し自分の実力を考えたらどうなの!」

 

 

 腰に手を当て、玉狛支部全員の弟子である三雲を怒鳴る小南と木虎。

 

 

「そうよ、あなたが無理をする必要はなかったわ。あたしか小南先輩に任せておけば、何の問題もなかったのよ」

 

「えと……。あの。ですから」

 

「返事は?」

 

「あ、はい。その、すみません」

 

 

 二人に命令されたか知らないが、この場で正座をさせられている三雲は木虎の睨みによって畏縮してしまう。彼女の後ろには誰もが恐れる斧姫様が控えているのだ。下手に反論しようものならば、疾風怒濤の如く説教の言葉が放たれる事であろう。

 

 

「まぁまぁ、二人とも。なにもそこまで怒らなくても。三雲君は困難を極めた状況を打開してくれた張本人なんだし」

 

 

 怒り心頭の二人を宥め様と葉山が間に割って入るのだが、それは愚策もいい所であった。矛先は葉山に向けられてしまう。

 

 

「あなたもです、葉山先輩。なに後輩の無茶に付き合っているんですか。あんな無茶苦茶な臨時接続なんかして」

 

 

 本来の臨時接続は自身以外のボーダーが生み出した武器を自身で使う際に行う手法である。先の三雲が使ったようにトリオンだけを受け取り、自身の力へ変換し操作するなんて手法は特殊にもほどがあった。ただでさえ自身の体内に別の隊員のトリオンを流す事でトリオン障害が起こり易くなるのは常識として知られている。それが分かっているにも関わらず、笑顔を繕って納めようとする葉山を木虎は問い詰める。

 

 

「今回は小南先輩が助けたからいいものの、次は上手くやれるか限りません」

 

「そうだけど、あんな無茶をまたやるとは到底思えないんだけど……」

 

 

 ねぇ、と三雲を見やり同意を求める。

 大抵の人間だったならば、この場をやり過ごす為にウソでも「そうですね」と頷く場面であったのだが、三雲は違った。彼は「えっと……」と言葉を詰まらせて葉山から視線を反らすのみ。それが何を意味する事なのか把握した葉山は「おいおい」と呆れ口調で三雲にツッコミを入れる。

 

 

「甘いわ葉山君。修は同じ状況になったらきっとやるわ、絶対に。賭けてもいい。無茶と無謀は修の代名詞なんだから」

 

 

 胸を張る小南の姿を後ろから見ていた木崎は「そうだそうだ」と納得して頷く八幡と烏丸に気付かれない様に溜息を吐く。

 

 

「……小南」

 

 

 これ以上責め続けるのはよくないと判断した木崎が止めに入る。自分の説教に気を取られていたためか、いまになって男三人組が合流していた事に気付く小南。木虎なんか意中の烏丸がいる事に大層驚く。

 

 

「ちょっと三人とも……。って迅は?」

 

「本部に招集がかかった。今頃、城戸さんを初めとした怖い上の人間達に責められているんだろうな」

 

 

 一度、オリジナルのトリガーを本部採用する為にプレゼンテーションを行った事があるが、城戸にダメ出しを喰らって不採用になった苦い経験がある。その時の威圧を思い出して身震いをする八幡であった。

 

 

「……ところで、何で木虎がいるんだ?」

 

 

 今の今になって烏丸が当然の疑問を浮かばせる。事情を知らない玉狛支部の人間達は「そう言えば」と同意する。

 いつの間にか矛先が自分へ向けられた木虎は「それは……」と言葉を詰まらせる。言えるわけがない。同い年の三雲の力を確かめる為に校門で待ち伏せていたなんて。特に意中の相手である烏丸には口が裂けても言えなかった。

 

 

「えっと、それはですね」

 

 

 言い辛そうにしている木虎の代わりに説明しようと口を開く三雲であったが、木虎の親の仇を視る様な睨み付けによって言葉を紡ぐ事が出来ずにいた。

 

 

「それは……?」

 

「あ、あはは。何でもないんですよ、烏丸先輩」

 

 

 下手な言い訳も考え付かなかった木虎は自慢の笑顔を繕って全力で誤魔化す事にした。

 答えにならない回答が返って来た事に頭を傾ける烏丸であるが、話しが進まないと判断して話しの先を促す。

 

 

「それで、俺達はこれからどうしましょうか。回収班と救助班に依頼は宇佐美先輩が出してくれると思いますから」

 

「――そうだな。俺達は一度玉狛支部に戻るとするか。迅から何か連絡があるかも知れないしな。修、お前もそれでいいな?」

 

 

 言葉をつづけた木崎に「はい」と頷き返す。

 

 

「木虎、それに葉山。今回は世話になったな。この件の報告書は俺達の方で提出しておくから、お前たちはもう戻って貰って構わないぞ」

 

 

 年長者の立場として場を仕切る木崎の言葉に木虎と葉山は言葉に甘えてそれぞれの持ち場へ帰還する事にした。

 一言二言、別れの言葉を交わした二人はトリオン体のまま駆け出していく。そんな二人の背中が見えなくなったのを確認して、玉狛支部一同は本題に入る事にした。

 

 

「んじゃ、そろそろ出てきてもらうとするか。いるんだろ?」

 

 

 話しを切りだしたのは八幡であった。虚空を見つめて声をかけるあたり、既にその場で息を潜めて隠れていると見当が付いていたのであろう。

 

 

「空閑、大丈夫だ」

 

 

 八幡が誰に向けて声をかけているのか三雲も分かっていたのであろう。隠れている本人、親友の空閑に向けて出て来るように伝える。三雲の言葉に従い、身を潜めていた空閑がレプリカと共に現れる。

 

 

「よっ。さっきぶりだな」

 

「そっか。初めから知っていたのか」

 

 

 自分を見ても驚かない八幡を見て、既に自分の正体がばれている事に気付く空閑。

 

 

「まぁな。学校の時は迅先輩に言われて知らない振りをしていたんだ」

 

「なるほど。流石はオサムの師匠ですな。全然気づかなかった」

 

「それはどうも。自己紹介は後にして、とりあえず空閑だったか? 一緒に玉狛支部に来てもらいたいのだが構わない?」

 

「それは好都合ですな。オサムと一緒に玉狛支部とやらに向かう途中だったので、問題ないよ」

 

「そうか。それじゃあ、一緒に向かうか」

 

「了解。……ところでオサム。さっきから何をしているんだ?」

 

 

 滝の様に冷や汗を流す三雲を見やり、空閑が不思議そうに尋ねる。会話の矛先が三雲に注がれた事で、今の今まで正座をさせていたことを忘れていた一同が気まずそうに視線を反らす。

 

 

「……ぼ、僕が無茶をしたから怒られているんだよ」

 

「あぁ。エボルイルガーに突貫した件だな。それなら納得だ」

 

 

 空閑自身、三雲がやった事は無謀にも等しい突撃行動であったので、そのせいで責められると聞いたら納得するしかなかった。

 その直後、移動する為にやっと解放された三雲は慣れない正座をしたせいで痺れたのであろう。数分間は立ち上がる事が出来ず、それをネタに小南と烏丸によって弄ばれたのは言うまでもなかった。




……やはり、二つのシナリオを混ぜて進めるのは展開が遅いから間違っているだろうか。


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029:エリート、上層部と化かし合う

 本部に召集された迅は上層部が待ち兼ねている会議場へ足を運ぶ。

 

 

「実力派エリート、迅悠一。お召しによりただいま参上しました」

 

 

 ボーダーに決まった敬礼はないが、ビシッとお馴染みの敬礼を行って会議場へ入室する。

 待ち人の登場により上層部の各員が迅に視線を送る。

 ボーダーの本部指令であり、最高責任者の城戸正宗。

 本部長であり防衛部隊の指揮官、ノーマルトリガー最強の使い手の忍田真史と彼の補佐である沢村響子。

 本部開発室長の鬼怒田とメディア対策室長の根付。外務・営業部長の唐沢。

 そして、玉狛支部の支部長であり迅の上司の林藤匠。

 そうそうたる顔触れの視線を一身に受ける事になった迅は自分に宛がわれた席に座り、己が呼び出された理由を城戸に問い質す。

 

 

「それで。この俺を呼んだ理由を聞きましょうか」

 

「お前の事だ、既に察しているだろう」

 

「今日のイレギュラー事件の件ですか」

 

「そうだ。……迅、お前は何を隠している?」

 

 

 駆け引き抜きの言葉に眉がピクリと動くが迅はポーカーフェイスを決め込み相手に悟られない様に擦る。

 

 

「さて、仰っている意味が理解できませんが?」

 

「何故、お前は今日の出来事を本部に言わなかった。お前のサイドエフェクトならば視えていた案件だろ」

 

「買被りすぎでしょ。俺のサイドエフェクトは万能じゃない。それは城戸さんだってご存知のはずだ」

 

 

 城戸と迅は旧ボーダー時代からの間柄。迅の能力が完璧ではない事は当然城戸も知っている。同時に迅の性格も把握している。よき未来の為に暗躍する人間だ。今回の事件について嗅ぎまわっていない訳がないと城戸は踏んでいた。

 

 

「確か、昼頃もとある中学が襲われていたな。その場所にお前がいた事は何か関係しているのか?」

 

「メガネ君の学校ね。そりゃあ俺の可愛い後輩が襲われると分かったら、助けたくなるでしょ。それじゃダメなの?」

 

「メガネ……。お前が無理言ってボーダーに入れた三雲修の事か。お前がそこまで気に掛ける人間とは何者だ」

 

「俺達ボーダーの切札となる人間だよ」

 

「……理解出来ないな」

 

 

 ボーダーでも数少ないS級にそこまで言わせる理由を城戸は理解出来なかった。

 迅の推薦と言う事で一度調べた事があるが、トリオン量は微弱。これと言って能力面に優れていない平凡な中学生としかでなかった。

 

 

「お前達が無理矢理玉狛支部へ転属させた比企谷八幡もそれが理由か?」

 

「八幡? あいつは違う違う。アイツの才能をあなた方の勝手な理由で潰させるのは惜しいと思っただけだよ。第二次大規模侵攻の戦犯に仕立てようとしたあなた方から遠ざけただけだ」

 

「――ふざけるな!」

 

 

 ドンと拳を叩きつけたのは開発室長の鬼怒田であった。彼は言われもない非難を受けてお怒りになったのだろう。

 

 

「比企谷八幡が引き受けた地域だけ警戒区域を突破され、市街地に多大なダメージを負わせたのだぞ」

 

「そうですぞ。そのせいでアンチボーダーがどれほど増えたか、迅くんも知らない訳じゃないでしょ」

 

 

 二年前に起こった大規模侵攻の時、A級八位の比企谷隊が担当していた領域だけ突破されてしまった。そのせいであらゆる方面からバッシングを受けたのは二人にとって苦い記憶として残っている。

 

 

「お二方、その件は既に終わった事。それにあの件は全て比企谷君だけのせいではない。唯一人型ネイバーと相対した彼らを責めるのは酷と言うものだ」

 

 

 非難する二人を咎める忍田。まだ、ボーダーとして機能し始めた頃の襲撃であった。

 防衛に拙い点があったのは防衛部隊の指揮官を任されている忍田も重々承知している。まだまだ組織として未熟であった。あの事件を機に引き締め直そうと決着がついたはず。

 

 

「……話しを戻しましょう、城戸さん。私達は今回の事件を彼から訊くのが目的だったはずです」

 

 

 熱くなり始めた話題を修正したのは唐沢であった。

 営業の立場からしてみれば、過ぎてしまった二年前の事件の件で問答を繰り返すのは時間の無駄。大切なのは今の話しだと城戸に話しを促す。

 

 

「……もう一度訊こう、迅。お前達は何を隠している?」

 

「それを今ここで話してもメリットにならない、と俺のサイドエフェクトが言っていると言ったら城戸さんは納得してくれるんですか」

 

 

 鋭い眼光を毅然と受け止めた迅の言葉に場の空気が重く苦しくなる。

 

 

「……いいだろう。林藤支部長」

 

 

 新しい煙草に火を付け始めていた林藤に話しが向けられる。矛先が己の向けられた事で、渋々火を付けたばかりの煙草から口を話して城戸の言葉を待つ。

 

 

「後日、A級比企谷隊員とB級三雲隊員。そして材木座技術員を私の下へ来させろ」

 

「それは構いませんが、何でまたその三人を?」

 

「決まっている。未登録のトリガーの使用について話しを聞かせてもらう」

 

「未登録のトリガー? 何のことです、城戸さん」

 

「木虎隊員から報告が上がっている。三雲隊員が未登録のトリガーを使い、変質したトリオン兵を倒したと言う事はな。そのうちの一つが以前本部採用の申請があった【ラプター改】と酷似している事が分かった。あれは材木座技術員が製作したトリガーである事は明白だ。違うか?」

 

 

 材木座が申請した時期は半年以上経とうとしている。それにも関わらず城戸が記憶していた事に林藤は舌を巻いた。

 

 

「うーむ。まさか、こんな早くに【ホーク】と【ライコイ】がばれるとは予想外だったな」

 

 

 恐らくは回収されたエボルイルガーを解析して判明したのであろう。【ライコイ】は【ラプター改】の改良機。トリオン反応が酷似するのは当然のこと。だとすると、城戸がそのように推論を立てるのは当然の帰結だ。

 

 

「材木座の奴。俺の誘いを断って、まだそんなくだらないトリガーを作っているのか。アイツのトリガーはどれも実用性と量産性に欠ける。特化型のトリガーなど必要はないとあれほど言ったのにまだ分からないのか」

 

 

 比企谷隊が解散する時、鬼怒田は個人的に材木座をスカウトした事がある。彼は趣味でトリガーの案を生み出しそれを形にするだけの技能を有していた。上手く指導すれば己の後釜にもなるであろう、と考えて誘ったのだが結果はご覧の通りである。

 

 

「だけど、木虎が言っていたようにアレがなかったら倒せなかったみたいじゃないか。そこまで特化型を否定するのはどうかと思いますよ、開発室長の鬼怒田さん」

 

 

 玉狛印のトリガーは特化型が多い。

 特化型のトリガーを否定されると言う事は玉狛を否定されたも同じこと。

 己の支部を侮辱された事は流石に看過できなかったらしく、メガネを光らせて普段しまい込んでいた殺気をわずかながら開放する。

「部隊で動かすのに特化型など必要はない。技術員も多くはないのだ。特化型を認めたら、技術員は寝ずの番を続けなくてはいけなくなる。そんなの認める訳にはいかない」

 

 

「……そこまでにしてもらおうか、二人とも。今はトリガーの在り方について論叢をする場面じゃない」

 

「申し訳ない。城戸指令」

 

「林藤。お前達の考えも理解出来ない訳ではないが、今回は勝手が過ぎたな。未登録のトリガーを勝手に使う事は看過できない。ボーダーのルールを護れない人間は私の組織には必要ない、と言う事だ」

 

 

 決して悪いわけではない。以前も似た様な事件はあったが、結果を出したおかげで御咎めがなかったのだ。しかし、それを判断するのはあくまで本部指令の城戸にある。

 

 

「迅。お前もそれでいいな?」

 

「俺に止める権限はないし、城戸さんの指示に従うよ」

 

 

 後輩のピンチにも関わらず、余裕の表情を崩さずにいた。

 恐らく迅の事だ。既にこの出来事をサイドエフェクトで見ていたのだろう。そうなると、未登録のトリガーを使わせたのも折りこみ済みなのかと考える。

 

 

「なら、解散だ。次回の会議は明日の19時よりとする」

 

 

 会議が終了すると同時に迅は即座に退散する。いま会議で話された内容を玉狛で待っている後輩たちに知らせなくてはいけない。直ぐに対策会議を行う為に携帯電話を取り出し、年長者である木崎に連絡を取るのであった。

 迅が去り、続々と上層部の人間も退出していく。

 全員が会議室からいなくなり、自分一人になったのを見計らって城戸はある部隊に連絡を行う。

 

 

「……城戸だ。三輪隊にある任務を任せたい。頼めるか?」

 

 

 

***

 

 

 

 防衛任務を終え、報告書を製作中であった三輪隊に本部指令直々の命令が下された。

 城戸から通達受けた三輪隊のオペレータ、月見蓮は指令所の内容を読み上げて皆に聞かせる。

 

 

「三雲修を監視せよ、ね。……誰? その三雲って」

 

 

 聞き覚えのない隊員の名前の首を傾げたのは三輪隊のアタッカー、槍術を巧みに扱う米屋陽介は自隊の隊長である三輪秀次に聞く。

 

 

「知らん。城戸指令から送られたプロフィールを見る限り、こいつは玉狛に転属した裏切り者だ。俺が知る訳ないだろ」

 

「……俺は知っている。100ポイントから一月で4000ポイント溜めて、絶対昇格出来ないと前評判を覆した奴だ」

 

 

 代わりに応えたのは狙撃手の一人、奈良坂透であった。弟子の日浦が妙にはしゃいでいたので記憶に残っていた。

 

 

「しかし、何で監視なんでしょう? この三雲君って人は何をやらかしたんですかね?」

 

 

 もっともな疑問を抱くのはもう一人の狙撃手の古寺章平だ。普通に考えれば同じボーダー隊員に監視命令など下されない。それが必要な程の問題を起さない限り、このような指令は来ないはず。

 

 

「キナ臭いわね。どうする、三輪くん」

 

「これだけでは判断材料に欠けますので俺が直接城戸指令に聞いてきます。それから判断しても遅くはないでしょう。お前達もそれでいいか?」

 

 

 自分一人ならば何も考えずに了承する所であるが、部隊を動かす者として下手な判断は出来ない。いま送られた資料だけでは動かせる判断が出来ないと考え、三輪は直接指令がいる場所へ向う事を決める。

 隊長の判断に異論はないのか、四人とも「了解」と同意を示してくれる。

 

 

「内容次第では玉狛と一戦交える可能性も考えられる。相手の闘い方をしっかり頭に入れておけよ」

 

 

 三輪の言葉にいち早く反応したのは米屋であった。

 

 

「おっ。マジか!? なら、気合を入れないとな」

 

「随分、嬉しそうですね米屋先輩。玉狛に戦いたい相手でもいたんですか?」

 

「恐らく、転属した比企谷が狙いなんだろ。同い年で一度も戦った事のない相手はアイツぐらいだからな」

 

 

 奈良坂の推測は正しかった。

 米屋は自分と同い年で大規模侵攻を経験した八幡と一度戦ってみたかったのである。

 噂で何度も聞き、興味本位でログを見た時から戦いたくって仕方がなかった。けれど、噂の八幡は一度も本部で会った事がなかったので、戦うに戦えなかったのだ。

 

 

「そう言えば、少し前に来ていましたね。その比企谷先輩」

 

「……なに?」

 

 

 古寺の何気ない発言に驚愕する米屋。

 

 

「それはいつの話しだ!?」

 

「お前が補習を受けていた時だ。だからあれほど宿題は早く終わらせろと言ったはずだ。絶好のチャンスを逃してしまったな」

 

 

 まさかの補習でみすみす機会を失った事を知り、膝から崩れ去り四つん這いになる米屋。そうなったのは本人の怠惰による、所謂自業自得だったので隊長の三輪は捨て台詞を吐いてその場から立ち去る。

 

 

「陽介。明日は小テストがあるから、ちゃんと勉強しろ。さもないとまた補習だ」

 

「え!? マジ!! 俺、そんな話し聞いていないんだが!」

 

 

 それも当然である。

 担当教師が「小テストがあるぞ」と告げた時、米屋は教科書に落書きをするので忙しかったのだから。



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030:エリート絡まれる

 会議室から退出した迅はこれから起こりうる未来を覗き見て溜息を漏らす。

 

 

「(やっぱり、そう来るよな)」

 

 

 分かっていた事とはいえ、知り合いの悪い未来を視るのは気分が悪くなってしまう。それが己の可愛い後輩の一人ならば尚更な話しだ。けれど、この未来は遅かれ早かれ必ず通らなくてはいけないイベントの一つ。ならば、さっさと済ませてしまう方が良いと無理やり納得させることにした。

 

 

「(翌日の事は何とでもなるだろう。後は、その後か)」

 

 

 翌日、自身の可愛い後輩三名が上層部に呼び出され、処分を言い渡される事になるであろう。城戸からして見れば玉狛の戦力を削る絶好の機会だ。対策の一つもせずに明日を迎えたら手遅れな状態になるかも知れない。

 

 

「……ったく、アイツらが来てから退屈しない毎日だな」

 

 

 暗躍する機会が増加するばかりであるが、後輩の為だと思えばやる気も溢れてくるばかり。難解だと思っていた本日の問題も見事に乗り越える事が出来たのだ。なら、可能性を信じて自身は自分が思った最高の未来を叶える為にひたすら水面下でもがくだけだ。

 

 

「随分と気分が良さそうだな、迅」

 

 

 顔に出ていたのだろうか。書類の束を抱えて歩み寄ってきた知人が話しかけてきた。本部で今みたいに話しかけてくる人間は少ない。

 

 

「誰かと思えば柿崎の兄貴じゃないか。久しぶりだな」

 

「誰が兄貴だ、誰が」

 

「じゃあ、会長とお呼びした方?」

 

「それも止めろ。この前、虎太郎にスマフォを視られて「柿崎さんって会長とか兄貴なんて呼ばれているんですか? 俺も今度からそう呼んでもいいですか?」と聞かれて、誤魔化すの苦労したんだぞ」

 

 

 学生時代の時に作ったLineのグループで話す同い年達からなぜか会長やら兄貴と呼ばれている柿崎。ちなみに柿崎組とグループ名を命名したのは懐からぼんち揚げの菓子袋を取り出して食べ始めている迅であった。

 

 

「相変わらず柿崎の部隊は仲がいいよね」

 

 

 嵐山隊から脱退した柿崎はその後、自分の部隊を結成してランク戦に挑んでいる。今現在の順位はB級13位とやや低迷していた。

 

 

「まぁな。掛け替えのない仲間だし……って、それよりも嵐山から聞いたぞ。あのバカ、ついに弟子を取ったらしいな」

 

「あのバカって……。あ、もしかして八幡の事?」

 

 

 八幡が本部所属の時、ちょくちょく面倒を見ていたことを思い出す。

 

 

「他に誰がいるんだよ。あのバカ、俺に何の相談もせずに玉狛に転属したと思いきや、それから一度も連絡を寄越さなかったんだぞ。幾らなんでも冷たすぎると思わないか?」

 

「まぁ、何と言うか……。つぎ会った時にちゃんと言っておくよ。なんなら連絡させようか」

 

「あぁ、そうしてくれ。近い内にまたサイゼにでも行こう、と伝えてくれよ」

 

「迅、了解です」

 

 

 食事を一緒にする仲だった事に驚きを隠せずにいた迅であったが、同い年の仲間の中でツッコミを担当している柿崎は妙に面倒見が良すぎる。今の柿崎隊の仲が良すぎる理由もそれが大半の要因と言えよう。

 

 

「……じゃ、俺は忍田さんに先の防衛戦の報告書を提出しないといけないから、これで」

 

「了解。それじゃ組長。またな」

 

「組長もやめろ」

 

 

 

***

 

 

 

 柿崎と分かれた迅の携帯から着信音が鳴りだす。素早く操作して確認すると、木崎からのLineであった。中身は三雲、空閑を含めた全員が無事に玉狛支部へ帰還出来たことである。

 素早く「了解」と返信して「俺も終わったから、直ぐに戻るよ」と追加の文章を送信した。

 

 

「さて、急いで戻るとしましょうかね」

 

 

 いまごろ三雲は八幡を除いた全員から空閑の襲撃事件の全容を問い質され、それについて説教を受けている事であろう。どんな風に戦って勝利を掴んだかは知らないが、エボルイルガーの時と同様に無茶をして勝利をもぎ取った事だけは容易に想像できる。弟子を可愛がっている師匠達がそれを知って何もしないわけがないだろう。

 

 

「……おや?」

 

 

 急ぎ足で支部へ向かう迅だったが、突如現れた木虎によって強制的に動きを止めざるを得なかった。

 

 

「よぉ木虎。さっきはありがとな。おかげで助かったよ。じゃ、俺は急いでいるから」

 

 

 簡単にエボルイルガーの時に付いてお礼を伝えて、木虎の横を通り抜けようとするのだが――。

 

 

「……なぜ、彼を玉狛に転属させたのですか?」

 

 

 ――木虎の一言によって振り返ってしまった。

 

 

「どう言う意味だい?」

 

「三雲くんの事です。嵐山さんから聞きました。彼はあなたに誘われて玉狛へ転属したそうですね」

 

 

 本部から支部へ転属する事はそう難しくはない。けれど、玉狛支部となれば話は大きく変わってくる。

 鈴鳴支部を除いた四つの支部は仕事や学業を優先でA級を目指さず、ランク戦に出ない隊員が所属している。彼らは大規模侵攻の時など緊急時の時に市民を避難及び救助するなどの役目を担っている。

 本来ならば玉狛支部も他の支部と同様の役目を担わなくてはいけないのだが、この支部だけは他の支部と少々毛並が違っている。

 

 

「玉狛は近界民友好派です。三つの派閥の中でも一番異色と言われている派閥に三雲くんみたいな人が入るとは思えません」

 

「それはメガネくんを褒めているのか、貶しているのか分かりかねる発言だね。メガネくんの性格を鑑みれば、玉狛派に来てもおかしくないでしょ」

 

「彼の実力が確かならば納得したかもしれませんが」

 

 

 玉狛に所属している隊員の全てが精鋭揃いだ。そんな少数精鋭の支部に三雲の様な実力の伴わない人間を入れるのは違和感を覚えずにいられなかった。

 

 

「おいおい。あの突然変異のイルガーを葬ったのは紛れもなくメガネくんだぞ。木虎の言い方じゃ、まるでメガネくんが弱いみたいじゃないか」

 

 

 色々と反則級の種を仕込んだのは否めないが、それでも勝利をもぎ取ったのは紛れもない三雲自身の頑張りのおかげである。彼の発想がなければ、未だに突然変異のイルガーを討伐する事は出来ていないであろう。

 

 

「確かに最後のあれには色々と驚かされましたが、あんなでたとこ勝負に頼り切るようではまだまだとしか言い様がありません」

 

「まぁその点については木虎の言うとおりだな。これからビシバシ鍛えて、そのうち木虎以上の隊員に鍛えるつもりだから、その時は覚悟しておくんだね」

 

「ありえません。彼が私以上の隊員になる事は一生ありませんよ」

 

「なるさ。俺のサイドエフェクトがそう言っているんだから。間違いないさ」

 

 

 話しは以上だ、と言いたげに歩みを進め始める。

 

 

「まだ、質問の回答を頂いていません」

 

「お前とメガネくんじゃ見ている景色が違う。だから答えようがないな」

 

「意味が分かりません」

 

 

 再び、歩みを止めた迅は振り向く事無く彼女に伝える。それ以上、何もいう事はないと言いたげに歩きだし、今度は木虎が制止の声すら耳に傾けず離れて行くのであった。

 ただただ迅の背中が小さくなるのを見守っていた木虎は、彼の言葉を反芻させてその意味を理解しようと試みる。

 しかし、迅が告げた言葉を理解する事は出来なかった。見ている景色が違う、と言われても思い当たる節が見当たらない。それに加えてそれが質問の回答が無理である理由になるのか、と分からないだらけであった。

 木虎と同世代で活躍するA級隊員は木虎のみ。一つ下に緑川や双葉はいるけど、歳下のせいか対抗意識を持った事はほとんどない。三雲を除いた正規隊員は二人ほどいるけど、木虎とはポジションが異なっているので同様に意識した事はなった。

 つまり、三雲修と言う存在は木虎藍にとって初めて意識せざるを得ない同世代の隊員になるのだ。その人物が何かと話題に絶えない玉狛支部に所属している。気にならないわけがなかった。

 

 

「……私はA級隊員。決して、三雲くんに負けるはずがないわ」

 

 

 

***

 

 

 

「……今日はやけに絡まれる日だな」

 

 

 木虎と別れてから数分後、珍しく自分に絡んできた人物を目の当たりにして、迅は肩を竦めた。

 

 

「秀次。俺になんか用か」

 

 

 己の行く手を阻むA級7位三輪隊を率いる隊長の三輪秀次に話しかける。

 

 

「……三雲修とは何者だ」

 

「いきなりだな。メガネくんの事を知ってどうするつもりだ?」

 

「とぼけるな。お得意のサイドエフェクトで分かっているはずだ。俺達、三輪隊に三雲修の監視の命が下された」

 

「おいおい。それっていわゆる密命だろ? 被疑者と関係者である俺に暴露するのはどうなんだよ」

 

「あんたなら既に見えている未来だろ」

 

「それはそうかもしれないけど」

 

 

 だからと言って、関係者に暴露していい話しにはならないはずだ。しかも、こんな人の往来が激しい廊下で言っていい内容ではない。

 

 

「俺は詳細を城戸指令から確認次第、この命令を受けるつもりだ」

 

「そっか。なら、頑張ってくれよ」

 

「……奴を玉狛に誘ったのお前だそうだな」

 

「なぁ。その情報ってどこから聞き出したの? 人の配属先の情報って確か公にしていないはずなんだが」

 

 

 秘匿していないから調べようとすれば調べられる案件なのだが、あの木虎でさえ三雲の転属の顛末を知っていた。その情報源に興味を抱いた迅は彼に尋ねるのだが、三輪は当然の如く答えようとはしなかった。

 

 

「教える訳がないだろ。奴にどう言った事情があるか知らないが、玉狛支部に入った以上は近界民と同様に敵だ。三雲が黒ならば俺は容赦なく叩きのめすぞ」

 

「それは無理だ。……秀次、お前はアイツに勝てないよ。その前に倒されるから」

 

「……どういう意味だ?」

 

「お前じゃメガネくんを倒す事は出来ないさ。その前にお前は負けちゃうからね」

 

「俺があんなB級隊員に負ける、だと」

 

 

 それは聞き逃せない文句であった。己が未熟であることは自覚しているが、それでもA級部隊の隊長として戦い抜いてきた実績がある。その辺のB級風情に足元を掬われる様なバカな真似をするつもりは毛頭ない。

 

 

「ま、そん時になったら分かるさ。話はそれだけか? ちょっと急いでいるからまた今度にしてくれよ、秀次」

 

 

 

***

 

 

 

 迅が色んな人と絡まれている間、玉狛支部へ帰還を果たした一同は、これからのやるべき事を始める為に各々行動に移していた。

 

 

「三雲。これから茶を沸かすから、空閑だったな。空閑を連れてうがい手洗いを済ませて来い。勿論、お前らもだぞ。小南、京介。八幡」

 

 

 自分の城と化しつつある台所へ移動し、茶の準備に入る木崎。

 

 

「あ、師匠。俺はマッカンがいいんですが」

 

 

 師である木崎が準備しているお茶から、用意される茶の種類を推測したのだろう。

 八幡としては紅茶を出されるよりも、愛飲しているマッカンを飲みたい気分であった。

 

 

「ダメだ。あれは少々甘すぎる。最低、一日一本にしろ。一日に四・五本とか飲みすぎだろ」

 

「苦い人生を送っているのですから、コーヒーぐらい甘くてもいいじゃないですか。それに、全国販売される様になったと言え、マックスコーヒーの知名度はあまり芳しくないんですよ。空閑にもこの素晴らしい飲み物を教えないでどうするつもりなんですか!?」

 

 

 エキサイトする八幡の姿を見て空閑が「まっくすこーひーってなんだ?」と苦笑いを浮かべている三雲に尋ねる。簡潔に「練乳入りの甘いコーヒーだ」と説明すると「こーひー?」と首を傾げられてしまった。

 それに聞き捨てならないと空閑に噛みついたのは八幡であった。

 

 

「そんなに興味あるなら飲んでみるか。マッカンなら冷蔵庫にストックが残っていたはずだ」

 

「くれるなら、イタダキマス」

 

「よし来た」

 

 

 要望のあったマックスコーヒーを取る為に備え付けられている冷蔵庫の扉に手を伸ばす。しかし、そうはさせまいと八幡の手を握った木崎によって動きを封じられてしまった。

 

 

「……師匠、何をするんですか。その手をどかしてくれないとマッカンが取れないじゃないですか」

 

「お前、なに何も知らない若者に布教しているんだ。空閑がマッカン教に堕ちたらどうするつもりだ」

 

「歓迎します、当然でしょ。大丈夫です。影浦隊全員が気に入って飲んでいる代物ですよ。絶対に気に入ります」

 

「アイツらが飲む様になったのは、やっぱりお前のせいか!」

 

 

 ある時を境にB級影浦隊の隊員全員が愛飲していると噂になった事がある。初めは甘すぎるコーヒーを毎日飲むことにドンびく者ばかりであったが、そのおかげで狂犬と恐れられた影浦隊の隊長影浦雅人が大人しくなったと言われている。

 

 

「お前。他の連中には布教していないよな」

 

「……」

 

「そこで顔を背けるな。誰だ! 他に、誰に布教した!?」

 

「えっと……」

 

 

 言い難いのか頬をポリポリ掻いて、言い渋る八幡に詰め寄る木崎だったが、次の光景を目の当たりにして唖然とするしかなかった。

 

 

「……修。あの二人は何を争っているんだ?」

 

 

 缶コーヒータイプのマックスコーヒーを飲んでいる烏丸と。

 

 

「レイジさんが動揺するなんて珍しいわね。ゆりさんから連絡でもあったの?」

 

 

 ペットボトル型のマックスコーヒーを嗜む小南の姿があった。うがい手洗いに行ったはずの二人が戻ってくるとマックスコーヒーを手にしている。その事実を知った三雲も木崎と同様に唖然とするしかなかった。

 

 

「……ふむ。これは中々」

 

 

 気が付くと隣からグビグビ咽喉を鳴らす音が聞こえてきた。まさかと思って、そちらを見やるといつの間にかマッカンで咽喉を潤す空閑の姿があった。

 

 

「く、空閑? お前、それはどこから……」

 

「……ん? どこからって、こいつからもらったんだが」

 

 

 と、下を呼び指す。三雲が唖然としている間に玉狛支部で飼われている雷神丸がそこにいた。当然、雷神丸がいるならばこの子の飼い主である陽太郎もいるはず。その陽太郎はお昼寝中だったのか、雷神丸の背中に跨り気持ちよく寝息を立てていた。

 空閑が飲んでいるマックスコーヒーは陽太郎が飲んでいた奴であった。それを知った木崎は珍しく額に青筋を浮かべて、この状況の原因を作ったであろう張本人に問い質す事にした。

 

 

「さて、八幡。申し開きはあるんだろうな?」

 

「……ま」

 

「ま?」

 

「まったく、マックスコーヒーは最高だぜ!!」

 

 

 次の瞬間、木崎の鉄拳が八幡の脳天に振り下ろされたのは言うまでもないだろう。



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031:厨二、氷の姫と謁見する

 総武高等学校2年C組、材木座義輝。出席番号12番。性別男。

 常在戦場を信条としており、小学校時代はとあるマンガの影響で世界一の剣豪になると修学旅行で購入した3本の木刀で毎日素振りするのが日課であった。

 しかし、毎日毎日鍛錬を続けてもマンガの様な必殺技を生み出す事ができず挫折。所詮は空想の産物と知って絶望したのは黒歴史として今も鮮明と覚えている。

 ボーダーが表舞台に現れ、募集を掛けると同時に応募して無事に合格。一般人と比べてトリオン量が多いと言う点からC級時代も他の隊員よりも加算されて有頂天になっていた事もある。しかも、小学時代に木刀を振り回した事が功を奏したのか既に戦い方を確立させていた為、一月程度で正隊員に昇格する事に成功したのだった。

 以上を踏まえて中学時代の夢はA級隊員になって、小学時代に諦めた世界一の剣豪になる事であった。剣豪将軍義輝はこの時に爆誕したと言えよう。正直、どうでもいい情報であるが。

 そんな材木座も今は戦闘員からエンジニアに転向した変わり者だ。別に転向事態は珍しくないのだが、その理由がブレードトリガー弧月以上のトリガーを作るためだから笑ってしまう輩も出てしまうのだ。

 そんな材木座は久方振りの学校に登校していた。開発に集中しすぎて出席日数が冗談抜きで危なかったからである。それを木崎に知られて足蹴りにされたのは言うまでもない。

 

 

「……ぬぅ」

 

 

 補習用に渡されたプリントを睨み付ける。

 理由がボーダーの仕事と聞いて、とある教師が処世術を与えてくれたのだ。それが、今現在四苦八苦して格闘中の補習プリントだ。意外と勉強が出来る材木座は難なく答えを埋める事が出来たのだが文系、特に古文が苦手であった。

 ただでさえ日本語は難しいのに、社会に出たら何の役にも立たない古文など無用の長物もいいところだ。しかも、最悪な事に古語辞典を持ってきていなかった。いつも持ち歩いているパソコンを起動させれば一発で変換させる事が出来るが、ばれたら事である。

 パソコンと言う万能ツールの誘惑に耐えながら、材木座は全ての補習プリントを終えたのはイレギュラー事件が終わりを告げた頃であった。

 

 

 

***

 

 

 

「……ふむ。確かに受け取った。流石は学年10位と言った所か。古典以外は問題なしだ」

 

 

 適等に問題を埋めてない事を確認した平塚は材木座から提出された補習プリントを受け取った。

 

 

「あの、先生は現国担当なのでは?」

 

「私は生活指導担当なんだよ。ほら、私は若いから。若いから」

 

 

 大事な事だから、二回言ったよこの先生。と胸中でツッコミをしつつ、平塚の言葉を待つ。

 

 

「まぁ、ボーダーの仕事で大変なのは分かるがキミの本分はあくまで学業だ。そのままボーダーの道を進むにしろ、進学するにしろ勉学を疎かにする事はキミの為にならない。今後はもう少し、こちらも気にしてもらえると助かる」

 

「は、はい。すみません」

 

 

 勢いよく平謝りする材木座。平塚の言っている事は最もな事なので、反論のしようがなかった。

 

 

「今回はこれで勘弁してやるが、次は庇い切れないぞ。なるべく学校には登校する様に。分かったか?」

 

「はい。以後気を付けます」

 

「よし、ならいい。じゃあ……っと。済まないが、もう一つ頼まれごとをしてもらえないだろうか」

 

「と、言いますと?」

 

「これを比企谷と葉山に渡してくれないだろうか?」

 

 

 と、言って渡したのは一枚のプリントであった。内容を確認すると材木座のクラスも配られた職場見学希望調査票であった。

 

 

「まだ提出期限まで日数があるから、明日でも良かったのだがキミなら二人と連絡が取れるだろ?」

 

「まぁ、それは可能ですが」

 

 

 緊急事態も想定して隊員間の連絡は速やかにとれるように支給された携帯電話がある。それを使えば二人とやり取りする事は容易に出来る。特に今回の二人は元部隊の仲間と言う事もあって私用の携帯電話の番号も知っているから、問題らしい問題はない。

 

 

「なら、悪いが頼む。……そうだ、もう一ついいか。奉仕部に行って雪ノ下に私は職場見学関係で早めに上がらないといけないので、鍵は机の上に置いて欲しい事も伝えて欲しい」

 

「……へぅ!?」

 

 

 何気に色々と仕事を押し付けられた材木座は嫌と言えなかった。Noと強く言える日本人ではないのだ。

 

 

 

***

 

 

 

「……ここか?」

 

 

 平塚に聞かされた場所、奉仕部の部室の前に辿り着いた材木座は大きく深呼吸して心の準備を始める。八幡から聞かされた雪ノ下雪乃嬢はとにかく口が悪いご令嬢とのこと。少しでも気分を害せば氷の闘気を撃ち込まれると言われた。なるべく関わらないよにしようと思っていた矢先にこれだ。

 

 

「(帰ろうかな)」

 

 

 このまま回れ右して玉狛支部に行くことも考えたが、後々の事を考えると怖くて実行に移せなかった。仕方がないので、材木座は目の前の扉をノックする事にした。

 

 

 

 ――コンコン

 

 

 

「ゆきのん、誰か来たよ」

 

「そのようね。どうぞ」

 

 

 ノックの直ぐに雪ノ下の声が聞こえたのだ、恐る恐る扉を開ける。

 

 

「し、失礼しますぅ」

 

 

 普段ならばキャラを作りながら言う台詞であるが、氷の姫様と謁見する事に恐れをなして素が出てしまう。

 

 

「ようこそ、奉仕部へ。平塚先生から言われて来たのかしら?」

 

 

 そうです、と肯定しようと口を開くのであったが緊張のあまり声にする事が出来なかった。何せ、見知らぬ女性――しかもボーダーと関係のない人物――と話すのは久方振りだ。

 

 

「あなたは2年C組の材……。ごめんなさい、ド忘れしてしまったようだわ。名を聞いてもいいかしら?」

 

「我は……」

 

 

 名乗れと言われて材木座の厨二スイッチが入ってしまった模様。先ほどまでおどおどとしていたのにも関わらず、愛用のロングコートを翻して高らかと宣言する。

 

 

「我が名は元A級比企谷隊が一人。特攻隊長剣豪将軍義輝。またの名を材木座義輝と申す」

 

 

 普段から練習しているポーズ――単に腕組みして半身になるだけ――を決める。

 そんな材木座を見て案の定ドン引きする二人。

 

 

「ゆ、ゆきのん。明らかに危ない人だよ、あれ。ど、どうするの?」

 

 

 材木座に聞こえない様に耳打ちしたのはよかったが、残念な事に由比ヶ浜の小声はばっちりと聞こえている。材木座の精神力に千のダメージが与えられた。

 

 

「先ずは話しを聞いてから判断するわ。あなたは直ぐに連絡が取れる様にしてちょうだい」

 

「う、うん。わか……ん?」

 

 

 雪ノ下の言葉に頷き、いそいそと携帯電話を取り出そうとする由比ヶ浜であったが、材木座の言葉に引っ掛かりを覚える。

 

 

「どうしたのかしら、由比ヶ浜さん」

 

「うん。えっと、材木座君だっけ? いま、元ヒッキー隊とか言わなかった?」

 

 

 材木座の自己紹介があまりにも強烈な為に気にも留めていなかったが、彼は元比企谷隊と告げたのだ。気にならないと言えば嘘になる。

 

 

「ヒッキー隊? 我が所属していた部隊名は比企谷隊だ。我が部隊名を間違えてもらっては困るな」

 

「……驚いたわ。あなたもボーダーの関係者だったのね」

 

「いかにも。かつては剣豪将軍と恐れられ、今は名刀を生み出す為にエンジニアの道を志す探究者。それが我である」

 

 

 眉間に手を当てる雪ノ下。材木座の言っている意味は何となく理解できるが、妙な言い回しを一々翻訳しないといけないので頭痛すら覚えてしまう始末。

 こういう輩はさっさと用件を聞いて返してしまった方が良いと思い、雪ノ下は話しを戻す事にした。

 

「それで、その材木座君だったかしら? いったい、奉仕部に何の用なのかしら?」

 

「っと、忘れるところであった。平塚教諭から伝言を賜っておる」

 

 

 材木座は平塚から頼まれた言伝を雪ノ下と由比ヶ浜に伝えた。

 

 

「そう。伝言、確かに承ったわ。お疲れ様、材木座君」

 

「うむ。では、用事も済んだので我はこれで――」

 

 

 退散する、と言うよりも早く由比ヶ浜によって話しを制されてしまう。

 

 

「――ちょっとちょっと! まだ私の話しが終わってないよ」

 

「はぅ!? あ、あの何かありましたか?」

 

 

 由比ヶ浜の迫力感によって厨二スイッチが強制解除されてしまったらしい。先程まで憮然としていた態度が一変して挙動不審の態度を見せる材木座であった。

 

 

「ヒッキーの部隊にいたんでしょって聞いているんだよ」

 

「いや、その……。僕が所属していた部隊名はヒッキーじゃなく、比企谷――」

 

「あってるじゃん」

 

「あってるの!?」

 

 

 材木座的衝撃な事実を知り仰天する。比企谷をヒッキーと呼ぶ事にも驚愕するところであるが、何よりあの八幡が雪ノ下や由比ヶ浜みたいな美少女と面識がある事に驚きを隠せなかった。

 

 

「彼女は比企谷君の事をヒッキーってあだ名で呼んでいるのよ。……由比ヶ浜さん。初対面の人にものを尋ねる場合はもう少し分かりやすく伝えないといけないわ」

 

 

 由比ヶ浜の言葉足らずの話し方を諌めた雪ノ下の補足説明でようやく納得の声を上げる。

 

 

「な、なるほど」

 

「……そう言えば、材木座君。その比企谷君はいま何をしているのかしら? 私の記憶が正しければ今日は奉仕部に来る日だと思っていたのだけど、それは私の勘違いかしら」

 

 

 抑揚のない雪ノ下の言葉に寒気が走った。急激に体感温度が十度ほど下がったような気がしてならなかった。

 

 

「え、えっと……。僕は八幡から事情を聴いておりませんので、奉仕部とかの事情は知らないのですが」

 

 

 以前、雪ノ下がどうのこうのと愚痴を聞かされたから彼女の事は知っていたが、その理由が奉仕部に起因していることまでは聞く事が出来なかった。まさか、あの八幡が学校の部活動に所属するなんて誰が想像出来よう。

 

 

「ゆ、ゆきのん落ち着いて落ち着いて。えっと、今ヒッキーはどうしているのかな? 連絡を取りたくても連絡先知らないんだ」

 

 

 本当ならいち早く連絡先をゲットして親睦を深めたい気持ちでいっぱいであったが、いざお願いしようとすると気恥ずかしくなって言い出す事が出来ずにいた。こんな事になるなら早々に連絡先を交換すればよかったと後悔する由比ヶ浜である。

 

 

「な、なんなら連絡いたしましょうか?」

 

「お願いできるかしら」

 

「い、イエッサー」

 

 

 反射的に敬礼のポーズをして、そそくさと八幡に連絡を取り始める。

 どうやら既に戦いは終わっていたらしく、数コール後に女性二人の気を揉んでいたグールさんが電話に出たのであった。

 

 

『なんだ、材木座。いま忙しい。後にしてくれないか?』

 

「……ふっ。相変わらずだな八幡よ。その様子だと運命の交叉路を乗り切ったようだな」

 

『まあ、何とかな。正直苦戦したが。……お前が作り上げた【ホーク】と【ライコイ】が大いに役に立った』

 

「ほぅ。それは僥倖。智将殿は無事であるか?」

 

『あぁ、無事だ。なんなら変わるか?』

 

「いや、無事であるなら問題あるまい。時に八幡よ。さっきから受話器越しから迅殿と小南殿のいざこざが聞こえてくるのだが、いかがいたしたか?」

 

 

 今の今まで気づかない振りをしていたが、八幡が電話を出てからずっと迅と小南の口論が聞こえてくるのだ。話の内容は聞き取りにくいが、中々激しい論争を繰り広げていることだけは理解出来た。

 

 

『あぁ。あれか? 時に材木座。お前はぼんち揚げとマッカン、どちらを取ると言われたらどうする?』

 

「……はい?」

 

 

 唐突の八幡の話題に理解が追い付かなかった。

 

 

『つまり、こういう事だ』

 

 

 八幡はいま小南と迅が口論している理由を説明しだす。

 事の始まりは迅が玉狛支部に戻ってきたのが始まりらしい。八幡の魔の手によって空閑がマックス教に堕ち掛けたのが原因だそうで、迅も負けじとぼんち揚げ教を布教する為に躍起になったとかなってないとか。それだけなら何の問題もなかったのだが、あろう事か小南がぼんち揚げをディスってしまったのだ。

 コーヒーに煎餅は合わないから別の茶菓子が良いと。これにぼんち揚げ教の教祖たる迅が大いにお怒りになってしまったようだ。思わずあの小南に「そんな甘ったるい飲み物ばかり飲んでいるとその内に相撲取りの様にぶくぶく太るんだぞ」と口走ってしまったのである。

 

 

「(いや、幾ら小南嬢でもそんなウソを信じる訳――)」

 

 

 ないと思ったのだが、それに烏丸が便乗したのがいけなかった。いつもの様に「知らなかったのですか?」と話しを切りだして「マッカンには女性のみ太り易い成分が入っているんですよ」とのたまったのである。

 すると、小南は慌てて脱衣所の方へ駆け出して行ったのだった。理由は言わずがなである。

 

 

「(小南譲ぉ)」

 

 

 虚言を疑わない彼女はそれだけで美徳なのだが、あまりにもピュアすぎて実はわざと騙されているのではと思わずにいられなかった。

 

 

『ま、実際に少し肥えていたらしいが、あいつスタイルいいしな。そこまで気にすることないと思うんだがな』

 

 

「……ノーコメントでお願い致します」

 

 

 激しく同意したい所であるが、自分の後ろには氷の御姫様とビッチ様がお控えになっておられる。下手な事を言うと間違いなく永遠の吹雪を受ける事になるだろう。

 

 

『んで、そこで迅先輩が「ウソだったのに、太ったの?」と言ったから大変な事になった。まぁ、そこからは売り言葉に買い言葉って感じだな。その後、小南が「ぼんち揚げなんておっさんの食べ物じゃん」とか言うから、迅先輩も流石にお怒りでな。んで、いまに至るという訳だ』

 

 

 つまり要約するとこうなるわけだ。

 マックスコーヒー教祖代行――いつの間にかなっていた――小南VSぼんち揚げ教開祖迅のどうでもいい口喧嘩が繰り広げられているらしい。

 正直なところどうでもよかった。マックスコーヒーよりもブラック派であるし、ぼんち揚げよりもぬれ煎の方が好物である。何より、ここ最近通っているメイド喫茶のオムレツハートに勝る物はないと断言できる。

 

 

『そう言えば材木座。お前、俺に用があって電話してきたんじゃないのか?』

 

 

 マックスコーヒーとぼんち揚げの不毛な戦いに話の花を開かせてしまったせいで忘れていたが、八幡の言葉によって自分が彼に電話した目的を思い出す。

 

 

「うむ、今回の用件はな」

 

「――材木君」

 

 

 用件を切り出そうとした時、氷の姫が重たいお尻……もとい腰を上げて、材木座に要求したのであった。

 

 

「用件は私が話すわ。変わりなさい材木君」

 

「あ、あの。我の名前は材木座――」

 

「変わってくれませんか、ザ・イ・モ・ク君」

 

 

 あら不思議。異性を虜にしてしまうような綺麗な笑みでお願いされたのにも関わらず、全身から冷や汗が流れて止まらなかった。戦闘員としての経験からこうなった場合、下手に状況を変えようと躍起になるのは凶と学んでいる。故に材木座がとる行動は一つのみ。

 

 

「い、イエス。ユア・マジェスティ」

 

『おい、材木座。突然どうしたんだ? なぜこの場面で――』

 

「――随分と楽しそうね、比企谷君」

 

『……え? 雪ノ下か?』

 

「この美声を出す人物が私以外にいると思ったのかしら?」

 

『それ、自分で言う台詞かよ』

 

「この私を誰だと思っているのかしら」

 

『あ、アイエエエエ!? ユキノン!? ユキノンなんで!! と言えばいいか?』

 

「あなたにユキノンと呼ばれると虫唾が走るわ。即刻訂正する事を要求するわ」

 

『いや、そうなんだが。今のセリフにツッコミぐらい入れてもらってもいいと思ったんだが』

 

「私は忍者じゃないからお門違いよ、と言えばよかったのかしら?」

 

『知ってたのかよ。まぁ、その……。わりぃ。連絡が遅れた』

 

「そうね。緊急事態と言え、報連相ぐらいは確り守って欲しかったわ」

 

『……以後気を付ける』

 

「そうね、気を付けてちょうだい。けど、無事そうで何よりだわ」

 

『なんだ? 俺の心配でもしてくれたのか。意外と雪ノ下も――』

 

「勘違いしないで頂戴。ここであなたに何かあったら私の依頼が遂行できないだけよ。決して他にやましい気持ちはにゃいわ。ないわよ。えぇ、そうよ」

 

 

 突然雪ノ下の早口姿を目の当たりにして材木座は思ってしまった。この氷の姫様はもう一つの属性を備えていたご様子だ。白雪姫ならずツンデレ姫とは誰得だ、と思った材木座は悪くないだろう。

 

 

『おい。急に早口で捲し立てるなよ。思わず身構えてしまっただろ』

 

 

 違う。そうではないだろ、八幡よ。お主はいつの間にギャルゲーの主人公見たいな事を口にする様になったのだ、と声を荒げてツッコミたいところであるが状況がそれを許さなかった。

 

 

「ゆきのん! 私にも変わってよ」

 

 

 ここで、二人の会話の成行きを見守っていたビッチもとい乳神、もとい由比ヶ浜が動き出す。自分だけ会話の外に置かれているのが不満だったのだろう。口を尖らせて雪ノ下に訴えたのであった。

 

 

「えぇ。どうぞ」

 

 

 話したい事は話せたのか、簡単に由比ヶ浜に携帯電話を譲ったのであった。

 

 

「ヒッキー! 元気!?」

 

『……あん? その声は由比ヶ浜か。なんで雪ノ下の傍にいるんだ?』

 

「なんでって、私も奉仕部に入ったからゆきのんの傍にいるのは当たり前だよ」

 

『な、マジか!?』

 

 

 そんな情報は一切八幡の耳に入ってはいなかった。

 けど、隣で聞いていた雪ノ下も初耳であったらしく、その事に付いて指摘する。

 

 

「由比ヶ浜さん。まだ、入部届を頂いていないから、奉仕部の一員とは言い難いのですけど」

 

「え!? そうなの!!」

 

 

 まさかの事実に由比ヶ浜は目を丸くさせる。

 

 

『いや、普通に考えればそうだろ』

 

「う、うるさいな。なら書くよ! 何枚でも書くから、仲間に入れてよ。ゆきのぉん!!」

 

 

 由比ヶ浜のハグが雪ノ下に襲い掛かる。

 普通ならば微笑ましい光景なのだが、相手が由比ヶ浜なら話は変わってくる。彼女の胸部には恐ろしい凶器が二つ備え付けており、それを加えてのハグ攻撃は雪ノ下の精神に多大なるダメージを与えるのに等しいのだ。

 ちなみに材木座の眼の保養になったのは言うまでもないが、ここはあえて何も記さないで置く。

 

 

『とりあえず由比ヶ浜。雪ノ下が闇堕ちするから落ち着け。聞こえているか? おーい!』

 

 

 雪ノ下のあたふたしている様子から察したのだろう。雪ノ下に制止の声をかけるのだが、当の由比ヶ浜は聞く耳を持っていなかった。

 

 

「由比ヶ浜さん! 分かったから、分かったから離れてちょうだい」

 

 

 力づくで由比ヶ浜を引きはがした時の雪ノ下の表情が般若のようだった、と後に材木座は八幡に語るのであった。



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032:グール、氷の姫を口説くってよ

 八幡と会話出来た事で満足したのだろうか、最初に感じた肌に突き刺さるような寒気が徐々に薄れていくのを感じた。本当ならば平塚教諭の言葉を伝え終ったので早々に退散したい所であるが、携帯電話を取られている以上、帰るに帰れない状態であった。

 

 

『あー。そういや、材木座はそこにいるか?』

 

 

 思い出す様に材木座の名前を呼んだ八幡の言葉によって二人は気づかされてしまう。そう言えば、今使っている携帯電話は彼の物であったはず。幾ら通信費が安くなった時代とはいえ、長々と話し続けるのは大変申し訳ないのでは、と今さらながら至ったのであった。

 

 

「えぇ。ちゃんといるわ。彼には悪い事をしてしまったわね。後で謝らないと――」

 

 

 いけないわね、と言おうとするよりも早く八幡が告げる。

 

 

『いいんじゃないか? 【ライコイ】のアイディア料とでも思っておけよ』

 

「……それはどう言う意味かしら」

 

 

 なぜ、この場でその単語が八幡の口から出るのか雪ノ下には分りかねていた。

 

 

『どう言う意味って、お前が考案した【ライコイ】はそこにいる材木座の手によって造られたんだぞ』

 

 

 聞くと同時に材木座の方へ振り向いてしまった。

 一見、と言うか完全にオタクにしか見えない材木座が自分の考案したトリガーを現実に生み出す事が出来るなど誰が想像できようか。

 

 

「え、えっと……。ヒッキー、話は視えないんだけど」

 

『あぁ。由比ヶ浜はまだいなかったな。こいつ、俺の仕事を覗き見して勝手に覚えてしまったらしく、自分の考案したトリガーの書類を俺に押し付けたんだよ。んで、俺はそこにいる材木座に押し付けて、好きにしろと言ったんだ』

 

「ヒッキー……。それは少し可哀そうじゃない」

 

『なんでだよ。ちゃんと資料は一通り見て、俺の考察も記して提出したんだから問題ないだろ』

 

 

 材木座義輝と言う技術者は、プログラム面は弱いが筐体技術は優れている。まだ代表的なトリガーは世に出ていないが、その内いつか材木座の技術力が必要な未来が訪れるであろうと八幡は確信している。それまでに厨二病が改善してくれればいいと常々思っていたりする。

 

 

『そう言えば、雪ノ下。お前にはまだちゃんとお礼を言っていなかったな』

 

「あら、どういう風の吹き回しかしら。あなたが私にお礼を言おうとするなんて」

 

『お前が考案したトリガーが俺の弟子を危機から救ってくれたんだ。お礼の一つも言わないのは流石にどうかと思ってな。……ありがとう、雪ノ下。お前のお陰で助かった』

 

「……そう。お役に立てたなら何よりだわ」

 

 

 真摯に感謝を込められたお礼の言葉に雪ノ下もそれ相応の態度を持って示す。思えば今の八幡の様にちゃんとお礼を言われた事はなかった気がする。素直に感謝される事がここまで胸を満たしてくれるなんて雪ノ下は知らなかった。

 

 

「なるほどな。八幡がいきなり大量の草案書を持ってきたから驚いたが、あれは雪ノ下嬢が作成したものだったのだな」

 

 

 仕事の最中、八幡が突然現れて押し付けられた草案書を渡されたのを思いだす。

 八幡は材木座とは逆にシステム面には強いが筐体技術は弱い傾向がある。だからこそ、草案書に書かれていた強度計算やらトリオンの効率化の改善点等々記されているのを目にした時、テンションが異様に高くなってしまい徹夜したのを言うまでもなかった。

 

 

「ふむ。それならば、考案者に完成品を見せるのは礼儀と言うものか」

 

 

 ごそごそとカバンからタブレット型のパソコンを取りだし、起動させる。

 本来ならば一般人にボーダー関係の資料を見せるのは違反に当たるのだが、相手は後輩の切り札となってくれたトリガーを考えてくれた恩人に当たる。そんな恩人に完成品を見せないのは礼儀に欠くと材木座は判断したのだった。

 パソコンの起動が、報告書様に入れておいた動画のアイコンをタップして再生させる。

 

 

「見ていただきたい、雪ノ下嬢。これが、あなたが考案した【ライコイ】の姿である」

 

 

 雪ノ下は携帯電話を所持していたので、タブレットは由比ヶ浜に渡して見せてもらう様に頼んだ。

 再生してから数秒後、材木座が登場した。軽く【ライコイ】の事に付いて説明し、登録してあるトリガーを起動させてトリオン体に変身したのだった。

 材木座の命により【ライコイ】が姿を現す。その姿を見て雪ノ下は言葉にならない感情を抱く事になる。

 自分が考えた物が現実に形となって世に出るのは誰であっても嬉しくなるのは言うまでもない。例えそれが人殺しの道具になる物であっても、抱く感情は同じだろう。

 

 

「どうだろうか。貫通能力に特化したトリガー【ライコイ】を見た感想は」

 

「そ、そうね。ちょっと不恰好すぎるのがいただけないけど、性能はまずまずだと思うわ」

 

「まぁ、元は我らが作った【ラプター改】の改良機だからな。不恰好なのは許されよ。これから色々と改良を入れていくつもりだが、その時は色々と意見を頂きたく思う」

 

 

 三雲に渡した【ライコイ】はまだまだ改良の余地がある試作品と言えよう。破壊力は充分発揮できたと思われるので、後は使いやすさを追求して行けば本部採用になるのも夢ではないだろう。その為には第三者の意見を取り入れる必要がある。

 そう言った面では正直玉狛のメンバーは使えない。皆が皆、精鋭の隊員である為に欠陥のトリガーを使っても使いこなしてしまう恐れがある。万人が扱えるようにする為には感じた意見を率直に言える人間が必要になる。そう言った面では雪ノ下は大変貴重な存在だ、と八幡が口にしていた。口が悪いが、とも付け足していたが。

 

 

「それが依頼と言うならば、喜んでお受けいたしましょう」

 

「うむ。感謝いたす、雪ノ下嬢」

 

 

 いつの間にか一つの商談が成立していた。まったく持って会話に割って入れなかった由比ヶ浜はしどろもどろとしていたが、自分にも話題があった事を思い出して会話に割って入る。

 

 

「はいはーい。えっと、材木座君もボーダーなんでしょ?」

 

「う、うむ。その通りだが」

 

「ボーダーってどうしたらなれるの?」

 

「……はい?」

 

 

 

***

 

 

 

『なに、由比ヶ浜。お前、ボーダーに入りたいの?』

 

 

 電話越しから聞こえてきた由比ヶ浜の発言に問い返すは八幡であった。

 

 

「そ、そうだけど。やっぱり無理かな」

 

『無理と言うか……。俺からして見れば、今さらと思うのだが』

 

 

 入ってくれるならば、それはそれで戦力増加につながるので隊員としても嬉しい限りである。けれど、自分達が通っている学校は進学校であり、二年になった今頃に加入しても遅すぎると八幡は個人的に考える。加入した所で直ぐにB級の正隊員に昇格するとは限らない。下手をしたら、一年経っても昇格できないなんて事も考えらえるのだ。

 高校二年の八幡達はあと一年もすれば大学受験と言う人生を左右するイベントが発生してしまう。ボーダー推薦で入る者は別だが、実力で学力試験を突破しようと考える猛者達はボーダーで活動できる時間は無きにも等しい。

 入りたいと言う本人の意思を否定するつもりは一切ないが、あまりお勧めできる選択肢とも思えなかった。

 

 

『ボーダーのホームページを覗けば次の募集等が書かれていると思うから、それを参考にしな』

 

「ボーダーのホームページだね。……ママに頼めば大丈夫かな」

 

『いやいや。ネットを視るぐらい自分の力でどうにかしろよ。なに? もしかしてパソコン持っていないの?』

 

「そんな高級なもの持っていないよ。ただでさえ、機械物は直ぐに壊しちゃうし」

 

『あー。ソウダネ』

 

 

 ちょっと前、目を離した隙に自分のパソコンをブルースクリーンにさせた時を思い出す。

 最近のパソコンはよく出来ているから、早々簡単にブルースクリーンになる事は少ないのだが、由比ヶ浜にかかれば御茶の子さいさいなのだろう。

 

 

『……仕方がねぇ。明日、奉仕部に参加するから俺がやってやる』

 

「え!? 本当に!!」

 

『応募するだけなら、バカでも出来る。それぐらいなら直ぐにやってやるよ。……ただし、親御さんにはちゃんと言うんだぞ』

 

「うん! ありがとう、ヒッキー」

 

 

 思いがけない嬉しい誤算に由比ヶ浜は歓喜する。まだちゃんと話した事がなかったので、これを機会に色々と離せれば、と期待する自分がいた。

 そんな二人の会話を聞いて、雪ノ下はポツリと呟く。

 

 

「……そう。そうなると奉仕部の活動を続けるのは難しいわね」

 

「ぇ?」

 

「だってそうでしょう。ボーダーに入ったら訓練とか色々やらなくてはいけない仕事が増えるはずよ。比企谷君を見ればそれは一目瞭然でしょ」

 

 

 ボーダーに加入してからの事情は大して詳しくないが、今より忙しくなるのは容易に想像できる。

 

 

『いや、大丈夫じゃないか? 入ったばっかりのボーダーなんて訓練ぐらいしかやることないし。由比ヶ浜が個人ランク戦で勝ち続ける姿なんて想像できないしな』

 

 

 その理論で言うと八幡自身、部活に参加すること事態が問題視されるはず。公式な大会とか試合に出る事は難しいが、部活動に入るぐらいなら別段に問題はないはずだ。他のボーダー隊員も二足の草鞋を履いている奴なんて珍しくない。

 

 

「……そう。そう言うものなのね」

 

『何なら、お前もやってみるか? むしろ、その気があるならエンジニアとしてスカウトしたいぐらいなんだが』

 

「ぇ」

 

 

 まさかの八幡からのお誘いであった。

 材木座もその提案は賛成なのか大きく頷いた。

 

 

「それは名案だ。雪ノ下嬢のアイディアや頭脳が借り受けられるなら、これ以上心強いものはあるまい」

 

『いい考えだろ? 玉狛支部に所属してくれるなら、俺達もより一層に気合が入ると言うものだしな。何せ自他共に認める美少女が来てくれるんだから』

 

 

 八幡の口説きスキルが発動。

 自身も美少女と自負している雪ノ下であるが、こうやって素直に言われると流石の雪ノ下も照れない訳がない。由比ヶ浜や材木座に悟られない様にポーカーフェイスを決め込もうとするが、頬を紅潮させている時点で無意味な努力と言えよう。

 当然、その会話に面白く思っていないものがいた。

 

 

「ちょっとヒッキー! なに、ゆきのんを口説いているの。キモイんだけど」

 

『あ? なに怒っているんだよ由比ヶ浜。そりゃあ、俺の様な人間が雪ノ下みたいな美少女を口説くのは吐き気すら覚えると思うが、今のはどう見ても違うだろうが』

 

「そう言う意味じゃないけど……。私もいるんだし、私も誘ってくれてもいいじゃない」

 

『誘えと言われても、パソコンもろくに使えない奴を技術部門に誘ってもな。由比ヶ浜はどちらかと言うとスカウト部門とか報道部門に適しているんじゃないか?』

 

 

 なぜかはあえて口にしないが。言ったら確実に氷の御姫様から折檻を受ける事になりそうだから。

 納得のいかない由比ヶ浜は頬を膨らませて八幡にブーイングをし続ける。

 そんな二人の会話を聞いて、少しばかり優越感に浸ったのだろう。由比ヶ浜結衣は同性の自分から見ても十分に魅力的な女性である。何より自分にない可愛げが彼女にあるのだ。

 そんな由比ヶ浜よりも自分の方が欲しいと言われたら、たとえ八幡から言われたと言え嬉しく思ってしまう。我ながら単純な女と思う雪ノ下であった。

 

 

「……そう。比企谷君は私が欲しいわけね」

 

『おい。誤解を招くような発言は止めてくれませんかね。小南! 真に受けるな。お前、誰に連絡しようとしている!? 烏丸も携帯電話をしまえ! ちょっ、師匠。赤飯なんか炊かなくていいですから。大の大人が男泣きなんかしないでください!』

 

 

 唐突に八幡が怒鳴り出したので、携帯電話から顔を遠ざける。

 

 

『ちょっと大ニュース、大ニュース! あの比企谷が同級生を口説いているの。相手も満更じゃなさそうなのよ! もう吃驚したわ』

 

『比企谷先輩に彼女がいたそうだぞ。お得意のウソだって? 俺も信じられなかったんだが、これはマジな情報なんだ』

 

『あの比企谷に彼女が、彼女がいたなんて……。比企谷! 今日は腕によりをかけて夕飯を作るからお祝いをするぞ。妹さんも呼んで盛大にやるぞ。何ならその彼女さんも呼んでしまえ』

 

『だから違うと言っているだろうが! おい、三雲。この三人をどうにかしろ。師匠命令だ!』

 

『あの、その……おめでとうございます、師匠』

 

『お前もか!? お前もそんな事を言うのか、三雲! 師匠はそんな子に育てた覚えはないぞ』

 

 

 次の瞬間、通話が終了されてしまった。誤って通話を切ってしまったそうだ。

 

 

「…………」

 

 

 あまりの出来事に言葉を失った雪ノ下は、とりあえず借りていた携帯電話を材木座に返したのであった。



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033:ボス、恩人の息子に会う

一言だけ言わせてほしい。

……顔文字ってむずいよ。
使い方間違っていたら教えてください。


 ボーダーの戦闘員の平均年齢は若い。

 大切な事なのでもう一度言う。平均年齢は非常に若い。

 前線で活躍している戦闘員の大半は思春期を謳歌している学生がほとんどである。

 故に彼ら彼女らは色恋沙汰などの噂話は大好物である。一度情報が拡散すると井戸端会議の主婦界以上の伝播速度で広がっていくのだ。

 その証拠に……。

 

 

 柿崎:おい、比企谷(・3・)∂"

 柿崎:言いたい事は色々とあるが、まずはこれだけ言っておく。

 柿崎:俺より先に彼女を作るとか生意気だぞ(  ̄3)o┳□□□□

 

 

 佐鳥:((= ̄ε ̄=;))ナ、ナント!!

 佐鳥:ちょっ、比企谷先輩。エイプリルフールにはまだ早すぎますよ。

 佐鳥:え、ウソですよね。嘘と言ってよハチえもん(≧◇≦)

 

 

 時枝:おめでとうございます、比企谷先輩。

 時枝:これで念願の主夫になれますね(* ̄3 ̄)/゚・:*【祝】*:・゚\( ̄ε ̄*)

 時枝:祝い品はマッ缶一ダースで良いですか?

 

 

 嵐山:(」゚ロ゚)」おぉ(。ロ。)おぉΣ(゚ロ゚」)」おぉ「(。ロ。「)おぉ~

 嵐山:(」゚ロ゚)」おぉ(。ロ。)おぉΣ(゚ロ゚」)」おぉ「(。ロ。「)おぉ~

 嵐山:ヘ(≧3≦)ヘ)ヘ)ヘ)ヘ)ヘ)ヘ)ヘ...バタバタバタ

 

 

 玉狛第一、木崎隊のリークによって八幡の私用の携帯電話は今までに見た事のないほど多数のLineの通知を知らせ続けた。

 最初に反応したのは旧嵐山隊の人達であった。恐らく小南から嵐山のホットラインによって伝えられ、そこから柿崎、時枝、佐鳥へと拡散されたのだろう。

 三人とも小南の言葉を疑っていない様子。そうでなければ、これほどまで祝福の言葉を送ってくる事など難しい。隊長の嵐山なんて、驚きと喜びのあまり顔文字だけで文面が一切ないのだから。最後にどこかへ走り去ったのは非常に気になる所だが。

 

 

  東:久しいな、比企谷。

  東:二宮から聞いたけど、彼女が出来たんだって?

  東:いい人が出来てよかったよ。今度、何か奢らせろ。祝ってやるから。

 

 

 影浦:天変地異の前触れか?

 影浦:お前に彼女が出来るとか、よっぽどの物好きなんだなそいつは。

 影浦:当然、そいつもマックス教の一人なんだろうな?

 

 

 まさかのお二人からも祝福の言葉を頂く事になりました。八幡の記憶ではお二人にLineのIDは教えていなかったはずなのだが、なぜか連絡が来ていた。

 この二人の文面を視た八幡は滝の様に冷や汗を流す事になる。

 一言で例えるならば、絶体絶命。これ以上、被害が拡散したら取り返しのつかない事になってしまう。

 もしも、こんな事が氷の女王様であらせられる雪ノ下に知られたらどうなるか。考えただけでおぞましい。きっと、自身は生きて帰って来れないだろう。

 

 

「お前ら……。この状況、どうしてくれるんだよ」

 

 

 送られた祝福のLineの内容を拡散した犯人、烏丸と小南に見せて問い詰める。二人は送られてきた人間とその文面を見て苦笑いをせずにいられなかった。もはや、後戻りができないと分かってしまったからだ。

 

 

「あんな会話をしていれば、誤解するのは当たり前でしょ!」

 

 

 最もだと言いたげにその場にいた全員が大きく頷いて同意を示す。

 純真無垢な小南でなくても、先ほどの会話は女性を誘う口説き文句にしか聞こえなかった。

 

 

「そうですよ、比企谷先輩。いつも言っているじゃないですか。既に解は出ているんですから、いっそのこと事実にしちゃいましょう」

 

 

 自分で種をばら撒いたのにも関わらず、かなり無茶な提案を挙げる烏丸に八幡の拳が唸る。しかし、鉄拳制裁に気付いた烏丸が回避した事で命中させる事は出来なかったが。

 

 

「アホか。お前、小南に「小南先輩と付き合う事になりました」と友達にウソを言ったから、付き合ってくれと言えるのか!?」

 

「できますよ」

 

 

 即答された。八幡がツッコミをするよりも早く「証拠を見せましょうか」と続けた烏丸は小南がいる方向に身体を向ける。

 当然、思いがけない火の粉を浴びた小南はその状況に困惑するだけだった。

 

 

「ちょ、とりまる。冗談よね。お得意のウソだよね」

 

「冗談ではありません、小南せん……。いや、桐絵。俺がいつもウソを言い続けているのは桐絵の事が可愛すぎて仕方がないからですよ」

 

「え、え? そうなの?」

 

「当たり前じゃないですか。こんな可愛い人、桐絵以外に見た事がありません」

 

 

 詰め寄る烏丸。小南も満更ではないようで、一向に逃げる素振りを見せない。烏丸はどこぞの少女漫画の様に顎をクイッと持ち上げる。

 

 

「桐絵。結婚を前提に付き合おう」

 

「ちょ、そんなこと急に言われても……。私達、まだ学生だし、けど……けど」

 

「――と、こんな感じでよろしいですか?」

 

 

 小南の顎を添えていた手を話し、クルリと身を翻して八幡達の方へ振り向く。

 

 

『お、おぉぉ』

 

 

 一部始終見ていた八幡達は烏丸の演技力に思わず拍手を贈ってしまった。そこで、自分が良い様にからかわれたと知ったのだろう。小南の顔は見る見るうちに赤く染まり、わなわなと体全体を震わせた。

 乙女心を弄んだもっさりイケメンを粛正する為に、小南は烏丸に跳び付いてご自慢のヘッドロックを敢行したのだった。

 

 

「あ、あはは……。相変わらずだな、あのお二人は」

 

 

 いつもの烏丸小南コンビの夫婦漫才を目の当たりにして苦笑する三雲は、呆然と見守る空閑に耳打ちをする。

 

 

「あの二人はいつもあんな感じなんだ。騙されて激昂しているのが小南先輩。ヘッドロックを受けているのが烏丸先輩だ」

 

「ほぅほぅ。こなみ先輩とからすま先輩ね。……なぁなぁ、オサム」

 

「ん? なんだ?」

 

「さっきのからすま先輩の言葉、俺のサイドエフェクトに引っ掛からなかったんだが……」

 

「……え?」

 

 

 空閑のサイドエフェクトは発言者のウソを見抜く事が可能な副作用である。その空閑のサイドエフェクトが反応しないと言う事は逆説的に烏丸が言った言葉は全て本当であることを意味する。

 その考えに思い至った三雲は大きく目を見開き、未だにいちゃつく二人を見やる。

 

 

「く、空閑」

 

「おう」

 

「とりあえず、今のは僕と空閑だけの秘密にしよう」

 

「……了解だ、親友」

 

 

 なぜだ、と問い質したい所であるが親友の三雲が言うならば反対する理由はなかった。親友の言葉に従い、頷き返す空閑であった。

 

 

「しかし、いつまで経っても本題にいけなさそうだな。まだ、空閑の紹介すら終わっていないのに」

 

 

 かれこれ三雲達が玉狛支部に到着してからそこそこの時間が経過しているのにも関わらず、ほとんど雑談で時間を費やしている。迅が戻ってきたとき、一旦仕切り直してシリアス的展開になったのだが、先の『八幡、彼女が出来ておめでとう』類のLineのせいであっという間にシリアス空気が払拭されてしまったのであった。

 そんな時――。

 

 

「おうおう、随分とにぎやかだな。何かいい事でもあったのか?」

 

 

 新たに玉狛支部に入室するものがいた。其の口調と声色を聞いて、誰が返って来たのか察しがついたのだろう。一斉に振り向いてその者を歓迎する。

 

 

「あ、林藤さん。お帰りなさい」

 

「おう、いま帰ったぞ。今日は大活躍だったな修」

 

「あ、はい」

 

「初陣にしては中々なデキだったぞ。特訓の成果が出てよかったな」

 

「ありがとうございます」

 

 

 無造作に三雲の頭頂部に手を置き、ワシワシと撫で回す。支部長である林藤も三雲の頑張りをずっと応援していた者の一人だ。其の三雲が初陣で活躍したと聞けば嬉しくないわけがない。

 

 

「それで……」

 

 

 次に空閑へ視線を向ける。

 

 

「はじめまして、俺は林藤匠だ。ここ、玉狛支部の支部長を任せられている。お前さんの名を聞かせてくれないか?」

 

「これはこれはご丁寧にどうも。俺の名前は空閑遊真と言います」

 

「……くが?」

 

 

 林藤の表情が一変する。ひどく驚いた様子の林藤に「どうしました?」と三雲が伺うよりも早く、空閑の肩を掴み彼に詰め寄る。

 

 

「お前さんの親父さんは、もしかして空閑有吾と言わないか?」

 

「おや? 林藤さん、親父の事を知っているの?」

 

「知っているも何も、あの人は旧ボーダーの創設に関わった一人。最初期のメンバーの一人なんだ。俺にとって先輩にあたる」

 

「そうだったのか。……そいつは知らなかった」

 

 

 父親が玄界の出身である事は本人から聞いていた。けれど、話しのほとんどが自身の武勇伝であった。玄界のボーダーに所属していた事実など全く持って聞かされていなかったのだ。

 

 

「……レプリカ。お前は知っていたのか?」

 

 

 呼ばれて参上するレプリカ。

 

 

「あぁ、知っていた。その前に……。初めまして、私の名はレプリカ。ユーマのお目付け役であり、ユーゴに作られた多目的トリオン兵だ」

 

 

「ほぉ。多目的トリオン兵とは、相変わらず有吾さんは凄まじいモノを作るな。……そんで、レプリカと言ったか? 有吾さんはどうしてる?」

 

「残念ながら、既に亡くなっている」

 

「……そうか。惜しい人を亡くしたものだ」

 

 

 林藤にとって空閑遊真の父親、空閑有吾は尊敬に値する人間であった。憧れていたと言っても過言ではない。こうして第三勢力玉狛派と言われている玉狛の支部長に着任したのも彼の志を継ぎたいと思ったからである。

 

 

「話しは迅から聞いている。俺は幾度も空閑さんに世話になった。それ故に恩も数え知れないほどある。その恩を返したいと思っている」

 

 

 いずれ返す、と本人に何度も伝えた事があるが、結局のところ一度も恩を返す事が出来なかった。そんな自分に恩人の息子が目の前に現れた。これは運命と言っても過言ではないだろう。

 

 

「お前さんの事情はよく知らないが、こうして修と一緒に支部へ来てくれたのも何かの縁だ。……どうだ? 玉狛支部に来ないか?」

 

「いいの? 迅さんから聞いたなら俺がオサムの学校を襲った張本人である事も知っているんでしょ。そんな危険人物を招いても」

 

「その敵が修と協力して変異体のイルガーを倒してくれたんだろ? 少なくとも修の事は信頼しているはずだ。俺はそれに賭けるよ」

 

 

 サイドエフェクトに全くと言っていいほど引っ掛からなかった。林藤は本気で自分を招いてくれる。何も迷う事はない。そもそも空閑は三雲に誘われて玉狛支部に来たのだから。返答は一つしかない。

 

 

「……ボス、と呼んだ方がいいかな?」

 

「なんなら、アニキでも可だぞ」

 

 

 空閑から差し出されて手を取り合って握手を交わす二人。経緯はどうあれ、空閑が無事に玉狛支部の仲間入りした事に安心したのだろう。大きく息を吸って胸を撫で下ろす三雲の姿があった。

 

 

「ところで修」

 

「あ、はい。なんでしょうか?」

 

「あいつらは何時までバカ騒ぎしているつもりだ?」

 

 

 未だにバカ騒ぎしている先輩達を指差す。未だに林藤が戻ってきた事に気付いていなかったのだろうか。気付けば宇佐美を除いた玉狛第一のメンバーは八幡を囲み、情報を引き出そうと尋問を行っていた。

 

 

 

***

 

 

 

「いやぁ。笑った笑った」

 

 

 八幡彼女が出来たよ、の案件でばか笑いをし続けていた迅は誰にも見られない様に支部から飛び出し、ある人物が来るのを待っていた。

 暗躍するなら今しかなかった。ちょうどボスである林藤が戻って来たから三雲と空閑に気付かれない様に外出する事が出来た。後は来る人物を待って、先ほど見た未来を伝える必要がある。

 

 

「……おっ。キタキタ」

 

 

 屋根から屋根へと飛び移る人影を見やり、自分の待ち人が来た事を確認する。

 

 

「迅殿?」

 

 

 迅が待っていた人物――材木座はトリオン体を解除して、支部の前で待機していた迅に声を掛ける。

 

 

「やぁ、中二君。こんばんは」

 

「こんばんは。……支部の前でどうしたんですか? 誰かを待っていたとか」

 

「おっ。察しが良くて助かるよ。俺はキミを待っていたんだ」

 

「我を?」

 

「そうそう、キミを。単刀直入に言わせてもらうと、明後日からキミは本部技術部へ転属させられる。俺のサイドエフェクトがそう言っているんだ」

 

「……へ?」

 

 

 唐突の迅の告白に材木座は素っ頓狂な声を上げるしか出来なかった。




何気に33話も出たとか、よく続いたな。

ちなみに、お知らせです。
次の話でとある募集をかけたいと思います。
内容はその時にも……。

まぁ、これを読んでいる人が入ればの話ですが。


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034:エリート、玩具を強請る

活動報告の方に、募集内容を記載しました。
興味がありましたが、ご覧になってください。


 満月を背にいつもの緊張感も欠片も感じないにやけた笑みを浮かべる迅の一言に材木座は思考が付いていけなかった。

 つい先ほど鈴鳴支部まで走らされ、やっとのことホームグランドである玉狛支部に戻ってきたと思ったらこの始末。厨二敵展開が大好物の材木座でもこの展開を直ぐに順応する事は出来ずにいた。

 

 

「……なぜ我――。そうか【ホーク】と【ライコイ】か」

 

 

 理由を問いただそうとして、直ぐに思い至ったのであろう。

 

 

「さすがだね。……キミの特化型トリガーを製作する技術を玉狛支部に預けていると危険だと上層部は判断するだろう。どうにかして回避したかったんだけど、そうするとメガネ君の死亡率が圧倒的に増えちゃったね」

 

 

 どんな理由があるにせよ、登録されていないトリガーを実戦で使う事は許されていない。本来ならば使用した三雲に火の粉が降り注ぐのだが、迅が視た未来ではそれを庇う二人の姿があった。言わずがな、その二人とは八幡と材木座である。

 

 

「そうですか。本部に戻ると、今の様にトリガーを作り続けるのは難しくなるでしょうな」

 

 

 本部の技術部に戻ると言う事は鬼怒田の下につく事になる。技術者として大変優秀な人間であるが、彼の下では本来の目的を達成する事は出来なくなってしまう。

 

 

「そこでだが、中二君。俺に一つ提案があるのだが……。また、戦闘員に戻る気はないか?」

 

 

 迅の提案を聞き、彼が誰にも知られない様に動いている訳を知る。きっと、今の出来事は迅が言う運命の分岐点の一つであろう。材木座の返答次第で今後の未来にどれほどの影響力が与えらえるか定かではないが、迅の行動が変わっていくはずだ。

 

 

「我を欲する理由は技術であり、戦闘力であらず。戦闘員になったなら、今までの通りに玉狛に居続ける事が出来る、と言う事でしょうか」

 

「話しが早くて助かる。……キミが技術部にいる本当の理由はまだ叶っていないけど、このままだと――」

 

「叶えられない、か」

 

「そもそも不思議に思ったんだ。なぜ、弧月を超えるトリガーを作る為に技術者に転向した何てウソを言ったんだい?」

 

「ウソではありませんよ」

 

「けど、それが最大の理由ではないよね?」

 

「……第二次大規模侵攻を覚えていますか?」

 

 

 第二次大規模侵攻。ボーダーが結成されてから初めての大規模侵攻であり、比企谷隊が辛苦を舐めさせられた事件でもある。

 

 

「我らはそこそこ強かった。我ら四名の必殺戦術がハマり、苦戦する事無くA級に上がった故に気が緩んでいたのだろう。……彼奴と出会うまで、我らは自惚れていた」

 

「……人型近界民だな」

 

「その通り。彼奴のトリガーはどれも強力にして多彩。揚句には空を飛ぶなんて反則技まで持っていた。それに対抗する手段は我らになかった。圧倒的な火力と機動力によって我ら比企谷隊……。いや、あの時は葉山殿が抜けていたから完全ではなかったが、それでも我らは惨敗した。その時、我は奴に戦慄を覚えてしまった。初めて恐怖を覚えてしまったのだ」

 

 

 数的有利な状況にも関わらず、瞬く間に仲間の一人は撃ち抜かれてしまった。自身も旋空弧月で迎撃を図ったのだが、空を飛ぶトリガーによって一太刀も浴びせる事が出来なかった。どうにか当てようと躍起になってしまい、最後は破壊力を有する銃弾を浴びてしまったのだった。

 緊急脱出をしたのは初めてではないが、自身のトリオン体が木端微塵になるまで爆砕されたのは初めてであった。もし、仮にもあれが生身状態だと思うと震えが止まらず、数日間はトリガーを握る事すら出来なかったのである。

 

 

「我が技術部門に転向したのは言わば逃げですよ。情けない理由を知られない様に弧月を超えるトリガーを作るなんて豪語しただけです。ですから――」

 

 

 

 ――我は再び戦闘員になる事はできません。

 

 

 

 と、誘いの断りを告げる。

 あれから何度か試したが、トリオン体になる事は出来てもトリガー――弧月を抜く事は今まで出来ずにいた。時間が全てを解決してくれると思っていたが、材木座の心に植え付けられた恐怖は未だに拭いきれないでいる。

 

 

「……上層部の話しは謹んで受ける事に致します。今までの話し方も今日で最後にします」

 

「そうかい。……けど、中二君。一つだけ間違っている事があるよ」

 

「間違っている、ですか?」

 

「あぁ。キミは技術部に転向した事を逃げと言っていたが、それは戦略的撤退だったんだろ? 逃げると言うならば、ボーダーを辞めているはずだからね」

 

「っ!?」

 

「キミはこうも思ったんじゃないかな? 今のトリガーだけでは打開できない状況があるはず。そんな時、頼りになるトリガーがあれば……。だから、特化型トリガーなんて鬼怒田さんの方針と真逆なトリガーを作り始めた。違うかい?」

 

「違う!」

 

「違わないさ。キミは今の事よりも今後のこと。俺達の後を歩き続ける後輩たちの為に技術部へ行くことを決めたはずだ。そうじゃなければ、夜遅くまで【ホーク】や【ライコイ】に関わるなんて事はしなかったはずだよ。まだ、戦闘員に戻れない事は分かったよ。けれど、これだけは言っておきたくてね。……中二君。いや、材木座義輝。キミが考案し続けている【四刃】の一つを俺にくれ」

 

「なぜ、それを……!?」

 

 

 四刃計画は材木座が密かに進めていた計画であった。情報がばれない様にいつも肌身離さず小型HDを所持していたはず。なぜ、迅がその名前を口にしたのか不思議で仕方がなかった。

 

 

「未来で視た。見知らぬ四本の刀を握りしめ、大喜びするキミの姿が」

 

 

 お得意のサイドエフェクトで知られてしまったらしい。己の疑問は簡単に払拭する事は出来たが、なぜそんなものをS級の迅が欲しがるのか分からない。

 

 

「迅殿には【風刃】があるでしょ。あれさえあれば、他のトリガーなんて不要じゃないですか」

 

 

 迅には黒トリガー【風刃】がある。ノーマルトリガーがいくら優れていようが黒トリガーの性質に勝る事は出来ない。何せ製作者の全てが注がれたトリガーだ。ノーマルトリガーでその特殊性を再現させることはほぼほぼ不可能とされている。

 

 

「……それだけじゃ奴には勝てなさそうなんだよ」

 

「奴、と言いますと?」

 

「今日会った人型近界民。奴は【風刃】とそっくりなトリガーを有してありながら、厄介なトリガーを二つ所有している。京介が介入してくれただけで五分五分の戦いに持っていくことが出来たが、俺一人では負けていたかもしれない」

 

 

 風刃と同等のトリガーを使って間合いを有効に使い、伸びる刃と隆起するバリケードを使った奇襲戦法は戦いにくいものがあった。どうにか風刃で対抗する事が出来たが、次に戦えばどうなるか分からない。

 

 

「(……それに)」

 

 

 いつまで自分が風刃を所持し続けられるのか分からないのも理由であった。

 ある理由で風刃を手放す未来が視えている迅としては、再戦の為にノーマルトリガーの強化を図りたいと考えていた。材木座が新しいブレード型トリガーを密かに作っているとサイドエフェクトで知り、それに目を付けたのである。

 

 

「しかし、あれは完成どころか、製作すらしてない代物ですぞ」

 

「なら、本部に行っても造り続けてくれ。後の世を護る為にも厨二君が造るトリガーは必ず必要になる。……メガネ君がそうだったように」

 

「やめてください、迅殿。我などに頭を下げないでいただきたい」

 

 

 まさか迅に懇願されて頭を下げられるなんて思っても見なかった材木座は慌てて頭を挙げる様に言い、その後に後ろ首をガシガシ掻きながら思案する。

 ここまで、自分を必要としてくれた事があったであろうか。記憶を下がっても中々見つからない。頼りにされていると言う事を知って、材木座のボルテージが徐々に昂って行く。

 静まり返った炎が迅の言葉となって再び厨二心を燃え上がらせることとなる。

 

 

「……あい分かった。彼の風の剣士殿に頼まれたら嫌とは言えまい。この剣豪将軍義輝、迅殿の頼み、確かに叶えて進ぜよう」

 

「そっか。ありがとう、厨二君。頼りにしているからね」

 

 

 彼の手をより、お礼を述べる迅の脳裏に一つの未来を映し出される。

 己が生み出した刃を携え、弱き者の盾となって人型近界民と対峙する材木座の姿が。

 剣豪将軍が復活する日はそう遠い日ではない。

 

 

 

***

 

 

 

 密談を終えた迅と材木座は皆が待つ玉狛支部に入室すると、真先に入った光景を見やり唖然とする。

 

 

「オサム。今回で視るの二回目だが、オサムは正座が趣味なのか?」

 

「断じて違う。あ、あのそろそろ真面目な話しを――」

 

「ちょっと黙っていなさい、修。いま、いいところなんだから!」

 

 

 正座をさせられている自身を見やり、首を傾げる空閑を窘める三雲。それをチョップ一撃で黙らせて、放映中の映像に熱くなる小南がいた。

 

 

「おいおい、三雲の奴。途中でトリガーを解除しやがったぞ」

 

「重心が下がり気味だ。だから、いざと言う時に回避する事が出来ない。あと、シールドがないのはいただけませんね。そろそろトリガー構成を考え直すべきじゃないですか?」

 

「お前もそう思うか、烏丸。俺がなんて言ってもこいつ、レイガストのシールドモードだけで守り切ろうとするんだぜ。あり得ないだろ」

 

「俺的にはバックワームなしでイーグレットを入れている比企谷先輩もあり得ないと思いますがね」

 

 

 烏丸と八幡は三雲が規定のトリガーから試作品のトリガーに変えた所を見て、三雲論を述べ続けている。その後、お互いにヒートアップしてしまったせいか、最後にはお互いのトリガーの構想論で白熱したのであった。

 

 

「おう。戻ったか、迅」

 

「ただいま……って、もしかして気づいていた?」

 

「まぁな」

 

 

 叶わないな、と苦笑いをする。

 

 

「ご苦労さん、義輝。そろそろ晩飯が出来る頃なんだが、お前もどうだ?」

 

「ありがたく。……っと、その前にこの騒ぎは何ですか?」

 

「あぁ。これはな」

 

 

 木崎が言うには「八幡彼女が出来ちゃったよ」件を早々と黒歴史として承認させた一同は早々と話題転換させて忘れようと試みたのであった。そんな無責任な三人に色々と物申したい八幡であったが、広まった噂をなくすことはできないと過去の経験から重々承知している。故に抵抗しても意味がないと分かっている為、時間が解決してくれるのを待つことにした。

 ……とりあえず、さっきからLineがうるさい柿崎と嵐山だけには「小南が烏丸のウソに引っ掛かっただけですから」と説明する事にした。

 騙されガール小南を知る嵐山ならそれだけで状況を正確に理解してくれるだろう。

 東と影浦、他の方々は本部に行ってばったり出くわした時に説明しようと心に決めたのであった。できれば会いたくないが。

 で、話題転換の内容は三雲が空閑と戦った時の話しになり、その時の映像をレプリカが記憶していたと言うので、その流れで鑑賞会が始まったのであった。その間、三雲は全身から汗が噴出していたのは言うまでもないだろう。

 一回目の鑑賞会を終えた一同は、一斉に三雲を見やる。誰も口にはしなかったが、全員が「無茶をするなと言っただろうが」と冷めた目つきで訴えてきたのであった。

 無茶をしたら正座。それが当たり前の流れになって来たのか、三雲は言われるよりも早くその場で正座を初め、反省の態度を示したのであった。

 

 

「み、みなさん。そろそろ大事な話しがあるんですけど……。ちょっと聞いていませんよね。ね、ねぇ! 僕の話しを聞いてください」

 

 

 重要な話しがあるにも関わらず、ほとんどの人間が三雲VS空閑にのめり込んでしまい、誰も三雲の言葉に耳を傾けるものがいなかった。

 空閑の為にいい所のどら焼きを買いに行った宇佐美が戻ってくるまで、このグタグタ感が続いたのは言うまでもないだろう。



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