真・カンピオーネ無双 天の御使いと呼ばれた魔王 (ゴーレム参式)
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プロローグ
天の御使いと這い寄る混沌


プロローグてきな何かです。


なお、登場する邪神はMUGENのあの方です。


それではどうぞ。


 人というのは幻想を観ずにはいられない生物である。

 

 と、私はそう解釈している。

 

 老若男女問わず誰しも理想・欲望・夢・希望といった幻想を内側に秘めているもの。

 

 そして、人間というのはそんな幻想を現実にするために生きているいって過言ではない。

 

 例えば、

 

 ある者は理想の為、己の信念に従い道を進み、

 

 ある者は欲望の為、他者を蹴落とし己の色に染め上げ、

 

 ある者は夢の為、苦難に立ち向かいながら努力し、

 

 ある者は希望の為、己の望みを叶うまで願い続ける。

 

 善悪問う・問わず、操り人形のように幻想に踊らされる生き物たち。

 実に滑稽で健気で愚かで醜く卑しく勇敢で、そしてなにより、愛おしいのか。

 

 まぁ、がどれほど評価したところで、所詮彼らの行動原理は幻想でしかないけど。

 どうしてかって? だってそうでしょう?

 

 幻想というものは所詮は幻想。

 想いの幻と書いて幻想。光よって消える幻。

 夢幻の如く儚く消える泡沫の夢。

 

 それが幻想の本質。

 

 故に幻想というモノは現実に存在しない。

 

 どんなに気高い理想を抱こうとも、

 

 どれだけ邪な欲望を抱こうとも、

 

 どれほど大きな夢を語ろうとも、

 

 必ずしも実現できるものではない。

 

 残酷な現実が、覆されない真実が、潰えたという事実が、押し寄せる荒波の如く彼らの幻想を飲み込み、暴殺(ぼうさつ)する。

 それ故に幻想は己自身の中身でしか生きられないか弱いもの。

 

 『胡蝶の夢』という話がある。

 

 パタパタと羽を羽ばたかせ飛ぶ蝶を自分が観る夢。

 しかし、その光景を認識して観ているのははたして人間の自分だろうか?

 それとも、蝶が人間の自分を観ているのだろうか?

 どちらが夢で、どちら見る側なのだろうか?

 そんなことを延々と考えるチンプンカンプンな御話。

 

 もっとも、そんなもの、どうでもいいことだ。

 なにせ、人間の自分も蝶も、それが夢だとを認識してる時点でそれは夢でしかないのだから。

 たとえ、目を覚ましたとしても、その夢が終わるだけ。

 それだけのこと。

 

 幻想なんて外に出せば死んでしまう脆弱な存在でしかない。

 たとえ幻想を現実にしても、それがその幻想の終わりを意味する。

 そう、幻想の実現は、幻想の死であり消滅を意味している。

 

 あぁ、なんとも儚く脆く、それにいて残酷な結末だろうか。

 

 ならば、幻想など観ないほうがいい。

 ただ、今の幸せを噛みしめて生きればいい。

 幻想という甘い麻薬を断ち切り、むなしく天寿を全うすればいい。

 

 さすれば安泰な平穏が送れるはずだろう。

 

 …もっとも、それでも人は幻想を観てしまう。

 

 

 

 なぜなら、人は幻想という怪物に食い殺されてしまったのだから。

 

 

 

 

===================================

 

 

 

 俺、北郷一刀はただいまトラブルの渦中にいた。

 ことのはじまりは旅の途中、オーストリアのとある草原を歩いていたら、いつの間にかジャングルのような場所に居て、必然的にサバイバル生活をに強いらげたところから始まる。

 サバイバル生活の三日後、体力の限界で生き倒れていたところ、謎の銀髪シスターに助けられ、数日ほどシスターと教会で(同棲)生活するも、食事中シスターが唐突に「突然ですがカズトさん、あなた攻略不可能な迷宮で宝探しするのに興味おありデスカー?」と分からないことを言い出したと思ったら、どこからいきなり落とし穴に落とされ、謎の地下迷宮に放り投げられてしまった。

 

 なにを言っているのか理解できないため現在の状況を一行で説明すると……

 

「………出口どこ…(涙)」

 

 ただいま、謎の地下迷宮で迷子中(汗)。

 

 電灯や火の灯りもない長く続く石造りの通路を重い足取りで歩く。

 薄暗い空間を謎の苔のようなモノが薄く青白く光っているためうっすら見えるが、通路の先は見えない。

 しかも…、

 

 シュッパパパパパパパ!!

 

「おっと」

 

 突壁から数百の矢が飛んできたが、躱しながら進む。

 そう、この迷宮にはいくつもの罠が待ち構えているのだ。

 これまで多くの罠が待ち構えていた。あるときは、太くて鋭い針天井が落ちてきたり、両側の壁が迫ってきたり、巨大な岩が転がってきたり、角と蝙蝠の羽を生やした黒いのっぺらぼうな怪物とかゾンビみたいな化け物とか肉肉しいスライムとか青い液体をまき散らす猟犬とかツナギを着たイイ男とかヤラシイ触手に物理的兼生理的に襲われたりとかエトセトラエトセトラ・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「…ほんと、どうしてこうなった?」

 

 その言葉を何度も自身に問う度に、俺はこの現状の原因であるあの自称帰国系銀髪シスターが脳裏に浮かんだ。

 普段から怪しい――というより胡散臭い雰囲気があったけど、根っ子は良い人でなんというか子犬属性のかまってちゃんだったからつい気が緩んでたけど、まさか、こんな危ない場所に放り出すなんて…。

 そういえば、俺を落とし穴に落とす際、宝差しに興味ないとか言ってたけど、もしかして最初っからこの迷宮に送り出して、宝を見つけさせるためにわざと優しく接していた?

 

 いや、そんなことない。

 

 だって、行き倒れていた俺を拾って看病してくれた上、俺の()()()を真剣に聞いて信じてくれた女性だ。疑いたくない。

 それにあの人、いかにも嘘をつかない、というか嘘が下手でバレバレだから何かと裏があればすぐに表に出すからこんな用意周到な策略を考えるタイプじゃないはずだ。

 食事のときなんか、味わったことのない料理が出たときに、この食材は何ができてるかと聞いたら露骨に目をそらしてたし。

 俺がひとり森で散歩してたら頭上の空で何か蝙蝠の羽を生やした大きなモノが飛び去ったことを話したら「ききき、きっとこの地に住むUOMネ‼ そいつ人食いだから食われなくってほんとよかったデース‼ ――あのバカ鳥後でシメル(ボソ)」って、俺の事心配してくれたし。

 お風呂のときなんか風呂場には俺一人しかいなかったのに突然瞬間移動したみたいに現れて「うっふふふ、せっかくだから裸の付き合いしましょうネー///」って頬を赤くながら光のない紅の瞳で俺の身体を―――

 

 …って、あれ? 思えば怪しすぎじゃねぇ?

 

 改めて考えてみれば、こんな精神が狂いそうな摩訶不思議な森にたつ教会で一人で暮らしている時点でもう怪しすぎるし、あの蝙蝠の羽を生やした生物も何か知ってた様子だし、風呂の時だってアノ眼、性的というか悪意的な視線を放してたというか……――

 

 うん、考えるやめておこう。

 とりあえず、今この現状を打開することに専念しよう。そうしよう(現実逃避)。

 うんでもって迷宮から出たら絶対あの爆乳揉む。お風呂のときは理性が働いたおかげで【ニャーン】は阻止したけど、この狂気と生存本能に従って生き延びよう。そして思う存分揉みまくろう。

 SANチェック? イイ男が「やらないか?」と聞いてきた瞬間から10は減ったわ!

 

「ふぅ、にしても、数日間暮らしていたけど、まさか教会の下にこんな地下迷宮があるなんて…」

 

 教会の中はほとんど熟知したつもりだったが、よもや食事の時に俺が座る椅子に落とし穴が仕掛けられていたなんて考えられなかった。いつのまに作ったあのシスター?

 

「とにかく、早いとこ出口を探さないとマジで死ぬ。罠の数が増えるし、段々精神が狂ってきてるし…」

 

 探索してからというものの、一向に出口とシスターが言ってた宝が見つからない。しかも、この不気味な地下迷宮。このまま彷徨っていたら気が狂いそうだ。ただでさえ、食事前に放り込まれたから食料なんて持ち合わせてない。あるのは落とし穴に落とされるときに掴んだ銀製のフォーク一本のみ。

 これでどう生き残ればいいんだ?

 それに、あのツナギとまた合ったら逃げ切れる自信がない。今度こそ(貞操と精神が)食われてしまう!?

 え? 怪物はどうなんだと?

 アレに掘られるくらいなら怪物に(食料的な意味で)食われたほうがまだマシだ!

 ……死ぬつもりは元からないけど。

 

「とりあえず、あのツナギと出くわさないよう出口を探さないと…」

 

 無闇に動かないほうがいいが、貞操を守るためだ。

 とにかく真っすぐ進めば何かがあるはず――

 

 ガチャ♪

 

 ……あれぇ~なんだろう~足元の床を踏み押したようか感触が…!?

 

 パッカン♪

 

 その瞬間、硬い床が一瞬にして消え、俺の足元には一条の光もない奈落の底が出来上がった。

 

「…――またかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

 重力の法則に従い、俺はまた奈落の底へと落ちるのだった。

 

 

==============================

 

 

 

「うぅ…うぅん…?」

 

 身体が思いと感じながら北郷一刀は意識を取り戻した。

 落とし穴に落ちた際、気絶していたらしい。

 

「二回も落とし穴に落とされるなんて……」

 

 溜息を吐きながら、一刀は立ち上がり周りを見渡す。

 そこはホテルの会場並みの円状の広い空間だった。灰色の石壁には怪しげな文字と装飾が施され、周囲には怪しげで不気味な造形をした巨大な石像が立っている。その手には火が、この広い部屋を明るく照らしていた。

 一刀が部屋の中心に目をやると、何かが刺さっているような金属質のような四角い祭壇があった。石像に火に照らされ、滑らかに反射している。近づいて観ると祭壇にも席壁に描かれた文字が刻まれていた。とくに、何かを象った扉の形をした彫刻が彫られており、触ると金属の感触で、冷たい。

 

 そして、祭壇に刺さっていたのは銀色の《鍵》だった。

 祭壇に刺さってる部分を除いても、玄関や車のドアに掛ける鍵より三倍ほど大きいと予想される。

 また、鍵自体も部屋と祭壇のように文字と文様の彫刻が施されている。

 形からしてディンプルキーに似ていた。

 

「なんだこれ…?」

 

 一刀は垂直に鍵を引っこ抜く。

 鍵はスムーズに抜けた。

 銀色に輝く謎の巨鍵を見詰めながら考えていると……

 

「おおお~! さすがカズトさんネー。よもやソレを見つけてくれるとは! 私の目に狂いはなかったデース!」

 

 聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。

 とっさに振り替えるとそこにはシスターらしき女性が数メートル先に居た。

 

「ナイア? なんで君がここに…?」

 

 ――『シスター・ナイア』。

 北郷一刀が行き倒れていたところ彼を助けたシスターである。

銀髪に焔のような紅い瞳。豊満な胸に胸元を開けた修道服を纏い、知らない人が見ればミステリアスな雰囲気を放つ美女として見えるだろう。

 ただし、外見と裏腹にハイテンションかつメタらしいことを口ずさむ、兼艦ゲーの提督LOVEな帰国少女というギャップの持ち主だ。

 そんな彼女に、一刀は真剣な表情を装いながら内心警戒していた。

 なぜなら、出入り口がない部屋に気づかずに現れるなど、ただの一般人ではないことは明白。

 一刀は恐る恐るナイアに問いかける。

 

「…ナイア…おまえは一体…」

「ふふふふふ、我はナイア。でもナイアで非ず。コレは私の一面でしかありません」

 

 その瞬間、部屋の空気が変わった。

 ナイアという女性が黒い霧のように霞む。

 まるで生きた《闇》のように、漆黒が蠢いていた。

 

 そして、暗き闇には三日月のように吊り上がった口と紅く燃える焔の三眼が浮かんでいた。

 

「我は混沌。永劫無限に続く根源の宇宙(そら)の中央にて眠りし王に使える伝言者にして、すべての物語を嘲笑う千の貌を持つ矛盾の化身…」

 

 シスターの姿を真似た黒き異形は冷たい声で告げた。

 

「人は我をこう呼ぶ…。混沌の邪神《ナイアーラトテップ》と」

「ナ、ナイアーラトテップ!?」

 

 ――ナイアーラトテップ。

 別名ニャルホッテップと呼ばれるクトゥルフ神話に登場する邪神。

 無貌で千の貌と千の化身にもち、世界を恐怖と混沌に陥れる主神アザトースの使者。そして、すべての事象を嘲笑い、己の愉悦のためなら、人間だけでなくと同類の邪神さえ陥れるという最悪最低な混沌の神性である。

 そのため、人間や邪神たちはその邪神を畏怖と敬意を評して言う…《這い寄る混沌》と。

 

 そして、その邪神が今、一刀の目の前に居る。それも数日間暮らした女性だった事実に一刀は驚きを禁じ得なかった。

 

 学生の頃、一刀は多少なりにクトゥルフ神話は知っていた。そのため邪神について多少なりに知識をもっている。

 しかし、クトゥルフ神話はあくまで創作物のはずだ。それに、登場する神だってゼウスやオーディンとか、歴史的に有名な神々と違って、複数の作家たちが創った架空の神だ。

 たとえ、英雄が全員美少女という三国志の世界に行ったことがあるとはいえ、まさか、現実世界で神――邪神が現実に存在するなんてありえない。荒唐無稽すぎる。

 一刀が困惑しているとナイア――という女性に再度固定した邪神は、察して言う。

 

「ソーデース! ただし普通のまつろわぬ神じゃなく、中身は()()()()()デース! いや~この世界の顕現するのは楽でいいデスネー。なんたって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()できますカラ。おかげでいろいろと準備ができましたヨ~」

「まつろわぬ神? 地上の神話?」

「HAHAHA! カズトさんには関係の無い話デース! なぜならカズトさんはこれからBad endingを迎えるのデスから…」

 

 顔が影に隠れ、うっすらと赤い眼光を光らせるナイア。

 すると、彼女の足元の影から漆黒の棺桶が飛び出した。

 黒い棺桶の蓋が自動で開くと、棺桶の中は闇一色…否、闇そのものが泥のようにあふれ出す。その闇より、ナイアは片腕を突っ込み、闇の泥から一本の大剣を取り出した。

 成人女性の身長より長く、重量感のある片刃の大剣。それを小枝のように片手で軽々と振るう。

 

「さぁ、その鍵を渡して。抵抗したら殺すけど、素直にしてくれたら私の愛玩性奴隷にしてあげてもいいのよ?」

「…一体なにが目的だあんたが動いてるってことは何かやましいことでも考えているのか?」

「うっふふふ、私は混沌の化生。邪神らしく世界を混沌と狂気の渦に巻き込ませるのが仕事よ。まぁ、何度も肌を合した男性ですから、今回は無償で教えてあげましょう」

「いや、肌合わせてないだろう。ほぼ未遂だろう」

 

 一刀に冷静にツッコミを入れるも、ナイアは微笑みを向けながら冷淡な口調で言う。

 

「私の目的は同類の邪神および古今東西の神話の神々を全員地上に顕現させ、戦わせること。その名も『神話大戦』を起こすことなのデース」

「神話大戦…!? 内容が大きすぎて理解不能だけど、とつもなく大惨事がおきそうな予感が…。むしろ、どうしてそんなことをするんだ…!?」

「理由は5つあるわ。①面白いから。②楽しそうだから。③刺激が欲しいから。④プライドの高い神々を屈辱と恥辱と凌辱を尽くして絶望のどん底に突き落としたいから。⑤気まぐれな邪神の思い付き♪」

「そんな理由で…いや、混沌の名を冠する邪神さまらし行動原理かもしれないな。めちゃくちゃだ」

「ありがとう。邪神にとっては褒め言葉よ♪」

「褒めてない! でも、まだわらかない。どうして俺を助けた? もしかして、この鍵と関係があるのか?」

「えぇ、すこしは。ここからちょっとっむずかしくなるから順番ずつ教えるわ。まず、ワタシの計画を進めるには最計画の要であり、登場人物の神々を召喚しなくいけなくてね。この世界の法則を使っても召喚することもできるけど、それだと骨が折れるのよ。下手に動くと、真の神とか現在の魔王たちにバレそうだし。そこで私は銀の鍵を使うことにしたの」

「銀の鍵…って!? もしかしてこれってあの銀の鍵か!?」

 

 ――『銀の鍵』。

 クトゥルフ神話に登場するアイテムで、外なる神《ヨグ=ソトース》と対面するための窮極の門を開くことができる鍵である。

 そんな危険なアイテムが手に持っていることに一刀は取り乱す。

 そのリアクションにナイアはクスクスと嗤う。

 

「銀の鍵がもつ次元を操る権能。それがあれば、無条件で神を招来させることができる。いいえ、むしろ不死と生の境界を無くし現実と幻想を融合させることも可能。そうなれば、この世は筋書の無い新たな混沌神話がはじまるの」

 

 まるで好きなアニメをまちのぞむ子供のように無邪気な笑顔を見せる。

 すると笑顔から困った表情へ変えて語り続けた。

 

「銀の鍵の在処が生と不死の境界にあることはわかって、すぐに探したんだけ見つからなかった。でも、そんなときあなたが現れた。私がなんの手順もしていないのにもかかわらず」

「…俺と出会ったのは偶然だった…?」

「えぇぇ。他の神どもに邪魔されないよう銀の鍵がある領域をン・ガイの森で隔離してたのに、あなたはなんの予兆もなく私の領域に現れた。いいえ、導かれたほうが正しいでしょう。あなたは銀の鍵に選ばれた人間だもん。わたしにとってはまさしくチャンスだと思ったわ」

「それって運命っていわないか?」

「ふふ、この世に必然なんて無いわ。すべては偶然で構成されている。たとえそれが誰かか介入した必然(フェイト)だったとしても私にとっては偶然(チャンス)。――もっとも、人間が銀の鍵を使用すればこちらもなにかと問題が生じるのは明白。というわけで、早く銀の鍵を渡しなさい。ソレはあなたには無用なものよ」

 

 そう言って大剣の剣先を一刀に向ける。紅い瞳が一刀を直視する。

 その視線に殺意と悪意が混じり合っていた。慈悲など感じない。下手に拒否すれば、躊躇無く殺す眼だ。数日間暮らしただけの一刀だが、彼女の性格をほとんど熟知していた。彼女は冗談や嘘は吐くが、ヤル時は一直線にやり遂げる女だ。

 一刀は額に汗を一筋流し、冷静に質問をする。

 

「ナイア、もしも、君がこの鍵を使って他の神さまたちを呼んだら世界は…人間はどうなるんだ?」

「…最悪、絶滅するわね。神にっとって人間なんて下等で無価値な石ころしか思っていもの。下等生物がどうなろうが知ったことじゃないわ。むろん(邪神)も同じ」

「…そう…」

 

 素直に回答したナイアに、一刀は一瞬悲しげな表情をみせも、すぐさま覚悟を決めたかのような真剣な表情で鋭い視線をナイアに向けた。

 銀の鍵を持った左手を後ろへ、右手を拳を作りながら膝を前に突き出し、下半身をどっしり構える。

 その身体から拳に通じて闘志のオーラがにじみ出る。

 

「そう、それがあなた答えなのね。残念よ、あなたこと大好きだったんだけど…ねッ!!」

 

 刹那、ナイアは地面を蹴り、一気に距離を詰めた。

 その加速を合わせ、一刀の頭上に大剣を垂直に振り下ろす。

 分厚い刃が、一刀の身体を縦に両断――

 

「――破ッ!!」

「がっは!?」

 

 するはずだった。

 分厚刃が当たる直前、一刀は身体を横に数センチずらして振り下ろされた大剣を避ける。それと同時に一刀はナイアの腹部に拳を突き出し、ナイアの腹に拳をめり込ませる。

 鋭く重い拳にくの字に曲がったナイハはそのまま後ろの壁側まで吹き飛ばされた。

 突然、何が起きたのか邪神でさえ分からず、(ダメージはないが)身体を起き上がっても、その頭はいまだ困惑に陥っていた。

 

「あれ~どうなってるんデスカ? 本来の神格を出してないといえば格ゲー用の化身だから一般人ステータスのカズトさんの攻撃ナンテ屁でも無いはず…!?」

「…前に俺の御伽話を話しただろう? 実はアレにはまだ続きがあるんだ」

 

 

 それは普通の高校生の青年が三国志に似た世界へ旅立った奇怪な物語。

 

 そこは英雄たちが美少女になった三国志の世界。青年は武将の少女たちと出会いと別れを繰り返し、最後に彼女たちに道を指示し、元の世界を帰った冒険。

 

 しかし、青年の御伽話はまだ続いていた。

 

 元の世界へ帰った青年は、自身の弱さと不甲斐無さに憎くみ悔しがり、そして、悲しんだ。しかし、青年かいつまでも過去にとらわれるほどネガティブな人間ではなかった。弱い自分を変えるために実家の道場の祖父に頼み込み、修業し心身を強く鍛え上げた。

 そして、修業を終えた青年は己の新たな道を探すため世界へと旅に出た。

 新たな道を探すため、胸に空いた空白を埋めるため、定まらぬ幻想を求め彷徨い歩く。

 

「もう二度と…理不尽な力に屈しないために、また中途半端な結果に後悔しないために、俺は(諦め)を殺した。あいつらみたいに真正面から世界と戦うために、あいつらのために胸張って歩けるように、俺は(理想)を生かすことを決めた! もう一度、世界(運命)と戦うために!」

 

 拳を固く握りしめ、ナイアに睨みつける一刀。

 地面を蹴り上げ、一気に加速。その瞬発力でナイアとの距離を詰め、そのまま拳を正面から放つ。

 

「そのために、おまえの計画で世界を壊させるわけにはいかないんだよ!」

「のっわ!?」

 

 当たる直前はナイアは横に避けるも、一刀の拳が後ろの壁に直撃する。

 壁は罅割れし、まるで爆破したかのように石壁の破片が飛び散った。

 

「ちょっ、あなたはどこぞの問題児様でございましょうかーッ!?」

 

 一刀の出鱈目な身体能力と戦闘能力にすこしビビるナイア。

 一刀が殴り蹴りでを繰り返し攻める。

 ナイアは大剣と巨大棺を使って応戦。棺を盾にしてガード、また、ロケットパンチのように放ち、大剣を振り回す。だが、一刀は臆さず攻撃を緩めない。分厚い刃と鈍器を紙一重で避け、瞬時に彼女の胴体に重く・早く・鋭い一撃を何度も捉えられ、トラックが激突したかのような衝撃がナイアの肉体に蓄積する。

 このままでは…、責められ続けたナイアは慌てて黒棺に入ると棺ごと消えた。

 すると今度は、棺が一刀の背後から20メートル放たれた場所に出現し、棺からナイアが出てきた。

 

「ぜぇぜぇ、格ゲーの化身をこうもダメージを与えるとは…どうやら天の御使いの特権もとっくに発動済みということデスカ…」

 

 とっさに瞬間移動で距離を話したナイア。しかし、疲労のあまり片膝を床につき、息を整える。

 物理的なダメージだけでなく、精神的に追い詰められ、汗が多く流れ屈辱で貌を歪める。

 ただし、口元は嬉しそうににやけていた。

 

「仕方ありません。少々癪ですがこの世界のルールに従って私も全力で逝くデース! ってゆうかはじめっからクライマックスだぁぁぁぁ!」

 

 大地を引き裂くような激しい慟哭が、奈落から押し寄せるような重圧な怒号が、室内に木霊する。

 その奇声に耳を塞ぐ一刀は観た。

 ナイアの身体が分解され、黒い‟何か”へと再構築されていく様子を。

 ナイアだったモノはプランクトンのように複数の黒い異形へと分裂しはじめる。

 

 あるモノは眼と口から火花を零すカボチャ頭の亡霊。

 あるモノはその身を焔で燃やす巨大な木偶人形。

 あるモノは額に極太の一本角を生やした牛。

 あるモノはエジプトの王の風格を持った予言者。

 あるモノは息を荒くする傷だらけ獅子。

 あるモノは暗黒で構成されたような黒一色の男性。

 あるモノは禍々しい鎧を纏った武者。

 あるモノは紅いドレスを纏い冷徹な眼で見下す女王。

 あるモノはチャイナ服を纏い口元を扇で隠した佳人。

 あるモノは触手のような蔦を伸ばす大樹。

 あるモノは配線と歯車と装甲で覆われた機械。

 あるモノは童女、月神、疫病神、仏、蝙蝠、物理学者、スフィンクス、神父、風、トリックスター、方程式、悪鬼、燕尾服、像、触手、宇宙人、エトセトラエトセトラ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 千差万別。名状しがたいものたちが室内を埋め尽くす。

 その数は50以上。さらに数が増える。

 

「そんなのアリィッ…!?」

『総力戦というなの全力全壊! 貴方は生き残れますカッ!!』

 

 召喚されたナイア―ラトッテプの化身たちが一斉に一刀に襲い掛かる。

 その光景は、真っ黒な大津波が四方八方から押し寄せるかの如く。

 逃げ場のない大軍に、一刀は一瞬怖気づくが、勇気と闘志など感情を昂ぶらせ漆黒の軍団に正面から立ち向かった。

 

 火を吐くカボチャの亡霊を頭から蹴り割る!

 月神の巨大な拳を正拳で打ち砕く!

 何かを計算する機械に頭突きで叩き潰す!

 刀とパールのようなものを振るう武者と宇宙人の刀とパールのようなものを奪い、武者と女王と佳人と仏と複数の化身たちを残虐していく!

 

 その姿は、まさに修羅の如し。

 殺戮機械の精密さで、次々と化身たちを殺していく。

 しかし、化身は減るどころか逆に増え、徐々に一刀を押していく。

 

 ナイア―ラトッテプは無貌の神にして千の貌の神。その異名通り千の化身をもつ邪神である世界の数だけ新しく姿を変えるため化身もそのたびに数が増える。おそらく、人間が未だ知らない化身を含めれば、ほぼ無制限だろう。

 そして、化身すべてがナイア―ラトッテプの一部のため、どれだけナイア―ラトッテプの一部を殺しても他の個体が存命していれば『ナイア―ラトッテプ』という存在は決して滅びはしない。

 殺したくば、滅ぼしたくば、『ナイア―ラトッテプ』のすべての貌を、すべて同時に殺さなくてはいけない。

 

「ウッぉぉぉぉォォォオオオ!!」

 

 鬼神の気迫で、次々と不形体の怪物たち殲滅していく一刀。

 幸い、化身たちは互いにコンビネーションを合わせず単騎で攻撃してくるため、同士討ちやフェイクでなんとか迎撃ができる。

 が、このまま永遠と人海戦術で攻められれば負けるのは、やはり人間である。

 どれだけ強くなっても所詮は貧弱な生物。人外な身体能力を身に着けた一刀でもあっても、生物としての限界がある。

 しかも、相手は無尽蔵並み攻めてくる群集。

 力尽きたら最後、化身たちにぼろ雑巾のように暴殺されるのは明白。

 この絶望的な状況に、一刀は思考回路をフル回転させ打開策を模索するも徐々に体力の限界が近づく。

 

「くっそ! このままじゃ…!?」

 

 まさに絶体絶命のピンチ。

 この危機的状況を打破しようと頭をフル回転するが、絶え間なく流れてくる怪物たちは考える暇さえ与えない。

 焦りと体力消費で攻めが弱まりつつある、その時だ。

 絶望の黒い荒波に希望の光が差しこんだ。

 

『――力が、欲しいですか?』

「えっ?」

 

 突然の声に一刀は一瞬呆けた。

 取り囲む触手と怪物を刀で斬りながら声の主を探すが、周りには化身たちの奇声しか聞こえない。

 

『ここです。あなたの左手』

 

 左手の…銀の鍵を観た。

 銀のボディーに紅いラインの光を放ちながら銀の鍵から「ここですよ~」と少女の声が聞こえてくる。

 

「銀の鍵がしゃべった…!?」

『――答えてください。汝、かの混沌を葬る力、欲しますか?』

 

 驚く一刀に無視して、少女の声が冷淡に質問する。

 混沌の邪神に続き、今度は銀の鍵がしゃべった。もはや一刀の頭は困惑と混乱で頭が回らなかった(それでも身体だけは襲い来る化身たちを殺しているが)。

 しかし、銀の鍵は『早くしないと、死んじゃいますよ』と一刀の回答を待ち望んだ。

 状況がいまいちど解らない一刀は、周りの化身たちを倒しながら数秒考え……

 

「俺が欲しいのはアイツを‟殺す力”なんかじゃない。今、必要なのはアイツと‟正面から戦う為の力”だけだ!」

 

 と、銀髪美少女の化身の頭をパールでカチ割りながら、大声で答えた。

 すると、銀の鍵は数秒ほど沈黙したのち、言葉を発した。

 

『・・・・・・いいでしょう。我もナイア―ラトッテプに利用されるのは嫌ですし、その願い叶えてあげましょう』

 

 その時、銀の鍵は銀色の極光を放つ。

 あまりにも眩しさに一刀は目をつぶり、その光に触れた化身たちは断末魔を上げながら泥のように溶けだした。

 

『な、なにがおきたんでやがりますか!?』

『これにて契約は成立しました。我『ウムル・アト=タウィル』の契約者《北郷一刀》。汝に祝福の歌、憎悪の狂気があらんことを』

 

 突然の自体にナイア―ラトッテプは混乱する。

 銀の鍵は心臓のように鼓動し、緩まっていた一刀の左手から離れる。

 すると、鍵は一刀の胸に吸い込まれた。

 

「銀の鍵が俺の中にッ…!?」

『まさか、ありえない! 銀の鍵が人間と同化するなんて! しかも、なんで()()()がいるんデスカ! 私、知らないデスヨ…!?』

 

 ありえない現状に困惑する両者。

 すると、一刀の脳裏に謎の呪文とイメージが浮かんだ。

 

「……こいつは…?」

 

 

 銀の鍵の融合の影響なのか、一刀はその謎の呪文を理解した。

 そして、使用した後のデリメットも…。

 だが、一刀は覚悟を決め、突然の事態に困惑するナイアーラトテップに告げる。

 

「――ナイア、死にたくなかったらはやく逃げろ!!」

『ッ!?』

 

 一刀は目を閉じ、熱く澄んだ声で言霊を紡いだ。

 

 

――絶望の地に堕ちしは折れた魔を断つ劔。

 

――侵され、犯され、冒され、殺され、壊された骸たちは折れた劔に縋り付く。

 

――希望をくれと、慈悲をくれと、仇を討てと呪詛と断末魔を劔に吹き込む。

 

――憎悪の焔が折れた劔を熱す、哀しみの涙が折れた劔を冷やす、憤怒の拳が折れた劔を叩く。

 

――憎悪の空、絶望の地の境界線で、折れた劔は屍たちの怨嗟で鍛えられる。

 

――絶望を殺すために、希望を壊すために、世界を滅ぼすために、劔は奈落の底で再び刃を鳴らす。

 

――それは希望に成れなかった無敵の刃金。

 

――それは絶望を殺すためだけに研がれた最弱の刃金。

 

――森羅万象、善悪、太極、すべての可能性を塵殺するため、ここに魔を断つ劔は破壊の劔へと転生する。

 

――終焉無き世界に、汝新たな命生まれずと知れ!

 

――渇けろ、飢えろ、無に恐れ戦け!!

 

 

 まるで詩を謡うに、激しく切ない声が邪神たちに満たされた空間に響き渡る。

 

 そして、詩が中盤を終えたとき、化身たちが同時に動いた。

 

 これだめだ!

 止めなくてば!

 でなければ私たちが死ぬ!

 

 危険を察知する邪神たち。

 一刀の命を刈り取ろうとするが――……

 

 

「――叛逆の旗に誓って!」

 

 聖句は最後まで唱えらえた。

 

「我は世界を終わらす者なり!!」

 

 瞬間、世界は一色の『白』に乗り潰される。

 

 不気味な地下迷宮も、ン・ガイの森も、教会も、黒い異形も、北郷一刀も、すべての存在が白き『光』によって包まれ、世界は消滅した。

 

 

 

==============================

 

 

 

 そこは何も無い真っ白い空間。森も教会も地下迷宮もすべてあったものが消失した並行地平線が続く。

 そんな何もない世界に、一刀とナイアだけが取り残されていた。

 

「はぁはぁ…ナイア、無事か?」

「それはこっちのセリフですヨ」

 

 意識が薄れ、倒れそうになる身体を気力だけで立ち続ける一刀。その目は焦点が合っておらず、ナイアの姿が霞んでいた。

 一方、ナイアは直視する一刀の前で平然と立っていた。もっとも、彼女の修道服はほとんど焼き焦げ、柔らかな生肌は四割ほど炭化していた。

 

「まったくただでさえ銀の鍵と融合したとはいえはあなたは生身の人間。その身体で無限大の対消滅エネルギーを放つなんて自殺行為デスヨ。おかげでこっちまでとばっちりデス。ン・ガイの森は消失。せっかく作ったグラマーボディーが台無しですヨ。観てくださいよ、体のほとんどが炭化しちゃいました」

「悪かったな…綺麗な体だったのに傷つけちゃって…」

「ほんとうですよ。乙女の身体を傷つけた傷は重いんですカラネ」

 

 プンプンと、頬を膨らますナイアに、一刀は苦笑する。

 平然と会話をしている二人だが、お互いに長くないことは察していた。

 

「それにしても、貴方は可笑しな人ですネ。私を殺そうとして『はやく逃げろ』なんて。殺そうとした邪神に気を使うなどあなた、どこまで御人好しなんですカ。馬鹿ですか? アホですか? 女たらしですか」

「よ、よく…言われるよ…とくに三番目が…」

「まぁ、いいです、どうせ、私たち終わりなんですから。先ほどの攻撃でワタシの限界値が超えてしまったので、じきに身体が崩壊して、私はこの世界から死にます。そしても、あなたも。どうやって銀の鍵と融合したかは知りませんが、その命、長くありませんヨ」

「……そうか、でも、お互い殺そうとしたんだし、御あいこだよなぁ…」

 

 あははは、と乾いた笑い後をだす一刀。

 だが、ナイハはらしくもなくぶっきらぼうな顔で言う。

 

「…それは、嘘デス。貴方、本気で私を殺す気なんてなかった。むしろ、私を助けようとしました。私は邪神なのに。世界を凌辱する這い寄る混沌なのに。貴方を殺そうとした人の形をした化け物なのに」

 

左腕から胴体にかけて亀裂らしきヒビが広がっていく。 炭化した肉体が徐々に灰となり散るが、ナイアはお構いなしに澄み切った赤い瞳で一刀を見つめる。

 

「どうして、私を助けようとしたの? 一緒に暮らして愛着でも生まれのかしら? そうだったら残念ね。この姿は私たちの一面にすぎない。たとえ、今の私が消えてもナイアラホテップは別の個体として何度も甦る。あなたとの出会いは一時の夢としてじきに忘れるでしょう。そして、あなたとの想い出は儚く消えるの」

「…それでも、俺たちが出会ったことは消えないよ」

「………」

「・・・・・・・・・・」

「どうしてそんなに私のことを想うんデスカ? 貴方が想い続ける人は私じゃなく、貴方の()()()()()たちのはず。私たちの日々はただの泡沫の幻想でしかありませんヨ」

「幻想か…たしかにこれ幻想だな」

 

 不気味な森で謎のシスターと出会い、共に平穏で珍事で楽しい生活を送り、実はシスターは邪神、最後はお互い殺し合う。なんとも荒唐無稽な物語にして、なんとも粗末なオチだろうか。

 それでも…

 

「俺はこの(想い出)消し(忘れ)たくない」

「・・・・・・・・・・」

「邪神だろうが、神だろうが、悪魔だろうが、武将だろうが、俺は君と出会った数日間、ほんとうに楽しい日々だった。桃香たちと…別れて早一年半…君はこの空いた胸を埋めてくれた。それだけ俺は十分君を想うことができる。これが自己満足で、俺の我儘だったとしても、俺はこの想い出を忘れたくない」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「だから、ナイア。最後にお願い。……――俺、()()()()()()()()()()()

「……フフフフフ、わかった。その願い、邪神ナイアーラトテップの名をかけ、貴方の渇望と渇きすべて受け止めてあげる…♪」

 

 ナイアは右手で大剣を掲げた。動いただけで体の崩壊が早まる。体中の亀裂も広がっていくが彼女は気にせず一刀に微笑む。

 一刀も最後の気力を振り絞り拳を構える。身体中が激痛で悲鳴をあげている。視界もほぼ見えていないはずなのに彼は正面に居る女性を直視する。

 

 最初に動いたのは邪神だった。

 頭上を剣先で円を描くと、幾何学模様と文字で構成された紅い魔法陣が出現した。

 陣は邪神の背後に移動し、魔法陣は増え、巨大な陣へと変わる。

 そして、ナイアの背後には魔法陣で創られた紅い壁が出来上がった。

 その陣の一つ一つに凶悪な刃の剣先が数多く露出していた。

 

 おそらく大量の刀剣を打ち出すものだと、一刀は推測した。

 

「これが最後の攻撃。打ち勝てるものなら打ち勝ってみせなさい!」

 

 高々と叫ぶは、壊れかけた邪神。

 彼女が動作いた瞬間、刃は一斉に一刀に降り注ぐだろう。

 

(さて、どうしたもんかな…?)

 

 ナイアとの距離は少し長く、懐に入るにしても数秒はかかる。距離を詰めようにも、走る間に大量の刃で串刺しされるのは確実だ。

 一気に疾走すればギリギリ懐に入れる距離だが、そのためには彼女の隙を作らねばならない。

 一刀が攻略法を考えていると、ふと、懐のポケットに入れていたモノを思い出す。

 一刀はポケットをつっこみ、その顔が不敵に微笑した。

 

「さぁ、虚構の彼方へと消えろ!!」

 

 発射の準備を終え、とうとう邪神が動く。

 剣先を一刀に振り向けた瞬間、魔法陣から大量の刃が一斉発射――

 

 ぐっさり!!

 

――されるはずだった。

 一刀がポケットから取り出したモノ――銀製のフォークが、ナイアの額に突き刺さった。その反動と痛みで一瞬攻撃を中断、展開されていた魔法陣がすべて消えた。

 

「痛ぁぁぁぁぁ!? な、なんでフォーク持って――って、これ私たちが使っていた!?」

「ナイアァァァァアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 その隙を一刀は見逃さない。

 ナイアはすぐさまフォークを抜くが、一刀は一直線に疾走、一気に彼女の懐に潜り込んだ。

 

 二人の視線が交差する。それは一秒よりも短な時間の間。

 一刀は身体を捻りながら蹴りの準備を、ナイアは微動せず呆然と立ち尽くす。

 加速と体の捻りで生まれた遠心力を上乗せした一刀の回し蹴りが、彼女の首に直撃するまで刹那の間があった。

 ナイアは一刀を慈愛の満ちた瞳を向けていた。 

 

「フフフ…これだから人間は――」

 

 

 その言葉は一刀に耳に届かない。

 

 その顔は一刀の眼には映らない。

 

 それでも彼女は最後まで自分を殺した男性を見届ける。

 

 そして――

 

「――面白い♪」

 

 

 

ぐっぎ!!

 

 

 

 鈍い音が一刀の耳に届く。

 振り下ろされた死神の大鎌のような蹴りが、ナイアの首がくの字に曲げた。

 蹴りの衝撃で、ナイアは数メートル吹き飛び、地面にバウンドしながら数メートルほど転がり続ける。

 そして、転がり終わると、その身体をぴくりとも動かさなかった。

 

「ゼェ…ゼェ…」

 

 邪神が動かないことを確認し、一刀は脱力し地面に膝をつく。

 たった一撃。その一撃に全身全霊を賭けた蹴りを放てたことに、気力が尽き果てた。

 

「…桃香…愛紗…鈴々…みんな…俺、君たちみたいに…前に…進めること出来たのか…な……」

 

 かつての仲間の名を呟き、ナイアのほうをチラッと見る。

 首が折れ、地面に伏したまま微動しない。が、彼女の貌が一刀をみつめていた。

 まるで勝利を称賛するかのように、微笑みを向けたまま。

 

 その不気味なほど綺麗な死顔に、一刀はすこしも恐怖を感じなかった。

 彼が感じるのはすこしの後悔と…哀しみだけ。

 ツーン、と頬に一筋の涙が零れる。

 その時、視界が暗転となった。

 

 

「…もう…だめ…限界……」ガク

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




亀更新なので投稿が遅れたり、失踪するかもしれませんがあしからず。

では、これからもよろしゅうお願いします。

では、つづけて投稿します。


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天の御使いと生ける炎と風の眷属…あと、ときどき美少女

 続けての投稿です。

 タイトル通り、あの邪神たちが登場します。

 ちなみに、兼魔を断つ剣に登場する神性とは中身が違うのであしからず。


 では、誤字脱字が嫌いな方はお逃げください。

 PS:SAN値が減っても作者は一切責任を取りませんので。


 そこは漆黒の世界だった。

 地平線まで続く真っ黒な空間。そこに、北郷一刀はひたすら歩いていた。

 どうして自分がここにいるのか、どうして自分が歩いているのか、いつまで歩けばいいのか解らず、意識が薄れる中、ただひたすら前進する。

 

 何時間何分何秒か歩いたころ、ようやく黒しかなかった地平線に、ひとつの物体を見つけた。

 それは真っ白な《門》であった。

 遠くから見れば、どっしりとした石造りで、何やら彫刻が施されているようであった。

 近づいてみれば、その巨大さと不気味さがよくわかる。十階建てのビルを見上げるかのように縦に長く、大理石の美しい白さがあるのに、そこに彫られているのは禍々しい怪物たちと摩訶不思議な文字らしき幾何学模様が刻まれていた。

 

 北郷一刀は門の前に佇む。

 なぜだかしらないが、この門を開けたくなる。

 理由が分からない。だが、門を潜れば彼女たちと再会できる、と、甘く不気味な意識が一刀の脳裏に囁く。

 自制心はなかった。不安定な精神のまま、本能に従って扉を開けようとする。

 

――ダメ…その扉を開けるのはまだはやいです。

 

 が、誰かの声が、その行動を止めた

 声色からして少女だろう。周りを見渡すが声の主はいない。

 だが、本能が開けろ、開けろ、と訴える。

 自制と狂気に板挟みに苦痛になる中、少女の声がまた聞こえた。

 

――貴方が今、会うべき人は別にいるはずですよ。

 

 その時、脳裏にある女性の輪郭が浮かんだ。

 思い出した。意識と記憶が鮮明になったとき、悪魔のような囁きは聞こえなくなった。

 

――ほら、後ろでまってますよ。

 

 一刀が後ろを振り向くと、そこに()()がいた。

 真っ黒な世界に一体化したような黒い修道服に身を包み。

 それと対称に黒い布からはみ出た銀髪の毛先。

 そして、闇でさえハッキリと映る焔のような紅い瞳が一刀を卑しく微笑むかのように見つめていた。

 

 あぁ、そうだ。思い出した。

 一刀は彼女の名を叫んだ。

 

「―――ナイア…!」

 

 瞬間、漆黒の世界が砕け散り、視界が真っ白な世界へと変わる。

 そこに並行地平線まで続く白一色の空間。先ほどの巨大な《門》ない。

 あるのは一点の黒だけ。

 

 彼女は自分を殺そうとした邪神。

 あいつは自分が殺したはずの女性。

 

 ナイア。ナイアーラトテップ(這い寄る混沌)のシスターナイアが自分の目の前に居た。

 

「なに辛気臭い顔してるんデスカ。カズトさんは笑顔が一番似合ってるんですから、スマイルですヨ、スマイル♪」

「でも、俺はおまえを…」

「今更、後悔されても後の祭りデース。あなたは私を殺した。その事実は一生変わらないネ。それに勝者が敗者に気を使うなど侮辱してるもんデス。勝者は勝者らしくどーんと胸張っていればいいんデース。なんたって邪神を倒した探索者は大勢いますが殺した人なんて早々いませんし、邪神として悪者として、勇気あるモノに倒されるのはラスボス(仮)として誇りなのデース。――だから、今は愛しい女性として最後の別れだけはいわせてちょうだい」

 

 さきほどの天真爛漫な行動と打って変わって、悲しげな表情で慈愛に満ちた瞳でみつめるナイア。

 同居生活で、彼女のいろんな貌を観てきた一刀だが、悲しげな貌ははじめてみた。

 その表情に一刀は目を丸しながら彼女の言葉を一文字聞き逃さず聞く。

 

「貴方には貴方の生きる道があるはず。たとえそれが巨大なる運命の輪に組み込まれたものであれ、その輪の向きを変えることも外すこともできるわ。つまり、今と未来は自分の手で決められるってわけ」

 

 そう言って、一刀に背を向けて虚構に向って歩き出す。

 

「私を殺してもあなたの道は変わらない。他人に人生を決められても、それもあなたの通る道の地面の一部でしかない。そこに縛りなんてないわ。常に己の道を突き進め。後悔しないよう納得するまで歩きもがき苦しめ。それで諦めず前進できれば、その道が貴方だけの…私を殺した北郷一刀が通った立派な獣道となるわ」

「まってナイア!」

 

 手を伸ばし追いかけるも、距離が縮まらず遠ざかっていく。

 

「私に会いたかったら、もっと強くなりなさい。そして、世界を知り、世界から飛び出しなさい。この世は無限の可能性で溢れてるんですもの。新たな出会いや再開があっても不思議じゃないし、なにより愉しいわよ」

 

 そう言って、身体をクルっと廻って正面を一刀に向けた。

 

「それじゃー機会があればまた、殺し愛をしましょう。私だけの宿敵さん」

 

 天真爛漫すぎる素敵な笑顔を浮かべたまま、朝日に照らされ霧散した霧のようにナイアは消えた。

 その空間に残された一刀ひとりだけ。

 

「…まったく、最後にそんな笑顔でお別れなんて卑怯すぎだろう…」

 

 ひとり立ち尽くしたまま思わず失笑し、一刀は小声でつぶやく

 

「またな、ナイア」

 

 

==============================

 

 

「カズトー!いいかげん起きなさーい!!」

「のっわ!?」

 

 突然の大声に一刀は起き上がった。

 周りを確認すると、そこは白でも黒でもない霧灰色な空間だった。

 そして一刀の目の前には…、

 

「よーやく、おきたわね、この御寝坊さんっめ♪」

 

 真っ白な壁が話しかけていた!?

 

「誰がエレベストと対極的な高度0の絶壁まな板だごらぁぁあああ!!」

「げっぼォォォ!?」

 

 切れ味のあるアッパーが一刀の顎を捉える。

 そのまま、エビぞりに吹き飛び、一刀は仰向けに倒れ伏す。

 

「まったく、初対面の義母に向って失礼でしょう!? ちゃんと言葉を選びなさいこのバカ息子!!」

「ず、ずみばせんでじだ…」

 

 強烈なアッパーをもらい、顎を擦る一刀。

 改めて絶壁――もといアッパーを放った人物を観る。

 そこに居たのは少女だった。10代はんばぐらいだろう。紫掛かった桃色の長い髪をツインテールにし、華奢な細身を卑猥な服装で隠している。

 ただし、普通の少女とは違う。蠱惑的に美しく、近寄りがたい神秘的な雰囲気を醸し出していた。

 邪神が放った禍々しいオーラとは対照的に神々しい。

 …もっとも、一部に関して極端的に正反対だが…。

 

「今、不名誉なこと考えなかった?」

「気のせい気のせい。で、聞きたいことあるんだけどいい? ここ何処? 君、誰?」

「無理やり話しを変えたわねぇ。まぁいいわ。教えてあげる。ここは生と不死の境界といわれる場所よ。そして、私はパンドラ。神殺しの母にして、あなたの義母よ。ママって呼んでもいいのよ♪」

「え? パンドラ?」

 

 パンドラと名乗る少女に、一刀の眼が丸くなり、ジィ~とパンドラを見つめる。

 「いやん、そんなにみつめられると恥かしい~」とパンドラは赤くなった頬に手を添える。

 そんな少女に一刀は、

 

「それってギリシャ神話に登場する災いが詰まった箱をついうっかり開けちゃったあの美人妻のパンドラのこと?」

「…なんだろう、美人妻って言われてうれしいのに、ドジっ子扱いされたような気がする…」

 

 一刀の偏屈なイメージに、神殺しの母と称する少女は落ち込む。

 邪神とおなじでテンションの波が激しいようだ。

 

「そういえば俺、生きてるのか?」

「生きてるわよ。カンピオーネに生まれ変わったおかげでね」

 

 パンドラは気を取り直し、一刀に指をさした。

 

「貴方は邪神ナイアーラトテップを殺し、見事、神殺しに成功。かの邪神の権能を簒奪してカンピオーネに転生―――したのはいいんだけど…」

「??」

 

 急に歯切れの悪くし、一刀から眼を背けるパンドラ。

 頬をぽりぽり搔きながら申し訳なさそうに言う。

 

「今回のは、貴方を含めていろいろとイレギュラーだらけだったから、貴方が普通のカンピオーネになったかどう私にもかわからないの。もしかしたらとんでもないバグが起こるかもしれないから注意しておいて」

「それってどういう意味…」

 

 言いかけたその時、一刀の視覚がテレビの砂嵐のように乱れる。

 

「それから…………はや…にげ………くわし……は…彼女に聞いて…ちょ…い…」

 

 パンドラが何かを忠告しているのだが、雑音がひどいため聞こえない。

 雑音と視界の乱れが激しくなるにつれ意識がまた薄れる。

 まるで夢から覚めるように、徐々に視界がぼやけていく。

 

「それ……じゃ…第二の…人…生……謳歌してね…♪」

 

 

================================

 

 

「ん? ここは?」

 

 一刀が目を覚ますとそこは草花が生い茂る草原だった。

 ン・ガイの森に迷う直前に訪れたオーストリアのとある草原だ。

 

「もっどてこれたのか?」

 

 両腕を組み首をかしげる一刀。「もしかしたら今までのは全部夢だったのでは?」と考えるが、ボロボロになった服装といまだに痛む顎が、夢でないことを物語っていた。

 そのとき、一刀の腹からぐうぅ、と重低音が鳴った。

 

「そういえば迷宮に探索してから何も食ってなかったなー」

 

 空が赤から青黒く染まりかけていた。時刻は夕方あたりだろう。

 まずは腹の虫を抑えるため、近くの街で食事をしようと一刀が後ろを振り向く。

 が、後ろを向いたまま硬直してしまった。

 なぜなら……

 

「えー…どちらさまで?」

『我が名はクトゥグア。火の神性であり、混沌の化生ナイア―ラトッテプを殺すためこの世界に顕現した神である』

『小生はイタカ。冷気の神性だ。まぁ、こやつの連れだと思ってくれ』

 

 なんでいるんだと、一刀は内心ツッコミを入れた。

 眼前に熱気と火炎を帯びた巨躯と、風と冷気を帯びた巨躯の二体がいる。

 

 前者の巨躯はまるで煉獄を模したような醜い肉塊の鬼神。

 もしくは、業火と熱線を放出する紅蓮の怪物。

 

 後者の巨躯はまるで氷像を模したような美しい骸骨の巨人。

 もしくは、吹雪と冷気を撒き散らす紺碧の怪物。

 

 クトルゥフ神話において有名な二柱が、空中で佇みながら一刀を見下ろしていた。

 

『我が宿敵ナイアーラトテップの気配を辿って顕現してみれば、居るのは人間ひとり。だが、貴様から感じる気配は宿敵もの。きさま、貴様の魂はあの性悪馬鹿ではないな。アヤツの化身とという線はないか。と、するならば…』

『ナイアーラトテップを殺し、カンピオーネという種族に転生した愚か者が妥当だろう。フフ、あやつが面白い計画を立てていると聞いて来てみれば、もっと面白いことになっているようだな』

 

 草原の草花が焦げ、同時に、霜ができる。

 二体の邪神が無意識に放つ膨大な熱気と寒気が、空気を生み出し突風となって荒野と化す草原を駆け抜ける。

 強く激しい熱風と冷風と暴風に晒され、一刀は唖然としたままそれを耐え抜く。

 

『せっかく人の世に来たのだ。土産として、生まれたての神殺しの力味わいとうみたくなった』

『人間よ、我が宿敵を奪った愚者よ。邪神を一体葬ったその栄光と経歴に称賛して、私たちの相手をしてもらおうではないか』

 

 本人を無視して話が進んでいた。

 一刀は冷や汗をながしつつ、とりあず僅かな希望を持って、言う。

 

「…俺の拒否権は?」

『『あるわけないだろう』』

「デスヨネ~」

 

 あっけなく希望を砕いた二柱に邪神に苦笑する一刀。

 いまにも襲い掛かりそうな邪神たちに背を向けて――

 

「逃げるが勝ちぃぃぃ!」

 

 一目散に逃げた。

 

「混沌の次は火と風の神性がダブルで登場って無理ゲーだろッ! なんで次から次へと邪神が俺の前に来るんだよ!?」

「邪神に惹かれるフェロモンでも出してるのではありません?」

「そんな遭遇率が高くなるもん出すかッ! SAN値が下がりっぱなしになるわ! …ん?」

 

 草原を駆け抜ける最中、横を振り向くと少女がいた。

 パンドラと容姿が似て、長い髪をツインテールしているが、鮮やかな桃色と対し、こちら透き通るような蒼白の髪であった。

 また、服装も蠱惑的なパンドラと違って、布地が多く、紅いカーペットをそのまま纏っているような民族衣装で、ツインテールの上から薄い黄色いベールをかぶっている。その仕方ら覗く金色の瞳と白い肌が不思議と可愛さと魅力が感じさせる。

 ナイアは妖艶な悪魔、パンドラが蠱惑な母神のイメージなら、こちらは神秘的な妖精のイメージだろう。

 もっとも、彼女も普通の少女ではないことは一刀は分かっていた。

 なにせ、音速並みに走る自分の横を飛行しながら肩を並べているのだから。

 

「誰デスカ貴女?」

「この姿で会話したのは初めてですね。改めまして北郷一刀。私の名はウムル・アト=タウィル。外なる神ヨグ=ソートスの眷属であり窮極の門の案内人にして鍵番。そしてあなたのパートナーです」

「…えっ?」

「『なに言ったんだこの美少女ちゃんは?』と困惑してる顔ですね。こと詳しく説明してあげたいのですが、今はあの火達磨と雪達磨から逃げるのが先決ですよ」

 

 少女がそういうと、背中から熱気と冷気が伝わってくる。

 十中八九、二体の邪神が追って来ているのだ。

 

「えぇーと、ウムル・アト=タウィル…」

「わたしの個体名は『ルリ』と呼んでください。本名だと長くて言いにくそうなので」

「それじゃールリ。おまえは俺がナイアと戦ってた時に、契約がどうなの言って、あの必殺技みたいなものを教えてくれた子なのか?」

「その問いにすこし修正させてください。そもそもこの身は銀の鍵にあり、銀の鍵そのもの。同時に銀の鍵と融合した一刀もまた、私の一部であり私は一刀の一部。いってみれば私たちは運命共同体であり、私はあなたの分身といって過言ではありません。それに、あの性悪邪神を斃したのはあなた自身です。私はただ身体の使い方を教えただけにすぎませんよ」

「複雑すぎて理解しにくいけど、とりあえずお前は銀の鍵の取り扱いをしってる俺のサポーターってことか?」

「簡潔にいえばそうですね」

「だったら教えてくれ! クトゥグアとイタカァを斃すにはナイアの時の必殺技みたいのが必要なんだ!?」

「無理です」

 

 即答だった。

 ルリは冷淡に言う。

 

「使えることは使えますが、今の貴方では無限にある書くエネルギーをコントロールするこは不可能です。おそらく86%の確率で自爆します。もっとも、成功しても周囲に尋常のない被害でるのはたしかです」

「あぁ~たしかに…」

 

 なにせ、ン・ガイの森を一回で消失させた必殺技だ。

 それも対消滅という危険極まりないエネルギーを使用している。

 下手に使えば、比喩ではなく文字通り世界が消滅するかもしれない。

 

 八方塞がりの状況に頭を悩ます一刀。

 背後から邪神たちの呻き声らしき音が耳に届く。同時に暑さと寒さが物理的に強く感じてくる。

 この危機的状況の、下追い詰められる一刀の生存本能が最高潮に高まり――

 

 ドッグン!

 

――ぎゃはははは! どうやら俺様の出番のようだな相棒!

 

 彼の内面でひとつの意識が目覚め鼓動した。

 

「今のは一体…!?」

「どうやら、彼女の置き土産の出番のようですね」

 

 意識の底から聞こえてきた甲高い声に困惑する一刀。

 ルリは身体を逆さ浮揚しながらふむふむと一刀を観ながら頷く。

 

「幼妻の説明で言ってたでしょう。神を殺した人間はカンピオーネに転生する際、殺した神の権能を簒奪すると」

「権能?」

「神様の独自の能力のことです。銀の鍵を使った無限もまた権能の一端です。そして、あの性悪邪神を殺した一刀なら彼女の能力が使えます」

 

 今の呪力なら銀の鍵を使わなくとも十分権能を行使できますよ、と言いながら一刀の胸に指を当てる。

 

「でも、気を付けてください。権能には場合によって条件やリスクがあるものもあります。何が起こるのか私でも予想はできませんが、彼女の権能からしておそらく何かしらの対価があるはずです。使用には十分気を付けて―――と、いっても、今の貴方には無用な節介でしたね」

 

 逆さになりながら、心配無用で不敵に笑うルリ。

 なぜなら一刀もまた不敵に笑っていたからである。

 

「あたりまえだ。危険があろうがリスクがあろうが、そんなもの百の承知さ。だって()()()()()()()()だ。俺が信じないわけにはいかないよ。…それに怖がって使わないまま死んだりしたら、あいつに合わせる顔がないし、それこそ殺した相手への最大の侮辱になってしまうッ!」

「…だったらその力、殺した者のため思う存分振るってください。それが貴方を愛したナイアーラトテップの手向けとなるでしょう」

「わかったッ!」

 

 足に急ブレーキをかけ、迎え撃つ形でUターンする一刀。

 前方より火焔の塊と冷気の塊が、周囲を焦がし、凍結させる。

 クトゥグアとイタカだ。早く飛行できるよう身体を熱気と冷気に顕身したのだ。

 膨大な熱量と冷気が移動してるため、二柱が駆け抜けた場所が禍々しい神風を発生させ、木々や草花だけでなく近くの街の建造物を吹き飛ばしていた。

 二体は今にも襲い掛かろうとする魔獣を前にして、その身を元の鬼神と巨人に戻す。

 

『どうした? 鬼ごっこはおしまいか人間よ』

『先ほどと違って随分ヤル気のようだな』

 

 見下した目線で語るクトゥグアとイタカ。

 ただ、興味本位で観られているだけなのに、貧弱な人類を発狂させるほど霊圧を放っていた。

 しかし、その霊圧に恐れず、一刀は見上げる形で二体の邪神に不敵な笑みを見せた。

 

「…ナイア…おまえの力、使わせてもらうぞ!」

 

 胸の奥で何かの鼓動が高まる。

 本能の底から爪牙を使え、神を虐殺しろ、と訴える。

 脳裏より、怪しい言霊が囁く。

 一刀はその言葉に従い聖句を唱えた。

 

「彷徨うは亡霊、嘲笑うは悪霊、誘うは鬼火、命を犯すは死神、汝、深き泥沼より穢れた魂を引きずりて、生に執着する魂の断末魔を断て」

『聖句!? ナイアーラトテップの権能を使う気か!』

『そうはさせん!』

 

 クトゥグアは周りに五つの光の玉――火の精を展開、イタカは口から骨まで凍らす極寒の吹雪を噴出する。

 火の精と絶対零度の近い吹雪が一刀に直撃…寸前で、一刀の背後よりボロボロの巨大な大鎌が出現し、玉と液体を振り払い切った。

 ゆらりと、背後で蜃気楼のような者が現れる。徐々にソレの体の輪郭が整え、顕現する

 ボロボロの破けた西洋の服を纏い、左手に蒼い光を放つサビたランタン、右手に刃が欠けた死神の鎌を構える。その頭は巨大なカボチャ頭。くり抜いた両目と口より燃え盛る火花がチラチラと零れていた、

 約10メートルがあろう二頭身の奇怪な怪物にして、秋の祭事の主役であるジャック・オー・ランタンとは似て似つかない最低な悪霊の化身。

 その名は…。

 

――ぎゃっはははははは!! ハロウィンマンの登場だぜベイベー!!

 

 カボチャ頭の悪霊――ハロウィンマンは甲高い声で下品に笑う。

 

「ハロウィンマンの化身ですか。初めてにしては中々なものを出しましたね」

「知ってるの?」

「知識として知ってます。それに、私と一刀は一心同体なので、アレがどういうものなか分かりますよ」

 

 ハロウィンマンは一刀の頭上を飛び越え、クトゥグアとイタカがいる空中へ飛行する。

 

『化身を召喚しようとも所詮は奴の一部。軽くひねってやろう』

 

 イタカがハロウィンマンに立ち向かう。

 クトゥグアは動かない。下見のつもりだろう。もともとイタカはクトゥグアに付いてきた邪神である。イタカをダシに様子見とところだろう。彼らの共闘という感覚を持ち合わせてはないのだ。

 …二体同時に攻撃しない分、一刀にとってはありがたい状況であるが。

 

 

―――ぎゃははははははは!!!

 

 一方でハロウィンマンとイタカの戦いは熱戦していた。

 冷気と魔風を飛ばすイタカに対し、ハロウィンマンはチリ紙のように身を風に任せてスルリと避け続ける。

 すれ違いざまに、刃がノコギリ状になっている大鎌でイタカの身体を切りつける

 イタカが風を操りハロウィンマンを引き寄せるも、ハロウィンマンは風に乗せて口から業火を放つ、紺碧の巨躯を焼く。

 

 小枝のように細く脆そうなハロウィンマンに、細いが氷山を思わせる巨人のイタカ。

 体躯からしてハロウィンマンが不利であろう。一撃でもイタカの攻撃が当たればその身をバラバラに壊れてしまうだろう。

 しかし、現実はイタカがバラバラにさけかけていた。

 まるで氷塊がかき氷機の薄い刃に削られたようにイタカの身体に無数の傷が刻まれ、血らしき青い液体が流れていた。

 

『いいかげん凍り漬けになれ!』

 

 功を焦ったイタカはすべての神力と魔力を口に集約。

 咆哮と共に、絶対零度に近い魔氷の息吹を放った。

 極寒の冷気と思わせる息吹は広範囲に広がり、飛んでいたハロウィンマンを凍結させ、氷塊に閉じ込めた。

 

 勝った! とイタカが勝利を確信した矢先、氷塊に固められたハロウィンマンが消えた。

 

『なんだと!?』

 

――HAHAHAHA! 残念、幻影だ♪

 

 イタカの頭上にハロウィンマンがいた。

 実は氷漬けにされたハロウィンマンは、ハロウィンマンが左手のランプの光で映した幻影だったのだ。

 

 気配を感じたイタカが、すでに大鎌を振り下ろされ、紺碧の巨躯を斜めに両断した。

 

『おのれ、糞悪霊があぁぁぁ!』

 

 伊達に邪神の端くれではないイタカは、息絶える寸前、ハロウィンマンを道連れにしようと腕を伸ばす。

 しかし、ハロウィンマンは口から猛々しい業火を放つ。炎に包まれたイタカは、大地へと墜落。

 轟轟と猛々しく燃えるイタカは断末魔を上げることなく焼死体となり、そのまま灰となって散っていく。

 

「よし! まず一体!」

 

 ハロウィンマンの勝利にガッツポーズをする一刀。その横でルリがぱちぱちと拍手していた。

 

 空中で「ぎゃっははははは!」ちハロウィンマンが下品に笑い声を上げる。

 その時、紅蓮の塊がハロウィンマンに襲い掛かった。

 

『まだ、我がいることを忘れるな腐った廃棄物め』

 

 先ほどまで様子見していたクトゥグアである。

 火の神性はプロレス技でいうところのベアハッグでハロウィンマンを押しつぶそうとする。

 轟轟と燃える巨躯と接触してるため、ハロウィンマンの身体に火が移ってしまい、その身が燃えだしていた。

 

――ぎゃははははははは! 激しいハグが好きだが火達磨プレイはご免だぜ!

 

 変身! と、ハロウィンマンはカボチャの形をした人魂となり、クトゥグアの剛腕からすり抜け脱出。

 クトゥグアから離れたところで元の姿に戻ると、仕返しとばかりに口から業火の息吹を吐く。

 が、クトゥグアはその業火をも上回る紅蓮の大業火吐き対抗する。

 悪霊の業火と炎神の業火。両者の焔が激突し、互いに押し合う。

 しかし、徐々に悪霊の業火が押され始めていた。

 

「火力はやはり本家が上のようですね。それと、クトゥグアの体内から高熱量が溜まっていますよ」

「冷静に説明してる場合ッ!? 逃げろハロウィンマン!」

 

 鑑賞ムードで淡々と言うルリに、一刀がツッコミを入れる。

 その間、紅蓮の焔が悪霊の火を飲み込んでいく。

 

『塵ひとつ残さず燃え尽きろ!』

 

 クトゥグアはさらに火力を強める。

 口から放たれた灼熱の火焔はさらに大きく広がり、ハロウィンマンごと、一刀たちがいる場所を焼き尽くした。

 

 それは、まるで無慈悲なる獄焔。

 すべてを灰にするまで止まらない生きた荒ぶる炎そのものであった。

 

 クトゥグアが火焔を吐き終えると、一刀たちがいった場所は焦土と化していた。

 その場には一刀の姿はない。おそらく灰塵となり散ったのであろう。

 

『―――ッ!?』

 

 そう思っていたのはクトゥグアだけだった。

 突如、真上から殺意を感じ、上を見上げると――

 

「チェリォォォ!!」

 

――ぎゃっはははは!

 

『ぐっは!?』

 

 頭上より急降下する一刀とハロウィンマンの姿があった。

 神殺しと悪霊はそれぞれ拳とランプでクトゥグアの頭を殴りつけた。

 奇襲を許したクトゥグアは、そのまま空中で態勢を崩す。

 

 一方で焼き殺されたはずの一刀は、空中で浮遊するハロウィンマンの頭に乗っかっていた。

 

「あっちぃ~!? やっぱり素手でやるのは無理か」

「素手でやる以前に、火の神性に素手で殴ろうとする一刀のおかしいですよ。せっかく私が『緊急回避』で助けてあげたのに。アホなんですか。馬鹿なんですか」

「悪かったって。また、助けてくれてありがとうな」

 

――ぎゃっははははは! やるじゃねーかロリッコ♪

 

 燃え盛るクトゥグアを殴ったため拳が軽く火傷した一刀。その横にルリの姿があり、一刀の無鉄砲さにあきれ果てていた。

 そんな二人を頭上に乗せたハロウィンマンはケラケラと笑っていた。

 

「ところで、さっきのはテレポートか? ナイアも使っていたけど、ルリも使えたんだな」

「それは不正解です。今のは銀の鍵がもつ時空を操作する力を応用したものです。時間と場所を虚構に設定、それを因果律で強制的に繋げて実体化させる。空間転移と時間跳躍と足したようなものです。テレポートとはすこし違います」

「ふぅーん…あれ? たしか銀の鍵は使えないんじゃー……」

「使えないといったのはエネルギーのコントールのことです。それに、一刀自身には使えないといっただけで私が補助すればある程度使えるんですよ。べ、別に忘れたわけではありませんからね!」

「いや、急にキャラを変えなくとも誰も攻めないよ…」

『なるほど銀の鍵か…。しかも、ヨぐ=ソートスの眷属憑きとは面白い』

 

 呑気に会話する二人にクトゥグアが入り込む。

 クトゥグアはルリの正体に気づき、先ほどの全力を無傷で回避できたことに納得する。

 

『しかし、銀の鍵があろうが私を殺すことはできんぞ。ただでさえ、おまえの権能は私と相性が悪いからな』

 

 たしかに…、一刀は唇を嚙んだ。

 

 クトゥグアはナイア―ラトッテプの宿敵であり最大の天敵の神性。

 その荒々しい性格と火の神格で、ナイア―ラトッテプの領地であるン・ガイの森を焼き尽くした逸話をもっている(もっとも、一刀もン・ガイの森を消失させたが)。

 そのため、ナイア―ラトッテプの権能もまた、それに反映されている恐れがあった。

 一刀も、相性については肯定する。

 …だが、それはあくまでナイア―ラトッテプとクトゥグアの相性に関してだ。

 

「いけ! ハロウィンマン!!」

 

――ぎゃっははははは! 了解!

 

 一刀の合図にハロウィンマンはクトゥグアに向って一直線に飛ぶ。

 『特攻か…!』と、最後の悪あがきと考えたクトゥグアだったが、のちに違うことをその身で知る。

 

「我は浄火の偶像。燃え滾るこの身で神々の供物を清め、不浄を封じる炎の檻なり!」

 

 心身から何かが削れた感覚に襲われるが一刀は無我夢中で聖句を唱えた。

 すると、クトゥグアの足元から第二の化身が姿を現した。

 

―――ゴォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオンンンン!!!!!

 

『化身の連続同時使役だと!?』

 

 無数の木の枝で構築され、燦々と燃え続ける巨大な人型――ウィッカーマン。

 その身をクトゥグアを軽く超えるほど巨大で、空中にいるクトゥグアを見下ろせるほどの高さがあった。

 

―――ゴォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオンンンン!!!!!

 

 怨霊の断末魔な咆哮を上げ、編み物状に束となった木の枝の手で、クトゥグアの足を掴む。

 

『離せ木偶の坊!』

 

 身体中から紅蓮の炎を放出するクトゥグア。しかし、ウィッカーマンの手は燃えて塵とはならない。

 抵抗するクトゥグアをウィッカーマンは胴体に引っ張り寄せる。

 

 バキバキ! ウィッカーマンの胴体が縦に裂け、空白の胴体が露になる。

 そのままクトゥグアを胴体に放り込み、裂けていた胴体が元に戻り、鳥かごのようにクトゥグアを閉じ込めた。

 

『こんなもの――ッ!? どうなってる!? なぜ燃えつくせない!?』

「あたりまえだ。なんたって『元から燃えて』いるんだしなッ」

 

 それこそがウィッカーマンの能力。

 巨大な木偶の形をした燃え盛る木の檻に閉じ込める単純なものだが、その真価は火の属性をもつ者の能力を封じるというもの。

 たとえ、どんなモノも灰燼にさせる業火があろうと、モノを燃やし尽くさない限り、けして灰と化さない。

 そのため、ウィッカーマンは燃え尽きない。なぜなら永久に燃え続ける木偶人形があるがゆえ、火で破壊されることは不可能なのだ。

 

「どんなに相性が悪かろうが、それをどう使いこなして勝負するかが肝心だ。圧倒的な力をもつおまえらと違って人間には知恵という力がある。人間をあまり舐めるな生ける炎(クトゥグア)!」

『おのれぇぇぇ!』

 

 内部から燃やし尽くそうとするクトゥグアだが、燃え続けるだけウィッカーマンに変化がない。

 なぜならば、永遠に燃え続ける木偶は永遠に灰となることはないのだから。

 

――ゴォォォォォンンンンン(さぁ、てめぇの大鎌で俺ごとヤルんだハロウィンマンッ!)!!!

 

――ぎゃははははは! 分かったぜウィッカーマン!

 

 ウィッカーマンの雄叫びに答え、ハロウィンマンは大鎌を振り上げる。

 

――だが、お前だけには痛い思いはさせないぜ!!

 

 と、見せかけて切腹するように大鎌で自身の腹を突き刺す。

 鎌の刀身は背後にいるウィッカーマンとクトゥグアまで貫いた。

 

『ぐがぁぁぁぁぁ!?』

 

――ゴォォォォォンンンンンン(へっ、それでこそ俺たち混沌の邪神さまの化身だぜ)!!

 

「……なに、この小芝居?」

「まぁ、ナイア―ラトッテプの化身ですし、脚本家気質と悪ふざけの性格も反映されてるんでしょう」

 

 ハロウィンマンの頭の上で一刀は苦笑し、ルリは「おふざけが過ぎるかいつも失敗するんですよ」と、呟きため息を吐いた。

 

『な、舐めるな…この程度で我が滅ぼせると思っているのか…』

「まだ生きてたんですね。さすが、クトルゥフ神話を代表する邪神。でも、安心してください。ちゃんと主人公の手でとどめを刺してあげますので」

 

 そういってルリは一刀の眉間に人差し指を当てた。

 すると一刀の脳裏に新たな呪文が流れた。

 

「ルリ? これは?」

「銀の鍵を応用した攻撃方法をイメージとして送りました。この方法ならある程度被害の規模を抑えられますし、火の神性なら効果抜群のはずです」

 

 私もバックアップするので一刀はおもいっきりやっちゃってください。と、無表情で親指を立てる。

 一刀はこくりと、頷き、燃える枝の檻に閉じ込めらたクトゥグアと対面する。

 今にも檻を破壊し食い殺そうとする殺意に満ちた眼光を向ける火の邪神に対し、一刀はまっすぐみつめ、神抹殺の聖句を唱えた。

 

「……――深き暗き怨讐を胸に…汝、埋葬の華に誓い、我は世界を停める者なり」

『その言霊もしや!?』

 

 左手の手刀より負の無限熱量――絶対零度の冷気が集束する。

 クトゥグアは逃げ出そうと暴れるも、灼熱の檻に閉じ込められ動きが制限されている上、ハロウィンマンの大鎌が突き刺さったままのため身動きができなかった。

 冷気を帯びた手刀の先をクトゥグアに向ける。

 

「触れれば消滅必至の窮極奥義、その身で味わえ! ハイパーボリアァァァァァッゼロドライブッ!」

 

 イタカの冷気をも超える絶対零度の突きが、クトゥグアの眉間に突き刺さる。

 瞬間、燃え盛るクトゥグアの巨躯が瞬時に凍結していく。

 

『よもや、混沌の宿敵である我が奴の化身と人間に惨敗するとは――ぬわぁああああああああああ!?!?』

 

 悲鳴を上げながら凍り付いていくクトゥグア。

 絶対零度によって心身まで凍ったその肉体は、燃え盛るウィッカーマンの内部で氷結となり、粉々砕け散った。

 

 

 

===================================

 

 

 

「ふぅ…」

 

 クトゥグア、イタカの二体の邪神を斃した一刀は、荒野と化した草原に降り立つと、一息吐く。

 戦いが終えたのでハロウィンマンとウィッカーマンは「おもしろいことがあれば、呼べよ相棒!」と言い残し消えた。

 

 二度目の神殺し、それも二体同時というカンピオーネに成りたての一刀にとって精神的な疲労が激しかったようで…

 

「大丈夫ですか?」

「疲れた…すこし休む…」

 

 そういって心配するルリを押し倒した。

 突然のことでルリはビクンと驚き尻餅をつく。このままいやらしいことでもするのではとルリは警戒するも、一刀は何もしなかった。

 なにせ、彼女の膝の上で熟睡していたのだから。

 

「…やれやれ、邪神相手に無理やり膝枕させてそのまま寝るなんて神経が千切れてるんじゃないですかこの人は?」

 

 ちらっ、と一刀を覗く。

 一刀はルリの膝の上でぐっすりと熟睡していた。

 

「ZZzzz…」

「………はぁぁ、まぁいいでしょう。今日一日いろいろあったんです。私からのご褒美としましょう」

 

 爆睡する一刀にルリは彼の頭を優しく撫でる。

 一刀の無邪気な寝顔を眺めながら、頬を赤くし、特別な情を抱くのだった。

 まるで、側年が離れた兄妹、下手をすれば恋人同士のような光景であった。

 

 

 

 

 

「―――ところで、さっきから隠れてる人。用事があるんなら私がお応えしますが?」

「ふむ、バレておったか」

 

 そのとき、ルリの背後から老人らしき男性が突如として出現した。

 貫禄があるが、老人らしからずダンディーな風格で、一見、黒い服装でわからないが布地の下はかなりがっちした体型なのだろう。たたずまいからして、相当身体を鍛えているのだろう。

 また、その眼力は鋭く、多くの修羅場を潜ってきた者の眼であった。

 そんな怪しい老人をルリは一刀の頭を撫でながら背中越しで語りかける。

 

「あたりまえです。時空の神の眷属である私が、次元に隠れている魔術師の気配を感じなくてどうしますか。それで、貴方はカズトの敵ですか? それともただの覗きが趣味の枯葉ですか?」

「カッカカカ、そう警戒するな時空の門番よ。覗くのも仕事の一環だが、おぬしらの敵ではない」

 

 老人は顎をさすりながら笑う。

 無関心に語るがよほど警戒していると、老人を察していた。

 

 この老人、侮れない。次元の案内人であるルリは無表情の裏で警戒を強める。

 対して、老人は不敵な笑みで言う。

 

「ただの通り過ぎの老いぼれ魔法使いじゃ。もっとも――」

 

 

―――おぬしの膝の上で寝ておる小僧の師匠になるかもしれんがな

 

 

 

 

 

 数分後、二体のまつろわぬ神の気配が消えたことを感知した近辺の魔術師たちが草原に到着する。

 そこで魔術師たちが観たのは緑豊かな草原が灰と霜の荒野と化した光景()()だった。

 その後、魔術師たちはこの事を賢人議会に報告。議会は調査を始めるも有力な情報は得られず調査は一時凍結となった。

 

 

 そして、月日が流れて現在。

 七人目のカンピオーネが誕生した翌日、天の御使いだった青年の新たな物語が始まる。

 

 

 

 




 一刀の権能については後日、設定でこと詳しく紹介します。

 また、本編で新しい権能が登場すれば追加してかきますのでおたのしみに。


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設定

北郷一刀の設定です。

新しい権能や新キャラが登場すれば追加します。


■北郷一刀

 (漫画版の)恋姫の外史から現代(カンピオーネの世界)へ帰還した青年。

 帰還後、彼女たちとの生き様を最後まで見届けられなかったことに悔いを残しつつも、自分がいなくても彼女たちが自らの手で未来へと進むと信じ、自身の新たな人生を見つけることを決意。実家の道場で祖父の下で修業を積み、フランチェスカ学園を卒業と同時に免許皆伝、後に海外へと旅に出た。

 放浪の最中、邪神ナイア―ラトッテプと出会い、彼女?を殺しカンピオーネとなる(サルバトーレより前だがその前にも何人かがカンピオーネになっているため何番目かは不明)。

 

 異名は天魔王、総軍(レギオン)、北欧の帝王、女神堕し、邪神ハンター、知られざる勝者(アウト・オブ・カンピオーネ)新次元の怪物(プロメテウス・オブ・フランケンシュタイン)etcetc……

 

 原作同様好青年だが、まつろわに神(主に邪神系)やカンピオーネなどが起こす濃い事件に巻き込まれたため神経が図太くなり、ふっきれた性格となっている(その結果、SAN値は99もある)。

 超が付くほどの御人好しの理想家で、それが自身の我儘であり自己満足だと自覚している。それを踏まえた上で、他人には優しく接し、また、優しさだけでは相手の為にはならないため、あえて厳しく接することも厭わないでいる。それでも、ついつい甘さを出してしまうのが悪い癖となっている。

 ちなみに、いまだに女の好意に鈍感(エリカ曰く草薙護堂よりひどく、ハーレム体質はそれ以上かと)。

 また、複数の女性のカンピオーネと女神たちとのフラグは建設済み(これが女神堕しの由来)。

 権能を使って周囲から正体を隠しているため賢人議会や一部の者たちを除いて、一刀がカンピオーネだとは知られていない。

 現在はルリと共に便利屋『いえっさ』を営んでいる。

 

 19歳の時にカンピオーネになり現在は約24歳。

 原作と変わらずの容姿で、黒のTシャツに青いジーパンに、その上から特別仕様の軍服風の白いコートを羽織っている。

 

 

 カンピオーネになる以前(外史から帰還し修業を終えた頃)より人の枠を超えてしまい、カンピオーネに転生した後も、神関係も含めたトラブルの激戦のおかげで猛スピードで成長をとげ《鋼》と真っ向から殴り合えるほど強靭な肉体と戦闘能力を手に入れた(ナイアによれば天の御使いの覚醒だと推測していた)。

 なお、武芸の才能は元々ないため武術や技術は半人前(それでも実家の道場で免許皆伝をもらっている)。ただし、剣を持てばサルバトーレ・ドニと互角以上と渡り合える上、拳を振るえば羅濠翠蓮の武力を力任せに押し退けたり、権能を使用すれば他のカンピオーネさえ圧倒するなど、あらゆる力を扱うのが巧い。

 そのため、研鑽する武芸者たちにとっては『武の天敵』として目の敵にされている(ただし翠蓮は一刀のことを「人の形をした暴力」と称して内心認めている(それが好意の裏返しなのかは翠蓮本人にもわかってはいない))。

 肉体の頑丈さと回復力に関してはカンピオーネの歴史上もっとも出鱈目で、単純な実力勝負なら標準のまつろわぬ神さえ素手で勝つほど強い。

 ただし、一刀の強みは戦闘能力だけでなく、先を見通す眼と秘策から奇策まで柔軟で多彩な戦術を考えるほどの知識と機転と思考があり、策士と自称するほどの頭脳を持ち合わせている(翠蓮が武芸者であり兵法家であるなら、一刀は兵法者であり怪物といったところ)。

 通常のカンピオーネは勝利率を引き寄せる化け物なのだが、一刀の場合、勝ち方よりも戦い方と勝利という過程と結果に天秤をかけて神殺しするため、勝ち方を見つけるカンピオーネとはどこかズレている点がある。また、勝利率関係なく最後には勝てしまうというチートを超えたバグのため、他のカンピオネたちより『勝者を斃す挑戦者』(アンチ・カンピオーネ)と言われ悪い意味で注目されている(黒王子曰く他のカンピオーネがどんな勝ち方を見つけても、圧倒的な実力と予測不能なイレギュラーによってせっかくの勝ち方も台無しにされるため、勝利を掴むことはほぼ不可能とのこと)。

 

 戦闘スタイルは場合によるが、基本は実家の剣術(流派は示現流)と戦いで身に着けた我流のCQC(近接格闘)を使っている。

 武器を使う場合には(トライガンの)重火器『パニッシャー』と銀製のフォークとパールのようなものを好んでいる(その他にも重火器、ミサイル、無線式オールレンジ攻撃用兵器を製作し実際使用している)。

 

 

 権能はひとつの権能に多彩な発動形態と応用性しやすいものが多く、権能同士の組み合わせによってそのバリエーションはほぼ無限にして、千差万別。ただし、万能な分、扱うのは難しく掌握しきれていない権能もあり、中にはデリメットが高いモノから特殊な状態でしか発動しない権能もある。

 種類としては召喚、強化、補助、広域殲滅に分け、それぞれケースバイケースに使い分けている。

 一刀が簒奪した権能は神の神格というより逸話とその神独自の性質を形にしたものが多く、通常、カンピオーネが簒奪した権能はどれも劣化するのに対し、こちらは劣化するどころか斜め上にバグっている。

 なぜ、このような権能が多いのかは、一刀のカリスマと仲間意識から反映されたものだとルリは考えている。

 

・権能

 

《這い寄る混沌》

 混沌の邪神ナイア―ラトッテプより簒奪した権能。一刀が初めて手に入れた権能である。

 ナイア―ラトッテプのすべての化身を使用・召喚することができる。また、新たな神格を《収得》し、別の神や他のカンピオーネたちの権能を化身として使用することもできる。

 デリメットとして発動条件として自身の精神(SAN値)が削られてしまう。SAN値がゼロまで消失すると永久狂気に落ちてしまう――ことはないが、何か最悪なことが起きるとパンドラとルリは予想している。そのため安易に使用しないように気を付けている(が、状況によって連続で使うこともしばしある)。

 使用する化身に応じて失うSAN値も決まっており、強力な化身ほどSAN値が多く減少する。

 また、化身一体につき一日一回だけという制限があり、日にちが変わればまた再使用できる。

 

【嗤う南瓜頭の亡霊】(ハロウィンマン)

 ジャック・オー・ランタンに似た巨大な怪物を召喚する。

 口からまつろわぬ神すら焼く業火を吹きだす他、右手に持つ大鎌でまつろわぬ神の身体を切り裂いたり、左手のランタンを鈍器のように殴ったり、ランタンの光で幻影を作ったり、人魂となって物体を透過するなど多彩な能力をもっている。

 発動条件としてSAN値が15減る。

 

【燃え盛る木偶の檻】(ウィッカーマン)

 木の枝で構成された燃える巨人を召喚する。

 対象をその身に閉じ込め、自身ごと対象を焼き殺す。また、巨人自身は永遠に燃え続けるため決して燃え尽きることがなく、捕縛した相手が灰になるまで焼き続ける。

 その他にも、炎系の攻撃を無効するため壁になったり、さらに閉じ込めた対象の邪悪なものなどを浄化するという能力を持つため、邪神や悪神といった悪に系統する者たちの能力を弱体化させることができる(神によってはおよそ三割ほど)。

 ちなみに、燃えている木の枝の身体だが結構頑丈で、大型の神獣を閉じ込められるほど堅牢。

 捕縛と攻撃、さらに壁役と弱体化など凡庸性が極めて高い化身である。

 なお、サイズは自由に変えられ、最低で赤ちゃんサイズ、最大で東京スカイツリー並みのサイズになれる。

 発動条件としてSAN値が13減る

 

 

《無情なる紅蓮の業炎》

 炎の神性クトゥグアより簒奪した権能。

 炎と熱を自在に操ることができる。

 火炎放射器のように炎を放つほか、火球として飛ばしたり、レーザーのようにして《鋼》を焼きるなど、応用が多く、最大火力で大都市を一瞬で蒸発をさせるほど。

 非情たる紺碧を同時に扱えば、冷風で火力を強化することもできるなど、権能同士と組み合わせしやすい化身。

 主力戦力として重宝している

 

 

《非情たる紺碧の冷風》

 風の神性イタカより簒奪した権能。

 風と冷気を自在に操ることができる。

 絶対零度の近い風を視界一面を吹かせるほか、風の塊で対象に殴ったり、カマイタチのように相手を切断するなど、応用が多く、最大規模で大型の神獣を十体まるごと大気圏近くまで吹き飛ばすほど。

 無情なる紅蓮と同時に扱えば、熱で風を大嵐の域まで強化することもできるなど、権能同士と組み合わせしやすい権能のひとつで。

 主力戦力として重宝している。

 

 

《蜘蛛神の光糸》

アトラク=ナクアより簒奪した権能。

ミクロ単位の青黒い糸を展開し、自由に操る。その強度は巨大な神獣すら拘束し、たとえ糸をつけた相手が並行世界に飛ぼうとも決して千切れないほどの強度。

 糸を構築してるのは純粋な呪力ではなく謎の物質であり、カンピオーネの呪力耐性には適応されないため、カンピオーネすら力ずくで拘束することができる。

 糸という性質上、拘束のほかに、周囲に糸を張り巡らせて罠や侵入者を察知するセンサー代わりに、糸で対象を切断し逆に傷口を縫い合わせて応急措置、糸を束ねて様々な形状の武器を造るなど汎用性が高い権能。また、ほかの権能と合わせやすく、使用する権能の軸として、そのバリエーションが豊富となる。

 

 

 

《北欧の軍神》

 北欧神話の主神オーディンより簒奪した権能。オーディオがもつ特権すべてをセットにしたもの。それぞれ正式名称がつけられており、一刀の影響があってかもはや全能に近いチート性能となっている。

 

智識と智慧の源泉(ミーミル・イン・オートマトン)

 正式名称:高位情報演算式。通称ミーミルの瞳。あらゆる情報を網羅し、高度な演算処理能力を持つ。その性能は知恵の神ですら脅威を抱くほどで、あらゆる状況下において常に最善の結果をほぼ完ぺきに計算・予測する。そのほか、演算処理を応用して他の権能の制御を自動で行えることもできるなど万能。

 神話では知識を与える権能であるが、とある理由で超高性能簡易AI付演算機器となっている。

 視界に映し出された空間ウィンドで演算した情報を掲示して本人に伝える。ある程度の会話も可能であり、ルリによればスライム魔王の相棒と同質になっているとか。

 情報収集及び戦闘サポートとして愛用してる。

 

天に召した戦士の館(ヴァルハラ)

 正式名称:霊基保存領域。体内にエインヘリャルを収納・保存する固有結界。神話において死した戦士たちはオーディンによって常にこの館に招かれるため、一刀が認めた戦士たちは自動(オン・オフ可能)でエインヘリャルの一員にするこができる。その場合、エインヘリャルになった者は通常のスペックから神話級のスペックへと昇華され、無名の英霊となる。

 

勇敢なる戦士(エインヘリャル)

 正式名称:軍団型霊基構築。オーディンやヴァルキューレたちが集めた戦士たちを使役する。一刀の呪力によって肉体を構築されるため、一刀からの呪力供給が続くかぎり顕現つづける。一刀の命令には忠実だが、戦士としての感情と誇りがあり、一刀の(平和的な)方針にたまに不満な態度をとることもしばしある(戦争バカが選別した戦士なのでほとんどが根っから戦闘狂でそこはしょうがないと本人は承知している)。

 全員が統一して白銀の全身甲冑を纏っているが、中身は屈強な男から可憐な女性、さらにオークから妖精など強い戦士であるなら種や性別を問わずエインヘリャルとして召喚される。

 

世界を見渡す軍神の翼(フギン&ムニン)

 正式名称:自律思考情報記録端末。ワタリガラスのフギンとムニンを召喚する。二羽が集めた情報は一刀に並立化されるため、情報収集において手頃に役立つ眷属。ただし、それ以外では(主にルリが)パシリとして使っており、この扱いに(主にフギンが)不満の声を上げている。そのためルリを敵だと認識し常日頃から邪険し、何かあればいちゃもんをつけている。そのたびにルリに無残に撃沈される。

 一方、ムニンにおいては、中立な態度で一刀とルリに接しており、思考を意味する名をもつのに考えなし特攻するフギンに呆れてながら、フギンの連敗記録と内緒でつけている。

 

 

《魔眼の撃鉄》

 バロールより簒奪した権能。左目で対象を直視する、あるいは視界に映った者の五感を完全に支配する魔眼。五感を掌握された者は完全催眠に陥り、本人に思いのままに操られる。また、自身が操られていることすら自覚できない。視線を飛ばすという工程で相手の五感を支配するため視界にはいれば神ですら防ぐことができず、カンピオーネの呪力耐性すら無視してしまう。

 強力な反面、対象を支配できるは一日に一回だけ。権能使用時の代価として視線を飛ばす弾丸として一発使用するたび左目の視力が低下し、全六発分を撃ち尽くすと失明する(カンピオーネの回復力でも完治には三週間はかかる)。よって、使用できるのは三週間に六回だけ(途中で視力が回復さればその分だけ装填される)。そのため、失明中はこの権能は使用不能となる。

 発動時には瞳がリボルバーの弾倉の断面となる。

 

 

《銀鍵式時空連結機関『無窮の心臓』》

 一刀が『銀の鍵』と融合したことで手に入れた能力。正確には簒奪した権能ではなく一種の器官。

 存在する並行世界より無尽蔵にエネルギーを汲み上げ、自身に上乗せすることができる(いわゆる次元連結システム)。そのため、発動すれば一刀の呪力の総量は無限大となるが、無限大のエネルギーを使用するためその負担が大きく、使用すると肉体と精神がボロボロになり、使用後、反動でしばらくの間身体が動かなくなる。また、『無窮の心臓』も負担がかかるため、冷却するために三時間ほど使用不能となる。その結果、使用できる時間はおよそ10分程度。

 その他に、因果律操作や空間操作といった能力も備わっており、主にこちらの能力を使用している。

 ルリの本体であるため、ルリ自身も使用できるが通常は一刀自身に主導権を握らせている。

 

 

 

 

■ルリ

 一刀のパートナーと称する少女。その正体はヨグ=ソートスの眷属であり分身の鍵番ウムル・アト=タウィル。

 とある理由で銀の鍵に封印され、(ナイア―ラトッテプに利用されるのが嫌だったため)銀の鍵を所持した一刀と契約。銀の鍵と融合したことで一刀と一心同体の存在となり、相棒として彼を支えている。

 見た目は兼電子の妖精とほぼ一緒で、愛称も同じ名前なのは、本人がただたんにそのキャラがお気に入りだったため(本来は相手に合わせて姿を変えるため定まった形はない)。

 オリジナルと似て丁寧語で無表情だが、わりとノリがよくボケることがしばしばある。

 また、丁寧語だが上から見下したような言い方で、毒舌。まつろわぬ神やカンピオーネ相手でも毒を吐くなど容赦がなく、トラウマを抉り相手の苦しむ姿に悦ぶドSの一面をもっている。

 ただし、外なる神の属する者の価値観と視点で物事を語り、相談にのるなど面倒見がよく、人間よりも常識を知っている。

 人間の文化と価値観に興味を抱いており、(設定をコピーした結果か)ラーメンが好物。趣味は人間観察とラメーンの食べ歩き(他のグルメにも興味がある)。

 容姿はホシノ・ルリで、頭に黄色いベールを被り赤い民族衣装を纏った少女。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 




どこぞの秘密結社の首領兼大導師とガチンコできるステータスになちゃいました。

あと、ルリちゃんは俺の嫁!

スパロボV参戦してくれてありがとうッ(感激)!!!


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第一章『悪王の魔神』
普通の終わり


 第一話にしてカンピオーネのあのキャラが登場します。

 はたして〝彼女〟がヒロインであるかどうか読んでからのお楽しみです。

 それではどうぞ。


 神殺しの王――カンピオーネ。

 

 人であるにも関わらず神を殺し、神たらしめる力…権能を簒奪した覇者。

 

 地上の何人たりとも抗えない力を振りかざし、地上に君臨する魔王。

 そんな彼らの偉業と傲慢と暴力に人類は畏怖し、屈服する。

 

 だがしかし、その権威は今や意味を持たず。

 

 かつてカンピオーネたちが謳歌した世界は、新時代という荒波に飲まれ、技術の発展の影響により誰しもが神と同等の力を有す時代へと変わった。

 

 絶対王政から民主主義の世になった世界にもはや唯一無二の王は不要。

 

 カンピオーネの名はもはや過去のものとなり、彼らの栄光は儚くも消え去ったのであっ―――

 

 

 

「何してんだルリ…?」

 

 独り言で語るルリに一刀が語りに割り込んだ。

 

「ちょっとしたテコ入れです。ほら、作者って誤字脱字が多い上にテンポの悪い描写ばかりでしょう? ただでさえ種馬が主人公なので読者の心が遠くに行かないようこうしてフラグを立てつつUAとお気に入り数を増やそうと思いまして」

「魂胆が浅はかだ。あと。不人気前提かよ」

 

 いらぬお節介を焼くルリに一刀は呆れる。

 

 二人がいるのは東京都浅草の人通りの少ない路地裏にある七階建てビルの六階。

 そこが一刀たちの住い兼仕事場である便利屋『いえっさ』である。

 

「さてと、ボケはここまでにして本題に移りましょう」

「急に話を変えるんだな、おまえ…」

「それが作者のクオリティです。では、はいこれ」

 

 ルリが取り出したのは折れ線グラフが描かれたボードであった。

 しかも、線は緩やかに底へ下がっていた。

 

「ここんところ表の依頼が少ないため、我が家の経営は著しく右肩下がりです。貯金とここの運営費と家賃を計算すればあと半月程度で我が家の家計が火の車になるのはたしか。早急に手を打たねばなりません」

「まぁ、たしかに最近依頼が来ないけどそこまで心配する必要ないだろう? あと一か月も平穏に生活が送れるんだし、そこまで考えなくても…」

「いいえッ。経理と家計簿を預かる身としてほっとけません。ただでさえ一刀はいろいろと問題を起こすくせに、おせっかいと下心で依頼人から料金を受け取らないんですから。お金を工面するこっちの身にもなってください」

「あっはははは……すいません…」

 

 ルリの鋭く尖った視線に、反論する気力を削がれ苦笑するしかなかった。

 見た目が少女(邪神?)に家計簿をまかせる大人がここにいた。

 

「と、いうわけで来月まで乗り切るため手を打っておきました」

「ヤッホ~! ルリルリ、おまたせさ~ん♪」

 

 事務所のドアから陽気な声で、何者かが無断で入ってきた。

 一刀が振り向く。声の主は眼鏡をかけたスーツ姿の尻軽な青年であった。

 

「…何にしき来たんだマダオ」

「オイオイ、せっかく親友が来たのに冷たい態度やなぁカズピー」

 

 彼の名前は及川祐。

 一刀が高校時代の悪友であり、現在は正史編纂委員会に所属する公務員(一刀がカンピオーネのことを知っているが、一刀のお願いで組織には凄腕の魔術師として紹介している)だ。

 

「クズ眼鏡もとい及川さんに頼んで裏の仕事を回してもらったんです。巨大組織の職員のコネクションって便利ですね」

「くっくくく、ワイがいてよかったやろうルリちゃん♪ あと、クズ眼鏡のところは聞かなかったことにしとくわ」

 

 便利屋『いえっさ』は主にネコ探しから助っ人までジャンルなく仕事を請け負うが、仕事が少ない場合は正史編纂委員会で手を焼く仕事を代理としてもらい生計を立てているのであった。

 

「ほい、今回の依頼や。依頼料はちゃんと指定の口座に振り込むようになってるさかい」

 

 そういって、手に持った封筒をルリに渡す。

 

「すいませんね。公務員の仕事が忙しいのに、こうして仕事まで回してくれて」

「えぇって。カズピーとは親友やし、こうしてルリちゃんに喜んでくれるならやすいもんやでぇ。…ところで、例のブツをいただけるんですか?」

「ブツ?」

「わかってますよ。ハイ」

 

 はやくよこせと手招きする及川に、ルリは紙袋を渡した。

 

「いったい何をもらったんだ?」

「気になるかカズピー…?」

 

 及川が紙袋から出したのは―――女性もののパンツだった。

 赤くフリフリが付いた薄いランジェリーで、使用済みなのかしわくちゃで、シミがついていた。

 また、袋からブラジャーからソックスらしき布地か覗いていた。

 

「うふふふふルリちゃんのおぱんちゅ♪ これさえあればワイは三日徹夜ができるでぇー」

「……おまえ、たしかこの前、同僚の女の子と付き合ってた言ってなかったか?」

「それとこれとは話は別やでカズピー」

 

 最低だな。いや、変態だ。

 ニヤニヤと笑って片手でパンツを握る及川を、一刀は冷ややかな眼で軽蔑する。

 どうしてこんな男が女にモテるのか、高校時代からの続く疑問に首を傾げた。

 

「ほんじゃ、まだ仕事あるさかい。ワイは失礼するわー」

 

 軽いステップで室内から立ち去る及川。

 一刀は窓から路地裏をランランとスキップする変態の背中を見詰めながら、隣にいるルリに尋ねた。

 

「………ところで、ルリ。及川に渡した下着っておまえのなの?」

「そんなわけないでしょう。アレは近くのオカマバーのママさんの下着です。なんでもこの前、三人で飲みに行ったときクズ眼鏡のことをいたく気に入ったらしく、自分の想いを代わりに渡してちょうだいと頼まれましたので。しかも使用済みです」

「自分の使用済みパンツ等を渡すオカマもアレだけど、騙してオカマのパンツを渡すおまえは最低だな」

「ママさんから豚骨で有名なラーメン店の餃子付きクーポン券をもらったので。あと、バレなきゃいいんです。どうせ幼女に幼女のパンツを要求する変態を騙しても罪にはなりません」

 

 それもそうだな、と一刀は知らぬが仏の変態にひそかに手を合わせた。

 

「それでは依頼に取り掛かりましょう。仕事は早めに越したことはありませんので」

「まぁ、いいけど。んで、あいつが持ってきた依頼はなんだ?」

「えっとですねぇ…――」

 

 袋から取り出した資料に目を通す

 

「最近、多発している失踪事件の究明です」

 

 

===========================

 

 豊島区のとある廃工場。

 誰も寄り付かない工場内には怪しい男たちが10人、散策していた。

 日本人ではない。ボサボサの髪に濃い黒ひげ、黒い肌にライン状の入れ墨。ラフな格好だがその下から肉厚な巨漢で、風貌からしてイスラエルの人だろうが、厳つい顔つきと手に持った拳銃からして堅気の者ではないことはわかる。

 

『手筈は整った』

『あとは運ぶだけか』

 

 男たちがアラビア語らしき言葉で会話している中、工場の中央の柱の下で二人の少年少女が縄で拘束されていた。

 

「こらぁぁぁ!! いい加減、解放しなさいよッ!!」

 

 両手両足を縛られた少女――草薙静花が叫ぶ。

 

 ことの発端は一時間前に遡る。

 草薙静花は買い物の道中、怪しい男たちが幼い少年を車に連れ込まれようとしたところを発見。

 ほっとけない性格に、義侠心にかられ少年を助けようとするも、男たちに気づかれてしまい、少年と一緒に誘拐されてしまったのであった。

 

「ひぐッ…ひぐッ…!? おねいちゃん怖いよぉ~」

「ほら、泣くんじゃないの」

 

 となりで同じく縛られている少年が泣きじゃくる。

 年齢は自分より下だろう。年上として静花は強気を装い、慰める。

 

「泣いたら相手の思うつぼなんだから、ここは我慢よ。が・ま・ん。ぜったい助けがくるはずだから辛抱するの。いい?」

「う、うん、わかった…」

(と、いったものの、警察に助けを呼ぼうにも携帯は家に置いちゃったし、お兄ちゃんはおじいちゃんの頼み事で海外に行ってるし、おじいちゃんはおじいちゃんで知人の家で当分帰ってこないし、あたしが居ないことい気づいてはくれそうには……アレ? 詰んでいる?)

 

 最悪の状況に頭を抱える。

 周りには犯罪臭漂う厳つい男たちに、誰も近寄らない廃工場。

 普通の少女ならこの状況で心が折れて泣くものだが、草薙家の一族はそこまで肝は小さくはない。

 周囲を警戒しながら、何とかしてここから脱出する手段を模索する。

 

 しかし、そんな静花とは裏腹に男たちは縄に縛れた少年の襟を掴み、少年ごと持ち上げた。

 

「た、たすけて!?」

「ちょっと! 小さい子に乱暴するんじゃないわよ!」

 

 静花が食いつくが、他の男たちが身体を抑え込む。

 その間に少年は三人の男たちに連れてこれてしまった。

 泣き弱で叫ぶ少年の声に静花は巨漢の男たちに抑えられるも、抵抗して暴れようとする。

 

「離せ離せ! 離せぇーッ!!」

『大人しくしろ!』

『おい、このガキどうする?』

『すこし、犯せば黙るんじゃねーの』

『それいいなぁ』

 

 アラビア語を知らない静花は男たちの会話を理解できず抵抗を続けるも、男たちは地面に押さえつけた静花を仰向けの態勢を変え、彼女の上着を破いた。

 

「い、嫌ッ!? やめてッ!?」

 

 静花は必至に抵抗しようとするが、男のひとりがナイフを彼女の頬の近くに地面にめがけて突き刺した。

 

「ひっ!?」

『ちょっとだまってろ』

 

 ナイフで頬がすこし斬れ、うっすらと血が流れ、静花は恐怖のあまり血の気が下がり、身体が硬直する。

 その間、男たちは邪な顔で彼女のスカートを強引にめくり下ろそうとする。

 

(た、助けて…お兄ちゃん…ッ!?)

 

 男たちの手で汚れていく中、この場に居ない兄に助けを呼びながら涙を零した。

 

 ぎゃぁぁぁぁぁああ!?

 

 涙が地面に落ちたとき事態は一変する。

 男性らしき悲鳴が部屋の外から響き、男たちの背後の壁より彼らの仲間の一人が壁を突き破ってきた。

 

『げっはぁぁぁぁぁ!?』

 

 壁を突き破った男はそのまま地面に転がり動かなくなる。

 輪姦しようとした男たちの手が止まり、驚きながらとっさに後ろを振り向く。そのため、倒れている男の状況がよく分かった。手足が折れ、顔が潰れて陥没し、身体中に男の血痕らしき血が付着していた。

 撲殺された仲間を見て男たちは背筋を凍らせると、壁の向こうから足音が聞こえてくる。

 

「さすがファラオの予言。ビンゴだ」

 

 工場の通路から繋がった壁の穴からひとりの青年が入ってくる。

 茶髪で澄んだ茶色の瞳の好青年らしい風貌であった。黒いシャツにジーズン、そして、真っ白な軍服風のコートを羽織り、手にはべっとりと血がついていた。

 おそらく、このガキが仲間をやったんだろう。

 青年の後ろから倒れ伏す他の男たちの姿があり、男たちは警戒する。

 

(この人いったい……)

 

 その男たちの後ろで静花は恥部隠しながら、男たちが青年に注目してる間に後ろへ下がる。

 対して、青年は服を破けられ涙目になった静花を見て、一瞬きょっとんとすると、男たちににっこりと微笑みかけ――

 

「んで、お前ら…ソノ汚イ手デ何シヨウトシタ…?」

 

 殺気に満ちた瞳で、青年――北郷一刀が男たちを睨む。

 先ほどまでの好青年からの変異ぶりと殺伐としたオーラに男たちは脂汗を垂れ流し、後方に置かれた重機に隠れた静花はその殺気に当てられ身体を震えていた。

 

『や、やっちまえ!』

 

 男たちのひとりが殺意に向けられる中、拳銃を一刀に向けた。

 ほかの男たちも命の危険を感じ、すぐさま拳銃を抜き取り、銃口を突き出す。

 

 ガタガタと震えながら男たちが引き金を―――

 

「――寝テロ」

 

 引けなかった。

 一刀が腕を振り上げた瞬間、突如として拳銃を構えていた男たちが倒れた。

 隠れていた静花は何が起きたのか困惑し、倒れた男たちを見る。

 

「フォーク?」

 

 男たちの眉間や急所に銀製のフォークが刺さっていた。

 おそらく腕を振ったとき目にも止まらなぬ速さで投げて刺したのだろう。そうに違いないと静花が思い、同時に人間業じゃないと確信した。

 

「さてと…」

 

 怒りが鎮火し、一刀は清々しい顔つきで静花に視線を移した。

 視線をむけられた静花はビクッ!と振動させ、身構えながら一刀を警戒する。

 

「あ、あなたは一体…!?」

「そう警戒するな――は無理な話か」

 

 今だ怯える静花に、一刀は目線を合すため膝をつく。

 内側の胸ポケット一枚の名刺を、身構える彼女に前に差し上げた。

 

「…便利屋いえっさ?」

「そうッ、ネコ探しから破壊活動まで何でもやる便利屋さ」

 

 名刺には『便利屋いえっさ』『北郷一刀』と書かれていた。

 静花は一刀の顔と名刺を交互にみると、肩にコートを被せられた。

 

「さすがに、その恰好のままじゃぁはずかしいだろ」

「へっ? あっ…///」

 

 男たちに服を破られたことに気づき、頬を赤くして敗れたところをコートで隠す。

 そして、無邪気に微笑む一刀に静花は警戒を緩めた。

 

「あ、あたしよりもあの子を助けて!? さっき、こいつらの仲間が連れて行ったのよ!」

「あの子…? 捕まっていたのは君だけじゃなかったの?」

 

 一刀が敵じゃないわかった静花は、すぐさま事情を説明した。

 すれ違いになったことに一刀は冷静に把握する。

 

「わかった。連れ去らわれた子は俺が助ける。でも、その前に君を安全な場所まで送らないと…」

「そんな悠長なこと行ってる場合じゃぁ―――ッ!?」

 

 途端、静花は言葉を詰まらせる。

 目を丸くし、アワアワと驚愕した顔で指を一刀の背後に刺した。

 一刀は「どうした?」と後ろを振り返ると、そこにはフォークが刺さった男たちが倒れたままガタガタと不自然に震えていた。

 

「今度はなんなのよ!」

「下がって…!」

 

 不可解な異変に静花が驚く中、一刀は彼女の前に立つ。

 

 小刻みに震える男たちは、すぐさま震えをやめる。すると、刺さっていたフォークが抜け落ち、ゆらりと立ち上がった。

 猫背になりながら頭を下げる男たち。しかし、彼らからは生気を感じられない。まるで死体のように腐蝕したような肌色となり、死臭が漂ってくる。

 彼らはゆっくりと顔をあげた。その顔面は先ほどの男たちとはかけ離れた醜い化け物であった。

 例えるならオークという豚の怪物に似ているが、ゾンビの面のほうが強い。

 先ほどまでイスラエル系の男たちは、グルルルと、唸り声を鳴らしながら、獣のように涎を垂らしてこちらをみていた。

 

「ににに、人間が化け物になったぁぁ!?」

「こいつらは…」

 

 一刀の右目が幾何学模様とルーン文字が浮かんだ金色に変わる。

 それは北欧神話の主神オーディンより簒奪した権能『北欧の軍神』の一端。ありとあらゆる情報を解析し視界に表示させる眼〝高位情報演算式〟(ミーミルの瞳)である。

 その瞳から化け物と化した男たちの情報とその正体が一刀の視界に表示された。

 

屍食鬼(グール)…? もしかしてあいつら…いや、こいつらはアラブのほうか」

 

 かつて出会ったグール(犬顔)とは別のものだとひとり納得する一刀。

 その間、グールと化した男たち8人のうち5人はネコ科の動物のようにとびかかろうと腰を低くする。また、残りの3人は片手に拳銃を持っていた。

 

「どうやら銃を扱えるだけの知能はもっているようですね」

「うっわ!?」

 

 突如として二人の間に現れたルリに静花は驚きのあまり飛び跳ねた。

 

「だ、誰よあんた!? どこから湧いてでたわけ!?」

「……一刀、誰ですかこのレイプされたかのような娘は? あっ、もしや、性欲が溜まりに溜まりすぎてとうとう犯罪に手を出して……」

「ルリさま、状況が状況なのですこし黙ってって…ッ!?」

 

 後退る(フリをする)ルリをほっとき、一刀は拳を構えた。

 猛獣に狙われた人間の立ち位置で、互いの距離を詰め、動くのを待った。

 ――先に動いたのはグールだった。

 

『ヤッチマエェェェェェ!!』

 

 先頭に立っていたグールの雄たけびに似た号令で、5体のグールたちが一斉に襲い掛かる。

 その後ろで3体のグールが一刀に向けて拳銃を乱発する。

 

「ルリ、この子を頼む!」

「しかたありませんね」

 

 やれやれと肩をすくめたルリは動けない静花を護るように立ち、袖の布で弾丸を弾く。

 一方で、一刀は乱射された銃弾を避けながらグールの顔面を殴った。

 

「ハァッ!!」

『ぐっへ!?』

『チッ、舐メルナ人間!!』

 

 殴り飛ばされた仲間を無視するグールたち。

 すると彼らの色と輪郭が徐々に薄くなり、醜い身体が消えた。

 

「消えた!?」

「観えなくなっただけです。伝承によればグールは姿と体色を変化させて、旅人に襲い掛かるう化け物。今風に言うと光学迷彩で姿を隠しているみたいな感じですね」

 

 驚く静花にルリが冷淡に説明した。

 アラブ伝承の人食い鬼はジンと呼ばれる精霊が人の死体に憑依して生まれた無明の魔物。

 群れとなって、姿を消し旅人を迷わせて人を喰らうため、姿を消す能力をもっているのだ。

 もっとも、

 

「そこッ…!」

『ごっへ!?』

 

 一刀の右目と視覚以外の五感の前には、彼らの小細工など無意味だった。

 一刀は不可視であるはずのグールを腕を掴み、引き千切った。

 

『何ッ!?』

 

 腕を腕力だけで引き千切られたことにグールは唖然とする。

 一刀は続けてほかの2体のグールの頭部を掴み、圧力で潰した。

 

『馬鹿ナッ!?』

『俺タチヲ紙粘土ミタイニ千切リ潰スナンテッ!?』

『シカモ、何デ俺タチノ位置ガ解ルンダ!?』

 

 姿を見せない不可視の怪物たちが戸惑う。

 けれど、一刀は、的確にグールたちの姿を捉えていた。

 空虚に手を伸ばし、グールの首を鷲掴みする。

 

『ガッハ!? …ドウシテダ、俺タチノ姿ハ見エナイハズ……!?』

「残念だけど俺の右目には不可視なモノでも視覚できるんでね。それに制限させた空間の中で姿を消して音の反響と臭いでバレる」

 

 〝高位情報演算式〟(ミーミルの瞳)は視界に映ったあらゆる事象・対象の情報を視界に映し出すことができる眼である。例え、光学迷彩で体色を変えようが、空気の流れやグールたちの熱線、足音から関節の音など、その他の情報をもとに彼らの姿など容易に見抜けられる。また、一刀の並はずれた五感と直感があれば、彼らの動きなど鮮明に察知できるのだ。

 

 ぐっぎ!

 一刀はグールの首を軽々と圧し折った。

 グールたちは自身の目を疑った。ただの人間だと思っていた者が自分たい以上の怪物であったことに、彼らは発狂寸前となる。

 

『人間離レシタ腕力、不可視ヲ見通ス目…テメェハマサカ…!』

 

 人外の身体能力で一刀の正体を知ったグールたちは、ありえないとばかりの顔で怯える。

 ようやく理解したのですか、と静花の隣でルリが学習能力のないグールたちにあきれていた。

 

「それで、まだヤル気…?」

『驕ルナ成リ上ガリノ人間ガ!』

 

 姿を現したグールたちは爆発的な跳躍で一刀の身体に取りつき、彼の頭、両肩両腕、横っ腹に嚙みついた。

 

『神殺シダロウト、強カロウト、喰ッチャエバ仕舞イダ』

『コノママ骨ゴト嚙ミ砕イテヤル!』

 

 骨を残さず食い尽くす、とばかりグールたちは顎に力を入れる。

 このままで無残に食われると静花は思ったが、隣にいる少女はただ茫然と立ち、助ける素振りをみせない。

 

「ちょっとあんた! なにぼーと突っ立てるんのよ!? あの人の仲間でしょぉッ!早く助けないとあの人、し、死んじゃうかもしれないのよ!?」

「ん? 別に大丈夫ですよ。幼女に心配されるほど一刀は弱くはありません」

「誰が幼女よ! あたしは中学生よ! つうか、なにが大丈夫なのよ! もろ食われかけてるじゃない!!」

「喰われてる? どこがですか?」

「どこって、肩と頭とか腹とかいろいろ嚙み付かれて…って、あれ?」

 

 改めて確認すると不可思議な点があった。

 それは化け物に喰われかけていにもかかわらず血が流れていなかった。

 静花の視点ではわからないが、実はグールたちの牙は一刀の肌に圧しただけで、皮膚の下まで通ってはいなかったのだ。

 

『ハ、歯ガ皮膚ニ通ラナイダト!?』

「ハハッ、神殺しだろう命を懸けて襲い掛かるその根性。蛮勇として称賛するよ。でも――」

 

 口元を上げてにやりと笑った。

 

「テメェらは終わりだ。…我が右手は紅蓮の劫火。愛無く、慈悲無く、ただ焼き尽くす無情な炎なり…!」

 

 右腕を掲げると、右手から紅蓮の炎があふれ出し、炎は滝の如く一刀ごとグールを包みこむ。

 灼熱の業火にグールたちは断末魔を上げながら塵となるまで焼き殺される。

 そして、一刀は微動せず紅蓮の炎を纏う。その姿はまるで炎の魔人だと、静花は怯えながら思った。

 

「ありえない…ありえない…こんなの…普通じゃない……!?」

 

 ただでさえお節介で誘拐事件に巻き込まれさらに強姦されかけた後、最後はオカルトという摩訶不思議な体験を目にし混乱する。

 そんな彼女にルリが、

 

「普通じゃない。えぇ、貴方にとってこれは普通ではありません。コレはただの現実(幻想)です」

 

 と、静花の隣で囁く。

 

「あなたたち…一体…何者なのよ…!?」

 

 理解できない出来事を理解できる答えを欲する静花。

 腕を震えさせる少女の問いに、今だ炎を纏わせる一刀が数秒の沈黙ののち答えた。

 

 

 

 

「便利屋いえっさの社長、北郷一刀。ネコ探しから〝神殺し〟まで依頼があればなんでもするただの怪物(フリークス)だ」

 

 

 

 

 

 

 

 これがあたしの普通が終わった瞬間。

 

 嵐のように訪れた幻想的な炎に包まれた怪物によって、あたしが知る平穏な日常が音を立てて崩れ去り、理解を超えた何かへと変化した。

 

 同時に、これがあたしの普通(物語)の始まり。

 

 なぜならこれが、いずれ世界の敵となる〝世界殺し〟『北郷一刀』と、世界の終わりを最後まで見届けたあたし『草薙静花』との最初の出会いだった…。

 

 

 

 

 

 

「ところで一刀。貴方が出した火が工場の隅に置かれていた資材に引火してますよ」

「まじっで!?ちょっ、誰かぁー!消火器ィィ!?」

 

 

 

 

 

 …たぶん(汗)

 

 

 

 




 誤字脱字があれば指摘してください。

 後日編集しますので。


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探索開始

 この作品は作者のTRPG動画好きと文章力の低さにより、テンポが悪かったり誤字脱字が多いです。
 それが嫌な人はお戻りください。


 廃工場から数メートル離れた森林。

 そこには、一刀の愛車であるハマーH1が停まっていた。

 車内では一刀が一般人である草薙静花に一部を省きながら事情を説明していた。

 

「ふーん…。つまり、世界には魔法とか神とかそいうオカルトが存在するってわけね…」

「そういうこと。信じられない話だろうけど信じてくれる?」

 

 タブレットを操作しながら運転席に座る一刀は後ろの席で着替えている静花に言う。

 

「普通なら信じないわよ。でも、あんなモノ見せられたら信じるしかないじゃない」

 

 破れた服をルリが買ってきたシャツに袖を通す。

 車には一刀と静花の二人しかない。ルリはというと静花の服を買ってきた後、用事があると言い残して(瞬間移動で)どこかへ行ってる。どこかは一刀には予想できていた。

 ふと、ボタンを留めていた静花は視線を感じ、車の前方を向く。

 一刀は後ろの席を振り向いていない。が――、

 

「見ないでよ」

「見ないって。そもそも前を向いてるんだから見えるわけないだろう」

「……なら、どうしてバックミラーを動かしてるわけ?」

 

 ちょくちょくと、バックミラーを調整する一刀に静花はジト眼で向ける。

 一刀はタブレットをもったまま停止し、無言になる。

 視線を合わせないまま、十秒間。無音の空間は静花の溜息ひとつで破かれた。

 

「言い訳なら聞いてもいいわ…」

「そう、ならば…――発達途中の少女は良い!」

「このえっち!? すけべ! 変態! ロリコン!!」

 

 性欲に正直な一刀に、静花が後ろから彼の頭をポカポカ叩く。

 羞恥心で赤面し、わりと強める殴る静花。が、一刀の耐久性ではダメージは1しか与えられない。むしろ、少女の可愛げな抵抗に、一刀は萌えながら「あっははははは」と笑う始末だった。

 逆に喜ばせていると理解した後、静花は不満げな顔で座席にどっしりと座った。

 

「たっく。それで北郷さんは最近話題になってる失踪事件を追ってるわけね。でも、どうしてあの廃工場の来たの? ニュースじゃー事件が誘拐がそれとも失踪かわからなかいほど手掛かりはなかったはずなのに?」

「俺の権能の化身のひとつ【暗黒のファラオ】の予言でね。事件解決の手掛かりはあの廃工場に行けってことだったんだけど、まさか神話がかかわっているなんて予想しなかったよ。しかも、一般人にまで巻き込まれていることも…ね」

「その説はどうも。おかげで助かったわ」

 

 もしも、あのままだったらエロ同人誌みたくなっていた。と、身震いする静花。

 だが、ここで怖がっては変態に嘗められるため強気を装い、肩をすくめていた。

 なにせ、まだ問題は解決してないのだから。

 

「それで…家には戻らないつもりはないんだね?」

「当り前よ。ここで『ハイ、サヨナラ』なんて嫌ッ。私だって自分で首を突っ込んだことだもん。最後までやり遂げたい…。それにあの子…最後まで私に助けを求めてた。ここで逃げたら、あの子を裏切ることになるし、私だって後悔が残る! だからお願い! 私も連れって! 助手でもなんでもするからさぁッ!!」

 

 上半身を運転席に乗り出し、一刀の真横で頼み込む。

 ちらっ、と、一刀がチラ見する。

 強く、真っすぐな瞳で、こちらを睨むかのようにみつめていた。

 魔法使いの爺による過酷な修業時代、別世界の友人たちの行動をまじかで見ていた一刀は知っている。

 …そういう目をする人は絶対に身を引かない。ということを。

 

「はぁぁ、わかった。同行を許す。でも危険になったら安全なところに非難すること。それが条件だ」

「わかった!」

 

 ガッツポーズをする静花に一刀は長い溜息を吐く。

 悪漢に襲われかけ、さらにグールに恐れていたはずの普通の少女。それでもなお、危険に突き進む蛮勇らしき勇気と義理堅い義侠に関心を得る。

 いったいどういう教育をしているのか、彼女の親族の顔を見てみたいものだ。

 

 

========================

 

 

 

 

「はっくしょんッ!?」

「あら? 護堂、風邪でもひいたの?」

 

 

 

 

 

========================

 

 

「それで、これらからどうするの?」

「ん~とりあえず情報を整理しようか」

 

 一刀は静花にタブレットを渡した。

 タブレットには及川から渡された書類が添付されており、失踪者たちの個人情報などが閲覧できる。

 

「行方不明になってるのは君が助けようとした子を合わせて17名。年齢も職業もバラバラ。失踪した人たちに家族、彼らに共通する点は接点は性別が全員、男。その他、恨まれるような過去も、あやしい関係者もなし」

「見事にバラバラね」

「そうでもないんだよこれが。親の職業をみてみろ」

 

 静花はタブレットの画面を操作し、親族の職業の欄に目を通す。

 

「えぇーと。なになに…鋏職人、刀鍛冶職人、金属加工工場のベテラン加工職人…、全員職人の家系をもつ人たちばっか」

「そう。(工場に落ちてた学生証からミーミルの瞳で調べてわかったけど)君が助けようとした子も老舗の金具職人の孫でね。行方不明全員が職人の親をもち。全員が金属…《鋼》に関係する職人たちだ」

 

 ――《鋼》。という言葉を強調する。

 それが何か、と首を傾げる静花に、一刀が説明する。

 

「俺たちカンピオーネにとっては《鋼》はある神々の性質を示す重要な象徴でね。もしかしたらこれに関係するんじゃないかと思うんだ」

「でも、それは()()()()の視点であって今回の事件と関わってるわけじゃ…」

「もちろんこれは俺の憶測だ。でも、ならどうしてあんな化け物が出てきた? いっとくけど今の魔術では屍を怪物にすることができるのは高位の魔術師か、現在の魔女、もしくは神か俺たちカンピオーネくらいだ。しかも、あれだけ神話に近いグールとなると、今回の事件の背景になにかしらに神話、まつろわぬ神が関わっている可能性が高い」

 

 ――まつろわぬ神。

 それも一刀の説明に出てきた単語だ。

 神話という箱庭から抜け出した神であり、自由奔放に世界を渡り災いを撒き散らすはた迷惑な存在。と、静香はそう捉えている。

 

「まつろわぬ神ねぇー、説明されてもあんまりピンってこないけど、あいつら(グール)より凄そぉうねぇ…。まっ、神様だからすごいのはあたりまえか」

「神と言っても各々のアイデンティティーによって強さは違うけど、標準ならグールに比べられるほどのもんじゃないよ。まつろわぬ神っていうのは」

 

 時々種族のパワーバランスが崩れるけど、と苦笑して呟く一刀。

 そんなとき一刀のスマートフォンが鳴った。

 一刀はスマートフォンを手に取る。

 

「案外仕事が早かったな」

「誰からなの?」

「アラブ地方で商いをしてる知り合いから。アラブでなにか不審な動きがないかって調べてもらってたんだ」

 

 グールを片付けた後すぐさまイランにいる知人に調べ物を頼んでいたのだ。

 知人より送られてきたメールに読む。

 

「どうやらイスライムの過激派のマフィアのひとつが最近沈黙して水面下で何かをしているってぽいな。その何かはまだ情報不足だけど、おそらく邪悪な魔術結社になったってもっぱらの噂らしい」

「その人たちってもしかして私を襲うとした…」

「おそらく。しかも証拠を残さないために仕掛けもしてあった」

 

 実際グールと対面したとき、一刀は〝ミーミルの瞳〟でグールたちの正体を解析もしていた。

 そこから悪漢たちはトラブルまたは障害となる者が現れた場合、死亡した瞬間よりグールになるよう魔術を仕込まれていたのが分かった。

 また、その魔術系統は現代魔術より神話の魔法近いもののため、おそらく神祖(堕ちた神)、もしくは神と関わり合いがある者が絡んでいると一刀は推測している。

 静花は用意周到な黒幕に顎を当てて考える。

 

「そこまでして何をやろうとしてるのよ、その黒幕は…!?」

「それが分かればこっちだって苦労はしないって。さっきの推理だってまだ仮説の域だし。確固たる証拠があればこの事件の背景が分かるんだけど…」

 

 他にも手掛かりとなる情報をグールから解析したが、これといった黒幕に関する情報がなかった(そのため処分として塵残さず燃えしたのかこのためである)。

 犯人につながる手詰まりな状況に、頭を悩ます中、ふと、あることを思い出し口ずさむ。

 

「…『悪徳を囁くもの。千夜の想いを胸に、千里の砂漠を超え、七つの海を渡り、かの地にて辿り着かん。17人の鍛冶屋の息子たち、勇者の矛で命奪えれば、二匹の蛇は目を覚まし、悪の王はここに降臨する。されど天に掲げた光輪に燃える火を飲み込めば、悪の王、真なる魔王へと覚醒せん」

「なにそれ?」

「廃工場に行く際〝彼女〟が最後に言った予言。俺がここまで仮説を立てた理由だ。急いでたから忘れてたよ」

「17人の鍛冶屋の息子…それって誘拐された子を意味しているの?」

「あぁ、それに千夜、砂漠、七つの海はアラビアの物語でよく使われてる単語だ。しかもアラブ伝承のグールまでもがでてきたんだ。背景にいる黒幕はたぶんアラブかそれに系譜する神話なのは間違いない」

 

 でも…、と言葉を紡ぐ。

 

「勇者の矛と悪の王、そして真なる魔王。この三つが何を示しているのかどうか…(ミーミルの瞳で調べようにも不確定な情報だと検索不能になるしなぁ…)」

 

 〝ミーミルの瞳〟。森羅万象の事象、万物を網羅し、計算し、そして、完璧な結果を導き出すことができる権能。しかし、それは視覚することで十分に発揮するものであり、そのほかにもいろいろとな制限と欠点がある。例えば、一定の情報さえ与えれば答えを検索・表示することができるが、不十分、あるいは曖昧な情報で検索すると検索不能となるという。そのため、情報を閲覧するには的確なキーワードが必要不可欠になる。

 そして、一番肝心なのが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そこんところは念入りだと一刀はどこかの集合意識に思う。

 

 この手詰まりな状況に、一刀は頭を掻きながらこれからどう行動するか考えていると…、

 

「おやおや、まるで謎が解けない二流の中年探偵のような顔つきですね一刀」

「うっわ!? また…!?」

 

 いつのまにか(おそらくテレポーテーションで)ルリが助手席に座っていた。

 突然現れたルリに静花はまたもや驚く。

 

「おかえりぃ~ルリ~。…んで、どこ行ってたんだ君は?」

「道中のラーメン屋が極大ラーメンの大食いをやってたので探索前に腹ごしらえをしてました。げっぷ」

 

 ルリはラーメン屋で極大ラーメンを食べていることを思い出す。

 それはスープを煮込んでいる底が深い鍋にチャーシュー、メンマ、ナルトが山盛りにのったラーメンであり、そばで店主らしき男がストップウォッチを片手に、顔色を変えず具の山から極太麺を小さな口でズルズルと余裕で啜るルリに驚愕している光景であった。

 

「こんなときにラーメン食ってる場合じゃないでしょう! ってか、小さい身体で大食いできたわねぇあんた…!?」

「人を大食いキャラにしないでください。私の胃袋はだいたい赤城さんくらいの容量しかありませんよ」

「十分大食いチャンピオンになれるわよそれ!? あんたはギャル〇根かっ!?」

「ギャルではありません。電子の〇精です」

「いったん、pixiv辞典で真似たキャラの設定見直してこい。もしくは本家(本人)に謝れ」

 

 静花は激しくツッコミ、一刀呆れてツッコミをいれた。

 けれど通常運転のルリは無表情で冷淡に言う。

 

「そうそう、ラーメンを食べきった景品でこんなものをもらいました」

 

 袖から取り出したのは一枚のチケットであった。

 チケットに『古代ペルシア展』と書かれていた。

 

「古代ペルシア展?」

「えぇ。横浜にある博物館でやってるそうです。一枚で団体三名までいけるので息抜きにいきませんか?」

「あのね。私たちは誘拐された人たちを探してんの。それに、事件の犯人はアラブ関係するみたいだし、ペルシアのこと調べれも時間の無駄。それよりも誘拐された人たちを地道に探したほうがいいってあたしは思うんだけど…?」

 

 と、進路を勝手に決める静花。

 だが、手がかりの無い中、そちらのほうが合理的だと一刀は思うのだが――

 

「…行くか。その展示会」

「へっ?」

 

 唐突にキーを回しエンジンをかける。ギアを動かしアクセルを踏みつけてハマーH1を走らせた。

 突然の行動に静花は「どうして?」という顔で尋ねる。

 

「静花ちゃん。たとえ関係の無い神話だっとしても神っていう原型は様々な神話を通して性質を変質させたものだから根っ子は同じ」

「つまり…?」

「ようは、他の神話を知ることは、神を…まつろわぬ神の出世を知るために必要なことなのです。それにペルシアも同じアラブ世界と割と関係があるので調べる価値はあると思いますよ」

「でも、それで黒幕の正体とか予言の意味が分かるわけ?」

「それを調べるために博物館に行くんだ」

 

 森林から住宅街の道路に乗り出し、博物館へ向かう

 

「調べるっていっても、誘拐された人たちはどうすんのよッ。予言だと生贄にされるっぽいんだけど…!?」

「裏を返せば生贄に捧げるまで時間があるはずだ。まぁ、それが何時なのか何時間後なのかわからないけど17人目が攫われた以上、あまり余裕はないな」

「だったら――」

「だからこそ、無駄なく行動するために手掛かりを探すんだ。たとえ、小さな希望でも砂漠の中のコンタクトレンズを探すことに同じであっても全力で手に入れる。それが確実に真相にたどり着くための近道だ」

 

 いまだ文句がありそうな目で睨む静花だが、真剣に語る一刀の言葉に唸ることしかできなかった。

 

「そう心配しない。ちゃんと同時進行で俺の眷属が東京中を血眼でさがしてるんだからなにか見つけてくれるはずさ。それに、この展示会にいけば何かが分かるって思うんだ…」

「…その根拠は?」

「直感」

「勘かい!」

 

 静花は我慢できず叫んでしまう。

 不満げな静花にルリは後ろを振り向いて……、

 

「カンピオーネの直感はわりと当たるので大丈夫ですよ。とりあえず、今は出た所勝負でいってみましょう」

「・・・・・・・あんたたち、もしかして当てずっぽうで仕事してない…?」

「「・・・・・・・・・」」

 

 返事がなかった。

 静花の一刀たちに対する信頼度が上りから下り坂になり、内心疲れを感じる。

 その心は、もはや不安しかなかった。

 

 

========================

 

 

 新宿区にある高層ビル。その最上階。

 そこはイランの財団の会長が会長室兼住宅として使用していた部屋。パーティー会場にできそうな広さに加え、壁側にはアラビアン風の置物や絵画が置かれ御香らしき煙が充満している。また、部屋の床には魔法陣らしき線が部屋の中心から描かれており、その上の天井には()()()()()()()()()がとりついた天窓があり、見上げれば昼の青空が一望できるようになっている。

 

「おかしい。別行動していた信者が死んだ。しかもグール化したのにもかかわらず」

 

 そんな部屋で、一人の男性が窓から外の景色を覗きながら独り言を呟いていた。

 褐色の肌に、無精ひげを生やし、一束にまとめたウェーブのかかった長髪で、上流階級だと思わせる高価なスーツに、時計にネックレスを纏っている。

 彼こそが、このビルのオーナーであり、財団の会長であることは一目瞭然であろう。

 

「並みの魔術師では我がグールたちを倒せないはず。ならばカンピオーネか? 否、日本のカンピオーネはまだイタリアにいるはず。だとすれば何者だ…?」

 

 顎に手を当てた考える男。

 されど男は考察することをすぐさまやめた。

 

「…まぁいい。誰であろうと生贄は揃えた。あとは預けているモノを取りにいかせればいいだけのこと」

 

 そう言って、部屋の中央まで近寄った。

 ちょうど、床の魔法陣らしき円の端につま先が届くところで立ち止まった。

 

「念には念を。新たに援軍を寄越すか」

 

 男性はアラビア語で呪文らしき言葉を紡ぎだす。

 すると、床の円が青色に光だし、部屋を満たす。

 輝きはすぐに失った。代わりに、男の眼前にはひとりの女性が居た。

 

「なんの用かしら…―――の魔神さま?」

 

 うっとりしたような和らげな顔つきに、小麦色の肌と豊満な胸。腰まで届く髪は流水と連想させる水色に波状のウェーブの美女であった。

 そして、特徴的なのは彼女の格好であろう。紐もしくはビキニとおもわせる肌色の水着。腰には花びらとハートをあしらったパレオ。金の腕輪に首輪、そして鎖状の冠。両手首と太ももには同じく肌色の衣らしきスライム状の膜が羽衣とズボンの役割をしている。

 その姿はまるでアラビアナイト世界から飛び出した踊り子であった。

 同時に彼女が人間でないことも容易にわかる。近寄り難い神秘的なオーラを撒き散らし、なおかつ、耳に当たる部分には魚のヒレらしきものが水色の髪の毛から露出していた。

 女性はくるりと回りながら、微笑ましく首を傾げて言う。

 

「ところでなに、その恰好…? 人の布を纏うなんてそれでも神の端くれかしらー?」

「むろん神さ。だが、我はその神すら背く神格。神としての矜持など微塵も持たんよ」

 

 マイペースな女性の問いに、男は自嘲して言った。

 

「さてと、こちらはいろいろと立て込んでいるので手短に用件だけ言おう。――おなじ精霊の端くれと汝に頼む。我が宿願のため汝の舞を我に預けてくれないか」

「断るわ」

 

 威厳を込めて言う男に、女性はやわらかげな口調で言い返す。

 

「私だって誇りある神の一柱だもの。無理やり呼び出したあなたに従う理由も義理もないわ」

「…そうか。()()()()()()()()。――よ、()()()()

 

 鼻歌を歌いながら男の周りを軽やかなステップで踊る。

 そんな中、男がポケットから手帳サイズの本を取り出し、表紙を撫でる。その瞬間、女性は悪寒に襲られ、途端に身体の自由が奪われ硬直する。

 突然の事態に女性が困惑していると、自身の意思とは無関係に男のほうへ身体が向いてしまい、そのまま彼の前に膝をついてしまう。

 何が起きたのか女性が分からず、女性は動かない身体で首だけ無理やり動かし男に視線を向ける。

 そして、男が手に持った本に気づいた。

 

「そ、それが原因ね…!?」

「くっくく、地上を彷徨っているといろいろと役に立つものを拾うこともあるのでな。かすかな繋がりを持つ貴様でも、神である我が触媒と使えば汝を召喚することも隷属することもできるのだよ」

「道具に頼るなんて卑怯だわ…!」

「卑怯? ふん、当たり前だッ。我は精霊であり魔神であり――である。神らしらなぬことしても当然であろう」

 

 むしろ誉め言葉だとばかりに誇らしげに胸を張った。

 恥辱を与えられた女性は悔しそうな眼で男を見上げる。

 そんな女性に、男は不敵な笑みを浮かべながら彼女に手を差し伸べた。

 

「それでは()()()よ。我と盟約を結べ。我が手足となり、悪の王の復活を手伝うのだ。代価は汝の自由。それでいいな」

「…わかった…でもあくまで従属神じゃなく同盟神としてだから。あなたみたいな乱暴者の奴隷なんて嫌なんだからね…!」

「くっくく、かまんよ。我が宿願が叶えれるなら、後はおぬしの勝手だ。好きにするがいい」

 

 不敵に笑う男は本をポケットに入れた。途端、女性の体の硬直が解ける。

 くるりと身体を回し動けるようなったことを確認した女性は、不満げな顔で窓へと歩く男の背中を睨む。

 

「もうすぐお会いできます。我が親愛なる君…―――様……!!」

 

 

 男はガラス窓から新宿の街を眺めながら、長年の想いを零すのであった。

 

 

 

 




 種馬の設定と権能は一章が終了したあとで追加していく予定です。


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水の踊り手と双蛇の悪王

 皆様、おしさしぶりです。
 年が過ぎるほど遅音信不通になってしまい申し訳ありません。
 仕事が忙しくと、ダブル東方卓を一気観してたので遅れてしまいました。
 マジ、サーセンm(;。_。)m

 2017年度、投稿を続けるよう努力していきますのでこれからも読んでください。お願いします。

PS:近々、銀魂のssを書いていこうかなーとおもいますので投稿することがあれば是非、読んでいただきたいなーと思います。


 時刻は午後の四時過ぎ。

 横浜市にある某博物館。

 そこでは古代ペルシア展という展示会が開催され、館内には大勢の入館者たちで賑わっていた。

 館内には古代ペルシアにまつわる工芸品から遺物、調査資料など展示され、老若男女問わずその珍しさに楽しげな様子であった。

 その人混みの中に、一刀たちの姿もあった。

 

「へぇー、展示名からしてつまんなそうかと思ったけど、観に来る人って結構いるわねー」

「古代ペルシアはイランの古名で、その歴史と浪漫はギリシャや北欧にだってまけません。とくに、イスラム神話の代表であるゾロアスター教は最近において有名な神話で、アンリマユをはじめとする神々はラノベなどの作品で多く取り扱っています(問題児とかカードゲームとか)」

「ふーん…あんまし神話とか興味ないからゼウスとかアマテラスとかそういう有名な神様しか知らなけど、こうして他の神話もみるとけっこう面白そう」

「神様はもちろんのこと英雄の伝承もおもしろいぞ」

 

 そう言って、一刀はホールの中心に鎮座する弓を構えた像に指をさした。

 

「こいつはアーラシュ。日本ではマイナーだけど、英雄として劣らない勇者だ。弓に長け、その腕は百発百中。しかも自分の命を代償に戦争を終わらせたのが有名だな」

「まさに勇者の鏡ね。んじゃ、このレリーフに彫られたウルスナグラっていうのは?」

「そいつは勝利と戦闘を司る神。名前は『障害を打ち破る者』の意味で十の姿に変身して邪悪なる者を斃しつねに勝利する常勝無敗の神格だ」

 

 数多い展示品を一刀が解説しながら見回る三人。

 その間、男たちの視線が彼に突き刺さる。

 まぁ、右に外見がクールビューティーなルリに、左には可愛い静花という両手に花状態なので、(非リア充の歴史好きな)野郎たちが嫉妬するのは無理もない。

 尚、妬みの原因である一刀はという哀れ男たちの眼差しをスルーしながらデート気分で(片方は違うが)少女二人を連れ回す。

 ……事件の捜査を忘れてないかこの種馬?

 

「それにしても北郷さんって意外と博識? 一見出た何処勝負のアホだと思ったんだけど・・・」

「失礼な。これでも博士号が取れる…ほどじゃないけど頭は回るほうだぞ。それに神様と戦う際、その神様の知識を知っておけばなにかと有利だしな。ある程度の博学はおさめてるつもりだ。それと、分からないこととかあったらお兄さんに任せなさい。中学生にも分かりやすく教えてあげるよ」

「・・・なんか子供扱いしてるみたいで腹立つ・・・」

 

 と、そっぽ向く静花。

 反抗期なお年頃の少女に、一刀は無邪気な笑顔で静花の頭を撫でる一刀。

 自然に撫でられた静花は頬を赤くしながら彼の顔を見上げる。

 

(お兄ちゃんが素直だったらこんな風になるのかな…?)

 

 一瞬、一刀を実兄と被せる。

 年、容姿ではなく、女をその気にさせる性格と軽さがどことなく似ていた。けれど、どこか違う。それがどう違うのかうまく表せないが本質のベクトルが別物だと静花は内心結論した。

 例えるなら、オープンスケベとむっつりスケベの違い程。

 

「ところでさー、あたしたこんな呑気に博物館見学してていいの? 流されて来たけど、本当に事件の手掛かりが掴めんの?」

「ん? あぁ。その事なんだけど・・・実は館内を回っていたときに予言の魔王について大体検討がついてるんだこれが」

「へっ!? そうなの?」

「うん、もしも黒幕がイスライム神話に関係するなら、予言の魔王はあいつしかいない。まぁ、そいつがどう予言の内容と関りがあるのか関連性がいまんところ欠けているんだよこれがぁ~」

 

 両腕を組みながら考え、一刀は唸る。

 逆算で答えが出ているが方程式が繋がらない。

 問題と答えの繋ぐ空白が分かればおのずと方程式(全貌)完成(解明)するんだけど・・・。

 一刀が頭を悩ます中、静花が向こうで人盛りができていることに気づく。

 

「なにかしら?」

「珍しいモノでもあるのですかねぇ。いってみましょう」

 

 

===========================

 

 

 

 それは一本の槍槌だった。

 

 石突きから刀身の付け根まで約3メートルもある複雑な彫刻が刻まれた象牙彫らしき柄。

 

 石突きにはペルシア絨毯をちぎったような長い切れ端が伸びており、館内の空調機の風で旗みたくバタバタと泳いでいる。

 

 柄と槍頭の間には牛の頭蓋骨を模した装飾らしき金鎚が加えられ、鈍器の部分である牛の頭蓋骨から並行に延びる双角が鋭利な鶴嘴となっている。

 

 そして、その牛の頭蓋骨から突き通すのは肉厚の堅牢な刀身。

 

 斬り穿つというより叩き斬る用途なのか柄と牛の頭蓋骨から延びるソレは剣先にかけて横幅が広がり、まっすぐに延びている。その長さは柄のという長刀。もはや斬馬刀といわしめるほどの大剣であった。

 

 そんな槍槌に誰もが興味津々に鑑賞していた。

 そう………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ミイラのケツに突き刺さったままの槍槌を。

 

 

 

 

「「どうツッコめばいいッ!?」」

「ぷっ、おもしろい即身仏ですね」

 

 ナニコレ珍妙な物体に一刀と静花はツッコミ、ルリは口に手を当てて吹いた。

 

「北郷さん。なんなのアレ? そりゃー博物館の展示会だから特別にミイラも展示しているだと思うし、古代ペルシアにミイラがあるのかあえて聞かないでおくけど、こ、このいかにもふざけている様にみえてどこかあわれで無残な状態のミイラは? つーか、どうしておしりに槍が刺さってんのこいつ?? ネタなの? 古代ペルシアの命を懸けたジョーク?」

「笑いの為にミイラになるなんて命張りすぎだろ!? 死後の世界まで笑いの道を究める気かっ!」

 

 そもそも巨大なモンスターを狩るための武器みたいな槍がなんである!?

 つうかなんでそんなモノでリアル串刺し刑にされてるんだこのミイラは!?

 まさかあの護国の鬼将の仕業か!? 

 

 外面、周りに入館者たちいるため冷静にしている一刀だが、内心では滅茶苦茶動揺していた。その脳裏にはかの月の聖杯戦争に参加した吸血鬼の姿が浮かぶが、それはあり得ないと自身に言い聞かせる。

 そのとき、ルリが推察を立てる。

 

「あれじゃないですか? 浮気がバレて彼女に土下座で謝るも許してもらえず尻に槍を刺されたままそのままミイラ化された哀れな男の末路的な」

「いやいや!? 槍がケツに刺されたままミイラにされるってどんだけ!? どれだけ女を叉をかけたのよ!! むしろどうやってこの状態でミイラにした!?」

「……生き埋め?」

「それはそれで怖いわ…!?」

 

 横で静花とルリのコントをしている。

 そんな二人を無視して、一刀は乱れた心を落ち着かせ、槍からミイラのほうを視線を映す。

 ミイラはまるで座るこむように倒れこみ、首を横に向けこちらを睨むかのような状態で、風化したように乾燥している。

 まるで誰かを恨んでいるようだが、それがそれなので無様でしかない。

 また、このミイラが上級階級化王族のモノであることが分かる。服装も小汚いがどこかアラビアの王様みたいな服を着ており、高級な装飾品も身に着けている。

 そして、大事なことが一つあった。

 

 

 ――ミイラのサイズが異常にデカい。

 

 

 タイヤサイズはあるだろう鬼のような形相。

 座った状態でも3メートルほどの体積。直立すればせいぜい十メートルはあるはずだろう…。

 …あれ、このミイラ、ほんとうに人間?

 世界には長身な人はいるがこれはデカすぎでしょう。

 まさか、まつろわぬ神? 竜骨?

 

 思考をグルグルを回しながら考察する一刀。

 そして、「いっそのこと〝ミーミルの瞳〟を使うか」と権能を起動しかけたとき、背後から声を掛けられる。

 

「おや、随分とソレに注目していますね」

 

 三人が振り返ると、そこには小太りしたスーツ姿の中年男性がいた。

 

「あなたは?」

「失礼。私はこの博物館の館長をやっている者です」

 

 男性は軽くお辞儀をし、首にぶら下げた証明書をみせる。

 たしかに、証明書には博物館の館長と書かれている。

 

「いかがでしょうか。今回の展示は? 我が博物館において大きい展示会なのですが楽しんでもらえてますかね」

「はい、俺もこんな貴重な資料が見れるんなて、もう見所満載で何度も来たいくらいですよ」

「あたしも。あんまり歴史とか興味なかったけどこうして間近で観ると結構面白いわ」

「(いちよう)左におなじく」

「あっははは、それはよかった。現地より収集したかいがあります」

 

 館長は満足そうな顔で笑い、目の前のミイラを見据える。

 

「とある森林地を開拓したときに深い地層から掘り出されたものでして。ゾロアスター教は風葬がメインなので、こうしたミイラは希少で珍しいんですよ」

「でしょうね。尻に槍が刺さったミイラなんて、ファラオもびっくりして笑うわよ」

「ねぶた祭りに出しても違和感ありませんしねコレ」

「ファラ…王…嗤う…ねぶた祭り…」

 

 

 

 一刀の想像。

 

 

 わっしょい! わっしょい!! わっしょい!!!

 

『ファハハハハハ!! 優悦、優悦!』

『もっとも王を楽しませろ愚民どもよ!』

 

 脳裏に巨大なねぶたを乗った英雄王と太陽王の生き生きとした姿が安易にイメージできた。

 あの唯我独尊王様コンビなら眼前のミイラを気に入るだろう。弄り斃す意味で。

 と、一刀が変な想像してる間、ルリが館長に質問する。

 

「それにしても、よくこんな貴重な資料が展示できましたね。日本に運ぶにもいろいろと手間があったでしょう」

「いえいえ。実のところ、通常の準備時間にくらべてスムーズにいったんですよ」

「と、いいますと?」

「実はこのミイラ。もともとイランの財団が所持していたんですが、いざ交渉すると相手方がすんなりと寄託してくれまして…。しかもその財団の会長がわざわざ今回の展示会に積極的に協力してくれたので、こうして展示会が無事に開くことができたんですよ」

(イランの財団?)

 

 一刀は館長の言葉に耳を傾ける。

 ーー怪しい。もしかすればこれは有力な情報かと思い、さらに質問しようとした。

 が、その時、館内の空気が変わったことに一刀はすぐさま知覚した。

 

「(これは…!?)草薙ちゃんッ」

「なに――むっご!?」

 

 咄嗟に静花を押さえつけるように抱きしめ、顔面を自身の胸もとで押さえつけた。

 その刹那、館長をはじめ周囲にいた入館者たちがバタバタと倒れ伏す。

 

「微かに神力が感じる」

 

 カンピオーネの本能か、修羅場を潜りぬけてきた戦士の経験か、空中になにかが散布されていることに気がつく。自分は個人結界《月衣》を纏っているので大丈夫だが、念のためルリに忠告する。

 

「ルリ気を付けろ! 館内になにかが漂ってる! 息をしないほうがいい――」

『シューゴーシュー~(なんですか?)』ガスマスク装着

「あっ、何でもありません…」

 

 いつの間にウイルス駆除でもするのですかというガスマスクをすっぽり被るルリ。

 そもそも人間ではないから、心配は最初っからしてなかったけど、すこし心配して損した感だった。

 そん中、一刀の胸で静花が手を叩いて悶えていた。強く抑えられ呼吸困難になっているのだろう。

 引き離そうと力を入れているが、ただの一般人である彼女が呼吸したら館長たちと同じになるかもしれないため、防護用の魔術を使用した。

 

「風よ、少女を護り生かせ」

 

 瞬間、静花の身体に爽やかな風が帯びる。

 唱えたのは風の加護を与えるルーン魔術。

 呪力で精製した風を防護服として纏い、また、精製した風で酸素ボンベの代用とする魔術である。これならば、空気感染された場所でも呼吸はできる。

 一刀が静花から手を放すと、静花は「ぷは!?」と顔を胸から離れ深呼吸をする。

 

「ゼェゼェ…いきなりなにすんのさぁッ!?」

「悪い。とっさだったから(ミーミル、館内の状況を教えろ)」

 

 空気汚染の可能性があるにも関わらず呼吸を整える静花。

 どうやら、ルーン魔術は正常に機能しているようだ。

 怪獣みたく吠えているから大丈夫だろう。

 少女の身を安心しつつ、一刀は〝ミーミルの瞳〟に質問する。

 途端、視界からディスプレイが表示された。

 

―――『解。現在館内はマスター、ルリ、草薙静花を除き全員が意識不明。おそらく敵性に能力により眠らされていると推測します』

 

(そいつらはどこにいる?)

 

――『敵性勢力確認。前方より接近。視覚できます』

 

 

 

「あらあら。全員眠らせたつもりだったのに眠らない子もいるわ。どうしてなのかしらぁ?」

 

 

 その時、館内に女性らしき声が響いた。

 一刀はその声の主を探すと、彼女は正面の出入り口から現れる

 まるで千夜物語に出てきそうな踊り子のような女性で、思春期の男子十人中十人が股間を抑えるほど妖艶な四肢をしていた。

 その姿に静花は「痴女…?」と邪険に呟くが、ルリは無表情で、一刀とは真剣な表情で女性に見据えていた。

 

「一刀…」

「あぁ。間違いない…あれは…」

 

 ごくりとつばを飲み込む一刀に静花も緊張が走る。もしや、彼が言っていたまつろわぬ神というものではないのかと不安をよぎらせ――

 

「ポロリッ、もしくはエロイベントの予感!!」

「ズドーン!?」

「…まぁ、その展開は読めてましたが」

 

 拳を力強く握りしめ目を輝かせる種馬が一名いた。

 静花は盛大にずっこけ、ガスマスクを外したルリは呆れた目つきで肩をすくめた。

 

「どうしてそこで煩悩に走っちゃうのさー!? 今、そんなこと言ってる場合じゃないでしょうに…!」

「いや~だって~推定バスト100センチオーバーであんなエロエロな恰好してるんだもん~。乳揺れとかポロリとかラッキースケベとかエロいことを期待しちゃうのはしかたないじゃん? だって俺、男の子だもん」

「男の子だもんじゃないでしょうが!? 返せ! さっきまでの私の緊張と不安を返せ変態!?」

「草薙さん、落ち着いてください。あと、煩悩モードの一刀は何言っても無駄ですので諦めてください…」

 

 そうそうルリの言う通り。煩悩全壊の俺はもはや色欲魔人そのものなので常識を唱えても無駄なのだ。久々の爆乳美女を目の前にして、今の俺の脳裏にはあの薄手のブラをどう自然的に取るか、どういやらしくセクハラをするのかでいっぱい。この暴走は止まることをしらず。

 …なのでいい加減胸倉を掴んで揺らすのをやめてくれましぇん?

 酔うそうです。ウエってなりそうだから。もういやらしいことをやめるからおねげぇしましゅ!?

 

「ちょっと~茶番してるとこ悪いけど私をほっとかないで~寂しくてしんじゃうわよ~」

 

 あ、忘れてた。

 茶番でスルーしてしまった謎の魅惑の踊り子に三人は目を向けた。

 ミックスされかけた脳を通常思考に戻し、目の前でのほほんと微笑む女性を推察する。容姿、佇まい、そして、膨大な呪力と神秘を漏れ出している。彼女が人ではなく、まつろわぬ神ということは間違いない。

 そして、この周りの現状を作ったのも彼女が原因であることも。

 

「館内にいる人たちが倒れたのはあんたの仕業か…?」

「えぇ、私よ」

 

 すこし、言葉を尖らせて質問すると、女性は微笑んだまま肯定した。

 左右の手を円状に振ると、その軌跡に水の帯が出来上がる。すると、帯は途端に霧散した。

 

「この建物内の空気は私が生み出した水が混ざっていてね。もちろん毒じゃないから身体には害はないわ」

 

 もっとも…。

 女性が言いかけると、倒れていた館長や職員、入館者たちがゆらりと立ち上がる。

 全員、虚ろな眼つきで一刀たちを囲む。

 

「私の体液を取り込んだ彼らはもう私の虜。私無しには生きられない操り人形となる」

 

 女性は妖艶にそして残酷に笑う。

 その笑みに恐怖を感じた静花は一刀の後ろに回った。

 一刀は眼光を鋭くし、女性を睨むつける。

 

「いい目ね。その眼つき好きよ。ねぇ、貴方の名前はなにかしら?」

「…北郷一刀」

「いい名前ね。特別に私の名前もおしえてあげ―――」

「いや、答えなくてもいい」

 

 〝ミーミルの瞳〟から表示されたり女性を情報を元に一刀は述べる。

 

「不老不死の霊薬精製のため神々が提案した乳海攪拌。その過程で生まれた水の精もしくは海の精であり、『水の中で動くもの、雲の海に生きる者』の意味をもつ、神々の踊り子『アプサラス』。でも、あんたはただのアプサラスじゃない。その美しい美貌で王や聖仙だけでなく阿修羅や羅刹すら虜にしてきた魅惑の魔女…。ティローッタマー、ウルヴァシー、メナカ―、ラムバー。この4柱のアプサラスたちの神格を1柱のアプサラスとして一括りに統括した聖霊…それが君だ! 魔女神アプサラス!!」

「……うっふふふ、ご明察~」

 

 一瞬だけ驚いた表情を見せた女性――アプサラスは、柔らかげな微笑みでパチパチと拍手した。

 

「私の真名を見抜くどころか正体すら看破するなんてすごいわぁ。それができるのは神かもしくはカンピオーネしかいないはずなのに…。もしかして、あなたカンピオーネかしら…?」

「あまり自分でカンピオーネて自称してないけど。まぁ、肯定としておいてくれ」

 

 と、謙虚に微笑み返す一刀。

 まぁ、賢人議会公式のカンピオーネじゃないけど、欲望のまま神すら殺すだからロクデナシだから自覚はあるけど。

 

「わざわざ女神さまがこんな所で何しに来た? まさか、俺たちと同じように博物館を見学に来たのか?」

「人間の文化なんて興味ないわ。目的はそこにあるアレよ」

 

 アプサラスが指をさしたのは、尻に槍槌が刺さった巨大なミイラだった。

 

「へっ? この面白ミイラ?」

「えぇ。それを持ち帰ることが私のお使い。ほんとはつまらない仕事で退屈になるかと思ったけど、こーんなところでカンピオーネに会えるなんてありがたいわ~♪」

 

 と、アプサラスは熱を帯びた眼差しで一刀を見詰める。その視線はまさに獲物を狙う豹のような眼差しだ。

 …はぁ、またこのパターンかぁ。

 この同じ展開に一刀は嘆息し、横にいるルリと静花を一瞥した。

 

「ルリ、悪いけど草薙ちゃんを安全なところまで避難させといてくれ。俺はこいつらの相手をする」

「仕方ありませんね」

「でも、北郷さんはどうすんのよ」

「俺か…俺は…」

 

 アプサラスを見据えながら、思考回路を便利屋からカンピオーネに切り替える。

 

「神話に背き災いを振りまく神を対処するのがカンピオーネの役目だ。ここで逃げるわけにはいかない」

「…わかった」

 

 さきほどのノリのいいお兄さんから歴戦の戦士の顔つきに変わった一刀に、静花は素直に頷いた。

 神やカンピオーネといった非日常の住人達の常識を、さきほどまで平穏な日常で生きてきた自分が数時間で理解するほど柔軟ではない。

 しかし、今すべきことは彼女はわかっている。

 無力な自分ができることは、彼の邪魔にならないこと。それが草薙静花は今できる行動だ。

 そう自分に言い聞かせた静花は一刀の袖を掴み、顔をあげた。

 

「でも、無理しないでね」

 

 心配げな表情をする静花。

 不安げな視線を一刀に向けると、一刀は数秒の無言の後、柔らかげな微笑みをみせた。

 仏のような優しげな笑みに、静花はすこしだけ戸惑うが暖かな手の温もりに安心感を得る。

 

「――ルリ」

「はい、それではご武運を。親愛なる我が契約者(マイ・ロード)

 

 上品に一礼し、静花の肩を触った瞬間、二人の少女は一瞬で消えた。

 おそらく博物館から遠く離れた場所まで転移したのだろう。長年の相棒を信じ、一刀は和らげな微笑のまま、しかし、その笑顔の下では鋭い戦士の顔つきのまま、眼前で興味深く見据える魔女神に視線を送る。

 

「あら、あの銀髪の娘…人間ではないわねぇ、何者なのかしら?」

「秘密。教えて欲しがったらあとでベットで教えてあげるよ」

「うっふふ、別にいいわ。貴方を虜にして後で聞き出すから♪」

 

 周囲を囲んでいた館長たちが一斉に襲い掛かる。

 〝ミーミルの瞳〟の検査で館内にいる入館者や学芸員、警備員やらが魔性の精霊の操り人形になっていることが判明する。

 そのため、出入り口から館内にいた者たちが津波のように押し寄せてくる。

 

「ミーミルッ! 館内に無茶をしちゃいけない人はいるかッ…!?」

 

――『解。現在、館内に居るモノには老人または持病や妊婦などあなたが気にする人はおりません。全員、すこしのショックなら耐えられます』

 

「よっし! 絡めて拘束せよ、エーテルの糸よ」

 

 すかさず、聖句を短く唱えた。

 無数の手が魔王の身体に触れようとしたとき、館長たち全員の動きが停止する。

 まるで目に見えない縄で拘束さているように、人々はその四肢を動かせず呻いていた。

 彼らはアトラク=ナチャの権能で創った肉眼ではとらえることはできない原子サイズの魔糸で縛られているのだ。

 蜘蛛の糸よりも細いミクロサイズの青黒い糸だが、その強度は神獣が暴れてもけっして千切れないほど頑丈。技量が高ければ高いほど、その精度と応用が高くなるが、今回は彼らを全員縛るくらいで十分。

 

――『展開された蜘蛛の巣により全敵性の拘束を確認完了。対象類は全員動きを制限されました』

 

「OK.すこし手荒いけど我慢してくれ…流れろ、小さき電閃」

 

 一刀が手を上げた瞬間、手から伸びる糸より雷電が帯びる。スタンガンより少し高めの電圧。それが電流となって一刀の手から館内に展開された糸に伝わり、その糸で縛られた操り人形たちに流れた。

 

「「「「「「「「「ぎゃぁぁぁぁぁああああああああああ!?!?」」」」」」」」」

 

 館長たち全員が悲鳴に似た声を上げ、ぐったりとする。痙攣するが襲い来る様子はない。糸で縛られているため、糸に垂れ下がった操り人形のような状態だ。

 

「んでもって転送」

 

 続けて蜘蛛の糸に縛られた人たち全員を空間転移で飛ばす。

 送った先は正史編纂委員会傘下の病院なら大丈夫だろう。

 及川、事情とか後処理は任せたぞ。

 

「優しいわね貴方。普通、貧弱な人間なんて殺す魔王のくせに」

「他の同族はともかく、無駄な殺生はしない主義なんでね。それにこの程度で暴力を振るうほど俺は小物じゃない」

「うふふ、ならその暴力どの程度のものなのか見てみましょうか」

 

 アプサラスの周囲から数十もの魔法陣が出現し、そこから斧や大剣、鈍器など凶悪なイメージをあたえる武具を装備した三種類の怪物たちが現れた。

 その中には一刀が倒した別のグールと似たものが居た。別の個体だろう。

 

「完全武装したグールに加えてゴブリンにレッドキャップ…どうみてもアンタの眷属じゃないな」

「えぇ、この子たちは借り物。私を呼び出した奴が私の監視と護衛のために付けたの」

 

 こんな醜いのじゃなくて美しくて可愛い子たちのほうがよかったんだけど。と、不満げに語った。

 

「……呼び出したといったな。アンタは従属神、もしくは同盟神なのか?」

「立場的には同盟神…かしら。でも、この仕事を終えればまつろわぬ神として自由になれるから、雇われ神ってところね」

「俺としては、アルバイト感覚で降臨しないでほしいんだけど…」

 

 戦闘狂の狼ジジィならウェルカムだろうが、平穏を望む人類にとってはトラブルの種はご遠慮してほしいものだ。

 賢人議会とか正史編纂委員会が頭痛のあまり脳血栓になってしまう。

 

「あのさー念のために提案するけど、このミイラを差し出せば俺と戦わずに済む? もともと誘拐事件の調査と解決が目的だから君と戦う理由な無いんだけど…」

「それは無理ね。契約には障害となるものは即排除するようにいわれているし。それに不倶戴天であるカンピオーネと対面した時点で私たちは取る選択はただひとつ。殺し合いだけよ」

「はぁ、物騒極まりないな。俺たちって」

 

 一刀は長く溜息を吐き出す。

 戦馬鹿の神じゃないのに、どうしてこう神様はバトル前提でことを進めようとするんだろうか。

 いや、古代の神話は物騒なことが日常茶飯事だから、こんな強引な話し合いでしかできないのかもしれない。

 

「もっとも、貴方けっこう私好みだから勝利した暁には私のものにしたいしぃ♪」

「それが本音か」

 

 別にその理由でも俺としてはOKなんですが。

 エロエロ女神に可愛がられるのはある意味男冥利に尽きるし。

 

「と、いうわけでみんな、やっちゃえぇ~♪」

『『『『『ウォォォォォォ(肉塊になりやがれぇぇぇえええ)!』』』』』

 

 女神さまの合図とともに、醜悪な悪鬼たちが一斉に襲い掛かる。

 それに対し、一刀は手早く巨大十字架の重火器『パニッシャー』を召喚した。

 その巨大な鋼鉄の塊を片腕で構えると、パニッシャーの砲身が変形。

 銃口を怪物たちに向け―――

 

 ダダダダダダダダダダダダダダッ!!!!!

 

 乱射される弾丸の嵐。

 悪の妖精たちの血肉が飛び、無残な肉塊と化す。

 それでも悪鬼たちは鬼気迫る勢いで前進する。それも、背後にいる魔女神に弾丸が当たらぬよう自らを盾にして盲信にこちらを喰らいつこうと無謀に突っ込んでくる。

 おそらく、さきほどの入館者たちのように操られているのだろう。

 また、その魔性の精霊様というと彼らの背後で「ファイト~!」と無邪気に応援している。むろん、こちらから攻める動きも、彼らを助ける身振りもしていない。

 完全に彼らを捨て石にしてるよあの女神様。

 そんな主人をもったグールたちに同情する一刀だが、あえて顔にださず冷徹に眼前に殺意丸出しの兵士たちを殲滅していく。

 

『『『グォォォォォ!!』』』

 

 そんな濃い弾幕をすり抜け、耐え抜いた三体のグールが一刀の居合に入り、その身を犠牲にしてパニッシャーの銃身と一刀を抑え込む。

 その隙に、斧をもった四体のゴブリンと、大鎌をもった二体のレッドキャップがグールごと一刀を斬殺しようと分厚い刃を振り下ろす。

 されど、一刀はすかさず反対の手にパールのようなものを召喚し、身体を捻り膂力任せにグールたちを振りほどく。

 

「―――チェリォォォオオオオオ!!!」

 

 ドドドドドドドドッドドドドドドドッドドドッドドドドッド!!!!

 

 グッシャ! ?

 

 グッチィ!!?

 

 ヤジロベーのように、その場で回転。

 一息で片手でパニッシャーを乱射し、もう片方でパールのようなもので悪鬼たちの躯体を殴り殺す。

 されど、一刀の攻撃はやめない。

 パールのようなものをブーメランのように投擲し、飛びかかってきたレッドキャップの頭を抉り潰す。

 近づいてきたゴブリンには、パニッシャーの銃身で叩き潰す。

 銃火器を構えたグールたちには、手元に召喚した冒涜的な手榴弾を投擲して爆死させる。

 

 その姿はまさに鬼の所業。悪鬼を食い殺す羅刹がそこにいた。

 

 それも、その場から離れないよう背後のミイラを守る立ち回りで。

 

「あらあら、頑張るわねぇ」

 

 アプサラスはのほほんと、その光景を眺めた。

 そして、戦闘がはじまってきっちり三分後。

 悪鬼の小隊は羅刹王の手によって肉片が飛び散る血の池地獄の一部にされた。

 

 その真っ赤な血が溜まった床の上には、返り血を浴びながら疲れを見せない一刀と、ニコニコと微笑んでいるが何かを考えながら一刀を凝視するアプサラスの二人しかない。

 

(ふーん、出方と体力消耗のために捨て石にしたけど無駄になったわねぇ。あの子、まだ力を隠しているみたい…)

 

 今だ完全魅了の呪力を空気中に散布している。しかし、カンピオーネの呪力類に対す耐性に加え、魔術に似た障壁の鎧により、その効果は完全に無効化されてしまっていた。

 権能らしきものを出していたが、まだ本気を出してない。アプサラスは気づいていた。

 

「…うっふふふふ…」

 

 顔に影が差し、妖艶の笑みを零す。

 

 良い…とても良いわぁ。

 

 女を欲する性欲に素直なのに、あえて凛として対応する気高い精神。

 

 獣のように荒々しくも、無慈悲に敵を殺す戦士の冷徹さ。

 

 そして、阿修羅も羅刹も聖人すら虜にする妖美な魔女神にも屈しない不屈の魂。

 

 攻略できないほど、やりがいがあるってもの。

 

 アプサラスの魂は震え、魔女神としてのプライドが赤く燃える。

 

「貴方は絶対、私のものにしてみせる…!」

 

 卑しい手振りで両手を広るとその場で一回転し、ステップを踏む。

 すると、アプサラスの周囲にいくつもの水の帯が螺旋状に展開された。

 

「見せてあげる。水の魔性アプサラスの戦い方をね…!」

 

 怪しく、そして、美醜に一刀を見据える。

 来るか、と一刀を身構えた。

 

 

 

 

 

 そのとき異変が起こった。

 

「…あれ?」

 

 突如として、アプサラスが呆けた。

 さきほどまで余裕の笑みを振りまいていた彼女が表情を変えたのは、今起きている不可思議な現象が原因だった。

 展開した水の帯が、途端に霧散し、水蒸気となって一刀の頭上を通り過ぎ、鎮座しているミイラの身体へ吸い込まれていく。

 その光景に一刀も目を丸く。そして、すぐさま驚愕の顔をする。

 足元に転ぶグールたちの肉片が、その血の水たまりが、水路のようにミイラの口へと流れていく。

 

 その現象に驚く魔王と魔女神。

 

 骨まで乾燥し切ったミイラの体躯から、ドクンと心臓の鼓動が鳴った。

 

―――血ダ…生温カイ…美味シイ精霊タチノ鮮血…!!

 

 脳裏に響く、飢餓から解放されたような王の美味の声。

 しかし、その声はまだ満足しておらず、強欲に血肉と精霊の水を貪りつづける。

 

―――オォォォ、水ノ精ノ清水ガ……我ガ渇イタ喉ヲ潤ス…アァアァ~生キ返ル…生キ返ルゾ…!!

 

 皮と骨となっていた体躯が変化する。

 乾燥した肌に潤いが戻り、血流が流れ、筋肉が膨らむ。

 錆びついた歯車のように、筋肉と関節が軋む音がギシギシと聞こえる。

 

―――モットダ…モッド我ニ世界ノ命ヲ…森羅万象普く生命ノ生気ヲ寄越セェェェェェ!!!!

 

 元のサイズよりも二回りも膨らみ、筋肉質な肉体へと還元されていく。

 しかし、変化はそれだけななかった。

 強引に動き出すミイラは四肢で床を踏みつけると、両肩が以上に膨らむ。

 また、下半身のほうも変化が現れ、両足がねじる様に合わさり、うどんのように伸びる。最後には館内を埋めつくほどの長く紫の鱗に包まれた龍の尻尾らしきモノへと変わった。

 下半身が変異したため突き刺さっていた鎚槍が抜け、床下に転がり落ちた。

 それと同時に、異形に膨れ上がった肩の皮膚を突き破って何かが飛び出した。

 それは赤と青の双蛇だった。

 電車と同等の太く長い巨大な大蛇が対となって博物館の天井を突き破った。

 

――――シャァァァアアアアアア!!!!

 

 大蛇の下半身、肩に二匹の大蛇。

 王の威厳と、禍々しい邪気を放つ()()()()()()()が天高く吠えた。

 

「あらぁ~、さすがにこれは手に負えないわね…」

 

 その圧倒的な威圧感に、アプサラスは危険を感じると、半人半蛇の怪獣はギロリッとアプサラスに視線を向け、飢えた獣のごとくその剛腕を振り下ろす。

 

「セイヤァッ!!」

 

 その剛腕を、果てとの如く駆け付けた一刀がパニッシャーで殴り飛ばした。

 腕を弾き飛ばさた衝撃で半人半蛇の怪獣は体勢を崩し、博物館の壁を壊しながら倒れ伏す。

 

「あなた…なんで私を…」

 

 先ほどまで敵同士だったはずなのに、一刀の行動に疑問を抱くと…

 

「いやだって…女の子がピンチのときに助けるのは当たり前のことだろ?」

「……フフッ、おかしな人」

 

 無頓着な答えに、アプサラスは嘆息交じりに艶笑した。

 

 

 

―――グォォォォォ!?!?

 

 半人半蛇の怪獣は唸り声を出しながら態勢を立て直し始める。

 

「う~ん。助けてくれてありがたいんだけど、私は逃げるわね。あんなのと戦うのは御免こうむるから」

「べつにいいって。こんな状況じゃぁしかたないし。俺としてはそのままどっかに隠居してほしいけど」

「あら、だったら次に会ったときに勝負で決めましょう! 貴方が勝ったら貴方に従う。私が勝ったら私のも。それでいいかしら?」

 

 その提案に一刀は数秒ほど間を開けて言う。

 

「……まぁいいか。どちらにしろいずれ戦うのがカンピオーネと神の運命だし。それでいいよ」

「約束よ。この契約が果たすまで死んだらダメなんだからね♪」

 

 そう言い残し一刀にウィンクしたアプサラスは身を霧へと顕身させ、崩壊寸前の博物館から即座に離脱した。

 今にも崩れそうな館内に残った一刀はというと半人半蛇の怪獣の尻から落ちた槍を回収した。

 その丁度に、視界より〝ミーミルの瞳〟よる怪物に関する情報が表示された。

 

『報告。対象は敵性の死骸より物質とエネルギーを吸収。また、アプサラスが放出した水属性を元素として身体を再構築、一時的に起動したもよう。また―――』

 

 賢者の言葉と同様な確証ある結果にらギリッと歯を食い縛る。 

 そして、自身に対し怒り、嘆き、そして呆れて嘆息した。

 

「はぁぁ、やっぱ後回しにしたのが軽卒だったか…」

 

 眼前の怪獣のおかげで、欠けていたピースがぴったり揃い、事件の全貌が見えた。

 しかし、それは後の祭りでもあった。

 態勢を立て直した半人半蛇の怪獣は自身を見上げている一刀を三つの頭で見下ろす。眉間にしわを寄せ、吊り上がった白目で睨みつけ威嚇する。その顔は憤怒する悪鬼そのものだった。

 まるで今にも飛びかかりそうなネコ科の動物のようだ。蛇が生えたおっさんだけど。

 

「肉体だけ復活しても、精神と魂は不完全かぁ。理性のある獣より厄介そうだ…」

 

 パニッシャーと槍を月衣に仕舞い、空いた右手にもう一本のパールのようなものを召喚。

 二本のパールのようなものを構え、眼前の怪物――まつろわぬ神に向かって叫んだ。

 

 

「来い……――邪悪なる悪の王…〝ザッハーク〟!!」

 

――――ガァァアアアアアアアアアア!!!!

 

 ペルシアの叙事詩『シャー・ナーメ』にて、悪逆非道を繰り返した悪王『ザッハーク』。

 獣のような咆哮を木霊させる大蛇の王は、その凶悪な巨躯で羅刹王に襲い掛かる。

 

 

 

============================

 

 

「うむ、どうやらうまくいったようだ」

 

 テレビ画面を見ながらアプサラスを呼び出した男は満足げに髭をいじる。

 テレビには横浜で巨大生物が出現し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()様子が中継されていた。

 

 まさか仮死状態になっていたザッハークが上手いこと目覚めさせた上、邪魔者まで足止めできるとは…。

 

 計画が順調すぎて逆に不安になるも、男はテレビに映る邪悪な怪物を見るたび嬉しさのあまりつい醜悪な笑みを零した。

 

「あとは…」

 

 男は視線をテレビから部屋の中央に視線を移す。

 

 そこには部屋の中心を囲むように17台の台座が置かれ、その上には青年や少年が横たわっていた。

 むろん、死んではいない。新鮮な生贄のため、魔術で眠らされていた。

 

「それにしても、我ながら考えたものだ。保険としてセットだった槍と竜骨を分けてこの地に運ぶという奇策。おかげで、人間の組織やカンピオーネからこの槍を奪われずに済んだ」

 

 眠らされている生贄たちの頭上には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が浮かんでいた。

 

「これで儀式に必要な触媒は整った。後は悪王がこちらに着くまで儀式の準備をしなくては」

 

 計画はまだ完了してない。かの王が夕方六時に、こちらに来るまでが正念場だ。

 

 それまで奢るな。あのしぶとい魔王がいるかぎり、安心ができない。

 

 この地に主君が足を付けるまで気を抜くな。奢ることも許すな。

 

 機械装置のように工程を進めろ。

 

 五百年の時をかけて計画を水の泡にするものか。

 

 自身にそう言い聞かせながら、男は鎚槍の矛先にある黄金の輪の天井に手を伸ばした。

 

「まもなく、()()()()()()()()()()()()()()()。そのときこそ、愚か王たちが謳歌する時代に幕を下ろすことができる」

 

 

 

 魔王(カンピオーネ)を殺すのは最後の王ではない。

 

 背徳者(カンピオーネ)を葬るのは真なる大魔王ただひとり!!

 

 

  男、否、――■■■■■は決意を固めながら最終段階に移行するため最後の大仕事を取り掛かった。

 

 




 今回登場したアプサラスについては次項、紹介します。


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天魔王、動く

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 時刻は夕方の五時半頃。

 落ちていく夕陽に照らされたビル群が影に染まり、町全体を怪しい魔都へと変える。

 と、そんな詩人なことを考えながらルリはコーヒーを啜った。

 

「こうやって夕暮れの新宿を観ながらコーヒーを飲むのも、なかなか乙なものです…」

「…あのさぁ、黄昏てるとこ悪いけどアタシたちこんなことしてていいの?」

 

 ルリと静花がいるのは新宿にあるオープンカフェ。

 二人は呑気にブレイクタイプをしていた。

 

「誘拐された人たちの居場所がまだ分からないにお茶なんて飲んで…それに流されて付いてきたけど、北郷さんひとりにして大丈夫なの? やっぱ、こっちはこっちで別行動したほうが・・・」

「そう心配しなくていいですよ。あの程度の半端モノなら一刀ひとりでなんとかできます。それに、一般人がどうこう動いても足手まといしかなりませんので貴方は大人しくまってればいいんですよ」

「ヴゥ、そこまで言わなくても…」

 

 事実を言われ、不機嫌ながらルリをみつめる静花。

 ルリは優雅にカップを口に着け彼女を見据えながら言う。

 

「まぁ、後手に回っていたのは事実ですし、ここいらで攻めに転じるべきでしょうね」

「攻めるって、どう攻めるのよ? 相手の居場所もわからないのに…?」

「ふぅ…そろそろ来る頃ですね」

 

 コーヒーを啜った後、カップを皿に置き一息。

 ミステリアスな余裕を漏らすルリに、静花は「もう、手を打ってるの?」と期待を抱くが―――

 

「お待たせしました。特性ケーキの四種盛りです♪」

「まってました……!」

「だぁ~!?」

 

 店員がトレーに乗せたケーキに、ウキウキするルリに、静花は椅子からずり落ちてしまう。

 

「ケーキ食ってる場合じゃないのに~」

 

 さきほどのシリアスが霧散してしまい、呆れてツッコム気も失せてしまった。

 静花が椅子に座ろうとしたその時――

 

『見つけたぞ糞邪神!!!』

 

 謎の声と共に上空から黒い物体が高速で急降下。

 しかも、ケーキを食べるルリに直撃コースでだ。

 あぶない!

 静花が叫ぼうとした瞬間、ルリはケーキを乗せていたトレーで黒い物体を叩き落とした。

 

『べっぶし!?』

「デザート食べてる最中に突っ込んでこないでください。KYですがアナタは」

『やかましい!? こっちが必死になって東京中を探し回ってるいうのに何呑気にカフェ~などしおって! 仕事せんか!』

『してるじゃないですか。(ケーキを食べながら)パシリをまつという仕事を』

『誰がパシリじゃ!? ご主人様といい、アンタといい、烏使いが荒すぎんぞ!!』

 

 硬いアスファルトに叩きつけられた黒い物体がルリの足元で叫ぶ。

 黒い物体は烏だった。しかし、都会で見かける烏よりも二回りも大きい。ワタリガラスという烏の一種だ。

 しかも、人の声で叫んでいる。その光景に静花が目を疑っていると机に上に別の烏が翼を羽ばたきながら降りてきた。

 

『フギン、落ち着くんです。変に突くと逆に返り討ちにされますよ』

 

 降りてワタリガラスは怒鳴るワタリガラスを宥める。

 喋る烏が二羽になったことに、静花は目を疑いながら、頭が痛くなった。

 

「今度はしゃべる烏って…もうなにがなんのか…」

『ン? 誰ですかこの娘は?』

『オイ、邪神様。なに一般人巻き込んでおるのだ? ややしくなってしまうぞ』

「現代進行中で堂々としゃべってる烏に言われたくありませんよ」

 

 チラッと、ルリが周りを見た渡すと、周囲の人たちがこちらを覗いていた。

 ワタリガラスが襲ってきた、しかも二羽とも喋っているとなると注目されるのはあたりまえか。

 この場を治めるため、ルリはムニンにアイコンタクトをして・・・

 

「お気になさらず。これらはただのドローンです。しかも人口機能付きでテストプレイをしているんです」

『ハイ、ワタシタチ喋ルドローン。烏ノ形シテイル最新鋭ノドローンデス』

『イヤ、ムニンよ。さすがに無理があるぞ…』

「あたしもそう思う…」

 

 露骨といわんばかりの言い訳に、一羽とひとりがツッコムも――

 

「「「「さいきんのドローンてすげぇぇ~…!!」」」」

『「納得したぁぁ!?」』

「日本の科学技術は世界一…ですからね」

『カァ~』

 

 納得する周囲の人々に、人間て単純だな、とルリは嘲笑した。

 

=====================

 

 

「では、改めて自己紹介しましょう。こちらは草薙静花さん。なんやかんやで私たちと協力してくれる子です」

「えぇ~と、なんやかんやで北郷さんたちと協力することになった草薙静花です」

 

 テーブルの上にいる二羽のワタリガラスに静花は小さく一礼する。

 鳥に挨拶するの変であるが。

 

「んで、この喋る烏たちは…私たちのパシリです」

『オイ!』

『正しい紹介を望みます、ルリ…ッ!』

「…やってることはパシリなので間違ってはいないと思いますがまぁいいでしょう。簡潔に説明しますと、この烏はフギンとムニンといいまして調査と索敵を得意とする一刀の使い魔的な神獣です」

「………」

「どうしましたか?」

「……どっちがフギンで、どっちがムニン??」

「あっ、そっちですか。まぁ、どうせパシリ役なんで個体名は覚えなくていいです。名称ならパシリ一号、二号でいいです」

『『オイ!!』』

 

 ケーキを四つ食べ終えたルリはフォークを皿に乗せ、フギンとムニンを見据える。

 

「それで、アナタたちがここに来たということは相手側の居場所が見つかった・・・そうですね」

『もちろんだ。ちゃんと裏を調べ直して事件の黒幕が何をしているのかこの眼で確認した』

『今の時間なら儀式の準備に取り掛かっているのでしょう。準備の様子からにしておそらく逢魔時に始めるつもりです』

「…なるほど。よりにもよってその時刻を狙うとは相手も考えたものですね」

「逢魔時?」

『六時のことです。この世とあの世の境界が緩くなる時間帯なので、神話や物語の悪魔や魔物が顕現しやすくなるんです』

「へぇ~…って! 六時ってあともうちょっとじゃないの!?」

 

 静花は椅子から立ち上がると、フギンの首を握りしめた。

 

「どこよッ、その黒幕の居場所は!? 教えなさい! 早く!!」

『ちょっ、苦しい!? 首しまるッ!?』

「誘拐された人たちの命がかかってんの! さっさと吐け!!」

「落ち着いてください静花さん。そいつを絞めても話が進みませんよ」

 

 ハッ!? とフギンの首から手を放す。

 フギンは机に落ち、倒れ伏す。

 

『ぜぇぜぇ…あっ…あち…です』

 

 呼吸困難になりながら、震えた片翼である当方を指す。

 羽の先にあったのはカフェから五十m離れたビル群の一角…その最上階であった。

 

「………ルリさん」

「言っときますが、狙ってここに来たわけなありませんので」

 

 機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)の仕業と述べるルリ。

 しかし、犯人の場所が近くだと分かっただけで儲けである。誘拐された青年少年は生贄にされるため、おそらくあのビルの最上階にいるは妥当だろう。

 静花はさっそく、この後どうするかルリに相談しようとした。

 そのとき―――

 

 

 ドッカァァァァンンン!!!

 

 粉塵爆発したかのように、ビルの最上階が突如として爆破した。

 

 

「ば、爆発したァァァァ!?!?」

 

 

 

=====================

 

 時間をすこし巻き戻そう。

ビルの最上階のオフィスにて、男は部屋の中央に佇み、周りを見渡す。あるのは壁と円状に並べられた17つの台座に、台座の上で眠る17人の生贄たち。

 

「では、始めよう。真の魔王の出迎えを……!」

 

 男は腕を宙を横一線に振る。すると、オフィスは爆破されたのように吹き飛んだ。しかし、男と生贄たちには余波が無く、壁と天井だけが破壊された。

 瓦解したオフィスは、野外となるも、頭上に天井に組み込まれていた黄金の輪だけだ残され、宙に浮いていた。

 

「クワルナフの光輪よ。この世のあの世の境に灯る光を集めよ!」

 

 黄金の輪は光を発し、高速で回転。光輪となり、光の粒子をまき散らしながら、不思議な『力』によって並行地平線で赤く光る夕陽の光を中央に集める。

 すると、輪の中心にて、夕陽の光りで空気が熱しられて、煌びやかな火が灯った。

 

「回れ、周れ、廻れ、我らの象徴を高ぶらせろ光輪よ! その火こそこの世の元素のひとつ! その火こそ神々の証! その聖なる火こそ我らが敵であり光であり、悪であり、善であり、神話である!」

 

 光輪の回転速度が増していき、光速へと達する。

 同時に、光速で廻る光輪の運動エネルギーを吸収しているのか、中央の火も猛々しく燃えて上がらせる。

 燦々と燃える聖なる火が、夕暮れの暗闇を赤く照らしていく。

 

「祝ってくれ、我らの象徴よ! 我らの物語の始まりを! 善悪二元論を決める我らの終末を!!」

 

 男は願うかのように、また、宣戦するかのように、天上に燃える『火』に誓いを立てる。

 

「今ここに暗黒竜の招来を執り行う!!」

 

=====================

 

 一方、新宿近くの道路では巨大生物が横断していた。

 両肩に蛇を生やす、半人半蛇の魔人『ザッハーク』である。

 ザッハークは下半身の蛇の尻尾を引き摺りながら、両手を前足にして硬いアスファルトの上を歩いていた。

 道中、逃げた者たちが乗り捨てた車や家、ビルを踏みつけ、乗り越え、破壊し、一直線に歩き続ける。

 通った道は瓦礫が散らばれ、まるで都市の獣道のようであった。

 その獣道にて、スーツ姿のエージェント二人が、一心不乱に新宿に向かうザッハークの背中をみつめた。

 

「いや~まさか、神獣が日本の街道を堂々と歩く日が来ようとは……人生何が起こるか分かりませんねぇ及川君」

「甘粕はん。現実逃避してないで仕事しれません? ってか、こんなもんで誤魔化せるんですかねぇ?」

 

 正史編纂委員会の職員『甘粕冬馬』がのほほんと嗤う。

 その隣でプラカードを肩に乗せる及川の姿もあった。なお、プラカードには『映画の撮影中』と書かれていた。

 

「苦肉の策なので無理がありすぎますが、今の私たちができることはこれしかありませんよ」

 

 幸いにも避難誘導が完了し、今のところけが人は出ていない。

 また、(無理があるが)映画の撮影ということで、世間は一様納得している状態であった。

 …人間という生物はどこまで単純なのだろうか、及川が疑問に思った。

 

「はぁ~今夜はデートやんのに、なんでこんな事件を起こるんや…」

 

 正史編纂委員会の威信にかかわる事件の最中、及川は今夜のデートのことを考え、脳裏に悪友の姿を浮かばせた。

 

(だいたいカズピーの奴、こんなとき何してるんやねん!? まつろわぬ神が出たらカンピオーネの出番やろうが!)

 

 この場に居ない悪友に八つ当たりをしていると、新宿地から爆発音が聞こえてきた。

 ザッハークが目指す場所…新宿のビル群の一角の最上階。100m以上離れた地点でも視覚でき、最上階の上空に巨大な光輪と火が浮かんでいた。

 光輪の中央で燃え上がる火が大きくなるにつれ、悪質な重圧感を発する。その感覚に、野次馬たちは気分が悪くなり、その場でうずくまった。怪力乱神の事件でそれなりに耐性がついている正史編纂委員会の職員でも、気を抜けば意識が朦朧となる。

 同時に、影のような立体が町中に数多く出現する。

 

「あぁ~これは残業決定のようですね…」

「勘弁して―な~!?」

 

 

=====================

 

 光輪と燃えがある火。

 その下のビルを中心に、多くの怪物たちが出現し、新宿はパニックとなる。

 怪物の特徴として黒一色で、それぞれサイズと輪郭が違う。屈強な戦士と思わせるシルエットに、戦士よりも二倍ほど大きい悪魔のような羽と角を生やすシルエット、そして、手に平サイズで妖精を思わせるシルエットの三種類。

 まるでゾンビのように解粒は町中を徘徊し、意識が朦朧としている野次馬たちに襲い掛かろうとしていた。

 

『カァ―!!』

 

 ムニンとフギンは高速で飛び交い怪物の頭を嘴で突き、翼でかく乱させる。

 その隙に、ルリが膝を一般人に声をかける。

 

「動けますか」

「はい、なんとか…でもこれって…」

「貴方の頭では理解できないことなので気にしなくていいです。それよりもここから離れることをお勧めします」

 

 動ける人は動けない人を連れていってください、と命令すると、人々は動けずにいる人たちを連れて逃げていく。

 その後を影の化け物たちが追うも、二羽の神烏が行く手を阻む。

 また、ルリも小柄な体型に対して武芸者顔負けの体術で影の怪物たちを押し倒していく。すると、怪物たちはあっけなく霧散した。

 

『邪神、こいつらは…!?』

「どうやら余計なものまで降臨してしまったようですね」

 

 前方にあるビルの最上階。壁と天井が壊れ屋上となっている場所を見据えながら呟く。

 

「おそらくまつろわぬ神の招来で召喚される神と関係をもつ者たち…気配からして配下の者たちでしょう。ただでさえ世界の境界が曖昧となる時間帯。儀式の余波で無条件に招来したってところでしょう。もっとも、完全に顕現できず、影だけが現世に降臨。シャドーサーヴァンドのようなものですね」

 

 説明しながら影の怪物たちを斃していくも、次から次へ、怪物たちは増え続けていく。

 

『冗談ではないぞ…ここまで派手に動くとなると正史編纂委員会だけでなく他のカンピオーネも動くぞ!?』

『そうなったら東京が魔界になります。ルリ、ここか時空の守護者としてなんとかしてください…!?』

「いえ、そんなこと言われても…制限を掛けられている私にはどうしようもできませんよ。ただでさえ、こうして肉体を使って直線的に関わるのだって、ほんとギリギリなんですから…ッ!」

 

 ルリのドロップキックが影の怪物の胴体を貫通させた。

 権威を振るえば眼前の影の群など一瞬で滅することができるが、今のルリにはその力を振るうことができない。

 むしろ、存在自体が現世に関与することが禁止されている。最低でも私生活か、もしくは一刀を代行として間接的に関与することしか出いないのである。なぜ、そのような制約が課せられているのかのちのち語るとして。

 

「静花さん。念のため言っときますが、一刀が忠告した通り勝手な行動しないで彼らと共に避難をして―――」

 

 チラッと、カフェで隠れている静花を一瞥する。

 しかし、そこに静花の姿がなかった。

 

「……あれ?」

 

 

=====================

 

 

 草薙静花は影の怪物に見つからないよう隠れながら進む。

 そのとき、静花の脳裏に一刀とルリの言葉が浮かんだ。

 

―――同行を許す。でも危険になったら安全なところに非難すること。それが条件だ。

 

―――一般人がどうこう動いても足手まといしかなりませんので貴方は大人しくまってればいいんですよ。

 

「……ごめん二人とも」

 

 静花は静かに一刀たちに謝罪する。

 それど、少女は魔城と化すビルへと向う。

 後を考えず、今をどうするか。

 たとえ竜の鬚を撫で虎の尾を踏む行為であっても、チャンスがあるなら決して逃がすな。

 後先考えず、今を行動する。

 正史において、兄が兄なら妹は妹であった。

 

 

======================

 

 一方、現代進行形で一番仕事をしなくてはいけない魔王というと…

 

「はぁ~油断した~」

 

 そこはコンクリートと鉄筋、展示品が残骸の山の上で一刀は溜息を吐く。

 

「まさか、戦う前に館が崩壊して生き埋めにされるなんて…」

 

 思い出すのはザッハークに挑もうとしたときのこと。

 眼前の怪獣に接近しようと地面を蹴った瞬間、床が抜け博物館の地下駐車場まで転落。そのまま博物館の崩壊に巻き込まれ生き埋めにされたのだ。

 その時、最後に見たのはザッハークが興味を失ったように立ち去る姿であった。

 

「後で、ルリに小言いわれそう…」

 

 深く溜息を吐く一刀。

 かっこよく勝負を挑もうとして、うっかりミスで自爆した挙句、数分間生き埋めにされたなどかっこ悪すぎる。

 このことが相棒に知られれば『金欠魔術師みたくドジを踏むとは、バカですね。アホですね。いえ、もとからバカでしたから当たり前ですか。半端者も呆れてどっかにいくのも無理もありませんね。ほんと一刀はバカばっかです』と見下した目で暴言を吐かれるに違いない。

 そんなことされたら俺…ちょっとゾクゾクしてしまう!!

 

「――っと、変な事考えてないで仕事しますか」

 

 目的を思い出し、一刀は〝ミーミルの瞳〟を起動させた。

 

――『自律思考情報記録端末(ムニン&ムギン)より情報が更新されてます。閲覧しますか?』

「頼む」

 

 ムギンからの記録をミーミルの瞳からダウンロードし、視界にディスプレイとして情報を表示させた。

 流すように閲覧していると、草薙静花がどっかに消えたということも記されていた。

 

「やっぱりそーなったか…」

 

 ひとりで納得したかのように頷く。

 むしろ、予想道理なので、ヤレヤレな感じだ。

 

――『提案。草薙静花の行動パターンを把握し、計画の修正をしますか?』

「いいや、()()()()()()()()()。ミーミル。現在確認されている敵性エネミーの位置情報を公開。同時に戦闘部隊を現場に配置するまでの時間を急いで割り出してくれ」

――『承認。東京内に展開されている敵性エネミーのパターンを把握しだい取り掛かります』

 

 そう告げると一刀の視界に幾つもの式と図面が表示される。

 

「んじゃ、草薙ちゃんが無茶する前にこっちも動くか…」

 

 瓦礫の山から立ち上がり、背伸びをする。

 その背後にはいつのまにか()()()()()()()()()()()

 まるで、主君からの命令を待つ戦士のように、その場から微動もせず立ち続けていた。

 

「――久々の遊戯(戦争)だ。思う存分楽しんでこい」

 

 その言葉は、戦士たち一同はコクリと頷き怪しく笑みを零す。

 

 天魔王、総軍(レギオン)知られざる勝者(アウト・オブ・カンピオーネ)、数多くの異名をもつ神殺しの魔王(カンピオーネ)こと北郷一刀。

 彼の反撃がついに始まった。

 

 

 




 前回登場したアプサラスについて。

 黒幕により招来された水の精。
 その正体はティローッタマー、ウルヴァシー、メナカ―、ラムバーのアプサラスたちを一柱の『アプサラス』として降臨した魔女神。
 水の精のため水を操る事はもちろん、聖人だけでなく修羅や羅刹王すら虜にしたアプサラスのためその魅力は男性のカンピオーネでさえ虜にするほど魔性である(草薙護堂でも抗うことは難しいほどの美貌と魅力をもつ)。
 ザッハークの復活ですぐに退場したが、その実力は今だ不明。
 容姿は魔物娘図鑑に掲載されているアプサラス


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紅き月夜に魔神は願う

遅れしまって申し訳ありませんでした。


 昔話をしよう。

 

 十世紀初頭、かの地にて、複数の神殺したちがいた。

 彼らは魔王の権威と神の権能を振りまき、かの地の民たちを苦しめた。

 

 いずれ現れる魔王殺しの勇者『最後の王』いまだ現れぬまま、その地は無垢なる民と神々の骸が転が散らばる。

 

 この魔王たちの横暴に打破するため、かの地住む魔術師たちは結託し、神殺したちを斃すべくある神を降臨すること進めた。

 

 それは神話において神を殺した魔王よりも凶悪にて残忍、純粋にて最悪最強の大魔王。

 

 目には目を、

 歯には歯を、

 魔王の皮を被る愚者には真の魔王をもって倒す。

 

 魔術師たちは神殺しの眼を盗み、まつろわぬ神の降臨を始めた。

 

 しかし、儀式は失敗に終わった。

 

 途中、ひとりの神殺しに気づかれてしまい、魔術師たちは全員殺され儀式は失敗。

 

 その結果、降臨するはずの神は三つの要素に分離してしまった。

 

 現世で動くための神の肉体、

 無垢なる神の魂、

 肉体と魂を繋げる神の精神。

 

 魂は不死の境界の置き去りになり、精神は生と不死の境界にて彷徨い、そして、肉体だけが現世に降臨した。

 

 神殺しは眼前の神の肉体を目にし、まつろわぬ神の肉体を殺そうとした。

 

 しかし、神殺しは大きな勘違いをしていた。

 

 たとえ、神の肉体だけとはいえ、それでも神本人だということを。

 

 まつろわぬ神の肉体は一柱のまつろわぬ神となり、愚かな神殺しを無残に残酷に暴殺した。

 神殺しは簒奪した権能を振るも、まつろわぬ神の肉体には届かず、逆に神話の魔王によって一方的には残虐されてしまった。

 まるで、神殺しの悪行が応報となって返ってきたように、また、己こそが悪鬼羅刹の大魔王だと愚者に言い聞かせるようにまつろわぬ神の肉体は神殺しを弄ぶように殺し続けた。

 

 その虐殺は神殺しの断末魔が、息絶える瞬間まで千里先まで木霊したという。

 神殺しを殺したまつろわぬ神の肉体は、降臨するはずのまつろわぬ神の神格とは別の神格となり地上を彷徨い歩いた。

 

 しかし、数年後。

 一人の聖女が勇者の所有物であった鎚矛を用いり、まつろわぬ神の肉体だった神格を突き刺し封殺した。

 その際、まつろわぬ神はこう言い残した。

 

―――「いずれ、我が半身が地上に降臨し、我を蘇らせる。そのとき、我らは我らの魂を取り戻し真に魔王となりこの世界を滅ぼさん」

 

 まつろわぬ神は鎚矛が刺さったまま全身竜骨となりて、大地深くに埋葬された。

 

 

 それから数百年後。

 生と不死の境界より、一柱のまつろわぬ神が降臨した。

 それは数百年前にて生と不死の境界に彷徨っていた神話の魔王の精神であった。

 

 

===========================

 

「我がこの地上に顕現して早千年…魔王と称する愚者が支配する世を千年も眺めながら、本来の神格を取り戻し、この手で偽物たちを皆殺しにし誰が大魔王なのか今一度世に知らしめる日をどれほどまちこのんだことか…」

 

 男は数キロ先の南方から、新宿のビル群をぶち破りながらこちら向かってくるザッハークを見据えた。

 ザッハークは男と目が合ったのか、それとも男の頭上にある光輪と業火を見つけたのか、雄たけびを上げ、速度をあげた。

 その姿に男は歓喜の笑みで、

 

「良くぞ来たぞ我が半身! これより我らの呪いを解く! 鋼を崩すとき我らの魂をこの地にて降臨する。さすれば、我らは真の魔王となろうぞ!!」

 

 男が後ろにある鎚矛に振り向こうとしたそのとき、

 

「――あっ」

「むぅ?」

 

 鎚矛を引き摺りながら持ち去ろうとする少女――草薙静花と目が合った。

 

「小娘だと…なぜここに…」

「くっ!」

 

 静花は一目散に、下の階につながる階段口へ走った。

 

「…火の元素よ、爆炎となりかの者を焼き殺せ!」

 

 男が呪文を唱えた途端、男の眼前に人ひとり消炭にするほどの爆炎が現れ、静花を飲み込んだ。

 鎚矛も巻き込んだが、不朽不滅の神具なので問題ない。

 

「人のモノを盗むとは愚かなことを…。しかし、なにゆえ槍を狙って――」

「けっほけほ!! 幼気な少女を攻撃するなんてそれでも大人ッ!?」

「なにッ!?」

 

 爆炎が収まると、そこには怪我一つない静花の姿があった。

 魔術が防がれたことに男が驚くが、すぐに表情を抑え、冷静に分析しはじめる。

 

「…ルーン魔術だと…? しかもそのような単純な術式で我が術を防ぐなど…」

 

 静花の周囲にルーン文字がうっすらと浮かび、風が彼女を守る様に展開されていた。

 男にとって、それがルーン魔術のものだと見抜くのは造作もなかったが、眼前の魔術がいかに出鱈目かつ強引な代物に困惑した。

 

(危なかった…北郷さんがなにか仕掛けてくれなかったら死んでたかも…)

 

 男の呟きから、この場に居ない一刀が何かを施したことを察した静花。

 炭化してしまうほどの火力を浴びてなお、まるで大人に突き飛ばされたような衝撃しか感じない。ほんと出鱈目だと思いながら命拾いしたことに安心感を得る。が、まだ安心ができない。相手は容赦なく殺しに来た。守りの魔法らしきものがあるとはいえ油断はできないし、次に命があるかどうかしら分からない。

 とにかく今はこの状況を打開すること考える静香に、男が質問してきた。

 

「小娘…貴様なにものか?」

「…ただの一般人よ…あんたが誘拐した人を助けるために来た現役女子中学生」

「アホな事をぬかすな。ただの一般人が我が術を防げるわけなかろう」

 

 いきなり魔法みたいなもので燃やそうとした人に言われたくない!?

 と、ツッコミを入れたい静花だが、ややこしくなりそうなのであえて沈黙し、男を睨んだ。

 男はさらに言葉を紡ぐ。

 

「それに助けに来ただと? ふん、ならばなぜこの者たちを連れていかぬ? しかも、我が儀式に必要な槍をこっそり持ち出そうとするとは。他に目的でもあるのではないか」

「…いいえ。最初っから誘拐された人たちを助けに来ただけよ。ただ、さすがにこれだけ全員を連れだせないから代わりにこの槍だけもっていく。なんたって、この槍が無いと儀式なんてできないからね」

「っ!? 貴様、どこで我の儀式を知った?」

「悪いけど、そこまで親切に教えるないわけないでしょう」

 

 意地悪な顔つきで、男を見据える静花。

 男は静かに口元を上げた。

 

「ふっ、それもそうだ。しかし、まだまだ幼稚だな」

 

 男の指先がガスバーナーのような火柱が放出され、その火の先端が近くにいたいまだ祭壇で眠っている少年の首筋近く置かれた。静花はその少年に見覚えがあった。昼頃、一緒に誘拐され助けを求めた少年だった。

 

「生贄の命は我が握っている。この者たちの命を欲しくば大人しくその槍を返してもらおう」

「………」

「さぁ、早くそれ渡せ――」

「…やれば…」

「ん?」

「やればいいって言ってんのよ…!」

 

 静花の言葉に男は耳を疑った。

 

「可笑しなことをいう。その言葉は目的と矛盾しているぞ小娘」

「でしょうね。でも、そんなコケ脅しに乗るほど、あたしそこまで馬鹿じゃないから」

「コケ脅しとな? なぜそう言い切れる?」

「だって、儀式にはこの専用の槍で指定された生贄を殺さないと成立しないんでしょう? だったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。つまり、アンタがその手で生贄を殺せない。そうじゃないの?」

「…クッ」

 

 核心を見抜かれ男は苦虫を嚙み砕いたように舌打ちし、指先の火柱を消した。

 静花は不屈な笑みを浮かべ核心した。

 

 今手に持っている槍こそ、この事件の重要なものであることを。

 自分と一刀だけが知っている予言。儀式の重要性を程度まで把握したおかげで、このバカげた計画の仕組みが理解できた。

 重要な点は三つ。

 

 ひとつめは儀式には条件のある生贄を17人集めること。

 

 ふたつめは専用の槍で17人の生贄を殺すこと。

 

 みっつめは上記の条件を満たして、こちらに近づいてくる怪獣がビルの真上にある炎を高ぶらせる光輪をとある方法で飲み込むということ。

 

 後半はどういうものなのか想像できないが、ひとつめの条件を満たせなければ儀式はできないことは容易にわかる。ならば、ふたつめで重要な槍さえなけば、儀式を始めらないうえ、生贄となっている男児たちの命も保証される。まさに一石二鳥であった。

 生贄にするため男児を選びに選び抜き、強引かつ手早く誘拐し執着した男だ。こんなトラブルで計画を捨てるなどしないだろう。

 そう考えた静花に男は褒めるように言う。

 

「フッ、小娘ながらよく考えたものだ」

 

 もっとも…、

 男は言いかけ、静花に手を向けた。

 

「それでもまだ幼稚なのだよ…!」

 

 途端、静花の手の内にある槍が磁石のように男のほうへ引き寄せられ、手元から離れようとする。

 何が起きたのか静花には理解できず、槍が持っていかれぬよう慌てて引っ張った。

 

「槍を手元に呼び出す術を持っていないと誰がいった? 貴様程度の猿知恵で儀式の障害にはならんよ」

 

 引き寄せられる力はより強くなり、ズルズルと綱引きのように引っ張られていく。

 それでも負けじと床に力を入れる静花だが、魔力の引力のほうが強い。あと三メートルで、槍が男の掌に収まるとした――その時!

 

カァ―! カァ―!

 

 突如として大量の烏が男に襲い掛かり、男の姿が烏の群れに覆われた。

 

「ぬっ!? この烏は!?」

 

 意識が槍から烏へ逸れたため、引き寄せる力が無くなり、引っ張った反動で静花は尻餅をついてしまう。

 

「イタタタタ…突然なんなのよ一体…」

『まったく無茶をしおってからに!』

 

 静花の眼前に二匹の烏が翼を羽ばたきながら静花を見下ろしていた。

 烏よりも大きな烏に人間の言葉を喋る烏――フギンとムニンであった。

 

『勝手な行動するな小娘!』

『お怪我はありませんか静花』

「あんたらはたしか…パシリ一号! 二号!」

『『フギンです(ムニンだ)!!』』

「あれ? そうだっけ?」

『もういいです。それよりも、東京中の烏を連れてきました。あれなら三分は持ちこたえられます』

『この隙に、その槍をもってズラかるぞ!』

 

 静花がコクリと頷き、出入り口に向かって走りぬこうとする。

 

「逃がさぬ! 燃やし尽くせ焔よ!」

 

 その後ろ姿を発見した男は、巨大な火球を眼前に放出させた。

 周囲の烏たちは危険を回避して離れ、火球はそのまま静花に直撃し、爆発した。

 

「きゃぁぁぁぁあああああああああああああ!?!?」

 

 静花の身体を守っていた風の防護服が巨大な火球の爆発防ぐも、火力と爆発の衝撃は防ぎきれず、消失。

 衝撃の爆風により、フギンとムニン、静花の身体がビルの外へと吹き飛んでしまった。

 

 

=====================

 

 

 

 身体が重力に従って下へ下へと落ちていく。

 

「はぁ…これは死んじゃうなー」

 

 風の防護服のおかげで、すこしの火傷で済んだが、爆炎の衝撃で、身体はぴくりとも動かせなかった。

 それ以前に、たとえ身体を動かせても、この状況下ではもはや風前の灯火。

 あと数秒すれば、地面に激突してお陀仏となるだろう。

 

――北郷さんの言う通り、大人しくしとけばよかった…

 

――ルリさんの忠告通り、勝手な行動しなければよかった…

 

――お兄ちゃん、おじいちゃん、みんな…

 

 後悔と無念と胸が締め付け閉じた瞼に走馬灯をみる静花。

 しかし、それでも彼女は最後の希望を抱いて、叫んだ。

 

「助けて…助けて北郷さぁぁぁぁぁぁん!!」

 

 少女の幼気な悲鳴が新宿の街に響き渡らせ、その身は容赦なく地面に叩きつけ―――

 

「――呼んだか?」

 

――はずだった。

 

 恍けた声が聞こえると、誰かに受け止められたような感触が感じる。

 ゆっくり目を開けると、紅い月が怪しく照らす夜空の下で、不敵に嗤う青年の顔があった。

 

 

=====================

 

 

「余計なことで時間を浪費してしまった。はやいと槍を回収しなくては…」

 

 黒幕は嘆息しながら呟いていると情景が暗い薄紅色に染まった。祭壇に乗っていた17人の生贄と天空にあった火を灯す光輪が忽然と消えたうえ、街に人の気配がない。あるのは自身と召喚された配下の影と、こちらに向かっているザッハークだけだ。

 この異変にすこし驚きながら周りを見渡しながら上へ視線を向けた。

 いまだ、火を灯し回転する光輪があったはずの空。そこには紅い月がこちらを見下ろしていた。

 

「紅い…月…?」

 

 黒幕は数秒考えた末、一つの結論にたどり着いた。

 

「なるほど、これは貴様の仕業か…!?」

 

 気配を感じ、後ろを振り向くとそこには、青年――北郷一刀が居た。

 白いコートを羽織り、今だに頭が困惑している静花を姫様抱っこしながら黒幕を不敵な眼つきを向ける。

 

「ようやく会いえたな。黒幕。イヤ――」

 

 

 

 

「まつろわぬアジ・ダハーカより切り離された神格! 魔神イフリートこと魔王イブリース!!」

 

 

 ――イブリース。

 イスラム教において、アッ・シャイターンと呼ばれる悪魔の王であり、ユダヤ教やキリスト教のサタン、ルシファーと同一視される堕天使である。

 クルアーンによると、アッラーフ(神)が土からアーダム(アダム)を創り天使たちに彼の前にひれ伏すことを命じるも、彼は「黒泥を捏ねて作った人間などにひれ伏すことはできない」としてそれに応じずにアッラーフを怒らせ、いずれ最後の審判の後、地獄の業火によって焼かれるまで地上の人々を惑わせてやろう、と誓った魔王でもあった。

 また、アラビアンナイトにおいて、ランプ精霊などのジンとして登場しており、この場合はイフリートという名で有名で、『シャー・ナーメ』ではザッハークを堕落させる存在として登場し、人間の王であるザッハークを邪悪な魔王に変えたのもイフリートの策略といえる。

 

 そんな悪の権現である黒幕――イブリースは髭を指で弄りながら納得する。

 

「この威圧…この呪力の量…まちがいない。貴様カンピオーネか!」

 

 一刀から隠されていない威圧と呪力から、イブリースは一発で一刀の正体を見抜いた。

 対して一刀は緊迫している魔神を無視して、抱っこしていた静花を床へ降ろした。

 

「北郷さん…アタシ…」

「ていっ」

 

 涙目で言いかける静花に、一刀が軽めにデコピンをした

 

「いっだ!?」

「約束を破った罰だ。俺が居なかったら今頃死んでいたんだぞ」

「ご、ごめん…なさい…」

 

 呆れて肩をすくめる一刀に、静花は額を手で押さえながら弱弱しく謝った。

 最初の頃の強気がない。死ぬ直前であったのだ。今になって恐怖ですくんでも仕方ないだろう。

 察した一刀は嘆息し、自然と静花の頭を撫でた。

 

「でも、おかげで戦の準備ができた。――よく頑張ったな」

「……ありがとう///」

 

 微笑む一刀に、静花は下を向く。

 その頬が薄っすらと紅くなっているが、一刀の視界ではみえないだろう。

 少女を慰めた後、一刀はゆっくりとイブリースに視線を向けた。

 

「…貴様、いつ、我の正体を…我の計画を気づいた…?」

「うちには媛巫女以上に優秀な予言者がいるんでね。『悪徳を囁くもの。千夜の想いを胸に、千里の砂漠を超え、七つの海を渡り、かの地にて辿り着かん。17人の鍛冶屋の息子たち、勇者の矛で命奪えれば、二匹の蛇は目を覚まし、悪の王はここに降臨する。されど天に掲げた光輪に燃える火を飲み込めば、悪の王、真なる魔王へと覚醒せん』。二匹の蛇と悪の王はザッハークを指しているなら悪徳はザッハークを誑かしたイブリースしか他に居ないだろ?」

「フッ、たしかにな」

 

 嘲笑うように、イブリースが首肯した。

 

「この予言が指示しているのはザッハークと同一であり零落前とされているゾロアスター教最大の魔王アジ・ダハーカとして完全に降臨するための復活祭。そう、おまえらはもともと一柱の神だった。蛇であったため《鋼》…英雄スラエータオナ。定番でいえばフェリドゥーンか。彼によってアンタは三つに分離され零落してしまった。神に逆らう背徳と悪をイブリース、堕落した暴君の王としてザッハーク、そして蛇であり千の魔術を習得し人々に畏怖される竜として英雄に討たれるアジ・ダハーカ。いったいどういう経緯かはしらないけどアンタはかつての神格を取り戻すため、蛇を末路わす《鋼》の神格が邪魔だった。それを除去するために鍛冶師カーヴェが鍛えたこの槍――『フェリドゥーンの鎚矛』だ」

 

 一刀は《月衣》から一本の鎚矛を取り出した。それは静花が手に持っていた鎚矛――英雄フェリドゥーンがアジ・ダハーカを斃すために用いた槍だった。静花を助ける際に回収していたのだ。

 

「蛇の天敵、生ける剣として外敵を末路わす《鋼》。まさに最強の神格といって過言ではない。でも、こいつらにはある弱点があった。それは奴らの地位はアンタら蛇から奪ったものであり、彼らに恩恵を与えるパトロンがいたことだ。アンタも《鋼》の定義を知ってるんだろう?」

「もちろんだとも。神話の上で『石(鉱石)』、鉱石を溶かす『火』、火を強める『風』、焼けた鉱石を冷やす『水』。『大地を征する者』として、斃した竜蛇からは力や武具を、地母神が零落した乙女を恋人や支援者などといった共生関係で成り立つもの」

「その通り。この関係があってこそ《鋼》が誕生する。けど、逆に言えばその関係を無くせば、強き《鋼》は生まれはしない」

 

 鎚矛の柄を肩に乗せ、イブリースに指をさした。

 

「アンタはフェリドゥーンの《鋼》としての共生関係を崩し、彼の《鋼》としての定義を壊すために、鋼や鍛冶職人と関係をもつ息子――17人の男児を儀式に利用するため誘拐した。復讐のために創られた武具で、同業者の息子17人殺せば、フェリドゥーンとカーヴェとの関係が歪になり、フェリドゥーンの《鋼》として定石が無くなる。そうなれば、《鋼》によって末路わされた蛇は健全だ。蛇を末路わす剣が無ければ、蛇は誰にも殺せない」

「御名答だ。素晴らしい推理力だ」

 

 イブリースは拍手して、一刀を褒める。

 舌が回りやすくなった一刀は、さらに言う。

 

「ついでにいえば、天に掲げた光輪と火は、ゾロアスター教の象徴である火とその火の神であるアータルとアータルと奪い合ったクワルナフと呼ばれる光輪。ビルの上にうかんでいたアレだろ? 宿敵と奪い合ったものなら、神話の象徴でもあるゾロアスター教の火と光輪なら食べれば、それだけでアイアンティティが上がる」

 

 まつろわぬ神の強さは、その魂に抱く妄執・個性によって違ってくる。

 宿敵の象徴であり、自身の神話を象徴するモノを飲み干せば、それだけ鼓舞となり地力が底上げとなるだろう。まつろわぬ神の妄執を高ぶらせるセレモニーとして十分すぎるデザートだ。

 

「精霊を部下にしてたのは万が一ミイラになっていたザッハークを一時的に蘇らせるための生贄でもあったんだな」

「そうだ。忌々しき《鋼》の神具で力が枯渇したが、奇跡的に竜骨として全身が地上に残された。その肉体を一時的に復活させるための儀式がもしも失敗したときのための贄として呼び出したのだよ。精霊や妖精は元は大地より生まれし、生命の塊。《蛇》でもある肉体の栄養分としては申し分ない。ただし、あくまで最後の手段。この方法で無理やり復活させても、顕現できるのはわずか一時間程度。それを過ぎれば神力は枯渇し、肉体は完全に消滅してしまうが、水の精であり魔女神を贄にしたのだ儀式の間なら大丈夫だろう。なにせ竜の生贄は大抵は乙女と相場が決まっておる」

 

 薄笑するイブリースだが、一刀は彼の言葉ですこし疑問を感じたため、質問をした。

 

「ちょっと気になってんだが、アンタ、どうやってあの魔女神を操った? 素直に聞いてくれる人種じゃないぞアレ?」

「召喚する前にちょっとばかして騙して脅しただけさ。この本を使ってな」

 

 ポケットから取り出したのは一冊の本だった。

 〝ミーミルの瞳〟よりその名称が表示される。

 

「―――ソロモンの小さな鍵。写本か」

「ほほぉ、その異形の瞳は魔眼の類か。その通り、人外たるものたちを呼び出す禁書のひとつ。オリジナルと違って召喚ができるが制御はできぬ代物だ。格下程度なら我が呪力で支配すればいいが、それ以上の神格となると統制ができぬが、召喚者と召喚したモノとすこしの間だけリンクすることができる。そこからすこしばかり圧力を与えて、命を握っていると錯覚させたまでだ。もっとも貴様が助けてたせいでい、力の一部しか奪えなかったがな」

「そりゃどうも。でもお互い様だろう。()()をもってたくせに買い物と偽って美女を売りやがった畜生魔神さん」

「気づいてたか。貴様の言う通り、博物館の鎚矛はフェイクだ。アレは私の手作りでね。オリジナルと違って、まつろわぬ神の気配と呪力を封じる代物。造った本人も間違えるほどの力作だ。おかげで間抜けどもを騙して、すんなりと肉体をこの国も持ち運べたよ。間抜けすぎて呆れてしまったわ」

「ほんと、うちってどれだけザルなんだろなぁ…」

 

 怪力乱神な事件を解決するエージェントたちに、呆れてしまった。

 

「けど、まだ分からないことが一つある。まつろわぬ神の降臨にはその神と深くかかわる土地で行うはずなのに、なんでこの日本で儀式を? アジ・ダハーカと日本は縁もゆかりない地だぞ?」

「たしかに、まつろわぬ神の降臨には、降ろす神と関り持つ土地で行うべきだろう。しかし、我々はすこし特別な生い立ちがあるのでな。その理由のおかげだ。我ら――アジ・ダハーカはカンピオーネの支配を憎んだ者たちが密かに招こうとした神格。だが。いつ、どこでカンピオーネに気づかれ、召喚される際に不意に殺されるかもしれない。そう思った当時の魔術師たちはある方法を思いついた。それは我が神話の神――おもに宿敵の関係となる神格がカンピオーネと深くかかわった場所、そのカンピオーネの生まれ故郷を拠点に、儀式を行うということ。そうすれば、ある程度の刺激となって降臨しやすくなるのだよ」

「よーするに、因縁の相手が赤の他人に殺されたから、扇動して、赤の他人の生まれ故郷の地に来いっとそうこうことか? はた迷惑というか手間のかかるというか面倒というか…」

「ウチのシマの輩に手を出したお返しに、相手のシマを荒らすとかチンピラの猿知恵にもほどがあるわよ」

 

 一刀は嘆息し、その後ろで静花が物騒な例えをして呆れていた。

 ふと、一刀があることに気づく。

 

「ん? でもまてよ。その方法だと、お前ほどの神格と深く関わりのある神が日本とどうかかわっいるんだ? もしかして、日本のカンピオーネがお前の神話の神を殺したか? いっとくけど、日本人のカンピオーネは俺以外知らないし、俺自身もイラン神話の神様を殺してなんていないだけど…?」

「クククッ、残念ながら今日の朝…イタリアのサルデーニャでは夜だったな。その地にて悪である我らの宿敵、善の一柱である勝利の神格ウルスナグラが一人の青年に殺された。そやつはカンピオーネになったが、まぁそんなことはどうでもいいことだ」

「まてまてまてまてまて! いま重要なこといわなかったか?」

 

 先ほどまでの冷静さがはがれ、少々動揺する一刀。

 ただでさえ、正体不明を含めカンピオーネが10人以上いるこのご時世。その上、さらに増えたという事実は人類史(おもに表の組織)においてもっとも重要なことである。

 もし、このことが賢人議会等の耳に入れば、間違いなく頭痛を通り越して脳挫傷となるはまちがいない(腹黒姫なら逆に面白がるが)。

 

「要するに、どっかの誰かさんが罰当たりに神様を殺しちゃったせいで、こんな事件になったわわけね…」

 

 一刀とイブリースの会話からある程度、把握し原因がサルデーニャにいる神殺しだと結論付けた静花は、眉間に指をあてて怒りに身体を震えさせた。

 その同時刻、サルデーニャにいたカンピオーネは何かしらの悪寒を感じ取っていたのは余談である。

 

「さぁ、雑談は終わりだ。宿敵である正義と勝利の神を殺したカンピオーネがいるこの地を触媒に我らの魂を降ろす。同時に、世界を屈服させ、魔王の名を騙るカンピオーネに引導をわたす! それが我らの宿願! それがわが悪道! そのため我は――アジ・ダハーカは必要悪として顕現するのだ! 偽物たちに蹂躙され嘆きつづけた弱き者たちの手向けとして、貴様らにはけっして邪魔はさせん!」

 

 イブリースと一刀の間に、頭上から町中に蔓延っていた異形の影たちが十八人ほど降り立った

 

「ザッハークの代わり、我が汝らの主であり神である。いまこそ、その神威を地上に降臨し、我らの敵を斃さん」

 

 イブリースが呪力を高め、呪文を唱えると、色無き影たちに色彩が浮かぶ。いや、色彩を取り戻したほうが適切か。

 影たちは心臓の音がする魂をもった悪魔と人間の戦士の軍団となった。

 

「…なるほど。この街に出現したのはフェリドゥーンと対面したときザッハークが編成した悪魔と人間の混成軍だったか」

「その通り、我の代わりに受肉を許した。この町の中に居る奴はすべて受肉が完了している。その数は億を超える。全員をこの結界に招いたのは失敗だったなカンピオーネ」

 

 この数では手に余るだろう、と嘲笑う。

 しかし、不敵な笑みを浮かべて言葉を返した。

 

「英雄の軍団と戦った化け物たちか…それなら()()()()も退屈にはならないだろう」

「それはどういう意味――」

 

 どういう意味か?

 イブリースが言いかけたとき、受肉したばかりに軍団の頭上より無数の槍と矢が降ってくる!?

 軍団はすぐに対処して頭上へ防御する。が、横ががら空きになったとき、真横より砲弾と銃弾が飛び交い、悪魔と人間の戦士は爆破され、肉塊へと変えられた。

 

「な!? いったいなにが!?」

「戦争に勝つ方法はまず勝つための準備をすること。考え無しにアンタらを《月函》に閉じ込めるわけないだろ」

 

 周りを集中してみろ、と一刀が言う。

 なに? と、意思を周囲にむけると、町中に放っていた受肉したザッハークの混成軍の気配が一体一体消滅していった。同時に、自軍とは別の軍団の気配があり、つぎつぎと自軍を倒していっているではないか!?

 困惑するイブリースは、上空より気配を感じ上を見上げた。そこには、白き軍馬に跨る十人の戦士たち。戦士たちは魔神と一刀の間に着陸し、一刀を守る形で陣取る。

 それは混成軍よりも神秘的なオーラを放つ白銀の全身甲冑姿の戦団。その手には剣から槍、はたまた弓から銃や大砲など装備していた。

 その姿勢は幾千の戦場で戦った強者であった。

 

「貴様、配下なる者共を事前に配置しておったな!」

「その通り。お前も知ってるだろ? 北欧神話において勇敢なる戦士が死んだあとどこに行くのか…」

 

 答え合わせとばかりに、ミーミルの瞳をイブリースに見せつける一刀。

 イブリースはその右目がどのようなものか見抜き、驚愕の顔で納得した。

 

「そうか、その右目は北欧神話の主神オーディンの権能!? ならばわが軍を斃しているはヴァルハラの戦士たちか!!」

 

 正解。と一刀が頷く。

 オーディンの権能『北欧の軍神』のひとつ『勇敢なる戦士(エインヘリャル)』。

 内包している『天に召した戦士たちの館(ヴァルハラ)』より召喚された無名の勇敢な戦士たちを召喚・使役するものであり、戦士たちひとりひとりが神話の英雄とはいかなくても神獣と同格の実力者揃いである。

 また、彼らを構成しているには純粋な呪力。つまり、戦士の形に圧縮させた膨大な呪力の塊だ。たとえ、彼らを消そうが殺そうが、一刀の呪力が尽きぬ限り、なんどでも甦ることができる。まさに不死なる神々の戦団であった。

 ぐぅ、イブリースは舌打ちし、唸った。

 この戦況を掌握しているのは自身ではなく、眼前の偽物だ。

 冷静さを保ちながら腹の底では忌々しさに腹を立てる。

 対して、一刀は愉しげに嗤い、

 

「この世界は俺の遊戯盤。この天下は俺の領土。迷い込んだのは英雄に敗れた敗北者。さてさて、中途半端な策士はこの戦場をどう制するか。見ものだな」

「おのれ! 神をためすか! ならば貴様の蛮勇たちより強いものを呼ぶまでのこと!」

 

 一刀の挑発に触発されイブリース。

 魔導書を開き、高々と呪文を唱える。

 

「来たれ、四大元素に宿りし聖霊たちよ! 我、イブリースの名をもって我の手足と成れ!」

 

 イブリースの背後によっつの魔法陣が展開。

 赤、青、緑、燈、四種類の巨大な陣より人の形に近い異形が出現した。

 火の背びれに鋭い爪牙をもつ竜人、水色の鱗で覆われた水の羽衣を纏う美女、新緑の肌で風を纏う少女、とんがり帽子を被り筋骨隆々で小柄な戦士。

 まるでRPGから出てくるキャラクターのようであった。と、静花は後に語った。

 

――『敵性、精霊の召喚を確認。対象、サラマンダー、ウィンディーネ、シルフ、ノームと断定。位置――世界守護級の聖霊と認定。危険レベルA』

「神話じゃなく万物の一部を無理やり精霊にして顕現させたか…。なるほど、精霊の一面を持ったまつろわぬ神を召喚したのは伊達じゃないか」

 

 先ほど述べた通り神話の神々は伝承の地位や持って生まれた力ではなく、個性や妄執でその強さが決まるもの。

 しかし、眼前の精霊たちにはその常識は関係ない。あれは神話に生きる者たちではない。世界(システム)を正しく運営するための一部(パーツ)である。万物を構成するための基礎、純粋な力の結晶。神話の神と違い、意思や個性の強さなどなくても、災害規模の権能を行使できる存在だ。

 本来なら形をもって現世に顕現するこはできないはずだが、魔神と魔導書によって一端だけを世界からひっぺ返し無理やり神話の精霊を器として顕現させている。しかも、四体とも魔神に操られているようだ。おそらく、力が魔神のほうが優っているためだろう。精霊を縛る鎖のイメージ映像が、ミーミルの瞳で映し出されていた。

 

「ゆけ、万象守るし四柱の聖霊たちよ! 世界の理を壊す愚者に鉄槌を下せ!」

 

 イブリースが命令すると、精霊たちは戦闘態勢をとる。

 同時に、戦団が迎撃しようと動くが、まてっ、と、一刀が制止させた。

 

「基礎状態のおまえらには手が余る。そこで草薙を守ってくれ」

 

 拡張させれば無名の英雄でも精霊を倒せるかもしれいないが、そのための過程を待ってくれるほど敵はそこまで御人好しではない。

 戦団は不満げに肩をすくめるが、魔王の命令に従い、静花を護衛するように陣取る。

 一刀は戦団の先頭に立つと、四体の精霊が一気に間合いを詰めた。

 

 先頭にサラマンダーが全身を炎と化し鞭のように体当たりしていくる。一刀は手に持った鎚矛で捌きしのぐ。つつげて、ノームが重量感のある斧を振り下ろすも、鎚矛で受け止め、逆にノームの胴を蹴り飛ばす。

 左右からウィンディーネとシルフが水と風の槍を作り投擲するが、それも鎚矛で弾き防いだ。

 

(やっぱ《鋼》と比べて武技はない分、素の火力と膂力は神獣以上だな)

 

 鎚矛から感じる衝撃を感じながら、涼しげな顔つきで分析する一刀。

 優勢であるが、それは彼が出鱈目なだけで、精霊の一撃は大型の神獣が突撃と同様の攻撃力があった。

 おそらく、自分や武侠王など強靭な肉体が無ければ、カンピオーネでさえ軽症ではすまないだろう(もっとも、彼らならスペック以上の相手に正面から立ち向かいことを前提はしないだろうが)。

 

(まずはアイツとこいつらから離さないと…)

 

 連携して襲い掛かる精霊たちを棒術のように鎚矛で捌き続えねがら、一刀が奥に居る親玉をチラ見する。

 魔神は魔導書に描かれた呪文を唱え続けてきいた。普通の人が聞いたら言葉の意味が分からない綴りを口にしている。その呪文が詠唱されるたびに、精霊たちの動きと膂力が強くなっている。そればかりか、矛先でサラマンダーを傷をつけても直ぐに完治してしまった。

 その原因は、いまだ参戦しないイブリース、と手に持った魔導書であった。

 魔神が唱えているのは魔導書による、強化魔術と回復魔術だ。

 魔神の呪力と呪文を停めない限り、精霊たちを傷つけるところか無制限に霊基拡張されてしまう。

 そこまでされると面倒なので、一刀はイブリースに悟られぬよう、視線を精霊たちに向けたまま立ち回る。

 そして、四方から精霊が同時に奇襲するのを狙って、一刀は鎚矛を垂直に突き刺し、その衝撃で頭上に十メートル以上跳躍。咄嗟に避けられたため、精霊たちは同士討ちの形でぶつかり、互いの攻撃で眼を回し、ふらついていた。

 何やってるんだバカどもめ! と、イブリースが怒鳴るが、その隙を一刀はまっていた。

 

「強引すぎるけど、少しの間だけ我慢してくれよ」 

 

 精霊たちを上から見下ろしながら、一刀の左目が黒白目で瞳が回転式弾倉の断面に変貌した。

 

「支配者の眼よ。命を縛る醜悪たる左目よ。王に仇名す弱者共をその呪われし視線で、彼らを服従させろ」

 

 聖句を唱え、正面に居る対象たちを視界に捉えた瞬間、左身に痛みが生じる。

 精霊たちは一端硬直し、膝をついて服従の姿勢をした。同時に、イブリースは精霊たちとの繋がりが途切れる感覚を感じとった。

 その感覚と目の前の光景から、ある仮説が浮かんだ。

 

「邪眼かっ!? しかも、上位の聖霊を視線だけで支配下に置くとは!?」

 

 一刀が使用した権能の種類を見抜き驚愕していた。

 自分より格下の神格とはいえ、魔神の支配を上回る力で、四体の聖霊のコントロール権を奪ったのだ。

 たとえ、新たに援軍を召喚しても、逆に相手戦力を与えてしまう。強力な権能な分、なにかしらの制約や制限があるにしても、分が悪すぎる。

 イブリースは考える。この状況を打破し、儀式を成功するための策を――と、そんな暇を羅刹王は与えなかった。

 いまだ宙に浮いたまま、一瞬で鎚矛を《月衣》に収納、代わりに口径88mm大口径高射砲アハトアハトを装備し、銃口をイブリースに向けた。

 

「なっ――」

「――吹っ飛べッ!!」

 

 反応したがもう遅い。88mmの銃口より放たれた(魔術的技術で加工された魔法金属製の)砲弾がイブリースに着弾。魔神はその衝撃に耐えきれず、後方へと吹き飛んでいった。

 一方、一刀もアハトアハトの砲撃による作用反作用の法則に従い後方へ吹き飛ぶが、うまいこと態勢をとり、クルクルと回転しながら、静花の前に着地した。

 

「うんうん。さすがドウェルグ製。注文道理の強度と火力だ。この重量感と神をも吹き飛ばす衝撃…やっぱ時代錯誤の巨砲主義は最高だな」

 

 モノづくりの妖精の技術に驚嘆し、七トンもある巨砲を片手で持ち上げながらその威力にほれぼれしていた。

 なお、その背後では、大砲で魔神を吹き飛ばす光景に時代錯誤の戦士たちが呆れ、戦団に守れている少女は出す言葉を見つからず口を開けたまま呆然としていた。

 そして、五秒後。喉に引っかかっていた言葉をようやく思い出し、息を吸い込み紅い月が輝く空に響くよう叫んだ。

 

「あんたはどこの婦警よぉぉぉぉ!!」

 

=====================

 

 砲撃で新宿の街へ吹き飛んだイブリースは、新宿の道路をぶち抜き、地下鉄の線路にて大の字に寝そべっていた。いや、正確には、めり込んでいるほうが正しいだろう。どうやら、あの大砲、どこぞのギャグみたく激しく吹き飛ばすほどの威力があったようだ。

 服は砲撃の爆破と衝撃でボロボロとなり、上半身裸の裸だ。ただし、その四肢に目立った傷は一つもなかった。内臓が外側に破裂し血まみれの腹を除いては。

 現代の兵器ではまつろわぬ神を傷つけることはほぼ不可能なのが常識だ。しかし、一刀が撃った砲弾は北欧神話において、神話の武器を作った職人たちの手製である。彼らが手掛けた神具はまさに神や英雄を象徴になるほどの権威と力を秘めている。その神すらも殺してしまう余計な殺傷能力も。

 現代兵器の形をしても、その本質は伝説の武具とはなんな変わらない。

 しかし、そんな凶悪な道具を製作する妖精が手掛けた大砲をまともに受けたためか、逆に頭が冷静であった。

 

「――致し方ない」

 

 魔神は決意したかのような声色で発した。

 

「完全を取り戻すまで力を温存しておきたかったが、あれほどの者を相手にするなら全力でいかねばならぬ…」

 

 儀式を優先に魔王を無視し悪王とともに結界から脱出…という戦術的撤退を考えたがそれはもはや不可能だと悟った。その理由は二つ。一つは、この結界が異界の異能を元に創られた世界ということ。世界を揺るがすまつろわぬ神であれ、その世界の頂点であるだけ、あらゆる次元に影響する存在ではない。人間では太刀打ちできぬ神であっても生まれた世界でしかその猛威を振るうことはできないのだ。

 そして、重要なのは二つ目。儀式に必要な鍵はあちら側に分かっていること。たとえ、この結界を抜けることができても、鎚矛がなかれば儀式の意味がない。

 どちらにしろ、一刀と戦い、鍵を奪うのが妥当だと、魔神が答えを得た。

 

「偉大なる主よ。アッラーフよ。我は汝に言った。最後の審判まで貴様が人間共を惑わすと。この身、地獄の業火に焼かれるまで、泥を練った人形に膝をつかぬと。ゆえに否定する。神を超える泥人形に地につけられ屈辱を! この醜態、まつろわされる前に返上しなくてはいけず! たとえ、最後を迎える日よりも、この命尽き果て様とも!」

 

 上半身を起こし、黒人の肉体が変化し始める。

 筋肉が膨れ上がり、ビリビリ、とスーツが破ける。一刀を見下ろすほど背丈が伸びあがり、筋骨隆々な巨漢と成長。顔はさらに悪魔的な形相に変貌し、頭には太い双角が伸びる。

 黒い肌が赤胴に変色、その上から血管のような文様がドロドロに流れる灼熱のマグマの如く浮かびあがる。

 下半身は煙に包まれたのか、それとも煙と化したのか最中ではないが、床に地面を付けずその巨躯を宙に浮かせている。

 最後には背中に黒翼が生え、身体から蒸気のような煙を、吐く息から火花を出す。

 その姿はまさに人類に畏怖される魔神。もしくは、神に仇名す業火の魔王そのものだった

 

 

=====================

 

 

「あの魔術師モドキ、どこまで飛んだだ…?」

 

 新宿の上空にひとつの影が浮かんでいた。

 馬の様なデフォルメの頭部に、大鷲のような足と鋭いかぎ爪、蝙蝠か翼竜のような巨大な黒い羽、首から尻尾まで伸びるドラゴンのような胴体。黒い鱗のような外殻に覆われ、紅い瞳が町の全体を見渡すその奇怪な空飛ぶ生き物。

 その生物の名は『シャンタク鳥』。クトルゥフ神話の生物であり、這い寄る混沌の眷属であった。

 もともとはかつて一刀が殺めた神の部下だったが現在は一刀のペットになっている。

 愛称は『シャンタ』である。

 

「シャンタ、念のためザッハークに接近してくれ。気づかれないようにたのむ」

『ピシャァァァ!!』

 

 怪鳥は奇鳴をあげ、ビル群の隙間を通りながら身を隠し、都市のど真ん中で停止する悪王の背後に回り込んだ。

 で、なんで一般人荒SAN値が減る奉仕種族でフライトしているのは、大砲で吹き飛ばしたイブリースの捜索だ。もちろん、死んだとは一ミリも思ってない。あの程度でくたばるならカンピオーネなんて必要ない。

 ちなみに、静花は危険と勝手な行動をしないようさきほどのビルに置いてきた。むろん、一部の騎士団と隷属させた精霊たちにお守りを任せた上、最上階が破壊されているがビル自体が巨大な魔術工房になっているため魔術と権能で堅牢な要塞に改造したので、この世界で一番安全な場所といえる(別に着いていくとかうるさく言うので精霊たちに足止めをさせて置き去りにしたわけではない)。

 なに? だったら《月函》の外に避難させばいいのでは?

 残念ながら、一度発動したら解除するまで閉じ込められる仕組みなので無理。

 指定はできるが、緊急時だったためしかたがない。

 

(あの様子だと、あと数分ってところか…)

 

 一時的に竜骨の状態から復活したとはいえ、それは数刻だけの命。本来の神格を取り戻すため、本能に従って歩いてた獣だ。目標を見失い、どうするべきか分からず、その場に佇むのも無理もない。

 少々、同情してしまうが憐れみは神に失礼のため、無情に冷徹に、悪王の死を見届ける。

 が、その前に魔神の魔の手が迫った。

 

「ッ!? 緊急旋回!」

 

 第六感が危険を告げる。いそいでシャンタク鳥を右に迂回させた。

 頭上より太陽と思わせる火焔の球体が飛来し、アスファルトの道路を抉り取った。

 火球が飛んできた方角を見上げると、紅い月が浮かぶ天空に、一柱の魔神が見下ろしていた。

 賢者の眼でみなくてもわかり。あれはイブリースだ。

 

「人の皮を捨て、完全な炎煙魔神に顕身したか…」

「カンピオーネよ! ここから先は小細工無用! 畏怖される魔神として! 恐怖される悪魔の王として! 我が信念のため、この手で葬らん!!」

 

 魔神の両手からさきほどとおなじ巨大な火球が出現し、それを投球する。

 轟轟と燃える二つの火の球がストレートに飛んでくるが、シャンタク鳥は道路スレスレの低飛行で余裕で回避。外された火球は道路とビルの壁を木っ端みじんにする。

 

「なかなかのスピード。ではこれはどうだ! 大地よ突起せよ! 大軍阻む厚き壁となり、歩むを停めよ!」

 

 イブリースが魔術らしき呪文を唱えると、地面より高層ビルまでありそうな分厚い絶壁が突如として出現し、前方を阻んだ。

 前方に壁が現れたため急遽、右の角を曲がるも、その先でも壁が現れ、まるで誘導させてるかのように次々と壁が進路を塞ぐ。

 ビルより高い位置から飛行し、シャンタク鳥の背後を追いかけるイブリース。

 魔神は次の呪文を唱える。

 

「走れ! 雷鳴よ! 茨となって、かの黒き鳥を捉えよ!」

 

 電柱や電話ボックス、さらに電燈まで、電気が通っている無機物より、茨の形をした電気が生え、捕食植物みたくシャンタク鳥を捕まえようと茨を伸ばし、追い詰める。

 しかし、シャンタク鳥の機動力が上であった。ほぼノータイムで現れる壁を即材に感知し、緊急旋回。周囲から襲い来る電撃の触手を態勢を変えながら速度を落とさず低飛行を続けた。

 

「シャンタ、あのデパートに入れ!!」

 

 前方にあったデパートに、出入り口をぶち壊しながら逃げ込んだ一刀とシャンタク鳥。怪鳥が羽を広げても通れるほどの広く突き抜けのフロアにて、そのまま屋上にむかって垂直に飛翔する。

 外から魔神がこれでもかと大量の火球を、ガラス窓と壁を突き破りながら投げ飛ばしてくるが、怪鳥は身体を回転しながら火の弾幕を回避しつつ、天井を突き破り魔神の頭上へ周りこんだ。

 

「碧き烈風よ、風圧の鉄拳となりて外敵を圧迫させろ!!」

 

 制空権を奪い、シャンタク鳥から飛び降りた一刀が、聖句を唱え右腕を掲げる。

 右腕に膨大な空気が集束し、十メートルもおよぶ風圧の棍棒となり、イブリースに叩きつけた。

 魔風の鈍器に殴られたイブリースは、抵抗するまもなく霧散してしまった。

 

「手ごたえがおかしい…??」

 

 あっけなく消えた魔神に違和感を感じると、ミーミルの瞳が自動で緊急表示された。

 

――『判定。イフリートを打破を確認。敵性、イブリースの接近を確認。迎撃モードに移行してください』

「イフリート…ッ!? しまったっ、おとりか!?」

 

 

 ドッゴォォォン!!

 

「――フンヌゥッ!」

 

 空中で驚嘆している一刀の足元――つまり道路より、本物のイブリースが地面より飛び出してきた。

 おもわぬ奇襲に、一瞬硬直。その隙にイブリースは一刀がいる高度まで上昇し、両手を握りしめハンマーで殴るようにシャンタク鳥ごと隣のビルに叩きつけた。

 

―――『報告。鑑識の結果、敵性イブリースが魔導書よりイフリートを召喚。おとりにつかったもようです』

「わかってるよ…くっそ。ソロモンの小さい鍵もってたの忘れてた…」

 

 ビルの壁に激突し、オフィスらしき部屋にて壊れた机をパソコンをソファー代わりにする一刀。そばにはシャンタク鳥が目を回して倒れていた。

 

「どうしたカンピオーネ! これでおしまではあるまい!」

 

 吹き抜けなった壁の向こうで、本物の魔神が見下したように叫ぶ。

 無機物のソファーから立ち上がった一刀は床に転がった机を魔神に向けて蹴っ飛ばす。魔神はそれを手で払ったが真っ白い机が視界を覆った瞬間、床を蹴り上げ間合いを縮めた一刀が魔神の顔面を右ストレートで捉えた。

 

「ごっほ!?」

 

 先ほどの仕返しとばかりに向かいのビルに激突された魔神。

 

「こうでなくては――」

「そっりゃッ!!」

 

 瓦礫に生まれたイブリースに踵落としを降ろす一刀。

 イブリースはとっさに煙に顕身し、空中に避難した。

 躱された踵落としがビルを一刀両断しながら、ビルの一階まで止まらず道路沿いに足を付けた。

 

「チッ、シャンタク!!」

『ビッシャァァァァ!!』

 

 一刀が叫びに気絶していた怪鳥が呼応し、ビルの一階を突き破りって一刀の前にその姿を現す。

 

「もうちょっと付き合ってもらうぞ」

 

 了解。と、シャンタク鳥は頷き、首根っこに一刀を乗せ、巨大な黒羽を広げ飛翔する。

 

「カッァァァ!!!」

 

 イブリースは上昇する怪鳥に向けて口から火炎を吐き出す。

 炎の津波とおもせるその息吹を、怪鳥はひらり、と躱した。

 それでも魔神はさらに火の玉を何百も錬成し、弾幕を張った。

 

「そんなもん…!」

 

 片手にパニッシャーを取り出し、砲弾で火の弾幕を撃ち落とす。

 紅き夜の下、高速で飛び回る火の魔神と黒き怪鳥。

 航空ショーみたく、互いに近づかせず、距離を保ったまま飛行をつづける異形。そんな追いかけっこの途中に一刀は疑問を抱く。

 

(おかしい。挑発したわりに逃げてばっかで攻撃もなんか抑えている感じ。カンピオーネ相手に出し惜しみしているのか? …いや、何か策でも考えてるのが妥当だろう。だった何を狙って…)

 

 魔神の考えを推理するも、ヒントが不足しているため答えが出てこない。

 しかし、このまま追いかけっこをつづけてもらちが明かないため、少々汚い手であるものの、ある行動をとった。

 

「…シャンタ、アイツを無視してザッハークのほうに飛んでくれ」

『ビィ?』

「いいからッ」

『ビッシャァァァァ!!』

 

 黒羽を羽ばたかせ、停止しているザッハークへと飛ぶ怪鳥。

 

「ッ!? いかせぬ!?」

 

 その後ろで魔神が火球を飛ばして追いかけてくるが、旋回性能は怪鳥が軍配をあげている。

 迫りくる無数の炎の弾を避け、加速。前方にザッハークを捉える。

 空いた片手で鎚矛を《月衣》から取り出した。

 

「ハァァァァアアア!!」

 

 空を駆ける竜騎士のごとく。鎚頬の矛先を悪王の向ける一刀。

 悪王も、衰退してるとはいえ、まつろわぬ神の本能か、突撃する一刀に反応し、両肩の蛇が牙をむく。

 

 英雄の矛対悪王の双蛇。

 

 剣先と二つの牙が交差し……、

 

「ごっほ!? 」

 

 先回りしたイブリースの胸ごと、ザッハークの眉間を貫いた。

 

「やっぱり、守ったか」

「ぐぅぅ、卑怯者めが…」

 

 ヌップリ、と刃を血肉から抜き取る生々しい音。

 ザッハークはゆっくり倒れこむ。その頭部にイブリースが寄りかかる様に吐血する。

 たとへ独立した神格とはいえ、元は蛇の分身。蛇殺しの《鋼》の武具には効果覿面であった。

 

「アンタはアジダハーカの復活をまだあきらめていない。そのために別の策を考えていたようだけど、そのために重要な器を捨てることはできない。胸糞悪い手だが、これもだ。さすがにゾロアスター教の大悪神の最高傑作を戦うほどこっちは戦闘狂ではないんでね。…悪く思うなよ」

「…フッ、それもそうだな…」

 

 穴の開いた胸を押さえながら不敵に言う魔神。

 その笑み一刀が眼光を鋭くする。

 

「まだなにか小細工を……」

「くっくく、もう手遅れだ。この勝負(いくさ)()()()()()

 

 途端、地面から紅い光があふれ出した。

 シャンタク鳥は危険を感じ、イブリースから離れ上空に避難した。

 一刀は街を見渡すと、紅き光は陣らしき線を倒れ伏す悪王に中心に形成し、禍々しい魔力を精製していた。

 

「魔法陣!? いつのまに…!?」

「この町の地下鉄に…魔導書のページを散らばせておいた…もはやこの町全体が巨大な儀式の中心。その矛が…生贄がいなくとも、儀式をはじめることができるッ」

「なっ!? だから分身で注意をそらして、地面から現れたわけか!?」

 

 先ほどの行動はすべて布石。

 この巨大な魔法陣を作るための時間稼ぎだった。

 

「この異界から脱出することはもはや不可能。貴様を斃しても結界がとける保証がない。しかし、この結界に呼び出すことはできる。我が精霊を召喚できたことが証明している。ならば、召喚に特化した不朽不滅の神具(ソロモンの小さな鍵)を用いて、我らを犠牲に我らの神話を口寄せする!!」

「犠牲…まさか、自分を生贄(触媒)に自分自身を錬成(召喚)する気か!?」

「もともと、我は偉大なる魔王の分霊。元の神霊に戻ることになんの躊躇もないわ」

 

 神を材料に新たな神を生み出す。

 そんな方法に似たものを一刀はふたつ知っている。

 ひとつは、あらゆる怪物が悪魔として統一された別世界で、悪魔同士を融合・合体させて別の悪魔を生み出す外法。

 もうふたつは、特殊な召喚法でだれでも神話の住人を召喚させる別世界で、神話の向こうにいる住人を呼び出すため神々を踏み台に錬成する技術。

 (この世界の)常人では思いつくとができない神秘を汚す方法があることに、また、死にかけの魔神がやろうとしていることに驚きを隠せずにいた。

 

「たしかに、その方法なら確実に暗黒竜を招来することができるけど、無茶すぎる。そもそも、そんな欠損した神格(おまえら)じゃ大魔王の器として脆すぎる。犬死になるだけだぞ!」

「未練を果たせず朽ちるなら、一人でも魔王を殺すほうが本望なりッ!」

 

 血の色に輝く魔力が瀕死の魔神と悪王を包み込もうとする。

 一刀は「させるか!」と鎚矛を握りしめ、もう一度特攻をしとうとシャンタク鳥に命令しようとしたが、

 

「それに…この命を犠牲にしなくては、死して我らを呼び出した者たちに顔向けができぬ…」

 

 魔神が呟いた悲しげな言葉に思考が停止してしまった。

 

「我らの悲願は真の大魔王の復活。そのためながらこの神格、偉大なるアンリマユに捧ぐ!!」

 

 その僅か隙に、光は完全に魔神と悪王を包み込み、卵のような形を形成する。

 

「…暗黒竜よ。いまこそ魔神と悪王の血肉をもって生と不死を繋がん」

 

 卵のなかではイブリースとザッハーク、二体の神が溶け合う。

 芋虫が、美しい蝶に生まれ変わるため、蛹となって殻の中で血肉をドロドロに液状に変えるように。

 自身のすべてを無に戻し、新たな形を形成するかのように。

 

 それは、原初の宇宙の誕生。

 無から有が生まれ、有が混ざり合い混沌と化し、新たな生命を創り出す生命循環の理。

 

 

 どんな世界でも適応できる力強い生命と強靭な肉体。

 

 それは不死に近し大いなる龍の息吹。

 

 善神を英雄を、あらゆる外敵を討ち滅ぼす無敗のと最凶の力。

 

 それは外敵をまつろわす偉大な魔王の暴力。

 

 己の信条のため人類の未来を奪うし黒き妄執と最低な信念。

 

 それは悪の理を背負うし悪しき神の傲慢。

 

 生まれる理由はただひとつ、ひとつの宿命を達成するため。

 

 偽悪に満ちた世界を暴力的な真の悪をもってこの世を制す!! 

 その宿願のため、卵に不死の領域から命が宿る。

 

 ドッグン! と、卵の中で鼓動が鳴った。

 ビッキ! と、卵に亀裂が生じる。

 亀裂は卵全体に広がり、その殻の欠片が宙で霧散する。

 

 赤き夜の世界が歪む。

 まるでブラックホールかのように、その存在が発する威圧に世界が引き込まれそうになる。

 そんな圧倒的な存在力に、一刀は息をのんだ。

 そして、

 

――GYEAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!

 

 卵の殻を破り、神話の魔王が誕生した。

 産声らしき雄たけびが赤い夜の空に響き渡った。

 

「我こそが悪! 我こそが魔王! 我こそが悪神の代行者! 魔王を騙る背徳者どもよ! 真の魔王の威光がどういうものか、神の暴力がどのようなものか、ちり芥な脳髄に叩きこんでやろうぞ!!」

 

 

「我こそが神話史上最大の大魔王アジ・ダハーカ! 魔王の称号、この我を斃してから語れ!!」

 

 

 三頭三口六眼の白き暗黒竜は宣言する。

 ゾロアスター教、最凶最悪の大魔王、今ここに降臨した。

 

 

 




そろそろ登場した権能記入しないと(汗)。


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神話の魔王と天から堕ちた御使い

 久々に登校します。
 遅れてしまいもうしわけありませんでした。
 駄文なので読みづかもしれませんが、どうぞ。


―――調査対象の顕現を確認。

 

―――鑑定開始…エラー。『進歩』アジ・ダハーカの規定が満たしていません。

 

―――原因究明の為プロセスを再チェック………チェック完了。

 

―――カンピオーネ・タイプ『天魔王』の介入を発見。全行程に不具合あり。

 

―――プランの修正のため―――に現状報告……確認。予定の一部を変更。続行を承認。

 

―――これより、調査対象およびイレギュラーの戦闘記録を開始します。

 

 

=====================

 

 

 

「はっきり言おう。めちゃくちゃピンチです(汗)」

 

 

 頭から血を流しながら一刀はヤケクソ気味で笑っていた。

 無機質に建っていたビル群は跡形もなく崩壊し、整備された道路はクレーターだらけの荒野と化す。

 まつで原爆で崩壊した世紀末な街並みに、一刀はこの荒野を変えた怪獣(神)を見上げた。

 

「どうしたカンピオーネ! 貴様の力はそんなものか!!」

 

 巨大な双翼で宙に浮かぶのは純白の鱗に包まれた三つ首の巨龍――アジ・ダハーカ。

 ゾロアスター教最凶の魔神アンラ・マンユより作り出された神造龍。千の魔術を操り。毒の息を吐き、傷口から無数の猛毒を宿した爬虫類や蟲を生み出す最強の怪物。その生命力は不死に近く、頭を潰されようが、心臓を貫こうが、首を落とそうが決して死ぬことはなく、多くの人々を苦しめた。

 ザッハークと同質とされ、最後にはスラエータオナの手によって封印された。

 その神に造られた暗黒竜は傲慢な態度で、真紅の瞳で一刀を見下ろしていた。

 そんな魔王に対し一刀は愚痴をぶつけた。

 

「あのさぁ、そもそもバカでかい魔法陣から核弾頭とか焼夷弾とミサイルとか雨みたいに降り注いだあげく、口から荷電粒子砲とか波動砲とかコジマ粒子をアルティメットバーストみたく吐くわ、必至にその攻撃を潜りぬけて攻撃しようと懐にはいったらATフィールドとか斥力場とか多重防御結界で防御するわ、皮膚をニュー超合金Zみたいな金属に瞬間変換してがっちり固めるわ、それでようやく傷つけたと思ったら即完全回復するという鬼畜大魔王チート無敵相手にどう戦えばいいんだよ!? もうすこし手を抜いてくれちゃっていいだろうッ!!」

「その鬼畜大魔王の過剰火力をわりと余裕で生きてる貴様がいうかッ!?」

 

 互いに互いの出鱈目さに驚愕する人間の魔王と神話の魔王。

 ちなみに、今更だが一刀が乗っていたシャンタク鳥は波動砲の余波で夜空の星となってしまった(合唱)。

 

「そっちこそ、ほんとに神話の神なのか? 異世界の力を100%どころか200%強化して使うなんってことありえない。つうかなんで抑止力を無視して使えるわけ? (一様俺もだけど)さすがにこの世の理に反してるんだけど…?」

「ほう、おぬし、我が使用した術の原点(オリジナル)を知っているようだな。よかろう。塵芥な脳しかもたぬおぬしに分かりやすく教えてやる」

 

 暗黒竜は上から目線で語る。

 

「我が権能『千の魔術』は古今東西から未来、はたまた並行世界まで、あらゆる術――魔術から錬金術に科学技術、武術、あらゆる分野の『術』を網羅し、その術と術によってもたらされる産物を結果を力として完璧に、そして究極まで高めて振るうことができる。抑止力であろうと運命であろうと、すでに存在してるものを否定することはできぬ!! よってこのような芸当もできしまうわけだ。トレースオン!」

 

 アジ・ダハーカの周りに、通常サイズの刀剣からその巨体に合わせた刀剣など多種の武具が無数に造られ、展開されていく。その光景に一刀は見覚えがあった。

 

「士郎の投影魔術!?」

 

 おかしい話ではない。相手はすべての魔術を使える神話の魔王。並行世界にいる親友の固有魔術を使えても不思議ではなかった。

 アジ・ダハーカが腕を下すと、それを合図に無数の刀剣たちが一刀の頭上へと一斉に降り注ぐ。

 一刀が舌打ちして、その刀剣の雨を避ける。乱射された刀剣は大地やまだ健全な建造物にに突き刺さり、元都市だった場所は剣が生える森林地帯と化す。

 

 

(ギルガメッシュがすべての『宝』、オジマンディアスがすべての『建造物』ならあいつはすべての『術』ってところか。安心院さんでさえ一京以上のスキルをもってたけど、無限のスキルってどんだけ~!? インフレってレベルじゃないんだけど!?)

 

 アジ・ダハーカの権能に驚きのあまり声を出せず唖然とする一刀。

 だが、ここはポーカーフェイスで外面を保ちつつ、次の疑問点を述べた。

 

「それでもまだ納得できない。もともともお前らは不完全な神格(素体)で降ろされた神格。そんな奴が容量を超えるほどの力を扱えるのはおかしい!」

「たしかに、通常のまつろわう神でも真の神でもこれほどの権能()を振り回せば先に(神格)のほうが壊れてしまうだろう。しかし、我がもう一つの権能を用いれば、全知全能など赤子同然。なぜなら我が器の強度に限界はないのだからな!」

「強度に限界がない……っ!? 不死の権能か!?」

「いかにも。我が不死は『天命』。まつろわす時まで殺されない、天が与えてもうた宿命(呪い)!! これがある限り我はまつろわす時まで死は訪れぬ!!」

 

 神話においてアジ・ダハーカはスラエータオナの手によって討伐されるも、アジ・ダハーカは彼に殺されずダマーヴァンド山の地下深くに幽閉されてしまった。その訳は大方二つあり、一つはアジ・ダハーカを傷つけるとその傷口から猛毒の魔物が大量に生まれるため。もう一つはザッハーク同様、ゾロアスター教の天使、もしくは女神がアジ・ダハーカの死期はまだとし、彼が終焉の時に未来の神話的英雄に倒されるまで封印されたというもの。

 神話の蛇として最後には《鋼》の剣神によって末路わされるが神格だが、ここである問題点があった。それはほかの蛇と違い《鋼》によって完全に末路わされず、あまつさえアジ・ダハーカを殺すことができる英雄は未知なる英雄。

 つまり、アジ・ダハーカの命を絶つ英雄は神話の世界に顕現していないということ。

 また、この蛇の終わりは神々が決めた定めたもの。神であろうとも神が決めた宿命において、殺すことも、死なすこともできず、よってアジ・ダハーカはいずれ現れることが分からぬ英雄に殺されるまで、永遠に生き続ける結果となってしまった。

 まさに抗えぬ運命が、かの神に不死を与えるといって過言ではない。

 

「されど、今回はいささか条件が悪い」

 

 アジ・ダハーカの腕に亀裂が生じ、体全体に広がり肉体の一部が崩れ落ちる。

 

「やはり、このような不安定な顕現では我が呪いも完全とはいぬようだ。我がこの世界にいられるのはせいぜい20分程度が限界であろう」

「…つまり、さっきの戦闘で10分消費したから、あと約10分でアンタは構造崩壊を起こして死ぬってところかな」

 

 その通りだ。と、赤い双眼で一刀を見下ろしながらアジ・ダハーカが首肯する。 

 

「ようは時間制限内で片方が生き残ったほうが勝者。わりとシンプルじゃないか。まっ、どっちにしろさっきの戦闘で俺の生存確率が証明されたからこの勝負は俺が有利だけどね」

「フンッ、それはどうかな偽物」

「?」

「我に言わせればその僅かな時間があれば貴様ごとを葬ればいいのこと。神話の大魔王がただで死ぬとおもうか!」

 

 胸を大きく張り、アジ・ダハーカが天壌に向けて吼える。

 

「貴様の実力と不屈の精神を称し、我が神殺し抹殺の秘策と秘儀、そして真なる魔王の権威をみせてやろう――我は造形。神々の悪意より生まれし、生きた兵器なり。ひとたび起動けば、血肉を抉り、人徳を汚し、命を奪いつくすは厄災振りまく歯車とならん。そう、我こそは三千世界を恐怖と絶望に落とす悪なりけり」

 

 アジ・ダハーカが呪文を紡ぐと、白き巨体に異変が生じる。

 

「されど悪があるところ善あり、正義あり。絶望の果ての憎悪の底。輝きばかりの希望生まれるは必然。そう、我は希望の生みの親。黒き災厄を振りまき、一筋の光を掴む、栄光の母神なりて!!」

 

 呪文を唱えるたび、真っ白な鱗が茶色く変色し、強靭な肉体に亀裂が走る。しかし、それは死に向かう肉体の自然崩壊でなく、新たな生へ向かう自然適応への清かであった。

 それはまるで蛹となった芋虫が蝶へ変身するため、殻の中で体を全部溶かすような生物の神秘。

 殻と化したアジ・ダハーカの身体は瘡蓋のように剥がれ落ち、粒子となって消えると、そこには一人の女性だけ残された。

 金色に輝く長髪をツインテールで結び、メリハリのある褐色の肌に龍の鱗のような文様を浮かばせる露出度が高い純白の衣を纏い、アジ・ダハーカと同じような深紅の瞳で一刀を見下ろしていた。

 その風貌はまさに美の女神と思わせるほど神々しく、また、邪神のような禍々しさと闘気と、対極のオーラを合わせて放っていた。

 そんな美少女を一刀が見上げなら困惑した顔をしていた。

 もちろん、巨大怪獣だったアジ・ダハーカがまさかの擬人化して美少女になるのは誰だって驚くだろう。しかし、一刀が驚いていたのはそれだけではない。

 なぜなら、彼女の顔は――、

 

「…パンドラ?」

 

 肌の色も、髪の色も、瞳も、着ている服装もバストとも違う。しかし、その顔立ちはカンピオーネの生みの親、真の神パンドラと似ていた。髪型も酷似し、身長も同じ。人の顔を覚えない剣バカがいたら「イメチェンでもした?」と首を傾げるほどで、2pカラーだといっても違和感がない。ただし、その顔に浮かべた表情は正反対。

 本物のパンドラが満開に咲いた花なら、あの少女は冷たい鉄製の造花だろう。

 

「――パンドラ。確かに(あたし)はあなたたちカンピオーネの母、魔王の生みの親(パンドラ)。同時に、我はあなたたち愚者に恩恵を与える全てを与える女(パンドラ)でもないわ」

 

 変なところで煩悩全壊してる一刀を無視して、少女は淡々と告げる。

 冷静に補正する少女に、一刀は気まずい心境で質問する。

 

「えぇ…それじゃーアンタはアジ・ダハーカ、なのか…?」

「それも違う。(あたし)はアジ・ダハーカを土台として生まれてきたけど、あの方はあくまで私の基礎(イケニエ)。我を造りだすための素材であり母体(前世)でしかない。――我こそ、あなたたち傲慢な生物に罰と試練を与えるため、神によって造られた邪悪なる蛇。そう、我は人類の天敵。この地上に災いと絶望を振りまき、神が与えてしまった奇跡を回収めるために誕生まれてきた、無感情な悪意の機械人形。それが我」

 

 自らを無機物と機械的に言葉を発する少女。

 一刀は数秒の間を開けて、アジ・ダハーカが何をしたのか推察した。

 

「千の魔術で自分で自分を改造するなんて、そうそういないぞこれ」

――『肯定。敵性アジ・ダハーカの神格基盤の再構築を確認。同時にパンドラの神格が追加され、アジ・ダハーカは新たな神へと新規化されました』

 

 従属神と同化して力を底上げするまつろわぬ神や、赤の他人ならぬ赤の他神に近いもの変神するまつろわぬ神もいたが、己の神話を完全に捨てて、まったく別のモノになる神は一刀の中では出会ったことはなかった。

 いや、似たようなものはあったが、あの女神と目の前の魔王とは転生する工程(プロセス)が違うか。

 

「…それで、君のことどう呼べばいいんだ?」

「別、好きに呼んでいいわ。我は神話に存在しない造形物。神を名をつけるのは神話を紡ぐ人間だけよ」

 

 …なんとういうか、普通のまつろわぬ神とちょっとずれてて調子が狂うなぁ。と、一刀は思った。

 本来、神にとって人間は、気に入った者を除きすべて石ロコか虫のような視点でしかみえず、人類全体に興味を示さないのだなのが通常だ。まつろわぬ神が人の事情を気にせず自分勝手に暴れるのも、この性質が大きい。

 しかし、眼前の女神は神話に背くまつろわぬ神らしからず、神話を紡いだ人間たちになにかしらの想いを感じれらた。

 それは、それとしてだ。

 名前がないの少々不便だ。元はゾロアスター教の魔王であったが、今はパンドラの神格と悪魔融合?して別のモノ(神格)になっている。いわゆる新品の神様だ。なにかしらの、名前をつけたほうがいいだろう。

 一刀がピカピカの神様の名前を考えようとすると、ミーミルの瞳が空間ウィンドを開く。

 

――『提案。名称を付けるなら〝アズダハ・ドーラ〟でいかがでしょうか?』

「アズダハ・ドーラ…かぁ…」

 

 アジ・ダハーカは現在ペルシア語形でアズダハー、パンドラは本来の表記でパンドーラと呼ばれている。

 それらを混ぜて、アズダハ・ドーラ…安直すぎませんか賢者様?

 

「アズダハ・ドーラ…うん、気に入ったわ」

 

 相棒に意識を剥けてる間に、勝手にお気に召したようだ。

 すこしだか、無表情であった顔に僅かに微笑が浮かんでいる。

 

「それで。わざわざ皮を剥いでまで新しく生まれ変わったのはただ自分が凄いことを威張るためか? それともその義母よりもボリューム満点なボディーで俺を悩殺するためかな? かな?」

――『疑問。なぜ二回いうんですか』

 

 だってさー、あの女神様の2pカラーで、しかもロリ巨乳だよ。レアだよレア。ちょっとばかし興奮してテンションが上がってもどこも可笑しくなかった感。

 

 

『ひどい! あたしよりそっちの贅肉だらけのあたしのほうを選ぶなんて!? お母さん泣いちゃう!!』と義母の声が響いたけど、これは幻聴だ(良心が痛いがムシムシ)。

 

 

前世(あたし)がいったはずよ。我は。そのためなら我は真の魔王となる。来なさい、光輪!」

 

 アズダハ・ドーラが叫ぶと、頭上から黄金色に輝く輪っかが出現した。

 それは一刀はアジ・ダハーカの召喚を防ぐため、あえて月函の外へ置いてきた光輪であった。

 魔術による召喚だろう。巨大な輪はアズダハ・ドーラの身長の二回りほどの大きさまで収縮し、彼女の背に展開された。

 

(アジ・ダハーカ)の分霊はこれを用いて神格を底上げをしようとしたようだけど、これにはほかにも別の使い道もあるのよ。それをみせてあげる。廻れ、光輪!」

 

 アジ・ダハーカが叫ぶと光輪は高速で回転し、金色に輝きだす。

 

「不死の領域開門。真の神パンドラの権能に接続。権限を掌握し、簒奪の秘儀を改ざん。愚者に与えられし、神のかけらよ、災厄の函へと送還りたまえ」

 

 途端、一刀は自身の体――正確には内面から自分を構成してる歯車が抜き取られているような感覚に襲われた。

 すると、右目の視界よりミーミルの瞳からの警告欄が表示された。

 

――『警告!? 警告!? すべての権能が敵性に強奪。回収されています。この…ままで…は……カンピオーネたちの権能が―――』ブッツン

「ミーミル? おい、どうした…ミーミルッってば!?」

 

 突如としてテレビの電源を無理やり引っこ抜かれように、エラーの表示がプッツンと視界から消えた。

 何度も呼びかけるも、ミーミルの瞳は一向に応答しなかった。

 

「…まさか、その姿になったのは俺たちから権能を…」

「そう、あなたたちの力、奪ってやったの」

 

 アズダハ・ドーラは不敵な笑みで口元を上げていう。

 

「カンピオーネはほんらい神殺しの母パンドラの仲介のもと簒奪の秘儀によって神の力を与えられる。だったら、子に与えたものを親が取り戻しても不思議じゃないでしょ?」

 

 やられた。一刀は奥歯を嚙み締めた。

 カンピオーネが倒した神から権能を奪うには、必ずパンドラの仲介の元、簒奪の秘儀というシステムによって権能を簒奪するのが当たり前。

 ならば、そのシステムの悪用して、権能を横領するということもできなくはない。ただし、そんなことは起こりゆるはずない。なぜなら、簒奪の秘儀はカンピオーネの責任者であるパンドラでしか使えず、また中立であるパンドラが不正を染めるなどありえないのだ。また、そんな裏技をしようとする輩など、人間やカンピオーネ、はたまた神や運命でさえいない。むしろ、バカバカしくて考えることも実行する気もないのが妥当だろう。

 そう、カンピオーネの義母の顔をした魔王を除いては。

 

「この光輪にはいろいろと機能があるの。そのひとつが次元湾曲。時空を歪ませ、アストラル界を素通りにして直接不死の領域にこの世界と一部衝突、そのうちにパンドラから簒奪の秘儀の所有権を奪ってやったわ。もちろん、秘儀を奪ってもパンドラとその夫エピネテウスでしか使えない禁術(システム)禁術だから、前世のままだったら所有権があっても使用権はない。――でも、今の我はパンドラの神格を備えた魔王()。パンドラの神格(ID)さえあれば、簒奪の秘儀を使用するだってできるし、千の術で簒奪の秘儀を改造して、与えられた恩恵をすべて回収することも、使うこともできるのよ。こんなふうに!」

 

 アジ・ダハーカが叫ぶと、赤き夜空が曇天に覆われ、天候が嵐となる。

 地上にはどこからともなく、仔馬ほどの灰色の狼の群れが現れ、一刀を囲むと一斉に飛び掛かってきた。

 

「これって、たしか狼爺の!」

 

 一刀は月衣からパールのようなものを両手に取り出し、二本の鈍器で狼たちを脳天から殴り潰す。

 アズダハ・ドーラは続いて新たな呪文と聖句を唱えると、彼女の背後からリボルバー式の大砲が錬成され、その銃口から七発の光弾が流星群のように連続で発射された。

 

「こんどはアニーの魔弾ッ!?」

 

 大陸を焦土と化させる月神の魔弾が閃光となって天魔王を撃ち抜こうとする。が、一刀は仁王立ちのままパールのようなものを構え、一息で七発すべての魔弾は二本のパールのようなものでハエを叩き落すかのように斬り捨てた。

 

「まだまだ。我は神と魔王の災厄(恩恵)を閉じ込めた禁忌の函。すべての神と魔王の厄災(暴力)を所有する天地人恐れる禁断の兵器に底はなしッ!!」

 

 アズダハ・ドーラが両手を振り下ろした瞬間、右腕から業火を、左腕から吹雪を放出。膨大な紅蓮と紺碧の熱量と冷気が合わさり莫大な爆熱の壁となって一刀へ押し寄せる。

 

「今度は俺のかよ!?」

 

 容赦のないチビ魔王にツッコミをいれ、一刀は前方に陣を指で描く。すると描いた陣は五芒星の紋章が刻まれた障壁となり業火と冷気を防いだ。

 旧神の紋章(エルダー・サイン)。邪神に対し決して屈しぬ、善神の結界だ。

 クトゥルフ神話の神群において、絶対的な効果をもつ盾に邪神の暴力は通らない。

 そう、()()()()()()()()()()()は――。

 

 シュッパン!!

 

 赤と青の奔流を塞き止めていた紋章が、突如として炎と冷気の渦ごと縦一閃に切り裂かれた。

 

「なっ!?」

 

 その僅か驚きた刹那、一刀の懐に右腕が銀色の腕へ変えた小さき魔王がいた。その手には、一本の剣を握りしめ、腰を低くし剣を振り上げようと構えている。

 

「しまっ!? 剣バカの…!?」

 

 条件反射で後方へ身を下がる一刀だが、小柄な少女とは思わせない達人を超えるのほどの神業の一太刀が、彼の右腹から左肩にかけて斜めに一閃する。

 その刃が通った一刀の身体から血が噴き出し、その痛みに苦虫を噛むように後ろへと跳躍し距離をとった。

 

「痛っ、権能だけならまだしも、本人以上の技量でこられると厄介好まないな…っ!」

 

 大きく開いた斬口を手で押える一刀。

 臓器までは刃が届いていないが、不治の効果をもつ万物切断の権能によって流血が止まらず、白いコートを真っ赤に濡らす。

 もしも、その刃の持ち主の腕前なら、奇襲でも行くから対応はできたはずだった。が、相手は幾千の技と術を滑る魔王。剣の王を超える剣〝術〟と全てを断つ刃が合わされば、たとえ無双を誇る《鋼》でもたやすく一刀両断としてみせても過言ではない。

 アズダハ・ドーラは剣を空振りして付いた血を払うと、ニヤリと口元を上げて不敵な笑みを見せる。その次の瞬間、アズダハ・ドーラが一瞬のうちに距離を詰め、一刀の頭上に剣を下ろそうとしていた。

 

「ッ!? このぉぉおおお!!」

 

 その太刀を一刀は身を横へとひねり、紙一重で回避。そのまま体重移動でアズダハ・ドーラにタックルした。むろん剣が振れないよう左腕でアズダハ・ドーラの細腕を拘束する。

 このまま関節技で決めようと、胴体の傷の痛みに耐えながら腕に力を入れるも――

 

―――チッ!!

 

 アズダハ・ドーラが舌打ちをした瞬間、その舌打ちを起動スイッチにして転移の術で拘束から抜け出し、一刀の背後に立っていた。

 急いで後ろへ振り返る一刀。しかし、振り返った先には背中に拳法の構えをとる巨大な腕を生やし、さらに美声で詩らしきものを歌いながら巨大な拳で衝撃波を今すぐにぶっ放そうとする少女の姿が―――。

 

「……あぁ~これは避けられないな…」

 

 額に冷や汗を流す一刀。

 急いで振り向いたのでカウンターをする態勢は取れず、コンマ0,00000001秒以下で放たれるため防御行動は不可。

 そのため、

 

「ぶっ飛びなさい!!」

 

 重量+握力+衝撃波+速度+神業の武術=魔王すら吹き飛ばすバカげた破壊力。

 武侠の王も頷く素晴らしき拳撃に、一刀は文字通り曇天の空へとぶっ飛ばされてしまった。

 

 

 

 

=======================

 

 

 

「もしもーし。生きてますかー?」

 

 ところ変わって、一刀に置いてけぼりをされた静花。

 現在、彼女は屋上と化した最上階のビルの上で、突如として倒れ付した戦団の一人を揺するっていた。

 しかし、戦士はなんの反応もせず、まるでただの屍のまま横たわったままだ。

 

「もう、なんなのさ。怪獣みたいのが光る卵みたいになったらそのまま消えちゃうし、その次はこの人?たちが急に倒れちゃうし、妖精ぽいのはどっかに飛んじゃうし、アタシこれからどうすればいいのよ~!!」

 

 右の左もわからない現状に頭を悩ます静花。

 実際のところ、一刀の権能がアズダハ・ドーラに奪われたため、呪力供給が立たれ電源が切れたたロボットみたく硬直したのが原因である。また、隷属した精霊たちも邪眼の効果が切れたため自由になって飛び去ったわけだが、そのことを一般人の少女が知る由もなかった。

 

「…今のうちに北郷さんの安否でも確認しにいこうかなぁ…。静かになったからたぶん無事だと思いたいけど、見た感じ戦場というより危険地帯ポイし…きのこ雲もあったし放射線出てたらどうしよう…つうかアタシここにいて平気なの? 放射線ここまで届いていない?」

 

 ちょうどお目付け役もおらず、安全性も不安になりつつ、静花はこのビルから出ることを模索し始める。

 と、曇天の空から重力に従って大きい何かがドッスンっと、彼女の近くに落ちてきた。

 

「なにッ!? 今度はなんなの!?」

 

 慌てて落ちてきたものを警戒する静花。

 落ちてきたのは―――

 

 

「痛たたたた……さすがに馬鹿力と衝撃波の吹き飛ばしコンボはきつい…」

「北郷さん!?」

 

 怪獣らしきモノと戦っていたいたはずの青年がいた。しかも、衣服はボロボロで胴体から大量の血を滝のように流していた。

 

「あれ、草薙ちゃん? ってことはここって…スタート位置に逆戻りかよ」

「そんなこ言ってる場合…その血…早く処置しないと!?」

 

 傷の手当てになるものを探す静花。

 しかし、彼を手当てする前に横槍が入る。

 

「へぇー、アレを受けてもまだ余裕があるなんて驚きね。さっきの一撃、カンピオーネでも悶絶ものよ」

 

 二人が声の主へと振り向くと、いつのまにかアズダハ・ドーラが宙に浮いて二人を見下ろしていた。

 一刀は静花を守るように前に一歩でる。

 

「あいにく、打撃系には耐性があるからな。こんな程度のケガしてたらとっくの昔に魚雷に殺されているし」

「…貴方、いったいどういう人生送ってるわけ?」

 

 ?マークを浮かべ、可愛げに首傾げるアズダハ・ドーラ。

 でも、あえて教えない。まつろわぬ神に知らなくていいこともある。むしろ下手に伏線を引くとあとあと怖い。

 

「北郷さん、あの子いったい誰?」

「ざっくり一言で説明するなら、街中で暴れまわっていた元怪獣」

「あぁ、なるほど…ってえぇぇ!?」

 

 アズダハ・ドーラの正体が巨大怪獣だということに驚く静花。

 まぁ、リアルで怪獣が怪獣娘になっちゃえば、誰も驚くのは当たり前か。

 そんなリアクションをしている静花にアズダハ・ドーラは興味もなく一刀に向けて口を開く。

 

「それにしても落胆ね。前世の時と比べて歯ごたえはない。もしかして、この姿のせいで調子がでなくなったのかしら?」

 

 たしかに、アジ・ダハーカがアズダハ・ドーラになってから一刀は迎撃を除いて、自ら攻撃に転じることをしなかった。

 しかし、一刀はほそくそ笑って言い返す。

 

「よくいうよ。下手に手を出せば、こっちが負けるような仕掛けを施してる癖に」

「あら、なんのことかしら?」

「とぼけても無駄だよ。アンタの目的は俺たちカンピオーネの根絶。そのためにわざわざパンドラから権能を強奪してまで、神としての誇りを捨てて戦ている。そんな奴が奪ったものを振りかざすだけでことをなそうなんてこと、神話の大魔王としていささか無策だろ」

「……へぇ、脳筋ぽいと思ったけど、結構用心深いのね」

 

 目を細め、蛇のように見つめるアズダハ・ドーラ。

 そう、一刀はアズダハ・ドーラを攻撃をしなかったのではない。できなかったのだ。

 なにせ、彼女は元は悪辣な魔王。姿形・性格が変わっても、その本質は前世譲りの大魔王であることは間違いない。どんな罠や仕掛けを用意しているのか注意する必要があった。

 その結果、事態はさらにややこしいことになっていた。

 

「いいことを教えてあげる。簒奪の秘儀はいま、我の命と繋がっている。もしも、我が死ねば、命と同化している秘儀は消滅する。けっして不死の領域へと還ることはない。そうなったら最後、権能の簒奪もできなくなるし、なにより地上に新たなカンピオーネは誕生しなくなるわ。永遠に」

「そういうことか…」

 

 これはまいった、と一刀は肩をすくめる。

 不死であるため魔王を殺せず、殺したら神に対抗する力と手段を失う。

 どう転ぼうが、結果的に龍蛇の魔王の勝ちであった。

 

「そうとう嫌われちゃってるなら俺たち。そこまでして排除したいなんて、よっぽど俺たちのこと嫌いなのか」

「あたりまえよ。あなたたちのような魔王は我の…神話の魔王を侮辱してるようなものよ」

「侮辱って、俺なんかやりました?」

「やる以前に存在自体をダメなのよ」

 

 まさかの存在否定。

 そこまで言わなくてもいいのではと、ツッコミたいが彼女の憎悪に満ちた眼光に言葉を止めた。

 

「魔王とは…新たな歴史の転換期を迎えるための、いわば世界への人柱。魔王が掲げる悪が、世界に正しさを導き、幸福な可能性に満ちた未来へと動かす原動力となる。そのためだけに魔王は存在している。ただ暴力を振るうために不条理を掲げ、ただ不幸と災いを与えるために無慈悲を貫き、ただ命を奪うため道徳を汚し、そして、ただ世界を生かすためにすべてから否定され最後には惨め死ぬ」

 

「でも我は、この命が無意味でもないと信じている。我の悪が、我の死が歴史を造る骨子となって、未来へと紡ぎられていく。我を討った英雄が弱き者たちの心の拠り所となってくれる。そこははきっと、〝あたし〟にさえ予想できない、幸せに満ちた世界でしょう。だったら、我の生は無駄ではなくなる。我の死で我で成し遂げられぬ栄光が生まれるなら、我は喜んで、悪を謳う魔王の役を演じる。それで他者に否定されようとも、同情されようとも、この人生だけは最後まで貫き通してみせる。それが我が思い描く理想の魔王…その生き様よ」

 

「ゆえに、我はあなたちを否定するの。魔王としての資格も自覚もなく、ただ私欲だけに災いを混乱をもたらす害獣は世界に不要。あなたたちはただ神を殺して、そのまま人間として死んでしまえばいいのよ!」

 

 淡々と魔王の矜持を高々と唱えるアズダハ・ドーラ。彼女の言葉に一刀は出す言葉が見つからない。

 昔の自分なら彼女の言葉に同意したかもしれない。しかし――、

 

「なにがそのまま死んでしまえよ。アンタ何様のつもり!」

 

 一刀が異議を唱える前に、先ほどから黙っていた静花が吼えた。

 アズダハ・ドーラは静花の方をに視線を向ける。

 

「貴女…分霊の記憶からかすかに見覚えがあるわ。たしか、前世の復活を邪魔をしようとした人間。たかが小娘が我らの事情も分からず異議を申し立てるなんて図々しいわよ、死にたいの?」

 

 神と王の間に口をはさむなとばかりに畏怖の念を込めて睨むアズダハ・ドーラ。

 されど、その威圧をものともせず、静花は大声で叫ぶ。

 

「たしかに、あたしはカンピオーネとか神様とか、そんなオカルトてきなものをちょっと説明聞いた程度であまり事情とか常識とか知らないわよ。だけど、これだけははっきり言える。あんたが言ってるのはただのエゴ。自分の理想を他人に押し当てる最低の行為よ!」

「エゴですって…」

 

 静花に言葉に眉を吊り上げるアズダハ・ドーラ。一刀は突然の静花の行動に目を見開いて驚くも、黙りながら彼女の言葉に耳を傾けた。

 

「それに、なにが悪を謳う悪役よ。なにが死ねば幸せな未来よ。笑わすんじゃないわよ。幸せっていうのは、苦難とか不条理そういう障害を前にしても、苦難に悩まされても自分が掲げた信念と願いを曲げず、ただひたすらに乗り越えて初めて幸せを掴むこともできるし、なにより自分の人生に価値が見出せるの。なのに、アンタは自分には出来ないって決めつけたあげく、悪役に妥協してるだけの敗北者よ! 敗北よりも劣るただの負け犬よ! そんなやつが物事をすべてわかったような口を話すんじゃないわ! わかったかッ、この金髪ギャル魔王!!」

 

 もしも、魔術師や秘密結社らがみたら気絶してしまうだろう。神相手に啖呵を切るなどカンピオーネ以外、早々にいない。

 しかし静花は神に向かって文句を述べた。ただ、神話の魔王のエゴが気に入らないだけでない。命の恩人である北郷一刀を愚弄したことが許せないのだ。

 

「…クスッ、気が強い子だと思ったけど、いい度胸してるじゃないか」

 

 一刀は褒めるように彼女の頭を撫でる。

 突然、撫でられため反応に困る静花だか、おとなしく一刀に撫でられていた。

 そして、一刀はアズダハ・ドーラに向けて言葉を発した。

 

「アズダハ・ドーラ。アンタの言い分はようわかった。たしかに、アンタが掲げた悪で世界を救うことだってできる。そんな奴らを俺は知っている」

 

 一刀の瞼の裏で、ある忍びの男の背中が浮かんだ。

 背中に大罪を背負った赤雲文様の衣を纏う悲嘆の兄の姿を。

 

「アイツらはただ、純粋に世の中を良くしようと悪を演じた。自分を傷つけ、憎まれ汚名をかぶってまで、世界のため、ましてや大切な人のため、自分以外すべてを敵に回して死んだ(行きた)。そんなあいつらに俺だって憧れを抱いたこともあったよ。だから、俺もアンタの願いを俺は否定しない。――でも、アンタをアイツらと同じ悪だって俺は認めない」

「なんですって…?」

「アズダハ・ドーラ。アイツらの掲げた悪はただの死ぬだけの悪なんかじゃない。あいつらだけの正義。自分が選んだ自分だけの道なんだ。そこに他者の感情なんてない。ただ、その願いを叶える為の答えが悪だったから、悪の道を歩んだだけなんだ。本当はいろいろな可能性もあったはずなのに、あいつらはそれを選ばなかった。考えを一切曲げなかった。それがなんでかアンタにはわかるか?」

 

 親と一族を殺し、国を裏切り、世界を乱した最悪の悪。

 だが、その裏には純粋な想いと願いがあった。

 すべては世界の平和のため、

 すべては守るべき国のため、

 すべてはたった一人の愛する弟を助けるため。

 悪鬼羅刹の悪を偽り、自己犠牲で守るべきものを守った孤高なシノビの死に様(生き様)

 

「それが、テメェがテメェの足で歩むべき道だからだ。自分が一生背負うべき業。自分だけの理想。自分の手でつかむべき願望。みんな個人個人の信念を抱いて戦って散った。たとえ、挫折しようが倒れようが嫌われようが、アイツらは一点の曇りも後悔もなくいい顔で逝ったんだ。そんな人生を苦しみながらやるのが悪を掲げた者たちの宿命だ。それに比べてアンタはどうだ神話の大魔王? あんたは魔王の矜持を自慢げに話してたけど、それはアンタが、魔王の矜持を述べたアンタがやるべき役目だろ!」

 

 信念の押し付けは、他者にとっては不条理の押し付けてと変わりない。

 そんな不条理と重みを一刀は知っている。

 

「アンタは間違いなく神話の魔王。それも誰もが認める不倶戴天の神だよ。でも、それだけだ。末路わぬ神と一緒……、ただ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。草薙静花が言った通り、正義の理想を夢見て妥協した奴が、本気で世界を救うことなんてでるわけない!」

「・・・・・・・・ふふふふ、ここまで我を異論つくなんてそうとうなバカか、死にたがりの愚か者しかいないわ」

「はっ、そらりゃそうさ。なんたってこれはあんたと同じ、独善的で傲慢で、それでいて理想的な()()()()()()()()

 

 ――ブッツン。

 何かが切れる音がした。

 逆鱗にふれたのか。ほそくそ笑っていたアズダハ・ドーラは突如として機械人形のような無機質な表情となり、その眼には怒りと狂気が渦を巻いて孕んでいた。

 また、その小さい躯体から重苦しい威圧感と極寒の冷気があふれ、曇天から降る雨が凍り雹となる。

 

「バカは死んでも治らないっていうし、いいわ。どちらにしろ貴方はこの世から塵一つ残さず消してあげる。それが真なる大魔王が偽物の魔王に対する最後の敬意と知りなさい!!」

 

 アズダハ・ドーラから放たれる冷気と雹が収束し、氷の大蛇を作り出した。

 

「そっちがその気なら、俺も真なる魔王に敬意を表して教えてあげるよ。魔王の貪欲な強欲をね」

「笑わさせないで。本気もクソも、牙を抜かれた獣に何ができるっていう!!」

 

 氷の大蛇は咢を開き、一刀と静花を飲み込もうとする。

 静花の氷の大蛇に腰を抜かすが、一刀は臆せず、大蛇に向かって飛び上がり――

 

パックン!

 

 氷の大蛇に丸のみにされた。

 

「って、北郷さぁぁぁん!?!?」

 

 あっけなく食われてしまった一刀に、声を荒げて叫ぶ静花。

 しかし、次の瞬間、

 

 シュッパーン!!

 

 

 氷の大蛇は一刀両断され、その中から牛の頭を象った槌矛を構えた一刀がいた。

 

「…そういえば、貴方にはまだそれがあったわね」

 

 アジ・ダハーカを追い詰めた英雄フェリドゥーンの『牛頭の槌矛』。

 元がアジ・ダハーカであるアズダハ・ドーラにも有効であろう。

 一刀はそのままその槌矛でアズダハ・ドーラを突き刺そうと槍を前へ伸ばすが、

 

カッキ―ン!?

 

「もっとも、当たらなければ意味がないわッ」

 

 槌矛の剣先がアズダハ・ドーラを貫く寸前、五芒星の紋章が描かれた障壁によって停められてしまった。

 

「あんたも使えたのかよ」

「当然。神の象徴とはいえ、これは善神が人のために与えもうた魔術。()()()の我が扱えないわけじゃないわ!」

 

 英雄の矛と善神の盾。ふたつの矛盾がせめぎ合うが、盾のほうがやや優勢であった。

 

「どれだけ神話で苦渋をなめた英雄の獲物でも今の我にはその剣は届くことはないわ!」

 

 矛と止めてる間、右手に雷霆で造られたような巨大な槍を精製し、一刀を射貫き殺そうと構える。

 

「アンタの言う通り、この槍はアンタには届かない。でも――」

 

ボンッ!!

 

 魔を払う壁の前で、一刀は煙のように消え、手に持っていた矛は紋章の盾に弾かれ静花の近くへ突き刺さった。

 アズダハ・ドーラは一瞬だけ、動きを止める。

 そして、その一瞬の隙に、蛇に食われたと見せかけて影分身の術で二人に分かれ、彼女の背後から回り込んだ北郷一刀がいた。

 

「もう一本あったんらどうする!」

 

 その手には瓜二つの牛頭の槌矛が握られ、小柄な龍蛇の女神を貫こうとする。

 しかし――

 

「ナメないでくれるかしら?」

 

 背後を向けたまま右手で掲げた雷霆の矛先を背後に変え発射。

 雷の槍は一刀の身体を穿ち、貫いた。

 その光景に静花は口を押え恐怖し、アズダハ・ドーラは冷徹にほそくそ笑う。

 

「そんな小細工が我に通じると思ってるわけ?」

「―――あぁ、思ってるよ」

 

ボン!!

 

 雷の槍に貫かれた一刀が煙のように弾けて消えた。さきほどの分身と同じように。

 

「なんですって…!?」

 

 これにはアズダハ・ドーラも驚きを隠せずにいた。静花も同様で「どうなってんの!?」とばかりに驚愕する。

 そして、そんな彼女たちを追い打ちをかけるように()()()()()()()()()()()()がビルの陰から飛び出しアズダハ・ドーラを包囲した。

 

「えぇぇえええええええええええええええええ!?!?」

「これは多重影分身の術!?」

 

「「「「「「「「「HAHAHAHA!! さぁ、数の暴力を受けるがいいッ!!」」」」」」」」」

 

 900人の北郷一刀が槍やフォークを投擲し、全方面からアズダハ・ドーラを牽制。

 アズダハ・ドーラの旧神の紋章で防ぐも、残りの100人の北郷一刀が接近し、その結界を――

 

 殴る殴る殴る殴る殴る殴る蹴る蹴る殴る蹴る殴る蹴る蹴る蹴る斬る斬る殴る蹴る突く叩く殴る殴る殴る殴る殴る殴る蹴る蹴る殴る蹴る殴る蹴る蹴る蹴る斬る斬る殴る蹴る突く叩く殴る殴る殴る殴る殴る殴る蹴る蹴る殴る蹴る殴る蹴る蹴る蹴る斬る斬る殴る蹴る突く叩く殴る殴る殴る殴る殴る殴る蹴る蹴る殴る蹴る殴る蹴る蹴る蹴る斬る斬る殴る蹴る突く叩く殴る殴る殴る殴る殴る殴る蹴る蹴る殴る蹴る殴る蹴る蹴る蹴る斬る斬る殴る蹴る突く叩く殴る殴る殴る殴る殴る殴る蹴る蹴る殴る蹴る殴る蹴る蹴る蹴る斬る斬る殴る蹴る突く叩く殴る殴る殴る殴る殴る殴る蹴る蹴る殴る蹴る蜂蜜を塗る殴る蹴る蹴る蹴る斬る斬る殴る蹴る突く叩く殴る殴る殴る殴る舐める殴る殴る蹴る蹴る殴る蹴る殴る蹴る蹴る蹴る斬る斬る殴る蹴る突く―――

 

 息も止まらない連続コンビネーションで強固な神の壁を攻撃し続ける。

 その連続攻撃とカンピオーネの呪力耐性により、旧神の紋章が徐々に削られていく。

 塵も積もれば山となる。

 ならば、山も削れば塵となろう。その証拠に神の壁に亀裂が入り、放射状に広がっていく。

 

「このっ~! うっとしいぃハエ虫がぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!」

 

 アズダハ・ドーラは冷徹の顔を捨て感情を爆発。憤怒の咆哮をあげた。

 壊れかけた旧神の紋章をあえて爆散。その衝撃でとりついていた北郷一刀たちを吹き飛ばした。それにより北郷一刀の分身たちがあっけなく消滅する。

 

「偽物癖に! 神を殺しただけの人間の癖に! 人間に畏怖されただけの張りぼての王の癖に! 女神に気に入られただけの玩具の癖に!」

 

 両手を掲げ、頭上に巨大な黒い球体状の重力場を生成し、残りの北郷一刀(分身)たちを吸い込む。

 

「我らの意義(生き方)を汚すか―――勝利に餓えた獣(カンピオーネ)ェェエエエエ!!!!!」

 

 神話の大魔王の憤怒の叫びに呼応するかのように、漆黒の重力球がさらに巨大になりその引力が強くなる。

 そのたびに、アズダハ・ドーラの肉体がガラスのように砕かれていく。〝天命〟の呪いの限界であった。破片となったアズダハ・ドーラの肉片が重力球に吸い込まれていく。同時に彼女の命も削られ、暴食の黒い獣に食われらえていく。

 彼女の中にあるのは神話の魔王としての矜持ではない。自身らを差し置いて魔王を語るカンピオーネへの否定と己の矜持を汚されたための憤怒と憎悪が、地獄の業火も飲み込む怒涛に渦潮となり、カンピオーネを、否、その存在を肯定する神と世界を壊すという意志であふれていた。

 

「きゃぁぁぁぁ!?!?」

 

 静花は飛ばさないよう床に刺さった槌矛にしがみ付く。

 ブラックホールと化した重力球は貪欲にあらゆるものを喰らう。瓦礫、ビル、木々、椅子、机、家…そして、アズダハ・ドーラが生み出した曇天すらも。

 

 

 

―――それが弱肉強食の道理だッ造られた大魔王…!

 

 

 分厚い雲の布団が捲られ、淡い紅い夜空と深紅の月が顔をだす。

 そして、その夜空に浮かびながら深紅の月を背を乗せ、一本の槌矛を掲げる天の魔王がいた。

 

「世界はつねに変動する。人も町もルールも、そして善悪も。どれが正しいのか、どれが間違てるのか、それはその世界で生きて勝った奴が決まるんだ。たとえそれが不条理でも平等な権利なんだアジ・ダハーカ。いや、神代の魔王!」

「ほッ、北郷ォォォ~一刀ォォォォォオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 アズダハ・ドーラが意識を上に向けようとするが、もはや遅かった。

 

「チェエリォォォォオオオオオオオオオオオ!!!!!!」

 

 全力全開。フルパワーで魔神が造りし矛を投擲する。その矛は音素の壁を壊し、さらに軌道が重力球の真上なので貪欲な黒球の引力によりその速度は光速を超えた。

 その速度は第六宇宙速度に達した。

 

 アズダハ・ドーラは瞬時に理解した。

 なぜ彼が曇天の空に吹き飛ばされたかも、なぜ分身で自分を怒らせたのかも、なぜ本物の英雄の武具を使わず偽物を使ったのかも。

 それは、自分を完全に殺すため。

 それは、偽物が本物に勝利した事実を残すため。

 すべてはこの瞬間を…倒されるべき魔王が倒される場面を造るための布石であることを。

 そして、アズダハ・ドーラは気づいてしまった。

 自分が彼の勝利を確信し、自分が敗北たことを。

 それはまさしく、自分が求めた最後に倒される魔王の姿であることを。

 

「魔王として、認めなくてはいけないわね…」

 

 重力という貪欲な獣が、流星と化す矛を飲み込もうと鼓動する。

 しかし、矛は一筋の白き垂直の境界線となり、貪欲な重力球の底なしの腹を突き破った。

 

「……フフフ、いいでしょう。こんな汚れたモノ(称号)がよければくれてあげるわ」

 

 肉体を、命を、力を、存在すべてが、極光の境界線上に飲み込まれる。いや、正しくは虚構へ還されるというべきか。

 消えゆくアズダハ・ドーラはほそくそ笑みを浮かべ、境界線に立つ北郷一刀にむけて、口を動かす。

 

 

 

―――勝者よ、これは祝福ではない。

 

―――魔獣よ、これは呪詛ではない。

 

―――これは忠告。我を殺し我が認めた貴方への先代からの予言。

 

―――汝は魔王、生に栄え、死に終える悲しき機械。

 

―――誰からにも認められず、未来を奪われ、世界ために動き続ける孤独な哀願人形。

 

―――それがあたしを殺したあなたへの罪よ…新たなうたかたの魔王よ。

 

 

 

 その言葉を最後に、神話の魔王は不敵に、嘲笑に、悲嘆に、満足げに微笑みながら世界から消えた。

 残された一刀は空の紅い月を見上げ呟く。

 

「………そんなもん、俺が()()()()()()()()()でもう決まったもんだよ」

 

 自嘲しながら、視線を変え、ビルの屋上でいまも槍にしがみ付きながらこちらを見上げている静花を見下ろした。

 なにやら、怒ってるようで、「説明しろー!」とばかりの視線で静花が叫んでいた。

 そんな彼女に一刀は肩をすくめ、そして、安堵する。

 

(まぁ、俺の生き方で誰かを助けられるなら……上等かな)

 

 自己満足に満足しながら、天から落ち魔王へ堕ちた御使いは困惑する少女にどう説明するか頭を悩ますのであった。

 

 

 



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観望者

 ところで劇中で退場した〝彼女〟が今まで何してなのか、その舞台裏的なお話です。

 



 夜の新宿に吹く風にあたりながら、その者はいた。

 とあるビルの一角の屋上。全身をフードで隠し、性別が判明できないよう顔を隠したその者――便利上としてフードマンと命名しよう。フードマンはただ視線の先にあるビルの最上階の窓を見据えていた。

 否、正確に言えばその場所全体を観望してるほうがただしいだろう。

 そして、一言も発せなかったフードマンは、男か女かわからない無機質な声を発した。

 

「……観察終了。情報を送信。作業終了後、当機は本部に帰還します」

「はい。では、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――ッ!?」

 

 フードマンが後ろ振り向くと、虚空に純白の五芒星の魔法陣がフードマンを囲むように瞬時に展開。その陣より銀色の鎖が放出され、フードマンの四肢と胴体をがんじがらめに拘束した。

 

「たわいもありませんね。せっかくここに来るためだけに特権()を使ったんですから張り合ってくれないと面白味がありません」

 

 ビルの陰から、コツコツと床のタオルを歩きながら誰かが近づく。

 月光より照らされた白銀のツインテールを揺らし、月夜の闇すらも拒むような黄色の衣を纏った少女。

 

 北郷一刀の相棒―――ルリであった。

 

「―――時空の守護者を確認。状況を追求します」

「この状況からして質問するのはこちらのほうなのでありません?」

 

 無表情で冷徹に言い返し、陣から伸びる鎖を操作して、フードマンを上へと持ち上げる。

 そして、フードマンの顔を覗こうとルリが見上げるも、フードを深くかぶっているためか、それとも何ならの力を使用してるためなのか、フードマンの顔は黒一色の闇に包まれ拝見することはできず、嘆息の息を吐き、鎖に縛ったまま彼?を地面に叩きつけた。

 

「…・・・・・・・・・・・・」

「最初に言っときますが、逃げることは無理だと考えてください。貴方を縛っているのはフェンリルを拘束したグレイプニルを世界の狭間に巣を作るアトラク=ナクアの糸で強化した特別製。神どころか世界まるごと吊り上げることができるほど強度をもっています。もっとも、その程度の体たらくでは抜け出すこともできませんけど」

「………・・・・・・・・」

 

 フードマンの一言もしゃべらず、ただ首だけを動かし、こちらを見下ろすルリを見上げる。

 そもそも黒いのっぺらぼうな仮面をかぶったような顔のため表情は読み取れないが、その闇から感じられる意思だけはルリには見抜いていた。

 

「どうしてここにいるか、みたいな視線ですね。当たり前です。だってその視線が私の知覚に反応したのですから」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「そもそもこの一日の間、街でおかしな視線を感じていました。なにかを観察してるような視線です」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「最初は興味本位でした。しかし、いざ索敵したら、なぜかあなたの存在が確認できませんでした。それも東京どころか、星全体、ましてやアストラス界から不死の領域すらも」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「さすがの私も気になったのですこしばかり並行世界に触覚を広げましたがこちらの世界を傍観する存在は確認できませんでした。もっとも、これは私の興味本位なので私たちに害がなければほっといていましたよ。えぇ、今回の事件に関りがなければですがね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「そもそも、事件ははっきりいって出来すぎてました。神殺しの誕生と並行しての()()()の復活。そのために準備とカンピオーネがいないという日時。まるで筋書を知ってるようなこの手際、そして、それを観望する視線。はっきりいって怪しすぎて無視ができません」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「おそらく、あの魔神にこの儀式や新しいカンピオーネが誕生したことを教えたのは貴方なのではありませんか? たとえ宇宙誕生から未来までの知識がある不死と生の境界で暮らす神でも、不確定な未来を見通すことなどできません。まぁ、未来からの干渉がなければですが。あのトラブルジジィとか牛女とか風来坊聖女とか」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「ごっほん。話を戻しましょう。私がどれだけ現在()を見通しても、どれほど並行世界(横軸)を見渡しても貴方を発見することができませんでした。えぇ、当たり前です、なぜなら貴方は私たちの時空(縦軸)ににいた。それも過ぎてしまった時間の中に…」

 

 視線をフードマンから右斜めにあるビルの最上階を移動させルリ。彼女の視力ではその最上階にいる者さえ見通すことはできるだろう。

 

 

「現代から数十年前の…1999年代のこの世界(過去)です」

 

 その最上階の窓には優雅にワインを飲みながら高価なスーツを身に纏う人間時のイブリースの姿があった。

 そう、彼女たちがいるのは1999年。今から数十年の前の過去である。

 その証拠に、街の風貌がすこしばかり古く、東京タワーと変わる日本の象徴のスカイツリーが建設されていなかった。

 フードマンは観測してた。確定された未来を場面を記録するためだけに過去から透視して、だ。

 視線をまたフードマンに移し、ルリは冷淡な声でつぶやく。

 

「教えてもらいましょうか。なぜ、人類悪を復活させたのか。なぜこのような世界の意に反した行為をしたのか。そして、()()()()()()()()()()()()()()を」

「……………………」

「もちろ、返答次第では時空の守護者として処理しますので覚悟してください」

 

 鎖で外衣ごとフードマンを強く締め上げ脅すルリ。

 そして、口を閉ざしていたフードマンは、艶かしい女性の声で言う。

 

「―――()()()に教えることはないわ」

「っ!? 貴方、それをどこで!?」

 

 氷のようなポーカーフェイスであったルリの顔に動揺の色が浮かんだ。

 先ほどの丁寧な口調を捨て去り、フードマンを問い詰めようとするが、フードマンの身体が突如として青色の炎に包まれ、その外衣ごと存在が一瞬で灰燼と化す。

 そして、どこからさきほどの女性の声が、笑みを含ませたような声色で夜空に響き渡る。

 

『今回は貴方の相棒のせいでプランが壊れたけど結果的にアレが我らが求めしモノでないことが検証できた。その上、あのイレギュラーのおかげでいいデータも取れたし、なにより〝かの者〟の誕生を遅らせることもできた。どちらにしろ我々の損害がなくメリットもあった。まさに万々歳。逆に君の相棒に感謝を述べたいくらいだわ』

「待ちなさい! まだ話は終わってはいませんよ!」

 

 知覚を広げ、探索するも声の主の所在がつかめず、ルリはただ闇雲に夜空にむけて叫ぶ。

 しかし、声の主には反応がなく最後には――、

 

『でも、()()()()()()()()()。そのことを彼に言ってちょうだい。世界を救えなかった劔(セイギノミカタ)さん』

 

 その言葉を最後に女性の声が聞こえなくなり、夜の新宿が車や歩行者たちの騒音で満ちる。

 ビルの屋上でぽつりと立つルリは先ほど灰燼の塊になったフードマンに目をやる。その灰は都会の風にのり、サラサラと散っていった。

 

「自滅処置ですか。用意がいいことで…」

 

 両腕を組み、落ち着きながら深いため息を吐く。

 ちらっと、いまだにガラス窓の向こうで、街を眺めている魔神を見据えた。

 どうやらこちらの様子に気づいてはいないようで呑気にワインを飲んでいた。

 

「……まったく、これだから箱入りバカは嫌いです。後始末(しごと)するこっちの身にもなれってんですよ」

 

 苛立ちを呆れを足したような声色で呟き、黒幕に利用されたことを知らない魔神に憐れみを浮かべるルリ。

 そして、すぐさま興味なくしたように顔を背け――

 

「まぁ、いいでしょう。この世界は神様が考えるほどあまりにも残酷に造られているのですから。今は甘美な夢に浸っていればいいです」

 

 どうぞ、叶わぬ夢をいつまでも。

 

 今の彼には届かない皮肉を残し、ルリはビルの屋上から飛び降りた。

 されど、少女の姿は新宿の街になかった。

 なにせ、彼女はもうとっくにこの(過去)から消えた(還った)のだから。

 

 




 次回は悪王の魔神編の最終編です。
 その次が原作に突入する予定です。
 では、次回に。


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鎮火後の火種

 久々の投稿デース。
 その次は原作に突入する予定なのですが、仕事とかほかに書きたいSSがあるのでおくれるかもしれませんのでご愛顧お願いします。


「ハーイ! いつもニコニコ勝者に愛される偶像パンドラママです♪」

「……………………」

 

 

 決めポーズをとる絶ぺk――もとい美少女系奥様女神様に一刀はポカーンと呆然としていた。

 

「ありゃ、受けなかったかしら?」

「受ける以前にあまりにも似合いすぎて言葉が出ないだけだよ。つーか、なんで俺ここにいるわけ?」

「そりゃーもちろん、貴方が昨日の疲れですこし眠りこけていたところ精神だけブチって無理やりこっちにひっぱてやったのよ♪」

「うわ~、さらっと物騒なこと白状したよこの幼妻…」

 

 現在、一刀がいるのは現世と神話の世界の境界線である生と不死の領域と呼ばれる場所。

 引退したまつろわぬ神や精霊など、神話の住人達が暮らしている現世に近い幻想の世界だ。本来、この場所に来るにはある程度の手順、もしくは、とある権限がなければ気軽に足を運べない。

 例外として目の前で可愛くウィンクするカンピオーネのゴットマザーごと真なる神パンドラがカンピオーネの簒奪の時、たまに我が子たち呼び込む場所として使っている。が、今回は少々強引すぎる。

 ブチって完全に引き千切ってはいませんかママ?

 

「要件があるならこっちから出向くことができるんですけどママさま」

「だって~早くアレをアタシに還してほしかっただもん。新しい息子が殺されそうな状況だし」

「ん? 新し息子ってイブリースが言ってたイタリアに生まれたカンピオーネのこと?」

「えぇ。ごど――彼ったらウルスラグナ様に勝ったのはよかったんだけど、なんやかんやでバアル様と勝負することになっちゃって結構危ない状況なのよねぇ~」

「なんやかんって…ってか無謀だろう。俺もカンピオーネに転生した矢先に、クトゥグアとイタカに絡まれたけど、初心者相手に続けて神越しはキツイぞ、それ」

「(転生して数分で二柱の邪神に勝った人が言うと嫌味にしか聞こえないけど…)それにちょうど、初めての神殺しの疲労で権能が奪われていることに気づいてないから今の内に返しておきたいわけよ」

「ふーん…ん? あれ、それだとほかの奴らは気づいてるわけ?」

「……念のため、事情を説明しておいたわ。一部、説教と小言を言われたけどね…」

 

 面倒くさい子をもつ母親みたく疲れた様子で嘆息したパンドラ。おそらく黒王子か武侠王あたりだろう。正座する義母に上から目線でくどくどとと説教する娘息子たちの姿が安易に想像できる。

 そんな義母にやれやれと肩をすくめながら、一刀は月衣から一本の矛を取り出す。

 それはかのアジ・ダハーカを封印した矛―――を模した造れれた贋札であった。

 そして、そのアジ・ダハーカ…アズダハ・ドーラを仕留めた槌矛である。

 槌矛をパンドラに渡すと、彼女は満悦な笑みで喜んだ。

 

「これこれ! いや~運命も最後の王もさすがにこんな裏技使わないから無用心だったけど、まさかアタシの偽物――アジ・ダハーカ様が簒奪の秘儀を奪うなんてね。簒奪の秘儀が簒奪されるとはこれいかにだわ」

「ほんと、皮肉なもんだよ。やり方もえぐいし」

「もっとも、簒奪されたものを簒奪する貴方も捻くれてえぐいけど。投擲しただけで次元断裂引き起こすってどんだけ~って感じ」

「それは誉め言葉?」

「もちろん♪ なにせ、アタシのために頑張ってくれたもの。パンドラちゃん大感激よ♪」

「だったら、親として取られたものは自分で取り返したらどうですかママさま」

「それは無理。親として子の役目に手を出さない主義だから」

 

 ただ面倒くさいだけでしょうこのニート。と、この場にルリがいたらそう罵倒するだろうが俺はあえて言わない。拗ねると面倒だし。

 

「それにしても、考えたモノね。蛇と《鋼》の関係を利用してアジ・ダハーカ様の命と同化した簒奪の秘儀を英雄の武具で奪うなんて。しかも、それの贋作でやってのけるなんてすごいじゃないの」

「まぁねぇ。咄嗟だったけど、うまくいってよかったよ」

 

 槌矛を大事に掲げるパンドラ。なにせ、その槌矛には彼女の大事な簒奪の秘儀が入っているのだからうれしいのは当たり前だ。

 

 アズダハ・ドーラ。彼女はパンドラからかすめ取った簒奪の秘儀でカンピオーネ全員の権能と秘儀を自分の命に繋ぎ留め、自身の死をスイッチに、簒奪の秘儀を消失させる仕掛をほどこした。

 カンピオーネは神殺しだ。神を殺すしか能がない生物。神を助けることを前提とはしない。しかも、その神は短命であり、数十分で自動で死ぬ定めとなっていた。どちらにしろ人類の希望であるカンピオーネの力と簒奪の秘儀はまつろわぬ神の死によって完全に失っていただろう。

 それこそがアズダハ・ドーラ…アジ・ダハーカの秘策であり狙いでもあった。

 しかし、それはアズダハ・ドーラの死――命を失ったことを前提としたことだ。ならば、神の命を失わせず、その命を奪えばおのずと簒奪の秘儀は手に入るのではないだろうか?神を死なせず、その命ごと奪えば…そんな荒唐無稽がパンドラがもつ矛が証明している。

 神話での関係上、《鋼》は蛇のすべてを奪う、権力も純潔も、そして命までも。そして、その時の俺の手元にはその《鋼》の英雄の武具が二つあった。ひとつフェリドゥ―ンの槌矛。もうひとつは魔神イブリースがフェリドゥ―ンの槌矛を模して造った紛い物。

 この場合、本物を使えば神話の魔王を殺せるだろうが、その命ごと簒奪の秘儀を一瞬のうちに消し去ってしまう恐れがある。ならば偽物ならどうだろうか。偽物のため蛇に対する致死量が少ないが、即死性はない。さらに、もともと竜骨となったアジ・ダハーカの神格であるザッハークをある程度封じていた代物だ。アズダハ・ドーラの命を奪い、簒奪の秘儀ごと矛に取り込み封印するには申し分はないだろう。

 

「でも、大変だったよ。偽物だったとしても、神様が作った神具類で、しかも権能不能だから創作系能力も使えない上、短時間で封印仕様に作り替えるのはすこしばかり骨が折れたよ」

 

 アズダハ・ドーラに曇天まで吹き飛ばされた後、飛行魔術で曇天に身を隠れ、月衣に収納していた本物を影分身の術で生んだ分身に持たせ、落下の軌道上に分身を落とし囮に。さらに時間稼ぎとさらに分身を生み出し街中にばら撒き、その間、贋作をアズダハ・ドーラの命と秘儀を簒奪するためだけの武具に改造。そして、隙をついて、上空から矛を投擲して狙撃。分の悪い賭けでもあったが、確実に勝利条件を満たせる方法だ。

 ――分身が落ちた先に静花がいたビルだったのは想定外だったけどね。

 

「で、ソレまだ使えるのか?」

「う~ん、見た感じだいぶ改竄されるけどまだ想定内ね。権能の簒奪だけならできるけど、新しい子を転生させるのは無理ぽいわ」

「直せるのか?」

「アタシと旦那はあくまで使用者だから整備とか専門外。お父さんたちなら直せるかもしれないけど、ここまで変わっちゃうと原型に戻すまで時間はかかるわ。最低でも数十年、最高で一世紀くらいかしら?」

「それは、ちょっとまずいな…」

 

 常識的に人が神を殺すことは0%に等しい。そのため新たなカンピオーネが誕生するのは一世紀にあるかないかの確率だ。

 しかし、近年、カンピオーネの数は確実に増えてきている。非公式であるが一刀が把握してる情報からして、ウルスラグナを殺したカンピオーネを合わせておよそ15名以上。最古の王たちを除けば最低でも新世代が10名ほど5年から2年の間に誕生している。

 賢人議会や魔術結社がどれだほどカンピオーネの数を把握してるかさておいて、頭痛の種になることは明白だろう。

 

「俗にいう出産ラッシュっていうのかしら。多産のはママとしてはいいけど、生みすぎてもうへとへとよ。今ならエロ同人誌で孕まされたヒロインたちの気持ちが分かるわ。あそこがガバガバになるはいただけないわ。夫のアームストロング砲が感じられなくなるのはごめんだわ」

「俺としてそれはそれで興味があるけど、息子の前でリアルな夜の話は後にしてくれません? 俺、どっちかといえばボケよりだから、ツッコミにも限界があるからね」

「……それもそうね」

 

 忍術を披露して力技で神を倒した息子の言い分に、パンドラは静かに頷いた。

 彼がもうすこし常識人ならボケに走れるのだが、致し方がない。ちょうど、新しい息子は妹共々ツッコミ役の才能が有るし。と、パンドラは内心、思ったのであった。

 

「それじゃー本題に入るわね。ちょっと離れていなさい」

 

 パンドラに言われた通り彼女から離れると、パンドラは槌矛を両手で掲げて詩を詠った。

 

「暗黒の聖誕祭に生まれうるは愚者の落とし子。汝は罪深くも神を贄としてその血肉を貪った魔の獣。醜くいその暴力を人々は汝を魔王と畏れ拝める。されど神は賞賛する、汝は勝者だと。されど神は罵る、汝は神殺しだと。勝者に与えらし神々の祝福と呪詛。汝ら顕現たる神の首級をもって、不俱戴天の狼煙をあげろ!」

 

 彼女の言霊に反応して槌矛は眩い光を放出。すると、一刀の身体にまるで取り外された歯車のようなものがまた組み込まれていく。

 一刀はそれがなんなのか即座に気づいた。

 

「……起きろ、ミーミル」

―――『マスターの認証確認。起動。情報修正。―――ミーミルの瞳、再起動完了』

「おかえり相棒」

 

 数日間だけなの相変わらず文字列が引き詰められた空間ウィンドが懐かしく感じる。また、彼の中にあった神々からの呪いが戻ってきたことに、一刀は微笑みをこぼした。

 

「これで良し。アジ・ダハーカ様が奪った権能はカンピオーネ全員に還してあげたわよ」

「ありがとうパンドラ。おかげであいつらとの約束を証を失わずにすんだよ」

「別にいいわよ。今回は特殊な例で、アタシの不注意もあったし。でも、一度、奪われた権能は自分の手で取り返しなさい。毎回毎回、ママが助けてあげるわけないからね」

「わかってますって……ん?」

 

 そのとき、一刀の視界がゆがむ。

 どうやら肉体の方が目覚めかけてるようだ。

 

「時間切れのようね。まぁ、こっちでの用事が終わったし頃合いちゃー頃合いね」

「それはいいんだけど、パンドラ、ちょっと聞いていいかな?」

「ん? なにかしら? 時間がないし手短にお願いね」

「あぁ、実は今回の神殺しについてなんだけど……()()()()()()()()()()()()()()?」

「………………」

 

 猜疑の視線で問いかえる一刀。その問いに、一瞬、パンドラの目が細く鋭くなった。

 が、すぐさま蠱惑な笑みにもどし、下から目線で一刀の顔を覗く。

 

「……一体、それはどういう意味なのかしら?」

「ある条件を揃えなけれまつろわぬ神の招来でも絶対に姿を現せない()()()が顕現。さらにそれを過去からの観望する謎のフードの者。明らかにこれは神がらみの事件じゃない。どっちかといえば神話を隠れ蓑にした大きな陰謀。その一角だと俺はそう睨んでいるんだけどアンタはどう思う?」

「あらあら、素敵な想像なこと。でも、それを決定づける根拠はないわよ」

「根拠がなくてもアンタの息子がそうだと思ったら、それは事実に繋がることじゃないのか。希望も夢も奇跡も災いも混沌も、あらゆるものすべてを与える女――人類悪の候補者(パンドーラ)

「…………うっふふふ、アナタのそういう所、嫌いじゃないわ」

 

 にっこりと微笑み女神は魔王から数歩、後退する。

 

「でも残念。我が子(チャンピオン)にすべてを与えるアタシでも教えられないこともあるわ。今、言えることがあるとすれば()()()()()()()()()()()()()

「それはつまり、あんたらとは別の何かが動いてる…。そう捉えていいのかな」

「さーて、どうでしょう~」

 

 小悪魔的な笑みを浮かべ、スカートの裾を指先を摘み、軽やかなステップで踊る。

 そして人差し指を宙をなぞるように走らせ、先端を一刀に向けた。

 

「その答えを掴むのが、アナタの本業ではなくて? 我が愛しい愛しい挑戦者(マイベイビー)♪」

 

 その言葉を最後に、一刀の意識がぷつりと切れ、視界が黒一色に一転した。

 

=================================

 

 一刀が目を開けたると、そこには見慣れた天井があった。

 ソファーから上半身を起こし、右に視線を移動させると、部屋の中心に置かれた机の上には、バラけた書類と書きかけのワープロソフトを起動させたままのPCが散乱していた。

 

「そういえば、報告書を書いてる途中、ちょっと仮眠を取ろうとしてそのまま…」

 

 壁にかけていた時計を一瞥すると針は昼の12時を過ぎていた。どうやら眠気に負けて昼まで寝てしまったようだ。窓から昼の日差しが差し込み、街の喧騒が聞こえてくる。

 

「もう、こんな時間か…及川のほうも徹夜で夕方まで来ないし、それまでに書き上げないと」

 

 一刀のカンピオーネとしての情報は及川など一部の正史偏差委員が隠蔽してくている。そういう契約になっている。

 おかげて情報漏洩がなく、日常では普通の一般人として生活ができている。ただし、組織としてはことの顛末をくわしく記録する必要があるため、事件の当事者であるカンピオーネ)自らが報告書をまとめなくてはいけなかった。もちろん、公式には記録せず、機密情報として保管されている(最低でも室長クラスではないと閲覧不能)。

 

「はい、眠気覚ましのコーヒー」

「ありがとう、草薙ちゃん」

 

 机に置かれた白い湯気の立つコーヒーを片手にキーボードを叩く。

 昨日の夜は事件の発端となったまつろわぬ神であるイブリースと竜骨から復活したザッハークに関して書き上げたので、次は顕現したアジ・ダハーカのついて記述しておこう。ビルや博物館の被害については、及川たちがやってくれるから最小限で添えておけばいいだろう。

 むろん、混乱させないよう、人類悪やカンピオーネが権能を簒奪されたことについては抜いておいて―――

 

「―――ちょっとまて」

 

 そこで、一刀は気づく。

 視線をパソコンの画面から自身の横へずらすと、鼻歌交じりに掃除機で床を掃除する少女がいた。

 

「……どうして草薙ちゃんがここにいるわけ!?」

「へ? いちゃ悪かった?」

 

 昨晩、正史編纂委員会の職員を誤魔化しながら家まで送ったはずの草薙静花であった。

 

「悪くない。悪くないけど、どうして君がここに? 連絡先も住所も教えていないのに?」

 

 たまに、一般人が客としてオカルト系の依頼を頼む者もいるし、逆に巻き込まれた者もいる。彼女もまたそのうちの一人に該当される。一般人には一般人がいるべき日常がある。命を落とすかもしれない危険地帯に二度と足を入れぬようこちら側に関わらないためにいくつかの処理や処置をするのは常識だ。

 最低でも、自身に関する情報などはある程度教えてはいないはずだが……、

 

「そんなもん、これを渡されたら来てくれって言ってるもんでしょ?」

 

 ポケットから取り出したのは一枚の名刺だ。その名刺に見覚えがった。一刀が渡したいえっさの名刺だ。むろん、名刺のため事務所の住所と電話番号も書いているので。

 

「………やっちまった…」

 

 昨日からうっかりミスが続くことに、すこし頭を抱える一刀。

 あれか? あかいあくま(紅き悪魔で非ず)に大量にガントを受け続けたせいか? それともポンコツ魔王のポンコツが感染したのか?

 …どっちにしろ、カンピオーネ固有のAクラスの対呪力でも、防げる自信がないからあっさり納得しちゃうけど。

 

「なによ。急に頭を抱えちゃって? アタシがここにいることに不満でもあるわけ?」

 

 一刀の横に立ち、不機嫌にそうに耳元で言う静花。

 別にそんなことはないよ、と、一刀は苦笑気味に言いながら話を進めた。

 

「それで、何しにここにいるわけ? 昨日のことならあらかた説明したし、これ以上関わらないほうがいいって忠告したはずんなんだけど…?」

「たしかに、その通りよ。アタシだってこれ以上、オカルトに関わりたくないわ。――でも、昨日、いろいろと助けてくれたから、そのお礼しないとね」

「そういうこと……」

 

 それについては口ごもってしまう一刀だった。たしかに、彼女の貞操と命を救った。しかし、結果的には彼女を危険な目に合わせること前提に行動したため感謝される資格がなかった。

 それなのに、怒りをぶつけず、良心で恩返しされるのは残り少ない良心に痛む。

 

「それに北郷さんって観ているとなんでかほっとけなし。ほら、アタシって無茶をする人や厄介なことに巻き込まれた人を見捨てられない質みたいだから」

「余計なお世話だ」

「そこで、不束ながらこのアタシ、草薙静花が北郷さんが無茶をしないようにサポートすることに決めたの。もちろん、変な事件に関わりたくないからその代わり、昨日みたいな危険――っていうかオカルト関係な仕事じゃないほうとか家事掃除とか手伝ってあげるわ」

 

 どう、嬉しいでしょう? とばかりに不敵な笑みを浮かべる静花。

 その条件に一刀は腕を組んで考えて、

 

「うーん、中学生の家政婦ってのは魅力的だけど…何日まで続けるつもり?」

「もちろん、アタシが満足するまで♪」

 

 あぁ、ダメだこれ。あの顔は最後まで我を押し通すタイプだ。リアル中学生通い妻は萌えるが、やはりここは彼女の安全ためにはっきり断ったほうがいいだろう。

 そう結論付け、うまく説得しようと試みようとした矢先、ぐぅぅ、と、一刀のお腹の虫が鳴った。

 

「…おなか減ったみたいね。あたしもまだお昼食べてないし、ごはん作ってあげるわ」

 

 静花は調理場がある部屋と向かう。その背中を止めようと声をかけようとする一刀。

 しかし、彼女は足を一瞬止め、

 

「そうそう、ついでにアタシのことは静花って呼んでね。アタシも一刀さんって呼ぶから」

 

 それじゃーこれからもよろくね♪ と、無邪気な笑顔で振りまき、静花はキッチンのある部屋へと移動した。

 ロビーに残された一刀はソファーにもたれ掛かりながら天井を仰い、

 

「はぁぁ、あんな顔で云われちゃー断れるわけないじゃん」

 

 卑怯すぎるでしょうにJK(常識的に考えて)

 頬杖しながら、一刀は呟くのであった。

 

 

 

 一方、そんな流れ流されまくる魔王を他所に、事務所の屋上では、

 

「やれやれ、まーた変なフラグが立ってしまいましたよ」

「相変わらず、我が主人の性癖は困ったものだ」

「同感、ご主人様のハーレム体質には呆れて言葉もできません」

 

 静花が土産に持ってきた高級せんべいを一人と二羽がバリバリと食べながら、口をそろえて呆れていた。

 

 こうして、便利屋『いえっさ』に不本意ながら新しい従業員が増えたのであった。

 

 




〝アズダハ・ドーラ〟について

 イブリースによって顕現したアジ・ダハーカがパンドラの神格を獲得したことで誕生した神。もともとアジ・ダハーカはとある人類悪の分霊であり、同時に独自に確立された人類悪の一柱である。原罪は文明技術の発達によって滅びにつながる『進歩』。その性質上、禁断の力や発明・技術などを『パンドラの箱』として表現するため、安易にパンドラと同質として彼女の神格を会得することができた。その結果、生まれたのが新たな神であるアズダハ・ドーラである。
 まつろわぬ神でもなく、真なる神ではない彼女は、神話とはかけ離れた独自の世界観をもっており、それを軸として行動している。ただし、今回の召喚において、まつろわぬ神であるイブリースとザッハークが自らを生贄になったためか、その妄執が彼女の神格にまで混ざったため、悪を自覚してしまい完全な人類悪にはならなかった(人類悪は己を悪とは思わない獣である)。いわば、人類悪のなりそこない。その結果、アジ・ダハーカとしての権能も不完全のままで、人格も神話寄りに傾いてしまった(魔王としてのやたら主張したがるのはこのため)。もしも、本来のスペックであったならば、カンピオーネやまつろわぬ神、真なる神ですら安易に葬ることができるだろう。それほど人類悪は業が深く、神々から危険視されている特別な存在なのだ。
 ちなみに、アジ・ダハーカと同質とされたため、パンドラもまた人類悪に属することになりゆることにつながっていた。その証拠に彼女は災いとひとつの希望を世界に解き放ち、人類に人としての試練を与えたいる。また、災いと希望の両面を兼ね備えたカンピオーネを夫と朋美産み落としているため、現役の人類悪である可能性が高いと、兼宝石爺が指摘している。
 ただし、これはあくまで推察の領域であり、本人曰く「そこまでヤンでない」と供述しているため、真意はいまだ不明。


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第二章『戦姫上陸』
コロッセオとバームクーヘン


 久々の投稿、遅れてしまい申し訳ありません。

 今回で原作に突入しますが、オリジナル要素も加えれるのでご了承ください。
 なお、本作はグダグダ描写のためそれが嫌な人は『戻れ』をお勧めします


 ギリシャのとある地方の荒野。

 何の前触れもなく、突如として天空に渦が出来上がり、その中心に魔力が収束。一本の赤く光る柱となって荒野の大地に突き刺す。

 その後、光は収縮し、最後には粒子なって霧散し、荒野には“少女”が立っていた。

 

「まつろわぬ神の身ね…。はじめての感覚だけど悪くない。むしろ神に嫌われたオレにぴったりだわ」

 

 両手を握りしめ、現世での肉体を確かめる。

 荒野の大地に生温かな風が吹く。

 彼女のガラスのような深紅の髪を靡かせる風。その風から懐かしい気配が感じられた。

 

「……くっくく、そう。貴様もまつろわぬ神になったのね堕ちた女王」

 

 少女は嗤う。

 最愛の人を見つけたように、

 宿敵と再会できる期待に、

 心の底から喜びと闘志と狂気が真っ赤に燃やして。

 

「ちょうどいい。まつろわぬ神となったオレの最初の獲物は貴様にしてあげる…!」

 

 瞬間、荒野のかまいたちのような風が吹き荒れ、大地より赤い流星が飛び立った。

 偶然にも異変に気付き、駆け付けた魔術師はこう告げた。

 

 その星、まさに地上を駆け抜け戦乱の世を告げる神威なり。

 

 戦神のように猛々しく荒々し嘲笑う災禍の横顔。

 

 されど、女神のように美しく凛々しい女傑の微笑みであった。

 

 

 同時刻、日本の地にて降り立った女神は気づく。

 

「この気配…よもや、あやつまで降臨したか」

 

 神話時代から続く腐れ縁…その本人がこちらに近づくことに女神は嘆息を漏らす。

 

「今の妾ではあやつの相手は手に余る…。早く、妾の蛇を取り戻さなくては」

 

 過去の栄華を取り戻すため女神は、蛇を求める。

 

====================

 

 便利屋『いえっさ』の事務所。

 ここ最近、大きな依頼が来ず一刀は暇を持て余し、椅子にもたれながらジャンプを読んでいた。

 事務所の中央のソファーにはルリが据わっており、壁掛けのテレビから流れるニュースをみていた。

 

『はい、こちらローマのコロッセオの前位にいます。見てください。あの世界遺産が無残に破壊されたた姿を。コロッセオが崩壊して数日。現在も修復作業が続いていますがいまだ完全な状態にいたっておりません。政府の調べによりますと、コロッセオ崩壊の当日、コロッセオ中心に地震が確認され、その影響で瓦解したといわれておりますが、巷では過激派テロリストによるものだと騒ぎ立てており、政府内には犯行声明が出されたという噂もあり――』

 

「物騒な世の中ですねー」

「そうねぇ。あたしのお兄ちゃんもその日ローマにいってたけど、ケガしなくてよかったわ」

 

 ルリの小言に続くように、新メンバーである静花が盆にお茶を乗せ、ルリと一刀の順にお茶を差し出した。

 

「静花、君に兄さんいるのか?」

「言ってなかったけ? 高1の兄なの。最近やたら海外に足を運んでいるのよ。たぶんだけど、女がらみだと思うわ」

「おや、一刀と同じですね」

「いやいや、さすがの俺でも女の尻を追いかけて外国にまで飛ばないって」

「では、胸でしたら?」

「天国から地獄までbyおっぱいハンター」

「あほいってないの」バシッ

「あっだ!?」

 

 さらっとアホなこと言う一刀。

 そんな彼の頭を静花はおボンで叩いた。

 

「私のお兄ちゃんはそこまで変態じゃないわよ…たぶんだけど」

「たぶんですか。お兄さん、妹の信頼されてませんね」

「信頼してるわよ。ただ、何か隠してるぽいなのよねぇ。アタシの部活の先輩といつの間にか知り合いになっていたし」

「それ、思春期をこじれせて、その先輩と一発やっちゃったーみたいなオチじゃないんですか」

「あるわけないでしょう! お兄ちゃんにかぎってそんなこと―――あぁーでも、ウチの家系ならそれはあるかもしれない」

「唐突に肯定しましたね」

「静花の家って特殊な一族なのか? まさか殺人衝動が――」

「なわいよ。どこの殺人鬼一家よそれ。普通の家系よ。ふ・つ・うの」

 

 自分たちは普通だと強く言う静花。

 目の前の非常識に対しての認識からだろう。

 

「草薙家の男ってなにかしらトラブルに巻き込むというか起こすのよ。しかもそれに乗じて、良い所を独り占めするという質の悪い癖がね」

「それ、明らかに普通の一族じゃないじゃん。なにその保険金狙いで自分家に火をつけるはた迷惑な一家は」

「ワイドショーやドラマのネタやモチーフにされてもおかしくありませんね。もちろん、最後にはロクでもない死に方をする自己中で屑野郎が主人公としてですが」

「うっぐ!?」

 

 草薙家の男たちの波乱万丈な歴史を思い出し、自嘲する静花。

 だが、兄に対する不安とルリの毒舌というダブルパンチに困惑の渦に抜けれなくなってしまうのであった。

 ふと、一刀がニュースから流れる瓦解したコロッセオを一瞥し、

 

「にしても世界遺産を壊すなんてひどいことするなぁ。壊した人の顔が見てみたいもんだよ」

 

 

==================

 

 

「どうしたんですか護堂さん!? 急にうずくまるなんて!」

「いやぁ、なんかものすごく申し訳ないことをしたことに追及されたあげく、さらい毒を吐かれたような気がして……」

「毒ですか! もしやまつろわぬ神かほかのカンピオーネからの観えない攻撃!? あぁ、そんなに落ち込まないっでください! コロッセオのことはちゃんと反省したのがわかりましたから! いえ、私に謝られても…⁉」

 

 

==================

 

 

 

 ピッポ―ン!

 

「依頼人ですかね」

「アタシがでるわ」

 

 事務所のチャイムが鳴り、困惑の袋小路から立ち直った静花が行こうとする。

 ドアを開こうと手を伸ばすと、ドアが勝手に開き、扉からスーツ姿の男性が誰が入ってきた。

 

「あっ!?」

「おっと、失礼」

 

 勝手に人が入り込んだため、ぶつかってしまい尻もちをついてしまう静花。

 男性は静花に手を伸ばし、立たせる。

 

「すいません。おどろかしてしまって。えぇーこちらが便利屋いえっさで間違いありませんか?」

「あ、はい、そうですがあなたは?」

「わたくし、正史編纂委員会の者でして。北郷さんにご依頼の方を頼みにまいりました」

 

 男性――甘粕冬馬は胡散臭い笑みをこぼし、眼鏡越しに事務机にいる一刀を見据えた。

 

 

 

 

「こうして面と向かって話すのは初めてですね。わたくし甘粕と申します。及川くんの上司をやっています」

「あぁ、どうも。北郷一刀です。それで及川の上司が何の用で?」

 

 一刀と甘粕はソファーに座り込み、対面する。

 

「えぇ、実は今回あなた依頼のほうをお願いを。あと、これ手土産です。バームクーヘン専門のバームクーヘン。せっかくなの塊で買ってきました」

「それがご丁寧にありがとうございます」

 

 甘粕から差し出された土産の箱を、一刀を差し置いてルリが丁寧な口調で受けった。若干、彼女のツインテールがピコピコ動いていたが微笑ましいので心の中に仕舞っておくことにした一刀であった。

 

「静花、悪いけど席外しててくれない。オカルト系の依頼みたいだから」

「言われなくても聞きたくないわよ。ルリさんいっしょに食べましょ」

「もちろんです」

 

 二人は別の部屋へと移動した。

 静花が退室したこと見届けた一刀は再度、甘粕と向かい合う。

 

「でも、どうして上司の方がウチに? あんたらとの依頼はいつも眼鏡――及川に仲介してもらってるはずだろ?」

「それなんですが、彼はただいまイギリスの方へ出張に行ってましてね。その代わりです」

「出張?」

「ほら、四月ごろに起きた事件。黒幕である神祖らしき人物が諸点にしてた例のビルのことで」

「あー邪竜行進事件のことか」

 

 ――邪竜行進事件。

 突如として横浜の博物館から現れた半人半蛇の巨大なまつろわぬ神が顕現し、横浜から新宿に向かって一直線に横断、新宿到着後にまつろわぬ神が唐突に消滅した事件である。

 調査により出現したまつろわぬ神はペルシアの叙事詩『シャー・ナーメ』に登場する王『ザッハーク』と判明。ペルシアの神格が日本の地に顕現したのは、ザッハークと関連を持つ神祖が関わっていることが発覚した。

 神祖はイランの財団の会長として身を隠し、その財力と権力を用いて、竜骨したザッハークを日本に持ち込み、ザッハーク復活のため高層ビルひとつを独自の工房へと作り替え、事件当日まで正史編纂委員会を欺いてきた。

 また、神祖は同時刻、とある失踪事件の犯人であり、事件の全貌からして誘拐した子供をザッハークを完全に復活させる生贄だと容易に想像できる。

 しかし、誘拐事件の調査で正史編纂委員会が派遣した民間組織によって儀式は阻止され、不完全に顕現したザッハークは自然消滅。事件は災害の爪痕を残しつつも、死傷者ゼロという奇跡で無事に解決した。

 

 ――のが正史編纂委員会の検討である。

 事件の当人であった一刀はあえて報告書に人類悪などのことは付け加えてはいない。でなければ、自身がカンピオーネであることと、ある意味でまつろわぬ神以上の存在を世間にバラしてしまう。そうなったらいらない混乱が起き…あとあと面倒である。

 

「その調査で、ビルに神具とか魔導書とかそんなものがゴロゴロ出てきましてですね。ある程度、調べ終わった後、それら全てを黒王子に献上することになったんです。それで、彼には荷物の運送と受け取りをお願いしたのですが、あちらで手続きがてこずってるらしくて当分は戻ってこれそうにないので、彼の上司である私がアナタに依頼をすることになったんですよ」

「あぁ、そういうこと。どうりで、最近顔出さないわけだ」

 

 振り返って思えば、悪友が事務所に来なかったことに納得する。

 一週間に一度は必ず顔を出し、一刀とルリの間に混ざり合い、男二人で飲みに行くのが日常であった。

 そんな悪友が顔を出さないことに初めは不思議だと思っていたが、別の依頼が度々あったため彼のことはすっかり忘れていた。

 それはさておき、

 

「でもいいのか? 神祖の私物を黒王子なんかに渡して? 自分たちのシマにまぎれたものなんだろ?」

「たしかに、ウチのシマで起きた事件の証拠物件ですが、置いておくといろいろと面倒な種になりますしね。ただでさえ、海外から密輸されたの当然ですので、そうなると国際問題に発展しそうで…」

「なるほど。たしかにありゆる」

 

 一刀は腕を組んで頷く。

 現在、正史編纂委員会の信頼は著しく下がっていた。

 なにしろ、相手は神祖にしろ自分たちの庭で堂々と居座り、まつろわぬ神の降臨を許しあまつさえ事件当日まで気づかなかったという汚点を残してしまったのだ。

 そればかりか、ただの失踪事件だと思われていた事件が実は誘拐事件で神祖がその黒幕だったというオチである。おかげで世界中の結社から笑いもの――なことはなかったが哀れな目で同情されたのはいうほどでもない。

 これには正史編纂委員会の上層部は赤恥をかき、協力者である媛巫女たちは神祖をまつろわぬ神の復活を見抜けなかったことにプライドがずたずたにされショックで一時期寝込んでしまったという。

 

「なので政府と対等以上であるカンピオーネの方…とくに黒王子に我々が押収したものを引き取ってもらうことに決定しました。だいたい、うちに置いとくとしても我々にはそれを研究・保管する施設も資金もありませんし。むしろ魔王やまつろわぬ神による被害対策のために余裕がないんですよこれがまた。それに、あの方は王であると同時に真正な研究者でありますから、我々の厄介の種は彼にとっては金銀財宝そのもの。喜んで受け取ってくれるはずです。しかも、黒王子とイギリス政府に貸しもできて一石二鳥。いやぁ、黒王子さまさまですよ」

「そ、それは、よかったですねぇ~」

 

 あっはははと笑う甘粕に、苦笑気味に口を引きずる一刀。

 毎度毎度強盗まがいに盗みまくる知人がまさかの漁夫の利が得られるとは――本人も思っていない展開だろう。

 今頃、「寄付か…そういう手もあるな」とあくどいことを考えてるに違いない、と一刀は想像する。

 

「で、本題に入りますが今回の依頼は日本に誕生した新たなカンピオーネ。彼によって持ち運ばれた神具のことです」

「………話を続けてくれ」

 

 甘粕から聞かされた話を三行でまとめると、

 

――(正史編纂委員会公式の)日本初のカンピオーネが神具を日本に持ち込んだ。

 

――その神具を狙ってまつろわぬ神が日本に向かっている。

 

――そのまつろわぬ神が世界の終わりである『星なき夜』をもたらす神である。

 

 簡潔にすれば世界の危機であった。

 

「ようするにカンピオーネがもってきた神具をどうにかして、アリスの予言を阻止してほしい。そういうことでいいのか?」

「要約すればそんな感じです。この場合、トラブルを運んできた当人に任せるのが筋なのですが、相手は魔王。どう転んでも災厄になることまちがいありません」

「まぁ~そうなるだろうなぁ~」←災厄の魔王

「そこで正史編纂委員会が認めた貴方の腕前を見込んでの依頼です。どうか、カンピオーネがボカをする前に、神具の封印とまつろわぬ神上陸の阻止、そして、予言防止のほうなにとぞおねがいします」

 

 真剣な表情で深々と頭を下げる甘粕。

 そんなお願いに、一刀は嘆息して言う。

 

「お得意様のためだ。こちらも一肌脱ぐよ」

「ありがとうございます。達成時には通常の20倍の依頼金で口座に振り込んでおきますので。あと手当てもつけときますね」

「気前良いですね」

「えぇ、なにせこんな危険な依頼を引き受けてくれるのですからこれくらいしないと。そうそう、これが新たな王に関する資料です」

 

 カバンから取り出した紙の束を一刀に渡す。

 一刀は資料を捲る。

 

「ふーん草薙護堂って言うんだ…ん? 草薙?」

 

 後輩であるカンピオーネの名前に目が止まった。

 

(…いや、まさかそんなテンプレなんて…)

 

 同性ということもある。

 たとえ、家族構成が同じで、その妹が同名であったとしてもだ。

 

「あのー甘粕さん。この草薙護堂って奴は――」

 

 念のため聞こうとするが資料を渡した本人は目を離した間に既にいなかった。

 残されたのは机の上に置かれた一枚の紙のみ。

 そこに書かれていたのは――

 

『神具は原因であるカンピオーネが持っています。神具についてはカンピオーネの監視という名目で付き添っている媛巫女さんの霊視でわかるでしょう。おそらく、彼女が務める武蔵神社に二人っきりでいると思われますのでそちらに合流してください。PS:余計な詮索は労力の無駄ですので仕事ほうだけ専念してください』

「いつのまに!? 忍者かあの人!?」

『ps:忍者と呼ばれるのは好きじゃないのであしからず』

「ツッコミの先読みまで…あの人、只者じゃない…!?」

 

 鮮やかな回答拒否に一刀は戦慄するのであった。

 恐るべし、正史編纂委員会のエージェント!?

 

「って、アホなことやってる場合じゃないか」

 

 ことの発端である同族は武蔵野神社というところにいるらしい。

 そこから移動するまえに挨拶と情報交換をする必要があるので、すぐに行動に移した。

 

――『返答。疑問の回答において草薙護堂は草薙静花の――』

「ミーミル、答えなくていいよ」

 

 真面目な相棒に応えつつ、伊藤はコート掛けに掛けていた仕事服である白いコートを羽織る。

 そして、事務所の玄関を開けようとすると、

 

「一刀さん仕事?」

 

 後ろを振り返ると静花が立っていた。手にはお盆があり、紅茶とフォーク、そして切り分けられたバームクーヘンが載せられていた。

 話が終わったと見計らって、一刀の分を持ってきたのだろう。気が利く娘である。

 

「あぁ、ちょっとばかし文京区にね」

「そこ、アタシん家の近くじゃない! またオカルト的な事件でも起きるわけ!?」

「う~ん、正直に言えばそうなるかも」

 

 はっきりしない答えを言い出す一刀。

 なにせ、トラブルメーカーであるカンピオーネが動く事件だ。被害がでることは前提だ。

 

「どうする? 巻き込まれたくなかったら一晩ここに泊まる手もあるけど」

「ん~…たしかに、ここにいればオカルトから身を守れるけどお兄ちゃんたち残して安全なところにいるのはちょっとねぇ~。それに、お兄ちゃんが帰るまで夕飯の支度もしないといけないし」

 

 兄と夕食のことで頭を悩ます静花。

 しかし、その兄がオカルト事件の中心人物であることをこの妹はしらない。

 複雑な家庭になったしまった静花に、一刀は愁傷様とばかと同情するのであった。

 と、一刀を無視して家庭と安全を反芻して考える静花に、

 

「でしたらウチで夕飯作って、事件が終わってからその兄の分のご飯をもち帰ればよろしいのでは? そうすれば危険な目にも極力避けれて、夕飯も用意できて一石二鳥ですよ」モグモグ

 

 どこからともかく現れ、一刀のバームクーヘンを頬張りながらルリが提案した。

 

「ちょっ、それ俺のおやつ!?」

「もぐもぐ、ごっくん。安心してください。もう残っていたバームクーヘン私がきっちり食べたので一刀は仕事に専念できます。よかったですね」

「どこがだ!?」

 

 バームクーヘンを横取りされ、青筋を立てる一刀。

 けれど食いしん坊邪神は無視して一刀の紅茶を飲む始末であった。

 

「はぁ、とりあえず、仕事は早めに片付けておくから、それまでウチでゆっくりしていってくれ」

「…そう。そんじゃお言葉に甘えてもらうわ。はやく仕事を片付けておいてね」

 

 一刀のことを信用し、空になったお盆をもって台所へ立ち去る静花。

 それを見計らいルリが小言で一刀に呟く。

 

「引き留めるのも限度がありますので、できるだけ早めに片付けておいてください。いっぺんに問題を解こうとするあとあと面倒くさいので」

「ご忠告どうも。――あと、バームクーヘン美味しかったですか?」

「美味でした。生地は固めで歯ごたえが良く、外の砂糖も甘すぎずレモンの風味もあって食べ応えもある一品でした」

「そうですか、満悦な笑みが可愛らしいですねちくしょ~」

 

 泣きべそを浮かべながら一刀は事務所を後にするのであった。

 

 

====================

 

 

 

 一方、便利屋「いえっさ」から逃げた甘粕は浅草の繁華街を歩いていた。

 

「ふぅ、あれが及川君と上層部のお墨付きの協力者ですか。なるほど、たしかに頼り甲斐のある人です」

 

 正史編纂委員会じきじきの協力者だ。彼に依頼するため一刀に関する情報も事前を頭に入れている。

 九州出身で家庭は古くから続く古武術の道場の息子。

 東京の高校に進学し卒業後、一時期、実家に戻り道場で修業し海外へと旅に出た。

 その道のりは不明だが魔術やまつろわぬ神などの裏の世界に足を踏み入れたことは分かっており、そのスキルと経験値は聖騎士並みであり、多くの事件を解決させた。

 さらに、道中では魔術結社のトップからカンピオーネと顔見知りで中には親友関係という経歴からして飛んでもない人生を歩んだ人物であることが想像できる。甘粕もその一人である。

 しかし、一度会ってみれば想像とは違っていた。一見、ただの青年しか観えず、頼まれたら断れないただの甘い人…そんな印象であった。

 しかし、今振り返ってみれば違和感があった。甘い人であるにもかかわらす眼は先を見据えてように純粋で、また、底はほうは全く見えずなぜだか彼に頼ってしまう…そんなカリスマ性が彼にはあった。

 おそらく彼に任せればいい。それですべてが解決する。そんな安心感が覚えてしまう。

 

「にしても、王の妹がこちら側に堂々と踏み込んでいるとは。情報通りだとしてもこれは少々複雑ですね」

 

 正史編纂委員会において草薙静花はただの一般人。まつろわぬ神の被害者――その一人にすぎなかった。

 だが今やどうだろうか。日本、ましてや世界の最高人物の一人――の血縁者となっている。

 ましてや、その兄が王になった翌日にまつろわぬ神によって日常から非日常に落とされるなど皮肉のほかはない。

 もしも、このことが王に知られればどれほどの修羅場が待ち構えているのであろうか。

 そう考えるだけで、爆笑と胃痛でおかしくなる。

 

「世界は広く、世間は狭い。果たしてこれは偶然か、それとも運命か。神のみぞ知るところですかね。その神を殺す王がこの問題の発端なのですがね」

 

 ハハハハハ、と自嘲しながら甘粕は人混みの中へと消えていった。

 




次回、原作主人公と邂逅――かも?


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女神と天の御使い…ときどき後輩

 草薙護堂はカンピオーネである。

 三月末、平凡な青年だったにもかかわらず、イタリアの地にて常勝の神ウルスラグナを討ち果たし、見事神殺しを達成。魔王の称号であるカンピオーネを勝ち取った。

 それを機に、公式で七人目となるカンピオーネに全世界が驚愕し畏怖され、彼の人生は大きく変わった。

 そして、約一ヶ月後の故郷の日本にて――

 

「まずい…死ぬ…」

 

 現代進行中で死にかけていた。

 

 ことの発端はローマにて自称愛人こと赤銅十字の天才騎士エリカ・ブランディーネに預かった一枚のメダリオンから始まった。

 エリカより預かったメダリオン。それは天上の叡智が込めれた神具のひとつ『ゴルゴネイオン』であり、それを日本に持ち込んだことにより歩く天災こと『まつろわぬ神』を引き寄せる原因となってしまった。

 世界一の霊感を持つ媛巫女こと万理谷祐理の霊視により、まつろわぬ神はギリシャ神話の軍神『アテナ』と発覚。

 自称平和主義者としてアテナを交渉し日本から立ち去ること進めるが、隙をつかれ女神の接吻より死の呪詛を肉体に注ぎ込まれて瀕死――というより死ぬ一歩前に陥っていた。

 

「ぐっ⁉」

 

 とっさに己の中にある化身のひとつを発動させ、糸が切れた人形のように倒れ伏す。

 それにより、草薙護堂は“一回”死んだ。

 

「まったく、世話が焼けるんだから!」

 

 エリカは剣を握り、倒れ伏す護堂を守るようにアテナに立つ。

 

「……人の子よ命を捨てるつもりか」

「私は騎士…主と誇りのために死すのであれば、それは本望!」

 

 呪力を高め、虚栄を張るエリカ。

 相手は神。魔術と剣術が使えるただの人間では太刀打ちできない存在。

 その存在と対自できるのは後ろで死んでいる主だけだ。

 エリカは知っている。護堂は死んではいない。彼がウルスラグナより簒奪した権能『東方の軍神』。十の化身を使用することができ、その中には死んだ状態から蘇生する『雄羊』がある。ちらっと、護堂を見るとわずかだが生気が吹きかえっていた。

 

(とはいえ状況は最悪ね。隙を作って護堂を連れて逃げないと…)

 

 あと数時間すれば草薙護堂は完全に復活する。しかしその間は無防備となるのが『雄羊』の欠点であった。

 だとすれば自分ができるのは逃げの一手。愛しき魔王を生かすための戦略撤退である。

 

「…愚かな…」

 

 アテナは手元に黒い大鎌を作り出し、目の前の人間を殺すため一歩ずつ歩み寄る。

 一発触発の空気にて、赤の騎士が動こうとした瞬間――

 

「はい、そこまで」

 

 パンッ、と手をたたく音と同時に騎士と女神の間に北郷一刀が現れ、割って入った。

 

「…む? 何者だ貴様…?」

 

 突如現れた一刀に首をかしげるアテナ。

 一方、エリカはポーカーフェイスを崩し驚きを隠せずにいた。ただし、それは相手が見知らぬものに対する驚愕ではなく、数年ぶりの知人の突然の登場による驚きであった。

 

「北郷一刀…なぜあなたがここに!?」

「仕事でね。この事件を解決するため雇われたんだ」

 

 数分前のことである。

 一刀が武蔵野神社にバイクで向かう道中、正史編纂委員会からの連絡で(霊視した万里谷からの情報から)まつろわぬ神が街中に現れ同族とその騎士が向かっていることを知り、権能で居場所を特定し現場に急行。到着したころには護堂は倒れ、さらに知り合いであるエリカが女神相手に挑もうとしていたため、(すこしKYであるも)二人の間に割って入ったのがこれまでの経緯であった。

 

「まさかとは思ったけど、こんな場面で再開できるなんてね。資料で知ってたけど、世間は狭いもんだな」

「えぇ、私もよ。まさか元彼がこんなタイミングよくあらわれるなんてね思ってもみなかったわ」

「はいはい、誤解を招くこと言わない。俺たちそんなん仲じゃないだろう」

「ふふ、つれないわねぇ」

 

 一刀と出会ったのか先ほどの緊張が解け、微笑するエリカ。

 そんな彼女のそばでうつぶせに倒れる護堂が一刀の眼に入った。

 

「それで…アレが君の王様?」

「そうよ。この私エリカ・ブランディーネが見出した私の伴侶。貴方より数段、数百倍いい男なんだから」

「……死んでいるようにかみえないけど?」

「アテナの死の言霊を吹き込まれたのよ。キスでね」

「…カンピオーネの身体に呪術をたたき込むならその方法が一番だろうけど、うっかりすぎじゃない?」

「いっつもボカァするあなたにだけにはいわれたくないわね」

――『検査報告、対象を草薙護堂と判明。現在死亡中ですが、化身により蘇生されています』

「復活系の化身か…たしか東方の軍神だったな」

「――おい、其方ら」

 

 返事のないただの屍状態の護堂の前で会話する二人に、女神が言葉を放つ。

 

「神の御前でなにを呑気に雑談などしておるのだ…神罰をあたえるぞ」

「一刀、あのまつろわぬ神は――」

「あぁ、わかっている。しかも原初に近い神格だな」

 

 ルーン文字などが浮かぶ右目でアテナを観察する一刀。

 正史編纂委員会からの連絡とミーミルの瞳で照らし合わせ、目の前のまつろわぬ神の正体がまつろわぬアテナであり同時に不完全な神格だと鑑定した。

 対し、アテナもまた知恵の女神として一刀の変異した右目と雰囲気から彼の正体を看破した。

 

「その眼…まるで我が身すら見抜こうとするような異形な瞳…もしや妾と同じ知識の神に類するものか…だとすれば人の身で所有するとなら、貴様はそやつと同じカンピオーネということか」

 

 鎌の先を向け、一刀を問いかける。

 

「名を名乗れ新たな神殺しよ。妾の刃を止めた件を不問にしてやる」

「では、初めまして女神様。俺は北郷一刀。便利屋を営んでいます。あと副業で神殺しもやってます。ここは重要だから覚えておいてくれたら幸いだ」

「便利屋…? 珍しい職だな。そもそも神殺しは本業ではないのか?」

「実際のとこ神殺しなんてそんなもんだろ? 暇を持て余しいる神様と遊んで報酬を得る。そんなもん副業で十分だろう」

 

 黒王子と(一様)ジョン・プルートー・スミスがいい例だろう。

 同じ神殺しだが、二人の本職は冒険家兼研究者と大学教授の秘書。世間からすればそれは仮の姿だろう述べるが、彼らにとって神殺しはただの手段であり趣味の一環だ。

 もっとも、片方の関して趣味と本職の没頭したため幸せをのがしているがそこは触れないでおく。眉間の銃口を突きつけられる恐れがあるので。

 

「では、その副業とやらで妾と遊んでくれるか、神殺しよ」

「君がその気なら、優しく可愛がってあげるよミニ女神さま」

「ほうそうか…ならば――」

 

 女神は地面を蹴り、居合を詰め鎌を振り下ろす。

 

「結べ、繋げエーテルの糸」

 

 一刀が聖句を紡いだ瞬間、極細の光糸が数本交差し、壁となって女神の黒い鎌を受け止める。

 渾身の一撃ではないにしろ、直立不動のまま微動もしない相手にあっけなく自身の刃を止められたことにアテナは一瞬目を疑う。だが、すぐさま冷静になり、眼を細めたまま障壁のように張る肉眼では捉えきれないほどの細い糸を観察する。

 

「ふむ、気配からして蜘蛛女(アラクネー)に関連する系譜のものか。権能とはいえ妾とこうして対面するとは皮肉な縁だな」

 

 ギリシャ神話にはアラクネーと呼ばれる機織りの女性がいた。

 彼女は機織りの腕は機織りも司るアテナを超えていると豪語しアテナと機織りの勝負をするも彼女が作った織物に激怒し、彼女の頭を打ち据えた。その後、アラクネーは己の愚行を恥じ自殺するも、アテナは彼女の織物の才能を認めたのか、それとも怒りがおさまらないためか、祝福か呪いなのか彼女はアテナによって蜘蛛へと転生させられてしまった。

 これにより、蜘蛛と美女の要素を併せ持つ蜘蛛女という種が誕生したのである。

 また、アトラク=ナクアとアラクネー、どちらも同じ蜘蛛の神格のため、アテナが看破するのも当り前である。

 

「とはいえ――」

 

 一旦離れたのち、アテナは大鎌を振り子のように何度も振るった。

 かつて罰を与えた怪物と連なる異能など、自身がすこし本気を出せば脆弱な糸などすぐさま切れると確信していた――はずだった。

 

「……どうなっておる、その糸は? 妾の鎌をもってしても断ち切れぬとは……」

「なんたってスーパーロボット100体を吊るしても切れないくらい頑丈だから、そんな鎌じゃぁ一本も斬れないよ」

 

 数回、数十回も打ち込んでも女神の刃は魔王の肉には一向に届かない。

 そればかりか己の神気で精製した壊れないはず鎌の刃が欠けてしまっていた。

 

「ふむ、どうやら侮っていたのは妾のほうであったか…しかも…」

 

 アテナはちらりと一刀の後ろを見る。

 そこにエリカと倒れ伏していた護堂の姿がなかった。

 

「さきほどの神殺しと騎士を逃がしたか。まぁよい。こちらのほうが楽しめそうだ」

 

 アテナは最初の神殺しから目の前の神殺しに興味を持ち始め、欠けた鎌の刃を指で治ると元の鋭い刃へと治り、鎌を構える。

 

(エリカたちは撤退できた…あとはこのミニ女神様をどうするべきか…)

 

 数十万の光糸を展開しながら、一刀は腕を組んだまま考える。

 実際の所、権能を使えば目の前のまつろわぬ神――ましてや神格がひとつ欠けている神など容易く殺せるが、そんな物騒なことをしたくないのが本音であった。

 しかし、相手はヤル気十分。殺意がこもった瞳には冷徹な視線を零していた。

 戦と知恵の女神アテナ。彼女の頭の中で目の前の神殺しを殺す策でも考えてるに違いない。

 

「(しょうがいない。ここは思い切って…)――アテナ」

「ん? 命乞いか、神殺しよ…?」

 

 もっともそれないだろうとアテナは高を括った。相手は神すら殺す魔獣。どんな勝負でも勝つためなら手段を取らない魔王。

 警戒を怠らず、睨むように見据えたままいつでも鎌を振れるよう身構える。

 そして、そんな魔王が口から出てきた言葉は、

 

「降参。和平を求める」

「……はっ?」

 

 アテナは毒気が抜けた様に間抜けな声を洩らした。

 なにせ、勝つことだけを考えるあのカンピオーネが戦う前に敗北宣言をしたのだ。その証拠に一刀は手を上げ、片手には小さな白旗を振り、彼の周りに展開されていた光糸(の気配)が消えていた。

 

「どういうつもりだ神殺しよ…?」

「どうもこうもただの武力放棄だよ」

「馬鹿を申すな。ようやく楽しくなってきたというのに途中で抜けるなど無粋すぎるぞ」

 

 無表情で不機嫌な声色で反論するアテナ。

 けれど、一刀は飄々とした態度で答える。

 

「悪いね。だけどこのままやってもお互いメリットがないから。一旦、互いの事情を聞いてから後の考えよう。理由もない戦争は無駄な血を流すだけだ。幸い、こっちは手を出していないし、まだ交渉する余地があると思うんだけど…」

 

 一刀の言う通り、アテナが振るう鎌を防いだだけで攻撃など一切しておらず、先に手を出したのはアテネであった。それでも、

 

「…先ほどの神殺しもそうであったが其方ら神を舐めているだろう。神と神殺し。互いに殺し合う関係。それ以上の理由は無かろうに」

 

 当り前だとばかりに言うアテナ。

 だが一刀は微動せず言い返す。

 

「種族の違いだけで戦うなんて、子供っぽいよ女神様」

「…なんだと?」

「それともあれかな? 何の理由もなくし一方的に無抵抗の奴をいたぶるのが女神様(アンタ)の戦争か? だとしら気品も知性ない。まるで獣だ。知恵を司る女神が聞いてあきれるよ」

「………」

 

 一刀に煽りに、アテナは青筋を浮かべえ無言で彼を睨む。しかし、ここで怒りにまかせて殺せばそれこそ彼の言う通りになってしまう。

 神話を背いても戦争を司る神として、地中海を支配していた女王(アテナ)。感情にまかせてプライドを捨てるほど無能ではない。

 

「そこまで言われてしまうと、戦と知恵を司る女神として刃を収めるしかあるまい。よかろう。其方との話…退屈しのぎに付き合ってやる」

 

 手に持った鎌を消し、敵意を解くアテナ。それでも信用はしてないため警戒は怠らない。

 

「して、カンピオーネ。其方は戦うには理由が必要といったな。ならば応えよう。妾は望むのは蛇…ゴルゴネイオンのみ。それを手に入れ妾はかつて奪われた歳と地位を取り戻す。それが妾がこの地に来た理由であり目的だ」

「歳と地位…つまり過去の栄光か。俺としてはそのままのほうが十分かわいらいしいと思うけど?」

「其方が良くても妾は不満なだけだ…。だいたい女神として女王としてこんな小柄で半端な力など権威と威厳もなかろう」

「そういうもんかなー」

 

 上に立つ者は必ずしも完璧ではない。

 かの英雄の王も完璧であることに傲慢しては格下に足をすくわれひどい目にあわされ、さらにその性格から多くのトラブルを引き起こしてきた。

 かのポンコツ魔王も世界を蹂躙することができるほどの暴力を持ちながら遊戯感覚でいつも失敗し、そのポンコツから世界を滅ぼす側なのになぜか世界を救ってしまうというオチをつけてしまっていた。

 だが、そんな短所を彼らは恥じることはしなかった。なぜなら彼らにとって長所も短所も自身という個性であり魅力であり、己の大事な一部なのだ。

 自身の短所も弱さもすべて受け止めてこそ世界全ての上に立つ存在――。

 それが一刀にとっての理想とする王もしくは神の理想像であり憧れ。

 過去を惜しむことは理解できる。が、“今”と“前”を見向きもしないアテナの行動理念に一刀は呆れてしまう。

 ただし、それは話の隅に置いとくとして…、

 

「質問するけど、蛇を取り戻したら後はどうするつもりなんだ?」

「むろん久方ぶりの力を確かめるためまずはこの街を蹂躙しようぞ…」

 

 一刀の質問にアテナはポーカーフェイスを崩し、口元を上げて邪悪な笑みを浮かべた。

 まるで女神の笑みというより、悪魔の笑みであった。

 

(セリフは暴君だけど、やろうとしてることは子供だなこの子)

「今、妾に対して無礼なこと考えなかった神殺しよ?」

「気のせいだよ、気のせい」

 

 考えてることはお見通しとばかりのアテナの視線に、笑って誤魔化す一刀。

 どちらにしろ、アテナが目的の物を手に入れたらはた迷惑な災いが起こるのは確定事項だろう。悪友の予言もあるため、下手をしたら東京どころか世界の終わりかもしれない。

 一刀は道化の笑みの裏で脳をフル回転させ、目の前の女神様の暴走を止める秘策・奇策を考える。

 その間、一秒未満。一刀は名案を思いついた。

 

「それじゃーこうしよう。街に手を出さない代わりに、俺が君の蛇を取り戻して君の相手をする」

「…冗談か神殺しよ?」

 

 猜疑の目を向けるアテナに、一刀は自信ありげに頷く。

 

「アホらしい…妾が其方を信用できる確証などどこにもない…というか其方、今さっき降参したばかりではないか。敗者がすぐに勝者に挑むなど愚かで恥なことだぞ」

「たしかに身勝手かもしれない。でも降参しても神殺し(子守)の仕事を途中で放り出すわけにはいかない。俺が言うのはあれだけど神様でも一度くらい魔王を信じてほしいんだ。頼む」

「……敗者の癖に勝者に頼むとは本物の愚か者だな其方…いっとくが貴様をここで八つ裂きにした後蛇を取り戻しこの国で力を振るうことだってできるのだぞ。さきほどの神殺しが生きていればまた妾の前に現れるだろうが、それでも妾と戦えばおそらく被害がでる。どちらにしろこの国は戦場となることには変わりはない」

「そうだな。君は戦争の女神…君の周りは常に戦場が広がっている。戦禍が起こるのも無理はないよ。――だとしても君はそんな態々周りに危害を加えることなんて絶対にしない」

「ほう、なぜそう言える?」

「だって君は()()()()()()()()であり同時に()()()()()()()()()アテナだから。攻めてくる敵を返り討ちし、目的の物ために卑怯な手を使ってでも勝利を掴もうとしてでも、決して面白半分で無関係な無抵抗な国や人々を傷つけない。だって守護する者が自分の気まぐれだけで他人の平和を踏みにじって戦乱を起こすなんて本末転倒もいいところだ。そんなことするのは無知で野蛮で本気を忘れた畜生以下の悪性腫瘍(ゴミクズ)だけ。たとえ神話に背いても、人間の常識を当てはまらない神でも、戦争と知恵を司るならば、やってはいけないことをわきまえてるはずじゃないのか。かつて男に地位と純潔を奪われた女王様だった君なら…ね」

「……むっ」

 

 飄々とした態度から真剣な表情で語る一刀に、アテナは一瞬不機嫌になるが、一刀は止めとばかりに笑顔のまま言葉を紡ぐ。

 

「それに俺は君に敗北を宣言したんだ。勝者の要求を答えるのも敗者の務め。なによりも君みたいなかわいい子の願いを叶えるのは男の使命だ。君が満足できるならこっちは喜んで協力してあげるよ女神様♪」

「……はぁ、調子が狂うな其方は…」

 

 支離滅裂だ、と突っ込みたくアテナだが彼の笑みに裏がないことに見抜き、ため息と一緒に肩を落とした。

 

「とはいえ先ほどの神殺しと違って女神の扱いがうまいものだな、其方。神としての性質を利用してあーだこーだと言って丸め込もうとするとは…口が達者すぎる」

「そりゃそうさ。なんたって神くらい対処できなきゃ―あいつらと渡り合えないから。魚雷とか運び屋とか外道探偵とか外道神父とか地獄の補佐官とか魚雷とか」

 

 ぶっちゃければまつろわぬ神より彼らの方が何千万も恐ろしいと、一刀は思う。

 特に探偵と補佐官がワンセットなら、世界中のカンピオーネが集まってもこの二人には勝てないだろう。精神っと肉体がぽきぽき折れるのが安易に想像できる。ほんと、マジな話で。

 

「魚雷? わからんが、まぁよい。どちらにしろ蛇を取り戻したらあやつと戦わなくてはいけないからな。ここでいささか無駄な力を使いたくはないのは妾にとっては得策かもしれん…」

「あやつ?」

 

 その言葉に気になる一刀だが、突如としてミーミルの瞳から警告表示が展示された。

 

――『緊急報告! 衛星軌道上より超高エネルギー反応あり! こちらに向かってきます!』

「「ッ!?」」

 

 アテナも気配に察知したのか一刀と共に頭上の真上に視線を向ける。

 

 そして、二人が見た。

 光速で垂直に落ちる流星のような光の塊を。

 

「チッィ、よもや城塞の守護者たる妾が奇襲を見落とすとは…」

 

 もはや避けることも防ぐ時間もなく、光が二人を押しつぶそうとする。

 

「この借りはあとで必ず返すぞ…■■■――ッ!」

 

 アテナの叫びは一刀と共に光に包まれ周囲のビル群ごと大地を穿った。

 

 

 

======================

 

 

 地表から遠く離れた地球と宇宙の間――衛星軌道。

 

「死んだ…? いいえ。あいつなら冥府に落ちてもひょっこり戻ってくるだけね」

 

 生身の生物では到底生存できない領域に赤一色の少女が立っていた。

 手には三色ボールペンのような剣が握られているも、剣は粒子となって霧散し消えてしまう。

 

「やはり使用制限がかけらてる…。オレの私有物なのにどうして制限があるんでしょうか」

 

 首をかしげるも、まぁいいか、と考えるの止めた。

 なってしまったらしょうがない。

 回数は確認できたし、奥の手もまだまだある。

 

「あいつが現世に戻ってくる間、暇つぶしにあいつの大事なモノを奪いましょうか。あいつの悔しがる顔が楽しみだわ♪」

 

 アテナと同じようにニヤリと笑みを浮かべ、赤い少女は隕石のように地上へと急降下する。

 

 アテナと続き新たな災い。

 その降臨に二人の神と魔王以外、地上の住む者たちは知る由もなかった。

 

 

 

 



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赤の戦姫

 2017年も残すところ一週間。
 第二章を書き終えることができずまことに申し訳ありません。
 ちょくちょく投稿できるよう努めていきますのでどうかよろしく。


「…気分はどう?」

 

 護堂が最初に目にしたのは見下ろしながら訪ねる金髪少女の顔。

 死にかけから復活したため意識が朦朧としているも徐々に意識が覚醒して、自分が置かれた状態を把握した。

 ただいま、エリカに膝枕をされているところだ。

 

「……うっお!?」

「きゃっ!?」

 

 恥ずかしさのあまり上半身を起こし、顔を赤くする護堂。

 咄嗟に起き上がったため、エリカはすこし驚くも護堂が完全に復活したことに安心し溜息を洩らした。

 

「その様子じゃな大丈夫みたいね」

「すまん。看病してもらって…」

「いいわよ、愛する男を癒すのも愛人の役目だし。本音を言えばもうすこし寝顔をみたかったけど」

 

 と、小悪魔的な笑みを浮かべるエリカ。

 その笑顔は住人の男が見れば惚れ惚れするほど可愛げがあり、護堂も照れくさそうに頬を掻くもエリカのペースに載せられていることに気づき、視線をずらすように周囲の状況に目を向けた。

 自分たちがいる場所は公園だ。

 夕暮れの夕日に照らされ、橙色から薄暗さへと染まりかけていた。アテナと出くわしたときはまだ夕日が落ちてない。おそらく一度死んでから約二時間は経過しているのだろう。

 

「俺が寝てる間なにがあったんだ?」

「そうねぇ、一言で片付けるなら助けてもらったの」

「助けてもらったって…誰にだ?」

 

 アテナから死の呪詛を叩きつけられ、意識が途切れた後の記憶がない。状況から察してエリカが動けなくなった自分を運んで公園まで撤退したのだと思っていたがどうやら違ったようだ。

 護堂はさらにエリカに質問しようとすると、第三者の声に阻まれた。

 

『――発見。カンピオーネおよびエリカを確認しました』

 

 バシャバシャと黒い翼を羽ばたかせ、ベンチに座るエリカの横へ鎮座するそれは一匹の烏であった。

 

「なっ!? カラスがしゃべった…!?」

「あら、ムニンじゃない。お久しぶり」

『首肯、お久しぶりですエリカ』

 

 カラスが喋っていることに驚きを隠せない護堂に対し、まるで知人のように接するエリカとムニン。

 

「えっと…エリカ、このカラスと知り合いなのか?」

「紹介するわ。この子はムニン。北欧神話の主神オーディンの使い魔で、今は私を助けてくれたカンピオーネの…まぁ護堂の『猪』みたいなもんよ。伝令鳩ならぬ伝令カラスってところね」

『挨拶。ムニンです。はじめまして草薙護堂さま』

「あぁ、これはご丁寧に、護堂です…」

 

 丁重にお辞儀をするムニンに、挨拶する護堂。

 カラス?に頭を下げるのもアレだが、これまで出会った神様と同族と比べてムニンの礼儀正しい態様についつい真面目に答えてしまうのであった。

 ふと、護堂がエリカのセリフに気が付く。彼女はたしかに私を助けてくれたカンピオーネ、と。

 

「って、ことは俺以外のカンピオーネが助けてくれたのか? この日本で?」

「そういうこと。ついでに言えばあなたと同じ日本人よ」

「は? 日本のカンピオーネは俺だけって言ってなかったか?」

 

 これまで彼女と周囲の言葉から、日本で初めて誕生したのは自分だけ、と、護堂はそう記憶していた。

 しかし、エリカは飄々と説明する。

 

「それはあくまで公式においてよ。実際の所、世界には裏の組織すら知られていないカンピオーネが何人もいるの。はっきりとした人数は不明だけど護堂と合わせて十人以上はいるはずよ」

「十人以上!? 俺やドニ―みたいな奴がほかにもいるのか!? しかも十人!」

「えぇ。不確定要素が多いから公式には載せられていないけどね。知られていないのはもしもこれが本当だとしたら世界が大混乱になるから結社たちが非公式として噂程度に緘口令を引いてるため。なんたって世界でめちゃくちゃすることができる魔王様が数十人もいるかもしれないんだから当然の処置ね」

「たしかに、俺の時もカンピオーネになっただけで周りが大慌てになったな。でもなんでそんな奴が助けてくれたんだ?」

「どうやら仕事の都合らしいわ。あとその人、私の知り合いだからいずれは挨拶しないといけないわね」

「へっ、知り合い?」

「そぉッ。あと、サルバトーレ卿みたいにいきなり勝負を吹っかけるほどバトルジャッキーじゃないから安心しなさい」

「そいつはありがたいけど、信用できるのかその人?」

「できるわ。騎士道とエリカ・ブランディーネの名に誓って」

 

 真剣な表情で自身を込めて言うエリカ。

 かつてカンピオーネのサルバトーレ・ドニ―にひどい目に合わされ同族に不信感を抱く護堂だが、エリカの真っすぐな目と真剣な姿勢に護堂は彼女の言葉を信じ、逆に、彼女がそこまで言わせる同族に興味を抱いた。

 

「にしても、エリカの知り合いのカンピオーネかぁ…どんな奴なんだそいつ?」

「あら、護堂ったら。愛人の過去の男を知りたいなんて。独占欲でも沸いたのかしら」

「ちげぇって。ただちょっと気になっただけだ」

 

 うっふふふ、と微笑しておちょくるエリカに護堂はツッコム。

 やはり、赤い悪魔だと改めて思った。

 

「それよりもアテナのほうだ。 もしかして、そいつが俺の代わりにアテナを殺ったのか…?」

「………」

「あれ? エリカさん?」

『エリカ、対象が説明を求めています。至急に事態の通達を』

「……そうね。こうして楽しく雑談しても事態は変わらないし」

 

 沈黙するエリカは護堂と顔を向き合う。

 その表情に焦りと苦笑が見え隠れしていた。

 

「よく聞いて護堂。実はね――」

 

 エリカから告げられた事実に、護堂は「まじでッ?」と驚愕と落胆が混じった表情でつぶやいた。

 

======================

 

「これはひどい」

 

 甘粕は眼前に広がる光景に向かって感想をぶつけた。

 都市のど真ん中で、巨大ビルがすっぽり堕ちるほどの空いた巨大な穴。

 まるでドリルで貫いたように垂直に穿ち、地獄の底まで続くような深い闇がそこにあった。

 その闇の周りには瓦礫と化したビル群があちらこちらと倒れ、道路はひび割れ、もはや大地震の被害地だと過言ではない。

 約二時間前のことである。突如として空から極光の柱が天から堕ちたと通告を受け、甘粕ら正史編纂委員会の職員たちが現場に急行。急いで調査や情報規制やらでただいまてんてこ舞いで作業をしていた。

 

「これもアテナの仕業なのですかね」

「――たわけたことを。妾とてここまで無用な破壊はやらんぞ」

「ッ!?」

 

 突如として奈落の底から響いた凛とした声。

 その声を共に穴の底から何かが飛び出し、甘粕と正史編纂委員会の職員の前へ姿を現した。

 それは中学生ほどの小柄な少女。だが、人間の生存本能から少女からにじみ出る圧倒的な威圧感と死の気配に人間ではないと告げていた。

 

「まつろわぬ神…アテナ……様……」

 

 職員の誰かが言った。

 正史編纂委員会では日本に上陸したのはギリシャ神話の女神アテナという情報がすでに上がっていた。

 ならば人間ならなずものは眼前の女神であり、神具を求めて日本に来たアテナ以外そういない。職員たちは結論付ける。

 が、甘粕は腑に落ちないでいた。

 世界一の媛巫女の霊視とカンピオーネの愛人兼騎士からの情報で間違いなくこの地に来たのはアテナであることは確かだ。しかし、その女神がなぜこんな奈落の底から這出たのだろうか?

 日本初のカンピオーネがやったのなら、彼の愛人からなんらかの報告があったはずだ。

 甘粕は唾を飲み込み、この状況を考える。

 …ふと、アテナの右手に気が付く。

 彼女の右手にはボロボロになった青年のコートの襟を掴んでいた。

甘粕はその青年に見覚えがあった。

 ――数時間前、自身が直接依頼を頼んだ便利屋本人だ。

 

「一刀さん!?」

「……ふむ、察するに其方らこやつの知り合いかなにかか」

 

 ならば還すぞ、とばかりに一刀を乱暴に甘粕に投げつけるアテナ。

 甘粕は咄嗟に一刀を受け止める。身長と体重から受け止めた反動で尻もちを搗くもすぐさま一刀の生死を確かめる。

 白いコートは燃やしたように所所焼き焦げ、右腕の袖は肩までない。肌も煤と泥まみれで右腕は火傷で痛々しくなっていた。

 なにとりもまつろわぬ神と関わって正直言って生きてることはありえないと職員たちそう考えていた。

 だが、彼らの想像とは裏腹に、

 

「……息がある…」

 

 首の脈から感じられる鼓動があった。

 おそらく気絶しているのだおろう。命に別条がないことに安堵する甘粕。

 その事実に彼の仲間たちは驚嘆していると、アテナは無表情で告げた。

 

「よかったな。こやつがいなければ今頃このあたりの者どもが冥府に落ちるところだったぞ」

「それはどういう意味ですか?」

「そこまで教える義理はない」

 

 アテナは近くの傾いた電灯へ飛び移ると「おっと、言い忘れておった」と何かを思い出して、甘粕達を見下ろす。

 

「言っておくがそやつは丁重に扱え。ソレは一様妾の戦利品であり、妾に貸しを貸させたモノだからな」

 

 そう言い残してアテナは北東の方へと飛び立ち姿を消した。

 残された甘粕達は呆然と立ち尽くし、アテナが飛んで行った方角をただ見つめていた。

 そのとき甘粕に抱えられた一刀の手がぴくりと微動したことに、彼らは気づいてはいなかった。

 

======================

 

 

「……にしてもあやつの“アレ”は一体なんだったんだ……?」

 

 奈落の穴から抜け出したアテナは気休めにビルの屋上で足を降ろした。

 脳裏に浮かぶのは因縁の攻撃で我が身が傷つけられそうになった時だ。

 あとすこしで大地すら穿つ極光の柱に飲み込まれそうになった瞬間、自分を守るように身を挺す敗者の姿。そして、右手に掲げた巨大な五芒星の魔法陣と()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「魔法陣がどういうものなのかは判別できたが、あの無限そのものといっていい力とそれを可能とする機関がようわからん。いや、仕組みは大体察しているが、あれが神の権能なのか神具なのか妾の知恵と知識を照り合わせても読めきれん。そればかりか―――」

 

 知恵の神の職業病かついつい推理してしまうアテナだが、優先事項を思い出し、思考を切り替えた。

 

「いいや、それよりも蛇を取り戻すのが先決だ。もしもあやつが妾の蛇を横取りしておるなら少々…否、かなり面倒なことになる」

 

 神話の時代から続く因縁の相手。

 完璧であった古き神に戻ろうと、決して後れを取らないであろう宿敵がこの地にいる。

 戦いの時は近い。

 神と神殺しとの逆縁の戦いではない。神と神との宿縁の殺し合いだ。

 

「今宵アテナは古の《蛇》を奪還する。誰であろうと邪魔をさせぬッ」

 

 まつろわぬ古き神になるため、アテナは東京の上空を進む。

 彼女が通った軌跡は闇に包まれ、街の明かりと空の星から光を奪いつくしていく。

 

 さながら光を飲み込む空飛ぶ巨蛇のようであった。

 

======================

 

 一方、武蔵野神社では巫女服の万里谷祐理が神具ゴルゴネイオンを結界で隠す儀式をしていた。

 

「護堂さんたち…大丈夫なのでしょうか…」

 

 護堂たちと別れてから二時間ほど。彼からの連絡もなく心配する祐理。

 不安になり弱気になるも、護堂との約束を思い出し不安を振り払う。

 

「護堂さんも頑張っているはずです。ならこちらも最善を尽くさなければ」

 

 気合を引き締め、メダリオンを隠そうと結界を維持させる。

 が、そんな彼女の決意と裏腹に天はさらなる試練を与えた。

 

――ズッドオオオオオオオオオオオン!!!

 

 隕石が落ちたような爆音と衝撃。

 まるで外国のハリケーンのように神社の扉を吹き飛ばし、祐理に襲い掛かった。

 

「きゃぁぁぁっ!?!?」

 

 突然の爆音と衝撃になすすべもなく転げ跳び悲鳴を上げる祐理。

 

「なななななにごとですかッ!?」

 

 狼狽する祐理はゴルゴネイオンを手にもち、外へと飛び出した。

 清掃が行き届いた風流が漂う寺院の庭。

 しかし、今では木々がなぎ倒され、地面には大きなクレーターが出来上がり庭の景色が台無しになっていた。

 そして、元凶らしき人物がクレーターのど真ん中に居た。

 

「みーつけた。そんなところにあったわけね」

 

 威風堂々と仁王立ちして祐理を不敵に見据える少女。

 炎のように赤く月明りで毛先が金色に光る長髪と犬の着ぐるみの頭のような帽子。

 煌びやかで紅く露出が目立つ軍服らしき衣装にリンゴをモチーフに彫刻された首輪。

 身長と体格は祐理とあまり変わらないが、健康的な肌と無駄な肉のない引き締めた筋肉質な肉体など可憐な百合のイメージな祐理とは相対的にこちらは情熱の薔薇。まるでローマの女将軍的な印象であった。

 年は態度から察して祐理より二つ上だろう。少女から女性になる中間といったところ。

 

「突然で悪いけど、そのメダルをこちらに寄越しなさい。どうせアテナに渡してもろくな事にはならいし」

「ど、どうしてアテナのことを――っ!?」

 

 傲慢無礼に要求する赤の少女に、祐理は訳の分からずどうすればいいか分からずにいると突然として彼女が視界が変わった。

 媛巫女がもちあらゆるものを読み解く霊視だ。

 

「そんな…なぜ、あなた様までこの地に…」

 

 その霊視から赤の少女の正体を知り、祐理は驚きを隠せず口元を手で押さえ後ずさった。

 

 そして、彼女の名を告げた。

 

「アテナと対となるギリシャ神話の戦神―――アレス!!」

 

 闇が刻々と迫る時間。

 戦神アレスは闇を背にして、ニヤリと不敵に笑った。

 

 



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信頼と約束

「主神デウスの血を引き、神々が住む山(オリュンポス)を支配する者…戦神アレスとはオレのこと!!」

 

 膝づきなさい巫女よ、と、あふれ出す神気と威圧感を万里谷に放つアレス。

 神の威圧と恐怖心に万里谷は狼狽するもアレスに反論する。

 

「なっ、なにうえ、御身はメダリオンをご所望なのですか! これはあなた様と同じデウスの子であるアテナに系譜する物! いかようにお使うつもりですか!」

「ふふふふ、愚問ね、東の巫女。オレ――我は戦いの神であり城塞の破壊神。同じ戦の神でありながら城塞の守護者たるアテナとはもはや硬貨の裏表。ならばお互い毛嫌いし、戦い、殺し合うのは当たり前ではないの?」

「ならば、このメダリオンとどう関係があるのです!?」

「知れたこと。そのメダリオンを餌に我はアテナと勝負をする。そして、さらなる戦と反乱を引き起こす! 戦場こそが我が領域、闘いこそがオレを楽しませる遊戯の盤上! これ以上の明確な目的など存在しないわ」

「なっ!? そのような愚行が許されると思っているのですか!?」

「もちろん、許される。なぜならオレがオレ自身が許すのだから問題などあるはずがない。この身は神、ましてや、まつろわぬ神。周囲の常識なんてしったことではないわ」

「うっ……」

 

 万里谷は言葉を詰まらせる。

 眼前の神の暴論にかつてのトラウマの原因が蘇る。

 かの古き魔王と同様、あの神は闘いに餓えている。

 目的のために戦うのではない、戦うことが目的。血肉を踊る、命を懸けた殺し合い。それが目的であり理由であり、存在理由。それがかの古き魔王と酷似していた。

 だからこそ理解できる。

 どれほど聡明な聖人が説得しても、慈悲深い女神がお願いしても、彼ら――戦闘狂という人種は他者を食らい殺すことでしか生きられないケダモノだということを。

 ましてや一介の巫女風情では戦争を司る神格相手に、戦いは無益だと唱えたとしても、馬の耳に念仏にすぎない。

 ――だとしてもだ。

 

「たとえ、あなたさまがどんな横暴を述べようとこれだけは譲れません!」

 

 万里谷にも譲れない意地がある。

 自分が知っている魔王とは違う、優しき神殺しの青年との約束。

 彼が今現在、どのような状態かは知らぬが、おそらくアテナ相手に奮闘しているに違いない。

 ならば自分もまたその働きに応えるため、時間稼ぎをしてでもメダリオンを守り通す。

 たとえ、相手が神だとしても。

 

「いいでしょう。寄越さないのなら結構。だったら力ずくで奪うまで!」

 

 地面を蹴り、一瞬で距離を詰め、万里谷が握りしめたメダリオンにアレスは手を伸ばした。

 

 

======================

 

 

「ダメですエリカ様。うんとんもすんとも動きません」

 

 ハンドルを握りながら申し訳なさそうに言うのはエリカのメイドことアリアンナ・ハヤマ・アリアルディである。

 窓の外では夕方とはいえ、深夜のように真っ暗な闇が広がり、街の明かりや車のライトなど明かりはひとつもなかった。そのため道路では交通渋滞となってしまい、彼女が運転する車も渋滞に捕まり進むことができなくなっていたのだ。

 

「うーん、やっぱり車で移動したのは間違いだったわ」

 

 後部座席に座るエリカはそう呟き、隣で電話をかけている護堂に視線を移す。

 

「護堂、そっちは?」

「ダメだ。万里谷のやつ電話にでてくれねぇ…!?」

 

 苛立ちながら繋がらないケータイを握りしめる護堂。

 アテナと対面する事前に万里谷と電話番号を交換をしたのだが、万里谷のケータイはマナーモードになっており、さらに万里谷はアレスに意識が向いていたためケータイの存在を忘れていたことは、この時の護堂には知る由もない。

 

「くっそ。アテナだけでも厄介なのにさらにもう一体。しかも、アレスなんて、どうして神様が連続で来るんだ!?」

 

 車のドアを叩きつけ、苛立つ護堂。

 数分前、公園でエリカから謎の存在――第二のまつろわぬ神が日本に上陸し大破壊をもたらし、ムニンからその第二の神がアテナと同格であるギリシャ神話の神アレスだということが発覚。

 ムニンによれば、ムニンの主――北郷一刀がアテナと共に光の柱に包まれる際、護堂とエリカの護衛と監視を任されたフギンに情報を流したという。

 その情報に護堂は最初、耳を疑ったが頼れる相棒であるエリカから「アテナを倒せる存在はカンピオーネか同格の神くらいのもんよ。だいたいあの人が嘘の情報を与えてまでする理由はないでしょう?」という説明からしぶしぶ納得した。

 

「そんなに慌てなくてもいいじゃない。カンピオーネになる前だってあなたウルスラグナとメカトロニクス、二体同時に相手したくせに」

「いやいや。あの時は口八丁でどうにかタイマンの状況にしてもらって戦う日をずらしただけで、神様二人同時とか普通に無理だから!」

「そうかしら? カズ――私の知り合いのカンピオーネはカンピオーネになった当日にまつろわぬ神を二体同時に相手して倒したわよ」

「そんな奴とオレを一緒にするな! 俺は普通の高校生だぞ!」

『疑問、普通の高校生は怪獣みたいな猪を召喚したり、ゾンビみたいに復活したり、あげくのはてに世界遺産を破壊するのですか?』

「ぐっ、カラスに正論いわれた…」

 

 助手席から後部座席を覗くムニンからの言葉に悔しがる護堂。

 流暢に喋るカラスに言われる筋合いはないが、事実のため反論する言葉がなかった。

 

「あのエリカさま。日本に上陸したのはアテナとアレスなんですよね? アテナはともかくアレスってあんまり強いイメージがありませんがそんなに危険な神なのですか?」

 

 アリアンナの疑問に、護堂も同意見だ。 

 ギリシャ神話においてアレスは知名度の高い神だ。神話にあまり詳しくない護堂も知っている。

 ただし、護堂の中でアレスという神は一言で例えるなら――チンピラのような印象だ。

 その理由は神話において、所かまわず勝負を挑み、そのたびに無残に負けているからだろう。

 アテナと同じ戦神であるも、アテナは智慧と戦略に兼ね備えた優秀な軍師タイプで、アレスは相手の力量を考えずガンガンいこうぜ精神で力押しをする脳筋タイプ。

 アテナの優秀差と比べればアレスが強いかどうかは実に曖昧だと護堂はそう認識していた。

 しかし、エリカはあえて忠告する。

 

「弱い強い以前に神である時点で災害となんら変わらないわ。その証拠に…ほら」

 

 エリカが窓の外を指さし、その方角に護堂が視線を移す。

 暗闇に包まれた夜眼になれたのか微かに視界がとれ、同時に何かしらの物音が聞こえる。

 護堂とアリアンナはその音を耳を傾けて目を凝らす。

 

「暗い…暗い…」

「明かり…だれか明かりを…」

「なんだんだよこれは!? 真っ暗で何も見えねぇ!」

「イッテ!? 誰だよ俺の足踏んだのは!」

「オイ! 俺の車をぶつけるなよ!」

「うるせぇい! こっちは大事な取引先との取引があるんだ! 止まってるんならそこどけよ!」

「うんだとこりゃ!」

 

 悲鳴と恐怖、そして騒がしい喧噪と罵倒に鈍い破壊音が車外から聞こた。

 わずかながら住民たちが暗い闇で争いを起こしていることが護堂たちにはわかる。

 

「この騒動…もしかしなくてもアテナとアレスのせいなのか?」

『首肯。街から光を奪ってるのはアテナです。彼女はもともと闇と冥府を司る神格。人間が闇に対する恐怖心を蘇らせたのでしょう。ただしこの喧噪の原因は別にいます』

「――アレスなのか?」

「そう。人間がもつ闘争本能を呼び起こして争いを誘発させるのも戦神の性質。アテナの闇に対する恐怖心が反比例して暴走しちゃってるんだわ」

 

 

 存在するだけ周囲に影響を及ぼすのがまつろわぬ神の厄介な特徴だ。

 しかも、今回はまつろわぬ神が同時に二体。その影響力は護堂の頭ではイメージしにくかったが、男たちが殴り合いを始めた途端に連鎖するかのようにあちらこちらで喧嘩が勃発し、暴走族もしくはヤクザ同士のカチコミのような光景を目にしてどれだけ危険なのか改めて理解した。

 

「被害の規模からしてアテナよりアレスのほうが大きんじゃないんかしら。ただでさえ戦争と狂乱を司ってるんだから、東京のど真ん中で出鱈目に暴れまくって阿鼻叫喚の戦場に変わるかもしれないわ」

「不吉なこというなよ。あぁもう、どうしてそんな危険人物が俺んとこにくるんだ!?」

『それがカンピオーネの宿命です。もうガンガン行こうぜ精神で特攻するしかありませんね』

「…いのちをだいじにする選択肢は?」

『ありません。精々じゅもんをせつやくのコマンドならいいでしょうけど』

「護堂の場合、使えるものは即使うから節約なんてするわけないわ」

 

 カラスと相棒の容赦ない事実に護堂は「それもそうだな…」と諦めたように深くため息を吐く。

 

「…やっぱりアテナの知識だけじゃなくアレスの知識も教授してもらえばよかったか…?」

「時間が無かったからしょうがないでしょ。それに教授しても今のあなたの剣で斬ることができるのはアテナとアレス、どちらか一体だけよ」

「あ~そうだった…」

 

 護堂の権能『東方の軍神』のひとつ化身『戦士』。

 神話の知識を言霊にし、言霊を黄金の剣に形成させ、相手の神格を斬る神殺しの剣である。

 神格持ちにとって天敵のような化身だが、デリメットして神に関する知識がなければ発動せず、また、同時に系統の違う神を斬ることができない欠点をもつ。

 神話の知識が乏しい護堂はエリカらから教授と呼ばれる魔術で神話の知識を)口移し(ディープキス)で教えてもらい、化身を発動することができるのだが、権能の掌握が進んでいないため連続で使用することができないのであった。

 

「まぁ、護堂がそこまでいうならこの場で教授の続けをしてあげてもかまわないけど…」

「あ、あのぉ~エリカさん? なんで艶にこちらに身を寄せていらっしゃるのでしょうか…!?」

「うっふふ、万里谷が心配だから教授を途中で中断したけど、無駄に時間を浪費するなら残りの知識を注いだほうがいいかとお思ってね。むしろあれじゃ物足りなかったし」

「物足りないってなにが!? 趣旨が変わってんぞ!? つーかアリアンナさんもいるんだし自重しろよ!」

「いえいえ、私のことはお気に召さらず。どうぞうどうぞ」←家政婦は見た

『呆気。緊張感がありませんね』←撮影モードON

「っていいながらデバ亀しないでくれません!? あと、おまえはおまえでなにスマホで撮影してるわけ!?」

『ただの趣味です。あと、撮影した画像はあとでTwitterで拡散しときますのでご安心を』

「あらいいわね。この際だから他の組織にも私達の関係を公表しましょうか。もちろん既成事実の意味を込めて」

「やめろぉー! それだけはやめてれくれぇぇ! 社会的に死ぬぅぅ!」

 

 そんなこんなで、車が小刻みに揺れながら数分後。

 護堂はなんとかしてムニンのスマホを取り上げるも、御婿さんにいけない体にされた後だった。精神疲労で息が荒い。

 なお、運転席のメイドは「さすがですエリカ様!」と頬を紅潮させてエリカを褒めている。この人は視界から除外しとこときめた。

 当の相棒はというとご満悦のご様子で肌も艶やかであった。

 紅き悪魔じゃなく紅き淫魔の間違いだろう、と護堂は内心で愚痴を溢しならフギンに話をかける。

 

「えぇーと、ムニンだったけ? おまえ、俺たちの傍にいていいのか? こんなこというのはアレだけど、自分とこの御主人さまがもしかしたらアテナかアレスに…」

『無用。私に課せられた命令は、貴方たちをフォローすること。相方と違って主からの命令は忠実に守ります』

 

 と、忠誠の騎士のように答えるムニン。

 その姿勢に「信頼してるんだな」と呟き微笑むが、

 

『なにより我が主があの程度の攻撃で死ぬなんてありえませんし』

「そうそう。死にそうな目に合っても『あ~死ぬかと思った~』っていいながらひょっこり生き残るのがオチよ」

 

 先ほどの忠誠心を吹き飛ばすように肩をすくめて言うムニンと、首肯するエリカ。

 相棒と畜生の言葉から一瞬、同じカンピオーネである剣馬鹿が護堂の脳裏に過ぎた。おそらく、とある部分だけ同じ人種なのだろう。会ったら会ったら苦労しそうだと会ったことのない先輩のイメージを固定化させる護堂であった。

 そんな護堂にムニンは言う。

 

『あと、万里谷祐理の安否は一様大丈夫でしょう。主が仕掛けておいた保険がありますので。アレならば多少の時間稼ぎになるはずです』

 

 

======================

 

 

 アレスの手がメダリオンへと触れる直前、頭上から突如として巨大な鋭いモノが振り下ろされた。

 アレスは咄嗟に地面を蹴り、バックステップして避ける。

 巨大な鋭いものはそのまま地面に突き刺さった。

 

 アレスと万里谷の間を遮り、地面を抉るのは――巨大な鎌の刃だ。

 

――ぎゃっははははは! 間一髪だったな。

 

 頭上から声が聞こえ、万里谷が見上げるとそこには巨大な鎌を振り下ろした一体の怪物がいた。

 

「…ジャックオランタン…?」

 

 西洋文化が疎い万里谷だが、秋とかでハロウィンで見かけるかぼちゃ頭の可愛らしいキャラクターだと思い出す。

 だが、屋根の上で愉快に笑うそれは愛嬌とは真逆な不気味で知性の欠片もない恐怖をモチーフにした化け物だった。

 

『オイオイ、来るのはアテナじゃなかったのかよ。聞いてねーぞ主』

「カラス…?」

 

 そんな化け物の横に一匹のカラスが、文句を言いながらアレスを一瞥していた。

 万里谷が漠然としていると霊視が発動し、カラスの正体に気づいた。

 

「北欧神話の主神オーディンの使いの一端…思考を意味する…フギン」

『なんだ霊視で読んだか。なら自己紹介はいらないな』

 

 そう言ってフギンはかぼちゃ頭の怪物――ハロウィンマンに叫ぶ。

 

『オイ、かぼちゃ頭! あまり飛ばすな! 独立可能とはいえ主からの供給ができない以上、エネルギー切れで顕現できなくなってしまう! 助けが来るまでこの嬢ちゃんを守り通すこと忘れじゃないぞ!』

 

――わーてんよ!

 

 ハロウィンマンが屋根から飛び立ち、アレスに向けて鎌を振り下ろす。

 

「ちっ、かぼちゃの癖にこざかしい!」

 

 迫る大鎌の刃を紙一重で避け、ハロウィンマンの巨体に蹴りを入れようとするアレス。

 ハロウィンマンはひらりと、空に舞う布のようにひらりと、蹴りを回避し連続で大鎌を振るう。

 

もらったー!

 

 ハロウィンマンが奇声を吼え、アレスを細切れにしようとするが、

 

「甘いっ!」

 

 身の丈以上の巨大な刃を、華奢に見える細腕での真剣白刃取りで受け止めたアレス。その刃を地面に深く食い込ませ固定させる。

 

――あっ、やべ――

 

 轟!!

 

 ハロウィンマンが一瞬硬直した瞬間、居合を詰めたアレスの拳がハロウィンマンの顔面に炸裂。

 電車の衝突事故のようにハロウィンマンの巨体が後方へ吹き飛ぶ。

 

「キャー!?」

『うっぎゃー!?』

 

 軌道上に居た万里谷とフギンは咄嗟に横へ跳んで回避するも、フギンだけは逃げ遅れてしまいハロウィンマン共々屋敷に激突。倒れ伏す万里谷の横で屋敷がトラックの衝突事故のように崩れ、ハロウィンマンの上半身が突き刺さった状態になってしまった。

 惨劇の犯人はそれを眺めていると、足元から転がってきた一枚のメダルを拾い上げた。

 

「これがあいつが欲しがっていたモノね」

「そんな…メダリオンが!?」

 

 どうやら回避する際、うっかりメダリオンを離してしまったらしい。

 万里谷は自身の失態に恥じる。

 

「さーて、これをどう使ってアテナの奴を弄ろうかしら…」

 

 メダリオンを指でいじりながら悪戯っ子の顔で考えるアレス。

 と、その時、

 

「やはり、それを狙っていたか――アレスよ」

 

 少女の声と共にアレスの頭上から漆黒の影のようなものが振り下ろされ、アレスを地面へ押しつぶした。

 

「ぐっへ!?」

 

 突然のことに反応できず、アレスは踏まれたカエルのような状態になり地面に臥す。

 「こんどは何なんですか!?」と万里谷は状況が追いつけず反射的に身構えていると、アレスを踏みつけにしていた影が霧散し、ひとりの少女の姿が出現した。

 

「全く、戦場で余裕に浸るなど不用心な。所詮は知性のない馬鹿ということか」

「ま…まつろわぬ神…アテナ!?」

 

 数時間前、霊視で確認したメダリオンを狙うまつろわぬ神――アテナ本人だ。

 彼女はたしか護堂とエリカが対処しているはずだと、万里谷はそう思っていた。

「ここにアテナがいるとすると、護堂さんたちの身になにかが!?」と万里谷は不安を抱く。

 しかし、彼女のそんな気持ちを無視するかのように、もうひとりの戦神が吼えた。

 

「いつまで乗ってるのよーッ!」

 

 噴火の如く地面から起き上がったアレスが自身を踏みつける天敵を空へと投げ飛ばす。

 しかし、飛ばされたアテナは上空で体勢を整え、優雅に着地する。

 アレスは忌々しそうに、アテナを睨む。

 

「くっ、生きてると分かっていたけどこうも早く来るなんて」

「貴様と違ってなにかと恵まれているのでな。運が味方したくれたのだ」

 

 そう言ってアテナが右手に持っていたモノをアレスに見せる。

 それはアレスが握っていたはずのメダリオンであった。

 

「いつのまに!?」

「もともとは妾の持ち物だ。返してもらうぞ」

 

 メダリオンを握りしめ呪文を唱えるアテナ。

 呪文を唱えるたび、メダリオンは呼応するかのように鼓動し妖しい光を灯す。

 

「先刻の奇襲の件を含め、その身にまつろわぬアテナの恐怖、深く刻んでやろうぞ」

 

 アテナがメダリオン――ゴルゴネイオンを天に掲げるとアテナの身体に闇色の光が染められ、容姿の輪郭が変化。さらに彼女の威圧と神としてのオーラが増し、アテナはアテナではない何かへと生まれ変わる。

 

「今こそアテナは古きアテナを取り戻す!」

 

 闇色の光が吹き飛び、そこにはゼウスの)(アテナ)はおらず、代わりに漆黒の鎌を持った女神――地中海を支配していた冥府を統べる叡智の女王――原初のアテナが慢心と歓喜に満ちた顔で降臨した。

 

「赤き神アレスよ。この古きアテナがこの手で貴様に引導を渡してやろう! 神話のように壺の中で泣き叫ぶがよい!」

「……いいでしょう。子供のあなたをいたぶり殺すのもいいけど、全盛期の貴女を倒すのも一興。 我が暴力でその綺麗な顔と肢体を屈辱と恥辱で汚してあげるわッ!」

 

 死の神力を迸る女王の宣戦布告に女将軍は真剣な眼差しで応える。その身体から死すら弾き飛ばすような熱く赤くそして力強い闘志に満ちた神力が迸っていた。

 それはすこしの動作で爆発する時限爆弾のような雰囲気。その光景を前に万里谷は震えて声を零す。

 

「アテナとアレス…おなじ神話の戦神でありながらその性質は正反対…」

 

 

 霊視による恩恵により、万里谷はこの二柱の神の本質をとらえることができた。

 だからこそわかる。―――彼女は対極的で対称的であることを。

 アテナが智慧で戦うなら、アレスは腕力で戦う。

 アレスが攻めが得意なら、アテナは守りが得意。

 そして、アテナが夜のごとき闇と絶対なる終焉という死を振りかざすなら、アレスは昼のごとき光と強靱なる闘志という生命で立ち向かう。

 まさに相反する二つの神髄。その神髄が己を証明するため相対する天敵を討とうとしていた。

 

「このままではこの地がトロイア戦争のような戦場に…いいえ、それ以上の惨劇になってしまう…! 止めなければ――ゴッホ…ッ!?」

 

 立ち上がろうとしたその時、万里谷の口から血がこぼれる。

 

「こ、これは死の呪い…アテナを直視したから…」

 

 原初のアテナは冥府の神である。その身自体が死と同意であり、見るだけで『死』という概念に汚染されるのだ。

 万里谷はまるで『死』という病原体が身体を蝕んでいるような感覚に襲われるも、それを抗うように別の何かが身体からあふれ出し死という感覚が薄れるのも感じとった。

 

「それだけじゃない…これはアレスの…戦いへの狂気…」

 

 生物は生命危機の陥る時、死に抗おうとする生存本能が存在する。

 戦いの中、人は体内からアドレナリンを生成し、興奮状態になって死につながる怪我や痛みを一時的に麻痺させ、延命させることもある。

 アレスは戦神であり、戦災の神でもある。兵士を扇動し、狂戦士のように戦わせる蛮勇の神格。

 死すら恐れない戦神の闘志に触れれば、冥府の死すら対抗できて当たり前だ。

 

「アテナの死と均衡して本能が…身体を生かそうとしている…死なないのはいいですがこれはあまりにも…うっわぁぁああああああああ!!」

 

 だが、それでも『死』は襲う。

 生きようとする身体に対して『死』が命を狩りつくそうと蝕み続ける。

 万里谷は痛みに悶えながらうずくまる。

 

「苦しい…痛い…ッ!?」

 

 生きる限り死があり、死があるからこそ生きる。死の呪いが強くなるほど、命の本能が高まり、命が増強するほど死もまた増強する。

 まるでイタチゴッコのように死と生という循環は彼女の肉体には耐えきれず、地獄のような激痛が駆け巡る。

 その苦しみは一思いに殺してくれと介錯を願うほどで、彼女の折れなかった精神を徐々に削っていく。

 

「もうこれまで――」

 

 

 

『もしも危険な目に合ったら俺を呼んでほしい』

 

 万里谷の意志が砕かれようとしたその時、脳裏に青年の声が再生する。

 

『俺のことを強く考えてくれ。必ず俺が万里谷を助けに行く』

 

 それは数時間前――草薙護堂がアテナのもとへ赴くまでの会話だ。

 

「……す……て…」

 

――彼は私が知っている魔王とはどこか違っていた。

 

『それは護堂さんの権能なのですか…?』

 

『あぁ、たぶんな』

 

『た、たぶんて!?』

 

『まだ使える条件がはっきりしなんだ。悪い』

 

――いい加減で自身の立場もわきまえず直感で物事を語る彼が人類が恐れる王なのかどうか疑問を抱いた。

 

「た……けて…」

 

――でもひとつだけ分かったことがある。

 

『確信がないこと言って悪かった。やっぱあぶな時はゴルゴネイオン置いて逃げてくれ』

 

――彼には素直で私や他人のこと第一に気に掛ける優しさがあった。

 

「……ご…さん…」

 

――だからだろうか、私が彼に畏れることもせず友のように言葉を交わせたのは。

 

『貴方は不思議な方です』

 

――だからだろうか、私は彼のために神に立ち向かうことができたのは。

 

「たす……て…」

 

――神同士の争いに口を挟めず隅で苦しむ不甲斐ない私ですがどうか一度だけ王(あなた)に願います。

 

『私はあなたを信じます』

 

――もしも、あの言葉が本当なら…嘘偽りのない友との約束ならば答えてくれますよね。

 

『きっとお呼びしますから助けに来てくださいね。必ず…』

 

――だから、

 

 

「――助けてくださいッ! 護堂さぁぁぁぁぁぁん!!」

 

 

 二柱の戦神が相対する最中、一人の巫女の叫びが夜空へ木霊する。

 そして、

 

 

 ヒュゥ~~!!

 

 乙女の声に応えるかのように、彼女の眼前に一陣の旋風が吹く。

 風は激しさを増して、小さな竜巻へと形を変え、戦神の戦場の空気を乱す。

 

「なによ、この風?」

「…ほう、よもや死の淵から蘇るとは。さすがはカンピオーネといったところか」

 

 アレスとアテナが旋風のほうへ視線を移す。とくにアテナは感心したかのように風の発生源を面白そうに眺める。

 そして、小さき竜巻は役目を果たしたかのように突如として霧散し、ひとりの戦士を送り届けた。

 左腕に金髪の美女が離れないよう身を寄せ、右肩に妖しき大烏を乗り、その双眸は眼前の戦神たちを睨みつける。

 その姿はまるで神すら恐れない蛮族の王のような風貌であった。

 

「あぁ…」

 

 万里谷は身体の激痛を忘れるように安堵の息を零す。

 世界が彼を魔王と罵倒しようが、人々が彼を暴君だと罵ろうと自分は彼を信じるられる。

 

「……来てくださったんですね」

「約束したからな」

 

 

 なぜならその背中を観ただけで彼女の中に、神という畏怖は消え去ったのだから。

 

 

 

『おい、あいつら、あたしらのこと忘れてラブコメ的なことやってねぇか』

 

――ぎゃははは、青春だな

 

 

一方、がれきの下敷きなっていた一羽とカボチャは微かに香るラブ臭に人知れず呟いていた。



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赤い星

 

 東方の軍神――その化身『強風』による瞬間移動でエリカ(とムニン)と共に万里谷がいる神社へと跳んで来た草薙護堂。

 彼が目にする。

 崩壊した神社と神社と神社に突き刺さったハロウィンの滑降をした謎の物体。

 対峙するアテナらしき白い美女見知らぬ赤い美女。

 そして、どこから『こいつを早くどかせろ~』と響く謎の声。

 

 そんな混沌として状況に護道は、

 

「どういう状況なんだこれっ…!?」

 

 脳の処理が追い付かずおもわずツッコミを入れてしまった。

 

『察するに、これは危機的状況から主人公が現れるテンプレ的な場面ではないでしょうか』

「あれって北郷一刀の化身じゃない。なんで神社で犬神家してるのかしら?」

「おまえら何暢気に静観してるわけ!?」

 

 そんな護道とは反対に、もう慣れていますとばかりにエリカとムニンは冷静だった。

 そんな一人と一匹に律儀にツッコミを入れる護堂に万里谷が近寄る。

 

「護堂さん、ご無事でなによりです…」

「万里谷! おまえ無事か!? ケガは!?」

 

 心配する護堂をよそに万里谷は弱弱しく言葉を語り掛ける。

 

「助けに来てくれてありがたいのですが私…もう駄目みたいです…」

「万里谷!?」

 

 突然、倒れようとする万里谷を護堂が支えた。

 護堂の腕の中で万里谷は今にも死にそうな顔色で、息が荒い。

 

「これは死の呪いに狂気的な闘争の波動! アテナの再臨とアレスの闘争心を直視したんだわ!」

 

万里谷の不調の原因に気づき、エリカが叫ぶ。 

 

「闘争の狂気に触発された精神が死に蝕られた肉体を無理に生かそうとしているけど…」

『警告。生と死が均衡しているため運よく生き長らえていますが、これは死にたくても死ねない状態です。死の呪いによる肉体的な崩壊とに闘争本能よる生命力の増幅…この繰り返しにこの子の身体は外も内もボロボロです。おそらく想像絶するような激痛が彼女を苦しませているはずです』

 

 エリカとムニンの説明を聞き、万里谷の眼を見る。

 護堂に抱かれ安堵している様子だが、瞳孔に光がなく、まるで介錯を求めているような眼差しを感じる。

 

――そんなことさせねぇ! 

 

「エリカ、どうすればいいッ!」

「『剣』を使いなさい。言霊の剣なら死の呪いも狂気の波動も消し去ることができるわ」

「よっし!」

 

 すぐさま化身『戦士』の一部を使用して、右手に黄金の剣を召喚する。

 権能を顕現させる言霊を紡ぎながら、剣の柄を万里谷の額にコンッと当てた。

 

「……うっ、あれ? 体が良くなった…?」

 

 万里谷の体を蝕んでいた呪いと狂気は黄金の剣による浄化が綺麗さっぱり消え去った。

 ムニンは万里谷の肩に乗り、彼女の状態を検査する。

 

『……安堵、バイタルは安定。危篤から脱出できた模様です。体力の消耗は激しかったようですが休息や治癒系の魔術で回復すれば良くなりますよ』

「ならここからは私に任せて。回復系の魔術ならすこしばかり使えるから」

 

 そういって、万里谷に魔術を施すエリカ。

 護堂は、万里谷をエリカに預け、二柱の神の片方――アレスの方へ睨みつける。

 

「それで、あんたがアレス本人でいいんだよな?」

「えぇ、その通りよもう一人の神殺し。オレこそがギリシャ神話を代表する戦神アレス。覚えておきなさい」

 

 艶笑を浮かべ、護堂を見下して言う。

 カンピオーネの直感か赤い美女がアレスだと気付いた護堂は気にせず言葉を紡ぐ。

 

「どうしてアレスが女になってるのかはこの際置いとくとしてだ。アンタらが万里谷をこんなに目に合わせたのか?」

「結果にいえばそうだといえるわ」

「うむ。妾も久々の力故に制御がきかぬようであったが、まぁ、どうでもいいことだ」

「どうでもいいだと? 俺のダチが死にかけたんだぞ。今だってあんたらのせいで暗闇一色で周囲の人が迷惑しているし、中には喧嘩沙汰で交通事故まで起こす出すバカまで現れてんだ。神様同士で喧嘩がしたいなら迷惑を掛からない他所でやってくれ」

「そのような戯言、妾たちが聞くとおもうか?」

「馬鹿だわ。神殺しってみんな能天気な頭でもしてるのでしょうかねぇ」

 

 怪訝するアテナと小馬鹿にするアレス。

 護堂は一度、深呼吸をして言葉を吐く。

 

「…最後の忠告だ。このままなにもしないで帰ってくれ」

 

「「断る(やだ)」」

 

 アテナとアレスの言葉が被る。

 

「そうかよ。ウルスラグナとメルカルトのおっさんとちがって話が通じるかもって考えた俺がバカだった」

 

 護堂は瞑目し、見開くと体から人間ではありえないほどの呪力を放出。

 双眸に込められた怒りと殺意を二柱のまつろわぬ神に向ける。

 その視線にアテナが興味深く頷く。

 

「ほう、初めて会った時とは見違えるほど殺気をだせるではないか神殺しよ。どうやら平和主義を撤回する気になったようだな」

「平和主義を鉄塊する気はない。ただ仲間がひどい目に合わされたんだ。それで怒らないほど俺はお人よしじゃないだけだ」

「その言葉はつまりあれか。妾たちを相手にするという意味でよいか?」

「乱闘ね。オレはOKよ。まとめてミンチにしてあげましょう」

 

 アレスが肉食獣のような双眸で、バキバキと指を鳴らす。

 

「無茶です護堂さん! 相手はまつろわぬ神二体! しかもギリシャ神話を代表する二大戦神です! 勝ち目などとても――」

「あのさぁ、万里谷。俺は別にあいつらに勝ちたいとか、勝率があるかないかで挑むわけじゃないんだ」

「…え? それは一体…?」

「俺はただおまえを傷つけたあいつらと、お前を守れなかった俺自身に対する怒りをぶつけたいだけだ」

「護堂さん…」

 

 拳を握り締め感情の爆発を抑える護堂。

 面白半分でトラブルを振りまく女神たちの態度に加え、大切な友人を傷つけられたのだ。

 怒るには十分すぎる理由だ。

 

「自分勝手な言い分ねぇ護堂」

「だな。八つ当たりって自分でも自覚しているけど、まぁ今回だけは大目に見てくれよ」

「ふふふ、今回だけ、ね。どうだか」

 

 自嘲する護堂につられてエリカも笑う。

 しかし、冷静に考えて万里谷の言う通り不利な状態には変わらない。

 せめて片方だけ相手にしてくる奴がいれば、と考えたとき――

 

 

「だったらその八つ当たり、俺も混ぜてもらうよ」

 

 

 青年らしき声が響いた瞬間、背景が変わった。

 

「赤い月…?」

 

 さきほどまで暗闇に包まれていたはずの町は赤い月が照らす怪しげな世界へと変貌していた。

 

「なによこれ? 急に世界が変わったわよ」

「結界か…? 世界の理すら浸食するとはよほど高度な術のようだ」

 

 眼前の女神たちの態度から彼女たちの仕業ではないらしい。

 護堂はなにか知らないと、エリカに聞こうとすると彼女はため息を一つ漏らしていた。

 

「…まったく、来ないとは思わなかったけど、タイミング良すぎじゃないの。――ねぇ、()()()()

「真の主人公は遅れてやってくるのが王道ってもんだよ」

 

 エリカの後ろから白いコートを着た青年――北郷一刀が歩いてきた。

 

「あんたは…」

「こうして面と向かってするは初めてだったね後輩。あの時は返事がないただの屍のようだ状態だったし」

「……もしかしてエリカとムニンが言っていたカンピオーネ…?」

「名前は北郷一刀。君の先輩で便利屋を営んでいる神殺しさ」

 

 一刀は護堂に近づき、彼の頭をポンポンと叩く。

 不意にフレンドリーに接する一刀に護堂は一瞬身構えるが、一刀から闘志や悪意はなく、まるで年上の優しいお兄さん的なオーラしかない。

 この人ほんとうに俺が知っているカンピオーネか? と、知人の同族と比べて疑問する護堂はとりあえず警戒心を解くことにした。

 

「へー、アテナが生きているのは想定内だったけど、まさか神殺しまで五体満足でぴんぴんしてるなんてね」

「当然だろう。あやつとて神殺し。そう簡単にはくたばらん。っが、こんなにも早く復活するとは妾も想定外だ」

 

 紅白の女神たちも一刀の登場に驚きを隠せず、興味深そうに静観していた。

 

「見ないうちに別嬪になったねミニ女神さま。イメチェンでもした?」

「本来のスタイルに戻しただけだ。そちらこそ、この場に来るまで時間をかけた分、最初の時と変わらぬではないか。汚れた髪くらい水で洗っておけ」

「ごめんごめん、君が去った後、こっちもいろいろと忙しかってね。とりあえず着替えだけはしておいたよ」

 

 いつもの癖でアレスの攻撃からアテナを守った際、ボロボロになってしまったコートだが、今は新品のものへと変わっていた。

 

「ここに来たということは、妾にリベンジをするためか神殺しよ?」

「うーん、それはまた今度にしとくよ。負けた賠償もまだ払ってないし。なにより負けてすぐ勝負を挑むほど無礼者じゃないから」

「ふっ、謙虚なことだな」

「だとすれば、あなたの相手はオレかしら?」

 

 アレスがアテナから一歩前へ出る。

 

「あんたのせいで俺の一帳羅が一回ダメになったからな。服の代金と慰謝料、アンタの身体で払ってもらうよ」

「はっ、そんな貧相な体でオレを満足できる?」

 

 ニヤリ、笑みを見せるアレスだが、双眸には傲慢さはなく、あるのは純粋な闘争本能だけだった。

 アレスは直感していた。

 こいつは強い。

 この中で誰よりも、と。

 

 アレスの興味が一刀に固定され、一刀は護堂に言う。

 

「ということで、赤は俺がもらうから白は頼んだよ後輩」

「言われなくても、俺の狙いは白のほうだ先輩」

 

 拳を交わし、二人の神殺しが改めて目の前の神へと対面する。

 その意気込みに二人の女神も答えるように、神殺しに宣言する。

 

「では始めよう。神と神殺しによる――」

殺し合い(デート)ってやつをね!」

 

 

=================

 

 

「挨拶代わりに、これでもくらいなさい!」

 

 アレスが地面を強く踏むと、地面が盛り上がり巨大な物体が姿を現した。

 

 

――グォォオオオオオ!!

 

 

 大地を揺らすほど雄たけびを上げたのは、体長およそ30メートルがあろう赤い剛毛に覆われた鋭い牙を持つ猪だ。

 

「なんだあれ!? 俺の化身みたいのが出たぞ!?」

「あれはアレスの聖獣です! アレスには狼、猪、鶏、啄木鳥の聖獣がおります!」

 

 自身の化身である神獣と瓜二つ――否、それよりも凶暴そうな巨猪が今にも突撃しようと身構える。

 

「だったら猪には『猪』で!」

「やめなさい護堂! こっちにはけが人もいるのよ!」

『結界を張ってるので現実世界には影響出ませんが、こっちまで被害が出るのでやめてください』

「ならどうするんだ!?」

「どうするのなにもここは……北郷一刀!」

「はい、任された」

 

 一刀が返事したと同時に猪が突進。その巨体で一刀たちを押しつぶそうとする。

 しかし、一刀は微笑を零し、腕を十字に振るう。

 連動して目に見えない糸――権能の神糸が二本交差し、突撃する猪を受け止め、張りながらその突進を停止させた。

 

 

――グォォオ?

 

「――吹き飛べ」

 

 一刀が呟いた瞬間、糸の反動で猪は跳ね返され、向こうの町へと吹き飛ぶ。

 ドゴーン! という轟音が響き、地面がすこし揺れた。町のど真ん中に土煙らしきものが上がっていた。

 

「お、おい、町のほうは大丈夫なのか!?」

「問題ないわ。この世界には一般人はいない。いるのは私たちだけよ」

 

 町のほうを心配する護堂にエリカが説明する。

 世界遺産をぶっこわした奴がいう資格はないのに。

 

「すごい…あれほどの神獣を一撃で―――あぶない!?」

 

 唖然とする万里谷は、一刀の背後に一瞬で回り込んだアレスを直視し、一刀に叫ぶ。

 アレスの手が一刀の首をへし折ろうと延ばされる。

 

「――ハロウィンマン」

 

 

 バッキーン!

 

 

 首の触る寸前、アレスはとっさに一刀から離れた。

 アレスがいた場所には見慣れた大鎌が地面に刺さっていた。

 

 

――ぎゃははははは、主の呪力で俺様ふっかーつ!

 

「チっ、またあんたかッ!」

 

 一刀の頭上で呪力を補給されたハロウィンがゲラゲラと下品に笑って浮かんでいた。

 アレスは再度、攻めようとするが一刀の周りに展開された複数の糸が行く手を阻み、糸に妨害されている瞬間にハロウィンマンの大鎌が攻め立てる。

 

「糸が邪魔で動きが――きゃっ!?」

 

――きゃっ!? てか、かわいい声なことで!

 

「うがぁぁ殺す! まとめて殺してやる!?」

 

 動きを封じられ、一方的に攻められるアレス。

 しかし、戦神は伊達でない。

 糸に拘束されないよう直感で見えにく糸を避け、ハロウィンマンの大鎌を手刀で反らしてつつ、一歩ずつ一刀に近づこうとする。

 攻防が続く一刀とアレスの戦いに護堂は目を丸くして傍観していた。

 

「あれが北郷一刀の権能…」

 

 以前、同族である剣の王と対面し勝負したたことを思い出す。

 彼の超絶した剣技で危機的状況に追い込まれが、あれは一対一の勝負だった。

 しかし、一刀は神獣?らしき化身とカンピオーネの視力でようやく知覚できる細い糸を操作して、二対一で神を封殺・圧倒していた。

 手札を残しているかもしれないが、もしも、彼と敵対するなら苦戦を強いられるのは間違いない。

 あのバカと同じ、後で死合しようぜ、という展開(ノリ)がないことを護堂は願いたい。

 

「貴様の相手は妾であろう草薙護堂!」

「うぉっ!?」

 

 護堂は獣的な直感で体を倒して、横に振られた黒い鎌を避ける。

 一刀とアレスの戦いに気を取られていたが、まつろわぬ神は一体ではない。

 アテナが尻餅した護堂に向けて鎌を振り下ろす。

 

「ちぃっ、またこれか!」

 

 鎌は空中で固定され、アテナは舌打ちをする。

 鎌の柄に一刀が巡り張られた糸が絡まり、鎌の動きを止めていたのだ。

 

「よそ見は禁物だよ後輩」

「悪いぃ、助かった!」

「オレを無視すんじゃないわよ!」

 

 ハロウィンマンの刃と神糸を掻い潜り、アレスが一刀へと着実に近づいてくる。

 

「ウィッカーマン!」

 

 一刀が叫ぶと同時に、アレスの影から燃え盛る松明の巨人――ウィッカーマンが顕現。

 その身を檻と化し、アレスを胴体へと閉じ込め、彼女もろとも焼き尽くそうとした。

 だが、

 

「しゃらくさいわぁあああああ!」

 

 神獣すら敗れはずの籠をアレスは膂力だけでぶち破り、その衝撃でウィッカーマンをバラバラに霧散する。

 これには一刀も驚き目を丸くするが、すぐにポーカーフェイスとなり、次の一手に移る。

 

「護堂、二手に分かれるぞ」

「っ!? わかった!!」

 

 護堂もさすがにまつろわぬ神が二体同時にいるのは面倒だと察し、承諾する。

 アレスは体についた煤を手で払い、アテナは神糸に拘束された鎌を分解させ、新たな鎌へと再構築していた。

 二人を離すのはこの時しかない。

 

「ハロウィンマンッ…!」

 

――ぎゃはははは承知!

 

 ハロウィンマンがアレスにめがけて突進。手に持った巨大なランタンで殴りかかろうとする。

 

「そんな玩具で!」

 

 アレスはランタンに向かって蹴りを入れ、ランタンを蹴り飛ばした。

 しかし、それはフェイク。

 ハロウィンマンの後ろから一刀がタックルし、アレスを両手で捕まえる。 

 

 

「ちょっ!? 一体に何を――」

「すこしばかり空へのデートに付き合ってもらうよ。来い、シャンタ!!」

 

 一刀がその名を叫ぶと空の果てから高速で飛んでくる黒い物体――シャンタク鳥のシャンタが神社と通り過ぎると同時に後ろ足で一刀とアレスを掴み取り、東京湾に向かって飛んで行った。

 

「あれぇええええええええええ!!?」

 

 奇鳥に攫われたアレスは驚きのあまり叫び声をあげながら、東京湾へと強制連行されていった。

 

「かぼちゃ頭の悪霊に火達磨人形、とどめは竜に似た奇鳥か。次から次へ、面白いモノを飼っているな、あやつ」

「おい、アテナ!」

 

 一刀のペットに関心を抱くアテナが名前を呼ばれて振り向くと、石灯篭が眼前に飛んで来た。

 アテナは驚きもせず鎌で灯篭を両断する。

 視界に護堂の姿が映る。

 

「来いよ、俺たちも場所を変えんぞ」

『護堂様、お供します』

『ふぅ、やっと出れた…って、ムニン? なぜここ? つうかどこに行くんだ! おい!?』

 

 

 不敵な笑みで手招きする護堂はそう言い残し、神社から走って離れる。

 続けて、一刀に置いてけぼりをされたムニンと、瓦礫からようやく抜け出したフギンが護堂の後を追う。

 

「ふっ、おもしろい。どのような策があるかわからぬが、その誘い乗ってやろうではないかッ…」

 

 アテナもまた興味津々で彼の背中を追った。

 

「北郷一刀は海へ、護堂は街ね。これならお互い気にせず戦えるわ」

「エリカさん…護堂さんはいったいなにを…」

 

 神社に残されたエリカと万里谷。

 万里谷は心配そうにエリカに尋ねると、エリカは自分が羽織っていたジャケットを彼女に羽織らせた。

 

「安心しなさい。あなたが身体を張ったおかげで、あの自称平和主義者も本気で戦う気になってくれたわ」

 

 出会って半年もないが、エリカは草薙護堂という少年を熟知している。

 彼は一度、火が付いたらとことんやる男なのだ。

 

「ところで万里谷。話が変わるけどあのアレスについて何か知ってる? 北郷一刀が相手してるから大丈夫と思うけど、念のため情報が欲しいの」

「……彼女を初めて見た時に、あれがアレスだと気づきました…。むしろ()()()()で神として現れるなんて思いも知りませんでした」

「あんな形?」

 

 万里谷の言葉に、エリカが小首を傾げた。

 世界一の霊視能力を持つ彼女が、たかが神話の神ごときで怪訝するとは一体?

 エリカ、どういう意味なのか聞こうとする万里谷が質問する。

 

「エリカさん。あの人は一体何者なんですか? 護堂さんのことを後輩と呼んでいましたし、もしやカンピオーネなのですか? それにエリカさんとは何気に親しげに話していました。いったいどういった人物で、どのような関係を…?」

「あら、あなたまで私の男関係に興味があるわけ?」

「いいいえ! そんな不謹慎なこと知りたいわけでは!?」

 

 顔を赤くしブンブンと横に振るう万里谷。

 そんなウブな彼女にエリカはくすりと笑う。

 ゴッホン、と万里谷はわざとらしくせきをして自身の心配を呟く。

 

「ただ、あのアレスはただの神ではありません。カンピオーネでも倒せるかどうか…」

「ふふ、ネガティブなコメントね。カンピオーネの恐ろしさを知る人間から出た言葉とは思えないわ」

「…正直、なぜ、そのような言葉がでたのか私にはわかりません。ただ、あれを霊観た瞬間、媛巫女としての本能が告げえるのです。――()()()()()()()()()()()()()()、と」

 

 アレスと最初に直視したとき、アレはまつろわぬ神だと思った。

 しかし、改めて観てみれば、自分が見ている部分は卵の殻であり、その中身は神とは違う別の存在が隠れていた――万里谷はそう結論したのだ。

 

「――まったく。どうしてこうもイレギュラーな相手ばかり寄ってくるのかしらあの人は…」

 

 そんあ不安が積もる万里谷に対して、エリカはそれがどうしたとばかりに呆れていた。

 

「万里谷、彼…北郷一刀については護堂と一緒に後で教えてあげる。その代わりこの先何があっても彼のことを深く考えたらだめよ。驚くだけ無駄に疲れるから」

「あのぉエリカさん…?」

 

 カンピオーネで勝てるかどうか話しているというのに、エリカは一切の不安も期待もせず東京湾がある方角へ視線を向ける。

 

「私の愛人ためアレス(そっち)は頼んだわよ。元カレさん」

 

 

 

=======================

 

 

 

 シャンタの高速飛行おかげで一瞬で東京湾についた一刀。

 なお、アレスは一刀の腕で拘束され、「離せ離せ!」と喚きながら暴れていた。

 

「ご苦労様。ここからは俺がするから、安全な場所に避難してくれ」

 

 シャンタは奇鳴を叫ぶと一刀を離し、空の彼方へ飛び去った。

 一方、空中に投げ飛ばされた一刀はアレスの言う通り彼女を離してやり、距離をとる。

 

「蹄を鳴らせ、多脚の天馬」

 

 続け聖句と唱える。

 唱えた権能は『北欧の軍神』のひとつ『滑走する八足馬』。

 オーディンの愛馬であるスレイプニルの能力を付加する化身。

 発動すれば陸海空、さらに宇宙や移動もできない異空間などどんな場所でも移動が可能になる機動用の化身である。

 

「ミーミル、飛行制御は任せた」

――『了解』

 

 化身の制御を相棒の魔眼に任せ、アレスと向き合う。

 同じく東京湾上空に投げ飛ばされたアレスはいつのまにか空飛ぶローマ戦車を召喚しそれに乗っていた。

 

「わざわざ場所を変えるだけに神獣をタクシー代わりにするなんて贅沢な王様なこと」

「仕方ないだろう。俺の手札の中でアイツが一番早いし。周りを気にせず君が満足げに戦える場所と言えばここしか思いつかなかったから」

「ふん、どうだか」

 

 無理やり連れてこられたことに不満を零すアレス。

 一刀はなだめる様にいう。

 

「本音を言えば楽に倒せればそれでいいけど。そんなの俺も君も納得しないだろう。とくにあんたみたいな戦闘馬鹿は全力でやらないとあとでどんなしっぺ返しがくるかわかったもんじゃないしさ」

「あら、よくわかってらっしゃること」

 

 皮肉を混じらせて説明すると、すこしだけ機嫌が治った。

 自嘲で会話するとなぜか戦神系の神は大抵気に入る。戦神受けが良いジョークの一種だ。

 アレスは戦車から一本の槍を取り出し、石突を戦車の床にきつめに叩く。

 

「手を抜くほど甘ちゃんじゃないから。覚悟しときなさい」

 

 その言葉を合図に動力源である四頭の神馬がうめき声をあげ前進する。

 東京湾上空で北郷一刀VSアレスとの戦いが切って落とされた。

 

 

 

=======================

 

 

 

 一方、アテナと鬼ごっこをしてた護堂はというと。

 

 

「どうしてアレスが女なんだ?」

 

 住宅地の路地裏を通りながらそう呟いていた。

 

『今更ですか』

「いや、だってアレスは男の神だろう? それが女の姿で現れたんだ。不思議に思うだろ?」

『それについてはあたしも同感だな』

 

 両肩にはムニンとフギンが乗っていた。

 護堂の後を追ってきたが飛ぶのに疲れたため彼の肩で小休憩をしていた。

 

『にしても原初のアテナに追われているのに余裕だな、おまえ。あたしたち命がけの追いかけっこしてなかったか?』

「最初のときはそれなりにシリアスがあったんだが…」

 

 チラッと、後ろを振り向く。

 

 

 

 

――グォォオ!!!

 

「この駄猪め! 主に似て我の邪魔をしおってからに!?」

 

 

 

 街中を這いずる巨大な黒い蛇とその頭に乗ったがアテナが巨大な赤い猪と対決していた。

 

 一刀が吹き飛ばしたアレスの神獣だ。

 

 運悪く街中へ弾き飛ばされた猪が護道を追っていたアテナとばったり出くわしそのそままバトル開始。

 

 怪獣映画のように、争うたびに住宅地が瓦礫と化していく。

 

 現実世界だったら大災害だったろうが、幸いに町には護道とその関係者しかいないため人的被害はゼロ。

 さらに、アテナはチンピラのように喧嘩を売ってくるアレスの赤猪に集中しており、護堂を追うことができずにいた。

 

 この怪獣バトルが終わるまで、しばらく走らなくてよさそうだ。

 

 被害の余波が来ないギリギリの距離を保ちつつ、護堂たちはリアル怪獣映画を傍観する。

 

『自分で話を折ったが話を戻そう。ムニン、アレスがなぜ女なのはおぬし知っているのか?』

『えぇ。ご主人様から情報を並列化させていただきましたので』

「情報を並列化?」

『護堂様は北欧神話で我々がどのような立ち位置なのかご存知ですか?』

「えぇーと、俺のイメージだとオーディオの使いパッシリみたいな?」

『だれが使いパシリだぁ! つうかお前もそのイメージかっ!』

「え、違うのか?」

『訂正。我々には意味名があります。フギンは《思考》を、私は《記録》。神話において私たちの役目は主の眼となり耳となり、そして使者として世界中を飛び回り情報を伝えることが役目』

『つまり、あたしたちはどんな遠い場所でも主と情報をリークすることができるってことだ』

「へぇー便利そうだなー(棒)」

『ほんとに理解してるのか?』

『フギン。今は私達のことではなくアレスについてです。余談はあとにしてください』

『むぅ、そうだったな。んで、主からの検討の結果、あのアレスがどのようなものなんだ?』

「俺も知りたい。もしかしたらあの神様もこっちに来るかもしれないしさ」

 

 相棒のエリカが信頼しているカンピオーネだが、完全には信用はしていない護堂。

 なにせ、同族のおかげでひどい目にあったのだ。疑心暗鬼になるのも無理はない。

 

『護堂様、勘違いしておりますがあの神はまつろわぬ神ではありません』

「は?」

『正確に述べますと、まつろわぬ神というカテゴリーには入ってはいますが、種族からして純粋な神というわけでもないのです』

 

 ムニンの言葉に護堂は怪訝する。

 まつろわぬ神なのにまつろわぬ神ではない。

 ならばあの戦神は誰だ、と疑問を視線で問いかける。

 

『アレス。アレは神話の殻を被った――』

 

 

 

 

=======================

 

 

 

 

「YAHHHHHHHHHHHHHHHHH!!」

 

 

 アレスが雄たけびを上げ、戦車ごとに突撃する。

 

「武具をあまりもたないアレスの数少ない神具か。征服王の戦車以上だ!」

 

 空を翔る戦車は一直線に加速し、特攻を仕掛けるが安易に避けられる。

 だが、あきらめず空中で湾曲に旋回し、再度突撃。

 

 一刀は避けず、あえて前へと飛び込み、四頭の神馬を踏み越えアレスの戦車に乗り込んだ。

 

 アレスは手に持った槍で一刀を払い薙げようとするが一刀は柄を掴みとめる。

 互いに槍の柄で押し合うも、二人の筋力で槍は折れてしまう。

 二人は折れた槍を剣としてぶつけて数回、折れた柄で打ち合うも互いの埒が明かず、折れた槍を捨て、拳と体術で殴り合いを開始。

 

 一刀の重く速い拳がアレスの顔をめがけて伸びるが、アレスは片手で反らし逆に一刀にアッパーを放つ。

 切れ味の良いアッパーで体が倒れそうになる一刀だが、同時に回し蹴りを放つ。

 アレスはとっさに両腕でガードするも耐え切れず、戦車の端に蹴り飛ばされ倒れてしまう。

 その隙を見逃さず一刀がアレスに馬乗りをして、連続で拳を振り下ろす。

 アレスは必死に両腕を盾にして防ごうとするも、一刀の拳はすさまじく、ガードの上から衝撃が届き、その顔に痣を残す。

 主人のピンチに気付いたのか神馬は急速旋回し、馬乗りになっていた一刀を空中へ投げ飛ばした。

 飛行状態をオフにしていない一刀は態勢を立て直すと、戦車は彼の眼前に停車する。

 戦車に乗ったアレスは口に溜まった血をペッと掃き出し、一刀を睨みつける。

 

「格闘技というより獣の膂力ね。身体能力は神と互角かそれ以上。技術は達人未満ってところかしら」

「さすがは腐っても戦神様。神話と違って相手の力量を見誤らない眼力の持ち主なことで」

 

 互いに称賛する神と神殺し。

 だが、アレスのほうは眉を寄せて一刀に言う。

 

「あなた、気づいていたわけね」

「ん? なんのことかな?」

「とぼけても無駄よ。この“(オレ)”が“アレス(オレ)”ではないことは最初に出会った時からわかっていのでしょ。初対面でオレの姿にリアクションをしなかったのはその証拠。先ほどの攻撃だって殺意なんて入ってなかったし」

「それはまぁ、女性の顔を殴るのは心苦しいし…」

「その割にはボカボカ殴ってたわよ。答えにくいなら神として質問するわ。あなたはいつから()()()()()()()()()()()()()?」

「…アテナと平和的に交渉してるときに降ってきたあの光。あの光に覚えがあってね。こことは違う次元列でとある英霊が振るっていたローマ神話の戦神の剣の光線と瓜二つだった」

 

 本来の使い手なだけに、規模と破壊力は破壊の王とは比べることはできないほどの威力であったが。

 最初は本物のマルスがまつろわぬ神になったと考えてたが、その考えはすぐに切り捨てた。

 

「とはいえ、ローマ神話において英傑で誇り高き戦神があんな奇襲をするとは到底思えない。だとしたら彼とは似て非なる存在。同一されるギリシャ神話の戦神アレスしかほかならない」

 

 一刀はさらにミーミルの瞳から得られた情報から言葉を紡ぐ。

 

「ベースとなった神格はギリシャ神話のアレスと素体に彼の妹であり戦禍を司るエリス、そしてメデゥーサと同様の怪女グライアイ。複数の神格を統合させたの君だ」

 

 先月の魔女神との記憶が蘇る。

 彼女もまた複数の神格で成り立つ合成の神だった。同じ存在がいてもおかしくはない。

 

「でもそれは君をこの世界に実体化させるための器に過ぎない」

 

 だが、アレスは違う。

 ただの神格がつなぎ合わせただけの神ではない。

 そう気づいたのはフギンから情報を並列化させたとき、彼女が万里谷に放った言葉だった。

 

――主神デウスの血を引き、神々が住む山(オリュンポス)を支配する者…戦神アレスとはオレのこと!!

 

「ギリシャ神話でもっとも嫌われ、城塞の破壊者としてオリュンポス山を滅ぼそうとする戦神が山の所有権を主張するなんて可笑しい。冗談だとしても言う理由もないし誇る確証もない」

 

 嘘や虚実を司る神格ならともかく、彼女は純粋な戦争の神。つまり脳筋である。

 嘘を吐けるほど頭脳は持ち合わせていない。

 

「君が事実を述べているのだとすれば、君が主張するオリュンポス山は果たして神話の山か、それとも地上の山なのか、そこが重要だ。ただし、そんな史実はどこにもない。地上においてね」

 

 オリンポスの山は現実に存在するギリシャ最高峰の山である。

 しかし、その名前と同名の山はもうひとつ存在する。

 

「アレスは戦争の神。ローマ神話でも戦を司っている。だからこそ見落としていた。あんたが司るのは戦いだけではないことを」

 

 ギリシャ神話のアレスとローマ神話のマルク。

 この二柱で連想するのは戦争。だが、もうひとつ共通点があった。

 

「太陽系でもっとも太陽と地球に近く、神々の山の名前をもち太陽系において一番巨大な火山がある星。ギリシャ語でアーレス。日本語で火星」

「…………」

「君は真正な神霊なんかじゃない。神話の衣を纏った神格。戦いの申し子にして赤き惑星の象徴」

 

 宇宙最大の火山“オリンポス山”がある太陽系で四番目の星にして、いづれ人類の手で開拓されるであろう未踏の領土。

 その大地から生まれた星の化身。

 

「――火星の星霊。それが君の正体であり本質だ――()()()()()()!」

 

 

 神話という箱庭から零れ落ちた人類の妄執と幻想で構築された神ではなく、ひとつの星から生まれた意思が実体化した純粋なる星の化身――星霊。

 

 物量的に神の上に位置する存在が、戦神の殻をまとい東京湾へと顕現したのであった。

 

 



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