ハリー・ポッターと十六進数の女 (でっていう)
しおりを挟む
第一章 アルーペ・ミーティスと賢者の石
第01話 アルーペ・F・ミーティス
「一番線ご注意ください、各停高尾山口ゆき参ります。黄色い線までお下がりください」
その放送は、杉の宮駅のまだ新しい自動改札に駆け込んだ少女の耳にも聞こえてきた。
彼女は相当な読書好きで、今日も図書館で借りてきた『ハリー・ポッターと死の秘宝』『魔女の宅急便 その五』を鞄に収めていた。
一刻も早く家で読むために、今こうして階段を一段飛ばしで駆け上がっている。電車のモーター音らしき響きが背中を押す。
幸いにも、電車はまだホームに差し掛かったばかりだった。坂を駆け下り、階段を駆け上がりと休む暇もなかった彼女は、やっと呼吸を整えることを許された。
電車がすぐ近くまで迫ったとき、ふと背後に人間の気配を感じた。少女はゆっくり振り向くが、誰もいない。気のせいだったのだろう。
前に視線を戻すと、自分の目が、身体が、おかしな位置にあることに気づいた。何故、真横に電車の連結器が見えるのだろうか。
——彼女は、非常ブレーキをかける電車の向こうに消えた。
運転士および目撃者の「少女が線路に転落した」との証言を受け、しばらく周辺の捜索が行われたが、人間が線路に立ち入った形跡は見られなかった。線路に飛び込む霊といった心霊現象の類は珍しいことではあるが、前例のないものではなく、今回もそういうことだったのだろう、ということで一時は納得された。
しかし、翌日、それと同時に行方をくらませた少女が存在することが判明した。また、当初は無関係と思われていた、ホーム上に落ちていた鞄から発見された身分証は、その少女のものだった。目撃者の語る外見もその少女のものとほぼ一致し、心霊現象で片付けることはできなくなった。
目撃証言によれば、少女のほかに人影はなく、ふらついていた様子もなかったため、誰かに突き落とされたり誤って転落したりしたのではないと考えられる。しかしながら、遺された鞄にはまだ手を付けていない状態の図書館の本が入っており、それを読まずにこの世を去る理由はなかった。
結局、彼女の『消滅』は謎に包まれたままとなった。
一九八一年・二月二日。イギリス郊外の森にある一軒の屋敷。一般家庭の十倍はあろう大きさであるが、ここにある人影は二つだけだった。
そのうち一人は使用人のアリスという名の女で、手のひらほどの大きさの札の束を持ち、もう一人である赤ん坊と向き合っていた。札は十六枚あり、0から9の数字とAからFのアルファベットがそれぞれに書かれていた。
「ではアルーペ。どれか一枚を選んでください」
赤ん坊の名はアルーペ・F・ミーティスといった。今日、一歳の誕生日を迎えたばかりである。アリスが札を数字のある面を下にして無作為に並べると、アルーペは迷いなくそのうち一枚を、餅のような柔らかい、しかし力強い手で掴んだ。書かれた数字を確認すれば、「0」であった。
アリスは札を再び無作為に並び替え、同じようにアルーペに選ばせることを二度繰り返した。しかし、アルーペの選んだ札はすべて「0」であった。
「0、0、0、ですか……。0番なんてありましたっけ……」
十六種類の札を三回選ぶ方法は、順番を考えれば四〇九六通りである。ある数字が選ばれる確率は等しく四〇九六分の一で、「000」だからといって変わるものではないのだが、これは普通ではないことだとアリスは思った。そして、札を回収すると、アルーペを残して部屋を去った。一歳児を一人で放置するのは褒められた行為ではないかもしれないが、どういうわけか、アリスはこれが問題のないことであると確信していたようだった。
しばらくしないうちに、アリスは再びアルーペの前に戻ってきたが、今度は札ではなく一本の棒を持っていた。木製で、指揮棒の持ち手以外の部分を太くし、握りやすい持ち手つけたらこんな感じだろう、という大きさと形をしていた。目を引くのは、持ち手の一番端の部分にある、五つの宝石だった。その色は、アルーペの瞳のそれととても近いものに見えた。
アリスはこの棒をアルーペにしっかりと握らせた。すると、アルーペはしばらく好き勝手にそれを振り回した後、満足そうに微笑んだ。
「よしよし、大丈夫そうですね。えーっと、これは使えるようになるまではおあずけですよ」
これはアリスにとっても好ましい結果であったようだったが、棒はアルーペの手からは取り上げられた。アルーペは寂しそうに微笑みをくずしたが、アリスは譲れないようだった。
「だめですよ、お腹が空いたからといって家を吹き飛ばされてはたまりませんからね」
「向ヶ丘遊園、向ヶ丘遊園です。お出口右側です。急行の止まらない生田、読売ランド前、百合ヶ丘へお越しのお客様は後からまいります各駅停車をご利用ください」
はぁ、やっとついた……。箒で飛べたら一瞬なのに、電車って不便だ。猫も乗せてもらえないし……。ようやく最寄駅に着いた電車から降りると、今度は『夏』に襲われた。つまり、とてもじめじめしていて、とても暑い。熱された地面から離れた空の上なら、もう少しマシなはずだ。
細い路地を抜け、川を渡り、線路沿いのマンションまでは四分ほどだったが、その一瞬で、汗だくになるには十分だった。
「ただいまー。あっジジ、外に出たら蒸し猫になっちゃうわよ」
玄関を開けると、いつも通り黒猫のジジが出迎えてくれた。とりあえず、まずは水を飲まないと干からびてしまう。台所でコップをひっつかみ、冷蔵庫へ直行、お茶を飲み、とりあえず生き返った。おやつにパンでも食べようとそのまま冷蔵庫を漁っていると、呼び鈴が鳴った。
「桔梗、出て〜!」
「はーい」
かあさんに代わって玄関まで戻って戸を開けると、訪ねてきたのは見慣れない服装の女性だった。黒いローブに三角帽子を被り、まるでハロウィンの仮装のようだ。魔女を意識しているのだろうか。すこし歳を取っているのが余計にそう思わせる。
「——えぇと、どちらさまで?」
「こんにちは。渡邉
「はい、あたしが桔梗ですが……」
「私、ホグワーツ魔法魔術学校のミネルバ・マクゴナガルと——」
なんと、本当に魔女らしい。
「あ、うちはそういうの結構です……」
そんなわけないでしょ。怪しい宗教の勧誘か何かかと思い、とっさに断ろうとした。しかし、マクゴナガルとやらは食い下がる様子なく話を続けた。まるで借金の取り立てにでも来たようだ。
「まあまあ、そう言わずに聞いてくださいお嬢さん。これを——」
「えぇと、これは……」
自称魔女の老婆は、なにやら豪華な装飾の施された黄ばんだ封筒を取り出した。中を開いてみれば、二枚の羊皮紙が入っており、そのうち一枚に目をやると、こんなことが書いてあった。
『ホグワーツ魔法魔術学校
校長 アルバス・ダンブルドア
親愛なる渡邉殿
このたびホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されましたこと、心よりお喜び申し上げます。教科書ならびに必要な教材の一覧を同封いたします。
新学期は九月一日に始まります。
敬具
副校長 ミネルバ・マクゴナガル』
なんと、魔法学校なるものがあるらしい。魔法というだけでも十分おかしいのに、それを学校で教えようというのか。なかなか凝った設定だ。しかし、『入学を許可』? そんなもの求めた覚えはない。
「べつに許可していただかなくて結構ですから帰ってください。警察を呼びますよ?」
「いいえ、真面目なお話ですよ。とりあえず、説明のために、保護者の方とお話ししたいのですが……」
「えーっと……」
確かに面倒だし代わってもらおうか、とかあさんの姿を探すと、何故か嬉しそうな顔で、すでにお茶の準備を始めているのが見えた。これを家に招こうというのか。
「……とりあえず上がってください」
「ありがとうございます。ところで、産まれは日本ではないのですか?」
「え? 日本生まれ日本育ちですが……」
「いえ、カーテシーをされていたので」
「カーテシー?」
「今のお辞儀です」
思い返すと、無意識のうちに片足を下げてお辞儀をしていた。そういえば、『現世』ではこれはヨーロッパ式のお辞儀だったか。『前世』では普通にやっていたが、あそこはヨーロッパだったのだろうか。
すっかり忘れていたが、その『前世』には『魔女』が実在していたのだった。何を隠そう、自分が魔女だったのだから。じゃあ、この副校長様の言うことが信じられるかといえば、そうではない。魔法は『魔法学校』で学ぶものでは決してなかった。
『前世』の存在を知った、思い出した? のは最近のことであるが、そのときにはすでにあたしの常識は『現世』のものだった。『魔法』を非常識だと断じてしまえたのは、少し寂しい気もする。
「はい、うちの娘が、魔女!? すごいじゃない! えぇ、本人さえよければ、ぜひ!」
いつのまにかかあさんとマクゴナガルの間で話がまとまっていた。なんというか、疑う心というのはないのだろうか。『前世』ですら、自分が魔女だと明かした時、周囲の反応はとても良好とは言い難かったのに。何ヶ月もかけて、やっと信頼を得たのである。
うん? では、自分がそちら側ということもありえるのではないか。すぐに信頼できないような『非常識』に遭遇し、しかしそれが実在するのであれば。自分が魔女というのもありえていいのではないか。それならば——。
マクゴナガルを居間に通しているかあさんの横をすり抜けて、自室に飛び込むと、一本のデッキブラシが目に入った。この家に来た時からなぜか置いてあったが、今思えば、『転生』前に使っていたのと全く同じやつだ。そして、ジジに話しかけた。
「ジジ、あたし、ここでも魔女だと思う?」
話しかけてから気づいたが、猫と話せるのは、魔女の特権だ。なんだ、とっくに答えは出ていたというわけだ。デッキブラシにまたがって——そうそう、これこれ。感覚がいきいきと蘇ってきた。そして、いつもやっていたように——
「飛べ!」
「えぇ! なんではやく言ってくれなかったの! 自分の子が魔女だなんて、これ以上ない誇りよ!」
案の定、かあさんは自分の子が魔女『であった』ことをすんなりと受け入れてしまった。親とは元来こういうものだ。それが分かるのは、自分も親『だった』からだ。
「で、桔梗さん。ホグワーツは……」
「もちろん、行きたいですね。あたしが知ってた魔法とはなにか違うようですし……」
『前世』で自分が使えた魔法は、飛ぶこと、『くしゃみの薬』を作ること、ジジと会話することだけである。しかし、『昔はもっと色々な魔法が使えた』なんて話を聞いたことがある。もしかしたら、この世界はその『昔』なのかもしれない。魔女として、魔法を学ぶ機会を逃すという選択肢はなかった。
「やっぱり——いや、なんでもないです。ではこちらを」
「リストとやらね。えーと——」
マクゴナガルは何か言おうとしていたが、重要なことではなかったのか、購入品の一覧を渡すことを優先した。変身術やら魔法薬やらの教科書や、杖やら大鍋やらの道具が列挙されていたが、一番重要そうなのは、『ペットはフクロウ・ネコ・ヒキガエルの持ち込みを許可します』と、『一年生は、個人用箒の持参は許されていないことを、保護者はご確認ください』だった。
ジジは猫であるから、持ち込みができないのであれば、ここに置いておかなければならないことになる。それは少々どころではなく寂しいので、許可されていて助かった。箒についてはもちろん乗り慣れたもののほうが嬉しいが、書きぶりからすると共用のものならあるのだろう。いざとなれば掃除用の箒でも使えばいい。
「色々あるんですね。これ、どこに売ってるんですか?」
隣で手紙を読んでいたかあさんがマクゴナガルに聞いた。確かに、近くでこんな奇妙なものを売っているのは見たことない。
「全部、ロンドンで買えますよ」
え……? 今なんて?
「ロンドンってイギリスの……ですか?」
いや、確かにこの魔女は日本人には見えなかったし、さっきから平然と英語で話しかけてきているし、嫌な予感はしていたが。よりによって、ロンドンなのか。日本から見れば、大陸の向こう側。距離にしておよそ一万キロメートルである。日本かせめてアメリカに魔法学校とやらはなかったのか。というか英語なんて喋れ……あれ、今あたしが読んで、聞いてるの、英語だよね? 戸惑っていると、かあさんがちょうどよく質問をしてくれた。
「そもそもイギリスって、日本語通じません、よね……?」
「そのへんは心配しなくて大丈夫です。イギリスまでは『付き添い姿あらわし』の魔法で一瞬ですし、私が今しゃべってるのも英語です」
「えっ……そういえば、英語だ……あれ……?」
かあさんも遅れて今英語で喋られ、それを聞き取っていることに気づいたようだ。日本語を話しているのと全く同じ感覚で英語が耳に入っている。一体どういうことだ。
「実は、英語が使えるようになる魔法をかけさせていただいています。でも、学校でずっとそうしていることはできないので……」
なるほど、魔法か。どうやら『こっち』の魔法はずいぶんなんでもありらしい。超常現象はすべて魔法で説明がつくかもしれない。それで、マクゴナガルが取り出したのは銀色の……指輪? だろうか。
「これに魔法をかけておきました。これをつけてれば大丈夫ですよ」
「へぇ……すごい……」
どうやら指輪に魔法を定着させることもできるようだ。受け取って指にはめてみると、サイズはぴったりだった。というか今ぴったりになるように変形した? とりあえず呪いがかかっていたりとか、そんなことはなさそうだ。
「では、八月はじめごろまたお伺いしますね」
「あっはい、よろしくお願いします……」
状況をいまいち飲み込めていないが、マクゴナガルは玄関を出るとつま先で一回転し——その場から消えた。
私が『姿現し』した先はロンドン郊外の森の中。少し歩くと、大きな屋敷が見えてきた。門の横の看板には「御用の方は門が開くまでお待ちください ミーティス」と書かれている。行先はここで間違っていなさそうだが、待てとはどういうことか。書かれている通りにそこに十秒ほど立っていると、両開きの門がひとりでに開いた。
……入れ、ということでいいのだろうか。そう信じて目の前の屋敷の玄関へ歩いて行った。どうやら間違ってはいなかったらしく、金髪の少女が出迎えてくれた。
「いらっしゃい! なんのご用事ですか?」
「私、ホグワーツ魔法魔術学校のミネルバ・マクゴナガルという者です。アルーぺ・ミーティスさんですか?」
「わたしがアルーペですが。えっと、魔術学校?」
「はい。今回はミーティスさんが魔女として入学を許可されたことをお伝えしに来ました」
「えと、あの、学校? 許可? わたし、魔法は学校じゃなくて、あー……! もしかして……」
なんだか様子がおかしい。魔法の存在を知っているのだろうか……? 私が派遣されたということは、彼女はマグル生まれ、つまり、非魔法族であった人のはずだが……。
「もしかして?」
「わたしたちがまだ知らない種類の魔法、それを学べるとかですか?」
なるほど、別の種類の魔法……。さっきの桔梗という子もただのデッキブラシで空を飛んでいたし、違う種類の魔法を使っていたのかもしれない。教師をやっている以上、魔法に詳しいつもりではいたのだが、この世界は思ったより広いようだ。……自分も使えたりしないだろうか。
「……かもしれません。少なくとも我が校では、ミーティス家の生徒をお迎えするのはこれが初めてです」
「——ちょっと、中で詳しくお話を伺えませんか?」
「ええ、構いませんよ。今日の訪問はあなたで最後ですし」
「じゃあ……」
アルーペは胸ポケットから紙と万年筆を取り出した。魔法界ではまだ羽ペンが優勢であり、万年筆を見たのは久々だ。
「ここに、名前を書いてください」
「はい。——何故ですか?」
疑問に思いながらもサインをすると、紙が消え去ってしまった。少女が相手なのでよく考えなかったが、魔法がかかっているかもしれないものに軽率に名前を書くべきではなかったかもしれない。
「先祖の魔女が遺したこの家の護りのひとつですよ。どうやらマクゴナガルさんは有害な者ではないと判定されたみたいです」
「なるほど……。もしかして、門のところもそうですか?」
そういえば、この家にいると根拠はないが安心感がある気がする。護りとやらの効果なのだろうか。
「はい。お客さんが来ると家の人にわかるようになってて、危ない人だったらその場で拘束、そうじゃなければ門が開くようになってます。心を読んで判定してるのかな? わたしにはまだ手の届かない魔法でよく分からないんですけど……」
「なるほど……。そうとう高度な魔法なんですね」
「すごすぎてわたしが一生かけても使えるようになるかどうか……。あぁっ、わたしったら、こんな暑いのに長々と外で……。ごめんなさい。どうぞ入ってください」
あの日本とかいう国よりはよっぽど涼しいのだが。というか、日本にも魔法学校はあるのに、桔梗はなぜホグワーツに迎える必要があるのだろうか。校長から特別な話は聞いていないのだが……。
アルーペについていくと、応接間と思われる部屋へ案内された。こんな山奥なのに、そこそこ客が来るということか。あるいは、かつては来ていたのか。
「特製の紅茶です、どうぞ」
「ありがとうございます……。これは美味しいですね。——なにからお話すればいいですかね?」
「うーん、マクゴナガルさんたちの使う魔法っていうのは、どんなものなんですか? なにか使ってみてくれますか?」
「では……」
実際に魔法を披露するのは、マグル生まれに説明する際によくやることだ。ひと目で魔法だとわかりやすい呪文を使うのが定番。
「『
美味しい紅茶のカップが宙に浮いた。こぼれないように安定して浮かせるのはそれなりに難しかったりする。アルーペはカップや杖、私の顔を興味深そうに眺めている。
「今唱えたのは呪文、ですよね。これは唱えないと発動できないんですか?」
「そういうわけではなく、無言呪文というのもありますが、唱えたときと比べると若干効果が弱まってしまいますね」
「そっかぁ。それは面白いですね。わたしたちの魔法は、自分で使ってる魔法をわかりやすくする時に『魔法名』を唱える以外は頭の中で杖から選ぶだけです」
呪文について説明すると、アルーペも自分の魔法について語りはじめた。全く知らないものの説明を聞くというのは、なんだか学生時代を思い出して、年甲斐もなくわくわくする。
「杖から……? 杖に魔法が記録されているのですか?」
「うーん、自分の杖に全部書いてあるってわけじゃなくて、ほかの杖にも分散して記録されてるんです。四〇九六本だったかな、家にあるたくさんの杖がネットワークとかいうので繋がってて、まあ、最終的に自分の杖から読み込むようになってます」
「四〇九六!?」
それは、なかなか規模の大きな話だ。ネットワークというと、煙突飛行ネットワークのようなものだと思われるが、イギリス全体でもそんなに魔法使いの暖炉があったかどうか。その量がこの家の中で、ということのようだ。
「はい。むかしは自分の作った魔法を自分の作った杖に入れる、って感じだったらしいんですけど、杖の出来を競っていたら、ちょっとヤバい感じの魔法まで出てきちゃったらしくて……。それで優劣を決めようと決闘なんてしようものなら大惨事、ということでいつだか全部つなげて共有することになったらしいです」
「なるほど、理屈は分かったような気がします。自分の杖、とおっしゃいましたが、やっぱり他の杖ではダメということでしょうか?」
「そうですね。一本だけ選んで、それを一生使います。たしか一歳の時に選ばされたとかなんとか、ぜんぜん覚えてないんですけどね。杖に選ばれたと言ったほうが近いかもしれません」
アルーペは木の棒を取り出した。なるほど、見た目は我々の杖によく似ているらしい。持ち主との結びつきがあり、それも杖に「選ばれる」というのも同じだ。違うところばかり聞いていたので、類似点もあるというのは少しほっとする。
「そうだ、さっきのを『魔法名』で検索をかけてみたいんですけど、呪文をもう一度唱えていただけますか?」
「えぇと、かまいませんが。『ウィンガーディアム・レヴィオーサ』です。伸ばすところはしっかり伸ばして、正確に発音しないといけません」
聞かれてもいないことまで、それも『変身術』の範囲でないのに答えてしまったが、まあ間違ったことは言ってないので問題ないだろう。
「なんか、ちょくちょく『既知感』っていうんですか? なんか知ってるような気がするんです。取り入れたことがあるのかもしれないです。えっと、ウィンガーディアム・レヴィオーサ……」
アルーペは杖を握って目をつぶった。取り入れた、とは一体どういうことだろうか。『魔法名』とやらと呪文は違うのではなかったのか。検索をかける、というのもなかなか魔法らしくない言葉である。マグルのコンピュータ、だっただろうか、目に見えない情報の記録というと、それに似ている気がする。
「あった、ありました。でも……」
「でも?」
「魔法名だけ登録されてて、その他の情報がなにも……。少なくとも使える状態じゃないです。なんでだろ、今までこんなことなかったのになぁ……。うーん、魔法本体が記録されてないってことは、知らないって考えていいかも……しれません」
逆に言えば、魔法名とやらには記録されているということか。いまいちよく分からないので、もう少し質問をしてみることにする。
「さっき言っていた、取り入れる、というのは?」
「えーっと、文字通りです。知らない魔法を知ってる魔法に変換するというか、使えるようにする、というか……。実際やってみたことも具体的な話を聞いたことも無くて、よく分からないんですけど」
そういえば、アルーペの両親はアルーペが産まれてすぐに亡くなっている、という話だけは校長から聞いていた。ならば、この娘は今までどうやって魔法を学んできたというのか。杖たちに記録されている情報というのは、両親からの教育以上のものなのだろうか。まだまだ聞きたいことは色々あるが、他界した家族の話というのはあまり気軽なものではない。それに——
「でも、ホグワーツ……? に入学を許可されたってことは、わたしもさっきみたいな魔法を使える……ようになるんですよね」
——学びたいことがあるのは、私だけではない。むしろ、彼女こそがこれから学ぶべき「生徒」であることを忘れてはいけない。
「もちろんです。ホグワーツはそのための場所であり、あなたは魔法が使える見込みがあるからこそ入学を許可されたのですから。あぁ、こちら、先にお渡しすべきでした」
桔梗の時と同じ、入学許可証と教材の一覧を渡した。アルーペは許可証のほうをさっと読み通すと、教材のほうを見て首を傾げた。
「うーん、聞いたことないのしかない……。うちの図書館にあれば早かったんですけど。これ、どこで買えるんですか?」
これまた桔梗のときと同じ反応だ。
「全部ロンドンで買えますよ」
「えぇっ。見たことないですよ、こんないかにもなもの。どっかに隠されてるとか……?」
「そうですよ。魔法使いの商店街があって、そこへの入り口は魔法族にしか見えなくなっているのです」
魔法使いの商店街、という響きはアルーペの興味を惹くには十分だったらしく、さっきまで少し大人びた雰囲気を醸していた少女は、やっと年相応の輝きを見せた。
「えっと、それの入口はどこにあるんですか?」
「『漏れ鍋』って店なんですけど、それは後ほどまたお伺いしますので、そのときにご案内しますね」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「では、今日はこれで失礼させていただきます」
席を立ち玄関へと向かうと、外に出る直前で呼び止められた。
「あ、帰るのは、転移魔法かなにかですか?」
「はい。『姿現し』で……」
「それなら門の外で使ってくださいね。敷地内で使おうとすると閉じ込められちゃいますよ」
「えぇっ」
そういえば、この屋敷には『護り』がかかっているのだった。これもその一種だろう。ホグワーツにも姿あらわしを妨害する呪文はかかっているが、『閉じ込められる』とはどういうことなのか……。
「なんか、異空間に送られてしまうとかなんとかで、入ったら最後、そこからは出られないらしいです。いつもなら注意書きの看板があるんですが、間違って爆破しちゃって……。いま、作り直してるところなんです」
異空間……。少し背筋がぞくっとした。確かにそれでは悪事を働く気にはなれない。
「では、お邪魔しました」
「お気をつけて〜」
自分の身体がミーティス家の敷地をしっかりと出ていることを確認して、姿あらわしでホグワーツへと戻った。……さっき爆破したとか言ってませんでした?
あとがきに、本編とは直接関係ない裏設定などを載せておきます。邪魔なら非表示にしてもらっても大丈夫です(たぶん)。
原作の設定についてですが、基本的に小説本編1-7巻で判明している時点での設定のみを採用します。スピンオフなどで情報が後出しされる度に合わせるのは無理がありますので、矛盾があったりこれから増えたりするかもしれませんがご了承ください。
ロンドン郊外の森
そんなものあるの?
電車にネコ
桔梗は知らないが、ケージに入れれば猫も乗れるらしい(小田急の場合)。
渡邉桔梗
お気づきの通り、『魔女の宅急便』のキキ。ジブリ映画が一番有名ですが、原作の小説があり、そちらはキキの子世代まで話が続きます。
「きき」じゃキラキラネームすぎたので「ききょう」であだ名を「キキ」に。ちょっと無理ある。
ちなみに、原作ジブリともに日本人であるという描写はありません。
翻訳指輪
いつかAIで実現するかな?
姿現し
原作本編では特に触れられていなかったと思いますが、スピンオフの映画とか見る限り、公式設定では国境を超えるのは想定されていなさそうですね。先述の通り、今作では独自設定とさせていただいてます。
アルーペ・F・ミーティス(Alupeg F Meetith)
ふわっとした感じの金髪をイメージ。
性格は「ロロナのアトリエ」のロロナみたいな感じ。
庭にある看板を爆破するぐらいにはおっちょこちょい。
苗字はラテン語で「温厚」という意味らしいですが、適当に響きがいいのを選んだだけです。アルーペはたぶん温厚です。たぶん。
魔法名
コンピュータプログラムでいう関数名的な。アドレスが分かっていれば関数名が分からなくても関数を呼べるのと同じイメージで、いちいち唱えなくても魔法は使える。
ちなみに今回一番迷ったのは「数字の表記方法」だったりします。縦書きを想定して全角アラビア数字か漢数字を使うのが適切なのですが、今回は10進数を漢数字、16進数をアラビア数字としました。ASCII文字は半角にすることにしました。書式の設定はプレーンテキスト上ですべきではないです。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第02話 出会い
八月某日。マクゴナガルはスケジュール帳とにらめっこしていた。新入り魔女二人をダイアゴン横丁に案内する日付を決めているのだが、空きが一日しかない。自分一人で二人とも相手できるだろうか。もし無理だといっても、物理的にそうする他にないのだが。あるいは、ミーティスの魔女に頼めば、二人になれたりするのだろうか。
「えーっと、買い物にいくんでしたっけ。その前にお茶でもしていきます?」
あれから数日。家の前にマクゴナガルさんが現れた。家にかかった魔法からそれを教えてもらい、今度は自分で門を開けた。
「そうですね、ぜひともあの紅茶をふたたびいただきたいのですが、今日はちょっと忙しいのでまたの機会にお願いします。まず、一緒に日本まで来てもらいます」
「えぇ! 日本?」
ふと、日本という言葉をどこかで聞いたような気がした。いや、日本という国は普通に知っているのだが、初めて聞いたはずの言葉が知っていたように感じられるあの感覚、既知感に襲われたのだ。前回マクゴナガルさんがホグワーツについて説明していた最中も、何度か既知感に襲われていた。特に『ホグワーツ』という単語のそれは強かった。こういう話について、なにか知っていたことがあったのだろうか。しかし、詳しいことを思い出そうとすると、突然電源が切れたように思考がぷつっと途切れてしまう。行ってみれば、何かわかるだろうか。
そんなことより、問題なのはいまからそこに行く、ということだ。東に行くのと西に行くのとどっちが近いのか、それすら迷うような距離感なのだが。
「それ、あんまり近所じゃないですよね、何しに行くんですか?」
「あなたと同じ、新入生をもう一人お迎えに行きます」
「えぇ、日本から? 留学ってやつですか?」
「そういうことになるんですかね」
マクゴナガルさんも詳しいことは知らないといった様子だった。それで、そこまではどうやって行くのだろうか、ということも聞いた。
「はい。今のところ『付き添い姿現し』で移動することになってます」
そういえば学校で習うほうの魔法にも、そんな名前の転移魔法があるのだった。自分の転移魔法では、いまのところ日本に飛ぶことはできないので、おとなしく手を借りておくことにしよう。
「では、私の手を持ってください」
門の外に出て、言われるままマクゴナガルさんの手を握ると——世界が回った。世界が縮んだ。世界が伸びた。なるほど、あんまり快適な魔法ではないようだ……。
『姿現し』した先は、線路と森に挟まれた細い道だった。森のほうはどうやら山になっているらしいが、そう高いものではなさそうだ。線路の続く先を見てみると、駅らしき構造物が見え、その周りにはビルがいくつか建っている。
「おや、ここは……。この距離ともなるとちょっとずれちゃいますね。桔梗さんの家は……あ、あそこです」
どうやら、『姿現し』は長距離では精度が落ちてしまうらしい。帰りは『こっち』の転移魔法を使わせてもらったほうがよさそうだ。
マクゴナガルさんに先導され、ビルの見えた方角へ歩くと、幅が十メートルほどの、脇をコンクリートで固められた小さな用水路のようなものが現れた。遠くのほうに見える看板によれば、これは五反田川とかいう川らしい。このなりで川とは、日本の川って全部こんな感じなのだろうか?
この川を渡った向こうが桔梗という人の家のようだ。橋までは少し距離があったため、短距離の『姿現し』で向こう岸に渡る。あんまり気持ちよくないので頻繁に使わないで欲しいものだが、少しでも歩くのを減らしたいくらい暑いのは同意できる。特にマクゴナガルさんの格好は暑そうだ。
階段を上り、マクゴナガルさんは桔梗さんの部屋の呼び鈴を鳴らした。間もなく、黒髪に大きな赤いリボンを付けた、わたしより少し身長が高いくらいの女の子が出てくる。マクゴナガルさんを見て顔を輝かせた後、こちらの存在に気づいた。
「マクゴナガルさんね……。えっと、そちらは?」
「はじめまして、アルーペ・ミーティスです。あなたが日本の魔女さん?」
「うん。あたしは桔梗よ。キキって呼んで」
そのとき、『ホグワーツ』と聞いた時と同じ、強い既知感に再び襲われた。『キキ』の名を聞くのは初めてではないと、そう脳が言っているのだ。一体なんなのだろうか。マクゴナガルさんと最初に会って以降、明らかに頻度が増えている。
心の中で頭を抱えていると、桔梗さん改めキキちゃんはマクゴナガルさんのほうに向き直って言う。
「色々、買いに行くのよね。はやく行きましょ! 楽しみだわ!」
「そうですね。では、私の手を握って……」
ストーープ! マクゴナガルさんが再び『姿現し』しようとするので、わたしは静止した。
「帰りはわたしの転移魔法を使ってみません? 精度と快適性には自信がありますよ」
「えぇっ、アルーペさんの? もう魔法使えるのかしら?」
「使えるやつはちょっとは使えるよ」
「へぇ、おもしろそう、やってみてよ」
キキちゃんはわたしの魔法に興味を示した。いや、『マグル生まれ』らしいし、魔法そのものに、だろうか。マクゴナガルさんも少し迷いを見せたが、了承をくれた。
「帰りも使うし、学校に通うなら繰り返しになると思うから、わたしが付き添わなくても使える魔法陣式のほうにしたいんだけど」
「魔法陣?」
「そう。それで、道に落書きするってわけにもいかないから、キキちゃん家のどっかに設置したいんだけど」
「なるほど、そういうことなら入って」
日本の作法に従い靴を脱いで上がらせてもらうと、第一印象は冷房が効いてて快適、だった。
「かあさん、お客さんよ。えーっと……」
「お邪魔します、魔女のアルーペ・ミーティスです」
「あら、あなたも魔女さん! そっちはマクゴナガル先生ね。これからお買い物って聞いてたけど……」
キキちゃんのお母さんらしき人が笑顔で出迎えてくれた。今日の予定は聞いていたらしく、わたしたちは予定外の来客ということになる。手短に済ませたほうがよいだろう。
「魔法陣を作るらしいわよ」
「はい。えっと、床になにか置いても邪魔にならない、このくらいのスペースってあります?」
ちょうどよくキキちゃんが主題をぶっこんでくれたので、手で五十センチメートル四方ほどの四角を作って説明すると、キキちゃんのお母さんは驚き、少し悩んだのち、こう答えた。
「うち狭いからね……。使わないっていうと、ベランダの端っこぐらいしか……」
「あ、それで大丈夫です!」
キキちゃんの母へついてベランダへ向かう。たしかに自分の無駄に広い屋敷に比べたら狭いが、生活するにはこのくらいで十分だろう。広すぎても掃除が面倒なだけである。庭がないのはこういうとき困るが。
「はい、ここよ。できるだけ端っこでお願いね」
「ご心配なく」
杖を取り出し、雨で消えないインクを生成し、床に大小さまざまな円や四角、記号をいくつか書く。そんな自分を見ながら、渡邉親子が話をしている。
「これ、なんの儀式です?」
「なんかね、イギリスまでひとっとびできる魔法なんだって」
「そういえばホグワーツとやらはイギリスだったね。私もイギリス旅行できたりしちゃう?」
そこに、マクゴナガルが割り込む。
「魔法の使える者の場合は省略できるよう政府同士で合意してますが、マグルは入国審査とかが必要なんじゃないですか」
「あらまぁ、それは残念。パスポートの期限なんてとっくに過ぎちゃってるわよ」
できたー! 仕上げに書いた魔法陣を杖でたたくと、魔法陣は淡く緑色に光り始めた。これで、転移魔法のネットワークにこの魔法陣が登録された。こんなこともあろうかと、家の庭に設置した魔法陣だけのネットワークを用意していたので、そこに参加させている。
キキちゃんとマクゴナガルに使い方を説明する。といっても、上に立つと脳内で行き先を聞かれるので、それに答えるだけだ。ペットを含む持ち物も触れていれば一緒に転移される。
「それじゃ、そろそろ行きましょうか」
キキちゃんのお母さんに見送られ、まずは手本および動作確認として自分が魔法陣に乗る。行先として『ミーティス家庭』だけ表示されるので、それを念じる。目を開けば、まわりの風景は見慣れた自宅の庭になっていた。もちろん、場所は魔法陣の真上である。うまくいったようだ。まもなく、残りの二人も同様に移動してくることとなった。
ミーティス家の門を出てさらに『姿現し』して、わたしたちは『魔法使いの商店街』へ案内された。なぜ自分の転移魔法でないのかといえば、それは知らない場所や目印のない場所には転移できないからである。はじめに日本に行くときに使えなかった理由も同じだ。
商店街のほうは、鍋屋やらなんやら、いかにも魔法、という感じの商品を売っている店がずらりと並んでいる。キキちゃんはそれぞれの店を興味深そうに観察し、マクゴナガルさんに尋ねた。
「えっと、ここ、どこ?」
「ダイアゴン横丁です。普通の学用品なら、ほとんどここで揃います。えっと、買うべきものは……」
マクゴナガルさんは上着のポケットを探るが、目的のものは見つからないらしい。学用品の一覧なら確か捨てていなかったはずだ。腰に下げた袋を漁ると、ちょうど目的のものが出てきたので、マクゴナガルさんに渡した。
「ありがとうございます。覚えていないわけではないのですが、ちゃんと文面で確認しないと……」
「その袋、小さいのにいろいろ入ってるのね」
マクゴナガルさんの言葉に共感していると、キキちゃんに声をかけられた。そういえば説明してなかったっけな。
「うん。家にある収納と繋がってるんだよ。転移魔法の簡単な応用だけど、思いついた先祖さまは偉大だよ。あ、そうだ。あとでキキちゃんにもあげるよ。作るのは簡単だから」
これも転移魔法のネットワークの一種。人が転移できるのだから、当然物も転移できる。ちなみに、駆動するには魔力が必要だが、魔力もネットワークで転移できるので、周囲から魔力が得られないような場所でも使うことができる。
「ほんと? でも、勝手に収納いじられたら困るんじゃないかしら?」
「心配ないよ、別に収納を用意するから。今日がいちばん荷物多そうなのに、すぐじゃなくてごめんね」
袋から接続できる収納は個別に指定できるので問題ない。もちろん、同じ場所を共有することもできる。
「そんな、大丈夫よ」
袋のことは一段落して、話は学用品に戻る。
「ところでマクゴナガルさん、色々買うにはお金がいるわよね? あたし、日本円しか持ってないわよ」
「そういえば、わたしも普通のお金しか持ってない……」
マクゴナガルさんは、魔法界では専用の通貨を使う、と言っていた。魔法のお金というのは、もちろん魔法で増やせないように対策されているのだろう。しかし、ミーティスの魔法ではどうだろうか……? うん、考えるのはやめよう。
「安心しなさい、マグルのお金は魔法使いのお金に換金できます。グリンゴッツ魔法銀行に行きましょう」
「魔法界でも銀行ってあるのね。魔法で守れば、預けておかなくてもと思ったけど……」
「盗む方も魔法使いなんですよ」
魔法で護っても、魔法で破られる。なるほど、その通りだろう。自分の家の護りも破られてしまうことがあるのだろうか。ミーティスの魔法の中でも最上級の魔法の詰め合わせと聞いているが、これから知る魔法がその上をいってしまう、ということがありえるのだろうか。なるほど、もしかしたら、魔法を取り込むというのは、そういうときにすることなのかもしれない。
「グリンゴッツは魔法界で一番安全な場所です。ホグワーツを除いては」
「ホグワーツってそんなに安全なんですね」
「そんな場所で学べるなら、わざわざ日本から来た甲斐もあるわね。というか、ホグワーツ以外にも魔法学校ってあるのかしら?」
「世界中にありますよ。確か日本にも。さあ、つきました。グリンゴッツです」
いや、日本にもあるならなんでイギリスになったの。声にならないツッコミを入れながらマクゴナガルさんについて白い石段を上がる。グリンゴッツは通りの中でもひときわ目立つ、石造りの立派な建物だった。
「この人……達は?」
「
入口の扉を開けて目に飛び込んできた光景について、マクゴナガルさんに尋ねた。小さな人のような生き物で、なるほどいかにも気難しい顔をしている。何も言わず、書類の山を前に、ただ黙々と仕事をこなしていた。マクゴナガルさんは受付の小鬼に話しかけた。
「すみません、マグル通貨の換金と、この子達の金庫をお願いします」
「了解です。係りの者をお呼びします」
しばらくして皿を持って現れた『係りの者』も小鬼だった。
「お待たせしました、マグル通貨の換金ですね。こちらにマグルのお金を……」
「アル、お先どうぞ」
「ありがとう」
皿の上に所持金の半分ほどを置くと、小鬼は天秤で重さを計り始めた。そのあとは、一枚一枚の硬貨をじーっと見つめていた。見るだけで本物かどうかわかってしまったりするのだろうか。
しばらくして、魔法使いのお金と思われる金銀貨を渡された。キキちゃんも同じように換金して受け取ると、マクゴナガルさんに聞いた。
「あの……」
「何ですか?」
「このお金、どのくらいなんですか?」
「補助金と合わせれば、卒業まで困ることはないと思いますよ。ミーティスさんもです」
なんと、補助金が出るらしい。換金の為替も、換金分とそれがそれぞれいくらなのかも分からないが、卒業まで持つのなら十分だ。
こちらの話が終わったのを察してか、小鬼が次の案内を始めた。
「次は金庫をお作りするのでしたね」
「あ、はい。この二人の分をお願いします」
「……ついてきてください」
奥の方にある扉を開けると、石造りの急な坂になった通路に、線路が敷かれていた。まもなく、トロッコが勢いよく上がってきた。
「さあ、乗ってください」
マクゴナガルさんに押されるままトロッコに乗った。全員が座ったのを小鬼が確認すると、急加速して地下へと降り始めた。イメージとしてはめちゃくちゃ凶悪なジェットコースターだ。とんでもないスピードで地下を走り抜け、やがて急停車した。
「ジジ、大丈夫だった?」
キキちゃんが猫に声をかけた。大丈夫な生命体がここにいるようには思えなかった。
「お二人の金庫は一〇二三番と一〇二四番です。どちらか好きな方の扉に触れてください」
「一〇二四……キリがいいね。わたし、こっちでいい?」
綺麗な数字を当てたことに感動していると、キキちゃんに訳を聞かれた。
「どうぞどうぞ。でも、なんで一〇二四でキリがいいの?」
「二の十乗。十六進数に直すと040になるんだよ」
「十六進数……?」
あー、普通は十六進数なんて使わないんだった。普段使っているのは十進数。九のつぎの十で位が上がる数え方だ。となれば、十六進数は『一の位』の次が『十六の位』になるということ。そうキキちゃんに説明したが、あんまり伝わっていない様子だった。
「持っていく分はこれだけで足りるでしょう。他はここに置いておくといいです」
マクゴナガルさんがひとつかみほど金貨を持って言った。キキちゃんは言われた通りに一掴みポケットに入れたが、不安に思ったのか、マクゴナガルさんにもう一度確認する。
「え、これだけ?」
「はい、この世界では大抵のことは魔法で済むので、物価が安いんです」
「へぇ〜」
自宅に置いておくのと、自分で持っているのと、どれが一番安全なのかは分からないが、こちらにも少しは置いておくことにした。安全性を確かめるには……自分で破ってみる? いやいや。物騒な考えを振り払い、換金したうちの三割ほどを金庫に、残りを『袋』に放り込んでトロッコへと戻った。帰りもトロッコの速さは変わらず、あっという間に地上にたどり着いた。
「いよいよ買い物ですね! どこから行きますか?」
学用品の一覧を見ながら問うと、マクゴナガルさんは一考して答えた。
「まずは制服を仕立ててもらいましょう。時間がかかると思うので、その間に他の買い物を済ませましょう」
「教科書とかね。いよいよって感じね。贈りもののふたをあけるときみたいに、わくわくしてるわ!」
キキちゃんの足元を歩くジジが、その言葉に応えるようににゃーんと一声鳴いた。
「そうね、多分いつか言ったわ」
おや? もしかして猫との間で会話が成立している? さっきのトロッコでの言葉も一方的なものではなかったのか。
「えーっと、キキちゃんは誰と話して……?」
「え? あ、ジジと話してたのよ。『どこかで聞いた言葉だね』って言われたから」
「えぇっ。猫と会話できるの?」
やっぱり。キキちゃんは猫と話をしていたらしい。人間や生き物の心を読む魔法はあるらしいが、直接会話もできるものなのか。
「魔女の猫だけよ。でも、ジジの方は魔女以外の人間の言葉も分かるらしいわ」
「へぇ……」
ミーティスには使い魔の文化はないが、魔法使いのペットというのはずいぶん賢いらしい。
「——で、杖を買うわけですが」
「杖って、すごい魔女っぽいわね!」
キキちゃんははちょうど『贈りもののふたをあけるとき』のようにはしゃいでいた。マクゴナガルさんはその様子に苦笑いしつつ、こちらに真剣そうに話しかけた。いや、今までも真剣だったが。
「だって魔女ですもの。で、ミーティスさん」
「はい?」
「あなたは既に杖を持っていますね」
そういえば、ミーティス家の魔法、これから習う魔法、どっちの魔法も杖を使う魔法だ。
「あ、はい。でも……」
しかし、今持っているのはあくまでもミーティス家に伝わる杖。この杖で……
「でも、こちらの魔法が使えるかどうかは分からない、そうですね」
「は、はい」
「それを確認するために、オリバンダーに見てもらうというのはどうですか?」
目の前の古びた店の看板を見上げれば、『紀元前三八二年創業高級杖メーカー』とある。なるほど、オリバンダーはここの杖職人なのだろう。
「はい、別に構いませんけど……」
使えなかったら、新たに杖を用意する必要がある。そうでなくても、キキちゃんはまだ杖を持っていないので——。
「あたしの杖はその人が作ってくれるってこと?」
——になる。どちらにせよオリバンダーのお世話になるということだ。
「そうですね。作ってくれるというより、杖があなたを選びます」
「杖が……?」
「やってみればわかりますよ」
返事を待たず、マクゴナガルは店の戸を開いた。続いて入ると、中も外装と同じく古ぼけていたが、目を引くのはカウンターの向こうの棚にぎっしりと詰められている大量の細長い紙箱であった。おそらくは、あのすべてに杖が入っているのだろう。
まず、マクゴナガルはわたしたちが新入生であることと、わたしの杖が使える状態かどうかを調べてほしいということを、カウンターに座っていた老人、オリバンダーに伝えた。
「これは……、桜の根かね? 長さは二十四センチメートル。なるほど、強い魔力を感じますよ。しかし……」
「しかし?」
「その魔力を、私には使わせてくれない、それぐらいに忠誠心が強いようじゃ。安心してくだされ、あなたならきっと使いこなせますよ」
オリバンダーはわたしの杖を受け取るとこう言った。杖に記録された情報などは本人でないと読み込めないようになっているので、オリバンダーさんに扱えないのは自然なことだ。どうやらこれから習う魔法のほうもそれと同じ状態らしく、わたしなら使える、という結論のようだった。それよりも、『桜の根』という言葉が引っかかるが。
「そうですか、ありがとうございます! 次はキキちゃんの番だね」
「そうね。えぇと、オリバンダーさん。どうやって杖を選べば……選んで貰えばいいのかしら?」
「心配せんでええ。私が渡す杖を軽く振ってくださればいいのじゃ。お嬢さん、杖腕はどちらですかな?」
「杖腕? 利き手なら右ですけど……?」
「それでよい。右腕を伸ばして」
キキちゃんが言われるままに腕を伸ばすと、巻尺が勝手に長さを測り始めた。何故か髪の毛の長さや胸囲など、明らかに関係ないところまで測っている。
「もうよい。ではこれを持ってくだされ。柊と不死鳥の羽、二十八センチメートル」
キキちゃんはそれを振ろうとしたが、その前にオリバンダーに取り上げられてしまった。どうやら相性が良くないようだ。その後も数本の杖を試したが、どれも降ると爆発が起きたり取り上げられたりするだけだった。
「難しいのう、これはどうじゃ。桜の枝と杉の幹、二十六センチメートル」
桜? わたしのと同じ? キキちゃんはこれまでと同じように杖を持った。しかし、何かが違うようだ。杖から、得体の知れない力が漏れているのがここからでも分かる。言葉には表現できないが、どうやらオリバンダーにも分かるらしく、期待に満ちた目をしている。
「さあ、振って」
キキちゃんが同じように杖を振ると、なんということだ。小さな花火が杖から飛び出し、はじけた。
「完璧ですの」
「……あの、オリバンダーさん?」
「なんじゃ」
キキちゃんの杖選びが終わったのを見計らって、オリバンダーに尋ねた。
「キキちゃんの杖、桜の枝って言いましたね。そしてわたしのが桜の根……。同じ桜だけど、素材によって特徴があったりとかするんですか?」
「そうじゃの、物理的な特徴は似てくるじゃろう。桜なら、磨けば光沢が出てくる。しかし、魔法的な特徴はその杖による、としか言いようがないのじゃ。わかったかの?」
「はい。ありがとうございます」
同じ素材ならなにか特別な関係があったりとか、そんなことを期待して尋ねたが、あまり関係は無いようだった。ただ、例外として同じ個体だったりすると向き合わせたときに誤動作を起こすらしい。今回はその心配はなさそう、とのことだった。杖の代金(どれも七ガリオン均一らしい)を払い、店を後にした。制服を回収し、わたしの転移魔法で帰還。マクゴナガルさんの最終確認が入る。
「全部揃っていますか? 教科書と、道具と、杖と、制服と……大丈夫そうですね。そうでした、学校の外で魔法を使ってはなりませんよ。退学になりますからね」
んん? わたしたちはたった今、わたしの転移魔法で戻ってきたところなんだけど?
「あの、マクゴナガルさん先生」
「あなたの魔法は……。大丈夫でしょう。そもそもこの家の護りの中では、魔法省の監視は通らないみたいです」
マクゴナガルさんは聞く前に内容を察してすぐに答えた。やましいことはないにしても、使った魔法が全て筒抜けというのは決して居心地の良いものではないので、これは嬉しいことだ。これを聞いて、キキちゃんも尋ねる。
「ここならあたしも使えるってこと?」
「そうなりますが、一応ダメってことになってますよ」
「はーい」
肯定の言葉であるが、いいことを聞いてしまった、とばかりの口調でキキちゃんは答えた。マクゴナガルさんは苦笑したが、すぐに真面目な顔に戻り、ポケットからなにかを取り出した。紙切れ……切符、だろうか。
「最後に、ホグワーツにはこの列車で行きます。キングス・クロス駅は分かりますね? では、私はこれで失礼します。また新学期、お会いしましょう」
「ありがとうございました」
マクゴナガルさんは門の外に出て、消えた。受け取った切符に目を下ろして……うん?
「……で、キキちゃん」
「なに?」
「九と四分の三番線ってどこだと思う?」
「え、九と四分の三は九と四分の三……。え、そんなホームあるわけないじゃない!」
切符には、九月一日の十一時に、九と四分の三番線から『ホグワーツ特急』が発車すると書かれている。しかし、普通に考えてそんなホームはあってはならない。キングス・クロスは大きな駅なので何度か使ったことがあるが、そんなのは見たことがない。
「だよね……。もしかしたら、行ってみればわかるかもね。九月一日は、ちょっと早めに行こう」
「そ、そうね」
「キングス・クロスなら行ったことあるから転移魔法が使えるし、十時半に来てくれれば間に合うよ」
「えっと……」
「あ、日本だと……。十八時半かな。時差があるってすっかり忘れてた……。魔法陣に体内時計とか腕時計とかを補正する魔法もつけておいたから心配しなくて大丈夫だよ」
自分は過去に時差ぼけで旅行が全く楽しめなかったことがあった。そんなことは誰でも体験するだろうと思って対応する魔法を探したが、そもそもそんな概念が無かったらしく、既存の魔法ではどうにもならなかった。仕方なく、生まれてはじめて自分で発明する魔法として時差ぼけ補正を実現することになったのだ。
「あ、そういえば時差ぼけしてないわね」
「よかった、ちゃんと効いてる。日本はそろそろ夕方だから、はやく帰ったほうかいいんじゃない?」
「えっと、八時間進んでるから……。そうだわ、早く帰らないと。ここに乗って、行先を選ぶだけでいいのよね」
キキちゃんは魔法陣に乗り、手を振りながら日本へと消えた。
「さて、ここでは魔法使っても大丈夫っぽいし、予習でもしちゃおうか!」
適当に杖を振ると、『転移魔法禁止』の看板は再び爆発し、灰となった。
ハリポタ二次創作に出てくる『異種の魔法』ってだいたい杖なしですよね。杖に完全に依存しているアルさんの魔法は少数派かな?
魔法陣
「魔方陣」に誤字ると頭が痛くなるのでやめましょう。
ずれる姿くらまし
たぶん原作にはない勝手な設定を追加。
キキって呼んで
あだ名強制。桔梗は本名で呼ばれ慣れてないみたいです。
できたー!
ロロナのアトリエかな?
閉じ込められます(二度と出られません)
姿くらましする位置が数メートル違っただけで人生は180度変わってしまう。
日本の魔法学校
実在したらいいなぁ(切実)
贈りもののふたをあけるときみたいに、わくわくしてるわ
魔女宅(原作)一巻より。
柊と不死鳥の羽、二十八センチメートル
地味に出てくるハリーの杖。
時差ぼけ回避
すごく実用的。
八時間
サマータイム。
なぜかスマホが通信制限ギリギリになったので、機内モードで執筆に専念してました。
あと、ちょうど金ローでハリポタが放送されてた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第03話 九と四分の三番線
「おはよう、アル!」
「おはよう、キキちゃん!」
ミーティス家の庭、十時三十分。キキちゃんは時間ぴったりに来た。
「アル、例の袋は?」
「ちゃんと用意しておいたよ」
自分の腰についているのとよく似た袋をキキちゃんに渡した。この袋は自宅に新設した倉庫に接続されている。キキちゃんは持ち物をすべてその袋に放り込んだ。
「じゃ、行くよ!」
キキちゃんの手を取り、転移魔法を発動する。行ったことない駅とかでなく転移の勝手が分かるキングス・クロス駅で助かった。転移先は駅前のロータリー。人がたくさんいるが、現れる瞬間は非魔法族には分からないようになっている。
さて、九番、十番線のホームまで来てみたが、当然九と四分の三番線ものは見当たらない。駅員に聞いたところで頭のおかしい人だと思われるのは明白だ。マクゴナガルの話を聞く限り、魔法というのはマグル(非魔法族)に知られてはいけないらしいので尚更よくない。
「九と四分の三……、九・七五……」
「九と四分の三ってことは、少なくとも九と十の間ってことよね……」
九と十の間……まさかね。
九番線と十番線の間の柱をじっと見てみる。見た目は他と変わらないただの柱だ。では、手を触れてみると……? 手は冷たいレンガに触れることはなく、そのまますり抜けてしまった。
「キキちゃん、これって」
「入ればいいのかしら?」
「試すしかないよ!」
壁に向き直り、ゆっくり距離を詰める。一歩、二歩……。柱は目と鼻の先だ。
……そして一歩。普通なら柱に衝突して鼻を擦りむきでもするだろう。しかし、そうはならなかった。
柱を通り抜けた先には別のホームがあった。頭上の札を見れば、『9 3/4』と書かれている。そして、ホームには紅色の蒸気機関車が十両ほどの客車を従えて止まっていた。正解だったようだ。
発車時刻まで三十分だが、既にホームには人がごった返していた。みんな私服なので、マグルの通勤ラッシュと言っても信じてもらえるだろう。
「うわぁ……。この様子だと、もう席は空いてないかもしれないね……」
「もしかしたら、混んでるのはホームだけかもしれないわ。はやく乗るわよ」
キキちゃんの助言に従い、人ごみをかき分け、早足で列車のドアへと向かった。どうやら予想は当たったらしく、コンパートメントはほとんど空だった。揺れが少ないだろうと思い、車両中央のコンパートメントに乗り込んだ。
「そういえばアル、何か話すことがあるとか言ってなかったかしら」
あっ、そうだった。キキちゃんに『ミーティスの魔法』の説明をしておくことにしたんだった。胸ポケットから杖を取り出し、持ち手側をキキちゃんのほうに向けて、尾部にはめられている五つの宝石を見せた。わたしの目の色と同じ青色だ。
五個の宝石にはそれぞれ、土、風、水、火の四つの属性と、どの属性にも該当しない、いわゆる無属性の魔力が貯められている。
魔法を行使する際にはこの魔力を消費し、消費する魔力の量や種類が多いものほど難易度が高いとされる。たとえば、アルーペがよく使う転移魔法は風属性の魔法だ。
無属性の魔力だけは特別で、他の四種類の魔力に変換することができるうえに、他の魔力よりも大量に杖に蓄えることができる。
消費した魔力は、それぞれの魔力に対応した物質から空間などを通して受け取ることで回復する。その多くは自然の物質である。例えば土属性の魔力は、土や草木から受け取ることができる。
「……って感じだよ」
「へぇ……。なんか、複雑ね」
「そうだね……。今説明したほかにも演算がどうとか色々あるみたいなんだけど、まだ詳しくは理解してなくて……」
ミーティス家の魔法に関する資料はミーティス家の書庫にごっそりとあるが、アルーペはまだその半分も読んでいない。
そんなことを話しているうちに、ドアの外から発車を告げる放送が聞こえてきた。
ガタン、という衝撃とともに列車は走り出し、ロンドンを離れた。
「でも、あんまり他の人には話さない方がいいかもしれないわね」
「え? どうして?」
わたしの話に、キキちゃんはなぜか神妙な顔をしてそう指摘した。
「自分にない力、特にそういう使い勝手のいいのは、気味悪く思うような人間もいるのよ。もちろんあたしは違うけど」
なるほど、マグルに対して魔法界が隠されているのと同じような理屈か。たしかにマクゴナガルさんは『姿現し』はとても難易度の高いものだと言っていた。それと似たような転移魔法を一年生なんかが使っているところを見られたら、なんというか、説明がめんどくさそうだ。
やがて家屋は減っていき、窓の外には田園風景が広がるようになった。土属性の魔力が溢れかえっているようだ。
話が終わると、コンパートメントをレールのジョイント音だけが支配した。しばらく無言で景色を眺めていたが……。あれ、今度はキキちゃんの番じゃないのか?
「それじゃ、キキちゃんも話してよ」
「え?」
あれ? 想定外の反応だ。勘違いだった?
「えっと、前会った時からなんか話したそうな感じだったから……?」
「え、えぇ。その通りよ。」
どうやら勘違いではなかったが、少し探りすぎていたらしい。なにか話すのが悩ましいことなのだろうか。
「いいわ。話すわよ。あなた相手にずっと隠しごとなんて落ち着かないし。アル、あなたは『転生』って言われて分かる?」
「転生? いわゆる『生まれ変わり』のこと?」
えっと、確かブッキョー? の概念だったか。前世での行いによって動物になったりホトケになったりだとかいうやつ……? まあ、単に生まれ変わりという意味で使っているようだけど……。
「そうなるわ。で、あたしはここに『転生』してきたわけ」
えっと、つまり? 最初に会った同年代の魔女が、転生者? それって——
「なにそれすごくない!?」
転生者ということは、少なくともここでの年齢よりは人生を積んでいるのである。同じ年齢なのに、同じ年齢でないのである。さっきの忠告は豊富な人生経験によるものだったのか、どうりで説得力があったわけだ。そんな素晴らしい方とお友達になれるだなんて……!
「え、いや、そんな……」
「人生の先輩じゃないですか!」
「だから、そんな大したことしてないって。飛ぶことと薬を作ることしかできないんだから……。でも、いいわね。ちょうどあたしも過去の振り返りってことで……」
キキちゃんは、いや、『キキ』は自分自身のことを確かめるかのように昔話を始めた。
キキの『一生』の話が終わるころには、窓の外は畑すら見当たらない荒地となっていた。
「……で、気づいたら稲田登戸っていったっけ? そこの病院で産声を上げていたのよ。さすがにその時の記憶はないし、その時は昔の記憶も読み込めなかったけどね」
なるほど……。この目の前の少女の姿を見るだけでは想像もつかない長い話だ。だがしかし、それ以上に気になることがあった。
「キキちゃんが言ったこと、どこかで聞いたようなことある気があるような……。デジャヴというか……、キキって名前自体にも聞き覚えが……。これだけじゃないよ。この学校についてのことも……」
再び沈黙が訪れた。キキちゃんはなにか深く考え込んでいるようだ。ホグワーツのことに加え、なぜかキキちゃんの『前世』の話にまで感じられる既知感。前者はどこかで聞いたとしても説明がつくが、後者は明らかに異常だ。
——この沈黙を破ったのはわたしでもキキちゃんでもなかった。
「車内販売はいかがー?」
そういえば、お腹が減ってきたような。お昼はとっくに過ぎていた。魔法界の食べ物はどんなものなのか、カートに目をやると、お世辞にも美味しそうとは言えない毒々しい色の菓子が目に飛び込んできた。
「それ、ちょうだい」
そして、マジか。キキちゃんが買ったのはその毒々しい菓子だった。
「えっ、それ……」
「だって『百味ビーンズ』よ。面白そうじゃない?」
言われてみれば、中身だけ見て商品名を見ていなかった。なるほど、『百味』か。見た目だけで判断するのもよくないな。何事も挑戦だ。
一粒、口に入れる。キキちゃんと目があう。
あ、不味い。これは色々と不味い。とっさに窓を開け放って口の中の忌々しい異物を吐き出した。
「美味しい! あらアル、どうしたの?」
「『どうしたの』じゃないよ! なにこれ!」
「何味だった? あたしはたぶんスイカよ」
「土。」
うん。二度と『百味ビーンズ』は食べない。こいつの恐ろしさは『土。』が可愛く思えるほどであることをまだ知らなかったわたしは、そう心に誓った。
「……で、なにか分かった?」
「えぇと、もしかしたら、なんだけど……」
悩んでも答えが出なさそうなので、大先輩キキ様に話を伺うことにした。さすがというべきか、なにか考えがあるようだ。キキちゃんは口を開きかけた。だがそれは、コンパートメントの扉が開く音で阻止された。
「ぼくのヒキガエルを見なかった?」
なんなんだお前は。思わず心の中で叫んだ。挨拶もせず、名乗りもせず、おまけに内容はヒキガエル。キキちゃんなんかもう少しで怒鳴りつけそうな顔をしている。
「知らないわ。そもそもあなたは誰? 女の子のいる部屋のドアをいきなり開けるなんて失礼よ。ノックぐらいしなさいよ」
「ご、ごめん……。ぼくはネビル・ロングボトム。もし見つけたら……」
ネビルと名乗った少年はそのまま隣のコンパートメントへ逃げていった。きちんとノックはしたようだ。キキちゃんは扉をあからさまに勢いよく閉めると、先ほどの話を続けようとした。
「……で」
「ネビルのカエルを見なかった?」
またも弾丸のような来客。キキちゃんはそのまま無言で扉を閉めた。ブチッという音が聞こえてくるようだ。ふさふさした栗色の髪の女の子は勢いよく扉を開き、逆ギレして叫んだ。
「話も聞かずに閉めるなんて失礼じゃない!」
「ノックもしないで扉を開けて、名乗りもしないでカエルの話をするのは失礼じゃないのかしら?」
「それは……」
「分かったなら帰ってちょうだい」
女の子はため息をつくと雑に扉を閉めて帰って行った。ため息をつきたいのはこっちだ、と言わんばかりにキキちゃんは扉を睨んでいる。たしかに、とても快いとは思えない。挨拶は大事だ。
「そういえば」
こういうときは話題を変えるに限る。『袋』の中に手を入れて……、これだ。分厚い本。表紙には『ホグワーツの歴史』と書かれている。
「寮が四つあるんだって。この本に書いてあったんだけど……」
「マクゴナガル先生がくれたやつね。あたしも読んだわよ。ちょっとだけだけど……」
何故、二人とも同じ本を読めたのか。二冊用意した訳ではない。例の『袋』、それぞれの倉庫と同期しているが、もう一つ共用の倉庫を用意し、そことも同期するようにしておいたのだ。
「で、キキちゃんはどこの寮に入りたい?」
「そうだね……。スリザリンってとこはあんまよくないらしいわ。『例のあの人』とかいう、なんか面倒くさそうなのがそこ出身らしいわね。あと、さっきの子みたいなのがいないところがいいわ」
「へぇ。わたしはグリフィンドールがいいなぁ。ホグワーツの校長先生、偉大な方らしいんだけど、その人がそこ出身で、他にも優秀な魔法使いはそこから出てるとか」
その後、寮に関する話から『例のあの人』のこと、どうやら『生き残った男の子』とやらが同学年にいるらしいことなどと話を広げた。当初話していたことはすっかり忘れて、いつの間にやら『ホグワーツの歴史』の研究が始まっていた。
「へぇ、電子機器が使えない……。わたしのカメラもだめかなぁ……」
「カメラ? どんなの?」
「日本のミノルタって会社の一眼レフなんだけどね。電気で動いてる部分を魔法に置き換えれば使えるかなぁ」
カメラが電子制御になったのは割と最近の話だが、わたしのは電子部品の塊みたいなやつだ。カメラを取り出してキキちゃんに向けると、よし、いいノリだ。察してポーズをとってくれた。ちょうど窓から光が差し、通路側にいるキキちゃんを撮るには都合の良い光線だ。
ボタンで露出を調整して、ピントを合わせて、ガシャーとフィルム送りの音。
「そうそう、フィルムを現像できる魔法を作ったんだ。ちょっとやってみるね」
「ほんと!? すごいじゃない!」
キキちゃんが顔を輝かせている。人前でやるのは結構恥ずかしいなぁ。魔法のイメージを頭で組み立てて、魔力を込めて……。
ところが、何度目かわからない邪魔が入った。
「おや? 『生き残った男の子』は女の子だったのか?
……どうやらこのコンパートメントじゃないらしいな」
青白い顔の、いかにもお坊ちゃま、という気取った雰囲気の男の子が入ってきた。えらいぞ、ちゃんとノックをしていた。
「おや、マグルのカメラに魔法をかけるのかい? 僕はマルフォイ。ドラコ・マルフォイ。横にいるのはクラッブとゴイルだ」
一応、名乗った。左右に少し体が立派過ぎるボディーガードのような人がくっついていることに目をつぶれば、今までの来客の中では一番マシといったところだろう。キキちゃんの受け答えも普通だ。
「あたしはキキ。こっちは黒猫のジジよ」
「アルーペ・ミーティスだよ。どうしたの?」
「『生き残った男の子』のハリー・ポッターがいると聞いてね。どうやらここではなかったようだ。それで、そっちの子はなにをしようとしてるんかい?」
「魔法でフィルムの現像をしようとしてるとこだけど……」
「それは凄いな。見せてもらえるかい?」
ギャラリーが一人増えてしまった。しかも、魔法界での有名人らしい人に興味があるということは、この人は元から魔法族の人なのだろう。なんとか心を静めて杖を振れば、現像焼き付けををすべてすっ飛ばして写真が印刷された。成功だ。キキちゃんが拍手をくれた。
しかし、ドラコのほうに視線を移すと、こっちは残念そうな顔をしていた。
「えっと……」
「それ、動かないのか? マグルの写真みたいだな……。もっと上達することを期待しているよ。
まあいい、僕はハリー・ポッターを探しに行く」
それだけ言い残し、ドラコは去っていった。そういえば教科書や『ホグワーツの歴史』に載っている写真は動いていたような。目の錯覚ではなかったのか。というか魔法界ではアレが普通なのか。
魔法でフィルムを未使用の状態に戻し、キキちゃんにせがまれるまま何枚も写真を撮っていると、外はすっかり暗くなってきた。
また、ドアがノックされた。
「私、ハーマイオニー・グレンジャー。もうじき着くらしいわ。着替えておいたらどうかしら?」
「わざわざどうも。グレンジャー。少しは学習したようね」
先ほどの女の子だ。ハーマイオニーはまた思いっきり扉を閉めた。意図はさっぱり分からなかったが、嘘をついているわけではないようなので制服に着替えておくことにしよう。
まもなく、到着の放送が入った。荷物は学校に運んでくれるらしいが、『袋』に全部収めてしまったわたしたちには関係のない話だった。やがて、先の方に明かりとホームが見えてきた。眺めているうちにホームはどんどん近づき、ゆっくりと停車した。
ホームに出ると、空気は想像よりも冷たく湿っていた。どうやら近くに湖があるらしい。
「イッチ年生! イッチ年生はこっちだ! もういないかな? イッチ年生! 早く! さあ、イッチ年生! ついて来い!」
なにやら威勢のいい声が聞こえてきた。声の方向を見ると、毛むくじゃらの大男が立っている。キキちゃん三人分くらいの横幅に、一・五人分くらいの身長だ。まさか、魔法学校にはこんなのが大量にいるのか? 魔法、なんでもありだな。
大男について、快適とは言い難い凹凸の激しい道を少し歩くと、予想通り湖が見えてきた。その向こうは岩山に隠れてよく見えない。
さらにもう少し進むと、急に視界が開けた。そして、その場にいる誰もが唖然とした。
向こう岸には崖が反り立ち、その上には巨大な城がそびえていた。皆が見とれていると、四人ずつボートに乗るよう指示された。なるほど、湖のこちら側に木製のボートがたくさんある。だが、対岸に船着き場のようなものは見えない。どこへ行こうというのか。
二人でボートに乗り込むと、さっきの栗色……ハーマイオニーも続けて乗ってきた。ジジまでカウントされているのか、次の人は次のボートに乗っていったようだ。
「グレンジャーじゃない、なんであなたが乗ってくるのよ」
「順番なんだから仕方ないでしょ。そういえばあなた達のお名前を聞いてなかったわ。教えてくれるかしら」
「仕方ないわね。あたしはキキ。こっちは黒猫のジジ」
「アルーペ・ミーティスです」
これっきりでハーマイオニーは会話を打ち切り、景色に集中することにしたらしい。いよいよあと数十メートルほどに迫ってきたホグワーツの城を眺めていると、再び大男が「頭を下げろ!」と指示をした。
前を向くと、おっと、危なかった。カーテンのように伸びている蔓草に直前で気づき、慌てて頭を下げた。どうやら城の崖下の洞窟に入ったようで、トンネルを抜けると、そこは雪国……ではなく船着き場が見えてきた。
「毎年一人ぐらい、頭打ってる人がいてもおかしくなさそうね」
遠くから先ほどの男の子がヒキガエルを発見した声が聞こえた。大男が全員の到着を確認して扉を叩いた。扉はすぐに開き、中から見覚えのある魔女が出てきた。
「あれって、マクゴナガル先生……?」
「そうっぽいわね」
「マクゴナガル先生、イッチ年生のみんなです」
「ご苦労様。ここからは私が」
しばらくしてわたしたちに気づいたマクゴナガル先生は、キキちゃんが手を振ると、笑顔で返してくれた。すぐにまじめな顔に戻った先生についてホールの大きな扉(中からざわめきが聞こえる)を横切り、隣の小さな部屋に一年生は押し込められた。
「ようこそホグワーツへ」マクゴナガル先生が言うと、いよいよか、とみんなはざわつきだした。
「さて、今からこの扉をくぐり全生徒で合流します。新入生の歓迎会を行いますが、その前に組み分けの儀式をいたします。
寮は四つあって、学校にいる間はそこで生活することになります。ですから、組み分けはとても大切なことです。ホグワーツにいる間、皆さんの善い行いは寮の得点となり、規則を破れば減点となります。学年末には最高得点の寮に優勝杯が渡されます。
まもなく始まりますから、身なりを整えておきなさい」
それだけ言うと、マクゴナガル先生は組み分けの準備に扉の向こうへ消えた。みんな、口々にどうやって組み分けをするのだろう、と話を始めた。中には、とても痛い試験をするんだ、などと言っている人もいる。そんなはずはない、と思いたいのだが、何があっても不思議ではない。呪文を暗唱している声まで聞こえる。
まもなく、マクゴナガル先生が戻ってきた。
「これから組み分けの儀式を行います。一列でついてきなさい」
大きな扉が開け放たれ、大広間の全貌が明らかとなった。
無数の蝋燭が宙に浮いて部屋を照らし、天井には星空が広がっていた。魔法で本物の星空に見せているのだ、というハーマイオニーの声が聞こえた。
それぞれの寮のものと思われる四列の長机があり、その上には一定間隔で金色の皿が置かれている。前方にはもう一つ机があり、教師達が座っていた。
そしてその机の上に、マクゴナガル先生が汚いボロボロの三角帽子を置いた。なんだか妙に惹かれる力を感じる帽子だ。先の既視感のようなものもあるが、今回はまた別のものもある。そういえば、結局キキちゃんからお話聞いてなかったな……。
寮に着いたら今度こそ聞いてやる、と決心しまた帽子を見ると、なにやら口のような裂け目が現れた。いや、口そのものだ。なんと、帽子は口を動かして歌い始めた。歌の内容は自分が組み分けの帽子であることと、各寮の紹介だった。
「なぁんだ、試験なんてないじゃない」
なぜ『ホグワーツの歴史』に組み分けのことが載ってなかったのかは謎だが、とりあえず帽子をかぶるだけなら簡単だ。多分間のページが抜けていてでもしたんだろう。
「今からABC順に一人ずつ名前を呼びます。前に出て、帽子を被ってください」
わたし、『A』なんですけど。結構最初のほうじゃん……。
「……アボット、ハンナ!」
なんだ、姓が先か。まるで日本みたいだ。金髪のおさげの女の子が前に転がり出た。帽子を被って——
沈黙——
「ハッフルパフ!」
本当に被るだけなんだ、安堵の声があちこちから聞こえた。ハーマイオニーはグリフィンドールだった。やがて、アルーペの番がやってきた。
「ミーティス、アルーペ!」
深呼吸して、ゆっくり前に進み出た。なんだか緊張するな。マクゴナガルの方をちらっと見ると、何か願っているようだった。そういえば、マクゴナガル先生はどっかの寮監だとか言っていた。どこだったかな。
椅子に座ると、組み分け帽子を被せられた。帽子は——脳内に直接話しかけてきた。
「おやおや、これは……」
「な、なんですか」
「いや、どこかで会ったような気がしてね。お父さんやお母さんがホグワーツだったかい?」
「いいえ、わたしの家はこれが初めてらしいですが……」
「ふーむ、そうか……。少し君と話がしてみたいが、今は無理だな。私はいつも校長室にいる。気が向いたら来なさい。
グリフィンドール!」
マクゴナガル先生が笑顔になるのが見えた。どうやらグリフィンドールの寮監らしい。机に向かおうと向きなおると、ハーマイオニーがため息をついているのが見えた。見て見ぬふりをし、席についた。
しばらくしてキキちゃんの組み分けが行われたが、同じくグリフィンドールとなった。隣に座ったキキちゃんは安堵の表情だった。キキちゃんの後の数人でまもなく組み分けは終わり、白い髭の老人が立ち上がった。あれは校長のアルバス・ダンブルドアだ。『ホグワーツの歴史』に写真が載っていた。
「おめでとう! 新入生のみなさん! では、歓迎会を始める前に二言三言、言わせていただきたい。では……ふたこと、みこと! 以上!」
拍手が巻き起こった。謎にテンションの高いおじいさん、という感じだが、隣にいた上級生がいつもこんなだよ、と教えてくれた。机に目線を戻すと、おぉ。さっきまでなにもなかった大皿が食べ物で満たされていた。
「そういえばキキちゃん、日本の食べ物とここの食べ物、結構違うんじゃない?」
「そうよ。……ここのも美味しいけど、あんま健康的じゃなさそうだわ」
日本の食べ物も食べてみたいな——。そう思っているうちに、胃袋はデザートを吸い込んでいた。うん、久々によく食べた。
皿から食べ物が消えると、ダンブルドア校長が立ち上がり、広間は一気に静かになった。
「みなよく食べ、よく飲んだであろう。新学期にあたり、伝えておくことがある。
新入生の諸君。校内にある『森』に入ってはならんぞ。立入禁止じゃ。また、管理人のフィルチさんからは、今年いっぱい四階の右側の『廊下』には入らないように、とのこと。とても痛い『死』が待っているそうじゃ。」
えっと、ここは『魔法界一安全』な場所ではありませんでしたか。なんですか『死』って。わたしの英語が間違っていなければ、安全からは一番遠い言葉だと思うんですけど。同じことを考えた生徒の言葉があちこちから聞こえてくるが、ダンブルドア校長の話はそれっきりだった。
「合言葉は?」
「カープト・ドラコニス」
監督生のパーシー・ウィーズリーが太った婦人の肖像画に合言葉を聞かれ、答えた。この建物の中の肖像画はみんな動いているようで、意思の疎通もできるようだ。ドラコが言っていた写真と同じように、絵も動くのが当たりまあ絵なのだろうか。
肖像画が扉のように開き、グリフィンドール寮の談話室が露になった。穴によじ登り談話室に入ると、座り心地の良さそうな椅子とソファーがたくさんあった。指示に従い女子寮への螺旋階段を上ると、やっと部屋が見えてきた。
部屋はわたしとキキちゃん、ここまでは良かったのだが、さらにハーマイオニーまで一緒のようだ。幸いにも、ハーマイオニーが到着する前にわたしたちは寝てしまった。後から来たハーマイオニーがどんな反応をしたかは神のみぞ知るところである。
仕様変更で特殊タグとやらが使えるようになったらしい。面白いんだけど使い所が謎。
倉庫を新設
ミーティス邸の空間は歪みまくっている。
十両の客車
映画だともっと短かった気がするけど無難に十両で。
通勤ラッシュ
実際にはホームに人はそこまでいない。地獄は車内だ。小田急を使っているうp主が言うんだから間違いない。
側廊下式コンパートメント車
映画1巻に出てきた感じの客車。廊下と個室がついています。
巻によって種類が変わってたりする。
無言で眺める
列車の中でボーッとするのっていいですよね。
キキの過去
角野栄子『魔女の宅急便』シリーズを全6巻お買い求めください。
ついでに特別編2巻も買いましょう。
稲田登戸
向ヶ丘遊園の旧駅名。近くの病院の名前は稲田登戸病院のままだったが、最近潰れた。
2017.09追記 跡地にマンションが建つようです。
土。
たぶん句点と鉤括弧が並ぶのは最初で最後。
弾丸のような
自己紹介する弾丸を想像しよう。
ミノルタのカメラ
α-7000をイメージ。まだ一般向けのデジタルカメラはない時代。
ボタンぽちぽち
α-7000はSSやF値をダイヤルではなくボタンで調整する。
Watanabeより後、YやZから始まる姓
8種類ぐらいあるらしい。
〜制作裏話〜
暑くなってきた(2016/7/15)。頭が蒸発しそう(´・ω・`)
非常食の備蓄法に「ローリングストック法」ってのがあったんだけど、まんま小説の書き溜めだった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第04話 仕事はじめ
翌朝目を覚ますと、隣のベッドではキキちゃんも同時に起きていた。どうやら少し早かったらしく、他には誰かが起きている気配はしない。音量を抑えてキキちゃんに声をかける。
「とりあえず下に降りようよ。ここじゃあ他の人を起こしちゃうかもしれないし」
「そうね。昨日の話の続きでもしましょう」
そっと部屋を出て談話室への階段を降り、ふかふかのソファーに座った。キキちゃんはこれを『今まで座ってきた椅子の中で一番座り心地が良い』と評価した。そして、早速ホグワーツ特急で話しそびれたことを話し始めた。
「あたし、前世の記憶があるって言ったじゃない?」
「そういえば、そんなこと言ってたね。そっちでも魔女だったって。薬なんかも作ってたって言ってた」
「そう。そして、あなたはその時デジャヴがどうとか言ってた。……その気持ち、すごく分かるわ」
「どういうこと?」
デジャヴに共感することは特に変なことでもない。どういうこともクソもない。普段なら。だけど……。
「分かってるでしょ? あなたは……」
「わたしは……」
「記憶がわずかに残った、『転生者』」
やっぱり、というべきか。分かってはいたが、受け入れられなかった。自分から思い出せるほどしっかりはしていないが、「知っているような気がする」ぐらいのぼんやりとした記憶が残されているのだ。
もっとも、
とはいえ、それだけでは説明できないこともある。
「でも……」
「でも?」
「仮にそうだとしても、『前世』でキキちゃんやホグワーツを知ってるって、結構限られるんじゃない?」
「……そうね。あたしの名前、そんなにある名前じゃないし……。うーん」
仮に前世の記憶があるからだとしても、ピンポイントすぎる。しかも別に名前だけではない。キキちゃんの『前世』そのものに既知感があるのだ。
これは、『転生』についてもっとよく知る必要があるかもしれない。たしか、そんな感じの本をどこかで見かけたような……。とりあえず、休みに家に帰って探してみよう。正月あたりに休みがあったはずだ。キキちゃんにそう話すと、どうせ暇だから、と協力を申し出てくれた。
「どっちにしろ、みんなにはなにも言わない方がよさそうね。混乱させるだけだから」
なるほど、『転生者』としても先輩な訳か。なんとも頼もしい。
まもなく授業が始まった。『生き残った男の子』として有名なハリーは学校中で噂され、わたしたちの耳にも入ることとなった。生き残ったというぐらいだから、相当な魔法の使い手に違いない、と自分の魔法は上手い方だと自負しつつ思った。
しかし、まもなく自分の魔法はまだまだだと痛感させられた。校内図が大体把握できたので経路探索の魔法を使おうにも、自由気ままに動く階段のせいで教室までたどり着けない。
ゴーストのビンズ先生が教える『魔法史』は退屈すぎて、眠くならないようにする魔法だけで魔力が切れてしまう。
唯一救いだったのが、マクゴナガル先生の授業、『変身術』だった。
「変身術は、ホグワーツで学ぶ事の中で最も複雑で、危険で、……そして興味深いです。その危険さ故、私の話を聞かずに勝手なことをする生徒は、直ちに帰ってもらいます。警告しましたよ。よろしいですね?」
さすがに自分たちと話すときとは全く違う雰囲気だったが、マクゴナガル先生だ、という事実だけで安心感がある。刷り込み……なのだろうか。
先生が変身術を実演すると、みんながその術に興味を示さずにはいられなかった。理論についての複雑なノートをとった後、ついに生徒の実演となった。マッチ棒を針に変えろとのことだ。
「どうしよう、いつも通りにやれば簡単なんだけど……。だめだよね」
「それはずるいわ。これを針に……。火をつけたら中に針が入ってて……、なんてないわよね」
「ないですね」
周りを見ると、成功している人はいないようだ。論理は分かっても——分かってない人の方が多そうだが——実践は難しいというのはよくあることなので仕方ないものなのだろう。マクゴナガルも初回でできるとは思っていないようで、特に不機嫌というわけではなさそうだ。
しかし、ここは是非成功させたい。理由はない。成功させなければならないと、本能が言っている——
「——どうだっ!」
数秒後、めっちゃの前には一本の針が転がっていた。なぜかめちゃくちゃ疲れた。背もたれにひっくり返りそうになっていると、マッチに似合わぬ火力で炎上した棒を消火したキキちゃんが目を丸くしていた。
「……アル、どうやったの?」
「わかんない……。気づいたら、えいって感じで……」
遠くから見ていたマクゴナガルも、驚きを隠せない様子だった。やはり、成功者が現れるとは思っていなかったのだろう。我に返って、グリフィンドールに五点をくれた。ちょっと誇らしい。
結局、その後成功させた者はハーマイオニーだけだった。グリフィンドールの初得点は十点となった。
「ところで、『生き残った男の子』ってヤツはさっきのできなかったの? もっとすごい魔法使いなんじゃないかと思ってたんだけど?」
「わたしもそう思ったんだけど、そうでもないみたいだね……。ちょっと残念かな」
『生き残る』ために変身術は不要だったのだろうか。とてもそれほどの力がありそうには見えないハリー・ポッターを横目に教室を出た。
続いて、『闇の魔術に対する防衛術』はクィレル先生の担当だが、この人がなかなかおかしな人だった。
終始何かを恐れるようにオドオドして、バンパイア避けと称するニンニクの匂いをまき散らしていた。頭のターバンはアフリカでゾンビを倒したお礼に貰ったものだと言っているが、いざゾンビの倒し方を聞いてみると、突然天気の話をはじめたりと、なかなか怪しい話であった。しかも、いちいち仕草が演技くさい。
「クィレル先生、なんか怪しくない?」
「そうね。もしこの挙動が本心だとしても、何を恐れてるのかしら……」
一週間も経てば、皆が授業に慣れてきたようだ。しかし、どの授業でも『生き残った男の子』がその能力を発揮することはなかった。むしろ、やたら知識を披露したがるハーマイオニーの方が目立っていると言えるだろう。
だが、九月七日金曜日、はじめての『魔法薬学』のスリザリンとの合同授業でやっと『生き残った男の子』の存在が再認識させられることとなった。
この教科の担当はスリザリンの寮監のスネイプ先生だが、聞くところによるとスリザリン贔屓が激しいらしい。そう言われると、どうしても贔屓の余地を与えないようにしたくなる。これまた理由はないが、ミーティスとしてのプライドとでも名付けておこう。
「スリザリンって、なんかマグルが嫌いな人が多いらしいわ」
「そうみたいだね。そういえば、列車の中で会ったドラコ・マルフォイ、だっけ? その人もスリザリンに組み分けされてたんだっけ」
「ハリー・ポッターに向かって純血主義がどうとか言ってたわね。スリザリンで大正解なんじゃない?」
寮で性格を決めるのは差別には当たらないのだろうか。性格で決まった寮だから事実として問題ない……のかもしれない。そんなことを考えつつ、教室へと向かう。
授業は地下牢を教室に改装したような部屋で行われた。ただでさえ気味が悪いのに、さらに不気味な生物の標本やらが並べられていてなおさらだった。授業が始まると、スネイプはまず出席を取った。ハリーまで来た。すると、なにやら嫌味を述べ始めた。
「ああ、さよう」不気味な、柔らかな声だ。「ハリー・ポッター。我らが新しい……スターだね」
冷やかすような笑いが聞こえた。声の方を見てみれば、ホグワーツ特急で会ったドラコとその取り巻きだった。スネイプは減点する気配がないどころか、本人も笑っているようだった。
出席確認を取り終わり、あたりを見回し、授業についての説明を始めた。
「ここでは、魔法薬調剤の微妙な科学、そして厳密な芸術を学ぶ。杖を振り回すような馬鹿げたことはない。それでも魔法か? フツフツと沸く大釜、ユラユラと立ち昇る湯気、人の血管の中を這いめぐる液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……。
——期待はしない。諸君がその見事さを真に理解するなどということはな」
説明になっているのかは謎だが、まあまあ面白そうだとは思った。——一瞬の静けさ、そして唐突に指名。
「ポッター! アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になる?」
ハリー・ポッターは答えられなかった。単語の意味すらわからない、いや、聞き取れたかどうかも怪しい、といった様子だ。隣にいる赤毛のほうを助けを求めるようにちらっと見たが、こちらも分からないようだ。が、ハーマイオニーは高々と手を挙げている。
「そんなのわかるわけないじゃない……。ね、アル……」
「『生ける屍の水薬』ができるよ。でもこの二つだけじゃ足りないっぽいね」
「え、なんで分かるのよ」
「なんでって……。教科書に書いてあったからだよ」
なにも魔法を記録するだけがミーティス家の杖ではない。『知識』だって杖に記録できる。ずっと覚えておきたいことがあれば記録しておけばいい。とりあえず教科書の内容は全て頭、ではなく杖に叩き込んだのだ。容量は不明だが、一生かかっても使い切ることはないらしい。
「分かりません」ハリーが答える。
「『生き残った男の子』も名前だけか……。残念だな」
スネイプ先生の言う通りだ。キキちゃんもそう思ったらしく、微妙な角度で頷いている。まだハーマイオニーの方がマシだろう、と。
「もう一つチャンスをやろう。ベゾアール石はどこを探せば見つかる?」
「アル、これも分かる?」
「分かるっていうか、覚えてるよ。山羊の胃から採れて、強力な解毒剤になるんだって」
教科書の何ページに載っていたかも覚えてるぞ。試験の暗記問題は申し訳ないが満点を取らせていただこう。
ハーマイオニーのほうを見れば、手は限界まで伸ばされた。ハリーはベゾアール石が何なのかすら分かっていない様子だ。ドラコとその取り巻きは笑っているが、君たちは分かっているのかね? おおかた答えは否だろう。
「分かりません」
「授業前に教科書で予習をしようとは思わなかったのか? ポッター。
最後だ。モンクスフードとウルフスベインの違いは?」
「違いはって聞かれても、呼び方が違うだけだよ……」
「グレンジャーが手を上げてるけど、なんで指さないのかしら」
ハーマイオニーはついに耐えられなくなったらしく、椅子から離れた。スネイプ先生はハリーだけをにらみ続けている。
「分かりません。——でも、ハーマイオニーが分かってるみたいですよ」
「座れ、グレンジャー。ポッター、教えてやろう。アスフォデルとニガヨモギを混ぜあわせると眠り薬になる。あまりに強力で、成分を間違えると二度と起きないこともあるので、『生ける屍の水薬』と呼ばれる」
「それだけじゃ足りませんけどね」
少し教科書にはなかった説明もあったのでメモを取りつつ、小声でつぶやいた。スネイプ先生は無視した。これがもしもスリザリン生であったら、とっさに聞きつけて加点をするだろう。むしろ、私語を慎めと減点されなかったことを感謝するべきなのだろうか。
「次だ。ベゾアール石は、山羊の胃から取り出せる石で、強力な解毒剤となる。モンクスフードとウルフスベインはどちらも同じ植物で、トリカブトの事だ。……どうだ? 諸君、なぜ今のをノートに書き取らない?」
一斉に羽ペンと羊皮紙を取り出す音がした。そして、被せるようにスネイプは言った。
「ポッターの態度が無礼なのでグリフィンドールから三点減点。メモを取っていたミーティスは……仕方ない、グリフィンドールに一点やろう」
おっと、ちゃんと見ていたのか。なんと、スネイプ先生がグリフィンドールに点を入れた。恐らく他にメモをとっていたスリザリン生にも加点するためだが、その事実はスリザリン生にもグリフィンドール生にも驚くべきものだったらしい。しかし、その後はスリザリンに加点し、グリフィンドールから減点することに努めているようだった。
次の週の木曜日。いつも通り一番に起きて談話室に下りると、壁に『お知らせ』が貼られていた。うーん、これは……。その場でくるっと一八〇度回って階段を戻った。そして、キキちゃんを布団から引っ張り出して掲示の前まで持ってきた。
「ふあぁ……。にゃに?」
「キキちゃん見て! これ!」
「これ……、おひらへ? うーん……。ん!?」
お知らせの内容は、『飛行訓練は本日、木曜日から行われます。スリザリンとの合同授業です』というものだった。
「やった、ついに! 思う存分飛ぶわよ! ……そういえば、アルの魔法では空を飛ぶのとかあるの?」
「うーん、あるにはあるけど、わたし、苦手なんだよね……」
飛ぶのが好きらしいキキちゃんはテンションを上げつつ興味津々に聞いてくるが、飛行魔法は苦手分野だ。
どうやら飛ぶことに興味があるのはキキちゃんだけではないらしく、その日の朝食では、あちらこちらで飛行訓練や『クィディッチ』に関する話題が飛び交っていた。クィディッチとは、魔法界で人気のある箒を使ったスポーツらしい。
本人が言うには、ドラコ・マルフォイはクィディッチが得意なようだ。それを聞いたキキちゃんはどんなものか見てみたい、と言っていた。少し挑戦的な口調だったのは気のせい、だろうか。
午後三時。わたしたちが校庭に到着した頃には、グリフィンドール生とスリザリン生のそれぞれ半分ほどが到着していた。しばらくすると、残りの生徒と教官のマダム・フーチがやってきた。
「ぼーっとしてないで! 箒の隣に立ちなさい! はやく!」
言われるままに箒の横に立つと、いくつか注意をしたのち、箒の持ち方を説明し始めた。
「右手を箒にかざして、『上がれ』と言ってください」
「「あがれ!」」
ハリーとキキちゃん、わたしと何人かの箒は飛び上がってその手に収まったが、途中で落ちたりした箒の方が多かった。朝食のとき得意げに本で得た知識を披露していたハーマイオニーの箒は、その場で転がっただけだった。
「あんなに偉そうに言ってたのに」
「実践するのは難しいからね……」
フーチは箒の落ちないまたがり方を説明すると(キキちゃんがどんな乗り方をしても落ちはしないわ、とつぶやいた)、何名かの持ち方を正しに歩いて回った。自慢話をしていたドラコも指摘を受け、その信憑性は揺らいでしまったようだった。
「私が笛を吹いたら、地面を強く蹴って少しだけ上がり、前かがみになってゆっくりと降りてきてください。決して上がりすぎてはいけませんよ。危険です。——三——二——一——」
そのとき、笛がなっていないのに突然ネビル・ロングボトムが大砲の弾のように飛び出した。フーチが戻ってこいと叫ぶが、とても制御をする余裕があるようには見えず、高度をどんどん上昇させていく。
万一に備え、杖に手を伸ばそうとしたが——あれ? 胸ポケットに入ってない?
そのとき、ネビルの体は箒から離れ、再び重力の支配下に戻ったそれは落下を始めた。箒はひとりでに「禁じられた森」のほうへ吹っ飛んでいった。
「そうだった、落としちゃうといけないから袋の中に……!」
いくら自分を不快な目に合わせたとはいえ、人間を見殺しにすることはできない。慌てて『袋』に手を突っ込み、杖をつかんで、照準を合わせて、減速の魔法を発動した。しかし、完全に止めることはできず、鈍い音を立ててネビルは地面に突っ込んだ。これで致命傷は回避できただろうか。
フーチは「絶対に動くな」と指示を出し、ネビルを医務室へと運んでいった。が、そんな指示は守られるはずもなく、すぐにドラコが騒ぎ出す。
「あいつの顔を見たか? まさに大マヌケさ! ん……。おい、これを見ろ!」
ドラコはネビルの落ちたあたりから何やら白い煙が詰まったようなガラスの玉を拾い上げた。多くの人はこの玉に見覚えがあった。朝食のとき大広間でネビルに送られてきた『思い出し玉』だ。握って中身が赤くなったら、何かを忘れているということらしい。もっとも、何を忘れたのかは分からないままなので意味があるのかは分からないが……。
「あいつの婆さんが送ってきたバカ玉だ!」
「……返せよ。ネビルのだ」
ハリーはドラコに突っかかっていった。なんというか、これぞまさしく犬猿の仲、なのだろうか。
「返せって言ったって、お前のじゃないぜ。そうだな、あいつが取りに来れる場所に置いておくか。木の上なんかどうだい?」
「渡せって!」
ハリーが怒鳴ると、ドラコは箒を掴んでふわりと浮き上がった。どうやら箒の腕はそこまで下手ではないらしい。そして、上からハリーを煽る。そのときすでにキキちゃんが箒を手にしているのには、誰も気づかなかった。
「ここまで取りに来いよ、ポッター!」
ハリーは挑発に乗り、箒を乱暴に掴むとすぐに空を飛ぼうとした。——その横を何かが通り過ぎた。上を見てみれば、ものすごい勢いで誰かが箒に乗ってドラコに接近している。ハリーの位置からでは驚きに満ちたドラコの顔しか見えない。
飛んで行った誰かはすぐにドラコのもとへたどり着き、くるっと一回転。箒の房をドラコにぶつけた。ドラコはすこしバランスを崩した。顔が見えた。キキちゃんだ。
「ちょっとキキちゃん!?」
思わず叫んだ。なんというか、行動力の化身か。
「それ、渡しなさい。そうしないと……」
「お、お前はあの時の……。ふん、できるもんならやってみろ」
ドラコは強気に言うが、声は震えていた。言われた通りに、とキキちゃんはドラコに突進した。ドラコはギリギリのところでかわしたが、顔は恐怖に満ちていた。
「あなたの取り巻きさんも、ここまでは来れないわね。どうする?」
「と、取れるものなら取ってみろ!」
ドラコは思い出し玉を真上に放り投げると、落ちるように地面に戻って行った。
だが、さすが『前世』からの箒のベテラン。ただ落ちるだけのものを捕まえるなど朝飯前らしい。既に数十メートル下まで落ちた思い出し玉まで一直線。すぐに追いつき、地面ギリギリのところでキャッチし——そのまま地面に突っ込みそうなものだが——すぐに切り返してその場に静止した。
「桔梗!!!!!」
が、すぐにマクゴナガルが叫びながら飛んできた。そういえばフーチが「動いたら退学だ」と言っていたか。
「まさか……首の骨を折ったかもしれない……ホグワーツでは一度も、そんなこと……」
「先生! キキは悪くないです!」
キキちゃんは弁解する気力もなさげに、ただマクゴナガルについていった。
今覚えば、なぜあんなことをしたのだろうか。箒を悪用するのが許せなかった? のかもしれない。自己分析もほどほどに、これからどうなるのかを考える。さすがに退学というのはただの脅しだろうけど、危険なことをしたのだから、相応の罰があるに違いない。
マクゴナガル先生はとある教室の前で立ち止まると、そこで授業をしていたフリットウィック先生に『ウッド』を要求した。 ウッド? 翻訳魔法が間違っていなければ『木』だ。木の棒で殴られる体罰でも受けるんだろうか? しかし、出てきたのは人間だった。
「ここで話をすませましょう……。桔梗、こちらはグリフィンドールのクィディッチのキャプテンです——」
「えぇ!? キキちゃんが、シーカー!?」
夕食。キキちゃんはマクゴナガルと『ウッド』との話をしてくれた。シーカーとはクィディッチにおいて最も重要なポジションだったか。驚異的な箒の腕を見せたききちゃんの才能を生かしたい、と言ったという。だが、本人はそれを快く思っていないようだった。
「まだあたしとマルフォイ以外飛んですらいないのに、それだけ見て、規則を曲げて、なんて……。試験をして、とかなら分けるけど、こんな偶然でなるのはあまり嬉しくないわね」
「うーん……」
特別扱いが気に入らない、というのは共感できない話ではない。どうせシーカーになるのなら、相応の正当性をもってなってくれたら、友人としてそれ以上誇らしいことはない。
わたしたちが話している側で、なぜかドラコとハリーが喧嘩をしていた。そのまま話を聞いていると、どうやら『魔法使いの決闘』を今夜するらしい。もちろん、ちょうど今ハーマイオニーに突っ込まれている通り、夜中に出歩くのは校則違反であるが、ハリーはどうしてもドラコを倒したいらしい。
その日の夜。談話室の方が騒がしいのでキキちゃんと二人で降りてみると、ハリーとロン、そしてハーマイオニーが口論をしていた。どうやら二人が規則を破ることによってグリフィンドールが減点されるのを、ハーマイオニーが阻止しようとしているらしい。キキちゃんはこれを睡眠を妨げるに十分な理由ではないと判断したらしく、不機嫌を一切隠さない声を投げた。
「うるさいわグレンジャー。眠れないじゃないの」
アルーペの姿に気づいたハーマイオニーは、状況を説明しようとする。
「あら、あなたたちまで。聞いて、この二人……」
「マルフォイと決闘するらしいわね」
夕食での話は聞いていたので説明をもらう必要はない。キキちゃんはハーマイオニーの言葉を制止した。
「そう。あなたたちも聞いてたのね」
同じ話を聞いていたのは、同じ場所にいたのだから別に不思議なことではない。
「夜中に出歩くのに賛成はしないけど、わざわざ止めにくるなんて。あなた、相当お節介ね。好きに行かせておきなさい。罰則を受けるだけじゃない」
キキちゃんはハーマイオニーの行動に意味はない、と結論付けたらしい。まあ、共感できる。相応の罰を与えるシステムはちゃんと機能しているのだから、わざわざ介入する必要もないだろう。
「点数なんて後で稼げばいいんだしね。わたしはもう寝るよ」
しかし、ハーマイオニーは二人を止め続けることにしたらしく、ぐちぐち言いながら二人を外まで追いかけた。おいおい、自分も一緒に規則を破っていくとは……。
息を切らせたハーマイオニーがわたしたちの寝ている部屋に戻ってきたのは、それから数時間後のことだったらしい。
「マクゴナガル先生、このままではあたしはシーカーになることはできません」
「えっ、なぜですか? 箒を買うお金なら、私が負担することも……」
金曜日の放課後、マクゴナガルの部屋に来客があった。入学前の案内をした日本人、桔梗だ。話は唐突だった。
「あまりに不公平じゃないですか」
「どういうこと、ですか?」
「あそこであたしが飛んだのは単なる偶然、それも指示を無視して。他の人は飛ぶのが下手だったわけじゃなくて、ただ指示に従って待っていただけよ。『やってできる』のと『やらせてもらえずできない』。全員にチャンスが与えられるべきだと思うわ。あたしもそうやって自分を証明したい」
なるほど、一理ある。たしかに、冷静に振り返ると、少々どころでなく無理矢理なことをした。クィディッチのことになるとついつい熱くなってしまうのは反省すべきだろう。しかし、どう対策すべきか。スリザリンに優勝を奪われ続けている今、こんなに優秀な人材を諦めるわけにはいかない。
「——分かりました。校長先生と相談します」
それに、この生徒はまだ私のことを信頼してくれているようだ。それに応えるのが教師の役目というものであろう。
夜が明け、土曜日となった。朝食が終わると、何故か一年生は大広間に残るよう指示された。桔梗はその理由をすぐに理解した。
さてと、どんな策を考えてくださったのかしら?
「朝からすまない、少し、この爺のたわごとを聞いてくれるかの。みな、席に着くのじゃ」
何かあったのか、とざわつく一年生たちは次の言葉を待った。
「入学前に、一年生は箒を持参できないと案内した。みんなよく知っておるじゃろう」
ハリーやドラコもなんの話かに気づいたらしく、あたしの方をちらっと見た。そう、こんな顔を向けられながらクィディッチをするのは御免だ。
「どうやら儂や先生方は君たちを見くびっていたようだ。そこで——」
ほぼ全員がダンブルドアの意向に気づいたらしく、ざわつきが大きくなった。
「——今年は、この規則を一部無効化する!」
歓声が上がった、が、一部の人は『一部』という言葉が気になったらしい。もちろん、ダンブルドアはそれに答えた。
「一部、ということについてだが、今年は、一年生について、とても厳しいクィディッチの試験を、任意で受けてもらう! これに合格した者のみが持参した箒を使える! 試験は今日午後三時、とても危険なものなのでよく考えておくこと。以上じゃ」
ダンブルドアが衝撃の発表を一気に終わらせたため、みんなの反応は少し遅れることとなった。それにしても、当日に発表とは意地悪な校長である。しかも、とても危険な試験とは……。飛んで『一生』を過ごしたこのあたしをどう歓迎しようというのか、楽しみじゃないか。
午後三時、クィディッチ競技場。前例なしの試験が始まる。試験を受ける人だけでなく、見に来ただけの者も、二年生以上含め多数いる。わたしもその中の一人だ。
「どんな試験をするんだろう?」
「うーん、まさか、スニッチを捕まえさせるとかかしら?」
スニッチって、シーカーが捕まえるアレだったか。羽が生えてて不規則に空中を飛び回る虫みたいな球らしい。キキちゃんでも初見でそれは無理なんじゃないかな……?
「まさか。それはさすがに難しすぎるよ……」
「あ、あれ、ダンブルドア先生よ」
ついに試験内容が発表される。話をしていた人も、観客も、皆黙り込んだ。
「皆の者、準備は万全じゃろうな? これから君たちには、通常シーカーが捕まえるスニッチを捕まえてもらう」
そのまさかだった。発表から十時間も経っていないのにどうやって準備をしろというのか。さらに、プロでも捕まえるのに数十分かかるという話だ。一年生に捕まえさせるなど、無茶としかいえない。
「制限時間は一人一時間。箒はみな学校の『流れ星』を使う。何か質問は?」
質問はなかった。そりゃそうだ。単純で、そして困難。受験者は入り口に、その他は観客席に集められた。受験者は『準備運動』として競技場内を自由に飛び回っているが……。もうこの時点で勝敗は決まっているように見える。
「さすが『生き残った男の子』ね。動きが全く違うわ」
「あっちにも変なのがいるぞ。あれはワタナベとかいう奴じゃなかったか? あの箒でどうしてあんな加速ができるんだ」
数分後、再び集まった受験者たちはくじで順番を決めた。受験者は七人いたが、ハリーが一番、ドラコが六番、キキちゃんが最後だった。
「一番、グリフィンドール、ハリー・ポッター!! スタート位置につくのじゃ!」
ハリーが呼ばれ、競技場の端に立った。マダム・フーチがスニッチだけの入った箱をコートの中央に置いた。
「さん——にい——いち、始めぇ!!!」
スニッチが飛び出した。ハリーも同時に飛び出した——。
原作を読んでいること前提なので変化がないとことはバンバンカットさせていただきます。
座り心地
キキは椅子ソムリエ(大嘘)
詳しそうな桔梗
キキは転生専門家(大嘘)
空間把握、経路探索の魔法
結構チート。当初は使えないようにする予定だったが、話の流れで使ってしまった。
前の話でありましたが、一応「実際に探索しないと把握できない」という調整を加えています。
気味が悪い
変換→君が悪い→削除→きみ→君の名は。
(´・ω・`)
生ける屍の水薬
屍(特性:生きている)
HPが10%切ったら勝手に使われます(違
胸ポケット
アルーペが杖が入るように改造したらしい。
スネイプがグリフィンドールに加点
原作:-1点
今作:-3+1点
減ってる……
飛行訓練
今作では種類を問わずキキが乗った箒の性能は加速度25km/h/sとしています。ファイアボルトが24km/h/sなのでそこまでチートじゃないかな?
減速の魔法
「魔法名」が思い浮かばず地味かつ説明的な表現に……。ドイツ語でも使おうかな?
返せって言ったってお前のじゃない
正論である
房をぶつける
痛くなさそう
流れ星
ただ飛べるだけの粗悪な箒(らしい)。
今回は魔女宅のBGMの曲名からタイトルを選んでみた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第05話 いざ、空へ
「さん——にい——いち、始めぇ!!!」
スニッチが飛び出した。ハリーも同時に飛び出した。早速スニッチを見失ってしまったようで、高いところから探そうという作戦か、ハリーは高度を上げた。スニッチは金色に輝いているため、逆光よりは探しやすいはずだろう。
しかし、十分経ってもハリーの動きに変化は現れなかった。観客席からもスニッチの場所を見つけるのは困難だ。ふと地上で待機しているキキちゃんのほうを見ると、視線をせわしなく左右させている様子だった。まさか、スニッチを目で追い続けているとでもいうのか。よし、ちょっとズルしちゃおう。空間を魔法でスキャンしてみると……あった。不規則な動きとは聞いていたが、え、これ本当にキャッチなんかできるの? と疑問に思うくらいそれは激しかった。そして、やはりキキちゃんの視線はこれを捉えているものだった。
結局、ハリーはその十分後にスニッチを捕まえた。どうやら、二十分というのは十分に速すぎるタイムだという。
二番のスリザリン生と、三番のレイブンクロー生は、それぞれ地面に激突したり箒の制御ができなくなったりでリタイアした。正直何故試験を受けたのか謎だ、と隣の赤毛——ハリーの友達でロン・ウィーズリーというらしい——が言っていた。
その後の二名も失格。次はドラコ・マルフォイの番である。こちらはスニッチを見失いこそしなかったものの、あと少し、というところで制限時間の一時間が過ぎてしまった。
そして最後はいよいよキキちゃんだ。ホグワーツでは珍しい日本人だからか、はたまたマグル生まれ(転生前は魔女だが今世での『生まれ』はマグルだろう)だからか、注目が集まる。
「七番、グリフィンドール寮、桔梗、渡邉!! スタート位置につくのじゃ!」
いや、注目の原因は頭にいつもつけている赤いリボンか。飛ぶ時もつけてるのかそれ。
「さん——にい——いち、はじめぇ!!!」
スニッチとキキちゃんが飛び出した。が、その速度はキキちゃんのほうがわずかに速かった。猛スピードで上昇し、スニッチを三十センチほど引き離すとその場で振り返り、突っ込んでくるスニッチを捕まえようとした。
さすがにスニッチもそこまで馬鹿ではないらしく、手は空気を掴むのみだった。キキちゃんはすぐさまスニッチの方へ加速。反応速度が尋常ではない。箒の名『流れ星』が可愛く思えるほどの操縦で、キキちゃんはスニッチとの距離をじわじわと詰めていった。決着はまもなくついた。開始十六分、急降下するスニッチをキキちゃんが追う。側から見れば、重力に任せて落下しているように見える。しかし、加速度は重力加速度を超えている。さらに下方向へ力をかけているらしい。
地面まであと数メートル。このままでは地面に激突しそうだが、減速する気配はない。思わず息を飲んだが、地面ギリギリでキキちゃんは重力がひっくり返ったかのように『上に落ちた』。観客が呆然としている中、キキちゃんは静止すると笑顔で手を掲げた。その手にはスニッチが握られている。
ハリーの二十分に続いてさらに十六分、これにはダンブルドア校長も驚きを隠せなかったらしく、結果を書き込む手は震えていた。
合格者には後から個別に通知が来るらしいが、既に結果は明らかであった。グリフィンドールの優勝が確実すぎて賭けにならないぞ、と嬉しい悲鳴を上げている男子——ロンと同じ赤毛だ。兄だろうか——もいた。
「やったね、キキちゃん!」
「学校の箒が言うことを聞いてくれるか不安だったけど、無事、この通りよ」
「そんな不安定な状況であんなアクロバティックなことしてたの……。見てるこっちが怖かったよ」
急降下からの切り返し。あれは箒との息も合わないととてもできないことだろう。しかも学校の箒はお世辞にもいい箒とはいえない『流れ星』。もしものことがあったら悲しむ人もいるんだぞ、と訴えた。
「はは、ごめんねアル。でも、本番では好きな箒が使えるみたいだから大丈夫よ」
「好きな箒って……。あれ以上のわけわからない動きをするの?」
「あんなの楽勝よ。本番のスニッチはもっと複雑な動きをするみたいだし」
おいおい、この子、さりげなく『自分はスニッチを取る』、つまりシーカーになる、と宣言しおったぞ。事実、ハリーと桔梗の箒の腕は上級生の誰よりも上だと、とあるクィディッチ選手は言っていた。スリザリン生も恐怖を覚えたという。シーカーに選ばれること必至だろう。
「ポッターのほうは箒、どうするのかしら? さすがに『流れ星』ではないわよね?」
そういえば、キキちゃんと『こっち』の世界の魔法使いでは飛ぶ仕組みが全く違っていて、ハリーたちのほうは箒の性能に依存する部分があるんだっけか。箒といえば、さっき……。
「えーっとね、さっきマクゴナガル先生が話してたのを聞いたんだけど……。多分聞いちゃダメなやつだったと思う。ニンバス二〇〇〇? って箒をキキちゃんとハリーに内緒で買ってあげようかって……」
「え、あたしもその箒使うの……? できれば使い慣れたやつを使いたいんだけど……。でも、買ってもらって使わないわけにはいかないし……。
……それじゃ、マクゴナガル先生にお断りしてこないといけないじゃない!」
夜七時。桔梗はクィディッチ競技場に到着した。ポッターを呼ぶ声が聞こえたので行ってみると、キャプテンのオリバー・ウッドとポッターが話していた。
「おぉ、渡邉か。ポッターによると箒を貰ってないらしいが……」
「大丈夫よ。ちゃんと自分のがあるわ」
あたしは『袋』から箒……いや、デッキブラシを取り出した。これを見たその他二人は目を丸くしている。それもそのはず、これは魔法の道具ではなく掃除道具であるのだから。
「君……。それで飛ぶというのかね?」
「ええ。見ますか?」
どうやら疑われているようなので、競技場をぐるっとひとっ飛びしてみせた。が、ウッドがそのブラシに跨って見ても、足は地に着いたままだった。当然だ。これは正真正銘愛すべき掃除道具だ。
「これは驚いた。掃除道具で飛ぶ魔女がいるだなんて……。なんてことだ。
……まあ、飛べるのだから問題ない。では、まずは君たちにルールを理解してもらう。これは簡単だ。クィディッチは頭では理解できてもそれを実行するのが難しい競技。来週からは週三回チーム練習をする」
ウッドはひととおり説明をした。言う通り、ルールはそこまで難しくなさそうだ。反則が何百もあるというのは驚きだが。
「——で、シーカーだが……。情けないことに、うちのチームで最優秀なのは一年生二人っぽくてね。今年ことは優勝杯を手にすべく、どちらかにやって貰うしかないんだが……」
「あたしが」
「いや僕だ」
「こうなると思ったので、交代でやってもらうことにする」
なんだ、二回戦をするわけではないのか。それなら順番を決めなければならないが……、最初の試合は対スリザリンチームか。うん、ポッターに押し付けよう。
「よし。次は練習だ。といっても、もう暗い。スニッチを使った練習は出来ないよ。代わりにこれを使おう」
ウッドはゴルフボールを取り出した。何故マグルのスポーツであるゴルフの球があるのか。多分本人は自分が手に持っているのがそれだとは知らないのだろうけど。
とりあえず、あっちへこっちへと投げられるゴルフボールをつ残さずキャッチして見せると、ウッドはとても喜んでいた。ポッターのほうも同じだ。
「——ってわけで、スリザリン戦はポッター。あたしはチェイサーよ」
「でもそれじゃあ、ハリーの方が出番多いよね」
練習が終わって早速にアルに報告をすると、そんな指摘が入った。たしかにポッターがスリザリンとレイブンクロー、あたしはハッフルパフ戦だけだ。この友人は割と細かいことを気にしているらしい。
「スリザリンの選手なんてどんなのがいるか分かんないでしょ」
「うーん。言われてみれば。そのほうがいいかも……」
一試合しかなくても二試合分、いや、それ以上の存在感を発揮するまでだ。久々に飛び回れるんだ、暴れさせてもらおうじゃないか。
学校生活に慣れ、魔法もそこそこ分かってきて、気づけば一ヶ月が経ち、今日はハロウィンだ。が、空間把握の魔法地図は埋まりきっていない。実際に歩かなくても把握できる魔法はあるが、いくら練習してもできずに諦めた。かといって探索するのも楽ではない。他にも、『転生』やミーティス家に関することは何も進捗がない。
朝食を食べに大広間へ向かうと、かぼちゃの匂いが漂ってきた。どうやら今日の朝食はかぼちゃパイのようだ。
そして、その日の『呪文学』は『浮遊術』の実習だった。フリットウィック先生は、二人組を作らせて練習させた。わたしはいつも通りキキちゃんと組んだが、普段ハリーの相手をしているロンはハーマイオニーと組まされてしまったようだ。あの二人はとても仲がいいとは言えない関係だったような気がするが、大丈夫だろうか。そんな余計なことを考えていると、キキちゃんから声がかかった。
「そういえばアル、ロングボトムにこんな感じの魔法使ってたわよね」
「あー、そうだね。でも、あれは速度を落とす魔法。今日やるやつみたいな上昇させる魔法じゃないよ。まあ、こういうのもあるにはあるけど、落下中に使ったら衝撃が強すぎるから……」
速度を変化させるということは、それだけの力がかかるということである。急に運動の向きが変わるほどの力を加えたら、地面にぶつかるよりひどいことになるかもしれない。
さて、授業のほうだが、先生は杖の振り方を「ビューン、ヒョイッ」という擬音で説明した。そして、呪文を正確に唱えるように、と念を押して練習を始めた。振り方も呪文もそこまで難しくはない。言われた通りにやるだけのことだ。
「
羽ペンに杖を振ってみたがペンは動かない。うーん、そう上手いこと行くものではないのか。羽ペンに問題があるのかと普段使っている魔法をかけてみると、ちゃんと持ち上がる。
キキちゃんにもやってみてもらうと、こちらは少しだけ浮かせることができた。人によって相性があるのだろうか。もう一度やってみると、こんどは持ち上げられた。成功するイメージがないとだめなのかもしれない。
「皆さん見てください! ミーティスさんがやりました!」
高く持ち上げたため先生が気づいた。みんなの視線がこちらに集まる。褒められて嬉しくないわけではないが、あんまり注目されるのは恥ずかしというか、好きではないのだが。
「ウィンガーディアム・レビオサー!」
と、間違った呪文を唱えるロンの声が聞こえてきた。見てみると、杖の振り方も間違っているようだ。一体何の話を聞いていたのか。
「そんなめちゃくちゃに振り回しちゃダメよ。ビューン、ヒョイよ。で、呪文はウィンガーディアム・レビオーサ。『ガー』ってちゃんと伸ばさないと」
ハーマイオニーが指摘すると、ロンは言うのは簡単だ、とばかりにハーマイオニーに手本を要求した。ハーマイオニーが成功させてみせると、また先生は「やりました!」と言った。
どうやらこれは二人の間の空気をさらに悪化させたらしい。授業終わりに近くを通りかかったとき、ロンがハリーに彼女についての愚痴をこぼしていた。それも結構失礼な。さらに悪いことに、偶然通りかかった本人がそれを聞いてしまったらしく、泣きながら突進してそのまま去って行ってしまった。
「……泣いてる。今の聞こえちゃったかな」
「どうでもいいさ。今改めて聞かなくたって、自分が嫌われてることぐらい分かってるだろ」
そして、今日はそれっきりハーマイオニーの姿を見かけることはなく、大広間にはご馳走が並んでハロウィンも終わろうとしている。
「かぼちゃ料理ばっかりね」
「こんなにあったら、さすがに飽きちゃいそう……」
並べられた料理を眺めていると、誰かが全速力で息を切らしながら大広間に突っ込んできた。頭に巻いているターバンで、クィレル先生だとすぐに気づくことができた。クィレル先生はダンブルドア校長のもとまでよろけながら歩きたどり着くと、喘ぎながらこう言った。
「トロールが——地下室に——お知らせしなくてはと——思って——」
そして、その場で気を失って倒れた。大広間中が大混乱に陥るなか、キキちゃんはわたしに聞いてきた。
「トロールって何? そんな危ないものなの……」
「トロールはね、たしか、こーんなにでっかくて、力は強いんだけど、すっごく馬鹿なんだって」
「『こーんなに』がどんなになのかは分からないけど、力が強いのなら危険なのね」
あれ、今ので伝わらなかっただろうか。まあいっか。
「あの二人、どこに行くんだろう?」
「あっちには何があるのかしら?」
そうだ、行ったことがある場所なら空間把握魔法が使える。幸い、近くを通ったことがあるらしく、地下への階段があることを知ることができた。
「地下……。そういえば、グレンジャーが地下のトイレで泣いてるとか言ってたわ……。もしかして……」
「トロールから助けようと……? 危ないよ! 行かなくちゃ!」
彼らにも良心というものがあったのだろう。そして、それはわたしも同じだ。助けないで放っておけるほど冷たくはないと自覚している。
「でもそしたらアルが……」
「わたしは大丈夫!」
いざとなれば転移魔法で逃げればいい。それでキキちゃんも納得してくれたようだ。とりあえず、二人を追うことにした。階段を降りて歩き続け、ほどなくして、汚い公衆トイレのような臭いが漂ってきた。そういえば、トロールは異臭を放つと聞いた。何やら大きな唸り声も聞こえてくる。とりあえず臭いのもとへ向かってみることにする。
「うわぁ!? なんでここにアルーペが!? あっちにはトロールがいる! 危険だ!」
前から突然ハリーとロンが飛んできた。どうやらトロールから逃げてきたらしい。もう少し詳しく話を聞くと、鍵のかけられる扉の中に入っていったので鍵をかけてしまったらしい。
「それって……。女子トイレなんじゃ……」
空間把握の範囲外であったが、そんな気しかしない。つまり、二人はハーマイオニーと同じ空間にトロールを閉じ込めたことになる。これはまずい。
走りだすと、男子二人も自分たちのやったことに気づいたらしくついてきた。扉の前まで来たとたん、叫び声が中から聞こえて来た。
「はやくしないと! えーっと、えいっ!」
杖を振って鍵を吹き飛ばす。開錠魔法など使っている暇はないので物理的に破壊した。不思議そうな顔で見るハリーとロンを横目に、扉を開いた。
目に入って来たのは、三、四メートルほどの不気味な巨体と、その奥で恐怖に満ちた顔をしているハーマイオニーだった。トロールを生で見るのは初めてだが……うん、気持ち悪い。しかし、目を背けている暇は内容で、トロールは洗面台をなぎ倒しながらハーマイオニーへと向かっていった。
「こっちに引きつけよう!」
目の前の光景に唖然としていると、ハリーが床に落ちていた鉄パイプを拾い上げてトロールに投げつけた。狙い通り、トロールはこちらに向かって来た。キキちゃんはなぜか『袋』を探っている。
「こっちに来たぞ!」
「えっと、そのままトロールを引きつけておいて! わたしはハーマイオニーを!」
状況を把握したので、ハリーに慌てて指示を飛ばした。杖をしまってハーマイオニーのほうへ走る。トロールと壁の隙間を潜り抜けて、なんとかハーマイオニーのもとまでたどり着く。
「大丈夫? 立てる?」
どうやら大丈夫ではないらしい。腰が抜けてしまったらしく、自力では立てないようだ。仕方がないので、ハーマイオニーをかつぐ形で運び出そうとした。しかし、力が足りないのか、ハーマイオニーが重いのか、このままではここから脱出する余裕は……。
頭を上げてハリーたちのいる方を見ると、キキちゃんがデッキブラシに跨っていた。『袋』から出したかったのはこれか。こちらに気づいたキキちゃんが上を指さした。視線を上げると、トロールの頭から天井までは少しばかり隙間がある。
——なるほど!
すぐにキキちゃんは飛び上がり、トロールの頭上を通過して側までやってきた。だがしかし、動きの速い物体に気を取られたのか、トロールは後ろを振り向いて視線をこっちに移してしまった。
「三人は無理よ!」
「大丈夫、わたしは自分で戻る!」
ハーマイオニーをなんとかキキちゃんのデッキブラシに乗せる。飛び立ったキキちゃんを追うようにして視線をトロールに戻すと——まずい。トロールが棍棒を振り上げている。体をこちらに向けるだけの時間を与えてしまったらしい。どうやらわたしはしっかり捉えられてしまっているようだ。
だが、こちらは魔女だ。その程度の物理攻撃など——胸ポケットの杖を両手で構え——キキちゃんの悲鳴が聞こえる——減速の魔法を発動すれば——
できない。魔法が発動しない。なぜ? たしかにわたしは杖を——ああ、なんて情けない。これは万年筆だ。杖ではない。取り違えてしまったようだ。もうどうしようもないな——
「——あれ……?」
しかし、いつまでたっても衝撃はこない。おそるおそる目を開くと、棍棒はとっさに突き出した万年筆の先で止まっている。ハリーたちの方を見ると、みんなも同じく目を丸くしているところだった。トロールのほうも状況を飲み込めずに固まっている。えっと、助かった、のだろうか。……なんで?
「どうなってるんだ?」
「分かんない! でもはやく、これをどけて!」
訳も分からず、それだけ言って。わたしは意識を手放した。
一体何が起こったんだ。デッキブラシを着陸させて振り返ってみたら、アルが
「ビューン、ヒョイッ……そうか!
なるほど、杖の振り方か。ウィーズリーが呪文を唱えると、棍棒が浮き上がった。ウィーズリーはそのまま棍棒をトロールの頭まで持ち上げ、勢いをつけてぶつけた。トロールはアルの隣に倒れこんだ。あれ、アルも腰を抜かして……違う、気を失っている。急いでデッキブラシを担いで救出に向かう。
戻ってくると、ハーマイオニーはようやく口の動かし方を思い出したらしく、アルを地面に下ろすあたしに声をかけてきた。
「あっ、ありがとう……」
「ハ、ハーマイオニー、大丈夫?」
「えっ……、えっ?」
人が心配してあげているというのに、なんだその応え方は。何か変なことを言ったかのような驚き方を……あれ? あたし今彼女のことをなんて呼ん——
「……っほら、はやく戻るわよ!」
顔が熱いのは気のせいだ。友人を名前で呼んで何が悪いというのだ。そう自分に言い聞かせていると、まもなくアルが目を覚ました。
「あれ? えっと、わたし……。トロールは?」
「あなたと……キキが私を助けてくれたのよ。……ありがとう」
ハーマイオニーはアルーペにも礼を言った。いや、あだ名で呼んでもらえて嬉しいとか思ってないし。そんな呼び方をする許可を与えた覚えはないぞ、ハーマイオニー。そんなことはどうでもよい。どうやらアルは先ほどのことを覚えていないらしく、状況が掴めていないようだ。そして、唐突にハーマイオニーの呼び方を考え出した。
「ハーマイオニー……ハー、ハーちゃん! ハーちゃんって呼んでいい?」
「えっ……、別にいいけど……」
なぜか喜しそうな顔をするアルだが、廊下の方から足音が聞こえてくると、とっさに杖を構えなおして音のする方を振り返った。が、その必要はなかった。鍵の壊れた扉から入ってきたのはマクゴナガル先生と、後からスネイプ先生とクィレル先生だった。クィレル先生はトロールを見たとたんその場に倒れこんでしまったので、来る意味があったのかは謎である。マクゴナガル先生は今までに見たことがないぐらい怒っている様子だった。
「いったい、あなた方はどういうつもりなんですか。一歩間違えてたら死んでいたんですよ。寮に戻るようにと言ったはずです」
口調こそ冷静だったが、全身から怒りが滲み出ている。
スネイプ先生のほうは視線だけで顔が切れてしまいそうなほどにハリーを睨みつけていた。アルが説明しようと口を開きかけたが、ハーマイオニーの方が先だった。
「マクゴナガル先生! 四人は私を助けに来ました! もしも来てくれなかったら……。私、死んでました。私はトロールについて知っているつもりになってて、どうにかできると思い込んで……。みんなは悪くないです!」
嘘だ。怒っているマクゴナガルよりも、『嘘をつくハーマイオニー』という存在がハリーには信じられない様子だった。でも、あたしたちを庇ってくれているらしい。とりあえず、ハーマイオニーの言った通りだ、という顔をしておくことにした。
「そうですか。……グレンジャー、どうして一人でトロールをどうにかできるなどと考えたのですか? 愚かしいことです。とても残念です。グリフィンドールから十点減点します。他の四人、あなたたちは運がよかったのです。一年生でありながらトロールに立ち向かえる人など見たことがありません。その運に、一人五点与えます。
……パーティーの続きは寮で行われています。さっさと帰りなさい」
わたしたちは一目散に女子トイレを出て寮へと戻った。
そういえば、アトリエシリーズが20周年を迎えました。
スニッチを追うキキ
原作で手紙を風にとられて追っかけたシーンがあったかな?
上に落ちる
変態。Gがやばそう。
渡邉か
日本名、違和感やばい
擬音で説明
アルーペは擬音での説明(全くわからない)が特異得意です。
デッキブラシに乗るハーマイオニー
魔女宅(原作)では箒の二人乗りはできないという設定でしたが、ここではできることにしておきます。
重量については、荷物が重くて不安定という描写も、船を持ち上げることができるという描写もありましたので、重量は無制限だが重くなるにつれて制御が不自由になるということにしておきましょうか。
名前呼び
かわいい
ハーちゃん
ハーちゃんだと違和感がやばいけどハーさんにするのもなぁ……
本当は四話に試験入れてこのタイトルになる予定だったけど始まった時点で1万字いってたので急遽別の話に。
減速魔法の魔法名を
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第06話 おじいさんのデッキブラシ
「マクゴナガル先生! この間のこと……」
「なんですか。二度とあんな危険な真似はしないでくださいよ。だいたいあなたたちが助かったのは……」
「その、助かったわけについて、なんですが……」
アルーペと桔梗が私の部屋を訪ねてきた。アルーペは杖と間違えて万年筆を振り上げ、それ以降の記憶はないということを、桔梗はその続き、万年筆がトロールの棍棒を止めたことを話してくれた。なるほど、そんなことがあったのか……。しかし、ミーティスの魔法は私たちの専門外。
「とても興味深い話です。が、あなたの魔法は、私にはどうしようも……」
「あ、いえ、えっと、この万年筆、代々受け継がれてきたものって聞いたんですけど、これを自分でも調べてみたんです。でも、何か魔法がかかっている、としか分からなくて。自分の知っている範囲の魔法じゃないんです」
「……ミーティス家の魔法ではない、と?」
つまり、『こちら』の魔法かもしれないから調べてくれ、と言いたいのだろうか。こちらの魔法界とミーティス家との接触は記録されていないのでありえない……はずだが、ゼロとは言えないのかもしれない。一応受けてみて損はないだろう。アルーペの手から万年筆を受け取った。見た目は普通の万年筆そのものだが……。
「では、こちらで調べておきます。いつも授業でもこの万年筆を使っているのですか?」
「はい。でも、しばらくは羽ペンを使わなきゃ」
そう、これは魔法具である以前に筆記具である。まあ、試験の時は専用のカンニング防止羽ペンを使ってもらうことになるのだから、今のうちに慣れてもらった方が良いだろう。
「それでは、お願いします。ハリーとロンの勉強を見てるハーマイオニーがそろそろ限界だと思うので」
あの日以来、五人組はどうやら仲が良いらしい。しかも協力して勉強とは、学校の寮監としても誇らしいものだ。さて、そんなに頑張っているのなら、 より解き甲斐のある試験問題を作らねば……。
ハリーとキキちゃんの初試合の前日。キキちゃんとハーちゃんと三人で、凍りつくような寒さの中庭で『クィディッチ今昔』を読み漁っている。
「七百の反則……。こんなの、審判は覚えてるのかな」
「ウッドはそう言ってたわ。多分、魔法で判断するんじゃないかしら?
えーっと、全てが公開されているわけではない、そりゃそうね。穴を突かれたら困るもの」
ハーちゃんが瓶に入れて持ち歩ける青白い炎を出してくれたので、それで暖まっていた。それでもまだ少し寒いので、わたしもこっそり寒さを軽減する魔法をかけている。
ミーティスの魔法のことはハーちゃんにも隠しておくべきなのかどうか……。そんなことを考えていると、向こうからスネイプ先生が歩いてくるのが見えた。火は禁止されていると思ったのか、ハーちゃんは慌てて後ろに瓶を隠したが、その怪しい動きがむしろ目についたらしく、スネイプが寄ってきた。
「今隠したものを出せ」
とっさに何か問題がありますか、という顔を取り繕って『クィディッチ今昔』を取り出した。が、スネイプ先生の答えは予想の斜め上を行った。
「図書館の本は持ち出してはなら——」
「ハーちゃんのですよ」
「人の話は最後まで聞け。グリフィンドールから十点減点」
うーん、呼吸をするように減点していくのは流石といったところだが、いつもより不機嫌なように見えた。しかも、足を怪我しているかのように引きずって歩いている。キキちゃんも気づいたらしく、怪訝な顔をして言った。
「あの足、どうしたのかしら」
「怪我でもしたんじゃないの。すっごく痛いといいわね」
あれ、えーっと、ハーマイオニーさん、ですよね? この子の恨みを買うのは結構リスクがありそうだ。
……それにしても、あの不機嫌さ、足の怪我、普段の態度からしてもちろん怪しい人ではあるが、それ以上に頭のどこかに引っかかるものがある。何かを隠しているような……。『前世』の記憶のこともあるかもしれないが、少し探ってみる必要がありそうだ。
「なんか怪しい……。ちょっと、後を追ってみる。二人は先に戻ってていいよ」
二人はこの怪しさに気づいていないのか、困ったような顔をさせてしまった。まあ、隠密行動は一人の方がいい。
「キキちゃん! ハーちゃん! たいへん!」
談話室に飛び込んで二人を呼んだ。これは一刻も早く伝える必要がある。
「どうしたのかしら? スネイプが何かしでかしたのかしら?」
「しでかしたっていうか、なんていうか……」
「ちょっと詳しく教えて」
スネイプ先生を追ってたどり着いた職員室の前で聞き耳を立てていると、スネイプ先生がフィルチ先生と『三つの頭』がどうこう、という会話をしていたのである。そして、足には痛々しい傷が。これはただ事ではない。そういう確信があった。そして、なぜか『既視感』もあった。
「それって『四階の廊下』の……」
「そういえばあの時、スネイプがどこか行こうとしてたよな」
何かを知っているらしいハーちゃんが言いかけると、ロンが突然口を挟んできた。地下トイレにハーマイオニーを助けに行った際、スネイプが『廊下』の方へ向かうのを見たという。思い返してみれば、あの後地下トイレにわたしたちを探しに来たのは……。
「クィレル先生とスネイプ先生、一緒にトイレに来たよね」
「そういえば、あの怪しい先生もいたわね。来た意味ほとんどなかったけれど」
よからぬことを企んでいるのはむしろクィレル先生である可能性もある。では、何故スネイプ先生が『廊下』に行く必要があるのか? 何か見落としていることはないかと記憶を探っていると、ハリーが一つの考えを示した。
「スネイプが三頭犬を突破しようとするのをクィレルが止めたとかじゃないかな」
「あんな臆病者にそんなことできるのか?」
「だから臆病なのは演技かも、ってことよ。逆も考えられるわ——」
ロンの疑問にキキちゃんが答える。逆とは、つまりクィレルが三頭犬から何かを盗み出そうとするのを、スネイプが阻止している、ということだ。まとめると——
「つまり、どっちかがあのトロール、だっけ? あれに注意を引かせてその間に三頭犬に挑んだけど、もう片方に阻止されたってこと?」
「そんなの絶対スネイプに決まってるさ」
「確かに好意的じゃないけど、そんなことをする人じゃないわ」
スネイプ犯人派のハリー、ロンと反対派のハーちゃんが口論をはじめた。いや、現段階では、どちらが犯人であると断定することはできない。可能性は半々だ。キキちゃんも同じことを考えたのか、三人の間に入った。
「どっちが悪いかなんて、このまま話しても分からないわ。『廊下』に隠されてるのが何か、とかも気になるし……」
「それに、キキちゃんとハリーは明日試合でしょ。話はその後にしたほうがいいよ」
とりあえずキキちゃんの援護をした。三人は納得したのか、ただ面倒になったのか、この話は一旦区切ることにしたらしく、わたしとキキちゃんを残して去っていった。ちょうど二人きりになったので、『既視感』についての話を持ちかけた。
「『廊下』に隠されてるもの……。わたし、知ってる気がする。けど、思いだせない」
「それはつまり……」
「ここに来てからずっとそんな感じはしてたんだけど、今回のは特に強く感じる」
「前世はホグワーツ生だったのかもね。でも、『廊下』のことは不思議ね……。似たような事が過去にもあったのかしら」
どうせならこんな曖昧な感覚ではなく、答えをズバッと示してくれると嬉しいのだが……。
「キキちゃん! 起きて!」
翌朝。叩き起こしたのはアルだ。珍しいな……。あっそうか、今日、試合だった。緊張するものだと思っていたが、案外そうでもないらしい。
朝食を食べに大広間へ降りると、クィディッチの話題で盛り上がっているようだった。
「アルーペ! キキ!」
ハーマイオニーが呼んでいるので隣に座ると、真っ青な顔のハリーがいた。こっちはかなり緊張しているらしい。
「ハリーったら、ぜんぜん朝食を食べないのよ」
「……ポッター、あなたのせいで負けたら許さないわよ。朝食も食べずに優勝なんてできるわけないじゃない」
頼りないシーカーを説得し、なんとか食パン一枚を食べさせることができた。本当にちゃんとやってくれるのだろうか。一応チームメイトなんだから頑張ってほしいものだ。正直不安である。
あっという間に試合直前。控室ではウッドが激励をしていた。一年生の参加という異例の事態ではあるが、毎年こんな調子らしい。
「失礼ね、女もいるわよ」チェイサーのアンジェリーナ・ジョンソンが指摘した。
「でも、去年と違うのは事実ね」
「ああ。今年は……、一年生が参戦している。それも我々よりも厳しい試験を乗り越えてきた奴らだ。活躍を期待する!!」
いよいよスリザリンチームとの対面である。歓声に迎えられて競技場に出ると、いよいよ気持ちが高ぶってきた——。
所変わって、グリフィンドールの観客席のてっぺん。カメラの準備をしていると、ハーちゃんが声をかけてきた。
「アルーペ、そのカメラ……」
「これ? 普通のマグルのカメラだよ。何故かホグワーツでもちゃんと動いたの。
どうせ魔法でやるなら目の網膜で見たのをそのまま写真にできちゃえば楽なんだけど、人間に手を出すのは難しいんだ。まだわたしには作れないみたい」
白い望遠レンズを装着しながら説明すると、ホグワーツで電子機器が動いている、という『ホグワーツの歴史』に反した光景にハーちゃんは少し驚いたようだ。出入口のほうの人影にレンズをむけてシャッターを半押し。よし、オートフォーカスも万全だ。して、これはマダム・フーチか。審判をやるらしい。
「箒に乗って、準備してください」
それぞれ一斉に持ち場についた。試合開始のホイッスルと共に、選手は空中を飛び回りだす。うむ、これは『鳥』と表現するほかないだろう。
「試合が始まりました! 実況は私、リー・ジョーダンです!
さて、クァッフルはまず、グリフィンドールのジョンソン選手が取った! 素晴らしいチェイサーです。容姿も——」
「ジョーダン!」
「失礼しました、先生」
なんだこの実況は。少し気合いの入れる方向が——。マクゴナガルが先生にも怒られてるが、先生もちょっと楽しんでません? どうやらこれもいつものことらしい。選手のほうは、想像以上に動きが速く、双眼鏡や望遠レンズで追いかけるのは至難の技だ。
「クァッフルは——スピネット選手に渡りました。美しいパスです。ウッドはいい選手を見つけましたね。
ジョンソン選手にクァッフルが返りました。そして——、おっと、フリント選手がクァッフルを奪った! スリザリンのキャプテンです。そのままゴールを決めるか——。
ウッドが止めた! こちらはグリフィンドールのキャプテン。両チームキャプテンが向かい合う形となりました。クァッフルは再びグリフィンドールに——。
おっと、あれは渡邉選手! グリフィンドールのチェイサー、それも一年生です! フリント選手をマークして急降下。素晴らしい箒さばきです」
キキちゃん乗っているのは箒というよりデッキブラシだが、他の箒も十分変な形のものが多いので、案外それほど目立ってはいない。あまり機会のない動体撮影に夢中になっていると、二十四コマフィルムを撮り切ってしまった。巻き上げる時間が惜しいのでボディごと交換する。予めサブ機にも装填しておいてよかった。
「えっと、巻き上げ、やっておくわよ?」
「ありがとハーちゃん! ボタン押してレバー引い……おぉキキちゃんその動きは追えない!」
「背後から迫るブラッジャーを華麗に避ける! 後ろに目でもついてるのか? そのまま加速——ちょっと加速が良すぎないか!? 誰も追いつけない!
スリザリンのピュシー選手が正面からクァッフルを奪おうとする——、が、別のブラッジャーに阻まれた! ちゃんと当たれよブラッジ——なんでもないです!
ブラッジャーを打ったのはウィーズリーの……、どっちだ? どっちでもいい! もはや渡邉選手を阻む物は無い! そのまま慣性に乗せてクァッフルを投げた! グリフィンドール、先取点!!」
スリザリンの観客席からはため息が、グリフィンドールからは歓声が上がった。シュートを決めたキキちゃんも嬉しそうではあったが、その視線はすぐに青空の中にぽつんと浮かんでいるハリーに向いた。はやくスニッチを獲れと言いたそうな表情だ。
今度はスリザリンが得点を入れた。卑怯な手(リー・ジョーダンは『おおっぴらで不快な反則』と表現した)をお構いなしに使ってきているようだ。キキちゃんは超人的な動きで毎回かわしているいるが、他のメンバーは数人脱落させられている。
「ちょいと詰めてくれ」
「ハグリッド!」
「ど、どなた?」
突然、隣に毛むくじゃらの大男がやってきた。ホグワーツ特急が着いたホームにいた人のようだ。どうやらハーマイオニーたちと知り合いらしい。
「俺はハグリッド。『禁じられた森』の番人だ」
「わたしはアルーペ・ミーティス。キキちゃ……」
ふと、ハグリッドの方を向いた視界の隅に気になるものが映った。双眼鏡がわりにカメラをハリーのほうに向ける。何事かとハーちゃんとハグリッドも同じ方を向く。なんと、ハリーが箒から落ちそうになっていた。
「ハリーは一体なにをしとるんだ?」
「わからないけど、箒の制御が効かなくなったように見えるよ……」
「ハリーに限ってそんなこたぁ——」
まもなく他の観客や選手も気づいたらしく、ハリーに視線を向け、そして息を呑んだ。
急に箒が揺れ、足が滑り落ちた。もうおしまいだと思った人も少なくはなかったが、なんとか片手で箒を掴んで持ちこたえた。
「わわっ、危ないよ! なんとかしないと……」
「強力な『闇の魔法』でない限り、ニンバス二〇〇〇なんて高級な箒にちょっかいをかけられるわけが無い」
「闇の魔法……!」
それはなんだか心当たりがありすぎる。再びカメラのファインダーを覗きこんだ。ハーちゃんも同じことを考えたらしく、双眼鏡を振り回し始める。
しばらくして、ハーちゃんとほぼ同じ方向を向いて同時に言った。
「スネイプ先生よ!」
「クィレル先生だ!」
「まばたきもしないでずっと何かぶつぶつ言ってるわ。呪いをかけているんじゃないかしら」
「こっちもだよ」
クィレル先生とスネイプ先生はスリザリンの観客席に一人分くらい離れて座っていたが、両方とも呪いをかけるような動きをしている。しかし、二人がかりで呪いをかけられて箒が揺さぶられる程度で済むのだろうか。どちらかがもう一方の呪いを相殺していると考えるのが妥当だろう。
「わたしはここから箒をどうにかしてみるから、ハーちゃんはあっちをどうにかして」
「言われなくとも」
ハーちゃんが姿を消した、一応証拠に一枚写真を撮り、杖を取り出し、落下するネビルにかけたのと同じ減速の魔法をニンバス二〇〇〇にかけた。まだ揺れてはいるが、ゆっくりになっただけまだマシだろう。すぐにカメラを片手で掴んでクィレル先生とスネイプ先生の様子を確認した。おっと、表情を崩したのはクィレルのほうか。証拠をもう一枚。
ハリーに視線を戻すと、なんとか自力で箒の上に這い上がれたようだ。が、まだ箒は勝手に動き続ける。
しばらく様子を見ていると、スネイプ先生の服が炎上しはじめた。ハーちゃんが火をつけたのだろう。慌てたスネイプ先生はクィレル先生を突き飛ばす。これでどちらの呪いも中断された。減速魔法のほうも解除すれば、ハリーは再び自由を手にした。
「結局、どっちがハリーを落とそうとしてたのかな」
「どっちって?」
「二人で呪いをかけたらあの程度じゃすまないと思うんだ。だから、どっちかは反対呪文? で相殺してたんじゃないかなって」
会話はそこで終わらせざるを得なかった。ハリーが先ほどまで留まっていた位置から落ちるように急降下をはじめたのである。また何かされたのかと慌てたが、どうやらその心配はいらなかったようだ。地面すれすれで止まると、口から金色の球を吐き出し、手で受けた。
「スニッチを獲ったぞ!」
あっ、シャッター切りそこねた。
「ばかな。先生がそんなことをする理由がない」
ハリー、桔梗と合流してすぐ、スネイプ先生とクィレル先生がニンバス二〇〇〇に呪いをかけていたことをハグリッドに伝えた(何故か隣にいたのに聞いていなかったらしい)。流石に信じてもらえないようだったので、現像しておいた証拠の写真を何枚か見せた。
「それに、トロールが地下室に入り込んだとき、スネイプ先生が『廊下』の三頭犬にちょっかいを出したみたいだわ。単純に入り込むつもりだったのか、他の誰かが入り込むのを妨害するためだったのかはわからないけどね」
キキちゃんが先日の話し合いの結果を報告すると、ハグリッドは引きつった顔になり、手に持っていたティーポットを落とした。何か知っているのか。隠したいつもりのようだが、この流れなら情報を引き出せそうだ。そう他の四人に目配せをした。察してくれそうなのは女子二人だけだが、なんとかなってくれと祈るほかない。
「なんで、フラッフィーを知ってるんだ?」
「フラッフィー? あの強そうな犬のこと?」
「そう、あいつだ。去年パブで会ったギリシャ人から買って——俺がダンブルドアに貸したんだ。その——守るために」
「何を?」
失敗だ。ハグリッドが自然にしゃべってくれるのを期待したのだが、会話はハリーによって遮られてしまった。すぐに次の策を考える。ハリーもさすがに察してくれたらしく、もう喋らない、といった様子で椅子に座りなおした。
「でも、スネイプ先生が、盗もうとしてるか、誰かから盗まれるのを阻止する必要が——」
「スネイプ先生はホグワーツの教師だ。盗む必要はない」
「じゃあ、何で誰かから守らないといけないの?」
ハグリッドは黙り込んだ。少なくとも、誰かから狙われているということは明確になったのだ。そして、証拠写真も踏まえれば、至る結論は一つ。
「まさかおまえさんたち、クィレル先生を疑おうって訳じゃねえだろうな!?」
「残念ながら、そう考えないといけないことになるわ」
キキちゃんも断言した。ハグリッドは何か反論できる方法を探しているようだが、見つからないようだった。
さすがにこれ以上話は続かないだろうと思ったが、ハグリッドは自ら口をすべらせてくれた。
「よく聞け、お前さんたちには関係のないことだ。首を突っ込むのは危険だ。全部忘れてくれ。これはダンブルドアとニコラス・フラメルの——」
「ニコラス・フラメル?」
間違いなくこれは重要なキーワードだ。なぜなら、既知感が尋常でないからだ世界の重要なことは、何故か既知感が他のそれより強いらしい。たまには『転生』疑惑も役に立ってくれるではないか。
マクゴナガル先生の『変身術』の授業が終わった。今日の授業はこれで終わりであるが、教室を出ようとすると、先生に呼び止められた。たぶん、あの件だろう。
「ミーティス、渡邉、ちょっとこっちへ」
「ハーちゃんたちは先に行ってて。
——なんですか?」
「万年筆の件、調べてみました。……驚きですよ」
「それはどういう……」
「その前に、この万年筆について何か聞いたことなどあればお聞きしたいのですが……」
何か聞いたこと、少なくともこれを受け取った時に何か聞いているはずだ。昔から受け継がれているというのは間違いない。その昔というのがいつだったか……。
だいたい一千年ぐらい前だった気がするが、正確な数字を聞いていたはずだ。たしか——
「作られたのは西暦九九三年だとか言ってました」
「やはりそうでしたか。ここまでぴったりくるとは……」
「九九三年に、何かあったんですか?」
「いいですか、九九三年は——」
タイトルはまた魔女宅のサントラから。
ハーマイオニー+アルーペ+キキ
最強コンビ。「アルーペのアトリエ〜ホグワーツの錬金術士〜」とかあったらこのパーティー確定。最近のアトリエは三人PTじゃないらしいけど……。
白い望遠レンズ
MINOLTA AF APO TELE 300mm F2.8 Gでいいや(テキトー)。ちなみにα-7000のMF時の連写速度は2コマ/秒ぐらい。
渡邉選手
なんで僕は日本人にしたんだろう()
ケイティ・ベル? 誰だそれ
勝手に動く箒
「生きてるホウキ」かな?
前話が書き終わってやっと0話を投下することができました。クオリティ向上(話の前後関係など)、モチベーション維持(40000文字を無に帰す勇気はない)のため、常に5話、クラウドにストックしています。Googleのデータセンタが吹き飛んでデータが消失した時は勘弁してください。
寒くなってきましたね、とか考えてたら11月なのに雪が降ってきました。指がかじかんで誤字しまくりです……。
誤字報告機能も遠慮なくご活用ください。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第07話 九九三年
「九九三年に、何かあったんですか?」
「いいですか、九九三年は——
ホグワーツが創設された年です」
「なるほど……。でも、それってこれと何か関係あるんですか?」
先ほどマクゴナガル先生は「やはり」と言った。万年筆にホグワーツ誕生との関係を裏付ける何かがあったということか。マクゴナガル先生は近くにあった本棚からなにやら分厚い本を取り出した。
「では、私が調べて分かったことをお伝えしましょう。この万年筆には『我々の』魔法がかかっていました。とても頑健な防衛魔法です。強力な『闇の魔術』であっても、これを破壊することはおろか、汚すことすらできないでしょう。あと、インクを自動補充する魔法もかかっているようです」
「は、はぁ。そういえば、長く使ってるのに綺麗なまま……。インクも交換したことないし……」
「それってすごい便利じゃないかしら? まさに万年筆ね」
キキちゃんの言う通り、これはメンテナンスフリーで永遠に使い続けられる、とんでもない万年筆だったというわけだ。しかし、これだけではホグワーツの誕生と直接の関係は見当たらない。
「で、それが九九三年と何の関係があるんですか?」
「この手の防衛魔法は、術をかけてから魔力を与え続けることによって、どんどん効果が増していきます。そして、ここまでの防御力に達するには少なめに見積もっても八百年はかかります」
なんと、千年近く成長し続けた防衛魔法か。たしかにそれならホグワーツの誕生と同じくらいの時期にあたる。だが、それでもまだ決まったわけでは……。
「そんな便利な魔法があるなら誰でも使っちゃいそうだけど?」
そう、そういうことだ。キキちゃんの言う通り、必ずしもホグワーツでなくたって、何か事情があって万年筆に魔法をかけた可能性は十分にありそうなものだが。
「術をかけてからしばらくは、それを絶やさないように維持しないといけません。普通の環境なら、だいたい十年」
たしかに、十年もの間術を掛け続けるのは困難だろう。しかし、ミーティス家に渡ったのと作られたのはほぼ同時だと聞いている。この魔法を知ってすらいないミーティス家の魔女にそんなことができるはずはない。しかも、ホグワーツとの関連性は一体どこに……。
「じゃあ、この万年筆はどうやって……」
「普通の環境なら十年、と言いました。では、ホグワーツのような場所ではどうでしょう」
「ホグワーツのようなって……?」
「ご存知のとおり、この城には防衛魔法がかかっています。この万年筆にかかっているのと似たようなものですが、城の方は創設者——名前は知っていますよね。その創設者たちが一瞬で百年分ぐらいの防衛魔法をかけてしまいました」
なんということだ。百年分の魔法を一瞬で。四人いるので一人当たり二十五年分としても、強すぎる。
が、その割にはホグワーツの校舎は綺麗とは言い難い。百年分と、さらに千年経過しているのだからこの万年筆以上の防衛になっているのではないか。どうやらそう思っていたのが顔に現れてしまったらしく、マクゴナガル先生は疑問に答えた。
「千年分もの防衛が感じられない、と思ってるようですね。
実は、無理矢理百年分いっぺんにかけてしまったせいで時間経過による強化が無くなってしまったらしいです。つまり、ホグワーツの防衛はずっと百年分。それだけで十分すぎるんですけどね」
「……で、そんな場所だとアルの万年筆の魔法はどうなるのかしら?」
そうだ、一番知りたいのはそこである。すっかりホグワーツの魔法に話が脱線してしまっていた。マクゴナガルは先生よくぞ聞いてくれたと言わんばかりにそれに答えた。ずっと前から聞いていたのだが。
「周りに強力な防衛魔法があったため、その万年筆にかけられた魔法もほんの数日で定着できたのでしょう。これは推測でしかありませんけどね」
つまり、成長こそしないがとんでもなく強力な防衛魔法をかけたホグワーツの中で、万年筆に成長する防衛魔法をかけた結果それが一瞬で定着し、ミーティス家に渡されてから千年間成長し続けた、ということか。たしかに辻褄は合うが……。
「あの、マクゴナガル先生? なんでそんな千年も前のことをそんなに詳しく……?」
「そうでした。まだ言ってませんでしたね。この本です」
疑問を率直に伝えると、先生は先ほど取り出した分厚い本を手に取った。タイトルは『ホグワーツの歴史』とある。同じタイトルの本なら自分も持っているが、雰囲気が大分違うようだ。
「えーっと、それは?」
「『ホグワーツの歴史』の未改訂版です。とても貴重な資料ですが……。あなたに渡すために残っていたのでしょう。複製も終わりましたし、持っていきなさい」
「えっ? 未改訂? って、え!?」
この教師、話を加速させすぎである。まず、未改訂版とはどういうことだ。自分の所持しているものにはうん十改訂版と書いてあった気がする。つまり、これは現在からうん十も前の版、ということになる。当然読める状態のものは貴重なはずだ。そして、なぜかそれを自分に渡そうとしている。何が起こっているというのだ。
「『ホグワーツの歴史』は時代に合わせて不要になった情報を削除、新たな歴史を加筆、というふうに何度も改訂されてきました。といっても、誰にとって何が要るかなんてわかるはずはないのです。重要な情報も削除されています。
そして、創設当時の様子を知るのに最も適した版がこれ、ということです。創設十周年かなにかで執筆されたものですよ」
「えーっと、それをなんでわたしに?」
尋ねると、マクゴナガル先生は机の上にあったわたしの万年筆を手に取り、杖で明かりをつけてキャップのほうを照らした。
「ここを見てごらんなさい」
マクゴナガル先生は『アルーペ』の名前が彫られている(後継者が決まるごとに魔法で彫り直しているらしい)クリップの裏側を指して言った。受け取って、少し浮かせて隙間を覗き込んでみると——
「ゴドリック・グリフィンドール……」
「雪、ねぇ……。雪が降ってるときの配達は大変だったわよ」
「配達って?」
談話室で暖まりながら外を眺めていると、キキちゃんが小さな声でぼやいた。
「あれ、話してなかったかしら? 『前世』ではいわゆる『魔女の宅急便』をやってたのよ」
「宅急便……。キキちゃん、すごい!」
なんだか、キキちゃんの話す『前世』の話は物語のような新鮮さがある。もしかしたら、物語の世界から出てきちゃったんじゃないだろうか、なーんて。
十二月になると、ホグワーツは銀世界となった。雪が吹き込む廊下はつるつるになり、医務室の仕事が増えている。当然、雪合戦の雪玉に石を入れるヤツもいる。『魔法薬学』の地下牢教室は特に寒く、釜に近づきすぎて火傷をする者もいる。
「アルーペ、キキ、クリスマスはここに残るの?」
ハーちゃんが駆け寄ってきた。ホグワーツにはクリスマスの前後合わせて三週間ほどの休暇がある。その間学校に残る者は名簿に名前を書けと言われていたのだ。
「うーん、色々調べたいことがあるから、一度家に帰るよ。ハーちゃんは?」
「私もよ。でも、休暇までにニコラス・フラメルについて分からなかったら、残ることになるかもしれないわ」
調べたいこと、というのはもちろん『ホグワーツの歴史』についてのことである。グリフィンドールの名が万年筆に刻まれている以上、ホグワーツとの関連性は否定できないだろう。が、さすがに千年前の書物に現代人の情報は載っていないと思われるのでの、ハーちゃんの協力はできなさそうだ。
「図書館で本を探してるんだけど、どんなジャンルの人なのかすら分からないから探しようがないのよ」
「うーん、そもそも本に載るような有名な人なの?」
「ハグリッドが調べるな、って言ってるから、多分調べればわかるような人なんじゃないかなって」
有名な人なら、自宅の図書館の本にも載っているかもしれない。しかし、残念ながら検索機能の魔法はかけられていなかった。自分で作るにしても、膨大な時間を必要とするだろう。ここは一人で頑張ってもらうしかない。
「なるほど! ……ごめんね、役に立てなくて」
「いいわよ、ハリーとロンにも手伝ってもらうから。でも、アルーペは何を調べるの?」
聞かれるだろうとは予想していたが、果たしてどう返せば良いのか。学校のこと、なんて言ったらこの勉強熱心な女の子は食いついてきてしまうだろう。先祖のこと、なんていっても要らぬ心配を生みそうだ。ましてや自分の魔法の秘密を明かすなんてことはできない。どうするか——
「あたしがアルに、カメラについて教えてって言ったから、どうせなら一から作っちゃえってなったのよ」
「なにそれすごいじゃない! 楽しみにしてるわ!」
どう言い訳するか迷っていると、キキちゃんがうまいことこのピンチを乗り越えさせてくれた。
……と一時は思ったのだが、ハーちゃんが『楽しみに』している以上、カメラを『一から作っちゃ』わなければいけないのではないか!? 厄介なことを言ってくれたものだ……。
「『P』モードだと明るさを自動的に調整してくれるよ、所詮コンピューターだからあまり信用はできないけど」
帰りのホグワーツ特急で、早速はキキちゃんにカメラについて教えることになった。わたしがいないときにカメラを使うときは現像の魔法は使えないので、フィルムの扱いについても教えることになる。
「ところでフィルムを現像する魔法、あたしにも使えないかしら」
「わかんない。わたしもなんとなくでやってるだけで、論理的にはどうなってるのか……」
結局ハーちゃんはニコラス・フラメルについての調査をハリー達に任せてきたらしく、一緒にホグワーツ特急に乗ることになった。転移魔法でさっと帰宅できないのは、特急に乗っていないことがバレてしまうからである。悩み製造機と化したハーちゃん様は、そんなわたしに難しい顔をして話しかけてきた。
「ってか、そのカメラ、学校の中で普通に使ってたわよね。ホグワーツではマグルの電子機器は使えないはずよ」
ごもっともな指摘だ。そういえば、行きのホグワーツ特急でも『カメラが使えないかも』みたいな話をした。到着したその日に使えるかどうか試したが、何の問題もなくシャッターは切れたのだった。魔力密度の高い自宅で使っていたから、耐性ができたのだろうか。
「特に魔法をかけたりはしてないけど……。でも、これから作るカメラは魔法制御にしてみるよ」
「さてと、これが未改訂版の『ホグワーツの歴史』ね……」
自宅の図書館。ここが一番快適に読書ができる空間だ。パソコンの電源を入れ、机の上に分厚い本を置く。ちょっとしたメモにはパソコンが最適だ。
「どこから手をつければいいのかな……」
これだけの量があるのに、どこに目的の情報があるのだろうか。この本には何かを考えながら開いたときに考えていた内容に近いページが出てくるという魔法がかかっている。辞書的に使うならともかく、手かがりの少ない状態で情報を集めるためにしらみつぶしに読むには実に適さない魔法だ。
そんな本としばらく格闘すると、パソコンの画面を埋めるぐらいには情報が抜き取れた。主にゴドリック・グリフィンドールに関することであったが、有力な手がかりになりそうなものは見当たらない。一旦打ち切り図書館を出ると、出口にアリスが立っていた。
「どうしたのですか? ざっと二時間はここにいたみたいですが……」
「ちょっと、調べることがあって……」
「調べること?」
アリスに万年筆やもろもろの経緯を説明した。隠し事をする必要がないし、一番信頼して相談できる相手だ。もしかしたらなにか分かるかもしれない。
「メイさんがあなたの名前を彫り込む時にグリフィンドールがどうとか言ってたのは聞いた気がしますけど、詳しくは覚えてないです。すみません」
「いいのいいの。覚えてないってことは重要なことじゃなかったんだよ、きっと」
つまり、少なくともメイ・ミーティス——母親はゴドリック・グリフィンドールの存在ぐらいは知っていた、ということになる。
組み分け帽子が『どこかで会ったような』と言っていたのも気になってくる。自分は校長室にいるとも言っていたが、校長室には当然ダンブルドア校長もいる。今のところ自分の秘密を明かすことにはしていない相手だが、盗聴防止魔法なんかが通用するとは思えない。
ここは一旦別のことをして気を晴らそう。暖かい紅茶を淹れてアリスと飲んだ後、防湿庫からカメラとレンズ数本を取り出し、研究室へ『転移』した。アリスに『逃げた』倉庫の捜索は頼んであったっけか……。
「アルーペです、キキちゃんは……」
「あら、いらっしゃい! ちょっと待ってね……。
おーい、キキー!」
数週間後。キキちゃんの部屋の玄関の前にピンポイントで転移することに成功した。転移の精度を上げるには少し魔力を多めに使う必要があるが、そばには山があるためその分はすぐに回復した。日本は気温こそ低いものの、まだ雪は降っていないようだ。
「あら、アルじゃない。どうしたの?」
「例のもの、持ってきたよ」
キキちゃんは要件は分かっていた、と言わんばかりに素早く身支度を整えると、すぐに飛び出してきた。写真の練習に山に行こう、というのはすでに決めていたことだ。十二月ではあるが、今年は暖かいのかまだちょっぴり秋のおもかげが残っていた。
山を登る、といっても標高百メートルもなく、麓から頂上の広場までの道は舗装されている。が、豊かな自然は意図的に残されていて、写真を撮るには好都合、というわけだ。
「ジジはお留守番してるのよ。アル、準備できたよ!」
「じゃあ、さっそく行こうか。……で、これが一部に魔法を使ったカメラ、なんだけど……」
「見た目はそんなに変わらないのね。性能は?」
カメラについての知識はあらかた教え込んだが、どのくらいまで理解してくれているだろうか。そんなことを考えながらキキちゃんにこのカメラのスペックを紹介することにした。
「まず、連射速度は比べ物にならないぐらい速くなったよ。前はパシャ、パシャって感じだったけど、こんどはパシャシャシャシャシャッ! って」
「えーっと、それはすごいのかしら?」
うーん、いまいち伝わってないようだ。実際に見せたほうが早いだろう。フィルムを入れないまま、連写の空打ちをした。
「うわっ! すごい! 一秒に十枚ぐらいは撮れるわよこれ。あっというまにフィルムがなくなっちゃいそうだけど……」
「うん……。魔法で現像してても間に合わないから、替えのフィルムはいくつか必要だね。一応、ここをこう、ぽちぽちやればゆっくりにできるよ」
基本的に電気で動いていた部分を魔法で動かすようにしただけで、そのほかの部分はマグルのカメラのままである。流石に全部を魔法にするのは技術とか知識とかが色々足りなかった。
写真を撮りながら登り、山頂の展望台にたどり着いた。しばらく写真を撮っていると、カメラが『魔力切れ』の表示を出して動作を停止した。
「あれ、魔力切れ、なんてあるのかしら?」
「うーん、さすがにここじゃ持たなかったかぁ」
「どういうこと?」
「わたしの家とかホグワーツでは使う魔力より溜まる魔力の方が多いから切れたりしないんだけど、ここは山の中とはいってもマグルの世界だし、すぐなくなっちゃうんだ」
あまり魔力を貯める容量を確保していなかった、そもそも燃費が良くない、と原因を挙げればキリがないが、まとめて言えば『魔力不足』ということだ。
「アルのやつはまだ動くの?」
「こっちは普通の電池で動くやつだから。
えーっと、あれ? 杖の魔力がほとんど残ってない! 転移魔法で帰ろうと思ってたのに……」
どうやら、カメラに杖からも魔力が供給されてしまっていたらしい。すっからかんだ。歩いて下山するほかない。いくら燃費が悪いとはいえ、たった数分で杖の魔力が尽きるなどありえるか? よく考えれば、今まで家やホグワーツ以外の場所で魔法を使ったことはほぼなかった。転移ネットワーク経由で自宅の魔力を吸い出すこともできるが、その速度はとても遅く、実用レベルではない。
こんなに早く尽きてしまうということは、今まで気づいてなかっただけで、杖が貯められる魔力の量が極端に少ないのかもしれない。家に帰ったら検証しなければ。
幸いにも転移用のポータルがあったため、自宅に帰るには苦労は要らなかった。こっちは貯められる魔力が多いため、何回か連続で使用しても大丈夫だ。
「もうちょっと改良したら、また来るね。そのときは手紙送るよ」
「はーい。その杖、大丈夫なのかしら?」
「うーん、大丈夫じゃないかも……。早めになんとかするよ」
「そうしておきなさい、いざという時、あたしじゃ助けきれないかもしれないわ」
「う、うん。がんばるよ」
またやるべきことが増えてしまった。一年目の冬休みは忙しくなりそうだ。そういえば、アリスに頼んでおいた倉庫はそろそろ見つかる頃だろうか。少しやりたいことがあるんだけど。そんなことを考えながら自宅へ転移すると、すぐにアリスが出迎えてくれた。嬉しい報告つきでだ。
「アリス、ただいま!」
「おかえりなさいませ、アルーペ。頼まれていた倉庫の捜索、完了しました。地図に書き込んでおきました」
「ありがとう!」
「余分な部屋がいくつもあったので、いい加減整理をすべきだと思います」
うーん、たしかに、家の中の様子を地図に書く必要があるというのは普通のことではないかもしれない。アリスから地図を受け取ると、早速倉庫へ向かった。
十数分ほど歩き、ようやく倉庫にたどり着いた。部屋番号こそ割り振られているが、空間を拡張して後から追加したりしているため連番ではなく、どの番号がどこにあるのかはさっぱり分からない。
今回はアリスが『二階の東側のいちばん北側の廊下』の『23E』号室と特定してくれた。倉庫はその構造上廊下のいちばん奥にある事が多いので、行くだけでも一苦労だ。
「ふう……。やっと着いた……。アリスの言うとおり、整理しないとなぁ」
扉を開くと、『袋』に適当に放り込んだものが綺麗に棚に並べられていた。この魔法を作った先祖の誰かさんには感謝してもしきれない。今回はこれに少し手を加えようと思う。
適当に転移魔法のための目標地点を設定すると、カメラを保管する防湿庫のある自室に転移した。いつもこれで転移できればいいのだが、残念ながら数日間しか維持できない。常に転移できる状態にするには、もう少し魔力の定着しやすい物質に設定する必要がある。具体的には、魔法的に強力な物体や、思い入れの深いものなどだ。
防湿庫と共に倉庫に戻ってくるとそれを設置し、カメラの保存場所として指定した。これで防湿庫の中のカメラも『袋』から出し入れできるということだ。
「さてと、やることを整理しないと……。例の本の調査に、杖の魔力に……。あと、部屋の整理……。あぁ、ニコラス・フラメルなんかもあったや……」
「——だいたい、なんとかなったかな」
気づけば明日はクリスマス。まずは作業しやすい空間を、と自宅の改装から着手したが、空間の変形は慣れていないうえに、莫大な魔力を消費するため自宅にいても魔力切れが発生し、結局一週間もかかってしまった。
が、その苦労は無駄にはならず、アリスに頼らなくとも目的の部屋にたどり着けるようになった。屋敷全体の部屋の数は五分の一ほどに減り、番号も順番に整理された。
例えば倉庫は『20F』に改番し、『2』が二階、『0』が北東側の廊下(廊下の数は東西二本づつ、北東から時計回りに0から3番に減らされた)、『F』が廊下のいちばん奥、というように番号だけで場所がわかるようにした。万一部屋を増やす場合もこの法則に則って付番する。
「そういえば、明日はクリスマスだね」
「はい、明日の朝までにご友人へのプレゼントを用意しなければなりませんよ」
「そうだね、プレゼント……。あぁっ! なんにも考えてなかった!」
「プレゼントを受け入れる用意はアリスがやっておきますので、アルーペは急いで贈るほうを用意してください」
明日の朝まで残り半日ほどしかない。今から慌てて用意したものを送りつけるよりは、既存のものをプレゼントにした方が喜んでもらえる確率は高いだろう。贈る相手は——。アリスと桔梗と、ジジもかな? あとはハーマイオニーと……、先生には——要らないか。一応、ハグリッドにも……。
さっそく、倉庫の利便性向上はその真価を発揮したのだった。
翌朝、郵便受けを確認すると、容量を拡張したその中身はいくつか包みが入っていた。
一番上の包みを取り出してみると、分厚い板のような形をしていた。開けてみると、ハーマイオニーからの高度な魔法の参考書だった。主に護身、攻撃用の魔法が書かれていた。ミーティスの魔法にそういったものは少なかったためありがたい、のだろうか。わたしなら高度な魔法も使えるはず、と思ってもらえているのは少し嬉しい。
次の包みは桔梗からで、日本の街並や夜景の写真が入っていた。ここまでのことをまだ教えた覚えはないが、恐らく素質があるのだろう。箒で飛べることを生かした俯瞰写真は圧倒的な迫力があった。
とても小さな包みがあったので開けてみると、ハグリッドからだった。中身はダイアゴン横丁にある『魔法動物ペットショップ』の割引券だった。そういえば、ペットがいてもいいかも、なんて言ったことがある気がする。選択肢がある、という意味では実物ではなく割引券というのはとても気の利いたプレゼントだ。
「そろそろアリスが起きるころかな……。朝ごはんの準備しないと」
準備を終えて食堂に戻ってくると、ちょうどアリスが起きてきたところだった。わたしの顔を見つけるや否や、嬉しそうな顔で言った。
「プレゼント、ありがとうございます。大事に使わせてもらいます」
「えへへ……。いいのいいの、いっつもお世話になってるからね。たまにはわたしからもってことで」
わたしからアリスへのプレゼントは成功だったようだ。
「アルーペ、これはどう扱えば良いのでしょうか」
「どうって言われても……。いつも通りにやってみれば分かるって!」
「……了解しました」
アリスに贈ったのは、魔力アシストつきの自転車だった。ほぼ自走するようになっているのでもはや自転車ではなく二輪自動車だが気にしてはいけない。これでアリスの任務も楽になるというわけだ。アリスの笑顔を見ると、自分も笑顔になっているのが分かった。
情報量多めでお届けしました。
ところでこの作品、どのへんが「16進数」なの? と思ったので無理やり部屋番号を16進数に。1桁で0-15まで扱えるって結構便利だね。
万年筆
現在の万年筆の原型が出来たのは993年よりずっと後。細かいことは気にしない。
ミーティス宅
外見は西洋のお屋敷をイメージ、内装は一応ただの「家」なんだろうけど、どうなってたんだろ……?
ちょっと知識不足なんで細かい間取りは後で考えます……。
魔法ででっかくしただけなので別にお金持ちじゃないです。嘘です。
防衛魔法
分霊箱を超えるレベルの耐久力。やばい。
ホグワーツの歴史
キーアイテム。何度も改訂されてる、というのは今作オリジナルの設定です。原作ではどうだったんでしょうか。
雪玉に石
予測変換「ゆきがっ→雪合戦→の→雪玉→に→石」
優秀かよ
ニコラス・フラメル
さすがのフラメルさんも993年にはまだ生まれてません。ちなみにハリポタのフラメルさんは実在したフラメルさんよりも早く産まれてます。
自宅の図書館
冷静に考えるとおかしい。なんだよ自宅に図書「館」って。どこぞの紅魔館かよ。
アリス
旧・ロロナのアトリエのホムをイメージ。
山
枡形山。標高84m。
隣の山は114mあって専修大学があるが、名前はなさそう。
自動仕分け倉庫
欲しい
クリスマスの話をクリスマスの日に書くうp主であった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第08話 あけましておめでとうございます
「できたー! これで杖の魔力を数値化できるはず」
「見た限り、設計図通りに組み立てられているものと思われます。使い方はご存知でしょうか」
「うん。大丈夫だよ。ここをこう、がちゃってやればいいんだよね」
小さな箱型の物体のくぼみに、杖の尾部を差し込む。何をしているのかといえば、本当に自分の杖の魔力が少ないのか検証するために、その合計を表示できる装置を作ったのだ。自宅図書館の書物の中には、こういった便利ツール的な色々な装置の製法が記されているものがいくつかある。
この装置は三桁の表示部を備えていて、百分率……ではなくその十六進数版の『二五六分率』で杖の残魔力を表示してくれる。魔力満タンは100となるので、『二五六の位』の表示部は『1』しか表示されないが。とにかく、魔力密度の高いこの空間では杖の魔力も最大まで蓄積されているはずで、正常な杖なら『100』が表示されるはずだ。では、自分の杖を『がちゃっ』としてみると——
「40……。四分の一しかない……」
「はい、二五六のうちの六四しか魔力が蓄積できていません。……よく連続で転移魔法が使えましたね」
「連続ってほどでもなかったし、ここでならすぐ回復できるから。でもどうしよう、これだけじゃろくな魔法が使えないよ……」
魔法のなかには、全体の四分の三、つまり『一九二』もの魔力を消費して発動する強力なものもある。というか、強力な魔法は『40』では足りないことのほうが多い。そういったものは確実に使えないというわけだ。しかし、どうも気になる。ただ少ないだけならまだしも、ちょうど四分の一。これには何かワケがあるはずだ。
「アリス、ちょっと図書館に行ってくるね」
「了解です。どうされたのですか?」
「いや、ちょっと、ね」
わたしのカンが正しいとすると、この『40』は……。大急ぎで図書館に転移し、隅の棚から分厚い本を取り出し、再びアリスの目の前に戻る。この本は、ミーティスの魔女が最初に読み込む参考書、いわば入門書である。アリスはわたしの奇行に首をかしげていた。
「その本に、何か役立つこと書いてあるのでしょうか」
「ちょっと待ってね……。えっと……、あった! やっぱり!」
指をさしたページの下部には、『土、風、水、火、無属性の魔力の比は、個体差はあるものの、おおよそ一対一対一対十二』と小さく補足されていた。
「つまり、蓄積できていない四分の三の魔力は無属性の魔力だ、とおっしゃるのでしょうか」
「たぶん、そうなんじゃないかな。無属性の魔法、よく考えたら使ったことない気がするし」
無属性の魔法、と言われても例がすぐに浮かばないぐらいにはその数は少ない。それなのに杖の魔力の大半が無属性なのはなぜかといえば、特性が安定していて蓄積が容易なうえ、無属性の魔力はどの属性の魔力にも変換して使えるからである。
「で、どうすればいいんだろう」
「私の知る限り、そのような現象は過去一度も記録されていませんでした」
「だよね……。宝石っぽいやつはちゃんと五つついてるのに……」
そのそれぞれに魔力が貯められているという宝石は、杖の持ち手の端に七十二度ごとに五つしっかり輝いている。いち、に、さん、し、ご。杖をくるくる回していると……。
「……あれ?」
「どうかされましたか」
「これ……」
おかしな点を見つけた。指差してアリスに伝えるが、どうやら気のせいではないらしく、頷きが返ってきた。四つはわたしの目と同じ色、濃く深い青でありながら、しかし反対側が見えそうなほど透き通っている。しかし、今指している一つの石、それは違っていた。深さとは無縁なエメラルド色に眩しく輝き、その姿を激しく主張している。その視覚的インパクトは強烈で、何故今まで誰も気づかなかったんだ、と頭を抱えたのは言うまでもない。
「つまり、この石が無属性の魔力に対応していた、と解釈して良いでしょうか」
「そういうことになるね……。で、その代わりに今持ってる力といえば……」
「ホグワーツとやらで学んでいる方の魔法ですね。よく考えれば、ミーティスの杖でその魔法が使えるなんて、おかしなことでした。もっと早く気づくべきでしたね」
そういうことだ。この石、無属性の石がミーティスの杖で『普通の魔法』を使うための互換機能を果たすものとなっていると考えることができる。しかし、それが本当ならば、単にこのエメラルドの石をなんとかしただけでは、本来のミーティスの無属性魔力を得ることができても、『普通の魔法』を失ってしまう可能性があるということになる。当然、そんなことは許容できない。きっとなにか、二つを両立できる方法があるはずだ。そんなわたしの考えはアリスにも伝わったらしく、少し悩んだ末こう提案してきた。
「では、私が調べておきますから。アルーペは他にも色々とやることがあるのでしょう?」
「うーん、じゃあ、お願いしようかな。学校のこと調べるの、この休み中に終わりそうにないし……」
アリスの指摘通り、万年筆とグリフィンドールの関係、魔動カメラの改良、など色々とやらねばならないことが残っている。力が借りられるのなら頼った方がいいのは明白だ。もっとも、一番急がねばならないニコラス・フラメルのことはすっかり忘れてしまっていたのだが……。
新学期に入ってハリーに『進捗ダメです』と報告され、わたしはやっとニコラス・フラメルの存在を思い出した。なお、『進捗ダメ』なのは自分も同じで、杖のことや万年筆のことに関する調査は成就することなく、アリスへと引きついできたのであった。ハリーのほうはというと、『みぞの鏡』とかいう魔道具で両親の姿を見て以来、両親が緑の閃光と不気味な高笑いと共に消え去っていく、という悪夢を毎晩のように見せられることになってしまったらしく、その心労が調査の妨げになったらしい。
「マリー、ちゃんと届けてよ」
「くるっぽー!」
アルーペは白いハトに手紙を持たせ、アリスに調査要件の追加を伝えた。ハグリッドに貰った割引券で買ったハトで、自宅の図書館にあった錬金術関連の書物で見かけた『マルローネ』という名前をつけた。ハトは持ち込むペットとして認められていなかったような気もするが、マクゴナガルに尋ねたところ「ホグワーツには色々な動物がいるのだから一羽ぐらいハトがいたっていいんじゃないでしょうか」との返答を得られたため問題はない。ちなみに今回は試験飛行と所要時間などの調査を兼ねてふくろう便、ならぬハト便を使っただけで、自宅との連絡手段は『内容が同期されるホワイトボード』があるので普段は利用していない。
それはさておき、ニコラス・フラメルの調査を難航させる要因はまだあった。ハリーとキキちゃんがクィディッチの練習をしなければならないという事だ。次の試合に向け、練習はフレッドとジョージに言わせれば『狂ってる』ほど厳しくなったらしい。それもそのはず、次のハッフルパフ戦に勝てば、グリフィンドールは実に七年ぶりに優勝杯をスリザリンから奪う事ができるのだ。キキちゃんは『狂った』練習に『狂った』箒さばきで応戦しているらしいが、ハリーは見れば分かる通りにヘトヘトだった。まあ、本人曰く「疲れていれば悪夢を見ることもない」らしく、むしろこれは吉となっていたのかもしれないが。
そんな練習が続くある日、衝撃の事実が告げられた。なんでも、ウッドの情報によれば今度の試合の審判はスネイプ先生だというのだ。ハッフルパフへの贔屓をさせないようなプレーをしないといけないというのもそうだが、これまで起こったことを踏まえると、それ以上の問題がある。その日の夜、当然のように談話室でいつもの五人による緊急会議が開かれた。盗聴防止魔法こそかけているが、なんというか、雰囲気のせいか、それは終始ひそひそ声で進行した。
「——で、結局スネイプとクィレルどっちが黒かは未だに分かってないんだけど」
「どっちの場合でも考えた方が良いと思うわ。まずはスネイプ先生が黒だった場合。審判の位置からならいつでもポッターを撃ち落とせる。グリフィンドールに勝って欲しくないなら、あたしにも危害を加えてくるかもしれないわ」
「そもそも、スネイプ先生は何でハリーを、その……、やっつけたいんだっけ?」
原点回帰、とも言える疑問を投げた。ここでの『黒』とは『廊下』の三頭犬から何かを奪いたいヤツのことだったはずだ。しかし、前回の試合でそいつはハリーを箒から落とそうとした。キキちゃんの指摘はその妨害行為自体に対するもので、『廊下』とはあまり関係がない。
「あれ、そういえば……。でも、前回のことがあるし、気を付けておいた方がいいんじゃないか?」
まあ、ロンの言う通り、それが脅威であることは変わりない。十分に警戒しておくべきなのは間違いないだろう。しかし、それくらいなら突然『死の呪文』でも放たれない限りはわたしが対応できるはずだ。
「わたしが見張っておけば大丈夫だよね。で、クィレル先生が悪者だとすると……?」
「スネイプ先生が審判になったのは、クィレルから選手を守るため、ということになるわね」
「そう考えたほうがすっきりするね」
「……そもそも、審判は観客からもよく見えるんだし、怪しいことはできないんじゃない? そして、スネイプ先生からも観客席がよく見えるから、クィレル先生もそれは同じ、ということにならないかしら」
キキちゃんの主張にハリーが同意し、ハーちゃんが指摘した。ごもっともだ。これは、どっちが『黒』かはほぼ確定したようなものだろう。結局のところ、『黒』の監視はスネイプ先生に任せて、わたしたちのすることといえば、一応スネイプ先生が変なことをしないか見ておくこと、理不尽な判定を食らわないようなプレーをすること、のに二点に留まるという結論に至った。
「ふう……疲れた。夜中に話し合いなんてするものじゃないよ……。
さて、と。この魔法も改良しないとね。魔力消費が十六分の一で収まるように……」
キキちゃんとハーちゃんが寝ている寝室で、大量の計算式とにらめっこしながら呟いた。杖の魔力がしばらく改善できそうもないとなれば、消費量を抑える方向を検討する必要があると考え、こうして魔法の改良に勤しんでいる。無駄な処理を減らして演算を効率化すれば、そのぶん魔力消費は抑えられるはずだ。
「うぅ……。チョコでも食べたほうが良さそうだなぁ。
——蛙チョコしかない……。まあいいや」
糖分を補給しようと蛙チョコの箱を開いた。そういえば、このチョコには『有名魔法使いカード』なるものがついていた。今回のカードはダンブルドアだ。チョコが逃げないうちに口に放り込み、再び作業に戻った。……ふと、机の端に置いたチョコのカードが目についた。置く時に裏返しになっていたらしく、解説文が表に出ている。
「……うわぁ!?」
それを読み、思わず叫んだ。慌てて周りを見たが、幸い二人は起こしていない。これは報告する必要があるな。そのカードをポケットにしまって、数式に万年筆を走らせる作業に戻った。
翌日、金曜日の授業は午前中だけだ。放課後、すぐに四人を招集した。
「何か分かったのか!」
「昨日、遅くまで色々やってたけどそのこと?」
ロンとキキちゃんが立て続けに聞いてくる。
「ううん、違うよ。まあその時見つけたのは事実だけど、偶然。ほら、これ見て」
昨夜見つけたダンブルドアの『有名魔法使いカード』を取り出し見せた。表面のダンブルドアの絵を見て、ハリーがすぐに反応した。
「これ……。ダンブルドアじゃん。僕が最初に引いたカードだよ」
「えぇ!? あ、その時裏、見なかったの?」
「裏? 見たけど、覚えてないよ」
「覚えてくれてたら、すぐに終わったのに〜!」
なんということだ、手掛かりはすでに手の中にあったというのか。少々の怒りをハリーに抱きながらも、カードを裏返して解説文のほうを見せる。
「ど、どういうことなの」
「ほらこれ!」
ダンブルドアの解説文にはこう書かれていた。『ダンブルドア教授は特に、闇の魔法使いグリデンバルドを破ったこと、ドラゴンの血液の十二種類の利用法の発見、パートナーであるニコラス・フラメルとの錬金術の共同研究などで有名。』
四人はすぐには状況を飲み込めず、数秒遅れて驚きを表現した。とくにそれが激しかったのはハーちゃんで、もしかしたら新しい教科書を手にした時よりも興奮しているのではないかと思われた。そして、すぐに何を思い立ったのか「ちょっと待って!」と言い残して自分の部屋に大急ぎで駆け戻っていった。言われるままに『ちょっと待って』いると、ハーちゃんは辞書のような厚みの古びた本を持って戻ってきた。
「軽い読書に借りてたんだけど……」
「かる……い……?」
「あったわ、これよ!」
グリフィンドールの才女は『軽い』本を物凄い勢いでめくり目的のページを探し出すと、呆然としているハリーたちには御構い無しに読み上げ始めた。
「ニコラス・フラメルは——
我々の知る限り、『賢者の石』の錬成に成功した唯一の人物である!」
「け、賢者の石!?」
「……なに、そんなにすごいものなの?」
これは驚くべきことだ、と自分は思ったのだが、キキちゃんや男子たちの反応は微妙だった。まさか『賢者の石』が何なのか知らないとでも言うのか。たまたま説明の載っている本を『袋』に入れていたので、取り出して説明をすることにした。『マルローネ』の名前の載っていた本だ。
「キキちゃん、知らない? 賢者の石っていうのは……。
『錬金術の最終目標とされる黄金や生命を創り出すのに必要な石。これまで何人もの錬金術士が錬成を試みたが、完璧なものを創り出すことができたのは、ザールブルグのアカデミーで過去最低の成績を取ったとされる錬金術士、マルローネ一人のみである』」
読み上げてみると、ハーちゃんの持ってる本の解説とは少々食い違いがあることに気づいた。どちらも製造に成功したのは一人だけと言っているが、その名前は全く違う。これはホグワーツができる何百年も前の本だが、どういうことだろうか。そういえば、ホグワーツの図書室にあるような本は自宅の図書館には置いていないことが多く、逆もまた然りだった。まるで並行する全く別の世界でのお話のようだ。相違点はハーちゃんも気づいたらしく、『普通の魔法界』における賢者の石の説明を読み上げ始めた。
「私のには、『不老不死となる「命の水」の源ともなる』とか、『現存する唯一の賢者の石は、六六五歳になるニコラス・フラメル氏が所有しているものである』とも書いてあるわ」
まあ、こっちの説明のほうが今回の事件には合致していそうだ。
「六六五歳!? そりゃあ『魔法界における〝最近の〟進歩に関する研究』に載っているはずがなかったわけだぁ!」
「つまり、賢者の石は今もニコラス・フラメルが持っていると」
「じゃあ、あの『犬』はそれを守っているんじゃないか?」
ロンは『犬』のことなど思い出したくない、という様子で言う。三頭犬ってそんなにヤバいやつだったのか。むしろ気になるぞ。ともかく、ダンブルドア校長との共同研究であったなら、『石』の防衛を彼の城であるホグワーツに任せるのも納得というわけだ。
「いいか桔梗、出来るだけ早くスニッチを捕まえるんだ。プレッシャーをかけるつもりはないが、スネイプにハッフルパフを贔屓する時間を与えてはいけない」
すごい剣幕だ。そこにいるだけで『
「言われなくとも、最善を尽くすわ」
すぐに各自が持ち場につき、試合開始を待つのみとなった。この試合ではあたしがシーカー、ポッターがチェイサーとなる。試合開始の合図と同時に、スニッチに向かって弾丸になった気分で飛び出した。
「試合が始まりました! 今日のグリフィンドールチームのシーカーは、前回チェイサーとして驚異的な動きを見せつけた渡邉! これではすぐに試合が終わってしまうのでは……?」
分かりきったことではあったが、さすがに試験の時よりは難しい。追い風ならなんとか……。向かい風だとしても全力で加速すればスニッチの速度は簡単に超えられるが、その間にもスニッチは方向をころころ変えるため捕まえるのは困難。瞬間的な加速力を産むためには、スニッチが追い風方向に向くのを待った方が賢明だ。
「ハーマイオニー、なんで杖なんか構えてるんだい?」
「何かあったら、すぐに対処できるようによ」
同じころ、クィディッチ競技場の観客席。わたしたちは一番見渡しの良い席を確保した。『射出』されたキキちゃんを流し撮りでフィルムに収めていると、二つ隣にいたロンの頭を誰かが殴る鈍い音が聞こえた。
「ああ、ごめんよウィーズリー。気づかなかったよ」
ロンは少し振り返り、それがドラコだと分かると無言で競技場に目を戻した。ドラコは話……と言っていいのか分からない煽り文句を続けた。
「ポッターはいつまで箒に乗ってられるのか? シーカーからチェイサーに格下げになったじゃないか。ポッターが最後まで箒の上にいない方に賭けるといいよ、ウィーズリー」
ロンはまるでドラコなどいないかのように試合を見ていた。無視を決め込むことにしたらしい。これはドラコにダメージを与えるのに十分効果があったらしく、彼はさらに声を荒げた。
「おい。答えろ、ウィーズリー 」
ドラコにとっては非常に不快だと思われる沈黙を実況が破った。
「ハッフルパフにペナルティー・シュートが与えられました。理由は......ウィーズリーが審判の方角にブラッジャーを打ったから!? お前にそこまで存在感があるとでも——」
「その通りですが——なんでもないです、とりあえず黙りなさいジョーダン!」
予想通りの理不尽な判定が出たころ、キキちゃんがついにスニッチの風上に回り込んだのが見えた。一気に加速すし、その距離は瞬く間に縮んでいく。スリザリンに危機が迫っているのにも気づかず、ドラコは話を続けている。
「ロングボトム、君の頭が全部黄金でも、ウィーズリーにすら勝てない。金も頭もないもんな」
しかし、もはや誰も聞いていなかった。キキちゃんは言っていたのだ。「挑発に乗るのはマルフォイを一番喜ばせる行為だ」と。ようやく誰も自分の話を聞く気がないということに気づいたドラコは、後ずさりを始めた。
「あっ、見て! キキちゃんが!」
「速くて見えないや。マルフォイならきっと見えるんじゃないかな」
ロンが追い討ちをかけると、ドラコはすごすごと退散していった。そして、キキちゃんとスニッチの距離はもうゼロとなっていた。
「渡邉がスニッチを取りました! グリフィンドールに一五〇点、グリフィンドールの勝利です!
これは前代未聞の早さ! 試合開始から……三分! 世界記録ではないでしょうか!?」
悔しそうな顔のスネイプは見なかったことにし、ふと得点板のほうへ目をやった。解説、実況の席ではマクゴナガル先生がグッドサインを出していた。その目線の先には、笑顔で応えるキキちゃんの雄姿があった。一枚、いただきっ。
転移魔法を改良
さりげなくすごいことをするアルーペ。
ハリポタ二次創作のオリ主はしょっちゅう魔法開発をやってるイメージがあるけど、実際どういう感じで作るものなんだろう。ブレンド調合的な?(アトリエから離れろ)
くるっぽー
アーランドシリーズ参照。
マルローネ
初代アトリエの主人公、ザールブルグの爆弾魔の名前。苗字は設定されてないっぽい。この世界の錬金術はいったいどこから来たのだろうか。それはうp主も決めていない知らない。
蛙チョコ
何故ネビルのくだりをカットした! とお怒りの方がいらっしゃるかもしれませんが、彼の活躍はもう少し後。少なくともハリーよりは優遇しますからご安心を(?)
勉強以外で興奮
あんなことやそんなことは……?
賢者の石
武器屋で量産することのできるパイの材料です。
流し撮り
シャッタースピードを下げ、動く被写体が常に同じ位置にいるように動きながら撮る方法。
背景だけがぶれ、疾走感のある写真になる。
無視されるフォイフォイ
実際、挑発して何も返ってこなかったら心折れると思う。
iPhone7にしたらメモリが増えてメモ帳の強制終了が減りました。効率が全然違う。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第09話 ドラゴン
——グリフィンドールが勝った。それなのに
箒置き場へ階段を上るハリーの心情は複雑だった。
——自分は何故、素直に喜べないのだろう。
窓の外には夕日が輝いていた。しかし、ハリーの目にそれは入らなかった。
——自分が三分でスニッチを取れないから?
階段を登りきったことにも気づかず、あやうく転ぶところだった。
——僕は負けたんだ。そう、自分に……。
無意識のうちに、ニンバス二〇〇〇片手に『森』を眺めていた。
「ん!?」
観客席を降りて選手であるキキちゃんが競技場から戻ってくるのを待っていると、使い魔(?)の黒猫であるジジが足をつついてきた。何か言いたいことがあるんだろうか。
「ジジくん、だっけ。どうしたの?」
にゃーん、と鳴くが、残念ながらわたしには猫の言葉はわからない。ジジはそれを思い出したのか、尻尾を曲げて競技場のほうを指した。
「ついて来いってこと?」
同意と思われる『にゃーん』が返ってきたので後を追うと、『禁じられた森』の方へ向かっているキキちゃんに追いついた。訳を聞いてみると、ジジから『森』へ向かうスネイプ先生の姿を目撃した、との報告を受けたらしい。そして、そのままジジにわたしを呼ばせたと。
「だから、空から追っかけよう、ってわけ。明らかに怪しいでしょ?」
「でもわたし、箒使っても使わなくても、そんなに飛ぶの上手く……」
「飛べないわけじゃないんでしょう? じゃ、ほら、こっち!」
「あら、なんでポッターがいるのかしら?」
「こっちこそ聞きたいよ。君たちもスネイプを……?」
「そうなるわね」
「ちょっとキキちゃーん! まって〜!」
わたしはキキちゃんのはるか十メートルほど後方にいた。飛行魔法の腕はからっきしで、それ単体ではとても飛べたものではない。これまた上手とはいえない学校の『流れ星』による飛行を組み合わせて、やっとのことで飛んでいる、というのが現状である。
「大声出したら聞こえちゃうわよ」
「あっ、そうだね。えーっと、えいっ」
そんなこと言われても、この距離では大声を出さないと聞こえないではないか。仕方がないので、盗聴防止魔法をかけた。
「それで、スネイプ先生はどこにいるの?」
「あそこよ」
スネイプ先生は彼らしい忍び足で、どんどん森の奥に進んでいる。森には木が鬱蒼と生い茂っていて、その姿をずっと視界にとどめておくのは困難だった。道らしい道もなく、まもなく行方はわからなくなってしまった。困った顔でキキちゃんが提案してきた。
「アル、どうにかなる?」
「わかんないけど、やってみる。魔力を探知すれば……」
杖を森のほうに向けて、空間内の魔力を探知する魔法を使う。普通はこれだけ広範囲となると人間一人の魔力なんかでは分からないことの方が多いので期待していなかったが、今回は違った。
「なんか、すごく強い魔力の反応が向こうに……」
そして、その強力な魔力の周りに範囲を絞って再検知すると、今度はスネイプ先生のものと思われる波長の魔力が検出された。つまり、スネイプ先生とは別に魔力源がある。
「しかもこれ、スネイプ先生のとは別っぽいよ」
「スネイプはそっちに向かってるのかしら?」
「えーっと……うん。距離は縮まっていってる」
「行くわよ」
その魔力の出所まで飛んでいって探知魔法を使うと、スネイプ先生もほぼ同時にそこに到達したことが分かった。しかし、木々が密集しているため、それを目視することは不可能だった。
「どうするの、これ以上下がったらバレちゃうかもしれないわよ」
「でも、ここからじゃ何も聞こえないぞ」
うーん、困った。遠くの音を聞く魔法はまだ使えないし、不安定な飛行をしている現状では、同時に複数の人間に視覚妨害の魔法をかけることはできそうにない。かといって、ここまできて何もしないで引き返す、という考えも当然持ち合わせていない。そう伝えると、ハリーはこう提案した。
「なら、アルーペが聞きに行って、後で教えてちょうだいよ」
「ちょっとポッター、アルだけに押し付けようって——」
「仕方ないよ。そうするしかないもん」
「——アルが言うなら仕方ないわ。くれぐれも箒から落っこちたりしないでよね」
一瞬ハリーに反対したキキちゃんだったが、合理的だと判断したわたしが同意すると、意見をひっくり返した。なんというか、信頼されてるのは分かるのだが、これはちょっと複雑だぞ。ともかく、覚えたばかりの視覚妨害魔法を自分一人にかける必要がある。
「成功率、は八七・五パーセントか……。『
魔法名を詠唱するとイメージの構成が少し簡単になるので、成功率が上がる。時間はかかるが失敗する危険があるときは唱えてみるものだ。その甲斐あって、自分の姿は見事に周囲から見えなくなった。ハリーに怪しまれているが、まあ今更だろう。上級生向けの魔法とでも思っておいてくれ。
準備が済んだので高度を下げると、二人の会話が少しづつ聞こえてきた。魔力が持つのは五分ほど。そのうちに話が終わることを祈るばかりである。
「——あいつをどうやって出し抜くのかは考え付いたのか?」
「で、でもセブルス、私は——」
どうやらスネイプ先生と話しているのはクィレル先生のようだ。では、あの強力な魔力はクィレル先生から出ているというのか? あまりそういう風には感じられないが、ほかに人のいる気配もない。
「私を敵に回したくはないだろう?」
「な、なんのことやら——」
「何のことかは貴方が一番分かっているだろう」
魔力を透明化に割いているため、飛行はさらに不安定になった。バランスを崩し、あやうく真っ逆さまに落ちてしまいそうになる。ここからノーガードで落ちたらバレるとか以前の問題だ。気を引き締めねば。
「——あなたの『怪しげなまやかし』について教えていただけるかな……?」
「で、でも私はなにも——」
「よかろう。今度までに考え直しておくんですな。……どちらに忠誠を誓うのか」
会話は途絶えた。もう一度魔力探知を行うと、スネイプのものと思われるそれは遠ざかっていくようだ。用は済んだので、魔力が尽きる前にすぐに上昇して透明化を解除した。
「何かわかった?」
上空で待機していたハリーが聞くが、わたしは一刻も早く地面に足を付けたいので、話している余裕はない。
「うーん。ちょっと話し合う必要はありそうだけど、とりあえず早く戻らないと落っこちちゃいそう」
「それは危ないわね。戻りましょ」
転移魔法で帰るだけの魔力は残っていなかったので、飛んで戻るしかない。転移も透明化も飛行も風属性なのはなかなかに厄介であった。
「三人ともどこ行ってたの!」
「キキ、ハリー! 君たちの、ぼくたちの勝ちだ!」
談話室に戻るとハーちゃんとロンが待っていたが、キキちゃんは線香花火に水をぶっかけるように二人の歓迎を遮った。
「どうやらそんなことを言ってる場合じゃないみたいよ」
困惑する二人、そしてハリーとキキちゃんに、聞いた会話の内容をそのまま話した。終わると、ハーちゃんが冷静に分析を述べた。
「これまでどおり、中立の立場からその会話を聞くと、『怪しげなまやかし』や『あいつ』を『出し抜く』ことを企んでいるのはクィレル先生になるわね」
「『あいつ』って、たぶん『犬』のことだよね。名前は……フラッフィーだっけ?」
それを聞いて、わたしは出し抜く対象とは『三頭犬』のことだと結論づけたのだが、ロンの考えは違ったらしい。
「こうは考えられないか? スネイプは、『あいつ』を出し抜く方法をクィレルを脅して聞き出そうとしている。『怪しげなまやかし』ってのは、スネイプの目を盗んでクィレルが『石』の防衛を固めているのかもしれない。もともと、『犬』以外にも護りがあるのかもしれない」
「スネイプがいつも不機嫌なのは、なかなか聞き出せないからかもね」
ハリーもこちらの意見に賛同した。彼の中でのスネイプの印象は最悪だ。弱々しい防衛術教師とどっちが怪しいかと聞かれたら、そう思うのも無理はない。なにしろ手がかりは非常に少なく、どちらの話も可能性は十分にあるのだ。こういう時、どう考えるべきかをキキちゃんは知っていた。
「そうすると『石』が最も危ない——すぐに取られてしまいそうなのはウィーズリーの説ね。無事なのはスネイプがクィレルから三頭犬の出し抜き方を聞き出すまで。つまり、クィレルが抵抗を続けている間だけ」
「それじゃあ、三日と持たないよ。クィレルみたいなのじゃ、すぐに口を割るさ」
状況が分からないときは、常に最悪を想定する。仮に被害者がスネイプ先生だったとしても、損をするのはわたしたちだけだ。
ロンの心配は杞憂だったようで、三日どころか何週間か経ってはいてもスネイプは不機嫌なままで、クィレルもなんだかやつれているようだった。これではどっちが石を狙っているかなど分かったものではない。
「心を読む魔法? みたいなのがあればいいんだけど……」
「それって『開心術』のこと? 無理よ、あれはとても難しい魔法で、そうそうできるものじゃないのよ」
いっそのこと、どっちが何を企んでいるのかを本人から魔法で知ろうとも思ったが、ハーマイオニーによるとわたしたちにできるほど簡単なことではないらしい。ミーティスの魔法にも『開心術』に近いものがあったような気がするが、難しいのは変わらないだろう。今のところこれ以上の進展は期待できそうにないので、話題を変えた。
「ところでハーちゃん、それ、なにを書いてるの?」
「これ? 復習計画表よ。……あっ忘れてた、ハリー、ロン、あなたたちも作りなさいよ」
どうやらわたしの作った話題は男子たちに災いをもたらしてしまったらしい。ハーちゃんの提案に、ロンは「ずっと忘れていてくれ」といった調子で答えた。
「ハーマイオニー、試験はずっと先だよ」
「十週間先よ。ニコラス・フラメルからしたら一瞬よ」
「ぼくたち、六百歳にはまだ程遠いぜ」
残念ながら、先生たちもハーちゃんと同意見らしい。各教科から山のような宿題が出され、イースターの休暇はお世辞にも楽しいものではなかった。大半の時間は図書室にこもり(閉じ込められ)、まだ寒さの残る青空を横目に、とても覚えられそうもない教科書の内容を必死に頭に叩き込むのであった。
「それにしても、今日は久々に晴れたな」
ロンはもはや諦めているのか、手を止めて窓の外を恨めしく眺めていた。もっとも、記憶力については問題ないわたしは別のことを進めている。机に置いた帳面には複雑な数式が書き並べられていた。
「ふんっ! うーん、こうじゃないなぁ……」
「ねえ、それは何かしら?」
「えーっと、なんでもない」
「なんでもないようには見えないけど……」
ハーちゃんに聞かれるが、ミーティスの魔法に関することなので、とりあえずはうやむやにするしかない。ハーちゃんの方を向くと、ふと視界の端に場違いな影があることに気づいた。
「……あれ、ハグリッドじゃない?」
「怪しいわね」
本棚の間に挟まりそうなその巨体に、キキちゃんも違和感を覚えたらしい。会話を聞いて、ロンは椅子から離れるとハグリッドのほうに向かった。
「ハグリッド! こんなところで何してるんだい?」
「あ、いや、ちと見てるだけだ」
ロンの問いに答えるハグリッドの様子から、また何か隠しているのは明白だった。隠し事は苦手なようだ。
「お前さんたちは何をしてるんだい? まさか、ニコラス・フラメルをまだ……」
「とっくに見つけたわよ。あのおぞましい犬が何を護ってるかも」
「けんじゃ——」
「黙れっ」
石の名前を言いそうになったロンをハグリッドが制止した。確かにそんな重要なことを図書室などで言うべきではなく、妥当な判断といえる。
「何かあるなら後で小屋に来てくれ。教えるという保証はせん」
「分かったわ」
とりあえず話はできるようなので、その時を待つことにした。しかし、ロンは待っていられないからなのか、勉強したくないからなのか、ハグリッドのいた場所の本棚を確かめると言って席を立った。無駄な抵抗かと思われたが、案外そうでもなかったらしく、どっさりと本を抱えて戻ってきたロンは声を低めて報告した。
「ドラゴンだ。ハグリッドはドラゴンの本を探してたんだ」
「そういえば、初めて会った時に買いたいとか言ってたよ」
ハリーの証言もあって、ハグリッドが何を隠していたかは明白になった。しかし、それが事実だとすると大きな問題であることをロンは知っていた。
「でも、ドラゴンの飼育は違法だ。あんなのを飼って、マグルから隠すなんてできっこないからね」
「ねえ、ドラゴンって、その辺にいるものなのかしら?」
「もちろんいるさ。そいつらの存在をもみ消すために魔法省が苦労してるんだ。マグルに見つけられるたびに『忘却魔法』をかけないといけない」
キキちゃんの問いに対するロンの答えに、これは面倒事が起こっていると直感した。なぜそんな生き物について調べていたのか、それをなんとかして聞き出さなければならない——。
一時間後、『森』の入り口のハグリッドの小屋にやってきてみると、カーテンは全て締め切られ、中の様子が見えないようにしてあった。怪しい雰囲気だだ漏れである。相当なことをしているのだろう。
ドアをノックすると、ハグリッドは確認を取ったうえで素早くわたしたちを招き入れた。
「何か聞きたいんだったな?」
「うん。えーっと……」
ハリーは口ごもった。前回のことを反省しているのか、聞き出しはわたしに任せるつもりらしい。期待通り、ハグリッドに単刀直入に聞いてみた。
「……あの『犬』のほかにも、何か『石』を護るものがあるのかなーって」
「もちろん教えることはできん。第一、俺自身それを知らん。第二に、おまえさんらはもう知りすぎとる。知ってたとしても言わん」
やっぱりすんなり教えてはくれないよね……。もちろんこのぐらいは想定済みで、ハーちゃんが追い打ちをかけてくれる。
「ねぇ、ハグリッド。本当は知ってるんでしょう? ここで起きていることで、あなたが知らない事なんてあるわけないわ。
私たちはただ興味本位で『石』を誰がどう護ってるのかなって思っただけよ。あなた以外に、ダンブルドア先生が信頼を置かれている方は誰かしら」
「……まあ、それぐらいなら言っても構わんだろう」
ダンブルドア校長からの信頼を持ちだす作戦は見事成功。話したことがバレたらその信頼は欠けてしまうこと間違いなしだが……。
「えーっと、俺がフラッフィーを貸して、罠をかけたのが、スプラウト先生……フリットウィック先生……マクゴナガル先生……ダンブルドアはもちろん……。
あと、スネイプ先生に……クィレル先生」
ハグリッドがスネイプ先生とクィレル先生の名前を挙げると、ハリー、ロン、ハーマイオニーはそれを確かめるかのように目を見合わせた。そんな反応を見て、ハグリッドは続けた。
「まだそんなことを考えているのか? スネイプ先生もクィレル先生も、石を護る手助けをしているんだ。盗もうなんて考えるわけがない」
つまり、これは深刻な状況である。護る側にいるということは、その情報は容易に得られるに違いない。これまでの出来事から考えて、スネイプとクィレルどちらかの護りと、ハグリッドの『犬』の出し抜き方以外はもう全て見抜かれてしまっているのではないか。最後の防衛線を確認すべく、聴取を続ける。
「ねえ、ハグリッド。あの『犬』におとなしくしててもらう方法って、ハグリッドにしかわからないんだよね?」
「もちろんだ。あと、ダンブルドアもだ。俺とダンブルドア以外には絶対にわからねえ」
ハグリッドは得意げに答えた。クィレル先生もスネイプ先生も知らない、これが本当ならひとまずは大丈夫そうだ。話が一段落ついたところで、ハリーが悲鳴を上げ始めた。
「ハグリッド、窓を開けていい? 茹だっちゃうよ」
「悪いが、それはできんな」
即答しながら、ハグリッドは燃えさかる暖炉の方に目配せをした。つられて見てみると、その炎の中になにか球体があることに気付かされた。もう分かり切ったようなものであるが、キキちゃんは一応確認することにしたらしい。
「あれ、なにかしら?」
「えーと、あー……」
「どこで手に入れたの? 高かったでしょ?」
ロンは答えを待つことなく聞いた。ハグリッドは諦めてその質問に答えることにしたようだ。
「賭けに勝ったんだ。昨晩、ちょっと村まで行ってな。そいつは厄介払いできて喜んどった」
「けど、どうするの? 育てるのは難しいんでしょう?」
「それで、これをだな……」
ハーちゃんが不安げに聞くと、ハグリッドは先ほど図書館で借りたのであろう『趣味と実益を兼ねたドラゴンの育て方』などという本を取り出した。
「ちと古いが、なんでも書いとる。……ここを見てくれ。『卵の見分け方」。俺のはノルウェー・リッジバックという珍しい種類らしい」
目を輝かせて語ってくれたが、聞いている側からすれば恐ろしいことこの上ない話であった。なにしろ、この小屋はドラゴンの炎で焚き火をするにはとてもちょうどいい木造なのだから。
一週間ほど経ったある日、いつものように大広間で他愛もない会話をしながら朝食をとっていると、ハリーのもとにハグリッドからの手紙が届いた。内容は「いよいよ生まれるぞ」だけ。そういえば、ふくろう便には検閲があるのだろうか。
「すぐに行こう!」
「授業があるわ。さぼったりなんてしたら、面倒なことになるわよ」
「でも、ドラゴンの卵が孵るところなんてそうそう見られるもんじゃ——」
「まって!」
ロンとハーちゃんが言い合っていが、それどころではないので止めた。ドラコ・マルフォイが聞き耳を立てていたのだ。恐らくこの話は筒抜けだっただろう。盗聴防止魔法をかけておくべきだったと後悔しても後の祭りである。
結局、『薬草学』の授業が終わり次第、休憩時間にハグリッドの元へ行くことになった。鐘と同時に教室を飛び出し、校庭を横切ってハグリッドの小屋に飛び込んだ。
卵にはすでに深くヒビが入っていた。
「ちょうどよかったな、まさに今、産まれるところだ」
耳をすませなくとも聞こえるほどの音が卵からし始めた。ヒビもだんだん深くなってきたようだ。
息を潜めて見守っていると、突然ヒビが全体に走り、引っ掻くような音とともに卵が割れた。卵の中からは、可愛らしいとは言いがたい黒いびしょ濡れの折り畳み傘のようなものが飛び出してきた。真っ黒でひょろ長い胴体とは不釣り合いに、顔は大きかった。
「美しいだろう?」
とても同意はできない感想を述べるハグリッドがその頭を撫でようとすると、尖った牙で手を突いた。
「こりゃすごい。ちゃんとママが分かるのか!」
うむ、やはり同意しかねる。はじめからこんなで、無事に育て上げることができるとは到底思えなかった。ハーちゃんは一つ、ハグリッドに質問をした。
「これ、どのぐらいで大きくなるの……?」
「えーっとな——」
「あぁっ!」
ハグリッドが答えようとしたとき、キキちゃんが窓のほうを見て叫んだ。カーテンの隙間から、ドラコ・マルフォイに覗き見られていたようだ。今度は盗聴防止の魔法こそかけていたのだが、覗き見防止の魔法はかけていなかった。——これはけっこうマズいかもしれない。
また、一週間が経った。わたしたちはハグリッドにドラゴンをなんとかするよう説得し続けたが、目立った進捗はないままだった。
「逃してあげれば?」
「そりゃできん。まだこんなにちっちゃいんだ、死んじまうよ」
「ちっちゃいって、一週間で三倍ぐらいになってないか?」
ロンの言う通り、はっきりとドラゴンと分かるぐらいの大きさになっていた。鼻の穴からは煙が吹き出している。小屋の中はドラゴンの世話をするためのブランデーやら鶏の羽やらが散らばっていて、ハグリッドがドラゴンを飼っているというよりは、ドラゴンの住処にハグリッドがお邪魔しているような惨状だ。
「この子をノーバートと呼ぶことにしたんだ。
ノーバートや、ママちゃんはどこ?」
ハグリッドは愛情どころか時間までもを、ロンに言わせれば『狂っている』ほど注ぎ込んでいるようだった。
「チャーリーだ」
「ハリー、君まで狂っちゃったのかい? ぼくはロンだ。チャーリーは——」
「知ってるよ。君のお兄さんだ」
突然のハリーの発言に、しばらくその意味を理解できなかった。チャーリー・ウィーズリーとこの状況と一体何の関係が……。チャーリーってどんな人だったっけ。確か——
「なるほど、チャーリーさんに面倒を見てもらえばいいんだね!」
そうか、それは名案だ。以前、ロンからチャーリーがルーマニアでドラゴンの研究をしていると聞いていたのを思い出した。ハグリッドはノーバートと別れることに抵抗はあったようだが、ノーバート本人(?)にとってもその方がよい、と説得することでしぶしぶ話に応じてくれた。
チャーリーからの返事は、喜んで引き受ける、友達が連れて行ってくれる、バレてはまずいので土曜日の真夜中に、一番高い塔のてっぺんで受けわたす、というものだった。まあ、妥当だろう。
問題はどうやって塔までノーバートを運ぶかであるが、ハリーは『透明マント』を使う案を提案した。まあ、使い慣れた道具を使うのが一番確実だろう。とても上手くはいかないだろう、という不吉な予感もしているが、気にしないことにした。その予感は的中してしまうのだったが——。
久々にジジ登場。基本、好き勝手に歩き回ってると思っていただいて大丈夫です……?
そろそろ原作に沿っていくのも飽きてきた。アルーペさん、自重しなくていいのよ?
魔力探知
金属探知機みたいに杖をかざして使います。
87.5%
16分の14。魔法名を詠唱した場合の確率。詠唱そのものも確率を上昇(6.25%,1/16)させるが、詠唱することで集中力が高まるなど、他にも成功率上昇の要素がある。
アトリエ乱数ではないのでそこそこ成功する。
ちなみに、慣れている魔法や簡単な魔法の成功率は100%を超える。また、アルーペがパーセントで言っているのは杖の力で瞬時に計算しているため。チート行為。
フェアベルゲン
ドイツ語で「隠れる」の意。verbergen
本気で自動化
アルさんならやってしまいそう。
目の前で使うわけにはいかない
同じ話で思いっきり使っているんですがそれは
この話はだいたい2017年3月〜4月にかけて書いてます。作品の中も同じぐらいの季節。そういえば、クリスマスのときもクリスマスを書いてました。
つまり、この調子でいけば7年かかります。
そんなのいやだあああああああああああ!?
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第0A話 ユニコーンの血
早速、運の悪いことが起こってしまった。ロンの手が腫れ上がって気持ちの悪い緑色になっている。昨日、ハグリッドの手伝いをしていた最中にドラゴンに噛まれたのだが、どうやらその牙には毒があったようだ。はじめはドラゴンの存在がバレるのを恐れて医務室に行くのをためらっていたが、こうなってしまってはそうも言っていられない。幸い、マダム・ポンフリーは深くは追求しなかった。
授業が終わり、医務室にロンの様子を確認に向かうと、ロンは致命的な過ちを犯していたことが明らかになった。なんと、本を借りるという名目で脅迫をしに来たドラコ・マルフォイに、チャーリーからの手紙を挟んだままの本を渡してしまったというのだ。そもそもなぜ本を渡したのかも気になるところではあるが、そんなことを気にしていられるほど平穏なことではないというのは確かだった。
話し合いをしたかったところであるが、マダム・ポンフリーは病人と討論会を開催することは良いことではないと考えたらしく、わたしたちは医務室から追い出されてしまった。
「どうしよう、絶対邪魔しにくるよ……」
「でも、マルフォイは『透明マント』があるって知らないんでしょう? あの人がどう仕掛けてくるかは分からないけど、見つかるってことはそうそう無いんじゃないかしら?」
確かに、透明マントをしっかり機能させることができるのなら、ドラコがいようがいまいが関係はない。問題は、誰が運ぶ、かということだ。マントの中には二人程度しか入らないので、ハリーとロンで運ぶ予定だったので、ロンの代役を選ぶ必要がある。当然、そんな危険なことを進んでしたいという人間はいない。
「私は遠慮するわ」
「わたしも……」
「もちろん、あたしもよ。
こういうときは……」
厳正なるじゃんけんの結果 、ノーバートを塔まで運ぶのはキキちゃんに決定した。不満な様子に少々良心が痛んだが、じゃんけんに逆らうことは許されないのだ。許していただきたい。
あたしはノーバートの入った箱(ハグリッドがぬいぐるみやら食料のネズミやらを大量に入れたので余計に重い)をポッターと抱えながら、やっとのことで塔の階段の下までたどり着いた。ここまでにも大量の階段があり、運ぶのはとても楽とはいえなかった。しかし、ここまでの心労を吹き飛ばしてくれる光景が目の前に展開されていた。ドラコ・マルフォイが、夜中に出歩いてるのを見つけられマクゴナガルに捕まっていたのである。
「罰則です! スリザリンから二十点減点です!!」
「でも先生、ポッターがドラゴンを運んで——」
「『戯言薬』を飲めと頼んだ覚えはありません! スネイプ先生にも言いつけますよ!」
これを見るためにここまで頑張ってきたのだ。そう自分に言い聞かせると、最後の階段はとても楽に登ることができた。暑苦しい『透明マント』を脱ぎ去り、新鮮な空気を心に満たした。
「歌でも歌いたい気分よ! マルフォイが、罰則!」
「頼むから歌わないでね」
そうこうしているうちに、箒が四本、星のまたたく真っ暗な空から舞い降りてきた。見上げていると目が乾いてしまいそうだ。なにやら特殊な運搬具を使って、四人がかりで運搬するのだという。学生二人で持てる程度の重さなら箒は一本で済むと思ったのだが、どうやらこの世界ではそうもいかないらしい。
六人がかりでその器具にノーバートの入った箱をくくりつけ、ついにノーバートは旅立つこととなった。あまりいい思い出があったわけではないが、不思議と寂しさも感じられ、見えなくなるまで星空を見上げ続けた。
「ふぅ、これで一件落着ね。早く帰るわよ」
荷物も心も軽くなり、二人は長い螺旋階段を滑るように下っていった。苦労は必ず利益になって返ってくる、と久々に実感している。『魔女の宅急便』だってそうやって成り立っていた。しかし、すぐにそんな考えは裏切られた。あたしたちの荷物は軽くなりすぎていた。塔のてっぺんに『透明マント』を置いてきてしまっていたのである。それに気づかず階段を降りきって廊下に出ると、目の前に暗闇に、突然顔が現れた。管理人のフィルチだ。
「さて、さて。これは困ったことになりましたね……」
翌朝、各寮の得点を示す砂時計を見た人は、誰もが自らの目を疑うこととなった。グリフィンドールの得点が一五〇点も引かれているのだ。なぜこんなことになっているのか——それを知る人間はほんの一部だけである。
ここでいう『一部だけ』というのは、つまり『学校全体』で噂となっているということを意味する。クィディッチでの活躍で稼いでいたあたしとポッターの評判は一気に最低まで落ちてしまったようだ。この原点でグリフィンドールの優勝、すなわちスリザリンの敗北は絶望的となり、スリザリン以外の全てを敵に回したことになったらしい。
「ごめんね、わたしが行ってれば……」
「一週間もすればみんな忘れるさ」
アルとウィーズリーがフォローしてくれるが、その他大勢の周りからの目線がどうにかなるわけではない。試験勉強に没頭することで気を紛らわすことができるのがせめてもの救いだった。しかし、現実からは逃げきれなかった。五月も最後の一週間、というころ、あたしとポッターのもとに全く同じ手紙が届いた。
『処罰は今夜十一時に行います。
玄関ホールでフィルチ管理人が待っています。
M・マクゴナガル』
「十一時って……。キキちゃん、大丈夫? 一緒に行く?」
「罰を受けるのはあたしなんだから、アルに来させるのは悪いよ。仮にも学校の罰則だし、そんな危ないことはしないでしょうし……」
アルが同行を提案してくれるが、断った。危ないことはない……と信じたいところだが、この願いが成就するかは正直不安だ。なにしろ、この素晴らしく安全な『学校』には、賢者の石とかいう危険物とそれを守る『死』が配置されているのだ。罰則だって感動してしまうようなものに違いない。心配が顔に現れていたのか、アルから第二の提案があった。
「じゃあ、『これ』を渡しておくよ」
アルが『袋』から取り出した『それ』は、透き通るような濃い青、ちょうど自分の目と同じ色をした球体だった。受け取ってみると、ビー玉のような質感で、大きさ、重さもそれぐらいだった。
「これ、どうすればいいの?」
「持ってるだけでいいよ。でも、『袋』の中には入れないでね。ほんとうは、これが役に立つことが無いのが一番なんだけど、念のためだよ」
どうやら正体は教えてもらえないらしい。しかし、アルの指示に従っておけば、なんらかの利益が得られるのは確実だろう。『それ』を慎重に制服のローブの内ポケットに深く入れ、しっかりと口を閉じておいた。
あたしとポッター、そしてロングボトムが到着したとき、玄関ホールには既にフィルチとドラコ・マルフォイがいた。フィルチは昔のような体罰をしたいだの、逃げたらもっと酷いぞだの、ぐちぐち言いながらあたしたち四人を先導した。校庭を横切り、ハグリッドの小屋までたどり着いた。ハグリッドとならそこまで酷いことにはならないだろう、と一瞬ほっとしたが、その安心はフィルチにの言葉に潰された。
「おまえたちがこれから行くのは『森』の中だ。全員無傷で帰ってくるようなことがあったら、それは私の見込み違いになるなぁ」
「『森』だって!? そんなの夜に行く場所じゃない! 『狼男』やらなんやら、そんなのがいるって……」
マルフォイが悲鳴をあげると、フィルチはいやらしく笑みを浮かべた。まもなく、ハグリッドが闇の中から現れた。大きな石弓を持っているが、それが要るようなことにはなって欲しくない、とフィルチ以外の全員が思っているだろう。あたしはポケットに入れた『それ』がそこにあることを確認した。
フィルチが嫌味を残して立ち去ると、マルフォイが泣きそうな声で、行きたくないと訴えた。当然、その願いが聞き入れられることはなかった。
「これからすることはとても危険だ。軽はずみなことをしてはならんぞ」
だったらそんなことさせるなよ——と思ったが、罰則である以上仕方ないのだろうか。葬儀のような雰囲気でハグリッドについて『森』へと向かった。
「あそこを見ろ」
『森』の入口に到着すると、ハグリッドはランプを奥の方へ掲げて言った。光はわずかしか届いていないが、目を凝らすと辛うじてそれを反射する銀色の液体が地面を覆っているのが確認できた。
「ユニコーンの血だ。この森で、何者かがユニコーンを傷つけている。今週になって二回目だ」
「そんな……。それで、あたしたちは何をすればいいの?」
「みんなで、そいつらを助けてやって欲しい。助からないなら——せめて楽にしてやらねばならん」
それは罰則としてはいささか高度すぎはしないか。その辺の雑多な魔法生物ならまだしも、ユニコーンだなんて、只者ではないはずだ。
「ユニコーンを襲ったヤツが、ぼくらを先に見つけたら……?」
「心配するな、俺やファングがいればこの『森』に住むものはお前さんたちを傷つけることはねえ」
震える声で恐怖の質問を口から絞り出したマルフォイにハグリッドはこう答えたが、犯人が『この森に住むもの』であるという保証はないのではないか。不安しか残らない回答だが、これ以上考えても怖くなるだけなのでそのまま飲み込んでおくことにした。
信号弾の打ち方を確認した後、あたし、ポッターとハグリッドの組、ファング、マルフォイとロングボトムの組の二つに組み分けされた。範囲が広いので途中で二手に分かれるのだという。しばらくして現れた分かれ道で、あたしたちは左の道を進んだ。
「ねえ、ハグリッド。例えば『狼男』とかが、ユニコーンを襲うなんてあり得るのかしら?」
「いや、あいつらはそんなに速くねえ。ユニコーンは強い魔力を持った生き物だ。そう簡単には捕まらん」
犯人が『この森に住むもの』ではない可能性をそれとなく探ると、ハグリッドは平然と答えた。やったのはどんな生き物か、その続きは誰もが考えついただろう。しかし、それを口に出すものはいなかった。三人は黙々と血の散らばる道を進んだ。
ふと、何かが枯れ草の上を滑っていくような音がした。
「そこに隠れろ!」
ハグリッドに言われるまま、幹の太い木の陰に飛び込んだ。ハグリッドは石弓を構え、暗闇に目を凝らした。耳を澄ましているとその音はだんだん消えていき、どうやら『何か』は遠ざかっていったようだった。
「ここにいるべきではない何者かだ」
石弓を構えたまま歩き出すハグリッドに、これまで以上に感覚を研ぎ澄ませながらついていった。
まもなく、再び前方で物音がした。今度はさっきより大分派手な音だった。
「誰だっ! こっちには武器があるぞ! 姿を見せろ!」
そこに現れたのは、赤い髪の毛の人間——と思いきや、下半身は馬のような見た目をした生き物だった。
一瞬、ついに敵が現れたのかと思い杖を構えたが、ハグリッドはそうではないようだった。
「君か、ロナン。元気か?」
「こんばんは。……私を射ようとしたのですか?」
「あぁ、用心に越したことはない。最近、良からぬもんがこの森をうろついとる」
ハグリッドはロナンにあたしたちを紹介し、こちらにロナンは『ケンタウルス』であると紹介した。いくつかの本に書いてあったので存在は知っていたが、こんなおとぎ話のような生き物がいるなんて、いざ直接目にすると信じられない。
「今夜は火星がとても明るい」
「ああ」
ハグリッドは星空を見上げて肯定したが、ハリーはどれが火星なのかすら分かっていない様子だった。そして、火星を見つけることができたあたしにも、ロナンの言葉の意味はさっぱり分からなかった。
「なあロナン、怪我をしとるユニコーンがいるんだ。何か知らんか」
ハグリッドが質問をしても、ロナンは空を見上げるだけだった。しばらくして帰ってきた答えはこれだった。
「いつでも罪のない者が、真っ先に犠牲になる」
「ああ。で、何か変わったものを見なかったか?」
「火星がとても明るい」
まるで話が通じない。ケンタウルスって、まさかみんなこんな感じなのだろうか。その疑問はすぐに解けた。この後、ベインと呼ばれる別のケンタウルスも現れたが、反応は同じで進展はなかった。
「なにかあったら知らせてくれ。俺たちは行く。
——ただの一度も、奴らからまともな答えを貰ったことはない」
ベインから離れると、ハグリッドはいらついた様子で言った。きっと、彼らの間ではあれで通じているのだろう。
「……それで、さっきの音、今のケンタウルスだったのかしら?」
「いや、違う……。あれは蹄の音じゃない。ユニコーンを殺した奴の……」
その時、視界に赤い光が飛び込んできた。信号弾だ。はじめに、緊急事態があれば赤い信号弾を打つように言っていた。
「二人とも、ここで待ってろ! 絶対に離れるな!」
しばらくして、ハグリッドはロングボトムたちを連れて戻ってきた。そうとう怒っている様子である。どうやら、マルフォイがロングボトムをふざけて襲い、ロングボトムがパニックになって赤い光を打ったらしい。対策として、マルフォイたちのほうにハグリッドが付き、こちらにはファングが配属された。え、かなり心細いんですけど、このワンコ本当に役に立つんですかね……?
三十分も進むと、ユニコーンの銀色の血はだんだん濃くなってきているようにも思えた。痛々しいほどに広がっているところもある。ふと、視界に白く輝くものが飛び込んできた。近づいてみれば、まさにユニコーンであった。しかし、それは既に息絶えているようだった。
「——こんなに綺麗なのに。なんでこんな目に遭わなきゃいけないの……」
もう少しよく見ようとハリーが一歩踏み出したとき、さっきの滑るような音が間近に聞こえてきた。そして、闇の中から、フードを被った人間のような影が、獲物を求めるように地面を這ってきた。そいつはユニコーンの隣で跪き、頭と思わしき部分を傷口に近づけた。どうやらその血を飲んでいるようである。
逃げなければならない。本能がそう警告しているが、体が動かない。ファングだけは逃げ出してしまい、ポッターと二人きりでここに取り残されることになった。
フードを被った影は、ユニコーンの血の滴る顔を上げると、こちらに向かって素早く向かってきた。
これはもうおしまいだ。もしもアルがいてくれたらなんとかしてくれたかもしれないが、それはもしもの話。現実に、あたしたちは何もできずに、ユニコーン殺しの怪物に——
「えぇーい!」
気の抜けるような声とともに、視界に緑色の光線が走った。それが影に命中すると、それは数メートル向こうに吹っ飛んだ。影は逃げようとしたが、さらにどこからか現れたケンタウルスが追撃した。顔を上げた時には、影はいなくなっていた。
「だいじょうぶ?」
「怪我はないかい?」
突然のことに呆然としていると、声がかかった。そこに立っていたのは、ここにいるはずのないアル、そして先の二人よりも若く見える、また違うケンタウルスだった。アルと同じぐらいか、それ以上に真っ青な目をしている。
「え、えぇ。大丈夫よ。でもなんで、アルはなんでこんなところに? そしてあなたは誰? さっきの、あれはなんだったの?」
「まあまあ、キキちゃん、落ち着いて。ケンタウルス……なのかな? あなたは?」
アルに名前を聞かれたそのケンタウルスは、あたしたちに興味はないらしく、ひたすら傷跡のあるポッターの額を眺めていた。そういえば、影と会った時にその傷が痛んでいるようなそぶりを見せていた。
「ポッター家の子かね? 早く戻った方がいい。今、ここは安全じゃない。特に、君にとって」
ここから出た方がいいのは言われなくとも明確なことである。が、最後の一言がどうしても気になる。このケンタウルスは、確かにポッターの傷跡を見てそう言っていた。
「それで、君は?」
「キキちゃんに呼ばれたから、急いできました」
呼ばれた? あたしに? 助けを求めたかったのは事実であるし、来れるなら是非来て欲しいとは思っていたが、呼ぶ手段なんてなかった。
手段……なるほど、そういうことか。あたしの推測は正しかったらしく、アルは自分のポケットを叩いた。あたしのポケットにはアルから渡された『あれ』が入っている。なにか危険があれば、伝わるようになっていたのだろう。
ケンタウルスのほうは納得いかない様子だったが、話を続けることにしたらしい。
「私の名前はフィレンツェだ。一人ぐらいは私に乗ってもらった方が速く戻れそうだが……」
「わたしは大丈夫だよ。勝手に来ただけだし、いざとなったらすぐにでも帰れるから」
「あたしは箒があるわ」
そんなわけで、ポッターはフィレンツェの背中に乗り、あたしは箒で地面を低空飛行して速度を稼ぐことにする。アルもあたしの箒に乗ってもらうことにする。たぶん、あたしが操作する箒なら問題はない……はずだ。
いざ帰ろう、というとき、聞き覚えのある蹄の音がどこからか聞こえて来た。
「フィレンツェ! なんということを!」
茂みから追加で二人のケンタウルスが飛び出して来た。怒鳴ったのはベインで、その前に立っているのはロナンだ。
「ヒトを背中に乗せるなど! 君はただのロバなのか? 恥ずかしくないのか!」
「この子が誰だか分かっているのですか? ポッター家の子です。一刻も早くここを出た方がいい」
ベインとフィレンツェの間に挟まれたロナンは、落ち着かない様子で、おそるおそる口を挟んだ。
「私は、フィレンツェが最善と信じることをしていると思っている」
しかし、これは逆にこの争いに油を注ぐこととなってしまったようだった。
「最善? ケンタウルスは予言されたことだけに関心を持てばよい! ロバのように走り回ることじゃない!」
「あのユニコーンを見ただろう? それが何を意味するか、君には分からないのか? それとも惑星が、それを教えてくれないのか?」
フィレンツェも怒って前脚を振り上げたので、乗っているポッターは危うく落とされるところだった。
「私はこの森に忍び寄るものに立ち向かう。人間と手を組んででもだ」
それだけ言うと、フィレンツェはくるっと方向を変えてまた走り出した。箒で飛ぶと、地面の細かい凹凸を気にしなくて済むので歩くより断然楽だった。フィレンツェはポッターの質問にも答えず、しばらく無言でひたすら走っていた。ポッターのほうも空気を読んだのか何もしゃべらなかった。
しかし、しばらくしてフィレンツェは突然立ち止まった。後ろを飛んでいたあたしは危うくぶつかるところであった。少し何かを考えると、ポッターに向かって話しかけ始めた。
「ハリー・ポッター。ユニコーンの血が何に使われるか知ってるか?」
答えはノーだ。あたしも知らない。角やら毛やらを魔法薬の調合には使ったが、それっきりである。
「ユニコーンの血は、たとえ生死の境をさまよっているような状態でも、その命を長らえさせてくれる。恐ろしい代償を払ってね。
自分の命のために、純粋で、無防備で、神聖な命を奪う。得られる命は、呪われた命なんです。死にながら生きているようなもの」
では一体、誰がそれを必要としているのか。その答えは浮かんでこなかった。一生呪われるなら、死んだ方がマシである。だが、アルには心当たりがあったらしい。
「賢者の石……」
かすかな声で呟いたが、フィレンツェには聞こえたようだった。なるほど、すっかり忘れていたが、そんなものを狙っている奴がいるという話があった。
「そうだ。それさえあれば、呪われた命にそう長く耐える必要はない」
「じゃあ、ユニコーンを狙っているのは、賢者の石を狙ってる人と同一人物ってことかしら?」
つまり、さっきの影はスネイプかクィレルのどちらかであった、ということになるのかということだ。
「いえ、そうとは限りません。『石』を盗むのは、血を飲むのとは違って、別に本人でなくても良いのです。
……力を取り戻すために長い間待ち続けている誰か。思い浮かびませんか?」
誰の事だろうか。さっぱりわからない。しかし、ポッターは答えが分かっているようだ。もっとも、表情を見る限り、それを口に出したいかどうかは別らしい。アルのほうも顔をゆがめている。こっちはいつもの『既知感』だろうか。
「あやつが死んだと言う者もいる。人間味のかけらでも残ってれば、死ぬこともあるだろうが……」
「それじゃ、僕が見たのはヴォ——」
「大丈夫か!?」
ようやく口を開いたポッターが言い切る間も無く、ハグリッドが前方から走ってきた。とりあえず、大丈夫だ、と返した。
「ユニコーンが、この向こうで亡くなってたわ」
それだけ報告すると、ハグリッドは急いで飛んで行った。フィレンツェもポッターを降ろすと森の中に消えていった。
「アル、なにか分かったのかしら?」
「うーん、なんかね、入学してからの『既知感』の集大成みたいな、そんな感じだった。でも、やっぱり記憶としては思い出せないの。絶対知ってるはずなのに」
やはり『既知感』だったらしいが、謎は深まるばかりなのであった。
話数は16進数でした。本編でのアラビア数字は16進数、というルールを踏まえて察してた人もいたかも? あとがきは例外ですけど。
じゃんけん
魔法的拘束力をもつじゃんけんとか存在してほしくない。
私、わたし、あたし
さあ、どれが誰でしょう?
暑苦しい透明マント
男女が二人きりで入っています。
ドラゴンを一人で
原作にて、キキは一人で漁船を運んでます。
みんな忘れる
自分だけはちょくちょく思い出して定期的に後悔しないといけないアレ
五月も終わりに
5月21日に書きました
信号弾
弾?
マルフォイがネビルを襲う
ネビルに貞操の危機
緑色の光線
ミーティスの魔法の光線の色は属性で決まります。緑色は土属性です。
箒に二人乗り
魔女宅原作だとできない設定だったはずです。
ヴォなんとかさん
ハリー視点じゃないから名前出て来てないんだよね
今話はなぜかいつもよりサクサク書けました。なんでだろう? と思って読み返したら、内容が薄い……。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第0B話 青い球
「ねえアル、これ、詳しく教えてくれる?」
やっとの事で既に暗くなった談話室に戻ると、キキちゃんは『それ』を取り出して聞いてきた。
「へへ、その質問、待ってたよ」
これは今まで作った魔法具の中でも相当な自信作だ。説明を通して自慢したくなっても許されて欲しい。
「ネビルくんが貰ってた『思い出し玉』、覚えてる? あれを参考にしたんだ。
それを持ってる人の状態を読み取って、なにかあったら決められた動きをするの。この球だったら、怖いとか、助けてほしいとか、そういう状態になったら、わたしに魔力で信号を発するようにね」
状態を読み取るというと『開心術』のような難しい魔法のように聞こえるが、これはもっと大雑把な『感情』を読み取っているだけなのでそこまで難しくはなかった。おまけ機能として、周囲の魔力反応などの観測データを送信することもできるようにしてある。
「なるほど、面白いわね。場所も分かるように?」
「場所は、わたしが探すの。転移魔法のときに、強い魔力とか、思い入れの深いものを目標にすることができるんだ」
「じゃあ、アル相手でないと使えないってことね。すごいのは分かったけれど、何でそんな、なんというか、戦闘グッズみたいなのを作ったの?」
そう、重要なのはそこである。なぜかと言えば、根拠のない危機意識がどこからか湧いてきた、というふわふわした理由なのだ。森であの既知感を覚えてから、それはさらに激しくなった。確実に自分たちは危険に近づいている、という感覚がある。そう説明したかったが、上手い言葉が見つからず、キキちゃんにはざっくりと説明することにした。
「簡単に言うと、『これ』が役に立っちゃうようなことが、起きるかもしれないってこと、かな……」
「……『前世』の記憶かしら。ケンタウルスの予言なんかよりはよっぽど信頼性がありそうね」
うん、やっぱり事情を知っているキキちゃんは理解が早くて助かる。そして、そのまま推理を進めてくれた。
「やっぱり、ポッターがさっき言ってたヴォルデモートって奴が関係してるのかしらね」
「多分、そう。そいつの名前を聞くと、わたしも怖い。理由はわからないけど……」
すなわち、そいつは危険であり、復活させてはならない。少なくとも、『石』は渡してはならない。結局、やるべきことは変わっていないように見える。しかし、キキちゃんはわたしがそれ以上のことを考えているということを察して、さらに問いかけてきた。
「それで、どうこの『球』を使うのかしら? 今回は特殊だったけど、危険なときはあなたの近くを離れるつもりはないわよ」
「えぇっと、そんなに頼られるとちょっと困っちゃうかも……。
とにかく、そいつがあの手この手で生きようとするなら、『石』だけ守っても時間稼ぎにしかならないんじゃないかな。その……ヴォルデモートはハリー・ポッターを狙っているんでしょ? ってことは、そいつはいつかハリーのところに出てくるんじゃないかなって」
つまり、悪く言ってしまえばハリーを囮に使うということ。上手くいけばそいつは倒され、ハリーもわたしも無傷。上手くいかなくても、何も対策を打たないよりはマシな結果に繋げられるはずだ。
「……じゃあ、その『球』をポッターに持たせたらいいのよね。どうやって?」
「うーん。そこが問題なんだよね……」
キキちゃんの指摘は的確だった。単純に持っててくれと渡したところで、怪しまれるに決まっている。教師が見れば、もしかしたらその効果がバレるかもしれない。荷物に忍ばせておいても、見つかってしまえば同様だ。そもそも、常時携帯する荷物というのもなかなかない。
怪しまれず、常に持っていてもらえる方法。そんなものはあるのだろうか? こういう時に限って、『前世』の記憶は仕事をしてくれない。 何か考えが浮かばないだろうか、自分の杖をくるくる回していた。そういえば、『無属性』の魔力もどうにもなってないなぁ——。
「あぁっ!」
突然、キキちゃんが叫んだ。何か考えが浮かんだのだろうか。
「杖よ、杖!」
言われてみれば、自分の杖についている五つの石は『球』にそっくりだ。なるほど、杖なら魔法使いたるもの、ひと時も手放すことはないだろう。しかし、この石は作るときに入れられたもので、そして外部に露出している。既存の杖で、しかも完全に埋め込むとなると、その性能を損なってしまうかもしれない。だが、疑問はまたもキキちゃんによって打ち砕かれた。
「長さが二、三センチメートルぐらい長くなったって、オリバンダーさん以外、誰も気づかないんじゃないかしら?」
天才か? 我が親友は天才なのか? なるほど、簡単な話だ。ヒイラギの木の持ち手の部分をそのまま伸ばしたような部品をつくり、そこに球を埋め込んで隙を狙ってくっつければよいのだ。
計画はすぐに実行に移された。幸いにも、女子が男子の部屋に入ることは認められていた。寝ている間に杖に細工をするのは容易かった。『森』には手を出したくなかったので、自宅周辺の木でハリーの杖に一番色が近いやつを材料に使った。
翌日、遠目にハリーの様子を確認したが、どうやらバレてはいないようであった。作戦は成功と言えるだろう。
六月になり、まもなく学年末試験の時期がやってきた。しばらく前にマクゴナガル先生が言っていた通り、筆記試験では専用のカンニング防止魔法がかかった羽ペンを使わなければならず、使い慣れた万年筆は使えないようだ。
まあ、知識問題に関しては最悪杖の記憶という『バレなきゃ不正じゃない』を地で行く技が使えるし、そうでなくても論理的に考えれば間違えようのない問題ばかりであった。解き終わってもかなりの時間が余っていたが、暇だし暑いので机に突っ伏して寝てしまった。
実技試験もあった。『忘れ薬』を調合しろという試験で、面倒なのでさっさと終わらせてぼーっとしていたらスネイプ先生に不正ではないかと疑われてしまった。材料を正確に計りとるのに魔法を使うことは不正ではないはずなので大丈夫だと思いたい。
最後の『魔法史』は当然暗記科目なので敵ではないのだが、むしろ記憶の情報過多のせいでどれほど詳しく答案に書けばいいのかを迷うことになってしまった。適当に書いたら最後の数行の文字を最初の方の半分の大きさで書かないと回答用紙の枠に収まらないという事故が発生したので、これは要反省だろう。書き直す余白など当然なく、どうしようもないのでふて寝した。
「やめ! 羽ペンを置きなさい」
よし、成績通知まで、一週間の自由を手にしたぞ。
「思ったよりずーっと易しかったわ」
「そうね。あたしが勉強したうちの、半分ぐらいは無駄になったわけよね」
「試験に出なくても、いつか役に立つ時はくるわよ。たぶん」
湖のほとりで寝転がっていよいよ高くなってきた陽の光を浴びながら、ハーちゃんとキキちゃんが隣で話していた。しかし、わたしはとてもその会話に参加する気分にはなれなかった。
「アル、どうしたの?」
「なにか、忘れてる気がするんだよね……」
ハーちゃんは、それは試験のせいだ、と言った。ハリーも同じように傷の痛みを訴えていたらしい。しかし、この不安感はそう簡単に説明がつくものではない。絶対に思い出さなければならない、重要なことを忘れていると直感が訴えている。そして、わたしには『直感』を信じる理由がある。
「それよりも私、さっきの大問二の三番、間違っていたような気がしてきたわ。答え合わせをしましょう」
「もう終わったことでしょ。そもそもあたし、答えを覚えてないわ。
仮に覚えていたとして、たとえばここを間違ってました、なんてハグリッドに伝えたところで、誰も喜べないんじゃないかしら」
「そう! ハグリッド!」
そう、それだ。キキちゃんにはまた感謝しなければならないらしい。
「おかしいよ! ちょうどドラゴンが欲しかったハグリッド先生のところに、都合よくそれを持った人が出てきて……」
「あぁっ! アル、ナイスだよ! 言われてみれば——そうよ。そんな違法なものが簡単に手に入るはずがないわ。それってつまり——。
ハグリッドに会いに行かなくちゃ!」
わたしが思い出すと同時にキキちゃんも気づいたようなので、自分の手を掴むように目線で伝えた。察したキキちゃんがハーちゃんの手も同時に掴んだことを確認したら、間髪入れずに転移魔法を発動。次の瞬間にはハグリッドの小屋の前に立っていた。『ホグワーツの歴史』に校内で『姿現し』はできないと書いてあったせいかハーちゃんは困惑を隠せていないようだが、気にしないことにして小屋の戸を叩いた。
「よう、試験は終わったかい? お茶でも——」
「ちょっと、お茶を飲んでる暇は無さそう。ハグリッド先生、ドラゴンの卵をくれた人、どんな人だった?」
「わからん。ずっとマントを被りっぱなしだったからな。珍しいことじゃねえ。『ポップズ・ヘッド』にはそんなのはいくらでもいる」
いくらでもいるならいくらでも疑っていてほしいものだが、今更文句を言っても仕方がないので、聞き込みを続ける。
「それで、その人となんか話した? 学校のこととか!」
「おう、何か話したかもしれんな……。次々酒を寄越してきたからあまり覚えとらんが……。
まず、俺が『領地の番人』だと——。んで、なんか飼ってる動物はあるかって——答え切れるほど少なくないがな——本当はドラゴンが欲しかったって——。
そしたら、ちゃんと飼えるならやってもいいって条件をつけてきたから——三頭犬なんかに比べちゃ楽勝だって——。結局ちゃんと飼えなかった。申し訳ないなぁ……」
三頭犬。この番人は確かにそう言った。ドラゴンを持った怪しい人間の前で、自分は三頭犬に関わっていると白状してしまったのだ。
「それで、その人は三頭犬に興味を持ってた?」
「そりゃそうさ。あんなのはホグワーツにだってそうたくさんいるもんじゃない。だから俺は言ってやったさ。宥め方さえ知ってれば簡単なものだ、ちょいと音楽を聴かせてやればすぐお寝んねしちまうって——」
あーあ、やっちゃった。ハーちゃんとキキちゃんはもちろん、ハリーやロンまでもが同じ顔になっていた。
「いかん、これはおまえたちに話しちゃいけないんだ!」
「ぐずぐずしてる暇はないわ! アル、マクゴナガル先生がどこにいるか分かる?」
「どこへ行くんだ! 忘れてくれ——」
小屋を転がり出て、すぐにホグワーツに向けて空間探知の魔法を使った。マクゴナガル先生の魔力は比較的強力だし波長も把握しているので、城の中にいると分かっているなら見つけるのは容易だ。しかし、問題は残っている。風属性の魔力は先ほどの転移でほぼ使い切ったので、しばらくは転移魔法を使えそうにないのだ。
「あのへんにいるっぽい! 走るよっ!」
庭をまっすぐ横切り城に突っ込む。脳内地図をもとに目的地への道を探し、最短距離で向かおうとする。しかし、動く階段が行く手を阻む。ほかの道を——回るより階段が戻ってくるのを待つ方が早いか。ようやく道が繋がって駆け出したとき、肝心なことを忘れていたことに気づかされる。
「そんなに走ると危ないですよ。いったいどうしたというんですか?」
そう、マクゴナガル先生は生きたヒトであり、自らの意思で移動するのだ。決して探知した場所でおとなしくじっとしている訳ではない。逃げられるでも行き違うでもなく、目の前に現れてくれたのは不幸中の幸いだった。
「ダンブルドア校長にお目にかかりたいんです」
どうやら真っ先に口を開いたハーちゃんは、マクゴナガル先生ではなくダンブルドア校長に伝えることを考えていたようだ。マクゴナガル先生を頼るのが常になっていたわたしやキキちゃんにはなかった発想だったが、今回はそっちの方がよいかもしれない。
「ダンブルドア校長に? 何故?」
「ちょっと、大変なんです」
このキキちゃんの答えは先生に深刻さを伝えるには不十分だったようで、ふざけていると解釈されてしまったのか、マクゴナガル先生は冷たく言い放った。
「ダンブルドア校長は、魔法省からの緊急の呼び出しで、ロンドンへと発たれました」
「こんな肝心なときに、いらっしゃらない?」
「偉大な魔法使いは多忙でいらっしゃるのです。あなたたちの用事に構っている暇は——」
「『賢者の石』より、魔法省の方が重要なのですか?」
キキちゃんは決心したように最重要語句を吐き出した。これはしっかり効果があったようで、マクゴナガル先生は面食らって持っていた本を床に落とした。足にぶつかったら痛そうである。杖を一振りし、散らばった本を一箇所に集めておいた。
「誰かが確実に『石』を盗もうとしてます。それも、恐ろしいことにもうあと一歩のところまで来てるみたい」
マクゴナガル先生は迷っている様子だった。さすがにわたしたちがそんなつまらない嘘をつくようなメンバーではないことに気づいているのだろう。そして、事実のみを語った。
「校長は、明日までお帰りになりません。安心してください、『石』はあなたたちが想像する以上に、しっかり護られています」
マクゴナガル先生はそれだけ言うと、綺麗に積まれた本を拾って去っていった。事態はより悪化した。もう対応してくれそうな先生はいない。ダンブルドア校長が追い出された今、『石』は完全に無防備の状態となってしまったいうわけだ。
「『石』が盗られるとしたら、今夜ね」
「でも、私たちに何が——」
「ごきげんよう」
ハーちゃんが言い切る前に、背後からいやに抑揚のない挨拶が飛んできた。振り返れば、容疑者の一人であるスネイプ先生が立っていた。警戒されているのを知っているのだろうか。
「こんな良い天気の日に何故こんなところでコソコソしている? 何か企んでいるように見えるのではないか? もしそうなら——もっと慎重に頼みますぞ」
最後に付け足された一言の真意を理解できた者はいなかったが、スネイプ先生はそのまま立ち去った。
とりあえず、状況は深刻だ。談話室に戻ってこの件をハリーとロンにも伝えると、職員室を見張ろう、という結論に至ったが、いざ実行すると怪しまれてしまい、挙句に五十点の減点を食らうはめになったので数分で中断せざるを得なかった。
「まったく、こういう時に限ってジジはどっか行っちゃうんだから……。で、どうするのよ」
猫に見張らせれば怪しまれない、と考えたキキちゃんだが、それはできそうにないらしい。それ以外に、何か方法はあるか。この問いに、『生き残った男の子』は躊躇なく最終手段を投げつけてきたのだった。
「僕は、今夜ここを抜け出す。『石』をヴォルデモートより先に手に入れる」
こいつは正気か? 入学当初は『生き残った』だけの魔法の使い手なのかとも思っていたが、どうやらそうではないようだし、トップレベルの魔法使いたちの魔術が防衛する『石』を、そう簡単に手に入れられるはずはないだろう。それに、次に夜中に抜け出すようなことがあれば、退学にされるほどの教師の怒りは買っている。
しかし、それだけの理由でこの少年を止めるのはそれ以上に難しそうだ。ここはどうにか、無理矢理にでもこいつの作戦を成功に導かなければならない。まあ、こういう時こそ、『球』がその真価を発揮してくれるんだけどね。
「ねえアル、本当にやるのかしら?」
「なんで? そうするのが一番手っ取り早いよ?」
夜の寝室。ハーちゃんの姿はない。ハリー達についていったのだ。こっちはこっちで作戦の手順を確認しているが、キキちゃんは不安そうに聞いてくる。
「呑気ね。相手は世界を恐怖のどん底に沈めた闇の魔法使い、らしいわよ? いくらアルでもそれは——」
「大丈夫。危なくなったらすぐに逃げてくるよ」
納得はしてもらえなかったようだが、信じてもらうほかにない。使うことになりそうな魔法の構成を再確認しながら、『球』から伝えられてくるハリーの心理状況を監視し続ける。
「ただ待ってるだけっていうのも暇だね……。ちょっとした驚きとかはあるみたいだけど、まだ危険な状況って訳でもないみたい」
ヴォルデモートと対峙する時が来たら、大幅に心情が変化するのは確実だ。恐怖を待っている、というと聞こえが悪いが、それを合図に乗り込む手筈になっている。
「ちょっとどうなってるのか気になるわね」
「場所はわかるから今すぐ行けないこともないよ?」
「遠慮しておくわ。覗き見るだけとか、できないのかしら?」
視覚情報を転送するだけ——。そんな術が存在しない訳ではないだろう。しかし、今の自分にできるかどうかといえば、それは不可能だ。改良でギリギリできるようにはなるかもしれないが、それではいざという時に転移魔法やその後の防衛魔法の展開ができないので無意味だ。
「魔力不足、はやくどうにかしないとね……」
「最大値を上げるんじゃなくて、回復速度を上げる、ってことはできないのかしら?」
ここでキキちゃんからの提案。なるほど、そういう方法もあったか。回復速度の向上、それを実現するための術を考えてみる。しかし、覚えている範囲では手段はなさそうだった。自宅の図書館ならきっと何か手がかりがあるなので、次の休暇の課題はこれで決まりだ。
「いちおう、『袋』を通して家の近くの魔力を受け取ることはできてるから、これをもっといい感じにすればいいのかな?」
ネットワーク越しでの魔力供給。実用化できればかなり便利だろう。タンクのようなものを接続しておけば単純に魔力量の底上げもできる。
「……一人脱落したみたい」
「ちょっと、それは大丈夫なの!?」
ここで『球』の周囲の魔力反応が一つ減ったという通知が送られてきた。というのは、ハリーの周囲の人間、つまりハーちゃんかロンのいずれかがハリーの近くを離れたということだ。いよいよ穏やかではなくなってきた。ハリーの心情の揺れはそこまで大きくなかったので、命に別状はないと信じたいが……。
一見アルさんが強すぎるように見えなくもありませんが、特殊な使い方をしているだけで、魔法自体はまだハーマイオニーの方が強いと思います。
ぺ、ペ
どっちかがカタカナのはずなんだけどiOSじゃ見分けつかない
離れるつもりはない
あら^〜
あっ、必須タグが要るような展開にはなりませんよ。したいのは山々ですが
ドラゴン
ヴォル「ドラゴンを餌に三頭犬の突破方法聞き出すで」
ハグリッド「こいつを賢者の石の防衛に使おう!」
ヴォル「無理ぽ」
となる可能性は考えなかったのか
試験
座学においては杖に記憶を保持しておけるアルーペの圧勝です。
実技ではハーマイオニーには敵いませんがね。
『六月になり』を6月2日に書けたため、なんとか作中と同じスピードで……って、それじゃあ7年かかっちゃうんだよ!
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第0C話 赤い石
「ハリー一人になったみたい」
「もう不味いんじゃないのかしら? 一体どんな仕掛けがあるのか知らないけれど、少なくとも小さくない怪我を負っていてもおかしくないわよ」
「そうでもないと思うよ。こんどはほとんど感情に揺れがなかった。たぶん一人しか通れない理由があったんじゃないかな」
これまでのところ、命の危機に瀕したというほどの感情の揺れは感知していない。ヴォルデモート用の罠が張ってあるにしては穏やかすぎるくらいだ。おそらく、すでに突破された後の残骸しか残っていないとか、そんな感じだろう。そうなると、『石』を得たヴォルデモートがハリーを待ち構えているという構図が容易に想像できる。
おそらく乗り込むタイミングはもう少しでやってくるだろう。あらかじめ自分の身体に視覚妨害の魔法をかけておくことにした。発動の瞬間に消費する魔力は大きいが、維持するための消費量は回復量よりも少ないため、回復を待てば透明のまま転移魔法を使うことができる。
ハリー本人以外の魔力反応がなくなってすぐ、こんどは別の魔力の反応が近づいてきた。急激な緊張感の高まりが分かる。予想通り、敵の待ち構える終着点にたどり着いたのだろう。もう一度視覚妨害が機能していることを確かめて、深呼吸をして呼吸を整え、転移魔法を発動した。
——ハリーは縄で縛られていた。最後の部屋には『みぞの鏡』が置かれていた。そして、その前に立っているのは、予想通りの人間だった。
「スネイプだと思っていたのか? 確かにあの人はそんな風に見える——」
「いや、疑われていたのはお前だ!」
ハリーがそう言うと、真犯人、クィレル先生は驚きの表情を見せた。いや、貴方は実際スネイプ先生のほうを疑ってたでしょ。ちゃんと後で謝っときなさいよ。とにかく、わたしがここに『転移』してきたことは気づかれなかったようだ。魔力の流れを乱さないように慎重に発動したのが幸いしたのか。
「……まあよい、どうせ君はここで死ぬのだ」
クィレルは『鏡』を探り出した。わたしは慎重にハリーとクィレルの両方を観測できる位置に移動する。攻めも守りも対応できるようにだ。しかし、『石』を本来必要としているはずのヴォルデモートの姿はどこにあるのだろうか。ゴースト的な存在になっていたとしても魔力くらい発しているはずだが、魔力探知を行ってもハリーとクィレルの二か所からしか魔力は発生していない。一つ気になることといえば、クィレルの魔力が異常に強いことだ。
「鏡を割ってみるか? いや違う……。さすが、ダンブルドアの考えることは面倒だな……」
どうやら、『鏡』の中に『石』の姿はあるものの、それを取り出せないらしい。たしかこれは望みを映すとかいう鏡だったはずだ。死者でも映るという話なので、本当にこの場に『石』があるのかすら怪しくなってきた。ここに『石』があるという情報そのものが罠だったとすれば、マクゴナガル先生の対応にも納得がいくが……。
「見当も付かん。こうなれば……。——ご主人様、お助けください!」
クィレルが『鏡』の調査を放り投げた。ご主人様、つまりヴォルデモート本人がここにいるらしい。クィレルの言葉に答える者がいた。
「その子を使うんだ——。その子を——」
思わず震え上がってしまうような、恐ろしい声だった。動揺して魔力の流れが少し揺れるのが感じられた。幸い存在を感付かれるほどではなかったらしい。
今更だが、状況はとても深刻だ。まず、風属性の魔力はさっきの転移魔法でほぼ底を尽き、二度目は使えそうにない。ヴォルデモートがハリーを殺しにかかっても、別の場所に逃がすことが不可能である以上、応戦するしか選択肢がないのだ。クィレル一人でも持っている魔力の強さからして勝てる自信がないのに、ヴォルデモートもいるとなれば絶望的だ。
「わかりました——。ポッター! ここへ来い!」
クィレルが指を鳴らすと、ハリーを縛っていた縄が解けた。言われるままに、ハリーはゆっくりと『鏡』に近づいていった。
「何が見える?」
クィレルはハリーにものすごい剣幕で迫る。ハリーに何が見えているのかはわたしも気になるところだが、『石』となにか関係があるのだろうか。
「何が見えるんだ!」
「僕が、ダンブルドアと握手をしてる。僕、グリフィンドールを優勝させたんだ!」
ハリーが言うと、クィレルは悔しそうに舌打ちをした。この言い方は、多分嘘をついている。つまり、本当のことを言うべきでないようなものが映ったわけだ。また、ここにいない誰かの、恐ろしい声がした。
「こいつは嘘をついている——」
「本当のことを言え! 何が見えたんだ!」
「私が話す——。直に話す——」
どうやら、その声は正体を表すつもりらしい。ハリーは恐怖に固まり指先一つ動かせず、もはや置物と化していた。
「でも、あなたはまだ十分に力が……」
「この為なら良い——」
クィレルはおもむろに頭に巻いたターバンをほどき始めた。まさか……! ここは一発で決めるしかなさそうだ。杖の全魔力、つまり、土、水、火の最大魔力とわずかに残った風属性の魔力を先端に送り込む。もっとも強力な攻撃手段、それはこの魔力をそのまま射出してぶつけることだ。
何秒経ったか、ターバンが地に落ち、隠されていたクィレルの頭部が明らかになった。後頭部に、もう一つ、顔のようなものがあった。どうやら、これが『ヴォルデモート』らしい。口のような切れ目が動き、声が発された。
「この有様を見ろ——。誰かの体を借りなければ、ただの影と霧にしかならない——。
しかし、それを心から喜んで受け入れてくれる人もまたいる——。
この屈辱も今日までだ。さあ、ポケットにある『石』を渡すんだ」
ポケット? 『石』はハリーが持っているのか?
……なるほど、ハリーは石を『使う』ことではなく『手に入れる』ことを望み、どういうわけかそれが現実世界に反映されたというわけか。ヴォルデモートがどうやってそれを知ったのかは分からないが、わたしの存在を言及しないということは、バレていないと思っていいのだろうか。杖にはすでに全魔力の半分が蓄積されたが、これは外部からは観測されないのか。
「馬鹿な真似はするな。命は粗末にするものじゃない。私の側につくんだ——。さもなくば、お前は両親と同じ運命をたどることになる——」
「そんなこと……。死んだ方がマシだ!」
「私はいつも勇気を讃える——。そう、お前の両親は勇敢だった。
私はまず、父親を殺した。勇敢に立ち向かってくれた——」
母親は死ぬ必要はなかった。しかし、お前を守ろうとして死んだのだ。その死を無駄にしたくないのなら、『石』を渡すんだ——」
自分で殺しておいて、なんて勝手なことを。当然ハリーはこれに応じない。それはヴォルデモートも分かっていたことであり、すぐにクィレルに指示を出した。同時に、全魔力が杖先に圧縮され、発射準備が整った。
「捕まえろ!」
クィレルがハリーに飛びかかった。その手がハリーの体に触れた瞬間、杖から放たれた真っ白に輝く光線がクィレルを撃った。クィレルは吹き飛ばされ、部屋の硬い石壁に打ち付けられた。反動でこちらもひっくり返って尻餅をつく。
「だっ……誰だ……」
「アルーペ!? なんで!?」
……予想していたよりずっと強烈な威力だった。戦闘以外に使い道がないので当然これが初使用だったのだが。
ヴォルデモートが長話をしてくれたおかげでもっている全ての魔力を放つことができた。冷静に考えれば、それを整流なしに一度にぶつけたのだから、壁に穴が空いていない方がむしろ不思議ともいえるのか。不意打ちの攻撃をここまで軽減させることができるクィレルは、決して並みの魔法使いではなかったのだろう。
しかし、クィレルのハリーに触れた方の手がひどくただれているのはどういうことなのだろうか。さっき放ったのは単なるエネルギーの塊で、そんな小細工をした覚えはない。ハリーが額を抑えてのたうち回っているのも関係しているのか。
「はやく、捕まえろ!」
ヴォルデモートはこれでもなおクィレルに言い続けた。命令通りにクィレルが地を這ってハリーのほうに向かおうとしたので、もう一度杖を振り、ハリーを縛っていた縄を巻き付けて動きを封じる。
こんどこそ諦めたのかクィレルが動かなくなると、白い霧のような塊が後頭部から出現し、壁をすり抜けてどこかへ消えていった。あれがクィレルに寄生していたヴォルデモートの本体なのだろうか。これと同時に、クィレルの皮膚の炎症もその勢いを緩めた。
おそらくこれで脅威は去ったのだろう。そう思ってハリーの様子を伺おうとしたが、また別の気配があるのに気がついた。それは強い魔力を放っているようで、その方向に杖を向けた。
「まだ誰かいるの?」
「これこれ、こんな老いぼれをあんなふうにしたら、骨が粉々になってしまうよ」
「——ダンブルドア校長、いつからいたんですか?」
目の前に現れたのは、魔法省からの呼び出しでロンドンにいるはずのダンブルドア校長だった。ダンブルドア校長はとぼけるように「さて、いつからだったかのぉ」と答え、続けて質問を返してきた。
「君こそ、どうやってここに来たのかね?」
「うーん、どうやったんでしたっけ」
反射的にダンブルドア校長と同じ返し方をしてしまった。ミーティスのことを教えてもよいかどうかはまた改めてじっくり考えることにしよう。マクゴナガル先生と違ってこの人はなんというか、裏がありそうなのだ。ダンブルドア校長は何も言い返してこなかった。
「——この人は、クィレル先生はどうなるんですか?」
「……かわいそうな教師じゃ。が、わしにはどうすることもできん。魔法使いの監獄——アズカバンで、自分の罪を後悔し続けることになるじゃろう」
クィレルのほうを見たが、その場で意識を失っているようだった。そして、先ほどまで放たれていた強力な魔力——恐らくヴォルデモートのもの——は感じられなくなり、とても弱々しいもののように見えた。
続けて、ハリーに目をやった。こちらも気を失っていた。そういえば、『石』はこのポケットの中にあるんだったか。杖を振ると本当に『石』が出てきたので、ダンブルドア校長との間に浮かばせた。
石からは強力な魔力が発生していて、全ての属性の魔力が一瞬にして満タンになった。なんとも美しい。無意識のうちに、片手でカメラを取り出してその真っ赤な姿をフィルムに収めていた。
「これ、どうすればいいんだろう?」
「壊してしまうよ」
「えっ、でも、そしたらニコラス・フラメルさんは——」
「随分、しっかり調べ尽くしたのじゃな」
ダンブルドアの反応は、なぜか嬉しそうであった。
「ここに置く前に、よく話し合った。死ぬ準備をするだけの『命の水』を蓄えているよ。
——きちんと整理された心を持つ者にとっては、死とは次への大いなる冒険に過ぎないのじゃ」
死は『大いなる冒険』か……。わたしやキキちゃんはすでにそれを一度体験しているということになる。ダンブルドア校長の視線が、なぜか妙に難しいものに感じた。
回復したばかりのありったけの魔力を杖先に込め、『石』に向けて飛ばした。錬金術の集大成は、砕け散ってその効力を失った。
何日か経って、学年末パーティーがやってきた。わたしたち一年生にとっては初めてのものである。すでに賑やかな声が聞こえる大広間へ入ると、そこは銀色と緑色、優勝したスリザリンの色で飾り付けられていた。まもなくダンブルドア校長が現れると、ざわめきは大人しくなった。
「また一年が過ぎた! さて、君たちの頭の中の、ここで学んだ役に立つこと立たないこと。それが全て空っぽになる夏休みがやってくる!
それでは、ここで寮対抗杯の表彰を行う。点数は次の通りじゃ。
四位、レイブンクロー、三五二点!
三位、ハッフルパフ、四二六点!
二位、グリフィンドール、四五三点!
一位、スリザリン、六三三点!」
なんということだろうか。一位と二位の差、実に二百点弱。確かにクィディッチではハリーの代わりにキキちゃんが出たおかげでチェイサーが一人欠けつつも優勝はできたが、それでいてこの結果である。スリザリンの机で、ドラコ・マルフォイが喜んでいるのが見えた。
「よしよし、よくやった。だが、つい最近のことも勘定せねばならんじゃろう」
一変、スリザリンの歓声が静かになり、その顔から笑顔が引いていった。今回のハリーたちの活躍は、『秘密』になっていた。つまり、城全体で共有されているのである。
「駆け込みの点数をいくつか与えよう。
まずは——ロナルド・ウィーズリー! 最高のチェス・ゲームをありがとう! グリフィンドールに四十点を与える!」
今度は、グリフィンドールから歓声が上がった。
「次に——ハーマイオニー・グレンジャー! 炎に囲まれながら、冷静な思考力を発揮してくれた! 四十点を与える!」
ハーちゃんがこちらへ飛びついてきた。
「そして——ハリー・ポッター! アルーペ・ミーティス! 並外れた勇気と、力強い魔術に、それぞれ五十点を与える!」
グリフィンドールの歓声はますます激しいものになった。そして、このうちの何人かは、グリフィンドールがスリザリンと同点まで上り詰めたことに気づいただろう。
「勇気にも色々ある」
校長が続けると、スリザリンの席から息を飲む音が聞こえてくるようだった。
「敵に立ち向かうのは大変な勇気が要る。しかし、味方に立ち向かうのはもっと勇気が要るじゃろう。そこでネビル・ロングボトムに十点を与える!
そして、渡邉桔梗! 直接の戦いではなかったが、その頭脳と発想力で親友を救った! 十点を与える!」
校長が一息で言い切り、グリフィンドールの席は爆発のような歓声に包まれた。キキちゃんがこっちを見て固まっている。
……どういうことだ。キキちゃんは確かにいろいろと助言をくれたし、この結果がキキちゃんなしには得られなかったものなのは紛れもない事実だが、ダンブルドア校長にそれを話した記憶はない。一体どこまでお見通し何だろうか、あの爺さん。まさか、ハリーの杖に細工をしたのもバレているというのか。そういえば、あれ以来『球』からの信号が来ていない。こっそり回収しておくつもりだったが、これはつまりそういうことなのだろう。
「わしの計算が間違っていなければ、飾り付けを変えねばならないのぉ」
蛇は獅子、緑は真紅に、銀は金へと変わった。生徒からの熱気も合わさり、それはもはや暑苦しいほどだった。
ホグワーツ特急の最後尾。キキちゃんと二人きりで今年を振り返っていた。決して転移魔法で一瞬で帰れるということを忘れたわけではないが、何故だか今回はゆっくり列車に揺られたかった。
「この一年、やけに色々なことがあったわね」
「そうだね……。一年前、まだわたし達はお互いの存在すら知らなかったんだよね。こういうのを運命っていうのかな?」
「あたしは運命ってのは自分で決めるものだと思うよ。一つ一つの行動が、直接ではないけどその未来を作っていくって……。ロマンチックすぎるかしら?」
「ううん。言われてみると、そうかもしれないって思う」
もしも自分が、この学校に来ることを『選んで』いなかったら。この杖の魔力の四分の三は、ただの使えないゴミだったのだろうか。いや、そもそもこの『杖』も、無意識とはいえ自分で『選んだ』ものだったか。その時すでに、こうなる『運命』が確定していたのだろう。
そして、この先の『運命』も、無意識のうちに自分で『選んで』いくものだと言える。
なんとなく、外に広がる田園風景を写真に撮る。すぐに杖を振るって現像すると、『石』の写真を撮っていたことも思い出した。
「そんな写真も撮ってたのね。その後、壊したんだったかしら?」
「うん。思いっきりね。その魔力をくれたのはこの石自身だったりするんだけど」
皮肉な話だね、と笑ったが、キキちゃんは表情を崩さなかった。
「……ねえアル、ヴォルデモートはいつか復活するんでしょう? あたし、今回は何も……」
どうやら自分の力に不満があったようだ。ダンブルドア校長が言うように『発想力』ではとても助かっていたのだが、それとは違うと言いたいのだろう。気持ちはとても理解できる。
「……キキちゃんの手助けになる何かがあれば、探しておくよ」
「ありがとう。でも、アルも色々やるべきことがあるんでしょう?
もちつもたれつ、よ。あたしも手伝うわ」
しばらくして、ハーちゃんがコンパートメントにやってきた。かた苦しい会話をやめ、談笑の世界に浸っていると、マグルたちのいるキングス・クロス駅へはあっという間だった。
大量の生徒が九と四分の三番線から一斉に二番、三番ホームの柱から出てきてしまってはマグルに気づかれてしまうので、駅員が数人ずつに分けて外へ送り出しているようだった。そのせいで、ホームはそれを待つ客でごった返していた。
しかし、自分の番が回ってくるのを待つ必要はない。適当な場所で杖を振ると、周りの風景は既にキングス・クロス駅ではなく自宅の庭だった。
「いつ来てもらっても大丈夫だよ。アリスかわたしか、どっちかは絶対いるから」
「それじゃ、遠慮なく。アルが来るときは一応連絡ちょうだいね」
「了解ですっ!」
キキちゃんは名残惜しそうに魔法陣の輪の中に立ち、日本へと消えていった。
玄関の方に振り返ると、ちょうどアリスが出迎えに来てくれたところだった。しかし、その様子はいつもの冷静さを失い、慌ただしいように見えた。
「お帰りなさいませ、アルーペ。あの、すぐにお伝えしなければならないことが……」
とりあえず、一巻分終了。平和に終わりましたが、アルさんは一体いつから暴れだすのでしょうか。
縛られていた(唐突)
クィレルさんの趣味らしいです(大嘘)
おもむろに
漢字では「徐に」。「徐行」の「徐」。「急に」という意味ではありませんよ。
魔力をぶつける
かなりの威力が出るが、コスパは悪く発射前のチャージにも時間がかかる。使える場面は限られている。
真っ白の光線
土、水、火属性がそれぞれ緑、青、赤色なので合わされば白色になります。
穴が開くぐらい
無属性含む100(二五六)のうち、三属性満タンで30(四八)、さらにその半分の18(二四)でこの威力。
全属性満タンにしたら一体どれだけの威力に……
一段落(いちだんらく)
寛容なiOSの変換でも、これを「ひとだんらく」と間違えるのは許してくれなかった。
二人きり
ジジ「……」
うp主「いやあんたは『匹』だからっ!」
ニコニコ動画でふと「アトリエ」で検索をかけたら、とあるアトリエ動画が「東方」カテゴリトップに鎮座していた。
何を言ってるか分から(略
何が言いたいかというとアトリエはいいぞ。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第二章 アルーペ・ミーティスと秘密の部屋
第0D話 あっちこっち
「お伝えしなければならないことが……」
「ええっ。と、とりあえず、中に入って聞くよ」
あの冷静なアリスがここまで取り乱しているのだ、ただ事ではないはずだ。一目散に自室に駆け込み服を着替え、調理場に飛んで紅茶を淹れ、魔力濃度の高さですぐに充填された風属性の魔力アリスの待つ大広間に転移する。
「とりあえず紅茶飲んで落ち着こう」
まるで一年弱前、マクゴナガル先生がやってきた時のようだ。自分取り乱してしまったので、ティーポットに淹れた紅茶をカップに注いですする。マクゴナガル先生のときと味は変わっていない。そういえば、先生は紅茶を浮かせて『あっちの世界』の魔法を見せてくれた。
懐かしみながら、アリスがこれから話す『お伝えしなければならないこと』とは何なのか考えてみた。無属性の魔力に関することか? ホグワーツについてか、記憶についてか? プラスか、マイナスか? どちらにも転ばないことか?
しばらくの沈黙の後、アリスが口を開き、答え合わせが始まった。
「アルーペ、二年生以降はクィディッチ選手でなくても個人用箒を持参できるのはご存知ですよね」
「そうみたいだけど、わたし、箒なんて持ってないよ」
予想と反し、始まったのは箒の話である。そういえば、ミーティスの魔法なしで、箒だけで飛べるようにしておきたいものである。併用してやっと、ではいつか困るだろう。それに貢献できるような話だろうか。
「先ほど、こんなものが届きました」
アリスは二枚の紙を取り出し、一方をこちらに差し出した。内容はこうだった。
『約束の箒をお作りするための調査を行うため、お時間のあるとき、この手紙を持ってお越しください。
競技用箒メーカー エラビー・アンド・スパドモア社』
全く訳がわからない。なんとかスパドモア社というのは『クィディッチ今昔』に載っていたため知っている。確かドイツの会社だったが、そんなところと『約束』をした覚えはない。そんなわたしの様子を見て、アリスは二枚目も差し出してきた。
「これが添えられていました」
その紙には、ホグワーツの正式な文書であることを示す印が押されていた。何の騒ぎだというのか。内容を読んでみる。
『ホグワーツ魔法魔術学校
副校長 ミネルバ・マクゴナガル
親愛なるミーティス殿
エラビー・アンド・スパドモア社からの手紙一件を「然るべき生徒に渡してください」との表記に従い、安全を確認のうえで転送、送付いたします。
敬具』
余計にわからない。何故自分が『然るべき生徒』なのだ。箒など貰ったところでまともに使えそうにない。
マクゴナガル先生による独断? いや、あの先生はそんなことをする人ではない。
では、この会社とミーティス家が過去に何か関わっていた? なるほど、それはあるかもしれない。ミーティスの魔女だって箒で飛びたいと思うことはあるだろう。しかし、仮にそうだとしてもマクゴナガル先生がそれを知っていることがあるだろうか? いや、確かに去年ここに来たとき先生はこの家のことを知らなかったはずだ。
「何か分かること、ありますか?」
「ううん。その逆。何もわからない」
「……魔法的な何かも、無いでしょうか?」
そういえば、文面しか確認していなかった。魔法的な何か。それもマクゴナガル先生に感じ取れるもの。もしかしたらあるかもしれない。物は試しと、杖の無属性の魔法……があるはずだった宝石に意識を集中し、波長を合わせる。
すると、ぼんやりと、これはわたし宛である、という意識が頭に流れ込んできた。とても曖昧だが、確かにこれには自分のもとに届くべきだという情報が記されている。
「『あっち』の魔法で記録されてるね。宛先は間違ってないみたい」
「では、このなんとか社に行くのですか?」
「行ってみて損はないかもね。オーダーメイドしてくれるみたいだし、少しは安定して飛べるようになるかも!」
行ってみても良いのだが、それにはひとつ問題があった。当然、自分はドイツになど行ったことはない。シュヴァルツヴァルトにあるのは本に書いてあったので分かるが、詳しい座標もわからない。
つまり、選べる移動手段は三つだけ。その場所を知っていてかつ『付き添い姿くらまし』ができる者に連れて行ってもらうか、どうにかして自力でたどり着くか。あるいはマグルの交通手段を使うか。
自力で、はあまりにも無茶である。直線距離で五、六百キロメートルはあるうえに、ドーバー海峡を越えないといけない。全力疾走のキキちゃんの箒に乗せてもらっても、二時間以上かかってしまう。常に全力というわけではない数十分のクィディッチの試合でさえ疲れているのに、そんな長距離飛行は酷である。
海峡を越えるだけなら転移魔法でいけるかもしれないが、フランスからの道のりも遠いだろう。
では、『付き添い姿くらまし』ができる知り合いは——ホグワーツの先生ぐらいしかいない。『煙突飛行ネットワーク』でも使えば会いには行けるだろうが、休暇中に尋ねるのは迷惑だろう。
「ん? 煙突飛行ネットワーク?」
そうだ、それだ。煙突飛行ネットワークは、ネットワークに接続された暖炉から、ほかの暖炉まで移動できる仕組みだ。使い方は簡単で、特殊な薬を入れた暖炉の火の中に入り、行き先を唱えるだけ。
魔法界の会社なら、ネットワークに接続されているのはほぼ確実だろう。もっとも、自宅のものは接続されていないので、ダイアゴン横丁かどこかで暖炉を借りる必要があるのだが。
「そんなものがありましたね。一番手っ取り早いでしょう。
しかし、噛んだり言い間違えたりしては出る場所が変わってしまうことがあるそうです。この社名、かなり読みづらそうですから、練習した方が良いのではないでしょうか」
「そうだね。えらびー、あんど、すぱどま、いや、すぱどみゃ、違う、すぷ……。うん……」
ゆっくり言えば問題なさそうだ。そう思っておこう。既に夕陽が沈もうとしているので、明日の朝にでも向かうことにするか。時差はドイツが一時間早いが、気にするほどでもないだろう。
そんなことを考えつつ、わたしは久々の何もない時間を過ごした。森を抜ければ知り合いもいるが、ここにいる限りでは会話の相手がアリス一人しかそばにいないというのは、少し寂しい気もした。
*
翌朝、庭にある魔法陣に手紙を放り込んだ。内容はドイツに行ってくるから来ても会えないよ、ということで、当然宛先はキキちゃんである。魔法陣での転移魔法なら、モノだけでも送ることができる。今思うと、煙突飛行ネットワークと酷似したシステムだ。
「何かあったらアリスに言うように頼んであるから、お留守番よろしくね」
そう言い残し、まず自らの転移魔法でダイアゴン横丁へと向かった。マグルの世界とこの通りを繋ぐ『漏れ鍋』という酒場があり、そこになら暖炉があった気がする。
特に意識していなかったが、転移した先はグリンゴッツ銀行の前であった。キキちゃんと出会って、はじめて共に訪れた建物だった。この休みではキキちゃんの役に立つ『何か』を見つけたい。振り返り、朝の静けさを残す通りを巡って漏れ鍋へと到着。
店主の老人トムは、朝っぱらからの若い客人に驚きを示したが、煙突飛行ネットワークを使いたい、と申し出ると快く暖炉を貸してくれた。
夏だというのに燃え盛る暖炉に、エメラルド色に輝く粉、
この中に入って、行き先を唱えなければならない。見かけほどは熱くないようだが、しかし熱気はある。酸素の濃度も薄く、正常な思考を妨げるようだ。一刻も早く、移動した方が良いのだろう。
「エラビー・アンド・スパドモア社!」
言えたっ!
そう思ったのもつかの間、移動が始まった。配水管の中に無理矢理押し込められて流されているような、『姿現し』と似たような感覚だ。視界はめまぐるしく変化し、時間の経過が分からなくなる。
気づけば、一人の男の前に放り出されていた。
「ようこそスパドモア社へ。社長のエイブル・スパドモアだ。その手紙を持っているということは、貴女がミーティスさんですな?」
「あっ、はい、アルーペ・ミーティスです」
相手はこちらの家名を知っているようだが、名前までは知らなかったらしい。こちらからの面識はないのだから、当然といえよう。そのことはエイブルさんも承知しているようだった。
「いきなりお呼びして驚かせてしまったかな? 実は、私も詳しくは分からないんだ。まあ、そこにおかけになってくだされ」
言われるまま、来客用の椅子と思われるそれに腰かけた。自宅以外でこういったものに座るのは初めてだが、おもてなしの心なのか、とても座り心地が良い。改めて自分が放り出された部屋を見渡してみると、箒を作る工房のようだった。しっかりとした石造りで、何年もこの場所を守り続けて来たことがうかがえる。
エイブルの話はこうだった。何百年も前のある日、スパドモア社の前身である一人の職人のもとを、一人の魔女が訪ねてきた。そして、ふわふわと浮かぶ石を取り出すとこう言ったという。
「この『グラビ石』の技術をお教えしますから、その代わり、弊家の魔女がそれを必要とした時、箒を作ってやってください」と。その魔女によると、『必要とする時』は、その技術を継承していけば分かるように魔法をかけたらしい。
エイブルは何のきっかけもなくこの『約束』の存在を思い出したらしく、それはこの魔法のの効果だったのだろう。
「でも、なんでわざわざ、ホグワーツを通して、それもあんな分かりにくい表現で……」
「分からない。何故かそうした方がいい気がしたんだ。感覚に従うなら、徹底的にそうするべきだと思ったのでね」
いまいち納得できる理由ではないが、結局は正しいところに行き着いたのだから、これ以上追求する必要もないだろう。そう飲み込み、話は本題へと入っていった。
「それで、箒を作ってくれるってことですが……。わたし、箒はすっごく下手で……。——わたしなんかで良いんでしょうか?」
「ああ。約束だからな。幸いにも、我が社では現在『最強の競技用箒』の極秘プロジェクトが進行中でね。それの試作も兼ねて、性能は徹底的に追求しよう。今回は特別に君に合わせて作るから、量産品のそれよりも力を発揮できるかもしれん。
そうそう、このことは一切他言しちゃならんぞ。『極秘』のプロジェクトだからな」
「は、はいっ……! ありがとうございます!」
『最強の競技用箒』を作ろうという者が、自分に合わせて箒を作ってくれる。なんと頼もしいことだろうか。
早速、裏庭のようなところに案内され、箒を渡された。それで飛ぶ様子を見て、わたしの飛行能力のバランスを確認するという。建物の周りはトウヒの木で埋め尽くされた森林が広がっていた。この地域がシュヴァルツヴァルト——『黒い森』と呼ばれる所為だ。
渡された箒に跨ると、すでに学校の『流れ星』とは格が違うことが感じられた。
しかし、下手なものは下手である。およそ安定感があるとはいえないわたしの飛び方を見て、エイブルは苦笑している。箒だけで飛べるようになるのが理想なので、ミーティスの魔法による補助は用いなかった。箒に捕まっているだけでも精一杯だった。
エイブルは飛び方を見ながら、紙に何か書き込んでいるようだった。このとても人様にはお見せできない惨状を見て、何かわかることでもあるんだろうか。一分ほど経って、降りてくるように合図があった。気を抜くと、箒はこれ以上乗せていられるか、とばかりにほぼ真っ逆さまに地面に向かった。
「こんなんで、大丈夫なんでしょうか……?」
「大丈夫だ、問題ない。一度、今回得た情報をもとに箒を作る。それでもう一度試運転をして、さらに調整を加えようと思う。一週間ぐらい経ったら、また来てくれ」
どうやら後日また伺う必要があるらしいので、転移魔法の目印となる魔力の塊を設置しておいた。
一言お礼を言い、転移魔法で姿を消す。煙突飛行で来たのに転移魔法で帰るのはよく考えれば不自然であったが、まあ大した問題ではないだろう。
帰宅してすぐ、アリスに報告をした。
「ここまでくると、もう何がわかっても驚かないんじゃないかって思えて来るよ……」
「アルーペにとって悪いことではないのですから、良いのではないでしょうか。箒で空を飛ぶなんて、いかにも魔女、って感じじゃないですか。魔女らしいアルーペも見てみたいと思います」
「ほんと?」
魔女らしい、かぁ。たしかに、杖から光線を放つのも魔女らしいといえば魔女らしいが、あまりフレンドリーな魔女とはいえなさそうだ。キキちゃんだって、その世界での魔女はもはや空を飛ぶことぐらいしかできなかったと言っていた。
キキちゃんといえば、今年の夏は、やることが盛りだくさんだ。こんな時、アリスはとても頼りになる。さっそく、『友人の力になる何か』はないか、とアリスに尋ねた。
「確か、クリスマスに別のご友人から魔法の参考書を貰っていませんでしたか?」
「そういえば、ハーちゃんからもらったね。でも、わたしにはちょっと難しくて……」
側から見ればわたしの魔法の腕は優れているようにも見えるかもしれないが、それはミーティスの魔法によりバリエーションが増えていてそう見えるだけだ。ハーちゃんと比べれば、単純な腕では劣っているかもしれない。
そして、それはキキちゃんも同じだ。そんなに難しい魔法を使いこなせそうには思えない。アリスもそう察したのか、別角度の提案を追加してくれた。
「では、ご友人さんの強みを活かせるような魔法を作るというのはどうでしょうか。ちょうど、エイブルさんが作ってくれるという箒のように」
「なるほど! でも、キキちゃんの使える魔法が、わたしに作れるかな……。『こっち』の魔法ならできないこともないけど……」
「似たようなものなんじゃないですか? 『こっち』の魔法の自作だって、独学でやってのけたじゃないですか」
いや、違う。たしかに自分は魔法の自作をやってのけたが、一番頼りにしたのはアリスである。アリスは自分よりこの魔法を理解しているのではないかと思うほど、的確で正確な助言をくれた。今は亡き母親としての役目を、しっかり受け継いでいたのだ。
しかし、今回の件では残念ながらアリスの助言が得られる可能性は皆無。記録の限り、ミーティスが初めて挑む魔法なのだ。たとえ母親が生きていても、自分と同じゼロからのスタート。多少効率がいい程度だろう。
それに、『こっち』の魔法の自作は、近代化により効率化された状態でのものである。ミーティスの魔法はその性質上、不思議なほどコンピューターと相性がよかった。簡単な試験程度なら、仮想空間で行えるのだ。対し、これから挑もうとしている魔法はあまりにも抽象的なもので、コンピューターでの処理どころか文字に表すことさえも困難である。全て、己の頭の中で完成させなければならない。
悩んでいると、アリスは突然言った。
「アルーペ、ミーティス家の魔法がどういうものであるかはご存知ですね?」
「どういうもの、というと……?」
「世界中の魔法を『取り込む』ことで発展した、ということです」
「あぁ、うん、知ってるよ。でも、最近では全く、って……」
「アルーペがその技術を復活させるのです」
「えっ、ど、どういうこと?」
いまいち話がつかめない。キキちゃんのためにキキちゃんの長所を活かした魔法を作りたい。でも、ミーティス家以外の魔法は作れそうもない。そういう話だったはずだ。その魔法をミーティス家のものにする技術では、逆ではないか。
「『あっち』の魔法をミーティスの魔法にできる、つまり、無理矢理にでも論理的に解釈できるようにするのです。
これができるなら、逆は簡単なはずです。ミーティスの魔法として作って、『あっち』の魔法に変換して、ご友人に教えることができます」
アリスは解説してくれたが、分かったような、分からないような。とりあえず、『あっち』の魔法を作るには、それを『こっち』の魔法と相互に変換できるようにするのが一番楽なようだ。
もっとも、比較的楽であるというだけで、それは簡単なことではないだろう。少なくとも、それに役立つ情報はここの書物にはなさそうだ。
「じゃあ、ホグワーツの図書館でそういう本を探してこないとね。あるのかどうかすら怪しいけど……」
とりあえずは目先の課題を終わらせてしまおう。予定表の翌週のマスに、『スパドモア社訪問』と書き込んだ。
ミーティス家ばかりかアリスさんの謎までが深まるD話でした。
必ずアルとセットのティーカップ
特に意図があってこうしている訳では無いのですが、ハリポタ二次創作のオリ主ってだいたい紅茶に厳しいですよね。まあイギリスが舞台なので当然といえば当然かもしれませんが。
無属性に意識を集中
いわゆる互換モード。魔法的な感覚を魔法界のものと合わせる感じです。
シュヴァルツヴァルト
ドイツ南西部に位置する地域。トトリのアトリエのシュヴァルツラングさんを思い出した。同じドイツ語ベースですしね。
ドイツの会社にしたのはかっこいいから。それだけです。(厨二病全開)
悩むアルーペ
交通手段を考えますが、これはうp主の脳内そのままです。煙突飛行ネットワークの存在を忘れていたのも含めて。
ドーバー海峡
1993年に鉄道用海底トンネルが開通しますが、この時点では1991年なので船、飛行機以外で渡ることはできません。
二時間以上かかる
キキならファイアボルトと同じ240km/hぐらいは出るんじゃないかな。
ちなみに原作では満月が昇るころから翌日の日の出までぶっ続けで飛んでます。そう考えると普通に飛ぶだけなら二時間なんて余裕ですが、アルーペはそれを知らないので、ということで……。
漏れ鍋
2巻相当めにして初登場。一応アルさんも過去に行ったことはあります。
酒場兼宿屋。まさしくRPGのそれですね。ユーディーのアトリエでは10000コールで永久使用権が手に入り、解約時には5000コール帰ってくるというぶっ壊れシステムでしたが。
グラビ石
ふわふわと浮いているウソみたいな石。
アトリエシリーズでもこれを使って空飛ぶ箒を作ることができます。そっちでは採取地で拾って手に入れますが、今作では、アルのご先祖さんが作ったことにしました。
極秘プロジェクト
これによって作られたのが「アレ」です。実際に作ったのは息子のランドルフ・スパドモアだとか。
分かる人には分かるんじゃないかな?
ミーティス家の魔法
アリス「あらすじ読め」
眠い。誤字があれば報告お願いします。
アルにまともな飛行手段をあげる、ただそれだけだったんですが、偶然にもあの箒と関係してたり、この先のストーリーに繋げることもできたり……。書いてみると色々と面白いものです。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第0E話 鳥になった私
「これが、君に合わせて作った箒だ。先週も伝えたが、今からこの箒で、もう一度試運転をしてもらう。微調整をすれば、君だけのために作られた、世界にたった一つの箒の完成だ」
あれから一週間、ドイツ・シュヴァルツヴァルト自信満々、といった様子のエイブル・スパドモアから箒を受け取る。世界に一つ——なんとも魅力的な響きである。その柄はハリー・ポッターの使っていた『ニンバス二〇〇〇』よりもなめらかで、すっきりしている。エイブルさんの話によると、ダイヤモンドを使って手作業で研磨しているらしい。
ふと柄の先端を見ると、「1」の数字が刻印されていた。
「これ、何ですか?」
「あぁ、製造番号だ。これも、手作業で彫り込んでいる」
「えぇっ! じゃあこれが、その箒の『一番目』……?」
「その通り。名前はまだ教えられないが、量産品が発売されたら、ロゴが浮き出てくるような仕掛けをしておいたのでね。楽しみにしていてくれ」
なんということだろうか。製造番号『一番』。これが箒でなくとも、職人の手で作られたその『一番』の価値は、おそらくマグルの世界であっても変わらないだろう。そう意識すると、この手にある洗練された箒が、まるで純金のようにずっしりしているような気がした。無論、その飛行性能のため実際にはとても軽いのだが。
「私からの、ちょっとしたサプライズだ。本来、一ケタは欠番なんだがね。特別な時だけ、使うことにしたんだ。……さあさあ、最後の仕上げに協力しておくれ」
言われるがまま、その『一番』にまたがった。マダム・フーチが飛行訓練のとき言っていたように、地面を軽く蹴る。すると、芝生の生えた地面が押し下げられた。否、箒が、わたしが、浮いた。
「すごい! わたし、飛んでる!」
何もすごいことは起きていない。ただ、魔女が箒で飛んでいるだけだ。しかし、わたしにはそれが特別だった。自分はたった今、陸から離れ、空の自由を手にしたのだ。
「どうだね? その『一号』は」
「最高です! わたし、こんな……。ありがとう、ございます……!」
「——実は、君みたいな人は珍しくはないんだ。ニンバスやら、コメットやら……。そんな量産型の箒を持って、私のところにやってくる。
もちろん、その箒を捨てて我が社の箒を買えとは言わない。たとえ他社製品でも、私はそれにチューニングを施してやる。
すると、みんな君みたいな顔をして、嬉しそうに飛んでいく。それで、私まで嬉しくなってくる。これはやめられないよ——」
*
「おかえりなさいませ、アルーペ。
……箒は上手くできたのですね。良かったです」
飛んだまま『転移』して自宅に戻ると、アリスが待ち構えていた。わたしは地面にそっと降り立った。うむ、実に魔女っぽい。箒を担ぎ上げ、『袋』にしまい……。あれ?
「どうかしましたか?」
「あれ? この箒……」
たった今しまったはずの箒を再び取り出し、その箒に、いや、その周りの『空気』に目をやる。そして、わたしは見た。
「この箒も、魔力を貯めているみたいだね」
見た、というのはもちろん光学的にではない。魔力が、箒に吸い込まれ蓄えられていく魔力が、『感じられた』のである。
「それはつまり、杖のように、ですか?」
「うん。でも、風属性だけみたい。そっか、『グラビ石』を使ってるって言ってたもんね」
ミーティスの技術で作られたそれを使っているなら、同じ種類の魔力を使っていても何もおかしなことではない。しかし、これは……。
まさかね、とつぶやきつつも、箒をしっかり握り、数メートル先に『転移』を試みた。——成功した。
アリスもすぐにこの意味を理解した。先ほど転移魔法を使ったばかりで、杖にはほとんど風属性の魔力が残っていなかったはずだ。それなのに、この状況では連続して二回目のそれを発動できた。つまり、この箒の魔力を使っても魔法が行使できるということだ。
転移魔法一回ぶんほどしか容量はないが、飛行での魔力の消費は供給を下回っているため、よほど魔力の薄い空間でない限り、全て使い切っても飛べなくなる心配はない。
「また、思わぬ利益を手に入れましたね」
「なんか不思議だね。まあ、いつもいちいち箒を出してる余裕があるとは限らないし、無属性魔力の対策を忘れていていいってことじゃないんだけどね……」
使える魔力が多くて困ることはない。対策をした後も無駄となることはないだろう。
それにしても、思っていたよりミーティスの魔法は世界中で活躍したりしているのかもしれない。暇があれば、それを探して旅でもしてみようか——。
*
さらに一ヶ月ほどが経った。魔法嫌いのマグル、ダーズリー一家に監禁されていたハリー・ポッターが、ロンとフレッド、ジョージ・ウィーズリーの手によって救い出されたことなぞ露知らず、わたしは自宅の書物を読みあさっていた。
転生のこと、杖に魔力を供給する方法、過去の他の魔法族との交流、特にホグワーツとのこと、このどれか一つでも見つかればいいのだが、今のところ役に立ちそうな資料は皆無である。どうやらあまり書物に記録を残すという文化がなかったらしい。しかし、どこかに必ず記録が存在するのが世の常であると思うのだが……。
一旦打ち切りそろそろ昼食を食べようか、というとき、来客を知らせるベルが鳴った。すぐに玄関へと直行、そこに立っていたのは箒(に含まれると判断されたデッキブラシ)を持ったキキちゃんだった。
「アルが新しい箒を手にしたって聞いてね。やっと暇ができたから来てみたのよ」
「いらっしゃい。ごめんね、お昼まだなんだ。ちょっと待っててね」
「分かったわ。あたしはさっき夕食を済ませたところよ」
「夕食……? あぁ、そっか」
一瞬面食らったが、すぐに時差の存在を思い出す。イギリスでは昼間だが、日本ではとっくに日が沈んでいるのだろう。つまり、時間を忘れてここにずっといては日本で寝る時間がなくなるということでもある。時差ぼけ解消の魔法がかかっているとはいえ、肉体的な疲労を無しにできるほど強力なものではない。
とりあえずはキキちゃんを応接間に通し、自分はさっさと昼食を済ませてしまうことにした。向こうで日付が変わるまでには返ってもらった方がいいだろう。
「アリス、退屈させちゃうからキキちゃんとお話してて」
「了解しました」
*
「アル、魔法作っちゃうんだって!? すごいじゃない!」
味わう暇もなく昼食を片付け応接間に戻って来れば、目を輝かせてキキちゃんがすっ飛んできた。どうやらアリスから話を聞いたらしい。
実を言うと、このことは秘密にしておき、いきなり完成品を見せて桔梗を驚かせる予定だったのだが。しかし、話さないでおいてくれ、と頼み損ねた自分が悪いのであって、アリスを責めることはできない。
恐らく、アリスはこの一ヶ月のことを話していたのだろう。どこまで詳しく話したかは分からないが、わたしからの説明は必要なさそうだ。
「で、折角アルもちゃんと飛べるようになったんだしさ、練習も兼ねてそのへんぶらっと飛んでみない?」
「いいね! わたしもちょっと、そうしてみたいって思ってた。……さすがにこれでもドーバー海峡は越えられそうにないけど」
箒を持って来た時点で予想はついていたが、息抜きにはちょうどである。エイブルに箒をもらってから一ヶ月、まだまともに飛んでいなかったので試運転にもちょうどいいタイミングだ。問題があるとすればマグルに見られてしまう可能性だが(少なくともホグワーツの魔法界では禁則事項である)、幸いにも視覚妨害の魔法は風属性であり、箒に溜まっている魔力を使える。
時計に目をやると、午前十一時。日本ではもう日が沈んで午後七時であるが、まだ時間は十分にある。
「それじゃ、行ってくるね」
「行ってきます!」
「行ってらっしゃいませ。お気をつけて」
キキちゃんは並んで空へと舞い上がる。あっという間に、自宅は豆粒のような大きさになった。もっとも、魔法で内側だけ拡張しているので、もともとたいした大きさではないのだが。
もうすこし上昇すると、自宅敷地の防衛魔法の範囲外となった。環境の制御から外れたことで、空中の風が地上よりもはるかに強いことを思い出すことになる。法律上はこのまま大気圏の中は『敷地』なのだが、魔法はそこまでご都合主義ではないようだ。
「アル、大丈夫?」
「うん。なんとか。すごいね、鳥になったみたい!」
「嬉しそうで何よりだわ。こう、身をかがめてできるだけ風に押されないように——。そうそう、そんな感じ」
キキちゃんが基本を教えてくれることもあり、新しい箒は難なく使いこなすことができそうだ。『前世』からの箒の使い手である我が親友にして大先輩の腕は、間近でみてもなかなかのものである(それにしがみつく黒猫の方も地味にすごい)。キキちゃんは最初からこのために来てくれたのではないか、というのは考えすぎだろうか。
記念に一枚、と袋からカメラを取り出し(落とさないでよ、とキキちゃんがひやひやしていた)、自宅のほうに向けてシャッターを切った。左手は箒に添えたまま。
「片手で五百ミリ、ぶれちゃったかもなぁ」
「さすがに、両手を離すのはもっと慣れてからにしてね……」
さらにそこから離れると、自宅とそれを囲う森は急に視界からふいに姿を消した。遠くまで見渡しても、あるのはマグルの住宅街だけである。キキちゃんが驚いているようなので、あの空間は無害な訪問を目的とする人がそこに近づいたときにしか認識できないようになっている、と説明した。ちょうど、ダイアゴン横丁のマグル避けと似たようなものか。
段々と建物が増えていき、まもなくキングス・クロス駅が眼下に現れ、ホグワーツでの生活の始まりを思い返すことになった。とりあえずは、ここで一旦引き返すようだ。自宅の方角は、その魔力を探知することで分かるので、帰りはわたしがキキちゃんを先導する。
こんどは、少し速度を上げる練習を兼ねての飛行。速ければ速いほど、その制御は難しくなる。しかし、流石は最高級を名乗る箒だけあり、それはあまり苦にならなかった。自分が制御し損ねても、箒の方が勝手に行きたい方を向いてくれる、という具合である。まっすぐ戻ったため、往路の半分ほどの時間で到着した。
「ありがとう、キキちゃん」
「えっ? あたし、お礼されるようなことなんて……」
「おかげで、だいぶちゃんと飛べるようになったよ。——わたしも、キキちゃんのためにしっかり勉強しないと」
「……じゃあ、楽しみにしておくわ。あんまり無理はしないのよ」
再び応接間に戻り、ホグワーツのこと、ここ一ヶ月のこと、魔法のこと、久々に話に花を咲かせていると、アリスが手紙を持ってやってきた。手紙は三通あり、二通はホグワーツから、もう一通はハーマイオニーからだった。
「ありがとう、アリス。えーっと、なんでホグワーツから二通?」
「片方はあたし宛てみたいね。どうしてここにいるって分かったのかしら」
ふくろう便の驚異的な追跡力はともかく、その手紙の内容は例年通り『九と四分の三番線』からホグワーツ特急に乗ること、新しい教科書として『ギルデロイ・ロックハート』の本を七冊買わなければならないことだった。
対し、ハーマイオニーの手紙は、ロンたちのハリー救出作戦が上手くいったか心配、勉強で忙しい、そしてダイアゴン横丁で会わないかというあんばいだった。キキちゃんのところまで郵便を送るのは時間がかかるので、そっちにも伝えて欲しい、と付け足されている。
「キキちゃん、来られる?」
「ええ。多分学校が始まるまで、特に予定はないわ」
「了解、ハーちゃんから返事が来たら伝えるね」
紙を取り出し、万年筆のキャップを外し、「二人ともいつでも大丈夫」と返事を書いた。そういえば、万年筆についても何も調べてないや——。
そんなことを思いながら窓を開けて杖を振ると、ハトのマルローネが一直線に飛んできた。決して強制的に引きつけた訳ではなく、魔法で指示を飛ばしているだけである。たまに無視されることもない訳ではない。
「マリー、ハーちゃんのところまでお願いね。最近あんまり運動してないでしょ、太っちゃうよ」
「マリーは偉いのね。うちのジジなんて、すっごく生意気なんだから……」
そうだったかな、と思い返すアルーペだが、そもそもジジを見かけたことがほとんどないことに気がついた。キキちゃんとはほとんど一緒にいるはずなのに、ジジがついて来ていることはあまりない。そのことを聞いてみると、返ってきたのは意外な答えだった。
「人見知りというかなんというか……。あたし一人のときじゃないとなかなか来ないのよね。『前世』ではそんなことなかったんだけど……」
「なるほど。警戒を解いてもらえば近くに来てくれるかな……」
ここまで言って、アルーペはこれまで当然のように受け流していた『ジジの存在』そのものが疑問を持つべきことであったことに気がついた。
「——って、一緒に転生してきたの?」
「そう。本人はそう言ってるけどね……。疑うわけじゃないけど、ほんとかどうかも分からないのよ。少なくとも、この年齢になってあんなにピンピンしてるんだから、ただの猫じゃない事は明らかよ」
自分が誰だったのか分からないよりはよっぽどマシじゃないか、とも思わないわけではないが、これは切実な悩みであることに違いない。しかし、どちらにしろ簡単に解決できる疑問ではない。先は長そうである。
*
ダイアゴン横丁に転移すると、ちょうど目の前にハーちゃんが待っていた。転移の瞬間は気付かれないようになっているので、向こうから見ればいつのまにかわたしとキキちゃんが出現していたことになる。
「おはよう、ハーちゃん」
「えっ……? あ、おはよう、いつのまにか来てたの?」
「ごめんね、びっくりさせちゃった?」
今日はウィーズリー一家もダイアゴン横丁に来ることになっているのだが、わたしたちが先着だったらしく、まだその姿は見えない。もっとも、まだ待ち合わせの時刻には十分もあるのでそれは当然とも言える。
退屈なのでなにか話題を探していると、新しい教科書の一覧をざっと見たキキちゃんがそれをくれた。
「ところで、新しい教科書、ほとんどこのギルデロイ・ロックハート、って人の本なのね。こんどの『闇の魔術に対する防衛術』の先生は、相当この人がお好きなのかしら」
「これだけ選ばれるぐらいだから、きっと優秀な方に違いないわ。もしも機会があるのなら、私、是非ともお会いしたいわ」
ハーちゃんが目を輝かせてそう答えている間、ちょうどその願いを叶える術が見つかった。
「サイン会……。ギルデロイ・ロックハート……。自伝、私はマジックだ、八月十四日、午後十二時半から……。フローリッシュ・アンド・プロッツ書店……」
「アルーペ、そんなこと、どこに書いてあるの?」
「えっと、あの人が持ってるチラシに、そう書いてあったよ」
『あの人』とは、二十メートルは離れた位置に立っている魔女だ。チラシに書かれた文字はそう大きいものではなく、普通の人間なら内容は読み取れないだろう。
「アル、目いいのね」
「魔法で多少は補助したけど、視力には自信あるよ」
「そんなことってあるのね。人間の視力は生活環境で変わるから、アフリカのほうだと六・〇とかいくのよ」
遠くを見る機会が多いそういった人々は、少なくとも健康なら視力が高いことが多い。そして、そんな人々でも都市部で暮らせば視力は一般的な程度にまで落ちてしまう。とはいえ、我々一族は『一般的な環境』に当たるはずなのだ。何故視力が良いのかといえば、それこそ魔法的な何かなのだろう。
「あはは、ハーちゃんは相変わらず物知りだね。六・〇ってどのくらいなの?」
「確か、視力一・〇が五メートル先の一・五ミリメールのものを見分けられる視力だったはずよ。六・〇なら、三十メートル先が同じぐらい見分けられるらしいわ」
「えぇっ、すごい! 魔法で補助しても、そんなにはいかないよ……。
まあ、望遠レンズ越しなら楽々だけどね!」
役に立つのか立たないのか、それは分からないが、この話題は時間を潰すには十分なものだった。まもなく、ハグリッドに連れられたハリー・ポッターとウィーズリー一家がやって来た。ハリーはウィーズリー家に泊まっていたはずなのだが、何故か別の方向からの登場であった。
話を聞いてみれば、煙突飛行での移動に失敗し、『
それぞれで買い物を済ませたのち、フローリッシュ・アンド・プロッツ書店で合流した。ちょうど、ギルデロイ・ロックハートのサイン会が開かれているところで、人だかりは店の外にまで溢れていた。
「ロックハートさん、ずいぶんと人気みたいだね。そんなにすごい人なのかな?」
「すごいわよ、彼は。なんでも知ってるもの」
「モリーさんも、ロックハートさんのファンなんですね」
わたしの言葉に答えたのは、ロンの母、モリー・ウィーズリーであった。聞く限り、それが事実なら彼の功績は確かに「すごい」といえるものだ。
人の流れに乗って何十分かが経って、ようやくギルデロイ・ロックハートの姿を目にすることが許された。カメラを持った小柄な男が、ロンの足を踏みつけながら構図を確保しようとしている。
「どいてくれ、『日刊予言者新聞』の写真なんだ」
だからどうしたっていうんだ、そうこぼすロン越しに、わたしはそのカメラを凝視して品定めしていた。カメラを持っている人がいるとどうしても気になってしまう。
「あれは……。ニコン……?」
わたしの目が正しければ、男が持っているカメラは自分のものと同じく日本製の、『普通の』カメラである。しかし、男は先ほど『日刊予言者新聞』の写真だと言った。魔法界の写真というからには——。
「あの、すいません、それで撮った写真って、動くんですよね」
「あ? ああ、当たり前だろうが。写真は動くもんだ」
仕事中に話しかけられるのはあまり気分の良いことではないのだろうが、男はわたしの問いに答えをくれた。見た目に反して、というと失礼だが、優しい人なのかもしれない。
そして、やはり撮っているのは『動く』写真らしい。マグルのカメラを使って、そんなことができるというのか。これ以上の追求は許されるか、と少し悩むが、貴重な機会だ。質問を続けることにした。
「でもそれ、カメラはマグルのだよね。魔法がかかってるのは、フィルムですか?」
「そりゃそうだ、常識だぞ。……欲しいのか?」
「えっ?」
「マグルのカメラやってるんだろ? 興味があるなら、一本ぐらいやるぞ」
唐突であった。訳も分からずそれを受け取った。しばらくその場で固まり、やっとのことでお礼の言葉を絞り出した。
そして、早速カメラを取り出しそのフィルムを装填。見た目は普通の三十五ミリフィルムだが、いつもの魔法で現像しても『動く写真』になるのだろうか。
男のほうもこちらのカメラに興味を示している様子であったが、まもなく自分の本来の仕事を思い出すことになった。
「おーい、こっちへ来てくれ! ハリー・ポッターとのツーショットだ!」
見れば、ハリーがロックハートに肩を掴まれ、捕まえられていた。
わたしと男は同時にそこにカメラを向けたが、シャッターを切るのはこちらの方が少し早かった。
それもそのはず、男のカメラは古いもので、ピントを手動で合わせる必要がある。対し、わたしのカメラはモーター駆動により自動でピント合わせをしてくれるのだ。この技術は、マグルの世界において素人が写真を楽しむことを格段に容易なものにしたんだとか。
「それは……オートフォーカス、とかいうやつか……?これがマグルの最新技術……」
「う、うん。これはちょっと古いし中級機だけど……。
Fマウントなら、オートフォーカス機でも古いレンズをマニュアルでそのまま使えるとか聞いたことがあります」
魔法界の住人がどれほどマグル製品の情報を集めることができるのかは謎だが、詳しく紹介するのには時間が足りない。
その後、このサイン会はロックハートの「私が『闇の魔術に関する防衛術』の教師だ」という重大(?)発表で幕を下ろした。無事に、といえるのかは分からないが、とにかく買い出しは終了。あとは九月一日がやってくるのを待つだけとなった。
タイトルはまた魔女の宅急便から。これはサントラじゃなくてヴォーカルアルバムですけどね。
イメージアルバムの『ナンパ通り』を、本編に合わせてアレンジしたのが『海の見える街』の後半。歌にしたのが『鳥になった私』。このへんよく間違えられます。
箒に魔力
カメラの話がありましたが、あれはモノにも魔力を充填できるという伏線でした(大嘘)
たいした大きさではない
※豪邸です
箒にしがみつく黒猫
なんで落ちないのかほんと不思議。柄に爪をグサってやってるのかな?
500mm
AF REFLEX 500mm F8。ミノルタは世界で唯一反射望遠レンズでオートフォーカスを実現しました。なおアルのα-7000ではMF限定の模様。
ハトのマルローネ
マリー「やっと出番かよ」
ジジを見かけない
うp主が忘れてるだけなのを適当に言い訳しておきました
ハーマイオニー
原作だと両親も一緒に来ていましたが、こっちのハーマイオニーは一人です。たくましいですね。
この影響でルシウスがアーサーを叩く理由がひとつ減りましたが、原作を読んでいるみなさんはどんな人かはお分かりだと思います。
そもそもカットされましたけどね。
オートフォーカス
実際にα-7000で試したら、室内ではとても使えたもんじゃないです。とほほ。
外付けストロボの補助光を使ったことにでもしておきましょう。
Fマウント
最近雲行きが怪しいニコンの一眼レフが採用していたマウント(レンズを装着する規格みたいなもの)。アルーペの言う通り、多少制限はあるものの最近のデジタル機でもマニュアルフォーカス銀塩フィルム時代のレンズが使えます。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第0F話 空飛ぶフォード・アングリア
「おはよう、アル!」
「おはよう、キキちゃん!」
晴天に緑輝くミーティス家の庭、十時三十分。キキちゃんは時間ぴったりに来た。ちょうど一年前と同じように。しかし、ここから先は一年前とは少し違った。
「結局去年と同じ時間にしたけど、やっぱりまだ早いんじゃないかしら」
「そうかもね。ちょっと休んでから行こう。忘れ物がないかも確かめておかないとね」
大抵のものは『袋』に入っているので、忘れ物の心配などは不要なのだが、とにかく我々はキングス・クロス駅への移動を遅らせた。
もしも未来を予知できるのであれば、わたしたちはすぐに出発していただろう。だがそれは『もしも』の話。結局、出発は十時五十分まで先伸ばされることとなった。
「それじゃ、行こっか」
いつものように転移魔法で駅前に移動。九、十番線のホームまでやってくると、カートが壁にぶつかる派手な音が聞こえてきた。何事か、と音のした方に駆けつけると、そこにはまるで硬い壁に突っ込んで跳ね返されたかのような格好でハリーとロンが転がっていた。周りのマグルは大騒ぎするふくろうのヘドウィグを見て動物虐待だと騒ぎ立てたりしている。
「こんなところで何やってるのかしら? あなたたち」
「分からないよ。なぜか九と四分の三番線に入れないんだ」
「入れない?」
ハリーの答えを聞いたキキちゃんは、できるだけマグルに怪しまれないよう近づき、目の前の柱に手を触れる。確かにそこには柱が存在していて、その中に入ることはできないようである。
腕時計を見てみれば、十時五十九分。あと一分以内に入れなければ、わたしたち四人はマグルの世界に置いてけぼりである。
転移魔法で九と四分の三番線に移動できないかと試してみたが、この壁を抜けた先の座標は不明。もちろん直接ホグワーツに飛ぶことはできるが、ホグワーツ特急での所要時間を考えると、それをするにはまだ早すぎる。
ガクン、と大時計の長針が動いた。すなわち、時間切れである。
「どうしよう、父さんと母さんが戻ってこられるかも分からないし……」
「——人目につきすぎるし、ここにいない方が良さそうだよ。車の傍で待ってよう」
ハリーが提案すると、ロンはハッとして表情を変えた。
「車、そうだ! 車で飛んでいけばいいんだ!」
そう言ったロンは、カートの向きを一八〇度変えると、出口のほうに戻りはじめた。訳もわからず後に続くが、ハリーは何か知っているようだった。
「ちょっとポッター、どういうことなの?」
「えっと、あんまり大きな声で言っちゃいけないんだけど、ロンのお父さんがマグルの車に魔法をかけて、空を飛べるようにしちゃったんだ」
「ちゃんと運転できるの……? 面白そうだけど、見られたらやばいんじゃ……」
正直不安だ。確か、魔法は極力マグルに知られてはいけないもので、その面前で使ってはいけないことになっていたはずである。車が空を飛んでいたら、気づくなという方が無茶だ。地上を走るにしても、ロンが車の免許を持っていないことはあまりにも明らかだ。
しかし、会話を聞いていたロンは自信ありげに振り返って答えた。
「心配しなくていいぞ、アルーペ。あの車には『透明ブースター』がついてる」
「うーん。なるほど、それなら大丈夫だね」
そこまで言うならまあ乗ってみるしかないか。ちょっと面白そうだし。いざとなれば、自分が透明化魔法を使っておけば良いだろう、なんてことを考えながら、フォード・アングリアの停まっているところまでやってきた。
「アルーペたちは後ろに乗って」
「本当にちゃんと運転できるんでしょうね、ウィーズリー」
「たぶん、大丈夫だ」
「そんな力強い車には見えないけど、どのぐらい飛べるの?」
「うーん、魔法かかってるし、けっこういけるんじゃないかな」
航続距離を問うと、ずいぶんと大雑把な答えが返ってきた。やっぱり不安だ。もしも墜落したら、わたしとキキちゃんは箒で脱出できるが、残り二人の面倒まで見切れるとは限らない。ニンバス二〇〇〇は後方の魔法で拡張されたトランクに押し込められているらしいので、ハリーも難しいだろう。
ロンはあちこち杖で叩いてエンジンをかけると、銀色のボタンを指差して、再び『透明ブースター』の紹介をした。そのままボタンを押し込むと、窓も座席もハンドルも、そして自分の身体も、全てが視界から消え去った。
「周りから見えなくなるだけでいいと思うんだけどなぁ……」
エンジンの振動はあるし、確かに座席に座っている。自分の身体もそこにある。が、視界には車の停められた道路しかない。目玉だけがそこに浮いているようである。せめて内装や同乗者くらいは見えててくれたほうがありがたいのだが。
「出発するよ」
姿は見えないが、とにかく前方からロンの声がした。
エンジンの音が大きくなり、座席に押しつけられる感覚とともに、車は『離陸』した。周りの風景が下へ下へと落ちていく。
やっぱり車も透明な方が景色が見えていいかもね、なんてことを言おうとしたが、突然眼下の風景は車の床に戻った。
「あれ、透明ブースターがいかれてる——」
慌てて杖を手に取り視覚妨害の魔法をかけるが、もしかしたらこの数秒間でマグルに見られていたかもしれない。
ロンがスイッチを叩くが、車は消えたり現れたりと安定しない。透明ブースターと格闘するうち、視界は白く染まった。厚い雲の中に突っ込んだようである。
「こ、これなら透明じゃなくても見つからないね」
「あたしたちの行くべき場所も見つからないけれどね?」
「……ちょっとだけ降りて、ホグワーツ特急を見つけないと」
再び雲の中から降りるが、眼下に見えるのはのどかな田園風景のみで、ホグワーツ特急の走る線路からは遠く離れてしまったように思われた。
「これじゃ、どっちに行けばいいのか分からないや……」
ハンドルを握る手に汗を握り、ロンは唸る。
えっと、確か一年前に列車の中で写真を撮ったとき、進行方向右側の座席でいわゆる『順光』での撮影ができていた。十一時、南中時刻の二時間前なら日光はだいたい東のほうから差していたはずだ。つまり、列車の進行方向は北側。そっちを重点に目を凝らしていると——いた。
「左に四〇度、北北西にまっすぐだね。なんとか列車が見えたよ」
「でかしたぞ、アルーペ」
「あっでも、ずっとまっすぐとは限らないから、ちょくちょく確認した方がいいと思うよ」
まあ、大した急カーブはなかったはずなのでそこまで心配することではないだろうけど。再び雲の中に入りそのまま上昇していくと、まもなく太陽のもとに晒されることになった。車が雲の上を走っている。これを魔法と言わずして何というのだろうか。幻想的な光景で、はじめのうちは面白かったのだが、単調な白い雲の繰り返しは、長く楽しむには向いていなかった。
なにか食べようにも、車内販売のおばさんはここまでは来てくれない。照りつける太陽に喉が渇いても、冷たい「かぼちゃジュース」を飲むことはできない。
「ねえ、ウィーズリー、あたしたち箒あるんだけど、特急に飛び乗ってきても問題ないわよね?」
明らかに否定を認めるつもりはない、そういう口調でキキちゃんは尋ねた。すると、その手があったかと言わんばかりに、ハリーは悔しそうに言った。
「ニンバス二〇〇〇をトランクに仕舞うんじゃなかった」
「無駄だよ。どうせ誰かがこの車を運転しなきゃいけないんだ。
——アルーペとキキはそれでいいよ。ぼくたちは何とかする」
ロンが疲れ切った声でそう言うと、突然エンジンがおかしな音を立て、車が揺れ始めた。
「あー、やっぱり四人はきついみたいだし……」
もうここに残る理由はない。キキちゃんに続いてわたしも箒を取り出しドアを開けた。が、車の飛び方が安定せず離陸(陸?)の体勢を整えるのが難しい。
「下まで距離あるし、落ちながら箒に乗ればいいんじゃないかしら?」
「ええっ、キキちゃんならできるかもしれないけど、わたしはムリだよ! なんとかここから飛ぶことにするよ、うん」
キキちゃんはためらう様子もなく雲を突き抜けて落下していった。彼女に限ってその心配はないが、もしも失敗したら大惨事である。すぐに箒に乗って雲の上に戻ってきてくれたので一安心だが、わたしも飛ばなければならない。
しばらく考えた末、確実な離陸方法を見つけることに成功した。車内で箒にまたがり、軽く足を離すとすぐに車外へ短距離の転移魔法を発動。無事に空へと解放された。車の飛び方も軽くなったぶん少しは安定したようで、ハリーたちも大丈夫そうだ。あとはわたしたちがホグワーツ特急を見つけるだけ。
——そう思っていたのだが、いざ列車を見つけて近づいてみると、そこからどうすればいいのかが分からなかった。屋根に飛び乗っても仕方がないが、窓から突っ込むのも難しい。残された入り口は乗降扉ぐらいであるが、速度を合わせて飛びながら取っ手を掴んで開ける、などというのは少し無理がある。が、ホグワーツまでずっと並走しているわけにもいかないので、無理をしてでも乗り込む必要はある。
「ねえアル、さっきと同じような感じで車内に入って、扉を開けてくれたりとかできない?」
「連続で転移魔法は……。あっ、そうだ、箒に魔力が残ってるんだった! 大丈夫、やってみる」
「無理はしないでよね」
またもキキちゃんの発想に救われた。箒に蓄積できる風属性の魔力もさっそく活かされることとなる。できるだけ目立たないように箒を列車の横につけ、速さを調節する。
転移魔法には不思議な特性があり、上下方向速度はゼロになるのに対し、前後左右方向の速度は転移先でも保存されるので、安全に車内に『転移』するには列車と全く同じ速度(『速さ』ではなく方向も加味した『速度』)にぴったり合わせる必要がある。
線路ができるだけまっすぐなタイミングを狙って、数メートルの転移魔法を発動した。この距離感覚を間違えても、知らない人のいるコンパートメントに突如お邪魔してしまうことになり危険だ。まあ、わたしの転移魔法ならそんなことはない。危なげなく廊下に『転移』した。人が少ないほうの乗降扉を開き、車内への道を開く。キキちゃんは並走する箒から横に跳んで廊下に着地した。とりあえず、これで問題は全て解決された。
「さて、どこのコンパートメントに行こうかしら?」
「ハーちゃんのところに行こう。場所はマリーが見つけてきてくれたよ。ひとつ後ろの車両だって」
誰もこのわたしたちが文字通り飛び込んできたことに気づくことはなく、それに甘んじて「最初から乗っていましたよ」というそぶりで車両を移動した。
「いち、にい、さん……。あ、いたわ」
「こんにちは、ハーちゃん!」
「こんにちはってあなた、今までどこ行ってたの? ハリーとロンも見当たらないし……」
「ちょっと、色々あってね……。えっと、そっちにいるのは——」
少し遅めの再開を果たすと、コンパートメントにもう一人、人がいることに気づいた。見れば一目でウィーズリーの子だと分かる赤毛。今年からホグワーツの、ロンの妹であるが、申し訳ないことにその名前を覚えていなかった。いや、聞いていたかどうかも定かではない。
「ジニーよ。ジニー・ウィーズリー。ダイアゴン横丁で会ったでしょ?」
「えっと、アルーペさんと、桔梗さん、でしたっけ」
「うん。わたしはアルーペ・ミーティス」
「桔梗よ。キキって呼んでいいわ」
軽く自己紹介をして、空いている座席に腰かけた。クィディッチのことやら『賢者の石』のことやら、色々と聞かれることとなった。聞くならハリーの方が良いだろう、とも思ったが、今ここにハリーはいない。
「それで、キキさん、今、兄はどこにいるんですか……?」
「ウィーズリー、って言うと紛らわしいわね。ロン・ウィーズリーは今、空飛ぶ車でスリリングな空中散歩を楽しんでいるところよ」
「スリリングな……なんですって? 空飛ぶ車って、まだ懲りてないのねっ!?」
「あの、ジニーちゃん。いろいろと訳があるんだよ。ロンを責めないであげて」
赤毛の妹は兄に全責任を叩きつけようと言わんばかりに声を荒げた。これでは兄が少しかわいそうなので、自分たちが『九と四分の三番線』に入るのを壁に拒否されたこと、何故だか車を飛ばすという発想に至ってしまったこと、そして、そこから脱出してきて今ここにいることを話した。
「結局はあの兄のせいなのね。大人しく待ってれば良かったのに……。ハリー・ポッターも巻き込まれてるんですって?」
「うん。まあ、ハリーも自分からついて行ったようなものだけど……」
「でも、すごい魔法使いだって聞いてますし、むしろ兄は運が良かったのかもしれませんね」
「『生き残った男の子』ねぇ。どうかしらね」
そんな腕利きの魔法使いと一緒にいるなら兄は安全だ、とジニーは言いたいのだろう。確かにロンより魔法の腕が上であることは間違いないが、ずば抜けて優れていると言えるかは微妙である。目の前にいるハーちゃんやキキちゃんの方が頼りになるのは確実だ、とわたしは思うのだが。
*
ホグワーツの大広間では、すでに毎年恒例の組み分けの儀式が始まっていた。しかし、グリフィンドールの席にハリーとロンの姿は見当たらない。ついでに言うと、教員席にいるはずのスネイプ先生の姿もない。
キキちゃんの反対側の隣にいるのは、すでにグリフィンドールに組み分けされたジニーである。兄の姿がないことを心配しているようだ。
「どうしちゃったんだろう……」
「スネイプがここにいないのと関係があるとしたら、捕まって説教を受けてるのかもしれないわね」
なるほど、十分にありえる話だ。どうせ今頃退学にするぞ、などという脅しでも受けているのだろう。まもなく組み分けの儀式は終了となったが、ハリーたちはついに現れなかった。
その後、どこからかハリーとロンが車に乗って『暴れ柳』に突っ込む形で登場した、という噂が流れ始めた。そしてなぜだか、寮での新入生歓迎会はハリー・ポッター歓迎会へと変貌していた。
遅れて現れたその主役を、パーシー・ウィーズリー、ジニー・ウィーズリーとハーちゃん、キキちゃん以外のほとんどが歓声で迎えた。これだけならよかったのだが、誰かが「アルーペと桔梗も途中まで一緒だったらしい」と余計なことを口走ったせいでわたしたちもこの注目を浴びることになってしまい、自分の部屋に逃げ帰るしかなかった。
新学年の幕開けは、とても慌ただしいものとなった。
ダイナミック駆け込み乗車(間に合ってない)の第15話をお送りしました。
最初から普通に列車に乗せてやるという案もありましたが、せっかく箒を作ったので使う機会を、ということでこんな感じに。
車「Terrain! Tarrain! Pull Up!」
新学期開始
数話前のアル「魔法の回復速度上げる方法探すで」
すいません、忘れてました(うp主が)
まあ、アルさんにそんな早々と縛り解除してもらってはパワーバランス崩壊するので……。
脱出
iOSの変換「——つ」
>>違うそうじゃない<<
のどかな田園風景
飛行速度速いなおい
ホグワーツ特急の進行方向
よく練られた伏線でした(大嘘)
ハトのマリー
唐突に出てくるけど普段どうしてんの?
って、うp主に分からなかったら誰にも分からないか……
ジニー
喋り方のイメージがまったくわかなくて、原作の登場シーンをひたすら見返すこととなりました。
んで、見返してもよくわかりませんでした……。
違和感があったらごめんなさい。こっそり修正すると思います。
文字数が6000字もないですが、キリのいいところがこのへんしかありませんでした。
もう少し描写に肉付けをできるといいんですけどね。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第10話 秘密の部屋
「『閲覧禁止の棚』? 確かに私はその許可を出すことができますが……。何故ですか?」
九月二日の放課後、マクゴナガル先生の研究室。『閲覧禁止の棚』とは、同じ階にある図書館の、通常では生徒には見せられないような危険な書物が置いてある棚である。去年、そこに無断で立ち入った男がいるとかいないとか。
そこに入る許可を得ようとここを訪ねたわけであるが、理由か。ちょっと説明が難しい。
「友達のため、じゃダメですか?」
これは嘘ではない。本来の目的を、限りなく抽象的に言い表した言葉だ。普通なら、こんな曖昧な理由では許可はくれないだろう。そう思って説明の文章を考えていたが、マクゴナガル先生の答えは、良い方向に期待外れであった。
「……よろしい。あなたが何を考えているのかは分かりませんが、きっと無意味なことはしないと信じましょう。
サインをするので、少し待っていてください」
驚きを隠せないまま、許可証を受け取った。経緯はどうあれ、これは研究を大幅に加速させることのできる特急券となり得るだろう。
しかし、乗車券がなくては特急列車には乗れない。この場合は、自分の努力が乗車券となるのだろうか。早速図書館に向かい、躊躇なく閲覧禁止の書架に足を踏み入れた。
「うわぁ、なんて読むんだろう、これ……」
マダム・ピンスの監視を受けながら目を向けると、閲覧禁止の棚には、とても読み解けない象形文字のような文字で書かれた本、タイトルの書かれていない本、不気味な雰囲気を放つ本、色々な本が詰め込まれていた。
この中から、魔法を『作る』ことについて書かれたものを見つけ出さなければならない。なんとか読める本を取り出してみても、書いてあるのはたいてい危なげな魔術の「使い方」である。別に、殺人を代償として魂を分割したいわけではない。
「『オレと爆弾』……。なにこれ、錬金術の参考書かな……。永遠の命は要らないけど、錬金術も使えたら面白そうだなぁ。へぇ、不死鳥の涙には強力な癒やしの効果が……。でもそれを採取することは不可能って、ダメじゃん……」
結局、その日のうちには役に立ちそうな書籍を見つけることはできなかった。『閲覧禁止の棚』だけでも一度には見渡せないほどの量があり、この中から洗い出すのは骨が折れるだろう。
外で一般書籍の捜索をしていたキキちゃんと合流し、次回の捜索範囲を考えながら図書館から出ようとすると、自分の名前を呼ぶ声がした。廊下の反対側にいた声の主は、薄茶色の髪の毛のすこし小さめな少年だった。昨日の組み分けで見かけた覚えがあるので、一年生だろう。片手には小さなカメラをしっかり握りしめていた。
「えっと、あなたがアルーペさん、ですか? ぼく、コリン・クリービーです」
「よ、よろしく、コリンくん。どうしたの?」
「アルーペさんが、カメラに詳しいって聞いたんです。さっきハリーさんの写真を撮らせてもらったので、動く写真にしたいんですけど……」
「ごめんね、マグルの写真しか分からないんだ……。動く写真は研究中。もうちょっと分かったら教えてあげられるかもしれないけど……」
コリンはすこし残念そうな顔をしたが、分からないことは仕方がない。この少年はとりあえずハリーの写真を欲しがっているようなので、とりあえずは動かない写真として魔法で即時現像した。これはコリンを尊敬させるのに十分だったらしく、キキちゃんにそろそろやめなさい、と小突かれるまでわたしは質問の雨に降られ続けた。
*
「ねえアルーペ、あのコリンって子、どうにかしてくれないか?」
翌日、ハリーは疲れ切った様子でアルーペにそう訴えかけてきた。何事かと聞き返すと、コリンは四六時中ハリーにつきまとって写真を撮っているらしい。それも、ハリーの時間割を暗記しているのではないかと思われるほど正確に目の前に現れるとか。
「君、カメラがどうとかってあいつと話してただろ?」
「そうだけど……。あっ、『動く写真』を現像する方法を調べなきゃいけないんだった!」
「多分もうその必要はないよ。あいつ、自力で『動く写真』を作ったみたいだ。現像液がどうこうって言ってた」
なるほど、やはり現像にもひと工夫必要なのか。ハリーのことは、自分でなんとかしてもらうしかない。別に、わたしがハリーをフィルムでぐるぐる巻きにしろと指示しているわけではないのだ。それに、魔法のフィルムは二十四枚撮り程度しかない。そんなに安いものでもないため、あの一年生が何本も買っているとは考えにくい。そのうちフィルムが尽きて撮ろうにも撮れなくなるだろう、とハリーには伝えておいた。
しかし、はじめの週が終わる頃になっても、コリンのカメラはハリーを撮り続けているのであった。
*
土曜日の早朝。まだ日が昇りはじめたかどうかというころ、突然アンジェリーナ・ジョンソンに叩き起こされた。
「な、なに!? 地震でも起きたの!?」
「クィディッチの練習ですってよ。何を血迷ったのか、ウッドが一番乗りで練習をしようって……」
「……そういうことね。理解したわ」
あんまり理解したくないところだが。それは口に出さずに、あくびをしながらユニフォームを取り出す。アルの枕元にメモを残して談話室へ降りると、ちょうどポッターもオリバー・ウッドに引っ張り出されてきたところであった。
会話する気力などなく、無言でクィディッチ競技場の控室へと向かった。そこにはすでに他の選手たちがやってきていたが、しっかり意識を保持しているのはウッドだけのようだった。何やら競技場の図や矢印などが書かれた大きな紙を三枚ほど抱えている。
「ひと夏かけて、全く新しい練習方法を編み出した。競技場に出る前に、手短に説明したいと思う」
ウッドが杖で紙を叩くと、矢印が動いたりしながら説明をしてくれたが、それは一枚あたり二十分ほどかかりとても『手短』とは言い難いものだった。まともにこの話を頭に入れられる人はきっとこの場にいる半分にも満たないが、御構い無しに二枚、三枚と説明は続けられた。
「——というわけだ。分かったな? 何か質問はあるか?」
話が終わったことに気づき目を覚ました選手たちのうち、ジョージ・ウィーズリーが手を挙げた。
「なんでこの話を、昨日の俺たちの頭がまだ働いてるうちにしてくれなかったんだい?」
なんとか話を聞いていたあたしが『手短に』説明しなおすと、ウッドは早速控室から飛び出していった。後に続いて競技場に出ると、太陽はいつのまにかしっかり昇っていて、競技場を照らしていた。目覚ましと準備運動を兼ねて競技場をひとっ飛びしていると、観客席にアル、ハーマイオニーとロンが座っているのを見つけた。
「まだ終わってないのか?」
「いえ、まだ始まってすらいないわ」
「なんか変な音がするけど、なんなんだ?」
コーナーでフレッド・ウィーズリーを追い抜いたとき、声がかかった。確かに、パシャ、パシャ、とカメラのシャッターのような音が聞こえる。カメラといえばアルだが、アルのカメラは自動巻き上げなのでモーターの音も聞こえるはずだ。まさか、と思って観客席を見ると、その予想は的中してしまった。
「コリン・クリービーね。ハリー・ポッターの大ファンよ。さしずめ大物俳優をつけまわすパパラッチ、といったところかしら」
観客席のいちばん後ろの席から、小さなレンジファインダー機をハリーに向けてシャッターを切っている。望遠レンズを装着しているわけでもなく、そんなに素晴らしい写真が撮れているようには思えないのだが。
「スリザリンのスパイかと思ったよ」
「気持ちよくはないわね。でも、スリザリンにスパイは必要なさそうよ。ご本人さまたちが直々に視察にいらっしゃいましたからね」
地面のほうを見下ろしてみると、緑色のユニフォームを来たスリザリンの選手が入場してくるところだった。それにウッドも気づいたらしく、こう言いながらその集団の方へ飛んでいった。
「おかしい、今日この競技場を予約しているのは僕たちだ。抗議してこよう」
フレッド・ウィーズリーに続いて地上に降りた。ウッドはスリザリンのキャプテン、マーカス・フリントと口論していたが、体格の差は明らかで、若干頼りなく見えた。
「こちらはスネイプ先生から正式に許可をいただいているのでね。
『私、スネイプ教授は新人シーカー育成のためスリザリン・チームがクィディッチ競技場を使用することを許可する。』」
「新しいシーカー?」
ウッドが怪訝な表情を見せると、しっかりした体格の選手の中から、ひとり小柄な青白い顔が現れた。気取ったその表情に、その場にいたグリフィンドール・チーム選手の全員が顔をしかめた。
「ドラコ・マルフォイ……。ルシウス・マルフォイの息子じゃねえか。まさかお前が……」
「その通りだ。そしてそのルシウス・マルフォイが……」
マルフォイが父親の名を出すと、残りのスリザリン・チームの選手は待ってましたとばかりに手に持った箒を掲げた。全て新品の箒で、『ニンバス二〇〇一』の文字がピカピカに磨き上げられた柄に光っていた。
ウッドたちが唖然としていると、観客席から降りてきたアル、ハーマイオニー、ロン・ウィーズリーが駆け寄ってきた。
「一体どうしたんだ?」
「ウィーズリー、僕がスリザリンの新しいシーカーだ。父上がみんなに買ってくださった箒を賞賛していたところだよ」
「なんてこと……! いいわ、グリフィンドールの選手はみんな才能で選ばれているのよ。誰ひとり、お金で選ばれたりなんてしてないわ」
ハーマイオニーがきっぱりと言うと、マルフォイの顔が少し歪んだ。
「お前の意見など求めていない! この……『穢れた血』めっ!」
穢れた血……? どういうことだろうか。少なくとも良い意味の言葉ではなさそうだ。言われたハーマイオニーもアルも意味は分かっていない様子だった。しかし、その後の惨状から相当過激な言葉であったことを察するのは容易だった。フレッドとジョージがドラコに飛びかかろうとしてギリギリのところでフリントに止められ、他の誰かが「よくもそんなことを!」と金切り声を上げた。
そしてロン・ウィーズリーはポケットから杖を抜き、フリントの脇の下からドラコに突きつけた。
「ちょっとロン、その杖じゃ——」
「ナメクジ喰らえっ!」
アルもウィーズリーを止めようと杖を出したが、遅かった。『暴れ柳』に真っ二つにされたらしい杖は正常に動作せず、緑色の光線を術者であるウィーズリーのほうへ放った。
大きな爆発音とともに杖とウィーズリーは吹き飛ばされ、芝生に尻餅をついた。
「やっちゃったね……」
アルが吹っ飛んだロンの杖を自分の杖で『呼び寄せ』ると、ウィーズリーの杖は上半分と下半分で別々の場所から飛んできた。苦笑するアルに共感だ。
「ロン、ロン! 大丈夫?」
ハーマイオニーが駆け寄ると、ウィーズリーは口からナメクジを吐き出してそれに応えた。どうやらナメクジの呪いをかけようとしていたらしい。これがもししっかり相手に効いていたら、それはそれで問題になっただろう。
スリザリン・チームの選手たちは笑い転げていたが、ウィーズリーのそばには近寄りたくない、という様子だった。ちょっとイラっときたので、対戦相手のシーカーとして小言を投げておいた。
「あなたがその箒に見合う腕を持っているか、楽しみにしておこうかしらね」
*
ホグワーツの大広間ではハロウィン・パーティが開かれていた。その飾りつけは例年通りかそれ以上に豪華であったが、その中にハリー、ロン、ハーちゃんの姿はなかった。その理由は飾りつけなどそっちのけでかぼちゃ料理のご馳走に食らいついているわたしたちが知っていた。
「『絶命日パーティー』がこのかぼちゃパイよりも価値のあるものだとは到底思えないわ」
「でも、ハーちゃんは一度もこの料理を食べたことないんだよね……」
「はぁ。そういえば、去年は色々あったわね……」
一年前のハロウィン・パーティーのとき、ハーちゃんは地下の女子トイレにこもっていたところをトロールに襲撃されたのであった。わたしはトロールに対抗しようとして救出しようとして杖と万年筆を取り違えるという致命的なミスを犯したが、偶然か必然か、万年筆にかかっていた強力な防衛魔法に救われたのであった。
「パーティーが中断になったせいで、このケーキを食べ損ねたんだったかしら」
「心配しないで、短時間だけど食べ物を美味しいまま保管する魔法を修得したから」
「あら、それならハーマイオニーのぶん、取っておいてあげましょ」
言われなくとも、そのつもりだ。ケーキとその他のハーちゃんが好きそうな料理を少々皿に盛り、呪文を唱えた。覚えたての魔法で成功率が心許ないからだ。
「『エアハルトゥレッカー』!」
瞬きの間、料理は青色の閃光に包まれた。術がかかる前と見た目が変わったようには見えないが、これで三十分間は美味しいまま維持できるという。なお、重ねがけしたり三十分後にかけなおしたりしてもその効果が延長されることはなく、時が来れば一気に冷たくなってしまうらしい。
この後は昨年のような事件も起こらず、ハロウィン・パーティは平和に終わった。そのまま談話室に戻り、ベッドに潜り、特別な日は何事もなく過ぎ去っていく——。誰もがそう思っていた。
しかし、ぞろぞろと階段を昇り三階の廊下に出たとき、その考えは打ち砕かれることになった。いちばんに視界に入ったのは、松明の腕木に尻尾から吊り下げられた猫。その壁には、赤字で何やら書いてある。そして、廊下の真ん中にはハロウィン・パーティにはいなかったハリー、ロン、ハーちゃん。
「なんて書いてあるの……?」
いくら視力が良くとも、人垣を透視できるわけではなく、身長が高いわけでもないのでそれを視界に入れることは難しかった。しかし、誰かが静けさを破ってその文章を読み上げたことでその内容は明らかになった。
「『秘密の部屋は開かれたり。継承者の敵よ、気をつけろ』! 次はお前の番だぞ、『穢れた血』め!」
聞き覚えのある声だ。一瞬だけ浮遊魔法を使うことで少し高めにジャンプすると、その正体を目にすることができた。青白い顔を少しだけ赤らめてそこに立っていたのは、ドラコ・マルフォイだった。
この声を不審に思ったのか、管理人のアーガス・フィルチも群衆を押し分けてその現場に駆けつけてきた。惨状を見ると、吊り下げられた猫を見て相当な衝撃を受けたのか、金切り声で叫び始めた。
「私の猫だ! 私の猫! ミセス・ノリスに何があったっていうんだ!」
そして、その場にいた四人の顔を順に見ると、なんの恨みがあるのか、その中から一人容疑者を選出した。
「お前だな! ハリー・ポッター! お前があの猫を殺したんだな! 今度は私がお前を殺す!」
フィルチがハリーに手を出すのではないかと思い杖を取り出そうとしたが、その必要はなかった。すぐ脇をダンブルドア校長、それに続いて何人かの教師が群衆を縫って向かっていったからだ。
ダンブルドア校長はミセス・ノリスを燭台から外すと、フィルチとその場にいたハリーたち三人をギルデロイ・ロックハートの部屋(本人が使うように言った)へ連れて行った。
*
事件があってから、ハーちゃんはいつも以上に図書館にこもっているようになった。『魔術理論』の本を読みながらメモ帳に万年筆を走らせていると、ハーちゃんが隣の席の椅子を引きながら愚痴をこぼすように話しかけてきた。
「『ホグワーツの歴史』が全部貸し出されてるのよ」
そういえば、ここしばらくハーちゃんと会話をしていなかったような気がする。彼女に限らず、『秘密の部屋』について調べることが流行っているようだ。
「でも、秘密の部屋の正体がわかったとか、そういう噂は聞いてないよ。『ホグワーツの歴史』には書かれてないんじゃないかな」
ここで、隣で魔法史の『「中世におけるヨーロッパ魔法使い会議」について羊皮紙一メートルの長さの作文を書く』という課題を消化していた(提出は今日のはずなのだが)キキちゃんがわたしに耳打ちするようにぼそりと言った。
「あの『ホグワーツの歴史』なら載ってるかしらね」
なるほど、それはありそうだ。後で見ておこうと、メモ帳の端に『ホグワーツの歴史』と走り書きした。
しかし、『秘密の部屋』の伝説はアルーペがそれを読む前に知れ渡ることになった。午後のはじめの相変わらず退屈な『魔法史』の授業で、ハーちゃんが唐突に『秘密の部屋』についての質問を投げかけたのだ。
「私がお教えしとるのは『魔法史』です。事実を教えているのであって、神話や伝説ではない」
ゴーストのビンズ先生は授業を再開しようとしたが、ハーちゃんの手は依然として天井に向いて挙げられていた。
「先生、お願いです。伝説とは必ず事実に基づいているものではありませんか?」
「そうとも言えましょう。しかし——」
自分の知る限り、ビンズ先生はこれまでで一番多くの視線を浴びていた。恐らく、彼の人生が始まってから、そして終わってからも一番であるのだろう。
「あー、よろしい。さて、『秘密の部屋』とは——。みなさん知っての通り、正確な年号は不明だがホグワーツは一千年以上前に——」
「九九三年よね」
キキちゃんが耳元で言った。確かそうだったはずだが、最近の『ホグワーツの歴史』には創設年は載っていないのだろうか。実は正確な値でなかったと判明して削除された、なども考えられる。
「——当時の最も偉大な四人の魔法使いによって創設されたのであります。そして、四つの学寮はその名前にちなんで名付けられました。すなわち、ゴドリック・グリフィンドール——」
思わず自分の手に持っている万年筆に目が向かった。
「——ヘルガ・ハッフルパフ、ロウェナ・レイブンクロー、そして、サラザール・スリザリン——」
つまるところ、スリザリンの純粋な魔法族の家系にのみ魔法教育を与えるべき、という思想で他三人との間に亀裂ができ、やがてスリザリンはホグワーツを去ってしまったのだという。
これはわたしも初めて知ることだった。マクゴナガル先生からもらった『ホグワーツの歴史』に書かれているのかもしれないが、如何せん量が多すぎる。まだ一割も読み終わっていない。改定のとき内容が減らされた理由が理解できるようだ。
「——そして、『秘密の部屋』の伝説は、スリザリンはこの学校に他の誰にも知られていない隠された部屋を作った、という話です。それを開けるのはこの学校に現れる彼の真の継承者のみと。部屋の中には『恐怖』——なんらかの怪物が封印されていて、それを用いてこの学校からここで学ぶに相応しくない者を追放するということなのです」
早速この話に『恐怖』を覚えた生徒たちがざわめくが、ビンズ先生はまったくくだらない、という顔で続けた。
「これはただの伝説。実際にそんなものは存在しないのです。『部屋』もないし、怪物もいない」
「でも先生、『無い』ことを証明するのは不可能だと思いますよ?」
誰かが反論した。まったくもってその通りだ。特にこの魔法界では。しかし、ビンズ先生は『無い』という主張をひと時も曲げることはなく、まもなく教室はいつもの気怠い空気に包まれることとなった。
その後、未改訂版の『ホグワーツの歴史』を確認したが、この本はどうやらサラザール・スリザリンがホグワーツを離れる前のものだったらしく『秘密の部屋』についての手がかりとなることは書かれていなかった。
「怪物とは何なのか、継承者は誰なのか、それを判明させないといけないのね」
「怪物と出くわした時のためにも、わたしは魔法をどうにかしなくちゃ」
「そうね。頼んだわ、アル。
継承者……。ポッターだなんて噂もあるけど、とてもそんなふうには思えないわね。そんな素質のある人だったら、組み分け帽子がスリザリンに放り込んでいるわ」
帽子といえば、未だに校長室にあるであろうそれと対面することは叶っていない。『ホグワーツの歴史』によれば、あれはゴドリック・グリフィンドールが作ったものらしいのだ。ミーティスの謎、秘密の部屋の謎、この両方を一度に解決してしまうアイテムにもなり得る。キキちゃんのための魔法が出来上がったら、次はこれに対処せねばならないのだろう。図書室でそんなことを話していると、『閲覧禁止の棚』のほうから見覚えのある顔が出てくるのが目についた。
「あれ。ハーちゃん、どうしたの?」
ハーマイオニーは気づかれるとは思っていなかったらしく、少し動揺しながら小声で答えた。
「あとで教えるわ。今は急いでるの」
「そう……」
いかにも何か企んでいますよ、といった様子だったが、特に追求しないことにした。今は自分の研究を優先すべきだ。ハーちゃんならわたしの助けは不要だろう。一応どんな本かを確認してみると、題は『最も強力な魔法薬』とあった。
「こっちも負けてられないわね」
「そうだね」
次の本を探しに『閲覧禁止の棚』へ向かった。
マンドレイク
今作では原作知識前提なのでカットしましたが、初日の授業でこれを扱いましたね。
……アトリエでは『マンドラゴラ』なんだよっ!
閲覧禁止の棚
原作ではあらかじめ本を指定してマダム・ピンスに取ってきてもらうシステムでしたが、今作では棚のあるところに入れてもらって、出るときに本を確認するシステムとしました。
やばい本だったら多分却下されます。
特急券
快適に研究できるグリーン券はないんですか?
小さなカメラ
映画見る限りたぶんレンジファインダー機です。メーカーはわからない(´・ω・`)
追記 どうやらアーガスC3とかいうカメラらしいです。
新しい練習方法
原作と違って桔梗のおかげで去年も優勝できたはずなのですが、一体何がウッドを動かしているのでしょうか……。
エアハルトゥレッカー
ドイツ語で
の意の二単語を混ぜました。カタカナにしてからテキトーに混ぜてるので綴りは分かりませんしドイツ語話者が見ても訳わからないと思います。
戦いのあった時代
そんな時代うp主把握してないんですけどアルーペさん何言ってんですか
九九三年
実は未改訂版にしか載っていなかった……とかいう勝手な設定です。
原作で創設年を知る術はあったのかな?
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第11話 アルーペ VS 桔梗
「今年もスリザリン戦はポッターがシーカーよ」
「大丈夫なの? ニンバス二〇〇一だっけ、あっちは全部最新の箒なんでしょ?」
「いくら最新の箒でも、使うのがあのマルフォイじゃ負けるのは難しいんじゃないかしら」
土曜日、グリフィンドール対スリザリンの試合当日。天気が良いとは言い難いが、選手たちの士気は上々だった。クィディッチは金じゃない、それを示すためには絶対にスリザリンに勝利を与えてはならないのだ。
キャプテン同士の必要以上に力の入った挨拶が終わると、いつもの通り、マダム・フーチの指示で試合が始まった。試合の進行もドラコ・マルフォイがハリーを煽っていること以外はいつも通りであったかのように思われたが、ひとつおかしなことがあることに気づいた。
できるだけたくさんの選手を撃ち落とすように魔法がかかっているはずの鉄球、ブラッジャーが何故かハリーのみを執拗に狙っているのだ。フレッド、ジョージがスリザリン選手に向けて打ち込んでも、ブーメランのように戻ってくる。
「あのブラッジャー、狂ってるわ」
「飛行性能で勝ってるのはキキちゃんだけだし、シーカーがあの状態じゃ厳しいんじゃないかな……」
確かにキキちゃんは相手チームのキーパーを巧くかわしてクァッフルをゴールに投げ込んでいたが、スリザリン・チームのチェイサーもグリフィンドールのキーパーを箒の力で破って得点している。キキちゃんが取りに行かなければ、クァッフルは永久にグリフィンドール・チームのもとへはやって来ないだろう。
得点は六〇対二〇で、スリザリンにリードを許している状態だ。ブラッジャーからハリーを守ろうとフレッドとジョージがすぐ横で棍棒を振り回しているため、ハリーはスニッチを探すことすらできない様子だ。見かねたオリバー・ウッドがタイムアウトを要求した。
再び試合が始まったあと、ハリーは頭が痛くなりそうなくらい不規則な動きを始めた。そして、ウィーズリーの双子はいつものようにブラッジャーをスリザリンの選手に叩き込み始めた。
どうやら、ハリーに襲いかかるブラッジャーをビーターの双子は無視し、本人に避けてもらうという選択をしたらしい。そう、ブラッジャーは一つではない。ハリーを追い続けるブラッジャーの他に、もう一つあるのだ。当然それはスリザリンのビーターによってキキちゃんたちの方に差し向けられることになる。こちらのビーターがハリーにつきっきりになっていれば、それを遮るものは何もない、というわけだ。
奇妙とすら言える動きでブラッジャーを華麗にかわしていたキキちゃんは、その必要がなくなった途端、ニンバス二〇〇一をものともしない機動力で開かれた点差をじわじわと縮めていった。
「時速百キロでの制動距離がいくつか知ってる?」
「知るかそんなもん! 百メートルぐらいじゃないのか!」
「残念、三センチよ!」
キキちゃんがスリザリンのキーパーを何やら煽っている。ギリギリまで最高速でゴールポストに突進し、クァッフルを慣性に乗せて思いっきり投げ込み、そしてそこから三センチでぴたりと止まった。
「七〇対八〇! ついにグリフィンドールがスリザリンを抜きました!」
ハリーのほうも、スニッチを発見したらしい。ブラッジャーをかわすための馬鹿らしい動きをあざ笑うドラコ・マルフォイの向こうだ。すぐさま、ハリーはそっちに突進した。
ドラコは二つの恐怖に顔を歪めることになった。突然超加速で自分のほうに向かってくるハリー・ポッター、そしてそれを追って飛んでくるブラッジャー。
この二つはドラコの頭上で衝突し、鈍い音を立てた。ハリーのほうは、片腕を不自然な方向にぶら下げ、もう片方の手でスニッチを掴んでいた。突然すぎてよくわからない。
「試合は終わったのよね?」
「うん。ちゃんとハリーがスニッチを取ったよ。
……わっ、危ないっ!」
ハリーはスニッチを握って地面に横たわっていたが、ブラッジャーはまだそれを叩き潰そうとしている。慌ててブラッジャーに緑色の光線を当てて弾き飛ばすと、フレッド、ジョージが捕まえて球を保管する箱に叩き込んだ。
しかし、ハリーをさらなる恐怖が襲うこととなった。
「ちょっと、こんどはあのロックハートが何かしようとしてるわよ」
「腕を治すために何か魔法をかけようとしてるみたいだけど、あの人じゃ……」
あの人物が『闇の魔術に対する防衛術』の教師であることが本当に『重大発表』であったことに、既に初回の授業で気づかされていた。彼の授業はピクシー妖精などという厄介な生き物に対処しろ、という内容だったが、対処できた人はわたしとハーちゃんだけだった。そう、教師も含めてだ。
そんな奴に呪文をかけられたら何が起こることやら、とハリーも必死に医務室に行かせてくれという拒絶の意を示すが、ロックハートは構わず杖を振り下ろした。
「あぁっ!?」
周りにいてそれを見た人たちの声は、恐れていた事態が起こったことを伝えるのに十分だった。コリン・クリービーのカメラのシャッター音がたくさん聞こえてきたので、わたしも観客席からハリーの様子をファインダー越しに伺うことにした。ハリーの腕から骨は消え去り、バルーンアート用の風船のようになっていた。ロックハートの慌てたような声がかすかに聞こえてきた。
「まあね、と、時にはこんなこともありますよ。でも、もう骨は折れていない。そうでしょう?」
*
「なぜ真っ直ぐ私の元に来なかったんですか! 骨折を治すだけなら一瞬ですよ、ええ。でも、骨をゼロから生やし直すだなんて——」
「で、できるんですよね?」
「ええ、できますとも。でも、痛いですよ。今夜はここに泊まることになりますね」
決してハリーが悪かった訳ではないのだが、マダム・ポンフリーは説教のように言った。もしかしたら、これはロックハートに向けたものなのかもしれない。
「ねえハーマイオニー、あなたこれでもロックハートの肩を持つつもり?」
「誰にだって、間違いはあるわ」
「まあ、どっちにしろグリフィンドールが勝ったんだし、喧嘩はしないで、ね? キキちゃんの動き、すごかったよ」
困った顔で言い合うキキちゃんとハーちゃんを仲裁したが、正直自分もロックハートはダメだと思う。とりあえず、グリフィンドールは勝ったし、ハリーはブラッジャーに殺されていない。
しかし、その安堵もわずか数時間で終わりを迎えることとなった。次の日の昼には、コリン・クリービーが襲われて石にされた、という噂がしっかりと学校全体に行き渡っていた。一人でいては危険だ、と集団で行動することが流行ったり、魔除けやらお守りやらの護身具(効果があるのかは不明である)が取引されたりと、校内の雰囲気は決して穏やかとは言えなかった。
「石になった人に話しかけてどうするんですか」
「コリンくん、調子はどう——って、いい訳ないよね」
「この腕の位置、最期までカメラを構えていたのね」
「ちょっと、死んじゃったみたいに言わないでよ」
キキちゃんと二人でコリンの様子を見に医務室へとやってきた。マダム・ポンフリーは渋々だが面会を許可してくれた。キキちゃんの言う通り、コリンの腕は顔の近くまで上げられた状態で固まっている。そして、そこに握られていたであろうカメラは、ベッドの横の棚に置かれていた。
「あれ、裏蓋が開いてる……。うわぁ、これはひどい」
既に取り出されていたフィルムには焼けたような跡があり、本体側のシャッター幕にはぽっかりと穴が開いていた。
「これ、スリザリンの怪物とやらがやったのかしら?」
「うーん。わざわざカメラを壊したのは、自分の写真を撮られちゃったから……とか?」
「ねえアル、このフィルム、どうにかならないかしら。もし写真が復活すれば、怪物の正体が分かるのよね」
「うーん。多分、ムリ。シャッター幕が破れちゃってるから、写真残ってても真っ白だと思うよ」
キキちゃんは少しだけ期待していたのか、やっぱりね、とうなだれている様子だ。
今してあげられることといえば……。カメラを手に取り、杖を振った。シャッター幕の穴はしっかり塞がり、新品同様の状態になった。自分のフィルムを装填し、適当な写真を一枚。問題なさそうだ。
「たまには手動巻き上げも悪くないね」
早く復活して写真を撮ってもらいたいものだ。なにしろ、まだ『動く写真』の現像方法が分かっていないのだから。
*
それから一ヶ月、クリスマス休暇まであと二週間。コリン・クリービー以来スリザリンの怪物による被害は出ておらず、ホグワーツは平穏な日々を送っていた。今日の『魔法薬学』の授業までは。
「アル、そんな計りも使わずに材料入れて、なんでいっつも完璧にできるの?」
「うーん。わかんない。お料理と同じようなものなんじゃない?」
だが、ハリーの釜を見てもそう言い切れるかは怪しいところだった。ダーズリー一家にこき使われて料理は下手ではないはずのハリーだが、魔法薬の出来はとても良いものとは言い難い。たった今、スネイプがそれを発見し、大鍋の中の不穏な液体を『消失』させたところである。
「『消失』させられるなんて、そうとう酷い出来だったんだな、ポッター」
「あら、あなたも人のことは言えないようだけど?」
ハリーを嘲笑うドラコに言い返したのは、その二つ隣の席のキキちゃんだった。
「うるさい、こいつが異常に上手いだけだ」
「あー、喧嘩はやめてね、ドラコくん、キキちゃん?」
どうやら、ドラコとある程度会話できるというのはグリフィンドールでは貴重なことらしい。だからこそ、こうしてドラコとキキちゃんの間に挟まれ壁となっている。言い返そうとするキキちゃんを制止しようとした時、どこからかシュウ、という音、続けて爆発音がした。とっさに杖を構えると、音のしたほう、ゴイルの大鍋から液体が勢いよく飛び出した。
「『ふくれ薬』が……。危ないっ!」
それを見て、慌てて防衛魔法をキキちゃんと自分の周りに展開、その直後に教室中に『ふくれ薬』が降り注いだ。隣で、魔法の傘に入りそこねたドラコの鼻が風船のように膨らみ始めた。
「あ、ごめん……」
ドラコの顔をどうにかしようと杖を持ち直した時、教室の扉からハーちゃんがこそこそと抜け出していくのが見えた。そういえば、ハーちゃんは図書室で『最も強力な魔法薬』なんて本を借りていたっけか。
まさかね、と思い空間探知の魔法を使ってみれば、予想どおり近くにはスネイプ先生の研究室があるようだ。十中八九、なんらかの調合材料を盗み出そうという魂胆だろう。
「薬を浴びた者は『縮み薬』をやるからこちらへ来なさい」
でもなぜハーちゃんが? この騒動はハーちゃんが脱出するために起こしたもの?
一目散にスネイプ先生の方へ向かうドラコを目で追うと、その答えは明らかとなった。ドラコを指差し、腹を抱えて笑っているハリーとロン。恐らくこのどちらかが騒動を起こし、ハーちゃんがその隙に抜け出したのだろう。それをハーちゃんが容認していたかどうかは確認しようがないが
いつのまにか、スネイプはドラコの隣の大鍋から花火の燃えカスのようなものを拾い上げていた。大方、フレッド、ジョージのどちらかが作った悪戯アイテムだろう。あんなものが鍋に投げ込まれるとは、ゴイルも災難である。
「これを投げ込んだのが者が判明した日には、間違いなくそいつを退学にさせる」
それから授業終了までの十分間、スネイプ先生はいつも以上にハリーのことを睨みつけているようだった。根拠もなく犯人だと思い込んでいるんだろうけど、今回に限っては図星である。
*
「『決闘クラブ』? 何よ、それ」
「そのまんまの意味みたいだよ。今日よる八時から、第一回目が始まるって。……練習の成果を確認できるんじゃない?」
「そうね。問題なのは、二十時まであと三分しかない、ということかしら」
十九時五七分を示す時計をちらっと見て大広間へと駆け出すと、前方にはハリー、ロン、ハーちゃんの三人が同じような格好で走っていた。
残り一分で大広間に飛び込むころには、三人と二人の差はほぼゼロになっていた。いつもの長机は取り払われ、金色のステージが松明の光を浴びて輝いていた。
「んで、あそこに立ってるのはギルデロイ・ロックハートに見えるけど、まさかあいつが教師じゃないわよね」
「一応スネイプ先生もついてるみたいだから、危ないことにはならないと思うけど……」
残念ながらそのまさかは現実であって、ロックハートと助手扱いのスネイプ先生が模範演技を行うようだ。結果は誰もが予想した通りで、 数秒後にはロックハートはスネイプ先生の『武装解除呪文』の直撃を喰らって吹き飛ばされ、床に大の字に叩きつけられることになる。
ロックハートはあまりにも模範すぎる模範演技を早々に切り上げ、生徒たちによる実演へと移った。
「では、ミーティス。あなたは……そうだね、渡邉と組みなさい」
杖を使ったいんちきではあるものの記憶力の良い自分は、ロックハートの本の内容を答える試験で誤って満点を取ってしまったためか、はじめに目をつけられてしまった。名前も知らないような人と組まされなかっただけまだ良いのだが。
「キキちゃん、手加減は?」
「要らないわ。なんのためにあんな練習をしてると思ってるのよ」
「相手と向きあって、礼!」
キキちゃんと目を合わせたまま礼をした。少なくとも、日本の剣道では試合の前の礼は十五度とされている。
「私が三つ数えたら、相手の杖を取り上げる術をかけなさい。取り上げるだけですよ。事故を起こされては悲しいですからね。
いち——に——さん——」
「『
始まった途端、呪文を叫んだ。つまり、学校で習う方の魔法で先制攻撃を仕掛けた。
詠唱で隙ができてしまったためか、キキちゃんは右に数センチメートル跳び、赤色の光線は簡単にかわされてしまった。
たとえ死の呪文だろうとなんだろうと、当たらないことには意味がない。キキちゃんとしていた『練習』とは、そういうことだ。
クィディッチが得意なキキちゃんならば、その力を伸ばすには素早さを活かすのが一番手っ取り早いと考え、アリスと協力して特訓メニューを考えたのである。まだ新しい呪文を作ることは叶っていないが、この素早さをさらに強化する方向のものを検討している。
——じゃあ、これは?
こんどは無詠唱。決して『無言呪文』を習得した訳ではなく、元から呪文が要らないほうの魔法だ。その閃光は先ほどの赤色の光線とは比べものにならないほど速かったが、やはりこれも避けられてしまう。
そして、隙を突こうという魂胆か、キキちゃんが武装解除を飛ばしてくる。避けられこそしないが、防衛魔法を纏った杖で難なく弾く。
そのままの勢いで杖を振り、無詠唱の武装解除を横に二本並べる。流石にこれは避けられないだろう——。
「あっ」
どうやらわたしは慢心していたらしい。キキちゃんは身体を屈めることでわたしの武装解除をかわし、そのままお返しをされてしなった。わたしの手を離れた杖は綺麗な放物線を描き、回転しながらキキちゃんの手へと向かっていく。
——だけど、まだ負けちゃいないよ。
「エクスペリアームス!」
杖を手にしないで叫ぶ。これは決して無駄な足掻きではない。宙を舞うわたしの杖はだんだんと回転の速度を落とし、進行方向へと向いた。そして、空中から赤い光線を発射、キキちゃんの杖を捕らえた。
結果として、わたしはキキちゃんの杖を、キキちゃんはわたしの杖を持っている状態になった。
「アルーペもキキも、どうしたらあんな動きができるんだい?」
生徒の群れの中に戻ると、同じくたった今戻ってきたロンが感嘆の声を上げた。
「もし君たちがロックハートと向かったら、あいつは百本杖を持っていたって足りないさ」
「そういうウィーズリーは、あの折れた杖でなにをやらかしたのかしら」
キキちゃんは床に横たわったシェーマス・フィネガンがスネイプ先生に何らかの処置を受けているのを見ながら言った。ロンは肩をすくめて返した。
「間違いなく『武装解除呪文』をかけようとしたさ。杖がこの有様じゃ、エクスペリアームスを唱えて『全身金縛り術』が発動したっておかしくないだろう?」
「あー、そうかもしれないわね、ええ」
こんどは、ハリーとドラコがステージに上がった。グリフィンドールとスリザリンを象徴するような犬猿の仲の二人だが、果たしてこの舞台に上げてしまって大丈夫なのか。
スネイプ先生がドラコに、ロックハートがハリーに耳打ちしている。恐らく、前者は何らかの有益な呪文を、後者は何の役にも立たないたわごとを聞かされているのだろう。これからどんな惨状がここに繰り広げられるのか。キキちゃんが隣にいることを確認し、何があっても良いよう杖を構えてステージを見守ることにした。
「さん——にい——いち——」
「『
先手はドラコだった。杖の先からは黒いヘビが生えるように出現し、ハリーのほうへ威嚇を始めた。流石に生物の生成がこんなに簡単にできるはずはないので、どこからか呼び出してきたのだろう。
ハリーや一部の生徒は、恐怖にその場に固まった。
「動くな、ポッター」
もともと動ける状態でもないのだが、スネイプ先生はこう言った。恐らく、この光景を楽しんでいるのだろう。しかし、この場にはもっと愚かな人間がいることを忘れていた。
「私にお任せあれ」
ロックハートだ。わたしは反射的に防衛魔法を展開した。
ロックハートが杖を振り下ろすと、ヘビは生徒たちのいる方に吹き飛ばされた。なんということだ。ヘビは余計に怒り狂い、近くにいたジャスティン・フィンチ゠フレッチリーに今にも噛みつきそうな様子だった。
防衛呪文を解除してヘビをどうにかしようと杖を向けたとき、何を思ったのか、ハリーがヘビのほうへ歩み寄ってきた。口を動かし、何やらヘビの鳴き声のような音を立てている。すると、ヘビはジャスティンへの威嚇をやめ、ハリーのほうを向いて大人しくなった。
ハリーのおかげかどうかは定かではないが、とりあえずジャスティンは助かったのだが、何故か顔に怒りを表していた。
そして、ロンは何故かハリーを無理やり引っ張って大広間から出ていこうとする。ジャスティン以外の何人かの生徒も、ハリーをなにか邪悪なものとするような目で見ているようだ。
「あの二人、どうしちゃったの? ハーちゃん」
「全く分からないわ。とりあえず、後を追いましょう」
ハーちゃんにも状況がわからないらしい。とりあえずロンに続いて大広間を後にした。ハリーは混乱した様子でこちらを何か訴えかけるように見てくるが、訳が分からないのはこちらも同じだ。
気づいた時には、人気のないグリフィンドールの談話室へたどり着いていた。
「君は『パーセルマウス』なんだ。どうして今まで教えてくれなかったんだ!」
「パーセル、なんだって?」
「パーセルマウス、ヘビ語使い!」
ロンはハリーを『パーセルマウス』だと指摘した。なるほど、さっき聞いたヘビの声のような音は、れっきとした言語だったのか。しかし、それがどう周りの生徒の反応と関係するのか。
「ねえロン、どうしてハリーが『パーセルマウス』だとあんな反応をされなくちゃいけないの?」
ハリーも同様の疑問を抱いていたのか、この質問にうなずいた。ハリーの言い分では、あの時は無意識のヘビ語でジャスティンを襲わないように、と言っていたらしい。それまでずっと口を開いていなかったハーちゃんが、意を決したように話し始めた。
「サラザール・スリザリンは、ヘビと話ができることで有名だったのよ」
そういえば、スリザリン寮のシンボルマークにはヘビが描かれていた。今話題になっているのはスリザリンが残したとされる『秘密の部屋』。そんなときに、ただでさえ事件の第一発見者となっていたハリーがヘビ語を使えると分かれば——
「今度は、学校中がハリーをスリザリンのひひひひ孫だとかなんとか言い始めるに違いないさ」
ロンが言った。残念ながら、千年も前の人物との血縁が一切ない、というのはそう簡単に証明できることではないだろう。ハリーもそう気づいているのか、相当落ち込んだ様子で自分の部屋へと戻っていった。
「ねえアル、ヘビ語ってさ」
こちらは女子寮、ベッドに腰かけたキキちゃんが話しかけてきた。指にはめた指輪——マクゴナガルに貰ったものだ——を気にしているようだ。
「こんな魔法で翻訳できたりするものなのかしらね?」
「どうだろうね。人間の言葉とヘビの言葉じゃ……。でも、一応言語として存在してるんだよね」
なるほど、それは確かに気になる。というより、キキちゃんが猫と話しているのはこれとは違うのだろうか。脳内の『ちょっと調べてみたい事柄リスト』に動物の言語を追加しておいた。
ちょっとあとがき長くなります。
アルーペvs桔梗、結果は引き分けでした。
それぞれどのくらいの強さかといえば、
桔梗vsハーマイオニーでは桔梗が勝ちます。ハーさんは盾の呪文で対処しますが、アルーペのように隙を突かれるでしょう。
アルーペvsハーマイオニーではハーマイオニーが勝ち。単純な魔法の上手さではハーマイオニーの方が上ですからね。
かといって桔梗の方が強いのかといえば、そう単純な話でもありません。
つまりは、みんな同じぐらいです。少なくとも今は、誰もチートを使っていません。
制動距離
100km/hなら濡れた路面で99m。
誤って満点
アルーペはあまりにも不名誉な10点に、魔法薬学の教室で惨事を引き起こそうとも思ったそうだ(要出典)。
エクスペリアームス
iOSの変換「Xperia〜娘」
遠隔エクスペリアームス
普通なら手を離した時点で持ち主との繋がりが断たれますが、アルーペの杖はそんなもんじゃありません。
作中では向きを定めてから発射してますが、放り投げて空中で回転させたまま呪文を唱えれば無差別攻撃ができます。アルさんは多分やりませんけど。
素早さ全振りキキ
各パラメーターの最大値を256とした各キャラの現時点のスペックはこんな感じ。
アルーペ
・HP 64 物理攻 16 物理防 0
・MP 64 魔法攻 128 魔法防 16
・素早さ 16
・装備補正 万年筆:物理防+128、魔法防+256 箒:MP+16、素早さ+16
桔梗
・HP 96 物理攻 32 物理防 16
・MP 32 魔法攻 32 魔法防 8
・素早さ 64
・装備補正 箒:素早さ+32
iPhoneのメモ帳がクラウド経由で同期できるのでパソコンからも数行書いてみました。
たしかに文字は打ちやすいですが、パソコンが10年前の骨董品なのでiCloudのページだけでもカックカクです。よくこれで数行も書けたな、と自分に関心すらします。
いや、普通に入力する分には変換エンジンとかも含めてパソコンのほうが優れているんですけどね。うp主はスマホでもフリック入力使ってないですし。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第12話 幽霊少女 for alice
翌日、わたしたちはいつものように図書館で魔法の研究をしていた。いつもと少し違うのは、その時間だった。
本来ならば『薬草学』の授業がある時間だが、昨夜から今朝にかけて天候が悪化し、スプラウト先生がマンドレイクの防寒対策に付きっきりになっているせいで、それは休講となった。マンドレイクは石になった生徒を蘇生させるための薬の材料となるのだ。
「ちょっと騒がしくない? 普段は図書室なんて使わないくせに」
集中していたので気づかなかったが、キキちゃんの言う通り図書室はいつもより少し賑やかに感じられた。
声のする方に意識を向けてみると、どうやら昨日ヘビに殺されそうになっていたジャスティンの友人たちが、ハリー・ポッターについて話しているようだ。そういえば、『薬草学』の授業はハッフルパフ生との合同授業だったか。
「僕、ジャスティンに言ったんだ。自分の部屋に隠れてろって。もしポッターに狙われてるなら、しばらくは姿を見せない方がいいさ。あいつ、うっかりポッターにマグル出身だって漏らしちまったらしいんだ」
「アーニー。あなた、本気でそう思ってるの?」
その後聞こえた会話をまとめれば、サラザール・スリザリンをはじめヘビ語使いにはロクな魔法使いがいない、ハリーはフィルチ管理人と何かもめごとがあったに違いない、コリンも写真を撮りすぎてハリーの反感を買ったんだ、『例のあの人』に打ち勝てたのも、ハリーが強力な闇の魔法使いだからだ、という内容だった。
「あら、あそこにいるの、ポッターじゃない」
キキちゃんはハッフルパフ生たちの向こうにハリーがいるのを見つけた。それほど大きな声で言った訳ではないのだが、「ポッター」という言葉を聞き取り、ハッフルパフ生たちは過剰な反応を示した。
「ポポ、ポッターがどこにいるって?」
「後ろ」
「や、やぁ。僕、ジャスティンを探しに来たんだけど——」
ハッフルパフ生側から見れば、これではまるで宣戦布告をしに来たようなもの。ハリーはヘビにジャスティンを襲うのをやめるよう言ったと話したが、信じてもらえる様子は無いようだ。結局、ハリーは憤慨しながら図書室を後にすることとなった。
「ポッターの言っていることが事実で、かつスリザリンの継承者でもないとするとよ、アル。ポッターはどうしてヘビ語とやらを扱えるのかしら?」
「えっ? 英語を話せる日本人がいるみたいなものじゃないの?」
「これを見なさいよ」
キキちゃんは読んでいた本をこちらに見せて来た。題名は『魔法生物の言語』と何のひねりもないものだった。そのページにはヘビ語について事細かに解説されている——ように思われた。
しかし、そこにはこう書かれていた。『先天的にヘビ語を扱える魔法使いは限られている』、それこそスリザリンの子孫ぐらいしかいないのだろう。そして『後から習うこともとても難しい』、本の著者も『身につけることはできなかったため詳しくは書けない』、と。
「じゃあ、ハリーは本当にスリザリンのひひひひ孫だってこと?」
「グリフィンドールに入れられた以上、さすがにそれはないんじゃないかしら? とは思うんだけど、じゃあ何で使えるの、と聞かれたらどうにも説明がつけられないのよね」
「本人でさえ分かってないみたいだしね……。
あっ次、『変身術』でしょ? そろそろ行こう」
解けそうもない疑問は一旦横に置き、『変身術』の授業ヘと向かう。しかし、廊下の途中に大量の人が一箇所に集まっていて、道は塞がれてしまった。人だかりの中央いたのはハリー・ポッター。ちょうど、ハロウィンの時のように。
「まさか、また誰かやられたんじゃないでしょうね」
「残念だけど、そのまさかみたいだね……」
どうやら被害者はジャスティンとゴーストの『首なしニック』のようだ。既に死んでいてもお構いなしにやられる、この事実は騒ぎを一層大きなものにした。
クリスマス休暇にこの物騒な学校に残ろうという者は、魔法の研究のために残るわたしたちのほか、ハリーたち三人、フレッド、ジョージ、ジニー、そしてドラコと取り巻きの二人のみとなっていた。『継承者』の敵ではないはずの純血の生徒たちもいないのは、何か襲われる危険性の他に理由があるのだろうか。
*
「キキちゃんおはよう、メリー・クリスマス!」
「おはよう、アル。いやにテンションが高いわね。どうしたのよ」
「今日はキキちゃんに、最高のプレゼントを用意したんだよ」
そう言ったが、わたしは手ぶらだった。そして、それはキキちゃんにプレゼントの正体を明かすのに十分だった。座席の一割も埋まっていない大広間で朝食をとると、すぐに空き教室に直行した。もっとも、授業はないので全ての教室が空き教室のようなものなのだが。少し広めの空き教室を見つけて滑り込み、盗聴防止魔法をかける。
「ついにキキちゃんだけの専用魔法が完成しましたっ! 拍手!」
「わー」
「さて、茶番もこれくらいにして——」
新作魔法の習得講座は、そのまま正午を回るまで続いた。わたしの開発した魔法を使って決闘による実戦練習をしたのだが、キキちゃんが予想以上にしっかり使いこなすので、その相手はそれなりに大変だった。
「アル、すごいじゃない。もしかしたら、あたし自身よりあたしの能力を理解してるんじゃないかしら」
「どうだろうね?」
ちょっと照れくさいが、実際のところどうなのだろう。自分のことを客観的に見るのは難しいので、たしかにわたしはわたしのことがよく分かっているとは言い難いかもしれない。
気まぐれな階段がグリフィンドール寮への道を繋げてくれるのを待っていると、下の階に人影があるのを発見した。
「あれ、あそこにいるのはいつもドラコくんの横にくっついてる二人?」
「どうしてこんなところにいるのかしら? 怪しいわね」
クラッブとゴイルの周りにドラコ・マルフォイの姿は見当たらない。そして何故か、二人のスリザリン寮があるはずの地下ではなくこちらに向かって階段を上がって来ている。
「ねえ、そこの二人。ドラコくんがどこにいったか知らない?」
話しかけると、二人は困ったような表情で顔を見合わせた。ドラコとはぐれてしまったのだろうか、と思ったが、少ししてゴイルが強い違和感を発していることに気づいた。この魔力波長、明らかに——
「キキちゃん、この人、ハリーの杖を持ってるよ」
一瞬だった。二人が気づいた時には、いつのまにか背後に回り込んでいたキキちゃんに『足縛りの呪い』を食らっていたのだった。
「エクスペリアームス!」
ゴイルのポケットに『武装解除呪文』を叩き込むと、確かにハリーのものであるはずの杖が飛び出してきた。『球』を埋め込んでいたときに、そのすぐ隣にあるハリーの杖の魔力は常に感じることになっていたので、よく覚えていたのだ。
「どういうことか、教えていただけるかしら?」
「あー、ハーマイオニーは二人に伝えてなかったのか……」
クラッブが見かけに合わぬ口調で喋り出す。ハーマイオニー? 何故こいつの口からハーちゃんの名が?
「『ポリジュース薬』でクラッブとゴイルに変装したんだ。僕はハリーだよ。あともう少しで効果が切れるはずなんだけど……」
それを証明するように、ゴイルの身体はだんだん小さく、細くなっていく。クラッブのほうも、髪の毛が赤くなり始めていた。
「なるほど、ね。『
二人の『足縛りの呪い』を解除して立ち上がらせる頃には、二人はすっかり元のハリー・ポッターとロン・ウィーズリーの姿に戻っていた。
「すっげーな、キキ。いつのまにか『姿現し』が使えるようになったんだな」
「学校の中では使えないわよ。ただ走って回り込んだだけ」
「走っただけって、ぼくには突然消えて後ろに現れたようにしか見えなかったぜ?」
わたしがキキちゃんにプレゼントした魔法、それは自身や他のものの動きを加速させる魔法だった。
瞬発力がもともと高く素早い桔梗がこれを使えば、瞬間移動したかのように見えるほどのスピードを叩き出すことができる。箒の上で使えば、元々の最高速度まで一瞬で加速するのはもちろん、さらにスピードを出すこともできる。
もちろん利便性に見合った代償はあって、魔力の消費量が激しすぎるという欠点がある。まだ魔法変換の研究は完璧ではなく、どうしても構成が複雑で非効率になってしまう。
「それで、あんたたちはなんでクラッブとゴイルに化けてたわけ?」
「マルフォイが『継承者』なんじゃないかと思って、本人から聞き出そうと思ったんだ。
でも違った。あいつは自分も僕も継承者な訳がない、誰が継承者なのか分かったら手助けしてやりたい、と言ってたよ」
「あと、自分の屋敷の重大な秘密をぼくに教えてくれたぜ。『闇の魔術』の道具を隠し持ってるって。父さんに調べさせるように頼んでおこう」
「それは大発見ね。でも、やっぱりマルフォイは継承者じゃなかったのね。アルにもそんなこと言ってなかったし。——あんたたち、どこ行くのかしら? ここはまだ三階よ?」
ハリーとロンは階段を上りきった時点で廊下の方へ足を向けていた。グリフィンドール塔の入口は八階のはずだ。
「ハーマイオニーがこっちで待ってるんだ。その、女子トイレで——」
「あんたは男でしょう?」
「知らないのか? 三階の女子トイレには『嘆きのマートル』がいるから、ここを使おうなんて生徒はいないんだ」
なるほど、スネイプ先生から盗み出した材料を使って、そこでポリジュース薬をこっそり調合していたという訳か。マートルとやらが何なのかはよく分からないが、とりあえず行かせておくことにした。
「いいところで練習台が出てきてくれたわね」
「あはは、そうだね。わたしにも見えないスピードだよ、ほんとうに。でもすごいね、向こうも。ポリジュース薬って、調合するのけっこう難しかったと思うけど」
「ハーマイオニーに規則破りの味を教えたあの二人も、偉大と言えるかもしれないわね」
*
「あれ、なんだろう。アリスから連絡だ」
久々の晴れ晴れとした朝日を浴びながら起きると、『袋』から魔力による信号が送られてきた。これは自宅のものと内容が同期されるホワイトボードに変更が加えられたことを示すものだ。『変幻自在術』とは違って双方向に連絡が取れるものだとアリスは言っていた。そもそもそのなんとか術がよく分からないのだが。とにかく、ホワイトボードを取り出して内容を確認する。
『出た。至急帰宅願う。 アリス
一九九二年十二月二十七日 六時〇九分』
「——は?」
とりあえず、時計を見る。八時十六分。隣のベッドを見る。キキちゃんはまだ寝ている。
改めてホワイトボードを見るが、内容に変わりはない。一つ気づいたことといえば、いつもより若干字が荒れているということか。状況は分からないが、来いと言われたからには行くことにする。メモを残し、転移魔法を発動。本当、便利な魔法である。
久々の我が家。やはりここが一番安心できる。
そして、何かが『出た』らしいのに守護魔法が作動した形跡は見当たらない。効果が切れているわけでもなく、しっかりと防衛を続けてくれているはずだ。アリスから事情を聞き出すべく、庭を横切り玄関の扉を開けた。
「ただい——」
そして、ホワイトボードに書かれていた文言の意味を理解する。そこには『いた』。
「あら、あなたがここの魔女さん? お邪魔してるわよ」
気の抜けるような声だ。とっさに『それ』に向けて呪文を放ったが、声の主に当たることはなくすり抜けた。
——そう、すり抜けた。
「あら、それが挨拶? ひどいじゃないの。あたしはまだ何もしてないわよ!」
「『まだ』? これから何かするつもりってこと? そもそも、あなたは『何』なの? なんでここにいるの?」
「見ての通り、幽霊よ。なんでって——。
あれ……なんでだったかしら?」
またも気の抜ける答え方だ。とりあえず、脅威ではないと見てよさそうだ。改めて見てみれば、幽霊とはいえ可愛い見た目をしている。長い銀髪に、紫を基調とした足元まで覆う長いスカート。いや、幽霊なら足は無いのか。何故か手には傘を持っている。
そして、半透明で単色なホグワーツで見るゴーストとは違い、実体があるかのようにはっきり見ることができる。
「は、はぁ。それで、幽霊さん。お名前は?」
「あたしを追い出さなくていいの? まあ、仲良くしてくれるなら嬉しいわ。あたしはパメラ。パメラ・イービスよ」
さて、どうしたものか。幽霊自体はホグワーツで散々見慣れているが、自宅に現れるとなると別だ。少なくともアリスとの相性は最悪で、恐怖こそ抱いていないようだが玄関ホールの隅でパメラとできるだけ距離をおきたいという意思を全身で示している。
しかし、このまま追い出してしまうのも酷である。少なくとも、マグルの世界での扱いがここにいるより良いものである可能性は少ないだろう。そもそも、追い出すことが可能かどうかも定かではない。
それに、ここに出現されてしまったということはこの家の秘密といえるものを全て掌握することが可能であるということだ。そんなものを野に放っておいてはプライバシーもへったくれもない。
「……イービスさん、ホグワーツについて来る? お仲間さんもたくさんいるよ」
ならば、近くに置いておけばいい。知り合いに幽霊がいる、というのもなかなか面白そうだ。仲間にしておけば、思わぬところで役に立ってくれるかもしれない。
「ホグワーツ? なにそれ、魔女さん」
「わたしの行ってる学校。魔法学校だよ。名前言ってなかったね。わたしはアルーペ・ミーティス。アルーペでいいよ」
「よろしくね、アルーペ。あたしもパメラでいいわよ。あんまりよそよそしいの、好きじゃないのよ。それで、魔法学校? 面白そうじゃない。あたしも授業受けられるのかしら?」
とりあえず、興味は持ってもらえたようだ。それと、第一印象は最悪だったはずなのに、なぜか異様に親近感がわく。一応、自分もそうであると自覚しているのだが、のんびりとした性格が一致するからだろうか。
「それは多分無理だよ……。パメラは、昔魔女だったとかあるの?」
「分からないわ。生きていた頃のことなんて、ほとんど覚えてないの。いつどうやって死んだかさえも覚えてないしね。……でも、今魔法が使えることは確かよ」
「えっ?」
魔法が使える? どういうことだ。パメラは確かに魔法学校を知らないと言ったはずだ。それなのに、幽霊の状態で魔法を使うというのだ。
「あら、こんな弱々しい幽霊が魔法なんて、と思っているのかしら?」
「あっ、ちがうよ、そういう訳じゃ……」
「いいわ。見せてあげましょう。ダンズフレイム!」
パメラは手に持っていた傘を開くと先端を何もないほうに向け、呪文のような言葉を唱える。すると、傘の駒の全体から一箇所に集中するように炎が噴き出した。それ武器だったのかよ。
「うわあ、危ないっ!」
慌てて周辺の家具や壁、天井に防火処置を施す。いくら守護魔法があるとはいえ、内部から放火されてはたまらない。パメラはそんなわたしを見て、むすっとした顔で言った。
「友達の家を焼き尽くすほど馬鹿ではないわよ」
どうやら、いつのまにか『友達』まで昇格していたらしい。それにしても、本当に魔法が使えるとは驚きだ。それも、見たことのない種類の魔法で、威力もそこそこありそう。これで、知っているだけでも四種類の魔法と付き合っていかなくてはいけないことになってしまった。
「それで? そのホグワーツにはどうやっていけばいいの?」
「えーっと、幽霊でも一緒に転移魔法使えるのかな……」
さっそくパメラはホグワーツに移動する意思を見せた。なるべく早く戻りたいところだが、どうしよう。ホグワーツにいるゴーストとは違って任意の物に触れられるようなので、触れてもらえれば転移できるのだろうか。
「つまり、あたしはどうすればいいのかしら?」
「わたしに『触れて』いれば多分できると思うんだけど——」
「とりあえずはやってみましょ。ついて行けなくたって死ぬわけじゃない……というか、あたしもう死んでるもの」
言われた通り、とりあえず肩に『触れて』もらった。生身のような温かみはないが、それ以外は普通の人間に触れられているのと同じ感触だ。もしかしたら起きている生徒もいるかもしれないので視覚妨害の魔法をかけ、そのままグリフィンドールの談話室に向けて転移魔法を発動。談話室にあるふかふかの椅子に『目標』を置いてある。
「ただいま、キキちゃん」
そこに帰ってくるのを知っていたのか、キキちゃんが暖炉の前の椅子に座っていた。他の生徒は談話室にいないようなので、視覚妨害を解除する。後ろにはしっかりパメラの姿を確認することができた。
「おかえり、アル。——誰? 後ろにいるの」
「あら、お友達? あたしはパメラ。見ての通り、幽霊よ」
「は、はぁ。あたしはキキ。パメラはどうしてここに?」
キキちゃんは面食らいながらも、冷静に受け答えた。もしかすると、こういうことは『前世』で慣れっこだったのだろうか。あまりの反応の薄さに、むしろパメラが驚いていた。
「アルーペに提案されたのよ。理由はそっちに聞いて」
話を振られたので、情報保持のためパメラをここに連れてきたことを説明した。パメラに理由を聞かせるのも初めてだったが、異論はない様子だ。
「それじゃ、あたしはお仲間さんたちを探してくるわね。久々に広々と動き回れるわ」
話から解放されると、パメラは壁をすり抜けて城の散策へと出かけていった。幽霊は幽霊で便利かもしれない。もしかしたら、ホグワーツに沢山あるらしい秘密の抜け道なんかも見つけてくれるかも。
「……マクゴナガル先生には言っておいた方がいいんじゃないかしら? 幽霊とはいえ、非正規の方法で、城の防衛魔法をすり抜けて連れてきたのよ」
「そうだね。事後承諾になっちゃうけど……」
結果から言えば、マクゴナガル先生は快諾してくれた。むしろ、少し変わったゴーストとして興味を持ってもらったぐらいだ。自分やこの城の情報をしっかりと管理させるように、という条件付きであったが、元からそれが目的なので大したことではない。
「それってさ、パメラが見つけてきた抜け道とかも使い放題でいいよ、って言ってるようなものじゃないかしら?」
「想定してなかっただけだと思うけど……」
いたずらっぽく笑うキキちゃんに冷静な判断を返す。精神的な年齢は人格保持の『転生』のせいで自分よりはるかに上なはずなのだが、たまに子供っぽい時もある。年齢といえば、パメラは生まれてからいったい何年の時間を過ごしているのだろうか……。
*
「はい、魔法薬学の宿題。『満月草』についてのレポートを書け、だって」
「ありがとう」
「この材料、心当たりあるでしょ? しっかりバレてるみたいね」
医務室にいるハーちゃんに宿題を届けるのは、新学期が始まって以来日課となっていた。何故ここにハーちゃんがいるのか。彼女がハリー、ロンと共にポリジュース薬を使った際、スリザリンの女子生徒の髪の毛だと思って入れた毛が、実はその飼い猫のものだったらしい。結果、中途半端な変身をしたままになってしまったという訳だ。
ポリジュース薬の製法暗記テストでもしてみようか、とか考えていると、非常識な方向からの来客があった。
「あっ、パメラ。どうしたの?」
「あら、あなたがアルーペの話していた幽霊?」
マダム・ポンフリーの視線を気にもせず扉をすり抜け、医務室にパメラがやってきた。ちなみに、ハーちゃんには転移魔法で連れてきた、とは流石に言えないので、クリスマスに自宅から送りつけられた、と説明してある。嘘は言っていない。
「あなたがハーマイオニーさん? 思っていたより人間に近い見た目なのね」
「元々人間よ。アルーペ、この幽霊に何教えたのよ」
「間違って猫に変身しちゃったとしか……」
実際には事故を起こした直後の様子を事細かに説明してあげていたのだが、適当にやり過ごしておく。もし正直に言ったら——恐ろしい未来が見える。
「それで、何か言いに来たんでしょ?」
「そうそう。三階の女子トイレに、なんか怪しい日記? が転がってて、ハリー・ポッターが持って行っちゃったわ」
「怪しい日記?」
パメラによれば、その日記には『T・M・リドル』の名前が記されていて、中身は五十年前の日付以外に何も書かれていなかったという。何故トイレに転がっていたかといえば、誰かが個室にこもっていた『嘆きのマートル』に向けて投げ入れ、怒ったマートルが水で流し出したから、らしい。
「ハリーのとなりにいたロンって子は、魔力は感じられない、マグルの日記帳だ、って言ってたんだけれど、あたしは確かに魔力みたいな力を感じたわ」
「そんなものを一体誰が『投げ入れた』んだろう? 『T・M・リドル』なんて人、ホグワーツにいたっけ」
「ハーマイオニー、お得意の『本で読んだ』はリドルとやらの名前には発動しないのかしら?」
記憶の海を捜索しながら首を傾げると、それを見たキキちゃんがハーちゃんにも皮肉交じりの問いを投げるが、図書室の守神は首を横に振った。
「おあいにく様、ね。でも——」
「図書室に行けばわかるかもしれない、でしょ?」
「あら、よく分かったじゃない」
笑って答えるあたり、ハーちゃんはもうこの扱いには慣れているのかもしれない。調べ物がハーちゃんに頼めれば、わたしよりもう少し効率よく結果を出してくれそうだが、ミーティスのことである以上仕方がない。そんなことを考えながらふと後ろを振り返ると、ちょうどマダム・ポンフリーが薬を持ってこちらにやってくるところだった。
「幽霊の面会を許可した覚えは無いのですがね。ともかく、この調子なら明日には退院できますから、話はその後にしなさい」
特に拒否する理由もなかったので、パメラを手招きして大人しく医務室を後にした。
新キャラ登場。わかる人はタイトルでわかるやつ。
これでクロス原作タグも全回収。予定では新規キャラはあと1、2人だけ。
足縛りの呪い
某作品の誰かさんみたいにナイフでぶっ刺したりはしません。桔梗の高速移動はあれにヒントをもらったようなものですけどね。
加速キキ
RPG風に(前話後書き参照)
スキル『ゲシュヴィント』 MP-16、素早さ+128
ポリジュース薬
ゲーム版ではスリザリンの得点を減らすことができます。そりゃ禁書行きになるわけだ。
魔力消費
まだ魔法変換効率が悪い。相互変換すると消費量がえげつないです。
パメラ・イービス
『ユーディー』以降のアトリエシリーズの常連キャラ。
テーマ曲は『幽霊少女 for 作品名』となっています。
今話の副題はそれに倣いました。
傘の駒
布やビニールでできている部分。
プライバシーもへったくれもない
本に書いてあること、文面に書き残したこと、色々な情報がミーティス邸には眠っています。
幽霊/ゴースト
原作からいたのをゴースト、パメラを幽霊と表記することにします。
ハリポタのほうのゴーストは、原作者さんの解釈が若干異なるからです。
猫マイオニー
嬉しそうにパメラに語るアルーペを想像しましょう
パメラのスペック
前話後書きみたいな感じで書くならこうなります
――――――――
パメラ
・HP 0 物理攻 48 物理防 null
・MP 48 魔法攻 96 魔法防 32
・素早さ 32
・装備補正 なし
――――――――
夏って嫌い。
無気力になる(´・ω・`)
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第13話 トム・マールヴォロ・リドル
翌日、無事に退院(?)しグリフィンドール塔に戻ってきたハーちゃんは、すぐに『リドルの日記』について解明するためいつもの四人を招集した。パメラに聞いた話をもう一度繰り返すと、ロンは『T・M・リドル』の名前を見たことがある、と言った。
「フィルチに処罰でトロフィーを磨かされたんだけど、こいつの『特別功労賞』の盾は大変だったよ」
「特別功労賞?」
「学校から贈られる賞みたいよ」
リドルはいかにして『特別功労賞』を得たのか。そのヒントは日記が五十年前のものである、というところにあるかもしれない。
「『秘密の部屋』が開かれたのも、この日記の年も、今から五十年前だね」
「それじゃあ、こいつが『継承者』をあばき出して学校を救った、ってことか?」
「でも、日記には何も書かれてないよ。手掛かりにはなりそうにない」
ハリーの言う通りだった。この日記帳がもしも日記として使用されていたのなら『部屋』についての謎の答えが書かれていたかもしれないが、現実には日記は白紙のままで、ページの端には日付だけが印刷されている。
「もしかしたら、今回の『継承者』がそれを知られるのを防ぐために消したのかもしれないわ。アルーペ、ちょっとページを開いて——『
ハーちゃんが杖で叩いた後も、日記は依然として日付しか書かれていない状態だった。自分も何度か杖を降ってみたが、それが変わることはない。
「でも、パメラは確かに魔力を感じる、って言ったんだよね……」
「ぼくたちには何も感じられないんだから、影響があるとしても幽霊だけ、とかだよ。恥ずかしがりの霊でも宿ってるんじゃないか?」
その後、パメラにトロフィー室を調査してもらったところ、『魔術優等賞』のメダルや首席名簿にも名前が載っていたという。 分かったのはそれだけで、何故『特別功労賞』や『魔術優等賞』を獲得したのかは謎のままだった。
*
「ねえドラコくん、T・M・リドルって人知ってる?」
「リドル? 聞いたことないな。そいつがどうかしたのか?」
魔法薬学の時間。一応魔法界には明るいはずのドラコにも探りを入れたが、やはり有力な情報は得られなかった。事情を説明し、パメラだけが何らかの力を感じ取れたと伝えると、少し悩んだ後、ドラコはひとつの考えを示した。
「多分、その幽霊は魔力じゃない別の力を感じ取ったんだ。『霊力』と言ったかな、そんなのがあると父上から聞いたことがある。そのリドルとかいう魔法使いは、ゴーストとなってこの世に残ったあと、日記に何らかの術をかけてその内容を消し去ったのかもしれない」
「じゃあ、パメラがその霊術を解くことができれば、日記の内容が分かる? きっと『部屋』について書いてあるかもしれない——」
少し期待をして色々と考えようとしたが、ドラコのほうは悩みの顔を崩すことはしなかった。
「霊力は幽霊でもそう簡単に使える力じゃないらしいんだ。幽霊になってからそれを身につけるための訓練が要るし、それも生前の魔法の腕とかに影響されるらしい。リドルって奴はそんな色々な賞を取るほどの魔法使いだったんだろ? 霊術もそうとう高度なものに違いないさ」
「うーん、確かにあのパメラじゃ太刀打ちできないかも。霊力を感じとれても『魔力みたいな力』って言ってたあたり、霊力って言葉すら知らないみたいだし……」
「まあ、試すだけ試してみてもいいんじゃないか」
落胆してため息をつくと、ドラコが慌てて付け足した。その様子を見ていたキキちゃんは、あることに気づく。
「……ところでマルフォイ、あなたの大鍋、ポッターと同じ色になってるわよ」
ドラコの顔から血の気が失せた。隣のわたしの鍋と自分の鍋を交互に見比べる。喋りながら調合していたため、どこかで何かの材料を入れ忘れでもしたのだろう。
「まあ、あんたは寮監のご贔屓があるから減点はされないでしょうけど、あのポッターと同じ程度でいいのかしらね?」
「……今から作り直しても間に合いそうだな。ミーティス、これを『消失』させてくれ」
*
「霊力? なるほど、魔法じゃなかったのね」
「それで、この『日記』にかかった霊術をどうにかできないかなぁと思ったんだけど……。霊力の存在も知らなかったんじゃ、ムリだよね……」
グリフィンドールの談話室。ドラコには試すだけ試せ、と言われたが、そもそも試す手段がない。諦めつつもパメラには伝えておいた。しかし予想に反して、パメラは得意げな顔に変わった。
「そんなことないわよ。傘で使うのは魔法だけど、そうじゃない『魔力みたいな力』のほうも少しは使えるわ。その万年筆からも感じるけど……。名前が分からなくちゃ使っちゃいけない、なんて決まりはなかったもの」
「まあそうだよね。いくらパメラでも……。
——って、それほんと!?」
嬉しい誤算だ。確かに、名前は知らなくとも力は使える。筋肉がそこにあることを意識しなくたって腕が動かせるのと一緒……なのかは分からないが。
「ええ。透明になったり物を動かしたりするのもその力を使うの。文字を見えないようにする、っていうのはやったことないけど……。やってみなくちゃ分からないわ」
「それじゃあ、ちょっとハーちゃんを呼んでくるよ。キキちゃんはハリーたちのほうをよろしくね」
わたしが視覚妨害を解除すると同時に、パメラは一旦透明化する。他の生徒は、パメラの存在こそ知っているものの彼女とわたしの関係は知らない。あんまり仲良く話し込んでいたら不自然だ。
談話室にハーちゃんの姿は見えなかったので階段を上り寝室に入ると、予想通りベッドに腰掛けて本を読んでいるところだった。ドアを開ける音に顔を上げたハーちゃんと目が合う。
「どうしたの?」
「パメラが『日記』の謎を解けるかもしれないよ」
問いに『かも』を強調して答える。ハーちゃんは一瞬だけ驚いたような表情を見せると、読んでいた本をベッドの上に投げ出して駆け寄ってきた。もうちょっと丁寧に扱いなさい。
そのまま談話室に戻ると、ちょうどハリーが『日記』を持ってきたところだった。
「どういうことだい? 幽霊ならこれをどうにかできるって……」
「ロンは『日記』から魔力は感じられない、って言ってたみたいだけど、魔力とは違う別の力が使われてるらしいんだ」
視覚聴覚妨害魔法をかけ直すと、ハリーたちに『霊力』について説明した(ドラコから聞いた、と言うとハリーは苦い顔をした)。ちゃんと理解しているのかは怪しいが、パメラならどうにかできる可能性がある、とだけ分かってもらえればそれで十分だろう。
「じゃあパメラ、お願い」
「了解よ。……ちょっと離れてた方がいいかもしれないわ」
パメラはそう忠告すると、開いた傘を上下逆さに床に置き、そのなかに日記を投げ入れた。日記は傘に叩きつけられることなく、駒に囲まれるような位置に浮かび上がった。
「すごいな、これが『霊力』か」
「違うわ。魔法でそれを使う準備をしただけよ。そのまま使ったら床に穴が開くわ」
感嘆の声を上げるロンを鼻であしらったパメラは、全員が傘から距離をとったことを確認すると傘の上に両手をかざした。すると、手のひらに豆電球ほどの大きさの青白く光る球体のようなものが現れた。
「今度こそ霊力か」
「この力は魔法と違って杖はいらないし、多少なら体を動かさなくとも使えるわ。今は手に集中させてるけど……」
「やっぱり力の種類が違うのね。見えるだけで、何も感じられないわ」
ハーちゃんの言う通り、光によってエネルギーが存在していることを確認することこそできるが、魔法のような目に見えない力は感じ取れない。
白い球体はだんだんと大きくなり、こぶしほどの大きさになった。パメラは日記に目を戻し、球体を日記の真上から振り下ろした。日記に叩きつけられた球体は粉々に散らばり、傘の中を真っ白に輝かせる。
感じることこそできないが、光のまばゆさからその力の強さは明確であった。傘がなかったら床に穴が開く程度では済まないだろう。あまりにも強い光に思わず目をつぶっていると、少しして聞いたことのない少年の声を耳にした。
「やめてくれよ」
「あら、これはびっくり」
どうやらパメラは術を止めたようだ。強烈な光が失せたことをまぶた越しに確認したので、ゆっくりと目を開いた。
「えぇっ」
その声の主は日記の上に浮いていた。我々より四歳ほど上の少年で、ゴーストのように半透明だ。これは誰なのか。状況からそれを察するのは容易であるが、受け入れるのは簡単なことではなかった。
「あなたが、T・M・リドルさん?」
「そう、僕がトム・マールヴォロ・リドルだ。いくら記憶とはいえ、まさか幽霊にこんな仕打ちを受けるとは……」
リドル自身の話によると、この日記帳には学生時代のトム・リドルの『記憶』が保存されていて、本来は日記に文字を書くことでその『記憶』と会話ができるという代物だったらしい。パメラに大量の霊力を注ぎ込まれた結果、こうしてゴーストのように空間上に身体が再現された、とのことだ。
「それじゃあ、トムさんは学生時代に亡くなったの……?」
ゴーストにならないと使えない『霊力』によって彼の記憶はここに留められている。つまり、リドルは学生時代に霊力を使える状態、すなわちゴーストだったはずだ、と考えて質問した。しかし、リドルは首を横に振った。
「何故そうなる。僕が記憶を込めたのは生きている間だし、今も死んではいないはずだ」
「だって、『霊力』はゴーストにしか使えないんじゃ……」
疑問を口にすると、リドルは急に表情を歪めた。なにか知られたくないことがあるのか、話は流されてしまった。
「……知らん。ところで、君達はこの日記をどうやって見つけたんだ?」
追求しようかとも考えたが、今求めている『情報』を隠されてしまう可能性を考えると下手なことは言えない。同じことを考えているのか、はたまた何も考えていないのか、ハリーは素直にリドルの質問に答えた。
「誰かがトイレに流そうとしていたんだ」
「日記を、トイレに……。文字で残しておかなくて正解だったな」
リドルの言葉は嘘ではないようだが、それとは違う、どこか未練がましい響きが込められていた気もした。こんどはキキちゃんがおそるおそる、といった様子でリドルに疑問を訴えた。
「それで、なんであんたは『記憶』をこんな方法で残しておこうと思ったわけ?」
「僕の偉大な功績を残しておこうと……なんて単純なことじゃないのはバレてるみたいだな。——ここには、歴史からは隠されてしまった、恐ろしい出来事が記されている」
思ったよりすんなりと答えてくれた。記憶の内容を宣言したということは、それを伝えてくれるつもりがあるということか。少し気が楽になった。それなら、と落ち着いた声を意識して核心に迫る問いを投げかける。
「その……。リドルさんは『秘密の部屋』について何か知ってますか?」
「もちろん知っているさ。原因は、まさにそいつだったからね。
僕の学生時代、『部屋』は伝説だ、存在しないものだ、と言われてきた。でも、ある日突然それは開かれることになった。解き放たれた怪物に襲われて、一人の生徒が殺された」
「じゃあ、あの『特別功労賞』は……」
「そう。僕がその犯人を捕まえた。もっとも、そいつは退学にこそなったものの投獄はされなかったし、事件はディペット校長にもみ消されたのだがね。『特別功労賞』だって、その不名誉な事件を明かされないための口止め料だったのさ」
それならトロフィーに受賞理由が記載されていないことも説明がつく。予想通り、リドルは『秘密の部屋』から学校を守ったのだ。ここで、ハリーはリドルの話に不足している部分があることに気づいた。
「えっと、『怪物』そのものは……」
「捕まってないよ。まだこの城のどこかでのうのうと生きているはずさ。犯人だって生きているし、いつ同じことが起こってもおかしくないね」
「……残念ながら、もう起こっているわ」
キキちゃんは『秘密の部屋』に関するとされる一連の事件を話した。リドルは特に驚く様子もなく、まるで既に知っていたかのように表情を変えずに聞いていた。調子を狂わすことなく、リドルは落ち着ききった声でひとつの提案を返した。
「お望みならば、僕が犯人を見つけた夜を君たちに『見せて』あげることもできる」
「見せ……?」
「危険のない方法で頼むわよ」
キキちゃんの言葉を肯定と受け取ったリドルは、記憶を『見せる』ためか、日記の中へ吸い込まれるように戻っていった。
不思議なその様子を見守っていると、突然日記が強風に煽られたようにめくられ始め、『六月十三日』のページで止まった。それと同時に日記からはまばゆい光が飛び出し、視界を覆い尽くした。
「この状態だと自分の姿を第三者視点で鑑賞することになるのか……」
またしばらく目をつぶっていたが、リドルのものと思われる声に目を開くと、周りの景色はグリフィンドールの談話室ではなくなっていた。部屋は円筒の形をしていて、壁には複数の肖像画が並べて掛けられている。豪華な机の向こうには窓があり、夕焼け空がのぞいている。魔法の道具のようなものも棚に収められていて、ハーちゃんは真剣そうにそれを見つめている。
「校長室ね。適当に壁をすり抜けてたら来ちゃってたことはあるけど、校長先生は驚いてすらいなかったわ」
パメラは現代のホグワーツでここに来たことがあるようだ。校長室の様子は話にだけ聞いたことがあったが、確かにその通りであった。
しかし、目の前の椅子に座って手紙を読んでいる老人は、はダンブルドア校長ではなかった。ハリーがその老人に歩み寄って話しかけようとすると、リドルが制止した。
「無駄だ。君たちは僕の『記憶』を見ているだけにすぎないんだ。干渉することはできない」
納得したのか、ハリーは後ずさりして机から離れた。少しすると、誰かが入り口の扉をノックする音が響いた。
『お入り』
当時の校長と思わしき老人は、しわがれた声で答えた。扉を開けて入ってきたのは、日記から出てきたものとは違い、はっきりと見ることのできるトム・リドルだった。ゴーストのような状態では気づかなかったが、胸には監督生のバッジがつけられていた。
「僕だ」
「見りゃわかるよ」
「自分の姿を外側から眺めるなんて、不思議な気分だ」
『あぁ、リドルか』
『ディペット先生、なにかご用ですか』
記憶の中のほうのリドルは、少し緊張している様子だった。会話から察するに、ディペットという名前らしい校長先生から呼び出されたのだろうか。
『ちょうど君がくれた手紙を読んでいたところじゃ。
……夏休みの間、学校に残ってもらうことはできないのじゃよ。休暇には、家に帰りたいじゃろう?』
『いいえ。僕はむしろここに残りたいんです。あそこに帰るのは——』
即答だった。しかし、どうしてその答えに至ったのだろうか。『あそこ』とはどこなのだろうか。
『……休暇中はマグルの孤児院で過ごすと聞いておるが?』
ディペットは探るように聞いた。わたしと同じ疑問を抱いているのだろう。
『はい』
『君はマグル出身かね?』
『母が魔女で、父がマグルです』
『それで、ご両親は?』
孤児院にいる、という時点で察するべきでは、とは思ったが、記憶のリドルは特に表情を変えることなく答えた。
『母は僕が産まれて、名前をつけるとすぐに亡くなったと聞きました。父親の名からトム、祖父の名からマールヴォロです』
リドルは父親の行方について言及しなかったが、ディペットはそれ以上の追求はせず、哀れみのため息をついて結論を出した。
『しかしじゃ、トム。普段なら特別な措置を取ろうと思わんこともないのじゃが、この状況では……』
『襲撃事件のことでしょうか?』
『その通りじゃ。愚かしいことに、今ここがその孤児院より安全であるとすら言い切れない状況なのじゃ。
……実を言うと、魔法省はこの学校の閉鎖すら考えておる』
記憶の中のリドルはこの言葉に動揺したのか、目を見開いた。
『先生、もし——もしも、その犯人が捕まったら? ——事件が解決したら?』
『……何か知っているのかね? 事件について』
『いいえ』
リドルは慌てて否定した。この言葉が真実でないことを察するのは容易だったが、ディペットは文字どおりに受け取っておくことにしたらしい。
『トム、もう行ってよい』
記憶の中のリドルはすぐに席を立ち、校長室から出て行った。日記から出てきたほうのトムの指示に従い、わたしたちはその後を追った。
リドルは日の沈んでゆく窓の外には目もくれず、うつむいたまま廊下をひたすら早足で進んでいった。階段をいくつも降り、玄関ホールまでたどり着くと、ようやく三人目の登場人物が現れた。
『トム、こんな遅くに何をしているのかね?』
見覚えのあるメガネをかけた顔と長いあごひげから、それは五十年前の、校長になる前のダンブルドアだと察することができた。
『校長先生に呼ばれていたので』
『そうか。早くベッドに戻りなさい。事件は君も知っているだろう』
リドルはスリザリン寮があるのであろう地下へと向かった。そういえば、ハリーとロンはポリジュース薬を使ってそこに侵入したのだったか。
しかし、リドルは寮へとは戻らなかった。途中で急に向きを変えると、地下牢の見慣れた一室、『魔法薬学』の教室へ入っていった。
灯りもつけずに扉を閉め、教室の中は真っ暗になった。かろうじてリドルの姿は見えるが、扉の隙間から外の様子をうかがっているだけで動きは見られない。
「一体何をやっているんだ?」
「しばらく待ってくれ。残念ながら早送りする機能はついていないみたいなんでね」
言われた通り、ひたすら待った。そういえば、記憶を観ている間は『現在』の時間はどうなっているのだろうか。『現在』に現れたほうのリドルに聞いてみたところ、これは全て脳内で繰り広げられているもので、体感では長い時間でも実際には一秒ない程度の時間しか経っていないらしい。会話ができるのは『日記』経由で脳内の情報を共有しているからだとか。
体感で一時間が経っただろうか。記憶の中の世界にも動きがあった。突如、廊下の方から足音が聞こえてくる。慎重に歩いているが隠しきれない、といった程度の控えめな音だったが、リドルの足に力が入るのがうかがえた。足音が扉の前を通り過ぎると、リドルは音も立てずに廊下に滑り出た。消音呪文でも使っているのか、こちらは完全な無音で足音を追っている。
しばらく歩くと、リドルは別の物音を聞きつけてその方向に足を向けた。扉の近くの物陰に姿を隠れてその中にいる何者かを待ち受けるようだ。扉が軋みながら開くと、中にいる人間の声を聞き取ることができた。
『おいで、お前さんをこっから出さなきゃなんねえ。ほら、箱の中に——』
どこかで聞いた声である。というか、こんな口調の人間は一人しか知らない。
リドルは物陰から飛び出し、開ききった戸口に立ち塞がった。部屋の中では声の主が大きな箱の横に腰を下ろしていた。
『観念するんだ、ルビウス。襲撃事件が止まなければ、ここが閉鎖される話まで出ているんだ』
『な、なにが言いてえのか——』
『君が誰かを殺そうとしたとは思わない。でも、その怪物はペットには相応しくないんだ。運動させようとしてちょっと放したつもりでも——』
『こいつは誰も殺しちゃいねえ!』
ルビウスと呼ばれた少年——五十年前のハグリッドは、必死で箱の中の『ペット』の無実を主張した。しかし、リドルは聞く耳を持たず杖を振る。強烈な光とともに、少年は部屋の反対側まで吹き飛ばされた。箱からは『怪物』が姿を現わす。それを見た途端、ロンが悲痛な叫び声をあげた。
その正体は巨大なクモで、杖を構えるリドルを突き飛ばしながら廊下の向こうへ逃げていった。リドルは振り返って怪物を仕留めようと杖を振るが、ハグリッド少年の妨害もあり完全に逃げられてしまった。
「『秘密の部屋』を開けたのは、ハグリッドだったんだ」
グリフィンドール寮に戻ると、ハリーが言った。たしかに、この記憶だけならその説が濃厚に見える。しかし、キキちゃんやハーマイオニーはこれに少し違和感を覚えているようだった。
「スリザリンの怪物がクモ、なんてことあるかしら? それに、ハグリッドがそれを解放できる立場にあったとは思えないわよ」
「キキの言うとおりよ。『秘密の部屋』を開けるのはスリザリンの後継者。あの人がスリザリンの親戚だと思う?」
しかし、ハグリッドが危険な生き物をペットとして扱うことが好きなのは事実である。そして、リドルが賞をもらったということは、ハグリッドを突き出したら事件は収まったということだろう。
「リドルさん、あなたは……あれ?」
リドルに話を聞こうとした、そこにリドルの姿はなく、日記が転がっているのみだった。その様子を見てパメラが傘を閉じながら言う。
「霊力を注ぎ続けないと、姿は出てこないみたい。あたしも無尽蔵に霊力があるわけじゃないから……」
ハーマイオニーはハグリッドに直接聞きに行くことも提案したが、本人の気持ちも考えてそれは見送ることにした。
ハリーは自分にもリドルの気持ちが分かる、と語った。両親はすでにこの世にはおらず、マグルの親戚のもとで暮らすよりも学校にいた方が何倍も楽しいと。
自分も両親を幼い頃に失っている。もしもアリスがいなかったら——。とても想像つかない話だった。
*
そのまま特に問題は発生せず、一ヶ月が過ぎた。石化を治療する薬の材料のマンドレイクは順調に育ち、スプラウト先生は機嫌が良かった。被害者から真実を聞きだせるのもそう遠くない話だろう。
校内での話題といえば、三年生で受講する科目を決めなければならない、ということだった。一年生からの科目は継続して受講必須で、新たに『占い学』『数占い』『マグル学』『魔法生物飼育学』『古代ルーン文字学』からいくつかを選ぶことができる。
ハーちゃんは「将来に大きく影響する」などと言いながら全科目に印をつけたが、どう考えても一人で受け切れる量ではない。
わたしとキキちゃんは『魔法生物飼育学』『占い学』を選んだ。この二科目は、特に理由があるわけでもなく、完全に「なんとなく」で選んだ。この世界では、たぶん直感を信用するべきだ。たぶん。
後で聞いたところ、ハリーとロンも同じ科目を選んでいたらしい。他の人も大抵二科目程度で、やはり全科目を取るなどハーちゃんは正気とは言い難い。正気狂気以前に、物理的に不可能だと思われるが、それを解決してしまう魔法があったりするのだろうか。手数では勝っているものの、魔法の腕では明らかにグリフィンドールの才女には勝てない、としみじみ思った。
*
明日はクィディッチの対ハッフルパフ戦。そんなことは気にも留めずに夕暮れの談話室でキキちゃん、ハーちゃんと『古代ルーン語のやさしい学び方』を読んでいると、部屋に戻ったはずのハリーとロンが階段を駆け下りてきた。
「『日記』が盗まれた?」
「ああ。部屋が荒らされてて、持ち物を調べたらハリーの日記だけ無くなってたんだ」
盗まれた、というのは確実だが、一体誰がそんなことをしたのか。ここには合言葉を知っている者——原則はグリフィンドール生のみしか入れないはずだ。例外は——。
「誰かが合言葉をうっかり漏らしたのかもしれないわ」
キキちゃんは犯人が外部の人間である可能性を指摘した。ありえない話ではない。それを確かめる方法を思いついたので提案する。
「『太った婦人』に聞いてみようよ」
……結果からいえば、外部犯である可能性は完全に消滅した。『太った婦人』はグリフィンドール生以外は見かけていない、と答えたからだ。
「パメラー!」
談話室に戻ってきて、まずはパメラの助けを借りようと呼んでみた。しかし、応答はなかった。
「どうしたのかしら?」
「パメラなら『日記』がどこにあるのか、霊力を感知して分かると思うんだけど……。もう寝ちゃったのかな」
「幽霊って寝るのか?」
「寝るみたいよ」
ロンの疑問にキキちゃんが答えるが、それが分かったところでこの状況を打開できる訳ではない。今日のうちにできることはこれ以上ないうし、明日にはクィディッチの試合もある。
捜索は一旦諦め、全員ベッドに戻ることとなった。
*
翌朝。天気は快晴で、気温もちょうど良い。これ以上ないクィディッチ日和だろう。少なくとも、ハリー以外の人間には。
「また、あの声だ!」
朝食を終え、大広間からクィディッチ競技場へと向かっている途中、ハリーが突然叫ぶ。
声と言われても、わたしには何も聞こえなかったし、他の人も同様らしかった。そういえば、最初の事件が起きる直前にもこんなことがあったとか言っていたか。
直接の関係は不明だが、これが事件の前ぶれだとすると、また誰かが石にされるのか。ハリーだけに聞こえる形で警告を残す何者か……。
——ん? ハリーだけに……?
「ねえ、ハーちゃん」
「ええ。図書室に行きましょ」
どうやらハーちゃんもわたしと同じことを考えていたらしい。体を一八〇度回転させ、一目散に階段を駆け上がっていった。
「試合までには戻るから!」
そう言い残し、ハーちゃんの後を追う。この数秒間にもハーちゃんとの差は開かれていたので、少しずるいが彼女の真後ろに転移する。
「あ、パメラ」
それと同時に目の前にパメラが現れた。先ほどの会話を聞いていたらしく、顔を見るや否や壁飾りを指して言った。
「図書室への近道、このタペストリーの裏よ」
それはありがたい、とハーちゃんは布を捲り上げるが、裏側には壁しかない。申し訳なさそうにパメラが続ける。
「——壁をすり抜けないで入る方法が分からないけど」
つまり、通路はあるものの出入り口は塞がれているということだ。それじゃ意味ないじゃん、と口を開きかけたが、ハーちゃんがそれを止めた。
「アルーペ、ちょっとこれ持ってて」
言われたとおりにタペストリーを押さえていると、ハーちゃんは杖を取り出して何か言いながら壁を叩いた。すると、石壁が音を立てて扉のように開き、その向こうに階段が現れた。
「す、すごい……」
「急ぐわ」
一段飛ばしで階段を上がる。幸いにも図書室は二階なのでそこまで体力を消費しないで済んだ。
出口は杖で叩かずとも勝手に開いた。タペストリーをくぐると、図書室の少し手前の廊下に出る。
「へぇ、ここに出るのね」
角を曲がると、すぐに図書室へたどり着いた。普段は丁寧に扱われるその扉は、今日ばかりは大きな音を立てて乱暴に開かれた。教師もマダム・ピンスもみなクィディッチ会場に向かっているところで、それを咎める者もいない。
「ハーちゃん、この本じゃない?」
目的だと思われる本を渡すと、ハーちゃんは目次に一瞬目をやり電光石火の勢いでページをめくりはじめた。目的のページにたどり着くと——
「えぇっ!? ちょっとハーちゃん何やってるの!」
思いっきりそのページを破りとった。書き写している暇はない、とハーちゃんは主張する。
「やっぱり、思ったとおりよ。犯人がこいつだとすれば——」
ハーちゃんは一枚の紙と化した本の一部に何かを書き込んだ。
「すぐに伝えにいくわよ。あ、アルーペ。手鏡とか持ってない?」
「なるほど。直接じゃなきゃ大丈夫っぽいもんね。持ってるよ」
提案に乗って『袋』から二つ鏡を取り出すと、一つをハーちゃんに渡した。扉を閉めることもせず、廊下に飛び出す。隠し通路までの唯一の曲がり角の手前で鏡を掲げ——。
ヴィオラートのアトリエを買ったら中身がユーディーのアトリエだったのでやけくそでトトリとメルルを買ったうp主です。
独自展開多めの回でした。まだ原作に沿ってますけどね。
パメラに調査依頼
幽霊なら昼夜関係なくどこへでも行けます。
霊力
幽霊になると魔力の他に霊力も使えるようになります。独自設定。
ドラコ・マルフォイ
今作のドラコは「綺麗なフォイフォイ」を目指しています。
嘘です。
霊術
霊力を使った術。戦前のインチキ療法ではないです。
リドル出現
申し訳程度の独自要素。
記憶鑑賞の仕組み
完全独自設定。公式設定があったらごめんなさい。
秘密のショートカット
パメラさん本領発揮。某親世代四人組も知らない通路があるかも?
図書室直行
このへんをハーマイオニー視点で書いた作品ってあまり見ない。と思って書いてたんですが、よく考えたらネタバレの塊ですね。一応伏せましたが。
原作から中途半端に離れたせいで書くのにものすごく時間がかかりました。
お盆休みに帰省する車の中でも、カメラを膝に乗せたままあいぽんとにらめっこ。一枚もシャッターを切らぬまま到着していた、なんてことが。アルーペと違ってデジタルカメラですがね。
車から見える風景っていいですよね。運転しない立場だから楽しめることですけど……。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第14話 希望と嘘
「この試合は中止です!」
試合前の準備飛行をしていると、魔法で大きくした声で叫びながらマクゴナガル先生が駆け込んできた。ウッドが抗議するが、そんなことに構ってられない、という様子だ。一体なにがあったというのか。
「全生徒はそれぞれ寮に戻りなさい。寮監から詳細をお伝えします。できるだけ急いで!」
落ちる勢いで地面に戻ると、マクゴナガル先生はあたしとポッターに手招きしているようだった。
少し距離があったので、もう一度地面を蹴って先生のところまで飛ぶ。ハリーは元から近くにいたのですでに到着していたが、もう一人、生徒の群れの方から近づいてくる人がいた。
「ウィーズリー、あなたも来た方がいいでしょう」
言われるままにしばらく着いて行く。マクゴナガル先生はずっと険しい顔で口を開かなかったが、医務室の前までくると立ち止まってゆっくりと口を開いた。
「ショックを受けるかもしれませんが——」
まさか……。その次の言葉に備える。マクゴナガル先生は続けた。
「また襲われました。二人同時に」
先生が開けた医務室の扉をくぐり、中に入った。マダム・ポンフリーの両脇にあるベッドには——。
「アルっ!」
「ハーマイオニー!」
朝食後に別れた二人が、目を開いたまま文字通り固まっていた。あたしはただ、その場に突っ立っていることしかできなかった。少しして、マクゴナガル先生が声をかけてきた。二つの手鏡を手に持っている。
「二人は図書室の近くで発見されたのですが、そばにこれが落ちていました。何か心当たりはありますか?」
首を横に振った。恐らく、これは怪物に関係していて、アルたちはその正体をあたしたちに伝えに来る途中で襲われたのだろう。
「——寮まで私が送って行きましょう。生徒への説明もしなくてはなりませんし」
寮に戻ってからのマクゴナガル先生の話を簡単にまとめれば、毎日午後六時以降は絶対に寮から出るな、授業での移動やトイレの際は必ず教師が付き添う、クィディッチの練習、試合は延期、といった具合だった。
——アルとハーマイオニー、あの二人がいながら何故。
未だにこの状況は受け入れがたい。もし仮に怪物と遭遇しても、アルなら返り討ちにしてくれるだろう、とたかをくくっていたところもある。ハーマイオニーも、知っているなかではかなり魔法の上手い人だ。
こんな状況でも二人を医務室送りにする怪物。それをどうにかすることなどできるのだろうか。
「——ダメよ。そんな弱気になっちゃ」
しかし、悲劇はそれだけでは終わらなかった。
翌朝、談話室に降りるとポッターとウィーズリーが珍しく早起きして話していた。あたしの姿に気づくと、話に加わるように手招きしてきたので駆け寄る。
「何よ?」
「……昨晩、ハグリッドがアズカバン送りになったうえに、ダンブルドアが校長をやめさせられたんだ」
「は、はぁ……」
なるほど、門番がアズカバンに。まあ前回の容疑者だしね。そんでもって、校長が——
「……え?」
どうやらあたしは耳鼻科にかかる必要があるらしい。きっと聞き間違いだろう。きっとそうであり、そうに違いなく、そうと思いたい。
「『透明マント』で抜け出してハグリッドのとこに行ったらファッジ大臣とルシウス・マルフォイが来て、目の前で連れていかれた」
「きっとルシウス・マルフォイのやつ、理事たちを脅したか買収したかして、ダンブルドアへの停職命令に賛成させたんだ」
吐き捨てるようにポッターとウィーズリーが言う。聞き間違いではなかったうえ、情報元も本人が直接見たという限りなく正確なものである。嬉しくない知らせは事実と確定してしまった。
「ハグリッドはまだ分かるとして、校長まで……。今度こそ、誰か、死ぬわよ」
思わず喉を震わせるが、二人ともうつむいたまま黙っていた。『例のあの人』ですら恐れる存在、ダンブルドア。ホグワーツの安全はそこに保証されていた。
つまり、今のホグワーツはなにが起こってもおかしくない状況だ。このまま黙って見ているわけにはいかない。今こそ冷静になるんだ、渡邉桔梗。
「……『日記』がなくなって、ポッターが変な声を聞いて、また事件が起こった。この三つは、確実に関係してると思うわ。他にも探せば、手がかりがあるかも……」
「あー、あと。ハグリッドが、クモを追え、なんて言ってた」
捜索の提案をすると、ウィーズリーが想像もしたくない、という顔で言った。確かクモが大の苦手だったか。
「クモ、ねぇ……。そういえば、最近見かけないわね」
「そう、そこなんだよ。ハグリッドなら『部屋』のヒントを知ってるのは間違いないけど、いないものを追えと言われてもできない」
あたしの言葉にポッターが答える。ぐうの音も出ない正論だ。クモを見つけさえすれば大きなヒントが得られるのだろうが……。
「それじゃ、クモを探しつつ他の手がかりも探していきましょ」
こんな時、アルならどうしただろうか。きっと探知魔法か何かで一瞬でクモを見つけてしまうだろう。
……クモを追って得られるヒントというのがどんなものかも想像つかないが。
「他の手がかりってのは、どうすりゃいいんだ?」
「そうね……。いつもと違うこと、それを徹底的に探す。関係なさそうに見えることでも、意外に関係があったりするものよ」
ウィーズリーはなるほど、と一考すると例を挙げる。
「君のネコがやたらぼくに敵対してることとか?」
「それはあんたが悪いんじゃないかしら。
……そうね、ジジにもあまり外に出ないように言っておかないと」
真面目に言っているのか堅い空気を緩める冗談のつもりなのかいまいち分からなかったが、とりあえず一つするべきことは見つけた。続けて、ポッターも何かを思い出した様子だ。
「そういえばハグリッドが、雄鶏が不審死してるって言ってた」
「雄鶏……。怪物のエサにでもするのかしら」
「死骸は残ってたみたいだよ。あんまり見てて気持ちのいいものじゃなかったけど……」
その様子を思い出してか、ポッターは表情を歪める。雄鶏を殺めたのが『継承者』だとすると、そいつにとって雄鶏がホグワーツにいるのは都合が悪かったということになる。継承者にとって不都合となる要因——
「怪物は雄鶏が苦手……?」
「そんな弱っちい『怪物』が人なんて殺せるのか?」
「あんまりいなさそうだけど、絶対にないとも言い切れないかもよ」
ウィーズリーは納得していないようだが、ポッターの言うとおり可能性としてはゼロではない。そんな動物をどこかで聞いたことはないか、と記憶を探っていると、ウィーズリーがまた一つ仮説を立てた。
「もしかしたら、クモがいないのはその怪物から逃げてるからかもしれない」
「あら、それならあんたは怪物に感謝しなくちゃいけないことになるわ。でも、そうね。クモにとっては天敵なのかもしれないわ」
「雄鶏を敵とし、クモに敵とされる……。情報が少なすぎるな。桔梗の言う通り、もう少し探ってみよう」
ハリーはそう言うが、あたしはこの情報に一筋の光を見出した。あの人なら、これだけの情報でも——。
「授業始まるまで時間あるわよね。ちょっとふくろう小屋まで行ってくるわ」
「どうしたんだい?」
「アリ……いえ、大したことじゃないわ。ちゃんと先生にも同伴してもらうから安心しなさい」
便箋と羽ペンを『袋』から取り出しながら、談話室を飛び出した。
*
それから二週間、夏の気配も現れてきたころ。結局それ以上の手がかりも、ハグリッドに追えと言われたクモも見つけられず、ただただ張り詰めた空気の毎日が過ぎて行くだけだった。
「ねえマルフォイ、あんた、本当に何も知らないのよね」
「何回言わせる気だ。僕は残念ながら『スリザリンの継承者』じゃない」
ホグワーツの地下、魔法薬学の教室。空のままのアルの席越しに、ドラコを問いつめる。
「別にあなたが犯人である必要はないわ。でも……そうね、自宅に『闇の魔術』の品を抱えているようなお宅のお子様なら、何か知っててもいいんじゃないかしら?」
「だ、誰に聞いたのかは知らんが、うちにそんなものはない。……確かに父上は『部屋』について何か知ってるみたいだが、僕には教えてくれなかった」
煽ってみる。五ヶ月前にはクラップとゴイルに化けたポッターたちに自ら自慢していたらしいではないか。しかし、親が『部屋』の情報を持っていることは認めるようだった。
「もし知っていたなら、僕は進んで『承継者』の手助けをして差し上げただろうね! 『穢れた血』の奴らがまだ荷物をまとめてないのは驚くべきことだ」
「確かに、誰かさんの『父上』のせいで最後の砦、ダンブルドアはここにいないものね」
堂々と城の人間の大半を敵に回すドラコに、雪玉に埋める石ころのごとく皮肉を混ぜて返す。そんな時ふと、一つの事実を思い出した。
「ところで、アルは純血の魔女なんだけど?」
これでは、マグル生まれだろうが純血だろうが、この城にいる以上、怪物に殺される可能性はゼロではない、ということになってしまう。そのことに気づいて、マルフォイは表情を歪ませ——ていない。
「グレンジャーなんかのそばにいるからだ。スリザリンの承継者が純粋無垢なスリザリン生を襲うわけがないだろう。『血を裏切る者』とでも間違えたんだろう」
ここまでくると呆れを通り越し、もはや感心できる。
その後、マルフォイはクラップとゴイルにダンブルドアは最悪の校長だ、と話したりスネイプに次期校長への志願を提案したりしていたが、さすがに突っ込む気力は残っていなかった。
*
翌朝、あくびをしながら談話室に降りると、ポッターとウィーズリーが珍しく早起きしていた——いや、つい最近もこんなことがあったっけか。
「また『透明マント』でお出かけしてきたの?」
今度はこちらから話しかける。話に集中していたからか、視界の外からの声に少し驚いたようだ。声の主があたしであることを確認すると、ロンが問いに応えた。
「あぁ。ついにハグリッドの残した情報にたどり着いた」
「ほんと? どうだった?」
期待を胸に成果を問うが、ぶっきらぼうに答えるウィーズリーの表情は曇ったままだった。
「ハグリッドが放った怪物はスリザリンの怪物とは別の怪物で、スリザリンの怪物を天敵とするでっかいクモだった。それだけだ。ぼくたちにとっての『例のあの人』みたいなものなのか、怪物の名前すら教えてくれなかったさ」
「そのうえ、ハグリッドの友達だと言ったのに殺されそうになったよ」
ウィーズリーに続け、ポッターもそう言い放った。思わずため息をついた。貴重な手がかりが一切の情報なく吹き飛んだのだ。
「つまり、何の成果も得られませんでした、ってわけね。ハグリッドは、そのクモがあなたたちにお友達のように接してくれると思っていたのかしら……」
「あっ、でも一つだけ」
ポッターが何かを思い出したようだ。ほとんど諦めかけていたが、藁にもすがる思いで聞いてみることにした。
「五十年前に殺された生徒は女子で、しかもトイレで襲われたらしい」
「それって……」
もし、その生徒がゴーストとなってこの世に留まり、そのままトイレにいるとしたら。そんな奴は一人しかいない。僅かな希望を抱いたが、少し遅れて言いたいことを察したのかウィーズリーが嘆いた。
「でも、この厳重警戒のなか、よりによって最初の被害者が出たすぐ近くのトイレなんて行けっこないよなぁ」
「昨晩みたいに『透明マント』でどうにかならないのかしら?」
「昨日——というか日付回ってほぼ今日だったけど、そん時は運が良かっただけなんだ。先生に見つからないようにここから出るだけでも、十五分はかかる」
二日連続で都合よくいくはずがない、ということか。ヒントのある場所は分かっているのに、たどり着く術がない。クモを探していた時のようなもどかしさがまた復活した。
ただし、まだ希望は完全に潰れたわけではない。もう少し待っていれば、きっと——。
*
数日後、生徒たちがいつものように大広間で朝食をとっていると、マクゴナガル先生から何か話があるようだった。
事件があろうと試験は実施する、という衝撃発表があったばかりなので一瞬身構えたが、マクゴナガルは「いい知らせです」と告げた。
「スプラウト先生によれば、とうとうマンドレイクが収穫できるとのことです。今夜にでも、石にさせられた人たちを蘇生できるでしょう。そうすれば、犯人も捕まえられますし、一連の事件も解決することができます」
大広間は歓声に包まれた。少なくとも全体の四分の三の生徒は、緊張からの解放から表情を緩ませている。残り四分の一、つまりはスリザリンの生徒だが、その中にもホッとしている生徒はいるようだった。ドラコ・マルフォイなんかは落胆している様子だったが。
「薬が出来上がるのと、あのメイドさんと、どっちが先かしら」
そんなことを言いつつ、あたしも嬉しかった。石にさせられた被害者のなかにはアルとハーマイオニーもいるのだ。二人はきっと犯人を見つけているはずであり、蘇生されれば事件は瞬く間に解決するであろう。
もっとも、ハーマイオニーにとっては試験まで三日しかないという別の事件の始まりとなってしまうのだが。
*
ビンズ先生の『魔法史』の授業が始まるはずのころ、あたしとポッター、ウィーズリーは医務室へと向かっていた。
なぜこんなことになっているのか。ロックハート先生の引率をうまく打ち切らせて、三階の女子トイレに『嘆きのマートル』に話を聞きに行こうとしていたところをマクゴナガルに捕まり、とっさに出した作り話が「ハーマイオニーとアルーペのお見舞いに行きたい」だったからだ。気を利かせたマクゴナガル先生は、医務室への入室と『魔法史』の欠席を許可してくれた。
「石になった人に話しかけても意味ないと思いますがね」
そうは言われたが、マクゴナガル先生の許可があっては、マダム・ポンフリーは渋々でもあたしたちを中に入れるほかなかないらしい。
「あと少しだけ、待ってなさいよ」
アルの隣に立って声をかけていると、窓が叩かれる音がした。それを聞きつけたマダム・ポンフリーは窓の方に向かうと、封筒を持ってこっちのほうに戻ってきた。
「あなた宛の手紙よ」
それを受け取ると、一目散に封を開いた。あとの二人もハーマイオニーの隣で何かを読んでいるようだ。
「ギリギリ、こっちの方が早かったわね。なるほど、これなら——」
顔を上げて医務室を見渡そうとすると、同時に顔を上げたハリーと目が合った。そのままそそくさと医務室から出ると、ハリーが提案してきた。
「職員室へ行こう」
「あら、奇遇ね。あたしもそうしようと思っていたところよ」
「それじゃあ、あの手紙は……」
「あなたたちこそ、何かコソコソしてたけど——。
なるほど、やっぱりハーマイオニーは分かっていたのね。怪物は……」
「バジリスク、だ」
答え合わせは満点だった。目を合わせただけで命を奪う眼を持つ怪物、『バジリスク』。牙には猛毒を持ち、唯一の弱点は雄鶏の鳴き声を苦手とすること。ハグリッドの雄鶏が殺されていたのは、その対策だろう。
ハリーにしかその声が聞こえなかったのは、バジリスクが巨大な蛇であるから。
被害者が何故誰も殺されていないのかといえば、その眼を『直接』見ていなかったから。ミセス・ノリスは水面越し、コリン・クリービーはファインダー越し、アルーペとハーマイオニーは鏡越しだった。
移動手段はホグワーツに張り巡らされた配管で、ハリーが壁の中から声を聞いたのもそのためだ。
そして、それとその他の状況から察するに、『秘密の部屋』の入り口は三階の女子トイレ以外にない。
職員室の前でマクゴナガル先生が戻ってくるのを待っていたが、時間になってもそれを告げる鐘は鳴らず、代わりに先生の慌てたような声が廊下に響くこととなった。
「生徒は全員、すぐに寮に戻るように。教師は全員、大至急職員室にお集まりください」
一体何があったというのか。それは職員室、つまりここにいれば自ずと分かることなのだろうが、生徒は寮に戻るよう指示されているので、このまま突っ立っているわけにはいかない。
職員室の中を見渡すと、縦長の洋服箪笥がいくつか置いてあるのを見つけた。
「あそこに隠れるわよ。……二人はあっち。一緒に入る気はないわ」
箪笥の戸の隙間からカビ臭いのを我慢して職員室の様子を伺っていると、怯えたような顔、困惑した顔、通夜のような雰囲気で先生が次々と入ってきた。はじめに口を開いたのは、マクゴナガル先生だった。
「とうとう、生徒が一人、連れ去られました。……『秘密の部屋』そのものの中へです」
何人かが息を呑む音が聞こえた。スネイプはマクゴナガル先生の言い方に疑問を覚えたらしく、沈黙を破って問いかけた。
「なぜそんなにはっきり言えるのですかな?」
「『スリザリンの継承者』が伝言を書き残しました。最初の事件での文字の下に、最初と同じように。『彼女の白骨は永遠に「秘密の部屋」に横たわるであろう』と」
マクゴナガル先生が答えると、悲しみからか机に突っ伏している教師もいるようだった。腰を抜かしたような様子のマダム・フーチが聞く。
「誰が、ですか……?」
マクゴナガル先生はおそるおそる、震える声でそれに答えた。
「ジニー・ウィーズリー」
ロン・ウィーズリーの箪笥から物音がしたが、誰もそれを気にする余裕はなかった。マクゴナガル先生は泣き出しそうなのを堪えるように続けた。
「全校生徒を明日、帰宅させなければなりません。……ホグワーツは、これでお終いです」
扉を開く音で沈黙を破ったのは、空気が読めない、という言葉がこれほどにも似合う人はいない、と言える人だった。
「し、失礼。なにか聞きそびれてしまいましたかね?」
その場にいる全員の視線は、それこそ睨まれただけで死んでしまいそうなほどにその人間、ロックハートに突き刺さった。スネイプはその姿を見るや否や立ち上がった。
「なんと、適任者が。あなたは昨夜、でしたかね。『「秘密の部屋」に入ることは私にとっては庭小人を退治するのと同じぐらい容易いことだ』などと鼻高々におっしゃっておりましたな?」
「その、私は、えと、あの——」
ロックハートは弁明の言葉を紡ぎ出すことすらできずに小さくなっていたが、スネイプは口を止めなかった。
「女子生徒が、『秘密の部屋』そのものに連れ去られた。あなたはそこに何がいるかさえもしっかり把握していると自慢していましたね」
「言いましたかね、そんなこと——」
「ハグリッドが捕まる前に怪物と直接対決できなかったのは残念だ、とも言ってましたね。よーく覚えておりますぞ」
「私は——何も——誤解では——」
ようやく言語を取り戻しはじめたロックハートに、とどめを刺したのはマクゴナガル先生だった。
「それでは、ギルデロイ。あなたにお任せします。私達はあなたの邪魔はしません。好きなように、怪物を料理してやってください」
普段の威厳はどこへやら、ロックハートは震えながら支度をする、と言って職員室を飛び出していった。
「さて、と。厄介払いができましたね。
寮監の先生方は生徒への連絡をお願いします。明日一番のホグワーツ特急で帰宅させる、と伝えてください。他の先生方は、寮に戻っていない生徒が一人もいないように、見回りを」
*
あたかも医務室から戻ってきました、というふうに繕って寮に戻ってきたが、談話室は倦怠の空気に満ちていた。
「ハリー」
沈んでゆく夕陽を眺めながら、ウィーズリーはポッターに話しかけた。
「ほんのわずかでも、可能性があるだろうか。つまり、その、ジニーが——」
「あるわよ。今年ばかりはアルに頼ることはできないけど」
ハリーは完全に失望しているのか、その場に沈んだまま動きそうになかったので、代わりに応えた。正直、根拠はない。
「ロックハート先生に話そう。なんとかして『秘密の部屋』に入りたいと思っているはずだ」
「そう? あの調子じゃとても無理そうだけど……。まあ、巻き込んでおけば囮ぐらいには使えるかもしれないわね」
他にできることは思い浮かばない。せめて、今できる精一杯のことをして足掻こう。珍しく、ウィーズリーに共感させられた。
「ポッター、あなたは?」
「ここでじっとしてても仕方ないよ。行くしかない」
案外、ポッターもまだやる気は残っていたようだ。二人を連れてこっそりと談話室を抜け出したが、誰もこちらを気にする者はいなかった。
「二人とも、できるだけ音を立てないでちょうだい」
曲がり角で鏡を使う以外にも、『怪物』への対策はあった。バジリスクはその性質上、移動するときにわずかだが音を立てるうえ、周囲に魔力を放っている。
アルに教えてもらったのは、素早さを活かす方法だけではない。魔力の『察知』、転移魔法に次ぐアルの切り札(といっても実用できる程度になったのはつい最近らしいが)とも言える技術。ミーティスの魔法である魔力『探知』とは違い身体に身につける技で、これは人間なら大抵は身につけられる。
それは、相手が『姿現し』する先や出そうとしている魔法が大まかに分かるなど、案外様々な面で役に立つ。らしい。
「集中すれば、そいつを察知できるから」
しかし、この術はあたしの体には少々合わなかったようで、発動にはかなりの集中力を要する状態だ。
途中で何らかの魔力が通過して行ったり、通常の二倍ほどの時間はかかったりはしたが、三人は無事にロックハートの部屋にたどり着いた。部屋の中が騒がしいので、ウィーズリーは思いっきりドアを叩いた。
「は、はい!」
静まった後、ドアがゆっくりと開いてロックハートの目だけが隙間から覗いた。ポッターが口を開きかけたが、先にあたしが切り込んだ。
「あなたに伝えるべきことがあるわ」
「えっと、今はあまり——つまり——いや——いいでしょう」
心底迷惑だ、というような口調であったが。一応入室を許可されたようだ。ドアを開いて、我々は唖然とした。
「えっと、どこかにいらっしゃるのですか……?」
壁いっぱいに貼ってあったらしい自身の肖像画やら装飾やらはすべて取り払われて、床に置いてあるトランク以外は誰も住んでいないような状態だ。一度も今年のこの部屋を直接目にしたことはなかったのだが、それでも異常と分かる殺風景さだ。
「その——緊急の呼び出しで——仕方なく——」
「逃げ出そうというのかしら? 本や新聞、文字の上ではあんなに偉そうなのに?」
「ジニーはどうなるんだ!」
あたしとウィーズリーにまくし立てられたロックハートは、ため息をつくと、先ほどまでとは打って変わって冷静な声で言った。
「本は誤解を招く」
「……どういうことだ? 自分が書いたんじゃ——」
「まあまあ、少し考えれば分かることじゃないか。私が——」
語り始めたロックハートに割り込む。こんなつまらないことを長々説明させる時間はない。
「そうね。あんな物語みたいな活躍を、ピクシー妖精すら片付けられないあなたができるはずないわ。どうせ作り話だろうって……」
「残念ながら、それは半分しか合ってない。私の本に書かれていることは、紛れも無い事実だ。たとえば、これが片田舎の醜い魔法戦士の話だったとする。その人が村の人を『狼男』から救ってそれを本にしたとしても、私の半分も売れないでしょう」
「それじゃ、あんた、まさか。でも、どうやって——」
「『忘却術』というのをご存知かな? 私の仕事は、本にサインをしたり写真に写ったりすることだけじゃないんだ。
話のタネを探して、当事者から信頼を得て、色々と聞き出し、そして、最後には私の存在もろとも忘れてもらう。有名になるのは、楽なことじゃないんですよ」
なんとなくポッターのほうを気にしながら、ロックハートは話を終えた。結局半分間違っていたし、話の主導権を渡してしまったが、さっさと終わったのでよしとする。ロックハートは重そうにトランクを持ち上げると、大股で三人との距離を詰める。
「さて、と。私にはするべきことが一つ残っていますね」
ロックハートが杖に手をかける。しかし、その杖はあたしたちに向けられる暇もなく吹き飛んでいた。ポッターは慌てて周りを見渡すが、その原因はすぐ隣にいる。
「この歳で、『無言呪文』を……」
「唱えた場合の一割の威力もないのだけれど? 本当に『忘却術』以外何もできないのね」
即座に杖を抜き、ロックハートに無詠唱の『武装解除呪文』を叩きつけたのはあたしだ。杖はまま、ロックハートに真っ直ぐ突きつけたまま。
「わ、私に何をしろと……。『秘密の部屋』のことなんて何も……」
「運が良かったと思いなさい。あたしたちは知ってるわ。ついて来なさい」
*
「キキさん、まさか……。急がないとっ……!」
今作二度目の年越し。去年は何をしてたっけ?
それではよいお年を!
純血なのに襲われるアルーペ
純血を巻き込んでしまうおっちょこちょいな怪物さん。
魔力察知
鍛えればチート。相手が呪文を放つより一瞬早く反対呪文を叩き込むこともできる。
アルーペのレベルでは四属性が察せる程度、桔梗のレベルでは存在していることが察せる程度。
霊力はどう足掻いても無理。
世間では夏休みと言われる時期に執筆したのですが、実際に休めてる人ってどのくらいいるんでしょうかね。社会人は変わらぬ日常ですし、学生なんて夏期集中学習期間と言った方が実状に合ってるような気がしますね。
こんなあっつい時に……。筆も進まないです。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第15話 バジリスク
「箒を使うなんてずるいぞ」
三階の女子トイレ、手洗い場があったはずのところに空いた穴の先。ポッターとウィーズリー、そしてロックハートが湿った地面に投げ出されているところにゆっくりと着地する。
「あたし、スカートはいてるのよ?」
「君でもそんな女々しいこと考えるんだな」
「なっ……失礼ね」
あたしたちの予想通り、『秘密の部屋』の入り口は、やはりその被害者であった『嘆きのマートル』がいるトイレにあった。蛇語で『開け』と言うだけで開いてしまうのはいかがなものかと思うが。
「ギルデロイ・ロックハート。怪物の奇襲に遭いたくないのなら一言も口をきかないこと。呼吸をやめてもらっても構わないけどね」
無言で杖に明かりを灯すと、再び意識を空間に集中させる。遠くの方にかすかに強い魔力が感じられるので、そちらが怪物の隠れている『部屋』そのものなのだろう。
怪しげな湿った空気に包まれた地下通路は、杖明かりの視程がわずかしかないせいもあってか、限りなく続いているようにも思われた。地面に明かりを向ければ、そこには恐怖を煽るように白骨化したネズミの死骸やらなんやらが転がっている。
そして、しばらく先の角を曲がったとき、一際大きな物体が現れた。
「……何かあるわ」
通路を塞ぐように、大きな何かが佇んでいる。ロックハートはとっさに手で目を覆ったが、そうする必要がないことは分かりきっていた。強力な魔力の発生源はそこではない。おそるおそる近づいてみると、それは巨大な蛇の抜け殻だった。
「……でかい」
「そうね。三メートルはあるわよ、これ」
怪物のものと思われるそれを観察していると、ふいに後方から派手な爆発音が飛んできた。慌てて振り返ると、呆然とした顔のウィーズリーとその場に倒れているロックハートが見えた。
しかし、それは一瞬だけ。足を一歩踏み出したときには、崩れてきた天井が通路を塞ぎ、二人から隔離されてしまった。
「ロン! 大丈夫か!」
「ああ、ぼくは大丈夫。でも、こっちの馬鹿は——」
「一体何があったのかしら?」
壁の向こうのウィーズリーの話によれば、腰を抜かしたふりをして油断を誘ったロックハートが、正常に動かない彼の杖を奪って『忘却術』を発動してしまったのだという。結果、杖は爆発しこの有様、というわけだ。
「手で掘ってそっちに行くには何年もかかりそうだけど……」
ハリーはちらっとこちらを見ながら口ごもるように言うが、首を横に振るしかなかった。
「残念だけれど、何十センチもある岩の壁を穏やかに突破できるような魔法は教わってないわ。下手に衝撃を加えて、さらに天井が崩れたりしたら大惨事よ。
あとウィーズリー、さすがにロックハートを蹴飛ばすのはやめてあげなさい。音が聞こえてるわよ」
「大丈夫、死ぬほどは蹴ってないよ。……ぼくは出来るだけここをどうにかする。そっちはハリーとキキに任せるよ」
仕方なく二人を置いてしばらく進むと、長かったトンネルも終わりが見えてきた。終端の壁には、二匹の蛇が絡まりあって円を描くような彫刻が施されていた。目の部分には宝石が埋め込まれ、本物の蛇さながらの生命感を演出していた。
「ポッター」
「うん」
これもまた、トイレの入り口にあったのと同じ類の扉だ。ポッターが蛇の声のような音を出すと、絡み合っていた蛇は解け、壁は真ん中から二つに割れた。現れたのは、やはり蛇の装飾が施されている、薄暗く細長い部屋だった。一直線に石柱の立つ太めの通路、といったところ。
暗闇に目を凝らしながら忍び足で進むと、石柱の列は終わりを告げた。通路の端はちょうど大通りの端にあるロータリーのように円形の部屋に繋がっていて、真ん中には高い天井すれまである石像がそびえていた。
そして、その足の間には——。
「ジニー!」
赤毛の小さな姿が、うつ伏せで横たわっていた。
ポッターはジニー・ウィーズリーに駆け寄ると、肩を掴んで仰向けに起こした。
「ポ、ポッター! 頭は揺すっちゃ駄目!」
「でも、ジニーが!」
「助かるものも助からなくなるわよ」
ジニーの元へ急ぎ、おそるおそるその肌に触れた。呼吸はあるが、体温はほとんど失われているようだった。『袋』から二枚の毛布を取り出し、横向きに寝かせたジニーをそれで挟み込む形にした。
「無駄だよ。その子はもう目を覚まさない」
唐突に、背後から声がした。どこかで聞いた声だ、と思いつつ膝をついたまま振り返ると、そこには一度だけ見たことのあるその姿があった。
「トム・リドル……。なんであんたがここに」
「しかも、目を覚まさないってどういう……」
こいつが姿を現すには、ゴーストにしか扱えない『霊力』が必要だ。しかし、この場にはパメラを含めゴーストのいる気配はない。ふと、魔力の発生源を探してみると、石像の足の近くに例の『日記』が転がっていた。理屈は分からないが、あっちが本体なのは間違いない。
「その子はまだ生きている。が、もうそう長くはない」
「ジニーを助けてくれ! すぐにここから運び出さないと、『バジリスク』が——」
そう言いながらポッターは杖に手を伸ばそうとするが、無くなっているようだ。そういえばさっき放り投げたか、と部屋の入り口のほうに目を向けるが、その必要はなかった。……杖は目の前にあった。リドルの手の中に。
「呼ばれるまで、そいつは来ない」
「とにかく、杖を返してくれ!」
「君には必要にならない」
不気味な笑みを浮かべながらリドルが言った直後、その体を赤色の閃光が突っ切った。あたしが放った『武装解除呪文』だ。
「弱々しい。『無言呪文』に慣れていないのがバレバレだ」
「……実体は無いのね」
アルに無言呪文を教わってはいたが、本人は全く使えておらず、自分もこの通りであった。
こうなると、正確に杖を射抜かなければそれを奪い返すことはできない。静止物ならまだ望みはあるが、相手は人間よりは動けそうな実体のない何かだ。ひとまず引き下がり、おとなしく杖を下ろした。
「ジニーに何をしたんだ」
「特に何も。ただ、しつこい悩みを辛抱強く聞いてあげただけだ。
向こうの方から、自分を分かってくれようとしている相手——それが目にも見えず、誰だかもわからないような相手でも、心を開き秘密を漏らしてくれただけさ。『ポケットに入るお友達みたい』ってね」
リドルは見た目に似合わぬ甲高い声で笑う。背筋の凍るような、邪悪な笑い声だ。
「自分で言うのもなんだが、僕は必要があらばいくらでも他人を惹きつけることができる。だから、愚かなジニーは僕に魂を注ぎ込んだ。
——『霊力』の源は、魂が削れた時にそのカスから発生するものだ。それ故、原則は魂を失いかけたゴーストにしか扱えない。
僕が主に使う力も『霊力』だ。ジニーのおかげで、僕は彼女に自分の魂を注ぎ込むだけの力をつけられた」
「それって、まさか——」
自分の顔から血の気が引くのが分かった。ポッターのほうはまだ理解が追いついていないらしく、さらにリドルに問い詰めた。
「そのまさかだ。『秘密の部屋』を開いて壁に文字を書いたのも、雄鶏を絞め殺したのも、そして出来損ないの飼い猫や穢れた血に『スリザリンの使い蛇』を差し向けたのもジニーだ。
……『日記』が怪しいと気づいて捨てるまでに、随分時間がかかっていた」
ポッターたちが『嘆きのマートル』のトイレで拾った日記は、リドルに身体を乗っ取られたジニーが捨てたものだった、ということか。
そして、それはその後アルたちの元に渡り、パメラの霊力により姿を現したリドルはハグリッドについての記憶を——。
「ハグリッドを犯人に仕立て上げた記憶を見せたのはどうしてかしら?」
「僕はハリー・ポッター、君に会って話をしたかったんだ。素晴らしい経歴をジニーが教えてくれたのでね。事実、君はさっきまで狙いどおり僕のことを信用していた。
僕が『日記』を遺したのは、当時唯一真実を察していたダンブルドアのもとでは遂げられなかった、サラザールの崇高な願いを叶えられると思ったからだ。しかし、君を知ってからは、穢れた血を排除することなどどうでもよくなった。
僕はこのまま君のことを知ることができると思っていたが、邪魔が入った。君が『日記』を持っているところを見かけたジニーは、僕に預けた色々な秘密が漏れてしまうことを恐れて、君たちから奪い返してしまったんだ」
「そう。だいたい理解したわ。それじゃあ、とっととその話とやらを終わらせてちょうだい。
話が長いのよ。もし文字になってたら、とても目の滑る文章になってるわよ」
強気でそう言うと、リドルは少し表情を歪めた。恐怖を感じていないと言ったら嘘になるが、相手に弱みを見せるのは得策でない。魔法の行使は精神力も重要なので、口撃だけでも致命傷になりかねない。
「それじゃあ、単刀直入に聞こう。特別な魔力を持っているわけでもない赤ん坊が、偉大なヴォルデモート卿の力を打ち砕きつつも、傷跡ひとつで逃れられたのはなぜだ?」
そんなことはこっちが聞きたい。ヴォルデモート卿は、五〇年前にはまだその名を世間に知らしめてはいなかったはずだ。
「なんでお前が、ヴォルデモートのことなんて気にするんだ?」
「質問を質問で返すのは感心しないね……。まあいい、教えてあげよう。ヴォルデモートは、僕の過去であり、現在であり、そして未来なのだ」
よくぞ聞いてくれた、と言わんばかりの表情でポッターの杖を取り出すと、空中に文字を書き始めた。
『TOM MARVORO RIDDLE』
そして、杖の一振りでその文字は並び替えられた。
『I AM LOAD VOLDEMORT』
——私はヴォルデモート卿だ。
「僕は親しい友人との間だけだが、在学中からこの名前を使っていた。汚らしいマグルの父親の姓など、僕がいつまでも使うはずがないだろう。サラザール・スリザリンそのものの血を継ぐ母から産まれた僕が!
僕は知っていた。自分が、ヴォルデモート卿が、世界一偉大な魔法使いになるその日を!」
「——お前は、世界一偉大な魔法使いなんかじゃない。お前以外、みんな知っている。それはアルバス・ダンブルドアだ。全盛期のお前も、この城に手を出すことすらできなかった!」
ポッターが叫ぶと、嘲笑に満ちていたリドルの表情が崩れた。やはり、彼にとってダンブルドアは最も恐ろしい魔法使いなのだろう。リドルは険しい顔で続けた。
「ダンブルドアは、記憶にしか過ぎないものに追放された!」
「残念ね。実質、彼を追放したのはルシウス・マルフォイの権力よ。それに——」
「それに、ダンブルドアは君が思ったほど遠くには行ってない」
とりあえず適当なことを言ってリドルを追い詰めようとすると、ポッターが被せてきた。本当のことかどうかは知らないが、リドルの顔は凍りついていた。
「あれは……」
どこからともなく、鳥の鳴き声のような音色の旋律が響いてきた。——いや、それはまさに鳥の鳴き声だった。
「ダンブルドアの不死鳥——」
リドルの睨んでいる方向から、真紅の大きな鳥が長い黄金の羽を輝かせながら飛んできた。不死鳥は足に持っていたボロボロの布を落とすと、そのままポッターの肩に止まった。
「フォークス?」
「知り合いかしら?」
「うん。校長室で会ったことがあるんだ」
リドルは次に、フォークスが落とした汚い布に目をやった。これ、どこかで見たような気がするんだけれど……。
「……老いぼれの『組み分け帽子』か」
なるほど、横倒しになっているので分かりづらいが、言われてみればそう見える。フォークスが何を思ってこれを持ってきたのかは謎だが、リドルはそれを見てまた笑いはじめた。
「それが『世界一偉大な魔法使い』が味方に送るものか! 歌い鳥にボロ帽子、さぞ心強いだろう!」
なんというか、感情の緩急の激しい人である。そして、話が長い。やっとのことで、リドルは話の本題に踏み込んだ。いや、遮ったのはポッターだったか。
「さて、君は過去に二回も——僕にとっては未来だが——僕に会っている。そして、二回とも僕は君を殺し損ねている。何故だ」
「何故助かったか。それは僕にも分からない。でも、これだけは分かる」
ポッターは会話を続けることを選んだ。あたしは一応まだ杖を持っているので、どうにか止められないかと思案する。
「はじめ、お前が僕を殺せなかったのは、お母さんが、僕を庇って死んだからだ」
ジニーの魂が削られて霊力源となっているのか、リドルの姿はだんだんはっきりしてきている。早くどうにかしないと、ジニーは……。
「そして一年前、お前の未来の姿を見た。お前はただ辛うじて生きているだけの、汚らしい残骸と化していた!」
リドルの顔がまた歪んだ。無理やり笑みを作り出し、醜い顔で叫ぶ。
「そうかそうか! 身代わりは、いかなる魔法も防げる強力な反対呪文だな。でも、お前自身にはなんの力もない! 今度はそこにいる女を身代わりにするとでもいうのかね?」
「あたしを殺せるものなら、やってみなさい!」
とりあえず虚勢を張る。側から見たらなんとみっともないことかと思うが、まあポッターよりは戦えるという程度の自信ならあった。
しかし、リドルはポッターの杖をポケットにしまった。そして、また歪んだ笑みを浮かべる。
「それじゃあ、サラザール・スリザリンの継承者、ヴォルデモート卿と、ハリー・ポッターと巻き込まれたかわいそうな女子生徒、ダンブルドアが寄越した精一杯の武器とで、お手合わせ願おうか」
リドルは馬鹿にするようにフォークスと『組み分け帽子』に目をやり、像の近くまで後ずさりすると、『蛇語』で喋りはじめた。すると、スリザリン像の口が音を立てて開いた。
「ポッター、あいつがなんて言ってるか分かる?」
「『バジリスク』を呼んでいるみたいだ……」
それはまずいことになった。目を合わせるだけで死に至ってしまうような怪物。目をつぶって、つまり、視覚を使わずに戦わねばならない。眼で死ななくたって、こんなところで石化してしまえばすぐに毒牙の餌食だ。
「上から降りて来たわ。とにかく後ろに下がって」
魔力を察知すれば、ある程度はバジリスクの位置は分かる。とても戦闘に役立つとはいえない情報量と精度だが。そして、もうひとつ重要なことを忘れていた。
「痛っ……」
目を閉じて後ずさりをしていると、後頭部が何かにぶつかった。魔力の位置は相対的に察知できても、壁や部屋の中の自分の絶対的な位置は分からないのだ。そのまま壁伝いに入り口まで行って逃げようともしたが、バジリスクの魔力はもうすぐそこまで迫っていた。
今にも猛毒の牙に貫かれるかと思ったその時、不意にバジリスクが向きを変えた。視線の魔力も反対方向になったので、おそるおそる目を開け——
「アル……なんで……そんな……」
医務室で眠っていたはずの親友が何故かバジリスクの視線上に浮いていて、変わり果てた姿になってしまっていた。とても直視できず、夢ではないかと頬をつねるが、痛みはあった。これは現実だ。
激しい爆発音が響く。バジリスクは姿勢を崩していない。硬い地面から舞い上がった土ぼこりの中から、アルが吹き飛ばされてくる。慌てて落下地点を予測して急ぎ、アルを受け止める。
「アルっ!」
「キキちゃん、わたし……」
「……眼鏡似合いすぎよ!」
「えっ……?」
アルに飛びついて叫んだ。アルは訳が分からなさそうな顔をしていたが、すぐに両手をそれぞれあたしとポッターに差し出した。
「……とりあえず、はい、これ。キキちゃんとハリーも」
そう、アルは何故か細い黒縁の眼鏡をかけていた。その眼鏡は似合っているという尺度では足らぬほどにその主の魅力を引き立てている。
——女同士なのに、一瞬、一目惚れの恋愛感情に近い何かが湧き上がって来たような気すらしたが、あたしを責める女はきっといないだろう。しかも、本人に全くその自覚はないようだった。鏡を見なさい、鏡を。
何事もなかったかのように立ち上がって、自分のと同じような眼鏡をあたしに、彼がかけているのとほぼ同じような丸い眼鏡をポッターに渡す。
そういえば、相当な視力を持っているはずのアルが何故眼鏡などかけているのか。その理由は聞かなくとも本人が得意げに語ってくれた。
「これをかければ、あと二時間ぐらいはバジリスクの眼を見ても大丈夫。パメラにありったけの霊力を込めてもらったんだ。ハリーのはこっち。ちゃんと度が合ってるといいけど……」
「大丈夫だ。今までのよりむしろ見やすい」
この状況に一番驚いているのはトム・リドルだった。『姿現し』はできないはずの校内で少女が唐突に現れ、さらに『バジリスク』の最大の武器であり、物理的に回避するより対抗手段はないはずの眼。それが文字通り真正面から無効化された。二つの常識が、音を立てて崩れ去ったのだから無理はない。味方のこちらだって理解が追いついていないのだ。
呆然としているリドルを見て、アルは言った。
「それで、リドルさん。スリザ——いや、純血主義の誇りのかけらもない、今回の事件の犯人はあなた、ってことでいいんだよね」
「その通り。察しが早くて助かるよ。もっとも、今は『穢れた血』なんてどうでもいい。かのハリー・ポッターが目の前に現れてくれたんだからね」
リドルの言葉を聞いて、アルは顔をしかめる。唾を飲み込むと、意を決したように話し出す。
「……リドルさんは、そんなので『スリザリンの継承者』って言えるの?」
恐怖か怒りか、それは察しがたいが、アルの声は少し震えていた。リドルは笑みを取り返すと、蔑むように答える。
「どういうことだ? お前にスリザリンの何が——」
「『バジリスク』の眼を見ればわかるよ。この蛇の意思——ううん、そのなかに遺されたスリザリンの意思が」
リドルの表情はすぐに崩された。混乱した様子で、早口にそれを否定しようとする。
「眼を見て? 出鱈目を言うな。君のような子供が『開心術』を使えるはずがない」
「『開心術』なんて使ってないよ。眼を見たら、向こうから伝わって来るような仕掛けになってたみたい。まあ、眼を見たら死ぬ蛇の眼を生きたまま見る人なんて、わたしが初めてかもしれないけど……」
アルはうろたえることなく続けた。リドルは追い詰められたかのように思われたが、狂ったように叫びだした。
「馬鹿馬鹿しい! スリザリンの意思が分かったところで『バジリスク』は操れない! こいつの武器は眼だけじゃない! お前は楽に死ねるチャンスを逃したというだけだ!」
再びリドルに指示を受けたバジリスクは、口を開いて牙を見せつけながらこちらの方に這ってきた。
「ハリー! キキちゃん! とりあえず逃げて!」
どうやら、アルにとってもこの大蛇を倒すのは簡単なことではないらようだ。何回か魔力塊を発射しているが、それは全てその鱗で弾かれていたのだ。最初の爆発も、あらかじめ溜め込んだそれをぶつけた際のものだったらしい。だからこそ、リドルの誤りを説得して正し、平和に解決しようとしていたのだろう。
「どうした! 偉そうに言っておきながら、手も足も出ないか!」
しかし、それは不可能な話だった。トム・リドルは、陳腐な言葉で表現するなら『壊れて』いた。
「アル、魔法が効かないなら物理で殴るしかないわよ」
「やっぱり、そうだよね……」
アルは『袋』から一眼レフカメラ用の大きめの三脚を取り出すと、杖を一振りしてそれを強化した。もう一振りで加速させ、バジリスクに突っ込ませる。
去年度のハロウィンにも、こんな戦闘をしていた気がする。去年と違うのは、怪物はまだ動きを止めていないということだった。三脚を回収しながら、アルはため息をついた。
「魔法よりは手ごたえあるけど、とても倒せる感じじゃないね……」
「魔法ダメ、物理微妙……。あっ、パメラは?」
もう一つの力、『霊力』ならバジリスクをどうにかできるのではないかと考えたが、アルは首を横に振った。
「わたしの復活とこの眼鏡で霊力を使い切っちゃったみたいで、しばらく休まないとって」
石化の解除も霊力でできたらしいが、それは代償の大きいことだったようだ。何か策はないかと若干の加速魔法を使って逃げ回っているが、もう何十分も耐えられそうにない。
ハリーは蛇語で何か語りかけているようだが、それに応じる様子もないようだ。
あと切り札が残っているとすれば、そのフォークスが持ってきた『組み分け帽子』だけだが、この帽子は喋る以外に何かできるようには見えない。蛇語が喋れるという話も聞いたことはない。いくらグリフィンドールの遺したものだといっても、所詮帽子は帽子だ。
「ここから逃げることもできないわけじゃないけど、それじゃあジニーちゃんが……。やっぱりこの蛇を止め……止めさせる? そっか、指示を出しているのはあいつ……!」
何を考えついたのか、アルはリドルに杖を向け、黄色の閃光を放った。
「無駄だ……。うん?」
閃光はリドルの体をすり抜け、地面にあった『日記』に当たった。ただの紙の束程度なら消し飛ばせそうな威力に見えたが、『日記』はそれを弾いた。そして、リドルは『日記』に攻撃が加わったことに少し動揺しているようだった。
——そういうことね。
「キキちゃん、しばらく防護呪文かけといて」
「了解よ。『
言われるまま、大声で叫んで杖を振った。アルは杖をいつもより強く握りしめ、そちらに意識を集中させているようだった。意図は分からないが、とりあえず応じておくしかない。
何回かバジリスクの攻撃を受けたが、何十かに重ねがけした『盾の呪文』はなんとかそれを凌ぎきった。
「キキちゃんありがとう。もういいよ」
もう何回も耐えきれそうになかったが、ギリギリのところでアルの意識はこちらに戻ってきた。
「えぇいっ!」
そして、杖を思いきり振りかざし、白い光線を『日記』に放つ。どうやら、魔力をそのままぶつけたらしい。準備に時間がかかるものの、もっとも威力が出て、去年も使ったというアレだ。
「……あれ?」
しかし、『日記』は無傷だった。最大威力のこの方法でも歯が立たないとなると……。
「うそ……。これ、結構マズいかも……」
ヴィオラートのアトリエのBGM『はやて』『疾風』が好きなのですが、そういえば、そういった戦闘BGMが似合いそうなシーンを書いたことがありません。
合うBGMを考えながら書くのも面白いかも。
あと雪やべえ。
応急処置をするキキ
呼吸はあるので、回復体位をとらせ、体温の低下を防ぐ。リドルの言うとおり、魔法に対しては何やっても無駄なんですけどね。
人工呼吸を期待していた方、残念でした(?)
実体のないリドル
パメラと同じで任意に物に触れられる……?
霊力
完全独自設定ですが、原作での現象と多少つじつまが合うように考えています。書いてる方は面白いですが、読む側からはいかがなんでしょう……。
吹き飛ばされるアルーペ
魔法で大ジャンプして退避しただけです
眼鏡が似合うアル
個人の主観と偏見に満ち溢れた描写です。別にそういう性癖を持っているわけではなく、純粋に好き。
三脚で殴る
重いカメラを安定させるため、しっかりとした三脚はそれ自体にけっこうな重さがあります。
Google日本語入力がiOSでも使えるようになりましたが、バッテリーをあまりに食うので標準IMEに戻しました。文章が打ちやすくなる、なんてことも大してなかったです。残念。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第16話 スリザリンの継承者
「うそ……。これ、結構マズいかも……」
無傷の『日記』を前に、アルは顔を青くする。まさか、アルに来てもらってなお行き止まりだというのか。
「えぇっ。ちょっとアル、冗談やめてよ」
「冗談だったらよかったね……。この『日記』——リドルの本体だと思うんだけど、かなり強力な防衛魔法がかかってる……」
とりあえず状況を把握しなおす。こちらから攻撃することはほぼ不可能。相手の攻撃手段は、バジリスクの牙。リドルはポッターの杖を持っているが、何もしてこないところを見ると、少なくとも今は杖を使うことはできないのだろうか。
「……やばいわね」
ひたすら考えた。他になにかできること——。フォークスはバジリスクの気を引くのでせいいっぱい。『帽子』は使い方がわからない。あとは——。
「ポッター、どうにかならないの?」
「ええっ!?」
そういえば、まだハリー・ポッターは何もしていない。知らないうちにバジリスクの突進を何回か受けていたようで、少し服が乱れている。
「『生き残った男の子』なんでしょ。なんとかしてよ」
「僕自身にはなんの力も無いって、さっき言ったの聞いて——」
あたしの無茶振りに答えようとするポッターだが、その口は飛んできた何かで塞がれた。ポッターが手に取ったそれは『組分け帽子』だった。おそらくバジリスクの尻尾に飛ばされてきたのが丁度顔に命中したのだろう。
「フォークスも、こんなの何に使えって……。うん?」
ポッターは帽子の中に手を突っ込んで顔をしかめる。引き抜いてみると、先に大きなルビーがついた金属の棒が顔を出した。どうやら帽子の中の空間が拡げられているようで、その棒にはまだ先があるようだった。
さらに引き出すと、それは剣の柄であることが分かった。帽子を掴んで下に向けると、銀色に輝く剣が滑り出て床に落ちた。
「これ、『グリフィンドールの剣』じゃない?」
アルはまたころりと表情を変えた。この剣に心あたりがあるらしい。あたしは名前を聞いたことすらないのだが。
「アル、知ってるの?」
「うん。ゴドリック・グリフィンドールが『小鬼』に造らせた、とりあえずなんかすごい剣。何かの本に書いてあったんだけど……。なんだったっけ」
悩むアルを横目に、ポッターはすぐに剣を拾い上げた。『なんかすごい』ではあまりにも大雑把だが、『小鬼』の技術が優れていることはなんとなく知っている。三脚をぶつけるよりは遥かに効果があるはずだ。
「これならバジリスクを倒せるかもしれない!」
やっと心強い武器を味方にすることができた。しかし、アルの表情は晴れない。
「どうかしたかしら?」
「ううん、なんでもないよ」
こんどの憂いは、先ほどまでの戦況に対するものとは違っているように伺えた。しかし、それが何なのかまでは分からなかった。
「なんてことだ……」
リドルの声がして振り返ってみると、ポッターがバジリスクに噛まれそうになりながら、口蓋に剣を突き立てたところだった。バジリスクの魔力は弱まり、動きは止まっていた。
よくやった、見直したぞポッター。心の中でガッツポーズをとろうとしたが、リドルの冷たい声がそれを邪魔した。
「ハリー・ポッター。君は死んだ」
あたしは気づいた。ハリーの右腕には深い傷ができている。そして、こちらに投げ飛ばされてきた『バジリスク』の折れた牙が、その原因を物語っている。
「最期ぐらい静かに見守ってやろうじゃないか」
ポッターが座り込むのに合わせるように、リドルもその場に腰を下ろす。そう、まだリドルから攻撃手段を奪っただけで、リドルそのものにはまだ対処できていないのだ。
それだけなのに、こちらでは人が一人死にかけている。
「最上位の治癒魔法ならもしかしたら……。でも魔力が足りないし、成功率も雀の涙……」
アルはバジリスクの毒を中和する方法を必死に考えているが、答えは得られそうにない。上位の魔法を失敗したときの代償はとても大きいと聞いている。この状況で下手なことをすべきではなさそうだ。
「この鳥にも君に残された時間の短さが分かるらしい。死を泣いてもらえるなんて、光栄だな」
ポッターの腕にフォークスが止まっている。ここからはよく見えないが、どうやら涙を流しているらしい。
「ん? 不死鳥の涙?」
聞いたことがある。不死鳥の涙には、なにか特殊な効果があったはずだ。確か——
リドルは顔色を変えて、慌ててフォークスを追い払おうとした。
「お、おい、ダンブルドアの鳥、そこから離れろ!」
——最大級の『癒し』。
ハリーの腕の傷はみるみるうちに塞がれていき、顔にも生気が戻ってきた。
フォークスはポッターが復活したのを確認すると、まっすぐに『日記』へ飛び、それをあたしたちの目の前に持ってきた。
アルは少し戸惑っていたが、あたしはすぐにその意図を理解した。
「そうね、バジリスクの毒牙ほどの強力な魔法なら……!」
足下に転がっていたバジリスクの牙を拾い上げ、全力で『日記』にむけて振り下ろす。
耳をつんざく悲鳴が轟く。声の主はリドルだったが、その輪郭は曖昧になり、そしてだんだん姿が見えなくなってきた。やはり、この『日記』が本体だったようだ。
「こんどのトドメは頂いたわよ」
リドルが消えるのを見届ける。魔力が消えるのが感じられる。本当に片がついたようだ。貴重そうなので、バジリスクの牙は慎重に梱包して『袋』にしまっておいた。ポッターがバジリスクの口の中に刺さった『グリフィンドールの剣』を引き抜いていた。そして、アルは眼鏡を外すとジニーのもとへ駆け寄った。
「ジニーちゃん、もう大丈夫だよ。トム・リドルはもういないから」
ジニーは自分のおかれている状況——倒れたバジリスクと穴の空いた『日記』を目にすると、突然ぶわっと泣き出した。
「どうしよう、私、退学に……」
「ダンブルドア先生がそんなことするわけないよ。ほら、帰ろう」
アルはジニーをそっと立ち上がらせ、あたしたちとにも声をかけつつ『部屋』の出口へと向かった。
去り際に立ち止まって、もう一度振り返って『部屋』を見る。なにやら悲しみを感じる表情だった。
「安らかに、おやすみなさい……」
アルの気持ちがなんとなく分かったが、とりあえず今はそうしておいた方がいいような気がして、なにも言わないでそれを見ていた。
*
「……ジニー!?」
フォークスの案内に従ってマクゴナガル先生の部屋に入ると、一瞬の沈黙の後、ウィーズリー夫妻のアーサーとモリーがジニーのもとに駆け寄ってきた。
そして、その向こうには我が目を疑うような表情のマクゴナガル先生もいた。
「一体、どうやって……。特にミーティス、あなたは……」
驚くのも無理はない。本来なら、アルはまだ医務室で石になっているはずなのだから。ポッターは『グリフィンドールの剣』、あたしは穴の空いた『日記』、そしてアルは『組分け帽子』をそれぞれ先生の前の机に置いた。
「あの、パメラが——。校長先生はご存知ですか?」
アルはまず自分がいかにしてここにいるかの説明を始めるらしい。
「ミネルバから話は聞いとるよ。『霊力』を使えることも知っている」
「それなら話は早いですね。パメラがキキちゃんたちが『部屋』に向かっているのを見つけたんです」
なるほど、ロックハートの部屋に向かう途中に察知した魔力は、パメラのものだったのか。アルーペは話を続けた。
「それで、なにかあった時のために『霊力』でわたしを生き返らせて……? っていうのも変だなぁ。死んじゃってたわけじゃないし。とりあえず、復活させてくれたんです」
詳しい方法はともかく、とりあえずマクゴナガル先生とダンブルドアは理解したようだった。しかし、今度はアルが疑問を見つけた。
「あれ、キキちゃんたちはどうやって『部屋』を見つけたの?」
そういえば、ずっと石だったアルは知らないのか。
「実は、アリスさんに探してもらったのよ。事件の特徴を書き出して、条件に合う生き物がいないか。
ポッターたちは、石になったハーマイオニーが切り取られた本のページを握ってたのを見つけたわ。アリスさんからの返事が来るのとほぼ同時だったけれどね」
「へえ、アリスが……」
アルとの話が終わると、ポッターが続きを説明した。『日記』に記憶が残されていたトム・リドルという人物がのちのヴォルデモート卿で、ジニーがその『日記』に乗っ取られていたことを明かしたが、特にお咎めはなかった。
「ジニー・ウィーズリーは今すぐ医務室に行きなさい。処罰はもちろんなし。もっと賢い魔法使いでさえ、奴に騙されてきたのじゃ」
ダンブルドアは部屋の扉を開き、ジニーに促した。医務室と聞いたウィーズリーは心配そうにダンブルドアに尋ねた。
「そういえば、ハーマイオニーは……」
「ちょうど先ほど、マンドレイクの薬をみんなに飲ませたところじゃ。回復不可能な障害はひとつもなかった」
これにはあたしもほっと胸をなでおろした。ジニーに続いて、ウィーズリー夫妻、そしてマクゴナガル先生も部屋を後にした。ダンブルドアはこちらに向き直って口を開いた。
「さて、君たちの処置だが——」
処置? この状況で、まさか処罰を受けるようなことがあるのか……? 一瞬動揺したが、その心配はなかった。
「以前、君たちがこれ以上校則を破ったら退学だ、と言ったな。前言撤回じゃ。四人には『ホグワーツ特別功労賞』と、そうじゃな、一人につき一五〇点をグリフィンドールに与えよう」
ダンブルドアはにっこりと笑ってそう告げた。なんというか、点の入れ方がいつも極端である。とりあえず、喜ばしいのは確かだった。
「ところで……」
ダンブルドアはまだ話を続ける。視線は『五人目』に向けられていた。
「ギルデロイ、ずいぶんと慎ましいな? どうしたのかね?」
「えっ? 先生、いらっしゃったんですか」
アルもその存在に気づいていなかったようだった。ポッターはたった今思い出したように、説明を始めた。
「ロックハート先生は、『忘却術』が——ロンの杖で、逆噴射して……」
「先生、先生って、もしかして私のことでしょうか」
「この通りです」
ロックハートの惨状を見て、ダンブルドアは驚いているようだった。
「なんと、自らの剣に貫かれたか。
……ロックハート先生も医務室に送ってやっとくれ」
これはもう話は終わりでよい、ということだろうか。
そう思って五人で立ち上がると、ダンブルドアはポッターを呼び止めた。
「ハリーとはまだ話したいことがある。もうちょっと付き合ってくれるかの」
つまり、二人きりでないと話せないので、他の四人はとっとと出ていってくれ、ということだろう。特にここに残る理由もないので、言われたとおりにマクゴナガル先生の部屋を後にした。マクゴナガル先生が厨房に手配をしてくれたらしいので、今夜は宴会があるだろう。
——途中でいやに機嫌の悪そうなルシウス・マルフォイとすれ違ったことは、記憶のゴミ箱に追いやられた。
*
宴会はこれまでにないほどの盛り上がりで、大半はすでに日付を越していることにも気づいていなかった。学校からの祝いとして期末試験は中止になり、そして何故かロックハートが学校を去るという発表では、先生までもが歓声を上げた。
そんななか、アルだけは何かをじっと考え込むように顔をしかめていた。先生方の話が一段落ついたところで、本人にだけ聞こえる声でそっと声をかけた。
「バジリスクを倒しちゃってよかったのか、って思ってるんでしょ」
アルは少し驚いていたようだが、どうやら図星だったようで、苦笑いで答えた。
「あ、やっぱり分かってた? キキちゃんには隠し事できないね」
恥ずかしそうに目を逸らして、かぼちゃジュースをすすった。
「……アルはサラザール・スリザリンの『意思』を確かに受け取ったんでしょ。ちゃんとした『継承者』が現れてくれて、彼も救われたんじゃないかしら」
アルが後悔していたこと。現在では正しく受け継がれず、歪んだ純血主義の言い訳として使われ、それを加速させてしまったスリザリンの思想、名声。リドルに操られていたとはいえ、本来の『サラザール・スリザリン』を伝えられる、本人が遺した数少ない手段であったバジリスクを失ってしまってよかったのか、ということだった。
「そ、そうだね。わたしが——」
アルはようやく気づいたようだ。あの『部屋』でバジリスクが、スリザリンがアルに託したもの。
「そう。あんたが真の『スリザリンの継承者』よ」
*
日が経つのはあっという間で、すぐに二年目も終わりを迎えた。ホグワーツ特急の六人がけのコンパートメントは、わたしとキキちゃん、そして黒猫一匹で独占するには少し広すぎた。
「目を見ると死ぬヘビの目を、生きたまま見ることが条件だなんて、スリザリンも変なことを考えるわね」
「そういえば、ゴドリック・グリフィンドールとか他の創設者さんは、スリザリンみたいに何か遺してたりしないのかな?」
ふと湧き出た疑問を口にすると、キキちゃんはすぐに答えた。
「アルが胸ポケットに刺してるそれは違うの?」
「うーん。モノそのものじゃなくて、そこに残された情報とか、そういうのがないかなって」
「なるほどね。スリザリンの『思想』も一種の抽象的な情報だったってことかしら」
「まあ、そんな感じかな」
ミーティスの謎の解明に役に立つのか否かは分からないが、とりあえず『創設者』のことを知りたい、と思っていた。キキちゃんは少し悩み、そしてはっと何かを思い出した。
「そういえば、『帽子』に話を聞くってのはどうなったのかしら?」
これを聞いて、思わず座席から飛び上がってしまった。
「……そう、それだよ! 丁度いい機会だったのに! すっかり忘れてた!」
絶好の機会を逃してしまった。ゴドリック・グリフィンドールの意思そのものと呼べるあの『帽子』が、校長の手を離れることなど二度とある気がしない。
「危ないから座りなさい。あの状況で落ち着いて『帽子』と話ができたとは思えないわ」
「うーん。そうかもしれないけど、なんとなく、あの『帽子』がすごい秘密を持ってる気がするんだ」
こんな万年筆を貰っているんだ、ちょっとやそっとの関わりではないことは確実だろう。そしてそのグリフィンドールが直々に遺した『帽子』だ。でも、そんな理論を抜きにしても、あの『帽子』には何かあると、本能が訴えている。
「それもまた『前世』の記憶?」
「ううん。既視感とはまた違う感じ。というか、既視感はずっとあったせいで、もう慣れちゃってきちゃったみたい」
「そう。アルの家のことは調べたら分かるかもしれないけど、前世のことはどうすればいいのかしらね……」
答えは見当たらない。ぼーっと後ろに流れる緑の風景を眺める。だんだん高く昇るようになった太陽の光が、ガラス越しに優しく半身を照らしている。
いろいろと抱えこみすぎちゃったなぁ。迷った時にいつも助けてくれるのはキキちゃんだ。改めてそんな親友のほうに向き直ると、まもなく一つの問いをくれた。
「それで、スリザリンの『意思』って、具体的にはどういうことだったのかしら?」
「どうしたの? いきなり。そうだね、言葉にするのは難しいけど……」
なんとかして『意思』を『言語』に圧縮しようと考えた。なるほど、サラザール・スリザリンが意思を文字で遺さなかった理由が分かった気がした。もしかすると、今浸透してしまっている歪んだ考えも、言葉にする過程でこうなってしまったのかもしれない。
「だいたい……」
慎重に言葉を紡ぐ。
「——互いにとって悪い結果を招きかねないので、選ばれた存在以外に魔法を教えるべきではない。純血の魔法使いは選ばれた存在であるから、魔法を正しく使い、誇りをもって尊敬されるような人間になれ。仲間を守るための努力は惜しむな。
……こんなところかな? 陳腐な言葉でしか表現できないけど……」
さすがに口下手すぎたか。苦笑いしていると、真剣に聞いていたキキちゃんが思慮深く言った。
「へぇ。本音か建前かは置いといて、割とまともなこと言ってるじゃない。少なくとも、ドラコ・マルフォイは『誇りをもって尊敬される』人間とは程遠いわね」
「昔からそういう考え方もあったみたいだね。魔女狩りやらなんやらで、マグルに対する恨みみたいなのがあったからだとか」
「でも、今の純血主義を掲げているような奴らは、きっとそんなこと考えてないわよ。ただ権力を得て威張りたいだけ。そういう人たちから、純血の『誇り』なんて感じられるはずがないわ。自分は何もしなくてもマグルより偉いんだ、って思い込んでる」
やっぱり、そうだよね。ため息をついて、また窓の外を眺め始めた。複雑な想いに満ちた心の中とは裏腹に、雲一つない突き抜けるような青空が広がっている。キキちゃんもわたしの向かい、窓側の席に移り、同じ空を見上げた。
「大丈夫よ。あたしはここにいるから」
キキちゃんがなにかつぶやいた。よく聞こえなかったが、とても安心する響きだった。精神的な疲労に、気温もちょうど良く、列車の振動も相まって、気づけばわたしは意識を手放していた。
*
「キキちゃーん。もう着いたよー」
「うーん? あれ、あたし、いつの間に……」
わたしは到着五分前の放送に起こされたが、キキちゃんはそのまま寝ていた。五分間寝顔を眺めてから起こすと、大きな伸びをして立ち上がった。隣で丸くなって寝ていたジジもゆっくりと体を動かす。そういえば、キキちゃんの猫って——
「そういえば、ジジくんって学校ではどうしてるの?」
「あたしのところにも寝るとき以外来てくれないのよね。
割と猫に変身したマクゴナガル先生とかと仲が良かったりして? あたしたちのことを上から目線で語ってそうね」
「どうなの? ジジくん」
ジジに問い詰めてみたが、答えは猫語ですら帰ってこなかった。
キキちゃんはコンパートメントの扉を開けようとし、窓の外を見て顔をしかめた。同じ方を見ると、ホームはまるで通勤電車の車内のような人口密度で、迎えに来た親が必死に我が子を探している。重大な事件があったため、一刻も早く無事を確認したいのだろう。
「混みすぎね。アル、ここから転移できるかしら?」
「大丈夫だよ。ジジくんが協力してくれれば、だけど」
そう言うと、ジジは座席からキキちゃんの肩に飛び移った。向こうの言葉は分からないのに、人間の言葉は分かっているらしいのが少しずるい。それにしても、いつ見ても猫の脚力には驚かされる。そんなことを思いながら、自宅への転移魔法を発動した。こんなふうにしてキキちゃんと自宅に戻るのも、もう慣れてきた。
「おかえりなさいませ、アルーペ。あの……」
今年のアリスは、玄関の外で出迎えてくれた。しかし、去年と同じで、何かすぐにでも言わなければならないことがあるように慌てた様子である。
「えっ、なに、アリス。また変な手紙でも——」
「幽霊が、また……」
キキちゃんは慌てて振り返り、すっとんきょうな声をあげた。つられて後ろを向くと、そこには学校で待っていたはずのパメラがいる。
「おかえり、アルーペ。一足先に戻らせてもらってたわ。
やっぱり幽霊として、たまには驚いてもらいたいわね」
冗談じゃない、といった顔でアリスはパメラを睨みつけている。
「パメラが頑張ってくれなかったら、わたしもキキちゃんも、ここにいなかったかもしれないよ」
アリスにそっと言って、この空気をどうにかしようとした。狙い通り、アリスは少しだけ険しい表情を崩してくれた。
「そうなのですか?」
「うん。そして、怪物の正体がバジリスクだ、ってキキちゃんの情報から調べ出してくれたのはアリスでしょ」
そう言うと、パメラは驚いたように声を上げる。
「ほんと? あの手紙がなかったら、いくらあたしでも対策はできなかったわ」
つまりは、お互いわたしたちのために尽くしてくれた立場、というわけだ。やり取りを黙って聞いていたキキちゃんが、ふとパメラに問いかけた。
「医務室にあなたはいなかったけど、いつ読んでたのかしら?」
「キキさん、あの手紙、職員室に落としていっていたわよ。ほら」
パメラは手紙を取り出した。よく見れば差出人であるアリスの名前が書いてあったが、拾った時に気づかなかったのだろうか。
「ええっ。あたしとしたことが、うっかりしてたわ」
「なるほど、本当に幽霊さんがアルーペを助けてくれたんですね。
……お礼を言っておきます。ありがとうございます」
アリスは慌ててパメラに軽く頭を下げたが、パメラは冷静だった。
「そんな、お礼なんて。でも、もしもお休みの間だけここに置いてもらえるなら、それは嬉しいかもしれないわ。あと、念のためもう一度言っておくと、あたしの名前はパメラ、よ」
アリスは少し決断をためらったが、わたしもその方が嬉しいな、と伝えれば、二ヶ月だけなら、と居候を許可してくれた。
話が一段落ついたので、キキちゃんのほうに向き直って確認を始めた。
「じゃあ、キキちゃん。いつも通り、ここには誰かしらいるはずだから、連絡は要らないよ。そっちは要連絡、だよね?」
「ええ。買い物に付き合わないといけなかったり、向こうの友達にうまく誤魔化して自慢話をしないといけないことがちょくちょくあるからね」
うまく誤魔化す、というのは、もちろん関係者以外に魔法の存在を公開するわけにはいかないので、キキちゃんは普通の外国の学校に行っているだけ、ということになっているからだろう。役所の手続きとか色々、どうなっているのかはとても不思議である。
「それじゃ、またね」
キキちゃんは魔法陣の中に立った。去年よりも、すこし賑やかな見送りとなった。
††スリザリンの継承者††
とどめを刺す桔梗
賢者の石では不遇だったので。
戦闘終了のトドメなので経験値+10%(イリスのアトリエ並のシステム)
アリスに相談
色々怪しい動きをしていたのはこのため。
隠す必要ない気がするけど……。
男二人きり
そういう需要はありません。
……無いよね?
純血主義
ぶっちゃけ適当ですが、あまりサラザールを悪者にはしたくない派です。
なんだか色々とやりたいことがあって時間が足りてません。
少なくとも電車に乗っている間はスマホしか使えないので、執筆に充てられる時間が削られることはありませんが……。
アトリエオンライン? スマホ版マリアト? なんですかそれ?
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第三章 アルーペ・ミーティスとアズカバンの囚人
第17話 暗室
キキちゃんの転移が完了したことを確認して、玄関のほうへ足を向けた。
「さて、と。パメラの霊力の前では防衛魔法も無意味かもしれないけど、とりあえず登録だけはしないとね」
キキちゃんのように客として入るぶんには管理者であるわたしの許可があればよいが、継続的にこの家に出入りする権利を得るには、家の関係者として防衛魔法に登録させなければならない。
『袋』から一枚の紙を取り出し、万年筆とともにパメラに渡した。
「パメラ、ここにサインをお願い」
「あら、これだけでいいのかしら? 『パメラ・イービス』っと……」
名前を書き終えると、紙はその場で消滅した。ここで爆発したりすれば、そいつは関係者として認めることはできない、というわけだ。ちなみに、二年前にマクゴナガルに名前を書かせた紙も似たような方式だったが、良からぬことを企む者でないかをより詳しく調べるためのもので、これとはまた違っている。
「大丈夫みたい。でも、あんまり勝手なことはしないでね」
「わかってるわよ」
本当かなぁ。ちょっと心配だが、半年ぶりに我が家の扉を開いた。
*
「ねえパメラ。昔のことって、どらくれい覚えてるの?」
「どうしたのよ。急に」
自宅の図書館で魔法書を読みながら、ふと気になってパメラに尋ねた。同じく本を漁っていたパメラは、手を止めて答えた。
「パメラには言ってなかったけど、もしかしたらわたし、『転生者』かもしれないんだ。
でも、記憶がしっかり残ってなくて、『既知感』があるのが転生前の記憶に手がかりなんじゃないかなって」
本からは目を離さずに、淡々と説明した。パメラは、予想していたよりもすんなりと話を理解してくれた。
「なるほどね。前も言ったかもしれないけど、生きてた頃のことはもちろん、死んだ後でも昔のことはほとんど覚えてないわ。けど……」
「けど?」
「『既視感』っていうのは共感できるかもしれないわ。思い出せることもあれば、結局なんなのか分からないこともあるけれど」
やはり、曖昧な記憶には既視感はつきものであるようだ。そして、場合によっては記憶の復活も期待できると。しかし、ここにはもう一つ問題があった。あまりに日常的に『既視感』を抱きすぎていたせいか、それに対する耐性がついてしまい、その感覚を認識しづらくなってしまっているようなのだ。これについてもパメラに訊いてみた。
「そうね……。あたしはそこまで頻繁に感じてたわけじゃないから、その気持ちは分かりかねるわ」
「そっか……」
『前世』の記憶へのただ一つの手がかりである既視感がなくなることは、とても大きな問題である。別の手段——存在するのかどうかはわからないが——それが見つかるまでは、一刻も早くその正体を暴き出すことを考えねばならない。そんなことを考えていると、図書室の扉が叩かれる音が聞こえた。
「どうぞー」
思った通り、入ってきたのはアリスだった。いや、そうでない方が恐ろしいのだが。そろそろ昼食の時間だろうか。
しかし、アリスはパメラの姿を見て固まってしまった。そういえば、パメラが図書館にいる、とは伝えていなかった。多少慣れたとはいえ不意打ちではどうしようもないのだろう。声をかけようとして、ふと、違和感を覚えた。ちょうどアリスの入ってきた扉のほうから、魔力の気配が感じられる。
「誰かいる……?」
わたしがそう口にしたのを聞いて、アリスもはっと我に返った。
「私が見た限りでは誰もいませんが……」
「そう……?」
正確に位置を把握しようと魔力探知を使うが、先ほどまであったはずの魔力は消えていた。
「あれ? 気のせいだったのかな……」
あくまでもさっきの魔力は「察知」しただけだ。感覚に頼るものなので、間違えることもあるだろう。そう納得して、昼食を求めて図書室を去った。
*
「ねえパメラ」
「今度は何よ」
次の日の同じ時間、パソコンに数式を打ち込みながらパメラに声をかけた。
「霊力ってさ、魔動カメラの動力に使えたりしない?」
魔動カメラとは一年生のクリスマスのときに作ったもので、高速連写などの機能はあったものの、魔力消費が大きすぎてあえなくボツとなっている。結局、キキちゃんには自分のものと同じマグルのカメラで我慢してもらっていた。
霊力を込められた『対バジリスク眼鏡』を見て、カメラでも同様なことができるのではないか、と考えたのだ。しかし、パメラの答えは微妙だった。
「ただ強力なだけでいいのならできるけど、そういう精密なのは難しいわ。もしできたとしても、あたしがいないと霊力の補充はできないわよ。無尽蔵に湧き出てくるわけでもないし」
やはり、魔力を使うしか道はないようだ。これを考えるには時間がかかりそうなので、別の問題を片付けることにした。
去年の八月だかにダイアゴン横丁でもらった、『動く写真』の撮れる魔法のフィルム。先日、再びダイアゴン横丁に赴いて、魔法で現像してもらっていた。それを『袋』から取り出すと、手の中でひっくり返したりしながらそれを観察してみる。
「魔法の収納は、現実逃避にも役に立つのね」
「げ、現実逃避なんかじゃないよ……。動く写真、パメラも見たいでしょ?」
「そもそもあたし、写真に写るのかしらね」
なら試してみる? といつものカメラを取り出した。図書館に日光は入らないため若干暗いが、高感度フィルムを使うことで対処する。
待ってました、とばかりにポーズをとるパメラにカメラを向け、慎重にシャッターを切った。
「どうかしら?」
「ちょっと待って、印刷するから」
急かすパメラを横目に印刷用紙を取り出し、杖でカメラを叩く。一瞬で現像、焼き付けが終わり、紙に写真が浮かび上がった。
「動く写真じゃないけど……。ちゃんと写ってるみたいだね」
「こう見ると割とキレイね、あたし」
否定こそしなかったが、出来るだけ見栄えが良くなるように色合いや明るさを調節している苦労も知ってほしいものだと思わないわけではなかった。外見では杖を振るだけでも、頭の中ではとても複雑なことが起こっているものなのだ。
「多分、写真を撮ってもらったのは死ぬまでも、死んでからも、これが初めて。久しぶりに新鮮な体験ができたわ。ありがとう」
「ど、どういたしまして」
しかし、こんなふうに感謝されると、その程度の苦労ならした甲斐があった、とも思えてくる。
アリスが呼びに来るまで、本来の目的を忘れたまま撮影会が行われていたのはここだけの話——。
*
一ヶ月ほど調査を続け、動く写真の現像方法がようやく少し分かってきた。カメラ片手に朝の散歩から帰って来ると、出迎えに出てきたアリスは封筒を持っていた。
「お帰りなさいませ。アルーペ、手紙が届いてます」
「ただいまー。お手紙? 誰からだろう」
差出人はハーマイオニーだった。封を開けると、文字がびっしり書かれた便箋と、新聞の切り抜きのようなものが入っていた。
「その手紙を持ってきた白いふくろう、知らない子でした。ハリー・ポッターさん宛の手紙も持っていて、すぐに飛んでいってしまったのですが……」
そのふくろうの正体は、手紙の内容を読むとすぐに分かった。どうやらハーマイオニーはフランスに旅行中で、検閲があるのでマグルの国際郵便では送れない、と困っていたところ、ハリーのふくろうであるヘドウィグが向こうから手紙を受け取りにやってきたらしい。
「マリーも少しは見習おうよ」
ちょうどハトのマルローネも近くにいたが、こっちは怠けていてそんな気の利くことはしてくれない。
続きを読むと、新聞の切り抜きの内容も明らかになった。封筒からそちらも取り出してみると、ウィーズリー一家が『ガリオンくじ』で七百ガリオンを当ててエジプトへ旅行に行ったことと、ピラミッドを背景に撮られた集合写真(まさに『動く写真』だった)が掲載されていた。
手紙のさらにその後は、フランスでの発見をまとめたら『魔法史』のレポートが全て書き換わってしまっていたこと、休暇のおわりにロンとロンドンに来るので会わないかという誘い、といった内容だった。
「ほら、だらだらしてないで、フランスまでひとっ飛び。お願いね」
靴箱の上で返事を書くと、マリーの足にそれをくくりつけた。マリーは渋々、といった様子で太陽に向かって飛んでいった。フランスのどこかは分からないが、せいぜい四百キロ、キキちゃんのいる日本で言えば東京から大阪までの距離程度だろう。あの国はずいぶん細長い。
玄関の扉を閉めようとすると、またもやふくろうが飛んできた。
「今度はなんだろう……。あ、ホグワーツからだ」
毎年恒例の、教科書リストやホグワーツ特急の時刻が書かれた校章のついた手紙だった。ただ、それとは別にもう一枚紙が入っていた。
「そっか、三年生になったらホグズミードに行けるんだったね」
ホグズミードとはホグワーツの近くにある魔法の村で、上級生から興味深い話をいくつも聞いていた。だが、それには保護者の署名が入った許可証が必要らしい。
「保護者……ってことはアリスのサインでいいんだよね」
許可証と万年筆を渡すと、アリスは『内容が同期されるホワイトボード』で見るのと同じ、読みやすい字でサインを書いた(真似やすい字はセキュリティ上あまりよろしくないのだが)。
さすがに三通めの手紙は来なかったので、ようやく『動く写真』の研究を再開することができた。パメラの手伝いもあって、昼食をまたぎ、日が暮れる前には試作の魔法が完成した。
「できたー! えっと、魔法名は……」
悩みながら、パソコンで英独辞典を開いた。理由は分からないが、魔法名はドイツ語でつけることが伝統となっているのだ。
「あった、
「どういう意味かしら?」
「『暗室』だよ。フィルムを現像、プリントするときに使う、真っ暗な部屋」
パメラに説明しながら、『袋』からダイアゴン横丁で買い足した魔法のフィルムを取り出した。カメラに装填して、またパメラを被写体にしようとして、ふと思いとどまった。
「どうせなら、アリスも一緒に集合写真みたいにしようかな」
「呼んでこようかしら?」
「いや、ここじゃなくて外で撮ろう」
ちょうど夕焼けに照らされていい色合いが出る頃合いだろう。パメラの手に触れて大広間に転移し、掃除をしていたアリスを庭まで引っ張っていった。
「このへんでいいかな。ポーズとって、出来るだけ体がブレないように……そう」
三脚にカメラを固定し、タイマーなどを設定したら、シャッターボタンを押して急いで二人の元へ駆け戻る。自分もポーズをとると、ちょうど十秒たってシャッターが切られた。
「露出が合ってるか不安だから、あと二枚撮らせて」
同じことをもう二度繰り返し、その後は二十四枚撮りきるまで勝手な写真をいくつか撮った。大広間に戻り、フィルムを巻き上げて取り外す。
「流石に再利用まではできなかったから、このフィルムは使いきりだよ」
「まあ、それが普通なんですけどね」
「はやく見たいわ、動く写真」
まあまあ、とパメラをなだめながら、杖をフィルムに向けた。作ったばかりの魔法で難易度も高く、成功率は半分を少し上回る程度。失敗しても爆発が起きないタイプなのがせめてもの救いか。呼吸を整えて、魔法名を唱えた。
「『
すぐには変化が現れなかったが、少し待つと、うっすらと写真用紙の表面に何かがうごめいているのが見え、やがて二十四枚の紙にだんだんと写真が浮かび上がってきた。
その様子をじっくり眺めていると、いくつかの事実が判明した。ひとつは、『魔法のフィルム』はモノクロフィルムだったこと。そして、それゆえに明るさの細かい気配りは必要なかったということ。また、この魔法は水属性だが、なかなかの消費の激しさなのでさらなる最適化が求められること。
最後に、この写真の最大の魅力となるはずだった淡い赤黄色の日差しは、モノクロなので完全になかったことになり、わずかな時を狙って撮った苦労は水の泡となったこと。
「あはは、一枚目。あなた、いかにも今来ましたーって感じになってるわよ」
「十秒で体勢整えろっていうほうが無茶だよ!」
「この写真の私、なんだかすっごく儚い感じになってますね」
「これ撮ったのはパメラ?」
「そうよ。光を操作してこう、いい感じに……」
「あぁっ、ずるい! わたしが光系の魔法苦手なの分かってるくせに!」
しかし、笑いが絶えることはなかった。写真はモノクロでも、記憶には色鮮やかに残っていたから。
*
「こっちのほうが新宿。天気が良ければあっちの方に東京タワーも見えるわ」
「うーん。さすがに望遠レンズ越しでもそこまでは見えないなぁ」
「あっちが向ヶ丘遊園。でっかい観覧車でしょ」
せっかく魔法のフィルムが使えるようになったので、キキちゃんにもそれを披露しに来た。結果、渡邉宅の近くの山の展望台から、東京都心? を見下ろすことになっている。
「それで、もう少し西のほうに見えるのが多摩川」
「おっきい橋がかかってるね」
「あの向こうが東京都よ」
ここで、今までずっと忘れていた『あの』感覚にまた襲われた。山の向こうに見える川を見つめたまま立ち尽くしていると、キキちゃんもそれを察したようだった。
「見たことあるのね?」
「うん。確かにわたしは『多摩川』を知ってるはず。どこで、どうやってかまでは……。やっぱり思い出せない」
その『多摩川』をしっかりと写真におさめた。そんなわたしを見て、キキちゃんが一つの発見をした。
「せっかくの魔法のフィルムなのに、動かない建物を撮っても意味なかったわね。もう少し別の場所に案内するべきだったわ」
「言われてみれば……。うーん、それじゃ……」
キキちゃんに展望台の出来るだけ端に立つように言うと、カメラのレンズを付け替え、距離をとった。
マグルに見られていないことを確認し、そこから箒で軽く飛び上がり、街並みとキキちゃんの上半身、カメラが一直線上にくるようにすると、慎重にシャッターを押し込む。
出来上がった写真は、キキちゃんの背景に街並みが広がっている、というぐあいだった。もちろん、キキちゃんはこちらに手を振っているし、木々は風になびかれて揺れていて、たまに電車も通るれっきとした『動く写真』だ。
「すごい。マグルの友達に自慢できないのがもったいないぐらいだわ」
「へへ、ありがとう。
普通のフィルムで複製すれば『普通の写真』にできないこともないけど、そもそも撮ってるのが空中からだしね……」
「箒ってほんと自由ね。そういえば、いつのまにか両手離せるようになったの?」
「そうだよ。結構練習したんだからね」
自宅の庭に何回か落っこちて、魔法で衝撃を無くしているので怪我こそしていないが、すっかり口の中に入る土の味を覚えてしまった。『百味ビーンズ』の土味はとても再現度が高かったという無駄な発見もあった。それに、上達したといっても、手を離したまま移動することはできっこないのだが。
最終週のロンドン行きについてキキちゃんと話し合いながら、山を下りる。いつのまにか休みも大半が過ぎ去っていた。なんだか、ずいぶんと忙しい夏休みであった。
毎年恒例のおさらい回。読者さんの役に立ってるかは分かりませんが、うp主が設定を見直したいというのもあります。
どちらかというとストーリー的進展はない日常回ですが、普段も程よくそういうのを入れていく方が個人的には好きです。下手の横好き。
既知感、既視感
見返してみたら、何故か表記が揺れていました。視覚的か否かの違いしかないので同一に捉えてもらって大丈夫です。
Wikipediaの項目見てみたら要出典だらけで笑った。
既視感耐性
心理学者?でもないので現実にこんなことがあるのかは分かりませんが、慣れてしまった、ということで。
いつものカメラ
想定はα-7000+MACRO50/2.8、フィルム感度400、8,9EVぐらいかな?
現像、プリント
よく「フィルムは補正できるデジタルとは違い現実をそのまま写す」と言う方がいますが、フィルムの場合、それはプリントするお店の人の苦労の末にあるもの……らしいです。
東京から大阪
日本人にはこの上なく分かりやすい表現。
ロンドン〜パリって割と近いんですね。
多摩川
真面目なシーンで出てくるとなんか場違い感ある。
超ハイアングル撮影
デジタル時代の今なら、ファインダーを覗かずとも液晶画面で確認できるんだなぁと時代の差を感じる。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第18話 吸魂鬼
「おはよう、アル!」
「こんばんは、キキちゃん!」
「そっか、こっちはこれからおやすみなさい、なのね」
八月もあと一週間。自宅の庭、二十時ちょうど。日本時間では午前五時であるが、睡眠不足よりは寝すぎるほうがマシだ、とのキキちゃんの希望に従った結果の集合時刻である。
挨拶もほどほどに済ませ、アリスに見送られながらダイアゴン横丁への転移魔法を発動すれば、すぐに背後は『漏れ鍋』だった。ちなみに、パメラも何度かダイアゴン横丁には連れてきているため、そっちは自前の転移霊術(と表現するものなのか?)でついて来た。
「へぇ、酒場と宿屋がくっついてる感じね」
客室があるのであろう階段の先を見つめながら、懐かしむようにパメラが言う。キキちゃんが訳を聞くと、少し寂しそうに、こんな感じの酒場で大切な人と出会った気がする、と答えた。
幽霊になるのも楽じゃない、と他人事ながら考えていると、手続きを済ませたキキちゃんがカウンターから戻ってきた。
「緊急の用があったとかで一人の部屋が一つしか空いてなくて、二人用の部屋になるらしいわ」
「べつに大丈夫だよ。……あれ、二人? パメラは?」
「幽霊にベッドは要らないだろって……」
「うーん、確かになくても大丈夫だけど……。あったほうが気分は楽よ」
案内された部屋に荷物(といっても鳥かごぐらいしかないが)を下ろし、天蓋付きのベッドに座り込む。なんというか若干古臭いような気もするが、趣のあるいい部屋だ。
部屋が足りないとのことだが、ハーちゃんとロンはちゃんと予約を入れてあるのだろうか。緊急の用とはなんだったのか。そんなことを考えながら横になると、柔らかい布団はあっという間にわたしの意識を眠りの闇の中へと連れ去った。
翌朝、朝食を食べに階段を下りると、目の前のテーブルに見覚えのある顔が座っていた。
「おはよう、ハリー。親戚のマグルのところで大変だってハーちゃんから聞いてたけど?」
「そうだったんだけど、実は——」
ハリーによると、ダーズリー家の連中が可愛く見えるほど究極におぞましいマグルが家に来てしまい、魔法を暴走させてしまって『ナイト・バス』で逃げて来た結果、ここにいるらしい。なぜか魔法大臣に保護されたとか。緊急の用とはそういうことだったのか。
朝の燃料投入も済み、学用品の購入へ向かう。『漏れ鍋』からダイアゴン横丁に出るには、裏庭のレンガの塀の正しい位置を杖で叩く必要がある。壁に現れたアーチをくぐって奇妙な店が並ぶ通りに出ると、すぐに自分が魔法使いであるということが思い出された。教科書を買うため書店のほうへ向かおうとして、ふと足を止めた。
「そうだ、『高級クィディッチ用具店』に寄っていきたいな」
「どうして?」
「エイブルさんから、ロンドンでも例の箒の量産先行品が売ってるはずって手紙がきたんだ」
エイブル・スパドモア。エラビー・アンド・スパドモア社の社長で、去年の夏、自分に訳あって特注の箒を作ってくれた人だ。発売したらロゴが現れる仕組みになっていると言っていたが、実際は『所有者が発売されていることを確認する』ことが条件らしく、まだその姿にはお目にかかれていない。
目的の店のショーウィンドウの前には人だかりができていた。しばらくの格闘の末、ようやくその箒を目にすることができた。といっても、それはすでに見慣れた姿だったのだが。
「『ファイアボルト』、ダイヤモンド研磨、手彫りの製造番号……。間違いない、これだよ」
「値段は……『お問い合わせください』だってよ、アル。あたしに買えるかしらね」
「あら、キキさんは掃除用の箒でも同じように飛べるんでしょう?」
それもそうね、とキキちゃんは笑って答えた。この店での用事はこれだけなので、今度こそ教科書を求め来た道を引き返す。
しばらく歩いて『フローリシュ・アンド・ブロッツ書店』の看板が見えてきたころ、桔梗は新たに必要な教科書のリストを取り出した。
「『怪物的な怪物の本』……? 物騒な名前の本ね」
「うん。ガラス越しに見えるアレがその本じゃないことを祈るばかりだよ……」
キキちゃんの視力ではもう少し距離を縮める必要がありそうだが、わたしの目にはまさに『怪物的な』本が見えていた。
少し近づいて、キキちゃんもそれを理解する。ショーウィンドウには檻が置いてあって、その中で本のような見た目をした何かが取っ組み合いをしていた。……残念なことに、これが『怪物的な怪物の本』らしい。
「これこのままほっといたら、相打ちして全滅しそうよね」
「すでに売り物にならなさそうなのがちらほら……」
店に入ると、店員がすっとんできた。学年を聞かれたので答えると、『未来の霧を晴らす』『中級変身術』『三年生用基本呪文集』の三冊を乱暴にカウンターに置いた後、分厚い手袋をはめて檻の方に歩いていった。
「こんな本、二度と仕入れるものか……。あぁ、また一冊粉々に……」
売る方もなかなか大変なようである。こっそり速度低下魔法をかけておいた。『怪物の本』は縛って渡されてもまだ暴れていたが、なんとなく背表紙を撫でてみると、本の暴走はおさまった。さすがにずっと拘束しておくのは辛い、というか実用に耐えないので、この発見は大きかった。
*
「あ、ハーちゃん! 久しぶり」
「久しぶり。ハリーがここにいるって本当?」
そろそろダイアゴン横丁を回るのも飽きてきた、夏休み最終日の朝。ハーマイオニーも『漏れ鍋』にやってきて、あとは明日のホグワーツ特急を待つのみとなった。ハーマイオニーの問いに答えると、眠気が残った声が出てしまった。
「うん。さっき通りのほうに出て行ったから、今はいないけど。何かあったの?」
「それが——」
ハーちゃんがさっきの本人の説明よりもう少し詳しく教えてくれた。ハリーが親戚のマグルに両親を侮辱され、魔力が暴走した結果そいつを風船にして空の彼方に飛ばしてしまったのだとか。それは『魔法事故リセット部隊』によって対処され、逃げ出したハリーは何故かファッジ大臣に保護されてここにいる。
——という話が魔法省に勤めているロンの父親の耳に入ったらしい。
「へえ。そんなことやらかして、退学になるんじゃないのかしら?」
「それが、見逃してもらえたそうよ」
「はぁ。どこまでも運の強い男ね」
親を侮辱された時点で運がいいのかどうかは疑問であるが、キキちゃんは呆れるように言った。苦笑していると、ふとハーちゃんからの手紙の内容を思い出した。
「そういえば、ロンたちも来るって……」
「先にハリーを探しに行っちゃったわ。私も行ってくる」
返事をする間もなく、ハーちゃんは駆け出していった。
この日の夕食は、亭主のトムが豪華なフルコースをウィーズリー一家とわたしたち四人に用意してくれた。夏休み最終日は、とても有意義なものとなった。
*
翌朝、激しくドアを叩く音で起こされた。どうやら、ハーちゃんが起こしにきてくれたようだ。キキちゃんも隣のベッドで飛び起きている。パメラは……あれ? いない。
「そろそろ出ないと不味いわ」
「えぇっ!? もうそんな時間……」
時計を見て、顔が青くなった。ハーちゃんが扉を閉めたのを確認すると、杖を一振りして着替えは完了。持ち物は全て『袋』にまとまっているので、すぐに冷静に考えれば慌てる必要がなかったことに気づいた。
「あれ? ジジはどこに行ったのかしら」
「またクルックシャンクスとお話ししてるんじゃない?」
クルックシャンクスとはハーちゃんがこの夏飼い始めた猫だが、キキちゃんのジジとは話が合うらしくよく一緒に行動している。問題なのはロンのネズミのほうで、クルックシャンクスとの相性は最悪である。ハーちゃんのところにジジを探しに行くと、ちょうどロンとそのことについて口喧嘩しているところだった。
「あ、アルーペとキキ。もう支度は済んだのね。ロンもとっととしなさい」
「ハーマイオニー、ジジを見なかったかしら?」
キキちゃんはハーちゃんに尋ねたが、嫌味ったらしく答えたのはロンだった。
「あの黒猫なら先に出て行っちゃったよ。どっかの誰かさんの獰猛な赤毛の猫とは違って、ずいぶん賢いみたいだ」
*
「……で、この人は誰よ」
去年は飛び込み乗車だったホグワーツ特急。今年もそんなに時間に余裕があった訳ではなく、唯一空いていた六人がけのコンパートメントにも先客が一人いた。やつれた顔の男の人で、羽織っている上着はつぎはぎだらけでみすぼらしい。
キキちゃんの疑問に、ハーちゃんは時が移る間もなく答えた。
「R・J・ルーピン先生」
「なんで知ってるんだい?」
「鞄に書いてあるもの」
そう返されたロンが網棚にあるルーピンの鞄を見る。たしかにうっすらと名前が刻まれていた。この鞄も持ち主に似て、ずいぶんとくたびれた様子だ。
「新しい先生、ってなると……。やっぱり『闇の魔術に対する防衛術』かなぁ」
「でもこの人、『闇の魔術』なんて食らったら一発でやられちゃいそうに見えないか?」
「ギルデロイ・ロックハートよりはマシよ」
キキちゃんがハーちゃんのほうをちらっと見ながら言う。グリフィンドールの恋する才女はふてくされたような顔で視線を返した。
そういえば、『闇の魔術に対する防衛術』の教師はこれで三人目だ。三年目にして三人目。一年以上持った人はいまのところ見たことが無い。
「ところでハリー、さっき言おうとしてことって何だい?」
話が一段落ついたところで、ロンがハリーに問いかける。ハリーが伝えたのは、難攻不落の魔法使いの監獄、アズカバンからの脱獄犯であるシリウス・ブラックという人物が、自分を狙っているらしい、という話だった。ハーちゃんは心配した声でハリーに忠告した。
「自分からトラブルに突っ込んで行ったりしないでよね……」
「いつだって自分から飛び込んだことなんてないよ」
いつもトラブルの方から突っ込んで来るんだ、とでも言いたそうにハリーは答える。
ハリーたちと共に入学してから二年、まだ一度も平和な一年間を送ったことがない。今年こそは何事もなく終わって欲しいものだが、その望みも薄いということだろうか。
「ところで、そのシリウス・ブラックって、何をやらかしたの?」
続けてキキちゃんが聞く。『日刊予言者新聞』はちらっと目にしたが、詳しい内容までは確認していなかった。ハーちゃんは新聞を丸暗記しているかのように答えた。歩くパソコンか何かか。
「白昼堂々、大通りのど真ん中で、魔法使い一人とマグルを十二人も殺したのよ。それも、たった一つの呪文で。『例のあの人』の子分だとも言われているわ」
「そして、アズカバンからの脱獄はこれが初めてだ」
ロンが一言付け加えた。それが事実なら、とんでもなく恐ろしい。マグルにまで指名手配を要請している理由が、なんとなくわかった気がした。もっとも、見つけた瞬間にはすでに通報できない状況に陥っていそうだが……。
その後はホグズミードについての話となった。許可証のサインをもらえなかったハリーにとってはあまり面白い話ではなかったが、いつシリウス・ブラックが襲って来るか分からない状況では、城から出る機会は少ない方がむしろ良かっただろう。なにしろ、相手は平気で十三人の命を奪う狂人だ。ホグズミードの真ん中であっても、なんのためらいもなく皆殺しにするだろう。
なんとなく空気がどんよりとしているのは、そんな物騒な話をしているから、というだけではなさそうだった。窓の外には重苦しい鉛色の空が広がっていた。ガラスには、開いた瞬間に車内が洪水になりそうなほどの雨が打ち付け、そうでなくとも窓の隙間から入り込むほどの風が吹き荒れている。
「世界の終末みたいな天気ね」
「おかしいね、予報では快晴のはずだったんだけど……」
キキちゃんが憂鬱そうにつぶやいたのにつられて、顔をしかめる。ちょっと降ってるぐらいなら良いが、ここまで危険を伴う大雨は、傘をさすべきか分からない微妙な雨よりも不快だ。
「天気予報? マグルの占いみたいなやつかい?」
「まあ、外れるときは外れるわ」
ロンの言葉にハーちゃんが答える。一年生の彼女だったら、占いよりはもうちょっと理論的だ、と理解されない説明を始めていたに違いない。
ふと、体に前向きの力が加わった。列車が減速し始めたようだ。時計を確認したが、学校に着くにはまだ早い。ロンたちも気づいたらしく、顔を見合わせている。
「途中に駅なんてあったか?」
「そんなはずないよ。ホグワーツまで直通でしょ?」
不安を煽るように、雨がいっそう強くなる。列車は速度を落とし続け、ついに完全に停車してしまった。雨でよく見えないが、どうやら湖にかかる橋の上のようだ。決して人が乗降できる場所ではない。
そして、唐突に車内灯が一斉に消えた。何事かと暗闇の廊下に顔を出すと、ほかの生徒も考えることは同じで、隣のコンパートメントの人と目が合った。一方、ロンは窓の外を見てこう言った。
「誰か——いや、『何か』が乗ってくるみたいだ」
さっき見たとおり、ここは湖の上。去年のわたしたちのように箒で飛び乗ってきたとでも言うのか? 誰が、なんのために?
夏の盛りとは思えないほど空気は冷たくなり、窓についた雨水が音を立てて凍り始めた。
あたふたしていると、コンパートメントの入口に背の高い、真っ暗な影が現れた。扉が影を招き入れるかのようにひとりでに開く。まるで生気は感じられないが、その動きは生き物のようだった。頭にあたる部分からすっぽりとマントを被ったような見た目で、かさぶたに覆われたような灰色の手がそこから突き出している。
影はハリーの目の前まで移動すると、奇妙な音を立てながら息を吸い込み始めた。空気中にある何かを吸っているのだろうか、それとも……。
ふと我に返った。これは危険だ。本能がそう警告している。
「ふ、『フェアドレンゲン』!」
杖から出た緑色の閃光は、たしかにその影を射抜いた。しかし、まるですり抜けたかのように一切の影響をそいつに与えることはできなかった。影はハリーから目が存在するであろう箇所を背け、こちらに向かってきた。ハリーは気絶している様子である。
「やば、こっちこないで……。『パラリューゼ』! 『シルデュッツ』!」
失神呪文は通用せず、防衛魔法の展開は失敗した。この物体は、無理やり言葉にするなら『絶望』を撒き散らしているようだった。精神状態が安定せず、呪文名を詠唱しても成功率は心もとない。
いっそのこと汽車ごと転移させてしまおうか、と演算を始めようとしたとき、突然車内が青白く照らされた。
「シリウス・ブラックはここにはいない。去れ!」
初めて聞くしわがれた声は、ルーピン……先生? のものだった。ルーピン先生が杖を振ると、銀色の光が影を押し出すように飛び出した。
「ルーピン、先生。今のは……」
「『吸魂鬼』だ。地上で最も忌まわしい生き物。アズカバンの看守をやってる」
ルーピンが言うと、気絶しているハリー以外の全員が息をのんだ。
車内灯が点き、列車は再びホグワーツに向けて走り始めた。ハリーが目を覚ますと、ルーピンは鞄から大きな板チョコを取り出した。一切れずつ配って、もう一度『吸魂鬼』の説明をして席を立った。
「食べなさい。気分がよくなる。私は運転士と話してくるよ」
そう言ってルーピン先生は廊下へ消えていった。しかし、とてもチョコレートを口に入れるような気分にはなれなかった。
あの怪物は、心になにか重いものを置いていくようだ。いや、奥底にしまわれていたそれを無理やり引っ張り出してくるのかもしれない。チョコレートを手に持ったままそんな話をしていると、ハリーが不安そうに切り出した。
「でも、意識が飛んだのは僕だけだよね……?」
「ええ。座席から転がり落ちたのなんてあんただけよ」
キキちゃんがそう答えると、ハリーは恥ずかしそうな顔をした。ハーちゃんが何か言いかけたが、それは扉の開く音で遮られた。ルーピン先生が戻ってきたようだ。
「毒なんて入ってないよ、お食べ。あと十分で着くそうだ」
言われて、手に持っているチョコレートの存在を思い出す。食べてみると、冷えていた身体が一気に暖まっていくような気がした。なにか魔法がかかったチョコだったのだろうか。
その後もあまり会話をする気にはなれず、ほぼ無言でいるうちに列車はホグズミード駅へ到着した。
*
毎年恒例の組み分けが終わり、ダンブルドアが挨拶をするために立ち上がったころ、マクゴナガルに呼び出されていたハリーとハーちゃんが戻ってきた。ハリーは『吸魂鬼』について、ハーちゃんは時間割についての話をしていたらしい。
ハリーが気絶したという話はすでに学校中に知れ渡っていた。そんな情報を得たドラコ・マルフォイとハリーが顔を合わせたら……。ダンブルドア校長が真剣な話を始めるようなので、それより先を考えるのはやめた。
「——一つ目、列車での捜査があったのでみんな知っていると思うが、我が校はただいま、アズカバンの看守『吸魂鬼』を受け入れておる。警護のためと、魔法省からの要請じゃ」
言い方からして、校長は吸魂鬼による警護を快く思っていないようだ。ダンブルドア校長はさらに表情を険しくして続けた。
「決して、誰も許可なしに城を離れてはならん。絶対に。言い訳や説得が通じる相手ではなく、また、変装や『透明マント』なども無駄じゃ」
最後の一つが誰に向けられたものなのかは、本人が一番よく分かっているだろう。わたしにはダンブルドアの提示していない別の手段を考えることができたが、それを検証するのはあまりに危険性が大きすぎる、と気づくのにそう時間はいらなかった。
「さて、次は明るい話じゃ。今学期から、新しい先生を二人お迎えすることになった。まず、『闇の魔術に対する防衛術』を担当してくださる、ルーピン先生」
ダンブルドア校長はそう言って紹介したが、そもそも新しい教師が必要となっている現実が決して『明るい』ものではない。ルーピンが挨拶をしても、反応はまばらだった。他に教師が何かやらかした科目はないはずだが、もう一人は誰なのだろうか。生徒たちは校長の言葉を待った。
「『魔法生物飼育学』のケトルバーン先生が前年度末をもって退職され、後任としてルビウス・ハグリッドが『領地の番人』に加えて兼任してくださることになった」
今度はルーピンの時とは違い、特にグリフィンドールの席から大きな拍手が起こった。『怪物的な怪物の本』が教科書として指定されていたのを思い出し、そして納得した。
話はこれで終了で、ここ三年では一番平和で平凡な一年の幕開けとなった。
三巻相当分突入。三年目は目立ったイベントがあまりなく、どうしたものかと悩みどころです……。
いくつかの設定が他のゲームとアニメで既出だったことが判明して運命を感じてます。
酒場+宿屋
RPGあるある。
パメラのいう『酒場』は『ユーディーのアトリエ』のメッテルブルグの酒場のことです。
分からなくても本編に支障はありませんが、PS2か初期型PS3を持っている方は是非やってみてください。
二人部屋
女同士、二人きり。何も起きないはずがなく……。
夏休み最終日
宿題がないっていいなぁ。夏休み……エンドレスエイト……ウッ頭が
微妙な雨
降るならちゃんと降ってくれ、といつも思います。
フェアドレンゲン
ドイツ語で「追い払う」の意。verdrangen
0A話で使っていた奴です。土属性。
パラリューゼ
ドイツ語で「麻痺」の意。paralyse
桔梗との決闘で使った奴です。風属性。
シルデュッツ
ドイツ語で
の二単語をテキトーに混ぜた造語。
プロテゴのような防衛魔法。対応する攻撃によって属性を変える。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第19話 占い
「ねえ、ハーちゃん。この時間割、どうなってるの……?」
「どうって?」
ハーちゃんの時間割表を覗き込んで、困惑を隠しきれず尋ねた。本人はとぼけているが、どう見たっておかしいのである。
「だって……。一日に十科目もどうやって受けるの?」
「九時『占い学』、九時『マグル学』、九時『数占い学』」
キキちゃんも同じような顔で時間割を読み上げた。これでは、三つの授業に同時に出席することになる。そうハーちゃんに伝えると、彼女はそっけなく答えた。
「馬鹿言わないで。私の身体は一つしかないわ」
おかしなことを言ってるのはどっちだ、と突っ込みたいところであるが、隠したいワケがあるようなので、あまり追求しないことにした。
朝食を終えて自分の時間割も確認すると、三年生初の授業は『占い学』のようだ。場所は北塔の教室らしい。先の二年でそこに用があったことはなく場所も把握していないが、校内の地図はパメラが完璧に調査してくれていたので、案内を頼むことができた。
幸いにも隠し通路を駆使して最短経路を通ることができたが、それでも大広間から五分はかかった。
「で、教室はどこよ」
階段を上りきっても小さな踊り場があるだけで、教室に入る扉のようなものは見当たらなかった。教室が見つけられないのは自分たちだけでなく、先に着いていた何人かの生徒、そして後から駆け込んできたハリーたちも同じようだった。
「あ、上見て」
誰かが何かに気づいて声を上げると、みんな一斉に首を天に向けた。天井にある丸い蓋のようなものに「シビル・トレローニー 『占い学』教授」と書かれている。
まもなく扉が下に開き、金属製の梯子がそこから降りてきた。真下にいたわたしは慌ててそこから退く。ハリー、ロンに続いて梯子を登り、入った教室の空気は、真夏の満員電車のような暑苦しさだった。
*
「雲に突き刺さった短剣……?」
「これ、短剣と十字架の区別なんてつかないわよね」
キキちゃんのティーカップを覗き込んで思案していると、キキちゃんは『未来の霧を晴らす』を読みながら返した。続けてわたしのカップも受け取り、顔をしかめる。
「それで、あんたのはどうすればいいのよ。ほぼ何も残ってないわよ」
「あはは、ごめん。普通に飲んだはずなんだけどね……」
残った茶葉の形で占う、とのことだが、本当にこんなことでいいのだろうか。疑問に思いつつも、『未来の霧を晴らす』のなかから当てはまる図形を探し出した。
「えーっと、雲と短剣だとすると、『疑心暗鬼』『事故』。なんか物騒だよ……」
「占いって、信じれば信じるほど当たっちゃうものじゃない? だからあたしは信じないわ。ええ」
じゃあなんでこの科目をとったんだ、と言いたいところだが、自分自身もそんな問いに対する答えは持っていなかった。ここで、ミーティスの魔女が遺した本の中に、占いについてのものがあったことを思い出した。すこし探してみると、その内容は杖に保存してあった。
『——さて、「占い」という学問に関する研究で、まだ信憑性は薄いが、衝撃的な考察が導かれた。
仮に事実だった場合に、それが明るみに出ることで魔法社会に与える影響を考慮し、この文書は厳重な管理の対象とする。』
ここから先は記憶されていない。読んだ当時は興味を持たなかったのだろう。あとでアリスに——。
「アル、どうしたの?」
「あ、ちょっと考えごとしてただけ」
トム・リドルの記憶鑑賞魔法とは違い、こっちは現実の時間も経過してしまう。あとで落ち着いて考えることにしよう。トレローニーの姿を探すと、ちょうどハリーのカップを見て『
「私にはそうは見えないわ」
その隣で否定したのはハーちゃんだ。トレローニーはすこし驚いたあと、不快だ、という感情を顔いっぱいに押し出して返した。
「あなたにはほとんどオーラが感じられませんわ。未来を見通す眼をお持ちでない」
二人はしばらく睨み合っていたが、やがて諦めて存在を認識するのをやめた、というように目を離した。
次の教室へ向かうネビルに、トレーローニーは彼が授業に遅れるだろう、との予言を告げた。これを実現するのは簡単だ。むしろ間に合う方が奇跡なのだから。
とりあえず、そんなハーちゃんの機嫌が最悪であることは間違いない。道を間違ったのか途中で見失ってしまったが、なんとか『変身術』の教室の直前で合流できた。
授業が始まってもみんなは解説そっちのけで、いつハリーが『死神犬』の呪いで死ぬのか、とそわそわしていた。マクゴナガル先生が『動物もどき』として猫への変身を実演しても、誰一人それを見てはいなかった。
「別にそれを目的としているわけではないのですが、私の変身がここで拍手を貰わなかったのは初めてです」
マクゴナガル先生が顔をしかめると、キキちゃんはトレローニーのことを説明しようとした。
「さっきの『占い学』で——」
言い終わらないうちに、先生は思った通りだ、とばかりに遮った。
「なるほど、そういうことでしたか。それで、今年は誰が死ぬことになったのですか?」
ハリーが拳銃を突きつけられたかのように、ゆっくりと手を上げた。 マクゴナガル先生はなるほど、と頷いた。
「シビル・トレローニーはここに来てから、毎年一人ずつに死の予言をしてきました。未だに誰一人として死んではいません。むしろ、すぐに死ぬことはない、という予言だったと思っておきなさい」
どういうことなのだろうか。教師として雇われたからには、多少なりとも才能が認められているものではないのか。それとも、あれは本当にただの演出で、占いとしての効果は意図的に抑えられているのか。
「『占い学』は魔法のなかでも不正確な分野の一つです。私がそれを苦手とすることを隠すつもりはありません。
……私が見る限りは健康そのものなので、ポッターから宿題を免除することもありません。もしも死んでしまったのなら、その時は提出しなくても構いませんが」
すこし教室が和やかになった。ハーちゃんの気分もいくらか楽になったようで、笑顔が戻っていた。もっとも、わたしはこの後で長々と愚痴を聞かされることになったのだが。
マクゴナガル先生はもう一度『動物もどき』の解説を始めた。一部の熱狂的な占い信者を除いて、こんどは皆しっかり板書を書き取った。
*
昼食を済ませ、『魔法生物飼育学』の授業が行われるハグリッドの小屋までたどり着いた。
「やあミーティス。君はこの新しい教師のこと、どう思うかい?」
ふと、後ろから声をかけられた。聞き覚えのあるそれの主はドラコ・マルフォイだったが、何故ここにいるのか。
「あれ、もしかして合同授業だった?」
「知らなかったのか?」
ドラコは呆れ顔で言った。時間割に書いてあったかもしれないが、そんなことまで気を配っていなかった。ドラコがもう一度ハグリッドについての質問を繰り返すと、答えたのはキキちゃんだった。
「そんなの分かるわけないじゃない。今日が初めての授業よ?」
ドラコが何を言いたいのかは分かりきっている。本人もそれを察したようで、この話はここで打ち切られた。
授業が始まると、ハグリッドはまず小牧場のようなところに生徒を連れていった。そして、教科書を開くように指示をする。教科書とは、もちろんあの『怪物的な怪物の本』のことだ。
「どうやって開くんだ?」
ドラコが馬鹿にするように言った。それが人にものを頼む態度か、と言いたくはなったが、質問の内容自体は納得できた。わたしたちはその答えを知っていたが、キキちゃんはからかうようにこう返した。
「表紙の布を右から左にもっていくのよ。日本語の縦書きだったら左から右だけどね」
そんなことは分かっている、とドラコはもう一度ハグリッドに問い直した。わたしが見つけた『撫でる』という方法で正解だったらしいが、ほかの生徒は全員知らなかったようで、本をベルトで縛ったりしてあった。
ドラコは言われた通り背表紙を撫でて『怪物的な怪物の本』を開くと、またこちらに話しかけてきた。
「どうだい? 授業を受ける前から僕たちをこんな危険に晒していたんだ」
「悪いのは本じゃない……?」
「そもそも、出版社から書店への説明が無いのがおかしいのよ。知ってないと扱えないんだから、本来は伝えるものなんじゃないかしら?」
いくらハグリッドといえど、これを落ち着ける方法を自力で見つけるのには苦労するだろう。生徒への説明が何もなかったのは、ハグリッドは書店でしっかりと取り扱いを聞いていたからではないのか、とキキちゃんは考えたらしい。
少しして、ハグリッドは教材となる魔法生物を連れてきた。それは、一言で言うなら四足歩行するでっかい鷲。前脚には巨大な鉤爪が生えている。ヒッポグリフという生き物らしく、名前からして馬、鷲と獅子の間ぐらいの生き物なのだろう。よく見ると、たしかに後ろ足と尻尾は馬のようだった。背丈の一・五倍ほどの高さに顔がある。
「どうだ、美しかろう?」
ハグリッドの言う通りだった。この科目に興味を持ってもらう、という意図があるのならば、完璧な選択と言えるだろう。数匹いて、美しいその毛並みは個体によって色が違うようだった。
「イッチばん最初に知ってもらわにゃならん事がある。こいつらは誇り高く、怒りっぽい。見りゃわかる通り、侮辱したりなんかすれば命はないと思え」
鋭い爪を指差しハグリッドはそう警告した。そして、我々はこの警告を最も破りそうな人物を知っていた。
「ドラコくん、絶対なんかやらかすよね」
「丁度いいんじゃない? 自分の愚かさを学ぶいい機会になるわ」
キキちゃんに耳打ちすると、そう返ってきた。言われている本人はハグリッドの話を聞いているのかいないのか、いつもの三人組で固まって何かを話している。わたしとしては『命はない』になられては困るので、良からぬことを企んでいないと良いのだが。
「ゆっくり近寄ってお辞儀をして、そして向こうから返してくるのを待つんだ。返してくれば触っても大丈夫だし、返す気配がないのならすぐに離れろ」
まずは手本として一番乗りのハリーが見事に成功させ、他の生徒もヒッポグリフと対面することになった。なかなかお辞儀を返してもらえず逃げ回る人も、すんなり認められて背中に乗せてもらえた人もたくさんいた。
わたしは腰から真っ直ぐに頭を下げ、キキちゃんは深々とカーテシーを披露したが、どちらも少し触らせてもらえた程度だった。というのは恐らく、ドラコがいつ襲われやしないかとチラチラ見ていたせいで、視線の安定しない怪しい奴だ、と思われてしまったからだろう。
ドラコはちょうどお辞儀をしたところだった。あのドラコ・マルフォイが他人に礼をする、貴重な光景である。
「なんだ、簡単じゃないか。ポッターに出来るんだもんな——」
ドラコは嘴を撫でる。どうやら思ったより順調にやっているようだ。安心して、自分の目の前のヒッポグリフに目を戻した。
しかし、すぐに再びドラコのほうに振り返るこにとなった。あれだけ注意されていたのにも関わらず、彼が「醜い獣物」などという言葉を放ったのが聞こえたからだ。
視認するころには、ドラコは血だらけになって地面に倒れていた。
「助けて! 死んじゃう!」
「そんなんで死んでたら、ポッターなんて命が十個あっても足りないわよ」
過剰に騒ぐドラコにキキちゃんが冷たく返すが、ハグリッドは慌てているようだった。すぐにドラコを担ぎ上げ、医務室のある城へと走っていった。
「さっきはああ言ったけど、怪我をするのはまずいかもしれないわね」
ハグリッドを目で追いながら、キキちゃんは深刻な表情でそう言った。自分にはその理由は分からなかった。
「えっ、何が? 流石にあれで死んじゃうことは——」
「別にそれはどうでもいいわ。問題はあいつの親が権力を持っていることよ。マルフォイが気に入らないハグリッドを訴えてもらう理由が出来てしまったことになるわ」
なるほど、それはあるかもしれない。魔法界において影響力が強いらしいドラコの親が「我が子に怪我を負わせた安全意識の低い教師です」なんて言えば、教師の一人や二人ぐらいはクビにできるだろう。考えたくないことではあるが、むしろドラコはそれを狙っていて、わざとヒッポグリフを罵ったのかもしれない。なんというか、魔法界は古典的な問題を抱えているようだ。
*
放課後、人気の少ない談話室。ホワイトボードにアリスへの伝言を書いていると、突然誰かが目の前に現れた。
「あらアルーペ、占いに興味があるの?」
「うわぁっ!」
すっとんきょうな声をあげてしまったが、すぐに怒りを表明して声の主に答えた。
「……なんだ、パメラか。もう、びっくりさせないでよ」
パメラ自体にはもう慣れているが、急に出てこられては、やはり驚かざるをえない。
「『なんだ』とは失礼ね。驚かすのが幽霊の本業でしょ?」
言っていることは何も間違ってない。反論の余地もないので、パメラが現れた目的を聞くことにした。
「ところで、なんか言いに来たんじゃないの?」
「そうだった。なんとなくだけど、最近時空に乱れが起きてる気がするのよ」
パメラは少し困ったような表情で言った。まれに聞かないこともない言葉だが、時空の乱れとはどういうことなのだろうか。
「時空の乱れ?」
「ええ。例えば過去に戻るだとか、時間を止めるだとか、そういうことをすると、目に見えないゆがみできるのよ」
「なるほど……。でもわたし、時間操作はできないよ。練習したとしても、一瞬時間を止める程度ができるかどうか……」
たとえ魔力が全部使えたとしても、時間操作は決して簡単なことではない。身体自体が大量の魔力に耐えられるかも怪しいところであり、失敗すれば大惨事だ。演算能力もまず人間の脳では基本足りていない。矛盾を起こしたらどうなるか、なんてことも解明されていない。それをこの学校の中でやっている人がいるのか。
「そう……。あたしも無理ね。でも、誰かがそんなことをする道具を作っていた記憶もあるわ」
「道具?」
「それを使えば、魔法使いじゃなくても少しだけ時間を止められるの。あたしが見たのはずいぶん昔の話だけれど、ここで使ってる人がいるのかもしれないわ」
でも誰が? 何のために? 考えたが、答えは見つからなかった。
「誰でも使える道具、か……」
しかし、この言葉は何か大きなヒントであると確信していた。自分が持っている杖はたとえ魔法使いであっても自分以外には使えない。それと正反対な何か、ということだ。ホワイトボードにもう一言付け足して、それを袋に仕舞った。
「最近、おかしなこととかなかったかしら?」
パメラが聞いてきた。何か問題が起きているのなら、普段との差異を見つけるのが近道だ。去年もそうだった。
「おかしなこと……。ううん、何も」
一応心当たりがあったが、それをパメラに話すことはしなかった。理由があるとすれば、本人はそれを知られたくない、ということを知っているからだ。それに、彼女は大きな問題を引き起こすような人ではない。ここで話さなくても大丈夫だ。そう信じていた。
*
二日後の朝、ようやく体が調子を取り戻してきた頃。朝食を食べている目の前に、封筒が落ちてきた。どうやらアリスからの手紙のようだ。何故ホワイトボードではなく時間のかかる手紙を使ったのか。それはすぐに分かった。
「その手紙、何も書いてないの?」
キキちゃんが何枚かの紙を見て言う。アリスからの手紙は、宛先の人以外には内容が見えないようにする魔法がかかった便箋が使われていた。ホワイトボードだと盗み見られる可能性があるので、機密性の高い文書を扱う時などに用いるのがこの方法だ。
「わたしにしか見えないように魔法がかかってるみたい。ここにはミーティスの全てが詰まって——。なんちゃって」
厳重に保護されたその内容は、アリスに確認するよう頼んだ『占い』についての研究文書の複写だった。コピー機のインクでも認識阻害は正常に働いているようだ。
『「占い」という学問に関する研究で、まだ信憑性は薄いが、衝撃的な考察が導かれた。
仮に事実だった場合に、それが明るみに出ることで魔法社会に与える影響を考慮し、この文書は厳重な管理の対象とする。』
ここまでは記録通りだ。ミーティスの人間にしか知ることが許されない機密文書。隣にいる親友に話すことも許されないだろう。その先を慎重に読み進めた。
『結論から示せば、「占い師」は「予言」を残す際に、無意識のうちに「運命操作」を行なっている可能性が高い。
現状では、術者がそのことに自覚的でなく、「運命」が先に存在し、自分は偶然それを知り得ただけだと認識している。
しかし、もしもこの説が事実で、「占い師」が自らに運命操作の力があると知った場合、乱用されれば魔法社会のみならず全人類、全宇宙の秩序が確かなものではなくなってしまう。』
一枚目はこれで終わっていた。すぐにこの文書が厳重に扱われているわけを理解した。なんだか、最近になって秘密にしておかなければならないことが増えてきた気がする。『開心術』とかそのへんの魔法に対抗する手段も必要かもしれない。時間がまだあることを確かめ、続きの書かれた二枚目に手を伸ばす。
『この仮説を裏付ける事象として、以下のものがある。
まず、予言の正確性は対象までの距離、時刻が近いほど高くなり、遠いほど低くなる。また、遠距離かつ直近の予言は、どんな高等な術者であってもほぼ確実に当たらない。予言の的中率と距離、その他の地理的な要因の関係性は、物理的なシミュレーションの結果と一致した。
我々は「運命操作」が電子よりも小さい魔法的な微粒子(ここでは「操運子」とする)を介して物質に「指示」を出すことで成り立っていると考えている。
時間が経つほど操運子は拡散、濃度は薄くなり、その結果、上記のような現象が起こると考えられる。そして、相反する内容の操運子が存在した場合、強力なものは弱いものを上書きしている可能性が高い。』
次の三枚目で終わりのようだ。暗号化の便箋は手紙サイズのものしか用意されていなかったので、長い文章には向いていない。
『また、操運子は「予言」以外によって、非魔法族でさえ生成している可能性がある。
近い距離、時間の予言では、その対象が予言と相反する結果を強く望んでいるほど予言の的中率は低下する。これは「望む」という行為によっても操運子が生成されることを示唆している。
ひとつ確実に言えるのは、予言は絶対ではなく、物事にはすべて因果関係が存在するということだ。これを読むミーティスの魔女がいるのなら、自分も世界の一部なのだと自覚し、この世の平和に向けて尽くしてほしい。
イングリド・ミーティス(1881)「予言とそれに付随する魔術に関する仮説」より複写
くれぐれも取り扱いに十分注意すること。
ミーティス家書庫副管理人 アリス』
最後にアリスの手書きで本の名前とサインまで書いてある。機密文書として扱う以上、事務的に書く必要があるのだろう。というか、アリスは『書庫副管理人』だったのか。初めて知った。となると、『書庫管理人』は自分か。どうやら知らないうちに色々な役職を与えられてしまっているらしい。
——そんなことはどうでもいい。問題はこの文書の内容だ。
トレローニーの言っていた、ハーちゃんから感じられない『オーラ』というのは、運命操作の微粒子とやらのことだったのか。トレローニーはそう言っていたが、そもそも彼女以外の人からは『オーラ』とやらが感じられたのだろうか。
「ああもう、訳わからないよ……」
「どうしたの?」
思わず頭を抱える。キキちゃんが心配してくれているが、これに限っては頼ることもできない。追求するのをやめればいいのかもしれないが、一度考え始めるとどうしても気になってしまう。
「大丈夫。たぶん」
「本当に? 無理はしちゃ駄目よ。
……そろそろ教室に向かった方がいいわ。初回の授業で遅刻なんて笑えないわよ」
手紙を袋に突っ込み、席を立った。知らない方が幸せなことって、本当にあるんだなぁ……。
毎月更新でも厳しいのに、毎日投稿とかしてらっしゃる方には頭が上がりません。一日どのくらい費やしているんでしょうか……。
予言の仮説
原作では細かい設定がなかった(なぜか予言通りになる世界)ので、あくまでも仮説ですが、説明を用意してみました。
仮説ですので、この世界において本当にそういったことが起きているのかは不明です。私が知らないだけで既に公式設定が存在しているかもしれませんし。
でも、予言に絶対性はない、というのは確実だと思います。
操運子
完全なる造語。漢字マジ便利。
イングリド・ミーティス Ingrid Meetith
だいたい1830年ごろ生まれ。一代30年周期とするとアルーペの五代前(5世の祖って言うらしい)。
普通に読めばイングリッド、ドイツ語読みではイングリットですが、ネタ元ではイングリドだったのでそちらを採用。
暑いと暑いで頭が働きませんが、寒いとこんどは指が働いてくれませんね(´・ω・`)(書いたのは11月です)
風邪ひいたりもしたけれど、私はげんきです。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第1A話 恐れるもの
「ドラコ、ひどく痛むの?」
「ああ。ひどいさ」
木曜日、昼前の魔法薬学の教室。ドラコ・マルフォイは勇敢に戦った戦士のような態度で再び現れた。パンジー・パーキンソンの言葉に、苦しそうな表情を取り繕って返している。
ドラコは大鍋をわたしたちの隣に置くと、わざとらしく三角巾を見せびらかしながら『縮み薬』の調合を始めた。
「ミーティス、マルフォイがヒナギクの根を刻むのを手伝ってやれ」
そんなドラコを見て、スネイプはこちらに協力するよう指示した。
キキちゃんは納得できない様子だ。確実に、もうドラコの怪我は治っている。マダム・ポンフリーはたとえ骨が消失したとしても一晩で治してしまう人だ。引っ掻き傷なんて一時間もしないうちに治っていただろう。
とりあえず杖を一振りしてヒナギクの根を二人分まとめて均等に切り揃えた。そんなわたし越しに、キキちゃんはドラコへ問いかける。
「マルフォイ、それで騙せると思ってるのかしら?」
「騙す? 僕の怪我は本当に深刻だ……。と誰もが信じるとはさすがに思ってないさ。引っ掻かれたぐらいで喚くのは貧弱なマグルだけだ」
ドラコはそう答えた。優秀な魔法医のいるこの学校で、翌日までに治らない怪我を負うのは簡単なことではない。それはみんな知っていることだ。
「それでも、これが事実である方が都合がいいと思う人がいっぱいいるのさ。なぜかは分かるな?」
「はぁ。やっぱりそうなのね」
つまり、ハグリッドが教師になること、もしくはこの学校にいることを快く思わない人たちということだろう。正直ハグリッドが授業をすることを嫌悪してこそいなかったが、嬉しいと思っていたわけでもない。言ってしまえばどうでもよかったわけだが、そんな人がいることは承知していた。
「馬鹿馬鹿しいわ。嘘をついて、わざわざ自分の価値を下げてまでそんなこと。嫌いなら放っておけばいいのよ。まだ子供なんだから、つまらないことより楽しいことを考えてなさい」
なんだか急に説教くさくなった、とそれを聞いて思った。あて先はドラコだが、その内容には納得できた。しかし、ドラコはため息をつくだけだった。
「君が分かってくれることは期待してないし、その必要もない」
ドラコはそう吐き捨てると、わたしが輪切りにした毛虫を鍋に放り込んだ。
しばらくすると、わたしたち三人の鍋には薄い黄緑色の液体が出来上がっていた。しかし、どうやらその色にできなかった人がいるらしい。スネイプ先生の冷たい声が教室に響く。
「オレンジ色に見えるが、私の目がおかしいのだろうか? ロングボトム」
身を乗り出して覗いてみたが、自分にもたしかにオレンジ色に見えた。少なくともあれは『縮み薬』ではないだろう。
「私はちゃんと説明したはずだ。あれで理解してもらえないのなら、それ以上私には何もできない」
本人の言う通り、スネイプ先生は教師としての役目はきちんと果たしている。加点減点は滅茶苦茶だが。
ハーちゃんが手伝おうとするが、スネイプは自力でやるべきだ、と制止する。そして、ネビルのカエルのトレバーを出来上がった薬の実験台にする、と脅してネビルの気を引き締めようとした。
「本人を実験台にすると言わないあたり、相当ヤバい液体を作り出したみたいね」
「足りないならまだしも、入れすぎたみたいだからね……」
一方で、ネビルは真面目にやってこの結果なのであり、決してふざけているわけではない。スネイプ先生の目の前でふざけようと考えるグリフィンドール生がもしいたら、それこそ救いようのない馬鹿だろう(この学校には少なくとも二人そんな馬鹿がいるが)。
トレバーの運命は決まってしまったように思えたが、数十分後、スネイプ先生が再びネビルの鍋を確認すると、液体は緑色になっていた。
「もしも『縮み薬』が出来上がっていれば、このカエルは縮んでオタマジャクシになる。失敗していれば、こいつは毒にやられるはずだ」
スネイプ先生がトレバーを生徒に見えるように持ち上げ、薬を飲ませた。一瞬の沈黙ののち、トレバーはオタマジャクシに変化した。どうやら、ちゃんとした『縮み薬』になっていたようである。
「あの状態からどうやって……?」
疑問に思った。材料を入れすぎ、毒性の高まった魔法薬を本来の状態に戻すには、大半を破棄して作り直さないといけない。少なくとも『調合は料理だ』などと言ってきた自分の経験上はそうであった。そうなれば、かなり手際が良くない限りこの時間で作り直すのは難しいだろう。
そんなことを考えるわたしと歓声を上げるグリフィンドール生、期待を裏切られたスリザリン生に挟まれながら、スネイプは冷たく言い放つ。
「グリフィンドール、五点減点。手伝ってはいけないと言ったはずだ。グレンジャー」
なるほど、そういうことか。納得してスネイプと同じ方向を向いた。ハーちゃんが手伝えばゼロから作っても間に合うかもしれないし、もしかしたら手っ取り早い挽回方法だって知っているかもしれない。
完全に感覚でやっている自分に比べて、彼女はきっともっと論理的にやっているのだろう。言ってしまえば自分よりもミーティスらしい考え方をしているということだ。感覚的なものを論理的に解釈する、というのは魔法を変換することに似ている。思ったより身近なところにヒントがあるのかもしれない。
「ねえハーちゃん。ほぼ毒薬だったネビルの薬、あれをちゃんとした『縮み薬』に回復させるなんてどうやってやったの?」
授業が終わって、後ろを歩くハーちゃんにそう問いかけた。しかし、返答はなかった。振り返ってみると、背後にその姿はなかった。隣にもキキちゃんがいるだけだ。
「あれ? さっきまで後ろにいたのに……」
立ち止まってあたりを見回していると、ハーちゃんは階段の一番下から駆け上がってきた。この一瞬でほぼ一階ぶんの距離を移動したというのか。
「『姿現し』は学校内じゃできないって言ってたの、あなたよね」
「え、ええ。『ホグワーツの歴史』にしっかり書いてあるわ」
キキちゃんがハーちゃんに聞くと、少し混乱した様子でそう答えた。見るからに怪しい。
「それで、本当なのか試してみたらできちゃった、とでも言いたいのかしら?」
「なんのことかしら。十七歳未満は使っちゃいけないのよ。……お腹が空いたから、先に行ってるわ」
逃げるように去っていくハーちゃんの背中を見つめながら、キキちゃんは首を傾げていた。
「シリウス・ブラックがハーマイオニーに化けてるとかないわよね?」
「さすがにそれはない……と思いたいなぁ」
*
「先生は?」
「まだ来て……。あっ、ちょうど今来たみたい」
昼食を終え、午後の『闇の魔術に対する防衛術』の授業。教室に着いてからしばらく時間があって、生徒たちは既に教科書と羊皮紙を準備し終えていた。
しかし、ルーピンはくたびれた鞄を教卓に置くとこう言った。
「教科書は出さなくていい。今日は実践授業をするから、杖だけでいいよ」
そういえば、『闇の魔術に対する防衛術』で実践をしたことはほぼ無しに等しい。ピクシー妖精……は思い出さないでおこう。教室を移動するらしいので、言われるままに杖だけを持ってルーピン先生についていくと、職員室へとたどり着いた。
「さて、なんで急に場所を変えたかというとね。職員室に『真似妖怪ボガート』が出たんだ」
ルーピン先生がそう言うと同時に、背後にある箪笥が揺れて音を出した。あの中にボガートとやらが閉じ込められているのだろう。
「では、ボガートとは何か、知ってる人はいるかな?」
ルーピンが問いかけると、ハーちゃんが即座に手を挙げた。
「『形態模写妖怪』です。見た人が最も恐ろしいと思うものに姿を変えます」
「その通りだ。私でもそんなに上手くは説明できなかっただろう。こいつを解き放った途端、我々を怖がらせようと変身するはずだ」
ここで、ひとつの疑問を抱いた。誰にも見られていない間は何に変身しているのだろうか。生憎自分は光操作が苦手で、透視魔法なんかは使えない。パメラにでも聞いてみるか。
「だが、いまこちらは有利な状況にある。なぜか分かるかな?」
ルーピン先生は質問を続けた。ハリーはすこし迷いながら答えた。
「えっと、人数が多いから?」
「そうね。誰に向けて変身すればいいのか分からなくなるわ」
キキちゃんがハリーの後に付け足した。ルーピン先生は満足そうに頷いた。
「そう。ボガートを退治するときは、誰かと一緒にいた方がいい。
一度、ボガートが混乱し一度に二人脅そうとして、半身ナメクジになったのを見たことがある。とても恐ろしいとは言えなかったね」
一度にいくつものことをするのは大変なことである。コンピューターは最近マルチタスクなんてことができるようになったが、生き物の脳には無理な話だ。最近身をもって実感した。
「ボガートを退治する呪文は簡単だけど、精神力が要る。こいつに滑稽な格好をさせて、笑いに変えるんだ。
まずは杖を下ろして呪文だけ声に出してみよう。『
全員が一斉に復唱した。みんな上手だ、と手を叩いた後、ルーピン先生はネビルを前に引っ張り出した。実験台だ。
「よーし、ネビル。君が世界一怖いと思うものはなんだい?」
ネビルの口元が動いたが、声は聞こえなかった。ルーピン先生がもう一度聞くと、今度は聞こえる声でおそるおそる言った。
「……スネイプ先生」
思わず吹き出しそうになった。周りの生徒もみんな笑っている。先生は真面目な表情を取り繕って、ネビルに質問を続けた。
「ネビル、君はお祖母さんと暮らしているね? いつもどんな服をお召しになっているかな?」
「え? えっと——ハゲタカがくっついた帽子で——緑色のなっがいドレス——あと赤くてでっかい鞄」
問いかけの意味がわからないようで、戸惑いながらネビルは答えた。お祖母さんに変身されても困る、といった様子だ。ルーピン先生は何か愉快なことを考えている表情でネビルにこう言った。
「ボガートが箪笥から君の前に出てくると、スネイプ先生に変身する。
そしたら、さっきのお祖母さんの姿を強く想像しながら『リディクラス』を唱えるんだ。うまくいけば、スネイプ先生がハゲタカの帽子を被って緑のドレスを身にまとい、赤い鞄を持った姿になってしまうだろう」
まもなく、生徒もルーピン先生と同じ表情になった。先生はネビル以外にも、最も怖いものとそれを笑い物にする方法を考えておくように言った。
わたしもなにが自分の『恐れるもの』なのかを考える。直近では吸魂鬼? いや、あれは確かに怖かったが、『最も』というほど大げさなものでもなかった。なによりあの恐怖は抽象的だ。
去年のバジリスクとの戦い。あの時は恐怖とは別の感情が上回っていたが、思い返してみれば怖かったかもしれない。そのさらに前、ヴォルデモートに寄生された教師。あれは代わりにハリーに恐怖を味わってもらい、対面した瞬間には吹き飛ばしていたので恐怖はなかった。
それより前、まだホグワーツの存在を知らない頃。特に争いごとに巻き込まれたこともなく、恐怖といえば階段から転げ落ちそうになったことぐらいか。
「うわっ……わたしの人生、平和すぎ……?」
いや、バジリスクなどに遭遇している時点で十分波乱万丈なのだが、恐怖という点では都合よく回避している。
「みんな、もういいかな?」
ルーピン先生が聞くと、みんなしっかりと頷いていた。自分も一応頷いておいた。生徒たちはネビルを残して箪笥から離れ、ルーピン先生はネビルに杖を準備するよう指示した。
箪笥の扉が勢いよく開き、ネビルの予想通りスネイプ先生がそこからゆっくりと出てきた。ネビルは本当に怖がっているようだ。
「り、『リディクラス』!」
ネビルが呪文を唱えると、なにかを弾くようなパチンという音がして姿が変化した。こんどはルーピン先生が言った通り、ネビルの祖母の服装を纏ったスネイプ先生になったようだ。ネビルを含むみんなが爆笑していたところで、ルーピン先生は次の生徒を呼んだ。
パーバティはミイラをすっ転ばせ、シェーマスはバンシー(叫び声が聞こえた家には死者が出るとされる妖精)の声を封じた。蛇だったり一つ目小僧だったり千切れた手首だったり、忙しい生き物である。混乱しているのか、だんだん反応が鈍くなってきたようだ。
「次、アルーペ!」
先生はロンに脚を消された巨大な蜘蛛の前に進み出た。結局、自分がなにを恐れているのかは考えつかなかった。それはボガートに教えてもらうほかないのだ。
また、パチンという音がした。そして、『最大の恐怖』を体験することになった。
巨大蜘蛛の代わりに現れたのは、同じくらい巨大な電車の先頭部分であった。クリーム色に赤い線が入り、行先表示器の部分には漢字で「高尾山口」と書いてある。そして、大きな警笛の音が教室中に響き渡った。
……とにかくそれが怖かった。しかし、なぜ怖いのかは全く分からなかった。さらに強烈な既視感まで襲って来る。出来ることは一つしかなかった。
「——『
電車はかわいらしいおもちゃサイズまで縮み、ゆっくりと床を走り始めた。さすがにこれでは恐怖を感じることはない。ほっとしてキキちゃんのところまで走って戻った。
おもちゃの電車はハリーのところまでたどり着き、ハリーは杖を構えたが、ルーピン先生は急に叫んでボガートを自分の方へ向けた。
「こっちだ!」
電車が消え、ルーピンの目の前に浮かぶ白い球が現れた。ルーピンはすかさず杖を振るった。
「『リディクラス』!」
白い球は風船になって教室を飛び回り、最後にパチン、という音を残して消滅した。拍手する生徒と困惑しているハリーをよそ目に、ルーピン先生は授業を締めくくった。
「みんな、よくやった。ボガートと対決した生徒一人につき五点をグリフィンドールにあげよう。ハリー、ハーマイオニーと桔梗も私の質問に答えてくれたから五点だ」
さらに、ボガートについてのレポートを書く宿題を出して終わりになった。
大半の生徒は「『闇の魔術に対する防衛術』の授業では今までで最高だった」「まともな授業で感動した」「まるで学校みたいだった」「初めてこの科目に希望を抱けた」と噂をしていたが、自分は自分が恐れるものについて悩んでいた。
「あの電車、『高尾山口』って出てたけどどこの電車?」
漢字が書かれていたので、日本のことを一番よく知っているであろうキキちゃんに尋ねた。
「高尾? 京王線かしら。中央線はオレンジだし……。この前既視感あるって言ってた多摩川も渡る路線よ」
やはり生前の記憶と関係がありそうだ。よし、次の休みには京王線とやらに乗りに行ってみよう。もしかしたら、記憶の一部分でも蘇ってくるかもしれない。恐怖として根付いているというのがどうにも不安ではあるが……。
突然、キキちゃんがはっと何かに気づいたようにこちらを振り返った。
「京王線の電車の行先表示には漢字しか書いてなかった気がしたけど、ほんとに読めたの?」
「う、うん。普通に読めて……あれ? 漢字って英語じゃな……えっ?」
「……『転生元』は日本人で間違いないわね」
以前からもしかしたら、と思うことは多々あったが、この事実はそれを確信へと変えるのに十分だった。
ふつう、ひとりの人間がなんの障壁もなくそのまま理解することができる言語は一つだけ。しかし今の自分は、翻訳魔法を使わない状態で、英語と同様に日本語も受け入れていた。これは極めて異常なことで、転生という特異な経験がこの状態を作り出したとみて間違いない。
「改めて、この指輪の凄さが分かるわね」
キキちゃんがマクゴナガル先生に貰った指輪は、そんな状況を魔法で再現しているのだろうか。そういった魔法は教科書や他の本では見たことがなかったが、独自開発した魔法か何かか。
「不可能を可能にする、だからこそ魔法って言うんじゃないかな」
「かもしれないわね」
*
一ヶ月ほどたったある日、キキちゃんとハリーがクィディッチの練習から帰ってくるとき、グリフィンドールの談話室はいつもより少し賑やかになっていた。特に掲示板の周りに人が集まっている。
キキちゃんは掲示板のほうには向かわず、いつもわたしたちが座っている椅子の方へ足を運ばせた。
「アル、ただいま」
「お疲れさま。キキちゃんはこの宿題、もう終わらせてある?」
「いや、これからやるところよ。ところでこれ、なんの騒ぎなの?」
キキちゃんは人だかりのほうを指差して聞いた。ハリーのほうをすこし気にしながら答えた。
「一回目のホグズミード行きが発表されたよ。こんどのハロウィーンだって」
これはハリー以外にとっては嬉しい報せだった。彼はひと騒ぎあったせいで、許可証へのサインをもらえていないのだ。
「なるほど、ハロウィーンね。今年もなにか起こるとしたらその日かしら」
キキちゃんはそう呟いた。先の二年で年度中平和だったことは一度もなく、その発端はいつも十月三十一日、ハロウィーンの日だった。
そんなことはさておき、とホグズミードについていろいろ話をしていると、どこからともなく赤毛の猫、ハーちゃんのクルックシャンクスが飛び乗ってきた。自分で仕留めたクモを咥えて自慢げに見せびらかしている。そんなクルックシャンクスを見て、キキちゃんはロンに言うべきことがあるのを思い出したようだ。
「そういえば……。ねえウィーズリー 、ジジがあんたのネズミは危険だって言ってるんだけど、一体何を教え込んでるわけ?」
「何もしてないさ。それよりハーマイオニー、そのネコ、ちゃんと捕まえておけよ。スキャバーズがカバンの中で寝てるんだ。そっちのネコの方がよっぽど危険さ」
キキちゃんは納得していない様子でわたしの隣に腰を下ろし、『天文学』の宿題に取り掛かるため星図を取り出した。疲労困憊なハリーも、仕方なくそれを片付けることにしたらしい。
「キキちゃん、手伝う?」
「ありがとう。でも大丈夫よ。このくらいなら」
わたしたちが宿題を始めたのを見て、ロンも自分の鞄から星図を取り出そうと鞄を膝の上に持ちあげた。
次の瞬間、その鞄に赤毛の猫が飛びついた。地面に穴を掘るかのように鞄を引っ掻き始める。
「ちょっと、なんとかしてくれよ!」
ロンが悲痛な叫びをあげた。ハーちゃんはどうすることもできない様子だ。しばらくクルックシャンクスと格闘していると、鞄からスキャバーズが飛び出した。すると、クルックシャンクスは即座にそこから飛び退いてスキャバーズを追い始めた。
「やっぱりそのネズミ、なんか仕込まれてるわ。クルックシャンクスも分かってるんじゃないかしら」
「ネコはネズミを追うものじゃないの……?」
こんなことになる理由を考えようとしたが、さっぱりわからない。ロンはクルックシャンクスを追いかけながら、悲痛な叫びを上げる。
「どっちでもいいからスキャバーズを助けてくれ!」
スキャバーズは箪笥の下に隠れ、クルックシャンクスはそこに手を突っ込んでいる。ハーちゃんはクルックシャンクスに駆け寄ると、お腹から抱え上げて引き剥がした。ロンもスキャバーズを回収しようと箪笥の下を覗き込むが、怖がって出てこない。
「ロンの格好、さっきのクルックシャンクスみたいだ」
ハリーがそう言ったが、ロンもハーちゃんもとても笑っているような気分ではないらしい。そんな三人と二匹を横目に、わたしはキキちゃんとスキャバーズについて考えていた。
「ジジくんはなんでスキャバーズが危険なのかは言ってなかったの?」
「なんにも。言ったら殺されるみたいな、切羽詰まった状況みたいよ」
「ネコがネズミに? それはないと思うんだけどなぁ……」
そう言ったあと、シリウスが何かに変装している、という説をキキちゃんが唱えていたのを思い出した。あのときはハーちゃんが疑われたが、この世界でならありえないことではないのである。
「……シリウス・ブラックがネズミに化けてるとか?」
「それって、マクゴナガル先生がネコになるみたいに、ってことかしら?」
「えーっと、なんて言うんだっけ……。そうそう、『動物もどき』ってやつ」
「でもあれは、魔法省に届け出が……。って、犯罪者がそんなの守るわけないわよね……」
これには頭を抱えた。この予想がもし当たっていたとしたら、自分たちは殺人鬼と同じ屋根の下に寝泊まりしていることになる。魔法使いはみな「ホグワーツは安全だ」と言うが、今のところ、一年以上なんの脅威にも見舞われずに耐えた試しがない。本当に大丈夫なのだろうか、この学校は。
原作内での曜日とか時間割に矛盾があって、どれを採用していいか分からない……。
とりあえず原作通り昼前スネイプ→午後ルーピンにしましたが、某ファンサイトには木曜はルーピン→スネイプ→マクゴナガルと書いてありました。これもうわかんねえな。
英語のない行先表示器
1990年代だと英語表記があるかは微妙ですが、1993年の京王線の写真を検索するとないものが大半でした。
また1985年製のレンズが増えてしまった。アルさんも使ってるであろうレンズなのでれっきとした創作関連資料ですね!(言い訳)
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第1B話 知識の城
「あとでご馳走をたっぷり食べればいいさ」
「お土産にお菓子いっぱい買ってくるわ」
朝、キキちゃんと二人で談話室に降りると、ロンとハーちゃんがハリーに慰めるような口調で言葉をかけていた。
どうやら、マクゴナガル先生に許可証なしでのホグズミード行きを交渉したが断られたようである。
「ダメだったみたいね。まあ、特例を認めたらキリがないもの、仕方ないわ」
「サインを偽装すればいいんじゃない?」
キキちゃんは冷たく言い、わたしは提案した。それに答えるロンの声は思わしくなかった。
「アルーペ、君も悪いことを考えるね。でも、ハリーはもうマクゴナガルにサインがないって言っちゃったんだ」
「わざわざふくろう便で送ってくれるような人間でもない、のよね」
「ありえないね。ネビルのばあちゃんはそうしたみたいだけど」
後から来たことにする、というキキちゃんの案も通用しなさそうだ。
次に考えられる方法としては、隠し通路を使うこと。バレなければなんでもできる、というのが世界の真理である。パメラが探し出した隠し通路には、ホグズミードへ繋がるものもある。しかし、これは防衛的な観点からみるととてもお勧めできることではなく、この案を明かすことはしなかった。シリウス・ブラックに校内への入り方を教えてしまうことにもなりなねない(もっとも、すでに入り込んでいるという疑惑もあるが)。
「まあ、諦めなさい。ダイアゴン横丁とそう違うものでもないでしょ」
キキちゃんは慰めているのかどうかよくわからない口調で言った。ハリーは腑に落ちない様子だったが、真実を受け入れる以外に道はなかった。
*
十月三十一日、ハロウィン。朝食を終えると、大半の生徒は玄関ホールに直行した。そうでなかった生徒は、ホグズミード行きを許されていない一年生、二年生、もうすでに飽きるほど行ったのであろう数人の上級生と、そしてハリーだった。
「ねえアルーペ、あたしは許可証なんて貰ってないわよね。行かせてもらえるか心配だわ」
わたしの横に並びながら、パメラが言った。言葉とは裏腹に、心配そうな様子はかけらも感じられないので、半分笑いながら返す。
「別にいいんじゃない? そもそも生徒じゃないし、ダメって言っても来るんでしょ?」
「その通りよ。魔法使いしかいない村なんて初めて聞くもの。行かないと損でしょう?」
「あたしもそう思うわ。堂々と幽霊でいても誰も気にしない、という点ではこれ以上ない場所なんじゃないかしら」
キキちゃんもパメラに同意した。もっとも、ハリーにも言っていた通り、買い物をするだけではダイアゴン横丁と似たようなものだろう。
「それじゃあ、あたしは先に行ってるわね」
パメラは目の前で消滅した。霊力による転移魔法はホグワーツの防衛に縛られないようだ。
フィルチの検問を抜けて学校を後にし、九月一日に馬車で通った道を、こんどは歩いて進む。湖を横目にホグズミード駅を過ぎると、ついに村の入り口が見えてきた。近づいてみると、この村はそれなりの規模があることが分かった。村というぐらいだから民家もあって、三角屋根が路地裏で窮屈そうに並んでいる。
商店街だけ見ても、ダイアゴン横丁とは随分違った世界が広がっているようだ。キキちゃんは前言を撤回しなければならないだろう。
「『三本の箒』って、別に箒が売ってるわけじゃないのね」
入ってすぐのところにある店を覗きこんでキキちゃんが言った。自分はその店名を聞いたことがあった。
「居酒屋だね。そこのバタービール? が人気みたいだよ。帰りに飲んでいこうよ」
「聞いたことあるわ。ここのことだったのね」
その反対側には、菓子店と思われる店があった。看板には『ハニーデュークス』と書いてある。外から見える棚に並んでいる菓子には、見るだけで味がしそうなほど強烈なものもあった。
「百味ビーンズはもうこりごりだよ……」
「これだけでっかい店なら、一つぐらい安全なお菓子があるんじゃない?」
「そうかな? じゃあここも後で行こう。まずは全体を把握してからね……」
さらに足を進めると、次に見えてきたのは、『ゾンコの悪戯道具専門店』だった。この店の商品は、とある双子のせいでとても有名になっている。
ふくろう便の郵便局、羽根ペン専門店や魔法ファッション店などを通り過ぎ、魔法用具専門店までたどり着くころには、人通りはさらに増え、とても賑やかになっていた。
そんななかで、なぜか誰もが存在を認識していないかのように通り過ぎていく店が目についた。決して新しくはない周りの建物よりもさらに古臭く見えて、看板もなくもはや廃屋のようであったが、一応営業はしているようで明かりがついている。
「ねえキキちゃん、この店なんだと思う?」
「えっ? あれ、さっきまでなかったわよね、こんな建物」
店のすぐ前まできたところでキキちゃんに聞いた。どうやら、キキちゃんも声をかけるまではこの建物を認識できていなかったようだ。条件は分からないが、特定の人にしか気付かれないような魔法がかかっているのだろうか。
「本屋……っぽいわね。でも誰もいないわ」
「ちょっと入ってみようよ」
半ば強引にキキちゃんを連れてボロ店に足を踏み入れた。そして、唖然とした。今にも崩れそうな外観とは打って変わって、店の中は新築のように明るく綺麗で、そして広々としていた。窓から見えた内装とは全く違うようだったが、店員がいないのだけは同じだった。
「すごい、大迫力よ」
「ホグワーツの図書室よりずっとたくさんありそうだね……」
半径四十メートルほどの円柱の部屋の壁はほとんどが本棚に覆われていて、その高さは五、六階分ほどある。上部の本を取るためか吹き抜けを取り囲む内回廊が何層かあり、それぞれの層を移動する階段が入り口の上に積み重なっている。照明は最上部の小さなシャンデリアしかないが、全ての本棚から今立っている一番下の床まで満遍なく照らされている。
外見より中の方が大きいことは魔法界ではよくあるが、これはその中でも異端児といえるだろう。
「こんなに大量にあるのに、どうやって欲しいのを探せばいいのかしらね」
大量の本に圧倒されながらキキちゃんがそう口にした。開放感のある空間と圧迫感のある壁が共存している、なんとも不思議な空間である。
ふと、背後に気配を感じた。部屋の中央に直径二、三メートルの丸いカウンターのようなものがあり、そこから魔力が出ているようだ。近寄ってみると、カウンターの内側には地下へと通じる狭い階段があった。店員はこの下にいるのだろうか。
「す——」
「少々お待ちください」
呼ぼうとすると、声を出し切るまえに階段の下から答えが返ってきた。言われたとおりその場に立っていると、声の主らしき人が階段の下の暗闇から姿を現した。
白衣に身を包んだ明るい茶髪のその女性は、少し低い目線を上にあげて自分と目を合わせた。
「どういったご用件でしょうか」
「え、えーと、ホグズミードの中でここだけ他と違った感じで、それなのにわたし以外は素通りしてたから、不思議だなって思って入ってみたんです」
無機質で機械的な声だった。一瞬面食らったが、経緯を説明した。
「ボロかった、と正直におっしゃっていただいて結構です。オーナーの趣味でそうなってますが、私は共感できません」
単調な声とは対照的に、冗談も言うようである。そして、二人の反応を待たずに切れ目なく話を続ける。
「他の人に見えないのは、この書庫にふさわしい人間以外には認識できないよう魔法がかかっているからでしょう」
「じゃあ、あたしは相応しくないってこと?」
キキちゃんが聞き合わせると、店員は少し答えに詰まったあと、またさっきと同じ声で淡々と返した。
「そうとも限りません。基準が適合率十六分の十五以上、となっているだけで、あなたがそのうちの一なのか十四なのかは分かりませんから」
「へぇ、納得できるような、できないような」
「それで、ここはどういう店……なんですか?」
一番聞きたかったところを尋ねた。この大量の本は売っているのか、貸しているのか、立ち読みできるのか、ただのコレクションなのか。
「ここ、シュロス・ケントニスでは本の貸出、販売をしております。館内であれば自由に読んでいただいてかまいません」
「シュロス……。ドイツ語、かしら?」
「そうだね。『知識の城』って意味かな」
「一般の本ではなく、大量に出版するだけの力のない方の、流通していない書物も多数扱っております。オーナーが内容の優れたと判断したものを高く買い付け、支援するというかたちになっています」
そのすべてだった。本の量だけでなく業務内容も大規模というわけだ。
「つまり、隠れた名作的なものを掘り出せる図書館兼本屋ってわけね」
「世界に一冊、ここにしかないものもございます。お気に召すものがあるかは保証いたしかねますが、どうぞごゆっくりお探しください」
「これだけあるんだから一つぐらい見つかるはずよね」
キキちゃんはまっすぐ通路まで走っていったが、わたしはカウンターの前から動かなかった。
「あの、本の検索ってできたりしませんか?」
「可能です。どんな条件でしょうか」
「ミーティス家の人が書いた本……とか」
「著者名:ミーティス 中間一致で検索します」
数秒待つと、なにか重いものを地面に落としたような地響きが入り口のほうから聞こえてきた。
「六十三件の書物が該当しました。出入り口横の本棚に並べ換えました。さらに絞り込みますか?」
「とりあえずそれでいいかな。ありがとう」
どうやら、メインの本棚から検索条件に合うもののみを検索結果用の本棚に移動させたようだ。歩いて案内された本棚に向かった。中央から端まで移動するだけでも大変である。
「うわぁ、ほんとにいっぱいある……。あ、イングリドさんのもあった。こっちは……。うちの図書館で見たことあるやつばっかりだ。そりゃそうか……」
「これってどういう順番に並んでいるのかしら?」
ぶつぶつ言っていると、上の方からキキちゃんの大声が聞こえてきた。答えはすぐに返ってきた。
「出版順です。検索結果も同様です」
目の前で話した時と同じ声量だったが、不思議なことに、店員の声はどこにいても同じようにはっきり聞こえた。
「これも出版順か……。アーシャさん、ブリギットさん、クリスタさん、ディアナさん、エルフィールさん、フィリスさん、ギゼラさん……」
端から歩いて、検索結果の本の著者名を順に確認していった。自宅の図書館ではジャンルごとに並んでいたりするので、時系列順に先祖たちの名前を見るのは新鮮だ。
「ヘルミーナさん、イングリドさん、ユーディットさん、クリエムヒルトさん、リリーさん……メイ・ミーティス」
予想通り、母メイ・ミーティスの名前の本がそこにあった。考えるより先に取り出して、表紙に書いてある題を見て、そして、不意を突かれて声が出た。
「『異種の魔術の変換に関する研究』!? これって……」
慌てて中を開いたが、期待はすぐに裏切られた。文章は冒頭の概要の途中で終わっていて、あとのページはすべて白紙だったのだ。一枚目の右上に、鉛筆で一九八〇年二月五日とメモ書きしてあった。恐らく書き始めた日付だろう。同年生まれの自分が一歳になる前に突然亡くなったと聞いている。書き終えられずにこの世を去ったのだろう。
しかし、書き始めたということは書物に記すだけの成果を上げたということだ。もしかしたら、記録が自宅に遺されているのかもしれない。
「とりあえず買って……買い戻して? おこうかな」
ほぼ白紙のメモ帳のような本だが、母の名前が記されているだけでわたしにとっては十分な価値がある。
中央の受付に向けて歩き出すと、ちょうど上からキキちゃんが箒に乗って降りてきた。
「歩いて降りようとしたら何周もしないといけない構造なのはどうかと思うわ」
それを聞いて、改めて頭上に連なる階段を見上げた。回廊は段階的な螺旋とも表現でき、一層目から二層目の階段を上った後は、回廊を一周しないと二層目から三層目への階段にたどり着けない構造になっていた。
目的が決まっていれば検索できて、そうでなくとも魔法使いなら箒が使えるので、恐らくこんな不便な階段はほぼ使われていないだろう。
「えっと、これ、買えるんですよね?」
受付まで列車二両分。同じ部屋の中での移動距離にしてはいささか長い。やっとのことでたどり着いて、店員に本を見せて尋ねた。
「はい。ご購入は一律三十二ガリオンです」
「さん……うぇ!?」
変な声が出た。高い。とても高い。これだけの書物を購入し著者を援助するのには相当な金がかかったのだろうが、とりあえず高い。カメラのレンズよりは安いかもしれないが、高い。
「うーん、それは結構厳しいかも……」
「貸出なら一週間二ガリオンです。」
「じゃあ、とりあえず……」
二ガリオンでも十分高い。自分で働いて稼いだお金ならまず払わないだろう。それに、内容はほとんどなく、入手すること自体が目的なので、借りたところで大して意味はない。しかし、ここまできてなんの成果もなく引き返すのは本意でないので、そうするしかなかった。
「あたしは諦めるわ……」
財布を覗いてキキちゃんが踏みとどまる。それが賢明な判断だろう。
「貸出には登録が必要です。まず、お名前を」
「アルーペ・ミーティスです」
「了解です。少々お待ちください」
言われた通り数秒待つと、やがて店員は顔をしかめてこう言った。
「……すでにデータベースに登録されています」
「あれ? ここ来たのは初めてだけど……」
「生年月日、ABO式血液型、杖の詳細は?」
「えぇと、一九八〇年二月二日、O型、桜の根で二十四センチメートルですが……」
同姓同名の他の人でないかを確認するためだと思われる質問に答えた。その可能性はほぼありえないのだが。
「登録された情報と一致します。団体、恐らく家単位での登録のようです。生まれれば勝手に登録され、亡くなれば解除される仕組みになっています」
家単位で、つまり、母かそのさらに前の先祖がまとめて登録したということだろうか。そうすると、ミーティスの誰かとこの書庫に一度は接点があるということになる。
「また、特別会員優待により貸出が無料、購入が半額、関係者の書物の購入はさらに半額となっています」
「えっ、無料? 半額? なんで?」
「何年前か、何百年前か、それは存じ上げませんが、ミーティス家から多額の資金援助や、防衛機構、管理機構の提供をいただいたことが理由のようです」
株主優待のようなものだろうか。これは運がいい。ご先祖様たちが書いた本なら八ガリオンで買うことができる。そして、そのうちの一人ないしそれ以上が、この書庫の運営に深く関わっていたというのも事実と確定した。
店員はさらに話を続ける。
「なお、一団体につき一度に三人まで登録可能で、一九八〇年十月三十一日付けでメイ・ミーティス様が死亡により登録取消となっています。アルーペ様、アリス様と、あともう一名様登録できます。ご家族様以外でも可能ですが、いかがいたしますか?」
「ほんと? それならキキちゃんも」
「えっ、ちょっとアル、悪いよ——」
「かしこまりました。お名前と誕生日、血液型、杖の登録をいたします」
予想外のことに少し動揺したが、提案に乗ることにした。キキちゃんの遠慮もお構いなしに、店員は情報を聞き出す。
「……一九八〇年二月二日、B型、桜の枝と杉の根の二十六センチメートルよ」
キキちゃんは店員の圧に負けてその問いに答えた。これで、借りるだけなら無料でできる。
わたしは八ガリオンを払って母親の本を買い、キキちゃんは無料で本を借りた。
「貸出期間は一年までです」
「さすがにそんな長くはかからないわよ……」
仮に優待が無い状態で一年間借りたとすると、千五百ガリオンほどの金が飛ぶことになる。そもそも購入しておけば三十二ガリオンで済むし、グランドピアノでも買っておいたほうがはるかに有意義である。
「なに借りたの?」
「この書庫についての本。なかなか面白そうよ」
そこそこの厚みがあった本について聞くと、キキちゃんはそれを『袋』に仕舞いながら答えた。もしかすると、ミーティスのことも少しは書いてあるかもしれない。
ふと、頭にひとつの考えが浮かんだ。
「あの、ここに『ホグワーツの歴史』の未改訂版ってありますか?」
「いいえ、ございません。ちょうどその版だけ見つからない、とオーナーが言っておりました」
藪から棒な問いだったので、店員は少し驚きながら返した。そんな様子を見て、自分は『袋』に手を突っ込んだ。
「じゃあこれ、ここに置いてよ」
取り出したのは、二年前マクゴナガル先生に貰った未改訂版の『ホグワーツの歴史』そのものだった。ミーティスの過去を探る手がかりになるのではないか、と提供して貰ったものだが、残念ながらそれについての有力な手がかりは得られなかった。
しかし、ミーティスと関係することにこだわらなければ、貴重な価値のある情報がたくさん詰まっている。自分だけでなくそれを活かせる人が見られる状態の方がよい、と考えたわけだ。
「また必要になるかもしれないから、貸出だけにしておいて貰えますか?」
「了解です。貸出期間も短めにしておきます」
もう少し派手に驚くかと思っていたが、店員の対応は意外と冷静だった。
「そうだ、お名前聞いてもよろしいですか?」
「アンナです。アニーでもいいですよ」
失礼かとも思ったが、また、出し抜けな問いを投げた。店員アニーはまるで聞かれるのを予期していたかのように、やはり平然と答えた。
「アンナ? 日本語?」
「どの言語かは存じあげません」
日本でも聞き慣れた名前なのか、キキちゃんが反応した。「アンナ」という名前は日本も含め多くの言語圏で使われている。そういえば、「アリス」もかなり広範囲で使われている名前だったか。
「そう。でも、あたしはアンナって呼ばせてもらうわ」
「アニーさん、今日はありがとうございました。また次回のホグズミード行きの時来ますね」
そう言って一八〇度向きを変え、出口へ向かおうとしたが、アニーに呼び止められた。
「それと、この書庫はダイアゴン横丁など世界中のほとんどの場所に入口を設けております。何故だか気づいてもらえるのはホグズミードが圧倒的に多いですけど」
「えっと、つまり?」
「どこからでもここに来れますよ、ということです。入口と違う出口に出るのは今は制限させていただいていますが」
なんと、ホグワーツに入学してからの二年ちょっとの間、もしかしたらそのさらに前から、この世界への入り口を無視し続けてきたということになるのか。
「それじゃあ、休みの間もお世話になるかもしれないですね」
「いつでもどうぞ。私、暇なので」
アニーの声にはどこか寂寞感があった。ホグズミードの通りへと戻るわたしたちは、少し後ろ髪を引かれる思いがした。
*
「あー、ちょっと、思ってたのと違うかも」
「そうね。なんというか……独創的な味ね」
郵便局を見物し、ハニーデュークスで菓子を買い、最後は仕上げにと『三本の箒』でバタービールを飲んでいた。少し大人な気分でジョッキを傾けながら、キキちゃんと話している。
「でも、暖まるね」
「そうね。ここは日本に比べたらかなり涼しいから、冬にはいいかもしれないわ」
雪の降るころには、きっとこの味にも慣れているだろう。キキちゃんはそう考えた。
「ハリーには申し訳ないけど、ここに来れないっていうのはもったいないね」
「どうかしら。お菓子とかはハーマイオニーたちがごっそり持って帰るって言ってたから、そうでもないかもしれないわ」
「それなら、写真も見せてあげればほぼ行ったも同然、かな?」
広角レンズを飲みかけのバタービールに向けてシャッターを切った。また一つ、日常の楽しみを、そして、歴史を紐解く足がかりを見つけることができた。
諸事情によりしばらく執筆から離れるため、次話の投稿は未定です。例により第20話までは書き上げているのでいつか戻ってきます。
シュロス・ケントニスはほぼどこからでもアクセスできるのですが、初回はホグズミードにしようと決めていました。三年目にする理由として都合が良いから学期中に校外に出られる場所、というのが重要です。
バタービール
アルコールは若干入ってるけど、イギリスなら多少は大丈夫らしい?
四十メートル
電車一両の長さが二十メートル、と考えると想像しやすいと思います。ちょうど電車の中で書いたところなので、大きさを表現するのに参考にしました。
形は名探偵コナンの工藤優作の書斎、雰囲気はアーシャのアトリエの弐番館ぐらいのイメージ。
シュロス・ケントニス Schloss Kenntnis
アルーペの言う通り、ドイツ語で知識の城の意。
三十二ガリオン
1ガリオン1000円ぐらいのイメージで書いてます。
割引後の8ガリオンでもそこそこのお値段。
アンナ
シュロス・ケントニスの店員(?)
「Anna」は西洋を中心に広い範囲にある名前。英語はもちろん、ドイツ語、そして日本語にも。
英語、ドイツ語での本来の読みは「アナ」です。某映画の主人公ですね。
「アニー」は英語での略称。 ドイツ語の略称は「アニカ」らしい。
果たしてこやつの名前は何語なんでしょうかね?
目次 感想へのリンク しおりを挟む