並盛町妖奇譚 (雪宮春夏)
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邂逅の章
序譚 望月の夜に山吹(はな)は散る


 お待たせしている(かもしれない)のにすいません。
 もう一作、書いてるものを置いておきます。

 この話はあくまでメイン更新ではないので、更新速度は遅いと思いますが、もし良ければ見ていってください。



 ヒラヒラヒラと舞い落ちる花びら。桃と山吹の二色のそれは、石畳一面を埋めており、まるで二色の絨毯のようでさえあった。

「うわぁ……!」

 その中を歓声をあげて歩くのは一人の小さな子供だった。ふわふわと浮き上がる茶色の髪を耳元まで伸ばしている子どもはまだ幼い。小学生の低学年だろうか、物珍しげにキョロキョロと見渡す子供の周りにはいるべき筈の大人の姿は見当たらない。

 闇の帳が落ちきろうかという現状はお世辞にも子どもが一人歩きをしても平気な時間では無かった。

 そんな不自然な状況の中、不安がる様子一つ見せずに、子供はトテトテと歩みを進める。

 一応道なりに進んでいるらしく、鳥居を抜け、見えてきた本殿に向かって、パチパチと手を叩く。

「え………っと、お父さんのお仕事が上手くいきますように! お母さんが元気でいられますように! ……あと、つっくんに、友達ができますように!!」

 最後の一つだけはやけに大声であった気がする。

「お願いします!」

 最後まで大きな声で締めくくり、気が済んだのか、子供はキョロキョロと辺りを見渡す。頻繁に鳥居の方へ目を向ける様子から、どうやら誰かがくるのを待っているようだが。鳥居の周りには依然子供以外の人影は無かった。

「…………つまんない」

 思わずそう独りごちて、頬を膨らませた子供が、それを見つけたのは、そのすぐ後のことだった。

 キョトンと子供は目を瞬いて、キョロキョロと再び周りを見渡す。……己以外の誰かを探すように。

 来た当初は気付かなかったが、黄色の花が風で浮き、地面が見えてそれに気付いた。

 地面に、点々と、何かが落ちた痕があった。

 暗闇の中でよくは見えないが、水滴が落ちたかのように、それは小さい。

 何だろう、と言う好奇心と、どうしようという不安。

 己一人ではいつも周りからは役に立たないと言われていたので、自然と今は尻込みしてしまっていた。

 ウロウロとその痕と鳥居を見比べながらしばらく立っていたが、

 誰も現れないことも相まって、好奇心はムクムクと膨れ上がっていく。知らず知らずの内に、同じ痕が他にもないかと身をこらすと、点々と続くそれは石畳から離れ、本殿の裏へと消えた。

「…………?」

 誰かが何かを垂らしながら、本殿の裏へと歩いて行ったのだろうか。

 子供特有の好奇心に、わくわくしながら、子供はついに、本殿の裏へ周り。

「……え?」

 ……そこで意識を失った。

 

 この時、俺は何も分かっていなかった。

 俺がみた、あの痕が何だったのか。そこで見たそれが一体何なのか?

 この時の俺はこれから降りかかるものを、何一つ分かっていなかったのだ。

 

 




 ぬらりひょんの孫とタグつけながら、まだ影も形も出てきていない……!

 騙している訳では無いので悪しからず!
 もう少し待っていてくれると嬉しいです。


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第一譚 曙の社は 開かれる

 難産でした!
 書き直すこと、数回!
 ……大変自慢してもしょうが無いんで、とりあえずこれで終わりにします。

 始まりが大きく変わりますが、これもこれで有りなんじゃ無いかと。

 気に入っていただければ幸いです。



 イタリアボンゴレ本部。ここ数年目立つ抗争も無く、穏やかの一言に尽きるこの屋敷の中で荒々しい靴音を響かせる男が居た。

 上にはねる薄い金色の短髪に、同色の瞳の色は彼がイタリアの血を含んでいることを雄弁に語っている。

 彼の名は沢田家光。ボンゴレ外部組織、チェデフの長にして、門外顧問と呼ばれる、緊急時においてはボスに次ぐ権限を発動できる、実質上のナンバー2である。

 そんな彼は、現在怒髪天の形相で、自らのボスの下に向かっていた。その殺気たるや、下手に道を塞ごうものなら、容赦なく殴り倒そうとするほどの勢いである。

「家光様! お待ちください!! 九代目は今……」

「相手はリボーンだろう! その用で来た!! さっさと道を開けろ!!」

 護衛の人間が阻もうとしても、まるで効果が無い。

 若い頃から歴戦の戦士としても名を馳せる男には、この程度の妨害は、そうとも成らないものであった。

「どけ!」

 その一声で護衛の人間を蹴散らした彼は乱暴な手つきで押し入り……そこで各々の武器を握る九代目の守護者たちの姿を認め、止まった。

「……なんのつもりだ? お前達は……!!」

 怒りを隠しもしない家光の姿に、守護者の面々も眉根を寄せる。

「それはこちらの台詞だ。門外顧問! 護衛を強行に突破するなど、どう言うつもりだ? 九代目に用があるのなら正当な手続きを踏むが良い」

 その内の一人、嵐の守護者であるコヨーテの言葉に、家光は眉を顰める。

「そんな時間は無い! ことは一刻を争うのだ! ボンゴレの将来にも関わる……!! あんなものに、後継者教育を施そうなどと……!!」

 周囲の様子を気にすること無く、苦々しい表情で言い捨てるに至っては、守護者達でさえ、言葉に迷い、顔を見交わす。

 無理も無かった。全容を知らない彼らでは、家光の心情は理解できなかったのである。

「……てめぇがどう喚こうがこれは九代目から俺に与えられた俺の依頼だ。……俺の好きにさせて貰うぞ。家光」

 音も無く、扉を開き、家光と逆側の入り口から出てきた影が、そう言い返す。

「リボーン……! 本気なのか……?!」

 それは家光の友にして、九代目が会談していた相手。超一流のヒットマンで有り、近頃は教育者としても一目置かれている黄のアルコバレーノ、リボーンだった。

 家光の睨みも気にすること無く、フッと肩を竦めるだけして、リボーンは言い放つ。

「九代目と話がしてぇんなら入ったらどうだ? ……俺は仕事へ行く支度があるからもう出てぇんだ」

 暗にそこをどけと求めるリボーンに、しかし道を塞いだまま、家光は尋ねる。

「その仕事、受けるつもりか……!? ボンゴレに厄災を呼ぶぞ……!!」

「俺は俺の矜持にかけて、依頼を全うするだけだ。文句なら九代目に言いやがれ」

 ニンマリと笑ったリボーンの顔には、どこか余裕げな笑み。家光の文句に、九代目がまるで聞き耳を持たないことを、この男は既に知っているのだろう。

「後悔することになるぞ……! リボーン……!!」

 最後はそう言い捨てる形で、沢田家光は踵を返した。

 その姿を見届けて、コヨーテは溜息をもらして、リボーンに頭を下げる。

「迷惑をかけたな。すまん、アルコバレーノ」

「そりゃあ、おめぇらもだろう。気にしてねぇから気に病むなよ」

 言い返して帽子の鍔を弄るリボーンは、今しがた九代目から聞いたものの、信じられないと思っていた言葉が真実であったことを、認めるしか無かった。

 即ち、門外顧問が九代目が選んだ次期十代目候補に反対している……と。

 

 イタリアという国は古くから支配と自由を繰り返し、多くの闇と光に彩られた国である。

 国内全域でも未だに影の部分は多く、そのバーもそんな場所の一つだった。

 今日も今日とてバーへ足を運ぶ公に名前を言えない脛に傷を持つ者達を軽口であしらっていたバーの店主は、扉を潜ってきた馴染みの客に声を上げた。

 その声に吊られるように、周りにいた友好的な者達も声をかける。

「よう! 人気者、次はどこだい?」

「ローマか? ベネチアか!?」

 軽く笑い声まで起きる中、客自身の発する空気はどこか重い。

「いや。……日本(ジャッポーネ)だ」

 重々しく告げられた言葉に、辺りの者達も言葉を無くす。それは店主も例外ではなかった。この土地を縄張りとするマフィア、ボンゴレファミリーのボスの信頼があつい彼への依頼は彼自身の腕の良さも相まって重大なものが多い。

 それは殺しに関しても。もう一方に関してもだ。しかしよりにもよって。

「おいおい、日本(ジャッポーネ)って言えば……!」

「ボスもとうとう腹決めやがったのか!!」

「だが……こりゃあ、間違いなく()は反発するぜ……!?」

 周りからの声に、既に受けたその反発を思い返して、彼……リボーンは溜息をこぼした。

「厄介な事になったもんだ」

 小さく呟いたきり、ジッとカウンターの上に出された飲み物を見つめていた。

 

 

 日本の並盛町に沢田家という一軒家がある。

 周囲の人々にとってはどこにでもいる単なる一家庭かも知れないが、ボンゴレファミリーにとっては、その家の人間は、単なる一般人ではなかった。

 沢田家の開祖は元々、ボンゴレファミリーの元となった自警団を設立した初代ボンゴレボス、ボンゴレ一世(プリーモ)であり、沢田家は唯一ボンゴレファミリー初代ボスの直系の血を継承している一家なのである。

 その家長、沢田家光の現在の地位も相成り、この家は敵対するファミリーに襲われるのを防ぐために、ボンゴレ側が護衛をかかすことは無かった。

 リボーンが今回依頼されたのは、その沢田家光とその妻、沢田奈々の間に生まれた、ボンゴレ十代目候補……沢田綱吉の教育である。

 そのためにリボーンは今沢田家の門の前に立っていた……が。

「こりゃあ……ひでーな」

 そう呟いたリボーンは、変わり果てた家を見回した。

 ろくに人も出入りしていないのだろう。埃の積もった玄関。雑草は庭先まで浸食している。カーテンは閉め切られ、当然のように人の気配はない。

 この家はもう何年も前からこの状態なのだといったのは、この家の近所に住むという婦人からの情報だ。

 今から数年前、近所で原因不明な事故に巻き込まれ重傷を負った沢田奈々は、夫の仕事場がある外国へ引っ越し、それに息子である綱吉もついていったと、彼らは聞かされているらしい。 

 しかし現実として、家光が保護したのは沢田奈々だけだ。正確には沢田奈々は保護。息子の綱吉は危険視するべき存在として幽閉しようとしたが、本人がそれに気づき逃走。……それ以来、ボンゴレの情報網を行使しても見つかっていない。

 何ともきな臭い事態だ、とリボーンは感じた。

 リボーンと沢田家光は若い頃からの友好関係を築いているが、今回は当てにすることは出来ないだろうと、先日の騒ぎで嫌になるほど思い知った。

 九代目自身も、育てていた十代目候補が次々と不幸に見舞われ、残った十代目候補として、沢田綱吉に目をやったところ、初めてこの事態に気づいたという。

 当然ながら、知った直後の九代目の激昂は凄まじいものだった。沢田家光は曰く、家庭の問題で有り、口出し不要としたが、それは初代ボンゴレの血統を絶やして良い理由にはならない。

 重傷を負った奈々は、現在も後遺症が残っており、既に子を望むことは絶望的とされているらしい。

 そうでなくても、三人の若い候補が変死した以上、血を少しでも多く残す必要があった。

 ここまでの一連の流れを聞いた上で、リボーンは、日本に渡ることを決意した。

 並盛から離れた可能性も考えはしたが、それは九代目の超直感が否定したらしい。

 どこにいるかは定かではないが、並盛のどこかで沢田綱吉は生存していると。

(後は地道に、目撃情報を探すしかねぇな)

 内心溜息をつきながら、リボーンは、とっていたホテルへと歩き出した。

 家に出入りしている可能性も考えて、一応は見に来たが、あの荒れ具合では可能性は低い。

 手がかりもないと考えるのが妥当だろう。

(……さて、どうするかな?)

 

 時間は変わって、翌朝。

 ここ、並盛神社では、一人の小さな影が動いていた。

 時間はまだ朝日も昇りきらない早朝。人通りもほとんどない。

 その影は本殿から鳥居に向かい、たまったゴミを掃き出していたようだ。ゴミを取り終わると、ゆっくりとした歩調ながらも階段の傍まで歩み寄った。

「うわぁ……鳥居の一部、見事にかけちゃってますけど……直せそうなんですか?」

 老朽化の影響だろうか、ひび割れた所からポロポロと零れている破片を目にして、少年は背後に問いかけた。その声はまだ幼い。声変わりもしていないのだろう。

「大事ない。主は至急清め終われ。すぐに夜が明ける」

 そう答えたのは本殿に備え付けられた賽銭箱の後ろ。開き戸と賽銭箱の間にある階段を椅子のように使い座る、一人の幼女のものだった。やけに大人びた、抑揚の少ない声は、しかし声変わり前の少年よりも明らかに幼い。それなのに、平淡とも淡白とも言えるその声音が、妙な凄みを生み出しているのは確かだった。

 その声に頷きながらも、少年は再び鳥居に目を向ける。

 鳥居を通して眺める街並みは、いつもと何ら変わらない。後数時間もすれば昇るだろう太陽を己は見ることを許されていなかった。そのことに僅かな悲しみを覚えるが、自分ではどうにも出来ないそれから目を反らすように、踵を返そうとして……それに気付いた。

 新たな影……本来なら居るはずのない、自分達以外の誰かが……石段を渡っているのだ。それを認識した途端、少年は知らず知らずに息をのんでいた。

「妖怪……ですか?」

 問いかけながらも持ったままだった箒を構えた少年に、制止の声がかかる。

「さてな。しかし徒人ではなさそうだ」

 囁くようなそれと共に、ふわりと艶やかに笑ったその姿は、明らかに見た目通りの、幼女でないことを認識させられる。

「姫様……? まさか戦う気何ですか!?」

 少年が問いかけた相手が向けた目は見た目にある幼さを削ぎ取ったような酷く老獪なものだ。

「お主はさがっておれ。我が結界を破る輩ぞ? お主に太刀打ちできるものではない」

 彼女の言葉は少年の実力、立場共に顧みれば、尤もなものだったが、彼の持つ僅かな矜持がその言葉を素直に飲み込ませなかった。

「でも……姫様に何かあったら!」

「それこそいらぬ世話じゃ!!」

 少年の抱いた心情ごと切り捨てた幼女は鋭い眼差しで少年を射抜く。ビクリと、その眼光に少年の体は震え上がった。

「妾はこの並盛神社の土地神! 夜薙(よなぎ)姫!!嘗ては鬼女として畏れられた存在ぞ!? 妾の怒りに触れるものには容赦はせん!! それは……貴様とて例外では無いぞ?」

 最後の一言をまるで反応を窺うように言葉を切り、幼女……夜薙姫は、怯えを見せた少年に、僅かな微笑を浮かべる。 

 言い返せない少年の様子に気が済んだのか、ふんと鼻をならしてから、幼女は少年を追い越した。

「下がれ……決して、社の外に出るで無い」

 断言に有無を言うことも出来ず、少年はただ社へ向けて歩を進めた。

 

 

 並盛町の山間部にそびえる並盛神社は、整備された入り口から石段を登り、一本道の作りになっている。石造りの古びた鳥居を抜けた先にこじんまりとした社があるだけの小さな神社であり、社務所なども存在せず、神を祀る祭祀の類ももう何年もやられていない。

 本来なら使われていない、廃れるだけの筈の場所に続く道が、常に綺麗に保たれているという事実に、リボーンは違和感を覚えた。

 おそらく何者かが整備しているのだ。しかし。

(なんのためにだ? ……この石段だけでも、かなりの距離があるのに、わざわざ整備し続ける理由。なんかあるはずだ……!)

 明らかに沢田綱吉とは関係の無い事柄である。

 しかしリボーンは躊躇無く、それを調べる気でいた。

 手がかり一つ無いのだから、こうなれば違和感を持ったところを虱潰しに調べるしか方法は無いのである。

「全く……難儀な話だ」

 沢田綱吉の最後の目撃情報は、家光から逃亡したというもの。

 彼曰く、彼の妻、沢田奈々に後遺症が残るほどの大怪我を負わせたのは息子である綱吉なのだという。そこまで危険を孕んでいた息子を一般人を守るために隔離。 ……実質、軟禁して殺そうとしたのでは無いかと言うのが、九代目の見解だった。その時点で事情を知り、保護できれば良かったと悔やみたいところだが、既に過ぎ去ったことは変えようも無い。

 しかしながら沢田奈々は沢田綱吉の手にかかったのでは無い、というのが、九代目の見解で有り、リボーンも同意見である。

 沢田奈々が重症を負った当時の事故の資料は、ボンゴレの方にも保存はされていた。

 調査の責任者は家光率いるチェデフだったが、ボンゴレ本部の諜報員も全く動いていないわけではないのである。

 その調査の真偽はどうあれ、その事件を皮切りに沢田綱吉は父親から猜疑の目を向けられた。その当時、幼少だった綱吉が自らの危険に察知して、単独で逃走したというのなら、もしかしたら「ボンゴレの血」にまつわる恩恵を既に受けていたのかもしれない。

(もしそうなら尚更、そいつが母親を害した可能性は低いな。死んでいる筈がねぇって言う九代目の言葉も頷けるってもんだ)

 リボーンは一人確信を深め……笑った。

 なぜなら、もし沢田綱吉が彼の恩恵を受けているというのなら、この現状……少なくとも、沢田家光には捕らえられていないということこそが、ボンゴレの血の意志でもあるのだ。もしその状態で真実己の手で親を殺したのなら、単なる逃亡ではなく、もっと穏便なおさめ方を導き出せるだろう。過激派辺りを説得すれば、超直感によってその相手がボンゴレにとっての害となる云々まで、誘導できたかも知れない。

 そんな好都合は起こらないと、事情を知らないものならば非科学的と笑うだろう。

 しかし一度でもその血にまつわる力を見たものは、決してそんな言葉は言えない。……それはリボーンも例外ではなかった。

 しかし改めて現状を整理しても、当然ながら手がかりと呼べるような代物は存在しなかった。

 その状況にリボーンも歯噛みしたい気持ちである。

 駄目で元々と、言う気持で確認したそこは予想通りながら嘗ては人がいたという話すら疑わしくなるほどの荒れ具合だった。社に取り付けられている鍵にしても完全に錆び付き、何年も明けられた形跡がない。

(やはり……ハズレか)

 わずかに期待していた分だけ、失望もそれなりである。

 はぁと溜息をつきながらも、他に並盛の中で怪しげなところは無かったかと、脳内の地図をひっくり返す。

 並盛山、並盛海岸、商店街など、大雑把に分ければ並盛の中はいくつかの区分には分けられるが。

(ここほどあからさまな所は他にねぇな……)

 浚ったことで更に確信を強めてしまい、しかし現実に何もない事で、リボーンは前途多難を認識した。

 ことがことであるだけに、急を要する作業であるが、急げば逆に見落としてしまうものもあるというものだ。

 自らを落ちつかせるためにも、一息ついて、序でに一服しようと思い至り、リボーンは片手に持っていたトランクから持ち運んでいるティーセット一式を取り出した。

 荷物のほとんどはホテルにおいてはあるが、一日町を巡ることを覚悟して、一服分のコーヒーは入れられるように持ち運んでいたのである。

(さて……次はどこへ向かうか)

 コーヒーを口に含みながら考えかけたリボーンは、そこでふと、何か気配を拾ったように感じた。

 ピタリと、カップを持つ手を止め、じっくりと辺りを見渡す。

 しかし、僅かに聞こえる鳥の声や、風の音以外は、至って静かなものである。

(……気のせい、か?)

 そう思いかけたとき、それが大きな誤りであったことに、リボーンは気づいた。

「……おしゃぶりが、点滅しているだと?」

 思わず声に出てしまったが、それを気にする余裕はリボーンには無かった。

 彼自身も見たことの無い反応に、ただ目を丸くする事しか出来ない。

 チカチカと瞬くようなおしゃぶりの中の炎の揺らぎに導かれるように、リボーンは腰を浮かした……瞬間。

 揺らいでいた炎が一筋の細い光線となって、社の入り口に当たる。

 鍵の錆び付いて動かない筈の扉には一見変化が見えないように見えるが、良く見ると、僅かな波紋が水たまりに投石した直後のように広がっていた。

「こいつは……どうなってんだ?」

 近づくと、ゆらゆらと揺れる水面は、ますます大きくなる。

 その幻覚を作り出したものの意図こそはわからないが……誘われている、それだけは分かった。

「面白ぇじゃねぇか」

 一息に言いきり、ニヒルな笑みを浮かべたリボーンが、出した答えは、単純であった。

 大きくなった波紋の中に、自ら飛び込んだのである。

 

「は………!?」

 一声上げた少年は、間違いなくその光景に絶句していた。夜薙姫の指示に従い、締め切っていた部屋の中で、僅かな、何かの声を聞いた気がした。

 もしや彼女の言っていた、侵入者かと、身構えるが、次の瞬間、目に飛び込んできたそれに、思わず固まってしまったのだ。

 しっかり閉じられている筈の扉。隙間一つ無いはずのそこから、黄色い光が漏れていた。

 しかもその光は床で無く、俺の胸に吸い込まれている。

(な……何? 新手のなんか? 侵入した妖怪の畏れ?!)

 内心パニックになった少年は、ワタワタと後退るが、後退っても、まるで接着剤でくっつけているかのように、その光が己の胸から離れることは無い。

(何だよこれ! まさか外で何か起きてるのか!? ……まさか、姫様……!!)

 グルグルと、思考は最悪の方向に回っていく。もしかしたらすぐにでも、ギィと音を立てて扉が開かれるのでは無いかと、震えていることしかできない。

 この数年、守られてばかりだった自分が、最後に殺されることになると覚悟はできていたのに、殺される相手を見るこの数秒が、何時間にも長く感じられた。

 ……そう、この少年は、扉が空く瞬間を待っていたのである。

 だからこそ、心の準備など土台無理な話だった。

 グワリと口が開くかのように大きな穴が空いた空間から、人が出て来る光景など完全に許容オーバーと言うものだ。

 本来ならあり得ない光景。しかしここが現世と別次元にある神域だからこそありえる光景に、理解する行為を手放したまま少年は情けない悲鳴で答えた。

「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 




 何とも情けない悲鳴……。
 まぁ、これが彼の本質ですね。
 変わりの無い姿に、喜べばいいのか嘆けば良いのか……。

 ではまた次回。


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第二譚 三人依れば……

 お待たせいたしました! 一月以上開き、新年を越えてしまい申し訳ありません! 雪宮春夏です。
 いや、言い訳はもうできませんので、ただただ謝らせていただきます。
 ごめんなさいm(_ _)m


 波紋を抜けた先に居たのは、どこ何でもいそうな凡庸な少年だった。赤茶色の髪は質の問題なのか、所々おかしな方向に跳ね上がり、大きく見開いた同色の瞳は、こぼれ落ちんばかりになっている。

 そんな耳を劈くような悲鳴を上げた彼が、酷く怯えていることは明白で。

 現状の把握をするにせよ、敵対者では無いと思われる為には、先ずこの子供を落ち着かせる事が第一。そう決断したリボーンは、身を縮込ませて怯える子供をこれ以上刺激しないように、慎重に距離を取りながら話しかける。

「驚かせて悪かったな。目の前に人がいるなんて思いもしなかったんだ。……俺の名前はリボーン。ただのしがない赤ん坊だ。お前はなんて名前なんだ?」

 なるべく柔らかい雰囲気を作るようにしながらも、リボーンの目は目の前で怯える子供の一挙手一投足を見逃さないように観察していた。

 怯えそのものは嘘ではないだろうが、裏社会では追い詰められたものほど、とんでもない牙を隠し持っているものだから、油断などできない。

 ちらりと見渡したところ、今居るこの家……いや、これは木で造られた一室だろうか。その広さは二人以上の居住は難しいように見える。何故神社からこのような場所に通じる道があったのか、それ以前に、何故あの時おしゃぶりが、反応したのか、分からないことだらけだが、ここを切り抜けなければ始まらないだろう。

 どうやら自分でも予期したよりも遙かに動転していることを自覚して、リボーンは、己を落ち着かせるべく深く息を吐いた。

 よくよく考えれば、単なる赤ん坊はここまで流暢にしゃべりはしないし、しがないなどとは使わない。

(これは……警戒させたかもしれねぇな)

 ほんの数分前までの己の言動を恥じていたリボーンだが、子供は気にもならないというように口を開いた。

「あの……言葉、しゃべれるんですか?」

 恐る恐る尋ねる子供の目に映るのは、ただ……驚愕。

 その反応に疑問は抱くものの、コクンと頷くと、子供はジッとリボーンを見つめる。

 もしや、赤ん坊の自分が喋れることに驚いているのか。

 そこに疑心がないのは喜ばしいことだが、こちらにジッと視線を注ぐ子供の目がどうも気になった。

 この子供、当初は十にも満たない程幼いのかと思っていたが、よくよく見ればその背丈は、もう程よい所まで成長している。

 小学校高学年。いや、中学生と言っても通じるだろう。

 しかしそれに最初気づかなかったのは、偏にその目があったからだ。

 ただ無心にリボーンを見つめるそれには、成熟した人間なら持っていて当然の、疑いの眼差しがまるで含まれていないのである。

 まるで生まれたままのような。そう喩えても良いと思えるほどに、無垢な清らかさを持つ瞳だった。

(こいつは一体……何なんだ?)

 得体の知れない、そのあまりのアンバランスさに、リボーンは、慎重に言葉を選ぶ。

「ここで暮らしてんのはお前一人か? いつからこんな所に住んでんだ?」

 発した言葉につられるように、リボーンを見た子供は……そこで何事かに気づいたように大きく目を見開いた。気のせいか、顔も幾分青ざめている。

(……ん? 青ざめている?)

 そこにリボーンは疑問を抱いた。

 普通ならば、青ざめる原因は恐怖だろう。

 しかし、こう言っては何だが、現在のリボーンはそこまであからさまに殺気の類は出してはいない。

(じゃあ一体……こいつは何を恐れてんだ?)

 浮かんだ疑問に答えたのは、青ざめ、後退った子ども自身だった。

「ひ……姫さま……!」

 ジリリッと、焼けるような殺気を背中に感じて、リボーンは、僅かに息をのんだ。

 予想はしていた筈である。赤茶色の髪と瞳。中学生ぐらいの少年。そんな奴が何人も、ほいほいと行方不明になっているはずはない。

 だが、同時に厄介だとも思う。

 考えてみれば分かることである。

 無事であることと、自由であることはイコールにはなり得ない。なにが目的かは知らないが、こんな所に閉じ込められている時点で、ここには、この子供以外で明確に、リボーンに敵意を持つ相手がいても、何らおかしいことはないのだ。

「ネズミがチョロチョロと……! このような所にまで入り込んでおるとはのぅ……!!」

 怒りに満ちたその声は、以外と若い。

(いや……若い以上に幼ぇ?)

 その事実に、遅まきながらも違和感を覚えて、リボーンはマジマジと、その存在を視認するために、腰を落ち着かせようとする……が。

「ひ……姫様っ! ちょっ……待って……っ!!」

 切羽詰まった少年の声を合図に……木製の小屋。後に、社だったと判明するそれは、突風によりバラバラに崩れ落ちた。

「……子ども?」

 思わずそう零してしまったが、いざ冷静になれば、何ともシュールな展開だろう。

 赤ん坊と幼女。

 一般的にはどちらも弱者とされるが、その二人の纏う気配は明らかに常人の物ではなかった。

「貴様は……!」

 鋭くこちらを睨むのは、菫色の混じった紫色の髪を垂らす、平安時代の姫のような十二単の少女だった。

 年はおそらく十には満たないだろう。

(五つ……いや、もっと下の可能性は有るな)

 しかし、どのような姿でも、戦うとなれば手心を加えてやるつもりはない……それをやれば、死ぬのは己となるだろう。

「そのおしゃぶり……()()()()()()()か!?」

 しかしそんな覚悟も、その言葉で一気に揺らいだ。それほどの……衝撃だった。

「何……!?」

 何故、というのが最初にわき上がった疑問だった。

 アルコバレーノ。それがどのような存在であるか、知っているのがマフィア関係者なのだとしたら、ここまでの混乱は起きない。

 だが、この少女の見た目は明らかにそれにはそぐわないものだった。人を見かけで判断することの危険性は承知だ。それでもリボーンには、彼の少女が単なるマフィア関係者で片付けるのは危険だという意識が働いた。

 己を欺きかけるほどの術の使い手。今も痛みさえ感じるほどの鋭い殺気。

「やる気か……」

 僅かな隙をも見逃さないように、注意深く少女を観察しながらの声に少女は一声で応じた。

「……殺すっ!」

 少女が動くのと、リボーンが動くのと……それよりも早く。

「待つびょー! ……ギャフン!!」

 2人の間に何かが、奇声をあげながら落ちてきた。

(けん)さん!!」

 離れた所から2人の様子をハラハラとしながら見ていた子どもの歓声が響く。

 しかし(けん)、と呼ばれた彼はびくびくと体を震わせるだけで応答できる状態では無さそうだった。

「待って。夜薙(よなぎ)。そこまでだよ」

 次いで2人の間に割って入ったのは制止の声。

 その声を聞いた途端、舌打ちと共に夜薙は殺気を収めて、その存在を睨めつけた。 

「妾を阻むとは、随分偉くなったものじゃのう……毒鼠(どくねずみ)

 それに対して、割って入った存在はその睨みに動じることなく言葉を放つ。

「種族名での呼び方……好きじゃ無い。僕には柿本 千種(かきもと ちくさ)。これには城島 犬(じょうじま けん)っていう、鬼罹(きり)から賜った名前がある……君と同じように」

「え? ……夜薙姫って、姫様の本名じゃ無いんですか?」

 何故かここで呆けた声で割って入ったのは、後方で傍観を貫いていた子どもである。さっきまでは青ざめていたにも関わらず、よほど現れた彼らに信頼を寄せているのか、その早変わりは見ていてこちらが感心する程だ。リボーンの方は彼らを観察しつつも、ジッと聞く姿勢を貫いていた。

「阿呆か主は。妾は並盛の土地神。元の名は「並盛姫」に決まっておろうが!」

(じゃあなんで与えられた方の名前を堂々と名乗っているんだろう?)

 そんな子どもの胸中の疑問は解明される事無く、彼ら三人(その内一人は参加不可)の話し合いは進んでいく。

「何しに来たのじゃ?」

「依り代の餌付(えづ)け。それと鬼罹からの緊急連絡」

「緊急?」

 ピクリと眉をひそめる夜薙に構うことなく、千種は続けた。

「イタリアにいた後継者候補は全滅。残っているのは依り代だけ。数日以内にボンゴレは何らかの行動を起こす」

 

 黙って彼らの会話を聞いていたリボーンは、そのあまりの情報の筒抜け具合に苦虫をかみ潰したような表情となっていた。

 彼らが何者かと言うことは分からないが少年……柿本千種の言葉は正確なこちらの情報に相違ない。つまり。

(ボンゴレの情報が外部に漏れているって訳か……!)

 対するリボーンから見て、彼らは未だ敵か味方かは定かでは無いが、少なくともあの夜薙と呼ばれた少女は、こと自分に強い敵意を抱いているのは確かだろう。

(いや……俺にか? それとも……アルコバレーノ?)

「そんでどーするびょん。見事に社壊しやがって。このドブス。修理するこっちの身にもなれびょん」

「嫌ならばしなければ良いでは無いか。こちらとしては一向に構わんぞ」

「……依り代の状態を損なうわけには行かない。依り代の変調が『宇宙(そら)』に影響を与えたら……厄介」

 言い争う三者の様子を見ながら、子どもは何をすることも無く座り込んでいる。

 依り代と呼ばれる子どもに音を立てずに近付いて、リボーンは語りかけていた。

「止めねぇのか?」

 語りかけられた少年の方はその内容に目を丸くした。

(止める? 俺が? ……三人を!?)

「無理」

 子どもはそう迷うこと無く言い放った。

 

 断言した子どもの僅かな舌足らずな言葉に、リボーンは舌打ちしたくなった。

 内容では無くその発声に対してだ。

(所々差違があって気づくのが遅れたが気のせいじゃねえ……こいつ、年の割に発達が遅れてんだ)

 その原因はおそらく、明確なコミュニケーション不足だろう。敢えて名前はまだ尋ねていないが、リボーンとしてはこの子どもの正体は察しがついてにいた。

 おそらくは己の探し人。最後のボンゴレ十代目候補、沢田綱吉である。

 彼を匿う者達の目的は依然不明だが、言葉の端々から彼らはボンゴレの情報に聡いことも分かっている。

 おそらく社で匿う夜薙、現在その彼女と言い争いをしている犬と千種の三人の上に立つ、鬼罹(きり)という相手が仕入れているのだろうが、それ以外には明らかになっていないものも多く、情報が足りないのは確かだった。

「……っ! ならばどこなりとも好きに行くが良い!! 妾は止めぬわっ!!」

 考え込んでいたリボーンは、咄嗟に吹いた風に対応出来ずに体が浮き……。

 

「どうなってんだ。こりゃあ……」

 気づけば数十分前に訪れていた、神社の敷地内に出ていた。

「ムキィィィ! あの女、臍曲げやがったびょん!!」

 地団駄を踏みながら怒りを吐き散らす声に改めて辺りを見回すと、この場所にいるのはこの社の主と言っていた彼女と争っていた、二人の少年と、おそらく沢田綱吉と思われる子ども。……つまり。

「あの女以外の全員をはじき出してやがんのか……」

 しかし庇護する存在まで纏めて出すとは……ほんの少しだけ彼女の危機管理能力に疑問を持ったリボーンであった。

「……とりあえず寝床確保。あの様子じゃあ、朝まで時間を空けてから宥めた方がまだ成功率は上がる」

 地団駄を踏む連れとは対照的に、さして慌てる様子も無く、現状を分析する少年……千種の方は、明らかに慣れている感じがする。

「あぁいう臍の曲げ方はよくすんのか?」

 答えるなら良し、答えずとも何らかの反応は見られるだろうと、リボーンは予測したものの、結果は完全な無表情だった。

「うっせぇ! ボンゴレの犬が! テメェにゃあ関係ねぇびょん!!」

 彼とは逆に、ガラリと表情を変えてきたのはさっきまで地団駄を踏んでいた連れの方だ。

「……犬。うるさい」

 犬と呼ばれた少年はその声にピタリと口答えを止める。しかしその眼はどこまでもこちらに対して苦々しいものだ。嫌われていることは間違いないだろう。

(その対象は、俺個人というよりも、アルコバレーノ全体って事なのが引っかかるが?)

 可能性として思い当たるのが、同胞の誰かが、彼らと若しくは彼らの後ろにいる者と悶着を起こしているというもの。それの巻き添えで始めから印象が底辺とは、何とも幸先が悪いスタートではあるが。

「無礼は詫びる。悪気は少ない」

 そこでないと言い切らない辺り正直なのか喧嘩を売っているのか、何ともわからない言い方をする相手に、リボーンはやりにくさを感じていた。

 いやそれも彼らの手の内なのだろうが。

(気に入らねぇな。この現状は……)

 明らかにあちら側に主導権がある。

 沢田綱吉と思われる子どもを匿っている以上、向こう側に分がある事は勿論だが、それ以上にこちらの内情を熟知しているのである。

(……まさか、こいつら)

 熟考の中で、リボーンが行き着いたのは何とも嫌な可能性だ。しかしあり得ない事では無い。彼らの後ろにいるのが個人ではなく、組織であれば尚更。

(もし奴らの最終目的が沢田綱吉を傀儡としてボンゴレ十代目を継がせるってものなら、イタリアにいる候補者達の死因も奴らが関わっている可能性も有る)

 そう、リボーンが行き着いた考えとは、この状況に陥る原因、全てが。

(……奴らの企てたもの、という可能性も……!!)

 沢田奈々の事故。ボンゴレ十代目候補者の殺害。そして……。

(出来ないほどじゃなかったら? 現に考えてみても、ここまでボンゴレの情報に聡い組織の心当たりさえ、俺にはねぇ……)

 彼らの上にいる人物、鬼罹なるものがボスなのか、はたまた幹部の一人かさえ。

(鬼罹……()()……()?)

 ふとそこで、リボーンは、違和感を覚えた。

(偶然、か?)

「敵と思われるのは……本意じゃない」

 まるで読心術でも使ったかのようなタイミングで割りこんできた声に、リボーンは、視線を向けた。

 見ると、沢田綱吉(予測)と、犬という男は、いつ見つけたのか、俺の放置していたコーヒーのセットを降ろして、何故か荷物の中身を物色していた。

「柿ピー。ダメびょん! こいつ、飲みもんしか入れてねぇ! コーヒーと、紅茶しか入ってねぇびょん!」

「そう……緑茶が良かったんだけど、仕方ないね」

 しかも会話の内容を聞く限り、明らかに飲む気満々である。

「テメェら何やってんだ?」

 しかし、さっきまでの緊迫した空気からのあまりの変容ぶりに、思わずリボーンは突っ込んでいた。

「……何って、腹ごしらえらけど?」

 見て分かんねぇのかと、犬が睨みをきかせる中、綱吉(予測)も、勝手知ったるとばかりに、リボーンの鞄の中身を漁っている。

「やっぱり無いですよ。犬さん……あれ? 手紙だ」

 かさりと、綱吉(予測)が手に取ったのは、九代目からの死炎状。

「おい!」

 僅かな殺気を帯びた声で、制止をかけると、綱吉(予測)だけで無く、犬とやらもピタリと動きを止めた。

「……話が進まない」

 そう溜息をつく彼は、良くも悪くもここでは長の役割を担うのだろう。

 彼らの上下関係を大まかに把握できたリボーンのよそに、少年は二人を呼んでいた。

「犬。依り代。下まで行って食べ物買って来て」

「千種さん!?」

「えぇっ! こいつと!?」

 暗にここから離れていろと指示を下した少年……千種に対して、二人の反応は悪い。

「ちょっと待って下さい! 町って……大丈夫なんですか!? ()!!」

 しかしあからさまな嫌悪の表情を浮かべた犬とは異なり、綱吉(予測)の表情には不安の色は色濃く浮かんでいた。

 リボーンにはその理由は分からなかったが、千種の方はわかっているのだろう。

 言い聞かせるように続ける。

「心配要らない。奴らは大概昼には動かないし、それで動くような小物程度なら、犬一人で十分払える弱さ」

 その言葉を目敏く聞きつけて、すぐさま犬は牙を剥く。

「待てっつの柿ピー! どういう意味ら?!」

「そのまま」

 素っ気なく受け流す千種に、唸りながらも犬はそれ以上は噛みつきはしない。一方まだ不安の色は濃いが、彼らの言葉で安堵はできたのか、子どもも力なく頷いた。

「それにこれからのことを考えれば……外には慣れた方が良い」

 囁くように続けた千種が意味ありげに見たのはリボーンで。

「ちっ! 追い出せば良いんら! そんな奴!!」

 けっと、気にくわない様子も隠しもしない犬に、顔を顰めながらも、千種は首を振っていた。

「そう言うわけには行かない。ボンゴレに何かあったら、こっちも困る」

 

 階段を降りていく二人を並んで見送るという、何とも現状の関係ではおかしな行動をしたリボーンと、千種は一先ず一息いれようと、リボーンが所持していたコーヒーを入れていた。

「テメェらは敵じゃねぇのか」

 間怠っこしい事を不得手とするリボーンが、最初に口を開く。

 そろそろ主導権を取り戻したいという狙いもあった。

「違う」

 簡潔に言葉を放った千種は、やや間を置いてから、言葉を補った。

「少なくとも、ボンゴレに()()をかけたのは、こちらとは無関係」

「呪い?」

 何とも非現実的な言い回しに、千種は平然と頷いた。

鬼罹(きり)の見立て。ボンゴレの後継者候補三人は、何者かの呪詛によって確実に命をおとすよう誘導された可能性が高い。実際の遺体を見たわけでは無いから断言は出来ないけど、現地にいる奴に調べさせても彼らほどの実力があればそう簡単にやられるような相手でもなかった……おそらく、何らかの呪詛で隙をつくらせたものと思われる」

 淀みなく出て来る言葉から、おそらく調べさせたのは随分前なのではないかと思われる。

 少なくとも、ほんの数日では、ここまでの情報は出ないだろう。

「テメェら……そこまでわかっていて、何故本部に何も報告しねぇ……同盟関係にあるんじゃねぇのか!?」

「同盟?」

 リボーンの微かな毒づきに対して、僅かに眉を寄せただけで、千種の言葉は素っ気ない。

「違うよ。そんなものを結ぶ利益もない。敵じゃないという言葉だけで、味方と決めつけるのは早計じゃない? 黄のアルコバレーノ」

「…………」

 挑発混じりの言葉の入ったそれにリボーンは、沈黙で答える。色まで当てられたことには驚きは見せない。

 アルコバレーノという言葉を知っている時点で、彼らはマフィア関係者。そう出なくても、それに近しいものとはわかっていたし、夜薙姫とやらが、あそこまで怒りを見せる程、同胞の誰かが怨みを買っている可能性がある。その当人に詳しい事情を聞いた可能性はゼロではなかった。

(しかし、現地にいる奴か……思った以上に数がいる可能性があるな)

 ここにいる、三人だけではないと思っていたが、連絡を受けてこの国の外で活動できる諜報部隊……しかもボンゴレとは、非同盟関係に有るということは、場所の特定以前に、三人の後継者候補の特定についても単独で調べた可能性が出てくる。

(どんだけ規模のでけぇ組織なんだ……)

 それほどの存在でありながら、こちらの情報には一切かかっていないのだ。不気味としか言いようがない。

「じゃあテメェらは、なんで沢田綱吉を匿っている? ボンゴレに対する何かを企てているんじゃねぇのか……?」

 気を取り直して鎌をかけるも、千種が動じる様子はない。どころか、呆れたように溜息をつく仕草までする始末である。

「先走りにも程がある。依り代がボンゴレの血縁だったのはこちらも予想外だった。……最初にこれを知った幹部達は皆、あまりの人選に呆れていたけど」

(幹部……たち……!)

 更に投下された爆弾に、リボーンは、分の悪さを感じざるを得ない。

 複数の幹部。有象無象のものではないとは思ったが、明らかに小規模な組織ではないだろう。

(ここからイタリアにまで幅をきかせて……しかも尻尾はまるで掴ませねぇ……存在さえも感じさせねぇとは)

「テメェらは……一体何もんだ……!」

 会話だけを追えば、随分と飛躍した問いかけだっただろう。しかし千種は動じることもなく、薄笑いさえ浮かべていた。

 あたかも、リボーンの心中は全て知っているというように。

 圧倒的に向こうが有利であるのを自覚しつつ、リボーンは、その答を待つ。千種も湯気を発する薬缶から目を離し、口を開こうとしたとき。

《ワンワン! キャンキャン! ワオーン!》

 犬の鳴き声が、響いた。

「犬? こんな所にか?」

 リボーンは疑念を抱いて辺りを見回す。確かにここは人里に近いが、それでも山の中腹である。

 散歩コースにするには少しばかり不釣り合いだが……。

「なに?」

 そこで千種が平然と取り出したのはスマホだった。どうやらあれは着信音だったらしい。

(待て……犬? まさか相手は……)

「一大事びょん! 千種っ!! 依り代がやられた!!」

 

 その声がスマホから流れたとき、リボーンはらしくもなく混乱した。

 次々と湧き出てくる彼らへの疑惑と合わさり、まともな判断が出来なりなりつつあることに危機感を感じ得ない。

「落ち着いて、犬。誰にやられたの?」

 淡々と言葉を紡ぐ千種の様子に、全てが仕組まれているのではないか。そう疑念を膨らませたとき。

「人混みに! やられたびょん!! 目眩がするって! 倒れ込んだびょん!!」

「「…………」」

 何とも言えな脱力感を覚えながら、リボーンは、腰を抜かしていた。

 それは千種も同様だったのだろう。さっきまで、緊迫した空気の中に身を置いていたからこそ、余計にである。

「……知らない。頑張って」

 結果として、彼が選んだのは助けを求めた同胞を見殺しにする行為以外の何物でもなかった。

 通話を切り、そのままスマホの電源をおとしたのである。

「良いのか?」

 完全に着信を拒絶する、その加減のない仕打ちに、思わず問いかけるも、千種の答はにべもない。

「こうしないと何度でもかけてくるから」

 めんどうと、最後に声が漏れる。

「……とりあえず入れるぞ」

 そう言ってリボーンは、すっかり沸騰しきった薬缶を火の元から降ろした。

 

「改めて、名乗った方が良いな」

 向かい合ってコーヒーを飲んでいたリボーンは、己がまだ、綱吉であろう子ども以外の前ではまともに名乗っていなかったことに漸く気づいた。

 しかしあの様子ではあの子どもの方も、己の言葉をしっかりと覚えているかは期待できないだろうが。

「俺はヒットマンのリボーン。ボンゴレ九代目から依頼を受けて、沢田綱吉を立派なボンゴレ十代目にするためにきた」

「……予想は出来てる」

 返された言葉に、リボーンも驚きはない。

 情報戦においては完全に後手に回っている。それは肯定せざるをえなかった。

「僕は柿本千種。それ以上は、今は言えない」

 その言葉も、予想はしていたが、内心溜息を零したくなる。情報を開示させるだけの信頼はない。それは、分かっているが、これではこちらの依頼にも支障は出るだろう。確実に。

「一日、時間が欲しい」

 一朝一夕には解決できる問題ではないと思っていたからこそ、その言葉に瞠目した。

 千種は眼鏡を弄りながら続ける。

「夜のうちに、鬼罹に指示を仰ぐ。()()()()()()()ならば、信用はできる。……きっと、宇宙(そら)もそう言う」

宇宙(そら)?」

 再び出てきた言葉に、リボーンは聞き返した。それに対しては、独断で話しても良いものなのか、千種は微かな笑みを浮かべて続けた。

宇宙(そら)は、僕らのボス。僕らの、大切な存在」

 それっきり、彼は口を閉ざす。

 後に残るのは、鳥の鳴き声一つ無い、静寂だけだった。

 

 




 さてさて、いくつか投げ込みましたが、色々な伏線の回収は早めにしたいなぁとは思います。あくまで願望で。
 次は早めに上げたいとは思いますが、どうなるかはまだ未定です。
 それではここまで読了ありがとうございました。


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第三譚 春眠暁を覚えず

 あれ? 一足先に春が来ました。
 こんにちは。雪宮春夏です。
 今回ちょっと短めですが、読んで頂ければ嬉しいです。
 では、どうぞご覧下さい。


 城島犬は困り果てていた。

「依り代。動けるびょん?」

 尋ねては見たものの、蒼白よりも白に近い顔色と、ガタガタとずっと小刻みに震える体を見れば、その答は聞かなくとも分かった。

「人いねぇとこ通るから、ここから離れるびょん。歩けるか?」

 腕を引いて促すと、ヨロヨロとしながらも子どもは立ち上がった。その姿を見ながら、性急すぎる柿本千種……柿ピーの判断に、彼もやはり混乱していたのだと分かる。

「……ボンゴレの……あの管理者の十人目なんて、こいつにんな大役、出来るわけねーびょん」

 呟いた声は、子どもの耳までは届かなかった。

 

 フラフラと蹌踉ける子どもを支えながら歩く犬は、頭の中で並盛周辺の地図を現在地を照らしながら、どこへ行くべきか頭を悩ませていた。山の麓には雑貨屋があるが、食料を買い込むとなるとあそこは品物が少ない。

 これから数週間は持つように買ってから尋ねてきたと言うのに、下手をすればさっきのゴタゴタで全て破壊された可能性があるのだ。

(大体、金もう手元に残ってねぇぞ。()()()からは仕送りなんてあってないようなもんだし、だからって、()()()から手心なんて、貰いたくねぇし)

 日の当たりにくい所を選びながら通ると、時折子どもの震えが酷くなる時がある。その理由に目を向け、犬は威嚇の唸り声を上げた。

「テメェらみてぇな有象無象が、こいつ喰えると思ってんのか! 失せろっつーの!!」

 ガルルルルと、唸った口からメキメキと牙が生え、その眼は人としてのものから理性を捨てた獣のものへと変わっていく。その姿に、辺りに蠢く者達は自らとの明確な力量差を悟ったのか、すぐさま散り散りとなり、一目散に逃げ出していく。

「……馬鹿共が」

 そう吐き捨てた犬がふぅぅぅぅと、自らの気を鎮めるように息を吐くと、シュルルルとその気性の変容に会わせるかのように変化が解け、人の姿に戻っていく。

 柿ピーは昼だから大丈夫とは言ったが、正確にはまだ陰の気の強い午前である。万全を期すのなら本当は午後になってから出かけるべきだったのだ。

「依り代……大丈夫か?」

 柔らかい声音を意識するが、幼少期、朝夕問わずに奴らに狙われ続けた経験を持つこの子供は、奴らの気配には過ぎるほどに鋭敏になっている。

 それに加えて、味方であったはずの人間から憎悪の思念を向けられた影響か、慢性的な人間恐怖症と言っても良い。

 本来ならば、人混みにいることでさえ、かなりの神経をすり減らしているのだ。

「全然繋がんねぇ……電源まで、切りやがったな。柿ピーのやつ……」

 半ば依り代を抱えるようにして歩きながら、犬は珍しく、昔の事を思い起こしていた。

 

 並盛町は首都の近くでは珍しく、奴良組の畏れがあまり行き届いていない場所である。元々土地としても閉鎖的な部分があったためか、賑やかしの多くいる奴良組の連中とは、夜薙姫は馬が合わなかったらしい。

 だからと言っても、彼女は京妖怪と仲良く出来るような妖怪第一主義者でもなかった。

 元々彼女も鬼女とは呼ばれてはいたが、始まりは人間であったことが一因だろう。彼女自身の人としての死にも、他者の欲望が多く遠因していることもあり、京妖怪とは相容れる事は難しかった。

 しかしながら、この両者に囲まれた土地では、どちらかか、若しくはそれと同等、またはそれ以上の勢力と手を結ぶしか、小さな土地神が生き残る道は無かった。そして彼女は、後者……犬達のボスである、宇宙(そら)の元へ集う事を選んだのである。

 犬や千種が所属する宇宙(そら)をボスとする組織の規模は、それほど大きなものではないと犬は思う。

 奴良組や京妖怪のように、本家……本拠地と呼べるような場所もない。ただ、集った仲間が多い分、本気になったときに勝手に宇宙(そら)へ手を貸そうとする者達が多いのだ。それこそ世界規模で。

 江戸の時代に、奴良組を率いていた当時の総大将、奴良鯉伴は江戸を己の庭と称して、臣下達を振り回していたらしい。

 それを聞いた直後、犬はおかしな対抗心を燃やして、話してくれた相手にこう返したのだ。

「まだまだ小せぇびょん! 宇宙(そら)にとっては世界中が隣近所扱い! 俺らの主である鬼罹(きり)様が何十年かけて世界中を探し歩いたか! ここで語り尽くしても良いびょんよ!!」

 そう言いきった己はその数秒後に話に出した主人、鬼罹(きり)の武具にて、ざっくりと眉間に傷を負わされたのだが。

(まずい……! 黒歴史まで思い出してしまったびょん!!)

 京妖怪は千年、奴良組は五百年近く続く組織だが、それに対して己らの組織が出来たのは今から百年ほど前……正確には現在も、その組員はゆっくりとだが、増え続けていると言っても良い。

 しかしながら、ボスである宇宙(そら)と、それを支える幹部六人。彼らのボス曰く、これが彼の組織の全員であるらしい。そこまで続けられた言葉には実は続きがあって、「まぁまだピンと来る人いないから、三人しか席は埋まっていないんだけどねぇ」と、何とも言いようのない言葉で締められていた。

 ともあれ、彼の主張で纏めれば、その下にいる者達に関しては、幹部の畏れについてきている者達であり、あくまで己の支配下にはないのだという。

 多くの妖怪を畏れさせ、魅入らせておいて、本人は平然と丸投げ宣言を行う、自分達の組織の長はそんな風変わりな総大将なのである。

『どこまでも自由で、どこまでも奔放で……つかみ所がなく、ぬらりくらり』

『……それで目を離すと幽霊のように儚く消えるかもしれない……そんな危うさがあるから』

『だから放っておちおち寛いでいられない……彼って、そんなおかしな魅力があるんだよねぇ』

 そう結論づけた幹部達の顔は、皆一様に苦笑いに近いものだった。

 犬から言わせて貰えば。

 基本的に幹部の三人は向いている方向はバラバラで、性格もまるで合わない。

 協力するよりも敵対する方がよっぽど多くて、恨み言を言い合っている事がずっと多い。

『本当は皆それぞれが、百鬼の長になれるだけの力量があるのに……何故か一番年若い俺を長にするんだもんなぁ』

 おかしいと思わない? そう無自覚なままに問いかける宇宙(そら)にあきれ果てた事は覚えている。

 そもそも彼らは宇宙(そら)がいなければ一つに纏まることさえ出来ないだろう。三人共がそれなりに力を持ち、野望も大きいのだから、彼を介していなければあった瞬間殺戮に変わっていた可能性が最も高い。

『だいだい、君を追って飛び出さなければ、こんな所まで僕は来ようとも思いませんでしたよ』

 彼の言葉を聞いた鬼罹(きり)の溜息交じりの事に同意したのは、もうずっと昔のことのように思える。

(いや、もうずっと昔びょん……あの日から、依り代の中に入った宇宙(そら)の声は誰にも聞こえなくなったびょん……)

 幹部の一人はいつもと変わらない笑みで言った。

 眠っているだけだと。

「起きたくなったら勝手に起きるよ。その時は皆でしっかり叱ってやろう……大丈夫。きっとすぐに起きるよ」

 組織がバラバラになることのないよう、内外の弛みを締めてくる。そう言って彼はこの国を出た。この国には他の幹部が二人とも残る。誰かが全体を見るために、どうしても外側へ行かなければならなくなったのだ。

「……あの子がいないのなら話にならない。僕は僕で勝手にやらせてもらうよ」

 二人の内一人はそうぶっきらぼうに言い捨てて、宇宙(そら)を、その依り代を守るため、一人で動いた。依り代の目に映る範囲に気を配るのは己らの仕事だが、普段、食料品だけを差し入れる以外は、全てを夜薙姫に任せて、自分達が自由に動けるのは、依り代を殺そうと画策し、外側から入ろうとする阿呆共を彼が完全に食い止めてくれているからに他ならない。

「あちらの者達に邪魔立てされないためにも、奴らを上手く利用するためにも……どちらにしろ一人は残る必要はあるのですよ」

 放逐される自分達に、言い聞かせるように鬼罹(きり)は言った。

「利用し、出し抜く。その為に僕は残りますが……彼とその依り代を頼みますよ」

 くふっと周りからおかしなと称される笑い声を上げて、鬼罹(きり)はほくそ笑む。

「……犬?」

 か細い声が耳に届き、犬は漸く顔を振り向いた。路地の奥へ奥へと進んでいたが、いつの間にか路地そのものを突っ切るように歩いていたらしい。表通りへ出かけているのだろう。差し込む光と共に、笑い声が聞こえる。

「なんだびょん……」

 振り向いて尋ねた声が、自分のものの筈なのに、やけにくぐもって聞こえた。

 振り向いた直後に依り代の子どもが僅かに息を吞んだことも理解できない。

「……泣かないで」

 僅かな間と共に、依り代から絞り出されるように発された言葉がそれだった。

(泣く……?)

 依り代の指を追い、己もそこをなぞると……顔が僅かに濡れている。少しばかり乱暴にそれを拭いながら、犬はへっと声を上げた。

「バッカ。これは泣いているわけじゃねぇびょん」

 そう……自分は泣いていないのだ。だって……。

「人間なんかと一緒にすんなっつぅの」

 己は強い……妖怪なのだから。

 

 人間の学舎……おそらく中学校だろうそこに子どもを抱えて入った犬は人の気配の無い木立の中に、子どもを下ろした。

「もう太陽は中天を通ったから、奴らが来る可能性は滅多にないびょん! 俺はひとっ走り買いもん行ってくっからおとなしくここで待ってろ!」

 それまで人の多さに気分を悪くした後遺症か、ぼんやりと視線を宙に向けるだけだった子どもはそんな犬の発言にポカンと大口を開けてしまっていた。

「えっ? 待ってろって、ここに俺、放置ですか?!」

 ついで慌てた様子で言い募る子どもの姿に、予想は出来ていたものの、溜息は禁じ得ない。

「聞き分けろっての。そんなお前連れて、人の集まる場所に行けるわけねぇらろ?」

 真っ当すぎる犬の正論に、子どもも押し黙った。

 彼とて分かっているのだ。

 己の現状では人の集まる商店街へ出向けばすぐにでも動けなくなる。そうなれば犬は己の安全確保で精一杯で、食料の調達所では無くなるだろう。

 ……どう考えても子どもは足手まといだった。

(柿ピーとしては無理矢理人混みに入れることで、少しでも人に慣れればもうけもんぐれぇに思ってんのかもしれねぇけど)

 犬としては、それは悪化こそすれ、改善策にはならないのではないかと思えてならない。

 子どもを保護してからのこの数年間、現状のやり方で一向に宇宙(そら)が意識を取り戻さないことに関しての焦りは犬も分かっている。

 しかしそれに焦って犬達との間に出来ている信頼関係を崩しては逆に手詰まりとなるだろう。

(そう言う意味では……あのアルコバレーノの来訪は上手く使えば今の現状から何らかの変化を得られるのかもしんねぇけろ……)

 それでも、犬にはあまり歓迎したいという感情は無い。

 得られるよりも失うものの方が多いのでは無いかと思えてならないのは、嘗てアルコバレーノと関わることで宇宙(そら)が受けた喪失を一番近くで見たのが自分達であることも関係しているのかもしれないが。

 考えても解決しない問題だと分かりながらも、グルグルと考え込んでしまう犬は、気分を切り替えるように首を振り、後ろを振り返らずにその場所から離れた。

 このままここにいたとしても食料が手に入るわけではない。

 何よりグルグルと考え込むのは己の性には合わないのだ。

(細けぇ事は柿ピーと、鬼罹(きり)様に任せれば良いびょん)

 俗に、丸投げと呼ばれる選択を取りながらも、犬は早く終わらせようと僅かに離れた商店街に向けて、全速力て駆け出していた。

 

 太陽が中天を通ったこの時、並盛中学の時間割としては昼休みが始まる時間がまもなくだとは、元々時計を見る習慣が無い犬には、知る由も無かった。

 草陰の中でたった独り。押し潰されそうな孤独の中で子どもは泣き出しそうになっていた。

(何でこんなことになっているんだろう……!)

 子どもは己の知らない間に、目まぐるしく変わる状況に、ただ合わせることしか出来なかった。

 この状況の激変は、今朝掃除を終えようとした俺に夜薙姫が侵入者の襲来を知らせてきた事から始まっているような気がする。

(そうだ……考えてみれば元々、あの赤ん坊が来たことがこのゴタゴタの始まりだもん……!)

 こうして考えると夜薙姫の激昂も、それに伴い社から閉め出され、寝床を失った現実も、食べ物が無いからという理由で人里まで降りることになったのも、何から何まで全て、あの赤ん坊が原因である。

 少しばかり八つ当たりが混じっている事も否定は出来ないが、子どもからすれば他に当たれる相手もいなかったのである。

 子どもは匿われているあの場所では、誰よりも弱者である。

 そして子どもは漠然とながら、彼らが匿っているのは己自身ではないことも分かっていた。夜薙姫が気にかけるのも、犬や千種が心配するのも、厳密には己では無い。

 いや、己に対して、僅かな関心も示していないと言うわけでは無いのかもしれないが、それよりも尚多くを占めるのは、己を依り代としている、彼らに宇宙(そら)と呼ばれている存在なのだと分かっている。

 子どもと彼らが宇宙(そら)と呼ぶ存在には面識と呼べる面識は無い。

 ただあの日、あの神社の本殿の裏へと続いていた、子どもが見たのは、宇宙(そら)の血痕だったのだ。

 本来なら誰にも認識されない()()となってしまっていた宇宙(そら)を何の因果か子どもは認識してしまい、その意識に引き摺られるように宇宙(そら)は子どもを依り代としてしまった。

(見方を変えれば彼らからすれば俺が大切な宇宙(そら)さんを奪ったようなものなのかな……)

 あの日何故あのような所に行ったのかと、後悔したことは数知れず。それでも、どちらの意志かも分からないまま依り代となり……若しくはされた、この身体には選択肢などほとんどなかった。

(依り代ってだけで、他の妖怪には襲われるようにもなっちゃったし……)

 宇宙(そら)さんに怨みを持つ妖怪も居ないわけでは無いらしいのだが……これは犬さんと千種さん曰く、宇宙(そら)さん本人と言うより、その血族を恨んでいる輩らしいが、ともかくこどもは誰の護りも与えられないまま、宇宙(そら)に怨みを抱いている京妖怪という、この国の妖怪の中では一大勢力と呼べる者達……その下っ端に襲われるようになった。

(母さんだって……)

 考え込む内に、こどもが思い出したのは襲われる自分を庇おうとして倒れた母の姿。そのまま妖怪達に襲いかかられた彼は、碌に母親の状態を確かめることさえ出来ず、逃げるしか無かった。

(それからしばらくして、父さんがたくさんの人を連れて、俺を探しに来てくれたときは、正直ホッとしたっけ……でも)

 助けてくれる。そう思った子どもの思いは粉々に砕かれたのだ。

 いつものよりも少し怖く感じられる顔。それは俺の姿を認めた瞬間、まるで鬼のような形相になった。俺の中に猜疑心さえ知らなかった俺に向けられた恐ろしい姿にあの時俺が何を思ったのかは、俺自身でさえ今も言葉にすることはできないままだ。

 その後の事は、積極的に思い出したい光景では無い。

 今でもうまく思い出せないのは、それだけ精神的な傷になっているのではないかというのが、千種の意見だ。

 気づいたときは窓のない部屋に縄で縛られ転がされていた自分と、見たことの無い男達が何人も床に倒れている姿。そして……。

『何とか……間に合いましたね』

 そう言って微笑む片目が赤、片目が藍色の長身の男。彼が犬や千種、夜薙姫の上に立つ、鬼罹(きり)と呼ばれる人だと知ったのはずっと後の事だった。

 

 後から聞かされた話だが、あの時俺の中にいる宇宙(そら)さんの気配が酷く乱れた事で、顔色を変えた鬼罹(きり)さんが急遽夜薙姫に体を借りて駆けつけたのだという。

 そんな鬼罹(きり)さんにはあれ以降会ってはいないが、どうやら鬼罹(きり)さんは現在色々と面倒なことに巻き込まれていてあまり動く事が出来ない状況らしい。

(止め止め! 今更こんなこと考えてもどうにもならないんだから!!)

 慌てて頭を振り思考を打ち消そうとした子どもはしかし勢い余ったのか、茂みの中に頭を突っ込んでしまった。

(本当に俺……何やってんだろ)

 一つをやれば一つが引っかかるというか、何とも様にならない自分の姿にがっくりと項垂れて、子どもは危険も感じない現状からそのまま寝てしまおうかと思い始めていた。

 あれ以来、外へ出ることなど一度もなく、依り代となってからはこんなにのんびりとした心地で外に居ること自体が初めてだったのだ。

 久しぶりの外に疲れも確実に堪り、全ての事象が子どもを睡眠の淵へ案内しているようでさえあった。

(ちょっとくらいなら……大丈夫だよね?)

 程よい眠気に誘われるまま、子どもの意識は眠りの中へと落ちていった。




 周りに信頼できる存在がいないまま眠るとは……大胆なのか、抜けているのか。その答はまた、次の機会で。

 では、ここまで読了ありがとうございました。


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第四譚 果報は寝て待て

 お久しぶりです!雪宮春夏です。

 夏休みも終盤間近。皆様どうお過ごしでしようか?

 日中はまだまだ暑いですが、暑さに負けないよう、お過ごし下さい。

 それでは。


「なるほど。やはりアルコバレーノが来ましたか」

 どこか納得したような様子で呟いた男に、夜薙姫は首を傾げた。

「やはりとはまさか……予測しておられたのですか? 鬼罹(きり)様」

 鬼罹(きり)と呼ばれた男は微笑むだけで問いに答えることは無く、ただ周りの風景に目を向ける。

 ここは夜薙姫の社でも、人の行き交う並盛町の町並みでも無かった。

 辺り一面を青々しい草原が包み、それが視界の端から端まで広がっている。現実では先ずお目にかかることの出来ない風景であり……実際これは、現実の世界では無い。

 ここは夜薙姫の精神世界。そこに彼女は自らの上位にいる鬼罹(きり)を招き、今後の指示を仰いでいたのだ。

「それでどういたしましょう? 追い出すのなら、些か不満はありますが()()の協力も取り付けた方が確実かと」

 鬼罹(きり)の答を先回りして、これからの計画……そこには当然、かなりの部分を知りすぎているだろうアルコバレーノの抹殺も含む……を思案しようとする夜薙姫を片手で制して、鬼罹(きり)が、決断したのは彼らの予測と異なるものだった。

「いえ。受け入れましょう。あの依り代への介入を。あの組織のボスに空きが出来てはこちらも困る。それに……」

 そこで僅か何かを迷うように目線をあちらこちらへ飛ばした鬼罹(きり)は、何かに堪忍したかのように、ふうと溜息をつき、頭を抑えた。

「後継者候補が次々死んだという呪いの件、背後におそらく神業(かみなり)がいます」

 神業。その単語に、夜薙姫は目を見開いた。

「何故? もしや裏切りでございますか!?」

 神業とは、鬼罹(きり)と同じく宇宙(そら)にひかれて集った組織の中で幹部格にされている妖怪の一人で、元は中国に数千年レベルで生きる神龍なのだと言っていた。人間の扱う娯楽や食事には面白いものがあると豪語する彼は普段は陽気だが、その分怒ると手がつけられないのだという。最も、夜薙姫が鬼罹(きり)と行動を共にするようになってから、彼が怒った姿など一度も見た事は無いが。

「違いますよ。彼には裏切っているという自覚もおそらくありません」

 厄介なと、小さく呟かれた鬼罹(きり)の言葉に、つまり神業からしてみれば、よかれと思っての行動だと解釈する。鬼罹(きり)の様子から察すると、もしや夜薙姫が知らないだけで、過去にも似たような事があったのかもしれない。

「……依り代の中で眠りについた宇宙(そら)に対してどう接すれば良いのか、それは我々三人、まるで意見が異なる。その事は確か、貴方には話していましたね?」

 確かめる鬼罹(きり)に、確かに聞いた覚えがあったので迷うこと無く夜薙姫は頷く。

 依り代の現状を維持することを選んだ鬼罹(きり)に対して、もう一人のこの国に残った幹部は依り代の破壊を訴えた。

 それに対して、僅かに異を唱えた神業は、程々の期間をおいた後に破壊すれば、その頃には力が回復して居るであろう宇宙(そら)が、ケロリとした顔で現れるだろうと面白い落としどころを探ったのが、凡その概要である。

「……ではまさか、程々の期間が、彼の中では過ぎたと?」

「より厳密に言うならば、これ以上待っても、現状からは変わらないと判断したのでしょう」

(まぁ、その気持ちは分かりますが)

 表情を崩すこと無く内心毒ついた鬼罹(きり)は、しかしながらあまりにも性急すぎる神業のやり方に、どこか危ういものを感じた。

(これは放っておくと……そろそろキレるかもしれませんね)

鬼罹(きり)様」

 思案に暮れていた鬼罹(きり)に向けられた夜薙姫の声に首を傾げた時、鬼罹(きり)の耳にも、犬からの応答が聞こえた。

「……おやおや」

 目を丸くする夜薙姫に反するように、鬼罹(きり)は愉快そうに頬をほころばせた。

「並盛中……ですか」

 

 犬はせわしなく辺りを見回した。

「……どこ行ったびょん!」

 その傍らで、連絡を受けて駆けつけた千種が立っている。

「……何で一人で、置き去りにしたの」

「仕方ねぇらろ! あいつ連れて食料の買い込みなんて出来る訳ねぇらろ!? 頭使えよ柿ピー!!」

 ここは数十分前に犬が子どもを置き去りにしたところである。しかしそこにはいるはずの子ども一人が見あたらない。残されているのは無数の足跡だけである。

「足跡の大きさからして、向こうも子ども。おそらく並盛中の生徒だね」

「子どもが子どもを誘拐びょん!? 目的は身代金びょん?! すぐに警察に連絡するびょ……」

「犬! 落ち着こうか……」

 淡々と言葉を紡ぎながら千種がしたのは鳩尾に一発。

 言葉が途中で途切れた、犬はグラリとそのまま地面へ倒れた。

「……どーすんだ」

 犬から連絡を受けて千種と共にここまで来ていたリボーンが判断を委ねるように彼に指示を仰ぐ。

 行きがけに聞いた話だが、どうやらこの学校を仕切っているのは彼の属する組織の中で鬼罹(きり)と同じ幹部格にいる存在なのだという。

 二人の仲は犬と猿ほどの仲らしく、会う度に衝突しあっているのだとか。

 二人の相性はお世辞にも一癖ありそうなものだが、沢田綱吉の中にいる彼らのボス……宇宙(そら)を外敵から守るという意見だけは一致しているらしい。

「目的はいまいち分からないけど、この学校の生徒が拐かしたのなら、まだ学校にいる可能性は高い。……虱潰しに探すしかない」

 淡々と言葉を紡ぐ千種だが、その目の奥には僅かに焦燥の色が見て取れた。

「夜薙には直ぐに場を直すように伝えてある。僕らは何とかして日暮れまでの間にあれを連れて帰らないと……!」

 くいっと、眼鏡を直しながら千種が見上げた空に浮かぶ太陽は、既に中天を渡っていた。

「夜になったら……出て来る妖怪によっては僕たちもヤバイ……!!」

 

 人気のない物置……サッカーボールや、テニスのラケットなど、スポーツに使う道具が堆く積まれているから体育用具の倉庫だろうか。そこに閉じ込められている子どもはなぜ己にこのような厄災が降りかかったのか、落ち着いて思い出そうとしていた。

 しかし結局分かるのは、眠気に負け寝入っていた子どもが次に目を覚ました時は、見知らぬ場所にいたという現状のみ。それ以外は右も左も分からない有様だった。

(本当に、何でこんな所にいるんだろ? ……そもそもここどこだ?)

 子どもは意識がある間では、保護者である犬から待機を命じられた場所から動いた記憶がない。

 そうなると、ここへは誰かが無理矢理連れてきたと言うことになるが。

(……俺の命を狙う妖怪なら、そんなまだるっこいことはしないはず。俺なんて盾にしたところで人質にもならないし)

 少なくとも、己の認識ではそうだ。

 犬と千種は食べるものに困らない程度にはものを差し入れてくれるが、その理由は子どもを依り代にしている彼の人を生かすため。子ども自身に情を持っている訳では無い。

(あれ? ……まさか人質は俺じゃなくて宇宙(そら)さん!?)

 その可能性に思い当たった時、子どもは己自身の立場も忘れて、ほおっと息を溢した。

(凄い命知らず……いや、度胸がある、のかな?)

 しかも実行した場所が場所である。

 並盛中。子ども自身は詳しくは知らないが、犬と千種曰く、この場所には宇宙(そら)を長とする組織の中で幹部と言われる、鬼罹(きり)の同格者の中で一番の戦闘狂と呼ばれる相手が牛耳っているのだと言う話だった。

 その畏ろしさたるや、同じ幹部である鬼罹(きり)の下についている二人が口ごもる程なのだから相当と言えよう。

 そこまで考えると流石に、攫った相手が気の毒になってくる。「負ける」前提で考えてしまうから仕方ないとも言えるが、そこで、もしもの時は己も道連れに殺される等と可能性を考えない所が子どもの幼い所でもあった。

「とりあえず……どうするかなぁ」

 聞く者がいれば何とも拍子抜けするであろう言葉は、問いの形にすらなっていない。

 途方に暮れる、と言う言葉が一番似合いそうな姿は間違っても子どものものではない。

 はぁと再び溜息をもらした子どもは改めて閉じ込められた部屋……体育用具倉庫の中を見渡した。

 期待していたわけでは無いが、子どもがこの現状に陥った理由のようなものが判明するような物はない。

(だいたい……なんかおかしいんだよな)

 むむっと、無意識にか、子どもの眉間に皺が寄る。

 子どもには子ども自身がこのような拐かしに陥る理由は彼を依り代にしている宇宙(そら)以外は思いつかないのだ。以前実父に襲われた記憶はあるが彼の中ではそれは母に危害を加えられることを恐れた父の一過性な衝動から起きた物という認識が強くあれから数年もたっている今更再び父が子どもに手を下すためだけに遠い日本まで来るとは考えられない。

(そうなると相手は宇宙(そら)やその組織と敵対状態にある妖怪何だけど……何でわざわざこんな所?)

 前述したように、意識を失うまで……子どもが寝入ってしまったのは並盛中学の敷地内で、そこは彼の鬼罹(きり)と同格な幹部が拠点としている場所。そこから子どもを連れ去ると言うのは、どう考えても危険の大きな行為だった。

(……いや、いつもいる並盛神社の神域も、危険が少ない訳では無いけどさ)

 それでも、幹部格よりは神域の主である夜薙姫様の方が、勝てる要素は高いと言えよう。

 鬼女と呼ばれる妖怪から祀られて土地神になったとは言え、それ以前の彼女は単なる人。

 生粋の妖怪からなる幹部格に比べれば力はそれほど強くは無い。

(……にも関わらず、近場に犬さんがいるこの場所で事に及ぶなんて)

 考えれば考えるほど、子どもの脳裏を占めるのは違和感だ。元より、子どもはあまり考えることは得意では無いのだが、彼の中の何かが、考えろと子供に訴える。

(何だろう……この違和感。本当にこんなことしている奴が……)

「妖怪……なのかな?」

「……ったく、真っ当な人間のすることじゃねぇのな」

「……ん?」

「ひっ!?」

 無意識に最後は呟いていた子どもは予想もしていなかった己以外の声に、悲鳴を上げ、身を縮込ませた。

 悲鳴を上げられ、明らかに怯えられた子ども以外の人物は、見たところ子どもと年はそう変わらないだろう。

 何らかの制服なのか、泥だらけになっている上着とズボンと言う軽装で……何故か得点板らしき物の器具の一つに縛りつけられていた。

「……誰?」

 相手が縛られて動けないこと。年が自分とあまり変わらないこと。それらのことが、少しばかり子どもの恐怖心を宥めたのか。若しくは恐怖心よりも状況把握の必要性が上回ったのか。

 恐る恐ると震えながら、子どもはその人物に問いかけていた。

「俺か? ……俺は」

 何の含みも無い、無邪気な笑顔で、少年は笑った。

「俺は山本武! 並盛中学野球部の一年レギュラーなのな!」

 

 




 満を持して登場。
 野球バカです。

 ……うん。
 第一印象で何でこれ?

 原作と全然違うじゃん!

そういうツッコミはどうぞご遠慮下さい。

さてさて。これはどうなるかな?

(・_・;)


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第五譚 急がば回れ……?

 間を置かずに投稿出来ました。雪宮春夏です。

 半端な状態で放置しているものはまだまだありますが、次もあまり間を置かないように頑張りたいと思います。

 それではどうぞご覧下さい。


 器具に縛られていた少年……山本武によると、彼が縛られていた理由は、こういう事らしかった。

 彼等、この並盛中学と言う建物に通う一年生は、本日スポーツ大会と言う催しがあるらしく。

 その催しで行われる競技は、多種ある競技の中で彼の最も得手とする二つの内の一つ、「剣道」と言う個別競技らしい。

 そして、本日発表された、そのスポーツ大会の優勝者に贈られる()()()()を、学年中の男達が狙っており……。

「そんで、自分のクラスからも他のクラスからも優勝をとられたくないって理由で団結された俺は、準備のどさくさに紛れて、ここに閉じ込められたのなー」

 でもあんたがここに閉じ込められた理由までは知んねぇわ。ごめんなー……と。

 呆気からんと周囲による裏切りの顛末をホケホケと語った男、山本には悲壮感のひの字もない。

「そ……そうですか……」

 誰と尋ねただけでここまで喋ってくれた山本は、子どもからすればかなりの口達者だった。その口周りの良さは軽く犬や千種を上回っていると言って良い。

 それと同時に、距離を測りにくい彼の挙動に怯みながら、彼の言葉から気になった所を子どもは問いかけた。

「それで、そこまで皆さんが欲しがっている()()って……?」

「あぁ。「笹川京子」なのな」

「へ?」

 てっきり出て来るのは何らかの食べ物や金目の物かと思っていた子どもは、あまりに場違いな……どう控えめに考えても人名にしか聞き取れないその単語に、ポカンと口を半開きにしてしまった。

(いや……俺が知らないだけで、もしかして最新型のパソコンとか?いやでも、ささがわ……きょうこ……って、どう考えても)

「正確には、そいつを一日デートに誘える権利?だったっけなー。俺は全然興味ないから、出来れば実用品が良かったのなー」

 注釈のように付け加えられた山本の言葉は、しかし子どもの耳を素通りしていく。

 情報が手に入ったように見えて、しかし実際は、謎がその分多くなった様な損得どちらか分からない会話に、子どもはただ頭を抱えて項垂れた。

「結局俺……どうすれば良いんだろう……?」

 

「よろしいのですか?委員長」

 手元の携帯の通話ボタンを切った男に、一人の男は声をかけた。

「別に……動く必要は無いだろう。この学校にはいつも通り、妖怪なんかは「彼等」以外入っちゃいない。依り代だかなんだが知らないけど、人同士の諍いにまで口を挟むつもりはないよ」

 面倒くさいと一言の元に切り捨てた「委員長」……彼は黒い学ランを肩にかけ、窓から人が雑多に行き交うグラウンドを見下ろしている。

 彼が気に入るこの場所が栄えるのは結構だが、このような雑多な人の群れは気に入らない。そんなジレンマに襲われながら、彼……並盛中学風紀委員長、雲雀恭弥は、ここ数年連絡を絶えていたある腐れ縁の男の子飼いからもたらされた情報を思いおこしていた。

「大体……こんな所で野垂れ死なせるくらいなら、あの子にとっても依り代は最早不要ということだろう?それであの子とまた戦えるようになるんなら、こちらとしては大歓迎だよ」

 その時を想像したのか、薄らと微笑みを浮かべて舌舐めずりまでする姿に、男……草壁哲矢は言い知れぬ恐怖と、それ以上の歓喜を覚えた。

 出自は「京妖怪」である雲雀恭弥………現在はそう名乗る闇烏(やみがらす)と言うこの妖怪には、人を襲うことに対する躊躇いや後ろめたさなどは無い。

 ここら一帯を仕切る奴良組……彼等の言い分は一理あるかもしれないが、人を襲わない妖怪など、彼からすれば、畏れられる事こそが本分である妖怪の価値を一つ損失させるような馬鹿馬鹿しい話でしかなかった。

 無論、今となっては人間を絶滅させるという羽衣狐の夢物語も鼻で笑える代物ではある。

 妖怪は、人に恐れられなければ存在出来ない。

 その知る彼からすれば、人間を絶滅させるという目的は愚考でしかないのである。

 自滅するのは勝手だが、巻き込まれる事を由とするほどきょうやはまだ生を謳歌してはいない。

「さて。あいつの子飼いとボンゴレの犬がどうでるか……高みの見物と行こうじゃないか…」

 

 「闇烏(やみがらす)」……彼等の組織においては「駆喪(くも)」と呼ばれるその幹部の思惑など知る由もなく、依り代の捜索をしていた柿本千種は、今し方その当人に切られた携帯電話を見て、零しそうになっていた溜息を呑み込んだ。

 依り代の捜索における救援を頼んだのだが、断られてしまったのだ。

 妨害をする気は無いが、援護もしない。平たく言えば、それが相手のスタンスだった。

 依り代の内にいる「宇宙(そら)」が心配ではないのかと問うても、己の認めた彼ならばこの程度の窮地に助けは入らないと返された。

(こうなってくると……犬を気絶させたのは失敗だったかも……)

 並盛中学は、この並盛と言う町において唯一の公立中学。町内にある中学校は、他には私立で緑中という女子専門の中学ともう一校、名門高校進学を目的とした、「進学校」と呼ばれる一校しかない。

 その内情もあってか、町の住民の多くを学生として招き入れる場所と言う事実も加わり、その敷地内は決して狭くは無かった。

 その上、寄りつかない場所であったが故の土地勘の無さと、犬を気絶させた事で生じた人不足である。

 この国に来てまだ間のない黄のアルコバレーノと、己のみ。そんな人員で人一人を捜すことのなんと難しいことか。

「援軍は無し……となると別れた方が無難みてぇだな」

 消沈する千種とは異なり……おそらく相手と面識もないが故、端から期待も持たなかったのだろう、黄のアルコバレーノは、軽い口調で断りを入れてから、一人行動を開始した。

(アレもマフィアである以上「沈黙の掟(オメルタ)」に縛られている筈の身の上……!関係の無い生徒の目に付くようなおかしな行動はしないはずだけど……!!)

 己に言い聞かせるかのような思考へ走りながらも、その実、全く信用をおけないのはおそらく、あれが()()()と同じアルコバレーノであるからだろう。

(バカじゃないの……あんなの、どちらも悪いわけじゃない。分かっている筈なのに)

 自分達ファミリーの人間が、鬼罹達幹部が、今も理解は出来てはいるものの納得が出来ない()()()の「裏切り」を、最初に許したのは誰であろう己達の大将たる「宇宙(そら)」だった。

 あの女にとっては、「宇宙(そら)」は大恩ある相手だった筈だ。少なくとも彼らはそう認識していた。

 そのような存在の裏切りにも関わらず、彼は僅かに泣きそうな顔で仕方がないと笑ったのだ。

 悲しくないはずが無い。家族という物を知っていながら、既に持たない宇宙(そら)だからこそ、何よりも彼女と、生まれてくるであろう子どもを大切にしようとしていたのだから。それにもかかわらず、それを知っていたあの女は、子を宿したまま宇宙(そら)から離れたのだ。人間で言えば、「離縁」と呼べるそれを、一方的に突きつけて。

 当然、それを知った周りの幹部達は荒れに荒れた。

 中でも神業(かみなり)等は、見つけ出して八つ裂きにするとまで息巻いたのだ。

 しかしそれを、強い口調で禁じたのは他ならない、宇宙(そら)であった。

 しかもその時浮かべた泣きの混じった苦笑顔にはどこか周りにいた筈の幹部格の者達にさえ有無を言わせない力があった。

(僕らには……理解できないのかな?)

 その当時のことを思い出し、千種はらしくも無い感情を覚えた。

 幹部格でない千種や犬には、事の詳細など直属の上司である鬼罹から聞かされること以上の事など知らない。

 その鬼罹とて、必要以上の事は語りたがらないのだから、そんな彼しか満足な情報源が無い千種達が知っていることは更に限定される。

 そんな断片的な情報だけで全てを理解しろと言うのは誰が聞いてもどだい無理の話であった。

(……まぁ、アルコバレーノの事は取りあえずどうでもいい。今は依り代の事……)

 無理矢理でも気持ちを切り替えるために意識して呼吸を整え、千種はこれからとるべき行動の最善を考える。

 つらつらと脇道に逸れる思考を繰り返しているこの現状はどう考えても最善とは言えない。

 無自覚ながらも、己もまた平静を欠いているのだと、自らの心を戒める。

 これからの選択肢としては、一度犬が彼を置き去りにしたというところに戻ってみるという道もあるが、自発的に離れたという可能性が低い以上、そこに戻っていると言う可能性は低いだろう。

(幹部の駆裳がいる以上、この地に敵対勢力の妖怪は居ないと見るのが確実……だとすれば、依り代を襲ったのは人間である可能性が高い……)

 ならば自然と、探らなければならない対象も見えてくるというものだ。

(ならば、諍いの種もまた……人間……?)

 しかし、既に数年単位で人とは関わっていないはずの依り代が何故狙われたのか、そればかりは千種にも分かりようが無かった。

 

(さて……どこを探すかな)

 人が多く居そうな場所を探りつつ、リボーンは人目に触れない様に隠れながら移動していた。

 まだ邂逅して数時間にも満たないリボーンには、当然ながら彼の子どもの行動パターン等分からない。

 その上、この土地自体がリボーンにとっては訪れて間もない場所。土地勘も無しに探すとなると、おいそれと簡単にはいかないものだろう。

(まともに探そうと思えばな……)

 しかしそこは一流の殺し屋と言われたリボーンである。そもそも殺しの仕事において、標的の位置が不明瞭というのは珍しい事態ではない。

 狙われている自覚のある者は得てして、逃げる力にも長けている。

 だからこそ、そんな厄介者を何人も葬ってきたリボーンが逆に逃げる獲物を見つける力に長けていった事は当たり前と言えよう。

(あいつが今日ここに来たのは予定されていた行動じゃねぇ。原因の俺が言うのも何だが昔からあいつを狙っていた何者かが行動を起こしたというよりはこの場所であいつと偶然居合わせた人間が、何らかの理由で場当たり的にやった可能性が高い……となると)

 キラリと、リボーンの目が光る。

 そこに映ったのはこの学校の制服だろうそれに身を包む、子供達で出来た人集り。

「ビンゴだぞ」

 小声で言うや否や、リボーンは目にも止まらぬ早さで、人集りの中に紛れ込む。

 勿論、この中にその下手人がいない可能性もある。

 しかし、事情報の収集と言うことならば、人は多ければ多いほど、最終的な情報の精度は跳ね上がるというものであった。

 




 情報はあるようでないようで……。

 まだまだ全体像は見えにくいかもしれません。

 皆さん中にいろいろ抱える方ばかりだから仕方ありませんが。

 それではここまでどうもありがとうございました。

 ではまた次の機会に。


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第六譚 回った先には……

 この話ではおよそ三年ぶりです、雪宮春夏です。
 すっかり離れていたジャンルに何の前振りもなく戻ってきました(*ゝω・*)ノ
 いつもとは少し短めですが、それでも久々に読んでやろうという心の広い方はどうぞご覧下さい。
<(_ _)>


 

 声が聞こえる。その声は俺に向けて、何かを喋っていると、何故かそう思った。

「……どうした?」

 傍に座り込んでいた山本に首を傾げられる。

 そこで漸く、俺が振り向いた方向にあったのが単なる壁しかなく、俺の聞いたと思った声も、俺にしか聞こえていない可能性にも思い当たった。

(あれ? もしかしてさっきのって、俺を狙っている妖怪の声? 探されてたとか?……いや、でもあれは……)

 いつもの習慣でそこまで思考して、しかしなんとなくそれを否定する。

 明確な理由はでないものの、今し方俺に向けられた声に殺意の色がなかったように感じたからだ。

 それに俺の「なんとなく」は高確率で的中すると言うことを、俺は今までの経験上から事実としてしっていた。

 しかしそんな俺の一連の思考からなる表情の変化は端から見ているだけの山本では訳が分からなかっただろう。

 一見するといきなり何の前触れもなく、くるくると表情を変えているようにしか見えない俺に、流石に心配が先にたったのか、しきりに様子を問いかけてくる。

「なぁ? 大丈夫か? どっか具合悪ぃのか?」

 どうやら突然俺の奇行……確かにそう言われても否定は出来ない……を具合の悪さと判断したらしい山本の言動に、大丈夫と訴えながら俺は念のために、己に異変が無いのかを一通り調べる。

 そう言っても、俺には専門的な知識など無いのだから焼け石に水のようなものだろう。

 俺にも分かる程の異変が起きるのは、おそらく手遅れとも言える状態になった時であろうし。

(でも、一体あの声は何を喋っていたんだろう?)

 俺を呼んだ声を、幻聴や気のせいとは考えない。

 しかしその内容が分からない事に俺は、妙な不安を覚えていた。

 

 

 

 人混みの中でそれとなく会話を拾い集めた結果、本日この学び舎ではスポーツ大会なる物が開かれているらしい。

 そしてその中でも優勝候補とされていたのが剣道部の現主将、持田という男と、部活こそ野球部なものの、父親が剣道の有段者だと言われているスポーツ万能少年、山本武。

 しかしながら制限時間まで残りわずかとなっている現在、未だに彼は出てこないらしい。

 いきなり消えたという教え子と、出てこないらしいといわれる優勝候補の一角。

 穿ち過ぎと考えられなくもないがこのトラブルの要因が妖怪でないと仮定する以上、考えられる可能性は片っ端から潰していくことが一番確実だった。

「……さて、どこからあたってみるかな?」

 生徒が生徒を隠しそうな場所と、着眼を変えてリボーンは直ぐさま行動に移った。

 

 

「どうしたぁ? もう挑戦する奴はいないのか!? ならば笹川京子の初デートの相手は、俺で決まりだなぁ!!?」

 ぬぁっはっはっはっ!!

 副音声でそのような高笑いまで聞こえてきそうな男の姿に身の置き場も無さそうに小さく縮こまっている一人の少女の姿があった。

「大丈夫ですか? 京子ちゃん」

「全く。あいつは偉そうに……京子を何だと思ってんのよ……!」

 左右を固める友人の一方からは心配と共に憐れまれ、一方は憎々しげに男を睨む。

 その少女こそがこのスポーツ大会で景品として扱われている少女、「笹川京子」だった。

「……ったく、了平さんがいればこんな馬鹿馬鹿しい蛮行、させやしなかったのに!!」

 己の激情を表すように片手でぎゅっと拳を握る。

 相手に殺気混じりとも言える視線を投げる少女の名前は黒川花だ。

「……了平さんがいない時を狙ってたから今日になるまで何も言わなかったんですよ! しかも男子にはしっかりと根回しまで済んでいるなんてっ!!」

 悪辣以外の何者でもないと、京子を心配する風の友人も憤慨の色を濃く言い募る。

 彼女の名前は三浦ハルと言った。

「二人とも……もう良いよ」

 憤慨しつつもなんとか打開策を見いだそうとする友人二人に対して、少女自身の顔には諦観の色が濃い。

「別にデートって言ったって、単なるおでかけと変わらないよ? 私が少し我慢すればそれで済むんだし……ね?」

「済むわけないでしょ!?」

「済むわけありません!?」

 それに対して左右二人は、殆ど同じ言葉で反論する。

「京子……あんたは男って奴をなめすぎよ!」

「京子ちゃん! 男の人はそうじて狼なんですよっ!!」

 意図せずに同じような言葉で反論する彼女たちを当人であるはずの笹川京子は、どこか他人事のような視点で、仲が良いよなぁと、何故かずれた思考を巡らせる。

 別段京子とて、男の人をなめていると言われるほど、世間知らずではない。

 男は狼と言うことは昔の歌のフレーズでもあるが、それを否定するほど世の中にいる男の人がいい人ばかりではないことは、ニュースを見ていれば嫌でも分かる。

 テレビ越しに伝えられるニュースを単なる他人事で済ませるには中学生である彼女は大人だったし、この世界がきれい事だけで成り立っている訳ではないことを、彼女は一つの体験から、既に良く理解している事だった。

 その上で、彼女は正直に己の感情を吐露したのだ。

「……だって、だれでもそんなに変わらないもの」

「……え?」

 事情を知らないハルは首を傾げるが、花は思い当たる節があったのだろう。

 目の丸くしてから、僅かに唇をかむ。

 しかしどう答えるべきか、その言葉が見つからないのか僅かに目線を動かした時に、外側に異変は起こった。

「……見ろっ! 時間だっ!! この大会の優勝者は……」

 男が高らかに宣言しようとした時、ズズンと突如、地面が揺れた。

 地震と呟かれた言葉に周囲は騒然となる。

 しかし次いで聞こえた騒音は、はっきりとそれをかき消した。

 バンと、まるで近くで爆竹がはじけるような音と共に、コンクリートで出来ている筈の倉庫が壊れたのだ。

 跡形もなく。

「……え?」

 最初に声を上げたのが誰だったのか。

 それは誰にも分からない。

 そしてその直後、何かおきたのか、正確な事を全て、直ぐに判断できたのは、果たしてこの場に何人いたのだろうか。

 高笑いをしていたはずの持田が何事かを叫んだ。

 これがまず一つ。

 笹川京子が目を丸くしていた。

 これが二つ目。

 そして、見知らぬ少年が、ラケットで持田の頭をぶっ叩いていた。

 これが三つ目である。

「……え?」

 シーンと、音が出るかと思うほどの、無音。

 それを破ったのは、目を丸くしていた少女の声で。

「ふへ?」

 次いで言葉を発したのは乱入してきたと思われる少年。……しかも彼は黒の着流しに裸足というかなり訳の分からない格好をしていた。

「え?……あ、あの、そのっ……」

 漸く現状を理解したのだろう。

 ざあっと音を立てるほどに顔を青ざめさせた少年はわたわたと慌てた様子で周囲を見渡し。

「す……すみませんでしたっ! ごめんなさいいいいいっ!!」

 そんな言葉を残しながら一目散に失踪していったのである。

「……なにあれ?」

 思わず風のように去って行ったとしか形容できない相手に言葉を漏らした黒川花と。

「なんか……凄かったですねぇ」

 心なしか感嘆の声を漏らした三浦ハルに挟まれた少女はただ、呆然としていた。

「……つーくん?」

 零した言葉を聞き止めたものは未だいない。

 

 

「犬……いまの」

 言葉少なに、呟かれたことはそのまま千種の動揺を示しているように感じた。

 ギリリと歯を食いしばり、「分かっているびょん」と、返した相棒も、少しばかり動揺したのだろう。

 語尾がおかしくなっている。

「直ぐにここを出て骸様に連絡する! ついでにあいつも回収しねぇと……!!」

「……確かに。ここで雲雀に見つかったら、下手したらかっ浚われかねない」

 そんなのゴメンだ。ややこしいと続けた千種に、犬も頷いておく。

 事情を知らない相手からすれば大げさなと思われるかもしれないが、こと相手は傍若無人が地の雲雀だ。

 今までは状況証拠から可能性が示唆されていただけであるから半信半疑の面が強く、注視をしていても己の手で囲おうとはしなかったものの、このような形で……よりにもよって彼の領域内で確定してしまった以上、間違いなく手中に収めようとする。

 純粋な奪い合いになれば、実力違いな自分達では敗色は濃厚どころか確定だった。

「……っうかアルコバレーノ……もう少しやり方、考えろっての!!」

「仕方ないよ。こっちのややこしい事情は教えてないし……第一あいつ、多分知らないでしょ?」

 敢えて主語を省いて返答しつつ、千種はこれから急激に動くであろう事態に、そこの中心にいるだろう自分達に心底うんざりする。

「こっちだって思わねぇびょん! 今まで何をやってもうんともすんとも言わなかった“宇宙(そら)“が『死ぬ気弾』撃たれて出てくるなんてーっ!!」

 しかしその言葉に返す、言葉はない。

 全くの同感だったからだ。

 

 その場に偶然居合わせてしまった草壁は、恐怖に震えていた。

 窓越しに見えるのは、内側から爆発したように崩壊した体育用具倉庫。

 これも問題だがそれは良い。

 所詮は部品だ。

 壊れてものは直せば良いし、無くなったものは補充すれば良い。

 騒然となっている生徒達。

 そちらも今は後回しだ。

 必要なのは殺気だっている雲雀を鎮める事。

 そして雲雀の興奮状態を少しでも抑えることだ。

(あぁ……でも、無理だろう)

 それは予感ではなく、実感だった。

 あの地震とともに周囲に広がった()()を草壁は知っている。

 その人物をどれだけこの人が求めていたかを、草壁は分かっている。

 その相手を見つけて、手の届く場所にいると自覚して、興奮を抑えることが出来ないことも。

(……せめて被害が出ないようにしよう)

 そう覚悟を決めるしか、今の草壁に出来ることはない。

 

 体育用具倉庫の中から脱出した山本武はふうと一息をついて、思い返した。

(……すげぇなぁ。あいつ)

 いや、()()()()か。

 直ぐさまそう思い直して、笑みを零す。

沢田 綱吉(さわだ つなよし)……山吹 鯉繋(やまぶき りつな)……かぁ」

 全く同じ顔で同じ声。

 しかし全く雰囲気の異なる二人を思い浮かべて、山本武は楽しそうに笑う。

「……友達になりたいのなぁ!」

 

 




 次回予告! (しかし次回の更新予定は未定)
 鯉繋の存在を視認した駆裳(くも)夜薙(よなぎ)姫の神域、並盛神社を襲撃するよ!!
 ……君ら、()()味方同士じゃなかった?^_^;


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日常謳歌の章
序譚 早起きは三文の徳


 沈黙してから二ヶ月あまり……まだ読んでくださる方いらっしゃるでしょうか?

 どうもお久しぶりです。雪宮春夏です。

 この度漸く再起動(?)しました。

 ゆっくりとではありますが、この調子で更新再開していきたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。



 黄色のおしゃぶりを持つ赤ん坊……「世界最強の殺し屋」と呼ばれるリボーンの近頃の朝は。

「……ったく、起きろ! バカツナ!!」

 不出来な弟子を、蹴り起こす所から始まる。

「あ! ……痛っ……!!」

 ドゲシッと、何とも景気の良さそうな音を放った弟子の頭は、リボーンの土踏まずに見事にフィットしていた。

 その衝撃は、覚醒には十分だったようで、二、三度揺れた布団は、自発的にべしと取り除かれる。

「うぅっ……何だ。リボーンか……」

 布団から出てきたのは酷い寝癖のついたボサボサの茶髪。

 まだ眠気が残るのか、半開きな瞳が、シパシパと、忙しなく瞬きを繰り返している。

「何だとは何だ。この俺様に対して、随分上から目線じゃねえか?」

 剣呑な雰囲気を帯びた声を発した事で漸く目の前のバカ弟子は己の失言に気づいたらしい。顔を青ざめて言い繕い始めた。

「しょうもねぇ事に時間使っている暇ねぇぞ。今が何時かまだ分かってねぇのか?」

 あまりにもしつこいその弁明に焦れて、リボーンは言葉と共に彼の枕元にあった置き時計を彼の顔面にぶち当てた。

 その結果は彼の悲鳴とドシンと、彼が衝撃を受けて倒れる音を聞けば自ずと分かるという物だ。

「今、は……はぁぁぁっ!!?」

 置き時計をマジマジと見て……漸く己の置かれている状況がまずいことは理解したのだろう。先刻までのゆったりとした様子はどこへやら、体内にバネでも仕込んでいるのかと問いたいほどの速度で起き上がり、布団を大雑把に畳み、収納スペースである床下へ押し込み、それと取り替えるようにその中にあった着替えを取り出し、大慌てで着付けていく。

 それを眺めながら、リボーンはつい数週間前から面倒を見始めたこのバカ弟子……沢田綱吉の事を思い返していた。

 

 この少年、沢田綱吉とリボーンが出会ったのは、そもそもリボーンが個人的に懇意にしていた、とあるボスからの、()()()()()()()依頼が始まりだった。

 リボーンの一番有名な肩書きは、確かに「世界最強の殺し屋」だが、彼の持つ二つ名はそれだけではない。

 他にも有名な物の中で「超一流の家庭教師」というものである。

 元々は刺激の少ない生活の中で、刺激的な何かを得んが為に始めた副業と言っても良かったが、様々な分野の学問、多くのスキルを持つリボーンに教えられないものは無く、結果として彼に師事した者達が呼び始めたことが始まりだったように感じる。

 これは、リボーン自身が大昔に教わった言葉であったが、簡潔に説明するならば、これが一番妥当であろう。

 即ち「優れた殺し屋は(よろず)に通じる」……と。

 ありきたりな言い方であるが、真理である。

 「殺し屋」として、優れるほど、その依頼内容は難易度を上げていき、出来ない、ということがそのまま己の命に直結する可能性が生まれる。

 その中で生き残る為には、自然とこのような現状となると言うことである。

 話を戻せば、「超一流の家庭教師」であるリボーンに依頼されたのは、「次代のボスとなる人物への教育」であった。依頼してきたのは、イタリアの中では最強と呼ばれるマフィア界の頂点に立つイタリアンマフィア、ボンゴレファミリー。その当代ボスである、ボンゴレⅨ世(ノーノ)、ティモッテオである。

 既に高齢の域に有った彼は、幾人かいる後継者候補の中から、後継者を選抜しようとしていた。

 しかし、この数年の間に有力視されていた後継者達は、次々と、不幸に襲われ、残ったのは当時消息不明となっていたこの沢田綱吉だけであったのだ。

 沢田綱吉が消息不明となったのは、今から五、六年ばかり前。

 当時母親である沢田奈々と共に並盛の一軒家で暮らしていた彼だが、母親の奈々がある事故で生死の境を彷徨い、それと共に行方が分からなくなってしまったのである。

 一時期は、父親である沢田家光が生存を確認するも、その際、家光が綱吉に害をなそうとする行動を取ってしまい、恐怖心を抱かれ、逃亡。

 それ以降、ボンゴレファミリーの総力を持ってしても、見つけることは出来なかった。

 しかし、ボンゴレボスに代々備わる能力「ブラッド・オブ・ボンゴレ」の超直感によって、死んでいないと言うことだけは分かっていたⅨ世(ノーノ)は、家光含める反対派の意見を押し切り、リボーンを綱吉の元へ寄こしたのである。

「姫様! (けん)! 千種(ちくさ)! お早う!!」

 この部屋にあるただ一つの出入口、そこに準備を整えた綱吉が立って声をかけると、音も無くそこが開いた。

 一も二も無く飛び込む綱吉を追いかけるように、リボーンもまた、そこを潜る。

 

「……時間、大丈夫?」

 あまり表情が変わらない。周りからそう評される事を自覚しながらも、心配を滲ませた声に、駆け足で入ってきた子ども……自分達が守護してきた依代(よりしろ)は首を振る。

「あんまり、無い。でもごはんは貰うよ! ありがとう、千種(ちくさ)

 千種、と呼ばれた声に、言葉を返さず頷く。

 依代の方はそれで十分なのか、微笑を浮かべてから……己に迫る時間という危険を思いだしたのか、忙しなく食事に手を付け始める。

「いつも俺の分もすまねぇな。柿本(かきもと)。頂くぞ」

 依り代の傍らに立ち、用意されていた茶碗を手にするのは、依代をボスに育てるためにボンゴレから派遣された晴のアルコバレーノ。

「別に。依代の食事を用意することを考えれば。手間は同じ」

 言葉はかけるものの、その返しは素っ気ない。その自覚はあるが、千種にとっては彼が「アルコバレーノ」と言うだけで、それが依代である子どもの……彼を依代としている自分達の主の助けになれないのならば、今すぐ叩きだす……最悪、殺してもいい位には思っている相手であった。

「それでも、だぞ。ありがとな」

 そんなこちらの内情は分かっているだろうに、ニヒルな笑いを浮かべながら、箸を操る赤ん坊の姿は中々様になっている。

 そんな彼らのやりとりに、心なしか微笑んでいた依代を、アルコバレーノは容赦なく箸でど突いた。

「何ヘラヘラ笑ってやがるバカツナ。お前にそんな余裕はあったのか?」

 ど突かれた額を抑えながらも、アルコバレーノの言葉で現実を思いだしたのか、心なしかペースを上げて、依代は食事を再開する。チラリと部屋に置かれた「外」の時間に合わせた時計を見ると、いつもの時間よりも10分ばかり遅い。

「……別に遅刻しても、行かなくても、こちらは一向に構わないけどね」

 暗に、だから焦る必要は無いと言葉を含めてみるも、それは伝わっていないのか、若しくは進んで行きたいと思っているのかは分からないが、フルフルと首を横に振り、依代は否定してくる。

「おめぇ等が許しても、俺は許さねぇぞ。……それに、こいつの中にいる奴だって、外に出た方が刺激がある分、活発化しやすい。違ぇか? 千種」

 

 その一瞬、千種とリボーンの間に、不可視の火花が迸った。

 それを誰よりも敏感に感じ取ったのは間にいた依代こと、沢田綱吉本人だけだっただろう。

「ご! ……ごちそうさま! 行ってきます!! リボーンっ!!」

 行くぞと、彼から発せられた無言の催促。それに明確に受け取ったリボーンは、その応答に答えるかのように教え子の肩に飛び乗る。

 これが、この場所の朝の風景。ザザッと、生暖かい風が吹き抜けた瞬間、沢田綱吉は目を閉ざしていた。

 

「お早うございます! 十代目!!」

「よっす! ツナ!!」

 突如吹き付けた風が止んだ途端、見えた姿にほとんど条件反射で声をかければ、やや間を開けて同じように立っていた、自称、彼の右腕と見事なほどに被ってしまっていた。

 同時に放たれた声に、否応なしにこちらの存在を自覚したのか、自称右腕……獄寺は鋭い視線をこちらに向ける。

 それでツナが、話しかけると直ぐさま態度が一変するのだから、何とも可愛らしい事だ。現に今も……。

「任せて下さい! 十代目!! 不肖この獄寺隼人。十代目の御為ならばたとえどれほどの時間がかかろうがここで立ち続けてみせます!!」

 まるで主人を待つ忠犬。それによく似た空気を言われた当人も感じたのか、大慌てで「早く学校へ行こう!」と言葉を濁す。

「そうだぜ? 獄寺。ツナが迷惑がってんだろ?」

 歩き出す彼の傍らまで早足で歩き、何でも無い風で肩に腕を乗せる。そんな気安い態度を取れば、話題の相手が激昂すると知っていながら。

「てっめぇ! 気安く触んじゃねぇ!!」

「あっははは。やっぱ面白ぇな。獄寺は!」

「ふっ二人とも! 早く行こうってば!!」

 こちらが笑えば、ガルルルルと唸りそうな形相で、こちらを睨む獄寺と。そんな自分達をオロオロと見比べながら、懸命に話題を逸らそうとする親友の姿。

 それがここ最近の、俺の日常。

 

 時間内に教室にたどり着けて、漸く十代目は一息つけたらしい。入った途端に着いた己の席で、ゆっくりと息を吐き出しておられた。

 尊敬するリボーンさん曰く、十代目は「外」……十代目を庇護する者達が集う「住処」と、ここ並中以外の場所では終始気を抜くことが出来ないのだという。

 ことは今から数年前、春の終わりのある夜の事から始まったのだそうだ。

 リボーンさんもよくは知らないようだが、今から六年前の春の終わり頃。並盛町から離れた都内のある街に、十代目は家族で夜桜見物へ行ったらしい。

 そしてその帰り道で、十代目はある妖怪の依代となったのだ。

 その妖怪こそが、十代目を庇護する者達が主と慕う相手。そして、十代目の母上様をはじめ、多くの一般人を巻き込んでしまう十代目の周囲で起きる事故……それを起こし、十代目を弑そうとする、十代目を狙う妖怪達が、本来の獲物として狙っている相手でもある。

 更にリボーンさんの話では、その妖怪は、マフィア界の謎にも、深く関わっている、かもしれないらしい。

 そのところは、目下捜査中なのだそうで、何か分かれば連絡をくれると言うことだ。

山吹 鯉繋(やまぶき りつな)……か)

 しかしそれ以降、彼らへ知らされた情報は無い。

 それはリボーンさんの元でとめられているのか、若しくはリボーンさんも情報を得られないのか。それは現状では分からないが。

「お早う。ツナ君!」

 今までのことをつらつらと考えていた獄寺は、授業が始まる少し前の時間で、彼の十代目、沢田綱吉に近付く存在に気づいた。

「京子ちゃん!」

 その直後、十代目の周りに花が咲いた。

 ……実際に、周囲に花が咲くわけでは無いが、そのように感じてしまうほど、十代目の表情が一変したのだ。

 物憂げな表情から生来の明るい表情へ、もしこれが演技ならばかなりの化けっぷりである。

「相変わらずなのなぁ」

 聞こえた声に視線を向ければいつの間にか傍らにいけ好かない野球バカがいた。

 十代目は笹川京子と独特な空気を形成しているので、いくらこの男が空気が読めない野球バカでも、割って入ろうと言う気は無いらしい。

「どう見たって両思いに見えんのに、ツナは笹川の事何とも思っていないんだって?」

「あぁ。そうらしいな」

 最も獄寺からすれば、その言葉は「何とも思わないようにしている」が正しいだろう。

 十代目は愚かでは無い。

 依代となったことで、己の身に降りかかっている他者からの悪意ある事故の数々に僅か七つで気づかれたお方だ。

 それからリボーンさんが来るまでの六年あまり、住処を一歩も出ない。……そうすることで無関係な人間を傷つける事の無いようにしようという強靱な意志を持つお方でもある。

 ほんの僅かな好意でも向ければ、その相手が奴らの標的にされると言うことも当然理解してしまっているのだろう。

 そして、リボーンさんに死ぬ気弾を撃たれなければ、狙われた相手を守る力すら持たない己の力量も分かっている。

 だからこそ……「何とも思っていない」のだ。

(全く……やんなるぜ)

 それらを全て分かってしまったからこそ、獄寺はあの二人を見る度に少しだけ己の無力感に向き合ってしまう。

 好いているはずの相手と共にいること。

 そんな主の願い一つ叶えられないで、何のための「右腕」なのかと。

「……んな思い詰めんなよ? 獄寺」

 黙り込んだ獄寺から何かを感じたのか、珍しく野球バカが、脳天気で無い声で語りかけてくる。

「余計なお世話だ」

 すげなく野球バカを追っ払ったところでチャイムが鳴る。

 こうして、俺達の一日が始まる。

 

 




 「優れた殺し屋は……」。この一文はある漫画作品からの引用になります。
 まぁ、作品知っている人から見れば有名な一文ですのでおそらく気づいていると思いますが。

 基本的に日常編部分は必要最低限以外はとばすつもりです。
 それでもよろしければこれからも宜しくお願いします。


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一譚 嵐の前の静けさ

 五月に入りました。雪宮春夏です!
 ……間が開くこと一カ月越え。
 どうもすいませんでした。これからゆっくりとではありますが、復活していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。



澤城 譲生(たくしろ ゆずき)だ」

 グルリと見渡したクラスメートの顔は、千差万別と言って良い。

 気に止めるほどの敵意を持った相手がいないことを確認しつつ、その存在に目を向けた。

 逆立った茶髪に、同色の瞳。

 こちらへの興味は無いのか、チラリとあった視線は直ぐに逸れてしまった。

(……あれが、依代ね)

 こちらが殺気を出していないからか、まともな警戒一つしていない彼の危機感の無さに笑い出したくなる。

 しかし、本当にこんな所で笑い出したら、不審に思われるだけだ。

 教師が示した席へ向かいながら、窓からこちらを観察する気配を感じて、僅かに口角を上げる。

(さて……先に釣れるのは()()()かな?)

 これから起こることに期待するかのように、僅かに微笑んだのを知るものは、果たして何人いるだろうか。

 

 はじめに感じたのは、既視感だった。

(何だ? ……誰かに、似てる?)

 予定外の時期で突然やって来た転入生を観察していたリボーンは、その誰かを探そうと記憶を探ったが、直ぐには見つけられなかった。

 小麦色のような明るい金毛は重力に従ってまっすぐと落ちる。肩まで伸ばされた直毛は毛先だけ重力に逆らうように浮き上がっていた。

 遠目であること、眼鏡をかけていることもあり、この位置から目の色までは知ることは出来ない。影を作ると直ぐさま、髪が目にかかってしまうのもまた一因だろう。

(イタリアから来たって所は気になるな……敵対ファミリーの可能性も視野に入れて置くべきか)

 これからするべき事に意識を向けながらも、リボーンの第六感は、今し方の既視感を無碍にするなと訴えている。

(……澤城譲生。調べる必要はありそうだな)

 

 

「体育祭? ……あぁ。そんなのあったね……」

 耳半分で聞いていたのも相成り、その相づちはかなりおざなりだった。

「それで? まさかと思うけど、君こっちに来て観戦したいなんてバカな事言う気じゃ無いだろうね?」

 機嫌の悪さを隠しもせず、ジロリとそれを睨みつけるのは、事実上の並盛の支配者。

 「並盛の秩序」と恐れられる雲雀恭弥である。

 彼が睨みつけたのは一羽の烏。……但し、その烏の片目……その眼球は血のような深紅。その中には漢数字の六の文字が描かれているという、普通の烏には無い特徴はあるが。

「そんな訳ないじゃ無いですか。バカですか? 失礼。そうでしたね。貴方。鳥頭(とりあたま)ですもんね」

 そう……()()()()()

 時間としては、カァと一声鳴いた程度。それでそれだけの文章を言い切る烏はどう考えてもインコの物真似の域を超えている。

 その上、普通の烏ならば行う筈の鳴く以外の行為……毛繕いや、身動ぎ、羽ばたきなどの動きが一切無いために余計にその烏には得体のしれない不気味さが付きまとっていた。

「……その言葉。烏の死骸を操って喋らせている君に言われたくは無いよ」

 そんな生物を恐怖するでも無く言い切る雲雀恭弥に、烏は「クフフフフ」と、()()()

「申し訳ありませんがその言葉は侮蔑にはなりません。私にとっては褒め言葉です」

 烏は()()()()()、まるで小馬鹿にするかのように大袈裟に羽ばたいてみせる。

「お望みとあれば、死した後の貴方の死骸だろうが己の手足として動かしてみせますよ? ……()()そういう()()です」

「必要ないよ。わかってる」

 その言葉には、嫌悪も厭いも無く、状況を理解している以上の含みは持たされていない。

 全くもって異様であった。

「それで、先程の話ですが……観戦したいのは私ではありません」

 まるで一呼吸置くかのように、突然話を元の場所に戻された雲雀恭弥は、気に入らないのか、表情を顰めている。

「君の下僕達? 僕の領域に入れるなんて……何を企んでいるんだい?」

 僅かに鋭さを纏った雲雀恭弥の詰問に、烏は再び笑い声を()()

「企むなどとは人聞きが悪い。「体育祭」は学校行事でしょう? 学校行事には保護者の出席が必須と聞きましたが?」

 疑問の形で言い放った烏に、しかし相手は答えることなく、今の所は沢田綱吉の「保護者」に当たる相手を思い浮かべて眉を寄せる。

「君……まさかあの()を並盛に放つつもりかい?」

 そこに雲雀恭弥が含んだのは明確な苛立ち。殺気こそは無いものの、忌々しいと顔にはっきりと出ているのはおそらく、対峙する烏の死骸を操る相手にも容易に想像できるものだろう。

「そんなことはしませんよ。あの子はあの神域からでられない。それが縛りですからね。……貴方も知っている筈でしょう?」

 クフッと()()烏は明らかにこちらを挑発している。それは挑発された当人にも明らかに分かるものだったようで、微かに鼻をならすだけに止めて烏から視線を外した。

「しょうがないね。あの二人だけなら良いよ」

 それっきり口を閉ざし、黙々と書類を裁く雲雀恭弥の周辺の空気を察する程度の能力は、烏にも……正確には、それを操る人物にも備わっていたのだろう。

 クフッと、一声吐息のように漏らしてから、バサッと、羽を広げる。

「ありがとうございます。……それではまた。縁があれば。我らが駆裳(くも)

 仰々しい溜を入れて、烏が、言い置いた言葉に、雲雀が浴びせたのは嘲笑だった。

「何それ? 僕は君となれ合うのはごめんだよ。……失せな。鬼罹(きり)

 開いたままの窓から流れ込んだ風に、雲雀は漸く視線を烏が、鎮座していた場所へ戻した。

 当然そこにはあの烏の姿は無い。

「……態々()で呼びかけるなんて、嫌みのつもり?」

 小さく呟いたその声を聞くものはいなかった。

 

 さて。並盛において恐怖と共に語られる事の多い並盛の秩序がおかしな烏と話し込んでいたその頃。

 並中の一室では……。

「極限必勝っーー!!!!」

 ……極限バカと称される男が燃えていた。

「でなくて良いんすか? 十代目……」

 開け放たれた窓から漏れ聞こえるその声を何とも無しに聞いていた獄寺は、その傍らに座り込む自らの主君、ボンゴレ十代目候補、沢田綱吉に目を向ける。

 彼らが使っている会議室の真上であるこの屋上のスペースで、獄寺の敬愛するボス候補は日向ぼっこに勤しんでいた。

 いや、よくよく耳を澄ませれば、微かに寝息が聞こえる現状を思えば、正確には日向ぼっこではなく、昼寝だろう。

 無理もないことだ。

 獄寺の知る限り、十代目にとっては昼間は寝る時間であった。

 十代目、沢田綱吉は長く昼夜逆転生活を送っていたらしい。

 御年七つ頃からのそれを改善しようとしているのが、数週間前から彼の家庭教師としてボンゴレから派遣された最強の殺し屋、リボーン。

 その一環として学校での生活を生活サイクルに取り入れ、獄寺も毎日の送迎役として協力を依頼されたのだが、長年の習慣がそう簡単に変わるはずも無く。

 結果だけを先に言えば、今の十代目は学校へと、ほとんど寝るためだけに通っている。 

 この結果にはリボーンさんも妥協したのか、何も言わない。今はまだ、そこまでの高望みをするべきでは無いと思っているのかもしれない。 

 普通の授業でもそんな十代目が、単なるレクリエーションの時間に真面目に起きている筈がなく、現状に至っている。

「しかし! 俺は辞退する!!」

 微かな寝息を立てる十代目を横目にしながら、階下の会話を流し聞いていた獄寺は、笹川が放った次の言葉に声を上げていた。

「A組の総大将は……沢田ツナだ!!」

 話題の中心人物は、獄寺の傍で、階下の喧噪にも気付くこと無く、眠り続けていた。

 



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