スーパーメタルクウラ伝【本編完結】 (走れ軟骨)
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悪の奇跡

「ビッグゲテスターは後ほどゆっくり直せばいい……今の貴様如きこれで十分だ…!」

 

「…やっぱ…二度と悪さ出来ねぇようにするしかねぇようだな…!」

 

悟空が最後の力を振り絞って超化し、掲げた右手に気を収束させる。

 

「…! ム、ムカつく野郎だァーーーーーッ!!」

 

叫ぶクウラにかつての面影は殆ど無い。

無数の機械ケーブルが触手のようにクウラの残骸に巻き付いて瞬時に巨大な人型となると、

巨大な鉄塊となった右手で悟空を殴り抜く。

 

「うあああぁぁぁぁぁ!!」

 

と同時に鉄塊から無数の触手状のコードやケーブルが生えてきて、

悟空を雁字搦めに締め上げ彼の身体をバラバラに引き裂こうと試みる。

異形の機械生物と化したクウラが憤怒の形相で再度叫ぶ。

 

「お前にこの俺を倒すことなど…無理なのだ!!!」

 

だが、何が起きようと何を言われようと孫悟空は戦いを投げ出すことはないのであった。

 

「む、無理とわかっていても、やんなきゃなんねぇ時だって…あ、あるんだぁぁぁ!!」

 

尚も強く締め付けるケーブル達に、悟空の皮膚は裂け骨が軋む。

血が吹き出し、機械の触手を赤い鮮血が伝い冷たい金属の床に流れ、

それでも悟空は呻き抗い続ける。

そして、

 

「だぁぁ!!」

 

満身創痍のベジータが放った最後の気円斬がクウラの右腕を肩から切り裂く。

 

「ぐ……!!! ぐあああああああ……!!!!」

 

今のクウラは全てが機械で構成されているメタルクウラではない。

僅かな脳と右目をコアとしていて、優れ()()()()()ビッグゲテスターの科学力は

痛覚という信号をモロに脳に響かせてしまうのだ。

僅かな脳をフルに使い続けていたクウラには、この僅かな電気信号もかなり応える。

この気円斬がベジータの最後のパワーだったらしい。

彼は、

 

「俺達に…不可能など、ある…ものか…!」

 

振り絞るように言うとそのまま意識を手放した。

だがその一撃で十分だったのだ。

切り離された触手に悟空を抑える力は無く、

 

「うあああああああああああっ!!!

 どりゃあああああああああ!!!!」

 

気合と共に放たれた悟空の最後のエネルギー弾がクウラ・コアの肉体に吸い込まれていき…

そして、

 

「う…!? うおおおお!?」

 

彼の体内から炸裂し、大爆発を起こした。

耳をつんざくクウラの断末魔がビッグゲテスター中枢に響き渡る。

その爆発が最後の引き金となって、

超サイヤ人のエネルギーを吸いすぎて

オーバーフローに陥っていたビッグゲテスターの各所が誘爆した。

 

機械星が砕け、四散し、炎に包まれて消えていく。

悟空とベジータは辛うじて助かり、

空から振ってくる二人を悟飯やクリリン、ピッコロ…多くのナメック星人が出迎えて、

新ナメック星はビッグゲテスターという弩級の災害から解放されたのだった。

 

 

本来ならば、独りその場から立ち去ったベジータによって

ビッグゲテスターのコアチップは回収されて人知れず握り潰される………筈であった。

だが、何という運命のイタズラだろうか。

コアチップは見逃されてしまったのだ。

そして、変転した運命はそれを切っ掛けとして更に波紋を広げさざなみを大きくさせていくのだ。

眼球と僅かな脳細胞だけになったクウラの生体パーツの残骸を、

再度ビッグゲテスター・コアは取得し融合。

損なわれたクウラの脳を補って彼の思考を幾らかクリアにしていく。

 

ギョロリ。

 

焦点を失って虚ろだったクウラの瞳が明確な意思を持って動く。

その視線の先にあるのは新ナメック星………そしてその惑星にいるであろう超サイヤ人。

孫悟空とベジータだ。

 

(ぐ……ぐ、ぐ……こ、この俺が、また敗けた、のか……宇宙一である筈の、この…俺が)

 

このまま宇宙を彷徨って残骸を集め、再度ビッグゲテスターを立て直し自分を再生させる…。

それは可能だ。

可能だが、そんな悠長な方法では、たとえ蘇ってもサイヤ人には勝てないだろう。

自分が再生する間にサイヤ人達は修行と戦いを繰り返して

更に強大になっていくことは容易に想像できた。

 

――このままでは、いつまで経っても勝てない――

 

それは大いにクウラの誇りを傷つける現実であった。

全宇宙で一番強い。

それだけを求めてきた。

そんなシンプルな、男ならば誰もが一度は夢見る真の最強に、彼はなりたかった。

ある意味でクウラという男は純粋なのだ。

 

(俺…は…最強に、なるのだ。 誰よりも…強く……!)

 

クウラの執念と、コアチップの自己保全機能が結びつき、

生物の執念と超テクノロジーが奇跡を呼びせる。

 

バチ、バチバチバチ!

 

激しいスパークがクウラ・コアを包み、

 

(負けん……俺は負けん! 負けても必ず、這い上がってみせる…!!)

 

更に激しく巻き起こるそれはやがて目も眩む程の光となって、

一瞬、恒星の爆発にも似た閃光を放つとそこにはもう何もなかった。

クウラとビッグゲテスターであった物はこの世界から消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして。

 

 

 

「……ラ様」

 

クウラの淀む意識に、聞き慣れた男の声が飛び込んでくる。

 

「…ウラ様………ク…ラ様」

 

朦朧としていた意識が定まってくるにつれ、視覚と聴覚が鮮明になってくると、

バッ!とクウラの項垂れていた頭が持ち上がり、

再三己に声を掛けていた男へと視線が注がれた。

 

「も、申し訳ありません。 ひょっとして、お休みだったでしょうか。

 目を開けたまま、何やら心ここにあらず…といった様子でしたので…」

 

クウラの様子に少々怯えを見せた眼の前の男……。

青い肌に淡麗な容姿の彼はクウラ機甲戦隊の隊長であるサウザー。

 

「サウザー…? バカな……貴様は超サイヤ人共に………」

 

「スーパーサイヤ人? 弟君、フリーザ様の元で働いているサイヤ人と関係が?」

 

主からの言葉にやや首をかしげるサウザー。

彼からの返答はクウラに少なからずの衝撃を与えた。

 

(……フリーザの元で、だと? サイヤ人が…生き残っている……。

 いや、それだけではない……これは……)

 

少しの沈黙の後、

 

「サウザー!」

 

「はっ!」

 

「現状を報告しろ」

 

「ははっ。 現在、我らはコルド様の命でx4507、y8001、z0045、

 第8区の惑星群の徴収に動いています。

 攻略は極めて順調であり、

 このままのペースでいけば2日以内に全惑星は我らが軍門に下ると思われます」

 

「………!」

 

サウザーの一連の言葉にクウラの目が僅かに見開かれた。

 

「な、なにかお気に障りましたでしょうか?」

 

普段、全くの表情の変化を見せぬ主人の珍しい変化を見、サウザーの声に緊張が走る。

が、クウラはそれどころではない。

ポーカーフェイスを崩してはいないが、内心では混乱し動揺しているのだ。

現状把握に努め脳をフル回転させる。

 

「…………そうか、時間移動…!」

 

生きているかつての親衛隊長の話を聞く間、辺りを見回し、

自身が搭乗している浮遊ポッドのコンソールを手早く操作しデータを見ていた。

現在の日時はフリーザがサイヤ人と手を結んだ頃であったと彼は記憶していて、

先のサウザーの発言にも合致している。

そして己の内側から何処からともなく聞こえてくる声。

それらを合わせるに、つまり…

今、クウラは過去へと戻っていた。彼はそう結論付けた。

己の内側から聞こえる声……のようなモノは

ビッグゲテスターのコアチップから送られてくるデータだ。

 

(時間移動……確かに、不可能ではない。

 メタル化した俺は超テクノロジーによって瞬間移動が可能だった。

 瞬間移動とは異次元潜行と通常空間への復帰を繰り返すものだ。

 日々進化を続けるビッグゲテスターの科学力ならば可能なのだ)

 

「……報告ご苦労。 他には?」

 

「はい、ドーレが現住生物の反撃にあって三針を縫う怪我を――」

 

「――他にないのならば下がれ。 俺は少し休む」

 

(ウ…余計な報告だった!

 やっぱりクウラ様はお疲れだったのだ。 声をかけるべきではなかったか…)

 

やや緊張していたサウザーはうっかり出てしまった己の迂闊を軽く呪い、

短く返事をするとそのまま退出していった。

クウラは再度、辺りを見る。

懐かしい母船の、己の部屋。

超サイヤ人、孫悟空に巨大エネルギー弾・スーパーノヴァを押し返され、

背にした太陽と自分の技に挟まれ焼かれるという一度目の最期以来、

彼は部下も母船も目にしてはいなかった。

やや懐かしさに思いを馳せるも、それは本当に僅かな時間。

すぐに、

 

「……ビッグゲテスター、いるのだろう?」

 

自分の脳内に潜んでいる機械惑星のコアチップへと話しかけた。

 

「ワザワザ声を出さずとも、私達は脳内で直接信号ヲ送受信し会話は可能デス」

 

「それは俺の脳をかき乱すようなあの雑念のことか。気に入らん。

 データは貴様が処理し、重要なものだけを俺に口頭で知らせろ」

 

「ソレハ非効率的デスガ、貴方ガそう言うナラ」

 

「俺達は時間移動をした。 そういう事だな」

 

「ハイ。 私の超テクノロジーと貴方の執念の賜物デス。

 貴方が先程思考シテイタ通り…瞬間移動の応用デ我々は過去ニ戻りました。

 超コンピューターである私でスラ躊躇する危険な賭けデシタガ、

 我々は賭けに勝ったノデス」

 

「危険……?」

 

「ソウデス。時間移動ハ世界崩壊すら招きかねない高度な技術デス。

 シカモ、時間移動ヲ実行して初めて私も観測シタノデスガ、

 この世界は我々のかつていた時空とは異ナル。

 時間移動トハ、世界を分割させ新たな可能性を含む新世界を創造する行為に等シイノデス。

 今後、我々が窮地に陥ったとして再度の時間移動はオススメしません。

 今回は上手くいきましたが、次も上手くイクトハ限リマセン」

 

ビッグゲテスターの機械音声に、クウラは鼻を鳴らして答える。

 

「フンッ、ようは誰にも負けぬ程に俺が強くなれば問題はないのだろう」

 

「デスガ、ソレハ困難カト」

 

ビッグゲテスターは淡々とクウラが激昂しかねない事実を述べようとし、

 

「なに! 貴様は俺が猿如きに三度遅れをとる、とでも言いたいのか!」

 

クウラは浮遊ポッドから思わず腰を浮かせ眉間に皺を寄せる。

 

「二度あることは三度アル、トモ言イマス。

 ソレニ、この世界を観測した時に私が知った事実を貴方に転送してあげまショウ」

 

甲高い高周波に似た雑音染みた雑念がクウラの脳内を走り抜けて、

その不快な感覚にクウラの眉間の皺が更に深くなる。

だが、

 

「な、なんだと………破壊神ビルス……? なんだコイツは!」

 

鋭い彼の目が驚愕に見開かれ、

ビッグゲテスターが提示してくるデータ群に目が泳ぐのを隠せない。

 

「カツテの我々の世界には存在しなかった神。

 創造の界王神と対をなす破壊の神デス。 

 そしてその上には全王なる存在モ観測サレテイマス」

 

「宇宙が、12個……それぞれの宇宙に破壊神、だと?

 ふ、ふざけるなぁ…! 推定戦闘力、1京5000兆とは……こ、こんな!!」

 

「破壊神の推定戦闘力はあくまで最低値デアッテ、それ以上の可能性も十分にアリマス。

 サイヤ人や地球人の様に戦闘力が上下するか、或イハ我々ノ様ナ変身型カモシレマセン。

 最強を目指すよりも、自己保存ヲ目的トスル事をオススメします。

 せっかく生き延びたのデス。

 大人しくシテイレバ我々ハほぼ永遠に生きてイラレルノデスカラ」

 

淡々と、冷静に告げられた絶望的な戦力差。

 

「因みに、今の我々ハ過去のクウラと同座標上に転移し融合しています。

 お気づきデシタカ?」

 

「…………確かに、俺の身体はもとの……生きたボディだ」

 

「ソウデス。 9割以上が機械であった我々が10割生物である過去の貴方と融合シタノデス。

 過去の貴方と同座標軸上に時空転移し、不調無く完全に融合スル……。

 非科学的な物言いにナリマスガ、まさに“奇跡”の変異デス。

 現在、機械部分である私達はナノマシンとなって生きたボディの中に散ってイマス。

 ナノマシンの一つ一つが私…コアチップと言っても過言ではありません。

 今の貴方は、メタルクウラの力を吸収したクウラです。

 現在戦闘力、約12億。

 体内のメディカルチェックを停止し、ナノマシンを展開、戦闘特化のメタル状態化シ…

 推定、15億。 ソシテ、モウ一段階の変身によって3倍の45億。

 ”奇跡”の末に、これが我々ノMAXパワーなのデス」

 

一瞬、クウラの目の前が暗くなり…まるで貧血になったかのような錯覚に陥る。

絶望的過ぎる強さの差が、嘘を言わない機械の口から数値として告げられたのだ。

 

「現在の私達の、約333万3333.33333………倍の強さ。 それが破壊神デス」

 

クウラは僅かに浮いていた腰を力なく落として背を浮遊ポッドの背もたれに預けると、

そのまま項垂れ静かに目を閉じた。

 

そのまま一分程だろうか。 

静寂が彼の部屋を支配し、ただ静かに母船の機械類が電子音を響かせていた。

しかし、

 

「………ビッグゲテスター。貴様は俺と融合した一心同体の超マシーンだ。

 俺が何を考えているか……理解しているだろう」

 

再び開いたクウラの口から聞こえる声は、少しの力も失ってはいない。

 

「……理解は出来ますが賛成デキカネマス。

 シカシ、私達の本体はあくまで貴方であると認識シテイマス。

 ビッグゲテスターのAIは貴方を全面的にサポートすることをお約束シマス」

 

「く、くくくく……俺の目指す高みは遥か遠い。

 今、俺が弱いのならばただ強くなればいいだけの話だ!

 最近は通常形態に慣らすことぐらいしかしていなかったからな……。

 トレーニングなぞ何時以来か」

 

(退屈せずに済みそうだ……!)

 

己の自負する宇宙最強がいかにちっぽけであったか。

真の宇宙最強がいかに大きく遠いものであったか。

井の中の蛙大海を知らず………世界を知ったクウラは、今その精神を大きく飛躍させた。

クウラの瞳には挑戦者としての炎が熱く滾りギラついているのだった。

 



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トレーニング

まずクウラは最も手軽な所から手を付けた。 最終形態への慣熟である。

もともと彼の最終形態は完成度が非常に高い。

弟のフリーザにあったパワーダウンなどは見られず、安定してフルパワーを発揮できる。

だが、変身型種族である彼の一族であるならば、

かつて自分が第4形態(彼ら種族の真の姿)へ慣れたことで

次の形態(現在の最終形態)を手に入れたように、

 

(最終形態に慣れれば更なる変身を手に入れられるかもしれん…)

 

という発想になるのは当然だった。

マスク型の外殻まで装着し、ガタイも一回り以上大きくなって母船を彷徨いているクウラを見て、

 

「ク、クウラ様…なのですか!? そのお姿は、い、いったい!!(か、かっこいい!)」

 

と、機甲戦隊隊長のサウザーが

 

「な、なななんて戦闘力だ…! これがクウラ様の力……す、すげぇ、すげぇぜ!」

 

新緑の肌に優れた体躯のドーレが

 

「クウラ様……な、なにをそんなに怒っておいでなのですか!」

 

ひょろ長いカエル風宇宙人のネイズが、

三者三様に敬服したり驚いたり顔面蒼白だったりで体を震わせていた。

そんな三人を気にも留めずクウラは、

 

「…………この姿を維持して1ヶ月………そろそろ良かろう。 機甲戦隊!」

 

「「「はッ!!」」」

 

赤い目をマスクの下からギロリと覗かせて三人を跪かせる。

 

「トレーニングルームへ向かえ………この俺が直々に相手をしてやる」

 

「なっ、なんたる光栄!!」

 

「う、あ、ああ…お、終わった……かあちゃぁん……俺、もう駄目みたいだ……」

 

「お、落ち着けよネイズ! まだ俺達が処刑されるって決まったわけじゃねェ!」

 

宇宙最強一族である主人からの衝撃発言に、これまた三者三様の反応であった。

 

「…………心配するな。

 この形態に体が馴染んだかどうかの確認だ」

 

心配するな、と言うが

今のクウラはがっしり体型のドーレ以上のガタイ+背丈のあるネイズ以上の身長で、

瞳も血のように真紅に染まっておりマスクに口元は覆われ声もややエコーが掛かっている。

威圧感が凄まじい。

しかも、この滲み出る戦闘力。

クウラは戦闘力を押さえているつもりのようだし、

彼の目標は遥か遠いのだから自分自身、今は弱いと思っているのだろう。

だが、今の時代、戦闘力が数万もあれば宇宙でも強豪なのだ。

孫悟空が本格的に活動をはじめて以降の時代がハッキリ言って異常なのである。

 

そしてトレーニングルームへと連行された精鋭の部下三名。

 

「遠慮はいらん……殺す気で来い……でなければ、俺が貴様らを殺す」

 

「は、ハハッ! かしこまりました!」

 

もうどうにでもなれ。

そんな意気込みで破れかぶれに主へと突っ込んだ三人であった。

結果は…………。

 

 

 

2秒後。

 

 

 

「…………ガクッ」

 

「ぐふ…………」

 

「あ、あぁ……かあちゃぁん……」

 

各員、16万を超える戦闘力を誇る精鋭部隊は敢え無く撃沈した。

倒れた彼らを見るクウラの赤い瞳は無感情である。

 

「ふむ……この姿にも慣れ、気の操作も出来てきたが………、

 俺がこの形態にたどり着いた時のような感覚が無い……欠片も無い。

 まぁいい………新たな変身が出来ぬのならば、このまま強くなればいいだけだ……」

 

母船の窓から遥か遠くに輝く恒星を見つめる。

クウラの紅い眼はただまっすぐにその光を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パパ、クウラが占領した惑星……また駄目だよ」

 

「……またか。クウラめ……一体何を考えている」

 

惑星フリーザNo79・衛星軌道上………

そこに停泊している大型宇宙船内で頭を悩ませる者がいる。

息子の領地視察に来たコルド大王はフリーザからの通信に思わず眉間を押さえてしまう。

 

コルド一族は惑星を武力で略取し支配し、宇宙に広大な領地を築いていた。

そして領地内から軍に不要な惑星をリストアップし、

それらを金持ち宇宙人等に売りつける等で更なる利潤を得ている。

コルド一族と言っても、彼らの種族は温厚で戦闘タイプは実は希少で、

強大かつ冷酷非情なのはコルドを筆頭に息子のクウラ、フリーザの三名だけだ。

コルドの二人の息子はそれぞれに独自の私設軍隊を持ち、

一族の更なる繁栄のため惑星を次から次へと攻撃しているわけであるが……

ある時を境にしてクウラから上納される惑星の質が一変した。

星という星…尽く砂漠と荒野だらけの

命の一つも生きて行けぬ荒廃した惑星だらけになったのだ。

事前調査で潤沢な生命が息づく豊かな星であっても、

クウラが侵攻した後は例外なく”その有様”であった。

まるで搾りカスだ。

そんな惑星、勿論誰にも売れぬし

軍の拠点として使うにしても施設を築くにも多大な労力を要する砂だらけの地面。

草木一本なく水の一滴もなく悪化しまくった環境で空は常に曇天で暴風と雷が吹き荒れ…

しかも惑星のコアも熱を完全に失っていて星の寿命は尽きる寸前。

いつ崩壊し爆発するか分からない死の星なぞ軍の拠点には使えなかった。

 

クウラから納められる惑星は全てこんな様子だった。

コルドの頭痛は悪化する一方だ。

救いはフリーザの領地経営の巧みさと惑星略取の手際の良さ。

 

(…やはり儂の後継者はフリーザの方が相応しいようだな。

 クウラは強く、他者を惹き付ける力が有りながら寧ろ他者を拒む性質(たち)がある。

 孤独な覇王が関の山……帝王としての素質はフリーザの足元にも及ばん)

 

何が切っ掛けでこうなったのか。

遅く来た反抗期か。 

そんな埒もない事を考えながら、コルドは今日も頭を悩ませる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして当のクウラはというと。

 

「ク、クウラ様……宜しいのですか?」

 

「構わん」

 

「しかし………その、私が多少のコネから得た情報によりますと、

 最近、コルド様とフリーザ様はご立腹だとか」

 

おっかなびっくりとではあるが、忠臣であるサウザーは敢えて進言する。

最強の一族である主の父と弟は、やはり主同様に強い。

 

(万が一クウラ様と父君、弟君が仲違いすれば…クウラ様とて無事では済まない。

 出来れば家族仲良くして頂きたいものだが…)

 

との思いからであった。

サウザーの忠誠心に嘘偽りはない。

しかしクウラはコルドらの話題など欠片も相手をする気がないようで、

 

「機甲戦隊、留守を任せる」

 

「「「ハッ」」」

 

上部ハッチからクウラは単身、宇宙空間へ飛び立つのだった。

クウラはそのまま惑星へと降り立つと、騒ぐ原住民を尻目に

 

「さぁ、マシーン共よ。 存分にエネルギーを喰らうがいい!」

 

叫ぶと同時に右手を強く握りしめる。

自らの爪で掌の皮を裂き、流れ出た血を大地へ振り撒くと、

 

ズズズ、

 

と濃い紫の血が変色しながら、まるで生きたスライムのように迫り上がり、

やがて血は完全な白銀へと変貌し、尚もウネウネと形状を変える。

血中のナノマシンが自己複製を猛烈な勢いで繰り返し、流体金属へと変貌したのだ。

流体金属から無数の超小型ロボットが飛び出し、

 

「ハイッ、静かに静かに! これからアナタ方を磨り潰シマスゥ。

 出てきた生命エネルギーは全てクウラ様のエネルギーとサセテ頂キマス。

 感謝するヨウニ」

 

個々のメカがそれぞれにそのようなアナウンスを繰り返しながら

雲霞のように惑星中へと散っていくと原住生物らを次々と()()()()()()()()()()

不要な肉体を破壊し生命エネルギーだけを抽出、回収。

あっという間に阿鼻叫喚の地獄絵図と化した惑星に、クウラは更なる追撃をする。

眼下の大地へ向けて右手を突き出すと、

先程の傷口から血液が変化した無数の細い糸のような物が這いずり出て、

クウラはそれを超高速で射出し、星の核…コアに突き刺す。

それはかつて超サイヤ人からエネルギーを吸い取る為に使用された

白銀のケーブルと同じ性質のもので、つまり惑星のエネルギーをも喰うつもりであった。

 

「くくくくく……いいぞ、中々のエネルギーだ。

 これならば戦闘力は数十万は伸びる……!」

 

ドクリ、ドクリ、と星の命がクウラに吸われていく。

 

クウラに滅ぼされた星々が枯渇している理由はコレであった。

機械惑星であった時代の経験が存分に活きたようで、

新ナメック星で行おうとした行為の焼き直しである。

聞こえてくる原住民達の悲鳴も命乞いもクウラの耳には入らない。

みるみるうちに枯れていく草木。

失われていく生命。

潤いある大地が乾き、ひび割れて崩れる。

 

「さぁ、もっとだ! もっと俺にパワーをよこせ!

 この俺が宇宙最強となるための礎となれ! ハハハハハッッ!!」

 

星を包み込む怨嗟の声を引き裂くように、

クウラの冷酷な笑い声だけが聞こえてくるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビッグゲテスターに改造させた自らの母船。

その中でも特に肝煎りで改修させたのがトレーニングルームであった。

星々を襲撃し喰らう時以外は、ほぼずっとトレーニングルームに籠もりきりのクウラ。

煩わしい雑務やコルドへの報告などは全てサウザーを全権代理として行わせていた。

 

重力は凡そ惑星ベジータの10倍。(地球の100倍)

その他の設定は『精神と時の部屋』に酷似していて、

これは時空規模で情報収集を行ったビッグゲテスターがそれを参考にしたと思われる。

過去に跳躍したことから時間操作もある程度は行えるようになったビッグゲテスターは、

オリジナルの精神と時の部屋を見習って時の流れも遅くする空間バリアを張った。

だが、流石に1年=1日というわけにはいかなかったようで、

ビッグゲテスターが実現出来たのは10日=1日相当の時間減速。

しかしそれでも充分に脅威の超テクノロジーと言える。

 

だが、

 

「ビッグゲテスター………温度差が温すぎる。

 真空でも生きていける我が一族には50℃からマイナス40℃如き訓練にならん。

 上限は350℃、下限はマイナス270℃に再設定。 重力も30倍に引き上げろ」

 

クウラは満足していない。

それどころか彼の心には常に焦りが僅かに見える。

1日20というハイペースで星々を喰らい、原住生物のエネルギーも残さず食す。

健康な食事と適度な運動を繰り返しはや5年。

クウラが上昇させた戦闘力は182億5000万。

現在の戦闘力はそこに元の数値15億を足した197億5000万。

最終形態でのMAXパワーを考慮しても約600億である。

 

(……話にならん!)

 

クウラの眉根が歪み凶相の度合いを強める。

5年を掛けて到達した戦闘力が1000億に満たないでは、破壊神に手が届くのはいつの日だ。

天才であった弟は訓練もなしに1億を超える戦闘力を誇っていた。

もしフリーザが本気で訓練に励めば、1年とかからずに1京という神の領域に手が届くだろう。

クウラは苦々しげにそう確信していた。

しかも、このまま星を食い荒らしていけば、

そう遠くない内に何らかの神々に目をつけられるのは明白。

界王や界王神が動き出せば、自然と破壊神をも誘うことになってしまう。

いずれはこちらから乗り込んでやろうという心算だが、

今の自分のレベルで破壊神と遭遇しては鎧袖一触。話にならない。

界王神達を皆殺しにすれば……つまり500万年前に魔人ブウに殺された界王神の生き残り、

東の界王神を殺せば破壊神を殺すことが出来ると、クウラは既に知っている。

だがそれをするのは十分な実力をつけ破壊神に挑み、

それでも勝てなかった時の最終手段であると決めていた。

 

「………孫悟空が超サイヤ人になるまで、後何年だ」

 

苛立つ心を抑えて、惑星ベジータの30倍相当となったトレーニングルームの中、

平然と立ちながらビッグゲテスターへと尋ねる。

 

「この世界が以前の世界通りになるかは保証デキマセンガ……

 最新の時空観測を元に計算しますと5年後にカカロットとして生まれ、

 エイジ762年・25歳にて超サイヤ人に覚醒すると思ワレマス。

 今ノウチニ惑星ベジータを襲いサイヤ人を根絶ヤシニスレバ 貴方の勝利は確実デスガ」

 

ビッグゲテスターの言外に、どうせ殺さぬのでしょう?という意志がありありと見える。

 

「ガキの時分の孫悟空を見逃し、その甘さ故に俺は一度奴に負けた。

 甘さを捨て、今のうちに始末するのがベストだろう。

 それは確かだ…………だがッ!!」

 

クウラの拳が忌々しげに握りしめられ、屈辱を思い返したのかワナワナと僅かに震えている。

 

「俺はサイヤ人共の全力を打ちのめさなくてはならんのだ!

 孫悟空とベジータ………

 この二人を真正面から打ち破った時、俺は初めてプライドを取り戻せる!」

 

それまでは精々生かしておいてやる。

クウラはそう言うと、それきりただ黙々と過酷な訓練に没頭する。

到着地点は破壊神抹殺であるが、

そこまでの道のりは平坦ではないことをクウラは覚悟していた。

 

「もっと……良い餌を喰う必要がある……」

 

聞く者の心胆を寒からしめる、恐ろしく冷厳なクウラの呟きであった。

 



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毒をもって毒を制す

原作キャラが界王様しかいないアニメ版、劇場版キャラだらけな話


界王や界王神の日々の業務は忙しい。

彼らの仕事は、本当は創造に関することだけのはずなのだが…

強大な力と悪意を持った存在が出てきた時にそれに対処し破壊する神様は、

とある事情によりこの宇宙では殆ど仕事をしてくれない。

”就寝癖”なる悪癖のせいで、常に寝ているのである。

そのせいで500万年前には大界王神と3人の界王神が魔人ブウに殺されている。

界王神や界王達が寝こけている破壊神を起こさぬ理由…

それはビルスの寝起きの悪さと子供っぽい癇癪持ちな点と気まぐれさと、

まぁ色々あるらしい。

噂では隠れんぼに負けて腹を立てて、とある界王の星を削りまくってちっちゃくしたとか。

 

そんな、星を小さくされてしまった北の界王様は今、とても悩んでいた。

いや、彼だけではなく彼以外の東西南の界王様も悩んでいた。

界王達が集っている大界王星の主、長く白い髭がチャームポイントな大界王も悩んでいた。

 

「『星喰のクウラ』か……厄介な男が出てきたもんだねー」

 

飄々としながらも冷や汗を一滴垂らしながら大界王が言うと、

 

「おい北の界王! なんだってこんな凶悪な奴を野放しにしてんだ!」

 

西の銀河の界王…片目丸サングラスの小柄な界王が北の界王様に噛み付いた。

 

「そんなもんわしに言うんじゃないわー! わしだって何とか出来るならとっくにしとるわい!

 フリーザとコルドだけならまだ『怖いから触らんとこー』で済んだわい!

 けどクウラは別じゃ……奴は星を支配するとか、そんな生易しいもんじゃない。

 奴が通った後は、まさしく草木一本残らず命は絶え…星は死ぬ…!」

 

我らが勝手知ったる太っちょで愛嬌ある界王様が、

ただでさえ青い肌を更に蒼白にしてクウラによる被害を述べるのであった。

 

「………300年弱ぶりに私達が集められたと思ったら…またこんな難題とはねぇ」

 

界王様よりさらに太った、THE・おばちゃんといった感じの東の界王が溜息をつく。

 

「……いい加減ビルス様を起こそう。 そうすれば全部解決する」

 

やや大柄でタラコ唇が特徴的な南の界王が、我ながら名案だと言わんばかりに発言するが、

 

「誰が起こすんじゃ? わしゃー嫌だよ。

 寝起きのスールビ様(ビルス)は何するかわからんし」

 

トップであるはずの大界王はまっさきにこの名案を嫌がった。

他の連中もそれに続く。

 

「こ、これ以上界王星をちっちゃくされてたまるか! わしも嫌だ!」

 

「お、俺だってやだよ! 東の界王、お前やれよ!

 お前の図々しさならビルス様だってやり込められるだろ!

 ビルス様と大好きなレースでもしてこいよ!」

 

「ふざけんじゃないわよ! ビルス様とゲームなんて北の界王の二の舞いよ!

 あんたこそ自慢のパイクーハン護衛に連れてけば安心でしょ!

 西の界王がやんなさい!」

 

「ビルス様相手にしてたら誰が護衛だって意味ないわい! しかも死人だっての!

 …………そうだ、南の界王……お前がキャタピーを連れてだな」

 

「意味ないって今お前言ったろ!? しかもキャタピーも死人! やだよ、お前やれ!」

 

わいのわいのガヤガヤとどこかコミカルな界王達であったが、

 

「シャラ~~~ップ! やめやめ! スールビ様を起こすのはやめ!

 星喰クウラはわしらにとっては強いがスールビ様は

 『お前らこんな雑魚退治の為に俺を起こしたのか!』ってブチ切れるに決まっとる!

 500万年前のブウ事件だって寝とった筋金入りじゃし」

 

大界王の言に一同はバカ騒ぎを止めるが、

今度はどんよりと暗い雰囲気に沈んでしまった。

確かに大界王神や界王神達が次々と死ぬ中、

自分の命のストックでもある存在が失われていっているのに

寝ていた破壊神がこの程度で起きてくれるとは思えない。

せめて大界王神達が生きていてくれればどうにかなるであろうクウラ問題だが、

よりにもよって生き残っている東の界王神は戦闘の才は欠片もない。

創造の神に戦いを求めるのは酷だが、当てにならないと愚痴らずにはいられない。

だって南の界王神は物凄く強かったのだ。

生き残っているのが彼だったら問題は一発で解決しただろう。

どうしたものか。

一同が悩んでいると、

 

「はぁ~~~300年前もこんな感じだったなぁ。

 ヘラー一族が暴れまくって……俺達だけで頑張って対処したよな…」

 

南の界王がテーブルに突っ伏しながらボソボソと言う。

 

ヘラー一族とはコルド一族が台頭する前に銀河中を暴れまわっていた

傍若無人、残虐非道な戦士一族のことである。

東西南北の銀河を略奪していた一種のスペースパイレーツで、

ヘラー一族の優れた上級戦士はなんと戦闘力にすると数百億級の猛者揃い。

だが一族はその獰猛さと欲深さが災いしやがて同士討ちを始め、

最後には4人にまで数を減らした。

そしてその残党4人がとある星を略奪し祝杯をあげて酔いつぶれた隙に

東西南北の界王達が集い、界王にだけ使える不思議な超能力によって封印したのであった。

 

「あぁ~あの時も大変だったわよねぇ。

 女のヘラー人だけ酔ってなかったから危なく星から逃げられそうだったものね」

 

「そんなこともあったのぉ~」

 

西の界王に、ウンウンと頷いて感慨深そうに同調する界王様。

すると突然、

 

「それじゃ~~~~!!!」

 

大界王が席を蹴って叫んだ。

 

「な、なにがでしょうか!?」

 

思わずズッコケた界王様が何とか立ち上がりつつ聞き返すと、

 

「毒をもって毒を制す!

 ラーヘー(ヘラー族)のインフウ(封印)を解いてラークー(クウラ)にぶつけるのじゃ!」

 

サングラスを輝かせながら大界王が力説しだした。

 

「お主ら4人で封印したラーヘー共の力はラークーと大差無いじゃぁん!

 わしってマジ頭良いんじゃねーかな?

 ヘラー人を見つけたらクウラは必ず奴らを食おうとするじゃろう。

 そして奴らとクウラが戦いだしたら……その隙にまたお主らが封印を仕掛けるんじゃ」

 

「き、危険すぎます! ヘラー一族の封印だってギリギリの命がけだったんですよ!?

 しかも300年前に使ったばっかなのに!」

 

「そうですわ! まだ前回の封印の疲れが抜けて無くて腰が痛いのですのよ!

 しかも今度は星喰のクウラが一緒なんて!」

 

西と東の界王がギャアギャアと猛烈に反対するも、

 

「…じゃあ、これ以外になんか方法あんの?」

 

「「「「しーーーーん…」」」」

 

大界王にそう言われて、一同、シーンとしてしまった。

これといって代案は思い浮かばなかった界王達は、結局この危険な賭けに臨まざるを得ない。

大界王はこれまでの飄々とした雰囲気を急に改めて、

 

「まぁ、うまくいくことを祈ろうではないか。

 いや…上手く行かせなければならん……儂らは界王なのじゃ。

 我々がしくじれば…………宇宙に多大な血が流れるぞ」

 

界王らを見渡した。

ゴクリ、と皆が息を呑む。

どうやら賽は投げられたらしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その日は来た。

 

「サウザー。 進路を第20星系方面へ向けろ」

 

クウラが星を喰らいだしてから8年…突然にルーチンワークを止めて言い出した。

無論、クウラの目論見は感知した強力な気の調査である。

ビッグゲテスターのレーダーと鍛錬によって習得した気の操作・探知能力が複合した結果、

クウラの探知範囲と精度は想像を絶する。

ツフル人の作ったスカウターの超上位版を眼球内に内蔵していると言ってもいい。

 

「ハッ。 しかし、その方面に向かうのは…

 後20分で到着するウトキテ星から離れてしまいますが宜しいですか?」

 

「構わん」

 

母船の玉座に腕を組みながら腰掛けるクウラ。

先程トレーニングルームから出てきたと思ったら突然の進路変更命令であったが、

クウラ機甲戦隊は不満一つ言わない。

そのまま指示通りに宇宙船を進ませ続けること3日。

目的とした宙域に浮かぶ一つの星に宇宙船は着陸しようとしていた。

この距離まで近づくと、いよいよ不穏な空気が漲っているのをクウラは感じたが、

サウザー達はやはり何も感じていない様子で、

彼らの装備しているスカウターにも何の反応もないようである。

クウラは周囲の探知に更に力を入れようとした…のと同時であった。

 

突然、轟音が母船内に響くと外壁があれよあれよと爆発し船体を引き裂いていった。

 

「な、何事だ!! ネイズ!」

 

サウザーが素早く反応して、

普段、機器の操作や船体整備を担っていたネイズに尋ねる。

スカウターに何の反応も無かったことから事故か何かの可能性を疑ったようだ。

 

「故障じゃねぇ、外部からの攻撃だ!」

 

「俺達をコルド一族のクウラ軍団と知っての狼藉か!!」

 

ネイズの言葉に巨漢のドーレが憤慨して叫ぶが、

 

「落ち着け! 俺は爆発の直前に戦闘力の高まりを感じた。

 戦闘態勢に入れ。 船は放棄する」

 

「「「ハッ」」」

 

取り乱さぬクウラに釣られ機甲戦隊も動揺を消すと、

全員が爆発する母船を飛び出してそのまま周囲の警戒に移行する。

惑星には所々崩壊した建物があって文明の名残を感じさせる。

どうも何者かの攻撃を受けたように見えるが、この辺りはまだコルド一族は手を出していない。

他の種族の侵略なり星間戦争なりが過去にあったのだろうと推測できた。

 

(攻撃の直前まで感じなかった戦闘力………。

 サイヤ人や地球人と同じ、気を増減させる器用な連中のようだな……しかも、強い!)

 

ニヤリと、クウラの口角が持ち上がり不敵に笑う。

 

「……どこだ? スカウターに反応がない」

 

サウザーがしきりに左目に装着されたスカウターを操作するもレーダーには何も映らない。

ドーレとネイズも同様であった。

クウラが、

 

「馬鹿め、スカウターに頼りすぎだ。

 奴らは気の操作が出来るタイプ………スカウターのレーダーをすり抜ける。

 意識を集中しろ、気を高めるのだ」

 

と言って部下を窘めるが、そういえば…と思い返すと

 

(……俺自身の強化を優先しすぎたか。 こいつらに気の操作を教えていなかったな)

 

少しだけ、彼らの上に立つ者として放任を反省した。

その時である。

 

「……そこか」

 

クウラのサーチに反応があった。

それは崩壊した建造物の陰。

クウラの眼から高出力の破壊光線が放たれ、

着弾点を中心に半径5、60mを軽々と吹き飛ばす。

機甲戦隊が衝撃に身構える中、クウラは微動だにせずそのまま視線を上にずらしていき、

 

「驚いたな! 気は消していたはずだがこうも簡単に見破るとはな!」

 

視線の先…空中に浮かぶ青い肌をした美丈夫が薄笑いを浮かべていた。

サウザーがあからさまに不愉快そうな顔をしながら、

 

「我らの宇宙船を攻撃したのは貴様か………何者だ!

 この御方をクウラ様と知ってのことか!」

 

どこか自分と似ている異星人へと声を荒らげて問いかけた。

 

「俺の名はゴクア……ヘラー一族の銀河戦士!

 クウラなんて名前、聞いたこともないな………どこの田舎もんだ?

 まぁ貴様らの名などどうでもいいし、何故こんな星に来たのかも興味ないぜ。

 仲間が起きるまで貴様らで遊ぶとするか!」

 

ハァ! という勇ましい声と共に男が気を放出すると、

サウザー達のスカウターにグングン上昇する数値が目まぐるしく表示され…

 

「うっ…?!」

 

すぐにボンッ、と音を立ててスカウターは吹っ飛んでしまった。

 

「なんだと…あいつらの戦闘力は………俺達以上なのか?」

 

「へっ……なわけあるか。 スカウターの故障だろうよ」

 

ドーラとネイズの発言を聞いてもクウラは無言を貫き様子見に徹している。

彼の眼球内に表示されるデータは100億を超えて尚上昇している。

 

「4人でかかってきてもいいんだぜ?」

 

ゴクアを名乗る海賊風衣装に身を包んだ男の嘲笑うかのような声を聞いて、

 

「…………貴様如き、クウラ様のお手を煩わすまでもない! 我ら、クウラ機甲戦隊!」

 

「「おおっ!」」

 

バッ!ババッ!バッ!

 

フリーザのギニュー特戦隊に対抗して作られたというスペシャルファイティングポーズを、

息の合ったコンビネーションで舞う機甲戦隊。

これは攻撃開始の合図でもある。

マヌケに見えるとか言ってはいけない。

彼らは真面目なのだ。

 

即座にかっ飛んでゴクア向けて三方向から攻めかかる彼らだが、

 

「ふふふ……自分と敵の力量差もわからんらしい………なぁっ!!」

 

「ごふっ!?」

 

蹴りによってサウザーが、

 

「ぐえっ!?」

 

裏拳によってネイズが、

 

「う、がぁぁぁぁ!?」

 

頭突きを受けてドーレが、三人が瞬間的に吹き飛んでいった。

 

「くくくっ! こんな雑魚を引き連れてるなんざ程度が知れるな。

 直ぐに貴様もあの世に送ってやるぜ!」

 

腰に下げた太身のレイピア風の剣を引き抜いたゴクアはクウラの目の前まで高速で迫り、

喉元目掛け雷光のように鋭い突きを放つ。

だが…

 

「う!?」

 

クウラは指先一つでレイピアの切っ先を受け止め、

ゴクアがどれだけ力を込めようが1mmたりとも剣はその先には進めない。

 

「…………お前は敵と自分の力量差も測れぬのか?」

 

冷たく無表情に、部下にくれた言葉を意趣返ししてやるクウラ。

ゴクアの額に血管が浮き出る。

切っ先を抑えていたクウラの指先が僅かに光を放ち、

 

「っ!!」

 

気付いたゴクアは咄嗟に退いて、

相手の狙いを散らすために左右に揺れながら距離を取ろうとした……が、

 

「うおおおおおおおお!!!?」

 

細切れの青白いデスビームモドキが超高速のマシンガンのようにクウラの指から放たれる。

最初の数十発は躱し、弾き、防ぎ、凌いだゴクアだが、

やがて雄叫びを上げながら全身に強かにそれを受けながら吹き飛び、

それでもクウラはデスビームモドキのマシンガン…連続フィンガーブリッツを止めはしない。

悠に数百mは後退させられ大ダメージを負わされてしまったゴクアは爆煙に包まれながら、

 

(何だコイツは…! さっきのふざけた連中とは桁が違う! へ、変身をせねば…!)

 

焦っていた。

大分距離が離れ弾幕が薄くなった時を見計らい慌てて更に距離をとる。

しかし、

 

ドンッ

 

と、前を見据えながら飛び退いていたゴクアの背に何かがぶつかった。

何もなかったはずだ。

そう思いながらもゴクアが振り向くと、

 

「あ、ああ…!」

 

尻尾を生やしたあの異星人が冷ややかな眼をしながら彼を見下ろしていた。

ゴクアが次なる思考と行動に移るより早く、

クウラの尻尾から膝、肘の打ち下ろしの連撃で大地に叩きつけられる。

 

「……戦闘力、およそ270億……褒めてやろう……貴様は俺の良い餌になる」

 

混濁する意識の中、ゴクアが最期に聞いた言葉はそれであった。

 



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クウラvsボージャック

ザンギャ可愛いよザンギャ
※ザンギャの回想とか捏造100%です。俺のザンギャはこんなんじゃないやい!と思った方はごめんなさい。我慢してください。


クウラの目の前にかつて人型であった生物の残骸が散らばっている。

もはや挽肉をぶち撒けたような状態になっているゴクアだった肉片。

いっそここまでくるとグロテスクさは無い。

生きたまま磨り潰され、分解、吸収されたゴクアは、

その過程でビッグゲテスターに細胞を徹底的に解析もされていて、

ヘラー人が変身と超能力を得意とする種であることをクウラに見抜かれてしまった。

しかも、

 

「戦闘力が200億以上も上昇した…! くっくっくっ……素晴らしい!

 星や雑魚を喰うよりも余程効率がいいではないか」

 

彼の生命エネルギーを食ったことでクウラの戦闘力は一気に増大し、

基本307億+ゴクアの生命エネルギー203億……510億にまで成長した。

ビッグゲテスターの細胞解析によると、ゴクアが変身をした場合…

僅かだがクウラの基本値を上回る戦闘力に到達しただろうとのことで、

レーダーに未だ4つの反応がある現状では変身前にゴクアを始末できたのは重畳だった。

 

(仮に他のヘラー人が、こいつと同じかそれ以上の戦闘力の場合……

 超能力まで使われると今の俺の戦闘力では不安がある。 対策をしておくか)

 

クウラが己の拳を強く握り、紫紺の血を滲ませる。

血はすぐに変色し輝く銀色になると不定形のスライム状となって怪しく蠢きだしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼らが重たい瞼を開いて目覚めたのはつい今しがた。

ブージン、ビドー、ザンギャの三人は気怠い感覚の中、再会の挨拶を軽く交わすが、

その時に寝起きの怠さを吹き飛ばすおぞましい出来事が起きた。

耳を覆いたくなる様な空気を裂く叫び声、

命の終わりを感じさせる断末魔が長々と聞こえてきたのだった。

勿論、ヘラー一族は散々に星々を侵略していて

無抵抗の人々のそんな声は日常的に聞いていた。

しかし今の聞こえた声は、

 

「……この声はゴクアか?」

 

ターバンを巻いた小柄な戦士、ブージンが甲高い声で他の二人に同意を求めた。

大柄モヒカンのビドー、クルクルとした癖っ毛の長髪美少女ザンギャは頷く。

何者かに襲われ、しかも一思いに殺されず拷問でもうけているのだろうか。

ゴクアの尋常じゃない叫び声はいつまでも続き、やがてか細くなって聞こえなくなる。

 

「ゴクアを襲ったのは、どうもマズイ敵らしいな。

 ボージャック様が目覚めるまでは身を隠したほうが良いだろう」

 

ブージンが提案する。

ビドーとザンギャに否はない。

ゴクアにあのような悲鳴をあげさせる敵だ。 戦うのは得策ではないだろう。

幸いにしてヘラー一族は気の操作に長けている。

気を消して潜伏すれば容易にやり過ごせる…………そう思えた。

だが、

 

「ボージャック…それが貴様らの飼い主か。

 そいつが現れるまで………貴様らは前菜、というわけだ」

 

白と紫を基調としたボディ、逞しい尻尾を持つ異星人が、自分達を空から見下ろしていた。

 

「「「っ!?」」」

 

咄嗟に身構える三人。

 

「何者だ。 何故我々を襲う」

 

代表でブージンがそう問うが、

問答無用とばかりにその異星人は突如、瞳から破壊光線を放ってきた。

大爆発によって三人は吹き飛ばされるが、同時に吹き上がる砂塵が三人を包み隠す。

彼らは合図もなしに示し合わせたように同時に動き出し

得意の連携を襲撃者に叩き込もうとするも、

 

「ぐわあああああああ!!」

 

砂塵で視界がきかぬ中、ビドーの悲鳴が辺りに響く。

 

「…! そこか!」

 

ブージンが声の方へエネルギー弾をぶん投げると何かに命中したそれは爆発を起こし、

もうもうとしていた砂塵が吹き飛んで視界がクリアになると、

 

「ああっ!」

 

ブージンが思わず声をあげ驚く。

彼の放ったエネルギー弾は、異星人に首根っこを掴まれたビドーに命中していたのだ。

ブンッ、と勢い良く投げられたビドーを、ブージンは反射的に受け取ってしまい、その瞬間。

 

Pipipipipi――

 

異星人……クウラの体内のナノマシンが電子音を奏でると、

クウラの凝縮されたエネルギー弾が軌道も見せずに突然ブージンの眼前に現れ、

 

「なッ!!? うわああああああああああああ!!!」

 

破壊光線の爆発を遥かに上回る大爆発が巻き起こる。

ビッグゲテスターと融合したことでクウラが習得したロックオンバスター。

圧縮エネルギー弾を空間転移で対象の眼前、或いは体内に送り込む恐るべき技である。

もっとも、複雑な演算処理が必要なため戦闘中に体内に送り込むのは難しく、

もっぱら大凡の近場で爆破させる。

今回は体内に転移させる余裕があったが、餌相手にそれをするつもりはないようだが、

それでも大ダメージは免れない。

 

ザンギャは恐怖した。

 

(い、いつの間にビドーをやった!? どうやってブージンにエネルギー弾を当てた!!)

 

目の前の異星人の動きが一切見えなかった。

ザンギャは戦闘力封じの結界糸を駆使し格上の相手とも戦ったことがある。

格上の敵は確かに速い。

時に目で追うのがやっとの強敵もいた。

だが、それでもまったくモーションが見えなかったことはない。

ビドーが悲鳴をあげる直前まで、確かに奴の気は動かずに留まっていた。

空気を震えさせることもなく、瞬間的に移動したのだ。 あの異星人は。

ブージンをやったあのエネルギー弾もそうだ。 気付いたらブージンに命中していた。

ぐったりとしたブージンとビドーを両手に抱えた異星人が、ゆっくりとこちらを見る。

 

目が合った。

 

その瞬間、ザンギャは逃げ出していた。

 

ヘラー一族の美しい少女が、青い肌に幾筋もの冷や汗と脂汗を浮かべながら、

長い癖っ毛の、ガーベラの花のような色が美しい髪を振り乱して必死に飛ぶ。

凄まじい速度で、廃墟だらけの惑星を蛇行しながら。

どこか目的があるわけではない。

ただただ助かりたかった。

 

遠くで、仲間二人の断末魔が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怒気を漲らせた、逞しい青肌の男がクウラを射殺さんばかりに睨んでいた。

彼の名はボージャック。

封印から目覚めるのが僅かに遅れ、仲間を各個撃破の形で失ってしまった一党の首領だ。

 

「……それは俺の部下か?」

 

見慣れぬ異星人の周囲に部下が身につけていた装飾品やターバンが転がり、

そして更に付近に肉片やら血痕やらが乱雑に散らばっているのを見て、

ボージャックは確信しながら問う。

 

「部下だったモノ…とでも言おうか。 貴様がボージャックか。

 その戦闘力……もう少し早く来れば、いい勝負が出来たかもしれんな」

 

答えながらクウラは勝利を確信していた。

先刻までならボージャックが強かった。

だが、ブージンとビドーを喰ったことでクウラの現戦闘力は900億。

ビッグゲテスターが示すボージャックの戦闘力を200億近く上回る。

 

「貴様の部下は素晴らしかったぞ。

 実に効率がいい………ヘラー人がここまで数を減らしているのが残念でならん。

 ……………………所で」

 

貴様も美味そうだな。

その一言が始まりの合図。

片側の口角を釣り上げて笑うクウラが、猛然とボージャックに殴り掛かると、

ボージャックは巧みにクウラの拳を捌く。

 

(速い…! 俺が受けるので精一杯だと!?)

 

グングンと速度が上がってくるクウラの突きのラッシュに、とうとうボージャックは、

 

「ごはっ!!?」

 

鍛え抜かれた隆々たる腹筋に、クウラの拳を深々と受けてしまった。

 

「ぬ、うぅぅ…!! くらえ!!」

 

めり込む拳を掴み逃すまいとし、ボージャックは空いている方の掌に気を収束させるが、

それを撃つ直前にクウラの尻尾に腕を掴まれ、

エネルギー弾はあらぬ方向にコントロールを失って飛んでいく。

反撃が空振ると、直後。

鋭い膝蹴りがボージャックの顎に突き刺さっていた。

ボージャックの脳が激しく揺れ、瞬きよりも短い間、彼の意識が暗転する。

そして続けざまにクウラの全力右ストレートがまたもや顎目掛けて繰り出され、

踏ん張れる状態に無い彼は、

バウンドしながら幾つもの岩や瓦礫を突き破って

錐揉み回転で崩れかけのビルらしき建造物に突っ込んだ。

ゴウゴウと音を立てながら崩れるビルを見ながらクウラが、

 

「……む? 奴の戦闘力が上がっていく。

 800億、820億、840、870、900…………まだ上がるのか!」

 

チッ、と小さく舌を打つが、

変身し力を増したボージャックとの闘いを望んでいた自分も確かに心のどこかにいる。

と、その時。

崩れたビルから超高速で抜け出たボージャックが

雄叫びを上げながらクウラへと矢のように突っ込んでくる。

彼の筋骨隆々な肉体は一回り肥大し、肌の色も深い蒼から鈍い黄緑へと、

なびかせる髪も猛々しい赤へと変化していて見るからに凶暴さを増していた。

 

「戦闘力1080億…! ぐっ!?」

 

ボージャックの豪腕がクウラの頬へとめり込む。

 

「大した戦闘力だが、変身した俺は銀河に敵無しだ!

 俺が目覚めるまで持ちもしない使えん部下だったが、あれでも一応は同族でね。

 殺してくれたお礼だ……嬲り殺しにしてやろう!」

 

そのままクウラを抱きかかえるようにして組み付くと、

満身の力を込めて締め上げる。

 

「ぐ、うおおおおお…! ふ、ふふ…クックックッ…」

 

想像以上の怪力にクウラの口から苦悶の声が漏れるが、

すぐに苦しげな表情は消え失せて薄く笑う。

 

「何が可笑しい」

 

それを見て、逆に不機嫌な表情となるのは勿論ボージャックである。

万力のように締め付けるパワーを更に強め、クウラの余裕を崩そうとするが、

 

「グッ……フ、ハハハハハ……この程度のパワーで俺を倒せると思っている貴様が滑稽でな」

 

「なにィ!? 強がりを――ぐわァッッ!!!」

 

ボージャックの眼に突然焼けるような痛みが走り、思わずクウラを手放して己の眼を押さえる。

 

「ぐ、ぐ…ぐあああああ…! き、貴様…何をした…!!」

 

「俺は眼から破壊光線が放てる………至近距離で貴様と眼が合ったのでね。

 あまりに無防備だったのでついつい撃ってしまった。

 ……まだ見えるか? その焼けただれた瞳で」

 

クウラの笑みは酷く冷たい。

 

「貴様になら変身を見せてやっても良いと思ったが……どうやらその価値は無さそうだな」

 

「ひ、卑怯者めがぁぁぁぁ!!!」

 

戦闘力900億と1080億。

その差は決して小さくはない。 このまま戦えばボージャックは有利な筈だった。

だが眼球を焼かれたのは致命的といえる。

 

「だが……ま、まだだ!! 気を探れば貴様なぞ……!!!」

 

「馬鹿め。 気の操作が貴様らの専売特許だとでも思ったか?

 ハッハッハッハッ……これで貴様はお終いだ!」

 

ぷっつりとクウラの気が消えて、

しかもクウラは口を噤んで音も消してしまうのだった。

口惜しそうな、怨念めいたボージャックの叫びが荒野をただ虚しく震わせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザンギャは廃墟の片隅で、瓦礫に自ら身を埋めて、その陰でカタカタと震えている。

気を消して、息を殺して、精一杯身を縮こませて膝を抱えて蹲っていた。

 

ゴクアは殺された。

ビドーも、ブージンも多分殺された。

自分達は銀河戦士だ。 殺すことも殺されることも覚悟の上の略奪行為を山程してきた。

だが、仲間達が最期にあげたあの叫び声はなんだ。

尋常じゃない。

 

ザンギャの耳にこびり付いて離れない、あの甲高い、喉を引き裂くような断末魔。

一体どんな殺され方をしたらあんな声が出るのだろう。

4人の中で一番戦闘力が低い自分では、もはや勝てない。

一党のリーダーであったボージャックに賭けるしかない。

ボージャックが目覚め、奴を倒してくれるまで、ひたすらザンギャは怯え隠れる。

心が折れてしまった彼女には、もうそれしか出来なかった。

 

どれくらい時が経ったか分からない。

 

もうボージャックの封印は完全に解けただろうか。

 

あの異星人を倒しただろうか。

 

ボージャックは仲間意識も希薄で、唯我独尊…自分勝手な男だが、

強さだけは確かだったし働いた者には相応の旨味を与えてくれた。

かつては言い寄られ手篭めにされかけたこともあるが、

隙を突いて手刀で一閃。

彼の皮膚を傷つけた後直ぐ様手刀を己の首筋に当て、

 

「私に手を出せば、私は自分の喉を掻き切る」

 

などと啖呵を切ったこともあった。

思い出してみれば中々勇ましいことだ、と怯えている今の自分と比べてしまって、

思わず乾いた自嘲が漏れ出てしまう。

 

この星の夜は酷く寒い。

はぁーっと吐く彼女の息は薄っすらと白く、手を磨り合わせて泣けなしの暖をとる。

火は炊けない。

こんな死に絶えた荒野で火など使ったら目立って仕方ない。

あの恐ろしい異星人に一発で見つかってしまうだろう。

 

(大丈夫だ……ボージャックは、強い。

 強さだけは信頼できる………きっとアイツを倒してしまうさ。

 でも、ボージャックが迎えに来てくれてもなぁ……。

 そんな貸しをアイツに作ったら、女になれって言われたら断れないね…)

 

まぁ死ぬよりはマシか。

ボージャックの女になるか死ぬかの二者択一とは、なんとも惨めな自分の境遇に涙がでそうだ。

こんなことを考えられるようになったってことは、

どうやら少しは落ち着いてきたか。

そう思い、溜息をついたその時……、

 

 

惑星中に響くかと思うほどのボージャックの野太い断末魔が、

暗い夜空にいつまでも木霊した。

 



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界王達の超封印

夜が明けた。

あの身の毛のよだつボージャックの断末魔を聞いた時から、

彼女は生きた心地がせず一睡もできなかった。

ザンギャの切れ長の瞳の下には薄っすらと隈ができていて彼女の疲労を伺える。

 

「みんな…みんな死んだ……」

 

ガタガタと震えて、祈ったこともない神様へ助命を乞う。

このまま見つかりませんように、と。

 

だが。

 

ギュピ、ギュピ、ギュピ

 

砂と石とが強く擦れる音が規則的なリズムを刻んで近づいてくる。

 

「あ…、あ、あぁ…」

 

何故バレたの。

どうして私の居場所が分かったの!

逃げなければ、殺される…!

 

ザンギャは足の震えを抑え込んで地を蹴って空を飛び駆けた。

疲れも忘れて気を全開にして只々逃げた。

 

(大丈夫…! 追ってきていない!)

 

彼女の後ろには何の気も感じられない。

ひょっとしたらスピードは自分のほうが上なのかもしれない。

自分より素早いブージンがやられたのは、あの未知の気弾による奇襲のせいで、

まともに戦っていればブージンや自分がスピードで翻弄できたのではないか。

そうだ、実戦では持ち味を活かせず命を落とすことは多々ある。

 

(あの時は、アイツのペースに嵌ってしまっただけだ!)

 

自分に言い聞かせるようにして鼓舞する。

屁理屈を捏ねて自分の心を勇気づけなければ、まともに逃げることも出来なくなりそうだった。

ぐんぐんと景色が後ろに流れ、超が付くほどの速度で空を行くザンギャだったが、

 

ガシッ、

 

と自分の足首を掴んでくる感触。 

血が凍り心臓が口から飛び出しそうな程に驚嘆し恐怖する。

何かの間違いであって欲しいと思いながら自分の足を見れば、

 

「ひっ」

 

あの異星人がしっかりと足首を掴んで離さない。

グンッ、とザンギャの体が引っ張られ一気に惑星の重力に絡み取られた。

いや、重力による自由落下ではない。

 

「いやっ、やだ、離し、あ、いやあああああっっ!!!」

 

足首を掴んだまま猛スピードで異星人は大地へと突っ込んでいき、

そのままザンギャを掴んだ腕を振りかぶり……地面へと振り抜いた。

大地が、大地震でも起きたのか、というぐらいに揺れに揺れバリバリと裂けていき、

落下点を中心に大きな亀裂が縦横に刻まれていた。

 

「あ、う……やだ…た、助け、て…お願い……お願い…」

 

乱れきった気では防御力もガタ落ちのようで、

その一撃でザンギャの綺麗な皮膚は所々擦れ、裂け、打撃によって内出血している。

カチカチと歯を鳴らして震え、地べたに尻もちをつきながら必死に後ずさった。

 

「光栄に思うがいい……貴様はこのクウラの餌となり、血肉となって永遠に生き続ける」

 

異星人、クウラが喋り終わると同時に、

 

「や、やめろ…来るな……やだ……こないで…」

 

ザンギャの周囲の土中から鋼色の何かが6体、飛び出てくると、

それらはジリジリとザンギャに躙り寄って両腕を様々な刃物に変形させる。

高速回転する刃のモーター音が、ザンギャには死刑宣告に聞こえていた。

 

そうか、仲間たちはこうやって殺されたのか。

 

恐怖で埋め尽くされた思考の片隅で、漠然と殺され方を理解していた。

 

「ヘラー人は不思議な術を使うと聞いて用意しておいた木偶どもだが……、

 結局、貴様らの()()にしか使わなかったな……フフフフフフ」

 

『切って、刻ンデ、磨リ潰ス! 切って、刻ンデ、磨リ潰ス!』

 

『切って、刻ンデ、磨リ潰ス! 切って、刻ンデ、磨リ潰ス!』

 

『切って、刻ンデ、磨リ潰ス! 切って、刻ンデ、磨リ潰ス!』

 

包囲網を狭めるロボットが口々にアナウンスをかき鳴らす。

気のせいか、マシーンの癖にどこか楽しそうな…そんな感情を匂わせていた。

 

――もう終わりだ――

 

恐怖で全身の筋肉が竦み、涙腺が緩み瞳に涙が滲む。

自らの惨たらしい死を予感した、その時である。

 

空がグニャリと、水に色とりどりの油絵の具をぶち撒けたように不気味に歪みだす。

ロボット兵が調理を開始するのを腕を組みながら待っていたクウラも、

 

「っ! なんだ………?」

 

ザンギャを気にも留めず異常な空を凝視した。

もはや彼女には逃げる気力も無いとの判断だが、

仮に逃げられても再び瞬間移動で捕らえるのは容易い。

クウラの脳内では膨大な量のデータが処理され空間の解析が行われている。

 

「………これは空間が歪んでいるのか。

 時の流れが成層圏の向こうと地上側でズレが生じてきている…?」

 

『クウラ様。この現象を見た途端、このヘラー人の雌の鼓動と脈拍が急上昇シマシタ。

 何か知ッテイルノデハナイデショウカ』

 

ザンギャを見張り続けていたロボット兵が主へ告げると、

 

「………女……これを知っているのか?」

 

地へと視線を落としてザンギャを見つめた。

身が竦む彼女は、何とか首を縦にブンブンと振って必死に肯定。

それを見て彼は、指先をガリッ、と噛み

僅かに滴りだした血をナノマシンによって操作・変形させる。

何本もの細いケーブルを構築すると、

 

「ならば貴様の記憶を頂くとしよう」

 

ザンギャの脳へケーブルを直結し情報を引き出そうとする。

何をされるのかザンギャは知らない。

だが、本能的にさっきとは異なる危険を感じ取り、

またここが自分が助かる最後の可能性なのでは…と天啓のような閃きがあった。

 

「あ、あれは!! あれは、ふ、封印だ……!

 私達ヘラー一族が300年前にくらったもの!!

 あれはどれだけ戦闘力があろうと脱出は出来ない……!

 お前と、いや、あ、貴方と同じくらい強かったボージャックですら

 何も出来ず一方的に封じられた……あれは強さなど関係無しに全てを封印する!」

 

震える声で必死に言葉を紡ぐ。

ここが正念場だと、自分は生きていた方が貴方の役に立つと…

自分から全てを捧げ、証明せねばならない。

うねうねと伸縮するクウラの触手ケーブルの動きもピタリと止まり、

何やらザンギャの様子を観察しているようだった。

 

「………阻止する方法は」

 

「完成したらもうどうしようもない…だ、だから、封印が完成する前に、術者を殺すしか無い!

 私達ヘラー一族は超能力に長けていて、一度同じものをくらっているから! だから!」

 

だから分かる。信じて欲しい。ザンギャの心からの訴えであった。

 

「なるほど…緊急事態のようだな。 貴様の頭を割って脳を漁る暇はなさそうだ。

 ………それに、今のお前に嘘を言う余裕も無かろう。 …女…名は?」

 

「あ…ザ、ザンギャ!」

 

「ザンギャ! 貴様は木偶共を連れてふざけた真似をする術者を見つけ出し、殺せ!」

 

「……っっ!!! は、はいっ! お任せ下さい!!」

 

「俺はこの封印を解析し、突破方法を見出す……。 行け! 何をグズグズしている!」

 

「ははっ!」

 

跪いたザンギャの顔はクウラからは見えないが……

その顔は歓喜と安堵に満たされていた。

生命の喜び。生きているというだけでなんと幸福なのか。

自分はあの絶体絶命の危機から、生を掴み取った!

ボージャックにもブージンにも出来なかった偉業を成し遂げたのだ。

生き抜くという偉業を。

まだ助かるという保証は全く無い。

だが、流れは先程とは一転したのをザンギャは確信していた。

 

直ぐ様立ち上がり、気を漲らせ術者を探る。

ザンギャとしても、300年前に自分を封印してくれた存在に対して一矢報いたい気持ちがある。

 

そして残ったクウラはというと、

 

「時間のズレがどんどん大きくなっている………ビッグゲテスター、どうだ。

 ここら一帯が時間の本流から切り離された場合、俺達の脱出は可能か」

 

「イエ、既にコノ段階で瞬間移動すら不可能デス。 コレハかなり高度な封印と思ワレマス」

 

ビッグゲテスターと共に本格的な分析を行う。

しかし、どうも芳しくない。 状況はかなり悪いらしい。

 

「瞬間移動での脱出も出来んだと? 空間が切り取られ、時の流れを止めるというのか。

 チッ………何者だ…………このような封印を!」

 

「タダの超能力デハ到底不可能な所業。 また、一惑星の下級神にも不可能。

 80%の確率で界王の力であると推測………20%の確率で界王神デス」

 

「……………………界王、か。

 だが所詮は封印……その場しのぎに過ぎん。

 いつかは解ける。 ヘラー一族が這い出てきたようにな。

 いつか……そう、いつか…礼をせねばならんが、今は大人しく眠ってやろう…!

 界王……………………待っているがいい……このクウラの復活を!」

 

ビッグゲテスターと自分の見立てによって既に封印の妨害と脱出は諦めた。

何時になく随分と殊勝なクウラだが、

もともと彼は長命な種であるし封とはいつか必ず切られるものと知っている。

ザンギャとロボット兵にサーチ・アンド・デストロイを命じたのも只の悪足掻きだ。

自分の広範囲探知に未だ引っかからぬ推定主犯・界王を、

精神状態が不安定になっているザンギャと

低能の量産型メカ達で見つけることは難しいだろうと見立てている。

では、何故役に立たぬと知りつつザンギャを助命し手駒に加えたのか……?

それは、1%でも封印を逃れる可能性を高めるために使えそうなモノを使っただけであり、

また、ボージャックを喰ったことで急成長を遂げて、

クウラ自身やや高揚し良い気分になって気紛れが働いたから…と言える。

事態の急変とクウラの急激なパワーアップが、ザンギャに『生存』という奇跡を招いたのだ。

 

「オヤ、大人しく封印を受け入れるようデスネ。

 良イノデスカ? 長期に渡って封じられれば……

 破壊神はともかく、孫悟空達は寿命で死ニマスガ」

 

「その時は時間を跳躍するだけだ」

 

「時間逆行はオススメしないと言イイマシタガ」

 

「世界が増えようが、崩壊する危険があろうが……その程度どうでもいいことだ。

 俺の願いに比べれば……全ては下らんことなのだ……!」

 

超サイヤ人への復讐。

破壊神の抹殺。

全宇宙で最強となること。

それがクウラの願い。

それを成すためには、世界の何もかもを生贄に捧げてやる。 クウラの決意は固い。

勝つことに執着し、そして強さにも妥協しない。

誰よりも『最強』に拘る男……それがクウラであった。

 

この日、星喰のクウラが北の銀河のとある星に封印された。

彼の復活は、32年後……

エイジ767年に起きるセルの自爆に伴う北の界王の死を待たねばならないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、時は流れ……。

 

 

――エイジ767年――

 

 

「わ、わりい界王様。 ここしかなかったんだ…」

 

「……………!!」

 

「くっそぉ~~~~~~~っ!!!!」

 

その日、小さな小さな界王星が汚い花火となって弾けて消えた。

だが、セルはその自爆を生き延びていて悟空と界王らの死はちょっとだけ無駄だったが、

悟飯が完全に超サイヤ人2として覚醒したのでまるきり無駄でもない。

あの世からの悟空の応援もあって、結局セルは敗北し消滅したのだった。

 

強敵は死んだ。

だが、それは結局新たな強敵の出現の呼び水になったに過ぎない。

サイヤ人達に安息は来ないのだろう。

彼らのDNAと魂に深く刻まれた闘争の二文字が、

次から次へと難敵を呼び寄せているのかもしれない。

 

 

 

 

 

ドクン…

 

と、北の銀河の辺鄙な星が心臓のように鼓動した。

それは4人の界王が力を合わせた時にだけ使える超封印が崩壊した証。

どんな大敵も有無も言わさず封じる程に超強力だが、

4人の力が崩れた時、封印もまた脆くも破れてしまうのが欠点だ。

 

あの時のまま……封印が発動した時、そのままの姿、状況で彼らは目覚めた。

瞼と思考だけが鉛のように重く鈍いが、それ以外はあの日のままであった。

 

紫紺色のクウラの瞼がゆっくりと開かれ、紅い瞳がギラリ、と光る。

 

地球の平和が後どれだけ持つのか……それを知る者はいない。

 



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レベルアップ!クウラ機甲戦隊(ドーピング)

ギニュー特戦隊といいクウラ機甲戦隊といい、
彼らは格上強者、雑魚、ギャグ、変態、何をやらせても似合う万能選手だと思います。


地球は平和だった。

死んだ悟空も、これまでの功績からあの世でも肉体を貰い日々修行に明け暮れていたし、

地球ではZ戦士達はそれぞれ安穏な日常を送っていた。

ある者は自分を高めるために修行し、

ある者は愛する人と家庭を築き子を授かる。

レッドリボン軍やピッコロ大魔王、謎の宇宙人にセルの脅威を乗り越えた人々は、

そんな当たり前だが尊い日常を思い思いに楽しんでいた。

 

孫悟空の息子、孫悟飯はオレンジスターハイスクールに通う高校生となり、

初めて出来た学友達と学生生活を謳歌し、

陰ではグレートサイヤマンとして平和を守っていた。

 

なんやかんやで学友の一人、サタンの娘ビーデルに正体を知られ、

舞空術を教える羽目になったり、ずっと歳下の弟があっさり超サイヤ人になったり……

故・孫悟空が近々開催される天下一武道会に一日限定復活で出場すると言い出したり……

色々あるがやっぱり基本的には平和そのものだった。

 

彼らが来る、その時までは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日…………………、

一隻の大型宇宙船が太陽圏に到達した。

地球目掛けて、ゆっくりとだが進路をブレさせること無く確実に近づいてきている。

 

「……このまま順調にいきますと、後6日程で地球に到着いたします」

 

青色の肌にオレンジ色の髪の美女…………ではなく、

クリーム色の短髪色男、クウラ機甲戦隊の隊長サウザーがいつも通りに報告する。

 

少し時は遡り、北の界王が死んで直ぐのこと。

ゴクアに瞬殺されたがギリギリ生きていた彼ら機甲戦隊は、

クウラの命を受けたザンギャによって回収されていた。

単身で瞬間移動を行い地球に行っても良かったが、

それでは瀕死の部下をこの寂れた惑星に置いていくことになる。

当初はそれも厭わないつもりのクウラだったが、

32年間の空白と地球の情勢を調査するにつれその気が失せた。

 

悟空は死んでいた。

自分を二度も完膚なきまでに破ったあのサイヤ人が殺されていたという事実は

クウラに少なからぬ衝撃を与えた。

 

(時間を跳躍し、また過去に行くか)

 

一瞬そう考えたクウラ。

封印直前にビッグゲテスターに語っていた通り

『それしかないとなれば時間移動も厭わない』つもりのクウラだが、

安易にその結論に行き着くのは、さすがに短慮に過ぎると自分でも思っている。

時間の移動は自分とビッグゲテスターを持ってしても世界崩壊の危険が伴うし、

また、制御も一筋縄にはいかず望む通りの時代に行けるとも限らない。

辿り着いた先が『目当ての人物がいない世界』という可能性もあるかもしれない。

かつて自分がいた世界には『破壊神』も『全王』も存在していなかったのだから。

それらを考えると、孫悟空を始めサイヤ人達がほぼ前の世界通りにいる今生は実に良い。

ある意味クウラの理想の世界と言える。

復讐対象と、目指すべき明確な高みが存在する世界なのだ。

ここを去るのは惜しいと思えた。

 

(ならば……孫悟空を蘇らす方が色々と都合がいいかもしれん)

 

何としても殺してやりたいと思っていた相手を殺すために蘇らす……我ながら度し難い。

本末転倒な自分の思考と感情に、思わず口元に笑みが浮かぶ。

失われた命を蘇らすという神々の世界の奇跡の術を、何とかして自分も行えないか。

それを考えた時、クウラの記憶に弟の姿がフッ、とよぎる。

彼の弟が命を落とした理由は、『何でも願いが叶うドラゴンボール』を狙ったから。

そう、何でも願いが叶う………奇跡の玉。

 

「ドラゴンボール……それがあれば、最高の貴様を叩きのめすことが出来る……」

 

そうと決まれば、後は焦る必要もない。

それに、ビッグゲテスターの時空観測による未来視では、

そう遠くない未来に孫悟空が現世に戻るという予測もある。

希望的観測に過ぎないとクウラは一笑に付すが、

それでも可能性があるならそれも視野に入れるべきだろう。

自分は元々長命であるし今はマシーンの補助で不老に近く、

サイヤ人も全盛期の期間は長い。 破壊神は言わずもがな。

 

(……そうだ…焦ることはない。 事態は、俺の願いからそう逸脱はしていない。

 孫悟飯、孫悟天、トランクス………そして孫悟空とベジータ。

 貴様らが一同に集う日がサイヤ人最後の時だ………)

 

『孫悟空の死』を打開する方策と方針が定まった今、

急いで地球に行くよりも優先すべき事があるとクウラは考える。

クウラ機甲戦隊のレベルの底上げである。

ビッグゲテスターが残骸と化した宇宙船を修理するまでの間、

気の操作も出来ない直属の部下達を鍛え上げることにした。

しかし、

 

「はぁ…! はぁ…! はぁ…!」

 

「ち、ちくしょう…化け物だぜ、あの女!」

 

「俺達が…新人一人に手も足も出ねぇなんて!」

 

もはや完全に次元が違うのであった。

ザンギャ一人に軽くあしらわれる始末で、

サウザーの戦闘力は17万。

ドーレ、18万5000。

ネイズ、16万3000。

一方のザンギャは250億で、ついでに言えば彼らの主、クウラの現戦闘力は1900億である。

当然、訓練相手のザンギャは指先一つで相手をしてやってる状態だ。

 

「……不甲斐ない。 それでも俺の名を冠する機甲戦隊か!

 お前達のレベルではこの先の戦いにはついて来られん。

 この数日の訓練で戦闘力が上昇する気配も無い……。

 クウラ機甲戦隊は、ザンギャ一人に任せるしかないようだな」

 

衝撃がサウザーらに走る。

クウラ直属の親衛隊であったことは、彼らの何よりの誇りだったのだ。

 

「お、お待ち下さい!! このサウザー、必ずや強くなってみせます!!

 ですから、その儀だけはご容赦下さいっ!!!」

 

ボロボロで倒れていた体を無理矢理起こすと、

フラフラのまま跪いたサウザー達は必死に懇願する。

サウザーの言葉にドーレとネイズも続き、もう二度と醜態は晒さないと必死に懇願し、

その必死さは見ているザンギャが哀れに思うほどであった。

 

(…そんなにクウラ様が好きなのか? ボージャックに負けず劣らず冷酷に見えるけどね)

 

機甲戦隊の忠誠心の高さに首を傾げる彼女なのであった。

とは言え、今の自分の待遇は同族と宇宙海賊をやっていた時よりも格段に良い。

そもそも自分は彼に殺されかけて助命の為に降ったに過ぎないが、

最優先で修復された大型宇宙船の生活ブロックは…

冷暖房完備・シャワー浴室水洗トイレ完備・ベッドはふかふか・オマケに全部清潔で、

これが生活の平均的な水準だとすると海賊時代とは比べ物にならない。

海賊時代には野宿や風呂に入らないのは当たり前。

酷いときには1ヶ月も2ヶ月も水浴びすら無い時もあった。

周りがむさい男だけで、しかも皆そういうことが平気な者達だったから女性としては辛かった。

しかも、機甲戦隊らと初対面の時に

 

「入隊、歓迎する。 クウラ様に目をつけてもらえるとは貴様は本当に運がいい。

 クウラ様はフリーザ様と違って余り多くの部下を持つのを好まない。

 例え、クウラ様の気紛れで貴様の入隊が許されたのだとしても、

 その気紛れを引き当てた自分の運の強さを誇るといい。

 クウラ機甲戦隊は実力主義だが、それでも先輩を敬うことを忘れてはいけないぞ。

 まぁ、少しぐらいお前が強かろうが、我々は皆スペシャルエリートだ。

 最初は凹むぐらい訓練でボコボコにされるだろうが、なに、安心しろ。 程々にしてやる。

 さて、では入隊にあたってこの書類に目を通してほしいのだが……

 ああ、ハンコはいい。 どうせ持っていないだろう。

 スペースパイレーツなどやっていたのだ。 わかっている。 後で拇印しておいてくれ。

 第一項にある通り我らクウラ機甲戦隊は

 有給、産休、育休、どれも男女種族の区別なく保証されている。

 ふふふ、ギニュー特戦隊のジースは

 『俺の隊は休みもバッチリで雰囲気も抜群』などとほざいていたが、

 我らクウラ機甲戦隊も当然バッチリなのだ!

 決してギニュー特戦隊に対抗してこれらを充実させたわけじゃないぞ!

 いいか!

 休みバッチリ、給料はイッパイ、老後も安心、雰囲気ニジュウマルは

 我らクウラ機甲戦隊こそが先にやっていたことだ!

 なぁ、ドーレ? そうだろ、ネイズ!」

 

「おおともよ!」

 

「その通りだぜ!」

 

「フッ、そういうことだ。

 いいか、新入り。

 クウラ様は実にストイックな御方で、女を御自身のお側に置くのは非常に珍しい。

 我らは忠実なる部下として、

 クウラ様がその栄光の血筋を後世に残さないのは非常に勿体無いと常々心配していた。

 勿論、コルド様やフリーザ様が一族にはおられるが、

 それとこれとは話が別だ。

 クウラ様に御子が生まれ、そのお世話をし、親子二代に渡ってお仕えするは臣の誉。

 お前は希望だ!

 クウラ機甲戦隊にとっても初めての後輩だが、なによりも!!

 クウラ様が初めてお側に常駐させる女だ!

 クウラ様の女っ気はお前だけだ! 希望の星なのだ!!

 頼む!

 クウラ様を何としても口説き落としてくれ!!

 私もドーレもネイズも全力でサポートする!

 安心して色仕掛けをするがいい!

 だが…く、くそ……!

 俺が女だったら、貴様なんぞにこの役目を譲りはしないぜ!! 羨ましい!!

 あ………………………………うむ、いや私は普通の性的嗜好だがな?

 ご、ごほん。

 まぁ、とにかく……歓迎する!」

 

長ったらしい歓迎の言葉を一部スルーしつつ、(主に口説き落とせだの羨ましいだのの部分)

公用語の入隊書類を良く読んでみると……。

そこにはかなりの好待遇っぷりが羅列されていて、

 

「こ、これは本当なのか!?」

 

と、サウザーに何度も確かめてしまったほどだ。

いきなりそれらを鵜呑みにするほどザンギャはバカではないが、

少なくともボージャックの元にいるよりは余程良さそうな予感はしたのだった。

 

(この好待遇を逃したくない……っていう風でもない)

 

地に頭を擦り付けて願う機甲戦隊を見ながら、ザンギャはクウラが何と言うかが気になった。

 

 

クウラは、端から見てまったく感情が伺えぬ瞳で部下達を見ている。

しばらくして、

 

「…………ならば、5年待ってやろう。

 5年で戦闘力を100億以上にすることが出来たら…お前達をそのまま側近として使う。

 だが、5年経っても結果が出ぬ時はこの星に貴様らを置いていく」

 

そう言った。

 

(5年で、20万以下の奴らを100億!? 幾ら何でも無理だ)

 

ザンギャは、お喋りなセンパイ達とは5年後にオサラバか…と既に確信した。

だが、

 

「ザンギャ」

 

いきなり自分も名を呼ばれて、油断していた彼女はびっくりしてしまう。

 

「は、ははっ」

 

「貴様もだ。 5年で戦闘力を1000億以上にしろ」

 

「せ、せん……え? せ、せんおく!!?」

 

しかしそれは! とか、5年で4倍の強さなんて不可能です! とか抗弁してみるが、

 

「貴様の場合は…1000億以上にならぬ時は殺す」

 

絶対零度の視線で射抜かれながらそう言われてはザンギャの抵抗も終わりだった。

機甲戦隊達もことの重大さに、俯いた顔を上げられない。

実質的なクビ宣告と、死刑宣告。

サウザー、ドーレ、ネイズ、ザンギャはそう受け取った。

しかし、クウラの、続けて放たれた言葉に絶望以外の感情が生まれることになる。

 

「当然だろう。 この俺が貴様ら部下の訓練に付き合ってやるというのだ。

 5年で結果を出せて当たり前だ」

 

「ク、クウラ様自らが!!!」

 

「俺達に特訓を!!!」

 

「ま、前みたいな、クウラ様の身体の慣らしに付き合え、とかでは無くてですか!?」

 

目を輝かせ出した機甲戦隊先輩組。

ザンギャも、意外な言葉に切れ長の目をキョトンと大きくしていた。

 

「サウザー、貴様らはまず………

 この木偶共の言葉に従い、機械相手にトレーニングを繰り返せ。

 それが終われば俺が相手をしてやる」

 

クウラが言い終わった途端にロボット兵が6体土中から飛び出し、

 

(どっかで見た嫌な光景だね)

 

デジャヴを感じたザンギャの眉が少し歪む。

 

「ザンギャ……貴様の戦闘力は250億。 木偶人形では相手にならんだろう。

 光栄に思うがいい…お前の組手相手は、この俺だ」

 

主の言葉にさらにザンギャの眉が歪んで、彼女の頬を冷や汗が一筋伝った。

機甲戦隊の地獄の特訓が始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というのが7年前の顛末である。

修行に5年、クウラの自己強化の為の星喰に2年を費やし、

時空観測の予測結果が『悟空の復活が近い』ことを報せたのを契機に、

 

「舞台は整ったようだな…」

 

というクウラの言葉と共に新生クウラ軍団はいよいよ地球に向けて進発したのだった。

 

クウラ機甲戦隊・隊長サウザー、戦闘力370億。

ドーレ、戦闘力385億。

ネイズ、戦闘力363億。

ザンギャ、戦闘力1100億。

そして、その首領、クウラ…戦闘力2000億。

 

機甲戦隊の伸び率が凄まじく、それはつまり5年の訓練の地獄っぷりを物語っている。

しかし彼らのこの異常な強化は、当然幾らかのドーピング故である。

過酷なトレーニングはそれに耐える下地作りでもあったのだ。

 

「ふふ……俺の中に、クウラ様の細胞と一体化したナノマシンが!

 あぁ、素晴らしい…俺の中にクウラ様がいるぞ! クウラ様万歳! クウラ様万歳!」

 

というわけなのだが、ナノマシン注入の影響か、

サウザーのテンションが少々おかしなことになったのだった。

今のクウラもそうだが、ビッグゲテスター・ナノマシンが体内にあるからといって

彼らの肉体は銀色に輝くメタリックボディではない。

肉体の深奥から様々なメディカルチェックと強化を行う為、体表に金属が現れることは無い。

また、体表まで覆い隠す程のナノマシン量は、クウラ以外では寧ろ害悪となる。

細胞がナノマシンに負けて喰われてしまい、生物として崩壊してしまうのだ。

過剰注入の後には不出来な流体金属ロボットが出来上がるだけだった。

完全メタルボディ化はナノマシンに完全適合しているクウラだけが使える秘技だと言える。

 

「……クウラ様、ナノマシンにそういう効果でも?」

 

奇人サウザーを見ながらザンギャが怪訝な顔で質問する。

自分でも知らぬ間に思考と精神を操られるのでは…という心配が暗に感じられるが…

しかし、

 

「心を操るナノマシンを造るほど俺は暇ではない。

 それに、そのようなことをする理由もない……俺に跪きたい奴だけ跪けばいい。

 俺が気に入らぬ時はいつでも構わん……反乱でも起こすのだな」

 

歯向かいたい奴は歯向かえ。

そう嘯くクウラの不敵で、獰猛で、冷たい…孤高の覇王の笑みに、

 

ゾクリ、

 

とザンギャの奥深くを恐怖以外の何かが駆け巡る。

 

「ザンギャ…貴様も、俺を殺したくなった時はいつでも構わんぞ……クククッ。

 ………サウザーは想像以上のパワーアップに一時的な興奮状態に陥っているのだろう。

 放っておけ。 俺はトレーニングルームに入る……後は任すぞ」

 

ザンギャを一瞥もせずに、そう言ってメインルームを後にするクウラの背に注がれる視線。

ドクンっ、ドクンっ、と妙な高鳴りがザンギャの心臓を襲い、

また、自分を少しも見なかった主に何故か不満が溜まる。

 

(男が何人も言い寄ってくるくらいには顔に自信はあったんだけど…クウラ様は全く――

 って、私は何を考えてるんだ……らしくもない)

 

クウラの背を見つめるザンギャは、自分でもそれが何故なのか分からなかった。

 



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危険なふたり! 孫悟飯は静かに暮らしたい!

父である孫悟空が、占いババの力で一日限定だが第25回天下一武道会の日に蘇る。

孫悟飯はその日を心待ちにしながら、母チチの許しも得て日々修行に勤しんでいた。

 

オレンジスターハイスクールの学友達とも上手くいっているし、

サタンの娘・ビーデルにはグレートサイヤマンの正体が自分だとバレてしまったものの、

何だかんだで上手くいっている。

父が、母と自分に残していってくれた思わぬ置き土産、

忘れ形見の孫悟天は少しノホホンとし過ぎているが可愛い弟だ。

クリリンは18号と結婚し子を授かって、

父のライバル・ベジータも心を持ち直して孫悟空との再会を楽しみに修行を再開。

恩師ピッコロは修行しつつも下界のこと、自分のことを見守ってくれている。

 

今、孫悟飯は順風満帆だった。

犯罪は相変わらずあるものの、地球全体としては平和そのもの。

修行に学業に精を出し、少し気になるビーデルとは

家族ぐるみで付き合いが始まりつつある程の仲になっていて、今は…

 

「神龍が見てみたい!」

 

と言い出して実弟の孫悟天、甥っ子のような存在のトランクスと共に

ドラゴンボール集めをしつつピクニックをしている頃だろう。

 

(まぁ、たまにはいいさ……修行の息抜きに丁度いい。 もう地球も平和だしね!)

 

悟飯は修行しながらもビーデル達のことを思っていたが、

 

(ん? ……………凄い気だ! しかも、一つじゃない!!

 二つも……ま、まさか!!)

 

顔つきがサイヤ人らしい鋭いものとなって、全開の舞空術で空を駆け始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地球・寒冷地帯のナタデ村近郊は破壊の限りが尽くされていた。

強力なエネルギー弾によって幾つもの山や森が破壊され焼き尽くされている。

 

「カカロット………カカロットォ…………カカロットぉぉ!!」

 

怨嗟の呟きを繰り返す、見た目は20代にしか見えぬ男が膨大な気を撒き散らす。

ボロボロの悟天とトランクスを狙うトドメのエネルギー弾が、

淡い黄緑の尾を引いてまっすぐに彼らに吸い込まれていった。

 

朧気な瞳でそれを見ているしか出来ない悟天だったが、

彼の目の前で別の気弾が割り込んで

その破壊エネルギーを遥か彼方にふっ飛ばしてくれたのだった。

 

「ブロリー……! まさか生きていたのか!」

 

間一髪、孫悟飯は弟とトランクスの命を救えたことに安堵した。

ブロリーが作ったであろうクレーターに着陸すると、

弟達はガバリッ、と起き上がって悟飯目掛けて涙目で駆け寄っていく。

 

「おにいちゃーーん!!」

 

「ご、悟飯さぁーーん!!」

 

サイヤ人の血を引くとはいえまだ子供。

化け物染みた本物のサイヤ人の襲撃は恐怖そのものだったろう。

 

「ブロリー相手によく無事でいられたもんだ」

 

悟飯は弟を片手で抱きかかえ、

足元に駆け寄ってきたトランクスの頭をくしゃくしゃと撫でてやる。

 

「ブロリー?」

 

「誰なの、ブロリーって」

 

「…7年前に父さんがやっつけた『伝説の超サイヤ人』だ」

 

自分達を襲っていた化け物の衝撃の正体を知ったトランクス。

大口を開けながら、

 

「うへぇ! どうりでオレや悟天や、ビーデルの姉ちゃんが勝てないわけだ!」

 

今度は悟飯にとっても衝撃の発言をするのだった。

 

「え、えええええ!? ビ、ビーデルさんもぉ~~!?」

 

(な、何してるんだあの人は! ブロリーと戦ったのか!? い、生きててくれよ!!)

 

ブロリーが空からコチラを鋭い目で睨んでいるというのに、

思わず悟飯はズッコケそうになる。

クリリンやヤムチャ達のように、

長年厳しい修行と激しい戦いを繰り返してきた地球人ならまだしも、

最近、舞空術をマスターしたばかりのビーデルとブロリーでは…

かつての大敵の言葉を借りるなら「蟻と恐竜」以上の差がある。

 

「う、うぅ……カカロット…………カカロットォォーーーーッッ!!!!」

 

突然、大人しく宙から悟飯らを見ていたブロリーが叫ぶ。

脈絡無く感情を高ぶらせ気を爆発させて悟飯目掛けて脇目も振らず突進する。

カカロット……父・孫悟空のサイヤ人として名を叫ぶブロリーを見て、

 

「そうか……お前は父さんを追って…! だが、父さんはもういない!

 父さんに代わって……僕がお前を倒してやる!!」

 

ブロリーが何故地球にいるのか。

ブロリーが何故戦うのかを、薄っすらとだが悟る。

 

(だけど…ブロリーは一人なのか? 大きな気は二つあった!

 もう一つは、もう一つはどこだ……!)

 

正気を失っている様に見えるブロリーだが、それでも攻撃の苛烈さは7年前と変わらない。

繰り出されるパンチの一つ一つが、恐ろしい破壊力を秘めているのが悟飯には分かる。

ブロリーの拳を捌いて隙をみては悟飯も仕掛けるが、

 

(相変わらず化け物だ……! 僕だってあの頃より相当パワーアップしてる筈なのに!)

 

7年前の少年時代に感じた力の差を今も尚感じる。

しかも悟飯は目の前の化け物に集中しきれていない。

ブロリーに勝るとも劣らないもう一つの馬鹿でかい気の正体が、

どうしようもなく不吉なものである気がしてならないのだ。

だが、

 

「ごっ!?」

 

集中力に欠いた状態で対処出来るほどブロリーは生易しい相手ではない。

超サイヤ人の豪腕が悟飯の腹に突き刺さり、

 

「ぐはっ!!」

 

風を切り音を置き去りにする速度の鋭い蹴撃で悟飯の顔面を蹴り抜く。

高速で大地を抉り滑っていき、

岩山の麓に突き刺さるようにして衝突しやっと止まることができた。

 

「………フフッ」

 

ブロリーが愉快そうにほくそ笑み、わざわざゆっくりと歩いて悟飯の元へ進みだした。

と、丁度その時、岩陰から飛び出す華奢な人影が一つ。

ビーデルであった。

ブロリーの顔に、彼女のなかなかの蹴りが突き刺さり、

ブロリーの皮膚がほんの僅かにへこんだ気がするが、気のせいかもしれない……

という程にノーダメージであった。

 

「悟飯くんに何するのよ!」

 

黒髪の少女の言葉を受けてもブロリーは少女に視線もよこさず、

ただ孫悟飯の元へ着実に歩みを進める。

 

「こ、この…! 聞きなさいよ! やぁ! はぁっ!!」

 

諦めずにサタンと悟飯直伝のパンチにキックのコンボを叩き込むが、

 

ギュピ、ギュピ、ギュピ、

 

というブロリーの足音は全く淀み無く悟飯目掛け進んでいく。

 

「ビ、ビーデルお姉ちゃん!! なにやってんだよ! 殺されちゃうよ!」

 

ビーデルの蛮勇にさすがの怖いもの知らずのお子様二人組も慌てて、

急いでビーデルの元に駆け寄ろうとした、その時であった。

 

「……強大な戦闘力………孫悟空が生き返ったのかと思い来てみれば…。

 貴様のせいで予定が狂ったぞ。 何者だ。

 その変身…………………孫悟空の超化とは少し異なるようだが…」

 

太陽を背に、遥か上空から彼らを見下しながら語りかける者。

その姿は、陽光によってただ黒い影にしか判別できない。

 

ギュピ、

 

ブロリーの足が初めて止まり、視線を太陽へと向けた。

 

(い、今の声……ま、まさか! 嘘、だ…! 奴は、父さんと、トランクスが……)

 

ヨロヨロと立ち上がり、瓦礫を乱雑に払い除けながら孫悟飯は恐怖した。

今では自分の方が強いはずだ。

しかし、幼少期に味わったあの宇宙人の怖さは、

戦闘力云々の問題ではなく悟飯の脳裏に強烈に焼き付いていた。

グレートサイヤマンのセンスはその時に出会ったギニュー特戦隊の影響……かもしれない。

 

影が、ゆっくりと地上に降下し、そしてそれに続いて4人の人影も何処からか現れ……

 

「なんだぁ? またバケモンみたいな奴が出てきたぞぉ?」

 

「うひゃー、白くて紫で尻尾だよトランクスくん! 宇宙人だ!」

 

「だ、誰なのアンタ達! 次から次へとなんなのよ!」

 

トランクス、悟天、ビーデルが各々の感想をぶちまける。

ブロリーは悟飯達を一先ず眼中から追いやり、今ではその宇宙人をジッと見つめていた。

 

「き、貴様は、フリーザ…なのか? 何故貴様まで生きている!」

 

「悟飯くん!」

 

気を漲らせ全力でビーデルらの元に戻った悟飯は、

彼女らを庇うように一歩迫り出して大声でフリーザの面影が見え隠れする異星人に対面した。

すると、フリーザらしき人物の前に…

 

「この御方はフリーザ様の御兄君、クウラ様だ! 

 フリーザ様を知っている黒髪男に黒髪女……ということは貴様らが超サイヤ人か。

 フフフッ……5人まとめて葬ってくれる」

 

傍らに控えていた青肌の優男が一歩踏み出して、代わりにつらつらと喋りだすのであった。

 

「フ、フリーザの…兄!? どうりで凄い気だ……フリーザの何倍も強い!

 ブロリーと同じくらいの、デカイ気だ!!」

 

ブロリーは、カカロットの面影を強く残す悟飯を倒したい。

クウラは、孫悟空の血を引くサイヤ人を始末したい。

だが両者は、己に近しいパワーを秘めた互いを無視できないし、

それにクウラの目的の一つにはサイヤ人の絶滅がある。

栄光の一族たる自分達を脅かす強戦士族の存在は許し難く、

クウラの眼によるアナライズは、

眼前の男が服の下に尻尾を隠し持っていることを看破している。

サイヤ人の生き残りであることは間違いあるまい。

二人の視線は交差し続け、やがてその眼にふつふつと殺気が宿り……

 

「クククククッ…サイヤの猿は皆殺しだ……機甲戦隊、雑魚どもは任せる!

 俺の相手は…貴様だ、超サイヤ人ッ!!!」

 

気を爆発させたクウラがブロリー目掛け一気に地を滑り跳んだ。

 

「……!! 邪魔をするな……虫けらァ!!」

 

ブロリーが吠え、二人が繰り出した拳はほぼ同速で二人の眼前でぶつかり合い、

衝撃で空気が震え互いの気の余波が周囲の地形を破壊する。

 

「うわっ! くっ……悟天、トランクス、ビーデルさんを頼んだぞ!!

 なるべく遠くに逃げ―――っ!?」

 

叫ぶ悟飯が咄嗟に避ける。 

青く細い腕が悟飯の髪をかすめ、毛の数本が宙に舞った。

 

「どこ見てんだい? 戦いの最中に女に気を取られちゃダメだよ坊や」

 

腕の持ち主……不敵に笑うターコイズ色の肌の美女が、殺気を込めて悟飯を見ていた。

 

「悟飯くん! 私が逃げるわけないでしょ……ってちょっと、何するのよ!

 離して、トランクスくん、悟天くん!!」

 

「ダメだって! あいつらのパンチ見たろ!? あいつら、本当の化け物だよ!!」

 

「はやくいこうトランクスくん! ここにいたら巻き込まれちゃうよ!!」

 

ビーデルの両腕を抱えて全力疾走で逃げようとした悪ガキ二人組だったが、

 

「おっと、何処へ行くんだ? 暇なら俺達が遊んでやるぜガキ共」

 

「あぁ…! は、速い!!」

 

一瞬で彼らの目の前に深緑の肌をした大男が回り込み、その進路を塞いでいた。

左右を見れば既に青肌の男とカエルのような宇宙人。

トランクスと悟天の顔色がみるみる悪くなり、

さすがの強気娘・ビーデルも今の状況に冷や汗が滲んでくる。

 

Pipipi……

 

かつて、悟飯がナメック星で嫌というほど…

そしてトランクスと悟天、ビーデルは初めて聞いた独特な電子音が響き、

 

「へっ、ゴハンとかいうサイヤ人は700億だからザンギャに譲ったが…。

 ガキ共も戦闘力8億か。 たまげたなコリャ…さすがサイヤ人だぜ」

 

「おい、見ろよサウザー、ドーレ! 女は戦闘力たったの10だぜ!?

 こいつサイヤ人じゃねぇ、地球人のゴミだ。 ウヒャヒャヒャヒャ」

 

ビッグゲテスターの技術を取り入れた特別仕様のスカウターは壊れること無く戦闘力を計測した。

ドーレがトランクスと悟天の戦闘力に驚嘆し、ネイズがビーデルを笑い者にする。

だがサウザーは、

 

「……ドーレ、ネイズ。

 かつての俺達だったら、このガキ1人にも瞬殺されていたということを忘れるな。

 それにサイヤ人と地球人は瞬間的に戦闘力が上昇するというクウラ様のお言葉を思い出せ。

 全力で………殺すっ! 我ら、クウラ機甲戦隊!!!」

 

「「おおっ!!」」

 

バッ!ババッ!バッ!

三方に陣取っていてもお決まりのスペシャルファイティングポーズはやめない。

新入りのザンギャは生意気にも「絶対にやらない」等と言っているが、

いつか必ずやらせてやる…とサウザー達は密かに誓っているのだった。

 

今、悟飯達の激闘の幕が切って落とされた。

 



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激突、クウラ軍団

あの世で北の界王が顔面を真っ青にして何やら震えていた。

長年の友人でもあり弟子でもある孫悟空は、界王の様子に気づいて、

 

「どうしたんだ界王様? 顔がいつもよりもうんと青いぞ」

 

軽い調子で冗談めかして言う。

しかし界王は、

 

「うるさ~~~い! わしゃ元々こんな色じゃ!

 ぬぬぬぬ…! ま、まさか奴が復活してしまうとは……お前が悪いんじゃぞ悟空ぅ!

 お前がセルの自爆にわしを巻き込んで殺してしまうから、

 星喰のクウラの封印が解けてしまったのじゃ!」

 

地上の様子を見ながら、怯えたようにワナワナと震え、

界王の言葉に悟空も呑気な表情を改めた。

 

「そのクウラって奴…何者なんだ」

 

「………かつて銀河中の星々を荒らし回っていた冷酷非情の男じゃ。

 そして……お前が倒した宇宙の帝王・フリーザの実の兄…!」

 

「な、なんだって!? フリーザの!?」

 

「クウラは余りにも強く凶暴で、宇宙の誰も奴に手出しは出来なかった。

 このままでは銀河中の星が滅ぼされる………

 そこでワシら界王が協力し、何とか奴を銀河の果ての星に封印したのじゃ……。

 そのクウラが地球に来たらしい……しかも悟空よ。

 何とブロリーもいるぞ!」

 

「ブ、ブロリー!? ブロリーって、サイヤ人の、あのブロリーか!?

 何であいつが地球にいんだァ!?」

 

「そんなの知らんわい。 とにかく一大事じゃぞコレは~~!

 悟空、占いババの一限定復活は今日にして貰ったらどうじゃ!」

 

慌てふためく界王の後ろで、ウホウホと首を縦に振るゴリラ顔の猿、バブルスくん。

ゴリラの横にはバッタをコミカルにしたようなグレゴリーくんもいて、一緒に頷いていた。

悟空は冷や汗を一筋、頬に垂れさせるが

 

「………………いや、やめとく。

 地球はもう悟飯達に任せることにしたんだ。

 オラがいねぇと守れねぇんじゃ意味がないからな…………オラの出る幕じゃねぇ」

 

渋い顔をしながら、それでも彼は介入を固辞したのだった。

息子への信頼の現れなのかもしれない。

だが、そう言った悟空自身、

どこか祈るような……賭けに出たような……そんな心境ではあった。

 

(地球を……チチと悟天を頼むぞ、悟飯…!)

 

孫悟空は厳しい表情であの世の空を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドーン、ドーン、という

超重量物同士がぶつかり合うような音が1秒に間に何回も聞こえてくる。

音の発生と同時に空気が激しく振動し、その度に空が震え大地が少しずつ削れていくのだ。

悟飯級の強さでなければ目で追うことも出来ない激闘が展開されていた。

 

「猿如きがぁぁ!」

 

「く……虫けらめ……!」

 

クウラとブロリーのラッシュの応酬は激しさを増す一方である。

双方の体には、お互いがつけた痛々しい傷が無数に刻まれているが、

クウラのそれは全て浅いもので、一方のブロリーが負った傷は浅くない。

そして、

 

「…っ! ぐ、う…!」

 

ブロリーの首筋に叩き込まれた尻尾の一撃が、彼の表情を苦悶に変える。

 

「ククク……超サイヤ人と言えども、今の俺の敵ではない!

 貴様の後は、ガキどもを殺し……孫悟空をも超えてやる!!」

 

「…!」

 

クウラのその言葉に反応したのかブロリーの瞳が見開かれ、

 

「……カカロット…! カカロットぉぉ………カカロットォォォォ…!!

 うおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!」

 

「な、なんだ!!」

 

突如、莫大な気がブロリーに収束し、異質なパワーが周囲の空間をも異色に染めてしまう。

肉体が膨張し、筋肉が肥大し、

異常な気が目の前のサイヤ人の内側から溢れ出るのがクウラの眼には見えた。

 

「ス、(スーパー)サイヤ人が、更なる変身を!?

 データにある超サイヤ人2とは異なる変化だ…!

 せ、戦闘力が……1200億、1300億、1500、1700、1900……!

 まだ上がるというのか………!!!」

 

自身の戦闘力2000億を超えて尚も止まりそうもないその上昇。

先程までは圧倒的優位だった戦力差が、覆されつつある。

クウラの紅い瞳が純粋な驚嘆に大きく開かれて、サイヤ人の変化に見入ってしまう。

 

「グゥゥゥゥゥゥゥッッ!!! 虫けらめ…、今…血祭りに上げてやる!!!!」

 

「戦闘力……3000億!!! まだ上がって――ごはッッ!!!?」

 

超高速で迫った伝説の超サイヤ人の豪腕が、深々とクウラの腹を抉りこむ。

彼らの戦いの第2ステージが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、悟飯とザンギャの戦いは一方的なものであった。

唯でさえ、ザンギャ1100億vs悟飯700億という戦力差があり、

しかも孫悟飯の性質は戦いに向いていない優しいものなのだ。

相手が女性というのも手伝って、悟飯はかつてセルを葬った時のような力を出せないでいる。

今の悟飯は超サイヤ人2にすらなれず、それに加え無意識のリミッターが掛かっているのだ。

それでも700億という戦闘力を維持しているのは、さすが孫悟空の息子であるが……

 

「うわっ! ぐ、う…!」

 

ザンギャの素早い膝蹴りがモロに悟飯の背に命中する。

先の超化第一段階のブロリー戦のダメージも残っている割には健闘しているが、

それでもジリジリと追い詰められているのには変わりない。

ザンギャから繰り出される雨霰の拳の弾幕が、

 

「く…! う…、しまっ――ぐわぁっ!!」

 

とうとう悟飯を捉え、ガードがガラ空きとなった鳩尾に数発のパンチが叩き込まれる。

 

「なんだ、女だからって手加減してくれてるの?

 ありがたい話だね……だったらそのまま直ぐに死んでくれると楽なんだが」

 

妖艶さすら感じさせる挑発の笑み。

ザンギャがガシッ、と悟飯の顔を掴むとそのまま掌に気をチャージし、

 

「うわああああああっ!!!」

 

けたたましい爆発を悟飯の顔面で起こしてやる。

 

(だ、だめだ……意識が……お父、さん……)

 

グラリ、と悟飯の膝から力が抜けかける。

彼の瞳からも力が抜け始め、焦点があやふやとなってきた。

終始優勢のザンギャだが、ここに来て大分余裕綽々となって、

 

「……クウラ様を待たせる訳にはいかない。 さっさと決めさせてもらおう」

 

自分の技に巻き込まれぬように大きく間合いを取り直すと、

膝下まで届く長いくるくる髪をフワリと掻き上げ、そのまま両手を頭上に掲げ気を溜める。

 

「死ねっ!!」

 

赤い光の矢が悟飯目掛けて無数に殺到していくが、

悟飯にそれを避ける気力はもう無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして………悟飯が劣勢であるのにトランクス達が優勢なわけもない。

3人も散々な戦いを強いられていた。

最初こそ、

 

「き、金髪の髪に変わったぜ、このガキ共!

 戦闘力……400億ぅ!? あ、ありえねぇ……50倍だと!?」

 

スカウターの故障だなんだと認めない、ということもなくネイズは戦慄した。

一瞬で子供2人が自分達以上の戦闘力になれば誰でもそうなるだろう。

 

「だが俺達は3人、貴様らはお荷物を抱えながら2人。

 くくくくっ、俺達有利……ってわけだなぁ!!」

 

ドーレがジグザグに動きながらトランクスへの間合いを詰め、

彼が動き出すと同時にネイズもまた駆け出す。

 

「だりゃ!!」

 

「速いけど…トロいぜおっさん! へへーん、俺のほうがはっやいみたいだなぁ!」

 

トランクスは余裕でドーレの鉄拳を避けるものの、

 

「あっ! 下だよトランクスくん!」

 

「えっ?」

 

ガッシリと足をネイズに掴まれてしまう。

ネイズがぎょろりとした大きな眼球を歪ませ笑い、

 

「へへへ…ガキィ、動きが単調だぜ! ネイズ様の電撃を喰らいやがれぇぇぇぇぇ!!!」

 

「うわあああああああああああ!!!」

 

彼の種族が得意とする超電撃を容赦なく浴びせたのだった。

悟天は親友の苦しむ様に怒りながら更に戦闘力を高め、

 

「やめろぉーーーー!!!」

 

一瞬でネイズに肉薄するものの、

その瞬間に斜め上方から奇襲的に突っ込んできたサウザーによって撃墜され落下。

それをすかさずドーレが追って、

その勢いのままにキックの態勢で悟天の腹に突っ込むのであった。

 

「うあああぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

電撃で焼かれるトランクスの悲鳴に混じって悟天の叫びが空に吸い込まれ行く。

 

「分かりやすい奴らだぜ。 戦闘力が幾らあろうとガキはガキか」

 

戦闘力で下回るサウザーが逆に余裕の笑顔を見せる有様であった。

幾ら才能と身体能力で勝っていようとも、相手は百戦錬磨の軍人といえる機甲戦隊である。

まだ幼く、温かな家庭で育った悟天とトランクスとは経験値が全く違った。

 

「ア、アンタ達…! 子供相手になんてことすんのよ、このォーーー!!」

 

遥か異次元の超速の戦いに置いて行かれたビーデルだが、

それでも年上のお姉ちゃんとして可愛い弟分を酷い目に遭わされて黙っていられない。

世界チャンプ・サタンの一人娘としての矜持と正義感も、彼女から逃走の選択を消してしまう。

だが当然、

 

「……愚かな女だ」

 

ビーデルのパンチはあっさりとサウザーに躱され、

 

「あぐっ!!」

 

逆にビーデルの細い首をガッシリと掴まれて、じりじりと締め上げるのであった。

 

「フフッ、あと少し俺が力を込めれば千切れ飛ぶぞ。 それまで意識が持つかな?」

 

「あ、あ…あ、ぐ…かはっ、が、あ…が…ご、はん、くん…」

 

息ができぬ以上に、肉が引き裂かれそうな痛みと骨が軋む苦しみが襲ってくる。

余りの苦痛に、あくまで一般人のビーデルは一瞬で意識が消えかかっていたが、

それでも必死に秘かに想う青年の名を呼ぶ。

もうビーデルにはそれしか出来なかった。

トランクスは電撃に焼かれ、

悟天はドーレから執拗にスタンピングを受けて地に埋没しつつある。

 

クウラとブロリーは互い以外、眼中になく、

悟飯、トランクス、悟天、ビーデル達にはもう味方はいない。

もはや絶体絶命であり、クウラ機甲戦隊にとっては揺るぎなき勝利……そう思われた、

その時。

 

 

「汚い手を離しやがれぇーーーー!!!」

 

トランクスにしこたま電撃を浴びせていたネイズが突如ぶっ飛び、

同じタイミングでサウザー、ドーレもまた遥か彼方の岩山に叩きつけられていた。

 

後5秒も電撃を受けていれば死んだであろうトランクスが、

体中から黒い煙を上げながら力なく地面に落下……、

する前に彼を優しく抱きとめる者。

 

「おとう、さん……」

 

嗅ぎ慣れた匂い。

優しい温もり。

いつも見ていた仏頂面。

安心しきったトランクスは、彼を見ると笑顔になってそのまま意識を失った。

 

既の所で助けられた悟天とビーデルも意識を失っていて、

悟天を禿げ頭…ではない黒髪豊かな男が優しく抱きかかえるとそのまま岩陰に寝かせてやり、

ビーデルを抱えた金髪の女も禿げ頭に倣ってやはり岩陰に彼女を寝かせてやる。

 

「悟天…悟天…大丈夫か? しっかりしろ、仙豆だ……食えるか?」

 

「あ…クリ、リン…さん………18号さんも…、

 ビーデルおねえちゃん……よかった…ぶじ、だったんだ……ごふっ。

 お、おにい、ちゃん、が…あぶない……」

 

「悟飯は大丈夫だ。 ベジータの次に強い奴が助っ人に来てくれたからな。

 安心して仙豆食えって。 まだ仙豆はあるから心配すんな」

 

そう言ってやるとようやく悟天は豆粒を口に受け入れた。

それを確認すると、

 

「ベジータ! トランクスにも!」

 

クリリンは空に向かって仙豆を投げてやり、トランクスを抱える男・ベジータは無言でキャッチ。

やや乱暴にトランクスの口に豆を捩じ込む。

 

カリッ、カリ…、

 

息子の口が動いたのを見てベジータはようやく人心地ついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悟飯目指して殺到する赤い光線。

 

(だめだ…避けられない……)

 

悟飯が覚悟を決めた時、

 

「爆力魔波っ!!」

 

横合いから大きな気の奔流が割って入りザンギャの赤い気弾を飲み込んで大爆発を起こした。

 

「なにっ!?」

 

「う、うわああああ!!」

 

間合いを遠くに開いていたザンギャはともかく、

至近距離で大爆発を受けた悟飯をそのまま後方に飛ばされて、

ガッシリと厚い胸板に受け止められた。

悟飯はこの人を間違いなく知っている。

そう確信しながら、

 

「はは…ひ、酷いですよピッコロさん……あんな距離で爆力魔波は…」

 

文句を言いつつも心底安堵して笑うのだった。

 

「…ぶつくさ言うな。 あの場合仕方ないだろう」

 

「おいおいピッコロ……無茶するなよ。 悟飯、大丈夫か?」

 

「危なかったな、悟飯。

 巨大な気が2つ膨れ上がった時点で、俺達全員駆け出していたみたいでな。

 皆、合流したのはついさっきだ」

 

声の方を向けば、右にヤムチャ。 左には天津飯。

悟飯の笑顔がより輝いたものになって、

 

「ヤムチャさん、天津飯さん! 皆来てくれたんですね!」

 

「クリリンも18号も、ベジータもいるぞ。 ほら」

 

ヤムチャが指差すとビーデル達を救出してくれたらしい彼らがいた。

仙豆によって傷も治り体力も戻ったビーデル達も

ベジータらと一緒に御飯の元へ駆け寄ってきたのだった。

 

「ベジータさんも来てくれたなんて……これで百人力ですよ!

 あ、ビ、ビーデルさん! 大丈夫でしたか!?」

 

ピッコロからいつの間にか貰った仙豆をカリポリカリポリ食いながら、

悟飯は慌ててビーデルの肩を掴むと彼女の体中を骨を確かめるように触りだしたものだから、

 

「いっ、ちょ、ちょっと…皆いるとこで…! ってそうじゃなくて!!

 いきなり何すんのよ!」

 

顔を真っ赤にしながらビーデルの高速パンチが悟飯の顔面にヒットする。

勿論、ダメージなんてないのだがビーデルのパンチは悟飯には精神的ダメージは与えられる。

 

「あ…ご、ごめんなさい! つ、つい心配で!!」

 

何だからイチャイチャしだしそうになった時、

 

「………気を抜くのは速いぞ悟飯、何をしている!!

 何故ブロリーが地球にいるんだ…!

 ブロリーと戦っているあのフリーザみたいな野郎はなんだ!

 説明しやがれ!」

 

ベジータが、数十m先に立つザンギャを睨みながら気を高める。

ベジータにとっては、空で戦っているあの2人は最悪の相性だろう。

純サイヤ人であるベジータは伝説の超サイヤ人の危険さを本能で感じ取ってしまうし、

彼と戦っているクウラはベジータの心を徹底的に折ったフリーザの実兄。

どう言ったものか迷っているうちに、

 

「おい、どうやらのんびり説明している余裕も無さそうだぜ」

 

天津飯が顎でザンギャを指し示すと、

 

「ぞろぞろと良くもまぁ揃ったもんだ。

 バリエーション豊かじゃないか……サイヤ人に地球人に、ナメック星人」

 

三つ目のアイツと鼻の無いアイツは地球人なのか?

一瞬どうでも良いことで迷ったザンギャの横に、空からゆっくりと降りてくる3人の影。

 

「良くもやってくれたな……。

 たかだか戦闘力10億風情の女に、ここまでダメージを負わされるとは思わなかったぜ」

 

「チビ野郎………てめぇは俺が絞め殺してやる!」

 

「ごふっ、ごふっ、……はぁ、はぁ、はぁ……て、てめぇベジータ……。

 危なく一発で死ぬとこだったぜ………許さねぇ! 嬲り殺しにしてやるぜ…!」

 

クウラ機甲戦隊もまた全員が集結。

空で衝撃波を放ち続けているクウラとブロリーを尻目に、

機甲戦隊とZ戦士達の戦いが始まろうとした……その時である。

 

「……カカロット…! カカロットぉぉ………カカロットォォォォ…!!

 うおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!」

 

天空から狂獣の咆哮が響き渡り、そして世界の全てが一瞬その色を失う。

そして次にブロリーの翡翠のような美しい気が世界の全てを一瞬にして塗り潰し、

その超常現象が明滅するかのように繰り返されて、

 

「っ!!? こ、これは……で、伝説の超サイヤ人……か! ……ク、クソッタレぇ……!」

 

忘れたくても忘れられない力の波動を感じたベジータは、憎まれ口を叩いて己を奮い立たせる。

そうでもしなければ純サイヤ人の本能が、トランクスの前でも醜態を晒させようとするのだ。

ブロリーの引き起こした現象と、増大していく気に

悟飯達は勿論……初めて見るビーデルや悟天、トランクスも…

そしてザンギャ達までも唖然として目を奪われていた。

 

「グゥゥゥゥゥゥゥッッ!!! 虫けらめ…、今…血祭りに上げてやる!!!!」

 

「戦闘力……3000億!!! まだ上がって――ごはッッ!!!?」

 

ブロリーが更なる変身を遂げ伝説の超サイヤ人となり、

クウラの土手っ腹に重たい一撃を見舞ったのは丁度そのタイミングであった。

 

そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フ、フフフ……ハッハッハッハッ…! 超サイヤ人……!!!」

 

口から血を流したクウラは、

腹を殴られ体をくの字に折ったままの姿で気を爆発させるとブロリーの目を眩ます。

間髪を容れず即座に一気に後方へ跳躍。 

空気がピンッ、と張り詰め、やがてビリビリと震えだし……

 

「このままでは勝てんな……。

 良いだろう……今度は俺の変身を見せてやる!

 光栄に思うが良い!! この俺の変身を見た時……それが貴様らの最後だァァァァ!!」

 

際限なく高まり続けるのでは、と思えるブロリーにすら劣らぬ気。

クウラの重々しい声は大気を振動させ、肥大する気に地球が怯えているかのように揺れる。

肉体が急激に進化し筋肉が膨張……白い外殻が異常発達し、瞳の全てが真紅に染まっていく。

 

「……!」

 

己に負けず劣らずの変身っぷりにブロリーが無言の驚きを示し、

そして地上のZ戦士達は……

 

「あ、あぁ……! あ、あ…あ…!」

 

「フ、フリーザの兄貴って野郎は……フリーザ以上の……化け物だぁ…!!!」

 

言葉を失ってただただ畏怖してしまう。

特にベジータである。

ベジータはショックだった……ブロリーとクウラの余りの力に対してでもあったが、

それ以上に自分の不甲斐なさにショックを受け…そして腹が立った。

 

(お、俺は…この7年でカカロットよりも強くなった筈だった!

 悟飯の野郎が腑抜けた今、俺こそが最強だと………、だが!!

 俺がようやく辿り着いた高みを、あの化け物どもは…あっさりと!! ち、畜生ォォ…!!)

 

やや小柄だったクウラの体は今ではブロリーとほぼ同等にまで成長し、

それを見つめるブロリーの表情からは油断と慢心が消え去っていて笑みは一切ない。

 

「さぁ……始めようか!!」

 

機械的な音と共にクウラの口をプロテクターが覆い隠し…

クウラ最終形態が完成した瞬間を合図としてブロリーとクウラは同時に駆け出していた。

 



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総力

「フッ!!」

 

ブロリーの放った淡い薄緑の気弾がクウラの手刀によって薙ぎ払われ、

速度を落とすこと無くブロリーに肉薄するとそのまま彼の顔面を殴りぬいた。

避ける気配が全く無いブロリーの巨体が衝撃にやや仰け反ったが、

 

「………何なんだァ? これは」

 

異常な首の筋力で無理矢理クウラの拳を跳ね除け、

逆にブロリーの豪腕がクウラの顔面目掛け迫ってくる。

が、クウラもまたそれを避けもせず…

とてつもない分厚さのゴムタイヤを鈍器で殴るような鈍い音の後、

 

「こそばゆいな…!」

 

「な、なにィ!?」

 

真紅の瞳だけを歪めて笑うクウラは頭すら揺れず、全く動じないのであった。

クウラの外骨格が完全にブロリーの拳撃を無効化していた。

 

「もう少し力を出しても良さそうだな……! ハァァァァァッッ!!!」

 

「っ!! ぐ、おおおっ!!?」

 

クウラの膝蹴りがブロリーの鉄壁のボディにめり込み、

力を緩めぬクウラは膝をめり込ませたままブロリーを遥か後方の岸壁にまで叩きつける。

大音量と共に崩壊していく山を尻目に、

クウラはブロリーの脳天にダブルスレッジハンマーを食らわせると

そのまま大地の奥深くまで彼を埋没させた。

衝撃で地が深く割れ傷つき、まるで地球が出血するかのようにマグマが吹き出し始める。

見る見るうちに辺り一面を灼熱に染めていった。

だが、クウラは

 

「ムゥゥアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

雄叫びを上げながら自らそのマグマの海に突っ込んでいき、

 

「ぐああああああッ!!!?」

 

ブロリーの腹に更なる追撃の拳を見舞い、彼をより深く土中へと埋めていく。

余りの衝撃に灼熱の海が払い除けられマグマの海底が露出する程だ。

 

「む、虫けらが……! 調子に乗るなァ!!!」

 

だが、ブロリーとて常軌を逸した化け物。

マグマに沈もうが傷一つ負わず、そしてクウラの追撃を受けながらも

手に薄緑の気弾を瞬間でチャージ、一気にクウラの腹に叩き込んだ。

ブロリーの気弾は炸裂せず、ギュルギュルとクウラの腹で乱回転を続け、

 

「むぅぅ!?」

 

クウラの体をグンッ、と持ち上げてそのまま空へ押し込んでいく。

だが、両手でガッシリとブロリーの気弾を押さえ込み、

ググググッと力を込めるとそのまま押し潰して霧散させてしまった。

クウラの腹からしゅうしゅうと煙が昇り立ち、その皮膚は幾らか焼けていた。

 

「フッ、ハハハハハッ……楽しませてくれるぜッ!!」

 

およそ戦闘力6000億。

それが最終形態となったクウラのパワーである。

対してブロリーのそれは3000億。 倍近い差をつけてクウラが上回る。

だが……、

 

(あのサイヤ人…! どんどん気が増えてやがる!)

 

そう。 3000億付近だった筈のブロリーの戦闘力は、

クウラの腹に気弾を叩き込んだ時点で何と3300億にまで成長しているのだ。

異常なことである。

 

「たったこれだけの時間でそれ程のパワーを!

 放っておけば貴様の戦闘力がどれ程伸びるのか興味はある……興味は、な!

 だが…………!!」

 

話している今もクウラに眼球内に映し出される戦闘力は忙しく数字を変え、尚、増加。

しこたま攻撃を食らわせられ怒髪天を衝くブロリーはマグマから飛び出し、

野獣のように叫びながらクウラへ猛然とラッシュを仕掛ける。

 

「戦闘力3400億…3440、3470、3510……! やはり戦いの中で進化している…!

 サイヤ人は根絶やしにするしかないようだな!!」

 

ラッシュを受け流し、防ぎ、その最中にもクウラは常にブロリーを分析している。

無限に気が高まるのではないかと錯覚させられる目の前のサイヤ人に、

現在圧倒しているクウラですら危機感を覚えるのだった。

 

(短時間で勝負を決めねば、いずれ負けるのは俺だ!

 サイヤ人共を餌に出来ぬのは惜しいが………)

 

戦闘力が上がり続ける眼前の化け物。 

そして地上で部下達と争っているベジータらのパワー。

簡単に殺せぬしぶとさがサイヤ人にはある…とクウラは学んでいた。

今の彼でもすぐにケリをつけられぬ可能性がある。

現に、目の前の超サイヤ人は

戦闘力で測れぬ異常なタフネスでクウラの火力に何とか耐えているのだ。

いずれ自分を上回る可能性は大きい。

ならば、

 

(敗北よりはいい!)

 

と、クウラ。 そうと決めたら彼の決断は非常に迅速かつ冷徹であった。

 

ガシッ、

 

とブロリーの両の豪腕を掴んだクウラはそのままクルリと一回転しつつ、

彼の脳天にしなる尻尾の一撃をくれてやり地上へ叩きつけてやる。

マグマ渦巻く地上の貴重な土部分がブロリーの衝突によって砕け、

更に足場は不安定となってマグマに沈んでいくのだった。

 

「ハハハハハハハハハッ!!」

 

空に一人浮かぶクウラが高らかに笑う。

腕を天にかざしその指先にエネルギーを集中させると……

急速に膨張する莫大な気に、地上で激闘を演じていた悟飯達、ザンギャ達がギョッ、となり、

皆が一旦その手を止め思わず気の発生源に視線を奪われる。

 

そこには第2の太陽かと見紛う程の

燃え盛る巨大な気弾が重低音を響かせながら漂っているのだった。

 

「い、いかん! クウラ様がスーパーノヴァを使うぞ!!! 機甲戦隊、宇宙船に退却っ!

 フ、フハハハハハ! これでサイヤ人も地球人も終わりだぜ!」

 

ザンギャの超能力と戦闘力を中心に見事な連携でベジータらに対抗してみせた機甲戦隊だが、

真っ先に反応したサウザーが叫ぶと、彼らは水が引いたようにサッと逃げて行く。

しかし悟飯達はそうもいかない。

 

「だ、ダメだ…! あれは…地球が壊れてしまう!!」

 

「皆で受け止めろ!」

 

「む、無茶だぜピッコロ! あんなの…俺達が力を合わせたって…悟空でもいなきゃ…!」

 

皆が慄き、半ば諦めたように叫ぶのみだった。

 

今のクウラに勝てる者はいない。

Z戦士達にとって最良はブロリーとクウラが相打ちになること。

それが無理な時は、卑怯に感じるが生き残った方を疲れと傷が癒えぬうちに総攻撃する。

ベジータは超サイヤ人2を習得しており、その最大戦闘力は通常クウラと同等の2000億。

自由に使いこなせないが、悟飯もまた超サイヤ人2になれれば約1500億。

消耗したクウラならなんとかなるかもしれない………。

彼らのその予測はあながち間違ってはいなかった。 だが…。

彼の部下にさえ手こずっていたという事実。 そして空に浮かぶ超巨大弾。

悟飯やベジータ達は、かつてフリーザを前にして感じた絶望を思い出してしまっていた。

 

「この星ごと…消えてなくなれェェーーーーーッッ!!!」

 

クウラの非情の宣告が下ると、

スーパーノヴァは更に膨れ上がりながら地球目掛け落下を始め、

 

ブゥゥゥゥゥゥン…

 

という唸るような鈍い音が徐々に大きく身近となってくるのが更なる恐怖を煽る。

 

しかし、それと同じくして……、

マグマに沈んでいたブロリーがバリアを展開しながらゆっくりと浮上し、

灼熱の溶岩を掻き分けて這いずり出てきたのだ。

 

「うっ! ブ、ブロリー!!? 何を……!」

 

ブロリーは悟飯もベジータ達も全く眼中にない。

純粋な超サイヤ人の闘争本能が目の前の大敵への怒りを掻き立てるのだ。

 

自分以上のパワーの存在を認めぬ。

 

そう言わんばかりのブロリーが、

迫りくる超巨大弾に向かって右腕を突き出し己の全パワーをそこに収束させ始める。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!」

 

声だけで空間を歪ませそうな雄叫びを上げて

圧倒的なパワーが圧縮された気弾を渾身の力でクウラ目掛け投擲した。

翡翠色に輝く豪速球が一直線にスーパーノヴァに突き刺さると、

スーパーノヴァに似た振動音を響かせて

突如ブロリーの気弾が極大化しスーパーノヴァと競り出したのだった。

 

「す、凄い…! ブロリーの奴、クウラと競っているっ!!」

 

クリリンは思わず、内心でブロリーを応援してしまった。

だが、

 

(馬鹿か俺は! どっちが勝っても地球がヤバイのに変わりないのに!)

 

そう思い直し、複雑な心境でエネルギーのぶつかり合いを見守るが、

 

「あぁ! ブロリーの方が…押され始めてる!

 あの化け物が…押されるなんて、信じられないよ…!」

 

トランクスがそう言って慌てだした。

 

「グゥゥゥゥッッ…気が高まる…溢れるゥゥゥ!! グオオオオオオオオ!!!!」

 

だが、ブロリーはサイヤ人の破壊衝動を全開にしてクウラに全力で噛み付いている。

決して退かぬし、諦めない。 それこそがサイヤ人だと言わんばかりの咆哮であった。

その咆哮に呼応して翡翠色のエネルギー弾の後退が止まる。 しかし…、

 

「フハハハハハッ! 猿如きが頑張るものだな!

 ならば……これでどうだ……!」

 

空で笑うクウラがブンッ、と腕を一振りした途端に、再度急速に押し込まれる。

それを見て、

 

「……みんな! ブロリーの援護を!!」

 

悟飯がその決意を叫んだ。

ベジータが目をまん丸に見開いて、

 

「なにぃ!? 正気か悟飯……あの野郎は味方でも何でもないんだぞ!」

 

この状況下では「ブロリーは敵だ」とも言っていられないのも事実ではあるが、

ベジータの言うことは正論だ。 ブロリーに味方しても必ず彼はこの後、悟飯らと対立する。

 

「……だが、やるしかあるまい。 あれが地球に当たれば間違いなく消滅だ。

 いや……あの気の量だ…太陽系も消し飛ぶぞ」

 

暗に悟飯に賛成票を投じ、ピッコロは額に指を当て気を溜め始め、

 

「そうだな。 ブロリーのことは後で考えよう。 今は……あれを何とかせねば」

 

天津飯が、

 

「…どっちみち、あの筋肉ダルマがやられたらクウラって奴を倒せないんだ。

 さっさと気を溜めな! 最大の技でいくよ…いいねクリリン」

 

18号が同意し、自然、クリリンもそうすることにした。

悟飯も悟天も既にかめはめ波の姿勢だ。

ベジータは尚も不満気であったのだが、

 

「おとうさん! 俺達が手伝ってやんないとあのバケモンやられちゃうんだよ!

 あのバケモンがいないと地球を守れない!!」

 

愛息の言葉によってとうとう決心がついたらしかった。

チッ、という舌打ち一つの後…

 

「トランクス! お前はサイヤ人の王子、ベジータの子だ!

 あんな下級戦士に情けない所を見せるんじゃないぞ! お前の力が上だと見せてやれ!」

 

「っ! うん!」

 

納得するための切っ掛けを得たベジータは気を全開にし、

Z戦士達も皆エネルギーを最大限にまで溜め、そして…

 

「「「かめはめ波ぁーーーー!!!」」」

 

「魔貫光殺砲!!!」

 

「ファイナルフラッシュ!!!」

 

「新気功法!!!」

 

地球の戦士達の思い思いの最強技が束となり、

巨大なエネルギーの奔流となってブロリーの極大エネルギー弾を後押しし始めるのだった。

 

「ぐぅぅぅ!! お、おもたいよ…、おにい、ちゃん!!」

 

「まだだ! 悟天、もっとパワーを!!!」

 

「く…こんなことならゲロのジジイめ! もっと私を強化して誕生させろってんだ!」

 

「うおおおおおおお!! 俺は…! サイヤ人の! 王子だあああああ!!

 下級戦士に舐められてたまるかァァーーーー!!!」

 

スーパーノヴァが、超巨大弾となったブロリー達のそれにとうとう押されだし、

 

「ぬ…! チィ…、サイヤ人共め……群れると厄介なパワーを発揮しやがる!」

 

クウラが両手をスーパーノヴァにかざし、

彼もまた全開のパワーで地球とサイヤ人を抹消せんと踏ん張る。

ブロリーの力は増加し続け、それでもまだ4000億には届かず約3800億。

しかし、ここに悟飯達のMAXエネルギーが乗り…

8500億のパワーとなって6000億スーパーノヴァを上回りだしたのだ。

 

ズ、ズ、ズ…

 

と、徐々にクウラが押され始める。

ここに来て初めてクウラに焦りが見え始め、

 

「ぐ、く、く……! ぐお…ヌゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!

 お、押される…! こ、この、俺が……!」

 

莫大なエネルギーとエネルギーのぶつかり合いが、

その余波と衝撃だけで大地を割り、天を裂いていく。

ビーデルは悟飯の陰に隠れ、

必死に彼にしがみついて吹き飛ばされないようにするのが精一杯だった。

 

「お、俺は…最強なんだ!! こんな所で、終わるわけがないッ!!!」

 

空で一人吠えたクウラ。

すると、口部プロテクターが展開したような鋭い機械音を響かせ、

見る見るうちに彼の肉体を銀に輝くメタルが覆っていき、

 

「サイヤの猿如きに……負けてたまるかァーー!!!」

 

体内のナノマシンを増殖させ機能を戦闘モードに移行……その戦闘力は1.25倍の7500億。

そして間髪を容れずオーバーヒート覚悟のフルスロットルで、

ビッグゲテスターの力すら出し切り更に1.25倍上乗せの9375億。 

クウラの白銀の肉体が激しいスパークをまとい…まるで超サイヤ人2のようにも見えるのは、

宿敵サイヤ人を超えようとしてその存在に近づいた風にも思えるのは運命の皮肉だろうか。

これがクウラに出せる力の全て。 彼は今出せる力の全てを出し切ったのだ。

 

「ああ! あの野郎、さらに変身を!」

 

「コ、コケオドシだ! 銀色に変わったくらいで……!

 ………って、嘘だろ…! もう一度押し返してきやがったぁ~~!?」

 

クリリンが目ざとく、スーパーノヴァの向こう側で踏ん張るクウラの変身に驚き、

ヤムチャはそれを虚勢と断じたが……彼の心胆は心底寒からしめられることとなった。

ピッコロも、

 

「なんて野郎だ! 一人で俺達のフルパワーに…!」

 

ヤムチャと同じ心境のようで、脂汗を滲ませている。

宇宙を震撼させたフリーザの兄とは伊達ではない。

あの一族もまた、伝説の超サイヤ人にも劣らぬ宇宙の怪物であったのだ。

しかし……彼らが怪物なら伝説の超サイヤ人もまた怪物。

ブロリーの力は留まることを知らず、全てを出し切るクウラでも押し切れない。

 

「ヌゥゥ、く、くっ! ………………ッッ!!!」

 

クウラとブロリーの気が大気を揺るがし地球を震えさせる。

クウラの体から立ち昇るスパークはより激しさを増し、

メタル装甲には徐々にヒビが入り、外骨格が割れ、肉が裂けて血が吹き出る。

 

「虫ケラめ……今、楽にしてやる………!!!」

 

カカロットに向けられる筈のブロリーの憎悪と怒りが、

大敵クウラへと向けられて彼に無限のパワーを与える。

莫大なエネルギーの衝突が続き、恒星以上の力が彼らの間には渦巻いていて、

押し、押され…拮抗し、蓄積する力は行き場を無くし、

もはやスーパーノヴァはブロリーや悟飯、ベジータらのエネルギーと

混沌と混ざり合って一つの超巨大エネルギー球となっていた。

そして臨界点を突破する。

 

ピシッ

 

球状を保っていたエネルギー渦に一つの裂け目が生じ、

瞬く間に二つ三つと亀裂は増えて、

目を瞑っても瞼を突き破りそうな激しい閃光、爆音、そして大爆発。

一気に巨大エネルギー球が弾けて飛び散った。

制御を完全に失った破壊エネルギーそのものの気が暴れ竜のようにうねり、

拡散して周囲全てを無差別に破壊しだす。

 

「うわっ! くっ! 皆伏せて!! ビーデルさん、悟天!」

 

全身から力を絞り出して、その直後のエネルギーの暴発である。

もはや皆にバリアを張る余裕もなく、

拡散破壊エネルギーが雨のように降り注ぐこの惨状を止める手立てはない。

悟飯は自分を盾としてビーデルと悟天に覆い被さり、

ベジータはトランクスを、18号はクリリンを同じ様にして庇う。

 

雨が大地を抉り、爆発がそこら中で巻き起こる。

もはや地球の形が変わっているであろうレベルでそこらが破壊され、

それが10分程続いただろうか。

 

やがて暗雲は晴れ、そして……。

 

 

 

 

 

 

 

―――

―――――

 

「起きろ、悟飯」

 

「………………ピッコロさん」

 

肩を揺する、見慣れた緑の顔の男。

超エネルギーの雨を背に受け続け、悟飯は気を失ってしまったらしい。

目をどうにか開くと、そこには厳しい無表情。 だが、彼の声色はとても優しいものだ。

その声で、付き合いの長い悟飯は全てを理解できるのだった。

 

「…終わったんですね」

 

「ああ」

 

「クウラとブロリーは?」

 

「奴らは、あのエネルギーの塊が炸裂した時、最も近くにいたんだ。

 もろにあれを受けて無事な訳がない……気も感じられん。

 だが、どうやらそのお陰で俺達は助かったようだな………

 あのエネルギーがそのまま地球にぶつかっていたら終わりだった。

 化け物共にぶつかって威力が大分減退したのを感じた。

 …………………一応探してみたが、死体も見つからん」

 

「……そうですか」

 

ピッコロの言葉だが、しかし悟飯は不安を隠せない。

死体も残さず消さなければ死なないセルのような奴もいた。

もっとも、彼は体内のコアを破壊すればよかったのだが、

どうもコアは体内を自在に動くようで結局最後には消滅させて倒すしか無かった。

だから、死体が残っているよりも安心の筈なのだが……

それでも悟飯は、奴らの死体を見なければ何故か安心できなかった。

ピッコロはそんな悟飯の不安を感じ取ったようで、

 

「……大丈夫だ悟飯。 奴らが生きていたら…絶対に俺達をすぐに襲うだろうさ。

 だが、既にもう…30分もの間、地球は平和だ。

 もっとも……ドラゴンボールで地球を元に戻した方がいいくらいには被害はでたがな」

 

優しく笑いながらそう言ってやるのだった。

 

「そうですか……………でも、良かった」

 

持ち上げていた首を、ダラリと寝かせてフ、と横を見る。

と…そこにはビーデルが赤い顔で俯いていて…

 

「あっ!? ビ、ビ、ビーデルさん!!

 す、すいません! も、もしかして…ずっと抱きついちゃってました!?」

 

どうやらあの時、庇ったままにずっと彼女を抱きしめていたらしい。

 

「っ~~~~~!!」

 

湯気が出そうな顔でビーデルは何も言えない。

どうフォローしてやったものかと愛弟子を見るピッコロだが、

何分ナメック星人は恋愛という概念を持っていない。

 

「ずーーーっと抱きしめて離さなかったぜぇ?

 引き離して!って言う彼女を18号が頑張って離そうとしたんだけどなぁ~」

 

「僕のことはすぐはなしたのになぁ~おにいちゃんは!」

 

ちょっと離れた所から笑いながら茶化すのはクリリンと悟天。

急いでビーデルを解放した悟飯がひたすらビーデルに土下座して、

そんな2人を仲間達が笑いながら見守って……安穏とした光景を見ながらベジータが、

 

「ケッ……呑気なもんだぜ」

 

膝に息子を寝かせながら、自分も岩場を背にして寝っ転がって悪態をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビーデル、トランクス、悟天の3人に村を救ってもらったナタデ村。

ブロリーやクウラ…悟飯達の戦場となった場に近かったこの村だが、

数々の破壊現象と地震によって村民はクリスタルの鉱石洞窟に避難し、

村はめちゃくちゃになったが村人達は奇跡的に無事だった。

無事と言っても死人がでなかっただけで

崩落やらなんらやで重軽傷者だらけだったのだが、充分運がいいと言えよう。

脅威的な大地震、山岳大崩落と謎の発光現象、大爆発にマグマの噴出が収まって数日後…

災害の連続に「村を捨てよう」という意見も頻出したが、

それでも村に戻る決断をし…皆は無事な者達で村の復旧を始めた。

村を襲う大きな恐竜の生贄にされかけた村の少女ココも、子供ながらそれを手伝っていた。

 

「ふぅ…疲れたぁ~……ちょっと休憩してもバチはあたらないよね」

 

えっさえっさと2時間ぶっ通しで働いた少女は、

汗でも流して風景を楽しもうと近郊の湖にやって来たのだが……

 

「あれ?」

 

湖に浮かぶ影、発見。

つい先日まで凍りついていた湖はすっかり解けて、今ではのどかな雰囲気を漂わせている。

7年間続いた異常気象もピタリと止んで、

きっとナタデ村は再び水晶採掘で賑わいを取り戻すだろうと、ココは希望を捨てない。

そんなココがジィ…っと影を見るとそれは、

 

「あ! ひ、人…!」

 

プカプカと浮かぶ人だった。

以前よりずっと暖かくなってきたこともあって、ココは直ぐ様服を脱いで湖に飛び込んだ。

大人しそうで優等生的な雰囲気のあるココだが、意外に活発な所もあるようだ。

 

(おじいちゃんは、こういう時はすぐ人を呼びなさいって言ってたけど!

 急がないと、まだ寒いんだから死んじゃうよ!)

 

上手に泳いで半裸の青年を引き上げる様はなかなかの手際で、

大人でも難しい水難救助を卒なくこなす美少女ココ…侮りがたし。

岸辺に青年を置いて胸に耳を当てると、

ドクンドクンと聞こえてきて確かに彼が生きていることを主張していた。

 

「す、すごいケガだらけ! でもよかったぁ~まだ生きてる!

 ……ぶるぶる! さ、寒い!」

 

急いで枯れ木を集めて、脱いだ服のポケットをまさぐるとマッチを取り出し点火。

火を炊いて暖を取るのも最低限に、一生懸命に青年を火の側まで引きずってやる。

と、

 

「…………う」

 

黒髪の青年が呻いた。

 

「あ! 大丈夫? 気づいた?」

 

「…………なんだ……おまえ……」

 

「私、ココ。 あなた、どこから来たの?

 こんな村にいっぱい人が来るなんてめずらしくて……

 怪物を退治してくれたビーデルさん達のともだち?」

 

ココは屈託ない笑顔で青年に優しく語りかけた。

 

「俺は……俺は……………う……俺は、どこから来たんだ?

 ぐ……あ、頭が……痛い……」

 

青年は虚ろな瞳で、少女に語りかけるというよりは自分自身へと問答しているかのようだった。

上半身をもたげると頭を抑えて、

 

「大丈夫? 頭、ケガしてるの?

 きっと頭ぶつけたから、キオクソウシツってやつになっちゃったのよ。

 名前……思い出せる?」

 

「………………………俺は………俺は、ブロリー………です」

 

「ブロリー………うん、よろしくね! 私、ココ。 村に連れてってあげる!

 そこでケガ治すといいよ!」

 

ちょっとボロボロになっちゃったけどね。

と舌を出して笑う少女を見ながら、気弱そうな青年……ブロリーは優しく笑った。

 



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ザンギャ初体験

「なんて野郎だ! 一人で俺達のフルパワーに…!」

 

11人ものサイヤ人、地球人らの中の1人がそう言った。

 

「ヌゥゥ、く、くっ! ………………ッッ!!!」

 

その者達全員の気を、たった1人で受けきり、歯を食いしばって戦うクウラ。

 

「虫ケラめ……今、楽にしてやる………!!!」

 

秒単位で気を増大させていく悪魔のようなサイヤ人がそう言った時、

クウラの肉体は限界を超えてとうとう自壊を始めていたのだった。

その時、

 

「ク、クウラ様!」

 

遥か上空にまで圧されて来たクウラに声をかけてくる存在がいた。

クウラの部下の1人、紅一点のザンギャがクウラの後方…

成層圏を越えた先、熱圏からその壮絶なエネルギーの応酬を見守っていたのだ。

 

機甲戦隊がクウラの元を離れたのは、

クウラの必殺技・スーパーノヴァの使用を確認したためだ。

スーパーノヴァは元々惑星破壊級のパワーを秘めた技だったが、

現在のクウラが全力で使用した場合は太陽系破壊級……或いはそれ以上の威力である。

使用者・クウラの背後に回って待機をするのは、クウラ軍団としては常識レベルの動きだ。

クウラの背後で、しかも安全圏まで遠のいて

主の帰りを待って待機……となれば待機場所は宇宙空間。

それに、どのみちスーパーノヴァを使われた惑星は100%消滅するのだから、

部下達は宇宙船に乗って退避するのは当たり前である。

が、ザンギャはヘラー一族であり、

ヘラー人はクウラの種族と同じように(超能力によるバリアのお陰だが)

単身、真空での活動が可能なのだ。

そこでサウザーから「船外活動が出来ぬ我々に代わって最後まで見届けて欲しい」

と頼まれ、彼女は少し面倒だと思いながらも、

1人、地球の熱圏でクウラの戦いを見守っていた…というわけである。

 

ザンギャは当初、

 

(見届けるも何も……クウラ様の圧勝なんて分かりきってるじゃないか。

 無駄な仕事をさせるんじゃないよ)

 

と安楽に考えていた。

ザンギャがスーパーノヴァを見たのは7年の間に一度だけ…

喰う価値もないカス惑星を

クウラが「たまには使わないと威力調節のコツを忘れる」と言って破壊した時のことである。

驚嘆し、恐怖した。

その時のザンギャの感想は簡単に言えばそんなものであった。

一瞬で弩級のエネルギー弾を指先に作り出し、

ヒョイ…とボールを軽く放る程度の気軽さでその惑星は一欠片残さず消滅したのだ。

あの日の光景は忘れられるものではない。

 

そのスーパーノヴァを、凌ぎ、押し返してクウラをここまで必死にさせる程の敵の力。

それにも驚いたが、それ以上に感じたもの……それは、

このように命懸けの場面では少々不謹慎でもあったが…ある種の『ときめき』である。

 

無機質のメタルの皮膚に痛々しいヒビが入り、筋肉が裂け、外骨格が割れ、雄々しい角も折れ、

傷を負っても立ち所に癒やす筈のナノマシンは過剰な力の発露に機能不全に陥り、

自分と敵達のエネルギーが混じった超極大のエネルギー球の超熱に全身を焼かれ、

スパークと煙を立ち昇らせ血を吹き出しながら、歯を食いしばって独り戦う戦鬼の如き姿。

 

余りに痛々しい、とザンギャは思い、そして……

戦闘力で遥か上をいく仕えるべき主を、クウラを『守ってやりたい』と思ってしまった。

 

「く…く…ギッ……! グァァァァァッッ、……ッ!!!」

 

ザンギャの力では近づくのも躊躇われるエネルギーフィールドの真っ只中で、

更に肉体が壊れようが尚パワーの行使を止めようとはしない。

大声で呼び掛けたザンギャに目もくれず、

或いは気付く余裕も無く独り戦うクウラの、その傷だらけの背中を見た時、

ズクン…と、いつか感じた熱と疼きを体の奥に感じる。

同時に胸が高鳴って、心臓がうるさいぐらいに鳴るのが自分で分かる。

それは、俗に言う愛とか恋とか…元も子もない言い方をすれば、

クウラが逞しく雄々しい好みのオスであることに気づいたことによる発情で、

孤独に戦う男の傷だらけの背中に母性本能が刺激された…といった所だが、

そんな経験のない彼女には分からないことだ。

そして、それらとほぼ同時に湧いてきた感情もある。

 

『怒り』である。

 

何故、クウラが苦しんでいる時に私は彼の横にいないのだ。

何故、11人で寄ってたかって自分の主人を傷つけているのだ。

一対一(サシ)ならば、私のクウラはお前たちなんぞに負けはしない!

 

そういう怒りが、彼女の心にふつふつと湧いてきたのだ。

かつてボージャックらと共に一人の敵を嬲ったこともあったし、

クウラ機甲戦隊でも似たことをした。 山程した。

が、それとこれとは話が違う。

自分はいいが、貴様らはダメだ。

そんな、誠に自分勝手で理不尽な怒りを、サイヤ人と地球人達に抱いた。

 

もうザンギャの頭の中は、敵への怒りとクウラという強大な主を持つという自慢と自負、

痛々しい姿への同情や母性本能をくすぐる孤独な戦いぶり、恐怖、忠誠、恋、愛、追従、

様々な感情が一瞬で湧いてきてグチャグチャであった。

 

「……っ! クウラ様…今、私が……!」

 

いつの間にか無意識に気を両の手に収束させていて、

エネルギーの押し合いをしているあの渦中に援護射撃をする寸前。

 

「……グゥゥッ、っっ! ぬぅぅぅ、ギ、ギ…ギィィィッ、クァァアアーーーーッ!!!」

 

クウラの叫びと同時に、彼とZ戦士達の間に渦巻く超エネルギーが暴発した。

クウラの最後の一押しとブロリーの最後の一押しがぶつかり合った瞬間のことである。

 

「あ、あああああ…こ、このパワーはっ!!」

 

太陽が爆発したのかと思う程の眼球を射抜く閃光に、ザンギャは瞳を庇って鼻白み、

力場から解放された最初にして最も強大な()()()()エネルギーが至近の2人へと襲いかかる。

即ちクウラとブロリーである。

荒れ狂う巨大な龍にも似た暴虐の竜巻が力を使い果たしたクウラを直撃し、

貯め込んだ破壊エネルギーでクウラの体をズタズタに裂いていく。

 

メタル装甲の全てが剥離し、外殻がひしゃげ、手足があらぬ方向に曲がりくねり、

右の手足が半ばから引き千切られていった。

 

「クウラ様っ!!!」

 

ザンギャは叫び、そしてその時既に体は動いていた。

悟飯らと戦っていた時以上の気を漲らせ、エネルギー流に自ら飛び込んでいく。

 

「っっ!!!」

 

ザンギャの華奢な体もまたクウラ同様にズタズタに引き裂かれていくが、

クウラと、そして向こう側ではブロリーという

二つの頑丈な物体にぶつかり大部分のエネルギーを消費した嵐は、

彼女の肉体をそれ以上破壊することは出来なかった。

ザンギャが、意識を失っているクウラの体を渦巻く嵐から守る様に抱きしめると、

 

「……クウラ!」

 

優しげな声色で、敬称もすっ飛ばして彼の名を呼び、

そのまま荒れ狂う破壊ゾーンから脱出していくのだった。

サウザー辺りが聞いていたら「クウラ様を……呼び捨て……極刑に値する!!」

と騒ぎ立てる所だが、幸いにして口煩い親衛隊長殿は宇宙船でお留守番。

抱きしめたクウラの体から、鼓動の振動と熱が伝わってくる。

 

「まったく……無茶しすぎなんだよ」

 

素っ気なく、一言そう呟いてザンギャは宇宙船へと一目散に飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ク、クウラ様ぁッ!!! なんて、おいたわしい…!」

 

ボロボロのクウラを見たサウザーが開口一番にそう言って男泣きに泣く。

ドーレとネイズも勿論一緒になって大騒ぎで、

 

「しっかりしなよ! 何時まで道塞いでんだ! クウラ様の治療を遅らせたいか!」

 

廊下で円陣を組んで嘆き悲しむ機甲戦隊センパイ組を叱りつける新人…

という奇妙な光景が出来上がっていた。

ザンギャの指摘に、

 

「そうだ! クウラ様を早くメディカルマシーンにお運びせねば!」

 

それぞれが慌てて動き出すのであった。

 

 

 

クウラをメディカルマシーンに収容し、ようやく落ち着きを取り戻した機甲戦隊は、

 

「で、どうすんだ…? クウラ様がやられちまって……俺たちゃ一体何すりゃいいんだ」

 

ドーレが肩を落としながら緊急会議の場でそう切り出した。

 

「決まってるだろ! あのサイヤ人共に復讐すんだよ!

 今なら奴らだって疲れている筈……

 だが俺達はクウラ様のナノマシンでもうケガは治ってんだ。 俺達で勝てる!」

 

ネイズが、眼球が飛び出しそうな勢いで熱のこもった力説。

しかしサウザーは、

 

「バカめ。 頭を冷やせネイズ………俺達の戦闘力を考えろ。

 ザンギャでさえ1100億…………ベジータの最大戦闘力は2000億だ。

 クウラ様の普段のお姿と同等の力を持っていることになる」

 

先程の取り乱しようが嘘のように冷静であった。

 

「う………た、確かにそう考えるとヤバさが実感できるな。 け、けどよ……」

 

語尾を濁しながらネイズは勢いを弱めたが、

やはり主人の仇を討ちたい気持ちが強いのだろう。

 

「………奴ら、変な豆を食って一瞬で体力を戻していた。

 今頃はもうケガも疲労も癒えているかもしれない」

 

この中では頭一つ抜けた強さを持つザンギャが指摘する。

 

「…………確かに、痛めつけてやったサイヤ人のガキ……すぐにピンシャンしてやがったぜ」

 

スカウターと一体型ヘルメットの上から頭をガリガリ掻きながら、

あぁそういえば…と思い返すドーレ。

それから暫くの間、意見の交換をし続けていた機甲戦隊だったが、

 

「………一度、本領に戻りクウラ様の回復を待とう」

 

という結論を出してサウザーが締めくくった。

失われた右腕、右足など、傷そのものは数時間もあればメディカルマシーンが治すだろう。

だが部下達は主君の身に万が一があってはならないと、

勝手知ったる惑星に引き上げることにした。

その後は各自、船内のトレーニングルームで訓練をしたり、

食堂でやけ食いをしたり、超高速通信で銀河パトロール提供の娯楽作品を見たり、

それぞれが思い思いに時間を潰していた。

ちなみにザンギャは何をしても集中できず手に付かない様子で、

ベッドで雑誌を読んでいても

すぐにそれを放って何かにつけてメディカルルームに足を運んでいた。

メディカルルームの扉の前で難しい顔をしながらウロウロしているザンギャを、

ドーレが2回、ネイズが1回、サウザーが5回目撃している。

 

クウラの傷はマシーンの表示した予想回復時間通りに塞がった。

もうじきクウラの目も覚める筈だと、

クウラ機甲戦隊一同はメディカルマシーンの前に揃って跪き主の起床を待っていた。

少しして、ゴポリ…と治療液の中で幾つかの気泡が揺れて、

クウラの紫の瞼がゆっくりと開かれると部下達を静かに見つめ返してきた。

 

「おお、クウラ様。 お目覚めですか」

 

サウザーが喜色満面で主の目覚めを歓迎する。

治療液が排出されていき、エアシリンダーがカプセルの蓋をゆっくりと開放して、

ザシュッ、と力強い音を室内に反響させながら

クウラは生えたばかりの足を確かめてるようにその一歩を踏み出した。

サウザーを一瞥し、一言「うむ」とだけ返すと、

尻尾をムチのようにしならせ付着した治療液を跳ね飛ばす。

それを見てサウザーが、

 

「あ! も、申し訳ありません。 ザンギャ! 早くクウラ様をお拭きしろ!」

 

素早く立ち上がりメディカルマシーン横の棚から上質のタオルを引っ掴んで

ザンギャへと無理矢理押し付けた。

 

(クウラ様がメディカルマシーンに浸かる等滅多にないこと……

 くっ、出来ることなら俺がクウラ様のお体を拭いて差し上げたい!)

 

だがここは我慢だと己に言い聞かせて、

その栄誉ある体拭き係を後輩のザンギャへと譲るのだった。

これもクウラ機甲戦隊の夢(御嫡子誕生)へと繋がる大事な布石である。

いきなりタオルを手渡されたザンギャは一瞬キョトンとした顔をしていたが、

みるみるうちにヘラー一族特有の青緑色の顔が紅く染まっていく。

クウラの体についた治療液を拭う。

想像しただけでもザンギャは恐怖を抱……かない。

恐れ多さも……あまり湧いてこない。

湧き上がるのは何故か『恥ずかしさ』であった。

後ろからはドーレとネイズが小声で「はやくしろ、はやくしろ」とせっついてきて、

横からはサウザーが凄まじい形相でザンギャを睨みながら視線だけで仕切りに催促している。

余り待たせては不興を買うのは自明の理。

ザンギャは意を決してクウラの足の直ぐ横に進み出て、片膝立ちで顔を上げるとそこには……

治療液で濡れるクウラの紫色の逞しい足が、

ツンと尖った小奇麗なザンギャの鼻が触れそうな程の至近距離で存在していた。

鼻をスンスンと鳴らせばクウラの匂いが嗅げそうな距離である。

いや、実際ほのかに香る。 治療液と混じった、男を感じさせるようなフェロモンが香るのだ。

ヌラヌラとテカる皮膚にも艶めかしい色気をザンギャは感じてしまい、

 

「~~~~~~っっ!!!」

 

顔を真赤にして思わず目を背けながら恐る恐るクウラの大腿に触れた。

 

(あ、温かくて…硬い…)

 

クウラの太腿の筋肉に触れた感想である。

タオル越しに感じる男の肉体の脈動におっかなびっくりしながら、

ザンギャはゴシゴシとゆっくり治療液を拭き取っていく。

異性にこんな風に触れたのは初めての経験であったザンギャは、

 

「あ…」

 

戸惑いの声を漏れさせつつ、ぎこちないながらも一生懸命にクウラの足を上下に擦る。

徐々に太腿から下へ下へと攻めていき、

ふくらはぎの純白の外骨格プロテクターまで丹念に磨く。

太い3本の指の股まで指を這わせしっかり液を拭い取り、

次は尻尾で、それが終わったら回りこんで左足だ。

そうザンギャが手順を組み立てて尻尾に取り掛かろうとしたが、

 

(あ……太くて………た、逞しい)

 

クウラの太い尻尾の付け根をどう拭いたものか、沸騰する頭で考える。

なにせ臀部と結合しているのだ。

下手に手を滑らせたらそれこそ不敬で大変なことになるだろう。

だが、ザンギャの頭の中は不敬云々どころではない。

 

(い、いくぞ!)

 

ゴクリと喉を鳴らして覚悟を決めた、その時。

 

「ザンギャ、もういい。 このままでは何日かかるか分からん」

 

クウラが告げて、あっさりとその行為を強制終了させるとスタスタと歩いていってしまった。

 

ザンギャはタオルを持ったままポカァーンとした顔で主人を見送るしかなかった。

彼女の心の中は妙な敗北感と妙な昂ぶりでいっぱいであったが、

機甲戦隊センパイ組は口々に、

 

「くそう…クウラ様のお体を拭けるとは…くそう」

 

とか

 

「ザンギャは押しが弱くていけねぇな」

 

とか

 

「がっかりした! あいつの手際の悪さにはがっかりした!」

 

などと好きな事をほざきながら主君を追ってメインルームへと去っていったのだった。

ポツン…と一人になったザンギャはしばし体拭きの余韻に浸っていたが、

やがてハッ、となって

 

「な、なんだい! 無理矢理やらせた癖にどいつもこいつも勝手言いやがって!」

 

手にしたタオルを床に思い切り叩きつけた。

すぐに皆の後を追おうとした彼女だったが、動き出した足をハタと止めて、

クウラの匂いがいくらか染み込んだタオルをジーッと見つめる。

 

「……………ま、まぁこのタオルは上質だからね。 私が使う」

 

誰もいないのに言い訳じみた独り言を呟きつつ、

床に落ちていたそれを服の内側にパッと仕舞うとようやく彼らの後を追っていったのだった。

 



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宇宙の墓場

「サウザー……現状を報告しろ」

 

自分が生きてることを喜ぶでもなく部下を労うでもなく淡々と告げる。

しかしサウザーはそれでも一向に構わないようであった。

 

「ははっ! 現在我々は地球から2時間の距離の宙域を航行しております。

 もうじき太陽系を離脱し――」

 

「目的地は」

 

「はっ! 申し訳ございません。

 目的地は安全圏奥深く…治安も安定しており、

 また設備が整っているフリーザ軍所属ソルベの管理する、惑星フリーザNo17でございます」

 

サウザーの報告を聞き、クウラはゆっくり瞼を閉じる。

 

(フリーザ……愚かであった弟よ………だが俺もまた愚かだった…!

 サイヤ人に2度も敗れ……そして今再び…勝利は叶わなかった。 ……だが!)

 

「目的地を変更………今から俺が送信する座標に向かうのだ」

 

少しばかり懐かしき弟に思いを馳せるが、郷愁の思いを復讐の心で掻き消し、

眼を開くと新たな指令を下す。

クウラの内のナノマシンが船のコンピューターへとデータを送り込むと、

メインルームの大モニターに見慣れぬ宙域が表示された。

その宙域とは、

 

「……宇宙の墓場? 聞いたことが無ぇな。 お前知ってるかネイズ」

 

「いや…こんな銀河の片隅、知るわけねぇだろ。 サウザーは?」

 

「…………知らん。 ザンギャ…お前は?」

 

「……………………宇宙海賊時代に聞いたことがある。

 そこを通る者は誰も帰ってこない呪われた魔の宙域……という伝説だったね。

 宇宙海賊ってのは意外と迷信深い所もあったから、

 私達ヘラー一族も気味悪がって近寄らなかったとこだよ」

 

誰も帰ってこない、一度迷い込んだら抜け出せない暗黒の宙域。

宇宙という星々の海を往く宇宙船乗り達にとっては気持ちのいい話ではない。

ドーレとネイズがしかめっ面で互いの顔を見合って、冷や汗一筋をタラリと垂らすが、

 

「くだらん。 我らクウラ機甲戦隊がそんな迷信に怖気づくと思うのか」

 

サウザーは鼻で笑って相手にしないのであった。

さすがは親衛隊長。

 

「しかし、迷信はともかくこのような辺鄙な所に一体何用で行くのでございますか?」

 

親衛隊長の言葉にクウラは、

 

「……………あそこには、俺の半身がいる」

 

「半身…?」

 

そう答えると、それきり口を開かず会話を打ち切った。

一抹の不安を抱えつつ、船は静かな宇宙を粛々と往くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宇宙に勃興する様々な種の様々な文明。

この宇宙墓場には興っては消えていく文明の残滓が自然と集まり、

そしていつまでも漂っているのだ。

海に潮の流れが存在し流木が流れ着きやすい岸があるように、

宇宙にも潮流のようなものが在るのかもしれない。

大量のスペースデブリが漂う宇宙の墓場は、

遠い昔から近隣の先進文明にとって都合の良いガラクタの投棄場でもあった。

その中に一つのコンピューターチップがあった。

機能が生き続けていたそのマシーンは、自らの能力で長い時間をかけ増殖していった。

それは宇宙空間に存在するあらゆる物を取り込み、

そのエネルギーを吸収することによって成長していった。

そして、今では惑星をも食い尽くすほどになった巨大機械惑星。

それこそがクウラの半身・機械星ビッグゲテスターであった。

 

地球を後にしてから約2年……。

今、クウラ達の前にはその機械星が悠然と暗黒空間に浮かび漂っている。

流れ着いたクウラの脳みそを獲得した以前の時空のビッグゲテスターと違い、

この世界のビッグゲテスターは知性が低い。

機械の本能……原初プログラミングであるファーストオーダー、

『増殖せよ』をひたすら繰り返すだけのマシーンで、

単細胞のアメーバと似通った存在であると言えた。

 

「こ、これが魔の宙域の正体…!」

 

船内モニターから異形の惑星を見てザンギャがそう漏らした。

 

「気をつけろ……奴は無差別だ。 ………来るぞ!」

 

クウラの警告と同時に機械星からドデカイ触手……

ケーブルやコードが生きた大蛇のように宇宙船へと伸びてきて、

次の瞬間にはクウラ達全員が船外へと飛び出していた。

クウラとザンギャはともかく、

サウザーら3人は宇宙空間での単独活動はそう長いことは出来ない。

戦闘服のサポートによる活動時間は10分程。

それを承知しているクウラであったから、行動は迅速そのものであった。

 

「機甲戦隊! お前達は適当に暴れて奴の注意を引きつけろ。

 俺は奴の最深部……コアに用がある」

 

「あの化け物の中に行こうというのですか!?

 あっ! ク、クウラ様、お待ちをっ!!!」

 

ドウッ、と気を放出すると一気に飛び去るクウラ。

サウザー達は慌てて主人を狙う触手達を切って払い、爆破し、殴りつけ、蹴飛ばす。

縦横無尽に視界を埋め尽くす無機質な触手の群体を華麗に躱しながら、

クウラは一目散にビッグゲテスターへと迫り、

 

「キィエアァッ!!」

 

勢いのまま突っ込むと機械星の分厚い鋼をボロ雑巾のように突き破り、

コアへと一直線に突き進んでいく。

星内部の未来的な構造物が瞬く間に破壊されて、

内部警報で動き出したセキュリティも全くの無力であった。

そして、

 

「………懐かしい、というべきか」

 

かつて見続けていた中心空間へと到達する。

無数の管が上下から伸び大樹のような柱を形作っていて、

その中央には淡く光るセンサー光………ビッグゲテスター・コアチップが鎮座していた。

 

(俺は、この世界に来てもう一人の俺と融合した。

 融合………………メタモル星人のフュージョンやナメック星人のそれと比べても、

 俺の力の伸び率は低かった……低過ぎた!

 もう一人の自分という最高の適合率を持っていたのにも関わらず、だ。

 それは何故か……!)

 

「そう、簡単なことだ。 俺はメタルクウラであってクウラではなかった。

 この世界のクウラと融合しただけでは要素(ピース)が欠けていたのだ!

 ビッグゲテスターよ! 今こそ俺に還れ!!」

 

言うや否やクウラがコアチップへと手を伸ばし、

柱に手を突っ込むと無理矢理それを引き千切った。

コアの喪失を阻止しようとする機械星が

触手の切っ先を槍のように細めてクウラを串刺しにしようと試みたが、

その全てはクウラの気によるバリアによって接近することすら出来ずに粉砕されるのだった。

 

コアチップが極細のケーブル・コードを瞬間的に伸ばしクウラにまとわりつかせる。

クウラを吸収し飲み込んでやろうというビッグゲテスターの本能がそうさせた。

しかし、

 

「喰うのは貴様ではない……この俺だ」

 

分解されているのはコアチップの方であった。

自らが伸ばした触手に引きずられ、徐々にクウラの体に吸収されていく。

 

「どうだ、ビッグゲテスターよ」

 

「エエ、素晴らしいデス。

 もう一つのワタシは、貴方と出会わなかった代わりに

 周囲の惑星を考え無しに吸収していたようデスネ。

 使い道も無かったのでしょう…充分なエネルギーを蓄エテイマス」

 

返事をした方のビッグゲテスターは、

エネルギー貯蔵庫と化していた自分のドッペルゲンガーにご満悦そうである。

クウラの肉体に徐々に沈んでいくコアチップだが、

 

「……残飯も処理するとしようか」

 

この世界のビッグゲテスターが集めた周囲の部品すらも分解し、クウラは頂くつもりである。

ガリッ、といつものように指先を噛み血を滴らせると、

生成した自身の機械触手を高速で周囲に展開。

機械惑星に無数に突き刺すとそこからも分解、吸収する。

コアとエネルギーを失った機械惑星は、少しずつ振動を始めて急速に崩壊しつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ! 惑星が!」

 

突如崩壊を始めた機械星を見てサウザーが悲鳴を上げた。

 

「ま、まだクウラ様が中におられるのだぞ! まだ壊れるんじゃない!!」

 

などと無茶なことを無機物に要求していたが、

 

「センパイ、落ち着きなよ。 そのスカウターは何のためにつけてんのさ。

 というか気の修行もしただろ………」

 

冷静な後輩女に指摘されてしまった。

 

「そ、そうだったな!」

 

慌ててスカウターで主人の気を探り、併せて自身の気探知も行って精度を高めると

あっさりクウラの無事が確認できた。

あの崩壊しつつある機械星の中でも一際強い気が淀みなく存在していて

クウラの健在っぷりをアピールしていた。

だが……、

 

「……? こ、これは……一体どういうことだ………2000億どころのレベルではないぞ!?」

 

Pipipipipi…

 

いつまでも続く電子音。 スカウターは今も戦闘力の計算に忙しく、計測が終了しない。

そして、

 

ボンッ!

 

という音をたててサウザー、ドーレ、ネイズの超強化スカウターが同時に爆散してしまう。

クウラが改良して以来の随分と久々のことであった。

スカウターが爆発する………

それはつまり、計測対象の戦闘力がとんでもない事になっている証拠で、

4人は互いの顔を見合って何か恐ろしいことが起こっている…と覚悟した。

直後、

 

「あっ! 見ろっ!!」

 

ネイズが叫んで指を指すとその先には崩れつつある機械星……の筈であったが、

なんと崩壊し周囲に飛散を始めていた大小の残骸達が、

再び機械星の中核に向かって集い始めていた。

 

「お、おい、なんか……小さくなってねぇか?」

 

ドーレがそう指摘した通り、

金属の星は遠目で見てすぐに分かる程のスピードで異常収縮を始めていた。

星が爆発する直前、こういった動きをするモノもあることを機甲戦隊は知っていた。

だがそれらとも何か異なるように彼らには見えた。

 

「なんだ…何が起こっているんだ! クウラ様は本当に無事なのか!」

 

スカウターが壊れたとはいえ気の探知は既に出来るサウザー達だ。

クウラの気は未だに感じる。

感じるのだが、その大きさが尋常ではない。

今までの、勝手知ったる主人の気もとてつもなかったが、今はそれを遥かに上回る。

その気は、別段彼らに敵意を向けているわけでもなく、

戦いに向けて高められたものでもない。

ただクウラが垂れ流しているだけの気だ。

しかしそれでも………味方である機甲戦隊ですら寒気がするレベルであった。

 

「あ、あ……星が……」

 

不自然な程に一瞬。 瞬きよりも短い刹那に、整然と、

機械の星が圧縮されその全てが人型に吸い込まれていく。

その人型の正体…それは当然、

 

「クウラ様!」

 

ザンギャが真っ先に彼の名を呼ぶのだった。

 

(バカな! この俺がクウラ様の名を呼ぶ反応速度で、負けた!?)

 

そのことに対してサウザーがかなりどうでもいい敗北感を感じていた時、

すでにザンギャは機甲戦隊の陣形を飛び出してクウラの元へと飛び立っていた。

 

「き、貴様……新入りのくせに俺を出し抜いてクウラ様の元にいこうとは!」

 

やはりサウザーがどうでもいいことでキレつつ彼女の後を追ったが、

 

「お、おい落ち着けよサウザー。 そもそもアイツを焚き付けたの俺らじゃねぇか」

 

ドーレが、

 

「寧ろいい傾向だろう」

 

ネイズが続いて後を追いながら親衛隊長を慰める?のであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、特にクウラからの言葉もなく、

ただ静かに不気味な気を放つ主と共に大型宇宙船に戻った彼らだが、

クウラが船内に入り床に降り立ったその瞬間……、

クウラの足から無数の半導体集積回路に似た線が伸びてきて高速で船体中を駆け巡った。

幾何学的に広がっていくそれは瞬く間に大型宇宙船の全てを覆い尽くし、

 

「なっ!? クウラ様…こ、これは一体!?」

 

「ひっ……船が、い、一瞬で変な模様に…!」

 

サウザーとネイズが情けない声を出し、他の2人も畏怖する。

いくら崇拝するクウラの行いといえども、

全く理解できぬ行為はサウザー達に未知への本能的恐怖を与えたようだった。

 

「この宇宙船に改造を施す。

 以前とは違う……少々大掛かりな改修になる」

 

両足を半ば宇宙船と融合させたような姿となったクウラ。

その足は、膝から下が先程のものと同じような回路模様に覆われていて、

紫の皮膚はメタル化時のような白銀に変化していた。

ドクリッ、と船そのものが心臓のように脈動したように振動し、

直後、船を覆っていた回路模様はシュルシュルとクウラの足へと吸い込まれていった。

機甲戦隊はただ右往左往していただけで、

その内に、1分と掛からずにその現象は終わってしまった。

 

「も、もう改造は…終わったのですか?」

 

サウザーが恐る恐る聞くと、

 

「す、すげぇ……なんだこれ…!」

 

ネイズが船のコンピューターのコンソールを操作しながら驚愕し、

大モニターに船内図を表示して皆に見せてやるのだった。

 

「でっっっっ!!」

 

「かいっっっ!!!」

 

「これは……ちょっとした小惑星級だね」

 

サウザーとドーレが息の合った驚き方をし、ザンギャは至極冷静に感嘆する。

 

「機械惑星ビッグゲテスターの小型版……といった所だ」

 

必要なことすら余り言ってくれないことが多いクウラだが、

今回ばかりはさすがに説明してくれた。(一言だけだが)

 

「この移動要塞で、とうとう本格的に宇宙支配に乗り出すのですね!?」

 

サウザーが喜々として言う。

大モニターに表示されている移動要塞見取り図は、大工廠や各生産施設等を完備している。

明らかに大規模な戦闘への準備に思えた。

ザンギャは、クウラがそういった領土欲を持っているタイプに思えなかったので、

 

「そうだ」

 

という返事をしたクウラを意外に思った。

主君のその言葉にサウザーはいよいよ喜び、

彼の同僚が得意としていたという喜びのダンスでも踊りだしそうな勢いで、

 

「お、おお! とうとう亡きコルド様、フリーザ様の遺志を継ぐ決意をなされたのですね!?

 宇宙の帝王としてお立ちになると!! こ、これはいよいよ御嫡子の存在も必要になるぞ!!

 うははははは! やった! クウラ様のお子がいよいよ―――」

 

夢物語に思いを馳せる。 だが、

 

「―――俺はまだ甘かった」

 

「えっ?」

 

クウラの冷厳な声に現実に引き戻された。

 

「俺にはまだ……甘さがあった。

 生命エネルギーの集め方が温すぎた。

 ……………これからは4つの大銀河に対し、同時攻撃を仕掛ける。

 全ての星を破壊し、喰らうのだ」

 

「同時………攻撃?」

 

ドーレが、主君の静かな迫力に息を呑みながら聞き返すと、

 

「さすがに造り慣れているな………工廠で、早速10機完成したようだ………入れ」

 

5人全員がこの部屋に揃っているというのに、誰が外から入ってくるというのか。

クウラが何者かに許可を出すとメインルームの扉が開き、

そこには白銀に輝くメタルボディの男達が控えていたのだ。

 

「あああ! ク、クウラ様!!?」

 

「銀色のクウラ様が………10人、いる!!」

 

「銀色のクウラ、様…!」

 

機甲戦隊は余りの出来事にやや放心状態である。

 

「およそ1年…100万体といったところか…。

 100万のマシーン共で生命エネルギーを宇宙中から回収する。

 そうすれば……………………俺は神の領域に手が届く!!」

 

クウラの恐るべき宣言。

彼の目的は宇宙支配などという生易しいものではない。

それよりももっと恐ろしく、おぞましいもの。

全宇宙を生贄に、自らが神になろうというのだ。

 

「俺は甘かった………甘くならざるを得なかった。

 だが、今日この時より…それも終わる。

 破壊神とサイヤ人を………俺は超えてみせる。 どんな手を使おうともな…」

 

クウラは破壊神から1年以上逃げ切る自信ができたのである。

今までは無かった。 確かに破壊神を恐れ、安全策を打っていた。

だが今のクウラは融合が完成したことによってその戦闘力は100倍の20兆に到達……、

メタモル星人やナメック星人と同等以上の融合を果たしていた。

そして自分とビッグゲテスター、双方の能力増強の結果、

ビッグゲテスターの超テクノロジーそのものも神の領域に踏み込みつつある。

クウラは戦闘力数兆級のメタルクウラを大量生産出来るようになったのだ。 

粗製品でなければ、それ以上の戦闘力を与えることも出来るだろう。

1年をかけてメタルクウラ軍団で全宇宙から生命エネルギーを吸収した時、

ビッグゲテスターの試算ではクウラに集まるエネルギーは少なくとも戦闘力3600兆相当。

必要とされる有人惑星の数は最低でも730億と予想される。

 

(俺が最強となる為の贄としては大した数ではない)

 

その星に住む命の数を含めて考えてみても、やはりクウラにとっては些細なことだ。

しかも最終形態とメタル化の強化効率も同時に鍛錬出来れば……、

破壊神級となるのがいよいよ現実味を帯びてきたのである。

だが、クウラとてそこまで手広くやれば神々が自分を見逃す筈はないと理解している。

これは賭けであった。

自分と同質の気を有する宇宙中に散らばった100万体のメタルクウラの中から、

気を抑えた本体を破壊神が見つけることが出来るかどうか……。

しかも成長したクウラとビッグゲテスターは、

瞬間移動・時間移動の技術を転用し異次元空間へ滞留が出来る。

つまり違う次元空間に隠れ潜むことが出来るようにすらなっていて、

なかなかに分は悪くない賭けである…とクウラは踏んでいる。

 

1年、彼が破壊神から生き延びた時……。

その時は彼の戦闘力が『京』、即ち神の領域に足を踏み入れる時である。

 



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宇宙を蝕む者

魅堂寺さん、N2さん、骸骨王さん、おとり先生さん、白黒パンダさん、
遅ればせながら誤字修正ありがとうございます。


エイジ774年。

クウラ、ブロリーの襲来からすぐ後のこと……魔人ブウが孫悟空により倒された。

ブウの人類絶滅ホーミング弾を切り抜けた者の中に、

サイヤ人の瀕死復活でパワーアップしたブロリーと彼に守られたココがいたり、

元気玉の時間稼ぎにベジータだけでなくココにお願いされたブロリーが参戦しかけたが、

「カカロットォォ!!」とか叫びつつ孫悟空を襲おうとして、界王様経由でココに散々怒られて

仲良くしなさいと嫌々握手させられた後ようやくブウと戦ったり……

とまぁ色々あったがブウは見事悟空が退治し、伝説の超サイヤ人は幼女に手綱を握られ、

地球はめでたしめでたしで平和を獲得したのであった。

 

 

だが、宇宙はそうでもない。

ブウとの戦いから2年と少しの時が経った頃、

クウラはこの次元のビッグゲテスターと融合し新たなる力を手に入れた。

彼は直ちに自分の母船を改造し、ロボット生産機能を付け加え、

強化母船の生産能力でメタルクウラだけでなく作業メカも並行して製造、

更にそれらと食い尽くした荒廃星を使って移動要塞第2ビッグゲテスターをも生産……

さらにそこからメタルクウラと作業メカを。 そしてまた移動要塞第3ビッグゲテスターを。

恐怖の連鎖反応でメタルクウラと移動要塞は爆発的に増殖していった。

しかもマシーン達は異次元潜行し、数が揃うまで自分達の存在を隠蔽。

100万体のメタルクウラが揃うと同時に通常空間へ復帰し、一気に4大銀河に侵攻を開始した。

マシーン軍団は更に数を増やしつつ宇宙に深刻な災厄をばら撒き始めたのだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブリザード吹き荒れる極寒の星、惑星フリーザNo17。

コルドとフリーザ亡き後、残党の中でも比較的、統治能力に優れていた

准幹部・ソルベが本拠地に定めていた星である。

現在のコルド・フリーザ領国の首都星としての機能も果たしていたが……、

今、その星はブリザードではなく炎の海に沈んでいた。

 

ガシャリ、ガシャリ、ガシャリ、

 

鋼鉄の足音が司令部に響く。

燃え盛る炎の向こうに揺らめく人影が、金属音を打ち鳴らしゆっくりと迫ってくる。

 

「あ、ああ、あ……! な、何故ですか…クウラ様ぁぁ! 何故我らを攻撃するのです!

 我らは…あ、貴方様を全軍の総司令官として…! 新たな王として迎え入れると…!

 そう言ったではありませんか!! 私達に敵対の意志などありませんですぅぅぅぅ!

 我々はクウラ様の忠実な部下として……ひ、ひぃぃぃっ!!? シサミ! タゴマぁぁぁ!」

 

「ギャアアアアア!!!」

 

「ク、クウラ様ァァァ!! ソルベ様、助けてくださ――うぎゃあああああああ!!」

 

白銀のメタルボディを怪しく光らせたクウラが、無表情のまま両手を彼らに差し向ける。

10本の指先から無数のケーブル触手が高速で射出されて

フリーザ軍残党兵士達を次々に雁字搦めに拘束してしまう。

 

「……使えぬお前達を再利用してやるというのだ。

 戦力としては話にならんが資源としてならばまだ価値がある。

 貴様らはメタルクウラ・コアの新たなエネルギーとして生まれ変わる……泣いて喜ぶがいい」

 

「ヒィィィィ、クウラ様、お、お助け下さい! このソルベ、か、必ずやお役に立ってみせます!

 フ、フリーザ様の復活計画も着々と進んでおりますぅぅぅ!

 クウラ様とフリーザ様が、御兄弟が力を合わせればサイヤ人など―――

 あぎゃあああ!!! や、やめっ! いぎゃああああ!!!!」

 

小柄なソルベの必死の命乞いも、メタルクウラには全く届かなかった。

マシーンの触手が微細なブレードを展開し超高速回転を始めると、

彼らの皮膚と肉はあっと言う間にミンチになって粉砕されていき、

生命エネルギーが一滴残らず搾り取られる。

今日この日、惑星フリーザNo17から生命体は消失し、新たなる移動要塞として生まれ変わる。

コルドとフリーザが築き上げた強大な勢力は、急速にこの世から姿を消していこうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美しい青色と淡い桃色が散りばめられた空がどこまでも広がる界王神星。

魔人ブウと孫悟空との決戦ですら殆ど壊れなかった頑強な聖域の惑星で、

一人の若者と一人の老人が総身に汗をかいて恐怖に戦慄(わなな)いていた。

 

「ご、ご先祖様…! こ、これは…また星が…消えた!

 どういうことです! い、異常だ……異常な速度で、つ、次々と星が、命が消えていく!!」

 

若者……キビト界王神が、脂汗を幾筋も垂らしながら震える声を喉から絞り出す。

彼の隣に立つのは腰が曲がった老人、老界王神。

キビト界王神と同じように……いや、それ以上に強張った顔で、

 

「何ということじゃ! ほ、星喰じゃ! 星喰が生きていた!!」

 

声を上ずらせおたおたと慌てだした。

界王神よりもずっと経験豊富で老練な彼は、

キビト界王神よりも遥か遠く、より正確に事象を観測できる。

それが故の取り乱しようであった。

 

「なんなんじゃあ~~これは~~~~!!

 銀色のクウラがいっぱいおるぞぉ!!? 東西南北の銀河にうじゃうじゃおる!!

 あ、ああ! 星を……生き物を……破壊して生命エネルギーを食っておるぞ~~!!」

 

水晶球を覗き込みながら、眼球が飛び出さんばかりに目を見開いて白黒させていた。

キビト界王神も、

 

「ええええ!? ク、クウラが生きている!?

 界王達の封印が破れてから、地球で悟飯さん達に倒されたはずじゃ!?」

 

老界王神と一緒になって慌てっぷりを更に加速させるのであった。

 

「ううむ……わしゃそん時はまだゼットソードの中だったからよ~~、

 ワシの神眼でも正確には見えんかったんだな~~~~。

 でも、今クウラは確かに生きていて…宇宙を襲っておるのは間違いないぞ!」

 

見てみろ、と15代後の後輩界王神に水晶を見るよう促すと、

 

「あああ…! ほ、本当だ! 銀色のクウラが…ひい、ふう、みい………ゲゲッ!?

 一体何人いるんですかご先祖様! めちゃくちゃいっぱいいますよ!!」

 

先祖と子孫は一緒になっておぞましい映像に見入る。

星と、そこに息づく生命が蹂躙され、解体され、純エネルギーに変換されていく様子は、

生命創造を生業とする界王神達にはとてつもなく辛いものだ。

クウラの行為は生命の冒涜そのもので、神々の顔面にツバを吐くのと同義であった。

まだ、彼の弟・フリーザの方が、優しく御しやすい話の通じる人物だったと思えるほどだ。

 

「………な、なんという残酷な男じゃ……! とても見ちゃおれんわい…。

 と、とにかくこうしてはおれんぞ!

 クウラが新ナメック星を襲うのは時間の問題じゃ……!

 奴がドラゴンボールまで手に入れてしまったらそれこそ悪夢じゃぞ」

 

「彼らを助けに行くよう、悟空さん達にお願いしてはどうでしょうか。

 悟空さん達ならクウラにもきっと勝てますよ」

 

「新ナメック星にいるクウラを倒しても新しいクウラがまた来るだけじゃ。

 いくら孫悟空達でも、 あんなに沢山のクウラはめちゃくちゃ大変じゃぞ…。

 しかも一体一体の強さがよ~……魔人ブウがいっちゃん強かった時ぐらいじゃないか?

 下手に孫悟空達を呼んでしまっては、

 大きな気でかえってクウラの興味を引いて奴の動きを早めるかもしれんし……」

 

老界王神が難しい顔でウンウンと唸ると、

 

「な、なるほど…確かにそうですね。

 特にベジータさんあたりはわざとクウラを呼び寄せるかもしれませんね…。

 強い奴と戦いたがるのがサイヤ人ですし………うーん………、

 あ! ならば界王神界に避難させましょう!」

 

キビト界王神が、さも名案を思いついたという笑顔でそう提案する。

 

「む……一応、ここは聖域なんじゃが……まぁ今更か。

 しょうがない、ここにナメック星人達を運んでやるんじゃ!

 ナメック星人達は本人達の生命エネルギーも強い……クウラに喰わせてはならん!」

 

「え!? 運んでやれって……ナメック星人は100人くらいいるはずですが…、

 ひょっとして私が運ぶんですか?」

 

「当たり前じゃ。 他に誰がそんなこと出来るんじゃ…まさかこの老体に無理させる気か?

 幸いお前さんの強さなら気も大したことないし……

 一応気も消してこっそり行けばクウラも見落とすじゃろーて。

 それに、ナメック星人は宇宙でも稀に見る正直者で働き者達……

 彼らの作り出したドラゴンボールは危険な代物じゃが、

 何度か宇宙を救う助けになったのも事実じゃ。

 そんぐらいしてやってもバチはあたらんじゃろ」

 

「バチを当てる側は私達だし、運ぶのが私1人というのは………」

 

「いいからさっさといかんかい! ナメック星人が危ないんじゃぞ~~!!」

 

「は、はいっ! カイカイ!」

 

神が得意とする瞬間移動法、カイカイによって新ナメック星へと向かったキビト界王神。

付き人のキビトは東の界王神よりもカイカイに優れていたために、

ポタラ合体によってキビト界王神となった今の彼のカイカイは超一流である。

ナメック星人達に事情を説明すると、彼らはすんなりと移住に同意した。

界王神星と新ナメック星を何度も往復し、

ナメック星人達を一生懸命に運搬する彼の姿はとても高位の神様には見えないが、

人の良いただの青年に思える親しみやすさが彼の良い所である。

どさくさ紛れに、

 

「えへへ、折角ドラゴンボールが揃ったので2人に分けてもらっちゃいました」

 

こんな事をしてしまう天然なおちゃめさも魅力の一つ……。

宇宙のバランスを乱すからみだりに使っちゃイカンと老界王神が言っていたにも関わらず、

ドラゴンボールを使用し小柄なモヒカン頭の界王神と付き人キビトに分離しようとも、

彼の魅力は損なわれないのだ(威厳は損なわれるが)。

 

「……お、お主なぁ~~、折角のポタラも無駄にしおって。

 しかもクウラが暴れておるというのに、他に良い使い道あったじゃろうに!

 まったくもうっ、なにしとんじゃっ!!」

 

ドラゴンボールの気軽な使用とポタラの合体キャンセルという、

神としてそれはどうなのか?という行為をサラッとやってのける東の界王神に、

老界王神も思わず冷ややかな視線を向けてしまうのだった。

ナメック星人とドラゴンボールを無事保護できたのは、

東の界王神が頑張ったからなのは間違いないのだが…。

 

「い、いえ、その、確かにクウラが破壊した星と生命の復活も考えたんですが、

 もう何百と壊されてるし…それに今復活させてもどうせすぐ壊されますし…。

 そ、それに今ドラゴンボールを使ってしまえば万が一クウラに奪われても使えませんよ!?

 これで1年は安全です! ね!?」

 

一応、彼には彼の言い分があるらしい。

老界王神に怒られてしどろもどろになる彼だが、

長い間独りで界王神を務めてきた偉大な人……のはず。

 

「もうええわい……とにかく! クウラのこの暴れっぷりならばビルス様が動くじゃろう。

 クウラの奴、調子乗ったが最後じゃ! わしらは壊れた生命の穴を埋めるぞい!

 このままじゃ宇宙のバランスが崩れてしまう」

 

「は、はい!」

 

そう、やはり界王神は凄いのだ。

星と生命を生み出す切っ掛けを与える力は、破壊神すら持ち得ぬ偉大なパワーである。

今では2人きりになってしまった界王神……。

(老界王神は既に引退の身なので、正しくは東の界王神1人きり)

この日から彼らの怒涛の徹夜作業は続くことになるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

枯れ果てた惑星。

その大荒野のど真ん中に2人の男がいて、

彼らの周囲には銀色の残骸が散らばっている。

 

「……くそ、きりがないな。 あのデッカイロボット星も破壊してるんだけどなぁ」

 

2人の内の1人……血色の悪い黒紫の肌をした、

コーニッシュレックス種の猫に似た宇宙人…いや破壊神が機嫌悪そうにそう言った。

 

「全部が宇宙中に散らばっていますからねぇ。

 しかも私達が行う探知・移動・破壊のサイクル……。

 これにかける時間とほとんど同じスピードで増えてるようですし」

 

返事をした男…ウイスは、サウザーやザンギャと似た青肌・端麗な造形で、

その美貌を台無しにするような超ロングの逆立ち白髪ヘアが特徴的である。

まるで風速20mの逆風を常に受けているような髪型だ。美的センスが疑われる。

 

「ボクが寝てる間に随分と好き勝手やってたんだな、フリーザの兄貴って奴は。

 色々と増えすぎだろう!」

 

うがーっ、と頭を掻き毟って苛立ちを露わにする破壊神。

そんなビルスを見ながら、付き人ウイスは

 

「まぁビルス様が寝てなければ良かっただけの話しなんですけどね。

 これも神様のお仕事ですよ……さぁ、きりきりいきしょう。

 このままじゃ破壊神の名が泣きますよ? 星喰クウラの方がうんと破壊してるなんて」

 

飄々と言いながら、手にした杖の先端の水晶球を覗き込んで次なるターゲットを探していた。

ビルスは片眉を釣り上げて、

 

「あのねぇ…ボクはちゃんと全体のバランスとそれが破壊に足るかどうかを考慮してるんだよ?

 はぁ~~……それにしても『破壊』したらアイツら全部連鎖してぶっ壊れればいいのに。

 あんなロボットの一体や二体が過去現在未来まで消し飛ぼうと意味ないし……。

 一々見つけて壊さなきゃ駄目って……ちょっとした罰ゲームだよコレは」

 

師匠兼付き人へと愚痴をよこすのであった。

 

「まぁそれは仕方ありません。

 栗まんじゅうを破壊した所で大福まで抹消できるわけじゃないんですから。

 ロボットも機械の星も一体一体が全部微妙に違うのが余計面倒なんですよねぇ~~。

 しかも本体が未だに見つかりませんし。

 …ん、新しいロボットさんを見つけました……じゃあ早速行きましょう。

 今日中に後5000体は潰しますよ~。

 なるべく早く星喰退治しないと、閻魔さんや界王神達が過労で倒れちゃいますからねぇ」

 

「ああ…そうだったな。

 ばんばか生命が死んで第7宇宙のバランス悪くなってるからなぁ。

 老界王神まで『創造』を頑張ってるらしいね」

 

軽々しい雰囲気でやる気なさげにそう言うビルスだが、

クウラの大破壊を止めようという気概は結構あって頑張っていた。

 

過剰破壊による宇宙のバランス崩壊が起きてもおかしくないレベルでクウラは活動している。

それが未だに防がれているのは界王神と愉快な界王達が頑張って創造を行い、

宇宙全体の調和が保たれているからだ。(界王神は過労でぶっ倒れそうだが)

一度失われたものと全く同じものはさすがの創造神達も創ることが出来ないが、

似た存在で穴埋めをし事無きを得ている。

(失われたものをそっくりそのまま復活させるドラゴンボールが、

 いかに宇宙の摂理に反したトンデモない物なのかが分かる)

 

だが、退治しようにも星喰クウラのやり方が狡猾・慎重でなかなかにうざうざしい。

とにかく数が多く、増殖力が強く、瞬間移動を多用し宇宙中をビュンビュンと移動しまくる。

しかも星を喰う直前まで気を限りなく0にし、おまけに機械人形であるから気配が掴みにくい。

元から断ってしまえば……つまりクウラ本体を『破壊』してしまえば一番良いのだが、

先述の通りクウラ本体も移動と潜伏を繰り返しているようで事は簡単ではない。

広範囲、大規模での『破壊』を行い空間ごと消滅させても良いのだが、

それをすると加減が出来ず壊したくない星々まで巻き込んでしまう。

クウラの破壊行為に自分の破壊までプラスさせてしまっては、

界王神達のキャパシティを完全にオーバーする。 バランス崩壊一直線だろう。

チマチマ破壊するしかないのだ……今の所は。

 

それに加えてもう一つ……ビルスとウイスが今ひとつ星喰の本体を発見しきれぬ理由……。

それは、最後の1人になってしまって負担激増・創造無双で頑張る東の界王神の存在だ。

大量に宇宙に存在しているメタルクウラが、いつ何時界王神の命を狙わないとは限らない。

東の界王神が死ねばビルスは死に、天使ウイスも機能を停止してしまう。

界王神達が居住している界王神星は、あの世とこの世の周りをまわる衛星世界の内に在る。

普通はその世界には誰も侵入できないのだが、

魔人ブウがやってみせた通り瞬間移動においてはその限りではない。

そしてメタルクウラが瞬間移動の使い手であるのは、

既に何万体かを破壊したビルス達は知っている。

界王神星の場所まで知っているとは思えないが、万が一が有り得る。

なのでビルスとウイスは、常にそれとなく界王神星の安全を気にかけていた。

その事が、クウラ本体の探索に小さくない障害となっていたのだった。

500万年前に眠りこけて界王神達が殺されてしまったツケが今になってやって来たらしい。

 

「寿命が縮むって文句言ってるらしいです」

 

しかし山積みの心配を少しも表には出さぬウイスが、

いつも通りののっぺりとした薄ら笑いで破壊神との会話を楽しむ。

 

「あのジジイの寿命ならどうでもいいよ。 まぁいいや。 行くよ、ウイス」

 

その瞬間、2人は気配の余韻すら残さず幻影のように掻き消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

破壊神がメタルクウラ退治を始めてどれ程の時が無為に過ぎ去っただろう。

100万体どころか200万体は確実に葬り去っている筈だったが、

それでもメタルクウラは今も星々を攻撃しているという事実がビルス達に重く伸し掛かる。

破壊神達の予想すら大きく覆す、途方もない数のメタルクウラが宇宙に蠢いているらしい。

 

「……チマチマやるのは止めだ。 このままじゃコイツラの排除は出来ない」

 

目を細め、忌々し気にビルスが呟くと付き人ウイスも同調し、

 

「驚くべき繁殖力ですね………まさに宇宙のイナゴ…害虫そのものです。

 このままでは界王神達の負担が大きすぎますよ、ビルス様。

 本腰を入れて本体を探し出し破壊せねば、宇宙の秩序が確実に乱れます」

 

いつもの、どこかのほほんとした雰囲気をガラリと変えて真面目な顔である。

叡智を持つ神秘の少数民族、ナメック星人は辛うじて難を逃れたが、

宇宙の無頼者達の大集団、コルド・フリーザ軍。

そういった者達を取り締まる宇宙の警察、銀河パトロール。

賢者ズノーとその惑星。

フュージョン発祥の地、メタモル星。

コナッツ星、ヤードラット星、惑星448、惑星ワガシ、惑星ピタル……

文明を築ける程の生命を抱えた様々な星が機械軍団の侵攻によって大打撃を受け、

善悪問わず多くの文明と種族が滅んでいた。

ギリギリ、銀河パトロールが果敢に抵抗を続けていたが、それも時間の問題だろう。

 

「……第7宇宙ごとクウラを破壊するのも……視野に入れておいた方が宜しいかと」

 

事態を重く見たウイスの進言。

それを受けて数秒の沈黙の後にビルスが、

 

「どうやら冗談じゃないみたいだな…………確かにクウラは…まるで疫病だ。

 この宇宙に湧いてきたウイルス……増殖し、侵食し、やがて宿主を死に至らしめる病。

 ようやく『破壊神』という宇宙の抗体に相応しい奴が出てきたとも言える。

 …そう思わない? ウイス」

 

自分の付き人同様……普段とはまるで異なる恐ろしい笑みを浮かべ、答えた。

 

「宇宙の破壊は最終手段だ…………。

 その段階になったら対である第6宇宙のシャンパに連絡がとったほうが良いだろうけど、

 まだ連絡する必要はないぞウイス。 勿論、全王様にもな。

 ボクはクウラをこの手で破壊したくてしようがないんだ……………。

 働かされてろくに睡眠も出来ず……ボクの宇宙をボコボコにしてくれている彼……。

 破壊神をここまでコケにしてくれたのはコイツが初めてだ…………クククっ」

 

猫のように見える破壊神ビルス。

彼の今の笑みは、まさに獲物を狙う虎にも似た獰猛なものである。

 

「少し考えたんだけどさ…………星喰は命のエネルギーを吸っている。

 フリーザの身内なんだから、それが食料ってわけじゃないだろう?

 何のためのエネルギーか……………恐らく自己進化とか自己強化とかその類だ。

 クウラは一度、地球に行ったんだよね?」

 

「はい。地球でサイヤ人の生き残りと戦って引き分け、逃げ去ったとか」

 

「そうそう。そのサイヤ人達……ボクが予知夢で見たゴッドとも関係ありそうだよね。

 なにせ星喰と引き分けているんだからさ。

 クウラの狙いもボクと同じでゴッドなのかな?

 それとも違う何かか……どちらにせよおかしな話だ。

 地球は生命力に満ちている……星喰なんて呼ばれているアイツから見たら格好の餌だ。

 なのにクウラは地球を喰わずに放置している……。

 一度引き分けたから慎重になっているのかもしれないが、少し気になる。

 ボクみたいに”地球で成し遂げたい何か”があると思わない?」

 

ビルスが猫のように自分の手を一舐め二舐めし…その手で己の顔を洗いつつ、

だが頭のなかでは忙しくクウラ本体の破壊についての算段を練っていた。

 

「ゴッドを探しに行くつもりだったし………地球に行こうか、ウイス。

 ボクが地球を破壊しようとしたら……クウラは慌てて出て来るかもしれない。

 楽しみだ………星喰クウラ本人の顔と、超サイヤ人ゴッド……両方拝めそうだねぇ…」

 

ペロリ、とビルスは舌舐めずり。

久々に破壊し甲斐のありそうな獲物の登場に破壊神の心は躍っていた。

 



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ビルスの地球来訪

破壊神と付き人は、頭を引っ込めて中々殻から出てこない星喰を一先ず置いておき…、

久々の息抜きを兼ねて超サイヤ人ゴッドの探索を始めた。

勿論、その間はクウラのロボット達が好き勝手に宇宙を荒らす事になるだろうが、

もうビルスとウイスはギリギリまで被害を許容するつもりでいる。

メタルクウラをどれだけ速攻で倒そうが焼け石に水であると断じ、切り捨てたのだ。

狙うはクウラ本体、ただ1人。

そして……クウラが今回の『炙り出し』にも応じなかった場合は………、

『第7宇宙を完全に破壊する』予定であった。

 

だが今は、それはさて置いて取り敢えずお楽しみのゴッドだ。

ビルスはそう切り替えて久々に職務を忘れてウキウキで、

 

「よーし、ではフリーザを倒したとかいうサイヤ人がいる界王星に出発だ!」

 

ウイスに界王星まで瞬間移動するよう命じるのだった。

が、そこで出会った孫悟空は超サイヤ人3までしか変身できず、

ビルスの興味をそこそこ誘ったものの、悟空をデコピンと手刀の二撃でダウンさせると、

破壊神は次なるサイヤ人を求めて地球へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

破壊神ビルスの管轄であり、孫悟空の存在する第7宇宙。

今現在、ビルスは地球へ向けて界王星から飛び立った所で、

辺鄙な宇宙の片隅に居るはずはない。

だが、第7宇宙のその辺鄙な所に破壊神はいるのだ。

これはどういうことか。 

破壊神は第7宇宙には2人いたのだろうか。

いや、違う。 

よく見れば………その破壊神はビルスとは違い太っている。

その他はとてもよく似ているが、その人物はぷくぷくとふくよかな腹をしていた。

付き人の青い肌の天使もウイスに似てるようで違い、

その者は女性で長い白髪の髪をポニーテールで流している。

彼らこそ、第6宇宙の破壊神シャンパとその付き人ヴァドス。

シャンパはビルスの双子の兄弟で…

ヴァドスはウイスの姉なのだ……似ているのも当然であった。

 

「願い玉を探しに来てみれば……随分と酷い有様だな」

 

星々と命が大量に死に絶え、第6宇宙全体が空間から歪み出しているのが、

破壊神であるシャンパには理解できた。

ヴァドスも、

 

「そうですね…確かにちょっと酷いようです……ウイスはなにをやっているのやら」

 

上司の言葉に全面的に同意した。

シャンパの第6宇宙とビルスの第7宇宙は対の存在であり、

互いの存在は無視できない重要なものである。

惑星の一つ二つ、十や百や千の誤差があろうと大したことはないが、

さすがに数百億単位の星々の有無の差があると、

二つの宇宙が内包する総エネルギー量に差が出過ぎる。

 

「ちょっと、惑星と生命が少なすぎないか?

 宇宙が殺風景すぎね? まずくないか? これ」

 

破壊神として自分の宇宙にも影響が出るのを心配するのは当たり前だが、

この惨状を許してしまっている自分の双子のことも気になるシャンパ。

かなり砕けた口調だが、彼の言っていることは的を射ている。

 

「……ちょ、ちょっとだけ…ビルスの様子見に行くか?」

 

「シャンパ様がそう仰るなら行きましょうか」

 

まさかあの憎たらしい兄弟に限って大丈夫だとは思うが……と、

シャンパはビルスの体調だとか職務への情熱具合だとかが気になり始めていた。

第6、第7の二つの宇宙に跨って散らばる超ドラゴンボールの探索を一時切り上げ、

シャンパとヴァドスは予定よりも少し早くビルス達に挨拶に赴く事にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその地球……そこでは今、ベジータの妻・ブルマの誕生パーティ真っ最中である。

お呼ばれした参加者だけでの気が置けない身内達によるパーティは、

非常に和やかで和気藹々としたものだったが……

1人、非常にムスッとした顔の黒髪の青年がお好み焼きをつついていた。

 

「なぜ俺がカカロットの仲間のパーティになど………」

 

「文句言わないのブロリー!

 ブルマさんは村の復興に何千万ゼニーも助成金をだしてくれたんだよ?

 それに、村のクリスタル貿易が軌道に乗ったのも

 カプセルコーポレーションのお陰なんだからぁ…ね? 機嫌直して?」

 

隣にいる淡い金髪の美少女・ココに顔を覗き込まれながらそう言われてしまうと、

ブロリーはそれだけで文句を封じられてしまうのだ。

ブウとの戦いの折に孫悟空と再会してしまったのを契機に記憶を取り戻したブロリーだが、

それまでにココから受けた恩義(調教)によって

(手料理、ケガの介抱、カカロットの悪夢にうなされる睡眠中ブロリーの頭ナデナデetc…)

例の暴走癖が「ブロリーやめて!」という彼女の涙目の一声で治まるようになっていた。

初めてその様をベジータが見た時、

 

「し、信じられん…! 完全にブロリーを抑え込んでいやがる……! なんて女だ!!」

 

チチやブルマとはまた異なるベクトルの強い女の出現に驚愕したとか何とか。

ブロリーを射んと欲すれば先ずココを射よ。

そんな合言葉がZ戦士一同に浸透したのは言うまでもない。

未だに悟空を見る目には僅かに怒気が孕んでいるが、

取り敢えず大人しくなったブロリーとココは孫悟空とその身内に仲間入りを果たしていた。

ココの重要性を認識したブルマは彼女とその故郷を優遇しまくって、

しかもクリスタル貿易の仲介にココと接触してる内にココ本人の人柄も気に入ってしまい、

今では損得抜きに年の離れた良き姉御分、友人となっていた。

プライベートでココの恋愛相談に乗ったりもしているようで、

恋愛にどんくさい喧嘩バカのサイヤ人の落とし方なども、

サイヤ人妻の諸先輩方がレクチャーしているらしい。

そんなブロリーとココが座る小さな円卓に、

 

「おい、ブロリー! 貴様、さっきからお好み焼きばかり食いやがって!

 貴様のせいで常にお好み焼きだけが無いんだぞ! 少しは違うのを食べやがれ!」

 

いつの間にか近寄ってきていたサイヤのプリンスが、

ブロリーの食事にイチャモンをつけだした。

だがお好み焼きを頬張りながらブロリーは、

 

「………虫ケラめ……あっちへ行っていろ」

 

チラリとベジータを見たきりそのまま食事を敢行するのだった。

 

「なにぃ!? 招待してやったこの俺に対してなんて口の利き方をしやがる!

 フランクフルトもたこ焼きも、それ以外だってあるんだ……そっちを食え。

 お好み焼きを待っている奴は貴様以外にもいるんだぞ…! この俺だ!」

 

「ご、ごめんなさいベジータさん…!

 ブロリー、このお好み焼きというお料理が気に入ってしまったみたいで……

 ほら、ブロリー……ごめんなさいしなきゃ。 同じサイヤ人同士で喧嘩しちゃダメっ」

 

歳は14となったココ。

美少女で鳴らしたチチやブルマの14才当時にも劣らぬ容姿で、

尚且つ身長が少し伸び出るところは出て引っ込むところは引っ込んできたが、

2m近いブロリーの横にいると相変わらず小柄で、

愛くるしい美少女っぷりも相まって小動物のようだ。

ブロリーとはまさに美女と野獣と形容したくなるツーショットであった。

そんな小動物にしぶしぶ従う野獣…という図がまた珍妙である。

 

「フン………ココの料理に比べればこの船の飯は全て不味い。

 お好み焼きなど貴様にくれてやる。 食いたければ食え」

 

ベジータから目を逸らしながら、皿をフリスビーのように彼に投げよこす。

 

「何だと? カプセルコーポレーションお抱えの職人達が作った料理がココに劣るだと?

 ふん、面白い………ならば今度、この俺が直々に食べ比べてやる」

 

皿からお好み焼きを落とすこともなく見事にキャッチする様はさすがに戦闘民族。

常人では目で追えぬ速度の食べ物キャッチである。

 

「はい、いつでもナタデ村にお越し下さい。

 ブルマさんとトランクス君と一緒に……後、皆さんも!

 あ………その前に、ブロリー? まだベジータさんに謝ってないよ」

 

にこにこと笑いながら圧力感を醸し出すココ。

うっ、と小さくブロリーが唸り……

 

「………………………悪かった」

 

「はっはっはっはっ、分かればいい! 分かればな!」

 

不器用に謝る彼に対し勝ち誇るサイヤ人の王子。

居丈高な態度は大分和らいだ彼だが、

同じサイヤ人相手だと王子気質が全面に出てしまうらしい。

一昔前の彼ならばここから更に

「なにぃ~? 聞こえないぜ」とか言いつつ頭をグリグリと踏んでいたことだろう。

やはりベジータは丸くなったと言える。

だが、

 

「……ぬ、ゥゥゥゥゥウウウウウウウッッ…………!!」

 

当然、ベジータの態度にブロリーはわなわなと震え怒りを徐々に露わにする。

やはり彼も一昔前ならばここで怒りの超化が発動しただろうが今では、

 

「ブロリー、良く我慢して謝ったね。 ナタデ村に帰ったらオカズ一品増やしたげる!」

 

ココが大柄な彼を屈ませ、抱き込むようにして頭を撫でると彼の怒りは萎んでいくのだった。

こちらも成長した………と言えるかもしれない。

成長したのはココの母性かもしれないが……。

今では悟空もピッコロも悟飯も天津飯もヤムチャも、

ベジータも含め皆がブロリーを受け入れている。

ココという安全装置有りきで、だが。

 

そんな和やかなパーティ会場に、突如として現れたのが破壊神ビルスである。

ベジータ以外の者達は彼の素性を知らず、

ブルマの紹介のままにベジータの友人の一宇宙人と思い普通に接していた。

ビルスが破壊神であると承知しているベジータだけが、

周囲の者たちの無礼とも言えるフランクで砕けた態度にハラハラドキドキであった。

誇り高きサイヤ人の王子としてのプライドを削って削って削ってビルスのご機嫌伺いをし、

自らたこ焼きまで作って馳走するほどの泣ける孤軍奮闘ぶりであったが、

彼の努力もとうとう無駄に終わる。

ビルスと魔人ブウがプリンを巡って衝突………とうとう武力衝突が発生してしまった。

暴れだすビルスを止めようと、悟飯やゴテンクス、ピッコロ、クリリン、天津飯にヤムチャ、

ブルマを張り倒されたベジータまでもが怒りも顕に破壊神に挑んだが全く歯が立たない。

ビルスが、

 

(……やれやれ、サイヤ人も落ちぶれたな。

 これじゃクウラの玩具の方がよっぽど強いよ)

 

心で溜息をつく。

ビルスが星喰退治を開始したばかりの頃の初期型メタルクウラの戦闘力は平均で約5兆。

しかし、つい先日まで戦っていた後期型はなんと戦闘力が1000兆を超える。

ビルスに破壊されればされるほど、

後に生産されるマシーン達は強化されていったのである。

後期型は、超3化のゴテンクスを上回り、

修行を怠らなかった悟飯でさえ究極(アルティメット)化してようやく勝てるかどうか…である。

その性能で量産されているというから、恐ろしいの一言だ。

そんな例外中の例外のような存在達と比べられては、

如何な戦闘民族とて見劣りしてしまう………と思いきや、

 

「ん~~~? なんだ、ベジータ……まだやんの?

 それに…………お隣の君もどうやらサイヤ人みたいだね。

 君もゴッドじゃないっぽいけど、かかってくるのかな?」

 

やはりサイヤ人は飽くことなき戦闘民族であり強戦士族なのだ。

闘争心が未だ萎えぬベジータと、

憂いを帯びた顔の黒髪・長身の男…ブロリーの2人がビルスの眼下に立っていたのだった。

 

「当たり前だ…! よくも俺のブルマを……!!」

 

「…………ウサギ頭め……貴様が船を揺らしたせいでココが……!

 楽には殺さんぞ……!!」

 

船酔いに陥ったココの復讐という何とも言えぬ理由でブロリーが参戦し、

彼が気を高めるとその頭髪が淡い青に変化する。

己の力を大幅にセーブしたブロリー特有の超化だ。

女の為に立ち向かうサイヤ人2名の顔には怯えは見えず、

ビルスの口元が僅かに弧を描いて、ほんの僅かだが愉快そうにも見えた。

 

「ふぅん…ボクを殺す? サイヤ人ってのはつくづく傲慢だよねぇ。

 ……………予定よりちょっと早いけど、地球を破壊するかな」

 

だが、自分に対してベジータは怒気を、ブロリーは殺気を向けてくるという不敬に対し、

とうとうビルスが微量の怒気を見せつつ地球を破壊する”素振り”をし始めた、その時、

 

「ちょっと待ってくんねぇか、ビルス様!」

 

瞬間移動によってビルスとベジータ達との間に割って入った孫悟空が止めに入る。

片目を見開き怪訝な顔となったビルスは、

 

「なんだ……また君か」

 

出てきたのが目当ての人物でないと分かり少々不満気であった。

その後の展開は御存知の通り………ドラゴンボールでゴッドの情報を神龍から聞き出し、

5人のサイヤ人が正しい心を持ちそのパワーを1人に注げば良いらしいとの事実を得たが、

 

「……………正しい心ってなんだ…?」

 

頼み込んで協力してもらった6人目のサイヤ人はこの有様。

悟空もこれには、

 

「あちゃー!

 そうだよなぁ…………。

 ブロリーは、ゴッドが対抗しようとしたサイヤ人の方っぽいよなぁ」

 

頭を抑えて悩みこんでしまった。

確かに、『昔のサイヤ人はブロリーのような伝説の超サイヤ人に対抗するために、

ゴッドの秘法を編み出したのではないか』……そう思える超化をするのがブロリーだ。

そんな彼をこの儀式に誘うのは少し無理があった気が、しないでもない。

だが、長年の宿敵でありサイヤ人の王子が意外にも助け舟を出す。

 

「おい、カカロット。 そもそも正しい心という定義がこいつには伝わらんのだ。

 サイヤ人としての正しさというならば、寧ろ闘いと破壊こそが正しいんだからな。

 誰よりも伝説の超サイヤ人としての特性が濃いあいつに分かるわけがない。

 ようは穏やかな心だろう?

 平穏に暮らすことを望む感情こそが闘争から遠ざかりたがる原因だ。

 正義だ悪だので対立したと言っても、

 所詮は平穏に暮らしたいか、戦いに身を置きたいかの主張の衝突だろうが。

 ブロリー……ココとの穏やかな生活を思い浮かべろ。

 ココの飯を食って、ココの横で眠る自分自身を強く想像してみろ」

 

さすが純サイヤ人の王族だけあって、ブロリーが要領を得ぬ点を正しく指摘した。

ベジータの命令口調に一瞬、目を鋭くしたブロリーだったが、

ブロリーがちゃんと出来るかを不安そうな瞳で見てくるココをちらりと見て、

 

「………チッ」

 

瞑目し、心を落ち着けて言われた通りの心象風景を思い描く。

結果、見事に儀式は成功し…

孫悟空はゴッドの力を得てビルスの欲求を満たすことに成功したのであった。

超サイヤ人ゴッドへと変化し、神の気を宿した孫悟空。

研鑽を積み続け、幾多の強敵達との激闘をくぐり抜け……とうとう彼は神の領域に至る。

眼前のサイヤ人が神の気を放ち始めたのを見、

 

「くくく……どうやら待ったかいがあったようだね」

 

破壊神ビルスが目を細めて笑う。

そんなビルスに悟空は、自分が勝ったら地球も仲間達も破壊しないよう提案すると、

ビルスもそれを快諾……己を楽しませろと言い放ち、神と神の闘いが始まった。

破壊神級の気のぶつかり合いに、彼方の惑星までが震える。

クウラの大量破壊行為によってバランスが崩れ、

徐々に歪みが生じている第7宇宙にとってこれは中々に危険であった。

遠く離れた界王神界……その中心に浮かぶ界王神星でさえ波動で揺れる有様で、

 

「なにやっとんじゃあの『バカい神』は! この宇宙にとどめ刺す気かぁ~~!!

 あほたれっ!! うんこたれっ!! オシッコちびりっ!!!」

 

と、昔馴染み且つ自分を封印した恨みがあって、しかも最近生命創造を不眠不休でやって

疲労でイライラの老界王神がご立腹だったとかなんとか。

第7宇宙全体を地味に巻き込みながらも、

2人の闘いはどこかスポーツ的な気楽さと爽やかに溢れている。

だが悟空のパワーが落ち始めたのを機にビルスは、

 

「……ここまでかな。

 まぁ充分楽しめたよ……ここまで力を出したのは久しぶりだ。

 …では、もう終わりにしようか。 約束通り地球を破壊する」

 

勝ち誇った笑みを浮かべ上天に突き出した両手に破壊のエナジーを漲らせた。

ビルスは今も尚涼し気な顔で……比べて自分は傷だらけで体力も落ちてきているし、

ビルスが担いでいる大きなエネルギー弾は間違いなく危険な代物だ。

しかし、その危機的状況でも悟空は、

 

「わりぃなビルス様……超サイヤ人ゴッドのパワーがオラに言ってるんだ。

 上に…まだ上に行けってよ!!!」

 

サイヤ人らしい飽くなき闘争への欲求で満たされ、笑っていた。

迫りくる大エネルギー弾をしっかり見据え、

腰を落とし両腕を腰の右側やや後方に添えて…

 

「か…め…は…め……波ぁーーーーー!!!!」

 

孫悟空が最も得意とし、最も信頼を寄せる気功波を最大パワーで撃ちだした。

ゴッドの気が乗ったそれは破壊神の気弾に真正面からぶつかり、

 

「んん!?」

 

自らの惑星破壊弾を押しのけ迫るかめはめ波に、

ビルスも思わず驚きの声を出したのであった。

自分が放った大エネルギー弾とかめはめ波を眼前で破壊したビルスはほぼ無傷。

相変わらずの余裕を見せて完全に凌いでしまった。

二つの巨大な気が乗ったエネルギー流を苦もなく相殺してしまったビルスを見て、

さすがの戦闘狂(孫悟空)も引きつった苦笑いをするしかない。

 

「ククク……サイヤ人ゴッドか………面白い奴だよ、君は。

 健闘を褒め称えて地球の破壊は勘弁してやろう。

 と、言いたい所だけどね………」

 

そんな悟空を見ながらビルスが静かに口の中で笑うと、

 

「ボクにもちょっとやんなきゃ駄目な理由って奴があってさ。

 お互い、思い通りにならないよねぇ……孫悟空。

 やはり地球は破壊することにするよ」

 

両腕を、先と同じように高々と掲げると…

そこに莫大なエネルギーが急速に渦巻くのが悟空には分かった。

 

「ビ、ビルス様…! や、やめてくんねぇか……た、頼む…!

 オラ、もっと修行して必ずビルス様を満足させられるぐらい強くなってみせる!!」

 

必死に懇願する悟空だが、ビルスは

 

「………いいのかなぁ~? 本当に破壊するよ、ボクは。

 地球も、孫悟空も………コソコソ見てる君の目の前で、ね」

 

明後日の方向を見ながら、明らかに悟空ではない誰かに声をかけているようだった。

不審に思い悟空は辺りを見回すが、

 

(な、なんだ…? ウイスさんに対してでもねぇ……ビルス様には何か視えてんのか?)

 

周囲には自分とビルス…

そして勝負の決着を見て自分達の元に瞬間移動してきたウイスだけだった。

その時、

 

「っ!!? な、なんだこの気は…!!」

 

ざわり、と今まで悟空が味わったことのない異質な気が突如として辺りに立ち込める。

身にまとわりつく、ドロドロとした不快さ……

全身がざわつく不気味な感覚に悟空だけでなく、ビルスやウイスも眉をしかめた。

 

バチッ、バチバチ、

 

という激しい放電が悟空の後方、何もなかった空間に巻き起こったかと思うと、

次の瞬間には空間が波打ってたわみ…、

 

(あの波打ってる所だ…! あそこからすげぇ嫌な気が流れてくる!!)

 

悟空は慌てて振り返り構えをとるのだった。

ゴッドの力をその身に取り入れ、神の気を会得した悟空でさえ感じる悪寒。

もはや、ビルスと悟空が醸し出していた爽やかな闘争の空気はどこにもない。

 

ズ、ズ、ズ…と歪む空間から徐々に出現する者……それは、

 

「お、おめぇは……クウラ!!?」

 

当時、死んでいた悟空があの世からしっかりと観察した人物……

忘れる筈もないその男の名はクウラ……フリーザの兄、その人であった。

ビルスとウイスもまた、悟空と同様にクウラを厳しい目で観察していた。

 

「やっぱり出てきたね……良かった良かった。

 じゃないと宇宙ごと破壊しなきゃいけない所だった。

 そうなってたらガッカリだもんねぇ……君は是非、ボクの手で破壊してやりたかったんだ。

 しかし……ふぅーん……なるほどね~~。 あのロボット共とは色も雰囲気も違う。

 どうやら君が正真正銘本物らしい………会いたかったよ、クウラ」

 

悟空と話している時よりも一段低い声色のビルスの迫力はさすが破壊神といえる。 

威圧感と威厳で満ち溢れ、どこか神々しさも感じる声。

神の気を感じることが出来ぬ者でも恐ろしいし、神の気が感じ取れるのならば尚更だ。

だが、その威圧を向けられているであろうクウラは、

 

「…………俺もこの時を待っていた……ずっとな。

 ビルス…孫悟空………………貴様らをこの手で殺す…この時を」

 

感情の伺えぬ涼し気な顔で破壊神の重圧を受けきり、

ビルスに負けず劣らずの威圧的な低い声でそう答えたのだった。

破壊神の従者はクウラのその様子を見て、

 

(神の気が感じられない……というわけでもなさそうですけど…。

 ビルス様にあれだけの殺気を向けられて平然としているのは、

 神経が図太いだけなのでしょうかねぇ?)

 

彼の冷静過ぎる様子を少々疑問に思う。 

ウイスの見立てでは、主ビルスを10とすれば、自分15・悟空6…

そしてクウラは悟空に及ばず3、或いはそれ以下……という比率に見えた。

 

(クウラは変身型種族………彼の最終形態は通常の凡そ3倍と聞いてますが……。

 それにしてもあの自信はどこから来るのでしょうか)

 

例え変身をしようがビルスの相手にはならない。

ウイスはそう確信していた。

ビルスもまた、

 

(…………思ったよりは強いけど)

 

そこそこ楽しめそうだが、所詮はその程度。

クウラの持つ気の不快さは群を抜いているが、

それ以外のあらゆる点でビルスが上回っているのは確実に思えた。

しかも、今回は悟空相手ではない。

ビルスは本気で殺しにかかる。

 

「……随分とドロドロした…嫌な気だ。 クリアな神の気とは対極だね。

 神の領域に土足で足を踏み入れる……その為に、一体どれだけの生命を吸ったんだ?」

 

「さてな。そんなくだらぬ事を一々覚えてはいない」

 

「お前の気は………数え切れぬぐらいの命が混ざりあったモノなんだねぇ……。

 不愉快だよ。 吐き気がする……これは比喩じゃない。

 本当に吐きそうなぐらい気持ちが悪い気だ。

 さながら、神の気に対抗する為に練り上げられた悪魔の気…ってとこかな」

 

ビルスの瞳に静かだが激しい怒りが湧き上がり、

悟空との闘いでは一切見せなかった憎悪の殺気と純然たる神として義務感による殺意。

その二つが際限なく膨れ上がり……、

 

「う、うわっ! こ、これが……ビルス様の本気だってのか…!!

 へ、へへへ………やべぇな。

 絶対ぇやべぇのに、何かワクワクしてきちまった…!」

 

間近でそれを感じた悟空が無意識に一歩退いてしまっていた。

だが孫悟空もまた、どこか普通ではない。

これから宇宙が見るも無残なぐらいに破壊されるのが容易に想像できるのに、

悟空は顔を引きつらせながらも何と笑っていたのだ。

彼も、戦いを心の底から望み楽しむ狂気の戦士の片鱗を持っているのであった。

そんな悟空の気の昂ぶりに気付いたのかビルスは、

 

「…おい孫悟空。手を出すなよ……コイツはボクの獲物だ。

 ウイスもだぞ……絶対に手を出すな……手を出したらお前達を破壊するから」

 

しっかりとバトルジャンキーとお節介焼きに釘を刺すのを忘れない。

ビルスの神の気とクウラの得体の知れぬ気が、

本人達に先んじて宇宙空間の()()()()()でぶつかり合い、せめぎ合いを始めている。

ビルスとクウラの視線が交差し、

 

「一対一だ。君を、ボクの宇宙と同じ有様にしてあげるよ…クウラ。ボクの手でね」

 

「俺を舐めると後悔することになるぞ………破壊神。

 貴様も孫悟空も超えて……俺は最強となる」

 

悟空とウイスが見守る中とうとう2人の火蓋が切られた。

 



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クウラとビルス とびっきりの最強対最強

クウラの戦い方は映画でのジャネンバを意識してもらえるとイメージし易いかもしれません


宇宙が2人の気のぶつかり合いで揺れる。

先のビルスと悟空の戦いに似た激しい衝撃が宇宙中に木霊しだす。

それを見てウイスが、

 

「うーん、悟空さん。 私達はもうちょっと離れたほうが良さそうですね。

 あと…ご家族や友人が大切なら地球を背にして守ってあげたほうがいいですよ?

 クウラは貴方ほどじゃないにしても神の領域の強さを持っていますから、

 戦闘の余波で地球が壊れるかもしれません」

 

「へっ? あ、ああ…わかった」

 

そう言うと、ウイスの言に従って、

ビルス、クウラの2人と地球を遮る壁のように悟空が位置取った。 その時。

 

ゴウッ、

 

と宇宙の真空に気の突風を巻き起こしたビルスの拳がクウラの頬に突き刺さる。

動かぬビルスの真横に超高速で回り込んだクウラを、

ビルスは微動だにせずに捉え、迎撃したのだった。

 

「……舐めてるのかい?」

 

視線だけをクウラに向け抑揚のない声でクウラへ言うと、

 

「キェェァアアッ!!」

 

クウラは頬に受けたビルスの拳を掴むと、破壊神を逃すまいと固定。

石火の蹴りを後頭部目掛け放つ。

だがそれも当然のようにあっさりと空を切り、

 

「さっきから何のつもりだ」

 

うっすら額に青筋を浮かべたビルスが、

怒りも顕に蹴りの返礼をクウラの土手っ腹に見舞うと、

光を超えた速さで遥か後方にぶっ飛ばされたクウラは、

3つ程惑星を砕いた所でようやくスピードが衰えて止まるのだった。

 

「く…!」

 

僅かに呻きながらクウラは即座に体勢を立て直し、

飛ばされた方向……ビルスがいるであろう場へ視線と右腕を向け、

 

「ハァァァ!!」

 

エネルギー波を放つ。

しかし、

 

「こっちだけど」

 

クウラの真後ろから破壊神の声が聞こえるのであった。

が、クウラは微塵も狼狽えずに、

 

「…知っているさ」

 

そう言うと自身が放ったエネルギー波の僅か先に次元ホールを展開。

エネルギー波が渦巻く空間に吸い込まれそのまま、

 

「っ!? おお?」

 

ビルスの真横からクウラのエネルギー波が襲いかかり大爆発する。

クウラは、巻き起こった爆炎に自ら突撃し炎を切り裂き、

顕になったビルスの脇腹へ渾身のボディブローを叩き込んだのだった。

破壊神の眉間に浅い皺が刻まれて、

 

(気功波を瞬間移動させたのか! 器用な真似するね全く!)

 

「…っ! やるじゃないか……本気出してない君に一撃貰うとは、ねっ!!」

 

言い終わるや否や自分がくらった場所と全く同じ部位にボディブローを仕返す。

 

「………っ!!」

 

光速を凌駕する速度でまたも殴り飛ばされたクウラが、

苦悶の声を置き去りにして惑星の数個に激突し弾き飛ばされると、

ぶっ飛ぶクウラの軌道上に無言のまま待ち受けるビルスの姿。

そして、ドンピシャのタイミングでダブルスレッジハンマー。

星喰をどこぞの惑星に叩き落とすのだった。

 

クウラが吸い込まれていった惑星がヒビ割れ、

赤いマグマが星全体に縦横に浮かび上がり血のように滲むと、

やがてけたたましい音を立てて星はゆっくりと崩壊し強制的に超新星爆発へと誘われる。

 

それを遠目に見ながらビルスは、

 

「お~~~い、聞こえてるかァ~?

 その姿でボクに一発いれたんだ。 満足だろー!

 準備運動はお互いコレぐらいにして、お前はさっさと変身するんだ。

 実力も出さないまま破壊されたくないだろーー?」

 

光の渦の只中に向かって大声で叫ぶのだった。

声に気を乗せているせいか、宇宙の真空に破壊神の声は実にハッキリと響くが、

その声に対して返事は帰っては来ないのだった。

だが……

 

「…………………へぇ…それがフリーザよりも1回多いって噂の変身か」

 

惑星の終焉を告げる光が徐々に消えゆき、その中心……

薄光の向こうにユラユラと浮かび上がる逞しい体躯の人影を見、ビルスがにんまりと笑う。

一回り以上に精悍な体つき。

隆々とした筋肉。

獅子の(たてがみ)のように鋭く広がった頭部外骨格。

マスクから覗く、血のように赤く光り輝く眼光が暗黒の宇宙を不気味に照らす。

 

「通常形態ではさすがに無理だな…さすがは破壊神…。

 さぁ、第2ラウンドを始めようか…!」

 

「いいじゃないか………どうやら見た目だけじゃなさそうだ」

 

ビリビリと破壊神の肌を刺激するクウラの気に、ビルスは笑みを更に歪ませ、

その姿が陽炎のように消えた。

クウラの首が僅かに動き、

その場から一歩も動かずに己の顔の横、やや後ろへと神速の裏拳を叩き込めば、

 

ドンッ、

 

と銀河系に衝撃が広がる。

 

「…っ! へぇ…やるじゃないか!」

 

並の戦士には瞬間移動にしか見えぬ超高速でクウラの背後へと回り込んだビルス。

その顔面スレスレに迫ったクウラの大きな拳を、

破壊神は頬に触れるギリギリで掌で受け止めていたのだが……、

殺しきれなかった衝撃がビルスの顔面へと伝わり、

彼の猫のような鼻からは僅かな血が一滴……滴るのだった。

 

「ボクの速度を目で追ったな…? ハハハッ! こいつはいい!

 超サイヤ人ゴッドの後にこんなデザートまであったなんて!!」

 

嬉々とした顔でそのまま蹴り、拳の弾幕を乱れ飛ばすビルスに、

クウラは一歩も引かずそのラッシュの応酬を受けて立つ。

惑星を一撃で破壊する拳がマスクをかすめ、

星々の大海を割る蹴りが命中の寸前にクウラの肘と膝に遮られ…、

 

「素晴らしい! 8割じゃお前に失礼だったかな!? じゃあ9割だ!!!」

 

ビルスが玩具を与えられた子供のようにはしゃぐ。

グングンと速度を上げていくビルスのラッシュに、

 

「む…? ヌゥゥゥ……!」

 

「ほらほらどうした! コレぐらいで音を上げるなよクウラ!

 ボクの宇宙を喰った成果はこんなもんじゃな―――」

 

クウラの反撃の比率が徐々に減り、捌き防ぐ比率が増えつつあった。

しかし、

 

「―――っ!?」

 

ビルスが頭を咄嗟に真後ろに退く。

すると、さっきまで自分の頭があった場……

ビルスの目の前スレスレをクウラの豪腕が雷光のような速さで通過していき、

腕がまとう衝撃波が彼の鼻先をかすめた。

 

ニヤリ、

 

クウラのマスクから覗く真っ赤な目が歪んで笑う。

 

「貴様…! 避けられたパンチを瞬間移動させて!?

 ぬわっ!? お…おぉ!? うぐっ!?」

躱し、弾いたクウラの拳と蹴りが、その軌道の先に開かれた次元ホールに吸い込まれ、

次の瞬間にはビルスの周囲からランダムに襲いかかるのだ。

 

「つくづく器用だな!? うおっ! うっ、おごぉッ!?」

 

そしてとうとうクウラの重々しい膝蹴りがビルスの細い腰に真横から突き刺さり、

嗚咽が漏れたビルスのその口へ、クウラの掌底が迫る。

 

「むがっ!? モゴゴ!」

 

破壊神の半開きの口をすっぽりと大きな紫の掌が覆い隠し、

 

キィィィン…

 

甲高い収束音を響かせて、口を覆う掌に気が充実し白く輝き出す。

 

(こいつ!! ボクの口の中に気弾をぶち込む気か!!!)

 

ビルスが、口を掴むクウラの腕へ上下から手刀を振り下ろし挟み撃ちにし、

 

「ぐわぁぁ!?」

 

メギキッ、という鈍い音と共にクウラの腕が山なりに歪みマスク越しに悲鳴が響く。

そして、

 

「グハッ!?」

 

クウラの顎に真上へ蹴り上げたつま先を馳走し、その巨体を浮かす。

だが、よろけながらもクウラはその振り上がった足首を空いた左手で掴み、

 

(掴むな! いい加減離せよっ!!)

 

「もごごっ! むががががっ!!!」

 

しかも右腕は間違いなく折れたであろうに尚もクウラは手を離さず、気の充填も止めない。

そして、

 

「ハハハハハハハッ!! 俺は弟のように甘くないぞ!!」

 

「っっ!!!?」

 

クウラは猛々しく笑いながら、

折れた右腕からフルパワーのエネルギー弾をビルスの口内へしこたま乱射しだした。

嵐のように吹き荒れる口内への攻撃。

それは執拗に続けられ、まだまだ終わる気配を見せない。

しかも攻撃だけではない。

ありえない角度にひん曲がっていた右腕が徐々に矯正され真っ直ぐに治療されていき、

クウラのあちこちにあった外傷もいつの間にか塞がっている。

彼の体内のナノマシンが順次、宿主を修復しているのだ。

傷を負わせた相手の攻撃を分析し、更に強化しながら……。

かつて悟空とベジータを苦しめたメタルクウラの強化修復機能は、

オーバーヒートしていない今のクウラ本人に存分に活きていた。

 

衝撃と爆炎がビルスの口内を駆け巡り続け、

クウラは気弾を撃つ右手を休めること無く、握る力を増し始めて……

そしてビルスの足首を掴む左腕にも同時に満身の力を込め始め、

ミシミシと音をさせながらビルスの体を首と股関節から引き裂こうとしだすのだった。

だがその瞬間、

 

「うっ! なにィ!?」

 

クウラの驚きが声となって漏れた。

ビルスの左手に充分に溜められていた気砲が放たれてクウラの右手首が消し飛び、

気功波を放った左手をそのまま拳にし、驚くクウラの首筋に抉りこむように殴りつける。

超高速でそのままぶっ飛ぶ……かと思われたクウラは、

掴んでいたビルスの足首を意地でも離さず、

そこを基点として吹っ飛ぶスピードを殺さぬままに半円を描き、

逆にビルスの背へと後ろ回し蹴りを見舞うという無理矢理の反撃を試みたのだった。

 

「がふっ!? ク、クウラぁぁぁ!!!」

 

背骨に重たい衝撃を受けたビルスの口から煙と一緒に血と肺の空気が押し出される。

クウラに掴まれていた足首を体ごと無理矢理に捻ると、

ズルリ、と足首の皮膚が剥ぎ取れてクウラの掌に付着する。

皮膚を捨てることで自由になれるのなら安いものだ、というビルスの判断である。

続けざまにクウラを踏み台にしてジャンプするように蹴り、跳ねて距離を置くビルス。

 

互いに数歩分、間合いを広め仕切り直す形となるのだった。

 

破壊神が悪鬼の如き形相でクウラを睨みながら笑う。

彼の鼻と耳、笑みに歪む口からは煙が立ち昇り、

口唇から垣間見える歯はボロボロで所々が欠けていた。

 

「頭きちゃったな………こんな歯と口じゃ、しばらくは美味しくモノを食べられん…!

 正直言って予想以上だ……礼を言わなきゃね、クウラ。 こんな気持は久しぶりだ。

 ……………………………10割だ。

 全力で…君を『破壊』する」

 

吹き上がる神の気が、星雲を、銀河を、宇宙を揺らす。

遥か彼方で地球を両者の闘気から守りつつ、ウイスの水晶球から観戦していた悟空も、

 

「う、うわっ…! も、もっとでけぇ気が……っ!

 くっ……くそ………ハァ、ハァ…! 地球、守んのも……く、ぐ…く…!

 こ、このボロボロの体にゃ、け、結構…つれぇや…へへ」

 

両腕を左右に突き出し、壁のように張り巡らせていたゴッドの気の厚みを更に増して踏ん張る。

脂汗が全身に浮かび、息も荒く苦しげで、ビルスとの戦いで消耗した悟空には辛いものがある。

そしてそれは悟空だけではない。

あのウイスが、

 

「…………これは」

 

真顔となって呟き、やはり汗を一筋……ツーっと青い肌に伝わす。

 

(まさかクウラがここまで力をつけているなんて………。

 無数の命と機械が混じっていたせいで…私の目が曇らされていた…?

 クウラの力は3では収まりきらない……4…いや、5。 ひょっとしたらそれ以上…!

 ビルス様の10に対し、今のクウラは12以上あるのでは……。

 万が一が起こり得る…………かもしれませんね)

 

上司たる破壊神の言いつけを破ることも視野に入れ始めるのだった。

彼らの戦闘の推移によっては自分が参戦し、

主の不興を買おうともクウラを破壊せねばならない。

そうしなければいけない、危険な予感がウイスの第六感にぴりぴりと感じられたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

途方もなく高まるビルスの気が、宇宙全体を揺らす。

その発生源たるビルスとクウラは、

戦いに熱中する余りいつの間にかその場を太陽圏から大きく離脱していて、

今では数百億光年離れた大銀河のど真ん中で睨み合っているのだ。

宇宙でも存分にその真価を発揮できるクウラの種族であるから、

悟空に対するような気遣いを抱かず、破壊神が存分に暴れることが出来た結果である。

全力を宣言したビルスに対し、クウラも

 

「クックックックッ………ようやく本気を出す気になったか。

 この姿で貴様の本気を叩きのめすことも出来るが………。

 神に対する、俺の最後の敬意だ……俺も本気になってやろう!」

 

自身に満ち溢れた声で応えるのだった。

 

「なに?」

 

星喰もまた、本気ではなかった。

その事実は破壊神に少々の焦りを生む。

 

見開かれたビルスの瞳に飛び込む光景……、

それは瞬く間に金属で覆い隠されていくクウラの姿。

クウラの逞しい肉体の表層を這うように銀色が覆っていき、

消滅したはずの彼の右手も、

極細のケーブルやコードが傷口から飛びててきて欠損部位を型取ると、

細胞と機械が見る間に増殖し完全に復元してしまう。

全ての変化は1秒と経たぬ内に行われて、

紅く光る瞳以外が白銀に包まれてメタル化最終形態へと変貌するのだ。

傍目には色が変わっただけに見えるが、その実情は大きく異なる……、

ということに破壊神は気付いていた。

気付いてはいるのだが、何故か危ない…という意識だけがざわめき立ち、

クウラがどれ程の力を持っているのかがビルスには視えなかった。

思えば目の前の敵の強さは先程から予想の上を行く。

 

(何故だ……神であるボクが、何故コイツの強さを見誤るんだ…)

 

ビルスが、ほんの僅かだが…狭い額に汗を滲ませ、

だがその焦りをおくびにも出さず

 

「……………またテカテカと派手になったもんだ。

 (スーパー)シルバークウラ? いや、(スーパー)メタルクウラ………かな。

 本気を出すというから、もう一段階変身でもするのかと思いきや……

 ただ色が変わっただけじゃないか」

 

憎まれ口を叩いてやるが、

クウラは肩を張った仁王立ちで破壊神を圧し歯牙にも掛けない。

 

「フッ……色が変わっただけで無いことは貴様なら分かっている筈だ。

 本当ならば、通常形態のまま貴様を超えてやるつもりだったのだがな……。

 下らぬ貴様の挑発に乗って出てきてやったせいで、

 未だ俺は中途半端なレベルとなってしまった…。

 全王の頭を踏み潰してやるにはまだまだ時間がかかりそうだ」

 

「っ!? 貴様……全王様の存在を知っているのか!」

 

下界に住む者には、その存在を知る機会すら与えらない至高の絶対神・全王。

その存在を知る方法は下界には存在しないし、存在してはならない。

驚愕に染まるビルスの脳裏に、ある過去の記憶が呼び起こされ、

 

「――っ! そ、そうか! ズノーだな!?

 あいつの脳から機械で情報を引き出した……!」

 

そういう推理に行き着く。

確かにクウラは全てを知ると豪語する宇宙人ズノーを全住民と惑星諸共抹殺し、

その脳髄を入手したビッグゲテスターはそれを存分に解析したのは正解だ。

しかし、そうではない。

 

「ハハハハハハ……違うな。 破壊神でも知らぬ事はあるようだな……安心したぞ。

 全王の存在など、俺はズノーからのデータが無くとも既に知っていた。

 ビッグゲテスターの超テクノロジーは、もはや神の叡智に手が届いているのだ。

 今の俺ならば界王神の真似事も出来るし破壊神の代わりも務まる!

 神程度!! この俺に踏み倒される障害に過ぎんのだ!

 破壊神を破壊し、孫悟空を倒し、全王を殺す!

 宇宙の全てを俺の前に跪かせる!

 俺に敵う者などいない!!」

 

より強靭に再生された銀の右腕で、

まるで宇宙そのものをもぎ取るように強く握り締めれば宇宙が呼応したように震え、

 

「俺こそが宇宙最強だ!!!!」

 

力強い言葉に合わせ、左腕で星々を掴み上げるように打ち振るえば

何百もの惑星がクウラの念動力で持ち上げられ粉砕され塵と化す。

正に宇宙を震撼させるパワー。

数十年の月日をかけ、途方もない数の命を生贄に…とうとうクウラはこの高みに来た。

破壊神と同じ、雲を見下ろす天空の頂きに。

残るは頭上に輝く太陽一つ。

 

クウラの、この常軌を逸した上昇志向と力への信奉。

そして、ただの念動力で多数の惑星級の物体をも粉微塵にする力を既に持ちながら、

未だに成長途上であるという彼の言動。

そして何より、この世界の絶対の神君へ対する敬意の欠片もない彼の傲岸不遜な精神。

全てが破壊神ビルスにとって許容できぬことだった。

 

「お、お前は……とんでもない分不相応を望む男だ…!

 科学の力で神の領域を侵し汚す! ……まったく知的生命体って奴は業が深い!!

 貴様如きが全王様をどうこうすることは絶対に出来ない………、ボクがさせない!

 身の程を知れ………クウラ!!!」

 

ビルスは駆け出す。 目の前の怨敵へ向かって。

その速さはもはや光と比べることすら生温い。

並の者からすれば時が止まっていなければ説明がつかない……

そう思える、それ程の超高速で破壊神はクウラの腹目掛け掌底を繰り出した。

 

(もはや闘争は不要…! こいつはここで…『破壊』しなくてはならない!!)

 

破壊神にだけ許された権能…『破壊』の力。

念じれば万事を破壊する単純明快にして無比の力だが、

強大過ぎるパワーであるが故に制御が難しい。

対象を絞って使用しても大銀河ごと消し去ってしまうレベルで制御が困難なのだ。

単体の惑星……単体の人などだけを『破壊』したい場合、対象に手を触れる…

或いは触れるほどの近距離で手をかざさなければならない。

その制約は、容易に宇宙を破壊し過ぎぬ為のある種の制御弁で、

破壊神ビルスならば誰が相手であろうとマイナスにならぬ制約であった。

 

―――今までは。

 

「っキィエアァァァァァァッッ!!」

 

まさしく裂帛の気合。

迫るビルスの掌底をクウラの渾身の手刀が瞬時に叩き切り、

ビルスの右腕、手首から先がくるくると宙を舞うのだった。

破壊神は猫目を見開いてその様を、まるでスロー映像のように唖然と見つめる。

 

「……!!!」

 

余りの衝撃に声も出ない。

 

(ば、バカな…ボクの腕を一撃で!? …だが!)

 

しかし、自失はほんの一瞬のこと。

この程度で戦意を失うほど破壊神はヤワではない。

ビルスは即座に残った腕……左手をクウラにかざそうとするが、

 

「――ヌゥアアアアアアアアッ!!!!」

 

それよりも速く、クウラの鋭い声と共に繰り出された巨大な足が超速でビルスの胸を直撃し、

メキメキと音を立ててビルスの胸骨と肺を破壊していく。

 

「ぐお…ごォッッ!!?」

 

大きく太い3本の足の指で呻くビルスの細い胴体をそのまま鷲掴み、

脚を突き出した態勢のままに一気に加速したクウラ。

数百光年を一息に飛び、遥か後方に輝く巨大な恒星へ突っ込むと…

 

「うがあああああああああ!!!」

 

「ハハハハハハッ!!」

 

燃え盛る巨大恒星の表層深くに破壊神を蹴り埋め、

己が燃えるのも厭わずにビルスを焼いた。

だが勿論、彼はこのまま共に燃え尽きる気はない。

転瞬、クウラは即座に二撃目の蹴りをビルスに見舞い彼をより深く恒星へと抉り込み、

その反動で大きく跳躍し破壊神が埋もれる恒星から離脱していくのだった。

 

「その超熱の中、消耗した体で未だ健在なのはさすが破壊神といったところか!

 ならば…………これはどうだァ!!」

 

高々と掲げた右腕の掌……

その先に瞬時に形成されるのはクウラが得意とする業火の大気弾・スーパーノヴァ。

今のクウラがその気になれば、それは容易に赤色超巨星級以上に膨れ上がり、

炸裂した時には破壊エネルギーが大銀河中に行き渡ってあらゆる物を滅却できる。

それ程のエネルギーを凝縮し月程度のサイズまでに圧縮…、

 

「その星ごと…消えて無くなれェーーーーーーッ!!!」

 

超エネルギーを一極に集中させビルス目掛けて放つのだった。

 

体力が低下してきたビルスの皮膚が業火にジリジリと焼かれ始めるが、

破壊神が尚も力強く鋭い瞳で眼前の大敵を見据える。

恒星を破壊しての脱出…という手間も惜しんで、

一秒でも早く目の前の『宇宙の病』を消し去りたかった。

 

「な、舐めるなよ…! この程度の炎でボクがくたばるか……!!

 お前の技など……宇宙ごと消してやろう、クウラ!!」

 

ビルスはこの時、手を添えての個別破壊を選択肢から消した。

地球の料理は美味しかった。

孫悟空には無限の可能性を感じたし、気に入った。

ベジータにも、ブロリーとかいうサイヤ人にもゴッドの芽はあると思える。

だが、もはやそれも終わりだ。

ビルスは眼前に広がる全てを『破壊』すると決意した。

破壊神が念じれば、迫るスーパーノヴァもクウラも…全てが破壊されるのだ。

遥か後ろに位置するであろう、地球も孫悟空達も。

それはビルスにとって大変惜しい、残念なことであったが…神の責務はその全てに優先する。

 

(これで終わりだ……『破――)

 

ビルスがそこまで念じた時、

 

pipipi…。

 

燃えゆくビルスを見つめる白銀の戦鬼のコンピューターが、

宿主にしか聞こえぬ電子音を奏でる。

破壊エネルギーを対象へと転送するロックオンバスターの起動音であった。

転送先は無論、『破れかぶれに全てを破壊しようとする』ビルスの、

 

「う…ぐ…!? が、あ……? ぐ…」

 

脳漿、である。

破壊神の脳内にけたたましい破裂音が広がって、頭蓋を直接揺すって耳朶へ届ける。

同時に思考が掻き乱され、視界がぐらぐらと揺れ、歪み、激しい嘔吐感に襲われた。

 

「な…んだ…、何を……さ、れ―――っ!? う、ぐあああああああああああ!!!」

 

この次元の戦いにおいては、一瞬、思考が乱れればそれで充分であった。

動きを制し、破壊の力を僅かな間、封じることが出来れば……。

ビルスにスーパーノヴァが伸し掛かり、

彼の細い体を圧迫し、燃え盛る星へと更に押し込みながら超熱で焼き尽くさんとする。

 

「ハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!

 俺はフリーザのように甘くないと言ったろう!

 それにしても脳を直接エネルギー弾で攻撃されても頭が消し飛ばんとはな。

 破壊神というのは随分と丈夫だ! 驚いたぞ!

 さすがは神だ! ハッハッハッハッ!」

 

メタルのボディが、紅蓮の業火の赤炎を妖しく照り返し、輝く。

ビルスの脳内は執拗に続くロックオンバスターによって未だ()()()()()()()いて、

堅牢な脳は原型を保っているもののさすがのビルスも既に意識は朦朧としてきている。

神の気による防護もみるみるうちに衰え、

前後より迫り来る獄炎はいよいよビルスを包み込み、彼を灰燼に帰そうと荒れ狂っていた。

 

「俺の勝ちだ! 俺は破壊神を超越した!!

 孫悟空……次は貴様だ! 嬲り殺しにしてやるぞ! ハハハハ!」

 

勝利を確信し、雄々しく笑う宇宙の覇者。

だが…、

 

「ハハハハハ―――はっ!?」

 

そんな彼の頬を突然、強烈に殴りつける者がいた。

クウラが吹き飛ばされ際に見たその者……それは青い肌の、破壊神の付き人。

破壊神の武道の師たるウイスその人であった。

 

「…くっ!!」

 

直ぐ様、気の放出によってブレーキをかけ態勢を立て直し、

視線を己が立っていた場へと向ける。

すると、

 

「な、なにっ!?」

 

ビルスを焼いていたあの恒星も、クウラが放ったスーパーノヴァも幻のように消え去っていて、

焼け爛れた破壊神をその手に抱くウイスが静かに立っているだけであった。

ビッグゲテスターの冷徹・冷静な思考を持つクウラもこれには驚きを禁じ得ない。

冷ややかな瞳でクウラを見つめるウイス。

だが、彼の視線には明らかな怒りの炎が灯っていた。

 

「………やれやれ。 ビルス様の言い付けを破ってしまいました。

 これは後で大目玉を食らってしまいますねぇ。

 星喰のクウラ………あなた、本当に大したお人ですよ。

 あなたの性根がそんなでなければ、是非とも次期破壊神に……とお願いする所です」

 

「…ふん、くだらん」

 

ウイスの一撃によってヒビが入ったマスクが強化再生される中、クウラが一笑に付す。

 

「……あなたの今の強さは、既に私に近しい所まで来ていると見て良さそうですね。

 ビルス様と私があなたの強さを見誤った理由……。

 あなたの中の…ビッグゲテスターとかいう機械が邪魔をしていたから……

 で、当たってますか?」

 

「フッ、正解だ。

 ビッグゲテスターは幾百万のメタルクウラと戦う貴様らのデータを集積し、分析し続けた。

 超テクノロジーが貴様らの神の目をジャミングし、節穴に変えてやったのだ。

 科学は無限に発展し……留まるところを知らない。

 神などもはや時代に取り残された遺物に過ぎん」

 

「おやおや、凄い自信……。

 大言壮語もそこまで行くと感心してしまいますよ。

 ………本気で、全王様に楯突くおつもりで?」

 

ウイスの細められた目がより鋭くなり、

それを受けてクウラは赤い目を弧にして瞳だけで嘲笑うのだった。

 

「当たり前だろう。 この宇宙に、俺以上の存在など必要ないのだからな」

 

「……あなたは強い。 それは認めましょう。

 ですが、戦いぶりを拝見していた所……私には勝てないと断言できますよ。

 だというのにどうやって私の上を行く全王様を倒すのです」

 

ウイスの神の気が噴出する。

それはビルスを更に上回る尋常ならざる莫大なものであり、

しかも敵意に満ちる攻撃的な色を多分に含んでいた。

しかしクウラは、

 

「いや、俺の勝ちだ」

 

きっぱりと言い切り、勝ち誇るのを止めはしない。

 

「…? なんですって? 幾ら何でも―――う…? こ、これ…は」

 

ぐらり、とウイスの体から力が抜ける。

何故だか、体中から気が抜けていくのを止められないのである。

 

「力が…入らない? 何故………?

 っ!!! ま、まさか!!!」

 

ウイスは気付いた。

腕に抱く主…ビルスから熱が失われていることに。

右手を切り落とされ、全身に酷い火傷を負ってはいたが確かに一命は取り留めた。

間違いなくウイスはビルスを助けることに成功していた。

自分の神の気でビルスを守っていたし、

ハッキリ言ってクウラが不穏な動きを見せればビルスとは違い気付くのは確実だ。

考えられることは一つだった。

 

「か、界王神を………!」

 

「そうだ…。 今、殺した」

 

情け無用の宣告がクウラの口から紡がれる。

 

ドラゴンボールをクウラの手に渡さぬ為に身を粉にして働いた界王神。

ナメック星人を界王神星に避難させたのは妙手だったが、同時に悪手であった。

クウラは既にナメック星人達の気を知っていた。

それで終わりである。

ナメック星人の気を探り、瞬間移動でメタルクウラを送り込めば界王神達に為す術は無い。

ならば界王神はナメック星人を捨て置けば良かったのか、と言われればそれも違う。

ナメック星人を助けなければ、それはつまりドラゴンボールがクウラの手に渡るということ。

後はナメック星人から脳を摘出しデータを取得…、

ナメック語でドラゴンボールを使用し、界王神星への道を開けば良いのだし、

そもそもクウラは全知のズノーの脳を獲得したのだから

界王神星の座標情報は何時でも入手できる。

つまり、最初から破壊神の心臓はクウラに握られていたのだ。

 

(どれ程危機に陥ろうとも、確実に勝てる保険をかけこの勝負に臨んでいた…。

 ビルス様の挑発に乗ったのは…この為…ですか。

 界王神星の様子には……常に…気を使って、いた…つもりでした、が…)

 

出し抜かれたことを今際の際にウイスは悟り、その整った顔を大きく歪ませる。

 

「破壊神と同等以上に戦えることが分かり、

 ビルスを俺の手で叩きのめした時点でもはや俺の気は済んだ。

 後は後顧の憂いを絶ち、貴様らを殺すのみ。

 しかし……さっさと殺すにしても、

 界王神星に侵入するメタルクウラに貴様が気付く可能性は大きかった。

 それが出来る程に貴様は強く、優れているからな。

 だが、貴様が健気にもビルスの奴を助けようと俺の目の前にノコノコやって来たことで、

 貴様の注意が俺に逸れたことを確信した。

 ふふふふ………正解だったろう?」

 

ウイスの視界がどんどんと暗転していく。

破壊神の対たる界王神が死に、ビルスもまた死に引きずられ、

そして天使のウイスも破壊神の死と共に全ての活動を停止する運命にあった。

 

「む、無念…です……。 申し訳、あり…ません…ビルス、様……」

 

異常に気付いた時には力の大部分が喪失され、

とっくに『やり直し』の力も使えはしない。

苦悶をその表情に刻みつけながら、ウイスは生命活動を止めたのだった。

 



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最終話 悟空がやらねば誰がやる

一応、これにて最終話です。
クウラが(最終的に)勝つのを読みたい方はこれを飛ばして次へどうぞ。

これまで拙作にお付き合い下さりありがとうございました。


宇宙が静まり返る。

つい数秒前までは宇宙全体が震え、崩壊する寸前と言っても過言ではなかったのに、

宇宙を駆け巡った気の嵐もピタリと止んで静謐を取り戻していた。

 

「……戦いは終わったみてぇだな」

 

息荒く、肩を上下に揺らして悟空が気を抜きながら独り呟いた。

 

(ハァ……なんとか地球を守りきったか……とんでもねぇ気のぶつかり合いだったぜ)

 

今に、あの破壊神と付き人がのほほんとした顔で目の前に戻ってくる。

悟空はそう信じ切っていたのだが、

 

「そうだ。戦いは終わった。これからは一方的な展開だ……戦いとは言えん」

 

「っ!?」

 

突如、悟空の背後から耳へと飛び込んできたその冷たい声。

ナメック星で聞いた、あの宿命の大敵・フリーザと似た、その声。

 

「ク、クウラ……!」

 

振り返った悟空の顔が強張り、声が驚愕に震えた。

瞬間移動によって気配も感じさせずに自分の背後に仁王立つクウラの姿は、

彼の声と同じように冷たい…機械めいたフルメタルボディ。

ウイスの水晶に映る映像内で大暴れしていた白銀の悪鬼が目の前にいた。

 

「………おめぇ……ウイスさんを……!」

 

「奴らはもう、死体も残さず消え失せた。

 俺は破壊神よりも強い……強くなった!

 残る障害はあと二つ……全王と…………………そして貴様らサイヤ人だァ!!!」

 

クウラが叫び、一瞬にしてドス黒い気を台風の様に噴き上げると

 

「っ!!!」

 

(は、速―――)

 

次の瞬間には紅く光るクウラの目が悟空の顔面スレスレにまで迫っていて、

そして、大木に豪速の鉄球がめり込むような鈍い音が悟空の腹から響くのだった。

 

「―――っっっっ!! が…あ、あ゛っ、あ゛っっっ!!!!」

 

クウラの輝く白銀の拳が深々と悟空の腹にめり込み、

そのまま軽々と悟空を持ち上げると、彼を眼下の地球へ投げ捨てる様に拳を振り下ろす。

 

「うあああああああああああああああっ!!!!」

 

成層圏へと超速で叩き落され、叫ぶ悟空は赤熱化しながら吹っ飛んでいく。

超高速の弾丸と化した悟空は大海を割って地球を穿ち、

母なる星を轟音と激震が包み込むと、

 

「今の音は……! まさかビルスがまた何か地球にしようとしてやがるのか!!」

 

「ベジータ、あれを見ろよ! お、大津波だぜ!!」

 

揺れる大型客船の上で、

ブルマとトランクスを庇うようにしていたベジータへヤムチャが言いながら指差す。

彼の言うとおり、指が指し示す先には地鳴りと共に迫りくる、

海の壁としか形容の出来ぬ大津波があった。

悟空が巻き上げた大量の海水が雨となって空からも降り注ぎ、

場はちょっとした暴風雨である。

 

「チッ、おいピッコロ! お前達はここで船とこいつらを守っていろ!

 後に続け、ブロリー、悟飯! 遅れるんじゃないぞ!」

 

もし、本当にビルスが何かをしたのなら、

何とか対抗できるのはサイヤ人である自分とブロリー、

そして抜群の潜在能力を持つ悟飯だけであろう。

トランクスと悟天では例えフュージョンしても、またお尻ペンペンをされるだけだ。

そう判断したベジータは正しい。

サイヤの王子の命令口調に忌々しげに顔を歪めたブロリーだが、

飛び去るベジータの後を追って悟飯と共に空を駆ける。

 

轟音と振動の発生源……隕石が落下したかのようなそこは、

そこだけ海水がポッカリと無くなっていて、

周りから徐々に海水が流れ込み始めて渦を形成しつつある。

水が流れ行く中心点……そこには、

 

「カカロット!? ゴ、ゴッドでもビルスを満足させられなかったというのか!」

 

「父さん!!」

 

苦悶も顕に呻く悟空が片目を辛うじて開けて倒れていた。

 

「ベ、ベジータ……! う、後ろ、だ!!!」

 

掠れる声で悟空が叫ぶ。

咄嗟に振り向いたベジータとブロリーの視界に飛び込んできたもの。

それは…、

 

「な……!!? クウラ!?」

 

「…っ!!」

 

無言のままにサイヤ人達へ鋭い視線を飛ばすクウラの姿である。

ベジータとブロリーが目を見開く。

海の渦に埋没しつつあった父へ肩を貸し、海中から引き揚げてきた悟飯もまた、

ベジータらと同様に”信じられぬ”といった様子でクウラの厳つい巨体に視線を奪われていた。

クウラはサイヤ人4人をゆっくりと赤い目で見渡すと、

 

「フッフッフッ……いつぞや見た顔もいるな。

 フリーザはつくづく甘い……こんなにも多くの猿を生かしていたとは……。

 だが、今は弟の甘さに感謝しなくてはならん。

 貴様らサイヤ人のお陰で、俺はこれ程のパワーを手に入れたのだからな!」

 

マスク越しに響く声そのものが力を持っているかのように大気を揺らす。

クウラが僅かな気をその声に溢れさせただけで、天が震え大海が波打つのだ。

破格のパワーであった。

ベジータと悟飯、そして…然しものブロリーですら戦慄するクウラの威圧。

ビルスと闘い、

休むこと無くビルスとクウラの激闘の余波から地球を守り続けた悟空は疲れ切っているし、

ベジータ達とてビルスに一蹴されたとはいえ破壊神と闘った直後だ。

オマケに、サイヤパワーなる物を悟空へと提供してからサイヤ人達は調子がいまいちだ。

未だに回復しきっておらず、ブロリーでさえ体が重い。

しかし、例え彼ら全員が万全の調子だったとしても、

 

(か、勝てない………! なんなんだコイツの気は…!! ば、化け物だ!!!)

 

そう結論付けるベジータの思考は覆りはしないだろう。

クリアな神の気の対極にあるドス黒い邪悪な気を放つクウラ。

その気からは、神達が表面化しなかった強さをストレートに読み取れた。

遥か離れた船上のクリリン達ですら、

 

「な、なんなんだよ…この気は!

 信じられない……お、俺…震えが止まらねぇ…ち、ちくしょう…!」

 

「こ、この気は…ク、クウラと似ている! あいつが生きていたのか!

 だが……なんて不気味な気なんだ…!!」

 

震え上がる程であった。

やがて、ブルマやチチ…非戦闘員組達が、

 

「う……き、気持ち…悪い。さ、寒い…とんでもなく、寒いわ…」

 

「な、なんだか……気分が悪くて…立ってらんねぇべ…」

 

次々と膝から力が抜け、真っ青な顔で床に倒れ伏す。

 

「こんな強大な、邪悪な気を一般人が浴びたらひとたまりもないぞ!

 せめてこの船だけでも俺達の気で守るんだ!」

 

天津飯が何やら手印を組みながら気合を発すると、

ピッコロ達もそれに続いて各々が気を放出。 

船を覆うバリアのような防護膜を展開し、皆を邪悪な気から護るのであった。

皆の顔色が幾らか血色の良さを取り戻し、クリリン達はホッと胸を撫で下ろしたが、

 

「クウラの野郎…生きてやがったのか……!

 しかも…破壊神ビルスと同じタイミングで来るなんてな…。

 なんてツイてないんだ、俺達」

 

ヤムチャは気を振り絞って踏ん張りながらもゲンナリした顔でそう愚痴る。

 

「考えようによっては、今で良かったかもしれんぞ。

 これ程に邪悪で強い……恐らくビルス様も、クウラを放ってはおかんだろう。

 ビルス様と悟空達が協力すれば、クウラでもひとたまりもないだろうからな。

 だが…どの道、もう俺達がどうこうできる次元の強さじゃない…」

 

そう呟いたピッコロの顔は、どこか悲しげである。

かつて己の無力を嘆いた地球の神様の心情を、今彼は正しく理解したのかもしれない。

 

(死ぬなよ…孫、そして悟飯!)

 

ピッコロが見つめる遥か水平の彼方では、

不気味にうねる気の奔流が天候さえも狂わたのか、空さえもドス黒く染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クウラと4人のサイヤ人が戦いを開始してから早、20秒。

悟飯はアルティメットに、ベジータは超サイヤ人2のフルパワー。

ブロリーは3mを超そうかという隆々とした伝説の超サイヤ人、

そして悟空はなけなしのパワーを振り絞って超化しクウラに立ち向かった。

ただの超化とはいえ、ゴッドの力をその身に取り込んでのことだ。 弱いはずがない。

だが、この20秒足らずで4人全員、既にボロボロなのだ。

そして今また…、

ドッ、と空気が振動し、次の瞬間には悟飯が海底まで殴り飛ばされる。

そして、それともはや同時と言える時間差でベジータもまた地平の彼方へ蹴り飛ばされて、

ブロリーはしなる尻尾の一撃を受けて遠方に霞む山まで吹っ飛び、

そして悟空はクウラの鋼鉄のヘッドバットを脳天に叩き込まれ数m後退。

悟空は、くわんくわんと揺れる世界を(かぶり)を振って無理矢理正常に戻すと、

 

「こ、このヤロ…! かめはめ…波ぁーーー!!!」

 

得意の気功波を面前の敵に向けて放つのだった。

しかし、クウラはそれを見ても回避をするでもない。

無表情のままに、迫るエネルギー流へ自ら突進していきかめはめ波を掻き分ける。

 

「な、なにっ!?」

 

まるでかめはめ波を泳ぐかのようにして軽やかに突き進み、

悟空の手元すぐから飛び出したクウラ。

愕然とする悟空の腹に重量感溢れるボディブローを食らわし、

 

「うごあぁぁっ!!?」

 

くの字に曲がった悟空の頭へと手を伸ばし、そのまま締め上げにかかる。

 

「ぐあ…! あ、ああ…!」

 

頭を鷲掴みにされ、ギリギリと万力のように締め付けてくる白銀の手。

クウラの鋭い赤い目が、己の手の内で悶える悟空を冷徹に見据える。

 

「超サイヤ人はこんなものではあるまい…!

 ビルスとの闘いで消耗しているとはいえ…なんだその体たらくは」

 

更に手に力を込めれば、悟空の叫び声が黒い空に吸い込まれていく。

 

「う、あ゛っ、あ゛あ゛っ……! ち、く…しょう…!!」

 

骨が軋む程に頭を掴まれながらも、悟空がクウラの様々な部位へキックを叩き込むが、

金属的な音が響くだけでクウラの体は微動だにしない。

 

(か、硬ぇ~!)

 

無論、ダメージもゼロのようだ。

逆に悟空の足が痛む始末である。

内心で、どこかトボけた感想を漏らす悟空だが実情は逼迫している。

そのまま頭蓋を砕いてやろうかとクウラが力を徐々に込め始めた次の瞬間、

下方で、水が爆裂したかのように水柱が立ち上がる。

 

「父さんを放せえええええ!!!」

 

弾けるように海から飛び出してきた悟飯が、怒号をあげながら空のクウラ目掛け突進。

クウラは超高速で迫る悟飯を一瞥し、

 

「フッ…ならば返してやる!」

 

腕を振り抜いて悟空を悟飯目掛けて投げ飛ばした。

咄嗟に悟飯は父を受け止めてしまったが、それと同時に、

 

「父さん! しっか――」

 

「やべぇ悟飯、逃げ、うわあああああああああああ!!!?」

 

けたたましい大爆発が突如起こって悟空親子を爆炎が包む。

広がる炎と熱が大海を瞬間的に沸騰させ蒸発させていき、

地平と水平の彼方からも見えるだろう規模の巨大なキノコ雲が立ち昇る。

破壊神でさえ軌道を読むことのできなかったロックオンバスター。

起動モーションもなく、牽制にも必殺にもなる使い勝手抜群の恐るべき技であった。

炎に塗れて落下していく悟空親子を無表情で見つめるクウラの耳に、

 

「でゃああああああああああっ!!!」

 

「ぬぅぅうううううううっ!!」

 

悟飯に負けじと高速で戦場へと舞い戻ったベジータとブロリーの雄叫びが聞こえてくる。

両雄並び立ち、気を全開にして突っ込んでくる様をクウラは愉快そうに見、

 

「そのタフさだけは褒めてやろう。 だが…!!」

 

2人に対して、彼らと同じように真正面から突っ込みだす。

超高速で互いに迫る両陣営。

ベジータとブロリーが、迫るクウラに対し腕を引き、いざ殴り抜こうとした正にその時。

フッ、とクウラの姿が彼らの目の前で掻き消え、

 

「なっ!?」

 

「っ!!」

 

彼らの首筋に背後から重々しい衝撃が走り煮えたぎる海へと叩き落されるのだった。

風を切って落下していくベジータは、

 

(しょ、正面から来やがったのに……一瞬にして、う…後ろから攻撃してくるだとォ!)

 

クウラの余りの強さに恐怖が頭をよぎる。

共に落下するブロリーと初めて相対した時とフリーザの全力と戦った時…、

それ以上の絶望が彼を襲っているのだ。

以前のクウラと出会った時もそうであったが、今はそれを超える。

 

2人が墜落したことで、轟音と共に浅くなった海が割れ露出した海底が深く陥没してしまう。

クウラはそこへ容赦なく大量のエネルギー弾を雨霰と浴びせ、

海からは更に水分が消えていくのだった。

もはや大洋の面影もない程の浅瀬と化し、

一帯が大きく抉れ地形が様変わりしている。

クウラの放つエネルギー弾の一発一発が恐ろしい熱と破壊力を持っている証であった。

 

蒸発した海から立ち昇る多量の蒸気が曇天に吸い込まれ、

クウラの邪悪な気によって乱れた気象が濃密な雷雨を引き起こす。

エネルギー弾が巻き上げた戦塵が豪雨に洗い流され、

露わとなったそこには浅瀬に突っ伏す4人のサイヤ人の姿があった。

 

「ハァ、ハァ、ハァっ! と、とんでもねぇ強さだ…!

 ビルス様にも負けちゃいねぇ、な…!」

 

「ぐ……く……カ、カカロット…! そ、その破壊神様はどこに行きやがった!

 もう…クウラは、はぁ、はぁ…、お、俺達の手に負えるレベルじゃないぞ…!」

 

血だらけの体を引きずるようにしながら、ベジータが言う。

もうこれは破壊神の案件だろう、という思いが言外から伝わってくるが、

 

「へ、へへ……オラも、ビルス様に助けてもらいてぇとこだけどよ……。

 どうも、クウラの野郎……ビルス様に勝っちまったみてぇだぜ」

 

片目の瞼が腫れ上がった悟空が、かすれる目でクウラを睨みながらそう答えた。

 

「バ…バカなっ!!! ビ、ビルス様がやられた、だと!!?

 ………ク、クソッタレェ~~…、お、おしまい、か…!」

 

ビルスの力に震え上がり、プライドを捨てて頭を下げていたベジータである。

ビルスの助勢を願えないばかりか、

その恐るべき破壊神までをも倒していたクウラの存在に愕然とし、

力無くその場に座り込んでしまった。

 

「破壊神ビルスは圧倒的な存在だった…!

 それを上回ったクウラに、一体どうやって勝てというんだ……! ち、ちくしょう…!」

 

「あ、あのビルス、様を…倒してしまったなんて…、ほ、本当なんですか、父さん」

 

悟飯も、もはや動かなくなった左腕を庇いながら立ち上がり父を見るが、

悟空は黙って頷くだけであった。

それを見て、思わず悟飯も膝から力が抜けてしまう。

もはや全員の超化は解けてしまっていて満身創痍。

彼らの絶望的な状況を象徴するかのように空は陽が沈み…

どんよりとした夜の帳が下り始めていた。

後は座して死を待つばかり。

そう思われた、その時……。

 

ドクンッ。

 

大きく脈打つ鼓動の音が彼らの耳に届く。

 

ドクンッ、ドクンッ。

 

彼らサイヤ人にとって、聞き慣れた音であり、現象。

音を発生させる人物へ一同が視線を集め、

 

「ブ、ブロリー?」

 

悟空が怪訝な目で彼の顔を覗き込むようにして、見た。

分厚い雲の隙間から覗く一条の月光を呆けたように見つめるブロリーがそこにいるのであった。

本日の月齢…それは。

 

「あっ! そ、そうか…きょ、今日は…満月ですよ、父さん、ベジータさん!」

 

「な、なに! そうか! ブロリーの奴…尻尾をまだ生やしていやがったのか!!

 月が真円を描く時こそが、俺達サイヤ人の本領を発揮できる時!!」

 

月に照り返された時のみ、その太陽光にはブルーツ波が含まれる。

そのブルーツ波が満月になると1700万ゼノを超え…、

それはサイヤ人の目から吸収され尾に反応し、変身が始まる。

即ち大猿化である。

 

「うう、ううううっ!! う…、おお、オオオオオオオオオオオッ!!!」

 

ブロリーの傷だらけの肉体が、超化以上に膨れ上がるとみるみるうちに巨大化していくが、

その変身を空から見下ろすクウラは別段慌てるでもなしに、

 

「フンッ、くだらん!

 大猿化か……今更、戦闘力を10倍にした所で焼け石に水だ!」

 

巨大な獣と化していくブロリーを眺めていた。

だが、結果論になるが、

クウラはここでサイヤ人の変身を止めておくべきであった。

サイヤ人という種を良く理解していたからこその思い込み。

大猿化は通常の10倍の戦闘力を持ち超化とは併用できない、

というサイヤ人の特性を良く理解していたクウラだからこその失態であった。

剛健な体毛に覆われ、悠に6mは超そうかという大猿に変じたブロリーは、

誰の目から見ても明らかに異質な輝きを持っていた。

 

「ブ、ブロリーの大猿は…な、なんだあれは!?

 き、金に輝いてやがる!!」

 

「どひゃーー! なんだありゃ!? 黄金の大猿だぁ!」

 

「す、すごい…あんな変身……初めて見たぞ!

 気が有り得ないぐらい膨れ上がった!

 老界王神様に引き出してもらった僕のアルティメット並だ!」

 

同族であり、大猿への変身経験がある彼らでも初めて見る黄金の大猿。

尻尾を長らく失っていた彼らでは知る由もなかったが、

超サイヤ人3へと到達したサイヤ人が満月によって大猿化すれば、この黄金の大猿となる。

超サイヤ人3に変身しないブロリーが、一体何故この黄金大猿となれたのか。

可能性としては、

彼独自の超化だけで超サイヤ人3の400倍に匹敵するまでに倍率を伸ばしていたか…、

或いは超サイヤ人3に()()()()変身可能になったのか。

そのどちらかであろうが、ブロリーならば前者の理由であろうと可笑しくはない。

恐るべき麒麟児である。

そんな超異常事態といえる黄金大猿を前にして、

先程まで機械のように冷静であったクウラが、

 

「な…なんだあれは!?」

 

今回の戦いで初めて動揺を見せた。

 

「グオオーーーーーーーーーーーー!!!」

 

地を揺する黄金大猿の咆哮。

理性を感じさせぬ獣の威嚇は、己以外の全てに向けられているようだった。

手近にいたベジータ、悟飯らを一睨みした大猿ブロリーは、

グルルル、と低音で唸ると真っ先に彼らを、

 

「っ! ブロリーの野郎、理性を失ってやがる!

 所詮下級戦――ぐわああああああ!!!?」

 

「えっ!? ちょ、ちょっとブロリーさん!? う、うわああああああああああ!!!!?」

 

殴り飛ばし、そして蹴飛ばした。

そして次の瞬間には悟空を無視し、首を持ち上げ空を見る。

ベジータ、悟飯に続いて視界に入ったのがクウラであったから、

ブロリーはそのままクウラを獲物と狙い定め……、

大猿は地を蹴って跳躍。 

闇夜に浮かぶクウラを追い越すと巨大な両腕を真上から振り下ろす。

クウラは大猿の豪腕を片手一本で受け止めきってしまうが、

それでも彼は予想を遥かに超える大猿の力に驚嘆を隠せない。

 

「ガアアアアアアッ!!!」

 

「このパワー、ただの大猿ではない…! バカな…なんだこの戦闘力は…!」

 

唸る獣の腕を掴むとそのまま無造作に捻り、大猿の巨体を横に高速回転。

そのまま頭上からキックを見舞って大猿を叩き落とし地中深くへと突き刺す。

 

クウラの電子頭脳が弾き出した強化倍率は10倍どころの騒ぎではない。

先程悟飯が独白していた通り、

彼のアルティメット化に等しい4万倍という恐ろしい数値を叩き出していた。

瀕死再生と少しの悟空との喧嘩によってブロリーの通常戦闘力、60億。

黄金大猿となって240兆という急成長っぷりである。

だが、

 

「驚かせやがる……下等な猿のコケオドシか!

 俺どころか…まだ孫悟空のパワーの3%程度の雑魚に過ぎん!!」

 

そう。『だが』なのである。

クウラの言うとおり、ゴッドの力を吸収した悟空はおろか、

修行を怠らずにアルティメット化を極めた悟飯にすら、未だ及ばない。

超メタルクウラと比べてしまうと100分の1程度でしかないのだ。

しかしクウラは、

 

(俺の変身は最大で3倍……

 それをサイヤ人共は、桁外れの倍率で自己強化を繰り返す!!)

 

サイヤ人に対する危機感を改めて実感し、決意する。

 

「俺から見ればまだ虫ケラ同様……。

 だが、サイヤ人は追い詰められれば追い詰められるほど可笑しなパワーを発揮しやがる!

 遊びはもうお終いだ! 地球ごと砕け散れ!!」

 

クウラが銀の腕を地球にかざし、その念動力で引き裂こうとする。

彼の腕の一振りで宇宙に浮かぶ数百の小惑星が砕ける……、

そのレベルの念動力であったが、

 

「なに? 砕けん、だと! これほどの硬度が地球にあるわけが…、

 む……そうか、貴様か孫悟空! 小賢しいことを!

 地球を守っているな!?」

 

ボロボロの肉体から神の気を絞り出し地球を守る悟空によってそれは阻まれ、

 

「……ならば、貴様から先に八つ裂きにしてやるまでだァァァァッ!!!」

 

当然ながらクウラの矛先は悟空へ向く。

悟空の見立てでは、今のクウラは己の倍以上強い。

そんな男が猛然と自分にかっ飛んで来る様は中々にゾッとする光景だ。

曲がりなりにもクウラに対抗できるのは悟空だけ。

クウラも悟空もそう認識し、

そして悟空以外とクウラとでは『恐竜とアリぐらい違う』力量差があった。

だからクウラにはある種の油断があった。

絶対的に揺るがぬ戦力差がある、と。

自分は破壊神を倒し、天使を策謀でもって殺してもはや最強だ。

サイヤ人如きに出来ることはもはや何も無い。

部下達もメタルクウラも要らぬ。

自分だけの手でサイヤの猿を皆殺しにしてやる。

そういう、傲慢という名の油断があった。

 

甘さを捨て、殺せるべき時に殺すことを心掛けてきた筈のクウラであったが、

やはり生来から持つ傲岸不遜な性分は奥深くに根付いていたようだ。

ひょっとしたら、『かつて自分を二度までも破った孫悟空への復讐が後一歩で成る』

という歓喜も油断を大きくするのを手伝っていたのかもしれない。

それらがクウラの視野を狭め、

 

「グオオオオーーーーーーッ!!!!!」

 

「っ!!!?」

 

悟空へと集中していたクウラの横っ面に、

既に態勢を立て直していた大猿の最高の一撃が突き刺さりクウラの巨体を押し潰した。

黄金大猿の240兆というパワーを気を爆発させ高め、

その全てを巨大な拳に込めた渾身の一撃であった。

黄金に輝く大猿ブロリーのそのパンチは速度もさっきとはまるで違う。

速度、威力は100倍の2京4000兆相当。

メタルクウラ最終形態の2京0625兆を相手取って致命傷を与えられる一瞬の爆発力だった。

 

(バ、バカな…! バカなァーーーーーーーー!!!!!?)

 

吹き飛びつつあるクウラの銀の装甲がどんどんとヒビ割れ、

そしてパラパラと砕け、剥離していく。

フルパワーとなって更に1.25倍の戦闘力に己を高めていれば防げたであろう会心の一撃。

だが、

 

「ぐ、く…!! な、舐めるなよ…さ、猿がァーーーーーーーーッッ!!!!」

 

フルパワーでなかったからこそ、どのような傷も即座にナノマシンが治療を開始する。

ビッグゲテスターが弱点を解析し、更に強化しながら。

混濁した意識も脳内のマシーン達の助力によって一瞬で取り戻し、

空中で即座にブレーキをかけたクウラは直ぐ様、金色の大猿へと向き直ると、

 

「下等生物如きが!!」

 

右手に集束したエネルギーを無造作に放つ。

拡散するように広がって相手を焼き尽くすデスフラッシャーである。

かつて、以前の世界で孫悟空に使用した時には目眩まし程度にしかならなかったが、

今のクウラがブロリーに放てば、

 

「ギャオオオオオオオオオ!!!!」

 

一撃で大猿の全身を焼け爛れさせ戦闘不能に追い込む威力となるのだ。

断末魔をあげて黒焦げとなった大猿が倒れゆく様を見、クウラが笑う。

 

「ははははははっ! バカめっ!

 まともに戦えばこの俺に敵うわけが――――」

 

「――――クウラぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」

 

ハッ、とクウラが我に帰る。

 

(そうだ、孫悟空は――)

 

最も警戒すべき相手から、一瞬とはいえ完全に意識を逸らしていた。

ブロリーの最高のタイミングでの横槍がなければ有り得ない出来事である。

自分の名を叫び呼ぶその声の方を振り向けば、

 

「っ!!」

 

やや下方、正面から超高速で迫る悟空の姿。

右腕だけを突き出し、防御を完全に捨てて特攻してきていた。

 

(ゴッドの力を全てあの拳に…!?

 あの大猿と同じような真似をしようというのか!)

 

今の自分では、受けるのはマズイ。

そう判断し、クウラは悟空の軌道軸上からの離脱を試みたが――

 

(っ!? か、体が!!)

 

一瞬…ほんの僅かな間、彼の体が硬直した。

ナノマシンによる自己修復時に生じる刹那の隙が、

避けられるはずの攻撃を命中へと導いてしまっていた。

 

(修復が遅い!! あの金の大猿の一撃が予想以上に重かった!!)

 

「くっ!!!!」

 

咄嗟に体勢を修正し防御へ切り替えたのは、さすがにクウラであった。

しかし、

 

「オラの全てを、ゴッドのパワーを…この拳にかける……!!!

 龍拳だぁぁぁぁーーーーーー!!!!」

 

「ぬっ!!?」

 

「つらぬけーーーーーっ!!!!」

 

ズンッ。

 

 

 

 

 

轟音が響いた。

 

 

 

 

 

腕を交差させ、完全な防御を形成していたクウラの銀の腕。

左右のそれらが、ひしゃげながら宙を舞う。

幅広く、分厚いクウラの胸板に、人一人が通れそうな大穴がポッカリと空いていた。

 

「勝った…! 勝ったぞーーーーーっ!!!」

 

暗黒の空に染み入る、悟空の勝鬨。

大きく見開かれたクウラの紅い眼が彼の驚愕の大きさを物語る。

 

「っ!! ぐ…あ、ああ……!? バ、バカ、な…!!

 だ、だが……この程度のダメージなぞォォォォォォ!」

 

自分の背後へ突き抜けた悟空へ振り返り、

羅刹の如き凶相で憎きサイヤ人を睨みつける。

大ダメージを負えば、確かに先の一瞬のようにクウラに隙が生じる。

だがもはや、自分を超え得る可能性を持つ戦士2人に継戦能力はない。

悟空は全ての力を使い果たしたのは明白だし、大猿は焼け死ぬ寸前だ。

クウラは悠々と自分を強化修復し、力尽きた彼らを殺すだけ。

そのはずであったが、

 

「っ!? な、なに!!」

 

悟空の拳から送り込まれた彼の気が、

クウラの全身を覆い尽くし肉体の隅々にまで伝搬する。

 

「うおおおおおおおおっ!! こ、これは!!!」

 

それはまるで黄金の龍がクウラを締め上げようとしているようであった。

悟空の気がクウラを内外から破壊していき、

そしてクウラのメタルボディに次々と深い亀裂を生じさせると、

そこから金の閃光が激しく漏れ出初めて…

 

「バカな…! バカなァァァァァ!!

 ま、負けたのか!! こ、この俺が…!

 は、はははは…! はははははっ!! ハッハッハッハッハッハッ!!!」

 

金色の雷光をまとう大爆発がクウラの全てを飲み込んでいく。

黄金の龍に喰われて消えゆくクウラは、

 

(そ、そうか…超サイヤ人とは………戦いの中で進化し続ける者…!

 自分の殻を破り続け、無限に進化を繰り返すサイヤ人…!! そ、それ、こそ、が……!)

 

千切れた腕を、力尽き無防備な背を晒す悟空へと無意識に伸ばす。

遥か遠く、自分では決して手に入らない何かを持っているサイヤ人に、羨望を込めて。

 

クウラは最期の最期まで笑い続けた。

空の四方まで響き渡るその笑い声は、妙に、どこか清々しく聞こえる。

 

何故、敗れ、滅びゆく自分がこうも心底愉快に笑うのか。

それはクウラ自身ですら分からないことだった。

そうして彼は閃光の中に消え去って、後には何も残らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後…。

もはや立ち上がる力すら残っていないサイヤ人4人組。

そんな彼らの元に急ぎ仲間達が馳せ参じる。

特にピッコロは、デンデを肩に担いで真っ先にやって来て皆を回復。

ブロリーは、治療が後1分遅ければ死んでいたであろう重度の火傷で、

正に間一髪であった。

泣いて抱きついてくるココに、珍しくブロリーが照れているようであった。

 

クウラが死んだことで、宇宙中を覆っていた妨害電波が消え去って、

悟空の元に界王を通して界王神らから次々に祝電が送られてきた。

勿論、皆頭に輪っかが乗っていたが。

 

なにせ皆クウラに殺されていたのだから。

 

破壊神ビルスは界王の元に顔を出していない。

殺されたことを恥じているのか、

それとも破壊神の魂は別の所へ流れ行くのかは分からないが、

とりあえず今は界王様が破壊神の魂を探しているみたいだ。

 

クウラを倒し、彼の死とともに宇宙中のメタルクウラやビッグゲテスターが爆発した…、

と界王様はホクホク顔で言うが問題は山積みだ。

なにせこの宇宙からは地球以外の殆どの命と惑星が失われたし、

なにより神様が全滅している。

地球もボロボロだ。

デンデに確認した所、クウラの邪悪な気によって総人口が10分の1になってしまったらしい。

 

どうしたものか、と皆が頭を悩ましていた所に、

 

「いいっ!? ビ、ビルス様!? 太って生き返ったんか!?」

 

「こら。失礼ですよ……この御方は第6宇宙の破壊神シャンパ様です。

 こちらの宇宙の破壊神ビルス様とは双子の御兄弟なのです」

 

ふんぞり返るデブの破壊神が来訪したのだった。

彼が言うには、

 

「情けないビルスと第7宇宙の為に、一ついい提案をしてやろう!

 どんな願いでも叶う願い玉をかけて勝負といこうじゃないか」

 

ということらしくて、

地球のドラゴンボールを使用してしまっていた悟空たちにとっては渡りに舟である。

デンデも、

 

「地球のドラゴンボールでは、

 クウラによって起きた被害を全部復活させるのは無理かもしれません」

 

被害が桁違い過ぎて『元通り』とはいかないかも…と言っていたことだし都合が良かった。

一も二もなく勝負に乗る悟空達である。

 

そしてそのまま第6宇宙・第7宇宙破壊神選抜格闘試合が始まるのであったが、

結局、もともと最後にはシャンパは負けてやるつもりだったらしく、

超ドラゴンボールによって見事に第7宇宙は元通り。

復活したビルスは、

 

「いやぁーー、破壊神のくせに殺されるなんてなぁーーーー!

 は・ず・か・しーーーーーーーっ!!」

 

「お、おまえなぁぁぁぁぁぁーーーーー!!」

 

双子のシャンパに散々バカにされからかわれることになった。

双子の兄弟にドデカイ借りを作ってしまったビルスは今後大変だろう。

 

こうして世界に平穏な日常が戻ってきた。

ドラゴンボールと悟空によって、明日も平和な日常はギリギリ守られ続けるに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

―完―

 

エンディングNo1・やっぱり最後は僕らのヒーロー孫悟空




ビルスが来た日が満月なのは当SSの独自設定(ご都合主義とも言う)です。


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最終話’ 世界が終わる日

こちらも最終話です。
シャンパとヴァドスが来るのがもうちょっとだけ速かったんじゃバージョン。

あと1つか2つ、違う結末を書く予定です。


無限に広がる暗黒宇宙の真ん中で、銀に輝く男が猛り、吼える。

 

「勝った…! 俺は破壊神共に勝ったのだ!!

 我が一族こそがこの宇宙で最も優れた栄光の種!

 破壊神でも俺を止めることはできない!

 全宇宙を俺の餌とすれば、やがて全王を超えることも不可能ではない!!」

 

息絶えた破壊神と天使が、だらりと力なく彼の周辺を宛もなく漂う。

クウラとしては、嬲って無力化した果てに2人を分解し吸収して自らの糧としたかったのだが、

さすがに彼らはそこまで温い相手ではなかった。

 

「……コイツらを喰えれば劇的に俺の力は上昇したのだがな」

 

マスクによって表情は窺い知ることは出来ないが、

クウラの声には少しの口惜しさが滲み出ていた。

まぁいい、と呟き彼らの死体を焼却しようと右手をかざした時、

 

――コーン、コーン、コーン、

 

宇宙空間に、杖の石突を大理石に緩く叩きつける様な音が染み渡る。

 

「……今の音は」

 

クウラが手早く周囲にサーチを走らせ音源を探ろうとした、その瞬間。

 

ギュルリ、

 

と世界が歪みだす。

 

「な、なんだっ!?」

 

クウラの真紅の瞳、その内のセンサーが直ぐ様それらの現象を解析すれば、

 

「じ、時間が…巻き戻っている…!?

 バカな! ウイスは既に死んだのだ!! こんな真似ができる者など!!

 う、うおおおおおおおおおお!!?」

 

逆再生の映像媒体を眺めるように、世界の全てが逆へと巻き戻っていくのだった。

不完全ながら時空を操れるクウラとて逆らえぬ時間の逆戻り。

 

(と、止められん…!! 時が…も、戻っていく!!! クソ…クソ、クソォォォォ!

 何分だ…! 何分過去まで遡る!!)

 

時を越え、空間操作が出来るクウラだからこそ、逆再生の世界でそれを認識出来た。

出来てしまった。

それが故に口惜しさも人一倍だったろう。

メタルクウラのモニターを通し、

殺した界王神やナメック星人達が逆再生で元通りになっていくのが見える。

ウイスが目覚め、自分と言葉を交わし去って、

スーパーノヴァと恒星が存在を取り戻し……その狭間で焼かれるビルス。

メタル化が解除され、ビルスとクウラは拳打の応酬を繰り返し、

壊れる星々は再生し…………何もかもが戻っていく。

 

(バカな…! ウイスの3分を上回る時の逆流だと!! おのれぇぇぇぇぇ!!!)

 

そして…。

 

今、クウラの目の前にはあの時見た光景と全く同じもの…、

闘いを終えたばかりの孫悟空、ビルス…そしてウイスがいるのであった。

異次元から彼らの目の前に出現した段階にまで時は戻され、

全てが無かったことにされてしまった。

あの激闘は存在しない………そういうことに()()()のだ。

ワナワナとクウラの両腕が震え、心底からの悔しさに全身が染まっていき、

 

「こ、こんな……こんな事が…!

 ちくしょう……!! ちくしょうおおおおおおーーーーーーーっっ!!!!!」

 

通常形態にまで戻されたままの姿で、クウラが屈辱に打ち震える。

 

「いいっ!? な、なんだぁ!? クウラのやつ…急に悔しがりだして、一体どうしたんだ?」

 

時が戻ったのを認識しているのは、クウラと、そしてビルスとウイス。

何も知らぬ悟空には、

クウラは出現と同時に地団駄を踏んで癇癪を起こしたようにしか見えない。

だが時戻しを認識しているビルスとウイスもまた、悟空程ではないが困惑していたのだ。

 

「………正直言って驚いたよ。 あんなに追い詰められ…挙句に殺されるなんてね。

 だけど、ウイス。 一体どうやって時を戻したんだ?

 お前も死んだんじゃないの?」

 

頬を掻いて疑問をありありと顔に浮かべる破壊神に、ウイスも

 

「さぁ~~~~~?

 私もクウラにしてやられまして……『やり直し』も出来ずに停まってしまいましたからねぇ。

 ですが、あんな芸当が出来るのは私と同じ天使の―――」

 

首を傾げてそう言おうとした、その時。

 

「―――そう。 私が『やり直し』たのよ、ウイス。

 同じ天使の、この私がね」

 

以前の時間には存在しなかった筈の者達。

ビルスとウイスによく似た2人が、地球を見下ろすように浮遊していた。

声の方を振り向いたウイスが、

 

「姉上……やはり貴方でしたか」

 

少しバツの悪そうな顔で実姉を迎えた。

ウイスの横ではビルスも同様に「マズイ所を見られた」という表情である。

負けず嫌いの彼はシャンパにこの状況を知られるのは避けたかったらしい。

しかし、彼らの存在を知った時に、ビルス達の心の隅っこには確かに安心感も芽生え、

事態が全王にバレる前に丸く収まることを確信した。

だが、ヴァドスは

 

「ウイス……何なのかしら、この有様は。

 天使ともあろう者が、下界の一生物にこうまで遅れを取るなんて。

 お父様と…そして全王様の顔に泥を塗るも等しいことよ」

 

薄ら笑いを浮かべてはいたがややキレ気味であった。

 

「とほほ……返す言葉もありません…」

 

怒られながらも、言葉と態度の節々からウイスが既に余裕を取り戻しているのが分かる。

それはつまり、それ程にヴァドスという姉は頼れる存在ということで、

純粋な戦闘力では、彼らの父・大神官を除き凡そ最強である。

彼女の横に立つビルスの双子の兄弟、破壊神シャンパですら、

自分の付き人の静かなキレ具合をやや情けない顔で眺めるのみ。

普段は主・シャンパの望むことだけを淡々とこなす彼女であったが、

今は前面に出て存在感を全力で醸し出していた。

そんな彼女が、チラリ、とクウラへ視線をやり…

 

「……でもまぁ、確かに下界の生き物にしてはかなりの強さを身に着けたようね。

 お互い、ツメの甘い弟を持って苦労するわね? クウラ。ふふふふ」

 

冷笑を、怒りに震えるクウラへとよこした。

全てを知っている…そう言わんが如くの瞳である。

 

「ぐ、く……っ!! 第6宇宙の破壊神共が……!

 貴様らがでしゃばってくるとはな………!!」

 

あれ程に追い求め、

そして一度は確かに掌中に収めた『破壊神に勝利する』という事実を消されたクウラは、

憎悪すら込めた眼光でヴァドスを見返す。

けれども、そんな彼の眼力も言葉もヴァドスは涼やかに受け流してしまうのだ。

 

「あら…? 私達が第6宇宙の破壊神と天使であることも知っているのね。

 逆巻く時の流れの中でも世界を認識していたようだし……、

 自力で全王様の存在にも気付いていた………あらあら、ほんとに凄いのね」

 

弟が負けるのもわかるわぁ、と呑気にのたまう第6宇宙の天使に思わず弟も、

 

「い、いえ姉上。戦えばいい感じの勝負を演じてそのまま私が勝つ予定だったんですよ?

 戦う前に私が死んでしまっただけでして」

 

実際に戦えば遅れは取らないと主張するのであった。

しかしそれは全く言い訳になっていないのはビルスとシャンパから見ても明白で、

そんなウイスを姉はバッサリと、

 

「お黙りなさい」

 

「はい」

 

一刀両断で黙らせた。

肩を落とし、見るからにションボリとしたウイスへ同情の視線をよこす双子破壊神。

弟は姉には勝てないという家族の法則は、遥か次元が上の天使の世界でも同じらしい。

女天使が弟からクウラへと視線を移していき、

 

「しかし、随分と無茶したものね。

 最強に拘るのは結構なこと……けれど幾ら足掻いても無駄なことよ?

 ビルス様とウイスを倒した手腕はお見事でしたけど、

 そんな目立つことをすればすぐに全王様の知るところとなり、あなたは消滅する。

 全王様の消去の力の前には何者も無意味。

 ズノーの知識を得た割に…そんなことも分からないのですか?」

 

冷ややかな目でクウラを見る。

だがクウラは何も答えず、ヴァドスの冷たい瞳を鋭い目つきでジッと睨むだけで、

その間もずっとヴァドスが1人で饒舌に喋り続けていた。

 

「そうそう、この程度なら分かってると思いますけど、

 界王神星には結界を張りましたので、あなたの瞬間移動ではもう侵入できません。

 私とシャンパ様はこれから第7宇宙の不手際を拭う為に活動します。

 このままでは第7宇宙は破壊しつくされ、そうなれば第6宇宙にも影響が及ぶでしょう。

 そして、先の戦いぶりを観察した結果、第7宇宙を食い尽くした次は……、

 あなたは順次、別の宇宙を攻撃する可能性が極めて大きい。

 この戦いに介入しても、全王様は我々をお許しになるでしょう。

 このまま戦えばあなたは破壊神2人、天使2人、ついでにそこのサイヤ人1人、

 合計5人を相手に戦わなければならない。

 ……………お分かりですか?」

 

降参をオススメします、と薄い笑顔を美貌の顔に貼り付けて女天使は言う。

ビルスは、『やり直し』前の、一度目の決戦時のような昂ぶりを見せていない。

仕事に徹する気でいるようだ。

シャンパも「よくも兄弟を殺してくれた」という憤りを視線に乗せてクウラを見ているが、

彼の瞳に込められたモノはそこ止まりで、激しい憎悪や闘争心を抱いていないように見える。

ウイスとヴァドスの天使姉弟のまとう空気も極めて落ち着き、静かなもの。

この布陣でクウラ1人に相対している彼らは敗北を1mmたりとも予感しておらず、

故に弛緩しリラックスしているのだった。

 

当然だろう。

この場にいる孫悟空も、破壊神とは出会ったばかりだが、

間違いなくクウラ側につく人物ではない。

サイヤ人とクウラの一族には浅はかならぬ因縁があるし、

クウラが、地球もサイヤ人も破壊する気がマンマンだったのは悟空も承知だろう。

ヴァドスの言った通り5対1は確実だ。

もっとも…端からクウラは悟空に助けなど求めるなどお門違いも良い所だと理解しているし、

彼のプライドが命乞いや助勢の嘆願などを許さない。

 

クウラ(ビッグゲテスター)は思考する。

 

(ビルスとシャンパの戦闘力は1京5000兆。

 ウイス、2京2250兆………

 ヴァドス、2京5000兆………

 孫悟空は消耗し、ゴッドの力が未だに安定していないが…

 それでも戦闘力は1京付近を彷徨っている。

 俺の現戦闘力は5500兆。

 最終形態からのメタル化・フルパワーならばやってやれないことはない。

 だが……………)

 

このメンツ相手に変身の隙を作ることは至難の業だ。

自身が殺された記憶を引き継いでいるビルスは、

余計な()()()を捨て去っているのは間違いない。

ビルスが昂ぶっていない事がその証拠だ。

完全に『破壊神としての責務』を果たす気でいる。

 

破壊神の『破壊』の力も恐ろしいが、

何よりも厄介なのは天使の異能…『やり直し』だ。

ヴァドスの『やり直し』の再チャージまでは幾らか時間があると思われるが、

ウイスの『やり直し』はまだ残っている。

戦いを楽しむでもなくクウラの抹消を最優先するであろう今回の戦闘では、

仮に変身できたところで容赦なく時を巻き戻されるのは間違いないのだ。

 

(メタルクウラ達を融合させ、戦闘力を一時的に上昇させた個体を用意しても無駄、か。

 マシーン共を呼び寄せた所で……全ては無効化される。 増援も無意味だ)

 

それら全てを考慮した上での、ヴァドスらの余裕であろう。

とはいえ、場の空気は弛緩したものの、今も少しの緊張を孕んでいる。

クウラという男がおいそれと両手を挙げて降伏するとは誰も思っていないからだ。

そして、

 

「…………………フッフッフッ……降参だと?

 俺は誰にも頭を垂れる気はない。

 冗談がキツイ奴らだ………俺達の間には、もはや生か死か……それしかない。

 俺か………貴様ら全てが死ぬまで…戦いは終わらん!!!」

 

大方の予想通りの言葉を放つのであった。

今まで固唾を呑んで状況を見守っていた悟空が、

 

「クウラっ! 幾らおめえでもこれで勝てるわけがねぇ!

 おめぇも分かってんじゃねぇのか!! よせっ!!」

 

残酷な男とはいえ、あたら猛者を無駄死にさせるのを止めようとしてしまうのだった。

そんな悟空を尻目に、

 

「そうか。ならば消え去れ……クウラ」

 

ビルスはクウラの目と鼻の先までゆっくりと滑り行くと、右手を彼の眼前に添えた。

 

「………お前のことは、きっと忘れられないだろうな。

 忘れたくても、お前に味合わされた敗北は忘れられん」

 

それはビルスなりの強者への賞賛だったのかもしれない。

破壊神が『破壊』と呟いた次の瞬間には、

この宇宙からクウラという男は消えていた。

 

「…クウラ」

 

呟く悟空が、かつて味わったことのない虚しさを胸に去来させる。

彼の、ずば抜けた戦闘者としての天才的才能が、

 

(自分の認識を超えた何かが起こり、クウラは戦う前に敗北した)

 

という勘を彼に閃かせて、そして悟空はそれを本能で確信していた。

さすがに「時を戻した」という真実にまでは辿り着かなかったが、

充分に正解に近い解答といえる。

 

(おめえは凄かった。オラだったら、絶対ビルス様に降参してただろうな。

 フリーザも、おめぇも……やったことは許せねぇけど、

 死んでも『宇宙一』に拘るプライドは………ちょっとだけ尊敬する)

 

「一度くらい……手合わせしてみたかったぜ。

 次に生まれてくる時は良い奴になれよ……そんときゃオラと闘おうぜ…一対一でな」

 

――じゃあな、クウラ。

 

最強を目指した男に手向けの言葉を送ったのは、

地球育ちのサイヤ人唯1人だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

異層次元内に、ポツンと漂う機械星がある。

その内部中枢、ビッグゲテスターのメインAIが『(かね)てからの作戦通り』に、

増殖させたメタルクウラ達と

移動要塞ビッグゲテスターの2号以上の数字を持つ存在を全て同時に爆破、処分した。

それに気付いた留守番司令のサウザーが、

 

「コピー共を爆破した!? クウラ様が…負けたのか!」

 

オリジナル・ビッグゲテスター星の司令部で椅子から腰を浮かせて大声を上げた。

彼ら機甲戦隊はクウラ本人からオリジナルのナノマシンを注入された、彼の数少ない身内。

このような重大事はビッグゲテスターのAIから即座に知らされる権利を有している。

 

「信じられねぇ……クウラ様の戦闘力は変身をなされば2京を超えるんだぜ?

 フルパワーになりゃもっといくはずだ」

 

緑の顔をやや青褪めさせたドーレ。 

狼狽えを隠せないようだ。

ガックリと肩を落とすネイズも、

 

「ちくしょお…、神や天使って奴らはもっと強ェのかよ……。

 もう俺達の戦闘力じゃ……戦場でクウラ様をお助けするなんて夢のまた夢だな…。

 クウラ機甲戦隊が戦場で恐れられたあの頃が懐かしいぜ」

 

大きな目玉に涙をうっすら溜めながら愚痴るのであった。

だがそんなネイズを親衛隊隊長が一喝し、活を入れる。

 

「愚か者め! いいかネイズ!

 クウラ様は、今や戦場の足手まといでしかない我々を

 未だに機甲戦隊としてお側に置いて下さっているのだぞ!

 その意味を考えろ!

 俺達の活躍の場は何も、血と熱風が吹き荒ぶ戦場だけではない。

 そう………例えばこの移動要塞ビッグゲテスターの掃除!」

 

グッと拳を握り力説するサウザーだが、

 

「全部ロボットが完璧にやっちまうぜ?」

 

ドーレが冷静な突っ込みを入れてきて親衛隊隊長は一瞬言葉に詰まるが、

 

「…ならば料理だ。 機械の冷たい手で作れない、温かい愛情たっぷり料理だ!

 これならばビッグゲテスターのロボット共に勝てる!」

 

見事に切り返す。

これにはドーレも、おおっ、という感心顔で

 

「そ、そうだなサウザー! これからは、俺達の戦場は厨房だ!

 たまには良いこと言うじゃねぇか!!」

 

ネイズも曲がっていた背を伸ばして気合を漲らせた。

 

「たまには…? 何やら聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするが、まぁいい。

 よし、では我らクウラ機甲戦隊の新たなるステージの為に!

 まずはスペシャルファイティングポーズで――――むっ?」

 

士気高揚の舞いに突入する寸前にサウザーは気付いた。

―――4人目がここにいない。

ということに。

 

「し、しまったぁーー!

 ザンギャめ…! またも抜け駆けしおったな!

 クウラ様を1人で出迎えに行きやがった!!

 そうはさせんぞ……機甲戦隊、続け! 上部ハッチまで駆け足!!」

 

脱兎のごとく駆け出したサウザーを、

ドーレとネイズは慌てて追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、ビッグゲテスターの上部ハッチ、開口部。

今、そこに着陸した男を1人の女が出迎えていた。

 

「お帰りなさいませ、クウラ様」

 

ザンギャは硬質の冷たい床に跪き、穏やかな口調で主へ言う。

主とは………………無論、クウラである。

 

「神と天使4人に囲まれた時は、さすがに私達も顔を青くしましたが……、

 『脱皮』による擬死は上手くいったようですね」

 

「…当たり前だ。奴らの目は既にビッグゲテスターのジャミングの影響下にある。

 そもそも、ジャミングが無かろうと余程の事が起こらぬ限り見抜けん」

 

脱皮………それはクウラの緊急脱出手段の仲間内での通称である。

メタル化の応用によって、クウラ本人の細胞とナノマシンを表層に薄く張り巡らせる。

研究に使用するような電子顕微鏡で見比べれば、

展開前と展開後で僅かにクウラの体の大きさが変わっているのが分かるはずだ。

それらで全身をくまなく覆った後は、内側のクウラ本人が瞬間移動で脱出。

残った『皮』は残留したナノマシンが操作し、

続いて、即座に自己と有機細胞の分裂を促し内側……内臓や肉、骨格を再現。

クウラ本人のように完璧に振る舞うダミー人形が変わり身となるわけである。

あの世にクウラの魂が来ていないことから、いずれ彼らはクウラの生存に気付くだろう。

だが、今、地獄は死者で溢れかえっておりテンテコ舞いで、

しかもビッグゲテスターのジャミングは宇宙中に遍く広がり、

界王神、界王、閻魔らもその影響からは逃れられない。

破壊神や孫悟空達があの世からその情報を受け取るのも遅れるだろう。

気付いた頃には手遅れだ、とクウラはほくそ笑む。

 

「とはいえ、この俺にこのような逃げの最終手段を使わせるとはな。

 ……………この屈辱は忘れん。

 だが…奴らには良い土産も貰った」

 

「土産…?」

 

「時戻し……天使が『やり直し』と呼んでいた術だ。

 体験して分かった………あれは俺とビッグゲテスターならば習得できる」

 

「あ、あの能力を!」

 

天使によるあの脅威の異能は、ズノーから得た情報の周知によって彼女も知っていた。

ザンギャが切れ長の瞳を大きくし、

彼女の声色には多分に興奮が含まれていて感嘆しているようだった。

 

「時空を操作するこの俺に…安易にあの力を使ったのが間違いだったのだ……フフッ。

 ……そして、もう一つ……………分かったことがある」

 

クウラの口から紡がれる声とその内容、彼の自信に満ち溢れた仕草…

その何もかもにザンギャは目を奪われ魂が引き寄せられる。

敗北しても、逃走を余儀なくされても、それでも闘志を失わぬクウラを見ていると、

眼前の男がどれほど残虐非道、冷酷無情の人物であっても彼女の心臓は高鳴ってくるのだ。

 

「もう一つ…とは」

 

そう聞くザンギャの声には熱を持ち始めた吐息が混じる。

 

「全王だ。奴の力はこの宇宙の外側と時間には及んでいない。

 そこに付け入る隙がある」

 

そう言って不敵に笑ったクウラは、それきり口を閉ざして歩いて行ってしまう。

既に彼の頭の中は、来るべき復讐へ向けて忙しく動き出しているようだ。

 

(宇宙の外側……?)

 

一瞬、怪訝な表情となったザンギャであったが、歩みだした主を追おうと急ぎ立ち上がると、

大股でズンズンと歩いて行くクウラの横、やや後ろを早足歩きで追っかけるのだった。

 

(よくは分からない……だけど……)

 

やはりクウラ様にこそ最強は相応しい。ザンギャはそう確信する。

きっとクウラは理解したのだ。

破壊神と天使と向き合ったことで、何かを掴んだに違いない。

 

彼女は、この後もずっと……永遠にクウラと共に覇道を歩み続ける。 そう決意していた。

少しマヌケな先輩達の忠誠心も言わずもがな。 

ついてくるなと言ってもついてくる程だ。

クウラ本人も何だかんだでサウザー達が嫌いではないらしい。 

彼らも側近として在り続けるだろう。

 

破壊神を超える地力を身に着け、

ズノーの知を得、宇宙の外…『世界の外側』の存在を認識し、

そして、天使との邂逅を経て『時』を完全に理解した。

それらが、クウラの魂の奥底に嵌められていた本質的な枷を解き放ってくれる。

そしてそれは『この世界』において無敵を約束されている全王の完全抹殺へと繋がるのだ。

 

世界は泡であった。

クウラの今いるこの12のおよそ無限の宇宙が連なる世界も、その泡の一つでしか無い。

いずれ、世界と宇宙をもっと違う姿で捉えることになるやもしれぬが、

少なくともクウラとビッグゲテスターの現在の認識はそれである。

 

泡の一つ一つ……ある泡は悟空が心臓病で死ぬ次元を内包しているのかもしれない。

別の泡はドラゴンボールの願いのマイナスエネルギーが暴れだす世界かもしれない。

時を管理する界王神がいて、時の卵から宇宙を作り出しているかもしれない。

フリーザが蘇り、その才能を存分に活かし黄金の如く輝く世界かもしれない。

魔人ブウとの戦いの後、人間として生まれ変わったブウ…

ウーブが成長するまで何も起きず全王も破壊神も存在しない平和な世かもしれない。

クウラが過去へと跳ぶ前……孫悟空とベジータにしてやられた世界にも帰還できるだろう。

 

(全王も、そして俺も……未だちっぽけな存在でしか無かったのだ)

 

小さな泡の中で鳴く井の中の蛙でしか無かった。

自分の小ささを知ると同時に、クウラは昂るのだ。

世界を喰い続ければ自分はもっともっと強大になれるのだ、と。

 

(可能性は……餌はこんなにもすぐそこに転がっていた…)

 

クウラが浮かべる笑みは、いっそ何処か優しげで何かを悟ったかのようにも見える。

彼は宇宙の外側へと食指を伸ばし、そこで無限の進化と吸収を繰り返し……、

いつの未来か『外側』の全てを埋め尽くし、ここへと必ず戻る。

この12の宇宙が広がる世界へと。

その時こそ、圧倒的な無限となった銀の機械生命体は全王の全てを押し潰すだろう。

 

(全宇宙を思念で完全に消滅させる全王……

 奴を倒すのに必要なことはひどくシンプルだ…。

 ひたすらに、ただひたすらに、星を…命を…宇宙を喰い強くなる!

 奴の消滅パワーを上回れば良いだけのこと…!

 無限を滅ぼすことが出来るのは、より強く大きい無限だけだ!)

 

生きとし生けるものにとっての絶望の未来はそう遠くはない。

静かに笑うクウラの赤い眼には、その光景が時を超えてハッキリと浮かんでいた。

 

そして…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エイジ???年。

 

全王の聖域にて。

 

クウラの足元には生々しい残骸が転がっている。

幾つかの肉片とそれにへばり付く衣服から、

それは全王の付き人であった長身の2人であると…分かる人には分かるだろう。

 

グシャリ、

 

と転がる大神官の頭部を踏み抜いたクウラを、青と紫のストライプの肌の丸っこい小さな人…

全王はまん丸の目を不思議そうに瞬かせ首を傾げながら眺めていた。

幼い少女のような可愛らしい声で、

 

「う~~ん、おかしいのね。 なんでキミを消せないんだろうね?」

 

まるで目の前の敵へ解答を求めるように自問自答していた。

だが、子供のような華奢な全王を無言のまま見つめるクウラは、

全王の問いに応える素振りも見せずに

 

ギュピ、ギュピ、ギュピ――

 

ゆっくりと彼へと歩み寄っていく。

全王もまた、近づいてくる彼に怯えるでもなくただ黙って見つめていた。

最初こそ、「キミ、むかつくね」とクウラに対し不快を顕にしていたが、

消滅を念じてもまったくクウラが消えぬと知ってからは、

己の側近二名と大神官一名を眼前で嬲り殺した敵だということも忘れたかのように、

眼前の男をジッと見つめる全王の瞳には負の感情は見当たらなくなっていた。

 

「ね、なんで?」

 

丸い瞳に好奇心を湛えてクウラを見上げている。

クウラは全王を見下ろしながら、

 

「簡単なことだ。

 1のパワーで願われる消滅と…

 100のパワーによる存在しようという力……どちらが強いか。 ただそれだけだ」

 

何とも単純な力の理論をぶちまける。

そして、言い終わると同時に全王の顔面を蹴り上げて彼を数十mほど蹴り飛ばす。

 

「!!」

 

丸っこい全王はまるでサッカーボールのように跳ねて、

すっかり荒れ果てた王宮をコロコロと転がっていくのだった。

 

「うーーーん…蹴られるなんて初めてだよ。 キミって凄いのね」

 

フラフラと立ち上がる全王の口調は、どこか楽しげですらある。

嬲る側のクウラの方が楽しそうでない顔であった。

 

「………」

 

黙ったまま、指を全王へと指し向けるクウラ。

指先へとエネルギーを溜め、デスビームを幼児のような絶対神へと放つ。

 

「あっ」

 

どこかのんびりとした声をあげながら全王は千切れ飛んだ右腕を眺め、

 

ビッ、ビッ、ビッ

 

続けざまに三条の閃光がクウラの指先から伸びると、

 

「わわっ」

 

左腕と両足も()()()()全王が、浮遊できるのも忘れて思わずそのまま転がり倒れる。

 

「わぁ~~~~! あのね、あのね! キミってね、本当に凄いね!」

 

ダルマにされて地に転がされるなど初めての経験である彼は、

少年のように目を輝かせてキャッキャッとはしゃいでいる。

かつて彼を傷つけ、あまつさえ明確な殺意を持ち手足までもいでくる者はいなかった。

全王は楽しいのだ。

自分が殺されることが。

 

ズシャッ、という鈍い音を荒れた王宮に響かせて、クウラが全王の頭を踏みつける。

全王がはしゃいでいるうちに、彼はとっくに全王のもとまで悠然と歩いてきていた。

 

「あのね、聞きたいこと…あるのね。

 ………ボクを殺してキミは一体何をしたいの?」

 

ミシミシと頭蓋が悲鳴をあげるが、

それでも全王は痛みを感じる素振りすら見せずにクウラへと語りかける。

そんな全王を見つめるクウラの目は無感情で、冷たいマシーンのようである。

狂った機械と冷たい機械。 

それが全王とクウラなのかもしれない。

 

「……………最強となり、最強で在り続ける」

 

数拍を置いてクウラはそう答えた。

 

メシリ…、メシリ…、

 

全王の頭がいよいよひしゃげはじめ、

 

「ふーーーーん……………………あのね、クウラくん。なれるといいね! 最強!」

 

―――でもなってもつまらないと思うなぁ。

 

それが彼の最期の言葉。

そう言い残して全王の頭は、水風船が飛び散るようにして破裂した。

 

「………」

 

全王だったそれを踏み潰した足を、聖域の床にグリグリと(なす)ると、

クウラはゆったりとした足取りで全王がいつも座していた玉座へと近づき、

どっかとそこへ腰掛ける。

溜息が一つ、クウラの口から漏れる。

そして、

 

「………ククク、ハハハハハ……ハッハッハッハッ」

 

己以外、何者も存在しなくなった静かな王宮で

(心底、可笑しくて堪らぬ)という様子で肩を揺らして笑い出すのだった。

 

もはや世界の何処を見ても、何処を探しても、クウラ以外には何者も存在しない。

クウラ以外の何もかもは、宇宙も時もいかなる存在も、全てはクウラに貪り食われた。

三千世界の全てを飲み込んだクウラにもはや敵も味方もいない。

在るのはただ己だけである。

 

 

 

 

 

 

 

―完―

 

エンディングNo2・孤高の帝王

 



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最終話’’ クウラ敗北

クウラを悟空側にする為にちょっと無理ある展開…。
オマケ要素ということで大目に見て下さい。


「――――クウラぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」

 

ハッ、とクウラが我に帰る。

 

(そうだ、孫悟空は――)

 

最も警戒すべき相手から、一瞬とはいえ完全に意識を逸らしていた。

ブロリーの最高のタイミングでの横槍がなければ有り得ない出来事である。

自分の名を叫び呼ぶその声の方を振り向けば、

 

「っ!!」

 

やや下方、正面から超高速で迫る悟空の姿。

右腕だけを突き出し、防御を完全に捨てて特攻してきていた。

 

(ゴッドの力を全てあの拳に…!?

 あの大猿と同じような真似をしようというのか!)

 

今の自分では受けるのはマズイ。

そう判断し、クウラは悟空の軌道軸上からの離脱を試みたが――

 

(っ!? か、体が!!)

 

一瞬…ほんの僅かな間、彼の体が硬直した。

ナノマシンによる自己修復時に生じる刹那の隙が、

避けられるはずの攻撃を回避不能へと変えてしまった。

 

(修復が遅い!!あの金の大猿の一撃が予想以上に重かった!!)

 

「くっ!!!!」

 

咄嗟に体勢を修正し防御へ切り替えたのは、さすがにクウラであった。

しかし、

 

「オラの全てを、ゴッドのパワーを…この拳にかける……!!!

 龍拳だぁぁぁぁーーーーーー!!!!」

 

「ぬぅッ!!?」

 

「つらぬけーーーーーっ!!!!」

 

ズンッ、というどこまでも分厚く硬い大木を殴りつけたかのような重低音が

悟空の右拳にビリビリと伝わる。

 

(なんて…かてぇんだ…!!)

 

腕を交差させ、完全な防御を形成していたクウラの銀の腕。

左右のそれらが、ひしゃげながら宙を舞い、

クウラの頭部プロテクターを粉砕し、悟空の拳が側頭部をモロに捉えていたが、

それは大ダメージであろうが決して悟空の狙った致命の一打とならかった。

全精力を込めてクウラの体を貫くつもりだったが、

クウラの防御テクニックと純粋な肉体強度が悟空の執念を上回った。

しかし、

 

「…ぐッ、が…っ!!」

 

ぐるりとクウラの世界が回って歪む。

白銀の悪鬼はそのままゆっくりと態勢を崩して墜落していった。

クウラの脳は意識を刈り取られて、

ビッグゲテスターのコンピュータはシステムダウンを起こしたのだった。

つまりは、クウラの敗北だ。

悟空の執念は、クウラを葬ることは出来なかったが彼の戦闘続行を不能とした。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…!」

 

体中の全ての力を使い切った。

まさに悟空は満身創痍で、クウラを倒したはいいが自分もバタリと倒れそうだ。

 

「とんでもねぇ…野郎だった…っ、オ、オラ…もう、ヘトヘト、だ…へへっ」

 

舞空術を維持することも出来ず、

悟空は気を失ったクウラ共々フラリと態勢を崩して地に落下していった。

 

ドゥッ!と重々しい金属音を響かせてと共に仰向けに地に落ちたクウラ。

そしてそれの落着の後にサイヤ人が落ちる。

もう二人共に、ピクリとも動かなかった。

 

 

 

 

 

 

「…お見事。中々の戦いぶりだったわね、孫悟空」

 

死んだようにただ静かに目を閉じて倒れていた悟空にそう声をかける者がいる。

いつの間にか彼女はそこにいた。

 

「…誰、だ」

 

もう目を開けるのも重い。

だが悟空はギギギと錆びついた門をこじ開けるな心持ちで瞼を開けて声の主を見た。

 

「……ウイス、さん?ありゃ?…女?」

 

「私はヴァドス。ウイスの姉よ」

 

そう答える彼女の目はどこか冷たい。

そしてウイスのように張り付いた笑顔すらないのでより冷たい印象がある。

 

「へぇー…そりゃ、似てる…わけだ…へ、へへ…わ、わりぃな…こんな格好でよ。

 ちっと立てそうになくてよ。おら孫悟空…ってんだ…よ、よろしく、な」

 

愛想笑いも引きつる。正直、今はそっとしておいて欲しい悟空だった。

その時、

 

「悟空ぅ~~~っ!!!」

「悟空っ!!!」

「孫!勝ったのか!」

 

悟空にとって聞き慣れた、安心できる仲間達の声が彼の耳に届く。

そのまま、また目を閉じてもう寝てしまおうか。

全力を出し尽くした戦いの後の疲労に身を任せて眠るのは、戦士の特権だ。

悟空が意識を手放そうとしたその時、

 

「…そのままお眠りなさい。後始末は私がしましょう。クウラは責任を持って殺しておきます」

 

戦いに()()()()()()()()ある意味で誰よりもサイヤ人らしい、

地球育ちのサイヤ人ががばりと身を起こした。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!何も殺さなくてもいいじゃねぇか!」

 

そのダメージで立ち上がるのは大したものだと、

ウイスの姉たる天使は満身創痍のサイヤ人を見る。

だがその瞳はやはり冷たい。そして見下すような、不可解な者を見る視線を悟空へと送る。

 

「え゛え゛っ!?お、おい悟空何いってんだよ!

 この…ウイスさんにそっくりの美人なおねえさまの言う通り

 トドメをさしちまったほうがイイって!」

 

当然、クリリンもヴァドスと同じ様に思っている。

他の仲間も同様だ。

 

「孫、こいつはフリーザの兄貴だ。

 こいつの一族は、ちょっとぐらい優しくしてやったとこで反省なんてせんぞ。

 トランクスにばらばらにされたコルドのことも思い出せ。

 俺たちはもうこいつの一族とは相容れない宿敵なんだ」

 

「そうだぜ悟空!こんな奴生かしておいたって絶対また襲ってくる!

 そしたら今度こそ地球も終わりだぞ!」

 

口々に同じようなことを言ってくるのだった。

しかし悟空は薄く笑ってこう言い返した。

 

「でもピッコロとは仲間になれた」

 

「む…」

 

そう言われるとピッコロは弱い。

彼はかつてピッコロ大魔王として悟空の大切な人達を傷つけ殺め、

無関係の都市の人々を虐殺した。

マジュニアである現ピッコロとは完全に無関係とは言い切れない。

今のピッコロは、かつての大魔王の人格と精神も…

完全ではないとはいえ引き継いでいて同一人物に極めて近い存在なのだから。

 

「そのナメック星人とは関係が改善できても、クウラも同じようにいくとは限らない」

 

ヴァドスは冷たく言った。

ヴァドスは当たり前のようにクウラを殺すべきと、そう思っている。

 

「もう一度確認するけれど…何を言っているの?殺さなくてもいい…とは、このクウラのこと?」

 

ヴァドスは首を傾げた。

 

「ああ…そいつはもう戦えねぇ。トドメなんて刺す必要はねぇさ」

 

「…ちょっと理解に苦しむのだけれど…クウラが戦えない程ダメージを負ったから、

 今殺すのは可愛そう…情けをかけて見逃してやれ、と?そういうこと?」

 

「…ちょっと違ぇけど…まぁそういうことになんのかな?」

 

悟空自身、首を傾げながら答えた。

ヴァドスは話にならないとばかりに深く溜息をついて、

やれやれとばかりに視線だけで空を見る。

 

「あなた、もしかしなくてもバカなの?

 クウラが今まで殺し、吸い上げてきた命の数をご存知?

 教えてあげましょうか?空前絶後の史上最大の殺戮者…それが〝星喰い〟クウラ。

 情けなどかける必要もなく、それを望む者もこの世にいない。勿論、あの世にも」

 

あらゆる生命が彼の死と破滅を望んでいる。

ヴァドスは悟空にまで酷く冷徹な視線を浴びせかけた。

だが、悟空はボロボロの状態でありながらそれを笑って流した。

 

「へへ、へ…オラだって分かってるさ、そんなことは。

 でもよ…死んだ人達は可哀想だけど、ドラゴンボールで生き返らせりゃいい。

 それに分かんねぇじゃねぇか…オラに負けたことでクウラだって、

 こう…何かさ…心がちぃ~っと変わったり…少しくらい良い奴になっかもよ?」

 

「……孫悟空。あなたは、かつてナメック星において…

 そのクウラの弟フリーザに対しても、情けをかけようとしましたね。

 そう…確か『フリーザのプライドは既にズタズタだ…

 この世で誰も超えるはずのない自分(フリーザ)を超える者が現れてしまった。

 しかもそいつは()()()サイヤ人だった…

 今の怯え始めた貴様を倒しても意味はない。

 ショックを受けたまま生き続けるがいい。ひっそりとな…』でしたか」

 

まるで見てきたかのように正確に言い当てるヴァドスに悟空は目を丸くした。

 

「うひゃ~、よく知ってんなぁーヴァドスさん。

 オラでもそんな細かく覚えてねぇのに…見てたんか?」

 

「今、少し過去を調べただけですよ…。

 貴方は、かつてフリーザを見逃そうとした。

 同胞を殺し、友を殺し、目の前で罪なき人々を殺める様を見ておきながら…。

 そして今またフリーザの兄をも同じ様に見逃そうという。

 貴方の友を痛めつけ、貴方自身を殺そうと執念を燃やし…

 そのために罪なき人々、動植物、惑星、それら幾つもの命を喰らったクウラを。

 正直、貴方は少しおかしいです。どういう神経をしているのかしら」

 

貴方もまた破壊したほうが良いのかしら。

ヴァドスは物騒にそう締めくくって、またより一段と冷え込んだ目でサイヤ人を見つめた。

 

「えぇ!?オラも?いやぁ~、そいつはちょっと…止めてほしいとこだなぁ。

 今はオラもボロボロだしよ。どうせやるならオラが全快してる時にしてくれよ。

 その方が、同じ破壊されるのでもちったぁ楽しめる」

 

へらへら笑いながら頬を指で掻くサイヤ人を見て、ヴァドスは心底呆れた。

そして悟空の心底を見極めたようだった。

 

「…呆れた。貴方、本当に戦うことしか考えてないようね。

 フリーザの時も、そして今回も…貴方…

 『倒した敵がより強くなって自分に挑んでくる』のが真の望みだったのね?」

 

「へへ…まぁな。

 クウラはオラに勝つために他の無関係の人を殺しまくって力を吸収したわけだろ?

 そんな効率のわりぃことしてるからオラに負けたんだ…。

 それは今回の敗北でクウラも理解したと思う。

 だから、コイツが目覚めたらオラがもっと早く強くなれる方法をコイツに教えてやるさ」

 

禿頭の親友がハラハラした表情で悟空を見ている。

 

「おいまさか悟空…おまえ――」

 

親友の心配は大当たりだ。

 

「ああ、オラがクウラにちっと修行つけてやんだ」

 

大当たりした悪い予感に、クリリンはあんぐりと大口を開ける。

ピッコロも額を抑えて空を見上げ、ヤムチャは目玉を飛び出させて驚いていた。

 

「はぁ?」

 

さすがの美人天使もやや素っ頓狂な声が出た。

 

「亀仙流はめちゃくちゃ強くなれる。

 誰が修行しても強くなれるんだ。

 オラもクリリンも、ヤムチャも…全員じっちゃんに基礎を作ってもらった。

 今だって、ビルス様やウィスさんに修行つけてもらってるけど、

 オラ達の底にはじっちゃんの亀仙流が根付いてて、

 そのお陰で今もグングン強くなれてると思うんだ」

 

亀仙流を語る悟空の顔は、いつにも増して童子のように屈託がない。

 

「しかもさぁ、なんつぅか…

 修行してるうちにそういう悪い心とか薄くなってくようなとこがある気がすんだよな。

 これはそんな気がするってだけなんだけど。ははは」

 

そんな悟空の様子を見ていて、クリリンは呆れを通り越して笑ってしまった。

 

「…はぁ~~~~、ったくおまえって奴は…。

 …………ぷっ、はははははっ!まぁ悟空らしいっちゃらしいな。

 ほんとに大した奴だよ!」

 

空気が弛緩する。

先程までヴァドスが発していた冷たい空気も何故かどこかに行ってしまっていた。

そのさらに前までクウラと死闘を繰り広げていたのも嘘のようだ。

 

「……なるほど。ウイスが言っていた通り…面白いわね。

 イカれている、という意味でだけど。

 私が思っていたよりも余程狂っていて、なかなか面白い」

 

今までクウラにかざしていた杖を引っ込めて、

ヴァドスはちらりと倒れて続けているクウラを見る。

 

「…ならば孫悟空。今度、クウラが目覚めてまた無差別破壊行為を再開したら…」

 

「その時はオラが責任もってクウラを倒すさ」

 

「大した自信だこと。

 でもそれだけでは足りないわ。

 次にクウラが暴走を開始したら、クウラは当然…

 孫悟空、貴方にも責任をとってもらうこととしましょう。

 私が貴方と地球を破壊する」

 

「ひゃー、まずいなぁそりゃ」

 

後ろで、「そら見ろ言わんこっちゃない!」「わぁー地球がまた巻き込まれた!」

とかの悲鳴が飛んでくる。だが悟空は何時も通り笑っていた。

ヴァドスは軽く溜息をついて悟空を見、そしてクウラをまた見る。

 

「…そういうわけで、貴方は助命されることになりましたよクウラ。

 プライドの高い貴方が、サイヤ人に命を助けられ修行までつけて貰えるなんて…

 歓喜のあまり涙でも流しそうね。

 フフッ、まぁこれはこれで面白い見世物…見ものだわ」

 

ヴァドスはサディスティックに笑った。

 

「え?」

 

ヴァドスの指摘で恐る恐る頭を倒れ伏すクウラへ向けるクリリン。

バイザーから除く薄暗い眼部で煌々と灯っていた赤い瞳光が悟空や地球人らを見ていた。

 

「げぇ!?クウラ…!め、目が覚めて…!?」

 

クリリンが一気に数十歩後ずさり、それに倣ってピッコロらも飛び退いた。

銀色の巨漢戦士がムクリと上半を起こして赤い目でヴァドスを睨む。

 

「……ヴァドス。第6宇宙の天使、か。第7宇宙くんだりまでご苦労なことだな。

 貴様も弟の()()()()に忙しそうで何よりじゃないか」

 

ヴァドスがぴくりと片眉を動かした。

美貌の天使と銀色の戦鬼の冷たい視線が交差する。

 

「フン…今はいいさ。死よりも屈辱的なその提案を受けようではないか。

 俺は敗者だ…負け犬は何も主張することなど出来ん…。

 この屈辱が…今の俺には糧となる」

 

憎しみで燃え上がる瞳で悟空を見るクウラだが、

目に宿った強い憎悪は寧ろ〝消えてくれるな〟と

必死に薪を焚べて憎しみの炎を消さないようにしていようだった。

クウラという男は、勝つために手段を選ばない男だが、

その一方でどこかストイックであり実直でもあった。

敵を殺し倒すために手段を選ばないのと同様に、

自分をより高みに至らせる手段は問わずどんな苦しい手法を用いることも厭わない。

そんなクウラにとって孫悟空の提案はまさに臥薪嘗胆の思いだったが、

それで悟空の強さの秘密を垣間見ることができるというなら吝かではない。

それに、憎しみと怒りを奮い立たせているということは、

悟空を狙い続け拳を交えてきたクウラには、

悟空に対して憎しみ以外の何かがうっすらと生まれてもいるということだ。

それは極めて小さな芽吹で歪なものだったが、

サイヤ人とコルド一族との関係性を新たなステージに至らせる取っ掛かり足り得る。

 

「おっ、クウラ起きてたんか。

 オラの言うこと聞いてくれるってことは、もう他の人達は襲わねぇんだな?」

 

「………ッ!」

 

ヴァドスを睨んでいた赤い眼光が、今度はわざとか天然か…トボけたサイヤ人へと注がれた。

 

「…貴様を殺すに、貴様の戦闘データを直接集めるのは悪くない手だ。

 だから…しばらくは貴様との修行とやらに付き合ってやる。

 これは貴様に敗北し、おめおめと助命された俺自身への罰でもある…!

 だが…修行よりも吸収が手っ取り早いと判断すれば、俺はまた他の奴らを殺し…喰う!

 その時、貴様がどれほど後悔するのかが楽しみだな…」

 

ドスをきかせたクウラの声。

 

「へへ!そうか。じゃあこれからいっちょよろしくな!」

 

だが悟空はそれにもあっけらかんと返すだけだ。

クウラは小さく舌打ちし、狂う調子を何とか立て直す。

そして、黙って悟空の手を見た。

悟空はクウラへ右手を突き出している。

手のひらは緩く開いて、クウラの胸元のやや下の位置。

握手だ。

悟空はクウラへ握手を求めていた。

 

「…」

 

「明日からオラと組み手やってみよう!へへぇ~ワクワクすんなぁ!」

 

サイヤ人が差し出した手を、クウラは乱暴に叩いて握手代わりとした。

そんな二人を見ていた女天使が、あぁそういえば、とわざとらしく両手をポンッと叩く。

 

「先程、悟空さんはクウラに殺された人達をドラゴンボールで生き返らせようと言いましたが…

 無理ですよ」

 

さらりと放たれた衝撃発言に悟空や彼の仲間たちが素っ頓狂な声を上げた。

 

「いっ!?なんでだ!?」

 

「破壊規模が大きすぎて神の力を…勿論、破壊神や全王様ではありませんよ?

 ドラゴンボールを作り出した神の力を超えているからです。

 それにこの宇宙はエネルギーを失い過ぎている…保って後1ヶ月といった所でしょうね。

 この宇宙にあるドラゴンボールは、すでに界王神が使ってしまって再使用は約1年後。

 色々と無理でしょう?」

 

「あちゃー…そうなんか、しまったなぁ…どうすっか」

 

癖のある黒々とした頭を困ったように掻く悟空。

実際困っている彼なのであった。

 

「…フン」

 

困り顔の悟空の横ではクウラがそっぽを向く。

その時、突然彼らの背後上空から

 

「そこでこの俺様の出番ってわけだぁ!!」

 

大音声が響いた。

 

「うわっ!?」

「どひぇー!?」

「な、なんだ!?」

「…あら、シャンパ様。もう来たんですか」

「チッ、…第6宇宙の破壊神まで来たか」

 

反応は三者三様。

先程の声の主を探せば、そこにはビルスそっくりの…

だがころころと太ったネコ科っぽい者が宙に浮いていた。

 

「ビルス様!?」

 

「違いますよ。お腹を見れば分かるでしょう」

 

天使ヴァドスが努めて冷静に己の主の欠点(チャームポイント)を指摘する。

 

「おぉい!?主に何言ってくれちゃってるわけ!?」

 

「あぁすいません。つい。…コホン。

 貴方、失礼ですよ。こちらは第6宇宙の破壊神シャンパ様。

 この第7宇宙の破壊神ビルス様とは双子の兄弟なのです」

 

「いや失礼なのお前じゃね?」

 

シャンパの冷静な突っ込みも華麗にスルー。

ヴァドスはシャンパを遮って主の急な来訪の真意を説明しだした。

 

「実は…シャンパ様はこの第7宇宙の窮状を救うためにわざわざお越しになったのですよ。

 シャンパ様の第6宇宙と、ここ第7宇宙は破壊神同様に双子関係にある宇宙。

 どちらかが著しくバランスを崩せば連宇宙であるもう片方も無事では済まない…。

 だからシャンパ様は第7宇宙を、

 何十年も苦労して集めた『願い玉』で元通りにしようと来たのです。

 そうすればビルス様も復活しますし…何だかんだで兄弟思いの――」

 

「余計なこと言わんで良い!!!

 俺はビルスなんて知ったこっちゃないの!

 あいつが死んでよーが生きてよーがどうでもいいんだよ!!

 でもまだあいつと決着つけてないしな!?

 それに第7宇宙元通りにしないと俺の宇宙もおかしくなるし!

 願い玉で元通りにしてくれーっ!って

 お願いしたらビルスもついでに生き返っちゃうだけだよ!!」

 

つまりはそういうことだった。

兄弟思いらしい。

ラディッツ、カカロット兄弟…

クウラ、フリーザ兄弟…

ヴァドス、ウイス姉弟…

彼らに比べれば一番兄弟らしい兄弟と言えるだろう。

シャンパは不機嫌そうに腕を組み、そしてクウラを睨む。

 

「おい、星喰い!お前のせいで俺の宇宙までガタガタだ!

 …あとついでに、ホントについでだがビルスをやってくれた礼もしなきゃならん!

 俺が直接やってやりたいところだが、

 貴様は今は未だ第7宇宙の管轄で俺が出しゃばると越権行為になる。

 越権行為となったら全王様の不興を買いかねないからな。

 だからお前は来月俺が主催する大会にでろ!

 第6宇宙と第7宇宙から最強の戦士5人を選んで戦う格闘大会だ!!

 そこで正式にボコす!

 そこで俺の選びぬいた第6宇宙最精鋭の超戦士が

 おまえをギッタンギッタンのボッコボコにするのだ!

 もし万が一第7宇宙代表の貴様らが

 大会に勝ったら願い玉を使用する権利をやろうじゃないか。

 星喰い…お前の大罪をついでに許してやってもいいぞ?(俺は許してもビルスは知らんが)」

 

色々と穴だらけの理論を披露する第6破壊神は胸を張って居丈高だ。

最初にヴァドスが言ったことが真実ならその大会に勝っても負けても大差ない。

シャンパ組が勝てばシャンパが第7宇宙を元に戻すし、

ビルス組が勝てば悟空が第7宇宙復活を願うだろうから。

偉そうに嫌味そうにしているが、シャンパの根っこはかなり甘い。

やる意味などないだろう。

クウラはそう思って、下らぬ対決大会など断ろうとしたが

 

「おっしゃ!きたきたきた!!こういうのだよ!!

 オメェも…なんつったっけ?その、願い玉?ってやつでこの宇宙直せば無罪放免だろ?

 そうなりゃオメェも安心じゃねぇか!

 しかも違う宇宙の強ぇ奴らと戦えりゃオメェももっと強くなるコツを掴めるかもしんねーぞ!

 オラに復讐できる日も近ぇな!」

 

いい事ずくめだなぁ!と騒ぐサイヤ人がクウラの横にはいて

勝手に了承の方向で話を進めていく。

自分が傷だらけの疲労困憊である事を

もう忘れているんじゃないかという様子の悟空が俄然やる気を見せていた。

クウラをそんなサイヤ人を、まるで珍獣を見るような視線で見つめる。

 

「くだらん。勝手に貴様らだけでやっていろ…俺は宇宙が崩壊しようがどうでもいいのだ」

 

そして吐き捨てた。

 

「えぇ?お、おいクウラ…んなこと言わねぇで出てくれよ。

 オメェがでねぇとシャンパ様も多分納得しねぇ」

 

「そうだぞ!!俺はクウラが大会でボッコボコにされるとこを観戦したいんだ!

 お前が大会を棄権するなら願い玉はなしだし、

 当然大会も開かん!

 ヴァドスに怒られても俺が直接お前を破壊してやるぞ!」

 

「ほらぁ~、シャンパ様もこう言ってるぞクウラ!

 な!頼む!大会出てくれよ!オラ大会出てぇんだ!」

 

懇願する悟空と居丈高なシャンパに背を向けて立ち上がったクウラは

付き合いきれん、という態度をありありと見せてそのまま立ち去る…

かと思われたその時、

 

「…おい、クウラ」

 

そこに体を引きずりながらもう一人のサイヤ人がやってきた。

 

「…ベジータか。貴様も生きていたか。サイヤ人はゴキブリのような生命力だな」

 

悟空以上にボロボロのベジータが意識を取り戻して干上がった海底を歩いてきた。

 

「余計なお世話だぜ…。

 そんなことより、テメェがさっき自分で言ったこと…俺は聞いていたぞ。

 勝者の提案を屈辱に甘んじて受ける…そう言ったな」

 

「…」

 

クウラの片方の眉根が釣り上がる。

 

「ならば、カカロットの決定に従うんだな。

 宇宙の帝王の一族が自分が言ったことを反故しちゃあ格好がつかないぜ。

 フリーザはまだ約束は守る奴だったが、その兄は約束も守れない軽薄者だった

 …そんな噂は貴様の恥になるんじゃないのか?」

 

ベジータの言葉は子供の児戯染みた浅い挑発ではある。

しかしそれは恐らくベジータ当人も分かって言っているのだろう。

 

「チッ…小賢しいこと言いやがる。

 ………良いだろう。安い挑発だが乗ってやろう。

 破壊神シャンパ…その大会とやらが貴様の望む通りになるよう…

 精々神にでも祈っておけ」

 

シャンパを鋭く睨みあげながら、

クウラはまたも彼らに背を向けて干からびた海底を独り歩き去ろうとした。

だがまたまたそれを止める奴がいた。

 

「お~い、クウラ!どこ行くんだよ!

 オラと修行すんじゃねぇのか!?」

 

またか、とクウラは気怠そうに天を仰いだ。

そして振り返りもせずこう言った。

 

「俺も貴様もしばしの休息が必要だろう。

 俺のボディも修復機能が不調なのでな…貴様も今のうちに存分に休んでおけ、サイヤ人。

 慌てなくても1週間後には貴様に地獄を見せてやるさ」

 

そして気配の残り香も僅かにその場から瞬間移動で姿を消してしまったのだった。

その見事な消えっぷりにはシャンパもヴァドスもやや感嘆する。

 

「…あいつ、なかなか空間移動がうまいな。気の残り香がない」

 

「そうですね。さすがはビルス様とウィスと競り合っただけはあるようで」

 

だが自分が上だ。

そういう自信を存分に感じさせる態度でクウラを評する破壊神と天使。

しかしその場に居合わせた地球人とナメック星人はそこまで余裕を保っていられない。

 

「な、なんか…スゴイ展開になって来たなぁ…」

 

震える声でクリリンが言う。

彼の禿げ上がったおでこでは幾筋も冷や汗が流れていく。

 

「おい悟空…ほんとに大丈夫なんだな?

 あのフリーザの兄貴と、うまく付き合えるんだよな!?」

 

念を押すが、当の悟空はケロッと笑っているだけだ。

 

「ははは!まぁ何とかなるだろ。

 あいつ、かなり頑固そうだし多分一度口に出したことは守るんじゃねぇかな。

 ベジータだって最初はあんな感じだったけど今じゃこうだしよ」

 

「…どういう意味だ、カカロット。…ちっ、呑気な野郎だぜ…」

 

ベジータも舌打ちする程の悟空の楽観が当たるか、

クリリンらの悲観が当たるか…それは今の段階では誰にも分からない。

 

 

 

 

 

 

その後…。

もはや立ち上がる力すら残っていないサイヤ人3人組。

(悟空は「何か元気になってきた」と主張し割とケロッとしている)

そんな彼らの元に急ぎ仲間達が馳せ参じる。

特にピッコロは、デンデを拾いに戻り皆を回復。

ブロリーは、治療が後少し遅ければ死んでいたであろう重度の火傷で間一髪であった。

泣いて抱きついてくるココに、珍しくブロリーが照れているように見えた。

 

クウラは自分の敗北を認めたようで、宇宙中を覆っていた妨害電波を消した。

それによって悟空の元に界王を通して界王神らから次々に祝電が送られてきた。

勿論、皆頭に輪っかが乗っていたが。

 

なにせ皆クウラに殺されていたのだから。

今回の顛末を悟空が知らせると皆驚きを隠せず、また困惑した。

 

「ええ!?クウラに悟空さんの修行の仕方を教える!?

 そ、それでもしクウラがもっと強くなったらどうするんですか!?

 すでに破壊神級の強さを持っていて悟空さん達も協力してようやく倒したんでしょう!?

 え?修行できっとまっとうな心になるかもしれないし生かしておいた方が面白そうって!?

 オラだけを狙うよう念を押しておいたから大丈夫って…、

 うそですよね!?そんな理屈で命を助けたんですか!?」

 

「これだからバトル馬鹿のサイヤ人っちゅーのは!どうなってもしらんぞい!

 …え?大会で優勝したら無罪放免は第6宇宙の破壊神シャンパ様の発案!?

 くぁー!シャンパ様も同じ穴の狢じゃ!」

 

そんな感じで老界王神達も頭を抱えたという。

破壊神ビルスは界王の元に顔を出していない。

殺されたことを恥じているのか、

それとも破壊神の魂は別の所へ流れ行くのかは分からないが、

とりあえず今は界王様が破壊神の魂を探しているみたいだ。

 

クウラが宇宙中のメタルクウラやビッグゲテスターを停止させた、

と界王様はホクホク顔で言うが問題は山積みだ。

なにせこの宇宙からは地球以外の殆どの命と惑星が失われたし、

なにより神様が全滅している。

地球もボロボロだ。

デンデに確認した所、クウラの邪悪な気によって総人口が10分の1になってしまったらしい。

デンデや界王が言うには格闘大会が控えている約1ヶ月後…

それまでに第7宇宙を修復せねばバランスが完全に崩れて

第6、第7の宇宙は崩壊し消滅してしまうらしいが、

その危機も悟空を奮起させるスパイスにしかならない。

 

「よっしゃ!来月の大会に向けて修行しなきゃな!

 2つの宇宙が消えちまうかもしれないしいっちょ気合いれっぞ!

 来週からはクウラも顔出すと思うからよろしくな、みんな!」

 

という悟空の言葉に色々と寝耳に水だったブロリーや御飯は怪訝な目で悟空を見ていた。

兎にも角にも、悟空達とクウラの奇縁が始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

―完―

 

エンディングNo3・戦いはまだまだ続く…?

 



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クウラ’’ルート if章 破壊神選抜大会編
クウラとザンギャ


 

「…今、何とおっしゃいましたか…?」

 

サウザーが恐る恐る再確認する。

 

「俺はしばらく地球の孫悟空の所に拠点を移す」

 

主の発言に、かつてない衝撃がクウラ機甲戦隊を襲った。

ザンギャを除く全員が珍妙なポーズで固まり、

その顔は目玉が飛び出そうになって大口を開いていた。

ザンギャはザンギャで、切れ長の吊目を見開いて心底意外そうな顔で主を見る。

 

「その…私達はビッグゲテスター内で待機し、クウラ様の戦いを観戦していました。

 ですが、途中から映像が酷く乱れてしまい最終的には映像は途絶え…

 何が起きたのです?

 私達が見ていない内に一体何が?

 クウラ様が無事戻られて、

 私達はてっきりクウラ様が破壊神やサイヤ人どもに勝利したと思ったのですが…」

 

機甲戦隊内で唯一、正気を保ち固まっていない紅一点…ザンギャが戸惑いながら尋ねたが、

通常形態のクウラの何時も通りの無表情の中に僅かだが不愉快が滲んでいた。

それをザンギャは見て取った。

今、クウラとザンギャを始めとする機甲戦隊はビッグゲテスターのナノマシンで繋がっている。

機甲戦隊各員の体内に注入されたナノマシンは彼らに凄まじいまでのパワーアップを齎し、

常時心身を正常に保とうとするリカバリー機能がある。

その他にもクウラと常にテレパシーのように脳波で会話が可能となっていた。

それは異空通信である為何者の妨害も受けず距離にも影響されないが、

なのにザンギャ達は先の戦いでクウラの様子を見ることが出来なかった。

それが意味するのは主導権を握るクウラ側に異空通信も出来ぬほどの事態が起きた…

或いはクウラが通信を拒否した場合だ。

 

今回はどちらだろう、とザンギャは考える。

場合によってはクウラから叱責を受けるかもしれない。

しかしそれでもザンギャは聞かずにはいられない。

敬愛する主に起きた事を理解しないでいるのはザンギャには耐えられないことだった。

 

クウラはビッグゲテスターの指令席(玉座)にゆったりと腰掛けると、やがて口を開いた。

 

「…俺は奴らに負けた」

 

クウラは目を瞑り、その言葉を自分に言い聞かせるように…噛み締めるように紡いだ。

ザンギャは(やはり)と思った。

そしてクウラの次の言葉をじっと待つ。

 

「驚かないのだな」

 

「驚いています」

 

クウラは真っ直ぐに自分を見てくる遥か格下の戦闘力しか持たない女を見返す。

 

「…」

(コイツは、そういえばいつも俺の目を動じずに良くも見るものだ。

 俺の足元にも及ばぬ雑魚に過ぎぬくせにな…。胆力、とでもいうのか?

 いや、違うな…ザンギャは…何故こうも俺の目を見返せるのだ。

 フリーザも、父でさえ俺の目を直視するのを恐れる時があったものだが)

 

妙な女だと思いながらもクウラはザンギャに問う。

 

「失望したか?貴様の主は破壊神に…サイヤの猿にすら劣る男だった」

 

「ありえません。クウラ様が誰に敗れようと、私は貴方に付いていきます」

 

きっぱりとザンギャは言い切った。

いっそ小気味いい程の言い切りようだった。

 

「…貴様がそう言うのは、

 お前の中のナノマシンが思考に影響を与えているからに過ぎん」

 

「違います…私の感情は…考えにはナノマシンは関係ありません。

 それに、かつて貴方は言いました。ナノマシンに精神操作機能を加える程暇ではないと。

 傅きたい者だけが傅けとおっしゃいました。私は私の意思で貴方に跪いている」

 

クウラは自分の紫色の手を見る。掌を広げ、握る。

握られた拳は、自分への怒りと失望で僅かに震えている。それ程の力で握られていた。

 

「俺は孫悟空に二度敗れ、サイヤ人共には三度遅れをとった。

 同じ奴らに何度も敗れる…そのような不甲斐ない敗残者に付き従うのは虚しいだけだろう。

 そんな弱者のもとでは栄達も望めん」

 

力が全て。クウラの信条は変わらない。

誰かに力で押し負けて、より強い力で叩きのめされても

クウラの信念と価値観は唯只管に〝力こそが正義〟なのだ。

 

「…私は、貴方の側にいられるなら…それだけで――」

 

「気休めはよせ。力ある者が正しく、そして尊い…それは宇宙の真理なのだ。

 破壊神を見るがいい。全王を見るがいい。

 奴らが我が物顔で宇宙を支配しているのは、唯単に奴らが強いからだ。

 何者よりも強いからだ。

 全ての者よりも強く、優れいている…だからこそ全ての王。

 あのふざけた姿(なり)で、な。フン…笑い話にもならん」

 

クウラは珍しく饒舌なように思える。

その言葉はザンギャに向けられたものではなく、

自分自身への戒めと現実の再確認という意味合いが強いのかもしれない。

だが、それでもクウラが誰かの前で弱音の色味が強いことを言い出すのは稀有なことだった。

 

「…くだらん話しをした。忘れろ」

 

「…はい」

 

腕を組んだクウラが何もない天井を見て、目を閉じた。

ザンギャは静かに頷く。

 

「いつまでもココで珍妙な格好で止まっていられたら目障りだ。

 機甲戦隊を片付けておけ。俺は一眠りする…1時間後に起こせ」

 

「はっ」

 

ザンギャは何時も通りの臣従の姿勢で跪いた後、

未だフリーズしているサウザー・ドーレ・ネイズらを一纏めに超能力で持ち上げる。

そしてそれをポイッとビッグゲテスター内を彷徨く守衛兼雑用のロボット兵に纏めて寄越した。

ロボットは困惑しながら、

 

「ざんぎゃ様。さうざー様達ヲ、ドウスルノデスカ?捨テルノデスカ?」

 

割と失礼なことを言う。

くすりと笑ってザンギャはそれもいいかもと思った。

 

「そうだね。今はクウラ様はお一人になりたいご様子…サウザー達は少々騒がしいし…

 そうしようか。地球へ捨てておいてくれる?

 …もうじきクウラ様がお住みになる惑星ですもの。

 クウラ様に相応しい星か偵察はしておいた方がいいわ」

 

「ア、ナルホド。偵察デスカ。了解シマシタ。オ側係ノざんぎゃ様ヲ除イタ機甲戦隊ノ面々ヲ、

 地球ヘ捨テ…ジャナクテ派遣シマス」

 

そう言うとロボット兵はサウザー達をポッドに詰め込むとさっさと撃ち出してしまった。

 

「あら…本当に連れてかれちまった…ま、いいか」

 

ウェーブのかかったオレンジ色の髪を掻き上げてザンギャは微笑んだ。

これでこのオリジナル・ビッグゲテスター内にクウラと二人きりだと思うと、

何やら妙な高揚感というか緊張感が湧き上がってくる。

 

「…あたしも単純というか…どうせクウラ様に相手されるわけもないのにな」

 

自嘲気味に笑うと、ザンギャはクウラの眠るメインルームの扉に寄りかかって、

ゆっくりと腰を降ろしてぺたりと座り込んだ。

立たせた膝に頬を預けて、美麗な顔を組んだ両腕で包み隠し、

体育座りの形になって溜息をつく。

 

ビッグゲテスターは静かに機械の鼓動を響かせている。

久しぶりにこの機械星に静かな時間が流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地球の神、デンデの宮殿にある精神と時の部屋。

そこで激しい戦いが繰り広げられていた。

クウラとベジータが、互いに拳と蹴りを忙しく乱打しあっている。

気合の掛け声高らかに攻め立てるベジータの頭髪は青白く輝き、

彼が身にまとっている気は非常にクリアで濁りがない。

神の気だった。

ベジータは上の段階の超サイヤ人…俗に言うブルーへと至っていた。

まだまだ消耗も激しくフルパワーでは数分と保たない。

ベジータは汗水垂らし息もあがってはいるが何とかフルパワーを維持し攻撃し続けていた。

クウラもまたフルパワー、メタル化最終形態でブルーの猛攻を捌く。

ベジータの神の気に対してクウラの気は濁った邪悪な気であるが、

今のクウラならばフルパワーにならずとも

安定したメタル化でベジータブルーをやや上回る力を誇る。

一週間の休養とメンテでクウラは復調したし、

破壊神と悟空らサイヤ人との先の戦いは

結果こそクウラの敗北であったが更なる強化修復をクウラに齎していた。

が、悟空が「効率が悪い」と指摘した通り

昨今クウラのパワーアップ率は以前程ではなくなってきている。

車はシャシーが脆弱だといくら外装を強化しようが

馬力あるエンジンを積もうが性能をフルに発揮できない。

それと似たような現象にぶち当たったとクウラは考えている。

クウラもこれ以上の本格的レベルアップを望むなら

素の肉体(フレーム)を根本的に強くせねばならない段階にあるらしかった。

故にクウラは敢えてフルパワー化し

肉体が過負荷(オーバーロード)を起こしてもそれを維持する腹積もりだった。

ベジータも同様のようで、

二人は最高限界状態を常に維持する無茶な修行を敢行している真っ最中だ。

すでに連続戦闘時間20時間を突破していた。

 

「フンッ!」

 

「お、ごぉ…!?」

 

ベジータの拳の嵐の一瞬の隙きを突いたクウラの豪腕がベジータの腹に突き刺さり、

苦悶の余りベジータの体がくの字に曲がる。

脂汗が滲み筋肉が痙攣を起こし始める程ブルー化を維持していたベジータは、

体内の酸素が一気に外に排出されてしまい一瞬気が遠くなる。

ブルーの気が霧散し、

そこに脳天へダブルスレッジハンマーが叩き込まれてベジータは地に叩きつけられた。

 

「…ふぅーー…この程度ではな。

 貴様じゃ力不足か、ベジータ?…やはり孫悟空かブロリーでなければ無理か。

 俺のボディを限界まで追い込んでくれる奴が相手でないと俺のレベルアップに繋がらん」

 

マスク越しに喉の奥で笑いながらクウラが、突っ伏すベジータの横へとゆっくりと下降してくる。

小さく呻きながら、ベジータは直ぐに疲労困憊で鉛のように重たい体を持ち上げた。

 

「だ、黙れ…ハァ、ハァ…直ぐに貴様にも追いついてやるぜ…!

 勿論、カカロットやブロリーの奴にもな!

 俺はサイヤ人の王子だ…あんな下級戦士にも、貴様にもデカイ顔はさせん…!」

 

「フン…仙豆とやらを食え。このまま後40時間はフルパワーで戦わせて貰うぞ」

 

「よ、40……ッ、ちッ…、ば、化物め!舐めるなよ…付き合ってやるぜ!!」

 

ベジータは一瞬焦り愕然とするも直ぐにその心を対抗心で塗りつぶす。

解けていたブルー化も再度発動して余裕を見せるクウラに噛み付くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

精神と時の部屋で手合わせ中のクウラとベジータ。

その外では、神の宮殿で悟空とブロリーが

それぞれの伴侶相手が差し入れてくれた大量の弁当で飲み食いをし精力を蓄えている。

 

「チチの料理も抜群だけど、ブロリー!オメェの奥さんのココの料理もかなりイケるな!」

 

「…当たり前だ」

 

二人のサイヤ人は忙しく料理を胃へかき込んでいた。

ちなみにブロリーは1週間前のクウラとの激闘の3日後、

ココの強い希望により結婚をした。

ブロリーが瀕死の重傷を負ったことで、彼がいつか死ぬかも知れないと、

常に死に親しいサイヤ人であると改めて気付かされたココが熱望した。

 

「サイヤ人の妻になるということ…ブルマさんやチチさんから心構えは聞かされていました。

 私も、覚悟します。サイヤ人の夫は妻より先に死ぬかもしれない。

 でも、その時に愛する人との子があれば…

 私の人生、そう悪いものでもないと思える気がするんです。

 だからブロリー…私、貴方との赤ちゃんが欲しい」

 

若い少女からそんなプロポーズをされるも、

ブロリーは何時も通り気怠そうに「あぁ」という生返事をして

よく分かって無さそうだったという。

だが、そんな有様でもココはとても幸せそうだった。

二人の結婚はあっさりと決まって簡易的ながら2日前に結婚式も行ったばかり。

結婚の夢冷めやらぬ新妻を置いて修行に行くことに、ブロリーは当初躊躇(ためら)った。

ブロリーは都会よりもナタデ村でのんびりココと過ごす方が好きだったし、

以前よりマシになったとはいえ、孫悟空やベジータと顔を突き合わせるのは好きではない。

だが、逆にココに

 

「あなたが行かないと大会の人数が足りなくなっちゃう。

 地球に生きる…この宇宙に生きる全ての人のために…行ってあげて?」

 

と諭されて、ようやくブロリーは

 

「…他の奴らなどどうでもいい。だが、ココ…お前のために行こう」

 

ようやく出立を了承した。

そんな顛末だった。

そしてブロリーは神の宮殿へ来たのだ。大量の弁当を持って。

 

そんなわけで、今ブロリーと悟空は弁当の具のいくらかを交換し合ったりして

(悟空に隙を見て食われ、チチの弁当を仕返しに食い返しただけだが)食事を満喫していた。

食べるならば今のうち…。何せ、

 

「ブロリー、しっかり食い溜めておけよ!

 精神と時の部屋は水と小麦粉みたいのしかねぇからな!

 (がつがつがつ、むしゃむしゃ!)」

 

「…ふん。(がつがつ!バクバクバク!むっしゃむっしゃ!)」

 

そう。精神と時の部屋は食糧事情が最悪だ。

サイヤ人にとってこれ以上に辛い修行環境はないだろう。

時折、時空震が起きて神殿を揺らすがそれでもサイヤ人達が食事の手を止めることはない。

 

「おっ、やってるなアイツら…。外の空間まで揺れてっぞ…へへっ!

 しっかし、クウラが来てくれて精神と時の部屋が使い易くなって大助かりだな!

 2日過ぎて扉が消えちまってもクウラが空間に扉作れるから楽チンだよなぁ。

 (むしゃむしゃパクパクパクがつがつがつっ!)」

 

「…。(ガシャガシャ!ぐァつぐァつぐァつ!!)」

 

悟空が食べまくりながら喋るが、それでも殆ど食事のカスが飛ばず綺麗に食べている。

さり気ない高等テクニックを披露していたがそれに我慢ができないのが彼女…チチだ。

 

「ちょっと悟空さ!喋りながら食べるのやめてけろ!

 ブロリーさんを見習うだよ!ちゃーんと黙って食べてるでねぇか!おらは恥ずかしい…」

 

深い溜息をついて、今に始まったことではない夫の食いっぷりに呆れ果てる。

そう。チチもここにいた。

珍しく、チチも神様の宮殿まで付いてきていて、

ホイポイカプセルでブルマが持ってきたキッチンセットで今も忙しく調理している。

チチだけではない。

宮殿にはベジータの妻、ブルマ。

ブロリーの新妻、ココ。

悟飯とその若妻ビーデル。

クリリンと18号夫妻。

ピッコロ、ヤムチャと天津飯。

 

そしてなんとクウラ機甲戦隊とザンギャまでがいた。

 

「まったく、これだからサイヤ人という奴は下劣でいかんな…

 我ら機甲戦隊のテーブルマナーを仕込んでやりたい所だ」

 

「はっ!全くだな!フリーザ様の軍にいたサイヤ人も大抵こんな食い方ばっかだった。

 マナーがなってねぇ!」

 

「ちったぁ大人しく食えねぇのかサイヤ人ども…。

 大体お前達はクウラ様の分と思って作り置いた物まで食いやがってよ!」

 

調理台でカレーを煮込んでいるサウザーが妙に似合うエプロンを翻しながら嫌味を飛ばし、

ドーレとネイズが野菜を切りそろえながら憎まれ口を叩く。

(ブロリーは違うもん…育ちや本人の性格や品性の問題じゃないかしら)と内心思うココだが

出来た新妻は敢えて口に出したりはしない。

曖昧に笑って角を立てずやり過ごすのみ。

なにせここにはナタデ村の恩人しかいない。誰にも無礼を働くわけにはいかない。

 

「なーんか、ちょっと前まではとても想像できない光景だな…」

 

「ほんと…面白いねぇ」

 

クリリンと18号も思わず苦笑する。

本当に珍しい光景だらけの神様の宮殿なのだ。

 

なにせこれだけではない。

かなり大きくしっかりしたブルマのキッチンセットはまだまだスペースがある。

チチとココ、サウザーらの更に横では

ヘラー一族の生き残りの美少女が不慣れな手付きで魚を捌いているのだ。

慣れない彼女に料理指導を施しているのは悟飯の妻ビーデル。

彼女も悟飯と結婚する前は料理は達者ではなかった。

何せ彼女の親は世界一の格闘家サタンでかなりの金持ち…

実家には専属コックまでいたし実家の豪邸は部屋数50以上。

そんな格闘一筋で家庭的なことが不得手だったお嬢様のビーデルも

悟飯に出会い恋をしてからは料理の腕をメキメキと伸ばした。

男の心を掴むには胃を制するのが一番。

サイヤ人ともなればそれは尚更顕著だし、

きっとコルド一族のクウラも美味い食事は、少なくとも嫌いではないだろう。

だから、今ビーデルはザンギャに料理を教えていた。

かつてクウラ機甲戦隊(特にサウザー)に殺されそうになったビーデルだが、

 

「そう。そこで包丁を真っ直ぐに入れて…うんうん、良い手付きよ!

 一気に皮を剥いじゃって」

 

「こ、こう?えっと…ここで…あっ、クソ…皮が破けた…料理って…繊細過ぎないか?」

 

四苦八苦する異星の美少女を見かねて熱血指導中なのだった。

恋をし、恋を実らせ愛を成就させたビーデルも、

勿論他の戦士らの奥様連中も一目で見抜いた。

彼女は恋する乙女である、と。

恋する乙女に手を差し伸べるのに、かつての敵も味方もない。

同じ男を争う恋敵でない限り、協力してやるのが世の情けなのだ。

何せザンギャの恋愛経験値はココ以下。一人では願いは叶わないだろう。

料理も恋愛もぶきっちょなザンギャにビーデルは諦めないよう励まし続ける。

 

「大丈夫よ!皮が破けたって見た目がちょっとくらい悪くなるだけ!

 大事なのは愛情なんだから!」

 

「あ、愛情なんて…そ、そんなもの…」

 

ポッと彼女のターコイズブルーの肌の頬に朱がさした。

が、そこでザンギャは思い出す。

 

「あっ…マズい…!煮込んだスープ吹きこぼれ――」

 

さっき煮込んだスープの存在を思い出しヘラー一族の少女は慌てて振り返ったが、

 

「大丈夫だよ。いいから捌くのに集中しな。こっちはあたしが見ててやるよ」

 

18号がニヤリと笑って鍋を引き受けていた。

焦げ付かぬよう休まずおたまで鍋をかき回し続けていたのだ。

こう見えて彼女も立派に主婦業をこなしている。これしきのことお茶の子さいさいだ。

 

「…す、すまない。その…前に、あんたらに結構酷いことしたってのに」

 

「前は前。今は今。あたしだって昔は旦那やその友人達を殺そうとしたし…、

 気にしないことだね。こいつらってあんまそういうの気にしないしさ」

 

「…そう」

 

似た雰囲気を持つ二人の元敵の美女は、

少ない言葉を交わしただけでシンパシーに似たものを感じ合っていた。

 

「ほらほら、ザンギャさん、手元見て!

 あのクウラさんを落とそうってんだから、ちょっとやそっとの愛情じゃ伝わんないわよぉ?

 サイヤ人以上に朴念仁っぽいんだから。

 もっと愛情と気合いれてやるわよ!」

 

「う、うん…ありがとう…」

 

何故か誰よりも気合が入っているビーデル。

女としての経験値の差か…ただの地球人女性に気圧されるザンギャだった。

 



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追い詰められた孫悟空 史上最強の敵(ペーパーテスト)

第6宇宙と第7宇宙の狭間…

中立空間に浮かぶ『名前のない星』。

クウラとビルスの戦いの時点から8番太陽暦の5週間後…午前10時。

そこで破壊神選抜格闘試合が開催される。

 

その日に向けて第6宇宙、第7宇宙、双方の選手は準備に余念がない。

破壊神不在となっている第7宇宙では悟空が代表でメンバーを選出したが、

実にスムーズに選手は決まった。

 

「まずクウラは外せねぇだろ。で、オラだろ。ベジータ…ブロリー、最後に悟飯。

 これ以上のメンバーはいねぇな」

 

「…だが問題が一つある」

 

メンバーは当然これで決定。考えるまでもないし異論も当然あがらない。

カカロットこと孫悟空はそう思っていたがベジータが異を唱える。

 

「問題ぃ?んなもんあるか?」

 

「オレも今気付いた。

 ……シャンパって破壊神が帰る時、

 オレが選手の選出条件を一つ足すよう提案したのは覚えているか?」

 

「あぁペーパーテストだろ?」

 

「そうだ。知性のないバケモンを連れてこられちゃ敵わんからな…。

 だがカカロット…ブロリーがそれを突破できると思うか?」

 

ベジータが珍しく不安気な表情で悟空に尋ねる。

悟空も一瞬言葉に詰まった。

そして頭を捻る。

 

「ど、どうかな…いけんじゃねぇか?

 ココが、結構色んな事ブロリーに教えてるみてぇだし」

 

「……………………試合まで後1週間ある。残りの時間は筆記対策に回すぞ。

 考えてみれば、カカロット…お前も危ない」

 

「オラが?んなまさか!」

 

はっはっはっと笑う悟空。彼はベジータが冗談でも言っているんだと思ったが、

 

「…えっ?マジでやんのか?」

 

ベジータの顔は真剣そのものだった。

サイヤ人の王子はゆっくり頷いた。

 

「やるぞ。今直ぐに悟飯とブルマに頼んで対策勉強会を開く」

 

「げぇ!嘘だろベジータ!オラ勉強すんのか!?」

 

「当たり前だ!下級戦士の貴様に教養は期待できん!

 今までお前を見てきて、大した奴と思ったことはあるが頭が良いと思ったことはない!

 戦いの時以外、お前は余りに非常識で馬鹿だ…気付いてよかったぜ…」

 

渋る悟空を引きずっていくベジータ。

急遽神の宮殿は受験直前の塾のような雰囲気に様変わりしたのだった。

講師役は、この主力メンバーの中でも最も勉学に力を入れた人生を送ってきた悟飯。

天才発明家、天才物理学者、天才数学者、でもある才女ブルマ。

その夫であり、王族として確かな教育を受けてきたベジータ。

常識人であり先代神様でもあるピッコロ。

そして、ビッグゲテスターの電子頭脳と融合し、

宇宙一の知識を持つズノーの脳みそを吸収したクウラだ。

 

「…くだらん。なんだこれは。

 俺は馴れ合いをする為にここにいるのではない。

 ましてや座学を教えろだと…?

 孫悟空…所詮、貴様は未開の猿に過ぎん…というわけか?」

 

だがクウラは終始不愉快そうだ。

しかし意外なことに、文句を言いながらもクウラは大人しく講師役をこなしてみせた。

敗者は勝者に従うしか無い、というクウラの価値観故の頑固さが出ていた。

 

「えぇ~と…Aくんが時速7kmで歩いていて…その後にBくんが時速15kmで追いかけて…

 で、30分後に追いつきました…?えらい遅ぇなこいつら。もっと鍛えねぇと」

 

「…ふざけているのかカカロット!これは貴様の感想を聞いている問題か!?」

 

「父さん、問題文をよく読んで下さい!」

 

「あのね孫くん、相手が…出題者が何を答えて欲しいのか読み取って?

 この問題はAくんがどれだけの時間歩いていたかって聞いているの」

 

「舞空術ありきや、サイヤ人の身体能力で物を考えるな。

 あくまで一般の知的生命体の身体能力で考えろ!」

 

ベジータ、悟飯、ブルマ、ピッコロらがヒートアップしている横で、

 

「…そうか、Cくんは途中で3個、りんごを買っていたな。…20個だ」

 

「正解だ。思ったよりも脳みそも使えているな。これならば問題あるまい」

 

思ったよりもスムーズにブロリーの勉強は進んでいた。

問題があったのは悟空の方だったらしい。

 

「くそったれぇ…!カカロット!貴様の方が問題児じゃないか!

 肝心の貴様が不合格で出場できませんでしたでは笑い話にもならんぞ!」

 

焦るベジータ。

だが、フォローするわけではないだろうが意外にクウラが悟空を庇うような発言をした。

 

「いや、ブロリーの方も俺が教えてやらねば危うかったろう。

 これは講師役の力量差だ。

 ベジータ…教師が焦っていては生徒は伸びん」

 

誇るわけでも嫌味を言ったわけでもない。

クウラは唯単に事実を指摘しただけだが、

それでも現状ではベジータにとって十分嫌味に聞こえる。

 

「く…!おい、カカロット!この俺様が直々に教えてやっているんだ!

 もしペーパーテストでブロリーの野郎に点数負けやがったら承知せんぞ!」

 

「お、おい…そうかっかすんなって。別に仲間内で点数競うわけじゃねぇんだから」

 

宥めようとする悟空だが、

 

「父さん!いつもの戦いに対する負けん気と情熱を勉強にも持って下さい!

 いつも僕にもっと集中して修行しろって言うでしょ?

 勉強も集中です!もっと頭にも(りき)を入れるんです!」

 

息子の悟飯がかつてない情熱でもって父に語ってくる。

 

(…悟飯のやつ…こんなに勉強好きだったんか…うへぇ)

「ちょ、ちょっと落ち着けって悟飯!わかった!わかったから、なっ!?」

 

久しぶりに息子を大した奴だと悟空は思う。

だが、悟空からしてみればこの情熱を少しでも修行に向けてくれれば、

今頃、悟飯は悟空も敵わぬレベルになってクウラやビルスの破壊神級…

ひょっとしたら天使級にまで登りつめていたかもしれない。

それだけの抜群の潜在能力が悟飯にはあったと思うだけに残念がる悟空だった。

どこの世も、いつの時代も親の心子知らず。

子は親の思い通りにならないものらしい。

 

「…悟飯!オラがおめぇに修行をさせてたのは、

 今オラが無理やり勉強させられてるみてぇなもんだったのかもしれねぇ…。

 …おめぇこんなに辛ぇ思いしてたんだな…悪かった…悟飯!

 だからもう勘弁してくれぇ~…!」

 

「ダメですよお父さん!今は泣き言を言ってる場合じゃないんですから!

 ぼくだってあの時父さんに修行をつけてもらって良かったって今では思ってます。

 だから父さんも今回の勉強は頑張ってもらいますよ…。

 今度の大会で勝たないとこの宇宙が壊れるかもしれないんだから!

 さっ、鉛筆をもって」

 

悟飯が優しく笑って悟空に鉛筆を握らせた。

悟空には息子の笑みが悪魔の微笑みに見えたという。

向こうの方ではチチが

 

「まさか悟空さが悟飯ちゃんに勉強を教わる日が来るなんて…おら生きててよかっただ!

 悟飯ちゃん、立派になったなぁ…老いては子に従え…子に教えられる日が来たんだなぁ」

 

などと言って涙を流しながら御婦人連中で茶菓子を食らっている。

夫の心、妻知らず。

 

「くそぉ~…あぁ勉強なんてでぇきれぇだ!!」

 

悟空の悲痛な叫びが神様の宮殿に虚しく木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして選抜大会当日。

迎えに来てくれたヴァドスの宇宙船(透明な四角い箱)に乗せられて2時間と少し…。

一同は試合会場に到着した。

だがクウラだけは同席を拒否したために後からワープで来る予定と―

 

「遅かったな。チンタラしおって」

 

もう来ていた。

腕を組み、ヴァドスらを睨んで会場の片隅に立っていた。

彼の隣にはザンギャも控えている。

それを見た女性陣が後ろの方で何やらキャッキャと騒いでいたが、

試合を前にウズウズしている選手らはそれどころではない。

そして悟空もそれどころではない。

目の下に隈ができている悟空など、今後二度と見られないかもしれないレアものだ。

それを見てクウラが眉をひそめた。

 

「…孫悟空。貴様、大丈夫なのか」

 

「へ、へへ…大丈夫!オラもうばっちりだぞ…!

 今ならどんな試験も受かってみせるぜ…」

 

悟空の笑いは乾いている。

これも珍しい。

 

「やれるだけはやった。後は覚悟を決めて試験を受けるだけだ」

 

ベジータの顔も、いつもとは微妙に毛色の違う緊張が見て取れる。

悟飯もだ。

 

「ええ…後は野となれ山となれ。一週間で父さんの偏差値を20は上げたと思います。

 一般教養試験の模試集で10回中7回は7割を超えました。

 どんなレベルの試験問題かは分かりませんが、大抵のものなら合格点に届くと思いますよ」

 

悟飯は自信を感じさせるコメント。

大分、父に鞭を振るったらしい。悟空の表情がそれを物語っている。

 

「孫にしては頑張った。

 あいつが戦い以外であれ程頑張っている姿を俺は初めて見た…きっと大丈夫さ、悟飯」

 

ピッコロが悟飯の肩に右手を置き、左手でサムズアップする。

彼もまた戦闘馬鹿のサイヤ人相手に四苦八苦した講師陣の一人だ。

ピッコロもまたやり遂げたいい笑顔で悟飯と笑い合う。

 

クウラはちらりとブロリーを一瞥し、

 

「…ヴァドスが用意した問題は子供でも解けそうな一般教養だ。

 今の貴様なら問題はないレベルのはず…不合格だったら俺の知性にまでケチがつくのだ。

 落ちたら殺す。わかったなブロリー」

 

冷笑しつつ励まし?の言葉を贈るのだった。

ブロリーは鼻を鳴らして返事代わりとするのみだったが、

代わりにベジータがクウラの言葉に反応する。

 

「なに!?クウラ…貴様、ヴァドスの用意した試験問題をなぜ知っている!

 まさか…お前、盗み見たのか!」

 

「俺は貴様らよりも戦闘力は上…すでに破壊神級だ。

 俺レベルならば天使共の目を盗んで探ることも不可能ではない。

 ミクロサイズの偵察マシンを自在に操れる俺ならば尚更だ」

 

クウラが片手を胸の前あたりにかざすと、

クウラの掌から目に見えないレベル…埃よりも更に細かい粒子状マシンが飛散する。

そしてクウラの思念に応じて集合離散を繰り返し、

集まれば煙のようになってようやく視認が可能となる。

 

「き、汚ねぇぞクウラ!ブロリーに本番の問題と答えを教えたのか!?

 そこまでしてカカロットより良い点をとろうとは…見損なったぜ!」

 

「くだらん…俺がそんな低レベルでふざけた争いに首を突っ込むわけがなかろう。

 そもそも孫悟空とブロリーのどちらが良い点をとろうとも関係はないだろう?

 俺は…大体この大会すら不愉快なんだ…。

 戦闘力で上回るこの俺を破った孫悟空の強さ…その秘密を俺は知りたいだけだ。

 だからこそ孫悟空の提案を受け入れて、奴の修行に付き合ってやっているというのに…

 気付けばこんな下らぬ大会にまで…チッ、忌々しい」

 

言葉通り、まさにクウラの表情は忌々しさに溢れている。

純粋なパワーでは今でもクウラが上だ。

しかし、現実としてクウラは悟空に一度も勝てていない。

純粋な力を超えた何かが孫悟空にはある…そう思い至ったからこそ

クウラはそれを知るために悟空と一時休戦しているのだし、

敗残者であるという自分への戒めもあってクウラは大人しく悟空に付き合っているのだ。

 

「くだらん大会だと?だいたい貴様が俺たちの宇宙をメチャクチャにしやがるから、

 (スーパー)ドラゴンボールで第7宇宙を直さなきゃならんのだろう!

 まったく…フリーザ共々ろくな事をしやがらねぇ!」

 

クウラの冷たい物言いにベジータは怒りを顕にするが、

 

「フッ…我ら兄弟に常に良いようにあしらわれ続けてムシャクシャが溜まっているのか…?

 それは悪いことをしたな…サイヤ人」

 

クウラも穏便に事を済まそうだなんてするタイプではない。

真っ向から売り言葉に買い言葉を重ねるタイプだ。

 

「…貴様ッ!」

 

「おいよせってベジータ。大会前に仲間同士で体力の無駄使いすんな。

 クウラも、気持ちはわかるけどよぉ…きっと大会本番始まったらそんな不満消えちまうって!

 すんげぇ強ぇ奴と、きっと会えっぞ!!」

 

悟空が隈ある笑顔で間に割って入る。

「ワクワクしてこねぇか!?」と言いつつ二人の肩を無理やり抱いて、

クウラとベジータの背中をバンバンと叩いて己の高揚を分かち合う事を強制した。

 

「ク…!おいカカロット離せ!暑苦しい!」

 

「………」

 

ある意味慣れっこのベジータは全力で悟空を引き剥がそうとし、

クウラはうんざりとした顔で敢えてなすがままだった。

少しずつ孫悟空という男のことが分かってきたようだ。

 

そうこうしている内、とうとう刻限が来る。

 

第6宇宙と第7宇宙の狭間…

中立空間に浮かぶ『名前のない星』。

クウラとビルスの戦い時点から8番太陽暦の5週間後…午前10時。

つまり今。

破壊神選抜格闘試合が開始される。

 

「さて、では破壊神選抜格闘試合開始です。

 みなさ~ん、まずはペーパーテストが始まりますよ。

 早く席について下さい」

 

選抜大会の開始は、ヴァドスのやけにのんびりした声で宣言された。

第6、第7、双方の宇宙の代表選手らが各々軽く挨拶した後に、

彼らは席につこうとした…のだが悟空とベジータと悟飯とブロリーが第6宇宙のサイヤ人、

キャベを見つけてやや話し込んだ。

そして…クウラはフリーザの面影を持つ男、フロストに思わず目を奪われた。

だがそれも一瞬。

すぐに自分の席についた。

しかし、

 

「はじめまして」

 

「…」

 

あちらから話しかけてきた。

 

「私はフロストといいます。

 見れば、私と同族のようですね。貴方は第7宇宙の私なのですか?」

 

弟、フリーザに似た男はにこやかだ。

だがクウラはその張り付いた笑顔が気に食わなかった。

 

「…さあな。さっさと席についたらどうだ。俺はこの大会をさっさと終わらせたいんだ」

 

差し出された手を見もせずにクウラは軽く流してしまった。

上っ面だけの礼儀者であるフロストも、

これには思わず素がでそうになったが彼もグッと我慢する。

それは本性がバレるというボロがでぬよう取り繕ったのもあるが、

眼前の、同族と思しき男(クウラ)がただならぬ強者であると感じられたからだ。

同族びいきかもしれないが、フロストの見立てではクウラは第7宇宙最強と思えた。

 

「…そうですか。もし試合であたったらお互いにベストを尽くしましょう」

 

やや引きつった笑顔で何とか大人な対応で済ます。

そっけなくあしらわれたが、

何とか情報を引き出せないかとフロストは尚も会話を続けようと取っ掛かりを模索する。

出来れば何か弱点を掴んでおきたい。それぐらいにクウラは強いとフロストは考える。

そしてクウラの隣に今も立っている美女に目をつけた。

 

「隣の美しい方は貴方の恋人か奥様ですか?

 はじめまして、私はフロスト。どうかお見知りおきを」

 

そしてクウラにしたのと同じ様に手を差し出してくる。

ザンギャは、主が受け入れなかったモノを受け入れるつもりはない。

鼻で笑い、そして手を払いのけようとしたその時…

なんとクウラが手の甲で緩くザンギャを押し退けて自分の後方へ下がらせた。

 

「え…?クウラ様?」

 

それはまるで、ザンギャをフロストに触らせない、という意思を示したようだった。

その様子を遠目で見ていた観客席のZ戦士の奥様連中…

彼女らからきゃあきゃあという黄色い声が聞こえてくる。

 

「ザンギャ…もう下がって構わん。あの女共の所にお前も座っていろ」

 

クウラはフロストの目をジッと見ながら、背後に追いやったザンギャにそう命じた。

臣下の立場にある者は主の命が下ったならば直ぐ様従わねばならない。

そう分かっていてもザンギャは思わず目が泳いでしまって、

言われたことが頭の中で繰り返しリピートされる。

(そんなわけがない…!そういう意味で言ったんじゃない…!)そう思いつつも、

クウラが自分を他の男から庇ったように感じられてしまう。

さっきまで全く普通で冷静そのものだったのに、

一気に鼓動が跳ね上がって体が熱くなってくる。

汗までかいてしまいそうな程熱い。

頬があからさまに赤くなっていはしまいか。

クウラにこんな様を覚られては恥も恥。

自分の中で育ってきていた主への恋心が見透かされそうでザンギャは怖かった。

 

「あ、あの…」

 

「どうした?さっさと行け」

 

「あ…は、ははっ」

 

女としての感情と思考を直ぐに追い出して、

ザンギャは部下たる己を前面に押し出して頭を下げた。

(そうだ、そんなはずないんだ)と己に言い聞かせる。

 

「(最近のあたしは特におかしい。余りに思考が浮ついている…。

 ったく…!あいつらが…ビーデルとかチチとかココが色々言うからだ!クソ!)」

 

ヘラー一族の少女は海賊所帯で周りはむさ苦しい男どもの中で育ち、

そしてそのボージャック一味が壊滅した後はクウラに拾われた。

なのでザンギャにとって女友達という存在が出来た人生で初のこと。

そんな連中に「それは恋よ!」とか「既成事実を作れば勝てるわ」とか、

これまた人生で初のガールズトークをしたものだから

ザンギャの脳内はすっかり恋愛に汚染されていた。

立ち去る歩き姿もいつものように優雅ではなく、ギコギコとどこかぎこちない。

 

そんな一連の光景を見て、フロストはにやりと笑って言う。

 

「おやおや、そういうことですか……大切な人だったのですね。

 掌中の珠らしい…これは無礼をしました」

 

「…」

 

クウラはただ寡黙にフロストが喋る様を見ている。

 

「それにしても第7宇宙の方々は試合会場に家族や恋人を同伴している者が多いのですね。

 私にはそういう存在がいないのでなんとも言えませんが…羨ましいと感じますよ」

 

フロストは一人でずっと喋り続けている。

 

「しかし、戦いの場では何が起こるとも限らない…

 家族の無事を思うなら余り連れてくるべきではありません。

 貴方はどう思います?」

 

「…随分とお喋りな奴だ。俺は別に他人がどうこうなろうが気にはせん。

 奴らの家族がどうなろうが知ったことではない」

 

クウラがようやく本格的に返事をする。

そのことに純粋にフロストは喜びを覚えているように見えるし、

クウラの返答内容はフロストの価値観に合致するものだ。

 

「おお、そうですか。やはり貴方もそう思いますか。

 やはり同族はいいものですね。宇宙が違えども気が合いますね…私達は」

 

彼は一見紳士に見えるがその本性はフリーザと同質のものがある。

フリーザ・クウラ兄弟程悪辣冷酷非情ではないが、やはり非情さを心に宿していた。

相手の弱点をつくのに何の躊躇いも抱かぬ男だった。

 

「そうかもしれんな。俺も勝つ為なら手段は選ばん。

 そして俺をコケにしてくれた奴にはどれだけ時間がかかろうと必ず礼をする。

 だから貴様も()()()を使う相手を見誤らんことだ」

 

「っ!」

 

「そんなくだらん小細工…見抜けない方が悪い。

 が、もし俺や俺の物(ザンギャ)に使えば…相応の返礼をしてやろう」

 

「な、なんのことか…」

 

フロストの頬を冷や汗が伝う。

無意識に彼は右手首を左手で覆い隠した。

それを見るクウラの目はどこまでも冷たい。

 

「…貴様はザンギャにそれ(毒針)を使おうとした。

 試合外であろうと、相手の弱点を探りそれをつき利用する。

 …その姿勢は評価するが、相手を見ることだ。

 それにザンギャに使い、毒を盛った所で俺が動揺するはずもなかろう。

 解毒薬で俺と取引でもするつもりだったか?

 フン…だがその程度の毒、俺のナノマシンを体内に持つザンギャには効かん。

 勿論この俺にもな」

 

馬鹿め、とクウラは吐き捨てた。

フロストの頬が引きつる。

 

「…な、なるほど…本当に私達は似ていますね。

 そして勉強になりますよ…分かりました。

 相手をよく見て使いますよ…()()はね」

 

腕を背に隠して震える声で弁明する。

丁度その時、ヴァドスの「そこの方、早く席につきなさい」という声が再び聞こえてきた。

慌ててフロストは自分の席へ戻っていく。

その頃にはサイヤ人達も雑談に一区切りつけたようだ。

 

(あんな低レベルの神経毒が隠し玉とは…第6宇宙のフリーザもまだまだ甘い…)

 

クウラは頬杖をついて、まだフロストをじっくり見ている。

その視線はあからさまで、

それに気付いているフロストは身を固くして背筋を伸ばし

いかにも優等生でございといった姿勢で座っているのだった。

チラリと、フロストがクウラを見る。

視線が合うと、フロストはまた引きつった笑みを浮かべそしてすぐに目を逸らした。

 

「チッ…、フリーザよりも腑抜けてやがる」

 

同族の情けない姿にクウラもまた溜息をついた。

 



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フロスト戦・マゲッタ戦

ペーパーテストは50点以上が合格ライン。

双方の宇宙の代表選手全員が見事合格できた。

試験は悟空とブロリーが70点を獲得。

第6宇宙のオッタ・マゲッタ選手の点数を上回る健闘を見せた。

ちなみにクウラと悟飯はダブルトップで通過である。

 

「…カカロットはブロリーと同点…しかもビリではない…ふん…まぁ良しとするか」

 

ベジータは一人ほくそ笑み、ひっそりとクウラへの対抗心を満足させていたとかいないとか。

とにかくこうして前座が片付いてようやく本番だ。

天使ヴァドスが本格的な開始を宣言した。

が、そこでクウラが質問、というよりも確認をとる。

 

「ヴァドス。もう一度ルールを説明しろ」

 

「おや、忘れてしまったのですか。電子頭脳が錆びついてしまったのかしら」

 

ほほほ、と笑うヴァドスだがクウラは歯牙にも掛けず改めてもう一度言った。

 

「ルールを明言しろ」

 

「あら、つまらない。はいはい、分かりました。

 では折角ですので皆さんも、もう一度確認して下さいね。

 ①降参するか場外に落ちたら負け

 ②殺すのは反則

 ③武器の使用は禁止

 ④ドーピングも禁止

 以上の4つです。なにかご質問は?」

 

一同を見渡すヴァドス。

そこに質問を飛ばす者がいた。またまたクウラだった。

 

「ルールさえ守れば、それ以外なら何をやっても良い…

 暗黙の了解など無い…それでいいのだな?」

 

「そうですよ。ですがルールに抵触すると私かシャンパ様が判断した場合、即座に失格です」

 

「武器の定義とは、外部から持ち込んだ自分の肉体以外の物ということでいいな。

 肉体を変化させたものは武器に該当しない…。

 自身の能力によるものならば何でも使用でき、

 そして殺さない限り反則とはならない。

 変身の類もドーピングではない…。俺はそう解釈した。構わんな?」

 

「…それでいいですか?シャンパ様」

 

ヴァドスは少し考え込んだ後、主に判断を仰ぐ。

 

「あ?ああ、それでいいんじゃね」

 

よく考えもせず返事をし了承したシャンパだが、

これが後々ちょっとした波紋を呼ぶことになるとは、

この時点では誰も(ヴァドスはクウラの質問の意図を見抜いた節があるが)知らない。

 

「…だ、そうです。その解釈で結構です」

 

「そうか…それだけ分かればいい」

 

無表情のまま、クウラはそれきり口を噤み、それからはまた寡黙となった。

 

 

 

こうして試合は始まった。

試合は悟空が先発を熱望し、ベジータとじゃんけんの末に悟空が勝ち取る。

悟空は相手方の先発・ポタモの柔軟な肉体に僅かに戸惑ったものの、

すぐに場外狙いに切り替えてあっさり勝利。

試合は早々に第2試合となる。

次の相手はクウラと同族のフロストだ。

フロストを相手に悟空は遊んでいると言って過言でない程の試合運び。

フロストも最終形態になって挑むが力量差は圧倒的だった。

が、フロストの拳を余裕綽々で受けた悟空が急に動きを鈍らせて、

そしてフロストの蹴りをまともに受けてあっさりと場外となってしまった。

ベジータや悟飯は衝撃を受けていたが、

クウラは勿論そのカラクリを知っている為驚きはしない。

ブロリーは最初から我関せず…今も胡座をかいてウトウトと眠たそうにしている。

 

「…孫悟空め…やはり命が掛かっていない試合で気が抜けているな。

 まったく、愚かな猿だ…」

 

毒針すら見抜けず、そしてあの程度の毒で気を失い吹っ飛ばされる様は、

かつて二度まで土をつけられたクウラからしてみれば大変面白くない。

では〝悟空の無様な様を見たくないから〟とクウラが事前に悟空達に毒針を教えるか、

と言われればそんな事はありえない。

クウラにとってあんな小細工は見抜いて当たり前、

食らったとしても無効化して当たり前なのだ。

そして、クウラは命懸けの勝負の時の孫悟空ならばそれが出来る筈だとも確信している。

なのにそれを食らい、そして一瞬とはいえ毒で意識が遠ざかり場外K.O.など論外でしかない。

サイヤ人を腑抜けにする…クウラはこのフザけた大会が更に嫌になっていた。

 

(命をかけた中でなければ…サイヤ人、貴様らは輝けないようだな…)

 

クウラの握り拳がギリギリと鳴っていた。

 

クウラのそんな心を知らず、試合は粛々と進んでいく。

どこか穏やかな空気すら流れる試合のせいか、

悟飯も、そしてベジータもフロストの小細工を見抜けず同じ手で場外負けをするという醜態。

クウラの不満と怒りはどんどんと肥大化していき、

審判から次の選手の出場を求められた時、痺れを切らして己が手を挙げるのだった。

 

「俺が行こう…」

 

「あれ?ブロリー選手が次では?」

 

「俺が行くと言ったぞ」

 

「え…あぁ、はい。分かりました。OKです…では始め!」

 

審判はヴァドスにアイコンタクトをし、そして了承する。

クウラの言葉は静かだった。

動きも緩やかだった。

しかし彼の全身からは禍々しい感情が確かに噴出していた。

 

「おや…次は――あ、あなた、ですか…?」

 

闘技場へゆっくり昇ってくるクウラの姿を見て、

フロストは思わず声が震えたのを自覚した。

一歩一歩近寄ってくるクウラはまるで威圧感の塊だ。

初めて破壊神と相対した時、フロストは圧倒的な実力差と圧力に身震いしたものだったが、

クウラからのプレッシャーはその時以上と感じられた。

 

(ま、まさか…ね。破壊神シャンパ以上の実力なわけはないし…)

 

そう思って辛うじて舞台上に踏みとどまってクウラに対し、

そして思っていたある疑問を彼にぶつけた。

 

「…貴方、何故()()()を黙っているのですか…?

 てっきり対策はされていると思ったのに…皆面白いように術中にはまりましたよ」

 

クウラは相も変わらず無表情で答える。

 

「あの程度、見抜けぬほうが悪い…ということだ」

 

「なるほど」

 

フロストは声を押し殺して笑う。

舞台外で見ている双方の選手達はまだ何の話か分かっていなさそうだ。

ヴァドスは見抜いていたが、有ろう事か破壊神のシャンパですらまだ気付いていない。

 

(あぁやはり気が合いそうだ…この御仁とは)

 

フロストがそう思ったその時だった。

 

「だが、貴様の仕込みも芸がない」

 

「え?」

 

「つまらん」

 

クウラが言うと同時に、気をぶつけられたのでもない。

ただ一点を鋭く貫くような殺気がフロストの脳を通っていった。

一瞬、フロストは硬直し…

 

「っ!?ぐ、ほ…あッ!!」

 

次の瞬間にはクウラの拳が深々とフロストの腹を抉っていた。

曲がってはいけない角度でフロストの背骨が軋む。砕けただろう。

彼の口からはおびただしい量の血が吐かれていた。

 

「くだらんその腕は、もう二度と使うな。宇宙が違えども我ら一族の恥だ」

 

そして、

 

「っ!!ぎゃあああああ!!」

 

クウラは花でも摘むように優しくフロストの右腕を捩じ切って放り投げた。

 

「お、おい!クウラ!!ヤリ過ぎだぞ!!この試合は殺し合いじゃねぇ!」

 

そこまでの流血沙汰は、今大会のコンセプトに反している。

悟空はクウラに自制を求めたが、

 

「何を言っている…俺は散々ルールを確認した。

 俺の行いは何も規則に反していない…そうだなヴァドス」

 

逆に悟空を睨みつけて、あぁやはりこうなったか…という顔をしていた天使をも睨む。

 

「えぇ、問題ありませんよ。

 でもフロスト選手が降参した後にまで攻撃したり、そのまま殺したら貴方の負けです」

 

「お、おい!ヴァドス!クウラの野郎、明らかにやり過ぎだろう!」

 

己の付き人たる天使にシャンパは思わず物言いをつけた。

 

「あら?でも、さっきシャンパ様がそのルールで良いと仰ったのですよ?」

 

「むぐ…!で、でもありゃやり過ぎだ!フロストが死んでしまうぞ!」

 

「そうなればクウラのルール違反。彼の負けです。

 それに…クウラは簡単にフロストを殺しはしないでしょう」

 

「それの方がかえって悪趣味だろうが!く…えぇい、もういい!

 確かにルール違反じゃない!勝手にしろ!」

 

運営側が認めてしまった。

こうなれば、もう試合中にフロストを救う者はいない。

クウラは笑ってフロストを見ている。

 

「どうした?立て、フロスト。誇り高き我が一族だと言うならば…貴様も意地を見せろ。

 気を高めろ…肉体を充実させろ…お前はまだ戦えるはずだ」

 

「はぁー、はぁー!う、ぐ…あ、あぁ…ゴボッ、ぐ、お…ゲホッ、ゴボッ!」

 

背骨が砕け、臓器が損傷し、右腕は肩から捻り切られて流血が止まらない。

コルドの一族は、もともと宇宙に完全適応するまでに進化した宇宙生物で、

他の多くの知的生命体と異なり宇宙空間での自力生存ができる程の生命力を持っている。

胴切りにされた挙げ句惑星の爆発に巻き込まれたり、

太陽に焼かれ顔面半分だけで宇宙を彷徨ったり、

細切れにされていても肉片だけになったり…それでも一定期間は生存できる超生命体だ。

だが、それでも重傷はやはり重傷で激痛があるし苦しい。

脳や心臓、重要臓器に決定的なダメージを負って放置すればやがて死に至る。

今、フロストの肉体はクウラの放った一発の拳から

攻撃的な気と衝撃を送り込まれ体内をズタズタにされていた。

このまま治療をせねば死ぬだろう。

外野で見ている者達の方が戦々恐々としだしていた。

 

「やめろクウラ!フロストが死んじまう!」

 

「おい、クウラ!フロストを殺したら貴様は反則負けだぞ!

 そしたら後はブロリーだけなんだぞ!超ドラゴンボールはどうなる!」

 

「クウラさん、それ以上はだめです!フロストさん、早く降参を!!」

 

悟空もベジータも悟飯も必死に止める。

理由はそれぞれだが、これ以上は双方が得をしない結末になると思ったからだった。

 

「ご、ごぅ…ごう、ざん…でず…ゴボッ」

 

紫の血反吐を吐きながら、

どうにか言葉を喉奥から絞り出しフロストは念願の降参宣言を辛うじて遂げた。

それを聞いた瞬間、クウラは一瞬怒りの形相を見せ、

そして直ぐにいつもの無表情となり冷たい目に戻った。

だが、その目は冷たいという以上に、もはや無関心だった。

完全にフロストに失望し、そして興味を失っていた。

 

「…無様な虫けらめ」

 

そう言ったきり、クウラは二度とフロストをまともに見ることはなかった。

フロストはルールに守られたと言える。

そもそもルールがなければ悟空らサイヤ人にも勝ててはいないのだ。

これがフロストの現段階での実力の全てだった。

 

自力で退場もならず、ボタモに担がれてどうにか彼は運び出されていった。

このままなら死ぬだろう傷だが、

天使ヴァドスが杖を一振りするだけで彼は全快されたようだ。

破壊神シャンパが怒りの声をあげる。

 

「…やり過ぎだったぞ、星喰い!

 第6宇宙の英雄・誇り高い拳闘士によくもこんな仕打ちを!」

 

声を荒らげるシャンパに、クウラは彼の顔を見返すこともせずこう返した。

 

「誇り高い?笑わせるな。

 勝利への執念もなく、力への渇望もなく、腕に仕込んだ毒針で勝ちを掠め取る男を

 貴様の宇宙では誇り高いと評するのか?」

 

「なんだと!?毒針!?イチャモンつけるな!

 フロストは高潔な男だぞ!」

 

「ならば、貴様自身の節穴でよく見て見るんだな」

 

そう言ってクウラは千切ったフロストの腕を拾ってシャンパに投げて寄越した。

高速回転しながらシャンパへ突っ込んでくる腕の残骸をキャッチしたヴァドスが、

血を拭った後に仕えるべき破壊神へ差し出した。

 

「俺様の目を節穴だと…?き、貴様…!

 毒針が無かったら直ぐにでも破壊してやるからな…!!」

 

が、シャンパが間近で腕をチェックすれば手首付近に小さな穴は確かにあった。

そしてその穴付近を指先でつっつけばしゃきんっ!と針は飛び出した…。

 

「あいてっ」

 

シャンパの指に刺さる。

破壊神の地位に至る程の彼には効きはしなかったが、

シャンパは直ぐにそれを神経毒と見抜いた。

彼は唸りながら納得するしかなかった。

 

「……フロスト…!お、お前…信じていたのに…!」

 

シャンパの肩がわなわなと震えだす。

 

「ヴァドス…お前、知っていたんだな?」

 

「はい。毒も彼の本性も、ばっちり存じておりますよ」

 

しれっとヴァドスは言った。

 

「なんで黙ってた!お陰で赤っ恥かいたろ!

 よりによってクウラなんかに言い負けちまったじゃないか!」

 

「シャンパ様が、何でも良いから勝てる奴を連れてこい、と仰っていたので…」

 

「むぐぐ」

 

ヴァドスにもまた言い負けた。

シャンパは口喧嘩がとても弱いのかもしれない。

破壊神は気を取り直して次の試合を観戦することにしたのだった。

 

次の試合が始まろうとしていた。

舞台上に佇むクウラの前に出てきたのは、どう見てもロボットに見える選手。

メタルマン族のオッタ・マゲッタだ。

 

「プシューッ!シュー!ブシューーーッ!!」

 

頭頂部から蒸気らしき何かを吹き出しながら、

けたたましい足音を鳴らし舞台の石材を踏み砕いて歩いてくる金属生命体。

目らしき二つのモニターアイは怒りの形。

恐らく、卑怯なやつだったとはいえ過剰に痛めつけられたフロストの仇討ちに燃えている。

彼の心は繊細で、そして仲間思いでもあった。

 

「…メタルマン族か…やめておけ。貴様では絶対に俺に勝てない」

 

「ポ~~ッ!!!」

 

マゲッタはエナジードリンクを飲み干すと、

吹き上げる蒸気を更に増してドスドスと一直線にクウラへ駆けて行った。

迫るマゲッタに向け、クウラはそっと右手をかざす。

だがそれだけで気弾を撃ち出すわけでもない。

 

「むっ?」

 

「あれは…」

 

「クウラのやつ、何をする気だ?」

 

シャンパ、ヴァドス、そしてベジータが疑念を露わにする。

恐らくヴァドスだけはクウラが何をしているか視えている筈だ。

 

「ポーーーッ!ポーーー…、ポッ、ポ……シュー………」

 

突然、マゲッタが歩みを止めてガクンと項垂れる。

汽笛のような声も止まり、拭き上げていた煙も止まり、マゲッタの全てが停止した。

 

「…舞台から降りるんだ」

 

一言、クウラがそう言うと

 

「ポー…」

 

なんとマゲッタは大人しくそれに従って自分から舞台から飛び降りたのだった。

ヴァドスを除く全員がキョトンとその光景を見ている。

クウラ当人とヴァドス以外、誰もが何が起きたのか理解していなかった。

 

「な、何が起きた…!?」

 

「あいつ、自分から降りちまったぞ!?」

 

「…催眠系…でしょうか。クウラさんは一体何をしたんだ?」

 

サイヤ人3人にも理由は分からない。

だが、状況はわかる。

クウラの勝ちだった。

戸惑いながらも審判はクウラの勝利を宣言した。

 

「…そうか。クウラめ…!マゲッタを洗脳したな?」

 

観客席からシャンパが言った。

ヴァドスも相槌を打つ。

両宇宙の選手も観客も彼らの会話に聞き耳を立てる。

 

「ええ、そのようですね。

 メタルマン族はもともと心が弱く精神が脆弱…。

 そこに加えて金属生命体ですからね。

 機械を操るクウラとの相性は最悪と懸念されていましたが、やはりそうだったようで。

 クウラは掌から無数のナノマシンを放出していました。

 それらがマゲッタに取り付き金属の外皮から同化、侵食し、彼の思考中枢まで辿り着き…

 心の弱さもあって簡単に洗脳されちゃいましたね…」

 

自分の小手先の技が見透かされていたが、クウラは取り立てて騒ぎも慌てもしない。

こんなものは技ともいえない火の粉払い程度の〝振るい〟でしかないからだ。

不敵に笑ってヴァドスへ正解を告げてやった。

 

「そうだ。さすがに貴様は視えていたか。

 有機生命体よりも金属生命体は侵食が容易い。

 メタルマンの精神の脆弱性は既に俺の知る所…説得が楽でいい」

 

驚異的な装甲と厄介な攻撃能力を持つマゲッタだったが、

その真価を見せることなく彼の自我は失われた。

オッタ・マゲッタが彼の自意識を取り戻せるかどうかはクウラのその後の対応次第だろう。

 

「おい、後でマゲッタを返せよ!」

 

「フン…こんな雑魚は俺もいらん。我が機甲戦隊の方が遥かに柔軟性に富む」

 

シャンパへそう返したクウラだが、その言葉に誰よりも喜んだ者達が観客席にはいた。

 

「おお!ク、クウラ様…!!我らクウラ機甲戦隊をそこまで買ってくれていたなんて!!」

 

「俺たちのこと、お忘れになっていねぇ…!クウラ様ぁ…ありがてぇ!ありがてぇ!」

 

「くぅ~~~~、すっかり第一線から退いて戦力外通告かと思ってたが…!」

 

観客相手に様々な飲料や食料を売り歩いていたクウラ機甲戦隊達だ。

売り子姿も様になっている。

 

試合は早くも第4試合へと移行していった。

 



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キャベ・ヒット戦

誤字脱字直してくださる方々いつもありがとうございます。


破壊神選抜格闘大会は中盤を越えていよいよ佳境に入りつつあった。

和やかムードだった前半と異なり、クウラが登場して以降は緊迫感が漂う。

気の所為か悟空らサイヤ人達の顔つきも引き締まってきているようだった。

 

「さぁ、次の相手は誰だ」

 

大会の空気に緊張を生まれさせた元凶であるクウラが

尻尾を不愉快そうに舞台の石床に叩きつけながらそう言った。

次の相手は第6宇宙のサイヤ人である好青年キャベ。

彼はマゲッタとは違う意味でクウラとの相性は最悪だ。

少なくとも、試合前に彼と少しばかり話し込んだサイヤ人達はそう確信していた。

 

「ベジータ…あのキャベって奴、このままじゃやばいんじゃねぇか?」

 

「ヤバイだろうな。だが俺達にはどうしようもない。

 俺達はフロストの毒針でもう負けちまったんだ」

 

「でもフロストは反則してたろ?審判に言えば復帰できねぇかな」

 

悟空の意見に少しベジータは考える素振り。だが、

 

「…フロスト戦の直後にその異議を唱えれば通ったかもしれんが今のタイミングではな…」

 

難しい顔で唸った。

 

「そうですね。異議申立てはタイミングも大事ですから…。

 クウラさんの苛烈っぷりに思わず僕らも呆気にとられちゃって、

 言うタイミング逃しちゃいましたね…マズイなぁ」

 

悟飯も対戦相手のキャベの方を心配そうに見ていた。

悟飯から見ても、何から何までクウラに分があると思えるのだ。

長年戦い続けた戦闘巧者(ベテラン)である父と同族の王子から見てもきっとそうなのだろう。

 

だが、彼らの心配を余所に、無情にも試合は始まってしまった。

 

「宜しくおねがいします!」

 

キャベが、緊張を見せながらも深々とお辞儀をする。

クウラは礼儀正しいサイヤ人を無味乾燥な顔で見つめ、

体をやや斜に構えて腕を組み尻尾をゆらゆらと左右に振っていた。

返事も返さない。

 

「…?あ、あの…宜しくおねがいします!」

 

キャベはもう一度礼をした。

だが、やはりクウラは腕を組んだまま動かない。返事もしない。

さすがにキャベもムっとする。

 

「そうですか。挨拶などせずにさっさとかかってこい…ということですね。

 …では!」

 

キャベは走り出す。

構えすらとらないクウラに向かって全速力で走った。

 

(まるで無防備…フロスト戦で見せた力は確かに圧倒的だったけど…

 それでもボクを舐め過ぎだ!)

 

クウラの真正面まで来てフェイント。真横に跳ねて右っ面を狙って拳を振り抜く。

 

(…よし!相手は目線ですら追えていないぞ…直撃だ!)

 

そう確信して放った右ストレートだったが、

 

「えっ!?」

 

キャベの拳は何にも当たらなかった。

気付けばクウラを通り越して左側へと来ている。

真後ろのクウラは今も腕組みをして動かない。

 

「な、なんだ?くっ…もう一度だ…!」

 

真後ろへ回し後ろ蹴り。

なかなか鋭い蹴りだったがやはり空を切る。手応えはない。

 

「…!」

 

コンパクトにまとめた左のジャブ、続いてキックの連打。

ジャンプし太陽光を背にしてからの渾身のダブルスレッジハンマー。

足元を狙っての低空回し蹴り。

それら連撃からのフィニッシュ…近距離からの連続エネルギー弾。

キャベは呼吸をするのも忘れて力の限りの速さで攻撃を叩き込んだ。

しかし、その尽くがまるで感触がない。

全ての攻撃をクウラに叩き込んだのに、

クウラはまるで蜃気楼のようにその姿を一瞬揺らめかせるだけだけで完全に無傷だ。

無呼吸の連続攻撃をしたのもあるが、キャベは肩を大きく揺らして息をしていた。

クウラからの圧力(プレッシャー)が、自然とキャベの呼吸を圧迫し動悸を引き起こしていたのだ。

 

「当たらない…!い、一体何が…?分身…?いや、虚像…なのか?」

 

「…」

 

クウラは試合開始からまるでポーズを変えない。

だが、ようやく初めてクウラに変化が起きた。

キャベを一瞥すらしなかった彼の視線が、とうとうキャベを見た。

 

「…っ!!!」

 

その瞬間、背筋にぞくりとするものが走ったキャベは本能的に十数mを飛び退いていた。

外野のサイヤ人らは、やはり…と表情を悲しげに歪める。

 

「残念だが…キャベはまるでクウラの動きが視えていねぇ」

 

戦いに関する悟空の観察眼のキレが戻りつつある。

クウラが試合に緊張感を齎した結果だろうか。

悟飯も父の言葉に頷いた。

 

「クウラさんはただキャベさんの攻撃を棒立ちで躱しているだけ…。

 このままじゃキャベさんの攻撃は掠りもしませんよ」

 

ベジータは小さく舌打ちをし、そしてキャベへ向かって大声で言う。

 

「おいキャベ!!さっさと(スーパー)サイヤ人に変身しろ!!

 このままじゃイタズラにクウラをキレさすだけだぞ!!」

 

敵方からの声援…というよりも助言に、キャベは戸惑いながら答える。

 

「スーパーサイヤ人とは、あの金髪の姿のことですか…!?

 ボクは…あんな変身はできませんよ!!」

 

そう言った瞬間に、キャベの表情が歪み額から頬から冷や汗が吹き出た。

 

「っ!あ…あ…!」

 

眼前の(クウラ)からの圧力が更に増大しキャベの心身を締め付けた。

フロスト戦で見た実力を、今キャベは嫌というほど実感し始めている。

キャベは理解した。

完全に分かったのだ。

クウラは、先のフロスト戦で見せた力ですら氷山の一角。

クウラの力は…それこそこの圧力だけでキャベを殺せそうなレベルだった。

殺気と混合された莫大な気の圧力に当人(キャベ)以上に危機感を持ったのがベジータだ。

 

「馬鹿が…!ならばさっさと降参しろ、キャベ!!間に合わなくなるぞ!!」

 

キャベは言おうとした。だが、クウラからの圧力で思ったように声が出ない。

膝までが笑いだしていた。

そして悪い予感が当たってしまった。

 

「こ、こ…こうさ―――っ!?」

 

声を振り絞ったが、キャベの言葉はそこで途切れた。

クウラの姿が消えたと思うと、次の瞬間にはキャベの頭を掴んで空へと飛んでいた。

 

「~~~~~~っっ!!!!」

 

ただ掴まれているのではない。

頭蓋骨をいたぶって徐々に握りつぶすように掴まれている。

キャベの耳朶に頭蓋が軋む音が聞こえてくる。

必死に手足をばたつかせて藻掻き、

クウラの指一本を両手で掴んで全身全力で引き剥がそうとする。

だがたった一本の指がキャベには動かせなかった。

 

「む゛ぅぅう゛う゛~~~!ん゛む゛う゛う゛~~~~っっ!!!」

 

「紛い物め…!」

 

〝紛い物〟。

それがクウラがキャベへと下した評価であり、そして初めての掛けた言葉だった。

キャベを掴んだままクウラが腕を振り上げ、そして高速度で舞台の石畳へと叩きつける。

爆発したかのような音が響き、もうもうとした土煙が辺りへ飛散していった。

 

「あ、が……か……ぁ…あ゛……」

 

地面へ深くめり込んだキャベの首は怪しく曲がり、彼の目の焦点は合っていない。

 

「キャベくんっ!」

 

悟飯が今にも舞台上に乗り込みそうな勢いで齧りつき、別宇宙の同胞の名を呼ぶ。

しかし、もうキャベから返事が返ってくることはなかった。

観客達も、まだ幼い我が子を連れてきていた

ビーデルや18号などは思わず子の目を塞いでいた。

それぐらいにはショッキングな角度でキャベの首は曲がっている。

先程のフロスト戦もそうだったが、今大会はどうも子供の情操教育にはよろしくないらしい。

 

「キャベの気が……クウラ、おめぇ…!」

 

消えて無くなりそうなキャベの気を感知する悟空。

だが、クウラは悟空には向き直って返事をしてやる。

 

「心配するな。

 殺してはいない…が、頚椎を砕かせてもらった。

 貴様らならば復活するだろうが、コイツは所詮は猿の紛い物。

 ()()はここで再起不能だ」

 

倒れ伏す第6宇宙のサイヤ人を〝これ〟呼ばわりし鼻で笑う。

手酷過ぎる仕打ちに思わず悟飯が声を荒らげた。

 

「なぜキャベくんにここまで!

 彼はフロストのように卑怯なわけでもクウラさんの一族の面汚しというわけでもない!

 ただの…心優しいサイヤ人だったのに…!」

 

「それが気に食わんというのだ!!」

 

「…!」

 

クウラの気迫に悟飯が気圧される。

悟飯を睨むクウラの目にははっきりと怒気が宿っていた。

 

「貴様らサイヤ人は、本能の奥底に戦いと血に飢えた獣性がある。

 どれだけ心の表面を優しさや愛で覆い尽くそうが、お前達の魂の奥底にはケダモノがいる。

 俺は…お前達のそういうところだけは気に入っていたのだ。

 だが、こいつはどうだ?このキャベとかいう紛い物は…!

 奥底から根腐れしていやがる。だから処分してやったのさ…この俺がな。

 感謝するが良い…貴様らサイヤの血を汚す腑抜けを始末してやろうというのだ」

 

クウラの言葉と怒りは悟飯にとって衝撃だった。

悟飯は思わず黙り込んで、俯き加減に考え込んでしまう。

まるで学者を目指し戦いを嫌ってきた自分を否定されたように感じた。

しかも、その否定がまるきり的外れでは無いと

心の何処かで思っているのさえも見透かされたような気分だった。

悟飯は戦いが嫌いだ。学者の道も本気で歩んできた。

しかしその一方で、戦いに駆り出される時、血を流し強敵に立ち向かう時、

勝利を確信し敵を見下し嬲る時…得も言われぬ血の高揚を感じたことが確かにあった。

アルティメットに目覚め、魔人ブウを一方的に殴りまくった時などは、

悟飯は確実にサイヤの戦士だった。ビーデルとの逢瀬よりも興奮していた。

 

クウラの言葉は悟飯だけでなくベジータや悟空にとっても思い当たる節はあった。

だが、それとこれとは別の話。

悟空はクウラに切り返す。

 

「…おめぇがオラ達以上にサイヤ人に拘ってるのは良く分かった。

 でも、キャベを殺すことには結びつかねぇ。

 サイヤ人の在り方は俺達サイヤ人が決める。

 少なくともクウラ…おめぇじゃねぇ」

 

クウラはまた鼻で笑った。

 

「フン…最初から殺す気はない。二度と戦士の体に戻れなくなるようにしてやっただけだ。

 だが……もし、万が一にでもコイツがこの傷から立ち直って俺の前に立てたのなら…

 その時は一端の猿だと認めてやらんこともないがな」

 

「どうせ怪我はヴァドスさんが治しちまうさ」

 

「だろうな。だが心はどうかな?

 ()()()()猿の紛い物は…圧倒的な恐怖に二度と立ち向かえまい。

 フロスト共々…宇宙の片隅でひっそりと隠れ住むのが虫ケラにはお似合いだ」

 

ベジータが舌打ちをする。

確かに、あの優しいサイヤ人の心は

悟飯以上に闘争に向かないとはベジータも認めるところだ。

 

第7宇宙陣営の間に妙な沈黙が流れる。

会場全体が重々しい雰囲気となって、家族連れの観客連中は居心地の悪さを感じていた。

 

「確かに心までは私達天使にもどうしようもないですからねぇ。

 フロストとキャベは、トラウマにならなきゃいいんですけど」

 

そこにヴァドスの呑気な声が響いたが、

空気は弛緩するどころか何処か白々しく寒々しいものになってしまった。

が、そんなことを気にするヴァドスではない。

 

「ほら、審判。さっさと次の試合を始めなさい。次の選手が待ちくたびれていますよ」

 

指摘され、クウラ達のやり取りを固唾を呑んで見守っていた審判が慌てて仕事を再開する。

舞台上からキャベが運び出され、入れ替わりに第7宇宙最後の選手が上がってくる。

紫色を基調とした、人型異星人・ヒット。

第6宇宙最強の殺し屋であり、身にまとう雰囲気は少しクウラと近しい。

眼光は鋭く、身のこなしに隙がない。

裏稼業に人生を捧げてきた男の虚無的で冷たい視線はクウラに勝るとも劣らない。

その目がクウラを静かに見据えていた。

キャベの時とは違い、クウラは腕組みを解いて最初からヒットの目を睨み返し、そして笑う。

 

「ほう…ようやく少しはマシなのが出てきたか」

 

「…」

 

「殺し屋ヒット…第6宇宙の生ける伝説か…フッ」

 

「俺のことをよくご存知のようだな」

 

「俺は物知りなのでな」

 

クウラの脳に蓄えられている知識はビッグゲテスターが調査し貯め込んできた知識と、

そして全宇宙の知を持つとさえ言われたズノーの知識とが合わさったものだ。

必要に応じてデータバンクにサーチをかけて引き出せば、

およそクウラに理解できぬことはない。

ある意味で破壊神や天使…そして大神官や全王よりも、クウラは物知りだ。

 

「…貴様の手の内も知っている。

 時飛ばしと殺しの技で来い。下らぬ様子見は…必要あるまい?」

 

歪に微笑むクウラは足をやや交差させ幅狭く立ち…両腕をゆっくり下げ広げだした。

まるで相手を包み込み抱き入れるようなノーガードの姿勢。

それは自分を存分に見せつけ、いつでも打ち込んでこいと言わんばかりのポーズだった。

実弟フリーザも、己の力を見せつける示威として好んで行う〝敢えて無防備な〟態勢。

 

「ぬぅ…」

 

無防備ではある。誘われている。

だが、ヒットはクウラから隙きを見出だせずにいた。

 

「殺しの技で来い、か。なるほど…宇宙は広い。

 貴様のような強さを持つ者が破壊神以外にもいるとは」

 

ヒットは腰を低くし、厚手のロングコートのポケットから手を出す。

生まれながらの強者であったヒットは、

クウラの弟フリーザと同様に修行というものを殆したことがない。

構えや型も我流であり、

同等かそれ以上の実力者との〝勝負〟でどこまでそれが通用するかも不明だった。

なにせ、ヒットの今までの人生では

〝時飛ばし〟と身体能力のゴリ押しで敵を倒せてきてしまったのだ。

そういう意味ではフリーザと似た不幸を背負っていると言える。

フリーザも天才であったが故に鍛錬・特訓・修行とは無縁で

生まれつきの身体能力と才能だけで勝てていたが故に、

孫悟空(実力が比肩する者)との勝負では人生初のフルパワーに肉体がついていけず最後にはパワーダウン。

敗北を喫した。

 

どう攻めたものか、考えあぐねていたヒットだが…

 

(…黙ってみていても埒が明かない。やってみるしかあるまい)

 

ヒットはクウラ目掛け走り出す。

そしてある程度クウラまで接近すると急激に気を漲らせ己以外の時間の流れを消し飛ばした。

ヒット以外の全ての存在の時の流れが消えて、ヒットだけに時間が流れる。

ヒットが作り出せる〝自分だけの時間〟は僅か0.1秒。

しかし1秒以下の時の中で

数百発の拳の応酬が出来るこの世界の強者達からすれば充分に有利だ。

クウラの目・鼻・人中・首・心臓部・みぞおち・背に回って後頭部・腰部…

およそ急所と思われる部位に全力のパンチとキックを叩き込んでやる。

だが、そのどれもがまるで何処までも分厚く固く柔軟なゴムを殴っているようだった。

 

(な、なんという強靭な肉体だ…俺の拳の方が痛みそうではないか…!)

「…時間切れか」

 

大きな手応えを感じられぬままに時飛ばしのリミットが迫る。

ヒット以外の存在に時の流れが戻ってくる寸前…

ヒットはクウラのボディの強靭さを目の当たりにした以上の驚愕をすることになった。

 

「!!」

 

時の流れが戻る寸前、一瞬だが、クウラと目が合ったような気がした。

ヒットの時飛ばしの世界で、ヒットは確かに視線を感じたのだ。

クウラの赤い瞳がギョロリとヒットを見ていた…そう思えた。

残りの0.001秒でヒットは大きく後ろへ跳躍する。

間合いを詰めていたくなかった。

 

そして時が動き出す。

 

「なんだ?ヒットがいきなり退がった!?」

 

ベジータの目にはクウラに向かって走って近づいていたヒットがワープ(瞬間移動)で後退したように見える。

悟空や悟飯の目にも同様に写っていた。

 

「クウラも動いていねぇ…だが、何かあったな」

 

だが、その中でも悟空だけは何かを察する。

悟空の戦いの嗅覚が何事かを感じ取っていた。

 

「クウラさんが言っていた、時飛ばし…という奴でしょうか。

 名称からして時間操作系…ベジータさん、あいつを思い出しませんか?」

 

悟飯の推察もほとんど当たっている。

そうか、とベジータも感づき、そしてギニュー特戦隊の一人を思い出していた。

 

「グルドの野郎か!

 確かにグルド以外にも時間を操る奴がいても不思議じゃない!

 ヒットの動きの違和感…そうだ…グルドの時と似ていやがる。

 そういうことか…時間を止めているんだ…!」

 

外野陣による分析は進むが、当のヒットはそれについて当たりも外れも指摘しない。

そんな余裕は今、彼にはない。

顔面から幾筋かの血を垂らしながら不敵に笑うクウラを前に極度の緊張状態にあった。

(おもむろ)にクウラが口を開く。

 

「フフフ…時飛ばしか。面白い。

 …時の操作は高等テクニックだが…貴様は使いこなしているじゃないか。

 もっと使ってこい。それしかお前に勝つ道はないぞ」

 

「…お前の体の尋常じゃないタフネスは理解した。

 が、今の俺の攻撃が効いていないわけじゃないようだな」

 

クウラの鼻や唇の端から僅かに流れる紫の血の筋を見てヒットが言った。

 

「そうだ。お前は俺に血を流させるだけの力がある。

 全力で来い、ヒット。お前の力を俺に見せるのだ!」

 

クウラは言うと同時に地を蹴って加速する。

 

「…!(速いっ!)」

 

ようやく本格的に動き出したクウラの速さは、先までの試合で見せたものよりも数段速い。

あっという間に間合いを詰めたクウラが左腕だけで軽めの拳撃を連打する。

ヒットはそれを体よく捌くが、

 

(速度が…どんどん上がっていく!)

 

クウラのジャブは見る間に速度を上げる。

 

「うぐっ!」

 

やがてヒットも捌ききれずにとうとう一発を顔面に食らう。

クウラが軽めに放った左腕のジャブだったが、それでもヒットは大きく仰け反り数十cm後退。

それとほぼ同時にクウラも合わせて数十cm前進。

間合いを広げずに下段狙いの低空キックでヒットの足を取る。

横に払われたヒットの体が宙に浮き態勢が完全に崩れ、

彼の浮いた体をしなやかで太い鞭のような物が瞬時に巻き取った。

 

「ぬぅ!?」

 

ヒットの動体視力が悲鳴を挙げる速度でクウラの尻尾がヒットの首へ巻き付いていた。

そのまま猛烈なスピードでヒットは引っ張られ、

 

「ぐはっ!」

 

舞台に叩きつけられた。

間髪を容れず、クウラは無言のまま足裏でヒットの胸を踏みつけるのだった。

呻き、血を吹き上げるヒット。

クウラは執拗に、何度も何度もヒットの胸を足でストンピングし続ける。

 

「こんなものか、ヒット。

 時間停止も時飛ばしも、こうして肉体の一部を拘束されると途端に意味を無くす。

 止まった時間の中を動けても俺の尻尾を切断することも出来ないのではな…!

 もう貴様は逃げられんぞ!さぁ抗ってみせろ!」

 

そう叫び、一際強い力でヒットの胸を踏みつけたようとしたが、

 

「む?」

 

クウラの足は虚しく石畳を砕いただけだった。

一瞬ヒットの姿が揺らめいたように見えると

次の瞬間にはするりとクウラの尻尾から抜け出していた。

肩で息をし痛む胸部を抑えてはいるが、ヒットはまだまだ戦う意志を失ってはいない。

 

pipipi―

 

クウラにだけ聞こえるビッグゲテスターの電子音。

クウラの眼球内のビッグゲテスターが即座に今の現象を解析していた。

 

「なるほど…貴様の〝時飛ばし〟によって蓄積した時で、

 自分だけの時間流の空間を作り出した…

 お前は今そこに逃げ込み、また出てきた…ということか。

 まさかそんな異能まで持っているとはな」

 

揺らめくヒットの像とすり抜けの謎はあっさりと白日の下にさらされた。

ヒットは驚愕する。

今までの人生で驚いてきた回数を今日だけで超えそうだ。今日は驚かされっぱなしだった。

 

「初めてだな…こんなにあっさりと俺の能力がバレたのは。

 貴様は…何者だ。その強さ…洞察力…まさか、破壊神だとでもいうのか」

 

「フ、ハッハッハッ…俺が破壊神…?

 馬鹿な…俺はそんな程度で終わる男ではない。

 破壊神程度と評してくれるなよ…」

 

笑いながら、クウラが、ドンッという音と共に再び石畳を蹴って跳んだ。

 

「!!(くっ、やはり速すぎる!)」

 

ヒットの真横の石畳が、また弾ける。

再度ドンッという音が、今度は背後から。

次は、また目の前の石畳が衝撃音と共に抉れる。

 

(何という速さ…!だが、全く視えないわけではない!)

 

ヒットの長年の暗殺経験を元にターゲット(クウラ)の動きを予測し、

 

「…そこだっ!」

 

ヒットの高速の拳が透明な気弾となって敵へ飛ぶも、残念ながら掠りもしない。

小さく舌打ちし、外したことを残念がるも直ぐに思考を切り替える。

次は己に迫る高速のパンチを見、

直ぐ様ヒットは自分の実体を別次元へと潜行させて回避…しようとしたのだが、

 

「ぐ、おっ!?」

 

クウラの一撃はしっかりとヒットの実体を捉えていた。

ヒットの頬にクウラの紫色の拳が突き刺さり、吹っ飛ぶ。

数度、石畳にバウンドしてからヒットは即座に態勢を立て直す。

 

(何故だ…俺は確かに別次元に潜った筈…何が起きた)

 

ヒットの困惑は、どうやら僅かに表情に出ていたらしい。

クウラはそれを見抜き、

 

「分からんか。ならばもう一度食らわせてやろう」

 

言いながらヒットの目の前に姿を現した。

 

「うっ!」

 

ヒットの眼前。距離にして30cm程しかない至近距離。

反射的にヒットは再度、己を別次元へと潜行させた…

が、ヒットの顎にクウラの拳が直撃し彼の脳がぐらりと揺れた。

視界も揺れて、思考も霞がかってしまっては〝時飛ばし〟も異次元潜行もままならない。

アッパーで浮いたヒットの脳天にクウラが高々と蹴り上げていた脚の踵が迫る。

 

「がっ!?」

 

その一撃でヒットの頭蓋に(ひび)がはいる。それ程の衝撃だった。

再び脳が揺れて、ヒットは凄まじい嘔吐感にまで襲われてしまう。

舞台にめり込み、無防備になった背にさっきのようなストンピングの嵐が見舞われて、

ヒットはどんどん深く石畳にめり込まされていく。

 

「ぐ、がぁ…ッ!うぐ、あぁ…っ!!」

 

埋もれたヒットの首を、クウラはまた尻尾で締め上げるとそのまま持ち上げ…

そして再び石畳へとしこたま叩きつける。

何度も何度も叩きつける。

 

「う…ぐ…」

 

ヒットの意識は朦朧としていて相変わらず無防備なままに仰向けに倒れ、

そこにクウラの容赦ない追撃が迫る。

胸に脚がそっと置かれると…クウラは徐々に篭める力を上げていく。

ヒットが苦悶の声を挙げる。

彼の胸からメキメキと嫌な音が静かに聞こえてくる。

その様子を見ていた破壊神は大慌てだ。

 

「ああーーーー!!う、嘘だろ!

 俺の宇宙の、伝説の殺し屋が!百発百中のヒットが!!!

 クウラをぼこぼこにしてくれるって信じてたのにぃー!

 い、いや、まだわからん!がんばれヒット!負けんじゃ無いぞぉーー!!」

 

両拳を力強く握ってぷるぷるしながら熱の籠もった声援を送っている。

そんな主を見る天使の目は、まるで不出来な子を見守る母のように温かい。

 

「まぁ最初から結果は視えていましたけどね」

 

小声でボソッと呟かれたヴァドスの言葉は観戦に熱中しているシャンパには届いてはいない。

 

(…クウラは、あの時…ウイスがしてやられた時でさえ既に破壊神級の力を持っていた。

 それから一ヶ月…どうやら孫悟空の修行は、彼を一段上に引き上げてしまったようね。

 やれやれ…あの孫悟空とかいうサイヤ人…とんでもないことをしてくれたわ)

 

あの時クウラを生かす選択をした自分の判断も甘かったかしら、

と一瞬ヴァドスも思わないでもない。

が、天使は破壊神ですら敵わない上位種であり、

その中でもヴァドスは一際己の強さに自信を持っている。

実は天使は中立を絶対的に義務付けられている為自分から仕掛けることは出来ないが、

それでもいざとなればクウラ如きどうとでもなるという自負がヴァドスを楽観に導く。

 

試合を観戦している第7宇宙の面々も、クウラの戦慄する程の戦いっぷりには辟易するが、

それでも彼の強さにはかなりの信頼を寄せていた。

 

「あのヒットって奴も相当強ぇ…。けど、ちょっと相手が悪ぃな。

 …それにしてもオラ達、よくクウラに勝ったよなぁ。

 あいつ、オラ達と戦った時よりまた腕上げてんじゃねぇか?」

 

クウラの容赦の無さに眉を顰める悟空が、改めて一ヶ月前の自分達の偉業を感心する。

呑気な父の発言に悟飯が思わず、

 

「そりゃ強くなってますよ…父さんやベジータさんとあんだけ手合わせしたんですから」

 

溜息をつきながら突っ込まずにはいられなかった。

 

「おめぇだって手合わせしたろ」

 

「えぇ、危うく4回ぐらい死にかけましたけど」

 

「ははっ、まだまだだな悟飯!オラなんか6回は閻魔様の顔見た気がすっぞ」

 

物騒だがどこか牧歌的な親子の会話に割って入ったのはベジータの声。

 

「おい見ろ、ヒットめ…まだまだやる気らしいぜ」

 

フフンと笑いながら立ち上がった挑戦者(ヒット)を感心した様子で見ていた。

 

 

よろよろと立ち上がるヒット。

胸を抑えて苦しそうにしているが戦闘に支障はない…、

などというわけはない。

「がはっ」と吐血し、呼吸をするのもかなり辛そうだった。

 

「…大した奴だ。流石ではないか」

 

クウラが彼の健闘を褒め称えている。

 

「お褒めの言葉を、頂けて…ありがたい、な……ぐっ、う…」

 

ヒットの右手は紫の血で塗れていた。それはヒット自身の血ではない。

クウラの血だった。

 

「今の、俺の尻尾を切断した一撃は見事だった。

 あの殺気…あれこそがお前の真価。

 フフフ…流石は殺し屋……やはりこのような生温い大会等では、

 真の戦士の本領は発揮できんということだな」

 

ヒットの首を締め上げていたクウラの尻尾は先端数十cmが切断され、

その残骸は舞台の石畳の上で今もウネウネとのたうち回る。

ようやくダメージらしいダメージを与えられたことにヒットは幾分安堵し、

 

(…頭蓋骨に亀裂…胸骨、肋骨が折れ、肺にも骨が刺さっている…継戦は不可能か。

 いや…あと一回…〝時飛ばし〟をやれる!チャンスは…ゼロではない!)

 

お陰で己を鼓舞することができた。

だが呼吸をする度、ヒットの体力が激痛に奪われていく。

しかし、それとは真逆にクウラが負った傷…即ち切断された尻尾は、

 

「…な、なんだと…!」

 

驚愕するヒットの目の前で新たな先端部が生えてきてしまった。

そういえば最初の一撃で負わせた鼻血も唇からの出血も完全に治っているようだ。

 

「再生能力か…!この短時間に…なんという、治癒力だ…。フッ…こいつは困ったな」

 

ヒットが苦労して与えたダメージは、数秒とかからぬ内に完治してしまった。

冷静沈着なヒットが思わず苦笑いをしてしまう程に理不尽と言えた。

彼の笑みにクウラも笑って返し、

 

「どうする?まだやるか…ヒット」

 

余裕たっぷりにそう言った。

ヒットは睨み返す。

 

「…当たり前だ。俺は…受けた仕事を投げ出したことは、ない!」

 

言い切り、そして気を再度漲らせる。

時飛ばし発動。

ヒット以外の時間の流れが消し飛び、彼以外の全ては活動を止める。

だがボロ雑巾のようになるまで叩きのめされた今のヒットでは

最初のような超高速移動はもう出来ない。

 

(クソ…とにかく、今の全速力で接近するしかない…!)

 

速度は数段落ちている。

0.1秒という時間が、今のヒットには圧倒的に物足りない。

 

(振り絞れ…!0.1秒以上…!!

 せめて、0.2…いや、0.05秒でもいい、伸びてくれ!俺に時間を!!)

 

止まっているクウラの首筋に全力の…対象を殺すつもりの手刀を叩き込むしかない。

ヒットはそう考えた。

殺意を解禁した全力の一撃ならばクウラの強靭な肉体にも

大ダメージを与える事が出来るのは尻尾で証明された。

だが、恐らく尻尾と首ではクウラの気の防御力のレベルも違うだろう。

切断は出来ないだろうことはヒットも予測済みだった。

だがヒットはそれでもよかった。

寧ろルール的にはそっちの方が助かるのだ。

切断するつもりの全力の手刀ならばクウラに大ダメージを与え、

一矢報いるか…ひょっとしたら昏睡させて逆転K.O.を狙えるかもしれない。

ヒットはその可能性に全てを掛けて挑んでいた。

 

(0.08秒…く…まだ必殺の射程に入れん、か!間に合わん…!

 いや…止める!止めてみせる…!!俺はまだ…止められる!!)

 

0.12秒経過。

まだ、世界はヒットだけの時間だった。

 

(超えた!俺は0.1秒の壁を超えた…!この距離は、俺の必殺の距離!)

 

気の全てを右手を篭め、振り上げる。

その瞬間、ヒットの背筋に薄ら寒いものが走った。

クウラの赤い目がこちらしっかりと見ている。

 

「…フッ」

 

そして笑った。止まった時の中で表情変えて笑っていた。

ヒットを見ながら、確かに笑ったのだった。

 

(まずい!別次元に潜…ッ!―――――)

 

そこでヒットの思考はぷっつりと途絶えた。

顎に大きな衝撃を受けて、止まった時の中でヒットは宙を舞い…

舞台に倒れて彼は完全に意識を手放した。

 

クウラは、既に時飛ばしの知識を持っていた。

そこに、実際にヒットから時飛ばしを食らい、体感し…そしてクウラは学んでしまったのだ。

 

元々、クウラはこの時空に時を超えてやって来た。

ビッグゲテスターの時空観測(簡易未来予知)も前々から何度となく行ってきた。

そんなクウラだったからこそ飛ばされた時を感知し認識出来てしまった。

そして時間操作のコツまでも学習し、とうとうヒットの時間に介入してきたのだ。

 

ヒットは戦いの中で成長し、時飛ばしの時間も伸ばした。

だが、クウラもまた成長していた。

 

 

舞台が静寂に包まれた。

観客席では、破壊神シャンパがあぐあぐと口をパクパクさせている。

 

「勝者、クウラっ!!」

 

審判の勝利宣言がなされた。

 



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破壊神選抜格闘大会・後始末

破壊神選抜格闘大会は第7宇宙の勝利に終わった。

だが悟空らはそこまで手放しにこの勝利を喜べない。

相手方を必要以上に痛めつけた此方側の選手(クウラ)の蛮行にやや恐縮していた。

だがそのクウラ当人はというと、

ようやく大会が終わったことで清々した顔で少しは機嫌が良さそうだ。

最後にヒットと戦えたのも機嫌を持ち直した要因だろう。

 

最後にはシャンパが

 

「エキシビジョンマッチだ!俺と星喰で直接試合するぞ!!」

 

と息巻いてクウラもそれに乗り気で挑発するものだから本当に一騎打ちが始まりかけたが…

ヴァドスがシャンパにげんこつを食らわせると破壊神は沈静化してしまった。

 

「…チッ、ヴァドスめ…余計な真似をする」

 

これには、クウラもそう言って残念そうにしていた。

少し前までのクウラならば、それでもシャンパに襲いかかったろうが、

そこで引き下がるあたりクウラも何だかんだで少しずつ温和にはなっている…兆候が見える。

その後、ヴァドスは

会場となっていた星が最後の願い玉だとネタばらしをし神族言語でそれを起動する。

 

「テエナカヲ イガネテシソ ウユリノミカ ヨデイ チョンマゲ!」

 

語尾がとりわけマヌケな雰囲気を醸し出す召還呪文だが、

これが現在の神の言葉なのだから仕方ない。

ヴァドスが言い終わるやいなや7つの小惑星級の超ドラゴンボールが鼓動のように明滅し、

眩い黄金の光が宇宙の暗闇を強烈に照らし出すとその光は龍を象りだしたのだった。

星々を股にかけて尚それでも足りない程の、巨大という言葉すら生温い規模の超神龍(スーパーシェンロン)

非常に雄大かつ優美で格闘大会に来ていた全ての者らが度肝を抜かれていた。

収集に苦労したシャンパも大いに喜び感動も一入(ひとしお)だ。

然しものクウラでさえ、

 

「データでは知っていたが…素晴らしい…。圧巻だ」

 

黄金の巨大龍を呆けて見ていた。

超神龍の輝く黄金色が宇宙を遍く照らし、

超神龍の溢れる神威が光の粉雪となって宇宙中に優しく降り注ぐ。

 

「わぁ…綺麗」

 

ブルマが感嘆する。

さっきまでの凄惨な試合も忘れてしまうような幻想的な光景だった。

ブルマだけでなく、この場の誰もが息を呑んで超神龍に見入っていた。

 

黄金の巨龍を見上げるクウラの元にすかさず4人の人物が跪き、

そしてクウラへと祝いの言葉を述べる。

言うまでもなくクウラ機甲戦隊である。

 

「優勝、おめでとうございます…クウラ様」

 

サウザーが恭しく、本当に嬉しそうに主へ言う。

 

「…うむ」

 

超神龍に見惚れながらクウラはやや心ここにあらずで答えた。

サウザーはそれを好機と見た。すかさず、とある事を提案する。

 

「クウラ様の勝利を記念し、宜しければ喜びのダンスを披露いたしましょうか!

 ギニュー特戦隊のものにも負けぬものをお目にかけてみせます!!」

 

「それはいらん」

 

だがやはりクウラは冷静だった。

サウザーもドーレもネイズも「くっ!」と唇をかみしめて悔しがっているが、

ザンギャだけは(何だそのダンスって…やめてくれよ)と先輩三人衆を怪訝な目で睨む。

そんな紅一点の後輩の反抗的な目に気付いたのか、

サウザーら先輩三人衆は意趣返しも込めてとある凶行(無茶振り)にでた。

 

「…クウラ様」

 

サウザーが頭を垂れながら主へ言った。

 

「なんだ」

 

「ザンギャが、何やら大事な話があるとのことで

 是非クウラ様と今ここでひそひそと話したいとのことです」

 

「えっ!?」

 

珍しくザンギャがややコミカルに驚いた。

クウラは黄金の巨龍から目を離さずに許可を出す。

 

「…構わん。言え、ザンギャ」

 

しめた!とサウザーは心の中で叫んでいた。

 

(試合に勝ったという高揚感、満足感!

 そして初めて肉眼で見るこの超神龍の幻想的な光景!

 まさに今告白しないでどうする!というシチュエーションではないか!)

 

「な、何を言ってんだ、サウザー!?」

 

戸惑うザンギャを機甲戦隊は見事な連携プレイでぐいぐいと前に押し出していく。

 

「や、やめろって!押すな!」

 

「さぁザンギャ!言いたいことがあったんだろう!?クウラ様が許可を出して下さったぞ!」

 

「そうだぜザンギャ!ほらもっとお側に寄りな!!」

 

「ひそひそと話すことを許して下さったんだ。

 ほ~ら、クウラ様のお耳のすぐ側で…話すんだよぉ」

 

ネイズにどんっ!と力強く背を押されてしまい、

勢い余ってザンギャはクウラの本当にすぐ側までよろけ出てしまう。

顔を上げれば、もうそこにはクウラの顔が近い。

 

「あ…」

 

「……」

 

クウラの横顔に見惚れるヘラーの少女。

クウラは黙ってずっと空の超神龍を見上げていた。

そして気付けば、あっという間に機甲戦隊先輩三人衆は姿を消している。

 

(消えてる!?あ、あいつら…!こんな時ばっかり戦闘力以上の良い動きしやがって!)

 

格上の力を持つザンギャに一切気取られぬ見事な消えっぷりだった。

ザンギャが先輩らに憤って秘かにプルプルと拳を握り締めていると…

 

「どうした。いつまでそうしているつもりだ」

 

クウラが超神龍から顔を背けてザンギャを見ていた。

 

「あ、え?も、申し訳ありません…!そ、その」

 

しどろもどろになってしまう。

 

「俺に話があったのではないのか?」

 

最も腕っぷしの強い実力者たる己の部下の落ち着きのない様子を

クウラは不思議そうな目で見ている。

こんな目はクウラにしては珍しいものだった。

 

「その…」

 

何を言えば良いのかザンギャには分からない。

思い切り目が泳いでいる。

 

(なんだ!?一体あたしにどうしろってゆーんだよ!クソっ!

 いきなり愛の告白でもしろってのか!無理に決まってるだろう!)

 

きっとどこぞから今も此方を観察しているだろう機甲戦隊に

ザンギャはむかっ腹が立ってくる。

人の恋路を見てほくそ笑むような奴らは後でトレーニングと称してボコボコにするに限る。

ザンギャはそう決意した。

だが、それはそれとして今この状況を何とか打破せねばならない。

それも可及的速やかに。

 

「き、綺麗ですね…超神龍というのは」

(何を言っているんだあたしは!)

 

思考を超高速で回転させて、その挙げ句に出てきたのはこんな言葉だった。

 

(こんなんじゃ全然大事な話じゃないじゃないかっ!

 こんな下らない話でお時間をとらせちゃクウラ様にも礼を失するって!)

 

表面上冷静を取り繕うザンギャだが、その内心は混乱極まっている。

 

「………フッ、そうだな」

 

だが、とてつもなく意外なことにクウラは微笑んだ。

その微笑みはいつも敵に見せるような不敵なものではなく、

クウラのイメージを崩さずやはり冷静さが前面に押し出されてはいたが、

どこか優しさも滲ませているものだった。

ザンギャの視点から言えば、かっこよくてクールだった。

 

「あっ…」

 

ヘラーの少女はクウラに見惚れる。

一気に鼓動が跳ね上がって、なんだか下っ腹の奥が熱い。

例えクウラと言葉を交わしていても業務的な会話ならばこうはならない。

だが、一歩業務から外に出た会話をするとザンギャはいつもこうなる。

顔がポーッと熱く赤くなって、もうクウラの目を見られない。

ザンギャは俯いてしまう。

 

「その…も、申し訳ありません。大した、は、話は…無くて…その…」

 

「フン…そんなことだろうと思っていた。

 大方、サウザー達が変な気を回したのだろう?

 奴ら、俺に妻を娶れ子を成せとやかましいからな」

 

「え?あ…、えー…と。…ん?……えぇ!?そ、それは…そんな、だ、大それたこと…!

 サウザー共…が、そんな失礼なことを言っていたなんて、その…、

 クウラ様に直接そのように下らぬことを物申しているのですか!?あいつら!」

 

クウラから初めて聞かされる衝撃発言だった。

やはりザンギャはあわあわしている。

 

「…もう貴様は機甲戦隊という括りではなく俺の側仕えだ。少しは落ち着け。

 場合によってはお前はサウザー達を顎で使う立場になるのだからな」

 

「ば、場合によっては…?」

 

その言葉の続きを妄想し、その言葉を深読みし、

ザンギャの頬はより赤みを強くしていった。

今ザンギャの脳内では、

クウラに娶られる自分の姿がセピア色のノーカット放送でお送りされている。

冷酷な宇宙海賊だったザンギャもこの一ヶ月で地球の女達にここまで毒されていた。

だが、それはクウラも似たようなものだ。

 

かつてのクウラならば、そもそもこんな試合に出るわけはないし、

出てもルール無用の虐殺の嵐だったろう。

フロストとキャベは終わりなき拷問の果てに殺され、

マゲッタは洗脳を解除せず使い捨ての手駒にし、

そしてヒットは餌として解体されて生体エネルギーを喰われる。

そういう展開となっていた筈だ。

破壊神や天使が側にいてもビッグゲテスターやメタルクウラ軍団を駆使して

きっと実行しただろうことは想像に難くない。

 

しかし、クウラは曲がりなりにもルールを守った。

クウラは最終形態にも変身しなかったし気功波やエネルギー弾の類も使っておらず、

彼なりに精一杯の手加減は心掛けていたのだ。

しかも、神の言語を知っているのに願いを横取りせず、

今も大人しくヴァドスが願いを言うのを待っている。

これもかつての彼なら自分だけに都合のいい願いを横合いから言っていた筈だ。

クウラもまたこの一ヶ月の間に少しずつ変わっていた。

 

「お前の戦闘力は既に2兆に近い。サウザーと比べれば約10倍だ。

 これは立派に我が軍団のNo.2と言える…古株かどうかだけで俺の部下の地位は定まらん」

 

「…あぁ、なるほど…そ、そうですね…。

 ………………ありがたき幸せ」

 

ザンギャはやや肩を落として目にも力が無くなるが、それでも熱が完全に引くことはない。

だが、臣下の立場として一歩引くことを思い出せるぐらいには、

クウラの言葉によって冷静さを取り戻して常通りに形式張った跪きを披露した。

 

(はぁ…だから…あたしも学ばないね、まったく。

 こういう意味でクウラ様は言ってるって…当たり前じゃないか)

 

クウラ軍団は少数精鋭の実力主義。

冷徹な主が色恋沙汰(そんなこと)を言う筈がない。

だと言うのにちょっと他人に発破をかけられるとすぐにザンギャは色めき立ってしまうのだ。

ヘラーの少女・ザンギャは今、恋…を通り越してそれよりも重い愛の真っ只中だ。

心の中で深い深い溜息をつく。

 

「…見ろ、ザンギャ」

 

そんなザンギャに、クウラが顎で空を示す。

言われて見てみれば、

願いを受け入れた黄金の巨龍がエネルギー体となって星の海に飛び立っていく所であった。

超神龍が雄叫びを上げて真紅の目を爛々と輝かせると、

一本の黄金の矢のようになって宇宙の暗闇を照らしながら、どこまでも飛んでいく。

 

「…素晴らしいエネルギーだ。確かにあれは『美しい』と呼ぶに値するだろう。

 あれは際限無く願いを叶える…ということはつまり無限のエネルギーを持つのだ。

 恐らく…今この時点で、全王以外に唯一無限を内包する存在だ」

 

「クウラ様…」

 

ザンギャは、自分が開口一番に咄嗟に言った『綺麗』というフレーズが、

「くだらん」とクウラに流され一顧だにされなくともおかしくなかったのに、

きちんと拾われ反応を返してくれたことに胸の奥がじわりと温かくなるのを感じていた。

それだけで純粋な嬉しさが心に満ちる。

 

「だが、無限にも大と小がある。

 超神龍は無限だが、全王は更に大きな無限…全王の力を無効化したり、

 あるいは全王に直接害をなす願いは不可能だろう。

 それほど全王の内なるエネルギーはでかい」

 

宇宙の漆黒の闇空の下、溢れんばかりの黄金の輝きに照らされる中でのクウラからの言葉。

だが、主からの貴重な金言は残念ながらザンギャの頭には全く入ってこない。

彼女はただポーッとなってクウラの顔を見つめていた。

さっき、自分を叱咤して臣下の分を弁えろ、と己に言い聞かせたのにすぐこの有様だった。

ザンギャの恋の病は重篤の一途を辿っているらしい。

 

その時、空の黄金は弾けて消えた。

 

天使の声が皆に届く。

 

「さて、これで願いは届けられました。

 第6宇宙のバランスが急速に戻っていくのを感知しましたから、

 そっちも問題なく元通りになっている筈です」

 

「いやぁ、あんがとなヴァドスさん。これでどっちの宇宙も大丈夫なんだよな?」

 

悟空もようやく安堵できたようだ。

破壊神選抜格闘大会のピリピリムードもどうにか消えて

今は再び穏やかな空気が場を支配し始めていた。

 

「姉上」

 

そこに悟空達にとって聞き覚えのある甲高い男の澄まし声が聞こえてきた。

振り返ればそこにはヴァドスと似た天使がいた。

 

「あら、ウイス。再起動したの」

 

姉たるヴァドスが表情一つ変えず言う。

悟空はストレートに喜びを顔に浮かべた。

 

「ウイスさん!よかったー!生き返ったんだな!

 ってことはビルス様も無事なんだな?姿見えねぇけど…大丈夫か?」

 

「あぁ悟空さん、ちょっと見ない間にまた腕を上げたようですね。大した方です。

 …それに、どうやら他の方々も…星喰も強くなったみたいですねぇ。

 ふふっ、あの星喰を仲間に引きずり込むなんて…やっぱ貴方、大したお人ですよ」

 

彼の、見慣れた胡散臭い笑顔が悟空には懐かしく思えた。

 

「あ~、そのことなんだけどよ…。

 クウラもちったぁ変わったと思う…

 だから、1ヶ月前のことは水に流して貰いてぇんだ…いいかなウイスさん」

 

「姉上とシャンパ様がそう判断したなら問題はないでしょう。

 試合は、先程私も水晶の記録で少し拝見させてもらいましたけど…

 確かにちょぉ~~~っとだけクウラも変わったみたいですし。様子見としておきましょう。

 それに…倒した悟空さんがそう仰るんですから、その判断を尊重します。

 その宇宙に生きる者たちの意思が大事ですからね」

 

「ふぅ~、よかったぁ!ありがとなウイスさん!

 で、ビルス様の姿が見えねぇけど本当に大丈夫なんか?

 来れねぇぐらい具合悪ぃとか?」

 

その言葉にシャンパも反応したようだった。

ぴくりと彼の猫のような大きな耳が動く。

 

「おほほほっ、いえいえ。そんなことありません。全く全然だいじょーぶ。

 でも、ちょっと本人も気恥ずかしいみたいで。

 皆さんの前に顔を出し辛いんじゃないでしょーかねぇ。ふふっ」

 

「恥ずかしい?なんでだ?」

 

悟空がきょとんしているが、後ろでベジータや悟飯は何やら察した顔をする。

彼らの更に後ろにはブロリーはやや眠たそうな顔で突っ立っていた。

今大会中、ずっとブロリーはうとうとしていただけで出番はとうとう無かった。

今、彼は寝起きで気怠いのだ。

早くナタデ村に帰ってココの膝枕で寝直したい。ブロリーが思うことはそれだけだ。

 

「だって破壊神なのに星喰と真正面から戦って判定負けのような終わり方でしたからね。

 プライドが傷ついたんですよ。久々に修行に本腰入れる気になったみたいです。

 しかも生き返ってみたら星喰は更に強くなっていますしねぇ。

 危機感も煽られたようで…久しぶりにやる気出してますよ。いい傾向ですねぇ…おほほっ」

 

ウイスが片手を頬に当てて笑うが、そこにヴァドスが少し嫌らしく微笑んでツッコミを入れる。

 

「あら、貴方もよウイス。

 貴方だって星喰に裏をかかれて負けてしまったんだから危機感を持ちなさい」

 

「ぎくっ」

 

ウイスがわざとらしく、だが少しだけ本当に気まずそうに眉根を曲げた。

天使の彼がこんな表情をするのもなかなか珍しい。

 

「で、でも姉上。あれは界王神がやられてしまったからですし…

 それに私達天使は中立ですから勝つも負けるも――」

 

「そうね、中立よ。

 でも、貴方はあの時その掟を破ってでも

 お気に入りのビルス様と第7宇宙の為に戦おうとした…違う?」

 

さすがは実の姉。弟の心はお見通しのようだ。

ウイスが目を逸らしたのが、指摘は大正解だという証拠だった。

 

「さてなんのことやら」

 

「掟を破る危険を犯してまで星喰と戦おうとしたのに、

 その直前に機能停止に追い込まれるなんて、実質貴方の負けじゃない…ウイス。

 情けないとは思わないの?」

 

「トホホ…。姉上のご指摘いちいち御尤もです…私もまだまだ修行が足りませんね」

 

ウイスが大げさな演技のようにガックリと肩を落とす。

あくまで剽軽なウイスだが、姉の()撃は効いているようだ。

 

「久々に愚弟(あなた)を鍛えてあげましょうか?」

 

「うーん…じゃあ、久々にお願いしちゃうましょうかねぇ…?」

 

ホッペタを軽く掻きながらウイスは少しぎこちなく笑った。

いつの世にもどんな種族にも弟は姉に敵わない法則は当てはまるらしい。

ウイスがたじたじになる珍しい光景に目を引かれる悟空達だったが、

なんと更に珍しいことがその場で起きる。

次から次に、起きる時は起きるもの。

珍しいことのバーゲンセールだ。

 

「ぜ、ぜぜぜぜ…全王様っ!?」

 

シャンパの大声が会場に響く。

天使の姉弟はその声に振り向くと同時に恭しく頭を下げ片膝を地につけた。

第6宇宙の界王神達も、そしてシャンパも慌ててそれに倣う。

きょとんとしているのは悟空達第7宇宙の面々だ。

全王と呼ばれた丸っこい子供のような宇宙人を、誰もが怪訝な目で眺めていた。

 

「ば、ばか!第7宇宙の奴らは何て恐れ多い奴らなんだ!

 ビルスの馬鹿は一体何を教えてんだ、まったく!

 さっさと頭を下げろって!!」

 

シャンパが大いに慌てて第7宇宙人達に跪くよう促してくるが、

それでも悟空らの頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいる。

 

「誰だあいつ?」

 

「あいつ!?」

 

悟空のざっくばらんな物言いにシャンパがヒステリックに叫んだ。

 

「あの方は全王様。

 界王神は勿論、破壊神も頭が上がらない全宇宙の神の頂点に立つ御方です。

 とっても偉い方で、全王様のお陰で全宇宙が存在しているも同然なのですよ」

 

おっとりと、敢えて優しく砕けた言い方で悟空に押してやるウイス。

驚愕しているベジータや悟飯、ピッコロらと違い「へぇ~」と呑気な反応を示し、

必死に頭を下げるシャンパを我関せずと眺めていた。

悟空の横ではクウラも腕を組んだ姿で立っていて、

悟空とは違って実に興味深い様子で全王を観察している。

だが、その目には当然尊敬だとか崇拝の精神は微塵も宿っていない。

全王を見つめるクウラの目は、恐ろしい程冷たいものだった。

 

「こ、これはようこそ全王様!ほ…本日はどういったご用件で…?」

 

作り笑いのシャンパ。全王が答える。

 

「あのね、きょうは勝手にこんなことやってるからね。

 注意しようと思って来たのね」

 

「ははっ!!も、申し訳ありませんっ!!」

 

低頭平身でシャンパはただ謝りまくる。

ひょっとしてこのまま叱責の流れで『消去』されるのか!?とシャンパは生きた心地がしない。

しかし、

 

「でもね、観てたらね。面白かったの~!とってもね!

 だからね、今度全部の宇宙の戦士を集めてね。

 やってみようかなぁ…なんて思っちゃった」

 

少し風向きが変わってきたようだ。

シャンパは頭を下げ続けて全王の言うこと全部に頷くYESマンと化している。

だが、それは情けないのでも何でも無い。

神という地位に在る以上その上司にあたる存在には従う義務があるし…

そして全王の気紛れと権能(消去)を知っているからこそヘコヘコするしかないのだ。

シャンパは自分の宇宙を守るために神としてしっかり働いていると言える。

そんな気紛れ全王の思いもよらない発言に誰よりも素早く、

そして大きな反応を見せたのは当然悟空だ。

 

「おっ!?本当か全王様!よぉ~しやろうやろう!

 オラ、今回の大会ではちっとばかし不完全燃焼でさ!

 クウラにおいしいとこ全部持ってかれちまったからよ…是非やろうぜ!」

 

シャンパの頭を下へ押し退けてズイッとやってきた。

全王の真ん前に顔を突き出し、喜色満面でウキウキな悟空を

全王の付き人の二人は忌々しそうに睨む。が、全王は然程気にしていないように見える。

 

「うん、やろうね。近いうちにね!」

 

全王も微笑みを浮かべて悟空に答えた。

悟空の背後ではシャンパが、

そして全王の両サイドでは付き人が慌てたり怒っていたり忙しそうに表情を変化させている。

だが悟空はそんなことお構いなし。

 

「約束だぞ!」

 

右手を突き出す悟空。

全王に握手を求めていた。

僅かな間、キョトンとしていた全王だがすぐに悟空の手を握り返し、

 

「うん。約束……あ。そうだ。あとね、きみ。ちょっとこっちきて」

 

悟空と握手をしていない方の腕…左手で手招きをする。

手招きされたのは…

 

「…俺に何のようだ」

 

なんとクウラだった。

シャンパが心の奥で叫び声を上げた。

(ああああああっ!!ヤバイ!絶対ヤバイ!あいつ全王様に絶対失礼なことするよ!!)

第7宇宙の消滅を予感し、

そして連座して第6宇宙までも消える未来をシャンパは容易く想像できた。

 

「ねぇーねぇーこっちきて」

 

紫と水色のストライプ柄の絶対神が手招きをし続ける。

 

「おいクウラ。全ちゃんが一生懸命呼んでんだから来てやれよ」

 

大した気が感じられないこと。

明らかに小柄で未成熟な肉体。

非常に子供っぽい口調、声と仕草。

それらから、神様の頂点とはいえデンデのようにまだ子供なのだろうと思った悟空は、

完全に全王を『まだ発展途上のあどけない少年神様』とでも見ていた。

故に親戚の子供に対するおじさんのような態度で接する。

 

「全ちゃん?」

 

全王が、握手を求められたときのような顔でまた悟空を見る。

勿論、他の連中(破壊神や付き人や界王神達)はアガガッと口を開いて愕然としていた。

 

「ん?全王様だから全ちゃんだ。

 また大会開いてくれるってありがてぇ神様とはオラ友達になっておきたいしな!

 友達はあだ名で呼ぶほうがらしいだろ?だから全ちゃん。嫌か?」

 

「きみ、ぼくと友達になりたいの?」

 

「おう!オラと友達になろうぜ」

 

「ふーん…。うん、いいよ!全然嫌じゃない」

 

ニコリと全王が笑う。悟空も笑い返す。

そして全王はまたクウラへ視線を戻して手招きを再開した。

 

「おーい、ほらクウラ。全ちゃんが呼んでっぞ」

 

果たして悟空(こいつ)は自分がどれだけ薄氷を踏む行いをしているのか理解しているのか。

クウラは秘かに舌打ちをしながら、今はまだ敵わない全王の手招きに応じた。

が、数歩、彼らに近寄っただけだ。

これがクウラの最大限の譲歩だった。

 

「なんだ。要件があるならそこから言え」

 

クウラの態度に第6宇宙の神々は卒倒しそうだった。

いや、実際に界王神はその場に倒れた。

 

「握手しよ」

 

全王はへらへら笑いながら、まだ手招きをしている。

 

「…何故だ。俺のような邪悪な小物と触れ合うと…

 そら、そこにいる付き人共が拗ねているぞ」

 

せせら笑いと共にやや自虐し、尖った気を僅かに漏らした付き人二名を顎で示すクウラ。

 

「…きみたち、機嫌悪いの?」

 

途端に無表情となって己の付き人を見つめる全王。

彼の目は、どこかクウラ以上に無機質で冷たい。

付き人らは必死になって首を横に降る。

 

「ほら、誰も機嫌悪くないよ。おいで、クウラくん!握手しよ」

 

「…」

 

だが、クウラはそれでもそこから動かない。

全王も次第に無表情になって来て、

それを見たシャンパは「もうダメだ!」とたじたじだったが、

 

「仕方ねぇなー。ごめんな全ちゃん…あいつ強情で、ちょっと素直じゃねぇとこあるからさ。

 よっと…」

 

「わっ」

 

悟空が全王を小脇に抱えて自分からクウラの元へ駆け寄った。

そして、クウラの手を無理やり持ち、そして反対の手でこれまた全王の手を持ち…

 

「ほら、握手握手」

 

無理やり握手させてしまった。

全王はニコリと微笑んで、そしてクウラはあからさまに不機嫌な顔をした。

 

「わー、本物のクウラくんの手だ。あのねあのね!

 ぼく この大会観ててね?きみがすごく強いから昔のこと、ちょっと調べたの」

 

全王は見た目と声、口調に相応しい、どこか本当に少年染みたキラキラとした表情を見せ、

予想外の笑顔にクウラでさえやや鼻白む。

 

「そしたらクウラくん変身してたの!

 シャキーン!ってマスクして目が光ってかっこよかったの!

 声もロボットっぽくなってかっこいいの!

 しかもクウラくん本当のロボットにもなれるんでしょ?すごいのね!

 すごくかっこよくて、ぼく熱中して見ちゃった。

 サインほしいのね!そしたら宇宙をめちゃめちゃにしたの許したげる。

 願い玉で第7宇宙は直ったしね。特別なのね。

 だからちょうだい?」

 

全王は神々の頂点。

それは間違いないが、同時に無邪気な子供のような残酷さもある。

そして…一部感性も子供のように純粋というか、無垢なものだったみたいだ。

子供が変身ヒーローやクール系キャラだったりロボット系が好きだったりするように、

どうもクウラの最終形態やメタル化が全王にはお気に召したらしい。

全王のこの反応にはクウラも戸惑いを隠せないようで、

 

「サイン……だと?ふざけているのか?

 貴様が俺に惹かれる要素など…見当もつかん。どういうつもりだ」

 

どう対応したものか、と少々苦慮しているのが悟空には可笑しかった。

 

「さっきも言ったのね。だってかっこいいからなのね。だからね、サインがほしいの」

 

全王はクウラの手を離さない。

クウラもまた、気分次第で消滅パワーを行使する存在が

キラキラした無垢な笑顔で自分の手を握って褒め殺す、という現象に戸惑い続けている。

それを見て悟空がとうとう吹き出した。

 

「ぷくく…いいじゃねぇかサインくらい!

 オラもおめぇの変身はかっこいいと思うぞ」

 

「貴様は黙っていろ…猿め。

 チッ…やはり神の精神性は異常だな…この俺にサインだと?

 …俺は所詮その程度…敵とすら見えない、ということか。

 ……第一、俺の変身は見世物ではない」

 

そんなやり取りをしている彼らの遠く背後ではザンギャを除く機甲戦隊らが

「やったぞ!全宇宙の暫定至高神にクウラ様の美しさが認められた!」などと、

円陣を組んで騒いでいたがとりあえずそれはどうでもいいことだった。

ザンギャも一人、「当然だね」という顔をして頷いていたらしい。

 

ぶんぶんと己の腕を振ってくる全王を見て、

クウラはとにかくこの場から離れたくて仕方ない心持ちだった。

それに、孫悟空に敗北し彼の決めた処遇を受け入れると決めたのはクウラ自身。

つまり悟空の要請に応じて、サインをする決意を固めた。

これも精神修養の一貫と思い、怒りの感情を鎮めて霧散させる。

 

「………まぁいい、ここでへそを曲げられて消されてもつまらんからな」

 

悟空が言うから仕方なく…等とは口が裂けても言えないクウラは、

取り繕ったような言い訳をしながら

全王が何処からか取り出した色紙に向かって指を突き立てた。

彼ら程の身体能力があれば指の摩擦だけで文字を書ける。

クウラは意外と達筆であっという間に彼の名が神族言語で色紙に刻まれるのだった。

 

「わぁ、ぼくらの言葉でかいてくれたのね。ありがとうね、クウラくん!」

 

「約束は果たした…さっさと手を離せ」

 

クウラがやや乱暴に全王の腕を振りほどく。

背後に控える全王の付き人は額に血管をこれでもかと浮かべて怒りを抑えているが、

 

「ありがとうね、クウラくん!ぼくの椅子に飾るね、これ!」

 

仕えるべき絶対神は嬉しそうにしている為動けない。

それに血管を浮かべる程怒りながらもそれを抑えているのは付き人だけではない。

当のクウラもそうなのだから()()()()だろう。

 

「じゃあね、孫悟空、クウラくん。また大会で会おうね!」

 

付き人二人の腕にぶら下がった全王は、そう言い残し満面の笑みで姿を消した。

悟空は笑顔でそれを見送り、そしてクウラは仏頂面で見送る。

他の者達はようやくホッとした様子で、皆肩の力を抜いて溜息をついていた。

皆、悟空とクウラに一言物申したい…そんな恨めしい顔で二人を見ていて、(機甲戦隊除く)

 

「…どうにか、無事終わった…………。

 ………………あのさぁ…あのさぁ。あのさぁ!

 おい星喰…そっぽ向いてんな!お前だよお前!それに孫悟空!貴様もだ!

 お前らのせいで俺の寿命が1000年は短くなったと思うんだが!

 なんなんだお前ら!すっげぇ無礼だよ!逆にスゲェよ!

 見てる俺のほうがハラハラしたよ!

 ある意味格闘大会以上にエキサイティングだったろうが!!」

 

「へへへっ」

 

「それはよかったな。下らん大会以上に喜んでもらえたわけだ」

 

「皮肉だよ!!なんで孫悟空はちょっと誇らしげなんだ!?喧嘩売ってんのか貴様ら!」

 

とくに第6宇宙の破壊神がお冠だ。

頭から湯気を吹き出しているのが幻視できるぐらいお冠だ。

クウラとしてはいい加減この茶番劇から退場したかった。

これ以上ここにいたら、本当に破壊神や天使達に喧嘩(殺し合い)を仕掛けてしまいそうだ。

 

「…とにかく、これで俺の役目は終わった。

 第7宇宙は元通りに修復されたのだから、もう俺は無罪放免だ。

 それでいいな、ヴァドス」

 

「えぇ、シャンパ様の約束ですから。それで結構ですよ」

 

「あらら、姉上ったら星喰とそんな約束をなさったのですか?」

 

ウイスがジト目で姉を見るが、姉は何処吹く風。

 

「仕方ないじゃない。シャンパ様がそう言ったんだから」

 

ペロリと舌先を出してまるでイタズラがバレた小娘のようだった。

もう完全にここにいる理由は消えた。そう判断したクウラが己の配下らに命を下す。

 

「機甲戦隊!全員、帰還するぞ!」

 

「「「ははっ」」」

 

「はい」

 

サウザー達と、そしてザンギャが答えると同時に姿を消した。

彼らもまたクウラのナノマシンの恩恵によって瞬間移動ができる。

だがクウラと比べると気の残り香も多く、

精度も距離もクウラや界王神、悟空やヤードラット星人ほど洗練されてはいないが。

臣下が消えたのを見届けて、いよいよクウラも帰還する…寸前、

 

「おい、クウラ。明日は朝7時にカメハウスに集合だぞぉ~!

 オラだけじゃなくてじっちゃんにも修行つけてもらうからよ」

 

悟空が手を振りながらそんなことを言った。

クウラが眉根を寄せる。

 

「あんなジジイに?今更俺が何を教わるというのだ」

 

「じっちゃんは亀仙流を誰より理解してる。

 それにオラより教えんの上手だからさ。

 単純な体の強さとかだけじゃねぇんだよ、亀仙流ってのは」

 

クウラは尚も不審の眼差し。

だが、軽く溜息を吐き出して了承の返事を投げやりに寄越した。

 

「…仕方あるまい。だが、修行でそのジジイが死のうと俺は知らんぞ。

 今のうちに己が師匠と今生の別れでもしておけ」

 

そしてクウラはさっさと瞬間移動で消えてしまう。

相変わらずの唯我独尊っぷりだが、それでも大分マシになったと悟空は笑う。

そして明日からの修行や、

次回行われる全12宇宙から猛者を集めての大会のことにも思いを馳せて心を踊らせると

もう笑顔が漏れるのを止めることが出来ない。

 

「くぅ~!あぁ楽しみだ!なぁ悟飯、ベジータ、ブロリー!おめぇらもそう思うだろ?

 今回はぜんっぜん戦えなかったしなぁ。

 特にブロリーは残念だったよな。ずっと寝てて試合終わっちまうなんて!」

 

「…別に俺はそれで構わない」

 

肩を組んでくる因縁のサイヤ人を睨みながら、ブロリーは興味なさげに呟いた。

 



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クウラ’’ルート if章 金銀兄弟編
クウラと亀仙流の教え


S.H.Figuartsクウラ最終形態 発売決定記念投稿


「こんなバケモン連れてきてわしにどないせーちゅーんじゃ」

 

カメハウスにやってきた宇宙の帝王の兄を見て亀仙人は途方に暮れる。

連れてきた犯人、孫悟空は快活に笑って「またまたー」とか言っていた。

 

「そんなんじっちゃんに修行つけて貰いに来たに決まってるじゃねぇか」

 

「あほ。こんな奴に教えることなんてなんもないわい。

今更、牛乳配達や素手で畑耕すレベルじゃないだろうが」

 

亀仙人は遥か次元の違う高みに行ってしまった弟子を見て呆れ果てる。

だが、そんな今でもこうして師として頼ってくれることに対しては、一個の武人として純粋に嬉しいと武天老師は思うのだった。

 

「オラだって今更体作りとか教えてもらうつもりはねぇさ。

じっちゃんには、こいつと一緒にさー、昔のオラ達みてぇに一緒に暮らして貰いてぇんだ」

 

「なっ、なんじゃと!?」

 

亀仙人はサングラスがすっ飛ぶ勢いで驚く。

大人しく話を聞いていたクウラも「何を言い出すんだ」とばかりに目を見開いていた。

 

「そんなん嫌なんじゃけど。

こんなおっかない奴と一緒に暮らしたら安心してピチピチギャルのわんつー体操を見ることもできん。

わしゃーいやだもんねー。こいつだって嫌がっとるし」

 

じゃあね、とお手手をひらひらさせて亀仙人は踵を返す。

もうすぐ14:55。『ピチピチギャルのわんつー体操』の放映時刻が近いのだ。

愛弟子とはいえ荒唐無稽な青写真に何時までも付き合えない亀仙人であった。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよじっちゃん!

頼むよ!ほんと、一緒に暮らすだけでいいんだ!

それがこいつには一番勉強になるとオラは思ってんだ!

こんなの頼めるのじっちゃんだけなんだよ!頼んます武天老師様!」

 

むむっ、と亀仙人が足を止めた。

 

「…本当に、こいつと組み手とかはしなくていいんじゃな?」

 

「うんうん!しねぇでいい!

よく動きよく学びよく遊びよく食べてよく休む…亀仙流の奥義を教えてやってくれよ!

クウラの体はもう充分鍛えられてっから後は武術に関する心構えだけなんだ」

 

亀仙人は長いひげをわざとらしく撫で回し、コミカルに大袈裟な仕草で考え込む…フリをする。

 

「…う~む。可愛い弟子からの頼みじゃしな。

じゃあピチピチギャルを連れてきてぱふぱふさせてくれたら家に置いてやってもええぞい」

 

「うひゃあ、またそれか。懐かしいなー」

 

悟空は感慨深いような、呆れるような嬉しそうな表情でサイヤ人特有の変わらぬくせっ毛をボリボリと掻いて困り顔。

無論、心底困っているわけではない。というように見えてその実、本当に困っているのかもしれない。

亀仙人と悟空の会話を聞いているうちにクウラは頭痛がしてくる思いだ。

既に帰りたくてたまらない。

 

(あまりに下らん…なんのつもりだ、孫悟空。俺への精神攻撃の一環か…?)

 

本当にこれが修行なのかとかなり強く疑っているクウラである。

 

「ちゅーわけでクウラ。おめぇんとこのザンギャ?っていったっけ?

あいつ、ちょっと連れてきてくんねぇかな」

 

「何故だ」

 

「あの子なら絶対じっちゃんも満足すると思うからさ」

 

「満足…?」

 

「うん。ザンギャにぱふぱふやってもらうんだ」

 

クウラの片目が怪訝そうに歪んだ。

 

「パフパフ…?」

 

「なんだおめぇ、ぱふぱふも知らねぇのか」

 

悟空とて幼少の頃はそういった知識が皆無で、ブルマにゴールデンボール(男のふかふか袋)がついていない事などに驚愕する純真無垢な少年だったものだが、月日が経つのは早いものである。

今では悟空はぱふぱふを教える側に成長していたのだ。

「ぱふぱふっちゅーのはな――」こんこんと動作付きで、クウラに説明してやる悟空という図は大変滑稽な光景だろう。

 

「な?分かったか?」

 

「…」

 

悟空がかんらかんらと朗らかに笑いつつクウラに確認をとれば、クウラは無言のまま薄く笑う。悟空とは逆に、その笑顔は酷薄だった。

その瞬間、カメハウス周辺の気温が10度近く下がった。

そう錯覚する寒気がクウラから発せられていた。

 

「あまり笑えん冗談だ、孫悟空」

 

「ちょ、ちょっと待てって。気を抑えろよ!」

 

苦笑いに変わった悟空が必死にクウラをなだめる。

クウラの顔は無表情だが、赤目の瞳孔は小さくなって三白眼で悟空を凝視していた。

鋭い目で睨まれるよりもある意味恐怖を感じる表情であり、悟空は必死に弁明を展開する。

 

「ちゃーんと理由があるんだって!

じっちゃんは若いギャルが好きなんだ!」

 

「…それで?」

 

「おめぇんとこのザンギャは、見た目は若くて可愛いだろ?じっちゃん好みのギャルだからよ!

だからあのザンギャって娘がじっちゃんにぱふぱふさせたりパンティーあげたりしたら、晴れておめぇはじっちゃんの弟子になれる!

オラが保証する!」

 

「………………………そうか」

 

「わ、わかってくれたか?そうすりゃおめぇは心が穏やかになって神の――」

 

ホッと悟空は安堵の息を吐いた。

が、次の瞬間には今までの和解ムードは何だったのか…

と言う程の苛烈な攻撃が開始されるとは流石の悟空にも予想できなかった。

 

「うおっ!!!?」

 

本能的かつ瞬間的に超サイヤ人ゴッドへと変身して亀仙人を小脇に抱えて身をかがめる悟空。

さっきまで悟空と亀仙人の上半身があった場所を

割と笑えない威力で繰り出されたクウラの回し蹴りが通過したのだった。

哀れ、カメハウスは屋根が切断され上半分がぶっ飛ぶ。

 

「ちょ、ちょっと待てよクウラ!?

変身しなきゃ避けられなかったし、当たったらオラやばかったぞ!?

じっちゃんまで危ねぇとこだったじゃねぇか!」

 

「一度死んだほうが良いと思ってな…貴様ら師弟は」

 

座った目で悟空と亀仙人、双方を見ているクウラは二撃目を繰り出すのが満々に見える。

 

「いや、オラ何度も死んでるし…じっちゃんもピッコロ大魔王の時に…――って、やべっ」

 

「おい悟空っ!?やっぱコイツまだ滅茶苦茶怖い奴じゃぞ!

う~む、こうなるとは思っとったがそれでもザンギャちゃんのぱんちーは拝みたい」

 

悟空は亀仙人を抱えたまま全力で空へ逃げた。

抱えられた亀仙人はずっとぶつくさ文句を言っている。

 

「うわっ!あっちゃっちゃっ!あぶねー!破壊光線連発しやがって!」

 

同速度で追いすがるクウラは瞳からレーザーを連射していて、その全てが悟空や亀仙人をギリギリ表面を薄っすらと焼いてくるものだから生火傷が次々に悟空の皮膚に刻まれた。

 

「あちゃちゃちゃ!おい悟空、わしにも当たっとる!」

 

「我慢してくれってじっちゃん!いやー参ったなぁ~!

クウラの奴あんな怒んなくてもいいのに!」

 

なんであんな怒るんだ、と悟空は本気でクウラの怒りの理由が分からない。

ザンギャはクウラの恋人や妻ではない。

それは当人達も認めていることだ。

だから(ただの部下のおっぱいやパンティーくらい別にいいじゃねぇか)と悟空は思ってしまったのだ。

だが、言い出した張本人とはいえ、その点はさすが亀仙人は年の功。

理解していた。

しかし理解はしていても男の浪漫(ぱふぱふ)を止められるかどうかはまた別問題なのである。

己は理解しつつもロマンの為に今現在こうした状況になっているが、理解出来ていなさそうな弟子を見て亀仙人は渋い表情となっていた。

 

「…やっぱお前の常識はもっと徹底的に教育しとくんじゃったかな?」

 

「じっちゃんは分かるんか?クウラが何で怒ってんのか」

 

「当たり前じゃ。伊達に長生きしとらんわい。

あれはな、つまりクウラはザンギャちゃんのぱいぱいを独り占めしたいんじゃ」

 

「そうか!!クウラのやつ結構あの娘のこと好きだっ―――」

 

腰にしがみつく亀仙人の顔を見ながら、悟空が両手をポンッと打ったその瞬間…。

 

「「うぎゃああああっ!!!?」」

 

クウラのエネルギー弾が二人に直撃して

二人は火だるま状態ながらどこかコミカルに眼下の海に落下していった。

直ぐに海上に顔を出した二人は不思議と大怪我はしておらず、たらふく飲んでしまった海水を噴水のようにピューっと吹き出した。

襲ってきた宇宙の帝王一族の長兄は変身もしなかったし、クウラからしてみれば一般人と大差ない程に戦闘力で遥か下を行く亀仙人が、結局軽傷程度で無事だったのを見てもクウラがきちんと手加減を心掛けていたのは間違いない。

だが、それでもその日…悟空と亀仙人はぼろぼろになるまでクウラに追い回されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クウラが悟空にそんな修行に半ば無理矢理突き合わされていた頃…、第7宇宙のとある惑星で秘密の計画を推し進める者達がいた。

 

「我々が生き返った理由は分からんが、折角生き返ったのだからやらねばならんことがある」

 

コアラのような鼻を持つ小柄な宇宙人。

彼の格好はとある組織でユニフォーム代わりに使用されているものだ。

言うまでもなくフリーザ軍の戦闘服で、それの旧式の物を彼は着用していた。

その者の名はソルベ。

フリーザ存命の頃、第7宇宙の第3星域の統治を任されていた頭脳型の内政官だった。

彼を守るように左右に控えているのはタゴマとシサミ。

タゴマはひょろ長い長身痩躯の禿頭…ゴーグル型のスカウターを装備している男であり、そしてシサミはがたいの良い筋肉質の男で、牛のような2本の角と赤い肌が特徴的な戦士である。

彼らは共に思いつめた鋭い目でソルベの言うことに頷き、

 

「フリーザ様を蘇らせ、そしてフリーザ軍のかつての栄光を再びこの手に…」

 

「…そして、臣従を申し出た俺達を突然襲い…殺戮の限りを尽くしたクウラ様に……いや、クウラに復讐をするのだ!」

 

そして憎悪に燃える瞳と口調で恨み節を各々が吐き出した。

ソルベもタゴマもシサミも、あの時の事を思い出すと心がどうにかなる程の恐怖が甦って震えが止まらない。

銀色のクウラ…メタルクウラを最初見た時はソルベ達は歓喜した。

宇宙の帝王フリーザは武運拙く死亡したが、その実兄でありフリーザ以上の実力者クウラが彼らの前に現れた。

残党はクウラ軍として吸収・再編されて新たな旗頭に導かれ、また宇宙に覇を唱えられる。

そう思ったのだ。

だが実態は真逆。

最悪の地獄が彼らを待っていた。

銀色のクウラそのものに思えるヒューマノイドマシーンが何体も現れ、フリーザ軍残党の同志らを生きたまま()()するという惨劇。

ソルベを含む残党は、混乱と困惑、怒りと絶望、そして圧倒的な恐怖の中で死んでいった。

尊敬と崇拝は逆転し、憎悪と怒りに変じてしまったのも当然と言える。

 

「ドラゴンボールが確実に存在する惑星に、早急に赴くぞ…!目指すは…地球だっ!!」

 

超ドラゴンボールによってクウラに破壊された者全てを蘇らせた結果…彼らもまたクウラに滅ぼされた事から復活したが、当時の惨状もそのままに復活したから現状は窮しているのだ。

復活した所で崩壊寸前の彼らが必要とするモノが地球にはある。

クウラへの復讐と、そして組織の維持と再拡張の為にも欠かせぬものだ。

地球に、またも不穏な影が近づいていたのだった。

 

 

 

 

――

 

 

 

とはいえ、フリーザもギニュー特戦隊もサイヤ人部隊もいないフリーザ軍など、チャーシューも麺も入っていないラーメンのようなもの。

あれだけ外連味たっぷりに復讐の狼煙をあげたものの、ソルベとタゴマの二人は極めてこっそりと、そしてビクビクと地球にやってきていた。

 

「なんか、我々…本当に情けないですね…」

 

タゴマが自虐的な表情をたっぷり浮かべて言えば、ソルベは逆ギレ気味に反論する。無論小声でだ。

ここで多少大きな声を出しても、かつてフリーザを倒したサイヤ人もこの付近にはいないし大丈夫なのだが、彼らの根っこの小心さが小声を出させているのだった。

 

「当たり前だ!我々なんぞが勝てるわけない相手がここにはわんさといるんだ…正直、地球だけは来たくなかった…!

ここはフリーザ様を倒したサイヤ人共が根城にしていて、しかも何故か…心底誤報であって欲しいが、クウラ様…いや、憎きクウラの姿まで観測されている始末。

なんなのだコレは…イジメか!?

ナメック星人は見つからず、こんな惑星にしか使えそうなドラゴンボールがないだなんて…我々は運命にイジメられているっ!」

 

コアラのような小男は、小声ながらも拳を振り上げて力説している。

なんとも情けない残党組だが、しかし目的はしっかりと果たしていた。

もはや残党軍の維持も難しい程に限界ギリギリのガタガタであったが、実に都合の良いことにドラゴンボールを集めている者達がいたのはスパイ衛星から既に分かっていた事。

その者達(ピラフ一党)から6つのドラゴンボールを奪い取ると、ソルベ達は落ちぶれたとはいえ圧倒的な武力的示威行為でピラフ一味を走狗として7つ目のドラゴンボールを取得。

そしてとうとうフリーザの復活に成功したのだが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ソルベとタゴマが小型宇宙艇で地球に来る少し前、地球――

 

 

『クウラ様』

 

クウラの脳内にテレキネシスの一種である超空間通信が響いた。

声の主はサウザーだ。

呼ばれたクウラはというと、なんとおとなしくカメハウスにて亀仙人と悟空と暮らしている真っ最中である。

それが修行であると、己に勝利した悟空が言うので仕方なく…であるが、それでもあのクウラが地球人とサイヤ人と共同生活をしているのはある種異様な光景だ。

クウラは、最初は独り屋外に立ち尽くして腕を組み、瞑想しているかのように長い時間そうしていたが、やがて悟空に「じっちゃんとオラと一緒にいるのが修行なんだぜクウラ。いいからこっち来いよ」と言われてしまってかなり渋い顔で従う。

結果…今、クウラ赤いソファーを独り占めして不機嫌そうに踏ん反り返り、亀仙人がテレビを見ている様を眺めている。

クウラ自身、「いったい俺は何をしているのだ」という思いが度々湧き上がってくるが、その度に(これも…精神修行と思えば…成程、この過度のストレスは中々だ)と己に言い聞かせた。

しかし、思ったよりも役立ちそうな技術に繋がるモノが学習出来ているのも確かだった。

 

例えば、暮らすだけでも精神の平静を保つ努力が必要な今の日々は、いかなる状況でも冷静さを失わない訓練になるし、また、全てのものが壊れやすく脆い地球人の道具を使った生活は、パワーの繊細なコントロールに繋がる。

クウラの種族…コルド一族は、あまりにも生命として強すぎる故に、パワーの細やかな調整を苦手とする種族的特性があった。

だからこそ、彼らの種は力を抑える省エネ形態を使用する。

個体差はあれど、第一から第三程度に分類し、エネルギーを抑制し…必要に応じて順次開放するのだ。

クウラは、そんな自種族の〝弱腰対応〟が好きではない。

 

「自分を強化する為の変身というならまだしも…パワーを制御出来ぬからと、わざわざ弱体化する変身に頼るとはな。惰弱に過ぎる…!己の不甲斐なさに腹が立たぬのか!何故克服しようとせぬのだ!」

 

そのように憤慨し、栄光ある種族である自分達にはあまりにも相応しく無い後ろ向きの変身だと思う。

だからこそクウラは真の形態(トゥルーフォーム)でもパワーコントロールが出来るようになるため常にその姿でいたわけだが、その結果、クウラは真形態でのパワー制御に成功。

それだけに留まらず、一族で初めて〝強化する為の進化的変身〟に辿り着いたのだ。

紛れもなく()()であったフリーザも辿り着けなかった〝もう一段階の変身〟。

クウラは自分を(才能では弟に劣る)と自己評価していたし、また父コルドも似た評価をクウラに下していたが…不断の努力が才能を凌いだ決定的瞬間であった。

そういう意味で、クウラと悟空は似た気質があると言える。

武の頂きへと至る為ならば、クウラも悟空も理不尽に思える理解し難い修行に望む。

そういう二人だった。

 

それはそれとして、今はサウザーだ。

従順一途な忠臣が修行に割って入る程の連絡だ。重要な事柄に違いない。

クウラは良く聞き知った部下の声に耳を傾けた。

 

『サウザーか。なんだ』

 

『修行の邪魔をしてしまい申し訳ありません』

 

『構わん。さっさと言え』

 

『ハッ。実は、ビッグゲテスターのレーダーに引っ掛かった宇宙船が一隻…地球に向かっております』

 

クウラは些かも動じずに、さも当然であろうという風に静かに返す。

 

『ふん…フリーザの部下共の事か』

 

『既にご存知でしたか!さすがはクウラ様!』

 

基本的にビッグゲテスターの捉える情報の全てはクウラが知る所だ。

なにせ機械惑星ビッグゲテスターのコアユニットはクウラその人であるのだから。

悟空への敗北を認めた際に、クウラは悟空の要請に従って量産型メタルクウラと量産型ビッグゲテスターを破棄している。

だが、実を言えば宇宙中に侵略と捕食用の…謂わば攻撃的(アタック)量産型ビッグゲテスターをバラ撒く事こそ止めたクウラだが、それらを改修して防衛と情報収集の為の防御的(ガード)量産型ビッグゲテスターとし、今も様々な宇宙の異次元に潜ませていた。

神々に見えぬよう、それ専用のジャミングまでして機密漏洩対策万全なのは勿論だ。

それは、クウラが悟空との約束を反故したわけではなく、万が一の為のバックアップとデータ収集の為のビッグゲテスターならば違反にはならないという判断の為だ。

勿論、悟空に報告も相談も無いのは、丸くなりつつあるとはいえ唯我独尊傾向の強いクウラならではである。

 

サボリ気味の一部の破壊神や、あまり下界に関心を持たない天使、大神官、全王よりも、ひょっとしたら宇宙の事に詳しいクウラ。

そんな主に相変わらずの敬愛の念を抱きつつサウザーは言う。

 

『我らの傘下にはないとは言え、今は亡き弟君フリーザ様の遺した軍。対応はいかが致しますか』

 

サウザーとしては、クウラがフリーザ軍残党を襲撃、吸収したのを知っている為に撃ち落としておきたいのが本音だ。

しかしクウラは、

 

『放っておけ』

 

素っ気無い態度で放置を宣言した。

主のその言葉にサウザーはほんの少しの杞憂を示す。

かつて、その一言が原因で(クウラ)は孫悟空に敗れさったからだ。

 

『…よろしいのですか?恐らく残党軍の狙いは…――』

 

『分かっている。その上で俺が言うのだ…放っておけとな』

 

重ねて言われればサウザーに否は無い。

 

『ハッ。かしこまりました。奴らの行動は黙認します』

 

主の言葉を直ちに飲み込んで、最後に「失礼します」と締めくくりそれきりサウザーの声が脳内から遠ざかり消えた。

 

「フッ…」

 

自然とクウラの口角が薄く上がったのは、クウラ自身、発した言葉に思うものがあったからだろうか。

それに気付いた悟空がテレビから目を離し振り返る。

 

「なんだぁ?クウラ、おめぇも今の面白かったんか?」

 

「さぁな」

 

素っ気無く、興味はさらさらないとでも言いたげにクウラは冷たく返した。

悟空の指摘は全くの的外れで勘違いであるが、だが彼が投げ掛けてきた言葉はある意味で当たっているだろう。

クウラは少々自虐的に(そうだ…、面白い。確かに、面白いのだ…俺はそう感じたらしい)と、そう心の中で独白する。

弟が蘇るかもしれない。

そして自分に挑みかかってくるかもしれない。

そう思うと、クウラは確かに面白いという感情がふつふつと湧き上がってくるのを実感できた。

悟空から見ても、クウラが徐々に変化してきているのが分かるらしく、

 

「へへへ…こういうのを見て笑えるようになってきたら、心にも余裕が出てきたってことだ。

ウイスさんも言ってたけどよ、いつも張り詰めてちゃいざって時に発揮する力の質が下がる。

でもウイスさんが言ってた事ってよぉ、オラはじっちゃんが言ってた〝武道を学ぶことで心身ともに健康になり、手に入れた余裕で人生を楽しむ〟っちゅーのと同じだって思うんだ」

 

彼は嬉しそうな顔で朗らかに笑いながらそう言った。

悟空は気さくに言葉を紡ぐ。

 

「ずいぶん前の事だから忘れてたけど…思い出せたんはおめぇのお陰だな、クウラ。

昔のベジータみてぇにいっつもピリピリしてるおめぇを見て、それじゃダメだって思ったから思い出せたんだ。

だからおめぇももっと余裕を持って無駄を楽しめよクウラ。

その方がいざって時に力が爆発するぜ」

 

 

クウラの無表情の中に、ほんの少しの〝楽しそう〟だとか〝嬉しそう〟だとかの感情があるのを見抜いた悟空は、彼がそういう感情を見せたきっかけを勘違いしたままとはいえ流石の慧眼だった。

クウラの心に()()()()()の片鱗が見え隠れし始めたのは、恐らく正解だ。

(…フリーザが蘇り、俺に立ち向かってくるのを待ちわびる。……俺にこんな感情がまだあったとは。俺も…まだまだ甘いということか)

唾棄すべき愚かな感情と断じていた〝甘さ〟。

今もクウラはそう思っている。甘さは捨てるべきだ。

だが、戦闘力で下回りながらも幾度も己に勝ってくる(悟空)が、〝その甘さを許容せよ〟と言うならば、再びこの感情に向き合う事に挑戦してもいい。

そういう思想に、クウラは傾きつつあった。

 

「…おっ、もうこんな時間か。そろそろ休憩時間終わりにして、オラと組み手しようぜ」

 

「ふん…くだらん時間もようやく終わりか。表へ出ろ、孫悟空…相手をしてやる」

 

立ち上がる二人。

亀仙人はそんな二人を見ることもせず、テレビ画面に釘付けになりながら両者へエールを送った。

 

「それが終わったら二人で晩飯も頼むぞい。今日はカレーがええなぁ~。

組み手はほどほどにするんじゃぞ~衝撃波で家壊すなよ~」

 

枯れ葉のような老いた手がひらひらと振られ、いってらしゃいと見送られる。

それをクウラはしかめっ面で見るのみだ。

 

「あんなジジイが孫悟空の師匠とはな……ふざけた野郎だぜ…」

 

呟くクウラが、この後の組み手を盛大に衝撃波を巻き起こす過剰なものにしたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、夕飯のカレーはサウザーが作ったものをビッグゲテスターから転送(デリバリー)させた。

悟空ですらヒーヒー言うほどの激辛カレーだったが絶品だったという。

 



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それぞれの1年

紆余曲折を経てフリーザは復活した。

最新式の大型医療ポッド(メディカルマシーン)から出てきたフリーザは、鈍りきった体の動きを確かめつつ周囲の者たちの姿を見る。

そして場の雰囲気から、自分の復活を主導したリーダーらしき小男へ視線をスライドさせた。

 

「あなたは…」

 

どこか見覚えのある小男であった。

 

「第3星域で参謀を務めていたソルベです!お、お忘れですか…?

何度かお会いした事も…あ、あるのですが…っ」

 

「………あぁ、思い出しました。勿論覚えていましたよ」

 

そう答えたフリーザだが、その実ソルベの記憶はそこ止まりだった。

顔と名前が一致する程度である。

それ以外の者に至っては全く記憶にない。

フリーザは一定以上の強さを持った者にしか興味を示さない。

或いは面白い能力を持っていたりの所謂一芸入隊の者であったり、側近だったり、直属の指揮下にあった中央軍団のメンバーの顔は知っている。

末端兵士であったサイヤ人のラディッツやアプールの顔と名前まで覚えている記憶力であるから、そのフリーザが覚えていないという事は、今周囲にいる者達はかつて中央のレベルではないと判断された辺境組・雑用組だろう。

フリーザは地球人のように気の感知が得意ではないが、スカウター無しでも今周囲にいる兵達が取るに足らぬ雑魚ばかりであることは確信できていた。

この場にフリーザの御眼鏡に適いそうな者はいないようで、小さな溜息が思わず漏れる。

しかし…、

 

「フリーザ様の御為に、かつてにも劣らぬ程の戦士をご用意しておりました!

存分にお使いください!」

 

ソルベは胸を張ってそう言うものだから、余計に前途は多難に思うフリーザだ。

(そんなわけないでしょう…)と思いつつも、フリーザは片眉をやや釣り上げ、そして抑揚を抑えた調子でそれに応えた。

 

「へぇ…かつてにも劣らぬ、ですか」

 

「はい!このシサミはザーボン様やドドリア様にも劣らぬ屈強な戦士タイプの男です。

また、こちらのタゴマはシサミにはやや劣るもののやはり優れた戦闘力があり、しかも頭脳も中々でありまして諸星の管理官としても――」

 

「それはもう結構」

 

手をサッと振り、もういい、と発言を終わらせるフリーザ。

そして、己が求めていない情報を齎してくれる内政官型の部下に、さっさと欲しい情報を要求した。

 

「現在の軍団構成員のデータは後でリストアップした物を見させてもらうとして…とりあえず現状を報告なさい。

我が軍団の状態と…そして今の宇宙の状況。それが知りたいのですよ」

 

ソルベが襟を正す。

 

「そ、それは申し訳ありませんでした。

現在は…―――」

 

かいつまんで現状を語り、報告を終えるソルベ。

それを聞いてフリーザは嘆息した。

 

「やれやれ…とんだ惨状ですね。

まさかこうまで…私の軍団が落ちぶれるとは」

 

深い深い溜息。

そして誰にでもなく自分に言い聞かせるように言う。

 

「…まぁこれも仕方のない事かもしれませんがね。

ザーボンさんもドドリアさんも…そしてギニュー特戦隊までも全滅。

オマケにパパまで死んでしまってはフリーザ軍を維持出来る者などいる筈もありませんからね。

そこにクウラまで襲ってきたとなると、貴方達では何も出来ないのも当然といったところですか」

 

フリーザの脳裏に、一瞬ちらりと乳母の姿が浮かぶも、乳母は所詮乳母。

フリーザのプライベートの多くを抑え、頭の上がらない存在とはいえその影響力はコルドやフリーザありき。

フリーザ死亡中に影響力は発揮できぬだろうし、しかも既に乳母は一線を退き半引退状態だ。

乳母の存在を脳裏から消し、フリーザはゆっくりとメディカルルーム内を歩く。

 

そんな姿に、フリーザの恐ろしさを知るソルベはともかく、新世代のフリーザ軍構成員達は怪訝な目を向けていた。

タゴマとシサミを筆頭に、特にタゴマが…

 

(…あんな子供のようなチビが偉そうに…それに、今はもう時代が違うんだ。

ザーボンやドドリアの錆びついた死人共の戦闘力なぞ我々新世代組はとっくに超えている)

 

そのような事を心で思い侮っているらしかった。

全く知己も得ていない部下とも思えぬ他人達が、そんな不敬を思っていると知ってか知らずか、フリーザは興味も無いと言いたげに独り考え込んでメディカルルームをゆったりと歩き続けていたがやがてこう言った。

 

「地球にあのサイヤ人だけでなく、クウラまでいるとなると…どういう理由かは分かりませんが同盟協定のようなものでも結んだのでしょうか?

……あのクウラが猿と対等な交渉テーブルにつくとも思えませんが…しかしクウラが地球にいるのは確実。

そして、クウラがサイヤ人に気づかぬ筈もなし………はてさて、どうも奇妙な事ですね」

 

フリーザの視線が舐めるようにタゴマやシサミを行き来するも、きっと彼はタゴマ達など()()はいない。

視界に入れただけだろう。

だが、一瞬目が合ったように感じたタゴマはそれを発言のチャンスと判断したようで、待ってましたとフリーザの独白に割って入り、

 

「恐らくクウラはサイヤ人と手を結んだのではと――」

 

タゴマがそこまで言った所で、彼の言葉は不快な叫び声に変わり、己の声に遮る。

「ぎゃあっ!」というタゴマの甲高い声が突如としてメディカルルーム内に響いたと思うと、皆の前でブツブツと言っていたフリーザの姿が消えていたのだから皆の驚きは二重だ。

 

「っ!?な、なっ!!??」

 

「え!?フ、フリーザ様!?いつの間に!!」

 

「う、うそだろ…全く見えなかった…!」

 

「タ、タゴマ様…!」

 

ソルベ達の狼狽は凄まじい。

彼の目の前にいた筈のフリーザが消えて、そして気付けば悶え蹲るタゴマの上に片足を乗せて立っていたのだから当たり前だろう。

 

「私が物を考えている時は静かにするように。

それに…あんな不出来な男でもクウラは私の兄でしてねぇ…あなた風情に呼び捨てにされるのは許せません。

アイツを呼び捨てにしていいのは同じ栄光の一族である私かパパだけなんですよ…お分かりですか?」

 

「あがっ!?がああああ!?!?」

 

めきっという音がして、タゴマの背に乗せられたフリーザの足が彼の体にめり込んでいく。

静かながらフリーザから発せられる威圧的〝気〟は、一瞬で新世代組の心胆を寒からしめた。

現在のフリーザ軍残党の中で最強格だったシサミとタゴマ。

その片割れが為す術もなく背を取られ、足蹴にされて、そしてシサミは脂汗と冷や汗をかいて体中を震わせていた。

他の兵士達も概ねそのようなもの。

彼ら新世代組は、全く見誤っていたのだ。

宇宙の帝王の恐怖伝説は、所詮尾ヒレ胸ビレがつきまくった与太話だと。

 

「ぎゃああああああっ!!!」

 

嫌な音がして一際大きな音が響いたと思うと、次の瞬間にはタゴマは苦悶の声の欠片すらあげなくなった。

彼の口からは多量の血液が漏れて、今はただ痙攣するだけだ。

 

「ホッホッホッ…おやまぁとんだ事になっていますよ、タゴマさん。

あなたの先程の視線…私への敬意に欠けているのにこの私が気づかないとでも?

いやですねぇ…これだから最前線(現場)を知らない若造は。

ドドリアさんなら、私のこの程度の踏みつけくらいで背骨が折れるような事はありませんでしたよ」

 

「あ…が…が…ゴボッ…が、はッ…」

 

「戦闘力では確かにあなたはドドリアさんレベルでしょう。

ですが、ドドリアさんやザーボンさんは伊達に私の側近を務めてはいない。

経験も豊富だし、打たれ強さなり狡猾さなり…とっておきの奥の手なりを隠し持って、単純な戦闘力以上の強さを持っていましたよ。

もしもザーボンさん達が新世代組と戦ったなら、殺されるのはあなた達でしょうね。

優れた戦闘力を持っていようと、現場のカン(殺しの場数)はそれを容易くひっくり返すものです」

 

特にあなた程度の戦闘力ではね、とフリーザは最後にそう付け加えた。

もっと差の桁が大きくなれば話はまた変わるが、数万程度の差などフリーザから見れば目くそ鼻くそで、フリーザの言う通りどれだけでもひっくり返る可能性はある。

若い世代の誰もが震えて動けぬ中で、ただ一人ソルベだけが必死に言葉を紡げた。

 

「お、おやめくださいフリーザ様!それ以上はタゴマがっ!

い、今は、その男は貴重な戦力です!部下達の態度に非礼があるとすれば、それは私の教育不足でございます!

申し訳ありません、フリーザ様!!どうか、どうかタゴマをお許しを!」

(な、なんて兄弟だ…!やはり兄が兄なら弟も弟…どちらも傍若無人っ!ほ、本当に…私のやった事は正しかったのだろうか……い、いや…やるしかない!目には目を歯には歯を…化物(クウラ)には化物(フリーザ)だ!)

 

そんな必死なソルベをフリーザは一瞥し、そしてあっさりと足を離してやる。

 

「いいでしょう。私もこんな事で駒を失いたくありませんからね。

今は、低レベルとはいえこの戦力でやらなくてはならないのですから」

 

足を離されたタゴマの半死体を、他の兵士が急いで担ぎ手近なメディカルマシーンに放り込む。

フリーザを蘇らせた最新式が揃っている今、運が良ければタゴマは助かるだろう。

フリーザはまた皆をゆっくり見回したが、今度は全ての兵達の背筋はこれでもかという程に伸びていた。

直立不動で帝王の言葉を傾聴する。

 

「汚いので床も掃除しておきなさい。

………さて、ではまずは…軍を本格的に活動させる前にサイヤ人への復讐といきましょう。

それに私のいない間に好き勝手してくれたらしいクウラへのお仕置きも、ね」

 

タゴマがあんな目にあった直後で、それに否を唱えられる者などいない。

皆黙ってフリーザを見つめるのみ…と思いきや、またもソルベが恐る恐るといった体で口を開いた。さすがはフリーザ亡き後、軍を統括していただけはある。

 

「恐れながら…フリーザ様。

サイヤ人は……かつてフリーザ様とナメック星で戦ったときより更に力を増しています。

クウラ様も…」

 

「ホッホッホ…その程度想定内ですよ。

あの戦馬鹿のサイヤ人とクウラですからね…さらなる戦闘なりトレーニングなりをしたでしょうし…。で?今奴らの戦闘力はどれ程なのですか?」

 

予想値でも良いから言ってみろとフリーザは言う。

だがソルベは返答に窮した。

現在のフリーザ軍の機器ではとても計測できぬ領域にまでクウラ達は到達していると、スパイ衛星での偵察ではそういう結論が出ていたからだ。

なのでソルベは抽象的なもののたとえしか出来ない。

 

「サイヤ人は、あ、あの魔人ブウに勝ったというデータがございます。そして…クウラ様も、その…あ、あの破壊神ビルスと対等に戦ったとか…あ、あくまで噂ですが…」

 

それを聞き、フリーザはその日初めて余裕ある態度を崩した。

 

「魔人ブウに、ビルスですって!?……パパが言っていた、あのブウをサイヤ人が…?

そ、そして、間違いなく、あのビルスなのですか?クウラが…あのビルスと!?」

 

「は、はい」

 

「………くっ…そ、それはそれは…なるほど。す、少し想定外ですね。

ホホホ…そこまで力をつけていたとは」

 

そう言ったフリーザの声はやや震えている。

さすがに動揺したように見えた。

 

「そ、それでも…サイヤ人と…クウラ様と戦われるのですか?」

 

フリーザの顔色をうかがいつつソルベが聞けば、フリーザは「当然です」ときっぱりと言い切った。

それを聞きソルベは内心でほくそ笑む。

(よ、よし…!サイヤ人なんぞどうでもいい!これで…あの憎っくきクウラにフリーザ様がお挑みになる…!ふふふ、わはは、わはははは!)

辺境星域とはいえ、参謀まで務めた男の知略が ――かなりのウェイトを運と他力本願に任せているとはいえ―― 炸裂し成就した瞬間である。

策がうまくいったものの、自分でも大それた悪辣な策謀を巡らせていると自覚している小心者は引きつった笑顔でフリーザに追従し、そしてフリーザはそんな小物に大した興味も示さない。

フリーザはこの小粒な部下が、クウラへの復讐に自分を利用しているのを既に見抜いている。

見抜いているが、(だからどうした)というのがフリーザの本音だ。

復活前のフリーザならば、小物に利用されるなど我慢ならぬと直様処刑しただろう。

しかし、今は無い物ねだりをしている場合ではない。

この手駒達でどうにか地球にまで攻め込まねばならないのだから、フリーザも我慢はする。

それに、地獄での己が身に起きた()()を思えばこの程度の我慢はどうってことないのだ。

 

「私はね…あの猿どもを始末せねばどうも寝付きが悪いんですよ。

クウラもですよ…ずっとずっと気に食わない兄でした。

宇宙最強を吹聴し、領地経営もほっぽりだして戦い三昧。

…ですが確かに、復活したてで体が鈍っているのも感じますしねぇ」

 

フリーザは己の手を握り、開き、その感触を確かめる。

次いで己の手から、視線を母船の窓から宇宙の虚空へと変えてソルベを見もせずに言った。

 

「私は天才です。生まれてからろくにトレーニングもしたことがない。

それで充分でした……生まれながらにして私には敵などいない戦闘力を持っていましたからね。

兄のクウラは、馬鹿みたいにトレーニングを繰り返していましたがね……まるでサイヤの猿のように下劣な行為だと、昔の私は思っていたものですよ」

 

ホッホッホ、という彼特有の笑い声が静かに船内に響く。

 

「ですがトレーニングというものの価値を見直さねばならないようですね。

私が生まれて初めて本格的なトレーニングをすればどうなるか…楽しみではありませんか?

才能で劣るあのクウラや、サイヤの猿共が修行でそれ程の力を得たなら……。

そうですねぇ…4ヶ月…いや、サイヤ人だけでなくクウラもとなると…1年っ!

この私がそれだけ修行すれば、クウラもサイヤ人も…そしてビルスも私は倒せるでしょう!

フフフ…お猿さん達…最後の一年、せいぜい大切に過ごすのですよ!ホッホッホッ!」

 

フリーザは理想の未来図を思い描き、そして大口を開けて高らかに笑う。

得体のしれぬ不気味さが、静かな船内を急速に覆っていくのをソルベ達は感じ、そして背筋を寒気が走るのだった。

 

「あぁそれと…当然ですが…――」

 

大笑いをピタリと止めて、フリーザが皆へ振り返り見渡す。

 

「――あなた達、全員私の練習相手になってもらいますからね」

 

酷薄な笑みと共に放たれた宇宙の帝王のその一言は、新世代兵士達にとって地獄の始まりを意味していた。

 

「…!」

(ひぃぃぃ…!や、やっぱ…この人は、ク、クウラの兄弟…!頼るべきじゃ…なかったかも…!う、うぅ…復讐戦まで…我々は生き残れるのかぁ!?)

 

 

 

 

 

 

 

――

 

―――

 

 

 

 

 

ソルベとタゴマが隠密行動で地球に来てから1年。

すなわちフリーザが地獄より舞い戻って来てから1年。

戦いの連続だった悟空達から見ても、その期間は珍しいまでに平和なものだった。

かつて地球のみならず宇宙中を恐怖に陥れたフリーザ…その実兄が地球にいるというのに平和であった。

だが穏やかな日々であったかというと、それには少し疑問符がつくだろう。

 

なぜなら、クウラが地球にいたのはサイヤ人を完全に超えるためだからで、そして悟空はそのクウラに修行の仕方を教えてやると言ったものだから、この1年間は命を掛けた修行の日々だったのだ。

当初は悟空とクウラがカメハウスで暮らしていただけだったが、そのうちに悟空がクウラを誘いウイスとビルスの元にまで顔を出すようになった。

人間、変われば変わるものだ。

 

「へへっ、今日もいっちょ頼んますウイスさん。お土産の大福持ってきたからさ」

 

「おや、ダイフク…聞くだけで美味しそうな響き…いいでしょう。今日も張り切って修行といきましょう。

…ベジータさんとクウラさんの姿はあれど……おやおや?ブロリーさんがいませんね。

ブロリーさんも連れてくるんじゃなかったんですか?」

 

「あいつは今子供が生まれてさ~、ちっと来れなくなっちまった。

だから今日はオラたちだけ連れてってくれ」

 

そんなやり取りの後にビルスの星へと転送される一行。

出迎えたのは、気怠げに午後の陽光の中で微睡む破壊神……そして予言する金魚etc…。

そんな破壊神がチラッと来客を横目で見、そしてとある人物を見てあからさまに嫌そうな顔となった。

 

「…クウラか。どの面下げてここに来たんだぁ?」

 

ビルスが実に不機嫌そうにそう言えば、クウラもクウラで不機嫌そうに返す。

互いに譲ることはないらしい。

 

「俺とて好きで来たわけじゃない」

 

「はんっ!孫悟空に負けたから言うことを聞いているって本当だったんだな。

でも、だったらさー、さっさともう一度戦ってみればいいじゃないか。

今戦ったら…お前が勝つんじゃないか?クウラ」

 

「確かに単純な戦闘力では、既に俺は孫悟空を超えている。

貴様でさえももはや恐れる俺ではない。

だが…それでもかつて一度ならず、俺はサイヤ人に遅れを取った。

俺は…俺が納得するまでサイヤ人の…孫悟空の強さの根源を見定める。

貴様がどうこう言う筋合いは無い。

それよりも…貴様も本腰を入れて鍛え直した方がいい、と助言してやろう…破壊神。

俺は…もうじき貴様を完全に殺せるぞ。小細工無しに、な…クククク」

 

「…へぇ、随分口だけは達者じゃないか、クウラ」

 

「…口だけかどうか…試してみるか?」

 

クウラはまったくビルスにもウイスにも媚びない。

ビルスが青筋を立てながらクウラを黙して睨むと、クウラも負けじと鋭い眼光で睨み返す。

と、そこに間延びした声。

天使ウイスだ。

 

「おほほほほ。そうなんですよ、近頃ビルス様ったら本気で修行再開したんです」

 

ギョッとした顔でビルスが慌てた。

 

「ちょっ!?ウイス!!お前黙ってろって言ったろ!!!」

 

「えぇ~?いいじゃありませんか、どうせバレますよ。

ふふふ、クウラさんのお陰ですね。

あなたの存在と…そしてあなたに引っ張られるようにメキメキ強くなる悟空さん達に、ビルス様も危機感を抱いたようでしてね」

 

「ウイイイイイイスっ!!!」

 

「はいはい」

 

叫んだビルス。ようやくウイスも主の言葉を受け入れて言葉を謹んだ。

そしてクウラに視線をやると、また呑気な顔で言い始める。

 

「しかし…あなたもお分かりでしょうが、クウラさんがここに来ても…何も教える事はできませんよ?」

 

「フン…分かっている。俺とて貴様らに教えてもらうつもりはない。

ただ…ここで孫悟空達が何をし、何を得ようとしているのか…それを俺自身の目で見、そして学ぶ。

それだけだ」

 

それだけ言うとクウラは腕を組んでビルスの星の大樹に寄っかかり、そしてそれきりビルスとは目も合わせない。

ビルスもビルスで、プイッとそっぽを向いてそれきりだ。

そんな二人を見て、ウイスは悟空とベジータにいつもの修行を授けながら考える。

 

(…クウラさんの精神が安定している。

底しれぬ殺気を発する事はあれど…禍々しさというものが驚くぐらい洗い流されている…。

ふぅむ…善人になったわけではない。けれど、邪悪の塊でもなくなってきている。

精神のバランスが成った事で遥かに力を増大させているようです。

しかし……クウラさんの力って、機械とか()純度100%な生命エネルギーのせいでほんっと見難いんですよねぇ。

私の見立てでは天使の領域に至りつつあるようにも思えますが…。

天使級の強さを得ていて…、しかも邪心は微かなものになれど野心も覇気も健在……いやはや面倒な事になりそうですよコレは)

 

目まぐるしくつらつらと、そんな事を思考していた。

人差し指と小指で悟空とベジータのパンチを受け止めつつも、考える事はついついクウラの事となってしまうウイス。

それでもほぼ完璧に悟空らをあしらうあたり流石だが、しかし見る人が見ればいつもより精細の欠いたものと言えた。

 

(本当に悟空さんという人は不思議な人だ…クウラさんの心をこうも導いてしまうだなんて。

あんな頑固者を心変わりさせるなんて私達天使でも苦労するでしょうに、孫悟空(あの人)は天使にも破壊神にも…そして全王様にも出来ない事が出来る。

そんな気にさせる不思議な人…故に厄介なのですがね)

 

悟空とクウラを見ていると、何千何万年と世界を達観して見守ってきたウイスでさえ「何かが起きるのでは」とワクワクし、そして不安を感じる。

自分の想像以上の何か(未知)が起きる事を期待しているとも言えた。

結果論になるが、クウラがここまで力をつけたのも、そしてあれだけ邪悪だった心に純粋な武人的な精神が宿りつつあるのも悟空のせい。

そうウイスは思っていて、そしてどちらもウイスの予想を超えた結果を残した。

 

(既に…この私も孫悟空の影響を受けているのかもしれません。クウラのように)

 

神や天使達…そして全王の〝有り様〟にさえ影響を与えているのでは…、とウイスにさえそんな危惧を抱かせる。

クウラと悟空を見ていると、不変など有り得ないと思えてしまうのだ。

つまり、大神官も天使も神も……全王さえも変わるかもしれない。変わってしまうかもしれない。

 

 

 

そしてウイスのまさに目の前に、悟空によって人生の全てを変えられた男がいる。

ベジータも、ウイスと同じようにクウラの変わりようを見て度肝を抜かれた男だ。

だがベジータの場合は、クウラを見ていると自分が失った何かを見ている気分になる。

破壊神ビルスにただ怯えるしかなく、そしてプライドを投げ売って無様な踊りまで披露した。

それがどうだろう。

クウラは、ビルスに物怖じせず、真正面から生意気な口を聞き、そしてそんな口を聞いてもビルスに一方的に蹂躙されない強さを持っている。

 

(くっ…あ、あの姿…ビルスに怯えぬ、何者にも怯えぬあの姿…!)

 

あれこそが、かつて自分が追い求めたものだとベジータは感じる。

フリーザに媚びへつらい、ギニュー特戦隊に怯え、セルにしてやられ、ブウにも歯が立たず…そしてビルスに頭を下げ続け、全てにおいて悟空の後塵を拝し続けた。

こんなはずではなかったと思う。

確かに、今の人生そう悪くはない。

愛する女にも出会えたし、子も生まれた。

良い義父、義母もいるし、友人と思うのは癪だがカカロットともその他Z戦士とも良く関係を築いてる。

それでも、サイヤ人の王子ベジータとしては、こんな筈ではなかったと考えてしまう時がままある。

 

クウラの姿は、かつて自分が思い描いた理想の自分にダブるのだ。

こうなりたかった自分。こうだったら良かったと思う自分。

悟空と邂逅し自分に変化が訪れるとしても、こう(クウラのように)なりたった。

有り体に言えば、ベジータはクウラを「かっこいい」と思い、憧れてしまったと、そういう事らしかった。

 

(っ…!くそ!こ、この俺が…サイヤ人の王子たるこの俺が!

フリーザに虐げられたというのに…そのフリーザの兄貴に!!兄貴なんぞに!!!)

 

惹かれるなどあってはならない。

尊敬するなどあってはならない。

クウラ(あいつ)はサイヤ人を皆殺しにしたフリーザの血族なのだ。

そう自分に言い聞かせる。

そしてそのイライラを修行にぶつけ大いに発散するのであった。

 

 

 

 

 

 

そういう日々が続いた。

ビルスの星での修行と観察。

地球に戻りカメハウスでの精神修養。

ビッグゲテスターでの、無限に湧き出るメタルクウラを相手にしての無限組み手。

…とほんの少し部下達(クウラ機甲戦隊)への手ほどき。

まさに、かつて(フリーザ)が「低俗で下等な、戦うしか能のない猿のよう」と評した訓練漬けの日々。

 

最強の二文字をひたすらに追い求める事に変わりはない。

だが、最強に行き着くまでの手段の選択肢がガラリと変化しているのだ。

己より強い者を破壊し殺すのではなく、常に己を高め続けて他者を圧倒し続ける…そういう方向にシフトしつつあるのはやはり悟空の影響だろうか。

 

クウラは変わった。

無論、強くなったという意味もある。それは間違いない。

だがそれ以上に、ウイスも悟空も言うように心の有り様の変化が一番顕著だ。

 

その変容は、この1年でとうとう他の者達(ウイス、悟空以外)から見ても分かる程となっている。

徐々に対人関係にも変化が起こるのは当然だろう。

たとえばクリリンやヤムチャだ。

怯えきって決して自分から話しかけなかった二人でさえ、顔を見た時などは挨拶する程度にはクウラという存在を受け入れ始めている。

クウラはもちろん返事などよこさぬが、それでも最初は視線にすら入れなかったものだが、今ではチラリと目線を寄越す程度はするのだ。

見知った現住生物ぐらいには認識しているらしかった。

今までのクウラを思えば、これは充分に友好的態度と言えた。

 

「ははは、まさかフリーザの兄貴と挨拶するような日が来るなんてなぁ。(返事してくれないけど…)

こうなったのも悟空のお陰だけど…感謝していいのかちょっと分かんないな」

 

とはクリリンの言葉。

 

 

対人関係の軟化…その恩恵を最も受けた者がいる。

忠臣の一人にして、クウラに寄り添う唯一の花・ザンギャその人である。

 

とある日のことだ。

 

「あ、あの…本日も…………その、トレーニング…お、お疲れさまでした」

 

ビッグゲテスター内のクウラのプライベートルームで、ザンギャが言葉を濁すように、歯切れの悪さを顕にして突っ立っていた。

扉をノックし、入室許可を求めてきたのはザンギャだ。

だというのに自分からそれを要求しておいて、当のザンギャは何故かプレートの上に食料を大量に載せたまま、しどろもどろとなっていた。

それをクウラは冷たい目…というよりも不思議そうな目で見た。

鋭く赤い目が、ザンギャを見る時だけは気持ち和らいで見える。

これもクウラの顕著な変化の一つだろう。

かつてならば誰に対しても平等に絶対零度の視線を送っていたはずなのだから。

 

「どうした。その食料は俺へ差し出すものではないのか?

それとも…ここで貴様が食うのか?」

 

今のはクウラ流の冗談かもしれない。

ザンギャは慌てる。

 

「あっ、い、いいえ…クウラ様のです。そ、その…ど、どうぞ」

 

プレートを差し出すザンギャ。

そして、クウラはそれを一瞥すると、

 

「そこへ置いておけ」

 

とだけ言った。

はい、と小さな震える声で言ったザンギャは、言われた通りにクウラの鉄色のデスクへとそっと置く。

そして、一歩下がるとジッとクウラを見つめていた。

 

「…?どうした」

 

「あ…」

 

いつも冷静なザンギャらしからぬ不可思議な行動が多い事に、クウラはまたも不思議そうな目で彼女を見る。

そうするとザンギャは少し頬を赤らめて俯いて、またもそわそわと挙動不審となるのだ。

 

「どうも様子がおかしいようだな………ザンギャ、何があった」

 

ズノーの知識を吸収し、ほぼ全知と言えるビッグゲテスターのコンピューターと融合しているクウラであるが、分からぬこともある。

それはビッグゲテスターのコンピューターは勝手に何でも教えてくれるものではなく、こちらからデータバンクにアクセスする必要があるためだ。

つまりクウラが興味を抱いたもの、知りたいと思ったものをビッグゲテスターは教えてくれるという事で、蘇ったズノーと全宇宙一を競う知識量を持つビッグゲテスターの超大容量の知識を常に溜め込んでいては知的生命体は脳を破壊されてしまうだろう。

ズノーが無事なのは、情報の過負荷に耐性を持った極めて特殊で貴重な知的生命体だからである。

 

今、ザンギャに対してはどのようなデータ検索をすればいいのかクウラには見当がつかない。

だから手っ取り早く直接聞くという選択肢をクウラがとるのは当然だ。

忠誠心の厚い部下であるのは承知済みであるし、以前にザンギャには若干の醜態を晒した(弱音を吐いた)事があるのだから、今更この程度でカッコがつかないとは思わないクウラである。

 

「呼吸も脈拍も荒い。鼓動もいつもよりも強く速いようだ」

 

「あ、いえ…その…」

 

「………気分が優れぬのならば自室で休んで――」

 

「いえっ!」

 

珍しくザンギャが主の言葉を否定し、そいて急いで二の句を次ぐ。

 

「た、体調は万全です」

 

ザンギャはそう言うが、そんな事はビッグゲテスターのナノマシンを通して分かっている。

しかしクウラが指摘したのは肉体ではなく精神の調子だ。

精神的動揺が彼女の肉体にまで影響を及ぼしているのが分かるからこそ、クウラはザンギャに休息を奨めたのだが…。

 

ザンギャの珍しい様子に、クウラの赤く小さな瞳孔が驚いたように少し大きくなっていた。

それを見てザンギャが申し訳無さそうに頭を垂れる。

 

「あ…申し訳ありません。失礼なことを…」

 

「それはいい。だが、どうしたというのだ。

何か言いたいことがあるならさっさと言うがいい」

 

ザンギャの左右の手の細い指が忙しなく互いの腹を擦って、そして彼女の小さな口は何かを言いかけては止めるを繰り返す。

その様をクウラはただジッと見ていた。

どうも急かすとザンギャはしどろもどろになるようなので、ここは彼女のペースで進ませる事にしたらしい。

 

「その」

 

ふぅー、とザンギャは微かに息を吐いて、そして一拍して意を決したように言った。

 

「今日の料理は…わ、私が…作りました」

 

クウラの赤い瞳孔がまた一段回大きくなる。

組んでいた腕も思わず少し解かれていた。

これは別にザンギャが料理をした事に驚いたわけではない。

まさか、ザンギャ程の女傑がこの程度の事で散々に逡巡していた事への驚きだ。

 

「その程度の事で―――」

 

そこまで言い掛けてクウラは口を閉ざし、言葉を飲み込んだ。

目を閉じ、ゆっくりと腕を組み直し、そして椅子へと腰掛ける。

 

「…スマンな。俺は…どうもこういう事への機微には疎い」

 

そう言って目を開け、ザンギャの料理に手を付け頬張る。

 

「料理の腕は、地球の女共に仕込まれたか」

 

「は、はい」

 

「フン…そうか。俺のためにか?」

 

「え…?その…え、えぇと……………………はい」

 

頬の赤みをより強くして、ザンギャは視線を忙しく彷徨わせた。

クウラは慌てふためく女傑を観察するように見、そして一見冷酷そうな声色で女へ言った。

 

「…うまい」

 

「っ!」

 

ザンギャの顔に花が咲いた。

常に赤い頬で困惑していたような表情は、花が綻んでいた。

抑えようとも抑えきれない喜びがザンギャの顔に浮かんでいる。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

ザンギャも女という事か、クウラは察する。

クウラは、己で言った通りそういう機微には疎い。

つまりは色恋沙汰だが、武辺一辺倒であったクウラは恋愛などに興味を持ったことすら無い。

繁殖はいずれするかもしれぬと思っていたが、その相手の雌を見繕うのはまだ何十年も後の予定だったし、繁殖も己の血を残すための義務感からするつもりでいるだけで、当たり前のように愛などという感情故ではない。

そもそも…ビッグゲテスターと融合した今、クウラ自身の寿命はナノマシンによってほぼ不老不死であるから、繁殖の必要性は希薄となってしまっていた。

クウラは誰かを愛するつもりもないし、また愛がどういうものかも分かっていない。

 

「…愛着、か」

 

クウラの呟きに、ザンギャは喜びを湛えながらも困ったように返す。

 

「あ、愛着、ですか?」

 

愛着とか支配欲とか、独占欲ならばクウラにもあるし理解できる。

以前、孫悟空の師匠にザンギャの体を差し出すよう求められた時、クウラは確かに不快に思った。

それは己の所有物であるザンギャに、自分以外の者が手垢をつけようとした事に対する強烈な不快感と、そしてその者への激烈な排他的欲求だ。

鑑みるに、それは強い愛着であろう。

 

「お前は俺を愛しているという事か?」

 

恋愛的なロマンを解さぬ男は、ズバリ直接的に聞いた。

恋の機微に疎いのだから仕方がないし、この方がクウラらしいと言えばらしい。

 

「えぇ!?あ、あの…!え、ええと、あ、愛…は…あ、ぁぅ…―――」

 

ヘラー一族特有の青い肌と尖った耳。

それが耳の先まで真っ赤になっている。

声だって上ずってしまっていた。

 

「俺は、愛というものが良く分からん。

だが…貴様に対して愛着は感じる」

 

「っ!!…そ、それは…」

 

今、ザンギャは気を抜くと頬がにやけてしまいそうだった。

いや、それどころで終わらないだろう。

あのクウラがそんな事を自分に言ったという事実。

愛着を感じるという言葉。

それはクウラを良く知る者にとって愛の告白に等しい。

ザンギャは、今にも顔から火が吹き出そうで、そして感極まり涙までが溢れそうだった。

 

「私は…、私は…っ」

 

そして、ここまで主に気持ちを知られているなら今しかない、女は度胸だとザンギャはキッとクウラを睨むように決意の表情。

 

「――私は、クウラ様を愛しております」

(っ!い、言ってしまった…わ、私…あぁクソ!なんて、なんて大それた…あぁぁぁ私らしくないってこんなの!銀河戦士であるヘラー一族の私が、こ、こんな夢見る乙女みたいに!)

 

馬鹿か私は、と自己嫌悪しつつも、一方で本当に男性経験がない乙女だから仕方がないんだ、とも自己弁護を心で叫ぶ。

どちらにせよ勢いに乗って口に出してしまったからにはもう引き返せないと、真っ赤な顔を俯かせる。

かつてない程にザンギャの鼓動は煩くて仕方がない。

ザンギャはつい(やかましいんだよ!)と叫んで自分の心臓の煩さに八つ当たりをしてやりたかったが、土台無理な話。

言った直後からして、言わなきゃよかった、いや言って良かった、私はやり遂げた、あぁやっぱ私は宇宙一の馬鹿だ、とかそういう相反する感情がザンギャの頭の中で立て続けに爆発している。

煩い心臓の音に悪態をつきつつ、だがしかしザンギャはその音に耳を傾けて静かな部屋で待つしかないのだ。

想い人が、果たしてどんな言葉を自分にかけるのか。

 

少しの沈黙の後…ザンギャにとって数十分にも数時間にも感じる沈黙の後に、クウラはやがて口を開いた。

 

「俺はそういう事に疎いと言ったぞ、ザンギャ。

俺を愛しても貴様は報われんだろう………俺を愛そうとも、愛されるとは思わぬことだ」

 

「っ」

 

ザンギャの顔から赤みが引いていく。

(やってしまった…)という思いがヘラーの乙女の脳裏に去来していた。

 

「は…い」

 

愛することはない、という言葉。

ザンギャはそれを明確な拒絶と受け取る。つまり、人として愛することはなく玩具として気に入っている程度という事なのだろう、と。

先ほどとは打って変わって血の気の引いた顔。

冷水を浴びせられたようにザンギャは感じる。

それでも本当は過分な言葉を貰って幸せを感じていたというのに、なのにザンギャはその先を勝手に期待して、そして勝手に絶望している。

冷や水を浴びせられた心は休息に冷静さを取り戻し、そしてネガティブとなってまたも勝手に思考と感情が突き進んでいくのは、これはもう心を持つ知的生命体としてのサガでもある。

しかも今のザンギャは人生で初めての恋と愛の渦中にあるから、尚更自分の心を制御出来ていない。

 

(は、はは…そうだよ、やっぱ、そうだよ。あたしは、馬鹿だ。クウラ様は…あたしなんかの想いなど…迷惑な、だけ、で………っ、ぅ…く、くそ…泣くなんて、そんなガキじゃあるまいに…!)

 

情けなく涙まででそうになる。

今度の涙は喜びのあまり、ではない。

己の浅はかさと愚かさと、そして惨めさ故である。

しかし、その時…

 

「だが――」

 

クウラがまた口を開く。

どうも話には続きがあったらしい。

 

「ザンギャ、貴様は俺のものだ。俺以外の何者にも…やる気はない」

 

「…」

 

泣きそうだったザンギャは、今度はポカンとした顔で主を見つめた。

 

「え…?」

 

そしてゆっくりと主の言葉を咀嚼し、反芻し、その度にザンギャの頭の中をいろいろな感情が目まぐるしく巡る。

 

「え、えぇ?え?…その、つまり…わ、私は……」

 

「三度は言わん……………………貴様は俺のものだ」

 

そう言うと、クウラは席を立ち、いつものように堂々とゆったりと扉へ向かう。

 

「ザンギャ、サウザー達にC区画トレーニングルームに来るよう通達しておけ」

 

振り返りもせず、最後にそれだけ言ってクウラはさっさと部屋を出ていってしまった。

後に残るは、呆気にとられるザンギャと、そして空になった食事のプレート。

 

「…」

 

そのまま、サウザーに連絡するのも忘れてたっぷりと10分程ザンギャは止まっていた。

そして…

 

(料理全部…食べてくれている、し……今の、言葉…〝貴様は俺のもの〟…!〝貴様は俺のもの〟!!?う、ぅあ…それって…――)

「~~~~~~っ!」

 

クウラの言葉を思い出し、またまた顔を真っ赤にし、首も耳も真っ赤にして悶える。

いつものクールビューティーな女戦士はどこへやら、とにかく今日のザンギャは忙しく表情を変える百面相であった。

喜んだり泣いたり、自己嫌悪に陥ったり、また喜んだりととにかく大いに忙しい。

どうやらザンギャの長年の片思いが叶う実る日も近い…のかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、結局サウザーへの連絡を最後まで忘れて大目玉を食らったザンギャが、またも忙しく表情を変えて沈んでいたのをクウラ機甲戦隊の面々が目撃したという。

 



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再会

何にでも終わりというものは来る。

だが、孫悟飯は今の平穏が何時までも続いて欲しいと願っていた。

 

(本当に平和だ)

 

彼は他のどんなサイヤ人よりも平和を謳歌している。

学者は金にならない職業であるから、悟飯は研究対象に関する知識を面白可笑しく、そして分かりやすく解説した著書も書いて金に変え生活の潤いとする。

妻・ビーデルの実家は世界一の格闘家として各イベント・メディアに引っ張りだこのミスター・サタンで、しかもサタンと孫一家は蜜月の関係であるから金の心配はまるで無い。

だがそれでも孫悟飯は、可能な限り己の食い扶持で妻子を養ってやりたいと思うのは男の矜持であるのだろう。

その日の研究と執筆活動を終えて、愛しいビーデルとまだ赤子の愛娘パンの待つ我が家に帰り団欒を過ごし、そして夜遅くになると日課の基礎訓練に励む。

 

(クウラさんはもう地球を壊したり、父さんを殺したりをする気は無いみたいだけど……でも、クウラさんは言っていた。破壊神や全王は、いつこの地球を破壊してもおかしくない気紛れな神だと)

 

そう話す機会は多くない知己の人物、クウラ。

かつて宇宙そのものの存在を脅かした宇宙規模の大悪人であり、そして宇宙を恐怖で支配しようとした帝王フリーザの実兄だが、今では自分を高める事に妥協の無い戦士として地球に居着いている。

強さと、そして知識量では悟飯の知る限りずば抜けている。

父・悟空こそが最強の戦士だと悟飯は信じているが、それでもクウラの強さは父の強さとはまた毛色の違う圧倒的なものを感じる。

それはかつての、恐ろしかった時代のベジータやピッコロに近く、そしてナメック星でまざまざと見せつけられたフリーザとも似るが、それは兄弟だからだろうか。

 

(でも、父さんとラディッツは全く似ていなかったな)

 

フとそんな事も思い出してしまう悟飯。

 

(…今じゃピッコロさんはもちろん、ベジータさんも仲間。

…そしてあのフリーザの兄・クウラさんとも…仲間とは違うけれど敵ではなくなって、今では隣人として受け入れられている。

ラディッツという人も、もう少し運命が違えば、今頃僕は〝伯父さん〟と呼んでいたのだろうか)

 

運命の歯車の精緻。ほんの少しでも歯車の噛み合いが狂えば、運命は大きく捩れて全く違う顔を見せる。

未来から来たトランクスもかつて言っていた。

彼が語った、孫悟空が心臓病で死に、それを切っ掛けに陰惨な運命へと突き進む本来の未来。

その時空のブルマとトランクス、そして悟飯(自分)が孤独に戦い続け、多くの犠牲の果てに掴む一縷の希望。

それでも、トランクスが語った恐るべき未来の世界の今後は困難の連続だろう。

想像しただけでも恐ろしい。

今、自分がビーデルと出会い、子に恵まれ、年の離れた弟にも出会い、友人、仲間、恩師、家族…多くの幸せに包まれているのは、勝ってきたからだ。

父と仲間達と共に多くの難敵と戦い勝ってきたからこそ、今の幸せがある。

 

クウラに言われて気付いたのだ。

「お前の幸せは砂上の楼閣だ」と。

学者をやりたいから、勉強が好きだから、戦いが嫌いだから…だから鍛錬を疎かにしていい理由にはならない。

いや、別に疎かにしても構いやしないだろう。

地球に住む多くの者達は、そうやって平々凡々とした日常を謳歌しているのだから。

だが、戦うだけの潜在能力を持っているのに、それを腐らせていざという時にろくに戦えずに平和が終わるのを見るしか出来ぬというのでは、それは孫悟飯にとって死ぬよりも辛い事だ。

父や師匠(ピッコロ)、ベジータに戦いを押し付けて、自分だけがのうのうとした生活に甘んじて、そしてその結果、いつか強大な敵が現れた時…自分が鈍り衰えていたら、トランクスの語った絶望の未来がこの世界にもやってくるかもしれないのだ。

だから孫悟飯は戦士としても己を磨き続けている。

どうしても長期間の泊まり込み修行が出来ぬので、ウイスの元でゴッド化のトレーニングなどは無理だとしても、今もアルティメット化を鋭く磨き続けるのに余念はない。

父程ではないとしても、それでも修行を続けている悟飯は今も屈強な戦士であった。

 

「っ!こ、この気は…ま、まさか…!」

 

そんな悟飯が、身震いを感じるような…懐かしくも恐ろしい気を感じて空を見る。

空の向こう…遥かなる宇宙の彼方を。

 

「まさか…フリー、ザ…?」

 

今の悟飯から見ても背筋が寒くなる気。

それが空の向こうからひたひたと近づくのを感じるのだ。

 

 

 

同時刻、ピッコロもまた一人荒野の只中で修行にふける中、異様な気に星々の向こうを睨みつけていた。

天津飯も、ヤムチャも、クリリンも…そして亀仙人も、地球にいる戦士達は、皆その恐ろしい気に冷や汗を滲ませながら同じ空を見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてクウラはというと…。

 

彼は、ウイスの元にトレーニングへ行っている悟空やベジータと別れ、ビッグゲテスターのメインルームの指揮席に座して壁面いっぱいの大型モニターから鋭い目で地球を見ていた。

傍らにはザンギャが佇み、主の肩へそっと手を置き撓垂れ(しなだれ)掛かっている。

そして、指揮席を少し降りた吹き抜けの階層下…幹部席からはサウザー、ドーレ、ネイズが固唾を飲んでモニターに映る飛翔する大型宇宙船を見守っていた。

クウラはこの日を見越していたのだ。

いや、待っていたという方が正解かもしれない。

 

サウザーがやや緊張した面持ちで主へ言った。

 

「…いよいよ、弟君が…フリーザ様が地球に…!

この時が来たのですね、クウラ様」

 

ドーレとネイズもそれに続き口々に言う。

 

「宇宙最強のご兄弟…どちらが真の最強か決まるってことか」

 

「クウラ様とフリーザ様が戦う日が来ちまうなんて…」

 

部下達はどうも複雑な思いのようだ。

それも当然だろう。

コルド大王が総帥として君臨していた時代には、仲良しとは口が裂けても言えない仲であったが、敵対まではせずに兄弟が私設部隊を率いて同じ星系を攻めた事もある。

当たり前だがクウラ機甲戦隊も、フリーザ麾下の部隊と共同戦線を張ったし、そしてフリーザとも面識があった。

時には、

 

「兄さんなんかの部下など辞めて私の所に来ませんか?そちらより優遇しますよ?ホッホッホ…」

 

とスカウトされた事もある。

勿論丁重に断ったサウザー達だったが、それでも凄まじいまでの力を有しているフリーザに対しては、クウラの実弟である事もあり一定の尊敬の念は抱いていた。

同じ一族であるクウラとフリーザが争うのは、やはり悲しい気持ちの方が強い機甲戦隊であった。

 

サウザー達の心配をよそに、クウラはただ黙って懐かしき弟の船をジッと見、そして肩のザンギャの手を優しく払うとやがてゆっくりと席を立ち、そして皆を見渡す。

 

「機甲戦隊、出撃準備!」

 

クウラの命が下れば、サウザー達は素早く跪く。

 

「ハハッ!」

 

主の命を受ければ、兄弟相争う杞憂も何のその。

サウザーは不敵に笑い、ただ主の敵だけを排除する事に喜びを感じる狂信者と化す。

 

「ハッ!」

 

巨漢のドーレは眼を血走らせているかというぐらいの興奮を眼球に湛え、やはり主の敵をひたすらに砕きたがるクラッシャーに化けた。

 

「お任せを!」

 

ネイズの笑みはサウザーともまた違う。

栄光あるクウラ機甲戦隊が敵と見定めた者をひたすらに甚振り殺す事に至福を覚える猟奇じみた微笑みであった。

 

クウラ機甲戦隊。

その戦闘力は、長年の自己鍛錬と主から賜る至福なる地獄の訓練…そしてクウラの細胞の一部とも言えるナノマシンを授かる事によって驚異の数値を叩き出していた。

サウザー、1700兆。

ドーレ、1850兆。

ネイズ、1630兆。

単純なパワーではもはや現在の魔人ブウすら超える。

もちろん純粋な殺し合いとなれば、様々な異能とほぼ無限の体力、再生能力を持つ魔人ブウとの勝敗は分からないがそれでも凄まじい。

エリート部隊の面目躍如といったところだ。

そして…、

 

「クウラ様、勝ちて帰られますよう」

 

誰よりもクウラの側で跪いた美女、ザンギャ。その戦闘力は彼らをも凌ぎ、2000兆。

他のメンツに比べれば増加率は低いものの(他の機甲戦隊メンバーが異常に強化されただけだが)、ザンギャはクウラ自らの手解きによってとあるポイントを徹底的に鍛えられていた。

それは〝変身〟だ。

ヘラー一族であるザンギャもまた、かつてボージャック達がやっていたように、奥の手として変身を持つ。

もっとも、サイヤ人やコルド一族のように劇的な形態変化をするわけではなく、肌の色がヘラー種特有の気によって変色する程度だ。

そこに、人によっては筋肉の膨張などの現象が起きるが、元々パワータイプではないザンギャの変化は体色の変化に留まる。

 

ザンギャは、その変身による戦闘力の強化倍率を、同じ変身型種族であるクウラによって徹底的に鍛えられ、また超能力にも磨きを掛けた。

かつての変身では増強率は1.5倍程。

それが今ではなんと5倍となっていた。

 

つまり今のザンギャが本気を出し、奥の手の変身を披露すれば最終戦闘力は1京となる。

神々の領域と言われる〝京〟の世界へと手が届く…そういう女戦士へと成長していた。

神の領域を踏み荒らさんとするクウラに相応しき女に。

そういう女の情愛の執念が、ザンギャの元々の潜在能力を存分に花開かせていたのだ。

 

尊崇するクウラに置いていかれぬ為、地獄の特訓を繰り返し続けた機甲戦隊。

全ては、只々クウラと共に覇道を征きたいが為。

もはやクウラ機甲戦隊はこの第7宇宙でも屈指の実力者の仲間入りを果たした。

 

たった5名のクウラ軍団。

だが、その質はまさに宇宙一の戦闘軍団であった。

そこに無限に湧き出る量産型ビッグゲテスターとメタルクウラまでが加われば、天使と破壊神さえも恐れぬというクウラの大言はあながち強がりでもなかった。

 

クウラの口角が不敵に上がると、次の瞬間には5人の戦士は皆姿を消す。

今、地球に宇宙最強級のとびっきりの戦士達が集おうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如、地球を襲った宇宙人軍団。

この世界の地球では割とよくあることであるが、今回の襲撃は規模が大きい。

1000名の兵士を引き連れたフリーザは、孫悟空に復讐する一環として彼の仲間達に集中して攻撃命令を出していた。

 

「ホッホッホッ!孫悟空の仲間共…苦しみなさい!

あなた達が苦しむと私も実に気分が良いですよぉ!ホッホッホッホッ!」

 

愛用の浮遊ポッドに乗り、高笑いをしつつ悠々と構えるフリーザは、己の手をくださずにただ笑っていた。

ボロ雑巾のように叩きのめされたヤムチャとチャオズ。

亀仙人ももはや老齢の為に体力が続かず、クリリンとピッコロ、天津飯ももはや肩で息をし、体中傷だらけだった。

その中で奮戦し、この場を支えていたのはゴテンクスと、そしてアルティメット化した悟飯である。

 

「…こいつら、ただの数合わせかと思ったら…なかなかやるじゃないか」

 

磨き抜いたアルティメット化によって、悟飯はフリーザ軍兵士の一人に延髄蹴りを決め一撃で戦闘不能に陥れる。

殺しはしていない。

昂ぶる戦闘本能を何とか抑えて、せいぜい一生戦えぬ体に追い込む程度にしているのが、悟飯という心優しい青年の特徴だろう。

やられた兵士の中には、いっそ一思いに殺してくれ、と懇願する者もいるかもしれないが、死にたいのなら一人で死ねと悟飯は切り捨てる。

優しい悟飯とて、無慈悲な侵略者に対してまで慈悲をかけてはやらない。

 

この場に悟空もベジータもブロリーも、そしてクウラもいない今、最強にして最後の柱は悟飯であった。

ゴテンクスの中の二人(トランクスと悟天)は、年齢も年齢で遊びたい盛り且つ勉強も大事な時期…修行不足なのはやむを得ず、しかももうじき合体時間は限界を迎える。

 

「に、兄ちゃん…こいつら結構強いよ!しかも数が多くて、時間が足りない!」

 

「ゴテンクス、休んでていいぞ。後は…オレがやる!」

 

気が迸り、悟飯が宙を駆けた。

フリーザ軍兵士達の視界から悟飯が消える。

 

「消えた!」

 

「なんだ!どこへ行った!」

 

「スカウターを…!」

 

右往左往し始めた兵士達。

彼らの包囲網の外に、既に悟飯の姿はある。

 

「ウスノロ共が…」

 

ニヤリと悟飯は笑い、そして溜め無しの抜き打ちでかめはめ波を放ってやれば、それだけで大半のフリーザ軍兵士達は叫び声を上げながら光の渦の中に四散していく。

 

「すっげー!」

 

既に合体が解除されてしまったトランクスと悟天がキャッキャと喜んでいた。

その様を見てフリーザも不気味に笑う。

 

「ふふ…あの男、ナメック星のガキの面影がありますね。

なるほど、孫悟空の息子…なかなか良い戦士に成長したようだ。容赦が無くて素晴らしい。

あの不快な猿の子でなければスカウトする所ですがねぇ…実に惜しい。ホッホッホ…」

 

称賛しつつ、しかし不愉快なまでの余裕は保持したまま。

つまりまだ自分が圧倒的強者であると理解しているからだ。

まだポッドで寛いでいる様子のフリーザに、悟飯は殺気籠もる視線を向けて大声で言う。

 

「いいのかフリーザ。せっかく掻き集めた部下どもじゃないか。

このまま皆殺しになる前にさっさと自分の星に帰ったらどうだ。

オレも無駄な殺しはしたくない」

 

悟飯の手刀でまた一人、兵士の首がもげる。

そんな愛弟子の様子をピッコロは頼もしく思っていた。

 

「悟飯のやつ…アルティメット化をさらに進化させているな…いいぞ!

全く甘さがない…油断もしていない」

 

傷つく体を庇いながらも、隣で倒れているクリリンの口に仙豆を捩じ込みながら、手を貸し支えてやるとクリリンもまたボロボロの顔で笑う。

 

「へ、へへ…さすが悟飯だぜ。

あいつ、昔からやる時はやる奴だからな…」

 

「あぁ、ある意味で孫よりも、悟飯は敵に冷酷になれる。

このオレが鍛えたのだから当然だ」

 

ピッコロの微笑みには強いプライドが滲む。

悟飯は相手を敵と見定めるまでに時間がかかるサイヤ人だった。

心優しく戦いを好まない気弱な心は、どんな人とも出来るなら戦いたくないと悟飯に思わせる。

だが、一度〝敵〟と相手を認識すれば、悟飯は悟空と違って敵に「死んじゃえ!」と叫びつつ殺意の一撃を見舞える少年であった。

一時期は恋愛と結婚、学者への転身が重なり、ピッコロを始めクリリンにさえ腑抜けっぷりを危惧されたが、どうもあの様子では鍛錬を人知れず続けていたらしいとピッコロは悟る。

 

(さすが孫の息子。オレの弟子。…立派な戦士になったな、悟飯)

 

このまま悟空とベジータ達がいなくても何とかなるかもしれない。

地球の戦士が皆そう思い始めていた時だった。

 

「…なるほど。どうもこのままでは()()()()()()()ねぇ」

 

今までニタニタ笑って観戦しているだけだったフリーザが、眩い紫紺の光を放ったと思うとその姿を変じた。

 

「!?」

 

「なっ!」

 

「い、一瞬であの姿に!」

 

ピッコロもクリリンも、そして悟飯の記憶にもこびりついている強烈な姿。

恐怖の代名詞とも言えるあの小男の姿は、悪夢が如き思い出の中の姿と寸分違わない。

先程の姿とは比べ物にならないその姿。

悪夢の体現者、フリーザの真なる形態(最終形態)

もはや観戦者となっているピッコロやクリリンの脳裏にも、あの恐怖が思い出されてしまう。

 

「あ、あぁあ…!な、なんて気だ…、こ、この気……や、やっぱり化物だぜ…、か、叶わない…!

オレたちだって、あの時から比べ物にならない程強くなったはずなのに…!」

 

特にクリリンがフリーザに対して抱く恐怖は他者の何倍もあるだろう。

体内から念動爆破されて、粉微塵に爆殺されているのだからその恐怖も一入(ひとしお)だ。

 

フリーザの小型ポッドが、彼の発した気に耐えきれずにパラパラと砕けて散る。

白い尻尾を振るい、ポッドの破片を煩わしそうに払いながらフリーザは微笑んだ。

 

「サービス期間は終わった。

サイヤ人…今からはボクが相手したげるよ」

 

フリーザ軍兵士達から歓声が上がる。

雄叫びが如く声で兵達は口々に「フリーザ様!」と叫びたてれば、戦場の空気はそれだけで揺れ、そして悟飯に怯えつつあった兵達の獰猛な心が再び猛る。

 

「他の人達は、あの死にぞこないの地球人とナメック星人を殺しておいで。

ボクは…この猿を躾けておくからね」

 

「…そう上手くいくかな?」

 

悟飯は矢のような視線で見返しつつ言った。

だが、彼の頬には一筋の冷や汗が流れる。

 

「フフ…ムカつく目だ。

惑星ベジータを花火にしてやった時も、そんな目を向けてきたサイヤ人がいた。

まったく親子三代揃って不愉快な猿だ。嫌になっちゃうよ」

 

フリーザの顔から笑顔が消える。

悟飯は、かつてセルにも向けた物に似た殺気漲る瞳で帝王を射抜いた。

悟飯の気が弾ける。

風を裂くよりも速く悟飯は跳んだ。

 

「っ!?」

 

驚愕の顔のフリーザ。

その腹を悟飯の拳が貫いた…と思われたが、その幻影はふっと消える。

 

「ホホホホホ…」

 

「チッ…」

 

舌を打った悟飯からかなり距離を取り、原野のど真ん中で一際大きく目立つ岩山の上にフリーザは立っていた。

 

「今のは少し驚いたな。

フフフ…当たっていたら少しは痛かったかもね」

 

「そのまま殺してやろうと思ったんだがな…」

 

「ふぅん…随分言うようになったじゃないか…あの時のガキと同じとは思えないよ。

前座の割には少し楽しめそうかな」

 

「…っ!ぐぁ!?」

 

フリーザが指を向けた刹那、悟飯の脇腹を鋭い熱が襲う。

道着と皮膚が焼け、肉が焦げる。

 

(フリーザの…気のビーム!は、速い…!今のオレなら見抜けると思ったが…!)

 

幼少の悟飯も見たことのある、フリーザのかつて全く同じ技(デスビーム)

だが威力と速度は段違いに洗練されていた。

フリーザもまた成長している。

 

(く…そんな事は分かっていた事だ…!今のオレならば、やれる!!)

「はぁぁぁぁぁ!!!」

 

「へぇ?」

 

黒髪のままの悟飯の気がより鋭くなり、びりびりとフリーザの皮膚を震わせ、そして弾丸のように突っ込む。

フリーザはニタリと笑う。

 

「肉弾戦か。親子揃って好きだよねぇ、それ」

 

「はっ!」

 

「ふふっ」

 

悟飯が繰り出した拳は、今度はフリーザを捉えた。

だがフリーザはほくそ笑みながらそれを悠々と受け切る。

フリーザを逃さないとばかりに取り付いた悟飯が、ひたすらに拳の弾幕で攻め立てればフリーザも関心した様子を見せた。

 

「ぬ…、く…、やはり…大した奴だ。さすがはあのサイヤ人の息子。…だがっ!」

 

「っ!」

 

フリーザが拳の弾幕を捌きつつ、尻尾の突きを悟飯の顔目掛けて仕掛ければ、悟飯は咄嗟に頭を横にズラす。

 

「避けたか、やるね!だけどこれはどうかな!」

 

「ぐぁ!!?」

 

フリーザの連撃。

尻尾はブラフ、本命は蹴り。

デスビームによって焦げ付いた悟飯の脇腹に、フリーザの白い足がめり込んでいた。

 

「そら!」

 

「がっ!!?」

 

そしてそのまま悟飯の脳天に拳を振り下ろす。

地が爆裂したかのように砕けて悟飯がめり込む。

 

「ふっふっふ…まさかこの程度で終わらないよな?サイヤ人…――っ!?なに!?」

 

めり込んだ先をとっぷり眺めてやろうかとした矢先、フリーザの頬をエネルギー弾が掠めた。

と同時に飛び出してきた悟飯が、

 

「はぁぁ!!」

 

鋭い蹴りをフリーザの腹に突き刺した。

 

「ぐぅ!?」

 

フリーザの体がややくの字に曲がる。

だが、悟飯にはそれが大したダメージでない事がわかった。

 

(ダメだ、浅い!)

「はっ!」

 

続けてもう一撃。

 

「っ!」

 

フリーザの顎にぶち当たった悟飯の拳。

フリーザは声なき声を上げて仰け反った。

 

悟飯はフリーザと対等に戦っている。戦えていた。

フリーザの手下達と戦っているピッコロ達も、それを横目に見ながら大いに喜び、そしてクリリン等はもう「し、信じられねぇ!いいぞ悟飯!そのままやっちまえ!!」と感激しきり。

だが、この戦いの様子に違和感を抱いている者が一人いる。

誰であろう、それは悟飯その人だ。

 

(おかしい…妙な手応えだ)

 

何かは分からない。

だが、悟飯はこういった妙な反応…そう、やられているのにまだまだ余裕を感じさせる相手の妙な態度というものを知っている。

 

(まさか、フリーザの奴…何か奥の手を!)

「…ならば、それを使う前に殺す!」

 

悟飯のギアがまた一段上がる。

肉体も気も温まりきった悟飯が猛然とフリーザに迫り、そしてまたフリーザの首筋に強烈な蹴りを見舞ってやれば、フリーザは高速で吹っ飛び大地を刳りながら地平の彼方に消えていった。

 

「かめはめ――」

 

悟飯は間髪入れず即座に腰を落とし、構える。

由緒正しき亀仙流奥義にして、孫家がもっとも頼る技。

 

「――波ァァァァァ!!!」

 

青白い生命の波動エネルギーが破壊の熱光線となって敵に突き進む。

目指すは地平に倒れる宇宙の帝王。

 

「真価を見せず、そのまま死んでしまえ、フリーザッ!!」

 

構える悟飯の両掌にさらに気が込められて、確実に敵を屠らんとしたが、しかし…。

 

「っ!なっ!?」

 

悟飯の目が、軌道を変えて天へと跳ね返されていくかめはめ波を追っていた。

全力のかめはめ波だったはずだ。

ピッコロも、クリリンも悟飯が勝ったと思ったに違いない。

悟飯と同じようにその目は驚愕に染まり、そしてかめはめ波が軌道を反れた事実に戦慄する。

 

「驚きましたよ」

 

その声は静かに響いた。

何故か、地平に吹き飛び、そしてそこでかめはめ波を弾いた筈のフリーザの声が、悟飯の背後からするのだ。

悟飯の頬にも額にも、そして背中にも、イヤな汗がジトリと滲んだ。

 

「この〝変身〟は、孫悟空とクウラの為に取っておくつもりだったのですがねぇ」

 

穏やかな口調。

まるで第1形態の時のような、慇懃無礼なその言葉遣い。

悟飯は歯を悔しそうに食いしばり、そして振り向きざまに裏拳を叩き込んだ。

 

「お前は私の想像以上に遥かに強かった。

誇っていいですよ、孫悟飯」

 

悟飯の裏拳は空を切り、そしてまたも彼の背後からフリーザの声。

 

「っ!」

 

諦めず、また悟飯は振り向きざまの蹴撃を繰り出そうとして、そして今度は己が吹き飛んだ。

 

(なん、だ!?殴られた!?ほ、ほとんど、み、見えなかった!)

 

超高速のパンチ。

そのたった一発が悟飯の脳を激しく揺らし、全身を痺れさす。

 

「ホホホホホ!!」

 

高笑うフリーザを、悟飯はぶっ飛びながらもかすれた目で睨んでやると、そこには先程までの白い小男はいない。

そこにいたのは全身を黄金に輝かせた小さな男。

そいつが指先に死の予感を匂わせる光を収束させていた。

 

「黄金、の…フリーザ…!?っ!ぐああああああ!!!」

 

悟飯の体を無数の光の矢が貫いていく。

まるで甚振るかのように致命傷を避けつつ、フリーザの指から放たれたデスビームは横殴りの雨となって悟飯を貫き続ける。

 

「ホッホッホッホッ!そのまま穴だらけにして殺してあげましょう!

孫悟空が気付いてやって来た時には、対面するのは穴だらけの酷い息子の死体、というわけです!」

 

いっそ美しい紫の光の雨に飲まれる悟飯。

それを見てピッコロとクリリンは叫び、そして何とか助けようと試みるものの、彼らも無数のフリーザ軍兵士の相手をしているのだ。

救援など無理な話。

 

「悟飯っ!!!」

 

それでもピッコロがその光の雨に何とか飛び込もうとした、まさにその時。

空から一条の光が降り、まるで孫悟飯とフリーザの間を断ち切るように降り注いだ。

 

「な、なに!?」

 

ピッコロは叫んでいた。

なぜなら、降り注いだ光はまるでフリーザのデスビームと同じだったからだ。

 

「悟飯を…守ったというのか!」

 

驚きながらも、ピッコロにはその光を放つ男に一人心当たりがある。

フリーザのビームの雨霰を、空から一発たりとも撃ち漏らす事なく、相殺していく針の穴を通すが如き神業。

超精密な機械のようなその技量。

 

「へ…ま、まさか…あんたがそこまでしてくれるとはな!クウラ!」

 

眩い太陽を背に、まるでフリーザのようなシルエットが浮かんでいた。

そのシルエットに、この戦場にいる誰もが眼を惹かれていく。

フリーザ軍も、そして兵達の猛攻い息も絶え絶えになっていたクリリン達も…そしてフリーザも。

太陽を背負っていたシルエットがゆっくりと滑り落ちてき、そしてギュチッという音とともに逞しい脚の三本指で大地を掴んだ。

 

「っ…、ク、クウラ…!」

 

フリーザが忌々しげにその者の名を告げる。

 

「久しいな、弟よ」

 

フリーザに良く似た声が、静まり返った戦場に響いた。

 



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極限バトル!ニ大第5形態

「フッ」

 

10年か、20年か、とにかく久方ぶりの弟との再会に、だがクウラは嘲笑でもって出迎えた。

フリーザの片眼がピクリと痙攣したように僅かに瞬く。

 

「何がおかしいんだい、兄さん」

 

弟が極めて抑揚を抑えた口調で言うが、そこに怒りが滲んでいるのは誰の目にも明らかだった。

静かな怒気が空気を伝わっていき、フリーザの部下達も、そしてピッコロ達もがその兄弟のやり取りに息を飲んで見守る。

 

クスクスと笑いながらクウラは応えた。

 

「暫く見ないうちに随分と派手になったな、フリーザ」

 

ホホホという乾いた笑いを浮かべながら兄の戯言を受け取ったフリーザは、まるで兄に自慢するかのように己の黄金色のボディを見せびらかす。

 

「美しいでしょう?この黄金に輝くボクの体、そして迸るエネルギーを見てどう思ったかな?兄さん。

ボクは…次なる変身を手に入れたのですよ。

一族の誰も到達出来なかった…〝進化〟をね!」

 

ゴールデンとなった時のフリーザは、昂ぶる気に反して精神性には落ち着きが戻る。

故に本当ならば、一人称も私であるし、慇懃無礼なですます調な語り口となるが、こうして実の兄と話していると、本来の〝素〟である最終形態時の口調になりがちらしい。

 

「進化…?クッ、ククククククッ、笑わせるなフリーザ。

どうやら暫く会わないうちにユーモアのセンスは磨いたようだ」

 

兄の再びの戯言に、今度はフリーザの頬がピクリと動いた。

 

「ふ、ふふふ…兄さん、いい加減強がりはよしたらどうだい」

 

「強がり…?」

 

「そうだよ。まさか、未だ気も読めない雑魚ってことはないでしょう?

だったら、ボクの…このゴールデンフリーザ様の力…分かるだろう?」

 

自分の力を誇示するように、フリーザは両腕をゆっくりと左右に開きひけらかすも、やはりクウラの反応は冷然としたものである。

 

「確かに…多少は力をつけたようだが、な。

その程度を我ら一族の進化と呼んでもらっては困るぞ、弟よ。

栄光ある我が一族の進化は、貴様が思うほど温くはない。

貴様がたかだが1年やそこら、生温い訓練をした所で進化に辿り着けるものか」

 

兄のその指摘に、とうとうフリーザは不快以外の表情を浮かべた。

 

「…ボクの1年の特訓…ご存知でしたか」

 

まさか地球にいた筈のクウラが、己の秘密特訓を把握しているとは露知らぬフリーザである。

少々驚いたようであった。

 

「間抜けめ。貴様のやることなど手に取るようにわかる…この俺にはな」

 

「……で、こうしてずっとお喋りをしているわけだけどさ。

一体何時まで私は待てばいいのですか?兄さん」

 

「何を待っているのだ、愚弟よ」

 

「決まっているでしょう。命乞いですよ。

ボクの戦闘力はお分かりでしょう?

今の兄さんでは決してボクには勝てない…わからないのか?」

 

ニコリと笑いながらそう言うフリーザに、クウラは溜息を返してやる。

 

「愚かな奴だ。我ら兄弟の優劣を言葉だけで決めようというのか?

貴様こそ一体何時までこの兄を待たせるつもりだ。

さっさとかかって来るがいい…フリーザ」

 

そう言い切ったクウラは僅かに腕を上げて軽く構え、そして弟をケモノのように恐ろしい目で見つめた。

フリーザの顔からは、今度こそ笑みも余裕も消え失せて、そこにはただ怒りがある。

 

「…っ、もういいや。

この後、どれだけ泣いて許しを請おうがボクは許さないよ、兄さん。

パワーアップしたこのゴールデンフリーザ様の力を正しく見抜けないお馬鹿さんに、少し道理という奴を教えてあげるとしようか」

 

兄弟はそれきり口を閉ざし、沈黙の中で互いを睨む。

良く似た兄弟の良く似た鋭き目。見ただけで相手を切り裂いてしまいそうな刃の如き視線が交わる。

高まる兄弟の気が地球を揺らし、倒れていた悟飯はその気に当てられただけで苦悶の声を上げる程で、そして見守る他の者達も戦う手を止めて怯えてしまうレベルだ。

 

 

 

 

 

そしてそんな隙だらけの連中を見逃さない者達が、この戦場に増援としてやって来ていた。

クウラある所に彼らあり。

 

「我らッ!」

 

「クウラ機甲戦隊!!」

 

「とう!」

 

「…」

(このノリだけはずっと慣れないね…慣れたくもないけど)

 

サウザーとドーレ、ネイズが長年の息のあったファイティングポーズを披露し、前口上を述べて一目散にフリーザ軍目掛けて突っ込んだ。

 

「あ、あぁ!?クウラ機甲戦隊だ!!」

 

「あれが…ギニュー特戦隊以上って言われる、ク、クウラ機甲戦隊…!!」

 

「や、やべぇぞ…なんであんなエリート部隊が地球人の味方しやがるんだよ!」

 

「く、くそぉ…クウラ様の戦闘力もどんどん高まって、スカウターなんざとっくに壊れちまった!

やっぱり、クウラ様に楯突くべきじゃなかったんだ!」

 

「し、仕方ねぇだろうが!もともと、俺達を捨てたのはクウラ様なんだ!」

 

「ひ、ひぃ!来る!!」

 

口々に喚き、中には既に怯えて心折れる者まで出てきたフリーザ軍。

折角フリーザが士気を立て直したというのに、クウラ軍の登場でその士気はまたもだだ下がりであった。

 

「はぁっはっはっはっ!怯えてやがるぜ!フリーザ軍も落ちたもんだ!」

 

「まったくだな。こんなみすぼらしい軍団など、クウラ様の一族たるフリーザ様が率いるに相応しくない。皆殺しだ」

 

「けぇっけっけっ!そうこなくちゃな!」

 

ドーレが自慢のタフネスを活かして切り込み、サウザーがエネルギー弾を乱射しながらそれに続き、ネイズもケタケタ笑いながら電撃をやたらめったら撃ちまくる。

ただ一人、ザンギャだけが前口上もファイティングポーズもせずに、ただ静かに敵のハンティングを開始していた。

しかし、戦闘におけるコンビネーションにはザンギャも参加し、そして見事に連携する。

 

「くすっ、雑魚どもがこんなに群れちゃってさ」

 

兵士の一人をキックで胴切りにしてやり、直後に風のように飛び上がって兵の集団の上に陣取り、手をかざす。

女戦士の指先から練られた見えない気の糸が怪しく陽光を反射し、総数のおよそ半分近くの集団全員を金縛りに陥らせてしまったのだ。

 

「が、がぁぁ!?体が、う、動かねぇ!」

 

「な、なんだこの技は!」

 

「う、うわぁぁぁ、フ、フリーザ様ぁ!お、お助けをぉ!!」

 

ザンギャの魔糸(サイコスレッド)からは何者も逃れられない。

完全に捕らえられた獲物を見、機甲戦隊の面々は舌舐めずりをしそうな笑顔で糸に絡まる獲物へ殺到。

 

「クウラ様の敵には死あるのみ」

 

妖しく微笑むザンギャの美しい笑顔が、フリーザ軍兵士達の冥土の土産となるだろう。

素早く散って包囲網を完成させた残る三名の機甲戦隊員が、三方向から凄まじいまでエネルギー弾の嵐を降らし一網打尽とした。

圧倒的かつ、一方的。

それはおよそ戦いではなく、虐殺だ。

見ていたクリリンがその凄惨な場面に喉を鳴らす。

 

「あいつらの自業自得とはいえ……な、なんて奴らだ…み、味方でよかったぜ」

 

ピッコロに肩を貸されながらヨロヨロと歩いてきた悟飯もそれに同意せざるを得ない。

 

「ええ…本当に…」

 

悟飯は、ピッコロが持ってきていた仙豆の最後の一粒を受け取っていないのだ。

それは、今すぐに治療をせねば死んでしまう程の重傷を負っているヤムチャに食わせて欲しいと、そう悟飯は願い出ていたからだ。

悟飯がその決断をしたのも、恐ろしいとはいえ今は味方をしてくれているクウラ達の登場故だ。

 

「もう、僕が出なくても…大丈夫そうですから」

 

たはは、と笑う悟飯にクリリンは頷いて、そして頬を書きながら観戦の感想を言うぐらいには安心感と余裕が彼らの間に戻っている。

それはつまり、それだけこの増援が頼もしいという証左でもあった。

 

「だな。……それにしても、あのザンギャって子…。ちょっと可愛いよな。

18号よりもお尻が―――」

 

「…クリリンさん?」

 

悟飯の、クリリンを見る目が少し冷たい。

クリリンは慌てた。

 

「ち、違うぞ悟飯!その、あれだ…ちょっと18号と似てるなって思ってさ」

 

「…まぁ…………そうですけど」

 

やはり悟飯の反応は少し冷たい。

ピッコロも、

 

「クリリン…俺は恋愛というやつはよく分からんが…浮気というのは最低の行為だとブルマから聞いている」

 

そう言って責めるような瞳でクリリンを見る。

仙豆を食べて危篤状態から脱し、寝ていたヤムチャの肩がビクリと揺れたのは気の所為だろう。

 

「ねぇねぇクリリンさん」

 

「うわきってなにー?」

 

チャオズと天津飯を介抱していたトランクスと悟天がつぶらな瞳でクリリンに問うてくれば、クリリンの背に、強敵と相対した時とも違うイヤな汗がじくじくと滲む。

 

「………あは、ははは、ははっ……あの…今の失言は…18号には黙ってて欲しいなぁって」

 

理不尽に思いつつもクリリンの声はどこか滑稽に震えていた。

が…もちろん、誰も本気で責めているわけもなく、仲間同士のただのじゃれ合いだ。

そんな戦場に似つかわしくない長閑とも言えるZ戦士達。

だがしかし、次の瞬間に皆の顔つきが変わる。

お遊びは終わりという事らしい。

 

「っ!」

 

「い、いよいよ奴らが…動く!」

 

「なんて気だ……しょ、正直言うと…俺は、こ、怖いぜ…!震えが止まらないんだ!

ちくしょう…強さだけは頼もしいけど……、ほ、本当に、あの気は…味方でもおっかない…!」

 

今にも地球が砕けそうな振動。

宇宙最強の兄弟が高める気の圧が、地球そのものを…そして太陽系全土すら揺らす。

黄金の闘気が暴風のように吹き抜け、フリーザが大地を刳りながら駆け出した。

 

「キェェェェェェイ!!!」

 

「っ!」

 

コンマ以下にどれだけ0をつければいいのか分からぬほどの速さ。

Z戦士達には目で追えず、負傷し消耗している悟飯にさえ追えぬスピード。

その速度の拳がクウラの頬に突き刺さる。

 

――メギ、メギメキメキィ

 

クウラの骨が不快な音をたてて軋めば、フリーザがひどく愉快に、そして邪悪に笑う。

フリーザとクウラの世界がスローモーのように時が圧縮され、殴り抜かれる拳の血管の脈動さえ二人には視えた。

そして仰け反るクウラ。

メギィ、という軋み音と共に、クウラの口から紫の血が数滴飛び散る。

 

(見ろぉ!ボクが!このボクが!!あのクウラに!兄さんにクリーンヒットを喰らわせたんだ!)

 

このまま殴り抜き、地球の大地に叩きつけて星ごと割ってやろうか。

そう意気込んだフリーザがさらに拳に力を漲らせたその時…確実に脳天を揺らしてやったと思ったクリティカルな一撃を受けた筈のクウラが、しっかりとフリーザの目を見据えていた。

 

「っ!?」

 

ゾクリ、とフリーザの背に寒いものが走る。

 

「っっ!!ぐっ、きぇぇぇぇぇぇやあああああ!!!」

 

まるで慌てるかのようにフリーザは叫び、二撃目を繰り出す。

お次は左拳のリバーブロー。

しかしそれは一撃目のようにはいかなかった。

 

「なっ…!」

 

「フン…思ったよりもいいパンチだ、フリーザ」

 

唇から一筋の血を垂らすクウラが、しっかりとフリーザの拳を受け止めている。

顔面に直撃した筈のパンチ。

だが、クウラは目眩一つせずにニヤリと笑って弟を見下すようにしている事が、フリーザには悔しさと恐ろしさが綯い交ぜになった屈辱を感じさせるのだ。

 

「っ…!上から見やがって…!ふざ、けるな!!」

 

フリーザの蹴り。

だが空を切る。

続いてまたも右拳の振り抜き。

クウラの手が拳に添えられ軌道を逸らされる。

尻尾の薙ぎ払い。

それをクウラは同じく尻尾で捌く。

ラッシュ。

ラッシュ、ラッシュ。

ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ。

 

「ぐ…!く、う…!ぬぅぅぅぅ!!!」

 

一発が一発が致命傷レベル。

惑星さえ砕く重い一撃。

それを光さえ圧倒的に置き去りにする速度で連打している。

 

「…どうしたフリーザ。貴様の力はこんなものか?」

 

だが冷たく言い放つクウラによって全てが捌かれてしまう。

フリーザの鼻背に深い皺が無数に刻まれて、彼の怒りを存分に現していた。

 

(な、なぜだ!戦闘力ではボクが完全に上回っているはず!!なぜ当たらない!!!)

「くぅぅぅぅッ!!!」

 

怒れる弟に、クウラはせせら笑いながら告げる。

 

「疑問に思っているようだなフリーザ。フフフ…ならばこの兄が教えてやろう」

 

「ぐっ!だ、黙っていろ!!」

 

「貴様と俺では戦闘の経験値がまるで違う。

確かに戦闘力でも、才能でも貴様が上だ。だが、お前はその才能に胡座をかき、鍛錬を怠った」

 

「鍛錬ならばしたさ!この1年たっぷりとねっ!!!」

 

フリーザのラッシュをいなしながら、兄はこんこんと言葉を続ける。

 

「笑わせるな!甘ったれた貴様の鍛錬など、所詮は付け焼き刃…ただのメッキに過ぎん!

貴様はどれだけ己の命を賭けてきたのだ、フリーザ!

命を賭した戦いこそが最も己の力を成長させる!

貴様の付け焼き刃の戦闘力など……この俺の経験の前では取るに足りん!!」

 

兄の言葉がフリーザの心を抉る。

つい1年前、フリーザがしたり顔で()()()()()()部下に放ってやったありがたい至言。

それがそっくりそのまま己に跳ね返ってきたのは、フリーザにはただただ屈辱であり恥辱。

さらに頭に血がのぼっていくのがフリーザには分かるが、それでもどうしようもない。

兄弟だからか、フリーザはクウラの言葉にいつだって過剰反応が起きてしまうのだ。

歯が砕けそうな程の歯軋りを数秒披露した後、フリーザは激昂しつつ叫ぶ。

 

「ボ、ボクに劣る戦闘力の男がァァ…!いつまでも偉そうに兄貴面をするなんて不愉快だよッッ!!!なら!これならどうかなッ!!!!」

 

「むっ?」

 

フリーザの手から無造作に垂れ流れたエネルギー波が、閃光弾のように光り輝いて場を照らす。

 

「クク…気功波の目眩まし…付け焼き刃のお次は浅知恵か」

 

思わずクウラは微笑んだ。

かつて、孫悟空との戦いで自分も同じような愚行を選択した事があるからだ。

兄弟は無意識に似るという事か、とクウラは血の因果を思わずにはいられない。

 

「こっちだよ!!」

 

クウラの背後上空。

そこから弟の甲高い声が響いて、そして両の手の指先をクウラに向けて構えていた。

 

「…甘いな、フリーザ。わざわざ自分のいる場所を教えずとも、さっさと俺を撃てばよかったのだ」

 

「それじゃあ面白くない…ボクはね…兄さんが泣いて這いつくばって命乞いをする様を眺めたいんだ。

顔が見えなきゃ……お前の泣き顔が見えないからねぇぇぇぇ!!!ホホホホホホ!!」

 

10の指からデスビームの猛射が始まり、紫に妖しく煌めく光線が悟飯の時をさらに上回る密度と速度でクウラへ殺到した。

 

「あっはっはっはっ!さっきのサイヤ人の時とはわけがちがうぞ!!

これがボクの本当の力だよ兄さん!!」

 

「ふん…」

 

クウラもまた、先と同じようにして10の指からデスビームのマシンガンを放ちまくって迎撃。

全ての指で連続フィンガーブリッツの応用を効かせてとにかく撃って撃って撃ちまくるが、クウラの持つビッグゲテスターの演算能力と、そしてクウラ自身の技量の相乗効果がその全てを相殺し続ける。

凄まじいまで弾幕の応酬。

 

固唾を飲んで見守る地球の戦士達でさえ魅入ってしまう。

 

「な、なんという光景だ…!光の花が二人の間に咲いてるみたいだぜ…!」

 

ピッコロでさえ思わず詩的な感想が漏れてしまう程にそれは眩く美しい。

秒間に何千もの紫の光の花が瞬いて散る。

クウラ機甲戦隊も、

 

「お、おお!クウラ様…なんというお美しい技の応酬!さ、さすがは我らが主…そして弟君!!」

 

主にサウザーが、その手にソルベの頭を握りしめながら感動に震えていた。

 

「後はクウラ様とフリーザ様か。結果は見えているがよ…どうにもやるせねえな」

 

ドーレがシサミの脊髄を踏み抜きながらそう言った。

ネイズも神妙な面持ちで頷きながら、宙より滑り降りてサウザーの横へと着地。

そして黒焦げ死体となり果てたタゴマを雑に放り捨てた。

フリーザ軍残党はどうやら壊滅し、一段落といった様子であった。

ザンギャなどはとっくに割り当てられた獲物を狩り終えて、宙から主の戦う姿をただうっとりと眺め続けていた。

 

「見ろ!」

 

サウザーが驚いたように指を差せば、むぅ、とドーレとネイズも唸った。

 

「フリーザ様のデスビームが、クウラ様を押している…!」

 

「あの金ピカ形態は…あのお姿のクウラ様を上回るってぇのか!」

 

「なんてこった…!なんでクウラ様は変身なさらないんだ!」

 

サウザーらの評に、ザンギャは笑う。

聞く気は無かったが、同僚達の大声は嫌でも耳に入ってくる。

 

「はん…そんなことは分かりきっているだろう。

クウラ様は、フリーザと…楽しんでいるのさ」

 

少々ムスッとした様子でザンギャが言った。

それはほんの少しの嫉妬だろう。

無表情に見えて、クウラが楽しんで戦っているのがザンギャには分かった。

弟に合わせて戦っているのだ。

 

(あんな楽しそうな姿…久しぶりに見る)

 

自分では引き出せなかったクウラが()()()姿。それを引き出したフリーザに嫉妬してしまう。

フリーザがどう思っているかは分からぬが(十中八九、真剣に殺しに掛かっているだろうとザンギャは思う)楽しそうに兄弟が戯れる様子は、「あの間に私は入っていけない」という一抹の寂しさを感じさせた。

 

「あぁ!!ク、クウラ様!!!!」

 

ザンギャのセンチな思考を吹き飛ばすが如きサウザーの叫び声が響く。

フリーザのデスビームの雨が競り勝ちクウラを光の中に飲み込んで大爆発の連鎖を巻き起こす。

 

「っっ!!や、やった!!!ホホホ…、ホホホ、ホッホッホッホッッ!!!

やった…!やったぞ!!!!見たかクウラ!!!もはや兄さんはボクの敵じゃあない!!

宇宙最強は…………このボクだッ!!!!!

このフリーザ様こそが、宇宙一だ!!!!」

 

爆発につぐ爆発。

大地が大きく深く抉れて、遠く山々までが振動で砕けて崩落する。

当然、Z戦士達の足場も保ちはしない。

 

「わ、わわわっ!」

 

「なんという威力だ!悟飯、飛べるか!?」

 

「は、はい…!トランクス、悟天!ヤムチャさん達を頼む!」

 

「オッケー!まかせといてよ!」

 

慌てて皆が飛び去って、新たに安全地帯を探してそこへ着地。

 

「あのクウラって人…やられちゃったの?」

 

悟天が妙に心配そうに言えば悟飯は「見てごらん」と笑って指差した。

目を凝らす。

 

爆発が小康状態へと入り、立ち上った膨大な土煙が辺り全てをもうもうと隠していたが、悟天の良い目を凝らして見ればそこに人影があるのが分かる。

 

フリーザの頬が引きつった。

 

「き、さま…!」

 

「今のは効いた…」

 

フッ、と笑うクウラがそこ(爆心地)に佇んでいる。

体中は傷だらけになり痛々しい。

 

「粉々にしてやったと思ったけど…ず、随分タフだねぇ、兄さんは」

 

生き延びたタフさはさすがは己の血族だとフリーザも感心する。

だが、兄の傷だらけの様子を見て、いよいよ勝利を確信していた。

 

「さっ…どうする?もうその体じゃ戦えないだろ?

泣いて無様に謝るなら…許してやろうかな」

 

引きつっていた頬を何とか戻し、宇宙の帝王としての器を兄に示してやる。

もはや下剋上はなったと…クウラはこのフリーザの足元に堕ちたと…そう確信しているからこその余裕をフリーザは滲ませた。

だが…。

 

「クックックッ」

 

クウラは少しも狼狽する様子を見せず、少しも焦燥した様子を見せず、ただ静かに余裕綽々に目を瞑り肩で笑っていた。

 

「…何がおかしい」

 

弟の言葉に兄がその目を開けた。

 

「お前が良く言うサービス期間とやらだ」

 

「なに?」

 

キョトンとした顔でフリーザが思わず問い直した。

 

「サービス期間は終わった。

気は済んだだろう?弟よ……今からは俺の番ということだ」

 

クウラの大胆不敵な言葉。

フリーザの頬が再度引きつる。

 

「こ、この…野郎…!

このゴールデンフリーザ様を…ど、どこまでコケにする気だ…!

いい加減見苦しいぞ、クウラ!!素直に負けを認めたらどうだ…!

見て分かるだろう!今のボクと、お前の姿を見るがいい!

オレは無傷で貴様は傷だらけさ…それとも死ぬまでやろうというのか!」

 

「我ら兄弟の決着は中途半端には終わらん。

見せてやろう、フリーザ…貴様のハリボテとは違う…本当の〝進化〟という奴を!」

 

「な、なんだと!?」

 

傷ついたクウラの体。

脚をやや開き、大地に突き刺すように踏ん張る。

クウラの気が爆発的に高まっていくのがフリーザには理解できた。

 

「はァァァァァァ…!」

 

「ば、バカな…!?こ、こんな…!この気は…!」

 

クウラの声に星々が応えるように震え、フリーザは兄の肉体に起きる爆発的変化に目を奪われた。

兄の傷がみるみるうちに癒えていき、そして膨れ上がる。

気だけではない。

まさに肉体そのものが膨張していた。

フリーザが内心渇望してやまない高身長の大男へと化身し、筋肉は張り詰めた鋼鉄のよう。

一族特有のバイオアーマースキンは鎧のように猛々しい。

額の外骨格まで四股に伸長し、勇ましい兜のようだ。

瞳は血のように真っ赤に染まりきり、燃えるような眼でフリーザを睨みつけていた。

 

「あ、ぁぁ…!」

 

勝ち誇っていたフリーザの心が、その土台が、ぐらぐらと揺れていくのがフリーザには分かってしまったのだ。

兄の変貌を見届けて、弟はただ震えた声しか絞り出せないでいた。

 

「バカな…!こん、な…バカな…っ!ボクとは、違う変身を…!」

 

クウラは笑う。

笑って弟を見ていた。

 

「クックックッ…、さぁ…始めようか…!」

 

笑うクウラの顔を、機械的な音とともに白いフェスガードが覆い隠し、完全戦闘形態へと移行。

第二ラウンドの幕が開く。

 



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兄弟喧嘩の決着

2mを超えようかという筋骨隆々たる大男へと変身したクウラが、フリーザを見下ろしている。

その威圧感は、圧倒的な体格差と莫大な気の差という理由だけではないだろう。

クウラから発するブッチギリの〝気〟がもたらす圧迫。

その〝気〟は戦闘力に直結する生命エネルギーの気ではなく、ただただ純粋な存在感であり…気迫、殺気、闘気、覇気…それら概念的な圧であり凄味というやつで、今、フリーザは完全に兄の〝気〟に飲まれていた。

 

紅蓮に光るクウラの眼光がフリーザを静かに見下すと、フリーザは未だに眼前で起きた兄の変身を受け入れられないでいるらしい。

 

「あ、あぁ、あ、あ…!こ、こんな…こんなバカな…!

き、貴様なんぞが…!ボクより先にさらなる変身に辿り着いているわけが…!ないッ!!!」

 

屈辱に体と声を震わすフリーザを言葉もなく一笑に付したクウラは、弟の言葉に取り合わずに地を蹴った。

クウラの肉体がフリーザの黄金の気を引き毟り、〝暴〟の化身となって迫る兄に、フリーザは咄嗟に超高速でもって大きく身を引いてしまう。

 

「っ!…ぐ、くぅ…!」

 

だが、そこで己の所業に気付き急いでブレーキをかけ、止まる。

宇宙の帝王たる自負を持つ自分が、格下と見た兄相手に逃げを打つなどフリーザの矜持が許さず、ギリギリそこで踏みとどまる選択肢をフリーザに選ばせた。

 

「このフリーザ様こそ宇宙最強だ!!

お前など、お前などッ、お前などッッ!!」

 

土煙と砂礫を大量に巻き上げ、砂嵐がクウラの巨体を覆い隠してしまっていたが、フリーザは怒声とともにその砂嵐ごと兄を消し去らんと右手にエネルギーを漲らせ、突き出す。

だが――

 

「っ!?がっ、ぐぁあああああ!!!?」

 

クウラは()()からやってきた。

丸太のように逞しいクウラの脚が、フリーザの腰を真横から捉えてめり込ませる。

凄まじく重い蹴りにフリーザは悶絶しながら吹き飛ぶと、その勢いを利用して再度高速離脱。

 

(あ、あのデカさで、なんという速さ!)

「ハァッ、ハァッ、…ぐ、ぬぅぅぅ!」

 

脂汗を滲ませながら、クウラが次にどのような攻撃を仕掛けてくるか見極めようとして…そしてフリーザは驚愕する。

 

「っ!な、なっ!?どこに――っ」

 

クウラはもはやそこにはいない。

必死に索敵するフリーザだったが…。

 

――ドンッ

 

という鈍い音が後ろ向きに高速飛行していたフリーザの背から聞こえたのだ。

 

「――…っ」

 

分厚いゴムの塊にでもぶつかったような感触に、フリーザは(まさか)と顔から血の気を引かせていた。

 

「きぇぇぇぇぇっ!!」

 

目にも留まらぬ超束の後ろ回し蹴り。

だがそこには何の手応えもなく、フリーザの脚は虚しく空を切っただけであった。

 

「っ!ふ、ふんっ!わ、わかったぞ…!き、貴様はスピードだけなんだろう!

そうだ…そうに違いない!

見てくれだけそんなデカくなったって、所詮ボクのパワーに勝てるわけが――…っ!!う、うぉおおおお!!!?」

 

憎まれ口を叩いた次の瞬間、フリーザの体がグンッと何かに引っ張られた。

何かが尻尾を強烈な力で掴んでいた。

まるで万力に絞めらるかのように締め上げられ、そして尻尾が千切れそうな速度で地球の重力に引っ張られる。

 

「~~~~っっ!!!」

 

落下が高速過ぎて息が詰まる。声が置き去りにされる。

クウラやフリーザの種族、コルド一族は宇宙空間でも生存でき、呼吸せずとも必須成分はエネルギー変換で補える。

だがそれでも呼吸ができる状況では呼吸をした方が効率が良く体も楽であるから、急に呼吸不能に追い込まれれば息苦しさも感じるのだった。

そのような状況では判断がコンマ以下の秒で鈍る。

フリーザはなすがままに大地へ叩きつけられて、そしてその衝撃で地球に刻まれた亀裂は大いに広がり、とうとう大陸の端にまで到達。まだ止まらずに海をも割った。

そのまま全力で振り抜けば間違いなく地球ごと割れていたであろう威力だったが、直前で()()()()()のは地球を保持するためか、それとも弟のためか。

理由はクウラ本人にしか分からぬが、とにかくクウラが豪腕で振り抜けば砂粒とて凶悪な散弾に等しい。

 

「がはっ!」

 

めり込むフリーザの口から血が吹き出る。

沈黙を保ったまま弟を叩きつけたクウラは、今もなお静かにフリーザを見下ろしているだけだった。

 

「む、むかつく、目だ…!見下しやがって!!

少しぐらいデカくなったからっていい気になるなよ!!!!」

 

昔からそうであったが、特に今のクウラの姿はフリーザの僅かに抱いていたコンプレックスを大いに刺激し、呼び覚ます。

それはさておいても、フリーザは眼を血走らせて首筋がぼこりと浮かび上がる程に感情が昂ぶっていた。

勢いよく跳ね起き、そしてほぼゼロ距離からクウラの首目掛けてフリーザはエネルギーを放ってやる。

ようやく放つことが出来た収束エネルギーは、フリーザの知る中で最も鋭利な切れ味を誇る高密度の円盤状の気弾であり、薄く薄く研ぎ澄まされた気の刃は戦闘力に数倍の開きがあろうとも敵を切り裂く。

しかしそれは当たればの話だ。

 

「…!!」

 

クウラは指先だけで気の円盤(デスソーサー)を挟み込み、完全に受け止めていた。

そして指先に少しの力を込めると、それを磨り潰し霧散させる。

 

「な…なぁ………っ!ば、ばか、な…!」

 

わなわなとフリーザの体が震え、鋭い目は度肝を抜かれたようにすっかり見開いていたが、

 

「ボクの、パワーは…!こんなものじゃないっ!!!」

 

闘志を燃え立たせ、奇声を上げながら兄へと殴りかかった。

 

――ズンッ

 

という土手っ腹に響くような鈍い音がする。

フリーザのパンチがクウラのフェイスガードに直撃し、兄の首が真横に曲がっていた。

だがこの命中に驚いたのは誰あろうフリーザだ。

先程の速度差ならば避けられると思っていたからだが、すぐに兄が何を思って拳を受けたのかが理解できた。

 

(ま、まったく、さ、さっきとは違う感触…!か、かたい…!)

 

――効いていない。有効打たり得ない。

兄の傾いた顔が、フリーザの拳をグググッ…と押しのけながら元の位置にまで戻っていく。圧倒的な筋力。真正面からフリーザを睨む。

 

「う…!う、あ…!こ、このぉ!!!」

 

弟は叫び、逆の腕で今度は兄の腹を打つ。

だが、やはりその感触は重く、硬い。こちらの拳の方が痛みそうな錯覚を抱く程に、フリーザは自分の拳に対して自信を失いそうだった。

兄はこう言っているのだ…弟の攻撃などその気になれば幾らでも避けられるし、そしてもし当たったとしても致命傷にはとても手が届かぬぞ…と。

フリーザを見つめるクウラの赤い眼が、フリーザの眼とは対照的に細く鋭くなり、そしてこの兄はようやく口を開いたのだった。

 

「つまらん」

 

「っ!」

 

「貴様の変身はこの程度か、フリーザ。

何という体たらくだ…。

しかも、その色…その姿…(スーパー)サイヤ人の真似事までして掴んだ貴様の〝進化〟が…その程度だと?

笑わせてくれるぜ!」

 

クウラの気が吹き荒れた。

それだけで「ぐ…」と呻いたフリーザの全身が圧され思わず眼を細めたその瞬間、

 

「っぐ、おっ、お、お、ぐぁっ…!!?」

 

クウラの豪腕がフリーザの腹に突き刺さっていた。

深く、ミシミシとめり込んでいく。

 

「お、お、ご…!っ!」

 

そして悶絶するフリーザの顎目掛けてクウラの重く鋭い前蹴りが炸裂した。

その一撃でフリーザはあっという間に成層圏を突破し、宇宙へと放逐されていく。

超高速の摩擦によって赤熱するフリーザ。

未だ腹に残るジクジクとした痛みがあり、アッパーによって視界が霞んでいる。

 

(は、早く…気の操作、をして、と、止まらなくては…!)

 

このままじゃどこの星系にまですっ飛ばされるか分かったものではない、とフリーザは急ぎ姿勢制御を試みる。

だが…。

 

「っ!!?」

 

フリーザは言葉も出ない程にギョッとした。

宇宙の暗黒に眩い星々、太陽。それだけだった視界に、急に紫の肉体が割り込んできたからだ。

クウラの大きな手がフリーザの視界に迫る。どんどん迫る。

 

「っ…っっ!っん~~~~~~っっ!!!!」

 

クウラの巨体に違わぬその大きな掌が、フリーザの小さな顔面を覆い尽くし、握りしめた。

口が塞がれ、声がでない。呼吸も阻害されるが、別にそれはいい。

彼らの種は生命活動に呼吸が必須ではないが、それはそれとしても圧迫感と閉塞感は凄まじい。

兄の太い腕を掻き毟り、引っ掻き、藻掻く。

 

――みしぃ…

 

「っっっ!!!~~~~~~~っっっっ!!!!」

 

顔面全体が軋む。骨が悲鳴を上げる。

脚をバタつかせ、尻尾で何度も兄を打ってもクウラは止まらない。

 

「フリーザ…貴様はどの星まで行きたい?」

 

そして一言そう言って、静かに兄は笑った。

 

 

次の瞬間、フリーザの世界が加速する。

大きなクウラの手。その指の間から覗く宇宙の黒に、星々の瞬きの全てが彗星の尾のようになって光の筋が流れていく。

無限にも思える数の光の尾が、目にも留まらぬ速さでどこまでも伸びていった。

それをフリーザは、今にもこめかみを砕かれそうな痛みの中、頭の何処かで呑気に美しいなどと思うのは、一種の諦めなのだろうか。

 

光速を遥かに凌ぐ速度の光の矢となった兄弟は、そのまま星々を砕きながら突き進む。

名もなき小惑星、命なき老星、巨大なガス惑星、超高熱の恒星。

それらにフリーザが叩きつけられ、星が割れる度に、宇宙の真空であろうと体を通して星の死の音がダイレクトに伝わり、そしてその度にフリーザの体も悲鳴を上げた。

 

愉快そうにクウラが笑う。

 

「ハッハッハッハッ!どうだフリーザ…兄との旅行もたまには面白かろう!!」

 

肩を揺らして大笑いし、そしてようやくクウラは止まると、未だに騒がしい弟を見て紅い眼を弧にし、

 

「ほぅ?まだまだ余裕がありそうだな」

 

どこか嬉しそうに、そう評する。

 

「~~~っ!む゛~~~~~っっ!!!!」

 

「クククク…。そうか、サイヤ人達が待つ地球に帰りたいようだな?」

 

わざとらしくそう言うと、クウラは弟の顔面を握ったまま振り返り、そして大きく振りかぶる。

 

「っ!!!」

 

兄が放ったその言葉の意味、そして振りかぶる行動の真意。

それを悟ったフリーザはギョッとした顔で、思い切り体中を捻り暴れれば兄の手と己の口の間に僅かながら隙間が生じ、形振り構っていられぬとばかりに兄の指に思い切り噛み付く。

そして続けざまにフリーザはありったけの気を充足させたエネルギー弾を、仕返しとばかりに兄の顔面に叩きつけるのだった。

小規模な爆炎がクウラの顔を包み込むが…、

 

「…っ、フフフフ…!それでこそ我が弟だ!」

 

「~~~…っ!!?」

 

爆炎が消え失せて出てきたものは、頭部外骨格に僅かな煤をつけただけのクウラの顔。

楽しげなクウラと対照的に、フリーザはほぼ無傷の兄を見て驚愕に目を染めきっていた。

 

「遠慮はいらんぞフリーザ…地球へ送り返してやろう!」

 

高らかに笑う兄の声が、気の伝達と接触振動によってフリーザの耳へ届いていたが、もはやフリーザに抗う術はない。

振りかぶったクウラが、思い切り良くフリーザを投げ抜く。

パワーアップにパワーアップを重ねたクウラの力と、そして学習を積み続け怠惰な神をも超えた叡智を持つビッグゲテスターの超精密力が、規格外の投擲を可能にする。

 

「っっっ!!う、うわぁ、ああああ!ぎゃあああああああああああ!!!!」

 

兄の手の枷から解き放たれたフリーザの渾身の悲鳴が宇宙の真空に広がっていく。

光速の壁も限界もあまりに容易くぶっちぎる超光の弾丸と化したフリーザは、宇宙空間に亀裂すら作り、時空震を撒き散らし、またも幾つもの星と銀河を傷つけながらぶっ飛ぶ。

凄まじすぎる超摩擦がフリーザの気の防御を貫いて、黄金の皮膚を擦り燃やして剥離させていく様は、黄金の粒子が宇宙にキラキラと散っていき幻想的である。

一瞬で地球から遠く離れた星系まで連れてこられたフリーザは、今度も一瞬にして地球へ戻ろうとしていた。

ぐんぐん近づく青き惑星、地球がもうそこまで来ていて、その頃にはフリーザはゴールデン化と通常の最終形態の姿を点滅するかのように細切れに繰り返していて、いよいよダメージと消耗が大きい事を告げていた。

 

(っっっ!ブ、ブレーキだ!!気を放出して…ブレーキを、かけなければ…!こ、これ以上の摩擦と、衝撃は…し、死ぬっ!!)

「ぐ、ぐっ、くく、くぅぅ、ぎっ、~~~~~っっ!」

 

ボゥッと大量の気を放出し、衝撃波が太陽系を震わせる程に踏ん張って何とかフリーザは留まった。

ぜぇ、ぜぇ、と肩で大きく息をし、体中を汗だらけにするフリーザは見るからに疲労していた。

 

「お疲れの様子だなぁ?フリーザ」

 

「!!」

 

ギョッとする。

声の方を振り向けば、そこには腕を組んだクウラが地球を背にして宇宙に佇んでいた。

 

「…クウラ、な、何をした…!ボクより速くここまで戻るなんて…あ、ありえない…!」」

 

「ふむ…兄に教えを乞うということか?殊勝な心がけではないか」

 

「っ!だ、誰が…!貴様なんぞに教わることは何もなぁぁぁいっっ!!」

 

握り拳を作り、怒りの声を兄へ返すが、それをクウラは愉快そうに口の中で笑って見ている。

それがフリーザには余計腹ただしい。

だがフリーザは、今になってようやく、兄がここまでの確固たる自信を持つ理由を心底理解出来ていた。

 

(…つ、強い!ボクは…まだこの男との差を、う、埋められていないというのか…!

才能で劣るこのクズの兄が、何でまだこのフリーザ様の前にいる!上にいる!)

 

カッと頭の頂点から隅々にまで血が上りかける。

しかしそれをフリーザは何とか抑え込んで冷静な思考を心がけ、そして認めるしかなかった。

脳をクールダウンさせ、ふぅ~~、と大きく息を吐き、忌々しそうに眉間に深い皺を刻みながら、フリーザは静かに兄を見据える。

 

「……兄さん、さすがですよ。あなたは…強い!

まさかここまでとは、このフリーザでも見抜けなかったよ。

兄さんの言った通り、1年程度のトレーニングでは話にならなかった…。それは認めよう。

ボクが死んでいる間も、兄さんやあのサイヤ人達は命懸けの戦いを何度も潜り抜けたのでしょう?

なら…今のボクが勝てないわけだ…――」

 

弟の謙虚な物言いに、クウラの紅い眼が片方細まった。

およそらしくないフリーザの言葉。だが、やはりフリーザはフリーザであった。

 

「――そう、今のボクなら、勝てない。

だから……ボクも振り絞ってやるよっ…MAXパワーを!!!」

 

「…ほぉ?」

 

クウラは無論その言葉の意味を知っている。

フリーザはこの宇宙でも間違いなく上位に入る才能の持ち主であるが故に、ろくに体を鍛えてこなかった。

才能だけで1億を超える戦闘力を誇る真の天才であるから、その怠慢も当然だろう。

だから、自分の才能に肉体がついていかないのだ。

それは昔からフリーザが抱える欠点であったが、それをフリーザは是正する事はなかった。

そもそも、超サイヤ人が出現し台頭するまでは力を抑え込んだフリーザ第1形態の53万ですら、この宇宙に敵うものはいなかったのだからそれも仕方がない事かもしれない。

クウラでさえ、最終形態(第5形態)を手に入れた後は、強さを極めたと思い込みトレーニングなどしなかった時期があるのだ。

(知的生命体)というのは油断をする宿命にあるらしい。

 

そんな、肉体の鍛錬不足が慢性化しているフリーザが、自分の才能に見合うパワーを解放すると、肉体のほうが保たず、また寿命も消耗してしまう。

それはナメック星での孫悟空との決戦でも証明されていて、そして時を超えた次元観測すら可能なクウラはそれを知っている。

 

(ようやく命を賭ける気になったか)

 

クウラの感想としてはそれ(ようやく)であった。

常に驕り、常に挑戦を受ける側であり、常に上に立つことを当然の事として生きてきたフリーザに必要な事は、ひたすら挑戦者として必死に藻掻く事だと、クウラはそう考えている。

驕りが才能を殺す…その典型こそフリーザ()だった。

 

「ぬぅぅぅ~~~~!!」

 

体の奥底から絞り出されるフリーザの唸り声が星々を震わせる。

肉体中に漲らせていたパワーのギアをまた一段あげていく。

そのまま二段、三段、とギアを徐々に上げ、フリーザの黄金の体を覆う気が激しくスパークしだし、黙ったままに見守るクウラの目の前で、フリーザの、これまではどちらかといえば華奢だった筋肉が爆発するように膨れた。

 

「フッ…猿真似の次は俺の真似事か?フリーザ。

…まぁいい。待っていてやるからさっさとしろ」

 

クウラが茶々を入れると、フリーザが恐ろしい形相で射殺さんばかりの視線を寄越すがクウラは何処吹く風。

自分の尻尾に腰掛けるようにして、腕を組み気を高める弟を律儀に待ってやるのは、いかにも兄気質の発露といえた。

だがフリーザはクウラの兄貴面はやはり気に食わない。

その兄貴面のお陰で、こうしてフルパワーに高まる事が出来るのだが、それとこれとは話が違う。

 

「フ、フフフ、フ…いいのかい兄さん?

ボクがこのままフルパワーになったら、兄さんのそんなチンケな〝進化形態〟なんて目じゃない…!

兄の威厳を保ちたかったら阻止をおすすめするよ」

 

「…御託はいい。あまり待たせるなよ」

 

「フンっ!」

 

忌々しいと鼻を鳴らしたフリーザは、そのままどんどん力を増していく。

気がふくれあがって充実し、まるでクウラ最終形態の筋肉のように肥大する。

 

「フッフッフッ…85%…90%…」

 

周囲の星が鳴動し、地球でも各地で大地震が発生して戦士達を慌てさせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、地球では皆が大慌てである。

 

「く…っ、あいつら、宇宙でどんな戦いをしてやがるんだ!

このままじゃ余波で地球がぶっ壊れちまうぜ!」

 

すっかり回復したヤムチャが言えば、ピッコロも天津飯も頷いた。

そして悟飯が提案する。

 

「僕たちの気で地球にバリアを張りましょう!」

 

その提案に、だが…、とピッコロは一抹の心配を弟子に寄越す。

 

「その体でいけるのか、悟飯」

 

「大丈夫ですよピッコロさん。それぐらいなら今の僕でも出来ますから」

 

傷だらけの体を引きずりながらニコリと笑う悟飯を見て、ピッコロは小さく首を縦に振って「よし」と呟いた。

 

「悟天、トランクス…おまえ達も力を振り絞るんだ。

クウラとフリーザのパワーは半端じゃない」

 

子供二人も、ピッコロにそう言われなくても否はない。

悟天とトランクスにとってもピッコロは頼れる師匠であり、そして優しい伯父のような存在だ。

「まっかせてよ!」と元気に頷いて、そして直後に何かを思い出したかのように「あ」と呑気な声を出し、とある集団の方へ向き直る。

 

「おねーちゃん達も協力してよ!」

 

「あぁ~そうだね、トランクスくん!いいアイディアだよ!

ね、ね!おねーちゃんも一緒にバリアはってよ!そしたら楽だし、絶対地球守れる!」

 

おねーちゃん達…つまりはクウラ機甲戦隊の面々だ。

地球での戦闘も一段落した今、クウラ機甲戦隊はZ戦士達と比較的近い場所で管を巻いていた。

ザンギャだけが一人、憂い帯びる瞳で宇宙を見つめていた所だ。

おねーちゃんと呼ばれ、ザンギャは宇宙から視線をずらすと少年達を見る。

 

「私が?」

 

悟天とトランクスは元気に「うん!」と頷いた。

 

「だって、前の大会でお母さん達と仲良かったじゃんか!」

 

「そうだよ、ママ言ってたよ。いずれは〝ままとも〟ねって」

 

子供二人のどこかノーテンキな発言。

だがその一言はザンギャにとって衝撃の一言。

 

「っ!」

(マ、ママ友…!それはつまり、クウラ様の…御子を、わ、私が…生んで、クウラ様の御子のママに、私が…!?そ、そんな恐れ多い…!け、けど!生めるなら…う、生みたいっていうか…望む所っていうか…………っ、あぁくそ!そうだ…私の、そーいぅ相談に乗ってくれるのは、地球のあの女達だけか…!孫悟空の妻、ベジータの妻、クリリンの妻、孫悟飯の妻、ブロリーの妻…くそ、死なせるわけにはいかない!)

 

そう思い立ち、「…よし」と静かだが並々ならぬ決意を込めてザンギャは頷いた。

以前の破壊神選抜格闘大会における地球の女達との交流が、ザンギャに要らぬ知識や感情を植え付けまくっていたらしい。

だがその女戦士の反応に、サウザーもドーレもネイズも「え?」という顔となっていた。

 

「ザンギャ…まさか、地球人にそこまで肩入れするつもりか?

フリーザ様の軍を追い払っただけで随分な恩を地球人に与えてやったはずだぜ。

それにクウラ様の御命令に、この惑星の守備は入っていない」

 

「俺達がそこまでしてやる義理はねぇだろう」

 

「どうしちまったんだぁザンギャ。この星が気に入ったか?」

 

口々にぶーたれる。

クウラの指令による超過勤務なら喜んでやる機甲戦隊だが、クウラの命令もなく利益にも繋がらなさそうな任務など御免被る3人であった。

しかし、

 

「だったらあんたらはそこで見てなよ。

クウラ様は、わざわざこの惑星で戦わなかった…その意味なんて少し考えれば分かるだろうにさ」

 

「む」

 

サウザーが言葉につまり考え込んで、それを傍目に見ながら尚もザンギャは続けた。

 

「クウラ様がまだ地球人との修行に価値を見出していたとしたら?

そうしたら地球が壊れた責任、どう弁明するんだい」

 

「むむ」

 

ドーレも難しい顔となって唸る。

まだザンギャは言う。

 

「それにこの惑星にはサイヤ人達の家族が多くいる。

恩を売っておけば、後々クウラ様にとって有利な展開に繋げられる…そう思わない?」

 

「…そ、そうか、そうかもしれねぇ…!」

 

ネイズもハッとした顔になってしきりに頷いた。

ザンギャも最初は護る必要など無いと思っていたくせに、こうして他者を煽りその気にさせる術はなかなかのものだ。

機甲戦隊の先輩三人組は呆気なく納得させられてしまっていた。

 

「仕方あるまい!

超エリートである我らクウラ機甲戦隊が、地球人なんぞと共同戦線を張るなど本来はありえんことだが…。

感謝するがいい地球人ども!このクウラ機甲戦隊が力を貸してやろう!」

 

戦闘力1000兆超えの戦士3名、そして本気をだせば1京の領域に手が届く女戦士1名がバリアに協力する事を確約。

こうして拍子抜けするぐらいあっさりと、地球を守る完全なバリアが完成したのだった。

 

(…案外チョロいというか…いいヤツら…いや、単純なのか?)

 

クリリンにそう思われても仕方がないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待たせたな!これがオレの、フルパワーだ!!!!!」

 

「クックックッ…」

 

フリーザの黄金の肉体が、背丈こそ変わらないが、まるでクウラの筋肉のように隆々としたものへと変貌していた。

気が昂ぶっているのだろう、フリーザは口調まで猛々しい。

そんな弟をクウラは眺め何とも嬉しそうな、或いは小馬鹿にでもしているのか、とにかく小気味良く笑っていた。

そして笑いながらも、早速に弟のフルパワーの欠点を指摘してやる。

 

「フリーザ…そのフルパワーは、ナメック星で孫悟空に披露したものだろう?

学ばない奴だ…時間とともに貴様の戦闘力はどんどん落ちていく。

だが俺は違うぞ。俺の変身はどれだけ時間が経とうと消耗などせん!」

 

もはやフリーザは、何故兄がナメック星での孫悟空との決戦の事すら知っているのか、問う事もしない。

どうせ界王のテレパシーとか超能力とか、そういうのに似た能力でも身に付けたのだろう…と適当に当たりを付け、(兄ならば出来てもおかしくはない)とフリーザでさえ思うようになっていた。

実際はビッグゲテスターの時空観測を利用した〝過去視〟と、ズノーから得た天地開闢からを知る知識の一つであるが、そんな事は想像だにしない。

 

「…っ、ふ、ふんっ!それがどうした!!

時間内に貴様を倒せば問題ない話だ!」

 

フリーザとてこのフルパワー形態の弱点は百も承知で、しかもゴールデン化と併用してフルパワー化したのは今回が初めてのぶっつけ本番である。

最初の予定通り、4ヶ月のトレーニングだけでは、併用などとても体がついていかなかっただろう。

1年に延長したからこそ、辛うじてゴールデンフルパワーとなれていたのは間違いない。

 

「フフフフ…まぁいいさ。()()()時間がない…さっさと始めるぞ」

 

クウラが両腕を広げ、掌で軽く「来い」のジェスチャーをすれば、フリーザは額に青筋を浮かべる。

 

「その余裕…崩してやるぞ、クウラっ!!!」

 

「来い!!」

 

もはや余力もペース配分も関係ないとばかりに駆けたフリーザを、クウラは初めて()()()迎え撃つ。

 

「うがああああっ!!!」

 

「はァァっ!」

 

豪腕と豪腕が交差し、兄弟それぞれの頬と腹を抉る。

フリーザの口から濃紫の血が吹き出て歯がへし折れ、クウラの眼が僅かに歪む。

だが兄弟は間髪入れず二撃目を放つ。

今度はそれぞれが逆の腕でまたもパンチ。

クウラの首が捻れ、フリーザもまた頭が真横へと弾かれるようにひん曲がった。

 

「っ、ぎっ、がぁぁあっ!!!」

 

「…!ぬぅ!!」

 

気を放ち、脚の肉に気合を入れ、指で真空を掴むようにして宇宙で踏ん張って打ち合う。

乱打戦だ。

互いに、愚直なまでにパンチの応酬を繰り返す。

 

「きぇぇぇぇあああああ!!!!」

 

「ぬぅぅぅぅぅぅっ!!!」

 

クウラの拳がフリーザの脇腹に決まれば、フリーザの拳がクウラの顔面を殴りぬく。

フリーザの拳がクウラの腹を凹ませれば、クウラの拳がフリーザの頬を殴り飛ばす。

執拗に、執拗に、ひたすらの連打、乱打。

秒間、何百何千ものパンチを両者繰り出し続け、そんな真正面からの殴り合いが30秒も続いただろうか…やがて、

 

「っっ!!ごっ、おおっ、お、ぐっっ…、ゴボッ!!」

 

気が衰え、筋肉も萎みだしていたフリーザの腹筋の鎧がとうとう悲鳴を上げた。

クウラの鉄球のような握り拳が深々と腹にめり込み、フリーザはごぼりっと大量の血を吐く。

そして、クウラの次の一撃で全ては決まった。

 

「ヌゥアアアッ!!!」

 

振り下ろされた鉄槌打ちがフリーザの鎖骨を砕き、とうとう彼の踏ん張りを粉砕した。

 

「っ!!!がぁっっっ!!!!?」

 

ガクンっとフリーザの気の足場が崩れ、クウラに殴られた速度を殺しきれずに地球の引力に掴まってしまう。

フリーザは隕石のように赤熱化し、ゆっくりと地球の重力へ飲み込まれていくのであった。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

「うわっ!?」

 

クリリンが腰を抜かす。

だがそれはクリリンが気弱だからではない。

誰だって、血だらけになったフリーザが自分の横に振ってきたら腰を抜かすだろう。

 

けたたましい衝撃音と共に振ってきた落着物はフリーザだった。

すっかりバリア張りに集中していたZ戦士達は、クウラのバカでかい気に意識を取られ、また周囲の警戒などはクウラ機甲戦隊がいる事の安心感もあってか警戒が弛んでいた。

地表にぶち当たるまで落下物の正体に気付かなかったのだ。

 

「ひ、ひぃぃ…天さん、フ、フリーザだ…!!」

 

「あ、あぁ…もう、金色じゃないな」

 

「……い、生きてる…のか?」

 

チャオズと天津飯は咄嗟に距離を取るが、反対にヤムチャは恐る恐ると近づく。

 

「おい、不用意に近づくな!」

 

それをピッコロが制止するが…、

 

「なぁに大丈夫さ。今の俺なら、こんなボロボロのフリーザ相手に遅れをとらないぜ」

 

先程までフリーザの部下相手に瀕死になっていたのを忘れたようにヤムチャは胸を張った。

だが、

 

「っ!ヤ、ヤムチャ、後ろじゃ!」

 

「え…?っっ!!うわぁぁぁ!!」

 

亀仙人の指摘に振り返ったヤムチャは、恐ろしい形相のフリーザと目が合ってしまい慌てて十数mを飛び退いた。

クウラ機甲戦隊の面々は情けない姿に溜息を吐き、そして地球の戦士達は皆、息を呑む。

 

ゆらりと立ち上がった幽鬼が如くフリーザ。

こうまで衰弱しつつも恐るべき気配を漂わせるフリーザの姿は、まさに幽鬼そのものであった。

 

「やるというのか、フリーザ!」

 

悟飯が構える。

仙豆を食べておらずとも、今のフリーザと悟飯ならば、確実に悟飯が勝つ。

それぐらいにフリーザは弱りきっていた。

 

「…ハァっ、ハァっ、ハァっ……う、ぐ…」

 

息荒いフリーザ。その膝は既に笑っていて立つのも覚束ず、とうとうフラリと倒れて両手を地につける。

それを見て、悟飯はやがて構えをゆっくりと解いた。

もはや戦闘不能なのは明らかであった。

そして…、

 

「情けない姿だな、弟よ」

 

空から勝者然とした威風堂々たる気を漲らせたクウラが滑り降りて来てそう言った。

 

「…はぁ、はぁっ、…ぐ、く…っ、~~~く、そぉ…っ!」

 

見下ろすクウラと、両手と膝を付けて突っ伏すフリーザ。

それは残酷なまでに勝者と敗者の図そのものだ。

フリーザは何度も地を殴るが、今の力では殴った大地は微かにひび割れる程度。

非力になった拳で、殴って殴って、そして怨嗟の声を振り絞った。

 

「ぢ…ぢぐ、じょお゛お゛お゛…!

ごふっ、ごふっ…はぁ、はぁ、はぁ、…ち、ちくしょお…!ちくしょおぉ~~~~!

ちくしょお~~~~~~~~!!!!!」

 

フリーザは心底からの悔しさを爆発させていた。

歯はガチガチと鳴り、目頭が熱くなる程に悔しい。

これがサイヤ人にまたもやられたというなら涙など出はしない。

だが、同族の、それも追い越したと思っていた兄に徹底的に打ちのめされたのは堪えた。

 

「フリーザ…貴様は一族で最高の天才だったはず。

それが、今は無様に膝に土をつけて俺に頭を垂れている…フッ、ハッハッハッハッ…!

滑稽だな。父も貴様なんぞが後継者では、地獄でさぞ心細い思いをしているだろう!」

 

「…!」

 

何も言い返せぬフリーザは両拳を震えるほどに握りしめ、そして額を何度も地に打ち付ける。

歯軋るフリーザの歯の音が、痛々しい程にハッキリと皆には聞こえていた。

 

「フリーザ…この姿の俺に僅かとはいえ、血を流させた事に関しては褒めてやる。

…そうだな、敢闘賞…といった所か。

褒美をくれてやろう」

 

ギリッと食いしばりながら、フリーザはようやく少しだけ顔を上げて兄を見上げた。

そして、フリーザは衝撃の事実を知ることになる。

 

「貴様が進化と呼んだゴールデン……あれは進化ではない。

ただの変身だ。そして…あの程度の変身ならば、俺にも出来る」

 

「なっ!!?」

 

見下ろすクウラの巨体が、少しずつその体色を変えてメタリックな色と質感に変化していく。

そして変化は見た目だけではない。

当然のように気も増大していくのが誰の目にも分かる。

クウラは本当にただ静かに、パワーを抑えながらその変身をしているというのに、ビリビリと空気が振動してZ戦士のみならず機甲戦隊達ですら寒気がする程に、粛々とクウラの気は他を圧する。

フリーザは完全に力の差を知った。知ってしまった。

 

「あ…あ…あ………」

 

「これがメタルクウラだ。

貴様のゴールデンフリーザと比べると…中々因果な見た目だな?ん?フリーザよ」

 

銀色に輝くクウラがそこにいた。

兄は、第5形態に加えて、さらにもう一歩先を行っていた。

それはつまり本気になればいつでもフリーザを抹殺できたという事。

自分は、ただ遊ばれていたのだと悟ったフリーザは、完全に心を折られてしまっていた。

もう首を持ち上げる力すら出ないと言わんばかりに、フリーザの首はがっくりと項垂れる。

 

「根本的に、貴様の肉体は脆弱なのだ。

お前の甘っちょろい心と肉体を鍛え直せ!徹底的にな…!

それをせねば貴様は一生俺には勝てんぞ!

サイヤ人にもな!」

 

「ぐ…う、うぅ……っ!ぐぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!!」

 

もはやクウラに対しても、そしてサイヤ人に対しても怒りも憎しみもない。

フリーザの心に去来するものは、ただただ己への不甲斐なさ。

弱き自分への怒りであり憎しみであり、自分がとても小さく哀れで、そして滑稽に思えた。

 

「フン……情けない奴だ。

それ以上、栄光ある我ら一族の顔に泥を塗ることは許さん…!立て!」

 

「…っ」

 

クウラの超能力が、力なくだらりとしたフリーザを持ち上げ、そして投げ捨てるようにしてサウザーへと放った。

慌ててサウザーは「え!?おわぁ!」とフリーザを抱きとめ、危うく落としそうになって咄嗟にドーレとネイズがサポートに入りサウザーを後ろから支える。

それぐらいに突然であった。

サウザー、ドーレ、ネイズの口から安堵のため息が盛大に吐き出されていたのは当たり前だろう。

畏まりながらサウザーが主へ問う。

 

「クウラ様…フリーザ様をどうなさるので?」

 

サウザーの言葉に、フン、とクウラは鼻を鳴らして、

 

「ビッグゲテスターのメディカルポッドにでも放り込んでおけ」

 

冷たくそう言うと、クウラは、仕事は終わったとばかりにさっさと引き上げにかかる。

 

「機甲戦隊、帰還するぞ!もうここに用は無い!」

 

ザンギャが跪き、サウザー達もフリーザを丁重に担ぎながらそれに続く。

クウラ軍団が瞬間移動で消え去ろうとした、その瞬間。

 

「あっ、ま、待ってください!」

 

孫悟飯がクウラを止める。

ギロリとクウラの紅い瞳が、サイヤ人の若者を睨むように見たが、もう悟飯はその目にそれ程の恐怖は感じない。…威圧感は感じるが。

悟飯は優しく笑いながら…、

 

「あの、ありがとうございました。クウラさん!」

 

ぺこりと頭を下げる。

それにはクリリンも、そしてピッコロも流石に呆気にとられるが、誰よりも驚いたのはきっとクウラだろう。

 

「……礼を言われる筋合いはない」

 

だから冷たくそう言い返す。

だが悟飯はやはり朗らかに笑顔で返してきた。

 

「それでもです。僕が勝手に、感謝したいんです」

 

「…」

 

暫し黙って、クウラは悟飯を見つめる。

そのまま数秒後程経ったろうか。

そして、ゆっくりと悟飯から目を離すと、何も言わず今度こそクウラはその姿をフッと消す。

次の瞬間にはザンギャ達もその姿を消していた。

何も無くなった荒野を、優しい風が一陣吹き抜けて、戦いが終わった事を皆に実感させてくれるのだった。

つい数分前までこの荒野に吹き荒れた気の熱風が嘘のように穏やかだ。

戦士達の緊張の糸がぷっつり切れる。

やがてクリリンの大きな溜息が漏れて、大きな声で自分と皆を労いはじめた。

 

「はぁ~~~、終わったぁ…………ほんと、もうやめてくれって感じだよなぁ…フリーザの奴」

 

天津飯もその愚痴には全く異論無しに頷く。

 

「まったくだぜ。孫を狙ってきたようだが、よりにもよってあいつがいなくてオレ達が苦労するはめになる…前もこんな事あったな」

 

天津飯の後ろではチャオズが無表情ながら何度もウンウンと首を縦に振っていた。

亀仙人が白いヒゲを撫で回しながら、やはり頷いている。

 

「あったのう…確か前もクウラ絡みじゃなかったか?

…しかし驚いたな。クウラの奴、フリーザをてっきり殺すもんじゃと思っとったが」

 

「本当っすね。あれは意外だったなぁ…。

あいつも少しは良い奴になってきたってことなのかなぁ。

あ、そういえば武天老師様…」

 

ん?と老爺が禿頭の弟子を見る。

 

「もう年なんだから無理しないでくださいよ?

今日は見ててこっちがハラハラしましたよ」

 

それは的を射た言葉でピッコロもニヒルに笑って同意の意を示す。

 

「そうだな。年寄りの冷や水という言葉もある…あまり無理をしないことだ。

あんたに何かあれば孫も皆も悲しむ」

 

「む…ふ、ふん、うるさいわい。

こう見えてもちっとはわしも強くなっとるんじゃ!」

 

「あーあれでしょ、悟空のせいでクウラと一緒に住むことになったっていうあれ!

何度も死にかけたって言ってましたもんねぇ。そのお陰ですか?強くなったのは」

 

「そうなんじゃ…あいてっばザンギャちゃんにパフパフさせてくれって、わしがあんな一生懸命頼んどるのにまったく冷たくてのう……」

 

それを切っ掛けにして、亀仙人のクウラ・悟空との共同生活修行への愚痴が始まってしまう。

地球を守る戦士達は皆尻餅をついて、そして互いの顔を見ながら笑い合うのだった。

 



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クウラ’’ルート if章 ザマス編
神の暗躍


クウラの目は行き届き、腕は長く、脚は速い。宇宙の端にまで届くくらいに。

それはつまり、クウラはその気になれば宇宙の出来事を何時でも知り得るし、宇宙の端の事件にでも介入できるという事だ。

進化を続けるビッグゲテスターの演算能力はもはや神の叡智の域で、機械の神と言っても過言ではないし、クウラ本人の力も成長を続けて、悟空曰く〝破壊神を超えている〟という事らしかったから、そういう事が出来た。

彼は何時でも気に食わぬ存在を見逃しはしない。

それが、面白い事に繋がるとでも思えば放置…或いは陰ながら介入する可能性もあるが。

それでもクウラの心は悟空との激闘の末の幾度かの敗北と、そして共同生活で変わった。

簡単に言えば心が広くなった。

実弟を半死半生に追い込んだものの治療してやり、そして「後は勝手に生きろ」と宇宙に放逐したのも、かつてのクウラからすれば温情有り余る行為と言えた。

別れ際のフリーザは

 

「いいのかい?結局僕にとどめをささないでさ…。このまま僕を逃せば…絶対に組織を再興し、さらに強くなって………兄さんを殺すよ?」

 

そういう()()すらあげたが、クウラは抑揚のない声で「出来るものならやるがいい」と言うだけだった。

 

「…随分甘くなったね、兄さん。……フンっ。後悔するよ」

 

フリーザが最後に吐き捨てた言葉と共に見せたその顔は、何とも複雑な表情だった。

だから、今のクウラが問答無用で攻撃を加える存在というのは他の者から見ても相応に()()な存在だろう。

そのクウラが、何度目かになるビルスの星での悟空との一時を過ごし終えてまたビッグゲテスターへと帰還した。

そして、少しの平穏を過ごす中で突然、呟いた。

 

「…ハエが飛んでいるな」

 

機械星ビッグゲテスターの鉄の玉座に静かに響いたその声に、ギョッと反応する者達がいる。

 

「蝿!?これは申し訳ありません!掃除は完璧と自負しておりましたが、まさかこのビッグゲテスターに不快害虫が入り込みクウラ様の周りに細菌を撒き散らしていたとは!我ら機甲戦隊とロボット兵の警備を掻い潜って、そのような不潔な虫が、この清潔そのものであるべきクウラ様の聖域・ビッグゲテスター中枢に侵入するなどあってはならぬ事…!このサウザー、必ずやその蝿を駆除してご覧に入れます!」

 

主の呟きに耳聡く反応した残念なイケメンことサウザーが、額から血を流すのかという勢いで土下座しつつ喚いた。

間髪入れず、ドーレとネイズも飛んできて土下座メンバー入りし、共に謝り倒していた。

 

「クウラ機甲戦隊出撃!クウラ様を煩わす蝿を見敵必殺だ!」

 

「おう!」

 

「逃がしゃしねぇぜ!ふてぇ虫けらめ!」

 

良い意味でも悪い意味でも内面が変わらない忠義者達のバカ騒ぎに、玉座の主…クウラは眉間にシワをよせて深い息を吐いた。

「やるぞー!おおー!」と無駄に盛り上がった部下を一睨みし、

 

「勘違いをするな」

 

とピシャリと言った。

機甲戦隊の動きがピタリと止まる。

 

「大モニターを見るがいい。俺の見たモノを見せてやろう」

 

「クウラ様の見たもの…?」

 

クウラの思念を受け取れば、同系統のナノマシンを体内に持つクウラ軍団の者達は、全員が声も映像も脳に直接受け取れるが、それでは味気なかろうとしてクウラはモニターへとそれを送る。

クウラの思念が電気信号となって前方壁面に広がる大モニターに投写されれば、そこに映ったのは一人の界王神が全知のズノーと圧迫面接めいた面会を強いる場面であった。

主の言葉に従い大人しく観ていた機甲戦隊だが、やがてその顔を不愉快そうに歪めていく。

 

「…あの界王神…今なんと言ったか理解できたか?ドーレ、ネイズ」

 

サウザーが額に血管を浮き上がらせる。

ドーレとネイズも似たようなものだ。

 

「あぁ、ハッキリ聞こえたぜ…理解したくはねぇがな」

 

「奴はこう言ったんだ。クウラ様とテメェの体を入れ替える事は出来るかってな」

 

ミシッという音が聞こえる程にサウザーの手が握りしめられる。

 

「第10宇宙の界王・ザマスか…。奴のデータは持っている…たかだか界王から成り上がった界王神見習いの分際で、もはや神をも超えるクウラ様のお体を狙うなど……」

 

「笑えねぇ冗談だ」

 

「ケッ、胸くそ悪ィ…にしてもよォ…ギニューの奴ならドラゴンボールに頼らないで出来た事を、わざわざご苦労なこったぜ」

 

ドーレの体中の血管も怒りから浮き出て切れてしまいそうな程で、ネイズのギョロギョロとした目も酷く血走っている。

だが、怒りに燃える部下達に比べてクウラは冷静そのものだった。

不愉快には思っているだろうが、それだけだった。

極短い思考時間の中で、ビッグゲテスターの時間を超えた視野で因果すら見て取ったクウラは嘲笑しながら口を開く。

 

「なるほど。神々の道楽の中で、奴は〝破壊神選抜格闘大会〟の記録映像を見たようだな。…………神か。その行動を善と正義故と確信し、その中から災いの種を撒き散らす…。ククク…悪であり邪と知っていながら、同じことをしてきた俺やフリーザと…果たしてどちらの性質(たち)が悪いのだろうなぁ?」

 

その笑みは、悟空達地球人と暮らす中では見せないものだ。

かつて星々を荒らし回っていた頃のものに似る。

笑みを消し、機械のように無表情に戻ったクウラがゆっくりと玉座から立ち上がる。

主の気の高まりを当然のように察する機甲戦隊は、出撃を予感し、そしてそれは機甲戦隊も望む所であったがサウザーは敢えて一つの懸念を言語化した。

 

「このままザマスを抹殺すれば、落ち着いている神々との関係にも再び一悶着起きますが…よろしいのですか?」

 

答えなんぞ決まっているのはサウザーとて理解しているし、サウザー本人も強くそれを望んでいる。クウラの肉体を狙う奸賊を野放しには出来ない。

そんなサウザーを、クウラの赤い瞳が見る。

その表情からは、やはり怒りも何も感じさせない。

冷たいマシーンのようなその顔は、神々へ向けられた感情そのものだ。

 

「切っ掛けを作ったのは神共だ。ザマスを殺した結果、神共が俺の排除に乗り出すとすれば…また宇宙全土を巻き込む戦争が始まるだけだ。奴らが無関係の脆弱な生命体を巻き込んででも、今度こそ俺と決着をつけたいと言うなら、それもよかろう」

 

神も天使も、そしてその後ろに踏ん反り返る全王も、いつかは対処せねばならぬ問題だ。

現段階で事を構えるのは得策ではないと解っていても、天使と神々にいつまでも(おもね)るのはクウラのプライドが許さないし、ここまで耐えて彼らと共存出来ているのも既に驚異的な忍耐で、それは全て悟空との約束があるからそうしているわけだが、神側からの挑発であればその約束も反故するのは厭わない。

温厚になる事とプライドを捨てる事はイコールではないのだ。

 

「神に…天使に傅いて許しを請うなど、死んでもせん」

 

未だ入れ替えは未遂であるし、入れ替えた後に何をするかまでは知らないが ――とはいえ、ザマスが何をする気なのかは大体察しがつく――  己に対する不敬行為の推定犯人のザマスを殺すのに何の躊躇いもない。

その結果、神々がどう動こうとも、クウラは殺意を固めていた。

クウラの忠臣達も、主の力強い言葉を聞いて、まるで自分までが気高くなれたように誇りを漲らせて勇壮な笑みとなる。

 

「よぉし!久々に戦争になるかもだな!っと、そういやザンギャは何してやがんだ?こんな時間まで姿をみせずによ。まだ寝てやがんのか?」

 

ドーレが額をポリポリ掻きながら言うと、ネイズが何やら少し慌てた様子を見せ、小声でドーレに言った。

 

「バカっ、知らねぇのか!ザンギャは…昨夜はクウラ様のお部屋で過ごしたんだよ…!」

 

「…。な、なにぃ!?ほ、本当かサウザー!?」

 

話を振られた美青年は、フッと笑いながら前髪を掻き上げて、まるで自分の手柄話のように誇る。

 

「フッ…その通りだ。ザンギャめ…気配を断ってクウラ様の御部屋に向かったようだが、この俺のクウラ様センサーはごまかせん。ザンギャは…間違いなく昨晩クウラ様の部屋で一夜を過ごした」

 

「や、やったッ!!!!」

 

ドーレがガッツポーズをとる。やったとは、果たしてダブルミーニングでもあるのだろうか。

 

「くくく…これで…これで、我ら機甲戦隊の野望も成就する!クウラ様の御子を………このサウザーがお世話をするのだっ!!」

 

「う、うおおお!!この俺が…このドーレが…宇宙プロレスの面白さをお世継ぎにお教えせねば!」

 

盛り上がる二人に、ネイズがやや青褪めた顔で「声がでけぇ!?しかも今の場面を考えろよ二人とも!」と窘めたが時既に遅し。

 

「はっ!?」

 

空気が冷たく、そして震えてネイズはより一層青褪める。黄色いカエルから青いカエルになったように顔色は激変していた。冬眠でもするのだろうか。

ハッとしたネイズの背後には、まるで神に向けたような絶対零度の表情を向けてくるクウラがいるではないか。

 

「神の前に…部下の再教育から始めねばならんようだな」

 

ポツリと漏らしたその言葉には一切の温かみが含まれていない。

 

「俺とした事が、最近は少し部下に甘かったらしい」

 

「お、おお!クウラ様のご指導が…久々に!!」

 

それでも興奮するサウザーに、ネイズは思いつく限りの罵倒をサウザーに向けて心で叫んだが、一方でどこか達観し諦めきって白い灰のようになっている。

その夜、特別トレーニングルームからはサウザー、ドーレ、ネイズの想像を絶する叫びが何時までも木霊したという。

果たして、本当に機甲戦隊の面々が思うような事が起きたのかどうかは…それは神でさえ知る由もない事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「き、貴様は…!?」

 

ズノーに詰問を続けていた界王神候補・ザマス。

彼は、自分の背後に突如悪寒を感じて振り返れば、そこにはある意味で目当ての人物が冷ややかな態度で佇んでいた。

 

「―――ク、クウラ!!」

 

ザマスも戦慄いたが、それ以上の反応を見せたのはズノーとその側近達。

 

「ぎゃああああああ!!?クウラだぁーーー!!!」

 

「わ、わあああ!?星喰だ!星喰がまた来たぞーー!!」

 

「ひぃぃぃぃ!?い、命だけは!情報はいくらでも渡す…!だから、もうあの()()()()()はっ、あれだけはヤメてくれぇぇ~~~!!!」

 

大きな頭をイヤイヤと振って、そして涙と鼻水を流して土下座を始めるズノー。

それだけ、メタルクウラによる生きたままの解体はトラウマになっているらしい。

騒ぎを尻目に、ザマスは腰を落として一歩、ジリ…と摺り足で後ずさる。

 

「…くっ」

 

そしてそれをクウラが無感情に見つめている。

 

「俺の体が欲しいか…?」

 

「…なるほど、知っているという事か。ふん…分不相応な力だ…。やはり…増長し続ける人間など存在してはならないようだな…!まるで神のように全てを見透かすなど…気に入らない!!それは貴様如きがやっていい所業じゃない!神の!私の!!持つべき力だろう!!!」

 

「神は、いつか進化を続けた生命によって超えられる。貴様らは、所詮、俺達の()()()だ」

 

「貴様っ!!!」

 

端正な顔を怒りに狂わせて、ザマスは跳ねるように飛び出す。

右手に気のブレードをまとわせて、クウラの首めがけて最高速度で駆けた。

 

「なるほど。界王神の見習い風情にしては…上出来な速度だな」

 

「ほざけ!!」

 

振り下ろされる気の刃。しかし、それがクウラの首に届くことはなかった。

ただ力を抜いて無警戒に立っているだけの男の首にまで刃を届かすには、ザマスは幾つも越えねばならぬ壁がある。

 

「っ、なに!?」

 

気の刃は、同じような刃によって受け止められていた。

クウラから与えられたナノマシンによる恩恵で、瞬間移動までをもモノにして割って入ったのは、ザマスと似た雰囲気を持つ、端正でクールな美青年。

そして、技までが似る。

 

「クウラ機甲戦隊、サウザー見参!!クウラ様には指一本振れさせんぞ!」

 

「な…わ、私と同じ技!?」

 

「なんだとぉ!?貴様が俺の真似をしているのだろう!?この技は…このサウザーの専売特許だ!!ハッ!!」

 

「う、ぐ…!ぅおおおお!?」

 

気の放出で吹き飛んだザマスを、厚く逞しい胸板が出迎える。

 

「おっとと。へへっ…いきなりクウラ様の首を狙うなんざ、テメェにゃ千年はえー…ぜッ!」

 

「オぐぉ!?」

 

深緑色の肌の巨漢が、思い切りよくココナッツクラッシュをザマスの脳天に見舞えば、ズノーの宮殿のような部屋の床が大きく陥没しザマスがめり込んでいくと、あっさりと階下へぶち破って更に下へ。

完全に宮殿を飛び出してズノーの星の土層へと埋もれる。

 

「ケッケッケッ…!まずは俺らと遊ぼうぜ、ザマスさんよォ!」

 

そこに、嫌らしい笑みを浮かべた土気色のカエルのような男が待ち受けていた。

ガシッとモヒカン頭を掴むと、締め上げながら彼お得意の電撃攻撃をジリジリと食らわす。

 

「がっ!?がああああああああ!!!!」

 

「ひゃひゃひゃっ!このまま苦しんで死んでいきな!」

 

ネイズの電撃がザマスの肉体を内から焼いていく。

強烈な電気信号がザマスの筋肉を無軌道に動かして、陸にあげられた魚のように跳ねて悶続ける様を、ネイズと、そして宙を滑り降りてきたサウザーとドーレも愉快そうに眺めていた。

 

「俺に斬り刻まれるか――」

 

「それとも俺に全身の骨を砕かれるか…」

 

「このまま俺の電撃で焼け死ぬか、選ばせてやるよ…!うひゃひゃひゃ!」

 

ザマスが界王神候補としてだけでなく、どの宇宙の界王神と比べても圧倒的な武のセンスを持っていても、所詮は界王神という括りの中での話。

様々な激戦経験を積み続け、そしてビッグゲテスターとクウラの力で爆発的な成長を遂げる機甲戦隊が相手では、相手が悪かった。

 

「う、うわああああああ!!がああああああ!!!!」

 

一方的なリンチが続けられ、嬲られる。

肉が焼けて黒墨になり、気弾がザマスの手足を少しずつ吹き飛ばす。

電撃中でも干渉できるサウザブレードが、ザマスの端正な顔を膾切りにしていく。

 

「馬鹿め!クウラ様にただ挑むというなら、こうまで苦しまずに済んだものを!クウラ様のお体まで狙うという不敬を…永遠に贖い、苦しみ続けろ!!!ハハハハハハハッ!」

 

狂信的な忠誠心がサウザーの怒りを吹き上げさせる。

猟奇的な宴はそのまま数分も続いて、経験豊富な機甲戦隊は生かさず殺さず、界王神候補生を生殺し続けた。

だがその宴も終わる。

 

「そこまでにしておけ」

 

その声に応じて、ビクンと機甲戦隊の面々が反射的に制止した。

機甲戦隊を言葉だけで止めることが出来るのは、宇宙広しとは言えこの男…クウラだけだ。

 

「クウラ様!し、しかし…この界王神は……!もっと苦しめてやらねば!」

 

「お前達の息抜きと思って好きにさせたが。…雑魚を嬲るのは俺の趣味ではない。それに――」

 

クウラの冷たい目が、半死半生のザマスへと向けられる。

 

「――雑魚を追い込みすぎると、思わぬしっぺ返しを食らうものだ。殺せる時に、敵は殺す」

 

クウラは温厚になった。

それは、相手が敵か味方か、または無害な第三者かをよく時間をかけ見極めるようになったという事でもある。

しかし、一度敵と見極めれば…その苛烈さは孫悟飯さえ敵わない。

圧倒的に残酷であり冷酷であり、無慈悲だった。

 

「う…」

 

呻く半死体と化したザマスへ、クウラの紫の指が向けられると、薄い気の膜が球状に展開し彼を包む。

 

「このまま消え去るがいい」

 

クウラの指先がポッと光ったその瞬間。

 

「―――がっっっっっっ!!!!!」

 

極度に圧縮されたスーパーノヴァが、球状の気の中に転移し、膨張した。

瞬間的に何もかもを焼き尽くされて、うめき声とも叫び声ともつかぬ短い断末魔を残してザマスは消滅した。

細胞の一欠片も、気の残滓すら残さないで、完全に消滅していた。

 

実力差から解っていたとはいえ、余りにも呆気ない最期。顛末。

 

機甲戦隊達は皆、満足そうに頷いている。

しかしクウラは唯一人、つい数秒前までザマスが存在した筈の…何も無くなった空間をジッと眺める。

 

(…これで終わりか?………いや―――)

 

まだ終わっていない。

 

時空間を超えた視野を持つクウラの瞳は、世界の可能性の一つを見出し、そして見つめていた。

 



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狂える神と怒れる機械

そこは絶望的な未来だった。

絶望への反抗を試み、仲間達も師匠も失って、母と二人、手を取り合って必死に希望を紡いできた。

タイムマシンを造り上げ、過去時間へと繋がるパラレルワールドへ渡り、そしてそこで彼が本来住み暮らす時空では出会えなかった…過去に失っていた多くの仲間、まだ若い家族、そして元気で幼い頃の師匠と出会って、学び、強くなり、そして掴んだ一縷の希望。

彼は本来の時空に戻り、悪夢の元凶である人造人間を破壊し、セルをも完全体となる前に滅ぼし、世界に平穏を取り戻した。

僅かな物資を巡って奪い合いが起き、野盗賊徒が蔓延るし、誰もが貧しく苦しい生活水準だったが、それでも突如迫りくる人造人間による絶対的な死に怯えなくてよい世の中は幸せだった。野盗の襲撃など自衛できる範疇なのだから。

 

その一時はささやかな平穏と言えた。

 

時を渡った青年は、その平穏を守る為に身を粉にして、陰になり日向になり戦い続ける。

疲れ切り困窮する弱者をその力で守り、襲ってくる野盗を撃退し、時には「人間同士で争っている場合か」と諭し、古の魔神が蘇ると聞けば、神と協力し、それを目論む者達を命を賭けて倒した。

青年と、彼の母の献身によって、少しずつ世界はまとまり、復興し、ボロボロに傷ついた人類は一歩一歩、歩みは遅いものの着実にかつての活気を取り戻していく。

 

人々に笑顔が戻りつつあった。

 

このままいけば、いつか人間はかつての栄光と平和を取り戻せる。人々はそう信じていた。

 

 

 

 

 

だがそれは無情にも消え、潰えようとしていた。

 

世界を、再び災厄が襲ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

圧倒的な力を持った謎のサイヤ人の襲来。

今は亡き孫悟空と酷似したその男は、その身を黒衣で包み、宇宙の星々を襲った。

様々な宇宙の、様々な星から知的生命体…即ちニンゲンだけを襲って根絶しようとしていた。

言うまでもなく、そいつは孫悟空の肉体を奪ったザマスだが、未来時空に生きるトランクス達が知る由もない。

 

ブルマ、トランクス親子は、その破壊者をゴクウブラックと呼称し、人造人間の災いの時の経験を活かして、抵抗軍を組織して歯向かった。

だが、バビディ一味さえ倒したトランクスでも、ゴクウブラックには敵わない。

加速度的に強くなるゴクウブラックは、成長率だけはまるで本当の孫悟空のようで、トランクスとの戦力差は広がる一方。

やがて、ブルマとトランクスは、ブラックの単独撃破に見切りをつける。

そしてとった策が、タイムマシンの再利用―――即ち、過去時間の並行世界への再度の渡航であった。

 

だが、あらゆる資源不足に喘ぐ未来社会。

タイムマシンというエネルギーの大食いマシーンの使用は、生半可な努力では出来ない。

人造人間との戦いにおける使用でも、太陽発電を利用しても8ヶ月ものチャージを要した。

戦うための時間も物資も、大いに不足しているのが現状だ。

 

そんな親子は、今は息を殺すようにして旧カプセルコーポレーションの施設の一角にいた。

こそこそと隠れるように行動を続け、ようやくタイムマシンのエネルギー充填は成りそうであった。

 

「このエネルギーを造るために、どれだけの命が犠牲になったか…忘れないでね。……いい?トランクス。あなたには、他の全てを投げ捨てでもやり遂げなきゃいけないことがある。…わかるわね?」

 

「…はい、母さん」

 

シリンダーケースを大切そうに抱えたブルマが、息子に言い聞かせる。

その顔は、苦労に苦労を重ねたのであろう…自慢だった美肌も荒れ、シワは深く、多くなり、さらさらの髪だって、伸びたものを無造作に束ねているだけだ。

それでも、トランクスは母のその凛々しい貌を美しいと思った。

 

青い液体が波打つシリンダーケースは、まさに今の人類の希望だ。

そして、それを受け取ったトランクスもまた、現人類の最後の希望。

 

「あなたは皆の希望なんだから。でも、大丈夫。あの時だって…あなたは立派にやり遂げた。今回だって………諦めなければ、希望は失われない」

 

「はい!」

 

「…イイ返事ね。さっすが、私の息子」

 

完全無欠のイケメン青年になった自慢の息子。その頭を撫でると、トランクスははにかみながらもそれを受け入れていた。

ふふ、と笑ったブルマは、シリンダーケースのスイッチを操作すると、強化ガラスの周りを装甲が覆う。このような所にもブルマの技術力が光っていた。

 

「よし!じゃあ、後はこっそりと…あいつに見つからないように行きましょ。母さんは、ナメック星でも()()フリーザ達に見つからないでいられたのよぉ~。スゴイでしょ?母さんって才能あるのかも――」

 

緊張続きの息子を和ませる為か、少しフザけた様子のブルマの言葉を遮ったのは爆音だった。

突然の爆発が、施設を襲う。

爆風が届くよりも先に、トランクスが母を庇い、襲い来る衝撃と炎から守る。

 

「きゃあ!!?」

 

施設の爆破事故などではない。

爆発はさらに激しく、多くなり、しかも施設のコアブロックを的確で立て続けに起こった。それは明らかに攻撃だ。

 

「し、施設が…!」

 

トランクスの顔が悲痛に歪む。

旧カプセルコーポレーションの、このエネルギー供給施設がなければ、今後、タイムマシンを使用することは格段に困難になる。

ブルマの腕前があれば施設の修理は出来るが、無い無い尽くしのこの世界では、もはや大規模施設の修理は物理的に不可能だ。

 

「っ…トランクス、行きなさい!!これを持って!」

 

ブルマは頭の良い女傑だ。

とうとうここを嗅ぎつけられたという事実が、これから何を齎すかを察して、息子に全てを託す決意をいち早くしたようだった。

 

「母さん!?何を言っているんですか!一緒に…うわっ!!?」

 

エネルギーシリンダーを押し付けられた瞬間、もっと大きな爆発が二人を包む。

咄嗟に気を放出して、母へ迫る衝撃への緩衝材とする事が出来たと思うが、トランクスでさえ吹っ飛んだその爆発では、ただの地球人であるブルマの身が心配だった。

 

「か、母さん!?」

 

身を起こし、必死に母を探す。

しかし、魔手はすでに母に伸びていた。

母の首を掴み上げ、捕えて離さない。

 

「そ、その手を――」

 

その手を離せ、と叫び、背の剣を抜刀しようとした瞬間、母その人がトランクスを止めた。

 

「行きなさい…!行きなさい!!トランクス!!」

 

「母さん!!」

 

締め上げられる母の声が、かすれ、酷く苦しそうだ。

ブラックの腕だ。

怨敵の腕が、最愛の母の、衰えが見え始めた細い首を締め上げている。

トランクスの瞳に怒りが湧く。

苦労を重ねる中でも無限の愛を注いでくれた母の首を捻り上げられ、それに怒らぬ息子などこの世にはいない。

サイヤ人の血統も、その怒りの湧き上がるのを手伝う。

サイヤ人の血が叫ぶのだ。敵を殺せと。

希望など、もうどうでもいいじゃないか。敵わぬ強敵にがむしゃらに挑み、そして全力の戦いの中で散るなら、それもいいではないかと。

無様に生き延びて、愛する人を失い続ける生に何の意味があるのか。

 

(…!俺は…ここで、たとえ勝てなくても…!母さんを守って、死にたい!)

 

そういう衝動に突き動かされかけた瞬間、やはりそれを止めたのは母だった。

 

「行って…!はやくっ!!お願い、トランクスっっ!!」

 

「っ!母さんを置いて行けません!!」

 

母の願いは、希望を守れとか、人類のためにとか、そういう大層な事を言ってはいたものの、その実たった一つだ。

息子に生き延びて欲しい。

たとえ世界が滅びようとも、過酷な世の中に放り出される事になろうとも、ただただ子の無事を祈って、そして寿命が来るまで生き延びて、そしてその中でどんなにささやかでも良いから幸せを見つけて欲しかった。それだけだ。

 

「生きて…トラン、クス…」

 

苦しいだろうに、締め上げられる中で、母は笑ってそう言った。

揺らめく炎の中で、ブルマの首を捻り上げるブラックがニヤリと笑った気がして、そしてその邪悪な笑顔を見た瞬間、トランクスは怒れる感情を制御し、そして何とか咄嗟に身を引けた。

母の呟きが息子の命を救う。今までトランクスがいた場所を殺人的な光が通過し、トランクスの肩を抉る。

 

「っ、ぐ!?」

(母さんの言葉を聞いていなかったら、今のでやられていた!)

 

「逃げるのか?トランクス。…母を捨てて」

 

トランクスにとって、ブルマにとって大切な存在…孫悟空と同じ声で囁かれる冷酷な言葉。

ブラックから、さらなる一撃が放たれ、直撃こそ免れるものの、トランクスは遥か後ろに転がっていく。

 

「…ぅあっ!」

 

このままでは、母の命も失われ、エネルギーシリンダーも、過去時空の母へ渡すタイムマシンの設計図も、そして母から貰ったこの命も、全部が失われてしまう。

トランクスは、非情な決断をせねばならなかった。それが母の願いだと、息子は理解していた。

 

「母さん!!!」

 

また守れない。

一瞬、トランクスの脳裏に、隻腕の師の影と母がダブる。

 

誰でもいい。神様が無理ならば、悪魔でも。

もう僕から、大切な人を奪わないで下さい。

 

祈りなど無意味だ。

この世界を生き抜いてきたトランクスは、それを知っている。

祈る暇があったら戦うのだと、幼い頃からこの身に染みている。

それでも今は祈らずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

斯くして祈りは届く。

神は死に絶えても、この世界にはまだ悪魔はいたらしい。

ブルマの首が軋み、今にも胴から千切れ飛びそうになった瞬間、千切れ飛んだのはブラックの腕だった。

 

「っっっ!!!!?なっ!?あ、ぐぁああああああああ!!!?」

 

ブラックの勝ち誇った顔が驚愕に染まり、次いでズタズタに裂けた傷口を抑えて激痛に叫んだ。

 

「えっ!?」

 

トランクスもそれは同じ。

ありえない光景だった。

この世に、もはやブラックと張り合える戦士は曲がりなりにも自分一人だけだ。

宇宙全土、隅々まで神も強戦士も殺し尽くされ、トランクスは名実ともにたった一人の戦士だった。

だが、今、目の前でブラックは致命的なダメージを負って、藻掻き苦しんでいる。

鬼のような形相で、ブラックがギリッと歯を鳴らし、ガクガクと震える。

 

「お、おぉぉ…、わ、私の…う、腕、が…!き、貴様…なんという、だ、大それた事をっっ!尊き神の、私の、腕をっ!!なっ、何者がァァァっ、このような不敬をっっ!この世界唯一の神に対してっ!!!何者があああああああ!!!」

 

左腕からおびただしい血を垂れ流しながら、ブラックは痛みさえ怒りで掻き消して、憎悪のままに気を高め爆発させる。

 

「…っ、くっ!か、母さん!!」

 

猛烈な爆発。トランクスさえ余波で飛ばされ、体中をしとどに打ちながらも受け身をとって施設外に見事に着地する。とは言っても、既に今の爆発で施設など跡形も無いが。

油断せずに爆心地を見るトランクスの目には、警戒心と共に、縋るような色も多分に含まれていた。

 

(ひょっとしたら、母さんは…助かったかもしれない!)

 

何者かが乱入し、しかもそいつはブラックの腕を一撃で跳ね飛ばした。

そんな場面を目撃してしまっては、そういう願望が湧いてくるのも仕方ない。

この絶望だらけの世界で、そんなチープで都合の良い結果は見たことがないが、それでも、今回だけはそれを期待したい。望みたい。

これで、〝結局母が死んでいました〟では、一瞬のあのぬか喜びは余りにも残酷で、ならばいっそ助けなど来ないほうがどれだけ心の苦痛は楽だったか知れない。

だからというわけではないが、どうか母を助けて欲しいと、トランクスは一心に祈る。

 

(そうだ、この際…悪魔でも!悪魔でもいい!どうか、あの神を名乗る悪魔を…本当の悪魔が裁いてしまえばいい!)

 

その本質は悪とされるサイヤ人の血が、そう叫んでいた。

目に殺気を漲らせ、敵ともう一人がいるであろう真紅の炎を睨み、炎へと飛び込んだ。

吹き飛ばされても尚燃え盛る炎を掻き分けて、トランクスは母を呼び叫ぶ。

 

「母さん!母さんっ!どこです!無事ですか!母さん!!」

 

さっきまで見捨てようとした癖に、とも自分で思う。

だが、とにかく今は母が心配だった。

人造人間事件、バビディ襲来、そしてブラック出現。…ずっと母と二人肩を寄せ合って生きてきた。

悟飯を失ってからは、とくにトランクスにとっては唯一の心の支えだった。

その母を、見捨てる切っ掛けが一度でも失われてしまえば、もう二度と母を見捨てる事は出来ない。そういう青年だった。

 

「母さん!かあさ――…っ!あ、あなたは…」

 

「…フン。貴様の母のお守りくらい、貴様がするのだな」

 

炎の海の中でトランクスが見た物は、尾を持つ銀色の戦士が、母を乱雑に片手で持つ姿。

その光景こそ女性への気遣いなどないモノであったが、しかしトランクスには、銀の怪人が母を傷つけないように、一定の丁重さを持っているのが分かった。

でなければ、この猛火の中でただの人であるブルマが生きていられるわけがない。

「ありがとうございます」とそう言いかけた所で、母を抱きかかえる男は無造作に母を放った。

 

「あっ!?」

 

「受け取れ」

 

滑り込むように、慌ててブルマを受け取ると、そこには確かに母の温もりがあった。

気絶しているものの、ブルマは間違いなく生きている。

 

「あぁ…母さん…母さん…!よ、良かった…!生きている…生きて、くれている!……………あ、ありがとうございます!あなたの名前は?」

 

涙を湛えながら母をしっかりと抱きかかえて、トランクスは炎の海に佇む戦士の顔をしっかりと見て、そして――

 

「っ!?」

 

そして僅かに息を飲んだ。

かつて地球に飛来し、細切れにして消滅させたフリーザと、その父コルド。その面影を感じたのだ。

しかも彼らの種と共通するしっかりとした尾もある。だが、逆に種の特有の体色パターンを、眼前の男は持っていない。

銀色一色に染め抜かれたボディは、いっそ芸術品のように美しく磨き抜かれていて、気品さえ感じさせるが、所々に機械的な意匠も見られた。

 

(もしや、ドクターゲロが残した人造人間シリーズか)

 

一瞬、トランクスはそうも思う。

尻尾を翻すあの姿は、セルに通じるものもあるし、本当にあの銀色の肉体が機械ならば、それ程のロボットを造れるのはドクターゲロしかいないだろう。

有機素体のバイオサイボーグの究極がセルならば、恐らくあいつは純粋な機械タイプで至高を目指したロボットサイボーグといった所か。

可能性としては、やはりドクターゲロが関わっている線が濃い。

まさか、(ブルマ)が造った奥の手とも思えない。

第一、もはやブルマにはあんなロボットを造る余裕は、物資的にも時間的にも無かったのは確実だ。全てのリソースはタイムマシンに注がれていたのだから。

 

もし、ブラックを圧倒しているあいつがドクターゲロが残した人造人間ならば、トランクスはこの助力を喜んでなどいられない。

ブラックが死んだら、次は確実にトランクスであり、そして世界は再び人造人間の気まぐれにいたぶられるだろう。

 

(だけど、そんな事はありえない。だったら、ブラックの攻撃を遮って母さんを助ける意味がない。陰から眺めて、ただ僕らとブラックが潰し合うのを見ていれば良かったはずなんだ!)

 

事情も正体もさっぱり見えてこないが、この人は味方だ。

トランクスは、そうハッキリと確信していた。

名を教えて欲しいと言ってから、たっぷりと数秒も口も開かずに、目の前の銀色の怪人は、冷ややかな赤い瞳をトランクスに向けているだけだったが、

 

「俺の名を知ってどうする」

 

拒絶の意志が籠もる冷たい口調でそう言った。

だが、トランクスはそれでも恩人の名を知りたい。

 

「その名を、僕の心に刻みたい…それだけです。恩を受けて、その名も知らないのでは…きっと、死んだ父も怒るでしょうから」

 

「…………ベジータか」

 

その名を呟き、僅かな間、彼は赤い瞳を閉じた。

その瞼の裏には、この時空では既に故人である、二人の強大なサイヤ人の姿が浮かぶ。

あれ程に苦戦し、何度も死闘を繰り広げ、一族同士の因縁で雁字搦めになっていた最強の超サイヤ人が、こんなにもあっさりと死んでしまっている。

そういう事実があるこの時空、歴史は、冷徹なこの男をしてセンチメンタルな感情に心を支配されかけるのだ。

 

「父さんを、知っているんですか?」

 

「……貴様らサイヤ人とは何かと因縁がある。どれだけ踏みつけられても、ゴキブリのようにしつこく生き続ける連中だと思ったが…。そのサイヤ人も、とうとう貴様が最後とはな」

 

赤い目が再びトランクスを見た。

 

「そうです。オレは最後のサイヤ人…最後の戦士。だから、あいつを…ブラックを何としても止めなくてはならない!そのために…オレは、悪魔にでもなってみせる!!」

 

「フッ、ハハハハ。……悪魔か。そいつはいい。なるほど…奴を殺すために、お前は母さえも一度は見捨てようとした。母を抱きしめ、ガキのように涙を流す程の情を持つ貴様が、だ」

 

指摘され、トランクスは大きな羞恥に心を抉られる。

母を愛している。それは間違いないのに、そんな母を捨てようとしたのも事実。

たとえそれが、明日の勝利への布石だとしても。母の願いだったとしても。

 

「甘さを捨てきれず、それでも非情な決断をしようとした貴様は……素晴らしい。この過酷な世界が、貴様を立派な戦士に育てたようだ」

 

意外にも評価されていた。トランクスの目が丸くなる。

 

「いいだろう。俺の名を教えてやる。俺の名は…… ―――メタルクウラ」

 

「メタル、クウラさん」

 

「…………お前はさっさと、その地球人を連れてここから離脱しろ。俺と奴の戦いの邪魔になるだけだ」

 

「オ、オレも一緒に戦います!クウラさんが強いのは分かりますけど、あいつの…ブラックの戦い方ならオレの方が詳しいし、あいつは…傷つけば傷つくほど強くなるんです。危険な奴です!」

 

「今のお前では足手まといだと言っている」

 

「で、でも!」

 

「その地球人を守るのが、今のお前の役割ではないのか?」

 

腕の中の母を指さされ、トランクスはハッとした顔をしてから項垂れる。

 

「…わかりました。でも、充分気をつけてください。母を安全な所に運んだら、オレもすぐに戻ってきます」

 

「……………好きにするがいい」

 

「はい!ご無事で、クウラさん!」

 

気を拭き上げて飛び去っていくトランクス。

その背を僅かに一瞥し、直様メタルクウラは気が千千に乱れている人物…ブラックへと意識を再度傾ける。

もちろん、トランクスと話している最中もメタルクウラのセンサーは常にブラックへと注視されていて、その僅かな挙動すらも見抜いていた。

 

「片腕を失ったぐらいで、あの有様か…情けない。やはり肉体がサイヤ人というだけではな」

 

そう呟くメタルクウラの声は、どこまでも冷ややかだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブラックの波動が施設の化学燃料も希少金属による建材も何もかもを燃やして、普通ではない燃え方をする炎のベールが視界を奪う。

突如乱入した何者かの姿を隠していて、ブラックの目を持ってしてもハッキリとは見えないし、気を読めるようになった彼にもソイツの気は読みにくかった。

だからこそ、ブラックは致命的な奇襲を許してしまったのだ。

そして今は、負った重傷のせいでさらに気を読む精度は低下していて、ブルマはもちろん、トランクスの気さえも集中力を欠いてろくに読めないし、燃え上がる感情のまま重傷の体で気を爆発させたブラックの消耗は激しく、態勢を立て直すのにも中々の時間がかかっていた。

肩を揺らし荒い呼吸を繰り返すブラックの額には、脂汗が滲む。今も凄まじい痛みが、ブラックを蝕んでいた。

なんとか立て直し、サイヤ人の優れた目を頼って瞳を凝らせば、その猛火のベール越しでも解る事がでてきた。

 

「ぐ、ぅ…ハァ、ハァ…ッ、…ひ、光り?」

 

キラキラと輝く光り。それは気の放出だとか、ライトの光りではない。

薄暗い空に浮かぶ暗い月の光を、そいつは体表で乱反射させていた。

一瞬、炎の隙間から、その者のスカイブルーに輝く銀色の肉体が垣間見え、炎の照り返しがより鮮やかにそいつの体を光り輝かせた。

そして、機械的な重々しい音と共に歩みを開始し、光を乱反射させる黒い人影は猛火を物ともせずに、ゆっくりとブラックへと近づいていく。

 

「…貴様は…」

 

口を開かぬ銀色の怪人…メタルクウラは、戸惑うブラックに向けて徐々に加速し、走り出す。

大地を蹴る、力強い重機のような重い音が、リズムよくビートを刻んだ。

 

「貴様はァァァ!!」

 

冷静になれば、今は逃げの一択だろう。だが、神としての矜持を著しく傷つけられたブラックには、そのような冷静さは消えている。

神にあだなす愚者に、裁きの鉄槌を。ブラックの精神はその文字で埋め尽くされていた。

走り迫るヒューマノイドを殺すためのパワーを、憎悪と怒りと共に片腕に込め、撃つ。

 

「滅べ!」

 

エネルギー弾が、真っ直ぐに銀色の怪人に吸い込まれ、そして命中の瞬間、ブラックをまたも驚愕を襲う。

防御姿勢をとることもなく、ただ走ってくる怪人の体皮が、殺意の一撃を完全に弾いていた。

 

「そ、そんな馬鹿な!?ど、どんなトリックを使った!!」

 

より研ぎ澄ました気を手にまとわせ、そしてエネルギーの矢を連射する。

どんどんと出力を上げた連続弾。しかし、そのどれもが結局、メタル色の肉体には通用しない。

弾かれ、受け止められ、そよ風をかき分けるようにそいつはエネルギー弾の弾幕を押し通ってくるのだ。

 

「…っ!!ば、馬鹿な…!違うっ、これは、違うっ!!こんなのは間違いだ!この腕が、こんな状況でなければ…気を集中できれば貴様程度に、この私の攻撃が……っ、ぐ、ぅぅぅ!ち、近づくなぁぁぁぁ!――ぐおォっ!!?」

 

突如、跳ねて速度を急上昇させた怪人。その銀の拳がブラックの腹に深々とめり込んで、彼の顔を苦悶に歪める。

 

「ごはっ!?」

 

続けて、しなる尻尾が顎を打ち、黒衣のサイヤ人の体を持ち上げ、流れるように3撃目が体を浮かせた彼の頭上から降り注いだ。

三叉の大きな足の裏が、ブラックの脳天を宙で踏みつけた。

 

(…っ!!お、重い!!そして、こ、この感触…っ、こ、こいつ…機械だと!!!?ま、まるでメタルマン族のようなパワーと硬度…!)

 

締まったボディからは想像もつかぬ程の重量感。

その重量が、スピードを味方につけてブラックを襲う。

一直線に大地に縫い付けられ、彼の顔面でもって大地を割った。

 

「が、はっ…!き、機械風情が…っ!っ、――ぐぁあああああ!!!」

 

機械仕掛けの魔人は、そのまま何度も何度も執拗に後頭部を踏みつけ、その度に大地が震える。

表情一つ変えず、冷たく輝く赤い瞳が、ただ静かにブラックの倒れざまを眺めていた。

 

(う、嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ!こ、この私がっ、罪深きサイヤ人の、孫悟空の最強の肉体を得て至高の神となったこの私がっ!たかが、ニンゲンが作り出した機械人形風情にっ!!?)

 

――足蹴にされている!

 

踏まれるという、この攻撃。

これはプライドの高いブラックの、ザマスの心を、肉体ダメージ以上に深く抉っていた。

ドンッドンッドンッ、と地が揺れ続ける。

ブラックの後頭部に、背に、容赦ない踏みつけは今も続く。

 

「っ…!がっっ!が、ああああああっ…!」

 

サイヤ人の屈強な体が悲鳴を上げている。

骨が砕けつつある。

 

(い、傷みが私を強くする…!だが、こ、これでは…回復も強化も間に合わん!!)

 

鋼鉄の脚による超高速のスタンピング。

それを、しかも今ではブラックの首に尻尾を巻きつけ、固定させた上で行っている。

これ程の容赦なき殺意は、ブラックですら体験するのは初めてだ。

 

(このまま、人間0計画は終わりを迎えるのか…!いや、そんな事はあってはならない!こ、こんなイレギュラーで、私の、絶対の計画が!!正義の計画が、頓挫するわけがないのだ!!!)

「うおぉおおおおおおおおおーーーーーーっ!!!」

 

「…む」

 

またも一気に全気力をエネルギーに変えて放出したブラック。そこで初めて機械仕掛けの怪人は声を発した。

莫大な気の奔流が爆発を起こし、その衝撃を利用して彼は素早く拘束を解いた……と、思いきや、それは出来ていない。

 

「が…あ…っ、っ!く、ぐ…!」

(か、硬すぎる…!!)

 

「虚仮威しだな…サイヤ人。いや、貴様をそう呼ぶのも忌々しい」

 

寡黙であり続けたそいつは、一度堰を切って幾らか流暢に喋りだし、無表情だった顔にも表情が生まれた。その顔は、酷く不愉快そうに見えた。

ブラックは得意の手刀で尻尾を切断してやろうとしたが、尻尾の装甲には薄っすらと傷が刻まれただけで、とても切断などできない。

逆に、その抵抗によって更なる締め上げにあい、ミシミシと首の骨が悲鳴を上げる。

ブラックの瞳の焦点がぼやけ、黒目が正気を失って白く染まりつつあった。

 

「あ゛…っ、あ、あ゛、が……っ、~~~っ、……っ…!!」

 

首を尻尾で持ち上げられ、宙ぶらりんになった彼をサンドバッグに、殴り、蹴る。

呼吸も阻害され、ブラックの命はあっという間に風前の灯火に追い込まれたが、次の瞬間、ようやく彼の()()が到来した。

 

「っ!」

 

延髄蹴りが、サイボーグ戦士を数m吹き飛ばし、意図せぬ角度からの攻撃は、要塞のような堅牢さで全ての攻撃を弾いてきたこの男を初めて揺さぶった。それも、ほんの少しだが。

尻尾で地を蹴って体を回転させ、素早く態勢を整えて、敵の援軍を見据える。

銀色の戦士と、黒衣のサイヤ人が向き合う。そしてサイヤ人に肩を貸しながら、彼の傷をみるみる間に癒やしていく者が一人。

端正なマスクに、薄い黄緑の肌。

芯人特有のモヒカンのような髪。

界王神候補・ザマス。

 

「手酷くやられたようだな」

 

「ごほっ…来るのが遅いぞ…!私が死ねば、我らの計画はそこで終わるのだぞ!」

 

「すまない、時空の調査には、時の指輪を使っても時間がかかるからな。とにかく今は…――」

 

ザマスが、銀色の戦士を睨みつけた。

 

「――あいつを除かねば」

 

ブラックの負っていた瀕死の傷は既に癒え、千切れた腕は、まるでナメック星人のようにじゅるじゅると伸びて両腕が生え揃う。

ブラックは再び余裕を取り戻したようで、嫌らしく口を弧にして笑う。

 

「貴様のおかげでまた私は強くなった。……さっきは不意をつかれて変身する間も無かったが…力を増し、そして変身した私には、貴様は勝てん」

 

「傷つけば傷つくほど力が増す。…フッ。()()()()力だ。別段、誇る事でもあるまい」

 

「なに?」

 

ピキリッ、とブラックの額に血管が浮き出る。

 

「この力は、私だけの特性!!サイヤ人には出来ぬ力の精緻を、神の私だからこそ引き出せたのだ!どの並行世界を見渡しても、私のこの尊い能力を備えている者などいない!」

 

「そう思っているのは貴様だけだ。愚かなる神よ」

 

「っっ!!!かっ、神をっっ侮辱するか!!!!機械風情がぁぁぁぁ!!!!この超サイヤ人ロゼのパワーを見せてやる!!!」

 

怒りのままに気を高め、紫紺のオーラをまとって髪の色をも紫に変えたブラック。

それを迎え撃つ銀色の戦士は、嘲るような笑みを絶やさず向け続けて、そして吐き捨てるように言った。

 

「神風情が」

 

その言葉を確かに聞いたブラックの目がより大きな怒りに血走った。

怒りのままに叫び、猛烈な速度で体全体で殴りぬくように、手刀を銀色のボディに叩き込む。

メタルクウラは両腕をクロスさせ、ブラックの渾身の一撃を真正面から受け止める。

 

漲る気の刃と、メタルクウラの装甲が競り合って、キィィィィンという高周波が辺りに広がり、そしてブラックの刃がメタルクウラの防御を貫いた。

 

「っ」

 

「クッ、クククク!!勝った!」

 

勝利を予感し、すれ違いざまに笑ったブラックは、勢いのついた己を地面に擦らせ、そのまま転がり跳ね上がってメタルクウラを睨んだ。

微動だにせぬメタルクウラの背が、ブラックの目に飛び込む。

 

「…さっきの礼だ…機械め!」

 

メタルクウラの後ろ姿。

そのシルエットには、左腕が無い。

今度はメタルクウラの左腕が、根本から切断されていた。

 

「もはや片腕では戦えまい。見るが良い…人間。これが神と人間の差だ」

 

勝ち誇り、勝利の宣誓をする神。

しかし、メタルクウラは静かに笑い、そしていつか孫悟空に言ってやったセリフを、同じ肉体を持つこいつに言い放ってやる。

 

「俺の弱点は、ビッグゲテスターのメインコンピューターによって直ぐに補強され修復される。お前が死にものぐるいで俺を倒したところで、俺は何度でも蘇るのだ……さらに強くなってな」

 

「…なに?――っ!?」

 

メタルクウラの傷口…破損断面からメインフレームが液体金属のように伸び、その周囲を無数のコードが這い伸びる。

体表装甲も、光の粒子が煌めき集って、またたく間に剥き出しの機械構造を覆い隠す。

キュィィ…という駆動音と共に、メタルクウラの完全復元された左手が、その修復具合を確かめるように握られて開く。

 

「言ったろう?強化修復など、芸のないよくある能力だと。知的生命体…ニンゲンが生み出した科学力は、既に神を超えているのだ」

 

「き、貴様…!貴様は…一体何者だ!もはやこの世界には、これほどの使い手は存在しない!どの時空からやって来たのだ!」

 

「フフフフフ…どうした?神なのだろう?俺の正体ぐらい分からぬのか?」

 

嘲るメタルクウラを前に、ブラックとザマスは小さく舌を打つ。

彼らはゴワスから奪った時の指輪で、現存する並行世界を幾つも調査してきたが、その中に該当する者はいないのだ。

これ程の強戦士ならば絶対にザマスは要警戒とマークする筈だが、不思議とザマスは眼前のメタルクウラを知らない。

憎らしいと睨んでくる二柱の狂神に、メタルクウラは口角の端を上げる。

 

「貴様らが知らぬのも無理はない。俺は神共の目をくらますジャミングが得意だからな。それに……他の並行世界では、俺はどうやら孫悟空に二度殺されて以降…歴史の表舞台からは消えているらしい」

 

「…やはり、他の時間から来た者か…人間という奴らは、やはり救えぬ罪人だ。時間移動を繰り返し、世界の美しい調律を乱していく」

 

歯ぎしりするブラックの横で、ザマスもまた驚きと、そして怒りと憎しみに眉をひそめる。

 

「まさに罪の具現…森羅万象に唾吐く愚物!神の領域を汚すロボットなどと!これだから人間を生み出すべきではなかったのだ!人間の技術力が…こうまで神の領域を侵しているとは!!」

 

「あぁ。やはり、早急に人間0計画は遂行せねばならないようだな…」

 

「うむ、人の過ちの極限たる()()…完全に、跡形も残さず抹消せねばならない!」

 

二柱の神が機械を睨み、そして機械は笑った。

 

「出来るものなら…やってみろ」

 



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神殺しの機械

「出来るものなら…やってみろ」

 

不敵に笑ったメタルクウラが、次の瞬間には二柱の神々の懐へと出現する。

 

「な!?」

 

「っっ!!?瞬間移動!!?」

 

紫のオーラで身を固めるブラックに、鋼鉄の拳が突き刺さりくの字に曲げ、そしてザマスには最初から全力の蹴りが頚椎に叩き込まれて、首があらぬ方向に曲がってすっ飛んだ。

そして返す刃でブラックの顎を蹴り飛ばし、蹴り上げた足を振り抜く事無く、そのまま一気に踵落としの形へと変える。

 

「っっぎ!!?」

 

そのまま頭蓋を蹴り砕いてくれようという、一切の容赦無い鋼鉄の踵が、ブラックの脳天に突き刺さる。

再度倒れたブラックの顔面を、メタルクウラはサッカーボールを蹴飛ばすような気軽さで、躊躇無く蹴りぬいて飛ばす。

 

「さすがは孫悟空の肉体だ。丈夫だな」

 

「っ、き、きさ、ま…!」

 

すっ飛ばされ転がりながらも、踏ん張って立て直すブラック。

そして間髪入れず全速力で突っ込む。

手には気のブレード。先程と同じ、ロゼのパワーならば頑強な装甲を貫けると踏んでの事。

だが、

 

「なっ!?」

 

同じ条件で砕いた筈のメタルクウラは、装甲に僅かに傷がついただけで、その勢いを完全に受け止める。

僅かにノックバックこそしたものの、攻撃としては完全に失敗だった。

ニヤリとメタルクウラが笑う。

 

「そんなはずは…そんなはずはないっっ!!!」

 

凶相で叫ぶブラックの蹴りがメタルクウラの側頭部にキマる。だが、僅かに頭を揺らすだけで、機械の目は冷たくブラックを見据えていた。

拳が何発もメタルクウラの胸を殴る。腹を殴る。だが、殴ったブラックの拳の方が痛みそうな程に、ただひたすらにメタルクウラは硬い。

 

「う、うおおおおおおお!!!!」

 

拳も蹴りも、得意の手刀も、何度も何度もメタルクウラへと叩き込んだ。

だが、機械の魔人は、もはや回避も防御もせずにそれらを受けきり、そして一発のカウンターをブラックの顔面目掛けて打ち出し、ブラックの猛攻は終わった。

たった一発で黙らせられる。

 

「…っ!」

 

鼻血がツゥーっとブラックの顔を汚していた。

眼輪筋をひくつかせながら、メタルクウラを憎悪の目で睨むと、腰を落とし、両手を引いて脇腹で気を収束させ始める。

 

「…技まで借り物か。ザマス…やはり貴様はつまらん神だ」

 

メタルクウラの言葉は、ブラックの正体も…そして二人のザマスの狙いも知っているという事なのだろうが、今更そんな事には驚けない。

ブラックも、気に食わないといえど、忌々しき人間の知と業の結晶たる眼前の機械人形の凄まじさは認めねばならなかった。

 

「く、くくくく…借り物ではない。俺が、この罪深い肉体の真価を引き出し、そして神の尊き所業によって誠に価値在るモノへと昇華させたのだ!」

 

「御託はいい。撃ってみろ…貴様のかめはめ波を」

 

俺の気高さを理解しようともしない、耳も貸さない、この愚劣な下等生物め!

ロゼに変身した事で気も高ぶっているのであろう…一人称も俺へと変わったブラックの額に浮き出る血管がより盛り上がって、その怒りを表していた。

 

「っ…いいだろう。ならば食らうがいい!これが…神のォォォォ―――」

 

口からも気を取り込むかのように、全身にパワーを満たし、そして両掌に集める。

 

「―――かー…めーー…はァーーー…めェェェ…波っっっ!!!」

 

悟空とはイントネーションの違うかめはめ波は、構えも本家悟空と比べてやや前傾であり、そして魂の違いが気の違いとなって、その気功波の色も大いに変える。

ブラックの両掌から放たれた紫紺の気功波は、まさに超サイヤ人ロゼの名に相応しい色。

それをメタルクウラは、ただつまらなそうに眺め、防御も回避もとることなく、その金属の肉体で黙って受け止めた。

ダークパープルの気功波にメタルクウラの一切は包まれ、そして気の渦に飲まれていく。

 

「ハハハハハハッ!馬鹿め!貴様の防御力に自惚れたな!防御もせずに俺のかめはめ波を食らえば唯ではすまんぞ!!」

 

「おお…もう一人の私のパワーはさらに上がっている!いいぞ!これならば…人間0計画は何の問題もなく進むぅ!ふはははははは!」

 

観戦者であるザマスも高笑いし、圧倒的な気の光線をうっとりと眺めていた。

しかし…。

 

「ハハハハハハ!ハハハハハハッ!!ハハハハ――――ハッ!?」

 

馬鹿笑いは、絶望にも近い驚愕によって止められた。

大口を開けて眺めるザマスの視線の先…そこには全くの無傷で立つメタルクウラの姿。

 

「馬鹿な!!!?」

 

初戦時に重傷を負い、そこから自分の回復力とザマスの復活パワーの合せ技によって、一気に強化回復したブラックは、2倍以上の戦闘力を手に入れている。

そこに、神によるサイヤ人の超化…つまりロゼ化がなされて戦闘力はもっと跳ね上がる。

ザマスの見立てでは、今の自分の力は、間違いなく破壊神級のはずで、彼自身の計算によると平時のビルスすらを凌駕する。

つまり、油断している時ならば、破壊神最強と噂されるビルスですら殺せるのだ。

もっとも、そもそもそれは大いに希望的観測であり、都合の良い状況が重ならねば起こるはずも無い状況ではある。

だがそれでも間違いなく、最強の神となった。ザマスはそう思っていた。

 

メタルクウラが、ゆっくりとこれ見よがしに右腕を持ち上げ、指先をブラックへと向ける。

連続フィンガーブリッツ ――惑星破壊級の収束エネルギーを、秒間数百万発放つ―― がブラックを襲った。

 

「っっ!!?ぐっ、ぅ、お!?ぬおおおおっ!!?お、おのれぇぇぇ!!」

 

ヒヤリとした。

ブラックとなって以来、これ程の危機感は抱いたことがない。

一発一発がとてつもなく重く、鋭い。

気を漲らせ、迫る光弾を全力で目で追う。

両の手を必死に動かし、呼吸さえ忘れてブラックは全身全霊で防御に回っていた。

 

「ほぅ?捌けるか。ならばもう少しギアを上げてやる」

 

「な、に!?」

 

メタルクウラの指が、もはや常人では残像でろくに見えないスピードでピストンする。

そのワンストロークには惑星が消し飛ぶような破壊エネルギーが込められているから、もしも捌きそこねて地上にでも流れ弾がぶち当たられば、それだけでブラックは終わる。

なにせ、サイヤ人の肉体になった代償として、彼は宇宙空間での活動ができない。

 

「うっ、おおおおおおおお!!!?き、貴様!!こ、このままでは、この惑星もただではすまんぞ!!せっかく助けたあの地球人も、トランクスも…!死ぬぞ!!?」

 

「知ったことではない。それでトランクスが死ぬならば…それが奴の寿命だ。そして、貴様の寿命でもある。芯人の肉体のままの方が良かったのではないか?猿モドキになって、貴様はくだらぬ存在に成り果てたのだ…ザマス」

 

一発一発を受ける度、ブラックの腕が痺れる。もはや防御も限界だった。

そう思った時、ブラックの()()が動く。

 

「させん!」

 

メタルクウラの腕に、界王ザマスが絡みつき、羽交い締める。

 

「……貴様、首をへし折ってやったはずだが」

 

それた指の先から、虚空へ向けて連射されるフィンガーブリッツが、暗い空に星空のように瞬いて吸い込まれていく。

 

「クククク…あいにく、私は不死身なのだよ」

 

「……なるほど、そういう事か。ドラゴンボールによって、不死身を叶えたようだな」

 

「……つくづく不愉快な奴だ、貴様は。神である私の行動が、こうまで筒抜けとはな」

 

メタルクウラの腕の人工筋肉がググッと膨張する。

筋肉の蠕動。それだけで、ザマスの拘束は弾き飛ばされそうになってしまう。

 

「っ!く…!な、なんというパワー!」

 

「貴様が非力なのさ」

 

腕だけでなく、足もメタルクウラの腰に絡めて全力で羽交い締めるザマス。

何とか抑えたが、それも時間の問題なのは明白だった。

 

「ザ、ザマスよ!!!私ごとやれぇぇぇ!!!!!」

 

振り払われる。そう確信したザマスが、もう一人のザマスへと叫ぶ。

 

「…気は高まった…よくやったぞ、ザマスよ!」

 

 

――Pipipipi…

 

メタルクウラのサーチが警告を告げた。

強力な気を手刀にまとわせ、お得意の気刃を作り出したブラックが、刃を左手で掴み伸ばす。

まるで飴細工のように形を変えていく紫紺の気刃は、禍々しき気の大鎌となって、ニヤリと笑ったブラックが大きく振りかぶるのがメタルクウラには視えた。

 

「これぞ神の御業!!神の怒りが如何程のものなのか…っ!その身に刻めっ!!!」

 

「…くっ」

 

今まで余裕一辺倒だったメタルクウラの顔が、ここに来てようやく少し歪んだ。

機械の特性を活かし左腕の関節を逆転装着し、背に絡むザマスの胸に拳を叩き込めば、「ごはッ!?」とザマスは血反吐を吐いたが、しかし不敵に笑うのみ。

 

「クククク…はははははははっ!!無駄だ!私は不死身!この身には痛みさえ届きはしないッッ!!決して離さんぞぉぉ!!」

 

「ならば消滅するとどうなる?興味があるな」

 

メタルクウラの赤い目が一瞬、機械的に光った次の瞬間、突然ザマス膨れ上がる。

 

「っう、うぉぉお!!?ぐあああ~~~~~~~っ!!!!?」

 

パァンっ、とでも聞こえてきそうな程に、ザマスは内部から熱膨張し、そして弾けた。

ターゲット体内に送り込まれたエネルギーが、対象を内部から破壊するロックオンバスター。

その技が、ザマスを跡形もなく消し去るが、驚くべき事に、消滅した次の瞬間にはザマスの再構築は始まる。

血肉と共に消え去った衣服も、ザマスの神としての神通力によって即、修復…或いは召喚されて、全くの元通りのザマスが同じ場所に出現。

変わらずにメタルクウラを羽交い締めた。

 

「―――は、ははははっ!!み、見たか!!これがっ、神の力!真なる不死!!我は不滅!!!」

 

「っっ!」

 

さすがのメタルクウラの鉄面皮も驚きに染まる。

黒と紫に光り輝く気の大鎌が、二人の眼前へと迫っていた。

勝ち誇る二柱。だが、まだ二人の神はこの時は気付いていない。

今の一撃で、ザマスが跡形もなく一度消されたという事は、神の耳飾り・ポタラまでが消滅したのだ。ザマスの神通力では、神々の神器であるポタラまで創造する事は出来ない。

これが後にブラックとザマスを絶望に追い込むなど、この時の二人はまだ知らない。

 

「再生も出来ぬよう、粉微塵にしてやるぞ!!!」

 

猛るブラックが、全身からこそぎ集めた気を両手に漲らせ、気鎌はビュゥゥゥゥと風を切り、そして2つのヒューマノイドを切り裂いた。

メタルクウラの装甲を切り裂き、フレームを断ち切り、上半身と下半身が切り裂かれる。

一極集中させ、そして研ぎ澄ませた気の刃は、とうとうメタルクウラの鉄壁を切り裂いた。

 

「どうだ!我が前にひれ伏すが良い、機械人形!!」

 

消耗しながらも勝利に酔いしれ、転がる残骸を見下ろすブラック。

しかし。

 

「む…!?」

 

一切の表情の動きが消え、まさに人形という風情で転がるメタルの残骸が、破損部位から猛烈な勢いで触手を吐き出す。

その有様はマシーンというよりは化け物だ。

高度に発達した機械群の動きは、極めて有機的で、見るものに生理的嫌悪すら与える。

 

未だ立っているメタルクウラの下半身と、地面に転がる上半身とが、互いに触手を伸ばし絡ませ合うと、そのまま両者は接合を開始。

即座に強化修復が始まったのだ。

 

「こ、こいつ…!させるか!ザマス、お前も合わせろ!!」」

 

ブラックが叫ぶと、胴切りなど無かったかのようにスクリと立ち上がったザマスが、ブラックの横に並び立ち、手を構える。

 

「ああ!修復が間に合わなくなるまで、徹底的に破壊する!」

 

そしてブラックを回復させながら、己も気功波の波長をブラックに合わせて合体エネルギー弾を放ちまくるのは流石の器用さだ。

ザマス自身の本来のパワーは、界王としてはかなり優れていたが、全宇宙の戦士レベルで言えばそこまでではない。

そんな事は当たり前で、もともと界王や界王神は破壊や攻撃が本分ではなく、世界の安定と創造・修復を自らの役割とする神々で、その性質から考えれば界王ザマスの力と武の才がいかに天才的かが解る。

界王としての技の緻密、武の才、そして元々同一人物であるブラックとの抜群の相性という好条件。ブラックとエネルギーの波長を合わせれば、その威力はただザマスのエネルギーが乗るだけでなく、何倍にも強化される化学反応が起きるのだ。

 

「…っ、ぐっ!?」

 

メタルクウラの顔が苦悶に歪む。

エネルギー流が、修復中のボディにダメージを与え、そして損傷箇所から全身に、そのダメージが伝搬する。

それこそが自己進化と自己修復を繰り返すメタルクウラの、唯一にして最大の弱点。

 

「お、おお…!?ぅ、ぐ!……っ!」

 

――Pipipipipi!!!

 

全身のセンサーがアラートを繰り返す。

ダメージ値・急上昇。修復プロトコル・伝達不能・実行不能。修復不可・修復不可。

損傷拡大。エラー・エラー・エラー。ダメージ危険値到達。

 

「撃てぇぇぇ!まだ!まだまだまだまだ!!もっと撃つのだ!!」

 

「消え去れェェェェ!!愚かな人間の大罪!悪しき科学の忌み子よ!!!」

 

嵐のようなエネルギー波が、メタルクウラの脆くなったボディを徐々に破壊していき、

 

「ぐ、あああああっ!!!?」

 

とうとうメタルクウラの耐久は限界値を超えて、体中の四方からオーバーフローしたエネルギーが漏れ出し、スパークした。

眩い光が、剥げ落ちた装甲の亀裂から溢れていくその最中、メタルクウラを味方と頼むサイヤ人がようやく戦場へと舞い戻ったが、時既に遅しとはこの事だった。

トランクスが叫ぶ。

 

「っ!あ、ああ!!?クウラさん!!!そんな!!!!」

 

絶望的な状況の中で、ようやく巡り会えた力強き仲間が、またもトランクスの目の前で死に絶えようとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トランクスには為す術はなく、鮮烈な光が辺りを覆い、直後に大きな爆発。

 

「クウラさぁぁぁぁん!!!」

 

トランクスは唖然となって、思わず力無く項垂れ、膝をつき、それとは真逆にブラックとザマスは心底愉快そうに嘲り笑う。

メタルクウラは、もはや一欠片のパーツもブラックのエネルギー波に抹消された。

 

「クッ…クククククッ!残念だったなトランクス。ようやく貴様に巡ってきたチャンスだったが……つくづく貴様は仲間というものに縁がない」

 

「愚かな人間ではあるが、その中でも貴様の運の無さと愚かさは群を抜いている。孫悟空を病で失い、突如現れた人造人間に地球の戦士達は次々に葬られ…そして、孫悟空の息子・孫悟飯は、人造人間相手に()()()()()()()()()()()()…フフフフ」

 

ブラックが冷ややかにトランクスを見下し、ザマスは心底の侮蔑を寄越す。

トランクスの歯が、ギシリと鳴った。

 

「母を助ける代わりに、あのロボットを生贄に捧げたのだ。貴様は…。ククク…まぁ、たかが機械だ。壊れても、母を見捨てようとした貴様にとっては痛くも痒くもないか?ん?フッ、はははははははっ!!」

 

「…!き、貴様…!」

 

確かに、出会ったばかりで、まだ名を知っただけの間柄だ。

だが、トランクスにとって、メタルクウラは間違いなく母の命の恩人であり、久々に出会った背を預けても良いと思える人だった。

涙こそ出ないが、それでも恩人の死はトランクスの心を大いに傷つけ、怒りは大きい。

 

「思わぬ邪魔者が入ったが………ちょうど貴様も戻ってきた。ここで、お前との因縁も終わらせるとしようか、トランクス」

 

「…っ」

 

ブラックと、そしてその横に立つ界王神らしき衣装を纏った男がトランクスに向けて殺意を飛ばし、トランクスが剣を抜き放った。

互いの殺気が交差し、高まっていく。

不気味な静かさが辺りに漂い、廃墟に吹く虚しい風が、崩れたビル郡の隙間を通り抜けていく。

ニヤニヤと笑うブラックと、界王神の装束に身を包むもう一人。

ブラックから放たれる気は、メタルクウラと出会う前よりも数段上と感じられるのは、やはり戦闘ダメージを負っての強化が繰り返されてしまったのだろう。

 

(…どうする…さらに強くなったブラック相手では…オレでは勝てない!逃げ切れるかどうかすら…!)

 

トランクスの頬を、冷や汗と脂汗が混ざったものが垂れ落ちる。

剣の柄を握る手に、ギュッと力が込められ、ブラックとトランクス双方が動き出そうとした、その時―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一体で充分と思ったが…成長速度はさすがサイヤ人の肉体と言ったところか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

葬った筈の機械人形の声が響いた。

 

「っ!?な、なに!?」

 

「………し、死んでいなかった…のか!?」

 

「クウラさん!!?」

 

三者三様の驚き。

だが、前者二人は明らかに嫌悪の表情であり、そして後者は喜びの驚きだ。

 

――ガシャ…ガシャ…ガシャ…

 

重厚な金属が、ゆっくりと歩み寄る音が荒廃したシティの空気を震わせる。

 

「死んでいなかった…?ク、ククク…ザマスよ、随分と間抜けな表現だな。俺が機械だと…ロボットだととっくにご存知なんだろう?」

 

メタルクウラのその言葉に、ブラックは「まさか…」と呟く。

目の前から悠然と歩いてくるメタルクウラが、ほくそ笑む。

 

「俺は複数存在する量産型の一つに過ぎん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ガシャンッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「な…!?」

 

その音は()()から聞こえる。

メタルクウラの足音と、極めて酷似した、何者かが着地した、その音が背後から聞こえるのだ。

メタルクウラは目の前にいるというのに。

 

「に、二体目!?」

 

ザマスが、背後のビルに降り立ったメタルクウラを見て、眉を大きく歪め口を大きく開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ガシャンッ、ガシャッ、ガシャッ、ガシャンッ!

 

四方の廃墟ビルの屋上からも、同じ音が聞こえた。

ブラックが唖然と見渡すと、そこにはやはり全く同じ銀色の戦士が4体。

それぞれが思い思いのポーズと表情で、二柱の神を見下ろす。

 

「バカな…こ、これ程の力を持った機械が…まだ5体いたというのか!?」

 

「…こ、これは…計算外だが…わ、我々ならば5対1でも勝てる!私は不死身で、そしてお前は無限に成長するサイヤ人の肉体を持っているのだ!」

 

「そ、その通りだ…!こいつらを倒した時…私の力は、さらに成長する!進化する!く、くくくく!感謝するぞ、機械ども!私の糧になってくれてな!」

 

ひくつきながらも笑みを作り、ジトリと伝う嫌な汗にも気付かずにブラックとザマスは笑ってみせた。

だが、トランクスは違う。

 

「な、何を言っているんだ…!気付いていないのか…?5体だなんて…5()()()()だなんて…!」

 

ついついトランクスは、怨敵であるブラック達をまるで憐れむような、そんな言葉を投げ掛けてしまう。それ程の光景に、トランクスはいち早く気付いていたのだ。

 

「なに…?」

 

そしてブラックも、長らく戦ってきた因縁あるトランクスの指差す方向を素直に見てしまう。

それぐらいトランクスの言葉には、明らかに異常な、震える声色があった。

 

 

 

 

 

 

地平線の彼方。

 

荒れ果てた残骸と荒野が延々と続く地平線が、キラキラと輝く。

まるで空の星々が地上に降りてきたかのように、ゆらゆらと霞む地平の彼方は銀色に輝いていた。

 

「―――――っ!!!!?…っ、あ、ああ………あ、あ、あ………っ」

 

自己陶酔を極めたかのようなナルシストのブラックが、思わず無様に戦慄いてしまう程の衝撃的な光景。

 

「な、なんだ…アレは…………あんなの…あ、あり得るものか……」

 

ザマスにいたっては、あまりの衝撃に虚脱に陥りそうになってしまったが、だがグッと堪え、脳裏に閃いた名案を、まるで己を叱咤激励するかのように相棒へと叫んだ。

 

「………………こ、こうなっては…あの手を使うのだ、ザマスよ!!!」

 

「あの手…そ、そうか!使うのだな?ザマスよ」

 

「そうだ………!私達が一つになれば…敵はない!!最強と不死とが、一つになる!!」

 

左耳に輝くポタラを、ザマスはおもむろに右耳に付け替えようとして、そして血の気が引く。

 

「どうした?早くしろ!ポタラを右耳に!!」

 

「――――――――――――――――…な、ない」

 

「…………なに?」

 

ブラックが、信じられぬという顔でザマスを見ていた。

今言われた事が、どうにも咀嚼して脳に入ってこない。そんな顔であった。

 

「あ、あの時だ……………………………あの時だ!!ポ、ポタラは……破壊されて…!あ、あぁ…!私が不死でも、身につけた物までは…!!!」

 

「っ!ば、馬鹿めッッ!!!」

 

自分の不死を誇る余り防御や回避が疎かになり、切り札であった神器を守ることに失敗するなど、お粗末もいいところだ。

ブラックは、今にももう一人の自分に襲いかかりそうな程に激昂し呆れ果てたが、もはやどうしようもない事だった。

ブラックとザマスの二人で現状を乗り切られねばならない。

そしてそれはあまりにも絶望的な選択肢だった。

 

「…何かまだ俺を楽しませる手札があるのかと思えば…まさかポタラ頼みとはな。くだらん。界王神以外は一時間しか合体できぬという制限がある時点で、俺達の波状攻撃で貴様らは終わる」

 

ビルから見下ろすメタルクウラがそう言ってやると、ブラックとザマスの顔はより深く険しく、心底の怒り・憎悪・絶望をハッキリと表出させた。

そんな二柱を見つめるメタルクウラの目。目。目。目。

今も、空から空間を震わす音を響かせて、時間跳躍空間を形成しながら次々にメタルクウラが現れていて、そして空のずっと上には、薄暗い月とは別に、月よりも大きな()()が増えていた。それも7つ。

 

「月が…8つに、ふ、増えた!!?クウラさん…!あ、あなたは、一体どれほどの力をっ!!」

 

今のはトランクスによる驚きだ。

 

「…あれこそがビッグゲテスター。地球上空に、あれを7つ程呼び寄せた。今もビッグゲテスターでは、俺と同タイプのメタルクウラが生産され、そしてここへ送り込まれる」

 

ブラックとザマスはもはや口を開かない。きっと開けないのだろう。

だが、その瞳は正直だった。そこには〝畏れ〟の色が浮かんでいた。

神が科学に恐怖していた。

 

「……………孫悟空()の紛い物はここで処分するとして…超神龍による不老不死には少し興味がある。ザマス…貴様は、偉大なるビッグゲテスターの研究所(ラボ)で科学のさらなる飛躍の為の礎となって、解体と解析を繰り返す…永久にな。エネルギー資源としても期待が出来る貴様は、不出来な猿モドキよりは幾らかマシだ。………光栄に思うがいい、ザマス。神であるおまえが、ようやく真に我ら人間の役に立つ時が来たのだ……」

 

空に浮かぶメタルクウラの一体がそう言った瞬間、地上の魔星共が一斉に動き出した。

もうもうと砂煙を上げて、キラキラと光るそいつらは一斉に駆け寄ってくる。

ガシャリ、ガシャリと重々しい鋼鉄の足音を響かせながら。

 

そして、空に浮かぶ数百のメタルクウラはゆっくりと腕を構え、掌にエネルギーを収束し始めるのだ。

エネルギー充填のつんざくような音が、四方八方、そこら中から聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地平線から走り迫る1000体のメタルクウラ。

天から降り注ぐ光の雨。

それが二柱の狂神が見た最後の光景だった。

 



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HOPE

トランクスは、目の前で繰り広げられた圧倒的な戦闘風景に飲まれていた。

言葉も出ず、1000体のメタルクウラと二柱の神の戦いを眺めるしか出来なかった。

割り込むことすら出来ない。

 

――今度は、この圧倒的な武力と人海戦術で、メタルクウラこそが侵略者になるのでは。

 

そんな懸念は、トランクスには最初から無い。

メタルクウラにその気があれば、既に自分の命など無い事は理解できるし、ブルマを助けるという行為もするわけがない。

ブラックを圧倒した戦力が、そのまま自分に向く等という事は微塵も考えはしない。

トランクスが冷や汗をかきながらメタルクウラと接しているのは、それは単純に隔絶した戦闘力を持つメタルクウラの気迫に飲み込まれているからだ。危機感からではなかった。

 

「ク、クウラさん…その…す、すごいですね。あのブラックを…こうも一方的に倒してしまうなんて…。オレは、自分の未熟を痛感しています…」

 

少し俯くトランクス。

その前に立っているメタルクウラは既に一人だけで、あれだけ大量にいた機械軍団は、まるで潮が引くようにあっという間に姿形も無く消えていた。

空に浮かぶ機械惑星・ビッグゲテスターも霧がかき消えたように失せていて、月一つが浮かぶいつもの夜空が帰ってきていた。

 

「…勘違いをするな。今のはただ数の暴力に物を言わせた殲滅だ。戦いですらない」

 

「それでもです。数がいても…その数一つ一つがある程度の力が無くては、意味は無いって事ぐらいオレも解ります。本当の強敵は、いつだって格下を蹴散らしていた。…実力差があり過ぎちゃ…数も無意味なんだ」

 

トランクスが思い出すのは、人造人間に一方的に蹂躙されハンティングされるのみだった人類軍。そしてブラックに虐殺されるだけの存在だった抵抗軍。

力無き者が寄り集まった所で、出来ることはたかが知れていた。

それを嫌というほど味わい続けてきた人生を、トランクスは送ってきたのだ。

命あるものならばどんな些細な力でも助力になれる〝元気玉〟という存在もあるにはあるが、あれは孫悟空だけが完全に使いこなせた秘技であり、ほぼ悟空の専売特許で例外と言えた。

 

「…その通りだ。力無き者はただ奪われるだけ……自分の生き死にの選択すら許されない。それは…この世界に生きるお前なら良く解るはずだ、トランクス」

 

「……はい」

 

だからこそ、コルド一族は強くあろうとし続けたし、そうして宇宙最強の一族と恐れられるようになり、奪う者へと成長を遂げた。

散々に虐げられ、それでも追従の笑みを浮かべて、コルドに、フリーザに、そしてクウラに媚び諂う醜い弱者達を見てきたが、弱いとはひたすらに惨めなものだ。

 

「…この世界は、酷く虚空だ。ザマスが宇宙中の人間を滅ぼしたせいで、知的生命体が存在する惑星はもはやここだけだろう。お前達、地球人は孤独な存在となったが…それゆえに、もはやサイヤ人であるお前に敵はない。宇宙を支配しようが、お前の思うがままだ」

 

宇宙の果てを見透かすようなメタルクウラの言葉。

実際、クウラには視えているのだ。今はそれがトランクスにも良く解る。

 

「世界の支配なんて…興味ありません。オレは…ただ守りたいだけです」

 

「フッ…それは容易いだろうな。何せ、もう地球人以外に人間はいない」

 

「そうとも限りませんよ。ザマスのように、他の次元からやってくる侵略者もいますからね。第2第3のザマスが現れた時の為に…やっぱりオレはもっと強くならなくては…!」

 

その返事に、メタルクウラはどこか満足そうにトランクスを見た。

それでこそ真のサイヤ人だと、クウラが望むサイヤ人の姿がそこにあった。

だが、トランクスは既にこの時空世界では最強の戦士だ。

消去法でそうなっただけで、強者達を全て打倒し登りつめた上での最強ではない。

自分一人だけでの孤独な修行では、いくらサイヤ人といえどもレベルアップには限界がある。

むしろサイヤ人の真骨頂は、格上との戦いで命を捨てるような戦いで己を痛めつけ、そして強靭な生命力でレベルアップを繰り返していく所にある。

修行に工夫を凝らす〝修行巧者〟の孫悟空ですら、優れた師と良い戦によって爆発的成長を繰り返す下地を作ってきたのだ。

トランクスには良き師はいたが、トランクス自身も、そしてその師匠・孫悟飯も良い戦に恵まれたとは言えない。

 

もったいない…とクウラには思えた。

 

(宝の持ち腐れだ。才能でいえば、トランクスは間違いなくベジータや孫悟空に匹敵する)

 

フリーザも、そして自分の時空の孫悟飯もそうだったが、才能ある者程驕りやすい。

なまじ生まれ持った力が強いだけに、自分を高める事以外に興味を持ちやすいらしい。

 

――自分が導いてやれれば

 

一瞬、クウラにそんな考えがよぎる。

亀仙人との修行でも、そして眺めるだけだった天使と孫悟空の修行でも、師匠役である二人が言っていた事がある。

 

『弟子に教えられる』

 

その言葉は知識としては元々知っていた事だが、未だ実践していないクウラには未知なるものへ興味でもあった。

部下も腹心もいるが、弟子というものは今まで存在したことがない。

 

「…」

 

気付けば、メタルクウラは黙ったままトランクスの目をまじまじと観察していた。

当然、ハーフのサイヤ人と目が合って、そしてどうもそれは渡りに船だったようで、目が合ったのを幸いに、トランクスは意を決したように口を開いた。

 

「あ、あの!」

 

機械仕掛けの鉄面皮の観察は続き、メタルクウラはジッと次の言葉を待つ。

 

「あの…クウラさん。オレを……………オレを、鍛えていただけませんか!」

 

「…鍛える?」

 

「そうです!オレは、まだまだ弱い…悟飯さんや、父さん、悟空さんに教えてもらった事は今も修行の役にたっています」

 

けど…、とトランクスは言葉尻を弱めた。

 

「最近では、それも限界を感じていました。かつて悟飯さんがぶち当たった強さの壁…それを最近、オレも感じるんです。情けないとは思います…でも、そんな事はもう言ってられない。クウラさんは、オレに巡ってきた最後のチャンスなんだって思うんです!………だから…、お願いします!!厚かましいお願いなのは解っています!でも、どうかオレを鍛えてください!」

 

礼儀正しく腰を折って願うトランクスは、サイヤ人といえど育ちの良さを感じる。

こんな荒廃した世の中で、これ程の好青年に育て上げた母親(ブルマ)はやはり並ではない。

 

「俺に貴様を鍛えろ、だと?」

 

クウラにとっても渡りに船の提案だったはずだが、クウラは誇り高い男だった。

つまり、その精神性に少し面倒くさい性質があるという事だ。

だから、敢えて知らせなければスムーズに事が進む事をわざわざ口にし、トランクスに教えるような事をする。

たとえば己の一族とサイヤ人との因縁。

 

「知っているか?トランクス。かつて、貴様が過去時空に渡り、そこで葬ったフリーザとコルドを」

 

「え…?も、もちろん知っています」

 

パチクリと目を瞬かせるトランクス。

 

「あれは俺の弟と父だ」

 

「え、…えぇと?……えぇっ!?」

 

初遭遇時、確かにトランクスはフリーザの特徴をクウラに見出した。

ひょっとしたら同族かもしれないとも考えた。

しかし、まさかそこまで近しい血縁関係だったとは、さすがのトランクスにも解らなかった。

そして、それに気付いた今、トランクスの顔が少しずつ青褪めていく。

 

「そ、そんな…」

 

これでは鍛えてもらうどころか、むしろ復讐対象だ。

しかし、トランクスにしても、かつてのフリーザ親子討伐には名分がある。

当時、色々と予定が変わってしまった事は多かったが、つまりは地球と、恩人達を守る為。

あのままフリーザ親子を放置しても、帰還した悟空が倒すという運命は知っていても、その時のトランクスにとっては必死だったのだ。

だが、それはトランクスの言い分であり視点。

クウラから見れば、またそちら側の理論と事情があるのは、頭のいいハーフサイヤ人には理解できる。

 

「では…オレは、むしろあなたの…敵という事ですね」

 

そう言ってみたものの、トランクスは別段、構えもとらず闘志も漲らせない。

ただ俯いて、悲壮な顔でそう言うのみだった。

それはきっと、理性的には、彼我の戦力比を考えて抵抗は無意味という結果が既に出ているからだろうし、それ以外にもトランクスには無意識下に感じている理由がある。

 

(それを知っていて、なんでクウラさんは…母さんとオレを助けたんだ)

 

やはりそれに尽きた。

その一点で、クウラが自分(トランクス)を敵視している理由がブレて消え失せていく。

そんなふうに思考に没頭しているトランクスを知ってか知らずか。

メタルクウラは、その機械の鉄面皮を少しだけ緩める。

 

「フッ……もっとも、下等な猿にしてやられたのは自分の責任だ。俺にとっては、フリーザと父の復讐などはどうでもいい」

 

そんなクウラの言葉に、トランクスは「え?」と目を丸くする。

 

「じ、自分の…実の弟と、父親なんですよね?」

 

「その通りだ。だが、お前もサイヤ人ならば解るはず…。敗北の責任は全て己が負うべきもの。その結果、一族の顔に泥が塗りたくられるというなら、その雪辱は果たすが、な」

 

「………つまり、雪辱戦は今…という事ですか」

 

「思い上がるな」

 

「っ!」

 

ピシャリとメタルクウラが言い放つ。

静かだが力強く言い切るその言葉の迫力に、トランクスの肩がやや跳ねた。

 

「フリーザの全力を真正面から叩きのめしたのは孫悟空だ。おまえじゃない。……………フリーザと父は……思い上がり慢心したところを、お前に始末されたのだ。当然の帰結……ただひたすらに愚か。父に至っては、真の形態に戻る前に猿に敗北した。もはや笑い話だ」

 

思い返してみれば確かにそうであった。

トランクスは、サイヤ人の多くが陥る、舐めきった様子見をしない。

セルとの戦いでは慢心を見せてしまった事もあるが、基本的には殺せる時に、全力で殺す。

それが、この絶望的な世界で戦士として磨かれたトランクスという男で、戦いにおける甘さの無さ ――いっそ冷徹とまで言える―― は師・悟飯譲り。

多少の機械的強化で自惚れ、(相手)を舐めきっていたフリーザと、同じく変身を残していた事と…現場を長く離れ戦闘勘というものが衰えていたコルドが瞬殺されたのは、ただの自爆に等しく、別の意味で一族の恥。そうクウラは考えていた。

 

「フリーザと父の死に対して、お前に責任は無い」

 

「…そ、そうですか…」

 

断言され、少々複雑な顔のトランクス。

喜んでいいのか、クウラの冷徹さに哀しめばいいのか、微妙な所だ。

 

「むしろ、問題は貴様の感情だ。俺には忌避感はないが、お前はどうなのだ。フリーザの兄と知って…それでも俺を師と仰げるのか?」

 

メタルクウラの問いかけに、トランクスは瞑目して沈思する。

確かに、思うところは色々とある。

だが、もはやトランクスにとっては過去の事で、クウラが問題ないと言っている以上、トランクスにとっても問題はないと思えた。

それに、正直言えば、フリーザとコルドに対して、孫親子やベジータほどの関わりも無いし、悪感情もない。

トランクスの血統のルーツを辿れば、サイヤ人とその故郷を滅ぼした原因と言われても…トランクス自身、惑星ベジータがどうのこうの言われてもピンと来ないし、この青年にとっては父が若かった時代に一悶着あった人物…という認識でしかない。

ベジータが聞けば嘆くかもしれないが、トランクスにとっては、あくまでも故郷は地球であり、同胞同族もまた地球人だという考えの方が強い。

 

トランクスが目を開けた。そしてジッとメタルクウラの赤いツインアイを見つめる。

 

「お願いします、クウラさん。オレを…鍛えてください!」

 

トランクスは悪魔と契約を交わした。

その選択に、もはや躊躇いは無かった。

役に立たぬ神よりも…人間を滅ぼす神よりも…、味方になってくれる悪魔の手をとるのは当然の判断。

ニヤリと、銀色の機械戦士は笑う。

 

「ならば…俺の〝本体〟のもとまで案内しよう…。そこで真の地獄をお前に見せてやる」

 

悪魔が齎す地獄のトレーニング。

その恐ろしさをまだトランクスは知らない。

 

「はい!お願いします!!」

 

だが、待ち受ける先が地獄だと知ってもトランクスの決意は揺るがないだろう。

それだけの過酷な人生を、この年若い青年は送ってきたのだから。

 

 

 

 

――

 

―――

 

 

 

その後、生き残った仲間たちと、そして母の見送りを受けて旅立つトランクス。…とメタルクウラ。

腕を組み、仲間との別れの一時を過ごすトランクスを眺めるメタルクウラの姿は、どこか一匹狼だったベジータを彷彿とさせて、トランクスとの別れを済ませたブルマは彼の事が気になっていた。

 

「そういえば、ちゃんとお礼を言ってなかったわね」

 

離れて見ていたメタルクウラの所まで、わざわざ歩み寄って来たブルマ。

しかしメタルクウラは、ちらりとブルマを見ただけで目線すら合わせようもしない。

「くすっ」とブルマは微笑んだ。

 

「なんか、ベジータと似てるわね。あなた」

 

「……………俺が猿に似ているだと?フン…冗談も休み休み言え」

 

「ほら、そういう所よ」

 

「…せっかく拾った命だ。余計な口を叩くと、その命が消える……よくよく考えて口を開け」

 

「う~ん…そういうとこなのよね、やっぱり……」

 

ニカッと笑うブルマに、メタルクウラは舌を打って顔を背けた。

どうも相手にするだけ無駄なタイプと見て取ったらしい。

 

(俺の時空のブルマもこういう奴だったな。ベジータめ…さぞ苦労しているだろうよ)

 

完全なる機械ではあるが、メタルクウラの超高度なAIはクウラ本体の思考パターンを完璧に模倣しているし、しかも時空を超えた次元間通信で常に〝本体〟とリンクしている。

つまり、こういった非常に人間臭い感情も抱けるのだ。

 

「トランクスの挨拶はまだちょっと時間かかりそうだし、ちょっと付き合ってよ」

 

「なぜ俺が貴様なんぞに」

 

「ねっ、お願い!あなたって全部機械なんでしょ?ちょっとさー…イジらせて欲しいっていうか…」

 

「断る」

 

一拍の逡巡も無く断るクウラ。

取り付く島もないとはこの事だが、こんな事で簡単に諦める程ブルマはヤワではない。強かな女だった。

 

「えー?いいじゃない。トランクスから聞いたわよ?あなたっていっぱいいるんでしょ?一体や二体、ケチケチすることないじゃない」

 

「ふん…ビッグゲテスターの超科学は、お前のような地球人(田舎者)に―――」

 

そこまで言ってメタルクウラは、はたと気付く。

この女は、ドラゴンレーダーや、質量と時間経過を無視し劣化せずに保存するホイポイカプセル、そもそもかつてクウラとビッグゲテスターですら躊躇した時間移動を、かなりの精度で可能にしたタイムマシンを発明しているではないか…と。

地球には、超サイヤ人の初期タイプを遥かに超える戦闘力を持った人造人間を造り出したドクター・ゲロという科学者もいたし、それにブルマの父・ブリーフ博士はフリーザ軍のアタックポッド(個人用宇宙船)を参考にしたとはいえ、このど田舎の惑星で一気に実用レベルの宇宙船を開発し、技術的ブレイクスルーを可能とした人物。

「地球人、侮りがたし」と思えるデータは一通り揃っていた。

今も「けちー」とかブーブー言っているブルマに、

 

「――いいだろう」

 

メタルクウラは態度を一変させる。

 

「え?ほんと?」

 

これにはブルマも目をキョトンとさせた。

ウソじゃないわよね、等と何度も確認しつつ、ソワソワし始めるブルマ。

よほど、目の前の超技術の塊を弄くり回したいらしい。

メタルクウラは首を縦に振った。

 

「本来ならば許される事ではない。だが、貴様は…まぁある程度は優秀な頭脳をしているし…俺の弟子となったトランクスの母親だ。俺の一体程度ならば、許可してやろう」

 

「やったー!」

 

年甲斐もなく飛び跳ねて喜ぶブルマの姿が、他の者達と挨拶をし続けているトランクスの視界にも飛び込む。

まるで孫悟空と出会った時の、まだまだ落ち着きのない少女の頃のブルマがそこにいるようだった。

 

(…母さん、あんなに喜んで)

 

あれ程喜んだ母の姿は、トランクスが過去から戻り、人造人間とセルを瞬殺した時と、そして今回のブラックとの戦いに終止符が打たれた時。

トランクスの記憶にも2度程度だった。

多くの時、母は独り泣いていた。

気丈にも涙は見せなかったが、それでも、トランクスがたまたま夜中に目覚めた時、深夜遅くまで一人でタイムマシンの制作を急いでいる母の背中を見た時、その背は酷く寂しそうだった。そう感じた夜は一度や二度ではない。

 

(メタルクウラさんなら…母さんの孤独を吹き飛ばしてくれるかもしれない)

 

メタルクウラが母の側にいてくれれば、母は家族も仲間も全て失った悲しみに浸るだけという事も無くなるだろう。

残った唯一の家族であるトランクス(自分)がいない間も、寂しさを紛らわす事ができるし、何より、自分がいない間に強大な敵が出現したりだとかの事件があっても、メタルクウラが側にいればこれ程安心な事はない。

 

キャッキャと喜ぶ母の隣に、時空振を起こし、空間をスパークさせながら新たなメタルクウラが一体出現すると、ブルマは早速そのサイボーグに抱きついて頬ずりしていた、そんな光景を、トランクスともう一体のメタルクウラはそれぞれ違うタイプの溜息をついて眺める。

 

「わぁー!すごい!この表面…!鏡みたいに磨き抜かれてる!強度も充分で、しかも…関節なんてすっごく靭やかで…!素材の生成からして私の知らない技術が使われている!すごい!すっごいわよ~これは!ねぇねぇ!ほんとうに、これは私のなのよね!?分解してもいい!?」

 

「……貴様がメタルクウラを弄るデータは、全て…上空に残していく()()ビッグゲテスターに監視させる…良からぬ細工でも仕込もうものなら、即座にビッグゲテスターに貴様を攻撃させるが、それでも構わんなら好きにしろ」

 

月の横に浮かぶ、再度召喚された人工惑星を指差しながら、メタルクウラが冷たく言ったが、ブルマは意に介さずワーキャーと喜ぶのみ。

 

「レッドリボン軍じゃあるまいし、あんたは味方なんだから、そんな変な小細工仕込まないわよ~♪私が思いつく限りの強化をメタルクウラにしたげる!安心してよ!」

 

鼻歌を歌うブルマを、鼻を鳴らして冷厳に見つめるメタルクウラ。

だが、そんな光景はトランクスの心を奥底から安穏な空気で満たしてくれていた。

 



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