私がこの世界で最初に感じた事は「つまらない」の一言だった。と言っても私に口はない。死人に口なしと言う言葉があるが別に死んだ訳ではなく、ただ単に人でなく。さらにいうならば生き物ですらないということ。佇むだけの石の塊なのだ。
この石の塊がどう出来たのかは世界に人類が誕生して間もなく、様々な季節を巡り他人も想うことを覚えたぐらいだろうか。時代背景を語るならそんな時間。
そんな時間という概念に囚われない変哲もない石の塊に最近姿を見せる少女がいる。彼女は決まってくるたびに花や食物を御供えしてきたのだ。私が何かをした訳じゃない。彼女の人生に何かが起こり奇跡的にそれを解決される出来事があったのだろう。親への不治の病か。それとも豊作へと発展したか。恐らく人類には人外の力によって救われることを信じるようになった。神様という考えが追いついたのだ。それ故に彼女は石の塊へと毎日足を運ぶ。勝手に救われたのに神様のおかげなのだと信じて。
そう考えると私という存在は石の塊ではないのかもしれない。
適当に積み上げられた石の塊だったが様々な意図や思考が交わりそれは祠のようになっていたのだ。少女の行動は他者へ影響しまるで自分が大きな業を大成したような扱いを受け勝手に私は大きくなり、人々のその気持ちを得てちょっとした能力を得た。能力と言っても万能ではなく迷った人にこの村の近くにある祠まで導いたり、人々を脅かして回る妖怪を跳ね除けたりと自分にとってなんの益もない力ばかりだった。
祠になるまでの過程で人々の話を聞くかぎり、事実村でちょっとした病が流行したらしく治す方法が解らない時に、足を運ぶ少女が石の塊の後ろに生えていた植物で薬を作ったかららしい。
ちょっとまて。私は本当に何もしてないじゃないか。毎日足を運ぶ白髪の少女、彼女の功績ではないだろうか。
そう思いもするがその少女自身がその結果に満足しているとこを見ると何も文句はいうまい。口はないが。
それからというもの、この祠が出来てから人類は少しづつ進歩していく。それと同時に妖怪の数を増やした。
人々が勝手な妄言や思い込みで私のような祠ができるのと同じで、人は勝手に思い込みで恐怖を感じる。その恐怖が妖怪を増やしていった。妖怪とは元々人々の恐怖から生まれるもの。進歩し心に余裕ができた人々は思考と視野が広がった事によりいろんな感情を抱く。
それが恐怖だったのだろう。
人々は妖怪を怖がり恐れおののいた。
が、実際の妖怪の姿を知る私からすればそれはまた可笑しかった。妖怪とは人を脅かし回ってはいるが、それ以上の害はなく怖がる姿を見て楽しそうにしている子供と変わらない。子供に脅かされ逃げ惑う姿は滑稽だった。でもこの村の祠へと祀られてしまった訳で傍観しているだけにもいかなくなり、度が過ぎた妖怪たちを跳ね除けたり通せんぼをした。代わりといってはなんだが自分への御供え物を妖怪へと渡しお互いに不快な思いはしないように気を使う。
御供えでふと思い出す。あの少女は今どうしているだろうか。あの病の事件後まるで姿を見せないのだ。
妖怪たちの話を聞くと彼女はその薬を作った偉業を認められて村の薬剤室で毎日遅くまで薬を開発し助けになっているそうだ。
きっと彼女は成長して今は十代に入ったところだろうか。たしかにそれより幼い幼少期に薬を作ったてん彼女は天才と言える。天才は常に人々に貢献しなければいけない。幼き時代に偉業を成し遂げてしまったのが彼女の運のツキというものだ。私は若干淋しさを覚えたが彼女の未来が輝かしい物になることを願った。
なんでも、この祠は幸運を呼ぶ祠など言われているらしい。妖怪に聞いた話なので真実はわからないが話がまた大きくなっていた。それはどんな人間でも救ってみせる神様の掌と。その話を聞いた私は笑えなくなっていた。昔なら可笑しくて堪らないだろうが大きくなりすぎた戯言は冗談ではなく不快になる。これも彼女のように勝手に人々を救った事への運のツキなのだろう。救ったのは彼女一人で私は何もしてないがすぎた話を弁解する余地はない。だが神様の真似事だけはしておこう。ただ私一人でなく彼女も同じくこういった扱いを受けていると思うと救われる。自分は一人じゃないのだと。
ある日、その彼女が現れた。あの幼き姿から成長し、背丈も伸びたがまだ幼い。ただ容姿は美しいものへと変わっており目を奪われた。長年生きて私も分かったことがある。どうやら私は美しいものが好きらしい。新たな発見だった。
その彼女は疲れたようにため息を吐き祠へと触った。
「毎日毎日薬の開発、嫌になってくるわ」
そのため息の様に吐かれた言葉を聞いて彼女なりの疲労感が伝わった。
村では多忙の時間を過ごしているのだろう。
「人々は成長して変わっていってしまったけどこの祠は何にもかわらない」
変わらないか。たしかにその通りだ。きっとこの祠は変わらない。変わったとしても風化するように形を変えるか、人々の忘れられて形を保てなくなるか。
「今思えば私は貴方を見つけてから人生が百八十度くらい変わったものね」
そうか、私も変わったよ。もういっそ運命共同体とでも語るか?
「お陰様で多忙の日々よ、今日は逃げ出してきちゃったわ」
それはすまない事をしたね。でもそれは君にしか出来ないことだろう。
でもどうして彼女は今そんな多忙なのか。考えて一つの思考が浮かぶ。それは新たな病の流行だった。それが原因なのだとふんでみる。
「今回の病はちょっと驚異的でね、伝染病だった。このまま行けば遅かれ早かれ死人が出る。薬の方は完成までは近いかもだけど量産はできない。きっと……いえ確実に被害者がでるわ」
思考には沿った答えではあったが中々にそれはスケールの大きな話だった。彼女の疲労の意味がわかる。といっても私にはうつらないし傍観するしかないのだが。だが頑張れと応援の意は浮かべよう。
「さて、私はそろそろ戻るとしましょうか。全てが終わったらしっかり手入れして御供えを持ってきてあげる、またね」
また、と言葉を残して腰を上げて帰る彼女の背中を見送った。そうか、次もまた来るか。ならば待っていなければいけないな。
今思うと彼女の心には余裕がなかったのだろう。祠へ向かい言葉を投げて答えが返ってこなくても満足して気合を入れ直す。私から見たら十分病んでるのだが人間とはそういう生き物のような気もする。私はそのいつかはわからない時を待った。
彼女は新たな病である伝染病を解決した。彼女の行動力はさらに大きな業を乗せ人々から感謝された。予想よりも早かったが、きっと村としては遅かった。少なからず犠牲者が出ただろう。私は何もしていないがまた私の株が上がった。この村の守り神だそうだ。本当に人間の心はわからない。素直に誇れない謙虚さの現れなのだろうか。
全てが解決してひと段落がついた。これにて第一場面は終了だろう。少女と私が出会い(というのもおかしいが)少女は偉業を成し遂げそれと同時に何故か感謝された祠の話。では私は彼女が約束を守ってくれることを待とう。またと言ったのだからそれはやってくる。
それまで一眠りするとしーーーー
「なんで守ってくれなかったの」
少女が現れた。でも白髪の約束の少女ではない。見たことがない女の子だった。
「あなたこの村の守り神なんでしょ?今まで救ってくれたんでしょ。じゃあなんで……なんで……」
彼女は俯き泣き声を孕んだ。そうして私は全てを察した。
「どうしてお父さんもお母さんも助けてくれなかったの!」
そう、全ては解決した話。過ぎた話。その話はハッピーエンドではない。なにせ良い話の裏には必ず不幸になった話があるのだから。彼女は石の上の藁を焼いた。それが彼女の怒りの業火なら私は黙って焼かれよう。
変に思われるかな。でもこれがきっと神様というやつの宿命だ。勝手に感謝されて勝手に盛り上がることの対に勝手に憎まれれば勝手に手を下される。幸運とはプラスマイナスはないと話を聞く。つまり私が幸運を呼んだのならそれは先の未来の幸運を前借りしただけで、後に残るのは不幸なのだ。
伝染病の前に流行った病がある。彼女はそれに救われた。それが幸運だったとすれば、親が子を残して天へ昇ったことは不幸なのかもしれない。そのやり場のない怒り、恨みを受けるのは決まって神様の役目だ。
藁が燃え落ちた。
「ははは、何やってんだろ私。こんな事しても意味ないって知ってるのに」
私は黙って聞いておこう。彼女の最後を。
「藁も燃えちゃってお父さんに怒られるかなぁ?ううん怒られないだっていないもん。そっかいないんだ。何やっても怒られないよねじゃあいっか私いなくなっても泣いてくれる人もいないしそうかお前のせいだなんで助けてくれないなんでなんでなんで」
一つ、面白い話をしよう。この祠から後ろへ向かうと大きな滝がある。私がたって豊作の時期が来た時村人が発見したらしい。それからと言うもの魚が取れるため栄養には困らなかったとか。どうしてそんな話をするのかって?わかるだろう。そういうことさ。
彼女は焼かれてスッキリとした祠から一番奥にある小さな石を抱える。そう。それが私だ。小さいといっても彼女が抱えるくらいの大きさはあるが。それ以外の石は適当に滝への道のりの末山に無造作に捨てられた。
そして彼女は滝につく。
そういえばこの山には白蛇が住んでいたな。あの鱗は美しかった、私は美しいものが好きでね。
さて未来どうなるかはその時にならないとわからない。今は彼女と最後の時を過ごそう。いくら頑丈な石でも此処から落ちたら真っ二つだ。ただこの少女が怒りの矛先が約束の彼女に向かわなかったのが幸いだ。いや、それこそ私の能力なのかもしれない。幸運の前借りだ。
「ぱぱ、まま。ただいま」
そう言って足を踏み出した少女とともに浮遊感を抱く私は一応彼女に謝罪しておこう。
「約束を破ってすまない」と。
ああでもそうだ。私は石の塊だったな。
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口あり
目を覚ます私様は蛇である。それに白蛇だ。希少種だ。すごいんだ。
てーか目を覚ますと言うよりは物心ついた時なのだ。背丈は低く地面を這うように動く行動方法は最初は動きにくく不自由なものだと思ったが慣れてしまえばなんのその。どんな村でも良いとこがあり住んでみたら都だったりすることは良くあるのだ。いや蛇だけど。言うなら森?林でもよきかな。
自己紹介はこんなとこで終いとして蛇はけっこう人に嫌われていたりする。私様の趣味が人里に潜り込み暖かい個人的なベストポジション探しや木の上からぶら下がり全身を使う運動をして勤しむのだが、人に見つかるたびに殺されかける。ただの蛇ならそこまで邪険にされないはずなのだが、私様は白かったため災いを呼ぶだのと恐れさせてしまっているらしい。こーんな珍しい蛇を殺そうとするなんて酷い!でもそれが当たり前なのかもしれない。妖怪からも白い蛇なんて珍しすぎてもはや不気味の域に達すると言われてしまった。
そうするたびに思う。喋れたらいいのにと。私様自身も出来る限り人間と友好な関係でいたい。でも伝える術がないのだ。この白蛇についた口は獲物を捕食する口。といっても私様はあまり食事を欲しない。なぜだろうか。腹の代わりに満たされるのは不快感。だからこそ食事は欲しなくとも何かを口にする。そんな日々。
今日も今日とてスネークイーター作戦だった。食すのは特にない。美味しそうなもの。
人里には出来る限り見つからないように木の上や川の中を潜って進む。目的地はない。それでも行ってみたい場所はある。この村の最奥地にはたくさんの薬があると言われる薬剤室があるらしい。薬なんぞに興味はないが行ったことがないのはここぐらいなので辿り着いてみたい。どうせ着く前に見つかるのだが。
途中途中で人間を見つける。気づかれることはなかったが私様は不意に足を止める。てーか体?
会話に耳をすますと興味深い話だった。
「結局祠は誰がやったんだろうね?」
「ああ、まさか姿そのまま無くなるなんて何者かの仕業にしてもタチが悪い。守り神様に手をかけるなど」
「全くだ。真っ先に見つけてくれた永琳様には頭があがらない」
祠?澄ました耳から入る興味深い言葉。だが私様はその祠とやらを見たことがない。はて、一体いつの話なのだろうか。この前の伝染病事件のときには既になかった?その以前から私様はこの村へ訪れていたはずだ。いや、それを見ていた?私が。ああ、止めておこう。まるで理解ができない。それほど重要な話でもないだろう。
私様はそう判断すると自慢の尻尾を村人二人の首を掠め脅かす。
二人はびくんと体を震わせ振り返る。
「何者だ!」
「誰もいない……。また妖怪の仕業か?」
その間に白蛇は上手く足元をくねりながらその奥地へと向かうのだった。
「近頃多いな。特に祠が姿を消してから」
「確かに、永琳様も気にしていらしたし何らかの対象が欲しいだろう。祠のような皆から支持されるべきものが」
これ以上の村奥への侵入は実は初めてだったりする。どうしても行きたい訳ではないが、何せ私様には目的がなく、時間はありあまった蛇なのだ。ならばこの暇つぶしの延長下に置かれた人生、蛇生を生きるとしよう。そんな言葉はないのだけど。
そうして奥へ向かい続け一つの部屋を見つける。中へ入り即座に天井へと這っていった。上は人間の死角なのだ。蛇は蛇でも利口で酔狂な私様はそのことを理解している。
なのに、何故なのかな。彼女は一発で私の気配を当てて見せるのだ。
「あら、変わったお客様ね」
それは美しい少女だった。白髪の彼女は椅子に座り何かの書物に目を通しているようでこちらをちらりともみない。それで当ててみせるあたり只者ではないのは明白だった。
「お茶も出せないけどゆっくりしていって。て言っても蛇はお茶も飲まないか」
これは意外。蛇というとこまで知られてしまっていた。
でもあれなのだ。蛇かて私様はお茶飲めるぞ。ん。
そう思っても言葉は出ない。彼女に伝える術はない。当たり前だ。私は蛇なのだから。人間とは性質が違う。この口で出来ることは彼女の首筋にでも噛み付くことぐらい。しないけど。
何度でも言おう。私は美しい者が好きなのだ。それでいて美しい物も。
正体も気づかれているのに何時までも隠れているのはいささか失礼が過ぎると思いその姿を彼女の前まで持ってくる。
「まぁ驚いた。白い蛇なんて初めて見たわ」
彼女は集中していた書物を忘れたかのようにこちらを凝視する。
ふん、そうだろう。珍しいだろう?私様も気分が良いぞ。
「でもあなたよくここまで辿り着きましたね」
彼女は私様の鱗を指でなぞりながらそう呟いた。
確かに今日はいつもより警備が緩かった気もする。これはこれで有難い。
「秋も近いし冬眠に備えて食物でも探しにきたのかしら?でも残念。ここに目当ての物はないと思いますよ」
冬は嫌いだ。雪に紛れて隠密行動するには向いているが、寒さはどうにも馴れない。鱗の中に無理やり侵食してくる冷気は気持ちが悪く、常に眠気を誘う。この眠気に負ければそこで命を落としそうな気がして怯えながら冬を越す。
そんな事を思い耽っていると彼女は閃いたように戯言を申す。
「ねぇあなた。私に飼われてみないかしら」
何を言うているのか。人間にでも飼われてみろ。
一年と持たずこの命奪われ壺の中にでも入れられそうだ。
「私はここでいつも一人ぼっち。さすがに気が滅入るわ。でも愉快なお友達が居れば飽きないと思って」
蛇を愉快なお友達とはこの少女もなかなかの変わり者。少し気に入った。いいかもしれん。飼われても。
彼女には友達がいないのだろうか。白髪少女と同じくらいの年代の子はチラチラ見かけるはずだが。
「でもお話できないのは残念ね。一方的に言葉を投げても満足出来るけど出来ればお話してみたいし。そうよ、あの祠とは違って生き物なんだから薬でわんちゃん……」
訂正。絶対飼われたくない。怪しい薬を打たれることを知ってなお飼われたいと思うのは自殺願望者か。私様には考えられん。命が持たぬかもしれん。
ぼそりと呟く彼女の言葉を聞き逃すほど私様落ちぶれていない。
そんな時だ。何者かがこちらに歩いてくる音が聞こえた。
一歩づつ乱れることのないリズムを刻みながらこの部屋まできて、そいで言葉を投げて扉を開けた。
「永琳様!大変申し訳ありません。そちらに侵入者が入ってはいないでしょうか」
まさか気づかれていた?いや、そんな馬鹿な。どうして気がついた?何がキッカケで?疑問は多々残るが侵入者とは言わずとも私様か。
そう言えばあの周辺の妖怪たちが私様が先に行くのを見ていたし、もしやしたら妖怪の低級どもがチクったか。今度あったら噛み付いてやろう。
「侵入者ってもしかしてこの子のこと?」
そんなことを考えていると永琳と呼ばれた少女はクスクスと笑みをこぼして私様を指差した。
「白蛇!珍しい、その白さは不気味で禍々しい。永琳様に近づくでない!」
「そうかしら。私は結構綺麗だと思いますけど」
「永琳さま!」
おや分かっているじゃーないか永琳。この白さが美しいとわかるとは中々の目を持っている。みな私のことを邪悪だの悪の根源だの忌々しいなどと失礼にもほどがある人間共だったが永琳は違うかもしれん。
「永琳さま、私はこの蛇を処理してきます」
「あ、ちょっとやめなさい」
永琳の言葉が届く前に警備員の手が私様の首を掴もうとする。
馬鹿め、ただやられるのをじっと見ている私様ではないは。
「な、この蛇」
身を曲げて手を離れ一気に飛びついた。
首に尻尾から巻きつけ死なない程度に圧縮する。でもいかんかな。ちょっとした反撃のつもりが彼は命の危機に感じてしまったのだろう。
大きく騒ぎ立て、それを聞いた他の警備員たちが集まってきてしまった。
「大丈夫か!」
「忌々しい」
「この白蛇め、その命奪い壺の中にでも押し込んでやろう」
それぞれ持っていた棒などで叩きつけようとするがそれを上手くかわしていく。幾つか当たったり掠りもしたが致命傷には至らない。
だがその勢いよく降られた棒に当たれば私様の頭は潰され、脳は砕かれるだろう。こればかりは仕方なしに反撃に出ようとした時だ。
「やめなさい!」
その永琳の一言で男たちは時でも止められたようにピタリと静止した。
そしてニコリと笑って口を開くのだ。
「ここは大事な私の自室兼薬剤室ってことを理解しているのかしら?それに、私のペットに向かって傷を付けようなんて、この意味理解しているかしら」
『し、失礼いたしました!!』
男たちが一斉に永琳に向かって敬礼する。全く大の大人、それに男たちが少女に臆するなどなにごとか。でもわかっちゃう。その笑みは全然笑ってないし仮に笑っていたとしてもそれは般若の微笑みだ。遺言はあるか?と脅されているようなその笑みに勝てる者はまだこの世界に存在していないだろう。
え、てーかペット?いつの間に?あれこれ決定して訂正できない奴じゃのーて?
その日から白蛇は永琳様がお飼いになっている世界で最初のペットだと広まり村を彷徨いても矛先を向けられなかった。そうなると永琳とは何者なのだろうか。それほどの権力を持った少女が一体なぜ閉じこもっているか。疑問は多々残るがそういうものだと理解した。
「大丈夫、ほらこっちにきなさい。手当してあげる」
微妙に傷がついた私様をみて永琳が膝にこちらだと誘う。そのまま素直に話を聞くのは癪だったが先ほどの光景をみると逆らえない。この時点で私様は永琳のペットなのだから。
警備員の男たちはいつの間にか姿を消しており永琳はやっと落ち着いたように息をはいた。
「申し訳ないわ。でもどうかあの人たちを責めないであげて。何かをしようと必死なのよ。それともう村の人に危害を加えてもだめ」
もともと私様から村人に危害を与えたことはない。矛先を向けられたら反撃にでるくらいだ。噛み付いたことだってまだないのだぞ。でも永琳のペットになった事によって変な危害が与えられないのは素晴らしいことだともう。メリット性を初めて得た気がする。
彼女は薬剤師なのだろう。手慣れた手つきで治療薬を出していき白蛇の傷がついた体へ優しく手を伸ばす。
蛇自身もそれが満更でもなく流されるように時の流れを感じた。
「これからよろしくね。白蛇さん」
それから幾つかの時を永琳と過ごした。そうした事でわかる彼女の人生。なんでも大きな伝染病の事件があったらしく、それを解決してこの村の英雄のようになったのがこの八意永琳だと言う。永琳と同時に村の守り神として祠があったらしいが今はもうなき物だと言う。
だが、なぜだろうか。この話、以前にも聞いた事がある。そんな気がしてならない。
が、その違和感を解決する一手が私には存在しないのだ。
秋になった。
村人たちも私が永琳のペットで特に危害がない温厚な蛇だと気付いたからは歪な目で見られる事もなくなった。永琳が外に出れば村人たちは挨拶する中それは当たり前のように私様にも挨拶がくる。ありがたいけど、喋れないのよね。子供には舌でペロリと額を舐めては驚かれる。それも永琳の人徳の末なのだと思うとなんとも言えない。もはやこの村での神様なのではないだろうか。
一緒に過ごすと薬物実験を手伝わされる。今じゃあ毒物は効かず様々な効果も体内で処理できるようになってしまった。永琳曰く、普段の薬、食事に死や体調不慮にならない程度の毒物を入れ続け慣れ始めたらまた量を増やし私様の中にできる限り全ての免疫力を付けさせる実験だったとか。
それは見事成功した。別に永琳の独断ではなく私様の了承の上なのだ。
だがそんな薬物実験を重ねた結果、ついに私様の中で劇的な変化を遂げる。
「白蛇さん。白蛇さん」
「ーーー。永琳……か?」
喋った。喋ったぁぁぁぁぁぁぁあ!?アイエェェェエなんで喋ったなんで!?え、てーか自分?今の声じぶんなん?この部屋にいるのは永琳と私様。喋ったのは二人つまり私!
意味がわからない。え、なんで?唐突な変化に、人生の180度が変わるくらいの異常事態に脳の処理が追いつかない。
「やっと……成功した」
「永琳、やめ、苦しいじゃないか」
永琳は頬を染め嬉しそうに私を抱いた。
まるで自分の子供が初めて二本足で歩けるようになったような感覚だ。永琳自身もそんな気持ちだろう。
でもやっと落ち着いて思考が追いつくと私様自身も嬉しくて仕方がなかった。ずっと誰かに私様のことを伝えてみたいと思っていたことが遂には叶ってしまったのだ。今はこうして言葉で伝えることができる。喜びを噛み締めながらも永琳にこの疑問を訴えた。
「永琳、私さ………俺様に一体なにをしたんだ」
「薬物実験を以前からしていたでしょう?あれは貴方の蛇の体に人間に限りなく近い細胞を生殖させて様子を見るためのものだったのよ。人間は約二万という細胞で出来ているのだけどその細胞の数がやと貴方に回るようになった。生命倫理を冒涜するような行為だけどそんなの関係ないわ。命に携わる医療に直接的な関係はないこの声帯を与え細胞を蛇に人間とまるで同じように作り出すというやり方。かといって体外受精、体内受精ともまるで関係ない直接的ではなく間接的に命を作り出してしまった様なもの。医者としてはいろいろ思う事はあるけれども」
「生命倫理、バイオエシックスか」
「ええ、勝手にこんなことしたのは謝るわ。でも貴方とこうして言葉を介してみたかった。語りあいたかった。伝え合いたかった。私の勝手なエゴだし許されるとは思っていないけどこうした事をいつも夢に思っていたのよ」
「いや待て待て。俺様は決して嫌じゃない。むしろ感謝すらしている。それに…俺様自信も永琳と同じ気持ちだ。夢にも思ってなかったよ。こうして伝え合える日々を」
確かに勝手な事だろう。これは生命への冒涜とも取れる行為かもしれない。でも私自身も嬉しいし永琳がこうして喜んでいるだけでこちらはもっと嬉しくなる。
ああ、永琳よ。お前は罪な女だ。私をもっと美しい存在へと昇華してくれた。感謝してもしきれない。
暫くは二人で喜びを分かち合った。一緒に話して伝え合って初めてお互いを理解できたような気もする。
でもこれがきっかけとなり悩む事もあるだろう。これから先、何千年という長い間を彷徨い続けながら。
でも今は喜びに浸る時間だ。
今は、互いに酒でも交わえ語り合おう。
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妖怪
今回の物語の主軸にあたる登場人物、白蛇。
滑らかで現実離れした美しい鱗。紅い宝石のごとく煌めな瞳の双眸。ちょっとした出来事により言葉を喋るようになってしまったこの蛇は、果たして野生のごく普通な蛇なのだろうか。
実際、絶滅寸前とまでいわれる希少種である白蛇。「珍しい」の一言で済まされるはずだった蛇。だがこの白蛇を珍しい。の一言で済ませてはいいのだろうかと疑問を覚える。
少し、話をずらすと妖怪
件は牛として産まれながら人の言葉を話したという。件は預言者と言われていた。それは何故か。件は半分牛半分人間というなんとも想像しにくい見た目をしていたとされる。そんな件が近々に戦争が起こると予言すればそれは必ず当たったそうだ。
だからこそ、恐れられる。怖れられる。それでいて感謝される。そんな妖怪だったそうだ。
そんな件とこの白蛇にどんな関係があるのかと言われれば単なる人外の生き物が人間と同じ言葉で喋ると言う点だ。そして、これは八意永琳談ではあるのだが白蛇の予想は大概当たっているという。
ますますこの件に似ているように思えるが他の妖怪にもスポットを当ててみると
この七歩蛇の毒は猛毒の域を越え、人間なら七歩歩く前に全身に猛毒が回り死に至るという。
その姿は全身を真紅に包み鱗と鱗の間には金の線が入った一つの幻術作品のようだ。して、この白蛇の鱗と鱗の間にもあの七歩蛇のような金の線が見えるという。これも永琳談なのだが夜になるとよく分かるそうだ。
閑話休題。
さて、ここまでこの白蛇と他の妖怪との近い点を述べたわけなのだが実際のところそれだけの話。件とは違って白蛇が言う事は当たるし同時に外れることもある。七歩蛇のように金色の線は入っているけれども猛毒は持ち合わせていない。
でも、もし件や七歩蛇のようにこの白蛇にもなんらかの力があるとすれば。
それはもう妖怪とさして変わらないのではないだろうか。
壱
秋も深まり寒さが本格的になっていく。
その冷気は体の芯をも凍えされるようにさえ感じる。前回も言ったことがある気するが私様は寒さが苦手だ。死にそうになる。
そんな姿を見かねて永琳が声をかけてきた。
「寒そうね。よかったら私の首に巻きついても良いわよ」
「それは助かるな。お言葉に甘えようか」
私様は永琳の足から膝へと登りそのまま首までやってくる、体を曲げて首へ絡みつく。
寒さが強く感じるようになってからの日課だ。
ああ、温かくて気持ちがいい。
「人間は首が一番体温が高いのよ」
「ほほう、知らなかったな。だが永琳お前は寒くはないのか?今日もろくに厚着もせずいるじゃないか。あの首に巻く布はどうした」
「あれがあると貴方をこうして巻けないじゃない。大丈夫よ、私は体温高いほうだから。それにこうしていた方が落ち着くわ」
永琳が喋るたびに喉が震え体を揺さぶる。暖かい中でこの振動は心地よく何度か眠りに誘われた。
なぜか彼女は私様を気に入っている。理由はわからない。ただ誰でもよかったんじゃないかと思ってしまう。それにこれが事実なのだろう。
「して、今はどこに向かっている?俺様としては早く暖かい室内へ行きたいものだが」
「いつもあんな部屋にたら私が
「なるほど。ただ単に暇つぶしのお散歩か」
「正解」
それは、一言で言うなら気分転換。普段自室にこもりきりで薬の開発を行っている永琳にはなにかとたまりやすいものがある。第一にはストレス。続いて孤独感。
それ故の私様の存在なのだ。
「白蛇さんは一人称が俺様よね?」
唐突な問い。
「そんなお前は私だな」
「でもそれは嘘ね」「どして」「貴方に俺様なんて似合わない」
ふふんと鼻を鳴らす彼女にイラっとした感はあるがそれをわざわざ公言する気はない。
それに見破られた。という訳でも別にないのだけど、女子供の前では少しでも自分を大きく見せようとしたのがキッカケ。せっかく蛇が喋るシーンだ威圧感ぐらい与えたい。そんなどうでもいい理由。でも私様にとっては大きな理由なのだ。
「ずいぶんな言い草じゃないか。ええ?」
弐
二人で歩くこと十数分。徐々に眠気が現れ始めた頃。永琳は村人と話をしているのを耳にした。
「永琳様、今日も冷えますね。お身体をしっかり暖めくだされ」
「ありがとう。おばあちゃん」
この老婆。もちろん永琳の実の婆ではない。この村最年長の彼女は伝染病の時に永琳に救われた身なのだ。
老婆はそれから永琳を実の娘のように愛し接する。助けられた恩情と共に。
「はて、永琳様。その首の白い布は?」
「あは、実は布じゃないのよ?」
「……ああ。飼育していらしている白蛇。全く分かりませんでした。ただ、こうして遠目でわかる。その白蛇の鱗は神に選ばれたかのごとく美しい」
目を細め感嘆する老婆を見て永琳は微笑む。
この老婆は永琳にとって近しい存在だった。感性も近ければ相性もいい。そんな老婆との新たな共通点を発見した。それに、この白蛇のことを美しいと思ったのは永琳を含め二人目なのだ。
「そうでしょう。今は眠ってるからこそ言えるわ。その子結構恥ずかしがり屋でそういう事言うと怒るのよ」
「可愛らしいものじゃないか」
そう。私はそんなとこを含めてこの白蛇を気に入っている。
心にもない言葉を放つのがこの子だが本当は心優しい蛇様。妖怪たちの度が過ぎたイタズラに子供でも叱るように淡い光で跳ね除けたりするのだ。
そんな優しい蛇だが普通の蛇には淡い光を放つ事はできないし、迷子になった子供を村まで導いたりする能力はないはずだ。だからこそ、村人たちは白蛇に感謝はするが同時にちょっとした恐怖心を覚えているようだ。
助けてもらいながらそれは少し悲しい。でもそれが人間らしい。
そして一方で白蛇のことを妖の類、妖怪だと言うものが多くなってきた。白蛇の良心があまり報われた試しがないのだ。その結果に白蛇自身は不快にも思っていない。無関心。その言葉で説明ができてしまう。
「それにしてもだ。はてさて、この白蛇は一体どうして永琳様と一緒にいるのかねー
老婆は嘲笑うかのように笑みをうかべた。
「?どういうこと?」
思わず眉をひそめる。私のどこかに欠点があるとでも言いたいのだろうか。
でもそれは思い過ごしだったらしい。
「蛇って言うのはあまり人には懐かない。それに力が強く怒らせたら惨事になるほどの力を持っている。だからこそその白蛇が村人に受けいられるまで何度も殺されかけていたのさ」
「でもこの子は違うでしょう?」
「ああ。だからこそ問おう永琳様」
婆は優しく細めた目を開け、唾を飲み込みはっきりと私に向かって言い放った。
「いったい、どんな呪いを使ったんだい?」
参
「ん………ああ、すまない永琳。眠っていたようだな」
「おはよう。ぐっすり眠っていたわね」
「どのくらい時間がたった?」
「三十分ぐらいよ。あなたなら空を見れば時間帯ぐらいわかるはずでしょ?」
永琳の可笑しそうに微笑んだ。その顔は美しい。瞳は百万カラットといったところか。
しかしやはり永琳は体温が高いようだな。ここまで安眠できたのも珍しい。私様には睡眠も食事もさほど必要じゃないはずなのだが。
そんな事を思い耽っていると永琳が少しいつもと違うような気がした。どことなく不安になっているような表情が読み取れる。
「どうかしたか?」
「ねぇ白蛇さん。例えばあなたが私に飼われているのはなんらかの力によっての働きだって考えたことはある?」
「心理学の話かね?」
唐突に話の斜め上をいく。右上がりではなく左に。
「いいえ。忘れて。ちょっとした考え事」
「次の研究題材か?」
「そんなとこよ」
これにて、話は終わる。
沈黙の中、初めて白蛇は考えた。そして初めて疑問に思った。どうして自分がこの八意永琳に付いているのかを。八意永琳は白蛇にとって美しい存在だった。言葉で伝える力をくれた。だがそこまでだ。確かにその場では感謝したこそ今ではどうとも思っていない。そんな義理堅い性格ではないのだこの白蛇は。
ならなぜだ。なぜ私様は永琳に付いている?
そこまで考えが巡った時、一つの言葉が頭をよぎる。
約束。なんの?
「ん、永琳。この家には誰も住んでいないのかい?」
「……ええ。そうみたいね」
必死になって思考を広げていた白蛇はなぜかこのなんの変哲もない家に目を奪われた。なにか引っかかる事があって。でもそれはただの民家で今考えていることより重要なことだとは思えない。
永琳は不思議そうに首を傾げ言葉を続ける。
「でも変ね。この村で廃家なんてなかったはずよ。誰か亡くなったならお葬式もするし、誰かしらの耳に入ってもおかしくない」
「ならどうしてこんな場所に廃家が」
そこまで来て、また引っかかりを覚える。なぜか知っているような、いや見たことがあるような。
白蛇はなぜかこの事を思い出さないと行けない気がして、永琳に頼みを申しあげる。
「永琳、周辺の住民に聞こう。なにか嫌な予感がする」
「そうね」
そこから一件一件を回る。周る。でも住民たちも今この話を聞いて初めて違和感を覚えたように語った。だからこそまるで情報が入らない。永琳と共に諦めていた頃、一人の子供が言葉を投げた。
「ねえ、まことちゃんは何処にいっちゃったの?パパもママも居ないみたいだし」
お引越しかな?と続く言葉を聞いて永琳は目を開いて女の子の目を見つめた。
「ねえお嬢さん、そのまことちゃんってどんな子?あの家に住んでたの?」
「?みんな大きな病になって大変だった前にもちょっとした病気が流行って大変だったでしょ?そのとき永琳様がまことちゃんを助けてくれたじゃない」
「おい永琳」
「待って。そんなはずないわ。患者の名前は一人残らず書き写している。まことなんて女の子の名前はない」
永琳は気を使ってか白蛇はにしか聞こえないように小さく呟く。
訳がわからない。この子供の現実と永琳の現実は相違している。この子供がホラを吹いた可能性もあるが必要性もないし純粋な疑問を口にしているだけに見える。
だからこそ気味が悪い。
「永琳や他の村人たちで祠様にお礼にいったじゃない。まことちゃんもいたのよ?」
「祠……?」
祠。この村にいるとき何度か耳に挟んだ話。この村では誰もが知っている話だと勝手に思っていたが永琳はまるで初耳だというように疑問を浮かべている。
どういうことだ。それぞれの知っている事がまるでバラバラじゃないか。
「ねぇお嬢さん、よければその祠まで案内してくれない?」
「いいよ。でも今はないんだけどね」
こっち。と手を振るように歩いていく女の子に私様と永琳は黙ってついていく事にした。行ってみたら何かがわかる、そんなきがして。
「はぁはぁ……」
「おい、永琳。息がたえたえじゃないか。ええ?ずっと引きこもっているからそうなるんだ」
「こんなはずはなかったのよ……」
村から少し山に登ったとこに祠があると言う話だったが、その祠にたどり着く前に永琳は大粒の汗を流していた。さすがに苦しかろうと思い私様も地面を這っている。
「おかしいわ。しっかり運動を……」
「していたのか?」
「しなくてもいいように特製の薬を使っていたはずなのに」
「ただの薬中じゃないか」
ダメだこりゃ。呆れて物も言えない。
天才はどうも間違った方向にばかり気を取られてしまうらしい。
白蛇にずけずけと物事を言われて永琳はこれからしっかり適度な運動をかさねてこうなるまいと決心する。
「でも、あなたはいいわね。その細長い体で這っているだけで良いんだから」
「嫌味か?なら前を見てみろ。お前より遥かに若い少女が我先にと歩いているぞ。疲れた様子なんて見受けられんが」
「子供って凄いわね。私もいつまでも若くありたいわ」
「お婆ちゃんみたいな事を言うじゃないか」
「誰がババアですって?」
「言っていない」
それにしても永琳は精神的に年をとりすぎろう。
まだ見た目を十代のくせして何を年寄りじみたことを言っているのか。
「ならいっそ不老不死にでもなれる薬を作ればいいんじゃないか?一生若いままいられるぞ」
「……」
「どした?」
「その手があったか」「おい」
永遠の若さは女性の希望。「私は毎日このお薬で若さを保っています。」
製造数百万個突破。永琳印の美容薬。「魔法のおくすり。今なら一箱二千八百八十円!二千八百八十円!さらに今からご注文いただいた方にはもう一箱おつけしてお値段そのまま!」「えー!」
「ついたよ!」
白蛇が頭の中でとんだ茶番劇を広げていると、ついにその祠の場所まで来ていたらしい。
だがその場には何も残っていなく、あるのはごく自然な森の姿。
だが白蛇には覚えがある。昔ここに住んでいた覚えが。
「何もないみたいね」
「もう無いっていったもん」
永琳は周りを見渡して言葉を漏らして不服そうに頰を膨らませる女の子。永琳は優しくごめんねと微笑み祠があった場所にたち上を見上げた。
もちろん、そこには何も無い。
「水の音?」
見上げているのではなく、音を聞いていたらしい。水の音が流れる方へ永琳は足を進めていった。
だが嫌だ。これ以上先には行きたく無いと白蛇の脳が拒否反応を示す。それでも真実を知るために近づいていく。
そして、森を抜けた。
「………これって」
すぐ目の前には滝が広がっていた。上から覗くと下には川が続き当たり前だが魚や自然が広がっている。
だがそこまで見て白蛇には十分だった。
お腹が減らない。いつもそう疑問に思っていた。何も食していないのに減ることの無い空腹感。だがもし、自分が食していたら。食物以外の何かを食していたら。
白蛇は自分がただの野生の蛇だと信じて疑わなかった。ただかなり大きく美しいだけの希少な蛇だと。でもそれは見当違いらしい。
もし、自分が妖怪たちのように何かしらの能力を持っていたら。それがもし、記憶を食し空腹感を満たすのだとしたら。ならばそれはもう妖怪とさして変わらないのではないだろうか。
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月に泣く
「そうか、月にいくのか」
「ええ」
永琳と白蛇がいつも通りに部屋で寛いでいると不意に、永琳からの一言が発せられる。
それは、永琳を含めたこの村の全ての者が月へと移住するというなんともSFで、魅惑的で浪漫に満ちた話だった。
「ふむ。寂しくなるな」
白蛇はボソリと呟く。これは不意な話からの本音。唐突な話を聞かされてユーモアのある返しをできるほど白蛇は言葉が上手くない。
「そう、なら話は早いわ。ねぇ白蛇さん。あなた私と月に行かないかしら?」
それは永琳がずっと前から考えていたこと。
なんだかんだで半年以上を一緒に過ごした白蛇を置き去りにする選択肢は彼女にはない。人情深く、人のことを人一倍考える彼女の良心。
だが白蛇は聞かされていた時から答えはきまっていた。
「いや、俺様はいかない。いつか人類がこの地に産まれるか、またお前たちが戻ってくることを期待して地上で待つ」
「何年かかるかわからないわ。何十、いえ何百年かもしれない」
「それでも待つさ。なに、これが一生の別れではない。いつか会うだろう。さよならだけが人生なんて悲しいからな」
永琳はその言葉を噛み締め少し辛そうな顔をしたがすぐに表情を戻した。
これは白蛇の選択であり、この先のことは永琳が決めることではないからだ。だからこそ彼女は微笑む。
「じゃあ、さよならだ」
「ええ、また会いましょう」
肆
「ああおはよう、永琳」
「おはよう、白蛇さん」
目を覚ます。朝の寒さに弱い蛇はまだ意識朦朧としながら開ききっていないその紅い双眼を細めた。
この目は「まだ眠い。てーか目を覚ませていない」の合図だ。
それを見て永琳は手を差し出した。
「ほら、いつもみたいに首においで」
「永琳、これはいつまでやるんだ?」
それは二人の仲の恒例行事。
永琳に人間の一番暖かい場所は首であり、一度巻きついてみたときからの出来事だ。
白蛇自身も実は全く嫌がっていないのは内緒の話。
「そうね、冬を越えて暖かくなるまでかしら」
「じゃあもう暫く世話になるな」
この温もりはクセになる。止められん。
だからと言っていつまでも巻かれている訳にもいかず徐々に目を覚ませていく。首に巻かれてだいぶ時間が経ち、永琳の朝ごはんが過ぎてきたぐらいまで首にいた。時間で表すなら一時間と半分くらい。
「さて、今日はどこへお出かけしようかしら?」
「毎日毎日散歩に行かなくてもいいだろうが。どうしてあったまって来たのに外に出る必要がある。凍え死んでしまうわ」
「じゃあ今日は一日中巻かれていなさい」
「むぅ……」
外で永琳の首から離れては本当に死んでしまう。寒さに対する抵抗は全くないのだ。それがわかっててそう言うなら永琳はなかなかに悪である。
今日も今日とて巻かれて一日を過ごすだろう。
「最近のこの村も平和だな」
「ええ、流行病も無くなって活気づいているわ。それに、幸運の白蛇様がこの村には付いているのだから」
「止めないか、照れ臭い」
わずか。白蛇が村には馴染んで平然と生活するようになって。同時に妖怪の類だと言われるようになって本当にわずかな時間で蛇神様と言われるようになった。
別段なにかした訳ではなく、ただ近い未来に起こるちょっとした不幸を予言し注意して回っただけにすぎない。
いつの間にそんな力が現れたのかと聞かれれば、知っていた。に他ならない。
知っていることなら知識として語ることはできるのだ。
変におちょくってくる永琳を煩わしく思いながら彼女なりのスキンシップだと思うと憎めない。悔しいことに。そんな彼女にも慣れつつある自分に苦笑したい。
「それにしても近頃の白蛇さんはどうも優しいわね。なにか企んでるんじゃないかしら」
「あんまりな言い様じゃないか、ええ?」
白蛇は、いや白蛇に表情なんてものはないが悪い顔をするようにニヤリと微笑を受けべる。それを受け取った永琳は少し困ったような顔をして言葉を続けるのだ。
「でもキャラじゃないって言うかなんていうか。誰にでも救いの手を差し伸べているような…そんな感じ」
それは永琳抱いた疑問。彼、白蛇という存在を近くで見てきた永琳は思う。彼はこんな聖人君子ではなかったはずだ。困っている人がいたなら見知らぬふりをし、相談をされれば俺様よりもっと相談すべき人がいるなどと煙を立てるように厄介ごとを捨てそういった他者への思いとは靴紐を解くように簡単にあしらうような残念極まりないちゃらんぽらん。それが永琳の持つ彼への印象だった。
永琳自身もそれを疎ましく思わずむしろ個性として受け入れていた訳だった。だからこそ、次に放つ彼の言葉はどうも本人が言ったとは思えないような言の葉で。
「ならいっそ神様でも目指すか」
本気なのか、戯言なのか。それがわからず聞き流すことしかできない。でもそれは
「あら素敵。一体なんの神様かしら?」
「ああ、そうだな」
白蛇は変えれない表情をニヒルに浮かべたような雰囲気を持ち言う。
「幸運を前借りしてくる……いや、記憶の神様といったとこか」
どうにも皮肉めいていた。
伍
「………おはよう。永琳」
「おはよう、白蛇さん」
それは何度目の朝か。
「今日も冷えるな」
「じゃあ今日も首までいらっしゃい」
返事なしに白蛇は体を這って首まで辿り着く。何度目かの温かい。それでいて暖かい。
永琳の優しさがあたたかい。
「永琳、これをあと何回する気だ?」
「春がくるまで」
村を歩く。日課だ。見慣れた風景と人。その一つ一つが微笑ましく感じる。
自分の当初には考えもしないこと。絶対に浮かばなかった感情。それを感じて身に染みる。人との関わりは良くも悪くも自分を成長させると。
「雪が積もってるわね。それもたくさん」
白い息とともにそう呟く永琳に白蛇も頷いた。
「ああそうだな。このままでは
「あら優しい」
雪の上を這う白蛇を見て永琳は感心とともに困惑する。
それは白蛇が本当に寒いのが苦手だと知っていたからだ。冷気ですら身を震わせるのに、氷の上や雪の上を自ら進んで動くなんて考えられない。無理をしているのか我慢しているのかは白蛇のみぞしる。
それほどまでにこの村のことを思ってくれているのだと思うと永琳は嬉しいと同時に少し寂しく思う。
「さぁ、私もやりますか」
「こ、これは永琳様に白蛇様!申し訳ありません。このような雑務を任せてしまうなど。ささ、お二人方後は我々に任せて温まりくだされ」
数十分かかりいつまでもたっても終わる気がしない雪を見て寒いのに汗が流れた。そんな時に村の大人たちが気付いて集まった。
村人たちは申し訳なさそうに二人を屋内に向かわせる。
「しかし、凄いな。永琳様も白蛇様も」
「ああ、こんな寒空の下進んで雪掻きをするなど本当に村の子供たちや平和を大切にしてくださっていると思う」
「そうだな。そろそろ月に行くと言うのに、すっかり目先のことばかり気にしていて近くのことを忘れていた」
村人たちは皆月に移住することを賛同していた。より明るい自分たちの未来のために。
もうじき月に行くからといって、今のこの村を蔑ろにするなどとんでもない。ここはもう故郷へとなろうとしているのだ。
「そう言えば、この雪掻きを提案したのは白蛇様らしい」
「なんと、全く頭が上がらないな。このまま月に行く時にも付いて頂きたいのだが、永琳様は白蛇様に言ったのだろうか」
村人たちからすれば、もう白蛇様は立派な守り神様なのだ。そこそこの信仰を集めて一つの形になろうとしている。
そんな存在にもやはり月まで付いてきてくれたらと心から思う。
「確かに。結局結論を聞きそびれた。私たちは白蛇様の動向を期待しているのだが」
「ねぇ白蛇さん。今日は忙しそうね。一体次はどこへ行こうとしているのかしら」
「ババアのとこに用がある」
「お婆様に?」
永琳は以前あの老婆に変な疑いをかけられていた頃から苦手意識を持つようになった。
だからこそ今回も項垂れ向かう気にならなかったが白蛇が我先にへと進むので仕方なく付いていく。
「ババアいるんだろ」
家の前で大きな声で呼びかける。
だが返事は返ってこない。
「逝っちまったか。ええ?」
「こら失礼な」
下品な言葉遣いに思わずツッコンでしまった。
でも死んだかなんて聞くのは縁起でもないだろう。そんなときだ。
「煩いね、生憎逝っちゃーいないよ。今出ようかと思ったが気がかわった。入ってきな」
その言葉より少し早く白蛇は隙間を上手く入っていき、永琳はお邪魔しますと一声かけて戸を開けた。
「ふん、あいも変わらず化け物みたいな皺だ」
「へん、あいも変わらず薄気味悪い双眸さね」
「二人とも落ち着きなさい」
お婆様はヒヒと笑みを浮かべて手元のお茶を啜る。なんとも絵になる光景だ。奇妙さを纏ったという意味で。そう思うと笑う事で大きくなる皺もその奇妙さに引けをとらない気がしなくもない。
そして白蛇は座布団の上に体を曲げて椅子のようにしてお婆様と目線を合わせる。
「で、なんのようだよ」
お茶を舌でしっかり味わい滑舌を良くしながら本題に入った。
「さぁ、私は白蛇さんがお婆様に用があるからと」
私はそのまま付いてきただけで生憎目的なんてものもない。お婆様とは前回の件もあってかなんとも会いづらくもなっていたのだ。今回は何の為にここへ訪れたのか見当もつかない。
「ああ、ちとな。数日後の約束について話がある」
そんな私の考えを置き去りに話は流れていく。白蛇さんとお婆様の間に約束があるのも今初めて知るのだ。なんだか目の前で繰り広げられている将棋をルールもわからず観戦している子供の気分だ。
だからこそか盤上は動く。お婆様はその言葉に目を細めお茶を飲み干した。
「永琳、お茶を淹れてきな。ちと長話になりそうだ。それと、一時間は加熱した熱々で頼むよ」
あっちで遊んでなさい。そう言われた。
陸
「雑な人払だな」
これでは永琳は蚊帳の外のような気持ちになってしまうではないか。と少々の不満を持ってみる。言い方と言うものを知らないのか。贅沢はいう気になれないが気遣いも足して欲しいところ。
「じゃあいてもらうかい?」
「遠慮しておこう」
「お礼は素直に言うものだよ」
こればかりは素直に感謝する白蛇だった。どう思ったって永琳がいて不都合なのは確かだからだ。今回の話は約束は永琳ありでは進めそうにない。まあそう思っているのは白蛇だけなのだが。まさに蚊帳の外にしているには白蛇自身だとも気づかずに。
「それで、どうなんだい?」
お婆様は片目を開き白蛇の双眸を見た。
白蛇もその開かれた瞳を鼻で笑うように言葉を投げる。
「もう昇華できる。当然だがな」
「へー」
昇華。それを聞いて最初に思う事はなんだろうか。個体が、液体を経ないで直接気体になる・また気体が直接個体になるというのが理科的言語であり一般的答え。それならって白蛇は表現する。『物事が一段上の状態に高められこと』と。つまり急激な成長と言っていい。彼は昇華する為に見方や意識感覚を忘れてもう一度受け取るようにしていた。彼が昇華し成長の後に残る結果の為に。その結果を知ってなお平坦な反応に白蛇は面白くないと言うように舌を巻く。
「反応が弱いな。まさか知っていたとでもいいたいか?妖怪」
「うるさいね。それでいて煩わしい。お前さんだって妖怪じゃないか」
二人はお互いの認識を露わにする。老婆は蛇を妖怪とそして蛇も老婆を妖怪と呼んだ。でも蛇は妖怪から昇華するのだ。
「そうだったな。でも昇華できる。私は半妖の半神となるのだ」
「ぺっ。気に入らん」
反応がないのではなく気に入らない。それが老婆の答えだった。ここで疑問を覚える。それは白蛇自身も覚えたこと。果たして妖怪は神様なんぞに昇華できるのか。それはyesでありnoであること。元々妖怪とは人間の抱く恐怖心から現れる存在なのだ。ならばその妖怪は恐怖の象徴であり、妖怪は恐怖と言って他ならない。人の恐怖によって生まれたような存在がどう神様になろうか。
いや、難しい話じゃない。まず村の人々は別に白蛇を妖怪だと思っていなかった。これがまず大きな理由。白蛇が喋るなど異端で不思議なことだが、それが永琳と言う一人の天才のペットなら合点がいく。できてしまう。いくら天才のペットと言えど喋るなど可笑しいと疑問を覚える人が現れても良かったが、そう思われないのが彼女八意永琳の人望さ。
そんな人望を持つ永琳のペットである白蛇が聖人の如く人々に耳を向け解決し、神様の真似事のように未来を予知したかのようにし続ければそこから、『永琳のペット』という概念から一匹の『守り神』と言う意識の改革が可能となる。そうなれば話は速い。勝手に信仰が集まりそこには恐怖ではない別の感情、【安堵】が生まれる。即ち守り神居てくれる事により安心されるのだ。彼が守ってくれるからこの村は安心できるのだと安堵される。さすればこの意識から信者が生まれ出すのだ。これはこの時代だからこそ可能だった、人類の意識の単純さをついたやり方。だからこそ彼は昇華する、恐怖の妖怪から安堵の神様へと。
だが忘れてはいけない。元が妖怪の彼が真の神様にはなれないと、結局は真似事が本格的になっただけなのだと。
お婆様、いや妖怪はもう中身が入っていない湯飲みに口を付けた。そして中身がないことに気づきしけた顔をする。
これは二人の仲では当の前から知っていたことであった。白蛇は妖怪で、それでいてこの老婆も妖怪なのだ。村の異変に気付いた白蛇は一度老婆の元へ訪れた。そして現状を知ったのだ。
この老婆が一体なぜ妖怪だと気付いたのか。白蛇談によると、
「まだこの時代の人間が老婆になるまで生きれるはずがないだろう」とのこと。
「で、約束の話ってのはなんだい?昇華できるなら早くしちまえばいいさ。私も悠々と核を落とせる」
「むぅ。落とさなければダメなのか?」
老婆から蛇は聞いていた話。核を落とすという事に白蛇は反対だった。だが彼女、老婆にも理由があるのだろう。
「そらそうよ。この先の歴史が崩れかねない。タイムパラドックスなんてごめんだね」
月移住。この村のすべての民は月へと向かう。その際に別れの象徴としてか決別としてか核を落とすのだという。
が、祠の件や白蛇というイレギュラーによってそれは阻止されようとしていた。祠に対しての記憶は白蛇が食ってしまったのだがこの白蛇が厄介な存在でこれがいる限り月へと向かう時間が遅くなり核を落とすことに反対意見を持つ者が現れかねない。それも今の白蛇には発言力もある。最悪、月移住そのものが計画として消えかねない。白蛇の影響力は大きすぎただからこそ現れた抑止力。それが老婆なのだ。
「わかった。じゃあ直ぐに、いやなんなら次の満月の日としよう。」
「三日後かい。まぁ妥当じゃろ、その間に別れを済ませてきな。わたしゃ墓でも建ててやる」
「誰の?」
「お前さんのだよばーか」
次の満月には核が落とされ月移住が決行されるまではよかった。納得であり違和感はない。ただ、どうして自分の墓など建てなきゃならんのか。あまりの流れに驚きを隠せない。
でも続きがあったようで老婆は言葉を続ける。
「いくら神に昇華したとこで核をもろに受けて平気だと思うかい、ええ?まだまだ未熟なお前さんは焼け死ぬだろうよ。だから墓に見立てた祠でも用意してやろうって言う気遣いさ。地下に出来る限り深く掘ってね」
「それは、なんとも……。ふむ、素直に感謝だな」
「唯一の同士が焼け死んでも気分が悪い」
老婆は白蛇を同士と呼んでくれるのか。同じ村に住む妖怪同士であってもう妖怪ではなくなるというのに。
いままでお互いに口を開けば火を吹いたというのに案外、気持ちは通じているのかもしれない。
「でも核を落とした後、そこからが本番さ。祠や墓が衝撃を吸収しきれる訳がない。ただモロで浴びるよりマシってだけさ。それに人がいなくなってからが本番だしね」
「どして?」
「今にわかるさ」
祠に始まり祠に終わる。なんとも奇妙な因縁か。だがそれも一興か。白蛇はこの世話になった地へと様々な念を浮かべて思い耽った。
「終われると良いねぇ。三日後に」
そう呟いた老婆の声は届かない。そして子供はそれを耳にしてどう思うのか。
「………」
漆
三日後、月に移住することがきまり村の人々はもう準備が出来ていたのだろう。別にそこまで騒がしくはならず、だが微々たるものだが熱があった。そう、遂に別れの時が近づいているのだ。
今日は、いや今日から永琳への感謝を込めて恩返しをしよう。こうして色んな生き方を決めれるようになった点、これは親孝行と言っても過言じゃないだろう。永琳はずっと娘のように思っていたが本当は逆だったのかもしれない。
「永琳、なにかして欲しいことはないか」
あまりにも雑な問い。でもこう言うものは本人に聞くのが一番速いのだ。
永琳はふふっと微笑み首に這う俺様を見る。
「急にどうしたの?」
「いや、どうもしないさ。ただこうして一緒に居られる時間も残り僅かだと思うと惜しくてな。だからこそせめてものを返したいのだ」
俺様らしからぬ発言だからか。彼女は未だ笑みを崩さず、むしろ吹き出すかのように笑った。おかしなことは言っていないのだが、やはりキャラじゃないのだろう。俺様自身そう思う。そうして彼女が言った欲しいことはあまりにも無欲だった。
「なーんにも。今こうしているだけで幸せです」
それは紛うことなき事実なのだろう。だからこそ俺様は困らせた。こうしている事が幸せと感じてくれるのはいいが、まるで自分が何かをしたという感覚がない。あなたがいるだけで幸せですなど私は王や神様になったわけではない。厳密にはもうなるのだが、きっと満月の力で勝手に神へと昇華することだろう。だからこそ自然を待つ。時間が解決することはあまりにも多いのだ。
あと二日。
時間が過ぎて一日が終わった。俺様は村人へと同行はしない旨を伝えて別れの言葉を送った。人々は本当に俺様との別れを惜しむように悲しんだ。中には泣いた者さえいた。なんだかこちらが申し訳なくなってせめてと思いこの先幸せになれるおまじないをかけた。そしてすぐ木から落ちた。そのまま井戸の中へダイブして散々な目にあった。今日はついてない。
老婆とも最後であろう茶を啜った。そんな時だ。
「お前さんの墓はもう完成するよ」
「……なんというか速くないか?」
「準備は出来ていたしねぇ」
なんともう完成していたと言う墓。言い方は気に入らないが二人でそれを見に行く。まぁ悪くない、いや素晴らしい出来の物だったと思う。ここに神様が眠っているのだとわかるような神々しさを木と縄だけで表現している。これに文句など言える訳がない。
「そういえばだ。ババアは皆と月移住したあとどうするんだ?」
ふと、疑問だったこと。それを述べてみた。老婆はふんと空気を鼻から出しこちらを見据えた。
一体なんだというのか。
「移住したあとも村の皆と共に生きるのか?それとも妖怪として帰るのか?」
「帰るって、どこにだい?」
「それは……」
なんだろうか。俺様、いや私様には分からなかった。そういえばこの老婆はなんの妖怪なんだろうか。人ではないとしたら帰るのはどこなんだろうか。皆目見当もつかないでいる。どれだけ真剣に頭を捻っても答えはでない。私様はこの老婆のことをまるで知らないのだ。
「無。だよ」
無。それはないこと。なんにも結果が残らないということ。だからこそ私様は目を疑った。
「わたしゃね。お前さんが生まれたから、生まれてしまったから現れただけなんだよ。本当のとこ自分が妖怪かどうかもわかってない」
私様が生まれたから生まれた存在。その言葉の意味はなんとなくわかる。以前言っていた抑止力。
「お前さんは歴史を変えかねなかった。だからこそ軌道修正するための抑止力のわし。ただそれだけさ。そんなものは妖怪じゃない。ただの歪さね」
歪、歪んでいるということ。確かにそうかもしれない。どこの分類にもされない歪。でもそれは私様に答えを教えてくれている気がした。彼女こそ、この老婆こそ原始の神様なのではなかろうかと。先の未来を知っており、その障害となるものを取り払う行動はまさに神の偉業。始まり。人類が正しい進化を遂げるように、用意されていた物語を沿うように形を変えて完成させる、そんな老婆は規格外。
「じゃあ消えるのか」
「そうじゃないかねぇ。実際は知らん」
平然と言ってのけるこの老婆。その事実が怖くはないのだろうか。怖くないのだろう。だってそれは彼女の台本通りなのだから。そこに生まれた私様の感情は言い表せそうにない。ぐちゃぐちゃだ。
「もし、もしこの月移住を無かったことにすればババアは生き残るのか」
「まぁ、そうだろうね。でもやめてくれ仕事は速く終わらすに限る」
別に本当に阻止しようとした訳じゃない。単なる事実確認をしたかったまで。だからこの話はそうか。で済ます。ただお互いに事実確認しただけなのだから。
日が沈み登った。あと一日。今日が最後にできることをする日。
でも正直全てやり終えた。あとは日を待つだけなのだ。今日はどこにも外出せずに永琳と過ごそうと思う。
「永琳、あれをくれないか」
「はい。お酒の瓶」
「かたじけない」
最近のマイブームはお酒などが入っている瓶、徳利に体を入れて顔だけ出す事だ。なんともこの狭い空間が落ち着くのだ。
永琳は微笑んで俺様が入った徳利を突いたりして刺激し頭を撫でられたりした。なんだかこれは面白そうだ。まるまる叩きと名前をつけよう。穴からでた頭を抑えるゲーム。でも俺様は抑えられる方だが。
「なんか徳利を見てたら私もお酒が飲みたくなったわ。一杯付き合ってくれないかしら?」
「付き合おう。今日は飲みたい気分だ」
二人で時間をただ消費し、夜になって酒を飲む。そして酔いが回って日が昇る。とても時間を無駄にしているのに、この時間が心地よい。酒は飲んでも呑まれるなとはいうが、時と場合によっては良いだろう。
さて、当日。朝から永琳は村人たちの元へと向かい居ない。そして私様はというと高熱にて火照っていた。いや、寒いよりかは断然マシなのだ。ただ昨日の酒が効いたのか変に身体が熱く身動きがまるで取れない。気持ち悪くはないが良くもない。なのにそれを通常を異常と身体感じてしまう。意識は何度か失った。今日で核が落とされるのだから出来る限り速く逃げ込めるように墓の近くに向かい木へと登り時を待つ。
時間は巡り時を待って満月を覗かせる。その瞬間だ。私様は身体中をくねらせた。何かが始まる違和感を覚えた。熱くなった自分の皮を破り鱗から身体を離す。初めてのことだったが遂にこの状態が何かわかった。
脱皮だ。阿呆なことに今まで経験がないため困惑してしまった。全て脱ぎ終わったと当時に満月をこの紅い双眸に写すと目が離せなくなった。月が光で私様を包み抱くような感覚を覚える。
そうか、これが昇華なのだろう。
全てが終わり光が閉じ、私様は知る。別に見た目に変化があった訳じゃない。だからこそ感じるのだ。自然の息吹を、風を、草の音を、生き物の声を、そして村人たちの想いを。
全てを受けて心が艶やかになって冷静になる。こんなに素晴らしいことがあったのに違和感を覚える。
どうして月へと向かう船の姿がないのだろうと。
捌
私様が村へと戻ると村人たちは皆解散と言わんばかりに日々の生活に戻ろうとしていた。
一体どうして中止になったのか分からず困惑した。今日中に月移住を終わらせ、核を落とすのが老婆、いや唯一の同士である歪との約束だ。それを破る訳にはいかないのだ。
まず初めに見つけた村人の若い青年の背中に飛び乗った。
「うわっ!びっくりした。白蛇様じゃないですか」
「答えろ、どうして船が出ていない?」
唐突に背中に飛び乗ったからか青年は多少の驚きを見せたが直ぐにこちらの存在に気づいて安堵した。彼は私様の言葉を受け取り頬を掻きながら説明してくれた。
「いや、本当は今直ぐ月へと登る予定だったんですよ。でも永琳様の姿が見えないと騒ぎになってしまいまして。我々も永琳様なしで月に登る程の度胸も気持ちも持ち合わせてはいなかったので次の満月に予定をずらそうと……ってどこ行くんですか、白蛇様!」
私様はこの身を這わせて永琳を探す。なぜだ。何故唐突な失踪など起こした。それがまるで分からない。彼女の様子がおかしかったかと問われたら何時もと変わらなかったと答えただろう。ただいつもより笑顔が多い気がしただけで。
永琳と過ごした自宅へと向かうとそこには誰もいなく、置き手紙の一つもない。ならばどこにいる。考えろ、考えろ。
そうして閃いたのが、出会いの地。私ではなく、
「白蛇さん、くると思いました」
「永琳」
やはり、ここにいた。正直ここ以外は当てもなく、当然と言える気がしなくもない。彼女は悪戯がバレた子供のように困ったように微笑んだ。私様はそれを諭すように、子を叱るように口を開く。
「こら永琳、ダメじゃないか。村の皆が困っている。速く船へ戻りなさい」
聞き分けの良いことは知っている。だから直ぐに戻ると思っていたが彼女は首を振った。
「いいえ、いけません。私には約束があります」
その約束は何か知っている。それは勿論、彼女にとっての全ての始まりのことである。あの日、たまたま薬草となる植物を見つけただの少女から天才へと変わってしまった物語。
彼女からすれば劇的、村からしたら喜劇的で、祠にとっては悲劇的な物語。
「ああ、知っている。だがその約束は果たせない。あの祠はもう存在しないんだ。藁は焼かれ上から叩きつけられるように割れ跡形は全て川に流された」
「そのようですね。でも約束は果たされました」
永琳は果たせなかった約束を果たせたと言う。そこに見出した結果を結果と受け止めてなお、約束を果たしたと。ならば彼女は私の存在に気がついているのだろう。
「そうですね。きっと白蛇さんは白蛇さんとして生まれてくる事は無かったでしょう。もし生まれたとしても、私の元には居なかったでしょう」
「でも俺様はここにいる」
「ええ、だってそれが呪いですから」
呪い。そう彼女の口をから永琳から聞かされた。それに少しショックを受ける。なにせ私との出会いのを呪いと言うならば、この関係はなんだったというのか。この気持ちは独りよがりだったというのか。それはなんとも虚しい。
「呪いとは言葉で縛るものです。普段友人や親戚へと使う『また』というのはもう一度巡り合わせる呪い。私たちはきっと無意識に言葉で縛って生活している。だからこそ言葉には力がある。ありがとうと言う感謝の言葉は活力や気力になり罵詈雑言はその逆をつく。私は意識的に白蛇さんを縛って幸せを感じ満足していました」
確かに、この月移住計画を知らされなければきっと永琳と一生を過ごしていた。何処かにいこうなど考えもしなかっただろう。
「この計画が成功すれば私達は離れ離れになる。いつ出会えるか分からない日々を迎えます」
きっともう出会う事はないだろう。私様だってそう思う。命には寿命があって時間がある。
「本当にあの祠を見つけてからは人生が一変しました。私は天才として村人から崇められそれに答える。本当は不満もあったけどそれを受け入れる。だって約束があったから、私は一人にならないと確信をしていたから。そして、本当に白蛇が生まれた、貴方が生まれた。本当に約束は、呪いはあったのだと心踊らせて日々の研究に没頭して貴方に声を生み、そしてほぼ人間と同じようになる細胞を作った。まさしく貴方は私にとっての生きる糧でした。その辺のただの少女が期待されて目を向けられて嬉しかった。でもそれはプレッシャーとなって押しかかり失望されるんじゃないかと言う不安や悩みが白蛇と言う貴方がいた事で救われた。貴方を鎖で繋げといて最低かもしれないけど私にはそれが全てだと思いました。私だけの物がそこにあると」
ただの少女は天才だった。ただの少女ではなかったのだ。それ故に同世代で喋る子なんていなく、常に日々の研究が自分の人生を支えた。
期待されて褒められてそのベクトルは高くなり常に期待通りに動く事が出来なければならない恐怖に支配される。期待されれば失望されるんじゃないかと不安になり、遠くからみる同世代の子達を遠くから眺める。それが彼女の、少し天才だったただの少女の人生。それを壊してしまったのは他ならぬ、この私様だったのだろう。
たしかに、祠から見つかった薬草によって村の人々は救えたが、救えなかった人もいる。私を焼いて捨てたあの悲劇の少女のようにこの八意永琳も同じく悲劇の少女なのである。彼女の心は蝕まれ救われなかった。研究に没頭し全てを忘れる事が彼女の平穏というように。だからこそ、縛る。幼き子供が玩具を壊さないように大事にする。初めて買ってもらえた玩具はそれほどまでに大事にされ、一番の宝物となろう。
だからこそ、彼女は壊れてしまう。きっとこの子は悪になれないから。
「でも、今日でお別れです。私の宝物はどこかへ行ってしまいます。だからこそ、お別れを言いに来ました。今までありがとうと。呪いを壊す為にここで貴方を待っていた」
そして言うのだ「さようなら」と
やはり、彼女はいい子であった。最後まで美しいいい子だ。我儘を言わず感情を押し殺し息を殺し、私様へと感謝を述べる。
でも、ならば彼女はどうなってしまうのだろうか。これからも我儘を言わず全ての時に流され利用され続けるのだろうか。それなら私様は我慢ならない。本当なら私様も一緒に月へ登りたいだろう。もしくは月なんぞに行きたくもないかもしれない。でもそれは叶わぬ願いと知っている。ああ、そうか。彼女はいい子すぎるのだ。
「縛っていたどうこうと。お前はバカじゃないのか」
子供には親が叱ってやらねばならない。それが理不尽でも。
「縛る?確かに私様は永琳、あんたの手からは逃げれなかっただろうよ。だってそれが呪いだからね」
思わず素になって言葉を放つ永琳の前では初めてだろうか。いつだってこの子には俺様と呼んだはずだ。
「私様はね、あんたに縛られたなんて微塵も感じてないんだよ。あんたといた時間は正直幸せだった。付き合わせていたなんて思っているならお角違いにも程があるね。いつ気づいたかは知らねーけど、私様は確かにあの祠さね。焼かれ割れて流された。でもそこに不満はないし在るべき姿だったとすら思える。だからこうしてお前さんと出会えたには涙するくらい嬉しかったのさ。祠時からそうさ。お前さんが来るのをずっと待って待ってきたんだ。約束を果たせなくて悔しかったのは私様のほうだね」
祠として、退屈で退屈で時間を消費して過ぎさるように流れた時の中で、唯一色をつけてくれたのがこの八意永琳だった。くそどうでもいいような話をしてくれて私様を認識してくれる。思えばこの頃から病んでたかもしれないがそんな事に気付かないぐらい幸せだった。満ち足りていた。
「お前さんが罪悪感を感じているならなんだ?私様はどう思えばいい。本気であんたと過ごした時間を充実していると思えた私様の気持ちはどこに置いてきたらいいんだい?ええ?気にくわないね。一方的に縛ったなんて勘違いしてるこのガキは。少しぐらい我儘を言いな。アレがしたいしたくないアレが好き嫌い言えばいいじゃないか。月に行かないかと一回だけ聞いただけで折れてヤダヤダって子供みたいに言ってみたらいいじゃないか」
事実、そうされたら月まで同行をしたかもしれない。
ここまで愚痴。私様はなかなかに性格が悪いのだ。昇華する前までは平然と人々の悩みを知るかと蹴ってきたような奴なのだ。
「さぁ、八意永琳、あんたは今何がいいたい?」
本題である。呪いを壊しに来たという表の顔の裏を出せと煽っているのだ。
すると彼女は口を開く、少し掠れて聞き取りづらい声を流すのだ。
「一緒に月まで来てください!」「だが断る!」
行くわけがないのだ。月なぞ何にも面白くなさそうなとこに用はない。
永琳は初めて言いたい事を言えたように肩で息をした。私様の答えはどうせ分かっていただろう。
「月に行くんだ。永琳。あんたは人々に必要とされてる。ここに居ていい人じゃない」
「はい」
これで言いたかった事は全て言い切った。後は私様の私情である。
「永琳、これで別れってのはあまりにも締まらない。それに私様がまだお前さんと話したい過ごしたい。語りたい。だからさよならなんて言わねー。また会おうだ」
今度は私様から呪いをかける。いや、呪いなんてものじゃない。そんな禍々しいものじゃない。ただの約束を。
私様は小指を差し出す、そして永琳も小指を差し出す。指切りをかわす。
「これからあんたが出来る限り幸せが続くようにおまじないをかけよう」
「一体なんのおまじない?」
「んー?幸せになるおまじないだ」
私様は永琳の額に触れる。そして力を流し込む。私様の操る能力、それは『幸せを前借りする能力』。人生に置いての幸せをはプラスマイナスゼロなんて話を聞くが、事実そうだろう。だから私様は神様になって得た能力を使った。『他人の不幸や悲しみを背負う能力』を。
「ほら、元気だして前を向いて真っ直ぐ進みな。このままじゃ夜が明ける」
気がついたらもう丑三つ時も過ぎようとしているとだろう。でもまだ間に合う。
「わかりました。白蛇さん」
「なんだい?」
永琳は私様へと何時ものように微笑んで言葉を発した。
「またね」「……私様も、ありがとうね」
玖
私が白蛇さんと最後に酒を飲み明かした日の夜。
先に眠りについてしまった白蛇さんを見つめて彼女は微笑む。
明日、私は彼にお別れを告げる。できれば月まで一緒に来て欲しいともいいたい。でもきっとそれは断られる。
それでも私は今までの罪悪感をさらけ出しお別れの言葉、さようなら。と言うだろう。そこまで決心していて心が未だにぶれてしまう。言うと決めているのに怖くなる。
もし、もし一つ我儘を言っていいならまた会おうねと言いたい。呪いではなく約束をしたい。
叶うならばまたいつか出会って月の話をして彼の話を聞いて今日のように酒を飲み明かし昔話を語り合いたい。でもそれは私の願望、現実はそんなに甘くない。
「月が綺麗ですね」
独り言のように呟いた。そう思えるくらい美しい月だったから。
彼女はお猪口に浮かんだ酒に口をつける。その酒に浮かんだ彼女は月に泣いていた。
拾
今、無事に船は月へと漕ぎ出した。それを見届けて頬に伝う違和感を覚える。
月に泣く。彼は初めて悲しみを負った。
老婆が用意してくれた墓に入る。事前に確認した後でここがしっかり安全が確保された場所だと疑いはしなかった。だが、ここで彼にとっての不幸が訪れる。災害だ。唐突な地震によって目を白黒させる。その地震は大きく今にもこの場所は崩れるだろう。
不味い。ここは不味い。きっと埋もれて死ぬ。折れた木は体を貫き血を流しそのまま意識を失うだろう。これは予感じゃなく予知に等しい、
まだ間に合うかもしれない。月へと向かう船はまだ見える。核を落とす前にどこかへ避難できるかもしれない。そんな希望を抱いて外へ這い出す、だが現実は残酷だ。
そこに一筋の光が落とされた。花火というには禍々しく雷というには恐怖が足りない。
それは全てを飲み込み破壊しつくし無へと返す。虫の声も妖怪の声もなにもしない。完全な沈黙、無の時間が過ぎさる。神様とて無事でいられる訳がなく、それも未熟ときたものだ。
そこには焼けて白かも分からなくなった白蛇の姿がある。
そして、白蛇は死んだ。
第一部終了。確実に誤字脱字激しいです、地道に直していきます。
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転生/洩矢
人は死ぬ。生き物も死ぬ。そこに違いはなく結果的に死に至る。過程は違えど、妖怪も物の怪も死という概念がそこにあるのだ。それは神様だろうと違いはないのだろう。
だからこそ生命のあり方、形。サークルについて聞いたことはあるだろうか。
とある一説の命の物語をあげてみよう。
草がそこに生えていた。それを虫は喰む。草を喰んだ虫は蛙に飲まれた。虫を飲み込んだ蛙は体に違和感を感じる。次に食べられたのは蛙だった。蛙の体を背後から丸呑みにする蛇は空から不意に現れた鷹の餌食となるのだ。捕食者の鷹の翼は空を仰ぎどこまでも飛んでいくと鳴り響く銃声の音が渡る。人は銃で鷹を撃ち、その体を持って喰らい生きる糧とする。だが、人はいずれ土へと還り、そこに新たな草が生まれた。
短く纏めるのならば、それは食物連鎖のようなものだ。
どんな生き物も生きる為に何かを食らうが、それは同時に自分も何かに食われたり、死したことによって生まれる命があるということ。この鎖で繋がれた形は永遠に斬られることのない形だと。
これは妖怪、人、神ですら繋がれる。
妖怪は人の恐怖を糧として生まれ、そして文字通り恐怖によって腹を満たす。対に神は人々の信仰、宗教心を得て心を満たす。
だがこうなると人は何を食したというのか。
感情を食したのだ。
妖怪の行動への恐怖を噛み締め、神の偉大さに心を安らげ心を満たす。
そして、その妖怪も神も殺すことが、死へと還すことができるのも人間だ。生の息吹を吹き込むのも人間だ。そう考えると人は偉大である。ただの
だからだというのか。人の命は短すぎる。この時代に生きられる人々の最高年齢は生きれて三十だろう。いや、普通ならもっと少ない。ならばこの時代の、軽すぎる魂の重さが積み重ねた文化、次の世代へと繋げる記憶を人類は無意識ながらも広げていく。
さて、こうして広がるも逃げられない円状の形を我々はどう受け入れるのか。そういう物として感じるのか、ならばせめてもの自分の人生に残すものを見出すのか。また、そこに生み出した感情の数々に苦しむ人間たちをみてどう思うのかそうした事に頭を悩ます者が多いなら神様はなんと声をかけるのだろう。
『自分で決めろ』
そう言うに違いない。
壱
死んだ。
そう自分が知るにはそう時間がかからなかった。意識が途切れて体の感覚が無くなっていったあの絶望感は二度と体験したくないもの。
体はメラメラと燃えていき拷問のように長い間の苦痛。時間が経てば経つほど火は広がっていき全てを焼き尽くそうと灰へと変える。美しかった白色は薄汚れた黒に近い吉岡染に変えてしまった。永琳が美しいと褒めた白銀の色をもう連想できないほどにあの頃に比べて汚らしい。
それに、全ての人間が月へと向かってしまったのが一番痛い。なるほど、老婆の言葉の意味がわかった。
妖怪も神も人がいてこその存在。今の白蛇には恐怖も安堵も得る事ができない。人々の幸せも絶望もこの世に存在しないのだ。だからこそ彼は絶望した。人の力がこれ程までに恋しいなんて。人の力がこれ程までに辛いなんて。
そんな考えても仕方がない事を堂々巡りさせていく。せめて死ぬなら美しくありたかった。あの頃の私様のように気高く、高嶺の花なんて言葉が似合いそうな、花が散るその瞬間のように散りたかった。儚ければ綺麗でもない、潔くなければ誠実でもない。
だからこそ、この死に方が最も彼にとって屈辱的で絶望的だったのだ。
もうじき、私様という存在はこの世から消えて失せる。
そして、命の輪廻に加わる為に死後の世界で長い時間をかけて新たに転生するのだろう。次こそ美しく死に、美しい誕生を迎えよう。
そんな事ばかり考えているときだ。
「あ………あ………」
私様は目を覚ましてしまった。
一体なぜ目を覚ましたのか。まるで理解ができず狂いそうだった。
転生した訳ではない。なぜなら体は白と認識できないほどに汚れきった鱗の姿だったからだ。燃えた後だからか未だ痛い感覚があるような気がする。未だ苦しい気もする。
これは輪廻転生と呼ばれるものの類だろうか。記憶を引き継ぎ、命を得る。
あの世に還った魂がそのまま白蛇に還ってきたようで。ならば、ならばなんて恨めしい事をしてくれたのだろうか。こんな惨めならば、いっそ死んで新たな生を受けたかったというのに。新たな人生を過ごしたかったというのに。もし、神様がいたならば私は許せないだろう。
「あっ……」
違った。いま、この地にいる神様は私様しかいない。命を繋いでしまったのが、不幸にも不覚にも息を返したならそれはなんとも皮肉な話だと思う。
弐
人が生まれた。それはつまり妖怪が生まれたということ。神が新たに目覚めたということ。
そうすると白蛇にも希望が湧いてきた。今から信仰を集め直せばこの体は元の姿へと戻すかもしれないと。だが何十年と過ぎた。そして思い直す。ここには私様の信者など存在しなかった。ならば体が戻るはずなんてないのだ。当たり前だ。私様は過去の神様であり、今のこの地には別の神様がいる。どれだけ善良なことをしようと、どれだけ人々を救おうと、それは妖怪の気まぐれでしかいと思われる。
私様は、いや私は完全なる神になり損ねたのだ。未熟なまま死んだが故に信仰が集まらなければ、安堵も安心もある意味毒でしかない。この時間が全て無駄だと分かって、この感情は毒を飲み込んだような虚無感が襲ってくる。
私の今の栄養は人々の恐怖でしか補えない。
ならば、変わってみよう。心象一変。私はただの薄汚い妖怪へと変わろう。それこそが、生きる糧なのだから。
また何十年と過ぎた。時とは早いものだと感慨深くなる。
私の体は色を戻すことはなかった。むしろ人々に恐怖を与えてしまったからか黒く不気味に蠢くような鱗模様になってしまった。この色はあまりにも自分には似合わない。
そう思って得た妖力で私は人の姿へと化けることにした。
顔は手は出来る限り美しく。人が最初に目に写すところは全て綺麗に創り上げた。だが、体はその分汚れていた。染みのように、癌のように黒ずんだものが身体中に浮かび、背中には在ろうことか
それでも、私は満足できた。してしまった。ああ、あの蛇よりかは美しいと。
どうやら、時代の妖怪は在り方を変えてしまったようだ。妖怪はただ人々の恐怖を得れば生きられるのに、手っ取り早いと人を食ってしまうものが多くなっているだとか。だからか、人々の警戒心は上がり妖怪を殺す専門家なんて者も現れようとしているらしい。それほどまでに妖怪は人々に恐怖を植えてしまったのだ。
だからこそ、私は今の姿を取ることに決定した。見た目だけの人間に。自分の姿を隠すように生きるのはなんとも悔しい話だが時代がそういう時代なのだ。仕方がない。ただ息苦しいとは思ってしまう。
今は村人を装って暮らしている。そうしている時耳したのだがここにはミシャクジ様がいるらしい。神社もなかなかに立派なもの。それと今の信仰対象はその神だ。本来ならば、私が核などにやられなければ私があの場所にいたのだろう。いや、やめておこう。惨めになる。
そうして惨めになって思う。私がその神社を乗っ取ってしまおうと。ああ、なんたることか。こうした考えまで邪悪な妖怪染みてきたではないか。でも一度そう思うと足は神社へと向かったのだ。
それまでの道並みをみてこの村の平和さを実感した。争いごとはなく、子供が無邪気にも騒ぎ立てる。それに弱い火で炙られてるように不快感を持ってしまった。いや、騒ぐ子供が苦手なだけかもしれない。
あの八意永琳という小さき少女が頭をよぎるからだ。永琳は決して騒がしい子供ではない。物静かで気品溢れる淑女のそれ。だからこそ私は好感を持つと同時に勿体無いと日々感じていた。
何度も、それは虚しいように無き少女を頭に入れては消していく。さて、彼女は元気なのか。もし元気ならばそれだけで救われる気がする。
そんなことを耽り歩いていると神社へと到着する。近くでは燥ぐ元気な子供達が太陽のように見えた。
心が、燃えそうだ。
「いたっ」
そんな光景を見ていると燥ぐ子供の中で少女が転んだ。最初は噛み締め我慢するようにしていたが、ついにはボロボロと涙を流し号泣してしまった。
だからどうした、ほかっておけばいい。なのに、どうして足は泣く少女の元に向かうのか。
「大丈夫かい?」
私は気付いたら少女へと手を伸ばしていた。近くまで寄っただけで全身が燃えるような痛みを発する。本当の太陽に手を伸ばしているように。苦しいだけだ。痛いだけだ。その手を引け。そう心で訴えかけるが手は引かない。
少女はこちらへ手を伸ばす。その瞬間恐怖を感じるように体が拒否反応を起こす。不快感を得る。それでも。
「ありがと」
ニコリと微笑み、手を握ってくれた彼女を見て私は。
「どうてことないさ。ほら、おまじないをかけてあげよう。………もう痛くないだろう?」
「うん!」
どうしてここまで心地よく感じたのだろうか。
参
少女は笑顔でありがとうと言うと、また子供達の輪へと向かっていった。
私はというと今起こった光景が信じられなかった。
体が壊れた。
握ってくれた手が崩壊していった。泥人形が落とされて崩れたように私の手が腕がパラパラと崩れていった。
力の使いすぎか?だが先ほど少女に与えた力は微々たるもの。この場しのぎの力だったのに。これほどまでに体に影響を与えるとは思いもしない。
一体これは…………
「崩壊だね」
「なんだって?」
隣に金髪の女の子がいた。
一体いつの間に、そんな疑問もあるがそれより彼女の言葉が気になった。
「崩壊だよ。そのまんまだけどね。悪で作った体なら反対の善は逆に壊すもの。でもこれって相当な純粋悪な妖怪でしか起こさないはずなのに不思議だよ」
「ふっふ、なるほどね。私はついに悪の根源になるまで惨めになって卑屈になっていたっていうのかい」
彼女の言葉が本当ならそれほどまでにこの世が嫌いになってしまっていたらしい。
その理不尽さに、辛くなって反発行動を起こしたという。
「でもさっきの行動を見てると純粋な悪には見えない。あんた、何者だい?」
「んー、そうだね。最古の神を目指して地ベタまで落ちた不幸な妖怪さんとでも思うといいさ」
「ふーん」
私の言葉に彼女はさほどの驚きは見えない。私みないな奴は何人もいるのだろうか。
神様を目指してなり損なったやつは。ならば私も有象無象の一つだと思うとつまらなくなったと自覚する。
「それで、なんで来たの。不幸な妖怪さんにはここはなかなかにに辛い場所だと思うけど」
「そうなのかい?別にさして苦にもならないが」
「それはおかしいね。さっきも説明した通り反対の力を持つこの場所にいたら体その物が崩壊しかねない、っても本当に嘘をついてなさそうだね。優々とした顔しちゃってさ」
そりゃなり損ないって言っても元神様だからかな。苦にもならなければ居心地が良かったりしている。
老婆が作ってくれた墓と同じような香りがするのに苦になる訳がないってものさ。
「用だっけか。そうだね、私はこの神社を乗っ取りきた邪悪な妖怪………だったはずなんだけどね。さっきの女の子のせいで気分が削ぐれたよ。もうどうでもよくなってきたね」
「そりゃ御愁傷様」
沈黙。確かにこれ以上話すネタはないが静かよりはうるさい方が好きだったりするのだ。私は。
なにか話題を探して首をグルッと回す。そういえばここは神社だったか。
「なぁ、あんた。景気付けにお参りしないかい?」
「いや、ここは私の神社なんだけど………ていうか妖怪もお参りするの?」
「最近不幸が続いてねぇ。てーかここあんたの神社だったのかい。まぁいいじゃないか一人でやっても寂しいしほら、一緒にやるよ」
二礼二拍手一礼。
果てしてあっているのか定かではない。
それにしても、もしかしてとは思ったが彼女がこの神社の神様だったなんて思いもがけない展開だ。
お参りが終わって彼女を見下ろし改めて姿を認識する。
金髪で童顏で変わった帽子をかぶった少女。彼女こそがここの神様だという。
そう思えば思うたびに冗談だろと笑えてくる。私はかなり長身、っても180ぐらいに作ったが本当にこの少女がただの女の子に見えて仕方がない。
「改めて、私は世界で最も不幸な妖怪、名前は………あー
「なんで間があったのさ」
困惑したように疑念の目を向けられる。しょうがないだろう?白蛇として生きてきたが故に名前なんて持ち合わせてないのだから。
そんな彼女の視線を感じて落ち着かない私だったが、ゴホンと咳払いを一つすると自己紹介をしてくれた。
「私はこの国を治め、神社の主、
「つまんねー話だが生憎私も暇でね。語らせてもらおうか、奥深いミステリーってやつの断片を」
そうして私と諏訪子は神社へと入っていく。
別に壮大な話ではない。ただ、少しの不幸によって狂わされた人生、いや神生ってやつの話を。
「てな訳さ」
「あーんまりだー」
私が一通り語ったとこでとんでもない棒読みが聞こえた。彼女が私の話を信じなかった訳じゃない。ただ単に酔っているだけだ。私が「酒を飲まなきゃやってらんねー」なんて言ったことが元凶だ。今思うと昼のど真ん中からなんで酒飲んでんだって話だと思う。
「でもひどいよねー。ひっく。そこまでがんばったのにそのしうちって。わかるよーそりゃもとかみさまでもひくつになるってものさ」
「あんた完全に呑まれたね」
彼女がベロンベロンに酔って呂律がおかしいことになっていた。全部ひらがな表記で読者は大変読み辛いことだろう。
そこまで酔った相手と話しているのもなんだか可笑しくなるが、久々の会話に花を咲かせて白蛇自身も心が穏やかになっていった。コミュニケーションが一番の精神矯正と言ったところか。正直、こうして話を聞いてくれるだけで嬉しくて仕方がないのである。
「わたしもさーかみさまっていうのはいいけどだーれもみてくれないんだもん。つーまーんーなーい!」
そう言えば彼女は神様だったか。何年ここに居ようと人間たちにはこの諏訪子の姿が見えない。私のような妖怪なら会話も可能だろうが妖怪が自ら神社へと足を運ぶなんてことはないだろう。私が異例なのだ。
それまでの間、彼女はずっと傍観して過ごしていたと考えると神様なりの苦労が伝わる。きっと寂しかったのだろう。そこから諏訪子は自分のことばかり話始めた。
私が話を聞いてもらう側だったはずなのに、日が落ちて月が登った。それほどまでに彼女は語り続けた。私も正直嫌じゃなかったしむしろ面白い話が聞けて大満足だった。時に流し、驚き、頷き、流す。
「ねーきいてる?」
「聞いてる。聞いてる」
ああ、こうしているのも悪くない。そう思える。
その後も語り続けて彼女はついに眠ってしまった。
「地面で寝たら次の日首が痛くなっちまうよ」
私は諏訪子を膝に乗せ寝息に合わせて撫でてみた。
ずっとこうしたかった。永琳が研究途中で眠ってしまったときなど、私はいつもせめて羽織るものをかけてあげるだけだったが本当はこうして近くにいてやりたかったのだ。人間体も泥人形ながらも悪くないって思える。ずっと撫でながら私もいずれ視界が霞み眠りに落ちた。
「はっ!」
諏訪子が目を覚ました。そして上にあった顔を見て何事かと困惑した。昨日のことを頭で整理して整った。
昨日は酒と共にこの白蛇と語り明かしたのだ。先に寝てしまうとは不用心にもほどがあると目をパチクリさせた。だが、別に諏訪子自身も白蛇を悪く思っていない。警戒もさほどない。
どうして会ったばかりの妖怪を信用できようか。それは白蛇が少女に向かって手を伸ばした瞬間から悪いやつではないと感心したのだ。最初は妖怪が子供を遠くから眺めていて襲い、喰ってしまうのかと警戒していたが、それは杞憂にむしろ逆で助けて笑ってやったのだ。
諏訪子自身も正直、妖怪は危険な奴ばかりで油断ならないと思っていたが昨日飲み明かして結論がでる。
それに、久々に誰かと話して語って楽しかったというのもある。
こいつはちょっと可哀想なだけのただの人間と変わらないただの妖怪なのだ。
人間と変わらない妖怪という表現に諏訪子も苦笑するがそう表現するしかない。そんな奴だと思った。
「ん。おや、諏訪子起きてたんだね」
「おはよ。白蛇」
「おはよう」
下からさっきからモゾモゾと動く感覚がして目を覚ます。そう言えば昨日諏訪子を乗せたまま寝かせたのだった。そのせいで違和感と重みがあったのだ。
彼女はジーと私を見つめると微笑んだ。訳がわからん。
「昨日はごめんね。途中で寝てしまったみたいでさ」
「いや構わんよ。私も久々の人肌に安心しちまっただけさ。人肌が恋しいっていう言葉はあるがこんな感じなんだね」
「そうかもね」
にひひ。と笑みを浮かべた彼女を見てなんだか本当に子供みたいだと思ってしまった。
「そういえば白蛇はいつ帰るの?」
「さて、いつ帰ろうかね」
日が登り時間は昼の二時くらいか。まだ時計がないこの世界だがだいたいそんな時間だ。
私と諏訪子は神社の中から昨日と同じように笑顔で遊ぶ、子供たちを眺めていた。ただ微笑ましい。その言葉を思い浮かべるが見ていて焼けるように痛いのも事実だった。だが目を離せない。そんな光景だ。
二人でいつまでも見ていると諏訪子は不意に問いてくる。
正直、白蛇自身も別に行くところなどない。ただいつも通り村人を装って変わらない生活を送るのだろう。ただ、それがつまらないのも事実なのだ。
「もし、行くとこもなくて時間があるならさ。ここに居てよ。私といつまでも駄弁る話相手になってほしいな」
「ほう、そりゃ魅力的だ。私は時間には困ってなくてね。それに話して心の乾きが潤うのは昨日で実証済みだし、暫くはここに暮らしちまおうかね」
「そうしよう。そうすればお互い暇でなくて済むね」
そうだねーと相槌をうった。
まさかこんな優しい誘いが来るとは思っていなかったのだ。今日限りでお互いにさようならで終わると思っていたが案外まだ関係は続きそうだと思う。
私が白蛇にこの提案をして受けてくれると正直思っていなかった。どこかつかみどころがないし、今日でさようならだと思っていたのに彼は受けてくれた。嬉しい。素直にそう思う。そんな彼と子供を見ていてふと思うのだ。
どうして彼はこれほどまでに子供たちにお熱なのだろうかと。
彼にとってあの子供たちは有毒でしかないはずなのだ。走り回る子供たちは飛び回る毒と変わらないのに、それを大切な子を見守るように眺めていた。でも、それもあまりよろしくはない。
見つめ続ければいずれ目が焼けて壊れてしまうだろう。触れてしまえば崩壊を起こす。でも彼は子供たちの方へ向かった。
「あ、白蛇」
「あの子、昨日から子供たちを見つめてるだけで輪に入んないのさ。ちょっと喝でも入れてくるかね」
そう言ってこっちに手を振った。心配しなさんなと。
なんだか、本当に元神様と言われて信じ実感する。彼は見ず知らずの子供に力を与えにいくのだ。
「おい坊主、どうした」
「あ、えっと。そのさ、ずっと前からあの子達を見てたんだけど、その……楽しそうだなって」
モゴモゴと恥ずかしそうに語る男の子を見て白蛇はニシっと微笑んだ。
「なら混ぜてって言えばいいのさ。何時までも声をかけてもらうのを待ってないで自分からさ」
「でも、それって恥ずかしい……」
「ああん?恥ずかしくなんてないさ。ダチになろうぜって声かけるだけさ。でもそれって結構難しいよな。よしきた、俺様がおまじないをかけてやるよ」
「おまじない?」
彼は少年の額に触れた。黄色の光が少年を包む。そして光が消えると白蛇は少年にデコピンをして離した。
これが白蛇から聞いた『幸せを前借りする能力』なのだろう。でも彼は言っていた。幸せと不幸はプラスマイナスゼロだと。だから彼は同時に『他人の不幸や悲しみを背負う能力』を発動していると。初めて目の当たりにして神様としてその能力欲しいなって思ってしまう。やはり彼は善人にほかならない。
「ほら、元気でたんじゃないかい?」
「うん俺、やってみるよ」
「おう頑張んな。ただ先人の知恵からするとそうだな。成功するか失敗するかじゃない。成功した自分を想像するのさ」
「成功した自分……うん!」
彼は最後に少年の頭をぐしゃぐしゃにする様に撫でると背中を押した。
そしてニっと唇を吊り上げ笑う。少年も惹かれる様に笑うと輪の中に走っていった。
「まーぜーて!」
「手、また無くなっちまったね」
「お疲れー」
私が戻ると諏訪子はニヤニヤと優しい笑みをしながらこちらの顔を覗いてきた。
「な、なにさね」
「べつにー。ただ優しいなーって。優しい白蛇のためにお茶でも淹れて来てあげようかねー」
そう言って腰をあげる諏訪子を見送ってこちらが困惑した。
なんともまぁ、変わった子だ。
本当にここは居心地がいい。こうして日々を送っていたら四季が一周してしまっていた。そしてどれだけ経過してしまったのか。十年、いや百年近くか。もうそんな事しか覚えてない。
だがそんな平和な時間にチャチャを入れる様に諏訪子は飛び出してきたのだった。
「大変だ白蛇!」
「なにが大変なんだい?」
「戦争だ!」
よろしい。ならば戦争だ。
肆
さて、唐突な戦争という聞きなれない言葉に困惑する私だった。話をざっくり纏めると、こう言う流れらしい。
なんでも大和の神、つまり
が、元神様のなり損ないとしてその意味は凄く分かるものがある。信仰は神様の本体。生きる糧であり全てでもあるのだ。だから攻めてくるのはわかるのだが、そこで戦争が出てくるてん少々物騒だ。いや、そこまで執着するぐらい大事なのは勿論わかっているのだが。
焦る諏訪子はあわあわと左右上下と忙しなく慌て始めるが少し鬱陶しい。
「慌てなさんな」
「あわっ……」
動く体を止めようと後ろから此方に体を押し付ける様に抱いた。暫くたった彼女も冷静になったのか見上げるように私の顔をみた。
「さて、今回の戦争は信仰を奪う事さ。だからまず民を襲う事はないだろうね。そんなことしたら印象ダウンさ。誰も信仰なんてしてくれなくなる。だからこそ
「つまり私だね」
「ああ。安心するなとは言わないが巻き込まれるのはあんただけだと分かって少しは安心しただろうよ」
諏訪子がこれほどまでに慌てていたのはきっと民の事を考えてというのは普段の言動を見ていて分かる。彼女は正真正銘の神様なのだ。民の事を考えそれに答えてやる諏訪子の姿を見ていた私は彼女の不安点が直ぐに伝わった。
だから、彼女には安心させるべく戦うのは諏訪子だけだと認識させた。
「うん、うん。分かった。民のみんなも白蛇も私が守るよ!指一本触れさせない、返り討ちにしてやる!」
「おーおー頑張れ頑張れ」
意気込む諏訪子にそれなりのエールを送った。私のできる事なんてこの程度である。
たかが言葉、されど言葉。言葉には力があると言うのは永琳との間に実証済みだ。ならば私は諏訪子を見守るに徹しよう。
「私は遠くから応援してるよ。これは頂点同士の話だから私が関与する事はなにも出来ない。ただそれなりの言葉を送るさね」
「うん、ありがとう。それと……」
「あん?」
まだあると言うのか。彼女は前だけを向いて戦争の準備だけしてるだけでいいのに。
そう思うが彼女も少しは目をウロウロさせながら口を開くのだ。
「あれ、欲しいな」
その言葉に察した私は苦笑した。
やはり見た目と同じでまだ子供だと思ってしまう。でもしょうがないこう言う時は誰かに背中を押されると元気が出るものだ。
「大サービスだ」
私の『幸せを前借りする能力』を発動して腕に抱いた。小さな体はスッポリと収まり同時に『他人の不幸や悲しみを背負う能力』を発動した。彼女は目を閉じて身を委ねた。さて、
「行ってきな」
「うん」
「遅かったね」
「待たせたね」
そこにいた人物、彼女こそが
さてこの戦いがどうなるのか。私には知ったこっちゃないというのが現実。
私は神様でもなければその辺の妖怪なのだ。諏訪子とは良き友好関係を築いている。でもそれでも、買っても負けてもどっちでもいいなと言うのが本音。なぜなら、諏訪子が負けても勝ってもこの関係は続くし、何より信仰どうこうの奪い合いをしているが共存したほうが手っ取り早いと気づいているからである。この戦争、正直お互いの力比べでそれ以上のことはないと確信している。
神奈子は焦っているのかまだ気づいてないが、戦いが終わって冷静になれば確実に気づく。神奈子は頭が良さそうだから。
「さって、お茶でも淹れますかね」
伍
「「これで終わりだぁぁあ!」」
何杯目かのお茶を頂き二人の戦いは幕を閉じた。
結果、諏訪子の負けである。あ、やっぱ負けたかと心の声で呟く。諏訪子は神様ではあるが大和の神と比べたら未熟なのだ。応援しておくと言っておきながら、やっぱり神奈子だったかと予想が当たると少し満足げになる。
「私の勝ちさね」
「おめっとさん」
二人が空から落ちてきた。
諏訪子は気を失って頭にカエルが三匹クルクル回るようにして気絶している。神奈子は肩で息をしながら私の顔を見て苦笑した。
「おめっとさんって……。あんた諏訪子の友達なんじゃないのかい?」
「いやはやしがない普通の妖怪なもんでね。性格が悪く出来てるのさ」
「にしては諏訪子を介護するんだねぇ」
「地面で寝たら体が痛くなっちまうじゃないか」
そこにあるのは善意である。特に他の感情はない。
神奈子は座ってお茶飲む私の隣にやって来た。飲むかい?と聞くと頼むよ。と返ってきた。二人で暫くお茶を飲んでから、きりだしたのは神奈子だった。
「なぁ、この子は凄いね。久々に私も本気で熱くなっちまったよ」
「ほう、いい運動になったじゃないか」「誰がデブだって?」「言ってないさね」
ははっと神奈子は微笑んだ。この顔は多分、気づいた顔だ。
「私思うのさ。この子となら、諏訪子となら上手くやっていけるってね。だから、奪うんじゃなくて一緒に共存していけばもっと信仰が増えて、お互いが得するんじゃないかって」
「ああ言うと思ったよ。それにここの民からは信仰を奪えないさね」「おやどうして?」
「ここの民は諏訪子を愛してしょうがないのさ。だから諏訪子を討ち取ったと言っても民は誰も耳を貸さないよ」
そこまで話して神奈子は驚き黙り、そして次第に大笑いし始めた。
「あんた、そこまで分かってて諏訪子に戦わせたのかい?食えないねぇあんた面白いよ」
「意味はあっただろう?神奈子だって諏訪子の実力を認めれたじゃないか」
「そうさね」
神奈子は湯飲みの中に入ったお茶を体に流し込むと立ち上がった。
その顔は凄くいい顔をしており明日からが楽しみだと言いたげに輝いていた。
「さて、私はもう帰るかね。また後日来るよ。その時に正確な策を練ようか。お茶ご馳走様」
「お粗末様でした。待ってるよ」
これで二人の会話は終了である。
また後日やってきて話して新たな神を作り出すことだろう。これがこの物語の終幕。エンディングロールは流れているのだ。
え、まだ陸をやってないって?そんなもん知らんのさ。終わった話をどう続けようと言うのかね。
「あ、そうだ。白蛇、さっきの戦いでこの地面崩れやすいから気おつけな」
「ご忠告ご苦労。またね。」
そう言うと今度こそ神奈子は飛んで国へと返っていった。
それを見届けてから諏訪子の頬を優しく叩く。
「う……ん……。あ、白蛇。私、負けちゃった」
「知ってるよ。お疲れさん。神奈子との件だがまぁ悪いようにはならないさ。だから今は良くお休み、後日神奈子が来るからその時に正確な話をすることになった。だから安心して眠りな」
「そっか、じゃあ安心だね……」
その言葉を聞いて諏訪子は眠るように瞳を閉じそうになる。
ここで寝ても痛いと教えると、上手く能力を操り土で体を神社の中へと入れた。なんともまぁ便利な能力だ。と感心しながら私は腰を上げて神社の中へ入ろうとしたその時だ。
「どぅばふぇっふっ!?」
先ほどの神奈子の忠告をもう忘れていた。地面は崩れどんと下がり下へ軽く三メートルぐらいまで落ちていった。その際にこの作り物の体は完全に崩れさり跡形もなく消える。そして残った私は汚らしい蛇の姿へと戻るのだ。
「ど、どうしたの!?白蛇!!」
とんでもない叫び声をあげたからだろうか。寝ていたはずの諏訪子は飛び起き慌てて此方の様子を見に来た。
そして、地面が崩れたのを確認して急いでその穴を覗くのだ。
「えっと、白蛇って名前の通り蛇だったんだね……」
そう言えば初めてこの姿を見せたなと思う同時に見られたと言う羞恥を覚える。
だが、そんなことよりも私は諏訪子へ要求するのだ。
「すまん。助けてはくれんかね?」
「へー白蛇って本当に蛇だったんだねぇ」
「そうそう、私も驚いた」
そして後日。神奈子は約束通りやって来た。妙にテンションが高く諏訪子も警戒していたが、神奈子の好意的な姿勢に折れて意気投合してしまい、雑談に花を咲かせる。神奈子の言う通り、二人は明らかに上手くいっているようだ。
そして、信仰と生活の共存も二人の仲でなにも異論反論なかったようで、二人とも得するならそれに越したことはないよねぇと合致してしまった。これにて一件落着。さて、じゃあ私はこれでオサラバといこうか。
「よっし、じゃあな諏訪子。これにて私はバイバイだ」
「ふぇ」
神奈子と二人で話していると諏訪子はその言葉に目を見開いた。唐突だったからかそれとも話しが見えないからか。諏訪子は目をパチパチとさせなにを言ってるか信じられないと言ったようにしているのだ。
だが、これは当然の結果といえよう。元々私はここの神様でなければ、大和の神でもない。それに、私がここにいたのは諏訪子が一人つまらなそうに何処かを見ているのが酷く可哀想に見えたからなのだ。
今の諏訪子にはこうして神奈子という新たな家族がいる。ならば私はもう邪魔なのだ。
人としての体はあれから時間も経ったから妖力を集めなおして作り直した。これなら人里に向かってもなんらおかしくない。
確かに唐突に諏訪子に別れを切り出したのも事実。なんの相談もしなかったのも悪いと思う。でもこの話の終着点がキリがいいとしか思えないのだ。行きたい場所がある訳じゃない。どこかに帰るべきところがある訳じゃない。
でもこのまま居ても自分は変われないと思う。だからいくのだ。自分探しの旅へ。
「ありがとね。諏訪子、もしこの先また出会えたら酒でも飲もうや」
「ま、待って白蛇!」
その言葉を聞こえてなお、聞こえないふりをして神社から出た。
「ま、まって白蛇!」
私は理解ができなかった。頭が追いつかなかった。
白蛇は、今までずっと一緒に居てくれた人が唐突に消えようとしていたのだ。その事実を認識してからも足がすくんで白蛇を追いかけることができない。
それは何故か、怖かった。何か怒らせるような事をしてしまったんじゃないか。何か嫌な事があったんじゃないか。いろんな事を頭に浮かんでは霧散していく。私は白蛇の背中を見ていることしかできない。
そしてついには階段から降りて背中が見えなくなっていく。
「白蛇……」
「………ほら、行かなくていいのかい?」
「………」
「あんたが一緒に居たいって思った男だろう?なら、その背中捕まえてきな」
その言葉が心に染みた。
そうだ。私が白蛇といつまでも語って飲んで笑いたいと思ったのだ。ならば行かなくてどうする。ここで別れてしまったら、多分私は一生後悔する。
「神奈子」「なにさ」「ありがとう」「グッドラック」
私は神社を飛び出した。走る走る走る!白蛇の背中を追いかけるように!
「ああー諏訪子、すまんね」
「あれ、白蛇?なんで戻ってきてるの?間違って追い抜いちゃったよ?」
「いやーそれがこの子見てよ」
「子供?」
「ああ、捨て子」
陸?
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子供の落書き帳
◯月△日
なんときょうはすわこさまにらくがきちょうをもらいました。
これからまいにちつけていこうとおもいます!すごくうれしかったです。
◯月◻︎日
きょうはすわこさまとかなこさまとあそんだ。
すごくたのしかった。あやとり?っていうのをおしえてもらったの!でもわたしたちいがいにもだれかいるみたい。すわこさまにきくと、彼ははずかしがりやなんだっておしえてくれました。はずかしがらなくてでてきてほしいなぁ。でもかくれんぼみたいでたのしいね。
◯月→日
きょうはちかくのおともだちたちとおにごっこをしました。
あそぼ!っていってきたからわたしもいいよ!って。はじめておそとではしりまわったけどすごくつかれた。
でもあねとーってみんなとわらってばいばいしたからきもちがいいです。いまこうしてかいてるとちゅうにせきがではじめっちゃった。すごいかなこさまがあわててたけどだいじょうぶだよーっていったの。かなこはしんぱいしょうだなぁ。
「……それで、この子どうするつもりだい?」
近頃この洩矢神社で共に生きることとした大和の神、八坂神奈子は眉を顰めて困惑したように口を開いた。
彼女は目の前にいる小さな金髪少女、洩矢諏訪子と色をぐちゃぐちゃに混ぜた結果のような濁った髪をした男、白蛇の二人が抱く赤子を見ていたのだ。
彼女は最近、というより今日から一緒に生活するわけだがこのなんとも言えない光景にこれからやっていけるのかと頭を抱える。
だが、その一緒に生活するであろう、洩矢諏訪子と白蛇の印象や態度になんの不服もなくこれからが楽しみだと思っていたぐらいなのにどうしてこうなってしまったのだろうか。
「といってもねぇ……。だってこの子捨てられた子供でしょ?このまま放って置くのも可哀想だよ。それに、最悪死んじゃうのかもしれないよ?」
神奈子の問いに最初に反応したのは諏訪子の方だった。
彼女は首を傾げながら現状確認をする。だが、短い付き合いながらも彼女がこの先なんて言おうとしているのか察することができる。
「この神社で預かっちゃえば」「ダメだよ」
ほら見たことか。
私は諏訪子の言葉を遮るように言葉を投げる。その後、彼女は「むぅ……」と本当の子供のような視線を向けてくる。それはまさに玩具を買ってと親に喋りかけダメだと否定されたような感じだ。また見た目と大変合っていたためなんだかズルく思える。
「あんたは黙ってないでどうなんだい?」
次に私が問うのはさっきから何処か遠いところをみて心にここに無いと言う表情をした白蛇にだった。
彼は面白い奴だが食えない奴でもある。だからこそ黙っていた彼の言葉が気になった。
「私かい?っても正直どうでもいいねぇ。その子が野垂れ死のうが死まいが関係ないし」
これは意外な言葉だった。
彼はなんだかんだで優しく助ける掌を持っていると思っていたのだが。神奈子は若干の印象に違いに首を傾げるとやはりと言うか続きがあるようだ。
「ただこうして見つけちまった子がその後で妖怪に食われた死骸とかあっても気分悪いねぇ。そうさね、私も出切れば諏訪子の意見には賛成さ。ここで保護しちまえばいい」
「やっぱりそうだよね!白蛇ならそう言うって信じてたよ!」
黙っていた諏訪子が白蛇に飛びかかるようにして喜びをぶつけた。
彼もこの子を保護する方に賛成のようだ。と、いっても私も反対な訳ではないのだ。ただ、人の子を育てるということに自覚と覚悟を持って欲しかっただけで。だからこそ、反対な意見を私は述べなきゃならない。
「私は反対さね。私たちは今生きることに精一杯なのに人の子なんて育ててる余裕はないね」
「う……。そう言われると悲しい」
諏訪子は雨に打たれたような表情をして事実を改めた。八坂神奈子は信仰が足りなくなって、存在を保つのが危うかったのだ。だからこそ諏訪子の元へ信仰の略奪を図り、失敗して共存の道を選んだ。
だが共存を選んだところでこのまま常に信仰を保てるかはわからない。もしかしたらそのまま消滅だってありえるのだ。危機に陥った時、果たして子供まで目を配ることが出来るだろうか。
はっきり言うなら、それはなかなかに難しい。
「ふむむ、うん。白蛇ー」
諏訪子は頭を使い考えたあと直ぐさま白蛇に助けを求めてしまった。彼女なりに考えたのだろうが喋りなら神奈子の方が上手である。つまり自分が話したところで説得できないと感じたのだろう。
頼られた白蛇は頭を掻くようにはいはいと促して私を見る。相変わらず長く汚れたような髪である。
「おいおい神様ともあろう者が弱気だねぇ」
「なんだって?」
白蛇が私の目を見据えて言葉を投げる。どうやら挑発を選んだらしい。
さて、納得させることができるかな。
「お前さん方は神様だろうに。なら人の子の一人や二人面倒見れるくらいの寛容さが欲しいと思わないかい?」
「ふむ、例えその寛容さを持っていたとして果たして私たちはこの子をなんの苦労もなく成長させて時間とともに死なせれるかい?」
「それが違うのさ。子供に苦労させんじゃなくて一緒に背負って支え合って生きてるかって話だよ」
なるほど。私は少し納得してしまう。
私は神様故に人この一人や二人をなんの苦労もなく生活させ、楽して死なせるようなものを求めていた。神様としてそれが最大の慈悲だと思ったからだ。だが白蛇は共に生きる事に価値を覚えろと投げたのだ。これは一本取られたかもしれない。
そして彼は追い討ちをかけるように言葉を続けるのだ。
「それにもし神様が子供を見捨てただなんて村人が知ったらどう思うかねぇ。下手しなくても信仰はダダ下がりだと思うけれども」
「そうだ!今生きる事すら難しいよ!」
白蛇の言葉に諏訪子も同意して意見を主張した。
なるほど、この妖怪は神様に一種の脅しをかけたのだ。そして思う、やはりこいつは面白いと。これで私は完全に納得された訳ではないが否定する事もないと思ったため認めることにした。
「ああ分かったよ。私の負けだ。この子をこの神社で世話をしよう」
「やった!」
「でも条件はあるよ」
私は確かに認めている。だが、最後まで世話するなんて言っていない。
「ある程度成長したら、しっかり親探しをしよう。人の子は人の手で育てるべきだ」
白蛇は納得したように頷き諏訪子は不服そうな態度をとる。
これにて一時的な交渉は終了である。
陸
◯月×日
きょうはかなこさまにかんじって言うのをおしえてもらいました。
少しづつおぼえていこうと思うけどやっぱりうまくかけない。かなこさまはびみょーなわらいかたをしてゆっくりおぼえていこうって言ってくれました。かなこさまはたまにきびしいけどほんとうに優しいひとです。
あ、「優しい」って言うじはかなこさまにおねがいしておしえてもらいました。このことばはわたしはとってもだいすきです。うまくかけたかなぁ?
◯月☆日
きょうはおそとであそぼうとしたらかなこさまに止められちゃった。きょうもおべんきょうをおしえてくれるそうです。
でもわたしはおそとであそびたいです。たしかにかなこさまとのおべんきょうはたのしいけどおそともとってもたのしいのです。
◯月←日
今日もお外にだしてくれないかなこさま。ちょぴりわたしもおこっちゃってかなこさまをこまらせちゃった。
ごめんねって言いたかったけど、かなこさまもわるいもん。わたしのおはなしきいてくれない!……でもあとですわこさまに教えてもらった。さいきんわたしがこんこんしてるからしんぱいしてたんだって。
だからわたしはごめんねって言うの。そしたらいいよってわらってくれました。わたしもつられてわらってしまいました。かなこさまは優しいなぁ。
「神奈子の過保護っぷりは凄まじいねー」
私は中で勉強している神奈子と
そうそう、拾った子の名前は
そこで私はこの子を拾う、いや見つけた日の気温や風を思い出しながらこの名前を提案した。あの日はとっても優しい微風が吹いていたのだ。暖かく包んでくれるようなこの風はもう何百年と生きてきて初めてと言えるぐらいのものだ。
そのままそよかぜって名前でも良かったけど、私たちは二人の神様の影響のせいか髪の色が緑色に変わったから縁風。この色もとっても優しくて私は好きだ。
縁風はもう三つになった。最初は歩くことすらままならぬ。と言ってもどこの家でもそうだろうけど難しくて何度も転んでしまっていた。その度に私が駆け寄るより早く神奈子が抱きついてよしよしと慰めている姿は凄く良い女性のそれだった。私だってかなり早く駆け寄ってるはずなのに一度たりとも勝てたことはない。
「ねぇ、そろそろ会ってもいんじゃない?縁風も気づいてるみたいだしさ」
「・・・」
私はどこかにいるであろう彼に言葉を投げた。おそらく近くにいる。でも私は見つけない。探そうともしない。
彼は縁風を見守ることだけにするそうだ。
投げた言葉は木霊になって消えていくが私はそれ以上のことはしない。
「まぁいいけどね」
私は中で勉強する二人に視線を戻してその光景をみて微笑んだ。
おっと、どうやら縁風が私の姿に気づいたらしい。
「すわこさまー!!」
「よっと。急に抱きついてきたら危ないよ」
「だいじょうぶだもん。すわこさまがまもってくれるから!」
「そりゃ守るけどね」
まぁ可愛いから良いや。小煩い説教は神奈子の専売特許。私は常に甘やかして過ごそう。そっちの方が私も良い気分に浸れるし。
えへへーと胸に頭を押し付けてくる縁風の髪を撫でながら私もにっこりと笑った。
「諏訪子、だからあんまり甘やかしちゃいけないって」
「いいのいいの。私は神奈子と違うから」
「いいのーいいのー」
後から注意するように言葉をしながらやってきた神奈子。彼女も注意するように言ってはいるがその顔は嬉しそうにしていて微笑ましく感じているのだろう。神奈子はなんだかんだ言いながらもこの子を本当に愛しているのだ。
何かあったらいち早く駆け寄り励ましの言葉を送る。本当に良い母親だと思う。
そうそう、母親と言えば。成長したら村の誰かに、それも信用出来る人を探して預ける話だったのだが。言い出した本人である彼女が「人になんて預けない、縁風は私の子供だ!」と言って聞かなかったのだ。
というのも一応しっかり村人全てに調査して観察して良い候補はいっぱいいた。それでも神奈子は心配だったようだ。それに、私も絶対に預けないだろう。それ程までに愛してしまっているのだから。
それになりより、縁風にとって一番不安になってしまうんじゃないかとも思った。子供は唐突な環境の変化についていけないからだ。色んな感情を学習して行っているこの現状で親が変わってしまったら不安で押しつぶされてしまうだろうと言う判断。
結局、縁風は本当の守矢神社の祝子になった。
「こほこほ」
「ほら、やっぱり縁風も咳し始めたじゃないか。やっぱりもう少しは安静だね」
「本当だ。咳、治んないね」
咳をし始めた縁風を見て私は目を細めた。
この前、村の子供たちと元気にはしゃいで遊んでいた日の夜頃だ。縁風は咳をするようになった。あの時の本当に楽しそうに笑っている縁風を私と神奈子はずっと見守っていたのだが、あんな顔を見せられたら外で遊んじゃいけないなんて言えなかった。
そう、この子は生まれつき体が弱いのだ。
本当に幼い頃、やっと言葉を口にするようになったぐらいの事だ。この子は物凄い熱を出してしまった。今の医学力ではこの子を十分に治せる技術はない。大きな熱を引き起こせば命に関わる。
だからあの日の夜は大変だった。ひたすら私と神奈子で生命力や霊力を注ぎ込んで命をこの場に止め続けた。それも二週間近く。私も神奈子も死に物狂いで息を切らしこの子を守った。
こうなった現状を思うとやはり人に預けなくて正解だったと思える。
「さて、ちょっと長く勉強し過ぎたかね。縁風、お昼寝でもしようか」
「えーまだねむたくない」
神奈子が気を使うように言葉を発するが本人である縁風は頬を膨らませた。
遊び盛りの子供の素直な反応である。
「あー私も眠くなっちゃったかな」
私はワザとらしく眠たいと言う。神奈子のためでもあるし、縁風のためでもあり。
でもこの言葉に食いついた縁風は目を輝かせた。
「じゃあすわこさまといっしょにねるー!」
「なっ」
手を上げて元気に言った。
それを見て驚愕の色に顔を染める神奈子。申し訳ないけど縁風の好感度が高いのは私の方なのだ。いつだって厳しい母親とかは幼い子供からは好かれない。だけど時間が経ったあとでその良さに気づくものなのだ。
「じゃ、じゃあ私もねようかなー」
「んー。いいよー」
「そのんーはなんだい!?」
なんともまぁ哀れな神奈子だが仕方がない。
さて、私もいつも縁風に構ってあげている訳じゃないから今日はゆっくりと時間を過ごそう。さーておやすみなさい。
×月↑日
今日でこの日記も付け始めて四年目。生まれて八つでしょうか。
ふと昔の頃の日記を読んでいたらかんがい深くなったのでそのことを書こうかと。なんというかやはり昔の私は字がまだ覚えたてのようでかなり読み辛いものでした。
それにずい分と我がままな子のようで。神奈子様も手がかかった子だと笑っていました。少しばかし気恥ずかしいものがあります。
さて。なぜ私が昔のことを読み返したのか。それは今私が飼っているこの鴉さんが原因なのでしょう。
「これはこれは……。どうしたものでしょう」
私が朝目が覚めて顔を洗い神社の外へ出る。いつも浴びている朝日に感謝を込めて目を瞑り伸びをしていたときです。
いつもの風景とは見慣れない黒い羽が地面に散っていた。その羽はどこかへ続くように神社の裏の林へと向かっていたのだ。私は息を吐いて駆け足でその方角へと進んだ。
口からは白い息が出る。そしてその息を覆うように首に巻いた綺麗な白い布と金の刺繍が施されたマフラーが風に揺れた。そうしてその場所にたどり着く。
「………カァ………ク」
その羽の正体、それは知っていたことだが鴉であった。こちらに気づいた鴉は睨むような鋭い眼光をして警戒し私を威嚇した。だが地面に倒れ伏せ羽を撒き散らす鴉の威嚇は哀れにしか思えなくて怖いなどの感情は抱けなかった。
羽からは何かが刺さっていたのか血を流している。死ぬかもしれないという覚悟を持って生き延びる為に木の実でも探しに林にやってきたのだろう。
「そう怖がらなくてもいいですよ。私はあなたを襲ったりしませんから」
ゆっくりと近ずいて屈んだ。鴉さんをよく見るために。
鴉も抵抗する気力がないのか、諦めたのか、どうという反応はなかった。そして近くで見てわかる。酷い傷だと。何かの妖怪にでも噛み付かれたのか、大きな牙のような痕がついていた。
が、疑問を覚える。はて、鴉が自分の力で刺さった牙を抜けるだろうか。私は不思議に首を傾げながらもその鴉を優しく手に包むように抱いた。
「このままじゃ本当に死んでしまいます。どうか私を信じてください、鴉さん」
鴉はなんの返事もしない。
それを勝手に承諾だと判断して私は神奈子様と諏訪子様の元へと向かった。
「諏訪子さま、神奈子さま少しよろしいですか?」
私の言葉に炬燵の中に入ってお茶を啜っていた二人はこちらに顔を向けた。
「どうしたの?」
「なんだい、その黒いのは」
神奈子様が私の腕に抱えている鴉さんを見て言葉を投げた。
その今にも死にそうな
「この子、どうにか助けていただけませんか?」
私は懇願するようにお願いをした。
見つけてしまったのだ。このまま放置して死んでしまったなんてあまりにも後味が悪い。それに、救える命は救いたいというのが緑風の心情である。
が、お願いするまでもなく諏訪子は鴉に近づき傷口に手を伸ばしたのだ。
「よっと」
傷口をなぞるように指を滑らせる。
そしてその後には怪我なんて最初からなかったように消えてなくなった。
「す、凄いです。諏訪子さま!!」
「まぁねー」
彼女は得意げに鼻を鳴らした。
鴉も驚いたように硬直したがすぐには飛べることに気づき早苗の頭の上を回る。
「よかったですね、鴉さん」
「カー」
そういって早苗ははにかむのだった。
「で、その鴉どうするんだい?」
喜びもつかの間神奈子は早苗に問うた。腕を組み困ったような表情を浮かべながら。
「どうって。このまま自然へと返すんですよ?」
「えー、飼っちゃいなよ」
私はごく当たり前のことをおっしゃるように言う。諏訪子様はなんだか楽しそうなことをいっていたが。
それを聞き神奈子は息を吐いた。
「どうとは言わないけど、鶴が恩返しにくるようなこの世の中だ。その鴉も恩返しするまで帰りそうにないじゃないか」
私は鴉さんの方へ目を向けると神社の柱の上に巣のようなものを作り始めている鴉さんと目があった。
鴉さんは活気のいい声で鳴くと巣作りの続きを始めた。私は困ったように神奈子様へと視線を戻すと苦笑いをしながらお願いをするのだった。
「神奈子さま。その、この子家で飼ってもいいですか?」
「いいもなにも勝手に家作ってるよ。うん、まぁいいんじゃないかい?生き物を飼って命を学ぶのも立派なお勉強さね」
「そうそう。それに死に損なったならまた同じ妖怪に襲われかねないからね」
確かに、それもあり得なくはない話。
次に出会ったら今度こそ食べられてしまうかもしれない。そう思うとしばらくは家で飼った方が安心かな?
「ありがとうございます。鴉さんもよろしくね?」
その言葉に返事するように鴉は鳴いた。
「さて、もう眠りましょうか」
私は体を清め、食事をとり後は寝るだけとなった。外もすっかりと夜がふけて妖怪たちが活発となる時間帯。
この守矢神社には二人の神様がいるからこそ安心して眠れる。下の村の人々は外に火を焚いたりそれぞれの明かりを灯すことによって妖怪たちから身を守ってるのだという。
そう考えると、拾い子の私は生まれは不幸かもしれないが今はなんとも恵まれた生活をしていることだろう。
だからこそ、少しでも恩返しやこの神社のためになることをと勉強に巫女の心得を学ぶのだ。
明日も朝が早い。だからこそ私は就寝する。
ではでは、おやすみなさい。
67→→→→→63
『二年前。緑風は外で待つ。寒い冬空の下彼女は自分の育ての親である八坂神奈子、洩矢諏訪子の帰りを待ち続ける。何時間という時を』
「じゃあ行ってくるね」
「寒いから中で待っててね。きっとすぐには帰れないから」
「うん、いってらっしゃい」
そういって二人は下の村へと飛んで行ってしまった。
私は二人が何をしに村に行ったのかしらなかった。夕日が沈みかけている今頃、二人は唐突に険しい顔をしたかと思うと準備をしていた姿をしっかりと覚えていた。
こんな時間にどこへ行くんだろう?いつ帰ってくるのかな?大丈夫かな?私は初めての状況に戸惑う。
「はぁ・・・。寒い・・・」
息を吐く。季節はすっかりと冬へと変わった。出かけてしまった二人を待ってもう二時間は経とうとしていた。彼女は神奈子の言葉を守らず外で待ち続けた。空は暗くなり、月が顔をだした。それでも二人は帰ってこない。
「あ。ゆき」
どうりで寒いはずだ。空から深々と白い雪が降ってくる。緑風は手に息をかけた。
一時的に暖かい熱気を感じては、雪がその温度を奪う。それでも彼女は中には決して入ることはない。
「帰り、おそいな・・・」
さらに一時間だろうか。いや三十分。正確な時間などわかるわけがない。
だが彼女にとっては本当に長い時間のように感じた。本当に長く。だんだん寒さで体の感覚がおかしくなってきた。痙攣し、呼吸が荒くなる。だがやはり彼女は中には入らない。
それは二人が帰ってきたらおかえりなさいと笑顔で迎えてあげたいからだ。少しでも早く二人のことを感じたいのだ。ずっと二人に守られてきた彼女にはこの時間はとても寂しく感じた。
「わふっ」
緑風は頭に何かがのっかった感覚をへた。最初は大きな雪の塊が降ってきたんだと思ったがそんな雪はない。彼女も雪ではないと気付いたのかそれを手に取った。
白い布だった。金の刺繍が施された雪のように白く、だが暖かな布。
彼女はそれを首に巻いてまた手に息を吐く。
「あたたかい」
彼女は微笑んでその白いマフラーを頬で感触を得る。とっても優しくて気持ちのいい肌触り。
私はこれは凄く好きなものだと思う。誰がくれたのかはわからない。もしかしたら神様かもしれない。そう彼女はどことなく呟いた。
「ありがと」
私はこれを世界で一番大切にするよと。
「よ、緑風!あんたまだ待ってたのかい!?」
「あ、おかえりなさい!」
神奈子は慌てたように緑風に抱き着いた。嬉しくて、心配で、たまらなった。
抱き返してくれる緑風を優しく包むように頭をなで申し訳なくなって額を緑風の額に合わせる。
「こんなに冷たくなっちまって・・・」
「用事はおわったの?」
「ああ。終わったよ。本当になんにもなかったように」
神奈子はどこか含みある言葉で伝えると緑風を抱っこして神社の中へ向かった。
「さぁ入ろうか。体を温めなきゃね」
「うん!」
二人で神社へ向かう姿を微笑ましげに見つめ諏訪子もその後をついていく。
そして緑風の首元でひらひらと舞う白い布を見て諏訪子は思わず尋ねるのだ。
「ねぇ緑風、その布どうしたの?」
「?わかんない。ただ空からふってきたんです」
「誰か人は見た?」
「ううん。だから神様からの贈り物かなって」
ふーん。と諏訪子は頷いた。ただ話に相槌を打つように。だが内心彼女は焦っていたのだろう。その理由は彼女にしかわからないのだが。
これが彼女の緑風物語。忘れてしまっていた記憶の断片の一つ。
64←←←←←63
『次の日を迎えた緑風は布団の中から出られずにいた。高熱がひどく、彼女を苦しめる。そして彼女は蛇と出会う』
漆
「こほ・・・こほ・・・」
次の日目を覚ましたら全身が暑くてしょうがなかった。体中も痛いしのどもイガイガして痛い。だからとっても苦しい。神奈子様と諏訪子様が様子を見に来てくれたけど風邪だって。今日は一日寝てなさいって。
本当は寝たくなんてないけど体が痛いから素直に言うことを聞く。
「むぅ・・・。本当だったらお外で雪遊びしたいのに」
昨日の雪はあの後も降り続けてやはり積もった。
遊び盛りの子供たちからしたら絶好の遊び日和である。それをできなくなってしまった彼女はとっても悔しかった。
「こほ・・・。ん、苦しい」
どうこうと頭の中で不満は出てくるがそれに伴うように苦しさがあふれてくる。
ただ寝ているだけだというのに酷く疲れてしまっていて力を抜いたら眠ってしまうだろう。それが悔しくて彼女は意地で起きていたがだんだん体が耐え切れなくなっていきついには眠ってしまった。
一人静かな部屋に彼女の咳と息苦しそうな音だけが物静かに響いた。
だが彼女を包む静けさを不意に破るものが現れる。
「ああ、こんなに苦しそうに。可哀想だ。変わってあげれたらいいのに」
「(・・・だーれ)」
その声に彼女は瞳を開けれずにただ耳で感じた。
聞いたことのない声だ。でも優しくて、暖かな声だ。その声だけで彼女は安心して夢をみれそうなぐらいに。
「こんな時しか親面できない大馬鹿野郎を許しておくれ緑風。でも私はずっとお前を見守っていてあげるよ」
「(そっか。あなただったんだ)」
彼女は昔から三人家族だと思っていた。神奈子に諏訪子、そして緑風の。でも気づいてもいた。この三人以外にもう一人いると。いつも優しく見守ってくれているのに私に姿を見せてくれない。一度たりともだ。
だから彼女の中で勝手にかくれんぼだと思い、いつか見つけてあげようと思っていたのだ。
「(でもごめんね。今はまだ見つけたよっていえないね)」
彼女は眠りながらにも申し訳なさそうに謝る。
そんな彼女を元気づけるように優しくそっと手を握られた。すごく暖かった。
「一人でも寂しくないようにずっと手を握っててあげよう。それと、優しいおまじないも一緒に」
彼女はその言葉にすっかり心をゆだねてみる。
なんだかすごく安心して眠れそうだ。
それから誰かはずっと私の手を握ってくれていた。何十分も何時間も絶対に手を離さずに。
どれくらい経ったか、彼女は凄く楽になれた気がして一瞬だけ薄く目を開けた。
「(しろいろ)」
それはとっても美しい白髪。白銀のようで穢れなき美しい白に彼女は見えた。
そしてその色は一生宝物にしようと思ったあのマフラーと同じような純白。ああ、あなたはずっとそばで見守ってくれていたんだね。そう彼女は内心呟いて深い眠りに向かった。
68←←←←←64
「なんで。忘れてたんだろう」
緑風は目覚めるなり最初に呟いた言葉はそれだった。
本当にどうして忘れていたのかは分からない。でもこれは自分にとって大切なことだったのは確かなのに。
「あなたの恩返しなんですか、鴉さん?」
自分の部屋の柱で眠る鴉の姿を見て彼女はそういった。
△月@日
あれからまた二年の月日が経ちました。鴉さんもすっかりこの守矢神社の神様のように見守る存在となり日々子供たちを空から見守っています。
年齢も十に。まだまだ小さいですが心はすっかり大人です。どうです、成長したんですよ!
「そういえば諏訪子、あの緑風にあげた落書き帳どこで手に入れたんだい?」
「んー、ちょっとしたことでね」
「にしてもあの落書き帳は便利なものさね、どれだけ書いてもその分ページを増やしていって。終わらないからまた与えなくてもいいけど。いったいどんな力があるんだろうね」
「さすがにそれは私も知らないな」
神奈子自身すごく便利なものだと思っている。終わらないノートだ。どれだけ書いても減ることはない。
だからこそ書き始めた最初の自分のこともまた見直せる。こんなに素晴らしいことはない。
それともう一つ、神奈子には気になっていることがった。
「もう一つそういえば。白蛇のやつすっかり姿を見せなくなってしまったねぇ。まぁ元気でやっているならそれだけでいいんだけどさ。全くあいつもいたら子育てはもっとスムーズに進んだものの。誰かさんが甘やかせてばっかりだから」
「えー、だって可愛んだもん。しょうがないよ。それに白蛇だってこうするんじゃないかな」
「どうだかね。なんだかんだ厳しそうなイメージだけど」
緑風が来て間もない頃は白蛇は毎日緑風にかまってあげていた。本当に大切に宝物のように。だが物心つき始めたぐらいだろうか。途端に姿を見せることがなくなったのは。
「まったく、見なくなったものだねぇ」
「本当、見えなくなったよね」
二人はしみじみと昔話に花を咲かせた。
☆月&日
昨日、好きな人ができました。唐突に告白されて、私も意識して顔が赤くなりました。
なんというか、今まで仲のいいお話相手だと思っていたのですが相手は私のことをずっとそう意識していたみたいです。諏訪子様に言ったらもう十八なんだし結婚する時期なんじゃないかと。神奈子様は凄く気に入らなそうに家に呼んできなと言ってました。挨拶させるのだと。
神奈子様、相手は一般の方なのですから呼んだところで挨拶はおろか姿すら見えませんよ。
「く、緑風を嫁にだなんて認めるか!」
「もすーぐそう言うんだから」
「だって緑風だぞ!世界一可愛い娘をその辺の平民の嫁になど渡せるか!?」
「いやあでもいい子だったじゃん。私たちのこと見えてないのにしっかり挨拶だとかお土産とかもってきてくれてさ」
諏訪子は神奈子の親ばかっぷり呆れた。正直私が緑風を外で遊ばせたのは正解だったと思っている。体は弱かったがそれを理由に外へ出さなければ彼女は本物の箱入り娘へとなっていただろう。
それに男の方も人のよさそうな人だった。凄く緑風のことを思っていてくれて見えていないはずの私たちにもしっかりと頭を下げた。
私としては彼以外に緑風の夫に合う人間はいないと確信している。彼ならば緑風を幸せにできると。それは神奈子とて一緒の気持ちなんだろう。ただ可愛い娘が嫁に行くのが寂しいだけの頑固親父と変わらない。それほどまでに神奈子は緑風を愛していたのだから。
だが、人の命はあまりにも短い。最高寿命は三十。だがふつうは二十前半で多くの者が亡くなり後半まで生きられる者など一握り。
つまり、緑風の寿命もあとわずかだということだ。それを神奈子もよく理解している。だからこそ口では反対しているが心の中では緑風の幸せを願っている。
さぁもう時は近い。
いつまでかくれんぼは続くんだろうね。
捌
+月:日
結婚しました。凄く幸せで暖かくて、いっぱいでした。
彼も私のことを本当に思っていてくれてずっと手を握ってくれました。本当に幸せであふれてしまいそうなほどに。
「おめでとう。緑風」
「おめでとう」
「諏訪子様、神奈子様、ありがとうございます」
式が終わって、二人はすぐにお祝いの言葉をくれました。
神奈子様は目元を赤くし涙に濡れながら。諏訪子様は心からお祝いしてくれるような笑顔で。私は生まれた時からずっと育ててくれた二人にどうしても言わなきゃならない言葉があります。
「お二人とも。本当にありがとうございます。私は今とても幸せです」
・月。日
夫が亡くなりました。私とその子供を置いて先に行かれたのです。幸せは一瞬です。でも、花びらのように散るからこそ美しい。そんなことを思いますが正直、余裕ありません。
私は泣きました。自分の娘を腕に抱えて大泣きしました。人の命は短いです。分かってます。だからつぎは私なんです。神奈子様も諏訪子様も神様だから一生年をとらず老いることをなく昔から今のままですが私ももうすぐなんだなって思えてきます。
いやだなぁ。死にたくないなぁ。
この子が大きくなるまでは傍にいてあげたいな。
「緑風、大丈夫だよ。私も、諏訪子もあんたの子もここにいるから。ちゃんと傍にいるから」
私は布団に倒れながら神奈子様に手を握られていた。
幼いころは気にも留めなかった。とっても大きくてだけど細くきれいな手。彼女は今にも泣きだしてしまいそうな顔を無理矢理押し込めて明るく振る舞った。少しでも私を心配させないように。
でも、その優しさが痛い。
「はい。わかります。とてもあたたかいです」
私はもうすぐ死ぬのだろう。それはなんとなくわかる。
随分前から体中はいうことを聞かず、ぼーっといたりする日が増えていてそれが一気に多くなったのだから。
でも、本当は死にたくなんてない。だって、まだやり残したことがいっぱいあるんだ。まだ教えたいことがたくさんあるんだ。まだ伝えたいことがたくさんあるんだ。
百でも千でも足りない言葉を用いて私の子供に、世界で一番愛してる君に届けたいことが星の数ほどあるんだ。
私が神奈子様に教えてもらったこと、私が諏訪子様に与えられた思い。そのどれもまだ一割もこの子に伝えられていないんだ。まだ物心つけず泣くことしかできないこの愛し子にたくさんのことを伝えたい。
でも、そのどれも口には出さない。
私の、私だけの思いだから。願いは口に出したら願望になっちゃうんだよ。だからそっと胸に秘めて祈り続けるのだ。幸あれと。
玖
「どこにいるんだ!出てこい!?」
私は叫び続けた走り続けた。
どこかにいるのに姿を見せない彼に。でも一向に返事は来ない。知っていた。私は何度も何年も名前を呼び続けたが彼が出てきたためしはなかったのだ。だから今回もどれだけ読んでも彼は現れないかもしれない。でもそれはだめだ。それじゃあダメだ。
だって、それで一生後悔するかもしれないのは彼なのだから。
「今合わなくていつ会うんだ!いつ言葉をかけるんだ!最後まで見守るとか言って出てこないつもりか。後悔するのはお前なんだぞ!」
神社の表で私は叫んだ。声が枯れるまで。喉が潰れるまで。
彼がなぜずっと緑風のもとに姿を現せなかったのは知っている。そして今出てこない理由も何となくわかる。それでも彼は出てくる義務がある。
だって彼は間違いなく緑風の父親なのだから。
「今合わなくていつ会うんだ!いつ言葉をかけるんだ!最後まで見守るとか言って出てこないつもりか。後悔するのはお前なんだぞ!」
諏訪子の声が聞こえる。
私はそれを木の上で眺めていた。そして諏訪子の激情を聞いて降りられなくなっていた。
このまま私が降りなければ緑風の死の直前を見なくて済む。見たくないものは見なければいい。だって嫌な思いをするだけなのだから。
「どの面下げて会えってんだよ・・・」
というのがすべて建前である。
本当は今すぐ会いに行きたかった。手を握ってやりたかった。
だが会ってどうする?緑風は私の姿なんぞ見たこともないし、会話の一つもしたことがない。そんな相手に手を握られても怖いだけだろう。だからそれは神奈子の役目なのだ。最後を見届ける資格は私にはない。最初から最後まで愛し接し続けた神奈子の役目。だからこそ諏訪子も早く戻るべきなのだ。行って最後を見届けるべきなのだ。こうして出てくるのはどれも逃げるための言い訳だと知っていても。
それなのに。どうして彼女は私を呼び続ける。どうして私にこだわる。どうしてそんなにも辛いことを言う。どうして、そんなに甘い事を言う。
言葉を胸の中で堂々巡りさせ私は踵を返そうとしたその瞬間だ。
「父親なら娘の最後ぐらい見届けろよ!」
息が止まった。
彼女は私を父親といったのだ。父親らしいことを何もできず顔すら見せなかった私のことを。それは間違えていった言葉に違いない。そう思いながらも私は諏訪子のもとへ降りたのだ。
諏訪子と正面に向かいあう。
「私は緑風にはあえない」
ただそれを言うために。
だがそれを聞いた諏訪子は歯をギシリとならし叫んだ。
「まだそんなことを言ってるのか。一番傍で最後を見届けたいのはお前のくせに!」
「違う。私は彼女の最後に立ち会う資格がない。あるのはお前さんだ諏訪子。今すぐ戻ってやりな」
「だからそういうことを言ってるんじゃないんだよ」
諏訪子は小さく呟いた。
私は何を言ったのか聞こえなくて耳を澄ました。だが次にいう諏訪子のセリフは前のものと違っていた。
「自分が最後まで緑風の傍で見守っていたいかって聞いてるんだよ!?」
二度目だ。息ができなくなった。
私はすぐに反論しようとしたが諏訪子がさせない。
「資格だとか合わせる顔がないだとか、そんな建前はどうだっていいんだよ!!今お前は緑風に会いたいのか、最後まで傍にいてあげたいかって聞いてるんだ!?」
「でも私は穢れている。髪は濁った絵具のようで、体はただのはりぼてだ。こんな体した奴があの子に何を与えてやれる。今までなにもできなかった私がなぜ今父親面できるっていうんだい?」
「体だとかそういうのなにも関係ないんだ。結局はお前が怖いだけだろう!こんな姿を娘に見られてどう思われるか怖くて前に出てこれなかっただけだろう!」
図星だった。
私は今まで緑風のもとへは姿を見せなかった。あの子は人の子で私は妖怪だとか、私といたら彼女に悪影響を与えるだとかひたすらに言い訳を並べて。
でも、だからどうすればいい。
「ならば、ならば私が今彼女の元へ出てなんて声をかけたらいい!?私がお前の父親だというか?どの面下げて!今までさんざんほったらかしてきた奴がノコノコト最後に何の用だってんだよ!私だって行きてーよ!でもそれは彼女が許さない、緑風は許せないだろうよ!こんな奴が娘に会えってのかい!?わかんねーよ私自身が!どうしたらいいのかなんて!」
「自分で決めろ!」
鈍器で殴られたような衝撃が走った。
私は思わず後ずさりする。でもそれを優しく手を引っ張ってくれるように彼女は言ってくれるのだ。
「大丈夫、白蛇はほったらかしてなんかないよ」
諏訪子はゆっくりとこちらに足を進め、そして通り越した。
「ずっと見守ってきたじゃん。誰よりも緑風の幸せを願って遠くからずっと緑風のことを思い続けてきたじゃん。寒い日にはマフラーを作ってあげて、寂しい夜は手を握ってあげて。十分かっこいいよ。お父さんできてるよ。資格だってちゃんとあるよ」
できていただろうか。父親らしいことなんて。
できていただろうか。緑風を見守り続けることなんて。
「できてたよ」
諏訪子はくるりとこちらに顔を向けて笑顔で微笑みながら言うのだ。
「よく今まで見守ってきてあげてくれたね。さぁ、最後の姿も見守っててあげよう。私と神奈子と白蛇で。だって家族なんだからさ」
拾
「緑風、初めまして。かな」
そういって私に声をかけて手を握ってくれる人がいた。
ああ、この手を忘れたことはない。だって私のたった一人の。
「やっとでてきてくれたんですね」
私はそういって微笑んだ。
この人は今にも泣きそうになりながら私の手を力強くも優しく握ってくれていた。
「もう会えないかとおもいましたよ」
「私はもう会わないと思ってたよ。でも諏訪子が背中を押してくれたんだ。最後くらい近くで見てあげろって」
「もう。本当に諏訪子様は素晴らしい人ですね。・・・ずっと探していました。ずっとお礼をいいたくて待っていました」
昔からいつも見守っていてくれたこと。
辛いときには手を握ってくれたこと。どれもこれも私には大きなものだった。
「どうか、どうか私の願いを聞いていただけませんか」
「なんだい?」
「私はもうこの世にはいられない。それはもうわかってます。でも、私が死ぬと一人になってしまう子がいるんです。神奈子様や諏訪子様はいますけど、本当に血の繋がった子はこの子しかいない。だから、だからどうかこの子を見守っててくれませんか?私の時のようにずっとずっと大切に」
「ああ。・・・ああ」
彼は力強く頷いてくれた。
私はそれだけで満足だ。もう悔いはないといえる。だってこんなにも幸せなのだから。
「緑風、私も言わなきゃ言わないことがたくさんあるんだ。言いたいことがたくさんあるんだ。でも噛み砕いて言うなら、今まですまなかったね。ずっと遠くで見守ることしかできなくて」
「いいえ。それで本当に十分で幸せでした。ありがとうございます」
ああ、もし。たとえばこの世界が子供たちの夢のような話ならば私はどんな物語にしていただろう。美しき家族の愛の物語?それとも幸せが永遠に続く話?
いやきっとどれも違うと思う。作るならきっと子供のように素直で優しい物語。
「ねぇ最後にいいですか?」
「なんだい?」
「みーつけた。ずっとずっとありがとね。おとうさん」
「緑風・・・」
それを最後に緑風は息をしない。私は最後の緑風の言葉を聞いて涙が止まらなかった。こんな、こんな奴を父と呼んでくれたのだ。
だから私も彼女の願いを聞き届けよう。娘の最後の願いを聞き届けよう。
能力を発動した。
今までに考えられないくらいに。全ての力をぶつけるようにこの子の残した娘に。この子に幸せを。その次の世代へと。そしてさらに次の世代へと。奇跡のように永遠に続く幸せ。それは呪いのようにこの子たちを祝い祝福するように伸ばしていった。
「カーカー」
それと同時に鴉が空へ飛びだした。天へ上った彼女が迷子にならないように道を示すようにどこまでもどこまでも飛んでいき姿は見えなくなった。
「そっか。白蛇はここから出ていくんだね」
「ああ、世話になったね」
「全く勝手なやつだよ」
私はこの神社を出ていくことにした。
それは緑風の娘の死に耐えられないとかではなく、私は私なりの思いを持ってそれを探しに。確かに人間の命は短い。いつの間にか死んでしまっていて、そしてまた新たな命を宿す。そうやってずっと続いていくのだ次の世代へと。
思いを伝えて、気持ちを伝えて。自分たちの嬉しかったこと、辛かったこと、楽しかったこと、悲しかったこと。そのすべてを次の世代へと伝えるんだ。
「これ、持って行ってやりなよ」
「なんだい?これは」
「一言で言うならそう。子供の落書き帳さ」
十でも百でも、いや千でも足りない言葉を用いて。
白蛇は気づいている。
だからこそ洩矢を離れた。彼の体はもう限界なのだと。
どうでもいいこと。
鴉の発音ですがカラス(→→↑)が普通の呼び方ですが、この緑風にはカラス(→↑↑)と呼ばせているということ。
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天狗と鬼と宴会を
それは人間たちの大いなる美酒である。
人は祝いごとや楽しくなったときに酒を。悲しい時にもしっとりと酒を飲む。前者は騒ぐための必需品として。後者は辛いことなどを飲み込むために。別にただ飲みたいから飲むこともあるだろう。
どれも人間たちには大切なことなのだ。
が。それは別に人間たちだけじゃない。
神、妖怪、妖精。どれも酒を飲み明かすし、お互いに言葉を交わし分かり合うこともできる。そう考えると酒は偉大だ。中には飲みすぎて死んでしまうようなこともあるけれど、それは蛇足。
まあそんな酒なのだけど、それを強く好む妖怪を知っているだろうか。酒が酒こそが彼、彼女たちの水だというほどである。昔話なんかでよく出るあれ。そう「鬼」である。
鬼といえば思いつくイメージだと一つか二つの角を持ち口には恐ろしい牙をもつ。人によっては金棒を持っていたり、虎柄のふんどしや腰布をつけているかもしれない。肌の色は赤という者もいれば青、さらに黒なんてものもいるだろう。そんないろんなイメージが混ざり合って結局のところ一体どんな姿が正しいのかはあやふやだ。妖怪自体があやふやだと言われてしまえばこの話は終わってしまうのでよしとして。
そんな鬼でも皆共通のことは想像ができる。それは鬼とは強大な力を持つ悪の代表格であることだ。
鬼を悪く書く昔話は数知れず。桃太郎に泣いた赤鬼。えとせとらえとせとら。鬼はいつも悪事を働く。人を攫い喰ってしまったり。人里を襲い食料を略奪したりと人々はそんな固定的概念が染みついている。
だがすべての人がそんな想像をしているのではなく。地方や各地によっては鬼は強い者であるということで神社で崇められ、祀られるところも存在はするのだ。
日本の伝統行事の豆まきは鬼を、つまり悪いものを祓い福を得ると思いがちだが、その一部地域では鬼が外でその強さを見せつけ悪いものを追い出し福を得るなんていう考えもある。
悪いものだと思うとこもあれば、良いものだと想うところもある。
ここですらあやふやな物が生まれてしまった。でもそれが鬼であるのだろう。もともと、鬼とは姿が定まっていない
さて、では今回の話。妖怪の山で小さな鬼と大きな鬼の二人とただの蛇が勝負して勝者を決める話。特に事件となったわけではなく。それでいて問題になったわけでもなく。平凡で平和な争いごと。面白くないかもしれないがお目汚しという意味でご愛嬌。
壱
「おい、そこのお前。止まれ!変な行動をしてみろ。我々鴉天狗が一斉に貴様の喉を突き殺そう」
低い敵意のこもった声色で言葉を漏らす妖怪が私の前へ現れた。現れたと同時に羽がいくつも散らばり地へとついた。その羽をみて私は相手が鴉なのだと直感した。体は普通の人間と変わりがないのに、その背中からは立派な羽が生え一羽一羽が生きてるかのように美しい。そう思いながらも私は状況を確認することにする。
白蛇は無数の鴉たちに囲まれていた。数は三十、いや四十。無数と言っているのだし変に数を把握しようとするのはよしておこう。
白蛇は厄介な奴らに絡まれたと嫌気と共にため息をつく。ちょっとした山登り。それを超えた先にある人里へと向かう予定だったのに酷く予定が狂わされた。別に素直に吐いて見逃してもらえばいいと思うだろう。だがきっとそれは無駄なのだ。彼らの敵意の込められた視線を感じれば嫌というほど伝わるはずだ。
「あいわかった。私はここで一歩も動かないことにしよう」
「素直な行動に感謝する」
「ならその物騒なもん閉まってくれないかね?」
「それはこれからの発言次第だろう」
私は頭より上に手をあげ無防備だということを見せしめた。それをよく思った鴉天狗に要求をしてみたがこちらの方が立場は下だ。受け入れてもらえない。だがどうも鴉天狗たちがこちらに向けているものが危なっかしい。
木を削った槍のようなものもあれば石を集めたような粗末な武器。そしてそれらとは格が違うと一目でわかる片羽扇。
「さて、お前は何故ここへやってきた。ここが妖怪たちの山と知っての
「狼藉て・・・。何も暴れてなどいないじゃないか」
「今はそうかもしれない。それに、もしここがどういう場所か知ったうえで来ていたのならそれは妖怪たちの国を土足で踏み荒らしたようなもの」
「あんたつまんないってよく言われるんじゃないかい?」
話がどことなく一方通行に感じてしまった。
その言葉に少し眉を
「あんた可哀想な奴だね」「勝手に想像して憐れむのはやめて欲しいのだが」
どことなくイラっとした鴉。仕事真面目で怒りやすいときたものだ。ご愁傷さま。
「それで。質問には答えてくれないのか?ならば問答無用に拘束させてもらうが」
「あー待った待った」
どうしたものか。素直に答えて通してくれない気がしてならない。ならば納得のいく理由をつけて穏便に済ませるのが吉とでよう。
「ちょっとそこまでね。この先には大いなる秘宝があると聞いたのさ。私は美しいものが好きでね」
「ほう、そんな物は聞いたこともないが」
「じゃあ嵌められたのかね。低級妖怪にさ」
ありもしない作り話。そこにちょっとした本当の話を入れると現実味を帯びるという。それは自分が美しい物が好きというものだが、天狗はそれを知らないだろう。だからこそ、この策は無駄である。
私は鴉の顔を見てニコリと微笑んだ。
そこに一陣の風が走る。
「拘束」「待った!」「待とう」
少し考えてくれると思ったがこの鴉表情をぴくりと変えずに言い放ちやがった。
どうやら失敗だったらしい。だが何故だ。彼は心を見透かす程度の能力があるとでもいうのか。いや、違うだろう。あまりにも関わりがないこの鴉天狗は少しのことだが判断材料を得て嘘を付いていると思ったのだろう。
もし本当に嘘を見抜く程度があるとすれば。なんだ詰みじゃないか。だったらもう適当に答え続けて諦めてもらうしかないだろうか。
「あれだよ。私は清掃員なのさ」
「・・・それで?」
「散らかった羽を掃除にきたのさ」
一陣の風が吹く。
「拘そ」「まぁ待ちなんし」「ラストチャンス」
こいつ制限儲けやがった。そのせいで永遠と嘘を付いて見逃してもらうという策が落ちた。鬼畜の所業である。仕事真面目で怒りやすくて鬼畜。最悪じゃあないか。
一体どうしたものかと頭をひねる。だがもう逃げ出すしかないだろう。いや最後に素直に話すべきだ。真面目キャラは真摯に答えれば話が通るはずだ。
「この先の里に用があるのさ。行くにはこの山を越えるのが手っ取り早い。これで満足かい?」
「ふむ・・・。納得はできる」
「なら」
「だが何故妖怪が人里へ向かう?何の用があるというのだ。襲うのか。食うのか。どれかが当てはまるならここはやはり通せない」
この鴉。私のことを妖怪だとわかっていたらしい。姿こそは人へども本質は隠せない。それに変に力を持った上級妖怪たちは好んで人の姿を持つのだ。私はそれほど強い力は持ってないが好きで人の姿を持っている。それは何かと都合よく、そして私が人を恨み好ましく思っているからだ。
でも私が妖怪だったから彼達の何が困るのか。何がいけないのか。例え私が人を食らう妖怪だったとしても彼達には関係のない話だというのに。
「どうして。私が人里で何をしようか勝手じゃあないか」
「そんな訳にはいかない。我々の統領は天魔様は人を大いに好ましく思ってくれている。決して人を見殺しになどしない。この前だって人里に危機が迫ってると言って何年も帰ってこなかったのだ。それほどまでに人情深い天魔様に人食らいの妖怪を通したと言ってみろ。さぞ悲しむだろう」
なるほど。ここの親玉は人間が好きなのだろう。だからこそ無暗な危険に人を怯えさせるわけにはいかないのだろう。
「だがまぁ残念だったな。時間だ。拘束させてもらおう」
完全に先が詰まってしまった。
鴉たちが私を囲み手に錠のようなものをかける。その瞬間だ。
「ちょっと待ちな。捕える前に私たちにも話をさせてくれてもいいじゃないか」
「みんなすまないね。
「なに久々の部外者、
「まぁ機会があれば話ぐらいはしてみたいね」
「じゃあいいじゃん」
そうして現れた者たちは一目でわかり、一言で表せるように簡単だった。
「鬼が・・・。邪魔をしおって」
鬼。そう鬼である。会話を見るに小さな鬼を萃香。萃香に比べとても身長が高い方は勇儀。どちらも鬼でありその可愛らしい顔とは真逆の威圧感を持っていた。
小さく呟いた真面目鴉が忌々しげに舌を打ったが鬼には聞こえていないようだった。だがどちらにせよ私には好都合な展開だ。
「お前さん方。私と話がしたいんだろう。ならこの鴉たちをどかしてはくれんかね。怖すぎてちびっちまいそうだよ」
「男がそう漏らすもんじゃないよ」
「そうそう。ちびられてもアレだし。・・・おい鴉たち。離れてやりな」
そういうと納得がいってないという顔をして鴉たちは距離をとった。見た限り、鬼は鴉よりずっと上の立場だと
鴉たちには悪いが正直ありがたい。
「さて鬼に向かって初っ端から嘘をついたお前はどんな
「玉かい?それなら下半身に」「それじゃねーよ」「いや付いてるよ。確認するかい?」「もぐぞ」
近寄ってじろじろと面白そうに品定めしてきた鬼、萃香は阿呆らしげに頭を掻いた。
ちなみに私に玉はついていない。だからと言って女のそれでもない。じゃあなんだって?内緒だよ。
「誰も興味ないと思うけどねぇ」
平然と心を読んだ、いや先ほどの会話なのかは分からないが困ったように笑う勇儀はぼそりと呟く。気が付けば私は鴉なんかよりよっぽど恐ろしい鬼二人に囲まれてしまったのだ。どう考えてもこれ下手できない。命取りすぎる。
「ってーか嘘ってなんだい?私は嘘なんかついていないよ」
距離を詰められた原因は私が嘘をついたと萃香が思っているからだ。だからこそ訂正させてもらう。私は嘘などついていない。改めて状況を確認しなおすと囲まれたのが鴉じゃなくて鬼になっただけでさらに状況が悪くなっただけじゃあないか。
「ちびるとかどうこうって。もろ嘘じゃないか。怖気づくところがへらへらと面白そうにこの状況を楽しんじゃって。気に入った。だが気に入らない」
「どっちだよ」
「どっちもさ。こんな状況を楽しめなんて大妖怪でもできやしないよ。頭がおかしいかどこか飛んでる」
「禿げたくはないねぇ」
「根性で生やせ」「それストレスでさらに抜けないかい?」「そこに河童印の育毛剤が・・・」
「髪の話から離れろよ」
勇儀がそっと会話を終わらせた。遠くで鴉たちが「また髪の話してる」「おい酒哉が可哀想だろ」「はははは禿げてねっし!」「えだって。え」「禿げてねっし!」
なんて会話が聞こえた。なるほど。天狗の世界も日々こうして警戒とか仕事が忙しくてストレスがたまるのだろう。天狗社会じゃあ禿げになりやすい。だからこそ河童印の育毛剤なんてあるのだろう。
それにしてもこの山鴉や鬼に飽き足らず河童までいるのか。探せばまだいるかもしれない。それと河童は育毛剤なんてものを作れるのか。それは正に今の技術を超えているといっても過言じゃないだろう。一体どんな最先端を歩んでいるのだろう。でもそれなら私の持っているコレについてないかわかるかもしれない。
「まぁ話を戻すとさ。あんたが今どんな状況に置かれてるのかわかるだろう?」
「このまま鴉連れられて竜宮城までの道案内かねぇ」
「助けられてないけどね。逆に横暴されようとしているけどね」
「勇儀も付き合わない方がいいよ。馬鹿になる」「素でに私らは馬鹿じゃないか」
あっはっはっは。と笑う二人を見てどの変に笑いを起こせばよかったのか分からなかった。
「簡単にいえば私は今からどこか牢にでも連れられて暮らすとかかね」
「いいね。それで済めば。幸せだね。ここの天魔は人間に害悪な妖怪を良しとしないから」
「いたずら程度なら天魔もどうもしないと思うけどね」
萃香が思い当たるように目をつぶり、勇儀は乾いた笑みをこぼす。
それほどまでに危険な奴なのだろうか。天魔とは。それを終わらせると萃香は一つ商談を持ち掛けに来た。危険な商談だ。それも鬼のように白黒はっきりした。
「あんたはこの鴉に、そして天魔に捕まりたくはない。だがこの状態では必ず捕まってしまう」
「ふむふむ」
「ならば私とかけをしないかい?」「かけ?」
「一勝負しようって言ってるのさ」
ニヤリと笑う萃香。その顔には流石にふざけていられず一時的な恐怖に縛られ呼吸を忘れた。
弐
「で、勝負って何をするんだい?」
私はか細く深呼吸をすると心を落ち着かせる為に瞳を閉じた。そして目を開ける。
「勝負は勝負さ。拳と拳の殴り合い、そこにある輝きを私は大好きなのさ」
そう言って興奮したように拳を構えた萃香。だが待って欲しい。
勝負なんて一介の蛇が鬼に勝てると思っているのだろうか。だからこそ制止の言葉をかける。
「おいおい、ちと待ちなんし。鬼が蛇に喧嘩を売るっていうのかい?いけないねーそれじゃ弱い者いじめさ」
「おいおい、お前こそ何を言ってるんだい?お前、ただの蛇じゃないだろう?蛇ってのはずる賢く影に潜んで一気に捕食する生き物さ。本当に蛇として生きているのなら、それは笑える話だ。堂々と妖怪の山へ向かって来るんだから」
「私は妖怪の山なんて知らなかったのさ」
「知らなかったと言えど妖気ぐらい感じるだろう。それも桁違いの。それでなお山を登ってきたから結構な腕自慢だと私は踏んでるけどね」
そんな訳ないさ。と私は言うが信じてなさそうだ。
でも、本当にどうしたものか。私は妖怪であるが戦闘は専門外。妖気なんて化けたり物を隠したりするぐらいしか出来ない。あくまで傍観者として生きてるのだ。だからこそもし本当に戦う事になったら私は尻尾を巻いて逃げるだろう。
「もしお前が弱かったらそんときはそんときだ。人間も妖怪も追い詰められると真の力に目覚める。そこに境界はない。あと、何よりもお前はタフそうだ」
「まぁタフではあるのかね。よくその辺の低級に襲われるよ」
「もしかして痛めつけられると感じるタイプかい?」
「だったら良かったんだけどねぇ」
苦笑する萃香に肩を竦める私。
萃香は戦いたいし、私は戦いたくない。平行線だ。交わる事はない。
でも、萃香がどうしてここまで戦いに拘るか分かった気がする。想像上に過ぎないが、鬼の本性と山の関係を見ていればなんとなく。ここ、妖怪の山は強者の集まりだ。今でこそ鬼の下にいる鴉天狗たちだけど、天狗という種族は恐ろしく強いものだと知っている。そんな天狗に鬼が集まって悍ましい程に妖気満ち満ちたこの山に一体どんな人間が妖怪が近づくだろうか。私こそ妖気を感じれない妖怪だったからこそのこのことやって来てしまったけど、普通なら誰も近づかない。
なぜなら死ぬからだ。
単純で明快で確信できる。天狗は縄張り意識の高い妖怪である。そこに近づく者はどんなやつでも、弱者でも強者でも平等に襲いかかるだろう。それがもし人間だったらここの天魔は優しいと、人に情があると聞くから見逃してもらえるかもしれないが妖怪ならたちまち命を落とす。だからこそ周りは恐れあの山へは近づかないほうが良いと警戒し合う。
だがそれを面白く思わないのが鬼だ。彼女たちは強さを愛する。鬼とは常に窮地にいたい生き物なのだ。強者を求め戦い、勝っても負けてもその最高の瞬間を愛してしょうがない。だがここは妖怪の山。強者ですら近づかない。なぜなら厄介ごとになるからだ。自分から問題に入っていく者はどこかおかしいか、好奇心が高いものだけ。そんな妖怪の山で彼女たちは鬼は何に焦がれるだろうか。
それは戦い。ガチンコの殴り合いに本気と本気のぶつかり合い。だったらなんでこの山に鬼が居るのかが疑問に思うがなんらかの事情があるんだろう。
でも、そんな妖怪山にいる限りその願いは悲願は叶わない。だからこそここまで勝負にこだわり、戦おうと私に言葉を話す。私が強い事を信じて。またあの最高の瞬間を感じられると信じて。
「はぁ………。いいさね。やろうか」
「本当かい!?」
「ああ」
私は頷き肯定した。そうして花が咲いた。
そんな顔を見てしまったら今更やっぱ止めたとは言えないだろう。言うつもりも無いが。
隣にいた勇儀も驚いたように目を見開き困惑もした。まさか了承するなんて思ってなかったのだろう。
「いいのかい?まぁ生きては帰れないと思うよ」
「大丈夫さ。私は死んでも死にきれない様な奴でね、頑丈さだけが取り柄なのさ」
だからこそ好きなだけ付き合って出来るだけ噛み付いてギリギリまで粘って満足するまで付き合う。
それが今私にできること。別にちと痛い思いをして見逃してもらって人里まで着くならそれでいい。私は暇を持て余しているのだ。
「じゃあさっそく………」
「 待たれよ 」
灼熱。肌に感じた違和感を例えるならその言葉しか思い当たらなかった。慌てて自分の腕を見てみるが焼けた後はなく、ただチリチリと鈍い痛みが残っていた。一体なにが起こったのか。理解が追いつかない。
目を白黒とさせている間に勇儀が声を発した。
「天魔、随分と派手な登場だねぇ」
そこで初めて白蛇は勇儀と萃香の前に、つまり自分の目の前に新たなる人物がいることに気づいた。
羽だった。黒く
参
「伊吹萃香。勝手にこの山で争いごとなど始める気か?」
「げっ。天魔じゃん……。もうなにぃ?私は今わくわくしてるのに雰囲気ぶち壊しちゃってさ。こりゃお詫びの一つでも欲しいね」
「ふん、馬鹿者め。主が拳を振るうものなら山が抉れてしまうわ。それこそお詫びの二つや三つ欲しいものだ」
天魔は呆れるように目を伏せ、萃香も水を差されて不機嫌になる。
そしてそれを呆気に取られる私の姿。仕方がないだろう、目の前で世界の五本指に入るような化物が言い争っているのだから。他の天狗たちや勇儀は始まったかと言わんばかりに肩を竦め、私は本能的に一歩下がる。
そんな私の姿を見てか天魔の瞳がこちらへと向けられた。
「貴様も貴様だ。たかが蛇が鬼と交えようなどと自殺願望者か?」
「少なくとも他殺願望者ではないね」
戯けたように返してみるが頰には雫が伝った。
小心者で剽軽者な私はその眼に映されただけで肌が粟立った。よく軽い言葉を返せたなと自分で驚いているくらいだ。
「まぁいい。
「……二度ね……」
なんだかんだで身を案じてくれていたのだろうかと思案するが止めておく。どう考えたところで自分にとって都合のいい展開に持ち込めるとは思えない。
「でも私とて鬼と拳を交えようなんて思っていないさ」
「ほう?」
「え、なに嘘だったの?」
「落ち着きなんし。嘘はつかないさ。ただ蛇が鬼と戦っても賭けにならないだろうよ。こうして観客がいるんだ演出は大事だろう?」
その言葉に天魔はさぞ可笑しそうに身を震わせ、萃香は頭に疑問を浮かべている。
「私が鬼に挑む勝負は簡単さ」
「それは?」
「鬼を黙らせること」
しばしの沈黙の後に腹を抱えて笑うのは意外にも勇儀だった。
「はっはっは!いやぁ面白いねぇ!常に酒を片手に騒ぎ続ける鬼を黙らせるときたものか!」
勇儀の笑いと、困惑の表情を見せる天狗共。
まぁ確かにそれが普通の反応なのだろう。だが私は幾つかの芸がある。旅を続けている間に覚えた芸が。それで鬼を黙らせることが出来るのかと問われれば微妙なとこだが私はついハッタリをかます奴らしい。
「いいね、気に入った。その条件呑んであげる。でももしそれで残念な結果になったら私と拳を交えてもらうよ」
「鬼を黙らせる。大抵のことじゃ無理だろうけど期待してるよ。まぁ、鬼の黙らせるには腰を抜かすようなことじゃないとダメだよ」
萃香もどこか楽しげに条件を受け入れてくれる。が、拳を交えるのは絶対らしい。勇儀も言葉とちょっとしたアドバイスを送ってくれる。天魔は表情をピクリともさせないのでよくわからん。そう思ったが不意に口を開く。
「勝負は一週間後。それまでに蛇には準備をしてもらおう」
さらりと期間を決定付ける。そこに二人も天狗たちにも異論は無いらしく素直に頷いた。
「さってと。じゃあこの話を連れの鬼共に伝えに行ってやりますか」
「楽しみにしてるからね」
そう言って去る二人の後ろ姿を見ながら私は困ったことに巻き込まれたなと頭を掻くのだった。
肆
鬼との勝負が決まり、天魔の元に今一度統制を取った天狗たち。
そんな彼、彼女らは酒を片手に宴会を始める。そうなった原因は紛れもなく私である。
「いや楽しくなってきた!」「盛り上がってまいりました!!」「蛇が挑む鬼との戦。今週の情報板はこれで決定ね」
方や酒を嗜み、方や異常なまでに高揚し、方やペンを走らせる天狗。
いやはやこの状況、先ほどまでの威圧に比べ随分歓迎の態度ではないか。
「・・・すまないな。鬼との戦を純粋な殴り合いから変えてくれたことを感謝する」
騒ぐ天狗を見ながら酒を飲んでいると天魔が横に座り言葉を述べた。
「気にすんじゃないよ。もともと私が蒔いた種とも言える」
「まったくだ」
否定が欲しかった。
「だが鬼が拳を振れば山が抉れるのも目に見えていた。それを回避しただけ良くやってくれたと思うよ」
「まぁ口から出まかせは私の十八番さね。それより天狗たちのあの盛り上がりようはなんだい?」
「それは……」
そのまま続けようとする天魔だが不意に横槍が入った。
「ずっと偉そうにしている鬼の鼻を明かしてくれるかもしれねぇんだ!気分もあがっちまうよ!」
「蛇には期待してねぇがあんたには期待してるぜ!」
「鬼の前でふざけたこと抜かす奴だ、こんな狂人が鬼と戦ってくれるなんて楽しみでしょうがねぇ」
酒を片手に騒いでいた一部天狗たちがそれぞれ語る。
なるほど。そうなると私も勝たねばならなくなった。最初は警戒されたが今はこうして打ち解けてくれるのだ。期待には答えたい。
だが狂人だろうか。私は。まともだと言う自身があるんだけどねぇ。
「そんな訳がなかろう。鬼の前で気を確かにしたお前はどこかおかしい。本当に低級妖怪に騙されるような奴ならお前は伊吹萃香の威圧だけで死んでいただろう」
「平然と心を読まないで欲しいね」
颯爽と現れたさっきの天狗。どいつもこいつも天狗で分かり辛い。
「亭主関白って言葉もあったねぇ」
「なんの話だ?」
ふと思いつく。この天狗を関白天狗と呼ぶことにしよう。とても正鵠な表現であろう。
「しっかしまぁ天狗って奴はわからんね」
「理解なぞしなくて良い。ただ天狗とは偉いものであり、偉いから天狗なのだ」
「そんなものか」
「そんなものだ」
適当に軽口をしばらく叩き合い、関白天狗と話し合う。それに天魔も乗ってきて駄弁る。そんなことをしていたから、こうなってしまったんだと思う。取り締まり役であろう関白天狗に、この山一帯を納めている天魔。この二人が私のことばかり相手をしていたから今、こんな状況になってしまったんだと自覚して。いやうん、まぁ。全て後の祭りなんだがね。
「ガハハ!」
「酒だ!酒を持ってこい!」
「今夜はオールナイト覚悟だね!」
酔いが回って暴れ始める天狗共。ってーかオールナイトってなんだよ。
呆れて物も言えなくなった私と、酔ったのかボーっとしている関白天狗。達観する天魔。おい、どっちか止めろよ。
「じゃあ始めよう、それぞれの性癖暴露大会!」
『うぇーい!』
おい、どっちか止めろよ。
「いやはや、やはり勇儀さんのパイオツは堪らんですな!」
「ああ!酒を口に運ぶ時に揺れる果実、酔った時のトロンとした瞳、どれも素晴らしい!」
「なにをこの巨乳厨め!貧乳こそが正義だとなぜわからん!」
「でたな、貧乳厨!今日こそ下トークで巨乳の偉大さを教えてやる!」
あっ、なんか始まる。隣見る。達観している。あっ。
「いいか。巨乳とはな、ある種の遺産なのだ。森羅万象と同意義なのだ!走ったり伸びをするたびに揺れるパイオツ、服を着ても隠し通せないあの存在感がなぜわからん!」
「結論、パイオツ」
「グッ……だが貧乳にだって良さがある!貧乳はステータスなんだ!希少価値なんだ!少し屈んだ時に見えそうで見えない突起を想像し悶絶するのだ!考えろ、あの伊吹萃香がもし浴衣や着物を着てみろ。絶対にその良さがわかるはずだ!」
「結論、ひんぬー」
適当に結論を決める私。だが話は決して終わりを見せない。
が、そこで近くにいた女の天狗たちが騒ぎ始めた。
「ひ、貧乳だっていいやないれすかー!」
「おいこのクソ天狗共考えたことはありますか!?テメーらのその股間にぶら下がった金玉に向かって『うわwおめーの金玉ちっせえよw希少価値だよw』なんて言われたくはないでしょうが!?」
なんか……。両性具有でよかった。本気でそう思う瞬間。
「おい、関白天狗そろそろ止めないか」
私は流石に収拾つかなくなると思い声をかける。そして本人は立ち上がり雄叫びをあげた。
「巨乳、貧乳関係ない!形が一番だろうがぁぁぁあ!?」
「関白天狗ゥゥゥウ!?」
止めろ!お前まで可笑しくなったら本当に終わらなくなる!
「いいか?乳とは存在するだけで意味がある!大きさなんて関係ないのだ!全ては形!ハリの良さが一番大事なのだ!」
「関白天狗さん……っ!」
「ふっ……。お前と意見が有ったのは初めてのことだな」
「俺、一生関白天狗さんに着いていくっす!」
「お前たち……っ!!」
「新しい軍出来ちゃった!」
本当にどうしようか。私は天魔の方を見るが本人は「三つ巴の戦いか。それもいい」なんぞ言って細く笑みを浮かべている。それが妙に絵になっているのが腹ただしい。イケメンは万死死刑。
ってーか関白天狗で定着してしまったようだ。
「もう止められないだろうねぇ……」
ああ、もうダメだ。この天狗等は絶対に止められない。
もう、いいんだろうか。もう、ツッコムのをやり終えたのだろうか。
天狗たちの下トーク。そこに果たして意味はあるのだろうか。果たして、何かが残るのだろうか。
「蛇!」
「お前は一体!」
「何派なんだ!」
「・・・」
天狗たちの一斉の声に私は黙る。そして、目を見開くのだ!
「巨乳、貧乳、形、どれも素晴らしいが敢えて言おう!私は女性の見えそうで見えないギリギリに興奮すると!」
言った!言ってやった!
私は全てを吐き捨てて清々しい気持ちになれた。そんな私に肩に手を置く同志達。
「白蛇……」
『ようこそ、新世界へ』
意味はあったのだ。ここに、この絆に。
この日、私は初めて世界を見た。
「だからね、私は何度でも言うさ。見えなければ芸術。見えたらそこまでってね」
一通り語り、肩を抱き合って同志たちと酒を飲みあった。
「白蛇のおかげで新しい世界が見えたよ」
「まったく素晴らしいよね!エロスは前に進むんだ!」
新たな性癖に目覚めた天狗たちと絆を確かめ合って私は満足している。もうどうでもいい。性癖を隠すことは恥ずかしいことではないのだ。
「ふっふっふ。見せてやるさエロの力を!勝負の日に私の最終奥義を!」
「白蛇さん期待してます!」
「どうか、どうか萃香さんの見えそうで見えないギリギリを!」
約束を交わしてまたもや酒を煽る。正直もう意識なんてあやふやだ。なにか適当に言っていて、自分が何を言ったかなんてあんまり覚えてない。だからこんなこと聞いてしまったのだろう。そして。忘れなかったのは必然だったのだろう。
「天魔はどんなのがいいんだい?」
すると一拍を置いて。
「穿いてない」
「えっ?」
「穿いてない」
それを最後に私を含めた全ての天狗が眠りに落ちたのだった。
伍
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酒よ良い酔い
「あったま痛ぇ……」
昨晩、散々と浴びるように酒を飲み、呑まれてしまった結果がコレである。
遠くから岩を砕くような音が鳴り響きその重音に脳が震える。わかりやすく言うならば二日酔い。アルコールが分解されなかった結果とも言えよう。
ふと周りを見てみるとアルコールってなんだっけ?と言いたげな顔をして山を見回る天狗たちや非番なのか集まり談笑を風に乗せる者たち。これが山での社畜生活に慣れてしまった天狗たちの実態なのか、それとも天狗が酔ってしまうわけにはいくまいと言う矜持なのか、はたまた純粋にあの程度の酒は水のようなものなのか。
おそらく最後のだろうなと思うと乾いた笑いを浮かべてしまう。
「情けないな蛇よ。あの程度の酒で潰れてしまうとは」
頭を抱えて蹲っていると声をかけてくる関白天狗。
だが私には返答するにも一苦労だと知ってほしい。
「鬼の酒は昨晩の百倍は濃いぞ」
「うっそだろお前」
自分の声が頭に響いて顔面を埋めた。それを見て冷たい視線を浴びせてくるが何も言うまい。
だが昨晩の百倍か。鬼とはアルコールが身体の七割を占めているのだろうか。
「ここは天魔様の屋敷だということを忘れているのか、はたまた厚顔にも居座っているのか」
「そんな余裕ないだけさ。それに天魔も寛げと言ってくれたしね」
「天魔様が……」
さも意外という顔をする彼だが私にはそれが意外かどうかなんて分かるわけもなく。
いや、考えるのはよそう。頭を痛めるだけだ。
「口が上手くない蛇と話してもつまらんな。早く治すといい」
「あいよ」
興味をなくしたのかそれだけ言うとすたすたと何処かへ向かってしまう。
私はそれを見送ると、すぐに眠りについた。痛みを紛らわせるために。
二日目である。
頭痛はいまだ健在。気持ち程度楽になった気もするが痛いものは痛いのである。今日も関白天狗が皮肉を言いにやってきては水や粥など簡単な食事を用意してくれた。されるがままにされていたが優しいところもあるようで関白天狗と言う名も正鵠なのだと確信する。
「なにを阿呆なことを言っておるか」
言葉に出してみたが一蹴されただけで特に反応はない。
返す気も起きないが故にこの日も寝て終わることとなる。
三日目である。
なんとか健康状態になれた私。せっかく妖怪の山など大層な名がある場所だ。観光程度に思いながら回ってみる。山を監視する仕事中の天狗に会っては、適当に会話をして別れる。大体の天狗とは酒の席で顔見知りとなり会話するようになったのだ。受け入れられたのかどうか。疑問は残るが鬼との勝負がある限り冷たくなることはないのだろう。
「あ、ちなみにそっちに行くと鬼の集い場なのでお気を付けてくださいね」
「あいわかった。こんな可愛い天狗ちゃんの忠告だ、絶対に忘れはしないよ」
「あはは、口が上手いんですから」
そうして別れた女性天狗の話を聞いて鬼がこの先にいることを知る。
さて、どうしたものか。行ってはみたいが鬼たちに勘違いされて襲われたりしたら困る。ただですら強い鬼だ。蛇が鬼に囲まれてみろ。蛇に睨まれた蛙ではなく、鬼に脅された蛇の図がやすやすと想像できるだろう。よし決めた。
「帰るか」
「待ちなよ」
体を回転させると共に掴まれる肩。相手の声は最近聞いたばかりで、とんでもない握力を持っている。一角の角を生やして威圧という歓迎をしてくれる人物、勇儀である。
「蛙が鳴くから帰るのさ」
「それを理由にしたとして、お前は蛇だろ」
「じゃあ蛇が鳴くから帰るのさ」
「へー、なんて鳴くんだい?」
「しゅ、しゅりゅー?」
「間抜けだねぇ」
呆れる勇儀と困惑する私。
はて、蛇はなんて鳴くのだろうか。自分でも分からないことに首を傾げてみるがそれを見て勇儀が笑いながら肩を抱いてきた。
「ま、せっかく近くまで来たんだ。少しは話し相手にもなりなよ」
「喧嘩とかにならないかえ?」
「お前次第だな」
「その時はお願いするよ」
「鬼の加勢に?」「本当に帰りたい」
なっはっはと笑う勇儀だが私としては何も笑えないのである。
「鬼怖い」「怖くないよ?」「鬼怖い」
おにこわい。
強引に連れてこられた鬼ヶ島、ではなく鬼ヶ山。
いくら勇儀が隣にいるからといって周囲は鬼、鬼、鬼である。すっごい怖い。天魔の屋敷に帰りたい。
「そんなげんなりしてるんじゃないよ」
苦笑いしながら肩を叩いてくる勇儀。だが私の本当に嫌そうな顔を見ると乾いた笑いを浮かべた。
本当に大丈夫だろうか。勝負前に命落とすなんて展開にならないといいが。だが、そんな心配も杞憂に終わる。鬼とはなんとも、良くも悪くも素直なものだ。
「おう、あんちゃんが萃香さんに喧嘩売った蛇か。いいねぇ、その姿勢。痺れるよ。まっ、死なないように頑張るんだな」
「蛇じゃねーか。数日後を楽しみにしてるぜ」
「こっちで一緒に飲みません?いい酒ありますよ〜。まあ鬼の酒ですけど」
それぞれ警戒の言葉ではなく、歓迎の言葉を送ってくれる鬼たち。それだけで少しは緊張の糸が切れて安心する。
勇儀曰く、鬼とは素直であり故に強いのである。つまりは純粋に強いという事らしい。だからこそ鬼は挑戦者には暖かく、逆に弱虫や卑怯者には冷たい。私は後者の卑怯者の部類なのだが、鬼の群の中でもずば抜けて強い伊吹萃香に挑戦する蛇を面白いと感じたらしい。期待されていて悪いが、見栄を張っただけで勝つ事なんて考えていない。適当に殴り殺されて近くの蛇に逃げ込んでこっそり山からオサラバ、なんて計画を建てていたというのに。
こんな対応を受けると良心が痛む。
「お、どうしたんだい白蛇。ちっと早いが痺れを切らしてやってきちゃったか?」
「生憎まだ遺書を残していなくてね。喧嘩は遠慮するよ」
「そりゃ残念」
勇儀に着いて行くように進んで見つかるはやはり伊吹萃香。
升酒を一気に飲み干してこちらを見るが、酔っているのかその瞳は映すことを止めたようにトロンとしている。
一杯どうだい?と同じく升に入った酒を渡され、悩んだ後に一口ごくり。
「辛っ」
「あっはっは!鬼の酒は蛇には合わなかったか!」
愉快そうに大笑いする萃香。本当に鬼はこんな酒を飲んでいるなんて考えられん。
一杯すら飲み干せないだろう。
「正直、私ら鬼にはまだ足りないんだよね。辛さが」
「化け物だねぇ……」
「鬼だからね」
なんと、こんな酒じゃ満足じゃないらしい。酒自体一体どこで手に入れているのか分からないがいっそのこと自分たちで作ってみればいいものを。
「さて、白蛇はここまで何しに来たんだい?まぁ理由はなくても歓迎するけどさ」
「御宅の勇儀さんに連れられたのさ」
「なんだ勇儀は亀でも助けたのか」
「蛇だし、着いたのは鬼ヶ島ってのも夢がないね」
どんなお話だ。蛇を拉致って鬼ヶ島に連れてくるって。
冒険の何も始まる予感がしない。
「それより、私はあんた達に名乗った覚えがないんだがどこで知ったんだい?」
「あれ?酒の席で教えてくれなかったっけね?」
「鬼はあの場にいなかったじゃないか」
むしろ同時期に鬼達も宴会していたのかと思うとため息が出る。
妖怪の山からいっそのこと酒飲の山に改名するべきではないだろうか。
「勇儀、私らっていつ名前聞いたっけ?」
「ん、そう言えばいつからだったかな」
勇儀もん〜?と思案して、数秒後に止めた。鬼とは頭を使うのが嫌いなのだろうか。そうなんだろう。うん。
「まったく不思議なものだねぇ」
「私もいつの間に有名になっていたんだが」
肩を竦めて見せた。宴会の席を思い出すが周りの天狗たちも私の名前を知っていた。
はて、この山で一度も名乗ったことはないはずだが。なんだか面白くない予感がして落胆する。
私は汚れきって黒く滲んでしまっているが白蛇である。初見で白蛇だと気づくのはなかなか難しい。それにわかったとしても白蛇と呼ぶだろう。だが、彼女等に天狗、皆は
答えはいいえだ。私はそんな凄い妖怪じゃあない。低級妖怪にも襲われればギリギリ逃げれるかどうかの貧弱妖怪。そんな有象無象をなぜ山の連中は知っているのか。
様々な話が浮かぶが萃香の一言によって霧散にも散る。
「まあ、せっかく来たんだし難しいことは置いておいて話し相手になってよ。ほら、酒をやるから」
「それはいらない」
それから萃香と勇儀の二人で雑談が始まった頃には、思案していたことなんて当の前に忘れていた。
「さって、白蛇はどうやって鬼の腰を抜かしてくれるのかねぇ」
萃香が横目で見流しながら言葉を送ってくる。
ここで法螺を吹いてもいいが、期待してくれる山の連中を思い出して素直に助言を求めるこことする。その本人たちに聞くのもどうかと思うが蛇足だろう。
「正直、あんまりネタが無いねぇ。逆に聞くが鬼が驚くことってなんだい?」
私の言葉に二人は腕を組み考える。
最初に切り出すのは萃香だった。
「そうだね。超巨大怪獣でも呼び出してくれたら驚くね。同時に戦いたくなるかな」
「いや、蛇に巨大怪獣を求めるってなんだい。蛇は爬虫類なんだけどね」
「ヘビラなんてどうだろう?」
「聞いちゃいない」
そんな巨大怪獣がいたら大妖怪として知らぬものはいないだろう。人間の里や村がいくつあっても足りやしない。
「勇儀は?」
「そうだねぇ……あっ!この世の酒が全部水に変わってたら怖いねぇ」
「うわっ、何それこわ。ちょっと勇儀怖いこと言わないでよぉ。寒」
「私はそんな二人が怖い」
まるで良い意見なんて出やしない。聞いたのが間違いだっただろうか。
すると勇儀が閃いたように言葉を続けた。
「うん、酒が怖いね。一生飲みきれないほどの酒を出されたら怖くて腰を抜かしてしまうさ」
「え、なに言ってん……ああ、怖いねぇ。浴びるほどの酒を出されたら腰を上げることができないねぇ」
「用意しろってか」
まったく、鬼とは欲望に忠実なものだ。
でも酒か。確かに鬼と言えば酒だろう。酒に細工するのはどうだろうか。例えば、酒と一緒に生き物の尿でも入れるとか。酸味とかで誤魔化せ…… ないか。
……この考えはないな。それにバレたら殺されそうだ。
「「いやぁ酒は怖い怖い」」
「怖くなーい」
「じゃあ天狗は」
「怖くなーい」
「じゃあ蛇は」
「怖くなーい」
「「じゃあ鬼は」」
「怖く……こわっ」
なんだこれ。……なんだこれ。
それから日は落ちても酒は続いた。私は全く飲んでいないが、常に飲み続けていた二人はやはり化物なのだと実感した。
天魔の屋敷まで歩いて帰る。それまでの道のり、どうも風が強い。強風が吹くたびに髪が揺れ、乾燥してしまい目が痛い。そんなに道は長く無いはずだが先が見えないように思えて仕方が無い。
それでも帰るために足を進めてやっとのことで屋敷についた。
「随分と遅い帰りじゃないか」
屋敷の中でお茶を飲んで待っていたのは関白天狗。強風の中、わざわざ縁側で休息するのは天狗だからこそだろうか。
それもさておき、昨日といい、どうして天魔の屋敷にてこの天狗と鉢合わせるのか疑問である。疑問は解決するのが一番。
「お前さん、いつも屋敷で会うね」
「私は天魔様の右腕だ。何事にも急速に駆けつけなければならない」
なるほどね、と納得。
確かに関白天狗のような頭でっかちは偉い人の秘書に向いている。こういう奴は話が通らないが有能ではある。
「私の分は?」
「こいつ……」
隣に腰掛けて命令する。すると関白天狗も文句を言いながらも腰を上げてお茶の準備をしてくれた。
こういう性格をなんと言うんだったか。宴会の席で天狗が言っていた。そう、ツン……ツン……ツンドラ?
「ほら」
「あい」
受け取ってお茶を一服。
ふむ、熱い。火傷しそうだ。
「で、どうだ?」
「なにが?」
ふーふーと息を吹きかけ冷ましながらお茶を飲んでいると唐突に問われた。
すると顔を顰めて続く。
「この妖怪の山に来て、なにを感じ、なにを思った」
「どうしてそんなこと聞くんだい?」
「私は生まれてずっと天狗として生き、これからも天狗として死ぬ。そんな私はこの山から出たことがないのだ。だからか私の視野、観点は狭く小さい。お前は旅をしていると聞いたのでな。して、この山はどうだ?」
純粋な疑問を向けてくる関白天狗。関白になった理由は天狗として生まれたからか。以前にも聞いた。
天狗とは偉いのであり、偉いから天狗であると。偉いと言うのは優秀だということ。優秀だということは視野が広いということ。そんな天狗である彼が自分で狭いのだと言うことは、彼の言うとおり狭いのであろう。
彼の視野が広いのは妖怪の山に限ったもので、どこにでも目を向けられるということではない。偉いというのも困りものだ。
「最悪だね」
私が出す言葉はなんとも辛辣だった。
「唐突に天狗に囲まれて拘束されるは」
だがすぐに打ち解けようとしてくれて、会話をして、気持ちの良い奴らだと思った。
「鬼には唐突に喧嘩吹っかけられるは」
だがおかげで萃香や勇儀、それに鬼達と交流して、素直で純粋に強い彼女らに強い尊敬の思いを抱いた。
「絡まれて踏んだり蹴ったりさ」
彼達と絡み、笑い楽しいという幸福を踏み、邪念を蹴った。
どいつもこいつも良い奴等なのだ。やってきて問題を持ってきた蛇に最初から仲間だったかのように気楽に話し酒を交わして。そんなみんなは私に期待してくれている。いい迷惑だ。そのせいで出来る限り返したいと思えるのだから。
「私はお前にとって迷惑な存在だっただろうか」
「ああ、お前や愉快な仲間たちと出会ってから私の不幸は始まってしまったね」
いつから私は
あの時、最初から素直になれていたら、あの子に寂しい思いをさせずに、せずに接することが出来ただろうか。こうして後悔ばかり流れてくる私はなんという大馬鹿者なのか。もう気にしていないと、ただの過去の話だと結論づけても、当の私が踏ん切りがつかず情けない。未練だと今なら認められる。それだけあの日々は、あの子は私の中で大きすぎる物語なのだ。
「ふっ。そうか。それは悪いことをしたな」
先ほどから風が強くて煩わしい。過去のことを思い出して軽い憂鬱になった私は天魔が用意してくれた客間に帰るとする。
「じゃあ私はもう行くよ。風が煩くて仕方がない」
「ああ。おやすみ」
「おやすみ」
腰を上げて襖に手をかける。湯呑みをそのまま置いたが関白天魔が片ずけてくれるだろう。
そう思って開いたと同時に声をかけられた。
「そうだ、私の能力を教えておくとしよう。『嘘を風とする程度の能力』。だからといってどうと言うことはないがな」
「?そうかい。また明日」
一体どうしてそんなことを言ったのか。首を傾げて考えてみるがよくわからない。
そう言えば、随分と嫌われるようなことを言ったはずなのに本人は以前より表情が柔らかくなっていたような気がする。いろいろ話して風が煩くて。
……風が……煩さかった?
『嘘を風とする程度の能力』
………。
「ゔぉぉぉお!?」
私は今日、熟睡することが出来ないだろう。
陸
昨晩、関白天狗に辱めを受けた私の機嫌は悪い。
態度には出さないが悶々とした。朝起きて天魔の屋敷を出る。この微妙な気持ちを遠ざける為に何か違うことをしていたいと思う。そう言えばこの山には河童もいると言っていたか。ふむ、今日は河童に会いに行くのもいいかもしれない。
「そこを下っていくと川が流れているのでそちらに行けば河童に会えますよ」
「そうかい。ありがとね」
適当な天狗を捕まえて道を聞く。この先に河童がいるらしい。
正直、出会いが楽しみだ。この山の連中はみんな良い奴だったし、育毛剤など作れてしまう河童の技術力にも興味はあるのだ。どんな奴らなのだろうかと道を進んでいくと川が見えた。
綺麗な川だ。山の湧き水で流れる川は美しく、自然を感じる。当たり前ながら
川のせせらぎに混じる雀たちの囀り、流れる水音は心を洗い流す。大きく息を吸って自然を満喫していると、その自然にまったく相応しくない叫び声。
「だ、誰か止めてぇぇぇえ!?」
声のする方を目を細めて目視しようと試す。すると遠くから小さい黒い点のような物が近づいて来て、だんだんと大きくなる。そして、それが人であると確信するのに時間はかからない。
「危なぁぁぁい!?」
「ぎゃぶらんしゅ!?」
とてつもなく重い何かが体にのしかかり、脳が震えクラクラした。痛みが響いたがだんだんと和らいできたので反射的に抱えた何かを見ようと目を細くしながら見るとそこには、緑のキャップを被った山の川のように綺麗な青色の髪の少女だと確認する。彼女も痛みになれたのか恐る恐ると目を開けた。
「いってて……」
「大丈夫かい?」
「あ、うん!ありがと!助かったよ」
にぱっと微笑むその笑顔は太陽の光を反射したかのように煌びやかで美しい。一瞬見惚れてしまったが私はすぐに調子を取り戻す。
「どう致しまして。でも一体なんでお前さんは空から落ちてきたりなんてしたんだい?」
「ごめんね、自己紹介すると私は河城にとり!それと落ちてきた理由は空を飛びたかったんだよね」
「空を?」
「うん、やっぱり憧れない?天狗みたく空を自由に駆け回る姿。かっこいいよね、私も空を我が物顔で飛び続けたいと思ったけど、飛べないから。でもだったら自分で飛べる道具を作っちゃえばいいかなって!」
息をする暇すら惜しいと目を輝かせて夢を語る彼女はなんとも微笑ましい。なんだか眩しくて目を細めてしまった。
「あ、大丈夫?やっぱり痛い?」
「いんや。この程度痛くも痒くもないね」
正直痛いが女子供の前ではかっこつけるのが私の流儀。
「本当に?傷から変な
「はっはっは、そんな馬鹿なことが…………カユ、ウマ」
「くっ!?そんなもう症状が出始めているなんて、待ってて!今私が助けてあげる!」
「ミンナトモダーチ」
「トモダーチ!」
「「いぇーい!!」」
ここまで茶番。なんとなくその場に合わせてみたが、にとりもノリがいいのか変な会話の完成である。そんな訳のわからん会話だが私とにとりの仲を深めるには十分だったようで。
「いやぁここまで話がわかる人は初めてだよ、これからもよろしくね!盟友!」
「盟友?」
「つまるとこ同士!」
「よぉし!」
パチンと手を合わせた。
楽しい。もう歳の癖にはしゃいでしまった。なんだかにとりとは似たような感情が溢れて仕方がない。
「私は河童だから色んな物を作れるから。今は空を飛ぶ為の羽を作成中なんだ」
河童だからという理論は理解が出来ないが河童が物を作るのは知っていた為にそこまで驚きはないが空を飛ぶ道具など必要だろうか。
「ふむふむ、でもお前さんがたは妖力で空を飛べるじゃないか」
「ちっちっち。確かにそれで空を飛べるが浪漫が足りないね。人間常に高みを、拘りを大切にしたいよね」
妖怪だけど、と続く彼女。
その気持ちは激しく同意できる。私はいかんせん妖力がちっぽけな為に空を飛ぶことは出来ないが、飛べない私からすると空を仰ぎ、飛ぶというのは憧れる。それに天狗たちのような羽があればさらに良いだろう。
だから私は彼女のその開発を応援する。
「いいね、最高だね。よし、私が実験台になってやるさ」
「本当?じゃあお願いしようかな」
二人は同士どうこうのやり取りの間に、既に白蛇とにとりは立ちあがっていて、今は歩いて会話をしている。だがにとりは先を進み後ろを、つまり私を見ながら歩いている訳だ。怪我をしないか心配だがバランス感覚が良いのだろう。足でリズムを刻むように進むのだから微笑ましい。時折、顔を覗いてくる彼女。
その表情に、私は薄っすらとあの子を思い出す。もう忘れてしまったと言い聞かせようとして、だけど決して忘れられない彼女の顔を。またあの日を思い耽けようとすると、彼女は現実に引っ張ってくれる。
「怖い顔してるけどどうしたの?」
「いんや」
なんとも阿呆のような面で見上げてくる彼女を見て内心笑いそうになった。
「あ、わかった。そろそろ鬼との勝負の日だからそのこと考えてたんだ」
「河童にまで伝わっているのかい」
「山の者で知らない奴なんていないさ」
そうか。私は本当に有名になろうとしているらしい。
鬼に勝負をかけた愚か者と。
「でも日も近いし無理に実験に付き合ってくれなくてもいいよ?」
「と言っても暇なのも事実さ」
「ありゃ、つまりもう勝てる策があったんだ」
「・・・」
「無いんだね」
はい。ないです。
にとりは苦笑いしながらジト目になる。いや、確かにないけどまだ四日目だ。あと三日もあるんだから大丈夫。……じゃないよなぁ。と今更ながら現状の危機感を覚える。今まで何をしていたのだろうか。
酒を飲んで二日酔いでまるまる二日潰し、三日目に鬼と雑談。そして今日は河童と雑談。
本当にそろそろ何か考えなければならないかもしれない。
「よーし!しょうがない、盟友のピンチだ。今日から私は打倒鬼としての作戦参謀役になるよ!」
「こりゃ百人力だね」
「百人?違うね、千人力だ!」
随分大きく出たものだ。だが不思議と彼女に頼もしさを感じてしまう。信じてみようか。河童の技術とその頭脳を。
それから、にとりの住処にやってきては二人で作戦を建てる。
だが出た案はろくでもない結果だった。衝撃音でシンプルに脅かすとか、目覚めドッキリだとか。前者は効かないだろうし、後者は殺されそうだ。流石の河童の頭脳も鬼を脅かすなんて考えたことがなかったのか発想が著しくない。
「「だ、だめだぁ……」」
二人して川沿いに大の字になった。日はとっくに沈み月が覗き星は散っている。まさか朝方からこんな時間まで考えているなんて思いもしなかった。川の音が心地よく、このまま寝てしまいそうだったが、にとりは話しかけてきた。
「
それは純粋な疑問だったのだろう。
それもそのはず、鬼に喧嘩を売る奴なんていない。それが大妖怪であっても。
「別に成り行きさ。たまたま話が拗れて、鬼が絡んできて現状に至るのさ。まったく最悪な一週間だ」
「その割には良い顔してる」
「そうかい?」
「そうだよ」
ならきっとそうなのだろう。その表情は言葉通り安らかだ。だが、私もそろそろこの場所が居心地良いのだと認めそうになっているところ、ふと疑問に思えてしまうことがあった。
はて、私はにとりに名前を名乗っただろうかと。
「ねぇ、にとり。前さん、どこで私の名前を聞いたんだい?」
またもや、白蛇ではなく、
「ん?だって出会った時に名前を教えて……あれ、私いつ白蛇の名前聞いたっけ?聞かなきゃなぁとは思っていたけど」
「そうかい」
「ま、いいか!」
その鬼と同じ反応。どことなく、引っかかる。特に危険な匂いはしないし、怖いとも思わないが、微妙に違和感を感じ得ざる終えなかった。
五日目である。
にとりと昨日そのまま眠りに付いてしまい起きた時には日が登っていた。残り二日。はて、間に合うだろうか。
「おはよー」
「おはようさん」
にとりは起きたと思うと川の水で顔を洗い、中に入って釣竿を持ってきた。木で出来たとこをみるとこの山の木。それに妙に完成度が高い。これが河童の技術力か。世界一も目指せるかもしれない。
「これで釣れた分が朝ごはんだよ。あ、稚魚は返すんだよ?」
「あいあいさー」
竿を投げ、チャポンと音がなる。
あとは釣れるまで待つだけで、些か暇である。これが釣りの醍醐味なんだろうがそれでも暇だと思えてしまう。太陽を浴びるように顔を空に向けて伸びをする。
すると、一匹の雀が山の中に入っていくのが見えた。口に何かを咥えて。
「あの雀、なにか咥えてたね」
「うそ、お宝?」
「それは鴉が持ってくるだろうよ」
ちょっとだけ好奇心に駆られた。別に雀が何を持ってこようがどうとも思わないが、こうも暇だと気になってしまう。
それに雀の向かった場所も近場のようだし。
「行ってみますか」
「ですな」
顔を見合わせて雀の後を追った。
漆
「これは」
「アレだね」
雀が向かった場所は青竹が無数に生えた場所だった。
その切り株の中に何かを入れたと思えばすぐに飛びだってしまう。その入れたことを確認して中を覗くと、水が溜まっている。だが、匂いでわかる。これはそう。
「「酒だ」」
皆は知っているだろうか。
最も最初に酒を造った生き物が雀であるという伝説を。
雀は口に咥えた米を餌として竹の切り株に溜め込む。だがいかんせん鳥頭故に溜め込んだことを当の前に忘れている。そこに雨が降って水が溜まり時間が経過して酒へと変わると。
「少しだけ」
「いただきましょうか」
二人して指に付けて舐めてみる。ふむ、やはり酒だ。二人とも頷くとその酒を汲んでお猪口一杯分を用意すると乾杯して飲んでみる。
が、それからだろう意識がなく、覚えていないことが多い。
「るんるんりる!」
「ごきげんいかが!」
「「るんたったーん♪」」
二人はそう、馬鹿みたいにはしゃいでいた。踊り、歌い、騒ぎ始める。そのテンションの高さ、他者が見たらドン引きものだろう。この現場に二人しかいないことが幸運だ。
伝説には続きがある。
雀は餌を貯蔵した場所を思い出したのだ。そこへ戻ると、貯蔵した切り株に酒が入っていることに気づいた。それを飲んだ雀はあまりの美味しさに宴会となり竹を周りを踊り続けたという。
その踊りは何日も続き、踊り続けた。その様子から生まれた言葉が「雀百まで踊り忘れず」なのである。
つまりは、二人は今、そんな感じ。
「「なにやってたんだろ……」」
酔いが覚めてきて意識を取り戻した二人が最初に発した言葉である。
なんともまぁ痛々しい光景だただろう。そのことを二人とも自覚して自己嫌悪に陥る。
「まさかあの酒をのんだから?」
「だとしたら……恐ろしい……」
二人は二度と雀酒など飲まないと誓って元の場所に戻ることにする。
日は高くなってもうお昼頃、そろそろ何かを食したい。そう思って帰ってみたら竿に何かが引かれていた。どうやら河に置きっ放しだったらしい。
「白蛇!」
「おうとも!」
二人で竿を引き上げ釣れた魚を見てみる。
……が、それはあまりにも食用ではなさそうだ。
「うげっ……」
「こいつは……食えるのかえ?」
「止めたほうがいいよ。絶対」
気持ちの悪い色に髭が揺れるこの魚。はて、なんて言う名なのかは知らないが食うことはないだろう。
だがせっかく釣ったんだし、と水の桶にその魚を投げ入れ、釣りを続けた。
「「ご馳走様でした」」
なんとか二人で魚を釣りありつけた食事。特に絶品だった訳ではないが、空腹が最高のスパイスとなり幸福感が襲ってくる。にとりもこんなに美味しかったっけ?と疑問に思うが美味しいのならそれでいい。
食事を終わり暫しの休憩。
食べてすぐの運動は体に悪いし、満腹感で動く気にはならないのも事実。
「そういえば、昨日はどうやって空を飛んでいたんだい?」
「んー?あれはね、飛ぶというか跳ねていただけなんだよ。空を飛ぼうとしても何故か下に落ちるように引っ張られてしまうからね、だから空気を圧縮した筒を背中に背負って噴射。その連続を繰り返していたんだけど……ちょっと筒に問題がね……」
昨日の絶望感を思い出したにとりは顔を青くして目を背けた。
話を聞いていた私といえば、本気で驚いている。まず、空気を利用して飛ぶという発想がもう他者と違う脳内になっている。完成したら本当に使ってみたいものだ。
そうして雑談を重ねて腹も波を静めたころに、空から一人天狗がやってきた。
「あー、なんだこんなところに居たんだ白蛇さん。心配しましたよ」
「おや、お嬢ちゃん。昨日ぶりだね」
道を聞いたついでに口説いた天狗ちゃんである。
彼女はホッと息を吐くように見せた後、安心したように笑顔を向けてくれた。
「まったく、一泊するならちゃんと関白天狗さんや天魔さんにも言っておいてください!」
「そりゃすまなかったね」
「ふふ、良いですよ。許します。でも次からはちゃんと教えてくださいね」
「あいあいさー」
簡単な会話を通して飛んでいく天狗ちゃん。
はて、彼女の好感度をそんなに上げたつもりはないのだが。昨日口説いただけだし、普通嫌がられる。近づきたくないと思われても仕方がないだろう。仮に受け止めたとしてもちょっとした冗談で。わざわざ心配してくれるなんて考えられない。それほど彼女がちょろいのか。いや、仮にも頭がでっかちが多い天狗の娘である。簡単に落ちるとは思えない。
「・・・ なんていうかさ」
「なんだい?」
「白蛇って凄いね」
そう呟くと尊敬の眼差しを向けてくれるにとり。彼女の瞳は出会った時のように煌き眩しいものだった。
だがなにが凄いのだろうか。
「いや、凄いよ。天狗って近くても遠くてもやっぱり天狗でさ。話が通じないことの方が多いんだよ。普通なら警戒されて口も聞いてもらえないし、下手したら外にも出してくれない。それなのにたった数日で信頼を得るなんて……やっぱり白蛇は凄いや!」
そうしてニッコリ笑うにとりを見て、その言葉を聞いて、私は確信してしまう。
ああ、そうか。やはり可笑しいか。そう吐き捨てた。
私は白蛇である。元は神で、信仰が消えて落ち、妖怪として醜い様を晒した者だ。それに守矢での日々もあって、私は妖怪だけじゃなく、人間からも避けられるような生き方ばかりしていた。それなのに、だ。
私は好かれるより嫌われるタイプの者。例え鬼が素直で優しくても、例え河童が似たような価値観を持っていても、例え天狗が打倒鬼と言う名目で一時的に受け入れてくれたとしても。
これは異常だ。
みんな優しいと思った。暖かいと思えた。
でも、果たしてみんながみんな優しいなんてことあるだろうか。認める者もいれば認められない者もいる。それが当然で、普通。それなのに、この数日のみんなの顔を思い出す。
全員が、微笑みを向けて歓迎してくれた。誰一人と嫌な顔をせずに。
それが演技だったのだとしたら私は世界に絶望し、当然だと受け入れられただろう。だが、今までの違和感が明確な形となって目に見える。
ああ、
気味が悪い。
それから私はどうも調子が悪い。
いや、体調が悪いのでなく、気分が悪いのだ。どうしようもない徒労感が背後から迫ってくる。もちろん比喩表現だが、足を掴まれているように重いのだ。
「えっと、白蛇?どうしちゃったの?」
「いや、なんでもないさ。ただ、鬼との勝負が近づいているなっとね」
「そうだね。よっし!今からいっぱい考えて鬼をいっぱい脅かしちゃおうね!」
こういう時、にとりの明るさに救われる。
彼女の顔を見ていれば一時的に先ほどの気分を抑えてくれて、そのままいれば洗い流してくれそうだ。近くの川に流れる水のようにそのまま流されていきたいと思える。
「そうさね、いっちょやりますか!」
「いいね、いいね!じゃあ景気付けに一杯!」
そう言って二つお猪口を用意してくれて私とにとりの手にそれぞれ渡る。
確かに酒だろう。だがにとりは好き好んで酒を飲まないと聞いた。だからかにとりの家には酒はなかった。ならば、この酒はどこから?
「………どこから持ってきたんだい?」
別に怪しいとは思っていない。素朴な疑問である。
するとにとりは目を点にして首を傾げる。
「あれ、白蛇のじゃないの?」
「おいおい……」
流石に、出処不明の酒は飲みたくない。警戒して匂いを嗅ぐ。
ふむ、酒ではあるようだが天狗のとこで飲んだものではなければ、鬼の鼻にツンとくる匂いでもない。なんともお上品な香りだ。
飲んでみたいがやはり怖い。
そう思って鼻を良く効かせると、このお猪口意外からも匂いが感じられた。その方向を見てみると。……食えないであろう魚が入った水の桶。まさかと思って桶の水に手を突っ込んだ。そして嗅ぐ。やはり、お上品な匂いがした。
「にとり」
「……うん」
二人で顔を見合わせてお猪口の酒を同時に飲み干す。
「「こ、これは!?」」
美味い。今まで飲んだことがない美味さだ。
「口に入れたと同時に広がる綺麗な風味、口の中を洗い流してくれるような爽快感!」
「だが味は情熱的で癖になる、それなのに不思議と不快にならないくどさ!」
「「最っ高……!!」」
簡単にいうなら、これほど美味い酒は飲んだことがない。人里で売ったら皆が集まり、安安と妖怪の間で出してしまえば、この酒を巡って争いを起こしかねない。冗談ではなく、本気でそう思えるのだ。
「なぁにとり」
「うん。多分そうだよ。この魚、なんて名前かは分かんないけど、この魚が居る水は酒となるんだ!鱗が酒へと分泌させるのかな?それとも口に入った水がそのまま酒へと変わるような体質なのか。とにかく、これはすっごい発見だ!」
思案して一思いに語ったにとりは強く頷く。
ああ、これは大発見だろう。だが、浮かぶ疑問もある。
「なら、どうしてあの川は酒の匂いがしないんだい?味だって普通の水さ」
そうだろう。だってこの川で釣った魚だ。この魚が水を酒に変える力があるのなら、川の水は全て酒になっていてもおかしくない。
「水で中和されて酒が消えた?」
「そうかもしれない。とても綺麗な酒だったから神聖な美酒なのかも。少し何か混ぜたりしたら水に戻ってしまうとか」
にとりの持論を聞いて納得する。
私にはまるで科学がわからないが専門のにとりが言うなら間違いないのだろう。こういう時に永琳が居たらいろいろ教えてくれたかも。永琳は月で元気にしているだろうか。
久々に思い出しては考える。今でも元気に実験でもしてくれていたら嬉しいが。
そう思って空を見上げてみるがまだ夕陽が揺らめている。月が顔を出すには早いだろう。だが今日は珍しい天気だった。
「狐の嫁入りか」
にとりが呟いた。
日が顔をだしているのに、空からは生暖かい雨が体を伝う。その雫を浴びて、どうしたことか一瞬で思考が速く回転した。なにかが、閃きそうだ。
それはなんだと思考していると、髪に溜まった雫が落ちて口に侵入する。
………これしかないだろう。
「にとり、頼みがある」
私はにとりの目を真っ直ぐ見つめて世界で一番の壮大な告白をするように口を開いた。
「雲を……作ってくれ」
捌
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盟友と星々
六日目が始まった。
天狗は相も変わらず山を警戒し、鬼は酒を片手に、河童はゆったりと川に流され、にとりのような一部の河童はなにかしらの研究をしている。にとり曰く、まだ全ての河童に浪漫というものの布教が済んでいないらしく、ただそれも時間の問題らしい。そんな蛇足は置いておき、どの種族も明日の戦への気持ちが高ぶっているのかどこか忙しない。
鬼はいつだって騒がしいだろと言われちゃおしまいだが、いつも通りに見えるがどこか様子が違うと言えば伝わるだろうか。
そんな中、その戦の中心である白蛇は暢気にも魚を釣っていた。
「釣れるかい?」
「ぼちぼちだね」
川の中に吸い込まれた竿の先端部分を眺めながら悠然としていた白蛇に声をかけたのは、同じく戦の中心人物である伊吹萃香だった。彼女は気分の良い顔をしながら隣に座り、近くに放ってあった竿を持ち川へ沈める。ちなみに、その竿は気分転換にやってきたにとりのものである。
「良い顔をしているね。何か良いことでもあったのかい」
「なに、ただ酒が抜けているだけさ。それとももしかしたら自分でも気づかないくらいに明日を楽しみにしているか」
「どっちとも正解とみた」
「どうだろうねぇ」
おちゃらけて見せる萃香のその態度が物語る。
さて、彼女はなぜやってきたのか。疑問も沸くが、どうせ理由なんてないのだろう。自由気ままに生き喧嘩するのが鬼なのだから。
「にしても戦は明日だというのに随分余裕じゃないか」
「戦士の休息ってね」
まだ戦ってもいないが、これから戦士になるのだろう。多分。
これで会話を終わらせるのも面白くないので話を広げることとする。
「果たして、私がただ釣りをしていると思うかい?」
その言葉に萃香の頰は釣り上がる。どうやら釣れたのは魚ではなかったらしい。
「ほほう、既に戦いは始まっている的なやつかい?」
「いやそれはない。でも準備を含めるなら開戦さね」
こればかりは価値観の相違じゃないだろうか。
例えば、織田信長の火縄銃を集めたことを戦術と言うのならその集めていた準備期間は戦が始まっていることになる。私は準備期間は戦闘外と思いたい。弱小妖怪は上の者に勝てないなら頭を使わなければならないのだ。
ずる賢く、小賢しく。
「ふーん、まぁどっちにしろ楽しみだよ。あっ釣れた」
竿を引き上げその魚を見ては、花を萎ませるように顰めてしまう萃香。
「あんまり美味しそうじゃないね……」
「じゃあ貰っといてやるよ」
「ん、いらないから上げる」
「いつまで釣りをするんだい?」
時刻は朝から午後へと跨いだ。
口を開いた萃香は伸びをする。飽きたんだろう。だいたい三時間以上釣りをしているのだ。その時間をかけるのが釣りの醍醐味なんだろうが鬼には、いや萃香には合わなかったのだろう。
「まだまだやるさ。今日は終われないかもしれないね」
「うげぇ……。いやさ、何かしようよ。そうだ、酒を飲もう!」
「私は付き合わな……もう飲んでるじゃないか」
やはり鬼には酒なのだろう。
鬼に金棒と言う言葉が強い者がさらに強くなってしまう例えなら、鬼に酒という言葉を作るべきで。強い者がなにかしらの物によっておとなしくなる様。どうだろうか?と自分で明暗だと思ったが酔拳なんてものを思い出して項垂れる。
鬼強すぎんよ。
「お前さんこそ、いつまで私の隣にいるんだい?」
「ありゃ、邪魔だった?」
「いんや。ただたんに暇だろうと思っただけさ」
それだけ言うとやはり鬼は酒を
私と萃香は静かにそれぞれのことをした。釣りに酒。共通点がない二つ。これがもし見知らぬ奴なら気まずくてこの場から逃げていただろう。だが、萃香ならそんなことをしなくて済む。まるで嫌じゃない。むしろ大切だと思える時間だろう。
これが作られた関係じゃなければ。
閑話休題。
それは気に入らないが、私はこうした事によって分かったことがあるので説いておこうと思う。
二人で暫く黙ってみるといい。それだけで二人の関係が分かる。と。
二人きりになって何を思って何を感じ、居心地が悪かったのか良かったのか。不安になったのか安心できたのか。それが分かるだろう。
私は今萃香といられて良い気分だ。それが明日戦う相手であっても心はざわめかない。こうしている事が当然だと思える。それ程までに私は伊吹萃香との関係を重畳だと言えるのだ。それは私だけのものかもしれない。萃香は何も考えず、ただこの場に居るだけなのかもしれない。内心のことなんて分からないけれど、私は萃香を尊敬できる立派な
だからこそ、悔しいのだろう私は。悔しくて仕方がないのだろう。
鬼は卑怯者を嫌う。弱虫を嫌う。まさに私のことだろう。卑怯者で姑息な蛇なのだ。鬼が、萃香が嫌うような自分を良心的に接してくれるこの環境が嫌で仕方がない。そんな私であるが。もし、私が鬼である伊吹萃香の友になれるのならば、それは一生の誇りだと思える。その為には私が自分を変えなければならない。威勢があって、正直である自分に。
それがきっと、今私がしたいことだから。
「私は白蛇。元神で今妖怪の碌でなし。嘘は吐くし直ぐに逃げては高みで見物するようなやつ。『幸せを前借りする能力』と『他人の不幸や悲しみを背負う能力』を持った幸運の白蛇さ」
「・・・どうしたの?唐突に」
「なにただの自己紹介さ。お前さん方ばかり私のことを勝手に知っているが私はお前さん方のことを何にも知らない。知りたいのさ。なにが好きで、嫌いで、どんな奴で、何者なのか」
まだしてなかっただろう?と続く。私はお友達はどうやったら増えるのかはわからない。今まで他人から避けてきた私には自然に友達が作れない。ならば私なりに考えるしかないのだろう。
名前を聞いて、その人の事知って、私も話して雑談する。別に全部知りたい訳じゃない。ただ興味を持った他者のことを考えてしまうのが人間なのだ。ならば始めに自己紹介。私と言う人物像を知ってもらう為に。
「本当に、白蛇って変なやつだね」
「嫌いかい?」
「いいや、おもしろい」
嘘は嫌いだけどね。と続く萃香の言葉を聞いて思わず苦笑。つまりは私が嫌いじゃないかと。
「私は伊吹萃香。鬼であり愚直な馬鹿野郎。嘘は嫌いだし卑怯者も嫌い。逆に威勢のある馬鹿や素直であることが正しいのだと信じきって騙されるような愚者は結構好き。『密と疎を操る程度の能力』を持っているお酒大好き怖くない
そう言って笑う萃香の表情は凛々しく見える。思わず最後はお姉さんだろうとツッコミたくもなるが、ニシっと唇を釣り上げる顔を見るとそんな言葉も引っ込んでしまう。平然と私を否定するもしっかりと目を見て言葉の一つ一つを語る萃香に胸が暖かく感じた。
まったく、
「かっこいいやつだよ」
私は素直で真正面から否定してくるこの伊吹萃香が恩師として一方的に敬う。私の目標という奴はこの鬼なのかもしれない。なにからなにまで、ただ近くにいるだけで影響を受けて教えられる。
「萃香、これからよろしく」
「これからも、だろう?」
そう言って二人で拳を合わせる。
これからも、と言ってくれたことはきっと自分のことを認めてくれている……と思ってみてもいいだろうか。まだまだこの先のことはよく分からないけれど、初めてのお友達が出来た瞬間だった。
「勇儀ってどんな奴だい?」
私が萃香と友達になって最初に始めたことは周りの人物たちの情報収集だった。この自分の意図ではなく作られてしまった関係を確かなものにする為に、私が知って言葉を交わせねばならない。それに一方的に知られているのも少し不快でもあった。
「ん、そうだね。まあ面倒見の良い奴だよ。姉御っていうのかな?真っ直ぐで直向きで強いやつ。その割にちゃんと周りが見れていて、気も使える。泣いてるやつがいれば話を聞いてやるし、悪いことをするやつには叱ってやれる。私とは大違いかな」
勇儀の評価は高かった。
話を聞いているだけでその性格が素晴らしいものだと感じるし、眩しいやつなんだろうと思える。萃香が最後に言った大違いというのも自嘲ではなく、純粋にそう思っているようだった。
「そいつは良いやつだ。で、能力は?」
「あれ、気になるの?『怪力乱神を持つ程度』の能力だけど」
「そうかい」
ハズレか。
「じゃあ他に知っている奴」
「んー、関白天狗とか?」
「では一応」
「ああうん。関白天狗のことだね。あいつは一言、頭でっかちさ。芯が強すぎて周りの言葉なんてまるで入っていない。だけどちゃんと筋は通っているし、あいつの硬い頭はいつだって正しい。関白天狗ってのも的を射た表現さ。能力は『嘘を風とする程度の能力』……あれ、そう言えばいつから関白天狗って名前が浸透したんだっけ?」
首を傾げる萃香に、知っていたがハズレだと思う私。
後半は疑問に思ったようだがそのことは諦めている。
「じゃあ次……天魔は?」
私は少し声音を変えて聞いてみる。
正直、私が一番怪しいと、いや確信している人物だ。
「天魔、うん。天魔ね。あいつは気味が悪い奴だよ」
意外にも、萃香からの辛辣な言葉に驚いた。
彼女が鬼だとしても、やはり人の好き嫌いはあるということだろう。
「あいつは絶対なる強者さ。それなのにまるで妖力を感じないし、強者らしい威圧も感じない。どこまでも自分の力を隠していて、高いところから見られているような不快さがある」
「天魔が……か。意外だね」
「やっぱり白蛇は嘘吐きだ。最初から疑ってはいただろう?」
そうなのだろうか?
そうかもしれない。
「妖怪って奴は生きた時間だけ強くなる。妖力は膨れるし、それに見合った風格が出来る。まぁ例外はいるかもだけど」
ちらりと見てくるが、私のことなんだろう。私は萃香や勇儀よりずっと長く生きている。それでもずっと弱いのが私なのだ。種族なんて関係ない。弱い。理由なんてものは、普通に弱いとしか言いようがない。鬼が純粋に強いならば、私は純粋に弱いのだ。
「多分天魔は……いや、そうなんだろう。天魔は最も最初に生まれた妖怪だよ」
息が詰まる。もし、本当に天魔が原始の妖怪ならば可能だろう。人の記憶を、大人数を同時に操作して、記憶を植えつけ都合の悪いことを忘れさせる。果たしてそれにどんな意味があるのかは分からないが、原始の妖怪ならばできるのではないだろうか。長年生きた者にはそれに合った妖力が実力が携わる。だが、妖力がいくら多いと言っても記憶の操作なんてできるか?無理だろう。ならば何かしらの能力があるのか。
「あいつは常に力を隠しているが私にはわかる。あれは化け物さ。この世界が始まって何十年、何百年経ったのかは分からないが、その全てを生きて息して居たんだろう。例えばさ、普通に見える人間がいたとして、普通に生きているとするだろう?でも実力のある奴にはその人間に尻尾が見えるとしたら警戒するじゃないか。強大な力を持っているのに、さも普通だと装い周りに溶け込む。それが強い者なのに、ここの天魔は実力を隠していない」
どういうこと?と萃香に問う。だって矛盾しているじゃないか。隠しているのに隠していないなんて。
隠して周りに溶け込んで生きているのに、萃香はそれを隠していないと言うのだ。はて、どういうことだろうか。長々と語ってくれたところ悪いとは思うが私にはピンとこない。
「だからさ。隠しているんじゃないんだよ。植えられているのさ」
植えられている。その考えが先ほどの思考通りなら、それは恐ろしいことだ。
まだ、よく分からないならば完結に言うとしよう。
種を隠すには土の中だと言いたいのだ。
種だけを隠してしまえれば良いのなら、そこから生まれた花はさぞ美しく見えるだろう。種から何の花が咲くかは知らないが、目的が種なら奪われないように咲かせてしまえばいい。成長しきった花から種を奪うことはできないのだから。
「だから私は天魔を好きになれない。嘘を嘘ではなく事実に変えてしまうのだから」
それは妖怪と呼んでいいのだろうか。生きる者として呼んでいいのだろうか。
だってそれは、神が世界を作るように創造的で非現実的だから。
「天魔が人間に溶け込んで生きてしまっても、周りは騙される。だが私は異変に気付く。そして、その異変に気づいた者たちもその違和感を忘れて天魔は人間なんだと勝手に頭が理解する。間違った情報を正しいのだと理解する。それって、とっても気味が悪くないかい?」
頭の中で順番に理解していく。バラバラになった欠片を集め、一つの模型を完成させるように集合していく。だが、これはまだ仮定であって、結果がそうだと決まった訳でもないのだ。
だからこそ聞かなければならない。
「じゃあ天魔の能力は、『嘘を現実にする程度の能力』?」
「どうだろうね」
「知らないのかい?」
「ああ、知らないよ。誰も知らない。鬼も河童も天狗だろうと天魔の実力を、能力を知らない。周りは天魔が能力持ちなんじゃないかという疑問すら抱けない。私だってそうさ。今こうして天魔の話題になって初めて違和感や天魔の実力について知りたくなったんだからね」
いや、前も考えて隠蔽されたのかな?
萃香ですら何も出来ないでいた偉大で強大な能力。その真髄が分からない。一体どんな能力で、どこまでできるのか。
私はそれを知ってどうする?そんな強者に弱者がどう挑めばいい?どうあればいい?
「白蛇」
思考の闇に呑まれて潰れてしまいそうな時、引き上げてくれたその声。
「大丈夫さ。敵がどれだけ強大だろうと、嘘に立ち向かい倒してしまうのが鬼。白蛇が一人で勝てないと思うなら嘘を切り捨てる鬼としてお前の背中を押してやるさ」
だって、ダチなんだろう?
その言葉に救われ、立ち向かおうと思った。
なぜ一人で戦おうと思っていたのだろうか。近くにこんな好敵手がいて、ダチだと言ってくれて。こんな気持ちになって嬉しくない訳がない。
「敵わないな……」
「おいおい、まだ勝負は始まってないだろ?大事な勝負は明日で、今日はその前哨戦。私とお前がちっと気に入らない相手に一言物申しにいこうじゃないか」
そう言って伸ばしてくれた手を見て、私は頷き強く握り返したのだった。
今日の準備をして、いつに天魔の元へ行くのかを話し合った私たちのちょっとした会話。
「私は旅をしているが、色んなやつに向かって、鬼に対して何か言っておいてもらいたいことはあるかい?」
問う私。旅のなか様々な人と出会うが、どれも鬼に対しては良いイメージがなかったからこそ聞いてみる。
すると彼女は片目を閉じ舌をだして言うのだ。
「鬼は怖くないよ。ただ、かっこいいだけさ」
そう言う彼女は今までに見たこともない可愛いさと、雄々しさを感じた。
時刻は夜。月がすっかり登ってしまい月明かりを頼りに歩かねばならない時間帯。だがここは川、水面に反射した月明かりがその眩しさを増幅させて光には困らない。
その川で釣った大量の魚を桶に入れて私は一仕事終えたと息を吐いた。桶に入れた魚はあまりの多さに飛び出ている魚も大量にいて、ピチピチと飛び跳ねる。桶をもう二つぐらい増やした方が良かったなと今更ながら後悔。
「あ、白蛇!」
「おやにとり」
大量の魚を死なせないように水を浴びせていると走ってくる河童が一人。
盟友だと呼んでくれる話の合う仲間だ。
「どうだい?アレは完成したかえ?」
「バッチリだよ!………でも正直疲れたかな。昨日唐突に案をもらって一睡もせずに作り続けたし」
「本当に悪いことをしたね。それとありがと」
「いいさいいさ!妖怪は一日ぐらい寝なくても大丈夫だし、盟友の助けになれるならそれだけで頑張れるからね」
本当にいいやつだ。
私なんかには勿体無いような愛おしいやつ。
「でも疲れたから休憩ー」
岸側にばたりと倒れて大の字になった。
私もさして疲れている訳ではないのだが、体が自然と動いてにとりの隣で同じく大の字になる。
「白蛇も凄いね、これだけいれば十分だよ」
「いやいやにとりの方が凄いさ」
「いやいや」
そのいやいやはそれ程でもないと続くんだろう。
こうして二人でいると時間を忘れてしまいそうになる。このまま眠ってしまってもいいが、今日の私は気分が良い。伊吹萃香という友達が出来たからだ。
「明日はついに鬼との戦いだね」
先に話し始めたのはにとり。
「本当に凄いよ、白蛇は。山にやってきたと思えば鬼との勝負を持ってくるし、私と話が合うような変人だって初めてだった。本当に濃い数日だよ」
このわずかな数日のことをまるで何十年も前のことを語るように話すにとり。確かに、これほどまでに緊迫感のある数日間も珍しい。私は振り返ってみるが、酒に振り回された記憶しかなく、それ程濃厚でもない気がした。でも、やはり萃香と初めての友達になれたことで何十年分もの体験を出来た気がしてならない。
だから、今日のことをにとりに話す。誰かに話したくて仕方がないのだ。
「今日は萃香といろいろ話したよ」
「萃香って伊吹萃香?」
「ああ。あいつは本当にかっこよくて凛々しくて可憐だよ。初めての友達が萃香なのは一生の自慢だね」
「・・・」
「どうしたんだい?にとり?」
やはり人の自慢なんかつまらなかっただろうか。内心おろおろとして、すぐにでもにとりの機嫌を取ろうと考えるがそれより先ににとりが私の跨り、顔を息がかかるぐらいまで近くに寄った。
「白蛇!」
「な、なんだい……」
「私たちは盟友!」
「ん、んん?」
「だーかーら!初めての友達は萃香じゃなくて私でしょ!それに盟友なんだから友達より凄いし!ずっと上の関係だし!」
大声で叫ぶにとりを見て自分の失言に気がついた。
そうか、にとりの盟友って言うのはその場の雰囲気ではなく本気でそう思ってくれていたのか。天魔の件が記憶に新しくて警戒が強すぎていた。
にとりは顔を真っ赤にして怒り、どこか目からは雫がこぼれそうにもなっている。
「すまなかったね。にとりが初めての友達で盟友だよ」
「ふ、ふん!わかれば良いのさ」
目元を拭いそっぽを向くにとりを見て私は胸が暖かくなった気がした。この山に来て何度か味わうこの感覚。これが嬉しいということなんだろうか。にとりと言い、萃香といい、本当に私には過ぎた友人を持ってしまったものだ。
「にとり、近い」
「あ、ごめん」
にははーと笑いさっきと同じく二人で大の字になる。
にとりがいなくなった場所を見ると大きな空が覗く。今日は星空が綺麗だ。大きな空に煌めく星々。届きそうだと手を伸ばしても、当然ながら触れられない。思わず、ふと微笑んでしまう。
「獅子座」
「ん?あの星がそういうの?」
「いや、知らないよ。ただそう見えただけさ」
本当に思いつきにすぎない。そんな深く考えた訳ではないのだ。
星々を見ていると、懐にあるアレを思い出す。最初から河童に見てもらおうと考えていたのに、色んなことがあってすっかり忘れていた。
「にとり、これをやるよ」
「なにこれ?」
「盟友の証」
今考えたけどね。と続く。
にとりは手渡されたそれを見ると首を傾げたと思えば食い気味それを見つめた。目を見開き信じられないように。
「白蛇、これ、一体どこで手に入れたの?」
「ん、拾ったのさ。以前とある神社に住んでいてね、その村の中で見つけたのさ」
荒れに荒れたあの場所でポツンと落ちていたそれ。
小さなカプセルのようで、真っ白な雪景色の中に居る三人の妖精。上には雪の結晶が浮かんでいる。そう、これはスノードームだった。
「凄いよ……これ。一体なんの素材で出来ているか分からないけど、この現代にある物質じゃない。遠い未来の道具。この下の膨らみはなにかな?押せるみたいだ」
「おや、そうだったのかい?」
よく気づいたものだ。
私にはまるで分からなかった。にとりは好奇心にそのボタンを押すと、スノードームの中が光始め、上から雪が降っている。その中にいる三人の妖精は周りを楽しそうに飛び始めた。
「凄い、凄い、凄い!!」
その光景に思わず私も目を奪われた。
これほどまでに神秘的な道具があったなんて。
「白蛇、絶対に絶っっっ対に大切にするからね!」
「ああ、そうしてやってくれ」
にとりのその笑顔はスノードームの輝き以上に美しく見えた。
「ねぇ、白蛇」
「なんだい?」
「一体なにを悩んで、なにを考えて、不安に思っているかは知らないけどさ。いつかちゃんと話してね」
「・・・」
「私はどんなことがあってもずっと白蛇の盟友で居続けるからさ」
「・・・」
ありがとね。そんな簡単な言葉をいつかちゃんとにとりに伝えたいと思う。
玖
次回妖怪の山完結、予定。
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