Fクラスのツワモノ (シロクマ)
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振り分け試験は波乱万丈

にじファンからやってきました。
感想、批判、なんでも真摯に受け止める所存です、よろしくお願いします。




科学とオカルトと偶然によって開発された「試験召喚システム」を試験的に採用し、学力低下が嘆かれる昨今に新風を巻き起こした。

 

 

それがこの文月学園の世間的なイメージである。

 

 

 

 

振り分け試験の成績で厳しくクラス分けされるこの学園にとって、学力とは己の誇るべきものであり、武器にもなる。

 

 

そんな学生の向上心を高めるには絶好なこの環境――――――で、俺はなぜこんなことをせにゃならんのだ…。

 

 

 

 

 

ぶっちゃけ時間の無駄だろ、父さん。

 

 

 

 

 

 

ガリガリガリガリ。

 

かっかっかっかっかっ。

 

ガリガリガリガリバキィっ!!!

 

 

『(な……あいつ片手でシャーペン折るとか女なのにどんな握力だよ!いくらなんでも緊張しすぎだろ。

…おいおい、しかも予備持ってきてないのかお前は。あからさまに青い顔してんじゃねーよ)』

 

 

シャーペンの終焉にしては見事な大音量だった。

 

責務を全うできなかったシャーペンも、あそこまで見事な粉砕ぶりならば本望だろう。

 

 

 

 

そんなアクシデントに普通周りが気が付かないわけはないのだが、教師を含めこの教室にいる人間達は我関せずなスタイルを貫き通すらしい。

 

 

所詮皆ライバルって訳だ。

 

この試験で自分の運命が決まるとあっちゃ、他人を蹴落とすのは当たり前。

 

同情はするものの、明らかに予備を持って来なかったあいつが悪い。

 

 

左手に持ったシャーペンをくるくると弄びながらそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

…けどまぁ、面白かったし?

 

 

 

 

目標、右斜め前3メートル先。

 

 

左手用意……発射!

 

 

肘を固定し、手首のスナップを利かせて勢いよく放つ。ひゅん、と空気を切るように俺のシャーペンはぶれも無く綺麗な放物線を描き…。

 

 

 

サクっ。

 

 

ターゲットの頭にささった。

 

やべぇ。いや、でも片手でシャーペン折るような奴だし…きっと大丈夫だろう。

なんか悶絶しているけれど、気にしない気にしない。

 

 

 

ターゲットは頭を抑えながら涙目で振り返り、控えめにキョロキョロと犯人を探し出そうとしていたが、俺はそれこそ我関せずだ。

 

だって恨まれたくないし。

 

 

どうやら犯人探しは諦めたようで、今度はちょっと活気が戻ったような顔で問題を解き始めた。

 

『(ん、頑張れよー)』

 

 

 

…さて、また暇な時間に逆戻り、っと。

 

 

『(あと何分だよ、マジ試験こんな時間いらねぇだろ。もう暇すぎてダルいんですけど)』

 

周囲が必死で問題を解くのに必死になっている中、途中以降、手を一切動かさない俺に試験官は懐疑的な視線を向ける。

 

しかし何もしていないこと、それ自体は罪にはならない。

 

 

カンニング等の不正防止のためにいる試験官は俺にばかり構ってはいられない。すぐに俺から関心を移して教室内を巡回していった。

 

 

その直後。

 

 

ガタンッ。

 

派手な音のした方向を見ると、後ろの席で女の子が倒れている。

 

 

『(…わぉ)』

 

暇だ、という俺の願いが届いたのかと不安になるくらい、それはタイミングよく起きた。

 

 

 

「姫路さんっ!大丈夫姫路さん、しっかりして!」

 

「途中退席すると、無得点になってしますよ。それでもいいんですね?」

 

「そんな、先生今はそれどころじゃ!!」

 

 

 

…チャンス到来、だな。

 

 

 

途中退席は無得点。その手があったかと言わんばかりに、俺の心が歓喜で震える。

 

なるべく静かに立ち上がって俺は新たなターゲットに向かっていった。

狭い教室内だ、何歩か進んだだけですぐに目的地に辿り着く。

 

顔は真っ赤で息も荒い。そんな表情からして、急に倒れこんだのは突発的に起きたものではなさそうだ。試験前から相当無理をしていて、体のほうが限界を迎えてしまったといったところだろうか。

 

風邪…にしても試験日に体調不良とか試験なめてるというか、運が無いというか…。

 

これも自己の体調管理を怠った報い。

 

要は自己責任なわけだ。

 

 

 

――ゆえに、それを利用する俺は何も悪くない。

 

 

 

『先生。とりあえず俺、この子保健室にでも運んどきますね。先生は試験官だから抜けられないでしょうし』

 

 

「なっ!?途中退室はどんな状況であろうと適用されるんだよ、付き添いの君だって…」

『あーはいはい分かってます。それでもいいですから』

 

 

むしろそれが目的ですし。

 

 

 

床に倒れこんだ女子生徒の肩に触れて体を支えて暫しの間思案する。

 

さすがに病気の女を肩担ぎはダメ…だよな。

 

 

『姫路だっけ?ちょっと我慢してろよ』

 

 

ここはやはり姫抱きか。

 

 

「ちょっ、姫路さんに何を!まさか弱ってる姫路さんに毒牙を…!」

 

 

 

 

さきほどからちょろちょろと視界に入る男子生徒が俺に難癖付けてくる。

 

 

何とかしようとしてこの子に駆け寄ったのには関心した。

 

 

自分の人生の一部が架かっているともなれば仕方ないのかもしれないが、今だって、気にはなるけれどそれでも目線をテスト用紙から離そうとしない他の奴らに比べれば、よほど人間として尊いと思う。

 

 

が、如何せん、行動に移るのが遅い。

本当に心配しているなら先生と口論してる場合じゃないはずだ。

 

 

そんなんじゃ、俺に役を奪われたって文句言えないだろう?

 

 

「やっぱり姫路さんは僕が運ぶよ、心配だし」

『体格考えたら俺の方が早く運べるし、良いから早く席戻れよ。つーかただ保健室に運んでやるだけで大げさなんだよ、お前』

 

 

今のハプニング程度なら先生も大目に見てくれるだろう。さっさと試験を受けなおせ。

そういった軽い親切心からの発言だったんだが…。

 

 

 

「うそだ!運ぶだけだなんて、こんな可愛い姫路さんが弱ってるのを前にして本能を抑える男がいるわけ」

バタン!!!

 

すばやく扉の方へと移動し、聞くに堪えない発言を遮った。

 

 

 

『…はぁ。なんだ、あれ』

 

 

さっきの俺の親切心は無意味になるかもしれないな。

 

 

 

 

だってあいつ絶対バカだろ。

 



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保健室にて

『お、目ぇ覚めたか。良いタイミングだな』

 

 

そして試験ももうじき終わる頃合だ。この時間で目覚めてくれてよかった。

 

 

「え…私、一体…その、あなたは―――」

 

女子生徒はボーッと天井の一点を見つめるかのようにどこか浮かれているようだ。

 

それでも意思の疎通は可能なようで、俺はとりあえず自己紹介から会話に入ることにした。

 

 

『俺は京。藤本 京【ふじもと けい】だ。藤本でも京でも好きに呼んでいーよ。お前はえっと、姫路で良いんだよな?』

「あ、はい。姫路瑞希といいます」

 

このときようやくフルネームを知ることができた。

呆けているかと思っていたが、思考能力はきちんと働いているようだったのでそのまま説明を続ける。

 

 

『姫路瑞希か。ん、よろしくな瑞希。とりあえず現状の説明だけど、見て分かるようにここは保健室だ。お前、試験中に倒れたからここまで運ばれたんだよ。ちなみに途中退室は0点だってさ、残念だったな』

 

 

「振り分け試験…。そう、ですか。0点…仕方ないですね」

『同情はしない。体調不良を言い訳にしてたらきりがねぇし、運が悪かったと思って割り切るんだな』

「はい。途中退室の件は試験要綱にも記載されてましたし、熱を出した私に責任がありますから」

 

仕方ないと容易に受け入れる瑞希の様子を意外に感じる。

 

普通の女の子ならこの現状を少しくらい嘆くだろう、というか最悪泣き出すかも、と覚悟していたが良い意味で裏切られた。

 

 

そのある種の達観した精神の持ち様に俺は少しだけ好感を抱く。

 

 

『まぁたとえFクラスでも住めば都っていうし。これからよろしく頼むな』

 

「…え?これから、って」

 

『あれ、言ったろ?途中退室は0点。だからお前を保健室に連れてきた俺も0点。よってFクラス確定ってわけだ』

 

 

予定通りに事が運んで俺は嬉しいよ。暇すぎていっそのこと問題きちんと解いちゃおうか悩んじゃってたし。

 

 

俺の目論見は無事成功し途中退室者となった。試験が終わるまで帰宅は認められなかったという点は誤算だったが。

 

結局やることも無く手持ち無沙汰になってはいたが、保健の先生と談笑しながら時間を潰せたのだから、試験を受け続けるよりは良い結果になったと言えるだろう。

 

 

だから姫路が倒れたのはラッキ「ごめんなさい!私のせいで…っ!」…あ?

 

「私が倒れたから、だから藤本君までっ」

 

 

…律儀な奴だ。

でも大丈夫だ姫路、それ勘違いだから。

 

 

というか邪な気持ちを持って助けている身としては、そこまで恐縮されても困る。

 

 

『あー…いや心配しなくても俺、試験全然解いてないから。元々Fクラス落ちるのは決まってたから。だから泣くな。落ち着け』

 

「で、でもっ!」

 

『あのな、俺は元々問題を解く気が無かった。だからお前を運ぶのは途中退室の大義名分になった。つまり利害の一致なわけ。OK?』

 

 

「…分かりました。その、わざわざ運んでくださってありがとうございます」

 

少し考え込むような仕草をしたあとにふぅ、と息を吐いてお礼を述べられた。

 

そうやって、仕方ないと割り切った顔をしてくれる瑞希に苦笑する。

 

 

『お礼なら俺より、倒れたお前にすぐ駆け寄ってきた奴に言ってやれ。打算もなしにあーいう事ができる奴は貴重だぞ?』

 

バカそうだったけど。

 

『俺が運ぼうとしてもすげぇ勢いで食い下がってきたし。大事に思われてんだな、お前』

 

「あぅ…吉井、くん」

 

『吉井くんって…姫路が寝言で何回も呼んでたあの吉井くん?』

 

まるで悪夢を見てるかのような険しい顔して呼ぶもんだから何事かと思ったら。

そうか、あの男は吉井っていうのか。

 

ボフっ!

 

少し目を離した隙に、いつの間にか姫路の顔が今以上に赤くなり、頭から湯気が…え、湯気って大丈夫なのか。

 

あ、倒れた。

 

 

『面白いリアクションだけど…大丈夫か、この子』

 

面白い以上に、不安だ。

 

 

このまま放っておいても大丈夫なのかと懸念するが、とりあえず後のことは保健の先生に頼むことにしよう。

 

 

そうして、クラスメイト第一号との会話は幕を閉じた。

 

 

 



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転入前の回想

 

 

藤本京、16歳。

 

 

この歳になって大学も見事卒業した。

 

 

そして現在、サマーバケーションも目前に控えた今、卒業祝いと称した父との親子水入らずの食事をしているわけだ。

 

 

少なくとも名目上は。

 

 

自分の肩書きは客観的に見ても十二分に評価されても良いものだと自負している。

だが実際に対面したこの俺に対する父の反応はといえば。

 

 

「…遊んでばっかりじゃダメだって言ったはずなのに、まったくしょうがない子なんだから」

 

『なぁ、開口一番息子にそれはひどいんじゃねーの』

 

 

見事にボロクソだ。

 

 

『もうちょっと褒めてくれても良いのに』だなんて、家族にそんな女々しい事を言うつもりはないが、なんか釈然としない。

 

『わざわざ貶すためにボストンまで来てくれたわけ?っていうか、貶されるような功績でもないだろ、俺の経歴って』

 

 

むしろ褒められて然るべきじゃね?と思うのだが。

 

 

「入学までのプロセスは上出来だったよ。完全に僕の期待以上だった。けど京の実力なら大学だってもっと早く卒業できたと思うけど?弁明もしないとこを見る限り、あながち遊んでいたのは間違いじゃないんでしょ」

 

そんなに大学は楽しかったのかい?と、仕方ない子だとでもいうように苦笑されて、何も言えなくなる。

 

 

確かにそれは否定できないが、それにしたって。

 

 

『相変わらず手厳しいよな…はぁ』

 

その容赦のなさに思わずため息が漏れる。しかし反面、相手はニコニコと足を組みながら余裕そうだ。

 

 

「ふふ。母さんが甘い分、僕が厳しくしなくちゃ釣り合いが取れないだろう?」

 

そんな釣り合いいらねぇ。甘い方に全力で傾いちまえ。

 

 

 

 

「―――さて」

 

 

次の瞬間、俺は久しぶりに味わった。本気で向き合ったときの緊張感が自分にどっと押し寄せてくるのが分かった。

 

 

 

 

「イジめるのはこれくらいにしておいて。本題に入るよ」

 

 

 

場の空気が一気に変わる。

 

 

それを全身で感じ取り、思わず笑みがこぼれる。

 

 

いつもの柔和な顔が、瞳が。

急に獰猛で冷酷な雰囲気を纏う、この瞬間が俺はたまらなく好きだ。

 

 

『やっとかよ、白々しい。わざわざ二人きりで食事会だなんて今までの経験上嫌な予感しかしねぇけど』

 

 

 

「文月学園だ」

 

 

 

刹那、俺の機嫌が急降下した。

 

 

 

『…いまさら高校通えってか、おい』

 

 

いくらなんでも、わざわざ大学飛び級させといてその暴挙はないだろう。

 

 

「もちろん2年生からの編入だ。理由は分かるな?」

 

 

『…試験召喚システム』

 

 

「まぁ80点って所かな。そう、科学とオカルト、ちょっとした偶然が重なって開発されたそれに、科学の分野でうちが技術提供しているのは既に知ってるだろう。正直当初は大した事業になるとも思わなかったけど。今じゃ世界での注目度はダントツだ」

 

『…そんで、身近でデータでも取ってこいって?』

 

「いいや。データは他の者が十分に取ってくれている。ただ、京には学園生活を送りながら……学園で起きた【事故】を穏便に片付けて欲しい。試験校だけあって、何かあったときの風当たりが強いんだ。それで研究が進まないのは我が社としても困る」

 

 

『その【事故】ってのは…つまりスパイとかテロとかって意味で?』

 

あの技術は軍事利用だって可能だからな…非現実的だが、そういった可能性だって十分ありうる。

 

 

「おそらくそういった時もあるかもね。大丈夫だとは思うけど、なんならその為の手駒も揃えてあげる。でも普段は主に不祥事の隠蔽の手助けとかになると思うよ」

 

『…………』

 

 

つまり面倒事を押し付けられるだけじゃねぇか!

 

もはや苛立ちを抑えるのに必死だ。親じゃなかったらとっくに怒鳴ってる。

 

『…ちなみに残り20点は』

 

 

「あぁ、京の入るクラスはFクラスでよろしくってだけ」

 

おい。

 

 

『Fクラスってあの廃屋みたいな部屋の教室だよな』

 

「うん。頑張ってね」

 

 

『ってか、普通に試験受けたら俺確実Aクラスだけど?』

 

自分で言っといてなんだけど高校レベルとか鼻で笑って解けるぞマジで。

 

 

「そこは手加減でも名前書き忘れるでもして……ああもう機嫌直しなさい。あのね、京。僕が何の意図もなくそんな嫌がらせすると思うかい?」

 

『しないと言い切れるほど父さんは俺に優しくねぇよ』

 

 

「信用ないなぁ。―――要するに、社会の底辺っていうものを体験してこいって言ってるんだよ」

 

 

その意図とやらに、一気に虚を突かれた。

 

いつもの事ながら、話が突飛すぎて付いていけない。

しかしそんな俺に父はお構いなしに話を続ける。

 

 

 

「お前はいつでも人の上に立って生きている。そうなるよう育てたのは他ならぬ僕だし、自分でも自覚してるだろう?でもね、上ばっかり見てきた視野の狭い人間はいつか足元を救われる。躓いて二度と起き上がれなくなった人を、僕は何度も見てきた」

 

 

経営者としての父の才覚は目を見張るものがある。

 

実際、今まで平凡だったウチの会社がここ十数年で急成長を遂げたのは父の代になってから。

 

 

 

『…俺もいずれそうなるって?』

 

悔しいけれど、父がそういうのなら…きっとそうなのだろう。

 

 

 

「…さあ、ね。今までは問題なかったけど…ただでさえハーバードの気質にやられてるんだ。お前のそういう所、できれば早い内に治しておきたいって親としては思うわけさ。そのためにもFクラスっていう人材は最適だと思わない?」

 

おもちゃを見つけた子供のように、楽しそうに提案する父だが、俺の心は揺るがない。

 

『それが俺のためになるっていうならどこへだって行ってやるさ。せいぜい楽しませてもらうけどな』

 

 

今の俺に出来ることは、その手のひらで泳がされる事だけ。

 

断れるはずもない。

もとより選択権など用意されていないのだから。

 

「そう、良かった。…ただし間違ってもAクラスに行っちゃダメだよ?」

 

『あのなぁ…』

 

さすがに目的がはっきりしてるならば父さんの命令くらいきちんと聞く。

なのにそこまで念押しされるほど俺は信用がないのか。

 

 

「いや、分かってるなら良いんだ。

――お前にはずいぶん窮屈な思いをさせてきたからね…存分に、高校生活を楽しんでおいで」

 

 

『…楽しめるなら、良いけどな』

 

 

…いいように操られているって自分でも分かってるのに。

 

 

その最後の言葉だけは、なぜか優しくて。

 

こういうとこが憎めないんだよなぁ、とため息をつきながらも、どこか安心した気持ちになった。

 

 

器も度量もまだまだ敵わないけれど、いつかこの父親を越えてみせる。

そう胸に決意を刻み付ける。

 

そのために今は、ただその姿を追いかけ続けよう。

 

 

 

「といってもあと8ヶ月ほど時間に余裕がある。それまでは僕の手伝いを頑張ってもらうよ。あぁ、あと古典もちゃんと勉強しておきなさい。日本史もね。高校レベルまでは習ってないだろう?こっちでは役に立たなくてもあっちでは必要なんだから」

 

 

『…どうせFクラスなら関係なくね?』

 

「こら、そうやってふてくされないの。どんな知識であれ、ないよりはあるほうが良いって自分でも分かってるだろう?ちゃんとできたらご褒美もあげるから」

 

 

 

仕事の手伝いが出来るのは、素直に嬉しい。

 

だがいまいち喜べないのは、絶対俺のせいじゃない。

 

日本史はともかく、古典…未知の世界だ。

 



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学園長という協力者

始業式当日。

通り道に整然と並べられた桜の景色を楽しみながら、俺はゆっくりと学校へ歩みを進めていった。朝の早い時間を選んで登校したせいか、生徒の数もまばらで辺りには静かで落ち着いた雰囲気が形成されている。

もし遅くに登校していれば周りはもっと騒がしく、到底桜並木を愛でる余裕など作れなかっただろう。

そうした意味ではラッキーだったな、と満開の桜並木に対して柔らかく目を細めた。

 

見事にピンク色に染め上がったこの桜は毎年、この時期の生徒や教師を喜ばせているのだろう。

これだけ多くの本数では維持費も掛かるが、それを度外視しても良いと思えるほどの働きをしていると思った。

 

 

しかしそんな楽しみを奪う者が突如現れる。

 

目の前のスーツをきっちり着こなした筋肉質な先生が、封筒を手に仁王立ちしていた。

なんていうか、景観が台無しである。

 

 

 

「藤本、この中にお前のクラスが書いてある、受け取れ。確認次第すぐ…藤本!カバンにしまうな、確認しろと言ってるだろうが!」

 

手渡された封筒は文月学園のクラス確認のための手法だ。

正直手間とコストの無駄遣いだと思うのだが、この方法に何かしらの意味があるのだろうか。掲示板に張り出せばいいのにと疑問を抱くのは俺だけではないはずだ。

 

『は?いや、別に確認とかいいですよ。どうせ俺のクラスはもう決まってますから』

 

そもそもFクラスじゃなきゃ意味ないんだし。

 

「誰であろうがこの中身を見るのは義務だ。早く開けろ。生徒はお前だけじゃないんだ、あまり時間を取らせるな」

 

そう促され、しょうがなしに風を開ける。

 

その紙に書かれているのは――――F。

 

『ま、当然だな』

「藤本。書かれているのはそれだけじゃないだろう」

 

紙には一文字およそ1ミリ四方くらいのサイズでこう書かれていた。

 

 

【観察処分者決定。】

 

文字が小さい上に、観察処分者って何だいったい。

そもそもそんな制度があるなんて知らなかった…もう少しこの学校について調べておくべきだったと今更ながらに後悔する。

 

 

「それと学園長から伝言で、いますぐ部屋に来いだそうだ。観察処分者の説明もその時にしてもらえ。急げよ」

『学園長?あー…』

 

学園の不祥事隠蔽って、俺自身が単独で行うものと思っていたんだが…父さんが話でもつけていてくれたのだろうか。

 

学園長室…確かあそこらへんだったかな。

 

 

この学校の地理は2年前の学園の視察の際、既に頭に入れてある。当時の記憶は劣化することもなく俺の記憶に残り続けていた。これなら問題なく辿り着けるだろう。

 

早めに登校したせいか、時間もたっぷりと残されている事だしな。

 

 

あの父が【抜け目ない】と称するほどの人物……これは面会が楽しみだ。

 

 

 

************************************

 

 

 

コンコン。

控えめに、けれど静かな部屋には十分な程度にドアをノックした。

 

「藤本かい?さっさと入りな」

 

『失礼します。校門付近でこちらに来るようにとの伝言を伺ったのですが、用件とは何でしょうか?転入の手続きは既に滞りなく済ませたはずですし…』

 

自分から本題に入ることはしない。

聞かなかった俺が悪いのだが、父がどこまでを話しているのか分からないのだ。最初は少し下手に出るくらいがいいだろう。

 

「なに、転入早々Fクラスに配属された観察処分者の顔を拝みたかっただけさ」

 

随分上から目線だな。

学園の出資者の息子といえど、ひいきする気は欠片もないらしい。

 

もっともそれが教育者として正しい姿だし、他の生徒と平等に扱ってもらえれば俺としては特に不満は無い。

 

『…先ほど頂いた紙にも同じようなことが書いてありました。観察処分者とはいったい?』

「教師の雑用係、バカの代名詞。著しく学習意欲に欠けるものに与えられる。生徒にとっては屈辱的な呼称だ。お前さんを含め、観察処分者は現在2名しかいない」

 

あのボロい部屋で学校生活を一日過ごすだけでなく、そんな称号までもらう羽目になるとは。

 

『2名というと…僕と一緒に途中退室した姫路さんですか?しかし、あの一回のテストで学力や学習意欲を判断されるのは少々心外ですね。編入試験では文句ない点数を取ったと思うのですが』

 

「もう一人の観察処分者は姫路じゃない、吉井明久という男だ。さすがにあたしもテスト一つでそんなもの決めたりしないさ」

『…………』

 

…ますます俺が観察処分者である意味が分からない。

 

 

両者の間に沈黙が流れた。俺はニコニコと効果音が付くぐらい良い笑顔をふるまい続け、相手はたまらずため息をついた。

 

「はぁー…もう化かし合いはこのくらいで良いだろう。あたしだって暇じゃないんだ、用件だけとっとと伝えよう。――話は大体あんたの父親から聞いた。そっちの提案はこちらとしても願っても無いことだ。いまいち頼りないが、お前さんの働きぶりには期待してるよ」

 

面倒なことは嫌いなタイプらしい。両者の心理戦は意外とあっけなく幕を閉じた。

 

『まどろっこしいことをしてしまいましたね。父からそちらとの折り合いの詳細を聞いていなかったもので。申し訳ありませんでした。無論、引き受けたからには役目はきちんとこなす所存ですのでお任せください。…ところで、観察処分者の説明をもう少々詳しくお聞かせ願えませんか?出来れば僕がそれになった経緯も教えていただけると嬉しいのですが』

「…とりあえず、そのうさんくさい言葉使いをさっさと止めてくれ。嫌でもあんたの親父を思い出しちまう。クソガキがそんなかしこまった口聞くんじゃないよ」

 

今の会話を聞く限り、この人と父は仕事関係以上に親密な気がする。

何か確執でもあるのだろうか?今度聞いてみるとしよう。

 

 

『…んじゃ、普通に話します。何で俺が観察処分者になんなきゃいけないんですか?振り分けテストが関係ないなら、代わりの理由っていったい何なんです?』

「関係ないのはあくまで途中退室であって、少なくともテスト内容が全科目白紙なんて人間は学習意欲が無いとしか思えないよ。これもあんたんとこの狐の陰謀かい?」

 

狐って、父さんのことか。…勇気あるな、このばあさん。

 

『あー…その、気持ちはよく分かるんですけど。仮にも息子の前で父の悪口言うのはどうかと思います。一応ほら、俺も表向きは見過ごすわけにはいかないし』

 

狐発言に共感してあげたいのは山々なんだけどな。

 

「ほぅ、あんたもけっこう言うもんだねぇ。それで?その実の息子にこんな汚れ仕事任せようなんて、あの男は何考えてるんだい?」

 

 

以前会話したときはもっともらしいこと言ってなんとなく懐柔されてしまったが。

 

後々考えてみると、こっちで工作員まがいのことをしていたほうがただ会社員として下積みを行うよりよっぽど会社にとって有益だというのが本音なんじゃないかな、多分。

 

それと、それをこなすだけの能力を持っていて信頼でき、気兼ねなく使えて合法的に送り込める相手というのが俺しか該当しなかったってとこだと思う。

 

なんか、良いように使われてんなぁ俺。

 

『ま、いろいろ…事情があるんで。多少のことは目をつぶってもらえます?』

「あたしに害が無きゃ、かまいはしないさ。それで、観察処分者についてだったね。さっき言ったように、観察処分者ってのはバカの代名詞。他の生徒からは軽蔑され、教師からは雑用係にされる最悪な称号だよ。そいつの召喚獣は教師同様に実体化できるが、召喚獣の受けたダメージを本人が直接受けることにもなるからたまったもんじゃない。ホント、どうしようもない性能さ」

 

『あの、それ一応うちの会社の技術なんですけど』

 

 

その技術創り出すのどんだけ苦労したと思ってんだこの野郎。

ホログラムが物理的干渉可能にするってのがどのくらい高度だか分かってんのか?あ?

観察処分者とかそんな罰ゲームみたいな感覚で使ってんじゃねーよ。

 

そう怒鳴りつけたくなったが、なんとか踏みとどまることに成功する。

 

彼女はこれから協力していこうとするいわばパートナーのようなものなわけで。

わざわざ関係を壊すような行為は避けるべきだ。

とりあえずこの罵声は心の中にしまっておこう。

 

 

「それで藤本、こっちとしても重要な仕事を任せるんだ。どんな人物なのかテストで見極めようとしたのに、当の本人は途中退室。テストだけでも採点しようとしたら全教科白紙。なめてんのかいあんた」

『いや、俺に言われても…』

 

「だからムカついて、あんたの父親に文句の電話を入れたんだ。そしたらいろいろはぐらかされた上、最後にゃ【存分にこき使ってくれて構わない、なんなら観察処分にでもしてやってくれ】だなんてぬかすもんだから、呆れたよ」

 

父さん、この処遇はあんたの仕業か。

 

『(いや、でも…悪くない)』

むしろ良い。

 

周りの好感度ダウンだとかダメージの還元だとか、そのデメリットをふっとばすくらい実体化っていうのは魅力的だ。

もともと戦闘が目的で作られたものだから、その力をリアルに行使できるなら俺の仕事とやらも負担が少しは軽くなる。

 

ぶっちゃけこの高校内での好感度とかどうでも良いし、痛覚もまぁ…そこまで気にはならない。あくまで感覚的なものだから、やろうと思えば我慢できる範囲のものだ。

 

 

「あたしに言わせりゃ、既に大学まで卒業した男がわざわざFクラスに入ろうだなんて正気の沙汰とは思えないね。理解に苦しむよ。いったい何しようってんだい?」

 

『…さぁ。俺ごときの浅い考えでは、父の思惑などとうてい理解できません』

「ふん、似たもの親子め」

 

それはちょっと心外だ。俺はあそこまで意地悪じゃないぞ。

 

「いいさ、少しくらいなら融通も利かせてやる。もちろん表向きはお前さんはただの生徒だ。目に見える特別扱いは不可能だけどね」

 

思わぬ幸運だった。

融通なんて言葉は知らないと一蹴するタイプかと思っていたが、仮にも不祥事の隠蔽を推奨する人物だ。

バレなければ良い、というスタンスなのかもしれない。

 

『早速で悪いんですが全生徒の成績…教科別の一覧表をください。誰がどのくらいの実力なのか知りたいですし、周りに溶け込めるようにしなきゃいけませんから』

「全生徒って…仕方ないね、用意しておくから放課後にでも取りにきな。他にはもうないね?」

『十分です。他に何かあったら俺に連絡って事で良いですか?』

「せいぜいこき使ってやるから覚悟しな」

『お手柔らかに頼みますよ。じゃあ、失礼しました』

 

あらかたの話を終え軽くお辞儀をしたあと、重厚で上等な作りの扉に手を掛け静かに閉じた。

 

『――ふぅ』

 

最初の邂逅としては上々だ。

人物把握はまだ完全にはつかめないが、それはまたじっくり観察していけばいい。

 

なにより、俺の目的は学園長の攻略ではない。あくまで興味本位であって、そんなことに根をつめるのもアホらしい。

 

とりあえずは仕事が円滑に進む程度に関係が良好であれば良いのだ。

 

 

…それにしても、Fクラスとはどんなクラスなんだろう。

 

単に頭の出来が悪いのか、勉強に対して努力を向けない不良なのか。

こればっかりは実際に目にしないと分からないな。

 

それでも、俺にとっては初めて交流するような人種に違いない。

そんな交流が、出来れば良い影響を及ぼす事を願って俺は教室に足を向けるのだった。

 




次話からFクラスとのからみを書きます。


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Fクラスにて

いちおうラブコメってジャンルになるのかな、これ。
でもヒロインはまだまだ出てきません。
なぜかというと、話が全然進んでいかないからです、さーせん。


階段を使って2年生の階まで上がっていくとすぐ、学校というには似つかわしくない部屋が目に入った。

 

Aクラス――この学園において最優秀者の教室だ。

 

 

 

入学金や授業料において、ここ文月学園は試験校という事情で近隣の高校に比べ破格の安さを誇っている。

それでもなお、このAクラスのような華美な装飾を可能とするのはこの学校に注目する投資家、企業など多くのスポンサーが出資し支えているからだ。

 

無論、俺の父の会社もその例に漏れない。

 

その分データはきっちりと取らせてもらっているから、十分に見返りのある出資といえる。

 

そういった背景から、この学園の資金力は半端ない。

それを用いて豪華設備や様々なイベント、支給品など様々なものが用意される。

 

【ご褒美】の存在のおかげで、ここの生徒達は多少の無茶なら大抵のことは受け入れてくれるというわけだ。

 

俺達にとっては実に都合の良い実験体。

 

『(――でもさすがに、たかが学校に金かけすぎじゃね?)』

 

周りがキラキラしすぎて、むしろ勉強する気が萎えるのは俺だけか。

 

…理解できねーや。

 

『(でもこんなエサがなきゃ勉強できないってのもそれはそれで悲しいねー。…ま、んなもん俺の言えたことじゃねぇか)』

 

さっさとFクラスに向かってしまおう。

Aクラスは今の俺には無縁のクラス。

 

正直、特に興味はない。

 

階段付近で止まっていた足を前へ動かし、目的地へと進んだ。

 

 

 

 

AからEまで全てのクラスを一通り見て回った後、最終目的地のFクラスまでたどり着いた。

 

…相変わらず圧倒されるな、この教室。

 

2-Fと書かれた木枠は折れて取れかかっており、外観からしてこの教室の荒廃ぶりが伺える。

 

ドアをスライドさせて部屋に入ると、中は…うん、Aクラスとは違った意味で学校とは思えない。

 

以前は教室に入ることなく外から見るだけで終わったので、足を踏み入れたのは今回が初だ。

 

『うぉ、すっげ…』

 

隙間風の入ってくる窓。

 

勉強机と思われるちゃぶ台。

 

交換時期をとっくにすぎただろう畳。

 

綿が申し訳程度に入った座布団。

 

こんな部屋今まで入ったことない。

そのもの珍しさにある種の感動を覚えた。

 

これが底辺…もはや異次元だ。

 

全体を見回すとちらほらと生徒がまばらに座っている。皆表情が暗いのは定められたクラスに不満があるからなのかもしれない。

 

…さて、俺の席はどこだ。

勝手に座っていいのか、いや日本は出席番号やらいろいろ決まってるんだったか?

 

 

「…そんな物珍しそうにしてどうしたんだ?確かにこの設備見せられたらしょうがないかもしれんが…というかお前見ない顔だな。誰だ?」

 

入り口で突っ立っている俺を不審に思ったのか、赤髪でやや長身の男が話しかけてきた。

単純に一見すると不良。恐らくFクラスのクラスメイトと思われる。

 

『たとえ覚悟してたってクラスを実際に見るのとはまた違うだろ?…ホントおもしれぇなー、この学園は』

 

「そうか、それは良かった。…で?後者の質問には答えてくれないのか?」

 

どうやら先程の質問は俺の正体のほうに比重が置かれていたらしく、相変わらず見定めるような目を隠そうともしない。

 

新学期早々喧嘩でも売る気か、こいつは。

 

 

『俺、転入生だからさ。つーかこれ席どーなってんの?自由?』

「まぁ、Fクラスはな。適当に座っていいらしい」

 

何だそれ。

つまりこのクラスだけ手抜きだとでも?

いろいろ突っ込みたいところだが、まぁ俺にとっては都合が良いから良しとする。

 

『ふぅん。じゃ、早めに登校したのは正解だったわけか』

 

そう言いながら選んだのは真ん中の一番後ろの席。

内職(押し付けられた書類by父)がはかどるし、クラス全体を見渡すには最適だ。

 

「…随分のんきだな。こんなクラスに配属されて、普通は悔しがるもんだろう」

『いや別に。正直言うと、これはこれで楽しい』

 

なんていうか、キャンプで野宿したときのような。

Aクラスよりよっぽど新鮮味があっておもしろいと思う。

 

「…変な奴だな、お前」

 

呆れたような視線を感じるが、俺はそれ以上に気になることがある。

 

『(…オマエもこの状況を楽しんでいるように見えるんだけど?)』

 

先程の会話からして、まるでFクラスの教室に不満を感じて欲しかったかのようだ。

あの人を煽るかのような発言。きっと何かしらの意図があるに違いない。

 

そしてそれに思い当たることが一つだけ、ある。

 

 

俺に無害なら構わないけど……そうは行かないだろうな。

 

ある種、諦めるかのようにため息を吐きながら席に着いた。

 

 

できれば、俺の予想が外れますように。

 

 

 

 

Fクラス51人。

男子49名、女子2名。

 

何てむさい教室だ。

 

絶対体育の後は汗やら清缶剤のスプレーの入り混じったにおいで運動部の部室並みにキツくなる。

女子には厳しい環境で少々同情する。かわいそうに。

 

 

担任である福原慎先生の自己紹介の後、教卓がぶっ壊れるというアクシデントにより自習へと変貌を遂げた。

 

先生がいなくなった現在、こんなバカクラスで自習を行う生徒がいるわけもなく。

一人一人が昼休みのような時間を過ごしている。

 

ある者はゲームを。

ある者はうたた寝を。

ある者は壊れたちゃぶ台を修理し。

ある者は…鎌を持って頭巾を被り、変な集会に参加している。

 

隣の席にいる坂本に至っては座布団を枕に眠る気満々だ。

 

 

あれ、自習ってこうやって過ごすものだっけ。

確か自分で勉強することじゃなかったかな。

 

あれ、俺の認識が間違ってるのか?

 

 

『(――さすがFクラス)』

 

これ以上考えるのは無駄だと悟り、そういって結論を締めくくった。

 

そんな環境でまともに苦手科目の古典を勉強している自分が妙にアホらしく見えてくるから不思議だ。

 

格助詞、係助詞、反語、助動詞、音便…あーもうめんどくせぇ。

 

 

「本当にひどい教室だよなー。ここで1年過ごすのかぁ…」

 

不満を口にするのは遅刻してきた吉井。

今はちゃぶ台の足を修理している。

 

振り分け試験のときにバカだとは思ったが、まさか最下位クラスに配属されるとは。

本当に俺の親切は無駄に終わったのだと複雑な気持ちを抱いてしまう。

 

 

「文句があるなら、振り分け試験で良い点取っとけよ」

 

愚痴をこぼす吉井に、見た目不良な坂本は見た目に反していかにもな正論を告げる。

 

「雄二!雄二も同Fクラスに?」

「他にもいるぞ。ほら」

「ハロハロー。ウチもFクラスよ」

「島田さん!」

 

その後いろいろと吉井が失言を言い放った事から間接を決められていた。

島田という人物は随分乱暴な女性のようだ。

 

「みっ見えそうで…見え、見え…!!」

 

そしてたなびく彼女のスカートを必死に覗こうとする小柄な少年。

こいつ捕まえた方が良いのか?

 

しかし島田自身特に何も感じていないようなので、ほっといてもいいんだろうか。

 

「ウチは帰国子女だから、出題の日本語が読めないだけなのよ!」

 

何だそれ。

言い訳にも程があんだろ。

 

日本語が他の言語に比べて習得が困難なのは分かるが、日本に来たからには学べよ。

 

 

「相変わらずにぎやかじゃのう」

「秀吉!」

 

のほほんと彼らの集まりに入っていったのは木下秀吉というらしい。

これまた中性的な容姿をしている。

男子の制服を着ていても女に間違われてもおかしくないほどだ。

 

 

「しっかし…さすがは学力最低クラス…見渡す限りむさい男ばっかりだなー」

 

吉井、発言者であるお前もその一人だという事を忘れるな。

 

「でも良かったー。唯一の女子が秀吉みたいな美少女で」

 

    え ?

 

「ワシは男子じゃ」

「ウチが女子よ?」

「分かってないなー。女子というのは、優しくおしとやかで、見ていて心和む癒しのオーラをただよわせる存在であって、島田さんのようにがさつで乱暴で怖くて胸のないのは背骨の間接に激しい痛みがぁぁぁぁ!!!」

 

今のは吉井が悪い。普通女にそこまでひどい事言うか?

というか、今のは単なるお前の好みの女性像を並べただけだろーが。

 

 

にしても女子か…あいつも無得点のはずだけど…どうやらまだ来てないみたいだ。

 

よく考えると、さっきの吉井の女性像にはあいつがぴったり当てはまる。

…無自覚か?

 

ガラッ。

不意に教室のドアが丁寧に開かれた。先生かと思って顔を上げると、それは俺が今まさに考えていた女の子だった。

 

「あのー…遅れてすみません」

 

その声に皆が視線を向ける。

 

「保健室に行っていたら、遅くなってしまって…」

 

「姫路さん…」

 

呟く吉井をよそに、教室中の男がざわめきだす。

 

…もう今度から耳栓でも持って来ようかな。マジでうるせぇ。

 

「あ、あの…藤本君」

イライラしていた俺にいつの間にか瑞希が近づき、話しかけてきた。

 

『あ?』

「この間はありがとうございました!」

 

そういってわざわざ頭を下げて微笑む瑞希に思わず毒気を抜かれた。

 

『…どういたしまして。ってか保健室行ってたって…瑞希お前、まだ風邪治ってねーの?』

「えぇ、少し…」

 

もともと虚弱体質なのだろうか。

それなら春とはいえ、隙間風が常時入ってくるこの教室は姫路にとって厳しいのでは、と邪推する。

 

そんなとき、吉井が瑞希に近づいたと思ったら。

 

「あぁっ!君は振り分け試験のときの!」

『…お前、気づくの遅せぇよ』

 

あんな至近距離にいて、ようやくか。

 

恐らく姫路との会話がなければずっと気づかれなかった気がする。

というかもう無視されているのかと思った。

 

「そっか、二人とも試験を受けてないからFクラスなんだね」

 

まるであのときのことを忘れているかのように俺に友好的に話しかけてくる吉井に、もういいやと投げやりに言葉を返す。

 

『俺はどっちにしろFクラス並の学力だったから、受けたって結果は変わんないけどな』

 

そういって軽口を叩く俺は、ちゃんとこの底辺のクラスに染まって見えるだろうか。

 

 

「そうだ、まだ自己紹介してなかったよね。僕は吉井明久」

 

吉井明久、か…。

木下秀吉同様、名前だけは男前だ。

 

 

『俺は藤本京。よろしくな、明久』

 

「保健室でも自己紹介しましたけど改めて。姫路瑞希です。よろしくお願いしますね、藤本君」

「あぁ、よろしく瑞希」

 

三人で自己紹介をし合っていると、他の四人も話の輪に入ってきた。

 

「俺は坂本雄二。これでもFクラス代表だ。さっきぶりだな、藤本」

 

「え!?雄二が代表なの!?バカなのに!!」

「お前にだけは言われたくねぇな、明久!」

 

『よろしくな、雄二。あと五十歩百歩だからいちいち争ってんじゃねーよ』

 

「「どっちが百歩だ!?」」

どっちでも良いから黙れ。

 

低次元な争いから目を背けて他のクラスメイトと交流を再開することにした。

 

「…土屋康太」

 

キリッとカメラを構えながら自己紹介をされるも、さっきのスカートの中を覗こうとした姿が目に焼きついて離れないため、無意味だ。

 

『よろしくな。あと良識はわきまえろよ、康太』

「…善処する」

 

そこで了解せずに譲歩しようとするあたり、もうダメかもしれないな。

とりあえずクラスメイトが逮捕されない事を祈るか。

 

いろいろと諦めて残る二人に体を向ける。

 

「ウチは島田美波。ドイツからの帰国子女なのよ」

「へぇ、ドイツか。じゃあ英語は得意だったりする?」

「うーん…英語はあんまり。でも数学なら得意科目よ!日本語必要ないし!」

「…ホントに苦手なんだな。でも後々必要になるだろ?大変だけどちょっとは頑張れよ。で、お前は確か…」

 

「木下秀吉じゃ。Aクラスに双子の姉上がおる。似ているゆえによく間違われるのじゃが、ワシは男じゃ…」

 

今まで散々女の子扱いされてきたのか、困ったように言うその姿にどこか哀愁が漂っていた。

一人称がワシなのは、少しでも男らしさを見せようとしているのか、ただ単にジジくさいだけなのか…謎だ。

 

「…ま、お前男子の制服だしな。間違えたりはしねーから、安心しろ」

 

そういった瞬間の秀吉のキラキラした表情を見て、こいつの苦労がヒシヒシと伝わってくるようだった。

 

「本当か!?良かった…最近は学園の誰もがワシの性別を疑っていて――」

「えー?もう、何言ってるのさ秀吉。いくらボーイッシュにふるまっても、秀吉は女の子に決まってるじゃないか!」

「明久よ…先ほども言ったように、ワシは男じゃと言うておろうが!」

 

 

これからの騒がしい学校生活に気が思いやられるのは確かだ。

事実、さっきまでの俺は教室の喧騒さに苛立っていたから。

 

でも、それでも…今までにない新しい生活っていうのは。案外悪くないかもしれない。

新たに知り合った彼らを見て、そう思った。

 

 

「っけほ、こほっ!」

 

「…姫路さん、やっぱりまだ体調良くないんだね。」

「はい、少しだけ…」

 

「隙間風の入る教室、薄っぺらい座布団、カビと埃の舞う古びた畳。病み上がりには良い環境じゃないよなー」

 

…確かに、虚弱体質にはこの環境は辛いな。

それに俺だっていくらなんでもカビや埃までは許容しきれない。

 

…とりあえず、今日は掃除を入念に行うとしよう。

 

 

 

『秀吉、理科室に行って酢とエタノール持ってきて?』

「別に構わんが…ケイよ、そんなものを持ってきて何に使う気じゃ?」

『掃除に使うに決まってんだろーが。ボロいのは許せても不衛生な教室は許せん、本格的に掃除する』

 

見てろ、ダニもカビもほこりも俺が葬り去ってやる。

 

 

『窓は全部空けろ!掃除時間くらい空けて換気しないと、湿気でさらにカビが生えるからな』

「了解っ」

 

『畳は目に沿って丁寧にはけ。ほこりはダニのえさになるし、ダニの死骸やフンもたまってるから妥協すんなよ』

「は、はいっ」

 

『ほうきではいた後は雑巾でからぶき。ほうきで取りきれなかったゴミを取りきれ!』

「イエッサー!」

 

「ケイよ、酢とエタノールもらってきたぞ!」

 

『よし。からぶき班、酢を雑巾に浸した後固く絞って拭き掃除!カビの生えた部分は酢と同じようにエタノールで拭くんだ。畳に湿気は大敵だ、その後もう一回からぶきで水気を取ってくれ!どっちもにおいがつくから、拭き終えたら廊下の日が当たる部分に立てかけて置いて、その間に畳の裏も同様の作業を繰り返すこと!』

「分かった、任せろ!」

 

『よーし、今のうちに畳の合った床をほうきと雑巾で連携して掃除!』

「おし、俺の能力を見せてやるぜっ!」

「雑巾検定1級の俺に敵うものかっ!」

 

「うわー…すごいテキパキと掃除が進んでいくね。ケイって掃除上手なんだ」

『そりゃ、一人暮らしのために必要な知識は大体詰め込んだよ』

 

それに何年も一人で暮らしていれば、掃除の要領も経験から分かってくるし。

 

まぁまさかそんな知識がこうして学校で役に立つなんて思っても見なかったが。

そもそも学校で掃除した経験は無いからな、俺。そういうのはどこも用務員の仕事だったし。

 

 

掃除時間は限られている事もあり、今日は畳のみに重点を置いた掃除を行った。

 

明日は…窓と机かな。

ま、なんにせよ俺達個人で出来るのはここまでだ…。

 

 

*******【30分後】*********

 

 

「終わった…」

「こんなに疲れる掃除初めてよ…」

「大掃除と変わらないです…」

「もう…畳は運びたくねぇ…」

 

みんな意気消沈としてマイナスな発言ばかりだが、表情は達成感で満たされていた。

 

『応急処置としては、できるのはここまでだな』

 

俺の発言に納得できないのか、明久が食い下がる。

 

「あれで応急処置!?な、何でさケイっ、こんなに綺麗にしたのに!」

『もともと畳の寿命がとっくに過ぎてんだよ。暴れ盛りな高校生が頻繁に使用する部屋で、畳がそんなもつわけないだろ』

 

「そんな…」

「どんなに工夫しても、クラスの設備はこれ以上向上しないか…」

 

そういって雄二が思考にふけるその姿に、俺は出会い始めの時の感情を思い出し、嫌な予感が杞憂であることを祈った。

 

 




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試召戦争開始~F対E~宣誓

お気に入り登録してくださった55人の方々、そして評価を下さった9人の方々、どうもありがとうございます。

それにしても総合評価って何を元に付けられてるんだろう…。


6 試召戦争開始~F対E~

 

今日の授業も無事終わり、生徒達が帰り支度を済ませようとしている時。

 

一息つくような和やかさと賑やかさが教室に立ち込める中、そんな室内の空気が雄二の一言で簡単に打ち消される事となった。

 

 

「みんな、聞いてくれ!Fクラス代表として提案する。俺達Fクラスは、試験召喚戦争を起こそうと思う!」

 

「何じゃと!?」

「試験召喚戦争って…まさか!」

 

 

……嫌な予感ってのは大概当たるもんだ。

それを今改めて実感した。

 

 

「みんな、このオンボロ教室に不満はないか!?」

 

「「「 大 あ り だ!!!!」

 

 

雄二の演説に皆は心にためていた不満を爆発させる。

 

 

「だが、試召戦争にさえ勝利すれば、Aクラスの豪華な設備を手に入れる事だってできるんだ!!」

 

「「「おおぉぉぉ!!!!!」」」

 

大勢の感嘆の叫びによって、教室が軽く振動する。

 

 

「我々は最下位だ!

 学園の底辺だ!

 誰からも見向きもされない、これ以上は下のない、クズの集まりだ!!

 つまりそれは、もう失うものは何も無いという事だ!!なら、駄目元でやってみようじゃないか!」

 

 

自分のペースに持っていき、あっという間に周りを巻き込んでいく。

立派な指導者としての、資質。

 

坂本雄二、か…ずいぶん化けるもんだ。

 

 

…でも、それじゃ俺が困るんだよ。

 

 

『――って言っても、振り分け試験の成績の結果、俺達はFクラスな訳だろ?それからろくな勉強もしてない俺達が上位クラスに勝てるとは思えないんだけど。負けてもマイナスが無いにしろ、もうちょっと現実見ようぜ』

 

 

話がまとまりかけた瞬間、俺はこの話し合いに一石を投じる。

 

その波紋は全体に広がり、高まっていた士気はたちどころに霧散した。

 

 

「そりゃ勝てるもんならやりたいけどさ」

「確かに、負けたって取られるもんは無いけど…」

「だからって無意味に戦いたくないよな…」

「O点になったら鬼の補修が…!」

 

 

士気なんてこうやって簡単に奪う事ができる。

不安感や無気力を煽ってしまえば良いのだから。

 

人の欲望や望みを煽った雄二と、原理は同じこと。

 

それでも依然として雄二は堂々と構えた態度と取り続けていた。

 

その変わらない姿勢に、俺はまた嫌な予感を味わう。

 

 

「――勝算ならある。当たり前だろ?だからこその提案なんだ」

 

その自身に満ち溢れた表情は人に希望を与え。

 

再び皆の期待は高まっていった。

 

「…坂本って確か、小学生のころは神童とか呼ばれてなかったか?」

「それにこっちには姫路さんがいるじゃないか!」

「そうか、姫路さんは本来Aクラス候補!もしかして…これならいけるんじゃねーか!?」

 

ちっ、作戦失敗。

 

雄二が元神童?

瑞希がAクラスの実力?

 

ちょっとばかりイレギュラーが多すぎた。

 

『(…いや、それだけじゃないか)』

 

元々Fクラスは打算的な人間が少ない。

リスクを省みるよりも、目の前の利益を得る事を考える。

 

堅実さよりハイリスクハイリターン。

 

イレギュラー以前の問題だ。

俺は彼らの行動パターンを把握しきれていなかったのだ。

 

 

『(…でもまさか、【当たって砕けろ】を文字通り実践する輩をこの目で見る事になるとはさぁ…思わなくねぇ?)』

 

支給されたちゃぶ台に肘を付き掌を頬に添えながら小さくため息を吐く。

 

もう雄二の妨害は諦めて、今はクラスの展開を見届ける事にした。

 

 

「ああ。それに、俺達にはこいつがいる!」

そういって教台の前に自信満々に立つ雄二が指差したのは、明久。

 

 

…え、何?

周りだけでなく明久自身も雄二の言葉に特に覚えが無いようで、ポカンと呆けている。

 

「ここにいる吉井明久は、なんと観察処分者だ!」

 

あぁ、そういえば学園長が言っていた。観察処分者は俺と吉井明久の二名だと。

 

冷静な俺に反して、他のクラスメイトはどよめき合っている。

なるほど、最悪の称号っていうのは伊達じゃない。

 

 

「あいつが観察処分者…」

「すげぇ、初めて見たぜ…!」

「いやぁーそれほどでも…」

 

当事者である明久はなぜか照れて頭をかいていた。照れる要素がよく分からないが。

 

 

「あのー…観察処分者ってすごいんですか?」

 

状況を飲み込めない瑞希が誰にとも無く訊ねる。

 

「あぁ。誰にでもなれるわけじゃない。成績が悪く、学習意欲に欠ける問題児に与えられる特別待遇のことだ」

 

「ちっ違うよっ! ちょっとお茶目な16歳につけられる愛称で…」

「バカの代名詞とも言われておる」

「まったく何の役にも立たない人の事よ」

 

「わぁ~、本当にすごいんですね!」

「穴があったら入りたいっ」

 

雄二に続き、秀吉と美波、最後に瑞希がとどめを刺す。

 

 

そんな学園長の言った事と寸分違わぬ言葉と周りの態度に、観察処分者の認識は教師も生徒も変わらないことが伺えた。

 

 

「試召戦争に勝利すれば、こんなオンボロ教室とはおさらばだ。どうだみんな!やってみないか!?」

 

「「「おおぉぉぉ!!!!」」」

 

最終的に、うまい具合にクラスは一致団結したようだ。

 

さて、どうしたものか。

 

 

「まず手始めに一つ上のEクラスを叩く。…明久、Fクラス大使としてEクラスに宣戦布告をして来い」

 

そこは代表としてお前が行くべきなんじゃないか雄二。

なぜ明久に行かせようとするのか、その理由は明久自身が教えてくれた。

 

 

「えぇっ、僕?……普通、下位勢力の宣戦布告の使者ってひどい目にあうよね…?」

 

…そういうことか。

 

下位クラスからの宣戦布告など、上位クラスからしてみれば単に教室設備を奪われる恐れがあるだけの、迷惑以外の何物でもない。そんな宣言を言いに来る使者に良い感情を持つわけも無く、その結果…ということか。

 

そんな理由から弱腰になる明久に雄二は力強く説得する。

 

「それは映画やドラマの中の話だ。大事な大使に失礼な真似をするはずが無いだろう?」

 

人差し指を天井に掲げ、諭すようにゆっくりと告げる雄二にとてつもない悪意を感じる。

『(今のはウソだな。こいつ何だかんだいって我が身が可愛いだけだ)』

 

「…明久。これはお前にしか出来ない、重要な任務なんだ。騙されたと思って行ってきてくれ…!」

 

冷めた気持ちで二人の様子を見守る。

きっと部下を死地に追いやる上官っていうのはこんな感じなんだろうな、と今の明久と雄二を見て重ね合わせた。

 

「…うん。分かったよ、雄二」

 

そして流されやすい明久は雄二に深く頷いて了承してしまう。

 

 

…本当に、バカなんだなぁ。

そう侮辱しながらも、クラス分けテストのときと同じような、呆れを通り越した何か別の感情を彼に抱く。

 

 

『…行くなら俺も付き合うよ、明久』

 

何でだろう。俺、こんなに親切だったかな。

 

よく分からないが、なんとなく放っておけないとこいつに対しては感じてしまうのだ。

 

 

「ケイ、良いのか?」

 

訝しげに俺を見る雄二。

暗に「お前何考えてんの?」とでも言われているかのようだ。

 

 

『雄二、お前はもうちょっと人の使い方を学んだほうが良いよ。…さ、明久。

【ちょっとお茶目な16歳】どうし、仲良く行こうぜ?』

 

 

「なに…?」

「え、それって…」

 

雄二に少しばかり棘の混じった言葉を送ったあと、俺達は教室を出た。

 

確かEクラスはすぐ隣だったはずだ。

すぐにでも辿り着くだろう。

 

 

「ねぇ、さっきのって…ケイも観察処分者ってこと?」

 

『ん?あぁ。途中退室以前に、回答がまともに埋めてなかったから。それでちょっとな』

「へぇ、僕だけじゃなかったんだね!」

 

嬉しそうな明久には少し申し訳ないが、俺は実力でなったんじゃない。

 

『…それより明久、Eクラスってどんなクラスか分かるか?』

「雄二は、Eクラスの生徒はほとんどが部活に打ち込んでる体育会系クラスだって言ってたよ」

 

『ふぅん…敵情視察はちゃんとしてたんだな』

 

恐らく掃除の時間だな…今思えばしばらく姿が見えなかった気がする。

 

『――と、ここか』

 

Eクラスか。気は乗らねぇけど…良いや。俺も試召戦争の【粗品】くらいは頂くとしよう。

 

 

 

「Fクラス大使、吉井明久!Eクラスに宣戦布告します!」

 

俺より2歩ほど前に進み出て発したその声は、Eクラス全体に響き渡った。

 

 

「――Eクラス代表、中林宏美よ。…隣のクラスなんだから、言われなくても丸聞こえだったわ。ホントいい迷惑」

 

このピリピリした空気の中、前に出てきたEクラス代表。

 

まぁ、Fクラスに防音設備なんて存在するわけも無い。丸聞こえなのも当然といえば当然だ。

 

 

「そんな結果の分かりきった勝負、時間の無駄なんだよ!」

「何で俺達がお前らFクラスに付き合ってやんなきゃいけねーんだ!」

 

体育会系クラスだけあって、血気盛んな人間が多いらしい。

野次が飛んだと思ったら、今度はEクラスの男子数名が俺達に襲い掛かってきた。

そして周りの連中もまた、それを止める気配すらない。こんな状況に思わず眉をひそめる。

 

 

…なるほど、これが明久の言ってた酷い目ってやつね。

 

考えているうちに長身で大柄なEクラス生の拳が俺の間近に迫ってきた。

 

振り上げられた腕の筋肉は躍動的で強靭なばねを感じさせ、よく鍛え上げられていることが分かる。

打撃に関しては恐らく申し分ない威力を発揮するのだろう。

 

しかしそもそも、彼のパンチを受けてやる義理はない。難なく避けた後、無防備だった相手の足を払う。

そして力のやりどころを失った腕を掴んで重心下に入り込み、男の力を受け流すように前へ出して投げる。

 

一本背負いの完成だ。

 

『…まー落ち着けって、な?』

 

人一人が床に叩きつけられる。机や椅子を多少巻き込んだすさまじい衝撃音に、投げ飛ばされた本人だけでなく周りも唖然として動きが止まった。

 

ふと明久を見るとどうやら一発殴られたようで、俺をキョトンと見ながらも左頬を押さえていた。

 

まともに食らったか…青くなるだろうな、あれは。

 

 

『…俺は転入生だから、ここでの生活の細かいとこまでは知らねぇけどさ。試召戦争は学校の規則にまでちゃんと載ってる正式な勝負だろ?それを伝えにきた大使に向かってこの仕打ち…Eクラスってのは大半が部活に打ち込んでる割に、スポーツマンシップの風上にも置けない連中らしい。…正直がっかりだわ』

 

 

メリットが無いだの、時間の無駄だの。

 

Eクラスとして上位に立つ彼らの思考は、Fクラス連中よりよっぽど分かりやすいし、学校の暗黙の習わしに関して反抗するほど、俺は良い子じゃない。

 

彼らの考えを肯定してあげられるくらいの理解はあるつもりだ。

 

…が、最後の言葉は俺の本音。

 

せっかく期待してたのに、これじゃ【粗品】は期待できないかな。

実に残念だ。

 

 

「っ!今の発言、取り消しなさい!」

 

「今の行動にはっきりと自信が持てるなら取り消してやるよ。…と、わりーな。受身ちゃんと取ったかお前?なるべく負担かけないようにしたんだけど」

「あ、あぁ…」

 

彼の腕を掴み続けていた事に気づき開放、手を貸して起き上がらせる。

 

 

『明久ー、お前は大丈夫か?』

「う、うん、平気だよ。ちょっと痛いけど」

 

見た目と違って打たれ強いんだな。てっきり弱音吐くかと思ったけど。

…あぁ、美波に鍛えられてるからかな。

 

『腫れるといけないから、先に戻って冷やしとけ』

「え、でも」

『良いから。腫れてブサイクになっても知らねーぞ』

「え!?わ、分かった。後は頼んだよ、ケイ」

 

多少ためらっていたが、強く促して先に退室させる。

 

扉が閉められるのを最後まで見送った後、振り返ってEクラス代表を見つめた。

 

 

『中林、とりあえず宣誓はしといたからな。勝負は明日の5時限目。内容は数学勝負。Fクラス代表坂本からの伝言は以上だ』

 

「…良いわ。望みとおり、正々堂々と倒してあげる。実力差は分かりきってるもの、私達に勝てるわけ無いでしょうし」

 

『よし。用事もある事だし、俺もそろそろ行くかな…じゃ、明日はよろしく』

 

打って変わった軽いノリで俺はEクラスを後にした。

 

 

とりあえず、言いたい事は言い切った。

 

『種もまいたし、こんなもんか』

 

 

うまい事実ってくれればいいね、とりあえず。

 

 

 

 

教室に近づくにつれ、明久が雄二に対して文句をいう声が聞こえてくる。

たぶん、騙されたのを怒ってるんだろう。

 

 

『ただいまー』

 

「ケイ!無事だったんだね、良かったー」

『ダメージ受けてんのはお前だけだ。…って、俺冷やせって言ったよな?何してたんだよ」

 

すっかり痛々しい青アザできてるぞ。

 

「あ、雄二に文句言ってて忘れてた」

 

バカ。

 

「どうせブサイクな顔だ。それ以上ブサイクになっても大して変わらん」

「少しは悪びれろよ!」

 

 

どうして雄二がそこまでふてぶてしくなれるのかが俺には理解できない。

 

 

「――さ、これでもう後には引けないぞ、明久。…覚悟は良いな?」

 

 

なんか急にシリアスな展開になり始めた。

 

「へ?」

 

 

「お前の望みなんだろ?」

「…ああ、いつでも来い!」

 

 

…つまり、何だかんだ言って二人とも仲良しってことだな。

今まで見た事もない友情の在り方に少し戸惑うが、まぁ、そういうのもありなんだろう。

 

俺だったらお断りだけどな。

どちらの立場にしろ、罪悪感と憎しみで押しつぶされそうだ。

 

 

「じゃあ、僕は帰るけど、二人は?」

『あ、俺は先生に用事があるから』

約束どおり、学園長に生徒のデータをもらわなくてはいけない。

 

「俺も試召戦争承認のサインを渡しに行くから、明久は先帰ってろ」

「ふーん、じゃあまた明日ね!」

「またな明久」

『ちゃんと顔冷やせよー』

 

さて、俺も帰る準備してから行くか。

 

「――なぁ、ケイ」

『んー?何だよ雄二』

 

既に準備してあったのか、雄二はカバンを肩に担ぎながら俺に話しかけてきた。

 

 

 

「お前、何企んでんだ」

 

『は?』

 

同じような目を朝も向けられたっけな……いや、朝より数段鋭くなっている。

 

 

「お前は試召戦争をしたがっているようには見えない。さっきも反対してたしな」

 

だから何って感じだけど。

 

『朝にも言わなかったっけ。俺はこの教室に皆ほど不満は無いんだよ。だからあんまりやる気も起きない』

「悪いが俺はそれだけには思えない。まだ何か理由があるんじゃないか?」

『理由か…あぁ、言っとくけど別に試召戦争自体が嫌なわけじゃないぞ』

 

こんなことに【戦争】なんて名付けられてるのは嫌だけど。後ろにごっこが付いても良いくらいだとは思う。

 

 

『ただ平和に普通に過ごしたいんだよ、俺は。まぁでもやりたいなら勝手にやってろよ』

「じゃあ、平和にすごしたいくせにEクラスを必要以上に挑発したのはなぜだ?」

 

…明久か。

多分雄二に文句を言うときに、俺を引き合いに出したってとこだろう。

 

 

『殴られそうになってムカついたのと、今後の事を考えて?』

「最初のはともかく、後のは意味が分からん」

 

『んー、まぁ大した理由じゃねーけど…秘密。終わったら分かるかもよ?』

「…もういい。とにかく、あまり勝手な事をするな。ただでさえお前の行動は俺の作戦に支障をきたしてるんだ」

 

作戦なんてあったんだ。…まぁ無きゃ勝てないわな。

 

『雄二が自分で宣戦布告しに行かなかった罰なんじゃねーの?』

 

自分の保身を考えるってのは、いかにも策士らしいけど…俺はあまり好きじゃない。

 

「なんだろう。今のお前はすごくムカつくな」

『カルシウム不足か。牛乳は吸収力が悪いからあんまり意味ないぞ。取るなら小魚がオススメだ』

「いらねぇよっ!!」

 

『冗談はさておき。俺は回復試験受けなきゃだけど、それが終わったらちゃんと参加する。安心しろって、サボったりもしない。…たぶん』

「全然安心できないけどな。…まぁどっちにしろ観察処分者の肩書きを持つくらいだ、大した戦力になるとも思えん。もとより期待してないから、それこそ安心しろ。姫路さえいれば十分だ」

 

『ひっでーな、おい』

 

その認識の方が俺は助かるけど。

 

『そもそもさ、雄二が試召戦争起こそうって理由はなんなわけ?』

「明久が言ってたんだよ。姫路のためにクラスの設備を良くしたいって」

 

…あいつ本当にお人よしだな。もはや純粋すぎて眩しい。

『(にしてもそうか、瑞希のため、ね)』

 

 

「それに俺も、世の中学力だけが全てじゃないって証明したいと思ってたからな」

 

…お前は不純だな。

そんな学校の理念を全否定するような考え、許されると思ってんのか。

 

学力はそりゃあ確かに全てではない。

社会に出ればそれ以上に必要とされるものはたくさんある。

 

…が、あくまで学校で求められることの主要目的は学力だ。

社会に出てもいない、何の肩書きも持たない未成年を測るには、それ以外の方法はほとんど無いからだ。

 

そもそも学力の向上を目的とする学校でそういう証明をしたいって考える辺りがもう、なんていうか…こういうのをFクラスらしいっていうのかな。

 

 

「とにかく俺が言いたいのは、これ以上Eクラスに挑発するなって事だ」

 

『俺だってもうそんな気はねーよ』

「なら良い。…さて、俺もそろそろ渡しに行かないとな。じゃあな、ケイ」

 

『ああ、また明日』

 

…ふぅ。

一時はどうなるかと思ったけど、雄二の追及の詰めが甘いおかげで助かった。

 

 

それにしても、試召戦争か…どうしようか。まさか本気を出すわけにも行かないし。

 

そんなことしたらFクラスに溶け込むなんて不可能。

 

そもそも第一俺の実力で勝ったとして、それは雄二の言う「世の中学力だけじゃない」という考えを証明出来ない。

むしろ学力が全てだという逆の証明する事になってしまう。

いくら不純とはいえ、さすがにそんな高校生の夢をぶち壊すようなまねは駄目だろう。

 

なんかこう、道徳的に。

 

 

…あれ。

 

――瑞希が参戦する時点でもうアウトなんじゃないか?

 

 

『…まさか、そこまで考えてないのか?あいつ』

 

 

なんというか、本当に―――Fクラスらしい。

 

 



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試召戦争~F対E~決戦前夜

最近雨降り過ぎて憂鬱。



試召戦争~F対E~決戦前夜

 

「ほら、約束してた全校生徒の成績データだよ。受け取りな」

 

そういって手渡されたのは何の変哲もないUSBメモリ。

強いて言うならば、きつねと思わしきキャラクターストラップが付いているという事くらいだ。

 

『何です、このきつね』

 

「おや、知らないのかい。如月グランドパークのマスコットキャラクター。結構ここらじゃ人気なんだけどね」

 

激しくどうでも良いわ。

 

特に意味があるわけでもない付属物に、脱力しかける。

 

 

「そのUSBメモリだが、いっとくけれど校内で見る事は禁止だよ。

誰かに見られるヘマはしないと思うが、一応念のためにね。コンピュータ室は生徒の個人的な出入りは禁止しているから問題ないが、ノートパソコンを持参してきたって駄目だ。そんなもんはどのみち没収されるのがオチだしね。約束しな」

 

この情報自体が機密というより、俺がこの情報を持っているという事実が問題になる。

この約束は、それを阻止するための念押しなのだと理解したあと、少し含みを持たせて頷いた。

 

『見られるねぇ…でも、そうですね。この学校ちょっと安心できないし、それぐらいが調度良いのかも』

「一体何のことを言ってるんだい、お前さんは」

 

『正規の物以外に、死角の至る所に隠しカメラが設置されてましたから。あれって学校は把握してるんですか?』

 

今言った監視カメラ然り、校内を見回った際に周囲を一応念入りに調べてみたのだが、いくつかの不審点が見つかった。

誰の仕業かまでは特定しきれないが、懸念していたスパイの可能性は高い。

 

…それとも学園のあら捜しが目的か。

いずれにせよ、警戒心は高めておくべきだ。

 

 

そんな俺の心境とは異なり、学園長は意にも介さない様子で話題に関心を持たなかった。

 

「監視カメラねぇ…大した事でもないと思うが、用心するに越したことはないかね。一応気をつけておこう」

 

まるで今の件をさほど重要視していないようだ。

何か思い当たる節でもあるようなその表情に疑念が湧くが…まぁ、何も言わないなら別に構わない。

 

自分で探す。

俺はそれでいい。こんなことで貸しを作りたくもないしな。

 

 

USBメモリを左手で弄びながら視線を学園長へと向ける。

 

「じゃ、これありがたく受け取っときますね。せいぜい有効活用させてもらいます」

「好きにしたらいい。…そうだ、そんなものより、あたしはあんたに聞きたい事があるんだがね」

 

『何ですか』

「Fクラスだよ。こんな早くから戦争始めるのには一体どんな動機があるのかと思ってね」

その手には先ほど雄二が持っていた、試召戦争承認許可の嘆願書。

 

やはりこの時期から戦争を始めるというケースはまれのようだ。

それがどうしても注目を集めることになる。

 

 

…だから嫌なんだよ。

 

『…幸運にも姫路瑞稀という戦力に恵まれたからでしょうね。他クラスにその存在が知られる前に叩きたいってとこかな?』

 

明久の願いを聞き入れたってのも少なからずあるが、雄二の元々の思惑はこんなものだろう。

 

『使える戦力ってのはお前さんも同じなんじゃないかい?』

『どうでしょうね。今回は操作練習くらいの気持ちでしかやる気無いし、そもそも試召戦争に関して俺は素人だから、役に立たないんじゃないかな』

 

「圧倒的な点差があれば、技術もカバーできるさね。どれくらい取る気かは知らないが」

『Fクラスとしてふさわしい点を取るつもりですよ。それらしくしてなきゃ、入った意味がない』

 

相手が思っているであろう懸念を言葉の端々に読み取り、俺は一蹴する。

 

「ほぅ。本気を出せば英雄扱いだってされるだろうに、意外と欲がないねぇ」

『俺、人の力を当てにする奴って嫌いなんですよ。努力もせずに楽したいみたいな連中なんて、特にね』

「なるほど、それはアタシも同感だ」

 

――何で俺達がこんな教室で暮らさなきゃいけないんだ。

――授業料だってAクラス連中と何一つ変わらないのに。

 

彼らの言い分は教室で愚痴として蔓延していた。

しかし、そんな事を仲間内でぐちぐちと並べ立てるくらいなら努力すれば良いだけの話だ。

なんで悔しいだとか、もっと努力しようだとか思わないのか。それが不思議だった。

 

努力はしない。けれど結果は欲しい。上位クラスの奴らが羨ましい、妬ましい。

こんな考えにはとてもじゃないが賛同できない。

 

だから、不満を口にしつつもゲームで遊んで楽しむ余裕を持っているあいつらを助けてやりたいとは思わない。

 

どちらかといえば、負けて自分の弱さとだらしなさを自覚すればいい。

 

 

…ただ一つ気が引けるのは、瑞希の事くらいか。

瑞希は体が弱くて、明久はそのために試召戦争を仕掛けようとした。

 

矛盾しているけど、他の連中はともかくそいつらの思いには応えてやりたいとも少しは思う。

 

しかし雄二は例え今回勝利したとしてEクラス設備で満足はしないのだろう。

 

【「まずは手始めに、Eクラスを叩く」】

 

…行くところまで行かなきゃ気がすまないんだろうな、ああいうタイプは。

 

そしてどこかで敗北し、また同じ事を繰り返す。再びFクラス、なんて事もなりかねない。

 

とりあえず俺に出来るのは、今回の試召戦争であくまでFクラス並の戦力として戦いに貢献する事。

今はそれくらいしか出来ないし、他の事をする気にもなれない。

 

「お前さんが絡んでいないってんなら、あそこには問題のあいつらのしわざってとこか」

 

あいつらという事は複数名か。瞬時に思いついたのは明久と雄二。

学園長である彼女の耳にまで届くって、どんだけ問題児なんだ、あいつら。

 

 

 

 

 

『…これまた、ずいぶん得意苦手の激しい奴らだな…』

 

その後学園長室を後にして無事帰宅した俺はすぐさま机に備え付けてあるパソコンを立ち上げて、手に入れた成績のデータを開き、その中身に対する感想を呟いた。

 

とりあえずはクラスメイトのFクラスと明日の敵となるのEクラスから見ているのだが…Fクラス、ひどい。

 

中には一教科4、500点を取っている人間もいるが、あくまでそれは一教科。

最下位クラスなだけあって、戦力は乏しい。

 

そのひどい中でも比較的マシなのが理系科目か。

これなら雄二が数学勝負と言ったのは正解といえる。

 

…他の生徒の成績まで把握していたのか、単なる運か、そこまでの判断はしかねるが。

 

しかしそれでも相手は一つ格上のEクラス。一人一人なら大差ないが、クラス単位となるとその差は大きく開く。

 

やはり勝負の分かれ目は瑞希になるだろう。

 

瑞希が回復試験を受けるまでに雄二がやられなければ、Fクラスの勝ち。

それまで耐えられなければ負けを迎えるだけ。

 

そんな、至極単純な勝負だ。

 

油断してくれていた方が勝率が上がるというわけか。

…情けないが、スペックの低いFクラスでは現状、これくらいしか作戦らしきものを立てることが出来ない。

 

だから雄二は俺に釘をさしたんだろう。

俺が挑発する事によって、相手が本気でかかってこれば、こちらの勝率が下がるのは明らかだから。

 

しかし挑発の1つくらいで1個上のクラスに勝てないのなら、先がないから最初から諦めた方が良いのでは、というのが俺の心情だ。

 

 

『――ま、こんなもんか』

 

両クラスの成績は把握した。

点数上限が無い上に自分がテストを受けていない今、生徒達がどのくらいのレベルなのかいまいち掴めないが、まぁ実力差が分かっただけでも良しとしよう。

 

あとはAクラスからDクラスのデータだ。

 

残りで気になるのはやはりAクラス。

出席番号順のデータを順に吟味していく。

 

Aクラス…やはりトップクラスだけあって平均得点が高い。数人見ただけで、一教科平均300点以上の人間がざらにいる。

 

その中でも一際高得点をたたき出している人物を発見。思わず手を止める。

 

 

『こいつが学年一位か。霧島翔子…へぇ、女なん……はっ?』

 

霧島翔子――きりしましょうこって…こいつまさか!?

 

同姓同名の赤の他人かと思いきや、左隅に載っている顔写真は真実を浮かび上がらせる。

そんな、成長はしたものの昔の面影を残した顔立ちに、俺は自分に言い訳をする機会を失ってしまう。

 

『…偶然、か?』

思わずデスクチェアから立ち上がり、画面を凝視する。

 

…翔子がこの学園にいるなんて聞いてない。

 

その場に呆然と立ち尽くすが、無理やり思考から彼女を追い出す。

そしてとっさに取り出して握り締めた携帯電話を数秒見つめ、思い直したように、元の場所にしまいこんだ。

 

目的を見誤るわけには行かないのだ。

 

俺の目的はあくまで、試験召喚システムのデータを円滑に取る事だ。そのための不穏分子を排除する。

ただ、それだけ。

それ以外は学園生活を高校生らしく楽しめばいい。

 

それだけだと思ってたのに、これか。

 

 

『…いい加減忘れたいってのに』

 

この気持ちは、いつまで俺の心に入り込むつもりなのだろう。

 

 

 




ケイくんは翔子に片思いしてました。
玲だって出したいけどまーだまだ先のことになりそう。


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決戦当日~不完全な回復試験~

決戦当日~不完全な回復試験~

 

 

昨夜の事が頭から離れない。

 

晴れ晴れとした天気にも関わらず、俺の心は天気とは正反対の感情で埋め尽くされていた。

そんな憂鬱な気持ちのまま、学校の玄関で靴と上履きを履き替え階段を上がる、その直前。

 

今更になって大事な事に気づいた。

 

階段を上ってすぐにはAクラスの教室が、ある。

可能性でいえば無いはず…だが、もしばったり出会ってしまったら?

 

 

『(…本気で会いたくねぇ)』

 

このままで良いはずが無いことくらい、理解している。

 

この学園に何ヶ月、何年滞在するのかは分からない。もしかしたら卒業するまでかかるかもしれない。

その期間まで同じ学年同士の人間が、顔を合わせず存在すら知られないなんて事が…果たしてありうるだろうか。

 

たとえAクラスとFクラスというクラス的に最も距離の開いた教室同士だったとしても…そんなのは無理だ。

学園の行事への参加や、周囲との交友関係を俺が築くたび、俺とあいつの距離は近づいて行く。

 

 

 

それでも…今は、まだ。

 

 

自分が取る行動を予測出来ない。

 

そんな状態で、翔子に会うわけにはいかない。

 

 

自分の精神的な弱さを自覚しながら目の前の階段に背を向け、別の道から教室へ向けて歩き出した。

 

 

 

教室が視界に入るほどに近づいた頃、向こうからやってくる明久に声を掛けられた。

 

「あ、おはようケイ。昨日はありがとね。…あれ、今そっちの階段から来たの?下駄箱は正反対じゃないか」

 

俺の事情を知らなければ、この疑問ももっともな物だろう。

本当の事を言う気は全く無い俺は、それらしい理由で言い繕う。

 

『おはよう明久。…まぁ、気分の問題だな。距離的にはFクラスの俺たちはどっちの階段使ったって大差ないし。それに、雄二にEクラスをこれ以上刺激するなとも言われてるから。あんまし出会わない方が良いと思ってな』

 

「そっか、確かにEクラスの前を通るときはじろじろ見られたよ。僕達のクラスも向こうを睨みつけてたから、お互い様だけどね」

『どんな世界でも、勝負前なんてそんなもんだろ。あまり気にするなよ』

「うん、今日勝てば、このボロい教室ともおさらばだし、気にしてなんかいられないよ!」

 

既に勝利後のことに思いを馳せる明久。

気が早い奴だ、と呆れるが、明久の試召戦争をしたい理由が瑞希のためであると聞いたせいか、なんだかその様子が瞳に微笑ましく映る。

 

そのまま雑談を続けながら一緒に教室に入って行った。

 

 

 

授業中。

 

今日はEクラスととの試召戦争が始まる、ということもあってか、教室内の誰もがそわそわと落ち着き無く、集中力も欠けている。休み時間毎に口にする話題もまたそのことばかりだ。

 

皆が皆、逸る気持ちを抑えきれないらしい。

二年生になったばかりのこのクラスメイト達にとって、試召戦争は初の試みであるため、気持ちが高ぶるのも仕方が無いことなのかもしれない。

 

先生達もそのことをよく理解しているからか、注意散漫なクラス全体の雰囲気に苦笑こそするものの、それを指摘する者はいなかった。

 

例外として西村先生だけはそんなFクラスに一喝し、気を引き締めていたが。

 

西村先生はともかくとして教師陣の態度から察するに、それほどまでに試召戦争は学園の一大イベントとして優遇されているという事を物語っているわけだが。

それが原因で普段の授業が疎かになるのなら何かしらの改善案を考えなければならないだろう。

 

…5限目にしたのがそもそもの間違いだったか?

朝っぱらからやらかした方が良かったかもしれない。

 

しかし俺のような考え方はごく少数のようで、数式の暗記や練習問題に取り組む人間の多さに何とも言えない気持ちになる。

 

悪あがきという言葉の良く似合う光景だった。

 

その時間を指定したのも雄二の目論見の内に入っているのかと思うと…つくづく才能の無駄遣いだと思う。

 

その悪知恵をもっと他の事に使えれば、問題児だなんて不名誉な肩書きなど付かなかっただろうに、と。

 

 

 

「戦闘の立会いには、長谷川先生を使う。ちょうど、5時限目でEクラスに向かうところを確保する」

 

黒板に描かれた校舎の模式図に、雄二は次々と作戦を書き込んでいく。

 

「長谷川先生というと、科目は数学?」

「数学ならウチは得意よ」

 

いまさらになって科目の確認をする明久に、島田が自慢げに得意科目を語る。

 

「その島田の得意な数学を主力にして戦う」

 

「姫路さん、数学は?」

「苦手ではないですけど…」

「じゃ、姫路さんも一緒に戦えるね!」

 

島田の問いに、はにかんで笑う姫路の様子からは、先程の島田のように自らを誇ったりするような態度が見られない。

 

随分とまぁ、慎ましやかな奴だ。

 

 

「――いいや、ダメだ」

 

そんな女子二人の微笑ましい雰囲気を雄二の一言で崩れ去る。

 

「え、どうして!?」

「一番最後に受けたテストの得点が、召喚獣の戦闘能力になる。俺達が最後に受けたテストは…」

「振り分け試験…あ」

「私は途中退席したから0点なんです…」

 

節目がちに告げる瑞希の視線の先にいるのは…俺だ。

 

気にするなと言っても聞かない瑞希に苦笑が漏れる。

 

今何を言って説得しても納得しないんだろうなと判断した俺は会話に参加するのを辞退し、話の流れが変わるのを待つことにした。

 

 

「でも、試召戦争が開始したら回復試験を受ける事が出来る。それが出来れば、姫路も途中から参戦できるさ。あと、ケイもな」

『ついでみたいに言うなバーカ』

 

そういって雄二相手に少しばかりむきになる姿を周りに印象付けさせた。

旗から見れば、戦力扱いされていないことを若干拗ねているFクラスの一員に見えるはずだ。

 

 

俺達をよそに難しい顔で思案する瑞希に、雄二は激励の言葉を送る。

 

「回復試験に専念してくれればそれで良い。頑張ってくれ、姫路」

 

「…!…はい!」

 

気のせいだろうか。

何気ない激励、というには笑顔が作り物のように見えてしまった。

 

実際、戦力の要たる瑞希が頑張ってくれなければ勝てない戦力比ゆえ、この激励も雄二にとっては本気なのだろうけれど。

 

 

『(…やっぱ、こいつだけは普通じゃないな)』

 

 

瑞希の朗らかな微笑みはとても微笑ましいのに対して、親近感すら覚える雄二の笑顔に表情に、密かに警戒を強めることを決意した。

 

 

 

さて、ここで今は完全に戦力外通告を受けている俺だが、油断は出来ない。

 

 

回復試験…さて、何点取れば俺は落ちこぼれに染まれるのかな。

 

 

 

 

補給室、この場にいるのは回復試験を行う俺と瑞希と監督官である学年主任兼Aクラス担任である高橋先生のみとなっている。

 

 

「では、準備がよければ始めて下さい」

 

掛け声と共に紙を捲る音とシャープペンシルがすばやく動く音が交差する。

 

『(単純な数式問題や文章問題、図形問題か。まぁテストとしては一般的だけど、文章題の比率がちょっと多くね?これだと先生の採点に時間がかかる…瑞希がどれだけ解く気かは知らねーけど、あまり真面目にやってたらゲームオーバーになるぞ)』

 

 

問題用紙を片手で数ページ捲って流し読みしながら内容を吟味していく。

 

「藤本君、ぼうっとしているだけでは問題は解けませんよ」

俺のそんな様子が不真面目に見えたようで、高橋先生は厳しい目つきで俺に注意を呼びかけた。

 

きっとFクラス、という色眼鏡の効果もあっての、この注意なんだろう。

だからか、その態度が妙に気に障った。

 

 

『先生、テスト中におしゃべりとか俺ちょっと困るんだけど、それ妨害行為?そんなにFクラスがEクラスに勝つのは気に食わないのかな』

 

目線は用紙に向けたまま、鼻で笑ってからかい混じりに言い返す。

 

「教師という立場においてそういった感情は持ちません。…それにしても、随分と自信があるようですね。それならば早々に問題に取り掛かるべきでは?」

『はいはい』

 

ふぅ、とわざとらしくため息を吐いて机に置いた筆記用具を手に取り、作業に取り掛かる。

生真面目な瑞希が傍にいる分、俺の不真面目さは際立った事だろう。

 

高橋先生は学年主任であり、Aクラスの担任を受け持つ人だ。

そしてあのAクラス担任とあっては、おいそれと尻尾を掴まれたくない。

 

せいぜい俺を不真面目で素行の悪い生徒だと思っていてくれ。

 

 

『(基礎問題は全て解いても問題ないな。文章題はパーフェクトだと怪しまれるから所々ミスを入れて…違う公式を当てはめればいいか。図形はなるべく手間の掛からないやつを選んで解けば良し、っと)』

 

先生の裁量によって文章題は点数も違ってくるが、俺の印象は悪いだろうし甘い採点をされる事は無いはずだ。

 

『(これでだいたい70点弱ってとこか?…あとは)』

 

「回復試験、受けますっ!」

 

いきなりドアが勢い良く放たれたと思ったら、島田が息を切らしながら教室に入ってくる。

島田がここにいるという事、つまり。

 

 

第一関門が突破されたという事だ。

 

 

どうやら、思った以上に時間が無いらしい。

 

俺は手元にある答案をじっと見つめた。この答案は決して完璧ではない…だが。

 

【っけほ、こほっ!】

【…姫路さん、やっぱりまだ体調良くないんだね】

【はい、少しだけ…】

 

【明久が言ってたんだよ。姫路のためにクラスの設備を良くしたいって】

 

【それに俺も、世の中学力だけが全てじゃないって証明したいと思ってたからな】

 

【姫路さん、数学は?】

【苦手ではないですけど…】

【じゃ、姫路さんも一緒に戦えるね!】

 

 

…しょーがねぇなぁ、もう。

 

 

 

初めは、手なんか貸さないつもりだった。

 

 

Fクラスにいる大半の人間が置かれている環境は、彼らの怠慢のツケが現実として表れた結果であって、試召戦争を起こす事こと事態、それに納得しないガキの我がまま程度にしか思っていなかったから。

 

 

そしてFというクラスに集まる人間に共感する事だってきっとない。

そんな思いで、どこか遠くに感じていた。

 

 

――けれど。

 

 

自分以外の何かのために必死になる。

そんな人間のあり方は、クラスだの勉強だの頭の良さだの、そういったものを通り越して俺の視界に鮮明に、好ましく映り込む。

 

それはおよそ、俺には久しく無かった、忘れていたものだったから。

 

 

『先生、採点お願いしまーす』

 

 

だから、その願いが叶う光景を、ふと見たくなった。

 

 

 





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試召戦争~F対E~決着

だいぶ更新に時間かかってしまいました。


先生の採点も待たずして、俺は補給室を飛び出した。

高橋先生の採点スピードから考えても、俺が教室に辿り着く頃には召喚獣に得点が反映されているだろう。

 

 

長時間椅子に座っていた体が運動を欲している。

そんな自らの肉体の望むとおりに、Fクラスまでの道のりを難なく走り抜けた。

 

階段を上り切りすぐ右折、Eクラスがもぬけの殻であることを確認すると、もう一つ奥のFクラスへと急いで駆ける。

 

廊下にすら人っ子一人見当たらないいう事が意味することは、ただ一つ。

 

 

『もう教室にまで乗り込まれてるとか…バカじゃねーの』

 

本当にバカなだけに救いようが無かった。

 

Fクラスの教室の入り口を無遠慮に開けて、すぐ傍でたむろする人間の波を駆け抜ける。

 

肩や胸に人の感触がぶつかるが全て振り切って騒動の中心地に進み出た。

周囲の揶揄も舌打ちも、今は気にしていられない。

むしろいちいち勝負してられない今、それだけで済むのなら安いものだ。

 

教室の中央に雄二と明久、そして明久の召喚獣が姿が目に映った。クラス代表たる雄二が未だ健在な事に俺はひとまず一息ついて安心する。

 

 

展開されている明久の召喚獣は学ランに木刀とシンプルなデザインだ。

 

小さな見た目に反して大きなちゃぶ台を投げ飛ばす力。

 

『…♪』

 

思わず心が躍る。

 

相変わらず、この技術力はすばらしい。

我が社の技術が存分に発揮されている瞬間を垣間見て誇らしげな気持ちになるが、それも一瞬の事。思考を切り替えて召喚獣の様子を伺った。

 

 

先程の真上に投げたちゃぶ台はそのまま明久の召喚獣の頭上目掛けて落ちていく。

「へぶっ!」

 

それと同時に明久から奇声が上がった。原因は言うまでも無くちゃぶ台のせいだろう。

明久は観察処分者だ。召喚獣の受けたダメージは明久自身に還元されてしまう。敵から攻撃を受けるのはもちろん、少しの召喚獣の操作ミスすらも自分の身を削ることになる。

 

その後も明久の召喚獣はミスを連発。完全に相手になめられる結果となった。

明久自身も召喚獣からダメージを受け継くだめ痛みに悶絶し、使い物にはならなそうだ。

 

あれは俺も人事ではない。反面教師にでもさせてもらおうか。

 

 

だが、明久はあれで良い。

 

誰よりも時間稼ぎという役目を果たせているのだから。

 

 

人を見下すという事は、少なからず隙を生む。

現に今、Eクラスは明久一人の行動に注目し、笑い、呆れ、結果その動きを止められている。

 

格上を油断させるにはうってつけの策だろう。

 

ただ一つ言うとしたら、これを計算でなく素でやってる辺りが恐ろしい。

…愛すべきバカってこういう事を言うんだろうな。

 

しかし、それでもまだ瑞希がFクラスに来る気配は微塵も感じられなかった

 

時間はまだまだ、足りない。

 

 

 

…だがまぁ、それくらいは俺が補ってあげようじゃないか。

 

 

『(俺だってFクラスだし、な)』

 

 

 

 

『見事にボロボロだな明久。大丈夫か?』

 

「ケイ!」

「なんだ、本当に来れたのか。てっきりそこら辺で隠れてるかと思ったぞ」

 

パァッと顔を輝かせる明久に対し、雄二は大して期待してなかったようで、俺を見てもリアクションが薄い。

 

『ギリギリセーフだろ?…つーか残り二人って、もうちょっと粘れよな』

「格上相手じゃこんなもんだろ。…もう一人はどうだ?」

『あー、真面目に解きすぎだな。もうちょっと掛かりそうだ』

 

あえて主語を伏せて瑞希の様子を簡潔に伝える。

雄二は自身の顔に僅かな陰りを見せたあと、何かを言い募ろうとするがそれはEクラス代表に妨げられた。

 

「――相談事なら負けた後にしてくれる?っていうか、これではっきりしたわね。新学期早々試召戦争なんてバカじゃないの?振り分け試験の後なんだから、クラスの差は点数の差よ。あなた達に勝ち目があるとでも思ってたの?」

 

「さぁ。どうだろうな」

 

「…そっか。それが分からないバカだからFクラスなんだ。もう良いわ。恥も知らないFクラスに、引導を渡してあげる」

 

Eクラス代表、中林の暴言に近い揶揄を投げかけられても、雄二は動じない。

 

短絡的でないその性格は評価できるな。

少なくともあのFクラスの中では一番代表に相応しい。

 

 

「引導、ね。おっとそうだ、明久のほかにもう一つだけ作戦を立ててたっけ」

「…ふぅん?またさっきの吉井みたいなくだらない物でも見せてくれるのかしら?」

「それはどうかな?…ほれケイ、ようやくお前の出番だ」

 

そういって首をそらして頭だけを俺に向け、口で言うかわりに顎をしゃくって指図する。

 

「…どこまでもお前は戦わないのな。あっけなく負けるよりはよっぽど良いけどさ」

「だろう?それにお前にとっても召喚獣の操作練習は必要だろうし、良い機会じゃないか。華々しく散って来い」

 

 

指差すことさえせずに人を使う、偉そうな、高慢な態度も。

俺の為などという、あたかも好意を前面に出したわざとらしい言い方も。

今回、少しも自分の手を汚す気が無い事も。

 

 

――なんか、全部ムカつく。

 

 

他人にここまであからさまに見下されるのは久々だった。

 

 

今までずっと、見下される側でなく、見下す側の人間として生きてきたから。

 

 

これは雄二だけの話じゃない。

 

下駄箱や、Fクラスの教室から出るたびに向けられる一時的な視線も。

 

先程の高橋先生だって、そう。

 

 

けれど今の俺はただのFクラスの一生徒でしかない。

今までの立場を隠したここではただの落ちこぼれなのだ、俺は。

 

 

だから誰も敬意を払わない。誰も俺を認めない。

 

 

…正直、あまり気分の良いものじゃない。

 

 

【…ただでさえハーバードの気質にやられてるんだ。お前のそういう所、できれば早い内に治しておきたいんだよ。そのためにもFクラスっていう人材は最適だと思わない?】

 

夏に交わした父との会話を不意に思い出す。

 

こういうとこが、後々俺にとって不都合になるって事か?

 

だから一回プライド折られて来いって?

 

 

 

…無茶言うなよな。

 

 

『…OK,I'm an underling,fine.(わかった、俺はただの壁役か、そうか上等じゃねえか。)』

 

呟いた一言に、後ろに控えていた二人がすかさず反応した。

 

「僕は一人の元気です…?」

「いや明久、それ絶対違うだろ。分かったとこだけ訳しようとしてめちゃくちゃだぞ」

 

 

今までの17年間で培ってきた性格を、そうも簡単に覆せるわけが無いのだ。

 

下を向いていた視線を雄二に、目に力をこめて念を押すように睨み付けた。

 

お前は俺を顎で使うんだ。そのこと忘れんなよ、と。

 

 

伝わったかは定かではないが、俺の迫力に飲まれて驚いたような戸惑ったような、そんな雄二が見れただけで今はよしとしよう。

 

 

『(こういうことも笑って流せるのが大人なんかな…ハァ。だとしたら全然駄目だな、俺)』

 

そんな自己分析が果たされている中、中林は会話のターゲットを俺に切り替える。

 

 

「…あなた、藤本くんだっけ。あんな威勢良く宣戦布告してきた割に、Fクラスはこの様よ?おまけに代表はどこまでも他人任せ。…恥ずかしくないの?」

 

『昨日なったばかりのクラスで一括りにしないで欲しいんだけど。…まあいーや。ところで俺が昨日言った事、ちゃんと覚えてるか?』

 

 

「ええ、私達への暴言ならちゃんと覚えてるわ。…そうね、吉井明久への暴力が行きすぎだった事は認めるわ。あなたも、結果として無傷だったけど殴りかかった事への非礼は詫びる」

 

 

…へぇ。

 

 

『お前、意外と良い女だな。もっとくだらないプライドばっか持ってんのかと思ってた』

「な、余計なお世話よ!…でもそれと勝負は話が別なんだから。言ったでしょう、正々堂々と倒してあげるってね」

 

キッとこちらに向ける目は至って真剣で、俺の闘争心がわずかにに掻き立てられる。

 

 

『良いね、俺そういうの大好き。これが終わったらお前、俺の友達な。―― 試獣召喚(サモン)

 

「…なんていうか、唐突すぎて本当に何考えてるのか全然分かんないわね、あんた。…でもまぁ、良いわ。さっさとこんなくだらない勝負終わらせましょう!』

 

俺の声と共に召喚獣が出現する。

 

――素肌の上に黒のノースリーブのジャケットに同色のハーフパンツ、左耳に付いた赤いピアス、そして極め付けは背中にあるフワフワの黒い翼。

紫がかった髪にその服装は嫌に似合っている。

 

生意気そうに口元に笑みを浮かべる様はまさしく…。

 

『…小悪魔?』

 

可愛いなおい。

 

しかし自分が元になっていると思うと何というか、むず痒い気持ちになる。

服装に気を取られていたが、右手に握られているロングソードが武器となるのだろう。

しかしそれ以上に気になることがある。

 

F 藤本    E 中林

97点 VS 89点

 

 

『(あれ、予想外に点数高いんだけど。何で俺こんな点数取ってんだ)』

 

 

確か70点前半くらいの点数になるように調整したはずなんだが。

 

まぁ誤差の範囲という事にして流しても良いけれど…念のため、後で高橋先生に確かめておこう。

 

 

『ま、なるようになるか…行くぜ、中林』

「Fクラスにしては数学は得意みたいね。でも、ぽっと出の転校生に負けないわよ。こっちには召喚獣の操作のアドバンテージがあるんだから」

『そんなの俺が天才的なら何の問題もねーじゃん?』

「バカにしないでっ…!」

 

プロテクターにバットとミット。俺に比べて完全な重装備を施してある中林の召喚獣が突っ込んでくる。

 

しかし感情までもリンクしているのか俺の召喚獣は微動だにしない。最低限の動きで避け、軽い動作で相手に上から斬りかかる。

 

俺の攻撃が成功した事で相手が動揺するのを横目で流し見ながら、自分の両手を開いたり閉じたりを繰り返して召喚獣とのリンクする感覚を確認する。

 

『(…動作は試験段階と大差ねーな。これなら召喚獣の操作練習する必要は無い、か)』

 

 

前にも述べたが、試験召喚システムの開発者として有名なのがここの学園長、藤堂カオルだ。

だが、観察処分者への待遇として与えられる召喚獣の実体化を成し遂げたのは俺の父の会社。

そのための実験に協力して召喚獣操作の実験を日々いってきた俺にとって、中林の言うアドバンテージなど無いに等しい。

むしろこちらに利があると言える。

 

「くっ、この…なんで当たらないのよ!?」

『悪いな、こいつ俺に似て運動神経抜群みたいだわ』

「ふざけないで!もう、ちょこまかと!」

『…っ、…痛みまでほんとリアルだよな、これ』

 

ふざけが過ぎたのか、ロングソードで捌ききれなかった中林の苛立ちを込めた懇親の一撃が俺の召喚獣に当たる。

 

走る痛みを想定していたものの、久しぶりの感覚に思わず声が出た。

 

しかし、ようやく当たった攻撃に気色を浮かべて油断する敵にすかさず反撃する事を忘れない。

 

F 藤本    E 中林

51点 VS 48点

 

負けず、しかし勝つ事もなく、絶妙な僅差で勝負を進めていく。

自分でもなかなか良い立ち回りだと思う。

ダメージを受けるのは地味にこたえるが、周りは俺達の勝負を固唾を呑んで見守っている。

 

今のうちに雄二に攻撃を仕掛けないのはEクラスにとってはこれ以上無い失策だが、そういった実直さは嫌いじゃない。

 

そっと横目で窺うと雄二は腕を組んで俺達の…いや、俺の戦いを目を細めて静かに窺っていた。

 

 

俺が利用できるかどうかを測ってる、かな?

 

 

あまり頼りにされても困るから、こうして拮抗した勝負を心掛け、なおかつ消極的な戦い方を心掛けているのだが…それでも十分利用価値ありと判断されてしまったかもしれない。

 

それは困る。

頼りにされるほど、俺はFクラスの下克上を手伝ってやる義理は無いのだから。

 

 

確かに、この勝負の行方がFクラスに傾けば良いと思っている。

 

けれどそれは明久の善意や雄二らFクラスの人間の熱意に絆された事だけが理由じゃない。

ただ少しの娯楽と、自分への実益も兼ねている。

 

FクラスがEクラスに勝つ。そんな、人が常識を覆す様を見るのは、楽しいし面白いと思う。そういう点だけで考えれば、雄二の下克上を果たしたい気持ちだって分からなくも無い。

 

 

――だが、 Giant Killing(大番狂わせ)なんて、そう何度も夢見るものじゃない。

 

 

努力や実力に応じた結果が伴わなければ、人はいつか規律も統率も失ってしまう。

だから、俺という一個人だけならともかく、学園の経営に携わる側の人間としては、【悪ふざけ】に本気になるわけにはいかない。

 

 

瑞希という病弱体質を持った子への配慮も、Eクラス設備をモノにすれば十分だろう。

 

だから、それ以上は俺のあずかり知らん事だ。もう勝手にやっててくれって感じ。

 

 

そんな考えの下、これからの方針を考えながら硬着状態を続けていた俺の戦いを遮るように、教室の扉が大きな音を立てて開かれる。

 

「その勝負待ってくださいっ!」

「姫路さんっ!」

「ようやく来たか」

作戦の要の登場に、雄二の口元がニヤリと笑った。

 

「お待たせしてすみません、 試獣召喚(サモン)!」

 

瑞希が唱えるとそこに現れたのは大剣を持った中世の騎士風の召喚獣。

 

 

F 姫路

412点

 

点数の高さに攻撃力の高さが比例するらしく、大剣で薙ぎ払ったときに出来た剣圧一つであっという間にEクラス連中が狩られていく。

 

 

「姫路瑞希ってまさかあの…!?なんであんな子がFクラスに!?」

 

瑞希の成績は意外と他者に知られているらしい。

 

中林はそんな瑞希の登場を予測する事は出来なかったようで、仲間が次々と戦闘不能にされていく中、驚愕の顔を貼り付けたまま呆然と立っている。

 

 

「吉井!この子、やっぱりすごいわ!」

 

瑞希の問題を解く様子を間近で見た島田は興奮状態だ。

 

「さすがAクラス候補だっただけはあるな」

 

腕を組んで感慨深く頷く雄二は分の悪い賭けに勝った事を喜んでいる。

 

 

「くっ…Fクラスにそんな人がいるなんて聞いてないわよ!」

『誰も言わなかったしな。中林、お前もどうせなら清々しく終わりたいだろ?だからさ…瑞希、頼んだ』

 

「はい、行きますっ!」

 

瑞希の召喚獣は瑞希の掛け声と共に、一閃の攻撃の後に相手を再起不能に陥れた。

 

「そ、そんな…」

 

圧倒的な力を見せ付けられた中林は気力を失ったのか、足元から崩れて地面にしゃがみこんだ。

 

 

 

――かくして、この試験召喚戦争はFクラスの勝利で幕を閉じたのである。

 




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次に活かしたいと思うので。


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やりどころの無い気持ち

ちょっとぐだぐだなとこを少しだけ直しました。
また時間あったら修正します。


「設備は交換しない。良い提案だろ、Eクラス代表さん?」

 

 

…本当に、面倒な事をしてくれる。

 

 

試召戦争がFクラスの勝利で幕を閉じてすぐ、雄二から発せられたこの発言に誰もが耳を疑った。

 

「そんな、どうして…?」

 

敗者である中林も困惑した表情を雄二に見せる。

 

教室の設備交換は試召戦争後、下位クラスが上位クラスに求める第一のものだ。

それを行わないとする雄二の言葉は、常識では考えられない。

 

 

「何でだよ雄二!?せっかく勝ったのに!」

 

明久も納得がいかないようで、猛然と抗議する。

 

しかしそれも、突然勢い良く開いたドアの音、そして現れた人物によって中断させられた。

 

「――決着は付いた?」

 

恐らく周りの喧騒が収まったのを見てやって来たのだろう。質問してきたわりには確信を持った声だった。

 

腕を組んでこちらを見てくるその姿は秀吉に瓜二つ。

 

この間文月学園にやって来たばかりの俺だが、既に同学年のデータを見て知っている。

 

 

「どうしたの秀吉、その格好は…そうか、やっと本当の自分に目覚めたんだね!!」

「明久よ、わしはこっちじゃぞ」

「あれ、秀吉が…二人?」

「それはワシの姉上じゃ」

 

 

2年Aクラス、木下優子。

 

さて、この木下優子がなぜわざわざFクラスに来たのか。

兄弟仲良く一緒に帰ろうとでも?

 

 

…答えは否。

 

「秀吉は私の双子の弟よ。私は2年Aクラスから来た大使、木下優子。 …我々Aクラスは、あなた達Fクラスに――宣戦布告します」

 

「「「えぇぇッ!?」」」

 

『…ハァ』

 

いい加減にしてくれ。

よりにもよってAクラス……嫌がらせかよ。

 

 

「どうしてAクラスがわざわざ僕達Fクラスに…?」

「最下位クラスだからって、手加減しないわ。容赦なく叩き潰すから、そのつもりで」

 

明久の質問に答える気は少しも無いらしく、用件のみ伝えると木下はすぐに踵を返して教室を出て行った。

 

 

――フッ。

 

『(…これもお前の作戦通りってか?)』

 

皆があっという間に消え去っていった木下に視線を釘付けにする中。

俺だけは、僅かに鼻を鳴らして口元に笑みを浮かべる雄二を見逃さなかった。

 

 

 

 

『そっか、先生は減点法で採点したんですね…なるほど。どおりで所々妙なとこでバツにされてると思った』

 

教室での一騒動もそこそこに、向かったのは職員室。

 

すでに放課後を回った現在の時間帯に目的の高橋先生が未だ机に留まっていたのは僥倖だった。

 

「…どちらかといえば、減点法が日本の基本的な採点基準ですが?」

『そうだったっけ…じゃあ高橋先生だけじゃなくて、他の先生も同じように採点するんだ?』

「当然でしょう」

 

何を言っているんだと片手を頭に添え、小さく唸る高橋先生がなんとも印象的だった。

 

『だとしたら、ここの数式は減点にならないんですか?けっこう途中式すっ飛ばしたのに』

 

「そこですか…確かに、教科書どおりの模範解答とはいえませんが…それでも結果的に答えに導いていますし、ここは2年生で習う範囲の問題ではないので採点は甘くなります。前の学校ではここまで習っていたのですか?だとしたら随分と進度が速いですね…前は私立の進学校にでも?」

 

『ん?いや、まぁ普通にアメリカの学校に』

 

「…あぁ、だから今まで加点法に慣れた生活を送っていたというわけですか。それならば先程の質問も納得がいきます。それと、そういった事は先に伝えてください」

 

『言い忘れてました、すみません。まぁ進学校かはともかく、けっこう自由で居心地良いとこでしたよ。だからってサボってたら容赦なく振り落とすような鬼畜な面もあったけど』

 

「…自主性を育てるには良い環境かもしれませんね。育つ前に脱落してしまう可能性も捨て切れませんが」

 

そういう奴もいたが、なんだかんだ言って真面目で要領の良い人間が多かったから、そこまで問題視する必要は無いだろう。

 

 

それよりも日本の高等学校の方がよほど変わっている。

…この学校だけが、かもしれないが。

 

テストの問題数が無制限だったり、生徒が授業でまだ習っていない範囲の所まで問題に出したり。

 

「にしても、何で習ってない範囲の問題なんか試験に出すかな。そんな問題、解ける奴なんか10%もいないだろうに」

 

いるとしたら、自宅で高レベルの家庭教師をつけているか、自分で先の勉強範囲を応用まで完璧に予習しきった人間くらいだ。

注目を浴びている学園とはいえ、学費の安いここに通うのは自宅から通う地域の人間が大半だ。そこまでの高等教育を施された人間が数多く存在するとも思えない。

 

 

文月学園は進路に沿ったテストを出す気は無いのだろうか。

日本史や英語などの暗記系科目ならまだしも、数学を自分で予習して理解を済ませるだなんて、ただの高校生に課すには酷ではないかと思い量ってしまう。

 

「こういった未履修の単元の問題は、単純に予習済みの生徒に対するボーナスポイントのようなものだと考えてください。それに、もし解けなければ飛ばして他の問題で点を補完すれば良いだけの話です、そこまで深刻に考える事でもありません」

 

『ボーナスポイント、ね。そういうとこで点数の差別化を図ってるってことかな』

 

引っ掛け問題ならまだしも、そういう方向性での差別化は紙とインクを無駄に消費するだけだろう。

なにせほとんどの生徒はスルーせざるおえないものなのだから。

 

 

…それにしても。

 

さっきから俺に向ける高橋先生のこの表情は何なのだろうか。

妙な顔で自分を見つめる高橋先生に気付き、俺はかすかに片眉を上げた後、原因を探ってみることにした。

 

『あんま見つめないで下さいよ。先生美人だから照れるじゃないですか』

 

「そうですか、ずいぶんと説得力に欠ける笑顔ですね」

 

『…そりゃ、冗談だし』

 

軽い冗談から入ってみたものの、こうも真顔で返されてはやり辛い。

からかう側としては、多少恥じらうか反発するくらいの可愛げが欲しいものだ。

 

『あの、マジでそんな怖い顔でこっち見ないで下さいよ。そりゃ、放課後に時間取ってもらって悪いとは思ってるけど…こういうのってあんまり時間掛けちゃ駄目でした?やっぱ学年主任って忙しかったり?』

 

「…いえ。Fクラスの生徒がわざわざ職員室に来てまで教えを請うのは珍しいので、少々戸惑ってしまいました。あのクラスに所属する生徒の大半は、テストは受けてもその後の復習やテスト直しをする習慣は持っていないですし…」

 

真っ直ぐ俺に見入っていた瞳が、不意に視線を外す。

まるで何かを迷っているような、決心がつきかねているような、そんな表情。

 

数秒の沈黙が流れるが、それすら待てないほど時間に余裕が無いわけでもない。

続きを催促するような野暮な真似をすること無く、相手が話し出すのをゆっくりと待った。

 

上手いこと適当な言葉を見つけ出したのか、高橋先生は踏み留めていた言葉をその口から再び巡らせた。

 

「――何より、回復試験時のあなたは態度もかなり悪かったので、ここまで熱心に採点したテストについて質問しに来るとは思いませんでした」

 

妙な顔の正体は、これか。

 

 

熱心になるのは当然だ。

俺の円滑な高校生活が懸かっているのだから。

 

『あれは先生がテスト中に話しかけてくるからじゃないですか。集中してるときに話しかけられるのってけっこうイラつくんですよ?』

「それはあなたの手が止まっていたからでしょう」

『ほら、いるじゃないですか。先に問題文を確認してから取り掛かる奴って。俺はそういうタイプなんですって』

「…良いでしょう、今回はそういう事にしておきます」

 

そういう事も何も、あれでも俺はそれなりに真面目に取り掛かっていたはずなんだが…もういいか。

 

 

 

その後も雑談も入り交じったテストの質疑応答を繰り広げ、テンポ良く会話の応酬が繰り広げられた。

どちらかというと雑談に主体が置かれているが、幸か不幸か、それを咎める輩はいない。

 

教養ある人間との雑談は耳に心地良い。無い人間に比べると、言葉一つで広がる世界が格段に違ってくる。

 

今までずっとそういう環境に身を置いていたせいなのか、やはり年上の人間との方が話が合うのだろう。

 

しかしこのおかげで、また目を付けられてしまっただろうか。

ものすごく不審なものを見る目でこちらを凝視されていて、どことなく居心地が悪い。

だがその表情を引き出してしまったのは、紛れも無い俺の失態によるものだ。

 

『(…なんか、どんどん化けの皮が剥がれてってるよな、俺)』

 

Aクラス担任である高橋先生には、俺の素行が悪いという認識をそのまま持っていて欲しかった。だがそれ以上に、今回の行動は必要不可欠だったのだ。

 

 

先の試召戦争で、予想に反して高得点を取った回復試験。

 

それに疑問を持った俺はその原因を放っておく訳にもいかず、こうして採点者本人に真相を尋ねに来たというわけだ。

 

これからも俺は自分で点数を調節して生活していかなければいけない。

そのためには、望んだ点数が取れなければ困るのだ。

 

 

そういった事情諸々を含めて天秤にかけた結果、今の状況があるわけだが。

 

 

『(ま、後悔したってしょうがねぇよな。よくよく考えたら不真面目路線で行くより、教師陣には勉強に意欲的な態度を見せた方が後々便利かもしれないし。結果オーライってことで)』

 

そう思わなければやってられない。

 

 

 

 

「それにしても、Fクラスは忙しいですね。Eクラスの次はAクラスですか」

 

しばらくして新しく高橋先生の振ってきた話は、学園内で最も盛り上がっている話題であり。

 

そして俺が今、一番聞きたくないものだった。

 

『んな事言われてもなぁ…そこらへんの事情って、俺関係ないし』

「おや。今日の試召戦争では大活躍だったと聞きましたが?」

『時間稼ぎに貢献してやっただけですって。Eクラスはまだしも、Aクラス相手に勝てる可能性なんてほぼ無いのにな…マジめんどくせぇ。…Aクラスも暇人ですよね』

 

 

ふと。

言うつもりなど無かった挑発的な言葉が無意識に放たれ、内心自分でも驚いた。

 

けれど既に賽は投げられた。他の誰でもない、俺の手によって。

 

一度口にした言葉を引き返すことは出来ない。

 

何より、俺の本心を押し留めていた理性が役目を放棄したように、まるで機能してくれなかった。

 

 

迷惑です。

そう言外に含ませた口ぶりに、自分の受け持つ生徒達をからかわれて不快に感じたのか、高橋先生の睨みを効かせた目つきが俺に注がれる。

 

「暇人とは心外ですね。彼女らは彼女らで、この学園の秩序を保とうとする矜持があるのですよ」

 

けれど俺は、女性の視線一つ受け流せないような人生を送ってきたつもりは更々無い。

 

 

『矜持、ね……ノブレス・オブリージュを気取るにはお子様すぎるだろ、あれは』

 

宣戦布告してきた木下優子を思い出し、薄く口元に孤を描かせる。

 

 

大抵の人間は格下がどう生きようが、自分に害が無い限りは動かないものだ。やるにしても、せいぜい様子見が良い所だろう。

 

それを度外視して干渉してくる人間など、たかが知れている。

 

 

『一番上のクラスなら、堂々と構えてれば良いんだ。反抗してきたら慈悲も無く徹底的に潰せば良い。適当に軽くあしらってやっても良い。でも、上に立つものがいちいち自分から下の人間を相手取るなんて、そんなのは馬鹿げてる。時間の無駄でしかない』

 

 

わざわざそんな事をしたがる人間など、ただの享楽か自分の力をひけらかしたいだけの人間か。

どちらにせよ、力の使い方を間違えているように思えてならない。

 

「あ、あなたは…」

『ま、Fクラスの俺が言っても説得力無いですね、これは。そこそこに聞き流しといてください』

 

 

そう笑って冗談っぽく微笑むも、取り繕ったこの顔は完全に手遅れかもしれない。高橋先生の硬く張った表情がそれを物語っていた。

 

 

『時間取っちゃってすいませんでした。次に会うのは明後日の試召戦争のときかな?そんときは、またよろしくお願いします…それじゃ』

 

冷静さを取り戻したあとには手遅れだった。

無意識に、苛立ちを間近にいた彼女にぶつけてしまった。

 

『失礼しましたー…ハァ。何してんだよ、俺は』

 

傍を離れて職員室を出るまで感じた先生の視線に、思わず額に手を当て疲れたように息を吐いた。

 

『いくらなんでも、イラつきすぎだろ…』

 

それだけ、俺にとって翔子という存在が鬼門になっているという何よりの証拠だ。

 

どうしたら接触せずに済む。

明後日は休んでしまえば良いのだろうか?

 

いや、大した理由も無くそんなことは不可能だ。

 

そもそも学園の露払いという役割を放棄するなど問題外、そんな選択肢を選ぶ気は毛頭無かった。

 

 

 

俺は父さんに文句は言えても、逆らう事は出来ない。

彼にとって有益な人間であり続けなければならない。

 

 

あの狐に、一番の弱みを握られている限り。

 

だから今回の事だって簡単に私情を挟むわけにはいかなかった。

 

 

『もう、さっさと会っちまった方がいっそのこと楽なのかもな…ははっ』

 

 

呟いた言葉に笑ってしまう。

 

 

 

そんな勇気、無いくせに。

 

 

 



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一時の安らぎ

前話の話は話の繋がりがぐだぐだなとこが多かったので少し修正しました。
時間があったらまた書き直ししようと思います。

今回は短めのお話。


Aクラス戦が明日に迫るFクラス。

クラス代表である雄二と共に、明久達Fクラス数名はAクラスへ敵情視察に向かっているはずだ。

 

 

「俺のダンクを見せてやるぜ!」

「おいバカ、こっちパスしろって!届かないの分かりきってんだろぉ!?」

「ちっ、あと3センチ足りない…!」

「30センチの間違いだろwwお前の身長でダンクとか笑わせんなww」

 

 

『確かに160後半の身長でダンクは無謀だよな』

「そんなの本人だって分かってるわよ、多分。でも試合じゃないし、ただの遊びならあれくらいふざけたっていいでしょ?」

『まぁあれはあれで楽しそうだし、見てて飽きないから良いけど』

 

 

そんな中、俺がいるのは体育館。

 

現在Eクラスの人間に混ざってバスケの真っ最中である。

予想外の参加人数の多さに今は待機状態だがそれも会話をする相手、Eクラス代表中林宏美がいるのでそう退屈はしない。

 

「ねぇ、それよりAクラスの…敵情視察?だっけ。坂本たちと一緒に行かなくて良かったの?」

 

『敵情視察って言っても出来ることなんて大した事無いからな。せいぜい明日の勝負内容を決めるだけだから大勢で行ったって意味ねーし、こうやって遊んでる方がずっと有意義だよ。宏美も含めて、Eクラスってホントにスポーツ大好きで助かった』

 

そもそもそんな些細な事のためにAクラスに付いていきたいとは思わない。

 

「…未だに名前で呼ばれるのは違和感があるのよね。昨日まで敵同士だったのよ?たった一日で名前呼びに変わるって、その切り替えの早さは何なのよ」

 

目線を合わせずにぶっきらぼうに言う宏美を見て彼女なりの照れ隠しだと理解するも、あえてからかう事はしなかった。

 

せっかく放課後にこうして遊びに誘ってもらえたのだ。

試召戦争が理由でEクラスとの間に変な禍根が残るのも嫌だったし、何より今はこの場をただ楽しみたかった。

 

 

『初対面からファーストネームで呼ぶのは、アメリカじゃ当たり前だったからな。それが身に付いてんだよ、俺は。【友達】ならなおさらだろ?嫌だって言うなら、苗字で呼ぶけど』

 

友達、というフレーズを強調する事で、試召戦争時に交わした約束を相手に思い出させる。

 

「友達、ね。…分かったわよ。でもね、私は日本人なの!ケイみたいにそんな急に名前で呼ばれたらちょっと戸惑うの、それぐらいは理解してよね!」

 

俺だって日本人だけど。

 

恥ずかしさが吹っ切れたのか開き直ったのかは定かではないが、名前で呼び返す宏美は端から見ていて微笑ましいものだった。

 

『そういうもんか?Fクラスの連中は普通に名前で呼んでくるけど』

「Fクラスはいろいろと普通の日本人ってやつから外れてるじゃない。むしろ普通を求める方がどうかしてるわ」

『おいおい、それって俺も含まれてんの?』

「当たり前でしょ?何処の世界に試召戦争中に友達になろうなんて言い出す奴がいるのよ」

 

 

その後は他愛も無い会話を互いに笑い合いながら続けていく。

 

 

『(…楽しいな)』

 

手で予備のボールをクルクルと翻弄させながら、純粋にそう思った。

 

思えばこの学校に来てから今まで、妙に気を張り続けていた気がする。

 

入学早々の、学園長との神経を削る会話。

所属するFクラスは好戦的で始業式の次の日に試召戦争を始める始末。

そのFクラスを一歩出れば、周りからはFクラスの劣等性のレッテルを貼り付けられる上に、極めつけの今回のAクラス戦。

 

鬱憤がたまった結果、高橋先生に僅かに素を晒してしまった件に関してはもう目も当てられない。

 

 

これしきで疲れたと言う気は勿論無い。

しかしこうやって自分の責務も何もかも忘れられる時間というのは、やはり大切で良いものだ。

 

 

『にしても、明日のAクラス戦はどうなんのかな』

 

ふと、教室で別れた明久や雄二達の事を考えた。

 

明日の試召戦争を有利な条件に持っていけるかは雄二の手腕次第だが、あいつなら恐らく何とかしてしまうんじゃないかという変な予感が俺の中にはある。

 

ただ、それでもFクラスが不利である事には変わらない。

 

 

そこをどう戦うかは…あいつら次第だろう。

 

「そうね…私達Eクラスならともかく、さすがにAクラス相手じゃ勝ち目なんて見るまでも無いわよね。姫路瑞希一人いたって、この戦力差はカバーしきれないわ」

『クラスから一人ずつ出して1対1とかいう勝負方法なら瑞希を出せば勝ち目は十分あるかもだけどな…さすがにそれは無いか』

 

そんなふざけた勝負は誰からも認められないし、他の無関係のクラスの恨みすら買いかねない。

もしそういった条件で勝利したとしても、それは瑞希の勝利であってFクラスの勝利とはほぼ無関係だからだ。

 

誰がどう見ても、たまたま瑞希を手に入れたFクラスのまぐれとしか映らない。

 

 

努力もせず学年最高クラスの設備を手に入れるFクラス。

そんな彼らを見て、他のクラスがどんな感情を抱くかは想像に難くない。

 

始業式早々、必要以上に敵を作る事はこれからのことを考えても得策じゃない事は少し考えればすぐ分かる。

 

雄二なら目先の事に囚われず、瑞希を使う際のこういったデメリットを理解していると思うから、そこらへんは大丈夫だろうけれど。

 

「姫路さんのいるFクラスに1対1の勝負を受け入れるなんて、Aクラスは絶対にしないでしょうね。全面的にぶつかれば100%勝てる相手だもの。そんなリスクを負う必要性も無い」

 

持っているボールを地面にバウンドさせて弄ぶ。

 

『そうだな…ただ、クラス同士の全面戦争をするまでもなく開かれた学力差だし、1対1じゃなくても少人数対決くらいは受け入れてくれるかもな』

 

「だとしてもAクラスの勝ちは揺るがないわ。なんなら賭けてみる?」

『冗談。Fクラスに賭ける奴がいる訳ねーだろ』

 

 

Eクラスに勝った余韻からかAクラスにも勝てるのではないかと変な希望を抱いている連中を少数見かけたが、俺にしてみれば笑い話でしかない。

ああも大きく開かれた点数差で勝利をモノに出来るというのなら、是非見せてもらいたいものだ。

 

「それもそうね。でも少しは勝ってみせるって気概でも見せてみなさいよ、ケイは他人事じゃないんだか、らっ」

 

話の最中の隙をつかれて、ボールが宏美の手に奪われた。どうりでさっきから目線がボールを見つめていたわけだ。

 

『つっても、他人ごとにしか思えねぇしな…』

 

実際俺の感覚ではもはや他人事に限りなく近い。

 

Aクラス設備を欲しいとも思わないし、Aクラスに勝ちたいという欲求も持っていない。

Fクラスの人間と俺の間にある温度差はこういった所から来るのだろう。

 

会話の途中で、試合に使われていたボールがこちらに転がって来た。

 

 

「おーい、喋ってないでお前らも一緒にやろーぜー!」

「人数とか別に何人でも良いからさーっ!」

 

ボールの勢いを殺して拾い上げると同時に掛かってくるお誘いの言葉。

 

『ちょうど良い。いい加減、体がうずうずしてたとこだ』

「奇遇ね、私もよ」

 

動きづらい制服の上着を脱ぎ、慣れた手つきでネクタイを無造作に外し、床に投げ捨てる。

 

 

『さぁーて。俺はスポーツだけはそう簡単に手加減しねぇぞ?』

「ふふ、何それ。まるで他の事では手加減してるみたいじゃない」

『人の揚げ足取んなっつーの。ほら、行くぞ』

 

こうして他にもたくさんの人間がゲームに参加した事により、本来5対5で行われるはずのバスケが二桁にも上る大人数で行われた。

 

ルールもガン無視の無茶苦茶なものだったが、生活面で様々な抑圧を強いられている俺にとっては、何よりも充実した時間だった。

 

 




なんという宏美ルート。

オリキャラを無駄に出したくないなーって思ってたらこの子しかEクラスって目立った子いないから…出張ってくるのも当然っちゃ当然ですが。


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測りかねる真意

Eクラスとのバスケで大いに遊びに興じた後、和気藹々とした空気のまま俺達は解散した。

 

 

置きっぱなしにしてあった教科書の詰め込まれてるカバンを取りに行くため、渡り廊下を歩いて教室へと向かう。

 

放課後という時間帯のせいか、教室棟に人気はなく普段とは一風変わった雰囲気が醸し出されていた。

 

この様子なら皆とっくに下校してるかな、という俺の予想は、クラス内にいる一人の人物によって外れることになる。

 

 

『…雄二?一人で教室残って何してんの、お前』

 

学生が学校に一人残ってする行為といえば限られてくるが、雄二は勉強しているわけでも、読書しているわけでも、ましてや眠りに耽って帰りそびれたわけでもなさそうだ。

 

 

「ようやく来たか。カバンがあったからいずれ戻ってくるだろうと思ってな、待ってたんだ」

 

名前を呼ばれた当の本人はといえば、手をスラックスの両ポケットに突っ込んで教卓に持たれかかっていた。

 

 

始業式初日に先生のもたらした微々たる衝撃で破壊された教卓は、その日のうちに交換されて新たな物が支給された。

にも関わらず、新品とは思いがたい年季の入ったそれに、体重をかけて持たれかかるのもどうだろう。

 

また壊れるんじゃね?

そう忠告しようかとも思ったが、わざわざ心配するような相手でもないかと教卓の事は無視して雄二と真っ直ぐ対峙する。

 

 

『わざわざ俺を?何の用だよ』

 

恐らく今日実行したAクラスの偵察に関したことだろうけど。

 

「ああ。明日のAクラス戦だが、各クラスそれぞれ5対5での勝負になった。ちなみに教科の選択権はこちらに与えられている」

 

内容を見る限り、Aクラスに結構なハンデをもらったようだ。

 

『へぇ。ま、妥当なんじゃね?』

「俺としてはクラス代表同士の決戦に持ち込みたかったが、そうだな。だがこれで俺達の勝利は決まったも同然だ」

 

どうやら今回の試召戦争は雄二も進んで手を出すつもりのようだ。

 

『雄二に秘策があるのはなんとなく理解したとして、早く本題に入って欲しいんだけど』

 

「5対5の勝負では、3勝したクラスの勝利となる。…そこでだ。お前にその一勝を担ってもらいたい」

 

…なるほどね。

 

「ケイ、お前のEクラス戦での召喚獣の操作は、初めてかと疑うくらいの出来栄えだった。数学の点数もまぁ、それなりだ。それに授業を見る限り、お前英語は人並み以上に出来るだろう。発音やら何やら完璧だったしな」

 

召喚獣の操作はともかく、Eクラス戦での数学の点数はAクラスに匹敵するほどのものではない。

英語だって、授業中に様子を見る程度で実力を把握したとは言えないだろう。

そんな不確定要素満載の俺を勝ちの頭数に入れているとは思えない。

 

前に貰った成績のデータから推測するに、恐らく雄二がFクラスの勝因として期待しているのは瑞稀と康太の二人だ。

瑞稀の学力は正直、学年トップと比べても遜色ない。

その実力は既にEクラス戦で発揮されており、誰も疑う余地は無い。

 

対して康太は保健体育の1教科のみ、誰よりも成績が抜きん出ているという訳の分からない奴だが、教科の選択権が与えられているならその保険体育という強みを発揮出来る。

その点では勝利は確実ともいえるだろう。

 

 

残るは雄二自身の実力だが…どうなんだろう。

 

だが、もしこいつが意図的に実力を隠しているなら…あるいは。

 

まぁ、変な推測をしても仕方が無い。

雄二の実力とやらはこの目で見させてもらうとしよう。

 

 

『…俺は参加しねーよ。悪りぃけど頼むなら他のやつ当たってくれ』

 

 

――観客という第三者として、な。

 

「断られる事も考えてはいたが…お前、本当にやる気無いな。少しはやる気になってくれたと思ってたんだが」

 

白けたように半目になって俺を見る。

 

『別に良いだろ?俺のことなんて保険程度にしか見てないし、お前』

 

 

俺は先ほど述べた瑞希や土屋という本命のスペアといったところだろう。

 

勝つに越したことは無いけど、負けても別に困りはしない。

きっとそんな存在程度にしか思われていないはずだ。

 

「いや?これでも期待はしてるぞ。この間の試召戦争でも俺の予想以上の働きをしてくれたしな」

『そうだよ。あの一回で十分貢献しただろ?だからこれ以上俺を働かせんな』

 

そっけなく返す俺の言葉にため息をつく雄二。ため息を吐きたいのは俺の方だ。

 

「ケイ、お前だってAクラス設備のほうが良いだろ?高級ホテルのロビーみたいな外観、フリードリンクにお菓子の食べ放題。巨大な液晶テレビに個人所有のパソコン。どれをとっても、喉から手が出るほどに羨ましい環境だ」

 

『別に?俺、ホテルのロビーで勉強したいなんて思ったことねーし』

 

お菓子や飲み物なんて自分で好きなものを買ってくればいい。

テレビもパソコンだって既に自宅に十分なものを所有している。

 

高級ホテルの如き外観だって、俺は学業の場にそんなもの求めたりしない。

ああいった空間に浸りたくなったとしても、実際にホテルに赴けば良いだけの話だ。

 

望めば全て手に入るものに対して、羨むはずもなかった。

 

『俺さ、初めて会ったときに言わなかったっけ?FクラスはFクラスで楽しいって。そんな説得方法、俺には聞かねぇよ』

「こんなボロい教室に好意抱くのなんてお前だけだぞ。それに、Eクラス戦には参加して何でAクラス戦はそこまで頑なに拒むんだ」

 

分からない、とでも言いたげな顔をしている。

 

『そんなに難しい話じゃねーよ。まず第一に、俺にとってのメリットがほぼ無いのに無駄な時間を使いたくない』

 

「…まるでEクラス戦には十分なメリットがあったみたいな言い方だな」

 

『ああ、おかげで手っ取り早くEクラス連中と仲良くなれた。さっきだって皆でバスケしてたんだぜ?』

 

俺の口にした意外なメリットに、雄二の説得が一時止まる。

 

「お前、そんな理由で…」

『まぁ、そこは価値観の違いだな。俺は人生においてスポーツは大事な位置を占めてると思うよ。ストレスを間単に発散してくれるし、単純に人としての魅力も上がるし…なにより、交友関係が円滑に進む』

 

 

それがEクラス戦で俺が望んだ【粗品】。

 

明久へ殴りかかるなどの態度を見て一時は期待外れかとも思ったが、あれは一時的に気持ちが高ぶって暴走していただけのことだ。

 

あの後俺や明久にに謝りに来たり、案外気の良い奴らばかりだったのが良い証拠。

Fクラスはゲームやる奴はいてもスポーツやるやつは少なかった事を省みると、その点Eクラスの存在はありがたかった。

 

「…第一にってことは、第二の理由もあるのか?」

『そうだな。例えAクラスに勝てたとしても、その後のAクラスに居続ける為に必要になる労力が割に合わないってのもある』

「そんな先のことを考えて目の前の可能性を諦めちまうのか、お前は」

『だから、その可能性自体が今回俺にとってはどうだって良いものなんだってさっきから言ってんだろ』

 

分からない奴だな。

 

『まぁ、あとはあれだ…FクラスがAクラス設備を使うのは分不相応だと思うから、かな』

「不相応?」

『Aクラス設備は、言ってみれば学力優秀者に与えられる相応の対価だ。それがあるから一定の人間に対して勉強の意欲を高めるさせることが出来るし、他のクラスの連中もその環境を目標にして学力を向上させようとする。そういう効果がある』

 

この学園はそういった手法も用いて生徒の学力向上を成功させている。

それはあまりに即物的すぎて、学校という公共の場がこれで良いのかと時折外部から囁かれるときもある。

 

もっと平等に、もっと健全に、と。

 

それでもそれらを跳ね除けるほどの結果を出している以上、正面からバッシング出来る輩はそうはいないし、

言ったとしても、それが聞き入れられることなんか無い。

 

当事者である雄二であっても、それは変わらない。

 

 

『そういうサイクルをまっとうな方法ならともかく、小賢しい知恵で壊すのは忍びないってのが俺の感想』

「単純な学力で勝てない相手だからこうして地道に作戦を練ってるんだろうが」

『そりゃそうだろうけどさぁ…良いや。大半の生徒はお前に賛成してやる気になってるみたいだし、俺がとやかくいっても仕方ないもんな。今は俺が巻き込まれないだけで良い』

 

「…いいだろう。今回はそれで構わないが…今後もずっとそんな態度が許されると思うなよ。どんな理由があろうと、お前はFクラスの一員なんだ。Fクラスの戦争に対して、いつまでもお前だけ関係ないって態度じゃいられないぞ」

 

『最低限のやることはやっただろ?それに試召戦争以外の行事なら、大抵協力的に関わってやるつもりだし。そんな難しい顔するなよ』

「ならいいんだがな」

 

もう話すことはない、と言外に告げるように雄二から視線を外して歩いて行き、教室の扉に手を掛けた。

 

『明日、せいぜい頑張れよ。負けたら慰めてやるからさ』

「…やっぱりお前はムカつくな。一度その余裕ぶった顔をぶん殴ってみたくなる」

『はは、拳での語り合いとかいつの時代だよ。そんなの西村先生とでもしてれば良いだろ』

 

授業中の居眠りで頭に拳骨を食らっていたことを言葉の端に含んで雄二を茶化す。

 

「ケイ、やっぱりちょっと一回殴らせろ」

『嫌に決まってんじゃん、バカじゃねーの?じゃ、また明日な』

 

苛立った雄二の眉間にしわが寄って険しくなるのを満足げに眺めた後、最後とばかりに軽口を言葉に乗せる。

そして相手が何かアクションを起こす前に、本当に殴りかかられては困ると、手に掛けていた扉を横にスライドさせて閉じて教室を出て行った。

 

静まった廊下を一人、歩いて帰路へと向かう。

 

『ま、意趣返しになったかな』

 

少しばかり心が満たされたのか、そう呟きながらすがすがしい気持ちで学園を後にした。

 

 

…それにしても、クラス代表同士の決戦か。

 

【俺としてはクラス代表同士の決戦に持ち込みたかったが、そうだな。だがこれで俺達の勝利は決まったも同然だ】

 

そう豪語した雄二の言葉が、どうしても引っかかる。

 

雄二が一騎打ちで勝負するつもりだったと聞いて、その意外な考えに驚いた。

もしそうなっていたとして、勝てると本気で思っていたんだろうか。

 

 

――雄二が、学年主席(翔子)に?

 

 

俺は未だ、坂本雄二という人間を測りかねている。

 

本来ならばFクラスの雄二が勝つ、だなんてよほどの事が無い限り不可能だろう。

 

しかし俺同様、雄二が実力を表に出さず、隠しているとしたら。

元神童という噂が本当の事で、今もその才を密かに保有しているのだとしたら。

俺同様、意図的にFクラスに入ったのだとしたら。

 

 

気にはなる。

だが以上の事が本当だったとしても、こんな過程の話を考えても今は仕方が無い。

 

クラス全員に向かって、Aクラスに勝つと公言した男だ。

その言葉が本気なのであれば、実力もまた、明日になれば明るみに出ることだろう。

 

そう遠くない未来の話だ。考えなくたって、その目で見て確かめればいい。

 




雄二は便利なキャラだなーと書いてて思いました。

次はAクラス戦です。
12話まで書いてもまだアニメの2話の前半までしか進んでいないという事実。
もっと飛ばした方が良かったのかな。


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試召戦争 F対A ~前編~

前話からだいぶ時間が空いてしまいました。
しかも…。


AクラスとFクラス。

両者5名ずつが並び立ち、相対する。

 

 

「…なぜワシがラウンドガールなのじゃ?」

「何言ってるのさ、秀吉以外に誰がラウンドガールをやるっていうんだよぅっ」

「ワシはガールじゃないと言うとるのに…」

 

その間にいる秀吉がなぜラウンドガールとして活躍しているのか、その衣装はどこから持ってきたのか。

特に誰も疑問を抱くことなく、秀吉のすぐ隣にいる高橋先生さえもそれを意に介する事のないまま、戦は始まりを告げた。

 

 

それと同時に、奥の壁に設置された大型スクリーンに映し出される「エリートVSバカ」の題目に、Aクラス側の悪意がありありと感じられた。

 

5対5の勝負ということもあり、多くは暇を持て余しているわけだが、大多数の人間は自分の所属するクラスの応援のため、彼ら戦い手として選ばれた彼らの周りを囲むように集まっている。

 

 

そんな喧騒(けんそう)から遠く離れたソファに深く腰を下ろし頬杖を吐きながら、俺は騒動を遠巻きに眺めていた。

 

 

高橋先生によって展開された召喚フィールドによって、ざわめいていた観衆たちのテンションも高まっていく。

 

「頼んだぞ、島田」

「それじゃ、行ってくるね!」

 

腕を組んだ雄二の激励と共に、クラスメイトに笑いかけながら美波は前に躍り出ていった。

対するAクラスからは、一昨日の放課後にFクラスへ大使としてやってきた木下優子が悠然と進み出てくる。

 

「早いところ済ませましょう?どうせ勝負にならないんですから」

「Fクラスだからって舐めないでよね!」

 

両者の戦いが始まろうとした、そのときだった。

 

 

横からスッと、コーヒーの入ったカップとソーサーが俺自身に差し出される。

不意な出来事に何事かと振り返ると。

 

 

「――少しは応援してあげないと、クラスメイトがかわいそうじゃないかい?京くん」

 

『どうせ俺の声なんて、他の奴らの野太い声でかき消されるだけだろ。――久しぶりだな、利光』

 

 

2年Aクラス、久保 利光。

俺の昔なじみが、随分と懐かしい顔が、傍に立って微笑んでいた。

 

中身をこぼさないよう慎重に、両手が塞がっている利光から飲み物をゆっくりと受け取った。

無事に手渡されたは良いものの、処遇に困ったままコーヒーを手に暫し思い悩む。

 

『…Aクラス設備のドリンクサーバーを、俺が使っちゃって良いわけ?』

「僕が勝手に渡したんだから気にしなくて良いよ。それに本来、君は誰よりこの設備に相応しいんだから。…どういう訳かFクラスにいるけれど。てっきりAクラスに来てくれると思っていたのに」

 

大げさなリップサービス、そしてちょっとの嫌味と不平と共に、利光もまた俺の向かいにあるテーブルにカップを置いてから席に落ち着いた。

 

『いろいろと事情があんだよ、俺にも』

「それに関しては後でじっくり聞かせてもらうとするよ。…それにしても、しばらくぶりの再会にしては随分と寂しい挨拶だね。向こう流にハグの一つくらいはあると思ったのに」

『コーヒー持ってる人間相手にそんなことするかよ…やけどさせたいくらい嫌いな相手なら考えるけど。それに、お前相手に俺、そこまで情熱的になれないし』

 

俺の淡白な反応に肩をすくめられた。しかしその表情には確かな喜びが描かれていて、それに釣られたように俺も笑ってしまう。

 

「ひどいな。これでも君の隣に立っても恥ずかしくないように努力してきたのに」

『あぁ、学年次席だっけ?すげぇなマジで』

「よく知ってるね。でも違うよ、そうじゃない」

 

投げやりな賞賛だったのを感覚的に感じ取ったのか少し苦笑した後、この場にそぐわない程の真剣な顔を作り上げ、言葉を続ける。

 

「勉強の事じゃない。君が海外で励んでいる間に、日本での交友関係の基盤を僅かながら作って置いた。そういう会合なりSNSなり、僕に出来うる全てでね。これで僕を足がかりに国内での人脈も作りやすくなるはずだ」

『――へぇ』

 

俺が思っていた以上に、久保利光という男は成長していたらしい。

言われなくても俺の一番望んでいるものを分かっていて、先回りして行動してくれていた。

 

もしも学年次席程度を誇りに思って満足しているのなら、昔馴染みなりに徹底的に駄目だししまくって矯正してやろうかと考えていたのだが、それは無意味な邪推に終わった。

 

『…人って変わるもんだな』

まさかここまで有能になっているとは思わなかった。

 

 

…しかし、だからこそ。

少しは役に立ったかな。とこちらを見つめて言葉を待つ利光は、とても…。

 

 

椅子に思い切りもたれて、思わずガシガシと乱雑に頭をかいた。

 

『あー…お前さぁ、俺がここにいる理由、誰かから聞いてる?』

「もちろん。京くんのお父さんから直々に連絡を貰ったのは驚いたけどね。僕も、僕に出来ることなら何でも手伝うよ」

 

 

…あぁ、やっぱりこいつなんだ。

 

 

利光は俺の昔なじみで、友人で、親友だ。

 

 

けれどここ文月学園では、父さんがあつらえた学内における……俺の駒。

 

それを素直に喜べないのが、俺のある意味での弱点だ。

あくまで友人として接したい気持ちが大きく存在しているから、だからどうしても複雑な気持ちが先行してしまう。

 

この状況を甘んじて享受しようとする利光を見たら、余計に。

 

 

『…お前まで父さんに踊らされる事ないと思うけどな、俺は』

 

俺が対処しようとしているのは、大衆に表立って褒められるものではない。

それを仮にも親友の位置づけにいる人間に強制させるようなことは、出来れば避けたかった。

 

 

…もし仮に、利光が将来への出世欲とか保身とか、そういう気持ちで俺の傍にいるのなら。

それなら俺はきっと、利害の一致とばかりに割り切って、駒としてこき使えるのに。

 

なまじ、こいつが俺に好感を抱いてくれるから。

(よこしま)な考えなしで純粋に慕って、それでも尚、友人として接してくれるから。

 

だからこそ俺は、俺の私事に利光を巻き込ませるようなことを歓迎することが出来ない。

 

 

けれどもそんな霧がかったような迷いは、利光本人のはっきりとした否定の言葉で瞬く間に晴れていく。

 

「…先に言っておくけれど、京くん。僕は単純な親切心だけで手伝いたいと思っているわけじゃないよ。いずれ君の右腕になりたい、そしてその座を他の誰にも渡したくない、そんなささやかな野心を抱いているからこそだ。そればっかりは、他の誰にも譲れないからね」

『…くそ真面目な顔してそんな恥ずかしいことサラッと言うんじゃねーよ…』

 

少しもずれていない眼鏡を指先で掛けなおして、真剣に俺を見据える利光。それを見て、不安や懸念がまるで存在しなかったかのように、あっという間に吹き飛んだ

 

生半可な気持ちでこんな表情は出来ないだろう。だからこそ、それだけの覚悟なのだという事が十分に伝わってくる。

 

…本当に、ずいぶん見ないうちに成長したものだ。

 

 

『……頼りにしてる』

 

ポツリと紡いだ言葉が相手に伝わったのを空気で感じ取る。

くすぐったい程のこの雰囲気から逃れようと、さも事も無げに目の前にあるコーヒーを口に含み、残ったその深い闇に目を凝らした。

 

高級設備を謳うAクラスに存在する物にしては食器類もコーヒーの味も、どこか安っぽさが際立った品に軽く疑問を抱く。

 

『(どうせやるなら徹底的にやれよ…)』

 

外観はともかくとして、どうやら思ったほど何もかもが一級品で囲まれているわけではないらしい。

良くてファミレスレベルの調度品と言った具合は、少なくともこの賢覧豪華な教室には不釣合いだ。

その妙なアンバランスさが気になって仕方ない。

 

そんな現実逃避にも近い他事で埋めていた思考は、周りの喚声と怒号でふと現実に引き戻された。

 

「勝者、Aクラス、佐藤美穂」

「テストの点数に、利き腕は関係ないでしょうがっ!」

 

淡々とした公平な審判らしい高橋先生のジャッジの後、美波の手厳しい拷問が明久を攻め立てていた。

 

なんていうか、人として野蛮すぎるだろうあれは。

短気な点もそうだが、その怒りを直接的な暴力に変換させてしまうあたりが、美波の残念な所だ。そして明久の無自覚な失言と言動、そして意外な打たれ強さがそれを助長してしまっているのが妙に物悲しい。

 

 

『よそ見してる間に、二戦目まで終わったか。0勝2敗…美波も明久も、あっけないな』

 

Aクラスは早くも巡ってきた勝利へのリーチに沸き立っている。対して気分が降下気味のFクラスだが、こちらも本命が控えているためか未だ闘志を失う事は無いようで、応援の声がやむ事は無かった。

 

「佐藤さんも容赦ないな。吉井くんは観察処分者なのに、ああもまともに一撃を食らって体は大丈夫なんだろうか…?それにしてもあの女子も何であんな酷いことを吉井君に…ただ負けただけであそこまでしなくても…」

 

ただの他人である明久を心配をするにしては、いつになく感情が揺れている利光に思わず首を捻る。

 

明久が観察処分者であることはFクラスでも少数の人間しか知らなかった事実。なのに利光、何でお前そんな詳しいんだ。

 

そして――ふと、彼の過去が頭を過ぎる。思い当たった理由を頭に浮かべてなるほど、と妙に納得した。

 

 

『…あぁ。何だお前、まだその性癖直ってなかったのか。俺の次は明久ねぇ…なんかお前の好みって、いまいちよく分かんねぇな』

「なっ、せ、性癖ってべ、別に恋とかそういうわけでは…!」

 

誰も恋なんて言ってねーし。

 

『いや、俺に害が無いならお前がゲイだろうがなんだろうが気にしねぇけどさ。ただ日本ってそういうの寛容じゃないじゃん?どっかで足元掬われないように気をつけろよ?』

「え、や、だ、だからそうじゃなくて!」

『はいはい。ほら、明久のアド教えてやるから』

「え、本当かい?さすが京くん…はっ!」

 

何こいつ単純すぎて怖い。

そしてそんな事でさすがとか言われても全然嬉しくない。

 

 

さっきまであんな頼もしいことを言ってのけた男とは似ても似つかない。手のひらを返したように一気に不安な気持ちで襲われそうになる。

 

『手伝ってくれんのは助かるけど利光、お前…あんま俺の足引っぱるようなことするなよ?』

 

こればっかりはふざけた掛け合いは出来なかった。割と本気な声で忠告しておく。

 

「それは、僕だって分別をわきまえるくらいはできるさ。――仮に、君の (かせ)になる様な事態になったら、躊躇わずに僕のことは切り捨ててくれて良い」

『…お前ってほんっと』

 

馬鹿だ。

いや違う、この場合はなんというべきか。

思いつく語彙が見当たらず、言葉が宙に浮かんだまま立ち往生した。

 

しかしそんな俺を不思議そうに待っている当事者に気付いて、これこそ馬鹿らしいと言葉探しは早々に諦めることにした。

 

こいつは自分の価値を本当の意味で正しく理解していない。だからこんな見当違いな事を言ってのけるのだ。

そんな利光をなじっても、きっと俺の思ったようには伝わらず、違う受け取り方をして更に迷走するだけだ。

 

だから代わりに、一言だけ遠まわしに告げることにした。

 

『切り捨てられそうに無いから先に忠告してんだ。分かれよそんぐらい』

 

 

俺が実力やステータスを身に付けるたび、周囲に褒めそやして媚びる人間がどんどん近付いて来る。

 

上辺だけの付き合いに微塵のためらいも無くなるほど、分かりやすいくらいの欲で溢れた目をする輩が、俺の周辺にはあまりにも多い。

 

そして自分に都合よくなるよう、俺に甘言をささやくのだ。

父親はともかく、齢を重ねていない俺ならば御し易いだろうという、屈辱的な理由を携えて。

 

そんな煩わしい人間関係を経験すると、痛いほどよく分かる。

 

数え切れないほどの交友関係を持ってしても、心から友人だと胸を張って言える相手は両手で数えられるほどしかいない。

 

そんな俺の現状で、曲がりなりにも利光のように友人として接してくれる人間はとても貴重だ。

 

唯一厄介だと思っていた俺への恋慕も、年月を経て明久(ほか)に移ったとあれば、もうこんな優良物件他には見つからないだろう。

 

そんな奴が将来の右腕になってくれるというのに。

 

 

そう簡単に、手放してなるものか。

 

 




翔子出したかったのに久保君に邪魔されました。


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試召戦争 F対A ~中編~

ずいぶん投稿間隔が開いてしまいましたお久しぶりです。


「ちょっと、久保くん!と、…誰?確かあの時Fクラスにいた――」

 

利光との談笑が、無遠慮に横から遮られた。

俺も利光もソファに座っている状態のため、自然と見上げる形で第三者に視線を向ける。

 

声の主の正体は、腕を組んで立っている木下優子だった。

 

見慣れない俺を不審な表情で窺う木下に、利光が説明を買って出る。

 

「木下さん、彼は藤本京くんといって、僕の…友人なんだ。この間転入して来たばかりだから、木下さんが知らないのも無理は無いよ」

 

友人と紹介するのはまったく構わないが、なんか気味悪いから照れながら言うの止めろ。

 

そんな思いで利光を横目に一歩引いた目で見るが、このまま現れた木下に対応しないわけにもいかない。辛辣な言葉をグッと飲み込んでさっさと話を進めることにした。

 

『どーも。で、利光になんか用?なんかすげぇ剣幕だったけど』

 

自分が必要以上に大声を出した自覚があるのか頬を少しばかり赤く染めながらも、木下は誤魔化すように俺から目を逸らして利光に非難を向ける。

 

「べ、別に用があるって訳じゃないけど…仮にも試召戦争中なんだから、選手に選ばれた以上は終わるまでふらついたりしないで欲しいってだけよ。もちろんこのまま私達Aクラスが3連勝して終わるだろうし、久保くんの出番なんか無いだろうけれど…だからって不真面目に取り組んで良い理由にはならないでしょう?」

 

「そうだね。京くんには久々に会えたから、嬉しくてつい。勝手に場を離れてしまってごめん、木下さん」

 

『………』

 

木下の言っている事はとても真面目で殊勝だ。いわゆる優等生の鏡ってやつ。

 

 

けれど少し、思い込みが激しいんじゃないか?

 

Fクラスは、そう素直に負けてはくれないだろうよ。

 

 

ワァァァァァァ!!!!!!!!

 

召喚獣で戦っているフィールドを中心に、一際強い歓声が巻き起こる。

 

 

「あぁ、終わったわね。授業を潰してまでこんなくだらない事に付き合うはめになるなんて、本当災難だったわ。まぁ、これに懲りてFクラスが少しは大人しくなれば良いんだけど」

 

ため息を吐いてこの場を離れようとする木下がおかしくて、笑いを含んだ口元を手の甲で軽く押さえながら問いかける。

 

『なぁ、終わったって、何のこと言ってんの?』

「はぁ?試召戦争のことに決まってるでしょ?…何?まさかここまで徹底的にやられて、まだ負けを認めないつもり?見苦しいを通り越して呆れるわ」

『木下ってさぁ…けっこう鈍感?いや、鈍感っつーか、視野が狭い?』

 

 

だって彼女はいまだ気付いていない。

 

歓声を挙げたのは誰だ?悲鳴を挙げたのは誰だ?

気色の笑みを浮かべる人間、それとは対照的に信じられないと頭を抱える人間。

それぞれがどのクラスの人間か、見ればすぐ答えに行き着くのに。

 

Aクラスが全勝して幕を閉じるビジョンしか描いてなかったのだろう。

だから現在の状況を、周囲の反応から把握する事が出来ない。

 

俺に好きに言われて苛立ったようで、木下は語気を強めて言い返そうとする。

 

「何が言いたいのか知らないけど、あなたいい加減に――」

「あーいたいた、見つけたよ久保くん!もう、傷心のボクをこき使わせないでよね。…あれ?優子も一緒にいたんだ。何してるの?」

 

木下の勢いはこの場に新たに出現した女子の登場により、出鼻をくじかれる事となった。

 

 

「…別に、ちょっと言いがかり付けられただけよ。それよりお疲れ様、愛子。さっさと終わらせてくれてありがとうね」

 

一旦冷静になったことで自分がくだらない事をしているとでも考えたのか、俺との諍いを早々に切り上げて勝者を労うかのように女子を称える木下。

その口ぶりからして、どうやらこの短髪でライトグリーンの髪色をしたこの女生徒が三戦目の選手だったらしい。

 

「あ、あはは…手厳しいなぁ、優子は…あの、もしかしてすごい怒ってる…?」

「え、どうして?」

 

苦笑いを通り越して顔を引きつらせる相手に対して、ただ疑問符を浮かべる木下は…端から見れば、ものすごく残酷だ。

 

「えっと、その、負けちゃってごめん優子!優子がそんなに怒るんて…」

 

「え?ちょっと、愛子?」

 

「ボクが勝ってFクラスにとどめを刺すはずだったんだけどムッツリーニ君がボクより強くて…強くて……ハハッ、保健体育は自信あったのになぁ…」

 

引きつって強張った顔が次第に涙目に、そして最後にはうつろで光を失ってどこか斜め遠くを映す。

それによって自分の勘違いをようやく理解した木下は慌てて女子に駆け寄る。

 

「――あ、だから傷心って言って…ち、違うの!別に愛子を責めたわけじゃなくて!その、私てっきり愛子が勝ったんだと勘違いしてて、それで」

「ボク、瞬殺だったなぁ…ムッツリーニ君ボクより点数高かったし、ボクって駄目だなぁ」

 

しまいには床に両膝を抱えてしゃがみ込んでしまう。すぐ近くでソファに腰を下ろしている俺と利光がいる分、更にその姿はシュールな光景として周囲に映りこんだ。

 

「駄目じゃない、全然駄目じゃないからっ!?ごめんなさい、謝るから愛子戻ってきて!?」

 

必死になだめる木下とどん底まで落ち込み肩を震わせる相手を見下ろしながら見つめるが、この流れが終わる気配は一向に見られない。

 

 

『…いい加減、この茶番終わらせてくんねぇ?これ以上長引かせてもグダグダになるだけだろ』

 

だから、痺れを切らした俺は主役に提案することにした。

 

「ちょっと、愛子がこんなに落ち込んでるのに茶番って何言ってるのよ!」

『まぁ、落ち込ませたのは主にお前だけどな?』

「そっ、それは、そうだけど…」

『それに心配しなくても、本気でへこんでる訳じゃねぇって。そいつめちゃくちゃ笑ってんぞ』

 

「…え?」

「…………ぷっ」

 

限界を迎えたのだろう。

小刻みに震えていた肩がしまいには大きく揺れ、床を見つめていた顔を上に仰がせて、堪えていた笑いを天井に吐き出した。

 

「あー、おかしかった~。優子のあんなに焦った所が見られるなんて思わなかったよ」

「ちょっ…まさか今のって演技!?」

 

動転した木下が気付かないのも無理は無い。俺が気付いたのだって地の利があってこそだ。

木下や利光の位置からは見えなくとも、彼女を斜め正面から見下ろせる俺の場からはその口端が緩むの所がはっきりと見えたのだった。

 

「ごめんごめん。うーん、でもショック受けたのは本当だよ?だって【早く終わらせてくれてありがとう】だなんて、本気で優子が笑顔でボクに毒吐いたかと思ったもん」

「うっ…それは本当にごめんなさい。でも、まさかFクラスが勝つだなんて…」

 

保健体育がどうのと言っていた様子からして、Fクラス側の選手は康太が出たのだろう。Aクラスに貰ったハンデが、ここでようやくFクラスに良い結果をもたらした。

 

「まぁしょうがないよ。ボクが油断していたのも敗因だけど、元々100以上の点数差をつけられてたら、ね。…あ、そうそう。それで4回戦のために久保くんを呼びに来たんだ。次は姫路さんが来るみたいだから、次席の久保くんに頑張ってもらわないとね!」

 

そういえば木下も利光が選手だと言っていたな。ここでようやく利光が参戦するわけか。

 

「あぁ、わざわざ呼びに来てくれたのかい?ありがとう、工藤さん」

「いいよいいよ。それにしても、優子をからかうので目的を忘れるところだったよ。そこの彼が止めてくれなかったらもっと……あれ?」

 

この時ようやく俺の存在をまともに認識したようで、まじまじと見つめたと思ったら好奇心旺盛に瞳を輝かせてこう言った。

 

「どうして【王子様】が久保くんや優子と一緒にいるの?」

 

『……はぁ?』

 

工藤と呼ばれた彼女から急に寒気がするワードが俺に向けて放たれて、思わず眉間に皺を思い切り寄せて反応する。

初対面の人間にかける言葉としては最低の部類だが、正直今回のこれは許されるレベルだろう。

 

「えー?だって密かに有名だよ?振り分けテストで倒れた姫路さんを、保健室にお姫様抱っこで連れて行った王子様って。テスト中だったからみんな顔は見れなかったけど、紫色の髪で背の高い男の子って聞いたし、それってキミのことでしょ?本当にすごいな~」

 

普通は出来ないもんね、とニコッと笑って告げる工藤に悪意は読み取れないが、そのさも面白そうに含み笑いをする姿に、からかいのターゲットが完全に木下から俺に移行したのを悟った。

 

そして、その噂が本当に広まりつつある事も。

 

 

――あの場では誰も見向きもしなかったくせに、どうやら口だけは達者な奴がいるらしい。

 

くだらない呼び名に辟易する。やっかいな噂を立てられてしまったものだ。

 

『その呼び方止めて欲しいんだけど。俺、王子様とかいうのガラじゃねーし、正直その呼ばれ方すげぇ鳥肌立つわ。それに藤本京っていうちゃんとした名前があるんだよ、俺は』

「へぇ、藤本くんっていうんだ。ボクは工藤愛子って言うんだ。ヨロシクね」

 

工藤は、俺の心なし威圧を込めた言葉程度ではビクともしない。

初対面でも分かる彼女の奔放さと快活さを見せ付けられるだけに終わった。

 

「…それにしてもキミ、カッコ良いし、王子様っていうのもけっこう似合ってると思うけどなぁ。そんなに嫌?」

 

常識的に考えて、王子呼ばわりされて喜ぶ高校生がいたら、どんなに顔が良くても気持ち悪くてドン引きだろう。

 

定着しないように気をつけなければと心に誓った俺を他所に、これまでしばらく沈黙を守っていた利光がここにきてようやく口を開いた。

 

「…京くん、今の話は本当かい?姫路さんを、お姫様抱っこで、保健室に連れていったというのは」

 

 

何でそこに反応するんだ。

お前もう俺のこと好きじゃなくなったんじゃねーのかよ。

 

【お姫様抱っこ】の部分がより強い口調だった点には特に他意は無いのだと信じたい。

 

利光には俺のその行為の本来の目的を伝えたいのだが、如何せん、周囲に人がいる状況ではとてもじゃないが告げられやしない。

 

こんなとこで言えるわけ無いだろう。

元々親にFクラスに行けと言われていて、そこにたまたま瑞希が倒れたからラッキーと思いながら保健室に運ぶ名目で退室した、だなんて。

 

『…間違っては無いな。俺的には不本意だけど』

 

この状況で俺に出来る事は、苦々しくも肯定する事だけだった

 

「……そうか」

 

静かに俺の答えに頷く利光に不審な目を向けるが、利光は長らく座っていたソファから立ち上がってこうとだけ告げた。

 

「相手を待たせても悪いしね。そろそろ行くよ。それにしても、そうか…だから京くんはFクラスにいるんだね。…それなら、僕は彼女を潰すのに何の躊躇いもいらない」

 

そんな物騒な言葉を残して、利光は真っ直ぐに試召戦争の中心地へと歩みを進めていった。

 

俺が何か言葉を告げる暇も無く遠ざかっていく利光を見て、なんとなくではあるが、確信した。

 

 

…あいつ、何かものすごい勘違いをしてるんじゃないか、と。

 

 




うん、なんか…いろいろ詰め込みすぎた。


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