比企谷八幡は自転車に乗る (あるみかん)
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比企谷八幡は自転車に乗れない
「知らない天井だ……」
お約束の台詞を口にしたところで周りを見渡す。
壁にカーテン、更にはシーツまで白一色の部屋。病室である。
「あ!お兄ちゃん起きた!ナースコール!ナースコール!」
「……小町?」
「お兄ちゃん、登校中に車に跳ねられたんだよ!小町すっごい心配したんだから!あっ、今の小町的にポイント高い!」
「はいはい、高い高い」
「ぶぅ~お兄ちゃんおざなり~」
……最後の一言がなければなぁ。ていうかそのポイント貯まるとどうなんのよ?
「でも、小町ほんとに心配したんだからね!お兄ちゃん起きないんじゃないかって……」
「……すまん、心配かけたな」
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その後、医師の問診と診断。
気を失っていたこともあり頭部の精密検査も受けることとなった。
結果:頭……異常なし
右肩……打撲
右足……骨折
……骨折。
はい。3週間の入院が決まりました。
母ちゃんが仕事を早退して入院の手続きをしたり、小町が着替えや本を持ってきてくれたり、意外にも親父が血相変えて会社から直接見舞いにきたり。
「親父、母ちゃん、小町……。心配かけてごめん」
驚くほど素直に言葉が出てきた。
親父と母ちゃんは驚いた顔で、
「いいから、安静にして早く治せ」
小町は横でニマニマしていた。
なんだよその顔は。俺が素直に謝っちゃダメなのかよ……。
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翌日。
痛み止めが切れたのか肩と足がひどく痛む。最悪の目覚めだな……。
昨日は3人とも面会時間ギリギリまで残ってくれていた。そんなささやかなことすら入院している身にはとても嬉しく感じる。
朝食後、しばらくして医師がやってきた。
なんでも、今後の治療や、リハビリの予定を組むらしい。
そこで、先生にお願いをしてみる。
「明後日からエアロバイクに乗りたいんですが」
けんもほろろに断られたが、こちらも真剣である。
何度も頼んで30分だけならと許可を得られた。
リハビリの予定が決まったことでやるべきこと。それは松葉杖の練習である。
そもそもリハビリ室まで移動しないとエアロバイクにも乗れやしない。
早速両手に松葉杖を装備し廊下に出てみる。意外にも簡単に使いこなせる。そりゃ怪我人が使うものが使いづらかったら困るもんな……。それにギプス&松葉杖って小学校の頃なら注目の的だし、何より厨二心を揺さぶってくるよね!
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リハビリ初日。
隣には呆れきった顔で見つめてくるマイスイートシスター小町ちゃん。
「言われた通りタオルとかウェアとか持ってきたけどさあ……。跳ねられて3日で自転車乗りたいってお兄ちゃん馬鹿なの?」
「自転車馬鹿ということなら誉め言葉にしかならんぞ」
「本物の馬鹿がいた……」
先生付き添いのもと、早速エアロバイクに跨がる。
右足のギプスごと固定用の革バンドに通してペダルを漕ぐ。負荷は一番軽いもの。それでもペダルは回らない。
歯を食いしばり、痛みに耐えながらなんとかペダルを回そうと試みる。
(自転車に乗ってるときだけは眼を輝かせてるお兄ちゃんが自転車であんなに苦しんでる……)
小町が何度も眼を逸らしそうになりながらも見守ること約5分。
漸くペダルを一回りさせた彼の瞳は初めて自転車に乗れたときのように煌めいていた。
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比企谷八幡は自転車に乗りたい
「お兄ちゃん、お見舞いきたよー」
学校帰りの小町がやってきた。
入院着から着替えて松葉杖をついてリハビリ室へ。
「お兄ちゃん、退院してもしばらくはバス通学なんだよね?」
「ああ、ギプス取れてある程度筋力戻るまではな」
「じゃあお兄ちゃんに朝送って貰うのはしばらくなしかあ」
マイスイートシスターは兄をタクシーにでもするつもりのようでした。
「足が完治したらな」
「早く治るといいねー。小町お兄ちゃんの後ろに乗るの好きだし。あ、今の小町的にポイント高い!」
「はいはい、高い高い」
こんな軽口を叩きながらペダルを回す。
リハビリ初日にはペダル一回回すのに汗だくになっていたのだが、3日もすればゆっくりではあるが喋りながらペダルを回せるようになってきた。もちろん最低の負荷ではあるのだが。
ゆっくりゆっくりペダルを回していると、
「そういえば昨日、家にお兄ちゃんが助けた犬の飼い主さんがきたよ。お菓子持って」
「ほーん」
「お兄ちゃん入院してるって言ったら、ごめんなさい、また来ますだって」
「ほーん、どんな人だった?」
「んー、おっぱいがおっきかった!」
「……ほーん」
「あ、お兄ちゃん想像した?ダメだよ、エッチなのは」
しょうがないじゃない思春期だもの。おまけに入院中だもの。
「なんて名前の人だった?」
「忘れちゃった」
ペロリと舌をだす小町。ひょっとしてマイスイートシスターは頭がちょっと残念なのではないだろうか。
「んじゃ、貰ったお菓子とやらは?」
「美味しかった!」
残念な娘(確定)でした。
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入院中は規則正しい生活になる。
時間だけは有り余っているので基本的には本や雑誌を読むか勉強しかない。特に、入学早々に入院した身とあっては自学自習をしないと授業で取り残されてしまう。
ぼっちの自分としてはノートを見せてくれる友達もいない。そもそもノート貸してなんて声もかけることができない。つまり、死ぬ気で自習しないと夏休みに補習などに出なくてはならなくなる。
濁った眼を更には濁らせ数学の教科書と格闘すること数十分。
コンコン、と扉を叩く音。
「失礼します。比企谷さんはおいででしょうか」
もの凄い美人がやってきた。
「……比企谷は自分ですが。どちら様でしょうか」
「あ、貴方が比企谷君?私は雪ノ下陽乃。貴方を跳ねた車の家の者です」
完璧なまでに申し訳なさそうなその表情からは人間味が感じられなかった。
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「申し訳ございませんでした。」
ベッドの脇の椅子に座った彼女が最初に口に出した言葉がそれだった。
天辺がこちらに見える程に頭を下げる彼女に、
「頭を上げてください。そもそも自分が車道に突っ込んだんですから」
「それでも貴方に入院するほどの怪我を負わせてしまった……」
「別に貴女が運転してた訳じゃないのでしょ?むしろ運転手の方に申し訳ないです」
ようやく顔を上げた彼女は
「随分自分を軽んじる言い方をするんだね」
と苦笑いを浮かべた。
雪ノ下さんが言うには、
「治療費、入院費等の費用はすべてこちらが払う。もちろん慰謝料も払うので、示談にしてほしい」
申し訳ないのだがその辺のことはさっぱりわからないので、夕方にやってくる母に話してほしいと伝えると、
「じゃあそれまで君のリハビリを手伝うよ」
というわけで本日のリハビリwith雪ノ下陽乃。
リハビリの先生とリハビリ計画の話し合いのあいだ、手持無沙汰そうな雪ノ下さん。歩行補助棒の辺りからこちらを見ている。どうやら歩くリハビリだと思っているようだ。
先生との話し合いも終わり、エアロバイクに跨がると驚いた顔の雪ノ下さんが駆け寄ってくる。
「比企谷君?!骨折して1週間程度でしょ?!」
「ええ、でも動かしながら治して行かないと感覚が鈍っちゃいますから」
「アスリートの方なんかはトレーニングしながらリハビリ、治療をするんです。彼は高校生だけど、入院期間にもトレーニングをしないと落ちる筋肉を取り返せないんですよ。自転車乗りが足を怪我するということは非常にダメージが大きいんです」
眼を閉じて、右足と対話するかのようにゆっくりペダルを漕ぐ彼を唖然とした表情で見つめる彼女はいつの間にか3つも年下の少年の真剣な表情に魅せられていた。
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「君はペダルを漕いでるときと普段で眼の輝きが全然違うんだね」
事実、彼は自転車に乗っているときだけは表情が普段と明らかに違っている。本人は気づいていないが親い人(といっても家族しかいないのだが)は皆気づいていた。
「雪ノ下さんも最初の表情と今では大分違いますね」
「……どういう意味?」
彼女から笑みが消える。
「上手く言えないんですが……病室に入ってきたときの貴女は、見舞いの加害者を演じてるというか、仮面を被っているというか……」
「なんでそう思ったのかな?」
「貴女に非は一切ないのに、完璧なまでに申し訳ない顔をしてましたから。運転してた当事者ならとにかく、同乗者でもない貴女があそこまで頭を下げる必要を感じないですし」
「ふーん……なかなか面白いこと言うね、比企谷君?」
眼を鋭くさせ、獲物を見るように見つめる彼女。内心冷や汗をかきながらも表情は崩さない八幡。
変に緊迫してしまった空気を切り裂くように
「お兄ちゃーんお見舞いきたよー。」
「八幡、調子はどう?」
小町と母ちゃんがやってきた。
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母ちゃんと、雪ノ下さんが部屋を出て行く。件の入院費等の話だろう。
小町はというと
「お兄ちゃん、陽乃さんすっごい美人さんだね」
「お兄ちゃんのお嫁さん候補になってくれないかな」
などと宣う。すまんな小町よ。お兄ちゃんついさっき雪ノ下さん怒らせちゃったんだよ……。ていうかなんだよあの睨みは。ファイヤーさんもびっくりだよ……。ハチマンの防御力はもう下がらないよ……。
そんなこんなで数分後
「それじゃあ比企谷君。またお見舞いに来るね!今度はお勉強教えてあげるねー!」
とってもいい笑顔で帰って行きましたとさ。
「お兄ちゃん!あんな美人さんと仲良くなるなんて小町的にポイント爆上げだよ!」
小町よ、あれは世間で言う「社交辞令」ってやつだと思うぞ。
なかなか自転車に乗れません。
はるのん出てきましたがヒロイン枠ではないです。
っていうかヒロインなんてないです。
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比企谷八幡はもう少しで自転車に乗られるが……
人間は毎日食事をし、運動をする。
ここで言う運動とはジョギングや水泳、それこそ自転車ではなく、歩く、物を持つ、座る、立ち上がるといった日常生活のなかの動きのことである。
言い換えれば、人間はなにかしらで栄養を摂取し、それをエネルギーとして身体を動かす。
人間は栄養がなければ身体に蓄えられた脂肪を燃焼し、それを動力とする。しかしそれすらもなければ筋肉をも削り身体を動かす素を作り出す。
一方運動がない場合、筋肉は萎え、骨は脆くなる。
地球上には重力があり、立っているだけで運動として成り立つらしい。無重力空間にいる宇宙飛行士なんかは毎日ロケットやらの中でトレーニングしてるとかなんとか。
比企谷八幡も例に漏れず毎日食事をし、運動をする。
基本的には病院のベッド上で過ごすが、一日に数時間はリハビリという名の強度の高い運動をする。
基本的に怠惰でひねくれていて怠け者で性根がねじまがっていてシスコンで目が腐っている彼だが、自転車に対してだけは真摯であった。
入院の期間を使い上半身の筋力増加、体幹と柔軟性の強化。
勉強の時間以外はロードレースのDVD(小町に持ってきて貰った)を見てイメトレ。
リハビリ(という名のトレーニング)の前後には食事(やっぱり小町に持ってきて貰った)を摂った。
結果、彼の身体は一回り大きくなった上で見事に均整の取れた身体、俗に言う細マッチョになっていた。
ある一部分を除いて。
「なんじゃあこりゃあ!!!!!!!!
ギプスを外した彼の脚は鶏ガラのようになっていた。
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そりゃあ右足をほとんど動かしてないものだから衰えるとは思っていた。一方でリハビリによるトレーニングの結果ついた筋肉とのアンバランスさが異常さを際立たせていた。
「骨はもうほとんど繋がってるよ。いやー、若いっていいねえ」
とは先生の談。
どうやら普通に生活はできるが、激しい運動、特に脚に強い負荷がかかる運動は暫くは避けた方が良いらしい。
こちらとしてもなおりかけで再び骨ポッキリは勘弁していただきたいものである。
また、筋肉については普通の生活の中で戻っていくらしい。とりあえず肉を喰おう。
そして、普通に生活できるということ。
それすなわち明日から学校に通うということである。
学校どうするかなー、バス通学めんどくさいなーなどと酷く頼りなくなった右足を擦りながら考える。
とりあえずリハビリ室でエアロバイク漕いでこよう。
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結論。
ものすごくバランスが悪い。
左足に比べて右足は予想以上に弱っているらしい。
右足でのペダリングはとても重く、引き足もろくに使えない。
そして何よりもまずいのは恐怖心だった。
右足に対する不安からか単純にペダルを強く踏むことができない。
彼は本来筋力でペダルを回すことは少ない。自転車競技において仇となるのは筋肉の疲労である。なので彼らは筋力ではなく回転力で前へと進む。1分間に120~140回程もペダルを回すこともザラである。
それでも、ここ一番のスプリントや短距離のヒルクライムなどでは力ずくのペダリングは必要となる。
(俺の脚、ホントに治ってるのかよ……)
本当のダメージは打撲でも骨折でもなく、心の傷だった。
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比企谷八幡は学校に行く
真新しい制服に袖を通し、バッグを背負い靴を履く。
右手には松葉杖。
5月になり比企谷八幡は他より約1ヶ月遅れで総武高校に通うことになる。今日はその初日。
病み上がり(怪我だけど)な上、初めての登校。さらにバス通学。おまけに松葉杖装備ということもあり彼の朝は早い。
とどめに入学式すらも出席できなかった彼は自分がどのクラスかわからないのでまずは職員室へ向かわなくてはならない。
クラスの人達の前で自己紹介とかしないといけないのだろうか。元来人付き合いが苦手な彼にとっては苦行どころか拷問にも等しい仕打ちのことを考えると憂鬱だったが、
(それにしても松葉杖って厨二心を擽るよな……)
この男、意外と切り替えが早いようだ。
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バスを降り、高校まで長くない道のりを歩く。
同じ時間帯に登校してくる学生からほんのり視線を集めている。どうも松葉杖と、彼の特徴的な目がその原因らしい。
ともあれ、職員室へ向かう。そして気づく。
「職員室どこだよ……」
呆然とすること数分。
「きみ~。どうしたのかな~?」
見ればお下げ髪のかわいらしい女の子。ほんわかした雰囲気と前髪の隙間からのぞくおでこがまぶしい。
「あ、その、き、今日から登校なんですが、職員室の場所がわからなくて……」
「そっか~。一年生の子かな?じゃあ先輩のわたしが連れてってあげよ~」
「あ、ありがとうございます、助かります(ていうかこの人先輩だったのか……)」
職員室までの道のりを先輩と二人で歩く。彼女の一歩後ろを歩いていると何故か歩みを緩め横に並ぶ。二、三度繰り返すと、
「も~、ちゃんと隣にいてくれないとお話できないでしょ~」
驚いた。初対面の人は大抵この眼を見てあからさまに引いた態度をとる。この目つきだけで敵と見なされてきた彼にとっては彼女の言動は予想外のことだった。
すいません、と答え先輩の横を歩く。
職員室までの短い時間ではあったが、入学式の日に犬を助けようとしてはねられて入院してたこと、お互いの好きなこと、先輩が一年生のときの文化祭がものすごくてそのときの三年生の先輩に憧れて生徒会に入ろうとしていること。
彼女は話上手で聞き上手なのだろう。話すことが苦手な彼でも彼女との会話は楽しかった。
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そんなこんなをしているうちに職員室に到着。先輩にお礼を言い、職員室のドアを開ける。
担任から、下駄箱と駐輪場の場所。出席日数については補講か、プリント提出で補うこと。体育に関しては自分で体育顧問と相談すること。教室に入ったら皆の前で自己紹介してもらうことなどを告げられる。やはり衆人環視の自己紹介は避けられぬようだ。
そして教室。
担任の
「休んでいた比企谷が今日から復学することになった。皆よろしく頼むぞ。比企谷は入って自己紹介しろ」
扉を開けるとクラスメイト注目が集まる。
「…………た…………だよ……」
「………………じゃ……?」
「いや、………………よ……」
心なしかざわついている。目か?この目がいかんのか?と思いつつも懸命に平静を装い、
「今日から復学する比企谷八幡です。まだ、リハビリ中なので迷惑をかけることもあるかと思いますがよろしくお願いします」
昨夜考えに考えた自己紹介をなんとか噛まずに言えたことに安堵する八幡。
まばらな拍手で答えるクラスメイト。
「比企谷の席は窓際の一番後ろだ。席につけ」
担任に促され席につく。席につくまで、ついてからもちらちらと彼を観察するような視線。その原因はすぐに判明した。
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「比企谷君さあ、入学式の日に犬をかばって跳ねられたってマジ?」
朝のホームルーム終わってすぐ前の席の人に話しかけられた言葉がこれ。
「あ、いや、その……なんで知ってんの?」
「結構噂になってるよー。今年の新入生にヒーローがいるって」
「そーそー、身を呈してヤ⚪ザの車からかばって組長だかに認められたとか」
「ファッ?!?!?!」
確かに黒塗りのお高い車だけど雪ノ下さん家って建設会社だし、パパノ下さんは県議員だし。
(陽乃さんの名誉のためにも)誤解は解きつつも、一ヶ月遅れで加わる異分子も受け入れてくれる高校生活に八幡は小さく、だが確かに胸を高鳴らせていた。
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比企谷八幡にはやりたいことが一つだけあった。
それは自転車部の創部。
土日の休みは朝のヒーロータイムが終わればロードに出ていた。
しかし、平日は学校から帰ってせいぜい1~2時間程度の練習。
バイクは小遣いとお年玉のほか、旅行についていかないことでもらえた食費を充てた(おかげで料理が上手くなった)。
パーツは跳ねた慰謝料ということで陽乃さんの家が出してくれた(おかげでやたら戦闘力の高いバイクに変貌を遂げた)。
ロードに出た時に必要なドリンク(マッカン含む)や携帯食料なんかは小遣いをやりくりしてそこに回す。そのため、朝ごはんと弁当は小町と交代で作っている。パンなんて買ってる金銭的余裕などない。
しかし、部費が出ればドリンク等はそこから捻出できる。部室とローラーがあれば雨の日も練習できる。
彼の内心は野心に燃えていた。
入部、創部期間…………4月中
彼がそれを知ったのは翌日のことだった。
八幡には優しい世界。
都合上、一年生の間は帰宅部になってもらいます。
普通の学校は創部はとにかく、入部まで制限されることはそうはないと思いますが。
ともあれ、次回、ようやく自転車に乗れそうです。
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比企谷八幡はようやく自転車に乗る
比企谷八幡はボッチだった。
毎日の練習は勿論のこと、休日のロード練でも1人で山岳を、平地を湾岸を走破する。休憩するコンビニや施設等で同じ自転車乗りに会えば挨拶と少しの話はするのだが、彼は1人で練習メニューを決め、1人で黙々とペダルを回すのだ。
自転車競技は非常に過酷なスポーツである。
普通の練習では2500~5000kcal、ハードなものになると7000~9000kcalものエネルギーを消費すると言われている。
よって、ハードトレーニング前には消費するエネルギー以上に補給をしなければならない。実際ツールなどに参加するレーサーは大会期間中は物凄い量の食事を摂る。
その食事も朝食は後からエネルギーになる炭水化物を多目に、朝食からレース前の間にはフルーツやナッツ、エネルギーバーなど。
おまけに、彼らは自転車に乗りながら食事を摂る。
おそらく地球上で唯一の食事しながら行うスポーツ。それほどに過酷で、単純に人間一人の蓄えられるエネルギーを超えて行われるスポーツなのだ。
つまり土日の朝の彼は、
「小町、おかわり」
「まだたべるの!?」
とにかくよく食べる。
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満腹を通り越すほどに食事を取った彼が腹ごなしに(もちろん自転車で)向かうのがドン・キ⚪ーテ。ここでロード中に摂る食糧を買い込む。
エネルギーバーとジェルを主に、他にグミやコーラなどを買う。コーラは炭酸を抜くと即席のドリンクになる。(ただしあまり美味しくない)
そのままサイクルコースまで低速巡航。このときもトレーニング。ロングスローディスタンス(通称LSD)と呼ばれ、自転車練習の基礎だ。
有酸素運動のベースを作った上で無酸素運動でレース用の能力を鍛えるのだ。逆に言えば、その土台がないままきついトレーニングをしたところでレース用の能力は
身に付かない。何事も基礎が大事なのだ。
千葉県は「千葉県サイクルツーリズム」と銘打ち、サイクリングを推奨している。北総、中房総、南房総にそれぞれ初級、中級、上級のコースがある。
彼も例に漏れず、それを利用するのだが、よりによって各エリアの中級、上級コースは遠すぎた。家からコースに出るのにも自転車の彼は必然と中房総初級コースを使うようになっていた。(それでもたまには別エリアのコースを走るのだが)
コースに出るまでLSD、小休止の後本格的に走り込む。
交通量なの多い所だと低速巡航になるが、登坂や平地では恐るべきスピードで走行する。
それでも、
(なんか違う……)
彼の表情は冴えない。右脚の筋力が追い付いていないのか?違和感は登坂時から顕著に現れた。
低速で走ることに関しては何ら問題はない。
しかし、アタック時やスプリント時にはどうしても右脚の踏み込みが弱い気がする。
この日彼は50数キロのコースを往復し、片道2時間40分ほどのタイムで走った。
タイム的には問題はないはずだ。しかし、怪我をする前の走りがてきない気がする。削ぎ落ちた右脚の筋肉も戻ってきているのに。
気の抜けたコーラを煽り、空になった缶を握りつぶす。
この日、彼の表情は晴れることはなかった。
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比企谷八幡は傷を負ったまま進級する
自転車競技には金がかかる。
自転車の維持費用、練習時の食糧やドリンク、大会に出るためのライセンスや出場費用etc.etc.
自転車部を設立出来れば維持費以外は部費で賄うことが出来るかもしれない。しかし現在帰宅部の彼は、
「金がない……」
金欠だった。
「おはようございます」
午前4時前。
彼が始めたのは新聞配達。高校生のバイトとしては朝が非常に早いこのバイト。選んだ理由は主に「自転車に乗って金が貰える」ということ。次いで教師含む大人受けが良い。コンビニ等と違い教師に見つかっても怒られることはない。というかむしろ誉められる。
この新聞配達というものの頑張ってる感はなんなのだろうか。
ともあれ、少なくとも一年はこのバイトで金を稼ぐ。
朝刊の入ったバッグを肩にかけペダルを漕ぐ。登り坂は身体を揺らして反動をつけて登ることができないので、軽いギアでケイデンスを上げて座ったまま登る。リハビリによる筋トレの成果だろうか、思った以上に軽快に登れたことに内心驚く。ぶれない体幹と鍛えた上半身の筋力により、登坂能力は飛躍的に向上していたことに八幡本人は気づいていなかった。
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この年、彼はバイト&トレーニング→金が入る→大会エントリー→金欠→バイト&トレーニング……というローテーションをひたすら繰り返していた。
ボッチ参加の八幡はチームエンデューロ(耐久レース)には参加できないが、ロードレースやタイムトライアルには数多く出場した。
タイムトライアルの成績はそこそこ良い。それどころか幾度か上位に食い込む程だった。
八幡のハイケイデンスによる平地の高速巡航は非常に能力が高い。緩い登坂も回転を落とすことなく高速域をキープできるようになった。
しかし、激しいヒルクライムやゴールスプリントで明らかに失速する。
「強く踏む」
言葉にすればこれだけのことなのだが、比企谷八幡は強く踏むことができなくなっていた。
ギプスが取れたときの脚を見たことが原因だろうか?
事故による骨折の痛みが原因なのか?
(強く踏み込むことが怖い……)
右脚の太さは左脚と全く変わらないほど回復している。
医者からも完治のお墨付きだ。
それでも踏めない。
強く踏もうと思えば思うほど脚がうまく回らなくなる。リズムが乱れ、バランスが崩れる。
比企谷八幡はイップスにかかっていた。
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八幡のイップスは重症だった。
とにかく右脚に強度な負荷がかかることを怖がる。サッカーの授業でシュートが撃てない時は自嘲の笑みすら溢れる程だった。
(俺、こんなにメンタル弱かったのか……)
事故からまもなく一年。
比企谷八幡はこのイップスを抱えたまま新年度を迎えようとしていた。
次回、2年生。
奉仕部……出せるかな。
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比企谷八幡は運命の出会いを果たす
奉仕部面々とある2作品から1名ずつ出てきます。
今日から2年生である。
去年は入院していたので桜の季節に総武の制服を着るのは初めてだ。
それにしても俺の前の席の奴等が五月蝿い。金髪の爽やか系に茶髪カチューシャのチャラそうな奴はじめ数人か群がっていて非常に目障りである。
ほれ、隣の席の小柄なツンツン頭の奴が肩身狭そうにしてるし。
あ、金髪縦ロールのケバい女子とピンクっぽいお団子ヘアーの2人が増えた……さらにメガネの地味系の女子まで増えた。
にしても茶髪カチューシャ五月蝿いな……ウェイウェイいってんじゃねえよ。ケッ、リア充は爆発して砕け散れ。
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新学期最初の授業はロングホームルーム。
ぼっちには鬼の所業である「自己紹介」の時間だ。
といっても特に話すべきことなどないのだが。
このクラス2ーFは男女20人ずつ。窓際から男子が3列で6、7、7人。次いで女子が中央から廊下側へ7、7、6人。
八幡の席は中央列の前から3番目。自分の番が来るまでボケーっとして誰の自己紹介も聞いちゃいなかった。
さっきの小柄なツンツン頭の少年の番が来るまでは。
「神奈川の桜ヶ丘高校から編入してきました、篠崎ミコトです。好きなものはもずくアイスと自転車、嫌いなものはピーマン、ニンジン、水泳です。よろしくお願いします」
…
……
………
自転車っつったかこいつ?!
しかも神奈川の桜ヶ丘って去年の夏の高校選抜で勝ったとこじゃねぇか?!
こいつも自転車やるのか?!ってことはこいつ選抜メンバーか?!
そんなことを考えながら悶々としていると
「おい、君の番だぞ」
前の席の爽やか系イケメンが声をかけてきた。
「うん?お、おう、すまん」
席を立ち
「比企谷八幡です。よろしくお願いします」
一言で済ませる。先生の
「もう少し何かないのか?」
の声に少し考え、
「自転車部を作ろうと思っています。」
とだけ付け加える。
その瞬間、隣のツンツン頭がキラッキラした眼でガン見してきた。
内心ビビりながら席につく。
結局、全員の自己紹介が終わるまで隣のツンツン頭はじーーーっとこっちを見続けてきた。
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「えーと……、ヒキタニ君?だっけ?自転車部創るの?」
「ヒキタニじゃねえ、ヒキガヤだ。ブチコロがすぞ」
「ごめんなさい」
「自転車部なら今日にも創部届けを出しに行くぞ」
「それ、僕もついてっていいかな?」
「別に構わんが……こっちもひとつ聞くが、神奈川の桜ヶ丘って去年の選抜勝った学校だよな?お前も自転車部だったのか?」
聞けばこの篠崎ミコト、やはり、桜ヶ丘高校の自転車部でスプリンター。しかも、昨夏の選抜のレースでアンカーを勤めた程の実力者。多分ぶっちゃけ俺より数段速い。
「とりあえず放課後に職員室行って創部届けを出すから。ついでに顧問も探そう。目星はつけてるしな」
「うん!」
ーーそして放課後
「失礼します、松任谷先生はいらっしゃいますか?」
呼び出すのは若い男の先生。この先生には是非とも顧問(監督)になってもらいたい。というのも
「松任谷先生は学生時代ロードレーサーだったらしい。何でもツール・ド・沖縄とかも完走してるとか」
小声で篠崎に話す。少しして、
「君たちか?俺に用があるのは」
現れたのは細身ながら筋肉質な男性教師。
「2ーFの比企谷と篠崎です。自転車部を創ろうと思うのですが、松任谷先生に顧問になって貰えませんか」
「構わんが……部員の目処はついているのか?」
「とりあえず自分たち2人だけですね」
「部の設立条件は3名以上だ。最低後1人、出来れば後2人集めてからまた声をかけてくれ」
「……わかりました、ありがとうございます」
「ところで篠崎、あの人なんで4人集めろって言ったんだ?」
「多分、インターハイとかが4人1チームのチームロードか何かだと思うよ。選抜レースも4人チームのリレー方式のクリテリウムだったし」
「なるほど……遅くてもいいなら1人心当たりがあるが……」
あの厨二病を呼ぶか……
あとはポスターでも張ってなんとか引っ掛かってくれることに期待しよう。
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数日後、職員室
「君には舐めた作文を書いた罰をあたえる。ついてきたまえ。」
高校生活を振り返って、というお題の作文に八幡は
「入学式の朝にはねられて骨折したので夏までは通院とリハビリ、それ以降はバイトとリハビリと練習してました。」
と書いて提出した。そして国語担当の平塚教諭に呼び出され連れ去られついた先が特別棟。
「邪魔するぞ雪ノ下」
3階の奥の部屋のドアを豪快に開ける平塚教諭。
(陽乃さんと同じ名字?)
予想通りというかなんというか、部屋の中には八幡のリハビリを手伝い、入院中に勉強を教えてくれていた女性によく似た少女が文庫本を手に佇んでいた。
というわけで、
Over Drive から篠崎ミコト(選手、スプリンター)
シャカリキ!から松任谷譲(顧問予定)
が登場です。
自転車用語がちょこちょこ出てきますので、次回冒頭でここまでに出た分かりにくい単語の解説を入れようかと思います。
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比企谷八幡は選抜メンバーの実力に驚愕する
~用語解説~
・スプリンター
自転車乗りの脚質の1つ。脚質≒その選手の得意分野と思ってもらって問題なし。
平地での爆発的なスピードでゴールを狙う。速筋と呼ばれる筋肉が多い人が有利なため、努力だけではどうにもならない選ばれた素質が必要。
平地の最高速度は時速80キロに迫り、下りに至っては時速100キロを軽々と超えることもある。
・クリテリウム
自転車レースのレース方式の1つ。
街中の交通を一切遮断してコースを造り、そのコースを周回する形式のレース。
観客と選手の距離が非常に近い(触れるくらいのこともある)のが特徴。
・ライセンス
これがないと大会には出られないと思っていい。
自治体ごとに申請できる。が、期限1年。再申請にも金がかかる。
・ケイデンス
自転車において1分間のクランク回転数のこと。 自転車に乗る人がペダルを回す速さを示す数字である。 rpm(回転毎分)を単位として表す。
海外トップの選手で100~110rpm程。自転車は筋肉ではなく心肺で回すと言われ、軽いギアで早く回すのが基本的。なのだがただ早く回せばいいってものでもなく、ペダルを踏む力、引き上げる力と相談が必要。
・エンデューロ
自転車レースのレース方式の1つで、耐久レースのこと。
チームで○時間で回れるだけコースを周回しろ、というのが一般的か。チーム全員で走るのではなく、1人ずつ走り、疲れたり、チーム内で決めた距離を走ったら次走者に交代する。
・イップス
心的トラウマ(のようなもの)。
野球やゴルフなどに多く、狙ったところに投げれなくなるべく、デッドボールに異常に怖がるなど。
八幡は怪我と筋肉の削ぎ落ちた脚を見たことにより発症。強い負荷をかけると再発するのではと深層心理に刻まれた。
・ロングスローディスタンス
トレーニングの1つ。
長い距離をゆっくり走る練習のことを指す。 一定のスローペースを保って長時間走ることで有酸素運動の能力をアップさせることが目的。
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「ノックをしてくださいといつも言っているのですが」
「すまんすまん、次から気をつけるよ」
「この前もそう仰ってましたが……」
見た目通りガサツな人なんだな平塚先生……とぼんやりしていると、
「ところでそちらの男子生徒は?」
と一回り小さな陽乃さんの声。
「こいつは入部希望者だ。こいつの孤独体質を改善してやってくれ」
……この人は何をほざいているのだろうか。
「2ーFの比企谷だ。なんか勝手に話が進んで行きそうだが、悪いが俺は入部しないぞ。」
なんてったって自転車部を創るんだからな!
「却下だ。貴様は強制だ」
……むちゃくちゃだ。
「本人が拒んでいるのに無理に入部させることもないと思うのですが」
小型陽乃さんからの援護射撃!
こちらとしても自転車部の為に退くわけにはいかない。
話は平行線(というか平塚教諭がごねて我が儘を通そうとしているだけだが)の一途。どうしたものか思案していると、
「やっと見つけた!比企谷君、松任谷先生が待ってるよ。早くポスター作ってロード出よう!」
援護射撃その2。
「おお、すまんな篠崎。……そういう訳で人を待たせているので失礼しますよ。」
「比企谷……貴様、友達いたのか」
「ええ、友達かどうかはわかりませんが、長い付き合いになりそうな奴は何人かいますよ。ついでに言えば去年のクラスでも別にぼっちというわけではなかったですし。……雪ノ下と言ったか、邪魔したな」
「ええ、さようなら」
恨みがましく睨み付ける平塚教諭をスルーしてぷち陽乃さんに挨拶をして部屋を出る。
ところでここは何部だったんだろう。
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さて、部員募集のポスターも作ったし、ロード練習を始めよう。
体育教官室から預けていたロードバイクを持ち出し(松任谷先生経由でお願いして置かせてもらった)、ロード用のジャージに着替える。ヘルメット、スポーツサングラスを装備し、指ぬきグローブを装着する。靴もビンディングシューズに替えて準備万端。
「一周5キロくらいの車の少ないルートを作ってあるから篠崎は一周目はついてきてくれ。くれぐれも安全第一でな」
「うん、了解。いつでも行けるよ」
しばらく走って思う。
篠崎ミコト。彼の走る姿を前からチラチラと見ていたが。
身体は俺より一回り小さいけど身体の割に手足が長くデカい。上半身は華奢に見えるが、下半身、特に太腿は半端なく太い。
ペダリングは軽やかというよりは力強い。特に踏み込み。コースを攻めているわけではないので重いギアを踏んでいるのだろうか、ケイデンスは低め。
視線は周りをキョロキョロと忙しない。初めてのコースだから視覚情報を集めているのだろう。
「とりあえず、こんな感じだな。次は篠崎が前を走ってくれ。で、3周目はサシでやろう」
篠崎に伝え、2周目スタート。後ろから見るとまた違う発見がある。
華奢に見えた身体が実にしなやかに動く。おそらく身体の柔軟性がかなり高いのだろう。
自転車において柔軟性というのは疲労軽減に力を発揮する。筋肉に乳酸を溜めると疲労が蓄積されていく。乳酸の分解(=筋肉の回復)は非常に遅く、運動しながらでは筋肉は回復しない。
ロードレーサーは自転車に乗りながら肩を回したり身体を捩ったりする。1ヶ所に疲労を溜めない為だ。この時身体が柔らかいほうが疲労を溜めないとされる。
また、緊急回避や落車等の危機回避、怪我の防止にも役立つ。
(軽い身体にデカくて柔軟な筋肉、おまけに長くデカイ手足……。まるで自転車に乗るために生まれたような奴だな)
3周目。校門前からスタート。
篠崎は後ろをぴったりついてくる。前と後ろから観察した結果、恐らく篠崎はスプリンター。それも筋力で踏み込んで推進するトルク型。ゴールスプリントでは分が悪いことは明白。
ならば策は1つ。
登りでアドバンテージを稼ぎ逃げ切る。
しかし、八幡の作戦は儚くも砕け散ることになる。
コース途中の登坂。それほどきつい急勾配というわけではないが1キロ近い登り坂。ここで一気に差を拡げて逃げ切る。
シッティングとダンシングを繰り返しスピードを緩めず一気に駆け上がる。
(回せ回せ回せ!!!!!)
一心不乱にクランクを回す八幡。得意のハイケイデンスクライムでマージンを稼いだ。
はずだった。
「いまだ!」
登坂とは思えないスピードで一気に駆け上がる篠崎ミコト。
「……は?」
篠崎はあっという間に登りきり、ダウンヒルをかっ飛ばしていく。……どういうことだってばよ。
当然のことながら篠崎は先に学校に戻っていた。
「お疲れ様、比企谷君。僕の勝ちだね!」
満面の笑顔で駆け寄ってくる篠崎。
「おう……。なあ、登りのあの加速はなんなんだ?」
「あれはね、僕の必殺技。スプリンターヒル」
それはパワーで坂を登るスプリンターの進化系の一つ。
距離にして数百メートル、時間にして1分。
力ずくで坂を捩じ伏せる。
その間は呼吸をすることも許されない。
ギアはシフトアップのみ。シフトダウン=後退を意味する。
勿論、欠点もある。
まず第一に乱発できない。
筋力で登るヒルスプリントは脚に負担がかかりすぎる。1レースに2、3回が限度。
そして、タイミングを見謝ると自爆になる。相手が一息つくタイミングを狙うなどしないと自分が脚を消耗するだけで終わってしまう。
しかしその欠点を補って余りある爆発力を秘めた篠崎ミコトの「必殺技」だった。
八幡の予想通り篠崎ミコトはスプリンターだった。
予想以上だったのはその実力。超A級のスプリンターが自らの切り札さえ曝け出して勝負に挑んできた。結果は八幡の惨敗だったが、その圧倒的な実力を目の当たりにして八幡の胸は高鳴るのだった。
そして八幡は気づいていなかった。
ヒルクライムで全開走行していたことに。
そしてそのときは右脚の不安など頭に欠片ほどもなかったことに。
奉仕部はちゃんと出番がある予定です。
残りの部員どうしよう……。1名は確定ですが。
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比企谷八幡はとうとう自転車部を設立する
新年早々風邪引いてました。年があけてはや9日、熱が38.5℃から下がりません。
~用語解説~
・ビンディングシューズ
靴裏にペダルに固定できる金属がついたシューズ。ペダルを回す際に、踏み込みだけでなく引き上げの力も逃がさない為効率的なペダリングが可能となる。
アスファルトを歩くことは推奨しない(というか、非常に歩きづらい)。
・シッティング
座りこぎのこと。ママチャリなんかと違い、ロードバイクはサドルがかなり高いこともあり、座りこぎでも結構なスピードが出る。基本的には座ったまま漕ぐのだが。
・ダンシング
立ちこぎのこと。ここ一番の登坂やゴールスプリントなど、勝負どころでさらな加速するために使う。登坂で立ちこぎオンリーだと早々に脚が逝く為前述したシッティングと交互に使う。
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結論から言おう。
部員募集のポスターの効果は非常に微妙だった。だって来たのが
「我が相棒よ!!面白そうなことをしているではないか!!この剣豪将軍が力になってやろうぞ!!」
↑こいつだもんなあ……。
篠崎は剣豪将軍という言葉に惹かれたのか割りとキラキラした目で材木座を見てるし。篠崎も厨二的なことが好きなのだろうか。このままでは厨二部とか黒歴史部とかになりかねない。それだけはなんとしても阻止しなくては。
「あー、材木座。俺たちが何をするかわかってるか?楽しいサイクリング部じゃねーぞ」
「はっはっは!無論よ!我とて弱○ペダルで予習は完璧である!!」
……弱○ダかよ。
「でも、これでとりあえず部として承認してもらえるよね」
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「よし、オッケー。創部届けは俺から出しておこう」
とは松任谷先生。これで最低人数の確保と顧問の確保により総武高校自転車部は始動したのである。
一方で、未だ問題は山積みだ。
・部室……運動部の部室棟は空きが無いため別の場所を確保しなくてはならない。どうやら松任谷先生に考えがあるとのこと。
・自転車……材木座加入により自転車が足りない。ロードバイクは非常に高価でいち高校生がおいそれと買えるものではない。が、これについては篠崎に心当たりがあるらしい。
・部長……転校生の篠崎、新入部員の材木座というメンバーの為、必然的に部長、俺。……どうしてこうなった。
「あ、比企谷は明日、部長会議があるから授業後会議室にいくように」
……まじか。
そして翌日。
「それでは部長会議を始めます」
ほんわかした女の先輩が告げる。生徒会長だろうか。それにしても、どこかで見たことがあるようなないような。
「まず、新しく創部された部活が2つあります。部長さんは一言お願いします。えーと、比企谷君お願いします」
……え゛。
やべーよ、なにも考えてねえよ。さて、どうしたものか。
「えー、2-Fの比企谷でしゅ」
(噛んだ)
(噛んだな)
(噛んだわね)
「今年から自転車部を創部しました。練習は主に市街地等を走るか室内になります。グラウンドは使わないので、他の運動部に迷惑をかけることは少ないと思います。運動部の部室棟が埋まっているのでどこかの空き教室を使うことになるかと思います。よろしくお願いします」
一息に言い切る。
「ありがとうございます。では次に雪ノ下さん、お願いします」
「はい、2-Jの雪ノ下です。奉仕部を設立しました。特別棟の一番奥の教室で活動しています。よろしくお願いします」
確定。陽乃さんの妹、出なくても身内筋だろう。ていうか奉仕部?ボランティア部のようなものだろうか。男子高校生が奉仕部と聞いたら如何わしい妄想でもしてしまいそうなものだが。
恙無く会議は終わり、篠崎にLINEを送る。すると、特別棟にいるとのこと。何でも、松任谷先生が特別棟に集合だとか。
しばらく待つと松任谷先生がやって来た。俺たち3人を引き連れて向かった先は一番奥の教室。
……俺はこの教室に来たことがあるな。おまけにここがなに部かもしっている。
「松任谷先生、ここは……」
「ああ、奉仕部だ」
松任谷先生の考えはこうだ。
自転車部の3人は奉仕部と兼部してもらう。奉仕部の雪ノ下にも自転車部のマネージャーとして兼部してもらう(というか、雪ノ下一人のため本来なら未承認のはずだが、副部長に俺、部員に篠崎と材木座が加わっていた)。
平塚教諭がごねて我が儘を通したのかとも思ったがどうやら松任谷先生の発案らしい。
「失礼するよ」
ノックをし、返事があったことを確認し、入室する。
「どうされましたか?」
「雪ノ下さんだね。平塚先生から聞いていると思うが君に自転車部と兼部してもらう。もちろん、こちらの3人も奉仕部と兼部してもらう。」
かくして、自転車部と奉仕部の4名はそれぞれ兼部し、奉仕部兼自転車部として活動していくのである。
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比企谷八幡は彼女の人間性に触れる
三食おかゆはもう飽きた……
夕暮れの部室。眼をあわせみつめあう目付きの悪い男子と儚くも美しい女子。彼女の小さな口が開き、紡がれた言葉は
「ごめんなさい」
旋毛を見せるほどに折られた細い腰。
そんな彼女から
(ああ、やっぱり陽乃さんによく似てるな……)
彼は眼を逸らすことができなかった。
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時はちょっとだけさかのぼる。
四人がそれぞれ兼部することになり、お互いに自己紹介(材木座が緊張のあまり素になっていた)をしてこの日は解散。のはずだった。
「比企谷と雪ノ下は少し残れ」
松任谷先生からのお達し。理由を聞けばお互いの部の行動内容の擦り合わせ、活動方法などを決めろとのことだ。
なるほど、奉仕部なんて何をするかまったくわからんし、ともすれば健全な男子高校生なら卑猥なことすら思い浮かべてしまう。
真面目な話、自転車部側3人がロードに出ているときなどに奉仕部の活動を予定に入れられてもお互いに困るのは目に見えている。
雪ノ下曰く、奉仕部とは自己の向上の努力を促しその助力をする部活とのことだ。ボランティア部とは違い、自ら率先して動くのではなく基本的には依頼を受け、依頼者自身に行動をさせる。奉仕部は依頼者の手伝いをするのだろう。
「依頼がないときは?」
「特にすることはないわね」
「なら提案がある。奉仕部の依頼受け付けの時間をきめてそれ以降の時間を自転車の練習に充てるのはダメか?」
「そうね……。ではとりあえずは16:30までは部室待機、その時間は各々自由。できるならなるべく静かにしてもらえると嬉しいわね。それからはロード?だったかしら?外に出るのよね。その間にマネージャーとしての仕事をしてあげる」
「そりゃ俺たちにとっては願ったり叶ったりだが……いいのか?」
「ええ、ただ、依頼があったときは時間がずれ込むこともあると思うから」
「了解、他二人にも伝えておく」
「…………。それと」
貴方に謝らないといけないことがある。
雪ノ下は真剣な眼差しでこちらを見据えてそう言った。
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「貴方がどれだけリハビリに費やしたか姉さんに聞いたわ」
「遠くからだけど、姉さんと一緒に貴方のレースの姿も見たわ」
「そこで思うように走れないのか苛立つような貴方も見た」
「きっと事故に遇う前の貴方ならこれくらいの坂道軽々と上っていく」
「そう気づいたら貴方に会うのが怖くなったの」
「貴方の積み重ねた努力をふいにしてしまった」
「そう怒られることが、罵声を浴びせられるのが怖くなって謝りにすら行けなかった」
「ごめんなさい」
「ひどい目に遭わせてしまってごめんなさい」
「貴方の努力をふいにしてしまってごめんなさい」
「謝ることすらできなくてごめんなさい」
「弱くて、卑怯な人間でごめんなさい……」
彼女の本心からの懺悔だった。
高潔な人間なのだろう。
勿論怪我をさせたことに負い目があるのだろう。
それ以上に彼女曰く卑怯とされる方法を選んでしまった自分が許せないのか。
「気にするな……と言っても気にしちまうよな、そんな性格してりゃ」
考えろ。
彼女が自分を赦せるようになるにはどうしたらいい?
言葉で言ってもダメだ。彼女は俺が思うように走れない姿を見ている。
なら……
「すまん、少し電話してくる。待っててくれ」
通話履歴から目当ての名を探しリダイヤル。
短い呼び出し音の後から聞こえてくる底抜けに明るい声。
「比企谷君からかけてくるなんて珍しいねー。お姉さんの声が恋しくなっちゃった?」
……相変わらずのお方だ。
「お願いがあります。力を貸してください」
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比企谷八幡の能力はついに開花する
前を行く大学生の6人編隊のトレインを2人で追う。
(風は緩い追い風、6人対2人、高校生ってことで嘗めてくれているからか差は10秒程度。このままだとジリ貧か……)
「篠崎、動くぞ!前のトレインに合流する!」
「了解!20秒で先頭交代、登りの前に追い付こう!」
シフトアップし追撃体制に。ハンドルのややボトムに近い部分をグリップし、通常よりも少しだけ前傾が深くなる。ケイデンスは110rpmをキープ。
篠崎と協調して先頭集団への早期の合流を目指す。……まあ、最後には篠崎にも勝たないといけないのだが。
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「陽乃さんの大学の自転車部とレースさせてください。」
先日の電話の内容である。
雪ノ下を思考の負のスパイラルから解放するには、格上にも勝てる程に強くなっていること、怪我の影響など欠片もないことを証明しなくてはならない。
俺にとっての格上はまず篠崎。こいつは昨年の選抜メンバーで、なんと日本代表でヨーロッパを転戦していた程のライダー。短く急な坂でのヒルスプリントに代表されるスプリント能力は恐らく同年代に敵はないだろう。おまけに登りも下りも決して遅くはない。
……どうやって勝とうか。
陽乃さんの通う大学の自転車部も学生トップクラスの集団だ。飛び抜けた選手はいないもののインカレでも安定して上位に食い込むチーム。
単騎で逃げても集団に飲み込まれ吸収されるのがオチ。それくらい速いチームだ。
このレースは近隣の大学の自転車部の合同練習の一環。他にも速い選手などいくらでもいる。
そのなかで高校生は篠崎と俺の2人だけ。しかも周りはチームライド、こっちは個人。条件はかなり悪い。
それでも勝たなくてはならない。
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比企谷八幡は自分の能力を正しく評価していた。
スプリント能力は篠崎ミコトに水を開けられるが、ハイアベレージの平地航行では自分に分があると分析していた。そしてその分析は間違いではなかった。
自身には絶対的な武器はないもののトータルでは苦手分野もなく、バランスよく登りも平地もこなせるとおもっていた。事実、彼は草レースなどでも上位の成績を残しているのだが。
一方で、比企谷八幡は自分の実力を正しく評価できていなかった。
高い心肺機能、単独で長距離を高速走行できる脚質、マークした相手の状況を観察しアタックを図る観察力、ぼっちライダーだったからか単独アタックを仕掛ける勇気とそれを複数回実行する策略と回復力と引き出しの数……。
怪我からの復帰以来全開走行できなかったからだろうか?
篠崎ミコトという超A級スプリンターにあっさりちぎられたからだろうか?
比企谷八幡に足りないのは自覚と自信だった。
選抜メンバーの篠崎には負けて当然というおもいがあったのだろうか。
しかし今、自分の不甲斐ない走りを見て涙を流した少女がいた。彼女は自分を責め続けていた。
彼女を救うためには怪我をする前よりも強くなっていると証明しなくてはならない。
事故なんかこれっぽっちも関係ない。彼女に伝えるために。
(さあ、先頭グループには追いついた。スプリントときつい登り坂だと篠崎に潰される……。なら……)
追い風を捕まえて単独アタックを「繰り返す」!
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私は何回かレースを見てるからわかるんだけど、と前置きして雪ノ下陽乃は横に立つ妹に告げる。
「あの子たち、きっと物凄く速いんだよ。多分、雪乃ちゃんがびっくりするくらい」
「……そうね、篠崎くんは去年ヨーロッパ遠征に参加してたようだし」
「そうだね。でも私が本当にヤバいと思ったのは比企谷君」
えっ?と小さく声をあげ雪乃は姉を見る。表情こそ穏やかな笑みを浮かべていたが、その目は真剣そのものだった。
「考えてもみてよ。100%で走れないのにその篠崎って子とそう大差なく走れるんでしょ?それに比企谷君は自分の長所や武器を自覚してないのに」
表情を変えずに雪ノ下陽乃は続ける。
「もし比企谷君が本当に本気で走ったら多分めちゃくちゃ速いよ。」
「もしかしたら同年代では敵がないくらいに」
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先頭を走る八幡を追走するのは3人。
篠崎と大学生の2人だ。大学生は恐らく後ろの人がエースだろう。前で引く時間が明らかに短いことから八幡は推察する。
風向きが横から追い風になったことを感じとり、八幡はすぐさまダンシングでアタックを仕掛ける。すると篠崎や大学生のアシストが潰してくる。隙をみて再アタック。も、悉くそのアタックはつぶされていた。
その八幡の表情は笑っていた。
緩やかな登り。何度目だろうか。八幡はアタックを仕掛ける。何度目だろうか。篠崎は八幡のアタックを追走し潰す。
そのタイミングだった。
篠崎がアタックを潰して八幡に追いついた瞬間。
正確には篠崎がサドルに腰を降ろした瞬間。
八幡が「本気の」アタックを仕掛けたのだ。
度重なる八幡の偽装アタックをすべて潰してきた篠崎とアシストは本気のアタックについていく反応が遅れる。
やや間をおいてエースが飛び出すが既に八幡の背中は遥か遠くになっていた。
(((やられた!!!!)))
度重なるアタックで脚を消耗させられてしまった。
しかし偽装アタックを放置したらそのまま八幡は独走でゴールをくぐり抜けていただろう。
エースが勝負どころまで脚を溜めていたこと。
2人以外の大学生がちぎられてしまったこと。
チームメイトの篠崎ミコトですら彼の武器を知らなかったこと。
そもそも、比企谷八幡に先頭を走らせ、彼のペースに巻き込まれたこと。
そして比企谷八幡が追走組に彼の実力を、武器を把握させなかったことが。
残り数キロあるにも関わらず決定的なタイム差を作り出してしまった。
比企谷八幡 脚質……スピードマン
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雪ノ下雪乃は考える
コツコツ書いてたのが消えて心ポッキリ。
……がんばります。
~用語解説~
・トレイン
集団走行の隊型のひとつ。列車のように一列になって進む。先頭以外のメンバーが風の抵抗を受けにくいのでスタミナ等が温存できる。先頭はしんどい。
・先頭交代
集団走行時に先頭をあえて替わること。前述のように先頭は風の抵抗を受けたり、その上でペースを維持したりと消耗が激しくなる。
なので負担を分散させるため、先頭走者はある程度の距離や時間を走ったら後ろに下がり回復を図る。
・スピードマン
脚質のひとつ。別名ルーラー。
平地の高速巡行に長け、登り下りも決して遅くない万能型の脚質。おまけに単独巡行や、ロングスパートを可能とする脚と心肺機能が必要とされる。
……と、書いてあることは凄いのだか、実は勝てない脚質(まったく勝てない訳ではないが)。
アタックをかけて相手を揺さぶったり、先頭を走り逃げ集団をコントロールしたり、ドリンクの補給やレース中チームがばらけないようにまとめるように走るなど、レース展開を操るのが仕事。
近代レースではレーサーの技量や実力はかなり肉薄していて、また機材の性能も似通っている。その為チームを勝たせる(=エースを勝たせる)のはスピードマンにかかっていると言っても決して過言ではない。
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「作戦だったのかな。完全にしてやられたよ」
レース後、大学生のエースの人のお言葉である。
「君がアシストで小さいほうがエースだと思ったんだけどなあ。まさかあの緩い長い坂で仕掛けて単騎で逃げきられるとは思ってなかったよ」
「あー、ありがとうございました。一応、うちのエースはその小さいほうで間違いないっすね。俺はアシストに回ることになると思います。ただ、今回だけはどうしても勝たないといけなかったんで。正直ガチでやったらまず勝てないので徹底的に策を打ちました」
「なるほど。なかなか厭らしい戦術だったよ。……よかったらまたこういうレースや合同練習なんかに来るといい。君たちくらい走れるなら歓迎するよ」
後でラインかメールアドレスを交換しようと言い残して他の大学生の方に戻っていった。
正直ありがたい話だ。自分にとって同レベル以上は近くには篠崎しかいない。つまり篠崎は自分以上の者と走る機会がなかったのだ。
さらに材木座の指導。松任谷先生に任せっぱなしと言うわけにもいかない。恐らくは自分がある程度面倒を見ないといけないだろう。
そういう意味では確実に実のある練習機会を得られることはこちらとしては願ったり叶ったりだった。
ドリンクを啜り草原に大の字に転がる。
いい天気だ。サイクリング日和だな、と独り言つ。そんな八幡の顔を影が覆った。
「比企谷君、おっつかれー」
妹を伴い雪ノ下陽乃がやってきた。
「陽乃さん、今日はありがとうございました。かなり収穫の多いレースでした」
事実、八幡が手にした物は非常に多かった。
まずはイップスを克服できたこと。自在にペースを上げ下げし、スムーズな加速、力強いペダリングを取り戻せた。
次に観察力とそれに伴う戦略。
度重なる偽装アタックでついてこれる人数を減らして、更についてきた3人の脚を消耗させた。彼我の疲労度合を観察し、小刻みにアタックで揺さぶり回復を許さない。疲労や消耗は判断力を鈍らせる。何度目かの偽装アタックを篠崎が潰し、腰を降ろして一息つこうとしたその瞬間を狙って本命のアタックを繰り出すことができた。
八幡は集団走行が苦手である。
正確には苦手と言えるほど集団走行をしたことがなかった。
集団走行の経験値の少なさを補う為にほぼ無意識であるが、合流したときに大学生の集団走行を観察していた。
「見る」こと。
それが比企谷八幡の武器のひとつになっていた。
そして集団走行の経験の少なさがもうひとつの武器を作り出していた。それは八幡の脚質。
ぼっちライダーだったことにより産み出された高い単独巡行能力、すべてをひとりでこなさなければならなかったことにより培われたオールラウンド性能、アタックを幾度も繰り出す回復能力と心肺機能。
今回のレースも、偽装とはいえアタックを放置したら八幡は高い確率でそのままゴールまで単独逃げを決めていただろう。
しかし、アタックをひたすら潰し続けた篠崎らの脚は削りきられ、本命のアタックに対応できなかった。
取り戻した本来の実力。スピードマンという脚質。そして観察力による戦略、戦術。
――このアタックは本命か偽装か?
――彼我の疲労と脚はどれだけのこっている?
――比企谷八幡の単独巡行についていっていいのか?
心理戦と謀略。思考の沼に陥れる。
我ながら厭らしいなとも思う。
それでも比企谷八幡が勝つためにたどり着いた答えだった。
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「ほらほらー、雪乃ちゃんも労いの言葉くらいかけてあげなよー」
能天気な声が響く。事情を知った上でニヤニヤしながら言うものだから質が悪い。
「……」
沈黙。なんて言ったらいいのかわからないのだろうか。
しばし待つ。
「……」
尚も沈黙。しょうがない……。
「あ「なあ、」……の……」
……。
やってしまった。非常に気まずい。
横を見れば雪ノ下姉は爆笑している。
顔を赤くして下を向く雪ノ下妹。
気まずさから声が出せない俺。
尚も笑い転げる雪ノ下姉。
真っ赤な顔で涙目で姉を睨み付ける雪ノ下雪乃。
春の昼下がり、間違いなく俺たちは間抜けな集団になっていた。
「……何してるの?」
我が総武高校のエーススプリンター様はいいところにいらっしゃる。
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「いいか、あの事故に関しては誰も悪くない。何かが悪かったとしたらただただ運が悪かっただけだ。少なくともお前に非は一切ない。スクールゾーンを法定速度内で走ってた訳だからな。入院に関してもお前が気にすることじゃあない。去年だって、中学みたいにぼっちかと思ったらまさかのヒーロー扱いだ。今年に至っては自転車部やってるし、もはやリア充と言っても過言じゃねーな。学力に関してもそこで笑い転げてるお前の姉ちゃんのお陰で学年でもトップクラスだ。自転車だってそうだ。全力で走れない奴が大学生や高校選抜の奴に勝てる訳ないだろう。俺は怪我をして速くなったんだ。入院中にフォーム研究したり上半身のビルドアップしたりでな。じっくりトレーニングできる時間が出来て、むしろありがたいとすら思ったね。それでもどうしても負い目があるって言うならマネージャー業をしっかりやってくれ。以上。反論は認めん!」
一息に言い切ってやった。前を見ればポカーンとした雪ノ下妹。横を見れば
「捻デレだ、捻デレがいるぞ」
とニヤニヤしている雪ノ下姉。んな変な造語教えたのは小町だな。小町許すまじ。
篠崎に至っては去年のことなど知るよしもないので興味もないのか草むらでバッタ追っかけてやがる。
……だんだん恥ずかしくなってきた。
「篠崎ィ!練習するぞ!」
そう叫び自転車に跨がり駆けていく。
---------------------------------------------------------------------------------
「……比企谷君は行っちゃったね」
いつの間にか傍らには篠崎ミコト。手にはトノサマバッタ。
「雪ノ下さんと比企谷君の間に何があったかは知りません。
でも、比企谷君、材木座君含めて僕らは仲間です。一緒に頑張りましょう」
さて、比企谷君を追っかけないと、と言い残して彼もまた愛車に跨がり走っていく。小さな子供みたいなキラッキラした表情で。
「あの子も比企谷君と同じ顔をするんだね」
姉の声が聞こえる。
「比企谷君はね、確かにイップスだったんだよ。」
顔はあげない。
「ここ一番で思うように走れなくてもがいてる姿を何回も見たよ。
それでも比企谷は雪乃ちゃんが自分を許せるようにって、怪我の影響なんてこれっぽっちもないんだって見せつけないとこのままだと雪乃ちゃんが潰れちゃうって。
」
知らなかった。敵意の目で見られると思っていた。いっそのこと罵倒してほしいとまで思っていた。
それでも彼は自分の問題を抱えてまで私の力になろうとしてくれていた。
彼だけではない。篠崎ミコトもまた、何も聞かずにただ「仲間」だと言ってくれた。
「さっきは笑っちゃったけど、あれはきっと比企谷君の本心だよ。そして今日比企谷君は、他の誰でもない雪乃ちゃんの為に走ったんだよ。」
姉の言葉が離れない。
「今まで雪乃ちゃんにもいろいろあって、あの子達の言うことを心から信じられないのもわかるよ。
でもいつか、心から信じられる仲間ができるといいね」
視界が歪む。
臆病で卑怯な自分を許してくれた優しくもひねくれた少年。
何も聞かず、それでも仲間と認めてくれた小柄な少年。
滲んだ視界で見下ろすと彼らは競い合い走っている。
――彼らなら信じてみてもいいのかもしれない。
2人が帰ってきたら伝えよう。
許してくれて、仲間といってくれてありがとうと。
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比企谷八幡は雨でも自転車で登下校する
~用語解説~
・回復能力と心肺機能
前述したが、一度疲労した筋肉は休息を取らないと回復しない。
一方心肺機能の疲労はある程度運動しながらでも回復できる。
例えば集団中央は空気抵抗を受けにくいので、呼吸や脈拍を落ち着かせるなどの回復に努めることもできる。
近代ロードレースの「軽いギアをたくさん回す」というのはこれが理由。
ちなみにこの回転型がスタンダードになったのはアームストロングがぶっちぎりで勝ったから。
それまでは重いギアをパワーで踏むことこそ正義だった(軽いギアは女子供のやることとバカにされたとか)。
・リア充
女の子とキャッキャウフフしなくても八幡にとっては自由に自転車に乗れる、熱いレースができればそれはリア充なのである。
・トノサマバッタ
バッタ目バッタ科トノサマバッタ属の昆虫。
体長約4~7センチ。デカイ。後ろ足もデカイ。
後ろ足のギザギザをさわるとけっこう痛い上、口から変な汁を出すこともあるため素手で捕まえるのはなかなかに困難と思われる。
なお、今後本編に登場予定は(当然)ない。
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「うーっす」
「こんにちはー」
「頼もう!」
三者三様の挨拶をし、部室にはいる。既に雪ノ下は椅子に座って本を読んでいる。
「いらっしゃい、今日は練習は?」
「ロードは今日もなしだな。いい加減一度くらいは材木座を走らせたいが初心者にこの天気はな……」
そう、先日のレースが終わってから3日。ずーっと雨なのである。多少の雨ならレースは行うがいくら材木座といえども転倒、落車は避けたい。自転車痛むし。
しかし、こうも外を走れないと気が滅入る。カーテンレールに吊るしたてるてる坊主(作:篠崎ミコト)は太陽をもたらしてはくれなかった。
部室を見渡す。
俺……雨男
篠崎ミコト……雨男っぽい
材木座義輝……雨男(確定)
雪ノ下雪乃……雪おn「比企谷君?」
何か失礼なことを考えなかったかしら?という問いと同時に室温が下がる。気のせいじゃなく。
「ま、まあなんにせよローラー練習くらいしかできないし、今日はミーティングでもしようと思っているがどうだろう」
「ミーティング?」
「ああ、現状自転車部のほうは決めなくちゃならんことや足りないもの、すべきこと……ぶっちゃけ課題は山盛りだ。それに篠崎と材木座は奉仕部の行動指針とか知らないだろう」
俺ははっきり覚えている。
こいつら2人の奉仕部と聞いてだらしなく歪んだあの顔を。
「というわけで、まずは雪ノ下にもう一度奉仕部の方針を示してもらおうと思う」
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「…………といったところが奉仕部の方針ね」
「つまり、あくまでも本人の努力次第。僕たちはそのお手伝いってこと?」
「ええ、飢えた人には魚をあげるのではなく、魚の捕り方を教えるということよ」
いつか雪ノ下が涙を流した日に聞いたことを再び聞き、ふと疑問が浮かぶ。
「なあ雪ノ下。奉仕部って今年からだよな?教師含めてどれくらいの人間が奉仕部の存在を知ってるんだ?」
「……多分あまり知られてないわね。依頼人は平塚先生が選んで連れてくるって言われたし」
少し気まずそうに雪ノ下は言う。……平塚先生って生活指導だったよな。まさかとは思うが自分が面倒だからってこっちに丸投げとかないよな……。
「なら、こちらから動こう。俺と雪ノ下は平塚先生のところへ行ってPCを確保。最悪奉仕部と自転車部の部費で買う。その後、生徒会に打診して、行事なんかで連携をとれる体制にしておく。
材木座と篠崎はポスター作成。書けないようなら美術部あたりに外注しよう。
奉仕部って言われても一般生徒にとってはどんな部活かわからない。まずは最低限の知名度をあげよう。」
ホワイトボードに書き連ねる。
「雪ノ下、何か意見はあるか?」
「パソコンは何に使うのかしら?」
「依頼の内容、対処法、結果なんかをまとめておけば似たような依頼の時に対応しやすいだろう。たとえ依頼が失敗に終わっても後から見直し次に繋げることができる。
あとは学校からの許可が降りれば学校のホームページにリンクを貼って匿名の相談窓口みたいにしてもいいしな。材木座、お前そういうの得意だろ?」
材木座が、我に任せるがよい!とデカイ身体を反らして言う。もちろん自転車部としても使わせて貰う。レースの申し込みや練習を撮って動画でチェックしたり。
「……正直驚いたわ。意外にも真剣に考えていたのね」
雪ノ下の誉めているのか貶しているのかわからないお言葉をいただいて奉仕部のミーティングは終了。
「少し休憩を挟みましょう。紅茶でも淹れるわね」
そう言って移動する雪ノ下の先には高そうなティーセット。ポットの湯を少し冷ましてからティーポットに注ぐ。
しばらくして運ばれてきたのはティーカップと3つの紙コップ。
「どうぞ。カップがないから紙コップだけど。よかったら自分のカップを持ってくるといいわ」
ふーっ、ふーっ、と紅茶を冷ましてからひと口啜る。
……なにこれうまっ!普段飲むのはマッ缶かスポドリかコーラの炭酸抜きなんだが、これは本当に美味い。
「凄い美味しいよ!雪ノ下さんは紅茶淹れるの上手いんだね!」
という篠崎の言葉に照れながら、普通に淹れただけよ、と答える雪ノ下。素直に誉められ馴れてないのか、彼女の顔は紅くなっていたのだが。
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「さて、自転車部の方に入る。とりあえずおれが思い浮かぶ問題をホワイトボードに書いていくから、他になにかあれば教えてくれ」
と告げて書いていく。
・自転車の台数
・材木座の処遇
・今年の目標
・練習内容
「……と、こんなもんか。他になにかあるか?」
「公道を走るわけだから交通ルールやマナーは大事だよね」
と篠崎。次いで、
「マネージャーって何をしたらいいのかしら」
と雪ノ下。さらに
「我の処遇ってなに?!」
と怯える材木座。別に獲って喰うとかじゃねーから。
「まずは自転車の確保だな。篠崎に心当たりがあるって聞いたが」
「うん、ちょうどいいから今から聞いてみようか」
と言い、スマホを取り出す。
「あ、もしもし篠崎です。お久しぶりです……」
どこかに電話をかけている。スピーカーにしてないのに喧しい声が聞こえてくる。
「……それで、遥輔さんの自転車をお借りしたいんですけど……え、勝手に?え?」
しばらくしてこちらをむく篠崎。表情は微妙である。
「……どうだった?」
「とりあえず確保。……土曜日神奈川までとりに行かないと」
「さっき遥輔さんって言ってたよな?あれ、もしかしてあの「天才」深澤か?」
「うん、遥輔さんいまアメリカで自転車乗れないから誰かが乗ったほうがいいって深澤さんが……」
(深澤さん?)「?本人じゃないのか?」
「うん、深澤ユキさん。一応、僕の彼女。……です」
「ほーん」
…
……
………
「「なにいいいいいぃぃぃっっっっっ!!!!!」」
篠崎ミコト(高校2年生 彼女持ち)
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雪ノ下雪乃は晴れでも車で登下校する
・俺ガイルヒロインデザインのサイクルジャージやホイールステッカー売ってるんですね……知らなかった。
~(今更ながら)人物紹介~
・比企谷八幡
身長175センチ、体重不明(細身)。脚質:スピードマン(ルーラー)回転型。
平地★★★★☆
登坂★★★☆☆
持久★★★★☆
瞬発★★★☆☆
特技……観察と策略、平地における長距離高速巡航
絶対的な武器は無いもののぼっち由来の観察力をフルに活用し、奇襲や策略によりレースを優位に進める自転車部部長。
アドバンテージを常に握り相手に不利な2択を強いる等、トップクラスの選手に比べて一段劣る肉体的実力を観察眼と戦略で埋める。
彼女なし。
・篠崎ミコト
身長160センチ、体重50キロ。脚質:スプリンタートルク型。
平地★★★★☆
登坂★★☆☆☆
持久★★★☆☆
瞬発★★★★★
特技……スプリンターヒル
原作:オーバードライブより。
小さな身体に長い手足、柔軟で大きな筋肉とまさに自転車に乗るために産まれてきたような身体を持つ。
トルク型とは、重いギアを強く踏みこみ推進力を得るタイプ。
特技のスプリンターヒルは短く急な登坂をシフトアップしながら力づくで登りきる。平地のような爆発的な加速を登坂で行うため恩恵は大きいが、筋力で走るため肉体的なリスクやダメージも大きい。
なお、彼がいた桜ヶ丘高校自転車部は部長→アメリカ、副部長→沖縄、同級生→フランスと皆いなくなったため廃部。
今作では彼は深澤ゆき(原作登場人物)と付き合っている。
・材木座義輝
身長不明(デカイ)体重不明(重い)。脚質:―――
平地★☆☆☆☆
登坂★☆☆☆☆
持久★☆☆☆☆
瞬発★☆☆☆☆
特技……なし
指ぬきグローブが誰よりも似合う男、ご存知中二。八幡が困っているのを見て力になるべく入部した。いいやつ。
篠崎が自転車を持ってきてから彼のレーサーとしての第一歩は始まる。(=自転車がないのでいまだに乗ってない)なのでパラメータは現状こんなもん。彼がどんな風に成長していくかは誰も知らない。作者も知らない。
彼女なし。
・雪ノ下雪乃
身長普通、体重軽い。
奉仕部部長兼で自転車部マネージャー。部で一番自転車の操縦技術は高いと思われる。
しかし、あまりの体力のなさからその技術は発揮されることはない。
ちなみに誕生日が篠崎の彼女である深澤ゆきと同じ。
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「あー、気を取り直して次の題目。材木座についてだ」
篠崎の彼女持ちという事実が発覚。大声をあげた俺と材木座だけでなく雪ノ下すらも目を見開いていた。動揺は隠せないが、なんとか取り繕ってミーティングに戻る。
「月曜には篠崎が自転車を持ってきてくれるから材木座も乗ることになる。しばらくは俺か松任谷先生について練習して貰う。ここまではいいか?」
承知した、との声を聞き更に進める。
「公道を走ることになるからミーティングの最後に篠崎が言ってた交通ルールやマナーについて皆で話そうと思う。これについては全員真剣に考えてほしい」
篠崎と雪ノ下の、さも当然というような顔。そして真顔の材木座。重要性が伝わっているようで少し安心する。
「で、だ。練習についてだ。とりあえず材木座よ」
「とにかく痩せろ」
自転車と言うものは人間が動力であり、重りである。
自転車競技というのは、つまるところ人を自転車でゴール地点いかに速くに運ぶかが目的である。
自転車を速く進めるための方法は2つ。動力を上げるか、重りを軽くするかである。
例えばクライマー。たったひとつの山で決定的な差をつけて勝負を決めてしまう。坂を速く上るためだけに全てをかける。そのために自転車や身体を限界まで軽くする。その軽い身体は登りでは非常に大きな恩恵をもたらす。しかし軽く、非力なその身体は平地のスプリント勝負では無力である。
例えばスプリンター。最高時速が3桁に迫ろうかというスピードでゴールを奪う。そのために筋肉(特に速筋)を鍛える。その為出力は上がるが重くなる。圧倒的なスピードを誇る反面、登坂ではその重い身体がハンデとなる。
例えばオールラウンダー。平地も速く山も苦にしない。しかし、山ではクライマーに、平地ではスプリンターには敵わない。たとえ総合優勝は取れてもスプリント賞や山岳賞は取れないかもしれない。
なにかを手に入れるためになにかを手放す。自分を出せる場所で勝負をする。
だから自転車は面白い。
はふん、という材木座の鳴き声(?)を聞き流し続ける。
「とにかく、ハードな練習メニューだと9000キロカロリー以上消費することもある。筋肉をつける前に脂肪を燃やさねーと話にならん。どんなタイプのレーサーになるかはそれからな」
練習中は常に長袖長ズボン。油ものは極力避ける。ランニング、ウォーキングは厳禁。以上が材木座に課せられたものだ。
「痩せる為なら走ったりした方がいいのではないかしら」
疑問に思ったらしい雪ノ下からの質問に篠崎が答える。
「うん、ただ単に痩せる為なら走ったり水泳とかのがいいんだけど。自転車で必要な筋肉、アウターマッスルとインナーマッスルは自転車でしか鍛えられないんだ。材木座君が速く走りたいならやっぱり自転車に乗りながらがいいと思うよ」
成る程、と納得した雪ノ下。いくら学年主席といえども何でもは知らない。知ってることだけである。材木座に向き直る。そして告げる
「今のウチは篠崎と俺は個人なら多分国内レースでもそこそこ戦えると思う。ただ、インターハイとかのチームロードじゃあ絶対に勝てない。チームロードってのは2人で勝てるほど甘くないんだ。だからお前の力が絶対に必要になる。頼むぜ」
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さて、次の題目に移ろう。今年の目標と練習内容、マネージャーの仕事内容だが……。
「今年の目標だが、昨年篠崎が参加した選抜を狙いたい。参加できれば確実にレベルアップできるからな。」
こくこくと首肯く篠崎。それくらい当然というような表情の雪ノ下。不安気な材木座。
「だが、今年できたばっかりのウチじゃ知名度が無さすぎる。そこで篠崎には個人で出来るだけレースに出てほしい。で、できるだけ勝ってこい。雪ノ下は篠崎のサポートを中心に頼みたい」
2人の顔が真剣なものに変わる。
「篠崎が言うには去年桜ヶ丘高校がたった四人の部員で選抜に選ばれたのは日本トップのレーサーに土をつけて優勝したことが評価されてだ。桜ヶ丘高校の自転車部員が篠崎しかいない今、去年の篠崎の実績からウチが選ばれる可能性はあるが、それを確実にしたい。
俺は材木座の練習を優先するが、調整して何回かは出るつもりだ」
「わかった。近場のレースは出れるだけ出るよ。雪ノ下さん、調べるの手伝ってもらえますか?」
「ええ、わかったわ。ミーティングが終わり次第取りかかりましょう」
「材木座もいいな?夏前には一通り走れるようになってもらう」
「委細承知した!我の真の実力を見せつけてやろうぞ!」
……ホントに頼むぞ、おい。
「基本的には部活時間の前半は部室で奉仕部として活動する。依頼がない日は自由で良かったのよな?雪ノ下」
「ええ、私は大体本を読んでるわね」
「依頼がある日は依頼を優先、それ以外はローラー練習や自転車の整備なんかをしようと思う。後半は晴れてれば極力外に出たい。メニューはさっき言ったことが中心、俺は松任谷先生が来る日は篠崎とレース形式、来ない日は材木座の練習。雪ノ下はドリンクの補給なんかを頼みたい」
部費が潤沢なら練習中に軽く食べるものを買ったりもできるだろうが、新創設の部活だ。奉仕部と自転車部の2つを合わせてもたかが知れている。部費の為にも早い段階で実績を残しておきたいのが本音だ。
全員の了解を確認し、議題を終える。
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「さて、最後に外を走るにあたってだ。篠崎は自転車側の、雪ノ下は車側のそれぞれ危険を感じることを挙げてほしい」
「じゃあ自転車側から。まず必ず守らないといけないのは基本的な交通ルール。これを守らないと部活出来なくなるどころか最悪死ぬからね。
たとえば信号。赤は止まる黄色も止まる、青は進んでも良いだからね。進めじゃないんだ。あとは自転車は車道の一番左端、他にもいろいろあるから各自で確認してほしいな。自分の安全を護るためにも」
まったくだ。蒸し返す訳ではないが事故は被害者だけでなく加害者にも傷を負わせる。誰にもいいことなどないのだ。市街地では安全第一が鉄則である。
「次に、自転車の注意。夜も走るならライトと反射板は必須。特に人間の目は動くものを追う習性があるから必ず暗くなったら点灯すること。反射板も車のライトに正面から当たるように付けないと意味がないからね。できればジャージやヘルメットにも反射材がついてるといいと思う」
ちなみに、ライトは約10メートル前を照らすのが正しいとされる。
「角から飛び出さない、信号を必ず守る。基本的なルールを守れば大丈夫だと思うよ。あ、あと、歩道は走っちゃダメだからね。万が一歩行者に当たったら人身事故だから」
「自動車側からもいいかしら。車道を2列になって走ったり、信号を無理やり渡ろうとする自転車は少なからずいるわ。やはりすごく危険だし、見ていて気持ちのいいものではないわね。それに自転車は軽車両であるけれども交通弱者でもあるのだから、そこは自覚して誰に見られてもはずかしくない運転をしてほしいと思います」
と、雪ノ下が締める。
他にも雨の日の側溝の蓋は滑るとか冬の朝晩の白線上は凍ってるとかだんだん自転車あるあるになってきたところで今日はお開き。各々やるべきことをやりに部屋を出る
その後松任谷先生に相談し、材木座の練習メニューの作成。やはり先ずは学校の周りを軽く走らせてみるらしい。また、予備として松任谷先生の使っていないロードバイクを貸して貰えることになった。松任谷先生いい人過ぎるだろ……。
また、パソコンは自分のものを持ってきてよい、とのことだ。雪ノ下か材木座に聞いてみようか。
自分と篠崎がチームを引っ張り材木座が続く。さしあたり材木座のレベルアップは急務だが、去年までの独りで明確な目標もなく走るだけということはもうない。
夏に向けての自転車部の戦いはこれからだ!
最終回じゃないぞよ
もうちっとだけ続くんじゃ
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比企谷八幡達は依頼を受ける
出張やらなんやらで禿げ上がるほど多忙でした(言い訳)。
何とか定期的に書いて上げていきたいものです。
~用語説明~
・クライマー
そのまんま登る人。登坂に全てをかけていくスタイル。自転車をブレさせない上半身の力、キツイ坂でもクランクを回すことができる脚力、強靭な心肺機能が必要。一方で身体が重いとそれだけでハンデとなる為、小柄な選手や細身の選手が多い。
軽い身体を活かして登りをスイスイと軽やかに登る反面、空気抵抗との戦いとなる平地では他の脚質に一段劣る。
しかし、山岳主体のコースでは全体の1割に満たない距離の登坂で後続と挽回不可能な差をつけて勝利することもある。最大斜度20°を超える登りでのハイスピードクライムはまさに圧巻。
なお、ツール・ド・フランスで山岳賞を獲った選手には赤い水玉のジャージが贈られる。マイヨグランペールと呼ばれ、山岳最強の証。草レーサーが赤い水玉を着て山を走っていたら「山で俺に勝てるやつはいるか?勝てると思うならかかってこい」ととられ、勝負を挑まれること必至である。
・オールラウンダー
何でもできる人。登りも下りも平地も、果てはタイムトライアルだってどんとこい!な脚質。
大体はこの脚質がエースを張る。複数ステージがある場合は平均して高い順位を目指し、得意なステージでトップを狙う。つまり総合優勝を狙うのである。なので無茶なゴールスプリントをしたりはしない。
決して器用貧乏ではなく、どの局面でも一級品の実力を発揮する(つまり八幡の上位互換とも…………)。
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――週もあけとある放課後
今日も今日とて部活である。材木座はローラーで練習、篠崎は雪ノ下と近場のレースの情報を探している。ん?俺?俺は材木座のフォームチェック。
先日、篠崎が持ってきた自転車に乗ったところこの材木座と言う男、見事に自転車にハマったらしい。
「これで我もライダーよ!」
と変身ポーズをとって声高らかに叫ぶ。1号のポーズで。材木座な実力的にはまだまだライダーマンと言ったところなんだが。
ところがこの材木座、「初心者にしては」ではあるが意外と速いのだ。
姿勢が良い。直線、コーナリング問わずリーンウィズをキープできている。
どの局面でも正しい姿勢で走ること。これは八幡にとって自転車に乗る上で重要視していることのひとつである。正しい姿勢=自転車にロスなく力を伝えていると八幡は考える。
例として腕を取り上げる。自転車競技において腕はハンドルを握ることはもちろん、高速走行時に暴れ狂う機体を抑える為にかなりの腕力を必要とする。下半身をエンジンとするなら上半身はマウント部と言ったところか。取り付けが弱い(不安定な)エンジンは本来の力を十分に発揮できない。
太目の体型である材木座だが、自身の腕力、体躯により機体を制御する力には秀でていた。
もっとも、その巨体により登り坂では虫の息だったのだが。
「フーハッハッハ!」と気勢を(奇声を)あげながらパワフルに進む平地&下り。しかし、下りがあれば当然登りも存在する。
「……!……っ!!……っ!!…………」
威勢のいい声どころか顔を真っ赤にして虚ろな目で登る材木座。
何とか登りきったところでふらふらと自転車ごと道を外れ脇の草むらに倒れ込む。
篠崎が酸素とドリンクを渡す。陸に打ち上げられたトドかセイウチのように草むらで横たわる材木座。酸素を摂り、若干だが回復したのだろう。問いただしてきた。
「何故……貴様らはああも簡単に坂を登るのだ……。息もほとんどきれておらんではないか……」
登りで実力差を目の当たりにし打ちひしがれる材木座。平地、下りと快調だっただけに、自分も結構走れるんじゃないかと思ったのだろう。その矢先にこの有様だ。それなりにショックもあるのだろう。だが……
「たりめーだ。自転車ナメんなよ。俺は中学の時から乗ってんだ。そんな簡単に走れたら世界中マイヨジョーヌだらけだ」
厳しいようだが事実である。厳しいトレーニングを積み、食事にも気を配り、軽い体重をキープしつつも筋力を両立させる。一朝一夕で身に付くものではないのだ。
「経験の差も勿論あるんだけどね。やっぱり材木座君は今のままだと重すぎるかな」
篠崎が続ける。
「例えば僕が50キロ、材木座君が80キロあったとすると、単純に僕より30キロの重りを付けてるようなものだからね。」
この間のミーティングで痩せろと言った最大にして、単純な理由はこれだ。
スーパーなんかで売ってる米10キロ袋3つ分である。もっといえば、こ⚪亀200巻全部で大体30キロくらい。俺が産まれたはるか前から連載してたんだよなあ……。
「あとね、これは持論なんだけど、太ってる人は肺が膨らまないから、呼吸が荒くなりやすいと思うんだ。確か肺は肋骨と横隔膜の動きで膨らんだり萎んだりするんだけど、内臓脂肪とかで肋骨とかの動きを邪魔して、機能を100%活かせないんじゃないかな」
脂肪によって肺の膨らむスペースが狭いと言うことだろうか。そんなこと考えたこともなかった。
「比企谷君は登る時に呼吸とかで意識してることはある?」
少し考え、
「いや、あまり意識したことはないな。とにかく大きく吸い込むようにはしてるが」
肺に酸素を取り込み、血液と共に身体に酸素を巡らせる。無酸素状態になると筋肉は疲労しパフォーマンスは低下する。ここ一番のアタック時以外は普通に呼吸をしていたはずだ。
「僕が教わったのはね、最初に息を吐ききること。そうすると自然と肺が膨らんでより多くの酸素を取り込めるんだって」
元チームメイトのクライマーから教わったのだという。
「酸素を取り込みながら強度の高い運動をするわけだから多分すぐに体重は落ちて来るよ。今はとにかく自転車に慣れること。登り以外は結構しっかり走れてたから、身体が出来たらきっともっと速く走れるよ」
にっこり笑いながら篠崎が諭す。
「正直、俺はお前がこの坂を登り切れるとは思ってなかったからな。最初にしたら上々だろ」
実際、ひいひい言いながらも登りきったのだ。素直に大したものだと思う。絶対に本人には言わないけど。
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更に翌日
授業が終わり、篠崎と部室に向かう。男組はジャージに着替え(着替え中は雪ノ下には退室してもらう。申し訳ないが。)おのおのすべきことをする。篠崎は参戦できるレースを探し、雪ノ下は本を読んでいる。材木座と俺は準備運動をして、いつものようにローラー練習を始める。
ここまではいつもと同じだった。
コンコンと、控えめにドアがノックされた。ノック2回は確かトイレの空き確認だったと思うが。雪ノ下のどうぞと言う声の後、扉が開く。
「し、しつれいしまーす…ってなんでヒッキーがいんの!?」
入ってきたのは明らかに校則に違反した服装でギャルって感じのお団子頭の女子だった。……つーか
「……ヒッキーって俺のことか?」
「他にいないし!」
こいつ、初対面で引きこもり呼ばわりとは……。イライラが募る。
「誰に許可とってそんな風に呼んでんだ」
「はあ?ヒッキーはヒッキーじゃん」
イライラは更に募る。
「で、お前誰だよ」
「はぁ?同じクラスじゃん!信じらんない!」
同じクラス……?あ、こいついつも教室の後ろでウェイウェイうるさいリア充軍団の1人か。
「由比ヶ浜結衣さんよね?」
「あ、あたしのこと知ってるんだ」
「すげーな。全校生徒覚えてんじゃねーの?」
「ええ、大体の人は頭に入っているわね」
「マジかよ……」
「平塚先生に聞いたんだけどこの部活って生徒のお願いを叶えてくれるんだよね?」
「いいえ、叶えるのではなく叶える手伝いをするのよ。飢えた人に魚を与えるのではなく魚の獲り方を教える。それがこの部の理念。叶えるのは貴方次第よ」
「な、なんかすごいね」
あ、こいつ理解できてないな。
「それでどう言った用件かしら?」
「ええっと……その……」
こちらをちらちら見ながらゴニョゴニョ言う。イライラはとことん募る。
「用がねーなら帰れよ」
「うっさい!ヒッキーキモい!!」
ーーーブチッ
「てめえ「由比ヶ浜さんだっけ?」……篠崎?」
「うちの部長を罵倒しに来たのなら帰って貰えますか?僕達練習中なので」
にっこり笑いながら篠崎は言う。……あ、目が笑ってない。なんか変なオーラが出てる。材木座が怯えている(どうでもいい)。雪ノ下が問いかける。
「もう一度だけ聞くわ。どう言った用件かしら?」
「え、と、く、クッキーを作りたくって……作り方を……」
由比ヶ浜さん、と篠崎が割り込む。さっきと同じ表情。
「スマホでもパソコンでもレシピ調べられるよね。自分で調べたの?お母さんとかに聞けば作り方を教えてくれるんじゃない?」
「さっきも言ったけれど、奉仕部は努力を手伝う為の部活よ。由比ヶ浜さん、貴方少しでも自分で努力したのかしら?」
「う……」
「申し訳ないけど、この依頼は受け付けられません」
雪ノ下の言葉に恨めしそうにこちらを見て部室を出ていく由比ヶ浜。意味がわからん。
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コンコンコンコンと再びノックの音。4回。確か親しいものを訪ねる時は3回、会社や部屋を訪ねる時は4回のノックだったと思う。
どうぞ、と言う雪ノ下。入ってきたのは家庭科の鶴見先生だった。生徒にお願いするのは申し訳ないのだけど、と前置きして
「うちの娘に自転車の乗り方を教えて欲しいの」
聞けば、最初はお父さん(鶴見先生の旦那さん)と練習していたのだが、何度も転んで嫌になってしまったらしい。お父さんが自転車の練習に誘っても逃げてしまうという。
「おてつだいしてくれる奉仕部と、自転車部が一緒に部活してるって松任谷先生から聞いて来たのだけど。難しいかしら……?」
「雪ノ下どうする?俺は受けてもいいと思う。さっきのみたいに問題があるわけでもないし、奉仕部の理念から外れることもないだろう」
篠崎、材木座も同意見のようだ。
「わかりました、お受けします。時間は次の土曜日、お昼過ぎくらいからでいかがでしょうか。比企谷君達も大丈夫?」
問題ないと3人揃って返事をする。
「ありがとう、娘にも伝えておくわね。場所は学校を使えるようにしておくから、土曜日にここに来てもらっていいかしら」
はい、うっす、承知した、はーいとばらばらの返事に困ったような顔でくすりと笑いながら、よろしくお願いします、と鶴見先生は出ていった。
初めての依頼。初めて奉仕部としての活動である。
どんな練習メニューにするか話し合おうかね。
ところでふと気になった。
……雪ノ下って自転車乗れるの?
当小説ではアンチ・ヘイト要素はほとんどございません(重要)
由比ヶ浜アンチにはならないと思います。
ならないはずです。
……ならないといいな。
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彼女たちは自転車に乗れない
2週間で8日も出張(全て日帰り)という禿げ上がりそうなスケジュールでした。ていうか禿げました(言い訳)。
年度末は辛いよ……。
~用語解説~
・リーンウィズ
自転車に乗るときのコーナリング姿勢のひとつ。
コーナリング時には自転車が傾くのだが、その自転車の傾き(リーン)に身体の傾きを揃える姿勢。前後から見て自転車とライダーが同じ傾きの角度である一番基本的な姿勢。
自転車より身体の傾きが大きい場合をリーンイン、身体を立てている場合リーンアウトと呼ぶ。
・マイヨジョーヌ
黄色いジャージ。ツール・ド・フランスにおいて個人総合成績1位の選手に与えられる。誰が1位なのか一目でわかるようにと1919年から導入された。
曰く、スポンサーの新聞が黄色いから。
曰く、派手で目立つ色にしろと言うオーダーを受けた仕立て屋が黄色い布しかなかったからなどと黄色い理由は諸説ある。
いつか日本人選手もこのジャージを争ってほしいと切に思う。
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――土曜日、快晴
校庭の一角に奉仕部兼自転車部の4名、自転車部顧問、そして依頼人である鶴見先生とその娘、さらに生徒会長の計8人が集まる。
……?
なんか予想してなかった人がいるんですが。
「比企谷君、貴方なにボケーっとしているのかしら?みんな集まったのだからはじめましょう」
「なあ、なんで生徒会長いるのん?」
話題の主をちらりと見る。前髪の隙間から覗くおでこがキュートな彼女は隣にいる少女にがんばろー、おー、なんて話しかけている。なにあれ、めっちゃ癒される。
「鶴見先生がグラウンドの使用許可を取り付けたときに話がいったようね。使用許可は生徒会の許可もいるから」
成る程、監視役として参加しているのだろう。そう思い、生徒会長の方へ向かう。
「休日にわざわざ立ち会ってもらってすんません。アレでしたら日陰の方で雪ノ下と座ってていただいても……」
彼女を見ると何ともバツの悪そうな顔。
「あの……ね、私も自転車の乗り方を教えて欲しいの……」
お、おう。なんかすいません。
聞けば今までバスや電車での移動が専ら、登下校も歩きやバスで自転車自体乗ったことがないと言う。大学に進学し一人暮らしをするとしたら自転車があったほうが便利だし、経済的にも助かる。
しかし、いまさら自転車が乗れないということを誰かに相談することもできず、そもそも自転車自体持っていない為、練習も出来なかった。
そこに鶴見先生からの自転車の練習をするからグラウンドを貸してほしいという届け出。こんなチャンスはそうそうない!
斯くして生徒会長城廻めぐりが土曜日の昼下がり、自転車練習に加わったのである。
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鶴見留美は憂鬱だった。
自転車に乗りたくない訳ではない。しかし小学生の現在、自転車がなくても特に問題はなかった。登下校は徒歩だし、友達と遊ぶ時も徒歩かバス、電車の公共交通機関を利用している。中学に上がってもそれは変わらないだろう。
現状、彼女は自転車に乗る必要性を感じていなかった。
「留美も来年は中学生だから自転車くらい乗れないとな」
お父さんのそんな言葉を聞き、乗ったこともない自転車に乗せられる。初めての自転車だ。
後ろを支える父に押されふらふらと自転車ごと前に進む。
数メートルも行かないうちにこっそり父が手を離す。
転ぶ。
起き上がり、もう一度、と押される。
ふらふらと進む。
手を離される。
転ぶ。
気づけば手足は砂ぼこりにまみれ膝や腕は擦り傷が出来ている。
父親の無責任な頑張れという言葉。
手足の傷み。
何より
自分よりも小さな子がすいすいと自転車に乗っている姿を見たことが
彼女を自転車から遠ざけようとしていた。
ここしばらくの週末は、土日は雨が降らないかなあと考えることが多くなった。月曜日に雨が降ろうものなら昨日降ればいいのに、と毒づくようになってしまった。
晴れていればまた自転車に乗せられる。
なんでこんなに痛くて辛くて惨めな思いをしなくてはいけないのだろう。
「友達と遊びに行くから」
予定がなくても嘘をついて自転車から逃げるようもになった。自分が一層惨めになっていくように思えた。
ある日のこと。お母さんに
「留美、もう自転車乗りたくない?」
と聞かれる。乗りたくない訳ではない。しかし、痛いのも、何より惨めな感じで嫌だと伝えた。
次の日、土曜日にお母さんの勤めている高校に行こう。そこで自転車の練習をしよう。と言われた。正直乗り気はしない。きっと露骨に嫌そうな顔をしていたのだろう私を見たお母さんは、
「今回が最後、留美が嫌ならお父さんにも言って無理に乗らせないから」
その言葉にしぶしぶ頷いた。
そして当日。ろくに乗れない自転車を引いて総武高校のグラウンドに入ると派手なウェアの男の人が数人、ジャージ姿の女の人が2人、既に待っていたのだった。
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皆で簡単に自己紹介をしている間、松任谷先生が自転車を並べる。鶴見先生の娘さんは自前の自転車、城廻先輩は篠崎の、ついでに俺の自転車(ママチャリ)も並べてある。
「えー、では自転車の練習を始めます。と言っても特別がんばったりはしません。気楽にやりましょう」
女性陣の睨み付ける視線が刺さる。ファイヤーさんもびっくり。
ハチマン の ぼうぎょ が さがった
ハチマン の ぼうぎょ が さがった
ハチマン の ぼうぎょ が さがった
ハチマン の ぼうぎょ が さがった
……俺の防御力下がり過ぎじゃね?
「どういうつもり?説明しなさい、手抜きヶ谷君」
「別に俺達みたいに大会に出たりスピードを競ったりするわけじゃないからな。自転車は楽しい物で、便利な物、気楽な物だってほうがいいだろ」
松任谷先生もなにも言わないあたり、そんなに間違ったことは言ってないのだろう。怪訝な表情の城廻先輩と留美に
「緊張しないでください。そもそも初めてで一発で乗れる人なんてほとんどいませんから」
俺も金網に突っ込んだり植え込みに突っ込んだりしましたよ、と苦笑いで伝える。2人の表情が強張る。それでも
「篠崎も材木座も松任谷先生もみんな手伝ってくれますから、心配しなくていいっすよ。楽にいきましょう」
最初は2人に自転車に跨がって後ろを支えながら押す。足はペダルの上。漕がないでペダルに乗せるだけ。
ちなみに城廻先輩の後ろは篠崎が、留美の後ろは俺が支えている。
「絶対倒れませんから力抜いてくださいね」
という篠崎。
「う、うん、絶対離さないでねっ!」
と力む城廻先輩。
「よし、こっちもやるぞ。ほれお前の母ちゃんの所へ行くぞ」
「お前って言わないで」
「わかったよルミルミ」
「キモい。ルミルミってゆーな」
酷い。小粋なジョークで和ませようとしてるというのに。
ちなみに数十メートル先に鶴見先生と雪ノ下が待っている。材木座と松任谷先生は練習の様子を撮影している。
まずは自転車に乗っている感覚を体験してもらう。何回か往復していると2人とも妙な緊張は抜けてきたようだ。
次にブレーキ。押してる途中で手を離す。その際、必ず声をかける。隣でも篠崎の、離しますよー3、2、1、はいっという声が聞こえる。手を離したらゆっくりブレーキを握って貰う。このとき身体が傾くまで足をつくのを我慢してもらう。ゆっくり減速し、傾いた方の足をついて支える。
ブレーキを強く握れば自転車は急停止する。急停止すると車体は安定を無くしふらつく。ふらつくと視界が揺れ、パニックになり身体を緊張させる。結果転倒する。
また、ブレーキでなく足で止まろうとすると非常に危ない。後輪に靴が巻き込まれたり、足首を捻挫することもあり得る。
安全に止まること。自転車に乗る上で非常に重要なことのひとつである。彼女たちは見事に止まって見せたのだった。
「少し休憩にしましょう」
雪ノ下の声で皆が集まる。おのおの飲み物を確保し日陰へ向かう。
「八幡」
マッ缶を取り日陰へ向かうその時声をかけられる。
「どうしたルミルミ」
「だからルミルミってゆーな。……八幡は毎日自転車乗ってるんだよね?どうして自転車に乗るようになったの?」
腰をおろしひと息つく。
「んなこと聞いてどうすんだ?」
「別に。ちょっと気になっただけ」
言葉通り、きっと本当にちょっと気になっただけなのだろう。
自転車競技はマイナーなスポーツだ。テレビ中継されることもなければ大きく報道されることもない。公道を走るので危険も多く、車にも迷惑をかける。金もかかる。
ふと見ると城廻先輩や雪ノ下、鶴見先生もこちらを見ている。
しょうがないか……。
「別に面白くもなければドラマチックでもねーぞ」
そう告げて思い出す。ロードレースを初めて見た日のことを。
中途半端なところで申し訳ありません。
次回、なるべく早く投稿します。
……できるといいな(小声)
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