【完結】テニスこそはセクニス以上のコミュニケーションだ(魔法先生ネギま×テニスの王子様) (アニッキーブラッザー)
しおりを挟む

第一試合:皇帝・真田VS黄昏の姫巫女・アスナ
第1話『テニス界の威信』


一度消したものでしたが、要望も戴いておりましたので、再びやり直します。


それは、世界で一番熱い夏休み終了直前の出来事だった。

 

「冗談じゃないっすよ、真田副部長! 何で俺たちが女子なんかと試合しなくちゃなんないんすか!」

「騒ぐな、赤也。相手の男子部が全員逃げ出したのだ。仕方あるまい」

「だったら中止ってことで、練習しましょうよ。女子と試合なんかしたって、面白くもなんともねえ」

 

全国に轟くテニスの名門校、立海大附属中学テニス部。

昨年は惜しくも全国準優勝に終わったものの、彼らのテニス人生は始まったばかり。

三年生も部の公式戦は終わったものの、個人戦やジュニアでの大会があるうえに、エスカレーター式の学校であるために受験の心配もあまりない彼らは、変わらず部活三昧の日々だった。

そんなある日、全国大会には出場しなかったが、様々なスポーツで実績を残している麻帆良学園と練習試合が決まった。

だが、立海大の名前に臆したのか、相手チームが直前に全員ボイコットという事態が起こった。

わざわざ麻帆良にまで遠征してきての仕打ちに憤りを隠せない立海メンバーだったが、何と麻帆良は謝罪と、せっかく来てくれた立海メンバーのため、逃げた男子の代わりに急遽女子生徒を用意し、彼女たちに試合の相手をさせるから許してくれと言ってきたのだ。

それは逆に失礼だとばかりに、立海大の二年生エース、切原赤也は騒いでいた。

だが、副部長の真田は毅然とする。

 

「逃げた相手に興味はない。ただし、立ち向かってくるのであれば、相手が誰であろうと全力を尽くすのみ。それが我ら立海大の精神だ!」

 

あまりの気迫に、赤也も言葉をつまらせる。

だが、それでもまだ納得していないのか、グチグチと小声で文句を言っている。

 

「しっかし、それにしても対戦相手は逃げるわ、女子と試合はするはのわりに、ギャラリーだけは多いな」

「ああ、しかも何か賭けているのか? 妙な空気だぜ」

「ふむ、あまり好ましくない空気ですね」

「ぷりっ」

「試合で対戦したことがないので、麻帆良のデータはあまりないが、これがこの学園の校風か?」

 

実際、文句があるのは赤也だけではない。

学園のテニスコートで、対戦相手が来るまで軽いストレッチをこなしている立海メンバーたちの周りには、大勢のギャラリーが既に集まっていた。

「俺は兄ちゃん達に」「いやいや、俺たちは女子に食券30枚」などと場違いな声が聞こえる。

これには、立海メンバーの、丸井ブン太、ジャッカル桑原、柳生比呂士、仁王雅治、柳蓮二は、騒ぎはしないものの少し不満そうな顔を浮かべている。

真田もまた、赤也を叱ってはいるものの、不機嫌そうな様子は隠せていない。

するとその時だった。

 

「ご、ごめんなさーい、お、おそくなりましたー!」

 

幼い子供の声が聞こえてきた。

 

「えっと、こんにちは。立海大附属中学テニス部の皆さんですね! あの、今日はウチの学校の男子部がご迷惑をおかけしました! 僕は、この学園の女子中の担任のネギ・スプリングフィールドです! 今日は僕のクラスの生徒たちが試合をさせていただくことになりました! みんな、テニスは初心者ですけど一生懸命やります! 精一杯やりますので、よろしくお願いします!」

 

礼儀正しく頭を下げる幼い子供。

立海メンバーの目が点になった。

 

「な、なあ、副部長・・・俺はどっからツッコめばいいっすか?」

「データにない・・・」

「これは流石の俺にも予想外ぜよ」

 

子供、教師、女子中? ・・・その時、腕組んで無言だった男がついに口を開いた。

 

 

「麻帆良たるんどる!!!!」

 

「ひい!?」

 

 

真田の激怒に、ネギがビビった。

 

 

「王者立海大になんという仕打ち! いや、これが王座から陥落した報いだというのか!? だが、それでも無礼千万! 子供に謝罪させ、女子と戦わせるなど、恥を知れ!!」

 

 

学園内に響き渡る怒声に、空気が揺れる。

その気迫に、ネギも少し涙目だ。

だが、それでも真田の怒りは収まらない。

しかし・・・

 

「ちょっとちょっと、あんたうるさいわよ! ネギ、怖がってんじゃない」

「うは~、びっくりしたえー」

「ユエー、やっぱりネギ先生以外の男子は怖いよ~」

「あなた方、私たちのネギ先生に何をしていますの!」

 

ゾロゾロと、真っ白いポロシャツにスカートを履いた可愛らしい女子生徒たちがコートに入って来た。

中には、応援のチアリーディングのスタイルや、制服のままの女子も居るが、総勢30名程度。

ひとクラス丸々来たという感じだ。

 

「うわ・・・ちょっと、ちょっと~、なんか可愛い子が多いっすよ、先輩! やべ、最初はムカついたけど、これって結構おいしくないっすか?」

「むっ・・・侮るな、赤也。・・・よく見ると何名か・・・たたずまいや雰囲気が常人でないものが混ざっているぞ」

 

少し顔を赤らめて浮かれる赤也だが、その隣では立海大の参謀・柳蓮二が鋭い瞳で集まった女子たちを凝視していた。

それは、他の立海メンバーたちも同じだった。

 

「留学生が何人かまざっているか?」

「おいおい、よく見んしゃい。なんかロボットみたいのが混じってるぜよ」

 

なんか普通じゃない。しかし、それを今の冷静さを欠いた真田には分からなかった。

 

「勘違いするな。その子供に怒ったのではない。この学園そのものに俺は憤ったに過ぎない」

「はあ? なによ、せっかくワザワザ来てくれたのに何もしないで帰すのは可哀想だからって、私たちが休日返上して集まったってのに、その態度は何よ!」

「そうですわ! テニスは紳士のスポーツ。あなたのような野蛮なお猿さんがやるものではありませんわ!」

「なっ!? 俺を愚弄する気か!」

「つーか、あんたホントに中学生!? フツーにおっさんじゃない! 何歳なのよ!」

「ぬっ、・・・15歳だ・・・」

「嘘だ! 絶対、30に余裕で見えるわよ!」

 

真田と言い合う、ツインテールの活発な少女と金髪ロングのお嬢様口調の少女。

怖いもの知らずなのか、その堂々とした態度に、立海メンバーは少し感心していた。

だが、口論が激しくなるにつれて、ネギがますますオロオロしていく。

このままではラチがあかない。

すると・・・

 

 

「ふふふ、面白いじゃないか」

 

 

ずっと黙っていた一人の男が口を開いた。

 

「君たちのどちらがキャプテンだい?」

「えっ、あっ、それは・・・いいんちょが・・・」

「あっ、はい、私ですわ」

 

男は穏やかな口調と敵意のない爽やかな微笑みを見せる。

一瞬、あっけに取られて思わず大人しくなる二人。

男はその眩しい笑顔のまま、握手の手を出す。

 

「俺が立海大付属中テニス部部長。幸村だ。今日はお手柔に」

「あっ、はい、ご丁寧に。私は雪広あやかと申します。本日は我が校の不手際でご迷惑を・・・」

「いいえ。・・・そして、君も。今日はよろしく」

「うっ、あっ、うん。私は神楽坂アスナよ、よろしくね」

 

全てを包み込むような絶対的なオーラを放つ選手。

その男の名は、幸村。『神の子』の異名を持つ、最強の選手。

だが、その爽やかな笑の下には・・・

 

「幸村・・・」

「落ち着け、真田。別にいいじゃないか」

「しかし・・・」

「相手が男子でも女子でも変わらない。だって・・・勝つのは俺たちだからだ」

 

その笑みの下には絶対的な自信を持っていた。

流石の真田も彼の前には大人しくなった。

そのカリスマぶりに、女子中の生徒たちから甘い息が漏れる。

 

「はー、なんか、かっこええ人やな~」

「っていうか、全員、よく見たらイケメンじゃない?」

「うん、同じ中三に見えないけど、なんか・・・いいよね~、ハゲが一人いるけど」

「でも何だか怖そうだよ~」

「男性はネギ先生以外は信用できないです」

 

立海大メンバーの容姿に、思春期の女子らしい反応でキャーキャー騒ぐ女生徒たち。

男なら悪い気もしないのだが、彼らは全国最強クラスのスター選手たち。

今更キャーキャー騒がれても、「うるさい」程度にしか感じない。

 

「たるんどる! 今から戦を始めようというのに、その不抜けた態度は何だ! 俺が直々に教えてやろう! テニスコートは戦場であるということを。生半可な覚悟で立てる場所ではないのだ!」

 

もはや空気に耐え切れず、真田がラケットを取り出してコートに立つ。

誰でもいいからかかってこい。そんなオーラが全身から溢れていた。

 

「いきなり真田副部長っすか?」

「やれやれ。弦一郎も全国大会以降は性格にゆとりがない」

「まだまだ高みを彼は目指しているからこそ、今日のような状況が許せないのですね」

「まっ、いいんじゃねえか? 誰がやっても同じなら、順番なんてよ」

 

女子相手に大人気ないという気もするが、真田の気が済むのなら好きにやらせようと、立海メンバーも初戦を真田に任せてコート外に出て行く。

対する麻帆良女子のメンバーも、闘争心むき出しの真田に対し、一部の女子の顔つきが変わった。

それは、麻帆良の誇る主要戦士たち。

 

「いきなり彼が出てきましたか。強豪校の副部長というぐらいですから強いんでしょうか?」

 

サムライガール、桜咲刹那。

 

「検索・ヒットしました。真田弦一郎。立海大付属中三年テニス部副部長。中学三年間、公式戦での敗北は僅か一回。中学テニス界でも五本の指に入る全国トップクラスのプレーヤーです。その正々堂々としたプレースタイル、圧倒的な強さゆえに、中学テニス界の『皇帝』と呼ばれているそうです」

 

真田に関する情報を一瞬で収集した、アンドロイド・絡繰茶々丸。

 

「皇帝でござるか。テニスとは思えぬあだ名でござるな」

 

忍者ガール・長瀬楓。

 

「でも、いい目をしてるアルよ。気迫も十分アル。魔法世界から帰って来て退屈してたが、いい気晴らしになるアル」

 

格闘マスター・クーフェ。

 

「確かに、侍のような目だね。まっ、アマチュアのだが」

 

必殺仕事人・龍宮真名。

 

「で、誰が相手をするのだ? あの思い上がった生意気な老け顔小僧に。なんなら、私が泣かせてやってもよいが?」

 

イヤらしい笑みを浮かべる、最強ロリータ・エヴァンジェリン。

試合に出場予定の選手として、皆同じ、真っ白いポロシャツにスカートという同じスタイルで、コート脇から見物をする。

そして、そんな彼女たちの中からコートに飛び出たのは・・・

 

「じゃあ、私がやってやろうじゃない!」

 

バカレンジャーレッド・神楽坂アスナ。

ラケットを抱えて、ネットを挟んで真田と正面に立つ。

 

「いきなり、アスナか~!」

「アスナ~、ガンバレー!」

「さっきのうるさい女か」

「バカっぽいけど、結構可愛いっすね」

「だが、弦一郎の相手をするとは気の毒だな」

 

様々な声がコートの周りから聞こえるが、コートに立つのはあくまで二人。

今から、二人の試合が始まるのだ。

真田は改めてアスナに忠告する。

 

「試合となれば容赦はせん。逃げ出すなら今のうちだぞ?」

「誰が!」

「よかろう。では、Which?」

 

真田がラケットをコートに立てて、コマのように回そうとする。

だが、アスナはキョトン顔?

 

「はっ? フィッシュ? 何よ、いきなり?」

「アスナさん! それは、サッカーのコイントスみたいなもので、裏か表か当てて、サーブかリターンかを選べるんです!」

「えっ、そーなの?」

 

ただの女というだけではない。本当にルールも知らないようである。

もはやこれには真田も我慢の限界。

 

「ッ・・・・おのれ・・・、俺がサーブをやろう。一瞬で終わらせてやる」

「真田副部長、落ち着いて!」

「黙れ、赤也! 貴様に言われんでも分かっているわ! この程度の屈辱で、俺の精神は小揺るぎもせんわ!」

「いや、揺らぎまくってるっすよ!?

 

ただ速攻で終わらせるだけではない。ワンポイントも与える気は無い。

 

『ワンセットマッチ・真田・トゥ・サーブ!』

「さあ、テニスというものを教えてやろう!」

 

ボールを軽く二三回バウンドさせて、真田がサーブを放つ。

 

「うわっ、速いじゃん!?」

「真田の奴、容赦ねーな」

 

豪快な打球音と共に放たれたサーブは、サービスラインの対角線上のベストポジションに放たれる。

素人に取れるはずもなく、いきなりサービスエースだと、立海は確信していた。

だが・・・

 

「おりゃあ!」

「ッ!?」

 

まるで瞬間移動だった。

真田の放たれたサーブの延長線上に、アスナがいつの間にか待ち構え、楽々とフォアハンドでリターンする。

 

「ほう。やるな・・・口だけではないか。だが!」

 

一瞬驚いたが真田は冷静そのもの。

アスナのリターンはセンターに何の工夫も無く返ってきたため、真田はそのままガラ空きのバックサイドスペースに返球する。

絶対に追いつけるはずが無い。だが・・・

 

「させないわよ!」

「なにっ!?」

 

ガラ空きだと思っていたバックサイドに、気付いたらアスナが追いついていた。

これには立海メンバーも身を乗り出す。

 

「あの女、何て守備範囲だ!?」

「いや、それよりも・・・はええ! なんつう運動神経だよ!? 本当に女か!?」

「不動峰の神尾・・・四天宝寺の忍足・・・いや、沖縄の縮地法か!?」

 

相手は素人かもしれない。フォームはメチャクチャだ。しかし、それでもこの驚異の運動能力。

そしてもう一人・・・

 

「ありえんぜよ。あの女・・・」

 

立海大で最も恐ろしいと言われるコート上の詐欺師が震えていた。

 

「あの女、スカートの下は、生パンぜよ」

 

彼の目は誤魔化せなかった。

 

「って、アスナ、パンツ丸見えやん!」

「アスナさん、なにやってますの!? スパッツとかどうしたんですの!」

「アスナー、クマパンがー!?」

 

アスナの間違ったスタイルに、クラスメートたちも慌てて注意を叫ぶ。

いくら何でも、男子と対決しているのに、ソレはないと。

 

「えっ? なに?」

 

だが、試合中ゆえにあまり周りの声が聞こえないアスナは構わず大股移動、風でスカートがなびこうがなんのその。なんだったらジャンプだってする。

パンモロに気づかずに強烈なストロークを放っていく。

 

「ぐっ、バカな・・・なんというスピード・・・そして、重い打球!? ぬうあああ! ネットを超えんかー!」

 

そして、真田もパンツなどを気にしている場合ではなかった。

女の細腕ではありえぬほど強烈なハードショットに、真田の表情が歪む。

真田も意地で返すものの、ボールの威力に押されてリターンが甘くて弱い。

 

「チャンスボール、いただき! アスナスペシャルスマッシュ!!」

 

ネットを超えたものの、中途半端に浮いたボールに向かってアスナが飛ぶ。

力強い跳躍とともに繰り出される、バズーカーのようなスマッシュが真田の真横を通り過ぎる。

 

「すごいやん、アスナ!」

「よっしゃ、一ポイント先取!」

 

麻帆良側の歓声が上がる。だが・・・

 

 

「えっ!?」

 

 

今度は麻帆良側が驚く番だった。

今、まぎれもなくボールは真田の横を通り過ぎたというのに、その真田がアスナのスマッシュの正面に立っていた。

 

「うそ!?」

「ほう。まるで瞬間移動のような・・・瞬動でござるか?」

 

そして次の瞬間、落雷がテニスコートに轟いた。

 

「動くこと雷霆の如し!!」

 

弾ける閃光。

 

「破廉恥女め、アンスコを履かんかー!」

「ッ!!?? なにこれ!? でも、返してやるッ・・・え・・・が、ガットが・・・」

 

光が消えた時には全てが終わっていた。

ラケットを振り抜いた状態のまま固まる、アスナ。

そのラケットのガットには大きな穴が開いていた。

 

「ウソだろ!? あんな女に、真田副部長がいきなり究極奥義を使うなんて!」

「いや、だがあの女はとんでもねえ、運動能力だった・・・」

「しかも、それだけじゃねえ」

「今まで返球しようとしても相手のラケットごと吹き飛ばした、真田君の雷の力を、ラケットを持ったまま振り抜いたのですから」

「刹那、今のは見えたか?」

「は、はい。エヴァンジェリンさん、今の」

「ああ・・・あの黒帽子・・・なかなかいい動きをするではないか」

「ええ、瞬動のごとき速度。雷の魔法を纏ったかのような強烈な一撃でした」

 

たったワンプレーだった。しかし、そのたったワンプレーで、全ての者たちの度肝を抜いた。

そして、両校揃って同じことを相手に思う。

 

 

「「「「「「「「「「(こいつら一体何者!?)」」」」」」」」」」

 

 

と。

 

「15-0!」

 

審判のカウントと同時に、サーブの定位置に戻る真田と、構えるアスナ。両者の心中も穏やかではなかった。

 

(馬鹿な・・・なんだというのだ、この女は・・・あのデタラメな動き、そしてパワーとスピード)

(えっ、っていうか、今の何? これ、テニスよね? 何で、テニスの選手が瞬間移動したり、雷みたいなショットを打つのよ?)

 

只者ではない相手に、お互い表情が変わる。

いつになく真剣味あふれる瞳でお互い向き合っていた。

 

そして今日、テニス界の威信を賭けた戦いが繰り広げられるのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話『怒涛の皇帝』

 真田弦一郎の究極奥義・風林火陰山雷。

 幾多の修羅場を残り超え、多くの猛者たちを蹴散らしてきた技。

 しかしそれが、

 

「疾きこと風の如し!」

「追いついてやるわ!」

 

 目にも止まらぬ超高速スイングから放たれる高速ショット。

 だが、その一撃必殺の風の動きにアスナは対応した。

 

「大したスピードですね。彼、恐らく居合の達人ですね。居合抜きのような切れ味です」

「だが、それについていってるアスナ殿も流石でござる。伊達に魔法世界の修羅場をくぐり抜けてないでござる。もはや、常人レベルの達人では、アスナ殿には敵わぬでござる」

 

 目にも止まらぬ? いや、既に一部の人間にはボールがまったく見えなかった。

 

「ちょ、ちょー、どういうこと!?」

「音はしてるのに、全然ボールが見えないやん!」

「おーい! これはテニスだろ、テニス! 相手の男は一般人だろ!? せっかく魔法世界の非日常から現実に帰って来て、テニスなんて現実万歳のスポーツで、何でこんな異次元の戦いを繰り広げてんだよ!」

「千雨ちゃん、落ち着いて」

「でも、アスナもすごいけど、相手の真田くんもすごいよね」

 

 普通の人には、コートで男女が向かい合って、素振りをしているようにしか見えない。

 そんな高次元な戦いをするアスナについていける真田に、麻帆良の生徒は驚き、逆に・・・

 

「信じられん。弦一郎の風の速度に完全に追いついている」

「あのスピードでなんつうパワー・・・まるで青学の河村が使ってる波動球並みだ」

「まずいですね。ここは一度緩急をつけて、体勢を整えた方が・・・」

 

 絶対の信頼を置く、皇帝・真田と真正面からやりあっているアスナの存在に、立海メンバーは驚きを隠せなかった。

 さらにアスナは真田の動きについていってるのではない。徐々に、アスナのスピードの方が上回っている。

 

「ほらほら、どーしたのよ、ゲンイチロー!」

「たわけ、気安く名前で呼ぶな!」

「そんなの気にしてらんないでしょ! くらえ!」

 

 両手打ちバックハンドから、バズーカーのような轟音が鳴り響く。

 真田の全身の鳥肌がたった。

(なんという威力!? こんなものを正面から食らえば・・・・・・ぐっ、だが!)

 

 当たればひとたまりもないかもしれない。

 だが、真田は逃げない。

 

「だが、この俺は一歩も引きさがらん! 侵掠すること火の如く! ぬりゃあああ!」

「えっ・・・こ、今度は火!? でも!」

 

 遠心力で威力を上乗せしたショットで真っ向から迎え打つ。

 怒涛の火のような打球。

 だが、一瞬アスナは面食らったものの、

 

「その程度じゃ侵略させないわよ!」

「何!? 俺の打球を打ち返したか・・・面白い! ぬりゃああ!」

「せい!」

「ぬりゃああ!」

「この!」

「ぬああああああ!」

 

 火の勢いは止まらない。怒涛の攻撃は、アスナを防戦一方にする。

 だが、しつこかったのか、アスナは急にラケットをブンブン振り回した。

 

「ぬりゃぬりゃ、うるっさいわよ!」

「ッ!?」

「アスナホームラン!!」

 

 その時、ビッグバンがテニスコートに起こった。

 何が起こったかは分からない。だが、眩しい閃光と爆発が起こり、爆炎が舞い上がる中・・・

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「真田副部長!!??」

「弦一郎!?」

「真田!」

「あの女・・・化けもんかよ・・・」

 

 誰がこんな光景を想像しただろうか。

 中学テニス界最強の一人、皇帝・真田が同年代の女子にふっとばされるということを。

 真田はテニスコートの柵を超え、天高らかに飛ばされて校舎の壁に激突した。

 そして、壊れた人形のように受身も取れぬまま落下し、鈍い音と共に地面に叩きつけられた。

 

「げっ、やば、やりすぎちゃった!?」

「アスナさん、何やってるんですか!? 手加減しないと!?」

「あーん、アスナのアホー! 相手は普通の人間なんやから!」

「殺してしまったらどうするんですか!? お嬢様、急いで真田くんを治療してください」

「ゲンイチロー、ゴメン、やりすぎた! 大丈夫!?」

「真田くん、しっかりしい! 今、ウチが治したるからな」

「真田くん、しっかりしてください」

 

 呆然として一歩も動けない立海メンバー。これは、夢か? 幻か?

 あの、真田が、同世代の女子相手に負けた?

 校舎の壁から落下して地面に打ち付けられて倒れる、真田。

 コンクリートの地面に血が流れている。 

 彼の元へ麻帆良の生徒たちが慌ただしく駆け寄る。死んだのではないか?

 だが、真田の心配よりも、この現実に対してどう反応していいか分からない立海メンバーは、ただその場で立ち尽くすだけ

だった。

 しかし、その時だった。

 

「ええい、触るなァ! この俺はまだ負けていないわァ!」

 

 真田が立ち上がった。

 全身青あざと血まみれになりながらも、彼は立ち上がった。

 

「ちょっ、ゲンイチロー、そのケガじゃ無理だって。大人しくしなさい!」

「そうですよ、真田さん。これは練習試合なんですから無理をしないで・・・」

 

 無理をしようとする真田だが、流石に見るに見かねてアスナとネギが止めようとする。

 だが、傷ついてもなおギラつく彼の瞳と闘争心は、まだ終わっていないと告げていた。

 

「これは真剣勝負だ! どちらが敗北するまで終わりなどはない! かつて、俺の宿敵は一生テニスができなくなる覚悟で、それこそ命懸けで戦った。ならば、俺もまたここで引き下がるわけにはいかん!」

「ゲンイチロー・・・」

「さあ、戻れ、神楽坂アスナよ。最後のポイントが取られるか。相手が試合続行不可能になるか。そのどちらかになるまで、試合が終わることはない!

 

 それは意地のようなものだ。ただ、負けたくないという意地。

 

「あんた、馬鹿ね」

「な、何がバカだ!」

「・・・でも・・・」

 

 アスナにとってはバカバカしい。スポーツで死ぬなど意味が分からない。

 だが、それでもどこか気分が良かった。

 

「私、ケッコー、あんたみたいなの好きよ」

「ぬう!?」

「オッケー、じゃあ容赦しないわよ! 続きしよ、ゲンイチロー!」

「無論だ!」

 

 試合は続行になった。

 

「はあ・・・はあ・・・ッ、審判、お願いします」

「真田くん、続けられますか?」

「もちろんです」

「では、続行します。ゲーム、3│2、神楽坂リード!」

 

 その真田のファイトに、麻帆良のギャラリーからも歓声が上がる。

 

「くっ、負けるな! 負けるな、真田副部長! あんたが負けるとこなんか見たくねえ!」

「真田ー、度肝を抜いてみろい!」

「お前が俺たち立海の魂だ!」

 

 切原は涙目になりながら必死に声援を送る。

 それにつられて、正気を取り戻した立海メンバーも、声を張り上げる。

 その声援の後押しを受けて、傷ついた体を引きずりながらも、真田の技巧が冴え渡る。

 

「たとえ相手が誰であろうと、王者が屈服するなどありえん!」

「アスナホームラン!!」

「同じ手はくわん! 静かなること林の如く」

「げっ!?」

 

 アスナのバズーカーのようなショットを手首とボールの回転でいなして、無効化する。

 パワーとスピードでは相手に分がある、ならば、テクニックで勝つ。

 真田はただ勝利のみを目指した。

 

「にゃろ、そりゃあ! エアーA」

「無駄だ、貴様の技は全て受け流す!」

 

 テレビでプロがやっていたジャンピングフォア。

 これもまともに食らえばひとたまりもないかもしれない。

 だが、真田は粘る。

 

「あらゆる技巧を受け流すか。想像より遥かにやるではないか」

「うむ、まるで消力アル」

 

 パワーだけではない。テクニックまで兼ね備えた真田のテニス選手としての完成度に、麻帆良の主要戦士たちも目を見張った。

 しかし、それはあくまで常人レベルでの話。

 

「侵掠すること火の如く!」

「ほいっと」

「ぬりゃあ!」

「ほら、返すわよ!」

「せいいい!」

 

 真田の怒濤の火の攻撃。あらゆるハードヒッターたちもそれを上回る力で打ちのめしてきた。

 だが、これはどうだ?

 

「いい加減に、決まらぬかー!」

「へへん、決めさせないわよ! もう、その技は私には通用しないんだからね!」

「ッ!?」

 

 大振りのグランドスマッシュが、いとも容易くリターンされる。

 女の細腕、しかも涼しい顔のままで、更に息一つ乱してない。

「さあ、ゲンイチロー、そんなんじゃ私を倒せないわよ!」

 

「ぬう・・・徐々に、林でも受け流せなく・・・押されッ!?」

 

 もっとお前の力を見せて見ろ。まるでそんな笑みでアスナは真田を鼓舞する。

 だが、ハッキリ言って今の真田にはそれを正面から立ち向かえる精神力はなかった。

 

(バカな・・・バカな・・・俺の力が・・・技術が、スピードが、パワーが・・・テニスが通用しない・・・)

 

 相手がうまいとか強いの話しではない。

 

「ゲーム、神楽坂。4-2」

 

 格が違うとかそういうわけではない。

 

(あらゆる修羅場をくぐり抜け、幾多の兵者も平伏してきた、俺のテニスが・・・)

 

 テニスをしている気がしない。テニスという競技をしているのに、まったく違う力で自分のこれまで積み上げてきた全て

を打ち壊される。

 そんな心境だった。

 

「・・・ならば・・・」

 

 ならば、どうする? 諦めるか?

 いや・・・

 

「ならば、俺は今、テニスで勝てぬのならテニスを捨てる。テニスが及ばぬ事態を見たくはない」

「・・・はっ? あんた、何言ってんのよ」

「代わりに、王者立海大を守り抜く」

 勝てないかもしれない。だが、抗う。

「真田弦一郎が守り抜く。母よりもらったこの体、父より与えられたこの名で守り抜く!」

 

 突如真田が見たこともない構えをする。テニスではなく、まるで剣道のような構え。

 王者の威信、そしてテニスというスポーツを守るために取った、真田の答えは・・・

 

「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 真田弦一郎のブンブン剣。腕を伸ばしてとにかくラケットを振り回す。

 休む間もなく、ただただ無我夢中でラケットをブンブン振り回す。

 

「まるで・・・・・・烈海王のグルグルパンチではないが・・・」

「なんとも痛ましい・・・」

 

 真田がテニスの限界から目を背けて繰り出した、テニスを捨てた姿。

 そこに誇り高い皇帝の姿などなく、彼とともに死線を乗り越えてきたチームメートたちも、悔しさで唇を噛み締めた。

 

「ゲンイチロー・・・何よ、もうやけくそになったの?」

「うおおおおおお」

「これくらいで諦めるの? 私たちは・・・ネギは・・・こんな程度のこといくらでも乗り越えてきたってのに」

 

 それがお前の限界か? アスナは不満を顔に浮かべて、真田のヤケクソのボールを打ち返す。

 

「哀れなり・・・弦一郎」

 

 柳蓮二は目の前から目を背け・・・

 

「まあ、常人では頑張った方ではないか?」

 

 あくびをして、試合を見限ったのか急に寝っ転がるエヴァンジェリン。

 もはや誰の目にもこの試合の勝敗は明らかだった。

 だが・・・

 

「んじゃあ、遠慮なくやっちゃうからね? そりゃ!」

 

 その時、真田弦一郎の視界が全てスローモーションになった。

 そして、これまでの自分の歩んできた道のりが全て走馬灯のように流れた。

 一つ一つの試合。激戦。勝利。敗北。

 更に・・・

 

―――俺たちは王者だ 負けることは許されない! それが王者の掟!

 

 難病から奇跡の復活を遂げた幸村の執念。

 

―――お前の覚悟はそんなものか

 

 自分の腕を犠牲にしながらも真っ向からぶつかった、最大最強のライバル、手塚。

 そして・・・

 

―――まだまだだね

 

 その瞬間、真田の瞳が変わった。

 

「みんなよく見るんだ・・・」

「幸村?」

 

 今まで無言を貫いていた幸村が、腕組しながらコートから目を背ける立海メンバーに告げる。

 

「テニスで敵わないからテニスを捨てる? 何を言っているんだ、真田。君からテニスを奪ったら何も残らない。俺と同じ。テニスは真田の全てさ。捨てられるはずがない」

 

 幸村の言葉が合図になったのか、真田がヤケクソの動きから急にキレのある動きへと変わった。

 更に、

 

 

「・・・えっ!? ちょっ、何よ!?」

 

 レーザー光線がテニスコートに放たれた。

 

「あれは!? 柳生先輩の!」

「レーザービーム・・・」

 

 目にも止まらぬパッシングショット。それだけではない。

 

「ちょっ、ぼ、ボールが消えた!?」

 

 あまりの速さでボールが見えなくなることは既にあった。

 だが、目の前にあったボールが急に姿を消した。

 アスナも目を凝らして思わず左右に首を振った。

 

「あれは、千歳千里の神隠し!?」

 

 突如、キレのある動きであらゆる技を繰り出す真田。

 その彼の体には光り輝くオーラが身を包んでいた。

 

「あれは・・・気・・・でござるか?」

「いや・・・違うのでは・・・エヴァンジェリンさん、アレ、何だか分かります?」

「・・・ほう・・・あの小僧・・・どうやら、常人の極みに達しているようだな」

 

 誰の目にも確認できる、真田から放たれるオーラ。その現象に観客もざわつき出すが。

 しかし、真田は更に加速していく。

「ちょっ、いきなりなんなのよって・・・えっ!?ラ、ラケットが見えない壁に・・・」

 

 アスナが真田から打たれた球を返そうとしたら、スイングの途中で目に見えない何かにラケットが弾かれてボールを返せなかった。

 

「おい、ジャッカル! あれって確か」

「ああ、イギリスで見た・・・ジェミニだ! 確か、目に見えない気で球を作り出し、先に気のボールを打ち相手のラケットを弾く技・・・真田の野郎・・・」

 

 そう、止まらない。その姿に興奮を隠せない立海メンバーは・・・

 

「ぷりっ、イリュージョン」

「仁王先輩、急にどうし・・・うおっ、イリュージョンで青学の監督になって、どうしたんすか?」

「・・・あやつめ・・・進化しおった」

「仁王くん。それをやりたいがためにイリュージョンで竜崎先生になるとは・・・まあ、気持ちは分かりますがね」

「おい、お前ら、真田の野郎、まだ何かやろうとしてるぞ!」

 

 気で作り出したボール。更に、その気を巨大化させ・・・

 

「な、なに!? 空気が・・・何だかビリビリして・・・」

 

 空気が変わった。真田が溜め込んだ気が一気に解放される。それは、ジェミニとは比べ物にならない超大型の気で作った球。

 この中でその技の正体を知っているのは、切原だけだった。

 

「あれは、イギリスでキースとかいう奴が使ってた、万有引力!?」

 

 先程はアスナにテニスコートを飛び越えるほどぶっ飛ばされた真田だが、今度はアスナが大きく飛ばされて、何十メートルも先にある校舎の壁に激突した。

 

「ちょっ、アスナさん!」

「えっ、あれなんなん!? いや、アスナは無事やろうけど、真田くん急に凄すぎやん!? 」

「テニスと気を融合した技・・・でござるか?」

「すごいアルね。ちょっと見くびってたアル」

「やるな」

「ほほ〜、生意気な小僧だと思っていたが、言うだけはあるな。・・・無我の境地とやらだな・・・」

「あの、エヴァンジェリンさん、むがのきょーちって何?」

 

 覚醒した真田に、麻帆良生徒たちが身を乗り出した。

 

「ゲーム・真田・3│4・チェンジコート」

 

 ぶっ飛ばされたアスナより、真田に注目が集まるところが、立海メンバーとの違いではあるが、そんな状況でもこの男だけは冷静だった。

 

「真田も俺も、無我の力は使えるけど、通常使わない。体力の消耗が激しい上に、自分の技で戦ったほうが強いからね。でも・・・テニスを捨てようとした真田に対し、彼の細胞と本能が真田を無理やり無我の境地に引きずり込んで、テニスを手放させなかった。いや、テニスが真田を手放さなかった」

 

 誰もが唖然として、幸村に対しても真田に対しても言葉が出ない。

 アスナもぶっ飛ばされたものの、大して怪我はしていないが、急に動きが変わった真田に対して言葉を失った。

 すると、無我のオーラを纏った真田は、アスナを見ながら呟いた。

 

「まだまだだな」

「ッ!?」

「やはり、俺にはテニスしかない。だからこそ、とことんテニスに身をゆだね、俺は更なる高みへと行く」

「ゲンイチロー・・・へへ、すごいじゃん。これがテニスなのね?」

「ああ、これがテニスだ!」

 

 全てを吹っ切ったかのように迷いのない表情、集中しきった瞳。

 真田は今、テニスプレイヤーとして大きく進化した。

 だが・・・ついに我慢の限界に達した女生徒が叫んだ。

 

「いや・・・・つか・・・・・・・・・テニスじゃねえじゃん!!?? 何でテニスやって校舎に穴が空いたり人がぶっとんでんだよ!? しかも、元気玉まで打って神楽坂ぶっとばして、どこがテニスだっつーの!!」

 

 常識人・長谷川千雨。

 しかしその叫びは誰からも無視され、いよいよ真田とアスナの決着が近づく。

 

 ・・・・だが、その決着は、仁王が気づいた意外な出来事が原因で、思わぬ形で迎えることになるのだった。

 

「あの女。今の万有引力の衝撃で・・・・・・パンツが破けとんだぜよ・・・気づいてないのか?」

 

 アスナも真田もスカートの下の異常事態に気づいていなかった



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話『死闘決着』

 長谷川千雨は、もう叫ぶしかなかった。

 

「だから、お前らテニスしろってーーーーーーッ!!」

 

 麻帆良学園の常人の者たちには既に何が起こっているか分からない。

 

「ねえ、美砂・・・分かる?」

「わかるわけないじゃん! どっちが勝ってんのかとか、どんな試合展開なのか全然分からないわよ!」

「もう・・・学園祭の武道大会のテニス版だよー」

 

 クラスメートを応援するつもりで、可愛いチアリーダー衣装で応援していた子や、他の生徒たちももはや目を凝らしても分からない。

 

「ぬああああああ!」

「負けるかー!」

 

 正に、そこは選ばれた者たちにのみ立つことが許された聖域。

 いや、コートの中の戦場。

 互いに相手を討ち滅ぼそうとする轟音が鳴り響き、その争いの余波がコートに白煙を舞い上がらせ、空間を完全に埋め尽くした。

 互いに拮抗した力がぶつかりあった死闘。いや、一部の人間を除き、死闘が繰り広げられていると思われる、ということしか分からない。

 ある種の極みにまで達した極限の死闘は、その経過を把握することすら選ばれたものにしか許されなかった。

 

「百錬の雷霆!!」

「無極而太極スイング!!」

「ほう! スイングの風圧だけで、百錬を纏った打球の威力を軽減するとは、たまらんなァ!」

「たまんないのはコッチよ。オーラを適材適所に集めて、スピードも打球も格段に上がってんじゃない!」

 

 死闘の末にさらに進化を遂げた真田弦一郎。彼は無我の境地から更なる奥の扉を開いた。

 

「真田が『百錬自得の極み』の扉を開いたか。しかもそれだけじゃない。本来、無我の爆発的に溢れるパワーを腕一本に集中させることで相手の力を倍返しにすることができる。だが、今の真田は、腕一本だけではない、状況に応じて無我のオーラを足に集中させたりオーラの攻防移動まで実現させている」

 

 白煙舞い上がるテニスコートを凝視しながら、涼しい顔をしていた幸村の頬に一筋の汗が流れた。

 

「元々、筋力やスタミナにテクニックが全国トップクラスの真田がこれをやるんだ。今の真田は・・・天衣無縫の越前リョーマすら凌ぐかもしれない」

 

 頼もしく、そしてどこまでも進化を続ける戦友の姿に、幸村は喜びと同時に興奮を覚える。

 自分も早く、全力でテニスをしたいと、今すぐにでも体を動かしたい気分だった。

 一方で・・・

 

「やべえ、何だよこの試合は! 何が起きてるか全然分かんねー!」

「弦一郎が、無我の境地から百錬自得を取得した・・・いや、取得したようだが・・・状況が分からない」

「どこまでも高みに行くぜよ」

「恐れ入りましたよ、真田くん」

「へへ・・・流石だよ、真田副部長。この鬼人のような強さがあんたたる所以だ。必ず追いついてやる!」

 

 残念ながら、幸村を除く立海メンバーにはコートの中の戦争の状況を把握することはできなかった。

 しかしそれでも真田が高みへ登ったことは誰もが理解し、トッププレイヤーとしての血が騒ぎ、大きく刺激された。

 

「真田弦一郎か・・・なかなか見所がある小僧のようだな。刹那よ、意外とお前らとも接戦するのではないか?」

「ええ、テニスが素人とはいえ、アスナさんとここまで拮抗するとは・・・テニスか・・・甘い世界ではなかったようですね」

「甘いはずがない。元々は貴族の遊戯として始まったスポーツだが、その歴史たるは奥深い。今の真田という男がやっているのは、何世紀にも渡り続き、そして研究され続けて完成した緻密で高度な現代テニスの極み。純然たる肉体の能力のみで戦う神楽坂アスナが簡単に勝てる相手ではないということだ」

「エヴァンジェリン殿が言うと重みがあるでござるな」

「見ていて気持ちがいいアル。お互い一歩も引かず、ウズウズしてきたアル」

「ふっ・・・確かにな」

「これは、次の試合も油断したらやられてしまいます」

 

 この死闘を唯一確認できるのは、刹那、エヴァンジェリン、長瀬楓、クーフェ、茶々丸。

 そして・・・

 

「アスナさーん、バックサイドの反応が遅れています! 真田さんが狙ってますよー!」

 

 必死に応援するネギだけだった。

 

「百錬の動かざること山の如し! いかなる打球も跳ね返す無敵の盾よ!」

「なら、それも突き破るは! 障壁貫通ショット!」

「まだまだあ!」

 

 ワンポイントが非常に長くなっていた。

 お互いの必殺ショットもなかなか相手からポイントを奪うまでには至らず、一進一退の攻防が続く。

 すると・・・

 

「アスナトマホーク!」

「再び雷轟よ埋め尽くせ! 百錬の雷霆!!」

 

 明日菜の超ハードショットを雷の打球で跳ね返す。

 目を覆い隠すほどの発光がテニスコートから発せられ、誰もが目を瞑る。

 そして、徐々に光が収まり、同時にコートを包んでいた白煙が消えていく。

 すると、お互いスイング後のポーズのまま互を睨み合う、真田とアスナの姿が出てきた。

 さらに、アスナのコートに・・・

 

「あっ、アスナのコートにボールがめり込んどる!?」

「すっ、すご!? ハードコートにボールがめり込むとか・・・テニスの前提が狂いまくってるじゃん!?」

 

 究極のラリーを制したのは真田。ボールがコートにめり込んで返球不可能な状態を見た審判は、コールを告げる。

 

「ゲーム・真田・6-5」

 

 ついに、真田がリードした。あと一ゲームで勝てる。

 そのことにガッツポーズをする立海メンバーに、悔しがる麻帆良の生徒たち。

 だが、

 

 

「審判、良く見んかーッ!!」

 

 突如、真田の怒号が響いた。

 

「えっ?」

 

 急に怒鳴られて驚く審判に、周りの者たち。

 すると真田はラケットを前に出し、ネットをさす。

 

「今の俺のショットはネットです。神楽坂アスナのポイントになります」

「「「「「「「「「「ッ!!??」」」」」」」」」」

 

 いや、何言ってんの? お前のボールはアスナのコートに突き刺さってんじゃん? 

 誰もがそう思ったとき、真田が指し示すネットを見て、皆が気づいた。

 

「ああああーーーっ、ネットが破れてやがる!?」

「いや、・・・白帯だけ残して、下のネット部分だけ消滅しているような・・・」

「えっ、ほならまさか今の真田くんのショット!?」

 

 そう、テニスの基本ルールは、相手の打球をネットの上を通して返球しなければならない。

 

「俺のショットはネットを貫通しただけです。よって、今のは神楽坂アスナのポイントです」

「し、失礼しました! ゲームカウント・5-5のデュースからやり直します」

 

 慌ててカウントを訂正する審判。だが、誰も責めることはできない。

 こんな状況下で分かるはずがない。それどころか、正々堂々と真実を告げた真田に、麻帆良の生徒たちやアスナからも感嘆の声が上がる。

 

「ゲンイチローって、正直者よね。黙ってたら分からなかったのに」

「たわけ。それで勝つことに何の意味がある。真っ向勝負で勝利するからこそ、誇りを持てるのだ」

「まったく・・・なによ・・・あんた、かっこいいじゃない」

 

 仕切り直し。もはや二人を挟むのは、ネットを失った白帯のみ。

 テニスコートにも何箇所か亀裂や穴がある。

 しかしそれでも二人は戦いをやめない。

 誰も寄せ付けない二人の世界だった。

 

「アスナさん、楽しそうですね」

「ああ、これほど純粋に勝ち負けを誰かと競うことはあまり無かったのだからな。イキイキしている」

「それに、真田くんって同級生やけど、顔が大人びてるやん。年上のおじさん趣味のアスナと、ええ相性なんやないかな?」

「おやおや、確かにそうでござるな」

 

 再びコートが戦場と化す。だが、見る人が見ればその死闘も、まるで恋人たちのイチャつきのようにしか見えなかった。

 アスナの友人たちは、微笑ましい温かい瞳で二人のコミュニケーションを見守る。

 

「礼を言おう、神楽坂アスナ。俺は今、この試合でできる最大の進化に踏み込んだ」

「ッ!?」

「百錬の疾きこと風の如し、加えて侵掠すること火の如く、加えて徐かなること林の如く、そして 動くこと雷霆の如しッ!!」

 

 一球。そこに全ての力を注ぎ込んだ。

 それは、現時点で真田が持てる最大最強の一打だった。

 

「私だって、負けらんないのよ!」

 

 アスナは反応した。ラケットを両手持ちして、己の全力のパワーでボールを叩く。

 するとアスナが立っていたコートに亀裂が入り、その亀裂が速度をましてコート外まで走る。

 

「な、なにあれ!?」

「力と力の拮抗。行き場をなくしたボールの力がコートを、そして地面を走った!」

「返せる確率・2%!」

 

 柳蓮二がこれまでの二人の力から確率を分析する。

 だが、確率が1%でもあれば、人間は何でもできる。

 

「ずりゃあああああああああああああ!」

 

 アスナは渾身の力を込めて返した。

 あまりの威力に押されたものの、ボールは確実にネットを越える。

 だが、そのボールにはまったく威力はなく、中ロブ気味の完全なチャンスボール。

 

「返しやがった!? だが、チャンスだ、真田副部長!」

「アスナ、急いで構えな!」

「もらったあ!」

「真田!」

「アスナさん!

 真田は走る。ボールに向かって全力で。

 アスナはボールを打ち返した反動で、まだ態勢が整っていない。

 決められる。

 真田がスマッシュを打って決める。誰もがそう思ったとき、真田は意外な行動をした。

 

「ぬおおおおおおおお!!」

「えっ!?」

 

 なんと、真田はスマッシュを打たなかった。

 それどころか、ボールに見向きもせず、二人を挟む白帯をジャンプで乗り越えて、そのままアスナを通り過ぎて全力でコートの外まで走った。

 

「はっ?」

「真田!?」

「これは一体・・・」

 

 真田は急にどうしたのだ? チャンスボールを無視して敵前逃亡?

 わけがわからず走り去る真田の背中を見ると、その先には・・・

 

「ちょっ!?」

「あ、危ない!?」

 

 それは、これまで真田とアスナが激突して傷ついた校舎。

 真田が繰り出した技をアスナが返球しようとした時の衝撃の亀裂が後者まで届き、亀裂の走った校舎の一部が人間大の破片として地面に落下しようとしていたのだ。

 その真下には、何も気づいていない幼い子供が歩いていた。

 

「ぬあああああああああああああああああああ!!」

 

 真田は子供に瓦礫が落下する前に、両腕を上げて身を挺して受け止めた。

 

「ひいい!?」

「な、なに!?」

「子供よ・・・・・・早く逃げんかー!!」

 

 瓦礫を受け止めている間に早く逃げろ。真田の怒鳴り声に涙目の子供たちは急いでその場から立ち去る。

 だが、瓦礫も重さは百キロを遥かに超える。いかに強靭な真田とはいえ、いつまでも持ち上げてはいられない。

 さらに・・・

 

「って、まずい!」

「さっきの衝撃で、照明まで!?」

 

 テニスコートの周りに設置されている証明も、度重なるテニスコートでの死闘の衝撃の余波で耐え切れずに運悪く落下している。

 その真下には真田が居る。このままでは死んでしまう。

 立海メンバーたちにはどうすることもできず、ただ真田の名を叫ぶだけだった。

 しかし・・・

 

「アデアット!」

 

 誰よりも先に、アスナが動いた。

 テニスラケットを、巨大な剣に変えて真田に向かって走りながら大ジャンプをして宙に舞う。

 

「そりゃあああああ!!」

 

 空中からアスナが剣を振るい、かまいたちのような斬撃が飛ぶ。

 その斬撃は、巨大な照明を容易く切り裂き、照明は真田を避けるように地面に落下した。

 そしてもう一度、アスナが斬撃を飛ばし、真田が抱えている瓦礫を粉々にした。

 

「神楽坂・・・アスナ・・・」

 

 真田は夢でも見ているような気分だった。

 一瞬、死をも覚悟した状況を一瞬で覆したアスナの力。

 巨大な剣を抱えて降りてくるアスナを、まるで神々しい戦乙女のように見えた。

 そしてアスナは笑顔を見せる。

 

「まったく気づかなかった。すごいじゃない、ゲンイチロー。あんたは強いだけじゃない! ほんとにすごいと思う!」

 

 目の前の勝利を捨てるどころか、自分の命を賭けて無我夢中に人の命を救おうとした真田の心の熱さに、アスナはただただ称えた。

 

「アスナ・・・ほっ、良かった」

「油断してましたね」

「良かった・・・真田副部長」

「しっかし、クレイジーな女だぜ」

 

 一瞬ヒヤッとしたが、最悪の事態を避けられたことに、麻帆良一同や立海メンバーも、細かいツッコミは抜きにしてホっと胸をなで下ろした。

 だが・・・

 

「って、ちょっと! ゲンイチロー、危ないからどいて! 私、着地するわよ!」

 

 その時、着地しようとしているアスナの真下で、真田はまだ動いていなかった。

 いや、正確には動けなかった。

 

「ぬっ、・・・この足、度重なる雷と無我の力で・・・足が動かん!」

「はあああ!?」

 

 アスナは慌てて体勢を整えようとしたり、落下位置を変えようとするが、空中ではうまく身動き取れず。

 

「ちょーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

 

 アスナはそのまま真田に落下した。

 ドシンと大きな音を立てて落下したアスナ。

 

「あいたたたた・・・・ったく、しまらないわねえ」

 

 着地に失敗して恥ずかしそうにするアスナは苦笑する。

 だが、クラスメートや立海メンバーは驚愕の表情をしていた。

 それは・・・

 

「むーーーーー! もがもがもが!!」

「あん・・・って、何!? ちょっ、・・・えっ・・・ゲンイチロー!?  って、えっ・・・・・・ちょっ・・・」

 

 アスナのお尻の下には真田が居た。

 そう、着地に失敗したアスナは真田と激突して、真田の顔面を下敷きにしていたのだった。

 今のアスナはテニス用のスカートを履いた状態・・・そんな状態で、男子の顔面に座っている・・・

 真田が息もできずにモガモガすると、アスナの超危険痴態を刺激して、アスナから一瞬艶っぽい声が漏れる。

 だが、一瞬の静寂を置き、次の瞬間・・・

 

「ちょおおおおお!? い・・・・・・・いやああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 天地が裏返るほどの悲鳴が響いたのだった。

 脱兎の勢いで真田から飛び離れるアスナ。慌てて立ち上がる真田。

 

「あ、あんた! あの、ちょ、ごの、だあああ!?」

「ま、待て・・・俺もワザとでは・・・いや・・・い、言い訳するつもりはない。お前に不愉快な思いをさせたのは事実」

 

 普通なら、ここでアスナが「エロガッパー」とか言って相手を思いっきりぶっ飛ばすところだが、真田も狼狽えながらも素直だった。

 

「お、俺を殴れ!」

「・・・え・・・」

「償いになるとは思えんが、俺の気がすまん! だから、お前の気が済むまで俺を殴れ!」

 

 反応に困った。なぜなら、アスナはこういうラッキースケベ的な展開になれば問答無用で相手をぶっ飛ばしてたからだ。

 しかし、堂々と「殴れ」と言われたのは初めてだった。

 

「出たァ、真田副部長の『俺を殴れ』!」

 

 ここまで堂々とされると、アスナも事故だと自覚してる分、真田を殴るのは気が引けた。

 それに、よくよく考えれば、まだギリギリ・・・いつも自分が遭遇しているハプニングに比べれば・・・自分のお尻と股下に男の顔面が少しあたったぐらい・・・まあ、パンツをモロ出ししてしまったかもしれないが・・・

 

「うう〜・・・でも、あんた、・・・私のパンツバッチリ見たでしょ?」

「むっ、いや、それは逆に良く分からなかった。暗かったから、むしろ何も分からなかった」

「えっ、そうなの?」

 

 真田は嘘をつくような男にも見えない。ならば、ここはアスナも・・・

 

「ちょっと待つぜよ」

 

 その時、仁王が動いた。

 

「女。お前、自分がそもそも今、そのスカートの下がどうなっているが気づいていないのか?」

「はっ? 何よ・・・スカートの下って・・・」

 

 アスナ、スカートの上から自分のお尻を軽く触れる。すると・・・

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっ!!??」

 

 大事なことなので、もう一度確認した。だが、間違いなかった。

 

「うっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・うそ・・・・・・・・・・」

 

 ちなみに、今のアスナの状態に気づいていたのは、幸村、仁王、そして麻帆良の一部の戦士たち。

 真田はまったく気づいていなかった。

 

「ぎょあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 アスナ、今日一番の速度で叫びながら逃走。

 彼女はただ、顔を真っ赤にして狂ったように泣き叫んだ。

 

「ちょおおおおおおお、なんんてことにナッティyd@9じょpq!!」

 

 もはや声にならない。

 

「あ〜、アスナ、ドンマイや。真田くん気づいてなかったんやから」

「そ、そうですよ、アスナさん。それに私たちもチェンジコートの合間に教えてたのに、アスナさん集中して全然聞いてなかったし」

「それに・・・その、真田さんは決してこれで言いふらしたりするような人ではありませんから。ぼ、僕も何度かアスナさんのそのパンツを僕の所為で・・・でも、真田さんのは完全に事故です。許してあげてください」

 

 全力で慰めようとするが、微塵も回復しない。

 そう、問題はそんなこっちゃない。

 

「もう・・・生きてけない・・・死のう」

「だ、ダメですよ、アスナさん。アスナさんはこれからの魔法世界や色々な国を救うためには――――」

「何がクニだよ、ク○ニされたじゃないのよおおおおおおおおお!!」

「ぶへぼ!? な、何で僕が殴られ!?」

「しかも、ノーパンでパイ○ンでク○ニされたとか、どこのXXX版よ! 規約違反で死ぬしかないわ!! 」

 

 あれだけの死闘でも倒せなかった神楽坂アスナの敗北は、案外簡単なのか難しいのか良く分からない方法で決まったのだった。

 

「神楽坂アスナ・試合続行不可能により、勝者・真田!」

 

 そして、審判の宣言とともに、立海が先勝したのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~幕間~
第4話『集結する男たち』


 その日、一人の怪物がこの麻帆良に降り立った。

 彼が歩くだけで、その容姿ゆえに誰もが恐れて道をあける。

 真っ白い制服に逆だった髪の毛。睨んだだけで人を射殺せそうな瞳。

 そしてどういうわけか、かなりイラついている様子だ。

 

「太一のやつ、どこ行きやがった。ちょっとテニス部があるから見てきたいとか言いながら、いつまで待たせやがる」

 

 人と待ち合わせをしているようだが、待ち人が来ないようでかなりご立腹だ。

 

「ちっ、まあいい。もうこれ以上は待てねえ、俺はただ、評判のモンブランを食いに来ただけなんだ。あいつもそれぐらい知ってっから、後で来るだろうよ」

 

 怪物は麻帆良のテニスなどには一切興味を示さず、ただ麻帆良の食堂塔を目指す。

 しかし、彼は知らない。

 一切興味を示さなかったテニスに、このあと巻き込まれてしまうということを。

 

 

 

 真田とアスナの死闘による瓦礫や照明の撤去や破損したコートの整備に休憩時間が与えられた。

 

「では、コートの整備に入りますので、一時間ほど休憩に入ります」

 

 本当は一時間程度でどうにかなる惨状ではないが、麻帆良の優秀な科学力や雑務用ロボが大活躍し、テニスコートがみるみるうちに戻っていく。

 その間、与えられた休憩時間の中、勝利した真田を労いながらも、立海メンバーの表情は真剣そのものだった。

 

「彼女たちを女性だといって侮ることはできない。勝ったとはいえ、真田ですらここまで追い詰められたんだ。みんな、全力を出していこう」

 

 部長の幸村の言葉が無くとも、一流選手である彼らはそんなこと言われなくても分かっているとばかりに頷いた。

 

「次はダブルスだ。丸井。ジャッカル。出番だ」

「おう」

「やってやるぜ」

 

 緊張感を保ちつつも、闘争心をふつふつと沸き上がらせる、立海大必勝ダブルス。

 ボレーのスペシャリスト・丸井ブン太。

 鉄壁の守護神・ジャッカル桑原。

 

「頼んますよ、先輩!」

「まかせろい」

「恥はかけねえからな」

 

 二人共真田の試合に刺激されたのか、今すぐにでも試合をやりたくてウズウズしていた。

 今は、真田とも差があるかもしれない。だが、彼らとてトッププレイヤーとしての道を歩もうとしている。

 負けていられない。真田にも。そしてこんなところでも。

 

「必要ないかもしれんが、油断するなよ、二人共」

「あたりまえだろい、真田」

「全国大会決勝で青学の二人に負けちまったからな・・・もう、負けらんねえよな」

 

 最強立海大の必勝ダブルスペア。二人が組めば公式戦でもほぼ負けなしだった。

 だが、今年の全国大会で彼らは負けた。団体戦の勝敗は最初に三勝した学校が勝つ。逆に言えば、三敗したら負けになる。

 その内の一敗を彼らが付けてしまった。

 中学最後の大会のその雪辱を晴らすことはもうできない。

 だが、テニスを続けていれば、その悔しさを上回る栄光さえ掴めれば心も晴れるだろう。

 敗北を経験したことが、逆に彼らを更に貪欲にした。

 

(二人共いい目だ。一部の油断もない。そうなると問題は・・・どんな相手が出てくるかだが・・・)

 

 幸村が麻帆良女子の集団に目を向ける。その集団の中心には、次の試合をすると思われる二人がストレッチをしていた。

 

「楓ー、クー、ガンバレー!」

「二人共、気をつけるんだね。真田という男ほどではないかもしれないが、侮らない方がいいよ」

「次はダブルスか〜、でも、二人のコンビなら無敵でしょ!」

「ん? 千雨ちゃん、どうしたん?」

「いや・・・さっきの試合はシングルスであんなんだったんだ・・・ダブルスであの二倍ヤバくなるとかねーよなって思って」

 

 出場するのは、忍者ガールの長瀬楓と格闘マスターのクーフェ。

 麻帆良でも名の通った最強クラスの夢のタッグだ。

 このダブルスにはクラスメートだけでなく、麻帆良の生徒ならば皆、頼もしさを感じずにはいられなかった。

 

(随分と人気があるな・・・それだけすごい使い手ということか。確かに、体つきや身に纏う雰囲気が違う。果たして彼女たちは、神楽坂アスナと比べてどの程度の能力があるのか・・・)

 

 幸村は少し不思議な感覚だった。

 立海大に入学して三年。これまで対戦校を気にすることなどほとんどなかった。

 今年は敗北したものの、一年生の頃も二年生の頃も無敗神話を築き上げたのだ。

 それが今では素人の女子相手に全力を尽くしている。

 だが、そうしないと負ける。そんな雰囲気を幸村も他のメンバーも感じ取っていた。

 

「おっジャッカル。いつものか?」

「ああ。お前もだろ」

「モチのろんだろい」

 

 丸井とジャッカルがラケットバッグをゴソゴソとあさり出す。

 すると、丸井は箱に入ったケーキを、ジャッカルはバリカンを取り出した。

 ジャッカルはバリカンの電源を入れて、頭を剃っていく。

 丸井は試合前だというのに、クリームのたっぷりのったケーキをバグバグ口に入れていく。

 

「ちょっ、なにやってんのよ、アレ! ボーズの人が更にツルンツルンにしてるわよ! クリリン・・・いや、ピッコロよ!」

「あっちの人は試合前だっていうのに、あんなにケーキ食べてる!? お腹壊すんじゃない?」

 

 勿論、二人を知らない者たちから見れば奇妙な光景だろう。

 だが、これが彼らの試合前に必ず行う儀式のようなものであり、ジンクス、そしてルーチンワークのようなもの。

 ジャッカルはかつて海外で世話になっていた先輩に憧れ、自分も彼のようになりたいという思いから、その人物と同じ頭にすることで気合を入れる。

 そして丸井に関しては、体格や体力が不足している彼は糖分を摂取することでそれを補えると分かってから、試合前には自分のオリジナルケーキを作って食べるのが習慣になっていた。

 気合も十分な証拠。しかし、他の者たちから見れば・・・

 

「あのさ・・・なんか、丸井くんだっけ? 彼が食べてるケーキ・・・なんかすごい美味しそうなんだけど」

「・・・そういえば、お腹が・・・」

 

 甘いもの大好き女子たちから見れば、丸井のケーキに興味惹かれるのは仕方がないこと。

 しかし、相手は初対面の上に、女子校ゆえに普段関わりのない男子だ。

 あまりジロジロと・・・

 

「ボクたちにも食べさせろー!」

「わーん、お姉ちゃん待ってよー!」

「「「「「「「「「「うおい!?」」」」」」」」」」

 

 しかし、男女の境などアッサリと越えられてしまった。

 コートサイドの階段状の長椅子に座ってケーキを食べている丸井の背後から、麻帆良女子中の名物双子ロリータ姉妹・鳴滝風香と史伽が目を輝かせて丸井のケーキを覗き込んできたのだった。

 

「んー? なんだ、ちみっこ」

「ねえねえ、すごい美味しそうじゃん。どこのお店ー?」

「店? 違う違う、俺が作ったの」

「えっ!? これ、あなたが作ったんですか!? すごい・・・美味しそう・・・」

「ん〜・・・じゃあ、ちょっと食うか?」

「えー、いいの!? 食べる食べる!」

「いただきます」

 

 本当は同級生なのだが、あまりにも幼児体型で幼児と遜色ない双子姉妹に、丸井は妹をあやすかのように、その口の中にショートケーキを手づかみで押し込んだ。

 

「はぶっ・・・ん!? もぐもぐもぐ・・・・!?」

「す、っ・・・すごいおいしー!!」

「ホントに絶品だよー!」

 

  満面の笑顔を浮かべてブン太特性ケーキを食べてハシャぐ鳴滝姉妹。その表情は誰の目から見ても幸せそうに見える。

 そこまで自分の手作りを喜んでもらえれば悪い気もしない。

 丸井も笑いながらウインクをする。

 

「どう、天才的ィ?」

「うん、天才! もー、超おいしい! 僕もう、すっごいハマった!」

「う〜、麻帆良の食堂塔で働いて欲しいです」

 

 なんか微笑ましい・・・そして美味しそう・・・羨ましい・・・プラス・・・丸井ブン太はかなりのイケメン・・・・

 

「ちょっと、ズルいよ二人共!」

「ねえねえ、丸井くん、私たちにもちょーだい!」

「丸井くんってブン太くんっていうの? 可愛い名前〜」

「丸井くんをスマホで調べたら、いっぱいのってたよ。ボレーのスペシャリストって。テニスもうまくてケーキづくりもできてイケメンで、最強じゃん!」

 

 とまあ、こうなるのだった。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・ジョリジョリ・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 ついでにジャッカルは誰にも話しかけられなかった。

 ただ無言でバリカンの音だけが響いていた。

 

「俺の分がなくなるだろい」

「なら、ゴマ団子食うアルか? 五月が作った、絶品アル」

「オメーらは俺と今から試合するんだろい」

「まあまあ、良いではないか、拙者もご相伴・・・」

「あー、分かった。試合が終わって時間があったら作ってやるよ。・・・ジャッカルが」

「俺かよ!?」

 

 女子に囲まれて、一気に人気者になってしまった丸井ブン太。

 立海メンバーも「やれやれ、仕方ないな」と思う反面、化物女子ばかりだと思っていたがやはり甘いものには目がない普通の女の子たちの反応を見せられて、少しだけホッとした。

 だが、同時にあることに気づいた。

 

(あれ・・・そういやー・・・)

(おかしい、次の試合まで時間があるとはいえ、この状況・・・・『たわけ、何を不抜けておるか。たるんどる』と弦一郎が怒る確率90.2%・・・だが)

(ふむ、真田くん・・・どうしたのでしょうか?)

(ぷり?)

 

 そう、規律と掟に厳しい真面目人間・真田弦一郎が何も言わない。

 一体どうしたのかと、切原たちが真田に振り向くと・・・

 

「だから・・・責任・・・取ってくれるんでしょ? ゲンイチロー・・・」

「無論だ。好きなだけ俺を殴れ」

「だっ、殴んのはもういいから・・・あ〜、そのね・・・もう、・・・・」

「どうした? 他に要求があるなら言うが良い。俺にできることならどんな償いもしよう。この命に代えても」

「だから、あんたいつの時代の人間よ!? 切腹しそうなやつね!?」

 

 真田は、アスナと向かい合って何かを話している。

 真剣な表情の真田に、顔を赤くしたり、照れて頭をかきむしるアスナ。

 すると・・・

 

「じゃあ、今のケーキ見てたらお腹すいたから、私にモンブラン奢りなさい!」

「ぬっ、も、モンブランだと?」

「そうよ! 今、食堂塔のメニューに超美味しいって評判で雑誌にも取り上げられているモンブランがあるの! それを私にいっぱい奢んなさい!」

「モンブランか・・・それは、風流だな」

「いい? ソコソコ高くて中学生には痛い出費だから私たちもあんまり食べられないの! だから、あんたはモンブランを私に奢ってくれたらさっきの・・・ア、アレは水に流すから!」

 

 先程から恥ずかしさのあまり逃げ回っていたアスナも、今の状況のドサクサに紛れて真田とのわだかまりを解決しようとしてきた。

  真田もまた、自分の犯した罪を自覚しているからこそ、その償いを提示されたことで心が少し軽くなった。

 

「よかろう」

「ほんと?」

「ありったけのモンブランをたらふく食わせてやろう」

「よし、それなら許す! 絶対に約束だからね!」

 

 ・・・・真田副部長・・・それってデートってやつですか?

 切原はそうツッコミ入れたかったし、女子たちはアスナに対してそう思っていた。

 すると・・・

 

「なら、今行ってきたらどうだい、真田、神楽坂さん」

「「えっ?」」

 

 意外な人物からの言葉に、真田もアスナも目が点に。

 

「すまん、幸村。少々、五感を奪われていたようで・・・」

「俺はまだ何もしていないよ?」

「今・・・何と言った」

「だから、今から神楽坂さんにモンブランをご馳走してあげればいいじゃないか。試合までまだ一時間もある」

 

 それは、まるで友達の恋を応援しているかのような温かい眼差しの幸村だった。

 

「たわけ、何を言うか!」

「コートの修繕までまだ時間がかかるし、全員の試合が終わるまで待っていたら何時になるか分からない。それに真田、君は今日これ以上試合できるコンディションじゃないし、別に構わないよ」

「幸村! これからチームメイトが戦うというのに、この俺がそんな無礼なことができるか!」

「いいんじゃないかな? みんなも君に言われなくてもやるべきことは分かっている。それに・・・」

「ッ!?」

「部長の僕が言ってるんだから、別に構わないよ」

 

 幸村の微笑みとは裏腹に、真田の全身に鳥肌が立った。

 

(真田・・・君は本当に強くなった。でも、まだ足りない。それは心のゆとりだ。どこまでも貪欲に、どこまでも高みを目指す心・・・しかし、それではいつかその心が君を押しつぶす。だからこそ、息抜きできる時が必要なんだ。とくに、今日のよ

うな日はね)

 

 幸村から発せられる得体の知れない何かを感じたアスナや刹那たちは、気づかぬうちに手に汗をかいていた。

 そう、何故か逆らえない。これは強さや能力がどうのではない。

 カリスマだ・・・

 

(な、なによ、こいつ・・・そういえばゲンイチローじゃなくて、こんなヒョろそうな奴が部長なのよね・・・ゲンイチローより強いのかな?)

 

 結局真田は仏頂面のまま、アスナと一緒に今からモンブランを食べに行くことになった。

 

「きゃー! ねえねえ、これってさ、これってさ、やっぱり!」

「あーん、ええ感じやん! 幸村くんナイスや!」

「どうも」

「後をつけたいよねー、二人がどうなるのか!」

「アスナぐらいアホだと、真田くんぐらい堅物な方がバランス取れていいかもしれないし〜」

「こ、これは気になります」

「やめよう。ここから先、どうなるかは二人しだい。俺たちは黙って見守ろう」

「あの、皆さん、どういうことですの? 幸村さん、一体・・・」

「だからね、雪広さん・・・神楽坂さんと真田で・・・」

「まあ!! まあまあまあまあ!!」

 

 キャーキャーと思春期真っ只中の中学生達が、二人の友の背中を見送ろうとする。

 

「ん? なによ、みんなしてニヤニヤして・・・」

「「「「「べつに〜」」」」」

「・・・・はっ!? ち、違うのよ!? こ、これは違うんだから! そう、ただモンブランを食べに行くだけで!」

「神楽坂よ、行かんのか?」

「ちょっ、まっ、い、行くけど、待って?」

「時間がない、早くしろ! たるんどる!」

 

 アスナもようやく気づいた。

 

(ちょっ、まずいまずいまずい! 私は確かにおじさま趣味だけど、こんな堅物じゃなくて落ち着いた人がいいのよ〜! そう、試合前に読んだテニス雑誌の榊太郎っていうテニス部の監督みたいに!)

 

 同級生の男と二人でスイーツを食べに行くなど、シチュエーションだけ聞けば勘違いされてもおかしくない。

 

 だが、ここで二人で消えてしまえば、もはや嘘から出た真になってしまいかねない。

 

(よし、ネギを連れて・・・)

 

 二人はまずい。だからネギを無理やり連れていこうかとしたら、

 

「坊や、先生をしているんだってね、大変だね」

「でも、僕が受け持っているのはクラスの三十人ぐらいです。幸村さんは五十人以上の部の部長ですよね。その大変さに比べれば」

「俺は大したことはしていないよ。真田が居てくれたからね」

「はい、僕もアスナさんが居てくれて、いつも僕を助けてくれたんです! だから、アスナさんには幸せになって欲しいです!」

 

 ネギは和んでいた・・・

 

(ダメだ・・・それに、あの幸村ってやつ、なんか近づいたら意識が遠のくというか、なんかすごい怖いから近づきたくないし・・・)

 

 他のクラスメートたちは? 

 

「神楽坂アスナと弦一郎・・・どうなるかは僅かなことで結果は変わる・・・この状態で二人が結ばれる確率は、30.7%か」

「正確には30.74%です」

「むっ・・・・・・・この柳蓮二・・・基本的に小数点第二以下は切り捨てる主義だ。絡繰茶々丸とやら」

「私はどんな確率でも切り捨てません。僅かな可能性が世界を覆すこともあるのです」

「・・・ほう・・・この柳蓮二の主義を覆そうというのか?」

「なにか?」

 

 一部微妙に因縁ができたりしているが、基本的にニヤニヤして見守る態勢。

 他はブン太のケーキに夢中。

 

(まずい、こんな状況で無理やり誰を連れて行けば・・・ッ、仕方ない!)

 

 アスナはとにかく真田と二人きりを避けるべく、やけくそになってクラスメートの腕を掴む。

 

「いいんちょ、来て!」

「はっ、はあ!? 何故、私がそのようなお邪魔虫のような真似を!?」

「いいから来いっての!!」

「お待ちなさい、アスナさん! 私も後で試合が〜」

「時間があるからいいって、幸村くん言ってたじゃないのよ! いいから、一緒に来て!」

 

 アスナが強引に連れ出せるのは委員長で幼馴染の雪広あやかしか居なかった。

 アスナの強引なパワーに抗えるはずも無く、あやかは引きづられながら、連れて行かれてしまった。

 照れちゃって・・・あーあ、仕方ないやつ・・・というのが残された彼らの率直な感想だった。

 しかし、この時は立海も麻帆良も気づいていなかった。

 一瞬訪れた初々しい甘酸っぱい空気など、嵐の前の静けさにしか過ぎなかった。

 本日、誰にも知られずに行われていた麻帆良と立海の練習試合。

 それは他のテニス関係者に知られることなく行われ、終えるはずだったが、この「モンブラン」が原因となり、今日の戦いは中学テニス界を巻き込む大戦争へと発展させるきっかけとなるのだった。

 

 

 そう、そのモンブランが・・・

 

「チョー楽しみ! ここのモンブラン絶品なんだって!」

「私、これ食べるために朝を抜いてきたんだから」

「あ〜、早く来ないかな〜」

 

 食堂塔のテーブルで噂のモンブランを心待ちにしている女生徒たち。

 彼女たちはウキウキしながら、話を弾ませてその時を待っていた。

 だが・・・

 

「お持ちどうさまでした〜、ゴーヤモンブランですよ」

「「「えっ!!??」」」

 

 女生徒たちは硬直した。当然だ。自分たちが注文したのは普通のモンブラン。

 断じて、ゴーヤモンブランなどではない。

 これは違う! そう言おうとしたとき、ゴーヤモンブランを持ってきたウェイターがキラリと目を光らせた。

 

「なにか? お嬢さん」

「あの・・・これちが・・・」

「おやおや、何が違うのですか〜?」

 

 オールバックでメガネをかけた、どこか紳士的な容姿と振る舞いを見せるが、その瞳は蛇のような不気味さを漂わせていた。

 

「文句があるなら・・・もっとゴーヤ食わすよ〜」

 

 そして、その後ろには大盛況の食堂の中を走り回る色黒の男たちが居た。

 

「「「「はいでぇ!!」」」」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二試合:ボレーのスペシャリスト・丸井&鉄壁の守護神ジャッカルVS甲賀中忍・長瀬&拳闘の求道者・古菲
第5話『未知の領域』


「うらあ! せい! うっし!」

 

 テニスボールを打つ音と、ボールが壁にぶつかって跳ね返る音が響く。

 

「どらあ!」

 

 テニスコートから少し離れた場所で、校舎に向かって汗を流しながら壁打ちをしている一人の選手。

 立海大附属中二年・切原赤也。

 二年生にして唯一超強豪立海のレギュラーを勝ち取り、様々な試合を経て大きく実力を増した彼だが、今は少し心の中で焦りが出ていた。

 

「ちっ・・・まさか、あんな女共がいやがるとはな。それに勝っちまった真田副部長もすげえが、俺はどうするよ・・・さすがに、女にボールぶつけんのもな・・・」

 

 切原赤也。プレースタイルは超攻撃型。

 いくつもの大会最短記録試合を持ち、たまに激しいラフプレーで相手を容赦なく叩きのめして試合続行不可能にすることもある。

 そんな彼についた異名は・『悪魔(デビル)』。

 しかし、その悪魔も想像を遥かに超える力を持った女たちに、言いようのない緊張感を持っていた。

 

「くそっ、ちげえ! ビビってるわけじゃねえ。それに、女だろうが容赦はしねえ! 俺の野望は立海ナンバーワンになり、そして全国ナンバーワンになって、この切原赤也の名を全国に轟かせることだ! こんなところで、あんな女どもに負けてたまるかよォ!」

 

 壁を破壊する勢いでボールを強く打ち込む切原。

 しかし、渾身の力で打ったボールは校舎の壁の僅かな傷にあたって、ボールの返ってくる方向が変わった。

 

「いい!?」

 

 その先には・・・

 

「ちょっ、あぶねえ!」

「ん? ったあ!? いった、なんやねん、いきなり」

 

 赤也の打ったボールが不運にも道を歩いていた子供に当たってしまった。

 

「やべっ、ワリーワリー、ちょっとミスちまった。大丈夫か、ボーズ」

「ん、まあ、俺も油断しとっただけやし、別に大したことないで。・・・ん? テニスボールか」

 

 慌てて駆け寄るが、大した怪我もなさそうでホッとした。

 子供は少し頭を抑えているが、とても元気そうな様子だった。

 すると、

 

「小太郎くんがよそ見してるからだよ〜」

「修行が足りないのかしら?」

「なっ、ちょ、今のは油断しただけや、夏美姉ちゃん、千鶴姉ちゃん!」

 

 ボールにぶつかった少年に寄り添う二人の女が居た。

 一人は切原から見ても同級生ぐらい。もう一人は大学生かそれ以上。

 

「あっ、すんませんっす。この子のお姉さんっすか?」

「お姉さん? ん〜、私はそんなところですけど、夏美ちゃんは違うかしら? ・・・恋人?」

「ちょっ、ちづねえ!?」

「千鶴姉ちゃん、初対面の奴に何言うとんねん!?」

 

 ・・・恋人・・・? 小太郎という子は小学生ぐらいにしか見えない。

 対する夏美と呼ばれた女の子は自分と同じ歳ぐらい。

 一瞬冗談かと思ったが、何だか反応が怪しい。

 

(うわ・・・あんま関わんね〜ほうがよさそーだな)

 

 なんだか微妙な予感がしたので、切原はさっさと謝ってその場から立ち去ろうとした。

 すると、

 

「なあ、兄ちゃん。テニスボールとラケット持っとるゆうことは、兄ちゃんが今日、ネギたちとテニスする学校なんか?」

「あっ? ネギって・・・あのちっこいガキか?」

「そや、あいつは俺のライバルや」

 

 呼び止められて振り返る切原に小太郎が言う。すると、夏美も千鶴も反応が変わった。

 

「あっ、じゃあ、今日クラスのみんなが試合するのって、あなたなんですか?」

「あら、そうだったのですか? でしたら、私たちも今から応援に行くところだったのです」

「うちのクラスって・・・じゃあ、あんたらのあの人たちのクラスメートっすか」

 

 あの化物女のクラスメート? 立ち去ろうとする切原の興味を示すには十分だった。

 それどころか、

 

「ええ。初めまして。私は麻帆良女子中三年の那波千鶴ですわ。そしてこちらが村上夏美ちゃんで、この子が夏美ちゃんと将来結婚する小太郎くんですわ」

「だからちづねえええええええええええ!?」

「えっ・・・ちゅ、中学!? あんたも、中学生っすか!? 俺の一個上!?  いやいやいや、んな馬鹿な」

「・・・・・・・・・・・・なにか?」

「ッ!?」

 

 なんと、大学生以上だと思っていたら同じ中学生だった。

 その時、切原は突如千鶴から溢れた真っ黒いオーラと笑みに恐怖し、大きくのけぞった。

 

(なっ、なんなんだよ、この女。幸村部長とは違うが・・・ハンパじゃねえオーラが・・・なんなんだよ、この学校は)

 

 コートに集まった連中以外にも、まだこんな化物がいたのか?

 どこまで自分を馬鹿にすれば気が済むのか。

 切原は舌打ちしてその場を立ち去ろうとする。

 

「おっ、行くんか? なあ、兄ちゃん。試合はどうなっとるんや?」

「まだ1-0だ。一応俺たちが勝ってるが、次の試合はまだ一時間先だ」

「えっ? 何で?」

「ウチの副部長とあんたらんとこの神楽坂って女との試合で、テニスコートがブッ壊れたんだよ。今、その修理中だ。俺は時間があるからここでアップしてるだけだ」

「あらあら」

「ちょっ、神楽坂ってアスナ姉ちゃんか!? 今、兄ちゃん達が勝ってる言うとったが、アスナ姉ちゃんが負けたんか!?」

「ああ。確かにあの女もすごかったけどよ、真田副部長は鬼人だ。勝てるわけがねえ」

 

 そうだ、自分たちを誰だと思っている。

 自分たちは最強立海の最強メンバーだ。女なんかに負けるはずがない。

 だから、自分も負けることは許されない。

 例え、どんな手を使おうとも・・・

 

「信じられんわ〜、テニスなんてナヨいスポーツしとる奴らにアスナ姉ちゃんが負けるやなんて」

 

 その時、小太郎の不意の一言が、イラついていた切原の琴線に触れた。

 

「おい、テメエ、今、なんつった!」

「はっ?」

「テニスがナヨいとか言ったか!? 潰すぞ!」

 

 切原は突如振り返り、まだ幼い小太郎の胸ぐらを掴みあげようとした。

 小太郎も急なことで一瞬、体を反応させようとしたら・・・

 

「待ちなさい」

「「ッ!?」」

 

 切原の手を、千鶴が抑えた。

 そして、

 

「えい」

「はぶ!?」

 

 千鶴の手刀が小太郎の頭部に炸裂した。

 いきなり何すんだ!?

 そう言おうとしたが、千鶴の黒いオーラを纏った笑みに小太郎は恐怖して言葉が出なかった。

 

「小太郎くん、彼に謝りなさい」

「はあ? 俺は別に・・・」

「・・・別に?」

「うっ!? あ、謝るて! なんやしらんけど、兄ちゃん、堪忍な!」

「・・・ごめんなさいね。子供だから自分が何を言ったか分かっていないの。許してくれるかしら?」

「・・・あっ・・・いや・・・別にいいっすよ」

 

 一瞬テニスをバカにされたことを怒ろうとした切原だが、千鶴の対処と妙なオーラに切原も調子が狂った。

 確かに子供の言ったことだし、大人気ないので、水に流すことにした。

 

「まっ、邪魔だからさっさと行ってくんねーすか? 俺は、あんたらのクラスメートを血祭りにするための準備中なんすよ」

「あらあら、物騒ねえ。テニスをするのでしょう?」

「関係ねえ。俺の野望を妨げるやつは、全員潰す!」

 

 そうだ、それが自分だ。切原赤也だ。

 相手が誰でも関係ない。

 一度テニスコートに経てば、相手を二度と立ち上がれぬほど痛めつけて潰す。

 そうやって、ずっと勝ってきた。相手が女子でも関係ない。

 潰す・・・

 

「潰すなんて言ってはいけませんわ」

 

 その時、千鶴の軽いチョップが切原の頭を叩いた。

 

「テニスを馬鹿にされて怒ろうとしたあなたが、そんなプレーをしてはいけませんわ」

「ッ、何しやがッ!?」

「テニスはスポーツ。スポーツを憎しみの生み出す道具にしてはいけませんわ」

「はあ!? あんたには関係ないじゃないっすか! 大体、初対面でなんなんすか!」

 

 ふざけんな。女だからって容赦・・・

 

「関係ないとか言ってはいけませんわ。たとえ、素人でも、あなたのテニスに対する考えが間違っていることはわかりますわ」

「なっ!? ・・・なら、教えてやりますよ。俺のテニスは最強を目指すテニスだ。邪魔する奴は、全部真っ赤な血に染めて潰す! それが俺のテニスだ!」

 

 自分のプレースタイルを堂々と告げる切原。

 

「なあ、夏美姉ちゃん・・・俺もよう知らんのやけど、テニスってそういうスポーツやったか?」

「5000%違うよ・・・」

 

 小太郎と夏美も、切原の言葉に困った表情を見せる。

 だが、千鶴は、

 

「あらあら、困ったわねえ〜・・・う〜ん、あなた、お名前は」

「立海大附属中二年。切原赤也っすよ」

「では、赤也くん?」

「い、いきなり下の名前っすか!?」

「元気なのはいいけど、もうちょっとお利口さんになろうね、赤也くん」

 

 ぎゅっ・・・なでなでなで

 

「ッ!!??」

 

 一瞬何が起こったのか、切原は状況を確認する。

 何故か、初対面の女にメッされた。

 なんか抱きしめられた。胸元の弾力のあるものが顔にあたる。

 何故か抱きしめられながら、頭を撫でられてる。

 

「ちょっ、一体、何するんすか! ふざけんじゃねえ! 何で、俺をガキ扱いしてるんすか!」

「あらあら、なんだか赤也くんは、体の大きな困ったさんね」

「ちょっ・・・いい加減に・・・」

 

 何でこんなことになっているんだ?

 それに何でこんなことをしている千鶴を誰も止めない?

 

「アカンな〜、完全に千鶴姉ちゃんにロックオンされたんやないか?」

「はは、ちづねえは母性本能の塊で、基本は小さい子がターゲットだけど・・・母性本能をくすぐるワルガキにも反応しちゃうから・・・」

 

 千鶴の背後で夏美と小太郎は気の毒そうな顔で切原に苦笑していた。

 

「そうなの・・・そうだったの。あの手のかかるヤンチャボーズだった小太郎くんも、魔法世界の冒険を経て立派な男の子になった。そして、小太郎くんにはもう夏美ちゃんという人生のパートナーまで見つけて、私の役目なんてもう終わった。そう思っていましたわ。でも違った、私には今日出会った赤也くんを正しい道へ導くという使命があったの」

「なあ・・・この姉さん、頭大丈夫か?」

「諦めや。千鶴姉ちゃん最近、忙しすぎて保母のボランティアも行けてへんし、最近俺ともあんま絡んでへんから、母性本能を発散する場がないんや」

「えっと、切原くん? ご愁傷様・・・」

 

 悪魔が聖母に捕まった瞬間だった。

 

 

 一時間後。

 コートの整備は問題なく終わった。

 それどころか、破損したとは思えぬ状態で、新品のテニスコートが入ったのではないかというぐらいの整った状態だった。

 これほどの環境で一番に打てるのはラッキーだ。そして、ようやく出番が来た。

 立海の丸井ブン太とジャッカル桑原がコートに入る。

 二人を送り出す立海メンバー。

 だが、同時に幸村はある憂いを感じていた。

 

「やれやれ。真田だけでなく、赤也まで戻ってこないとは・・・何かあったかな?」

 

 そう、実は時間が来たにもかかわらず、モンブランを食べに行った真田と、アップをしに行ったはずの切原まで帰ってこないのだ。

 当然、一緒に行ったアスナやあやかも戻ってこない。

 もっとも、麻帆良生徒たちはそれほど心配している様子ではないが、流石にあの真田が戻ってこないことには幸村も少し不思議だった。

 

「まあいい。真田にはゆっくりしろと言ったんだし。赤也には・・・まあ、ペナルティかな?」

「赤也・・・お前は、精市の恐ろしさを忘れたか」

「しかし、切原くんならまだしも、まさか真田くんまでとは、少し心配ですね」

「ぷりっ・・・まさか、女ども連れてどこか・・・」

 

 だが、戻ってこないことには仕方がない。

 どちらにしろ、試合は始まるのだ。

 今はただ、目の前の試合に集中するしかない。

 

「では、これよりダブルスの試合を始めます! ワンセットマッチ・ジャッカル・丸井ペア・長瀬・クーペア。ジャッカル・トゥ・サーブ!」

 

 審判のコールとともに、四人が腰を落とす。

 対戦する、楓とクーフェは、余裕なのかどこか笑っているように見える。

 ならば、その笑みを一瞬で変えてやる。

 ジャッカル桑原はトスをあげて渾身のサーブを楓に打ち込む。

 

「ファイヤー!」

 

 強烈なファイヤーサーブ。たったこれだけで、素人にもジャッカルのレベルの高さが分かる。

 だが、

 

「ほうほう、なかなかの剛球でござるな。と、こうでござったかな」

「ッ!? 楽々返しやがった、こいつらもバケモンかよ! せいっ!」

「よっと」

 

 楓は楽々とジャッカルのサーブに反応して返球。

 ジャッカルも悔しがるものの、アスナの実力を見た後では想定の範囲内とばかりに、鋭いストロークで応戦する。

 ジャッカルと楓が互いにクロスのボールを打ち合うラリー。丸井は定位置から動かず、来るべき時が来るまで不動の構えだ。

 一方で、

 

「うー、楓ばかりズルいアル! 私も打つアル!」

 

 ジッとしているのがつまらなかったのか、クーフェが無理やり横に動いてポーチに出ようとした。

 その不用意な動きを逃すジャッカルではない。

 

「バカが、ガラ空きだぜ!」

 

 咄嗟にストレートに方向を変えて空いたスペースに打ち込む。

 完全に決まった。少なくともいつもの試合ではそうだった。

 しかし、

 

「これこれ、ペアを組む以上勝手は困るでござる。よっと」

「ぬぬ、すまんアル」

 

 楓がカバーに入ってボールに追いついた。

 

「ちっ、なんて足してやがる!? あれに追いつくか!? 横移動の縮地法かよ!」

「いやいや、瞬動でござる」

「なるほど、テメェもあの女と同じぐらいのスピードってか!」

「んー、残念ながら、単純な瞬動なら拙者の方がキレは上でござるがな。それに、全力を出せばこの程度ではござらんよ」

 

 再びラリーに戻ったジャッカルと楓。楓の守備範囲の広さからもポイントを奪うのは難しい。

 だが、それは相手も同じ。

 

「上等だ。どんなにテメエがリターンしようが、俺の守備も崩させねえ!」

「ほ〜、一般人のレベルにしてはなかなかの敏捷性でござるな」

「俺がいる限り打球は後ろへ通さねえYO! これぞ俺の反復守備(ターンディフェンス)・『ねずみ花火eat』!」

 

 コートの端から端を走り回ってディフェンスを続ける反復ディフェンス。

 ジャッカルは己が守備に徹した時の力に自信を持っていた。

 例えポイントが取れなくてもポイントを奪わせない。持久戦なら負けない。

 そう思っていたのだが・・・

 

「ふむ。確かに普通のボールを打っていては、『怪我』もさせずにその守備を断ち切るのは難しいでござるな。なら、忍打を一つ打たせてもらうでござる」

「何!?」

 

 忍打? 何が来る? 

 

「ジャッカル、何か来るぜい!」

「分かってる! 決して通さねえ!」

 

 ジャッカルが全神経を集中させて楓のボールを待つ。

 

「いくでござる!」

「ッ!? よく、そんな下手くそなスイングで、そんなボールを打てるな!」

 

楓がラケットを素早く振りぬく。速い。そして重いだろうと分かる。

 しかし、なんの変哲もないただの強烈なストロークならば、返せる。

 ジャッカルが腕に力を入れてリターンしようとした。

 すると、

 

「忍打・球影分身の術!」

「ッ!? ボ、ボールが増えた!?」

 

 何が起こった? 

 

「これは分裂・・・いや、違げえ! 本当に増えてるように見えるぞ、どうなってやがる!」

 

 これまで分裂球を打ってくる連中はいくらでも居た。

 だが、それは分裂しているように見えただけ。

 高速でボールが揺れ動いているだけでボールは一つだった。

 だが、これは違う。一瞬でボールが十球に増え、更に全てが本物に見えた。

 どれを返していいのかなど判断できず、十球のボールがジャッカルを抜いた瞬間、ボールは再び一つに戻った。

 何事も無かったかのように。

 

「0—15!」

「・・・・・・マジかよ・・・」

 

 審判のコールとともに、コートの周りで大歓声が起こった。

 

「出たー、楓の忍者テニス! 影分身ボールだー!」

「スゴ!?どうやって、あんなの打ったのよ!」

「ちょっと待てー、長瀬、テメエそれは卑怯すぎだぞ!」

「楓・・・それはさすがに・・・」

「は〜、こればっかしは千雨ちゃんとせっちゃんの言うとおりかもしれんな〜、楓ちゃん、意外と容赦なしやな〜」

 

 麻帆良生徒たちの歓声に、楓は恥ずかしそうに頭をかく。

 そして、自分ばっかりズルいとばかりにむくれるクーフェと軽くハイタッチ。

 

「ちなみに拙者の影分身は・・・16分身まであるでござる」

 

 ジャッカルと丸井のショックは大きかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話『あくまでテニス』

「ほう、随分と盛況だな。この学園の繁栄ぶりを思わせる」

「こちらが食堂塔で、すべてのフロアが飲食店になっておりまして、土日祝日関係なく、大勢の人で溢れていますわ」

「そっ、だから私たちは普段はここで食べてるんだ。ゲンイチローたちは学校に食堂があるの?」

「確かに、購買と食堂がある。俺は基本的に弁当だがな」

「ふふ、真田さんのお弁当は、和式の重箱のお弁当箱を想像できますわ」

「そんなことはない。最近では部活の帰りに部員と一緒にハンバーガーも食している」

 

 休日にもかかわらず、私服の生徒や地元住民たちで溢れる広々とした食堂の光景に真田も感心した。

 そう、真田、アスナ、あやかの三人は、どういうわけか試合の合間に噂のモンブランを食べるためにワザワザ来た。

 普段の真田なら絶対にしないことなのだが、部長命令ゆえ逆らえず、また最初は乗り気でなかったものの、これも良い気分

転換になるかもしれないと、受け入れることにした。

 

「そこの店員よ。このテーブルにモンブランを三つ頼む!」

「「・・・ぶっ・・・」」

「何がおかしい!」

「いや、だって・・・戦国武将みたいなあんたがモンブランなんて・・・」

「申し訳ありませんわ。ですが私もおかしくて・・・」

「くだらんことで水を差すな。さっさと食ってテニスコートに戻るぞ。貴様ら覚悟しておけ。我らの力を存分に見せてくれよう!」

「うん。ってか、もう十分わかったって」

 

 テニスウェアを来た三人組。見る人によれば、休日に娘とテニスをやって、帰りにモンブランを食べて帰ろうとしている親子に見えるかもしれない。

 少なくとも、今はテニスを通じて互を認め合ったからか、ギスギスした雰囲気はなく、テーブルでの会話も意外に弾んでいた。

 真田の学校はどういうところか。部活は大変か。大会でのこと。時間はあっという間だった。

 真田もそれほど悪い気分でもなかった。

 だが・・・

 

「さあ、ゴーヤモンブラン、お待ちですよ〜」

「「「なっ・・・・!?」」」

 

 急にテーブルに運ばれた予想外のモンブラン三つを前にして、機嫌の良かった真田が立ち上がって声を上げる。

 

「たわけえ! 俺はモンブランを持って来いと言ったのだ! 断じてゴーヤなどではない! 普通のモンブランを持ってこんかー!」

 

 アスナとあやかもオーダーミスに文句を言おうとしたが、先ほど自分でも言ったが戦国武将のような男がオーダーミスを怒り、モンブランを持って来いという光景がシュールすぎて、思わず声が出なかった。

 だが、すぐに異変に気づいた。

 怒鳴ったはずの真田が、店員を見て固まっているのだ。

 

「き、貴様は・・・」

「おやー、真田クン。両手に花といえば、ゴーヤでしょう?」

「貴様、なぜここにいる! 木手永四郎!」

 

 真田は突如、店員に向かってそう言った。

 

「えっ!? 知り合い!?」

「真田さん、我が校に知り合いの方がいましたの?」

 

 そう、真田はこの男を知っている。

 この男の名は木手永四郎。

 現在、九州最強のテニスプレイヤーだった。

  

「球影分身の術!」

「せい!」

 

 とりあえず、本物がどれか分からないので、分身したボールを一つ打ってみた。

 すると、ラケットにボールを打つ振動が伝わった。

 だが、打とうとした瞬間、ボールは跡形もなく消え、本物のボールがエースを取った。

 

「くそ、偽物かよ・・・いや、しかし打った感覚が残る分身ボールってどういうことだよ」

「だが、ポイントを取った瞬間はもとの一つに戻る。わけわからんだろい」

「幸村・・・ボールは決して増えたりしないんじゃなかったのかよ」

 

 一体、どうやってあんなボールを打ったのか。そもそもどうやって返せばいいのか。

 ジャッカルと丸井は頭を悩ませる。だが、試合は待ってくれない。

 

「0—40。・・・・・・・・・・・・・・・サーバー」

「ちっ、わーってるよい」

 

 とにかく、本物が分からなければ打ち返しようがなかった。

 

「驚いたな。俺の目にも、全部本物に見えたよ」

「あのジャッカルがいとも簡単にエースを取られるとは・・・」

「何かネタがあるのでしょうか? しかし、一見、ただの素人のスイングにしか見えませんでしたが」

「忍者テニスか・・・もはや、本当に忍術だと思ったほうが納得できるぜよ」

 

人の業とは思えない。多くの魔球とこれまで出会ってきたが、これは異質だった。

 テニスを根底から覆しかねない未知の力。

 こんなところで自分たちの知らない世界が見られるとは思わなかった。

 

「球影分身の術!」

「ちっ、こうなったら、全部片っ端から打ってやる!」

「俺も協力すればいいだろい」

「んー、しかし、ヌシらの反射神経では一度に打てるのは四球が限界でござるな。二人合わせて八球。拙者が16分身させれば、確率は二分の一でござるが・・・仮に運良く返球できても、こやつがいるでござる」

 

 さらに・・・

 

「チャイナピローショット!!」

「ッ!? なんてショットだろい」

「ふっふっふ、楓ばかりで私を無視するのはダメアル!」

 

 クーフェのアクロバットショット。

 拳法の達人である柔軟な体とバネから繰り出す強烈なショットは、ボレーのスペシャリストと呼ばれている丸井のラケットを軽々吹っ飛ばした。

 

「いいじゃんいいじゃん、さすが、楓とクーフェのダブルス!」

「息もピッタリ、正に最強!」

「もはや、ここまで来ると相手が気の毒ですね」

「な〜、ジャッカル君とぶん太君、まだ一ポイントも取れとらんで」

 

 楓がとにかくボールを拾いまくって、更に返球不可能な分身球でジャッカルの守備を破壊し、前衛の攻めを任される丸井のボレーを、クーフェは相手の武器であるラケットごと吹っ飛ばす。

 

「ゲーム・長瀬・クーペア・3—0チェンジコート」

 

 二人の圧倒的な個々の力に、丸井とジャッカルは攻めることもできず、結果3ゲーム終わってまだ一ポイントも奪えなかったのだった。

 言い訳すら思い浮かばず、チェンジコートの際のブレークで、二人は汗を拭いて水を飲みながら、率直な感想を口にした。

 

「やっぱ、化けもんだったな、あの女ども」

「どんなに思いっきりリターンをしても、軽々追いついて返球してくる。分身球も厄介すぎるだろい。それに、あの、クーフェとかいう女。拳法の達人どころじゃねえ。ありゃあ、マスターって感じだろい」

「ああ。そのくせ、青学の菊丸以上のアクロバットとパワー。正直、真っ向勝負で決められる気がしねえ」

 

 そう、正直なところ、どれだけ打っても決まらない。そして、相手のショットはリターンできない。

 ハッキリ言って、お手上げといっても良かった。

 だが・・・

 

「丸井、ジャッカル」

 

 ベンチコーチの幸村は、それほど慌てた様子はなかった。

 いや、それは丸井とジャッカルも同じだった。

 二人も驚いたり、相手の強さにまいってはいるものの、取り乱している様子はまったくなかった。

 

「二人共、あの彼女の分身ショットは俺もよく分からない。確かに、あれを返球するのは難しそうだ。でも・・・それで勝てないと言う気かい?」

 

 幸村は、当たり前のように告げた。

 これまでの試合展開を見ても、両者の力の差は明らかだった。

 現に、丸井もジャッカルも、相手の強さの前に一ポイントも未だに奪えていないのである。

 それでも、幸村はまるで二人が負けるとは思っていない様子だった。

 すると、丸井とジャッカルは小さく笑った。

 

「ジャッカルも言っただろい。真っ向勝負では『決められる気』がしないとはい言ったが、『勝てる気』がしないとは言ってないだろい」

「ああ。正直、女相手にこういうやり方は恥ずかしいが、そうも言ってられねえな」

 

 ブレークタイムが終わり、二人は立ち上がった。その表情は何かを決意した顔だった。

 何をする気か? それを理解している幸村は、何も言わずに頷いて二人を送り出した。

 

「クー・・・」

「分かってるアル。何か、仕掛けてくるアル」

 

 その様子に、何か仕掛けてくるかもしれぬことを、楓とクーフェも空気で感じ取った。

 お祭り騒ぎの自軍ベンチだが、試合をしている張本人は冷静そのもの。

 

「面白いアル。あの、真田という男みたいに、何かしてくれなければつまらないアル。さあ、いくアルよ!」

 

 相手が何をする気かは分からないが、上等。受けて立つと、クーは自己流のスイングでサーブを打つ。

 クーのバネとパワーで繰り出したサーブは、それなりの威力ではあるが、反応できないジャッカルではない。

 

「さあ、何をするアル? 決められものなら決めてみるアル!」

 

 クーフェと楓は、ジャッカルのリターンに腰を低くして構える。油断など微塵もなかった。

 するとジャッカルは・・・

 

「ふっ、ワリーな。闘争本能剥き出しなところワリーが、もう、決める気はねえ」

「・・・えっ?」

「どうせ決まらねえなら、こっちが決めさせなきゃいい」

 

 何をする気か? 強烈なリターン? 鋭い変化のするショット? 違う。ジャッカルと丸井が仕掛けたのは・・・

 

「それ」

 

 何の変哲もないクロスのリターン・・・

 

「・・・はっ?」

 

 に加えて、非常に緩く遅いボールだった。

 

「何アレ!? あんな簡単なボールでクーフェたちが決めさせるわけないじゃん!」

「やけになったのでしょうか?」

「逆にチャンスボールじゃん! いっけー!」

「まるで、テニスのコーチが初心者に球出しするぐらいのボールや」

 

 どうしてこんなボールを? 何かがしかけられているのか? 

 相手の考えは分からないが、どれだけ緩いボールだろうと、鋭いスイングで相手コートにボールを叩き込もうとした。

 だが・・・

 

「あれ?」

「アウト! 15—0」

 

 ボールはコートから大きく外れて、アウトになった。

 

「クー、どうしたでござる」

「あ・・・いや〜、すまないアル。簡単なボールだと思ったら力んでしまったアル」

「やれやれ、脱力こそが力でござろう? おぬしにしては珍しいでござるな」

 

 クーフェのイージーミス。思わぬ形で、初めてポイントを奪われてしまった。

 だが、所詮は簡単なミス。自軍ベンチも「ドンマイ」の一言で、誰も重く捉えなかった。

 しかし・・・

 

「おい、忍者女」

「ん?」

「さっきの分身球、もう一度打ってみろい。今度はちゃんとポイント奪うからよ・・・ジャッカルが」

「って、俺かよ!」

「冗談だって」

 

 丸井のどこか余裕たっぷりの発言に、楓も少し表情が変わった。

 確かに初めてポイントを奪われたが、何か嫌な予感がした。

 

「今度はミスしないアル!」

「そうかい。じゃっ、気を付けろい」

 

 今度はリターンの丸井も、ジャッカル同様にゆるいリターンをする。

 

「楓、決めるアル!」

「長瀬さん、いっけー!」

「楓ちゃん、もう一本な!」

 

 ポイントは取られたら取り返すのが基本。

 これで先ほどのクーフェのミスはチャラになる。

 そう思って楓も分身球で打ち返した。

 だが、

 

「アウト・30—0!」

「これはっ!?」

「なっ? ちゃんとポイント奪っただろい」

 

 楓の分身球。もはや丸井もジャッカルも取ろうとすらしなかった。

 すると分身したボールは一つ残らずコート外まで飛び、単純なミスで楓とクーフェは連続でポイントを失った。

 

「おい、何やってんだよ、長瀬!」

「ドンマイドンマイ! そんなミスへっちゃらだって!」

「またさっきみたいにやれば、すぐ勝てるって!」

 

 連続でポイントを失ったが、ベンチはただ声を上げるだけで、誰も異変に感じていなかった。

 だが、楓とクーフェは、どこか違和感を覚えていた。

 

「楓・・・」

「おかしいでござる。あんなゆっくりした球を・・・簡単に決められると思ったが・・・」

「でも、あいつら、何か特別なことをしたとも思えないアル」

 

 首をかしげる、楓とクーフェの姿に、丸井とジャッカルは軽く拳をぶつけあって、小さく笑う。

 そう、二人は確かに仕掛けた。だが、それほど大それたことなどは何もやっていない。

 二人は、本当に緩いボールを打っただけなのである。

 しかし、それがテニス素人の楓とクーフェへの罠だった。

 

「やはり、素人だったね」

「こんな単純な方法で崩れるとは・・・」

「真田もこうすればもっと簡単に勝てたぜよ」

「まあ、真田くんは真っ向勝負にこだわりましたからね」

 

 麻帆良ベンチとは別に、声も上げずに余裕の表情で観戦している立海ベンチは静かだった。

 

「テニスは、速いボールを速いボールで打ち返すのは、実はそれほど難しいことじゃない。でも、緩いボールを速く返すことは、実はそれなりの技術が必要なんだ。テニスにとって緩いボール、イコール、チャンスボールじゃない。緩いボールを速く打ち返すには、打点の高さやラケットの角度、動き方やタイミングが揃わないと、強く打ちすぎて簡単にアウトになる。普通は、豊富な練習量でボールコントロールやトップスピンの技術を習得するが、フラットショットしか打てない彼女たちでは、ミスが増えるだけだ」

 

 そう、楓とクーフェは素人。

 速くて強いボールを打ったり、ボールに追いついたりのパワーとスピードと身体能力は持っている。

 しかし、これは格闘技ではない。テニスなのである。

 テニスの技術がなければ打てないショットは、彼女たちに打つことはできないのである。

 

「ゲーム・丸井・ジャッカル・1—3」

 

 ついに、自分たちのミスだけでゲームを取られてしまった。

 一本も打ち込まれて決められたボールなどないというのに。

 流石にここまでくれば、麻帆良ベンチもざわつき出す。

 

「ぬ〜、やりづらいでござる。相手がスピードとパワーのあるボールを打ってくれれば、拙者らもアバウトなスイングで相手に合わす形で決められたでござるが、こうもゆっくりなボールを打たれると、どの程度のコントロールと強さで打てば良いのか分からぬでござる」

「う〜、苛々するアル! 男らしく強く打ってくるアル!」

 

 ミスだけでゲームを失い、最初の勢いが徐々になくなってきた楓とクーフェ。

 そんな二人に丸井はボールを拾いながら、二人に告げる。

 

「お前ら、テニスの本質ってのを教えてやるよ」

「ん?」

「本質・・・アルか?」

「ああ。テニスってのは、強烈なストロークや必殺ショットも、手段であって目的ではないってことだろい」

 

 丸井はそれだけを言って、ジャッカルにサーブのボールを渡す。

 言われた二人はハッキリ言って、それだけでは丸井が何を言いたいのか分からなかった。

 

「分からないなら、カンフー女。俺に強いボール打ってみそ。それで教えてやるよ」

「ぬっ、バカにしているアルか!」

 

 丸井のどこか上からな発言に、クーフェの肩の力が入る。

 それを見て、ジャッカルは口元に笑みを浮かべて、今度は強烈なサーブをクーに打った。

 

「そら! 悔しいが、これぐらいのスピードなら逆に打ちやすいんだろ! リクエスト通り、ブン太に打ってみな!」

 

 速く強烈なボール。だが、それでも自分たちにはこの方が打ちやすいのは事実。

 しかし、バカにされている・・・

 

「ッ、それなら容赦しないアル!」

 

 クーフェは自分が見下されていると思い、ならば容赦なく正面から打ち砕くことにした。

 ボレーで構える丸井に向かって、踏み込み、脱力、一瞬の解放という流れで、爆発的な打球を打った。

 それは、アスナのバズーカーのようなストロークと一切遜色ない。

 

「ッ!?」

 

 当然、丸井のラケットは軽々ふっとばされた。

 あまりの威力に、コート外から息を飲んだ音が聞こえた。

 だが、それでも丸井はどこか余裕で、口元から風船ガムをふくらませた。

 

「確かにスゲーショット。インパクトの瞬間にラケットを手放さなければ、手首がいかれてただろい」

 

 そう、ラケットを吹っ飛ばされたように見えたが、ただ単にボールと当たった刹那のタイミングで丸井はラケットから手を離したのだ。

 だから丸井にダメージは特にない。

 さらに・・・

 

「ボ・・・ボールは・・・あっ!?」

「なっ!?」

 

 そして、ラケットはふっとばしたものの、ボールの決まった音がしない。

 ならば一体どうなった? 一瞬の間をおいて、楓とクーフェが気づいたとき、ボールはネットの上に乗っていることに気づいた。

 ボールはそのままネットの上を転がって、最後は自分たちのコートに入ったのだった。

 

「妙技・綱渡り・・・どう、天才的?」

 

 一瞬のできごとに、反応することすらできなかった楓とクーフェ。今度ばかりは完全に決められた。

 ボールとラケットのインパクトの瞬間からラケットを手放すまでにこれだけの芸当をやった丸井。

 そして、それが偶然でなく、狙ってやったと誰の目にも明らかだったからこそ、このプレーには誰もが目を奪われ、そして、

 

「「「おおおおおおおおおお、なんだそれええええええええええええええええ!!」」」

 

 敵味方問わずに歓声が上がったのだった。

 

「・・・ま、まんまとやられたアルか?」

「見事でござるな」

 

 完全にデザインされたプレーで、相手の思惑通りにやられた。

 言葉も出ないクーフェと楓に今度はジャッカルが言う。

 

「ブン太も言ってただろ? これがテニスの本質だ」

 

 テニスの本質。この、綱渡りのボレーがか? いや、違う。

 

「ボールを一球多く相手コートに入れた方が勝つ。それがテニスだ」

「・・・・あ・・・」

「それが目的であるからこそ、分身球もカンフーショットも俺たちが打つ緩いボールと同じで手段でしかないってことさ」

 

 そう、それがテニスにおける絶対に揺らぐことのない大前提のルールである。

 丸井とジャッカルは相手に惑わされずに、単純にテニスで勝負することに決めた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話『テニスだけは負けねえ』

 ただ、テニスのやり方を変えた。

 それだけで超人的強さを発揮していた、楓とクーフェが振り回されることになった。

 

「アウト・ゲーム・ジャッカル・丸井ペア・2—3! チェンジコート!」

 

 ただのチェンジオブペースで、相手のミスだけでスコアを追い上げてきた。

 

「こんなもんだろい」

「ああ。基本スイングもできてねえ。素質は超一流とはいえ、舐められたもんだぜ」

 

 まだ1ゲーム負けてはいるが、完全に自分たちの思惑通りになっている。

 丸井とジャッカルは笑みを浮かべて軽く互の拳をコツンとぶつけ合った。

 

「油断するな、二人共。追い上げているとはいえ、動きが悪すぎる」

 

 ペースは握っていても、余裕がある状況ではないだろうと、幸村が念のため釘をさす。

 だが、百戦錬磨の二人も、それぐらいのことは分かっている。

 

「当然だろい」

「んなもん、この夏に痛いほど分かった。高い授業料を払ってまでな」

 

 何より、敗北の痛みを知っている二人だからこそ、油断がどれだけタチの悪いものかぐらい理解している。

 

「よし、ならばこのまま、勝ちにこだわるんだ」

「まかせろい」

「おう」

 

 このまま一気に勝ちを手に入れる。

 幸い、超人二人組の楓とクーフェも、ベンチに座りながらもその表情は冴えない。

 

「ん〜、困ったでござる。テニスとは難しい競技でござるな。パワーやスピードのみでなく、技術力が占める割合が大きい」

「う〜、思いっきりバコーンと打ち返したいアル! でも、アウトになるし、だからといって手を抜けば叩き込まれるし、ど

うすればいいアルか!?」

 

 自分の方がパワーがある。スピードもある。身体能力もある。しかし、それで勝てるわけではない。

 単純に、テニスの技術がない。それだけで、こうもいいようにやられてしまうものなのか?

 楓は頭を悩ませ、クーフェはフラストレーションが溜まっていた。

 

「なんか、テニスって奥が深そう」

「せやなー、魔法世界でもあんなにすごかった二人が、テニスの世界やとこうなってまうんやなー」

「う〜、楓ー、負けんなー!」

「クー老師、負けないでください! あんたの負けるとこは見たくねえ!」

 

 麻帆良ベンチ側も、形勢が既に逆転されていることを悟り、焦りの表情を浮かべながら二人に声援を送る。

 だが、こればかりはテニス素人の彼女たちに単純な打開策が思い浮かぶはずなく、ただ時間だけが過ぎようとした。

 しかし、その時だった。

 

「くっくっくっく、お困りのようだな〜、お前たち」

 

 凶悪で妖艶な笑みを浮かべる一人の金髪ロリ娘が、途方に暮れる楓とクーフェの前に降りた。

「エヴァンジェリン殿!?」

「ぬぬ、どうしたアルか?」

「エヴァちゃん、どうしてそこにいるの!?」

「エヴァちゃん、試合中にコートに降りるのはダメだよー!」

 

 少女の名はエヴァンジェリン。

 

「やかましい! それに、試合では一人ベンチコーチを置くことを許されているみたいだ。向こうの男どもも、ナヨっちい男を置いているだろう?」

 

 見てくれは十歳程度の少女。

 しかし、その正体は麻帆良最強、いや、世界最恐の一人に数えられる生きた伝説。

 今は、皆と同じテニスウェアにリストバンドに白キャップに、サングラスというとてもやる気を出した格好だ。

 

「おお、拙者らのベンチコーチをしてくれるでござるか。しかしどういう風の吹き回しでござる。おぬしはたいていこれまで、こういうクラス行事にはかかわらなかったはず」

「うむ、やる気に満ち溢れているアル」

「なに、簡単だ。それは・・・テニスだからだ」

 

 テニスだから? 聞き返そうとする前に、エヴァが二人に顔を寄せる。

 

「私が打開策を教えてやる。私が顧問を務める白き翼のメンバーが、あんなつまらんテニスに負けるなど、許さん」

「だ、打開策があるでござるか!?」

「ああ。まずは、あのネット際での小ワザがウザイ、あの丸井という男の必殺技を潰す」

 

 言葉に力強さが有り、そして自信に満ち溢れている。

 この自分の腰元ぐらいの身長しかない少女が、とてつもなく大きく感じ、そして頼もしく感じる。

 彼女が言うのであれば、間違いないだろう。

 不思議とそんな信頼をさせる存在感があった。

 

「私はこんな身体になる前からテニスをやっていた。宗教の儀式や貴族の遊戯だった時代からスポーツに至るまで、テニスの

根源から関わってきた・・・そう・・・テニス歴600年の極みをみせてやろう!」

 

 チェンジコート後のウォーターブレークも終わり、次のチェンジコートには逆転してみせる。

 意気揚々と自分たちのポジションにつく、丸井とジャッカル。

 すると、

 

「・・・・・クー」

「任せるアル」

 

 こういう目をしてくる連中は、たいがい何かをやろうとしてくるものだ。

 

「・・・おい、ジャッカル」

「ああ。分かってる。目の色が変わってやがる。何か腹をくくったらしいな」

 

 どうやら、何かを思いついたのかもしれない。

 本当に勝ちにこだわるなら、それを出させる前に勝つところだが、ここはあえて出させることにしよう。

 これは油断でも慢心でもない。王者としての義務だ。

 

「来やがれ!」

「見せてみろい!」

 

 ブン太がサーブを打ちながらネットに詰める。

 サービスダッシュだ。

 対する楓とクーフェは・・・

 

「よっと」

 

 何の変哲もない緩いボールのリターン。

 アウトになることとネットになることを恐れた実に中途半端なリターン。

 だが、これでは前と何も変わらない。

 

「それじゃあ、意味ないだろい!」

 

 ブン太がボレーの態勢になる。打てば高確率でポイントを奪うウイニングショット。

 

「妙技・綱渡り」

 

 丸井の妙技が冴え渡る。同時に観客からも悲鳴に似た声があがる。

 

「また、あの技だ!?」

「ネットの上をコロコロ転がって決める技!?」

「あんなの返せるわけないよ!」

 

 そう、丸井ブン太の綱渡りは、ボールがネットの上に転がって落ちる技。

 一見、ただの曲芸に見えるかもしれないが、まともに返球するのが非常に困難な技。

 まず、ネットの上を転がっているボールを打つことはできない。ラケットがネットに触れた時点でポイントを失い、少しでもラケットがネットを越えればオーバーネットという反則になる。

 一度決まった綱渡りを破るには、ネットからの落ち際を拾うしかない。

 しかし、ネットから落ちてきたボールを拾ったところで、まともな強い球が返せるはずがなく、大抵、ボールがロブ気味に浮かんでしまい、そうなればスマッシュを決められる。

 なら、どうするか?

 

「綱渡り? くだらん。600年もテニスをやっていれば・・・貴様らのテニスなど私は500年も前に通過している!」

 

 ベンチで不敵に笑うエヴァンジェリンが授けた打開策。

 それは・・・

 

「はああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 突如クーフェが唸り声を上げ、地面を力強く踏みつける。

 

「ッ!?」

「うおっ!?」

 

 その瞬間、コート全体に振動が伝わり、思わず丸井とジャッカルはバランスを崩す。

 そして・・・

 

「あっ・・・」

 

 丸井のボールは相手コートに落ちることなく、自軍コートに転がっていた。

 

「震脚による振動で、ボールを押し戻す。ネット上に転がったボールもこっちのコートに落ちなければポイントにならない・・・な? 簡単にやぶれるであろう?」

 

 ドヤ顔のエヴァンジェリン。

 誰もが思いつかなかった返し技に絶句していた。

 

「・・・ろ・・・テニス歴600年で思いつく返し技がそれかよ!!?? 地面踏んだ振動でネットの上を転がってるボールを相手コートに押し返すって、ふざけんなッ!!」

 

 長谷川千雨が唯一真っ先に声を上げてエヴァンジェリンに抗議の声を上げるが、次の瞬間・・・

 

「うおおおおおおお、クー老師があのボレーをやぶったー!」

「クーちゃん、すごい! エヴァちゃんも頭いい! あんな簡単な返し技があるなんて思いつかなかったよ!」

「これで、もう、ブン太くんのボレーは怖くない!」

「二人共、反撃返しや!」

「いやいやいや、いいのか? お前ら、アレ、いいと思ってんのか?」

 

 どうやら千雨以外は、抗議どころか賞賛の声を上げ、むしろエヴァの授けた作戦に目からウロコといった様子だった。

 更に立海も・・・

 

「柳ペディア・・・しんきゃく? ってのはどういうことぜよ?」

「震脚・・・中国武術などで取り入れられる、地面が震えるほどの激しい踏み込みのことだ。力強い踏み込みによる歩法への活用。拳を打ち込む時の動作などに用いられるらしいが・・・」

「なるほど、その踏み込みで地面を揺らし、丸井君のボールを逆に押し返したというわけですか」

「ネットの上を転がるボールを、振動で逆に押し返すか・・・そんな破り方は思いつかなかった・・・あの金髪の小さい子・・・やるね・・・」

「おいおい、お前ら、何で「その手があったか」的な顔してショック受けてんだよ」

 

 もはや我慢できずに立海メンバーにすらツッコミを入れる千雨だった。

 だが、技を破ったことには変わりない。

 

「ちっ、こんなやぶられ方なんて初めてだろい」

「ブン太・・・」

「わーってる。取り乱したりなんかしねーって。だが、もう綱渡りは使えなさそうだろい」

 

 自分の代名詞とも言うべき妙技を破られた。

 口では落ち着いているとは言うものの、丸井の心境は穏やかではない。

 

「0-15!」

「だが・・・取られたら、取り返すんで、シクヨロ!」

 

次のポイントでも、丸井は構わずにサービスダッシュをする。

 

「ブン太くん、技をクーちゃんに破られたのに、またネットに出とる! 何でなん? もう、通用せえへんやろ!?」

「お嬢様、あれは、意地です! ボレーでは負けないという意地が、彼を突き動かしているのです」

 

 ボレーを破った? まだ自分は負けてはいない。

 ボレーのスペシャリストと呼ばれた丸井ブン太を舐めるなと、丸井は構わず前へ出る。

 

「ならば、受けて立つでござる!」

 

 楓は、その粋を受け取って、自らもリターンと同時にネットへ詰める。

 両ペアともにネットに詰めて、ボレー対決をしようというのか?

 いや・・・

 

「妙技、鉄柱当て」

 

 ネットとは明後日の方向へ行くボール。どう見ても完全なアウト。

 しかし、そのボールはネットを支える鉄柱にあたる。

 ここから丸井の妙技は始まる。

 絶妙なスピード、鉄柱に当たる角度、全てを計算し尽くして打たれたボールは、鉄柱にあたって相手コートに落ちる。

 しかし、

 

「はっ!!!!」

「ッ!?」

 

 腰が抜けるぐらいの振動で、ボールと鉄柱の当たるポイントが微妙にズレ、丸井の打ったボールは鉄柱当っただけでそのままアウトになった。

 

「ッ・・・・にゃろ・・・」

「残念アルね。もう、そのボレーは通用しないアル」

 

 伝家の宝刀・綱渡りと鉄柱あての二大妙技が完全に破られた。

 

(・・・・・俺のボレーが・・・・・破られたのか・・・・・・素人女に・・・・)

 

 丸井は言葉を失い、ただ転がるボールを見ているだけだった。

 

「うおおおお、クーフェ、無敵すぎ!?」

「クーちゃんすごい!」

「このまま一気にいけー!」

 

 再び大歓声を上げる麻帆良ベンチ。

 丸井のいつものような軽口はなく、ただ、悔しそうに唇を噛み締めた。

 

(ブン太・・・あの女ども、・・・こんな破り方があったとはよ・・・)

 

 目の前で、パートナーの妙技を破られて、ジャッカルもショックを隠せない。

 そしてなによりも、パートナーであるからこそ、丸井のショックが誰よりも分かるジャッカルだった。

 

「さあ、いくでござるよ!」

「もうボレーを打てなくなったなら、私たちが前に行くだけアル!」

 

 丸井の妙技を破ったことにより、楓とクーフェは更に積極的に前へ出るようになった。

 

「くそ、あいつら素人のくせにダブルポーチばかりしてきやがって! 俺たちにプレッシャーを与える気か!?」

 

 普通、テニスを始めるときは、素振りから始まり、ストロークの練習をして、ボレーの練習に入る。

 だからこそ、ストロークのフォームもメチャクチャな素人がいきなりボレーに出るのは難しい。

 だが、

 

「ボレーは大まかな基本として、ラケットの面さえ作れば、ボールはスイングしないで押し出すだけでいい。あとは、ボールを見極める動体視力と反射神経があればいい。それならお前たちにも簡単だろう?」

 

 エヴァの授けた作戦その2。余計なショットはしなくていいから、ネットギリギリにつめて、ボレーで攻めろ! だった。

 動体視力と反射神経は超人クラスの二人なら、難しいことではない。

 そして、クーフェが独特な構えからボレーを放つ。

 

「爆裂寸勁ボレー」

 

 寸勁という技がある。

 近距離から相手に衝撃を与えることで、外面ではなく内面に強いダメージを与える技。

 打撃ではなく衝撃。それをクーフェが放てば岩をも砕き、中国武術の達人たちも裸足で逃げ出すほどの威力。

 クーフェはその技をボレーに応用。

 発勁による衝撃がボールに加わり、そのボールはスピードやパワーというよりも重さをまとった威力を秘めていた。

 

「ちっ! めんどくさいボールだろい、だが、返すことぐらいは・・・」

 

 見ただけで分る。まともに返球しようとすれば、手首が壊れるだろう。

 丸井は咄嗟に先ほどもやったようにインパクトの瞬間にボールの威力を殺しつつ、ラケットから手を離して衝撃をやわらげようとした。

 しかし・・・

 

「いっ!?」

 

 衝撃を吸収? そんな都合よくいかなかった。

 クーフェのボールをラケット面で触れた瞬間、ラケットが内面から破裂した。

 グリップも残らず、テニスコートには粉々になった丸井のラケットが散らばった。

 

「なっ・・・・・・・・」

「おい・・・・やりすぎだろい・・・」

 

 ガットが切れる、ラケットが折れる、それぐらいは日常茶飯事だ。

 しかし、ラケットが破裂するなど、前代未聞だ。

 

「な・・・なんつうバカげたパワーだ・・・いや・・・技だよ!」

「ゲーム・長瀬・クー、ペア! 4—2」

 

 クーフェたちはテニスの技術では敵わないかもしれない。

 だが、テニス以外の肉体を使ったアビリティや技術や潜在能力は楓とクーフェが圧倒的に上。

 さらに、丸井は妙技ボレーを返されただけでなく、相手のボレーでポイントを奪われたのだ。

 粉々になったラケットは丸井自身の心をも表していた。

 

「うおおおお、さすがです、クー老師! 中国四千年の極みを見せてもらいました!」

「クーちゃん、すごいよ! ボレーの天才のブン太くんからボレーでポイント奪った!」

「発勁をテニスに応用するとは・・・さすがだ、クー!」

「このまま一気にイケー!」

 

 麻帆良ベンチはたいへん盛り上がりを見せるが、立海にとってはこれがどれほどの衝撃なのか分るはずもない。

 

「ちっ・・・審判、ラケット変えるっす」

 

 ブン太はベンチに戻ってラケットバッグから予備用のラケットを出す。

 通常、テニスプレーヤーはガットやラケットの破損や、気分を変えたりなどで、予備にラケットを3本は持っている。

 だから、試合中のラケットの交換は珍しくもないのだが、こんな形でラケットを交換するとは思わなかった。

 さらに、使い込んだラケットはまさに自分の分身そのものでもあるのだ。

 風船ガムを膨らませて落ちつけようとしているが、丸井の表情は沈んでいる。

 

「丸井」

「なにも言うなって、幸村。俺は大丈夫」

「・・・手首は?」

「大丈夫って言ってるだろい」

 

 部長である幸村の言葉すら頭に入らない。

 

(くそ・・・なにやってんだろい、俺は・・・)

 

 完全に集中力が切れかけて、丸井の動きに精彩が見られなくなってきた。

 

「「「「「カーエーデ! カーエーデ! カーエーデ! カーエデ!」」」」」

「「「「「クーフェ! クーフェ! クーフェ! クーフェ!」」」」」

 

 ペースが再び相手に流れてきた。

 麻帆良ベンチはお祭り騒ぎで、二人の名前を大コール。

 

「やった、またポイント取った!」

「すごい・・・相手の攻撃を封じると同時に、攻撃にも変えた」

「あれ・・・でも、さっきまでジャッカルくんたち、緩いボールを打ってクーフェたちを自滅させてたよね? 何で、また打たないの?」

「いや、打てないんでしょ? だって、ネットに出てる相手に緩いボール打ったら、叩き込んでくださいって言ってるようなもんじゃん」

 

 そう、ストロークで緩い球を速く打ち込むことと、ボレーで緩い球を強く叩き込むのではワケが違う。

 これでは緩いボールで相手のミスを誘うこともできない。

 仮に・・・

 

「バカが。そんなに何度もネットに出たら、後ろがガラ空きだろ! このロブで流れを引き戻す!」

 

 ジャッカルは冷静に二人の頭を越す、高く絶妙なロブを上げる・・・が・・・

 

「ふっ!」

「なっ、あの細目女!?」

「残念だったでござるな。拙者の瞬動は・・・前後左右・・・そして上下に対応できる!」

 

 高々と上げたはずのロブに追いつき、上空から叩き落とすように放つ。

 

「球影分身の術!!」

「くそっ!?」

 

 再び息を吹き返した楓の忍打が炸裂する。

 しかし、

 

「くそっ、ふざけんな! ファイヤー!」

「・・・むっ!?」

「どうした、16分身球を打たねえのか!? 今のは4球程度の分身だったぜ! 4球程度なら俺でも一度に打てる! 後ろには通さねえYO!」

 

 完全に決まったと思ったボールだったが、ジャッカルが初めて返した。

 その光景に楓は顔をしかめ、エヴァンジェリンは小さく舌打ちした。

 

(さすがに何度も影分身を打っていれば疲れるか・・・影分身は通常の分身より体力を消耗するらしいからな・・・)

 

楓の頬に少しだけ汗が流れる。

 

(うーむ、少し体力の温存のつもりだったが、甘かったでござるか? なら・・・)

 

 楓は神経を集中させ、一気に力を解放する。

 

「球影分身の術!!」

「「「「「16分身キターッ!!!!」」」」」

 

 打てば100%決まる楓の全力の必殺ショット。これは絶対に返せるわけがない。

 いかに、全国でも有名な守備のスペシャリトとはいえ・・・

 

「うらあっ!!」

「ッ!?」

 

 しかし、ジャッカルはそれでもスペシャリスト。

 

「か・・・」

「返したッ!?」

「うそっ、一発で本物を見抜いた!?」

「まぐれ!?」

 

 そう、ジャッカルは何と楓の16分身のボールの本物を見抜き、見事打ち返したのだ。

 これには楓も言葉を失い、エヴァも無言でベンチから立ち上がった。

 

「言ったろ! 通さねえってYO!」

 

 流れが再び楓とクーフェに変わると誰もが思っていた。

 だが、流れをジャッカルが押しとどめた。

 ジャッカルはダブルポーチに出る楓とクーフェのボレーをとにかく拾い続けた。

 ただ、拾い、相棒の帰りを待った。

 

(ブン太・・・あんな素人女に技をやぶられてショックだろうよ・・・綱渡りも鉄柱当てもお前の代名詞だからな・・・)

 

 コートを走り回るジャッカルに対し、丸井は言葉少なく、あまり動きがない。

 まだ、技を破られたショックが残っているのだろう。

 だが、ジャッカルはそのことに対して何も言わない。

 ただ、無言でボールを拾う。守る。ポイントを取らせない。

 

「すご・・・あのスキンヘッドの兄ちゃん」

「さっきから一人でカバーしてるよ」

 

 ジャッカルの言葉はなくとも、その気迫はコートの外にまで伝わった。

 これがジャッカルなりの檄なのだ。

 

(つれーだろうな・・・屈辱だろうな・・・だがな、甘ったれんな! テメエで這い上がってこいよ! 少なくとも・・・どんな絶望に叩き落とされても・・・青学は・・・あいつらはそうしていただろうが!)

 

 あいつらのように。

 その気持ちが、ジャッカルを走らせた。

 

「その精神力は見事でござる。だが、マグレは続かぬでござる! 球影分身の術!」

「もうきかねえよ! テメェの技は見切った!」

「ッ!?」

 

 再び16分身を打つ楓だが、またもやジャッカルは的確に本物を見抜いて打ち返した。

 どうやって?

 それは、ジャッカルが『鉄壁の守護神』とまで言われる所以だ。

 コートを走り回る足? 四つの肺を持っていると言われるスタミナ? 違う。

 守備をするには、相手が打つコースを見抜く力も重要になる。

 

(見えるぜ・・・どれだけ分身を作ろうとも・・・テメエは自分で打った本物のボールを無意識に目で追っちまう! テメエの目が追いかけるボールが本物だ!)

 

 球影分身の術をジャッカルは攻略したのだった。

 そして、

 

「ならば、これはどうアル!」

 

 楓の技を返したとはいえ、まだクーフェが待ち構えている。

 触れればラケット丸ごと破裂させてしまう、爆裂ボレー。

 

「いくアル! 爆裂寸勁ボレー!」

 

 これは返しようがない。無理に返そうとすれば、腕を破壊されかねない。

 だが、ジャッカルは大きくテイクバックをして、振り子のようなスイングで、真っ直ぐ飛んでくるボールに対して強烈なサイドスピンを掛ける。

 

「あの学校のように這い上がる・・・思い出せねえなら、こいつで思い出しな! ブン太!」

 

 ジャッカルがバックハンドを大きく振り抜く。

 だが、それは見当違いの方向に飛び、ポールの真横を通過する。

 完全なアウトだ。

 ダブルポーチに出ていた楓とクーフェはホッと一息。

 だが、

 

「気を抜くな、馬鹿者! ポール回しだ!」

 

 エヴァが叫ぶ。

 

「ちい、あのスキンヘッドめ、ポール回しを打てたのか! これでは、ダブルポーチに徹することが出来んではないか!」

 

 ポール回し。

 ジャッカルの打ったボールは軌道を変えてブーメランのように戻ってきて、ベースライン深くに突き刺さる。

 

「ジャ、ジャッカルくん、すご!?」

「あんなショットありかよ!?」

 

 これには、たまらず麻帆良ベンチも唸る。

 

「そうか! 寸勁は完全なる直線の動き! 真正面から打てば砕かれるが、横の力には弱い! サイドスピンをかければ、衝撃を軽減できる!」

「考えましたね、ジャッカル君」

「あいつ、まだ、全然折れてないぜよ。・・・心が・・・まるで、奴らみたいぜよ」

 

 あの学校のように諦めない。そのジャッカルの想いは、コートサイドにいる立海メンバーには痛いほど分かった。

 

「しまった、く・・・間に合え!」

 

 楓が瞬動で後方へ即座に飛ぶ。

 その速度はボールに追いつき、何とかラケットに当てて返球することができた。

 だが、その浮いたボールに、あの男が飛んだ。

 

「別に・・・俺は来るべき時に備えて待機してただけだろい!」

 

 丸井ブン太が飛んだ。

 

「おせえよ、相棒・・・プレゼントだ・・・ぶちかましてやんな!」

 

 ジャッカルが相棒の帰りに笑みを浮かべて吠える。

 

「ぬっ・・・来るアル! 綱渡りも鉄柱当ても、通用しないアル!」

 

 丸井の復活にクーフェが身構える。また、丸井のボレーを破ろうと、震脚の態勢に入る。

 だが、ボレーを打つかと思った丸井は何と空振りをした。

 これには、完全にクーフェのタイミングがズラされ・・・

 

「妙技・時間差地獄!」

 

 一度空振りしたボールを時間差で打つ。

 これには完全に虚を突かれたクーフェは反応できず、丸井とジャッカルがポイントを奪った。

 

「どう、天才的?」

 

 お決まりのセリフも決まり、いつものように得意気に笑う丸井だった。

 

「ちっ、俺もたまには来るべき時に備える役をやりたいもんだぜ」

 

 これまでたった一人で丸井の分もカバーをしつづけて疲労困憊なジャッカルだが、相方の復活に笑みを浮かべて、お互いに拳を軽くぶつけあう。

 

「こ、これは・・・完全にやられたでござるな」

「ううう〜、騙されたアル!」

 

 完全にしてやられた。悔しさを滲み出すクーフェと、丸井たちに脱帽した楓。

 エヴァも自分の予想を超えた二人のダブルスに、イラついて爪を噛む。

 

「ワリーな、この夏の高い授業料で教えてもらったのさ。絶望からも足掻き続けて這い上がることを・・・そして・・・」

「ダブルスには無限の可能性があるって・・・そういうことだろい!」

 

 今この瞬間、立海のダブルスが初めて完成したのだった。

 

「二人共・・・少しは動きがよくなったじゃないか」

 

 戦友の成長ぶりに嬉しそうに幸村が微笑んだ。

 今、この瞬間、ジャッカルと丸井のテニスは完全に、楓とクーフェの上を行った。

 

「認めてやるよ、お前たち」

「ああ、認めるしかねえな」

 

 激しい打ち合いの中で、丸井とジャッカルの口から素直な言葉が出た。

 

「多分、他のスポーツで戦ったら俺たちの全戦全敗だろい」

「スピードもパワーも身体活用法も、俺たちとじゃ天と地だ!」

「認めるよ」

「すげーよお前ら」

 

 しかし・・・

 

「「だが、テニスだけは負けねえ!!」」

 

 他の全ての敗北は認めよう。

 だが、テニスだけは負けない。

 いや、テニスだけは負けられない。

 テニスだけは認められない。

 

「決めろ、ジャッカル!」

「ファイヤー!」

 

 だから、この勝負だけは死んでも負けられなかった。

 

「ゲームアンドマッチ・丸井・ジャッカルペア・6—4!」

 

 まるで長いトンネルから抜けたような心地だった。

 夏の全国大会で敗北してから初めての、彼らのガッツポーズがそこにはあった。

 

「ふっ・・・完敗アル。同じ歳で私より強い男、初めてアル。凄いアルね、二人共」

「世界は広いでござるな」

「テメェらもな」

「もう、こりごりだろい」

 

 最後は両者笑顔で、ガッチりと固い握手を交わしたのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~幕間2~
第8話『俺様たちも殴り込みだ』


 ダブルスの勝敗が決した頃、別の場所でも意外な出来事が起こっていた。

 

 食堂塔の一階フロアは、吹き抜けになっており、室内だけでなく天気がいい時は外で食事もできる、広々とした環境。

 しかし今は、

 

「わったー、久しぶりさー」

「はいでー!」

 

 汗臭く、色黒で、どこか妙な雰囲気の男たちが食堂塔の一階フロアで動き回っていた。

 

「君たち! 皿の片付けやオーダーを取りに行くスピードが速いのは感心するけど、ところどころにゴーヤを入れたり、ラフテーとか郷土料理を入れるのはやめてくれないかな!」

 

 彼らの働きぶりは見事であり、微妙でもあった。

 混雑時ゆえに人手はいくらあっても足りないが、彼らがオーダーを取りに行ったりテーブルに残った皿などを取りに行くのに、『縮地法』という高度な歩法を利用することにより、店内の回転率は非常に早かった。

 だが、たまに勝手に沖縄特有の料理を食堂の料理にも混ぜるという行為を行うことが唯一の悩みだった。

 そんな彼らの正体は、今年中学テニスにおいて九州ナンバーワンとなり、全国へ殴りこんだ、沖縄県代表の比嘉中学校のレギュラー。

 木手英四郎

 田仁志慧

 甲斐裕次郎

 平古場凛

 知念寛

 五人はボーイのネクタイ着用の制服姿で、麻帆良で働いていたのだった

 予想外の人物との再会に真田も少し驚いた。

 

「どうして、お前たちがここに居る。全国大会の後、全国や世界を放浪。イギリスで別れて以来、また行方不明になったと聞いたが」

「真田クン。よくぞ、聞いてくれました。そう、この夏休みは我々にとって非常に長い旅路でした」

 

木手は眼鏡の位置を直す。そのレンズの奥の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 

「全国大会終了後、我々は全国を放浪し、その後に中国へ。中国で厳しい武道の修業を修め、奥義を会得した我々は、アカプルコでは捕らわれの身となった姫を助けるために、死地へと向かいました。山賊を蹴散らし秘法を手に、森の大魔王を倒した我々は、見事姫を救い出しました。・・・ああ、そして、私は姫の熱い口づけを」

「そのくだりはイギリスで聞いた。その後、巡り巡ってイギリスにたどり着き、沖縄に帰れなくなり、ボートレンタルのバイトで旅費を稼いでいたはず。日本には帰ってきたが、沖縄まではまだ帰っていないのか? それとも、まだ旅を続けているのか?」

「いえ。我々もイギリスで皆さんと別れたあと、またトラブルに巻き込まれましてね〜、そのトラブルを解決して日本の麻帆良までようやく帰ってこれたのです。今は、沖縄に帰るための旅費を稼ぐ最後のバイトです」

「トラブルだと?」

 

 木手の説明を、実は真田はあまり真剣に聞いていなかった。

 なぜなら、森の大魔王や山賊のくだりで、既に胡散臭いからだ。

 同席しているアスナとあやかも同じだった。

 この怪しい男が真田と同じ、全国クラスのテニス選手というのは驚いたが、真面目人間の真田と比べて実に嘘くさいと感じたからだ。

 だが・・・

 

「そう、イギリスで皆さんと別れたあと、我々はウェールズに流れ着きました。そこで、妙なストーンヘンジのような場所にたどり着き、突如巻き起こった大発光と巨大な紋章に包まれて、目を覚ましたら魔法世界という未知の世界にたどり着きました!」

「・・・真面目に聞いた俺がバカだっ―――」

「「ぶふううううううううううううううううううううううう!!」」

「・・・どうした、神楽坂、雪広」

 

 あまりにもバカげた話しすぎて、真田はため息ついてあきれた。

 だが、同席していたアスナとあやかは急に口から水を吐き出して、テーブルに頭を強打した。

 

(ちょっ、いいんちょ! こ、このメガネ、まさか!)

(えっ、まさかこの人、まさか!?)

 

 汗をダラダラ流して小声で話し合うアスナとあやか。

 だが、木手は三人の反応を気にせず、壮大な物語を語った。

 

「魔法世界にたどり着いた我々は未知の世界、未知の種族、未知の力と出会い、これまでの価値観が根底から覆されました。ですが、ある日突然、地球と魔法世界をつなぐゲートがなぜか破壊されて地球に帰れないという事態になりました。とにかく生き残るために我々は日々、命がけで過ごしました!」

(アスナさんやはり・・・)

(この人、私たちが魔法世界に行ってた時、向こうに居たんだ!?)

「大森林で魔物や魔獣と戦い、ようやくたどり着いた辺境の伯爵の城では軍人崩れの盗賊と領内の人間の守城戦に遭遇。住民の抵抗むなしく伯爵家の若く美しい娘が悪漢たちに連れ出されるところを、我ら五人が飛び込んで見事救出! その後、領内の住民に歓迎され、彼らに沖縄武術を伝授。しかし、別れはつきもの。戦がひと段落した段階で、我らは首都を目指すために立ち去ることに」

「ううう〜・・・子供たち、いっぱい泣いてたさー」

「ジジイとババアがいっぱい飯食わしてくれたど!」

「お嬢様・・・かわいかったさー・・・一生ここに住んでいいって言われたさ〜」

「ううう・・・ううう〜!」

「その後も、傭兵結社・黒い猟犬との砂漠での戦闘。奴隷商人たちとの心理戦。ヘラス帝国で開いた臨時のテニススクール・・・その後、ヘラス帝国で傭兵兼テオドラ殿下のテニスコーチとして職を得て、気づいたら・・・」

 

 木手が語れば語るほど、五人は大粒の涙を流した。

 しかし、真田は仏頂面のままだった。

 

「もういい! そんな子供すら騙せぬ、下らん与太話にいつまでも付き合う気は毛頭ない。さっさと、普通のモンブランを持ってこんか!」

「相変わらず、ゆとりがないですねー、君は」

 

 木手は少しブスっとした表情のまま、厨房へと向かった。

 真田は振り返りもせず、ただ不愉快そうな顔を浮かべてグラスの水を飲み干す。

 だが、アスナとあやかに関しては驚きのあまりにテーブルに顔面を突っ伏したままだった。

 

「どうしたのだ、二人とも」

「別に〜、ただ、あんたといい、あの木手くんってのといい、今のテニス界ってすごいやつばっかなの?」

「今の話でどうしてそうなるかは分らぬが、確かに木手もテニスプレイヤーとしては一流。特に、今年の我らが死闘を繰り広げた全国大会は10年に1度の逸材集いし群雄割拠の戦場だった」

「そうなんだ・・・そうよねー、だって、ゲンイチローたちで準優勝なんでしょ? やっぱほかにもすごい化けものとか怪物みたいのとか居たの?」

 

 一般人。その言葉が、当初、立海テニス部の力をアスナたちは軽んじていた。

 だが、実際に対峙してみて彼らはとてつもない力と技術を秘めた、アスリートたちだった。

 今の木手も魔法世界を生き延びた実力者。

 そんな連中が集うテニスという世界に、アスナたちが興味を惹かれるのも無理はなかった。

 また、真田もアスナに言われて今年の全国大会を思い出す。

 立海全国三連覇を掲げて、優勝を逃すなど微塵も考えていなかった。

 だが、自分たちは負けた。10年に1度の才能集う全国大会を勝ち進み、もっとも進化した学校に負けた。

 悔いはないが、それでも今でも鮮明に思い出せる。

 

「ああ、そのとおりだ。過酷な道のりだった」

 

 決して甘い世界ではない。それだけは自信を持って言える。

 真田はどこか誇らしげに、そう頷いたのだった。

 そんな風に感慨にふけっていたのだが、その時だった。

 

「キャー、ひったくりよー!」

 

 食堂内に大きな悲鳴が響いた。

 

「へへ、油断大敵ってやつだぜ!」

 

 食堂中の視線が悲鳴の方向に向けられる。

 そこには、食堂の入り口近くの路上で転んでいる女性と、バッグを抱えて走り出すローラースケートの男。

 建物の中に居たアスナたちだが、食堂は全面開放されているために、その様子がよく見えた。

 

「まあ、なんてひどい!」

「ったく、こんな天下の往来で!」

「けしからん!」

 

 アスナとあやかと真田は憤慨し、急いで捕まえてとっちめてやろうとした。

 

「ビッグバン!」

 

 するとその時、彼らの真横をテニスボールが通り過ぎた。

 

「「「っ!?」」」

「おいたはやめなさい」

 

 そのボールは轟音とともに真っすぐ突き進み、客たちの間を通り抜け、開放されている窓の外まで飛び、そのまま走り去ろうとする犯人に向かって飛んで行った。

 さらに・・・

 

「ちょうどいい。刹那とのダブルス前に練習をする必要があったからな。確か、こうやって、こうだな」

「おいおいおい、ひったくりはいけねーっすよ!」

 

 別々の場所から声が聞こえ、気づけば犯人の真後ろ、そして左右からテニスボールが飛んできた。

 

「な、なんだこ、はぶわあああ!?」

 

 強烈な打球を三球まとめてくらった犯人は、悲鳴を上げてぶったおれた。

 その際、犯人が盗んだバッグを手放し、バッグが宙を舞い、そのまま外で食事をしている一人の男性の後頭部に直撃し、男性はそのまま食べていた料理に顔から突っ込んでしまった。

 しかし、犯人取り押さえばかりを考えていたアスナたちはそのことを知らずに、ただ、テニスボールでひったくり犯を捕まえた者たちに注目する。

 

「木手くん、すご!」

「一発で命中ですわ」

「このぐらい、誰にでもできますよ。それにひったくり犯をサーブで捕まえることなど、我々テニス部には日常茶飯事ですので」

「腕は鈍っとらんようだな、木手。しかし、なぜバイト中にテニスラケットを?」

「しかし、私だけではありません。ボールはあと二球ありました」

 

 そう、木手以外に誰かが犯人にボールをぶつけた。

 それは一体・・・

 

「ふーん、思いのほかうまくいったようだね」

 

 褐色肌の長身長髪でスタイル抜群の美人。

 しかしどこかワイルドさを兼ね備えていながらも、今はポロシャツにテニスの白いスカートというどこか可愛らしい服装の女性。

 

「龍宮さん!?」

「おっ、神楽坂に委員長か」

「えっ、なんで龍宮さんが!?」

「私の試合までまだ当分時間がかかりそうなんでね。ちょっと喉が渇いたから来てみたんだが・・・ふむ、テニスか。やはり狙撃をするならライフルに限るな」

 

 女の名は龍宮真名。

 アスナとあやかのクラスメートであり、麻帆良が誇る最強の戦闘集団の一人。

 幼少のころより幾多の戦場を潜り抜け、美しい容姿の裏には常に血と硝煙の匂いを漂わせる裏の人間。

 今日は息抜きも兼ねていつもの拳銃をテニスラケットに持ち替えて試合にも出るようだが・・・

 

「おや、真名さんではないですか」

「やあ、英四郎。ちょっと、お邪魔するよ」

 

 なんか、普通に挨拶する木手と龍宮だった。

 

「おー、真名ちゃんさー!」

「真名の姐さん!」

「いらっしゃいさー」

 

 そして、当たり前のように真名に挨拶する比嘉中面々だった。

 

「えっ、龍宮さん知り合い!?」

「ん・・・ああ・・・私がお前たちを救出するために魔法世界に行った時、途中で立ち寄った場所で色々とな・・・こいつら、実は事故で魔法世界に飛ばされたことがあってな。まあ、結局私が連れて帰ってきてやったが、今は沖縄に帰るためのバイト中で・・・」

 

 アスナとあやかにだけ聞こえるように小声で話す龍宮だが、意外なところで木手の空想話の裏付けが取れたのだった。

 

((やっぱり、さっきの話は全部本当だったの!?))

 

 知らないのは真田だけだった。

 そして・・・

 

「ボールはもう一球あった。それにあの声は・・・」

 

 真田がもう一球とんできたボールの方向を見る。

 するとそこには、

 

「まあ、赤也くんはテニスがお上手ですわね。でも、ボールで人を傷つけてはいけませんわ」

「え〜っ、これぐらい勘弁してくださいよ。緊急事態だったじゃないっすか」

 

 切原赤也と、切原の頭を撫でながらも注意する千鶴だった。

 

「赤也! 貴様、こんなところで何をしておるかー! 試合はどうしたー!」

「うおっ、真田副部長、これは色々ありまして・・・」

「ちょっ、千鶴さん、何で!?」

「そうですわ、今日は少し遅れて夏美さんと小太郎君と一緒に応援に来てくださると」

「ええ、夏美ちゃんと小太郎君は先に言ってますわ。私はただ、糖分が足りずにイライラしている赤也くんに試合前に甘いものをごちそうするだけですわ」

 

 それは、実に妙な組み合わせだった。

 まるでやんちゃな弟にかまいつくそうとしているお姉さんの図だった。

 しかし、状況はそれだけでは収まらなかった。

 

「テメエら・・・ドタマかち割るぞ・・・」

 

 それは、不運にも犯人が盗んだバッグが投げ出されて後頭部を強打した男だった。

 顔面をテーブルに強打した際に顔からつっこんだのか、モンブランのクリームがべったりだった。

 今になって不運な男性が居たことに気付いたアスナたち。

 だが、その男を見た瞬間、ギョッとした。

 

(うわっ、・・・なにこの人・・・・超ヤンキーじゃん!?)

 

 そう、男は一目で分るぐらいの不良だった。

 全身白一色の制服に、逆立った白銀の頭に、鋭い眼。

 だが、真田はその男を見て、目を見開いた。

 

「貴様は・・・」

「お、俺のモンブランをよくもやりやがったな!」

「貴様は、山吹中テニス部の亜久津仁!?」

 

 そう、男の名は、亜久津。

 怪物という異名とともに、その名を轟かせた、喧嘩では全国クラスの実力者。

 アスナたちは驚いた。こんな不良が真田の知り合いだからか? いや、違う。

 

「ねえ、ゲンイチロー・・・・・・今、なんて言ったの?」

「私、耳がおかしくなっていたようですわ。真田さん、この方のご紹介をもう一度・・・」

「関東でも名門のテニス部、山吹中学の三年、亜久津だ。『怪物』と呼ばれた男。俺もこうして対面するのは初めてだが・・・」

 

 やはり間違いなかった。アスナとあやかは卒倒しそうになった。

 

「こ、こいつもこんなのでテニス部なの!?」

「し、信じられませんわ!?」

 

 そう、こんな凶暴で凶悪な容姿をした男が、実はテニス部などどうして信じることができるか。

 一体、中学テニス界はどうなっているのか、アスナとあやかは頭が痛くなった。

 

「おい、カチ割るって言ってんだろ?」

「うおっ!?」

 

 騒ぐアスナに容赦なくガン飛ばす亜久津。

 これまで戦闘においては多くの修羅場を乗り越えてきたアスナだったが、亜久津の異常なまでの凶暴なガンに委縮してしまった。

 

「よさんか、亜久津仁。その女はなにもしておらん」

「・・・テメエは・・・確か立海の・・・そうだ、関東大会で青学の小僧に負けた野郎じゃねえか」

「それは、貴様も同じであろう。都大会で越前に負けてテニスはやめたそうだがな」

「けっ」

 

 何だか一触即発の空気が流れた。二人から漂う雰囲気が重く、空間がギスギスしていた。

 

「申し訳ないですねー、今、代わりのゴーヤモンブランをお持ちしますよ」

「おお、あんたが亜久津さんっすか。・・・へ〜・・・なんか、潰し甲斐のありそうな人っすね」

「お前、誰に喧嘩売ってんの?」

「やめんか! 天下の往来でモメ事など、恥を知れ!」

 

 そう、今ここに、実に殺伐とした組み合わせが完成した。

 

「あらあら、赤也くん、やんちゃは駄目ですわ」

「ほう、英四郎が魔法世界でも言っていたが、確かにテニスの世界も面白そうなやつらがいるな」

「アスナさん・・・真田さんが一番まともそうでよかったではないですの」

「ってか、テニス界ってこんな奴らしかいないの? 大丈夫?」

 

 それぞれの思惑で目の前の男たちに率直な意見を口にする四人の少女たちだった。

 だが、アスナたちは知らない。

 テニス界にはこんな奴らばかりなのか?

 その疑問の答えをすぐに知ることになる。

 この光景を物陰から見ていた少年によって・・・

 

「たたたた、大変です。亜久津先輩が・・・なにを話しているか聞こえないですが、男性四人に女性四人で・・・だだだだーん! これは、河村さんに報告する必要があるです!」

 

 この光景を見ていたのは、亜久津と同じ山吹中テニス部一年の、壇太一。

 彼は急いで携帯電話を取り出して、勢い良くボタンをプッシュしだした。

 一体誰に? 

 

 

 それは・・・

 

 

 東京都・青春学園中等部テニス部。

 古くからテニスの名門校と呼ばれ、今年の全国中学生大会団体戦を制覇した、現在日本最強のテニス部。

 既に大きな大会を終えたために、三年生などは引退間近。

 近々新しい世代にバトンを受け渡す時が来る。

 そんな彼らが、レギュラー陣のみで一つの店に集まっていた。

 そこは「かわむらすし」と書かれた寿司屋。

 

「では、みんな、今日の合同練習の打ち上げをさせてもらう」

 

 店内は貸切。

 だが、そこに居るのは、青春学園テニス部レギュラーだけではなかった。

 

 

「今日は非常に効果的で尚且つ有意義な練習だった。来年からまた、青学も氷帝学園も都大会から全国制覇を目指す、熱き日々が始まるだろう。だが、当然、上を目指すのは我らだけではない。昨年、全国に旋風を巻き起こした不動峰のように、未知の強豪が出てくるかもしれない。それは、高校でもこれからもテニスを続けていく三年生にも言えること。みんな、油断せずに―――」

 

「「「「「かんぱーーーーーーい!! おつかれしたー!!」」」」」

 

「―――行こッ・・・」

 

 

 青春学園三年生テニス部部長・手塚国光。

 打ち上げの乾杯前の挨拶で話をしていたが、どうも話が長かったのか、途中でいきなり部員たちが勝手に乾杯をしだした。

 

「・・・・・・・・・・・・・」

 

 手塚は表情を変えないものの、微妙にショックを受けていた。

 

「あーん、手塚。お前の演説はダラダラと長いんだよ。上に立つものは口数なんざ少なくていいんだよ。行動で示してこそだ」

 

 そんな手塚を冷やかすように、カウンター席で足を組んでからかう男。

 氷帝学園三年テニス部部長・跡部景吾。

 そう、今この店内には青春学園と氷帝学園。

 関東でも全国でも対戦して死闘を繰り広げたライバル同士が、互を労いながら打ち上げをしていた。

 

「河村〜、俺様はこの味が気にいった。テメエが店を継いで味が落ちるなんてことはねえだろうな。あ〜ん?」

「青学、ズッリーよな! なんかあるたんびに、こんなウメーの食ってたなんてよ! こんなご褒美がありゃあ、俺のムーンサルトだって、もっとキレが良かったのによ」

「ほんまやで。跡部とおったら、洋食ばっかやからな〜・・・ほんで、ジロー、さっさと起きんかい」

「ん〜・・ZZZ〜・・・」

「おい、長太郎、もっと食っとけ! 来年の氷帝の優勝はお前の力にかかってるんだからよ!」

「はい、任せてください、宍戸さん!」

「おい、海堂。来年の都大会は覚悟しておけよ。跡部部長から部長を引き継いだ俺が、テメェら青学を叩きのめす」

「フシュー。上等だ、日吉。俺たちが連覇するからよ」

「おっ、マムシー、気合入ってるな〜」

「人ごとじゃないよん、桃! なっ、大石〜」

「エージの言うとおりだ、桃。越前がアメリカに行っている今、次世代の青学を支えるのはお前たち二人なんだからな」

「我々の抜けた穴は大きい。今の戦力で全国2連覇を達成する確率は・・・」

「乾、二人は確率だけでは測れないよ。それに、彼らなら大丈夫だよ。僕はそう信じているよ。君もだろ? 手塚」

「・・・無論だ・・・」

 

 当然、両校はコートに立てばライバル関係であり、容赦なく相手を叩きのめすのである。

 しかし、都大会、関東大会、そして全国大会や選抜なども含めて、既に互を知らない仲ではない彼らは、もはや戦友のような雰囲気を醸し出し、打ち上げも和気あいあいとして盛り上がりを見せた。

 

「榊先生今日はありがとうございました。おかげでいい練習になりました」

「いえ、我々の方こそ、大変良い刺激となりました。また、こうして合同練習を企画させてください」

 

 青学監督の竜崎スミレと氷帝監督の榊太郎は彼らの若さを眺めながら、隅でチマチマと飲んでいた。

 そんな打ち上げの中で、この後とんでもない展開になるなど誰も予想していなかった。

 それは、突如鳴り響いた河村の携帯から始まった。

 

「あれ、誰だろう?」

 ひとしきりの寿司を出し終えて一息つこうとしたところにタイミングよくかかってきたので、河村は不意に携帯に手を伸ばした。

 すると、

 

「あれ? 山吹中の壇からのメールじゃないか」

「えっ、タカさん、山吹中の壇と連絡取り合ってるんすか?」

「ああ。ほら、亜久津のことでたまにな」

「へ〜。で、ちなみに亜久津さん、何かあったんすか?」

「えっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっ?」

 

 その時、河村は硬直した。

 その反応に、店内の注目が河村に注がれる。

 

「タカさん、どうしたんすか?」

 

 河村はどこか変な顔で硬直している。何かあったのか桃城が尋ねると・・・

 

「亜久津が女の子たちと合コンしてるって!?」

「「「「「・・・・・・・・・・・・・・」」」」」

 

 どう反応していいのか分らず、全員寿司を持ったまま固まった。

 あの、不良が合コン? しかし・・・

 

「別にええんやないか? むしろ、不良の亜久津が女といても、それほど違和感ないでえ?」

「確かに、ユーシの言うとおりだぜ。あの不良のことだ。頭悪そうなギャルとでも合コンしてるんじゃないか?」

 

 亜久津なら、ワル仲間と一緒に薄暗い場所で女と居ても違和感無いように思えるが・・・

 

「それが、全員、すごい美人の女の子たちだって!」

「ほう、そいつは聞き捨てならねえな。あ〜ん? ちなみに、亜久津は誰と行ってるんだ? 山吹の千石あたりか?」

 

 すごい美人という言葉に跡部も興味を持った。

 そして、そんな美人を相手に、亜久津はどんなメンバーで赴いているのか・・・

 

 

「それが・・・亜久津と・・・比嘉中の木手に、立海の真田と切原だって・・・」

 

「「「「「「「「「「ぶほおおおおおおおおおおおおおおおおだhhdfぴおqwんf;qw!!??」」」」」」」」」

 

 こればかりは、全員口から茶を吹き出した。

 跡部も、そして、あの手塚ですら、むせてしまった。

 

「なな、なんだそのメンバーは!? 何で比嘉中の木手が居るんだよ!」

「つうか、切原に・・・・あの・・・真田が?」

「へ〜、ねえ、手塚。あの真田が合コンだって。どう思う?」

「・・・何とも言えんな・・・」

「しかし、その四人にどんな接点があったんや。切原と真田は同じ学校やけど・・・」

 

 この場に居る者たちは、その四人の男たちを良く知っていた。

 その四人がいかに意外な組み合わせか。それがどれほどのことか。

 それは、真田、切原、亜久津、木手の四人の異名からも分ることだった。

 

 

「真田に切原に亜久津に木手・・・『皇帝』に『悪魔』に『怪物』に『殺し屋』って、どんな組み合わせで合コンやねん」

 

 

 そう、テニス界でおよそテニス選手とは思えぬ異名で呼ばれる彼らが作り出すカルテットがどのような化学反応を起こすかなど、誰も想像できないし、むしろ想像したくもない。

 もはや、相手の女の方が気の毒かもしれない。

 だが、同時に気になる。

 

「これはいいデータが取れそうだ。河村よ、彼らはどこで合コンしているのだ?」

「えっと、麻帆良学園ってとこらしいけど、乾、知ってるか?」

「ほう、あの日本有数の学園都市か。確か、場所は埼玉県にあったようだが・・・」

 

 中学テニス界で、柳蓮二と同じデータを信条とする乾貞治。

 彼は、突如ノートを脇に抱えて、店から出ようとする。

 

「乾先輩!?」

「あの四人が合コンしている場面など、今後絶対に手に入らない貴重なデータ」

「まさか、今から行く気っすか!?」

 

 当たり前だ。そんな態度で、乾のメガネが光った。

 

「えー、乾〜、行くの? 行っちゃうの!? ねー、大石〜、俺たちも行こうよ〜」

「なにを言ってるんだ、エージ。いくらなんでも、それは人のプライバシーの侵害だぞ。乾もやめろ」

「またまた〜、大石先輩も気になるでしょ? 行きましょうよ〜」

「桃城、バカかテメエは。んなもんに行ってる暇があったら練習しろ」

「あんだとマムシー、テメエは気になんねえのかよ!」

「フシュー」

「面白そうじゃないか。手塚、あの真田が合コンしているところなんてめったに見れないんじゃないかな?」

「不二、お前もそんな下らんことをする気か?」

 

 乾が立ち上がった瞬間、真面目な手塚と大石を除いて、みんな行く気満々である。

 

「おいおい、ユーシ、俺たちも行ってみねえ? あの、真田の女の趣味が分るかもしんねえぞ?」

「せやなー、たしかにごっつ気になるわ」

「自分は興味ないっす」

「俺は・・・気になるかな」

「長太郎、岳人も忍足も、日吉を見習いな。激ダサだぜ」

「ふわ〜あ、ねみ〜」

 

 氷帝メンバーも一部は乗り気ではないが、行きたがりなのも何名か出てきた。

 

「まったく、バカたれどもが。そう思わんかね、榊くん」

「いいのではないですか? 竜崎先生。彼らはまだ中学生。テニス漬けばかりで気ばかり張っても仕方ないでしょう」

 

 そして、どうするのだ? 行くのか? 行かないのか?

 全ての決定権は部長に・・・

 

「やめろお前たち。無粋だ」

 

 却下を出す手塚に対して・・・

 

「樺地」

「うす」

 

 跡部は指を鳴らして樺地に何かを指示する。

 すると、樺地はどこかに電話を始め・・・・

 

「今、この近辺の道を封鎖した」

「「「「「は?」」」」」

 

 突如変なことをドヤ顔で言いだす跡部。

 すると、店の外からうるさいジェット音が聞こえてきた。

 

「ちょっ、何の音すかこれー!?」

「跡部、テメエなにをしやがった!」

 

 一体何事かと皆が店の外へ飛び出すと、目の前には封鎖された道路に着陸している小型のジェット機があった。

 これは一体・・・・

 

 

「行くぜ、野郎ども! 俺様が麻帆良へ一気に連れて行ってやるぜ」

 

「「「「「プライベートジェット機ッ!?」」」」」

 

 

 青学と違って、こっちの部長は行く気満々だった。

 

「跡部!」

「手塚〜、お前は行かねえのか? 小学生とはいえ、彼女がいる奴は違うな、あ〜ん?」

「・・・・・・なんのことだ?」

「あ〜ん? お前、千歳の妹とデキてるって聞いたが?」

「今・・・・初めて聞いたが」

「くっくっく、まあいい。とにかく俺たちはいくぜ、テメエも来いよ」

「・・・やれやれだな」

 

 手塚とは正反対に、むしろ自分から仕切りだす跡部に、手塚も呆れてものも言えない。

 だが、部員だけで行かせるのも心配のため、結局同行することになった。

 跡部は、腕を天まで伸ばし、指を鳴らして一言。

 

 

「俺様の空の旅に酔いな!」

 

「そら、飛行機酔いやろ、アカンやろ」

 

 

 的確なツッコミも入ったことで、跡部は榊に振り返る。

 

「では、監督行ってきます」

 

 すると、榊はクールな表情のまま、指をビシッと伸ばして一言。

 

「行ってよし!」

 

 意外と話の分る榊監督だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三試合:コート上のペテン師・仁王VS翼ある剣士・刹那
第9話『中学テニス界最強の男』


「面目ない。拙者らの力及ばず」

「ううう〜〜、すまんアル〜!」

 

 相手と互の健闘を称え合う握手のあと、暫くコート周りに埋め尽くされたギャラリーより拍手や試合に対する感動の賛辞が飛び交っていた。

 麻帆良ベンチも、楓とクーフェに「よくやった」と拍手するが、敗れた二人に悔いはないものの複雑そうな顔を浮かべていた。

 やはり、負けるということは彼女たちにとっては、簡単なものではなかったのだ。

 

「ドンマイドンマイ、相手が強かったんだって」

「そーだよ! それに、全国クラスのダブルス相手にいい勝負したんだから、むしろ二人共すごいよ!」

「感動しました」

「うんうん、何だか私もテニスしたくなっちゃったにゃー」

 

 勿論、負けた二人を責める者など居るはずもない。

 むしろ称えた。しかし、それでも負けは負けである。

 

「でもよ〜、これで二連敗だろ?」

「もー、千雨ちゃんは〜、どうしてそういうKYなこと言うかにゃ〜」

「でも、裕奈、やっぱり立海の人は強いよ。最初は、みんななら勝てるかもって思ったけど、アスナたちも負けたし」

「せやな〜、次負けたら三連敗やろ?」

 

 そう、どんなに善戦しても今のところ全敗なのである。

 しかもこれまで出場したのは、アスナ、楓、クーフェと麻帆良の中でもトップクラスの運動神経と実力者だ。

 彼女たちですら勝てない相手に、今後誰が出るのか?

 

「ねえねえ、次ってウチは誰が出るの?」

「シングルスでしょ? 確か、いいんちょが・・・」

「いいんちょもテニスは昔から嗜みとか言ってやってたから強いっぽいけど・・・」

 

 強くてうまいだけでは、少し不安が残る。

 立海にはまだこれまで出てきた真田たちと同等か、それ以上の選手も居るかもしれない。

 さらに・・・

 

「ってか、いいんちょまだモンブラン食べに行って帰ってこないじゃん!?」

「あー、ほんとだ!?」

「なーにやっての!?」

 

 そう、実は次の試合に出るはずの、あやかが帰ってこないのである。

 一体何をやっているのかと、辺りを見るが、帰ってくる気配がない。

 

「いいんちょが出ないとなると、他の人を探すしかないですが・・・」

「ユエーッ、私は絶対無理だよ!? あんなふ、風林火陰山雷みたいなのされたら死んじゃうよ!?」

「いんや、最初から、のどかはカウントしてないっしょ。う〜ん、しかし、ウチのクラスだと他に誰が?」

「運動神経でいうと・・・裕奈にアキラに・・・まき絵とか・・・」

「う〜ん、私か〜、クーフェたちで勝てない相手には、さすがににゃ〜」

「私も無理・・・」

「えええーーん殺されちゃうよー!?」

 

 見ている分にはいいが、実際やるとなると話は別。

 他の候補者を、運動神経を基準に探すが、みな「無理」と拒否の構え。

 

「どいつもこいつもビビりおって」

「マスター、出られるのですか?」

「ん〜、どうせテニスをするなら、一番上手い奴とやりたいしな・・・どれ」

 

 その時、ベンチに座っていたエヴァが立ち上がり、何を思ったのか立海ベンチに近づいていく。

 

「ん・・・見んしゃい。なんかチビっ子が近づいてくるぜよ」

「おお、なんか随分と偉そうなガキだな」

 

 ヅカヅカと歩み寄ってくるエヴァの存在に、立海メンバーも気づく。

 するとエヴァは立海面々を前にして、堂々と尋ねる。

 

「おい、小僧ども。貴様らの中で一番強いのは、あの真田とかいう奴か?」

 

 偉そうに見える子供は本当に偉そうだった。

 立海メンバーも反応に困ったが、唯一、幸村がクスクスと笑った。

 

「確かに、まともな試合をして真田に勝てる選手を日本中探して、果たして巡り会えるかどうか分からないね」

「ふん、だが貴様らは負けたのだろう? 全国大会準優勝」

「うん、悔しいけどね。真田も関東大会では負けている。でも、あれから、そして今日も真田は進化した。今、試合をすれば分からないよ」

「そうか。なら、次から貴様らの中で出てくる者は、あの帽子小僧より弱いという訳か。なら、誰でも同じか。私が大将にこだわる必要もないか」

 

 エヴァは少しガッカリしたように溜息を吐いた。

 クラスのイベントにはいつも不真面目だった彼女だが、このテニスだけは違った。

 そしてどうせやるなら一番強い奴と戦いたいというのが、彼女の思いだった。

 だから、彼女はこの練習試合の団体戦では大将の役に回ろうとした。

 だが、現在、次の試合をやるはずの、あやかが居ないことと、もし真田以上の実力者がこの後に居ないのであれば、ワザワザ大将にこだわらないで次の試合に出てもいいかとも思った。

 しかし・・・

 

「でもね、お嬢ちゃん」

「なんだ、優男。私に馴れ馴れしい呼び方は、許さんぞ?」

「怖いね。ただ、さっきの君の質問の答えを言うだけだよ」

「なに?」

「確かに真田より強い選手を探すのは難しいけど・・・」

「けど?」

 

 質問を終えて立ち去ろうとするエヴァを幸村が止め、揺ぎのない自信に満ちた言葉で・・・

 

「今の真田に勝てるとしたら、俺しかいないよ」

 

 断言した。

 

「・・・・・・・くっ・・・くくく、」

 

 エヴァは振り返り、幸村を凝視する。

 上背があるわけでもない、恵まれたパワーがあるとも思えない。

 むしろ普通。線の細い、少しナヨっちい男にしか見えない。

 そんな男の発言に、エヴァは笑いが堪えきれなかった。

 

「くくくくく、笑わせてくれる。お前がか?」

「うん、確実だと思うよ」

「くくくく・・・・クハハハハハハハハハハハ、お前のようないかにも貧弱そうな小僧が最強だとは笑わせてくれる!! ・・・・と、雑魚ならそう思うのだろうが・・・くくく、なるほどな」

 

 エヴァは振り返って、幸村の正面に立つ。

 下から覗き込み、舐めまわすように幸村の全身に目をやる。

 

「確かに、貴様には得体の知れない何かを感じるな。分かるぞ、この私にはな」

「眼鏡にかなって光栄だよ」

「面白い! よし、貴様が出てきた時には、この私が直々に葬ってやろう! 二度とテニスがしたくなくなるぐらい、痛めつけて徹底的に泣かせてやろうか?」

 

 エヴァから凶悪な笑と闇が溢れた。

 

(ッ!?)

(く、・・・空気が重く・・・俺の体が震えている?)

(な、なんと凶悪な表情・・・いや、威圧感・・・こんな、我々の腰元しかない少女が・・・)

(なにもんだろい・・・このちみっ子)

 

 立海メンバーは手に汗と鳥肌が気づいたら立っていた。

 これまで見たこともない得体の知れない何かを、目の前の小さな少女に感じていた。

 一方で、エヴァも、大人気ないと思いつつも、少し試していた。

 

(さて、どんな反応をする? 小僧)

 

 ただの挑発だ。エヴァはただ、反応が見たかった。

 これでビビって何も言えなくなるなら論外。キレて反発するようなら2流。

 すると、幸村はエヴァの威圧に対して身じろぎ一つせず、ただ涼しい表情で笑みを浮かべた。

 

「お嬢ちゃん?」

「ん?」

「テニスは人を泣かせるゲームじゃないよ」

 

 軽やかに受け流された。

 

「ほ〜う」

 

 エヴァもその反応に満足した。

 自分がこれだけの威圧を出せば、「子供相手にムキになる必要はない」などという反応は普通出さない。

 しかし、幸村は違った。

 その瞬間、エヴァの標的が決まった。

 

「くくくく、楽しみになってきた」

 

 エヴァは振り返る。どうやら、この練習試合が本気で楽しくなってきた。

 戻ると、麻帆良ベンチではクラスメートがハラハラした表情だ。

 

「エヴァちゃん、なにやってんの!?」

「なんか、すごい笑い声が聞こえたけど・・・」

「あんなイケメン集団にどうしたの!? まさか、メアド交換!? ズル、私も行く!」

「いや、美沙、あんた彼氏いるでしょ・・・って、桜子まで!?」

「いいじゃん、円! やっぱ、私たちはこういう出会いを有効活用しないと!」

 

 ハラハラ・・・が一瞬でなくなったが、エヴァは軽く咳払いした。

 そして、

 

「貴様ら、次の試合は勝ちに行くぞ」

 

 キャプテン不在の状況、急にエヴァが仕切り出した。

 ハシャイでいた子達も、空気を見て謹んだが、しかし勝ちに行くと言われて簡単に勝てるわけがない。

 すると、エヴァは指示を出す。

 

「委員長が居ないのなら・・・刹那、次はお前が行け」

「えっ、わ、私がですか!?」

 

 急に指名された桜咲刹那は、あたふたした。

 

「いや、しかし私は龍宮とのダブルスが・・・」

「それは後で考える。どちらにせよ、この状況で任せられるのは貴様だけだ。お前が抜けたダブルスには茶々丸に入ってもらう」

「えっ・・・あ、でも、それなら茶々丸さんがシングルスでも・・・」

「ダブルスに必要なのは連携だ。確かに、貴様と龍宮は連携は大丈夫だろうが、金に絡まないこの試合を、龍宮が真剣にやるとも思えない。案の定、今いないではないか」

「まあ・・・確かに・・・」

「万が一、龍宮が来ないことも考えて、どんな場合でも機械的に動けてデータを下に誰とペアを組んでも冷静に対処できる茶々丸にダブルスをさせる。刹那、お前はこのシングルスで確実に勝ちを拾ってこい」

 

 もはや、いきなりキャプテンというより、選手権監督のようになった。

 

「ふっふっふっ、もし、負けたらどうなるか分かるな? ・・・お前の全身に恥辱という恥辱を徹底的に叩き込んで、お前の大事なお嬢様の前で穴という穴を・・・」

「ちょっとー、わかりました! 勝ちます! 勝ちますよ!」

 

 しかも、誰も逆らえないというのだから、エヴァがやる気を出せば監督気質があっても仕方なかった。

 

「は〜、仕方ないですね」

 

 もう諦めて、ラケット取り出す刹那。

 

「せっちゃんやーーー!」

「刹那さんキターっ!」

「って、桜咲さん、渋!? ウッドラケットじゃん!?」

「ってか、確実に勝ちに行くとか・・・剣道の試合でもないのに、大丈夫なのかな?」

 

 歓声と采配に疑問は多少あるものの、エヴァの指示により、次のシングルスの試合には麻帆良からは桜咲刹那が出る。

 対する立海は・・・

 

「本当はここで赤也に出てもらうところだったけど、仕方ない。こちらもオーダーを少し弄る。だから、頼んだよ」

「ぷりっ」

 

 立海一の厄介な男とも呼ばれる、コート上の詐欺師がベールを脱ぐのだった。

 

 

 

 

 四対四の席。向かい合うように男女が並んでいた。

 真田、切原、亜久津、木手。

 アスナ、千鶴、あやか、龍宮

 なぜだか分らぬが、このテーブルだけは皆が異様に避け、あげくの果てには皆に同じことを思われていた。

 

(((なんか、あそこの席、パネエ!?)))

 

 何だか、しゃべりづらい空気。

 

「まあまあ、みなさん、テニスがお上手なのですわね」

 

 だが、そんな空気にも関わらず、聖母・千鶴は相変わらずだった。

 

「まだまだ未熟だ」

「いやー、照れるっすね!」

「けっ」

「ふふふ、まあ、それなりにですけど」

 

 千鶴の言葉に真田と亜久津はとくに反応せず、赤也は照れ臭そうに、木手は「ふふん」と少し胸を張っていた。

 だが、千鶴が言わなくても、アスナとあやかが目の前の連中が凄いテニスプレイヤーだというのは分っている。

 この中では真田のテニスしか見ていないが、その真田が認める全国クラスのプレイヤーなのだから。

 しかし・・・

 

「で、ちょっと待ってください。立海の方たちは私も知っていますが、そこの君は誰ですか?」

「ああ?」

「山吹中と聞いてますが、君みたいな人、居ましたか? 山吹中とは試合してませんが、全国大会の開会式でも君のことは見ませんでしたが」

 

 木手の視線が亜久津に向けられ、亜久津が人を殺さんばかりの不快そうな表情を浮かべた。

 

「木手、見ていないのも無理はない。亜久津は都大会でテニス部をやめている」

「ほう、やめた。それはまたどうして」

 

 怪物とまで呼ばれて、学校も関東、全国にコマを進めているというのに、なぜやめたのか?

 亜久津はモンブランを食べるスプーンを咥えたまま、ぶっきらぼうに答える。

 

「テメエには関係ねーだろ。ドタマカチ割るぞ?」

「ほう、テニスの実力は知りませんが、おいたは過ぎるようですね?」

「お前、誰に喧嘩売ってんの?」

 

 亜久津の態勢が少し変わる。今すぐテーブル越しに殴りかかりそうな様子だ。

 アスナとあやかも、いきなり喧嘩が始らないかヒヤヒヤしている。

 

「よさんか! 女どもの前だ。争いはひかえんか!」

 

 こういうとき、真田のような男が居てくれて本当に良かったと、アスナとあやかは感謝する。

 しかし、

 

「お前、誰に指図してんの?」

((この男、めんどくさー!?))

 

 まったく態度を改めない亜久津だった。

 もう、これ以上、場を悪くしないでくれ、それがアスナとあやかの願いだった。

 だが、それは無情にも、切原のKYな一言で最悪の事態に。

 

「あっ、俺、月刊プロテニスの井上さんに聞いたことありますよ。亜久津さんは都大会で越前に負けたんで、テニスやめたんすよね?」

「あ〜?」

「ほう、越前君に。しかし、別に恥じることはないでしょう」

「うるせえ。俺は小僧に負けたからやめたわけじゃねえ。小僧との試合でもう満足しただけだ」

「なんか、もったいないっすねー。まっ、俺には関係ないっすけど」

 

 切原の悪気のない言葉だったが、亜久津がピクリと反応。

 亜久津の目つきがより一層鋭くなった。

 

「そーいや、俺も関東大会決勝前の野試合で負けたっすね」

「けっ」

「ほうほう、みなさん、越前クンに負けたんですか。では、僕だけですかね〜、負けたことがないの」

「いや、木手さんは越前と試合してないし、あんたは手塚さんに負けたじゃないですか」

「むっ・・・・・・・・・」

「そうだな、木手。お前は全国大会でこの『俺に負けた手塚』に負けているんだったな」

「ほほう、真田クン、言いますね〜、ギリギリだったじゃないですか。それに、切原クンも、全国大会前に関東大会のビデオを見ましたが、君は越前クン、手塚クンの下に甘んじている不二クンにも負けているでしょう?」

「うっ・・・べ、別に不二さんが越前や手塚さんより下とは限んないじゃないっすか。木手さんに勝った手塚さんより、不二さんの方が強くても、あの人なら不思議じゃないっすよ」

「ほう、つまり君は、私は手塚クンや越前クン、さらには不二クンよりも弱い男と言いたいわけですね?」

 

 亜久津だけじゃない。何だか、真田も切原も、どんどん空気が重く、ギスギスしてきた。

 そこに更に爆弾が・・・

 

「なんだ。つまり、話を統合すると、実はお前たちはそんなにテニスは強くないということか?」

「「「「ぬっ!!??」」」」

「「龍宮さん!?」」

 

 怖いものなど無い龍宮の恐ろしい言葉に

 

「まあ。では、この中で誰が一番、テニスがうまいのですか?」

「無論俺だ」

「いやいや、来年立海の王座を奪還する、俺っしょ!」

「進化した、私でしょう」

「テメエら、いつまでもくだらねえこと言ってると、全員ぶっ潰すぞ?」

 

 千鶴の余計な一言で、更に争いの火種が投げ込まれて、余計に空気が悪くなr。

 我慢できず、アスナたちは焦って、ワザとらしいぐらい大声を出す。

 

「ねえ、ゲンイチロー! それでさ、それでさ、えっと、ええっと、あの・・・そう! 越前って誰?」

「そそ、そうですわ! 先程から、その名前が出ていますが、どなたですの?」

 

 とりあえず、亜久津が何かをしでかす前に、落ち着かせないといけない。

 だが、その質問は失敗だったと後に分かる。

 

「越前リョーマか・・・奴は、今年の全国大会を制した青春学園の選手にして、現在、中学一年生でありながら全国ナンバーワンとなったプレイヤーだ」

 

 真田もまた、越前に苦渋を舐めさせられた一人ゆえに、複雑な感情を持っていた。

 だが、アスナたちは今の真田の説明に驚きを隠せなかった。

 

「ちゅ、ちゅういち!? それって、ゲンイチローより強いの?」

「今はどうかは分らん。だが、関東大会で俺は奴に敗れた」

「う・・・うそ・・・」

 

 アスナもあやかも驚愕した。

 

「一体、どんな奴なの? ゴリラみたいな奴?」

「こ、怖くてあまり知りたくはありませんが、知りたい気もしなくも・・・」

 

 真田の実力を十分知った二人だからこそ、まさかこれほど強い男が中学一年生に負けたなど信じられなかった。

 越前リョーマ。

 果たしてどんなプレイヤーなのか、興味が尽きなかった。

 

 

 

 

 

 

 そしてその頃、食堂塔で今にも争いの火種が爆発しそうな中で、テニスコートでは誰もが予想もしていなかった事態が起こっていた。

 

「バ、バカな・・・あの、仁王が・・・」

「これまでと同じ、超人的な素人かと思ったが・・・」

「これは、予想外でしたね。確かに、超人的ではありますが・・・テニスそのものに関しても・・・」

「計算外だ。これほどまでの選手が、名も上げずにくすぶっていたとは」

 

 驚愕に震える立海メンバー。

 その彼らの眼前には信じられない光景が繰り広げられていた。

 

「神鳴流庭球術・奥義・雷迅紅(ライジング)!!」

 

 ウッドラケットから繰り出される、疾風迅雷の打球が一閃。

 相手は一歩も動けずに、ただされるがままだった。

 

「40—0!」

 

 秀麗で、鮮やかで、それでいて豪快なジャンピング・スーパー・ライジングショット。

 コートに降り立つ桜咲刹那は、舞い降りた天使のように幻想的に見えた。

 その流麗なプレーに誰もが見惚れてしまっていた。

 

「では、もう一球、行きます! 神鳴流庭球術・斬岩サーブ!」

 

 剛球サーブをテニスでは弾丸サーブと例えたりするが、これは違う。

 岩をも斬り裂くかと思われるほどの、切れ味の鋭いスライスサーブ。

 鋭利な刃物のような孤を描く。

 

「ッ、返すぜよ!」

「いい反応です。ですが、リターンが甘いです」

「・・・速く、強く・・・鮮やかぜよ!」

 

 仁王も態勢を崩すものの、何とかラケットを伸ばして、リターンに成功する。

 しかし、浮いたボールの先には、まるで羽が生えたかのように空に舞う刹那が既に構えていた。

 

「神鳴流庭球術・奥義・雷光スマッシュ!」

 

 ボールとラケットのインパクトの瞬間、スイートスポットに稲妻が走ったかのように見えた。

 まるで、本物の雷を纏ったかのようなスマッシュは、落雷の如き速度と威力でコートに突き刺さる。

 

「ゲーム・桜咲・3—0!」

 

 こんなゲーム展開を誰が予想しただろうか。

 これまでの超激戦とは打って変わり、たった一人の少女が、全国屈指の名門校・立海大付属のレギュラーを圧倒していた。

 

「せっ・・・・・せっちゃん、メチャメチャ強いやーーーーーーーーーーん!!」

「桜咲さん、フツーにテニススゲエ上手いじゃん!? 何で!?」

「おま、おま、何でテニス部に入んね、いや、そうじゃなくて、ボールに稲妻走ってたけど私の見間違いだよな! なんか、やばいもんを付加させたりしてねえよな!」

「ってか、意外・・・桜咲さんて剣の道一筋だと思ってたのに・・・」

 

 まさかの桜咲刹那のテニスの実力に驚きを隠せぬ麻帆良ベンチ。

 そして、これ以上の嬉しい誤算はなかった。

 全てを分かっていたかのように、エヴァンジェリンは悪の女王ばりの笑みを浮かべていた。

 

「マスターは、ご存知だったのですか?」

「ああ。詠春に聞いたことがある。神鳴流は門下生に女が多く、厳しい修行の中で何かレクリエーション的なものをとのことで、三代ぐらい前の頭首が修行の息抜きにテニスを取り入れたとな」

「刹那さん、とてもイキイキしていらっしゃいます」

「まあな。仮にテニスの実力がどれほど向上しても裏社会で生きなければならないあいつらは、その実力を公共の場で披露することはなかったからな。しかし、今日は別だということだ」

「なるほど、確実に勝ちに行くには刹那さんというマスターの案の意味がよくわかりました」

「しかし、刹那も何だかんだで気合入っているな。あのラケット・・・確か、千葉県のウッドラケット職人手製のものだ。何と言ったかな、あのジジイ・・・たしか、オジイだったか? まあ、もう死んでいるだろうが・・・」

 

 意外な神鳴流の秘密ではあったが、現実は現実。

 刹那が完全にペースを握り、立海のレギュラーを圧倒していた。

 

「はい、せっちゃん、ドリンクや!」

「あっ、ありがとうございます、お嬢様!」

「んも〜、せっちゃん、何であんなテニスうまかったん、内緒にしてたん?」

「ははは、いえ、私も修行の合間という感じで、同門以外の方とはテニスしたことなかったので、自分の実力もよく分かっていなかったもので」

「もたいないわ〜、せっちゃんテニス真剣にやっとったらプロになってたんちゃう? ほんま、かっこよかったえ!」

「そ、そうですか! かっ、かっこいい・・・ああ・・・光栄です! 見ていてください、お嬢様! お嬢様に必ずや勝利を!」

「せやせや! もう、こうなったらいっそ、ラブゲームに・・・・・・あっ・・・・・・」

「どうされましたか?」

「えっへへへ、せっちゃんがウチにラブゲームを捧げてくれるん?」

「っ!?」

 

 ラブゲーム。相手のゲームカウントをゼロにすること。つまり、6—0の勝利。

 ちなみに、語源はフランス語の卵なのだが、この時、刹那と木乃香の頭の中には、ゼロではなくLOVEの字が・・・

 

「くっはーーーー! ラブ臭がキタアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「なんか、最近、急激に開き直ったよね、あの二人」

「まあ、幸せそうだし、それでいいんじゃない?」

「刹那さん、マジ強くてカッコイイしね!」

 

 ベンチで大喜びの木乃香と顔を赤らめながらイチャイチャする刹那。

 あれほど鋭い、ライジングやサーブやスマッシュをしていた者と同じとは思えない。

 しかし、普通に強い。

 立海メンバーもこれには面食らっていた。

 

「あの女、フツーにツエーよ。(俺らの試合であいつが出てこなくて良かったぜ)」

「しかも、基本は完璧だろい。相手のミスを誘うシコラーテニスは通用しないぜ」

「桜咲刹那・・・俺のデータにもまったくない」

「女子でも、全国クラスなら我々も名前ぐらい知っているのですが・・・・・・」

 

 計算外だった。まだ、これほどの者が麻帆良にも居たとは思わなかった。

 アスナや、クーフェや楓とも違う、正真正銘のテニスを身につけていた。

 

「仁王・・・この結果は遊びかい? それとも、理屈抜きの実力の差かい?」

 

 幸村がベンチで無言の仁王に声を掛ける。

 しかし、仁王の反応は返ってこない。

 

「ふ〜・・・はあ、はあ、はあ・・・」

 

 たった三ゲームだというのに、息が上がっている。

 対する刹那は汗一つかいていないというのに。

 これは、立海レギュラーの仁王雅治が完全に手も足も出ないことを表していた。

 

「仁王」

「聞いとるぜよ。予想外で混乱してるだに」

 

 仁王の声が若干低かった。

 いつもは『コート上のペテン師』と呼ばれ、相手を驚愕させていた男が、逆に驚いていたのだった。

 

「パワー、スピード、それだけなら前の女どもも俺らより上だったぜよ。しかし、今度の女は唯一俺らが優っていた技術も持っているだに」

 

 仁王の言葉が何を表すか。それは、簡単に言えば『無敵』。

 

「確かにね。さらに、彼女はあの長いウッドラケットを存分に使いこなし、超攻撃テニスをしてくる。まるで、侍が長刀で暴れまわっているようだね」

「・・・実際、奴のスイングの風圧で、ちょっと頬が切れたぜよ・・・鋭さも圧倒的ぜよ」

「そうか・・・どんな理由かは分からないが、表舞台に立たない選手が、これだけの実力を持っていたとはね」

 

 言えば言うほど相手が際立ち、勝算がなくなっていく。

 今回ばかりはヤバイのではないかと、柳たちも言葉を失っていく。

 勝てないのか?

 ほんのわずかだが、そう思いかけた時、仁王はベンチから立ち上がった。

 

「安心しんしゃい。それでも、俺は負けんぜよ。既に、準備は整っている」

 

 どこか、確信めいたように、仁王はそう言った。

 

「準備か・・・つまり・・・いよいよ、仁王もここから本領発揮というわけだね」

 

 幸村が仁王の背中を見て呟く。

 そして、柳たちも思い出した。

 

「そうだ、仁王にはアレがある」

「ああ。準備できたってことは・・・いよいよ、スタートするってわけかよ・・・奴ら、度肝を抜かれるぞ」

「これは見ものだろい」

「ええ、仁王くんの・・・『イリュージョン』が始まるわけですね」

 

 イリュージョン。

 先ほどまで面食らっていた立海メンバーも、少し表情が和らいで来た。

 それは、仁王が持っている能力の凄まじさを誰もが知っているからだ。

 

「しかし、仁王はイリュージョンで誰になる気だ?」

「順当にいって、仁王のイリュージョンで最強なのは・・・」

「手塚国光」

「彼しかいませんね」

 

 そして、仁王がサービス用のボールを拾う。

 その背中には、嵐の前の静けさのような雰囲気が漂っている。

 

「せっちゃん! がんばってや!」

「はい、必ずやお嬢様にラ・・・ラブゲームを捧げてみせます!」

 

 仁王の雰囲気が変わっているというのに、刹那は眼中に入っていないようだ。

 もっとも、麻帆良側もこれまでのゲーム経過で、余裕の表情だった。

 だが、今度は彼らが驚愕することになる。

 

 ――――イリュージョン発動

 

 そして、仁王雅治があの男になった。

 

 

「You still have lots more to work on」

 

 ―――――!?

 

 

 流暢な英語が聞こえた。

 それは、どこか生意気さも感じられる幼い子供の声だった。

 そして、この場にいる誰もが目を疑った。

今そこに、つい先程までいたはずの男が、何故か帽子を被った小柄な少年の姿に見えたからだ。

 

「な・・・なんだ?」

 

 エヴァンジェリンですら、狐につままれたような表情だった。

 

「仁王・・・そう来たか・・・これは、俺でも予想外だったよ」

 

 対する立海側は、誰もが興奮を抑えきれない笑みを浮かべていた。

 誰もが、「あのやろう、やりやがった!」という表情だった。

 

「えっ、あれ? あれ? 仁王・・・さん? じゃなくって・・・え?」

 

 誰もがそう見えたのだ。

 刹那が混乱するのも無理はない。

 まるで変身したかのように突然姿が変わった仁王。果たして目の前の少年は何者なのか?

 すると彼は、どこまでも自信に満ちた笑で、先ほどの英語を今度は日本語で言う。

 

「まだまだだね」

 

 そこには、現在中学テニス界ナンバーワンの選手が立っていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話『偽王子VS鳥人』

 それは、変身と呼ぶには自然体すぎで、モノマネと呼ぶにはクオリティが高すぎる。

 まるで、最初から仁王という男はそこに存在せず、別の男が現れたかのような錯覚に誰もが陥った。

 

「えっ、あれ!? 今、そこに仁王くんいたのに、アレ!?」

「なんか、おチビちゃんに代わってるよ!?」

「楓、見たアルか!?」

「・・・変化の術ではないでござる。しかし、これは・・・」

「マスター・・・あそこに居るのは、紛れもなく仁王雅治という選手です。しかし、私の目にもそう写っていません」

「茶々丸。機械であるお前の目すら欺くというのか? では、やはり・・・アレは・・・」

 

 麻帆良生徒は誰もが仁王の魅せるイリュージョンの中に居た。

 エヴァンジェリンですら、思わず身を乗り出すほどだ。

 目の前にいる男は仁王であって、仁王でない。まったく別の存在へと化した。

 そして、変わったのは見た目だけではない。

 

「それじゃあ、いくよ」

「・・・・・・」

 

 先程まで甘い色ボケ空間に居た桜咲刹那も、この奇妙な現象に飲み込まれていた。

 夢なのか、幻なのか、突如幼さの残る少年と試合をすることになったことに、何も言葉を発せられないでいた。

 そして・・・

 

「それっ!」

「ッ!?」

 

 仁王・・・いや、越前リョーマがサーブを放つ。

 速度、打点の高さ、タイミング、全てが刹那が先ほどまで試合していた仁王とは違う。

 さらに、

 

「ッ、この回転は!? ・・・神鳴流歩法・脚離桜華(きゃりおうか)」

 

 越前の放ったサーブがバウンドと同時に激しいツイスト回転を起し、刹那の顔面めがけて急激に跳ね上がった。

 

「マスター!」

「うむ、ツイストサーブだ! また、珍しいサーブを・・・だが、刹那には通用せん!」

 

 多少面食らったものの、刹那の行動は速い。

 ボールがバウンドした瞬間に、足を交差させた機敏なステップで横方向に飛びながらツイストサーブを難なく返す。

 

「キャリオカステップ!? あの女、やっぱうめえ!」

「初見でツイストを見抜いて、的確な対処だ」

「ボディバランスも超一級品。アスリートとしての理想ですね。ですが・・・」

 

 刹那のリターンに対して、越前は構わずボールに飛びつき、ダイレクトでスイング。

 

「ドライブC」

 

 刹那も素早くスプリットステップでボールに反応。

 しかし、

 

「なっ!?」

 

 越前のダイレクトボレーは着弾後にバウンドせずにそのまま転がっていった。

 予想外の打球に刹那は身動きできず、呆然と立ち尽くす。

 

「にゃにゃにゃにゃ、にゃにー、今の!?」

「ボ、ボールが跳ねないでそのまま転がっていったよ・・・あんなの、アリ!?」

「テ、テニスって普通ワンバンドして打つんだよね? あんなの、どうやって返すの?」

「これまた、綱渡りや鉄柱当てとは別の意味で嫌な技ですね」

「千雨さん・・・頭抱えてどうしたのですか?」

「うるせえ、ロボ娘。私はただ、今までテレビで見てきたテニスって何だったのか、思い返してるだけだ、んで、エヴァさん・・・あれって、どういう原理・・・」

「ふふふ、器用なことをやる。イレギュラーバウンドを意図的に起こさせたか」

 

 未だかつて見たことのないショットに、麻帆良ベンチは純粋に驚きの声を上げた。

 立海メンバーも、笑を抑えきれなかった。

 

「敵の時は、生意気で恐ろしい一年坊主だったが、味方でこれほど頼もしいやつはいねえ」

「まっ、実際は仁王だろい。てか、話し方まで真似る必要はなかっただろい」

「どちらにせよ、越前リョーマになったのだとしたら、これからゲーム展開は非常に早くなるぞ」

「超攻撃的で超ハイスピードのテニス。我ら立海を王座から引きずり下ろしたテニスが、今、我らを守るために戦うというわけですね」

 

 立海メンバーの言葉に、幸村も笑みを浮かべながら頷く。

 本当の勝負はこれからだ。存分にお前の力を見せてみろと、その目が語っていた。

 

「ねえ、あんたさあ」

「・・・?」

「好きな子の前でカッコつけたいのはいいけど、あんまりテニスを舐めない方がいいよ」

「くっ!?」

 

 ドライブCで一歩も動けなかった刹那に対し、越前はネット越しから強気な言葉をぶつける。

 幼い子供の言葉と思いつつも、刹那は少しムッとした。

 

「ご心配なく。少し混乱しただけですよ。やることに変わりはありません。お嬢様に勝利を捧げるということに」

「あっそ。でも、最後に勝つのは俺だけどね」

「ちょっ、君はいったい、いくつですか? ネギ先生なんて十歳で礼儀作法は完璧だというのに、君は・・・」

「ふーん、テニスって年齢でやるんだ。知らなかった」

 

どこまでも生意気に、強気に、ブレない。

 

「いや・・・桜咲・・・そいつ、一応お前とタメだろ?」

 

 千雨がつっこむものの、刹那の思いは誰もが共感していた。

 目の前にいる男は中学三年生の仁王雅治。自分たちと同じ歳なのだ。

 しかし、それすらも完全に忘れてしまうほど、仁王のイリュージョンのクオリティは高かった。

 

「じゃっ、もう一球いくよ!」

「もう、その回転サーブは通用しません。神鳴流庭球術・雷迅紅!」

 

 再び放たれるツイストサーブ。それに対して刹那は、今度はボール正面に立ち、跳ね際をライジングで叩く。

 どんな変化もボールの跳ね際で叩けば無効化できる。

 

「ふーん。でも、遅いよ」

 

 しかし、越前も読んでいた。サービスダッシュで既にネットに詰めている。

 そこから再び放たれる返球不能のドライブボレー。

 

「ドライブC」

 

 だが、

 

「同じ技は通用しません! 神鳴流・斬空閃」

「ッ!?」

 

 越前のボレーと同時に刹那がスイングを始める。だが、明らかにタイミングが早すぎる。

 すると、刹那のスイングにより、かまいたちのような風がコート上に現れた。

 

「なっ!? スイングだけでかまいたちが発生し・・・」

「風圧でボールが浮いた!?」

「そうか、あれならバウンドしないボールも無意味!」

「咄嗟にあの機転、なんという女性でしょう!?」

 

 そう、着弾すれば跳ね上がらないボールなら、着弾させなければいい。

 刹那のスイングでドライブCはコートに着弾せずにホップし、刹那は余裕で二度目のスイングでボールをダイレクトに返した。

 

「にゃろ」

「さあ、次はこちらの番ですよ! 私が攻めさせてもらいます!」

「関係ないね。攻めあるのみ!」

 

 ドライブCを返された越前だが、構わず前へ出てボールに飛びつく。

 

「ドライブB!」

「神鳴流庭球術・百花繚乱!」

「ドライブD!」

 

 鋭いドライブ回転のかかったドライブボレーの連発。

 対する刹那は、花びらが舞うかのように鮮やかでありながら、溜め込んだ気を一気に開放するかのような強力な剣閃を放つ。

 お互い一歩も引かないが、刹那の瞳が光る。

 ドライブボレーにこだわるあまり、前に出すぎな越前の真横に隙を見つけた。

 

「ガラ空きですよ!」

「っ、こっちか!」

「遅いです! 神鳴流庭球術・覇神紅(パッシング)!」

 

 閃光の如きパッシングショット。普通なら反応すら出来ないはずだが・・・

 

「そうでもなかったね」

「なっ!? 追いついた!?」

 

 越前がボレーで、刹那のパッシングショットに追いついたのだった。

 流石に決まったと思った刹那も慌てて越前のボレーを拾いに行く。

 同時に、越前の反応速度に舌を巻き、疑問を抱いた。

 

(驚いた・・・しかし彼の身体能力は私よりも下なはず。何故追いつくことが?)

 

 刹那はボールを返球しながら、越前の一挙手一投足を見逃すまいと集中する。

 その結果、刹那は越前の反応よりも、越前のステップに注目した。

 

(ッ!? か、・・・片足で!? そうか、あのステップで追いついたのか!)

 

 この激しい打ち合いの中で越前が繰り出したステップ。

 それをわかったものは、刹那と、立海メンバーと、そしてエヴァだけだった。

 

「あの小僧・・・片足でスプリットステップを・・・あれで、反応速度の差をカバーしているというのか! あれはもはや、センスだな」

 

 それは、越前流片足のスプリットステップ。

 片足で着地することで通常よりも一歩半速く跳び込むことができる。天性の打球への嗅覚があってこそ成せる技。

 越前の強さを支えたステップの一つだ。

 

「面白い!」

「やるじゃん」

 

 超ハイペースな打ち合いが始まった。もはやお互い、ペース配分も何も考えていない。

 互の技と技の応酬だった。

 目にも止まらぬそのハイレベルな攻防は、ほとんどのものには訳の分からないものに見えたかもしれない。

 しかし、どこか、気持ちのいいスカッとする打ち合いだった。

 

「うおおおお、なんかスゲー! 刹那さんもすごいけど、あのちびっ子もスゴ!」

「うん、何だか見ているだけなのに、私までドキドキしてきたっていうか、熱くなってきたっていうか!」

「普通、あんなハイペースだったらすぐにバテる確率100%」

「しかし、これが越前くんのベストなテンション。後半になるにつれて、どんどん上がって行きますよ」

「ちっ、相変わらず生意気な野郎だ。越前! お前が立海の柱になれ!」

「ジャッカル・・・色々と混乱しているだろい」

 

 気づけばどちらを応援ということはなかった。

 ただ、この両者一歩も引かぬ攻めと攻めのぶつかり合いに魅せられていた。

 

「なかなかのテンションですね。ですが、坊や。お姉さんはまだ10ゲームはやれますよ?」

「そう? 俺は20ゲームできるけどね! まだまだペースを上げるけど、大丈夫?」

「生意気ですね! 私に遠慮は要りません! 本気で来てください!」

 

 その時、越前の体が光を発した。

 

「Is that so? Well, whatever you say.(あっそ。じゃあ、そうさせてもらうよ)」

 

 光が越前の体を包み込んだとき、動きが更にキレた。

 

「これは・・・真田さんと同じ!? ふ・・・ふふふ・・・受けて立ちますよ!」

 

 無我の境地の光。

 その光を、ギャラリーも見覚えがあった。

 あの、真田が一戦目で常人離れした力を振るっていた際に、彼の身を包んでいたオーラと同じ輝き。

 刹那の表情に好戦的な笑が浮かんだ。いつの間にか彼女自身も、この戦いに胸が高鳴っていた。

 

「スゲーな、あのガキ・・・って、違った! 仁王って奴だよ、アレは私とタメの! いかんいかん、魔法の世界のせいで常識が崩れてきた所為か、テニスの常識もよく分からなくなってきた」

「そう、取り乱すな、長谷川千雨。こいつらは特別だ。そして、この仁王という男・・・私の目ですら欺くこの能力は見事と言うしかない」

「あ〜、エヴァンジェリンさんよ、もう、あのスーパーサイヤ人だか念能力的なもんにはツッコミはいれねーけど、あの幻術なのか催眠術なのかよくわかんねーもんまで最近のテニス選手はできんのか?」

「いや・・・あれは、違う。催眠でも幻術でも、ましてや魔法のような類のものでもない。何よりも、そのような類のものなら私には通用せん。しかし、だからこそ、私にも通用しているのだ」

「あ? いや、まったくよくわかんねーけど」

 

 目の前のハイテンションテニスにギャラリーが興奮の歓声を上げる中、頭が混乱してきた千雨が目の前の現象について尋ねると、エヴァは口角を釣り上げながらこの現象のネタをばらす。

 

「仁王雅治。奴が使っているのは、中国拳法でいう『象形拳』。それを奴なりにアレンジしたのだろう。さしずめ、『象形庭球術』と言ったところか?」

 

 象形拳。千雨にはまったく意味不明な言葉だった。当然、麻帆良ベンチも頭に「?」マーク。

 この娘以外は。

 

「象形拳!? あれ、象形拳の一種アルか!?」

「クーフェには分かるの?」

「ウム・・・・」

 

 中国拳法の達人、クーフェは、エヴァが仁王の技を象形拳と言った瞬間、目の色を変えた。

 

「象形拳とは、動物の型を取り入れた拳法。猿の動きを真似た猿拳。カマキリの動きを再現した蟷螂拳。達人ともなれば、それは模倣の領域を遥かに超えると言われるアル」

「えっ・・・どゆこと?」

「つまり、クーフェはこう言いたいのだ。パントマイムが目の前に見えない壁があるように演じるように、あの男の動き、たたずまい、身にまとう雰囲気、息遣い、眼光、そしてテニスのプレースタイルに至るまでを再現させることにより、虚像に込められたものが実体化したように見えるということだ」

 

 技を真似するのではない。完全にその者になりきる。

 

「・・・つまり、お前らはこの試合が終わったらグラップラー刃牙を読破しろ」

「「「「ああ、そういうこと!!」」」」

 

 目指したイメージを実体化させる。それはある意味、自分自身を殺すことをも意味する。

 自分という存在を極限まで希薄にさせるほどのイメージ。

 

「COOLドライブ!」

「こ、この技は!?」

 

 コート上のペテン師・仁王雅治。極限まで本物に似た偽物を生み出した、ペテンの極みに達する男だった。

 

「ゲーム・仁王・3—3!」

 

 審判が仁王の名前を呼ばなければ忘れてしまうかもしれないほど、誰もが仁王のイリュージョンの虜になっていた。

 気づけば、刹那もゲームカウントを追いつかれ、ペースが握られてしまっていた。

 

「くっ、何故・・・パワー、スピード、反応速度、身体能力、全ては私が上。さらに、技術面に関してもそれほど差はないはず・・・なのに、何故?」

 

 確かに強い。だが、能力だけならば自分の方が確実に上のはず。

 なのに、何故か越前のペースに追いつけず、ポイントを次々と奪われてしまった。

 何故?

 

「神鳴流・斬岩サーブ!」

「はあ!」

「なっ!?」

 

 今度は完全なるリターンエース。

 刹那自身、ボールを見失っていた。

 

「な・・・わ、私の目でも見失うなんて・・・」

「どうしたの? 今の、セカンドサーブ?」

「ッ〜〜〜、どこまでも言いますね!」

 

 どれほど鋭いサーブも、ストロークも、今の混乱の中に居る刹那は大事なことを見失っている。

 越前の体を包み込む無我の境地の光がいつに間にか・・・

 

「はああああああああ!」

「ッ、待て、刹那! 打つな!」

「神鳴流庭球術・雷鳴フォア!」

「あの小僧がやっているのは、無我の境地ではない! 百錬自得だ!」

「・・・・え・・・・」

 

 エヴァの注意が飛ぶが、もう遅かった。

 

「てい!」

 

 百錬自得の極み。

 無我の膨大なエネルギーを腕一本に凝縮することにより、あらゆる回転、球種、威力を倍返しにする力。

 例え、桜咲刹那相手とはいえ、それは例外ではなかった。

 

「そんな・・・・・・こんなことが・・・」

「ゲーム・仁王・4—3!」

「まだまだだね」

 

 強者を真似し、選ばれたものから学び、勝ち残った選手を目指す。

 己を偽り続けた男の到達したテニス選手の理想の姿が、魔法を超えた・・・・

 

 わけではなかった!

 

「・・・3球・・・」

 

 自分のサーブを打つ前に、越前の頭に光が集中し活性化する。

 その直後に告げられた「3球」という言葉に何の意味があるのかは立海メンバーにしか分からない。

 

「今度は絶対予告だろい!」

「才気煥発の極み! 止まんねーな、あの野郎!」

「絶対予告。つまり、確率は100%」

「恐るべしですね」

 

 才気煥発の極み。

 

「さあ、決めろ、坊や。いや、仁王」

 

 無我の境地の先にある三つの究極奥義の内の一つ。

 頭脳活性化型の能力であり、一球ごとの戦略パターンを瞬時にシミュレートし、最短何球目でポイントが決まるかを見極めることができる奥義。

 越前の口から自信満々に告げられたその予告。

 

「せい!」

「「1球」」

「予告? そんなことができるはずないですよ!」

「「2球!」」

 

 ジャッカルと丸井がボールをカウントし、次で3球目。

 

「ドライブB!」

 

 越前はスライディングからジャンプし、お得意の技を叩き込む。

 

「3球! 予告通りだぜ!」

「そんな!? そんな予告なんて・・・そんなことまで出来るの!?」

「せっちゃーーーーん!」

 

 無我の力で威力が遥かに向上したドライブ回転は急激に落ち、刹那の頭上を遥かに超える高さで超えていく。

 これで完全に決まった。誰もがそう思いかけた、その時だった。

 

「私は、負けられません! お嬢様に勝利を捧げるためにも!」

 

 それは、才気煥発の極みとはいえ、シミュレートすることなど不可能なことだった。

 つまり、刹那の力が、テニスの想像を遥かに上回った瞬間だった。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 鋭いドライブ回転で刹那の頭上を超えて上昇していくボールに、刹那は飛んで追いついていた。

 そんなことどうやってできるのか? 理屈などわかるはずもない。ただ、見たままで言うしかない。

 

「おい、ジャッカル・・・・俺の頬をつねってくんね?」

「俺たちは・・・マジもんのイリュージョンを見てるんじゃねえか?」

「未だかつて・・・このような技はデータには無い」

「いえ・・・技・・・というよりも・・・アレは・・・」

 

 立海メンバーは、夢を見ているのかと、自分の目を疑った。

 

「人は決して・・・空を飛べないと思っていたけど・・・」

 

あの幸村ですら、目の前の光景を信じられなかった。

 

「ね・・・ねえ、美沙・・・これ、手品だよね?」

「さ、さすがにこれは・・・ははは、そうだよね」

「あ、当たりまえじゃん、クギミー! そ、そうだよ、これは手品だよ」

 

 刹那と同じクラスメートたちですらこの反応。

 ただ、一部を除いて・・・

 

「せっ・・・・せっちゃん・・・・」

「あのバカ・・・やっちまった・・・」

「刹那さん・・・」

「あ、あわわわわわわ、こ、これ、どうするんです!?」

「・・・・・・・・・・・・・・あ〜、坊や、私は知らんぞ? あいつが勝手に・・・」

「いえ、マスター・・・こ、これは僕もどうすれば」

 

 頭上を超えたボールを空中まで追いかけて返球する刹那。

 

 その背中には、天使のような白い翼が生えていた。

 

 

「「「「「「「なんじゃそりゃあああああああああああ!!??」」」」」」」

 

 

 人を欺き続けた男と、本当の自分をさらけ出した女の戦いが、最高潮に達した瞬間だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話『最愛こそが最強を凌駕する』

 天使・・・思わずそう呟いてしまった。

 人間に翼が生えた。その異形に対して畏怖の念を抱くどころか、その美しさに目を奪われた。

 

「俺たちは、一体何とテニスをしてるんだ?」

「これは、夢か? 幻か?」

「データどころの話ではない。これは・・・ありえん!」

「奇跡なのでしょうか? 天使をこうして目の当たりにするなど」

 

 ボールを追いかけて空へと舞う刹那。

 その光景は翼を羽ばたかせた天使の戯れに見えた。

 絶対にありえない。しかし、それならこの光景は何だ?

 幸村ですら、頭の混乱が追いつかなかった。

 

「おい、参謀。どういうことだろい?」

「・・・これは・・・あくまで、推測でしかないが・・・」

 

 事情を知る者以外、誰もが問いたかった。奴は何者だと。

 

「現実には、人間に翼はない。しかし、現実の人間の構造はどうあれ、彼女の考えるイメージは違うのかもしれない」

「イメージ?」

「仁王が越前や手塚にも見えるように、彼女の作りだした翼のイメージが現実に勝り、我々全員の視覚を共有させたのでは・・・」

「じゃあ、あれも仁王のイリュージョンに似た技っていうことか!?」

 

 柳は、この現象を仁王のイリュージョンと同様の原理ではないかと推測した。

 全てはイメージの実体化。虚像が現実に勝る。

 そんなことがありえるのか? しかし、本来翼のないはずの人間の背中に翼が生えているように見えるのなら、そう考えるしかない。

 だが・・・

 

「おい・・・立海の奴ら、なんか真面目に中二病的な推理してるぞ?」

「・・・気の毒だが、ただ単純に刹那が鳥人間というだけなのだがな・・・」

「ででで、でも、そうやって誤魔化さないと・・・刹那さん、集中してるのか、全然気づいてませんよ!」

「せっちゃん、無意識に羽出しとるんや・・・」

 

 立海メンバーがよく分らん推測を立てているが、一応、立海が言っているからなのか、周りのギャラリーもその推論から刹那の背中に翼が見えるのかと、勝手に思い込んでいた。

 このまま勘違いで通してくれ・・・と、ネギたちが心の底から祈っているのだが、そんな仲間たちの願いを台無しにするほど、刹那は存分に舞った。

 

(なんだ? この集中力が極限まで高まる感覚・・・絶体絶命の死闘において稀に入る、この感じ・・・)

 

 ゾーンに入った刹那は、翼も魔法も一切頭から抜けていた。

 

「神鳴流庭球術・斬鉄スマッシュ」

「ッ、ドライブB! いっ!?」

 

 越前は果敢に飛び込む。

 しかし、刹那の放ったスマッシュは、螺旋の円を描いて越前のラケットのガットを抉った。

 

「どうしました、坊や。ラケットに穴が空いていますよ?」

 

 真の姿を晒した故か、パワーもスピードも格段に上がった。

 

「「「「こ・・・殺す気かあああああああああああああ!!??」」」」

 

「せっちゃーーーーーん! ちょっ、ダメやって!」

「まずい・・・集中しすぎて声が聞こえてない・・・」

「おい、いざとなったらホントに止めに入った方がいいぞ!」

「もう、これ・・・試合どころじゃない・・・」

 

 本来なら恐れるところ。

 しかし、今の仁王は越前。

 だから、こんな状況でも、越前らしく返す。

 

「ふ・・・ふ〜ん・・・やるじゃん。絶対、やぶってやる」

 

 越前リョーマはこれまで様々な敵を倒してきた。

 圧倒的な強さを誇った選手。究極のオールラウンダー選手。天才的な技法を扱う選手。

 危険性を伴った凶暴な選手。闘争心の塊のような選手。突出したパワーを誇る選手。

 規格外の野性的な選手。そして、テニス界の頂点に君臨し続けた最強の選手。

 

「ドライブC!」

「バウンドしない打球ですか? ならば、ノーバウンドで返球しましょう!」

「ッ、は・・・速すぎる!?」

 

 あらゆるテニスが立ちはだかるたび、越前リョーマはその全てを倒してきた。

 

「くっ・・・あの態勢からクロスは打てない・・・ストレートだ!」

「その片足のステップも、もう見切りました!」

「ッ!? あの態勢から逆を!?」

 

 だが、それはあくまでこれまで戦った選手たちはみな同じ共通点を持っていたからかもしれない。

 彼らの共通点。あくまで「人間」であるということだ。

 

「ねえ・・・やっぱりあれ・・・仁王くんのイリュージョンと違って・・・本当に翼が生えてるんじゃ?」

「うそ・・・うそ・・・桜咲さんって・・・何者?」

「もう、走ってないよ。完全に飛んでるよね?」

 

 テニスは人間同士を想定してルールを作られたスポーツ。

 だから、これは想定外だ。人外とテニスをするなど、オリジナルの越前リョーマですら経験がない。

 オリジナルで経験がないような出来事を、コピーで再現することなどできない。

 

「これで断ち切る!」

 

 コートの隅から隅、上下に揺さぶりをかけても翼でひとっ飛びで追いついてしまう刹那に対し、越前はラケットのスイングを変えないまま、ドロップショットを放つ。

 

「あれは!?」

「越前流の零式ドロップ!」

「ドライブCに比べれば大ぶりではないこの技なら!」

 

 ドロップショット。ネット際に軽く落とす必殺技。

 青春学園の手塚国光の伝家の宝刀を、越前リョーマも時折真似していたため、当然この技も使える。

 このドロップショットは決して跳ねない。

 返すには、ドロップショットを事前に読んで、ノーバウンドで返すしかない。

 しかし・・・

 

「裏をかいたつもりでしょうが、今の私に死角はありません!」

「ま・・・くっ・・・」

 

 刹那が翼を羽ばたかせる。コート全体に竜巻のような風が起こる。

 羽ばたいた翼による風が渦を巻き、ドロップショットが落ちずに浮かんだ。

 

「せっ、せっちゃーーーーーーーん!? かっこええけど、それはちゃうやん!?」

「やば・・・マジで立海に同情する・・・」

「マスター・・・どうやって止めれば」

「・・・・私は知~らん」

 

 開き直りすぎもいいところだった。

 

「神鳴流庭球術・斬空ドライブボレー!」

「にゃろう!」

「避けてください! ボールにまとった真空波が、あなたの肉体を切り刻みます!」

「ご忠告どーも。でも、肉を切らせて骨を断つ!」

 

 カマイタチのように鋭いショット。

 越前は反応するものの、ボールに向かうたびに肌を切り裂く風が肉体を血に染め、

 

「ドライブ・・・つあっ!?」

 

 打ち返そうとしたラケットのガットが、ズタズタに切り裂かれてボールがラケットを突き抜けたのだった。

 

「無茶をしますね、ボーヤ。血が出ています。小休止して治療にあたってください。ボーヤ・・・いえ、仁王さん」

 

 刹那がほほ笑みながら、翼を休めて降り立つ。

 その瞬間、仁王のイリュージョンが解けた。

 薄くではあるが何箇所か肌を切り刻まれて、血がにじみ出ている仁王がそこに居た。

 

「なに・・・なにさらしとんじゃ。破れるわけないぜよ」

 

 元に戻った仁王の表情は、混乱で目の焦点が定まっていなかった。

 怪我よりも、流れる血よりも、ただ目の前の刹那の姿しか頭になかった。

 

「ゲーム・桜咲・4―4!」

 

 ゲームカウントはイーブン。しかし、既に二人は対等ではない。

 テニスプレーヤーは、テニスにおいて、翼をもった選手と戦うことなど想定していない。

 たとえ、これが現実だろうとイリュージョンだろうと、そんなことは関係なかった。

 一方で、

 

「見ていてくれましたか、お嬢様、みなさん! 私は、勝ってみせます」

 

 ガッツポーズを見せる刹那。

 だが、今のクラスメートたちは「刹那、うしろうしろ!」状態だった。

 

「ん? どうしたのです、みなさん」

「せっちゃーん、背中背中!?」

「背中? 一体、何が・・・・・・・・・・・・・・・あっ・・・・・・・・・・」

 

 刹那、顔面蒼白。

 

「ちょわああああああああああああああああああああ!? こ、これは、これは、ちが、いや!?」

 

 刹那、自分が翼を出していたことに、今気付いた。

 

(しまった・・・しまった! 戦いに夢中になりすぎて、まったく気づいていなかった! ・・・不覚!)

 

 慌てて隠そうとするが、もう遅い。

 

(なんということだ・・・お嬢様・・・アスナさん・・・ネギ先生・・・申し訳ありません・・・私の愚かな行為が、みなさんに多大な迷惑を・・・)

 

 刹那は囚人観衆の中で、己の秘密を大暴露してしまったのだ。

 

「桜咲さん・・・マジェ・・・」

「うそ・・・どう見たって本物・・・」

「ま、・・・に、人間じゃない・・・」

 

 刹那は己の愚かさに悔いた。己を責めた。

 

「ち、ちが・・・こ、これは・・・その・・・」

 

 そして恐怖した。

 

(この目・・・ああ・・・私はこの目を知っている・・・この目は・・・あの目と同じ・・・)

 

 クラスメートも、集まったギャラリーも、そして立海メンバーも、自分を見る瞳の種類が、刹那が最も恐れていたものだったからだ。

 

 ―――異形の者への畏怖

 

 それを恐れていたからこそ、ずっと隠し続けていた。

 

(まだ、クラスメートだけならば・・・しかし・・・今は違う・・・他の麻帆良生徒・・・立海の方たち・・・もう・・・誤魔化せない・・・もう、この日々には戻れない・・・)

 

 今でも、心の底から気を許せる仲間にしか自分の正体を晒していなかった。

 それが、こんな「くだらない」ことで明るみにさせてしまう自分自身の醜態に呆れるしかなかった。

 

「あかん・・・ネギ君、もう試合どころやない」

「はい、急いで刹那さんをここから連れ出して、何とかごまかしましょう。マスターも、いいですね?」

「・・・まあ・・・仕方あるまい。ただの人間どもに、この事実は重すぎる」

「そうでござるな」

「仕方ないアル」

 

 もう、テニスどころではない。うつむいた刹那が今すぐにでも逃げ出そうとした、その時だった。

 

「ねえ、次はそっちのサーブでしょ? さっさとやってよ」

「「「「ッ!!??」」」」

 

 仁王はイリュージョンで、再び越前リョーマになった。

 こんなときに何を言っているのか? 

 しかし、仁王はこの状況下でも、越前が言うであろう言葉を刹那にぶつける。

 

「ゲームカウントはまだイーブンでしょ? それとも、逃げんの?」

「・・・なにを・・・ッ!?」

「ぐっ・・・」

 

 逃げるのか? 問われた瞬間に言葉をつまらせた越前だが、その瞬間、怪我の影響からなのか、イリュージョンが再び解けた。

 

「仁王さん!?」

 

 仁王の体に襲いかかったものは、怪我だけではない。

 

「越前リョーマのテニス。あれだけの超ハイテンションテニスは、体重の軽い越前リョーマだからこそ反動も小さくて済んだ。だが、仁王のイリュージョンでは体重まで変えられない」

「試合に集中しているときは問題なかったんだろうが、この状況下で疲労が全部まとめて来ちまったようだな」

「もう、越前の姿でイリュージョンはできないだろい」

「しかし、それでも仁王君は・・・」

 

 混乱、疲労、怪我、全てが仁王に襲いかかり、通常では試合を続行することは不可能なはず。

 だが、それでも仁王は仁王の姿のままでもコートから立ち去ろうとしなかった。

 仁王は異形の刹那に対して何かを言うこともなかった。

 ただ、試合を続けることだけを望んだ。

 

「仁王さん、今はそれどころでは・・・」

「それどころ? これ以上のことが・・・あるダニか?」

「えっ・・・」

「桜咲・・・お前の正体は知らんが、それなら俺は・・・俺たちは誰ぜよ」

 

 お前が何者かは分らない。

 だが、それなら俺たちが何者なのかをお前は知っているのか?

 

「越前リョーマも、立海大も・・・たとえ相手が誰でも最後までテニスは投げ出さない」

 

 血に染まったラケットを握りしめ、イリュージョンでもない、仁王雅治本人の本音が語られた。

 相手がどんな怪物化け物でも関係ない。テニスをやるのなら、あくまでテニスを投げ出さない。

 仁王の言葉に、立海ベンチが湧いた。

 

「ちっ・・・仕方ねえな! 常ー勝ー立海大!! レツゴーレツゴー立海大!! 」

「ジャッカル・・・そうだ・・・そうだろい! 立海は逃げねえ!」

「たとえ勝率が0%に近くとも・・・目の前に、神や悪魔が立ちはだかろうと」

「勝つのが、我らの使命。それ以外のことは取るに足らない小事です」

「仁王・・・僕も止めないよ。それが、詐欺師である君の本音なのだとしたらね」

 

 試合続行。

 仁王は己の命をかけて、コートに立ち続けることを選んだ。

 

(この人たちは・・・なぜ、私の正体よりもテニスを選ぶのだ? なぜ、そんなことができるのだ?)

 

 刹那は戸惑った。この状況下でもテニスを続けることにこだわる立海。

 

「私の正体より、テニスの勝敗ですか。失礼ながら、随分とテニスバカですね」

「俺たちは、そんなバカの集まりぜよ」

「・・・そうですか・・・」

 

 テニスプレーヤーたちの前で、試合中での問題は勝敗のみ。

 それ以外のことは取るに足らない問題。仁王も、そして立海メンバーもそう言っているように見えた。

 刹那は、嬉しかった。

 

「おい、あいつら何やってんだ!?」

「えっ、おいおい、まさか!?」

「はあ? 何で!? 今はテニスどころじゃないでしょ!?」

 

 戸惑うギャラリーの反応こそ、むしろ正常だ。

 だから、この試合が終わればどうなるか分らない。

 自分は異形の存在として迫害されるかもしれない。

 だが、

 

「分りました、仁王さん」

 

 だが、今はテニスの決着だけはつけよう。それがせめてもの礼儀。

 刹那は、開き直った笑みを浮かべて仁王の想いに答える。

 

「決着をつけましょう」

「望むところぜよ」

 

 両者、ラケットを高らかと上げて、試合続行を宣言した。

 ならば、今はこの二人を好きにさせよう。

 

「が、・・・がんばれ・・・」

「お、おい! 今はテニスなんかやってる場合じゃ・・・」

「がんばれ・・・女の子も立海もがんばれ!」

「そうだ、いけー!」

「桜咲さん、このまま一気にいけー!」

「そ、そうだ、続行だ! 桜咲さん、もうちょっとだ、ガンバレー!」

「エンジェルの力を見せてやれ!」

「そうだ、そうだ! テニスがんばれ!」

 

 そしてその熱気に巻き込まれて、ギャラリーやクラスメートも声を上げる。

 

「そ、そうだよ! もうすぐで仁王君を倒せるんだから、桜咲さんを応援しないと!」

「うん! がんばれ、桜咲さん!」

「ぶったおせー!」

 

 クラスメートたちも深く考えないことにした。

 

「どうしました、仁王さん! 先ほどの坊やの姿にならないのですか?」

「簡単に言うぜよ。もう、あんな激しい動きをする選手のイリュージョンは無理ぜよ」

「なら、私には勝てません!」

「やってみなければわからんぜよ」

 

 仁王は既にイリュージョンで越前になることはできない状態。

 素の力で、刹那に対抗する。

 たとえ素の力でも強豪立海のレギュラーである仁王のプレーは高度なもの。

 

「せい!」

「まだこんな力が・・・ですが・・・甘い!」

 

 しかし、それでも翼を得て自由に駆け回る刹那には及ばなかった。

 

「ゲーム・桜咲・5―4!」

 

 刹那がついに王手をかけた。

 

「よし! あと一ゲームでせっちゃんの勝ちや!」

「まあ、ここまで来たら勝たねばな」

「しっかし、容赦ねえな・・・相手怪我してんだろ?」

「いや、千雨殿。あれがむしろ礼儀というものでござるよ」

 

 刹那は手を緩めない。

 それが自分を受け入れてくれた仁王への礼儀だと思っているからこそ。

 だから、彼女に油断もなかった。

 

「まったく、疲れるぜよ!」

 

 仁王がサーブを放つ。鋭いサーブではあるものの、捉えられない刹那ではない。

 

「はあ!」

「ちっ・・・」

 

 刹那の強烈なストレートにリターン。

 危うくエースを取られるかと思ったが、仁王が飛びついてバックハンドでボールをなんとか返す。

 しかしその際、切り刻まれた仁王の皮膚から鮮血が飛び散った。

 

「きゃああああ!? 仁王さんが!?」

「血が!? おい、もうテニスどころじゃねえだろ!」

 

これはドクターストップか? いや、まだボールは死んでいない以上、ポイントは続いている。

 刹那もポイントが続き、仁王が戦う意思を捨てない限りはポイントをワザと落とすようなことはしない。

 

「これまでです!」

 

 ガラ空きのクロスめがけて刹那が打ち抜こうとする。

 しかし、その瞬間、仁王は笑った。

 

「かかったぜよ!」

 

 血だらけで動けなくなったと思った仁王が急に立ち上がり、走り出した。

 

「ちょっ、あいつ元気じゃん!?」

「あんなに血だらけなのに!?」

 この時、麻帆良は仁王のペテンにかかっていた。

 

「いや・・・あれは・・・血ではないな」

「えっ、エヴァンジェリンさん、どういうことなん!?」

「あれは、血のりでござる!」

 

 そう、大げさに血を演出しただけ。そこまでやるか? そこまでやるのがペテン師・仁王である。

 だが、

 

「私は裏の世界の人間。本物と偽物の血の判別ぐらいできますよ」

「ッ!?」

 

 クロスに打つと見せかけて、刹那はきれいに仁王のストレートを抜いた。

 完全に、裏をかかれてしまった。

 

「うおおおおお! 桜咲さん、すごすぎ!」

「冷静すぎ!?」

「刹那さん・・・すごい・・・」

「うん、私なんて仁王さんが血をいっぱい出しただけで目をそらしたのに、それを本物か偽物かを一瞬で見抜くなんて」

 

 容赦も油断もなければ、実に冷静な判断。

 今の刹那は、完全に死角なしだった。

 そして、

 

「流血は嘘でも、疲労は本物のようですね」

 

 仁王が再び膝をついた。

 今の演技に全てをかけるつもりだったのか、見破られてポイントを失った瞬間、疲労が何倍にもなって返ってきた。

 だが、

 

「続けますか?」

「当たり前ぜよ」

 

 刹那の問いかけに、仁王はヨロヨロと立ち上がる。

 本当なら試合を止めた方がいいのかもしれない。だが、それでも仁王は立ちあがった。

 それは、仁王の執念。

 立海メンバーもその執念を見守ることしかできなかった。

 

「なんでだよ・・・もういいじゃねえかよ! 体、ボロボロじゃねえか! なんでテニスにそこまで命がけなんだよ!」

 

 この光景に、千雨は黙っていられず、立ちあがって叫んだ。

 

「別に、世界をかける戦いってわけでも、全国大会がかかってるとか、そういうもんじゃねえだろ!? 練習試合だろうが、これは! そんなボロボロの体で無理してやって、選手生命とか台無しにしたらどうすんだよ!」

 

 立海メンバーはその言葉を黙って聞いていた。

 千雨の言葉は、この場に居た麻帆良関係者全員が思っていたことだった。

 もう十分だ。もう、よくやった。たかが練習試合でこれ以上、何の意味があるのか?

 刹那も千雨の言葉を聞き、改めて仁王に問う。

 

「仁王さん。その状態でまだこれだけの闘争心、感服いたします! 何がこれほどあなたを支えているのですか?」

 

何がお前を支えているのか?

 

「さあ、分らんぜよ。・・・ただ・・・」

 

 仁王にもその答えは分らない。

 だが、

 

「個人戦なら・・・一人ならここまで無茶せんぜよ・・・、絶対。ただ、今は、どんなに体が重くても、激痛が走っても、今なら指先さえ動ければ、何度でも戦ってやるぜよ」

 

 ペテン師仁王の本音。刹那ほどにもなれば、どれほどの覚悟かは目を見ただけで分る。

 

「あの仁王君がこれほど・・・」

「青学戦での敗北。弦一郎、丸井、ジャッカルの三人の闘志の感化。そして越前にイリュージョンしたことで、その不屈の精神すらも・・・」

「初めて見るだろい、あんな仁王」

「あれが、奴の本当の姿ってことか」

 

 立海ですら初めて見る、仁王の闘志。

 いつしか、その闘志に判官贔屓の観客たちからもエールが起こった。

 

「がんばれ、仁王くん!」

「立て、立つんだ仁王君!」

 

 鳴りやまない仁王のコール。仁王も軽くラケットを掲げてエールに応える。

 その光景に、刹那も、クラスメートたちも気づけば目に涙がたまっていた。

 仁王は敵だ。しかし、敵であっても、その姿に感動すら覚えていた。

 

「仁王さん・・・私にも譲れないものがあります。それこそ、命すら懸けられるほど。あなたにとっては、それがテニスだったということですね?」

「ぷりっ」

「では、私ももう自分の正体は恐れません。自分の全てをさらけ出して、あなたに応えましょう!」

 

 刹那は、試合をする前は息抜き程度の気持ちで臨んでいた。

 それが今では、相手に尊敬の念を抱き、この試合そのものが自分にとっても死闘に値し、誇り高いものへとなっていた。

 

「ぜい!」

「はっ!」

 

 ラリーが続く。鋭いストロークを放つ刹那に対し、仁王はやっと追いついて返しているという感じだ。

 徐々にラリーが早くなるにつれて、仁王の足が追いつかなくなる。

 だが、それでも最後の最後まで仁王は飛びつく。

 

(ありがとうございます、仁王さん・・・ここまで私と正面から向き合ってくれて・・・だからこそ・・・私も全力で!)

 

 言葉は交わさぬものの、刹那は心の中で、これほどになるまで戦ってくれた仁王に感謝した。

 そして、だからこそ、最後は己の最大最高の技で応えようとする。

 

「ちい!」

「終わりです!」

 

 高いロブが上がる。翼を広げて刹那は天高く舞う。

 そのウッドラケットは、稲妻がまとったかのようにスパークする。

 

「ふう・・・まったく・・・たまらんぜよ・・・・」

 

 仁王は空を見上げて苦笑する。

 雷を操る天使の姿が、ただ美しかった。

 

「神鳴流庭球術・真・雷光―――――――」

 

 そして、その天使が放つ一撃は・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せっちゃん! ほれ、パンチラや!」

 

 

―――――――――――――ッ!?

 

 

「vhbp2えふぉいkplん!!??」

 

 

 ノーコン大ホームランで遥か彼方へ消えたのだった。

 

「「「「「はあああああああああああああああああああああ!!??」」」」」

 

 コートには、仁王でなく、何故かスカートをヒラヒラさせてお色気作戦をしている木乃香が立っており、全員まとめてブッ倒れた。

 

「なっ、あれ、木乃香じゃん!?」

「に、仁王くんが木乃香になった!?」

「あ・・・あれウチやーん!? って、セクハラや!?」

「イリュージョンって・・・あんなことまで出来るんですか!?」

「まさか、今日一日の木乃香の様子を見ただけで、イリュージョン出来たってこと!?」

「すごい・・・スカートとパンツまで再現してる・・・ミント色のパンツ」

「台無しだよ、あのペテン師野郎! ってか、他にもっとすげー使い道あるだろ、イリュージョン!」

「こればかりは、千雨ちゃんに激しく同意」

 

 そう、刹那のウイニングショットが放たれるかと思った瞬間、仁王はイリュージョンで木乃香になった。

 木乃香の姿のまま、コートの仁王は邪悪な笑みを浮かべた。

 

「ペテンでも、最強のテニスでも勝てないなら・・・最愛で戦うまでぜよ・・・せっちゃん、プリッ!」

 

 大ホームランした刹那は、そのまま受身も取れずに頭からコートに落下して強打する。

 

「がはっ・・・に・・・仁王さん・・・・な、そ、それは・・・」

「テニスは投げ出さないとは言ったが、正々堂々戦うとは一言も言ってないぜよ。勝つためなら、あらゆる手段を駆使するぜよ」

 

 正々堂々? 何それ、美味しいの?

 そもそも、ペテン師相手に真っ向勝負を期待する方が間違っている。

 

「くっ、おのれェ、仁王さん、至高の戦いを穢すなど許しません! 大体、お嬢様はそんな色の下着は持っていません! いきますよ! 斬岩サー――――――」

「ほれ、見てせっちゃん。巨乳や〜」

「ぶほだうぽ!!??」

 

 刹那、ダブルフォルトを連発した。

 

「木乃香が巨乳になった!?」

「バカな! 奴のイリュージョンは、身体的特徴すら自在に操れるのか!?  巨乳の木乃香を想像して、それを実体化させるとは・・・」

「何故だ・・・メチャクチャすげえ技なのに、まったく尊敬できなくなったのは・・・」

「刹那さんと・・・木乃香さん・・・気の毒すぎです・・・」

 

 もはや涙も涸れ切った。

 勝つために開き直りまくった仁王に、立海ベンチも何だか力が抜けたように項垂れていた。

 

「「「「「・・・・・お前・・・」」」」」

 

 なんか、大ピンチになる刹那であった。

 そして、決着が近づいてきた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話『ルールブック? 何それ美味しいの?』

 真面目なやつほど想像力豊かでエロい。

 流血する仁王に負けないぐらい鼻血を出している刹那がその証拠だった。

 

「煩悩退散! 煩悩退散! 煩悩退散! 煩悩退散! 煩悩退散! 煩悩退散! 煩悩退散!」

 

 木乃香にイリュージョンしても、テニスの実力はない。

 だが、ストローク合戦では仁王のままで、そしてここぞという場面で木乃香に代わる。

 木乃香は瞳をウルウルさせて、

 

「せっちゃん・・・・・・ウチ、はじめてやから・・・そんなイジめんで?」

「ぐはあくぁあ!?」

 

 刹那はまたもやチャンスボールを空振り。自滅の道を辿っていた。

 

「これぞ、俺の新技ぜよ。場面に応じて、あらゆるプレーヤーにイリュージョンする、『イリュージョン・シャッフル』ぜよ!」

 

 要所で自在に変身する。

 

「一球入魂!」

「なっ・・・なんと強烈で速いサーブ!?」

 

 サーブの時にはサーブの強烈な選手に。

 

「たるんどる! 侵略すること火の如し!」

「真田さんの、風林火陰山雷!?」

 

 ストロークの時には強烈なストロークを持つ選手に。

 

「どう、天才的?」

「今度は綱渡り!?」

 

 ボレーの時にはボレーのスペシャリストに。

 

「暴れたりねーな。足りねーよ!」

「これは・・・ダンクスマッシュ!?」

「どーん!」

 

 スマッシュの時にはスマッシュの優れた選手に。

 

「なんて恐ろしい技だ・・・詐欺師というか・・・マジシャン・・・いや、もはや、魔法使いだな」

「ぜってー、テニス以外に使ったらすごいことできるぞ」

「千雨殿・・・それは言わないお約束でござる」

 

 そして今、仁王は木乃香をもイリュージョンに混ぜ込んだ。

 木乃香の姿で何かをやれば、刹那は強烈なショットも叩きこめないし、下手をすれば自滅する。

 そこに立っているのは、本物の木乃香ではない。それは分っている。

 

「せっちゃん! 本物のウチはここや! あれは、仁王君や!」

「わ、分っております! 私のお嬢様は一人だけ!」

 

 そう、分っているのだが・・・

 

「せっちゃん・・・汗で・・・ウチ、こんなに濡れ・・・」

「どわあああああああああああ!?」

 

 刹那の体が、細胞が、強烈なショットを叩きこむことを拒否したのだった。

 

「ひ・・・卑怯・・・仁王さん・・・こんな・・・こんな裏技を使うだなんて、ずるいです!」

「翼が生えとる女に、卑怯者呼ばわりされるのは心外ぜよ」

 

 もはや、テニスの要素皆無なのに、越前の姿のときよりも強力だった。

 立海メンバーも、何だか刹那に同情してきた。

 

「なら・・・これならどうです!」

「ッ、こいつ・・・目を閉じて打ってるぜよ!」

 

 姿形に惑わされるのなら、見なければいい。

 

「あの女・・・『心の瞳(クローズドアイ)』まで出来るのかよ!?」

「天才・不二や越前以外にもあんな芸当出来るとは、驚きだろい」

「仁王の打球を、気配や音のみで判断しているわけか」

「ですが・・・音さえ聞こえれば、仁王君なら・・・」

 

 そう、いかに目を閉じようとも、音は聞こえる。

 音さえ聞こえれば、声は届く。

 チャンスボールに飛びつく刹那に対し・・・

 

「せっちゃん!」

「何を言おうと、私は見せかけの幻にはもう惑わされません! 人は、心でしょう!」

「ほれ、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・くぱあ」

「ああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 刹那、上空から再び落下して顔面をテニスコートに強打したのだった。

 

「バカ野郎、桜咲! 声だけに決まってんだろ! 本当に、くぱあ、なんてやるはずないだろ!」

「せっちゃん、ウチ、そんなエッチいことせえへんて!」

「駄目だ・・・刹那のバカは目を閉じても瞼の裏で想像している・・・」

 

 正直、コートに激しく頭部を打ち付けても刹那にそれほどダメージはない。

 だが、精神的な動揺の方が大きく、刹那はコートを悶えながら転がった。

 

(く・・・可愛くてセクシーで・・・淫乱なお嬢様など反則の極み・・・まさか、こんな手を使ってくるとは・・・)

 

 正に、妄想を現実に。

 目を開ければ、ネットの向こうには刹那の煩悩が現実化されている。

 対刹那という面で、これ以上の作戦は無かった。

 

「ゲーム・仁王・6—6・タイブレーク」

 

 後半から刹那が完全に逃げ切るかと思われたが、仁王の作戦により、付かず離れずの攻防が続いた。

 刹那は自滅をしても、一撃必殺の技で要所では決め、仁王もまたここぞという場面のイリュージョンでリードを許さない。

 刹那の勝ちだと思われてからのこの追い上げに麻帆良側も歯がゆく思う一方で、仁王のなりふり構わないプレーに不満が漏れた。

 

「うう〜、追いつかれちゃったよ〜」

「でも、ズルイよね。あんな風に色んなテニスを真似できるうえに、こんな手段するなんて」

「そうだそうだー、男らしくないぞー! 正々堂々戦えー!」

 

 確かにそうかもしれない。

 状況に応じてテニスを変え、更に心の揺さぶりまでかけてきた。

 今の仁王のテニスは正々堂々から程遠いのかもしれない。

 刹那のクラスメートたちから不満が漏れるのも無理はない。

 しかし、逆の意見もあった。

 

「そうか? むしろ、私は上手いと褒めてやるところだがな」

「えっ・・・マスターはイリュージョンに賛成ですか?」

 

 それは、意外にもエヴァンジェリンからであった。

 

 

「ん〜、というよりもだ、奴のイリュージョンは、もはやモノマネが上手いとかそんなレベルではない。強い選手は体の使い方が上手い。打ち返し方、構え方、重心の置き方。そのプレーを真似するなど、ただのモノマネでは不可能だ。その本質を見抜いてこそ可能なのだ」

 

「確かに・・・僕も、お父さんの戦い方やマスターの戦い方をコピーしたりしてます。仁王さんはそれを飛び越えて、その人、本人になりきるほどですから、それがとんでもないことだとは分かります。でも・・・これは・・・」

 

「まあ、テニスのできない木乃香の姿になってパンツまで再現するのは笑えるが、それもまたセコくとも悪いことではあるまい。むしろ劣っている部分を知恵絞って補おうとした結果だ。強い相手に勝つために、何が何でも勝利を掴もうと、貪欲で純粋で真剣な証拠だ」

 

 

 これは姑息などではない。

 勝利への執念がそうさせている。

 

「そっか・・・うん・・・言われてみれば、そうだよね・・・」

「あの桜咲さん相手に、逃げないで反則もしないでここまで出来るんだから」

「じゃあ、やっぱり仁王くんて・・・強いんだ・・・」

 

 エヴァのその言葉に、クラスメートたちも言葉を失い、今の仁王の姿を見る。

 ボロボロになってでも戦う意思を捨てない今の仁王は、間違いなく執念の塊だったからだ。

 しかし、

 

「はあ・・・ぜい・・・ぜい・・・ぜい・・・」

 

 前半での超ハイテンションテニスの影響から、既に仁王の疲労は限界に達していた。

 木乃香のイリュージョンは越前に比べてそれほど消耗しないものの、続けてやれば疲れないはずがない。

 もはや仁王は精神的にも肉体的にもピークに達している。

 一方で、

 

「はあ〜・・・修行が足りない、あんなものに惑わされるなど」

 

 刹那も精神的な疲れは見られるものの、肉体的にはまだまだ余裕がある。

 スコアは並んでいるものの、状況的には刹那にまだ分がある。

 しかし、それでも麻帆良ベンチに安堵の表情はない。

 

「確かに、仁王殿の執念は認めるでござる。しかし、長かったでござるが、もう仁王殿も・・・」

「うむ、しかし・・・どうも不気味アル」

「それに、刹那も奴のイリュージョン・シャッフルを破ったわけではないからな」

「マッチポイントのたびにあれをやられたら、せっちゃんいつまでたっても勝てへん。ついでに・・・ウチ・・・わいせつで逮捕されんか心配や」

 

 思えば、最初は刹那が楽勝だと思っていたこの試合も、何度もシーソーゲームが繰り返されて、気づけばここまでもつれ込んでいた。

 それは、仁王のテニスの実力というよりも、その引き出しの多さがここまでのゲーム展開を作った。

 もう、何もないのか? まだ何かあるのでないか? 疑心暗鬼が心に余裕を与えていなかった。

 

「何とか追いついた・・・このままこの戦法で果たして仁王は追い越せるか・・・」

「しかし、精市。今の仁王にはこれ以上の手は・・・」

「柳。ちなみに、仁王がこのまま追い越せる可能性は?」

「仁王にもし、これ以上の手がない場合・・・逆転できる可能性は・・・ほぼ、ゼロパーセント」

「だろうね。彼女ならきっと、この状況を乗り切る手立てを考えるだろうからね」

 

 対照的に、立海メンバーはこのままでは仁王は勝てないと判断していた。

 それほどまでに、立海は桜咲刹那というプレーヤーを評価していた。

 そして、それは現実となる。

 タイブレーク最初のポイント。

 案の定、刹那のストロークに圧倒される仁王は苦し紛れに木乃香の姿を見せるが、

 

「ふう・・はあ・・・はあ・・・せっちゃん、ウチの全部見したるえ?」

「でやあ!」

「っ!?」

 

 ついに、刹那が木乃香に惑わされずにショットを叩き込んだ。

 

「うおおおおおおお、桜咲さん、ついに取った!」

「すごい、アダルト木乃香にひっかからなかった!」

「いきなりどうしてー!? 尼になる決心でもついたの!?」

 

 急に、刹那は木乃香の姿に左右されず、冷静にプレーを行っていた。

 仁王はイリュージョンを解除し、刹那を悔しそうに睨む。

 何故なら今の刹那は・・

 

「ちっ、ここまでされるとは・・・屈辱ぜよ・・・」

 

 その視線の先の刹那は、目を閉じている。これで視覚を封じている。

 だが、それなら声には反応するのではないか? だが、刹那はそれにも対策を打っていた。

 

「そう来るでござるか、刹那・・・」

「ここに来て覚醒したアル」

「まさか、目を閉じただけでなく・・・耳栓までするとはな」

 

 刹那は、自らの視覚と聴覚までも封じていた。

 目も見えず、音も聞こえない世界で、木乃香の幻を断ち切って、仁王を追い詰めていた。

 

「すごいね。五感の二つを封じて、それでもテニスができるなんて」

「もはや、音ではなく、空気の流れのみでボールを捉えるか」

「脱帽だろい」

「上には・・・上がいやがるんだな。ここまでやられると、もう何も言えねえよ」

「恐るべしですね。桜咲刹那」

 

 目を惑わすなら目を閉じる。

 声で動揺を誘うのなら、耳を閉じる。

 理屈は簡単かもしれないが、それで普通にテニスをしろなど馬鹿げている。

 しかし、それを刹那はやり遂げる。

 

「彼女のは、もはやセンスじゃない。恐らく俺たちの想像も及ばない世界でいくつもの修羅場を乗り越えて身につけたものなんだろうね」

 

 幸村ですら、刹那に感服した。こんなプレーヤーがいるのかと。

 それはすなわち、誰もがこの試合の結末が見えたということでもあった。

 だが、

 

「ちっ・・・じゃけん、最後に勝つのは俺ぜよ」

 

 既に結末は見えた。しかし、仁王の瞳に諦めはなかった。

 

「マッチポイント!」

 

 審判より、ラストを告げるコールがされる。

 

「よし、この試合、もらった!」

「うん、せっちゃん、あとちょっとや!」

「刹那! 最後の一本まで気を抜くなでござる!」

「立海は追い詰めても追い詰めても何をしてくるか分からないアル!」

 

 あと一ポイントで、勝敗が決まる。

 

「もう、何も聞こえません。何も見えません。応援も、お嬢様の声も。ただ、目指すは勝利のみ!」

「はあ、はあ、・・・どうかな? あんまり俺をナメたらあかんぜよ!」

 

 仁王のサーブが放たれる。もう、力もない。

 

「斬岩フォア!」

 

 目と耳を封じているとは思えないほど、的確なタイミング、フォームで打ち返される強力リターン。

 だが、リターンエースは取らせない。

 

「ぷりっ!」

「この空気の流れ・・・・・・力のなさ・・・・・・どうやら限界のようですね!」

「ッ!」

「はあ!」

 

 刹那は返って来たボールを綺麗に左右に振り回す。

 目も耳も封じた状態とはいえ、正確性、コントロールは的確だった。

 ボールの気配のみでプレーをこなしていた結果、全神経が異常なほどに冴え渡っていた。

 しかしだからこそ、刹那はこの状況に違和感を覚えた。

 

(おかしい・・・)

 

 もはや、仁王は木乃香にイリュージョンする意味はない。

 仁王は素の力だけで今、粘っている。

 

「「「「あと一球! あと一球! あと一球!」」」」

 

 あと一ポイントで勝利できる。このまま何事もなければ、勝利は間違いない。

 何事もなければ? この男を相手に?

 

(おかしい・・・これまで予想もつかないプレーをして来た仁王さんの最後が、何の変哲もない普通のプレーで終わる?)

 

 仁王が静かすぎる。

 勝つも負けるも、最後の最後まで仁王のようなタイプは予想外の行動をしてくるはず。

 だが、木乃香のイリュージョンが封じられてから、仁王は静かにポイントだけを失っていた。

 それは、仁王の打つ手が全て無くなったから。刹那も、ギャラリーも、立海メンバーもそう思っている。

 だが、刹那はそこでハッとする。

 

(この人は・・・詐欺師・・・決して、本当の自分を悟られない人・・・)

 

 刹那は思った。

 仁王は打つ手が全て無くなった。そう思わせることが、既にペテンへの布石だとしたら?

 

「ボールが浮いた!」

「せっちゃん、チャンスボールや!」

「いっけーーーーー!」

 

 力のないロブが浮いた。これを叩き込めば勝てる。今の仁王なら簡単に決められるはず。

 刹那は翼を広げて飛んだ。

 

「雷光スマッシュ!」

 

 落雷の如きスマッシュが、がら空きのスーペースに向けられる。

 これで、刹那の勝利だと誰もが確信したとき、

 

(かかったぜよ!)

 

 仁王は笑みを浮かべた。

 その笑みを、スマッシュを打つラケットがスイートスポットにボールを捉えた瞬間、刹那は見逃さなかった。

 

(チャンスボールで、勝利を決めるウイニングショットを放つとき、プレーヤーは勝利を意識して全力でショットを叩き込む。だが、逆に言えばそれさえ返せれば隙だらけぜよ!)

 

 流れを変えるには、単発でポイントを奪うだけではダメだ。

 一度勝利を確信した相手の予想を裏切るぐらいのインパクトを与えなければならない。

 それが、今この瞬間。

 

「Never give up!」

 

 仁王の姿が、無我のオーラを纏った越前に変わった。

 

「なっ!?」

「うそっ!? あれって、さっきのおチビちゃん!」

「お、おい! もう、越前にイリュージョンできねえって・・・」

「あの野郎・・・それすらもペテンだったってことだろい!」

「もう、越前にイリュージョンできない・・・そう思わせた瞬間に、やるとは・・・」

「完全に裏をかかれました!」

 

 麻帆良も立海も、誰もが仁王のペテンにかけられた。

 そして、越前はあの技をやる。

 

「空を飛んでても、ぶっとばしちゃえば関係ないでしょ?」

 

 越前はスマッシュを迎え撃つ前に、全身の気を一点に凝縮して、刹那に向けて放つ。

 その技は、

 

「あれは!? 確か、真田くんがアスナをぶっとばした技!?」

「確か、ばん・・・ばんゆー・・・」

「あの男、あんなものまで隠し持っていたのか!? いかん、大技を打った瞬間の刹那では持ちこたえられんぞ!」

「仁王のやろう! 越前流の万有引力!」

「この土壇場まで隠し持ってたのか!」

 

 万有引力だ。相手が自由に空を駆け巡るのなら、翼もろともぶっとばせばいい。

 越前の万有引力が刹那に向けて放たれる。

 刹那の放ったスマッシュと万有引力の壁は入れ違いになるように交差し、越前と刹那互いにボールと気の壁が襲いかかる。

 

「あとは、このスマッシュを・・・叩き返すよ!」

 

 刹那に向けて万有引力を放った直後、休む間もなく越前は体勢を整えて、その場で高速回転でぐるぐると回り、竜巻を発生させる。

 

「ななななな、何アレ!?」

「か、風が!?」

「ひゃーーーーー、なんやコレー!?」

「ユエー!?」

「のどか、伏せるです!」

「これは、まずいでござる!」

「あの技は・・・四天宝寺のスーパールーキーの!?」

「遠山金太郎が使った技!」

「しかも、百錬のオーラも纏っている!?」

「まずいです! 全員、今すぐ伏せて下さい!! この破壊力は想像を絶します!」

 

 コート全体を包み込む竜巻。

 舞い上がる粉塵。

 遠心力と百錬の力で何乗にも上乗せされる破壊力。

 柳生の大声の警告とともに、ギャラリーや麻帆良生徒たちは頭を抑えてその場で身をかがめる。

 

「超ウルトラグレートデリシャス大車輪山嵐!!!!」

 

 爆撃のごとき打球が麻帆良学園テニスコートに発生する。

 返球など不可能。なにより、刹那は万有引力でふっとばされ・・・

 

「なるほど、そういう作戦でしたか」

「ッ!?」

 

 粉塵舞い上がるテニスコートの中で、爆撃砲の正面に刹那がちゃんと立ち構えていた。

 そう、刹那は万有引力で吹っ飛ばされてはいなかった。

 何事もなかったように、スマッシュからコートに着地し、いつの間にか、耳栓を外し、瞳を開けて構えていた。

 

 

「おま・・・・なん・・・それはッ!?」

 

「神鳴流絶対防御・四天結界独鈷錬殼!!」

 

「けっかい・・・?」

 

「あなたの万有引力は全てこの結界で消しました。あなたなら、予想もつかない手を必ず打ってくる。私のウイニングショットの瞬間こそ、必ず実行すると・・・ペテン師のあなたを信じていましたよ!」

 

 

 その時、越前は・・・いや、仁王はようやく理解した。

 

(あのスマッシュ・・・やけにインパクトが軽いと思っていたが・・・奴は次の動作に素早く動けるようにワザと軽く打ったダニか!?)

 

 仁王がペテン師としての極みを見せたからこそ、刹那はそれを信じていた。

 そして、結界の中から刹那は大車輪山嵐の打球に対し、盾のようにラケット面を構える。

 

(想像を絶する破壊力・・・正に、常人のテニスにおける最大最強ショット。これを打ち返すには・・・)

 

 刹那の気がウッドラケットに流れ、ラケットが光り輝く。

 

「神鳴流・桜楼月華!」

 

 ウッドラケットの面で正面から盾のようにして突き出し、ボールに凝縮されていたすべてのエネルギーが刹那の洗練された高密度の気と相殺されて弾き出され、その瞬間、コートを覆っていた粉塵も竜巻も全て拡散した。

 

「なっ・・・」

「これまでです、坊や・・・いえ、仁王さん! 誰かになりすました技で超えられるほど、私は甘くありません!」

「ッ・・・」

 

 テニスコートには、越前とボレーの態勢の刹那と、ボレーで打ち返されるボールがゆらゆらとネットの白帯にぶつかった。

 

「せっちゃん!?」

「自分の気で相手のショットを包み込むように相殺させた!」

「か、返したの!?」

「いや・・・」

「コードボールだ!」

 

 刹那は、返した。仁王の全てをかけたペテンを読み切り、正面から破ったのだ。

 だが、それでもコードボールがやっと。

 

「くっ、今度こそ決めろ、越前!」

「ドライブBでもう一度切り崩せ!」

「いや・・・しかし、仁王は・・・」

「もう、それをできる力は・・・」

 

 コードボールでボールが若干浮いた。まだ、チャンスボールだ。

 幸い、刹那も今の反動で態勢が整っていない。

 越前がドライブボレーで切り崩せば、ポイントを奪える。

 だが、その時・・・

 

「っ・・・」

 

 イリュージョンが解けた。

 疲労は嘘ではない。

 これで、仁王はもう本当に越前にイリュージョンできなくなった。

 

「普通のドライブボレーで構わねえ! とにかく、決めろ、仁王!」

「死んでもこのポイントを取れ!」

「今なら決められる可能性、89%!」

「仁王くん!」

 

だが、もはや贅沢は必要ない。

 とにかく、このポイントを奪うのなら、仁王の素の力でも十分にチャンスはあった。

 そう、贅沢はいらなかった・・・

 だが、仁王の中で何かが変化していた。

 

(まったく嫌になるナリ。こっちは嘘に嘘を固めてここまで来たというのに、桜咲・・・お前さんは隠していたであろう真実をどんどんさらけ出すぜよ・・・なら・・・俺も今の自分の力を曝け出すぜよ!)

 

 仁王がテイクバックをする。それは通常のストロークを打つ時とはまったく構えが違う。

 

(お前に勝つには、コピーではなく、自分自身の力で打ち砕かないと、お前は折れないぜよ!)

 

 そのフォームを見て、立海メンバーはハッとした。

 

「あれはまさか!?」

「ちょっ、待て、仁王!」

「あの技は・・・まだ未完成のはず! 決まる確率は、わずか2%!」

「待ちなさい、仁王くん! そんなものを使わなくても!」

 

 だが、仁王は止まらない。

 おおきく振りかぶってボールを・・・

 

「全国大会で、青学の不二に敗れた技・・・『星花火』。その悔しさからか、仁王が密かに練習していた・・・何故ここで・・・」

 

 幸村は目を瞑る。

 仁王が放った技を見ようとはしなかった。

 

「ッ、なにを!?」

 

 刹那は予想外の仁王の行動に反応が一瞬遅れた。

 大きくテイクバックした仁王は、ボールを前ではなく、真上に打ち上げたのだ。

 そして、真上に打ち上げられたボールは、完全に視界から消えた。

 

「ボールが消えた・・・」

 

 ボールが消えた。だが、気配は感じる。落下する音も聞こえる。空気の流れも感じる。

 しかし、捉えられない。

 

「メテオドライブ」

 

 ラケットを真上に掲げた仁王が、そう呟いた瞬間、地も裂けんばかりの轟音と共に刹那の背後に隕石のようなものが落下した。

 

「あっ・・・・」

 

 それは、ボール。

 

「仁王の『メテオドライブ』。原理は、不二の『星花火』と同じ。コードボールを上空へ強烈に打ち上げ、打球を視界から消す。そしてすり鉢状に吹く風が、高速落下する球に不規則な回転を与える・・・・・・でも・・・それは・・・」

 

 幸村はゆっくりと閉じた瞳を開け、その結末を見る。

 

「それは、風を読み切れる不二だからこそ使える技。どんなにフォームやタイミングを真似ても・・・仁王・・・君ではその技を扱いきれないんだ・・・たとえ、イリュージョンしてもね」

 

 刹那が一歩も動けなかったメテオドライブ。その落下したボールの跡は、ベースラインより僅か外にあった。

 つまり・・・

 

「アウト!」

 

 後一歩。紙一重の差であった。

しかし、その紙一重が決定的な差を生み出し、

 

「ゲームセット・ウォンバイ・桜咲! 7—6!」

 

 この死闘の幕を下ろしたのだった。

 

「勝った・・・せっちゃんが勝った・・・」

 

 試合は終わった。勝者も敗者も、誰もが感動するほどの死闘を演じた。

 両者は完全に出し切って、悔いなど何もないはず。

 しかし、そこには意外な光景があった。

 

「終わった・・・・・・負けたぜよ・・・・・・」

 

 清々しい表情で己の負けを認める仁王。

 

「・・・ッ・・・っ・・・私は・・・」

 

 勝者でありながら、まるで敗者のように悔しさと複雑な表情を浮かべる刹那。

 まるで、逆の結果のような表情をそれぞれが浮かべていた。

 

「ねえ、何で桜咲さん・・・あんな複雑そうな顔をしてるの?」

「うん・・・せっかく・・・せっかく・・・」

 

 本来なら刹那の勝利を喜び、両者を称える歓声を上げたいところだ。

 だが、勝者である刹那の浮かない表情が、それを阻んだ。

 

「おい、桜咲、俺の負けぜよ」

 

 試合後の挨拶と互の健闘を称えるための握手を仁王が求める。

 だが、刹那は震えながら、なかなか手を差し出そうとしなかった。

 

「ま、待ってください・・・仁王さん・・・あなたは・・・敗者ではありません」

「ぷり?」

 

 そして、悔しさを滲ませながら、刹那は今の気持ちを告げる。

 

「あなたに偉そうなことを言っておきながら・・・私が使ったのは、技術でも何でもありません。翼も・・・結界も・・・テニスで使うなど許されるものではない・・・そんなものを使った私が・・・」

 

 無我夢中だった。翼も、そして結界も。

 だが、勝利を手にしたはずの刹那の心には、歓喜も誇りもなかった。

 これほどの死闘を穢した。その申し訳なさが表情からにじみ出ていた。

 しかし、仁王は言う。

 

「翼も結界も・・・使っちゃいけんとテニスのルールブックには無いぜよ」

「えっ・・・ま、まあ、それは・・・」

「なら、これはテニスダニ。俺はテニスで戦った。そして、負けた。それだけぜよ」

「し、しかし、ルールがどうのではなく、・・・私は卑怯なことを・・・」

「卑怯で何が悪いぜよ。勝つために自分の持ってる引き出しから勝つためのものを懸命に絞り出した。俺が羽持ってたら、迷わず使ってるぜよ」

「仁王さん・・・」

 

 当たり前だ。ルールブックに書いているはずなどがない。

 だが、それならこれはテニスだ。テニスで戦った以上、勝敗は既に決している。

 刹那が勝って、仁王が負けた。

 

「ほれ」

 

 仁王はもう一度、握手を求める。

 それに対し、刹那も色々と思うところはあるが、仁王が自分を敗者として認め、試合の結果が出ている以上、それを覆すことはできない。

 

「今度は、翼を生やすイリュージョンするぜよ」

「ふっ・・・・・・・ふふふふ、もう二度と仁王さんとは試合したくないですね・・・・・・精神がいくらあっても足りません」

 

 だから、刹那も苦笑しながらも手を差し出し、ガッチリと握手を交わした。

 再び破壊されて荒れたテニスコートの中央で、二人の死闘に決着がついた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~幕間3~
第13話『忍び寄る凶気と男たちとデータとメガネ』


 麻帆良中等部男子テニス部。

 麻帆良の数多くある部活の中で、体育会に所属する部である。

 実績は正直普通。

 しかし、現在国内でテニス人気が上昇し、更に恵まれた学園の設備があることから、年々実力は上がっている。

 そんな時、全国の強豪校である立海大附属との練習試合が確定したのだが、

 

「ねえ〜、佐々部くん、試合に行かなくていいの〜?」

「けっ、あったり前だろうが。立海? んなのプロ級テニスの俺にとってはどうでもいいんだよ」

 

 麻帆良男子テニス部部長の佐々部。

 彼は今日の練習試合をボイコットし、テニスウェアのまま学園都市内をクラスメートの女子とデートしていた。

 

「佐々部君、テニスうまいんだー」

「ばーか、誰に言ってんだよ。五歳の頃からテニスの英才教育。ジュニアの試合でベスト4二回。ベスト8三回。なにより、俺の家はテニス一家だからな。兄貴も高校で活躍してるし、親父もプロ級だしな」

「すごーい! 私も佐々部くんのテニス、チョー見たーい!」

「いいぜいいぜ! 今度教えてやるよ!」

「え〜、じゃあ、今からリッカイ? 倒してよ〜」

「俺が出るまでもねーって。大体、あいつら今年は関東でも全国でも負けて、しかも一年生にやられたってよ〜、超ダセーよ。調子のってるから負けんだよ、バーカ!」

「きゃははは、ダッサー!」

「まっ、俺のプロ級テニスが相手しちゃ可愛そーだからよ、気を使って今日は中止にしてやったんだよ」

「や〜ん、佐々部くん、優し〜!」

 

 ラケットバッグを背負って、道のど真ん中を偉そうに歩く男。

 全身から自信のようなものが溢れていた。

 道を歩けば、人は勝手に避けると思っていた。

 世界は自分を中心に回っているとも思っていた。

 

「きゃっ」

「って・・・気をつけろ! プロ級テニスの佐々部様が歩いてんだろうが!」

 

 道の途中でぶつかった、小柄な少女と出会うまで。

 

「あら〜、ボーッとしてましたわ・・・」

「ったく、気をつけろよな! ・・・おっ・・・へ〜(結構可愛いじゃん。それに、テニスウェア・・・)」

 

 佐々部はぶつかった少女の容姿に、口元が緩んだ。

 肩より少し長い程度のストレート髪の毛。左右にリボンを結んだ、メガネの少女。

 ヒラヒラのスカートを履いたテニスウェア。

 彼女はペコリと頭を軽く下げて、佐々部を見上げる。

 

「そのバッグ・・・テニスされるんですかえ? それなら好都合ですわ」

「まーな。佐々部だ。サイン欲しけりゃやるぞ?(京都弁か・・・結構ポイントたけえな・・・この女より、こっちの方が・・・)」

「ねー、そんなメガネチビ置いといて早くイコーよ」

「るせーな。ちょっと待ってろ」

 

 佐々部は連れの女生徒をほっといて、目の前の少女に目をつけた。

 だが、少女はいたってマイペースで、佐々部に尋ねる。

 

「お聞きしたいんですけど、テニスコートはどこですかえ? 今日、そこで試合されるて聞きましてー」

「はっ? あー、試合ね試合。でも、行ったってつまんねーよ。二流のテニスプレーヤーとウチの学園の女子の試合だからよ。もし、本物のテニスに興味あるんだったら、俺が直々にコーチしてやってもいいぜ?」

「はー、ウチはその女子に興味あるんですわ〜。聞いた話によるとウチの愛しいセンパイが今日は剣をラケットに変えて、テニ

スウェア着て・・・はあ、はあ・・・あかん・・・想像しただけでウチ、濡れてまいわすわ〜」

「なんだかよくわかんねーけど、そんなお遊びの試合見るぐらいなら俺が教えてやるって」

 

 佐々部は強引に少女の肩を掴んで、少女を誘う。

 すると、少女は不気味な笑みを浮かべて佐々部を見上げる。

 

「うふふ、そうですなー、魔法世界でセンパイとは剣でいっぱいヤラして頂いた分、テニスでも満足させて欲しかったんで・・・・・・・ウォーミングアップにはええかもしれませんな〜」

「おっ! よっしゃ、そうこなくっちゃ! んじゃあ、さっそくテニスしてやるよ。今、二流の奴らと女子をコートから追い出して・・・」

「あ〜、ココでエエですわ」

「テニスコートを確保し・・・ココ?」

「そっ、テニスはボールとラケットさえあればどこでもできますからね〜」

「何を言って―――――」

 

 そして、数秒後、自称プロ級テニスプレーヤーである佐々部の上半身が地面に深々と突き刺さっていた。

 

「きゃああああああ、佐々部くんが犬神家みたいに!?」

 

 女生徒の悲鳴が響き渡る中、ウッドラケットを両手に持った少女が、邪悪な瞳と笑みを浮かべていた。

 

「アカン、前戯にもなりませんでしたえ。ウチの二刀流テニス・・・センパイはどんなテニスでウチを可愛がってくれるんですか? ウフフフフフフフフフフフフフフフフ」

 

 惨劇だけを残し、彼女は消えた。最後にもう一度『センパイ』とだけ呟いて。

 

 

 

 

 麻帆良学園は不思議な学園であった。

 生徒たちが問題を起こした。設備が破損した。

 更には、学園が何者かに襲撃された。

 その様な報告ですら、特に珍しいことではないと処理されていた。

 だが、今日は珍しく、学園全土を管理する学園長である近衛近右衛門は首を傾げた。

 

「テニスの試合で破損したコートの修繕じゃと? 今日で二回目じゃろう?」

「ええ。ですが、生徒たちからの報告では、激しい試合の中で発生したコートの窪みや亀裂、さらに周辺の破損を改めて修繕して欲しいと連絡を受けております」

「いや、タカミチよ、そんなわけあるかい。何故、テニスの試合をする度にテニスコートが破損せねばならんのじゃ? この間の、教職員のテニス大会でも、そこまでにならんかったじゃろう?」

「まあ、僕もおかしいとは思いますが・・・どうします?」

 

 学園が何者かに襲撃されるという事態より珍しい、一日で二度のテニスコート修繕。

 いつもなら、「勝手にどーぞ」という感じで修繕を許可するが、流石に二度目となっては学園長の目に止まったのだった。

 

「それで、ネギ君はなんと? 二回目はいかにして破壊されたと?」

「それが電話の様子では・・・気の壁の衝撃でコートを歪ませ、刹那君の雷がコートを砕き、対戦相手の生み出した竜巻が周りの全てを巻き込んだとか・・・」

「えっ・・・なんじゃ、それ? テニスコートで武道大会でもしとるのか?」

「さあ、そこまでは・・・」

 

 あれ? テニスしてるんじゃ無かったの? と、学園長はキョトン顔。

 報告にやってきた教員・高畑・T・タカミチも自分で言いながら「何言ってんだ?」と苦笑いしていた。

 状況が状況であることからも、一度確認したほうが良いのではないか? そう思いかけたとき、学園長室の扉が勢い良く開いた。

 

「失礼いたします!」

 

 慌てた様子で、一人の教員が学園長室に入って来た。

 

「ガンドルフィーニ先生。そんなに慌ててどうされたのですか?」

「あっ、高畑先生! これは丁度良かった、実は緊急事態が発生しまして・・・」

「緊急事態?」

 

 ガンドルフィーニ。褐色肌の外国人教師。しかしその正体は、麻帆良でも数少ない魔法先生の一人。

 その彼が、肩で息をきらせながら、かけつけたのだ。

 ただならぬ事情を察して、学園長とタカミチの表情が変わる。

 すると、

 

「指名手配中の神鳴流剣士・月詠を麻帆良学園内で目撃情報が!」

「「ッ!?」」

 

 それは、学園長とタカミチの表情を怖ばらせるのに十分な報告であった。

 

「それは確かですか?」

「はい。結界を通った痕跡からも間違いないかと・・・今、食堂塔近辺に居るとの話ですが・・・」

「月詠・・・魔法世界でネギ君たちの敵として立ちはだかった危険な少女じゃ。しかし、戦いが終わったのに何故まだ・・・」

「復讐・・・でしょうか? もしくは、彼女は刹那くんに、異常なほどの執着があります。それかもしれませんね」

「とにかく、今すぐ月詠を発見次第拘束! 更に、ネギ君たちにもこのことを伝えましょう! もはや、テニスどころではないでしょう」

 

 テニスどころではない。それだけ、事態が緊迫していることを表していた。

 だが、急報はこれだけで終わらなかった。

 

「ご報告します!」

「明石先生?」

「突如、世界樹が原因不明の発光! 詳細は不明! ですが、超鈴音が絡んでいるのではないかと思われます!」

「・・・・・・・」

 

 更に、

 

「大変です、学園長!」

「弐集院先生まで・・・一体・・・」

「フライト報告のない謎のジェット機が、この麻帆良に向かっているそうです!」

「・・・・はっ・・・?」

 

 こればかりは、学園長もタカミチも、表情を怖ばらせるよりむしろ呆けてしまった。

 

「は・・・はは・・・ようやく魔法世界での戦も終わり、これからというところで・・・・どういうことじゃこれはァ!!」

 

 これは、夏の最後に麻帆良魔法関係者たち全員に緊張が走った瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 その状況をまったく知らないテニスコートでは、平和な光景そのものだった。

 

「幸運だったね、仁王。真田が居たら、鉄拳制裁だっただろうからね」

「ぷりっ」

 

 僅差とはいえ敗北した仁王。しかし、その表情はどこかスッキリしていた。

 幸村もまた、仁王の心境を理解し、敗北に対してそれほど責めることはなかった。

 

「不二に続いて、女の子にも負けて、何か見えたかい?」

「ふっ・・・余計な情に流されないことが長生きの秘訣・・・それが、勝率を上げるコツぜよ」

「つまり、余計な感情に左右されて、未完成のメテオドライブを使ったことが敗因と?」

「ああ。だが、もう二度と使わんぜよ。あんな正面から戦うテニスは俺には合わんぜよ。それが理解できただけ収穫あったダニ」

 

 真っ向勝負は自分には合わない。自分を皮肉っているが、感情をむき出しにして未完成の技を出して失敗して負けたのは事実。

 だから、仁王の気持ちはどうあれ、結果がこうなっている以上、仁王がそう思うのは仕方のないことであり、幸村もそれを否定しようとはしない。

 ただし、

 

「仁王。誰だって可能であれば他人の真似ではなく、自分自身で培ったテニスで勝ちたいと思う。それが、自分自身の証明になるからね。でも、イリュージョンを使う君は違う。自分のプレーを捨てようとも、どんなやり方でも勝つという意志の表れ。今回はそれが揺らいだようだけど、その様子なら次は大丈夫だね」

「まっ、練習試合じゃけん、色々と調査や実験には丁度良かったぜよ。ただ・・・」

「ただ?」

「世界は本当に広いぜよ」

 

 仁王の視線の先には、たった今、死闘を終えてクラスメートたちの祝福を受けてモミクチャにされている刹那。

 

「せっちゃん、ナイスゲームやー!」

「ほんと、あんなすごい人によく勝てたよねー!」

「仁王くんも桜咲さんも超かっこよかったよ!」

 

 抱きつかれ、背中を叩かれ、拍手喝采を受けて、非常に照れくさそうだ。

 侍のように射殺すような眼光も今では潜め、ただの女子中学生にしか見えなかった。

 

「あ、どうも、みなさん。応援ありがとうございます」

「色々あったが上出来だな」

「エヴァンジェリンさん・・・どうにか勝てました・・・本当に強かったです」

「だろうな。最後に、仁王雅治本人の技ではなく、別の選手だったり、木乃香の姿をもっと織り交ぜていれば結果は違ったかもしれんがな」

「そうですね。結局、最後・・・どうして仁王さんがあんな技を使ったのかは分かりませんが、もしあれが入っていれば流れも変わっていたでしょうからね」

「どうして仁王さんがあの技を・・・ですか・・・」

「ネギ先生?」

「多分・・・それは、仁王さんが男だからじゃないでしょうか?」

「えっ・・・先生、それはどういう・・・」

「あっ、いえ、ただ・・・もし僕も立場が同じだったら同じことをしたような気がして・・・」

 

 刹那はただ、勝利の喜びよりも相手が強敵だったと、それ以外は今は言いようが無かった。

 仁王の本心だけは結局分からないままであったが、とにかく今回は刹那の勝ち。それが揺らぐことはない。

 

「だが、これでようやく一勝というわけだ。次のダブルスも取って並ばせるとするか」

 

 どちらにせよ、もう終わった話は置いておく。問題は次だ。

 

「うむ、拙者らが連敗したが、これで何とか首の皮は繋がったでござる」

「そうアル。次のダブルスも勝てば、団体戦そのものの勝利も見えてくるアル!」

 

 そう、これで一勝二敗だ。

 練習試合ということで、団体戦の勝敗にかかわらず最後までやる予定だが、これでまだ団体戦の勝敗も分からなくなった。

 刹那の勝利が俄然麻帆良側にも勢いをつけた。

 

「よーし、私たちチアリーディング部も!」

「打倒立海に向けて!」

「応援よ!」

「そーだー! ぶっ倒せー!」

「桜咲さんに続けー!」

 

 いくら彼女たちにとってイベント的な練習試合とはいえ、やはり負けていい理由にならない。

 どうせなら勝ちたい。刹那の勝利でそれが現実的になってきた。

 だが、

 

「でっ、誰があの超人軍団と試合すんだ?」

「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」

 

 千雨の一言で盛り上がっていた雰囲気が一斉に静まった。

 

「わ、私は応援が・・・」

「いんやー、来週はバスケの試合があってにゃー!」

「私は新体操の個人戦が控えてて」

「水泳大会が・・・」

「試合中に尿意を・・・」

「ふえーーーーーん」

「ウチはダメです! サッカー部のマネージャー! 運動部やのうて、マネージャー!」

「お嬢様を彼らと試合させるわけにはゆきません」

「う〜ん、確かにウチも風林火陰山雷や大車輪山嵐は勘弁や」

「おい、私は頭数に入れんなよな。インドア派の代表選手なんだからよ」

 

 そう、先ほどのシングルスの試合もこれでモメた。

 ぶっちゃけ応援は構わない。っていうか、応援に専念したい。

 試合するのはまっぴらゴメンな連中だった。

 

「ちっ、龍宮は帰ってこんか。となると、次のダブルス・・・茶々丸は確定としても、どちらにせよもう一人は貴様らの中から出すわけか」

 

 エヴァが舌打ちして残っているメンバーを見るが、渋い顔で悩む。

 

「絶対私たち無理だってー!」

「う〜、今、居ないのは、いいんちょに、千鶴ねえに、ザジさんに、美空ちゃんに、五月ちゃんでしょ〜、あとは龍宮さん・・・わーん、いいんちょってばいつまでモンブラン食べてんのさー!?」

 

 果たして誰をメンバーに入れるべきか。

 誰が出てきても特に差がないのであれば、やはり運動能力で選ぶしかない。

 

「皆さん、危険だと思えば、試合が始まってからすぐにコートの外に出ても構いません。二対一になるかもしれませんが、私が何とかしてみましょう」

 

 既に出場が決まっている茶々丸が、危険を回避するための案を出す。

 確かに、それだと茶々丸の比重は別にして、怪我の心配は無いだろう。

 それなら自分たちも何とかなるかもしれないと皆が思うと・・・

 

「んじゃーさ、あんなイケメン軍団と間近で接するなんて機会ないしさー、私出ちゃおっかな?」

 

 その言葉は誰もが意外だった。

 その性格は活発なれど、長谷川千雨と並ぶインドア派。

 ただし、人間関係平穏が一番の千雨と違い、望んで修羅場に身を投じて波風立たせることに興奮を覚える悪ノリ大王。

 麻帆良学園漫画研究会所属。その名は、

 

「「「「「パルーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!??」」」」」

「って、驚き過ぎ驚きすぎ!」

 

 早乙女ハルナ。自ら死地への出兵に名乗りを上げたのだった。

 

「ハルナー、どどどどど、どうして!?」

「気を確かに、ハルナ。今なら間に合うです!?」

「って、のどかもユエもどうしてそんな驚くかな〜? やっぱ、こういうのは参加したほうがイケメン兄ちゃん達と仲良くなりやすいじゃん? これで、次の冬コミの取材に協力してもらいやすいし? 題名は・・・『俺のそびえ立つこと山の如し!』とかね」

 

 当然、彼女の立候補はクラスメートからも意外だったために、誰もが驚きを隠せなかった。

 だが、自ら死地に名乗りをあげたというのに、ハルナは非常に能天気だった。

 

「って、お前、それで死んだらどーすんだよ!」

「千雨ちゃん、大げさだね〜。魔法世界のフェイトたち以上ってことはないんだしさ〜。それに、今はなんかテニス界のBLが全ての需要を満たすのではと私の勘が・・・」

「そうだけどよ・・・ってか、お前はBLの資料集めのために出るってのかよ!」

「大丈夫大丈夫、茶々丸さんが守ってくれるっしょ? それにさー、今の私は無敵なんだよね〜。何故なら、既に私のアーティファクトのスケッチブックにはピート・サンポラスや熱岡修蔵などのトッププロを・・・」

 

 確かに誰かは出なければいけないのだが、流石に彼女が出るのはいかがなものかと、クラスメートたちも自分が代わりに出るとは言わないまでも微妙な表情だ。

 

「あの、ハルナさん」

「だいじょーぶだって、ネギ君。私には『秘策』があるからね〜」

「やっ、そうではなくて、立海の人はみな真剣に試合に望まれます。こっちもふざけ半分でやるのは失礼だと思いますので・・・」

「もう、ネギ君は分かってないね〜、イタズラも悪ノリも、空気を読んでこそできるんだよ」

 

 どうやら出る意志は変わらないようだ。

 エヴァも微妙な顔をしているが、他に出るメンバーがいないのであれば仕方がない。

 

「まあ、茶々丸なら二人分どころか三人分の動きもできるからな。いざとなったら、上半身と下半身を分離させたダブルスで・・・」

「あの、マスター、私もそこまでの反則は・・・・・・いえ・・・確かに、ルールブックには載っていません。盲点でした・・・」

「冗談だ。とりあえず、パートナーは頼りにできん。奴のサーブとレシーブのポイントを期待できない分、お前が落とさないようにな」

「大丈夫です。そのために、試合前にハカセより、世界中のトッププロのデータをインストールしていただいて、・・・ネギ先生にいっぱい・・・いっぱいゼンマイを回して頂きましたので・・・ポッ・・・」

 

 茶々丸も異論は無いようだ。静かなる闘志を内に秘め・・・

 

「茶々丸さん! 頑張ってくださいね! ハルナさんを御願いします」

 

 と思ったが、ネギの応援を受けた瞬間、急に顔を紅潮させた。

 

「ネギ先生! ま・・・任せてください! か、必ずあの・・・ですから・・・試合が終われば・・・」

「いいからテメエはさっさといけ、色ボケロボ娘ッ」

「いた・・・千雨さん、・・・激励のキックありがとうございます」

「って、何が激励だよ! 私はただお前がボケボケだからイラついただけだ」

「いいえ、親友である私には分かります! 今のキックには激励90%に嫉妬10%が含まれていました」

「・・・はあ? って、なんだその割合は!? しかも、10%嫉妬ってなんだ!?」

「当然、私がネギ先生の声援を受けたことに・・・」

「どこまでボケてんだお前は! イジェクトすんぞ!?」

「ああ〜、千雨さん、ゼンマイはもう十分巻いてもらいましたので、これ以上は!?」

「うるせえ、テメエはこうだ! こうだ! こうだ!」

 

 意外と茶々丸も和気あいあいだった。

 先程までの死闘の雰囲気が急にほのぼのとした空気になってしまったが、彼女たちは忘れている。

 今から、立海の化物と戦うということを。

 

「へ〜、茶々丸さんと千雨ちゃんって仲いいんだね。私より千雨ちゃんとダブルス組んだほうが良かった?」

「大丈夫です。千雨さんは絶対に出ないと言い張るでしょうから、むしろ組んでいただいて感謝します」

「いいってば。だけど、危なくなったらちゃんと守ってよね〜?」

「問題ありません。既に立海メンバーのデータは収集し終わりました。既に私は――――――」

 

 そう、

 

「『既に私は彼らのことを知り尽くしています』・・・・・・か?」

「「ッ!!??」」

「『後は、データを元に戦えば私たちの勝ちは揺ぎません』・・・と、お前は言う」

 

 相手はテニス界の化物。生半可で通じる相手ではない。

 

「この柳蓮二。たった数時間でデータを取られるほど甘くはない」

「さあ、これにてお遊びは終わりです。舞台の幕開けと致しましょう」

 

 立海の誇るビッグ3の一人。達人・柳蓮二。

 立海の誇る模範生にして優等生にして紳士でジェントルマンで、しかし実はエセ紳士なのではと最近チームメイトにも疑われている柳生比呂士。

 立海でもあまりダブルスでペアにならない二人だが、それでも立海レギュラー。

 再び、荒れた試合が幕を開ける・・・

 

「いや・・・さっきの二人の試合でテニスコートメチャクチャじゃん」

「「「「あっ・・・・・・」」」」

 

 千雨の言うとおり、コート整備の時間が再び設けられることになるのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話『地獄の死合』

 誰が一番強いのか? 

 プライドの高すぎる彼らに対しては、実にまずい質問であった。

 彼らにとって、大会での実績など関係なかった。

 ただ、自分が最強と信じた負けず嫌いどもたちは、一歩も引かなかった。

 

「井の中の蛙の一番争いに興味はない。だが、あえて挙げるとしたら、より強い者としか言えんがな」

「こればっかしは、副部長といえど譲れないっす! 俺はもう、誰にも負けられねえ!」

「おやおや、子供ですね。君たちは、世界の広さをなにも知らないのですから」

「んなもんに興味はねえが、俺をナメた奴は潰す」

 

 誰か譲り合えよとアスナたちは心の中で呟いた。

目の前の女性たちなどお構いなしに己の強さを主張する4人。

 いつ、言葉と同時に拳が飛んでもおかしくない状況だった。

 

「いいんちょ、私、早くみんなのところに帰りたいんだけど」

「妥協することを知らないのでしょうか、この方たちは・・・」

「あらあら、赤也くん、やんちゃね〜」

「ふう・・・くだらん」

 

 同世代にしては全員大人びて、かと思えば子供のように負けず嫌い。

 

「へへ、真田副部長。あの全国大会で新しい力を手に入れた俺は、もう副部長より上かもしれないっすよ?」

「たわけ! 十年早いわ! 返り討ちにしてくれる!」

「まあ、幸村クンが居る以上、君たちは校内でもトップになれるか微妙な身。それでナンバーワンとは笑わせてくれますね〜」

「おい、そこのオールバック。さっきから見下したような敬語使ってんじゃねえよ。ドタマカチ割るぞ?」

「木手さーん。あんた、全国大会で手塚さんにコテンパンにやられたっしょ?」

「おやおや、噂では君は名古屋の留学生に勝ったものの、ボコボコにされたと聞いてますが?」

「そーいやー、亜久津さんてタバコ吸ってたんでしたっけ? へっ、呆れたもんすね〜」

「亜久津仁! 貴様もスポーツマンの端くれなら、喫煙などもっての他だ!」

「真田、お前誰にイチャもんつけてんの?」

 

 どうか最悪の事態だけは避けてくれとアスナとあやかが切に願うが、その願いは届かず。

 この緊迫した事態は、簡単に爆発した。

 

「さっきからテメェも誰に調子こいてんの? このワカメ野郎が」

「あ゛? ・・・あんた、今俺に何つった?」

「ナメた口きいてんじゃねえって言ったんだよ、ワカメ野郎」

 

 亜久津が切原に告げた禁断の言葉が、事態を最悪に変えた。

 

「・・・むっ?」

 

 龍宮真名が何かを察知した。

 

「よさんかー、赤也! 公衆の面前だぞ!」

 

 真田が急に立ち上がって叫ぶ。だが、既に時すでに遅し。

 切原の肌が赤黒く染まっていく。

 

「ちょっ、切原くん!?」

「どうしましたの!? きゅ、急に・・・」

「赤也くん!?」

 

 アスナ、あやか、千鶴もその変化が目で確認できるほどだ。

 そして、切原の髪の色が、急に黒から白へと変わった瞬間、先程までそこに居た切原赤也は消え失せ、代わりに赤い悪魔が現れたのだった。

 

「ぶっ殺すぞコラアアアアアアアアアアアア!!」

 

 切原は憤怒し、テーブルをひっくり返した。

 

「いかん! 女ども、下がらんかー!」

「これは、噂のデビル化ですか!?」

「ちょっ、何なのよー!?」

 

 食器の割れた音。テーブル、椅子が倒れる音。

 ホールに響き渡る悲鳴。

 その中央には、悪魔が雄叫びを上げていた。

 

「このガキ・・・上等じゃねえの!」

 

 椅子から後方へジャンプした亜久津。

 飛び散る皿を二〜三枚空中でキャッチして、そのまま切原に向かって投げる。

 

「ヒャーハハハハハハハハハハハ! あんた潰すよ!」

 

 しかし、切原は回避する。

 まるで残像がその場に残っているかと錯覚するような速度で、皿を回避。

 そして、脇に置いてあった自分のテニスラケットとボールを数個取り出して、亜久津に向かってサーブを放つ。

 

「ちょっ、おバカ! 何してますの!?」

「やめんか、赤也!」

「ほう・・・流石、悪魔化・・・大したスピードですね」

「確かに、普通の人間の速度を遥かに超越している」

「って、キテレツ君も龍宮さんも感心してないで止めなさいよ!」

 

 亜久津に向けられるサーブ。亜久津は空中で身動き取れないはず。

 だが、亜久津は強引に全身をひねり、空中で切原のサーブを全て回避した。

 

「避けましたわ!?」

「ほう、あれが怪物・亜久津の身体能力か」

「やりますねえ。素晴らしい柔軟性、反射神経、身のこなしですね〜」

「あっちのヤンキーもやるじゃないか」

「って、ゲンイチローまで感心してんじゃないわよ、止めなさい!」

 

 しかし、アスナがいくら言おうと、今更止まる二人ではない。

 

「君たち! なんの騒ぎだね! そんなところで何をやって・・・」

 

 食堂塔のコックが出てきた。

 急だったのか、その手には、フライパンを持ったままだった。

 それを見て亜久津は、

 

「よこせ」

「えっ、なん、なんだね君・・・うわあああああ!?」

 

 コックから無理やりフライパンを取り上げる亜久津。

 切原の打ったサーブは、亜久津に回避され、壁にぶつかって勢いそのまま跳ね返ってくる。

 そのボールを亜久津は、

 

「上等じゃねえの!」

 

 フライパンで全部打って、切原を狙う。

 

「ヒャハハハハハハ、潰しがいあるよ、アンタ!」

「けっ、こんなもんで俺を潰す気か? 笑わせるな!」

 

 ボール。その数は四球。

 切原も狂ったように笑いながら打ち返し、亜久津も打ち返す。

 

「やめんかー、赤也! ッ・・・ぐっ・・・体が・・・」

「ゲンイチロー! ゲンイチロー、私との試合で体が・・・」

「ちょっとー、しっかりしてくださいませ、真田さん! もはやあなただけが頼りなのですよ!」

「まったく君たち・・・オイタが過ぎると・・・ゴーヤ食わせるよ!」

「ッ、待ちな、永四郎!」

 

 体がうまく動かせない真田に代わり、木手が二人を止めに入ろうとする。

 どこから取り出したのか、二人に向けてゴーヤを投げる。

 しかし、

 

「邪魔すんじゃねえ!」

「テメェ、誰に指図してんの!?」

「っ!?」

 

 フライパンとテニスラケット。

 その二つで、まるで鋭利な刃物で切断したかのようにゴーヤが切り裂かれ、切原と亜久津の打球が二人揃って止めに入ろうとした木手に向けられる。

 木手は咄嗟に椅子の足を持ち上げて振り回し、飛んできたボールをなぎ払う。

 

「やりますねー。でも、いい加減にしないと・・・こーれーぐーすーのますよー!」

「ヒャーハハハハハ、オモシレえ! 全員まとめて赤く染まって下さいよー!」

「ドタマかち割るぞ!」

 

 切原、亜久津の攻防に木手も参戦。

 その暴力的でありながら洗練された動き、そして目にも止まらぬ超ハイスピードバトルは、目を見張るものがあった。

 

「なるほど。永四郎の縮地に素のスピードで対抗できるとはね。切原って子は、怒りで己のリミッターを解除して身体能力を向上させ、亜久津ってヤンキーは、恵まれたスピードのみでなく身体の使い方が異常なまでに優れている」

「「・・・龍宮さん・・・」」

「大したものだな」

「「だから、止めてってば(止めてくださいませ)!?」

 三人の攻防に、龍宮は椅子に座って冷静に分析と解説を初めてしまった。

 冷静にも程がある。

 

「ったく、仕方ないわね! こいつら、全員ぶっとばすわよ!」

 

 もう、口でダメだなら力尽くだ。というより、その方が手っ取り早い。

 アスナが腕まくりして暴れる三人を取り押さえようとした、その時だった。

 

「あ、亜久津せんぱーい! これは一体どうしたですか!」

「ッ・・・太一・・・」

 

 問題児たちの乱闘の中に、一人の天使が現れた。

 その出現に、亜久津は思わず手を止め、事態の変化に切原と木手も動きを止めた。

 

「ッ!!!!????」

 

そして、雪広あやかの全身が硬直した。

 

「ちっ、太一、テメエどこで道草食ってやがった」

「ごめんなさいです。あの、本当はもっと早く来てたですが、邪魔しては悪いかと・・・」

「ああ?」

 

 それは、何だ? 地獄に天使? それほどまでにこの殺伐とした男たちの中で、彼の存在は際立った。

 背も小さく細く、とても愛らしい表情の少年。

 何故か、亜久津と仲がよさそうだが、ハッキリ言って異色の組み合わせだ。

 

「ねえ、あんた誰?」

 

 アスナが尋ねる。すると少年は、慌ててビシッと気をつけをして頭を下げる。

 

「あっ、はいです! ぼぼ、僕は山吹中テニス部一年の壇太一です! あ、亜久津先輩の後輩です! よろしくお願いしますです!」

 

 照れながらも元気よく、そして可愛らしく挨拶をするフレッシュさ全開の太一。

 自然とアスナの頬も緩んだ。

 

「なになに〜? ちゃんとまともな子もテニス界にはいるんじゃない。よろしくねー、壇くん」

「は、はいです!」

「・・・・・・・・も〜〜〜、お姉さんは君みたいな子を待っていたわ!」

「あ、あうっです!?」

「そーなのよー、テニスよテニス! こーゆう子がテニスをするのよ!」

 

 アスナは嬉しくて思わず太一を抱きしめた。

 爽やかで、紳士的で、上品なスポーツ。それがテニス。

 断じて侍や悪魔やヤンキーなどがやるものではない。

 ようやく、まともな思考を持ったテニス少年に出会えたことにアスナは感動した。

 更に、

 

「ぶふううううううううううううううううううう!?」

「い、いいんちょが鼻血だした!?」

 

 あやかが大量の鼻血を出したのだった。

 

「こ、これは、なな、なんですの!? この、胸の動悸は・・・この、抑えきれぬ心は・・・まさか・・・これは・・・これは!?」

「あ、あの、大丈夫ですか!?」

「ストライクアアアアアはぐわああああああああああああ!? はあ、はあ、はあ、はあ、はあはあはあハアハアハアハアハアハアハアハアハア」

 

 あやかの瞳の焦点が合っていない。いや、瞳孔も開いている。

 どこか狂ったようなあやかがゆっくりと太一に近づく。

 

「たいちくんといいますの?」

「あ・・・あう・・・はいです・・・」

 

 太一、恐怖で後ずさり。

 肉食動物に出会った草食動物の心境だった。

 だが、怯えた様子が更にツボったのか、あやかは余計興奮。

 

(ああ・・・最近は凛々しく雄々しくなったネギ先生とは大違いですが・・・なんですのこれは・・・この・・・この子には私が傍にいてあげなければいけないと感じさせる・・・運命を感じさせる・・・って、いけませんわ! 私にはネギ先生が・・・ああ・・・しかし・・・)

 

 雪広あやか中学三年生。重度のショタコン。

 中学一年生の太一とはそれほど歳は離れていないのだが、太一の容姿はあやかのドストライクだった。

 誰かが止めなければ、本当に喰ってしまうのではないかと思われる状況。

 見かねた亜久津が、あやかの尻を軽く蹴った。

 

「いた!? な、なにしますの!?」

「何してんのはテメエだ。おい、老け顔女。気持ち悪い息で後輩に近づくんじゃねえよ」

「なな、なんてことを言うのですか、あなたは! そ・れ・を・言うなら、こんな太一くんのように素晴らしく穢れのない天使のような少年に、あなたのようなヤンキーが近づく方が問題ですわ! 今すぐ太一くんから離れなさい!」

「お前、誰に指図してんの?」

「まあ、お下品な。ネギ先生の爪の垢を煎じて飲ませて差し上げたいですわ」

 

 ――――あれ?

 

「い、いいんちょ・・・」

「あうあうあう、亜久津先輩・・・」

「意外な組み合わせか・・・」

「赤也ー、貴様他校の食堂で暴れるなど何事かー!」

「いていていて、鉄拳制裁は勘弁してくださいっす!」

「ふう・・・気分が萎えましたね〜」

 

 今度は違う喧嘩が始まりそうになった。

 頼りの真田は正気を取り戻した切原に折檻中。

 アスナはどうすればいいのか分からずにオロオロ。

 やる気のない龍宮と落ち着きを取り戻した木手は二人でグシャグシャになったテーブルを起こしてコーヒーをこの状況で注文。

 

「あ、亜久津先輩の悪口を言うのはやめてくださいです! 亜久津先輩は、僕の憧れの、とっても強くてワイルドな人なんです!」

「いいえ、太一くんは騙されているのですわ! 男の子が身近な人に憧れを抱くのは宿命・・・ですが、それが道を誤るきっかけにもなるのですわ! やはり、あなたには間違った道を正してキチンと育てられる人が傍にいなければ・・・」

「おい、テメェ。後輩に余計なこと吹き込もうとしてんじゃねえ。太一もこんなバカを相手にするんじゃねえよ」

 

 もう・・・勝手にやればいいよ・・・

 

「あ〜・・・私・・・もう、戻ろっかな・・・」

 

 アスナはもう諦めて、この場から逃げ出そうとした。もう、いい加減疲れた。

 さっさとテニスコートに戻ってみんなの応援でも・・・

 

「なんや、せっかく血の匂いがしたと思ったんですけどー、もう終わりですかえ?」

「え・・・・・・・ッ!?」

 

  完全に油断していた。こんなに近づかれるまで気づかなかった。

 

「ちょっ、あんた!?」

「おっと、大人しゅうされたほうがええですよ〜、お姫様」

 

 アスナが振り返ろうとした瞬間、背中に何かを当てられた。これは、剣の柄?

 

「神楽坂!」

「そちらの鉄砲使いのお姉さんも大人しゅうしてくださいな〜、大事なお姫様がバラバラにされてまいますよ〜」

 

 実にユルく、そしてあっけらかんと言葉を口にする彼女だが、それが本気であることはアスナたちにはよく分かっていた。

 

「・・・あんた・・・逮捕されなかったの?」

「これは異な事を。戦争黒幕のフェイトはんたちはこの学園でのんびりしとるのに、雇われのウチが逮捕なんておかしなはなしですわ」

「・・・ッ・・・ここには一体何の用?」

「ん〜・・・テニスラケットでセンパイとお嬢様を犯したい思いまして〜」

 

 アスナは鳥肌が立った。この背後を取った少女の強さにではない。

 その瞳、言葉の一つ一つ、悪寒が走るほどの狂った感情にだ。

 

「はは・・・あんたがテニス? まあ、確かにテニスウェアの刹那さんは可愛いけど・・・」

「ん〜、そうですか。ほなら、さっそくテニスコートに案内してくれたら嬉しいんですけど〜」

「ちょ〜っと勘弁して欲しいのよね〜。今、魔法とは関係ない一般人の人たちとテニスしてるんだから。あんたも裏の世界の人間なら、それぐらいのルール守りなさいよ」

「それは困りましたな〜、今日のテニスの相手は男子とか。汚らわしい男共に、ウチのセンパイを汚されることだけはかなわんのです〜」

 

 ダメだ。この女には常識は通用しない。

 目的のためなら、本当に一般人すら斬りかねない。

 だが、ここで戦っても回りの人たちに危害が及ぶ。

 どうすれば・・・

 

「神楽坂よ、そこの娘はお前の知り合いか?」

「ゲンイチロー・・・何でもない・・・何でもないから・・・急いで、いいんちょたちと一緒にここから出ていってくんない?」

「何?」

 

 アスナは顔を引きつらせながらも、心配を掛けないように笑顔で言う。

 しかし、明らかに不自然だったのか、真田も何かを察した。

 そして、他の者たちも争いの手を止め、急に現れた謎の少女に視線を向ける。

 

「太一くん、私の後に下がってくださいませ」

「あの、何ですか?」

「あらあら」

「何だ、そのメガネチビは」

「今度は誰ですか?」

「で、俺らはどうすりゃいいっすか?」

 

 少女の表情は笑顔なのに、妙な不気味さを孕んでいる。

 一体何事かと思ったとき・・・

 

「テニスウェア・・・そうですか、あんたらがセンパイやお姫様たちのテニス相手ですかえ?」

「お姫様とは誰を指しているのか分からんが、神楽坂たちと本日試合をしているのは、俺とここにいる後輩を含めた、我ら立海大附属中だ」

「ほ〜・・・・」

 

 少女は、真田と切原をチラっと見て、すぐに鼻で笑った。

 

「んふふふ〜、こないなおじさんと、ワカメの雑魚がセンパイたちとボールでヤリ合うなんて、ウチはヤですわ〜」

 

 見下して、小馬鹿にして、明らかに雑魚を見るような目を向ける。

 真田はまだ耐えられた。

 しかし、こいつは耐えられなかった。

 

「お、おい、あんた・・・誰がワカメの雑魚だって? わ、わらえねえなあ・・・」

 

 そう、切原に耐えきれるはずがない。

 

「んふふふ〜、あんたらではセンパイたちとヤリ合うには役不足ですえ〜、せやから今日はウチが本物のテニスでセンパイたちの純血を奪うことにします〜」

「テメ、女だからって!?」

「ほいっとな」

 

 それは一瞬だった。

 

「ぐはっ!?」

 

 少女はアスナの背後から出てきて、切原が足を踏み出そうとした瞬間、切原の腹部に何かを打ち込んだ。

 その威力に押されて、切原は後方に飛ばされ、食堂の床を二転三転して転がった。

 

「きゃ・・・キャーーー!?」

「こ、今度は何だよー!?」

 

 先ほどの乱闘に続き、また争いが起こった。

 再び悲鳴が響き渡り、巻き込まれたくない生徒たちが慌てて逃げ出す。

 

「赤也!? おのれ、貴様どういうつもりだ!」

「ふざけんじゃないわよ! そいつは、一般人よ! 私たちの世界とは何の関係もない人なのに!」

「赤也くん! しっかりしてください、赤也くん!」

「悪いが、容赦はできない。始末させてもらうよ」

「穏やかではありませんね〜」

「だだだだーん、き、緊急事態です」

「やってくれましたわね!」

「ナメたことしてくれんじゃねえの」

 

 いきなりの攻撃。アスナだけでなく、真田たちも鋭い眼光で少女を見る。

 だが、少女は何事もなかったようにニコリと笑った。

 いや、ニコリではない。持っていたウッドラケットを舌で舐めながら、発情した雌のように体をくねらせた。

 

「はふ・・・もう、耐えられへん、こないな男ばかりでウンザリですわ、あん・・・ウチの血肉沸き立つ衝動を満たしてくれるんはセンパイや・・・ああ・・・このグリップでセンパイの穴を犯して、ボールが入るぐらいガバガバにして・・・絶頂に達したセンパイの純血をナメまわして・・・」

 

 真田たちを雑魚を見るような目? 違う、もはや見てもいない。

 目の前の狂った変態少女は、ただこの場に居ない誰かに思いを馳せて、妄想で自慰にふけっている。

 すると、その時だった。

 

「潰れろ」

「あん・・・うん・・・はう」

「ウラア! お返しだ!」

 

 少女の頭部目がけて、強烈なショットが放たれる。

 

「いかん!」

「赤也くん!?」

 

自慰にふける少女はボールを見ていない。

 だが、

 

「はあ〜・・・センパイ・・・」

「ッ!?」

 

 少女は、ボールに見向きもしないで、ラケット面でボールを弾かずに受け止めた。

 

「なっ・・・俺のショットをいなしやがった!?」

 

 少女に向けてショットを打った切原が驚愕する。

 当然、真田や亜久津たちもだ。

 

「我が求むるはただ血と戦い・・・そして、愛のみ・・・センパイと剣でもテニスでも何でもええ・・・交えたい・・・それだけです〜」

 

 そして、達したのか、恍惚な笑みを浮かべて少女は笑った。

 

「なるほど・・・あの世界の関係者ですか」

「木手、この娘が何者か分かるのか?」

「ええ。そして相手が悪いです。どんなテニスをするかは分かりませんが、君たちで手におえる相手じゃないですよ」

 

 手に負える相手ではない。本来なら、ふざけるなと言いたいところだが、何故か真田も言葉がうまくでなかった。

 それは、反逆の塊の亜久津も同じ。

 気圧されているのか、拳に汗をかくだけで、うまく動くことが出来なかった。

 

「ゲンイチロー、みんな・・・私がここを何とかする。だから・・・」

 

 アスナが前で出る。

 自分が食い止めるから逃げろと言おうとしている。

 果たして目の前の少女は何者か。それを食い止めようと言うアスナは何者か?

 事態は真田たちの常識を遙かに越えたものに発展しようとしていた。

 すると、その時だった。

 

「お、・・・おもしれえじゃねえか・・・」

 

 それは、若干上擦った声だった。

 恐れの中で、精一杯の強がりを言っているようにも聞こえた。

 だが、男は言う。

 

「興奮する戦いがそんなにしてえなら、俺があんたの相手をしてやるぜ?」

 

 切原赤也だ。

 

「ん〜、ワカメお兄さん、かっこつけなくてええですよ〜」

 

 訳すと、雑魚が粋がるなと言っている。

 だが、いかに相手が得体の知れない者とはいえ、腰抜けにはなりたくない。

 ナンバーワンを目指す者として、立海の誇りに賭けて、そして男として。

 

「へへ、何だよ、ただ頭がおかしいだけか? むしろ、アンタの方がビビってんじゃねえの?」

「ん〜・・・震えてますよ〜、ワカメお兄さん」

「こーゆうのを武者震いって言うんだよ。まっ、女なんかにゃ分かんねーだろうけどな」

 

 切原は一歩も引かなかった。

 

「ちょっ、やめなさいよ、切原くん!?」

「赤也、下がらんか!」

 

 そして少女もまた、相手が道ばたに転がる小石程度の存在といえど、ここまで無礼に挑発されて素通りも面白くなかった。 

 

「ん〜」

 

 そんな彼女の出した結論。テニスをする?

 違う。

 

「ほいっとな」

 

 答えは、またぶっ飛ばす。

 ノーモーションから再び赤也の腹部目がけてショットを放つ。

 だが、

 

「ウラア!」

「ッ!?」

 

 少女は瞳を大きく開く。

 自分の頬に僅かな痛みを感じたからだ。

 

「・・・・・・血・・・・」

 

 頬をさすってみると、パックリ切られて血がにじみ出ていた。

 目の前を見ると、ラケットを大きく振り抜いた構えの赤也が挑戦的な表情で立っていた。

 

「へへ、ショートスネイク・・・名づけて『レッド・ショート・スネイク』結構使えるじゃねえか、コレ」

 

 そこで、少女はようやく気づいた。

 

「さあ、もっと、真っ赤に染めてやるよ」

 

 切原は打球をダイレクトで打ち返したのだ。

 しかも、ただ打ち返したのではない。

 孤を描くような鋭い回転をかけて、相手の頬を切り裂いたのだ。

 

「さっきより打球の速度とキレが・・・は〜・・・少しはお上手でしたか〜」

 

 リターンをまったく予想していなかったために、完全に油断していた。

 いや、相手を侮りすぎていた。

 だが、どちらにせよこれで、少女・月詠は切原赤也を初めてまともに見て、興味を持った。

 

「ほな、やりましょか? 真剣テニス」

 

 そして、凄惨な戦いが始まるのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特別場外試合:悪魔・切原VS戦闘狂・月詠
第15話『狂気の試合と謎の侵入者たち』


 切原は分かっていなかった。

 いかに、残虐なプレーで、相手を痛めつけ、再起不能寸前にまで追いつめた経験があろうとも、所詮はスポーツ。

 神経をすり減らす程の戦いは経験しても、命をすり減らす戦いを経験しているわけではない。

 

「真剣テニスだ〜? 笑わせるね〜、あんたみたいなチンチクリンが本当のテニスできるってのか?」

「んふふ〜、遊びじゃすみませんえ〜。命・・・賭けられますかえ?」

「へっ、な〜に言ってやがる。上等!」

 

 だから、月詠が発する「命」という言葉は、ただの比喩的な表現だと思っていた。

 

「ほな、やりましょか〜? 真剣勝負」

「ああ。どっちが雑魚か思い知らせてやるよ。言っとくけど、女だからって容赦しねえぞ?」

「んふふふふ〜」

「おい、さっさとテニスコートに行くぜ。そこがテメェの墓場だ」

「おや、これは異なことを言いますな〜。いつでもどこでもどんなときでも・・・・・・それが真剣テニスですえ」

「あっ?」

「命を賭ける二人がそこに居れば、その場所がコートになることは常識ですえ?」

 

 自分の血の感触を確かめ、月詠は再び笑った。

 

「ほな、それでも体裁を整えたいというのなら、ウチがコートを用意しましょ。ほれ!」

「ッ、て、テメェ! 何しやがる!」

 

 月詠はラケットを振り抜く。その風圧がかまいたちのように風の刃を生み出す。

 発生した刃は食堂の床を直線上に切り裂く。

 邪魔なテーブルや椅子や食器などは除かれ、そこには簡易的ではあるがテニスコートのラインが引かれた。

 

「お次は・・・」

 

 ラインを作った月詠みは次に、椅子を二つセンターラインの左右の端に置く。

 そして、何かを念じると端と端の椅子の背もたれ同士が、稲妻の走った見えない壁を作り、繋いだ。

 その壁の高さは、丁度ネットと同じ高さだ。

 

「準備完了。お相手致しますえ。あっ、ネットには触らんほうがええですよ〜。結界と同じ強度なんで、下手に触ると怪我しますえ〜」

 

 呆れてものも言えない。あっという間に食堂の中にテニスコートを作ってしまった。

 

「こ、この女・・・・・マジかよ・・・・・・」

 

 そして、どこからツッコミを入れていいのか分からず、真田たちに分かったことといえば月詠がこれまで出会ったこともない種の化物のような存在であるということだ。

 

「なんという女だ。果たして奴は何者か? あの剣・・・いや、ラケット捌き。そして、常識で図れぬ力」

「あれは、あの世界の中でも指折りの実力者でしょうね〜、魔法世界の紛争地帯でもあれほど洗練された使い手はいませんでしたよ」

「・・・ナメた真似しやがって」

「ちょっと、切原くん、あんたマジでそいつとテニスする気なの!? 悪いこと言わないからやめなって! そいつは、想像以上ずっとヤバい奴なのよ!」

「切原くん、やめなさい、アスナさんの言うとおりですわ!」

「赤也くん」

「確かに・・・あのくせっ毛の子・・・ほっておけば死ぬかもね」

 

 切原とて分かっている。目の前の存在がどれほどヤバのか。

 しかし、一歩も引かないと決めた以上は、ラケットを手放して勝負を放棄するわけにはいかない。

 

「逃げるだと? ふざけんじゃねえ、俺の野望を果たすまで、こんなところで逃げるわけにも死ぬわけにもいくかよ! やってやらァ!」

「ふふ、よう吠えますな〜。ほな、それならサーブ権はあげますえ。お手なみ拝見といきますえ」

 

 審判など居ないセルフジャッジの室内テニス。

 切原のサーブから始まった。

 

「いくぜ、オルア!」

「ほな、いきますえ!」

 

 切原のサーブに月詠は難なく反応。

 二本のラケットを自在に使い、切原を翻弄しようとする。

 いや、仕留めようとする。

 

「神鳴流・斬岩交差ショット」

 

 二刀流テニス。両腕を胸の前で交差させて、一閃。

 あまりの速度で、どちらのラケットで打ったのか分からなかった。

 だが、

 

「ちっ、確かに速ェスイングだ。だがな、こちとら目にも見えねえ真田副部長のショットを毎日見てんだよ!」

 

 いきなり顔面目がけて飛んできたボールを、キャリオカステップで体をズラして返球。

 

「真剣つっても、この程度かよ! うら!」

 

 切原の反応速度が格段に上がっていた。

 

「まだいきますえ〜、神鳴流〜にとーれんげきーざんてつしょっと〜」

「ツおら!」

 

 超攻撃テニスをする二人。もはや、ポイントを奪うことなど微塵も考えていない。

 ただ、相手を潰す。それだけを目的とした勝負と化していた。

 

(集中しろ・・・集中・・・ぜってー、隙をつくらねえ。そして、潰す!)

(ほ〜、瞳が真っ赤になるほどの集中力・・・・・・しかし・・・)

 

 互いに相手の体を目がけて打っているために、走る必要などまるでなかった。

 しかし、だからこそ裏をかかれると、反応が鈍る。

 

「ほい」

「げっ!?」

 

 意表をついたドロップショット。切原も慌ててステップを切り、ボールに追いつく。

 だが、何とかラケットに当たって、返球しただけ。ボールはフラフラと浮き上がり・・・

 

「しまっ・・・」

「あらあら、もう終わりですかい〜、ほな・・・・・命もらいましょか?」

「ッ!?」

「神鳴流庭球術・秘技!」

 

 居合抜きのような構えから一閃。

 それは、切原目掛けて打たれたショットだ。

 

「いかん、赤也!」

「切原くん、避けて!」

 

 切原の態勢は崩れている。

 顔面めがけて飛んでくるボールに反応したところで、体が思うように動かない。

 

「こ、の」

 

 だが、切原は硬直した体を無理やり動かす。

 生死のギリギリの狭間の集中力が反応速度を上げた。

 

「切原赤也を・・・・・・な、めんじゃねえ! うらあ!」

 

 切原は反射的にボールを打ち返した。

 その執念のプレーに、思わずギャラリーから声が上がる。

 しかし・・・・

 

「甘いですえ」

 

 月詠は邪悪な笑みを浮かべていた。

 そして、次の瞬間、鈍い音が響き、切原が仰向けに倒れていた。

 

「ぐああああああああああああああっ!?」 

 

 ただ倒れただけではない、切原の額が割れて大量の血が飛び散っていた。

 切原はあまりの激痛に頭部を抑えて床をのたうちまわった。

 

「きゃああああああああああ! ち、血が!」

「だ、誰か! 誰か先生を呼んで来い! それに、きゅ、救急車だ!」

「赤也!」

「切原さんが!」

「ちっ、あの女!」

「な、なんで! 切原くんは打ち返したはずでしょ!」

 

 荒れ果てた食堂の床に飛び散る切原の血。

 その惨状に、最初はノリではやし立てていた生徒たちも顔面を蒼白させて、悲鳴を上げる。

 

「な、何でだよ・・・俺は打ち返したはず・・・ッ、これは!?」

 

 ボールを打ち返したはずが頭部に痛みが走った。

 何が当たった? 床には、真っ二つに切断されたボールが転がっていた。

 

「秘技・首切りショット」

 

 絡繰りは簡単だ。

 超高速でボールを二つに切断する形で片方を飛ばし、僅かな時間差でもう半分をもう一本のラケットで打つ。

 

「は〜、こないな児戯に引っかかるようでは、ウチとテニスは難しいですわ〜」

 

 誰も気づかなかった。

 真田たちですら、月詠がボールを二つに切断してそれぞれを時間差で打ったなど分からなかった。

 それほどまでに月詠の動きは桁外れだった。

 

「あの女、何ともたまらんショットを!」

「ちょっと! こんなの、こんなのテニスじゃないわよ! 今すぐ中止よ! 月詠、私があんたの相手よ!」

「千鶴さん、切原くんを保健室に連れて行きますわ! いえ、このかさんを連れてくる方が・・・・・」

 

 もはやテニスどころではない。

 アスナたちが割って入り、すぐにこの試合を止めようとした。

 だが、その時だった。

 

「まあ、命は助けてあげますえ。赤い雑魚ワカメはん」

 

 取るに足らない相手として、命までは奪わないと告げる月詠。

 しかし、その侮辱が、ワカメならぬ、悪魔の逆鱗に触れた。

 

「あ・・・・・・いま、なんつった? あんた」

 

 苦悶の声を上げていた切原が静まり、ゆらゆらと立ち上がりながら言った。

 怪我はいいのか? 動かないで大人しくしていろ。アスナたちはそう言おうとした。

 だが、どこか様子の変わった切原に声をかけることを躊躇ってしまった。

 

「赤也・・・・・・・」

 

 真田だけは今の赤也に何が起こっているのかを察した。

 

「お耳が悪いんですかえ? 前戯にもならんかったんやから、はよう消えてくれたら嬉しいんやけど」

 

 そして、切原の様子などお構いなしに月詠がそう言った瞬間、赤目の悪魔が覚醒した。

 ボールを握ったまま、静かにサービスラインまで下がり、サーブの構え。

 

「ん? あらら、続行するんですかえ?」

 

 試合を続ける構えを見せる切原に、少し驚いたように月詠もラケットを構えた。

 だが、本来はカウントをコールするはずのサーバーの切原は、カウントの代わりに一言呟いた。

 

「潰れろ!」

 

 ポイントもクソもない。

 ただ、潰す。

 

「き、切原くん・・・・ちょ、な、なによ、この感じは! 寒気が! ゲンイチロー、切原くん、どうしちゃったのよ」

「・・・・・永四郎・・・あの子、どうしたんだい? この・・・異様なプレッシャーは」

「ふふ、僕も初めて見ましたよ、真名さん。あれが噂の・・・・・」

「ほ〜、あの野郎・・・いい面構えしてるじゃねえか。大した殺気だぜ」

「あ、亜久津先輩! な、なに、感心してるですか! こ、こわ、こわいです! 切原さん、どうしたんですか!」

「見てはダメです、太一くん! 私が守りますわ!」

 

 肌が赤黒く染まり、髪が白髪化。

 惨劇の空間が、更なる惨劇を生み出す悪魔を召喚した。

 その抑えられんばかりの妖気は、学園に居た勘の良いものたちにまで察知できるほどのものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ、魔族でも亜人でもない・・・・・・悪魔・・・・ふふ、それもイイネ」

 

 広大な学園都市全土を見渡せる展望台。

 そこにはテニスウェアを着た一人の少女が、食堂の方角を見下ろしながら機嫌良さそうに笑っていた。

 

「ふふふふ、久々の再会。クラスのイベントに再会しようとしたが、なかなか面白いことになりそうネ」

 

 黒髪お団子ヘアーの少女。

 彼女はまるでこれからこの場所で起こることを予知しているかのようだった。

 

「皆さんにお会いにならないのですか? 超鈴音」

 

 少女の背後にいつの間にかもう一人少女が立っていた。

 褐色肌で目の下にピエロのような模様の入った少女。

 道化師のような格好ではあるが、その背中にはラケットバッグを持っていた。

 

「フフフ、あなたは参加しなかたカ? ザジさん」

「世界樹から妙な力の波動を感じたものですから」

「ん? 何だか表情も柔らかく、よく喋るネ。私が居た頃のあなたはまだ無口だたが」

「今後はこんな感じで居ようかと」

「ソーカソーカ、楽しそうで何よりネ」

 

 少女たちの名は超鈴音とザジ・レイニーデイ。

 何気ない会話をする二人ではあるが、その笑顔はどこか底知れず、決してお互いに隙を見せることはなかった。

 

「今、みんなはテニスの真っ最中だそうだガ、あなたは出ないカ?」

「たまには私も皆さんに協力しようかとも思いましたが、特に必要も無いでしょう。久々に皆さんが重たい世界の流れを忘れて、のんびりと日常を過ごせるチャンスですから」

「ほ〜・・・それでは、高みの見物ということカ?」

「そうですね。相手は全国クラスとのことですが、所詮は人間界での話。皆さんのアビリティならテニス素人といえど問題なく、むしろいい気晴らしになるでしょう」

「ん? では、ザジさんはまだ試合を見てないカ?」

「はい、まだ。これから覗きに行こうかと」

「ん〜、それは勿体ないことしたネ」

 

 急に、腕を組んで何かを考える超。

 だが、少しして何か悪巧みでも思いついたのか、悪戯小僧のような笑みを浮かべた。

 

「それにしても、ザジさん。噂で聞いたガ、テニスと言えばあなたは・・・」

「何か?」

「魔界のジュニア大会四連続優勝の天才魔庭球少女、ザジ・レイニーデイ。またの名を『テニスのお姫様』と魔界で呼ばれているそうネ」

「・・・それが何か?」

「フフフ、私も・・・ある時は謎の中国人発明家! クラスの便利屋、恐怖のマッドサイエンティスト! またある時は学園No.1天才少女! そしてまたある時は人気屋台超包子オーナー」

「?」

「そしてまたまたある時は、テニスの太陽系オリンピック代表候補!!・・・だったりしたら・・・」

「ッ!?」

「・・・どうするね? そこらへんの中学生やクラスメートたちとテニスするより、私と試合した方が有意義ではないカ?」

 

 挑発するかのような笑みを浮かべる超の言葉に、ザジの表情が変わった。

 

「なるほど・・・」

 

 それに対してザジも、どこか好戦的な笑みを浮かべる。

 彼女は思ったのだ。「挑発に乗るのも悪くない」と。

 だが、その時だった。

 

「む・・・」

「?」

 

 二人は急に空を見上げた。

 そして、超は少し残念そうに舌打ちした。

 

「どうやら・・・我々が遊んでいる場合では無くなるかもしれないネ」

「アレは?」

「ふふ・・・『キング』と『至宝(カリスマ)』を筆頭とした男たちネ」

 

 空には、麻帆良の軍事研、航空部等が誇る飛行船が何機も駆け巡り、一機のプライベートジェット機を取り囲んでいた。

 それは、麻帆良の空で繰り広げられていた、ある男たちの登場だった。

 

「こちら軍事研『まほら☆おすぷれい』。許可のない飛行船の着陸は認めません。速やかに旋回して、この領空から立ち去りなさい」

「航空部部長・七夏・イアハートだ! 強行しようとしても無駄だ。既にあなたたちは完全に包囲されている」

 

 ジェット機の周りを、オスプレイやコブラやステルスやセスナ機が取り囲む。

 一生かかっても体験できぬ事態に、ジェット機に搭乗している男たちは大混乱の中に居た。

 

「うおおお、マジかよ!? ちょっ、跡部さん、ここって本当に日本っすか!? あいつら撃って来ないっすよね!?」

「う、うるせえぞ、テメェ、このくれえで、ビ、ビビってんじゃねえ」

「喧嘩している場合じゃないぞ、桃、海堂! エージも落ち着け!」

「だだだだ、だってー、大石〜、俺たち何だか戦争映画に出ているような状況だし」

「大丈夫だ。砲撃してくる可能性は限りなくゼロに近い」

「乾、それってなんのデータを元にしてだい? まあ、僕も撃たれはしないと思うけど」

「全員、騒ぐな。大人しくしていれば撃たれはしないだろう。みんな、油断せずに行こう」

 

 それは青学も

 

「うっは〜、やっべー、超楽C〜! 見て見て、俺たち追われてんじゃん!」

「だー、目ェ覚めたと思ったら騒ぎやがって、ジローの奴! でも、本当に撃ってこねえだろうな!?」

「岳人も黙らんかい。流石にそれはないやろ、しかし、ウチの大将はどないする気や?」

「ったく、どいつもこいつも騒いでんじゃねえ! 激ダサだぜ! なあ、長太郎!」

「もちろんです! 俺は例えこれから先、何があろうと宍戸さんに付いていきます!」

「相手は空を飛ぶ飛行機。正に下克上! 上等だ!」

 

 氷帝メンバーも流石に平常では居られなかった。

 そして、誰もが一人の男を注目する。

 この状況に一切動じず、ジュースの入ったワイングラスを片手に持ちながら、男は外を見る。

 

「ガタガタ騒ぐな、庶民共! この程度でビビってちゃ、まだまだ頂点は取れねえぞ。なあ、樺地?」

「うす」

「何より、この俺が犯しちゃいけねえ領空なんて存在しねえ。そうだろ、樺地」

「うす」

 

 跡部景吾。

 彼は、この状況に命の危機などまったく感じず、むしろ五月蝿いハエにまとわりつかれたぐらいにしか思っていなかった。

 

「にしてもだ、そういやこの学園は雪広家の息がかかってたんだな。どうりで、着陸の許可が降りねえわけだ。あ〜ん?」

「なんや、跡部。知り合いがおったんか?」

「まあな。昔から俺様の家と対立する、いけ好かねえ奴らだ。どのみち、許可をもらうのは時間がかかりそうだな」

 

 せっかく麻帆良の上空まで来たのに、このままでは着陸が難しい。

 ならば、引き返すのか?

 いや、この男がそんな妥協をするはずがない。

 

「仕方ねえ。樺地、アレを全員に渡せ!」

「ウス」

 

 跡部が樺地に何かを指示する。

 すると樺地は全員にリュックのようなものを一人一人に渡して背負わせる。

 そして、

 

「開けろ、樺地」

「うす!」

 

 樺地が飛行中の飛行機の扉を手動で開放したのだった。

 その瞬間、外から強い風が機内に吹き込んできた。

 

「着陸できねえなら、飛び降りるまでだ。テメェら、一回しか説明しねえ。パラシュートの開け方をよく聞いておけ!」 

 

 男たちは皆、何も考えることはできなかった。

 

「俺様のレクチャーに酔いな」

 

 ライセンスもない素人が一人で飛ぶのか? そんな当たり前の疑問すら、関係ないとばかりに跡部は男たちを先導する。

 そして、

 

「こちら軍事研。航空部、応答せよ! 奴ら、何かやろうとしている!」

「こちら航空部。確認した。奴ら、飛行機の扉を開けているぞ! 何をする気・・・まさか!?」

 

 その瞬間、麻帆良自慢の航空部隊は見た。

 テニスラケットを持った男たちが次々と飛行機から飛び降りていく光景を。 

 その瞬間、麻帆良学園都市各地に散らばる魔法先生・生徒たちの元に「謎の侵入者」の情報が駆け巡ったのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話『天使降臨』

なんか、別の作品を間違えて最初投稿していましたので、急ぎ訂正します。申し訳ないです。


 地獄の攻防が繰り広げられていた。

 

「神鳴流庭球術・百花繚乱打ち!」

 

 一瞬その花びらが舞い散るような光景に目を奪われるも、その花びらの一つ一つが肉体を切り刻まんとする刃。

 無数の剣閃に囲まれるように打たれたボールに対し、切原は刃の一つ一つを器用に回避していった。

 

「ひゃはははははははははははははははははははは! なんすか、このちゃっちい風は!」

「ほお、反応速度が上がりましたな」

 

 悪魔化した切原の反応速度は、もはや常人の域を遥かに超えていた。

 勿論、まともな戦闘能力で言えば、月詠やこの場にいるアスナたちよりは遥かに劣る。

 しかし、アスナたちは切原の動きよりも、むしろその異常性にゾッとしていた。

 

「ちょ、な、なんなのよ、切原くん、完全に壊れちゃってるみたいに。ねえ、ゲンイチロー!」

「目が充血して、肌が赤黒く、髪も白髪化・・・どうされたのですの? 彼は」

「魔法じゃない。気を使ったパワーアップじゃないね。言うなれば・・・・・天賦の才か?」

 

 龍宮が言った。天賦の才。その言葉に、真田は目を閉じて微妙な表情を浮かべた。

 

「確かに赤也はテニスのセンスや素質、そして強者を喰らおうという向上心に加え、常人を遥かに上回る集中力を持っている。それこそ奴の才能とも言える。しかし、今の悪魔化は・・・・・そのあまりにも高い向上心から、やがてどのような手段を使ってでも相手を倒そう・・・例え相手を傷つけても勝利しようという意思へと繋がり、向上心と集中力という二つの才が歪み果てた先の境地だ」

 

 立海大テニス部に入部し、中学最強を目指して邁進してきた切原赤也。

 しかし、その野望は入部直後に打ち砕かれる。

 同じ部内に、彼が逆立ちしても勝つこともできない化物が居たからだ。

 真田弦一郎もその一人。

 いつか倒す。必ず倒す。どんな手段を使ってでも。たとえ、相手を殺してでも・・・

 

「ひゃははははは、ヒャーハッハッハッハッハッハッハ! ぶっ潰す!」

「くくく、あははは、ふふふふふふふふふふふふふふふ! ええですわ、ええですえ! なんや、そんな顔できるんやないですかい。少しだけ、興味出てきましたわ!」

「レッド・ショート・スネーク!」

「ほ〜、パワーもスピードも飛躍的に上がってますな。ええですな〜、もうちょっとギア上げてきましょか?」

 

 切原赤也の悪魔化は決して魔法ではない。

 壊れたような思考の下で繰り出されるラフプレーは、一見ただの暴力的にも見えるが、攻められれば的確なディフェンスとカウンターで相手を切り崩し、相手を打ち砕く。

 それは極限の集中力の中で、常にプレーをしていることの現れ。絶対に負けられないという意思とプレッシャーで、白髪化してしまうほどに。

 そして、赤黒くなった肌もそう。

 

「あれは、自力で血流を加速させているのだ。言ってみれば薬を使わぬドーピングのようなもので、肌が赤黒く変化している」

「ちょっと待ちな、真田って言ったね。もしそれが本当だとしたら・・・・・・心臓が張り裂けるほどの高血圧と高負荷がかかる。それは・・・」

「龍宮と言ったな。察しの通りだ。悪魔化は諸刃の剣。肉体と脳に多大な影響を及ぼし、結果、寿命を縮める結果になるであろう」

 

 その言葉を聞いて、アスナとあやかは一瞬呆然としてしまったが、アスナはすぐに真田の胸ぐらを掴んだ。

 

「ちょっと、ゲンイチロー! そこまで分かっているなら、なんで止めないのよ! なんでやめさせないのよ! あんた、あいつの先輩なんでしょ!? つまりあいつ、ゴム人間じゃないのに、ギアセカンドやってるようなものなんでしょ!?」

 

 だが、真田は真っ直ぐ切原のプレーを見ながら答えた。

 

「赤也が自分で選んだ道だ」

「は、はあ?」

「命を懸けてでも超えたい者が居る。そう願ってあいつが手にしたものだ」

 

 意味がわからない。たかがテニスだろ? 寿命が縮まる? こいつら馬鹿なんじゃないのか?

 

「あんたは・・・あんたってやつは・・・」

 

 心無い真田の言葉に、アスナはショックを受けていた。

 面白いやつらだと思っていた。結構気に入っていた。

 それなのに、この冷たい言葉に失望していた。

 今すぐにでも真田を殴ってやりたいとすら思った。

 だが、その時、思い出した。

 

「なんでよ・・・・・・・」

「神楽坂?」

「なんで・・・・なんで・・・ネギの顔がチラつくのよ・・・・・・・・」

「ネギ? お前たちの担任か?」

 

 アスナは、今この場に居ない一人の少年のことを思い出していた。

 

「あいつは・・・力が欲しいって・・・そのために、命を縮めるかもしれない闇の魔法・・・なんでよ、なんであんたらは、なんなのよ!」

 

 アスナは自分でも何が言いたいのか整理できていなかった。

 だが、これだけは分かった。

 どうしても、真田を殴ることができないと。

 全く理解できない連中なのに、何故か、自分がいつも後押ししてきた少年の顔がチラついたからだ。

 

「さあ、真っ赤に染まってくれよなー!」

 

 その時だった。切原が仕掛けた。

 

「ッ!?」

 

 ネット際にボールを落とし、月詠が前へと出た瞬間、自身に流れる血を飛ばして、月詠のメガネにかけた。

 一瞬だけだが視界を奪われた月詠。だが、その一瞬で十分。

 

「隙みっけ。ヒャーーーーーーーーーーハッハッハッハッハッハ!」

「あっ・・・・・・」

 

 近距離から月詠の顔面めがけて渾身の一撃。

 

――――ナパーム!

 

 切原赤也がこれまで幾多の選手を葬ってきた殺人ショット。

 それこそ相手を殺す気で打つショットを、迷いなく女の顔面めがけて切原は打ったのだった。

 

「神鳴流・斬魔打ち・弍のショット」

 

 しかし・・・・・・

 

「なるほど・・・・・・殺す覚悟はあるようですな」

 

 月詠は滅んでいなかった。

 

「ッ!?」

 

 それどころか、血の付いたメガネを拭きながら機嫌よさそうに笑っていた。

 

「雑魚であれ、本気の殺意はエエもんでしたわ。退屈しのぎにはなりましたわ♪」

 

 そして、聞こえてくる。

 

「うぐ、が、は、あ、が・・・・・・・・・・・・・」

 

 悪魔のうめき声が。

 ヨロヨロとフラつく悪魔は、やがて嗚咽し、そしてついにはその真下に、大量の血を吐き出した。

 

「いっ!?」

「なっ! い、いやあああああ!」

「赤也!」

「切原くん!」

「あの、ガキ!」

「なんてことだい!」

 

 そう、ダメージを受けていたのは切原の方。

 切原は大量の血を吐き出し、奇声を上げてのたうちまわった。

 

「うがああああ、ぐあ、アガアアアアアアアアアアアアア!」

 

 一体何が起こった? 攻撃したのは、切原の方だ。

 本当は、月詠がこうなってもおかしくなかったはずである。

 しかし、現実は、大ダメージを受けたのは切原の方だった。

 

「ボールとプレーヤーを包み込んだ悪しき魔を消滅させる力。悪意に包まれたボールを無効化して打ち返し、同時にあんた自身を覆っていた悪しきものを切り裂きました。ほんまは霊体相手にするときに、人間を傷つけずに背後の魔を断つために使われるんやけど、まあ、テニスで打ったら多少の物理的ダメージがあったようですな〜」

 

 カウンターショット。月詠は視界奪われたことすら何ともなかった。

 視界を奪われる展開などいくらでも経験してきた。

 そんな彼女に、身を投げ出すほどの渾身ショットを無闇に放てば、その打った直後は隙だらけ。

 

「悪魔化? それがどうしましたか? 魔を狩り取る神鳴流の敵ではありませんえ」

 

 メガネのレンズに、目潰しで浴びせられた切原の血を、月詠は舌で舐め取りながら言う。

 その狂気のように恍惚とした笑みは、見るもの全てに同じ印象を与えた。

 

 ―――お前の方が、悪魔だ

 

 と。

 

「赤也くん!」

 

 耐え切れずに駆け寄る一人の女生徒。それは、那波千鶴だった。

 彼女は、まるで傷だらけの我が子に駆け寄る母親のような血相で、倒れる赤也に触れようとした。

 だが、

 

「来るんじゃねええええええ!」

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 激痛に苦しんでいた切原が、立ち上がった。

 

「く、くるんじゃ、ねえ・・・・こ、ここで、第三者が俺に手を差し伸べたら、反則になっちまう・・・・・」

 

 この後に及んで、こいつは何を言ってるんだ?

 そのあまりにもバカみたいな言葉に、千鶴どころか、アスナたちも一瞬呆けてしまった。

 

「俺は・・・まだ・・・やれる・・・・・・」

 

 だが、それでも切原は立ち上がった。

 止まることのない血を流し続け、自身の体が真っ赤に染まろうとも、その眼光は死んでいなかった。

 

「先輩たちが卒業するまでに・・・あの三人の化物を倒して・・・来年、立海の王座を取り戻すこの俺が・・・・・・負けるかよォォォォ! それを妨げるテメエは、ぶっ潰す!」

 

 悪魔は死なず。更なる憎悪という負の感情を纏い、殺し合いをやめない。

 

「バ、バカじゃないの、あんた! もう、それどころじゃないでしょ!」

 

 アスナの言葉。百も承知だ。

 しかし、悪魔は人間の言葉に耳を貸さない。

 そんな切原に、千鶴は悲しそうな表情を浮かべて訪ねた。

 

「赤也くん・・・・」

「あ゛?」

 

 それは、制止の言葉でも、非難の言葉ではなく、千鶴の一つの問いかけだった。

 

「テニスは楽しいですか?」

「・・・・・・・・・・・・・・はっ?」

 

 その問に、切原は一瞬呆けてしまい、だが、返答することができなかった。

 

「ッ、・・・だから・・・んなのどうだっていいっしょ!」

「赤也くん!」

「邪魔すんじゃえね! ヒャハハハハハハハハハハ! 潰す潰す潰す! 真っ赤に染めてやるァ!」

 

 赤也は千鶴に背を向け、悪魔化を継続したまま、ボールが潰れるほど強く握りしめてトスを上げる。

 その動作に、真田たちが気づいた。

 

「あれは、ナックルサーブか!」

 

ナックルサーブ。切原赤也の必殺サーブの一つ。

 

「ひゃははははは! このサーブはどこに跳ねるか分からねえ! 俺、以外はな!」

 

 不規則な動きを見せて月詠に・・・・

 

「どこに跳ねるかわからないと言いながらも、結局顔面狙う当たり、芸がないですな」

 

 月詠はライジングで難なくリターンエース・・・いや、サーブを打った直後の切原の膝を目掛けて鋭いショットをぶつけた。

 

「ぐああああああああああああ!」

「ふふ、男が膝の皿にヒビ入った程度で、そないに痛がるのは情けないですえ」

 

 もう、テニスでも、殺し合いでもない。

 ただの嬲り殺しだ。

 それほどまでに、両者の力の差は歴然だった。

 

「くっ、ぐ、く、そ、つ、つぶ、す」

 

 だが、それでも切原が死なずに立ち上がるからこそ、ゲームは終わらない。

 そして、月詠もまた、切原が気を失わない程度の痛みを与えて弄んでいたからでもある。

 しかし、それもそろそろ飽きてきたのか、月詠も締めに入ろうとしていた。

 

「ふふふふふふふ、まあ、そこそこ楽しめましたわ」

「な・・・なめんじゃねえ! まだ、試合は終わってねえ」

「ええ、ですから、終わらせますわ」

 

 ユラリと二本のラケットを鞘に収めるような態勢で、月詠は静かに構えた。

 その静けさは、まるでさざ波ひとつ立たない水面のような静けさ。

 

「冥土の土産に見せてあげますえ。別次元のテニスを」

 

 その異常なまでの佇まいに、真田弦一郎はゾッとした。

 

「い、いかん! あの娘、幻視の人斬りテニスを繰り出す気だ!」

「はあ? なによ、それ! 一体、何をやろうってのよ!?」

 

 次の瞬間、切原赤也は目を疑った。

 放たれたボールがまるで刃のように繰り出され、自分の四肢を切断した。

 

「ひっ、い、ぐ、あああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 いや、実際には切断されていない。

 ただ、月詠の鋭いショットを刃と錯覚し、その鋭さがまるで自分の手足を斬ったと錯覚してしまったのだ。

 

「赤也! 心を保て! それは狂気が見せる幻に過ぎん!」

 

 真田が叫ぶが、冷静でいられるはずがない。

 

「い、言わんこっちゃないわ! 龍宮さん、私たちで止めるわよ!」

「ああ、この試合はこれまでだ!」

「加勢しますよ、真名さん!」

「あのメガネ、調子こきやがって!

 

 テニスをしているだけで、何故、両手足が切り取られる?

 なぜ、首が跳ね飛ばされる?

 もはや、何が嘘で何が現実かも分からず、ただ、切原は真っ暗な世界の中で恐怖に怯えていた。

 

(なんで、なんで、俺が、こんなことに・・・・・・)

 

 もはや、目も潰された。全身がズタズタに切り裂かれた。

 意識だけの世界。自分は死んでしまったのか?

 何も分からず、ただ、恐怖だけが切原を襲った。

 

 

 ―――切原テメェ! なんて卑怯なことを!

 

―――ひどい、なんでこんなことを!

 

 ―――橘さん! よくも、よくも橘さんを!

 

 

 その時、切原の脳裏に走馬灯のように、怨念のような声が響き渡った。

 それは、かつて自分が傷つけてきた選手たちやそのチームメイトからの非難の声。

 そんなもん、何ともなかった。くだらないと思った。

 だが、今は違う。

 

(お、俺も潰される・・・殺される・・・今まで俺がやってきたみたいに・・・・俺も! こんな気持ちだったのか? 俺が潰してきた奴らは、みんな・・・・)

 

 こんな気持ちだったのか? 潰される恐怖というものは。

 

(そんな、くそ、くそ、なんで・・・・なんで俺が・・・・なんで俺はこんなことを・・・)

 

 今になって後悔がよみがえる。

 何故、自分はこんなテニスをしてしまったのか?

 それは、どんな手段をとっても勝ちたいと思うようになったからだ。

 なら、何故自分は勝ちたいと思った?

 

「ふふ、ゲーム、5―0。チェンジコートですえ、ワカメくん。まあ、そこから立ち上がることが出来たらの話ですが」

 

 その時、切原はハッとなった。

 気づけば天井を見上げていた。

 自分は、まだ生きている? 切断されたと思った四肢や首はつながっているが、感覚がない。

 

「切原くん!」

 

 虫の息で倒れる切原に、アスナが駆け寄ろうとした。

 だが、その時、月詠は笑みを浮かべた。

 

「ええんですかえ? お姫様」

「はあ? どういうことよ!」

「今、彼に手を触れたら、その時点で彼は失格になりますえ? それを分かってのことですかえ?」

 

 この状況下、そのあまりにもズレた言葉に、アスナはとうとう怒りが爆発した。

 

「ふっざけんじゃないわよ! こんな状況で失格もクソもないでしょ! 今すぐあんたをとっ捕まえてやるんだから!」

 

 今すぐにでも食ってかかりそうな形相で、その手に巨大な剣を携えていた。

 だが、

 

「待たんかー! 神楽坂アスナ!」

「ッ、ゲ、ゲンイチロー!?」

 

 真田がアスナの手を掴んだ。

 

「は、離しなさいよ、ゲンイチロー! そもそも、あんたが止めないから、こんなことになったんでしょ!」

「たわけ、落ち着かんか。あの娘はテニスのルール内で戦ったに過ぎん。相手の体にボールをぶつけてはならんというルールもない。お互い様だ」

「ちょっ・・・あんた・・・・・なにを・・・・何を言ってんのよ」

「そして何よりも、赤也が本物になるかの瀬戸際だ。邪魔をするな」

 

 その時、これまで一歩も動くことのなかった真田が、前へ出て、虫の息で倒れる切原に告げる。

 

「赤也。己の限界が見えたか?」

 

 浴びせるのは、声援でも、制止でもない。

 厳しい現実の言葉。

 

「俺や、柳や、幸村だけではないだろう。強いのは」

「ッ!?」

「手塚や跡部、不二、越前、全国には、世界には更なる猛者が居る。今日のようにな。殿上人知らずの世界には、お前以上の狂気すらも存在する。しかし、限界も立ちはだかる壁も越えるためにあるものだ」

「真田・・・ふく・・・ぶちょう・・・」

 

 遠ざかりそうな意識の中で、真田の声だけが切原の頭の中に響いた。

 キリがないほどの天井知らずの世界。

 そんな怪物ばかりの世界に、どうして自分は居るのかと。

 

「赤也。お前は、何のためにここにいる?」

 

 今まさに、自身に問いかけたことを、真田も告げた。

 何故、自分はここに居るのだろうと。

 

(なんで、俺がここに・・・・)

 

 その時だった。

 

「赤也くん・・・・」

 

 薄れゆく意識の中、千鶴の声を聞き、赤也は一つ思い出したことがある。

 それは、千鶴と初めて会った直後に言われた言葉。

 

 ――テニスはスポーツ。スポーツを憎しみの生み出す道具にしてはいけませんわ

 

 聖母のような温かい光の中で、千鶴は言った。

 

 ――赤也くん、テニスは楽しいですか?

 

 その言葉だけが何故かチラつき、気づけば切原は立ち上がっていた。

 

「切原くん!」

「赤也くん!」

 

 立った? でも、立ってどうする気だ?

 一体何ができるんだ?

 切原が何をやったところで、月詠にはダメージ一つ与えられないというのに。

 しかし、立ち上がった切原の様子は、何か少し違っていた。

 それを実際に感じ取ったのは、ほかならぬ対峙していた月詠であった。

 

「ほ〜、なかなかしぶといですな。死ぬまでやるというなら、それもよろしいでしょう。ほな、終わらせましょか」

 

 トドメ。

 月詠がふらついている切原目掛けてサーブを放つ。

 だが、ずっとうつむいていた切原が顔を上げ、ラケットを振りかぶって渾身のリターンをクロスに放った。

 

「ほう、まだこないな力がありましたか。ですが、これではウチは・・・・・・ッ!?」

 

 それは、たった一度の月詠の油断。

 切原の打ったボールはただのクロスボールではなかった。

 バウンドした瞬間、高速回転をしながら、月詠から遠ざかるように死角へと飛んだ。

 

「な、い、今のは・・・・・・・」

 

 誰もが目を奪われた、完全なるリターンエースだった。

 だが、驚いたのは、切原がまだ奥の手のショットを残していたことではない。

 

 

「・・・・・・ファントムボール・・・・」

 

 

 己の必殺ショットの名を告げる切原は悪魔の姿から人間に戻っていた。

 その瞳も充血していなかった。

 

「ぼ、ボールが消えた!? ファントムって、なによ!?」

「驚きましたね。あの切原くんが・・・・こんな技を・・・・・相手の体を目掛けて打っていた彼が・・・・」

「あの野郎。相手の体から遠ざかるボールを打ちやがった。今のは俺でも反応できなかった」

 

 同じテニス選手の木手や亜久津ですら感嘆する、見事なショットを放った切原。

 切原は自分でも少し戸惑った表情を見せながらも、どこか感念したように、千鶴に振り返った。

 

「千鶴さん・・・・俺、言ったっすよね。俺のテニスは最強を目指すテニスだ。邪魔する奴は、全部真っ赤な血に染めて潰す。それが俺のテニスだって」

「赤也くん・・・」

「でも、なんで俺が最強目指してんのか言ってなかったすよね・・・・・・それは・・・負けるのが嫌だったからっすよ・・・・テニスで・・・・」

 

 なら、なんでテニスで負けるのが嫌だったのか?

 簡単だ。テニスが好きだからだ。

 

「テニスが・・・俺にはテニスしかないっすから・・・だって、俺・・・テニス・・・好きっすから」

 

 なら、なんでテニスが好きなのか?

 簡単なこと。

 

「やっぱ、テニスは楽しいっすよ、千鶴さん」

 

 それは、まるで子供が初めてテニスラケットをもって、目を輝かせてワクワクしているような表情に見える。

 先ほどの残虐性などまるで消え失せ、純粋無垢な子供のような笑顔。

 

「な、なんや・・・・・・なんや、その笑顔は! つまらん! つまらんですえ!」

 

 血みどろの狂気のぶつけ合いに興奮していた月詠には、その興奮を冷めさせるほどの怒りがこみ上げてきた。

 その笑顔を再び苦痛に歪めてやろうと、月詠は切原の顔面めがけて強烈なストロークを放つ。

 だが、

 

「おお、こえーこえー、このスリル、たまんねえっすね♪」

 

 切原はそのボールに対して怒りをこみ上げることなく、片足のスプリットステップで対応し、返球した。

 ジェットコースターのようなアトラクションを無邪気に楽しむような笑顔を見せて。

 

「な、なんやて!?」

 

 切原の動きが明らかに変わった。

 コートの中をはしゃぐ様に走り回るその姿は、見ている者たちは気づけば微笑ましそうに温かい眼差しを送っていた。

 

「切原くん・・・どうしちゃったの? なんで、急に?」

「ああ、それに・・・・」

「まあ、まあ、まあ!」

「赤也くん・・・とても楽しそうね」

 

 そう、月詠の殺人ショットすら楽しそうに打ち返す赤也。

 真田は拳を強く握った。

 

「赤也・・・本当にお前には驚かされる。どうやら、進化したようだな。悪魔の心が浄化され、純真無垢な心を取り戻し、疲れや痛みも忘れてただ楽しむ。それは、まるで天真爛漫」

 

 その瞬間、ラリーを続けていた切原の全身が眩いばかりのオーラに包まれて発光した。

 髪が逆立ち、全身に輝く光を纏った切原の姿はまるで・・・

 

「赤也くん・・・・綺麗・・・・まるで翼が生えているみたい・・・・」

 

 輝くオーラを翼と化し、自由に動き回る。

 疲れも痛みもない。そこにあるのは、テニスに対する純粋な気持ちだけ。

 

「俺ですらたどり着けなかった境地。『天衣無縫の極み』・・・・・・いや、今のお前がたどり着いた境地は・・・・・・『天使爛漫の極み』!」

 

 地獄を突き抜けて、切原は天界の扉を開いた。

 天使の光と白い翼が、真っ赤に染まったテニスコートを浄化していった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話『きれいな赤也くん』

 進化を止めることは不可能。

 

「神鳴流・拡散斬魔閃ショット!」

 

 ポイントもクソもない。

 狂気に飲み込まれた月詠から放たれた幾重もの光線。

 しかし、赤也は臆すことなく、オーラで形作られた翼を羽ばたかせた。

 すると、天使の翼が巻き起こす風が、月詠の放った光線を全てかき消し、ボールの効力を無効化した。

 

「いくぜ! エンジェル・ファントムボール!」

「そ、そないなことが!?」

 

 全ての気を天使の光に払い落とされてむき出しになったボールを打ち返す赤也。

 この現実に、初めて月詠が狼狽えた。

 

「すごい、赤也くん、綺麗! なんて楽しそうなんでしょう! かっこいいです、赤也くん!」

 

 先程までの凄惨な光景から一転して、見るものを暖かくする天使のテニスを繰り出す切原。

 千鶴は両手を上げて飛び跳ねながら、切原を絶賛し、その声に切原も照れくさそうにしながら笑顔を向けた。

 

「赤也くん、あなたの言うとおり、テニスはとても楽しそうです。今度、私にテニスを教えてください」

「ええ、いいっすよ。お安い御用っすよ。千鶴さんのクラスメートたちも、みんな筋がいいっすからね、みんなでテニスやりましょうよ」

 

 爽やかでキラキラスマイルで微笑む切原赤也。

 彼を前から知る者は、誰もが言う。「あれは本当に切原か?」と。

 

「神様は、この世にテニスっつう最高のスポーツを与えてくれた。そう、テニスがあれば戦争なんていらねえ。争いをするならテニスをやりゃいいんだ。ラケットとボールとコートがあれば、無限に人との繋がりが広がっていくんすから! テニスこそが、人と人とをつなぐ世界共通のコミュニケーションなんだ!」

 

 いや、あれ、マジで切原じゃねえだろ! 比嘉中メンバーと亜久津はもはや白目むいて卒倒しそうだった。

 

「げ、ゲンイチロー、どうなってんの? あいつ、もはや大空翼くんみたいになってんだけど!?」

「ふっ、赤也が進化したのだ」

「だから、その進化が何かもう、マインドコントロールされたみたいに人が変わってるって言ってんのよ! きれいなジャイアンみたいよ! つか、なによ! 天使の羽とか、あんなのテニス界ではあることなの!?」

 

 どこからツッコメばいいのか分からず、真田に頼ってしまうアスナだが、真田は腕組んだまま冷静に現状を分析していた。

 

「赤也の天使の翼・・・あれは恐らく莫大な無我のオーラのようなものが溢れ出し、それが具現化されているのだろう。そしてその翼は、羽ばたかせて生み出した風で相手の必殺ショットを無効化し、カウンターを打つ。コートを血に染めた赤也が、血を一滴も流させぬ戦いをするとはな・・・・・・」

「だから、それ、説明になってねーって言ってんのよ!」

「勝て、赤也! そして失った立海の王座をお前が来年取り戻すんだ!」

 

 切原が月詠に痛めつけられていた時も、決して止めようとせずに厳しい表情で見守っていた真田が、初めて後輩の成長した姿を見て嬉しそうに笑った。

 切原ならきっと乗り越えられる。そう信じていたからだ。

 

「でも、アスナさん、確かに切原さん・・・楽しそうですわ」

「ああ、何だか見ているだけで、私までテニスをしたくなってきたよ」

 

 細かい説明が全然できていないが、今の切原を見ているとそれもどうでもいいとすら感じてきてしまい、委員長や龍宮も、ただ純粋に試合を楽しんで見ていた。

 数分前の光景が嘘のように、ギャラリーも目を輝かせていた。

 たったひとりを除いて・・・

 

「認めへん認めへん認めへん! 何が天使のテニスや! そないなもん、生ぬるい虚仮ですえ!」

 

 月詠だ。

 打つ技全てが天使の羽の前に無効化され、あれから何本もポイントを取られていき、形勢はすっかり逆転してしまった。

 しかし、それでも切原のテニスを否定し続け、ただ殺意を込めて何本もショットを打ち続ける。

 

「テニスとは、ネットを挟んだ殺し合い。ボールとラケットを用いた殺人スポーツのはずや! コートにあるのは血と憎しみのみ! こないな、爽やかな偽物テニスに負けるわけあらへん!」

 

 認めない。こんなものがテニスだとは認めないと強烈なショットを無我夢中で打ち続ける月詠に、もはや達人の冷静さや落ち着きは見られない。

 取り乱した小娘のテニスだ。

 しかし、そんな取り乱した娘に、天使は優しく微笑む。

 

「あんたのテニスは、洗練されていて、ほんとキレーだぜ」

「ッ!?」

 

 それは、これまで殺意と憎悪をむき出しにしていた少年から送る、素直な賛辞の言葉だった。

 

「エンジェル・ファントムボール!」

 

 手を伸ばしても、まるで幻のように消え失せる。後に残るのは美しい羽のみ。

 切原の鋭いクロスボールに対し、月詠は反応してラケットを振りぬこうとするも、ボールは予想もしないバウンドで死角へと消えて捕らえられなかった。

 

「ぐっ、あ、あかん・・・回転が鋭すぎて捉えられんですな〜・・・・」

 

 天使爛漫の極みに達した切原はここぞとばかりにキレのある天使のボールでエースを取る。

 悪魔化していた時は、どれだけ月詠に渾身の力を込めたショットを放ってもいなされていたのに対し、逆に体から遠ざかるショットを打ち出したら面白いようにポイントが積み重なっていた。

 

「エンジェル・ファントムボール・・・・・・素晴らしいショットですね〜。真田くん、あのショットの原理はご存知で?」

 

 月詠をキリキリ舞いにさせる切原の新技を前に、木手が真田に尋ねると、真田は「無論だ」と言って解説を始めた。

 

 

「あれは、打ち際に高速のサイドスピンをかけ、相手の対角線にクロスボールを打ち込む。反射的にプレーヤーがクロスに走り込むも、ボールはバウンドと同時に高速で逆に跳ねる。原理を言ってしまえばそれまでだが、対峙しているあの娘からしてみれば、一瞬視界から消えたように感じるということだ」

 

「「「「いや、ショットの原理じゃなくて、天使化の原理は説明してくんないの?」」」」

 

 

 麻帆良生徒たちのツッコミは無視して、なるほどと木手は頷いた。確かに言ってみれば簡単な原理ではある。

 しかし、単純だからこそ、効果的ということもある。

 

「亜久津仁よ。お前は赤也のエンジェル・ファントムボールをどうやって返す?」

「あ゛? ・・・・・・・ふん、まあ、あんだけの回転とバウンドだ。まずは何本か見て角度を見極めねえとな」

 

 それは、プライドの高い亜久津ですら、初見では返せないと言っているようなものでもある。

 死角へと消える幻影を掴むには、その消えるタイミングと角度を見極めることが重要である。

 だが、そこは月詠も承知の上。

 一見、取り乱したように見えても、ちゃんと何度も打たれたエンジェル・ファントムをしっかりと分析していた。

 

(ふっ・・・・・・もう、角度は見切りましたえ。剣士に同じ技を何度も見せるのは、天使どころかサルのやることですえ?)

 

 小さくほくそ笑む月詠。そして、反撃のタイミングを伺う。

 

「ほれ!」

「おっ、まだまだショットにキレがある。さすがじゃねえか!」

「くくくく、その余裕はすぐに消し去ってみせますわ。その天使の羽をもぎ取り地へと落とす! ほな、打ってみなはれ!」

 

お前の必殺ショットを打ってみろ。そう挑発する月詠のリクエストに、切原はスマイルで答える。

 

「OK! じゃあ、いくぜ! エンジェル・ファントム!」

「ここや!」

 

 月詠が飛ぶ。切原のショットのバウンドの方角を先読みして。

 だが・・・・

 

「ッ!?」

 

 ボールは、ただのクロスボール。

 エンジェル・ファントムのバウンドをしなかった。

 

「な、こ、これは・・・ま、曲がらない・・・・」

「へへ」

「ッ・・・フェイント・・・くっ、お、おちょくってくれますな〜」

 

 ただのクロスボール。しかし、月詠にはそれだけには見えなかった。

 無邪気に笑う切原を見て、思わず呟いてしまった・・・

 

「天使のイタズラ・・・・ちゅうやつですかい・・・・」

 

 同じフォームから繰り出し、しかしそのショットの球種を読み取ることができない。

 たとえ、エンジェル・ファントムの軌道を見切ったと思っても、そのボールはフェイントを織り交ぜることで弱点を解消。

 そして何よりも・・・

 

「ほら、もっといくぜ!」

「もう、もう騙されませんえ! 今度こそ、見切ってみせますわ!」

 

 再び、切原のエンジェル・ファントム。今度こそ本物だと確信した月詠は、これまで打たれたショットのバウンドから軌道を読み切りジャンプ。

 しかし、そのバウンドは月詠の想像していた角度とは違う方角へと跳ねた。

 

「なっ!?」

「へへ・・・・・・天使のイタズラに続き・・・・天使の気まぐれってやつかな?」

「・・・・・・・バウンドの角度もコントロールできるんですかい?」

 

 顔面を蒼白させる月詠。

 試合はもはや、完全に切原が支配していた。

 

「うわ・・・すご、切原くん。あの、月詠を完全に手玉に取ってるよ」

「ああ、スナイパーからしてみれば、厄介極まりないショットだね。的を絞れないんだから」

「ふふ、そうですわね」

「赤也くん、その調子です! 頑張って!」

 

 もはやここまでくれば、お見事と言うしかなかった。

 魔法世界の滅亡を左右させる戦いで、世界の脅威として立ちはだかった、世界最強クラスの剣士。

 その剣士を、ただのテニス部の中学生が、月詠に一滴の血も流させずに圧倒しているのである。

 この状況を、果たして大戦を知るものたちが見たらどう思うか?

 

「完全に一方的になってきましたね〜、しかし妙ですね。切原くんの動きが活発になったものの、ショットの威力や身体能力はあの女性の方が上。特に彼女の体の使い方は、我ら沖縄武術家が唸るほどのものです。それが、なぜこうも急に差が?」

「木手永四郎、確かにお前の言うとおりだ。だが、今の赤也はただ単純にパワーやスピードや反応速度が飛躍的に向上しただけではない。進化し、なお成長しているのだ」

「進化し・・・成長・・・?」

「テニスにおいて、ボールのスピード、タイミング、高さ、回転数、角度、それは毎回違う。それは、真の意味でまったく同じショットというものは二度と打てないということだ。よって、テニスの練習とは同じ様なショットを反復して練習するのも大事だが、重要なのは、どのコースやスピードや変化にも対応できるようにすることだ。周囲を完全に警戒して待ち構え、ボールが来れば反応し、そうすれば返せないボールはない。しかし、今の赤也相手には、それができないのだ。なぜなら・・・・ボールが来ても反応できないからだ」

 

 月詠が動く。これまでのラリーやショットの中から想定した切原のショットを予測して待ち構える。

 しかし、そのボールは月詠が予想していたのとは全く別の角度へと飛んだ。

 

「己の想定を完全に外れたスピードとコースには、反応することができない。どれだけ反応速度や身体能力が優れていても、反応することすらできなければ、対応できんのだ」

 

 切原自身も自分の変化に気づいていた。だが、そんなことは気にならなかった。

 目の前の感覚や視界に、それどころではなかった。

 

(ああ、すげ・・・ボールが遅く感じる・・・相手の考えや動きが手に取るように分かるから、フェイントも入れられるし・・・・ガキの頃、初めてテニスラケットを持ってから、数え切れないほど打って来たショットの全てが俺の頭の中に・・・・ああ・・・楽しいぜ・・・・ちくしょう、楽しすぎるぜ・・・・テニス!)

 

 千鶴に対してハッキリと告げたテニスへの思い。

 正直、今更という気もしないでもなかったが、自分のテニスの思いに対する気持ちを再確認したことから、ふっきれた。

 もう、ボールを追いかけて打つのが楽しくて仕方なかった。

 

「はあ、はあ、はあ、あかん・・・・・・・なんでや・・・ウチよりも遥かに劣る力なのに・・・打たれたら全く返せる気がせえへん・・・・」

 

 月詠が息を切らし始めた。それは疲労からくるものではなく、精神的なもの。

 

「ねえ、ゲンイチロー、月詠が・・・なんか・・・すごい、探り探りっていうか・・・萎縮してるように見えるよ」

「ああ。あの女は今、どこに打っても打ち返され、どこに打たれても返せないことから、しだいにそのイメージが頭にこびりつき、イップスに近い感覚に陥っているのだろう」

「いっぷす?」

「幸村に近いテニスだ・・・いや、それ以上か・・・・ふっ、天使がたどり着くのは神の子のさらに先の領域か・・・・・行け、赤也! この大空をどこまでも羽ばたくが良い! 天の頂きへと飛び立て!」

 

 強く、美しく、そして楽しそう。

 対戦相手からしてみれば、これほど屈辱的なことはない。

 そして、月詠はもはや覚悟を決めた。それは、どんな手段を使ってでも勝つことを。

 

「・・・・・もう、ええですわ・・・ワカメくん・・・・」

「おっ?」

「もう、これはただの殺し合いやない・・・・・・テニスの最終的な姿・・・・それは虐殺や!」

 

 次の瞬間、月詠は二本のラケットを放り投げ、代わりにどこから取り出したのか、一本の真っ黒いラケットを取り出した。

 今更ラケットを変える?

 

「黒いウッドラケット?」

 

 だが、そのラケットはただのラケットではない。

 禍々しい黒い瘴気のようなものが溢れ出ていた。

 

「『妖刀ひな』と同種。『妖庭球具らぶてに』や。あんさんを葬り去るウチの奥の手や!」

 

 闇の瘴気が月詠に吸い取られていく。肌と瞳が漆黒に染まり、魔に身を委ねた怪物が現れた。

 

「いかん! 妖具だ! あの女、闇と魔の融合で力を増幅している!」

「ちょっ、龍宮さん、それってまずいんじゃ!」

「まずいどころではない! 全員、この場から離れろ! 出来るだけ遠くに逃げるんだ! この食堂塔が・・・いや・・・麻帆良が廃墟になるぞ!」

 

 テニスの試合で、そんな忠告が飛び出るものか?

 しかし、クールビューティー龍宮は、真顔でこんな冗談は言わない。

 まさか、本当なのか? 木手たちの表情が青白く染まる。

 

「はあ! 黒打斬岩ショット!」

「う、お・・・こいつは、なんて威力だ!」

 

 漆黒のショットが切原に襲いかかる。

 切原はボールの回転をうまい具合にいなし、返球するが、腕の痺れ、何よりも両足が地面にめり込んでいた。

 

「赤也! あの、女。なんというたまらんショットだ!」

「切原くん!」

 

 しかし、試合は止まらない。

 赤也の天使化に対抗するように、深淵の魔の領域まで落ちた月詠の動きが一段とキレた。

 

「秘打・一瞬千打・黒打五月雨ショット!」

 

 疾さも威力も桁違い。

 なんと、月詠の打ったショットが衝撃波を生み出して地面を、床を、壁を、机や椅子を激しく飛ばした。

 

「赤也! 翼で己の身を守れ!」

 

 荒れ狂う衝撃の中で飛んだ真田の声を聞き、切原が己の身を天使の羽で包み込み、衝撃波から身を守る。

 同時に襲いかかる月詠の必殺ショットに正面から応える。

 

「うおおおおおおおおおお!」

「無駄や無駄や。そないなまやかしの羽など全てむしり取ってくれますわ! ああ、ああ〜! ああ! この瞬間や! 果実を摘み取る感覚! あんまり期待しとらんかったのに、百円ショップに売っとった果物が美味やったのと同じ感覚や! ああ、ああ! 心ゆくまで美味しくいただけましたわ! 楽しかったですわ!」

 

 狂喜乱舞する月詠。

 光と闇。相反する二つの力が交差する瞬間、切原は翼の中で小さく笑った。

 

「な、なんや・・・なんやその顔は! なんで絶望しないでんすかい!?」

 

 何故それでも笑う?

 その月詠の言葉に、切原は「お互い様だ」といった表情で・・・・

 

「俺も楽しかった。・・・・やっぱテニスって楽しいぜ」

「ッ!?」

 

 今の月詠は、溢れんばかりのラケットの闇を吸収することにより力を増幅させた。

 しかし、この攻防の中で、切原の放つ光に触れることで、真っ黒い深淵の世界の中に一筋の光が差し込んだのだ。

 どれだけ深く深く落ちようとも、その光は決して途切れない。

 

「やめ・・・そんな・・・そないな穢れのない瞳で・・・ウチを見んといてや! ウチは・・・こんなに・・・こんなに醜いんやから・・・」

「大丈夫だぜ。十字架はもう完成した!」

 

 切原の純粋無垢な瞳に写る自分が耐え切れず、月詠は錯乱したように頭を振る。

 だが、そんな月詠に天使は救いの手を差し伸べる。

 

「十字架・・・? むっ、あれは! 月詠の背後に!」

「切原くんがエンジェル・ファントムを打ってバウンドしたボールがそのまま壁に突き刺さり、十字架の形に!」

 

 壁にいくつものボールの穴ぼこで作られた十字架。

 それを見て、真田はハッとした。

 

「あれは! 全国大会準決勝で、名古屋星徳の留学生、リリアデント・クラウザーが、赤也を張り付けにした必殺ショット、サザンクロス!」

 

 対戦相手に捧げる十字の墓標。

 強烈で回避不能な分裂するホッピングショットを相手にぶつけ、十字架に張り付ける殺人ショット。

 しかし、天使が扱えば、それは殺人ショットではなく・・・

 

「いくぜ! ホーリークロス!」

 

 聖なる十字架として、相手に後光を照らす。

 

「よけ、きれへん・・・」

 

 よけきれない。そう感じた月詠が同時に感じたのは、暖かい光。

 まるで、天使の羽根に包まれて、抱擁を受けているような感覚。

 美しいと、暖かいと、心が安らぐと感じた。

 狂気こそが自分の最大の武器。しかしその狂気が薄れていく。

 

「あれは・・・ばかな・・・月詠の闇が浄化されていく・・・・・・」

 

 痛みはなかった。むしろ、安らいだ。

 聖十字に張り付けになった月詠の闇が全て払い落され、目を見開いた月詠の瞳はバトルジャンキーだった者とは打って変わり、幼い少女のような無垢な瞳だった。

 

「ウチは・・・なにをしてたんやろ・・・・これまで・・・ほんまに・・・」

 

 己の人生に後悔したように涙を流す月詠は、ただ嗚咽を漏らしていた。

 その姿を見て、切原はラケットを床に置き、張り付けになった月詠まで歩み寄り、その体を抱きしめた。

 

「ッ!?」

「・・・・・・また、いつでもテニスしようぜ」

 

 再戦の約束。そして、

 

「ゲームカウント5—5。でも、ゲームはこれまでだ。俺はこれ以上、試合はしねえ」

 

 相手がギブアップするか戦闘不能になるまで試合を続ける切原の口から、試合の中止を申し出た。

 

「赤也、お前らしくもない。試合を途中で放棄して勝利を捨てるとは」

「すんませんっす、真田副部長。俺はもう、こいつとこれ以上はできねーっす。それに、勝敗以上に大事なことってのも、あると思うんすよ」

 

 目をキラキラさせて、相手を気遣う様子を見せながら告げた切原の言葉に、真田は複雑な表情を浮かべた。

 

「まったく、天使化にも弱点があったか・・・・テニスを楽しむあまりに、勝敗に執着がなくなるか」

 

 だが、たまにはこういうのも良いだろうと、真田も渋々頷いた。

 

「わか・・・め・・・くん・・・・・ッ、う、ううう!」

 

 月詠は自分自身の涙の意味を理解できなかった。

 だが、一つだけ分かったことがある。

 もう、自分は、この切原赤也に夢中になってしまったと。

 この男との次のテニスが、刹那と剣を交える時以上の楽しみになってしまった。

 そして、誓う。

 

「わかめくん・・・いや・・・赤也はん」

「ああ」

「ウチ・・・しつこいですえ・・・もう、ずーーーーーっと、付きまといますえ」

「ああ。望むところだ。いつでもかかってきやがれ」

 

 天使のスマイルに、月詠は、顔を赤らめて思春期の女性らしい可愛らしい笑顔で頷き返したのだった。

 

「す、すごい、すごいよ、切原くん! これ、引き分けとかもうどうでもいいよ! あの月詠相手に!」

「ああ、お見事としか言いようがないね。魔を払うショットなんて、見たことも聞いたこともないよ」

「最初はどうなるかと思いましたが、テニスとは何とも美しいスポーツなのでしょう! 私、感動で涙が止まりませんわ!」

 

 途中、あまりの凄惨さに何度も止めようとしたり、言葉を失っていたギャラリーたちも気づけば二人に惜しみない拍手を

送っていた。

 そして、

 

「赤也くん、お疲れ様です」

「千鶴さん・・」

 

 赤也覚醒のきっかけとなった千鶴が、暖かい笑顔で迎える。

 千鶴に対して赤也は、姿勢を正して、立海メンバーでもあまり見れないビシッとした赤也の礼を見た。

 

「ありがとうございました! 千鶴さんのおかげで、俺、テニスがもっと好きになったっす!」

 

 その礼に対して、千鶴は、赤也をやさしく抱きしめた。

 

「赤也くんは、とっても強くてカッコよかったです」

「ッ・・・・・」

「私に、テニスを教えてくださいね。約束よ?」

 

 大人のお姉さんな雰囲気のウインクに、赤也も照れくさそうにしながらも頷いた。

 

「・・・・・・・・・・ん? なんや、この感じ・・・」

 

 聖母と天使の抱擁に、何だか複雑な気持ちになった月詠。

 彼女がその気持ちに自覚して、再戦を口実に切原に付きまとうのは、すぐのことであった。

 また、切原の天使爛漫の極みの発動条件が、近くに千鶴が居ることだと発覚するのも、すぐあとのこと。

 これにより、なんやかんやで、巨乳聖母とストーカーが、今後も切原赤也の傍にいることになった。

 

 

 

 

 

 

 そして・・・・・・

 

 

 

 

「学園長ッ! また・・・・・・・・また、テニスで!」

 

 学園長室に飛び込む血相を変えた教員。

 その慌てぶりに学園長はビクッとなった。

 

「なんじゃ!? まさか・・・・まさか、またテニスでテニスコートが破壊されたとか言うのではないだろうな!?」

 

 学園長の嫌な予感に対して教員は・・・・

 

「いえ・・・その・・・今度は・・・・テ、テニスで食堂塔が破壊されました!?」

「ほへ?」 

 

 学園長、しばらく硬直して、根本的な疑問を口にした。

 

「のう・・・ワシ、ひょっとして何かと勘違いしているみたいじゃ。テニスってなんじゃ? ワシは、スポーツのテニスを指し取ると思っておったが、何かの隠語かのう?」

 

 テニスってなんだ? 学園長の疑問はすぐに解けなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四試合:達人・柳&紳士・柳生VS夢見る人形・茶々丸&漫画製造者・ハルナ
第18話『息も詰まるような世界』


 データは『絶対』ではないのは当たり前だ。あくまでそれは確率の話。

 99%ありえないことでも、僅か1%の確率で大きく結果を左右されることもある。

 そもそも、百回飛んで一回墜落する飛行機を安全と呼ぶことが出来るか?

 しかし、この二人の確率に対するこだわりは常軌を逸していた。

 

「柳さんがポーチに出る確率92.467%」

「茶々丸が強打と見せて左ドロップを落とす確率99.28%」

「柳さんが私のドロップを読んで中ロブ気味のボールを上げる確率94.573%」

「茶々丸が俺の思考を読んで中ロブを警戒する確率98.735%」

「柳さんの計算で私が中ロブを読んでスマッシュをコーナーに落とすことを95.73%まで読み、残る数%はスマッシュフェイントのドロップを警戒。しかし、ワンテンポ遅らせたドライブボレーならば、無警戒」

「ッ!?」

「私のドライブボレーの決まる確率100%」

 

 僅かワンポイント。しかし、そのワンポイントに、思わず誰もが息を止めて呼吸をすることすら忘れていた。

 

「ゲ、ゲーム。絡繰・早乙女ペア。1ゲームスオール」

 

 審判のコールが終わった瞬間、誰もがどっと息を吐いて声を上げた。

 

「な、なんなのよ、このゲームは! てか、この二人は!」

「ぜ、全然とんでもショットを打ったりしていないのに、何で目を離せないのよ!」

「信じられないほどの攻防でござる。まるで、将棋を見ているかのようなお互いの思考の探り合い」

 

 今までの試合に比べて特殊な攻防だった。

 ボールが雷みたいだったり、コートが破壊されたり、ラケットが粉々になったり、翼が生えたり、変身するわけでもない。

 やっていることは普通のテニス。ハイレベルなラリーの応酬だ。

 しかし、見ている者たちにはボールを打ち合う別の競技に見えた。

 テニスなのに、どこか互いの思考を読み、戦略を駆使したゲームを見ているような心地だった。

 一方で、立海メンバーの心境も穏やかではなかった。

 

「おいおい、あの女、参謀の一手先まで読み切りやがった」

「信じられないだろい」

「パワー女や超人女にモンスター女に続いて、何もんだよ。コンピューターみたいな正確性だぜ」

「まさか柳のデータテニスと真っ向から戦える相手が、青学の乾以外にも居たとはね」

 

 相手のプレーや心理や傾向を分析して相手を摘み取るデータテニス。

 そのプレースタイルは全国屈指、いや、全国トップと言っても過言ではないだろう。

 しかし、それが通じない相手がこんなところに居た。

 今日何度目だろうか。戦慄せずには居られない、立海メンバーであった。

 

「すまない、柳生」

「ノープロブレムですよ、柳くん。これまでの試合を見ていれば、彼女たちがこちらの想定を上回ることは想定内です。問題はどうやって修正していくかです」

 

 とは言うものの、立海一の冷静沈着な二人でも、心境は穏やかではなかった。

 なぜなら、今彼らが戦っている展開は、正に自分たちの土俵のテニスでもある。

 つまり、自分たちの得意なやり方でポイントを取られているという現実。

 それは、ゲームの流れ的にも良くない傾向である。

 

「まずは、流れを断ち切りましょう」

「そうだな」

 

 こういう状況を断ち切るには、一撃必殺の大技に限る。

 

「では、頼むぞ、柳生。念のため、まだプレーらしいプレーをしていない、あの早乙女という彼女を狙うべきだろう」

「承知しました」

 

 そして、その一撃必殺の大技が、このペアには、柳生という男には備わっている。

 

「いきますよ」

 

 ストローク中に、柳生のメガネがキラリと光る。その瞬間、茶々丸はデータではなく直感で何かを感じ取った。

 

「ハルナさん、来ますよ!」

「おう、まかせろい! じゃあ、見せちゃうよん。私の落書帝国の真骨頂!」

 

 その時、ハルナがゲーム中だというのに何かをし始めた。ノート? のようなものに何かを書いている。

 それが一体何の意味かは分からない。だが、この男の技の前には、どんな動作も一瞬で無意味と化す。

 

「レーザービーム!」

 

 レーザー光線のようなパッシングショット。

 速いと感じた瞬間にはポイントを取られている、高速のボール。

 だが、

 

「熱岡シューゾー召喚! もっと、熱くなれよー!」

 

 それは、テニスの道を志す者たちの見た幻覚だったのか?

 

「う、うそ、だろい!」

「バカな! げ、幻覚か!」

「俺のイリュージョンとも違うぜよ!」

「日本人で、グランドスラム本戦を勝ち抜いた元トッププロ……シューゾー選手?」

 

 知らないはずがない。中には、彼の影響を受けてテニスを始めた者だって居るだろう。

 しかし、それは幻覚などではない。

 

「あ、あああ! あの人、知ってる! よくテレビに出てる煩い人!」

「ハルナの奴、あんなタレントの人を出してどーすんのよ!」

「つ、つか、あのタレントテニスうまいんだな」

「って、それは反則だろうがー、早乙女!」

 

 タレント? こいつらは何を言ってるんだ? 

 いくら現役を引退して長いとはいえ、日本でテニスをする者に知らない者は居ないのだぞ?

 だが、そんなツッコミすら失せるほど、立海メンバーは唖然としていた。

 

「見ましたか? 柳くん」

「ふっ、これは流石にデータで読みとることはできないな。あの、早乙女という女。仁王のイリュージョンに近い能力を所有しているということか?」

「しかし、仁王くんは体格や筋力からも同世代の選手以外のイリュージョンはできません。しかし、彼女はトッププロの力を僅かワンプレーとはいえ…… あのノートから、まるでゴーレムのようなものを召喚しました」

 

 一見表情はクールに見えるこの二人も、内心では否定したい気持ちでいっぱいだった。

 

「あってはならないことだ」

 

 そう、あってはならないことである。

 それは、超常現象があるかないかではなく、テニスラケットも数えるほどしか持ったことのない女生徒が、世界のトッププロの力を一瞬とはいえ使ったことである。

 テニスの道を志す者たちの頂点に位置する選手たち。

 数多くの苦難、ライバル、怪我、才能、あらゆる現実の壁全てを乗り越えた者たちのほんの一握りの選手たちだけがたどり着き、手に入れることのできる力。

 生涯をテニスに捧げても手に入れられるかどうかも分からないその力を、こんな簡単に?

 そう、それは、テニスというスポーツに対する侮辱。

 だからこそ、あってはならないことであった。

 

「どんなトリックがあるかは分からないが、その力の化けの皮を剥いでみせよう!」

「さあ、いきますよ!」

 

 二人のテニスプレイヤーに火を点けた。

 

「うっひょー、こわ、こわいじゃん! どーしよ、なんか怒ってるよ?」

「問題ありません、ハルナさん。彼らの筋力、スピード、反応速度、全てを既に把握しました。ハルナさんの能力の前に、彼らでは太刀打ちできません」

「ひゃ〜、そうなんだ。んじゃ、イケメン兄ちゃんたちには悪いんだけど、サクッといきますか!」

 

 これまでは、ほとんど茶々丸メインで攻めた。だが、ハルナの攻撃が有効であると分かった以上、調子に乗ったハルナは能力をおしみなく発動させた。

 

「カマイタチ!」

 

 柳の必殺ショット。風を切り裂くスライスショット。その風圧に触れただけで、皮膚を簡単に裂く。

 

「柳の奴、女相手に容赦ねえ!」

「いや、こいつらはもう、女とかどうとかそういうレベルじゃねえ。ガチでやらねえと、こっちがやられる!」

 

 たとえ、相手を傷つけることになったとしても、テニスで負けるわけにはいかない。

 柳の覚悟を決めたショットだ。

 だが、

 

「いっくよーん! 落書帝国! 現役最強の日本人! ニシキオリ・ジェイのエアーJ!」

「なっ、こ、今度はニシキオリだと!」

 

 シューゾーが、ただのタレントだとか一応元プロという程度の認識しかないギャラリーたちにも、この選手のことだけは分かった。

 たとえテニスに興味がなくても、その選手の存在は日本全国にテニスブームを巻き起こす一旦となった選手でもあった。

 世界に通用する日本人?

 違う。世界で勝てる日本人。

 

「30—0」

 

 またもや反応できないほどの強烈ショット。

 確かにトリックがあるのかもしれないが、この一撃は紛れもなく本物だった。

 

「信じられません。こんなことが……」

「いずれにせよ、データを収集する必要がある」

 

 ベールを脱いだ早乙女ハルナの力。その力をこのまま相手にするのは危険すぎる。

 僅かな情報でも集めて対策を練らなければ一瞬でやられる。

 それが、未知の世界が持つ危険だ。

 

 

 

 

 そして、同時刻。その未知の世界に、ついに彼らまで足を踏み入れることになるのだった。

 呼吸すらままならぬほどの別世界。

 気圧、風圧、そしてこれまで体感したこともないほどの落下。

 全身の自由など既に感じられず、ただ男たちは空から落ちるだけだった。

 

「ぎゃあああ、お、落ちる、落ちるっすよ、跡部さん! おい、マムシぃ、テメェ失神してんじゃねえだろうな?」

「ああ? だ、だだだだ、誰が、ししし、しん、失神してるだ、桃城!」

「時速200km越え・・・ふふふ、やはり・・・・理屈じゃない」

「おい、乾! 寝るな! 寝たら死ぬぞ! おい、エージ、手を貸してく・・・なにやってんだ、エージ!」

「おーいし! 見てみて、おれ、飛んでるよ! やっほーい、やっほーい!」

 

 パニック、失神、中には堪能している者も居る青学メンバー。

 それは、スカイダイビング初体験となる氷帝メンバーも同じ。

 

「うお、俺も菊丸に負けてらんねえ、空中アクロバティックを見せてやるぜ!」

「うは、マジマジ、楽C〜!」

「敵わんな〜、お前らこんなとこでもハシャギおって」

「長太郎! 俺の手を離すんじゃねえ!」

「はい、宍戸さん! この手を絶対に離しません!」

「落ちてたまるか! 下克上をする俺が、上から落ちるなんてありえねえ!」

 

 簡単な講義は受けても、実際にプロの帯同なしでスカイダイビングなどありえない。

 良い子じゃなくても真似してはいけないぐらい過酷で危険な状況に、両校メンバーはただの中学生らしい反応を見せる。

 一方で落ち着いている者たちも居た。

 

「跡部、このままじゃみんなバラバラだ。体が風に流されて、みんな離れてるよ」

「非常に危険な状態だ。誰一人欠けることなくたどり着かねば」

「ちっ、これだから愚民どもは落ち着きが足りねえ。なあ、樺地」

「うす」

 

 普段パニクらない、不二、手塚、跡部、そして樺地がこの状況に頭を抱えていた。

このままではみんながバラバラになって落ちてしまう。

 しかし、考えている時間もない。

 ここは、危険かもしれないが、取るべき手段は一つ。

 

「あん? 手塚ァ、貴様は何をする気だ!」

 

 突如、落下しながらラケットを取り出した手塚。

 その様子を見て、不二はゾッとした。

 

「手塚、君は!」

 

 その叫びに、手塚は小さく頷いた。

 

「不二、俺にもしものことがあった場合、皆を頼む」

 

 危険かもしれない。だが、部員を、友を、仲間を救うために、手塚国光のやるべきことは一つだった。

 

「はっ!」

 

 手塚は何と、高速で落下しながら、その場でフォア、バックのスイングを交互にした。

 それは傍から見れば、ただの素振りにしか見えない。

 だが、手塚という男が行えば、それはただのスイングにはならない。

 

「あ、お、あれ? どーなってんだ? 俺の体が!」

「ひ、引き寄せられてやがる!」

「手塚、お前は何を・・・・」

 

 それは、青学、氷帝問わず、空中でバラけた男たちが徐々に引き寄せられるという現象が起こった。

 偶然ではない。それは意図的に起こされたもの。

 

「やめろ、手塚! 貴様、また自分の腕を犠牲にする気か!」

 

 跡部が叫ぶ。だが、手塚はスイングをやめない。

 その普段はクールな表情が、僅かに苦悶の表情を浮かべながら。

 

「どうなっとんや、跡部!」

「手塚ゾーンだ!」

「なんやて!?」

「ボールの回転を自在に操り、どこへ打たれようとも自分の下へと吸い寄せちまう手塚の得意技。あの野郎、この空中で・・・・・空気を打つことで、気流の流れを変えやがった!」

 

 手塚ゾーンの応用技。

 普段はテニスの試合でボールに回転をかけることにより、ボールの軌道を自在に操る手塚の奥義。

 それを、この状況下で、空気を打つという荒業で仲間たちを引き寄せるという偉業をやってのけた。

 だが、

 

「しかし、この空気抵抗の中、さらには人間を何人も引き寄せるなんてことは、貴様の腕に手塚ゾーンの何倍も負担をかける! やめろ、手塚! その、『エア手塚ゾーン』は貴様の寿命を確実に縮める!」

 

 跡部が叫んだ瞬間、手塚の身を削るような仲間の救出劇に誰もが涙を流した。

 

「手塚ッ! どうしてお前はいつもそうなんだ!」

 

 戦友の大石が涙とともに叫ぶ。

 

「手塚・・・君はこんなときまで・・・・・・」

 

 手塚の陰に隠れてその実力をしばらくベールに隠していた不二が心を打たれる。

 

「部長だからだ」

 

 ただ、当たり前のようにその言葉を告げる、手塚。

 このまま手塚を犠牲にしていいのか?

 いいはずがない!

 

「向日! 菊丸! 貴様ら、空中でも自在に動けるなら、手塚一人にやらせるな! バラバラになったやつらを集めろ!」

「まかせろ、跡部!」

「もちのろんだよ! 手塚一人にやらせたりしないよん!」

 

 部長一人にやらせたりしない。

 この時は、敵も味方も忘れて、男たちは動いた。

 

「樺地! エア手塚ゾーンをコピーしろ! お前もやって手塚の負担を減らせ!」

「うす!」

「不二! 貴様は風を読めるはずだ! 乾と協力して風の流れを計算して着陸地点まで誘導しろ!」

「言われるまでもないよ」

「データはすぐにまとめてみせる」

「大石! パニクってる馬鹿どもを落ち着かせろ!」

「ああ、俺にできることをやる!」

 

 一人、また一人、バラけた仲間たちを捕まえて引き寄せて、気づけば巨大なサークルのような円を作って彼らは手を繋いでいた。

 

「いくぜ、野郎ども! 一人も欠けることなく無事にたどり着くぜ! 俺様たちのダイブに酔な!」

「「「「「おう!!!!」」」」」

 

 そうだ、自分たちはあの百年に一度の群雄割拠と呼ばれた熾烈で過酷な全国大会を乗り越えてきた。

 この程度の苦難苦境で欠けるわけにはいかない。

 全員で必ず乗り越える。そう誓った。

 すると、その時だった。

 

『世界樹魔力の異変発生。学園全体に結界を発動させます』

 

 それは、突如として起こった。

 偶然に偶然が重なって起こった、予期せぬ事態というものだ。

 

「あん?」

「どうしたんや、跡部」

 

 最初に気づいたのは跡部だった。いや、跡部だけだった。

 

「俺様のインサイトは誤魔化せねえ。どういうことだ? 学園上空が、目に見えない壁に覆われてやがる!」

 

 目に見えない。しかし、感じる。

 魔法という異形の世界とは何ら無関係の彼らにとっては、決して存在の知らない力。

 しかし、そこには確かに何かがある。

 跡部はそれを察知し、そして舌打ちした。

 

「まずいぜ、このままじゃあの目に見えない壁に激突して、俺たちはどうなるか分からねえぜ、あ〜ん?」

 

 目に見えない結界に衝突してしまったら?

 だが、今更回避することも不可能。

 ならば、どうする?

 突破するしか、男達には選択肢はない。

 すると、

 

「よくわかんねーっすけど、突破するしかないってことっすよね。ね? タカさん」

「オフコースだぜ、モンキーども! それがグレートだぜ!」

 

 青学の誇るパワーコンビが、ラケットとボールを取り出していた。

 唸る豪腕から繰り出される強力無比のショットを、真下の結界目掛けて放つ。

 

「うおおおおおおおおおお、『スーパーグレイト桃城スペシャルダーンクスマッシュ!』!」

「落下しながら放つ、俺の新技! この体が砕け散ろうとも、仲間を救うぜ! 『ロケット波動球』! バーーーーーーーーーニーーーーーーーーング!」

 

 青学だけにはやらせない。

 

「俺も行きます! スピードと威力に落下速度を存分に加えた俺の新技! 『ネオ・スカイ・スカッドサーブ』! 一球入魂!」

「樺地! 河村の技をコピーしろ!」

「うす。ほわ!」

 

 放たれた四つのボールが共に競い合うように突き進む。

 やがて、その四つのボールは強力なエネルギーを纏い、一つの巨大な力となって束ねられた。

 その力は、巨大な閃光とともに、異形の力すら打ち破るものであった。

 




この物語はテニプリ物理理論を使用しています。実際の物理法則と若干異なる描写がございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話『機械になりきれぬがゆえ』

 ハルナは止まらなかった。

 

「現役世界最強選手! アンドー・マレイ!」

「バ、バカな! マレイまで!」

 

 ストローク一つ一つが、中学生の彼らにとっては一撃必殺より重く、速く、鋭く、そして圧倒的に強い。

 見せかけの虚仮脅しではない。

 間違いなく、本物のショットだった。

 

「は、反則にチケー! ニシキオリやマレイ! ナンダルやヘデラー! さらに、サンポラスやアガジのような往年の名選手まで!」

 

 そう、反則である。これはもはや、テニスの試合などではない。

 言い換えれば、テニス史上のオールスターたちの公開イジメに他ならない。

 

「ゲーム! 2—1。早乙女、絡繰ペアリード。チェンジコート」

 

 ゲームはまだ序盤。しかし、内容は既に圧倒的と言ってもいい。

 

「ほ〜う、やるではないか、小娘。あのアーティファクトにあんな使い方があったとはな。今度、私とテニスさせてみるかな」

「いや、ずリーだろ! つか、もうメチャクチャだ!」

「このままやったら、ネギ君がオコジョにされてまう!」

「こういうとき、アスナが居たら問答無用で止めてくれるのに・・・・・・」

「う、うう、うう〜・・・・・・辞表の書き方・・・タカミチに教えてもらわないと・・・」

「どうしたんや、ネギ君! はやまったら、あかん! まだ、まだごまかせる! 今なら、まだCGで!」

 

 このゲーム展開に御満悦な唯我独尊ロリのエヴァンジェリンは、余裕の表情だ。

 

「ふん、この試合はもう心配はいらんだろう。あの二人は、真田や仁王という小僧たちよりも遥かに劣る。茶々丸の正確無比な読みと精度、早乙女ハルナの一撃必殺の能力を使えば、このゲームはあと数分足らずで終わる。あっけなかったな」

「で、エヴァンジェリンさんは何を冷静に分析してんだよ!」

 

 相手に聞こえようが聞こえなかろうが、何の気にもせずケラケラと笑うエヴァンジェリン。

 その様子に生徒たちは「おい、ちょっと聞こえてるぞ」「かわいそうだ」と嗜めようとするが、事実は事実。

 正直、この対決だけは安パイだろうと誰もが思っていた。

 

「ふう、どうですか? 柳くん」

「想像以上だ…………」

 

 ただし、唯一エヴァの言葉には訂正する箇所があった。

 この二人が「真田と仁王より遥かに劣る」という点である。

 

「ふふ、羨ましいな二人とも」

 

 それは、この場で言うには不適当な言葉であった。

 しかし、この男は涼しい顔でそう言った。

 それは、立海テニス部部長の幸村だった。

 

「精市」

「幸村くん」

 

 ベンチに座る二人に告げた幸村の言葉。

 その真意は、純粋なものだった。

 

「プロの世界に行かなければ手合わせできない名選手との勝負。的確に自分の全てを読みとって弱点を教えてくれるコンピューターの分析。その両方を一度に相手するんだからね」

 

 悪夢のような時間? とんでもない。ある意味で、夢が叶った。

 世界の頂点に辿り着かなければ打ち合うことのできない選手。

 自分以上に自分の能力を分析するコンピューター。

 

「その通りだ」

「我々も童心に返ってはしゃいでしまいましたね」

 

 その時、柳と柳生は小さく笑みを浮かべた。

 

「では、礼を言わねばならんな」

「ええ。夢を叶えてくれたセニョールたちにね」

 

 それは強がりやハッタリなどではない。

 何故なら、この二人は虚勢を張らない。常に現実しか見ない。

 そんな二人だからこそのこの態度。それは自信でもあった。

 

「おっ、なんだなんだ〜? ねえ、茶々丸ちゃん」

「彼らの心拍数が非常に落ち着いています。どうやら動揺が収まったようですね」

「ん? じゃあ、油断大敵ってやつ?」

「どうでしょうか。既に彼らの勝てる可能性はゼロに近いです」

 

 やけに落ち着いている立海メンバーに少し警戒心を高める茶々丸。

 だが、それでも挽回はないだろうという結論にしかならず、更には会場の応援も緊迫した様子はなかった。

 

「いっけー、早乙女、茶々丸さん!」

「勝てる勝てる! がんばれ!」

「あ〜、この試合はテニスコート壊れる心配がなさそうで安心だぜ」

「あははは、千雨ちゃん、心配するとこズレとるえ」

 

 だが、そんなギャラリーの期待を裏切るような展開が次のゲームに繰り広げられるのだった。

 

「いっくよー! 私のサーブ・アンド・ボレー! サンポラス!」

 

 世界の歴史に名を刻んだサーブアンドボレー。

 二百キロを超えるサーブ。中学生にはこれだけで手に負えるものではない。

 だが、

 

「データを取るまでもない。たとえ、サンポラスの筋力やスピードを真似したところで、戦術はサンポラスのものではない。単調で単純なコースだ」

 最速サーブだけでは世界を取れない。

ワザと回転をつけてスピードに緩急をつけることや、コーナーを突いて相手の態勢を崩して次のプレーに備える、戦略が必要になる。

 だが、そんなことも考えていない早乙女は、ただ二百キロ越えのサーブを打ち込んでネットに出ることしかやらない。

 一方で、トッププロの試合からフォームまでテレビや雑誌でこと細かく公開されている現代において、全国クラスの立海メ

ンバーが知らないはずがない。

 それこそ、子供の頃はかぶりつくようにテレビを見たり、試合を見に行ったり、更にはフォームを研究してマネしてみたり

してきたはずだ。

 

「相手の動作やフォームだけでなく、思考や戦略まで再現した仁王とは違う。所詮、偽物だ」

 

 コースさえ丸分かりなら対応する。それが、一流選手の証。

 柳は難なく、返球。

 

「うそ! かえし、いっ!」

 

 ギョッとした瞬間には、早乙女の足元をボールが抜けた。

 

「更に、高速サーブはそれだけ返球されると次の動作に間に合わない。覚えておくことだ」

 

 テニスは理屈だけではできない。

 ただし、理屈抜きには語れない。

 茶々丸だけならまだしも、ハルナにそれを強いるのは酷というものだった。

 だが、

 

「くひ〜、まいったね。トッププロのショットならコースとかバレても簡単に勝てると思ったのに」

「敵もそれほど甘くはないということでしょう。単調なショットだけでは押しきれないということですね」

「いや、そ〜んなこと言われても〜、私のゴーレムができるのは単純な命令だけだし」

「大丈夫です。とりあえず、このゲームはサービスである以上、ハルナさん有利には変わりありません。だから、こういうのはどうでしょう?」

「ん? ほうほう、ふんふん、なるほど」

 

 表情を引きつらせるハルナに対して、茶々丸は冷静だった。

 すると、何か秘策があるのか、ハルナに耳打ちする。

 単調な攻めではだめだが、単純なプレーしか出せないハルナに与えられる作戦は一つしかない。

 

「おっしゃー、まかせろい!」

 

 ハルナのメガネが怪しく光った。

 

「何か来るようだな」

「ノープロブレムです」

 

 腰を落として柳生もまたメガネを光らせる。

 互いに怪しく光らせたメガネは、どちらに軍配が上がるか?

 

「落書帝国! マラド・サーフィン!」

 

 また、新たなるトッププレイヤーを召喚。

 

「あれは! 元世界ランクトップのサーフィン!」

「サーフィンでサーブをするということは、ただの高速サーブではないだろい」

 

 日本人ではありえぬ体格と筋力、バネから全身を使って繰り出されるキレのあるサーブ。

 それは、まっすぐ突き進まずに変化した。

 

「トップスピンサーブ!」

 

 ただ速いだけではない。ただ変化するだけではない。

 世界のトッププロたちをキリキリ舞いにしてきた、キレのあるショット。

 それは、ハードコートに着弾した瞬間、コートに焦げ跡が出るほどの摩擦を起こして柳生の顔面めがけて跳ね上がった。

 だが、

 

「哀れなり、早乙女ハルナ。例え変化したとしても、最初から変化すると分かっていれば対応できぬ我々ではない。サーフィンの戦い方も強靭なフラット、スライス、スピンを使い分けていたからこそ成立したのだ」

 

 柳が小さく呟いた瞬間、柳生がラケットを両手持ちで横向きにスタンスを取った。

 それはテニスではない構えだ。

 

「ん? ちょ、なにあれ!」

「何をする気ですか? あれは、ゴルフですか?」

 

 完全にテニス脳に思考回路が切り替わっていた茶々丸の動きが止まった。

 テニスにはない柳生の繰り出すフォーム。

 そして、テイクバックでラケットを頭上まで持ち上げて、そこから円運動でスイング。

 

「見てみんしゃい。柳生の必殺技。『ゴルフ打ち』ぜよ」

 

 ゴルフ打ち。名前は単純だが、誰もが目ではなく、耳を疑った。

 

「えっ、い、今……ボール、打ったよね?」

「インパクトの音が、ない?」

 

 ハルナの繰り出したトップスピンサーブを、ゴルフを真似たショットで撃ち返した柳生。

 そのショットはインパクトの音もせず、ただボールだけが伸びるように空高く打ち上げられた。

 

「た、た、高ッ!」

「まるでゴルフのロブショット! ですが、見逃しませ………、ッ、なんという回転力! テニスではありえないほどのスピンが!」

 

 ゴルフではボールを遠くに飛ばすと同時に、アプローチでは狙った箇所にピンポイントに落とし、さらにグリーンではボー

ルを転がさない、弾ませない、バックスピンで戻すなどの技術がある。

 その回転力はテニス競技の比ではない。

 茶々丸の分析力がそれを瞬時に読みとった。

 

「あれを地上に落としてはダメです! コートに落ちた瞬間、ボールがコートにめり込むか、まったく弾まずにバックスピンでボールが戻ります。では、ノーバウンドで? しかし、やるしかありませんね」

 

 茶々丸は判断した。ボールを落下させたらダメだ。ならば、落下する前に撃ち落とす。真上から叩き込む。

 だから、茶々丸は飛んだ。

 

「んな! と、飛んだ! あの女、背中からロケットみたいなのを噴射させやがった!」

「そんなのありか!」

「しかし、あれなら、どんなハイボールも目測を誤らずに追いつけるぜよ」

 

 高く上がったボールめがけて飛ぶ茶々丸。

 ボールを捉え、そして撃ち落とすように相手コートに叩き込む。

 

「茶々丸ミサイルです!」

 

 二重の回転を加えたボールを叩き込む。正に、弾丸ショット。

 究極のカウンターショットが、爆音を立てて立海コートに亀裂を作ってめり込んだ。

 正に大技同士のぶつかり合い。

 しかし、それを制したのは茶々丸。

 見事に戦略で相手を打ち破った。

 

「ちゃ、茶々丸さんすげーーーーー!」

「いや、ズッリー!」

「いやいやいや、ありえないっしょ!」

「そうじゃなくて、お前ら一日に何回テニスコート破壊すればいいんだよ! もう、ギネスに載るぞ!」

 

 悲鳴と歓声がテニスコートを包み込み、もはや呆れるを通り越してハシャグしかなかった。

 だが、何故か立海メンバーは、落ち込むどころか、ほくそ笑んでいた。

 そして、

 

「オーバーネット!」

 

 歓声騒ぐ中、審判の冷静なジャッジが場を沈黙させた。

 

「な・・・・・・えっ?」

「ちょ、どうなってんのよ! 何で向こうのポイントなんだよ!」

「今のは茶々丸さんのスーパーショットじゃん! インチキインチキ!」

 

 そんなバカな! 審判のジャッジに反論する麻帆良メンバーだが、茶々丸はハッとなった。

 そして、エヴァも難しい顔でベンチに背中を預けた。

 

「気付かなかったな。あのハイボールは上空に高く上がったがゆえに、風に流されて戻ってきていたのだ。気付かれないように徐々にな。本来そのままにしておけばネット手前ギリギリに落ちるところを、茶々丸はスイングで振りぬいてしまったために、ネットの上をラケットが通過した。今のは、茶々丸のミスだ」

 

 爪を噛んで、淡々とした表情の柳生を睨むエヴァ。

 

「本来なら、チョイとラケットをボレーのような形で前に押し出しさえすればポイントを取れただろうに。しかし、あの二人、まるでこうなることが分かっていたかのような表情だな」

 

 まさか狙ったのか? だが、すぐに考えを捨てた。

 それは、茶々丸も同じだった。

 

「狙ってやったということはないでしょう。何故なら――――」

「何故なら、私の装備は初めて見せたので、空を飛べることも知らなかったはずですから………か?」

「ッ!?」

 

 その時、閉じた瞳が開眼したかのように、柳がクールな言葉を呟いた。

 

「ふっ、この柳蓮二が集めるデータが、競技の中だけだと思ったら大間違いだ」

「えっ……?」

「お前の学生生活はよほど有名らしい。試合前の空き時間やチェンジコートの際にお前をこの学園の『まほねっと』というもので検索したら、お前はよく、公衆の面前で空を飛んだり、ロケットパンチをしたりするらしいな」

 

 柳蓮二の戦い方。それは試合開始と同時に試合が始まるのではない。

 柳蓮二は、試合をする前から既に試合を始めているのである。

 徹底的に相手を調べて攻略する。

 今回、全くのデータのない麻帆良学園女子中等部相手ということで、チームメイトの試合には間に合わなかった。

 しかし、自分の対戦相手のデータだけは間に合った。

 早乙女ハルナの能力だけは見落としていたが、茶々丸の性能だけは理解していたのだった。

 まるで手のひらで踊らされたかのような感覚の茶々丸は悔しそうに唇を噛みしめる。

 

「ですが、同じ手は二度と通用しません。この手は、今回限りしか通用しないものです」

 

 同じ失態は二度としない。それが茶々丸だ。

 だが、

 

「この柳蓮二が一度見せたことを何度も繰り返すような愚かな男だと思ったか?」

 

 柳の頭の中には、既にシナリオが出来上がっていた。

 

「と、とにかく、挽回するよ! 茶々丸さん、ドンマイドンマイ! スペックはこっちが勝ってるんだから、押し切るよ!」

「分かっています、ハルナさん!」

「おっしゃー! 落書帝国! レイドン・ヒュービット!」

 

 またもやトッププロを召喚したハルナ。

 高速サーブを叩き込む。しかし、既に単調と指摘されたサーブは柳に楽々と返される。

 

「ダメだな。後に続かん。まったく組み立てができておらん。能力は面白いが、あれではな」

 

 エヴァは舌打ちする。歯がゆいと。

 世界最強の性能を持ちながらも、それを使いこなせていないハルナに。

 

「私がフォローします」

 

 高速サーブに対する高速サーブがハルナの足元を抜けた瞬間、茶々丸が背後に回り込んで打ち返した。

 しかし、それすらもまるで読んでいたかのように柳はネットに詰めて待ち構えていた。

 

「ッ、柳さんがここからドロップショットの『空蝉』をやる確率は―――」

「茶々丸が俺の空蝉を読む確率は―――」

「しかし、柳さんが、私が柳さんの空蝉を読んでいると読む確率は――――」

「俺の空蝉と見せたアングルボレーを茶々丸が読み、茶々丸が反応すると俺が読んで逆を突くことを茶々丸が読んでいる確率は―――」

 

 繰り広げられる二人の読み合い。

 データ同士の予測。

 だが、そのとき、茶々丸のデータを上回る出来事が起こった。

 

「しかし・・・いいのか? 俺の動きばかりに気を取られて。これはダブルスだ」

「え、・・・・・・っ!?」

「ちょお、茶々丸さん! もうひとりの兄さんが動いた!」

 

 思考の読み合いを繰り広げる二人の間に、サラッと割って入る一人の男。

 

「これにて遊びは終わりです。アデュー!」

 

 柳生がなんの前触れもなく二人の攻防に割って入った。

 

「大丈夫です、ハルナさん! この事態も・・・・・」

「この事態もある程度想定していたとお前は言う」

「ッ!?」

「僅かに遅れてもお前の性能なら柳生のレーザービームに追いつけるから・・・・・と、お前は計算していた。哀れなり絡繰茶々丸。取ったと思いこんだデータにより、お前は自分が縛られていることに気づいていない」

「ッ!? 柳生さんの、この僅かなフォームの違い・・・これは、レーザービームではありません!」

 

 その時、直線に進むはずのボールが変化した。

 直線の動きに備えていた茶々丸には反応できなかった。

 

「こ、これは・・・・・・」

「青学の海堂くんほどのキレはまだ出せませんが、私もいつまでも直線の動きだけで上に行けるとは思っていません」

 

 柳生のレーザービームは直線ではなく、まるでバギーホイップショットのように弧を描いた軌道のアングルショットだった。

 完全に見落としていたデータと、裏をかかれたことから、機械である茶々丸が明らかにガタガタと震えだした。

 

「デ、データが・・・・・・上書きされていく・・・・どうやら、分析が甘かったようですね」

 

 データは取った。相手の技。得意プレー。得意なゲーム展開や、思考は分析した。

 そう思い込んでいた。

 だが、

 

「お前の情報収集能力や分析力には舌を巻く。その許容量は人間を遥かに上回る。だが、お前はその能力を使いこなしていない」

「えっ・・・・・・」

「確かにお前自身の能力は機械的だ。だが、お前自身が機械になりきれていない。ただ、それだけだ」

 

柳の言葉に呆然とする茶々丸は、その言葉の意味を理解できていなかった。

 機械なのに、機械になりきれていない?

 その意味不明な言葉にクラスメートたちも困惑していた。

 

「おいおい、どういうことだよ。どう見てもロボ娘はロボ娘だろうが」

「せやな、うちにもよう分からん」

 

 だが、その意味を一人だけ理解できたものが居た。

 

「いや、あの細目の言うとおりだ」

「エヴァちゃん!?」

 

 それは、エヴァンジェリンだ。

 

「茶々丸は確かにロボットだ。しかし、ある日を境にやつはただのロボではなくなった。友情を知り、恋を知り、自我を持つようになった。本来ならコンピューターで自動に導き出される最善の解すらも、やつは己で熟考し、悩み、そして自身の解を出すようになった。それはいい意味で人間的になったとも言える」

 

 そう言われてクラスメートたちは深く納得した。

 今の茶々丸はただの普通の女子中学生と同じ、色ボケロボ娘だと。

 

「しかし、データを駆使した戦闘においてそれは良いことではない。自我を持つようになったということは、余計な感情に囚われることになる。本来であれば淡々と仕事を遂行し、不測の事態すらも自動で軌道修正する感情のないマシーンでなければならない。好きな男の前でカッコつけたいとか、パートーナーのフォローをしなければとか、やられたからやり返すとか、そういう感情は異物でしかない」

 

 自我を持った茶々丸は、感情豊かになり、笑い、怒り、泣き、照れる。

 しかし、そんな感情豊かであるということは、同時にデータテニスで最も重要なことを失ってしまうことになる。

 

「絡繰茶々丸。お前は、俺のカマイタチすら、既に見切ったと思っているかもしれないが・・・・・・」

「えっ・・・・?」

「本物のカマイタチは・・・・先ほどの三倍のキレと威力がある」

 

 データテニスで最も重要なこと。

 それは、想定外の事態すらも動揺せずに状況分析して、データを上書きして恒久対策を導き出すこと。

 しかし、感情豊かである茶々丸は冷静に分析する前に、まず、自分のデータが狂わされたことに動揺してしまう。

 

「きゃああああ!」

「くっ、この威力は! ハルナさん!?」

 

 激しいラリーの中、突如巻き起り、カマイタチが茶々丸とハルナに襲いかかる。

 その風の化物に押されて、ハルナのゴーレムは切り裂かれて消滅してしまった。

 

「そんな・・・まさか・・・私がこれまで取ってきたデータが全て・・・・・」

 

 そして、茶々丸もまた風の刃からの防御とハルナを気遣って、ボールの返球まですることが出来なかった。

 

「信じたデータを信じられなくなったお前に、勝ちはない」

 

 鋭いキレと共にコートを駆け抜けたカマイタチとボールの威力に歯噛みしながら、茶々丸は茫然自失していた。

 歯車を狂わされたコンピューターは、なかなか再起動できぬほどのショックを受けていた。

 




普通のテニスって無駄な破壊が少なくて落ち着きます。


さて、私事ですが、この度私のオリジナル作品「異世界転生-君との再会まで長いこと長いこと」の三巻が書籍になりました。ネギまの小説書いてて鍛えられたおかげです。また、皆様の反応やアドバイスで小説の書き方を学びました。改めてありがとうございます。今後ともよろしくお願い致します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話『団体戦決着』

 機械のような人間に、人間のような機械。

 均衡していた試合が突如として崩れ出した。

 

「ゲームカウント3—2、柳・柳生リード」

 

 パワーも、スピードも、キャパシティも、更にハルナの能力を駆使すればスキルすら上回る。

 しかし、現実はゲームカウントの通り、柳たちが優勢となっている。

 戦術(タクティクス)。それが、両ペアの差となって現れたのだった。

 

「ぬうううう、いけ! バッケンロー!」

「そんな乱暴な攻めでは我々は切り崩せませんよ?」

「うそお、なんで? なんで、返されちゃうの?」

 

 確かに威力はすごい。しかし、単調であるという理由だけで、柳と柳生はプロの強烈なショットをリターンした。

 

「大丈夫です、ハルナさん! 私がフォローします。仮に返球できたとしても・・・・・」

「仮に返球できたとしても、強烈なショットの威力に押されて態勢が崩れています・・・・か?」

「ッ!?」

「これはダブルスだ。態勢の崩れたパートナーを狙うということは、我々にコースを教えているようなもの」

 

 茶々丸のフォローを読み切った柳がネットへ出て、虚を突いたドロップショットを決める。

 

「さすが、参謀! 空蝉!」

「ああ。重要なのは情報収集能力でも分析力でもねえ。集めた材料でどうやって相手を料理するかだ」

「相変わらず、あいつと試合するのだけは勘弁願いたいぜよ」

 

 カマイタチ、レーザービーム、ゴルフ打ち。

 三つの一撃必殺技を繰り出していこう、完全にゲームの流れを掴んだ柳たちは、徐々に派手な技を繰り出すこともなく、正攻法な攻め方で茶々丸とハルナを圧倒していた。

 勝てそうなのに、勝てない。

まるで、崩れない壁を相手にしているような感覚に、茶々丸どころか、いつもはお調子者のハルナもシュンとなっていた。

 

「どうして? パルと茶々丸の方がすごそうなのに! どうして? どうして勝てないの?」

「そうだよね。確かにカマイタチとかビームとかすごかったけど、そんなに頻繁に使ってないし、大体、万有引力とか大車輪山嵐の方が全然すごそうなのに」

「拙者らの試合を彷彿させるでござるな」

「うむ、あくまで正攻法のテニスで戦っているアル」

 

高レベルで無駄のないテニス。だが、逆にそれこそが相手にすれば一番崩しにくいものである。

飛びぬけた一撃必殺技を引っ提げる者は、意外とその技さえ攻略すればどうにかなる。

しかし柳たちのように、飛びぬけたものがなくとも全てのステータスに無駄がなく、苦手がない選手を相手にするのは、攻略法がなく、単純な実力で上回るしかない。

さらに、今回は丸井やジャッカルのように、得意技を返球するだけで相手に精神的ダメージを与えるということも通用しない。

どう見てもメンタルの強そうな二人組なのである。

 

「まるで、F1に乗るペーパードライバーと、F1ドライバーが運転する自家用車の競争だな」

 

エヴァはこの試合をそう例えた。

ゲーム展開を作り上げ、相手の思考すらも見事に読みとって、自分たちの想定したシナリオ通りに相手をハメる。

その差が顕著に出ているのである。

この差は一つ二つのアドバイスでどうにかできるものではない。

それこそ積み重ねた経験で対処していくものである。

 

 

「魔法テニス。言ってしまえば、こちら側のテニスはそう呼べるだろう。しかし、素人の魔法テニスプレーヤーと超一流のテニスプレーヤーの勝負となれば、テニスという点にウェイトが重くなっても仕方のないこと。実際、この団体戦でこちら側の勝者は刹那のみ。その刹那もまた、幼少の頃からテニスの経験もあったということもあり、勝利したにすぎん。やはり、いかに魔法テニスとはいえ、正攻法な魔法テニスでは太刀打ちできんな」

 

「あのさ、エヴァンジェリンさん。正直、難しい顔で意味不明な説明やめてくんない? まず、正攻法な魔法テニスって単語がおかくね?」

 

「いらん茶々を入れるな、長谷川千雨。今、こちらの取るべき手段について考えているのだ」

 

 

 エヴァは理解した。どうやら、テニス勝負では分が悪いということを。

 こちらはこちらで相手の想定どころか、相手の常識を外れた戦法を使わねば勝てない。

 そしてその常識も、あくまでルールを順守した状態で。

 ならば・・・・・・

 

「ん?」

「これは、マスターの声?」

 

 試合中に、茶々丸とハルナが当たりを見渡した。

 

『私だ。試合中に声を出してのアドバイスはダメなので、念話を使っている』

『マスター?』

『茶々丸。早乙女ハルナ。テニスでの戦略合戦では勝ち目がない。その考えは捨てろ』

『というと?』

『早乙女ハルナ、テニスではありえないプレーヤーを召喚しろ』

 

 相手のテニスの流れを断ち切るには、こちらがそれ以上のテニスを見せるか・・・もしくは、相手の予想もできるはずもないことをやるしかない。

 ならば・・・

 

「では、もう一球いくぞ。カマイタチ!」

 

 空を切り裂く柳の超スライスボール。

 触れれば刻まれる。ならば・・・・

 

「なら、それ以上の風で押し返すよん! 落書帝国! 西遊記・孫悟空召喚!」

「な、なに!?」

 

 それは、さすがに柳蓮二ですら予想できるはずもなかった。

 テニス史のオールスターたちを召喚していた早乙女ハルナが、なんと空想上のキャラクターを召喚したのである。

 全世界でも遥か昔から語られし、キャラクター。

 

「ラケットをもった孫悟空の必殺! 芭蕉扇!」

 

 そのスイングは一度振れば強烈な風を巻き起こす。

 その風の威力は、カマイタチなどかき消して、柳のボールをネットの向こうに押し戻した。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・ダメ?」

 

 風が止み、一斉に静まり返るテニスコート。

 沈黙に対してハルナは「テヘペロ」を見せておどけていた。

 柳は開眼した状態で硬直し、柳生は体を震わせていた。

 

「・・・・さ・・・サーティー・・・・オール・・・・」

「「「「「「「いいのかよ!?」」」」」」」

 

 ボールがネットを越えなければポイントにならない。

 ボールがネットを越えて、相手のコート内にバウンドさせなければならない。

 しかし、ボールが一回ネットを越えてもバウンドせずに風で押し戻されたら、ネットを越えたことには・・・ならないのか?

こういうカウントは初めてだった審判が少し様子をうかがいながらコールをするが、とにかくコールされた以上、ポイントはハルナたちに入ったのだった。

 

「そうだ、それでよい」

「エヴァちゃああああん!?」

「ちょおおおお、おま、おま、おま、そ、それはあああ!」

「うえええええん、ネギ君がオコジョにされてまう! って、ネギくんが泡吹いとる!」

「ぶくぶくぶ・・・・・」

「ずりいいいい! それずりいいいい!」

 

 敵も味方も半狂乱。

 そして・・・

 

「柳くん・・・・」

「た、確かに、風で押し戻されたら・・・・それに孫悟空がテニスをしてはいけないというルールもないが・・・・」

 

 あの、柳蓮二が戸惑っている。いや、テンパっている。

 相手選手が対戦相手を空の彼方までぶっとばしたわけでも、背中に翼が生えたわけでもない。

 単純に風で押し戻す。それだけである。

 しかし、それだけが最大の問題であった。

 

「レーザービーム!」

「芭蕉扇!」

「な、ボールが・・・押し戻されて・・・」

 

 ボールがネットを越えない。自分たちの必殺ショットが完全に相殺されている。

 これでは戦術もクソもない。自分たちの打ったボールがネットを越えなければ、テニスとして成り立たない。

 

「バ、バカな・・・こんな・・・こんなテニス認められるかよ!」

「不二の百腕巨人(ヘカトンケイル)の門番とも違うぜよ」

「思いつきもしなかったぜ」

 

 これにはたまらず立海も、そして幸村ですら言葉に詰まった。

 それは、テニスすらさせてもらえないのであれば、破り方が見つからないからである。

 

「不二のカウンターは打球に超回転を加えることで相手のショットの威力を殺してネットを越えさせなかった。破るには、不二のかけた回転をさらに上回る回転をかける必要がある。しかし、これは、風で押し戻す・・・・破るには、風を越える威力のあるショットを打つ必要があるが・・・・・」

 

 そんなことができるのか?

 そう思った時、柳生が動いた。

 

「ならば、こうするまでです!」

 

 柳生が再び、ゴルフ打ちを見せる。

 

「ゴルフにとって、風を計算するのは当たり前のこと。風の流れ、範囲を読み切れば・・・・ここです!」

 

 正面から打たずに、ゴルフ打ちで高いフェードをかけたショット。

 風の壁をうまくかわして、ボールは上空からゆっくりと下降する。

 そして、計算尽くされたように狙った場所にピンポイントにボールが落ちるかと思ったら・・・・

 

「ええ、あなたの正確なショットは、きっとここに落ちると思っていましたよ!」

「ッ!?」

 

 そこには待っていましたとばかりに待ち構えていた茶々丸。

 

「茶々丸ミサイルです」

 

 ミサイルのごとき茶々丸のショットが炸裂。

 柳生と柳は一歩も動けずに、手に持っていたラケットのガットが二人まとめて貫通させられていた。

 

「反則だあああああ! いや、ルール以前の問題に、色々とずっりいい!」

「もう、立海の兄ちゃん達がかわいそすぎる!」

「いいのか? あれ、いいのか!?」

 

 呆然とする二人。これは、戦意喪失してもおかしくない。

さすがにここまでくると、どちらを応援ということもなく、むしろ「大丈夫か?」と「かわいそう」の二つの印象しかこの場にはなかった。

 

「へへ、さすがに私も心痛むけど、こうでもしないと勝てないからね」

「ええ、このまま一気に押し切りましょう、ハルナさん」

「お〜けい、んじゃあ、バシっとガンガンいくよ〜!」

 

 そう・・・だれもが、柳と柳生が可哀想だと思いかけていた。

 

「・・・・・・・・・・ふっ・・・・」

「なるほど・・・もう、それしかありませんね・・・・」

 

 しかし、逆だった。

 光が見えたのだった。

 

「むっ・・・あの二人・・・あの表情・・・心が折れていないな。ふっ、ただの一般人がこれほどの非現実を見せられて尚も戦う意思を捨てぬか。褒めてやろう。そして見せて見るがよい。その輝きの正体をな」

 

 大騒ぎになるギャラリーの中で、エヴァだけは冷静に二人からただならぬ空気を察知した。

 そして、少しだけ胸がワクワクしていた。

 これでもまだ心が折れないのか? まだ、ここから何かをする気か?

 ならば、見せてみろと、ほくそ笑んだ。

 

「ゆくぞ、柳生」

「ええ、見せてあげましょう。例え相手が神話の怪物でも、ダブルスには無限の可能性があるということを」

 

 何をやる気だ? すると、二人は変則的なフォーメーションを見せた。

 

「おりょ?」

「これは・・・・」

 

 いきなりフォーメーションを変えた二人に目を丸くする、ハルナと茶々丸。

 しかし、立海メンバーはハッとなった。

 それは、前衛の中央に柳を配置し、後衛に柳生を置くという形。

 

「あのフォーメーションは確か!?」

「青学の大石と菊丸がやっていた・・・・・・」

 

 茶々丸が構わずストロークを放つ。

 すると、前衛の柳が叫ぶ。

 

「柳生、トップスピンのダウンザラインだ」

 

 相手の打球を読み、相手の動きに合わせて的確な状況を判断して、後衛にサインを送りながら戦う。

 

「早乙女ハルナが若干前がかり気味であるため、トップボール気味の低い打球で風の壁をくぐらせろ」

 

 相手に一番近い場所から状況を判断し、サインを瞬時に送って、柳がゲームメイクをする。

 

「うお、なになになに?」

「柳さんの指示に従って、全ての展開を・・・・」

 

 そう、それは、中学テニス界でゴールデンコンビと呼ばれたダブルスのフォーメーション。

 

「しかし、あれは、守備範囲が広く反射神経の良い菊丸を後衛に置いていたからこそ出来たフォーメーションだ。身体能力のみで言えば、比呂士は菊丸よりは下だ」

「ああ、でも、相手の打球を予測し状況判断する能力で言えば、参謀の方が大石より上だろい。そもそも大石は打たれた後にボールのコースや状況をサインで伝えていた」

「参謀のデータテニス、そして相手に一番近い箇所で相手を見ているがゆえに、ほぼ予言に近い形で相手の動きを予測し、柳生に伝えることができるぜよ」

「さらに、一撃の威力は柳生の方が菊丸より上。言ってみれば、柳は柳生というレーザー砲の照準を合わせる狙撃手でもある」

 

 そのフォーメーションの名は『大石の領域(テリトリー)』と呼ばれていた。

 ダブルスは形式上、フォーメーションや各々の役割は流動的である。

 しかし、このフォーメーションは、完全なる役割分担。

 

「なるほどな。だが・・・それではダメだろう? プレッシャーをかける攻撃型のフォーメーションだが、早乙女ハルナの能力を破るには至らん」

 

 エヴァが少し期待はずれのように、つまらなそうな表情を浮かべた。

 何故なら、戦術を変えたのは、ゲームの流れを変える上では良かったのかもしれないが、ハルナの能力を破れるものではない。

 何故なら、ハルナが先ほど行った技は、戦術そのものをぶち壊す技だからだ。

 

「へへん、それなら、もっかいやっちゃうよ! 落書帝国・孫悟空召喚! 芭蕉扇!」

 

 孫悟空の召喚。

 しかし、柳の口が動く。

 

「孫悟空の召喚、100%! レーザービームを打て、柳生! 芭蕉扇は俺が何とかする」

「引き受けました!」

 

 読んでいた。

 しかし、関係ない。召喚を読んでいたからどうだというのだ?

 すると、柳は小さく笑った。

 

「早乙女ハルナ。お前のその力は、実に忠実に再現されているものだ。先ほどのプロテニスプレーヤーたちもそうだった」

「ん?」

「だが、忠実に再現されているのなら・・・・・それが孫悟空であるというのなら、こういうこともできるはずだ!」

 

 何をする気だ?

 すると、柳が誰もが予想もしなかったことをした。

 

 

「オンアビラウンケンソワカシーラムシーラムナラシャプーシャラムオンアビラウンケンソワカシーラムシーラムナラシャプーシャラムオンアビラウンケンソワカシーラムシーラムナラシャプーシャラムオンアビラウンケンソワカシーラムシーラムナラシャプーシャラムオンアビラウンケンソワカシーラムシーラムナラシャプーシャラム」

 

 

 それは・・・・お経・・・?

 

「ッ!? な、あれは! あれは『禁箍呪』!?」

 

 エヴァは驚きのあまりに立ち上がった。

 西遊記の孫悟空には、弱点がある。

 それは、三蔵法師が『禁箍呪』という呪文を唱えると、緊箍児と呼ばれる孫悟空の頭に付けられている金色の輪っかが強く締まるという有名な話。

 

「あ、ああああ! 私の孫くんが!?」

「この柳蓮二が、西遊記に疎いとでも思っていたのか?」

 

 柳が経のようなものを唱えた瞬間、ハルナの作った孫悟空ゴーレムは苦しみだして消滅した。

 その瞬間、芭蕉扇は発動されずに、ハルナの足元をレーザービームが駆け抜けた。

 

「・・・う・・・そ・・・」

「こ、これすらも・・・破るというのですか?」

 

 柳と柳生に対して起こっていた同情の瞳が一転し、誰もが恐れを抱いた。

 なぜなら、これすらも破るのか? と、いう思いが強くなったからだ。

 

「や、やぶっちゃったよ!?」

「その手があったか!?」

「なんなの・・・あの二人・・・ハルナのある意味で卑怯な技も、普通に破っちゃったわよ」

「茶々丸さんのときといい、なんで? なんで次々とこんなことできるのよ」

「強い・・・そして、恐ろしい程の知恵・・・・」

「テニスプレーヤーがとうとうお経まで唱えやがったよ」

「さすが、参謀だぜ、何語かよく分かんなかったけど」

「ぷりっ、怖いねー、うちの参謀は」

 

 柳と柳生のテニスは、まるで、こう言っているようにも見えた。

 どれほどテニスでは考えられないプレーをやろうとしても、テニスコートでラケットとボールを使う以上、それはテニスでしかない。

 テニスであるのならば、破れないことは何もないと、プレーで証明しているように見えた。

 

「はあ、ひい、ひい・・・強い・・・どうしよ、茶々丸さん・・・私、もう魔力も・・・」

「まだです、ハルナさん。彼らのフォーメーションにも弱点はあります。それは、前衛が状況判断を素早く出来ても――――」

「それをパートナーにサインやコールで伝えようとしても若干のタイムロスが生じてしまうため、そこを狙えればまだ勝機がある・・・・か? ふっ、この柳蓮二が、この『大石の領域』ならぬ『柳の領域』の弱点を、放置しておくと思っていたか?」

 

 ハルナも茶々丸も戦慄した。

 無限に選択肢や卑怯な技があったように思えて、その手が全て消されていき、徐々に何をどうやっても見透かされて破られていってしまうような印象を受けたからだ。

 そしてついに、立海ダブルスの最骨頂が顔を出した。

 

「ッ!? あの二人・・・ちっ・・・やれやれ・・・ここまで来れば、もはや天晴とでも言ってやるか」

 

 エヴァは、もはや言葉もないと、笑ってしまった。

 コートの柳と柳生。

 二人の体から不思議な光のようなものが漏れ出し、やがて二人はコールやサインをしなくとも、お互いの意思疎通がされているように見えた。

 

 

「同調(シンクロ)まで出来るとは・・・・・・」

 

 

 エヴァの呟いた、同調(シンクロ)という単語に、茶々丸は検索機能を使ってすぐに意味を理解した。

 

「同調(シンクロ)。絶体絶命のピンチにのみまれに起こりうるダブルスの奇跡。窮地にこそパートナーを信頼しプレーを続けることにより、パートナーの動きや思考、息づかいまでもがシンクロし、次にどう動くのかが掛け声やアイコンタクトもなしにお互いにわかってしまうという。トッププロの大会では、同調(シンクロ)なしにダブルスでは世界は獲れぬとも言われる。・・・・これが・・・・」

 

 これならば、タイムロスもなく、柳の意志が柳生に伝わる。

 

「小僧どもめ。『柳の領域』? そんな、狭い範囲の技ではあるまい。まるで、世界の事象を全て読み取る予言の如きテニス。褒めてやろう、小僧ども。今、この闇の福音の名において、このフォーメーションを・・・『柳アカシックレコード』と名付けよう」 

 

 過去・現在・未来すべての情報が記された宇宙的データベース。

 柳蓮二を、そしてこのダブルスを、エヴァンジェリンはそう称えた。

 そんな奥の手までこんな状況まで隠しているとは思わなかった。

 

「昔、有名な妖狐が言ってたよ、茶々丸さん」

「ハルナさん?」

「奥の手は先に見せるなって・・・・はは・・・ほんと、すごいよ、この兄ちゃん達・・・そしてテニスって・・・」

 

 軽いノリだった。

 ぶっちゃけ、自分の能力を使えば勝てるとすら、淡い期待を持っていた。

 しかし、現実は違った。

 

「あれ・・・な、なんだろ・・・私・・・・震えてる・・・・」

 

 早乙女ハルナ。性格は陽気で悪ノリ好き。

 それでいて、度胸もあり、かつては世界の滅亡を左右させる生死ギリギリの戦争にも身を投じた。

 だからこそ、人よりも修羅場は潜ってるし、たいていのことには恐怖しないと思っていた。

 

「はは・・・そっか・・・私・・・・」

 

 だが、気づいた。かつて彼女が潜ってきた戦争の世界において、敵だった連中からして自分は雑魚に過ぎず、敵も自分たちに大して意識を向けていなかった。

 ゆえに、自分たちを油断せずに調べ上げて対策を打って、本気の気迫をぶつけてくることもなかった。

 

「初めてなんだ。ここまで徹底的に、そして真剣に戦いを挑まれるの・・・・」

 

 一方で、立海大付属は、例え王座に居ようとも向上する意思を忘れずに常に上へ挑戦し続ける選手たち。

 そもそもの気構えが違うのだ。

 それは、一度も本気で戦ったことのない早乙女ハルナにはないものであった。

 

「ねえ、夕映・・・」

「ええ、のどか。ハルナ・・・心が折れてるです・・・・」

 

 親友の二人にも見たことのないほど、やつれきった表情のハルナ。

 折れているのは、ハルナだけではない。

 

「・・・・ッ・・・この試合・・・・もう勝率が・・・・分析どころではない・・・・この私が・・・・解析されている・・・・」

 

 分析のできる茶々丸だからこそ、理解した。

 もはやこの勝負は、覆らないことを。

 

「情報を集めて分析して対策する・・・・・・それだけではダメだということですか・・・・・私も甘い、これではまだまだネギ先生のお役に立てませんね」

 

 そして、それはもはや周りで見ている者たちにも理解できるものとなっていた。

 

「同調(シンクロ)しているわりには、まだまだ動きが悪すぎるよ、二人共」

 

 しかし、それでもその表情が穏やかに微笑んでいる幸村。

 幸村はベンチから立ち上がり、コートに背を向けた。

 

「おい、幸村?」

「アップしてくるよ」

「アップ? 必要ねえだろ、これでもう俺たちの・・・」

 

 試合の勝敗はもはや明らかだった。

 そして、これで立海の勝利は確定になる。

 ならば、幸村がアップをする必要もないのでは?

 そんなジャッカルの言葉に幸村は首を横に振った。

 

「これは練習試合だよ。なら、五戦最後までやってもいいはずだ。それに・・・・・・」

 

 それに・・・そう続けて振り向いた先には、同じように試合に背を向けてアップに向かおうとしているエヴァと目が合った。

 

「これで終わりでは、どうやらあのお嬢ちゃんが許さないみたいだからね」

 

 エヴァンジェリン。その瞳は、これまで立海メンバーの誰もが見たこともない、異質な何かを孕んでいた。

 

「ああ、その通りだ・・・・・小僧」

 

 このままでは、終わらせない。終わらせるはずがない。むしろ、こちらから終わらせてやろう。

 これまでの勝敗すべてを無価値にするほどの勝利という結果で。

 その唯我独尊の魔女は、そう言っているような目をしていた。

 

「ゲームアンドマッチ・柳・柳生ペア・6—3!」

 

 最後までも超クール。簡単に握手を交わした柳と柳生に盛大な拍手が送られた。

 

「あ〜、もう、負けちった負けちった! は〜・・・・本気で真剣な人って・・・やっぱすごいね〜」

 

 頭をかきむしりながらも、完敗だとハニカむハルナ。

 

「・・・ええ・・・ですが・・・これもいいデータが取れたと思えれば・・・いえ、時間が経てばそのデータもまた更新されているのでしょうね・・・」

 

 悔しいという感情が芽生え、どこか複雑な心境の茶々丸。

 結果は圧倒されてしまった。

 

「とても有意義な時間でしたよ、お嬢さん」

「うき〜、最後の最後まで紳士だし」

 

 もう、ここまで来れば何もいう事もない。

 ハルナは「参りました」と頭を下げた。

 そして・・・

 

「柳さん・・・・」

「絡繰茶々丸・・・」

 

 ある意味では似たようなプレースタイルであった二人。

 しかし、機械のように冷静でいた人間柳蓮二と人間のように感情豊かなメカ絡繰茶々丸。

 皮肉にも、機械に徹した人間が勝利するという結果になってしまった。

 

「柳さん。自分のデータを信じられなくなった時点で私の負け・・・あなたはそう言いました」

「ああ」

「・・・教えてください・・・そういう時・・・あなたは、どうやって乗り越えますか? それとも、素直に敗北を受け入れるのですか?」

 

 茶々丸は知りたかった。自分はどうすればよかったのかと。

そして、これはテニスのみではなく、今後の茶々丸の人生をも左右させるもの。

 

「私には、夢があります。ある人の秘書として・・・傍にいて・・・支え・・・しかし、私にできることは限られています。これができなくなった私は・・・何を信じれば・・・」

 

 その問いかけに、柳は真剣な顔つきのまま、ほんの小さな笑みを浮かべて当たり前のように答えた。

 

「別にデータが信じられなくなったのなら、他のものを信じれば良いだけだ。それでも信じられないのであれば、たまには何もかもを捨てて思いっきり動いてみてはどうだ?」

「ッ!?」

「俺はデータテニスを得意としても、それを心の拠り所にしているわけではない。データが信じられなくとも、今日まで歩んで積み重ねてきた己自身を・・・ダブルスであるならばパートナーを・・・時には、無心となりてガムシャラにボールを追いかけて活路を見出す。例え信じるものがなくとも、勝機を見出そうとせぬ者に、過去を凌駕できん」

 

 それは、あまりにも単純なこと。

 

「結局は・・・・乗り越えるしかないということですね・・・・」

 

 茶々丸も気づけば笑ってしまっていた。

 

「最後の最後に最高のデータが手に入りました、柳さん」

「ふっ、お互い様というわけだな」

 

 ようやくガッチリと握手を交わした二人。

 茶々丸が、また一歩人間に近づいた瞬間でもあった。

 

 

 そして、この時点で団体戦そのものの勝敗は、立海の勝利となったのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特別場外試合:カリスマ・手塚&キング・跡部VS万能の博学・超鈴音&魔界のお姫様・ザジ
第21話『テニスの進化の果て』


 全ては、テニス界を震撼させる四人の男たちの合コンを見るため。

 そのために彼らは、厳重な警備を掻い潜り、この麻帆良学園都市へと降り立った。

 山吹中の壇太一からのソースによると、『皇帝』、『悪魔』、『怪物』、『殺し屋』の合コンは食堂塔。

 他の魅力的な施設や都市の風景等には目もくれず、青学と氷帝のテニス部員たちは、現場へと走った。

「しっかし、随分とバカでかい学園やな。氷帝もそれなりやと自負しとったが、こら、どえらいもんや」

「そうだな、ユーシ。まっ、麻帆良中テニス部なんて関東でも聞いたこともねえから、あんま興味も無かったけどな」

「だがよ、これだけの施設を誇る学校だ。もしテニスに力を入れたら、一気に駆け上がってくるかもしれねえ。長太郎! 分かってると思うが……」

「分かってます、宍戸さん! たとえ、どこが出てこようとも、全国の頂点に立つのは氷帝です!」

「おい、こら、鳳。テメエ……全国を連覇するのは、青学だ!」

「おっ、珍しくいいこと言うじゃねえか、海堂!」

 本来であれば、敵同士である彼ら。しかし今は同じ目的を果たすための同志として、いがみ合いながらも食堂塔を目指した。

 だが、その時だった。

「ん? 野郎共、止まれッ!」

 氷帝部長の跡部が先頭で止まり、一同を制した。その視線の先には、学園の名物とも言えるだだっ広い広場。世界樹の前であった。

 まるで御伽噺に出てくるかのような世界樹の壮大さに圧倒されて、思わず足を止めた? いや、違う。鋭く睨む跡部の視線の先には……

「これは……テニスコート?」

 明らかに不自然な景観。それは、噴水や屋外カフェテリア等の雰囲気溢れる空間の中に、明らかに異質な空間とも呼べる、一つのテニスコートが不自然に設置されていた。

 そしてそのコートには二人の中学生らしき少女が、まるで待ち構えていたかのように、氷帝と青学を迎えた。

「何者だ?」

 そう誰かが尋ねると、その声に二人の少女は答えた。

「私の名前は超鈴音。宜しくネ、全国屈指の名門校……青春学園及び氷帝学園テニス部の皆さん。歓迎するヨ」

「こんにちは。ザジ・レイニーデイです。以後お見知りおきを」

 日本人ではない。しかし、ただの外国人という雰囲気でもない。

 魔法とは無縁の世界に住む青学と氷帝のものたちにとって、彼女らの正体など、本来であれば想像もつかぬ無縁の世界の住人。

 しかし、それでも、スポーツとはいえ、一流という世界に身を置く者たちならではの独特の勘のようなものが、彼らに訴えていた。

 この二人は、只者ではないと。

 そんな風に考える彼らに、超はニッコリと笑った。

「今、私たちのクラスメートが、あなたたちの戦友でもある、立海大付属との団体戦の最中ネ。まあ、既に団体戦そのものの結果は出ているガ……」

 その発言に彼らは驚愕の表情を浮かべた。

 今年は、全国王座を逃したものの、日本でテニスをやる者にたちにとって、立海の名を知らぬものなど居ない。

「ちょっ、何言ってんすか? あんたらのクラスが立海と団体戦? それ、ほんとすか!」

「本当ネ。……桃城武くん?」

「ッ! なんで、俺の名前を……」

「本来……男子テニス部と試合の予定だったようだが、立海に恐れをなして全員ボイコット……それに対する謝罪と配慮として麻帆良女子中の私のクラスメートたちが代理となって試合をしているネ」

「……えっ、じょじょ、じょ、女子中ッ!」

 立海と練習試合をする。それは今後のテニス人生を左右させるほどのダメージを受けるかもしれぬほど、危険の伴うもの。

 ゆえに、立海と練習試合をするのは、同じく全国屈指の名門校や高校生ぐらいしか居ない。

 そんな立海と女子中が練習試合? それはもはや、驚くというよりも、呆れた茶番だと誰もが思った。

「なるほどな。あの真田が合コンとか、おかしいと思ったが、そういう経緯か。あ~ん? 亜久津と木手が居るのは気になるが、まあ、想像していたものと違うようだな。興ざめだぜ」

 女子中の娘たちとテニスをしている。恐らくそれを山吹中の壇は合コンと勘違いしたのかもしれない。

 跡部たちの脳裏には、キャぴキャぴしたか弱い娘たちに優しくテニスを教える立海の姿が想像できた。

 だが……

 

「ちなみに、試合についてだが……一試合目のシングルス……真田くんは相手が棄権により勝利……二試合目のダブルスの丸井くんジャッカルくんペアはも6-4で勝利」

「あん? 6-4?」

 

 真田が相手の棄権により勝利というのは不思議ではない。

 しかし、次のダブルスの結果は思わず声を出して驚いてしまった。

 何故なら、全国でも屈指のダブルスとも言われている、丸井とジャッカルのペアが、6-4とスコア的に接戦しているからである。

 さらに……

「続く仁王くんは、タイブレークの末に6-7で負け」

 

「ま、負けた? 仁王が! あの仁王が負けた……女子に? そんなバカな!」

 

「しかし、立海の敗北はそれだけネ。ダブルスの柳くん、柳生くんは、6-3で勝ち。ちなみに、切原くんも場外乱闘テニスで試合は途中で中断されたものの、ほとんど勝利といえる内容ヨ。……そう、結果的には麻帆良の完敗ネ」

 

 団体戦そのものは立海の勝利。それはおかしくないだろう。問題なのは、その内容だ。

 仁王の負け以外でも、スコアがかなり競っている。

 

「なあ、手塚ァ~。女共との親睦のために手を抜いたり花を持たせたり……あの、幸村や真田がやると思うか?」

 

 相手は同じ中学生の女子。

 全国トップクラスの立海が本気を出して潰すような真似をする相手ではないかもしれない。

 しかしだからと言って、このスコアや勝敗はどう思う? そんな跡部の疑問に手塚も迷わず答える。

 

「やらんだろうな。あの二人……いや、それが立海大の精神だ。たとえ相手が誰であれ、同じテニスコートに立つのなら全力で叩き潰す。それが彼らだ」

 

 そう、勝敗やスコアなど気にせずエンジョイテニスをするような連中ではない。

 そんなことは同じ関東で死闘を繰り広げてきた彼らだからこそ分かる。

 すると、超鈴音はニコリと微笑んだ。

 

「しかし、このまま負けっぱなしではつまらないヨ。だからこそ、私も一枚かむ事にしたネ」

 そう言って、超鈴音はラケットを男たちに向ける。

「さあ、かかってくるネ。ここを通りたくば、私とザジさんのダブルスを倒してみるネ」

 それは、女たちからの挑戦状だった。

 ここを通りたければ、自分たちを倒せと。

 

「アーン? 本気か? テメエは」

「君たちと試合をしろと……そう言っているのか?」

 

 その挑戦状も、本来の跡部であれば、鼻で笑って歯牙にもかけぬだろう。

 しかし、今は違った。

 

「時空王とテニスのお姫様。このペアに勝ってみるネ」

 

 あの、立海大が苦戦を強いられる麻帆良の者たち。

 そして目の前の二人もまた、ただの中学生の女子には見えない。

 ニコニコとした微笑みの裏に、目に見えない、底すら見えない何かが溢れている。

 だからこそ、跡部は笑みを浮かべた。

 

「ふん、立海が苦戦していることも含めて、貴様らに興味が出たぜ。おもしろい、この俺様がメスネコどもを相手してやる。そして、瞬殺してやる」

 ジャージの上着を投げ捨てて、ラケットを取り出してコートに足を踏み入れる跡部。

 そして、その跡部に一歩遅れるように……

 

「来年以降……麻帆良学園がテニス界に革命をもたらすなら……その力の一端をここで明らかにするのが、部長としての最後の勤め。だから、俺が出よう」

 

 名乗りを上げたのは、手塚国光。

 コートに並ぶ、跡部と手塚。その絶対にありえるはずのない光景に、青学、氷帝の選手たちからどよめきの声が上がった。

「す、すげえ! 跡部さんと、手塚部長のダブルス!」

「決して実現しないと思われた、夢のダブルスの完成だ!」

「ひょえ~、ダブルスなら俺と大石って思ってたけど、これじゃあ譲らないとダメだよね~」

「あ、ああ……それにこのダブルスは……」

 

 青学、氷帝、共にダブルス専用の選手や組み合わせが揃っている。

 そしてそのどちらのダブルスも、間違いなく全国トップクラスのダブルスの力を持っている。

 対して、手塚と跡部は、共にシングルス専用プレーヤーであると同時に、二人でダブルスを組んだことなどこれまで一度もない。

 しかし、それでも尚、誰もがこの二人のダブルスを見て、同じ思いを抱いた。

 

「こ、このダブルスは……日本の中学生……最強のダブルスだ……」

 

 全国大会でもその名を轟かせた、ダブルス専用プレーヤーでもある大石すら断言した。

 この夢のダブルスこそが、現在の日本最強だと。

 

 

「ふ~ん、やはりそう来たネ。まあ、その方が都合がいいネ。試合したいと思っていた二人がいっぺんに相手をしてくれるなら、ラッキーヨ」

 

「こちらも、全力で頑張らせていただきます。よろしくお願いしますね」

 

 対して、麻帆良側の、超鈴音とザジ・レイニーデイは涼しい顔のまま。

 その反応に、青学や氷帝の部員たちは、「この二人のことを知らないのでは?」とすら思うようになっていた。

 

 

「アーン? 随分と威勢のいいメスネコだな。まあいい。5分ぐらいは持ってくれよな? わざわざ俺様たちが相手をしてやるんだ」

 

「こちらこそよろしく。いいゲームをしよう」

 

 

 コートの中央で握手を交し合う四人。

 そして、トスの結果、サーブ権は麻帆良側になったようだ。

 

「それじゃあ、ザジさん。最初は私からいかせてもらうヨ」

「分かりました。単純なサイン等を決めておきますか?」

「フフフフ、そうネ。……まあ、必要ないと思うガ……」

 

 そして、最初にサーブを打つのは超鈴音。

 手塚も跡部も、そのサーブで相手がどの程度かを見極めようとしていた。

 

「ふふふふ、心躍るネ。こういう戦いが出来るのが、タイムトラベルの醍醐味ヨ。過去の戦を未来の技術と力で無双する。私tueeeなイベントヨ」

 

 この瞬間を待ちわびていたかのように、ワクワクとした表情を隠すことができない超鈴音。

 ボールを何度か地面につきながらリズムを取り、そして顔を上げる。

 

「先手必勝ネ!」

 

  スムーズで無駄のない洗練された動き。

 繰り出された超鈴音の高速サーブ。

 完璧なフォームから繰り出されたソレは、中学生女子が打つにはなかなかの剛球だった。

「いいサーブだ」

 サイドの隅に打たれたサーブはコースも完璧。

 しかし手塚は顔色一つ変えずに、相手のサーブを褒めながら、楽々とバックハンドでリターン。

「中学テニス界のカリスマにお褒め戴き光栄ネ! セイッ」

「ストロークも大したものだな」

 手塚のリターンを超も打ち返す。

 互いに相手のクロスでのラリーを続け、ベースラインに張り付いている。

 そして、二人とも無理に攻め込もうとはしない。

「へえ、女子で、しかもあんま体も大きくないのに、けっこういい球打つっすね、あの子」

「ああ。なかなかのレベルだ。それなりに自信があったのも頷ける」

 テニスの実力などは、相手のフォーム、そして球を一球見れば大体分かる。

 それなりの速度で、さらにコースも的確である。「テニスがうまい」というレベルには達している。

 だがしかし……

「でもまあ、手塚部長と跡部さん相手に、『自分たちに勝ってみろ』なんつーのは、スゲー度胸ありますけどね」

「確かに桃の言うとおりだ。彼女はそこそこうまい。だが、あのダブルスコンビに勝つのは99%不可能だ」

 そう、超鈴音はうまい。それは認める。だが、所詮はそれまでである。

 とてもではないが、手塚と跡部という日本最強とも言えるこのダブルスに勝つのは不可能だと、誰もが思っていた。

「ふふふ……ウォーミングアップラリーは、このぐらいでいいカ? 手塚さん」

「……?」

「では、そろそろ……こっちもいかせてもらうネ!」

 その時、十球近く続いたラリーの途中で超鈴音の顔つきが変わった。

「おい、手塚、なんか来るぞ?」

 前衛に出ている跡部が何かを察知した。

 それは、相手を見抜く洞察力にかけては、全国屈指を誇る跡部の勘がそう告げていた。

 無論、手塚も超鈴音が何かを企んでいることは空気を伝わって感じていた。

 だが、手塚はそれでも動じない。

「ならば、来い」

 正々堂々と待ち構えるのであった。

 フォアサイドに走る超鈴音。待ち受けて構える手塚に対して笑みを浮かべながら、渾身のジャンピングフォアショットを叩き込む。

 打球の音も一層高い。完璧なジャンピングショット。文句なしだった。

 だが、

 

「ジャンピングショット……鋭い打球……見事だ。だが――――」

 

 そう、その程度で手塚の後ろを抜くことは出来ない。

 

「大したショットだ。だが、あれで手塚からポイントを奪える確率はゼロパーセント」

「速い。流石は手塚部長、もう回り込んでる」

「いっけー、手塚! まずは、カウンターでポイントゲットだにゃー!」

 

 手塚は簡単にボールの正面まで回りこみ、そしてカウンター気味にリターンを打ち返そうとした、その時だった!

「ッ!」

 リターンをしようと、ラケットをテイクバックしたその瞬間、手塚はボールを見失った。

 それは、決して油断したわけではない。

「……15-0ヨ……」

 だが、ボールを見失い、気づけばボールは既に自分の背後にあった。

 コートには、ボールがバウンドしたと思われる跡がくっきりと残っている。

「な……手塚部長がポイント取られた!」

 思わぬ事態に青学桃城から声が上がる。

 だが、問題はそんなことではない。

「お、おい……今、そのよく分からなかったんだけど……ボールを見失っちゃって……」

「えええ? 大石も? 俺も俺もー! まばたきなんてしなかったのに、手塚がボールを打ち返そうとした瞬間、ボールが消えたよ!」

「は、はは、英ニ……な、なにを言ってるんだよ。ボールが消えるはずなんてないじゃないか。きっと、不二の消えるサーブや、千歳の神隠しみたいな技なんじゃ……」

「いいや、タカさん。僕のカットサーブや千歳の神隠しは、ただの急激なボールの変化でそう見えるだけ。でも、彼女のショットは、まるでボールそのものが消えたように見えたけど……」

 ボールが消えた。急激な変化? それとも目にも見えないスピード? いや、そういうレベルではない。

 まるでボールの存在が一瞬、この世から消えたかのような現象であった。

「……ああん? おい、手塚……」

「………」

「今……何が起こった?」

 

 表情こそ変えないものの、手塚も今の現象をどういうことなのか理解できないでいた。

 そんな中で、超鈴音は笑みを浮かべながら、サーブを構える。

「ねえ、さっさと打っていいカ?」

 余裕の笑み。起こった事象は説明できなくとも、舐められているのは分かる。

「ああん? 上等だ。俺様のインサイトで見極めてやる」

 次は跡部のリターンの番。跡部は腰を落とし、目を見開き、超鈴音の全てを凝視する。

 

「ハッハッハッハ、キングにそんなに見つめられると照れるネ。でも……見極められるカ? ソレッ!」

 

 超は、跡部のインサイトなどお構いなしとばかりに再びトスして、今度はジャンピングサーブを放つ。

 フラット系の威力のあるショット。

 だが、逆を言えば余計な回転などはかかっていない。ここから急激に変化することはありえない。

 ならば、打ち返せる。

「捉えた!」

 サービスラインに叩き込まれたボールを、素早いフットワークで正面に回りこんで、跡部は完璧なリターンを―――――

「ッ!」

「……30-0ネ」

「な、にい?」

 また同じことが起こった。

 目の前まで来たボールを打ち返そうとした瞬間にボールが消失して、気づけばポイントを取られている。

 跡部のインサイトでも見抜けない。それはボールの変化云々は関係なく、本当にボールが消えたことを意味するのである。

「おいおい、跡部がサービスエースを取られたぞ!」

「いや、そこちゃうやろ。問題なんは、ボールが消えた……ほんまに消えとるで」

 全国屈指の強豪校、氷帝学園のキング跡部すらも反応できぬ事態。

 中学テニス界のカリスマとキングを嘲笑うかのようなショットを繰り出した超鈴音は、いやらしい笑みを浮かべながら口を開く。

「ラケットとボールと運動能力。ただそれだけのテニス等、なんと原始的で時代遅れなことカ。魔法や科学を巻き込んだ『スーパーテニス』の世界で太陽系を制覇した私が相手では、いかにキングとカリスマといえども、役不足ネ」

 役不足。この二人を相手に堂々と告げる存在が同じ中学生で、しかも女子で存在するとは誰もが思わなかった。

「魔法……だと?」

「科学? メスネコ……どういうことだ、ああん?」

 それは、まだまだ世界を、そして進化した未来のテニスを知らない彼らにとっては仕方の無いこと。

 

「テニスの時代の一つの転換期とも呼ばれし、この時代。百年に一度の群雄割拠のテニス界に生きる者たちに、そのさらに百年以上先の、未来のテニスを見せてあげるネ」

 

 超の言葉の意味をまるで理解できていない二人に、超は再びサーブを構える。

「さあ、いくヨ! 必殺・時飛ばしサーブッ!」

 

 そして、手塚と跡部はこの後、知ることになる。

 二人がまだ知らぬ、テニスという一つのスポーツの進化の果ての世界を。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話『時空と悪夢』

「いやあ、ワリーね、みんな。負けちったよ~。いけると思ったんだけどね~」

「申し訳ありません。データや計算では図れぬ力に負けました」

 早乙女ハルナのアーティファクトにより出現した孫悟空が巻き起こした芭蕉扇の風により、本日何度目か分からないテニスコートの修復のために再びインターバルの時間を与えられた麻帆良及び立海の生徒たちは、休憩のために一旦コートから離れた場所に居た。

 敗北をハニカミながら謝罪するハルナと、申し訳無さそうに頭を下げる茶々丸。

 その二人を取り囲むように、クラスメートの娘たちは二人の戦いを労っていた。

 

「ううん。パル、マジで凄かったよ!」

「本当よ。世界の名選手たちの召喚だけでなく、孫悟空まで呼び出しちゃうんだもん!」

「茶々丸さんだって、すごい頭脳プレーだったよ。ベイビーステップのエーちゃんも真っ青だよ」

 負けたけど凄かった。

 正直なところ、彼女たちの活躍は、それで済んでしまうほどすさまじいものであった。

「確かに、どの試合も全て負けてもおかしくなかっただろい」

「ああ。実際、仁王は負けてるしな」

「弦一郎も、神楽坂アスナが途中棄権しなければ、どうなっていたかは分からない」

「ですが、実際に試合してみて彼女たちの凄さは分かりましたが、とてもではありませんが、青学や他の学校の人たちには教えられるものではありませんね」

 コートの修繕の間、ジュースでも飲もう。

 気の抜けたような誘いではあったが、既に団体戦の決着が済んでいる以上、別に固くなる必要も無い。

 確かにまだ一試合あるものの、それは本人同士が希望する、エキジビションのような親睦を兼ねた特別試合だ。

 だったらこれまで、試合しているものも見ているものも非常に疲れたので、お誘いを受けてもいいだろうというのが、立海メンバーたちの考えだった。

 実際、試合を一人終えている真田については、デートに行ったまま帰ってこないわけなのだから……

「それにしても、隠れた実力者たちの存在もそうだが、単純にこの学園は驚くほど大きいね。俺も知らなかったよ」

 麻帆良の中を歩きながら、改めてその広大な学園都市に感慨深くなる幸村。

 そんな彼の隣で、邪悪な笑みを浮かべたエヴァンジェリンが口を開いた。

「随分と余裕だな。貴様、そんなにのほほんとしているが、もう少し自分の身を心配したらどうだ? 病院送り程度では済まぬかもしれぬぞ?」

「それは困るな。俺はつい最近まで病気で入院していたばかりだから、また入院は部長としてチームに迷惑をかけてしまう」

「くくくく、ならば泣いて懇願して試合を拒否するか?」

 エヴァンジェリンの挑発。一部殺気も織り交ぜて、相手を威圧するようにプレッシャーを発する。

 しかし、幸村はどこ吹く風。決して乱れることは無い。

 その反応を見るだけで、エヴァンジェリンは気持ちが高ぶった。

 たかが中学生のテニス選手に、自分の威圧を受け流せる者が存在したのかと。

 だからこそ、早く血の沸き立つような試合をしたいと心が躍っていた。

 すると、その時だった。

「あっ、立海のおにーさんたち。こっちこっちー! こっちの世界樹前の広場を抜けた先にある食堂塔がもうすごくて……あれ?」

 ネギの生徒たちの案内で世界樹広場までたどり着いた一同。

 すると、そこにいつもと違う光景があった。

「あ、れ? えっ……なんで?」

「おいおい、……なんで世界樹広場にテニスコートがあるんだよ!」

 学園名所のひとつでもある世界樹広場。ロマンチックな告白場所だったり待ち合わせだったり、とにかく学園のイベントが絡んだものには欠かせぬ麻帆良きっての名所。

 だが、今日はいつもと違う光景がそこにあった。

 なんと、昨日まで無かった、ライン、そしてネット、すなわちテニスコートがあったからだ。

 しかも……

「な、なあ、ネギ君、しかもあすこで試合しとるん……」

「は、はい、木乃香さん……間違いないです……」

 そこではダブルスの試合が繰り広げられていた。

 そして、その片方のペアは、ネギと生徒たちにとってはよく知る二人。

 

「「「「「ざ、ザジさん! しかも、転校した超りんまで! しかもイケメン二人と試合している」」」」」

 

 そう、二人は紛れもない、クラスメートの二人であった。

 そして……

「おいおい、どうなってんだよ! しかも、あそこで試合しているのは……」

「これはどういうことぜよ!」

 立海メンバーも目を大きく見開く。

 何故なら、今、ダブルスの試合をしている片方のペア。

 それは彼らにとって、日本中学テニス界において知らぬものは居ない二人の天才。

「青学の手塚!」

「しかも、あちらは、氷帝の跡部くん」

「おいおい、コートサイドに、青学と氷帝のレギュラーたちも居るぞ! 何がどうなってんだ!」

「試合をしている? しかも、相手は……女子?」

 

 しかも、ただ居るだけではない。試合をしている。

 

 

「ブン太くんたち、あのお兄さんたち知ってるの? 高校……ううん、大学生?」

 

「いや、お前ら……あれ、みんなと同じ中学三年生……ああ見えて、同い歳だろい」

 

「「「「「「………………えっ!? ど、同学年!?」」」」」」

 

 

 フケた中学生に驚く生徒たち。

 それは、驚愕の事実。

 そして、柳蓮二が僅かに補足する。

 

 

「ちなみに、手塚と跡部の誕生日はともに10月だ。つまり……あの二人はまだ14歳なのだ!」

 

「「「「「なっ、なんだってーっ!?」」」」」

 

 

 その声に反応して、青学、そして氷帝のメンバーたちも立海の存在に気づいた。

 互いに気づきあった者たちが声をかけようとした、その時だった。

 

「貴様らの知り合いか? ……しかし、あのメガネの男……ほう」

 

 エヴァが突如目の前に現れたストリートテニスのコートに居る手塚の姿を見て何かに気付いた。

 それは、手塚から溢れるオーラが左腕に集中しているからである。

 

「ほう。あの小僧、真田とかいう帽子小僧と同じ、百錬自得の極みを使っているな」

 

 そう、手塚国光の究極奥義。百錬の力を使っているのである。

 それは、手塚国光が本気を出していることを意味する。

 

「あの手塚が……」

 

 その姿に幸村も驚き、そして一瞬で察した。

 手塚が百錬を発動させている。

 つまり、それほどの相手と戦っているのだと。

 

「この打球、決めてみせる」

 

 百錬のオーラを纏った手塚がフォアハンドの構え。

 強力無比な一撃がコートに突き刺さると、立海のメンバーは誰もが確信した。

 しかし、その対戦相手の少女は笑みを浮かべた。

 

「この超鈴音の前では、何者だろうとその『動き』は無意味となるネ」

「ッ!」

 

 超鈴音の打った打球は、決して速すぎるわけでも剛球過ぎるわけでもない。

 普通のストローク。

 打ち返すどころか、倍返しにしてポイントを奪うことなど、手塚にとっては朝飯前のはず。

 だが……

 

「ッ!?」

 

 打ち返そうとした瞬間、ボールは消え、気付けばポイントを取られているという結果しかそこにはなかった。

 

「い、今のは……」

「……おい、今、何が起こった? ボールが、なんか、気付いたら手塚の後ろに……」

「い、いや、すまない。俺もまばたきをしてしまったのか、見失った」

「……これは……」

 

 目の前で起こった一瞬の出来事に目をこすって首を傾げる立海メンバー。

 思わずボールを見失ってしまった。今、この瞬間にコートに現れた彼らにとっては、その程度までしかまだ分からなかった。

 だが……

 

「あが。あががががががががが……」

「あ、あの、ネギ先生……ネギ先生、い、今のは……って、ネギ先生、驚愕し過ぎて顎が外れてます!」

「ま、まさか、超殿は……あの手を使ったでござるか?」

「どうして、超がここに居るアル!」

「いや、そうじゃねえだろ! 今、素人の私でも分かるぐらいボールが消えて……んで、あの女、ディアボロと同じセリフを言ったぞ! まさかっ! お、おい、ウソだろ? まさか、アレをやったのか!」

「ち、千雨ちゃん、ど、どういうことなん? 超さん、何したん? ディアボロって誰なん?」

 

 麻帆良勢は何が起こったのかは分かっているようだ。そのうえで驚いた顔をしている。

 

「くくくく、なるほどな……そういうプレーもできるわけか。面白いではないか」

 

 唯一、エヴァンジェリンだけが機嫌良さそうに笑っていた。

 そして……

 

「ゲーム! これで、私たちが1-0でリードネ」

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 それは、立海にこれ以上ないほどの衝撃を与えた。

 何故ならば、メンバー全員が全国トップクラスの実力を誇る立海メンバーといえども、この二人の実力だけは自分たちと同等以上の全国区選手と認めていた。

 青学の手塚。

 氷帝の跡部。

 どうして、二校がここにいて、そして何故この二人がペアを組んでダブルスをしているのかは分からないが、それでもこの二人がリードされるなど、この二人を知る者たちからすればありえないこと。

 だが一方で、自分たちを苦戦させた麻帆良女子中の生徒たちの関係者と思われる対戦相手の二人の女生徒。

 彼女たちの知り合いであるのならば、ひょっとしたらそんなことがありえるのか? とも思ってしまった。

「立海……」

「ああん? 随分とワラワラと愚民どもが集りやがって……随分と楽しそうじゃねえか、立海……ああん? 人の屈辱の場面に現れやがって」

 手塚と跡部も集った生徒たちや立海の存在に気づく。

 その瞬間、テニスコートの回りが一斉に騒がしくなった。

「ちょ、な、なんで超さんがここに居るんですか! しかも、ザジさんとダブルスで……っていうかその人たちは?」

「おお、久しぶりだな、ネギ坊主。まあ、でも話は後ネ。今日は謀など何もなしネ。純粋にテニスをしに来ただけヨ」

「じゅ、純粋に? 純粋……ほ、本当に『純粋なテニス』ですよね! 余計なものを足したりするテニスじゃないですよね!」

「うむ、『純粋なスーパーテニス』ネ」

「すっ、すーぱー……な、なんなんですか、それは!」

 

 軽口叩いて笑顔を見せる超に、ネギたちは衝撃を隠せない。

 その態度は余裕。

 その姿は跡部の琴線に触れた。

「ああん? テメエ、何を試合中にゴチャゴチャやってやがる」

「ん? どうかしたカ? 跡部さん」

「どんな手品か知らねーが、俺様たち相手にいつまでも余裕でいられると思うな」

 コートに落ちているボールを拾い上げ、今度は自分のサービスゲームだと鋭い眼光を光らせる跡部。

 麻帆良の女生徒たちも、立海も関係ない。

 今は、自分のゲームに集中して、この生意気な娘たちを蹴散らしてやると、跡部の闘志に火がついた。

「まったく、この俺様を誰だと思っていやがる。なあ、樺地!」

「ウス」

 高いトスを上げる跡部。リターンを構えるのは、ザジ・レイニーデイ。

 ザジは腰を落とし、跡部のサーブを待ち構える。

 そして……

「くらえっ! タンホイザーサーブだッ!」

 その瞬間、そのサーブの力を知る男たちから声が上がる。

「跡部のタンホイザーサーブだ!」

「意図的にイレギュラーバウンドを起こす、跡部の必殺サーブだぜ!」

 その目を見開いて、跡部の力を思い知れと沸き立つ男たち。

 だが、待ち構えるザジは冷静だった。

「これは……意図的にイレギュラーバウンドを起こすサーブですね。僅かでも弾むのであればライジングで……いえ、このキレならば全くボールは弾まない……ならば」

 ザジが左手を前にやり、右手のフォアショットのテイクバック。

 無理だ。何をやろうと、弾まぬボールをリターンできるはずが無い。

 男たちは、跡部のサービスエースだと確信していた。だが、

 

「引力操作により、ボールを浮かせれば問題ありません」

 

「「「「「……………………………………はっ?」」」」」

 

 

 その時だった。

 サービスラインに叩き込まれた跡部のサーブ。

 本来なら、ここからボールが全く弾まずにサービスエースを取れる。……はずだった、

 しかし次の瞬間、跡部のサーブは不自然なバウンドをして、絶対浮くはずの無いボールが跳ねたのだった。

「な、なにいっ!」

 まさかボールが弾むとは思わなかった跡部の驚きは隠せない。

 だが、事実は事実。そしてザジは冷静にフォアハンドのクロスでリターンに成功。

「跡部ッ!」

「ッ!」

 打ったサーブの感触から、失敗したとは思えない。

 しかしボールがバウンドした。

 その事実に衝撃を隠せない跡部の反応は遅れたが、手塚の声で慌てて返されたボールを追いかける。

 しかし……

 

「いきます。ナイトメアボール、発動です」

「ッ!」

 

 打ち返されたボールを自分も打ち返そうとした跡部。

 だが、次の瞬間、コートに小さな黒い渦上の何かが発生。

 その渦にボールがバウンドと同時に飲み込まれたかと思ったら……

 

「ッ、手塚ァ!」

「……ッ!? これは……」

 

 跡部の目の前で発生した小さな黒い渦が、手塚の真後ろでも同時に発生。

 気付いたときには、手塚の真後ろに発生した黒い渦からテニスボールが飛び出した。

 

「なっ……ちょ……い、今の、み、見たか?」

「跡部の目の前まで迫っていたボールがバウンドした箇所で、突如コートに発生した黒い渦にボールが飲み込まれ……」

「隣に居た手塚の真後ろでもその渦が発生して……そこからボールが飛び出した……?」

 

 いま、一体何が起こったのかが誰にも分からない。

 これは、夢か、幻か、それとも現実なのか誰にも理解できない。

 弾むはずのない跡部のサーブが弾み、目の前にあったはずのボールが違う個所から飛び出してきた。

 これには、跡部も手塚も絶句せざるを得ない。

 それは、麻帆良勢も同じ。

 そして、ネギなど失神寸前である。

 

「ほう……引力に空間転移か……こちらもまたやるではないか。正に、悪夢だろうな、あの小僧どもには……」

 

 およそ、テニスの試合では絶対に出てこないと思われる単語を機嫌良さそうに呟くエヴァ。

 

「どうなっていやがる……」

 

 コートに転がるボール。

 恐る恐る跡部が手を伸ばしたが、そのボールはやはり何の変哲も無い普通のテニスボールだった。

ならば、今の現象はどういうことだ?

 

「重力や引力など、私の力の一つにすぎません。空間干渉、ボールの生物化、幻術、気候すらも自分に都合よく操作できます。ちなみに、サーカス団も営む私の素の身体能力も侮らないでくださいね?」

 

 困惑する跡部と手塚に対して、ザジが語りだす。

 ついに、魔界のプリンセスがそのベールを脱ぐ。

 

 

「これが私のテニスです。テニスのお姫様とまで呼ばれた、私のプレースタイル。あらゆる魔を極め、テニスと融合させた。その名も―――――」

 

 

 すると、ラケットを振りぬいた体勢のまま、今度はザジ・レイニーデイが告げる。

 

悪夢(ナイトメア)庭球(テニス)

 

 

 それは、魔の深淵の世界。

 

「「「「「ザジさんのキャラがーーーーーっ!?」」」」」

 

 

 日本の全国区のプレーヤー? それがどうしたとばかりに告げられる、魔の深淵の力が、キングとカリスマに襲い掛かる。そして同時に……

 

「お、おいおい、マジかよ、あいつら……って、ん? 先生、どこいくんだよ?」

 

 世界樹前広場で繰り広げられる、トンデモテニスにもう頭が痛くなる長谷川千雨。

 そして、その時、フラフラとしたネギの姿に気づき、訪ねてみると、ネギは爽やかな微笑みで……

 

「あっ、千雨さん。すみません、僕……ちょっと辞表書いてきます」

「んなっ、ちょ、先生!」

「僕がオコジョになっても、皆さん、僕のことを忘れないでくださいね。あと、カモくん。オコジョライフについて色々と教えてね?」

「せんせええええっ!」

 

 不可避な未来を諦めて、受け入れることにしたネギだった。

 




ザジさんなら、なんでもできる。だって、ザジさんだもん


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話『微妙な戦績』

 時間を操作するテニスプレーヤーと、引力や空間を操作するテニスプレーヤー。

 テニスの前提を根本から破壊するかのような二人のプレーヤーは、この場に集ったテニスにおける全国トップクラスの学校の者たちの度肝を抜いた。

「そ、そんな、手塚部長と跡部さんが、一ポイントも取れずにゲームを取られるなんて……うそだろおっ!」

「うるせえぞ、桃城! 部長と跡部さんがこのまま終わるわけねえだろうが。ビビッてねえで最後まで黙って見てろ」

「あんだと、マムシ! 誰がビビッてるだ!」

「ああん、やんのかコラァ!」

 目の前の信じられない現実から目を背けるかのようにいがみ合う二人。だが、この現実を直視できないのは彼らだけではない。

「し、信じられない。一体どういう原理で……こんなテニス、データにもない」

「データどころじゃないよ、乾。むしろテニスの長い歴史の中でも、こんなものはありえないよ」

「ば、バカ言うな、不二。に、人間に、時間や重力を操作することなんてできるはずが・・・」

 そうだ。こんなことありえるはずがないのだ。

 しかし、この事実はどう説明すればいい?

「ちっ、どいつもこいつもビビりやがって。時間や重力を操作? ああん? そんな非現実的な力より、俺様の力を信じやがれ! 俺様を誰だと思ってやがる!」

 気落ちする面々に対して、自分を鼓舞して前を向く跡部。

 再びトスを高く上げ、必殺のサーブを解き放つ。

「くらえ、タンホイザーサーブだッ!」

 再び意図的にイレギュラーバウンドを起こすサーブ。

 今この瞬間に辿りついた麻帆良の生徒たちも目を見開いた。

「エヴァンジェリンさん、あのボールの回転。私の試合で仁王さんが使っていた……」

「ああ。ドライブCとかいう、ボールを意図的にイレギュラーバウンドさせるショットだ。あれをサーブだけでやるとは、あの濃い顔の小僧、なかなかやるな」

 一球打つだけでそのプレーヤーがどれほどの高度な技術を駆使しているのかがエヴァたちには分かった。

 だが、相手が悪かった。

「無駄ヨ! ザジさん、頼むネ!」

 レシーブの体勢に入る超は、ザジに一声かける。するとザジが再び未知の力を発動させたことで、本来弾まないはずのタンホイザーサーブが浮き上がった。

「ッ、やはりか! こいつ、本当に俺様のボールの重力を操っているのか?」

 弾みさえすればただのボール。超は余裕でフォアハンドクロスにボールを打つ。

 しかしその時、手塚が動いた。

「ならば、俺も試そう」

「ぬっ!」

 超のリターンと同時に横に走って、ポーチに出る手塚。

 そしてボレーと同時に、手塚もまた伝家の宝刀を抜く。

「捉えた」

 ネット際ギリギリに落とすドロップショットだ。

「出たでー、手塚の十八番!」

「零式ドロップッ!」

 コートに落ちればボールは全く弾まずにバックスピンで転がるほどの威力。

 全国の猛者たちに畏怖されてきた手塚国光の必殺ショット。

 青学、氷帝、立海のメンバーもその力を知るからこそ歓声が沸き立つ。

 そして、手塚はさらにもう一つ行動を起こした。

 

「そして……どういう原理かは知らないが、本当に時が操作されているか、これで見極めよう」

 

 その時、手塚が自分で右手の親指を歯で僅かに咬み、次の瞬間指から血が溢れてコートにポタポタと血が垂れる。

 この攻防の中でソレに何の意味があるかは、ほんのわずかな人間にしか分からない。

 

「手塚部長、まさか!」

「ちょ、あのメガネのお兄さん、何やってんの?」

「ッ! あれは! ま、まさか、ポルナレフが使っていた……」

「いや、千雨ちゃん、ポルナレフて誰なん?」

 

 ドロップショットを打った後、手塚は自分の指からコートに滴り落ちる血をジッと見ていた。

 そして、手塚のドロップに対して、超とザジは……

 

「ザジさんっ!」

「了解です」

 コートに落ちれば全く弾まない手塚の零式ドロップ。

 だが、全く弾まないボールだとしても、ここにはザジが居る。

 ザジの能力により、全く浮かないはずの手塚のドロップショットが、バウンドしたのだ。

「ッ!」

「ちい、手塚のドロップまで。だが……これなら!」

 確かにボールは弾んだ。

 だが、たとえ弾んだとしてもそれを返球できるかはまた別の話。

 完全に虚をついたドロップショットゆえに、ベースライン上に居る超は、今から走っても間に合わない。

 ならば……

「だから無意味ネ。時空を司るテニスの前には無意味ヨ」

 その瞬間、先ほどまでベースライン上に居たはずの超鈴音が、気づけばネットギリギリにつめていた。

 それはスピードなどというものではない。

「な、ななな、どういうこと! あの子、瞬間移動?」

「まさか……また時を止めたのかッ!」

 そう。ドロップショットに追いつかないのなら、時間を止めればいい。

 時間さえとめれば、ドロップショットなどただのチャンスボールだ。

 そして、今、超鈴音とザジのやらかしたことを瞬時に察知したネギと生徒たちは一斉に叫ぶ。

 

「「「「「ふ、ふ……二人ともそれはズル過ぎるッ!」」」」」

 

 魔法と超科学を駆使したテニスを使う二人に、魔法の事情や超鈴音の力を知る者たちは顔を青ざめて思わず叫んでしまった。

 しかし、超鈴音はどこ吹く風。

「おやおや、みんなもつれないネ。これが今後百年後の世界において常識となる、スーパーテニスヨ!」

 時間を止めて手塚のドロップショットを鼻歌交じりで打ち返す超鈴音。

 その瞬間、テニスを根本から破壊されたかのような現実に、男たちが絶望の顔を浮かべた。

 だが、その時だった!

「……へっ?」

 超はショットを叩き込んだと思っていたが、そのボールは途中で変化し、アウトになってしまったのだった。

 予想外のミスに超鈴音も目を丸くした。

 一方で手塚は……

「最後の一ポイントを取るまで、油断しないことだ」

 

 

 まるでこうなることが分かっていたかのような表情。

 それを見て、超鈴音はハッとなって気づいた。

「ッ、そうカ! 今のはただの零式ドロップショットではないネ! ……これが噂の……手塚ファントム……」

 手塚ファントム。その言葉が発せられた瞬間、絶望の淵にいた男たちの表情が、僅かな希望を見つけたかのように晴れた。

「で、出たーッ! 手塚部長の手塚ファントム! ボールの回転を操って、どんなボールもアウトにしちまう、手塚部長の究極奥義!」

「そうか! いかに時間を止めようと、相手のボールを全部アウトにしちまえば!」

「さすが、手塚だ! このまま黙ってやられるあいつじゃない!」

 時を止め、重力を操作する相手に対抗するための手塚の奥義。超鈴音とザジはこの試合初めて、ポイントを失った。

「そうカ。時を止めた瞬間は全ての回転が止まって見えるものの、再び時を動かせば回転はよみがえる。私がいかに時を止めてボールを返球しようとも、全てアウトにされれば無意味……ということネ」

 油断もあったかもしれない。しかし、魔法と超科学の力を駆使した自分たちが、テニスの技でポイントを失った。

 

「え、エヴァちゃん、い、今の何なの? 超りんの打ったボールがいきなり曲がってコートの外に……」

「ほほう。日本人で……アレを使えるか……何者だ? あのメガネ」

 

 エヴァですら感嘆の声を上げる光景。

 この事実は、超とザジに大きな衝撃を与え、同時にメラメラと闘争心が湧き上がった。

 そして、更に手塚は、嚙み切った自分の指を掲げて告げる。

 

「しかし、どういう原理かは知らないが、どうやら錯覚や催眠などではなく、本当に時が飛んでいるようだな」

「……ん?」

「コートに滴り落ちていた血の量が、一瞬で増えた」

「ッ!」

 

 時が飛んでいるかのような現象。その現象が現実かどうかを手塚は確かめたのである。

 

「ちょ、本当っすか! と、時が飛んでるって、そんな馬鹿な! 一体、どんなことをやったらそんなことが出来るって言うんすか!」

「わ、分からん。しかし、手塚はそれを確かめるために血を流したのか……」

「恐ろしいね。今、僕たちは何を見ているんだろう」

 

 時が飛んでいることを確かめた。しかし、確かめたことにより、今、目の前で起こっているこの事態をどう頭の中で解釈すればいいのかを誰もが理解できないでいた。

 蹲っているネギを始め、もう呆然としている刹那たちを除いて……

 そして……

 

「いや、問題はそれだけやないやろ……」

 

 問題はそれだけではない。そう口にするのは、氷帝の忍足。

 そう、彼の言うように、奇怪な出来事は時が飛ぶだけではない。

 あの、ザジが使った、重力操作についても――――

 

 

「手塚のやつ…………JOJO読んどるんやな……」

 

「「「「「たっ、確かにッ!?」」」」」

 

 

 ……重力操作や時飛ばしの前に、そっちの方がテニス界にとっては衝撃だった。

 

「なあ、千雨ちゃん、どういうことなん?」

「ほんと、JOJOって確かあれでしょ? 今度実写映画化するやつ!」

 

 ちなみに、元ネタを知らない麻帆良女子中の生徒たちからはそんな声が漏れた。

 その声に対し、長谷川千雨は突如堪忍袋の緒が切れたかのように怒鳴り散らした。

 

「この、ゆとり共が! JOJO知らねーとか、なめてんのか! つうか、実写化の話題を出すんじゃねえ! そもそもキャスティングだけで既に怒号が飛び交うぐれーなんだからよ! つうか、実写版から入るな! JOJOは原作から入れ! つうか、原作だけ読め! んで、好きなキャラでDIOとかいうのはにわかだからな、ちゃんと読みこめ! そうすりゃ、今目の前で起こったディアボロとポルナレフのシーンを理解できる! つうか、ディアボロ知らねえなんて、まずはアバッキオに謝れ! そして断じて、アバッキオが命がけで残したディアボロのデスマスクが本人と全然似てないとかツッコミ入れんなよな!」

 

 とまあ、回りがドン引きするように熱弁する千雨。本来なら、時飛ばしサーブとか、重力操作ショットとか、そして今の手塚ファントムとか、ツッコミどころ満載な出来事が山ほどあったにもかかわらず、彼女のツッコミも全然別の方へと向かってしまったのだった。

 ちなみに、その千雨の熱弁を見ていたJOJOファンの男たちは密かに「語り合いたい」と思ったのは、また別の話。

 

「ふふふ、外野も盛り上がっているネ。なかなか、いいネ。それでこそ、過去まで来た甲斐があるというものヨ」

「ええ。楽しいゲームになりそうですね」

 気づけば二人とも好戦的な笑みを浮かべている。

 それは、「本当の戦いはこれから始まるのだ」とワクワクしているかのような表情だ。

「あ、あのマスター……ちなみに、今、あのお兄さんは何をやったんですか?」

「……あのメガネの若造……驚いたな。立海の小僧共が特別かと思ったら、あの二人も傑物だな」

「ちょっ、あのエヴァちゃんが驚いてる……っていうことは、やっぱ今、すごいことがあったんだ!」

「うん。私たちには超りんが下手で勝手にアウトしたようにしか見えなかったけど」

「よーし、イケメン兄ちゃんたちも頑張れーッ!」

 一矢報いた男たちにギャラリーたちも沸きあがり、歓声が上がる。

 そして、歓声が上がったのならば、この男だって黙っていない。

 

「フハハハハハ、随分と盛り上がってきているじゃねえか、アーン? 手塚ァ」

「跡部。言ったように、どうやら本当に『時』が動いているようだ」

「ふん。まさか、貴様の口からそんな言葉が真面目に出てくるとはな。だが、それがどうした?」

 

 強気な笑みを浮かべる跡部。

 彼は、右手を掲げた。

 

「手塚ァ、時が動こうと、重力が変化しようと、この場に俺様が居るのならば関係ねえ。俺様を誰だと思っている。アーン?」

 

 最初はギャラリーが部員たちだけだったためにいつものルーチンが出来なかったが、これだけ集れば十分だ。

「おっ、跡部のやつ、俺らにアレをやれって言ってんだな?」

「やれやれ。まあ、逆に跡部がアレをやらないと、こっちも調子が狂うからな」

「しゃーない。手伝ってやるか」

 

 跡部はギャラリーたちに次々と指を指していくと、それを察した、青学、氷帝、そして立海の面々がそれに応える。

 

「ねえ、ジャッカルくん、どうしたの? それに、あのイケメン兄ちゃん、何をしようとしているの?」

「ふふ、黙って見てな、女ども。ちょっと、面白いのが見れるぜ?」

 

 そう、アレだ。

 

 

「勝つのは氷帝――――ッ! 勝つのは跡部!」

 

 

 それは突如、麻帆良世界樹前広場で起こった。

 

 

「えっ、な、なに?」

「何が始まろうとしているの?」

 

 思わずビクッとなる麻帆良生徒たち。

 そんな生徒たちにお構いなく、男たちは叫んだ。

 

 

「「「「「勝つのは氷帝! 負けるの麻帆良! 勝つのは氷帝! 負けるの麻帆良! 勝つのは氷帝! 負けるの麻帆良! 勝つのは氷帝! 負けるの麻帆良! 勝つのは氷帝! 負けるの麻帆良! 勝つのは氷帝! 負けるの麻帆良! 勝つのは氷帝! 負けるの麻帆良! 勝つのは氷帝! 負けるの麻帆良! 勝つのは氷帝! 負けるの麻帆良!勝つのは氷帝! 負けるの麻帆良!」」」」」

「「「「「勝者は跡部! 勝者は跡部! 勝者は跡部! 勝者は跡部! 勝者は跡部! 勝者は跡部! 勝者は跡部!  勝者は跡部!  勝者は跡部! 勝者は跡部! 勝者は跡部! 勝者は跡部! 勝者は跡部! 勝者は跡部! 勝者は跡部! 勝者は跡部! 勝者は跡部! 勝者は跡部!  勝者は跡部!  勝者は跡部! 勝者は跡部! 勝者は跡部!」」」」」

「「「「「キング! キング! キング! キング! キング! キング! キング! キング! キング! キング! キング! キング! キング! キング! キング! キング! キング! キング! キング! キング! キング! キング! キング! キング!「キング! キング! キング! キング! キング! キング! キング! キング!」」」」」

 

 それは、氷帝コール、跡部コール、キングコールというオンパレード。

 もはや何が起こっているのか分からない麻帆良の生徒たちはポカンとした表情しか出来ない中、跡部の表情はエクスタシーを感じているのかのように悦に入り、そして最後に手を天にかざして、指をパチンと鳴らす。

 

「勝者は……俺だ!」

「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」」」」」

 

 それはカリスマなのか、宗教団体なのか、もはや何がどうなっているのか分からない麻帆良の生徒たちは、顔を引きつらせながら呟いた。

「ねえ、これって応援なの? なんかむしろ、イジメじゃない? 私、キングとか言われたら恥ずかしくて耐えらんないよ」

「ってか、マナー違反とかになんないの?」

「わ、私は恥ずかしくてあんな応援絶対に無理……でも、あの人、すごい嬉しそう」

「千雨ちゃん、大丈夫?」

「くそ、立海の超人たちが、人間的にまともに見えて来た……もう、勘弁しろ」

「ふん。随分と偉そうだな、あの小僧。おい、茶々丸。あの濃い顔の男は何者だ? 調べろ。あんなエラそうにできるほどの実力があるのか?」

 とまあ、散々な評価であった。

 

 

「マスター、今、検索終わりました。まず、彼らは青春学園テニス部と、氷帝学園テニス部、共に全国で名の知れたテニスの名門校。ちなみに、青学は今年の全国大会で立海を倒して優勝しております」

 

「ほう。こいつらを倒したのか……」

 

「まず、氷帝学園についてですが、東京都に存在する幼稚舎から大学までの一貫教育を行うマンモス校。中等部テニス部は毎年都大会・関東でも優勝候補です。そして、今コートに居るのは、二百名のテニス部員の頂点に立つ、部長の跡部景吾。全国に名の知れた選手です」

 

「ふむ」

 

 

 茶々丸の短時間の調査での跡部の情報が語られ、麻帆良生徒たちはその情報に全員が耳を傾けた。

 だが……

 

 

「そして、歴代最強とも呼ばれた今年の氷帝学園の戦績ですが…………都大会五位」

 

「「「「…………? 五位?」」」」

 

「関東大会は、一回戦負け」

 

「「「「「い、一回戦負け?」」」」」

 

「そして、開催地枠というもので全国大会にも出場しましたが、準々決勝で敗退……以上です」

 

 

 これだけド派手なパフォーマンスをやらかす、キングと呼ばれた男の所属する氷帝学園。

 その戦績に、麻帆良生徒たちは……

 

「えっ、な、なんか微妙……」

「ねえ、まき絵……あんたさ、新体操で夏の県大会でさ……」

「うん、私、県大会四位……」

「まき絵の方がスゲーじゃん。なのに、あの人って、そんな微妙な成績であんなにえばってんの?」

 

 あまりにも正直すぎる女子たちの反応。

 

「ぷっく、くくくく」

「おい、ブン太、笑うな」

「だっ、だってよ~、あの跡部にこんなことを言う奴らがいるとはよ」

「ぷりっ」

 

 ちなみに、立海勢は間近でその女子たちの会話を聞いてしまい、物凄く笑いを堪えるので必死だった。

 

「う~む……たたずまいは、只者ではないと思ったが……県大会五位か……。で。茶々丸。隣の優勝した学校は?」

 

 エヴァもまた顔をしかめて跡部に対して微妙な顔をしている。

 そして、その興味はすぐに隣の手塚に。

 茶々丸も言われた通り、すぐに青学についても語り始めた。

 

 

「はい、青春学園も氷帝学園と同じように関東にあるテニスの名門校です。昔は中学最強の学校でもありましたが年々力が落ちており、都大会や関東での優勝は遠ざかっていました。しかし、一昨年より再び力をつけ、ついには今年、都大会、関東大会、そして全国大会を制覇しました。そのチームを率いるのは、一年の頃より全国に名を轟かせていた、あの、手塚国光とよばれし、中学テニス界の至宝とも言われた選手です」

 

「ほほう。つまり、スーパーエリートというわけか。なるほどな」

 

「「「「「おおおお、イケメンで更に強くて実績もある……キングってむしろ、こっちじゃない?」」」」」

 

 

 青春学園の輝かしい戦績には、エヴァやクラスメートたちも感嘆の声を上げる。

 そう、そもそも、全国優勝ということは、今ここに居る立海大を倒したということなのだ。

 それはつまり、本物の――――

 

 

「ちなみに、マスター……」

 

「ん? どうした、茶々丸」

 

「その……手塚国光の個人的な戦績ですが……大将に回ることが多いために試合数は多くありませんが……関東大会の一回戦で、その一回戦負けをした跡部景吾に敗退しています」

 

「……な、なに? えっ? あのメガネ、中学最強じゃないのか?」

 

「さらに……立海との全国大会決勝でも……立海の真田さんに負けています……」

 

「なな、え、なにい? あのメガネ、帽子小僧に負けてるのか?」

 

 

 エヴァの反応、そしてクラスメートたちも同じように目を丸くした。

 何だか、知れば知るほど微妙な選手なのではないかと誰もが思い始めていた。

 

「……ぷっ……」

「あ、ゆ、幸村すら笑ってる……」

「そ、そりゃあ、あの手塚と跡部をこんな評価するとはな……」

「ま、まあ、このまま黙って見てりゃ、あいつらが戦績だけで分かるような奴らじゃねえって知ることになるが、それにしても……」

「哀れなり。跡部、手塚」

 

 立海は、もう笑うしかなかったのだった。

 

「アーン? 何だか、騒がしいが、とにかくこれで俺様も満足だ」

 

 

 とりあえず、麻帆良生徒たちの会話は聞かれていなかったためか、一応は跡部も満足そうに笑っていた。

 そう、跡部にとっては必要不可欠な儀式が完了したのだ。

 跡部は、自信に満ち溢れた表情を浮かべて、さらに宣言する。

 

「ふん。お姫様だか、時空王だか知らねーが、それがどうした、アーン? 俺がキングだ!」

 

 麻帆良生徒たちからは「微妙」と呼ばれた、キングの反撃開始であった。

 

「いくぞ、愚民どもッ! ハアアアアッ!」

 

 跡部は「15-15」のコールと同時に唸るようなサーブを放つ。

「ザジさん! 今度はタンホイザーじゃないヨ!」

「分かっています」

 小細工無しの、洗練されたフラットサーブだ。

 コースも速度も申し分ない。

 だが、それだけならば、異形の力を使うまでも無く、ザジの技術で問題なくリターンできた。

 こちらもまた、急速や高さなども申し分の無い球筋だった。

 すると跡部は……

 

「どんなに時を止めようと、どれだけ重力を操ろうと、目に見えないものに反応できるか?」

「「ッ!」」

「ほうら、凍れ」

 

 その瞬間、まるで凍りついたかのように、超とザジの動きが止まった。

「出たーッ! 跡部さんの必殺!」

「相手の死角を突く、氷の世界だ!」

 それは相手の眼の死角を突くなどというレベルのものではない。

 時を止める超鈴音ですら、一瞬、時が止まったかと勘違いしてしまうほど、気づけば跡部のストロークが、超とザジの間を抜かれてしまったのだった。

「ッ、ほう……あの小僧……」

 先ほどまで、跡部の態度に不愉快そうな顔を浮かべていたエヴァだったが、この瞬間、目を大きく見開いて身を乗り出した。

「え、い、今、な、何があったの?」

「なんか、超りんとザジさんが一歩も動けないで普通にポイント取られたけど……」

 そう、傍目から見れば、今のは超とザジが簡単にポイントを取られただけにしか見えない。

 しかし、今のポイントにはもっと深いものがあった。

「あの、解説者エヴァちゃん、御願いします」

 何が起こったのか分からない生徒たちは、もはやおなじみとなったエヴァの解説に頼る。

 エヴァもその問いには、文句一つ言わずに答えた。

 

「テニスにおいて……絶対に返せない球……というものがある。それは……思考の死角。人間は、自分の意識が想定していない箇所に想定外の速度で打ち込まれたものには、反応することすらできない」

「思考の……死角?」

「あれでは、魔法の発動のタイミングも、時を止めるタイミングも図れない。正に相手の姿、佇まい、そして思考すらも見抜いてしまう、常人離れした眼力……インサイト能力が無ければ不可能」

 

 手塚に続き、このまま終われるはずが無いキングが、ついに本領を発揮した。

 

「俺様の美技に酔いな」

 

 今こそ、キングによる国家創生の物語が始まるのであった…………

 

 

 

 

 

 

 ……かに見えた。しかし……

 

「ふふ、狙い通りネ、ザジさん」

「ええ、想定の範囲内です」

 

 内心では、超鈴音とザジはほくそ笑んでいた。

 

 

「古今東西、今も未来も魔界も変わらない。調子に乗った者を精神的に叩きのめす方法……それは……上げて落とすネ」

 

 

 跡部を見る二人の女の瞳には、何かの企みが見えた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話『覚悟の時』

 どんな球も回転を与えることで意図的に相手のボールをアウトにしてしまう、手塚ファントム。

 どんな生物にも存在する、視覚ではカバーしきれぬ相手の死角を見抜いて的確に突く、氷の世界。

 共に全国に名を轟かせた、手塚と跡部の奥義が炸裂し、コートサイドが大いに沸き立つ。。

 

「そんな、信じられない! 超さんの『時』に干渉する力を、魔法も使えない一般人が正面から攻略するなんて!」

「ボールの回転を自在に操るプレーヤーに、相手の思考の死角を狙い打つプレーヤー……どちらも一般人でありながら、常人の極みに達しています」

「……ふむ、ジャッカルくんたちといい、最近のテニス選手は侮れないでござるな。ん? 千雨殿、頭を抱えてどうしたでござる?」

「……いや……ワリ、あいつらって、アレで一般人扱いなんだ……なあ、もう一般人とそうでない奴の境界線って何なんだ?」

 

 超たちの卑怯技にめげず、各々の力でポイントを取る。

 この事実に、魔法世界での旅を経たネギや生徒たちは驚きを隠せない。

 

「すげえ! さすがは、手塚部長に跡部さんだぜ! たとえ時間や空間を操ったところで、あの二人がただでやられるわけがねえ!」

「全く、彼女たちも恐るべき相手だが、手塚や跡部もまた規格外だな」

「だが、まだ油断はできないがな。なんせ、時や重力を操作するプレーヤー等、前代未聞。僅かな油断で一気にゲームは傾く」

「だいじょーぶだって、乾! あの手塚が油断なんてするわけないじゃん! 完璧パーペキパーフェクトだよん! な、大石?」

「いや、英二。乾の言うとおり、油断は出来ない。あの麻帆良の選手二人も、まだ実力の底を見せていないだろうからな」

 

 敵の常識を超えた力は確かに脅威。

 しかし、手塚と跡部の力も通用していることが分かった。

 ならば、本当の勝負はこれからだ。

 テニス部員たちも麻帆良の生徒たちもその空気を察して、勝負の行方を固唾を呑んで見守った。

 

「さあ、俺様たちのショータイムの始まりだぜ! いくぜ!」

 

 跡部のサーブ。同時にサービスダッシュでネットにつめる。

 サーブ&ボレーでの両前衛に出た。

 

「ふふ、こちらが時を飛ばす前の速攻戦術のつもりカ? 上等ヨ!」

 

 超は前へ出る跡部に対して、早い打点でリターンをする。

 

「ライジングショット! 普通に、うめーな、あの中華娘!」

「前へ出る跡部の足元に的確に打っている」

 

 来たばかりの立海も唸る超鈴音のライジングショット。

 それだけで、超鈴音のテニス自体のレベルを理解した。

 

「ふん、いい度胸だ、小娘ェ!」

 

 だが、跡部は揺るがない。ネットへ出る相手の足元に早く鋭い打球のリターンというテニスの常識。

 しかし、ただのテニスのショットであれば、跡部には脅威ではない。

 

「そらっ!」

「おっ……ウマイネ! フロントフットホップで軽々返されたカ……」

 

 左足を前に踏み込んで、その足でジャンプしてライジングぎみのトップスピンショットで、跡部も華麗に対応。

 

「フロントフットホップか……やるではないか、あの偉そうな小僧」

「おおおお! なんか、普通にテニスっぽいショットだーっ!」

 

 今度は先ほどまでの超常現象ショットとは打って変わっての、高等技術の応酬が続く。

 ライジングショットをライジングでカウンターリターンされたボールは超の体の正面に。

 しかしそこから超は状態を捻らせ、右足だけでジャンプし、左足を上げながら強烈な両手打ちバックハンドで返す。

 

「しかし、私も負けないヨ!」

「ほうっ! やるじゃねえか! 褒めてやるぜ」

 

 跡部のフロントフットホップに対し、超鈴音の放った技。それは……

 

「うおおお、あいつ、俺の得意技のジャックナイフを使いやがった!」

「すごいね、彼女」

 

 そう、バックハンドの高等技術の一つ。ジャックナイフだ。

 時飛ばしだけではない。超鈴音のテニススキルもまた、一流の域に達している。

 そして、そこに時を飛ばす力を加えれば……

 

「でも、なんで超さんは、全部に時飛ばしショットを使わないん? 卑怯やけど、全部あれで勝てるやん」

 

 木乃香がその時、素朴な疑問を口にした。

 確かに言われてみれば、ラリーなど続けなくても、時飛ばしを全部打てば勝てるはずと。

 しかし、その疑問にはエヴァが冷静に解説した。

 

「魔力が無限でないように、時を飛ばすには相応のエネルギーが必要なのだろう。もしくは、条件等な。いずれにせよ、気軽に全部アレを使えるほど、甘い代物ではないのだろう」

 

 なるほどと、ネギたちは納得した。

 そもそも、魔法という常識を超えた世界ですらも、時を止めるというのはありえぬ能力なのである。

 仮にもしその力があったとしても、時を止めるほどの力ならば、相応の条件や魔力の消費などがあるのも当然とも言えた。

 しかし……

 

「だが、超鈴音が要所要所であの技を使うことで、あの小僧たちは、『いつ時が飛ばされるか』というのが分からないため、常に緊張感を持ち、そして試合展開を早くしようと焦るだろう。そうなれば、全てが思うつぼ……」

 

 そう、エヴァの言うとおり、超鈴音は毎回時飛ばしを打つのは流石に出来ない。

 そして、手塚と跡部もまた、いつトンデモショットが繰り出されるかが分からない以上、顔には出さないものの早くポイントを取ろうと、攻めのプレースタイルになっていた。

 そして……

 

「見えたッ! ほうら、凍れッ!」

 

 激しい攻防の中で、跡部が死角を見つけた。

 その瞬間、イメージの世界でコートに次々と氷柱が刺さっていく。

 

「貴様らの死角、丸見えだぜっ!」

 

 跡部の必勝パターン。相手の死角に打ち込むことで、相手は反応できずに凍りついたかのようになり、ポイントを奪う。

 だが……

 

「ふっ、時を止めてもいいが……ザジさん!」

「分かりました」

 

 その時、跡部の氷の世界が発動される瞬間、超鈴音とザジが笑った。

 何か嫌な予感がした跡部だが、既にショットを止めることはできない。

 跡部のインサイトから導き出された超鈴音の死角にショットを打ち抜いた。

 すると、その時だった!

 

悪夢(ナイトメア)ゾーン」

「なにいっ!」 

 

 超鈴音の死角のポイントに、黒い小さな渦が発生。

 その渦が跡部のボールを吸い込み、気づけばボールはザジの目の前に発生した渦から飛び出してきた。

 

「跡部! ロブだッ!」

 

 決まったはずのボールが、空間転移によりザジの目の前に現れた。

 

 

「相手の死角を的確に見抜いて打ち抜くショット。確かに見事です。ですが逆を言えば、そこまで的確ならば……私たちがカバーできない死角に網を張っていれば、ボールは勝手にそこに来るということです」

 

「なっ……ん、だと?」

 

 

 そのボールをザジはチャンスボールとして叩き込むのではなく、サーブ&ボレーに出ていた跡部を嘲笑うかのように中ロブを上げて後ろを取ろうとする。

 

「ちょ、そ、それは、いくらなんでも、ザジさん!」

「卑怯すぎだーッ!」

「アカン、跡部! ロブや!」

「跡部さん!」

 

 卑怯すぎるザジの魔法。しかし、そんなことを言っている場合ではない。

 

「バカなこの俺様の美技が、ただの超常現象ごときに劣るものか!」

「焦るな、跡部!」

「黙ってろ、手塚ァ! この女共は俺様が叩き潰す!」

 

 ザジのロブが跡部の後ろを取ろうとする。しかし……

 

「いや、大丈夫だ! 跡部にはアレがある!」

「出るぞ、跡部の必殺技が!」

「跡部のジャンプ力であれば届く確率、100%」

「いっけー、あっとべーっ!」

 

 そう、跡部にロブを上げるということの意味を、テニス部員たちは理解している。

 高くふんわりと上げられたザジのロブに対して、跡部は空高く飛んだ。

 

「うわ、凄いジャンプ力!」

「届くよ、あのお兄ちゃん!」

 

 ザジのロブに対して、跡部は見事な跳躍を見せる。

 そして、ラケットを振りかぶり、スマッシュの体勢。

 それは、跡部の必殺ショット。

 

「愚民共、その目に刻み付けろ! これが俺様の、破滅への輪舞曲(ロンド)!」

 

 破滅への輪舞曲(ロンド)。それは、一打目のスマッシュを相手の手首に当ててラケットを弾き、帰ってきた打球を二打目のスマッシュで確実に決める。

 だが……

 

「ムダネ!」

「……ッ!?」

 

 その時、跡部は確かに見た。

 自分が叩きつけるように打ったスマッシュを、超鈴音はスマッシュに向かって飛び、自らもスマッシュでカウンターを放った。

 ボールの摩擦でコートに焦げ後が残るほどの一撃。

 呆然とする跡部やギャラリーを前に、超鈴音はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「スマッシュをスマッシュでカウンターする。ジャンプしてスマッシュする相手の足元にスマッシュを叩き込むことで、絶対返球不能なスマッシュカウンター。その名も……タイムマジックスマッシュ」

 

 その瞬間、言葉を失ったギャラリーから一斉に驚愕の声が上がった。

 

「跡部の破滅への輪舞曲(ロンド)が破られた! いや、つうか……」

「スマッシュを、スマッシュでカウンターしやがった!」

「バカな! そんなことできるはずが……なんという動体視力!」

「いや、あの娘は、時を操れる。ならば、跡部のスマッシュが放たれた直後に時を止め、それを難なくカウンターしたんだ」

「だ、だがよ! た、たったワンプレーの中で、跡部の奥義、『氷の世界』と必殺、『破滅への輪舞曲(ロンド)』を同時に破りやがったぞ」

「わざとだ……跡部の必殺を見抜いていた上で、あえてロブを上げたんだ。跡部にスマッシュを打たせるために!」

 

 跡部の必殺技をまとめて破る。自分の技に絶対的な自信を持っていた跡部にとって、これ以上の衝撃と屈辱は存在しない。

 

「ば、ばかな……俺様の技が……」

 

 自分の積み上げてきたもの全てが崩れる。正に国家崩壊のごとき衝撃に、跡部は動揺を隠せないでいた。

 

「なんだかもう、見ていて可哀想です」

「「「「「うん。二人とも卑怯すぎ」」」」」

 

 そんな跡部の姿に、もはや同情するしかないネギたち。超たちの力を知っているからこそ、それを容赦なく使用する超たちには、もう呆れしかなかった。

 

「ふふ、成功ネ」

「ええ。しかし、素晴らしいカウンタースマッシュでした、超さん」

「ふっふっふ。と言ってもこのカウンターショットのヒントは、現代テニスからネ」

 

 自分たちの狙いが全てうまくいったことを称え合う超とザジ。

 そんな中、超鈴音はチラリと青学サイドを見た。

 

(とある世界大会で、天才・不二周助が披露した葵吹雪……スマッシュに対するスマッシュカウンター……時を操れる私以上にこれほど相応しい技はないネ。まあ、『今』この場に居る彼は、まだこのカウンターを知らないだろうガ……)

 

 自分の技の元ネタの実物にほくそ笑む超鈴音。

 ただ、どちらにせよ、今の跡部にはこれ以上ない精神的なダメージを与えたことには変わりないのである。

 

「跡部……」

「うるせえ、手塚! 俺に今、話しかけんな」

 

 そのショックは、ペアの手塚に八つ当たりするまでである。

 ライバルとして凌ぎを削ってきた跡部のこんな姿を、手塚は今まで見たことがなかった。

 それほどまでに跡部の心は崩れていた。

 そして手塚もまた、その気持ちが良く分かった。

 

「超鈴音……ザジ・レイニーデイか……」

 

 唐突に自分たちの目の前に現れた二人の少女。そして、いきなり自分たちに戦いを挑んできた。

 油断などしたつもりはなかった。しかし、負けるとは微塵も思っていなかった。

 だが、実際に手合わせした彼女たちは、自分たちの想像をはるかに超えるテニスを披露し、こうして今、自分たちを圧倒している。

 それは、お前たち等所詮は井の中の蛙だと言われているかのようであった。

 

「お、おい……お前ら! あれもお前らのクラスメートって言ったな! 本当かよ、どうなってんだ! どんな手品使ってんだよ! つーか、何で俺たちとの試合には出てこなかった」

「落ち着いてって、ジャッカルくん。私たちだって驚いてるんだから! まさか、超りんとザジさんがあんなにテニススゴイだなんて……」

 

 魔法の事情を知らないクラスメートたちも、今、目の前で何が起こっているかは分からない。

 唯一分かっているとすれば、コートに立っている二人の男は決して弱くない。ただ、超鈴音とザジ・レイニーデイが強すぎるのだということだ。

 

「さあゲームカウント2-0で、次はザジさんのサーブネ」

「任せてください。ここでキープして、流れを完全に我々の手に」

 

 反撃開始かと思われたゲームも、結局は超鈴音とザジ・レイニーデイによって簡単に取られてしまった。

 このままでは、自分たちは一ゲームも取ることなく負けてしまうだろう。

 手塚はそう考えた。

 そしてだからこそ……

 

「全て決められ、返せず、そして返される……ならば……」

 

 その時、誰もが絶望する中で、手塚国光が顔を上げた。

 そのメガネの奥に光る瞳が、何かを決心していた。

 

「このゲームを取られたら、あの小僧たちはもう終わりだな。精神的にもな」

 

 ゲームカウントはまだ中盤だ。しかし、既にほぼ勝負は付いたとエヴァンジェリンは見ていた。

 

「でも、マスター。あの手塚さんって人は、真田さんみたいに倍返しする必殺技とか、回転を自在に操る技とかも……」

「確かにな。だが、時を操る超鈴音や、幾千にも及ぶ魔法を扱うザジ・レイニーデイには及ぶまい」

 

 常識的に考えて、勝てるわけがない。そんなことはもう誰の目にも明らかだった。

 そして、

 

「じゃあ、ザジさん、頼むヨ!」

「はい。では……今度は重力サーブでも、打ってみます!」

 

 トスを上げ、綺麗なフォームでスピードが乗ったサーブを打つザジ。

 相手のフォアサイドに角度をつけたサーブだ。

 しかし、当然それだけのはずがない。このボールにも何かしらの現象が隠されていると手塚は見抜いていた。

 だからこそ……

 

「全て決められ、返せず、そして返される……ならば……もう、返さず、決めなければいい!」

 

 手塚は覚悟した。その覚悟を見せる。

 

 

「この世に、百パーセント勝てる方法等存在しない。テニスにシナリオ等ないのだから」

「ッ!」

 

 サーブを待ち構える手塚の起こした行動。

 それは、まだボールが来ても居ないのに、いきなりスイング。

 空振りどころか、それではただの素振りだ。

 それに何の意味が……

 

「ッ!」

「…………フォルトだ」

 

 ザジのボールが手塚たちのコートから外れた位置へ誘導されたかのように曲がり、そして突き刺さった。

 そのボールには、まるで鉄球を思わせるほどの重量があるかのように、地面にめり込んだのだった。

 もし、触れていれば、その重さに耐え切れずにラケットを飛ばされていただろう。

 しかし、それはサービスラインの枠を超えた箇所。つまり、フォルトだ。

 

「な……に?」

「ッ、どういことネ! ザジさんがフォルト?」

 

 一体何が起こったのかがまるで分からない、超とザジ。

 この手塚が起こした現象を理解できたのは誰も居ない。

 傍目から見れば、ザジのミス。

 しかしその実は……

 

「一体何を……くっ、もう一度! 今度こそ……」

「無駄だ。ダブルフォルトだ」

「……ッ!」

 

 もう一度サーブを打つザジ。だが、今度も同じだった。

 ザジの打ったサーブはコートに突き刺さるも、サービスラインを超え、ダブルフォルトだ。

 すべては、ザジがボールを打った瞬間、手塚がボールがまだ来ていないのに、その場で素振りをしたことで、ボールがまるで意思を持っているかのように伸びて、結局、ダブルフォルトになってしまった。

 この事態に、超とザジも冷たい汗を頬に流した。

 

「なるほど……もう、ソレを使えるとは驚きネ。手塚さん」

「確かに。日本の中学生が、これほどの域に達しているとは」

 

 超とザジも、手塚が何をしたのかを理解したようだ。

 今、コートで何が起こっていたのかを。

 

「ば、バカな、あの小僧! 中学生の小僧が、ここまでのものを習得しているというのかッ!」

「流石だ、手塚。やはり君は、いつも驚かせてくれる」

 

 そして思わず身を乗り出して驚愕の表情を浮かべているエヴァンジェリンもまた、ようやく手塚のやったことを理解したようだ。

 それは、その隣に居た、幸村も同じであった。

 

 

「「「「「ねえ、エヴァちゃん、いつも通り御願い」」」」」

 

「……う、うむ。あ~、先ほど、あのメガネの小僧の打ったボールを超鈴音が打ち返したとき、ボールが引き寄せられるようにコートの外に出ただろう? あれは、あの小僧がボールの回転を操ってそうさせたのだ」

 

 

 そして、もはやおなじみとなった、エヴァの解説コーナー。

 もう誰もが言葉を失って、エヴァに耳を傾けていた。

 

 

「そして今、あの小僧はそれと同じ原理このことをした。それは、スイングにより空気を打つ。空気を打つことにより、コート上に流れる空気や風の流れを操作して、ザジ・レイニーデイのサーブを包み込み、本来サービスラインに落ちるはずのボールを、サービスラインの外まで出したのだ」

 

「「「「「……………空気を……打つ?」」」」」

 

「さらに、立海の真田という帽子小僧と同じ、百錬自得の極みのオーラを使っている。オーラを伸ばして空気の流れを強化して……相手のボールを操る。アレは、テニス界におけるプロのトーナメントピラミッド、フューチャーズ、チャレンジャー、ツアー、マスターズ、グランドスラムという段階において、マスターズ以上のステージに立つためには必需と言われる技術だが……それをアマチュアの中学生がもう習得しているとは、驚きだな……」

 

 

 傍目から見れば、ただのダブルフォルト。

 しかし、その中身は、とてつもない技術の詰まった一ポイントだった。

 

 

「いや、あのさ、エヴァンジェリンさん、い、いま、その、トッププロには必需的なこと言ってたけど、……ひ、必需なのか?」

 

「その通りだ、長谷川千雨。プロの世界では、いかに相手の必殺ショットを打ち消してカウンターを叩き込むかが勝敗の鍵。相手の必殺ショットを封じずして勝利は無い。あのメガネの小僧のように空気やボールの回転を操ってボールを誘導したり、中には空間を削り取ってボールの勢いを完全に殺すや、色々とあるが……」

 

「はっ? 空間? ギャグだろ、それ? なに? テニスのプロって空気操ったり、空間削ったり? いや、なんでそんなこと真顔で言ってんの?」

 

「あの手塚国光という小僧……中学生でありながら、既にプロを意識したプレーヤーだな」

 

 

 既にプロを意識した選手。エヴァのその見立ては決して間違ってない。

 手塚国光は既にプロの世界から注目されている選手なのである。

 たかが日本のアマチュア中学生。

 しかし、手塚国光はただのアマチュア中学生ではないのである。

 

「手塚ァ……貴様……」

 

 この事態に、跡部はただ呆然とするしかなかった。

 だが、手塚はいつも通りに済ました顔で……

 

「どうした、跡部。ゲームはまだ終わっていないぞ? さあ、油断せずに行こう」

 

 この状況下でも、例えどのような現実が立ちはだかろうとも、いつもと変わらぬ手塚国光であり続ける。

 

 

「出たーッ! 手塚部長がスカイダイビングで開発した、エア・手塚ゾーンだ! いや、エア・手塚ファントムだ!」

「あのスカイダイビングで、新たな扉を開いたか。手塚、君は本当にいつも僕の前を行く」

「手塚の奴、いつの間にあんな技を!」

「ほんまにかなわへんな~!」

 

 その瞬間、言葉を失っていたテニス部員たちから、再び声が上がった。

 

「驚きました。しかし……何度も通用しませんよ!」

「その通りネ!」

 

 ザジが再びサーブを放つ。

 リターンは跡部だが、ボールにさえ直接触れないのであればルール上問題ないということで、手塚は再びエア・手塚ファントムを――――

 

「ここネ! 時飛ばしッ!」

 

 そう、超鈴音にはこれがある。

 手塚の編み出したエア・手塚ファントムは、ボールが接近してから事前にラケットを振ることで気の流れを変える技。

 しかし、その『時』を飛ばしてしまえば……

 

「見切っている!」

「「なっ……」」

「フォルト」

「「ッ!?」」

 

 だが、それでもザジの打ったサーブはフォルトだった。

 

「ば、バカな……ッ、なぜ!」

「ばかな、私が時飛ばしを発動しようとしたその瞬間に、エア手塚ファントムを発動させたヨ! なぜネ! なぜ私が時飛ばしをこの瞬間使うと……ッ!」

 

 それは、初めて見せる、ザジ・レイニーデイと超鈴音が見せる動揺だった。

 ザジのサービスゲームで、超鈴音がまさかの時飛ばしによる援護をした。

 しかし、手塚はそれを見抜いていたかのように、超鈴音が時飛ばしを発動させようとしたコンマ数秒前の刹那のタイミングでラケットを振りぬいて、エア・手塚ファントムを発動させていた。

 無論、ボールとの距離がまだ離れていたために、一回目よりもスイングの威力を強くして、気流を強くすることで対応したが。

 しかし、問題なのは、手塚が超鈴音が時飛ばしを行うタイミングを見抜いていたこと。

 それはどういうわけなのかと二人が思ったとき、手塚の姿にコートサイドからも声が上がった。

 

「手塚! あ、アレは、無我の境地の奥にあるもう一つの扉!」

「百錬自得の極みに並ぶ究極奥義……才気煥発の極み!」

「そうか、あの力で、手塚は超鈴音という子がやろうとしていることを予知していたんだ!」

 

 そう、手塚は才気煥発の極みを発動させていた。

 才気煥発の極みとは、頭脳活性型の力。相手の戦術を把握・シミュレートし、最短で何球目にポイントが入るか予言してしまうもの。

 つまり、手塚は才気煥発の極みによる予知の力で、超鈴音が時飛ばしを行うタイミングすらも予知していたのだ。

 だが、そこで一つ疑問が生まれた。

 

「で、でもさ、大石。才気煥発の極みって、ダブルスでは使えないって言われてなかった?」

「ああ。何故なら、あれは脳を活性化させる一方で脳にかかる負担が大きいと聞いている……一対一のシングルスならばまだしも、ダブルスで使うと、味方や相手二人の動きすらも予知しないといけないから……その負担に脳が耐え切れずに廃人になってしまうかもしれないと、手塚が口にしていた」

 

 才気煥発の極みはシングスルのみで有効な力。ダブルスになると、その負荷に耐え切れずに脳がオーバーヒートしてしまい、廃人になる恐れもある。

 だからこそ、ダブルスでは使えないのである。

 しかし……

 

「でも、サーブとリターン。一~二球程度であれば……」

 

 そう、何十球も続くラリーにしなければ。

 本来起こるはずの未来予知を捻じ曲げて、相手のフォルトのみ、もしくは、打っても一~二球程度で終わらせれば、脳の負担は軽減される。

 

「つっ、今度こそ! 時飛ば――――」

「見抜いているッ!」

「ッ!」

「……フォルト……これでダブルフォルトだな」

 

 そして、それが実行されたことにより、ザジの連続ダブルフォルトになった。

 

「う、うそだろ……手塚の奴……」

「ば、ばけもんか?」

 

 もはや味方からも歓声すら上がらなくなっていた。

 傍目から見れば、ただのザジの連続ダブルフォルトだ。

 しかし、その奥底にあるとてつもない手塚の力に、青学も、氷帝も、そして立海すらも言葉を失っていた。

 それは、麻帆良学園生徒たちも。

 魔法の世界に生きるネギたちも。

 ことあるごとに解説をしていた、エヴァンジェリンも。

 神の子とまで言われた幸村すらも、今の手塚国光に戦慄していた。

 

 

「こ、これはもう……エア・手塚ファントムとか、才気煥発の極みとか、そういう次元じゃない」

 

 

 手塚を長年見続けてきた青学の乾も、もはやノートを地面に落としてしまい、震える唇で呟いた。

 

 

「本来起こるはずの未来を予知し、それを捻じ曲げて、未来を改変する……正にタイムパラドックス……これが進化した手塚の究極進化奥義! 名前を付けるとしたら―――――――」

 

 

 ついに動き出したテニス界の至宝の更なる進化した姿。

 その姿に畏敬の念を込めて付けられた、新たなる名。

 

 

 

 

 

 

「手塚パラドックス」

 

 

 

 

 

 

 

 未来や魔の深遠にすら臆することなく、手塚国光が全てを解放するときが来た。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話『万物を見極める』

「ナイトメアゾーン、発動!」

「無駄だ、その位置に空間転移の異形の力が発動されるのは分かっている」

「ッ!」

 

 ザジ・レイニーデイのナイトメアゾーン。それは相手に打ち込まれた箇所に空間転移の靄を設置し、自分の目の前で転移先の靄を設置することで、相手を抜いたはずのショットが相手の真正面に転移されてしまうというザジの必殺技。

 しかし、手塚の打った打球は、ザジがナイトメアゾーンを設置した靄を避けるかのように変化して、ザジのナイトメアゾーンに飲み込まれることなく、ポイントを奪った。

 

「そ、そんな! 才気煥発の極みで私がナイトメアゾーンを設置する箇所を予知し、それを避けるようにボールに変化をッ!」

 

 魔界のプリンセス。あらゆる魔の頂点の王に君臨せし存在が、魔法も使えない日本の中学生のプレーに戦慄した。

 

「すげえ、手塚部長の手塚パラドックスッ!」

「もう、神がかりすぎだ! すごいよ、すごすぎるよ手塚! 運命を変える力まで身につけちゃうなんて!」

「これでスコアが追いついた! 勝負はこれからだ!」

 

 本来起こるべき未来を予知した上で、その未来を改変させる。

 もはや人間の領域を超えた、運命を操る神のごときプレーに、ザジもそして百年以上未来から現れた超鈴音も恐怖した。

 

「ちょーっ! 待て待て待て待て! テニスってこういうもんなのかよ! もう、何が起こってるのか全然分からねええ!」

「安心しろい、長谷川千雨ちゃんだっけ? もう、王者立海なんて言ってる俺らだって何が起こってるか分からねえよ」

「そう、俺たちの世界をはるかに超越する。それが手塚国光。大した奴だぜ」

「うひゃあああ! なんか、さっきから超りんとザジさんがミスショットしているようにしか見えないのに、何が起こってんのー!」

 

 手塚パラドックス。

 この事象が発現してから、手塚はワンポイントも奪われることなく、ブレークバック。さらには自分のサービスゲームすらもキープして、スコアは2-2とタイになった。

 

「さあ、ゲームはまだ終わっていない。油断せずに行こう」

 

 これまで秘匿の力をテニスに使った生徒や、立海テニス部の想像を超えるスキルに驚いてばかりだったネギだが、この事態には今日一番驚いたと言っても過言ではなかった。

 

「マスター……あんなの、む、む、無敵じゃないですか! 勝てるわけがないじゃないですか!」

 

 そう。いかなるボールもフォルトやアウトにするのならば、これもまた無敵。勝てるはずが無い。

 ネギがそう思うのも無理は無かった。

 だが、エヴァは途端に渋い顔をした。

 

「いや……そうとも限らんな」

「へっ?」

「確かに、あの小僧は、プロ並の『技術』は持っている。しかしそれで無敵かと言えば……そうはならん」

「ど、どういうことですか? だって、あんなことをされたら」

「まあ、見ていれば分かるさ。確かに技術はプロ並だ。しかし、それでもまだ成長期の中学生……ボロが出る。お前たちが言ってるのは、百メートル九秒台で走れる者に、そのスピードを維持できればマラソンでも無敵……と言っているようなものだな」

 

 手塚の技術に目を見開き驚いたエヴァ。それは認めた。

 だが、だからと言って、絶対に勝てないのかと言えばそうでもないと、エヴァは冷静な判断をした。

 その理由は、見ていれば分かると、生徒たちに告げた。

 そう、尋常ならざる力を得ることによるリスク。その代償は……

 

「ちょっ……み、見て! あのメガネのお兄さん!」

「耳から……目から血が!」

「キャアアアアアッ!」

 

 そう、手塚の進化によりザジと超鈴音の常識外の力に対抗。しかし、その代償は大きい。

 時を操る力と、魔族の王族の力に、生身の人間が対抗するのである。

 

「手塚ッ!」

「ちょ、ねえ、何で血が……それに、見て! あの人の左腕!」

「ちょっ、じ、尋常じゃないぐらい左腕が赤く染まっている!」

 

 手塚ファントムは諸刃の剣。通常の手塚ゾーンと呼ばれる自分にすべての打球を引き寄せる技に対して、その倍以上の回転をかけなければならないゆえに、腕への負担が尋常ではない。

 それどころか、エア・手塚ファントムは、ボールに触れもせずに打球を操るのである。そのダメージは、計り知れない。

 さらに、手塚は本来ダブルスでは使えないはずの才気煥発の極みも使っている。腕に続き、脳に与えるダメージもまた普通ではない。

 

「ダブルスでの才気煥発の極み……球数を減らしたところで、やはり脳にかかる負担は大きいか……」

 

 未だかつて見たことがない手塚国光の鮮血に染まった姿。コートサイドから悲鳴が上がる中で、幸村精一は悲痛な表情で手塚の姿を目に焼き付けていた。

 

「マスター、あ、あ、あの人!」

「やはりこうなったか! まだ成長期の中学生の肉体で、あれほどの回転をかけたボールを打ち続ければ、腕が崩壊してもおかしくない! さらに、あの脳活性の技まで使えば……このまま使えば腕が壊れる程度ではない……あの男……死ぬぞ?」

 

 死ぬ。

 選手生命を失うとかそういうレベルではない。

 

「い、いや、え、あの、マスター……こ、これ、て、テニスですよ? テニスで……」

「そのとおりだ、ボーヤ。これはテニスだ。しかしあのメガネの小僧が踏み込んだ領域は、文字通り命を懸けねば到達できぬ領域。二度とテニスが出来なくなるどころではない。あの男……死ぬか……よくて脳が壊れて廃人になるか……」

 

 そう、テニスができなくなるどころではない。

 死ぬということは、文字通り、命を失うのだ。

 今まで立海との試合で、血まみれになった仁王の試合どころの騒ぎではない。

 顔を青ざめて、誰もが言葉を失った。

 

「や、やめろ……手塚……もう……やめるんだ」

 

 この事態に青学副部長の大石は両膝から崩れ落ち、その両目に大粒の涙を流しながら叫んだ。

 

「やめろ、手塚ァ! なんで、お前はいつもそうなんだ!」

 

 大石は叫んだ。

 やめろと叫んだ。

 そして、それが無駄だということも分かっていた。

 大石とて分かっている。

 やめろと言ってやめる男ではない。

 それは、彼はいつもこうだからである。

 何故、彼はいつもこうなのか?

 それは、彼が手塚国光だからだ。

 

「部長だからだ」

 

 日本一という称号を背負った青春学園テニス部の部長である。

 だからこそ、彼はやめない。

 

「手塚さん……シャレにならないヨ? あなた、その力を使い続けたら、本当に死ぬヨ?」

 

 超鈴音は、決して手塚国光を過小評価しているつもりはなかった。

 彼がいかに素晴らしいテニスプレーヤーであるかなど、知り尽くしていたつもりだった。

 しかし今、手塚国光はその想定をはるかに超えていた。

 そう、超鈴音は見誤っていた。

 

「どうした? 超鈴音。ザジ・レイニーデイ。お前たちのテニスに対する覚悟はそんなものか?」

 

 超鈴音が見誤っていたもの。それは、手塚国光の青春学園とテニスに懸ける想いを見誤っていた。

 

「ぐっ……ッ! と、時飛ばしサーブッ!」

「フォルトだ」

「そ、そんな!」

 

 動揺がピークに達した超鈴音の時飛ばしサーブ。しかし、それすらも予知していた手塚はそのサーブをフォルトにした。

 

 

「す、すげえ! 手塚部長……時が飛んだサーブの時をも予知して未来を改変した!」

「手塚……君は一体どこまで……」

「し、しかし、だ、ダメだ! これ以上は! 手塚が死んでしまう!」

「手塚、もうやめるんだ! この試合は棄権しろーっ!」

 

 手塚パラドックスが発現するたびに、手塚の脳には針でズタズタに突き刺されたかのような激痛が走る。

 しかし、手塚はその痛みを表情に出さない。決して弱いところを見せない。

 

「手塚部長……これが……青学の部長……」

 

 次期部長の海堂薫は打ち震えていた。

 手塚国光は将来を嘱望された選手でありながら、輝かしい道ばかりを通ってきたわけではない。

 怪我に苦しみ、全力を出せない日々が続いた。

 しかし、自分が頼られていることを知っていたから、多くの人たちに期待されているのを知っていたから、仲間と共に叶えたいものがあったから、だからこそ言い訳も弱味も弱音も決して一度も見せずに戦ってきた。

 部長とは、ただの部活の役職ではない。

 そして、それを受け継ぐ立場になったからこそ、海堂は叫んだ。

 

「が、頑張れ、手塚部長! 流れはこっちだ! 頑張れ、頑張れ、手塚部長!」

 

 誰もがこの試合を止めるように叫ぶ中、海堂は涙を流しながらエールを送った。

 手塚が頑張っていることなど知っている。これ以上頑張りようがないのは知っている。

 しかし、この部長の意思を来年受け継ぐ男が、その意志を汲んでやらないわけにはいいかない。

 

「おい、マムシ! テメエ、何を言ってんだよ!」

「海堂……お前……」

「なにを……これ以上は……」

 

 だから、誰が何と言おうと、海堂は手塚を応援した。

 そして手塚は鮮血に染まった姿ながらも拳を突き出して、海堂に頷いた。

 

「無論だ」

 

 手塚はそれに応える。だからこそ海堂はその姿を最後まで目に焼き付けることを誓った

 そんな青春学園に対して、来年、氷帝学園を率いる日吉はジッと跡部の姿を見ていた。

 

「くそ……青学はこうだってのに……あんたは……あんたほどの人が……何をやってんすか……」

 

 そして、憤っていた。

 このザマはなんなのだと。

 

「……日吉?」

「おい、どうしたんだよ、日吉」

「まあ、気持ちも分からんでもないわ……」

 

 いつも自信に満ち溢れ、尊大な態度に相応しい実力を持って氷帝の頂点に君臨し、全国の猛者たちを平伏せさせてきた跡部。

 日吉が唯一勝てない壁と認識しつつも、いつかは超えてみせると誓った男。

 

「何をやってんすか! あんたがここで終わるはずがないでしょ、跡部さん!」

 

 手塚の命を賭したプレーの傍らで何をやっているのかと、日吉は憤った。

 そして、それは跡部本人もそう。

 

「はあ……はあ……手塚ァ……」

 

 終生のライバルと認めた男の姿に、跡部の心の中に様々なものがこみ上げていた。

 跡部は関東大会で手塚と戦った。

 それは、熱く滾る極限の状態までぶつかり合った、歴史に残る名勝負であった。

 その試合において、手塚は己の腕が破壊されることも省みず、青学の勝利のためにと戦った。

 最終的に試合は、跡部が勝った。しかし、試合には勝ったものの、跡部自身は手塚を超えられなかったと思っていた。

 だからこそ、今度、手塚と戦う時は、万全な手塚国光を完膚なきまでに叩きのめすと心に誓った。

 しかし、その後の全国大会でもオーダー上の都合で再戦は叶わず、代わりに生意気な一年坊主と戦うも、敗れ去った。

 そして今、この状況は何だ?

 

(くそ……俺様は何だ! いつまでこんな無様を晒す! ガキに破れ、女に屈辱を味合わされ、さらには友の命がけのプレーにただ黙って指をくわえ……)

 

 思い出せ。自分が何者なのかを。

 

(このまま無様に倒れ、何がキングだ! そうだろ? 樺地! ……日吉! ……手塚ア! ……そして……)

 

 思い出せ、あの時の敗北を!

 

――――まだまだだね

 

 あの日の想いを全て今ここに解放しろ!

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 

 

 その時、跡部は叫んだ。吠えた。

 いつも余裕の笑みを浮かべて相手を屈服させる跡部が、己を奮い立たせるために吠え、そして駆け出した。

 

「跡部さん!」

「な、なに、急にあの人、元気になった?」

「跡部! やはり立ち上がるか!」

「せや、それでこそ跡部や!」

 

 突如立ち上がり、そしてコートの中を駆け出す跡部。

 その姿にコートサイドからも歓声が沸く。

 

「手塚ァ、少し休んでろ! 貴様を倒すのはこの俺様だと忘れたかッ!」

「……跡部……」

「そして、忘れるんじゃねえ! テメエは一人じゃねえ! これは、ダブルスだ!」

 

 手塚が手塚パラドックスを発動させようとした瞬間、跡部が間に入ってそれを妨げた。手塚の負担を軽減するためにだ。

 だが、それは逆に超鈴音とザジ・レイニーデイにとっては好都合だった。

 

「ふふ、助かったヨ、跡部さん。厄介な技をそっちからやめてくれるから」

「ええ、そして、もうこれで終わりです」

 

 手塚の命を守るために手塚パラドックスの発動を止めた。

 ならば、もう恐い物はないと、超とザジの表情が若干やわらいだ。

 

「手塚ァ……ようやく気づいたぜ。あの日から……貴様との対戦から俺に足りなかったもの……そして、貴様を超えるために必要なものは何かを……俺はようやく気づいた!」

 

 試合中に舐められるように笑みを浮かべられるのは、跡部にとっては最大の屈辱。

 しかし今の跡部はそんなことなど気にしない。もっと大事な物に気づいたからだ。

 

「貴様にあって俺に足りないもの……それは、テニスに懸ける覚悟だ!」

 

 自分も覚悟を決める。

 そう決意した跡部は、目を見開き、フォアハンドのテイクバック。

 

「全身の毛穴をブチ開けろ! 神経を末端まで研ぎ澄ませ! 時や空間が捻じ曲げられようと、俺様の命を懸けて見極める!」

 

 跡部は見る。超鈴音とザジ・レイニーデイの二人を。たたずまい、息遣い、ほんの僅かな筋肉の動き、視線、角度、そして思考すらも見極めようとする。

 いや、それだけではない。その視界はやがて二人を取り巻く周囲、空間、テニスコート全体、やがて世界すらもその瞳に焼き付ける。

 すると、その時だった。

 

(アーン? なんだ? この感覚……風景は……)

 

 全神経を研ぎ澄まし、尋常ではないインサイト能力を持つ跡部がその瞳に映した世界。

 それは、これまで見たことのない、光り輝くオーラのようなものが空間や、超鈴音、ザジ・レイニーデイにまとわり付いていた。

 まるで無我の境地のオーラのようなもの。しかし、種類は違う。

 

(これと似たような何か……そうだ……あの時だ! この学園上空からスカイダイビングした時、学園全体を覆っていた見えない壁……あれを構成していたものと似たようなものだ!)

 

 跡部は知らない。その光の正体を。それは、生身の人間には本来一生関わることのない世界の力。

 

(見える! 感じる! 分かる! あのザジとかいう娘の足元と、ベースライン上に留まっている渦上の光……アレは、空間を転移させるゾーンだ……俺様のボールを待ち構えている! そして……)

 

 それは、『魔力』と呼ばれる『魔法』の力の源の光。

 スカイダイビングの時は、見えたというよりは、ぼんやりと感じる程度であった。

 しかし、極限まで追い込まれ、全神経を集中させた跡部のインサイトは、ついには魔力の存在を瞳に映すまでに至った。

 そして同時に……

 

(あの光の塊を構成しているもの……その中心を砕けば、脆くも崩れ去ることが理解できる!)

 

 跡部の瞳は『魔力』を見るだけに留まらない。その魔力を構成させている心臓ともいうべき部分を見抜いていた。

 そして、跡部は『魔力』という存在は知らないが、跡部の脳は自然に理解していた。

 その心臓を打ち抜けば、『ソレ』は砕け散ると。

 

「ツルア!」

 

 跡部のフォアが繰り出される。

 ザジはナイトメアゾーンを発動させてそれを返球しようとする。

 しかし……

 

「ッ!?」

「………………な、なに?」

 

 ガラスが砕けたような音と共に、跡部のフォアが、ベースラインギリギリを突いてポイントを奪った。

 ザジのナイトメアゾーンは発動せず、その事態に二人は呆然とするしかなかった。

 

「うおおおおお、跡部さんが復活した!」

「すげえ、普通のフォアでポイント奪い返した!」

「あのお兄ちゃん、元気になった? よっしゃー頑張れ!」

「超りんもザジさんもボーっとしすぎ! 今の返せたでしょ!」

 

 復活した跡部がポイントを奪う。

 その事態にコートサイドから様々な声が沸きあがる。

 一部を除いて……

 

「ね、ネギ先生……い、今の……み、見ましたか?」

「は、はい……刹那さん……ぼ、僕も……『その瞬間』がハッキリと分かりました……」

 

 驚愕に染まって打ち震える、ネギたちであった。

 

「ざ、ザジさんが発動させようとしていた魔法……魔力が……砕かれました……」

 

 それは絶対にありえぬこと。

 魔法を使えない一般人の打球が、魔法の存在そのものを砕いた。つまり殺したのである。

 しかしありえないのならば、なぜ……

 

「あの小僧……魔力を構成するための中心部にある心臓を……的確に打ち抜いて殺した……」

 

 その時、エヴァが戸惑いながらも口を動かした。

 

「ま、マスター……魔力の心臓……って?」

「……物には、いかなるものにも『死』が存在する……それは魔力も同じこと。人間の脳や心臓のように生命が生きる上で必要不可欠な存在でもあり、急所でもある。あの小僧は……それを的確に破壊した」

「……ちょ、ちょっと待ってください! そ、そんなの狙って……しかも、魔法使いじゃないんですよ? あの人は!」

「無論だ! 狙って出来てたまるものか! ましてや魔力を構成する急所を的確に位置を見抜いて射抜くなど、そんなもの……魔法使いの存在そのものを滅ぼしかねん力だ! ただの偶然に決まっている!」

 

 その様子は、エヴァ自身も「そんなことがありえるのか?」と目の前の現実を未だ受け入れられぬまま口にしたもの。

 ありえるはずがないと、まるで自分に言い聞かせるように叫ぶも……

 

「テメエの発動させようとして罠を張ってるゾーン! マルスケだぜ!」

「ッ!」

 

 だが、その本来ありえるはずのない出来事が、再びコートの中で起こった。

 ザジの魔法が再び発動せずに砕かれたのであった。

 

「……こ……こんな……ことが……」

「ざ、ザジさん……跡部さんは……本当に魔力を砕いて……」

「ッ、そんなことが! 幾多の魔法使いや魔族たちすら持たない……そんな、魔眼のようなものを……彼の瞳は!」

「……本当にどうなってるネ……過去のテニス名鑑のデーターベースにも……そんな情報一切なかたヨ」

 

 魔法使いではない。魔法の存在も知らない。そんな普通の中学生が、魔法の歴史や存在を根底から覆すかも知れぬ可能性を秘めた力を持っていた。

 

「バカな! また砕いた! ……み、見えているのか? あの小僧には、すべてが見えているのか?」

「そ、そんな……な、何でこんな人が……テニスを……」

「は~、ウチもようわからんけど、なんやすごいことがおこっとるんるんやな~。ん? 千雨ちゃん、また俯いてどうしたん?」

「……うるせえ……つか、何でテニス選手が、直死の魔眼持ってんだよ……」

 

 その事態に、その世界に生きる者たちは驚愕と同時に恐怖で震え上がる。

 そして……

 

「これが……俺様の新たなるインサイト……」

 

 跡部は顔を上げ語り始めた。

 

「貴様らの力や謎に興味はねえ。ただ……この俺様の君臨する世界において、勝手な真似はなんぴとたりとも許さない。このテニスコートという名の世界における全てを見抜き、そして滅することを可能とした、俺様の力!」

 

 それは、未来を見通す手塚とは違い、現実に今目の前に存在するもの全てを見極める力。

 跡部が会得した新たなる力。

 

 

 

 

 

 

 

跡部世界(あとべユニバース)

 

 

 

 

 

 

 

 眼力、ここに極めり!

 世界を支配する王による粛清が今、始まった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話『無限の可能性』

 中学日本最強ダブルス。

 そう期待されて送り出された手塚と跡部のダブルスが、今、未来と魔界を打ち砕こうとしていた。

 

「これならばどうです! ボールと共にあらゆる魔獣の幻を纏わせることで相手を惑わす、悪夢魔幻獣ショット!」

「無駄だア! どのような幻にも惑わされず、本物のボールをこの俺様のインサイトで見極める!」

「わ、私の幻術魔法が砕かれた!」

「ふはははははは! 俺様が、その幻想をぶち壊す!」

 

 未知なる魔界の魔獣の幻術を重ね合わせたショットをザジが放つも、その幻に惑わされることなく跡部はリターン。

 

「ちょ、直死の魔眼持ちの幻想殺しは反則だろうが! つうか、お前らもうこれ以上ツッコミ入れさせんなー!」

 

 その現実に、ザジ・レイニーデイどころか、千雨のツッコミすら追いつかなくなっていく。

 

 

「はあああっ! タイムマジックドロップ!」

「そのドロップショット。アウトだ」

「ならば、連続時飛ばし!」

 

 時を止め、回転を殺すように慎重に丁寧に打った超のドロップショット。更に、一度で0コンマ数秒飛ばす超鈴音の時飛ばしを、この瞬間のみ、超鈴音は連続で使用し、手塚の感覚と手塚パラドックスを封じようとした。

 しかし……

 

「無駄だ。それももう予知している」

「ッ!」

「今の俺が立っているのは、お前の時飛ばしの遥か先だ」

 

 全ての未来を見透かす手塚。超は想定をはるかに上回る回転量が加わったボールの回転を殺すことはできず、ドロップショットがコートの外へと引き寄せられてアウトになった。

 

「だから、何で生身の人間がスーパーサイヤ人ブルー界王拳の時飛ばし破りが使えるんだよ! もう、あの無我の境地って戦闘民族のことなのか!」

 

 もはやあの二人を止めることは誰にも不可能。このツッコミすらも止められない。千雨の絶望と共に、ついにゲームは終わりに近づいていた。

 

 

「ゲーム、5-2で俺様たちのリードだ」

 

 ゲームカウント5-2。

 完全なる覚醒進化を遂げた手塚と跡部は、超とザジの二人を突き放しにかかった。

 その結果、サービスゲームのキープとブレークを続け、気づけばスコアの差は開いていた。

 

「つ、強すぎる……な、なんなんですか、このお二人は! これじゃあ、魔力のない魔法じゃないですか!」

 

 ネギが思わずそう叫ぶのは仕方がなった。

 魔力があるから魔法と呼ぶ。しかし、今の手塚と跡部の力のほうが魔法といえるかもしれない。

 

「いけえ、手塚部長! 跡部さん、あと一ゲームだ!」

「跡部、氷帝魂を見せてやれ!」

「手塚……お前はどこまで……ぐっ、あ、あと一ゲームだ! 手塚、油断せずに行こう!」

「跡部さん!」

 

 命を削るほどの力を使う、手塚。だが、もう青学も氷帝も止めなかった。

 もはや、意地を超越した男たちの魂に、同じ男として心を打たれ、ただ後押しの声援を送った。

 

「いけー、超リン、ザジさん、負けんなーっ!」

「もっとビックリ技出して驚かせちゃえー!」

「フレッフレッザジさん! 超りん!」

 

 男たちの応援に対して、麻帆良も自分たちのクラスメートたちにも負けぬようにとエールを送る。

 再び回りの歓声が最高潮になり、世界樹前広場のテニスコートが熱く滾っていた。

 そんな中、人智を越えたダブルスを眺めながら、エヴァが呟いた。

 

「おい、小僧……貴様らは……何のためにテニスをする?」

 

 エヴァが問いかけたのは、その傍らに居る幸村だった。

 

「この学園には、星の数ほどの部活がある。無論レベル差はある。私のクラスメートたちのようにお気楽に部活に励むものも居るし、力を入れている部活は学生生活を捧げて懸命に打ち込んだりしている。しかし……一生懸命ではあるが、命を賭してまではいかない……」

 

 たかが学校の部活と言えばそれまでである。

 しかし、立海も青学も、そして氷帝も、学生生活を捧げるとか一生懸命とかそういうレベルではないというのが、今日一日で分かった。

 なら、お前たちは何なのだ?

 テニス歴600年のエヴァは、今日出会った男たちを理解できなかった。

 

「学校を背負い、そしてチームスポーツではないテニスにおける団体戦というものは……色々な想いが芽生えるんだよ、お嬢ちゃん」

 

 その時、幸村が優しく語りかけた。

 

「テニスは、ダブルスを除けば本来は個人競技。ジュニアやプロの試合も基本は個人戦。だからこそ、そんな個人戦の競技を戦う者たちにとって、団体戦というものには特別なものがある」

 

 600年もテニスをやっていたというエヴァが、生まれて一度も経験したことがなかったもの。

 

「手塚も跡部も、そしてウチの真田も、どんな個人戦のトーナメントに出ても間違いなく優勝候補だ。でも、あの三人がここまで強くなれたのも、熱い想いを抱けるようになったのも、間違いなく団体戦で培われたものがあるからだよ」

 

 それは、学校で同じ釜の飯を食い、共に同じ目標に向かって戦う、『団体戦』というもの。

 今日が初めての団体戦というエヴァには分からないもの。

 

 

「そう言えば、君たちのところの桜咲さんと戦っていた仁王も言っていたね。一人ならば……個人戦ならばあそこまで無理はしない。でも……一人じゃないから……自分一人で戦っているわけじゃないから戦うんだ」

 

「………そうか……」

 

「理屈じゃないんだ。それを知ってしまった者たちは……そうせざるをえないんだ」

 

「ふん。理屈ではなく動いてしまうか……青臭い小僧め。まあ、それに関しては分からなくもないな。そういう運動部ではないが……そういう理屈ではなく動くガキ共は身近にいるからな」

 

 

 幸村の言葉を聞いて、エヴァは自然に笑顔を浮かべていた。

 それは、幸村の言葉は、正に自分のクラスメートたちにも言えた事。

 父親を探したいという男を手助けしたい、好きな男に近づきたい、もっと強くなりたい、そんな想いを抱いて魔法世界を命がけで戦い抜いた自分のクラスメートと同じ。

 自分一人で戦っているわけではないから、無理をしてしまう。

 その理屈だけは分かった。

 

「はあ、はあ、はあ…………マッチポイント……ですか。超さん、ちなみにどんな感じですか?」

「無理ネ。時飛ばしを使いすぎたネ。もう、この試合では……」

 

 そして、ゲームも最後の大詰めを迎えた。

 まともな『戦闘』をすればあっさりと瞬殺出来る男たちに手も足も出ずに追い詰められる超鈴音とザジ・レイニーデイ。

 しかしその表情は、絶望よりも、もはや笑うしかないという様子で表情も柔らかかった。

 

 

「全く、恐ろしいものですね。まさか魔法も使えないただの中学生が、魔界の姫たる私をここまで追い詰めるとは……」

 

「本当にそうネ。時代の最先端とも言うべき技術をも、アナログの力でねじ伏せる……もはや脱帽ネ」

 

 

 人間を、人智を、あらゆるものを超越した二人。しかしそれでも勝てない。

 未来の科学技術や魔法の力も持たない、ただの生身の中学生を相手にだ。

 しかしだからこそ……

 

「しかし、だからこそ」

「ウム。人間は……面白いネ。無限の可能性を秘めている」

「こんな人たちも居る。だから、ネギ先生の目指す未来も……」

「そうネ。魔法世界を救うため、魔法世界と地球を巻き込んだ一大プロジェクト。当然、魔法という異形の力を知ることによる混乱や争いはさけられないかもしれない。しかし……」

「彼らのような人間が居る。ならば、きっと―――――」

 

 それは、この場に居るテニス部員たちにとっては、正直意味の分からぬ関係のない話かもしれない。

 しかし、未来の世界から今を、そして地球とは異なる世界から地球と魔法世界を、共に観察者のような立場で見守る超鈴音とザジ・レイニーデイは、魔法使いではない人間たちの可能性を感じることが出来た。

 それだけでもう満足だと、彼女たちの表情は告げていた。

 そして……

 

「手塚ァ! 最後だ、合わせろ! 何をやるか分かっているな?」

「無論だ。その未来は既に見えている」

 

 最後の時が訪れた。

 

「いくぞ、最後だ! 最後まで油断せずに行くぞ」

「当たり前だ!」

 

 手塚がフォアハンドストローク。

 既に時飛ばしが使えぬ超のグリップにボールが直撃する。

 その衝撃により超はラケットを落としてしまい、ボールはフラフラと上がってしまった。

 そして、浮いたボールに跡部が舞う。

 

「これは! 跡部と手塚のコンビネーション!」

「正に、二人がかりでの破滅への――――」

「いけー! 跡部ッ!」

 

 舞い上がった跡部から繰り出されるスマッシュ。

 超はラケットを落とし、時飛ばしを使えない以上、ザジがカバーするしかない。

 しかし、ザジのナイトメアゾーンは、既に跡部に攻略されている。

 ならば、素の力で返すしかない。が……

 

「ほうら、凍れ!」

「ッ!」

 

 素の力で跡部の氷の世界を攻略することはザジにもできなかった。

 ゆえに……

 

 

「時飛ばしだとか、空間どうたらとか、そういう力を磨く前に、もっとテニスの腕を磨くんだったな! これでフィナーレだぜ!」

 

 

 凍りついたように身動き取れないザジは跡部のスマッシュに反応することすらできなかった。

 コートに降り立った跡部は、不敵な笑みを浮かべて告げる。

 

 

「破滅へのタンゴだ。俺様たちの美技に酔いな」

 

 

 それは、全ての決着をつけた最後の締めの言葉であった。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおお! 手塚部長と跡部さんが勝ったー!」

「ゲームは6-2だが、本当にすごい戦いだった!」

「感動した! 手塚ァ! 跡部! 本当にすごいよーっ!」

「すっご! もう、テニスでこんなの見られるなんて、全員すごいよ!」

 

 終わってみれば、スコアの差は歴然であった。

 しかし、スコアだけでは分からぬ、命を懸けた死闘を、今この場に居た者たちは心に刻み込んだ。

 

「ぐっ、……つッ」

「手塚ァ!」

 

 その時、全てを出しつくし、青い青学ジャージを赤く染め上げるほど瀕死の手塚がついに力を失って倒れそうになる。

 だが、その体を跡部は正面から受け止めて、手塚を支えた。

 

「……跡部……」

「何も言うな、手塚」

 

 跡部は手塚の腕を自分の肩に回した。手塚から流れる血が跡部に付くものの、跡部はそんなことなど一切気にせず、傷ついた友の体を支えながらネット前で待つ、超鈴音とザジ・レイニーデイへ向かう。

 跡部に支えられる手塚は思わず口を開いた。

 

「跡部……」

「何も言うなと言ったはずだ、手塚」

「いや……それでも……」

「アーン?」

「……いいゲームだった……色々と発見のあるものだった」

「……ふん……。お前もさっさとドイツに行っちまいな。青学という看板を背負ってお前が戦うのは今日で最後だ。お前の意思は……後輩どもに受け継がれている。氷帝と同じようにな」

「……ああ……そうだな」

 

 コートサイドに居る海堂や日吉の姿を眺め、ようやく自分の役目も終わったのだと実感した手塚は、口元に小さな笑みを浮かべて、跡部に拳を突き出した。

 その拳に跡部もコツンと軽く拳をぶつけた。

 共に一年生の頃からチームを引っ張り、支え、戦い続けた二人の男。

 その役目がようやく終わったのだと、互いを称えあった。

 

「きっ、きっ……キマしたわーーーっ! うあはああああ! なに、あのイケメン二人でイチャイチャ! もうこれ、冬コミがどうとかってレベルを超えて、長年にわたってBL界で伝説になるCPに――――――」

「「「「「今、感動の最中だから、黙れパル!」」」」」

 

 ……何故か鼻血を出して興奮する早乙女ハルナだったが、クラスメートたちにボコられたので、手塚たちは気にしないことにした。

 

「とても素晴らしいプレーヤーと戦えて光栄だたヨ。手塚さん。跡部さん」

「あなたたちのプレーはとても深く、そして美しかったです。人間の……テニスの……無限の可能性を見せていただきました」

 

 ネット前までたどり着くと、既に待ち構えていた超鈴音とザジ・レイニーデイは悔いのない笑顔で待ち構え、そして最後に握手の手を差し出していた。

 

「3セットマッチや、プロのように5セットマッチならば、また結果は違っていただろう。いつの日か、互いに成長した姿でまた再戦を」

「ふん。色々とあったが、有意義な時間だった。褒めてやるぜ。またいつでも挑戦して来い。俺様が相手をしてやる」

 

 手塚と跡部も、最後は超とザジを称え、四人は互いに握手を交わして死闘の幕を降ろしたのだった。

 その瞬間、男も女も学校も関係なく四人には惜しみない拍手と歓声が送られたのだった。

 

「お疲れ様っす! 手塚部長! 跡部さん!」

「跡部っ、流石だぜ!」

「来年は俺たちも必ず!」

「後は任せてください!」

「ナイスファイトだよ、お兄さんたち!」

「なんで超りんたちとテニスやってたか知らないけど、アッパレ!」

 

 そんな歓声が送られる中、立海の幸村も拍手をしながら前へ出た。

 

「いい動きだったね、二人とも。流石だよ。いつか二人と戦う日が楽しみだよ」

 

 幸村の登場に、跡部も笑みを浮かべていた。

 

「ふん、テメエら立海が女子共との団体戦で苦戦したって聞いてな。興味本位でじゃれ合ってやっただけだ」

「そうか。でも、まだまだテニスの世界は広いと実感できたんじゃないかな?」

「まあ……暇つぶしにはなったな」

 

 憎まれ口は相変わらずだが、跡部の表情はとても満足そうなものであった。

 それが目に見えて分かるから、幸村も笑って返した。

 しかし、そこで一つ疑問が生まれた。

 

 

「ん? じゃあ、青学も氷帝も、俺たちが練習試合をするのを聞いて偵察に来たのかい?」

 

 そう。なりゆきで彼らのダブルスに見入っていたが、そもそも何で青学と氷帝がここに来ているのかという疑問。

 年中練習試合をしている立海を、ワザワザ両校揃って今日偵察に来るというのはおかしかった。

 

「「「「「…………あっ………」」」」」

 

 その問いかけに、青学、氷帝、そして手塚と跡部も何かを思い出したかのように言葉を失った。

 

「跡部? 手塚?」

 

 首を傾げる幸村。そして場も段々と静かになり、立海メンバーも麻帆良生徒たちも黙って答えを待った。

 すると……

 

 

「とある筋から……あの真田が合コンをしているという情報を聞いて、冷やかしにきた……」

 

 

 跡部が物凄く言いにくそうな顔で、真実を語った。

 

 

「「「「「……………………………………はいっ?」」」」」

 

 

 立海、麻帆良一斉にハモった。

 

「跡部? その……俺ともあろうものが、少々五感が狂ったようだけど、もう一度いいかな?」

「だから、そのとおりだ! 麻帆良で真田、切原、沖縄の木手、山吹の亜久津が合コンしているという情報を入手して、全員でかけつけた!」

 

 そして、跡部の言葉は冗談ではない。事実なのである。

 つまり、彼らは、堅物なライバルが女子と合コンをしているという情報を聞きつけて面白半分で現れて、そして成り行きで試合をして、その流れで手塚は危うく死に掛けた……そういうことなのだ。

 この常識を超えた死闘を繰り広げた彼らの、あまりにもくだらなすぎる理由に呆れた顔を浮かべざるを得ない一同。

 青学も氷帝も、今になって「俺らはなにやってんだ?」という恥ずかしさがこみ上げてきたのだった。

 

「っていうか、真田くんが合コンって、ようするにアスナたちとモンブラン食べにいったやつでしょ? それを合コンって勘違い?」

「あははははははは! なんか、あの人たちも中学生っぽいこと気にするんじゃん! なんだか急に親近感沸いた!」

「でもさ~、そういえばアスナと真田君遅くない?」

「だよねー、何だかんだでデートしてたりして。つか、うまくいってたりして!」

「いやいやいやいや、あの真田がそれはないだろい」

「ああ。あの堅物な真田が女とイチャついているところは想像できねえ」

「弦一郎と神楽坂アスナがうまくいく確率は……」

 

 そして、急におかしくなったのと、そういえばまだ真田とアスナが帰ってきてないことに気づいた両校生徒たちからは冗談交じりの笑いが上がっていた。

 しかし、どれだけキャーキャー騒いだところで、「あの二人がどうこうなることはないだろ?」という感じで、ほとんどが冗談であった。

 そう、冗談であったのに……

 

 

「ねえ、ゲンイチロー、ケータイ教えてよ。でさ、部活っていつ休みなの?」

「休みか……基本的に部活は毎日ある」

 

 

 その時、聞きなれた声が彼ら彼女らの耳に届いた。

 

「うわあ~、やっぱ強豪だから毎日部活あんのね。祝日とかも?」

「無論だ、土日祝日などは練習試合にうってつけだからな。しかし、第一、第三の日曜等はOFFにしているために、比較的融通が利く」

「ほんと! じゃあ、今度の日曜はいいじゃん! 今度またテニスしようよ! この学園でも案内してあげたい場所あるしさ」

「ほう、いい度胸だ。この俺が戦いを挑まれて断るわけにはゆかん! 存分に相手をしてやろう」

 

 その時、聞きなれた男女の声が聞こえてきた。

 隣で並んで携帯の番号を教え合い、さらには次の休みを取り付ける帽子の男とツインテールの女。

 

「うっはー! 真田副部長、デートっすか! あの堅物の真田副部長がデートなんてビッグニュースっすね! しかもテニスデート! うらやましいっすね!」

「まあ! それなら赤也くんも一緒に麻帆良に来て、私にテニスを教えてくれない? 約束だったでしょう?」

「アン? ちょっと待ってくださいな、赤也はん。それよりも、今度ミックスダブルスの大会がありますえ。ウチと一緒にエントリーしてみませんかえ?」

 

 先輩を冷やかすワカメ男。そんな彼の両隣にはチャッカリと聖母のごとき微笑みを見せる巨乳女と、ぽわぽわした京都弁を喋るメガネ娘。

 

「ふふふふ、恋愛にうつつを抜かす立海……これで怠けてもらえれば、来年は沖縄の時代が来ますね~」

「こらこら、永四郎。あんたもスポーツマンなんだからセコイことは言うもんじゃないよ」

 

 自然に歩き会話する、色黒男と色黒女。

 

「亜久津先輩、このあと時間あるですか? 新しいラケット選びに一緒に来て欲しいです」

「ああん? 何で俺がんなメンドクセーことに付き合うんだよ!」

「まあっ! 太一君! それならば! それならばこの雪広あやかがお手伝いしますわ! なんでしたら、すべてのラケットメーカーに私が交渉して全て試打できるようにしますわ!」

 

 何だかよくわからん、ショタ坊やと不良とお嬢様。

 ただ、とりあえずは何だか仲の良さそうな男女の組み合わせを見た誰もが思った。

 

 

「「「「「……ご……合コンがうまくいってるッ!!??」」」」」

 

 

 合コンが成功した後の光景にしか見えなかった。

 その声に真田たちは反応して、ようやく世界樹前の光景に気づいた。

 いつの間にか集っている仲間たち。何故かあるテニスコート。

 そして、何故か青学と氷帝のライバルたちまでここに居ることを。

 まるで状況が理解できない真田たちに、一斉に詰める者たち。

 死闘が一変して、実に平和な光景が繰り広げられたのだった。

 

 

 しかし……

 

 

 この平和な光景がこの数分後に一変することになる。

 

 

「ふん……どいつもこいつも恋愛にキャーキャー騒ぎおって、ガキどもが。あれほどのテニスを目の当たりにして、なぜソッチに感心がいく」

 

 

 その時、いつものバカ騒ぎに戻ったことに、エヴァンジェリンは小さく愚痴を零していた。

 だが、すぐにその表情には邪悪な笑みを浮かべ、彼女はラケットを携えて、コートの中に入った。

 

「おっ……久しぶりネ、エヴァンジェリンさん」

「こんにちは」

「アーン? なんだ、この幼稚園児は?」

「……?」

 

 まだコートに残っていた超鈴音たちがエヴァの登場に反応する。

 しかしエヴァは彼らを睨みつけて――――

 

 

「試合が終わったのなら、勝者も敗者もさっさとコートから立ち去れ」

 

「「「「ッ!?」」」」

 

 

 その尋常ならざる殺気を持って彼らを睨みつけた。

 自分の背丈の半分にも満たない少女から発せられる、未だかつて味わったことのないプレッシャーに、思わず跡部と手塚も言葉を失った。

 だが、エヴァはすぐに機嫌よさそうな笑みを浮かべて……

 

 

「ふふふふふ、しかし、使っていたテニスコートの整備に時間がかかるために間が空いたと思っていたが……ここにも新しいテニスコートがあるのならば、もう構わぬだろう」

 

 

 今、自分たちが団体戦をしていたコートは破損が激しく修復活動を行っている。

 その間のインターバルとしてジュースを飲もうとかそういう流れではあったが、今、ここにもテニスコートがあるのならば問題ないと、エヴァは笑った。

 そして……

 

 

「さあ、最後の試合だ。ヤルぞ、幸村とやら」

 

 

 ラケットを幸村に向けて、エヴァンジェリンが挑戦状を叩き付けた。

 その瞬間、キャーキャー騒いでいた一同が言葉を失って、一気に場が静寂に包まれた。

 すると、その状況下で指名された幸村はラケットを取り出して。

 

 

「いいよ。やろうか、お嬢ちゃん」

 

 

 今、この場で決着を着けることを了承したのであった。

 そう、今ここに、神の子と闇の福音の戦いが始まる。

 




おまけのエキジビションが、一番長く、そして激しいテニスになってしまいました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特別場外試合:神の子・幸村VS闇の福音・エヴァンジェリン
第27話『最後の砦』


「アスナ~、なんかいい感じじゃね?」

「月詠……ぎゃ、逆に不気味だ……い、一体、お前と切原くんの間に何があった……」

「恋愛にうつつをぬかすとは、哀れなり弦一郎…………いや、哀れではないか……これがリア充というものか」

「あの真田がついに彼女持ちかよ……」

「赤也! テメエは試合にも帰ってこねーと思ってたら、何やってたんだ!」

 

 現れて、そしてようやく事情と状況を察した真田たち。

 

「なんと、俺たちが居ない間にそのようなことがあったとはな。手塚と跡部も、勝ったとはいえあそこまで追い込まれるとは」

「ちょー、私がゲンイチローとどうとかって噂がなんで流れてんのよ! ち、違うんだから、そんなんじゃないんだってばーっ!」

「刹那センパイ、今まで散々迷惑かけて堪忍な。せやけど、もうウチはあほなことせえへん。なぜなら、うちは、真のダブルスパートナーをようやく見つけたんや」

「ぎゃああああ、すんませんす、センパイたち! でも、真田副部長も一緒だったし、俺だって結構激しい試合してたんすよ!」

 

 その途中で恋愛がらみの話題でアスナがギャーギャー騒いだり、何故か月詠が否定せずに頬を赤らめたりと、「お前ら何があったんだ?」的な状況ではあったが、状況はいつまでもそんな平和な話ばかりをできるものではなかった。

 何故ならば……

 

「くくくく、しっかし、普通にあの真田の野郎が合コンうまくいっているのは、面白いがムカつくじゃねえの。アーン?」

「これ以上は、無粋だぞ。跡部」

「確かに手塚の言う通り、なんだかうまくいってそうだし、そっとしておこう。それよりも、問題は……」

「ああ。麻帆良がこんなにすごいとは思わなかった。そして、まさか、あんな小さい女の子が幸村さんを指名して試合するだなんて」

「周りの奴らの反応から、あの子供が只者じゃないことは分かるが、だからって、あの幸村を指名するとはな……自殺行為だぞ?」

 

 いよいよ開始されるこの最後のシングルスの対決を無視できるはずがなかったからである。

 

「サーブ権はもらおう」

「分かった、俺がレシーブだね」

 

 ラケットトスを終えた幸村とエヴァ。まだ試合は始まっていないのに場を埋め尽くす緊張感に、いつも能天気なクラスメートたちですら息苦しい空間に感じていた。

 

「ついに、幸村くんの出番やな~」

「これまでアスナさんや私たちを正面から破った、立海の方々。ましてや切原さんなんて、月詠すらも打ち破った……」

「おまけに、他校の方々は、超殿とザジ殿の強力無比なコンビをもその技術や魔法ごと打ち砕いたでござる」

「そのトップの幸村……う~、どれだけ強いアル!」

 

 ついに現れた幸村精市。この超人軍団立海大を率いる部長。

 だが、その雰囲気や体つきはこれまでの選手たちとは違い、どこか普通の優しい青年のように見えた。

 しかしその一方で、幸村の力を知っているテニス部員たちにとっても驚くべき光景が次の瞬間に起こった。

 

「幸村が!」

「試合前から羽織っていたジャージを脱いだ!」

 

 幸村が試合開始前にジャージの上着を脱いだのである。

 袖を通さずにただ肩に羽織っていただけのジャージ。

 今からテニスをするのだから、それを外して何が悪い?

 意味の分からないところで驚愕するテニス部員たちに麻帆良生徒たちは首をかしげた。

 

「ちょっ、げ、ゲンイチロー。幸村くんがジャージを脱ぐのが、そんなにおかしいの?」

「おかしいのではない。しかし、驚くべきことではある」

 

 堅物のマジメ人間真田ですらこの事態に驚いているようだ。

 それは……

 

「幸村は無駄なことをしない。その強すぎる力ゆえに、大概の敵などジャージを肩に羽織ったまま倒すことが出来る」

「……は、はあ? じゃ、ジャージを肩に……って、それじゃあ、うまくスイングできないし、肩からジャージ落ちるでしょ?」

「確かに全力を出して激しく動けば落ちるだろう。しかし、羽織ったまま倒す……つまり大抵の敵など幸村からすれば、全力をまるで出さなくても勝てるということだ」

「いや……そ、それ、すごい器用だけど、何の意味が……」

 

 今の話だと、とりあえず幸村はスゲー強いという以外のことは分からないアスナ。

 だから試しに……

 

「ちなみに、ゲンイチローとか、立海の人とか……幸村くんと試合して勝ったことあんの?」

 

 そのとき、切原が「うわ~、それ聞いちゃうんすか?」みたいな顔をしていたが、真田は厳しい表情のままハッキリと答える。

 

 

「俺たちはただの一度も……幸村に勝ったことはない!」

 

「「「「「えええええええええええええーーーッ!?」」」」」

 

 

 本日、超人を誇る麻帆良生徒たちの度肝を抜いた立海テニス部。

 それは一般生徒たちが思わず「バケモノ」と呟いてしまうほどの者たちだった。

 しかし、その彼らが、あの体もそれほど大きくない、普通の優しそうな男にただの一度も勝ったことがないという。

 その事実には流石に驚かざるを得なかった。

 

 

「小学生の頃から、そのあまりにも強すぎる存在ゆえにテニス界から大きく注目を集めていた……やがて人は、奴のことをこう呼ぶようになった」

 

「……ど、どう呼ぶの?」

 

 

 真田は「皇帝」、跡部は「キング」、手塚は「カリスマ」と、ここに集った選手たちは皆が仰々しい二つ名を持っている。

 そんな中学テニス界において幸村につけられた二つ名。それは……

 

 

「神の子・幸村精市」

 

 

 これ以上ない、二つ名の極みともいうべきものが付けられていたのだった。

 

「か……神の子……は、はは……すご、山本キッ〇みたいなのが付いてんのね……ってか、なんかプロレスラーみたい」

「だが、一方で、幸村は決して相手を舐めたりはしない。ゆえに、幸村がジャージの上着を最初から脱ぐということは……あの幼女! 只者ではないということだ!」

 

 もはや呆れて顔を引きつらせることしか出来なかった一同。

 そして……

 

「こいつらよりスゲーとか……もう、私は……あの野郎が、かめはめ波とか、スタンド出しても驚かねー自信ある……つか、ネギ先生、もう魔法バレても全然よくね?」

 

 この世の信じていた常識というものを全て破壊されたショックで、長谷川千雨はもう項垂れていた。

 

「いくぞ。そして思い知らせてやる。貴様など、所詮は人の子だということをな!」

「じゃあ、よろしくね、お嬢ちゃん」

「ふん、その余裕の笑みをすぐに歪めてくれる!」

 

 エヴァがトスを上げる。そして、その小さな体をめいっぱいしならせるように、鋭い回転のかかったサーブを繰り出した。

 

「あ、あのフォームは!」

「それにあの回転は!」

「ツイスト……いや、アレは!」

「あのフォームと回転は……ツイストと言うよりも、キックだ」

 

 エヴァの放ったサーブは独特な回転と軌跡を描いてサービスラインに。そして、本来右利きのものが打てば、右か正面に跳ねるはずのショットが、逆回転に飛んだ。

 

「キックサーブはどんなに鋭く打っても、跳ね際をライジングで叩けば脅威じゃないよ」

 

 エヴァの初球。それは、普通のサーブではなく逆回転をかけたサーブだった。

 しかし、幸村は大して驚くこともなく、ライジングで軽々ベースライン上のエヴァの足元ギリギリにリターンした。

 

「ふん。ライジングは打点が早い分、ライジングで返されたら次の動作が遅れるだろう?」

 

だが、エヴァもまた返されたことに驚くこともなく涼しい顔で自らもライジングで返した。

 

「ライジングをライジングで返すと、急激なチェンジオブペースに対応が難しくなるよ?」

 

 すると、ライジングに対するライジングに対して幸村は、急に相手を翻弄するかのようにスライスボールで流れを変える。

 

「打球の展開の速いゲームにおいて、スライスは打つ場所を間違えたらオープンに強打を打たれるぞ?」

 

 だが、エヴァは幸村のスライスに体勢を崩すことなく、柔軟なボディバランスでオープンコートに強打。

 

「その位置からの強打は右サイドに打つしかないよね?」

「だが、追いついたところで、強打で返せまい。スライス回転のボールで立て直すしかあるまい」

「そう思ってネットに出ようとすると、後ろががら空きになるからロブで抜かれやすいよね?」

「しかしせっかくロブを打とうにも、自分の体勢を立て直すために滞空時間の長いロブを打たざるを得ないだろう? ならば無理しなくてもベースラインに戻って余裕で返せる」

 

 互いに互いを指摘し合うかのように一球一球を打つ、エヴァと幸村。

 

「あの幼女、幸村とラリーを続けている。それに、あの動き、やはり只者ではない!」

「ああ。あいつにあそこまで臆することなくこうも打ち合えるなんて、普通じゃねえ!」

「エヴァちゃんスゴ!」

「あんな小さい体でダイナミックなショットを綺麗に打ててる!」

「ちょっと、ネギ! エヴァちゃんって、封印の力で魔法とか使えない、幼稚園児並みの運動神経しかないんじゃないの?」

「いえ、劣っている体格などをフォームやボールの回転を巧みに操ることでその差を無くしています。それに、超さんが未来から来たおかげで、世界樹にも魔力が満ちています……マスターの体も徐々に元の力を!」

 

 互いにまだ一ポイントも奪うことなく続くストローク合戦に観客は息を呑む。

 

「……どんなテニスにも動じず波風立たせず、それでいて最終的に勝つ……それが貴様のテニスか……」

 

 そんなラリーの最中の中、エヴァはそう呟いた。

 実に、つまらなそうに。

 

「一つ教えてやるぞ、貧弱小僧」

「何をだい?」

「殺される前に殺す……それがテニスにおいても人生においても真理だ。自ら相手を葬り去ろうとする気概の無い奴などに、ラケットを持つ資格はない!」

 

 その瞬間、いつまでも続くストローク合戦の中で、エヴァの目が大きく力強く見開かれた。

 ついに動くかと、誰もが目を見張った。

 

「今度は、ノーバウンドでジャックナイフドライブボレーッ!」

「あのちっこい女の子、あんな体でなんつう豪快なショットを立て続けに打つんだよ!」

「しかも、ただのジャックナイフじゃない! ドライブボレー独特の強烈なトップスピンがかかっている!」

 

 鋭く強烈なトップスピンボール。バウンドすればそのまま相手を飛び越えて、コート外まで飛んでいくであろう威力が備わっていることを、テニス部員たちは瞬時に察した。

 だが、幸村は……

 

「豪快なフォームとそれに見合ったテクニックで、大人顔負けのショット。いい動きだよ」

「ッ! ほう……」

 

 だが、これにも幸村は顔色を変えることなく、ライジング気味のバックハーフボレーで難なく返した。

 

「うまいっ! あのスピンボールをハーフボレーで返した!」

「相変わらず冷静だ! まるで揺るがねえ鉄壁だ!」

 

 目の前に来たショットをただ返すだけではなく、常に相手の一歩先、そして一球に意味を持たせるかのような展開が続いていた。

 基本に忠実に丁寧に完ぺきで、時折高等技術を織り込んで激しく打つ、王道的なゲーム展開。

 しかし、その時、この状況を見ていた長谷川千雨はあることに気付いた。

 

「あれ? なあ、真田くんさ~、あの幸村くん……スタンド能力使わないの?」

 

 そう、幸村にはどんな力があるのかと思ったが、今の時点では普通。

 普通のテニスであることが、長谷川千雨にとっては不思議であった。

 

「スタンド? お前は中学生でありながら何を言っている?」

「いや、なんか、時を止めたり、飛ばしたり、あとは物質に命を与えるとか……」

「支離滅裂だ。あいつは人間だぞ? そのようなこと出来るはずがなかろう」

 

 ザジと超鈴音の試合を見ていない真田が、時飛ばしなどを「ありえない」というのは無理なかった。

 しかし、その言葉が、長谷川千雨をこれまで襲っていた常識と非常識の暗雲を払ったように感じた。

 

「……じゃ、じゃあ、た、例えば、幸村くんの必殺技は? あんたの風林火陰山雷とかみたいのは……」

 

 ならば、どのような必殺ショット……というより必殺技を持っているのか?

 その問いに、真田は小さく笑みを浮かべた。

 

「必殺ショットか……幸村にはそういった特殊な技法はない。というより、必要としていない」

「え、な、ない?」

「そうだ、基本に忠実で完璧なテニス。それゆえに相手はどのような技法や力も通用しない。それだけで幸村は勝てるのだ」

「じゃ、じゃあ、その、無我のなんたらとか、百錬とか……」

「使おうと思えば幸村も使えるが、余計な体力を消耗するだけと思っているために使わない。そして、それで奴は勝てる。だからそれもまた必要ないのだ」

 

 そう、実際、これまで怒涛のテニスを見せて攻めているように見えるのはエヴァ。

 幸村はただ返して、カウンターでポイントを取ろうとしているようにしか見えない。

 無論、二人ともまだ様子見の段階なのだろうが、それでもこれまでの立海メンバーたちと比べれば、なんとも静かで丁寧なテニスに見えた。

 

「そ、そうか……そんなトンデモショットしないやつが、トップなのか……そ、そうか……そうか……」

 

 そんなテニスを目の当たりにして、長谷川千雨はこれまで見せられてきたテニスとは違った感情を幸村に感じていた。

 

「幸村くんは、将来プロになんのかな?」

「だろうな。奴がプロを目指さないのを、テニス界が許さぬだろうからな」

 

 そして、そんな幸村が常識を凌駕する男たちの、テニス界の頂点に君臨するほどの実力者。

 それが分かった瞬間、長谷川千雨は心の底からの喜びと、ある決意が芽生えた。

 

 

「よし、決めた。私はこれから幸村くんを応援する!」

 

「「「「「千雨ちゃん!」」」」」

 

 

 その言葉に、クラスメートだけでなくこの場に集ったテニス部員たちも思わず驚いて視線を向けるが、千雨は構わずに続ける。

 

 

「かめはめ波や元気玉を撃たない! それでいてスタンド能力も使わない! それでいてあんなに普通のテニスするのにトップなんだろうが! そうだよ、これがテニスなんだよ! これが私の知ってるテニスだよ! だから、頑張れ幸村くん! テニスと常識の世界をあんたが守ってくれ!」

 

 

 今日一日、大声でツッコミ入れてばかりだった長谷川千雨が初めて嬉しそうに声を張り上げた。

 それは、普段の千雨を知っているクラスメートたちからすれば信じられないこと。

 

 

「ち、ち、ちさめさん……あ、あの、ね、ネギ先生からう、浮気……」

 

「ちょっと待てロボ娘ーッ! 誰が浮気だ! つか、あんなガキとは何もねえよ! ってか、そういうんじゃねえ! 幸村くんはこの世の常識を守る最後の砦なんだよ! テニスの常識ってもんは彼に委ねられてるんだよ! 応援しねーわけにはいかねーだろうが! だから、頑張れ、幸村くん! トンデモテニスに負けんじゃねえ!」

 

 

 千雨はネギ先生が好きだったのではと、狼狽してしまう茶々丸を一喝し、幸村を心の底から応援する千雨。

 と言っても、彼女がそんな想いを抱いたものの、それが粉々に打ち砕かれるのは、ほんの数分後のこと……

 

「ほう。なかなか丁寧なテニスをするな。まだ中学生という荒削りな時期に、ここまで完璧で無駄のないテニスをするとはな……」

「お嬢ちゃんは、とても元気で活発だね」

 

 激しいラリーで打ち合う中でもまだまだ両者余裕はありそうだ。

 だが、その余裕の笑みが、突如邪悪になったのは、エヴァであった。

 それは、何かを仕掛ける合図。

 

「だが……ウォーミングアップで体が温まった……そして、ここから始まるぞ?」

「?」

「貴様らの底の浅いテニスでは及びもつかぬ、闇の福音式庭球を見せてくれる!」

 

 エヴァの邪悪な笑みに込められた真意は分からなかった幸村。

 すると、その時だった!

 

「私は氷の魔法を得意とする……たとえ、封印によってその魔力が封じられようとも、体質的な属性は……この身から溢れる冷気は人間の比ではない」

「……魔法? 冷気……?」

「そこに、テニスの激しい打ち合いの中で熱気を発散させたらどうなる? 激しい熱気と冷気のぶつかり合いは、やがて、気流を生み出して竜巻へとなる!」

 

 テイクバックと同時にエヴァがその小さな体を捻る。

 上体をひねり、ほとんど背中を相手に向けるほどに。

 そして、スイングの瞬間そのひねりを一気に解放させることで、目にも見えぬヘッドスピードと共に……

 

「闇のストロークの始まりだ! くらえ、ダークネスサイクロンショット!」

 

 エヴァが、まるで背負い投げのように下から一気にラケットを鋭角に降りぬいた。

 するとラケットがボールを打った打球音はせず、変わりにボールが鋭いドリル回転を描いて真っ直ぐ突き進んだ。

 

「きゃああああ! な、た、竜巻が急に!」

「ふ、吹き飛ばされる!」

「なんつう風だ! それに、あのボールは!」

「なんだあれは! ボールが渦上になって突き進んでいるぞ!」

「ジャイロボールッ!」

「あの威力! 幸村の細腕じゃ、ラケットどころか、体ごと弾き飛ばすぞ!」

 

 強烈なショットを軽々と放つエヴァにギャラリーが沸く。

 たとえ、体格や体重やパワーの軽いエヴァが打ったとはいえ、その螺旋状に突き進むボールは、空間ごと削り取るかのように黒い渦となって伸びていく。

 そんなボールを前にして幸村は……

 

「厄介な打球と風だね。でも……その中心なら安全そうだ」

 

 そう一言呟くだけで、幸村は襲い掛かる竜巻に抗おうとはしない。

 その竜巻の渦のど真ん中に自ら飲み込まれた。

 

「ちょ、ゆ、幸村くん!」

「いや、アレで正しい! 竜巻の安全地帯は渦の中心! 奴はそれを見抜いている!」

 

 僅かな恐怖心や、勇敢な心で竜巻を正面からブチ破ろうなどとすると、返ってその竜巻の渦に肉体を切り裂かれる。

 しかし風に流されずにその身を預け、その渦の中心にまでたどり着けばそこは安全地帯。

 そして……

 

「この打球、普通に打ったら難しそうだね。なら、こうするよ」

「ッ!」

 

 渦の中心に辿り着いた幸村は、眼前に迫ったボールに対してラケットを振り抜かなかった。

 ラケットを面ではなくグリップの裏でピンポイントにボールをぶつけて返球した。

 

「ちょちょ、ら、ラケットのグリップで返したア!」

「え、あ、あんなのアリなの?」

「す、すごい! マスターのあの魔法とも言えるショットを普通に返すなんて!」

「特殊能力使わないで普通に返したー! 幸村君、あんたスゲーよ! 流石は神の子ってやつだ! 私は全力であんたを応援する!」

「千雨ちゃん、ちょ、落ち着いてって!」

 

 通常のテニスでは決して見られないであろうリターンにどよめきが走る。

 対してエヴァも、まさかそんな風に楽々返してくるとは思わずに、小さく笑みを浮かべた。

 

「ふん、器用な奴だな。だが、そのような大道芸で、私の多彩な攻めを受けられるかな?」

「ッ!?」

「特殊なリターンを使ったせいで、ラケットも体も態勢が整っていないようだな! まあ、ここまで粘ったことは褒めてやるがなッ!」

 

 グリップリターンによる、独特な回転とホップ気味になって返ってきたボール。

 だが、そのボールに対してエヴァは構わず突き進む。

 そして、グリップリターンで返球されたボールをダイレクトのドライブボレーで相手コートに叩きつけた。

 

「まず、先制はもらった!」

 

 ついにゲームが動いた。

 これまで何十球と続いた激しいラリー合戦。

 エヴァの高等技術から、常識を超えたショットまで繰り出され、それをことごとく返してきた幸村の鉄壁がようやく崩れた。

 

「くくくく、さあ、ここから始まるぞ! 貴様に恐怖を…………ん?」

 

 自分のショットは決まって幸村を抜いた。その手ごたえは間違いなかった。

 だからエヴァはガッツポーズをした。

 だが、その時、エヴァは自分の身と意識に何故か違和感を覚えていた。

 そして……

 

「ちょっ、どうしちゃったの、エヴァちゃん!」

「何で急にぼーっとしてるのさ!」

「でも、幸村さんはすごい! マスターがあそこまで攻めたのに、全部返した!」

「すげえよ、幸村君! テニス界にあんたが居てくれてうれしいよ! 私は今日からあんたのファンだ! いけー幸村くん!」

「まず、ワンポイント目は幸村が取ったか」

「だが、あの小娘、侮れねえ!」

「ああ、勝負はこれからだね」

 

 湧きあがるギャラリー。しかし、その言葉の中に聞き捨てならないものがあった。

 それは……

 

「ん? お、おい、ちょっと待て、貴様ら……ワンポイント目は……」

 

 ワンポイント目を幸村が取った? 何を言っているんだ、こいつらは? 今、自分がドライブボレーを叩き込んだだろう?

 そのはずが、言葉を失うエヴァ。

 するとネットの向こう側に居る幸村は……

 

「お嬢ちゃん、どうかしたのかな?」

 

 それは優しい語り口調でありながらも、ゾッとするような声で……

 

「ドライブボレーが決まった夢でも見ていたのかい?」

 

 その瞬間、エヴァは全てを理解した。

 

「ッッ! き、貴様! ま、まさか、い、今のは……」

 

 どういう訳かは分からない。間違いなく、魔法などという類のものでもない。

 なのに、自分は途中から、幻を見ていたということに。

 そして、幻を見ていたのは自分だけ。

 ギャラリーには、幸村のリターンに一歩も自分が動けなかっただけにしか見えない。

 

 

「く、くくくく……あらゆる催眠や幻術を得意とする私が……これほど簡単に引っかかるとは……恐ろしい小僧だ」

 

 

 エヴァは一瞬寒気がして震えた。

 だが、同時に歓喜した。

 

 

「もう、痛い目程度では済まさぬぞ? 闇の福音……そして、『コート上の人形使い』とも言われた我がプレーを見せてやろう」

 

「いっぱいあだ名があるんだね」

 

 

 この人間を、テニスを使ってとことん叩きのめしてやろうという想いが余計に強くなったエヴァは邪悪さをより鋭くさせて笑った。

 

 そして、このワンポイントで互いの名刺交換を終えた二人の怪物の戦いが激しさを増すことになる。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話『それぞれのテニス』

「まったく、どうなっとるんじゃ! テニスコートといい、食堂棟といい、世界樹の異変といい」

「分かりません。しかし、生徒たちの安全を考えて急いで向かいましょう」

 

 ついに動き出した学園長、高畑・T・タカミチを始めとする魔法先生たち一同。

 未だ生徒たちの被害はないものの、今、学園で何かが起こっていると、慌てて彼らは駆け出していた。

 すると……

 

「が、学園長!」

「どうしたのじゃ?」

「その……」

 

 そして、先行して先を進んでいたガンドルフィーニが立ち止まって叫んだ。

 それは……

 

 

「せ、世界樹前広場で……て、テニスが……」

「はあ?」

「……その、見知らぬ中学生ぐらいの男子学生が……あ、あの、エヴァンジェリンとテニスをしています」

「………へ?」

 

 説明を受けても意味不明な学園長を始めとする一同。

 だが、次の瞬間、彼らの目には、確かに普段はないはずのテニスコートがそこにあり、その周りには多くのギャラリーで溢れており、そしてそのテニスコートでは、誰かが試合をしているのが分かった。

 呆然とする学園長たち。

 しかし、試合は待ってはくれなかった。

 

「最初は幸村が取ったものの、あの子供、いい動きをする」

「ああ。技も多彩だ。それに、この俺様のインサイトでもパッと見で隙がねえ」

 

 ワンポイント目は幸村が取ったものの、エヴァの実力は本物と、手塚と跡部も認めた。

 

「確かにな。それに、神楽坂アスナのように優れた身体能力のみで繰り広げるメチャクチャなテニスではない。ショットの一つ一つ、精度、さらにゲームの組み立ても目を見張るものがある。何者なのだ? あの幼女は」

「う、う~ん、エヴァちゃんは結構特殊だから……ってか、ゲンイチロー、私たちからすればエヴァちゃんと真っ向から打ち合える幸村くんの方がすごいから」

 

 たったワンポイントで、テニスのトッププレーヤーも魔法界の住人たちも両者目を見張る攻防を見せるエヴァと幸村。

 しかし、二人の戦いはまだ始まったばかりと、両者更にギアを上げていく。

 

「では、いくぞ! そらっ!」

「今度は……スーパースライスサーブか」

 

 エヴァが状態を捻ってボールを鋭くカットして打ち出すスライスサーブ。

 それは、ブーメランのように強烈な弧を描いて、相手をコート外へ押し出そうとする。

 

「無駄だよ。これもキックサーブ同様にライジングで叩けば、大きくコートから出されずに済……ん?」

 

 他の選手なら初見はほぼサービスエースを取れるようなサーブ。だが、幸村には通用しない。

 幸村は鋭いスライスサーブを金魚すくいで救い上げるように丁寧にライジングで返球しようとした。

 しかし、その時、既にエヴァはネットに出ていた。

 

「サービスダッシュ! あの子、あの身長でサーブ&ボレーに出るのか!」

「いや、奇襲としては悪くない!」

「だが、相手は幸村だ……」

 

 予想もしていなかったエヴァのサービスダッシュに驚くギャラリーだが、幸村を出し抜くには甘い。

 

「悪くないけど、君のリーチでダウンザラインのコースを狙えば届かないよ」

 

 そう、エヴァの体格は幼児と同等。仮に相手の虚をついたところで、そのリーチではコーナーギリギリを狙われたら届くはずがない。

 幸村は冷静にエヴァのリーチの届かないコースにボールを……

 

「甘いな!」

「ッ!」

 

 その瞬間、サービスダッシュしていたはずのエヴァの体が、コウモリが分裂したかのように四散したのだった。

 

「な、なんだー、あれ! ぶ、分身?」

「違う、まるで……幻みたいな!」

「え、エヴァちゃんの体がコウモリになって……んで、本物のエヴァちゃんがあっちに……どういうこと!」

 

 そして、本物のエヴァは、幸村の打った打球の延長線上で既に待ち構えていた。

 

「エヴァちゃん……もう、魔法を隠す気ないみたい……ネギ、ドンマイ」

「ひっぐ、マスター……そんなに僕をオコジョにしたいんですか?」

「気にすんな、先生! たとえエヴァンジェリンさんが何をしようとも、テニス界には幸村くんがいるから、大丈夫だ!」

「千雨ちゃんが、ほんまに熱く幸村くんを応援しとる……」

 

 ギャラリーの反応など、もはやエヴァにはどうでもよいことだ。

 待ち構えていたところにジャストで来た幸村のボールをオープンコートに叩きつけ……

 

「そらそら、走れ走れーっ!」

「ツ!」

 

 エヴァは叩きつけなかった。ボールを右へ左へと振り、幸村が追いつける範囲でボールを打つ。

 

「おい、なんであの子、チャンスボールなのに叩きつけなかったんだ!」

「何か狙いがあるのか?」

「……持久戦で幸村を潰す気か?」

 

 エヴァの狙いを持久戦ではと予想する面々。

 その間、幸村を振り回すエヴァの表情は恍惚に満ちていた。

 そしてそれだけではない。

 

「甘いよ。ここからパッシングで……ッ……またコウモリ……」

「どうした! 本物を見抜けぬとは、あの跡部とかいう小僧にも劣るではないか!」

 

 ことあるごとにコウモリによる分身のようなもので幸村を翻弄するエヴァ。

 気づけば、幸村はどこに打つべきかを迷わされるようになり、対応が徐々に遅れていた。

 

「なるほど……コート上の人形使いか……」

「あの精市を振り回そうとは、恐ろしい娘だ」

 

 この状況を見て、乾と柳が何かを察したようだ。

 

「乾~、柳~、どういうこと?」

「見ろ。あのどこに現れるか分からない幻による翻弄、そして華麗なるラケット捌きで思うようにボールコントロールをしたり、打点を相手に絞らせない。気づけば、幸村は自分の行動を相手に操られているかのように振り回されているのだ」

「自由自在に相手を振り回してリターンをする。相手に自由なプレーをさせないのは、精市の専売特許であったが……エヴァンジェリンといったな……恐ろしい娘だ」

 

 そう、目先のワンポイントを奪うのではなく、幸村の頭と心を揺さぶるように徐々に切り崩していくプレーだ。

 コートを走り回る幸村の姿は、エヴァの手の平で糸を付けられて操られている人形のようであった。

 

「ならば、この試合はタイプの違う者同士のぶつかり合いということだな」

 

 そんな幸村の姿を見て、真田がこの試合をそう評した。

 

「ゲンイチロー、どういうこと?」

「うむ。すなわち、オールマイティプレーヤーVSカラフルプレーヤー、というものだ」

「お、おーる……?」

「幸村は固有の得意技を持たない代わりに、あらゆるスピードやパワー、テクニックを問わずにすべての打球に対応できる。一方で、あの幼女は多彩なショットを身につけてあらゆるプレースタイルで相手を倒すことができる」

「……そ、それって、よく分かんないけど、同じ意味じゃないの?」

「全く違う。幸村のテニスは言ってみれば、どんな打球にも対応することで相手を倒すシンプルテニスだ。それはどのようなゲーム展開でも変わることのない揺るがぬプレーだ。しかし、あの幼女のテニスは相手に応じてプレースタイルを多彩に変化させることが出来るため、その引き出しの多さでいかなる相手をも攻略できる」 

 

 そして、現在エヴァが行っているのはその一つ。あらゆる打球に完璧に対応する揺るがぬ幸村を乱すこと。

 精神的にも肉体的にも弱らせて、そして躍らせる。

 

「そらっ!」

 

 エヴァが特殊なグリップから独特のフォアハンドを打つ。

 

「あ、あのショットは!」

「エクストリームウェスタングリップでのフォアだ! あんなショットまで!」

「ああ……体格の劣る選手がパワーボールを打つためのグリップ……肩の可動域と腕の動きを完全に制限することで、強制的に体を回転させて足の力でボールを飛ばす……まさに、あの少女にはうってつけのパワーショット」

 

 鋭いドライブ回転がかかって突き進むボールに、テニス部員たちは湧きあがる。

 

「パワーがなくとも強烈なショットを打つ方法などいくらでもある。しかし、貴様はそれをせん。つまり自分から相手を倒そうという意思がないということだ。どれだけ完璧を誇ろうと、所詮、貴様の体力はまだまだ中学生のもの。永遠に乱れぬことなど不可能だ。ボロを出すのは時間の問題だ」

 

 サディスティックな笑みを浮かべて幸村を翻弄するエヴァ。そのギアを徐々に上げて、幸村を追い詰めようとする。

 すると……

 

「そうだね。永遠に戦うのは無理だから……悪いけど、早めに終わらせてもらうよ」

「ッ、ほう!」

 

 その時、これまで基本は受け手であった幸村が自分から動いた。

ストロークの打ち終わり直後に急にネットに出て、ネットに張り付いているエヴァとの接近戦に持ち込む気だ。

 だが、無闇に動いたことで、逆に隙だらけ。

 前へ出た幸村の足元やオープンコートに打ち込めば、楽にポイントを奪うことが出来る。

 

「耐え切れずに幸村から動いた!」

「ダメだ、それでは相手の思うつぼだ!」

 

 幸村の動きは悪手だとテニス部員たちは声を上げる。

 だが、それが幸村の狙いでもあった。

 

(このままあの子に振り回されれば、ジワジワと体力を失う。ならば、相手が打ち込みたくなるような隙をあえてこちらから見せて誘うことで……)

 

 ねちっこく翻弄しようとするエヴァに打ち込ませるために、あえて隙を作る。

 エヴァが打ち込んできた瞬間にカウンターでポイントを奪い返す。それが幸村のシナリオ。

 幸村にはそれが出来るという自信があった。

 

「ふはははははは、そうやって耐え切れずに無理に動いて自滅するのが、哀れな人形の末路というものだ!」

 

 高笑いと同時にラケットを大きく振りかぶるエヴァ。

 

「隙だらけだ、小僧! がら空きだ!」

 

幸村の誘いに気付かずに、勢いよくボールをオープンコートに叩きみ、ポイントを……

 

「さあ、まだまだいくぞ! 一気に巻き返し――――」

 

 ついに幸村からポイントを奪ったと笑うエヴァ。

 だが、実際には……

 

「チャンスボールを決めた幻でも見たのかい?」

 

 本物のボールはエヴァの足元を抜い――――

 

「誰しもが思い浮かべる自身の鮮やかなプレーを相手に錯覚させる……それがお前の力か?」

「ッ!」

 

 その時、幸村は気付いた。

 

「私に幻を見させて騙す……そんな幻でも見えたか?」

 

 幻に囚われて、ポイントを奪ったと勘違いしてガッツポーズをしているエヴァ自身が幻であった。

 四散した蝙蝠がそれを証明していた。

 ならば、本物のエヴァは?

 

「私に幻術合戦など、千年早いわッ!」

 

 本物のエヴァは自分の分身体の後方のベースライン上で待ちかまえていた。

 そして、ネットに出ていた幸村の真横を抜くパッシングショットで軽々と抜き……

 

「大丈夫だ、届くッ!」

 

 しかし、幸村はギリギリで反応して真横を抜こうとするボールに食らいつこうとする。だが……

 

「ああ、ちなみにそのボールも……幻だ」

「ッ! これは……」

 

 その瞬間、幸村が食らいつこうとしたボールが蝙蝠化して分裂。エヴァの作り出した偽物のボール。

 なら、本物は……

 

「あっ……」

 

 がら空きの逆サイドを綺麗に抜かれていた。

 流石にこれは幸村も取ることが出来ず、打ち合いからの騙し合いは、エヴァに軍配が上がった。

 

「ゆ……幸村があんなにきれいに抜かれた!」

「しかも読み合いすらも……」

「いやいや、待て待て、ボールが蝙蝠になったり、あの子が蝙蝠だったり、もう全然分からねえ!」

「コートで一体何が起こってるんだ!」

 

 その瞬間、息すら吐けぬほど緊迫した打ち合いが終わった瞬間、ギャラリーからドッと疲れたような息と、幸村がポイントを奪われたことへの驚きが入り交じり、場に動揺が走った。

 

「いやいやいやいや、エヴァンジェリンさん、ちょっと卑怯です!」

「ちくしょー、何がテニス歴600年だ! 幸村くん、負けんな! あんたなら勝てる!」

 

 盛り上がるものの、反応は様々である。

 幸村がポイントを取られたことに対する驚き。

 エヴァがそもそも卑怯すぎることに対する驚き。

 正直、今、何が起こっているか分からないことに対する驚き。

 

「くくくくく、まだまだこんなものではないぞ? 貴様の知らぬ、奥深きテニスを見せてやろう」

 

 もう、完全に開き直って、どうなろうと構わんという感じのエヴァ。

 

「……俺の視覚や思考が完全に欺かれた……」

 

 一方で、どんな超常現象であろうと、見極められずにポイントを失ったことに少なからず動揺している幸村。

 様々な想いがめぐる中、エヴァはプレーを続行する。

 

「さあ、行くぞ! 再び私の手の平で踊ってもらおう!」

 

 エヴァの繰り出されるサーブ。今度はキックでもスライスでもない。唸るようなトップスピン。

 ここまで様々な球種を操るだけでも驚きなのに、そのうえ妙な幻を使ったテニスをする。

 しかし、そこで自分の中に芽生えかけた僅かな動揺を、幸村は頭を振って消し去ろうとする。

 

「集中力を高めろ。冷静になれ精市。絶対に返せないボールなんて無いんだ。俺は、目も見える。耳も聞こえる。ラケットの感覚もある。頭だって冷静に――――」

 

 その時だった。

 エヴァのトップスピンサーブを的確にリターンした幸村の目には信じられない光景が映し出されていた。

 

「な、なにっ?」

 

 それは、彼が未だかつて見たことのない光景。

 

「ふふふふ、どうした? 幸村精市」

 

 鋭いリターンでエヴァの足元を抜くはずだったボール。

 そのボールが、エヴァの手前の空間で、まるで『凍結』したかのように宙で停止しているのである。

 

「ほら、ぼんやりするな!」

「ッ!」

 

 目の錯覚? 分からない。しかし、エヴァの手前で確かにボールは一瞬停止した。

 その真偽が分からぬうちに、エヴァから鋭いストロークが返って来て、幸村も慌てて反応する。

 

「くっ、何かの間違いだ……ボールが空間で凍結など……いや、しかし……」

 

 今の光景をただの見間違いだと思おうとした幸村。

 しかし、今日一日を振り返る。

 強烈なパワーで真田をふっとばした、アスナ。

 分裂球やアクロバットなプレーを見せた、楓とクーフェ。

 翼を出した、刹那。

 ロボットや孫悟空を召喚した、茶々丸とパル。

 時を飛ばしたり空間を歪めた、超鈴音とザジ。

 これだけの、「ありえない」というようなものを今日一日で目の当たりした。

 その想いからやがて、幸村の頭は、「ボールが凍結したように見えた」ではなく、「本当にボールが凍結した」と思うようになってきた。

 

「どうした! 迷いながらの受けは相手に付け入る隙を与え、そこから怒涛の勢いで巻き返せなくなるぞ!」

「ッ!」

「段々とリターンが淡白になっているぞ! 思考も停滞しているぞ! 二手三手先まで読みきれぬのでは話にならん! 落胆と迷いの中でプレーをして、私を超えられるか?」

「ま、まだだ! 絶対に返せないボールなど――――」

「足腰が弱いぞ! 自分の能力への過信が貴様の殻となっている!」

「バカな! ボールが空間で凍結するなど―――」

 

 幸村が完全に手玉に取られて振り回されていた。

 気づけばエヴァは、幸村をいたぶるというよりは、テニスの指導をしているかのような上から目線で、既にゲームをコントロールしていた。

 

「このアングルショットで流れを変えるッ!」

「無駄だ」

「ッ!」

 

 幸村がペースを返るために打った起死回生のショット。

 しかし、そのショットすら、空間で凍りついたかのように突如停止した。

 

「これは、空間を操って……跡部……分かるか?」

「手塚、当然だ。さっきのザジとかいう奴と同じ、光る未知の力と冷気が混ざり合って……ボールが本当に空気中で凍り付いて停止している」

 

 もはや、見間違いではない。完全に凍り付いている。

 その事実に誰もが驚愕し、そして……

 

「ネギ……あれって……」

「マスター……やっぱり魔法が使えるようになってます……飛んできたボールを空中で凍らせて、そして返球と同時に氷を砕いてます」

「は、はは……さ、更に、凍りついたことによって水分を吸ったボールは重くなって、幸村さんにはより返球が困難になりますね」

「いや、せっちゃん、それ、ええんか? いや、超さんやザジさんのテニス見た後やと今更やけど……」

「もう、拙者らにはどうすることもできんでござるな。千雨殿、残念でござるが……」

「畜生ッ! 幸村くん、頑張れ! 頑張れよ、あんたなら……あんたなら普通のテニスで魔法にも勝てる!」

 

 すべての種を知っているネギたちはもう完全に呆れる中、中ロブ気味のボールがあがった瞬間、エヴァは飛んだ。

 

 

「こんなことはありえない……そうやって世界の限界を決めている時点で、貴様の歩みは止まっているのだ、幸村精市よ! 己の限界を超えられぬものに、私は倒せん!」

 

 

 エヴァのスマッシュ。そのボールには、氷柱のようなトゲが無数に生えている。

 

「これは、ぼ、ボールが……棘だらけに!」

 

 ボールすらも姿を変えてしまった。そんな想定等、未だかつて幸村はしたことがない。

 例えば、ボールがプレー中にパンクした場合等は、プレーヤーの意思に関係なくパンクしたということで、ポイントレットとなって、ポイントのやり直しができる。

 しかし、これは? ボールが氷の棘だらけに変化した場合は? 

 

(どうする? 面で捉えれば、ガットが切れる……グリップリターンは……ダメだ、ボールがトゲだらけで、ピンポイントに芯を打ち抜くことができない……なら……)

 

 だが、それでも返す。返せない球等存在しないというのが、幸村精市の理念。

 すると、幸村はラケットを面ではなく平にして、……

 

「はああああああっ!」

「ほうっ!」

 

 フレームで棘ごとぶっ壊すイメージの力技で返球した。

 

「幸村!」

「あいつがあんなに声を上げて、フレームで!」

「で、でも、威力が弱いッ!」

「叩き込まれるぞ!」

 

 フレームを使ってなんとか返した。しかし、それはようやく返したレベル。

 ふわふわと浮かんだボールに、再びエヴァが飛びつく。

 

「最後の意地だけは認めてやる」

「ッ、しまっ――――」

「もう、幻術にも騙されん! 壊れた人形のように、這い蹲るがよい!」

 

 エヴァがダメ押しでもう一度飛んで、再びスマッシュを叩きつけ、幸村を完全に敗北させる……エヴァも……麻帆良生徒たちも、この瞬間までそう思っていた。

 しかし……

 

「ッ!」

 

 エヴァの叩きつけようとしたスマッシュが、全く予期せぬ方角へと大ホームランしたのだった。

 

「……えっ?」

「マスター?」

「……エヴァちゃん?」

 

 まさかの凡ミスに麻帆良生徒たちは思わず目を丸くする。

 だが、テニス部員たちは……

 

「お、おい!」

「ああ、これは……始まったな」

 

 この光景に、「ついにこのときが来た」とばかりにゴクリと息を呑んでいた。

 そして……

 

「つっ、ぐ、あ、ぐわあっ!」

 

 大ホームランしたエヴァは、そのままありえないことになった。

 それは、体勢を崩して、受身も取れずにそのまま頭からコートに落下したのだった。

 

「ちょちょちょー、エヴァちゃん! い、今、頭からゴツンって凄い音が!」

「マスター、ちょ、いきなりどうしたんですか!」

 

 突如、エヴァに起こった異変。

 コートに頭から叩きつけられたエヴァは、苦痛に顔を……いや……

 

「ぐ、な、なにが……いっ、……痛くない? いや……感覚が……痛覚が?」

 

 ヨロヨロと体を起こしたエヴァ。その可愛らしい顔からは、落下の衝撃なのか、鼻血まで出ている。

 盛大に音を立てて頭から落下したのだから、痛そうだと思うのが普通。

 しかし、ゆっくりと起き上がろうとするエヴァは、今の事態が全く分かっていないかのようにキョロキョロした。

 

「な、なんだ? 突然、体の自由が……それに落下してぶつけたはずが、痛みもあまりない……」

 

 いきなりホームランを打ってしまった。

 体の自由が利かなくなった。

 そして、頭から強くコートに落下したのに、あまり痛みがない。

 これは一体どういうことなのかと、エヴァが不思議に思っていると……

 

 

「どうやら、触覚を失いかけたことで……痛覚も麻痺しているようだね」

 

「……………なに?」

 

 

 その時、ネット越しにいる幸村がそう呟いた。

 エヴァにはもはや意味不明。

 それは、麻帆良の者たちにも同じ。

 

「ね、ねえ……げ、ゲンイチロー……ど、どういうこと?」

 

 何が起こったかは分からない。しかし、確かに何かが起こっている。

 というより、触覚を失うとはどういことか?

 いつもは解説役をしていたエヴァが居ない以上、自分たちでは答えが分からぬと、アスナが真田に尋ねる。

 しかし、真田の説明は……

 

 

「ついに、幸村のテニスが始まったのだ。対戦相手の……五感を奪う……幸村のテニスがな」

 

「「「「「「………………………………はい?」」」」」」

 

 

 もはや、その説明では、アスナたちには何も分からず意味不明なものでしかなかった。

 しかし、立海だけでなく、青学、そして氷帝のテニス部員たちも全員真剣な眼差しでこの様子を見ている。

 さらに……

 

 

「五感を奪う……そんなプレーヤーが……地球の、日本の中学生に……」

 

「うむ、見ているといいヨ、ザジさん。あれが……手塚さんや跡部さんと同じように、百年以上先の未来まで語られる伝説のプレーヤー……神の子・幸村精市ネ」

 

 

 ザジと超も同じ顔をしていた。

 つまり、ありえないことかもしれないがそれは事実。

 

 

「は、はは……な、なんのジョーダンなの、ゲンイチロー。て、テニスやってて五感を奪うなんて……」

 

「そうですよ、真田さん。ましてや、あ、あの、マスターから五感を奪うだなんて……マスターはああ見えて世界最強の……」

 

「な、なあ、せっちゃん。ご、五感を奪うって……」

 

「バカな! あ、相手の五感を奪うだなんて、そんなこと……」

 

「し、しかし、あのエヴァンジェリン殿が受身も取れずに頭から落下する等……」

 

「どういうことアル!」 

 

 

 アスナもネギたちも顔を引きつらせながら、「そんなバカな」という顔をして必死に否定しようとするが、生真面目でウソを付かない真田がこんな冗談を言うわけがないというのは分かっていた。

 つまり信じたくないが……

 

 

「ね、ねえ! 冗談だって言ってよ、ゲンイチロー! ほら、千雨ちゃんも、幸村くんは、そんなトンデモプレーヤーじゃないって否定……あ、あれ?」

 

 

 そして、この事実を目の当たりにした長谷川千雨は……

 

 

 

「( ゚д゚)」

 

 

 

 ポカーンとした顔のまま固まっていた。

 

「ちょ、千雨ちゃん! どうしたの、そんな顔して! ほら、千雨ちゃん!」

「お………お……」

「おっ? なに? なんなの、千雨ちゃん」

「おとめ座の……シャカ……」

 

 もはや、それ以上の言葉を口にすることが出来なかった千雨。

 

 

 後に彼女は語る。

 

 

 幸村くんは、スタンド使いではなかった。黄金聖闘士だったと。

 

「タカミチ……」

「はい、学園長………」

「……テニスって……こういうのじゃったか?」

「………………………わ、私も知りませんでしたが……そうみたいですね」

 

 そして、魔法の秘匿とか、情報封鎖だとか、もうそんなことが完全にどうでもよくなった魔法先生たちは、ただ立ち尽くすしかなかった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話『暗闇の世界と光』

「先生……私……」

「千雨さん、ど、どうしたんですか? あの、っていうか僕もどうしましょう……タカミチも学園長も、口開けたまま固まっているし………」

「いや、もういいよ……とりあえず私は……ちょっと、ゲーセンで『パワースマッシュ』やってくる」

「ちょ、千雨さん!」

「あれが一番リアルなテニスゲームって噂だから……ちょっと、自分の認識確認してくる……」

「うわあああん、置いてかないでくださいよ~、千雨さーん!」

「うるせえええ、もう知るかーっ! つか、幸村くんのばーか、裏切り者!」

 

 幸村に裏切られた千雨が叫ぶ中、エヴァンジェリンは未だかつて味わったことのない感覚の中に居た。

 

「ッ、ど、どういうことだ! ラケットを握っているのに、ラケットの感触も重さも……ッ、ボールの重さすら……」

 

 華麗なるラケットワークでどのような打球に対しても見事にボールコントロールしていたはずのエヴァの打球が、連続でホームランになってしまった。

 

「う……うそ……あの、エヴァちゃんが……どうしてこんなことに!」

 

 スイングの仕方や力加減がまるで分からない初心者のようなプレーになったエヴァに、ギャラリーは凍り付いていた。

 

「くっ、くそ、何が、どうなって……」

「今度はホームランを打たないように手加減かな? でも、そんな探り探りのショットでは、俺は抜けないよ?」

「だ……黙れ……」

 

 唯我独尊の女王様。常にドS丸出しの高笑いを浮かべるエヴァンジェリンが、大粒の汗を流して顔を蒼白させていた。

 

「どこへ打っても、何をやっても返されるイメージだ」

 

 その時、真田が凍りついた場で呟いた。

 

「ゲンイチロー、どういう……」

「先ほども言ったように、幸村は特殊な技法は使用せず、相手の打った球を的確に分析して返すテニスだ。それはやがて、相手はどこに打っても、何をやっても返されてしまうというイメージが無意識のうちに刷り込まれ、やがて肉体や精神が硬直し、無意識のうちにイップスに陥るのだ」

 

 イップス。それは、魔法や戦闘の世界で生きる者たちにとって聞きなじみのないものであった。

 

「茶々丸さん、いっぷす、ってなに?」

「イップス。それは、精神的な原因などによりスポーツの動作に支障をきたし、自分の思い通りのプレーができなくなる運動障害のことです。よく、野球のピッチャー、ゴルファー、そういったアスリートによく見られる症状です」

「じゃ、じゃあ、エヴァちゃんはそれになってるっていうの?」

 

 茶々丸は機械のように淡々と説明する。しかし彼女自身、内心では未だかつて見たことのない主の姿に動揺しているのであった。

 

「ふ、……くだらん……何がイップスだ……」

 

 その時、コート上で這い蹲るエヴァンジェリンは、口元に笑みを浮かべた。

 しかし、その笑みは、明らかに強がりだというのは誰の目にも明らかであった。

 だが、それでもエヴァは己を奮い立たせるかのように吠える。

 

「イップスなど、所詮は精神的なもの。トラウマなどから発症するようなもの……トラウマ? 笑わせるな。この私がこれまで、どんな人生を送ってきたと思っている!」

 

 なぜ、たかがテニスに恐怖を抱かねばならぬのだと、エヴァは立ち上がる。

 

「うおおおおおおおっ!」

 

 そして、自分がこれまでの過ごしてきた人生、乗り越えてきた苦難を思い返す。

 

 

「目覚めの来ない悪夢の日々! 寒さに凍え、飢えて、眠り、蹴られ、蔑まれ、血に濡れて戦った! 無限に続く荒れ果てた荒野の旅、死なない体ゆえに終わりなき生き地獄の日々! そんな世界を歩き続けた私に、たかがイップスなど!」

 

「テニスコート内では関係のないことだよね」

 

 

 呪われた出生、終わりの無い闇の日々、狙われ、命の危機に晒され、時に出会うことの出来た友人とも時の流れに阻まれて別れ、殺され、失い、裏切られ、それでも自分は死ぬことも出来ずに今日まで生きてきた。

 

「あの幼女、気合で幸村のイップスを振り切るつもりか!」

「大した精神力だ……だが……」

 

 エヴァンジェリンは動く。たかが感覚の一つを失ったぐらいがなんだというのだと自分に言い聞かせ。

 

 

「ふはははは、そうだ! 触覚ぐらいくれてやろう。それぐらいのハンデはあってもよかろう。たとえ、ラケットの感覚がなくとも、ボールを見ればどの程度の力で打てばいいかなど、体が覚えて―――――」

 

「ボールを見れば分かるか。確かにね……見えればの話だけど」

 

「ッ! な、し、視界が……ッ!」

 

 

 次の瞬間、エヴァンジェリンに更なる異変。それは、エヴァの見る景色のすべてが光のない暗黒の世界へと変わったのだ。

 

「こ、こいつ、まさか私の視覚すらもッ!」

「お望みなら、他の感覚も奪おうか?」

「ッ!」

 

 その瞬間、エヴァンジェリンに鳥肌が立った。

 エヴァンジェリンはテニス以外も含めれば、戦闘経験は数え切れないものだ。

 その戦の中で確かに、「目の見えない状況」や「全身が麻痺して感覚がなくなる」というような戦闘経験はあった。

 

「エヴァちゃん!」

「エヴァちゃんが落ちてるボールを踏んで転んだ! うそ、ほ、本当に見えてない!」

「え、エヴァンジェリンさん……あの、エヴァンジェリンさんが……」

「マスター……マスター! もういいです! 棄権してください、マスター!」

 

 中には、相手の特殊能力やアーティファクトに近いもので、そういった「感覚を狂わせる」といった能力や、「催眠」「幻術」などを用いる敵も居た。

 しかし、その全てをエヴァは乗り越えてきたし、打ち倒してきた。

 だというのに、これはなんだ?

 

(ッ、なんなんだ、この小僧は……)

 

 戦闘ではない。魔法でもない。アイテムでもない。ただ、テニスをしていただけ。

 

(これが、テニスなのか? こんな……こんなのは違う! こんなつらい思いをするなど……ッ! テニスはこんな苦しい思いをするようなものでは……)

 

 それなのに、この全身の感覚が徐々に失われている事態に、エヴァは全く説明できないでいた。

 

(私ともあろうものが揺らぐな! たかがイップスなどに屈するな!)

 

 これがただの戦闘での殺し合いであれば、視覚や触覚を奪われたぐらいではエヴァも揺るがなかったかもしれない。

 だが、これはテニスだ。

 

「あの幼女、逆効果だ。イップスは精神的なものであり、強引にそれを克服しようとしても逆に精神が追い詰められるだけで、悪化するだけだ」

 

 真田が痛々しいものを見るような目で、エヴァの姿を見ていた。

 そんな中、エヴァは飛んできた幸村の打球に、目が見えなくても反応して正面から構えた。

 

「あのチビッ子、目が見えないのに反応した!」

「打球の音だ! そして匂いなどで反応しているんだ!」

「なんてチビッ子だ!」

「でも。……それでも……」

 

 この状況でも抗おうとするエヴァに、テニス部員たちは心を打たされた。

 しかし、ここから先の光景は目に余ると思ったのか、誰もが顔を少し俯かせていた。

 

「この私を舐めるな! 打球音とボールにこびり付いた匂いを探れば、この私にとってはそれだけで十分なのだ!」

 

 待ち構えるエヴァは氷の魔法でボールを凍結させ、そしてそれを打ち返そうとする……が……

 

(ん? なんだ? 音が消えた……ボールの匂いも? なんだ? どこだ? どこに?)

 

 突如、頼りにしていた音とボールの匂いが消失した。

 一体どこに消えたのかとエヴァが神経を張るが、無駄なこと。

 ボールが消失したのではない。

 エヴァが感じ取れなくなっただけのこと。

 

 

「無駄だよ、お嬢ちゃん。既に嗅覚は失われている。もうボールの匂いをかぎ分けることなんて出来ない」

 

 コート上で呟く幸村。同時に打ち返したボールは、エヴァの足元を抜けた。

 一歩も動けずにただ、呆然とした顔で心ここにあらずのエヴァ。

 そのエヴァの姿を見て、幸村はわざとらしいように呟いた。

 

「ああ……もう……俺の声も聞こえないんだったね」

 

 当初、人形のように踊らされていたのは幸村。

 しかし気づけば、糸の切れた人形のように崩れ落ちたのはエヴァ。

 

「ま、マスタアアアアアアアアアアアアア!」

「ちょ、え、エヴァちゃんが!」

「う、うそ! 誰か、タンカーッ! エヴァちゃんが倒れた!」

「なんでよ、さっきまで普通にテニスしていたのに、なんで!」

「ち、ちげーよ、いっぷす、こういうやつじゃないって……」

 

 コート上に横たわるエヴァ。その瞳には生気が宿っていない抜け殻のようだ。

 全身を異常なほど痙攣させ、汗が滲み出て、明らかに普通ではなかった。

 そして何よりも、あのエヴァンジェリンがここまで追い詰められるなど、麻帆良の者たちにとっては未だかつて考えたこともなかったことであった。

 

「終わったな。もう、あの幼女は二度とテニスが出来ぬかもしれぬな……」

「仕方ねー。幸村部長と戦っちまったら……」

「半端に実力がある分、精市も容赦できなかったか……哀れなり……エヴァンジェリン……」

 

 幸村と戦う以上、こうなることは覚悟しなくてはいけないことだった。

 この場に集ったテニス部員たちは、間近でこの惨状を目の当たりにして改めて思った。

 

 

「必要なのは、テニスコート外でどんな人生があったかではない。テニスコートで命を懸けられるかどうかだよ」

 

「…………………」

 

 

 もう、言葉も届かぬエヴァンジェリンには、何を言っても反応しない。

 そんなエヴァをしばらく見下ろしながら、幸村は背を向けた。

 終わった……誰もがそう思っていた。

 

(動かぬ……体が……分からん……私は……今、どうなっている? 感覚が奪われているから魔力も操作できん………人間相手に、恐怖を……テニスが嫌になるほどの……600年も続けたテニスを全く楽しめず……)

 

 倒れるエヴァンジェリンは起き上がることもできず、ただ、暗闇だけの意識の世界に囚われていた。

 

(これが闇の福音エヴァンジェリン……か? ……テニスに怯えて……苦しんで……)

 

 もう嫌だ戦いなくない。テニスなどしたくない。極限まで追い込まれた未だかつてない境地にまで至ったエヴァンジェリン。

 

 

(楽しくて個人的には好きだったテニスが……ここまでつらく……怖くなるとは……情けない……あれほどの人生を過ごしてきた私が……魔王とまで言われた私が……なぜ……)

 

 人生の大半を暗闇の世界で生きてきた。

 なのに、今は、この暗闇が恐ろしくつらい。

 だから、もうエヴァは立ち上がりたくなかった。このまま眠っていたかった。

 しかし……

 

(苦しい……つらい……この暗闇の世界は嫌だ……)

 

 この暗闇の世界。誰の声も聞こえず届かない孤独の世界。

 そこに一人取り残されたエヴァは思った。

 

(ああ……またこの世界か……かつて歩いた……堕ちた地獄……ん?)

 

 かつて、自分が悪の魔法使いとして全盛期だった頃。当たり前のように過ごしていたこの暗闇の世界。

 そこに囚われて、その時、エヴァはあることを思った。

 

(そういえば……かつて当たり前のように居たこの世界を……どうして私は……)

 

 昔は当たり前のように居たのに、どうして今は嫌になったのか?

 そう自分に問いかけた時、エヴァは自分の人生が走馬灯のように流れた。

 

―――エヴァンジェリンさんは僕の生徒じゃないですか

 

 そして、その理由などすぐに分かった。

 反吐が出るほど甘い子供やクラスメートたち。

 

―――光に生きて見ろよ

 

 かつて、光に生きろと言った赤毛の男。

 そのすべてがあったからこそ、今の自分は暗闇の世界で生きていけなくなったのだ。

 

(でももう無理だ……殺してくれ……この終わらない地獄の世界から……もう、果て無く続く荒れ野の世界で……一人で生きていけな――――)

 

 もう無理だ。そう思ったとき、誰の声も届かないこの暗黒の世界に、一つの声が響いた。

 頭に? 耳に? 心に? それは分からないが、その声を、エヴァンジェリンは確かに聞いた。

 

 

―――あんたがそんなこと言うな! 違う! 全然違うぜ! あんたの明日に続いてんのは荒れ野なんかじゃねえ!

 

 

 違う、聞こえたのではない。

 思い出したのだ。

 

 

「……えっ?」

 

―――楽しい事だってある! ダチだってたくさんできる! 好きな男だってできるんだ! そりゃ曇りの日だって嵐の日だってあるだろうけどよ……

 

「……ボーヤ……違う……ナギ? いや……違う! あいつだ……あいつが私に……」

 

―――雨が上がれば、あんたの明日はカラッと晴れた青空だ!

 

「コノエ…………トータ……」

 

 

 それは、あまりにも気の遠くなりそうなほど昔のことだった。

 だが、それを思い出したとき、エヴァの脳裏には、自分が乗り越えてきた辛かった過去ではなく、自分が過ごした楽しかった日々がよみがえった。

 それを思い出したとき……

 

「トータ…………」

 

 エヴァは立ち上がっていた。

 

「ッ! な……なに? た、立ち上がった……この子も……あのボーヤと同じように」

 

 背を向けたはずの幸村が思わず驚き声を上げた。

 

「エヴァちゃんが、立った!」

「おい、あの幼女、立ったぜ! 目も耳も聞こえないってのに……立ち上がった!」

「しかも、ただ、立っているだけじゃない……ラケットを……握っている」

「あの状態でまだやるっていうのか!」

 

 そう、エヴァがいつの間にか立っていたのである。

 その表情は未だに正気を保っていないが、それでも彼女は動いた。

 今のエヴァに、かつて自分と戦った少年の姿をダブらせた幸村は、心がざわついていた。

 

「誰もがテニスを嫌になるような状況下……あのボーヤは……テニスを楽しむ心で克服した……ならば君も?」

 

 テニスを楽しむ気持ちを思い出し、天衣無縫の境地へとたどり着いた少年はイップスから復活して、自分を下した。

 なら、この目の前の少女は? 彼女は立ち上がっただけか? 克服しただけか? それとも、その先の境地へ?

 幸村がそう思ったとき、まるで壊れた人形の様だったエヴァが、その直後に愛らしい微笑みを浮かべて口を開いた。

 

 

「トータ。私の今日は……騒がしい奴らに囲まれているものの……カラッと晴れやかだぞ……」

 

 

 その時、エヴァが完全にイップスから抜け出して正気を取り戻した。

 

「なんと! あの幼女、イップスから自力で抜け出した!」

「エヴァちゃん!」

「しかも、あの光は!」

「まさか、越前リョーマと同じ……」

 

 そして、今のエヴァは正気を取り戻しただけではない。

 これまで、エヴァンジェリンから溢れていた闇の瘴気。

 その闇が、凝縮し、全身に行き渡る。

 

 

「ああ、楽しいさ……私は生きている……ここで過ごす日々も……そしてテニスもな」

 

 屈託なく空に向かって一人語るエヴァンジェリン。

 その時……

 

 

「契約に従い我に従え氷の女王、疾く来れ静謐なる千年氷原王国、咲き誇れ終焉の白薔薇」

 

 

 エヴァが何かを口にした。その言葉の意味をテニス部員たちは何も分からない。

 突如エヴァがヘンテコなことを口走ったとしか分からない。

 だが……

 

「フギャアアアアアアアアアアア! まままま、マスタアアアア! そ、それはダダダダ、ダメじゃないですかーっ!」

「ちょー、え、エヴァちゃんが、闇のま、魔法を!」

「と……止めるぞーっ、タカミチ! なんか分からぬが、これ、絶対テニスじゃないぞい!」

「だ、ダメです、学園長! あの状態になったエヴァンジェリンは……ッ!」

 

 エヴァンジェリンの上位魔法、千年氷華。

 解放、固定、掌握することによって、自身の肉体に取り込み融合する。

 自身を強化させる闇魔法の活用。

 

 

「マギアエレベア・氷の女王! ……さらにここから!」

 

 

 本気になったエヴァンジェリンの術式装填魔法。

 600年もの歴史の中で、過去から未来まで長く語り継がれる魔王の力。

 しかし、今日はそこで終わりではない。

 戦闘ではない。テニスを楽しむ心。

 その気持ちを思い出したエヴァンジェリンは止まらない。

 

「ななな、なんだー、あの子! て、テニスウェアからなんか、すごい服に変わったぞーッ! 黄金聖闘士の鎧みたい!」

「し、しかも、な、なんだか、寒い! 空気が凍りつきそうなほど……」

「跡部……あの少女は一体何が?」

「待て、貴様ら。あの小娘……ここで終わりじゃねえ。俺様の眼は誤魔化せねえ。あの小娘の体内から溢れようとしている、もう一つの力……ッ!」

 

 エヴァから溢れる、途方もないエネルギー。

 その眩く温かいエネルギーが全身を覆い……

 

「やはり! あれは、全国大会決勝で幸村と戦った越前が辿りついた……ッ!」

「そう、間違いないッ!」

「無我の境地……その奥にある扉……ッ!」

「天衣無縫の極みッ!」

 

 そう、エヴァから溢れるもう一つの力。

 テニスをやるものならば、誰しもが抱く、「テニスは楽しい」という純粋な気持ち。

 その想いを抱くものであれば誰しもが到達する可能性がある、境地。

 

「そう、この天衣無縫の溢れる力を……魔力と融合させ……私は到達する!」

 

 元々、魔道の極みに達していたエヴァンジェリン。

 今ここに、天衣無縫の極みにも到達し、さらにはその二つの力を融合させた。

 それは……

 

「……ま、まさか……アレは……ッ! 蓮二……」

「バカな! ありえんことだ……貞治……何故なら、あの奇跡の力は……世界大会のダブルスのトッププロでも起こるかどうかの奇跡……そ、それを一人で……ありえるはずがない!」

 

 魔道の極み。天衣無縫の極み。二つの力を混ぜ合わせる等、テニス界でも魔法界でも未だかつて前例のないこと。

 ゆえに、今のエヴァンジェリンの姿を、ネギたちも真田たちも説明できるはずがなかった。

 しかし、それでも今のエヴァについてを言うとしたら、一つしかないと、乾と柳がある仮説に辿りついた。

 すると……

 

「その認識で間違いないヨ、乾さん。柳さん」

「ええ。我等、魔界庭球におけるグランドスラムでも……ダブルス限定で見られる奇跡です。しかし、流石はエヴァンジェリンさん。一人であの境地に辿り着くとは……」

 

 その仮説を超鈴音とザジが肯定した。

 

 

「では、あの子供がたどり着いたのは……」

「そうネ。二つの異なる能力が共鳴しあうことにより、新たなる力を覚醒させる……ダブルスにおける奇跡をたった一人で覚醒させたヨ!」

 

 そう、魔道と天衣無縫の二つの力が共鳴しあい、合わさり、エヴァンジェリンが覚醒させた奇跡の現象を、超鈴音はこう呼んだ。

 

 

能力共鳴(ハウリング)ヨ」

 

 

 そう、エヴァは辿り着いたのだ。

 その心の中の闇が浄化されて辿り着いた境地。

 

「あの、学園長……こ、これは……エヴァンジェリンは一体……」

 

 もはや、試合を止めるという選択肢が頭から抜け落ちた魔法先生たち一同。

 完全にこの試合に見入っていた。

 そして、学園長も言う。

 

「もう、ワシにも分からぬ。しかし……ただでさえ、その道の極みにあったエヴァンジェリンが、ここに来てテニスと通ずることによって、新たなる力を得たのじゃ……」

 

 そう、何が起こっているかは彼らにも分からない。

 それでも言えるとしたら、

 

 

「あやつめ、進化しおったわい」

 

 

 そう、『進化』という言葉以外に表現が出来なかった。

 そんな、エヴァンジェリンの姿に幸村も震えが止まらなかった。

 

「……世界大会のダブルスでも見れるかどうか分からないものを……シングルスで……お嬢ちゃん……君は……」

 

 

 もはや脱帽以外の感情などない。

 

 

「待たせたな、幸村精市。さあ、楽しいテニスを始めよう」

 

 

 そう言って笑うエヴァに、幸村ももう笑うしかなかった。

 

 

「ふ……ふふ、そうだね。しようか、テニスを」

 

 

 極みの中の極みの境地に達したエヴァンジェリンと神の子幸村の戦いは、異次元の戦いに足を踏み入れることになる。

 

 




UQホルダーに関連するものを書いて申し訳ないです。知らない人は読んじゃいましょう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話『命懸け』

 テニスコートでホワイトアウトが起きていた。

 

「も、もうやめてください、マスターッ! ゆ、幸村くんが死んじゃいますからーっ!」

「だめです、結界が張られて中に入れません!」

「ちょ、エヴァちゃんのアホ―――ッ! やりすぎにも限度があるじゃないのよーっ!」

 

 まるで大規模なドライアイスのごとく、冷気の白い靄がテニスコート全域を覆いつくしていた。

 

 

「ブリザードアクセルスピンショットッ!」

 

 

 視界が完全にゼロとなったテニスコートにおいて、聞こえてくるのは激しい打ち合いの打球音のみ。

 

「だ、ダメだ! もうコートの中が全然見えない!」

「何が起こってるか全然分かんないよー!」

 

 一般の人間には既についていけない領域の戦いへとこの死闘は引き上げられていた。

 

「くくくくく、これで40-0だな」

 

 そんな異次元の死闘の冷気の中から、エヴァンジェリンの声が聞こえてきた。

 打球の音が消え、徐々に冷気が晴れたその世界では、左腕と左足が凍結した状態で激しく疲労した幸村の姿が出てきた。

 

「幸村ーッ!」

「ばかな、ほ、ほ、本当に凍り付いている!」

「そんな! 幸村部長ッ! 一体、何が起こってるっていうんだよ!」

 

 誰もが抱いている感情。今、自分たちは何を見ているのか? これは本当にテニスなのか?

 しかしそれでもゲームは止まらない。

 

「どうした? せっかく至高のテニスをしているのだ。もう少し楽しそうにしたらどうだ?」

 

 テクニックとか、パワーとか、スピードとか、そもそもそういう次元の話ではない。

 文字通り、テニスの次元そのものが違いすぎる。

 凍り付いて使い物にならないテニスラッケットを手から離すことも出来ず、ただ、意識を保つだけで精一杯だった。

 

「はあ、はあ、はあ…………」

 

 もはや、どうしてこんなことがありえるのかなど、幸村は今さら問わない。

 ただ、今の彼の頭の中にあるのは、相手が「強い」という想いだけだった。

 

「なんということじゃ……ワシの想像を遥かに超えておる……麻帆良学園は、こんなとんでもない怪物を学園内で封印していたのか……」

 

 完全に見入っていた学園長は震えあがっていた。

 

「魔法の極みと、人の持つ潜在能力の融合……今のエヴァンジェリンは……ナギをも超えるぞ」

 

 世界最強の中の世界最強。今のエヴァンジェリンはその頂に居ると確信した。

 そして、それを否定するものなど、もはやこの場にはいなかった。

 

「そら、まだまだゲームは終わっていないぞ、幸村! それとも、テニスが嫌になってやめるか?」

 

 ゲームは終わっていない。しかし、どうしろというのだ?

 

(息も音すらも凍り付くような、凍てつく絶対零度の世界……さらに、青学のボーヤを遥かに凌駕する人智を超えた力……これが、テニスの果ての世界……)

 

 体も呼吸もうまく動かない。この凍てつく世界に心身を切り刻まれて、自分の五感が正常に動かなくなっている。

 そんな状況下でもボールは飛んでくる。いや、飛んできていると思われる。

 なぜなら、もう幸村にはボールが飛んできても飛んでこなくても、もうどっちなのかも分からない。

 これまで数多のプレーヤーの五感を奪ってきた幸村自身が、全身が凍り付いて身動きも取れなくなっていた。

 

「ば、ばかな……あの幸村が……五感どころではない……五体すらも……」

 

 全国に名を轟かせ、中学テニス界の頂点にまで上り詰めた幸村精市は、学校を問わずに、中学でテニスをやるものたちにとっては最高峰の存在。

 その男が、光り輝く金髪の幼女に手も足も出ない。

 誰も言葉が出なかった。

 

「ウェニアント・スピリトゥス・グラキアーレス・エクステンダントゥル・アーエーリ・トゥンドラーム・エト・グラキエーム・ロキー・ノクティス・アルバエ・・・クリュスタリザティオー・テルストリス・凍る大地(クリュスタリザティオー・テルストリス)

 

 またもや繰り出される詠唱。そして真っ白い靄で包まれたテニスコートから巨大な氷柱が出現した。

 足を地面に凍結された幸村は身動きが取れなくなり、打たれたボールが真横を通り過ぎるのを見過ごすだけだった。

 

 

「ゲーム……4-2で私がリードだ。次は貴様のサーブだぞ? さっさと打ったらどうだ?」

 

 

 冷気の世界が晴れるも、もはやその瞳にまるで生気の籠っていない幸村は、エヴァの言葉や周りの声もまるで聞こえていなかった。

 

(ボール……打たなければ……確か、カウントでは……俺からのサーブ……だったっけ?)

 

 ただ、無意識のうちに、凍り付いた足を引きずりながら、凍り付いた瞼で目も開けられない状況の中で、凍り付いたテニスコートの上に転がっているであろうボールを手探りで探していた。

 

(知らなかった……俺はこれまで多くの対戦相手の五感を奪ってきたけど……その世界は……これほど恐ろしく不気味で暗い世界だったのか……)

 

 冷え切った肌にはもはや触覚がない。

 見えない。

 聞こえない。

 感じない。

 それが怖くてたまらなかった……

 

(あのボーヤも……お嬢ちゃんも……この世界を克服したのか? テニスどころの騒ぎではない……もう何もかもが嫌になって楽になりたくなるこの世界から……立ち上がったのか?)

 

 その時、幸村の脳裏に浮かんだのは、越前リョーマとエヴァンジェリンがイップスから立ち上がった時に見せた表情と言葉。

 

―――楽しい

 

 その時の言葉と笑顔が幸村の心を締め付けた。

 楽しむ心が覚醒のきっかけとなった。

 それは、分かっている。だが、分かってはいるが、自分はその通りにできなかった。

 

「つか、もうテニスどころじゃねーだろうが! 誰か止めろよ! 先生! 学園長先生でもいいからよ、幸村くん死ぬだろうが!」

「そ、そうだよ! もう、何が起こってるのか全然分からないけど、これがまずいってのは分かるよ!」

「幸村君が死んじゃうって、もうやめたほうがいいよ!」

「ネギ君、アスナ、高畑先生たちも止めてよッ!」

 

 そう、もう止めた方がいい。このままでは不幸な事故が起こるかもしれない。

 最悪な事態になると千雨を始め、お気楽なクラスメートたちも一斉に言う。

 

「そうよ! もう我慢できない! エヴァちゃん、この結界、私ぶった切るから! 私の魔法無効化なら―――」

 

 だが……

 

「誰も入ってくるんじゃなーいっ! この死闘を邪魔するものは次の瞬間に刻んで氷漬けにしてやるッ!」

 

 殺気の嵐を剥き出しにして、エヴァは一喝した。

 

 

「マスター……で、でも!」

 

「武道大会でもそうであったろうが! 止めた方がいいとか、やめたほうがいいなどと、舞台に上がらぬ他人が決めるものではないッ! 例えその身が朽ち果てようとも戦う意思を持つのなら、だれにも止める権限などない!」

 

 

 氷漬けがどうした。五感が奪われたがどうした。

 自分たちはテニスコートという戦場で命を懸けているのだ。

 

「そうであろう? 幸村精市。必要なのは、テニスコートで命を懸けられるかどうかだと言ったのはお前だろう? 命を懸けるという言葉を、あまり安売りするなよな?」

 

 それともお前はこの程度で終わりか? エヴァの挑発的な視線と言葉にはそんな想いが込められていた。

 だが、幸村は……

 

「………………」

 

 凍り付いた腕で何とかサーブのトスを上げるものの、もはや見当違いの所に上げてしまい、更にはラケットを振り上げることも、今の幸村にはできなかった。

 

「ゆ……幸村部長ッ!」

 

 もはや見ているだけで痛々しい。これほどまでボロボロになった幸村を誰もが初めて見た。

 

「もはや……自力でどうにかできる相手でもないのか……」

 

 それは、幼いころからずっと幸村を見続けた真田すら絶望に染まった表情で、思わずそう口にしてしまうほど。

 

「…………恐ろしいプレーヤーが居たものだ……」

「エヴァンジェリン……つったか、あの小娘」

 

 手塚と跡部も鋭い瞳でエヴァンジェリンの姿を見続ける。

 自分たちの知らない領域のテニス。

 天衣無縫の更なる先の境地に居るプレーヤー。

 これまで、立海のメンバーがどれだけ麻帆良勢にテニスで勝ったところで、手塚と跡部のダブルスで中学テニス界の威信を守ったところで、この一戦で全てが打ち壊された。

 幸村精市の無残な姿は、日本中学テニス界の惨敗を意味するのである。

 それが悔しくて、でもどうすべきかの打開策も思いつくはずもなく、この場に集ったテニスプレーヤーたちは皆、口を閉ざしていた。

 

(負けるのか…………俺は……)

 

 もはやどうすることもできない状況下、幸村の心の中についにその感情が芽生えた。

 敗北の想いが過った。

 

(ボーヤ……君はこんな状況でも楽しいと思えるかい? こんなテニスを……テニスなのか? ……いや、状況など関係ない……そもそも、俺にテニスを楽しむことなんてできないのだから……)

 

 幸村は分かっていた。覚醒のきっかけは、「楽しむ心」。

 いつしか「勝つため」にテニスをすることで忘れてしまった「楽しむ心」を思い出すことで、越前は自分を超えた。

 しかし、勝利だけを追い求めてきた幸村には、もはやその心を思い出すことは出来ない。

 

(テニスを楽しむことのできない俺は……これ以上先の境地へは……)

 

 だから、自分はもうここまでなのかもしれない。

 そう思った幸村がついにその手からラケットを手放しそうになった。

 しかし――――

 

―――まだまだだな。やはり、俺にはテニスしかない。だからこそ、とことんテニスに身をゆだね、俺は更なる高みへと行く。

 

 その時、幸村の脳裏に過ったのは、友の姿だった。

 

「ッ!? 真田……」

 

 今日、アスナとの試合で、テニスの常識が通じずにヤケになりかけたときに、それでも自分にはテニスしかないと自分の心を奮い立たせて戦った真田。

 さらに……

 

 

―――この夏の高い授業料で教えてもらったのさ。絶望からも足掻き続けて這い上がることを。

 

―――テニスだけは負けねえ!

 

 

 ジャッカル。丸井。

 

 

―――個人戦なら・・・一人ならここまで無茶せんぜよ・・・、絶対。ただ、今は、どんなに体が重くても、激痛が走っても、今なら指先さえ動ければ、何度でも戦ってやるぜよ。

 

 

 仁王。

 

 

―――彼女たちがこちらの想定を上回ることは想定内です。問題はどうやって修正していくかです

 

―――時には、無心となりてガムシャラにボールを追いかけて活路を見出す。例え信じるものがなくとも、勝機を見出そうとせぬ者に、過去を凌駕できん

 

 

 柳。柳生。

 

「……みんな……」

 

 その時、幸村の脳裏に過ったのは、今日、自分たちの常識や想定を遥かに上回った麻帆良のテニスに相対し、追い詰められながらも最後まで諦めずに抗い続けた仲間。

 立海に入って三年間を過ごしてきた仲間たち。

 彼らは今日、戦った。

 ならば、自分は?

 

(そうだ……何をやっているんだ、俺は……)

 

 自分はまだ……戦い抜いていない。

 

(みんなだけじゃない……手塚も……跡部も……どれほど追い込まれても最後まで抗った……命がけで……)

 

 ましてや無二のライバルたちまで今日は自分の目の前で戦い抜いたのに、自分だけ諦めていいはずがない。

 

(目も見えない。音も聞こえない。体の感覚も失われている……でも、まだ俺は生きている!)

 

 その想いに至った時、手放しそうだったラケットを今一度強く握り絞め、幸村の瞳に光が戻った。

 

 

「俺は生きている! 生きている限りテニスができるッ! 生きてテニスが出来る限り、諦めるわけにはいかないんだッ!」

 

 

 腕にまとわりつく氷を無理やり引き剥がす。

 皮膚が裂けて血がにじみ出る。

 しかし、それでも生きているのなら、まだテニスができる。

 よみがえった幸村は、全身の力を振り絞って力強いフラットサーブを放った。

 

 

「ほうっ! 自力で取り戻したかッ!」

 

 

 再び戦う意思を見せる幸村に、エヴァは嬉しそうに笑みを浮かべ、同時にギャラリーからは歓声が上がった。

 

「幸村ぶちょーーーーッ!」

「自力でなんとか立ち直ったかッ!」

「すごい! あんなになっても戦うなんて……ッ、が、頑張れ、幸村くんッ!」

「ほっ! 驚いたわい! あの青年……エヴァンジェリン相手にまだ……なんという精神力じゃ!」

 

 まだ戦う。魔法使いでもないただの中学生が。

 無駄なあがきと言えばそれかもしれないが、それでも今の幸村の姿は多くの者の心を打った。

 

「平和な世界で生きるも、命懸けで戦う男よ……その意思は褒めてやるぞ、幸村精市」

 

 しかし、立ち直ったところで、力が増したわけではない。エヴァの圧倒的優位なのは変わらない。

 エヴァの余裕の笑みは変わらない。

 そして……

 

「もう、お前の打球はネットを超えることもない。氷盾(レフレクシオー)

 

 エヴァも心を打たれたとはいえ、手は緩めない。

 ネット際に魔法障壁の壁を張り、幸村の打球の全てを跳ね返す障壁を構築した。

 

「うぎゃあ、エヴァちゃんのKYすぎッ!」

「つか、あの人、あんなんでテニス楽しいのか? つかテニスじゃないし!」

「あれじゃあ、幸村君可哀想すぎや!」

 

 無慈悲な氷の壁に悲鳴を上げる麻帆良勢。

 その障壁を幸村もテニス部員たちも肉眼では見ることは出来ない。跡部は見えるが……

 しかし、それでも「何かがそこにある」ことは幸村も察していた。

 

(何か見えない壁がある……まるで、万物に宿るエネルギーが凝縮されたかのように……あれをあのお嬢ちゃんが作り出したのか?)

 

 このまま打っても返されるかもしれない。ロブで逃げてもスマッシュを叩きつけられる。

 なら、どうする? 

 

「……ネットを超えることもできない……か……あのボーヤなら、意地になってその壁を砕こうとするだろうね……そうだ……」

 

 幸村の辿り着いた答え。それはあまりにも単純なこと。

 力づくで打ち抜く。

 

「砕いてみせる! 絶対に越せない壁なんてあるはずがないのだからッ!」

 

 渾身の力を込めたフラットショット。

 投げやりになったわけではない。自分の力を信じて幸村はショットを放った。

 

「ふん、残念だが……」

 

 しかし、そのショットは障壁に跳ね返されるだろうと、エヴァが邪悪な笑みを浮かべようとした、その時だった!

 

 

「……………………………………………………………………へっ?」

 

 

 その瞬間、障壁がガラスのように粉々に砕け散り、ボールがエヴァの足元を抜いたのだった。

 

 

「「「「「「「—――――――――――――ッ!?」」」」」」

 

 

 一体何が起こったのか分からず、この場に居た誰もが目を大きく見開いている。

 そして……

 

「……なっ……え? ……わ、私の……魔法が……マギアエレベアが……魔法が……」

 

 一瞬何が起こったか分からなかったエヴァは、更に自分の異変にも気づいた。

 それは、自分の身に纏っていた魔法が解除されて、ただのテニスウェアの姿に戻っていたこと。

 そして、テニスコートを覆いつくしていた氷の全てが消失していた。

 

「やった、幸村部長が取り返した!」

「何があったか分からないが、幸村がポイントを取った!」

「流石だ幸村! まだ、負けてねえ!」

「すごい、幸村君! エヴァちゃん相手に負けてない!」

 

 魔法の知識がないテニス部員とクラスメートたちには、復活した幸村がショットを決めたという認識だ。

 しかし、その他の者たちにとっては違う。

 幸村のショットよりも、エヴァの魔法が消えたことの方が衝撃だった。

 

「ど、どうして、エヴァちゃん……魔法を……解除したの?」

「い、いや、そういう風には……むしろ、魔法がマスターの意志に関係なく消えたような……」

「タカミチ……い、今の見たかのう?」

「…………魔法が解除されたというより……一瞬、エヴァの魔力が……」

 

 一体何が起こったのだ? 正直、その答えを今すぐには誰も分からなかった。

 実際、エヴァ本人だって分からないのだから。

 しかし、何かが起きたのは事実だった。

 

「……体内の魔力に変化はない……ならば、なぜ? ……よく分からんが、貴様、何をした? 幸村精市」

 

 何かが起きたのだとしたら、幸村が何かをしたのだ。

 しかし、エヴァが問いかけるも、幸村は答えない。

 

「……ふん……まあいい。何をしたかは分からぬが……今度こそ見極めてくれよう!」

 

 エヴァがもう一度、マギアエレベアと天衣無縫の極みを発動させ、その二つの力を融合させて身に纏う。

 目を見開き、今、何かをしたであろう幸村を見極めてやろうと、ワクワクした表情だ。

 しかし……

 

「いくよ……15-0」

 

 幸村がサーブを放つ。再び最強モードになったエヴァに死角はなく、余裕で追いついてボールを――――

 

「なにっ!」

 

 その瞬間、エヴァの身に纏っていた魔法が消えた。

 その事態に驚くあまり、サーブのリターンが頭から抜け、サービスエースを許してしまった。

 しかしエヴァも、魔法の世界を知る者たちも、幸村のサービスエースよりも、突如魔法が解除されたエヴァの異変に驚いていた。

 

「やった、サービスエース!」

「なんだ~、幸村君元気じゃん!」

「よっしゃー、追い上げ頑張れーっ!」

 

 能天気な応援が響く中、魔法を知る者たちは皆が思っていた。「今、テニスコートで何が起こっているのだ?」と。

 そして……

 

「……今……一瞬だけ……ほんの一瞬だけですが、エヴァンジェリンさんの肉体の中にある魔力がゼロになったかのような錯覚が……」

 

 その言葉を口にしたのは、魔界の姫、ザジだった。

 

「ざ、ザジさんどういう……」

「魔法が解除されたのではありません。エヴァンジェリンさんの体が、まるで自分の体内にある魔力が一瞬だけゼロになったかのように陥り、発動中の魔法が消失したのです……」

「で、でも、なんで……急に……」

 

 魔法が解除されたのではなく、エヴァンジェリンの魔力がゼロになる。

 その違いと意味を正直なところ、皆理解することは出来なかった。 

 ただ、張本人のエヴァンジェリンは何かの答えに辿り着いたかのように、引きつった笑みを浮かべている。

 

「おい……幸村……貴様……まさか……」

 

 ワナワナと震えるエヴァの視線の先に居る幸村は、ようやく顔を上げて口を開く。

 

「正直、君の使っている力の詳細までは分からないが……恐らく五感を超越した……第六感……第七感のような力なのだろうけど……それでも……肉体の感覚を通じて発動させているなら……それを奪わせてもらうまでだよ」

 

 その説明は、この場に居たほとんどの者たちには意味不明のもの。

 ネギたちすらも顔をキョトンとさせている。

 だが、エヴァには分かった。

 

 

「ふふふふふふふ、ふわーっはっはっはっはっはっは! なんということだ! 貴様、本当か! くくくくく、おいおいおいおいおい、だからって出来るものなのか? 全く、もうこれは笑うしかないぞ! ははははははははははは!」

 

 

 腹を抱えて大爆笑するエヴァ。笑いすぎて涙が出ているぐらいだ。

 

 

「くくくくくく、おい、ジジイ。タカミチ、ボーヤ……恐ろしいぞ、この男は……正直な話、私も信じられないぐらいだ……まさか、ただの中学生のテニス部員に、とんでもない奴が居たぞ!」

 

 

 あまりにも笑いすぎたエヴァは、その笑いの意味を、学園長たちに告げる。

 それは……

 

 

「この男。一瞬だけだが……テニスを通じて…………私の体内の魔力タンクを司る感覚を剥奪した!」

 

「「「「「「「………………………………………………………………はいっ?」」」」」」」

 

「神楽坂アスナのように、魔法を無効化するのではない……相手の魔力を剥奪することによって強制的に魔法を解除する……しかもこの私からだ! ふはははは、恐怖を通り越してもう笑うしかないぞ! ふはははははははは!」

 

 

 そう、それは、テニスを諦めずに抗い続けた幸村が目覚めた新たなる力。

 

 

「人の思いこみの力。悲しくもないのに涙が出るのと同じように、人は自分の意思とは関係なく、脳がそう思い込んでしまうことで肉体の機能が変わってしまうことがある。燃え尽き症候群の『バーンアウト』や『イップス』もその典型だ。しかし……それでここまでできるのか? 私の体内の魔力は確かにタンクの中にある……しかし、それが、『魔力がない』と錯覚してしまうほどの……」

 

 

 たとえ、「魔法」という認識や知識がなくとも、その異形の力と触れたことにより目覚めたもの。

 

 

「五感剥奪を超えた……魔力剥奪……すなわち、六感剥奪ッ!」

 

 

 それは、「普通のテニス」においてはまるで意味のない能力だ。

 

 

「全く、今日は本当に驚くべき日だ。魔眼のごとき目を持つ小僧も居るかと思えば、まさか魔力を剥奪する小僧まで現れるとはな……」

 

「ふふふふ、まりょく? よくわからないけど、とりあえず効果があってよかったよ。お望みなら……他のモノも奪おうか?」

 

「くくくくくくく、全く、とんだバケモノがテニス界には居たものだな……」

 

 

 今回のような「魔法テニス」でなければ役に立たない。

 しかし、相手が「魔法テニス」であるのならば、これ以上の能力はない。

 幸村は、「魔法」を知らない。しかし、「魔力」をテニスで剥奪したのだ。

 

 

「しかし……まだ、完全ではあるまい。剥奪したはずの力も、ワンプレーが終われば私に戻る」

 

「……そうみたいだね」

 

「ならば話しは早い。この勝負……貴様が私から力を奪い続けて逆転するか……その前に私が押し切るか……その勝負ということか!」

 

 

 一度は終わりかけたゲーム。しかし、まだ終わってはいなかった。

 それどころか、今また幸村はエヴァに対抗する力を手に、また挑んできた。

 それがたまらぬ高揚感となり、エヴァを纏うオーラは更に荒々しく猛った。

 一方で幸村は……

 

 

「お嬢ちゃん。これはテニスだよ?」

 

「ん?」

 

「ならば、勝負は……テニスが強いものが最後に勝つ。それだけだよ?」

 

 

 最初に戻ったかのように、底知れず、揺るがぬプレーヤーとしてエヴァを迎え打つ。

 未だ、学園長やネギたちが衝撃のあまり呆然とする中、二人はゲームを再開させる。

 

 

「ふはははは、その通りだ、幸村! そして最後に勝つのは当然――――」

 

「うん、勝つのは!」

 

「「俺(私)だッ!!」」

 

 

 そして、異次元の死闘に終幕が近づいていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話『死闘の果て』

 極限にまで高め合った二人のテニスプレーヤーのぶつかり合いは、果てしなく続いていた。

 

「し、信じられん……」

「この試合……いつ終わるんだ?」

「こんなタイブレーク……見たことない」

「もう……この一試合で何時間やってんだ?」

 

 思わず呟いた誰かの声が良く響く。それだけテニスコートの回りは静寂に包まれていた。

 

 

「363—363」

 

 

 もはや駆け引きすら通らぬ持久戦のシーソーゲーム。

 テニス界の常識を破壊する未知の領域へと達していた。

 

「はあ……はあ……はあ……」

「ッ……まだ粘るか……全く……恐ろしい男だ……」

 

 魔法使いも、神の子も、男も女もテニスの技術も、五感も六感も最早関係ない。

 執念と執念のぶつかり合いだ。

 

「幸村……奴があそこまで追いつめられるとは……それでいて、まだ立ち上がるか……恐ろしい幼女だ……エヴァンジェリン」

「マスター……あのマスターがあそこまで追いつめられるなんて……それでいて、マスター相手にまだ立ち上がるなんて……なんて恐ろしい人なんですか……幸村さん」

 

 幸村の六感剥奪。

 エヴァンジェリンの能力共鳴。

 互いの能力を駆使した試合は、ゲームカウント6-6からのタイブレークが何時間も続いていた。

 タイブレークは相手に2ポイント差を付ければ勝てる。

 しかし、互いに何度もマッチポイントになりながらも、2ポイント以上の差がつくことなく、カウントは既に前人未到の世界であった。

 既にギネス級のポイント。

 見ているだけでもすでに疲労が出ているというのに、その中で試合をしているこの二人は一体何なのだ? もはや、感心を通り越して恐怖すら感じる二人の執念を目の当たりにし、誰もがこの場から立ち去ることは出来なかった。

 

「うおおおお、ブリザードアクセルスピンショット!」

「その打球に纏った氷は……発動しないよ」

「ッ、くそ、貴様ァ!」

 

 氷を纏った乱回転ショット。しかし、その氷が途中で解除された。

 幸村の六感剥奪だ。

 その結果、エヴァの必殺ショットをただのショットとして幸村は処理。

 しかし、魔力を奪われても素のテニスの実力も超一流のエヴァから簡単にはポイントを奪えない。

 

「ならば、高速ライジングで貴様を打ち崩す」

「持久戦では焦って攻めた方が自滅するよ?」

「はん! この期に及んでセオリーもくそもあるか! 滅びるのは貴様の方だ!」

「別に構わないよ。この身が滅びようとも、勝利は我ら立海だッ!」

 

 既に二人とも体力の限界をとっくに超えている。

 尋常ではない汗、疲弊しきった表情がそれを物語っている。

 しかし、二人の目はどちらもまだ死んでいない。

 互いの打球の力はまだ死んでいない。

 

「ッ……エヴァンジェリンの覚醒した力に……ここまで対抗するとは……何者じゃ? な、何者なのじゃ……あの青年……幸村精市くんとは……一体何者じゃ!」

 

 この地球上、闇の福音エヴァンジェリンと正面から戦うことが出来る人間が果たして何人いるか? いや、そもそも存在するのか? 仮にいたとしても、その者たちは、魔法世界における大いなる大戦にて名を上げた英雄たちぐらいだろう。もしくは、人を遥かに超えた種族や怪物。

 しかし、この男は違う。

 魔法も使えない。魔法を知らない。戦争も知らない。平和な世界に生きる日本の中学生だ。

 その、ただの中学生が、世界最強のエヴァンジェリンとここまでの死闘を繰り広げている。

 その事実に、学園長を始めとする魔法先生たちは打ち震えていた。

 

「このドライブボレーで完全に息の根を止めてくれるッ!」

「……ふう、はあ、はあ、はあ、……打てるかな?」

「ッ! 視界が……ッ、ここにきて魔力ではなく視覚を奪うか! ……だが、触覚と聴覚はある……なら問題ないッ!」

「その分……コースが丸分かりだよ!」

「ちっ! ちょこざいなァ! ならば、最後まで返してみるがよい!」

 

 本来であればエースを取れるウイニングショットとカウンターショットの押収。

 

「うおおおおおおおおおッ!」

「はあああああああああッ!」

 

 更には二人の間でしか分からぬ感覚の奪い合い。

 正に真っ向勝負だった。

 

「あの、とことん勝利にこだわる幸村部長が真っ向勝負を……いつもは相手の強引な攻めを受け流すのに……」

「退いたら負ける……二人とも分かっているのだ。だからこそ、受け流さずに、自分も攻めに転じている」

「アーン? 手塚、気付いてるか? 幸村の野郎、ここにきて、六感の剥奪だけでなく、五感の剥奪も織り交ぜてやがる」

「ああ。あのエヴァンジェリンという娘はイップスを最初は克服していたが……この極限の攻防の中でのプレッシャーはやはりあるのだろう。五感の剥奪もここにきて有効になっている」

 

 互いにネットへ出る。ゼロ距離からの高速ボレー合戦が繰り広げられる。

 まるで互いに近距離からマシンガンを撃ち合っているかのような攻防。

 どちらも一歩も下がらない。

 既に中学生の体力の限界を超えても動き続ける幸村。

 対して、魔力や五感を奪われてもそれでも動き続けるエヴァンジェリン。

 

「だから、五感も六感も知ったことかァ! この私を誰だと思っているッ!」

「君が何者であろうとも、俺は勝つよ!」

 

 ここにきて、二人のギアが更に上がった。

 その限界を超える打ち合いは、やがて、見る者の目を錯覚させた。

 

「な、なにこれ!」

「ちょ、なんか……ぼ、ボールが増えてる!」

 

 そう、あまりにも高速で打ち合うゆえに、ついには一つのボールが複数に見えるまでに達していた。

 その数は二個や三個ではない。

 

「八……九……十……な、何だこの二人は……」

「へっ、俺らのダブルスで……あの糸目の女が打った分身ショットでは、俺は一度に四球打つのが限界だったが……幸村の野郎、ハンパねえ」

「そして、その領域にともに踏み込んだあのエヴァンジェリンって奴も、信じられねえ」

 

 ボールが増えているかと錯覚するほどの打ち合い。しかしそれでも終わらない。どちらも抜かれない。どちらもミスすらしない。

 しかし、その攻防の中で、六感を一時的に剥奪されていたエヴァだが、その感覚が戻った。 

 

「ッ、戻った! 魔力ッ! 氷河時代に飲み込まれるがいい、幸村精市! アイスエイジショットッ!」

 

 そして即座に氷魔法を纏わせたショットを幸村に放つ。

 しかし……

 

「させないっ! 例え発動されたとしても、ネットを超える前にッ!」

「ッ、また魔力をッ!」

 

 一度奪ったものが元に戻っても、それでも奪い返す。

 雪崩のような氷が後押しをしていたボールだが、その後押しが消え、ただのパッシングショットに。

 ただのショットであれば幸村は抜かせない。

 エヴァの渾身のパッシングショットをボレーで打ち返す。

 角度のついたボレーはがら空きのコースに。

 

「くそ、いい加減に朽ち果てろッ!」

 

 だが、エヴァはそれにも食らいつく。ダイビング気味にボールに飛び込み、ラケットを下から弧を描くように振り上げて、鋭角なアングルショットを土壇場で放つ。

 

「アレは、菊丸のアクロバットダイビングボレーの態勢で、海堂のスネイク!」

「この攻防の中でアクロバットバギーホイップショットを打つなんて……」

「幸村、抜かれるッ!」

 

 逆サイドを完全に突かれた。だが、幸村はあきらめない。懸命にラケットを伸ばして、何とかフレームに当ててコートに返した。

 しかし、エヴァも反応。

 

「滅しろと言っているだろうが!」

 

 エヴァンジェリンが飛ぶ。とどめのスマッシュを叩きつけようと渾身の力を込めて……

 

「まずい、後ろを……」

 

 幸村は前に出ていたために、今、ベースライン上は完全にがら空きだ。そこにスマッシュを打ち込まれたら負けてしまうと、幸村は慌ててバックステップで戻ろうとする。

 しかし、その一瞬をエヴァは見逃さない。

 

「かかったな!」

「ッ!」

 

 スマッシュを叩きつけるかと思ったら、そのボールをエヴァはスルーした。

 そして、体を捻り、落ちてきたボールをそのままダイレクトでドロップボレーに切り替えた。

 

「アレは、聖ルドルフの奴がやっていた……」

「スマッシュフェイントドロップ! ここにきて、なんて冷静なッ!」

 

 これは完全に幸村の裏をかいたショット。

 ネット前ギリギリにドロップを落とせば、確実に……

 

「ッ、しまっ、しょ、触覚が……」

 

 その時、繊細なドロップショットを決めようとしたがために、エヴァの体と心に走った緊張がまたしてもイップスを引き起こした。

 ネット前に落とすはずのドロップがミスで浮いてしまった。

 バックステップで戻りかけた幸村だが、これなら取れる。それどころかチャンスボールだ。

 更に……

 

「なっ! こ、ここにきて……魔力が、触覚が、聴覚が、嗅覚が、視覚が……体の全感覚がッ!」

 

 幸村が最後の勝負に出た。

 エヴァンジェリンの全ての感覚の剥奪。

 

「チャンスボールだ! いけー、幸村部長!」

「決めんかー、幸村ァ!」

「精市!」

「幸村さんッ!」

「エヴァちゃんッ!」

 

 浮いたボールに幸村がジャンプ。

 

「これで終わりだよ! 我ら立海の勝利に……死角はないッ!」

 

 体の全感覚を奪われたエヴァンジェリンは既に身動きどころか反応もできない。

 これが最後の一球だと誰もが思った。

 しかしその時……

 

(くっ、狼狽えるな! イップスは……心の弱さゆえのもの……私はもう克服した……この暗黒の世界はもう怖くない。なぜなら、青空の世界をもう知っているから!)

 

 エヴァはまだあきらめていない。

 自分の心と脳を落ち着かせ、イップスから這い出そうとしている。

 もう自分は既にこれを克服した。

 恐れるものなどない。

 惑わされるなと、自分に言い聞かせた。

 

(そうだろう? トータ……お前が教えてくれたんだ……だから私は最後の最後まで楽しんでみせる)

 

 暗闇の中で一人の男を思い浮かべる。

 その男こそ、この世界から抜け出す鍵。

 

 

(……青空の下にも地獄はある……それでもこの世界を歩き続けないとダメか?)

 

―――ダメに決まってんだろ! しっかりしろよキティ! 何、しょげたこと言ってやがる!

 

(フッ、そうだな……お前はそう言ってくれる……だから、安心しろ! 私は……歩くさッ!)

 

―――ああ、それでこそ、魔王様ってやつだぜ!

 

(やかましい!)

 

 

 エヴァの脳が覚醒する。

 その瞬間、奪われたはずの全ての感覚が再びよみがえったのが自分でも分かった。

 

「終わるのは貴様だ、幸村精市!」

「ッ!」

 

 幸村のスマッシュに反応するエヴァ。

 全ての感覚を取り戻したエヴァのラケットに光が宿る。

 その宿った光がボールとのインパクトの瞬間、ボールをも包み込み、光るボールが幸村へと襲い掛かる。

 

「エクスキューショナーショット!」

 

 それは、死を執り行うボール。

 物質を固体・液体から気体へと無理やり相転移させるエヴァの必殺技。

 打たれたボールを打ち返そうと幸村がラケットを振り抜くも、そのボールはラケットを消滅させる。

 まるで蒸発したかのようにラケットが消失してしまい、幸村のテニスは……

 

 

「はあ、はあ、はあ……ゲーム……7-6……はあ、はあ、ウォンバイ……つっ」

 

 

 その瞬間、エヴァの全身から全ての力が抜けた。

 全てが終わったのだ。

 何時間にも及ぶ死闘。

 この600年の中でも最上とも呼べる戦いが、今、終わったのだ。

 その事実に歓声も上がらず、エヴァ自身も勝ち名乗りができないほどであった。

 だが……それでも……

 

 

「はあ……はあ……勝った……私の……かっ……ッ……やったぞ……トータ……」

 

 

 勝ったのは自分だ。拳を握ることすらできないまでもそれがハッキリと自覚出来た瞬間、エヴァはそのままコートに倒れこみ……

 

 

「おい……しっかりしろよ、キティ!」

 

「………………………………………………………………へっ?」

 

 

 しかし、その時だった。

 コートの上に倒れそうになったエヴァだが、誰かに抱きとめられた。

 一体誰が? そして、エヴァは心臓を鷲掴みにされたかのような衝撃を受けた。

 

「よっ!」

 

 自分を抱きとめた人物の顔を見るエヴァ。

 そこに居たのは、中学生ぐらいの一人の黒髪の少年。

 その男、その声は……

 

「……と……コノエ……トウタ……」

 

 エヴァが心の中で支えとした一人の男だった。

 

「なんで……お前が……ど、どうして……ここに」

 

 状況がまるで理解できないエヴァ。言葉もうまく出ず、頭もまるでは働かない。

 すると、そんな混乱状態にあるエヴァを、現れた黒髪の少年は力強く抱きしめた。

 

「そんなの、どうだっていいじゃねえか、キティ」

「……へっ? あ、あの、えっ? と、トータ?」

「俺はあんたのすごいカッコいい姿をちゃんと見ていたぜ! 惚れ直したぜ、キティ! 本当にすごかった!」

「ちょっ! えっ、ほ、惚れ? え、あの、えっと、お、おい!」

 

 突然の抱擁。突然の告白。

 あまりの事態に顔を真っ赤にさせて慌てふためくエヴァだが、少年は続ける。

 

「そして、これからはずっと一緒だ。俺は、あんたと永遠を生きていく!」

 

「ッ!」

 

 

 胸に響く、その熱き言葉。

 エヴァの心は驚きと同時に、言いようのない幸福で満たされていた。

 しかし、状況はそれで終わりではなかった。

 

 

「ちょっと待ったーッ! 俺だってその女に惚れてんだ! 抜け駆けは許さないぜ!」

 

 

 その場に、なんともう一人の男が割って入ったのだった。

 あまりにも突然のことでびっくりして顔を上げると、そこには赤毛の若い男が立っていた。

 

「……えっ? ななななな、ナギッ!」

 

 そう、ネギの父親でもあるナギ・スプリングフィールドであった。

 さらに……

 

 

「お父さんこそ待ってください!」

 

「は、はへ? ぼぼ、ぼーや? えっと、これは一体、何が……」

 

「僕は……実はマスターがずっと好きだったんです! 僕の本命はマスターなんです!」

 

「ちょえええええええ! ぼぼぼぼ、ボーヤまで何を?」

 

 

 なんと、突然のナギの乱入に加えて、ネギまで加わってきた。

 突如、エヴァの前に現れた三人の男は……

 

「何言ってんだ、俺が一番キティに惚れてんだ!」

「ちげーぜ、俺だぜ!」

「違います、僕です!」

 

 あろうことか、エヴァを取り合うという謎の事態が勃発してしまった。

 

 

「な、なんだこれは? トータに、ナギに、ボーヤが、こ、この私に惚れて奪い合うなど……なんの逆ハーレムだ?」

 

 

 混乱するエヴァ。しかし、まんざらでもないのか、自分を取り合う男たちの姿に恍惚な表情を浮かべていた。

 だが……

 

「まったく。なんなんだ? こんなまるで………ッ!」

 

 その時、エヴァは気付いた。

 こんな。「まるで――――」と思ったとき、全てを理解した。

 

 

「ああそうか……そういうことか」

 

 

 それは、想い人との再会に混乱し、思わぬ告白で慌てていた様子とは打って変わり、今度はとても切なそうな顔をエヴァは浮かべた。

 その表情は、全てを悟った表情だ。

 

 

「そういうことか……こういう……あまりにも都合の良すぎるありえぬ光景……こういうことは……たいてい……」

 

 

 そう、ありえないのである。こんな状況など。

 それはエヴァンジェリンが一番理解している。

 しかし、ありえないのならこの光景はどう説明する?

 そんなの簡単だった。

 現実ではありえないのなら、この光景は――――――

 

 

 

 

 

 

 

「敗北と引き換えに……せめて幸せな夢を見るといいよ……一人でね」

 

 

 幸村が、最後のボールを決めた瞬間、エヴァンジェリンはコート上に倒れた。

 その表情は、とても幸せそうにして、完全に気を失っていた。

 

「え、エヴァちゃん! ちょ、どうして! いきなり倒れちゃってどうしたの!」

「マスター! マスター! ……だ、ダメです……ね、寝ちゃってます……こ、この状況ってど、どうすれば?」

 

 起き上がらぬエヴァに必死に声をかけるも、エヴァは起き上がらない。

 完全に寝ているようだ。

 そして、ただ寝ているだけではなく、何やらニヤニヤとしているのが分かり、それが皆にとっては非常に不気味であった。

 だが、そんな中で……

 

「し、信じられません……こんなことが……」

 

 ただ一人、ザジ・レイニーデイは、戦慄した表情で幸村を見つめ、小さく呟いていた。

 

「エヴァンジェリンさんが何の夢を見ているかは分かりませんし……幸村くんも分からないでしょう……しかし……あのエヴァンジェリンさんが夢に囚われて起き上がらない……そしてあの幸せそうな表情は……恐らく、エヴァンジェリンさんの願望からもっとも幸せな夢を見せているとみて間違いないでしょう……」

 

 エヴァンジェリンが夢から起き上がらない。それは、エヴァが夢と自覚してないほどの精巧なものであり、そしてたとえ夢だと気づいても目覚めることを躊躇ってしまうほど幸せな世界なのだろう。

 それはすなわち……

 

「恐ろしい人です、幸村精市くん。彼は……テニスのプレーを通じて、エヴァンジェリンさんを『完全なる世界』に近いほどの幻想世界に入れてしまった……」

 

 六感剥奪。そして、この最後のギリギリで幸村がエヴァに与えた幻。

 その二つを受けては、エヴァにはもはやどうすることもできなかった。

 

 

「はぐっ! くっ……はあ、はあ、はあ……ッ、試合は? 試合はどうなった!」

 

 

 その時、倒れてから数分の後にようやくエヴァが目を覚ました。

 あたりをキョロキョロ見渡すと、ネット前で幸村が優しく微笑んでいた。

 

 

「夢はもういいのかい? 全てが終わったのだから……もっとゆっくりしてもよかったのに」

 

「ッ! ……そうか……」

 

 

 幸村の言葉を聞いて、エヴァは理解した。

 夢ではない。

 現実はもう終わっていたのだと。

 

 

「……負けたのか……私は……」

 

 

 そう、エヴァは自分が勝ち、更には想い人と再会するという幸福な世界を見ていた。しかし、それはただの幻だった。

 現実の世界では、勝敗は逆であり、想い人もこの場に居るはずもなかった。

 

「つ~~~~、全く、この私に最後の最後に幻を見せるとは……恐ろしい小僧め……しかも、あんなものを……」

「そうなのかい? 内容は分からないけど……それはすまなかったね」

「……ふん、まあいい。久々に……懐かしい奴に会えたしな……それに……」

 

 夢から覚めた現実と敗北の事実に一瞬悔しそうな顔を浮かべたエヴァだが、しかしすぐにその表情はどこかスッキリとしたものに変わっていた。

 

「久々に全力を出し切って……それに……楽しかったしな……テニス」

 

 負けたが、悔いはない。自分の長い人生の中で初めての感情だった。

 しかし、それは偽りのないものであり、エヴァは心底満足していた。

 そんなエヴァはニヤリと笑みを浮かべて手を差し出す。

 

「誇るがよい。この私に勝ったのだからな」

 

 その笑みと握手に、幸村も微笑み返して応える。

 

「ああ、誇りに思うよ。そして、ありがとう、お嬢ちゃん」

 

 互いに互いの健闘をたたえ合い、最後はガッチリと握手を交わす二人。

 極限までに達した死闘の終わりに、未だに実感の湧かないギャラリーはしばらく静まったままだったが、それでも二人が握手を交わした瞬間は、敵も味方も学校も魔法使いも関係なく、戦った二人に盛大な拍手が送られたのだった。

 

 

 ゲームカウント・7-6。ウォンバイ・幸村。

 

 

 こうして、麻帆良で繰り広げられたテニスの試合が幕を下ろしたのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

おしまい&アフター?
一応最終話『テニスというコミュニケーション』


 アフターマッチファンクション。

 それは、主にラグビー等で行われる恒例行事。

 試合終了後に、両チーム選手や顧問などの関係者が一同に集い、軽食や飲み物を摂りながら交流を深めるイベント。

 戦いは終わり、既に敵も味方もなく称え合うスポーツマンたちの表情は実に爽やかであった。

 

「さあさあ、今日は無礼講ネ! この超包子のオーナーである私が全部オゴリヨ!」

 

 学園名物屋台の超包子。オーナーである超鈴音の権限により、すべての飲み食いは無料ということもあり、腹をすかせたものたちが料理にがっついていた。

 

「すげー! 五月さんでしたっけ? この料理メッチャウメーっすよ! この小籠包から出る肉汁がたまんねーっ!」

「馬鹿、桃! 肉汁の話は……」

「肉汁だとオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

「ぎゃあああ、大石~、ダメだよん、今日は女の子たちも居るんだから!」

 

 そしてそこに居るのは、立海と麻帆良生徒たちのみではない。

 青春学園も……

 

「なんや、大石のやつ。あいつは肉になるとほんまに性格変わるやっちゃな」

「うおおおお、でも、おいC-ッ!」

「ほう。俺様の舌を唸らせるとは、なかなかの料理人だぜ」

 

 氷帝学園もそう。何だかその場の流れというかノリで、ちゃっかりと親睦会に参加していたのだった。

 そして立海の面々はというと……

 

「でさ、ゲンイチロー。今度の日曜日だけどさ、テニスする前にラケットも自分用で欲しいからさ、買い物にも付き合ってよ」

「ほう、いい心がけだ。マイラケットは、生死をかけた戦いを共に過ごす、いわば自身の分身でもあり相棒だ。選ぶことに妥協は許されん。お前に合った、たまらんラケットを俺が選んでやろう」

 

 もうすっかり仲良くなった、アスナと真田。

 

「ぶんたくーん! デザートにケーキ作ってよー!」

「僕達に作れーっ!」

「おいおい、わがまま言いすぎだろい、チミっ子。まあ、材料があるなら……」

 

 クラスを代表する最強ロリ姉妹にまとわり疲れている、丸井。

 

「ほう、ジャッカルはブラジル人のハーフアルか。体力が日本人離れしていたのはそのためアルか」

「ああ。しかし、この学園は外国人留学生が多いみてーだな。そういうのに力入れてんのか?」

 

 体力馬鹿で外国の血を引く者同士で、意外性ある二人組みで会話している、クーフェとジャッカル。

 

「仁王さん…………では、このセリフを……御願いしますッ!」

「ぷりっ♪ ……せっちゃん……一緒にオランダいこか? オランダなら、ウチらは合法や。もしくは、東南アジアでせっちゃん改造手術せん? うち、せっちゃんの子供欲しいわ~」

「うわっきゃーーーーーっ!」

 

 仁王の木乃香イリュージョンにすっかりハマって正気を失った刹那。

 

「ほな、赤也はん。この大会にウチとのミックスダブルスを……」

「だーめ、赤也くんは私と組むのよね~?」

「それなら、まずは練習をしましょう! そしてテニスの素晴らしさをもっと普及しましょう!」

 

 一人の男を取り合う月詠と千鶴。そして人格が変わってしまった赤也。

 

「早乙女ハルナさん。今日はありがとうございました。とても素晴らしい経験をさせてもらいました」

「あ、どもっす、柳生くん」

「お飲み物はどうされます? 私が取ってきますが」

「きゃおおおおうっ! イケメン紳士! ねえねえ、柳生くんさ~、ちょっと黒執事のカッコしてくんない?」

 

 紳士柳生とワルノリ代表パル。

 

「この中からカップルが生まれる確率は……」

「柳さん、恋愛は確率では測りきれません。流石のあなたにも、この分野は読みきれないでしょう」

「ほう、言うではないか。この柳蓮二がラブコメディに疎いと思っているのか?」

「おもしろいです。では、誰と誰が結ばれるかお互いの予想を言い合いますか? ラブコメディには無限の可能性があります」

 

 よく分からん第二ラウンドが始まった柳と茶々丸。

 

「ところで幸村。貴様、味覚も奪えるのか? 例えば、この激辛マーボーの辛さを感じさせなく出来るか?」

「お望みなら、奪おうか?」

「……いや……やっぱいい。奪えたら、それはそれで恐い……」

 

 後は、エヴァと幸村など。

 立海と一部の女子たちは何気ない普通の会話をしてたり、ちゃっかりラブコメってたり、盛り上がっていたりと、それぞれの空気が出来上がっていたのだった。

 しかし、この状況を不服としている者たちもいた。

 

 

「って、試合した人たちばかり仲良くなっててずるーい! 私らにもラブコメさせろーっ!」

 

 

 不満を漏らしたのは、クラス唯一の彼氏もちという噂の猥談番町の柿崎美砂だった。

 

「美砂、急にどうしたの?」

「どうしたもこうしたもあるかー! せっかく同世代の超イケメン軍団がいるってーのに、私らだけ身内で話しててどーすんの! 普段はネギ君しか男の子が居ない私たちの前に、あんなイケメンたちが居るんだよ?」

 

 そう、立海は別として、青学、氷帝、そして試合をしていない大半の生徒たちは、それぞれの身内で飯をつついて談笑していたのだ。

 その光景は、合コンというよりは、小学校の給食のようなもの。

 思春期真っ只中の女子校の生徒たちがこの機会を逃してどうするのかと、美砂は叫んだ。

 

「で、でもさ~」

「う、うん。私ら、同世代の男子とか、久しぶりだし……」

「だよね。改まってとなると……」

 

 すると、美砂の言葉に、恥ずかしそうにモジモジして動こうとしない生徒たち。

 そう、当初は、「イケメンキター」と騒いでいたものの、改まって話しかけるとかそういうことになると、どうしても照れが生じてしまうのだ。

 試合に出ていなくとも、身も心も幼稚園児のような鳴滝姉妹や、母性の塊の千鶴は別として、何のきっかけもなしに同世代の男子に逆ナンに近い形で話しかけるなど、彼女たちには難しかったのである。

 すると、そんな時であった。

 

「いいねー、いいねー、だったら協力するよ~、皆さん!」

 

 それは、クラス内のイベント企画隊長でもある、パパラッチ朝倉からの提案だった。

 

「朝倉……どういう……」

「な~に、ようするに、話しかけたいけど話しかけられない。そういうの意識しちゃうから余計に話しかけられないんだよん。だからもう、そういうのは、ゲームみたいな感覚で盛り上げちゃえばいいんだよ」

 

 朝倉の提案。それは、協力と言いながらも、どこか下衆な笑みを浮かべているのが分かる。

 すると……

 

「おおーい、テニス部員のみなさーん! いつまでも身内同士で話し合ってないで、私らともお話しよーよ!」

 

 一緒に話をしよう。その声に、テニス部員たちは食べていた箸の手を止めて一斉に振り返る。

 

 

「うん、いいんじゃないかな」

「ああ、そうだな! これじゃあ、いつものメンツだしな!」

「話しましょう話しましょう!」

 

 その提案に快く承諾する男たち。すると朝倉は……

 

 

「よっしゃー、それじゃあ始めちゃうよーん! 第一回のペアリング・プリンセス&プリンスコンテスト、略してペアプリコンテストーッ! ぱふぱふぱふーっ!」

 

「「「「「……………?」」」」」

 

「ルールは簡単です。男女二つに分かれて互いに向かい合うように並び、男性陣が一人一人前へ出て、話をしたい女の子たちの前に立って声をかけてくださーいッ!」

 

「「「「「……………は、はい?」」」」」

 

「既に女子と会話を楽しんでる立海勢も、視野を広げるという意味で一回リセットして一緒に参加してくださーい!」

 

 

 それは、男たちにとってはあまりにも都合の悪すぎる話であった。

 

 

「ちょ、待ってくださいっすよー! 何でそんな公開告白みたいなのしなきゃなんないんすか! しかも、俺たちの方から!」

 

「そこは勘弁してくださいよ、お兄さん方! 普段は女子校ゆえに同世代の男子と話をしない私らにとっては、自分から話すのなんて難しいんすよ! だからこそ、ここは男の人たちから強引にバシっと御願いしますよ!」

 

 

 そう、朝倉の提案はようするに麻帆良生徒たちは男子と話をしたいが恥ずかしくてできないので、ナンパしてくれというあまりにも都合の良い身勝手なものであった。

 流石にそんな無理やりな提案にはテニス部員たちは不満の顔を浮かべる。

 だが……

 

「アーン、別に構わねーじゃねえか。自信がねーやつは大人しくしてればいいじゃねえか」

 

 なんと、キング跡部が「問題ない」と声を上げたのだった。

 

「そうだろ、手塚? 真田。テニスコートでは勇猛でも女相手にはチキンになる愚民共は参加しなきゃいいさ」

 

 跡部がワルノリに便乗したのだった。

 そして、自分のライバルに向けて明らかなる挑発の言葉。

 その言葉を受けては……

 

「跡部、どうやらお前は分かっていないようだな」

「ふん、構わん。俺だって、ナンパぐらいできる」

 

 なんと、手塚と真田までその挑発に乗った。

 

「ちょ、ほんまかいな、跡部」

「手塚部長ッ!」

「おいおい、マジかよ、真田」

 

 中学テニス界の重鎮たちが参加を表明。彼らが参加をするのであれば、参加しないわけにもいかない。

 

 

「ふっ、だが、ナンパに成功するのは俺たち氷帝だ」

「いや、青学が全国大会に続き、二冠を取るだろう」

「面白い、その真っ向勝負を受けて立とう」

 

「「「「「いやいやいや、三人とも何を勝手に!」」」」」

 

 

 しかも、何故か三校が張り合うかのように火花を散らすのであった。

 

「ちょ、え、ウソでしょ? 朝倉、何考えてんのよ!」

「うそ、あのイケメンたちがナンパしてくれんの?」

「やっば、メイクが!」

「う~ん、私はネギ君が好きだしな~……」

「なによ、まき絵。あんた、ナンパされると思ってるんだ? ひゅー、自信満々♪」

「ふええええん、ど、どうしよ、ユエ~、なんか恐いことに~」

「まったく、壮絶なるアホらしい計画なのです。安心してください、のどか。あなたにはネギ先生がいるですから、毅然とした態度で」

「うひょー、ノーマルカップリングきましたかーっ!」

「…………ケッ……」

「千雨ちゃん、どうしたん? なんかもうずっと静かやん」

「はははは、ソッとしておきましょう、お嬢様。千雨さん、幸村さんに裏切られたのが相当ショックだったのでしょう」

「ウム、そうでござろうな。なにやら、てんぶほーりんがどうとか、ほうおーげんまけんがどうとかブツブツずっと言っていたでござるからな」

 

 

 突如計画が決定したナンパ大戦。女子たちもキャーキャーと興奮で色めき立つ。

 

 

「うわ~、なんかいきなり面白いことが始まりましたね!」

「やれやれ……さっきまで、あのエヴァの五感を奪ったりしていたプレーヤーたちが……今では普通の中学生みたいですね」

「そうじゃのう……まったく、一体テニスとはなんなんじゃろうな」

 

 そんな状況で、教職員の席で微笑ましそうにしているネギ。

 同席に居る学園長やタカミチも呆れていた。

 

「ちなみに」

 

 その時、朝倉が司会を務めるその背後で、ユラリと現れた影。

 それは……

 

「ちなみに、怯えてナンパをできなかった者や、失敗したものは罰ゲームだ。女子にも拒否権は与えねばならないからな」

「この柳蓮二と貞治……」

「そして、この私、超鈴音と」

「ハカセことこの私、葉加瀬のドリームカルテットで作り上げた究極のスープ!」

 

 乾、柳、超、葉加瀬の四人の夢のコラボ。

 彼ら四人が手を組んで出されたのは、器に入ったいっぱいのスープ。

 

 

「「「「チキンな臆病者たちに捧げる……ペナルティキンスープ!」」」」

 

「「「「「なんかきたああああああああああ!?」」」」」

 

 

 そう、それは中学テニス界で名物となっている罰ゲーム。そして今回は麻帆良の力まで加わった。

 

「なにあれ、チキンスープ?」

「普通においしそうじゃん。アレが罰ゲームなの?」

 

 ペナルティを知らない麻帆良生徒たちからは能天気な声が響くが、テニス部員たちは別。

 

「ち、チキンスープか……見た目はそれほどでもねーが……味は……試しにちょみっと」

「ッ! 待て、向日!」

 

 恐る恐る指先をスープにつけて、ペロリと舐める氷帝学園の向日岳人。

 跡部が慌てて止めるも、スープを口にした瞬間、向日は……

 

 

「コケええエエエコッコーーーーッ!?」

 

 

 普段のムーサルとよりも遥か高く、絶叫しながら鳥のように空へと舞ったのだった。

 

「「「「ど、どういう原理でそうなってんのーッ!」」」」」

 

 男たちは心に誓った。

 絶対にナンパを成功させなければ、と。

 

 

「くだらん、そんな罰ゲームなどに恐れるものか。全員たるんどる!」

 

 

 その時、顔を青ざめさせるテニス部員たちの中から真田が前へ出た。

 

「おおお、一番手は真田さんか!」

「いや、せやけど、真田はもう、カップル成立しとるやん」

 

 一番手を買って出たのであろう真田に歓声が上がる。

 しかし、同時に誰もが思った。

 

「ね~、真田君はさ~、もう」

「うん、アスナとさ~」

「ちょ、ちょー! な、なによ、みんなしてそんなニヤニヤした顔して!」

 

 そう、真田はもう既にアスナと仲良くなっているのである。

 それは、麻帆良もテニス界も既に公認済み。

 

「ほう、あの彼がアスナくんと?」

「そうだよ、タカミチ。真田弦一郎さん。とても厳格でマジメで、すごくテニスも強いんだよ? 雷みたいな打球でラケットに穴を開けたり、気を凝縮した力を放出して相手をふっとばしたりできるんだよ? なんだかんだで、アスナさんともお似合いなんだよ!」

「……ねえ、ネギ君……それって、テニスの話なんだよね?」

 

 タカミチが真田に興味を持つも、ネギの説明で顔を青ざめさせる。

 しかし、魔法使いとしてネギのパートナーでもあるアスナの相手が真田であることはネギも公認というのであれば、それはもう戦わずして……

 

 

「おっとー、ここで特別ルールを発動しちゃうよん!」

 

 

 しかし、真田が前へ出ようとした瞬間、朝倉が待ったをかけた。

 

「ん? どういうことだ?」

「へへ~ん。お兄さんたち、これも勝負として張り合うわけでしょー? なら、既にテニスで親睦深めている立海が明らかに優位で不公平じゃん」

「む……確かに……」

 

 そう、不公平なのである。既に団体戦で戦った立海はテニスを通じて対戦相手の女の子と親睦を深めているゆえに、青学と氷帝に対しては圧倒的有利。

 しかし、それではつまらんと思った朝倉は……

 

 

「よって! 立海の人たちは、今日テニスで対戦した女の子以外に話しかけてくださいッ!」

 

「なにっ!」

 

 

 という特別ルールを設けたのだった。

 

 

「ほう、なるほどな」

「確かにそれで公平か……」

 

 その特別ルールに納得する跡部と手塚。

 だが同時に……

 

「ちょ、朝倉、何言ってんのよーっ! 何であんたが仕切ってんのよー!」

「ほんまやえ! それじゃあ、赤也はんがウチに声をかけられんやろ!」

 

 文句を言うものも居たのだった。約二名……

 

 

「おんや~? なになに~、アスナも文句あるの~?」

「んな! べ、べ、別に私はそんなこと……で、でも、そんなの……」

「にししししし~、じゃあこうしましょう! 自分の意中の男性が他の女の子をナンパしようとしたら、『ちょっと待ったー』と乱入できることを、女子側だけに許可しましょう!」

「ひぐっ!」

 

 朝倉の提案するイジワルなルール。つまり、意中の男が他の女と仲良くなろうとするのなら、女子は勇気を出して動けというのである。

 アスナは顔を真っ赤にして言葉につまり、月詠はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「ではではー、そういうわけでペアプリスタートです! 先鋒は立海の副部長、真田君ッ! 恋の風林火山が炸裂するか?」

 

 そんなあらゆる想いが交錯する中で、男たちのナンパがスタートした。

 

「いっけー、真田副部長! 見事、女の子ゲットしてくださいっすー!」

 

 赤也が冷やかすような声援を送りながら、真田が前へ出る。

 真田弦一郎のナンパには、青学も氷帝も未だかつて考えたこともない事態なだけに緊張が走る。

 

「しかし、このナンパは弦一郎が不利だ」

「えっ、どういうことっすか、柳さん?」

「弦一郎は既に神楽坂アスナと仲が良い。ゆえに、他の女をナンパしても、ナンパされた女は遠慮してしまう可能性が高い」

「あ~それもそうっすね」

「つまり、勝負の鍵は、神楽坂アスナが『ちょっと待った』と言えるかどうかだ」

 

 初めからいきなりクライマックスのように、皆が真田とアスナを交互に見る。

 アスナは「う~」と唸りながら真田を睨んでいる。

 しかし、真田は……

 

「ふん、くだらん」

 

 威風堂々とした佇まいで不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「俺はあらゆる恋愛の修羅場を乗り越えてきた。女たちは全て俺の前に平伏してきた」

 

 

 意味不明なことを語り出した真田。

 そして、次の瞬間、真田が動いた。

 

 

「疾きこと風のごとし!」

 

 

 向かい合う女子の列。その列に並ぶ一人の女目掛けて、真田が走った。

 そこには……

 

「へっ……あたし?」

 

 あまりにも意外だったのか、まったく予期していなかったその少女はビクッと体を震えさせた。

 そこに立っていたのは、ショートカットのシスター服を着た生徒。

 

 

「「「「「み、美空ちゃんがキターーーーーーーーーーーーーッ!」」」」」

 

 

 真田が選んだアスナ以外の女。それは、このクラスの中では比較的影が薄いほうな、学園のシスター兼・陸上部の春日美空であった。

 そんな誰もが驚く中で真田は……

 

 

「侵略すること火のごとし!」

 

「は、へ? チョええええええええええええええええ!」

 

「「「「「ほげええええええええええええええええええええええッ!」」」」」

 

 

 なんと、真田は向かい合う美空の両肩をいきなり掴み、更にはそのままキスをしようとしたのだった。

 あまりにも間をすっ飛ばした真田の風林火山に場に衝撃が走る。

 だが、その時、

 

「こ、こえーーーーっ! ちょ、マジ勘弁っす! アデアット! さいならーっ!」

「ぬっ!」

 

 美空が反応。生物としての防衛本能ゆえに寸前で、アーティファクトを発動。

 春日美空のアーティファクトは、「かそくそーち」と呼ばれる、とにかく速く走れる靴。

 真田の拘束から強引に抜け出して逃げる美空。

 その後ろ姿に真田は……

 

 

「待たんかーっ! キエエエエエエエエエッ!」

 

 

 真田は、更に乱心したのだった。

 

 

「動くこと雷霆のごとし!」

 

「ぎゃあああああああああああああ、お、追いつかれたああああ!」

 

 

 逃がさない。真田がナンパの究極奥義、風林火陰山雷を発動。

 なんと、加速する美空に瞬間移動で追いついた。

 

「すごい! さすが真田さん! って、そうじゃなくて! 女の子にいきなりキスするなんていけないと…………とりあえず待ってください、真田さん!」

「ちょ、あ、アーティファクトの美空くんに、お、追いついた! ……で、ネギくん、どうして君は急に顔を逸らしているんだい?」

「なんなのじゃ、あの青年は! つか、凄いけどアレでは変態じゃ!」

 

 色々な意味で驚きを隠せない魔法先生たちは、ビックリして美空を助けに動けない。

 そして、真田に追いつかれた美空は……

 

 

「そこのたまらん足の女ァ、待たんかーッ!」

 

「ひ、ひいいいいッ!」

 

「大人しくナンパされんかーっ!」

 

 

 恐怖に染まった美空が今、真田の手に落ちようとした、その時だった!

 

 

「あんたが、ちょっと待たんかーーーーーーッ!」

 

「へぐわっ!」

 

 

 神楽坂アスナのとび蹴りで、真田はふっとばされたのだった。

 

「なにやってんのよー、ゲンイチロー! それ、もうナンパじゃないでしょうがーッ!」

 

 クラスメートの窮地を救ったアスナ。怒りを込めた蹴りを真田はモロにくらい、気を失っているかもしれない。

 しかし、そんな鼻息荒くして乱入したアスナに……

 

 

「えっと……え~、アスナの『ちょっと待ったー』発動により、今ここにペアプリ成立としまーす!」

 

「……へっ?」

 

 

 アスナにカップル成立の宣言がされたのであった。

 

「ちょ、ち、ちが、私はそういう意味で乱入したんじゃなくって!」

「ヒューヒュー、アスナ~、まさかいきなり権限使うなんてラブラブじゃーん!」

「美空ちゃんをダシに使ってうまいぐあいにやったじゃん、アスナ」

「おめでとな、アスナ♪」

「さすが真田副部長! 命がけのナンパ、見せてもらったっす!」

「やるじゃねーの、真田。ア~ン?」

「真田、一番手とはいえ……口説きが悪すぎるよ」

「厳しいな、幸村。まあ、とりあえずあの女のファイトを褒めてやろうぜ」

 

 こうして、親睦会は男女和気藹々と大盛り上がりになるのだった。

 

「やれやれ。こうしていると、やはりただの中学生だな、こいつらは」

 

 そんな平和な光景を眺めながら、エヴァも機嫌良さそうに笑いながら、杏仁豆腐を食べていた。

 

「しかし……それでも、こいつらならひょっとして……テニスを通じて、世界すらも変えられるかもしれんな」

 

 一時は命の奪い合いに近いほどの死闘を繰り広げていたものの、戦いが終わればそこに敵も味方も関係ない。

 

 魔法という世界のみでは決して出会うことのなかったものたちと、テニスを通じて広がり繋がった。

 

 決して交じり合うことが無かった者たちともこうして繋がることができる。

 

 

 それがテニスという、一つのコミュニケーションの力なのであった。

 

 

 まだ見ぬ未来とテニスに秘められた無限の可能性に期待を抱きながら、エヴァンジェリンは彼らを温かい眼差しで見守っていた。




皆様

お世話になります。
アニッキーブラッザーです。最後までこのアホみたいな物語にお付き合い戴きありがとうございました。
何年か前に始めて、削除して、再開して、でもエタッて、そんな繰り返しをしていたこの作品もようやく一段落つけてまとめることができました。

本当は、亜久津とか木手とか不二とか、もうちょい試合を書きたかった奴らも居ましたが、心がそこまでは持ちませんでした。何よりも、手塚、跡部、幸村の三人でかなり限界のテニスをしましたので、正直今の私のレベルではこれ以上は書けませんでした。

当初この小説は、メインで書いていたほかの小説の合間の息抜きとして始めたもので、本来であればアスナVS真田で終わらせる、チラシの裏のSSでした。当方がメインで書いている「魔法はお前の魂だ(ネギま×グレンラガン)」「異世界転生-君との再会まで長いこと長いこと(オリジナル)」も読んでいただいている方々は、私がこの小説を書いていると思わずに驚かれて「あんたなにやっとんねん!」的なコメントを戴いたりしておりました。しかし、なんやかんやで長編になってしまいましたが、自分なりには満足して書けたかなと思っております。まさか、スポ根ものとファンタジーバトル漫画をクロスさせてここまで続くとは思いませんでした。改めて、テニプリメンバーの凄まじさを思い知りました。

とりあえず立海VS麻帆良的なストーリーとしてはこれで終わりますが、「アフター」的なものは書きます。テニプリで女子とのカップリングは非難轟々だと思いますので、そこは様子見ですが……、まあ、興味がありましたらまたたまに覗いてみてください。
ちなみに、最後のナンパで一番人気の高かった女の子は、今回試合もしていないのに一番大活躍した苦労人のあの子だったり・・・・・・

今後も二次創作及びオリジナルで活動は続けていきますので、これを機に、他の当方の作品をチラ見していただけましたら幸甚にございます。

最後になりますが、短い間でしたがお世話になりました。
また何かの作品でお会いできたらと思います。

もしくは、『新・テニスこそはセクニス以上のコミュニケーションだ(嘘)」でお会いしましょう。

アニッキーブラッザー


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ナンパの王子様−アフター1

ここから先の物語には一部のお姉さま方が不快になる描写があると思われますので、ご注意下さい。


「さあさあ、先鋒の真田君はなんやかんやでちゃっかり成功! 立海リードで迎えた次の挑戦者は誰か!」

 

 朝倉の司会で場を盛り上げつつ、次の挑戦者は誰かと煽る。

 まあ、なんやかんやで、真田は納まるところに収まったと考えれば、本当の戦いはここからスタートとも言えた。

 

「く~、よ、よ~し、こういうのは先に行ったほうが、絶対いいはず! 俺、行きます!」

 

 そこで手を上げたのは、青学二年のスポーツマンの短髪がよく似合う、桃城武だった。

 

「キター、桃! 青学の切り込み隊長! ではでは~、青学二年の桃城武、いっきまーす!」

「ふふ、桃も男の子だったんだね」

「桃城、油断せずに行け」

 

 青学の先輩たちは温かい声援を送り、その男の情報を朝倉は読み上げる。

 ちなみに、情報提供者は、柳と乾。

 

「さあ、青春学園から出たのは、二年生の桃城武くん! 青学の意外性男でもあり、ムードメーカーの男。その明るい性格で後輩からの信頼も熱く、桃ちゃん先輩と呼ばれているとか! さあ、豪快なジャックナイフで乙女のハートを突き刺せるか!」

 

 来年の青学を海堂と共に引っ張る男が自ら戦地へ赴くことを選んだ。

 

「おっ、次は爽やかスポーツマンの兄ちゃんだ」

「えっ、でも、今、二年生って……私らの一つ下か」

「ん~、最初は気さくな兄ちゃんみたいに見えたけど、こうしてみると、明るい弟って感じ?」

 

 桃城が女子に向かってゆっくりと歩く。

 男女分け隔てなく接することが出来る桃でも、相手が年上の女性で、しかもこういう改まってというような空気は苦手なのか、緊張で顔を赤くしている。

 だが、それでも青学の意地を見せるためにと、桃は一人の女の前に立つ。

 そして……

 

「あ、あの、お、俺とお話してくんないっすか!」

 

 桃城武の選んだ女。それは……

 

 

「うおっ、わ、私!?」

 

「「「「「今度は、ユーナがキターアアアアア!」」」」」

 

 

 日本ファザコン選手権代表でもあり、麻帆良弱小バスケ部員であり、そして最近胸が大きく成長していることからクラスメートたちから舌打ちされている明石裕奈だった。

 

「うっはー、桃がいったー!」

「うん。でもあの子、確かに桃が好きそうなタイプかな?」

 

 ちなみに、桃城武の好きな女性のタイプ。それは、スポーツ好きの活発な子。

 

「あ、あの、ふ、普段はなにされてるんすか?」

「えっ、と、あの、私、えっと、部活かな? 弱いけど、一応バスケ部で……」

「えっ、バスケっすか! 俺、テニス部員だけどバスケも得意っす! こう、ダンクをガーンっと」

「ダンクできるんだ! あっ、でも確かにジャンプ力凄そう。えっと、モモシロくんだっけ?」

「そうっす。みんなからは桃とか、桃ちゃんって呼ばれてるッす!」

 

 最初はナンパされたことで慌てふためいた裕奈。

 何よりも彼女は極度のファザコンゆえに、人の恋愛を茶化すのは好きだが、自分からというのはあまり考えたことがなかった。

 しかし、まあ、楽しくお喋りというのは嫌いではなく、バスケ話で緊張も解けてやがて笑顔を見せて……

 

 

「おーっし! パフパフパフー! ナンパ成功と判断しまーすッ!」

 

 

 桃のナンパ成功の判定が下されたのであった。

 その判定に拍手と祝福が上がる。

 青学からは「よくやった!」

 女子側からは「キャー、いいかも!」とこの企画がとても良いものだと興奮して騒いでいた。

 そんな中……

 

 

「ふん、やるじゃねーの、桃城。来年のチームと部長を支える男としての意地を見せやがった。ならば、こっちもそれでいく! 出番だ、鳳!」

 

「……え、ええええ! お、俺ですか?」

 

 

 立海と青学の成功を見た氷帝も対抗すべく男を跡部が出す。それは、来年の氷帝軍団と次期部長の日吉を支える、鳳長太郎だった。

 

「長太郎、ビビんじゃねーぞ。女相手に激ダサな姿を見せんなよな!」

「宍戸さん……ッ、分かりました! 俺、頑張ります!」

 

 氷帝軍団先鋒は、二年生鳳長太郎。

 

 

「さあ、氷帝学園からは二年生、鳳長太郎くん! こんな優しい顔をして、サーブは二百キロを超える全国最速レベル。しかし、趣味はピアノで絶対音感まで持っているという芸術性も持っている伊達男! しかも世界平和を願うほどの優しさまで持っているって、オイオイ超いい子じゃん! 尊敬する宍戸先輩の前で、見事なラブリーエースを取ることが出来るか!」

 

 高身長、イケメン、優しさまで持ち合わせた、高スペック男の鳳長太郎。

 彼の挙動に、女生徒たちも結構ガチで緊張している。

 そんな鳳の好みの女性のタイプは、浮気しない女の子。

 

「あの、自分と一緒にお話をさせてもらうことはできないでしょうか!」

 

 賑やかで、騒がしく、他人の恋愛ごとにキャーキャー騒ぐ乙女たちの中で、彼が選んだ女は……

 

 

「へうっ!?」

 

「「「「「のどかああああああああああああああああッ!?」」」」」

 

 

 クラスの一途代表の宮崎のどかであった。

 

「あ、あの、でも、私……その……」

「あっ、ごめんなさい。その、別に困らせるつもりは……ただ、その……あなたがとても優しそうな人だから……仲良くなれたらと……」

 

 恋に一途で性格は内気の宮崎のどかは顔を真っ赤にしてパニック状態であった。

 そう、浮気しない女の子が好みのタイプというのであれば鳳の選択は間違っていなかった。

 しかし、だからこそ……

 

「ひっう、う、うう、ご、ごめんなさいい……」

「えっ……あ、あの!」

 

 なんと、のどかは混乱を通り越して泣いてしまったのだった。

 

「本当にごめんなさい、わ、私……私……す、好きな人が……」

 

 別に付き合ってくれとか、好きだといっているわけではなく、ただ、楽しくお話しましょうというのが今回の趣旨である。

 しかし、それでも自分が「好きな男以外の異性と仲良く話すのは不誠実」と思ったのどかは、鳳の気持ちは嬉しいと思いながらも、断ることを選んだのだった。

 彼女の涙を見て、鳳は慌ててハンカチを差し出す。

 

「あの、泣かないでください。こちらこそ、あなたの事情を知らずに困らせてごめんなさい」

「ひっぐ、でも、私……私……」

「いいんです。それよりも、あなたはその気持ちを大切にしてください。あなたはとても素敵な人です」

「鳳さん」

「自分がこういうのもなんですが、その男の人はとても幸せ者ですね。あなたみたいな人にそこまで想われているんですから」

「ッ!」

「頑張って、幸せになってください」

 

 嫌な顔一つせず、のどかを慰め、最後まで笑顔を見せる鳳。

 そのあまりにもイケメンすぎる姿に、女子たちからは嬌声が上がった。

 

「ちょーーー、なに、のどかがダメでも私なら!」

「鳳クーーーン! こっち、こっちなら空いてるって!」

 

 試合に負けても勝負には勝った。まるでそんな雰囲気が流れていた。

 だが……

 

「では、失敗したらペナルティキンスープ」

「ッ!?」

 

 結果は失敗。ゆえに、長太郎は……

 

 

「一球入コケコッコオオオオオオオオオオオオ!」

 

 

 鳥になったのだった。

 

「さあさあ、なんと氷帝学園の鳳君は失敗ということで、一歩出遅れた氷帝学園。このまま破れてしまうのか? さあ、続いては立海です! 誰が行きますか?」

 

 気を取り直して次は誰か?

 そこで名乗りを上げたのは……

 

「おっし! じゃあ、俺も真田副部長に続くっす! 次はお――――――」

 

 切原赤也が名乗りを上げようとしたとき……

 

「んふふふふ、ちょっと待ちなさい、赤也くん」

「待ちなはれ、赤也はん。峰打ちですえ」

 

 切原の背後に回りこんだ千鶴が、黒いオーラを纏った笑顔で、切原のケツに葱をぶッ刺した。

 そして三日月のような笑みを浮かべた月詠が切原の意識を断った。

 そのまま気を失った切原は、二人の女に担がれて闇の中へ……

 

 

「…………さあ、これはこれで成功ということで、立海は連勝きました! さあ、青学は続いては誰がいきますか!」

 

「「「「「いや、いいのか今のは!?」」」」」

 

 

 今のことは触れず、とりあえず成功にカウント。

 立海がとりあえず連続成功ということで、続いての青学は……

 

「今日は手塚が青学の部長として命を懸けた。ならば、俺もその負担を少しでも軽くする! だから、俺が行く!」

 

 名乗りを上げたのは、大石秀一郎。

 

 

「さあ、名乗りを上げたのは大石秀一郎くん! ダブルス日本ナンバーワンの異名を持つ生粋のダブルスプレーヤー。青学の副部長としてチームを支え、その責任感やチームや部員に対する想いも厚く、『青学の母』との異名を持つ男! 果たして彼は、シンクロできる異性のダブルスパートナーを見つけることが出来るか!」

 

 

 タマゴボーズの大石が動く。

 

「いっけー、大石!」

「そういえば、大石の恋愛絡みって何も聞いたことないよね」

「男女共に信頼は厚いがな」

 

 ダブルスプレーヤーとしては全国トップクラス。しかしナンパプレーヤーとしての実力は未知数。

 そんな大石の選んだ相手は……

 

「俺とペアを組んでくれませんか?」

「………………………………へっ? あ、あの、まさか、私ですか?」

 

 本人は、自分がこのナンパ大戦ではあまり絡まないと思っていたのだろう。自分が男から声をかけられると思っていなかったために、すっとんきょんな声を出してしまった。

 

「「「「「ハ……ハカセエエエエエエエエエ!」」」」」

 

 超鈴音に続く学園の頭脳。マッドサイエンティストの葉加瀬であった。

 ちなみに、大石のタイプはメガネの似合う女性。

 そして、葉加瀬本人は、驚きはしたものの、特に現在は好きな男が居るわけでも断る理由もないわけで……ちなみに、メガロメセンブリアの総督府が数年後に色々と問題となるが今は特に何の関係もなく……

 

 

「おーっと、すごい! 青学も連勝きました! 青学の母と麻帆良のマッドサイエンティスト、このダブルスペアのシンクロによりいかなる化学反応が起こるかは興味深いところですが、とにもかくにも成立とします!」

 

 ということで、青学は見事二連勝したのであった。

 これで、氷帝は一歩出遅れた。ここを逃せば離されるだけ。

 ここで氷帝を敗北させないためにも、気合を入れた男が立ち上がる。

 

「ちっ、俺たちが出遅れるなんて、激ダサだぜ。だが、まだ負けねえ。長太郎の仇は俺が取る」

 

 氷帝学園きっての熱き男。宍戸であった。

 

「さあ、氷帝学園からはこの男、宍戸亮くんが登場です! かつてはロン毛のチャラい感じの男だったという噂ですが、ある試合での敗戦をきっかけにその髪をバッサリ切って生まれ変わったとのこと! ちなみに、切った後のほうが普通にカッコいいと評判です。その向上心と熱き心は多くの部員たちからも尊敬され、氷帝学園内には鳳君をリーダーとする宍戸信者まで居るという男! 氷帝は関東大会と全国大会で二回、青学と対戦し、二度とも負けておりますが、しかし、宍戸君と鳳君のダブルスだけは青学には一度も負けてない模様。激ダサにならないためにも、ここでも勝利をキメられるかーっ?」

 

 氷帝最強のダブルスを担う宍戸。超高速ライジングカウンターで勝利を手にしてきた。

 そして、ここでも迷わない。

 ウジウジ迷うような激ダサとは違う。駆け引きも無用。

 熱き男はとにかく全力でぶつかるだけ。

 

「まどろっこしいのは苦手だからよ、ハッキリ言うぜ! 俺についてきてくれ!」

 

 宍戸が迷わず進んだ先に居た女生徒。それは……

 

 

「ッわ、私!?」

 

「「「「「くぎみいいいいいいいいいいいいいいいいッ!?」」」」」

 

「あ、えと、は、はい! お、御願いします」

 

「「「「「しかもアッサリOKしたーっ!」」」」」

 

 

 麻帆良チア部。ボーイッシュな黒髪の似合う、釘宮円であった。

 ちなみに、宍戸の好きなタイプはボーイッシュな子。

 釘宮はどちらかというと、バカっぽい男の方が好きだったりもするが、宍戸の勢いに押されたことと、普通に嫌ではなかったということで、顔を赤らめながらもアッサリOKを出した。

 

「よくやったじゃねーの、宍戸。アーン」

「決まりましたーッ! カップル成立! あんた、フツーにカッコいいよ宍戸くん! では、カップルになった二人は親睦を深めてくださいっ!」

 

 宍戸の勝利に跡部もご満悦。

 朝倉のアナウンスも響き、成立した二人に歓声が上がる。

 

「さあさあ、ではどんどん行きましょう! 続いては、再び一周して立海です! 連勝を守れるか? 次は誰!」

 

 立海と青学はまだ並んでいた。

 ここでミスをすれば逆転されるかもしれない。

 ならばここは確実に取るためにもと、立海はジョーカーを送り込む。

 

「ぷりっ」

 

 仁王が動いた。

 

「ついにキター! ある意味で立海最恐の男。その本心も出身地も謎に包まれ、同じチームメイトからも『悪魔をも騙せる男』と言われし、コート上の詐欺師が……って、詐欺師がナンパってその時点で色々ヤバイんじゃないのかい! 立海三年、仁王雅治! 彼に騙される不幸者は一体誰だーっ!」

 

 この瞬間だけは、色めき立っていた女子たちも思わず顔を引きつらせた。

 自他共に認められる詐欺師のナンパ等、恐怖以外の何者でもない。

 

「ふう……良かった……私は仁王さんと試合していて……もし、お嬢様の姿でナンパされたら、私は絶対についていっていたでしょう……」

「は~、そうなん? それなら、ウチ、せっちゃんの姿で仁王君にナンパされたらどないしよ」

「ふえええええん、夕映どうしよう、私、ね、ネギ先生の姿でなな、ナンパ……」

「落ち着くです、のどか。所詮イリュージョンはイリュージョン。幻であり、本物ではありません。毅然とした態度でいるです」

 

 そう、仁王のイリュージョンによって、彼女たちが好きな人に化けてナンパされたら、かなり恐ろしいことになる。

 それゆえに、女子たちはビクビクとして仁王を警戒。

 だが、一人だけ毅然とした態度を振る舞おうと、友に諭す者が一人居た。

 

「偽者は所詮、偽者です。そこに本物の魂も心も愛もないようなものに、心を揺るがすことはないのです」

 

 綾瀬夕映。怯えるのどかに懸命に言葉を贈る彼女は、「偽者は所詮偽者だ」と恐れない……のだが……

 

「……ぷっぴーな」

 

 それが、詐欺師のプライドを刺激した。

 

「……あの……夕映さん」

「……………………………………へっ?」

 

 なんと、夕映の前にネギが現れた。

 

「あ、あの、ネギ先生? えっと、どうしたですか?」

「ごめんなさい、夕映さん。でも、僕……夕映さんが他の男性にナンパされるかもしれないと思うと……すごく嫌で……そう思ったら体が勝手に動いていました」

 

 その時だった。ネギは夕映の手首を、ガッと掴んだ。

 

「ッ! ね、ねねねね、ネギ先生!?」

「ごめんなさい、夕映さん。でも、あの……お、御願いします……僕とこの場から一緒に抜け出しませんか?」

「ねねねねえ、ネギせんせええええええええ!?」

 

 あまりにも突然の出来事で、先ほどまで友に毅然としろと言っていた張本人が顔を真っ赤にして大パニックを起こしてしまった。

 そして、回りも当然……

 

「に……仁王くんが……」

「ね、ね、ネギくんになっちゃった……」

「仁王さんがモシャスでネギくんになって、ユエ吉にメダパニかけた……」

「仁王さんが僕にッ!」

 

 そう、仁王のイリュージョン。

 

「ね、ネギ先生、だ、だめだめです。その、のどかの見ている前で……」

「はい、分かっています、夕映さん。でも……今……僕の瞳に写っているのは夕映さんなんです……」

 

 仁王はネギになり、夕映をナンパしたのであった。

 そのことに気づかず、ネギに誘われていると思った夕映はメダパニ状態。

 

「ゆ、ゆえ~~! 騙されちゃダメだよ、その人は仁王さんだよ!」

「はっ!?」

「本物の、ネギせんせーはアッチだよーッ!」

 

 このままでは親友が騙されてしまうと、慌ててのどかが声を出す。

 その声にハッとなり、正気を取り戻した夕映はキッと仁王を睨む。

 

「あ、危なかったです! 感謝するです、のどか! 仁王さん、もう騙されないです! いくら上手に化けても所詮は偽者に騙され……騙されかけたですが、でも、もう私は揺るがないです!」

 

 もうこれ以上は無理だ。そう夕映が宣言したとき、ネギの体にノイズが走り、仁王が元の姿に戻った。

 

「ふ~、やれやれ。既に想い人が居る少年の姿で、他の女にナンパは無理があったぜよ」

 

 

 観念した仁王が両手を挙げて降参した。

 

 

「こ、降参ですか? 本当に?」

「ああ、もうやらんぜよ」

「…………」

「信用ないぜよ」

 

 素直に降参するという仁王を訝しげに見る夕映。詐欺師の言うことを本当に信じていいのかと疑っている。

 だが、言質はとったということで、朝倉が判定を下す。

 

「はい、これまでー! 仁王さんももっとズルイ手を使えたはずですが、一度破られた以上潔く引き下がりました! では、約束どおりペナルティキンいってみましょーっ!」

 

 誰もが、騙されて成功するだろうと思っていた仁王のナンパだったが、予想が外れて仁王は鳥になる。

 しかし、詐欺師はただでは死なない。不吉な言葉だけ残していたことに夕映たちは気づいた。

 

 

「……へっ? ……他に想い人が居る少年……?」

 

「「「「「……………………………………あっ!?」」」」」

 

「はぐっ!?」

 

 

 他に想い人が居る少年。訳すと、他に好きな人が居るネギ……

 

「にににに、仁王さん!?」

「ん? 何を驚いているぜよ。そんガキの本命の女は誰がどう見てもh「うわああああああああああああ」え、ぜよ」

 

 ペナルティキンスープに手をかけて飲む前に暴露しようとした仁王に慌ててネギが叫ぶ。

 しかし、誰もが思った。

 この男は、ネギの本命を知っていると。

 何故なら、イリュージョンはその本人に技も思考も振る舞いも同じにする技術。

 だからこそ、仁王はネギにイリュージョンしたことによって、ネギの本命が誰なのかを気づいたのだ。

 そして、同時にそれは、今の発言でネギの本命が夕映でないということもサラッと暴露されたも同然だった。

 しかし……

 

「まあ、ガキの本命が誰だか分かったからこそ……どうやったら、『本命から自分に振り向かせられる』かも俺ならば……」

「ッ!?」

「本当なら二人で話をしたときに教えてやりたかったぜよ。しかし、それも望まないというのであれば……」

 

 それは正に、悪魔の囁きだった。

 

「だだだ、ダメだよ、ゆえ~! 詐欺師の言うこと聞いちゃだめだよー!」

「~~~~、し、しかし、のどか……」

 

 重要なのは、ネギの本命が誰かなのではなく、どうやったら本命から自分に振り向かせられるか。

 そして、ネギになりきった仁王ならばそれを知っているというのも納得できる。

 ならばどうする? 

 物凄く迷いに迷った表情を見せて苦しむ夕映だが、結局……

 

「仁王さん……やっぱり少し話をするです」

「ぷり」

「ゆええええええええええ!」

 

 悪魔の誘惑には抗えなかったのだった。

 

「キタアアア! 正に外道! 正に詐欺師の囁き! こんな卑怯なナンパがかつてあったでしょうか? しかし結果は結果! 仁王さんのナンパ成功により、立海が無傷の連勝となりましたーっ!」

 

 仁王のナンパ。一度振られたと思ったが、大どんでん返しとなったのだった。

 

「って、ちょっと待ってくださいよ~、仁王さん! それ、ナンパなんですか? っていうか、サラッと僕の好きな人がどうとか……やめてくださいよー!」

「ちょ、いやいやいや、ネギくんの本命が誰かとか、むしろそっちが気になるっていうか!」

「えっ、あの、仁王くん、後でサラッと私らにもおしえてくれない?」

「けっ、くだらねえ。本命が誰かとか、そんな大騒ぎすんなよ。まあ、私には関係ないけどさ」

「んも~、千雨ちゃん冷めとるえ~。これで本命が千雨ちゃんだったらどうするん?」

「いや、その前に……のう、タカミチ。あの仁王くんから、魔力を感じたかのう?」

「いいえ、学園長。つまり彼は……魔法を使わずにネギ君になったと……僕の目にもネギ君にしか見えなかった……あれを魔法を使わずに……なんと恐ろしい青年なんだ……」

 

 様々な想いが交錯するも、戦いはまだ終わらない。

 

 

●途中経過

・立海・3勝0敗

・青学・2勝0敗

・氷帝・1勝1敗

 

●内訳

■立海

・真田&アスナ(成立?)

・切原&千鶴&月詠(拉致)

・仁王&夕映(詐欺)

 

■青学

・桃城&裕奈(成立)

・大石&ハカセ(成立)

 

■氷帝

・鳳&のどか(不成立)

・宍戸&釘宮(成立)




舌の根も乾かぬうちに、アフターです。
カップリングは「なんとなく」で決めてます。

一応、テニスの王子様キャラの好きな女のタイプは参考にはしてますが、あくまで私の独断でやってます。多分、乙女ゲーなどにはもっと参考になりそうなのがあるんでしょうけど、私はソレにまでは手を出してないので、あくまでコミックスと40.5巻です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ナンパの王子様-アフター2

 立海の三連勝に遅れを取るわけにはいかないと、青学も次の男が自ら前へ出る。

 

「時間は短かったが、既にデータは集った。機は熟した」

 

 登場したのは、青学のデータマン、乾貞治。

 

「来ましたー! 青学から登場したのは乾貞治くん! 神奈川に柳くんが居るなら、東京には乾くんがいる! 関東と全国を恐れさせたデータ収集能力は、テニス以外の分野からも畏怖される男! 分厚いノートに記された情報は、あらゆる相手を丸裸にする! 今宵も女の子を収集したデータを元に射止めることが出来るか!」

 

 自信満々に登場する乾。ちなみに、彼の好みは落ち着いた年上女性。

 ぶっちゃけ、千鶴が彼の好みのストライクだったのだが、既に切原とカップル成立のためにそれは望めない。

 そんな中、残された女性たちは皆、落ち着きの無い騒がしい子達。だが、そんな中で唯一落ち着いた空気でマイペースな女を見つけた。

 その女は……

 

「これから、君のデータを取らせてもらえないか?」

「ん~? 拙者でござるか? それは困ったでござるな~、申し訳ないでござるが、その申し出は受けられぬでござる」

「………」

 

 ……長瀬楓だったのだが、落ち着いた雰囲気のまま瞬殺され、その瞬殺ぶりに先ほどまで騒いでいたクラスメートやテニス仲間たちも絶句してしまった。

 

「理屈じゃなケコッコー!」

「哀れなり、貞治」

 

 自ら開発に携わったペナルティキンスープで乾は散ったのだった。

 

 

「さあさあ、なんやかんやで青学の連勝もストップしてしまいました! ここで今のところ出遅れている氷帝軍団は成功させて並びたいものです! 次は誰か!」

 

「ふ~、くだらねえが、ここは勝利を手にして一気に下克上だ。だから、自分がいきますよ」

 

「おっと、名乗り出たのは氷帝軍団の次期部長! 下克上が口癖の演武テニスの日吉君! 現在最下位の氷帝ですが、今の状況こそが彼の望んだ状況! 次期部長の意地を見せて、見事下克上を達成させるかッ!?」

 

 

 氷帝軍団が、青学の失敗を見て、ここが勝負どころだと日吉が立ち上がる。

 そして、日吉の好きな女のタイプは、清楚な人。

 

 

「俺と下克上等な会話をしてくれないか?」

 

「…………?」

 

「あんたに言ってるんすよ」

 

「いや……えっと……えっ? あの~、私が見えてるんですか?」

 

 

 それは、あまりにも自然に声をかけていたので、その少女もクラスメートたちも、「まさかそいつに!?」と驚愕していた。

 恐る恐る、朝倉が日吉に尋ねる。

 

「ちょ、ひ、日吉君! あ、あんた、ほ、本当に、み、見えるの?」

「ん? バッチリ見えるっす」

「うそおおお! なんで、さよちゃんが見えるのーっ!?」

 

 日吉が選んだ女性。それは、幽霊の相坂さよであった。

 

「ん? 日吉は誰に何を言ってるんだ?」

「アーン? いや、俺様のインサイトは誤魔化せねえ。実態はねえが、あそこに……誰か居やがる。……幽霊か?」

「な、なな、ゆゆゆゆ、幽霊!?」

「うおお、マムシが! 跡部さん冗談キツいっすよ。幽霊が居るわけないじゃないですか。それとマムシはそういう幽霊みたいなものが本当ダメなやつなんで、勘弁してくださいよ」

「いや……五感に縛られず、心の目で見れば……」

「ぷりっ」

 

 クラスメートですら一部のものしか分からない、幽霊の相坂さよ。

 ちなみに、彼女の姿は日吉以外には、跡部、手塚、不二、幸村、仁王が何故か見ることができた。

 

 

「ほんまかいな。しかし、あいつ、幽霊にナンパて、何考えとるんや」

「いーや、むしろあいつらしいじゃねえの、アーン? 知ってるだろ? あいつは、心霊などの大のオカルト好きで、オカルトスポット巡りをするようなやつ。むしろ、運命の女に出会ったんじゃねーの?」

 

 そう、清楚な女が好き。そして何よりも日吉はオカルト大好きという顔がある。

 そんな彼にとっては、気弱だが清楚な幽霊の相坂さよは、正にドストライクだった。

 更に、さよはさよで、ネギ以外の男と何年も話したことも無く、ましてやナンパ等、感動ものなのである。

 ゆえに……

 

「はいいい、よくわからないけど、いっぱいお話しましょうよ~」

 

 泣きながら承諾したのであった。

 

「さあさあ、これは私の判定によりこのナンパは成立と致します! グッジョブ、日吉くん! あんた、さよちゃんをこれ以上泣かせたら私が許さないよッ! さあさあ、どんどん行きましょう! まだまだ男は残っています!」

 

 立海が未だトップだが、日吉の勝利によって、青学と氷帝が並んだ。

 トップの立海も油断できないと、次はこの男が魅せる。

 

 

「じゃあ、行ってくるぜ」

 

「来ましたーッ! 燃える男・ジャッカルくん! 王者立海の守護神がトップを維持できるか! 四つの肺を持つ男という異名ですが、選ぶ女は一人ですよー? んじゃ、行ってみましょう!」

 

 

 ブラジル人のハーフのスキンヘッド。ジャッカル桑原が出る。

 スキンヘッドという一人だけ異色のキャラクターではあるが、本日のダブルスで見せた不屈の闘争心に対するクラスメートたちの評判は意外と悪くない。

 そんなジャッカルは、なんと前へ出た途端、女子の列ではなく、司会者の朝倉を見たのだった。

 

「へっ?」

 

 急にジャッカルに見つめられてキョトンとする朝倉。

 するとジャッカルは……

 

「Hey YO! お前はマジで俺の好み、ハートにきたぜ、俺絶頂♪」

「……はっ?」

 

 ジャッカル桑原の好み。色白でグラマーな女……

 

「出た、ジャッカルの即興自作ラップ!」

「ラップで告白、ジャッカルめ……どうやら本気のようだな」

 

 実は、今回のナンパ大戦では男たちとしては「とりあえず誰かをナンパ」のようなノリだった。

 だが、ジャッカルだけはガチだった。

 

「え、あいう、や、え、ま、え、マヂ?」

 

 彼は朝倉和美に一目惚れしていたのだった……

 

「刻むぜビート、魅せるぜビート、俺はお前にマジゾッコン♪」

「…………えっと……ゴメン……なんかいきなりは無理……」

 

 しかし、普通に振られた。

 

 

「ファイヤーコケコッコーッ!」

 

「なれない告白とはいえ、動きが悪すぎるよ、ジャッカル」

 

 

 なんやかんやで立海の連勝ストップ。幸村の冷たい声だけが響いた。

 

 

「え~、気を取り直していきましょう。……なんか、ゴメン、ジャッカルくん。あとで、連絡先は交換しよう。んで、ここで立海の失敗により、各校にもチャンスが巡ってきました! さあ、ここは確実に勝利を収めたいところですが、誰が行くか!」

 

「うん、いい雰囲気の風だね」

 

「大本命がキタアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 

 現れたのは、青学の誇る天才、不二周助であった。

 

 

「「「「「(一番気になってた人がキタアアアアアアア!)」」」」」

 

 

 この瞬間、クラス女子たちの反応が一気に変わる。

 

「(来た、手塚くんや跡部くんや幸村くんもイケメンではあるけど、なんだか彼が一番好み!)」

「(美砂、あんた彼氏居るじゃん)」

「(でも、大人バージョンのネギくんみたいにカッコよくて優しそうや……)」

「(亜子……緊張しすぎ)」

「(でも、確かにイケメンや~ん。ナンパされたら、ウチかてついてってまうわ~)」

「(このちゃん!? くっ、不二周助といったか、あの男……要注意か)」

 

 この場にはイケメンたちがたくさん居る。

 しかし、手塚はどこかクールすぎて近寄りがたい雰囲気。跡部はなんだか特殊すぎる。幸村は純粋に恐すぎる。

 そんな中で、この不二周助は本日テニスを披露していないこともあり、女子たちからは「今一番気になる男」となっていた。

 

 

「さあ、来ました、青学の、そして日本のテニス界が天才と認める不二周助くん。優しく、テニスも超強く、そして何よりも女の子にも間違いなくモテます。噂ではかつて四万個のバレンタインチョコを自宅に持って帰ったという話があります! ちなみに、一位は跡部様のようですが、まあ、こっちも色々とおかしい! さあ、そんな彼は誰を射止め―――――」

 

「ちょっと、飲んでみたくてね」

 

「って、待たんかーっ! 何でナンパしないでペナルティキンを飲もうとするーッ! って、させるかーっ!」

 

 

 ナンパ大戦の目玉の一人でもある不二だが、ナンパしないでにこやかにペナルティキンスープを飲もうとする。

 実際、彼は乾汁などに大変関心があり、自ら罰ゲームを受けようとする変わり者でもあった。

 だが、そんなことは許さないと、女たちが必死にガード。

 

「不二くん、君はこれだけの女の子たちの期待を裏切るの?」

「でも……」

「つか、気になるなら、後で普通に飲んでいいから! ナンパだけはしてあげてよーっ!」

 

 飲みたきゃ飲んでいいから、ナンパしろ。女たちのその圧に困った顔を浮かべる不二。

 しかしようやく観念したのか、少女たちに向き、その瞬間、一気に少女たちに緊張が走る。

 そんな彼が選んだのは……

 

「あの手塚を追い詰めた君のテニスは素晴らしい。今度は僕とテニスをしてくれないかい?」

「勿論ネッ!」

 

 満面の笑みでナンパを一瞬で受け入れる、超鈴音であった。

 そして興奮気味の超はニンマリと不二に言う。

 

「しかし、良いカ? 不二くん。私にナンパしてしまうと、色々と覚悟した方がいいネ」

「覚悟か。僕に必要なのはそれなのかもしれないね。手塚のように」

「ウムウム。ならば不二くん、私とスーパーテニスについて存分に語り合うヨ」

「楽しみだよ」

 

 とまあ、いきなり打ち解ける超にクラスメートたちからは嫉妬の眼差しを向けられるも、勝敗は決した。

 

「うおおおおおっと、これは意外! 不二くんが選んだのは、同じく天才超鈴音! 天才同士のシンパシーなのか、とにかく不二君余裕のナンパ成功です」

 

 手堅く勝利を手にした不二。

 その瞬間、「超りんに負けた」と何名かの、ガチで不二にナンパされたかった少女たちが項垂れたのだった。

 

「流石だ、不二周助。相変わらず隙がねえ。ならばこっちは……出番だ、忍足」

「しゃーないのう」

 

 跡部が次なる男を送り込む。その男は、忍足。

 

「きたあああ、氷帝No2の実力を誇る、千の技を持つ男とまで言われる、忍足くん! その千の技が全て披露されることはないのでしょうが、その技の中に女を射止める技は果たしてあるのか? こちらもバレンタインでは脅威の成績を持っております。果たしてそんな彼の選ぶ女性は?」

 

 忍足。当然、文句なしにモテる。

 そんな彼の好みは、足の綺麗な女の子。

 

「さっきは、真田に襲われてエライ恐かったやろな~」

「ふへっ!?」

「そん中でまた男に声かけられるんはシンドイ思うが、どや?」

 

 なんと、本日二度目の春日美空であった。

 

「「「「美空ちゃんのモテ期到来!?」」」」

 

 そう、クラスでも割と地味目で大人しくやっている美空のモテ期が来たのであった。

 なぜなら、

 

「ちょっと待ってよーん! 俺も俺もー! 次に俺の番が来たらその子に声をかけようと思ってたんだから、抜け駆けはずるいよん!」

 

 なんと、男側から「ちょっと待ったー」が発動されたのであった。

 

「おや、そうだったのか、英二。こりゃ大変」

「ははは、英二らしいや」

 

 そう、青学の菊丸英二だったのである。

 

「うえええええええ、ちょ、何であたしなんすかーっ!」

「なんだか、楽しくお話できそうだったからだよん。性格も明るそうだし」

「くくく、なんや、菊丸。関東ではダブルスで戦ったが、こないな形で再戦するとは思わなかったな~」

 

 二人のイケメンに囲まれる美空。もはや頭はパニック状態。そして……

 

 

「ちょ、やっぱ無理っすー! 私のキャラじゃないんで! つか、私、池袋で刺されそうなんでごめんなさーいっ!」

 

「「「「「逃げたーッ! つか、なんつうもったいないことを!?」」」」」

 

 

 なんと、美空は逃亡してしまったのだった。

 

「ありゃりゃー?」

「なんや……かなわんの~」

 

 二人取り残され、まとめて振られてしまった二人は……

 

 

「残念無念こけこっこー!」

「ほんまかなわけこっこー!」

 

 

 鳥になって散ったのだった。

 

 

「ちっ、やれやれだぜ。まさかあいつが失敗するとはな。しかし、樺地に期待できそうもねーし、ジローは興味ないのか寝てやがる。……しかたねえ、いよいよ、ショータイムの始まりだぜ」

 

 

 そして、そんな状況を憂いていらっしゃる、キングがついに立ち上がる。 

 

 

●途中経過

・立海・3勝1敗

・青学・3勝2敗

・氷帝・2勝2敗

 

●内訳

■立海

・真田&アスナ(成立?)

・切原&千鶴&月詠(拉致)

・仁王&夕映(詐欺)

・ジャッカル&朝倉(自爆)

 

■青学

・桃城&裕奈(成立)

・大石&ハカセ(成立)

・乾&長瀬楓(不成立)

・不二&超鈴音(成立)

・菊丸&美空(不成立)

 

■氷帝

・鳳&のどか(不成立)

・宍戸&釘宮(成立)

・日吉&さよ(成立)

・忍足&美空(不成立)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ナンパの王子様-アフター3

 一人の紳士が見せ場もなく散った。

 

 

「それでは、アデューイートゥイートゥイー!?」

 

「なんとおおおおおおおおおおお、まさかの紳士・柳生くんの敗退! 紳士が鶏になったーっ! これは立海、まさかの大誤算ッ! ちなみに、紳士の国のイギリスでは鶏の鳴き声は『トゥイートゥイートゥイー』だそうです。鶏になっても紳士の柳生くんですが、お相手のザジさんはとても爽やかにお断り! なんでーっ!」

 

「ふふふふ、確かにあなたは紳士な方です。ですが、心のどこかに若干の黒いものを感じます。私に近づけばその黒いものが大きくなり、あなたはきっと変わってしまうでしょう。だから、ごめんなさい。あなたと親睦を深めることは出来ません♪」

 

 

 立海の誇るイケメンの一人。紳士・柳生。声をかければかなりの確率でナンパは成功するだろうと誰もが思っていた。

 そんな彼の選んだ女性は、魔界のプリンセス、ザジ・レイニーデイ。

 清らかな女性がタイプの柳生にとっては、姫の品格漂う彼女は相応しかった。

 しかし、ザジは微笑みながら、申し出を受けなかった。

 それは、真の紳士たるには、どこか柳生の中にある微妙な腹黒い何かに気づいたからかもしれない。

 まあ、それが本当かどうかは別にして、これで立海はジャッカルに続いて二連敗したのであった。

 

 

「さあ、全チームが二敗と勝負の行方が分からなくなってきました! さて、ここで本来の順番は青学なのですが、先ほど青学は菊丸くんが『ちょっと待ったー』を使ったので、一回多くやっておりますので、ここはお休みです。ですので、次は氷帝学園です! さあ、どうされますか!?」

 

 

 その時、氷帝からあの男が立ち上がった。

 

「ふ、ようやく俺様の番か」

 

 その男は、かつて六万個のバレンタインチョコをもらったという伝説がある。

 試合中に頭をバリカンで剃られただけで、大暴動が起こったことだってある。

 都大会五位。関東大会一回戦敗退。全国大会ベスト8の学校の主将。

 しかし、順位や実績のみでは決して語りつくせぬ伝説がこの男にはある。

 

「メスネコ共。俺様のナンパに酔いな」

 

 彼が立ち上がるだけで、その空間は、跡部様の跡部様による跡部様のための空間になる。

 

「ついにきたあああああああああああ! 存在こそが既に社会現象! その自信に裏付けられた実力があることは誰もが認める! 時飛ばしも空間転移も彼にかかればマルスケだぜ! 氷帝学園がここに来て勝負をしかけてきました! いいんちょの、雪広財閥と双璧を成す、世界的に有名な跡部財閥の御曹司! キ~~~~~~ング、跡部さま――――ッ!」

 

 そう、跡部が立ち上がったのだった。

 そして、彼が立ち上がり、戦場に赴こうとすれば、必ず声が聞こえてくる。

 既に、何名かの氷帝軍団はペナルティキンスープで意識を失っている。

 しかし、それでも聞こえる。

 幻聴なのかもしれない。

 だが、彼を称えよと世界が叫ぶ。

 

「ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部! ナンパは跡部!」

 

 そう、跡部コールだ。

 

「……これは……どこから?」

「ど、どういうことじゃ? なにやら、大勢の人々の声が聞こえてくる……ネギくん、知っておるか?」

「はははは、タカミチ、学園長先生……なんか、これがあの跡部さんって人の力みたいなんです」

 

 魔法でも術でもない。跡部が立ち上がれば跡部コールが聞こえるのは、世界の決まり。いわゆる自然現象なのである。

 魔法という非常識の世界に生きるタカミチや学園長ですら信じられない表情で驚いているが、それが真実。

 

「ナンパは……俺様だ!」

 

 そう、たとえそれが意味不明なコールだとしても、これが跡部の力なのである。

 指を鳴らしてドヤ顔をキメる跡部。

 テニスの試合であれば、これだけで黄色い声援が野球場規模で湧き上がる。

 しかし、普段あまり男子生徒と接する機会の少ない女子校の生徒たちからすれば……

 

 

「「「「「(かっこいいけど、やっぱりなんだか想像以上にヤバイ人だッ!?)」」」」」

 

 

 ドン引きものなのであった。

 

「え~、跡部くん……その、満足されましたかね~?」

「ああ、十分だ。さて、光栄に思いな。この俺様に口説かれるなんて、明日の朝刊の一面は決まったようなものだ。ただし、嫉妬に狂う俺様のファンには気をつけな! フハハハハハハハハハ!」

 

 朝倉が恐る恐る尋ね、跡部も頷いて女たちを見る。

 その視線に女たちは色々な意味でドキドキ。

 

「(う~ん、確かに濃いけどイケメン。しかも大金持ちのお坊ちゃま。テニスも強い)」

「(それに、確か東京の私立の中でも、氷帝学園って凄い頭がいいところだよね?)」

「(文武両道パーフェクト……すごい……)」

「(でも、なんか恐い……)」

「(確かにカッコいいかもだけど……ちょっと、チャラいよ。男はやっぱゲンイチローみたいに……)」

「(アスナ、心の声がダダ漏れやん。さり気に、自分で気絶させた真田君を膝枕しとるし……)」

 

 正直言って、文句の付け所がない完璧なる男。

 声をかけられるだけで、普通に女として誇らしいと思えるぐらいの相手だ。

 でも、何だか、普通じゃなさ過ぎて恐い。なんとも微妙な緊張感が少女たちの中で流れた。

 そんな中で……

 

「つか、テニスしてなくても非現実的な奴とか勘弁しろよ……まあ、私には関係ないけど……」

 

 一人ボソッと舌打ちしながら呟く長谷川千雨。

 正直、立海も、青学も、氷帝も、今のところテニスをしていなければ、そこまで変な奴らは居ない。

 むしろ、話だけをすれば、普通の中学生だとすら思える。

 だが、跡部はハッキリ言って違う。テニスコート内でもテニスコート外でも変わらぬ非常識ぶりに、千雨は頭が痛くなったのだった。

 しかし、「自分には関係ない」そう思っていたはずの彼女だが、この後、更なるカオスに巻き込まれる。

 

 

「フハハハハハハ! おい、そこの女。試合の時から、デカイ声で、俺様たちのテニスにイチャもんつけてやがったな。『テメエらいいかげんにしろ』……とかな」

 

「ふへっ?」

 

 

 その時、なんと跡部は千雨の目の前に立ち、声をかけたのだった。

 完全に予想外の不意打ちくらってビビる千雨。

 今の独り言か聞かれて怒られるのだと、「ヤベ」っと思った。

 だが、

 

「……ふん、この世に存在する女で……この俺様にイチャモンつける奴が居るとはな。なかなか度胸があるじゃねえの」

 

 跡部は怒っている様子はない。むしろ機嫌よさそうだった。

 

「えっ? あの、いや、ドキョーないんで。私はただの引きこもりネガティブ女なんで。クラスメートのこいつらと比べても地味で日陰の女なんで。さーせん」

「フハハハハハ、そうか? だか、俺様のインサイトは誤魔化せねえ」

「ちょっ!?」

 

 その時だった。跡部が一瞬の隙をついて、千雨のメガネを取り上げたのだった。

 あまりに突然の出来事で、場が一瞬で凍りつく。

 すると……

 

「やはりな。なかなか良いツラしてるじゃねーの。アーン?」

「ちょっ!?」

 

 メガネを外した千雨。それを褒める跡部に、驚きながらもいきなりメガネを取られて千雨も反応。

 

「ちょ、て、テメエ、なにすんだよ! 返しやがれ、この!」

 

 顔を真っ赤にし、メガネを取り返そうとする千雨。だが、跡部はひょいっと上に上げて返さない。

 

「ふん、そういう気の強いところも、かわいーじゃねえの」

「ッ!?」

 

 この瞬間、誰もが理解した。

 そう、跡部が選んだ女とは……

 

「この俺様が相手してやる。光栄に思え」

「は……はああああああ!?」

 

 長谷川千雨だったのである。

 

 

「「「「「ち、ちさめちゃんがきたあああああああああああああああああ!?」」」」」

 

「ぶべほっ!? ちょ、ごほっ、ごほっ!?」

 

「ネギ君、どうしたんだい、急に噴出して! ちょ、むせてるじゃないか。お水お水……」

 

「ちょ、まさかの千雨ちゃん!? どーすんのよ、受けんの? つか、断れないだろし……」

 

「は~、千雨ちゃんモテモテや~ん」

 

「ほほう、これはこれで面白いではないか」

 

「マスター、物凄く良い顔されてますね」

 

 

 キング跡部が長谷川千雨をナンパ。

 誰を選んでも驚くのだが、その中でも予想外の中の予想外だったのか、驚きの声が隠せない。

 

「いや、冗談やめて欲しいんで。つか、冷やかし勘弁。メガネ返せよ!」

「ふん、俺様が戯れでこんなことしてると思ってるのか? アーン?」

「ちょなっ!? ん、な、んなわけあるかーっ!? これが現実なはずねーだろうが! きっと、幸村くんあたりが何かしたんだ! そうに決まってる! つか、メガネ返せよ!」

 

 これは一体どうなるのだ?

 メガネを取り上げたままの跡部に、千雨はパニクって何もできない。

 するとその時だった。

 それは、救いの手ではない。

 更なる地獄に叩き落す手が、跡部の背後から、跡部が取り上げた千雨のメガネを取り戻したのだ。

 

「待て。それまでにしろ、跡部」

「アーン? ……おい、何のつもりだ? …………手塚」

 

 なんとここで予想外の中の予想外の中の、更なる予想外の男が出てきたのだった。

 それは、手塚国光。

 

「手塚!?」

「なんで、手塚部長が!?」

 

 何で手塚が? そう思ってどよめきが走る空気の中で、手塚は取り戻したメガネを千雨に差し出した。

 

「これを……」

「あ……ど、ども……」

 

 助けてくれたのか? 一瞬、千雨も何が起こったか分からなかった。

 すると、鋭い目をした跡部が手塚に尋ねる。

 

「今、俺が女を口説いているところだ。貴様との決着は、次に貴様が誰かを口説く時だ。違うか?」

「お前は何も分かっていないようだな? 俺は、『待て』と言ったのだ」

「ッ、手塚ァ、貴様!」

 

 手塚が『待て』と言った。それはどういう意味か?

 

「ど、どういうこと? ねえ、ま、待てって……それってひょっとして、『ちょっと待ってー』権のこと?」

「……はっ!? そ、そうか! つ、つまりだよ、跡部くんが他の女の子と仲良くなるのが許せない手塚くんの、『ちょっと待ってー』ってことなのだよ! そう、跡部&手塚カップリングのために! そう、『跡塚』だよ!」

「いや、パル……多分、それはそれで物凄い需要ありそうだけど……この状況を見る限り……」

「ま、まさか、……で、でも、つまり、そうなると、……手塚くんは、ち、千雨ちゃんを……」

「げぶほおっ! ぶはっぐ! がっ、はぐっ!?」

「ネギくん!? より容態が悪化している! ネギくん!?」

「し、しかしよ~、あの、手塚部長が誰を選ぶか気になってたけどさ……」

「前に手塚が……中学一年生の頃かな? 好きな女の子のタイプを言い合うことがあって、彼は『何事にも一生懸命な子』って言ってたけど……」

「うん、あの子、あんまりそういうタイプに見えないけど……」

「でもやっぱり、そういうことなんだよね?」

 

 麻帆良もテニス界も衝撃が走る。あの手塚国光がまさかの……

 

「おい、手塚。もう一度言うぜ。俺様は今、この女を口説いている。もし、貴様がこの女をナンパしようとしているわけじゃないのなら、下がってろ」

「俺が下がらないと何も出来ないのか? 跡部、お前の覚悟はその程度のものか?」

「ほう……言うじゃねーの、手塚ァ」

 

 手塚が跡部の隣を通り、千雨の目の前に。

 千雨はもう目がグルグル回って何が何だか……

 しかし、それでも手塚は言う。

 

「君はやる気を感じさせず、常に不機嫌な表情をしている反面……どこか、目の前のことに流されずに懸命に抗おうとする意思を感じさせる」

「ひゃ、あの? え、あ、いや、そんなんじゃ……」

「今回の企画では、君たちの中の誰かと二人で話をしなければならないという企画だ。ならば俺は……君と話ができないかと思っている」

「―――――――――――ッ!?」

 

 手塚の見立て、間違っていない。

 リアリスト。現実主義者の長谷川千雨。

 しかしそんな彼女だからこそ、目の前に起こる非現実的なことを「まっ、いっか」という風に流されたりなどしない。

 たとえ、クラスメートたちが「それでいいじゃん」と思うようなことも、彼女は自分がおかしいと思えば「ちょっと待て」と自分の意見を主張する。

 自分の現実を脅かす非現実が現れたら懸命に戦おうとする。

 その逞しき精神力は、戦闘能力ゼロでありながらも危険な魔法世界を生き抜いたほど。

 非現実的な世界に巻き込まれたからこそ、懸命に現実を大切にしようと戦うのが、千雨の今の生き方。

 

「……いや、あの、こ、……えっと……ひゃの、ふぁ、ふぁたしは……」

 

 しかし、この非現実だけはどうすればいい? まさか、自分がイケメン二人に声かけられる日が来るとは思わなかった千雨はもうどうしていいか分からない。

 

「なんじゃこりゃああああああああ! 手塚くんまでキタ―――! なんと、青学が誇る中学テニス界の至宝が!? 引きこもりネット廃人路線を歩む千雨ちゃんになんちゅうことを!」

「うわあああ、あの千雨ちゃんが未だかつて見たことがないぐらいテンパってる!」

「こ、これは、なんだか、私たちも凄い光景を見せられてるんじゃ……」

 

 もはや見守ることしか出来ない。この状況に足を踏み入れるのはあまりにも恐すぎる。

 本来であれば羨ましい状況なのだが、何故か千雨に同情してしまう状況。

 しかし、事態はそれだけに留まらなかった。

 

「ふふふ、それまでだよ、手塚、跡部」

「「ッ!?」」

「ルールによれば……ちょっと待って……かな?」

 

 その時、更なる地獄がこの状況に足を踏み入れるのだった。

 ジャージを肩に羽織って、爽やかな微笑みを魅せながら現れたのは……

 

 

「その子を困らせるなら、二人とも五感をいくつか奪おうか?」

 

「「「「「神の子まできたあああああああああああああああああああ!?」」」」」

 

 

 そう、神の子・幸村までもが千雨争奪戦に参戦するという空前絶後のカオスになってしまったのだった。

 

 

「長谷川千雨さん……だったね?」

 

「(゚д゚lll)」

 

「俺がお嬢ちゃんと試合をしていたとき……とても大きな声で君は俺を応援してくれたよね?」

 

「ッ!?」

 

 

 千雨が幸村を応援……していたのだ。

 

 

―――頑張れ幸村くん! テニスと常識の世界をあんたが守ってくれ!

 

―――幸村くんはこの世の常識を守る最後の砦なんだよ! テニスの常識ってもんは彼に委ねられてるんだよ! 応援しねーわけにはいかねーだろうが! だから、頑張れ、幸村くん! トンデモテニスに負けんじゃねえ!

 

 

 物凄い力を込めて一生懸命、千雨は幸村を応援していた。その時の自分を千雨も思い出してハッとした。

 

「あれだけ応援してもらえて嬉しかったよ。とても力になったよ」

「いや……あの……応援してたのにはワケが……」

「そのお礼もかねて、君とは一度話をしたいと思っていたんだ」

「ッッッ!?」

「聞いているかい?」

「……はう、あ、いや……その、さーせん……ご、五感がちょっと狂ってて……」

「はははは、それは気のせいだよ。だって、俺はまだ何もしていないんだから」

 

 跡部、手塚に続き、なんと幸村まで千雨のナンパに乗り出した。

 

「ぎゃああああああああ! 何がどーなってんのォ!?」

「ちょ、ちょうぜつイケメン三人衆に同時ナンパァアアアア!?」

「カリスマ、キング、神の子の包囲網!?」

「ぶくぶくぶくぶく」

「ね、ネギくんが泡を!? しっかりするんだ、ネギくん!?」

「こ、これは、うらやましいを通り越してこの逆ハーレムはむしろ怖い!?」

「どうして! 普通は、キャー、なのに、ギャーって叫んじゃう!」

「ぷっくくくくくく、たまらんな、これは」

「マスター、笑いすぎです。嗚呼千雨さん……しかし、千雨さんにはネギ先生が……」

「フハハハハハ、モテモテネ、千雨さん」

「これが、完全なる世界を超える更なる世界……完全なる混沌ですかね?」

「手塚部長と……」

「跡部の争いに……」

「幸村が加わるとは……」

「こええええ! なんか、もうこええええ!? あの千雨ちゃんって子が、何だかすごい可哀想!?」

 

 それはもはや、今日の試合内容並みの非現実的すぎる状況であり、ようやく意識を取り戻した一同は、次の瞬間、その想いが言葉となって響いたのだった。

 

「お、おかしぞ、そうだ、アレだろ! テメエら、これ、ドッキリカメラだろ! 私をハメようとしているんだろうが! 残念だったな、私みたいなヒッキーにこんな幻想はウソに決まってる! つか、幻想であってくれ! 待て待て待て待て、上条当麻出て来い! この幻想を壊してくれ! やべえよ、つか、私、この光景見られたら、明日にでも殺されてるんじゃねえのか!? 現実世界どころかネット世界でも大炎上くらって生きていけないんじゃねえのか!?」

 

 必死にこれは「幻想」だと叫ぶ千雨。しかし残念ながら、これは現実なのである。

 

「カリスマも神の子も、それがどうした! 俺がキングだ!」

「お前にはまだ、見えていないようだな」

「二人とも、夢の続きは後で見るといいよ」

 

 テニス界にその名を轟かせながらも、正直、この三人が争ったら何が起こるかなど誰にも分からない。むしろ、誰も考えたくない。

 日本中学テニス界で五本の指に入る男が同時に並ぶ。

 この奇跡的なカオスにもはや救いの手は……

 

「だ、だめです……こ、このままじゃ、千雨さんが怯えて可哀想です……そ、そうだよ……魔法世界であれだけ助けてもらったんだ……今度は……僕が千雨さんを助けるんだ!」

 

 泡噴いて、意識が飛びかけていたネギ。その時、彼は何かを決意したかのように、コソコソ気付かれないようにその場から離れ、誰も見ていないのを確認してからポケットの中から丸薬を一つ取り出してそれを飲む。

 そして……

 

 

「そのナンパ、そこまでです! 彼女を怖がらせるような真似は、僕が許しません!」

 

「「「?」」」

 

「「「「「あっ…………………………」」」」」

 

「「「「「誰?」」」」」

 

 

 

 そこに、麻帆良最終兵器のイケメンが現れた。

 

「お待たせしました、千雨さん。あなたを救いに来ました」

 

 彼はこの姿で人前に出る時は偽名を使っている。『ナギ』という名前で。

 そう、それは、年齢詐称薬によって十歳の少年が大人のイケメンになった、ネギ・スプリングフィールドなのである。

 ちなみに……

 

 

「「「「「(なにやってんのネギくううううううん!?)」」」」

 

「えっと……これはどういう……」

 

「一体、どうしたというのじゃ?」

 

 

 ちなみに、本当は内緒なのだが、彼の正体がネギだというのは、もうクラスメートのほとんど、そしてタカミチも学園長も知っている。

 しかし、跡部たちは別。突如現れた只ならぬ雰囲気の男に鋭い目つきを見せる。

 

「アーン? 何者だ?」

「只者ではないな」

「ふふ、面白そうじゃないか」

 

 千雨を救いに来たと、この怪物三人の前に現れたネギ……だったのだが……

 

「余計にややこしくすんじゃねええええええええええええええ!」

「へぶわあっ!?」

 

 千雨に、有難迷惑だとぶん殴られたのだった。

 

「えっと……なんかもうこれ……」

「ふふふふふ、なるほど、そういうことか……ぼーや……」

「まさか、ネギ……ふ~ん、そういうこと♪」

「はうっ!? まさか、ネギせんせー……」

「こここここ、これは、そそそ、そういうことですか?」

「ふむ、これは……ラブ臭…………ダメだ、いつもは冷やかすけど、私もこの状況は言葉が出ない」

「カリスマ……キング……神の子……英雄の子……なんなの、この四重奏は……」

 

 もう、ナンパ大会がどうとか、各校何勝何敗とか誰もがどうでもよくなってしまった。

 

「ふん、上等だ。まとめてかかってこい、雑兵ども!」

「ならば、油断せずに来るがいい」

「いいのかい? ならば、何から奪おうか?」

「ぼ、僕だって負けませんから!」

 

 司会者の朝倉すら、もうさっきからずっと言葉を失っているのである。

 

「ざけんなあああ! マジ勘弁しろお! 私はな~、直死の魔眼持ちも、パラドックス起こす奴も、黄金聖闘士も……ましてや~、こんなクソガキとかざけんなあ! つうか、極端しかいねえのかよ! もっと、丁度いいのは居ないのかよッ!」

 

 そう、もうこの状況を見れば、とりあず、千雨の優勝だと誰もが思ってしまったからだ。

 

「……なあ、もうナンパとかどうでもいいだろい。俺らはもう勝手に話をするってことでよ」

「おー! じゃあ、ブン太座れー! ケーキくわせろー!」

「あ、おねーちゃん、待ってよ~」

「フシュー……あの、よ、四葉さんっていいましたか? メシ、うまかったっす。麻帆良はトレーニングで走ってくるにはちょうどいい距離なんで、これからも食いに来ていいすか?」

「あ、ずるいぞ、海堂。あの、俺、家が寿司屋やってるから君の料理にすごい関心あってさ、俺も話にまぜてよ」

「ニッコリ! コックリ!」

「……………勝つのは跡部さんです……」

「ンゴ~、グゴ~」

「おーい、大変っすよー! なんか、ちょっとトイレいったら、向こうのテニスコートで、亜久津さんと、沖縄の木手さんがミックスダブルスしてるっすー!」

「なにいいっ! 怪物と殺し屋が……ミックスダブルス? なんで?」

「あれ? そういえば、いいんちょと龍宮さん、いなくない?」

 

 もう、あの四人のことは見なかったことにしよう。千雨は気の毒だが、自分たちは自分たちでワイワイやろう。

 丸井や海堂や河村とかはもう勝手に女子と話をし、ジローと樺地はマイペース。

 あと、何やら自分たちの知らないところで、変なことも起こっていると、もう皆は、千雨のことは見なかったことにしようとした。

 

「この勝負の行方はどう見る? 絡繰茶々丸」

「そうですね……では、小数点第二以下までの確率を出すとしたら……」

 

 そして、茶々丸と柳は遠く離れたところで見守っていた。

 

「なんか、もう、すごいことになってますね……学園長……」

「う~む……他校とコミュニケーションにしては……なんじゃか、ものすごいカオスじゃがのう」

 

 そんな彼らのやり取りを温かい眼差し……? いや、微妙な眼差しで半笑いしているタカミチと学園長。

 テニスだけでなく、このナンパでもエネルギッシュ過ぎるテニス界の面々に圧倒されていた。

 

「くくくく、すごいだろう? テニスというものは、あらゆるものを変える力があるのだ」

 

 そんな隅で静かにしているタカミチと学園長のテーブルに、エヴァがケラケラと笑いながら座った。

 

「エヴァ……君も今日は本当に……やりたい放題したものだね」

「まあ、許せ。そもそも、この私に本気を出させながらも勝ってしまう奴の方が異常なのだ」

「確かに、すごかったの~。魔力剥奪とか、何じゃアレは」

「テニスの時限定……なんだよね? 彼の力は」

「どうだろうな……なんだか、幸村なら通常時でも相手の魔力を剥奪できる気がするがな」

「何それ、怖すぎじゃろ。しかも、実際彼の力を見ていたワシも、何だか本当にそんな気がするから困るわい」

 

 一部修羅場、あとはキャッキャと交流している中学生たちを眺めながら、大人たちはしっぽりと飲んでいる。

 

「そういえば、君はナンパされなかったね」

「ふん、別に構わんさ。それに、今日は気分がいい。……大切な……懐かしい奴のことも思い出せたからな」

「ほっ? なんじゃ? ナギのことではなさそうじゃな、誰のことじゃ?」

 

 とりあえず、カオスの風景だけは意地でも見ないようにして、彼らは彼らで落ち着こうとしていた。

 しかし、その時だった。

 

「ん?」

 

 タカミチは、足元に落ちている何かに気付いた。それは一冊のノートのようなもの。

 

「これはいつ……誰の? えっと……」

 

 思わず拾い上げると、その表紙にはデカデカと書かれていた。

 

「……㊙……十年後のクラスメートたち………………超鈴音?」

 

 そこには、何やらよく分からんことが書かれていた。

 タカミチが思わず超を見るが、超は機嫌良さそうに不二と話をしている。

 

「ん? どうした、タカミチ?」

「なんじゃ、それは」

 

 向かい合うエヴァからは見えない。

 隣に居た学園長はチラッと覗き見れる。

 

「超くんの落とし物かな? でも、これっていったいどういう意味……」

 

 思わずノートを開いて見るタカミチ。学園長も首を伸ばす。何やってるか分からないエヴァは首を傾げる。

 すると……

 

 

「ん? これはクラスの子たちの……名前? な、なんだこれは? 地縛霊から解放……こっちはジャーナリスト……魔法世界の新たなる大戦……邪神化? 体育教師……アレ? この子、苗字が変わって……こっちの子も苗字が……旧姓……和泉……大河内……他の子もッ!? えっ、あれ? これって、あそこに居る彼の苗字! こっちは彼の! それにこの苗字も……真田明日……ッ!?」

 

「ふぉっ!?」

 

 

 その時、タカミチは滝のような汗を流しながら慌ててそのノートを閉じた。

 

「ん? なんだ? なんだ? おい、タカミチ? ジジイ? どうした? なんだ、そのノートは。何が書いてあるのだ?」

 

 エヴァの問いにタカミチも学園長も答えられない。

 今、自分が読んだのは何だったのか?

 

「こここ、これは……学園長……」

「なななな、なんか、も、ものすごくいけないものを見てしまったような気が……」

「おい、なんだ? 気になるぞ、見せろ!」

 

 タカミチと学園長が見てしまったのは、「もしも」の未来の姿である。

 

 しかし、本来の未来は白紙。

 

 この禁断のノートに書かれた未来の通りになるかどうかは……テニス次第である。

 




ナンパ大戦は以上にします。流石に疲れました。千雨ちゃん争奪戦がどうなったかのなんて、怖くて書けません。

ちなみに、最後にタカミチと学園長が見てしまったノートの中身は、次投稿します。会話文なしのクラスメートの行く末のみが羅列されたものですので、読まなくても何の問題もありませんし、読んだらまずいものかと思います。

「何であいつとこいつが!?」

という内容になっております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

㊙未来のクラスメートたち

これは、ありえる「かもしれない」、「もしも」の世界です


●相沢さよ

航時機で第一次世界テニス大戦中のパラレルワールドに迷い込んでしまうも、自らの能力を活かした『幽霊テニス』を開発して、戦乱の世を潜り抜けた。

紆余曲折を経て麻帆良学園地縛霊から解放されるが、結局成仏できずに朝倉和美の守護霊(背後霊?)の座に収まり、相棒として活躍中。

パラレルワールドで何があったかは誰も知らないが、帰還後の彼女の口癖は「下剋上等」になった。

 

 

●朝倉和美

中学卒業時にジャッカルに告られるが、付き合わなかった。

高校時代にジャッカルに告られるが、付き合わなかった。

大学時代に再度ジャッカルに告られるが、付き合わなかった。

ジャーナリストになった際に、ジャッカルに告った。

ネギ達の計画によって始まった激動の時代を、ジャッカルをアシスタント、さよを相棒にし、フリーのジャーナリストとして三人で世界と太陽系を駆け抜ける。

著書の「英雄二代」、「テニスキングダム」がベストセラーに。

 

 

●桃城裕奈(旧姓・明石)

ネギたちが居ない状況の中で、魔法世界にて世界転覆を企てるテロ組織とその魔の手に巻き込まれる友の危機を聞きつけ、信頼できる仲間たちと魔法世界に乗り込んで、世界の危機を救った。

その功績と本人の強い希望が認められ、メガロメセンブリアのエージェントとなる。

毎日通っていたISSDA管轄のスポーツジムで、インストラクターとして働いていた一歳年下の男と結婚。

二人の子供に恵まれて、家族全員元気すぎる。

唯一の悩みは、自分の旦那が、親友たちの旦那に頭が上がらないところ。逆に、なぜか五月の夫とは会うたびに喧嘩してしまうこと。

 

 

●綾瀬夕映

低軌道リング上にあるISSDAの事務局に勤め、宮崎のどかと同部署に配属。初恋に破れた者同士仲がいい。

最近は軌道上に初めて出来たオカマバー、「金色の小春日和」のママに仕事や初恋失恋の愚痴をこぼしたりでハマってる。

ちなみに、「あの詐欺師の偽情報に踊らされて初恋は結局うまくいかなかった」とママによく愚痴を言う。

探偵家業も続けており、続けている理由は、「いつかあの詐欺師を見つけ、捕まえた後にボコるためなのです」とのこと。

 

 

●宮崎のどか

ISSDA技術開発部勤務。夕映同様に失恋から第二の恋愛には移る気配は今のところない。

しかし、かつてのクラスメートがどんどん結婚していくことは羨ましいと思っている。

彼女を不憫に思った跡部が、かつてのテニス仲間たちを彼女に紹介して見合いを進めるも、まともな奴があまり居なかった。

唯一まともだった鳳も、かつてのナンパでフッてフラれたのことを未だに互い引きずっており発展はしていない。しかし、最近ようやく二人でご飯を食べる姿が目撃された。

 

 

●不二亜子(旧姓・和泉)

看護師と治癒術師を志し、大石、柳生と一緒に魔法世界への留学を決める。

留学中に魔法世界転覆を企てる巨大テロ組織と戦う夏美や幸村たちと再会。瀕死の重傷を負った彼らを治療し命を救ったことで、そのままパーティーに合流し、数々の武勇伝を作った。

最近の悩みは夫がイケメン過ぎてモテすぎるために、夫のファンから常日頃バッシングをくらったり、SNSが大炎上していることと、その夫が最近クラスメートによく拉致られること。

最近嬉しかったことは、夫の弟がようやく自分を義姉として認めてくれたこと。

朝倉の取材によると、プロポーズの言葉は「これからはあの坊やに代わって、僕が君を守るよ」とのこと。

 

 

●幸村アキラ(旧姓・大河内)

魔法世界に留学していた親友の危機を聞きつけて居てもたってもいられずに魔法世界へ。

悪の組織の罠により、古代の邪神に精神を乗っ取られた幸村の正気を取り戻して救った。

邪神化・幸村は全世界に存在する生物の五感及び魔力を全て剥奪してしまうという恐ろしい能力を発動させようとしていたため、ぶっちゃけアキラが居なければ世界が滅んでいたとのこと。

ナギ、ネギに続き、魔法世界を救った英雄として表彰をされ、その後、救った男が二度と邪神化しないように生涯傍に居ることを宣言して結婚した。

朝倉が取材で夫に「奥さんの良いところは?」と聞くと、「とても健康的で頼もしいところ」と爽やかに答えた。

 

 

●手塚まき絵(旧姓・佐々木)

魔法世界に留学していた親友の危機を聞きつけて、旧姓・明石裕奈、旧姓・大河内アキラと共に魔法世界へ。その際に親睦を深めた男と大学在学時に結婚。

大学卒業後の進路として、当初は麻帆良学園の体育教師を目指していたが、プロテニスプレーヤーとして世界を舞台に激しく戦う夫を支えたいと思い、進路を変更してスポーツトレーナーとしての道を歩む。可愛すぎるトレーナーとして熱狂的な支持を得るも、イケメン過ぎる旦那の存在を聞いて誰もが落ち込む。

現在ドイツ語と英語を勉強中で、夫と共に世界中のツアーを回る準備をしている。

朝倉が取材で夫に、「彼女のどこが良かったの?」と聞くと、「そそっかしいところもあるが、何事にもひたむきで一生懸命なところに惹かれた。色々とあったが、彼女の存在無くして今の自分はないだろう」と真顔で答えて、朝倉が赤面した。まき絵はそれを録音したデータを朝倉から貰い、自分の携帯に入れて、疲れた時に聞いて気持ち悪いぐらいデレデレした顔を見せる。

 

 

●柿崎美砂

ステーションホテルにてコンシェルジュとして活躍。

かつてのクラスメートたちがイケメンテニス関係者たちとゴールインしているのを目の当たりにして、「自分もテニス関係者で!」と心に誓うも、その浮気性とイケメン重視な性格で真剣恋愛にまで発展しない。

ある日、作りの古くなった設備が壊れて天井から落下してきたところを、たまたま宿泊していたテニス選手が、空間を削って落下を防ぎ、助けられたのをきっかけにガチ惚れするも、既にその男はかつてのクラスメートと結婚していたことが発覚し、未だショックで立ち直れない。

ちなみに、影響を受けまくってホテルの客がチェックアウトするときに「帰りたいのか?」とタメ口で聞いてしまい、よく怒られている。

 

 

●真田明日菜(旧姓・神楽坂)

魔法世界最古の王族の末裔である明日菜は両世界融和の象徴として活躍。

王国再興にも力を尽くす多忙な日々の中で、子供の教育でよく夫とケンカをしてしまうのが最近の悩み。

しかし、常に命を狙われる立場に居る自分を支えて守るために、テニスのプロの道を断念し、エヴァンジェリンの下で血の滲むような鍛錬の末に、『魔法武士』となった夫には心の底から感謝している。

ちなみに、クラスメートの中で一番早く結婚。

委員長とは休日に互いの夫や子供を交えてテニスをしている。

 

 

●春日美空

ネギの計画に伴い一時期手薄になった麻帆良学園を、綾瀬夕映、真田弦一郎、日吉若、向日岳人、海堂薫、菊丸英二、ゴーヤ戦隊と共に守った。

追い払った敵からは「手薄どころか強固じゃねえか!?」と言われるほどの大活躍を見せ、彼らは『麻帆良守護神衆』と称えられた。最近、菊丸と一緒に遊ぶ姿がよく目撃されている。

 

 

●絡繰茶々丸

ネギの秘書として長年にわたって活躍。後に、優秀な事務員としてと、乾貞治と柳蓮二をブルーマーズ計画のチームにヘッドハンティング。

茶々丸、乾、柳の優秀すぎる三人の所為で、後輩がすぐに挫折して辞めてしまう。

最近の悩みは、引きこもりになった親友を家から連れ出して「ネギ先生の傍に」と考えているのだが、親友の家に行くたびに「跡部さんの傍に」と同じように連れ出そうとする樺地と遭遇して戦いになってしまうこと。

 

 

●宍戸円(旧姓・釘宮)

手堅く国家公務員になるも、二年目で寿退職。教師になった夫を支える。

長谷川千雨曰く、「あいつが一番普通の人生を歩んでいる」とのこと。

 

 

●古菲

麻帆良学園の街に小さいながらも優秀な門下生を集める道場を開き、立海の真田、氷帝の日吉がよく出稽古に来る。

年々規模を増す麻帆良の格闘大会を総ナメにするも、麻帆良・プロアマテニス大会の決勝にて幸村に五感を奪われて完敗。以降は打倒幸村に燃えてテニスに打ち込むも、今のところ全敗。

しかし、エヴァンジェリンの推薦により、女子テニスの太陽系代表に選出される。

長瀬楓、真田弦一郎、日吉若、海堂薫とは永遠のトレーニング仲間として、今でも連絡を取り合っている。

 

 

●近衛木乃香

治癒術師としての極みに達し、幸村の病気を完璧に治し、幸村が完全復活してしばらく手が付けられない状況にした。

その数年後に長年の研究の末にネギの村の人々の石化を治癒したのを機に2017年に結婚。

かつては命を狙われていた月詠とも、「月詠事件」以降はママ友になる。

 

 

●桜咲刹那

エヴァンジェリンのスカウトによってプロテニス選手に転身。生活が安定してきて、2017年に結婚。

「月詠事件」にて、月詠が「法で許されなくてもこの気持ちにはウソはつけないんですわ」と泣きながら告げた言葉に感銘して月詠の味方になって周囲を驚かせた。

「月詠事件」以降から、月詠とは同じ世界で働く好敵手でもあり、親友にもなった。

実は、フェイト以外で唯一仁王と連絡を取り合えるのは彼女だけ。

 

 

●芥川ハルナ(旧姓・早乙女)

テニスを通じて知り合った男たちを題材にしたBL本が、世界全土で社会現象を巻き起こすほどの大ヒットを起こして億万長者に。

ネタ集めのために中学時代から連絡を取り合っていた男と交際始めて、そのまま結婚。

夫は普段から働かずに寝てばかりで、所謂ヒモ状態だが、彼女の収入だけで十分に食べていけ、イケメンだから許すと、特に問題視していない。

恋愛に一途だった夕映とのどかは独身なのに、何事にもテキトーだった彼女が一番のリア充になってしまったことで、当時のクラスメートたちはこの三人組を「残酷・・・」と口にするも、三人の関係は昔と変わらずに良好。

 

 

●椎名桜子

持ち前の勘の冴えを買われて、学生の頃から交友のあった仁王雅治と手を組んで、雪広財閥や跡部財閥を手始めに、神がかり的な株価の読みと、超極秘のインサイダー情報をあらゆる企業から入手し、世界経済を完全に掌握して、ガチで世界を征服しかけた。

慌てたネギとフェイトと跡部がガチになって阻止して、何とか平和は守られた。

その後、フェイトの裏取引により、仁王は特殊潜入捜査官として雇われ、桜子にも能力を活かす役職が何か無いかを検討されている。

 

 

●龍宮真名

ネギの計画推進以降も世界各地に争いは絶えない

彼女はその後も多くの戦場を渡り歩き戦い続けたが、信頼できる仲間と共に居ることで寂しくはなかった。

『真名と愉快なゴーヤ戦隊』は多くの戦場で畏怖された。

 

 

●超鈴音

時間操作・魔法並行世界渡航技術まで手に入れた彼女の前に敵はなかったのだが、そんな自分に黒星を付けた好敵手として打倒手塚に燃える。

自身のテニスの向上のためと、同じく打倒手塚を目指す不二周助を半ば強引に拉致し、共に過去と未来を含めたあらゆる世界のテニスを吸収する旅に出て、その合間に世界の恒久平和実現の為に戦ったりもする。

 

 

●長瀬楓

基本放浪人生修行人生の長瀬楓。

高校在学時に菊丸英二と向日岳人が弟子入りしてきて、中忍になるまで育て上げた。

修行の結果、三人とも生身で宇宙を渡れるようになった。

向日岳人にムーンサルト告白されるが、アッサリと振った。

 

 

●切原千鶴(旧姓・那波)

那波重工の代表代理として雪広あやか等と行動をともにし 、ブルーマーズ計画推進の大きな力になるも、計画が軌道に乗った段階で家を出て、プロテニス選手と結婚。

夫がミックスダブルスの大会で月詠と毎回ペアを組むのは認めているも、それ以上の関係にならないように常に目を光らせていたのだが、後に月詠が夫を拉致して行方をくらませる「月詠事件」が発生。

ネギとフェイトとあやかと跡部が協力して法改正をしたことで事件は終息。以降は自分の子供と腹違いの子供を絶賛猫かわいがり中。

夫や月詠の試合には毎回応援に駆けつけて、アスリートの妻の鑑としてマスコミに取り上げられている。

 

 

●鳴滝風香・鳴滝史伽

丸井ブン太のケーキが未だにお気に入りで、彼女らの宣伝により、丸井ブン太は太陽系を代表する有名パティシエとなってしまった。

しかし、現在丸井ブン太と二人は喧嘩中。

なんか、二人はどっかの魔法の国の王子に求婚されてるが、それを駆け引きのつもりで丸井に相談したら「玉の輿でラッキーだろい。中坊の頃からのよしみで、特製ウェディングケーキ作ってやるぜ」と普通に言われてしまったためである。

今後、この結婚するかしないかで世界に大きな影響を及ぼす。

ちなみに、丸井は真田夫妻にこっぴどく説教された。

 

 

●大石聡美(旧姓・葉加瀬)

彼女の科学魔法統合の基礎理論により、ネギの計画が色々と成功。それもすべて、研究以外の私生活がズボラ過ぎる彼女を支えた夫の存在あればこそ。

彼女が結婚する際に、医者とメガロメセンブリア総督の間で争いが生じ、太陽系テニス界と魔法世界がにらみ合う形になり世界が混沌としかけたが、ある男が問題を最小限の被害(?)で納めて、結果、彼女は医者と結婚した。

ちなみに、メガロメセンブリア総督はその後ことあるごとに、「マトリョーシカ怖い」とトラウマができたようだ。

 

 

●長谷川千雨

十代の頃から空前絶後のモテ期で多くの男を振り回した。本人は振り回された感。

当初は、青学、氷帝、麻帆良の間で繰り広げられていた争奪戦だったが、そこから更に、「エクスタシー」が口癖の関西人まで参戦して、更にカオスになった。

テニスだけは二度と見たくないというのが口癖の彼女だったが、高校・大学・プロの試合と、かつて知り合った男たちからは未だに応援などのお誘いがある。

現在の悩みは、引きこもりの自分を連れ出そうと、茶々丸と樺地が家に来ること。

職業はISSDA特別顧問及び跡部コンピューティングサイバーネットのスーパーバイザー

 

 

●エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル

登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)が解除されて自由となった彼女は、少年と自分を重ねた少女の行く末を見守りながら、自身はプロのテニス選手としての道に進み、かつてサムライと呼ばれた世界最強の元プロに弟子入り。

その後、幸村たちより上の世代で日本最強の「滅びよ」が口癖の男と共に、太陽系テニス底上げとスカウトを兼ねた武者修行に出る。

第一回テニスギャラクシーカップにおける女子の太陽系代表チームのキャプテンに選出され、優勝を目指す。

 

 

●村上夏美

「武者修行や!」とか言って飛び出して行ったまま帰らない小太郎を追って魔法世界に。

当時、多忙だったネギたちの助力を得ることができなかったために、藁にもすがる思いで幸村、真田、切原、仁王、跡部、手塚、不二、越前、亜久津、白石、金太郎、ゴーヤ戦隊に協力を依頼し、魔法世界で大冒険をしたり悪の巨大テロ組織を壊滅させたり、夏美を含めて全員たくましくなって帰ってきた。

超絶イケメンたちに囲まれた旅ながらも本人は小太郎一筋なところに周囲からは賞賛。ちなみに、この旅に同行した男たちの進路やテニス界に大きな変革があったのは言うまでもない。

ある意味で、夏美が全ての元凶?

2015年、小太郎と結婚。

 

 

●雪広あやか

雪広コンツェルン代表としてブルーマーズ計画推進に尽力。

家族の反対を押し切って、2014年にテニス界最恐の不良を婿養子にして結婚し、娘を出産。

本人曰く「穢れなき太一くんを守るためにも、仁くんを……コホン、あ、あの不良を常に手元に置いて監視する必要があったためですわ!」とのこと。

誰もが心配した結婚だったが、夫が小さな子供を連れて、丸井ブン太がパティシエとして働くケーキ屋で子供たちにモンブランを食べさせてあげている光景が頻繁に目撃されるなど、家族の関係は非常に良好。

休日は、アスナと互いの家族を交えてミックスダブルスの試合をしたりするのが日課。

 

 

●海堂五月(旧姓・四葉)

フランス、中国に留学後麻帆良に戻り、超包子を切り盛りしていた頃、修行のために毎日麻帆良に通ってその帰りに超包子で食事する海堂と親睦を深める。海堂の粘り強く遠回しで不器用なアプローチが徐々に実を結び、結ばれる。

警備が一時手薄になった麻帆良学園を守った『麻帆良守護神衆』を陰で支えていたのは実は彼女であり、当時の守護神衆のメンバーは誰もが彼女に頭が上がらない。

麻帆良の街の飛躍的な発展と共に経営も拡大。『かわむらすし』と共に外食惑星間チェーンとなった。

 

 

●ザジ・レイニーデイ・徳川

全銀河で開催される、『テニスギャラクシーカップ』において、魔界に武者修行で現れた、エヴァンジェリンとある男の推薦により、女子の太陽系代表選手に選ばれてプロの道に進む。

姉のポヨ、エヴァンジェリン、超鈴音、桜咲刹那、古菲、切原月詠、越前桜乃らと共に、太陽系テニスの誇りを守るために彼女は戦う。

女子ダブルス及びミックスダブルスでは太陽系ランキング一位。後にミックスダブルスでのパートナーの男を婿養子にして結婚。

彼女がガチで魔界の姫だったことが後に発覚するも、特に誰も驚かなかった。

しかし、彼女が結婚したときには、誰もが驚いた。

 

 

 

 

 

――テニスこそが本当の魔法。少年少女よラケットを抱け。その一つのプレーが世界を変える――

 

 

Finis.

 




何度も言います。これは、ありえる「かもしれない」、「もしも」の世界です。

絶対にあるわけねーよ! と思われる方が多いとは思いますが、あくまで「もしも」のの未来ですので、あんまムキにならないでつかーさい。

さて、以降のアフターは特に考えてません。
書くとしたら、一話完結の短編のような形で投稿する形になるでしょう。
もし希望があるようでしたら、言って戴けたら、参考にします。

では、また!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特別アフター:アスナと魔法武士

とりあえず、二時間で書いたのでかなりテキトーですが、何名かの方から要望がありました、魔法武士誕生の瞬間です。


 魔法世界崩壊を防ぐため、その礎として神楽坂明日菜は百年の眠りにつかなくてはならない。

 それが、世界を救うための代償であり、避けられないこと。

 それを知った友たちは、自分に「逃げよう」と泣きながら言ってきたが、自分は逃げないと決めていた。その運命を受け入れると。

 だが、次に目が覚めるとしたら百年後。だからこそ、この世界に居るこの時代に居る者たちとはもう二度と会えなくなる。

 だからこそ、残された時間は悔いのないように過ごしてきた。

 クラスメートたちには今生の別れについては教えていない。知っているのは、一部の深く親しい者たちだけ。

 アスナはそれでいいと思っていた。あまり大勢の友に別れのことを知られても、湿っぽくなり、悲しくなり、そして心残りが出来て、決心が鈍ってしまうと思っていたからだ。

 しかし、そんなアスナだが、一つだけ心残りがあった。

 別れの日の当日、アスナは携帯電話の過去のメールの履歴を眺めていた。

 

 

 

アスナ:今日の試合は楽しかったよ♪ あと、ナンパの時、蹴っちゃってゴメンm(__)m で、昼間も話したけど、今度の日曜日は渋谷ね! ラケット選ぶの手伝ってね! 神奈川からだと遠いけど大丈夫? 待ち合わせは定番でハチ公ね⤴

 

ゲンイチロー:全く問題ない。それと今日は俺も有意義な時間を過ごさせてもらった。あと、寝る前にちゃんとストレッチをして筋肉をほぐしておけ。

 

 

 

アスナ:ゴメン! 寝坊して、今ダッシュで電車乗ったとこだけど二十分ぐらい遅れそう! 本当にごめん……

 

ゲンイチロー:たるんどる! 集合時間の十五分前には現地に到着しているのが常識だろう!

 

アスナ:うう、ほんとにごめん……お昼おごります……

 

 

 

アスナ:今日はありがとー( ^^) ! 新品のラケットがいい感じで今日は抱きしめて寝ちゃう! 

 

ゲンイチロー:礼には及ばん。ニューラケットを手にした時に高揚する気持ちは分からんでもない。

 

アスナ:私もみんなとこれで練習しとくから、次に会った時ビックリさせてやるから! でさ、たまにテニス教えてよね

 

ゲンイチロー:うむ、無論だ。ビシビシ鍛えてやるから覚悟しておけ。

 

アスナ:お願いしまーす、師匠♪ そういえば、ビックリといえば、今日は本当にビックリしたよ。まさか、ゲンイチローがあんなにカラオケうまいなんてね……しかも、バレン〇イン・キッスとかwww

 

ゲンイチロー:俺だって、カラオケぐらいこなす。

 

 

 

アスナ:こんばんは、まだ起きてる? 今度の祝日だけどさ、那波さんが切原くんと麻帆良でテニスするって話聞いたんだけど、ゲンイチローも休みなんでしょ? もし予定なかったら、一緒に来て私とテニスしない?

 

ゲンイチロー:よかろう。どれほど腕を上げたか見てやろう。

 

アスナ:本当!? よーし、私の新技見せてやるから覚悟しなさいよ~

 

ゲンイチロー:十年早い。返り討ちにしてくれる

 

 

 

アスナ:ねえ、あのさ、ゲンイチロー、うちのクラスの朝倉がジャッカルくんから結構アプローチされてるみたいなんだけどさ……何か知ってる?

 

ゲンイチロー:それは知らなかったな。いずれにせよ、ジャッカルたるんどる。男子たるもの、例え誰かに好意を持っていたとしても、簡単にその気持ちを打ち明ける事などありえんのだ! 今度、鉄拳制裁しておく。

 

アスナ:いや、そうじゃなくてさ!? 朝倉はあんまり教えてくれないし、二人が付き合ってるのかとか知ってるかなって思ってさ……

 

ゲンイチロー:いや、部でそういった話はしたことがないのでな。

 

アスナ:ふ~ん、そうなんだ……。でさ、ちなみになんだけどさ、だからどうってわけじゃないし、あくまで参考なんだけどさ、ゲンイチローは彼女が欲しいとか、今気になってる子が居るとかそういうのはないの?

 

ゲンイチロー:たるんどる! 俺はそんなことには興味はない! そもそも、中学生という未熟な我々にはまだ早い!!

 

アスナ:……別に中学生ならそれぐらい……てか、ゲンイチロー、そんな外見と中身のくせに、そういうところだけ中学生っていう肩書持ってこないでよ……

 

 

 

アスナ:今度さ、体育祭があるんだけどさ、切原くんとジャッカルくんと丸井くんが来るって聞いたわよ? ってことは部活ないってことでゲンイチローも来なさい! イベントによっては他校の人も参加できるから絶対におもしろいわよ!

 

ゲンイチロー:ほう、体育祭とは風流だな。しかし、参加するからには我ら王者立海は全力で勝利を掴み取る!

 

アスナ:いや、体育祭だから! そんな気合入れなくて大丈夫だから、お祭りだから! お願いだからそこまで気合入れないでね!

 

 

 

ゲンイチロー:今日の体育祭は騒がせてしまってすまなかったな。

 

アスナ:うん、まさか、跡部くんが戦闘機に乗って登場するとは思わなかった……千雨ちゃんがまた目ェ回してたし。おまけに、幸村君の所為で色々な人が気を失ってたし。

 

ゲンイチロー:跡部はどうかは知らんが、幸村にも悪気があったわけではない。

 

アスナ:だからって、ネギを捕まえて賞品ゲットの企画で、他の参加者を片っ端から五感を奪うってどうなの!? っていうか、幸村くんも跡部くんもガチで千雨ちゃん狙い?

 

ゲンイチロー:分からぬ……

 

 

 

アスナ:10月ってさ、跡部くんと手塚君の誕生日なんだってね? 誕生パーティーの招待状が来たけどさ、ゲンイチローも行くの? ちなみに私たちはクラス全員参加。参加条件が、千雨ちゃんを連行することってなってたけど♪

 

ゲンイチロー:派手好きの跡部のことだ。どこかのドームを貸切るそうだ。沖縄や大阪などの者たちも招待しているそうだ。

 

アスナ:ふ~ん。でさ、跡部くんと手塚君のプレゼント買いたいんだけどさ、何買えばいいのか分からないから選ぶの手伝ってよ。今度一緒に買い物行こうよ。

 

ゲンイチロー:気持ちさえこもっていれば、あの二人ならば何も文句は言わんであろう。

 

アスナ:い・い・か・ら! とにかく今度買い物行くからね! いーい?

 

 

 

アスナ:お疲れ、もう家に帰ってる? なんか今日のパーティー、楽しかったけど色々すごかったね。でもなによりも、今日の男女混合二人三脚大会で優勝、超うれしかった! 私たちのコンビって無敵かもね。写真友達にもらったからメールで送るね♪ 

 

ゲンイチロー:お前も今日はなかなか良い動きをした。

 

アスナ:まあね。月詠と切原くん、木手くん龍宮さんのコンビが凄い怖くて危なかったけどね。いいんちょは、亜久津くんと最初から最後までずっとケンカしてたし。でも、一番怖かったのは……二人三脚大会よりもペア決めだよね……

 

ゲンイチロー:何とも言えんな

 

アスナ:跡部くん、手塚くん、幸村くんから逃げて「私もうこいつとペア組む」ってテキトーに千雨ちゃんが捕まえた人が、これまたすごい人だったね。いきなり、エクスタシーとか言い出すんだもん。跡部くんはショックで気を失ってなお君臨しちゃうし……

 

ゲンイチロー:その話題にはもう触れてやらぬ方がよいだろう。武士の情けだ。

 

 

 

アスナ:ゲンイチローはさ、11月とか……12月とかってどうなの? クリスマスとか年末とか……

 

ゲンイチロー:実はそのころから、高校日本代表(U-17選抜)候補の合宿があり、我ら立海も特別にその合宿に召集されることになり、しばらくは学校も休み、合宿に専念することになった。

 

アスナ:スゴッ!? 高校生の日本代表候補の合宿に、ゲンイチローたちが!?

 

ゲンイチロー:うむ。当然、青学や氷帝やその他の学校も特別召集されているがな。

 

アスナ:そうなんだ……でも、それじゃあ、しばらくは遊べないね

 

ゲンイチロー:そうなるな。恐らくは未だかつてない熾烈な戦いが待ち受けているだろうからな。

 

アスナ:そっか……うん、わかった! それなら、頑張んなさいよ、ゲンイチロー! 絶対に、日本代表に選ばれなさいよね!

 

ゲンイチロー:無論だ。

 

 

 

アスナ:やっほー、ゲンイチロー、合宿の様子はどう? 高校生の人たちってやっぱ強いの?

 

 

 

アスナ:おーい、疲れてメールできないの? 返事くらいしなさいよね。

 

 

 

アスナ:ねえ、ゲンイチロー、合宿ってどれぐらいあるの? 今度はいつ帰ってこれるの?

 

 

 

アスナ:ちょっといい加減、返事の一つくらいしなさいよね! まさか、携帯忘れてんじゃないでしょうね? 心配だからさ、これ見てたら一回、返信してよ。

 

 

 

アスナ:携帯に電話したけど電源が入ってないけど、まだ合宿?

 

 

 

アスナ:ねえ、合宿ってどこでやってるの? まだやってる? 

 

 

 

アスナ:しつこくしてゴメンね。私、何かゲンイチローを怒らせることしちゃったかな?

 

 

 

アスナ:ゴメンね、すごく忙しいのは分かってる。でも、お願い、一回会えないかな? 一回だけでいいから。大事な話があるの。私、今度遠いところに行くことになって、しばらく会えなくなるの。だから、その前にどうしても一回会いたいの。

 

 

 

 途中から、ずっとメールを送り続けるも、返信が無い日々が続いた。

 もっとも、無視しているわけではないだろう。真田に限ってそんなことは絶対にない。

 きっと、合宿所では携帯の確認ができないとか、携帯を忘れていたとか、そういうことで返信ができないのだろうと分かっていたが、それでもアスナは寂しかった。

 

「ったく……あ~あ、これなら、いいんちょが合宿所の場所教えてくれた時、無理やり会いに行けばよかったな……」

 

 結局、アスナはある時期から真田と会えないどころか、連絡の一つも取れくなり、気付けばもう別れの日になっていた。

 別れの日だからと言って特別なことはしないとは決めていたものの、結局会えないまま、このまま永遠の別れになってしまうのは寂しいという気持ちはやはりあった。

 でも、今日という日を迎えた以上、アスナはいっそこの方が、未練が残らなくてむしろいいかもしれないとも思った。

 もし、真田に会ってしまったら、泣いて別れが苦しくなってしまうかもしれないから……

 

「頑張ってね、ゲンイチロー。百年後……プロとして活躍したゲンイチローの名前が未来に残されていることを祈ってるよ」

 

 寂しく、そして切ない気持ちのまま、携帯を閉じて制服のポケットにしまう。

 

「アスナ…………」

「アスナさん……」

 

 振り向くとそこには、今の今まで泣きながら自分と抱き合っていた木乃香と刹那。

 唇を噛みしめるネギ。

 無言のエヴァンジェリン。

 

「……アスナくん……」

 

 こみ上げてくるものをグッと堪えるタカミチ、学園長。

 そして周りには、ネギの父のかつての仲間であった、ジャック・ラカン、アルビレオ・イマ、クルト・ゲーテル、そして魔法世界の国の皇女であるテオドラ。

 世界を代表する顔ぶれが勢ぞろいし、この場に立ち合い、そしてアスナを迎えに来て、そして送り出そうとしていた。

 

「ッ、ひっぐ、アスナ、でも、また……会えるんやろ? 百年後なら……みんなギリギリ会えるかもしれへんよね? 真田くんだって、メッチャ長生きしそうやし」

 

 普通の人間には途方もない時間。

 木乃香の狂おしいほどの願いだが、それが実現できる可能性はほぼゼロだというのは誰もが分かっている。

 

「まあ、常識的に考えて……無理だろうな」

「エヴァちゃん……せやけど……そんなん……」

 

 だからこそ、誰も軽はずみに「会える」とは言わない。

 でも、それでもアスナは……

 

「うん、大丈夫だよ、木乃香。また会える。きっとね」

 

 そう言って笑った。

 

「では、アスナ、そろそろ。もう、良いか?」

「…………はい……」

 

 テオドラの問いかけに、アスナは小さく頷いた。

 

 

「ッ、待って! 今、朝からどっか行っとる委員長が、もうすぐ帰ってくるころやから、せめてそれまで待ってや! いいんちょは! せめて、いいんちょは」

 

「……残念じゃが……もう時間にゆとりは……」

 

 

 ついに、最後の時が来た。しかし、木乃香はまだ待ってくれとすがる。

 それは、本来この場に立ち会うはずだった委員長の雪広あやかが、朝から何も言わずにどこかへ消えてしまったからである。

 どこへ行ったかは分からないが、アスナの一番の親友であるはずのあやかが、このまま帰ってこないはずはないと、必死に木乃香が訴えるも、既にタイムリミットは……

 

 

「お待ちなさーい! 待って! まだ、アスナさん! まだですわ! まだ、行ってはダメですわ!」

 

 

 その時だった。

 

「ッ! いいんちょ!」

「いいんちょの声や!」

「いいんちょさん!」

 

 ようやく聞こえてきた、あやかの声。最後の最後に間に合ったのだと、誰もがホッとしたとき……

 

 

「待たんかーッ! きええええええええええ!」

 

「「「「「………………」」」」」

 

 

 誰もが全く予想していなかった男の声が響いたのだった。

 

「うそ……なんで……」

 

 アスナもまた、叫びながら走ってくる男の姿を見て、信じられないと驚愕する。

 

「ふう、はあ、はあ、間に合いましたわ。彼を合宿所から連れてきましたわ。彼だけは……彼だけにはどうしても……」

 

 あやかは、間に合った安堵と激しく息を切らせる。

 

「あいつは、立海の!」

「真田さん!」

 

 このギリギリまでこの場に居なかったあやかは、最後のこの瞬間、この男にはどうしても真実を話さねばと思ったのだ。

 そして連れてきた。

 

「ゲンイチロー……どうして……合宿じゃ……そのジャージは? その眼帯とかどうしたのよ! 体も傷だらけで……テニスの合宿だからそれぐらいハードなんだろうけど……っていうか、どうしてここに!?」

 

 現れた男は真田弦一郎であった。

 

「このジャージは、革命軍の証でもある黒ジャージだ」

「は……はあ?」

 

 いつも着ていた立海の黄色いジャージではない。真っ黒い不気味なジャージを羽織っていた。

 そして、トレードマークの黒帽子もボロボロで、あちこちに生傷が見え、片目を眼帯で覆っている。

 

 

「当初俺は、代表合宿で脱落組に入ってしまったのだが、そこからもう一度這い上がるチャンスを与えられ、これまでずっと電気も水道も何もない過酷な崖の上のテニスコートで一から己の心身を鍛え上げていた」

 

「お、丘の上!? あっ……じゃあ、携帯の返事なかったのって……」

 

「そして今日、我ら革命軍が下山して、今こそ革命を起こすときと思ったら、これは何事だ! いきなり、雪広あやかが崖の上のテニスコートにヘリコプターで現れるは、魔法やら百年の眠りやら、支離滅裂だ!」

 

 

 真田はあくまで一般人。しかし今の話を聞いて、この場に居た者たちが驚きの表情を浮かべる。

 

「ちょっ、いいんちょ!」

「……話しましたわ。全てを」

「ッ!?」

 

 そう、真田が信じる信じない、秘匿だとかそうでないとかは関係ない。雪広あやかは、全てを真田に話したのだ。

 もちろん、真田もその話の全てを理解したわけではない。

 ただ、今日を逃せば、アスナとは永久に会えなくなるということだけは、彼も理解したのだ。

 だからこそ、真田はここに来たのだ。

 

「おい、あの帽子は誰だ?」

「アスナさんの……まさか……恋人……ですか? ただの一般人……にしては、身に纏う雰囲気が……」

 

 真田を初めて見る、ラカンやクルトたちは不思議そうな顔を浮かべるが、真田が只者ではないことと、アスナにとってただの友だちという風には見えないというのは感じていた。

 

「それよりも、神楽坂アスナァ! 二度と会えんかもしれんというのに、挨拶の一つもせんで勝手に行くとは、何と礼儀知らずだ、このたわけもの!」

「うぐっ、だって、そ、それは……だって……ゲンイチローは合宿で忙しいし……携帯繋がんないし……」

「言い訳などするな!」

「だって……だって……それに……やっぱり……会っちゃうと……」

 

 この別れは……避けられない……仕方がないのだ……覚悟を決めていたのだ。

 だからもう、泣かないで笑顔で別れようと決めていた。

 別れを言えなかったこの男への想いも大切な思い出の一つとして胸に抱いて眠りにつこうと思っていたのだ。

 それなのに、この突然の不意打ちのような登場は反則であった。

 

「バカ……どうして来ちゃうのよ……せっかく……笑顔で別れられると……」

 

 もう、アスナの涙は止まらなかった。

 

「黙らんか! 百年の眠りだと? お前はテニスでの俺の弟子でありながら、師匠に無断で百年もサボるとは何事か! 百年後、目が覚めたら素振り百万回だ!」

「ひうっ、も、もう……ゲンイチロー……こんな時にまで……もう……バカ……」

 

 涙が止まらない自分に、相変わらずの真田らしい言葉の数々。

 どうしても涙は出るものの、思わず笑ってしまう。

 しかし、その時……

 

「ちなみに俺は、百年後に目覚めたら一千万回やる!」

「…………はっ?」

 

 その時、真田の眼帯をしていない片目は、揺るぎない決意と覚悟を秘めた目をして、強い言葉を発していた。

 

「「「「「ッ!!??」」」」」

 

 その言葉の意味を、その場にいた者たちは一瞬全員理解できなかった。

 だが……

 

「ま……まさか……ゲンイチロー……わ……私と一緒に……」

 

 そう、真田の決意。それは、人柱となって百年の眠りにつくアスナに自身も付き合おうというのだ。

 

「ちょっ、バカ! そんなの出来るわけないでしょうが! あんた、何考えてんのよ!」

 

 認めるわけにはいかない。百年の眠り。それは、今の自分の全てを捨てるということなのだ。

 家族も、仲間も、今の世界も全てだ。

 

「真田君、本気なん?」

「真田さん!」

「……ふん……クソ真面目な男が……こんなアホなことを言い出すとはな」

「おいおい、どうなってやがんだよ」

「しかし……本気のようじゃのう……」

 

 当然、誰もが「そんなバカなことを」と口にする。

 だが、真田の目は本気だ。

 

「そこのたまらん女!」

「ッ、わ、妾のことか?」

「可能であろうな?」

「うっ、あっ、いや、よ、ようは、アスナと一緒に封印の眠りを施せば……し、しかし、……」

 

 話を振られたテオドラは、思わず「可能」と口にしてしまった。

 それが余計に事態をややこしくした。

 

「お待ちなさい。生半可な想いでいい加減なことを言うものではありません」

 

 その時、厳しく鋭い瞳で、真田とアスナの間に、クルトが割って入った。

 

「クルトさん! 待ってください、その人は!」

「ネギ君、皆さん、残念ですが彼の申し出を許可することは出来ません」

 

 常識的にも倫理的にも、真田の申し出を受け入れることなど出来るはずがないのだと立ちふさがる。

 

「帰りなさい。そして、全てを忘れるのです。日常へね」

 

 百戦錬磨、魔法世界の群雄割拠の戦国時代、数々の修羅場を潜り抜けてきた、神鳴流を操るメガロメセンブリアの総督、クルト・ゲーテルが、殺気を滲ませた目で真田を射抜く。

 常人では失神するほどの圧のある殺気。

 しかし、それほどの殺気を受けながら、真田は小揺るぎもしないで睨み返す。

 

「邪魔をしないでもらおう。立ちふさがるのなら、一人残らずこの俺が捻りつぶしてくれよう」

「な……んですと?」

 

 その瞬間、癇に障ったのか、クルトの目じりが動く。

 

「ふっ……ふふふふ……言うではないですか。えっと……あなたは?」

「立海大付属中、三年。テニス部副部長。真田弦一郎。神楽坂アスナのテニスの師匠を今年より請け負った。」

「テニス……? ……ほう……テニスですか」

 

 その男、魔法界の住人でも裏社会の人間でもない。

 表世界に生きるただの学生。その予想外の回答に、クルトは余計に呆れた。

 だが、同時に、どこから取り出したのか、クルトの手にはラケットが握られていた。

 

「私は正当な神鳴流の門下生と言うわけではありませんが、修行の一環で旧世界のスポーツのテニスは息抜きでやっています。そう……息抜きです」

「……何が言いたい?」

「ここから先の領域、そして彼女が居る世界は、あなたのような一般人が踏み込め……守り、支えることのできないお方です。力不足な希望は彼女を苦しめるだけ……去りなさい」

「どかぬ」

「……そうですか。では、……眠りなさい」

 

 一切譲らぬ目の真田。その時、クルトの持つラケットに稲妻が走り、何もない手には気を凝縮して固められたエネルギーボール。

 

「ッ、待つんだ、クルト!」

「クルトさん!」

「逃げてください、真田さん!」

 

 クルトは止まらない。

 生意気で、身の程も知らずのこの男は、自分たちの希望であり救世主でもあるアスナを惑わしてしまう。

 それが我慢ならなかったクルトは、洗礼の意味も込めて神鳴流とテニスの力で真田を門前払いしようとする。

 

「神鳴流庭球術・雷光サーブッ!」

 

 閃光が走り、唸りを上げたボールが真田を――――

 

 

「黒龍無限の斬ッ!」

 

「ッ!?」

 

「「「「「—――――――ッ!?」」」」」

 

 

 黒色のオーラが、クルトの放った雷を切り裂いた。

 それどころか、放たれたボールが黒色のオーラに包まれてクルトの周囲に纏わりつき、そして無限に軌道を変化させてクルトの衣服を、肌を、そしてメガネを砕いた。

 

「なっ、さ、真田さん!」

「なんだ、あの黒色の禍々しいオーラは」

「雷を切り裂き、ボールをオーラに包み込んで軌道を変化させた……ダブル……トリプル……いや、インフィニティクラッチか! あの男、以前の試合の時とは比べ物にならんほど強くなっているではないか!」

「しかし、あのクルトの技を難なく切り裂くとは!」

「ほう……やるじゃねえか……あの男……」

 

 そのあまりにも突然で、そして予想外の事態に誰もが驚愕する。

 

「これが俺の答えだ。異次元の領域に住む者たちよ」

「……ゲンイチロー……」

 

 これが真田の答えなのである。

 行く道を阻むのならば、容赦なく力づくで叩きのめす。

 その瞳と身に纏った黒色のオーラがそう告げていた。

 

「ふん……嬢ちゃんも隅に置けねーな……んな恋人がいるとはよ。まあ、筋もいいし俺も嫌いじゃねえぜ。だが……」

 

 しかし、それでもまだ駄目だと、この男が動いた。

 

「ちょっ、ま、待ってラカンさん!」

「嬢ちゃんの隣に立つには、テニスだか何だか知らねーが、スポーツマン程度じゃ役不足だぜ」

 

 それは、魔法世界最強無敵の怪力無双。生きる伝説とまで言われた男。

 千の刃のラカンこと、ジャック・ラカンであった。

 

「アーティファクト・千の顔を持つ英雄ッ!」

 

 ラカンが一枚のカードを取り出して、アーティファクトを発動。

 

「だから、せめてお前らスポーツマンの力で、引導を渡してやるぜ。ワリーな。俺らの姫子ちゃんをどこの馬の骨かも分からねえ奴にはやれねーのさ」

 

 出現したのは、テニスの試合ではルール上使用できないほど巨大なラケット。

 更にそのラケットに、ラカンの尋常ならざる強大な魔力が凝縮され、大気を揺るがすほどの波動発していた。

 

「ちょおおおお、ラカンさん、それ、シャレになんないから!」

「や、やめ! ラカンさんッ!」

 

 慌ててネギたちが止めようとするも、ラカンはニヤけた笑みを浮かべながら止まろうとしない。

 揺るがぬ真田を脅しのつもりでふっとばすつもりだ。

 もし、こんなのを食らえば、真田とて無事では済まないのではないのかと誰もが思った。

 しかし、真田は……

 

 

「言っているであろう。この俺の邪魔をするな―ッ!」

 

 

 真田は逃げず、揺るがず、そして吼えてラケットを振りかぶる。

 

 

「ならば、見せてくれよう! この俺の進化した新たなる力、『風林火陰山雷』を超えし、『嵐森炎闇岳光』の力をな!」

 

 

 打ち返す気か? 

 そう思ったとき、真田の前に人影が割って入った。

 

 

「なーにやってんすか、真田さん」

 

「ッ!?」

 

「小僧!」

 

「ういーっす」

 

 

 それは、長身の真田からすれば小柄な体格。

 白いボロボロの帽子。そして、真田と同じく、革命の証である黒ジャージを羽織った男。

 

「うおあああああああああああああああああああッ!」

「ッ!?」

 

 その男は、空間を歪めながら突き進むラカンのショットを力づくで打ち返した。

 打ち返されたショットは天へ、そして雲を突き破って彼方へ消えた。

 

「な……だ、誰?」

「あ、あの、ラカンの空前絶後のショットを……」

「打ち返した……」

「だ、誰なん、あの帽子の子は!」

 

 あの男は一体何者か?

 打ち返されたショットで頬を切り裂かれて血を流すラカンもまた無言で目の前の少年を見ていた。

 すると少年は……

 

「あんたさ……真田さんとかテニスを力不足とか言ってたけど、あんたも……まだまだだね」

「ッ!?」

 

 まだまだだ。

 あのラカンにそんなことを言える人間がかつて存在しただろうか。

 だが、その男は唯我独尊の態度の三白眼でラカンを睨む。

 

「おめえ、なにもんだ?」

「青学一年、越前リョーマ。よろしく」

 

 越前リョーマ。

 その男こそが、現在の中学テニス界の頂きに君臨する男なのである。

 

「越前、貴様、なぜここに居る! まさか、ヘリコプターの中に隠れてついてきたのか?」

「面白そうだから、来てみたんだけどさ、これから革命やろうってのに、あんたはこんなとこで何やってんの?」

「…………それは……」

「でも、まっ、いいっすけどね。桃先輩が言ってた真田さんの彼女も見れたし」

「ぬぐっ!? たわけええ! そんな浮ついたものではないわー!」

「そうなんすか? でも、まあ、どっちでもいいけどね。とにかく、あんたはやることやればいいじゃん」

「越前……」

「ここ、俺がやっとくっすから」

 

 現れた越前は、慇懃無礼な態度で真田に軽口を言い、真田も若干ピクリと来ているようだ。

 だが、越前は小さく笑みを浮かべて、真田に背中を向け、代わりにその他の者たちの前に立ちはだかる。

 

 

「中々、いい目をする少年ですが、ここは大人しくしてもらいましょう」

 

「ふん、小生意気な小僧だ。だが、幸村に敗れて以来特訓をしているこの私の前に現れるとはな……消え失せろッ! ネオ・ブリザードアクセルショット!」

 

「すまないが、時間がないんだ。君たちのやろうとしていることを認めるわけにはいかない。気絶していてもらうよ。居合拳!」

 

 

 その時、真田を止めるためにも、急がねばならぬと、多少強引ではあるものの、アルビレオが重力球を、好戦的な笑みを浮かべたエヴァが氷を纏ったショットを、タカミチが気を失わせるための居合拳を放つ。

 しかし……

 

「うおおおおおおおおおおおお!」

 

 越前リョーマはまるで恐れを見せずに、三者の攻撃に飛び込んだ。

 そして、居合抜きのようにラケットを構えて一気に振り抜く。

 

 

「サムライ・オーバードライブッ!」

 

 

 そのスイングは、あらゆるものを切り裂く。

 その鋭きショットは、たった一つのスイングで、アルビレオの重力球、エヴァの氷のショット、タカミチの居合拳を真っ二つに切り裂くだけでなく、そのまま相手に跳ね返した。

 

「「「ッ!?」」」

 

 全く予想もしていなかった反撃のカウンター。

 思わず障壁を張って相殺させるも、三人は戦慄した表情を浮かべる。

 

「なっ、ま、マスターやアルさん、タカミチの技を!」

「なんですか、あの坊やは! 確か、練習試合の時に、仁王さんがイリュージョンしていた坊やですが……」

「あ、アレが本物なん? メチャクチャ強いやん!」

 

 ネギたちも思わず声を上げてしまう、越前リョーマの力。

 土煙が舞い上がる中、言葉を失うエヴァやラカンたちに向け、越前はラケットを向けて告げる。

 

 

「テニスをナメんなよ」

 

 

 その姿に、この場に居た者たちはサムライの幻想を見た気がした

 

「真田さんの邪魔する時間あるなら、俺があんたたちにテニス教えてあげるよ?」

 

 憎まれ口で素直でない生意気な言葉。しかし、その態度と瞳が語っている。

 真田の邪魔はさせない。ここは一歩も通さないと。

 

「越前。……皆には後は頼むと伝えてくれ。革命はお前たちの手にゆだねると」

「……ういーっす」

 

 その姿は間違いなく、覚悟を決めて刃を抜く、サムライであった。

 そして越前と真田は最後に……

 

「そうだ、真田さん……」

「なんだ?」

「……お元気で……」

「……ふっ、お前もな。天下を取れ、越前リョーマ!」

 

 互いの顔を見ることなく、しかし最後の言葉を交わして別れを告げた。

 

「ゲンイチロー……どうして……どうしてそこまで」

「つまらんことを聞くな、このたわけが」

 

 再びアスナの前に立つ真田。もう、アスナは堪えきれない涙が顔を埋め尽くしていた。

 

「でも、ダメだよ……百年だよ? 百年……ゲンイチローは、立海の高校全国制覇とか、プロになってとか、野望があるって言ってたじゃん……」

「たわけえ! 弟子の行く末を見ずして何が師か! 共にテニスボールを交えて語らい合った友を一人行かせて、何が己の野望か!」

「げん……いちろ……」

「黙って、俺も連れて行かんかー!」

 

 例えどんな言葉や力であろうとも、真田はもう止まらない。

 己が口にしたことは決して曲げないのが、真田弦一郎の生き様。

 とは言え、こればかりは受け入れるわけにはいかない。受け入れていいはずがない。

 しかし、

 

「来て……ゲンイチロー……一緒に、隣に居て……私と一緒に!」

「無論だ」

 

 もう堪えることのできなかったアスナは、真田の胸の中に飛び込んでいた。

 

「アスナ……ッ、おい、そこの帽子も……良いのか?」

「構わん」

 

 真田もアスナと一緒に行く。百年の眠りにつき、百年先の未来へ共に行く。

 

「おい、いいのか? テメエは……」

 

 越前に足止めされたラカンが真田に問う。だが、真田の決心は変わらない。

 

「この真田弦一郎に二言は無いッ!」

「……ったく……そうかよ……ナギとは性格もまるで違うのに……とんでもねえ大馬鹿野郎ってのは同じだな……姫子ちゃんも隅に置けねえな」

 

 その瞬間、ラカンは観念したように笑って、手に持っていた巨大ラケットを落とした。

 そして……

 

「みんな……!」

「アスナさん、真田さん!」

 

 アスナと真田の体が浮いていく。空に現れた紋様へと吸い込まれる。

 

「みんな、私はもう大丈夫だから! 一人じゃないから……もう、大丈夫だから!」

「アスナさん!」

「ネギ! 待ってるわよ、あんたが立派な魔法使いになって訪ねてくるのを! そん時は、子供でも見せてあげるから♪」

 

 変わらず涙を流しているアスナ。ネギたちの瞳からも涙が止まらない。

 しかし、アスナは笑っている。もう一人ではないのだと。

 

「………」

「ふん」

 

 越前リョーマはアスナの傍らに居る真田を見上げ、そして姿勢を正して一度頭を下げた。そんな殊勝な越前の姿に真田は「最後に珍しいものが見れた」と満足そうな顔をしていた。

 

 

「バイバイ、またね!」

 

「アスナアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! うわああああああああああああああああああ!」

 

 

 こうして、神楽坂アスナと真田弦一郎はこの世から姿を消し、百年の眠りについたのだった。

 

 

「アスナ……アスナ~。うぐっ、ひっぐ、ううう、う、うわああああああああん!」

 

 

 旅立ったアスナを想い、動けずに立ち崩れる木乃香や刹那、あやか、ネギたち。

 そして、その時、その場に閃光が生じ……

 

 

「あ、あれ~、これって、ここって……出発してすぐじゃ……」

「うむ」

 

 

 ――――――――――――?

 

 

「たっ、ただいまー……」

「~~~~~ッ、たるんどる」

 

 

 旅立ったはずのアスナと真田。そしてなぜかその後ろに、超鈴音が居て、帰ってきたのだった。

 何が何だか分からない一同。アスナは気恥ずかしそうに、真田は微妙な顔をしている。

 しかし、二人は本物。それが分かった時、ネギたちは駆け出してアスナに飛びついたのだった。

 

「……どーなってんすか?」

「聞くな、越前リョーマ」

 

 もう会えないんじゃなかったのか? と首を傾げて聞く越前に真田は帽子を深くかぶって顔を隠して背ける。

 

 まあ、ようするに、超鈴音が百年後に目覚めた真田とアスナをそのままタイムマシンで拾って、過去に連れ戻したということなのであった。

 具体的な説明を超鈴音がネギたちにしているのだが、正直、一世一代の覚悟が見事茶番に終わった真田は居たたまれない気持であった。

 だからすぐに足早に……

 

「さて、越前、合宿所に戻るぞ。革命だァ! きええええ!」

「ういーっす」

 

 もう、恥ずかしすぎて、速くこの場から立ち去ろうと、真田は越前と一緒に合宿所に戻ろうとしていた。

 だが、それに気づいたアスナは慌てて止める。

 

「ちょ、待ってよ、ゲンイチロー! もう戻るの? ってか、未来で言ってくれたじゃん。もう私と離れ――――」

「きえええええええええええええええええええええええええええ! 公衆の面前で何を言うかああ、このたわけええええ!」

「くくくくく、なあ、これは失敗なのでは? 超鈴音」

「ウム。アスナを失って芽生えるはずの自立心がネギ坊主からなくなり、肝心のアスナはアスナで男にデレデレ。これでは未来は不安ネ」

「だだ、大丈夫です! 僕はしっかりやりますから!」

「私だって! 彼氏できたって、ネギの面倒はしっかり見るわよ!」

 

 こうなってしまえば、もはや笑って冷やかし合うしかない。先ほどの感動的な場面が一転した状況の中、からかいの矛先が真田に向く。

 すると、真田は……

 

「このような茶番になってしまったが……安心しろ、神楽坂アスナ。約束は違えん」

「ッ、ゲンイチロー!」

「だが、ここに帰ってきてしまった以上、俺にも先に一つ果たさねばならぬものがある。それまでは今しばらく待ってほしい」

 

 逃げるように立ち去ろうとしていた足を一度止め、真田は背中を向けたままアスナとこの場に居る者たちに告げる。

 

 

「これから我らは革命を起こし、そして意地でも日本代表に残り、その後に待ち受ける世界の強豪たちと戦う。そしてそれを……この俺の……テニスプレーヤーとしての物語の最後とする……」

 

「ッ!?」

 

「それが終わり次第、俺は今度は……お前の行く末を見届けるため、お前の隣に立つべき男としてふさわしくなるよう、修練に励むこととする。それまで待て」

 

 

 それは、真田弦一郎の事実上の引退宣言でもあった。

 そして、それが終われば、お前の隣に立つと、真田は宣言したのであった。

 

「な、なあ、せっちゃん、これって……」

「え、ええ。も、もうプロポーズに近いですね……」

「あわわわわわ」

 

 真田のプロポーズ同然の言葉に木乃香たちはキャッキャする。

 そして言われたアスナは同様に顔を真っ赤にするも、完全に恋に落ちた乙女の表情で、心の底からの笑顔を見せて駆け出す。

 

「アホガモー、アレお願い!」

「ッ! 分かったぜ、姐さん!」

 

 その時、駆け出したアスナがネギの相棒であろうオコジョのカモに伝える。

 それだけで伝わったカモはネギの肩から離れ、魔法陣を真田の足元に。

 

 

「ゲンイチロー――――!」

「ぬぐっ!」

 

「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」」」」」

 

「へえ」

 

 

 飛び込んだアスナはそのまま真田に無理やりキスをしたのであった。

 歓声が上がり、越前もニヤニヤ。

 そして、二人の唇が重なった瞬間、武士の姿をした真田が写されたカードが出現した。

 それは、パクティーオカード。 

 カードの称号には、『魔法武士』の文字。

 

「た、たわけえええええ! ここここ、公衆の面前で中学生がせせせせ接吻など、ふじゅ、ふ、不純、いい、異性交遊など、なにごとくわああああ!」

 

 慌ててアスナを引き剥がす真田。

 だが、離れたアスナは満面の笑みを、その手には契約のカードがあった。

 

「にひ~、契約完了。約束だからね、ゲンイチロー♪ だから頑張ってね。応援してる。日本代表になってきなさい!」

「ぐっ~~~~」

「そこの帽子の君もありがとね! 今度ゆっくりお礼させてね!」

「どーも」

 

 そう言って、アスナは真田の背中を押し出した。真田はもう何も言うことが出来ず、そのまま越前と一緒に走って消えていく。

 

「……なあ、越前よ……」

「ファンタ十本で黙っておくっす」

「……分かった……たらふく、ファンタを飲ませてやる」

 

 立ち去る二人からは最後に、口止めの話が聞こえた。

 

 これより先の明日、自分たちの作る未来を想いながら、アスナは最後の戦場へ向かう真田の背を見送ったのだった。

 




要望があったので、越前をチラッと出してみました。
時期は、U17合宿中、負け組の黒ジャージを着て下山する寸前に、真田と越前が、旅立つアスナの所へ来た感じです。

最近初めて知ったのですが、U17合宿は11月中に行われた数週間の出来事。そして、今の世界大会は12月に行われていることだそうです。てっきり、合宿は半年ぐらいはやってるのかと思ってましたが、数週間でした・・・

そして、アスナの本来の旅立ちは3月ですが、まあ、そういう細かいのは無視してください。アスナの旅立ちが早まっていたという設定です。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特別アフター:ボウリングの王子様ー1

 12月に入り、徐々にクリスマスシーズン間近で街中がイルミネーションの飾りで賑わい始めた。

 そんな中、授業中の3-Aの教室では今日一日最後の五限授業でネギが英語を教えているのだが、一人だけ顔を赤らめながらソワソワして授業の終わりの瞬間を待っている生徒が居た。

 しかも、その表情はどこかデレデレ二へ~としていて、しまりがない。だが、その事情を知っているクラスメートたちからは、「イラッ」とした雰囲気が流れた。

 そして……

 

「あっ、チャイムですね。はい、では今日の授業はこれま――――」

 

 チャイムが鳴り、ネギが教科書を閉じた瞬間、その落ち着きのなかった生徒の神楽坂アスナはいきなり携帯電話を取り出してどこかに電話を始める。

 そして、数回のコールの後に出たであろう人物に、恋する乙女の顔で話しかけた。

 

 

「やっほー、ゲンイチロー。今、電話大丈夫? うん、そろそろ合宿終わったのかな~、って思って電話しちゃった♪」

 

「「「「「(けっ、彼氏に電話かよ。このリア充!)」」」」」

 

「で、合宿どうだったの? うん……うん、うんッ! うそっ! キャー、凄いッ! ゲンイチロー、代表に選ばれたんだ!」

 

「「「「「(しかも、彼氏、サラッと日本代表になってるし!)」」」」」

 

「えへへへ、すごいな~、ゲンイチロー。もう、私まですごい嬉しい。会えない間は寂しかったけど、今は凄く嬉しい! えへ、な~んてね!」

 

「「「「「(何が『えへへ』だゴラア! しかも、普段は決して使わない猫撫で声で喋りやがって、この猫かぶりアマッ!)」」」」」

 

 

 なんやかんやで、真田弦一郎と神楽坂アスナのカップル成立はあっという間に3-Aに広まった。

 

「ねえ、ネギくん」

「どうしたの、フェイト?」

「その、お姫様に彼氏が出来たのは知ってたけど……デレデレし過ぎじゃないかな?」

「ま、まあ、い、いいんじゃないかな? 真田さんは男気ある人だし、アスナさんも幸せそうだし」

「そうなのかい? まあ、いずれはその彼氏にも魔法世界で重要な役職についてもらう分、変な人でないのならそれでいいけど」

 

 副担任のフェイト以外は皆が真田のことを知っている。

 元々この二人なら時間の問題だろうと思っていたのでそこまで誰も驚いたわけではなかったが、最初は当然祝福した。

 しかし、最近はこの初彼氏ゲットによって有頂天になって、人目も憚らずにデレデレしまくるアスナに、今では彼氏の居ないほかのクラスメートたちからはイラっとされていた。

 しかし、そんな中でも別の反応を見せる生徒も居た。

 

「神楽坂さん」

「あっ、千鶴さん。うん、分かってる。でさ~、ゲンイチロー。他に中学生で誰が選ばれたの? うん。うん。あっ、切原くんも選ばれたんだ! だってさ、千鶴さん」

「まあ! すごいです。流石は私の赤也くん。それなら、今度お祝いをしないとダメですね!」

 

 ポンと手を叩いて聖母の微笑みを見せる千鶴。

 この数ヶ月間、テニス関係者たちと色々とあった一部の生徒たちは、同じようにリア充雰囲気を出していた。

 そして、アスナはそのまま他のメンバーについても聞き、選ばれた男と親しくなった者たちにウインクしていく。

 

「切原くんに……えっ、ブン太くんも? だってさ、良かったね?」

「おー、ブン太、すごーい! お祝いだ! ケーキ食わせろー!」

「おねーちゃん、私たちがお祝いしてあげないとだよー」

「ほー、ブン太やるアル」

「うむうむ、見事でござる」

 

 丸井ブン太と親しくなった、鳴滝姉妹。試合をした、クーフェ、長瀬楓。

 

「うわお、仁王くんも! 立海スゴッ!」

「ははははは、さすがですね、仁王さん」

「……あんな人を日本代表にして大丈夫ですか?」

 

 仁王と試合した、刹那に、ナンパされた夕映。

 

「木手くんも? ってか、亜久津くんまで!? 安全性という意味では大丈夫なの?」

「ほう、永四郎もかい。これはお祝いぐらいしてやらないとね」

「ちょ、あの亜久津くんが世界デビューなんて危なすぎますわ! 日本の品位が疑われますわ!」

 

 龍宮と雪広あやか。

 

「ふ~ん、それと、あの石田銀くんと、あの小太郎くんの友達の金太郎くんね……うわお、大石くんも!?」

「あら? へ~、大石君……すごいですね」

 

 大石にナンパされた葉加瀬。

 そして……

 

 

「いや、うん。その三人は選ばれるのはもう分かってたっていうか……ねえ、千雨ちゃん? 跡部くん、幸村くん、白石くんもだって」

 

「ケッ」

 

「えっ!? 手塚君は居ないの? えっ、合宿途中からドイツに? 千雨ちゃん、知ってた!? 手塚くん、プロになるためにドイツ行っちゃったんだって」

 

「ん、ああ、まあ(……本人から直メールで既に教えてもらってたの黙っておくか……つか、あの人、ドイツ代表に選ばれたんだけど、これも騒ぎになりそうだから、黙っておくか……)」

 

 

 モテ期の千雨。

 そう、アスナの電話によって、それぞれの親しい男たちの近況を知った。

 その他にも、

 

「う~ん、ジャッカルくんダメだったか~。しゃ~ない、慰めメールでも送ってやりますか」

「朝倉~、そういうのやるからジャッカル君も期待しちゃうんだよ?」

「桃ちゃん残念だったね」

「ユーナ、桃城君と仲いいね」

「宍戸君……」

「おいこら、円。あんた何チャッカリ、宍戸君と未だに繋がってんの?」

 

 とまあ、他にも親しくなった連中も居るわけで……そんなわけで、今のこのクラスはリア充組とイライラ組で分かれているのであった。

 

「でさ、ゲンイチロー、合宿終わっても海外でしょ? その間にどこかで会える? えっ、今日、麻帆良のボウリング? うん……うん! 行く! 絶対行くし連れてくから! うん、OK!」

 

 すると、その時、電話をしているアスナから何やら気になる単語が飛び出した。

 機嫌良さそうに鼻歌交じりで電話を切るアスナは、同時にクラスメートたちに聞く。

 

 

「ねえ、みんな! ゲンイチローたち、日本代表に選ばれた中学生メンバーで決起集会を兼ねてボウリングするんだって! 跡部君の提案で麻帆良近くのボウリング場でやるみたいなんだけど、皆、行かない?」

 

「「「「「行くにきまってんでしょーっ!」」」」」

 

 

 アスナのリア充ぶりにはムカつくも、そういうお誘いならば話は別。

 日本代表に選ばれるイケメンテニスプレーヤーたちと改めてお近づきにと、クラスメートたちは一斉に手を上げる。

 

「あと、千雨ちゃんは強制参加ね。逃げても無理やり連れてくから」

「ぶぼっ! は、はあ? 何でだよ! 何で私が!」

「んも~、跡部君と幸村くんと白石君が居るんだから分かるでしょ~? モテモテ~、このこの~♪ 羨ましいね~。あっ、でも私ゲンイチロー居るから別にいいけどさ♪」

「て、テメエ! ちょ、今のお前は超絶ウザくなってるぞ! これほどまでに爆発しろと思ったことは未だかつてねえぞ!」

「いーじゃん。いこーよ。それに、今日はただの『ボウリング』なんだから、『テニス』と違ってそこまで恐ろしいことはないって」

 

 そう言って、千雨を捕獲して、クラス全員とネギを含め、真田たちの居るボウリング会場へ向かう。

 

「ねえ、フェイトも行こうよ。アスナさんの彼氏に会えるよ?」

「まあ、そうだね。確かに興味あるから見に行こうかな」

「マスターも行きますよね? 放課後のクラス親睦会のボウリングも学校行事の一環ってことで封印を誤魔化せるでしょうし」

「ふん、まあ行ってやるか。幸村たちに祝いの言葉ぐらいくれてやるか。まあ、あいつらなら日本代表入りもおかしくはないだろうがな」

 

 しかし、一同は分かっていなかった。

 ボウリングというのは、彼女たちが想像していたよりも遥かに過酷で激しいスポーツだということを。

 

 

 

 

 

 

 そこは、かなり独特な雰囲気が既に発生していた。

 

「ピンよ、倒れんかーッ!」

「触覚と視覚が奪われた状態で倒せるかな?」

「ぷりっ」

「ストライク。どう? 天才的?」

「真っ白いピンを真っ赤に染めてやらァ!」

「ボウリングの球でドタマをカチ割るぞコラァ!」

「そのピン、消えるよ」

「ピンを倒せなければゴーヤ食わせるよ~!」

「大車輪山嵐ィ!」

「八式波動球ッ!」

「みんなやるね、こりゃ大変」

「ストライク。んん、エクスタシー。せやけど、大石君にはたまげたわ。パーフェクトやないかい」

「俺様のスローイングに酔いな」

 

 ボウリング場に足を踏み入れた瞬間に聞こえてきた声。

 顔を見ずとも声を聞くだけで、もはや3-Aの生徒たちは『誰が』『何を』言ってるのかがすぐに分かった。

 

「「「「「あそこだ……」」」」」

 

 そこには、「JAPAN」と書かれたジャージを羽織った男たちが居た。

 

「おお、ねーちゃんたちやないかー! こっちやこっちー! 誕生日会以来やないかー! 今日は小太郎おらんのかー!」

「あ、やあやあ、皆きてくれたんだね」

 

 既に何度かのイベントやらを通して親しくなった間柄。

 金太郎や大石たちがこっちに気付いて手を振ってる。

 少女たちやネギも手を振って答え、そして「日本代表入りおめでとう」という言葉がでかかった瞬間、

 

「ゲ・ン・イ・チ・ローッ!」

「ぬぐっ!」

 

 愛しの恋人にようやく会えたという喜びを全身から醸し出し、両手を広げて真田の腕の中へと飛び込もうと――――

 

「疾きこと―――――」

「ッ、あ、あれ?」

 

 しかし、それを真田は目にも止まらぬ速度で回避して、アスナは空振りした。

 せっかく会えたというのにハグを避けた真田に、アスナは頬を膨らませる。

 

「ちょっと、ゲンイチロー! 彼女とせっかく会えたのに避けるんじゃないわよ!」

「った、たわけええ! 公衆の面前の真昼間に婦女子がなんと破廉恥なことを! 不純な行為は控えんかあ!」

「なによ~、私たち、不純じゃないじゃん! もう、色々誓い合ったし、この契約を忘れたとは言わせないんだからね~?」

「ぬっ! なんだ、そのカードは! 俺が写っているではないか!」

「パクティーオカードよ。ゲンイチローと私がずっと一緒って証明書みたいなもんよ!」

 

 会って早々の喧嘩を始める。

 しかし、クラスメートたちにはこの喧嘩はイライラが募るだけだった。

 

「「「「「(けっ……爆発しやがれ)」」」」」

 

 だって、どう見てもラブラブカップルの痴話喧嘩にしか見えなかったからだ。

 

「なんや、アスナちゃん。手塚君たちの誕生会で会った時よりも、ごっつラブなオーラが出とるわ」

「ほう、何だかんだと時間がかかったが、あの野郎もようやく決めたか。アーン?」

「ふふふ、でも真田、彼女が出来た割にはまだまだ動きが悪すぎるよ」

 

 真田とアスナが「まあ、そうなんだろうな」ぐらいには認識していたものの、正式に交際していることまではテニス界も知らなかったようで、二人のこのやり取りには祝福の笑みを浮かべていた。

 一方で……

 

「アレが、アスナ姫の恋人かい? ネギくん」

「うん、そうだよ、フェイト。アレが、真田弦一郎さん。魔法使いじゃないけど、テニスがすごく強いんだよ?」

「いや、なんか、フツーに彼、かなりの速度でアスナ姫のハグを回避したけど……本当に普通の人間かい?」

「えっ? テニス選手って、みんなああいう感じじゃないの?」

「……ネギくん? なに? 君の中でのテニスってどうなってるの?」

 

 真田たちでテニスに対する免疫がついてきたネギは、特段今の真田の動きを驚くことはしない。むしろ、「流石は真田さん」と思うぐらいだ。

 ネギだけではなく、その他のクラスメートたちの反応もそう。

 フェイトはただ一人、「おかしいと思っているのは自分だけか?」という感じで首を傾げた。

 

「おっ、千雨ちゃん、来てくれたんか~」

「よう、来なければこの俺様が自家用機で迎えに行ってたところだぜ」

「やあ、こんにちは、長谷川さん。また会ったね」

「あのさ、白石君、跡部君、幸村君、日本代表おめでと。んで、私はもう言うこと言ったから、もう帰るな」

「待ってや千雨ちゃん、それはつれないな~」

「ふん、俺様から逃げられると思っているのか?」

「おやおや帰るのかい? でもすでに、視覚がないのに大丈夫かい?」

「うわああああ、何をやっても帰れないイメージがァ! 視界がああァ! やめろォ、幸村君!」

 

 白石、幸村、跡部に囲まれている千雨。

 

「ネギくん、アレは?」

「ああああああ、千雨さん! ちょ、待っててフェイト、僕行ってくる! あのおお、白石さん、跡部さん、幸村さん! 千雨さんが困ってるのでやめてあげてください! あと、幸村さんは五感を奪わないでください!」

「いや、ネギ君………ご、五感を奪わないでって……?」

 

 魔法も使えない一般人のテニス選手たち? なんだか妙な違和感を覚えるフェイトの回りで、女生徒たちとテニス勢との交流が始まっていた。

 

「亜久津くん。い、一応、代表入りおめでとうございますとは言わないわけにはいきませんわね。ですが、日本の代表となるからには、恥ずかしい態度や乱暴な発言などは控えるべきですわ! 太一君に悪影響が及ばぬように!」

「また、テメエかブルジョワ女ァ。俺に指図すんじゃねえ。ドタマ潰すぞ!」

 

 あやかと亜久津。

 

「今度一杯おごるよ、永四朗。世界でも負けるんじゃないよ?」

「おやおや、真名さんに応援していただけたら、百人力ですよ~」

 

 龍宮と木手。

 

「赤也くん。うれしいわ。本当にすごい。さすが、私の赤也くんね」

「へへ、千鶴さん、見ていてくださいよー! テニスという素晴らしいスポーツを世界の人たちにもっと分かってもらえるよう、俺、がんばるっす!」

 

 千鶴と切原。

 

「金太郎、海外は初めてアルか?」

「せや。う~、ごっつ楽しみや~! どんなおもろいやつがおるんやろな~!」

「仁王さん。あなた、海外で指名手配になるようなことはしないようにするです」

「証拠を残すようなヘマはせんぜよ、ユエ吉」

「まっ、楽しんでくるだろい」

「ブン太、頑張れー! 応援してるぞー!」

「やあ、和泉さん……だったかな? 手塚と跡部の誕生会で、くじ引きでペアになって一緒に二人三脚してくれた時は、ありがとう」

「ふァ!? ふっ、ふ、不二さん! あ、あの、お、おめ、代表入りおめでとうございます」

 

 その他にも三十名の女たちが十三人の男を取り囲んで、キャッキャと会話を盛り上げて親睦を深めていく。

 今こうしているとただの中学生。

 しかし、誰もがテニスコートに立てば鬼人のごとき力を見せる。

 そんな彼らの輪を見て、エヴァンジェリンはフェイトの隣でほくそ笑んでいた。

 

「エヴァンジェリン、あなたも彼らのことを知っているんだったね?」

「まあな。そもそも、あそこで長谷川千雨を囲んでいる男たちの一人、幸村はマギアエレベアを使った私にも勝ったほどだ」

「……テニスで……マギアエレベア?」

「しかし、流石は立海だな。全員とはいかないまでも、十三名の内、五人も見事代表入りするとはな。奴らのテニスを見て、世界も驚くだろうな」

「いや、ちょっと待ってくれ。今、……僕がすごい驚いているんだけど……確認するけど、テニス……だよね?」

「ああ、そうだが?」

 

 フェイトの疑問は、フェイトしか疑問に思っていないような空間になっていた。

 おかしいのは自分なのか? そう思ったフェイトだが、流石に見過ごせない事態が目の前で起ころうとしていた。

 

「おい、チビ助。俺様達、大人の男と女の会話に入るんじゃねえよ、アーン?」

「ぼ、僕は十歳ですけど……でも、ね、年齢は関係ないと思います!」

「そうかな? 年齢を無視するには、まだまだ動きが悪すぎるよ?」

「そ、そんなことないです! そりゃー、体育祭では五感を奪われましたけど……」

「ネギくん、堪忍な。そういうんかっこええけど、でも、まだまだ動きに無駄が多いで」

 

 何やら、不穏な空気漂う跡部、幸村、白石、ネギの四人組。千雨は「逃げてェ~」と呟いている。

 すると、一般人とは次元の違う世界最強の領域に居るネギがムッとした顔で全身から魔力を解放している。

 

「確かに僕は子供かもしれませんが、だからって困っている生徒を……困っている女性は放っておけません!」

「アーン? 困ってる女だとか、生徒とか、そういう言い訳くさいこと言ってる時点でテメエはガキなんだよ」

「ち、違います!」

「なら、得意な中国拳法パンチでも打ってみな。体育祭の時みたいに見切ってやるぜ」

「ッ~、そ、それなら、望むところです!」

 

 跡部が挑発してネギが腰を下ろして拳を握る。

 

「ちょ、まさか、ネギくん!」

「心配するなフェイト。ボーヤとて全力では打たんし、奴らをナメすぎだ」

「いやいやそうは言っても!」

 

 ネギの力を誰よりも理解しているフェイトだからこそ、魔法も気も使えない一般人に対してその力を振るうことがどれほどのことかを理解している。

 だが、エヴァも回りも特にそれを止めようとはしない。それは、一種の信頼のような雰囲気だ。

 そして……

 

「いきます! 僕の崩拳!」

「はん、動きがスケスケじゃねえの!」

 

 ネギの拳。当たれば大人も軽く壁まで吹き飛ばされるほどの威力。

 それを跡部が笑って避けようとする。

 だが、その時だった。

 

 

「ちゃい」

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

 その時、誰もが予想もしない人物が、二人の間に入った。

 現れたのは、色黒の長身の男。

 

「ッ!?」

「あんた……」

「ネギくんの拳を!」

「誰だ、あの男は!」

「誰アル!」

「何者?」

 

 その男は、突如二人の間に入り、テニスラケットのガットで、ネギの強力な拳を軽々と受け止めて、その威力を、いなして無にした。

 

 

「ボウリング場でケンカはアカンで~」

 

 

 苦も無くネギの拳をテニスラケットで受け止めた男は笑ってネギの頭をポンポン撫でる。

 その男は、真田たちと同じ「JAPAN」という文字が入ったジャージを着ていた。

 

「赤也くん、お知り合い?」

「ッ、あの人は!」

 

 誰だ? 誰もがそう思ったとき、テニス勢が目を見開いて驚いた表情を浮かべる。

 

「あの人は、本来は一軍なのに飛行機が嫌いで海外遠征に行かなかった種子島修二!!」

「長い長い……」

 

 そう、その男は……

 

「ゲンイチロー……」

「うむ、あれは、種子島先輩。我らU-17日本代表の高校生チームの男だ!」

「こ、高校生チーム!?」

 

 高校生の日本代表。それは、真田や自分たちより上の世代のテニス選手ということだ。

 その言葉にネギの生徒たちもザワつく。

 同時に、真田たちも疑問を浮かべる。

 

「種子島先輩、どうしてこちらに?」

「ん? 面白そうなこと起こりそうやから、来てみただけや。みーんなでな」

「……み、みんな?」

 

 面白そうだから来てみた。ユルイ笑みを浮かべてそういう種子島に真田たちに動揺が走る。

 そして、その時だった。

 

「っ!?」

「……エヴァンジェリン? ……ッ!」

「な、なんでござる?」

「なんだ? 尋常では何かが……」

「近づいてくる」

「ッ!?」

 

 何かが近づいてくる。言いようのないプレッシャー。

 それに気づいたのは、エヴァンジェリン、フェイト、長瀬楓、龍宮真名、桜咲刹那、ザジ・レイニーデイ、クーフェ、ネギなどだ。

 そして……

 

 

「ふん、男は女が居ることで、殻を破るか堕落するかに分かれる。だが、まるで幼稚園児たちのお遊戯を見せられている気分だぜ」

 

 

 貫禄と覇気を纏った声が聞こえてきた。

 全員がその声に反応して一斉に振り向くと、そこには十人以上の男たちが立っていた。

 誰もが、真田たちと同じ「JAPAN」の文字が刻まれたジャージを纏っている。

 

 

「青二才共ォ! 少しは男として一皮むけたんだろうなァ!!」 

 

 

 そして先頭の、髭面の金髪の男が声を荒げた瞬間、ネギの生徒たちは一斉に声を上げた。

 

 

「「「「「なんかすごいのがきたあああああああああああああああああ!?」」」」」

 

 

 現れたのは14名の男たち。

 そう、彼女たちの前に、U-17日本代表の高校生チームが現れたのであった。

 

「な、なんだ? あの男……いや、あの先頭のヒゲ男もそうだが……あの後ろに居る鬼のような男も……阿修羅のような男も……こいつら!」

「エヴァンジェリン……この殺意……彼ら……テニス選手だよね?」

「知らん。この私も奴らは初めて見るのでな。ふ……なかなか面白そうなのが出てきたではないか!」

 

 エヴァンジェリンやフェイトすら頬に汗かくほどの威圧感漂う男たち。

 もはや、インパクトが強すぎて、女生徒たちもどう反応していいか分からなかった。

 

「ね、ねえ、ゲンイチロー……」

「あの方は、我らU-17日本代表の総大将でもある、お頭。高校生日本最強の男、平等院鳳凰」

「に、にほん、さいきょ! お、おかしら? ほ、ほうお……こ……高校生いいいいいいいいいいい!? アレで!? 高畑先生よりも年上に見えそうなのに! ゲンイチローも老けてるとはいえ……そ、それ以上!」

 

 もはや何から驚けばいいのか分からないこの状況下、現れた平等院鳳凰が、真田や跡部を見る。

 

 

「青二才共。貴様らが女どもと遊ぶと聞いて、様子を見に来たが、なんだこのザマは!」

 

「「ッ!?」」

 

「未だ恋愛ごっこの領域すら抜け出せぬ男たちに世界は獲れんのだ!」

 

 

 突如現れ、そして威圧感の嵐を吹き荒らしながらよく分からんことを言う男。

 しかし、この威圧感を前にして、ツッコミ役の千雨すら不用意にツッコめずにいた。冗談ではなく、ツッコんだら殺されると思ってしまうほどの圧。

 もちろん、高校生組にはイケメン男子も当然混ざっているのだが、誰もキャーキャー言える雰囲気ではなかった。

 だが、その時、タマゴ頭の男が前へ出た。

 

 

「お頭、お言葉ですが俺たちは一部を除いて恋愛関係になっているわけではありません。しかし、彼女たちとはこれまでいくつもの企画やイベントなどを超えて、多くのことを知り合った気を許せ、そして信頼できる友だと思っています!」

 

「ほう」

 

「我々を一目見ただけでその絆を軽んじるのは、お頭と言えども許せません!」

 

 

 その時、表情をキリッとさせ、手にはマイグローブを付けたタマゴ頭の男が、平等院鳳凰に意見した。

 

「ちょ、大石君!」

「な、こ、殺されんじゃないのか?」

「なんや、大石君、ボウリング場に来てから、テニスの時よりメッチャオーラあるわ」

「大石にしては言うじゃねーの。アーン?」

 

 いつもは冷静沈着で大人しい母親のような大石が、この瞬間だけ男になった。その意外な姿に誰もが目を疑った。

 

「のぼせ上がるな、小童どもが。だが、なかなかいい目をするな、ハゲ坊主。しかし、その言葉と瞳が偽りならば、世界で死ぬぞ?」

 

 その時、平等院鳳凰が笑い、一同を見渡してある提案をする。

 

 

「ならば、試してやる。そして、お前たちが殻を破れるかどうかを見定めてやる! これより、第一回中学生男女と高校生のボウリング戦争を行うッ!」

 

「「「「「ぼ、ボウリング戦争ッ!!??」」」」」

 

 

 突如、平等院鳳凰によって提案されるボウリング対決。っていうか、なんで戦争? 誰もが疑問だらけで言葉を発せない中、一人の爽やかな高校生が前へ出た。

 

「では、交渉は私から」

「あっ!? あの人、見たことある! CMとかに出てくる……確か、君島育斗だ! キミ様じゃん!」

 

 現れたのは、テレビCMなどにも出るスター選手。コート上の交渉人の異名を持つ、高校生の君島。

 

 

「中学生代表は、後ろに居るお嬢さんたちから一名を選んでペアを組みなさい。そのペアと私たち高校生一人一人とゲームをします。ゲームは2フレーム。高校生組は2フレームをひとりで投げます。対して中学生組みは1フレームずつペアの女の子と投げなさい。倒したピンの合計が多い方が勝ち。共に同点なら引き分けとします」

 

 

 淡々と即興のルール説明を行う君島。それに付け加えるように平等院鳳凰が口を開く。

 

 

「青二才共、これは俺たちが特別に与える世界戦前の試練だ。女の存在を堕落ではなく力に変えてみろッ!」

 

 

 平等院鳳凰が猛る。その瞬間、有無を言わさず、ボウリング戦争の幕開けとなる。

 

「面白そうじゃねーの、アーン?」

 

 売られた勝負。

 男たちの目は、ヤル気に満ちている。

 そして男たちは動く。

 

「おい、白石、テメエは前に二人三脚したし、幸村、テメエは体育祭の後夜祭で踊っただろ? 次は俺様だ。なあ? 長谷川千雨」

「いや、いやいやいやいや、私やらねーから! いや、テニスよりはボウリングの方が安全だろうけど、なんか嫌だ!」

「しゃーないのう。せやけど……勝てそうな女の子選ばんとな~……せやけど、女の子に話かけるんは……テレテレモジモジ」

「面白そうです。手を貸しましょう、白石さん」

「くっ、彼が誰と組んでもその人を傷つけることになりますわ……なら、クラスの仲間を守るためにも……行きますわよ、亜久津くん!」

「はあ? おいこら、何を勝手に!」

「桜咲はボウリング苦手と言ってた……じゃけん……あの、夕映さん、僕とペアを組んでもらえませんか?」

「え、ねね、ネギ先生!? わ、私で良ければ……」

「永四朗。私が組んでやるよ。特別に、仕事料は取らないでやるよ」

「おやおや、それは頼もしいですね~」

「今日は超鈴音さんはいないか……なら、和泉さん、二人三脚で負けたリベンジのためにも、組んでくれるかな?」

「はううううっ!? ふ、ふ、不二さん! せ、せやけど!?」

「当然、私だからね、ゲンイチロー!」

「仕方あるまい」

「くっ、ハカセさんがいつの間にか居ない……なら、ここは……茶々丸さん」

「ふむ、大石さんと私がボウリングで組めば……勝率100%……分かりました、組みましょう」

「君は体育祭で、俺が視覚や触覚を奪っても、頑張っていい動きをしていたよね? 今日は俺と一緒に戦ってくれないかな?」

「えっ、わ、私ですか? ……でも、クラスの誰かが出なければならないなら……わ、分かりました、一緒に戦います」

 

 参加したくない。しかし誰かはやらねばならぬ。

 そんな思惑が働き、とりあえずペアが決まった。

 

「では、ペアが決まりましたら、対戦はくじ引きでランダムで決めます。それでよろしいですね?」

 

 そして、ランダムで選ばれた対戦カードも同時にだ。

 その結果……

 

 

 

真田弦一郎&神楽坂アスナVS種子島修二

 

 

丸井ブン太&鳴滝風香VS越知月光

 

 

白石蔵ノ介&ザジ・レイニーデイVS徳川カズヤ

 

 

亜久津仁&雪広あやかVS大曲竜次

 

 

遠山金太郎&長瀬楓VS伊達男児

 

 

幸村精市&大河内アキラVS入江奏多

 

 

不二周助&和泉亜子VS鬼十次郎

 

 

仁王雅治&綾瀬夕映VS君島育斗

 

 

石田銀&古菲VSデューク渡邊

 

 

大石秀一郎&絡繰茶々丸VS中河内外道

 

 

木手永四郎&龍宮真名VS袴田伊蔵

 

 

切原赤也&那波千鶴VS遠野篤京

 

 

跡部景吾&長谷川千雨VS平等院鳳凰

 

 

 

 

 という、オーダーが決まったのだった。

 しかし、こうしてすべてが決まったと思った瞬間、君島はとてつもないことを付け足す。

 

 

「ちなみに、負けた方は罰ジュースを飲みます」

 

 

 罰ジュース? その時、いつからそこに居たのか、乾、柳、そして麻帆良勢は初めて見るであろう、高校生の三津谷あくと。そして更にいつの間にか、ちゃっかりとハカセがそっちのグループに居た。

 

 

「罰ゲームはこの栄養満点なエナジードリンク……デッドブル……」

 

「「「「「でっ、でっど!?」」」」」

 

「さあ、毛利くん。御願いします」

 

 

 透明グラスに入れられた、色々と色がヤバく変質したドリンク。高校生組も若干引き気味。

 それを、人数の関係上対戦相手が居ない日本代表の一人の毛利という男が手を伸ばして指先で舐めた瞬間。

 

「ちょ、ちょっとだけや……ペロ……ッ!? ンモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?」

 

 牛になった……

 

 

「ふっ。とまあ、あんな感じになります」

 

「「「「「「なんかサラッと冷静に言われた!?」」」」」

 

 

 人一人が牛になったのに冷静過ぎる君島に、一同は戦慄した。

 

 

「で、中学生組にも飲んで頂きますが……これを使って飲んで戴きます」

 

「「「「「ッ、そ、それはッ!?」」」」」

 

「枝分かれしたハートストローです。これを使って飲んでいるシーンを、動画サイトの『テニチューブ』で全世界に流します」

 

「「「「「テ、テニチューブ!?」」」」」

 

 

 君島育斗はストローを取り出した。それは吸い口は一つなのに、飲み口は二つに枝分かれされている、カップル御用達のハート型ストローであった。

 

 

「半端な愛では世界は獲れんのだ。後世に残る羞恥を晒したくなくば、命懸けで越えてみせるがよい!」

 

 

 誰もが、あんなストローを使って飲むなどという恥ずかしいことはしたくない! 

 絶対に負けられないという想いと共に、ボウリング対決が幕を開けた。

 




ボウリング大会やら、高校生組みやらの要望がありましたので、まとめて書いてみました。
正直、高校生組みのテニスは書くのが無理と判断して、平和(?)なボーリング大会にしました。
これなら、ちゃっちゃと終わりますし、二~三話ぐらいでまとまるかなと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特別アフター:ボウリングの王子様―2

「さあ、突如始まったボウリング対決! 第一投目は、日本代表No2の種子島修二! その神がかり的なラケットさばきはあらゆる衝撃を無にするとか! しかし、ボウリングでは使い道ないぞ? 果たしてどうする!」

 

 お決まりの朝倉のアナウンスと同時に、種子島が一投目を放る。それは、何の変哲もない普通の素人ボール。

 特にうまいわけでも、コースがいいわけでもなく、取れたのは五本。スプリットとなった二投目も一本しか倒せず、一レーン目は六本。

 

「難しいやないか、ボウリング。ピンが倒せへんわ」

 

 特に何か仕掛けてくるわけでもなく、普通にやって六本。

 

「やった! これなら仮に次にあいつがストライク出しても何とかなるかも! ゲンイチロー、ボウリングは大丈夫?」

「無論だ」

 

 種子島はボウリングは大したことない。安堵の笑みを浮かべるアスナと真田。

 

「俺はあらゆるボウリングの修羅場を潜り抜けてきた。ピンたちは俺の前に全て平伏してきた。このレーンも例外ではない。きええええええ!」

 

 気合を入れた真田が放る。そのボールは勢いをつけて、ストライクとまでは行かなくてもピンを八本倒す。

 

「やった、八本!」

「ふ、まだまだあ! 全部倒れんか―ッ!」

 

 しかし、真田はそこで終わらない。

 

「あれは、黒色のオーラ!」

「黒色のオーラでボールを包み込み、一度ピンを通過したボールの軌道を曲げて、残っているピンも倒した!」

「出たァ! 真田副部長の必殺、黒龍無限の斬だ!」

 

 真田弦一郎がストライクを出した。その快挙にアスナは飛び跳ねて喜ぶ。

 

「やりました、アスナの彼氏! 恋の風林火山を掲げし真田くん! 見事ストライクです! これで種子島さんが次にストライクを出しても、アスナが七本以上倒せば勝利が決まります! しかも、アスナは運動神経抜群でボウリングの腕前もあります! これは勝負が決まったか?」

 

 そう、これで種子島にプレッシャーになったはずと盛り上がる会場。

 しかし、そんな中、フェイトだけは目が点になっている。

 

「いや、待ちたまえ……あれ、魔法じゃないよね? なに? 黒色のオーラがボールの軌道を曲げるって……なんで誰も大騒ぎしないんだい?」

「ほう、やるな、あの帽子め。腕を上げたな」

「待て、普通に感心してるけど、いいのかい? エヴァンジェリン」

 

 そんなフェイトの疑問に誰も反応せず、続いて二レーン目に挑む種子島だが、七本しか倒せず、合計で十三本。

 これで、アスナが四本倒せば真田たちの勝利になる。

 

「勝負ありましたな、種子島先輩」

 

 真田が不敵な笑みを浮かべる。だが、追い詰められたというのに種子島は……

 

「う~ん、難しいな~。せやけど……ピンは倒せへんけど俺は負けへんよ?」

 

 既にゲームを終えたというのに、余裕を崩さなかった。

 

「ふっ、何を今更! 行け、神楽坂アスナ! お前の一投で引導を渡してやれ!」

「勿論よ! いくわよー」

 

 アスナが助走を着けて振りかぶる。しかし、その時だった。

 

「彼女ちゃん」

「ん?」

「アッチ向いてほい」

「へっ? あ……」

 

 急に声をかけられて余所見をしたアスナは、更に種子島のアッチ向いてほいの指につられてまた顔を背ける。

 その結果、既に体の動きを止められないアスナは、よそ見したままボールを投げてしまった。

 

「あっ……あああああああああああああああああああああああっ!」

「ガターやな」

「たわけえええええええ!」

「「「「「ひきょおおおおおおおおおお!?」」」」」

 

 神楽坂アスナ。痛恨のガター。

 種子島修二の突然の卑怯なおちょくりに、アスナはギッと睨みつける。

 

「ちょ、あんた卑怯よ!」

「ん? そうかそうかスマンスマン。ほれ、もう一投や。気張り」

「っ~~~~!」

 

 飄々とされてアスナのイライラは頂点に。

 

「えーい、落ち着かんか、神楽坂アスナ。この程度の揺さぶりで揺らす精神力では話にならんぞ!」

「わ、分かってるわよ! ふしゅー、もう引っかからないんだから! 次こそ終わらせてやるんだから!」

 

 種子島のペースに惑わされ、この最後に一投までミスるわけにはいかない。

 アスナは深呼吸して落ち着くように精神を集中させる。が……

 

(くっそ~、こんな奴に負けてたまるかってのよ! これで負けたら、あのジュースをゲンイチローとあの枝分かれストローで……枝分かれストローで……ラブラブに飲まないと……いけな……)

 

 その時、アスナの頭の中に煩悩が埋め尽くされた。

 なぜなら、同じジュースを二本のストローでラブラブに飲む等というのは、硬派の真田は絶対にやってくれないだろう。それは恋人同士になった今でもそう。

 しかし、今なら? 罰ゲームという理由さえあれば……

 

「逆にこれで動画放映されたら世界公認カップルやな」

「っ!?」

 

 種子島の何気ない一言。その悪魔の誘惑の言葉が、最後のギリギリでアスナの手元を狂わせた。

 

「ぬあああああああああああああ!?」

「たわけええええ、何をやっているかーっ!」

「こ、これは予想外! アスナの連続ガターにより、勝者は高校生チームの種子島さんっ!」

 

 まさかの逆転負け。アスナは頭を抱えて叫び、真田は怒り狂う。だが、敗北は敗北。そして敗者は連帯責任。

 

「さあ、敗者の二人はラブラブデッドブルにいってもらいます。さあ、どうぞー!」

 

 専用のテーブルに用意された一杯のグラスに注がれたデッドブル。二本のストローを、真田とアスナは真っ赤になりながら対面に座って口をつける。

 

「おい、もっと離れんか、たわけ……額が付くであろう」

「だっ、だって、このストロー短いから……もっと近づかないと……」

 

 恥ずかしがりながら、付き合いたてカップル伝説のイベントを行おうとする二人。

 この照れた二人に、女子生徒たちはイライラ。

 だが……

 

「まったく。では、いくぞ……っ! たわけンモオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

「うん、吸っちゃう! ンモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 その数秒後に、皇帝とお姫様は牛になったのだった。

 

「な、ど、どういう成分が混ざっていればあんなことに!」

「恐ろしいものを開発したものだ」

「アスナァ! 真田君っ! なんや百年の恋も冷めるぐらい凄いことになっとるえ!」

「いい気味……と思ってたけど、これが世界同時放映?」

「お姫様……」

「アスナさん……魔法無効化できても、デッドブルは無効化できないんですね……」

 

 牛になった二人に哀れむ一同。そんな二人に平等院鳳凰は失望の顔を浮かべる。

 

「半端な愛では世界は獲れんと言ったであろう。これがその末路だ。教訓にしてその目に刻み込んでおけ、貴様ら」

 

 あくまで厳しい言葉をぶつける平等院。そんなアスナたちの犠牲を合図に、ゲームはどんどん進んでいく。

 

「さあ、続いての高校生は、で……デカっ! に、226cmの超長身が武器の青メッシュ! 越知月光さん! 繰り出される『マッハ』と呼ばれるサーブは、目にも映ら――――」

 

 高校生組みの中でも最大身長の越知。彼が現れた瞬間、誰もが「デカイ」と口にしようとしたのだが、ボールを片手に持っていた越知の手には既にボールはなかった。

 

「「「「「えっ?」」」」」

 

 誰かが何かを反応する前に、既にピンは倒れている。つまり……

 

「は、速すぎる! ちょ、いつの間に投げてたんですか、越智さん! こ、これが噂のマッハ! 速すぎます! 投げた瞬間すら分かりませんでした!」

 

 越知のマッハボウリング。それは誰もが反応することも出来なかったのである。

 

「は、速い! いや、でも速く投げる意味があるのかは分からないが、それでも速いね。アレを気や魔力の強化無しで?」

「この私ですら、油断したら見失っていたな。……できるな……あの男」

 

 フェイトやエヴァたちですら「速い」と感じるほどのマッハ。そんなもの一般生徒たちに分かるはずがない。

 しかし、逆に目に見えないからこそ、あまり凄さが理解できずに良かったのかもしれない。

 

「よーし、次は僕がいくぞーっ! ブン太、見てろよー!」

「大丈夫か心配だろい、チミっ子」

「心配すんなって! 楓姉ェ直伝の忍者ボウリングで……っ!」

 

 すると、その時だった。

 意気揚々と飛び出した鳴滝姉。気合を入れて投げようとした瞬間、全身を硬直させて、青ざめているのだ。

 

「は、あ、あれ? え、ふ、震えがとまらな……」

「おい、チミっ子! ……あーあ、これはやられただろい……」

 

 震えが止まらぬ鳴滝姉を見て、「あちゃー」と丸井は顔を抑える。

 それは、今、自分たちと対峙している越知月光が起こしたこと。

 

「ちょ、鳴滝さん、どうされましたの?」

「お姉ちゃん!」

「ちょ、なんで? いつも元気な風香ちゃんが、あんなに恐怖に怯えてる!」

 

 普段は見ない、鳴滝姉の尋常ではない様子に動揺が走る。

 その答えを、中学生テニスチームは悔しそうに呟く。

 

「出た、メンタルアサシンっすよ!」

「アサシン? どういうこと、赤也くん?」

「何事にも動じない佇まいからのひと睨みによるプレッシャーで、油断した相手の精神を容赦なく破壊する。それがあの人の能力なんすよ!」

 

 その説明で……理解できた奴が何人いたかは分からない……

 しかし、目の前で起こっている状況が全て真実だと物語っていた。

 

 

「ちょ、越知さんまるで容赦なし! 身長128cmの風香ちゃん相手に、226cmの男が容赦なし! ちょ、少しぐらい手加減しないんですか!?」

 

「さして興味ない」

 

 

 こうして、ブン太も奮闘するのだが、結果的にこのペアも負けたのだった。

 

「いや、メンタルアサシンって……そういうの可能なのかい?」

「アレをテニスに応用されたらミスの連発だな。更に、あの身長から繰り出されるマッハのサーブ……ふ、流石は高校日本代表と言ったところか」

「……流石ですませていいの?」

 

 フェイトの疑問は募るばかりだったが、結果は結果。中学生チームの二連敗だった。

 

「うう、ゴメンよ~、ブン太~」

「……んま、チミっ子にしては頑張った方だろい」

「ブン太……」

 

 デッドブルを前にして向かい合い、頭をなでて慰めるブン太。涙を流しながら謝る風香は頬を赤くそめる。

 しかし……

 

「次こそ勝つだろい。天才的なブモオオオオオオオオオオオオ!」

「んもーーー! んもーーーー!」

 

 容赦なく二人は牛にされたのだった。

 

「さあ、流石は高校生チーム! 中学生男女チームは連敗が続いております! この流れを断ち切れるか? さあ、中学生チーム御願いします! 聖書テニスの白石くんと、プリンセス・ザジさんです!」

 

 このまま黙って負けるわけにはいかない。覚悟を決めた二人が前へ出る。

 この二人、決してカップルというわけでも何かフラグ的なものがあるわけではない。

 しかし、想いは同じ。負けるわけにはいかないという想い。

 だが、対戦相手は……

 

 

「確信した。俺はボウリングが強くなりすぎた」

 

「高校生チームも来ましたー! 徳川カズヤさん! 幼少時より海外でテニスをしてきたというエリート街道まっしぐらの選手! その冷たい目の奥に燃える闘志は日本チームのエース!」

 

 

 高校生チームは徳川カズヤ。彼の登場には、エヴァンジェリンたちも身を乗り出した。

 

「奴か……阿修羅のオーラが見えるな……阿修羅の神童か……底知れなさは、幸村に近いものがあるな」

「身にまとう雰囲気が既に尋常ではないな」

「ええ、高校生チームの中でもかなり異端な実力者だと思います」

「お手並み拝見でござるな」

 

 そこに居るだけで感じる徳川の底知れぬ何かに、エヴァを筆頭に、戦いの世界に生きる者たちは各々顔つきを変える。

 この男は一体何者か? その正体を見極めようとしていた。

 

「でもさ、やっぱ超カッコいいよね」

「でも、美砂。なんか恐そうじゃない?」

「そこも含めてだよー」

 

 能天気に徳川にキャッキャする女子たちも一部居るが、ここから始まるのは異次元の戦いなのである。

 それは、すぐに分かること。

 

「なら、先にやらせてもらおか」

 

 先に投げるのは、白石だった。

 

 

「特に無駄なことはせえへん。完璧なコースに完璧なタイミングと力加減で投げる。それでストライクを取れる。そう、ボウリングはピンを倒したもん勝ちや!」

 

「出たー! エクスタシーな白石くんの完璧なボウリング! 聖書です! バイブルです! バイブルボウリングです!」

 

 

 自分で宣言したとおり、白石は基本に忠実、完璧なフォームと力加減でボールを放る。

 完璧なストライクゾーン。これは行ったと誰もが思った。

 しかし……

 

「っ!? ちょ、ほ、ほんまかいな!」

 

 なんと次の瞬間、レーンの上を転がっていた白石のボールが途中で見えない壁に弾かれて止まってしまったのである。

 ボウリングのボールがレーンの上で停止すること。それは滅多にありえないこと。

 その光景に誰もが言葉を失う。

 だが、白石はすぐにハッとなる。

 

 

「せや、ブラックホールや!」

 

「「「「「はい?」」」」」

 

「徳川さん、いつの間にかレーンの空間を削ってボールを止めたんや!」

 

 

 そう、徳川の必殺技。空間を削ってどんなボールすらも停止させる技。ブラックホールだ。

 

 

「「「「「ちょ、そんなのありかあああああああああああああああ!?」」」」」

 

「コラァ! メンタルアサシンまではギリギリ許した! だが、流石にこれには私でも限界だぞゴラァ! なんで、ザ・ハンド使える能力者が居るんだよ!」

 

 

 勿論、ここまでくれば、幸村や真田たちのおかげでテニスに対する耐性が出来ていた生徒たちも、そして千雨も勿論叫ばずには居られなかった。

 

「ほう! あの小僧……高校生で既にアレができるのか! それをボウリングに使用するとは巧いな。発想もいい」

「いや、待ってくれ、エヴァンジェリン。く、空間を削るって……く、空間かい?」

「おい、フェイト。先ほどから驚いているが、貴様、テニスをあまり知らんのではないか?」

「……て……テニスならOKなのかい?」

 

 徳川が勝利のためにと張った防衛策を見抜けなかった白石はガックリと項垂れる。

 だが、白石は頭を振って切り替える。

 

「アカンアカン。こないなことでビビッとったら、世界じゃ戦えへん。それに……」

 

 そう、世界で戦うためにも、身内の技に驚いているようでは話にならない。

 そしてその他にも奮い立たねばならぬ理由がある。

 白石は、跡部の隣で頭を抱えて項垂れている千雨を見て、気持ちを盛り上げる。

 

(千雨ちゃんの前で、あんま無様なところも見せられへんしな)

 

 その時、決意した白石は己の左腕に巻かれた包帯に手を置く。

 

「しゃーないな」

 

 その巻かれた包帯を外していく姿に、女生徒たちは驚きの声を上げる。

 

「ちょ、白石くんが包帯を!」

「アレって毒手って言ってなかった?」

「毒手解禁!?」

 

 白石の左手の包帯の下。毒手だとか冗談交じりの噂が色々あった。

 しかし、その包帯の下に何が隠されているか、色々な予想があったものの、「これ」を予想できた奴はまずいない。

 

「……なんで……やねん……」

 

 千雨が思わず関西弁で突っ込んでしまうもの。

 

「「「「「なんじゃそりゃあああああああああああ!?」」」」」

 

 そこにあったのは、金色に輝くガントレット。

 

「なんや白石、あれー! 毒手やないんかー! めっちゃピカピカ光っとるやないかー!」

「ああ、そういや金太郎たちは知らなかったんだな。白石の左手の封印……純金製のガントレット」

 

 テニス勢も一部は知らない白石の左腕の秘密。

 実際は、白石が中学一年生の頃、顧問が競馬で当てた金を純金に変えて、その隠し場所として白石を使っただけのこと。

 しかし、そうは言っても、純金のガントレットという重いものを抱えたままテニスをするのは尋常ではない。

 ゆえに、全てを解放した白石は、完全に本気モードである。

 

「白石さん」

「もう、大丈夫や、ザジさん。ほな、二投目行ってくるわ」

 

 身軽になった白石は、重いボールを軽やかに持ち上げる。

 そして、これまでのように、完璧なフォーム、完璧なタイミングに加えて、身体のスムーズな動きやボールの勢いが上乗せされ、さらにコントロールも格段に上がった。

 しかし、その行く手にはブラックホールが……

 

「徳川さん。ブラックホール、テニスの時と違って、穴が少し大きいわ」

「……ふっ」

 

 徳川のブラックホールはテニスでの応用だが、ボウリングで使ったのは初めてである。

 完璧にコースを遮っているように見えて、ところどころに隙間があるのだ。

 その隙間を白石は完璧に抜いた。

 

「んー、エクスタシー!」

 

 完璧なコース。完璧なストライク。白石のお決まりのキメ台詞で、ボウリング場に熱気が走る。

 

「すごい、白石くん! あのブラックホールを破った!」

「これは流石にエクスタってもいいよ!」

 

 見事なストライクに歓声が上がり、白石とザジはハイタッチ。

 すると、ブラックホールを破られた徳川は、特に悔しそうな表情も見せず、むしろ小さく笑みを浮かべた。

 

「いい閃きだ、白石くん」

「徳川さん!」

「世界でも、その気持ちを忘れないように」

「はいっ!」

 

 徳川は白石を素直に褒めたのだった。白石もこれには嬉しそうに頭を下げる。

 そして、続くは徳川。

 白石のストライクに、少しはプレッシャーが? いや、この男には微塵も乱れはない。

 

「さあ、では、次は徳川さん行っちゃってください!」

 

 朝倉のアナウンスと共に徳川が助走をつけてボールを放る。

 自信満々なだけあって、完璧なストライクコースだ。

 だが、その時だった!

 

「目には目を。歯には歯をです♪」

 

 魔界のプリンセスが微笑んだ。 

 そして……

 

「っ!?」

「ナイトメアゾーンです。あなたの放ったボールは全てガターへと転移します」

 

 ザジもまた空間転移の魔法を披露。これには徳川は目を見開き、平等院たちの目じりも少し動いた。

 

 

「ほう。小癪な力を使う娘が居るな」

 

「あの小娘、べらぼーに面白いじゃねえか」

 

 

 高校生たちすらも、流石にザジの力には驚いたようだ。

 ガターになった徳川はザジと互いに睨み合う。

 

「……ねえ、旧世界って、いつから魔法の秘匿がなくなったんだい?」

「あれは、テニスの技術の応用だから問題ない」

「エヴァンジェリン、君、性格変わってるよ? ネギくんは……」

「流石です、ザジさん! 見事な応用と発想です!」

「ダメだ……早くなんとかしないと……っ……彼らも気の毒に」

 

 既に毒されているネギやエヴァは何かが変わってしまっていると心配になるフェイト。そして、徳川に同情する。

 だが、そんなフェイトの同情など関係ないとばかりに、徳川は大して動じることもなく、もう一投放ろうとしている。

 しかし、今のザジの魔法をもう一度発動されたら、ストライクはまず取れない。

 

「このまま行ったら、徳川のあんちゃんが牛になるんやないかー! ごっつ見てみたいわー!」

 

 金太郎がケラケラと笑いながら言った言葉に、皆がピクリと反応する。

 この鉄仮面のような男が牛になる……? 

 

「「「「「(イケメン崩壊は見たくないけど……でも、見てみたい気も……)」」」」」

 

 

 女生徒たちがソワソワとしだした。

 このまま徳川が牛になる?

 ザジはザジでニコリと笑っていて、明らかに意地悪でナイトメアゾーンを再度発動させる気満々だ。

 そんな状況下で、意外にも追い詰められた徳川は……

 

「ふっ……ザジ・レイニーデイか……少しは面白い奴が居たものだな」

「ッ!?」

 

 徳川は追い詰められたこの状況で小さく笑った。

 そして……

 

「はあああっ!」

 

 ボールをレーンに投げた。

 ど真ん中のストライクコース。

 しかし、ザジは容赦しない。

 

「させません、ナイトメアゾーン!」

「ブラックホール」

「ッ!?」

 

 その時だった。

 いつの間にかテニスラケットを持っていた徳川。

 ボールを転がした後に力強く素振りして、ブラックホールを作って前に飛ばした。

 そして、そのブラックホールは、ザジのナイトメアゾーンを設置した空間を削り取った。

 

「ッ!? な、そんな手が!?」

「なんちゅう人や徳川さん! ブラックホールを飛ばすことができるんかい!」

 

 魔界のプリンセスが驚愕の表情を浮かべる。

 それは、数か月前のダブルスで、手塚と跡部と戦ったとき以来の驚愕。

 ネギやエヴァ、フェイトも思わず立ち上がる。

 

「ザジさんの魔法が!?」

「バカな! 魔法を設置した空間ごと削り取って、魔法を消滅させた! なんという発想!」

「魔法を……て、テニスの技で消滅させた……?」

 

 ナイトメアゾーンが不発となり、そうなればもはや遮るものはない。

 徳川の放ったボールは見事ストライクを取った。

 

「ストライイイイイイク! 徳川さん意地のストライクゲットです!」

 

 徳川がザジの上を行った。

 これにはザジも目をパチクリさせている。

 

「これは驚きましたね……」

 

 その瞬間、徳川とザジの間に火花が生じた。

 ザジも表情こそは笑顔なものの、身に纏う魔力に微妙な変化が生じているのが感じられる。それは、どこか荒々しいものだった。

 

「ですが、白石さんが十本を倒した以上、私も十本倒せば負けはありませんよ?」

 

 続いて、ザジがボールを取る。正直、ザジのボウリングの腕前は誰も知らないが、誰もその実力を疑っていない。

 

「では、次は私の番ですね。いきます!」

 

 ザジがボールを放る。しかし、その先には……

 

「ダメや、ザジさん! ブラックホールや!」

「問題ありません」

 

 ザジのボールの行く手に立ちふさがるブラックホール。

 しかしザジのボールは、ブラックホールに直撃する寸前に空間から消えた。

 

「ザジさん! そうか、空間転移でブラックホールを避けたんだ!」

「ザジさん、あったまいい!」

 

 これは完全にザジが上を行った。

 

「ストライーーーーク! ザジさんこの人、こういう時はまるで容赦なし! ルールがどうとか考えるのがアホらしくなります!」

 

 相手の裏の裏をかいた、ザジの技あり。

 色々ツッコミあるものの、ニコリと笑ったザジが白石とハイタッチした。

 

「やったな、ザジさん。エゲつないけど、ピンを倒したもん勝ちや」

「ええ。これで我々の負けは無くなりました」

 

 そう、白石とザジが二人とも十本倒した以上、仮に徳川が次にストライクを取ったとしても、ザジたちに負けはない。

 それどころか、ザジは先ほどよりも容赦がなくなっている。

 

「彼が削れる空間の大きさは大体把握しました。今度は削り取れないぐらいの巨大な空間転移魔法陣を引きます。全て、ガターにします」

 

 悪魔だ……と誰かが呟こうとしたが、ザジは実際に魔族なので何の問題もなし。

 

「さあ、徳川カズヤさん、最後の一投をどうぞ♪」

 

 ニコニコと笑うザジ。

 しかしその時、徳川は……

 

「俺はストライクを取る。この確信に揺るぎはない」

 

 強がりでもない。確信を込めてそう宣言した。

 そして……

 

「いくぞ!」

 

 その時、徳川が手に持っていたボールが眩い光に包まれた。

 

「っ! なんだ、アレは!」

「ボールが光っている!」

 

 光る球。流石にこればかりは、女生徒たちも初めて見る。

 

「ほう! 傑物だな……アレを出来るか……」

「エヴァンジェリン……何アレ?」

「すごい力の波動です!」

 

 エヴァはゾクゾクとした笑みを浮かべ、フェイトは呆れ、ネギは目を輝かせている。

 

「……スタンド使いで……念能力者……もうやだ……ボウリングってなんだっけ?」

 

 長谷川千雨はもう立ち上がれなかった

 だが……

 

「素晴らしい力です。しかし、無駄です! どれほど威力があろうと、あなたの放ったボールは全てガターに転移します!」

 

 そう、どれほどの力が篭っていようと関係ない。ボールごと転移させてガターにする。そのことに何の変わりはない。

 

「ダメだ、徳川さんのボールが!」

「ガターだ!」

 

 光る球はザジの魔法に飲み込まれてガターのレールに乗ってしまった。

 これで勝負があった。誰もがそう思った。

 しかし、その時だった。

 

「っ!?」

「な、なにいいっ!?」

 

 光る玉の勢いは止まらず、ガターのレールを突き進んで、そのまま轟音立てて一番奥の壁へとめり込んだ。

 ボウリング場が地震になったかと思えるほどの振動で生徒たちのバランスが崩れそうになる。

 そしてその振動は、立っていたピンを全て倒してしまったのだった。

 

「言ったはずだ。俺はボウリングも強くなりすぎた」

 

 涼しい顔をする徳川。

 その視線の先には、「ボールが触れていない」のに「十本全部」ピンが倒れていたのだった。

 

 

「す……ストライク……で、いいのかこれはああああああああああ! ボールの振動でピンが倒れるとか、もうそれボウリング根底からぶち壊しじゃないかああ! でも、これで徳川さんも全部倒したので、この勝負は引き分けだァァァァ!」

 

「「「「そ、そんなん、アリイイイイイ!?」」」」

 

 

 もはや、これにはザジも呆れたように笑うしかなかった。

 

「これは……やられましたね」

 

 お手上げだと、ザジは降参のポーズをする。

 すると、徳川はザジを見て口を開く。

 

「お前とは、いずれテニスで戦う予感がする」

「そうですか。では、その時は是非お手柔らかに」

 

 結果、引き分けということになり、両者罰ゲーム回避。

 勝利こそ掴めなかったものの、中学生たちの連敗はストップした。




この物語はフィクションです。実際のボウリング場で、光る球やブラックホールの使用はゲームの楽しさを損なうことになりますので、絶対に真似をしないように御願いします。

さて、今回指摘を戴き気づきました。ボーリングではなくボウリングだと。
大変申し訳ありませんでした。

*意味
●ボウリング・bowling:
プレイヤーに対して頂点を向けて正三角形に並べられた、10本のピンと呼ばれる棒をめがけてボールを転がし、ピンを倒すスポーツ。


●ボーリング・boring:
………穴を開けること。


……あれ? 別に間違ってない……? 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特別アフター:ボウリングの王子様ー3

「よう、こんなに早く再戦できるとは思わなかったぜ」

「そんな喧嘩腰に来るのは勘弁しろし」

 

 中学生グループの連敗がストップしたとはいえ、死闘は終わらない。

 最恐不良の亜久津が、高校生相手にメンチ切っている。

 相手の男は、ダボダボジャージでヒッピー風の容貌をし、どこか気だるげな雰囲気を漂わせる、大曲竜次。

 かつて、亜久津とは図書館で色々あったとかなかったとか……

 

「ひいいい、な、なんか既に一触即発っていうか……ほ、本当にボーリングだよね?」

「亜久津くん、い、今にも、な、殴りかかりそうな……」

 

 女子校ゆえに、不良というものに馴染みのない女生徒たち。これまで何度かのイベントで亜久津を見てはいるものの、未だに慣れない様子。

 しかも今日は、普通の高校生とは違う連中がズラリと集結しているため、いつもより緊張感が漂っていた。

 

「ちょっと、亜久津くん! 喧嘩はそれまでですわ! それに、相手は高校日本代表の方ということは、あなたの先輩でもあるのでしょう? 目上の方にその態度は失礼ですわ!」

 

 そんな亜久津に強く言えるのは、この中で何故か一番亜久津と関わりのある雪広あやかがチョップで亜久津の頭を叩く。

 そんなことができる女がこの世に何人居るだろうか?

 

「「「「「い、いいんちょおおおおおおお!?」」」」」

 

 心臓に悪いあやかの行動に一同がビクビクして叫ぶ中、亜久津は般若のような顔をして振り返る。

 

「誰に指図してんだこのブルジョワ女が。ドタマかち割るぞ!」

「口汚く言うのはおやめなさい! あなたはスポーツ選手! 暴力ではなくスポーツで相手を黙らせなさいな!」

 

 この二人の喧嘩も実はかなりの回数を重ねている。

 会えば喧嘩ばかり。罵りあう。しかし何故か行動を共にしている。

 そんな良く分からない関係性だった。

 

 

「おい、デキた彼女が言ってんだ。言うとおりに、さっさと投げるし」

 

「「っ、彼女じゃねえ(ないですわ)!!」」

 

「……はあ、分かった分かった、いいからやるし」

 

 

 大曲竜次がアクビしながら二人を促す。

 結局亜久津は今にも殴りかかりそうな様子だったものの、舌打ちしながら結局ボーリングのボールが並ぶ場所まで行ってボールの重さを選び出した。

 

「ちっ、くそが……」

「…………」

 

 並ぶボーリングのボールの列をガサゴソと雑に漁る。綺麗に並んでいたボールが漁られていると、次第に大曲がウズウズしだし、そして……

 

「……」

「あん?」

「……ちゃんと並べなおせし」

「……ふん」

「並べなおせし……」

 

 大曲竜次。特徴は、意外と几帳面……

 

「コラアアアアア、ぶち殺すぞ!」

「並べなおせし」

 

 亜久津がボーリングのボールを指にはめて、なんとそのまま大曲に殴りかかった。

それどころか、その場にあったボールを一斉に大曲に投げる。

 

「勘弁しろし」

「上等だコラァ!」

「仕方ねえ。俺の二刀流……二球流で相手してやるよ」

 

 すると大曲は、亜久津のボーリグパンチ、ボーリングの雨を軽やかに回避しながら、投げられたボーリングのうちの二つを持ち上げて、どんどん投げられてくるボールを弾いていく。

 

「キャアアアアア、ちょ、ボーリングのボールで喧嘩とかしゃ、シャレにならない!」

「やめるんや、亜久津くん! 女の子もおるんやで!」

「しかし……あの野生的な動きの亜久津殿の動きを軽やかに回避するとは、あの高校生……やるでござるな」

「なんや、喧嘩なんか? ワイも混ざるわー!」

 

 一斉に悲鳴が上がるボーリング場。

 もはや誰も手が付けられない。

 

 

「ふう……殺意は認めるが、目障りだな……滅ぼすか……」

 

「やめろ、平等院。奴の力は世界で戦うには必要だ。あいつの死に場所は世界の舞台だ。まだ滅ぼすな」

 

「ほう、随分と奴を買っているようだな、鬼」

 

「あたぼーよ。奴は才能の化け物だ。もし奴が自分の真の力を解放できたら、このボーリング場だって消し飛ぶさ。それだけの才能と力を奴は持っている」

 

 

 流石に止めるかと、平等院が立ち上がろうとするも、容赦しないであろう平等院を鬼が止める。

 しかし、そうしている内にも被害がどんどんと……

 

「おやめなさい、亜久津くん!」

 

 ボーリングのボールが飛び交う雨の中、勇敢にもそのど真ん中に身を投げ出して、その争いを止めようとする一人の女。

 

「ッ!?」

「あぶな……」

 

 咄嗟にボールの軌道を紙一重でズラした大曲と、寸止めでギリギリにパンチをあやかの眼前で止めた亜久津。

 その表情は突然の出来事に驚き、言葉を失っていた。

 すると、あやかは……

 

「あなたはスポーツ選手。同時に今のあなたはこの国を代表する選ばれし方なのですよ? そのような方が……競技が違うとはいえ、ボールは人を傷つけるためのものではないという常識が、どうして分かりませんの!」

 

 それはあまりにも真っ直ぐで、そして当たり前すぎることで、まるで母が子供を叱っているかの様子。

 ボールは人を傷つけるためのものではない。

 そんなことは誰もが……

 

 石田銀……108式まである。

 木手永四郎……殺し屋。

 遠山金太郎……108式より危険。

 切原赤也……真っ赤に染める。

 伊達男児……男児の春。

 袴田伊蔵……やれ恐ろしいことじゃ。

 遠野篤京……処刑大好き。

 鬼十次郎……ブラックジャックナイフ。

 デューク渡邊……ホームラン

 平等院鳳凰……言わずもがな。

 

 ……意外と、分かってなかったりもするのだが、とりあえずあやかのその言葉と真っ直ぐな瞳に、亜久津もアホらしくなってソッポ向いた。

 

「けっ……くだらねえな……」

 

 くだらない。だが、そういいつつも、散らばるボールの一つを拾い上げる亜久津はレーンの前に立ち、真っ直ぐピンを見据える。

 そして……

 

「オルァ!」

 

 通常のボーリングと違い、まるで円盤投げのようにボールをぶん投げる亜久津。

 その独特でダイナミックな動きに誰もが言葉を失うも……

 

「ちょっ、な、なにあのフォーム!? 円盤投げ!?」

「ちょーーーー、あ、あぶなああああ!?」

「す……ストラーイク! すげえええ!」

「ちょ、ボーリングのボールを転がさないで、ぶぶぶ、ぶん投げた!?」

「すげええ、なんなのあの人は相変わらず!」

「流石、十年に一人の天才、怪物亜久津!」

 

 何だかんだで、何でもやれば出来てしまう天才亜久津のストライクに、先ほどの悲鳴とは打って変わって歓声が上がる。

 大曲の表情に大きな変化は見られないものの、流石に驚いたのが、僅かに目元が動いた。

 そして……

 

「ふふふ、何だかんだで、結局結果を出しますのね、あなたは」

 

 文句なしにストライクを取った亜久津に笑顔で拍手を送るあやか。そしてあやかは自然に手を挙げ……

 

「けっ。テメエもエラそうなことをほざいたんだ。ミスるんじゃねえぞ……相棒」

「勿論ですわ。パートナーとして、あなたの足を引っ張るようなマネはしませんわ」

 

 パシンと乾いた音が響いた。それは、不良とお嬢様という異色の組み合わせが見せたハイタッチであった。

 だが、ただのハイタッチなのだが……

 

「むっ?! こ、これは……おんや~? ほのかなラブ臭が……」

「あれ? ……ねえ、なんか……いいんちょ……」

「は? え? いやいや、ないないないって。だっていんちょだよ?」

「そうそう。ショタコンいいんちょが……ねえ?」

 

 亜久津とあやかの二人の間に何かを感じ取った生徒たちだが、すぐに「そんなことあるはずがない」と首を横に振った。

 だが、二人の間に流れる爽やかな、青春の光景に何かを感じ取ったのは誰も否定できなかった。

 そんな二人の様子に、大曲も「やれやれ」と溜息。

 

「やれやれ。手強くなったみてーだな。勘弁しろし」

 

 面倒くさそうに溜息を吐きながら、大曲が落ちているボールを二球拾って構える。

 

「仕方ねえ。俺の二球流で改めて相手してやるよ」

 

 そして…………

 

「出た! ラケットもボーリングも二刀流大曲先輩!」

「おいおい、そんなことしていいのか!?」

「……いや……そもそもボーリングのルールでは」

 

 大曲のパフォーマンスに歓声が上がり、噂の二刀流が解禁される……と誰もが思ったのだが……

 

「は、反則です!」

 

 宮崎のどかがルールブック片手に抗議の声を上げた。

 

 

「あの、ボーリングは二球同時に投げるのは禁止されてますし、ボーリング場の注意書きにも玉詰まりがするからダメって書いてあります!」

 

「……………」

 

 

 だが、大曲は既にボールを投げた後であった。一応十本倒れたのだが、それはもはや何の関係もなく……

 

「かんべんモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 失格で牛になった……

 

「……わ、わたくし……投げる前に終わってしまいましたわ……な、なんですの? この不完全燃焼な気持ちは」

 

 既にマイグローブとマイボールを準備して待機していたあやかは、顔を引きつらせて、行き場の無くした想いを抱いたままモヤモヤした状態で立ち尽くしていた。

 

「けっ、スッキリしねえぜ」

 

 同じく亜久津もまた、合宿所で大曲に敗れたため、そのリベンジも兼ねていたこの対戦の不本意な結末に不満気であった。

 すると、そんな亜久津に高校生の鬼が声をかける。

 

 

「つまり、お前の大願を晴らす場はここにはないってことだ。そして死に場所もな」

 

「あ゛?」

 

「大曲はもう敵ではない。お前の倒すべき相手は世界だ。それまでその心の牙を研ぎ続け、駆け上がって来い、亜久津仁」

 

 

 晴れなかった気持ちは世界で晴らせ。鬼のメッセージに、亜久津は食いかかるでも拒否するでもなく、ただ黙って聞いていた。

 そして鬼はその傍らに居るあやかに……

 

「へい、そこのガールよ」

「えっ? わ、わたくし……ですの?」

「そいつを頼んだぞ」

「……えっ?」

 

 突如亜久津を委ねられたことに困惑するあやかに、鬼は続ける。

 

 

「そいつはテニスセンスや気迫、野生や殺意も一級品だが、ココ……ハートが……情熱がまだまだ不安定だ。何故なら、そいつはここに居る奴らと違い、団体戦でも自分のためだけに戦ってきた。学校の看板を、国を、誇りを……誰かのために戦ったことがない。そういう奴は、とてつもない巨大な壁が立ちふさがった時、簡単に投げ出しちまう。だから……お前がそいつを奮い立たせてやれ」

 

 

 怪物亜久津。天才的なテニスセンスを持ちながらも、情熱の無さゆえに燻り続けた。

 一度、越前リョーマの存在で心に火を付けるも、敗北と同時に燃え尽きてテニスを捨てた。

 やがて、もう一度テニスへの情熱を取り戻すも、それもまたいつその思いを失うかは分からない。

 だからこそ、鬼はこれからの日本のため、亜久津にもし何かがあったら、あやかが尻を叩いてでも立ち上がらせろと告げているのである。

 あやかからすれば、「何故自分が?」という話ではあるが、しかし……

 

 

「……分かりましたわ」

 

「あ゛? おい、こら、テメエら何を勝手に―――」

 

「これからの日本のため、太一くんのためにも、わたくしが彼の責任を持ちますわ!」

 

 

 あやかは、胸を強く叩いて宣言したのであった。

 

「ざけんな、コラァ! 殺されてーのか、貴様ァ!」

「日本代表がそのような言葉遣いはダメだと言ったではありませんの! あなたは――くどくど――あーでもないこーでもない!」

「テメエ、ドタマ―――」

 

 ちなみにこの二人は将来結婚することになるのだが、そのことはまだ誰も知らない……

 

「ふん、甘いな鬼よ。愛だけでは世界は獲れんのだ」

「平等院……」

「腑抜けた愛に現を抜かし、牙と刃を失った野生と殺意で、大海原で生存できると思っているのか?」

 

 一方で、そんな状況に対して厳しい瞳で発言する平等院。

 たとえ、鬼や亜久津の実力を認めても、鬼の意見には否定的であった。

 

「野生と殺意は奴の武器だ。それを失えば、奴に脅威も感じぬ。まあ……野生という意味では、あっちの小僧は大したものだがな」

 

 あやかの愛で失うかもしれない、亜久津の殺意や野生に対し、平等院の瞳には……

 

 

「大車輪山嵐ストライクやアアアアアアアアアアアアア!」

 

 

 正に野生児とも言うべき遠山金太郎。使用したレーンはピンを十本倒すどころか、レーンそのものが破壊されて煙が上がる。

 遠山金太郎・長瀬楓VS伊達男児の対決が始まり、そして既にクライマックスであった。

 

「くっ、だ、男児の春!」

 

 金太郎のパワーに冷や汗をかきながら、負けじと己もパワーショットを繰り出す伊達男児。

 だが、レーンを破壊するまでには至らずピンも九本しか砕けなかった。

 

「いえ~い、ワイの方が倒したで~! 次、楓の姉ちゃんが十本倒せたら、ワイらの勝ちや~!」

「無論でござる。そして、拙者は先ほどの高校生のように二刀流しなくても……玉影分身の術!」

 

 続く楓が分身ボールを放ち、余裕で十本倒し。

 

 

「男児のンモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?」

 

 

 回りが亜久津とあやかのフラグのようなラブコメに目を奪われている裏で、ボーリング対決が普通に続行されていた。

 そして、本来は、高校生組が恋愛に浮かれている中学生たちに活を入れるために行ったはずのボーリング大会であったのだが、徐々に中学生組みの反撃が開始されるのであった。

 

 

「そんな……そんなー! ぼ、僕が、僕がストライクを取れないなんて嘘だー! ……なーんてね♪」

 

「入江さん。演技で騙して、ストライクが取れた夢でも見たのかな?」

 

「ッ!? そんな? こ、これは何も見えない!? 僕の五感が奪われたっていうのか!? ありえない! ボーリングで五感が奪われるなんて!」

 

「お望みなら他のものも奪いましょうか?」

 

「奪われてたまるかー! 女の子とイチャイチャしているリア充な君たちに、ボーリングまで負けるものか! 僕だって、僕だって彼女が欲しかったさ! でも、僕のテニスの実力では恋愛と両立させることなんてできなかったんだー! ……なーんてね♪」

 

「入江さん。五感を奪われたフリをしている幻でも見ていたのかな?」

 

 

 感覚剥奪合戦。

 レーンの上でうつ伏せになる、高校生・入江。

 

「夢の続きはゆっくり見るといいよ。一人でね」

 

 その傍らでは、ジャージを肩に羽織った幸村が冷たい目をしていた。

 

「あの、あ、えとっ、あの……」

「緊張しなくても大丈夫だよ、大河内さん。俺は味方から感覚を奪ったりしないから」

「え、は、はい、その、分かりました……」

「じゃあ、後は任せたよ」

 

 ボールを持ったまま呆然としてしまう、幸村とペアの大河内アキラ。

 そんなアキラを不憫に思いながらも、クラスメートたちからは歓声が上がる。

 

「やったー! 幸村くんの必殺、五感剥奪! やろうと思えば幸村くんは六感だって剥奪できるもんねー!」

「感覚剥奪戦なら、幸村くんの独壇場だよ! よっしゃ、アキラ、トドメをさせー!」

「これで中学生チームの連勝だー!」

 

 歓声を上げる女生徒たち。その、当たり前のように送る声援に、フェイト・アーウェルンクスは頭を抱えていた。

 

「ね、ねえ……エヴァンジェリン……これ、何の競技? 感覚剝奪戦? ナニソレ?」

「ふっ、さすがだ、幸村。この私の最強モードを倒しただけのことはある。神の子は健在だな。私の魔法を剥奪出来る男だ。いかに、高校生テニスプレーヤーといえども、抗えんだろう」

 

 フェイト・アーウェルンクスは思った。「ここは魔法世界じゃなくて、現実だよね?」と。

 だが、何だか恐くなって誰にも聞けなかった。

 そして、そんなときだった。

 

「おい、入江……いつまで寝てる……」

「……鬼……それは言いっこなしだよ」

 

 敗北してレーンで倒れていた入江を抱えながら、鬼がボソッと尋ねると、入江はペロッと舌を出して笑った。

 その笑顔は誰も気づかず、皆の視線はアキラとハイタッチしている幸村に釘付けだった。

 

「なんで、わざと感覚を奪われた?」

「いや~、本気を出しても奪われていただろうし……それに、彼の進化をもっと見たいと思ったからね」

 

 そう言って、入江は思わせぶりな呟きを遺して退場……

 

「しかし、罰は罰だ」

「そんなー! ぼくが、僕が牛になるなんて、うそんもおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 退場させるまえに、ちゃっかりと牛になったのだった。

 

 

 

 

 




ついに、テニプリがテニスコートどころか、会場を破壊する領域まで達したことに、テンション上がりました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特別アフター:ボウリングの王子様ー4

 ボーリング場が、戦火に巻き込まれたかのように、破壊されていた。

 それでも戦いは終わることなく、死闘は続いていた。

 そして今、か弱き少女の目の前には、鬼が現れた。

 

「さあ、上げて来いやー!」

 

 鬼十次郎。

 鬼神のごとき圧倒的な威圧感と破壊力で、高校テニス界のトップの領域に踏み込んだ男。

 その風格は魔法に生きる者たちにも、僅かな汗をかかせた。

 

「鬼のオーラが見える……先ほどの阿修羅の小僧といい、こいつもまた、傑物だな」

「はい。あれほどのオーラを出せる人は、そう居ないと思います。さすがは、高校日本代表ですね」

「エヴァンジェリン……ネギくん……テニスって、なんなんだろうね……」

 

 もう、何がどうなってるのかまるで分からないフェイトは、表情こそクールではあるが、ガックリと項垂れた。

 そんなフェイトの肩に、長谷川千雨が手を置いた。

 

「……よかったぜ。まともな反応する奴が居て……」

「長谷川千雨?」

「私も数ヶ月前はそうだったからな」

 

 立海との練習試合では、正に自分も今のフェイトと同じように、ツッコミを入れるばかりだった。

 あの時の自分とダブって、千雨は同情と共感をフェイトに抱いていたのだった。

 

「ひ、ひいい! なな、なんや、この人ぉ! お、おおお、鬼やァ! ここ、恐い、こ、殺される!? 魔法世界の完全なる世界の人たちより、ある意味恐い!」

 

 一方、鬼の圧倒的な威圧感を前に半泣きになって震える、和泉亜子。

 その姿に、クラスメートたちも同情せざるを得なかった。

 

「やっば、亜子の奴、完全に飲まれてるじゃん!」

「亜子も魔法世界で色々な困難を乗り越えたのに……」

 

 今年の夏休みに人生を変えるほどの大きな世界と戦争に巻き込まれた、和泉亜子。

 しかし、まさか現実世界のボーリング場で、たかが三つしか違わない男に恐怖を抱くとは思っていなかった。

 

「大丈夫だよ、和泉さん」

「ッ!!?? 不二くん!?」

「ボーリングは相手との戦いじゃない。ボーリングは自分との戦いだよ。相手は関係ないさ」

「う、うう、せ、せやけど、う、ウチ、牛にはなりたないですし……不二くんは、そういうの無効化できるかもしれませんけど……」

 

 そんな和泉の肩に優しく手を置き微笑みを見せる、不二周助。

 

「大丈夫だから。ね?」

「はうっ!?」

 

 何の根拠もない「大丈夫」という言葉。

 しかし、一切の淀みもなく、爽やかに微笑まれると、急に亜子から恐怖がなくなっていた。

 それどころか、自分のこれまでの人生でもトップクラスに入る美形に目の前で微笑まれると、また別の胸の高鳴りがおこった。

 

(はわあ、不二くん……ネギくんの大人バージョンのナギさんみたいに、優しくて、王子様みたいで……それでいて、その瞳はとても強い……ほんま、かっこええ……二人三脚やったときから思ってたけど、やっぱりウチ、くんに……)

 

 ポーッとした顔で呆ける亜子の姿に、早乙女ハルナの触覚がピコンと反応。

 

「おんや~~~? ほうほう、……ラブ臭が」

「「「「いや、もうこんなの見てるだけでモロバレじゃん」」」」」

 

 ハルナだけでなく、クラス全員が目を細めながらツッコミを入れた。

 

「しかし、ボーリングは不二にとって不利だな。カウンターパンチャーの不二にとって、相手の力を利用しないボーリングは不利なはず。さらに、風を使っての技も、室内では使えない」

 

 しかし、そんな少女の微笑ましい様子に水を差すように、大石が冷静に状況を分析していた。

 ボーリングは自分の力でボールを投げてピンを倒す競技。故に、カウンターを得意とする不二にとっては、あまり得意な分野ではないだろうと、大石は予想した。

 

「君は僕が守るよ」

 

 だがしかし、カウンターが使えなくても、この男は、天才・不二であることには変わりない。

 

「鳳凰返し!」

 

 それは、相手のトップスピンボールを逆回転で打ち返すことによって、全く弾まぬボールを打つ、不二の必殺ショット。

 

「バカな、相手の力もなく、鳳凰返しだと!?」

「いや、不二は無回転のボールにもラケットの面を広く使うことで燕返しを打ったことがある。それの応用で、自ら手首の力を使ってボールを回転させることによって……」

 

 さすがは天才不二と誰もが息を呑んだ。相手の力を使わなくても必殺が放てるという技術。

 しかし、ふと皆が思った。

 

((((すごい勢いでボールが転がって……でも、ボーリングは転がす競技だから、あんま関係ないんじゃ……))))

 

 一瞬スゴイと思ったものの、結局普通のボーリングではないかと誰もが思った。

 しかし、その疑問は次の瞬間に消し飛んだ。

 

「見て! 不二くんの鳳凰返しで、ボールが勢いよく回転して、れ、レーンのど真ん中に、痕が!」

 

 そう、不二の放った一投は、ピンへ真っ直ぐ進むだけでなく、通過するレーンに摩擦熱で線を作っていた。

 確かにこれだけでは何の意味もないかもしれない。

 しかし、不二の投げた一投がストライクになった瞬間、不二は微笑んで亜子に告げる。

 

「さあ、和泉さん。君は、あの線上にボールを投げてくれればいいよ。そうすれば、真ん中に行く」

「ッ!!??」

 

 それは、自らがストライクを取るためでなく、パートナーのためにと作った道であった。

 

「そうか、不二の奴、それであんな投げ方を!」

「カウンター主体の不二が、あれほど攻撃的なボーリングをするなんて……」

 

 あの線上にボールを投げればストライクに近い本数を倒せて、ガターの心配もない。

 その微笑みと心遣いに、亜子はもはや陥落したのだった。

 

「ほう……べらぼーにおもしれーじゃねえか……不二周助……守りのプレーヤーだったお前が、随分とアグレッシブじゃねえか」

 

 不二の行いに小さな笑みを浮かべる鬼。

 優しいだけではなく、確かな強さと決意を秘めた不二の姿に、鬼も武者震いしたようだ。

 しかし、鬼は告げる。

 

「いい面構えだ。だが……あまり生き急ぐな!」

「ッ!?」

 

 ボーリングは、本来、数歩助走をつけてからボールを転がす競技である。

 しかし、鬼十次郎はまったく助走をせずに、その場で片足ジャンプし、ボールを自分の脇から前へ押し出すようにして投げる。

 

「出たー、鬼先輩の必殺技、ブラックストライク!」

「ボールの勢いが半端じゃねえ!」

「流石は鬼の兄ちゃんや!」

 

 転がすはずのボーリングのボールが、まるで波動砲のように放たれて、ピンどころか奥の壁をも打ち抜いていく。

 徳川、デューク、そして鬼と、ただピンを倒すだけではなく、相手にも精神的な揺さぶりをかけるかのような破壊力であった。

 

「ッ……」

「す、すごっ!?」

 

 この衝撃には、流石の不二も冷や汗をかき、亜子は惚けた表情から再び恐怖を蘇らせてしまった。

 

「おい、不二周助。覚えておけ。この世には……守るだけでは勝てない戦いが存在する」

「……先輩……」

「それを胸に秘めて世界と戦うんだな」

 

 守るだけでは勝てない。それは、不二にとっては、正に的を射た言葉であった。

 今までのように守る自分の戦い。

 しかし、今までと同じでは勝てない相手が存在する。

 

「……はい……」

 

 このとき、不二の脳裏に思い描いたのは一人の男。

 青学の部長としてこれまで自分たちを率い、そして今、その全てから解放されて自分の夢を追い求めて旅立った男。

 あの男と戦うためには、今までと同じ自分ではダメだ。

 鬼はそのことを改めて不二に思い知らせたのだった。

 

「ううう、ウチ、ウチら、まま、まだ、負けてへんよ、ふ、不二くん!」

「ッ……和泉……さん?」

 

 その時、鬼に洗礼を受けた不二を、今度は亜子が奮い立たせるように叫んだ。

 

「う、ウチだって、守られるだけやないもん! ふ、不二くんがウチのために残してくれたあの線を使って……ストライク取って見せる!」

 

 恐怖で怯えていたはずの亜子が、恐怖を抱きながらも勇ましく叫んだ。

 

(せや、このままじゃアカン。魔法世界でネギくんたちに守られてばかりで……これまでも不二くんに助けてもらって……ウチだって……ウチだって! 鬼さんなんか、怖くない!)

 

 その瞳は、勇気が籠っていた。

 

「和泉さん……うん……そうだね……」

 

 不二はそんな亜子の姿を見て、大切なことを気付かされた。

 

(そう……僕も忘れていたな……挑戦する心……立ち向かうということを……)

 

 プルプルと震えながらも、懸命にボールを投じる亜子。その懸命な姿に、不二は思わず笑みを浮かべていた。

 

「だ~~~、倒れてぇ~~……っ……八本……」

 

 無論、どれほど勇気を振り絞って挑戦したところで、結果が必ずしも伴うとは限らない。

 

「あっ、惜しいぃ! もうちょっとだったのにィ!」

「ボールの勢いが足りないか~、八本……次にあの鬼の人が十本倒したら……」

「いやあああ、不二くんが牛になるのなんて見たくないよー!」

 

 亜子は不二の残した線を利用して真っすぐボールを投じたものの、惜しくも二本のピンを残して、ストライクとはいかなかった。

 

「うう、そんな……ごめん……不二くん……ウチ、あんなエラそうに……なのに……」

 

 この結果に、亜子は悔しそうに涙を浮かべる。

 だが、不二は結果については気にしなかった。

 

「そんなことないよ、和泉さん」

 

 もっと、大事なものを鬼と、そして亜子に教えて貰ったからだ。

 

「二人三脚……ボーリングと続いて……次はいつになるか分からない……でも……今度こそ……一緒に戦って、一緒に勝とう。和泉さん」

「不二くん……」

「僕も、もっと君と一緒に戦えるぐらい強くなるよ」

 

 守るだけではない。一緒に戦い、そして勝とう。

 

「うん、ウチも……もっと強くなる……今度こそ、不二くんを牛にせんように……」

 

 自分も変わろうと、不二は自分自身に誓い、亜子と約束し、亜子も涙ながらに頷いたのだった。

 

「ん?」

 

 しかし、その時、亜子はあることに気付いた。

 

(あれ? これで、鬼さんが十本倒してウチら負けるやろ? 牛になるやろ? でも、その前に…………アアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!?? あのラブラブストローで不二くんとジュース飲まなアカンッ!!)

 

 そう、亜子自身、自分が牛になることも、不二を牛にしてしまうことも嫌だった。

 だが、牛になることと引き換えに、既に世では絶滅したと思われるラブラブストローを気になっているイケメン男子と飲むということに、動揺してしまった。

 

(せせせ、せや、あ、アレを、不二くんと飲むんや……顔近づけて……見つめ合って……そんなん、ええんか!? っていうか、不二くんはきっと女性ファンも多いやろうし、ウチ、明日になって殺されるとかないんか!? だって、不二くん、噂ではバレンタインチョコを8000個も貰うような人やし! でで、も……不二くんと……えへへへ……)

 

 急に亜子が顔を真っ赤にして、テンパったり、ニヤけたり、しかし顔を青ざめさせたりと百面相を見せる。

 

「「「「「亜子……分かりやすすぎ……」」」」」

 

 その様子をクラスメートたちは甘酸っぱいものを見るような目で苦笑していた。

 だが、しかし!

 

「やれやれ……怯えた嬢ちゃんの涙は、思わず手元が狂っちまうぜ」

「……えっ?」

 

 この時、亜子の様子を「罰ゲームが嫌で動揺している」と解釈し、「鬼の優しさ」、「鬼の情け」を見せる男が居た。

 

「ブラックガター!」

 

 黒い大砲が一直線に進む。

 

「……へっ?」

 

 だが、そのボールはレーン場を進むも、ピンが立つピンデッキの真上の屋根となっている壁に陥没。

 

「ちい、乙女のハートがこの俺の手元を狂わせた……命拾いしたな……不二周助……嬢ちゃん……今日は俺の負けだぜ」

「……鬼先輩……」

「男が泣いていいのは悲願が成就した時だけ……だが、女は別だ……」

 

 鬼十次郎。二投目ゼロ本。それを、何故かサムズアップしてキランと瞳を光らせて、鬼は告げた。

 

「ちっ……だから、貴様は甘いというのに。義では世界は獲れんぞ……鬼」

 

 平等院が舌打ちしながら呟いた。

 そう、誰の目にも明らか。今の鬼の一投はどう見てもワザと。

 牛になりたくないと泣いている亜子のためにという、鬼の優しさであり……

 

「……う、ううう……ふ、不二くんとの……ストロー……」

 

 余計なお世話であり、なんとも残念な結果になってしまったことに、亜子は蹲り、そして……

 

 

「「「「この、おっさん空気よめええええええええええええええ!」」」」

 

「上げてこうもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 

 鬼十次郎。女子中学生たちから大ブーイングをくらって、牛になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 一方、鬼が牛になっていた頃。

 

 

 そんな光景が繰り広げられている裏で、新たなる戦いの下準備が始まっていた。

 

 

 

 

 

「まったく、何故、私があんな詐欺師とペアを組まないといけないですか……」

 

 戦いの最中、自分の出番までの少しの間、トレイに立った綾瀬夕映。

 

「大体、あんな詐欺師を日本代表にするなんて、テニス界は何を考えているですか」

 

 夕映は、自分がこの後にボーリングで戦うことと、そのパートナーが自分の天敵とも言うべき、仁王であることに不快感を示していた。

 すると、そんな夕映に一人の男が声をかけた。

 

「あなたの言う通りです。彼のような人に、日本代表は相応しいと思いません」

「ッ!!??」

 

 トイレを終えて皆の所へ帰ろうと思った夕映の前に一人の男が現れた。

 

「あなたは……」

 

 爽やかな容貌で、メガネをかけ、そして落ち着いた雰囲気を纏った男。

 テレビなどで夕映もその人物を知っている。

 

「はい、高校生代表……君島育斗です」

「は、はあ……」

 

 そして、その男こそ、自分と仁王のボーリングの対戦相手でもある。

 そんな人物が戦いの前に自分に何の用かと夕映が不思議に思っていると、君島育斗は予想外の言葉を口にした。

 

 

「綾瀬夕映さん。あなたと交渉に来ました。私の目的、それは……仁王雅治を日本代表から追放することです」

 

 

 いくら仁王嫌いの夕映とはいえ、その言葉には流石に驚きを隠せなかった。

 

「ど、どういうことですか?」

「彼のような詐欺師と同じ日の丸を背負うことを、私は前からよく思っていませんでした。このボーリング対決を期に、彼を日本代表から追放したい。そこで、あなたにも協力を御願いしたいのです」

「そ、そんな……だ、だからって……」

 

 まさか、いきなりそのような交渉を持ち出されるとは思わず、戸惑いを見せる夕映。

 そんな夕映に対し、君島は……

 

「協力していただければ、あなたの恋愛を成功させましょう」

「え、れれれ、恋愛? ど、どういうことですか!?」

「あらゆる交渉ごとを進めるための情報は既に私の頭の中に。あなたとネギ・スプリングフィールドくんの恋愛です」

「ッ!!?? ななな、なにを言ってるですか! そ、そもそもそんなことが、かか、可能……」

 

 まさかの交換条件に、夕映は顔を真っ赤にして目を回してしまう。

 ネギと自分の恋愛を成功させる? そんなことが可能なのかと、思わず身を乗り出してしまった。

 

 

「まず、あなたが今、彼に告白しても、好きな人が居るという理由でフラれるでしょう。ですので、まずは彼にさっさと失恋させることです。彼の想い人は告白されてもそれを受け入れないでしょうから」

 

「そそそ、そうなんですか?! いえ、というより、ネギ先生の好きな人とは!?」

 

「その情報は、契約成立後の先渡し報酬とさせてください。そして契約履行後の成功報酬には、彼が失恋するための手順、そしてあなたを私のコネクションを使ってメイクアップし、素晴らしい女性にしましょう」

 

「はうっ!?」

 

「そして、さらに今なら特別サービス。……まだ日本の認可は下りていませんが、海外で新開発された、尿漏れを治す薬もつけましょう」

 

「ッッッッ!!!???」

 

「まあ、あなたにはそのためにワザと負けていただいて、牛になってもらう必要がありますが、しかしその分の報酬は弾むつもりです」

 

 

 交渉を成功させるため、相手に対してメリットを提示する君島。

 その悪魔のような報酬に夕映はどんどん吸い寄せられてしまう。

 

「は、はうわ、ね、ネギ先生との恋愛成功……尿漏れ対策……し、しかし、そ、そんなこと、で、う、裏取引など……」

「裏取引? これは、最悪な詐欺師を日本代表から追放するという正しき行為ですよ? 何を後ろめたいと思うのです? テニス界のため。いえ、日本のために、是非とも協力していただきたい」

「そそお、その通りかもです……たた、確かに、あんな詐欺師……あんな詐欺師……に、ニホンノタメニ……デス……」

 

 そして、夕映自身も、仁王はそもそも悪い詐欺師なので、逆に追放することこそが日本のためであって、協力することに何の問題もない。むしろ、協力すべきであると思うようになった。

 そう、決して自分は報酬につられたからではなく、日本とテニス界のためにと……

 

「あれ~? 夕映さん、こんなところで何をやってるんですか?」

「ッ!!??」

 

 と、そんなコート外での交渉が行われているところで、ネギが現れて、夕映は驚いて飛び跳ねてしまった。

 

「おやおや……」

「えっと、高校生の……君島さんでしたよね? 夕映さんと仁王さんの対戦相手の……その、何のお話を?」

「ふふふ、それは、ひ・み・つ、ということで」

「む~、何か怪しいですね~」

 

 二人で何の会話をしていたのだと、怪しむネギ。

 夕映も急に現れたネギを意識してしまい、顔をまともに見れなかった。

 すると……

 

「まあ、いいです。とりあえず、夕映さん、出番です。頑張ってください、僕、応援しますから!」

「ッ、ね、ネギ先生……」

「夕映さんは仁王さんが苦手みたいですけど、でも、夕映さんならきっと大丈夫です。普段はどういう間柄でも、一度仲間になれば、全力で協力し合って戦う。それが、夕映さんですからね。そんな夕映さんだからこそ、僕は尊敬しているし、信頼もしています」

「なななっ!? ね、ネギ先生!?」

 

 思わぬネギの発言に、夕映は胸がズキンと痛んだ。

 なぜなら、自分は、君島に八百長を求められ、パートナーを裏切って、八百長を受けようとしていたからだ。

 

(わ、私は、な、何を考えていたですか。仲間を裏切って……ッ、そんな人が、ネギ先生の隣に立つ資格なんてそもそもないのです!)

 

 仲間を裏切るような醜い女。それは、ネギの信頼をも裏切るということだ。

 そんな女がどう頑張ったところで、ネギの隣に立てるわけがない。

 それを理解し、夕映は決意を秘める。

 

「君島さん。私は、正々堂々と戦うです」

 

 あと一歩のところで、思わぬ邪魔が入った。

 少し残念に思いながら、君島もため息を吐いた。

 

 

「なら、交渉は決裂ということですね」

 

 

 そんなやりとりが起こっていたのを、生徒たちはようやく気付いた。

 

「ねえねえ、あそこにさ~、夕映とキミ様が居るじゃん」

「ほんとだ。次の対決の前に、何の話をしてるんだろ?」

 

 これから対戦するはずの二人が何の話を? そう疑問に思うと、皆があることに気付いた。

 

「あれ? 何で、ネギ君があそこにいるの!?」

 

 そう、それは、ネギが二人の傍にいること。

 しかし、それはおかしかった。

 

「えっ、僕? 僕はここに居ますよ?」

 

 そう、ネギはずっと生徒たちと一緒にベンチで応援をしていたのだ。

 

「じゃ、アレはなに? ネギ君の分身!?」

「いや、こっちのネギくんが偽物!?」

「ちょ、僕は本物ですよー!」

 

 そして、こっちのネギが本物なのだとしたら、君島と夕映と一緒に居るネギは何者だ?

 そう思った時、何か、夕映が決意を秘めた表情で、君島に宣戦布告のようなことをしており、その傍らにいる「ネギ?」は、誰にも聞こえない小さな声で……

 

「ぷりっ♪」

 

 と、呟いたのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特別アフター:ボウリングの王子様ー5

年末のお片付け。エタリ作品を少しずつ・・・・


 綾瀬夕映が魅力的な条件を跳ねのけて、交渉を拒否した。

 イリュージョンにより、夕映を見事にコントロールした仁王はほくそ笑んでいた。

 これにより、君島との正々堂々な勝負となる。

 だが、それはそれで君島にとっては問題なかった。

 何故なら……

 

「ガター……です……」

 

 魔法世界での冒険で身も心も逞しくなった綾瀬夕映。しかし、ボウリングが得意ではなく、あっさりガターを出して、仁王&夕映ペアが普通に負けたのであった。

 

「ユエ吉―っ! あんた、あんなに気合入れてたのに!」

「普通に負けてんじゃん!?」

 

 何のドラマもなく、アッサリと敗北した夕映にクラスメートたちからは非難の嵐。

 己の不甲斐なさに恥ずかしさを感じながら俯く夕映。

 これで、デッドブル確定ということになったのだが、夕映自身は悔しさはあるものの、内心は別の想いもあった。

 

(まぁ、確かに負けてしまいましたが、あの飲み物には少し興味あったです……それに……あの憎っき詐欺師とあのストローで一緒に飲むのは屈辱ではありますが、これで奴を抹殺できると考えれば……案外この負けもそれほど悪くは……)

 

 珍しい飲み物が好き。なおかつ、これにより仁王も始末することができる。

 腹の底では黒い想いがあり、夕映は密かにこれはこれで悪くないと考えていた。

 だが、その時だった。

 

「うぅ……僕が……牛に……」

「へっ? ……ね、ネギ先生!?」

 

 デッドブルの入った、ラブラブカップルグラスの前には、仁王ではなくネギ。

 その予想外の展開に、夕映は思いっきりテンパった。

 

「ななん、なぜネギ先生が居るですか?!」

「だ、だって……ゆ、夕映さんが……このグラスとストローで仁王さんと一緒にって……僕、た、耐えられなかったんです!」

「っ!!??」

 

 唇を尖らせながら、顔を真っ赤にさせてモジモジするネギ。そして今の発言に、夕映はわけが分からなくなった。

 

「どど、ど、どういうことですか……」

「そ、そんなの……だって、夕映さんが他の男の人とだなんて……僕っ……」

「っ!??」

「だ、だったら、僕が牛になってでもって……」

 

 ネギの行動の意味。それは、ヤキモチ。

 それを理解した瞬間、夕映は心臓がバクバクポンプしながら、もう冷静に物事を考えられなかった。

 

「そそ、そんなは、はずな、ないです。だ、って、ネギ先生は、そ、それに、のどか、でも、私も先生が……」

「夕映はさん……僕と一緒に牛に……」

「あ、あぅ、だ、だめだめです、そ、それに、わ、の、ど、か……」

「その、い、いっせいの~せ……で……一気に飲み干しましょう」

「ふぇ……で、でも、そん、なのぉ……」

 

 クラスメートの前で、さらには同じ男を想う親友の前で、こんなことしていいはずがない……そう苦悩しながらも、夕映はフラフラとデッドブルに導かれ、ネギの前の座り、おずおずとストローに口を近づける。

 

「では……」

「は、はいですぅ……」

「いっせーの……」

「せっ!」

「ぷりっ」

「っ!?」

 

 夕映が一気にデッドブルをストローで吸い、口の中が液体で満杯になった瞬間、ネギの姿が仁王に変わった。

 

「負けた仕返しぜよ」

「ぶっぼほおおおおおっ!」

 

 その瞬間、夕映はデッドブルを口からも鼻からも噴き出すという、好きな男の見ている前で女としてあるまじき醜態を晒しながら……

 

「んほぉぉぉぉぉぉもぉぉぉぉおおぉ!!!!」

 

 一気に飲み干そうとしたがために、これまでの敗者たち以上にパワフルな牛になってしまった。

 

「ぎゃああああ、夕映ええええええ!!??」

「おもろいわ! ねーちゃん、鼻からデッドブルやー!」

「みんな、見ないであげてー! 夕映がああ!」

「しかも、あれ、『ウモォ系』じゃなくて、『んほぉ系』じゃないのよー!」

「鬼だな……仁王……」

 

 悲鳴と憐みが広がる中、薄れゆく意識の中で、綾瀬夕映は思った。

 

――――人に殺意を持ったのは、生まれて初めてです……

 

 と。

 

「さあ、もはや仁王くんはユエ吉のことがむしろ好きなんじゃねーのかと思いたくなるようなイジメっぷりですが、中学生チームが再び敗北! 一進一退の攻防が続く中、次のバトルはこいつらだーっ!」

 

 夕映の死に涙を流しながらも勝負続行のアナウンスをする朝倉。

 その言葉と同時に立ち上がったのが……

 

 

「おやおや、プレッシャーがかかりますな~」

 

 

 仏のような顔をして現れた大男。だが、その空気は一瞬で……

 

 

「……ぬんんっ、プレイボォォォーーーーーーール!!」

 

 

 一瞬、誰もが何が起こったか分からなかった。

 ボウリング場に、突如、破壊神が舞い降りた。

 先ほどまで、大柄だけど優しそうな表情をしていた高校生が、上半身の服を筋肉で破り、野獣のような形相をしていたからだ。

 

「ちょ、な、なんだありゃー! 幽遊白書の爆肉鋼体か!? それとも、ブロリー化か!?」

 

 先ほどまでは、亜久津、金太郎、幸村など、既に自分でも過去に見た男たちの超人パワーだったために、もはやツッコミも入らなかったが、ここに来て長谷川千雨が身を乗り出した。

 そして、誰もが慄く中で、デューク渡邊はボウリングのボールを野球のピッチャーのようなフォームで投げる。

 

「デュークストライクッ!!」

 

 野球ボールのような軽さと速度で飛んでいくボール。

 それは、ピンを倒すどころか、砕き、奥の壁までめり込んだ。

 

「全力でやらないと、こっちがやられますからな~」

 

 再び破壊神から仏のような温和な表情に戻ったデューク。

 だが、この衝撃には誰もが声を上げずには居られなかった。

 

「んな、すす……すげー! な、なにあれ! あの人、何者!」

「中学最強パワーの石田くんよりすごい!」

「108式まである石田くんよりすごい!」

「石田くんよりマッチョ!」

「石田くんよりスゴイ筋肉!」

「石田くんよりデカい!」

「石田くんより!」

「石田くんより―――」

 

 石田よりスゴイ。

 そう連呼しまくられて、全てが石田の心に突き刺さる。

 

 そう、このバトルは、石田銀&古菲VSデューク渡邊。

 

 誰もが小細工なしのパワーバトルを期待。

 そして石田もまた、中学テニス界最高峰のパワーの持ち主として力を示さねばならない。

 108式の波動球を……

 だが……

 

「…………うう……」

 

 半分泣きになっている石田。

 そんな石田に、何故か仁王が歩み寄る。夕映が一人でデッドブルを全て飲み干したがために牛化を逃れた仁王。

 歩み寄った仁王は、イリュージョンで四天宝寺中の監督の姿に変わり、そして告げる。

 

「やめや、銀。折れとるわ。……心が」

 

 そして、石田とクーフェは牛になった。

 

「波動ンモオオオオオオオオオ!」

「攻夫がたりないンモオオオオオオオ!」

 

 何の見せ場もなく敗北した二人。

 自分の得意分野で戦う前から戦意喪失。

 そのダメージは、二人だけでなく、クラスメートやチームメイトたちにも大きな衝撃を与えた。

 だが、一方で……

 

 

「……とはいえ、高校生チームも苦戦させられている。お前ら、どう落とし前々つけてくれるんだ?」

 

「出たああああああ! 不気味な動きと共に現れた、ぜってー高校生に見えない男! 極妻泣かせのテニスロボ! 中河内外道さんっ! つか、カシャンカシャン動いてまるでロボットだーっ! ロボットの動きだー! で、普通にストライクとったー! 完璧だ! まるで機械だ! ロボットだー!」

 

 まるでロボットのような動きで、皆をゾッとさせながらも、その奇怪な動きで、コースも球威も完璧で寸分の狂いもない一投でストライクを取った、高校生の中河内。

 そのあまりにも完璧なる動きに、「ロボット」と朝倉がこれでもかと主張するが……

 

 

「あなたの動きは、所詮はただのロボットダンスです」

 

「っ!!??」

 

「最新鋭のロボットは、人間の動きをとことんまで追求し、やがては人間を超えるしなやかさやパフォーマンスを可能とします。このように……」

 

 

 元祖ロボ娘の茶々丸が、見るものを魅了する、ただただ美しく滑らかな動きで完璧なストライクを取り返す。

 

「出たー! 目には目を! ロボットにはロボット! 茶々丸さん、ストライクを難なく取りましたー!」

 

 それは、中河内にとっては、己を全否定されたことに等しく、そして茶々丸の動きに目を奪われたのも事実。

 そのため……

 

「う、ぐっ……」

「あーっと、中河内さん外したー! ピンが僅かに一本残りました! 二投目はストライクならず! コンピューターがバグったかーっ!」

 

 完璧なロボットのような性能を発揮することができなくなり、中河内は外し、そして中学生チームは……

 

「さぁ、油断せずに行こう」

 

 手塚の口癖をパクった大石が、その自信通りにストライクを見事に奪い……

 

「落とし前々モオオオオオオオオオオっ!!」

 

 ポンコツロボを牛に変えたのだった。

 

「うおおおおお、ここに来て大石くんと茶々丸さんペアにより連敗脱出! 中学生チームも負けておりません! つか、今のところ……あれ? 五勝四敗一分けで、中学生チームリードしております! 確かに高校生チームはヤバイ人たちばかりでしたが、力を合わせた中学生チームはそれを凌駕する勢いかもしれません!」

 

 その瞬間、朝倉が声を上げて中学生チームの勝利とリードを告げて女生徒たちは一斉に歓声を上げる。

 

「ねぇ、これって普通にもう勝てちゃうんじゃない?」

「だよねー! 向こうの、お頭さんは恋愛ごっこじゃ世界は獲れないって言ってたけど、ラブラブパワーで勝っちゃいそうじゃん!」

「まぁ、夕映とかに言ったら怒られるだろうけど~」

 

 そう、最初はそのあまりにも濃くて人外な集団と思われた高校生チームだったが、勝負の上では見事に五分だったのである。

 平等院の言う「女の存在を堕落ではなく力に」という意味では皆がクリアしているのではないかと、皆が沸き上がった。

 一方でフェイトは……

 

「いや、そうじゃなくて……彼女たちを相手に普通に互角に戦える高校生たちがすごいんじゃ……いや、まぁ中学生の男子もすごいけど……」

 

 魔法世界を救った英雄たちとも言える女生徒たちの居る中学生チーム相手に、普通に互角に戦えている高校生たちがむしろすごいのではと呟く。

 しかし、それでも中学生たちの快進撃は止まらず、続く対決も……

 

 

「大飯匙倩!」

 

「やれ恐ろしいことんもおおおおおおおおおおお!!」

 

「キタアアア! 龍宮さんの百発百中スナイパーのごとしストライクに続く、木手くんのグニャグニャボールですべてのピンを倒す! スナイパーと殺し屋という、お前らこそ本当に中学生かと言いたくなる龍宮&木手ペアが、袴田さんをアッサリ撃破!」

 

「いい仕事だ、永四朗」

 

「真名さんこそ」

 

 

 木手と龍宮がクールにハイタッチしながら、高校生の袴田をアッサリと退ける。

 更に……

 

 

「へへへ! これで、中学生チームが六勝! もうこれで俺らの負けはなくなったっすね! なら、ここで俺らも勝って、大将戦またずに勝利を決めちまいますよ、千鶴さん!」

 

「ええ、頑張りましょう、赤也くん♪」

 

 

 続く、切原赤也&那波千鶴VS遠野篤京の対決。

 だが、この勝負は……

 

 

「処刑法其の十二……電気椅子」

 

「っ!? ぐっ、ぐあああああああああああああああああああっ!!??」

 

 

 気合を入れて千鶴と一緒に頑張ろうと、傍目から見るとイチャイチャしているようにしか見えない切原の腹部に、高校生の遠野がボウリングの球をめり込ませた。

 

「赤也くんっ!!」

 

 全身に電気が走ったかのように痺れ、苦痛に耐えきれずに顔をゆがめて赤也がレーンの上に転がる。

 千鶴は慌てて駆け寄り、ボウリング場に生徒たちの悲鳴が響き渡る。

 

「切原くんっ!」

「ちょ、ちょっとー! ボウリングの球を、何の前触れもなく!」

「あ、あんなの、シャレになんないわよ!」

「な、なに考えてんのよ、あの高校生!」

 

 ボウリングの球を人めがけて攻撃する。そんなもの、下手をしたら命にも危険を及ぼすほどのもの。

 先ほど、亜久津と大曲もお互いを目掛けて投げ合ったが、互いに被弾しなかったためにそれほど騒ぎにはならなかったが、今度は違う。

 倒れる赤也の姿に、少女たちは顔を青ざめさせる。

 すると……

 

 

「バカが、調子に乗りやがって。じっくりいたぶって処刑してや―――――――――」

 

「よくも……私の赤也くんを……」

 

 

 残虐な目で赤也を見下ろす遠野。その背後でユラリと立ち上がる那波千鶴。

 キレた聖母。そして……同時に……

 

 

「誰や……ウチの赤也はんを傷つけるんは……」

 

 

 本来、ここに居るはずのなかったはずの、眼鏡をかけたブチキレた戦闘狂。

 目覚めた史上最恐の女二人が同時に遠野に迫り―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ? お、俺、気を失って……それで……」

 

「あら、赤也君、まだ動いてはダメよ」

 

「赤也はん、堪忍な。ウチがちょっとおらへん間に赤也はんが傷ついてもうて……」

 

 

 数分後、意識を取り戻した赤也が目を開けると、後頭部に柔らかい感触。自分を覗き込んでいる、千鶴と月詠。

 赤也は一瞬で理解した。

 自分は二人に膝枕されていると。

 

 

「ちょっ、な、なにしてんすか!? つか、月詠までなんで?」

 

「だーめ。赤也君は、もっと休んでいなさい。ほら、痛いの痛いの飛んでいけ~」

 

「いけずやわ~、赤也はん。それに千鶴はん、一人で赤也はん撫でるんは卑怯ですえ。ほなら、ウチも……」 

 

 

 慌てて起き上がろうとする赤也を、微笑みながら抑え込んで可愛がる千鶴と月詠。

 傍から見れば、女二人にモテモテな赤也。イチャイチャしているバカハーレムたち。そういうシチュエーションなのだが、この場に居た者たちは誰もが顔を青ざめさせていた。

 そして、皆が思った。

 

 

「「「「「(((((今後は何があっても切原(くん)をケガさせたらダメだ。絶対に)))))」」」」」」

 

 

 そう誓いながら、恐怖に顔を引きつらせながら、一同は天井を見上げる。

 そこには、尻に葱が刺さった何者かが、天井に首から上を埋め込まれた状態でぶら下がっていた。

 

「え……え~っと、と、とりあえず、……た、大将戦待たずにこの戦い……六勝四敗一分け一ノーゲームで……ちゅ、中学生チームの勝利……ってことでいいですかね?」

 

 

 本来、中学生チーム勝利の確定で盛り上がるはずが、最後は誰もが重たい空気の中で口を閉ざしていた。

 勝利の喜びよりも、今目の前で起こった恐怖の方が上回っていたからだ。

 だが……

 

 

「ふっ……のぼせ上がるな、青二才ども」

 

「「「「「ッッッッッッ!!!!!?????」」」」」

 

 

 突如、今目の前で起こった恐怖すらも吹き飛ばすほどの強烈な覇気と殺気が突風のようにボウリング場を駆け抜けた。

 

 

「ッ、な、なんです?」

 

「ほう……この私が手に汗を……」

 

「……えっと……に、人間……だよね?」

 

 

 その尋常ならざる空気に、ネギ、エヴァンジェリン、フェイトも含めた誰もが全身を震え上がらせた。

 

 

「続きだ。やるぞ……跡部」

 

 

 既に高校生チームの敗北は決定したはず。しかし、そんなことなど関係ないとばかりに立ち上がる平等院。

 本来なら「もう、お前たちの負けだ」と誰かがツッコミを入れるところ。

 しかし誰もが、そんな言葉を飲み込んでしまうほどの圧倒的な威圧感に言葉を失っていた。

 

 

「貴様もだ……小娘」

 

「……げっ……」

 

 

 そして、平等院の瞳は跡部と、こっそりこの場から退散しようとしていた長谷川千雨に向けられた。

 プルプル震えながら振り返る千雨。その目には、魔法世界で遭難した時と同じぐらいの涙が溜まっていた。

 




超久しぶりに書きました。随分と駆け足でしたが、次でボウリング対決はラストなんで、なるべく早く書けるよう頑張ります。

また、最近ツイッター初めました。
気が向いたら遊びに来てください。

@anikkii_burazza




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特別アフター:ボウリングの王子様ー6(ラスト)

 たとえ、どのような競技、種目、ゲーム、相手、シチュエーションであろうとも、そこにこの男が存在すれば、その空間はこの男の世界になる。

 

「勝つのは跡部! 勝つのは跡部! 勝つのは跡部! 勝つのは跡部! 勝つのは跡部! 勝つのは跡部! 勝つのは跡部! 勝つのは跡部! 勝つのは跡部! 勝つのは跡部! 勝つのは跡部! 勝つのは跡部! 勝つのは跡部! 勝つのは跡部! 勝つのは跡部! 勝つのは跡部! 勝つのは跡部! 勝つのは跡部!」

 

 ボウリング場に響き渡る大声援。

 

「おっしゃー、いけー、ベー様!」

「跡部くん、やったれー! ボウリングは跡部! ボウリングは跡部!」

「せや、勝つのは氷帝や!」

「たのんますよー、跡部さん! お頭に、俺ら中学生チームの力を見せてやってくださいっすよー!」

 

 本来なら誰もが異様な光景にドン引きするものだが、最早ほとんどのものが慣れた光景と、麻帆良の生徒たちまでもがノリに合わせて跡部コールをしていた。

 その大観衆に応えるかのように、跡部は指を頭上に掲げてパチンと鳴らす。

 

 

「勝つのは……俺様たちだ!」

 

「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」」

 

 

 既に何度も見た跡部のパフォーマンスに便乗する中学生たち。

 跡部も満足そうに頷いている。

 しかし、そんな光景が初見の人物が一人だけこの場に居た。

 

「……なんなの……? 彼……」

 

 フェイト・アーウェルンクスは、この状況をどう反応していいのか分からなかった。

 彼もこれまでこの広い世界で様々なタイプの人間と出会ってきたが、跡部はその中でもかなり稀なタイプだった。

 

「確かに、あの小僧はいつも調子に乗っているな。まぁ……それに見合うだけの実力があるのも事実だがな」

 

 エヴァも相変わらずな跡部の姿に呆れたように笑った。

 

 

「……そうなの? なんかさっきから……五感を奪ったり、空間を削ったり、ちょっと目を疑いたくなるような技が飛び交ったけど、彼も何かあるのかい?」

 

「ああ。奴はその魔眼にも匹敵する究極の眼力によって、物体の『死』を見抜き、それを殺すことが出来る。それが……魔法であろうとな……」

 

「……?」

 

「……いや、私も言っておきながら冷静に考えて何を言っているんだと思うが、事実だ。超鈴音やザジ・レイニーデイの技も封じたし、体育祭では雷装状態のボーヤを完封したしな」

 

「……えっ? え、えっ? ええええ?」

 

 

 エヴァの発言に、フェイトは開いた口が塞がらなかった。そんなことありえるわけがないだろうと、否定したかった。

 だが、エヴァンジェリンはこの手の冗談は言わないことをフェイトも知っている。

 

「……彼……あ、アスナ姫のような魔法無効化能力者……?」

「違うな。ただの人間だ。しかし……キングだ!」

 

 こいつ何言ってんだ? と、フェイトが思わずツッコミを入れそうになったその時だった。

 

「そう、俺様がキングだ!」

 

 跡部はノッた。

 

「そして、今日はクイーンも居る。負けるがしねーな、あーん?」

「ちょ、こら、てめ、なにしてんだよ!?」

 

 どこまでも自信満々に己をキングと言い、更には「帰りて~」と呟いて縮こまっていた千雨の肩を抱き寄せた。

 

 

「きゃあああああああ! 千雨ちゃんラブコメきたあああああ!」

 

「うっひょー、千雨ちゃん、もう2chで大炎上間違いなし!」

 

「ちょ、何をやってるんですかー、跡部さん! ち、千雨さんは僕の生徒ですよ! お、怒りますよ! ぼ、僕、怒っちゃいますよー!」

 

「なんや、跡部くん。恋のオーラでまくっとるわ」

 

「ふふふ、長谷川さんとペアを組んで気合が入っているのは分かるが……動きが悪すぎるよ、跡部」

 

 

 完全に跡部の世界になり、更には千雨とのやり取りに黄色い声援だったり、対抗意識を燃やしている男たちの声だったり、ボウリング場の空気が一気にヒートアップした。

 

 だが……

 

 

「いつまでも囀るな。小雀ども」

 

 

―――――――――ッ!!!???

 

 

 それは、ほんの一瞬だった。

 

「……う……あっ……」

「な、なに……今の……」

 

 激しい大嵐が駆け抜けて、皆の意識が一瞬飛びかけた。

 それは、戦いには無縁の一般生徒は当然。

 更には……

 

「……刹那……楓……クーフェ……分かったかい? 今の……」

「龍宮も感じたか……」

「強烈な威圧感……殺気……拙者も鳥肌が立ったでござる」

「な、何者アル……あのヒゲ……」

 

 麻帆良の誇る武道四天王もまた例外ではなく、思わず全身に汗を掻いていた。

 

「……なな……なんなんです、あの人は……それに、あの不気味なオーラは……」

「……バカな……魔法世界にも知られず……こ、これほどの逸材が……」

「……日本最強……平等院鳳凰か……」

 

 ネギ、フェイト、エヴァもまた、想像を遥かに上回る圧迫感に目を奪われる。

 そして、その強烈な威圧感を出す男が纏う、不気味なオーラ。

 そのオーラはやがてある形を作り出した。

 

「おい、本気か平等院! まさか、このボウリングで……海賊を出しちまうとはな……」

 

 鬼が「海賊」と口にした。

 正直、その言葉だけだと、誰もが「はっ?」という反応になるだろうが、このときだけは違った。

 男が纏うオーラ。

 それは、海賊帽子を被り、手にはカトラスという刀を持った、髑髏。

 

 

「跡部よ……かつて、I'm a king of the world……この世界は自分のものだ……貴様のようにそう囀り、女と共に愛を掲げて航海に出て……そして命を落した者が居た。貴様は、これから先、世界の強豪たちという荒れ狂う大海原への航海を前にして……尚も同じことを言えるのか?」

 

 

 高校生大将にして日本最強。平等院鳳凰がついに立ち上がった。

 合宿で越知のメンタルアサシンを受けたことのある跡部も、今感じるこの圧倒的な圧迫感に比べればかわいい物だと、流石に笑みが引きつった。

 だが、その時だった。

 

 

「……その話……タイタニックじゃん……仁義なき戦いとかしか見てなさそうな人が、恋愛映画見てんのかよ……」

 

 ―――――――ッ!!!???

 

「ちょ、千雨ちゃんっ!?」

「……あっ!? し、しまったああああ! す、すんませえええんん! ちょ、つい! マジ許してください! 御願いします!」

 

 なんと、長谷川千雨がクセでついツッコミを入れてしまった。

 

「ほう……小娘……言うではないか……」

 

 ギロリと睨む平等院。

 クラスメートの声で、自分のしでかしてしまったことを気づき、千雨は激しく慌てだす。

 

「あ、あのお頭にツッコミを……」

「あ、アカンわ、千雨ちゃん、それだけは……」

「ほう、平等院にツッコミを入れるとは、べらぼーにおもしれー女が居るじゃねーか」

 

 そして、平等院にツッコミを入れるなどという恐るべき所業に、流石の中学生チームも開いた口が塞がらず、高校生チームも新鮮な眼差し。

 しかし、そんな千雨の様子に笑いが止まらない者が一人。

 

「くくくくく、ふはーっはっはっはっはっは! さすがだ、長谷川千雨! それでこそ、俺様のクイーンに相応しい」

 

 平等院鳳凰という、誰もが目の当たりにしたら圧倒されるような人物を前にもツッコミを入れる。その強気な態度は跡部にとっては非情に好ましく、嬉しかった。

 だからこそ、跡部はたとえ嫌がられても千雨の肩を再び抱き寄せて、離さず、そして平等院に宣言する。

 

 

「俺様が航海に出れば、氷山すら道を開ける! 俺様と千雨の人生の航路は、誰にも妨げらない! 俺様たちの航海に酔いな!」

 

「だから、それ船酔いだろうが! ダメだろうが! つか、マジで肩を離せよテメエ!」

 

 

 人生の航路。それはもはや、プロポーズにも近い宣言でもあった。

 

「きゃああああああっ! も、もうこれって、きゃああああ!」

「どーみても、プロポーズじゃん!」

「千雨ちゃんの時代がとどまらねええええ!」

「ちょ、跡部くん、アカンやろ、それは! 抜け駆けや!」

「ふふふ、跡部、プロポーズにしては動きが悪すぎるよ」

 

一切の臆面もなく、堂々と宣言する跡部に、一瞬誰もが目を奪われたが、次第に跡部の発言に気づいた中学生たちは、顔を真っ赤にさせて驚喜した。

 無論、中にはその宣言を快く思わないものも居る。

 

「だだだだ、だめですよー! 跡部さん! ち、ち、千雨さんは、ちゅ、中学生なんですから、い、いきなりプロポーズはダメですよー! それに、千雨さんは嫌がってますし、だめですってばー!」

 

 今まで以上に激しく「待った」の声をかけるネギは、半分泣きながら、そして目をグルグル回しながらもとにかく反対の声を上げた。

 だが……

 

「ん、うっ……つっ……何の騒ぎ?」

 

 そのとき、一人の女が目を覚ました。

 それは、第一試合で真っ先に牛になった、アスナだった。

 アスナは辺りをキョロキョロ見渡し、異常な盛り上がりをみせるボウリング場に首を傾げた。

 

「ねえ、このか……私が寝てる間に何があったの?」

「あ、アスナッ! あんな、あんな~、いま、千雨ちゃんが跡部くんにプロポーズされたんよ~!」

 

 もうニヤニヤしながら嬉しそうに語る木乃香に、アスナは一瞬呆けてしまう。

 だが……

 

 

「ダメです! 僕は先生として、ゆ、許しません! 中学生では、まだ、結婚とか認められないんです! 日本の法律はそーなってるんですからー!」

 

「あん? くだらねーじゃねーの、小僧。法律だ? この俺様はキングだ。法がそんなに問題なら、この俺様がそんなもんいくらでも書き換えてやるさ」

 

 

 もう、必死になって結婚を阻止しようとする、自身のパートナー(旧)でもあるネギの姿に、アスナは目を大きく見開き、声を上げる。

 

 

「そ、そうよ! 中学生だからとか、法律がどうとか、それこそかんけーないわ! 跡部くん、グッジョブよ! そのプロポーズ、私が応援するわ!」

 

「「「「「…………あっ……」」」」」

 

「っていうか、跡部くん本当に法律変えられんの? だったら、変えちゃえ変えちゃえ!」

 

「「「「「お前……」」」」」

 

「ふぇーーん、アスナさーん! どうしてですかー!」

 

「うっさいわよ、ネギ! そりゃー、あんたのオネーちゃんとしては、応援してあげたいのはヤマヤマだけどさ……でも、恋は風林火山による真っ向勝負なんだから!」

 

 

 明らかに私情の混じった応援をするアスナにクラスメートたちは呆れ顔。

 とはいえ、これにより跡部も更に機嫌をよくし、最早相手が平等院であろうと、一切のプレッシャーを感じずに、堂々としていた。

 だが、そんな跡部たちの様子に、平等院は……

 

「ふっ、小舟で沈没に怯えながら航海するか……まぁ、やってみるがいい」

 

 そう言って、跡部同様に絶対的な自信を持って笑った。

 

「おい、ハンデをくれてやろう」

「あん? いらねーっすよ」

 

 それどころか、勝負を前に、跡部たちに対してハンデすら与える自信ぶり。

 これには、跡部もカチンと来たのか不愉快な顔を浮かべる。

 

「まぁ、聞け。貴様の女……見る限りあまり運動は得意ではないのだろう?」

「ちょ、私べつにこいつの女じゃねーしっ!?」

「ならば、俺が二投放って、貴様らが一投ずつでは公平ではない。ゆえに……俺は一投だけにしてやろう」

「ッ!!?」

 

 それは、ある意味跡部というよりは、千雨に対するハンデであった。

 いかに、跡部がストライクを取ろうと、運動音痴な千雨ではピンを倒すどころかガターの可能性もある。

 ゆえに、平等院の言うハンデとは、自分は一投しか投げないというものであった。

 

「ちょ……それって……もし、跡部くんがストライクを取って……」

「千雨ちゃんが一本でも倒せたら、自然に中学生チームの勝ちってことになるえ……」

 

 そう、平等院がストライクを取ろうとも、跡部と千雨が合計十一本倒せば勝ちとなる。

 これは、もはや破格の条件であった。

 

「うおっ、それなら……私も牛にならなくてもいいかもしんねー……」

 

 強制的に出場させられた千雨は、どうにかして牛だけは避けたかったが、これならば自分がどれだけ足を引っ張っても、ガターさえ出さなければ勝てるかもしれない。

 そう思った瞬間、悪くはないかもしれないとすら思った。

 

「ふっ、まぁそっちがそれでいいなら別に俺様もこれ以上は言わないですが……後悔しますよ。あーん?」

「させてみろ、跡部圭吾」

 

 ハンデは気にくわないが、そっちがその気なら容赦なく勝って、平等院を牛にしてやろう。

 跡部は本気の目をして平等院に宣戦布告しながら、ボールを手に取る。

 

「ふっ……俺様のストライクに……酔いなっ!!」

 

 そして、ボウリングでもキングの跡部。

 特に、眼力やら特殊な必殺技などは使わなかったが、とりあえず普通にストライクを取ったのだった。

 

「うおおおお、さすが跡部君! ボウリングも、うまっ!」

「早くも中学生チームのリーチや!」

 

 そう、これで千雨は相当楽になった。

 あとは、千雨がガターさえ出さなければ勝てるのである。

 

「ふっ……おい、小娘、先に投げろ。俺は最後でいい」

「あっ、は、はあ……わ、分かりましたよ……」

 

 しかし、追い詰められながらも平等院は一切動揺することなく余裕の表情。

 少し戸惑いながらも、千雨はボールを選び、軽く深呼吸。

 

「すーはーすーはー……」

 

 ガターさえ出さなければ……とはいえ、それはそれで緊張するものである。

 しかし、跡部が十本倒した以上、少なくとも負けはない。だから、牛になることはない。

 ならば、思い切っていこうと、千雨は意を決してボールを転がす。

 すると……

 

「おっ、おっ、おっ!?」

「レーンの上に転がってる!」

「あっ、……あっ、た、倒れたー!」

「いち、にー、さん、しー……五本も倒してるー」

 

 他のメンバーたちとは違い、明らかに回転力の弱いボールではあったが、少なくとも真っすぐピンへと進み、なんと一本どころか五本のピンを倒すことに成功。

 

「おっしゃ!」

「ふっ、やるじゃねーの、クイーン」

「って、もうクイーンはやめろっつーの!」

 

 五本という本数は可もなく不可もなくという本数だが、それでも勝利を決定づける一投だっただけに、中学生たちから歓声が上がる。

 

「やったでー、千雨ちゃん!」

「うおっ、これで、お頭が牛になること決定すね!」

「よーし、もうこうなったら、怖くないもんねー! 髭のお兄さん、デッドブルけってーい!」

「うーし! うーし! うーし!」

 

 勝てばこっちのものだと、中学生たちは先ほどの恐怖を忘れて平等院を煽った。

 さっさと罰ゲームを受けて牛になれと。

 だが……

 

 

「ふっ……この程度か……愛の船とは……負ける気が一切しねえ」

 

 

 既に勝敗は決したというのに、平等院はゆっくりと前へ出る。

 そして、何故かその手にテニスラケットを携え、ボールを選び始めた。

 

「お頭? あーん?」

 

 平等院が何をしようとしているのか理解できず怪訝な顔をする跡部だが、すぐにハッとなった。

 

「ッ、お頭……あんた……まさか!?」

 

 跡部の問いに、平等院の口角が鋭く吊り上がった。

 

 

「怪我をしたくない奴は伏せていろ……」

 

 

 その瞬間、鬼たち高校生も気づき、慌ててラケットを取り出し、そして叫ぶ。

 

「おい、このボウリング場に居る奴ら、平等院がヤル気だ!」

「ちょっと、遊んでる他のお客さんも、危ないから下がっといたほうがええで~」

 

 それは、中学生たちだけでなく、今も他のレーンで遊んでいる客たちにまで忠告。

 一体何事かと、ボウリング場の客たちも手を止めて平等院に注目。

 そして、高校生チームの鬼や種子島たちは、まるで平等院から皆を守るような布陣でテニスラケットを構え、そして……

 

 

「滅びよ……」

 

――――ッ!!!!????

 

 

 その瞬間、ネギやエヴァやフェイトたちは確かに見た。

 眩い閃光が、ボウリングのボールを包み込んだのを。

 

「……まったく……ボウリング場をふっとばす気かいな……」

「咄嗟に飛び出して正解だったな……」

 

 強烈な破裂音。それは戦場で大魔法が発動したかのような衝撃と共に、激しい暴風を巻き起こした。

 もし、種子島たちが機転を利かせて、ラケットでその暴風をガードしてなければ、このボウリング場も建物全体が崩壊していたかもしれない。

 何が起こったのか誰も分からず、ただ、ゆっくりと目を開けたその先には、平等院の打ったボールが十本のピンどころか、その奥の壁すらも貫通させて、巨大なクレーターのようなものを作り出していた。

 それだけでなく……

 

「おっ、他のレーンのピンも倒れとるな~♪」

 

 ケラケラと笑う種子島の言う通り、中断して手を止めていた他のボウリング客のレーンにあったピンも、今の衝撃で全て倒れていた。

 つまり……

 

「十本×20レーンで、合計200本……200対15で貴様らの負けだ」

 

 あまりにも乱暴すぎるメチャクチャな暴論だった。

 しかし、この場に居た中学生は誰もが言葉を失い、もはや千雨もツッコミを入れることが出来なかった。

 エヴァもフェイトも含め、誰もが口を半開きにしたまま絶句していた。

 

 

「覚えておくことだな……小童……。生温い義や愛だけで世界は獲れんのだと」

 

 

 そう跡部たちに告げ、平等院は何事もなかったかのようにラケットをしまい、そのまま背を向ける。

 

「帰るぞ」

 

 その言葉に従い、高校生たちはそれぞれ荷物を整理して平等院の後に続く。

 

「ほな、さいなら♪」

「では、ごきげんよう」

 

 結局、中学生VS高校生の対決がどうとかは、もはや誰もがどうでもよかった。

 ただ、平等院の一投に全てを持っていかれ、勝った中学生ペアも敗北同然の表情でその背を見るだけだった。

 

「つっ……これが日本最強……そして、世界とこれから戦う男の力ってことか……上等じゃねーの、アーン?」

 

 いつまでも続く沈黙をようやく破ったのは、敗れた跡部だった。

 跡部は引きつった笑みを浮かべながらも、決してそのまま打ちのめされたままではなく、立ち上がり、そして新たに覚悟する。

 

「いいぜ。ならば、生半可じゃねえ義と愛とやらで……世界の王になってやろうじゃねーの!」

 

 このままでは終われない。自分は戦う。そして世界でも勝ってみせる。

 跡部の新たなる決意に、幸村たちも同じように頷いた。

 そして……

 

「長谷川千雨……これは、俺様の敗北だ。今の俺様に、お前とイチャついてこれを飲む権利はねえ」

 

 跡部は無駄な抵抗はせず、乾たちが待つデッドブルのもとへ。

 しかし、本来、千雨とラブラブストローで飲まなければならない罰ゲーム。

 本命相手であれば、負けても尚もおいしいという展開だったのだが、跡部はそれすらも拒否。

 

「あっ、えと、いいんすか!? あっ、なら、飲まないっす!」

「はあっ? 千雨ちゃん、それないんじゃないの!?」

「そうだそうだー! 諦めて、べーくんと飲め―!」

 

 千雨は跡部の提案に「喜んで」と罰ゲーム回避に歓喜。

 しかし、女生徒たちからはブーイングが上がるものの、すぐに跡部が制す。

 

 

「黙れ、メス猫共。こんな敗北で、こいつと親密になるなど、俺様のプライドが許さねえ。それに、牛になったぐらいで、俺様の美貌を損なうこともねーしな」

 

 

 そう言って、跡部は笑みを浮かべ、デッドブルを一気に飲み干す。

 そんな跡部の姿に「おーっ!」と声が上がる。

 

「ねえ、エヴァンジェリン……」

「なんだ?」

「……造物主との戦い……彼らが助っとで来てくれたりしないかな?」

「……やめておけ。我ら魔法使いの世界に一般人を不用意に巻き込むなど………………でも、なんか、フツーに勝てるかもしれんな」

 

 そんな跡部の横では、ようやく正気を取り戻したフェイトとエヴァンジェリンが、立ち去った高校生たちの後を眺めながら、しみじみと呟いていた。

 テニス選手がボウリングをしただけなのに、世界最強最高峰の自分たちの居る領域で戦えるかもしれない。

 ありえないはずなのに、否定できないものを目の当たりにしてしまったフェイトとエヴァンジェリンは、もう何だか疲れたと、ガックリと肩を落としたのだった。

 

「跡部よ……」

 

 そして、そんなエヴァたちの呟きの中、仁王雅治はイリュージョンで手塚国光の姿になり、ボウリング場の中心で四つん這いになっている跡部に言葉を贈る。

 

 

「んも~~~~~」

 

 

 どこか、気高さと気品を漂わせて啼く跡部牛に……

 

 

「牛になっても尚、君臨するのか」

 

 

 こうして、麻帆良で起こった、中高生ボウリング大会は幕を下ろした。

 




ちょっと無理やりですが終わらせました。そして、本当にこの物語でラストです。魔法世界でテニプリが暴れるみたいなのを書いても良かったのですが、最近ラノベで異世界テニス無双とかいう、私がむしろやりたかったことをやってる作品があったので、今さらそういう二次創作を書くのもな~、と思って、ここは普通に完結することにしました。

完結のタグは張りませんが、今後書くとしても、誰かのカップリングアフターとかにします。

いずれにせよ、これはこれで完結とします。

色々とありましたが、紆余曲折あってここまで書くことが出来ました。
何度も消したり復活したりでしたが、温かく優しい読者様に恵まれてここまでこれました。
本当にありがとうございました。
別の作品でも、今後ともよろしくお願い致します。

アニッキーブラッザー


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。