提督(笑)、頑張ります。 外伝 (ピロシキィ)
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人物紹介

実は自分用に書いてあった。

ちょっと書き足しって投下。
艦娘の容姿などはググってね。

徳田君がいなかった。追記した。


──長野家──

 

 

〇長野壱業(ながのかずなり) 父島警備府所属。

 

潜水艦絶対沈める系男子 身長:176cm 体重:73kg

 

主人公。

苺ちゃん・餃子・苺入り餃子との愛称で読者から親しまれている。

きちんと名前を言われることは少ない。

過去に転生して太平洋戦争を駆け抜け坊の岬沖海戦で戦死した。

と思ったら、自分が変えた七〇年後の未来、艦娘がいる世界にやってきた。

現在、業和(なりかず)の名前で活動中。

大戦中に色々な二つ名を取得した。

 

指揮下の艦娘(61話時点)

戦艦:金剛(紅茶ヨコセ) 比叡(ヒェー) 榛名(ハルナ) 霧島(ネキ)

空母:鳳翔(お艦) 龍驤(マナイタ)

水母:Commandant Teste(コマちゃん)

重巡:

軽巡:天龍(中二) 龍田(パルック) 夕張(めろん) 大淀(暗黒眼鏡)鹿島(有明女王)

駆逐:時雨(大天使) 夕立(狂犬) 霞(霞ママ)

   初風(ツチノコ) 雪風(ビーバー) 天津風(あまつん) 時津風(トッキー)

   浦風(カープ女子) 磯風(メシマズ脳筋) 浜風(ちちかぜ) 谷風(拉致風)

   長波(乳波様) 清霜(キヨシ殿) 島風(ぜかまざらし) 

※()内は作者の独断と偏見による愛称。

 

 

 

〇長野文乃(ながのふみの)

 

現在93歳の主人公の妹。ブラコン。

主人公が立ち上げた会社を引き継いで世界に名立たる大企業へと発展させた。

NAGANOの女帝とはこの方の事を指す。

 

 

 

〇長野百合恵(ながのゆりえ) 横須賀鎮守府所属。

 

知的美人系女子 身長:168cm 体重:??kg

 

ユーリエちゃん。

亜麻色のセミロング髪。だいたいポニテ。切れ長の緑色の瞳。

キリッとした感じのおぜうさん。

文乃の曾孫。四分の一独系の血が入ってるが胸部装甲は薄め。

高校卒業後、海軍士官になるべく士官学校に入学。在学中に深海棲艦が出現。

提督適正ある事が分かり繰り上げ卒業し艦娘を率いる提督をしている。

現在、敬愛する主人公と行動を共にしている。

 

指揮下の艦娘(61話時点)

戦艦:陸奥(ムッツォ)

空母:

重巡:

軽巡:

駆逐:白露(ハルク・ホーガン) 村雨(謎の村雨嬢) 春雨(マーボー)五月雨(ドジっ子)

 

 

 

〇長野業雅(ながのなりまさ)

 

文乃の孫。百合恵の父。

現、長野グループの代表。

 

 

 

〇長野宏業(ながのひろなり)

 

本編では名前は出てこない。

文乃の息子。百合恵の祖父。

業雅に皇国ファクトリーのゲームプロデューサーを紹介した。

第49話 提督(笑)と困惑 参照。

 

 

 

〇長野業貴(ながのなりたか)

 

業雅の息子。百合恵の弟。

本編で名前だけ登場。第49話 提督(笑)と困惑 参照。

 

 

 

──海軍関係者&提督──

 

〇柳本(やなぎもと)統合参謀本部所属。

 

海軍大将 海軍司令長官(現場の長的な立場)

父親が主人公の帝国海軍時代の同期。

ミッドウェー海戦時、蒼龍艦長。ソ連が中立条約を破って南下してきた際、ソ連の揚陸部隊を撃滅した護国の英雄。

主人公の事を知り胃薬が手放せなくなりつつある。

 

 

 

〇獅子飼(ししかい)江田島海軍士官学校。

 

士官学校の校長。主人公に妖精さんと結託され秘蔵の酒を盗まれる。

 

 

 

〇三元(みもと)舞鶴鎮守府所属。

 

海軍中将。肥えてる。

強かった帝国海軍の復活を夢見て派閥争いに精を出す。

 

 

 

〇細倉(ほそくら)呉鎮守府所属。

 

海軍中将。細身。

色々画策して金剛を暴走させた。

その事から主人公に首を狙われている。

 

 

 

〇直江(なおえ)海軍士官学校教師。

 

士官学校の教師。柳本と獅子飼の間の連絡役。

 

 

 

〇出羽颯介(でわそうすけ)単冠湾警備府所属。

 

瑞雲至上主義系男子。

 

お徳用瑞雲。転移者(主人公が史実を変えた世界の艦これプレイヤー)

観測組と呼ばれる。転移組のツッコミ役。瑞雲好きの提督。

転移前は地方公務員。

 

指揮下の艦娘(61話時点)

戦艦:伊勢(相撲好き) 日向(師匠)

空母:

重巡:

軽巡:多摩(ニャー)

駆逐:初春(じゃ) 子日(何の日?) 若葉(ブラック環境耐性持ち) 初霜(もふもふ)

 

 

 

〇星崎美琴(ほしざきみこと)宿毛湾泊地所属。

 

駆逐艦prprしたい系女子。

 

雷電☆命

転移組。アホの子な宿毛湾の提督。

転移前は大学生。コスプレイヤーもやってた。

 

指揮下の艦娘(61話時点)

戦艦:

空母:

重巡:

軽巡:那珂(解体のアイドル)

駆逐:暁(れでぃ) 響(すぱしーば) 雷(ダメ提督製造機) 電(なのです)

 

〇後上雷蔵(ごがみらいぞう)呉鎮守府所属。

 

哀愁漂う系男子。

 

ライバック。

転移者。電脳に強い。料理も得意。良く指揮下の艦娘に振る舞っていたらしい。

転移前はSE。ブラック過ぎる会社から解放されて生き生きしてた。

…主人公に遭うまでは。現在、主人公と出会い目が淀み始めている。

 

指揮下の艦娘(61話時点)

戦艦:長門(ながもん)

空母:

重巡:青葉(ワレェ)

軽巡:名取(ジム系)

駆逐:朝風(でこりん) 春風(どりる) 松風(僕っ子) 旗風(小っちゃい鹿島)

  

 

〇本多丈一郎(ほったじょういちろう)硫黄島基地所属。

 

ノンケでも食っちまう系男子

 

アァーー!

なかなかのイケメンで優秀。…だがホモな提督。

転移前は出版関係。

 

指揮下の艦娘(61話時点)

戦艦:

空母:千歳(でかい) 千代田(でかい)

重巡:高雄(バカメ) 愛宕(ぱんぱかぱーん)

軽巡:

駆逐:睦月(にゃしぃ) 如月(ピンクブラ) 弥生(おこ?) 望月(もっちー)  卯月(うーちゃん)

 

 

〇天笠(あまがさ) 海軍士官学校学生。

 

白露の君。

海軍特例人事法(提督適正ある奴は問答無用で海軍行き)により提督候補生となった不運な子。

憧れだった鹿島先生が主人公に奪われた。

強く生きて欲しい。

 

 

〇徳田宗義(とくだむねよし)横須賀鎮守府所属。

 

長野壱業リスペクト系男子。

 

主人公を壱業と知らずにフラグを立てた人。

愉悦部がフラグ回収のその時を待ち望んでいるらしい。

百合恵と同じ過程で提督となる。

百合恵になにか特別な感情を持っている模様。

立ちはだかる壁は高い。強く生きて欲しい。

現在、父島に指揮下の艦娘と共に駐留。

 

指揮下の艦娘(61話時点)

戦艦:

空母:

軽巡:

駆逐:朧(カニ使い) 曙(らぶりぃえんじぇる) 漣(ネラー) 潮(OPAAI)

 

 

 

──陸軍──

 

〇佐々木(ささき)習志野駐屯地

 

日本国陸軍第1空挺団所属の小隊の隊長。

妻子持ち二児のパパ。

艦娘(蒼龍)を抱えて南鳥島に降下した。

 

 

〇宮本(みやもと)習志野駐屯地

 

上記小隊の隊員。空挺一筋の曹長。

艦娘(春雨)を抱えて南鳥島に降下した。

 

 

〇鳥羽(とば)習志野駐屯地

 

上記小隊の隊員。空挺団内では三羽烏の一人といわれてる。

艦娘(白露)を抱えて南鳥島に降下した。

 

 

〇馬場(ばば)習志野駐屯地

 

上記小隊の隊員。空挺団内では三羽烏の一人といわれてる。

艦娘(五月雨)を抱えて南鳥島に降下した。

彼女持ち。

 

〇丹波(たんば)習志野駐屯地

 

上記小隊の隊員。空挺団内では三羽烏の一人といわれてる。

艦娘(村雨)を抱えて南鳥島に降下した。

村雨嬢の魅力にやられたマッチョメン。

 

 

〇南(みなみ)習志野駐屯地

 

上記小隊の女性隊員。三羽烏の事を三馬鹿と言っている。

艦娘(飛龍)を抱えて南鳥島に降下した。

その前に揉みしだいていた。

俺より強い奴に会いに行くとの理由で空挺に入った武闘派。

南鳥島到着後、主人公に挑むもAIKIDO-でぶん投げられる。

 

 

──大日本帝国海軍──

 

○山本五十六

聯合艦隊司令長官。

海軍の実働部隊で一番偉い人。細かく知りたい人はウィッキーさん見たまえ。

 

○井上成美

井上さん。作中では第四艦隊司令。

主人公の直属上司っぼい方。無茶ぶり被害者の一人。

 

○木村昌福

数々の海戦、輸送作戦に参加した歴戦の水雷指揮官。

キスカ撤退が有名。

主人公は内心でショーフク亭ガイルと呼ぶ。

 

以下、同期生。ちょっとネタバレ含む。

 

○柳本柳作

ミッドウェー海戦時、蒼龍の艦長。

殴ってでも連れ帰ると主人公に沈み行く蒼龍から連れ出された。最終的に雲龍艦長兼航空隊司令。ソ連殴り帰し隊。

 

○牟田口格郎

内地勤務が多かったがレイテ、礼号、北号、天号で大淀艦長。最期は最強の寄せ集め艦隊所属。

 

○島崎利雄

薩摩隼人。レイテ時は金剛艦長。最期は榛名艦長。

 

○渋谷紫郎

太平洋戦争の開戦時は第十六駆逐隊しれぇ。

キスカ撤退戦時には阿武隈艦長。寄稿された応援SSに出てくる。そのうち本編でも出てくる。

 

○早川幹夫

第一次ソロモン海戦の時、鳥海の艦長。

主人公と一緒にヒャッハー!した。

その後、山城、長門の艦長を歴任して第二水雷戦隊司令になる。レイテでは再び主人公と一緒にヒャッハー!した。

 

○黒島亀人

聯合艦隊仙人参謀。お風呂が嫌いで主人公と仲はよろしかない。

 

○小島秀雄

ドイツ大好き。ナバホ語で動いてもらった。

 

○栗原悦蔵

同郷ということで仲良かった。

士官候補生時代に金剛の甲板に主人公に名前を彫られたとばっちり受けた方。

 

○野元為輝

第二次ソロモン、史実では南太平洋海戦本編では第三次ソロモンで瑞鶴の艦長。天号作戦に参加するため大湊から「瑞鶴には俺が乗る」とやって来た。

 

○松田千秋

戦時中は日向、大和の艦長を経て第四航空戦隊(伊勢、日向)司令。主人公に「あとは頼んだぜ」された。

 

○小西要人

海戦時は第七駆逐隊の司令。

第九駆逐司令、阿武隈艦長を経て史実では雲龍艦長になるが本作ではソ連殴り帰し隊で水雷戦隊司令で酒匂に乗った。

 

○山澄貞次郎

戦前は侍従武官務めた。

開戦時は名取艦長、妙高艦長を経て陸奥艦長。第二次ソロモンでは深夜の長距離射撃、亀作戦(オーストラリア艦砲射撃の旅)では英国艦隊相手に一方的に殴り続けていた。

 

○杉本丑衛

開戦時、龍驤の艦長。鳳翔の艦長も兼任。史実では42年4月に艦長交代ですが、大いなる力が働き42年間は艦長しててもらう。

 

○西田正雄

第三次ソロモンで不遇な扱い受ける方。

ソ連殴り帰し隊で陸奥艦長。



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提督(笑)の逸話wiki風味

ちょっと息抜きに。


長野壱業wiki一部抜粋

 

逸話。

 

海軍軍縮会議が行われている時分、東郷平八郎に軍縮反対派末次信正に連れられ他数人と共に面会している。

その際、兵科と機関科の処遇格差の是正(海軍機関科問題※リンク)についても改善案について相談を受けた東郷は「罐焚きどもが、まだそんなことを言っているか!」と反発し、それを聞いていた長野は「機関科は船の心臓を扱う者達であり、それを見下すは船乗りの器に非ず」と言い放ち、東郷を大変激怒させたという。

東郷が殴り掛かるも長野は何度も避けるので諦め、碁で勝負することになった。

碁で敗北した東郷は「好きにしろ」と言い放って部屋に閉じ籠ってしまった。

1938年に機関科の処遇格差は改正されたが、この出来事が海軍機関科問題を解決に導くきっかけになったかは真偽の程は不明である。

 

ドゥーリトル空襲(北西太平洋海戦)での活躍。

当時、連合艦隊司令部附だった長野は米機動艦隊が空母に陸軍爆撃機を乗せてやって来ると進言するも誰も取り合わなかった。

山本五十六連合艦隊司令長官に直談判し、もし米機動部隊が来なかったなら腹を切る所存と一歩も引かず出撃許可をもぎ取る。

詳細はドゥーリトル空襲(北西太平洋海戦)参照。

敵機動部隊発見の報を受けた連合艦隊司令部は騒然としたという記録が残っている。

自ら艦載機に乗り、特設監視艇「第二十三日東丸」が敵発見の無線発信とほぼ同時刻に敵艦隊を発見し位置情報を送り続けた。

F4Fワイルドキャット戦闘機数機(アメリカ軍記録では8機)に追い掛け回されながらも一機撃墜している。

 

ミッドウェー海戦における長野の活躍。

ミッドウェー海戦に猛反対していた長野は第四艦隊に異動となる。

その後、海戦が始まると第六水雷戦隊の臨時司令としてミッドウェー海戦に参戦している。

この時、第四艦隊に任命の電文が送られているが本国からは誰もその様なものは送っていないとなり物議を呼んだ。

 

ミッドウェーまでの航行途中で潜水艦を一隻撃沈している。

その際に乗艦していた夕張の碇を潜水艦に絡ませて釣り上げたという説があるが、記録では天龍の砲撃となっている。

駆逐艦の爆雷が至近弾となり浮上してきた潜水艦に天龍の砲撃が命中したと考えるのが自然である。

一部、夕張が撃沈したという証言も残っているものの、当時夕張には爆雷は装備されていない。

後に長野が指揮して数々の潜水艦を撃沈したことから生まれた戦場神話である可能性が高い。

 

海域に到着したころ空母赤城と蒼龍は被弾炎上し退艦命令が出ており、沈みゆく蒼龍と共にしようとした艦長、柳本柳作。

部下が説得を試みるも頑なに拒み燃え盛る艦橋に飛び込んでいった。数分後に長野が現れ、柳本を追うように艦橋に飛び込んでいった。

その後、柳本を担いで長野が出てきたという。長野とは海兵学校同期(海軍兵学校第44期)にあたる。

 

飛龍で第二航空戦隊司令山口多聞を説得し撤退する方針を纏めた。

撤退を巡り激しく殴り合ったとされる説もあるが、記録では指揮困難な程の体調不良に陥り撤退を承認なされたとあり、

柳本との出来事と混合した結果に生まれた後世の創作である。

 

名付け下手。

 

海軍航空本部勤務時代、長野が設計開発に携わった汎用戦闘機「雷電」の命名の折、「文鳥」や「やんばるくいな」と名付けようとして止められている。また冥王エンジンと名付けられた発動機も「八兵衛」や「十兵衛」と名付けようとして止められている。

この時、当時の部下の手記には大層不満そうであったと残っている。

艦政本部勤務時代にも仮称第119号艦のちの夕雲型駆逐艦4番艦 長波 と仮称348号艦 妙風 において平波と名付けようとし、書類をすり替えて艦政本部部長に怒られているというエピソードを持っている。

一部、波平と付けようとした説もあるがこれは当時、右から左に読むものを現代の左から読んだものが転じたものであり、国民的アニメの影響もあって広がったもの。

長野造船で作られたタンカーは平波丸である事からしても波平と名付けようとした説は根拠に乏しい。

そこまで平波と名付けようとしていた理由は現在も謎のままである。

 

この他にも陸奥爆破未遂事件(※リンク)をはじめ逸話には事欠かない人物であることは確かである。




感想にちらほらありましたから、ちょっとだけお応えして。


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提督(笑)は農業したい

本編の方の詳しいやり取り的なもの。

本編の方と差し替えようと思ったけど面倒なんでこちらに


ハロー横須賀、グッバイ江田島。

というわけで海軍学校から横須賀に2カ月経たないでカムバック。

 

「業和さんお帰りなさい」

 

「随分と早く戻って来たもんだな」

 

横須賀鎮守府に着いて船から降りてみたら、顔見知りのお二人。

ユーリエちゃんと徳田君がお出迎えしてくれたわけです。

 

「…ああ」

 

「二人ともあとは宜しく頼む」

 

江田島から一緒に来た直江教官が早々に去って行ってしまった。

あの人、全然喋らんのだよね。船の上でも最低限の連絡事項の事務的な会話しかしてないよ。

まぁ、俺も全然喋らない方だから仕方ないのだけど。

 

あ、どうもお二方お久しぶりですね。

 

俺だってこんなに早く戻って来るとは思わなんだ。

しかも横須賀にしばらく滞在したら父島に放り投げられるのです。

ちょっと意味が分かりませんがな。

 

「まぁ当然でしょ」

 

「何故お前が得意顔しているんだ」

 

「アンタは何で苦虫を噛み潰したような顔なのよ?」

 

「…そんなことは無い」

 

二人の方は相変わらずの様子で、といってもそんなに何度も顔を合わせている訳でもないのだけど。

まぁ元気そうで何よりだ。

 

「そっちの三名が指揮下の艦娘達か」

 

徳田君が俺の隣に並んでるお供の艦娘さんを見ている。

なんか思案顔なんだけど…。

もしや胸部装甲の厚さでも測っているのだろうか。

 

…流石紳士。

 

「…そうなる」

 

今は磯風さん、浜風さん、谷風さんの三人がお供に居て、他の艦娘達は教員の引継ぎ等で後日、合流となる。

 

「磯風、浜風、谷風だね。…なるほど。私は長野百合恵。陸奥さんの提督って言えば分かりやすいかな。業和さんをよろしくね」

 

「あぁ。この磯風がいる限り司令を守り切って見せるさ」

 

「尽力いたしますのでご安心を」

 

二人の力強い宣言。君らどうしてそんなにやる気満々なのだい。

 

「よろしくぅ。ところで長野提督はあの長野提督の縁者かい?」

 

谷風さん、あの長野ってなんぞ? いや多分俺の事言ってるんだろうけどさ、

普通だったら山本さんや多聞丸さんのような大将、中将クラスと同じ苗字なら分かる…。

だけど少将クラスの俺じゃあ一般ピーポーからの知名度ないと思うぞ?。

まぁ海軍所属ならある程度知られているとは思うしユーリエちゃんは多分質問の意味は理解するんだろうけど、

俺の事は秘密になってるから変にドキドキしてしまうのだよ。

 

「長野壱業さんは私の曾祖伯父に当たるね」

 

「なるほどね」

 

我が指揮下の娘さんたちが俺を見つめるのだけど…。知ってるよ。

全く似てないとか言いたいんだろ!? 

だけど結構血は離れてるし、それに俺に似るって女の子としては致命的やろ…。

だからそんなとこ気にしなくてええねん!

 

「……」

 

徳田君は目を瞑って何やら思案している。

浜風さんの胸部装甲の値を測りかねているのだろう。

その気持ちすごくわかるよ。

 

「それでは移動しましょうか。本当は色々とお話ししたいのですが、

私も徳田も仕事が立て込んでいまして。申し訳ありませんがあちらの建物で待機をお願いします。

室内の物は好きに使っていただいて構いませんので。全く…もっと事前に連絡して欲しいものですよ。

あっ、業和さんに対してじゃなくて上への文句ですからね?」

 

「…あぁ。それより彼はいいのか?」

 

徳田君が未だに胸部装甲を測りかねているようだけど…。

 

「いいんですよ。さぁ行きましょう」

 

徳田君放置で待機する建物に案内された。

 

 

 

 

で、案内された建物一息ついて父島の事を調べているんだけど、父島は最低限に軍人がいるだけで、

島の住民は本土に避難中で皆無。あとは父島所属の艦娘達だけだ。

 

こりゃあ、色々準備していかないとなぁ。

差し当たり、食糧かな。人数少ないし離島だし、物資輸送も多分そこまで多くないだろう。

色々買い物していこうか。野菜でも育てて、出来れば鶏とか乳牛とかも持っていきたいけど、どうしたもんか。

 

ふぅむ。とりあえず出来る事からやっていこう。

 

となるとまず第一に畑でも耕そう。

そこで俺はお野菜を育てるのだ。

あと出来ればコーヒー栽培。完璧な計画じゃないか! 今日も俺の頭は冴え渡っている。

 

…空しい。

ツッコミ役いないと何と空しい事か。ミック先生はよう復活たのんまっせ。

 

さて、そしたら先ず、どうするか?

耕す道具。肥料。あとキッチン用品なんかもあったらいいかもしんない。

 

…ホームセンターか。ホームセンターだな。ホームセンターしかない。

 

買い物のついでに色んな工具を見て悦に浸れるしな!

良し、そうと決まればユーリエちゃんのところに行こうか。

 

「提督。出かけるのかい?」

 

「うむ。買い物をしようと思う」

 

「酒保ならあたしが行ってこようか?」

 

「いや、外に出る」

 

「じゃあ磯風と浜風を呼ぶよ」

 

二人は現在訓練施設で体動かしている。護衛した後なのに元気な事だ。

だが、無理しないでほしいので後で言っておこう。

 

「…いや谷風だけでいいだろう」

 

あの二人、なんか張り切り過ぎて空回りしそうな気がすると俺のシックスセンスが告げている。

ところでシックスセンスを〇ックスセンスとすると非常に卑猥な気になるのは何故なのか。

 

…ツッコミが欲しいな。

 

「そうかい? じゃ行こうか」

 

 

 

先ずはユーリエちゃんの所。

 

「え、外出ですか? 分りました」

 

横鎮の中をうろうろしてようやくたどり着いたユーリエちゃんの執務室。

むっちゃんのエロボディを拝めるかもと思ったけど、居ないっぽい。

なんでも近々、大規模な輸送作戦を実施するそうで、ほとんどの艦娘達が何らかの作業に追われているとの事。

 

「あ、これ使ってください。場所はD-31ですので」

 

なんか凄い慌ただしく書類とか内線電話片手に格闘してたから早々に退散することに。

一度、待機場所として与えられてる建物でササッと着替えを敢行。

 

で、D-31とか呼ばれる駐車場に来れば赤いSUVタイプの車が鎮座していた。

ユーリエちゃんなかなかいい趣味しておるな。

 

「ヒャァー! や、やめてくださーい!」

 

遠くの方で妖精さんに集られている艦娘さんを発見する。

黒い長髪に白いヘアバンドのセーラー服姿の後ろ姿。あれは…もしや…うしおっぱい?

 

「提督、どうすんだい?」

 

集られてるけど危機感感じられない。ただじゃれつかれているように見えるから大丈夫だろ。

 

あ、転んだ。

 

…ナイスパンツ。

 

「…提督」

 

「大丈夫だろう。行くか」

 

ナイスパンツを目に焼き付けてそそくさと車に乗り込む。

谷風さんのジト目が痛いから…すまぬ。うしおっぱい。

漣とぼのたんが徳田君の指揮下なら多分彼女も徳田君の指揮下だろう。

 

…そうかっ! 徳田君は自分の艦娘である潮と、うちの浜風さんの胸部装甲を脳内で比べていたのか!

 

なんと、なんと業が深いんだ徳田君っ! 

 

だが、そんな君を俺は嫌いになれない。

 

「提督?」

 

おっといかん、シートベルト締めて、ルームミラーの位置を合わせる。

ギアはオートマ、Pに入ってることを確認、よし。

助手席に座る谷風さんもシートベルトを俺のを真似て装着したのも確認。

 

エンジンはボタンプッシュ型。まぁ渡された車のカギの形状見た時からそうだと思ってたけど。

 

ブレーキ踏んでポチっとな。

 

低く唸りを上げて…と思ったが意外と静かな始動音だな。

あぁハイブリッド車か。まぁ石油が貴重なこんな世の中じゃ、ハイブリッド車や電気自動車が主流になってんだろう。

 

さてと、ほいじゃあホームセンターに出発…と思ったけど場所分らんじゃないか。

 

あ、ナビもついてるか。

じゃあさっそく検索して近所のホームセンターはっと。

 

検索完了。

 

さぁいざ参らん。工具の宝庫へ!

 

横須賀鎮守府のゲートを潜って外へ。

事前に守衛さんに話をつけていたらしいユーリエちゃん流石すぎです。

 

ナビに従い道を走って、最初に止まった信号のところ。

 

「ねぇ提督。あたしも詳しくは知らないんだけどさ、自動車ってのは運転するのに免許って奴が必要なんじゃなかったかい?」

 

「……」

 

谷風さん、そういう事はもっと早く言って欲しかったんだけど…。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「何とか言いなよ提督!」

 

「…大丈夫だ。問題ない」

 

前々世は普通免許も大型自動二輪免許もあったし…。

安全運転で、バレなきゃあ何も問題ないさ!…多分。

 

「……」

 

ぼ、僕は、お、お腹がすいたんだなぁ。もうすぐお昼だし。

 

「何か旨い物でも御馳走しよう」

 

「…何だろうね。提督も意外と人間味っていうのかい? そういうのがあるんだねぇ」

 

その言い方じゃ、俺が人間味が無かったように聞こえるんだけど。

 

「あっ、悪い意味で言ってるんじゃないよ? 提督もさ、上手く言えないけどちゃんと人間なんだなぁって」

 

ちゃんと人間って…。

頭に変なの入ってるけど俺は人間だし? 超まともな人間だよな?

あれ? なんかちょっと心配になって来た。

 

「あっー、もうなんて言ったらいいのかねぇ。安心? 違うね うーんと…親しみ、そう親しみを感じられるって言いたかったのさ」

 

しかめっ面になっていたようで谷風さんがフォローしようとしている。

そんなに深刻に捉えてるわけじゃないから慌てんでもええのになぁ。

 

「…そうか」

 

「…うん」

 

「何か食べたい物はあるか?」

 

気を使わせてしまったようなので俺もフォローというかご飯で手を打ってもらおうと思う。

 

「何でもいいのかい?」

 

「何でもいいぞ?」

 

うんうんと考え込む谷風さん。あの、なるべく早めに決めていただけると助かるのだけど、

このままだとホームセンターに着いてしまいますよ?

まぁ、それはそれで着いてから考えればいっか。

久しぶりのドライブを楽しむとしよう。

 

あ、そうだ。

 

「谷風」

 

「なんだい提督?」

 

「人前では提督と呼ばないように」

 

一度、狙われた過去がある。同じ過ちは犯さないZE。

 

「え。じゃあ何て呼べばいいのさ?」

 

「…業和でいい」

 

業和呼びでええんちゃう?

あとは谷風のキャラ的にはあんちゃんとか?

 

「ふぅーん? なんかしっくりこないけど分ったよ」

 

 

結局、道沿いにあったファミレスで昼食。

もっと凝ったものでも良かったのだけど、谷風は旨そうにしていたからあれで良かったのだろう。

 

そしてついにホームセンターに辿り着いた。

 

外国製の安い工具は軒並み品薄状態だが、国産のはまぁそこそこの品揃えだろうか。

でも全体的にちょっと寂しい感じするな。まぁ元いた日本が品が溢れすぎていたってのもあるんだろうけど…。

 

「おーい。てい…、業和…。う~ん違和感が…」

 

「どうした?」

 

「いや、ずぅーと動かないから。結局何を買いに来たんだい?」

 

すっかり本来の目的を忘れて工具に魅入ってしまった。

大小様々なドライバーとかレンチとかずらっと並んでるとなんか時を忘れるよな。

 

「…では行くか」

 

肥料。あとは軽油も売ってれば欲しいな小型のコンバインと共に。後は鍬に如雨露も買っちゃうか、それとも長めのホースかな?

長靴もいるだろう。

 

カートを押しながら必要そうなものをガンガン入れていく。後はキッチン道具も少々。

時折店員さんが近づいて来ては離れていくが何だろうか…?

話しかけてくれてもええんやぞ? おすすめの品とかあったら買っちゃうぜ?

近づいては離れる店員さんを後目に園芸コーナーに差し掛かり、さて肥料ってどのくらいいるんだろうかな?

 

父島の艦娘達とうちの娘さん達、それと向こうに詰めている軍関係者の方々にもお裾分けの分を考えると、

そこそこの量が必要なんじゃないだろうか。

多めにあっても困るもんじゃないし、ここに出ている分、全部買ってしまおうか。

ちょっとそこの店員さん

 

「…すまないが、これらすべて買いたいのだが」

 

「しょ、少々お待ちくださいっ! 直ぐに責任者を呼んでまいりますので」

 

慌てた様子で走り去っていく店員さん。

 

「なんだろうね」

 

「…うむ」

 

久しぶりの大口のお客さんにテンションアゲアゲなのだろうか?

 

しばらくして、頭部が進化してる責任者のおっちゃんが汗かきながらやって来て、なんやかんやと質問攻めされる。

なんだ俺の出身地なんて聞いてどうするんだ? 

 

「ちょっと君、いいかな?」

 

何故か、青い服着た国家権力の公僕たるお巡りさんに肩を叩かれます。

 

なんでおっちゃんホッとした顔してんの?意味が分からない。

 

「なんだろうか?」

 

「この肥料どうするの?」

 

どうするって言われても

 

「畑をつくる」

 

これしか言う事ないだろう。

 

「そうなんだ。ちょっと事務所にいいかな」

 

え、なんで?

 

「てい…業和どうすんのさ?」

 

「あなたはこちらでお話し聞かせてくれる?」

 

谷風は婦警さんに捕まった。

 

「や、ちょっと」

 

「谷風」

 

暴れたりしたら駄目よ?

 

「あいあい。分かったよ、何だっていうんだい全く」

 

俺氏両サイドをお巡りさんに固められて店の事務所にドナドナされる。

 

「本当に畑仕事するの?」

 

「違う事に使うんじゃないの?」

 

「出張先が離島で人がほとんどいないからなんて理由。ちょっと厳しいと思わない?」

 

お巡りさんにさっきから事情を話してんだけど、何故か信じてもらえん。

肥料って畑に使う以外なんか他に使い道あんのけ? 逆に聞きたいのだけど…。

 

…あっ。

 

おいおいふざけんなよ。爆弾なんか作るかいな。

 

「それで、身分を証明するもの何も持ってないんでしょ?」

 

着替えるんじゃなかったかなぁ。海軍服で来た方がよかったかな。

 

「……」

 

「じゃあ、一先ずその話は置いてあの女の子との関係は?」

 

「…部下?」

 

うぅむ。部下でいいのか? 

ところで別室の谷風さんが無茶してないか心配なのだけど。

 

「まだ中学生くらいでしょ彼女。正直に言ってくれないと後々困ることになるよ?」

 

「どこの学校の制服?」

 

まぁ見た目子供だし、確かに学校の制服にも見えなくはないわな…。

あれぇもしかして…青少年なんちゃら条例とかそういう事か?

まてまて誤解だ。俺は紳士であって変態紳士ではない。

 

事案なんて心外ですぞ!?

 

「正直に話してくれないかな?」

 

なんでお巡りさん方はこんなに子供をあやす様な話し方なのか…。

アンタらの三倍近く前世含めて人生送ってんだけど…。

 

…そうでした。今かなり若い見た目でした。

 

正直にって…ずっと正直に言ってるんですけど…。

どうしたもんだろうか?

…文乃はグンマーだから直ぐにこれないし…。

ユーリエちゃんか? 出来れば頼りたくないんだけど…。

なんて説明すんのさ? ホームセンターで買い物したら警察に捕まったから助けて?

ついでにロリコンの汚名も着せられそうなんだ。

 

俺がもしユーリエちゃんの立場だったらこう思うだろう。

 

何してんだお前。

 

と。

 

しかし背に腹は代えられないというか、他に頼るべき相手が今のところいないというか。

 

「儘ならんもの…だな」

 

「いやいや、それはこちらの台詞だよ。正直に全部話してくれないと」

 

このままでは話し合いは平行線だろう。

本当に仕方がないが、無力な親戚のおっさんを許してくれユーリエちゃん。

 

「電話してもいいだろうか?」

 

「それがいいね。身元証明できる人かな?」

 

「…あぁ」

 

というわけで、ユーリエちゃんの携帯電話の番号メモを見ながら、お店の電話から発信。

 

「…もしもし?」

 

あ、ユーリエちゃん。

 

「…私だ」

 

「どうかされたんですか?」

 

「実は…」

 

一通り状況説明。

 

「直ぐに行きます」

 

どうもすいません。本当に申し訳ない。

とっても居た堪れないです。

 

「谷風はどうしているんだろうか?」

 

「あの女の子? 谷風って名前なの?」

 

「そうだが…?」

 

「先輩、組織的な可能性も」

 

「…そうだな。生活安全に問い合わせしてみろ」

 

お巡りさんたちは何を言っているんでしょうか?

おっちゃんはもう考えることを放棄しました。

何も悪いことして…無免許運転してたーーー!?

 

これより私はユーリエちゃんが来るまで黙秘を貫こうと思います。

 

「すみません。お待たせしました」

 

幾ばくかの時間を無心で過ごしていたら、制服姿のユーリエちゃん登場。

穏やかな笑みを讃えているのにも関わらず、なんか背後にゴゴゴゴッって文字が浮かんでそうな雰囲気。

 

なんか怖いので息を潜めて過ごしていようと思います。

 

ケータイでどこかに連絡とったりしながらお巡りさんたちと会話しているのだけど、

段々とお巡りさんとホームセンターの責任者のおっちゃんの顔色が悪くなっている気がします。

特におっちゃんは何かに絶望しているような顔なんだけど大丈夫だろうか。

 

「では、そのように手配をお願いします」

 

「か、かしこまりましたーー!」

 

ホムセンのおっちゃん土下座しそうな勢いでユーリエちゃんに頭下げてる。

 

「「申し訳ございませんでしたっ!」」

 

お巡りさんがこちらに頭下げてる。

 

「分かってもらえたらそれでいい。では買い物の続きを…」

 

「ご心配なく、お買い上げいただく物と、必要と思われるものは全て当方で準備いたしますので!」

 

お、おう。元気いいなおっちゃん。

 

「業和さん、なのでこのまま帰りましょう」

 

「…あっ、はい」

 

これユーリエちゃんが激おこプンプン丸だ。

ゴメンね。こんなくだらない事で呼び出して、本当に申し訳なかった。

 

ここまでタクシーで来たらしいユーリエちゃん。

帰りは一緒に参ります。

駐車場までついてこなくていいとホムセンのおっちゃんとお巡りさんにやんわりお断り入れて、車に到着。

 

「大変な目にあったね提督」

 

「…そうだな」

 

「…全く、何考えてんの…。潰してやろうかしら…。管轄の警察署長の名前は…」

 

あのー、ユーリエちゃん。

考え事しながら助手席に乗り込もうとしている所、大変申し訳ないのだけれど、

 

「どうかしました?」

 

その、なんだ、

 

「運転免許?」

 

無いんだよね俺。

だから、お巡りさんも見ているかもしれないからさ、運転お願いしたいんだよね…。

 

「…あっ」

 

あ、ユーリエちゃんもうっかり?

仕方ないよね忙しそうだったもんね。

 

「えっ、ちょっと待って…ここまで普通に運転して来たって事? そりゃ大きくは構造変わって無いにしても…」

 

あぁ、うん。なんかブツブツ言いだした。

 

「流石です! 業和さんっ!」

 

え、なにが?

 

「でも、そうですね。帰りは私が運転しますね」

 

あ、はい。お願いします。

 

色々あったが買い物を無事終えられ良かった。

そして何故かその日の夜に外出禁止令を出された。

 

解せぬ…。



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太平洋戦争に関する雑談質問スレ

自作自演乙




87: 名無しの伍長さん(満州) ID:××mz2

 

結局のところ日本の戦艦で一番強かったのは大和型でおk?

 

 

94: 名無しの伍長さん(ラバウル) ID:××bes

 

>>87

何をもって一番にするかによる

火力→大和

戦果→金剛

艦歴→長門

 

 

97: 名無しの少尉さん(佐世保) ID:××dOM

 

金剛の戦果が飛び抜けすぎてて草はえるww

 

 

102: 名無しの飛行兵曹長さん(タウイタウイ) ID:××SgT

 

>>97

古いから沈んでもええやんって扱き使われたからしゃーない。

しかも途中から魔術師やら悪魔やらストロベリーやらと呼ばれたチート野郎が指揮執ってたからな。

 

 

108: 名無しの水兵長さん(トラック) ID:××QIU

 

>>97

苺ちゃんの悪口はそこまでだ。

それよりたまには扶桑型も思い出してあげてください

 

 

111: 名無しの機関兵長さん(火星) ID:××0XF

 

>>108

俺は好きだよ。

あの折れそうな艦橋。

ところで苺ちゃんの個別ルートに入れないんだけどどうやったら入れるんだ?

 

 

114: 名無しの伍長さん(新嘉坡) ID:××mz3

 

>>111

その質問はスレチだが、敢えて答えよう。そんなルートは存在しない。

開発段階ではあったらしいが、何者かによって消されたらしい

…おっと誰か来たようだ。

 

 

115: 名無しの憲兵兵長さん(舞鶴) ID:××ses

 

114に合掌

 

どう考えても勝てない戦争だったわけだが、

坊の岬沖戦で金剛で米国ボコボコにできたんだから、もう少し条件を引き出せなかったのか

 

 

118: 名無しの軍楽兵長さん(ブイン) ID:××dMm

 

>>115

俺はあれでも仕方なかったと思う

8月にあった坊の岬沖のあと9月の呉・相模灘空戦で本土防空隊がそれ以降の燃料枯渇状態。

伊401、402パナマ攻撃成功で運河復旧に2カ月くらい?

急ピッチで大西洋艦隊が編成進んでたからこれがなければ丸裸同然の日本が焦土になってたと思う。

艦船もソ連戦終えて軒並み燃料不足で日本側は風船爆弾くらいしか残った攻撃手段なかったんじゃない?

 

121: 名無しの憲兵兵長さん(舞鶴) ID:××ses

 

>>118

サンガツ。参考になった。

 

 

123: 名無しの水兵長さん(トラック) ID:××QIU

 

風船爆弾…。

日本の珍兵器って言えばあとはタイヤ爆弾とか竹槍?

他におもろいのあるなら教えてロマンあふれる奴がええな

 

 

128: 名無しの機関兵長さん(柱島) ID:××0XF

 

>>123

珍兵器でググれば色々見つかる。

個人的には九九式排土車が好きだ。

 

 

131: 名無しの伍長さん(満州) ID:××mz2

 

>>128,123

兵器じゃなくて重機なんですがそれは

桂島の地下には海軍の秘密工廠があってそこにはある戦艦が解体されずに眠っているという

 

137: 名無しの伍長さん(ラバウル) ID:××bes

 

>>131

戦場では重機も立派な兵器になるし…チハタンより硬いし体当たりで戦車も撃破してるし…。

あと一応突っ込んでおくけど、それなんて宇宙戦艦

 

 

140: 名無しのホモさん(発展場) ID:××aAa

 

鋼鉄の体のぶつかり合い。胸が熱いな。

 

 

145: 名無しの水雷屋さん(キスカ) ID:××SUI

 

九九排土車調べたら案の定NAGANO製だった。

マジ変態過ぎww

 

 

149: 名無しの技術少尉さん(会津) ID:××QIU

 

>>145

変態言うなし。

東北民と沖縄民にどつかれるぞ。

ちな、俺は東北住み。

テレビ出てる人の講演が近所であった時、その人が長野に否定的な発言して

普段温厚なじっちゃんが怒って帰って来た模様。

マジで未だにじっちゃんばっちゃん世代に人気高いからな。

 

 

151: 名無しの伍長さん(エーゲ海) ID:××pXg

 

俺、北関東住みなんやけど、この間ばっちゃんと買い物に行った時、外国人が道に迷ったかして困ってた。

ただ俺コミュ障だし英語も話せないからだから見て見ぬ振りしたら、

ばっちゃんがドイツ語で普通に話しかけてた。

英語じゃなかったぜorz

聞けば某工科大の前身で勉強してそのまま長野傘下企業で戦時中働いていたらしい。

 

 

154:名無しの少尉さん(横須賀) ID:××yvv

 

>>151

婆ちゃんは東北出身か?

うちの婆さん東北出身で、たまに訛りのキツイ民謡みたいの歌ってたんだけど、

東北弁かと思ったらドイツの民謡だったww

同級生のエリーちゃんに教えて貰ったんだって。エリーちゃんはドイツ系の2世だった。

 

 

156: 名無しの伍長さん(エーゲ海) ID:××pXg

 

>>154

そうそう。貧困による口減らしで飛ばされたんだって。

最初は不安で一杯だったんだけど実家にいるより数倍暮らしやすかったって言ってた。

戦後もそのまま働き続けてそこらの男よりよっぽどいい給料もらっていたんだってさ。

 

 

157: 名無しの水兵長さん(佐伯) ID:××dpk

 

そんなほのぼのとした話ではなく怖い話してやろう

沖縄南東部では台風が接近してくると雷とか風の音に交じって砲撃音が聞こえるらしいぞ

実は金剛は沈んでなくて今もどこかの海で彷徨ってる。

で、嵐と共にやって来るんだコェェ

 

158: 名無しの瑞雲さん(霞ヶ浦) ID:××k1s

 

それの元ネタってアメリカの水兵だって知ってたか?

日本も長野の戦死を土壇場まで隠してたから余計に疑心暗鬼を生んだ結果なんだけど。

 

 

160:名無しの軍楽兵長さん(ブイン) ID:××dMm

 

アメリカにとってトラウマ製造機やからな。

イージス艦に金剛って名付けようとしたら、止めてくれってやり取りが有ったくらいやし。

沖縄南部に米の駐屯基地作ろうとした際も揉めたし。

実は生き残ってて戦後の日本を牛耳ってたなんて都市伝説もあるくらいやし。

 

 

162: 名無しの水雷屋さん(キスカ) ID:××SUI

 

米帝も気が気じゃなかっただろ。

戦後も日本各地で追跡調査してるし。

 

 

167: 名無しの伍長さん(佐渡) ID:××rok

 

俺氏、太平洋戦争初心者。

長野の事分かりやすくガンダムで例えてくれ

 

 

169: 名無しのMSさん(コンペイ島) ID:××RX7

 

>>167

坊の岬沖海戦を例えるなら

ファーストガンダムで逆シャア版のジオン相手に無双するのが長野です。

米国の対日本戦で死傷者の割合は3~4人に1人くらいがコイツの影響。

 

 

170: 名無しの水雷屋さん(キスカ) ID:××SUI

 

都市伝説つったら長野文書と呼ばれる預言書が存在するとかあったな。

 

 

174: 名無しの技術少尉さん(会津) ID:××QIU

 

実際、関東大震災の一年前に何故か防災の日と定められて、人的被害少なかったし、

戦時中の三河あたりだっけ? その地震も同じように人的被害少なかったし。

2000年くらいまでの日本であった自然災害みると政府の異様なまでの迅速な対処、

長野文書はどうだか知らないけど、何らかの災害予知みたいのは出来てたんじゃないかと

個人的に疑っている。

 

 

177: 名無しの飛行兵曹長さん(タウイタウイ) ID:××SgT

 

全ては長野の仕業だったんだ!

な、なんだってー!?(AA略

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本編では拾いきれない設定などをスレッドぽく。
感想にあったものなども独断と偏見でチョイス。


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長野苺の大百科

リクエスト・要望は基本受け付けてはおりません。


長野 苺(ながの いちご)

 

 

皇国ファクトリーが開発、販売した戦略恋愛SLG『太平洋戦姫 ~ 桜花のワルキューレ ~』に登場するキャラクター

 

「貴方も、国も、…私が護りましょう。」

 

 

 

私の概要? そうね…、

 

 

『太平洋戦姫 ~ 桜花のワルキューレ ~』に登場するキャラクター

 

モチーフ元は太平洋戦争で活躍した某提督という開発元の神経を疑うものだが、プレイヤーからの熱い支持を受けているキャラである。

愛称は苺ちゃん 野いちごちゃん。

 

性格は極めてクールで口調からも感情を読み取ることが困難。

しかし、親密度を上げてデレてくると破壊力抜群のセリフを唐突に言ってくる。

そのセリフにやられたプレイヤーの数も多いのではないだろうか。

 

クールビューティーでクーデレキャラの苺ちゃんである。

ただし、サブキャラ扱いで攻略できない。

皇国ファクトリーさん、個別ルートはよ!

 

元ネタの某提督は各自別リンクから調べるように。

いろいろと逸話を持つ御仁で調べればわかるがコイツ間違いなくチートだと思うはず。

 

 

私の容姿? 貴方は変わっているのね。

 

 

ヘアスタイルは黒髪ロング。アホ毛が一本のチャームポイントとなっており、

目元は鋭く瞳はブラウン色で第二種軍装を着ている。

軍服の上からもわかる大変大きなものをお持ちのようである。

軍刀ではなく日本刀を腰に差し、日常パートにおいてはよく刀の手入れをしている姿が見れる。

その際の晒姿は眼福。

 

 

性格? そのような事聞いて…いえ、貴方が聞きたいのであれば…。

 

ゲーム内での性格は基本的にク-ルで抑揚のない口調で喋る。

戦闘上どんな劣勢下に置かれても焦る事も無く冷静に淡々と命令と報告をする。

むしろある程度彼女に戦力を渡しておくと劣勢になる事がないが…。

一見、とっつき難いと思われるが、ネーミングセンスが壊滅的でポンコツの部分もあるクールで頼れるお姐さんキャラ。

 

「ひよこ一号機からの偵察の結果、敵は輸送船団を西に移動させようとしているわね」

 

作戦概要を説明する折などにちょくちょくとプレイヤーが?となる単語をぶち込んでくる。

ネーミングセンスが無いだけで彼女は至って真面目さんなんだ。

 

貴方も、国も、…私が護りましょう。

 

「新しい艦載機の開発が終了したわ。ダチョウと名付けたいのだけど、どう思う?」

 

「貴方が望むのならどこへでも赴きましょう。たとえ地獄でも」

 

「任せておいて。殿は得意なのよ」

 

「貴方に頼られるのは…その…嬉しいわ」

 

潜水艦以外の運用パラメーターが軒並み高い戦闘能力の高さとも相まって『太平洋戦姫』のキャラの中でも安定した強い人気を誇っている。

日常パートにおいても料理スキルも高く、その腕は一流シェフ並と言われている。

得意料理はビーフシチュー。

エプロンを装備し髪を結った姿で「口に合ったら良いけど…」と普段見れない&不安げな口調は破壊力抜群。

 

 

ゲームにおいて

 

 

前述したとおり、艦隊運用パラメーターは潜水艦運用以外は軒並みA以上であり、

個人パラメーターも呂布と孔明を足したような数値であり作中で最強。

序盤から終盤まで頼りになる。ある程度彼女に戦力を預けて放置していた間に何個か攻略目標を制圧していたという事も少なくないチートっぷり。

ただし、命令で休息させないと疲労で倒れてしまい戦線が崩壊する可能性もあるので注意が必要。

優秀で真面目で働き過ぎちゃう困った苺ちゃんなのだ。

ずっと前線に置いておくと他のキャラの経験値も掻っ攫っていってしまい一人突っ走ってしまう。

前線に張り付かせ過ぎずバランスを考えて彼女を使おう。

もし、万が一にも彼女が途中で戦死することになるとゲーム難度が卓袱台ひっくり返す程度には上がる。

 

 

アニメでは

 

一話では前線で指揮を執り続け、主人公が来るまで上からの命令も無視するという問題児っぷり。

主人公に対しても冷たく突き放す物言いをしていたが、主人公が上官になってからは徐々に態度が軟化していく。

六話で主人公とメインヒロイン素子がデートしていた際に町のチンピラに絡まれている女の子を主人公達より先に助け、助けられた子に惚れられるというキマシタワー展開は完全アニメオリジナル。

十二話にて「貴方も、国も、…私が護りましょう。」のセリフの後、圧倒的戦力差の敵相手に出撃していく時は、史実を知る者から死亡フラグかと一部視聴者が狂乱した。

 

 

二次界隈では彼女を題材としたものは極力自制していただきたいと販売元が訴えているが、効果のほどは…。まぁ、頑張れ皇国ファクトリー。

 

 

関連リンク

 

『五十山 素子(いそやま もとこ)太平洋戦姫 ~ 桜花のワルキューレ ~』 

『川口 たまも(かわぐち たまも)太平洋戦姫 ~ 桜花のワルキューレ ~』

『梅田 千春(うめだ ちはる)太平洋戦姫 ~ 桜花のワルキューレ ~』

『上井 成海(かみい なるみ)太平洋戦姫 ~ 桜花のワルキューレ ~』




メッセージにて原稿用紙2枚分も熱い思いを書き綴ったものを頂いたのでお応えしました。



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提督(笑)VSビッグアイ・ツナ

嘘みたいだろ、マグロと戦ってんだぜ? この男…。


 

 

そこは何処までも広がる闇を彷彿させる。

 

天から差す一筋の光が辛うじて、男の視界を保っていた。

 

息を潜め、一瞬であろう好機の瞬間を待つ。

 

男は軍人である。

ただ今回は分の悪い戦いである。そんな事は百も承知だ。

相手は生まれてから今まで、この過酷な環境を生き抜いてきた猛者。

対する男は常にこの環境に身を置くことに制限時間という枷がかけられる。

 

男は種族の中なら間違いなく強者に分類される。

ここが陸上であるのならば、男の勝利は揺るがないだろう。

 

だが、この環境、地球を青い星と言わしめる所以である海。その中である海中。

 

圧倒的なアドバンテージは相手側にある。

 

相手の名はメバチマグロ、英名ビッグアイ・ツナ。

赤道から南北に緯度35度程度までの海域に多く生息する回遊魚。

名前の通り、大きな目が特徴でマグロ種の中では中型でずんぐりとしている。

日本では食卓に並ぶ機会も多いマグロだ。

日中は深い海域にいるが、夜になると浅いところまで上って来る。

陸上生物である男が海中で唯一勝負できる時間帯なのだ。

 

そうして訪れる邂逅の瞬間。

 

闇を切り裂くように現れるメバチマグロの群れ。

 

反則染みた 魚群探知機(ミック先生 )をもってして、群れの真下につける事に成功。

 

 

男は一瞬で判断した。2m超えは無理。でかい、怖い、速い。と。

 

そして狙いを群れの後方1メートルを超えるくらいのものに切り替えた。

 

男は浮上し、狙いを定めたマグロの真正面に。

 

「ぼっぼぼぼここここぼぼっ!ぼおおおお!(牙突零式! アァーー!)」

 

手に持っていた先端を削っただけの棒切れをマグロの口へと突き入れる…っ!

 

が、掠めるだけであった。

 

高速で吶喊するマグロの衝撃で男の手から棒切れは離れ、深い深い海底へと沈んでいく、

 

男とマグロの視線が暗い海の中で交わる。

 

お互いにギラギラとした光を灯していた。

 

「残念だったな人間」

 

マグロにそう言われている様な気がした。

 

男は闘志を爆発させる。

 

海面から延びるロープを掴み、尾びれに巻き付けた。

 

正に執念の生んだ早業。もう一度同じことをやれと言われても難しいだろう。

だが、男はそれをこの土壇場で成した。

 

暴れ回るマグロ。

 

しかしロープごと引き摺る事は不可能だ。

何故ならば、それを持つのは最大8000馬力を発揮する艦娘である。

男が巻き付けた尾ひれの部分をどうにかするしか生き残る術はない。

 

弱肉強食の過酷な環境、故に最期のその瞬間まで生き抜く為にマグロは力を振り絞り尾ひれを振り回して抵抗する。

 

男も朝餉の献立にすべく、逃がすまいと力を振り絞る。

 

力と力のぶつかり合い。

 

生と死をかけた壮絶な戦いである。

 

拮抗が崩れた。一瞬だが尾ひれに巻かれたロープの力が緩んだ。

 

そうマグロは感じとったのかもしれない。

 

だが、それは男が最後の勝負に出た故のロープの緩みだった。

 

男はマグロに組み付いたのだ、抱き着くように胴体を締め上げ掴み、エラの部分と口を手で強引に閉ざしてきた。

 

魚というのはエラ呼吸である。

通常、エラを開閉させて酸素を含む水を出し入れして呼吸する。

しかしマグロのエラは開きっぱなしだ。そのために常に前進し、口を開けたまま泳ぎ続ける。

止まれば窒息してしまうのだ。泳ぎ続けねば死ぬ、そういう生き物なのだ。

 

男によって、強引に口を閉ざされ、エラも閉ざされた。

人間でいうなら鼻と口を押えられたという事。

 

つまり。そういう事だ。

 

しかし、男も限界は近い。

 

男は人間、肺呼吸である。魚の様に酸素を含む水から呼吸できるわけではない。

息を止めているのだ、それにも限度がある。

 

お互い死力を尽くす。

 

 

 

 

どれくらいの時間が経ったか…。

 

 

 

 

 

光差す海面へと浮上する影。

 

浮上した影は男で、その男の手には物言わぬマグロの姿があった。

 

 





本編42話でカットした部分。

書き終わって、なんだこれ? ってなったんだ。

本編の方の感想で皆さん、マグロついて言及するもんだから載せておきますね。


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とある夏イベント中の掲示板

ゲームやって無い方には分からない単語等あるかもしれません。
特に何があるって訳では無いので読まなくても問題ない話です。


とある夏イベント中の掲示板

 

 

16: 名無しの提督さん ID:××××44

 

今からイベント攻略にかかるんだけど、

各海域の艦隊編成はどんな感じなんでしょうか?

教えてエロイ人

 

 

22: 名無しの提督さん ID:××××23

 

>>16

E1 敵輸送部隊強襲  通常編成

E2 輸送作戦     通常編成

E3 二段階輸送作戦  輸送護衛部隊編成

 

こちら現在E3攻略中。それ以降は知らん。

 

 

26: 名無しの提督さん ID:××××02

 

>>16

E4 連合艦隊出撃 連合艦隊編成

E5 奇襲作戦   連合艦隊編成

E6はまだ誰も攻略にかかってない様で分らない。

 

E3の油槽艦は改装して水母になってても可。

E5で禿そう。

 

 

28: 駆逐艦は最高だぜ ID:××××07

 

お札は?

 

 

32: 瑞雲教徒 ID:××××85

 

>>28

E1とE2が共通。

E3とE4それぞれ。

 

E5はE4以外なら出撃可能。

 

 

66: 名無しの提督さん ID:××××09

 

いきなりE1で沼ってるんだけど、

みんな編成どうしてるんだ?

 

 

68: 嫁艦は摩耶様 ID:××××61

 

>>66

E1は金剛、榛名、夕立、時雨の史実艦4人入れとけば最短ルート辿れる。

他2枠は無難に空母、雷巡orアブゥあたりで甲でも簡単に抜けられると思うぞ。

 

E2も他2枠に神威か速吸、あきつ丸orまるゆの中から一人入れることで最短ルートだ。

 

 

70: 名無しの提督さん ID:××××30

 

いきなり金剛お姉さま入れての出撃かよ…。

 

 

71: 名無しの提督さん ID:××××48

 

うちは金剛、こないだ来たばかりで育ってないんだけど…。

 

 

72: 猟犬部隊(エサ係) ID:××××88

 

>>71

改二まで今すぐ育てなさい。

大破しても夜戦に参加する金剛榛名はマジで重宝する

 

 

75: 芋の艦隊 ID:××××89

 

>>70

なおE1史実は金剛、時雨、夕立だけの鬼畜仕様だった模様。

 

それより問題はE3だ!

クッソ軽すぎる編成でどうしろというのか

 

 

76: 名無しの提督さん ID:××××11

 

パイレーツ・オブ・マルス

 

 

82: 名無しの戦艦乗りさん ID:××××72

 

>>75

実装されている史実艦でいけば、あがのん、あまつん、トッキー、長波様、ほったか丸となみへーちゃん。

そこにルート固定に海防艦を入れるか入れないかって感じだろ。

 

今E3やってる感じだと上記に海防艦を2入れるとおそらく最短ルート固定。

入れなくても1戦多いルートだからそこは各提督次第だろうな。

 

 

88: 芋の艦隊 ID:××××89

 

>>82

ありがとう参考になった。

 

 

177: 名無しの提督さん ID:××××30

 

E3なんとか突破! これよりE4の攻略にかかる。

お前らの編成部隊を教えろください。

 

 

181: 瑞雲教徒 ID:××××85

 

>>177

水上打撃部隊

第一 大和 武蔵 瑞鶴 扶桑 摩耶

第二 矢矧 冬月 涼月 雪風 鈴谷改二

 

第一と第二合わせて史実艦6隻以上でルート固定の模様。

E5、6攻略に向ける部隊をよく考えて選んだ方がいいぞ。E6で長門陸奥はルート固定要員って情報があがってきたから。

 

 

184: 長門型3番艦美作 ID:××××33

 

E6で長門陸奥はルート固定要員って情報があがってきたから。

こマ?

長門使っちまったぜorz

 

 

185: 名無しの憲兵さん ID:××××04

 

>>177

空母機動より水上打撃の方がボス到達率高い。

水上打撃に史実艦から6隻入れて残りは好みだけど、戦艦入れるなら長門型は温存の方が良いかもしれん。

E6で固定要員って可能性が出て来た。

 

ちな史実艦→ 大和 瑞鶴 矢矧 冬月 涼月 磯風 浜風 雪風 朝霜 初霜 霞

 

 

187: 長門型3番艦美作 ID:××mz2

 

\(^o^)/オワタ

 

 

189: 駆逐艦は最高だぜ ID:××××07

 

>>187

むっちゃんだけでも強いですし…強く生きろ。

 

ところでE5の編成みんなどうしてる?

金剛、榛名、大淀+駆逐3の史実組はルート固定要員だろうけど、他の枠は?

てかボスとボス前で敵の連合艦隊編成2戦て運営の悪意を感じる。

 

 

192: 名無しの提督さん ID:××××35

 

>>189

いやいや史実だと8隻編成なわけですし…(残りは駆逐艦)

連合組めてるだけまだ救いがあるだろ。

うちは空母機動にしてあと高速統一

 

第一、大鳳と加賀を烈風拳 翔鶴改二甲(友永隊 烈風(343空) 橘花改 F4U-1D)比叡 霧島 利根改二

第二 金剛 榛名 大淀 夕立 時津風 鈴熊改二コンビ

 

 

194: 名無しの提督さん ID:××××30

 

うちも大体同じようなもんだな。

金剛の装備って主+主+徹甲弾+観測機でおk?

 

 

196: 駆逐艦は最高だぜ ID:××××07

 

>>192

うちは残り枠は駆逐艦で頑張ってますが?

 

 

204: 名無しの提督さん ID:××××30

 

>>194

観測機を苺ちゃん持ってるならそっちに代えてもいいかもしんない。

またはプリンツレーダーでも可

 

 

205: 名無しの提督さん ID:××××69

 

りょ、両方もってない提督はどうすればいいんですか?

E4を乙でクリアしたんで烈風(343空)も無いんですけど…。

 

207: 猟犬部隊(エサ係) ID:××××88

 

丙ていとくぅぅー。って決断も一つの手ではある。

 

 

242: 嫁艦は山城 ID:××××44

 

E5のラストダンスが終わらない。

というか最終段階になってボスに辿り着けないんだけど。

この編成の駄目なところ教えて https://kanco──/992.html

 

 

243: 名無しの提督さん ID:××××48

 

おまえ不幸だな…。

俺はほぼ同じ艦隊と装備で突破できてる。

 

 

244: 芋の艦隊 ID:××××89

 

芋成分が圧倒的に足りていない。

あとはキラ付けして頑張るくらいじゃない。

 

 

247: 名無しの提督さん ID:××××30

 

ネジ足りてるなら、もうちっと装備改修してみれば?

 

 

249: 名無しの提督さん ID:××××12

 

駆逐艦を時雨に代えてみたら? 運の関係のカットインは時雨の方が上だぞ?

 

 

254: 嫁艦は山城 ID:××××44

 

みんなありがとう。

色々試して頑張ってみるわ

 

 

371: 猟犬部隊(エサ係) ID:××××88

 

E5ラスダン

金剛お姉さまの大破しながらも夜戦でボス沈めてくれるカッコよさ…惚れ直したぜ。

 

さてE6の史実艦を教えて下され。

 

 

373: 名無しの提督さん ID:××××23

 

唐突な話題転換スコ

 

っ 長門 陸奥 雲龍 酒匂 潮 響 以後未実装艦 夕雲型(妙風)松型2隻(楓 欅)択捉型海防艦2隻(天草 干珠)

E1~E5までのお札持ちは出撃不可。

通常艦隊編成で全部史実艦でルート固定だ。

 

376: 猟犬部隊(エサ係) ID:××××88

 

ダンケダンケ

選択余地がない編成って初めてじゃね?

 

 

384: 名無しの提督さん ID:××××30

 

>>376

史実艦4で羅針盤に1回勝てば最短ルートより一戦多いがボスいける。

もっとも必要性が薄いように思われるけど。

 

 

396: 榛名は大丈夫さん ID:××××57

 

E6ってE5より楽って言う人多いけど実際どうなの?

 

 

399: 長門型3番艦美作 ID:××mz2

 

間違いなく楽。途中で長門を使っちまった俺が言うんだから間違いない!

 

 

400: 榛名は大丈夫さん ID:××××57

 

お、おう。

 

 

 

 



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告知

完全にお遊びです。つまらなくても文句はお断り。



太平洋戦姫Ⅱ ~ 桜花のワルキューレ ~

 

20××年 8月 リリース決定。

 

 

 

 

──君を救いたい。君を護りたい。これは俺のわがままだから。

 

 

 

 

STORY & POINT(ストーリー&ポイント)

 

 

 

STORY

 

大学生の主人公(プレイヤー)は夏休みに広島の記念艦である戦艦長門を訪れる。

そこで自撮り写真を撮った瞬間、光に包まれ意識を失う。

次に気が付いた時は長門は長門だが何だか周りの様子がおかしい。

 

皇国海軍? 軍服姿の女の子? 皇国歴1940年? 瑞穂乃皇国? 戦争?

 

 

 

皇国の戦乙女たちと絆を深めて、勝利を掴め。

 

 

 

POINT

 

海軍士官は皆、可愛い女の子たち。個性豊かで才能溢れる彼女達と共に皇国を勝利に導け。

戦略恋愛シミュレーションゲームです。

 

 

〇シリーズ第二弾! 新システム【将官相性】を導入。戦略・戦術に大きく影響します。

 

 

〇新キャラクター多数参戦!

 

 

〇人気イラストレーター&シナリオライターによるシナリオ、イベントCG大幅増量!

 

 

〇作戦に参加するキャラクターによってイベント発生!? さらにドラマティックな展開も。

 

 

 

CHARACTER(キャラクター)

 

 

 

〇五十山 素子(いそやま もとこ)

『みんなの力、貸してくださいっ!』

 

 ●東雲 心(しののめ こころ)NEW!!

 『えぇー!? 機動部隊って私、水雷屋なんだけどー!?』

 

〇川口 たまも(かわぐち たまも)

『これご飯少ないよね? 大盛りにして』

 

 ●鵜飼 幟(うかい のぼり)NEW!!

 『戦いに感情は不要…』

 

〇上井 成海(かみい なるみ)

『無礼講? 私の辞書には存在しないわね』

 

 ●虎賀 柚子(こが ゆず)NEW!!

 『改造? いいじゃない。まかせときなさい』

 

〇梅田 千春(うめだ ちはる)

『爆撃なんてダンスの様に華麗に避けてみせましてよ』

 

 ●白島 鶴子(しろしま つるこ)NEW!!

 『貴様に我が知略をもって勝利をくれてやろう』

 

〇長野 苺(ながの いちご)

『貴方も、国も、…私が護りましょう』

 

 ●中多 美頼(なかた みより)NEW!!

 『指揮官が真っ先に飛び込むってどうなのさ? あんたに言ってんのよ苺っ』

 

〇森村 昌(もりむら あきら)

『さぁ帰ろう。迎えに来たわ』

 

 ●陸崎 榛奈(りくざき はるな)NEW!!

 『まっ、あたしと苺がいればなんとかなるっしょ!』

 

〇新町 彗(あらまち けい)

『仕事の後の一杯は格別よね』

 

 ●平生 周子(ひろ しゅうこ)NEW!!

 『潜水艦の事ならおまかせあれ♪』

 

 

他にもたくさんの乙女が登場します。

 

 

 

WORLD(世界観)

 

 

 

戦前の日本に似た瑞穂乃皇国。

だけど軍人は女の子が多いパラレルワールド。

刻一刻と戦争の足音が聞こえてくるその国で主人公は何を為すのか。

 

 

 

SYSTEM(システム)

 

 

 

今作ではヒロインたちの技能(スキル)と相性によって戦略性が大きく向上しました。

 

戦闘中は刻一刻と移り変わっていきます。イベントも盛り沢山。

変化していく戦況に対応して皇国軍を勝利へ導け!

 

 

 

STAFF(スタッフ)

 

 

〇ストーリー

 

 

ぼるしち めんつゆ

 

 

〇作画

 

 

まつぼっくり ピルロ オータムクラウド サワガニ

 

 

〇主題歌

 

 

「さくらに願いを」

歌・作詞 / 柳かおる

作曲・編曲 / はにわ大明神

 

 

〇デザインディレクション

 

 

部長(皇国ファクトリー)

 

 




ここに載っているのは全て架空の人物だ。史実上の人物と混合しちゃいけないよ?


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提督(笑)の都市伝説

某番組見て小一時間で書いた。


17,10.1

一桁計算間違えてました修正しました。


いつも当サイトをご覧いただきありがとうございます。

 

さて、今回スポットを当てたのは『長野壱業』という人物。

皆さんもご存じの方も多いだろう。

 

大日本帝国海軍の生んだ最強の戦術指揮官。

未来を知るが如くの天才的な読みと状況判断によって近代戦史においてもっとも多くの戦功を上げてきた人物。

軍事関係を齧った方であればそのような印象を持つことだろう。

詳しくは知らなくても彼の名前を映画、小説、漫画、アニメ等で聞いた方も多いのではないでしょうか?

 

そして彼とは切って離せない多くの謎に今回はスポットを当てていきたいと思います。

 

 

その① 消えた遺産

 

長野氏は若い頃に商会を立ち上げ、多くの部門で成功を収め続けます。

詳しくは割愛しますがその資産は莫大で1942年(昭和17)頃、長野氏の個人資産は3億円あったとされています。(諸説あり)

当時、10円が3万5千円相当の価値があるとされていましたからおおよそ1兆500億円です。

しかし、戦後残された彼の個人資産は妹に渡されたそうですが、おおよそ10億円相当だったそうです。

戦後復興基金(榛名銀行の前身)や戦災孤児基金の設立に1000億円使われたと記録が残っていますが、

それだと9000億円以上の資産がどこにかに消えていることになるのです。

戦中、戦後に物価の変動があったにせよ多額の資産があった事には変わりません。

 

それがどこに消えていったのか?

 

GHQの当時の資料を漁って見ても大金を接収した記録は残っていません。

接収したのをひた隠ししているのか、

 

それとも…。

 

 

 

 

『我、敗れ、日本必敗為りても使われぬ事願い候、六四八に託ス』

 

 

長野氏が軍人として同期であった方へあてた遺書の一文だとされています。

 

 

もしかしたら今も何処かに莫大な資金が隠されているのかもしれません。

 

 

 

 

その② 戦後日本を操った黒幕

 

第二次世界大戦にて日本は敗北し終戦を迎えました。

日本の被害も然る事ながら、連合国、特にアメリカの被害も甚大でした。

戦後、時が経つにつれて自由主義陣営と共産主義陣営の衝突が深刻化していきます。

そして訪れる1950年の朝鮮戦争。

日本も自由主義陣営で参戦し、共産陣営に『解き放たれた猟犬』と呼ばれ恐れられました。

一方で国内は自由主義陣営の中継地、武器弾薬の調達地として機能し、好景気に沸くことになります。

ですが日本にとっていい事ばかりでは無かったのです。

国内の不穏分子の武装蜂起やテロ、日本共産党によるクーデター未遂など起こります。

しかし、これらは瞬く間に鎮圧されました。

まるで、事前に起こる事が分かっていたかのような鮮やかさだと言われています。

この手際の良さに自由主義陣営はWW2の戦犯の追及が緩やかになったり、日米安全保障条約を締結させたり、日本の諜報機関の凄さに驚いたり、忍者が実在すると完全に信じられるようになりました。

 

そして1952年にアメリカは改めて長野壱業氏の追跡調査を行いました。

 

この手際の良さ、果たして誰が画を描いていたのでしょうか。

 

 

 

 

その③ 長野文書

 

あらゆる未来の出来事と技術が書かれていると言われる書物。

著者は長野壱業氏。

 

皇室に保管されているという噂が真しやか囁かれている。

 

 

 

 

その④ 今も何処かの海を彷徨う長野艦隊。

 

今回最後の話はオカルトです。

また、他サイト様からの転用になります。

 

 

 

もう亡くなった俺の親父から聞いた話。

 

今から六十年くらい前。親父と爺さんが船に乗って漁をしていたんだ。

その日は何時になく大漁で、親父も爺さんもそれはそれは喜んでいたそうだ。

 

段々と海が時化て来たんだが、欲が出てきてなかなか切り上げられなかったんだと。

それで気が付いたら、日は暮れ始めていて海は大荒れ、急いで港に戻ろうとも雨も降ってきて視界が悪くなり方向を見失った。

親父も爺さんも後悔したがもう遅い。

船は大波に乗り上げ、風にも煽られ何度も転覆しそうになった。

 

こりゃもうだめだ。と二人とも諦めた時に真っ暗の大雨の中で遠くに光が見えた。

 

藁をも掴む思いで舵を切って光の方に向かった。

発光信号だ。と爺さんが叫んだ。

 

発光信号って言うのは光源を点滅させて通信を送る信号の事で,主としてモールス符号を使うらしい。

 

爺さん曰く、ワ・レ・ニ・ツ・ヅ・ケ だったそうだ。

爺さんは戦争中海軍にいたから知っていたんだと。

 

まぁいろいろと思った事はあった様だが助かったと思いその光に導かれるように船を向けて必死に操船していると、すぐそばをでっかい船が通過していく。

 

その時、また爺さんが何か叫んだんだが親父は唖然としてしまって聞き逃した。

多分、波がどうだとか言ってたんだと思うと言っていた。

親父が唖然としていたのはいつの間にか周りに多くの船が同じようにその発光信号を追いかけているからだ。

どれも大砲がついてる軍艦。しかも近く通過していったにもかかわらずに波の影響を受けてないかのようにすぅっていく感じで。

それ見て親父はマズイと思ったらしい。このまま何処かに連れていかれてしまうって。

慌てて爺さんに詰め寄って、反対に逃げようって言った。

だけど爺さんは全く取り合わなくて泣きながら喚いていたんだ。

 

もう親父は駄目だと思って目を瞑って祈ってたそうだ。

 

どのくらいそうしてたか分らないが、気が付いたら穏やかな海と星空が広がっていたそうだ。

 

爺さんはありがとうございますって何度も言いながら泣きながら海に酒を撒いていた。

 

結局、無事に港に戻れたんだが、後日あれは何だったのか親父は爺さんに聞いた。

 

爺さんは一言だけ、

 

長野艦隊だ。

 

それ以来うちは毎年欠かさず沖縄で行われる慰霊祭に行っている。

 

 

 

 

 

今回の都市伝説いかがでしたでしょうか?

これはごく一部で他にもいろいろとあるそうです、興味を持った方は調べてみると面白い事が分かるかも知れません。

 

 

それでは今回はここまでです。

次回は『謎の暗号シケイダ3301』を語りたいと思います。




信じるか信じないかは…(ry


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図鑑説明(苺味)


あとがきのおまけの部分を一括にまとめただけです。





 

 

天津風

 

陽炎型駆逐艦九番艦の天津風です。

次世代の艦隊型駆逐艦のための新型高温高圧缶のテストベッドを務めたのよ。

データはしっかりとって、島風に渡したわ。

幾多のピンチも頑張って乗り越えて最後は置いて行かれちゃったけど。頑張ったんだから!

 

 

 

時津風

 

陽炎型十番艦、改陽炎型なら一番艦の時津風だよ。

雪風、初風、天津風とで第十六駆逐隊を編成、仲良く色々と頑張ったんだよ。

最後は長野艦隊にもいたんだよ、ほんとほんと。頑張ったんだー。

 

 

 

雪風

 

陽炎型駆逐艦8番艦の雪風です。

私たち主力艦隊型駆逐艦の中で、十数回以上の主要海戦に参加しながらも、唯一ほとんど無傷で終戦まで生き残りました。

奇跡の駆逐艦って?ううん、奇跡じゃないですっ!

 

 

 

浦風

 

生まれは大阪、所属は呉。真珠湾から沖縄まで駆けまわったんじゃ。

最後は金剛姉さん達と決戦に挑んで久高島沖…。

まあ、もうどうにもならんなぁ……。

 

 

 

磯風

 

陽炎型駆逐艦十二番艦、磯風だ。

戦歴ならあの雪風にも遅れはとらぬ。数々の海戦、決戦に参加し、戦い抜いたんだ。

あの決戦では金剛の最期もこの目に焼き付いている。

今度こそ…護り抜くさ。

 

 

 

浜風

 

浜風です。数々の激戦に参加しました。

レイテでは金剛を中心とした輪形陣。そして武蔵の最後、運命の坊ノ岬では、雪風らと共に大和を護って奮闘し、その後金剛の最後も見届けました。

 

 

 

夕立

 

白露型駆逐艦の4番艦、夕立です。

第三次ソロモン海戦では、けっこう頑張ったっぽい?

坊ノ岬沖海戦でも、頑張ったぽいっ!何気に「猟犬部隊」って言葉、失礼しちゃうわよね?

 

 

 

時雨

 

僕は白露型駆逐艦2番艦の時雨だよ。

あのレイテ沖海戦では、西村艦隊に所属して、運命のスリガオ海峡に。

そして最後は長野艦隊に所属したんだ。

扶桑も山城も…金剛も凄かったよ……。

皆が忘れても、僕だけはずっと覚えているから……。

 

 

 

大淀

 

艦隊旗艦として特化設計された新鋭軽巡洋艦、大淀です。

戦局の変化もあって、連合艦隊旗艦としてはあまり活躍できなかったの。でも、北号作戦や礼号作戦では活躍したのよ。最後は天一号作戦で奮戦したわ。

最強の艦隊と呼ばれた一翼の力お見せしたいと思います。頑張りますね。

 

 

 

夕張

 

コンパクトボディに充実の重武装を施した実験艦的存在の軽巡、夕張です。

私の残したデータが、様々な重武装最新鋭艦開発の元になったんだから!

ミッドウェー、ソロモンと結構活躍したのよ。

潜水艦を釣り上げた? 仕方ないじゃない、爆雷持ってなかったんだから。

 

 

 

阿賀野

 

次世代の水雷戦隊の旗艦として設計&建造された阿賀野型軽巡洋艦、その長女、一番艦の阿賀野よ。

とってもとっても高性能なんだから! 

潜水艦とか潜水艦とか、あと潜水艦とかガンガン沈めちゃうんだから!

 

 

 

五十鈴

 

五十鈴は、大正時代に建造された長良型軽巡の2番艦。

韋駄天さはもちろんだけど、私の歴代艦長の中からは、あの山本五十六提督、山口多聞提督。

そして長野壱業提督など後の海軍を支える人物が多数輩出されたの。

凄いでしょ? 五十鈴も結構活躍したんだから任せておきなさい。

 

 

 

榛名

 

高速の巡洋戦艦、榛名です。

国産の四一式36センチ砲を装備しました。

太平洋を金剛お姉さまと共に縦横無尽に駆け回ったわ。

長野艦隊で戦い抜いた榛名のこと、覚えていてね。

 

 

 

金剛

 

超弩級戦艦として建造技術導入を兼ねて英国ヴィッカース社で建造された、金剛デース!

太平洋戦域でも持前の高速力を活かして、大活躍デース!

戦神の加護を受けたワタシの活躍、期待してネ!

 

 

 

加賀

 

私、加賀は八八艦隊三番艦として建造されました。

様々な運命のいたずらもあって、最終的に大型航空母艦として完成しました。

あの戦いは赤城さんと共に栄光の第一航空戦隊。

運命のミッドウェー以降も主力空母として奮戦しました。

 

 

 

瑞鶴

 

翔鶴型航空母艦2番艦、瑞鶴です。

翔鶴姉と共に、ミッドウェーの後は機動部隊の中核として、坊の岬では最後の精鋭空母として、矢尽き刀折れるまで奮戦しました。

あの日、皆の最後をこの目で見届けて…。

 

 

 

武尊丸

 

戦時を想定し設計建造された民間造船所生まれの油槽艦「武尊丸」です。

妹の平波丸と数々の輸送作戦に従事しました。色々厳しくなっていた状況の中、最後の大規模船団輸送を成功させたのよ。

油槽艦だと思って侮ったら痛い目に合うんだからね! そうですよね? 阿賀野さん。

 

 

平波丸

 

武尊丸型油槽艦二番艦の平波丸です。

姉ちゃんと共に色んな輸送作戦に参加したよ。

そんでもってあの戦いが終わってからも日本に石油運んだんだ。

自分、マジ働き者ッスから!



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三式自動小銃とは 改 

spring14さんから頂いた感想欄の説明が素晴らしかったのでご許可頂き、こちらに載せさせて頂きました。

さらに小話なども加筆して頂きました。



三式自動小銃とは

 

 

・三式自動小銃

日本帝国陸軍が昭和18年に採用した半自動式小銃。type3などとも呼ばれる。開発には海軍のとある将校が関わっていたとされるが、防衛機密により開発に携わった人物は現在に至るも不明である。

 

ドイツのstg44と並び、現代のアサルトライフルの祖とされる銃の一つ。

当時としては画期的かつ先進的でありながら、まるで長い間蓄積され洗練されたかのような機構が数多く実装されていた。一説には、後に日本軍が正式採用している七七式自動小銃こそがこの小銃本来の姿であるとも言われているが、真相は定かではない。

 

使用弾薬は当時採用・普及していた九九式普通実包が用いられ、装弾数は箱型弾倉に20発。発射モードはセミオートのみで、場合によっては減装弾を使用する場合もあった。

アサルトライフルと見た場合に大口径弾かつセミオートに絞った方式である事から、いわゆるバトルライフルの祖と見る向きも有る。

 

頑丈・簡便・高火力の三つを併せ持つ優秀な小銃であり、後に接収した物を解析・研究した米軍も本銃を非常に高く評価している。

特に耐久性と簡便さは徹底されていて、太平洋戦争当時の過酷な戦地でもほぼ問題なく運用でき、また部品点数も少なく抑えたり、弾倉の装填を単純な押し込みだけで行えるようにする事で新兵でも早期に運用可能にする工夫が凝らされている。

 

しかし、通称『末期型』と称される戦争最後期に製造されたものは欠陥銃の烙印を押されるほど粗末なもので、一時期の世界的に見た三式小銃=欠陥品とされる評価はこの末期型に由来する。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

・三式小銃弐型

 

帝国陸軍が昭和18年に採用した『三式小銃(以下原典)』の「改良型」と称される、太平洋戦争末期に配備された半自動小銃。

改良型とは名ばかり、使う兵士どころか設計者すら「あの人に申し訳が立たない」と後に言わしめた劣化品である。主な変更点として、末期の逼迫した材料関係から原典から更なる部品点数の減少や使用する材料自体の省力化の為のデザイン変更が挙げられる。

 

フレームも極力プレス加工だった原典から、材質劣化により止むを得ず金属削り出しという本末転倒な仕様に変わっているが、それでもこの銃の持つ強度は原典に及ばない物となっている。それどころか、原典で徹底的に改められた部品の規格管理がこの弐型では破綻しており、製造場所毎に部品どころか全体の形状すら微妙に異なってしまっている為、正しい意味での『三式小銃弐型』というのは実のところ殆ど存在していない。

 

以上の点から原典が持っていた優秀な点の多くが損なわれており、使用弾薬こそ原典と同じ物が使えたが「怪我したくなかったらサンパチを使え、どうしようもないなら減装弾込めてお天道様に祈れ」という暗黙の了解めいた冗句が兵士のあいだで交わされていた。

 

後にこちらを先に鹵獲研究していた米軍も、『Type3』について大きな誤解を抱える事となるのは甚だ余談である。

 

 

 

・七七式小銃

 

戦後米国からの武器製造制限が解除されたあと復活する事となった純正『三式小銃(連射機能が追加された正しい改良型)』に代わり西暦1977年に日本軍に正式採用された純国産自動小銃。

配備当初から他国のアサルトライフルに全く引けを取らない高い完成度を誇り、現代でも改良型が一線級部隊で使われ続けている。

設計の多くが三式小銃から受け継がれた、戦前当時としては画期的、現在としてはほぼ枯れた技術のみで構成された実戦での運用を第一に置く銃でもある。

 

この銃の特徴的な点としては、一部の部品を入れ替えるだけで7.62mm弾仕様と5.56mm弾仕様を簡単に変更可能で、用途に応じて形態を簡易に切り替えられる点にある。

その手の「ウェポンシステム」と呼ばれる仕様を備える銃としては米国のストーナーが有名だが、それと比較しても遥かに無駄が省かれた、単純で信頼性に比重を持たせた設計である。

 

出所不明の噂によればこの七七式こそが三式小銃開発当時の初期設計段階で起された設計に忠実な、真の三式小銃であるとも言われている。ただし情報の確度が不明瞭な為、あくまでその手の界隈でまことしやかに囁かれる噂に過ぎないと思われる。

 

 

 

 

 

実録『三式小銃』からの抜粋である。

 

長野出版発行のミリタリー系書籍。

 

日本軍が戦前に開発し、戦後半世紀以上経った現在でもその後継品が今なお使われ続けている傑作自動小銃、『三式小銃』についてまとめた解説本。基本的なデータ以外にも開発秘話や実際に使用した人物達へのインタビュー、そして四方山話から噂話などと言った確証を以て編纂されるのが基本の解説本としては珍しくバラエティ的な要素も組み込まれ、読み物としてもその手のジャンルが好きな人には大いに楽しめるユニークな書籍。

 

 

 

序。三式小銃とは?

 

日本帝国陸軍が今から〇〇年前、西暦1943年、昭和18年に正式採用した当時としては実に画期的な歩兵用小火器。

名前にある三式は、皇紀2603年から取られたもの。

転じて、海外等からは『Type3』または当時の日本人の体格に考慮したサイズから米軍などからは『T3 Carbine』の名称で知られている。

現代アサルトライフルの構成要素の殆どを既に実装していた上に超実戦的な高い完成度を持った、実用品としても優れた銃だ。

 

 

 

 

・始まり

 

元々は戦前から始まった極小規模な開発班によって進められていた、本流ではない窓際的な数ある兵器研究開発計画の一つでしかなかった。ただし、この開発班の実に興味深いところは、これが陸軍と海軍の合同プロジェクトという現在からしても実に珍しい計画であった事だろう。

とはいえ前述の通り日の目を見るかも怪しい計画の一つであったことから分かるように、プロジェクトと言うにはお粗末としか言えない人数での細々とした体制で始められたものだった。

一部の計画参加者については防衛機密に属する情報の為、非公開となっている。(※)

 

 

 

(※)海軍側は全面非公開。しかし陸軍側は一部公開されている。その当時の主要メンバーかつ開発部主任で、戦後に後継品である七七式小銃開発にも携わった〇〇氏へのインタビューを本書インタビュー集コーナーに掲載している。

 

 

 

 

 

・三式小銃諸元

 

全長 860mm

銃身長 400mm

重量 3.3kg

ライフリング 4条右回り

使用弾薬 九九式普通実包(7.7mm×58弾)

 

 

 

・長所

当時の陸軍主力小銃であった三八式歩兵銃(その長さ、おおよそ1.2m!)と比較して、30センチ以上も短縮されたその全長は、当時の日本人の体型や実戦での取り回しを加味して実に良く計算されたものだった。実際、南方などの熱帯雨林におけるその取り回しのし易さは特に現場の兵士に高く評価された。

ここまで全長を短くできたのは、当時の歩兵用銃が想定していた交戦距離が約1km先の対象を想定していたのに対し、三式は設計図が起こされる前の時点でより近距離での戦闘を想定したものとして決断的に設計が起こされていたことによる。

 

・短所

銃自体のサイズに比して(三式はストックを伸ばした状態のM4カービンにやや足した長さ)強力過ぎる弾薬を使用しているためか、反動と銃声が大きい。(銃声自体は三式の通称(後述)にも繋がる特徴となっているので欠点らしい欠点とは言いづらい)

内部部品の公差を大きく取った結果素晴らしい信頼性を獲得したが、反面それによって命中精度的な部分はあまり高くない。一発必中を是とする日本軍の一部からは、この点から忌避されていた。

 

 

 

 

・インタビュー録

 

 

『「あの人は皆が色々ああだのこうだの謂う中で、一切合切跳ね除けてこう仰ったんです。

 

「あまりに長大な射程を実現させうる機構は、むしろ邪魔だ。お互いが居るのか居ないのかもよく分からない豆粒でしか認識できない距離には、より則した火器を用いれば良いだけの事。我々が目指すべきはそんな物ではない。

我々は何処で戦っている? 見晴らしの良い平野?そんなものはバルカンの彼方に、とうの昔に消えた。

南方の密林の影、北方の吹雪の幕の向こうは言うに及ばず。人の営みある場所さえ、一度戦火に包まれれば瓦礫と煙幕粉塵に彩られた魔境と化す。(※)

緊張と疲弊の隙間を縫って不意に目の前に現れるやも知れぬ危機を想像しろ。それに対処し打倒できる武器こそが、真に兵の生命を守るのだ」と。

 

最初の時点で切って捨てていましたね。それでも納得いかない様子だったのがうち(陸軍)から面子がどうのって事であの人と同階級で入ってたお偉いさんで、

 

「陸の戦いを知らぬ船乗り風情がっ!」

 

てなりましてね? そしたらあの人が

 

「勉強の時間だ」

 

って陸戦の講義を始めたんですよ。おかしなこと言ってる風に思うでしょう?でも本当の事なんですよ。船乗りであるあの人が、陸戦の本職である我々に本職も真っ青ってぐらいの内容の講義を始めたんです。しかもこれがまた為になるったらもうね。

ウチのサンパチや露助…失礼、ソ連のモシン・ナガンの有効射程と、今後実際に頻発するであろう交戦距離の差の話は面白かったね。確かに、豆粒の先を狙う銃で目の前ほんの100か200メートル先の目当てを狙うのは非効率に過ぎる。かと言って短機関銃じゃ目当ての距離では豆粒ならぬ豆鉄砲と来るんです。

求められるのは、その前と後ろの間こそだって、あの人は熱心に話していました。

いつしか怒髪天を衝くな勢いだったお偉いさんも熱心にあの人と議論を始めてて、気が付けば皆が皆顔つきつけあって議論に花咲かせてましたよ。

で、三式の全長はあんな短さに収まった訳ですが、今度はその全長の利点について話が進んだ時でしたね。あの人が黒板に書いた文字。ウチの連中皆横文字アレルギーというか読めなかったというかお恥ずかしい限りで、それを見てとったあの人が最初に書いたやつを消して『近距離戦における利点・問題点』て書き直したんです。

その前の英語何だったか…クロースクォ…?……いやぁ、歳取って忘れっぽくなったか、思い出せませんや、申し訳ない」………………』

 

(※) 現代における市街戦の概念と思われる。

 

 

 

 

『「三式は兎にも角にも頑丈でね、私はその点を信頼していました。何せ自分の命を預けるというか、命の行く先を決める相棒な訳ですから土壇場で役に立たないんじゃ話にならんでしょう。

そう言った意味でアレは素晴らしかった。ある時南方の戦地でてめぇの不注意で沼にすっ転んじまった事が有りましてね。私も三式も泥まみれになっちまったんですが、その泥をしっかり落とそうとする前に運悪く戦闘が起こっちまったんです。半分動転してた私は、泥を落とし切ってないままの三式を遮二無二振りまわして盲撃ちしてたんですが、その日終ぞ三式が弾詰まりだのなんだのを起こした事は無かったね。

後で分解清掃した時見たら、中にまで幾らか泥汚れが入り込んで(※1)ましたが、三式は私の命を見捨てる事はありませんでした。

まぁ不満が無いわけじゃ無いんですよ。取り回しの良い大きさでは有りますが、だからこそコイツに込める弾がデカすぎた。とにかく反動がデカいんです。威力はピカイチだし連発出来ない程じゃ無いですが、小さく軽い分そこの抑えが効かないんでしょうね。それに音がかなりデカいのも手伝って、ウチらの間じゃ「雷太鼓」やら「チビ大砲」なんてあだ名(※2)で呼ばれてました。まぁ、とはいえ威勢はよろしいってんでウチらのウケは良かったですよ」…………』

 

 

※1 実際様々な理由から使用するには不適切な状態に陥るも問題なく戦闘行動に使用できたという報告が多々挙げられており、土や砂に数日間埋めたものを試射する実験(事故防止の為器具で固定したものを遠隔で発射させた)でも問題なく兵士一人が携行すると想定される弾倉6本分を撃ち切った。

 

※2 雷太鼓というあだ名は意図した訳では無いだろうが、偶然にも各所で用いられた。

興味深いことに戦時中、南方にて三式を装備した部隊と遭遇した(とされる)米軍部隊も、報告書で

「我々が発見した日本軍の部隊は見慣れない装備で武装していた。長さは我が軍のM1カービンよりも更に幾分か短く感じた。その形状はライフルと言うよりサブマシンガンのデザインに近いが、マガジンと思われる部分のサイズからして使用する弾薬はライフル弾である。それを証明する様に例の銃が発する銃声は甲高くも重く響くような、さながら雷鳴の様な音だった。また、その際の間断ない射撃からフルオートもしくは少なくともセミオートに類する間隔で発砲できる、未知の新兵器であると思われる」

という報告をし、それ受けて後に「Type3 Rifle」という正式名が分かるまで三式の事を米軍も「雷鳴(Thunder Clap)」というコードネームで呼称していた。

なお、その際の戦闘で双方に負傷者が発生するも不意の遭遇戦という事もあり両者撤退している。この時三式は撤退の際に日本軍側がしっかり回収していたらしく、米軍に鹵獲されることは無かった模様。

この時の日本軍側部隊の記録が公開されている範囲では存在していない為、三式小銃を秘密裏に実地試験していた特務部隊ではないかと推測されている。

 

 

 

 

 

 

『「元々三式には、戦後に再配備された三式改みたいに連続射撃機能も盛り込まれる筈だったんです。ただ当時の日本の工業力やらなんやら、どうにもならない壁ってもんにぶち当たった結果、その機能は削除されました。で、その連射機能に合わせて最初はよりこの銃に見合った弾薬の開発も合わせて計画されていたんです(※1)

一つが三式に使われた九九式実包の薬莢長を短くした「仮称七・七粍短小弾」。今でいうソ連の「アレ」(※2)に使われていた弾に近いものです。もう一つが、サンパチ用に配備されていた三八年式実包(6.5mm×50SR弾)を同じく短小化させた「仮称六・五粍短小弾」です。理想的には前者、ただし日本人の体格を考慮するなら後者だ、という見解で全員纏まってましたね。あの人が言うには……

 

「連続射撃によってかかる射手への負担や反動制御には、現在のフルサイズ小銃弾では威力、反動共に過多である。

三式小銃に用いるに理想とすべきは、日本人の平均的体格から鑑みて〈小口径高速弾〉が望ましい。これは製造費用の削減と軽量化による携行弾数の増加にも繋がる利点を持つ。

ただし、やはり過度に小型化を図るというのも問題点を多く生むと予想される。凡そ8mm以下、6mm以上が理想的である(※3)。

また、現在の我が国の製造能力から見て今後予想される飛躍的に増大する弾丸の消費量増大にかかる諸問題も重ねて検討する必要が有る(※4)」

 

との事でしたね。結局こう言った仕様を詰める段階であの戦争が始まって、あの人ふくめてウチらも幾人かが抜けてしまったのと、いわゆる納期の問題や新しい規格の弾を作っている余裕も無いという事で、予め減装弾も使用できるように手直しした上で、九九式実包に合わせた設計にする事が決まってしまったんですけどね……」………』

 

※1 ドイツのStG44が使用した弾薬が正にそういった観点で開発されたものだった。

 

※2 東西冷戦期初期に起きた「洒落にならない笑い話」の一つ、ソヴィエト連邦(当時)が採用していた自動小銃『AK-47』を指すと思われる。この銃が使用している弾薬が、7.62mm×39弾という。

 

※3 現代になり浮き彫りになった7.62mm、5.56mmの両NATO弾の利点・欠点及び、そこからごく最近に開発された6.8mm×43SPC弾に通ずる概念の可能性がある。

 

※4 当時の先進国の多く(米国を除く)が自動小銃(この場合は形状問わず自動連発機能付きのライフルを指す)開発を断念した理由が、この弾薬消費量増大という問題に起因している。

 

 

 

『「ああ、Thunder Clap(雷鳴。三式の米軍仮称コード)の事か。アレのことは今でも覚えている。というより、忘れられないと言った方が正しいか。後にType 3という正式名が分かったあとも、皆は大抵そっちで呼んでいたよ。

あれとの最初の出会いは、1944年の初め頃だったか。私の所属していた部隊の進行を妨害する敵に狙われたんだ。此方には気配らしい気配さえ録に伺わせず、気配がした時は雷鳴の多重奏による奇襲の一撃を与え、即座に離脱してしまう。まるで密林の悪魔か、それこそニッポンのニンジャを相手にしているようだった。

場所が場所だったから、ガーランドは振り回せばすぐ何かにつっかえるし、トンプソン持ちは連中も把握していたのか真っ先に狙われて殺されるか釘付けにされた。

あのやたらとデカい音と短い発砲間隔から、機銃でも使っているのかと思ったが、あのやたらと高い機動力は、そんな重たいデカ物(機銃の意)抱えて動くには説明のつかないモノだった。

敵の攻撃はこちらの全滅を狙ったものじゃない。言ってしまえば、単なる嫌がらせだ。しかしどんなに勇敢な人間にだって限界はある。昼とも夜ともしれないその嫌がらせに私を含め部隊はあっという間に疲弊してね。あの重くそして鋭い音は誰もを震え上がらせた。幻聴となって残り続けた者も居たよ(※)

人員交代やルート変更やらで、目的地へ辿りついたのは予定から丸々一週間遅れての事だったよ。それでも何とか戦争を無事生きて故郷に帰る事が出来てね、友人の殆どが軍を除隊したあとも何となく私は軍に残り続けた。あのころは配置転換でニホン軍から鹵獲した兵器の試射実験を行う任務に就いていた。そこで私はあの日の雷鳴と再び出会ったのさ。

だが、最初に抱いた気持ちは落胆だった。テストに使った内の最初の一挺は撃つ前から内部機構がイかれて撃てなかった。二つ三つと似たような結果に終わって、4挺目で漸くまともに撃てはしたが、その銃声はあの記憶に焼き付くような雷鳴とは程遠いものでしかなかった。実験に参加していた人間の誰かが言っていたよ。

 

「これでは雷鳴(Thunder Clap)ではなくタダのクソ(Crap)だ」

 

とね。私も同じ気持ちだった。それでは、あの恐るべきニホン軍部隊と、それに苦しめられた私たちはなんだったのだ?と。それから暫くしてだったな。実験リストの項目に「Type 3」の名前があった。それを見ただけでうんざりしたよ。アレのお粗末さはこの前ので散々に調べたろう、と。しかし註釈に小さくinitial product(初期生産品)とあってどういう違いがあるのかと興味は抱いた。そして、改めて私はあの日の眠りかけた記憶を叩き起されたんだ。文字通りのThunder Clapにね」………』

 

 

※遭遇した戦地の環境や三式小銃のその特徴的な銃声が齎した心理的効果は凄まじく、戦闘神経症を患った兵士が多く居たという。

 

 

 

 

 

 

・三式伝説

 

 

伝説1:三式の改良とは改良にあらず

 

ぱっと見意味不明だが、正に読んで字のごとくという他ない不可思議な事がこの三式では起きている。

普通、銃火器ではなくともプロトタイプから改良を重ねるというのは当たり前の話だ。例えば米軍のM16小銃。ベトナム戦争に最初に投入されたモデルを「0」とし、最新モデルのA4を「5」と見るとする。改良されてより進化するのだから数が加算されるのは普通で、加算されるのは三式も同じなのだが、これが三式の場合、始まりは「0」ではなく「-5」なのだ。そして、現在我が国の採用小銃である七七式小銃へ行き着いて漸く「0」。これはどういう事か。

新たな力を組み込んでいくのが諸外国の銃。

封印されていた力を改良によって取り戻していくのが三式。

まるでファンタジーの様な表現だ。もしくは、積み木とジグソーパズルとでも表現しようか。

どんどん新たなブロックを積み重ねていくが、調整を見誤れば破綻して崩れる積み木(他の銃)と、大きな完成図の最初のピースであるジグソー(三式)。

実に不思議だ。

 

 

 

伝説2:洒落にならない笑い話

 

東西冷戦期の初め、双方へのスパイ合戦真っ盛りの頃。

米軍はソ連軍が配備していた自動小銃の情報を掴んで驚愕することとなる。なんとそれは日本軍の三式小銃に笑えないほどそっくりだったからだ。

これに関して日米間で一悶着あったのだが、揉めたのは赤い国もであった。

その事実が判明したのは冷戦終結、ソヴィエト連邦崩壊後から暫くして東西間で雪解けが見られ始めた頃。世界首脳会談の夕食の席で当時のロシア大統領の口から酒の席という事も手伝って語られた話からだ。

『ヤポンスキーが何故君が開発し我々が配備した最新兵器と酷似したモノを持っているのだ同志よ?』

と言われたかどうかは定かではないが、ともかくソ連側も当時既に西側陣営となっていた日本軍が、恐らく自軍よりも先に自軍の銃に酷似したものを持っていた事への嫌疑で、例の銃の生みの親であるM.K.氏はあわやシベリア送りになりかけた。しかし、事実関係の齟齬からどうにか身の潔白を証明して事なきを得たそうな。

それを聞いた日米首脳も目を丸くし、やはり酒の席、かつもう終わった事であるからと、日米でもそちらのアレとうちのアレの事で、割とやばいところまで揉めたと白状。場の雰囲気で笑って流したそうな。

しかし、東西両極かつそれ以前にも敵国関係だった国の兵器の酷似というオカルトめいた謎、『繋がりのない繋がり』は残されたままである。

 

 

 

伝説3:迷銃? 名銃!? 三式弐型!

 

戦前戦後問わず惨憺たる評価を下された世紀の欠陥銃、三式小銃弐型。だが、捨てる神あれば拾う神ありとも言うように、この銃は後に生まれ変わることとなる。

そんな堕慧児を拾い上げし神ならぬモノの名を、『長野重工』という。

詳しい経緯は不明だが、戦後この弐型、というより三式小銃開発に関わった人物がこの企業に出向(後に除隊し同社に就職)し、紆余曲折のあと時系列は省くが三つの銃を世に送り出した。

一つが三式小銃改。これは戦後の日本軍再編時に配備された、三式小銃の使用弾薬を7.62ミリNATO弾(7.62mm×51弾)共通規格の減装弾に改めた上(通常弾も使用可能)で連射機能を加えた三式小銃の上位互換。

二つ目が、現在日本軍で正式配備されている七七式小銃。

そして三つ目が、スーパーフェニックス。

 

ん? 弐型はどこいった?

なんと、三つ目のスーパーフェニックスこそがあの悪名高い三式小銃弐型の生まれ変わった姿なのだ。なぜ全く毛色の違う名称なのかと言えば、この銃が軍用ではなく民間販売用(外貨獲得及び国内規制のため主に海外)に製造されたものだからだ。弐型の悪い点を直して三式に戻すのではなく、弐型を弐型のまま純粋に『しっかりした環境、しっかりした設計で作り直した』のがこのスーパーフェニックスである。

細かい部分は省くが使用弾薬は5.56ミリNATO弾を使うスポーツライフル的な仕様で、用途的に耐久性を重視しなくて良くなったため内部機構は元からは真逆にかなり精密に取られ、非常に高い命中精度を誇る傑作銃へと、名前の通り不死鳥のように蘇ったのだ。

 

余談。後年このスーパーフェニックスは口径を7.62ミリ弾に変更した03式支援狙撃銃、いわゆるマークスマンライフルとして日本軍に逆輸入されることとなる。

 

 

 




三式自動小銃は43年の中頃から運用開始ですが、全部隊にいきわたるほどの余裕も工業力も補給ないので一部部隊での運用になります。

あとガ島を巡る戦いは42年間と43年初め頃なので三式の出番はありませんでした。


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ある日の掲示板

【悲報】徴兵制が復活しそう【どうする?】

 

 

1.名無しさん:2015年08月07日 21:10 ID:pTmsJ8.l

 

どうするよ?

 

 

2.名無しさん:2015年08月07日 21:13 ID:M.IAqAyS0

 

高確率で海軍さんという殉職率ナンバーワンの職場になるな。

 

 

3.名無しさん:2015年08月07日 21:14 ID:HnUmCfvr0

 

>>1

もう半分、復活してんじゃん っ海軍特例人事法

 

 

4.名無しさん:2015年08月07日 21:15 ID:rLM0so8u0

 

マジで深海棲艦現れた時に初動がガバガバ過ぎた。

もっと迅速に部隊展開行ってたらここまでならんかったんじゃねぇの?

民民党許すまじ!

 

 

5.名無しさん:2015年08月07日 21:16 ID:.zoKe.0p0

 

>>4

戦後初の政権交代でしかも連立。政権運用のノウハウないから多少はね…(震え

 

 

6.名無しさん:2015年08月07日 21:19 ID:n6WRdhLT0

 

>>5

ピーマンショックがあったとは言え、色々酷すぎたろ…。

経済でどれだけ中小企業倒産しかけて長野傘下に入っていった事か。もう長野帝国やん。

軍事機密も駄々漏れしたし…。

 

 

7.名無しさん:2015年08月07日 21:22 ID:YFT1.YNa0

 

有事における軍事作戦の流出

最新戦闘機XJ-03のデータ

純粋水爆の完成データ

この国の防諜はどうなってんだってなったわな。

 

 

8.名無しさん:2015年08月07日 21:24 ID:rLM0so8u0

 

>>7

純粋水爆のデータは水際で阻止できたからセーフ

日本の技術は世界一ぃぃぃぃぃ!!って思われた悲しい事件やったけどな。

冷戦がはじまったおかげで軍事技術公開の条項削除されてたのに民民めェェ。

 

 

9.名無しさん:2015年08月07日 21:26 ID:LLnQrmnZ0

 

徴兵は海軍さんしか選択肢無いんですか?

 

 

10.名無しさん:2015年08月07日 21:29 ID:ytu3DmrG0

 

>>9

無いです

 

 

11.名無しさん:2015年08月07日 21:31 ID:xugfhH790

 

>>9

無いです(無慈悲

 

 

12.名無しさん:2015年08月07日 21:33 ID:YFT1.YNa0

 

ワイこないだ海軍の適性試験受けさせられた。

太平の眠りを覚ます焙煎コーヒー4杯で夜も眠れずや

 

 

13.名無しさん:2015年08月07日 21:35 ID:xugfhH790

 

>>12

このご時世にコーヒー4杯も飲めるテメェは非国民じゃ!

海軍に行ってお国の為に散ってこい!

 

 

14.名無しさん:2015年08月07日 21:37 ID:30DnDoPK0

 

誰か長野さんちの戦神召喚しろよ。

 

 

15.名無しさん:2015年08月07日 21:38 ID:ZiKmoDMU0

 

>>14

いくら課金すればいいんですかね?

 

 

16.名無しさん:2015年08月07日 21:39 ID:xugfhHa22

 

もし仮に戦神を呼べたとして役に立つのだろうか?

 

 

17.名無しさん:2015年08月07日 21:41 ID:30DnDoPKx

 

>>16

少なくともオマエより役に立つ。

ちょっと調べてみ、人類最強の一角やぞコイツ。

 

 

18.名無しさん:2015年08月07日 21:42 ID:30DnDoPKx

 

だれか戦神の凄さを簡単に教えてくれよ

 

 

19.名無しさん:2015年08月07日 21:43 ID:ZiKmoDMU0

 

>>18

 

戦神伝説

 

新陰流免許皆伝+幼少時、斎藤一に剣術指南されたとされる。

 

エースパイロット 

単機で米機動部隊に突っ込む ←ドゥーリットル空襲

 

潜水艦を釣り上げる ←ミッドウェー海戦乱入前

 

3戦3KO(一戦目 柳本柳作 二戦目 山口多聞 三戦目 黒島亀人) ←ミッドウェー海戦中

 

撃ってこいヤンキー共っ! 

単艦で殿とかしてほぼ無傷で生還 ←色々な海戦

 

砲撃スナイパー

真夜中に23kmから敵艦を打ち抜く。 ついでとばかりにインド洋で英国東洋艦隊ボコボコにする ←第二次ソロモン海戦&インド洋海戦

 

近接格闘スペシャリスト

暇だったという理由で当時、シンガポールで合気道家(戦後、現代に生きる達人と呼ばれる人物)に指南を受ける。

合気道家が戦後のテレビのインタビューで「今まで相対した相手で手強いと感じた人は?」の質問に「帝国海軍には長野と言う化け物がいた」と答える。

 

近接戦闘スペシャリスト2

味方艦(重巡洋艦 青葉)との距離十数メートルで敵艦隊と数十分撃ち合いをする。 ←サボ島沖海戦

 

近接戦闘スペシャリスト3

ワニを狩る

 

 

20.水雷屋:2015年08月07日 21:45 ID:5Ay4DbbF0

 

味方KOしてるやんけ!とか色々と突っ込むところ多いが最後のなんやねん…。

 

 

21.名無しさん:2015年08月07日 21:49 ID:5Ay4DldF0

 

>>20

レイテ沖海戦前にリンガだかミンダナオだかで艦隊集結してた場所にイリエワニが現れたんだよ。

「ワニは鶏肉に似た味がするらしい」とか言って狩った模様。

駆逐艦舞風?萩風?あれ、野分だったか?まぁその辺りの艦長の書いた日記に残ってる。

味はまぁまぁ旨かったらしいぞ。

 

22.名無しさん:2015年08月07日 21:55 ID:213VVm5v0

 

エェ…、

 

 

23.名無しさん:2015年08月07日 21:58 ID:ZiKmoDMU0

 

こんな格言知っていて?

 

「距離、潮の流れ、風向き、風量、それらを踏まえれば当たるのは道理である」

 

「ワニは噛む力は屈強なれど開く力は脆弱である。故に口を封じれば狩るのは容易い」

 

「航路を見失った(真顔)」

 

 

24.名無しさん:2015年08月07日 22:03 ID:1cymンldb3

 

>>23

イミフなんだけど、解説プリーズ

 

 

25.名無しさん:2015年08月07日 22:06 ID:ZiKmoDMU0

 

>>24

①第二次ソロモン海戦の時に陸奥の艦長へ言った台詞。

②ワニを狩った時の台詞

③どこからともなく戦場に現れる時に言う台詞

 

全部、長野の言葉とされてるけど後世の創作とかの可能性もあるからネタ半分で聞いとけ。

 

 

26.名無しさん:2015年08月07日 22:10 ID:xugfhH790

 

深海棲艦相手じゃ流石に白兵戦じゃ勝てんだろうが、意気揚々と船で突っ込みそうだよなww

 

 

27.名無しさん:2015年08月07日 22:16 ID:YFT1.YNa0

 

苺ちゃんのチートっぷりには裏付けがあったのか(今更

 

 

28.こうこくふぁくとりぃ:2015年08月07日 22:21 ID:kugfhc101

 

そういや太平洋戦姫の新作出るんだよな。

 

 

29.名無しさん:2015年08月07日 22:28 ID:773VVm5v0

 

>>28

ステマ乙

 

 

30.名無しさん:2015年08月07日 22:31 ID:7rwOOyVB0

 

おいおまえら、テレビ見ろ。

政府が緊急会見してるぞ

 

 

31.名無しさん:2015年08月07日 22:34 ID:ihe8gnbP0

 

南鳥島奪還キタ━( ゚∀゚ )っ ━( ゚∀゚ )っ━( ゚∀゚ )っ ━!!!!

 

 

32.名無しさん:2015年08月07日 22:35 ID:9DH6qZ.S0

 

やればできるじゃねえか。

 

 

33.名無しさん:2015年08月07日 22:37 ID:698Ok7Q40

 

大日本帝国海軍復活の序章

 

 

34.名無しさん:2015年08月07日 22:39 ID:OmtF3kzk0

 

日本ちゃんはやればできる子!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

51.名無しさん:2015年08月07日 22:57 ID:u45D01Ae0

 

現在も作戦行動中だから詳しくは後日なのね。

どの艦娘さんが参加したんやろか。

 

 

 

52.名無しさん:2015年08月07日 23:00 ID:GEZIuDvh0

 

きっと大和ちゃんやろ!

 

 

53.名無しさん:2015年08月07日 23:04 ID:M.IAqAyS0

 

>>52

それはないと思う。

ついこのあいだ、新幹線にのった大和ちゃんみたで。

 

 

54.名無しさん:2015年08月07日 23:06 ID:HnUmCfvr0

 

>>53

裏山C

 

 

55.ライバック:2015年08月07日 23:09 ID:rLM0so8u0

 

お腹すいた。

晩飯の献立たのむ。

 

56.名無しさん:2015年08月07日 23:16 ID:.zoKe.0p0

 

チャーハン

 

 

57.名無しさん:2015年08月07日 23:20 ID:n6WRdhLT0

 

麦飯

 

 

58.名無しさん:2015年08月07日 23:24 ID:YFT1.YNa0

 

ちくわでも食ってろ

 

 

59.名無しさん:2015年08月07日 23:28 ID:rLM0so8u0

 

以下、今夜の晩飯スレ

 

 

 

 



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ある日の掲示板 2


提督(笑)と桜 のちょっと裏話的な?


奥様が語る胸キュンした話

 

 

109名無しの奥様2015/08/11(火)19:43:05.18

 

今日、会社に遅刻しそうになって駅の階段ダッシュしたら胸が苦しくなりました。

久しぶりの胸キュンだったわ。

 

 

110名無しの奥様2015/08/11(火) 19:48:05.69

 

>>109

 

それ胸キュンちゃう動悸

 

 

111名無しの奥様2015/08/11(火)19:49:02.48

 

>>109

それただの息切れだよ!

 

 

112名無しの奥様2015/08/11(火)19:49:25.95

 

>>109

っキューシン

 

 

113名無しの奥様2015/08/11(火)20:03:00.26

 

大学の時に付き合い始めた彼(今の旦那)。

普段、喜怒哀楽が薄かったけど、デートに出かけてたまたま観た映画で泣いてた時に胸キュンしたわ。

泣いてる事隠そうとしてるのがまたそそられて。

 

 

114名無しの奥様2015/08/11(火)20:12:59.62

 

>>113

ごちそうさまです。

 

 

115名無しの奥様2015/08/11(火)20:25:21.42

 

>>113

ちなみに何の映画だったの?

 

 

116名無しの奥様2015/08/11(火)20:30:00.12

 

>>113

水平線のダイヤ

観る前はあんまり観たいと思ってなかった映画だったけど、彼と一緒に泣いてたのは良い思い出。

 

 

117名無しの奥様2015/08/11(火)20:36:00.11

 

うちの息子はあの映画の影響で海軍に入隊するって言い出した。

海に化け物が現れる前の事だったから私も良いんじゃないと言ってしまったけど、今の状況じゃ思い留まって欲しい。

来年には高校卒業するしどうしたらいいの?

 

 

118名無しの奥様2015/08/11(火)20:42:31.42

 

>>117

話し合いしかないだろうけど、決意が固いようであれば一般入隊じゃなくて士官コースを進めてみたら?

士官教育中に状況が良くなる可能性も。

 

 

119名無しの奥様2015/08/11(火)20:45:31.26

 

当方 醤油1㍑ 

求む 味噌(出来れば赤味噌)

 

 

120 119奥様2015/08/11(火)20:46:35.26

 

ごめん誤爆

 

 

121名無しの奥様2015/08/11(火)20:49:35.26

 

>>120

掲示板じゃなくて物々交換アプリの方が確率高いよ?

いちおうアプリのページ貼っておきますね

 

http://cp.nagano.jp/Appliv/※・・/・・・・.html

 

 

122 119奥様2015/08/11(火) 20:51:35.26

 

>>121

胸キュンしました。ありがとう!

 

 

123名無しの奥様2015/08/11(火)20:53:31

 

あー枝豆たべたい。今、目の前に持ってきてくれれば胸キュンするのに

 

 

124名無しの奥様2015/08/11(火)20:55:24.05

 

冷奴食べたい 以下同上

 

 

125名無しの奥様2015/08/11(火) 20:59:06.39

 

>>123 124

うちはマンションのバルコニーで家庭菜園してます。

豆腐にまで加工するのは手間だけど枝豆なら、そこまで難しい作物じゃないのでオススメです。

 

 

126名無しの奥様2015/08/11(火) 21:06:09.75

 

こんな状況になってわかる日本の食糧事情。

牛肉食べたい

 

 

127名無しの奥様2015/08/11(火)21:08:01.22

 

高い税金払ってるんだから国には早くどうにかして欲しいわ。

 

 

128名無しの奥様2015/08/11(火)21:10:58.91

 

>>127

南鳥島を取り返しましたよ

 

 

129名無しの奥様2015/08/11(火)21:13:22.87

 

>>128

あんな何もない場所取り返して何の意味があるんだ?って旦那が言ってました。

 

 

130名無しの奥様2015/08/11(火)21:20:38.72

 

確かに誰かが住んでたわけでも無いし何故そこを?って思った。

 

 

131名無しの奥様2015/08/11(火)21:28:31.17

 

きっと後ろめたい何かがあったんでしょ。

死者は出ていないって会見で言ってたけど実際のところ、海軍で何人の未亡人を作ったのかしら。

 

 

132名無しの奥様2015/08/11(火)21:32:37.35

 

昔から海軍の体質って勇猛果敢と言えば聞こえはいいけど、悪く言えば特攻主義だもんね。

 

 

133名無しの奥様2015/08/11(火)21:36:05.70

 

>>132

それでも現場の方々には頭下がります。

私の友人は旦那様が海軍で殉職なされてしまって、生きて帰れないと思っていたようで、

後日、遺書が出てきて友人はそれ見て号泣してました。

その日も朝、普通に行ってきますって出て行ったそうです。

それを聞いたら死ぬかもしれないのにいつもと同じように過ごし振る舞う旦那さんの心境を思うと、もう居た堪れない。

 

134名無しの奥様2015/08/11(火)21:40:38.11

 

>>133

年取ると涙腺緩むんだよ。止めてよ( ノД`)

今日色々あったから余計に…。

 

 

135名無しの奥様2015/08/11(火)21:46:11.23

 

>>134

何かあったの? 差し支えなければ語るといい

 

 

136  134  2015/08/11(火)21:53:38.11

 

じゃあ語らせてもらうね。

 

今日、一歳の娘の定期健診で、4歳の息子と娘とバスに乗ってたの。

暫くバスに揺られてると娘が愚図りだす。それに釣られて息子まで愚図りだす。

仕舞いには二人そろってギャン泣き。周りから聞こえる舌打ちとか溜息とか聞こえて私も泣きたい。

 

近くにいたおっさんに「うるせぇ! 母親なら何とかしろ!」とつめよられて怒鳴られてこちらは平謝り。

 

そこに通路を歩いてこちらにやって来る人物。

 

 

137  134  2015/08/11(火)22:07:38.11

 

>>136つづき

その人物は白い制服に身を包み目深に帽子を被る人。

靖国通りだったから軍人さんが乗ってることもあるでしょう。

だけど待って欲しい、昔の軍人さんみたいに腰に軍刀吊るしているんですけど!?

切り捨て御免ですか!?せめて子供だけは助けてください!と普通に考えればあり得ない事だけど私もテンパってた。

 

 

138名無しの奥様2015/08/11(火)22:10:18.57

 

軍人さんは帯刀って許されてるんですか?

 

 

139名無しの奥様2015/08/11(火) 22:15:28.76

 

>>138

士官いわゆるエリートの一部は制服着用時に帯刀は許されてる。

あとは式典とか外国からの来賓で儀仗隊が着用する事はある。

でも街中で士官でも儀礼用でも身につけたりしないと思う。

 

 

140  134  2015/08/11(火) 22:16:41.94

 

>>137つづき

おっさんを押し退けて、膝をついて息子に目を合わせるその人。

帽子を息子に被せて「兄は妹の前で簡単に泣いたら駄目だ」という言葉と共に素顔が露わになったらあらイケメン。

ぼけっと見てたら今度は私の抱く娘を見て、自分の肩に手をやって娘の前に差し出すと不思議な事に娘は虚空に手を伸ばしてピタリと泣き止む。

おっさんも私も茫然。いや私はちょっと胸キュンしてた。許せ旦那ちゃん。

呆然としているおっさんに向き直り無言で座れとその背中は語ってましたわ。

おっさんはバツが悪そうに座った。

その人がバスを降りるまでしんと静まりかえる車内に娘のキャッキャする声だけ響いてました。

軍人さんて凄い。お礼を言うのも忘れてそう思いました。

ただ、そのイケメン軍人さんすごく若い。それでも纏う空気って言うのがその辺の若者と全然違うの。

なんだか貫禄みたいのがあって、あんなに若いのに色々と苦労を重ねたんだろうなと思えてきて、

しかも靖国神社の前で降りて行った。

もう何か色々と想像できちゃって泣けて来た。

 

…あといつの間にか息子が被っていた帽子もない。

 

141名無しの奥様2015/08/11(火) 22:20:35.11

 

靖国神社…あっ

 

 

142名無しの奥様2015/08/11(火) 22:22:12.51

 

最後の最後でちょっとゾクッとしたんですが…。

 

お盆だからね。ぜひもないね。

 

143名無しの奥様2015/08/11(火) 22:26:32.11

 

( ; ゜Д゜)




作中は夏だから。


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第三次ソロモン海戦の概要

本編のほうに上手く入れられへんかった。

読まなくても全然大丈夫なおまけ要素。


第三次ソロモン海戦。

 

1942年11月10日-13日にかけてソロモン海域で行われた日米両軍の機動部隊による海戦、及び翌日、翌々日の夜間の艦隊戦。アメリカ軍側の呼称はサンタ・クルーズ諸島海戦(Battle of the Santa Cruz Islands)。

日本側はガダルカナル島の兵員増強及び、ツラギ島の奪還を主目的とした。連合国(主はアメリカ)は日本側の大規模輸送作戦を察知して同方面の守備を増強、待ち伏せを図った。

緒戦において日米両軍共に複数の空母を損傷ないし喪失し、多くの艦載機と搭乗員を失った。12日に行われた夜戦では戦艦金剛、比叡、榛名、霧島の四隻を含む日本に対し、アメリカ側も戦艦コロラド、ワシントン、サウスダコタ、インディアナの四隻を含む艦隊同士の大規模戦闘が起こり、双方ともに戦艦二隻を失う結果となった。

また、日本側の主目的であるガダルカナル島飛行場占領、ツラギ島奪還は達成できなかった。

 

一日目

 

第三次ソロモン海戦は空母機動部隊同士の衝突から始まる。

アメリカは日本が企図したガダルカナル島及び付近の島に大規模輸送を実施する作戦の計画を察知。急造の機動部隊を編成してこれを待ち構えた。1942年(昭和17年)11月10日早朝、アメリカ側の哨戒機が日本の機動部隊を発見した。その後、加賀、瑞鶴、瑞鳳から発艦した艦載機とサラトガ、レンジャー、サンガモン、スワニーから発艦した艦載機による激しい航空戦が行われ、加賀、瑞鳳が中破、航空隊を大きく損耗した。一方のアメリカもレンジャーが大破、スワニーが小破し、陣形から後退中に伊26号潜水艦による雷撃を受けて沈没した。

日本側は深夜に残存部隊の掃討を目的とした艦隊決戦を挑もうとするも発見に至らず、アメリカ艦隊が撤退したものと判断。空母部隊は撤退し、直援部隊から戦艦比叡、霧島を含む部隊を分離してガ島方面の輸送部隊の護衛として派遣した。

 

第二夜

 

日米共にツラギ島、ガ島への兵員輸送部隊と護衛部隊及び哨戒部隊が深夜に突発的に遭遇して衝突した。日本の軽巡洋艦『五十鈴』が探照灯を照射してツラギ島に艦砲射撃を行った。これは後続のツラギ兵員輸送部隊の露払い及びツラギ島の砲撃任務を帯びていた第三戦隊(戦艦金剛、榛名)への射撃誘導を兼ねていたものであるが、その後も五十鈴は探照灯を灯したままガ島方面に転進を続ける。結果、大規模輸送艦隊に備え増援されていたルンガ泊地ツラギ付近のアメリカ、オーストラリア哨戒部隊、及び米輸送船護衛部隊から集中的に狙われる事となった。ツラギ島攻略の為の部隊輸送は敵艦隊が事前予測より多い事から断念された。但し、第三戦隊と護衛駆逐艦第三水雷戦隊によるツラギ島砲撃は行われ、同島のアメリカ軍兵、魚雷挺部隊に損害をもたらした。五十鈴はこの時は至近弾一発の被害(戦闘に問題なし)に加え魚雷も受けたがこれは不発だった。五十鈴の救援の為、第三水雷戦隊(旗艦 軽巡洋艦:川内)は第十一駆逐隊(駆逐艦:白雪、初雪、叢雲)を第三戦隊の直援に残し、第十九駆逐隊(駆逐艦:浦波、敷波、綾波)と前路警戒隊として二水戦より分派された第三十一駆逐隊(駆逐艦:高波、巻波、長波)で突撃を敢行。しかし、五十鈴が包囲されつつあった事に直前で気付き、突撃部隊は進路を急遽変更。部隊の先頭にいた綾波、長波は回頭が間に合わず、五十鈴と共に包囲網の中に残される形となった。

しかし、結果的にアメリカ側は包囲の内外両方からの攻撃に晒される事になる。この戦いで綾波は重巡洋艦一隻に砲撃命中、軽巡洋艦1隻を大破させ駆逐艦6隻を撃破した(うち2隻ないし3隻は共同戦果)。五十鈴は終始、探照灯を照射し続け、サボ島沖、第二夜、第三夜の活躍でソロモンのゴーストとアメリカに呼ばれる事になる。

綾波は海戦による損傷で機関不良が発生。速度を落としていたところを11日午前10時ごろにアメリカのカタリナ哨戒機に発見され、正午ごろB-17の空爆を受けて沈没。乗員は事前に五十鈴に移乗していた為、この攻撃での死傷者は出なかった。五十鈴による処分を行わなかったのは逃走時間を稼ぐ為であったが、五十鈴に座乗しこの判断を下した長野は後日、責任を問われる事になった。

 

第三夜

 

日本側は前日の海戦の結果を受け、万全の体制で望むべく、ツラギ方面、ガ島リンガ方面へと攻略部隊を派遣。

部隊はサボ島北西四〇海里で分離、サボ島の北側を通りツラギ島を攻撃する部隊、前日同様、

第三戦隊(戦艦金剛、榛名)

第十一駆逐隊(駆逐艦:白雪、初雪、叢雲)と、

第八戦隊 重巡洋艦:利根

第二水雷戦隊

軽巡洋艦:五十鈴( 旗艦は早潮)

第一五駆逐隊(駆逐艦:早潮、親潮、陽炎)

第二四駆逐隊(駆逐艦:海風、江風、涼風)

 

ツラギ輸送分隊

駆逐艦:黒潮

(輸送船:長良丸、宏川丸、佐渡丸、かんべら丸、那古丸)

 

ガ島輸送分隊

駆逐艦:夕暮、暁

(輸送船:山月丸、山浦丸、信濃川丸、鬼怒川丸、ぶりすべん丸、ありぞな丸

 

南を通りガ島のリンガ泊地を目指す部隊。

第十一戦隊(戦艦 比叡、霧島)

第八艦隊 (重巡洋艦 鳥海、衣笠)

駆逐艦:朝潮、満潮

支援部隊

第七戦隊(重巡洋艦 鈴谷、摩耶)

軽巡洋艦:天龍

第十駆逐隊(駆逐艦:夕雲、風雲)

第十戦隊(軽巡洋艦:長良)

第一六駆逐隊(駆逐艦:天津風、雪風)

第六一駆逐隊(駆逐艦:照月)

 

後続部隊

第四水雷戦隊(駆逐艦:秋月)

軽巡洋艦:由良

第二駆逐隊(駆逐艦:夕立、春雨)

第二七駆逐隊(駆逐艦:時雨、白露)

第六駆逐隊(駆逐艦:雷、電)

 

しかし、艦隊の編成に時間がかかり、作戦予定時間に大幅な遅れが生じた。またツラギ、ガ島を同時間帯に攻撃する作戦を立てたため、事前に連携の訓練や綿密な打ち合わせが出来ていなかった。

12日を過ぎ13日午前2時7分、サボ島南を通過していたガ島攻撃部隊は北側千メートルに艦影を発見した。

これはアメリカ側の前衛哨戒をしていた駆逐艦モンセンであったが、日本側はツラギ攻撃部隊から連絡のために分離した艦と誤認。モンセンは艦隊に向けて雷撃を放ち、内一発が比叡の艦後部に命中した。モンセンは衣笠の砲撃を受けて沈没した。この攻防の後、艦隊の北東方面から艦隊の進路上に探照灯が照射され、その先に浮かび上がったのは戦艦コロラド、ワシントン、サウスダコタ、インディアナを含むアメリカ艦隊の姿であった。両軍は距離三千メートルで砲撃戦を開始した。

探照灯を照射したのはいち早くアメリカ艦隊の存在を認識し、ツラギ方面から急行していた五十鈴である。アメリカ側は日本の隊列の前方を抑えていた(丁字戦法)ものの、艦隊から見て北西方面の五十鈴からサーチライトを照射され続けた為に、圧倒的な有利を崩された。しかし比叡は魚雷によるスクリューの破損で左旋回不能となっていた。砲撃戦はツラギ方面攻撃隊が到着したことで同航戦にもつれ込み、ソロモン海を東から西へ移動しながら推移していく。

後続部隊であった第四水雷戦隊が戦場に到着した時には、戦艦霧島が操舵不能、アメリカ艦隊に突出する形で集中砲火を浴びており、その距離は千五百メートルを切っていたとされる。第四水雷戦隊は霧島にアメリカ側が引き付けられている事と急激なスコールによって艦隊が隠れられると判断し、隙をつきリンガ泊地を強襲。停泊していた艦艇に砲雷撃を成功させた後に離脱。しかし、軽巡洋艦由良を喪失した。

 

ソロモンの悪夢

 

第四水雷戦隊の泊地強襲後、駆逐艦夕立はアメリカ艦隊に単艦での突撃を敢行した。敵、味方の砲撃が降り注ぐ中、そしてスコールで一時的に視界が不良となる中での出来事であった。乱戦にもつれ込んだため日米双方とも資料の食い違いや信憑性にかける表記も多くみられるが、多くの米艦艇に損害を与えたのは事実のようであり、重巡洋艦ポートランドを撃沈したのは夕立の放った魚雷と思われる。

 

ソロモンの幽霊

 

サボ島沖、第三次ソロモン海戦の連夜に渡り探照灯を照射し続けたにも関わらず、損害を与えられずに取り逃した五十鈴に対してアメリカ海軍がつけた異名である。海戦後に黒煙に紛れて消えていく姿からそう称したようであるが、実はこの時の五十鈴は二番、三番煙突が半ばから吹き飛んでおり、機関も少なからず損傷して燃料が不完全燃焼していた為であった。



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終戦時の艦船

我が作品におけるみんなのアイドル比叡が 見つかったと聞いて

需要があるかは知らんが投下。



第二次大戦終結時の艦船の状態とその後。

 

1945年12月24日終戦。

 

○駆逐艦

 

神風型

・神風

シンガポールにて終戦、1946年3月日本に帰投。

復員任務に従事中、座礁し放棄。1946年9月除籍、1948年2月解体。

・追風

大湊にて終戦を迎える。復員任務に従事、1948年10月任務終了後、除籍解体 。

 

睦月型

・皐月

終戦を藤永田造船所で迎える。1946年1月修理完了。後、復員任務に従事、1948年10月任務終了後、除籍解体 。

・長月

リンガ泊地にて大破状態で終戦。1946年1月除籍。

1948年12月解体完了。主砲は豊洲公園に移され現存。

・菊月

珊瑚海海戦にて損傷沈没したが、米軍により引き揚げられ調査された後にフロリダ島湾内にて座礁放棄。

 

吹雪型(特型)

・白雲

終戦時、釧路にて中破状態、長野造船にて1946年3月修理完了。復員任務に従事。1948年10月任務終了後、除籍解体 。

・潮

横須賀にて終戦、復員任務に従事、1948年10月任務終了後、 引き続き日本海軍籍。1951年11月対馬海峡にて触雷損傷。1952年2月除籍解体。

・響

舞鶴にて終戦。復員任務に従事。1948年10月任務終了後、引き続き日本海軍籍。1954年3月除籍解体。

 

初春型

・初霜

終戦時、沖縄県与論島にて座礁し防空砲台に。数度の空襲を受け、損傷甚大のため1946年3月除籍解体。

 

白露型

 

朝潮型

・霞

横須賀にて終戦を迎える。浦賀船渠で終戦の二日前に修理完了。復員任務に従事。1948年10月任務終了後、引き続き日本海軍籍。1955年除籍解体。最多救助艦。

 

陽炎型

・雪風

終戦時は呉。天一号作戦では魚雷を受けたが不発。呉空襲も多くの艦艇が損傷、着底する中で無傷。大戦を通してほぼ無傷で生き残った豪運艦。終戦後は復員輸送に従事。後に米国が賠償艦として指名したが抽選で中華民国に引き渡された。引き渡し後の艦名は丹陽

・天津風

終戦時は八丈島にて座礁し固定砲台に。戦後、舞鶴で修理。完了後、1946年12月から復員輸送に従事。雪風とともに中華民国に引き渡された。後の艦名は汾陽。

・磯風

坊ノ岬沖海戦で損傷、久高島にて座礁放棄。1945年11月に除籍。終戦時も同島に現存、損傷甚大のため修理は行われず解体。錨は久高島に浜風の錨とともに保存展示されている。

・浜風

坊ノ岬沖海戦で損傷、久高島にて座礁放棄。1945年11月に除籍。終戦時も同島に現存、損傷甚大のため修理は行われず解体。錨は久高島に磯風の錨とともに保存展示されている。

 

夕雲型

・沖波

終戦時はマニラで大破着底。戦後解体。

・朝霜

終戦時、沖縄県与輪島に座礁し固定砲台に。損傷甚大のため戦後、解体。除籍は1946年3月。

・清霜

横須賀にて終戦を迎える。終戦後は復員輸送に従事。後に賠償艦として米国に引き渡し。

・妙風

舞鶴にて終戦を迎える。終戦後は復員輸送に従事。後に英国に引き渡された。英国での艦名はエアデール。

 

秋月型

・涼月

終戦時は佐世保、天一号作戦にて大破して満身創痍で帰還を果たす。固定砲台として利用されたのち防波堤として利用された。

・冬月

終戦時は沖縄県与論島にて大和とともに座礁し防空砲台に。数度の空襲を受け、損傷甚大のため1946年3月除籍解体。

・春月

終戦時は門司。実戦に出ることはなかった。戦後は復員船として使用されたあと、ソ連へ売却される。ソ連では駆逐艦「ヴネザープヌィイ」として朝鮮戦争時まで運用されたのち、練習艦「オスコール」となった。朝鮮戦争時には日本海軍と一触即発の事態に陥り、撃沈される未来もあったかもしれない。1963年除籍。

 

・宵月

終戦時は佐伯湾。天一号作戦成功により沖縄兵員輸送任務に従事。作戦行動はこれのみで終戦を迎えた。戦後復員輸送に従事し、引き続き日本海軍籍。朝鮮戦争時、姉妹艦と敵味方に別れて相対する事態になった。除籍は1964年2月。

・夏月

慣熟訓練のみで終戦を迎えた。終戦時は舞鶴。戦後復員輸送に従事。任務完了後、英国に引き渡される予定であったが引き渡し直前に油槽船武尊丸と衝突して損傷。修理完了後、日本海軍籍となった。1963年8月除籍。

・花月

天一号作戦のため出撃した臨時艦隊を佐伯湾で見送ったのち、大和他、第二艦隊を豊後水道まで護衛。戦後は復員輸送に従事。任務完了後アメリカに一時引き渡され調査された後、日本海軍に復帰。1965年12月除籍。

 

○軽巡洋艦

 

天龍型

・龍田

損傷修理、大規模近代化改修中に横須賀で終戦を迎える。レーダーピケット艦としての役割を期待されたが未成。進捗率70%で計画中止。1946年5月標的艦指定。

1953年7月ミサイル実験にて沈没。

 

球磨型

・北上

終戦時、呉で大破状態。戦後は復員輸送支援にあたる。

半年間の任務に従事。1946年11月標的艦指定されたが、1947年6月解体。除籍は1947年2月。

・木曽

終戦時、マニラで大破着底。1946年3月除籍。

 

長良型

・五十鈴

終戦時はシンガポール。1946年3月、日本帰投中、対馬海峡で触雷し大破した。修理は行われず1946年5月除籍。9月解体。

 

夕張型

・夕張

終戦時はサイパン島で座礁、サイパン島上陸を巡る日米の緒戦では日本陸軍に水際防衛に使用された。1944年11月除籍。1946年7月に米国によって撤去作業中、浸水により沈した。

 

川内型

 

阿賀野型

・阿賀野

終戦時は佐世保。損傷もなく戦後は復員任務に従事、1948年10月任務終了後、 引き続き日本海軍籍。

1963年3月まで艦歴22年に及んだ。

・矢矧

沖永良部島にて大破座礁着底の状態で終戦を迎えた。

天一号作戦に参加し沖縄まで残りおよそ60kmの距離であった。1945年9月、沖縄兵員輸送任務の帰路にあった皐月が曳航を試みたが失敗。矢矧の乗員を本土に連れ帰った。1945年12月除籍。その後解体。解体時期は1948年とするものと1950年とするものがある。

・酒匂

舞鶴にて終戦を迎えた。戦後は復員輸送任務に従事。

引き続き日本海軍籍。姉妹艦の阿賀野とともに戦後海軍の一翼を担った。1964年3月に除籍。

 

大淀型

 

香取型(練習巡洋艦)

・鹿島

終戦時は舞鶴。戦後は復員輸送任務に従事。

任務終了後、本来の練習巡洋艦に指定され次代の海軍の育成にあたる。1961年9月除籍。

 

〇重巡洋艦

 

古鷹型

 

青葉型

・青葉

呉にて大破着底状態で終戦を迎えた。

1945年12月に予備艦指定。翌年、9月より解体。

 

妙高型

・妙高

終戦をシンガポールで迎える。浮游していたが航行不能状態。防空砲台となっていた。1946年3月除籍。英国に引き渡されたが自沈処分。

・那智

ブルネイにて終戦を迎える。大破着底状態。1946年3月除籍。解体作業時期は不明。

 

高雄型

・高雄

終戦は呉にて大破着底状態で迎えた。当初は修理も検討されたが、断念され1946年3月除籍後、解体。

 

最上型

 

鈴谷型

・熊野

終戦時は台湾(高雄)にて終戦を迎えた。

大破着底状態。1946年3月除籍解体。碇は現在、神戸港にてモニュメント展示されている。

 

利根型

・利根

終戦を台湾(高雄)にて迎えた。レイテ沖海戦での修理を台湾で終え、単艦で本土へ向かうも米潜水艦からの雷撃を受け損傷。台湾に引き返した。船体の修理のみで機関部の修理は行われなかったため、浮き砲台の状態であった。1946年7月除籍。復員輸送中の隼鷹に曳航され、長崎で解体された。

 

改鈴谷型

・伊吹

終戦時は佐世保。マリアナ沖海戦で大破したのち、空母改装中にドックで終戦を迎えた。1946年3月除籍。解体作業はそのまま佐世保の海軍工廠で行われた。

 

 

 

〇戦艦

 

金剛型

 

扶桑型

 

伊勢型

・伊勢

終戦時は呉にて着底状態。呉大空襲の折、損傷し修理は行われず防空砲台として利用された。天一号作戦後に行われた沖縄への輸送作戦では航空戦艦として世界で唯一実戦を果たした。1946年1月除籍、その後解体。

・日向

姉妹艦の伊勢同様、終戦時は呉にて大破着底状態。

1946年1月除籍、その後解体。

 

長門型

・長門

横須賀にて終戦を迎えた。引き続き、日本海軍籍。

終戦時、損傷は軽微なものであったが、修理は1949年まで行われなかった。これは海軍内で戦艦の有用性について議論が纏まらなかった為である。1955年3月予備艦に指定。1956年8月に記念艦として保存されることが決定される。現在も海軍ミュージアムにてその勇姿を見ることが可能。

・陸奥

横須賀にて座礁大破状態で終戦を迎えた。

戦後、1946年3月除籍。その後、解体。陸奥の解体された鉄は一部が東京タワーの建材として利用された。

座礁地点の横須賀市大滝町に、駆逐艦「村雨」の碑と共に碇が展示されている。

 

大和型

・大和

終戦時は沖縄県与論島にて座礁し防空・固定砲台。

1946年3月除籍。戦後、アメリカ軍に徹底的に調査された為、解体作業に入ったのは1947年に入ってからである。アメリカの核実験の標的艦として検討もされたが損害が大きく曳航は不可能と判断された。

実は秘密裏に移され秘密基地にて今なお存在しているとの都市伝説もある。

 

〇航空母艦(艦級は省略)

 

・鳳翔

終戦時は呉。損傷もなく戦後は復員輸送に従事した。

復員任務完了後、除籍解体。

長野壱業が第一次上海事変の折、艦載機のパイロットであり、中国軍のコルセアと日中初の空中戦を展開している。

・瑞鶴

終戦時は柱島。日本の主力空母として唯一の生き残り。

天一号作戦で受けた損傷は応急修理が行われた程度であった。戦後も修理した後に日本海軍の空母として活躍が期待されたが軍備縮小(日本の空母保有は基準排水1万8千トン以下四隻)され、1946年8月除籍。その後解体される。

・龍鳳

終戦時は中破判定の損傷。呉にて防空砲台となった状態で終戦を迎えた。1946年3月除籍。同年7月より呉海軍工廠にて解体12月解体完了。

・大鷹

終戦時は呉。損傷もなく戦後は復員輸送に従事。

1946年11月関門海峡にて触雷し大破。12月除籍。1947年2月より解体。6月解体完了。

・神鷹(シャルンホルスト)

終戦時は舞鶴。船団輸送任務が発令され、積み込み作業中でのことであった。ドイツ籍のシャルンホルストが日本に徴用されたのはミッドウェー海戦で空母2隻を喪失した為であるが、当初はグラーフ・ツェッペリン を希望した。しかし、グラーフツェッペリンが就役間近であった為にドイツに拒否され代替として神戸に当時係留されていたシャルンホルストとなった。戦後は艤装を撤去後に復員輸送に従事。ドイツが返還を希望しため、1947年2月に上海でドイツ側に引き渡された。

・隼鷹

終戦時は佐世保。11月に損傷の修理は完了しており、数少ない作戦可能な大型艦の一隻であった。しかし、艦載機も艦を動かす燃料もなく、係留放置の状態。戦後は二度、復員輸送に従事したが悪天候、波浪によりマニラで座礁。応急修理後日本に帰着。後1947年1月除籍。

・雲龍

終戦時は横須賀で浮揚防空砲台、中破状態であった。

オホーツク海海戦の後、横須賀に戻ったが、艦を動かす燃料はなく。艦載機も陸に下ろされ連絡用に彩雲が1機残されていただけであった。戦後は修理し米国に引き渡された。米国での艦名は「バストーニュ」。

・ 天城

終戦時は横須賀。相模灘航空戦(東京空襲)で損傷、応急修理後、巧妙にカムフラージュされ終戦まで被害は出なかった。戦後は本格的に修理され、米国に引き渡された。米国での艦名は「エニウェトク」。

・葛城

呉港外の三ツ子島沿岸に停泊中、爆撃を受けるも軽微な損傷で終戦まで残り、戦後復員輸送に使用される。

復員輸送完了後、引き続き日本海軍籍。

しかし、航空機の進化、大型化に甲板の長さが足りず朝鮮戦争時には時代遅れとなった。1955年除籍後、解体された。

・ 笠置

終戦時は佐世保。1945年10月に就役。

燃料も、艦載機もなく係留放置されたまま終戦を迎えた。戦後は復員輸送に従事。完了後、引き続き日本海軍籍。第一航空艦隊の旗艦となるが葛城同様、すぐに時代遅れとなった。1955年除籍後、解体。これにともない日本の保有空母はゼロとなった。




松型駆逐艦、海防艦と潜水艦は実装未実装を問わず数が多いからカット。


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ある日の掲示板 3

回線が世界と繋がってるの? とか野暮なことは言わないで。


国際交流板in japan

 

70ジョン・スミス(USA)2015/08/13(木)ID:жжжжg

 

おい日本人、今年もやるとの情報を得たが本当か?

 

 

71山田太郎(JPN)2015/08/13(木)ID:жжжжp

 

>>70

ああ、もちろんだ!

今年も熱い夏になりそうだ。

 

 

72ハンス・シュミット(GER)2015/08/13(木)ID:жжжжd

 

>70、71

オキナワのチンコン会の事だろうか?

 

 

73山田二郎(JPN)2015/08/13(木)ID:жжжжf

 

一瞬、!? ってなったけど鎮魂か。

 

>72

上の二人は明日から開かれる有明の祭の事言ってると思われる。参加者は鎮魂どころが荒魂になるだろう。

 

 

73ジョン・スミス(USA)2015/08/13(木)ID:жжжжg

 

その通りだ。

クソッ! JAPANに残るべきだったか!

 

 

74ジョン山田(JPN)2015/08/13(木)ID:жжжжx

 

日本人のワイフを持つ俺、大勝利!

今日から東京に乗り込んでワイフと観光して明日に備えて英気を養ってるゼ!

 

 

75ジョン・スミス(USA)2015/08/13(木)ID:жжжж

g

 

>74

頼む! オータムクラウド先生の新刊を俺に送ってくれぇぇ!

 

 

76ジャン・デュポン(FRA)2015/08/13(木)ID:жжжжv

 

…ここ覗いてると世界での危機が冗談のようだ。

日本は危機的状況にあると聞いていたんだけどなぁ…。

 

>74

俺にも送ってくれぇ

 

 

77山田太郎(JPN)2015/08/13(木)ID:жжжжp

 

フランスはロシアか中国経由でワンチャンあるけど、アメリカは無理じゃないか?

 

俺も含めて日本人のほとんどが危機感ないんだよなぁ。

島を一つの奪還したし「なんとかなるだろう」って空気だし。

 

 

78ハンス・シュミット(GER)2015/08/13(木)ID:жжжжd

 

おいヤーパン、今調べたが、君たちにとって英雄か大罪人かは意見が別れてるらしいが、そのような人間を慰め物にするようなことしていいのか?

 

 

7#山田太郎(JPN)2015/08/13(木)ID:жжжжp

 

>78

大丈夫だ。

 

 

80山田二郎(JPN)2015/08/13(木)ID:жжжжf

 

>78

問題ない。

 

 

81山田三郎(JPN)2015/08/13(木)ID:жжжжz

 

>78

是非もなし。

 

 

82山田士郎(JPN)2015/08/13(木)ID:жжжжi

 

>78

英雄の宿命。

 

 

83ハンス・シュミット(GER)2015/08/13(木)ID:жжжжd

 

こいつら正気か?

 

 

84マックス・マストマン(GER)2015/08/13(木)ID:жжжж-

 

>83

諦めろ兄弟。ヤーパンのこれが平常なんだ。

 

 

85ジャン・デュポン(FRA)2015/08/13(木)ID:жжжжv

 

そんな事言ったらそれを欲しがるヤンキーもクレイジーだけどな。

 

 

86ジョン・スミス(USA)2015/08/13(木)ID:жжжж

g

 

日本の諺には、

「可愛くて、すこれれば何でも良い」っていうのがあってだな。

我が国のハルゼー提督ですらジャップの毒牙にかかり犬の垂れ耳のような髪の幼女にされてるのだ。

こんなクレイジーな民族が俺の価値観をぶっ壊し、もう俺は戻れないところまで来ちまった。

 

そんな事より日本に渡る方法ないのか?

 

 

87ジョン山田(JPN)2015/08/13(木)ID:жжжжx

 

>86

海のモンスター共を駆逐しない限りは無理だろ。

Statesではどうだか知らないが日本なら提督になれれば任務でStatesに行くこともできるかも。

 

それと、そんな諺はないからな!

 

 

88マリオ・ロッシ(ITA)2015/08/13(木)ID:жжжж#

 

艦娘はイイゾー。

皆、魅力的な女性ばかりさ。

リットリオなんてすごく良いお尻をしてるんだ。

 

https://img.sжж/img/жжж/1515.jpg

リットリオ&ローマ姉妹の特集記事の中の一枚

 

日本の皆さん、島を取り戻したんだってねオメデトウ!

 

 

89山田太郎(JPN)2015/08/13(木)ID:жжжжp

 

>88

ありがとう。お返しに大和ちゃんの画像

 

https://img.sжж/img/жжж/3215.jpg

広報に載ってる大和ちゃん

 

https://img.sжж/img/жжж/3311.jpg

靖国神社で拝まれる大和ちゃん

 

 

90ジェームス・ジョーンズ(ENG)2015/08/13(木)ID:жжжm

 

皆の国では艦娘はどういう扱いなのか?

日本は神道だから良いが、我が国でも概ね好意的に見られているが、未だに意見が紛糾しているのも事実。

 

https://img.sжж/img/жжж/2121.jpg

凛凛しいお姿のウォースパイト様

 

 

91山田太郎(JPN)2015/08/13(木)ID:жжжжp

 

>90

最初はやはり論争が起こった。

だけど、彼女達がメディア露出してからは歓迎のお祭り騒ぎになった。一部は根強く反発してるけど。

 

神道というのもあるけど、日本の場合サブカルの影響も大きかったんじゃないかな。

 

 

92ジョン・スミス(USA)2015/08/13(木)ID:жжжжg

 

我が国でも未だに意見が紛糾している。

軍需複合体が煽っている節も見られる。

 

https://img.sжж/img/жжж/1121.jpg

Iowaとかプレイボーイの表紙飾れるほどのセクシーガールなのに、偉い人にはそれが分からんのです。

 

でも、こないだパナマでIowa達が化け物撃退したから世論がだいぶ傾くだろう。

 

 

93ジャン・デュポン(FRA)2015/08/13(木)ID:жжжжv

 

海軍関係者は好意的だそうだが、うちは移民も難民も多いのもあって全然纏まりがないな。

 

https://img.sжж/img/жжж/1329.jpg

ラモット・ピケたんに個人レッスンお願いしたい。

 

94マックス・マストマン(GER)2015/08/13(木)ID:жжжж-

 

フランスと同じように移民、難民が押し寄せて国内の治安が急激に悪化している。艦娘どうこうの以前の問題。

さすがに我が国でも受け入れ制限をかけなければならない状態に至った。化け物蔓延る地中海を危険を冒して渡ってきた難民には悪いと思うが…。

 

公に滅多に姿を表さないフロイライン・ビスマルク他、我が国の艦娘は海軍がめっちゃ過保護にしているらしい。

https://img.sжж/img/жжж/1329.jpg

海軍将校の制服を着たビスマル嬢貴重な一枚。パッツンパッツン。

 

 

95ホン・ギルドン(KOR)2015/08/13(木)ID:жжжж"

 

日本も難民を受け入れるべきだ。

 

 

96山田士郎(JPN)2015/08/13(木)ID:жжжжi

 

>95

うちの国、最前線なんですけど? 

むしろお前ら支援したり受け入れる立場やぞ? 

 

もし日本崩壊しても俺は行かんけど。

 

 

97マリオ・ロッシ(ITA)2015/08/13(木)ID:жжжж#

 

ヤマトもpiuttostoダネ!

 

二枚目の画像に護衛官が写ってるけど日本の軍人はサムライソード持って護衛するのが一般的なのかい?

 

 

98山田二郎(JPN)2015/08/13(木)ID:жжжжf

 

ほんまや。刀もった軍人さん写っとる。

一般的ではないと思うが、まぁ場所柄かそういうこともあるかもな。

 

っーか、よく見つけたな。

 

 

97マリオ・ロッシ(ITA)2015/08/13(木)ID:жжжж#

 

腰つきをズームアップしたときに、たまたま気づいたのさ!

 

 

98山田太郎(JPN)2015/08/13(木)ID:жжжжp

 

俺も大和ちゃんを護衛したい! デートしたい!

 

 

99山田三郎(JPN)2015/08/13(木)ID:жжжжz

 

っhttps://www.mod.жжж.jp/JpnNavy/

 

今なら緩いぞ、狙い目ぞ? 海軍はいつでも君を待ってるぞ?

 

 

100山田太郎(JPN)2015/08/13(木)ID:жжжжp

 

死にたくないし戦いたくもないんだよなぁ。

 

 

101ロバート・ジョンソン(USA)2015/08/13(木)ID:жжж&

 

と日本人は供述しているが、俺は騙されないぞ?

こいつらはハラキリ精神で最後の一人まで戦う。

 

皆も騙されるなよ?

 

 

102ジョン・スミス(USA)2015/08/13(木)ID:жжжжg

 

>100

HAHAHA! ナイスジョーク!

 

 

103ハンス・シュミット(GER)2015/08/13(木)ID:жжжжd

 

日本人の「できない」と「機関は存在しない」という言葉は信じるなって祖父が言っていた。

 

 

104ジェームス・ジョーンズ(ENG)2015/08/13(木)ID:жжжm

 

我が大英帝国とアメリカ合衆国、中国、ロシアと同時に喧嘩して判定負けをもぎ取った国が何を言っているのだね?

 

 

105山田二郎(JPN)2015/08/13(木)ID:жжжжf

 

その頃、日本にたまたまバグキャラが居ただけだし…。

 

 

106山田三郎(JPN)2015/08/13(木)ID:жжжжz

 

全国五万人の長野さんが、自己紹介する度にハードルをあげられると悲痛な叫びを上げた。

 

ってコピペ思い出した。

 




イタリアにいたとき、カフェで駄弁ってる現地のおっちゃん達はずっとウェイトレスのお尻の話で盛り上がってた。


あと最新話が分かり難いらしいからサブタイにNewつけといたよ。


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ある日の掲示板 4 

 

艦娘さんを愛でるスレ

 

 

171追っかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

最新の大和ちゃん成分誰かもってない?

 

 

172.追っかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

>71

SNSにあげられてた靖国神社で拝まれるは見たんか?

 

https://img.sжж/img/жжж/3311.jpg

 

 

174.追っかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

あいかわらずふつくしい。

海軍に入ればお近づきになれる可能性があるんだよなあ

 

 

175.追っかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

>>174

海軍の回し者はNGなんで消えろ。

 

 

176.追っかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

>>175

それくらいで噛みつくなよ。

みんなで海軍目指そう とか書いてるならアレだがステマってレベルじゃ無いだろ。

 

 

177.追っかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

172の画像ってなんかサヨが騒いでるらしいけどなんでなん?

 

 

178.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

>>177

いつものことだろ。

あいつらからすると艦娘自体が戦争の象徴でアウトだし、場所が靖国だし。

 

 

179.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

>>177

 

その写真に大和ちゃんの護衛官が刀持ってるところがちらっと写ってるんだわ。

色々とこじつけしてグンクツガーって騒いでる。

 

 

180.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

サヨなどどうでもいいから。

私は陸奥お姉さんに踏まれたい。

誰か新作出せや!

 

 

181.陸奥さま推し:ID:жжжжж

 

>>180

その心意気やよし。

良かろう我輩が最新の陸奥様のお姿を捉えたモノをあげてやろう。

 

https://img.sжж/img/жжж/623150.jpg

 

少女を脇に抱える陸奥様。おへそペロペロしたい。

 

 

182.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

なん…だと…?

 

 

183.紳士な名無しさん:ID:жжжжж

 

あらやだ、かわいい

 

 

184.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

あれやな、欲しいお菓子を買ってもらえなくて駄々をこねる少女×2の図

 

 

185.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

これって防衛省の前の通りか、だとするとこの少女たちも艦娘…?

 

顔にボカシ入れなくて大丈夫か?

 

 

186.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

陸奥推し近日中に怖いお兄さんが訪ねて来ると思うけど、その、頑張って?

 

 

187.陸奥さま推し:ID:жжжжж

 

/(^o^)\

 

 

188.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

この後、陸奥さま推しの姿を見たものはいない。

 

 

189.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

>>188

やめて差し上げろwwwww

 

 

190.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

長門は? 長門はないのか?

 

 

191.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

>>190

テレビ見れ、海軍の会見にちらっと出てたやろ。

 

 

192.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

なんか海将の顔色がめっちゃ悪かったよな。声も時々震えてたしもう良い歳なんだから引退させてやれよって思うわ

 

 

193.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

>>192

ここはジジイを愛でるスレではない。

敬老スレに移動しろ。

 

 

194.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

スレ違いなのはわかるけど冷たすぎへん

 

 

195.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

人間嫌いな住人も多いからな。気にすんな

 

 

 

 

200.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

しかし。なんつーか犯罪臭漂う格好だな。

逆アングルからならパンツ丸見えだろ。とくにウサミミノースリーブセーラーの子

 

 

201.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

ワンピースセーラーの子の頭に乗ってるの何?うんこ?

 

 

202.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

>>203

測距儀(レンジファインダー)と呼ばれる測量計だと思われる。

 

 

203.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

普通の子供がそんなもん頭に乗っけてるのは考えにくいからやっぱり艦娘なんだろうな。ウサミミの子の方も靴がメカメカしいいから艦娘か?

 

 

202.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

ウサミミ ・金髪・ノースリーブセーラー・超ミニスカ・ニーハイ・かわいい。控えめに言って最強だな。

 

 

203.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

>>202

逆にあざとすぎないか? 

茶髪な子の方が保護欲誘うというか、リスとかハムスターっぽくて可愛いだろ。

 

 

204.ウォースパイトは俺の嫁:ID:жжжжж

 

ここは平等に艦娘を愛でるスレやで。

どっちも可愛い。それでええんや。

 

 

205.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

>>204

おめえ、そのコテハン変えてから言えよww

 

 

206.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

この子達の名前なんだろうな?

せめて艦種くらいわからんか。

 

 

207.スリーサイズ計測員:ID:жжжжж

 

>>206

名前は難しいだろうな。

推測の域を出ないが艦種は身長が関係するのではないか?

戦艦≧空母>巡洋艦>駆逐艦≧その他

 

こんな図式になるのではと俺は考えてる。

 

海軍が公開してる資料に海に浮かぶ少女の姿があった。

とか、駆逐艦叢雲と名乗ったとか、って記述ある。

https://www.mod.жжж.jp/JpnNavy/publicжжж

 

ってことは駆逐艦は少女の見た目の可能性があるわけだ。戦艦の艦娘に似た姿形なら女性と表記するだろ?

 

 

208.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

>>207

有能。

その説でいくとこの子らは駆逐艦かその他だな。

 

209.スリーサイズ計測員:ID:жжжжж

 

>>208

確証はないからおそらくとしか言えん。

 

 

210.追いかけて夏みかんID:жжжжж

 

おい、お前ら大和ちゃんの画像はホラー画像らしいぞ。

 

 

211..追いかて名無しさんID:жжжжж

 

>>210

三行で

 

 

212.追いかけて夏みかんID:жжжжж

 

刀剣マニア達がその護衛軍人の持つ刀を解析しだす。

長野家にある備前長船兼光と判明。

【恐怖】戦神のお盆帰り【誰か呪われる】

 

 

213..追いかて名無しさんID:жжжжж

 

別スレだと祭りになってるな。

 

 

214..追かて名無しさんID:жжжжж

 

ゾクッとした。

これアカンやつだろ。

 

 

215.追いかて名無しさんID:жжжжж

 

やめろ!見れなくなるだろ!

 

 

216.追いかて名無しさんID:жжжжж

 

鬼女板の記事にこんなのが…。

https://syosetu.org/novel/103144/13.html

 

 

217.追いかて名無しさんID:жжжжж

 

え、マジかよ

 

 

 

 

300.追いかて名無しさんID:жжжжж

 

都内で目撃されSNSにアップされたの集めてきたぜ。

 

警察仕事しろ!刃物もった男が徘徊してる

https://sжжжжжжж

モヤイの前で軍人が刀持ってんだけどwwww

https://жжжжжжжж

強盗か?買い物か?楽器屋前

https://sжжжжжжжж

買い物だった(*´∀`)♪

https://sжжжжжжжж

 

 

301.追いかて名無しさんID:жжжжж

 

ねえ、なんで全部遠目で後ろからなん?

 

 

302.追いかて名無しさんID:жжжжж

 

>>301

お前は刀ぶら下げた野郎が前から歩いてきて平気でスマホ向けられんのか?

 

それより、左肩の辺りが全部歪んで見えんだけど?

 

303.追いかて名無しさんID:жжжжж

 

>>302

うわ、ほんとだ。

モヤイの前ってことはハチ公前通ったんだよな?

その割にはあげられる数が少ないよな。

 

304.追いかて名無しさんID:жжжжж

 

こ、こじつけだ

 

 

305.追いかて名無しさんID:жжжжж

 

お前らいい加減にしろっ!ここは艦娘を愛でるスレなんだよ!悪霊だったらオカルトスレにいけカスどもが!

人間と元人間には興味ねえーんだよ!

苺ちゃん召喚しない現実ってマジでクソ!

 

 

306.追いかて名無しさんID:жжжжж

 

なんだろうな現代の闇を見た気がする。



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ある日の掲示板 5   

妖怪ヒトケタノコシが仕事しすぎるのでむしゃくしゃして投稿。


 

艦娘さんを愛でるスレ

 

 

371.追っかけてライオンファン:ID:жжжжж

 

昨日さ、近所で少年野球見てたのよ。

そしたらさガタイの良いアンチャン達が黒セーラー服着た少女(JC?)にぶん投げられてたんだけどさ、その時は俺の目がどうにかなっちまったんじゃないかと思ったんだが、もしかしたら艦娘なのか?

 

 

372.追っかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

>371

画像もあげないで冗談よし子さんだぜ!

 

 

373.追っかけてライオンファン:ID:жжжжж

 

陸奥推しみたいになりたくないんでな。編集してたわ。

顔にボカシいれたからこれで安心!

 

ニヤニヤに上げた

sm3жж8ж

 

 

374.追っかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

エエ…エエ…

 

 

375.追っかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

人って飛ぶんやな…。

 

 

376.追っかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

掛け声が軽いwwwww

なんや、ぽいってwwww

 

 

377.追っかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

>>376

そりゃお前、人投げるときは「ぽいっ」って言うやろ。

 

 

378.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

>>377

言いません。どこの世界の住人だよ!

 

 

379.知ってるのか雷電:ID:жжжжж

 

これは、ぽいぬちゃんだね。

 

 

380.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

>>379

知ってるのか!?雷電

 

 

381.知ってるのか雷電:ID:жжжжж

 

>>380

おうよ! この娘の名前は駆逐艦夕立だぜい!

はぁペロベロしたい。

 

 

382.スリーサイズ計測員:ID:жжжжж

 

「夕立」

日本海軍の駆逐艦。白露型の4番艦である。

第三次ソロモン海戦では単艦で敵艦隊に突撃して敵重巡洋艦に魚雷を刺し沈め、他艦艇にも損傷を与えて無傷で生還。その後も武勲を上げ、最期は坊ノ岬沖。臨時艦隊所属。旗艦金剛に近づこうものなら容赦なく襲ってくる様から「悪魔の猟犬」「悪夢の犬」などと呼ばれた。

 

 

383.紳士な名無しさん:ID:жжжжж

 

やだぁー、狂犬じゃないですか。

 

 

384.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

修羅じゃないか! 

それをペロペロしたいとかどんだけ業が深いんだ。

 

 

385.知ってるのか雷電:ID:жжжжж

 

ちなみにウサミミリボンの娘が島風な!

そんでビーバーっぽい方が雪風だい!

 

 

386.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

雪風って戦闘機じゃないのか?

 

 

387.陸奥さま推し:ID:жжжжж

 

>>386

せつ子、それ戦闘妖精や。しかも「雪風」はコードネームや。

 

 

388.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

>>387

生きていたのか貴様?!

 

 

389.陸奥さま推し:ID:жжжжж

 

>>388

マジで海軍から電話かかってきたよ…。

軍機じゃないけどコンプライアンス的なサムシングで軽めのお叱りだった。

 

 

390.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

>>389

それですんで良かったじゃん。

それより島風、雪風の概要カモンヌщ(゜▽゜щ)

 

 

391.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

>>390

島に吹く風と雪が吹き付ける風だろ?

 

 

392.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

雪が吹き付ける風というのはそれはもう吹雪なのでは?

 

 

393.スリーサイズ計測員:ID:жжжжж

 

「吹雪」

当時の列強海軍駆逐艦に衝撃を与えた特型駆逐艦のネームシップ。マレー沖、エンドウ沖、パタビヤ沖、スラバヤ沖海戦と太平洋戦争緒戦の数々に従事。最期はサボ島沖海戦。両軍のド突き合いの中で沈む。

 

 

394.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

>>393

違う、そうじゃない。

勉強にはなったけどな! 

俺の勝手なイメージだとこの子は無表情毒舌系だな。

 

 

395.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

>>394

寒い駄洒落で場を凍りつかせる系かもしれない。

 

 

396.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

>>395

うちの上司の悪口はやめていただこうか。

 

 

397.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

日本軍の航空機にしろ艦艇にしろ名前がなんか中二病くすぐられるよな。

 

 

398.スリーサイズ計測員:ID:жжжжж

 

「島風」

島風型駆逐艦のネームシップ島風。

日本海軍の生んだかっ飛び番長。とにかく速い。

具体的に言うと当時連合国で使用されていた魚雷より速い。その速さを活かしてレイテ沖海戦では魚雷艇相手に無双した。整備性、生産性に難があり就役したのは島風のみ。彼女を嫁に貰いたいならヴァルハラにいる父親に挨拶しに逝かねばならない。

 

 

399.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

長野さんの娘なのかよ…。

 

 

400.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

今ならお盆帰りしてるからチャンスタイムじゃん!

 

 

401.ラブ&ピース:ID:жжжжж

 

戦犯相手にそんなことする必要ないだろ。

どんな凄い艦艇を作ったって日本を負け戦に引摺りこんだ無能だぞ。

 

 

402.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

うわぁ…未だにいるのかこういうの。

たとえ無能であっても親に挨拶しなくていいということにはならんだろうに…。

 

 

403.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

>>402

どうせ東京裁判のこと一ミリも知らない情弱。

長野が無能なら誰が有能だって話になるけど、まぁ何言っても思考停止してるだろうから無視だ。

 

 

404.スリーサイズ計測員:ID:жжжжж

 

すまない。余計なこと書き込んだ。

 

 

405.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

>>404は何も悪くないよ。雪風の概要も楽しみに待ってるぜ。

 

 

406.ウォースパイトは俺の嫁:ID:жжжжж

 

そうだぞ、奴の話はするな。うちの嫁がガグブルしちゃうだろ。

 

 

407.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

>>406

そういえば、インド洋で正規空母二隻が軽空母一隻相手にボコボコにされた挙げ句、一方的に戦艦に殴られてたなwww

 

 

408.陸奥さま推し:ID:жжжжж

 

さすが陸奥さま世界の七隻だわ。

 

 

409.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

果たしてウォースパイトと陸奥が出会ったらどうなるんだろうな?

 

 

410.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

>>409

陸奥責めウォスパ受けのキマシタワー。

 

 

411.スリーサイズ計測員:ID:жжжжж

 

「雪風」

陽炎型駆逐艦の8番艦。

大戦中、数多の作戦に従事してほぼ無傷。その幸運ぶりから呉の雪風、佐世保の時雨。とか呼ばれる。

坊ノ岬沖海戦では魚雷を受けるも不発。呉空襲時も何故か当たらなかった。その結果「ソイツを寄越せぇぇ」と戦後、連合国で取り合いになったとか。

 

 

412.追いかけて名無しさん:ID:жжжжж

 

異能生存体かな?

 

 

413.追いかて名無しさん:ID:жжжжж

 

なるほど、この子連れて競馬に行けば勝てるのか。

 

 

414.追いかて夏みかん:ID:жжжжж

 

>>413

座敷わらしじゃあないんだから。

俺もさ昨日、すんげーキャットファイト見たわ。

373と同じ制服きたJC?とダサいTシャツきたお姉さんが宙を舞ってた。

 

415.追いかて名無しさん:ID:жжжжж

 

>>414

おい画像はどうした?

 

>>411

佐世保の時雨が気になるんだが?

 

 

416.追いかて夏みかん:ID:жжжжж

 

ほらよ ボカシつけるのが大変だったんだからね!

https://www.youжжжж

 

 

417.追いかて名無しさん:ID:жжжжж

 

良くできたCGだなー。

 

 

418.追いかて名無しさん:ID:жжжжж

 

戦隊ものの特撮かな?

 

 

419.知ってるのか雷電:ID:жжжжж

 

これが時雨ちゃんですねー。

それよりもオマエラ、401をぶっ飛ばす方法教えれ(#`皿´)

 

 

420.追いかて名無しさん:ID:жжжжж

 

これが時雨ってマ?

 

 

421.追いかて名無しさん:ID:жжжжж

 

艦娘ってスゲーんだなー。

 

 

422.追いかて名無しさん:ID:жжжжж

 

良いか雷電? ああいう輩は無視するんだ。

そしてお前は何者だ?

 

 

423.スリーサイズ計測員:ID:жжжжж

 

「時雨」

白露型駆逐艦2番艦。雪風同様に歴戦をくぐり抜けた。

レイテでは西村艦隊に夕立と共に所属しスリガオ海峡を突破。第一遊撃第二部隊がレイテ湾でカーニバル。その後の退却路を確保。最期は坊ノ岬沖で巡洋艦に体当たりで道連れにする。

 

 

424.追いかて名無しさん:ID:жжжжж

 

こっちも修羅かよ…

 

 

425.追いかて名無しさん:ID:жжжжж

 

で、雷電の話を信じるとしてだ。

なんでこの子らは街中に出てきたん?

 

 

426.追いかて名無しさん:ID:жжжжж

 

靖国に現れた荒魂に導かれたんだろ。知らんけど。

 

 

427.知ってるのか雷電:ID:жжжжж

 

時雨も夕立も犬っぽくてめちゃかわいいんだよね!

そして私は謎多き美女だな。

 

 

428.ウホ!いい男を追いかけて:ID:жжжжж

 

仕事しろ雷電。

 

 

429.知ってるのか雷電:ID:жжжжж

 

げっ、ホモだ

 

 

 



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ある日のまとめサイト   NEW‼️

まとめサイト風?


 

こんなご時世だから海外での思い出とか外国人達との交流の思い出を語ろうぜ。

 

 

 

■もう十数年前かな?

英国に短期留学してたんだよね。

ホームステイ先は夫婦と当時娘10歳と息子6歳のいるご家族のところで、日本びいきだったのもあって大変よくしてもらった。なんでもご主人の勤めていた会社が老舗重工で会社の存続危機に日本の企業が助けてくれたことが切っ掛けで日本に興味を持ち嵌まっていったんだとか。

かつては日本に戦艦を作ってやったとか熱く語っていたがあんまり興味なかったから愛想笑いで聞き流したが許して欲しい親父さん。

奥さんも優しい、娘と息子も可愛くて、仲良くできたのでラッキーだったな。

 

ただし、飯は俺の口には合わんかった。

 

そんなある日、ついに我慢の限界がきて英国で手に入る日本の食材と調味料を使って料理をしたわけだ。豚のしょうが焼きとかそんなに手の込んだものじゃないんだが何品か、これが物凄い好評で「日本人は誰もが料理人なのか!?」とか言われたが、逆にこの程度の料理を絶賛する英国家族に驚いたわ。てか、普段やっぱり不味いと思ってたのかよ!と心の中でツッコミつつ週に何度か飯当番が回って来るようになり、それが帰国まで続いた。

そんで、留学期間も終わりに近づき、そろそろ帰国すると言ったときの娘と息子の絶望した顔が今でも忘れられない。

レシピは奥さんに渡してきたし、最近は美味い料理店も増えていたらしいから問題ないと思うのだが、また平和になったら美味い日本土産持って訪ねたいものだ。

 

 

 

■↑当方、英国に嫁いだ者。少しずつメシマズ時代に逆戻りしつつあり、日本食をこよなく愛する英国旦那が発狂するまで秒読み段階。至急料理の「さすせそ」を求む。あと紅茶。「し」は問題ない。お願いします。なんでもはしないけど。

 

 

 

■↑島国の辛いところだな。でも、ドーバーは泳いで渡れる距離だし、日本よりまだマシと考えるべし!

 

 

 

■海の化物が現れるちょっと前。

大学の夏休みを利用してドイツで一人旅してたんだよ。まぁ、そんな金も持ってないので貧乏旅行ってやつだ。その日も安宿を見つけるか、野宿するかで地図とガイドブックを公園みたいなとこで広げながら、自分では気づかなかったがぶつぶつと呟いていた。

そこに

 

「日本人か?」

 

といかにも職人ですと言った感じの老人が声をかけてきた。自分が「ヤー」と答えるとじっと俺を見つめてくる老人。

え、なんだろ? ドイツ語あんまりわかんねーから大丈夫かなとか、この場所に座り込んでるの迷惑だったかとか色々内心ビクビクしてたんだけど、案の定、重々しい感じで老人が何か言ってきたんだ。

「お前は何とかか?」って言ってるのはどうにか聞き取れたんだがインステティオン?ってのが何の事だがわからんので慌てて辞書とスマホ使って調べた結果……。

 

「お前は機関の者か?」

 

的な事を言っていることが判明。

旅行前に海外での体験談を語ったサイトを覗いておいて良かったと思ったと同時に「ちょwww.嘘だろww」とも思ったね。実際、自分がそれを体験するとなるとは。

こういうスレッド良く見てる奴なら知ってると思うが、有名な話の1つだ。日本には極秘の諜報組織があって世界中で暗躍しているっていう都市伝説。それを信じてる外国人が結構な数いるというカキコミ。日本人からすればそんな馬鹿なと思うが、老人は真剣そのものでちょっと笑ってしまった。

もし仮に俺が機関の者だとしても、そうです。とは言わないだろ。秘密の組織なのだから…とか、こんな冴えない男を何でそうだと思ったのか色々言ってあげたかったのだが、「観光客です」というのが精一杯だったな。

そう言ったにも関わらず懐疑的な様子。話題を変えるべく「安宿を知らないか?」と聞けばその宿まで案内してくれる親切さ。ただ、宿の前に着いてこっちがお礼を言うと

 

「誰にも言わないから冥土の土産に教えてくれ」

 

たぶん、こんなニュアンスな事を言っていたと思う。

もうね、ここまでくるとこっちもなんか面白いこと言ってあげなけゃって使命感がでてくるわけですよ。

でなんか言わなきゃって思ってスマホで翻訳して言ってやりましたよ。

 

「世に平穏のあらんことを」

 

とね。そんでフロントに逃げ込んだ。

あの老人は今でも日本に機関が存在してると信じているのだろうか?

 

 

 

■↑こうして更に都市伝説は広がっていくのだ。

きっとその老人もなんかの符号だと思ったんだろうな…。

 

 

 

■機関の話が出たんで俺もカキコ。

日本のパスポートって知らなかったけどかなりの信用度があるんだな。アメリカ本土に彼女と旅行しに行った際、ツアーだったんだけど日本のツアー客たち入国審査で指紋とられながら一言二言で拍子抜けするくらいスイスイ進んでく。時々、税関でインスタントミソスープを指さされて「こいつは何だ?」って聞かれてる人がいたくらいだ。他のアジア系は持ち込み禁止の生食材とか申請してなかったりで足止めされてる人が結構いた。

で、俺は初海外であったのでそれなりに緊張してたんだけど、他の日本人みてたら全然余裕じゃんって感じになった。いよいよ俺の番になっていかつい体型だが愛想のいい感じのおっちゃん審査官にパスポートを差し出す。

 

するとどういうことでしょう。

 

それまで愛想の良かったおっちゃんが急に真顔(かなり怖い)

 

「○○?(俺の名字)」

 

と聞いてくる。

当方、ファミリーネームが某大企業と同じ名前。

だが、全く関係ない九州男子である。

日本で多いという訳じゃないけど珍しいというほどの名前でもないよな?

 

「イ、イエス」

 

と俺が吃りながら答えると「ちょっと待ってろ」と言われた。後ろに並んでいた彼女の方を見ると何故か苦笑いしている。(彼女、カナダに留学経験あり、英語ペラペラ)

 

数分後に戻ってきて「行ってよし」と言われて無事入国できた。

 

後で彼女に聞いたら(彼女も留学先で聞いたそうだが)未だに米国は俺と同じ名字の方に相当なトラウマを抱えているらしく、しかも旅行の少し前に某変態企業にアメリカのファンド数社が喧嘩吹っ掛けて潰されかけたのが原因だったみたい。

 

全国の俺と同じ姓の方はやっぱり俺と同じように入国の際にひと悶着あるのだろうかと思った初海外の思い出。

 

 

 

■ ↑30年も前だが出張で米国に行ったとき現地で仲良くなった白人(仮にジョン)にホームパーティーに呼ばれてな。そこにそいつの家族とその両親もいたんだが、そのジョン父親の方が俺をジャップ呼びするんだ。

当時はまだ人種差別の風潮も色濃く残ってたこともあるが、家族がやめなさいといってもお構い無しだった。ただ「ジャップ、こっちきてこの酒飲め」とか「もっと肉食え」とか蔑称を抜けば世話好きの好々爺だった。

ジョン息子(小学校低学年くらい)がジョン父に影響されたのか「イエローモンキー」と言い出してな。

そしたらジョン父がが烈火の如く顔を真っ赤にして怒るんだよ。普段は優しいお祖父ちゃんの豹変ぶりに孫はショックを受けたのか大泣きしてしまった。パーティーどころではなくなり俺はお暇することに。

後日、ジョンから謝罪と共に事の顛末を聞いた。

ジョン父は海軍軍人(退役済)で日本と戦った事もあったのだ。

「日本人が黄色い猿なら猿に負けた自分達は猿以下じゃないか!」と要約するとこういうことで怒ったのと、「日本人に対して蔑称を使って良いのは直接戦った自分達だけだ!」という事だという。なんていう分かり辛い認めかた。今で言うと見事なツンデレっぷりとでも言うんだろうか?

でもちょっと気になる点があったのでジョンに聞いてみたんだ。

 

俺「負けたのは日本だよな?」

 

ジ「親父たち、少なくとも海軍は日本に勝ったとは思っていないと思うな。俺もそう思う」

 

との回答。

その時、自分の歴史感と相手の歴史観に隔たりを感じた。

今ならネット環境が整いいくらでも情報を見ることができるけど、俺の子供の頃とか、この当時はまだまだ手軽に何か調べるってのが難しかったからな。ちょっと話が逸れたがトラウマもあったのだろうけど、それ以外にも敬意みたいなものもあったと思うよ。

 

 

 

■↑おそらくこの話の数年前の話になるのだろうけど、詠首相が訪米して米海軍から歓待を受けていたことはあまり知られていない。日本の自虐史がようやく改善されはじめた頃だから、誰かの都合が悪かったんだろうね。

 

 

 

■↑なんで日本は自虐的な歴史教える事になったのか?

 

 

 

■↑答えてあげるけど上二人スレ違いなんで気を付けましょうね。

自虐史うんぬんは、色々な要因があるんだけど、まず、戦後の日本の軍隊が大分オラついてたんで日米の両政府の思惑が合致したっていうのがある。これで時間かかるけど血の気が低くなるだろうってところかな。更に朝鮮戦争の前後で左派とリベラル(笑)と赤が色々と国内で

工作した結果、日本の絶対悪みたいな風潮が出来上がった。日本の占領地統治については悪いことも含め色々な事があったということは認めなきゃならないが東南アジアは親日国が多い。過酷で残酷な統治だったらそうはならないと思うよ。隣の国は知らん。

 

 

 

■↑日本の統治で思い出した話。

台湾は親日ってのは良く知られてるし高齢のかたは日本語を使える人も多いというのもよく知られていると思う。そんなわけで自転車で台湾一周なんていうチャレンジをしてみた。特に問題もなく親切な人も多く、若い子なんかは大体が日本に行ってみたいっていう話が多かったな。あとアニメや漫画。観光なんかしながら台湾の歴史なんか学んでたんだが、いわゆる先住民。○○族って結構な部族がいたんだな。アミ族くらいしか知らなかったよ。その部族達の戦士が日本兵として戦ったのも知らなかった。少し前に老人の話を聞いたんだけど、戦争の時に志願兵を日本が募ったら物凄い倍率で自分も志願したが入れなかったという話をしてくれた。志願した奴も戦わずに戦争が終わってしまったけどね。って言ってたから○○族(なに族か忘れた)の子孫だという方の話を聞いて驚いたわ。家には日の丸と陛下(多分、昭和)の写真があるよだってさ。日本が負けたあと陸軍の人が部族を訪ねてきて感状と戦死した遺族に見舞金を置いていったんだけど「今はこれしかお渡してきません。必ずお渡ししますのでしばらく時間を下さい」って頭を下げて回ったのだとか。

そっから中華民国の統治というか編入になったがひどいもんだったと言ってた。運良く台湾に戻れた彼のお父さんは銃を取り抵抗して殺されてしまったって。

毛も蒋もクソだと言ってた。

台湾には「犬が去って豚が来た」ってことわざみたいなのがある。少なくとも日本の統治時代の方がマシだったんだろうなって思ったね。

 

 

 

■しんみりする話が多いから俺が流れを変える。

フランス人の話。エンジニアでこっちにきて何年か過ごすことになったソイツ(仮にダミアン)はフランス料理こそ世界一だという奴だ。まぁ、否定はしないけど。

テレビやネットで日本の飯( ゚Д゚)ウマーってやってても大げさに言ってるだけやと。

ほほう?ならば食わせてやろう日本の食事をな!と俺の心に火がついた。

 

結論から言うと日本の飯は美味いと認めた。

 

初日、関空で俺が出迎え、観光したいっていうから京都に連れていった。

 

ダ「卵を焼いたものの専門店?」

 

と京都について目に入った店を見て頭おかしいんじゃねーのって顔をしてたから食わせて黙らせた。

 

懐石料理なんかは見た目はともかく味の好みが別れそうなんであえて外した。後日、機会があれば食べさせることにした。夜は神戸ビーフを出す店につれていく。

 

ダ「これで200ユーロもとるのかい?」

 

たしかに高いよな。俺の財布も大分軽くなるが今回は特別だ!たまたま付き合い競馬場に行って買った万馬券が大当りしてなければ連れてきてない。

 

やつはやはり黙った。

 

初日はこれくらいで勘弁してやろう。

次の日から仕事だ。昼や夜に時間が合えば俺の知る限りで美味い店につれ回した。寿司、天ぷら、すき焼きといったザ・日本食からカレー、揚げ物、ラーメン、エトセトラ……。

 

そして月日は流れた。

 

ダ「ハァー、スーツ新調しなければ…」

 

来日当初のスマートボディのダミアンはもうそこにはいなかった。

 

ヤツは日本に来て10㎏以上肥えたのだ。

で、まぁ、これは余談なんだが、オタク文化にもはまってしまったようで、

 

ダ「祖国に帰ったら深夜アニメをリアルタイムで見れないだろうがっ!」

 

とキレられた。ヤツは祖国に帰らず今も日本にいる。

そしてコミケに行くのだと意気揚々と準備をしていたのはつい先日の話だ。

 

 

 

■今日も日本は平和です。




本編の方がね、なかなか筆が進まないのでお茶濁し。
ゆるして


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寄稿された応援ss 外伝 榛名の憂鬱

応援ssという事で名無しさんから寄稿されたものです。

ありがとうございます。


 

-榛名 艦橋

 

呉鎮守府を出港してどのくらい経っただろうか。出港してから延々とこの作戦について考えるが一向にまとまらない。

長野の奴が立案したとはいえ、天祐に縋るとはどういうことか。否、奴を持ってしてもこれが限界ということか。

台風と北上し、艦隊決戦に臨む。だがよしんばそう出来たとして何になるというのだ。この戦争の行く末はもう...

 

っと、弱気になっていかんな。指揮官が弱気になってどうする、なにか気を紛らわさねば。

「~~~~~♪」

歌でも口ずさんでみる、気が合うて離れられぬか...

確かに気は合ったが、奴の考えの半分も分からなかったな。

何時如何なる時も眼前の現実を見通し続けた男は今、何を見ているというのだ。

 

ふと意識を戻して見れば乗組員たちと目が合う。

静けさに猛々しさが入り混じった精強な顔つき。ここまで生き残ってきた男たち。

この部下たちを犬死させてはならんのだ。上の都合など言い訳にもならんのだ。

私の心が熱く燃え滾る。

 

 

「すまんが諸君、君たちの命を私にくれ」

 

そして脳裏に浮かぶのは、奴が私と格に言い放ったあの言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私と長野、格は連合艦隊参謀長に呼び出された。どうも挺身部隊の腹が収まらんから説得してくれということらしい。

 

「司令部に籠るだけの連中が何を偉そうに!」

 

格が吠えている。

当たり前だ、やってどうなると言うんだ。大元帥陛下に動かせる艦はないのかと言われたのが、よほど尾を引いたと見える。

だがもうどうにもならんだろう...どうにか出来る時は過ぎたのだ。

 

「一億総特攻のさきがけになって頂きたい」

 

だが参謀長も一歩も引かない。国を亡ぼすつもりか?

正気とは思えないが、眼光の鋭さが増していくのは見て取れる。これだから上層部は嫌いなんだ。

 

「なら、連合艦隊司令部も出てくるのが筋だろう!」

 

格と参謀長が一歩も譲らずにいる。

だというのに私には何の感慨もないのだ、どうとでもなればいい。

そんなことを考えながら隣を見やると、一度も発言をしていなかったあの男がついに口を開き始めたのが分かった。

 

「説得は引き受ける、ただし作戦立案の一部は私の案でやって頂く」

 

何を言っているのだ、この男は?

 

「俺の死に場所が決まったようだ...」

 

格が唖然としている。

私はそうだな...

 

久しぶりに心に火が灯ったように感じている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

柳本大将に呼び出されていた金剛姉様が戻ってきました。ただなにか違和感が...

 

「提督ぅこの国は守る価値があるの...」

 

長野提督が零した言葉、姉様がよく繰り返す言葉。

いつもならこの国は提督のResultデス...守らなきゃ、そんなことを零しながら傷だらけの心で前を向くんですが...

 

「もう分からないデース...」

 

「姉様はいつもおっしゃってるじゃないですか、長野提督の残したものを守らなきゃって」

 

これは不味いです。表情が抜け落ちていきます...

姉様、榛名がいます。絶対に一人にしませんから、どうかその顔を曇らせないでくださいませんか。

 

「提督は永遠に水に浸かってまで、国のために...but!でもこの国は提督を否定するデース...why?」

 

今日は一段とひどく落ち込んでいます。近く、休暇を与えられるせいでしょうか。

何か話を変えないと...

 

「姉様?榛名は今日、F&Mの紅茶を」

 

「Don't Look Back in Anger...ヴァルハラの提督の御足元に」

 

「姉様!それ以上はいけません!」

 

 

 

海ゆかばをなぞらえて虚空を見つめる姉さま。

 

姉様はもう限界です。

 

艦長、いったい榛名はどうすればいいのですか...

 

長野提督、見ていらっしゃるのなら姉様を助けてください...

 

私たちは今この時も、あの南の空の夕焼け雲に囚われたままでいるのです。




海ゆかば 水漬く屍 大君の 辺にこそ死なめ かえりみはせじ


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外伝 鳥海の秘め事

名無しさんから寄稿されたもの第二弾。

ありがとうございます。

史実の艦艇類別等級表では「高雄、愛宕、鳥海、摩耶」の順で並んでおり、書類上では鳥海は3番艦であった可能性がある(近年ウィキペディアの高雄型の項目でもそれを根拠として編集を受けている)。
ただし建造前の仮称名では「第7or第11大型巡洋艦」と摩耶より前で、起工も摩耶よりは早かったが進水は遅かったため(竣工は同日)、鳥海を4番艦と解釈する文献もある。

海軍の書類上だと鳥海が姉、艦これだと摩耶が姉。

ここでは鳥海がお姉さんという事でお願いします。


 

摩耶を連れて私は今、靖国神社にいます。

妹はあまり墓参りなどには熱心でないので私が連れ出せねばと...お節介がすぎますでしょうか?

となりで妹が「姉貴!ちゃっちゃとやって早く帰ろうぜ!」とせっついていますが、顔を見ればいろいろ考えてるのは分かります。やっぱり連れてきて良かったかな?心中でいろいろ相談なさい、摩耶。

 

境内の桜は散り、葉桜になりました。9月も中頃かという時分に咲いていたら狂い咲きもいいところ。

狂い咲いてみたいと思う心もありますが、この葉桜のように心を治めなければ...

度重なっていく出撃、たまに司令部に出仕して分かるのは海軍の高官の汚なさ。

いっそ靖国の桜になんて思いますが、この桜の面倒を見るためにはそのようなことは我慢いたしましょう。

 

「姉貴、聞いてるのかよ!姉貴!」

 

物憂げな私にかかる声、無視しちゃいけませんね。

 

「なんですか?」

 

「不満を聞いてくれるのは嬉しいけどよぉ...ぼうっとしすぎじゃねぇか?」

 

あなたは急ぎすぎなのよ。

記憶に沈むのもまた一興、縁起が悪いかな?沈むなんてね。

 

「いつ来れると分からないんだから摩耶もゆっくりしなさい」

 

「ハイハイ」

 

少し思い出してみるとしますか。

ソロモンなんて面白かったなぁ...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

—鳥海 艦橋

 

サボ島沖北にて作戦会議が行われようとしている。

長野が追撃してくれたおかげで視界はクリアになったんだ、このまま帰投してはならぬ。

 

ドアが開く音がした、見れば参謀長が部屋に入ってくるなり顔を白くする。

 

「げぇっ!長野!」

 

私の思考を邪魔しながら艦内に轟く声。おい参謀長、海軍大学校でさんざん論破された心境は察してやるがそれはないだろう。

敵重巡部隊を破って上がった士気に水を差すんじゃないというんだ、まったく。

 

「参謀長、私の艦で声を荒げないで頂きたい。乗組員が何事かと見ていますよ、海大の時といい…」

 

「艦長、その辺りにせよ。話が始まらん」

 

長官に止められては仕方がない。

頭の中の整理でもするか...

 

艦隊の二分するは二つ。

 

一つ、反転し再突入すれば、米機動部隊に捕捉され航空支援の無い当水上部隊はタコ殴りにされるであろうという意見。

だが俺からすれば勝ち逃げしたいだけに見える。

二つ、反転し敵輸送船団に打撃を与える。今後の飛行場防衛に希望が出てくる選択肢だ。

作戦目標はあくまで輸送船団にあるのだ、俺だけでもやってやる。

 

「ミッドウェーで空母を二隻失っているのだ、航空戦力は侮れん。ここは帰投...」

 

気づけば会議は帰投の方向にまとまろうとしている。ならんぞ、そうはさせるか。

 

「でしたら当艦だけで突入いたします。艦隊司令部はなんなりと移乗されるが良いでしょう。」

 

「貴様、何を言っているか分かっているのか!」

 

いくらでも吠えろ参謀長、俺はやるぞ。

艦内に静けさが戻る、長官が言葉を発しないあたりに単純ならざる境地が見えようという物だ。

 

「ならこちらだけでも行う。沈んでも惜しくない旧式艦なら問題ないでしょう」

 

「はっ?」

 

思わず声に出てしまう、何も言わないと思っていたらここで口を挟むか...長野。

今の奴の上官は、井上中将だったか?たしかその御仁がガダルカナル島の飛行場設営を具申したはず。

まぁ深く考えても仕方あるまい。

 

奴の御墨付き...ここで引けば武官の恥よ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にしても海軍の偉い連中ほんと腐ってんな!」

 

いろいろと思い出しますが、横で摩耶が口を尖らせていますね。

ですが摩耶、海軍にも勇気のある方はいるんですよ。

ねっ!艦長♪

 

「お見合いにでろって言って、面子があれかよ。話になんねーだろ」

 

「摩耶、私が不満を聞いてあげる。でも自分の提督を見つけなさい、私も探しに行こうと思うの」

 

「ちぇっ」

 

 

 

 

機をみてせざるは勇無き事なり

断じて行けば鬼も避ける

 

私、鳥海法師の今生の銘ですよ。

口数の少ない貴方様には思い浮かばない良い文句でしょ長野提督。

 

 




天龍姉妹の第18戦隊司令は
第一次ソロモン海海戦に連れて行ってもらえるまでここで座り込んでやる!
っていうお方でした。
天龍ちゃん、お兄さんは君の芯の強さに期待してるよ?

by名無しさん


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外伝 加賀の夢想

応援ssです。

ありがとうございます。


加賀さんの朝は早い。

出撃の無い日でも「訓練は大事ですから」なんて呟きながら朝食前に弓を番えに遠的場へ。

私もついて行きたいんですけど、なかなか起きれません。早起きは大変です。たまに置いて行かれてしまいます、ごめんなさい。

こんど目覚ましを出港ラッパにしてみましょうか?私たちは艦だから飛び起きれそう...人でも起きますか。

ただ加賀さんは私が起きれるようになるのを待っているみたいですね。寝坊しても怒らないところを見ると。

 

ですが今日は私の方が早く起きました。

同室の加賀さんの寝顔を拝見しましょう。ベッドの脇にしゃがみ込み頬杖ついて、加賀さんのほっぺにツン!

色白でキメの細かい肌ですね...あっまつ毛長い。

 

加賀さん判定士九段の私に掛かれば、加賀さんの考えはお見通しです。

目は口程に物を言う、加賀さんはずばり目で分かります。例えばこの前は、食堂で肉じゃがをじっと見てたのを思い出したので作ってあげました。「美味しいです」の一言しかもらえなかったけど、嬉しそうな目をしてましたね。

 

今日は吐息がいつもより穏やかです。

これはいい夢見てますね。

目を見ずとも分かります。

 

えっ言ってることが違うじゃないかって?

慢心してたみたいです。気をつけるとしますね。

やっぱり人は話さなきゃ分からないですしね、私たちは艦ですけど。今日は何を話して、何を食べに行きましょうか?ねえ加賀さん。

 

今、どんな夢見てるんですか...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うーん、意識がはっきりしません。

はっ私が寝てしまったか...世界がぼんやりとしています。夢の世界へご案内されました。

 

もうちょっとだけ加賀さんの寝顔を見ていたかったんですが仕方がありません。

加賀さんを念じてみましょう。

 

あっ、加賀さんがうっすら見えますよ。何か言っています。

 

 

 

 

「航空爆撃は単縦陣をとり順に降下、前の機の爆弾の着弾をみて修正して」

 

そういえば妖精さんにアドバイスしてました。加賀さんは誰に教わったんでしょうか、私は開戦前の猛訓練を思い出しましたけど加賀さんもそうなのかな?

教えているときの目が優しかったのは教えてくれた人のせいなんでしょう。

 

「かがー、艦戦隊はどーするのー?」

 

「着衣で寒中遠泳してください」

 

私にしか分からない冗談はやめてくれませんか?

ああっ...妖精さんから可哀想な噴水が...乙女の沽券に関わるのでどこからかは言いませんが。

 

 

 

 

「あの人が帰ってくるか...心配でした」

 

加賀さんを置いて、私たちはインド洋に行きました。私がインド洋に行ってた間に加賀さんはどうしてたんですか?

なんて聞いてみれば「艦載機の半分を消耗しました」と自責的に...他にないですかと問えば、あの人がと続いたのを思い出します。

そしてあの人は偵察に出てった人のことかな?

 

「戦果を上げても誇らずに次を見据える。あの人は水平線をじっと見つめて思考していたというのに、五航戦は...」

 

いいじゃないですか喜ぶくらい許してあげても...そもそも加賀さんは戦果よりも損害に目がいきがちな気がします。もっと加賀さんも誇っていいんですよ?

 

 

 

 

「艦長が助けに来てくれたぞ!って盛り上がっていました」

 

これはこの間一緒にご飯を食べた時ですね。記憶の中の乗組員の歓声に「助けに来てくれた時は艦長じゃないですが」って、加賀さんは無表情で訂正してましたね。目は笑っていましたけれど。

 

「あの時小さく視界の片隅に見えた夕張は...あの小さな巡洋艦はどんな弩級戦艦よりも頼もしく思えました」

 

気難しい加賀さんですが夕張さんの言うことは素直に聞いてる気がします。よほど恩義に感じているんでしょうか?

その夕張さんは父島にいるみたいですけど、提督を見つけたんでしょうか?理想がいささか高すぎるように思えましたが。

 

 

 

そういえば無表情ついでに思うのは加賀さんの性格は誰に似たんですか?

無口に無愛想、自他ともに辛めの評価基準。

鎧袖一触とよく口にしますけども、その有言実行のための努力を私は知っています。でも基本は無言実行と言ったほうが良いのかもしれませんが。

 

艦娘の性格は、艦時代にある程度左右される。

誰かが言っていたのを聞いたことがあります。

 

なら加賀さんは...

 

体がゆれました、この夢世界も崩れてしまいます。

無粋なことを言うなと天の思し召しでしょうか。

良いでしょう、呼び起されてあげましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます、赤城さん」

 

「加賀さんおはようございます」

 

結局、加賀さんが私より早く起きてしまいました。悔しいです。

 

「起こしてしまったようですね、赤城さんが起きるのを待ちたかったんですが。寝返りをうった勢いで赤城さんに当ててしまっていたようでごめんなさい」

 

「私こそ勝手にベッドに寄り付いていたのが悪いんです。謝らないでください」

 

加賀さん真面目だなぁ...

待ちたかったですか、加賀さん待つの好きですよね。

空母は艦載機を放ったのなら、後は待つだけですもの。気持ちは分かります。

 

「そういえば加賀さん。随分と夢見心地が良さそうでしたけど、なにかいいもの見れたんですか?」

 

「秘密です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秘密ですか...

加賀さんが夢見ることですか...

 

 

かぼちゃの馬車に乗った魔女の魔法ではなく、鋼鉄の艦載機に乗った妖精さんの不思議な力で

 

甘いマスクの白馬の王子さまではなく、厳しい表情の第2種軍装の艦長に迎えに来て欲しい

 

 

というところじゃないですか?意外と加賀さんは乙女チックなのでこのくらいは思ってそうです。

私には儚く思えますが、加賀さんはずっと待っていますからね。

 

私たちは艦です。艦が夢を見るのですから儚いなんてことにはならないと信じて、赤城さんは加賀さんを見守りましょう。

 

 

 

 

 

「赤城さん、私の顔になにかついてますか?そこまでじっと見られると恥ずかしいです」

 

本当に無表情ですね…自信がなくなってきました。



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外伝 阿武隈の推奨

応援ssです。

ダンケダンケ。


横須賀鎮守府からの応援要請が解除されて休暇中です。ウルトラハッピーです!

でも休暇の知らせを伝えた途端に潮ちゃんから相談されました。なんでも、妖精さんがうるさいらしいのです。

 

「スゴイ ギョウザ ヨンダ」

 

「シンウチ ハ イチゴ」

 

「コレ デ ダイヤ モ カガヤクノダー」

 

うんちょっと意味が分からない...

何が言いたいのかあたしには分かりません。

 

そんな気まぐれな妖精さんたちは置いておいて、あたしは見たい映画があるのです。潮ちゃんごめんね。

夕張さんに貸して貰ったのに見てないあの映画をね...

当の夕張さんは主演の役者がかっこよくない!本物の方が万倍かっこいいのに!ってぶう垂れてましたが暇さえあればその映画をパソコンで見てたので面白いんでしょう。

 

映画の主役は長野壱業提督。

あたしはあまり知らないんですよね。一水戦旗艦で真珠湾に行った時のお見送りくらいかなぁ...大分遠目だったけど。

それで潮ちゃんにどんな人か聞いたら、あまりそのことは話したくないんです...ってはっきりと断られちゃったの。気弱な潮ちゃんとは思えなかったなぁ。

現状を考えれば気持ちは分かるんだけど。

 

潮ちゃんが少し気落ちしてたので思い出したけど、さっき見かけた金剛さんはどうしたの?

やたら早足で通りすがっていったけど般若みたいで...金剛力士像?

なぜそうなったかは予想がついてイヤ。

榛名さん伝手に「月やあらぬ海や昔の海ならぬ我が身ひとつはもとの身にして」なんて詠んでたって聞けば、不味さが分かるよ...

誰か返歌つけてください、お願いするから。

 

話がそれたね。結論、長野提督はよく分かりません。

でも同期の人があたしで艦長やってたんですよ、知ってます?

特に渋谷くんとの思い出が強いです。

長野提督が艦長に手紙をくれたことがあったり...

 

 

 

 

 

 

あれは幌筵島でまだ作戦を練っていた時、艦長室で主計長から受け取った自分宛の手紙を読んでいた渋谷くんをショーフクさんが訪ねたんだっけ。

手紙の方の差出人は長野提督で内容は妹さんにビーフシチューを作ってやりたいとか、長野商会で水エタノール噴射装置の目処が立ったとかなんとかで普通みたいでした。

 

ただ読んでる渋谷くんの顔つきが訝しんできたんですよね...

なんでもショーフクさんに伝言を頼んだみたい。

 

人事を尽くして天命を待たれよ、必ず助くるのであるからして忍耐が肝要である

 

これを見た渋谷くんはよく分からなかったみたいで考え込みました。

それこそ目の前に来ていたショーフクさんに気づかないほどに...

視線に気づいた瞬間、慌てて小さく頭を下げる渋谷くん。もう司令の顔忘れたのかと思ったじゃない。

 

そんな渋谷くんを尻目にショーフクさんは将棋をやろうじゃないかと声をかけます。

でも渋谷くんは伝言を慌てて口走る訳でした。

そしてショーフクさんは不思議そうな表情をしたと思えば、次の瞬間にはああ、得心したよとそれだけ言って終わり。あたしにはさっぱりですっ!

名将は通じ合う物があるんでしょうか?

 

自分だけが分からないのではつまらないと思った渋谷くんはショーフクさんにどういう意味ですかと問いかけたんだけど...

ショーフクさんはニヤリと笑って将棋を指せば分かるさと返します。

渋谷くんはますます怪訝な思いを深めます。艦長!あたしの力が必要なのね!いや、あたしもよく分からないけど...

 

結局流されて将棋が始まりました。パチパチと音を立てながら局面が進みます。

当時は分からなかったけど、角換わり相腰掛銀という戦型だったみたいです。

 

ショーフクさんが棋は対話なりなどと言いながら指してたんだけど、対する渋谷くんはハイと力なく返すばかり…

そして指し手のペースが落ちてきてそろそろ激しくなるかという時。

ショーフクさんは不思議な手を指しました。王様を1マス横にずらしただけという、ほとんど一手パスと言って良い手を...

 

当時、将棋を良く知らないあたしも不思議に思ったくらいだから渋谷くんはもっと不思議だったでしょう。

攻める手でもなく守る手でもなく、ただ王様を守り駒から遠ざけたんだから。

 

目を瞬かせた後、血気盛んにショーフクさんを攻めたてました。

歩を突き出し銀をぶつけて、桂を跳ねて香車を走らせて、打ち付けた角や自陣飛車さえ切ってまで。

 

顔を真っ赤にして攻める渋谷くん、ショーフクさんは穏やかな手つき、表情のままで数十手続きました。

 

気づいたら渋谷くんが攻めに使っていたほとんどの駒はショーフクさんの駒台の上でした。

攻めの一番の目標であるショーフクさんの王様は右下の隅まで来てしまってます...

 

それに気づいて項垂れる渋谷くん。不思議な将棋でした。でも渋谷くんどうこうよりも、この将棋と手紙の内容は関係あるの?

 

「キスカの敵を討つのではないぞ、キスカの陸さんを連れ帰りに行くんだ。何も攻める必要はないんだ、自分に取って都合のいい状況を作る努力をしろってことだろう。5二玉の意味を考えたまえ」

 

ショーフクさんがまるで生徒に言うように艦長に説いていました。

でも長野提督の言いたいことってなんだろう?

渋谷くんはそういうことですかって呟いて考えてたけど、ヒントになってるのこれ?

 

あたしがショーフクさんの言葉の意味を理解したのは二度目の出撃の後でした。

一手パスしたのは、指す手がないならじっと辛抱することだっていうのね!

渋谷くんの攻め駒がごとく空のキスカ島という駒台に集まる米軍、ギリギリの受けで躱しきったショーフクさんの王様のように米軍の警戒を掻い潜った帝國海軍。

 

一度目の出撃での帰投という一手パスをしてまで場を整える剛胆さを見せたショーフクさんもだけど、これを予期していた長野提督もすごいよね!まさか天佑神助のお告げを渋谷くんにしてたとは思わなかったです!

さすが戦神様?神社があるなら祈願したいくらいです。

 

そんな長野提督の映画、見てみるよ!

 

ところでアタシも長野提督みたいな提督欲s...でも素敵なカイゼル髭も捨てがたいかも。

どうしましょう?渋谷くんも悪くなかったし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

複雑な気分にさせる映画ですね...

艦だったあたしの知らない部分が多々あって考え込んでしまいます。とくに捷号作戦から先のことはあまり知らないから。

 

でもあたしの副長をやったことのある松田くんが出てきたときにはちょっと嬉しかったり...

大和さんの沖縄までの燃料を松田くんが連れ帰った伊勢さんたちから抜き取ってなんとかしたみたいだけど、移しているときに大和さんの艦長に松田くんが詰め寄ってました。

艦長が松田くんの一年後輩もあってか剣幕が尋常じゃなかったなぁ。

俺は今でも反対だ、だがそれでも長野がやると言うから油を掬ってるんだ。いいか、長野の艦隊を無駄にするんじゃないぞ。そう熱くなってるシーンはこみ上げるものがあるの。

あれだけ理知的だった松田くんが感情を露わにしてるんだもの。

 

ただこの話には面白いオチがあったみたい。

なんでもこの後、長野提督が輸送船団を連れ帰る奇跡が起きて、成功を期待していなかった連合艦隊司令部は腰を抜かしたみたいです。

第2艦隊の燃料をなんとか工面したと思ったら、望外の重油が手に入ったんだもの...

生きて帰ってくるはずはないと思って長野プランを省いた沖縄の挺身部隊の作戦を練ってたなんて話があるくらいだしね。

その点、松田くんは自分の経験から長野提督の帰還を微塵も疑ってないというのが光るでしょ。さすがです!ほんとにね。

 

その松田くんは戦後、長野提督の妹さんを手伝ってたみたいですね、井上さんも長野提督の学校の語学の授業を受け持ったって鹿島さん言ってたっけ。

あとあたし的には一水戦はどうなってたやら...聞きたいような聞きたくないような、みんな言うこと聞いてたよね?

まぁあんまり映画に関係ないけどね。

 

あとは大和さんの艦長は同期の二水戦司令に相談に行ったりしてたよ。

そうそう、戦争映画って派手になるまで長いしね。色々背景があったのを確認できたかな?

なぜ沖縄を目指したのか...何の為か知ってもらわないといけないから。

 

それで俺は入学が一年遅れてるから長野さんとは同期みたいなもんだ、階級も一緒だから俺が着いて行ってやる。本人に会えばいいじゃないかって、相談された司令が大和さんの艦長連れて会いに行ったりも。

艦長の実家は金物屋だそうだが、大和はただでかいだけの金物だろうに...お前ならなんとかできるだろう、と江田島の頃から聞いたことのない長野提督の冗談に二人は愕然としてましたね。

いつも無愛想な先輩が微笑んでるもんだから覚悟の程を思い知らされてね。もうね...

 

いろんな小話ありつつ、後に待ち受けるのは壮大な海戦シーン。

あそこまで再現できるっていうのは協賛の長野グループがすごいってことなのかな?

...でもCMのお味噌汁のお豆腐からジェットの旅客機までってどういうことなの?

 

 

 

 

 

 

でもこんな素晴らしい映画があってなんでこんな世相なんですか?

 

ある人は言います。

 

 

 

 

 

 

「奴は開戦前、対米強硬派の末次と連んでいた。海兵の一期後輩の博義王を通して総長の伏見宮に接近してたであろうし、東郷元帥の権威をそいで強硬派の総長にその権威を一本化させている。そして伏見宮と山本長官に2年はやれると吹き込んだ元凶に違いないんだ。奴があの悍ましい頭の回転の良さで開戦を陰で後押ししていたんだ」

 

「待ち焦がれた戦争を起こして好き勝手やって死んだんだ、さぞ幸せだっただろう。勝てもしない戦争で残される人間のことを気にせずにな」

 

一介の海軍大佐に何が出来るって言うんですか?

今わの際にバルキリーを願う人間が国際協調主義だったって考えないんですか?

どれだけあの人たちが踏ん張って...何を思って...

左に吹かれて赤旗に靡く人たちがいます。

 

 

 

 

 

 

「ソ連を破った北方艦隊があった、温存していた空母を主軸にした航空戦力があった、坊の岬で勝てるだけの第2艦隊があった。核爆弾とそれを運ぶ長距離爆撃機も作った。それなのにあのような不平等な講和を仕組むなど、政治的センスが欠けた現場止まりの野蛮人は...」

 

「勝てはせずとももっとやれただろう、だが負けに等しい屈辱を奴は国に擦り付けたんだ。」

 

空母があっても搭乗員はどこから連れてくるんですか?

艦隊があっても動かす重油はどこから取れるんですか?

あの人たちが渡り切った綱がどれだけ細かったと...

なにも知らない人たちが賢し気に、右に傾いた妄言を吐いています。

 

 

 

極々一部とはいえ、アタシでもムカつく...

 

潮ちゃんが悲し気に閉口するのも仕方がないです。

 

すれ違った金剛さんが怒気を孕んだ無機質な眼差しをしていたのも仕方がないです。

 

 

 

映画はこんなにも面白いのに、なんて面白くないところにアタシはいるの?

 

ちょっと困ります。

 

これをみんなが見てくれたら少しは変わるのかな...




寄稿主さんからの補足

本編の方でホモ船団のお話がありましたが、第2艦隊の燃料はその船団からではないという解釈で史実の話を取り入れてます。
具体的に言いますとホモ船団に対して期待の無かったGF司令部は肝いりの菊水作戦に向けて、出撃した苺提督を待たずにその準備を始めたという解釈です。つまり阿賀野とゆくホモ船団の旅の最中に燃料の工面などを終えていたのに、帰って来やがってチクショーという感じ。

またついでにはなりますが、金剛姉様のそれは

提督が歌いながら見上げた月は無く、提督の元で駆けた海は無く、海や月は変わってしまったのに私だけはあの頃ままに残されている。提督も変わってしまったのだろうか?(提督はもう、どこにもいないのだろうか?)

ぐらいの塩梅でございます。

苺さんは30年前後かけてたしかなことをアレンジしてますし、金剛もGF旗艦の経験ありでの従軍の長い武勲艦ですからこういう教養は事欠かないのではないかなと勝手ながら邪推しております。
春でないのは仕様です、念のため(義が機になっているのも仕様です
ただ、児戯に等しい言葉遊びにございますので、どうぞお構いなくお願い申し上げます。

ここまでお目通し頂きありがとうございました。


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外伝 鳳翔の追求

寄稿されたものです。

寄稿ありがとうございます。


 

江田島の教官任務が下りまして着任前に余暇を頂きました、と言いましても既にその残りも僅かです。

教官の任につくことをお礼奉公なんて言ったりしますが、艦娘が言うのは変でしょうかね。ともかくパインにまで行って色々と伺い、物耽っているうちに明日には横須賀から発つ身になりました。我ながら未練がましく悶々とするばかりです。

 

...パインに行ったと言ってもどこに行ったのか分かりにくいですね。

パインというのも料亭の小松のことになります。海軍の隠語は横文字がとても多く、これもまた一つ。敵性言語を使っていいのかと疑問を抱く方もいるやもしれません。ですが世界を相手に活躍すべき海軍士官が英語の一つも出来ないというのも情けない訳ですからそうなるのも自然の理でしょうか?

海軍独特の言い回しと言えば、なんでもない様にすることをシレっとするなんて言ったりします。あとは願いますでしょうか?お願いしますと言ってしまえば娑婆っ気が...となってしまったこともあるのでなんとも言えないところです。

 

話がそれましたね。

料亭小松はその時々の大物海軍軍人が足を運んだ老舗の名店です。

揮毫をした方々も錚々たる顔ぶれ。山本大将、米内大将、鈴木貫太郎大将といった私がその活躍を知る方々や、東郷元帥、上村彦之亟大将といった大先輩の方々までに及びます。

そんなお店ですから秘密の会合なども多く、下手な水兵よりも芸者さん達の方が裏事情に詳しいなんてこともあったみたいですね。

 

実は私はビーフシチューのコツを訊きに行ってきたんです、なんでも長野提督がここで隠し味を尋ねたらしくて。私で料理の腕を研鑚していた後もいろいろと研究していたらしくて。それとお礼に揮毫したとも聞いたのでそれも目的ではありましたが。

 

ただ長野提督も揮毫をされたはずですのに飾られていないのは何事でしょうか?

訊けば内容に問題があったと言われ、見てみれば分からなくもないですが今一つ納得がいきません。

 

盛者必衰の理なれど 限りを尽くせと 願い居候

 

色々と解釈が生まれたとのことで、一方は神風特別攻撃についてだと思われたそうです。

栄える限りを尽くす、つまりは衰える前に美しく散ることを望むという風に取られた方がいるそうで。つまり海軍の栄華の最後の花を添えよと想像したと。

揚げ足を取ってでも特攻推進派にしたかったのでしょうか?

 

もう一方は、こちらも衰えが始まる前に栄える限りを尽くす、戦争が始まるまでに利権を確保するべきであったという風に見る向きだそうですね。

それが大陸の満州や中国のマーケットの確保のことなのか、大東亜共栄圏の推進なのかと色々妄想されているみたいです。

ですが人の政治信条にごちゃついた妄言を塗るのは如何なものでしょう。

 

いろいろと煩く言われた結果として飾られなくなってしまったと口惜しそうな女将に謝らせてしまったのは申し訳なく思いますが、私が無情な気分になるのを止めることは無いでしょう。

それに私にはまったく別の意味がみえていますし。

 

 

 

私や金剛さんに乗っていた主計さんは晩年に興味深いことをおっしゃっていたというのに無粋な人がいるのを残念に思います。

 

罪ありし 必死かけるは なればこそ その身任すは 戦乙女か

 

文屋の人と将棋を指していた時に漏らされたそうで、長野提督の最後を訊かれての返答であった様です。

 

そのままの意味で取るならば、前半は戦争の勝ち負けは軍人のせいであり負け戦で生き残るわけにはいかないといったところでしょうか?

軍艦を女性に例えるのであれば、武勲艦金剛は戦乙女と言えるでしょう。後半部分は沈みゆく金剛に身を任せるということになると思います。

主計さんには自責に駆られ、死を選んだように見えたと。

 

ですが将棋の最中に零されたことを考えると、罪は詰みに必死は必至の掛詞とも取れますね。

そうすると前半は勝ちがあるからこそ勝ちに出たのである。

後半は北欧神話通りに意味を取ればバルキリーに身を委ねて戦士の列に加わるということになりますか、死後も戦う腹積もりに見えていたと。

つまりは提督は勝算が那由他に一つでもあるならば勝ちに出る、死した後も。

主計さんには七生報国の護国の神にそう見えたとも。

 

と長野提督に対する思いとも見れるわけですが、主計さんが持つ思いとして見れば違う見方も出来るのではないかと思います。

詰みありしを主計さんの玉の詰みと酌めば、長野提督の死があるならば供するべきだったということに。

本当に降りるべきだったのかに自答できずにいたともみえますね。中々趣き深いですが、それ以上に目につくのは誰もが自分を責めていることでしょうか。

 

 

 

脱線もいいところですが思います。

このように詩の心があった人がいれば、一方で長野提督の揮毫にケチを付ける方がいるのは度し難いのです。

 

揮毫の本当の意味はどこにあったのかは、そのヒントは女将の話にあったと私は思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれはトラックに出張店舗を持っていた時の話になるね。

大女将が井上さんの、下士官の娯楽が少ないからトラックまで来てくれないかって話を受けてやっていたんだけどね...

ある時、井上さんが長野さんを連れて食事しに来たんだよ。なんでも俺が飛行場の設営を具申したせいで、それが取り合いになった。結局、大活躍だった長野に尻拭いをさせる形になってしまったお礼だとかで。

 

予算はいくらで旨い飯をくれって言われてだね、おい長野、何が食いたい?って聞いてたさ。長野さんはビーフシチューでもどうかと返してたね。

結構覚えてるもんさね...あの頃は井上さんも長野さんも芸者にモテてね、二人とも仏頂面下げていたけどもなかなかに美丈夫でね。気遣い心遣いも確かに感じられたもんだから当時は若い私らはみんな渋いおじ様に首ったけだったよ。

まぁ本人たちはあんまり脈が無さそうな風であったがね。井上さんは亡くなった奥様、長野さんは決めた女が透けて見える気がしたかな。

 

誰だったかがからかってみてはどうかなんて言い始めたから、今思えば失礼なことを言った娘もいたもんさ。

長野さんはつれませんね、今日ここまで来るのにサラソウジュを見てきたんです。長野さんはその木の下まで行かれたんじゃないかなんて思ってしまいましたよ?

まぁ悟りでも開かれたんですかと言いたかったんだろうけど、死んでるんじゃないですかとも取れる訳だから失礼千万もいいとこだったかな。

まっ言われた本人はしょげていたから面白かったがね。意外と可愛いところがあるなんて私らは思ってたよ。

 

で、井上さんもなかなか洒落っ気のあった人でね。

食事中に司令部に対して怒っていたんだけど言葉がまた面白くてね、馬鹿がボレロを振ろうするから失敗するんだってお冠になってね。

なんでも気に入っていた軍艦の比叡だったかが沈んだのがお気に召さなかったらしいんだよ。

 

ボレロはラヴェルって作曲家の曲で、同じフレーズを繰り返すもんだから綺麗に鳴らさないと無様になる難しい曲なんだってね。一度上手くいった、それだけで同じ作戦を繰り返すなんていうのはどうかっていうことを言いたかったみたいさ。お堅い人だったけど、洒落のセンスは確かにあったよ。海外勤務が長かったのがこの辺に出てるのかね。

 

偉い人のことはよく分からないけど、長野さんも怒っていたっけね。

西田が予備役に突っ込まれるのは我慢ならんから、井上さんからも長官宛に一筆願いたいなんて相談されてたね。結局、干されてしまって努力の甲斐もなく残念だったがね。

 

そんなこんなでお二人が喋ってたもんだから、こっち惚けていたら急に長野さんが仰るんだ。

このビーフシチューに隠し味はあったりするのかって。うちの味がお気に召したらしくて自分でも作りたいんだと。ハンサムで料理も上手いときたらそりゃモテもするよ。やっぱり色男だね、長野さんは。

 

うちのは赤ワインに潰したトマト、別に用意したデミグラスソースと牛肉に野菜が一通り...変わったものと言えば赤味噌くらいですかなんて返せば、いつもの不機嫌面が変わってねぇ。食いつきが良いもんだからそんなこと聞いてどうするんですか?って聞いたんだ。そしたら礼に一筆書くし良いから頼む、どのくらい入れるんだってね。

後で分かったんだけど妹さんに作りたかったみたいさ。お国のために戦う人も、戦場を離れればただのお兄さんと思ったよ。

 

ただね、サラソウジュなんてからかった娘はトラック空襲で亡くなっちまったよ。後で井上さんが手をついてくれちゃいるけど、そういうことじゃない。

その娘も長野さんも死ななきゃいけない理由なんてなかっただろうに...

 

戦争なんて碌なもんじゃないよ、本当に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの人の得意料理を一つ作れないのはつまらない女と思い訪れてみれば、また一つあの人の誤解を知ることになりました。

 

サラソウジュと言われて盛者必衰ということは読みはセイジャヒッスイのつもりだったんでしょう。実は盛と生で掛けてあって、意味としては...

 

人はどうせ老いて衰えるのであれば、衰えの限りを尽くせと願いたい。これくらいになるんでしょうか?

妹さんに往生して欲しい、長生きして欲しいと思って書いたのでしょう。結局あの人が欲しかったのは妹さんが安心して暮らせる国だったんでしょう。皆が武士道とは死ぬことと見つけたりと言わんばかりに散っていったのは、そんな小さなことを願っていたからです。誰も大義なんて気にしてないんですよ、それを上の人たちは...

 

誤解と言えば、散る桜残る桜も散る桜も誤解されていますね。

過去と現在と未来。散った輩を見て、自らが散るまでに何を為すべきだろうかと詠った句のはずです。

如何に散るかではなく、如何に咲き誇るか。

 

私は未だ、長野提督を推し量れないでいます。

 

明らかにできないでいるから、諦められないでいるのでしょうか?

 

明らめられないからこそ、こうやってビーフシチュー一つに拘っているんでしょうね。




最後の一行

明らめられないからこそ、

の部分は誤字にあらず。


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終戦記念日特別企画〜東京裁判の真実・連合国の罪〜

名無之助さんより寄稿していただきました。

ありがとうございます。


「皆さんこんばんは、司会の船越です。終戦記念日特別企画と題しまして、戦後7○周年記念二時間SPでお送りします。太平洋戦争終結後の東京裁判において、大日本帝国海軍の一人の提督がA級戦犯として裁かれます……その提督の名は、長野壱業海軍少将…映画でも語られ、沖縄沖にて壮絶な最期を遂げたその人だったのです」

 

長野壱業海軍少将は、連合国によりA級戦犯として裁かれた。

 

しかも彼は、他のA級戦犯とは段違いの苛烈な裁きを受けることとなる。

 

それは、他のA級戦犯は靖国に合祀され、慰霊されたのに対し、彼のみが靖国への合祀はおろか、戦死者慰霊碑に名を刻む事すら許されず、一時的にはその墓を作る事すら許されないような状況となったのである。

 

「しかし、その状況に待ったをかけた人物が現れるのです。その人物の名は、のちに国際連合国際法委員長や仲裁裁判所裁判官を歴任する、インドから判事として東京裁判に派遣されたラダ・ビノード・パール判事その人でした」

 

パール判事は、東京裁判において、連合国側が主張する平和、人道に反する罪は事後法であり、事後法を用い裁くことは出来ないと主張し、特に、長野壱業海軍少将に関しては、その罪状に対し、全てにおいて疑問を抱きます。

 

彼は、その疑問を晴らすために、まずは彼を知る人物たちから話を聞く事にします。

 

彼は、長野壱業海軍少将の部下だった人物たちとの接触に成功し、様々な証言を得ることとなります。

 

「長野提督の元部下たちへの聞き取りを続けるパール判事でしたが、それにより彼の連合国に対する疑念は大きくなって行くのです。そして、彼が連合国に対しある種の確信を持つきっかけとなる証言を得る事になるのです」

 

パール判事は、長野壱業海軍少将の元部下たち以外に、長野提督により撃沈されたとされる病院船の生存者達を探し、そのうち数人から証言を得ることができました。

 

パール判事はその証言に衝撃を受け、連合国に対する疑念は、疑念ではなく嫌悪と確信に変わります。

 

曰く、臨検に日本兵が病院船に乗り込んで来たが、日本兵は丁寧だった。曰く、攻撃を受けた時、臨検に来た日本兵がまだ船内にいた。曰く、臨検に来て船内にいた日本兵が庇ってくれたから生還できた。

 

などの証言と、病院船の副長だった人物が証言したことが、連合国側の主張と明らかに違っていた点である。

 

病院船の副長だった人物は、「あの攻撃は、日本の艦からではなかった。明らかに潜水艦による攻撃を受け、船は沈み、日本軍は、救助に動いてくれた」そう証言したのである。

 

「しかし、連合国側の判事達はそれらの証言を日本側に脅されての証言だと断じて封殺し、パール判事の言葉も半ば無視するようになります」

 

パール判事は、既に状況が覆らないことをさとり、自身の無力を嘆き、長野提督の家族に無実の罪で長野壱業提督を裁くことを止める事が出来なかったことを詫びようとします。

 

そんな彼の耳に、彼に証言をしてくれた人物たちが励ましの言葉を送って来たのです。

 

パール判事は、彼らの言葉『私達は貴方と共にある』と言う言葉に勇気付けられ、戦う事を決意します。

 

「パール判事が奮闘している時、日本国内では、長野提督が戦犯として裁かれることに対し不満を持つ者たちが過激な手段に出る危険性が高まって来ており、日に日に緊張感が増して来ていたのであります、そんな中、パール判事は戦い続け、ある事を連合国側に了承させる事に成功しました」

 

パール判事は、長野提督の罪状が連合国側の自作自演、又は、憶測でしかない事をあげ法廷で他の連合国判事達と論戦を繰り広げます。

 

パール判事の主張は、病院船撃沈の不自然性にも言及され、他にも、沖縄でも民間人等含む無差別な攻撃についても追求し、連合国判事達に対し長野提督の無罪を認める様迫ります。

 

しかし、アメリカを筆頭に連合国判事はそれを拒否し、長野提督をA級戦犯とし、戦争を主導した張本人だとして裁こうとしたのです。

 

それを知ったパール判事は別の方向から判事達を説き伏せ様と様々な手を尽くします。

 

「しかし、彼の奮闘も身を結ぶことはなく…長野壱業提督は連合国によりA級戦犯として裁かれてしまいます」

 

長野壱業少将がその様な扱いを受けていることを知った者たちの中には、収容所に収監されている日本兵たちも含まれていました。

 

収容所の日本兵達は長野壱業少将の扱いに激怒します。

 

しかし彼らは、収容所に収監されている身であり、行動を起こすことは出来ませんでした。

 

「長野少将を裁いた東京裁判は、長野少将が罪を犯したと決めつけ、長野少将は無罪だと主張するあらゆる証言、証拠が無視されたまさに偽善とすらも言えない様な醜悪な場であったと言えるのです」

 

この裁判ののち、裁判に参加した裁判官の幾人かが不審な死を遂げました。

 

しかし、これらの出来事は報じられる事なく闇に葬られます。

 

一説には連合国による口封じとの説、元日本兵達による暴挙など様々に説が唱えられています。

 

「言ってみれば東京裁判は、連合国による集団リンチでありました。死者を嬲る様なこの行いは、たとえ謝罪したとしても無かった事にはなりません。それだけ連合国は重い罪を犯したのです」

 

アメリカの公式謝罪の後、長野壱業少将の慰霊碑が沖縄にある戦艦金剛の艦橋を象ったモニュメントの側に建立され、完成式には10万を越す沖縄県内外の市民が集まり、長野壱業少将の慰霊碑に黙祷を捧げました。

 

東京裁判の判事だったパール判事は、自身の著書で、東京裁判は連合国の自己満足のために一人の人間の名誉を陥れ、蹂躙した史上最悪の裁判だった。

と評し、その息子が、慰霊碑の完成式に参加し、黙祷を捧げました。

 

「ここまで視聴していただきありがとうございました」

 

 

東京裁判の後、長野壱業少将の家族は、長野少将の名誉を回復させるため奮闘し、世界に誇る大企業を作り上げます。

 

長野少将が築いた人脈を駆使し、あらゆる産業に参加し、今や日本最大のグループ企業となった長野グループ…その根幹にあるのは、長野壱業と言う一人の人間に対する創業者達の想いだったのかもしれません…。

 

 

番組の最後にプレゼントのお知らせです。

 

映画 水平線のダイヤのDVDを番組観たとホームページに投稿で、抽選で100人様にプレゼント。

 

さらに、劇場版宇宙戦艦コンゴウのチケットを300名の方にプレゼント‼︎

 

ホームページはこちらから!

 

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この番組は長野グループとご覧のスポンサーの提供でお送り致しました。

 

スポンサー

 

宇宙戦艦コンゴウ製作委員会

 

○宝映画

 

長野出版

 

日本退役軍人協会

 

 

 

 

「さて、寝よう……なんだよ宇宙戦艦コンゴウとか……」

 

 

そう言って一人の男がテレビを消し、ふて寝するのだった。

 

ちなみに、宇宙戦艦コンゴウは面白かったらしい……金剛は悶絶していた。




補足として、宇宙戦艦コンゴウは、某宇宙戦艦顔負けの活躍してます。

詳しく言うと、イスカンダル○行くまでのついでとばかりに彗星一つ葬ってます。




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~愚直に、心のままに~

ayasaklさんより寄稿いただきました。

ありがとうございます。



 

~愚直に、心のままに~

 

「ひいばあのお兄ちゃんって、どんな人だったの?」

 新緑の季節、心地の良い風を体で感じるために、縁側でお茶を飲んでいる時。

 今年10歳になった曾孫の百合恵が、唐突に聞いてきた。

「百合恵、突然どうしたんだい?」

「漫画でね、ひいばあのお兄ちゃんが出てたの。とってもかっこよかったんだけど、お兄ちゃんのこと良く知らないから」

 ……故人とはいえ、兄様を題材にするなど言語道断と思ってしまうこともあった。

 しかし、異性から見れば兄様に対して憧れの感情を抱いてしまうのは、理解できるので、よほど酷い解釈をされていない限りは、黙認している。

「そうさねえ、一言では言い表せないほどあるけど、本当に一言だけで言うなら」

 百合恵が私の言葉を聞き漏らさないように、少し身を寄せてくる。

「真っ直ぐな人……だよ」

 あの先の見えない時代の中で、一生懸命に戦った兄様の事を。

 これからの時代を生きていく百合恵に、兄様がまだ見ぬ未来に生まれる子供たちの為に戦ったということを少しでも覚えてほしいから、私は百合恵に語ろう。

 

 

 私と兄様は親子ほど歳の離れた兄弟だった。

 物心ついた時には、既に兄様は平凡だった実家の豆腐屋を、どんどん発展させて大企業を超える勢いで成長させていた。

 そして父様は経営に関しては兄様の提案をいつも無条件に受け入れるほどで、その実現の為に必死になって働いていたものさ。

 その時は父様より兄様のほうが偉いのか? と考えてしまったこともあったけど、父様は兄様の事を本当に誇りに思っていたよ。

 当時は食べ物さえ碌に手に入らなくて、生きるために娘を売らなければ死んでしまう家庭も多かった。

 そんな故郷を救うために、兄様は儲けた利益を惜しげもなく、故郷に投資していた。違うか、経済を活性化させるために儲けようとしていたというのが正解かね。

 貧困で苦しむのは、食べ物・お金・働く場所が無いからだ。

 そのために投資をして、働ける場所を増やすことが故郷を豊かにすることに繋がり、結果として人が優しくなれるんだ。

 父様も兄様の根っこにあるものを理解していたからこそ、その実現の為に奔走していたんだろうね。

 そんな兄様も常に様々な事を考えては、その実現のために寝る間も惜しんで動いていたけど、いかに兄様でも体は一つだからね。

 当時はいつ倒れるかわからないから、休めって父様に何度も言われていたよ。

 まあ、私にとってはその時が一番幸せな時間だったよ。何せ兄様が私だけをかまってくれる唯一の時間で、兄様と遊ぶのが何よりも楽しかった。

 それに兄様は普段から親しい人でも緊張させるほどの雰囲気があったけど、私と接するその間は雰囲気が和らいでいたから、子供心に特別扱いされている気分だったよ。

 でも、時が経つほど兄様の行動範囲はどんどん広がっていった。海外から生活に困窮している技術者を雇い、共感できる政治家と関わり、足並みを揃えてくれる企業と接する。

 今思えば、兄様は軍人なんて階級が低ければ、発言権も無く大局を動かすことも出来ないと若いころから理解していたからこそ、お金の力を正しい方向に使うことで、日本を動かそうとしていたのさ。

 そのおかげでどれだけの人が救われたか……。

 勿論、兄様の考えに賛同してくれた人達の力もあったからこそだけど。

 そうして……あの戦争が始まった。

 その頃の新聞は余りにも酷かった。

 都合のいい事ばかりを並べ立てて、痛い腹は常に隠していたのさ。まあ、時代といえば時代のせいさ。

 今と比べれば、個人の意志や命の重さなんて、日本の為なら命を捨てるのは当たり前というのが思想だったから……。

 でもね、心の奥底では家族が無事に帰ってきますように。兵士となった父様・兄様・弟・息子が五体満足で笑って帰ってきますようにと。

 そんな気持ちで家族は送り出していたんだ。

 だけど戦争が長引けば長引くほど、察するものさ。物資が減って配給制に、赤紙による徴兵・新聞の情報は抽象的に書かれていく。

 ただ、その中でも兄様が新聞に載った時はお祭り騒ぎだった。

 アメリカの軍艦を何隻も沈めて、策略を見抜き、味方を助けて、功績を重ねていく。

 その頃の兄様は日本の誉れとして、憧れどころか本当に拝まれていたよ。とはいっても兄様は自分の功績なんて、自慢するような人じゃなかったから、いつも通りにしていたよ。

 そんな中、休暇で帰ってきたときにはね。私にビーフシチューを食べさせてくれたことがあったんだ。

 その時の味はずっと覚えているよ。兄様が私に食べさせたくて、料亭で教わってまでして振舞ってくれたんだからね。

 男子厨房に入らずという言葉が当たり前の時代で、家事は女の仕事・男は外に出れば七人の敵がいるというのに、兄様にとっては男女のそういった垣根なんて関係なかったのさ。

 でも私にとっては兄様が私の事を想って、自分の大切な時間を使ってくれたことが嬉しかった。海軍少将だとか大企業を動かす人物とかじゃない、私の大事な大好きな兄様と一緒の時間を過ごせることが幸せだったんだ。

 それとね、兄様は感情を顔に出すことはなかったけど、本当は感情豊かで家族にしかわからない変化もあった。いつだったか父様と結託して私を嫁には行かせない協定を結んでいたって聞いたときは、笑うと同時に、心の底から愛してくれていたことが嬉しくて泣いてしまったよ。

 そして家族だからこそ兄様が数か月に一度帰ってくるたびに、憔悴していくのが悔しかった。

 兄様は日本を守るために、散っていった戦友たちの為に、ここにいる私たちを守るために、全身全霊を賭けて戦っていた。

 同時に誰よりも先を見ていたからこそ、巷で長野文書と呼ばれるものも書き上げていた。

 自分が亡くなった後も、日本の将来を案じて、日本に住む人達を少しでも救うために。

 あの戦後復興基金も戦災孤児基金も、兄様がいたからこそ出来たこと……。

 百合恵、今のお前には全部一度に理解しなくてもいい。兄様の人生は人間として誇らしく生きていけるということだけでも覚えておいてほしい。

 故郷を愛し、家族を愛し、隣人を愛し、国を愛し、お天道様に恥じることなく真っ直ぐに生きていく。それを兄様はどんな窮地に陥っても貫いて、生きてきたってことを。

 

 

 そう言って笑いながら、ひいばあが私の頭を優しく撫でてくれたことを思い出す。

 幼い頃、縁側で語ってくれた長野壱業さんのこと。

 久しぶりの休暇で実家に帰った私は、壱業さんが書き記した本などがある書斎に、少しでも現状を打開できる方法が無いかと思って入室した。

 あれから私は壱業さんに憧れ、海軍へ入隊する道を選んだのだ。

 そして同時に、真っ直ぐに生きていくことの難しさを学んだのだ。

 自分の利益・地位・欲望のためなら、人をどれだけ傷つけることさえも平気で行える人がいた。

儘ならない現状に疲れて、頑張ることをやめていった人たちもいた。

他人から見れば報われているのに、自ら不幸になる道を選んでしまう人もいた。

大人になって、独立して、海軍に入隊して現実を知ったからこそ、私は実感できた。

現実で生きていくためには、真っ直ぐに生きていくことは、簡単なはずなのに貫き通すことが難しいんだってことを。

 そして、そんな中で深海棲艦は現れた。

 当時は本当に日本中がどうすればいいのかわからない状況になる。時の政権は碌に動けず、深海棲艦と対話は通じず、兵器も殆ど通じない。

 しかし、時間が経てば経つほど被害は増大していくのに、当時の政権はまともな対応も出来なかったのだ。

 だからこそ海軍大将の柳本大将は決断して、深海棲艦に立ち向かった。それはまさしく壱業さんのように、日本を守るために独自の判断で海軍を動かした。

 例え、後に糾弾されると分かっていても、誰かの為に戦うという決断は間違っていないということを、私はその姿を見て実感することが出来たのだ。

 だけど、既存の兵器が殆ど効かず、一方的に敗北を重ねていく日本。諸外国も軒並み酷い状況で、情報共有も出来なくなってくる。

 海洋国家である日本としても、戦線維持も出来ない以上、満足な輸入も出来なくなってくると、本格的な国家存亡の危機が迫ってきていた。

 そんな時に艦娘達が現れて、深海棲艦を撃退し、国家存亡の危機は一時的に回避された。

 無論、日本だけでなく他国にも艦娘は現れたが、日本が一番多く顕現したのだ。

 そしてそれからは色々なことがあって、私は艦娘に認められて提督となる。

 陸奥・白露・村雨・春雨・五月雨。

 私を見ながら、時に壱業さんの事を思い出すこともあるようだが、皆好意的に接してくれる。但し、五十鈴さんに会うと、おどおどするみたいだけど。

 壱業さんと関わった船は、どうやら史実補正というのがあるようで、軒並み理論で語れない性能を誇る。

 しかし、あくまでも戦線維持が出来るだけで、海域を開放できるわけでもなく現状維持が精いっぱいの状況だった。

 なのに、そんな苦しい状況だというのに、人々の意志が纏まることは無い。

 後先考えずに実行できるならば、長野グループの力を使って、海軍を丸ごとひっくり返したいと思ったこともあった。

 でも、そんな事をしても本当の意味で解決への道になるとは思えないのも事実。

 幾つかのアイデアは思いつくのだが、実現性・将来性・確実性などを考えれば、行動に移すほどのアイデアでもない。

 こんな時、壱業さんならどんな方法を思いつくのだろう? 子供の頃から聞いてきた偉業や戦歴は思い返すたびに、憧れも抱くが同時に……人間? と思ってしまうこともあったが。

 実際、お祖父ちゃんもお父さんも壱業さんのことが話題になると、何とも言えない表情をしていたけど、尊敬はしていた。

 何が基準となっての考え方となったのか? どうやってアイデアを思いついたのか? 結論ありきでもそこに結び付く過程も見えない。情報をどうやって仕入れたのか? などなど、当時の資料をどれだけひっくり返しても誰一人として理解できなかったけど……。仮説は幾つもあるが、発表してきた研究者自身が納得していないようだが。

 付き合いの長かった同期の人達でさえ、あいつの頭の中は理解できなかったし、記録を見直しても思いつくことも出来なかったと言っていた。

 ただ、あいつがいたからこそ今の日本はあるんだ。と口を揃えていた。

 そして、今の日本の現状を壱業さんが見たらどう思うのだろうか?

 ただ只管に真っ直ぐに、全てを捧げて日本を守ってくれた人を、戦犯として死後の名誉さえも踏みにじったこの国を……。

 書斎の本を手に取れば、この人がどれほど日本に尽くしてきたかわかる。どれほど日本に住む人達を幸せにしてきたかわかる。

 どうすれば、これほどまで真っ直ぐに生きていき、故郷を愛することが出来るんだろう?

 その気持ちを知りたくて、私は曾祖伯父が書いた本を、また読んでみることにした。

 




ありがてぇありがてぇ


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What is the price?

後藤陸将さんから寄稿頂きました応援SSです。

ありがとうございます。


――本日のゲストは、老若男女問わず絶大な人気を誇るこの方。

 人気アイドルグループ、STORMの西郷さん。

 一九八三年、東京都の生まれ。

 小学生のころからゲームが大好きで、特にレーシングゲームが大のお気に入り。

 学校から帰るとすぐにテレビの前に噛り付いてよくお母さんに叱られていたそうです。

 小学六年生のころ、友人といっしょにオーディションを受けて事務所に入り、一六歳でSTORMのメンバーとしてCDデビュー。

 歌と踊りだけでなく、バラエティー番組にも数多く出演して子供から大人まで幅広い人気を集めています。

 昨年はあの年末の歌合戦の白組司会にも抜擢されました。

 STORMの他のメンバーも歌やバラエティー以外にも様々なジャンルで活躍されていますが、メンバーの中でも特に俳優としての活躍の場の多い西郷さん。

 二〇〇×年に公開された映画、『Red Sun, Black Sand』にも実際に陸軍の兵士として硫黄島で戦った西郷さんの曽祖父の役で出演し、日本国内外で高い評価を受けました。

 『Red Sun, Black Sand』のメガホンを取ったウェストツリー監督もまた、西郷さんの演技を見て「類まれなる才能だ。ハリウッドでも十分にやっていけるだろう」と高く評価したそうです。

 その後も数多くの映画に出演し、現在大ヒット上映中の映画『弁護側の背信』にも、勤めている弁護士事務所の所長の不審な死をきっかけに事件の真相を追い求める新人弁護士の役で出演しています。

 

 

 STORMの西郷一成さんの登場です。

 

 

「依頼人の登場です!!」

 司会者のコールと同時に、スタジオの中央に設けられた扉が開き、西郷が姿を現した。

「東京都からお越しの、西郷一成さんです!!」

 彼の姿が露になった瞬間、観客席からは黄色い声援が飛び交った。

 

 

 

――依頼人NO.1 西郷 一成 さん

 

 

 

「よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 軽く頭を下げた西郷に、司会者も倣って頭を下げた。

「聞きましたか?この声援」

 司会者はスタジオの観客席を指さす。

「いつもはね、もうちょっと年配の方が多いんですよ。でも今日は若い女性ばっかり!スタッフも言ってましたよ。西郷くんが出るってSNSで流れた途端にスタジオ見学応募のメールがめちゃくちゃ増えたって」

「この間出てた秀吉の掛け軸みたいなそんな大層なお宝を持ってきたわけじゃないんですけどね……」

「いやいや、お客さんはお宝よりも西郷君見たがってますからね。でもひょっとすると、こりゃあ今回の観覧チケットをネットオークションかけた時の値段の方が、西郷君のお宝よりも高額なんでことも……」

「それは恥ずかしいですよ」

 司会者と西郷の掛け合いに観客席からも笑いが零れた。

 

 

 

 トークもひと段落したところで、スタジオの中央にはワゴンが運ばれてくる。ワゴンの上には紫の布がかけられており、その下に何が隠されているのか分からない。

「さぁ……それでは、早速お宝を拝見してみましょうか。お宝、オープン!!」

 司会者の掛け声と同時にアシスタントの女性がワゴンに被さっている布を捲った。

 普段なら、お値段が張りそうな美術品や骨董品らしきものを見て観客も感嘆の声をあげるところなのだが、今日のスタジオの反応は定番のそれとは異なっていた。

「おや……これは、銛ですか?」

 ワゴンの上に鎮座していたのは、銛だった。組み立て式なのだろう一mに満たないほどの三本の棒が並べてあり、一番奥に並ぶ銛の先端部には三股の槍のようなものがついている。

「てっきりウェストツリー監督のメガホンとかが出てくるかと思ってましたが、一体これは?」

「これは、長野壱業提督が使っていた銛です」

「ええ!?あの長野提督の銛ですか!?」

 西郷の説明に司会者は目を見開いた。観客席からも驚きの声があがる。

「僕の曽祖父はあの映画の舞台となった硫黄島で戦っていたんです。僕も祖父から聞いたのですが、何でも硫黄島を要塞にする工事の最中に長野提督が金剛で硫黄島を訪ねて物資を補給してくれたそうで、その時にどういう流れだったのかは知りませんが、曽祖父が長野提督の銛をいただいたそうなんです。硫黄島は農耕や牧畜には難しい場所なので、時にはそれを実際に使って曽祖父も漁をしていたらしいですよ」

「いや、何であの長野提督が銛持って硫黄島に来たのか不思議でしょうがないんですけど。あれ?物資ってひょっとして漁の道具のことですか?物資の補給って、自給自足するための道具ですか?それって他局で西郷君の先輩がやってる開拓島やないの?」

 観客らも司会者の冗談に笑い声をあげた。西郷も笑いながら説明を続ける。

「僕も映画をきっかけに色々と調べたんですけれども、当時の硫黄島は本当にそんな感じだったみたいです。最終的に硫黄島は陥落して曽祖父も米軍の捕虜になるのですが、あの銛はその時に硫黄島に置き去りにされていたそうです。戦後曽祖父は硫黄島の戦没者慰霊会に入り、遺骨収集事業に参加した際にこの銛も回収したと聞いています」

 

 

 

 

 

長野壱業(一八九八~一九四五)

 

――長野壱業は世界四大提督の一人にも数えられる海軍軍人である。

 長野は、一八九八年に群馬県○○市にあった長野豆腐店の長男として生まれ、中学校卒業後に故郷群馬を離れ海軍兵学校に入学。

 入学当初から成績優秀で、時には同級生や後輩に航空機や潜水艦といった新時代の兵器について教授するなど、任官前からその類まれなる先見性から一目置かれる存在だった。

 その後無事兵学校を卒業し海軍少尉となった長野は順調にキャリアを重ね、大正一五年には海軍の戦術等について研究する海軍大学校に入学。

 潜水艦を使った通商破壊や空母機動部隊についての運用について研究を重ねた長野は、ここで多くの論文を執筆している。

 このころに長野が立案した真珠湾奇襲計画が後に時の聯合艦隊司令長官山本五十六の目に留まり、実際の真珠湾攻撃計画の原型となったと言われている。

 長野自身は対米開戦には慎重な立場を取っていたが、対米強硬派の世論の声に後押しされるかのように、一九四一年十二月八日、布哇真珠湾を日本海軍の空母機動部隊が奇襲。ここに大東亜戦争に火蓋が切られた。

 山本に引き抜かれ聯合艦隊司令部となっていた長野は、アメリカ海軍による日本本土空襲計画を阻止するなど開戦当初からその智謀をもって大いに活躍したが、その後山本の戦争計画に猛反発したことでミッドウェー海戦の直前に第四艦隊へと左遷される。

 その後、南方海域で行われた多数の海戦に参加して武勲を重ねた長野は、レイテ沖海戦等を経て海軍の現場指揮官から絶大な支持を得るようになる。

 しかし、海軍上層部への反抗心は薄らぐことがなかったらしく、内海待機を命じられていながらも勝手に出撃して当時要塞化が進められていた硫黄島に救援物資と称して拿捕した米軍の輸送船を持ち込むなど一歩間違えば首が飛ぶようなことも平然とやってのけた。

 そして、一九四五年八月一九日。米軍が上陸した沖縄を救援すべく長野率いる艦隊は、巨大台風の真っ只中に飛び込み二倍以上の艦船を擁するアメリカ艦隊を壊滅させるという奇跡を成し遂げる。長野によるアメリカ軍の予想だにしなかった反撃とそれによる甚大な損害が、トルーマン大統領に対日講和を考えさせた一因とも言われている。

 戦後、長野は連合国から戦犯に指名されるが、これは連合国に多大なる損害を与えた長野に対する復讐じみた判決だった。

 しかし、朝鮮戦争時に長野が戦犯に指名された理由がマスコミによって暴露されると、日本国民はアメリカの行った暴挙に対し各地で激しく反発した。

 これを受けて、GHQは一九四九年に長野を戦犯から除外。戦犯の汚名を返上した長野は日本海軍の良心にして最強の提督として後世に語られることとなる。

 二〇〇×年には坊の岬沖海戦に臨む長野を主人公に描いた『水平線のダイヤ』が公開されるなど、現在でも長野の人気は根強いものがある。

 

――改めて依頼品を見てみよう。

 長野壱業の銛である。

 三本に分割できる構造になっており、全て繋げるとおよそ二mほどの長さとなる。柄の材質は樫で、連結部分にねじ穴の細工を施した金具が埋め込まれているようだ。銛の先端部分は鉄でできており、三股で返しのついた針がついている。

 柄の中央には『交骨尖兵』と刻まれている。この号は、軍神と謳われた戦国武将上杉謙信に肖り長野が乗艦に掲げた毘沙門天の旗印が、アメリカ海軍からは海賊旗(ジョリーロジャー)と錯覚されたという逸話に由来するものと思われる。

 果たして鑑定や如何に。

 

 

 

 

――依頼品 長野壱業の銛

 

 

 

鑑定中

鑑定中

鑑定中

 

 

 

「さぁ、ご本人の評価額ですけれども」

「そうですね……前にこの番組に出た長野提督の書が確か五〇万円だったので、強気に七〇万円で!!」

「おお!!では七〇万円で参りましょうか、OPEN THE PRICE!!」

 

 その掛け声を合図に出演者がスタジオに設けられたボタンを押す。

 ボタンを押すと同時に、スタジオの巨大な招き猫のセットの中央に設けられた液晶が発光する。

 

 

 

「-,---,---,--0」

 

 

 

 

「-,---,---,-00」

 

 

 

 

「-,---,---,000」

 

 

 

 

「-,---,--0,000」

 

 

 

 

「-,---,-00,000」

 

 

 

 

「-,---,200,000」

 

 

 

 

「-,--1,200,000」

 

 

 

 

「¥,--1,200,000」

 

 

 

 

「-,¥-1,200,000」

 

 

 

 

「-,-¥1,200,000」

 

 

 

 

「すごい!!一二〇万円ン!?」

「ええ!?」

 司会者も西郷も驚きを隠せなかった。観客席からの拍手の音の間からも感嘆の声がもれている。

「え~、長野壱業の銛で間違いございません」

 鑑定士が口を開く。

「長野壱業は、映画や小説の影響もあるのでしょうが最近では常勝無敗で智謀湧くが如し、知勇兼備の将と言うイメージがあります。ただ、実際にはまぁ変人のような側面があったことでも知られています。彼は南方に赴任していたころ、泊地に船を停めて海に銛一本担いで潜ることをよくやっていたそうですよ。毎回多種多様な魚を取ってきては食卓に賑わいをもたらしていたと当時の同僚の記録にあります。この銛についても当時の長野の指揮下の士官の記録に残ってましてね。レイテ沖海戦の前に、泊地の近くにワニが出ると聞いた長野提督は組み立て式の銛をもって単身ワニに立ち向かい、見事仕留めたそうです」

「えぇ!?ちょ、ちょっと待ってください。ワニって、あのワニですよね!?それを仕留めたって」

「いや、実際にこの銛が腹に刺さったワニの写真が残ってるんですよ。当時の婦人雑誌にもワニにも怯まぬ勇敢な日本兵ってタイトルで掲載されてましてね、残念ながら長野提督の顔は映っていないんですが。その後長野提督は主計課の兵たちを率いてワニを捌いて部下に振舞ったんです」

 司会者も、西郷も少し引いている。自分たちの知る偉人の姿とはかけ離れたエピソードに会場は少し白けた空気に包まれた。

「通常、銛にこのような値段が付くことはまずないのですが、長野提督の逸話に登場するものであるということ、後は刻まれている言葉が珍しく意味が分かるものだったということでこの値段をつけさせていただきました。長野の書や銘を刻んだ私物については市場に出ることも稀にあるのですけれども、刻まれている言葉の意味が理解できないものであることがほとんどと言っていいでしょう。ひどいものになると南方の鳥の名前とか、貯水池なんて書いてある場合だってあるんです。この銛の柄の部分に刻まれた『交骨尖兵』の場合は、『我こそは南海に跳梁跋扈する海賊の一番槍なり』という意味と思われますが、今回のように我々にも解釈できるような勇ましい言葉が刻まれている場合には値段が高くつく傾向にあります」

「い、いや~。どうですか、西郷君」

「値段にビックリしたのもありますけど、正直なところこれでワニ突いたってエピソードの方が驚きました」

「確かに、値段よりもワニ突いてた方がインパクト強すぎますって。僕てっきり、長野提督もあの無人島で小麦粉チネってる二人組みたいに「とったど~」って言ってたぐらいかと思ってたんですけど、まさかワニを「とったど~」してるとは」

「そうですよね。島を開拓してるあの先輩たちだってワニを仕留めて食べるなんてことやってないはずですよ」

 西郷の先輩を使ったネタがうけたのか、観客席の白けた空気に少し笑いが戻った。

「まさかの偉業でしたけど、これもあの長野提督所縁の品ですからね、大事になさってください」

「はい、ありがとうございました。番組の最後までよろしくお願いします」

「この後もよろしくお願いします」

 

 

 

 

 

――CMの後は、亡き祖母が貸金庫に残していたあの戦国武将の書が登場!!

 

 

 

 

 

 

なんだこの鑑定士さん、人を変態だとかネーミングセンスがないってディスってんの?

 

「『交骨尖兵』…Englishだとクロスボーンヴァンガードデース?」

 

「…あっ、カロッゾって提督っぽいですね」

 

俺にバビロニアを建国せよと申すか?

 

「え、夕張さん誰の事言ってるんですか?」

 

…ネタが通じないって悲しいなぁ。




ビロシキィからのおまけ。


銘:備州長船住兼光 暦応四年 号:雷切り兼光

-¥150,000,000

主人公の腰にぶら下がってる。マグロ捌いた刀。


皆が安いっていうから数字足しといたよ。
18.12.12


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貫いた意志の先には 

ayasaki さんから寄稿頂きました。
ありがとうございます。
徳田くんのお爺ちゃんのお話。


貫いた意志の先には

 

『坊の岬沖海戦にて大日本帝国海軍勝利! 天皇陛下より公式称賛』

『ソ連、不可侵条約を破り侵攻してくるも、オホーツク海にて長門・陸奥率いる海軍が迎え撃ち快勝』

『鈴木貫太郎内閣発足!』

『本土空襲が激化! 陸軍による本土決戦か?』

『戦争継続か? 講和か?』

 雪崩のように押し寄せる出来事が私、山咲岩男の時間を奪っていく。

対処する間に次々と問題は山積みとなっていき、もはや対処するだけの余裕も時間も無くなっている。

だからこそ、水面下で進めている講和への道を紡がなければ、本当にこの国は終わってしまう。

だからこそ、発足されたばかりの閣僚会議においても、講和に賛同する人間は過半数を超えている。

しかし、講和の条件として加えられた、ある一文が波紋を起こす。

【大日本帝国海軍少将長野壱業を戦犯とする】

 瞬間、ここがどこであるかも忘れそうになるほどの、怒号が発せられる。

「ふざけるでないわ! この大東亜戦争において、大日本帝国においても! 最大の功労者を戦犯にせよと!? このような条件は断じて認めん!」

 それは同じ海軍の人間である海軍大臣米内光政ではなく、海軍と不仲とされる陸軍大臣阿南惟人が放った激情だった。

 そして、それを発端として、私を含め長野と親交があった者達も次々と腹の中をぶちまける。

「そもそも戦犯の理由がふざけておる! 長野が病院船を沈めた? 日米開戦の切っ掛けを作ったからだと!?

 そのようなことなど聞いたことが無い。事実無根であることは明白である。

 このような事を罷り通すなど、この大日本帝国の恥でしかない!」

「待たんか! 言い分は理解できるが講和への機会をみすみす溝に捨てる気か」

「この国の未来を憂慮し、前線で戦い抜いた将兵達の顔を忘れたか!? 例えどんな条件であろうとも、交渉の席に座らせられたのだぞ」

「であろうとも、この条件は看過できん。このような条件を国民や将兵が見れば、どう思うかは明白であろう?

 戦神として将兵達からは拝まれ、国民からは国の誉れとして崇められるほどの勲功を残してきたのだ。

 そんな人間を戦犯とするなどと、誰が納得するというのだ!?」

 冷静に現実を見て話すものもいれば、感情論ともいえる言葉も出る。

 しかし、過半数の人間は理解している。最早大日本帝国に戦争継続できるだけの国力など存在していないということに。

 特に大蔵大臣である高橋さんはここにいる誰よりも、大日本帝国の経済状況をわかっている。同時に最年長者としての責任も有り、誰もが口に出せなかった言葉を発する。

「ならば、全国民が意味もなく死ななければならない戦争を続けるというのかね? 油も鉄も兵力も何もかもが足りない、困窮どころか維持する事すら出来ない現状だ。

 本土決戦? そのようなことで更なる譲歩を引き出せると思っておるのか? 満足な補給どころか兵站さえも維持できなくなっている現状で、どうやって打開できるというのだ」

「大蔵大臣! 今の言葉は見逃せませぬ。大日本帝国は負けておりません」

「現実を見てからものをいえ。沖縄の制海権は再び奪われた。海軍の船は動かせるだけの油が無い。今も外地で戦う陸軍に援軍を送るどころか支援さえもできない。

 本土空襲は激しさを増しており、民間人の被害はうなぎ上りである。

ここからどうやって講和条件の見直しを迫れるというのだね?

意地と面子の為だけに国民を巻き込むのもいい加減にせよ! あれほどまでに長野少将が諫言をしても放置し、虐げ、己の空論の間違いを認める事も出来なかった軍に威厳があると思っておるのか。

それでも抗戦を望むというのであれば、とっととこの老骨の心臓を止めるがいい」

「貴方は長野の名誉など、どうでも良いというのですか。これほどまでに大日本帝国に尽くしてくれた彼を」

「アメリカとソ連が名指しにしてまで、講和条件に加えた理由を考えよ。大日本帝国にとって長野壱業は誇りだ。

 しかし敵国にとっては、大日本帝国海軍少将長野壱業こそ徹底的に踏みにじらなければ自国民が納得できぬし、収まらんと言う事だ」

 高橋さんの言葉に、誰も言い返すことが出来ない。アメリカ・ソ連は長野以外は眼中に無いというのを自覚させたのだ。

結果、その日の閣僚会議において結論がまとまることはなかった。

だが、……高橋さんの言葉を聞けたことで私の腹は決まり、その為の行動を起こす。

 

 

 

「……それが貴様の答えか」

 顔見知りでもあり、長野派閥の中枢である彼と会い、私は先日の閣僚会議の経緯。そして長野壱業を生贄とする講和条件に賛同するという事を告げる。

その内容を最後まで黙って聞き続けた彼は、悪鬼のような表情で私を睨み殺そうとする。

 だが、立場が違えば、私こそがその表情をしていた。

「そうだ、米ソは講和の条件に対して、長野壱業海軍少将を戦犯とすることを講和条件の一つに加えた」

 しかし、私は政治家として、そして彼の意志を無駄にするわけにはいかない。

 彼は犠牲を望んでなどいない、彼は最後までこの国を守ろうとした。

 ならば、この国を守るために私は、真に護国の鬼として戦って散っていった彼を踏みにじることを選択しなければならないのだ。

「まさに鬼畜米英の性根が証明されたな。腐った性根からの誇りを慰めるために、事実無根の罪を押し付け、歴史を捻じ曲げようとする。

 っは! 海軍上層部の連中といい勝負だ」

 本心から吐き出される罵倒、だが言っている自分さえも罵っているのだ。

 共に戦場を駆け抜け、苦難を乗り越えてきたのは事実。しかし、あくまでも共に戦えたというだけ。彼が背負っていた荷を代わりに背負うことはできなかった。

「……陛下の称賛により、海軍上層部の言葉など枯葉よりも軽い。しかし、これ以上の戦争継続で更なる無駄な犠牲を出せば、国の存続さえ危ういのも分かっているだろう?

 今しかないのだ! 坊の岬における勝利でアメリカからの譲歩による講和を引き出せるのは! 最早この国にこれ以上の戦争を続ける国力が無いことはわかっていよう!?」

 認めたくない。自分が吐き出す言葉に自分で腹を立ててしまう。

 それでも現実を見て、この国を守るために必要な行動を起こさねば、彼が全てを捧げてまで残してくれた講和への道標が途切れてしまうのだ。

「そんなことは開戦前からあいつはわかっていた! 開戦さえも避けようとあいつがどれだけ各所を駆け回り、平和を願っていたか知っている!

 そんな苦労を無にしたのがお前達や新聞社で、その情報を鵜呑みにした民衆達が戦争を望んでしまった。

 だのに、そんな国さえもあいつは守ろうとした! そんなあいつに上層部は何をした!

それでもあいつはどんな状況になっても腐ることなく先頭に立って戦ったんだ!

 同期の俺達がここにいるのも長野がいたからこそだ! 長野がいたからこそ兵士達は希望を見出して戦ってくれた!

 あいつが指揮官でなければ、誰もついてこなかった!

 ひたすらに日本という故郷を護りたいと、命を差し出してまで今を作ってくれた。だというのに、そんな長野が受けるべき称賛を奪うことなど許せるわけがないんだよ!」

 声を荒げ、途中から泣きながら語る彼とて、これが手順の1つだと理解しているのだ。

 長野壱業という男は、日本を守る為なら名誉などいらないという心があるということを。自分の犠牲だけで済むなら、あっさりと取捨選択するであろうとも。

 だからこそ説得できる。

 海軍の大きな派閥となっている長野一派の一角である彼を。

 そして彼を説得すれば、その派閥が海軍の一部を抑え込むことが出来て、長野が望んでいた講和への道がまた一歩開ける。

「許してもらう気は無い。だが譲るつもりもない。彼を戦犯にすることで講和となるというなら私は推し進めよう。

 既に閣僚の大半は納得している。陸軍の一部は講和に納得していないが、それでも調整予定内で済むのだ」

 嘘も交えていた。閣僚の人間も長野を慕っている。だから講和には賛成でも、長野を生贄とするなど納得してもいないし紛糾もしているが、無理矢理意思統一させようとしている。

 同時に、講和派の陸軍将校と内密に連携して、抗戦派将校達の粛清もしなければならない。発足されたばかりの閣僚達とも内密で早急に講和の交渉を進める。

 だが、その為にも長野派閥の力が必要なのだ。未だ現実を見ない海軍の一部を抑え込み、尚且つ講和に向けての意思統一を図るために。

 そして、私の目の前にいる彼とて、私が本当の意味で長野が願っていた平和の為に悪役になろうとしていることを分かっている。

 それは私の役目だ。

 彼は軍人であり、政治家ではない。

 そしてこれは茶番だ。だが必要な茶番劇なのだ。

 私という裏切り者のせいで彼らは意見を封じられ、長野の戦犯指定を止めることが出来なかった。それでも、長野の最後の願いである講和を得るために協力する悲劇の戦友達、という状況にするために。

 そうして私は彼との対話を終えた。

 長野が命を懸けてまで作ってくれた講和への道を閉ざさないための一歩が進められた。

 だが、その代償として、今後私は長野と親しかった人達と袂を分かつ。

 数えきれないほどの恩を長野から受けたというのに、長野を生贄とすることに賛同した私が、どの面を下げて会えるというのか。

 それでも今は立ち止まってはいられない。

 海軍大臣である米内と長野派閥の力があれば、海軍の反発は抑え込める。

 だが、本土にいる陸軍・民衆は、講和が成らなければ本当の国家存亡の危機であることを理解していないのだ。

 坊の岬・オホーツクの勝利によって、まだ日本は戦えると勘違いしている。

 今の日本には最早船を動かす重油も船を作るための鉄も碌に無いというのに。同時に、制海権・制空権を奪われ輸送も満足に出来ない状況。

 遂にはアメリカによる本土空襲さえ行われ、民間人への被害が跳ね上がっているのが現実だというのに。

 考えれば考えるほど、長野の様に自分は抗っていただろうかと自問自答してしまう。

 確かに長野という人物は、この大日本帝国どころか世界中を見回しても、比肩しうる者がいると思えないほどの傑物だった。

 だが、それは長野がどこまでも抗い続けてきた証でもある。

 この国を想い、この国で暮らす人達を幸せにするために、この国の未来を少しでも良くするために、笑って過ごせるように行動してきただけなのだ。

 生まれてからの年月を重ねれば重ねるほどに、人は現実を知って打ち砕かれて、儘ならない社会の中で事なかれ主義となってしまうというのに。

 それでも純粋な青い感情をもった青年の意志を貫き通して、長野は戦った。

 だからこそ、開戦から最後の坊の岬まで大戦果を挙げ続けて、命を捨ててまで繋いでくれた講和への道が開けたのだ。

 だからこそ、この講和は絶対に果たさなければならない。長野の最後の願いをかなえるために。

 その為にも、陸軍大臣である阿南。建前なのか、本音なのか見極める。

 他の閣僚とてどこまで本気なのか。

 大蔵大臣の高橋さんとは既に協力体制であるが、軍権の強さを実感する。

 それでもやらなければならない。あの爆弾だけは落とされてはならないのだ。

 

 

「……貴様はここに来るという意味を理解しているのか」

 深夜。闇夜に紛れて阿南の自宅へ忍び込み、私は阿南に会う。

「こうでもしなければ、貴方が本音で話すことはできません」

 進展のない閣僚会議と御前会議を繰り返す中で、私は阿南が自宅に帰る日を狙っていた。自分の仮の予定も入れることで、怪しまれないように工作もした。

そして信頼できる部下に協力して貰い、ここに来ることが出来たのだ。

「陸軍大臣としての意志は変わらん。

 そして陸軍将校達も長野と接したことのある者達が許すわけもない。硫黄島の件・陸軍武器開発の件・まるゆ・陸軍戦闘機。

 このどれもが陸軍から見れば、長野壱業がいなければどうにもならなかった。

 その恩義に報いるどころか、礼さえもまともに言えず、更には生贄になれだと?

 理屈だけなら言えるだろう。立場としてなら言えるだろう。状況が状況だから仕方が無いと言えるだろう。

 だが! 貴様は誇れるのか!? 死んでいった兵達に! 輸送任務中に沈められた船に乗っていた船員達に! 遺骨さえも戻ってこなかった家族たちに! 何よりこの国の人間としてだ。

 戦犯になってしまえば、長野の名誉はどこへいくかわかっていよう。

 それでも貴様はあの条件を認めると心から言うのだな」

 私にだけ聞こえるほどの声量でも込められた感情は重い。

「認めます。それが長野の最期の願いですから。そして、一人でも多くの国民を救うために、私は鈴木内閣の閣僚になったのです。

 もし私が長野に出会わなかったら、こんな気持ちにはならなかったでしょう。政治家に青臭い感情や理屈など不要。必要なのは国家の利益・保守・栄華と自らの名誉と考えるだけだった。

 どこまでも、どこまでも国民を想う気持ちで歩き続けていた長野を見たからこそ、私はここにいるんです」

 苦虫を嚙み潰したような表情になる阿南。

「まるで現実を知らずに、理想だけで世の中を渡ろうとする童だな」

「だとしても、人の生きる道としては間違ってはおらぬでしょう」

「国家を動かすものがそれでいいわけがない。一より百を、百より万を。その考え方こそが国を動かすものの選択だ。同時に国民感情を納得させることも必要であり、不要と断ずることも必要。

 権力を手に入れようとも、所詮持て余す人間のほうが大多数よ」

 そんな呟きが出ている時点で、阿南も長野に感化された一人であるのは間違いないだろう。

 海軍・陸軍として見るのでなく、同じ国に生まれた同郷のものであり、共に戦う軍人だと行動で表してきた長野を見たからこそ。

「……これから言う言葉は、私の独り言でしかない」

 先程までは、私の顔を見て話していたのに、ゆっくりと顔を背けて呟きだす。

「講和そのものに反対する将校達を集めている。……精神論だけを掲げ、戦う方法も考えず、玉砕論・竹槍で戦えると思っているような連中もいる。

 そんな輩でも集まれば、それなりの数にはなる。

 しかし、そんな輩を一掃できれば、講和に横やりを入れられることも無く、国民に対しても頑強な姿勢を見せることが出来る。

 だが、そんな輩には、わかりやすい旗印が必要だ」

 その言葉で阿南が何をしようとしているかは明白だった。

 陸軍大臣としての権威を使って、自分なりに講和への準備を進めている。それが長野の献身に報いる手段だと。

「陸軍大臣という身分でありながら、一軍人の名誉さえ守ることが出来ん。外地にいる陸軍兵士達を犠牲にしてまでなど……彼は望んでおらんだろう。

 そして陸軍大臣だからこそ、本来は今も戦い続けている将兵達の命を優先するのが正しいのであろうな」

「阿南さん……」

「独り言だ、相槌も言葉も必要無い」

 そう、進まない閣僚会議の間に、アメリカは外地に残る兵士達をちらつかせた。数十万の兵士達の命を札にして、長野を戦犯にする条件に賛同させようとしている。

 これ以上、講和条件の話し合いを長引かせることが出来ないという意志表示でもあった。

「いけ。これ以上は不要。貴様は自宅で寝ているのだ」

 そう言って、布団に入って背を向ける阿南。

 その背中に一礼して、山崎は闇夜に紛れて帰宅した。

 これで講和はできる。

 この国を守ることができる。

 これ以上、国民の犠牲を増やす必要はなくなる。

 戦争による家族の死を見る人を見なくて済む。

 それを心から望んだ人を犠牲にして……。

 

 

 

 十二月二四日

『今年で講和締結より〇〇年となりました。あの戦争を振り返り、二度と戦争をしないと……』

 ラジオから聞こえるアナウンサーの声を聴く。

 黙祷を行い、火をつけた線香の匂いと煙を浴びながら、想いを馳せる。

 どれだけの時が流れようとも、昨日の事の様に思い出す講和前の出来事の数々。

真実を無かった事にする為に被せられた虚構に歯がゆさを感じた。

 どこまでも思い通りにならない現実を投げ捨てたかった。

 自分の所為じゃないと言いたかった。

 流れていく時間が辛かった。

 人目も憚らずに泣きたいときもあった。

 いっそ死にたいと思ったことも何度もあった。

「父さん、そろそろ横にならないと」

 私の体調を心配する息子の声。だが、これだけはさせてほしい。

「……彼には悪い事をした」

 そして、最期には長野壱業を思い出す。

「父さん?」

 無愛想で普段は寡黙でありながら、この国の安寧の為になることを熱心に有言実行を以てして語る彼を。

「長野、もう少しで謝りにいける」

 怒ってないかもしれない。殺そうとするほど怒っているかもしれない。

 だとしても、会いたい。

 長野壱業に出会えたことは、私の人生で胸を張って誇れることだから。

 




ピロシキィからの補足

終戦時の内閣

総理大臣 鈴木貫太郎
外務大臣 東郷茂徳 重光葵
内務大臣 山咲岩男(徳田くんのお爺ちゃん)
大蔵大臣 高橋是清 (大事に酷使されました)
陸軍大臣 阿南惟幾(過激派は任せろー)
海軍大臣 米内光政
司法大臣 親松文治
国務大臣 左近司政三 井上成美

親松文治 ←オリキャラ
新潟県のひと。世間に嫌気がさして隠居生活送ってたとこに長野がカチコミかけて政治舞台に。
設定だけはあったけど本編に入れる隙はないってのが結構あったりするのでこの場を借りて入れさせてもらいます。

あと前提としてソ連南下後の話だし、事前にヤルタ会談の内容を一字一句完璧に把握していたのでソ連に仲介頼もうとかなかったのです。


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その時提督(笑)は動いた History was changed at the moment 《起》

応援ssということで、

後藤陸将さんより寄稿して頂いたものです。

感謝です。


昭和二○年 八月一九日

 

 一億の日本国民の命運を賭けた戦いが始まります。

 世に言う、坊の岬沖海戦です。

 戦艦六隻、空母八隻を擁するアメリカ海軍を中心とした連合国機動艦隊。

 それを迎え撃ったのは、大日本帝国海軍聯合艦隊。

 しかし、三年に及ぶアメリカ海軍との死闘の末に聯合艦隊に残された戦力は、開戦前の戦力の五分の一ほどしかありませんでした。

 連合国機動艦隊撃滅のために出撃した最大最強の戦艦『大和』以下一九隻からなる艦隊は、当時日本に残された最後の戦力でした。

 この艦隊を指揮したのは、帝国海軍一の名将、長野壱業。

 ドゥーリットル空襲、第一次ソロモン海戦など、参加したほとんどの海戦で圧倒的劣勢下にも関わらず武勲を重ねた男です。

 その類稀なる戦績と湧くがごとき智謀から、帝国海軍では『戦神』として崇められ、敵であったアメリカ海軍からは『魔術師』と呼ばれ恐れられていました。

 帝国海軍は、そんな彼に聯合艦隊の戦力の全てを託したのです。

 そして、長野は持てる戦力の全てを活かした大胆不敵、前代未聞の秘策を編み出します。

 しかし、文字通り日本国民の運命を背負った長野の前に立ち塞がったのは、連合国艦隊だけではありませんでした。

 指導のミスによる負け戦を重ねても改善されることのない海軍上層部の頑迷で無責任な姿勢。

 東南アジアでの連戦連敗の汚名を本土決戦で返上するために、航空戦力を温存しようとする陸軍。

 さらに、ヒトラー率いるナチスドイツに対する勝利を目前とし、極東でも不穏な姿勢を見せ始めていたソ連。

 防衛省に保管されている天一号作戦の記録には、長野が作戦の立案だけではなく、その実現のために関係各所に出向いて自ら説得に当たっていた様子が克明に記録されていました。

 そして、遂に決戦の時がやってきます。

 長野壱業という天才がその全てを賭けた乾坤一擲の作戦。

 彼の配下となった各艦もまた、彼の秘策を成すために持てる全ての力を発揮します。

 長野の渾身の策はなるのか。

 

 

 History was changed at the moment

 

 

 今日は、太平洋戦争後の日本の運命を変えた坊の岬沖海戦。

 帝国海軍一の知将、長野壱業が己の命をも捧げた最期の秘策に迫ります。

 

 

 

 

 

   アメリカ海軍が最も恐れた男、長野壱業 ~坊の岬沖に散った英雄の献身~

 

 

 

 

 

「こんばんわみなさん、得河です。今日のその時は、昭和二○年、西暦一九四五年八月一九日午後六時三二分といたしました。この昭和二○年八月一九日午後六時三二分は、久高島の西沖で戦艦金剛が沈没した、その日、その時でございます」

「この戦艦金剛が沈んだ坊の岬沖海戦は、地上戦の行われている沖縄を救うために決死の覚悟で突き進む聯合艦隊と、それを阻止し、日本の海上戦力を殲滅することで沖縄、そして九州、本州の攻略の憂いを無くしたい連合国機動艦隊が激突し、太平洋戦争中屈指の激戦となりました」

「ミッドウェー海戦以降の戦局の悪化により、かつては世界三大海軍の一画を占めた帝国海軍も、このころにはその主力艦艇のほとんどが沈み、残された戦力は開戦前とは比べ物にならないくらいに弱体化していました」

「一方の連合国海軍ですが、こちらは太平洋戦争開戦以降、そのありあまる生産力を活かして、開戦前よりもさらに多くの戦力を整えていました」

「双方の戦力差は歴然。そんな絶望的な状況でこの戦いを指揮した男こそ、今回の主人公。戦神とまで謳われた名将、長野壱業です」

「味方よりも遥かに多い数の艦艇を従えた敵を相手に、国家の、国民の命運を背負い戦いを挑む長野壱業は、その計り知れないほどの重圧の中でどのように行動して聯合艦隊に勝利をもたらしたのか。そして彼は、一体どのような思いを抱いて死地に赴いたのでありましょうか。そのあたりのことを今日はじっくりとお伝えしてまいります」

「まずは、長野がどのような経緯で海軍軍人になったのか。そこから、今日は話を起していきたいと思います」

 

 

 

 

 

昭和一六年

 

 日本とアメリカの関係は極度の緊張状態にありました。

 満州事変、日中戦争と大陸への進出を強めていた日本を警戒したアメリカは、中国国民党を経済面、軍事面から支援。さらに、対日禁輸等の経済制裁の用意があることを示すことで日本を牽制し、日本の対中国戦略を見なおさせようと試みます。

 しかし、それはアメリカの思惑とは裏腹に日本の対米態度の硬化をもたらすだけでした。

 そして、日中戦争勃発からおよそ四年後。日本は、アメリカの対中国支援ルート遮断と、南方資源地帯進出の足がかりを兼ねてインドシナ半島南部にまで進駐します。

 これに対し、アメリカは日本に対する警戒をより一層強めました。対日圧力を強めるべく英蘭中と連携したABCD包囲網結成へと動き、さらに日本がインドシナ半島を保持する意思が固いと知ると、対日石油輸出の全面禁止に踏み切ります。

 当時、石油の七○%以上をアメリカからの輸入に依存していた日本にとって、これは国家を揺るがすほどの大打撃でした。もはや、日米開戦は秒読みの段階となっていたのです。

 そんな中、海軍内部で対米戦争を回避しようと精力的に動いていた一人の男がいました。

 

 海軍大佐、長野壱業。

 

 当時、齢四○を越えたばかりながら、その明晰な頭脳と未来を読む優れた洞察力から日露戦争の英雄秋山真之の再来とまで評された俊英でした。

 

 

 

 

 

 

 長野は明治三一年五月×日、群馬県○○市にあった長野豆腐店の長男として生まれました。

 長野の通っていた尋常小学校の担任教師の残した日記からは、長野が幼き日から既に普通の子供とは違う才能を持っていたことが分かります。

 

「成績は全て甲(最優秀)。寡黙だが思慮深く、とても少年とは思えないほどの利発さであった」

「もはやこの少年に教えることは何も無く、いつかは医者か博士になるであろう逸材だと確信した」

 

 そして、中学校も優秀な成績で卒業し一六歳になった長野は、大正二年、故郷群馬を離れ江田島にあった海軍兵学校の門を叩きます。

 海軍兵学校でも、彼の成績は常に優秀でした。さらに彼は、同期や後輩を誘い、休みの日曜日には度々潜水艦や航空機といった新兵器の運用、対策に関する勉強会を開いていました。

 長野が入学した当時、日本海海戦における聯合艦隊の勝利が日露戦争の講和に大きな役割を果たしたことから、戦艦同士の艦隊決戦が戦争の行方を決めるという考え方が世界中で広まっていました。

 日露戦争後はイギリスが建造したドレッドノート級戦艦を皮切りに、列強国の間でより堅牢で分厚い装甲とより破壊力、射程距離を増した大口径の主砲、そしてより速力を発揮できる機関を搭載した巨大戦艦が次々と竣工。

 戦艦こそが、近代戦争において勝利を決定付ける最有力兵器であり、これを如何に用い、如何に敵戦艦を打破るかが海軍軍人の職務である。

 海軍兵学校でもこのような考え方が広まっており、日々の講義でも戦艦を主力とする戦い方が教えられていました。

 しかし、そんな中で長野は兵学校在学中に始まった第一次世界大戦で登場した航空機と潜水艦という新しい兵器に注目し、彼が主催していた勉強会でも度々これらの新兵器について取り上げます。

 第一次世界大戦において、航空機は新時代の兵器として少なくない功績を挙げていました。

 タンネンベルグの会戦をはじめ、航空偵察で得られる情報は非常に大きな役割を果たしていたのです。そして、敵の航空機による偵察を妨害するために銃火器を積んだ戦闘機や、前線の後方にある敵国に爆弾を投下することができる爆撃機も誕生します。

 また、潜水艦もその存在感を大きく増します。

 第一次世界大戦では数千隻もの輸送船が潜水艦によって撃沈され、各国は生命線である補給路を狙う見えない敵に震え上がりました。

 ガリポリの戦いでも、ドイツの潜水艦Uボートがイギリスの前弩級戦艦二隻を撃沈するという戦果をあげました。ドレッドノート級戦艦の登場で旧式化していたとはいえ、潜水艦が戦艦を沈めたという実績は世界中の海軍関係者を驚かせました。

 しかし、当時の日本ではまだ、兵学校の教官たちですらこれらの兵器に触れたことがある者は非常に少なく、その運用についても帝国海軍には殆どノウハウはありませんでした。

 当時、まだ信頼性に乏しく、航続距離や攻撃力も貧弱だったこれらの新兵器が、これからの戦争において大きな役割を担うようになるという考え方が長野以外の勉強会の参加者に理解できないのも、無理も無いことでした。

 長野は勉強会の参加者達に言います。

 

「今はまだ、これらの兵器の能力は未熟だ。しかし、技術の進歩は何れ、航空機と潜水艦を海戦に欠かすことの出来ない重要な戦力へと変えるだろう」

「いつか、太平洋を横断できる巨大な航空機が新高山よりも高い高度から爆弾を投下して街を破壊し、潜水艦が本土近海に遊弋して戦略物資を積んだ輸送船を軒並み沈めるという戦争が現実のものとなるかもしれない」

 

 それは、およそ三○年後には現実のものとしてこの国に降りかかる戦争を予期したものでした。

 勉強会の参加者からは新兵器を過大評価しているとの指摘もありましたが、これに対し長野は懇々と一分の隙もない反論を返します。時に丸一日潰すこともあったというこの勉強会を通じて育まれた同期との友誼と新時代の海軍理論は、その後の戦争で彼らを海軍の柱となる逸材に育て上げました。

 また、エンジンやレーダー、ソナーなどの技術的な進歩を踏まえた将来的な潜水艦、航空機の活用や対策を提言するこの勉強会は、彼が卒業する間際には新兵器の登場に戸惑う教官からも出席者が出るほどの兵学校名物となりました。

 その後、艦船だけではなく潜水艦や航空機などの設計にも意見したという長野の幅広い見識もこの勉強会を経て育まれていったのです。

 

 

 

 

 

 兵学校を卒業し、海軍少尉となった長野は海軍軍人として研鑽を積む一方で、かつての同期と共に海軍内での航空機や潜水艦の情報を収集し、これらを活用する新時代の海軍戦略の啓蒙も進めます。

 この頃、第一次世界大戦を経て海軍の在り方は大きく変わろうとしていました。

 まず、航空機を海上で発着艦させる航空母艦という新しい軍艦が誕生し、空母機動部隊という概念の萌芽が芽生えつつあったのです。

 空母に積まれた艦載機は、これまでよりも遥かに艦隊の索敵可能範囲を広げました。航空機があれば、これまででは把握することができなかった遠方の敵艦隊の位置を掴めるようになったのです。

 加えて、当時の航空機にも小型ながら爆弾を搭載することができました。

 ドレッドノート級戦艦の誕生以後、装甲の厚みの増加が留まることを知らない各国の弩級戦艦に打撃を与えることは難しくとも、装甲も薄い駆逐艦などの小型艦艇に対しては、航空機は侮れない敵となりつつあったのです。

 海軍兵学校時代から長野が注目してきた潜水艦も、彼の予測通りに大きな進歩を遂げていました。航続距離も潜行可能深度も飛躍的に向上し、海上艦艇からの捕捉もより困難になっていました。

 しかし、一方でこれらの兵器にはまだまだ問題も山積みであり、帝国海軍が実戦に本格的に投入するには解決しなければならない点が多々ありました。

 

 長野が新時代の戦略について情報を集め、地道な啓蒙を進める中で大きな転機が訪れます。

 大正一五年。長野は海軍大学校に入学しました。

 海軍大学校は、部隊を運用する指揮官に必要とされる高度な海軍戦術を学び、考案する場所です。

 実行する、しないは別として、可能性として考えられる作戦はとにかくなんでも研究し、その問題点の解明や改善策を立案することができるこの海軍大学校への入学は、海軍兵学校入学以来ずっと次世代の海軍戦術を考え続けてきた長野にとって最高の環境でした。

 長野は、任官以来温め続けてきた戦術の数々をこの場で提言し、日本海軍の歩むべき道を模索する日々を送ります。

 

 防衛省防衛研究資料館には、当時の長野の試行錯誤の成果の一端を窺わせる資料が残されています。

 『対潜戦闘ニ関スル意見書』

 この意見書には、性能を向上させてより発見、攻撃が難しくなった潜水艦に対する対処策の提言が五百ページにわたって述べられています。

『敵潜水艦ノ通商破壊ニ対抗スルニハ、小型ノ船団ヲ数多ク出航サセルノデハナク、大型ノ船団ニ纏メテ出航サセルベシ』

 長野は、敵潜水艦による通商破壊に対抗するには、輸送船を大型の船団に纏めて出航させる方が被発見率や護衛の効率から考えるに効果的であると纏めています。

 驚くべきことに、この意見書に記されていた潜水艦対策案は、第二次世界大戦において連合国海軍が猛威を振るうUボートに対して数多の犠牲の末に編み出した対処策と殆ど同じものでした。

 長野は、この海軍大学校で着々と、次世代の戦争に備えた戦術を構築していたのです。

 

 そして、今回初めてテレビで公開される資料があります。

『真珠湾攻撃想定』

 対米戦争が勃発した場合、アメリカ太平洋艦隊の主力が真珠湾に移動済であると想定し、開戦初頭にアメリカ太平洋艦隊を奇襲し撃破するという作戦案です。

 大正一六年、長野は自身で立案したこの真珠湾奇襲作戦を検討した結果、次のような結論を下しました。

 『真珠湾攻撃ノ成功ハ、米艦隊ノ布哇以西デノ活動ヲ最低デモ半年間封ジ込メル成果ガ見込マレル』

 『仮ニ、米国ト戦端ヲ開クニアタッテハ、開戦初頭ノ真珠湾攻撃ガ不可欠デアル』

 この時の長野は、いずれ自身が対米戦に不可欠だと結論付けた作戦が実施されることなどまだ知る由もありません。

 しかし、それから一五年後にこの作戦は飛躍的に性能を向上させた航空機を主力とした部隊の手によって現実のものとなり、長野自身も作戦に参加することとなるのです。

 

 長野壱業が、戦艦金剛と運命を共にする一八年前のことでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

そっとテレビのリモコンを取り電源を落とす。

 

「…誰だコレ」

 

長野壱業改め、長野業和は頭を抱えるのであった。




《後藤陸将さんによる補足》
1 長野氏の『魔術師』という異名は、銀河英雄伝説のヤン・ウェンリーに肖ってつけた自作設定です。

2 金剛の沈んだ時刻「昭和二十年八月一九日午後六時三二分」は、八月一九日の日の入りが午後七時くらいだったので、大体の日没の時間に合わせてつけてみました

3 海軍兵学校の勉強会は、兵学校の同期をミック先生の知識借りて論破したというエピソードからの自作です。

4 『対潜戦闘ニ関スル意見書』は、早期に対潜戦術を海軍内部に実施させたかった長野氏が史実連合国の戦略を丸パクリしたという自作設定です。



以下、ピロシキィからの補足。

最後の所は私が追記しております。
世界線のこととか細かい事は気にしないでいただけると幸いです。


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History was changed at the moment 《承》

応援ssということで、
後藤陸将さんから寄稿して頂いたものの第二弾です。

ありがとうございます。


「ゲストのご紹介です。作家の司波次郎さんでいらっしゃいます。どうぞよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

「司波さんは、昨年映画化されて大ヒットを記録した『水平線のダイヤ』をはじめ、太平洋戦争を題材とした様々な作品を執筆されていらっしゃいますけれども、まず伺いたいのが、長野壱業という男は、まさに時代を先取りした男だったと言えるわけですが、彼は一体どのようにして数々の先進的な考えを編み出していったのでしょうか?」

「長野壱業氏の同期、海軍兵学校四四期生というのは、大変学習意欲の高い男たちの集まりでした。後にソ連太平洋艦隊を撃滅した柳本柳作氏をはじめ、彼の同期には後の太平洋戦争でも成果を残した軍人が多かったんです。海軍兵学校出身者のその後の戦績を振り返ってみても、この四四期生ほど優れた軍人を数多く送り出した年はありませんでした。おそらく、長野氏自身も類稀なる才能と洞察力を持っていたことは疑いようの無いことだと思いますが、これらの優秀な同期との活発な意見交換も彼にとってよりよい刺激となり、革新的な考えを編み出せるようになっていったのではないでしょうか」

「なるほど。優秀な学友との建設的な議論が、彼の才能をさらに伸ばすことにも繋がったということですね」

「はい。また、同時に時代背景も彼の革新的な考え方の成長を促したと考えられます。当時は兵器の進歩が日進月歩で、誰もが新しい時代の戦い方を試行錯誤をしながら捜し求めていました。勿論、その中には机上の空論に過ぎない考え方から、一考の余地のある考え方まで様々なものがあったと思いますが、これらの数多くの様々な方向を目指す考え方が溢れかえっていた時代というのも、新しい戦略を常に軍人に考えさせる土台になりました」

「確かに、潜水艦や航空機など、この頃の兵器の進歩には目覚しいものがありましたね」

「第一次世界大戦を経て、戦争のやり方は大きく変わりました。潜水艦による通商破壊に、爆撃機による後方地域への直接攻撃など、国家総力戦においてその勝敗を大きく左右する国力の削り合いという戦いは、軍人の戦争というものに対する意識を大きく変えさせるものでした。また、これまで人間が戦う場所ではなかった大空や海中までもが戦場となり、軍人は新しい戦場で勝利を収める方法を模索するようになります。誰にとっても未知、解答のない問題に取り組む中で、各国ともに発想力に秀でた軍人が台頭するようになりました。長野壱業氏は、この時期にその発想力で台頭した軍人の中でも頭一つ飛びぬけた逸材であったということは間違いないでしょう」

 

「さて、長野はその優れた先見性と志を同じくする優秀な同期生と共に帝国海軍の進歩に尽力します。しかし、時代は帝国海軍の変革を待ってはくれませんでした。長野は、やがて全世界を巻き込む巨大な時代のうねりに立ち向かうこととなります」

 

 

 

 

 

 昭和三年

 

 海軍大学校を卒業した長野は、この頃から軍部だけではなく、日本の政財界への働きかけも積極的に始めるようになります。

 彼の実家、長野商店は現在の長野グループの礎となった会社であり、この当時も大正末期から昭和にかけて台頭した新興財閥の代表格でありました。

 長野は海軍兵学校を卒業したころから、既に実家の経営方針にも色々とアドバイスを与えたと言われています。株式や発動機事業を初めとした先進的な事業にも手を出して成功した長野商会は、長野が海軍大学校を卒業したころには、一躍国内でのトップクラスの商会へと発展を遂げていました。

 長野は、それ以降も頻繁に商会の経営に助言をし、大きな利益が見込まれる事業への参画と市場の開発を促すと同時に、国内のインフラ整備を主とした地方改革にも多額の出資をさせました。

 当時、成功を続ける長野商会に注目していた同業者も少なくなく、長野のやることに続けとばかりに財閥の後を追う発展中の商社も東北への投資を開始します。その結果、かつては貧困地帯であった農村地帯の経済は上向きとなり、娘を身売りしなければ冬を越せなくなるような家庭も減りました。都市部でも世界恐慌の煽りを受けて経営が傾いていた会社に対して積極的に融資を行い、都市部での失業者の削減に貢献します。

 さらに、長野商会はこれらの慈善事業で得た貧困層からの支持と資金力をもって政治にも介入します。長野商会のバックアップを受けた政治家や官僚は、日本国内の開発を積極的に提言すると共に、政府の経費削減などの政策を進めました。

 また、長野商会のバックアップを受けた政治家が推し進めた国策として、大量生産を可能とする生産モデルや品質管理の概念の導入があります。

 当時、日本よりも困窮していたドイツや失業者が社会問題となっていたアメリカから多数の技師を招聘し、大量生産に適した工業モデルの構築と、品質管理のノウハウの蓄積を目論んだのです。

 農業、工業、金融業など、様々な分野の発展を後押しした長野商会の活躍もあって、社会的な不況の中にありながら、日本の産業は着実に進歩を遂げていました。

 しかし、当時の日本を取り巻いていた金融恐慌、昭和恐慌と続いた大不況と、その余波による慢性的な不況の影響は強く、いくつかの商社が景気の回復に向けて足掻いたところで日本全体に影を落としていた不況から抜け出すことはできませんでした。

 さらに、そこに追い討ちをかけるように張作霖爆殺事件が発生します。これにより、日本が大きく幅をきかせていた中国市場で日貨排斥の動きが強まります。日本商店への襲撃、邦人への暴行、日本商品の不買運動などは世界恐慌下でどうにか日本の需要を支えていた最大の市場が揺らいだことにより、辛うじて踏みとどまっていた日本経済はいっきにどん底への向かっていきました。

 そして、事態を打開できない政治家への不信や、世界恐慌、金融恐慌による経済の低迷、台頭する共産主義に対する恐怖など、社会に対する不満のはけ口を捜していた日本は、それを広大な中国大陸に求めるようになります。

 日貨排斥等という蛮行を働く中国も、軍事力を持って捻じ伏せることができればいい。そうすれば、中国大陸という巨大な経済圏を完全に我が物にでき、この出口の見えない不況を乗り越えられる。こちらの言うことを聞く植民地さえあれば、モノも売れるし資源は手に入る。

 そのような幻想を抱く日本人は、少なくありませんでした。

 

 

 

 昭和六年九月一八日

 

 中国、柳条湖付近で満州鉄道の線路が爆破されます。満州事変の勃発です。

 この事件をきっかけに関東軍は軍事行動を開始し、瞬く間に満州南部を占領しました。

 日本の世論は、満州事変の勃発を受けて中国に対する積極的軍事介入に偏ります。

 満州鉄道の権益は、在満邦人の利益に直結するものであり、また、当時の日本人の多くは日露戦争でおよそ八万人もの犠牲を払って得た満州の特殊権益を守らなければならないと考えていたからです。

 関東軍が占領した満州には、その後、清帝国最後の皇帝溥儀を元首とする満州国が建国されることとなります。これは、実質的には日本の植民地でした。

 しかし、満州事変に端を発する関東軍の軍事行動や満州国の建国、加えて、特務機関の工作によって勃発した上海事変は海軍軍縮条約の調印など国際協調、平和外交を標榜していた外務大臣、幣原喜重郎の外交姿勢を否定するものでした。日本の国際的な信用は失墜し、他の列強国からの警戒が高まる結果となります。

 対外融和姿勢を取っていた幣原の外交には、以前から日本国内でも軟弱外交という批判があり、満州事変後はその批判もさらに強まることとなりました。

 そして同年一二月、幣原は内閣を去り、幣原外交は終焉を迎えます。同時に世論では強硬外交が支持を集めるようになりました。世論の支持を受けた強硬外交は、この二年後の昭和八年に、日本を満州国の不承認を理由に国際連盟から脱退させることとなります。

 世論が望んだ対外強硬外交の結末は、国際社会からの孤立に他なりませんでした。

 

 武力を背景にした中国への進出と、国際的孤立を深める日本の現況に危機感を覚えた長野は、海軍兵学校の同期に次のように語っています。

 

「中国人を力で押さえ続けながら日本一国で開発を続けたところで、日本を満たせるだけの利益なんてあがるわけがない。このままでは、この大陸は泥沼になるだろう」

 

 長野は、中国大陸への深入りが、日本を回復させるどころか疲弊させるだけだと考えていました。しかし、長野が本当に恐れていたのは日本の疲弊ではなく、太平洋を挟んだ大国、アメリカとの関係悪化でした。

 アメリカもまた、世界恐慌の影響で失業者が溢れ、経済は衰退していました。ルーズヴェルト大統領が主導したニューディール政策によってひとまず最悪の事態からは抜け出せましたが、政府による大規模財政支出をこれ以上進めることは危険でした。

 税収と雇用の回復のために新しい市場の存在が不可欠となったアメリカですが、既にこのころにはアメリカ国内にはアメリカの必要とする膨大な需要を満たせるフロンティアなど存在しませんでした。その結果、アメリカは奇しくも日本と同様に中国市場に目をつけました。

 先んじて中国に版図を広げつつあった日本は、アメリカにしてみれば将来性のある巨大市場を独占している国であり、邪魔者でした。

 強硬な姿勢を貫き国際社会からの孤立を深めていた日本がナチスドイツへと接近していたことも、アメリカでの日本に対する脅威論、警戒論を一層助長しました。

 このままでは、中国市場を狙うアメリカとの摩擦が戦争へとつながりかねない。そんな危機感を持った長野は、戦争回避のために動き始めます。

 とはいえ、当時の長野はまだ海軍中佐に過ぎません。海軍内部での力は、政局を動かしうるには到底足りず、米英を刺激するであろう大規模な軍拡を推進している海軍主流派を抑えることは不可能でした。

 そこで、長野は「国際正義に基づく協調主義」を掲げていた立憲民政党と接触し、長野グループの財力を通じて支援させます。

 当時、立憲民政党の中心的存在だった町田忠治も彼が支援した人物の一人です。

 実は、町田は、後に長野から援助の申し出があった際、一度はその申し出を断っていました。立憲民政党は軍拡を推し進めていた軍と協調路線を取る立憲政友会と対立しており、自分たちを支援すると言い出した軍人も、見返りに親軍姿勢を求めているのではないかと疑ったからです。

 すると、援助を拒否した彼の元に、長野本人が訪ねてきました。その時のやりとりを町田は後にこう語っています。

「長野中佐が私達に求めていた政策は、農村の開発から工業規格の策定、貧民救済などと多岐に亘った。しかし、その中に軍への協力や、軍の政治への関与を強めるような政策は一つもなかった。私は、政策が実現した未来を脳裏に描き、彼が真に目指していたものを理解した。彼は、国内を豊かにすることで大陸から足抜けし、国際協調によって軍縮を実行するという時流に逆らったものを求めていたのだ」

 さらに、長野は民政党の対立候補であった政友会にも揺さぶりをかけます。政友会非主流派を援助し、政友会内部の不和を煽らせることで、間接的に民政党を支援したのです。

 しかし、戦争回避のために長野が行った一連の動きも、時代という大きな流れを変えることはできませんでした。

 

 

 

 昭和一二年七月七日

 

 北京郊外の盧溝橋付近で、現地駐留の陸軍部隊が一発の銃声を聞きました。その銃声をきっかけに、中国軍と日本軍の衝突が起きました。盧溝橋事件です。

 この都市の八月には戦局不利となった中国軍が上海を攻撃。これにより、事態は極地紛争から大規模紛争へと拡大し、日中両国は全面戦争へと突入しました。

 日本は戦局を優位に進め、一二月には中国の首都南京を占領することに成功します。しかし、中国軍に対して決定的な打撃を与えることはできず、戦線は拡大。日中戦争は、長野が恐れていた行方の見えない泥沼の戦争となりました。

 日本が中国全土を直接支配下に置くことを恐れたアメリカが、軍事と経済の両面で中国を支援したことより、日本国内では反米感情が悪化します。

 さらに、欧州でのドイツの躍進を背景に、日本では防共協定以来の対独協調の気運が高まり、昭和一五年九月には日独伊三国同盟が成立します。

 日本が米英の対中支援ルートを遮断するためにインドシナ半島に進出していたことや、アメリカが三国同盟を締結した日本に対して屑鉄の禁輸等を含む経済制裁を発動していたこともあり、もはや日米両国の関係は、いつ開戦してもおかしくないほどに逼迫していました。

 

 

 

 昭和一六年二月

 

 対米開戦の空気が濃くなる中、呉鎮守府附になっていた長野は海軍御用達の高級料亭に秘密裏に呼び出されます。

 海軍士官の中でも、将官以上のものでなければ利用できない最高級の部屋に通された彼を待っていたのは、時の聯合艦隊司令長官、山本五十六でした。

 この時のことを、後に長野は同期の柳本柳作に次のように語っています。

 

「真珠湾攻撃。君ならどうやる」

 長官が前置きもなく切り出したその一言で、私は長官が対米開戦を決めたことを理解した。

 長官は、海軍軍縮条約の撤廃以後、対米開戦反対を徹頭徹尾貫いてきた方だ。その長官が聯合艦隊司令長官として対米戦をやる覚悟を決めているということは、もはや、対米開戦は避けられないところまできている。

 私のところに来たということは、きっと海軍大学校時代に書いた戦術案をご覧になったのだろう。そして、長官もアメリカと戦うのなら真珠湾奇襲が不可欠であると判断された。

 ならば、自分も軍人として腹を括るしかないと思った。やるのならば、徹底的にやらなければ意味はない。

「開戦直後に航空機による奇襲をかけ、戦艦群を撃沈。あわよくば海軍工廠を破壊します」

 私の答えに、長官は酷く複雑な表情をしておられた。

 今思えば、きっと長官は真珠湾奇襲の理解者を得られたことの喜びと、こんな博打のような策をせざるを得ない悔しさの狭間で苦しんでおられたのだと思う。

 

 この会談の一ヵ月後長野は連合艦隊司令部附に抜擢され、航空魚雷の深度調節や、雑音の少ない無線機の導入による連携の取れた攻撃の実施などといった真珠湾攻撃における技術的、戦術的諸問題の解決に奔走することとなります。

 

 

 

 昭和一六年十二月八日三時一九分

 

 真珠湾奇襲攻撃の特命を受けた機動艦隊から発艦した真珠湾第一次攻撃隊一八三機が『ト連送』と同時に真珠湾停泊艦艇に向けて突撃を開始します。

 その時を連合艦隊旗艦戦艦「長門」の作戦室で迎えた長野は、重い沈黙に包まれ、沈痛な面持ちをしている幕僚達の前でも、眉一つ動かすことなくいつもどおりの平然とした態度をしていました。

 そして、作戦室に待ちに待った知らせが届きます。

「奇襲成功。敵戦艦撃沈、効果甚大」

 真珠湾奇襲が成功を意味する知らせに作戦室につめていた幕僚たちは沸き立ちます。

 しかし、その一方で長野だけは一人表情を崩すことなく地図を見つめ続けていました。

 

 

 長野壱業が、戦艦金剛と運命を共にする四年前のことでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

休憩談話室で艦娘達に集られながら、悪夢と言える時間を終えた。

 

やめて! そんなキラキラした目で私を見ないでぇーーー!

 

長野壱業改め、長野業和は内面は兎も角、普段通りの仏頂面である。

 




《後藤陸将さんによる補足》

立憲民政党を長野グループが後援したというのは、自作設定です。当時の政策実行力のある政党のうち、一番マシなのはこっちかなぁと考えまして。政友会はこのころ、政党戦略に走って統帥権問題を持ち出すなどの政党政治の否定を自分からしていましたし。

町田忠治を抜擢したのは、史実では農相として農村の負債整理や米価の極端な変動を防止する米価政策を実現していたり、日本国内の発展に力を注ぐ点が長野の考えと相性がいいのではと考えたからです。

五十六が長野の元を訪ねたというのは完全自作エピソードです。大河とかでよくありそうなオリジナル演出ですね。
 一応、理屈をつけるとするならば真珠湾作戦をおぼろげに考えていた五十六が海軍大学校にあった長野の真珠湾攻撃計画を読み、十年以上前にこの計画を詰めた彼ならば真珠湾攻撃反対を唱える軍令部を黙らせるだけの意見を持っているかもしれないと考えて接触したというところでしょうか。

真珠湾後からは山本と長野の戦略観の齟齬がはっきり形になると思いますが、真珠湾攻撃に関しては山本と長野はかなり近い戦略観を持っていたのではないか、と考えて料亭での会話を書かせていただきました。


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History was changed at the moment 《鋪》

後藤陸将さんからの応援ss第三弾。

本当に感謝です。


 

「司波さん。軍人でありながら投資や農村復興、政治にも実家を通じて積極的に手を出す長野壱業氏の意図はどこにあったのでしょうか?」

「そうですね、まず彼が投資した意図についてですが、当時疲弊して困窮していた産業の救済や、景気の回復によって世論の不満を解消するというのもありましたが、主たる意図はそうではありませんでした」

「単なる弱者救済という慈善事業的なものではないのですか?」

「ええ。彼の狙いはそれだけではなかったのでしょう。景気が回復すれば、過激な思想に傾倒しつつあった世論を抑えることができ、戦争を回避しようとする空気を作り出せたというのもありますし、これは彼が投資した分野やそれがもたらした結果からの推測なのですが、彼の狙いは国力の増強そのものにもあったのだと思いますね。食糧自給率の向上は兵站を考える上で油と鉄よりも先に突き当たる問題ですし、工業の活性化は第一次世界大戦のような国家総力戦をするには不可欠な問題です。戦争をするにあたり、兵站や後方の生産力が貧弱では話にならない。最低限の生産力すら日本には欠けていると考え、長野壱業氏は産業の発展に力を入れたのではないでしょうか」

「なるほど。長野壱業氏は、日本が第一次世界大戦のような国家の総力を結集した戦争に突入する可能性を鑑みて、その時のための準備をすすめようとしたのですね」

「はい。また、彼がてこ入れを指示した会社の中では、無線機や即席調理食品の開発など民生にも使えますが軍事においてはそれ以上に価値を持つ技術の研究が進められていました。無線機の充実は航空機の連携に大きく寄与しますし、軍用の即席調理食品は、前線の兵士に等しく恩恵を与え、士気の向上にもつながりますからね。長野壱業氏は、VTRにもありましたように戦争回避のための努力も続けながら、その一方で戦争になったときにも優位に立てるように各種技術の開発にも力を入れていたことは間違いないでしょう」

「開戦か不戦か。どちらに転んでもこの国の利になるように備えていたというわけですか」

「ええ。長野氏は非常に計算高い人物でしたから」

 

「長野と山本の渾身の策、真珠湾奇襲攻撃は成功。日本海軍は大戦果を収め、その後も快進撃を続けるのでありますが、それも長くは続きませんでした。戦争が長期化する中で、国力に劣る日本は次第に圧倒的な物量差と資源の不足から、坂から転げ落ちるかのように敗北を重ねるようになります」

「相次ぐ激戦によって、聯合艦隊は疲弊していきました。もはや、聯合艦隊には往時の戦力はほとんど残っていません。そんな中、海軍軍令部は帝国海軍の誇りを賭けたある作戦を立案しました。この追い詰められた海軍軍令部の作戦が、長野の運命を決することとなるのでございます」

 

 

 

 

 

 昭和一六年一二月八日

 

 日本海軍の真珠湾奇襲攻撃は成功し、戦艦八隻を行動不能とする甚大な被害を米海軍に与えます。さらに、海軍工廠の一部が爆弾の直撃を受けた影響で、損傷を受けた艦の復旧にも支障が生じました。この時受けた損害の回復のため、アメリカ海軍はそれから一年以上太平洋での大規模な艦隊行動を制限されることとなります。

 そして、アメリカ海軍が動けない隙に、日本海軍は太平洋、インド洋を駆け回り、連戦連勝の快進撃を成し遂げます。

 イギリス海軍をインド洋で圧倒し、マレー、シンガポール、ニューギニアと占領地域を次々と広げますが、その間、日本海軍はマーシャル・ギルバート諸島機動空襲やドゥーリットル空襲など真珠湾攻撃で仕留め損ねた米海軍空母部隊の脅威に悩まされることとなりました。

 そこで、米空母部隊の封じ込め、あわよくば撃滅を狙った日本海軍は、昭和一七年六月にミッドウェー島攻略作戦を実施します。しかし、この戦いで戦力に優っていたはずの日本海軍はまさかの大敗北を喫します。

 このミッドウェー海戦の敗北から、日本海軍は次第に敗戦を重ね、ついには劣勢に立たされるようになりました。

 昭和一八年四月には、真珠湾攻撃を指揮した山本五十六海軍大将が前線視察のため訪れていたブーゲンビル島上空で戦死し、昭和一九年にはマリアナ沖海戦、レイテ沖海戦で日本海軍は敗北し、多くの艦船を喪失します。

 

 

 

 そして、昭和二〇年六月一五日

 

 硫黄島を陥落させたアメリカを主軸とする連合国は、ついに沖縄上陸に向けて動き始めます。

 連合国の機動部隊は沖縄に大規模な空襲を実施し、それを阻止せんとする沖縄の基地航空隊と激しい空戦を繰り広げました。さらに、連合国はそれに平行して、戦艦六隻を中心とする三〇隻以上からなる艦隊が艦砲射撃を実施します。

 この知らせを聞いた日本海軍も、連合国が沖縄占領に向けて動いたことを確信しました。しかし、既に聯合艦隊には沖縄に来寇した連合国艦隊を撃退するだけの水上戦力は残っていませんでした。

 残存兵力で沖縄救援は不可能であることは、海軍軍令部にも理解できていました。にも関わらず、聯合艦隊司令部は沖縄の連合国の泊地に残存水上艦艇を突入させる「天一号作戦」の実施を決定します。

 これには、当時軍令部で密かに囁かれていたある噂が大きく影響していたといいます。

 

「海軍にもう動かせるフネはないのか。沖縄を救う術はないのか」

 

 この言葉は、海軍の残存航空兵力の総てをもって沖縄沖の連合国艦隊を撃滅するという作戦を奏上した軍令部総長が、やんごとなきお方からかけられたものだと言われています。

 しかし、この言葉は宮内省の記録や当時の侍従らの個人的な記録等による裏づけはされておらず、本当にやんごとなきお方が発せられたお言葉であるかどうかは、今でも分かっておりません。

 ただ、真偽の程はともあれ、この噂は海軍を揺るがしました。

 連合国とまともに戦えるだけの数はないとはいえ、まだ聯合艦隊には空母、戦艦ともに残っています。にも関わらず、航空兵力のみによる攻撃作戦を実行すれば、海軍はフネを失うのが怖くて怖気づいているという醜聞が広がりかねません。

 聯合艦隊の、そして大日本帝国海軍の有終の美を飾ろうとしていた軍令部は、直ちに作戦の変更を命じます。軍令部は、航空戦力だけでなく、水上戦力をも投入する特攻作戦を実施する決意を固めたのです。

 この頃、海軍軍令部や聯合艦隊司令部には既に、この戦争の勝敗のことなど頭にありませんでした。ただ帝国海軍の威光と伝説を後世に伝えることだけを念頭に、彼らはこの無謀としか言いようの無い水上特攻作戦を推し進めたのです。

 

 

 

 六月二○日

 

 長野はこの日、数人の同期と共に聯合艦隊司令部から呼び出されます。

 そして、聯合艦隊司令部は彼らに水上特攻作戦「天一号作戦」への参加を要請しました。

 実は、聯合艦隊司令部は水上特攻作戦の承認を軍令部から受けていましたが、この作戦に対して作戦に参加する部隊の指揮官や艦の艦長からの反対意見が続出していたのです。

 

「挺身部隊の説得に協力してほしい」 

 

 司令部からのこの要請に対し、長野と共に呼び出された同期は強く反発します。

 

「戦死することを恐れて反対なぞしない。しかし、最初から勝つ気の無い戦いで死んで来いなどと言われて、はいそうですかと従うことはできない」

「そんなに特攻をやりたいのなら、司令部に篭っていないで貴方たちがやればよろしい」

 

 とはいえ、司令部も引くことはできませんでした。返答に窮した司令部は、次の言葉を発します。

 

「一億総特攻のさきがけになって頂きたい」

 

 その言葉を聞いて、長野の同期たちは司令部の無責任さ、無鉄砲さに憤慨し、さらに言い募ります。

 その時、これまで一言も発することがなかった長野が同期たちを手で制し、初めて口を開きます。

 

「挺身部隊の説得は引き受けよう。その代わり、作戦立案の一部と部隊の運用は私に一任していただきたい」

 

 司令部は、長野の提案に揺れます。

 長野はこの太平洋戦争において、そして日本海軍史において、他に並ぶものがいないほどの戦歴を有していました。

 ドゥーリットル空襲を予見して米空母エンタープライズを撃沈したことに始まり、第一次ソロモン海戦等ミッドウェー海戦以後に南方海域で行われたほとんどの海戦に参加、沈めた艦の数は帝国海軍一を誇ります。

 しかし、その一方で彼は司令部からは問題児と認識されていました。ことあるごとに軍令部を痛烈に批判しており、さらにその批判の悉くが結果として裏付けられていたからです。

 もしも、その彼がこの作戦に反対していることが海軍内部に知れ渡れば、間違いなく水上特攻作戦反対派は勢いづきます。これ以上作戦反対の意見が強くなれば、作戦の実施は困難となることも考えられました。

 かといって、簡単に彼の提案を呑めば、これまで彼の作戦を却下し続けてきた聯合艦隊司令部の面子にも関わります。

 聯合艦隊司令部の面々が渋る中、これまで成り行きを黙って見守ってきた一人の男が口を開きます。

 

「君がそうしたいと言うのであれば、よかろう」

 

 そう口にしたのは、当時の聯合艦隊司令長官、小沢治三郎でした。

 彼の一声で、長野が天一号作戦の一部立案をすることが決定したのです。

 

 

「俺の死に場所が決まったようだ」

 

 長野はその日、司令部に同行した同期の戦艦榛名艦長にこう語ったといいます。

 

 

 

 

 

 六月二五日

 

 聯合艦隊司令部から作戦立案の許可をもらった長野は、それから僅か五日で作戦案をまとめ、海軍の作戦を統括する軍令部に提出しました。

 この時、長野が作り上げた天一号作戦の変更点を纏めた機密文書が、今も防衛省防衛研究資料館に保管されています。今回は特別な許可を受け、撮影が許されました。

 

 

 

「天一号作戦 別動艦隊作戦書」

 

 作戦方針

 

 別動艦隊ハ第二艦隊ノ出撃ニ先ニジテ出港シ、南太平洋ヘト移動。ソノ後、太平洋上ニ発生ガ予測サレル低気圧ト共ニ沖縄沖ニ向ケテ北上シ、悪天候下デ敵艦隊トノ乱戦ニ持チ込ムコトデコレヲ駆逐セントス

 

 

 

 アメリカ海軍に悟られぬよう、悪天候に紛れて接近。そして、荒れ狂う波と風の中で戦艦や巡洋艦による艦隊決戦をやるというのが、長野の立てた作戦案です。

 作戦実施時期はちょうど雨雲が多く発生し、大気の状態が不安定となる八月。作戦条件が整う可能性は十分に考えられました。

 

 しかし、長野が提出した作戦案を見た軍令部は騒然とします。

 

「ほどほどの嵐であればいい。しかし、下手をすれば第四艦隊事件の二の舞だ」

 

 第四艦隊事件。

 それは一〇年前、台風によって海軍艦艇が多数被害を受けた大規模海難事故です。

 海軍演習のため臨時に編成された第四艦隊はその航行途中で台風と遭遇し、大波によって大きな被害を受けました。幸いなことに沈没した艦はなかったものの、これによって駆逐艦二隻が艦首切断という大きな被害を被りました。

 軍令部は、この時得られたデータから、台風の中での航行は艦艇に被害を与えるリスクがあることを知っていました。そのため、戦闘前に船体に被害の及ぶ可能性の高いこの作戦には難色を示したのです。

 それに対し長野は軍令部の指摘に整然と反論します。

 

「分の悪い賭けであることは百も承知。しかし、誰もがやらないと思うからこそ成功すれば大きな成果を得られる」

「貴方方は一度山本長官に真珠湾で博打を打たせているではないか。今度は私が博打を打つ番になったというだけのこと。ここに至り、博打を打つのを躊躇する理由はない」

 

 さらに、なおも煮え切らない軍令部の態度に業を煮やした長野は、懐から一枚の封筒を取り出します。

 

「もしも、軍令部の承認を得られないのであれば、私はここで辞表を提出させていただく」

 

 それは、奇しくも真珠湾奇襲作戦後、戦略観の相違から長野と袂を分かった聯合艦隊司令長官山本五十六が、真珠湾奇襲作戦の前に軍令部に切った啖呵と同じものでした。

 これを聞いた軍令部は、ついに長野の作戦案を承諾します。

 

 

 

 

 

 しかし、作戦の承認を得たところで、長野の前にはいくつかの課題がありました。

 

 最初の課題は、自身の指揮する艦隊を動かす燃料の問題です。

 本土近海における制空権は辛うじて保っていたものの、既に主要な航路はアメリカの潜水艦と哨戒機によって抑えられており、海外からの物資の輸入はほぼ不可能となっていました。戦前に備蓄していた石油や海戦初頭に東南アジアから運び込んだ石油もほぼ尽きかけており、片道分とはいえ、とても長野に預けられる艦隊のために用意できる燃料はなかったのです。

 軍令部に燃料事情から預けられる艦船を減らされることを危惧した長野は当時日本の商船のほぼ全ての運行を管理していた大本営海運総監部に働きかけ、艦隊行動用の重油を運ぶための油槽船を東南アジアの各所に手配させ、海上護衛総司令部にこれを護衛する艦隊を都合するように要請します。

 

 そして、七月七日。

 

 日本の占領下にあったシンガポールとニャンチャンに準備させた油槽船を無事に本土まで送り届けるために、海上護衛総司令部とは別に長野自身も護送部隊を編成して出撃しました。

 巡洋艦一隻、駆逐艦二隻、海防艦二隻の艦隊を率いた長野は、機雷で封鎖された海峡を突破し、一路シンガポールを目指します。シンガポールで二隻の油槽船と合流した長野は、その後ニャンチャンで新たに八隻の油槽船と合流し、香港、台湾を経由して帰路につきます。

 しかし、アメリカ海軍は長野が船団護送の任につき、小規模な部隊で鈍足な輸送船を守りながら台湾から日本に向かっているという情報を暗号解読によって掴んでいました。アメリカ海軍は、台湾方面で通商破壊に割り振られていた戦力の大半をこの船団の撃滅に割くことを命令します。

 この時、アメリカ海軍は血眼になって長野壱業という一人の軍人を殺そうとしていたのです。

 

 当時のアメリカ海軍における長野に対する認識を示す貴重な資料がワシントンにあるアメリカ国立公文書記録管理局に保存されています。

 

「|Operation:Retributive Justice《因果応報作戦》」

 

 アメリカ陸軍航空軍司令官ヘンリー・アーノルド少将から、フィリピンの陸軍航空隊第五空軍に宛てられた作戦書です。

 そこには、暗号解読から得られた船団の航路と目的地の情報と共に、輸送船団の護衛を指揮する長野が乗る船を沈めよという命令が記されていました。

 

 ドゥーリットル空襲で虎の子だった正規空母を撃沈されたことから始まり、第一次ソロモン海海戦では物資を満載した輸送船団を壊滅させるだけではなく、上陸していた海兵隊にも艦砲射撃で大きな損害を与え、さらには南方の諸海戦で沈めた艦は数知れず。

 さらに、長野が哨戒した海域では必ずと言っていいほどに潜水艦が撃沈されていました。南方海域での激戦の結果、アメリカ陸海軍に二万人近い死傷者と数十隻の艦艇喪失をもたらした長野は、アメリカの新聞やラジオにも度々名前が報道され、アメリカの世論からも恐れられる存在となっていたのです。

 そして、その長野を仕留められるかもしれないというチャンスに、命令を受けた第五空軍は躊躇わずに全力を投入しました。

 長野率いる護送部隊は台湾沖でついにアメリカ海軍の哨戒機に発見されます。その後、通報を受けて駆けつけた五〇機余りのB-25爆撃機による襲撃を受けた長野は、船団に煙幕を展開させながら味方の制空権下に逃げ込もうとしますが、鈍足な輸送船を守りながらの戦いとなり苦戦を余儀なくされます。

 自身が搭乗する旗艦と二隻の駆逐艦を殿に置き、多数の航空機を撃墜する奮戦にもかかわらず、最終的に長野はこの空襲により三隻の輸送船を失いました。

 しかし、幸いにも、海上護衛総司令部が護衛してきた別動油槽艦隊が大きな損失も出さずに任務を成功させていたこともあり、長野は帝国海軍残存艦艇が全力で出撃できるだけの燃料を確保することができました。

  

 

 

 燃料の問題が解決した長野が次に取り組んだのは、敵制空権下を突破する第二艦隊を援護するための直掩戦闘機の問題でした。

 いくら大和型戦艦であっても、敵の完全な制空権下で護衛もつけずに航行していれば、航空機の袋叩きにされて沖縄にたどり着けないまま撃沈される可能性が高いと判断した長野は、可能な限りの護衛をつけるべきだと考えました。

 しかし、海軍の航空隊はマリアナ沖海戦や台湾沖での航空戦によって壊滅的な被害を被っており、再建の時間が必要とされていたため、唯一マリアナ沖の損耗を補填し、空母艦載機と乗員が揃っていた瑞鶴以外はこの作戦に動員できません。そこで長野は、航空戦力を陸軍に求めることにしました。

 

 油槽船の護衛任務を果たした長野は、すぐさま本土防空のための航空戦力を束ねる陸軍防衛総司令部を訪れ、航空兵力を艦隊の援護のために出して欲しいと訴えます。

「沖縄では、およそ六○万人の民間人と九万の陸軍兵士が米軍の脅威に晒されている。彼らを助けるために、何が何でも私は艦隊を沖縄に送りたい」

 しかし、防衛総司令部の返答は冷ややかなものでした。

「まず辿りつけないであろう艦隊を護衛するために戦闘機を出せたとて、何の意味があるか」

 防衛総司令部は、海軍の水上特攻の成功の可能性は低いという理由で、航空機による援護を断ります。しかし、防衛総司令部首脳部が長野の要請を断ったのには、実は別の思惑がありました。

 この時の陸軍では、連合国の沖縄侵攻によって現実味を帯びてきた本土決戦に向けて、戦力の整備が進められていました。そもそも、防衛総司令部も日本本土に対する空襲が激しさを増すことを予想し、本土防空のために成立した組織です。

 本土決戦となれば、その主役となるのは陸上戦力を有する陸軍であり、そこで米軍を撃退すれば、講和への道も開ける。そして、戦争終結を決定付ける功績を得た陸軍は、戦時中の度重なる敗戦の不名誉を払拭し、同時に海軍に対して優位に立てる。そんな打算が当時の陸軍にはあったと言われています。

 防衛総司令部と話をしていても埒が明かないと判断した長野は、防衛総司令部の説得を諦め、別の角度から陸軍へのアプローチを開始しました。

 当時、長野は航空機の開発を通じて親交のあった陸軍内部の対米和平派の将校と繋がりがありました。その伝手を利用し、彼は時の陸軍大臣阿南惟幾に渡りを付けたのです。

 阿南は、長野が水上特攻作戦への協力を求めてきた時のことを、後に鈴木貫太郎に次のように話しています。

 

 最初に、彼は迷いも無く頭を床につけた。

「沖縄県民と第三二軍の兵士達の命を、一人でも多く救いたい。そのために陸軍の戦闘機部隊の力をお借りしたい」

 私が、

「海軍さんのフネは、沖縄にたどり着けるのか?」

 と問うと、彼は頭を上げることなく、それでも堂々とした声でこう答えた。

「たどり着けます。たどり着かせるために、私はここにいるのです」

 私は最初、海軍の有終の美なんかのために援護の戦闘機を出すことなど真っ平御免だったが、彼の言葉を聞いて気が変わった。

 彼が陸軍の兵器研究に大きく貢献してくれていることは公然の秘密だったし、彼が戦場では並大抵ではない戦果をあげていることも知っていた。彼ならば、この無謀としか言いようの無い作戦に勝機を見出すことができるだろう。

 それに、彼がウチ(陸軍)や旧民政党系の政治家たちと和平に向けた宮中工作やスイスを窓口にした外交工作、国内の取りまとめを進めているということは知っていたから、彼がこの海戦の成果を持って和平のこぎつける段取りを整えているであろうことも察しがついていた。

 きっと、彼の策がなればこの戦争は終わり、沖縄県民も第三二軍もこれ以上の犠牲を出さなくてすむだろう。仮に策が失敗して本土決戦となったとしても、アメリカの海軍戦力を削っておいてくれればこちらの利にもなる。

 ただ、自分の死を念頭において、その後の講和までの段取りを整えることができるほどの男を死なせるのは勿体なさすぎる。彼の能力は、この戦争が終わった後にも絶対に必要になると私は思った。

 彼の策を成すためにというのも勿論あったが、できれば彼の生還の一助となってほしい。そう考えて、私は戦闘機部隊の派遣を了承した。

 

 阿南は長野の作戦に航空支援を出すことを了承し、大東亜決戦機として温存していた四式戦闘機疾風六○機を航空支援のために九州地方に回すことを確約しました。

 これで、長野壱業渾身の策の準備が全て整いました。

 

 

 

 八月九日 午前二時○○分

 

 日本海軍水路部が分析した気象情報から、近い内に沖縄方面の天候が大きく乱れることが分かり、「天一号作戦」が発令されました。

 それを受けて、第二艦隊に先んじて長野率いる別動部隊がフィリピン海に向け出撃します。

 

 ところが、出港直前になって主力として期待されていた長門と陸奥で機関不良が発生しました。

 機関不良でも出撃を志願する二隻の艦長に対し、長野は待機命令を下します。

 

「機関不良デハ荒天下デノ艦隊運動ニ支障ヲキタス可能性高シ。長門及ビ陸奥ハ作戦参加不可能トミナス。護衛ノ水雷戦隊ト共ニソノママ待機セヨ」

 

 実はこの機関不良は最初から仕組まれたものでした。

 当初、天一号作戦には長門型戦艦二隻の参加は想定されていませんでした。二隻の戦艦に積み込めるほどの重油がもう残っていなかったからです。

 しかし、長野が油槽船の護送に成功したことや、ほとんど期待されていなかった別の輸送ルートからの輸送が成功したことで、戦艦二隻を動かすだけの重油が集まりました。これを受けて軍令部は作戦参加艦艇を見直し、長門と陸奥の作戦参加を決定したのです。

 この長門と陸奥の作戦参加に対し、長野は当初難色を示します。

 確かに、別動隊に参加する戦力が増えれば作戦の成功率は上がります。軍令部としても日本の誇りとまで謳われた大戦艦をこのまま無為に朽ちさせることは惜しいという考えもありました。

 ですが、長野としてはこの二隻を日本に残しておきたい理由がありました。その理由とは、当時相互不可侵条約を結んでいたソ連の存在です。

 長野は、ナチスドイツの降伏によってニ正面作戦をする必要の無くなったソ連が、このまま極東情勢を座してみているはずがないと確信していました。そこで、北方でソ連の南下が起きた時への備えとして長門と陸奥を本土に残しておくべきだと考えたのです。

 しかし、軍令部は彼の意見を却下します。既に航空隊錬成中の雲龍を北方艦隊に配備しており、九月末には航空隊の錬成が終わり戦力化される以上、戦力を追加する必要がないと判断したためでした。

 そして、別動隊から長門と陸奥を外すのであれば、第二艦隊に編入させて沖縄へ向かわせると主張します。

 天一号作戦の決行までに残された僅かな時間を海戦の結果を見据えた和平工作のために費やしていた彼には、もはや軍令部を説得するだけの余裕はありませんでした。そこで長野は、已む無く現場の機関員たちに助力を頼みます。

 

 当時の戦艦陸奥の機関長が、戦後にこの時のことを回想したインタビューが残っています。

 

「長野少将がいらっしゃったときには、まず驚きましたよ。前に来たときは陸奥を爆破しようとしていた工作員を相手に大捕り物でしたからね。それに、戦争中は南方で数えられないほどの武勲を重ねたお方で、私達現場の軍人は彼を戦神として半分崇めてさえいました。その方が今度は一体何なんだ?って思いがありましたよ」

「訳を聞いたら、陸奥の機関を一時的に不調にできないか?っていうものですからね。明日には出撃で、そのためにちょうど燃料を搭載しているところだというのに、この陸奥を出撃させないつもりですか!?って私は階級も忘れて声を荒げました」

「そうしたら、少将は首を縦に振ってね。『そうだ。長門と陸奥の相手はアメリカじゃない。ソ連だ』と」

「『あの国が中立条約を律儀に守り続けるだなんて私には思えない。もしも、ソ連が参戦してきたときに、海上で揚陸部隊を撃滅できる戦力は残していかなければならない。それは、これから逝く私にはできない仕事だ。長門と陸奥に、それを託したい』と仰ってました」

「顔が真っ赤になったことを覚えてます。これほど先が見える人が、死ににいかなければならないのが悔しくて悲しくて、その方が私達を信じて後のことを託してくださるのが誇らしくて、嬉しくて。自分でもわけが分からないまま泣きましたね」

 

 

 

 八月九日 午前三時一分

 

 旗艦金剛の前檣に各隊の出港を意味する旗が翻ります。

 軽巡洋艦大淀を先頭に、駆逐艦時津風、浦風、夕立、時雨、長波が続き、殿に榛名と金剛が出港しました。

 

 この時、長野は次第に明るくなる東の空を見ながらこう呟きました。

 

「神風はとうとう吹かなかった。ならば、俺たちが神風になるしかないじゃないか」

 

 

 長野壱業が、戦艦金剛と運命を共にする一〇日前のことでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

色々と思う事はあった。

色んな人の支えがあったと改めて実感した。

途中、込み上げてくるものもあった。それはいい。

 

だけど、「神風に俺たちはなる(キリッ」なんて言ってないよぉぉ!?

 

「この戦上手の生き方下手っ!」

 

ちょっ、止めてください波平さん。

他の皆もそんな目で俺を見ないでおくれぇぇ!

 




《後藤陸将さんによる補足》

1 やんごとなきお方のお言葉は、真偽が分からない噂ということにしました。

2 |Operation:Retributive Justice《因果応報作戦》は、山本五十六が撃墜された際の米軍の作戦名「復讐作戦」に肖りました。
  復讐作戦でも、情報の把握から作戦立案までかなりのハイペースだったので、同じことができるのではないかと考えた次第です。

3 阿南惟幾陸軍大臣が長野の和平工作を黙認していたというのは、自分の解釈です。史実でも、本土決戦派でありながら、実は過激派を自分の手元に集めて手綱を握っていたように思えるところもありましたので。

4 長門陸奥が直前まで長野と共に特攻部隊にカウントされていたというのは自分の自作エピソードです。油さえあれば海軍としては出撃させたかったというのがあるのではないかと思いまして。
  後は、《起》の冒頭で触れたように、長野が聯合艦隊に残された戦力(当時使用可能なものに限る。雲龍など、錬成中で実戦に出せる状態にないものを除く)を全て委ねられたという形に添いたかったのもあります。

5 後にソ連を撃退する北方艦隊は、その時編成表だけはできていて、編成表に乗っている艦艇はこの時点では総じて出撃不能な状態だったか、瑞鶴の護衛についていたという風に考えています。


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History was changed at the moment 《叙》

後藤陸将さんからの応援ss第4弾。

心よりお礼申し上げます。


「司波さん。この頃の帝国海軍は、特攻に――もはや勝利ではなく如何に散るかということに執着していたのですが、何故長野はそんな作戦の一端を担おうとしたのでしょうか?」

「長野が天一号作戦の準備中にとった政界や陸軍和平派への工作から考えるに、たとえ特攻であろうとこの作戦が成功すれば、この戦争を終わらせることができると考えていたのではないでしょうか。天一号作戦が立案された昭和二〇年の五月には既に同盟国であったドイツが無条件降伏していましたし、日本も同じように無条件降伏を強いられる可能性があると考えた。しかし、当時の状況から考えるに、無条件降伏など未だ戦意が衰えない民衆や責任を負うことを恐れる政治家や軍首脳部が呑むはずがありませんから、仮に無条件降伏を日本が呑まざるをえなくなったとすれば、それまでに数十万人単位の犠牲と継戦不能になるほどの傷を国土に受けた後になる。数十万人の犠牲と国土への深い傷と引き換えの無条件降伏か、ここで自分たちの特攻をきっかけに条件付講和に持ち込むか。どちらが日本のためになるか、長野は天秤にかけたのでしょう」

「そして、長野は特攻を選んだと」

「ええ。長野は、このままではアメリカに打撃を与えようと無条件降伏にいたる流れは変えられないとみたのでしょうね。しかし、聯合艦隊の残存兵力のほぼ全てを投入するこの作戦で大戦果をあげることができれば、連合国は今後日本の抵抗がさらに厳しくなり、犠牲も増えると予想せざるをえなくなるはずです。もはや勝利が決まりつつある連合国としては、如何に少ない犠牲で日本を降伏させるかを考えていましたから、日本本土上陸作戦の際に生じるであろう損害が分かれば条件付であろうと講和に応じる可能性はあると長野は判断したのでしょう。仮に聯合艦隊が壊滅し、自身も命を失うこととなったとしても、それで連合国にこれ以上の継戦は犠牲に見合わないと考えさせ、条件付であろうと講和を受け入れた方がよいと考えさせることができますから」

「しかし、長野の目論見は天一号作戦の成功と敵艦隊撃滅が前提となりますね。そのあたりについて、長野は一体どのような考えをしていたのでしょうか?」

「南太平洋における激戦で重ねた戦果から分かるように、彼は優れた戦術眼を持つ人物です。ただ、特攻作戦への参加を打診されたその時点では流石に勝算などは考えていなかったと思います。ただ、何の考えもなく聯合艦隊に残された艦艇に特攻をさせるよりも、僅かにでもこの国の未来に繋がる勝利が期待できる作戦に投入する方がいいというぐらいでしょうか。おそらく、作戦の指揮権をもぎ取った後にこの作戦に参加するだけの兵力があれば、どのように戦い、如何に勝利を勝ち取ることができるか思案したのでしょう。そして、常道ではまず勝ちはないと判断し、一か八かの賭けにも近く、損害も計り知れないであろう作戦に辿りついたというわけです」

 

 

「聯合艦隊は真珠湾攻撃後の度重なる激戦の末に磨り潰され、残る艦艇は僅か。対して、アメリカを中心とした連合国は激戦で消耗した戦力を補充するだけではなく、拡充すら進めていました。もはや、両者の戦力差は絶望的なまでに広がっており、沖縄に来寇した連合国を撃退するだけの力は聯合艦隊には残されていませんでした」

「そんな中で立案された特攻作戦。この作戦に、現在戦火に晒されている沖縄県民を救うだけではなく、連合国との講和の可能性をも見出した長野は、生還の見込みが限りなく低いこの戦いに、己の全てを賭けて臨みます」

「そして皆さん、いよいよ、今日のその時がやってまいります」

 

 

 

 

 

 昭和二〇年 八月一五日 早朝

 

 長野率いる別動隊は、呉を出港後連合国潜水艦の目を盗みながらフィリピン海にまで南下していました。

 戦艦二隻を中心とする艦隊の目の前には、渦巻く巨大な雲。後に、室戸台風、伊勢湾台風と並んで昭和の三大台風のひとつに数えられる巨大台風、枕崎台風がそこにありました。

 嵐の中に紛れて沖縄を目指すということは乗組員たちも出港後に聞かされていましたが、目の前の台風は彼らが考えていた時化などとは比べ物にならない、まさに天変地異としか言いようの無いほどの災害でした。

 

 

 

 当時のことを、戦艦金剛の艦橋にいた木田孝雄さんは克明に覚えていました。

 

「あれほど荒れ狂う波の中で、無事ですむ保障はないですよ。普通に考えれば」

「何せ、遠目で見ただけでも空が暗くて、波が生き物のように激しくうねっているのが分かるんです。あれほどの暴風雨の中では、まず視界すら確保できない。まともな艦隊運動ができるはずがないし、そもそも航行すら危ういんです」

「けれど、そんなことは分かっているはずなのに、長野司令は全く躊躇することなく命令したんですよ。『あれに、突っ込む』ってね」

「あの時、金剛の艦橋ではもっと海面が穏やかな時に作戦を実施すべきではないかって意見が口々に出ていましたね。私も、口には出しませんでしたが、彼らの意見に賛成していました」

「けれども長野司令は意見を曲げず、逆に私達にこう仰ったんです。『嵐の一つや二つ乗り越えられずに、どうして沖縄沖に遊弋する我が方の二倍以上の数の敵艦隊を撃滅できるか。君達にとって都合のいいほどほどの台風をボーっと待つまでの間に、沖縄県民が――陛下の赤子が一体どれだけ犠牲になるのか考えろ』と。司令の一言で、私達は返す言葉を失いましたよ」

「これが、長野司令以外の普段ふんぞり返っている司令部のお偉方の命令なら、こんな現場への無茶振りに反感の一つや二つおぼえたかもしれませんが、その命令を下したのが長野司令でしたからね。あの方は、いつも不可能を可能にしてきた方ですから、『この人がやれると思っているなら、絶対にやれるぞ、勝てるぞ』っていう安心感も正直なところありました」

 

 

 

 長野率いる別動隊は、最大瞬間風速四五.三mを記録する大型台風に突っ込みました。

 荒れ狂う暴風雨にのた打ち回るように激しくうねる海面に、長野艦隊はまるで木の葉のように振り回されます。

 立っていることすらままならない大きな揺れに襲われる中、別動隊の各艦は必死に操船を行い、先頭を進み発光信号を送り続ける金剛を必死に追いかけます。

 

 

 

 八月一八日 午前一時一二分 

 

 長野たちが台風の中を決死の覚悟で突き進んでいたころ、呉を戦艦大和擁する第二艦隊が出撃しました。

 第二艦隊は灯火管制を徹底したまま豊後水道を抜け、擬装針路を取りながら南に向かいます。

 

 

 

 午前一○時三四分

 

 坊の岬沖で第二艦隊はアメリカ海軍の偵察機によって発見されます。

 位置が露見したからには、もはや擬装針路を取る必要はない。そう判断した第二艦隊司令長官、伊藤整一中将は沖縄への最短ルートへ針路変更を命じます。

 そして、同時に艦隊に大和と瑞鶴を中心とする輪形陣をとらせ、瑞鶴から四五機もの戦闘機を発艦させて対空戦闘に備えました。

 

 

 

 午前一一時五七分

 

 アメリカ海軍第三艦隊司令官ウィリアム・ハルゼー大将は、戦艦大和を主力とする日本艦隊が出撃したという知らせを受けて、即座に機動艦隊を率いるマーク・ミッチャー中将に大和撃沈の命令を与えました。それを受けて連合国が抱える一二隻の空母から、第一次攻撃隊が発艦します。その数、およそ二〇〇。

 

 

 

 午後二時一〇分

 

 アメリカ軍の第一次攻撃隊およそ二〇〇機が、坊の岬沖に到着。第二艦隊に向けて急降下爆撃を試みます。しかし、最初に彼らを迎え撃ったのはこれまでにみたことのない日本軍の新型戦闘機でした。

 この戦いが、零式艦上戦闘機の後継機として、三菱航空機がその技術の粋を集めて製作した新鋭戦闘機『烈風』の初陣でした。

 この烈風を与えられたのは、当時日本で最も錬度の高い部隊であった瑞鶴航空隊のパイロットたちです。

 さらに、烈風による迎撃網を潜り抜けたアメリカの攻撃隊を、襲う戦闘機の姿がありました。築城の陸軍航空基地から出撃した六〇機もの四式戦闘機『疾風』です。

 この時、六〇機もの疾風を率いていた戦闘機部隊の指揮官は、築城基地に向けてこんな電文を送っています。

「ゲスト、帝国ホテルニ予定通リ」

 帝国ホテルとは、戦艦大和の居住環境を揶揄した渾名です。

 実はこの時、陸軍戦闘機部隊は、長野が事前に予測して阿南に伝えた米機動部隊の襲撃部隊の攻撃のタイミングに合わせて第二艦隊の援護に駆けつけていました。

 海上の移動に不慣れな陸軍のパイロットが、海軍機よりも限られた航続距離で如何に米海軍航空部隊と戦うか。長野は、最初から陸軍部隊を最大限に活用するための策も考えていたのです。

 そして、烈風と疾風は長野の目論見通りに対艦攻撃を担う艦上爆撃機SB2CヘルダイバーやTBFアヴェンジャーの護衛についていた当時のアメリカ軍の主力戦闘機F6Fヘルキャットを次々と撃墜し、ヘルダイバーによる急降下爆撃を妨害。雷撃を狙うアヴェンジャーを上空から強襲して次々と落伍させます。

 結果、第一次攻撃隊は、大和に五〇〇ポンド爆弾一発直撃、二発至近弾の被害を与えますが、対空兵装に若干の被害が出ただけで大和の損害は軽微でした。それどころか、第一次攻撃隊はこの攻撃でその半数以上が撃墜もしくは再出撃不能となる大損害を受けることとなりました。

 

 

 

 午後三時四分

 

 第一次攻撃隊の猛攻をどうにか凌いだ第二艦隊に、アメリカ軍の第二次攻撃隊およそ一〇〇機が迫ります。

 第一次攻撃隊を撃退した直後で疲弊した戦闘機部隊は、苦戦を強いられます。さらに、陸軍航空隊の疾風も燃料、弾薬の残量が限界に近く、半分以上の機体が継戦できる状態にはありませんでした。

 戦闘機部隊はどうにか敵攻撃機を阻止しようとしますが、護衛のF6FやF4Uに阻まれて中々手が出せません。

 艦隊の防空任務を担う秋月型駆逐艦二隻の奮闘もあってどうにか爆撃と雷撃を凌ぎますが、完全には避けられず、大和には右舷に一発魚雷が命中、矢矧も二五〇ポンド爆弾の直撃を受けます。対空戦闘で活躍した冬月、涼月も機銃掃射を受けて被害を被っていました。

 

 

 

 午後四時一七分

 

 第一次、第二次攻撃隊から攻撃の成果が芳しくないという報告を受けたハルゼーは第三次攻撃隊の準備を急がせようとします。しかし、そんな彼に機動部隊の指揮官、マーク・ミッチャー中将は翻意を促します。

 彼とて戦果が上がらない以上は追撃をかけるべきだと考えてはいるものの、現状での第三次攻撃の実施には二つのリスクがあると考えていたからです。

 まず、一つ目のリスクは攻撃隊の帰路です。これから第三次攻撃隊を編成して大和に差し向けたとすれば、その攻撃の成否に関わらず攻撃隊の帰艦は日が沈んだ後となります。夜間着艦は通常の着艦より難易度が高く、事故が多数発生する危険がありました。さらに、仮に着艦で事故が発生した場合、後続機の収容にも影響が出かねず、機体を損傷したパイロットに少なくない犠牲が出る可能性もありました。

 そして、二つ目のリスクが天候の変化です。この時ハルゼーらは、第三艦隊に接近しつつある台風の報告を受けていました。天候が悪化すれば、航空機の運用にも大きな影響がでます。発艦、着艦の際の事故発生の可能性は勿論のこと、飛んでいるだけでも影響を受ける可能性があります。

 

 しかし、猛牛(ブル)とまで渾名される猛将、ハルゼーは第三次攻撃の中止には難色を示し、敵は叩ける時に叩くべきだと主張しました。

 これに対し、ミッチャーは必死に訴えかけます。

 

「勇敢なる空の戦士として、銃火飛び交う戦いの中で死なせるのならまだしも、着艦の失敗でパイロットを幾人も死なすのは忍びない。明日攻撃を再開したとしても、大和が沖縄に到達するまでには十分間に合いますし、航続距離の関係から日本本土から戦闘機が護衛にくる可能性は低くなり、大和の撃沈はより容易になるはずです。今、無理に追撃するよりも、明日の朝に向けて万全の準備を整える方が、我が軍の被害を抑えられ、戦果もあげやすくなるのではないでしょうか」

 

 これまで、第三次攻撃の中止に納得がいっていなかったハルゼーも、ミッチャーから投げかけられた言葉に悩みます。

 ハルゼーは、アメリカ海軍でも指折りの航空部隊の指揮官です。部下となるパイロットの考えを理解できなければ航空隊を指揮することはできないと考え、四〇歳を過ぎてからパイロットの資格を取ったほどに彼は航空隊とパイロットを尊重していました。

 そんな彼にとって、パイロットの命と誇りを考えての攻撃中止というのは、理解できない話ではなかったのです。

 そして、悩んだ末にハルゼーは第三次攻撃の中止を決定。明日の日の出と共に再出撃ができる準備を整えることを選びます。

 同時に、接近しつつある台風に備え久高島のにし東沖に展開していた艦隊を、西へと移動させるように命じました。

 朝が来れば、大和は日本本土からの航空支援が受けられないまま航空攻撃を迎え撃たなければなりません。千機近い攻撃機の波状攻撃を受ければ、対空砲火だけで撃退することはまず不可能です。

 アメリカ艦隊の指揮官たちは、勝利を確信していました。

 しかし、この時既にアメリカ艦隊は、長野の罠にはまっていたのです。

 

 

 

 八月一九日 午前二時二三分

 

 記録的な台風の中を突き進んだ長野率いる別働隊は、ついにアメリカ艦隊を発見しました。

 しかも、アメリカ艦隊では大波と強風に煽られたことによる衝突事故が相次いでおり、さらに船体の強度不足から空母や巡洋艦までもが波浪による損傷を負っていました。

 別動隊もこの風雨の中の航海で駆逐艦時雨とはぐれていましたが、アメリカ艦隊は激しい暴風雨による視界不良に加えて、衝突事故や波浪による損壊等の艦隊の混乱の真っ只中。まさに、別動隊にとって千載一遇の好機でした。

 

 

 

 午前二時五五分

 

 別動隊はアメリカ艦隊の混乱に乗じて至近距離まで近づいていました。

 そして、長野は命令を下します。

 

「我ガ艦隊ハ一億特攻ノ先駆ケナレド、コノ一戦ニテ決着ヲツケントス。勝利セヨ」

 

 命令と同時に、長野艦隊の各艦の主砲が火を吹きます。

 最初に標的となったのは、艦首を損傷して漂流しつつあったエセックス級空母フランクリンでした。

 フランクリンを襲った無数の砲弾は装甲を容易く貫通し、内部に格納されていた航空用燃料タンクを破壊します。さらに、砲弾の炸裂によってタンクから漏れでた燃料や攻撃機用の魚雷、爆弾に引火、誘爆し大爆発がおこります。フランクリンは就役から僅か一年半でその艦生を終え、深い海の底へと沈みました。

 フランクリンに続き、姉妹艦イントレピッドも同様の運命を辿り、炎上、轟沈します。

 さらに、別動隊は二隻の撃沈を確認すると、即座に次の目標へと砲撃を開始します。金剛、榛名の砲弾は巡洋艦アラスカに命中。瞬く間にこれを撃沈させます。さらに、駆逐艦隊と大淀の水平射撃で駆逐艦二隻が沈みました。

 立て続けに二隻の空母と駆逐艦、巡洋艦を失ったアメリカ艦隊は、ここでようやく事態を把握します。

 しかし、視界が悪く、操艦すら難しい暴風雨の中で即座に敵艦隊に対し組織立った艦隊行動を取ることはできませんでした。それどころか、敵の位置も味方の位置も分からないままの回避行動は、アメリカの軍艦同士の衝突すら多発させました。

 

 

 

 戦艦ミズーリの乗組員だったフィリップ・ワードさん。当時、二五歳。

 この時、ミズーリの艦橋から見える光景に、眼を疑いました。

「日本艦隊の攻撃を受けたという連絡を受けた時、最初は誤報だろうと鼻で笑いました。この波で転覆したり、波の直撃を受けて破損したのを、その衝撃から日本艦隊の攻撃だと錯覚した。こんな嵐の中で敵艦隊が現れるはずなんてないのに、人騒がせなやつらだと」

「その夜、空は分厚い雨雲の覆われていました。加えて視界を遮らんばかりの雨の壁で、ほとんど何も見えません。各艦の艦橋から漏れる光で、辛うじてその方向には他のフネがあるということが分かるぐらいでした。波がミズーリを絶え間なく叩くものですから、私はまるでメトロノームのように大きく揺られていましたよ。私はまだマシなほうでしたが、クルーの中には気持ち悪くて戦う前から医務室や居室で横になっているものも多かったです」

「何も見えない闇の中で、ポツ、ポツとぼんやりした灯が一瞬点滅しました。その一瞬後で、大きな光がどこかで灯って、そのまま灯り続けるんです。艦隊の各艦からの被害報告を受けて、ようやく最初の点滅した光が日本艦隊の砲火で、灯り続ける光が燃え盛る味方艦だということが理解できました」

「信じられませんでしたよ。こんな嵐の中で、普通戦闘行動なんて取れるはずがないんです。それなのに、日本艦隊は次々と砲弾を放ち、こちらの艦隊を次々と沈めていくんです。どうやってこちらの姿を探し出したのか、どうやって同士討ちをすることなくこちらに次々と砲弾を当てているのか。まるで、悪魔の技でも見ているようでした」

「一方的に日本艦隊に打ちのめされている状況に堪忍袋の尾が切れたんでしょうね。そうこうしているうちにハルゼー大将が怒鳴り散らしたんですよ『貴様等、何をボーっとしてるかぁ!!目の前にジャップがいるんだ!!何故撃たん!!』といってね」

「司令部付きの参謀の方々が、同士討ちに危険があるとか、敵の戦力が分からないだとか、艦隊行動はできないとか、とにかくハルゼー大将を諫めようとするんですが、それが火に油で『ただボーっと棒立ちさせてジャップにスコアを献上させる腰抜けはこの嵐の中に蹴りだすぞ!!』って吼えるんですよ。まぁ、ハルゼー大将の命令には逆らえませんから、私達も反撃を開始したんですけど、敵に当たることよりも味方に当たらないことを祈っていたような気がします」

 

 

 

 午前五時四〇分

 

 長野率いる別動隊の奇襲攻撃からおよそ二時間。台風は既に暴風域を通過し、波は依然として高いままですが、視界を遮る激しい暴風雨はおさまりつつありました。

 その二時間ほどの間は、アメリカ艦隊にとって正に悪夢とも言うべき時間でした。

 波は高く、駆逐艦のような小型船舶では舵を切っただけで転覆する可能性があり、大型艦でも舵の切り加減を少しでも誤れば味方艦と接触する危険がありました。また、夜の闇と横殴りの暴風雨が視界を遮り、敵味方の判別が困難な状況下では下手に反撃を命じれば、同士討ちも発生しかねません。

 混乱の極みにあった司令部では、敵どころか味方の位置状況を確認することすらできず、組織的な艦隊行動を命じることすらできませんでした。ハルゼーの命令を受けて各艦は各個に敵に反撃を試みますが、敵味方の判別のできない状況下では砲撃も及び腰にならざるをえず、大した成果を挙げられないどころか同士討ちも多発するという有様でした。

 そして、東の空が白み始めたことで、この時ようやくアメリカ艦隊は被害と敵の全容を把握することができました。

 第三艦隊司令官のハルゼーは、纏められた被害報告を見て愕然とします。

 八隻いたはずの正規空母はエセックスを残して全てが海面にその姿をとどめていませんでした。さらに、軽空母四隻中二隻は転覆して赤い艦底を水面に晒しており、辛うじて無事だった艦の一隻、カボットは艦橋よりも高い火柱と共に激しい黒煙を噴き上げ、もう一隻のラングレーⅡも艦首を喪失していたためほとんど動ける状態にありませんでした。

 最新鋭のアイオワ級戦艦ニュージャージーは、金剛と榛名によって水平射撃を繰り返し浴びせられ、大火災を起していました。さらに、サウスダコタ級戦艦マサチューセツは艦尾を持ち上げた状態で艦首から沈みつつあり、インディアナも大きく傾斜していました。

 巡洋艦以下の被害も深刻でした。大型巡洋艦のアラスカとグアムは金剛から浴びせられた至近距離からの砲撃によって轟沈しており、高波による転覆、視界不良下の同士討ちや衝突事故、日本艦からの砲撃によってこの時点で戦闘続行可能な艦は、軽巡洋艦六隻、駆逐艦一五隻といった状況でした。

 僅か二時間足らずの間に受けた被害の全貌を知ったハルゼーは驚愕しました。そして、この時初めてアメリカ艦隊はこれほどの被害を与えた敵艦隊の正体を捉えることに成功しました。

 それは、戦艦二隻と、それに追随する巡洋艦以下の艦船五隻の僅か七隻からなる艦隊でした。既に暴風雨のピークは過ぎたとはいえ、未だに大荒れの海を最大戦速で動き回る艦隊を見て、ハルゼーはこの艦隊の指揮官が誰であるかを理解し、こう叫んだと言います。

 

「天候すら操るか、ナガノ!!」

 

 かつてハルゼーは長野によって作戦を看破されたことで空母二隻を失い、さらにレイテ沖海戦でも長野によって苦杯を喫することとなった経験がありました。ハルゼーにとって、長野は正に因縁の相手とも言えました。

 ハルゼーは言います。

 

「今日、ここでナガノを討て。この戦争に勝てたとて、ナガノに勝てねば我が海軍は永遠の負け犬だ。艦首をぶつけてでもヤツを沈めろ」

 

 

 

 午前七時二七分

 

 ハルゼーの指揮のもと態勢を立て直したアメリカ艦隊に対し、日本側の水雷戦隊が真一文字に並びながら突進します。接近を阻もうとアメリカ艦隊は迎撃を試みますが、波が高く思うように砲弾を当てることができません。

 そして、弾幕を潜り抜けて距離を一八〇〇mまで詰めた四隻の駆逐艦は一斉に右回頭。直後に、魚雷を発射して離脱します。

 駆逐艦の動きから、魚雷が発射されたことを察知したアメリカ艦隊は魚雷の正面を向く形に舵を切ります。しかし、それはその判断は遅きに失していました。回頭中の軽巡洋艦サンファンの艦中央部に魚雷が命中。サンファンは一瞬で大爆発を起し、海中へと沈んでいきます。

 さらに、魚雷が命中した軽巡洋艦スプリングフィールドと駆逐艦三隻がサンファンのあとを追うようにして転覆し、沈没。戦艦ミズーリにも一発が命中し、艦後部に大きな破孔を穿ちます。

 しかし、日本側も無傷というわけにはいきませんでした。魚雷を発射して回頭を始めた直後の浦風の艦尾を砲弾が襲います。砲弾は艦尾で炸裂し、缶室に大きな損傷を与えました。缶室が損傷したために速力を上げられず、艦隊に追随できなくなった浦風は、復讐に燃えるアメリカ艦隊の集中砲火を浴びて大火災を起し、そのまま水面下へと沈んでいきます。

 

 

 

 午前九時四一分

 

 多大なる損害を受けつつも、ハルゼーの指示のもとアメリカ艦隊は態勢を立て直しつつありました。しかし、アメリカ艦隊の敵は、目前の長野率いる別動隊だけではありません。この時、大和を筆頭とする第二艦隊もまた、沖縄へと近づきつつあるという情報が周辺を哨戒していた航空機からアメリカ艦隊へともたらされます。

 その情報を受け、ハルゼーは第二艦隊の沖縄到達までに長野率いる艦隊を撃滅することはできないと判断しました。そして、第二艦隊を迎え撃つために艦隊を二つに分けます。

 

 

 

 午前一〇時一二分

 

 第二艦隊迎撃の命令を受け、戦艦ウィスコンシン、正規空母エセックス、軽巡洋艦サンディエゴと駆逐艦六隻からなる部隊がアメリカ艦隊から離れ、一路北を目指します。

 

 

 

 午前一一時八分

 

 アメリカの水雷戦隊が、三隻の戦艦との砲戦の最中にある金剛と榛名を狙い、魚雷の発射を試みます。しかし、それを察知した日本の水雷戦隊がこれを阻止するために吶喊。両者は至近距離で激しい砲戦にもつれ込みます。

 日米両軍の水雷戦隊が入り乱れる中、集中砲火を浴びた長波が大破炎上し落伍、さらに、三隻のアメリカ軽巡洋艦と砲戦を行っていた大淀は、体当たりによって一隻の軽巡洋艦を沈めますが、引き換えに弾薬庫に砲弾の直撃を受けて大爆発をおこし、壮絶な最後を遂げます。

 

 

 

 午前一一時二一分

 

 日米の戦艦部隊が反航戦をしている最中、榛名の船体後部喫水線近くに二発の砲弾が直撃します。これにより、艦後部舵取機室が浸水し、榛名は操舵不能となりました。榛名は前を行く金剛に追いつくこともできず、アメリカ戦艦部隊の面前で漂流します。

 操舵不能となった榛名を、ハルゼーは見逃しませんでした。即座に優先砲撃目標を榛名に切り替えさえ、三隻の戦艦の砲撃を全て榛名に集中させます。

 しかし、多数の一六インチ砲を浴びながらも榛名は屈しませんでした。左舷に多数の砲弾の直撃を受け、浸水により傾斜しつつある中で、榛名は将旗が掲げられたミズーリを狙い続けます。

 

 

 

 そして、午前一一時三二分

 

 右舷に砲撃を浴び続けた榛名は、注排水装置を全力で稼動させ、どうにか傾斜をなおそうとしていましたが、もはや榛名の傾斜は復元不能なほどに拡大していました。

 それでも戦い続けようと主砲を撃ち続ける榛名でしたが、傾斜していた船体は大波に煽られて横転。その直後、高温のボイラーに大量の海水が一度に流れ込んだことにより榛名は艦内部で水蒸気爆発を起し、轟沈。榛名艦長島崎利雄少将以下一二〇〇名あまりの乗員と共に海の底へと沈んでいきました。

 しかし、アメリカ艦隊が榛名の沈没に喚声をあげる前に、榛名が最後に放った二発の徹甲弾がハルゼーの乗る旗艦ミズーリの艦後部を襲います。そして、その砲弾は的確にミズーリの後部に穿たれた魚雷による破孔を正確に狙い撃ちました。

 破孔を潜り抜けた二発の徹甲弾によって高速回転していたミズーリの推進軸は捻じ曲げられ、回転するタービンシャフトの先端が隔壁に連続して叩きつけられます。隔壁はこの衝撃に耐えかねて破壊されました。

 さらに、破壊された隔壁から膨大な量の海水がミズーリの機関室になだれ込みます。これにより、機関は停止し、艦尾は大量の海水を飲み込みました。さらに、台風の直撃時に巡洋艦グアムと衝突した衝撃で艦首にも浸水が発生しており、この艦首と艦尾からの浸水によりミズーリは浮力を失いつつありました。

 元々、アイオワ級戦艦は縦方向の船体強度に不安があり、安定性もよくないという弱点がありました。電源機能も航行能力も喪失し、艦首と艦尾に大量の海水を抱え込んでいる状態では沈没は時間の問題だと判断したウィリアム・キャラハン艦長は、ミズーリに総員退艦命令をだします。

 

 

 

 午前一一時四六分

 

 この時、別動隊の残存兵力は戦艦金剛、駆逐艦夕立のみとなっていました。

 対するアメリカ艦隊の残存兵力は、戦艦アイオワ、戦艦ニュージャージー、軽巡洋艦二隻に駆逐艦六隻。多勢に無勢。もはや長野艦隊の劣勢は明らかとなっていました。

 そこに、魚雷の再装填のために一時戦域を離脱していた駆逐艦時津風と、台風の中で別動隊からはぐれてしまっていた駆逐艦時雨が加勢しようと戦域に近づいてきます。

 しかし、長野は二隻の駆逐艦に対し、次の命令を下しました。

 

「北進シ、大和ヲ援護セヨ」

 

 長野は、自身が指揮する別動艦隊は敵主力艦隊と刺し違えることで精一杯だろうと踏んでいました。

 長野は、仮に別動隊が敵主力艦隊を撃破したところで沖縄に上陸した敵兵力に対する脅威たりえるほどに戦力を残せているとは思っていませんでした。そのため、自分たちがどうなろうと第二艦隊には如何なる形であれ沖縄にたどり着き、作戦通りに固定砲台になってもらう必要があると考えていたのです。

 長野の命を受けて、時雨と時津風は針路を北に変え、第二艦隊のもとに向かいます。

 二隻が北上する目的を察したアメリカの軽巡洋艦二隻は追撃を試みます。

 しかし、長野はそれを見過ごしませんでした。長野は主砲の斉射を命じ、その反動で無理やり針路変更させた金剛を追撃を試みる二隻の軽巡洋艦の前に割り込ませ、針路を塞ぎにかかりました。

 時雨と時津風は金剛の援護もあって無事に戦域を離脱します。

 

 

 

 午後〇時二六分

 

 金剛が夕立と共に倍以上の敵艦と死闘を繰り広げているころ、沖縄に向かう第二艦隊もそれを阻もうとするアメリカ艦隊と戦端を開いていました。

 大和が戦艦ウィスコンシンと一騎討ちをする中、その邪魔はさせじとばかりに軽巡洋艦以下の艦艇が乱戦にもつれ込みます。

 アメリカ側の空母エセックスは先の嵐の中で艦載機が多数損傷していたために満足に艦載機を送り出すことができず、日本側の空母瑞鶴も前日の艦隊防空の結果激しく消耗していたために使用可能な航空戦力は僅かとなっていました。

 結果、戦艦、空母の一騎討ちも、軽巡洋艦以下の戦闘も共に決め手を欠く均衡状態となりました。

 

 

 

 午後一時二八分

 

 長野の命を受けて北上していた時津風と時雨が、第二艦隊が戦闘中の水域に姿を現します。

 そして、二隻は壮絶な砲撃戦の最中にある戦艦ウィスコンシンに肉薄します。そして、魚雷の射点に達した時雨が至近距離から四本の魚雷を発射。その内の一本がウィスコンシンの艦中央部に命中し、浸水を生じさせます。

 ウィスコンシンは決死の応急作業によって浸水に対処しようとしますが、浸水と破孔による水の抵抗から速度が鈍り、さらに傾斜によって射撃の精度が落ちていました。この隙を大和を指揮する有賀艦長は見逃しません。

 大和はウィスコンシンの前方を塞ぐ形を取り、全砲門を斉射します。放たれた九発の四六cm砲の内、二発がウィスコンシンの第一砲塔を貫通し、弾火薬庫を直撃。ウィスコンシンは大爆発をおこします。

 アイオワ級戦艦四番艦ウィスコンシンは、就役から僅か四ヶ月でその艦生を終え、真っ二つになった船体は深い海の底へと沈んでいきました。

 ウィスコンシンを撃沈した大和は、休む間もなく砲身をアメリカ艦隊の軽巡洋艦に向けて砲撃を開始しました。ウィスコンシンが撃沈されたことを知り、敵戦艦を阻むものがなくなったことを知ったアメリカ艦隊は、形勢不利と見て撤退を開始します。

 この時、大和は缶室を損傷したために速力が一〇ノット近くまで低下しており、空母瑞鶴も甲板を損傷、矢矧以下の巡洋艦、駆逐艦も少なからず損傷を負っていました。満身創痍の第二艦隊は、敵艦隊が撤退しつつあることを把握すると、追撃することはせずに散らばっていた艦艇を再編成しながら最大戦速で沖縄を目指します。

 しかし、大破した軽巡洋艦矢矧にはもはやこれ以上航行するだけの余力は残されていませんでした。已む無く、矢矧は沖永良部島に大破着底。乗員の多くを生還させることに成功しますが、矢矧はついに沖縄にたどり着くことはできませんでした。

 

 

 

 午後二時三一分

 

 アメリカ艦隊を突破した大和は、沖縄本島の北部にある与論島に座礁します。現在の与論空港近くに座礁した大和は、その主砲を南に向け、沖縄本島の北半分をその射程範囲に収めました。

 そして、大和は上陸した米海兵隊の拠点となっていた嘉手納に向け、主砲を発射します。砲身の損傷や座礁時の角度もあり、使用できたのは二番砲塔だけでしたが、四六cm砲の破壊力はそれでも十分な破壊力を有していました。

 砲撃を受けた嘉手納海岸では物資集積所が文字通り吹き飛ばされ、突然の攻撃によるパニックが発生します。海兵第三軍団の軍団長は、大和が海軍の迎撃部隊を突破してこちらに艦砲射撃を加えていることを知り、即座に指揮下の部隊に後退を指示しました。

 大和の艦砲射撃は損傷から電源が落ちたために二斉射のみでしたが、その六発の砲弾に震え上がった米軍沖縄攻略部隊は、その後一週間にわたって沖縄本島北部侵攻を停止することとなります。

 

 

 

 午後二時五〇分

 

 座礁した大和から残存の駆逐艦に燃料補給を試みていた第二艦隊のもとに、瑞鶴艦載機からの緊急電が届きます。

 

「金剛、孤軍奮闘セリ」

 

 この報告に、第二艦隊の残存艦は色めき立ちました。別動隊は自軍の三倍以上の敵を食い止めているという報告を時津風から受けていた第二艦隊司令部は、別動隊は自分たちをここに送り届けることと引き換えに、既に壊滅したものだと思っていたのです。

 第二艦隊司令長官伊藤整一中将は、即座に残存の駆逐艦五隻に金剛救援を命令します。

 

 

 

 午後三時五九分

 

 第二艦隊から派遣された駆逐艦五隻が久高島沖に到着します。

 この時、別動隊で生き残っていたのは戦艦金剛だけでした。それに対し、アメリカ艦隊は戦艦アイオワ、ニュージャージー以下軽巡洋艦二隻と駆逐艦六隻が残っており、戦力差は歴然でした。

 第二艦隊の駆逐艦は、金剛を援護するべく敵戦艦へと向かいますが、それを阻止せんとするアメリカの水雷戦隊が立ち塞がります。日米の水雷戦隊は、敵味方入り乱れての大混戦に突入しました。

 

 

 

 午後四時二一分

 

 水雷戦隊の大混戦を駆逐艦時津風が強引に突破します。時津風は戦艦アイオワに肉薄し、距離一〇〇〇mから魚雷を四本発射することに成功します。

 この時、時津風が放った魚雷の内二本が戦艦アイオワの左舷に命中。アイオワは缶室を損傷したために速力が著しく低下し、僚艦のニュージャージーについていくことができなくなります。

 しかし、魚雷を発射して離脱しようとしていた時津風をアイオワは逃がしませんでした。被雷する直前にアイオワの副砲の放った砲弾が時津風の第一砲塔を直撃。時津風は弾火薬庫誘爆により大爆発をおこします。

 

 

 

 午後四時三〇分

 

 時津風が大爆発した直後、魚雷を撃ちつくした駆逐艦時雨が時津風の大爆発によって生じた海面を覆う黒煙と水蒸気に紛れてアメリカの軽巡洋艦ウィルクスバリへと後方から急接近します。

 艦後部の第三砲塔と第四砲塔の電路が夕立との砲戦によって破壊されていたウィルクスバリには、時雨を迎撃する手段がありません。

 時雨は最大戦速でウィルクスバリに体当たりし、艦首部をウィルクスバリの後部に乗り上げました。さらに、時雨は文字通りゼロ距離から主砲を発射。ウィルクスバリの艦橋で火災が発生し、ウィルクスバリの船体は松明のように燃え上がりました。そして、ウィルクスバリは大爆発をおこし、艦後部に乗り上げていた時雨共々爆炎にのまれ、轟沈します。

 

 

 

 午後五時四分

 

 既に、長野率いる別動隊は、金剛と駆逐艦三隻のみとなっていました。さらに、駆逐艦三隻のうち、雪風を除く二隻の被害はこれ以上の戦闘続行は危険なほどのものでした。

 長野が将旗を掲げている戦艦金剛も、アイオワ級の主砲の直撃を船体のいたるところに受けて速度は低下していました。また、艦後部四番砲塔を破壊され、第二砲塔も砲身が歪んで射撃不能の状態にありました。

 

 長野は決断を下します。

 

「これ以上時間はかけられない。決着をつける」

 

 

 

 午後五時一二分。

 

 戦艦ニュージャージーとの反航戦の最中、長野はここで驚くべき指令を出しました。

 

「錨を降ろせ」

 

 突然の指示に、金剛の艦橋の誰もが戸惑います。しかし、金剛の乗組員たちは戸惑いながらも即座に錨を降ろしました。

 錨が降ろされたことによって、金剛は敵戦艦の目前で急制動をかけられます。金剛は船体を慣性に任せてドリフトさせ、前方を直進する戦艦ニュージャージーに対して艦側面を向けることとなりました。

 艦の側面を敵の正面に向けたことで、金剛は健在の第一砲塔と第三砲塔を同時に目標に向けることが可能となります。

 そして、金剛はこの機を逃さずに使用可能な全砲門から斉射。放たれた四発の三五.六cm砲はその全てがニュージャージーへと殺到し、第一砲塔を突き破り弾薬庫内で炸裂します。

 直後、ニュージャージーは大爆発をおこしました。

 ニュージャージーは、高さ数百mに及ぶ巨大な黒煙を立ち昇らせながら、水面下へとその姿を消しました。

 

 

 

 午後五時二八分

 

 ニュージャージーの轟沈を受け、指揮権を委譲された戦艦アイオワの艦長は、撤退を命令します。この時、戦艦六隻 正規空母八隻 軽空母四隻 巡洋艦一二隻 駆逐艦三〇隻以上を率いていたはずのアメリカ艦隊には、戦艦一隻と空母一隻、駆逐艦九隻しか残されていませんでした。

 対して、アメリカ艦隊が撤退を選んだと判断した長野はすぐさまアメリカ艦隊への追撃を命令。自身も大破した金剛を率いてアイオワを追撃します。

 この追撃戦の中で日本艦隊はさらに駆逐艦三隻を討ち取り、アイオワの主砲塔も一基破壊しました。

 しかし、追撃戦の最中アイオワが放った砲弾の一発が金剛の艦橋付近で炸裂。多数の死傷者を出し、一時指揮不能の状態に陥りました。

 そして、別動隊の指揮が麻痺したこの僅か一〇分ほどの貴重な時間をアメリカ艦隊は見逃しませんでした。残存艦艇は残っている全ての煙幕を展開し、最大戦速で逃走します。

 指揮系統が乱れ、さらには雪風以外の全艦が大破した状態の別動隊には、もはや距離を離されたアメリカ艦隊を追撃するだけの力が残されていませんでした。

 

 しかし、坊の岬沖海戦の勝者は明らかでした。

 勝者は、日本海軍。

 長野壱業は、三倍以上の数を率いて来寇したアメリカ艦隊を迎え撃ち、見事これを撃退したのです。

 

 この時、一日前には戦艦二隻、軽巡洋艦一隻、駆逐艦五隻の堂々たる姿だった別動隊は、戦艦金剛を除くその全艦が海面にその姿を留めてはいませんでした。

 唯一生き残った金剛も、艦の上部では大火災が発生して黒煙に覆われており、喫水線下では浸水が止まらず、既に左舷への傾斜は二〇度に達していました。

 もはや、戦艦金剛の沈没は時間の問題となっていたのです。

 

 

 

 午後五時五七分

 

 金剛の沈没は避けられないと判断した長野は、総員最上甲板を発令します。

 しかし、長野自身は黒煙が立ち込めつつある艦橋から動こうとはしませんでした。

 実は、戦艦アイオワが金剛の艦橋を砲撃した際、艦橋の構造物のものと思われる鉄材が長野の腹部に突き刺さっていたのです。

 腹部から大量出血した長野は、自分がもう助からないと理解していたのかもしれません。

 長野は、金剛と命運を共にすることを決めたのでした。

 

 

 

 

―――その時、昭和二○年八月一九日午後六時三二分―――

 

 

 

 戦艦金剛は、左舷へ転覆。そして、艦尾から静かに海底へと没していきました。

 

 長野壱業 戦死 享年四七

 

 

 

 

 

 『戦艦金剛 最期の戦い』

 この本は元戦艦金剛の乗組員が、それぞれの立場で坊の岬沖海戦を語った回想録です。

 そこには、傾斜し、火災による熱が強まる艦橋の中で、金剛の主計中尉が長野と最期に交わした会話も克明に記されています。

 

 

 

 長野司令は傾斜しつつある艦橋の中、椅子に座りながら「儘ならんものだな」と呟いておられた。

 この方をこのまま死なせるのは申し訳ない。私はそう考えて靖国までお供すると言うと、長野司令は静かに首を振られた。

「主計。君は退艦しなよ。まだ若いんだ」

 私は長野司令に反論した。しかし、長野司令は私の意見を聞き入れてはくれなかった。

「最後の命令だ主計。退艦しろ。あと俺は靖国には逝かんよ。欧州では勇敢な戦士には戦乙女って美人さんが迎えに来てくれるそうだ」

 その時の長野司令の表情は、普段の仏頂面とはうって変わって穏やかなものだった。

「俺は男所帯の靖国より美人がいるヴァルハラにするよ。幸い金剛は英国生まれだからね。戦乙女が宿ってると思うんだ」

 これほど穏やかな表情を浮かべ、軽い口調で話す長野司令は私も初めて見た。

 きっと、この方は生来このような穏やかで饒舌な人物だったのかもしれない。しかし、この戦争がこの方を寡黙で無表情な方へと変えてしまった。

 軍人としての責務から解放され、ようやくあの方はこれまで押さえ込んでいたものを出せるようになったのだと思う。

「あぁ、主計、此れを妹に返してくれないか。頼むよ」

 長野司令は、内ポケットから取り出したお守りと腰に差した刀を私に渡された。

 長野司令が妹さんを大切にされていることは知っていた。きっと、長野司令の最期の心残りだったのだろう。

 これまでこの国と国民に全てを捧げてきたこの方を、心残りを残したまま見送ることはできなかった。

 私はその刀を左手に抱えて敬礼し、艦橋を後にした。

 艦橋を出てからすぐに、頬から涙が溢れ出した。

 自分たちは勝った。沖縄県民を守れた。なのに、たった一人の軍人を失ったというだけで、私の心は歓喜ではなく湧き上がる哀しみに塗りつぶされた。

 

 

 

 金剛の沈没。そして、長野の戦死は、それと引き換えにかつて世界三大海軍として君臨していた大日本帝国海軍に勇者としての最後の栄光を授け、沖縄県民六〇万人余りの命を救いました。

 

 

 

 昭和二〇年一二月二四日

 

 金剛の沈没からおよそ四ヵ月後。

 日本はアメリカの提示した降伏要求の最終宣言を受諾。

 四年に亘った太平洋戦争についに終止符が打たれ、日本は敗戦の日を迎えます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…無謀な作戦した奴もいたもんだな」

 

「……」

 

皆して無言でこっち見るの止めてくれませんかね!?

ちゃうねん! これしか思いつかなかったんや! しゃーないやん!?

 

長野壱業改め長野業和はいつも通り仏頂面。




《後藤陸将さんからの補足》

1 感想等を読ませていただいたところ、拙作の世界観設定に関する意見もあったのでこの場で説明させていただきます。
  拙作の基本的な世界観としましては、観測世界出身者らの世界と同様に、朝鮮戦争時に長野の戦犯指定に関する機密が曝露された世界で、かつ艦娘、転生した長野壱業が存在するという変則的なものとなります。
  そんな世界でもないとこんな番組つくらせてもらえませんので。
  ただ、番組のもととなった史実(朝鮮戦争まで)は、ピロシキィさんの考えていらっしゃる提督(笑)本編世界とほぼ同じものと設定しています。
  ところどころ番組内での描写が本編における史実と異なる点もあるでしょうが、そのあたりは資料解釈などから生まれた差異だと考えてください。本編における史実に忠実といっても、完全に忠実な番組をつくるのは不可能に近いと思いますし。

2 枕崎台風は史実であれば昭和二〇年九月一七日に鹿児島に上陸しているので、この世界ではおよそ一月前に発生したこととなります。史実で沖縄を八月一九日ごろに直撃するちょうどいい台風が見つからなかったものですから、史実を捻じ曲げて早めに発生していただきました。

3 烈風は発動機に三菱MK9A(長野の根回しもあって信頼性は史実栄レベルだといいなぁ)を搭載した史実A7M2相当のものと考えています。これでF6Fを圧倒できるの?と聞かれると断言はできませんが、パイロットにエースを集めて、かつ米軍にとって初見という条件であればどうにかならなくはないと考えます。

4 第三艦隊の司令官はハルゼーということにしました。史実では、この時期はスプルーアンスから代わってハルゼーでしたし。ただ、史実では司令官交代は大和撃沈後だったりしますし、太平洋戦争のタイムスケジュールが史実よりも遅れていますので、史実通りの時期に司令官交代していたかどうかは微妙ですが。
  ドゥーリットルの時も空母はハルゼーが指揮して長野にボコボコにされていましたし、実はかなり長野と因縁の深い仇敵のような関係ではないかと想像してみたり。
  因みに、ハルゼーはミズーリから生還しますが、この敗戦の後米海軍史上最悪の敗北と屈辱をもたらした元凶として吊るし上げをくらいます。
  コブラ台風で一度やらかしているのに、同じ失敗を繰り返した上に米国から最大のヘイトを集めている長野にいいように乗せられて負けたということで、アメリカ国民もメカゴジラのごとくグルングルン掌返しして批判していたことでしょう。

5 瑞鶴の航空隊には、デストロイヤーやニュータイプ、宮本武蔵らがいたというオリジナル設定です。デストロイヤーと仲の悪かったサムライさんは、雲龍の方に配備されてるのではないかと

6 坊の岬沖海戦における米海軍の編成はこんな感じで考えていました。


  第三艦隊 ウィリアム・ハルゼー大将
       旗艦 ミズーリ

    第58任務部隊 マーク・ミッチャー中将
       旗艦 ホーネットⅡ

      正規空母 ホーネットⅡ ワスプⅡ ベニントン エセックス ハンコック フランクリン ヨークタウンⅡ イントレピッド
       軽空母 ベローウッド サン・ジャシント カボット ラングレーⅡ
        戦艦 マサチューセツ インディアナ ニュージャージー アイオワ ミズーリ ウィスコンシン
       巡洋艦 アラスカ級 アラスカ グアム
           アトランタ級 サンファン サンディエゴ
           クリーブランド級 スプリングフィールド パサデナ マイアミ アストリア ヴィンセンス ヴィックスバーグ ウィルクスバリ モービル
       駆逐艦 三〇隻 史実通りの参加艦 多いし面倒くさいので省略


史実では58TFにいたけども、拙作でリストラされた方々の理由付けという名の脳内設定。(ほぼ長野氏による改変が巡り巡って犠牲になった方々)

 バンカー・ヒルはマリアナ沖海戦で史実より微妙に強くなった日本軍の攻撃で撃沈されていたりなんて考えたり。そのため、旗艦も史実ではバンカーヒルでしたが、ホーネットⅡになったと考えています。
 また、ランドルフ(大和攻撃には不参加ですが、58TFには在籍)は沖縄の航空部隊の反撃によって小破していて一時戦線離脱中だったってことにしときました。
 バターンとインディペンデンスは損傷機が着艦の際に事故って甲板を損傷したので修理のため回航中です。
 サウスダコタは南太平洋海戦で撃沈されています(史実と違ってこの海戦に参加できる米正規空母はいなかったためか)。代替としてアイオワが派遣されたという次第です。
 モービルは、史実では54TF所属でしたが、原作中で巡洋艦一二隻が参加したということを受けて、参加させました(史実58TFの巡洋艦は一一隻だったので)

 なお、この時史実では沖縄沖には他に英空母部隊(57TF)と米戦艦部隊(54TF)がいましたが、拙作において、それらについては、長野氏が流した欺瞞情報によってフィリピンに誘引されていたという自作設定を考えています。
「大和を囮として、長野はフィリピンを直接狙っている」という情報を暗号解読で掴んだ米海軍は、今度こそ長野を仕留めるために54TFと57TFをフィリピン防衛に回させてまず負けない状況を作り出したというところでしょうか。

7 ミズーリの深刻な浸水は、史実マレー沖海戦でプリンスオブウェールズにおきた事象と同じことが起こったという設定です。戦艦が簡単に爆沈するか!!って思いまして、こういう沈み方をするのもいいかもしれないと思った次第です。
  どこかの退役軍人なら「戦艦が簡単に沈むか!!」っていうんでしょうけど、長野を相手にしてると簡単に沈むんですな。
  轟沈していればハルゼーさんも生還できず、あれほどまでの社会的批判を受けることはなかったでしょうが。

8 描写もなくいつのまにか沈んでいた夕立さんは、三時間あまり単艦で暴れ周り、とにかく敵水雷戦隊を金剛に向かわせないように尽力していました。金剛が多勢に無勢にも関わらず致命的な損傷を負わなかったのは、夕立さんの活躍が大きかったと考えています。
  因みに、最期は敵軽巡洋艦の放った砲弾が弾火薬庫に直撃して爆発轟沈してます


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History was changed at the moment 《結》

後藤陸将さんからの応援ss。

感謝です。


 

 

「これまで、長野の最期の戦いを見てきたわけでございますが、今日のその時を、司波さんはどう、お捉えになりましたか?」

「まさに、この作戦の成功によって、日本は終戦へと向かったと言っても過言ではないでしょう。まず、この作戦の成功は連合国側からしてみれば驚天動地の出来事でした。戦力は敵の数倍あって、まず負けるはずの無い戦いで戦力の九割近くを壊滅させられ、沖縄における制海権を一時的にとはいえほぼ喪失したとなれば当然のことですね。この数ヶ月前の硫黄島の戦いや、沖縄上陸戦においても連合国は事前の予想を遥かに上回る犠牲を強いられていましたし、このまま日本と戦い続ければ犠牲は当初の予想を遥かに上回ると連合国が考えるようになりました。もはや連合国の勝ちは揺るがない状態なのですから、後は如何に犠牲を少なくして勝利するかというのが連合国首脳陣の本音でしたし、特にアメリカのトルーマン大統領は、戦後のことも考えればなるべくソ連を対日戦で貢献させたくはありませんでした。日本に無条件降伏を強いるまで戦い続けるよりも、多少の要求は呑んでも戦争の早期終結を図る方が国益が大きいと判断した彼は、水面下で行われていた日米の和平協議に本腰を入れるようになりまして、それが一二月二四日の日本の降伏に繋がったというわけです」

「なるほど。この勝利が敵対していた連合国を動かしたということですね。一方、国内的にはどのような影響があったのでしょうか?」

「この坊の岬沖海戦と引き換えに、帝国海軍は稼動戦力のほぼ全てを失いました。しかし、それと引き換えに帝国海軍は絶望的なまでの戦力差をひっくり返して勝利を得ることに成功しました。この時、やんごとなきお方は沖縄を救った海軍に対して賞賛したという記録も残されています。そして、結果としてこれまで戦争継続を求めてきた海軍上層部の勢力も、大きな声で徹底抗戦を叫ぶことができなくなります。もしも、徹底抗戦を主張するのであれば、今度は彼らが長野がやってみせたような勝利を演出し続ける必要があります。徹底抗戦を主張しながら、自分たちでは長野がやってのけたような奇跡の勝利を重ねることはできないので特攻作戦で戦局挽回を図りますなどと主張すれば、彼らの面子は丸つぶれですからね」

「長野が進めていた和平工作にも、結果的に追い風となったというわけですか」

「ええ。というよりも、長野は自分が戦死することも前提として、自分の亡き後の和平工作の算段もつけていたのだと考えてます。ただ、和平の動きはおそらく彼が考えていたよりもさらにスムーズに進んでいたことでしょう。坊の岬海戦後、第三二軍の窮地を救われたことに対して陸軍はかなり恩義を感じていたみたいでして、これまで和平には慎重だった陸軍上層部の何人かも表立って和平工作に参加するようになりましたからね。特に、阿南陸軍大臣は思うところがあったのでしょう。彼は、クーデターを計画していた和平反対派の過激な思想を持つ軍人を陸海問わず自分の指揮のもとに集めておき、彼らが決起した直後に鎮圧するという行動にでました。彼が和平に不満を持っていた軍人を一掃しなければ、和平に反対する勢力が内戦を引き起こしていた可能性すらあったと言われていますから、彼は特に和平に大きな役割を果たしたと言ってもいいでしょう」

「国内的な影響も、連合国へ与える影響も、長野は全て織り込み済みで、最期の作戦を立案したということですね」

「おそらく、今日のその時の歴史的な意義を一番理解しているのは、それを演出した長野本人だったと思います」

「今日、お伝えしてまいりました長野の最期というのは、それは壮絶なものでした。司波さんも、『水平線のダイヤ』を通じてたくさんの方々に伝えようとしたことだとは思いますが、長野の最期の作戦、その生き方、彼が残したもの――それらが、今の日本人に訴えかけるものがあるとすれば、それは一体何なのでしょうか?」

「私が思うに、長野壱業という人物は立ち止まることができなかった人物ではないでしょうか。日本人の多くは、成功例というものや慣習などといったものに縛られがちで、新しい風を吹き込むことに慎重になり、いざという時に踏みとどまってしまう傾向にあると思います。実際、大日本帝国海軍は日本海海戦の栄光に縛られて海上の砲戦力こそが戦争を決するという考え方から抜け出せませんでしたし、ゼロ戦が開戦当初は神話ともいうべき圧倒的強さを誇ったことから、後継機にもゼロ戦の発展機を望んだために本来進むべきではない方向へと開発は進んでいきました。それに対して長野は決して古い考えに固執して立ち止まらなかった。未知のものを素直に受け入れ、常に新しい道へ躊躇わずに踏み出す決断力と、その道の先にあるものを見据える想像力が彼にはあったのだと思います。古い考えに固執する周囲に対し、我が道を歩み続ける長野は、当時の海軍組織の中でも浮いた存在となり、左遷同然の配置や、成功を期さない作戦に駆り出されることもありましたが、彼はそんな境遇の中でも自分の在り方を変えようとはしませんでした。日本は終戦後、古き時代を捨て去ることを強いられ、結果として新しい風を受け入れたことで今日の発展を得ることが出来ました。しかし、日本人は暮らしが豊かになり、文明が発展すればするほどに新しい考えを、新しい道へと踏み出すことを躊躇するようになります。保守的な考えに染まる周囲から孤立することも恐れずに新しい考え方を模索する長野の姿勢は、現代を生きる私たちにも必要なものではないかと思います」

「そうですか……ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 

「長野は、己の全てをもってしてこの国と国民の未来を繋ぐための戦いに身を投じ、彼の決死の作戦が守り抜いた未来を見ることなく壮絶な戦死を遂げたのであります。この応援SSの終わりにあたり、終戦後、英雄となるはずだった長野になされた連合国の報復と、長野がその命と引き換えにこの日本に残したもの。それらをご紹介しながら、筆をおこうと思います。これまでご愛読いただき、ありがとうございました」

 

 

 

 

 

 終戦後、極東国際軍事裁判において長野は日米の関係が悪化する前から真珠湾攻撃作戦を立案し、日米開戦の絵図を描いてその実現のために奔走していたという理由と病院船を沈めたという理由で戦犯に指名されます。

 しかし、実際の理由は異なりました。実は当時、連合国の世論は、長野を戦犯として裁くことを強く望んでいたのです。特に、ドゥーリットル空襲、ソロモン海戦、坊の岬沖海戦で辛酸を舐めさせられ続けたアメリカの世論は強硬でした。そして、長野の差配によってオホーツク海で強襲揚陸部隊を全滅させられたソ連もそれに同調します。

 当初、日本側はアメリカ側が提示した講和条件の中で、日本を救う為に命を賭した英雄から死後の名誉まで奪うこの要求には強く反対したといいます。しかし、連合国側は講和が早期になされなければ大陸や南洋の諸島で孤立した陸軍部隊が飢えと乾きに苦しむことになると仄めかします。

 日本政府は、数十万の兵士の命を守るため、この講和条件を呑むという苦渋の決断を下しました。

 これにより、日本の未来のためにその身を捧げた長野壱業の名は、世界の平和を乱し、日本を勝算のない戦争に引きずり込んだ天下の大罪人として歴史に刻まれることとなります。

 

 しかし、長野の死から五年後の昭和二五年。

 朝鮮戦争の最中、ある記事が大手新聞社の全国紙の一面を飾ります。

 

「東京裁判の真実」

「英雄の名を汚したアメリカの卑劣な脅迫」

「その名すらも汚された英雄のために」

 

 その記事では、長野壱業が戦犯に指定されることとなった経緯と、長野を戦犯に指定するために連合国がしかけた細工、もしも講和がならなければ実施されていたであろう日本への原爆投下計画が曝露されていました。

 これを受けて、人々の間では長野の戦犯指定を主導したアメリカへの反発と、長野の名誉回復運動が高まります。

 東京の連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が置かれたビルは長野の戦犯指定解除を求める一〇万人のデモ隊によって包囲され、デモ隊を排除しようとする占領軍との衝突により数百人の逮捕者と数十人の死傷者が出る事態にまで発展しました。

 このデモ鎮圧による余波は日本全国に広がり、大阪や名古屋、福岡といった大都市では毎週のように数万人規模の反米デモが発生する事態となります。

 当時、朝鮮戦争における前線基地として日本を活用する予定を立てていたアメリカは、ここで日本の治安が悪化すれば朝鮮の戦線にも影響が出ると考えました。そこで、アメリカは長野の戦犯指定を解除し、当時の大統領が長野個人に向けて謝罪する内容の演説をするという異例の対応をとりました。

 

 

 

 五年の時を経てついに戦犯の汚名を外され、長野の名誉は回復されたのです。

 

 

 

 坊の岬沖海戦から四四年が経った平成元年八月一九日。

 昭和が終わり、新しい時代、平成が始まったこの年、久高島の西沖で海軍による坊の岬沖海戦の戦死者を追悼する洋上慰霊祭が行われました。

 海上に勢ぞろいした平成の聯合艦隊。その旗艦として将旗を掲げていたのは、四四年前にこの場所で沈んだ戦艦金剛の名を継いだ最新鋭のイージスシステム搭載巡洋艦「金剛」でした。

 そして、金剛の艦上には、長野の最期を見届けた戦艦金剛の元主計中尉――時の、内閣総理大臣の姿がありました。

 元主計中尉は、長野にこう語り掛けます。

 

 

 

「私達日本国民は貴方によって救われました。貴方が、あの凄惨な戦争の末路を憂い、己の命をも顧みず戦ってくださった結果として、今の私達があります」

 

「しかし、私達は命を賭してこの国を救ってくれた貴方に対し、感謝の言葉を述べるどころか、一時は戦犯の汚名を着せるなどという蛮行に及びました」

 

「貴方が生きておられたときも、貴方の提言に耳を貸すことなく、貴方を蔑ろにし、最期には生還を期さない特攻に送り出しました」

 

「そして今、昭和は終わり、新しい時代、平成が始まりました」

 

「長野司令。かつて、貴方に何一つ報いることが出来なかったこの日本は。貴方に感謝の言葉すら直接伝えられなかった私達日本国民は。新しい時代を迎えた今、貴方の誇りに――貴方が、命を賭けて守る価値のあるものだったと胸を張って誇れるものとなれているでしょうか」

 

 

 

 

 

 己の才覚も、命も、その全てを国家と国民、そのまだ見ぬ未来を信じて捧げた天才長野壱業。

 

 彼は今、彼を信じ、共に戦いぬいた一万人余りの尊い命と共に、久高島沖の海底深くで静かに眠りについています。

 

 

 

 

 

 

     アメリカ海軍が最も恐れた男、長野壱業 ~坊の岬沖に散った英雄の献身~

 

 

 

 

 

 監修   ピロシキィ

 

 資料提供 防衛省防衛研究資料館

      アメリカ国立公文書記録管理局

      長野壱業記念館

      (財)戦艦長門保存会・記念艦長門

      (財)戦艦陸奥保存会・記念艦陸奥

      長野出版「月刊海軍」編集部

 

 構成   後藤陸将

 

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 終

 

 制作・著作 日本国営放送機構 大阪支局

 

 

 

 

 




《後藤陸将さんからの補足》

1 アメリカ大使館包囲事件ですが、調べたところ史実ではアメリカ大使館は太平洋戦争勃発後、一九五二年まで閉鎖されていたそうですので、包囲されていたところをGHQの本部ビルとしました。
  しかし、こんなところ包囲したら当然のことながらヤバイこととなります。結果として、死傷者多数の凄まじい弾圧事件となってしまいました。

2 大手新聞社はソ連の回し者から情報を得て、それを記事にしたと考えています。普通こんなこと記事にしたらただではすみませんから、それなりの謝礼がソ連から支給されていたのでしょうな。

3 戦後、この世界では海上自衛隊という名称になるのかどうか分からなかったため、ひとまず海軍としておきました。

4 こんごう(金剛)は史実では平成五年就役ですが、平行世界ということで史実よりも早く就役しています。
  この世界では朝鮮戦争でソ連と戦ったこともあり、ソ連の対艦ミサイル飽和攻撃への対処法としてイージスシステムを導入することも早期に決定、実行に移していたと考えています。

5 総理大臣のモデルとなった方は、史実ではこの時期は総理の座から退いておられましたが、歴史が変わったこともあって史実よりも任期が長かったという想定です。(まぁ、この慰霊祭の翌年には退陣しているでしょうが)

6 後日ですが、本編の時間軸、つまりGHQ包囲事件がなかった時間軸におけるこの作品のエンディングも作成し、投稿する予定です。


ピロシキィからの補足

海軍の呼称は海上自衛隊ではなく日本国海軍呼称です。
そうなると国防省が正しいのでしょうが、防衛省という呼称で考えてます。
その辺は戦後政治の歪な形での影響と考えていただきたいと思っております。


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History was changed at the moment 《結》 本編時間軸√

後藤陸将さんからの寄稿。

別バージョンですありがとうございます。


 

 

「これまで、長野の最期の戦いを見てきたわけでございますが、今日のその時を、司波さんはどう、お捉えになりましたか?」

「そうですね……やはり、この戦いで大きな損害を与えたことが、太平洋戦争の終結にほぼ直結していたと私は思います。長野艦隊の奮戦によって一時的に沖縄における連合国側の海上戦力が消滅しました。窮鼠猫を噛むともいいます。実際窮鼠となった日本海軍は三倍以上の数を揃えた艦隊を壊滅させていますから、これから先は窮鼠となった日本軍相手に再度坊の岬沖海戦のような惨敗を喫する可能性があると当時のアメリカ大統領のトルーマンは考えたそうです。しかし、対日戦の勝利にまで手をかけた状態で坊の岬沖海戦のような大量の損害を出せば、アメリカ国内からの批判の声があがることは勿論のことですが、トルーマンの描いていた戦後世界の構築にも大きな悪影響を及ぼしかねませんでした」

「トルーマンの描いていた、戦後世界というのは、一体どのようなものだったのでしょうか?」

「トルーマンが晩年に著した回顧録によれば、日本の占領、統治をアメリカ一国の手で行い、さらにソ連を牽制するために中華民国と緊密に連携するビジョンを描いていたようです。ただ、これを実現するには日本の勢力圏をほぼ自身の手に抱え込まねばなりませんから、アメリカとしては他国を対日戦において殆ど貢献させず、敗戦処理をアメリカがほぼ独力で行える権利を得る必要がありました。しかし、ここにきて日本軍の予想だにしない反撃とアメリカ軍の大損害です。このままアメリカ軍の力だけで対日戦を続けて日本を降伏に追い込もうとすれば、さらに数万人の――下手をすれば、一〇万人近い犠牲者がでるという想定もされたと言われています。かといって、アメリカ軍の犠牲を減らすためにソ連を対日戦に介入させた場合、ソ連は対日戦に参加したという事実を根拠に大陸利権の殆どを掠め取りかねませんでした。ドイツ降伏後の欧州の戦後処理を巡ってソ連が自国の利権を強く主張していましたし、トルーマンの中では、ソ連は半ば同じ陣営に属する国というよりは仮想敵国筆頭と言うべき存在になっていたと考えられています。その仮想敵国筆頭に、少しでも日本の有していた利権を分け与えるというのは、トルーマンにとって最も避けたかったことでしょう。これ以上対日戦におけるアメリカ軍の損害を大きくはしたくないし、アメリカ軍の損害をソ連参戦によって軽減させることもできない。だからこそ、多少日本に譲歩した講和を行ってでも、ソ連を対日戦に参戦させて貢献させずに勝利するという道をトルーマンは選んだのだと思います。そのような観点から考えるに、長野の描いた勝利というものが、太平洋戦争の終結を決定付けたと断言してもいいでしょう」

「なるほど。長野の勝利がアメリカの戦争を指導していたトルーマンの選択を左右したというわけですか。ただ、司波さん。一方で長野の勝利は日本政府側の講和への意識についてはどのような影響を与えたのでしょうか?」

「当時の政府は、海軍がスイスで行っていた和平工作とは別に、天一号作戦の前から早期講和をスウェーデンのルートで進めていたといわれています。そして、坊の岬沖海戦での勝利の報を聞いた彼らは、これが講和にいたる最期のきっかけになるということで、一年ほど前から本腰を入れていたスウェーデン経由の和平交渉、所謂バッケ工作を最終局面にまでもっていきました。この時提示された講和条件を日本政府はほぼ受諾します。一説には、長野は自身が戦死した後の講和工作の絵図を書いており、日本政府は彼の絵図通りの講和を果たすために、この講和条件を呑んだとも言われています」

「ミッドウェー海戦の運命の五分間と並び、太平洋戦争ではよく語られる“もしも”の一つとして、バッケ工作でアメリカが提示した和平案を鵜呑みにせずとも、さらに勝利を重ねてアメリカ側から譲歩を引き出せたのではないかという話がありますけれども、司波さんはこの“もしも”に対してどのような考えをお持ちでしょうか?」

「坊の岬沖海戦のあと、日本に残されていた戦力は僅かではありましたが、三ヶ月ほどの猶予があれば損傷艦の修復も終わりますし、新鋭艦も配備されたでしょうからもう一戦ぐらいならできるぐらいの戦力にまで回復していたでしょう。また、長野が主導して開発を進めていた新型の長距離爆撃機も完成していましたから、これを使ってアメリカに直接爆撃するという選択肢もありました。しかし、この“もしも”を現実のものとするためには、二つ乗り越えねばならない難関がありました。まず、一つ目が石油の問題です。爆撃機分の燃料であれば、日本中のタンクの底を攫えばどうにか工面できたかもしれませんが、艦隊を動かすだけの燃料となりますと、長野が天一号作戦のために輸送作戦をしたように、どこからか燃料を調達する必要がありました。まぁ、こちらの問題は天一号作戦の準備のための輸送作戦で長野が周辺を遊弋していた通商破壊部隊に大きな損害を与えていたため、成功する確率は決して低くはなかったのですが。二つ目の問題は、戦闘そのものですね。仮に、天一号作戦後に残された艦隊を使ってアメリカ海軍に大打撃を与えるということになりますと、必然的にアメリカ海軍の有力な艦隊と対決する必要があります。まず間違いなく日本側は戦力で劣りますし、対空支援を受けられる可能性が低いです。この状態でアメリカ海軍の有力な艦隊と激突したならば、それこそ長野のような天才戦術家として歴史に名を残すほどの指揮官でなければ勝利できなかったでしょう。勝利できないとまでは言いませんが、奇跡に頼らなければ勝てないと私は思いますね。そして、仮にこの二つの問題をクリアできたとしても、日本は戦争終結までにさらに多くの犠牲を出したことでしょう。アメリカ艦隊との決戦に挑む海軍の部隊の損害は勿論のことですが、硫黄島から出撃した爆撃機が都市部を爆撃して数万人の犠牲者を生む危険性もありましたし、大陸や南洋の諸島で孤立した陸軍の部隊でも病没者や餓死者が出る可能性がありました」

「時の政府は、多少不利な講和条件であろうと人命を優先したということでしょうか?」

「ええ。天一号作戦後の早期講和のために政府や陸軍上層部に働きかけていた長野の意図も、そこにあったのだと思います。あくまで、彼は国益を損なうことになろうと、戦争を継続することで増える犠牲者の数を減らすことを、優先したのでしょう。そして、政府もその身をもって沖縄を救った彼の意思を無碍にはできなかったのだと私は考えています」

「そうですか……司波さん、今日はありがとうございました」

「ありがとうございました」

 

 

 

「長野は、一人でも多くの国民の命を救うことが、日本の未来を救うことだと信じて絶望的な戦いに身を投じ、勝利することとなりました。そして、彼は、自身が守り抜いた人々と、人々が逞しく立て直したこの国の未来を見ることなく壮絶な戦死を遂げたのであります。この番組の終わりにあたり、終戦後、現代に至るまで長野壱業という一人の軍人がどのように伝えられるかということと、坊の岬沖海戦の直前に長野が親しかった友人に語った彼の見果てぬ夢。それらをご紹介しながら、番組を終わりたいと思います。今夜もご覧いただき、ありがとうございました」

 

 

 

 

 

 

 天一号作戦実施の直前、長野は戦艦榛名の艦長ら、同期の友人たちと呉市内の料亭に集まりました。

 そこで、長野はこれまでの功績を讃える友人に対してこう語ったといいます。

 

「これまで多くの部下に、同僚に、上官に勝利のために血を流させてきた。そして、今回の作戦でも一万人の将兵に血を流させることになるだろう。死ぬのが怖くないわけではないが、彼らの流した血の量に報いることができないことの怖さに比べればたいしたものではない」

「私は、この最期の作戦で彼らの挺身に報いるだけの何かをやれるのだろうか。これまでにこの国のために死んでいった彼らに、後悔させないだけの何かをさせられただろうか。そう思うと、私は自分の功績を誇ろうなどという気にはどうしてもなれない」

 

 長野は真珠湾攻撃の立案に始まり、ドゥーリットル空襲やソロモン海戦などで日本海軍随一と言える武功を積んでいました。

 しかし、彼は一度たりとも自身の成し遂げた功績を誇ることはありませんでした。

 自身が中心となって立案に加わった真珠湾攻撃。それから四年の間、その武功から戦神として周囲からは讃えられる一方で、長野は一人、亡き戦友の想いと犠牲となった将兵に対する責任を背負い続けて苦しんでいたのかもしれません。

 

 

 

 坊の岬沖海戦の勝利を機に、日本は連合国の降伏勧告を受け入れます。これによって、四年にわたる戦争はついに終わりを迎えました。

 終戦後、戦勝国となった連合国によって日本の戦争犯罪を裁く極東国際軍事裁判が東京で開かれます。

 そして、この裁判によって長野は戦犯の指定を受けます。豪州本土に艦砲射撃を加えた帰路に病院船を撃沈したことと、日米の関係が悪化する前から真珠湾攻撃作戦を立案し、日米開戦の絵図を描いてその実現のために奔走していたというのが、戦犯指定の理由でした。

 戦犯指定を受けた長野は、靖国神社などの戦没者を祀る施設に合祀されることも許されず、各地に立てられた太平洋戦争の犠牲者の冥福を祈る慰霊碑に名を刻むことすら許されない存在となりました。

 また、日本国内で燻っていた講和条件への不満や、太平洋戦争を開戦に導いた時の指導者への怒りは、太平洋戦争の開戦の狼煙となった真珠湾攻撃の立案し、和平工作を影で主導していた長野にも向けられました。

 こうして、長野壱業はその名将としての業績ではなく、戦犯としての悪名をもって歴史に刻まれる存在になりました。

 

 

 

 しかし、例え戦犯としてその名が刻まれようと、長野への感謝を決して忘れない人たちもいました。

 長野によって救われた、沖縄に住む人々です。

 終戦の翌年から、沖縄では金剛が沈んだ日時に合わせて人々がごく自然に集まり、沖縄を救う為に戦った英霊に対する深い感謝と哀悼の意を捧げるようになりました。

 以来、沖縄県では毎年八月一九日、金剛が沈んだ時間に合わせて慰霊祭が行われるようになり、全島で黙祷を捧げる日とされています。

 

 

 

 戦艦金剛の沈没地点を見渡せる知念岬には、坊の岬沖海戦の戦死者の名を刻んだ慰霊碑が建立されています。

 しかし、慰霊碑に刻まれた戦没者の中には、戦犯となったために名を刻むことすら許されなくなった長野壱業の名はありません。

 その慰霊碑の隣には、慰霊碑と同時に建立された、金剛の艦橋を模した形の顕彰碑があります。

 不思議なことに、その碑には誰の功績を讃えるものであるかは全く記されていません。

 その代わり、この碑には、名も明らかにされぬ誰かを顕彰する言葉としてこう刻まれています。

 

 

 

「嵐を超えてこの島に駆けつけ、その命の限り戦った貴方のおかげで数え切れないほどの命が救われました。

 

 たとえ貴方の功績が歴史に埋もれようとも、私達は、貴方の成し遂げた奇跡と、貴方への感謝を決して忘れません。

 

 沖縄を救い、日本を救った英霊に、報いと安らかな眠りがあらんことを」

 

 

 

 

 

     アメリカ海軍が最も恐れた男、長野壱業 ~坊の岬沖に散った英雄の献身~

 

 

 

 

 

 監修     ピロシキィ

 

 資料提供   防衛省防衛研究資料館

        アメリカ国立公文書記録管理局

        長野壱業記念館

        (財)戦艦長門保存会・記念艦長門

        (財)戦艦陸奥保存会・記念艦陸奥

        長野出版「月刊海軍」編集部

        ○宝映画「水平線のダイヤ」 

 

 構成     後藤陸将

 

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 制作統括 後藤陸将

 

 

 

 終

 

 制作・著作 日本国営放送機構 大阪支局

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<ネタ予告>

 

 

 昭和二十年

 

 太平洋を巡る日米の争いに決着が迫る中、極東での勢力拡大を狙うソ連が日本へ侵略の手を伸ばします。

 

 しかし、ソ連の対日参戦の動きは帝国海軍に予測されていました。

 

 沖縄を救った男が、この国に最後に残した希望。戦艦長門を旗艦とする北方艦隊が北海道を目指すソ連軍をオホーツク海で迎え撃ちます。

 

 北方艦隊司令長官柳本柳作は、亡き友への想いと帝国海軍の幕引きの想いを籠めて戦艦長門にZ旗を掲げました。

 

 日本の未来を守るべく出撃した帝国海軍最後の決戦を描く次回の『History was changed at the momentⅡ』

 

 放送は、未定です。

 

 

 

 ソ連対日参戦とオホーツク海海戦 ~スターリンの野望と帝国海軍最後の栄光~

 

 

 

 総合 ○月×日(?) 夜9時15分

 

 

 

 

 

 

 




《後藤陸将さんからの補足》

1 長野氏が戦犯として指定されていますし、機密も漏れていないので、長野氏の終戦工作への評価は控えめということで書いてみました。
  終戦工作を考えるに、国民の命と国益を秤にかけてどちらを取るべきだったかというのが、(極度に右や左に傾いている方々を除いた)まともな歴史学者の評価の分かれるところでしょうかね。

2 長野氏の発言の元ネタは、銀河英雄伝説のヤン提督の台詞です。立場がかなり似てたので、長野氏も一度くらい、自分とヤンを重ねた台詞を言っていてもいいかなぁと思いまして。

3 沖縄は長野肯定派が多い地域となっているという設定です。
  単純に長野の活躍によって救われた住民も多かったということもあります。
  また、戦後四半世紀近くアメリカの統治下におかれたために県民の間ではアメリカに対するフラストレーションが溜まっていました。そのため、アメリカをボッコボコにした長野の功績が痛快でたまらなかった県民も多かったというのもあるでしょう。
  長野を賛辞していることを暗に示すことで、アメリカ人に不愉快な想いをさせたがる反米の活動家(隣国の息のかかったものや反米第一主義の地元紙等)も多々いたことが、沖縄における長野肯定派増加の一因となっているとかいないとか。

4 次回予告は最終回ということで、最後までつきあって下さいました皆様とこんな自作設定を多数採用した応援SSを許してくださいましたピロシキィ様への感謝を籠めたネタ予告です。また、こんなネタでお会いできる日を楽しみにしています。


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その時提督(笑)は動いたⅡ History was changed at the momentⅡ[前編]《起》

後藤陸将さんから頂いた その時提督(笑)が動いたⅡです。

ありがとうございます。


History was changed at the momentⅡ[前編]《起》

 

 

 

 

 

 9:15                字幕放送

                   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今を遡ること、およそ七〇年前。

 大日本帝国とアメリカ合衆国が、太平洋の覇者の座をかけて激突しました。 

 一方、この世界史上他に類をみない大戦争の最中、二人の英雄が広大な太平洋を所狭しと駆け巡り、幾度となく干戈を交えていました。

 その二人の英雄の名は、ウィリアム・ハルゼー・ジュニア。そして、長野壱業です。

 アメリカ合衆国海軍大将ウィリアム・ハルゼー・ジュニア。

 部下達を苛烈な言葉で奮い立たせ、自身は溢れんばかりの闘志を顕にして砲弾が飛び交う最も危険な前線を恐れることなく突き進むその雄姿から、猛牛(ブル)とまで渾名される猛将。

 その凄まじい攻勢は日本海軍を幾度となく窮地に追い込み、同時にその圧倒的なカリスマとリーダーシップをもってアメリカ海軍を支えました。

 一方の、大日本帝国海軍少将長野壱業。

 劣勢となり敗北を重ねた日本海軍の中にあって、どんなに不利な戦況となろうと未来を予知しているかのごとき天才的な知略をもって劣勢を覆し、連合国からは「魔術師」と呼ばれ恐れられ、日本海軍では「戦神」と讃えられた智将です。

 戦場の全てを見通すその神謀は最小の戦力でもって最大の戦果を挙げ、数多の艦と兵士を救う一方で敵となったアメリカ軍には災厄と破壊を振り撒き甚大な被害を与えました。

 南太平洋海戦、ガダルカナル攻防戦、レイテ沖海戦、そして、坊の岬沖海戦。

 ハルゼーと長野が激突した戦いは、その殆どが太平洋戦争の趨勢を大きく動かすターニングポイントとなる激戦となりました。

 長野とハルゼー。その最初の激突こそ、陸上爆撃機を空母に載せて東京を空襲するという前代未聞の奇策をもって幕を開けたドゥーリットル空襲。

 それは、やがて雌雄を決することとなる二人が初めて出逢った戦いであり、それから三年半に亘って続くこととなる二人の宿命が始まった戦いでした。

 真珠湾奇襲からの劣勢による市民の動揺と厭戦気分を防ぐため、そして、アメリカ海軍が受けた卑劣な騙まし討ちの報いを日本に受けさせるべく僅かな戦力を持って日本の勢力圏に突入するハルゼー。

 アメリカ海軍の奇策を完全に見抜き、自身の職をも投げ打つ覚悟でこれに備え、果ては自ら戦闘機に搭乗してアメリカ艦隊を迎え撃たんとする長野。

 そして、奇策を成さんとする猛将と、最前線にて首級を挙げんする勇敢な智将の激突の結末は、その後の太平洋戦争の流れだけではなく、日米両国の歴史を、ひいては世界の歴史をも大きく変えることとなるのです。

 

 

 

 

 

 History was changed at the momentⅡ

 

 

 

 

 

    太平洋戦争シリーズ

     長野 VS ハルゼー

 

~宿命の始まり、両雄相まみえるドゥーリットル空襲~

 

 

 

 その第一回は、太平洋戦争における宿命のライバルとなった二人の熾烈な戦いから、兵を率いる将の在るべき姿に迫ります。

 

 

 

 

 

「こんばんは。みなさん、得河です。History was changed at the momentⅡ。今週からは、太平洋戦争シリーズの第二弾です。先週、先々週の二回に亘って、太平洋戦争を駆け抜け、その後の日本を守り続けた長門型戦艦二隻を主人公にお伝えいたしましたけれども、今週と来週は二回に亘って、長野壱業とウィリアム・ハルゼー・ジュニアの二人の対決を取り上げます」

「世界最大の大洋、太平洋を舞台に繰り広げられられた太平洋戦争。南方資源の獲得を目指す日本と、それを阻止すると同時に日本勢力圏の市場獲得を狙うアメリカ。太平洋を挟んだ両大国の激突によって戦場がアジア各地の、そして太平洋の陸・海・空を問わず生み出され、多数の将が己の知略と武勇の全てを尽くした四年の間の大戦。今回取り上げます、長野とハルゼーもまた、この戦争の中で死力の限りを尽くして戦い抜いた指揮官でした」

「真珠湾奇襲、ミッドウェー海戦、硫黄島の戦いなど、太平洋戦争において転換点となった戦いはいくつかありますが、この二人の戦いもまた、太平洋戦争の流れを大きく変えるものであったと言えます」

「項羽と劉邦、アレキサンダー大王とダレイオス三世、上杉謙信と武田信玄。彼らのように宿命のライバルとなった二人は、やがて、祖国の命運を背負い、世界史上最も熾烈な海戦にて因縁に決着をつけることになるのであります」

「さて、今日のその時は、昭和一七年四月一八日午前七時四一分としました。長野が駆る戦闘機が、ハルゼーの指揮下にある空母ホーネットを銃撃したその日、その時でございます」

「南太平洋海戦、ガダルカナル攻防戦、レイテ沖海戦、そして、二人の宿命の対決の終着点となった運命の坊の岬沖海戦。長野とハルゼーの繰り広げた激戦の数々は時に戦局を大きく動かし、歴史の流れを変えていきました。長野とハルゼーの二人は、太平洋戦争の結末を最も大きく左右した指揮官と言っても過言ではないかと思います」

「え~、二人の激突の裏には、知略、機転、執念が織り成す様々な熱いドラマがあったわけですけれども、その数々の激戦の、宿命の始まりこそ、今日の、ドゥーリットル空襲なのでございます」

「日本の首都東京への直接爆撃を狙うアメリカ海軍に、それを阻もうとする日本海軍。しかし、当時、ハルゼーは一機動部隊を預けられるほどの指揮官だったのに対し、長野は聯合艦隊司令部附の参謀でしかありませんでした。長野とハルゼーの最初の激突と言われているわけですけれども、実際のところ、当時の二人の立場からすれば、直接相対することなどありえないはずだったのです。そんな二人が、どのようにして巡りあい、そしてどのように戦い、どう立ち回ったのか、日米両国が戦後に纏めた資料をもとに読み解いてまいりますけれども、まずは、この両雄が、それぞれに海軍の中で頭角を顕していく経緯、今日はそこから、話を起していくことにいたします」

 

 

 

 

 

 アメリカ合衆国ニュージャージー州東部の街エリザベス。

 ニューヨークのスタテンアイランドとニューアーク湾を隔てて対岸に位置するこの街で、ハルゼーは西暦一八八二年一〇月三〇日ウィリアム・フレデリック・ハルゼー・シニアの長男として生まれました。

 父親もまた、海軍軍人で、ハルゼーの家系には船乗りや海軍軍人が多かったと言われています。

 少年時代のハルゼーは、アメリカンフットボールに熱中する、腕白なスポーツ少年でした。

 一九歳のとき、ハルゼーは海軍士官を養成するアメリカ海軍兵学校(アナポリス)に入学。四年の間この学校で学びましたが、ここでもアメリカンフットボールに熱中していたせいか、卒業時の成績は六二人中四二番。当時の記録によれば、ハルゼーはお世辞にも優秀な学生とは言い難かったようです。

 一九〇八年。アメリカ海軍兵学校(アナポリス)卒業後、砲艦などで経験を積んだハルゼーは戦艦カンザスに配属され、一六隻の戦艦を中心とした大艦隊――グレート・ホワイト・フリートの一員として世界一周の大遠征に参加し、その一環として日本にも訪問しました。

 このグレート・ホワイト・フリートには、アメリカ海軍の海軍力を世界に、特に、日露戦争に勝利した結果太平洋における最大の艦隊を保有するに至った大日本帝国海軍に誇示する狙いもあったのです。

 ハルゼーも、東京に寄港した際に親善艦隊の乗組員として歓迎会に招待され、日本海海戦時の聯合艦隊旗艦三笠にて日本海軍の英雄、東郷平八郎とも顔を合わせました。

 その時のことを、ハルゼーは太平洋戦争中にこう語っています。

 

「東郷は小海老のように小さな男だった。それゆえに胴上げして三回も高々と放り上げることもできた。しかし、もしも我々が今の状況を知っていたならば、三回目の胴上げの後に彼を受け止めたりはしなかっただろう」

「あの舞踏会で見た日本人は、皆ニヤニヤした顔を浮かべていて、その裏でよからぬ事を企んでいるようにしか思えなかった」

 

 別の会場で東郷と出会っていた後の上司となるニミッツや盟友スプルーアンスが大きな感銘を受けていたのに対して、ハルゼーは異なる感想を抱いていました。

 日本海海戦も聯合艦隊による卑怯な奇襲攻撃であり、日本人は雌猿と中国の皇帝によって中国から追放された極悪人の交尾による産物だと豪語するなど、当時からハルゼーは日本人を蔑視する思想を持っていました。

 

 その後、ハルゼーは第一次世界大戦中は駆逐艦長として活躍し、終戦後は海軍大学校への赴任のほか、その他大部分の年月を駆逐艦乗りとして過ごしました。

 

 しかし、そんなハルゼーに転機が訪れます。

 

 西暦一九三四年。ハルゼーは、空母「サラトガ」の艦長職を提示されます。しかし、ハルゼーは当初この提案に困惑します。正規空母ほどの大型艦の艦長というポストは確かに魅力的ではありましたが、ハルゼーの経歴のほとんどが駆逐艦に関するものであり、航空機に関してはほとんど素人同然だったからです。

 対潜戦闘であれば第一次世界大戦で経験しているため、潜水艦部隊の運用にはまだ理解がありましたが、航空機など、まさにハルゼーにとっては畑違いのものでした。

 航空分野の素人であるハルゼーに空母の艦長職が打診された背景には、当時のアメリカ海軍航空部隊ならではの事情がありました。

 当時、アメリカ海軍では航空部隊の指揮官になるには、パイロットの資格が必要とされていました。ところが、当時のアメリカ海軍には、パイロット資格を有し、かつ正規空母の艦長職につけられる大佐以上の階級を持つ士官は不足していたのです。

 ハルゼーは悩んだ末にこの提示を了承し、パイロットの資格を得るためにペンサコラ飛行学校に入学します。

 ハルゼーはこの時五一歳。若い士官らに混じって熱心に教育を受けますが、やはり年齢による体力の衰えなどもあり苦労することとなりました。しかし、ハルゼーは訓練課程を一切省略することなくその翌年にパイロット資格を得て、正式に空母サラトガの艦長に就任しました。

 それからハルゼーは、それまでの駆逐艦乗りとしてのキャリアから離れ、航空部隊の指揮官としての道を歩んでいきます。

 一九四〇年には航空戦闘部隊司令官に任命され、日本海軍聯合艦隊を仮想敵とし、日々訓練に明け暮れる日々を過ごしました。

 ブルドックを思わせる厳つい顔つきや、歯に衣着せぬストレートで粗野な口調で部下達を鼓舞する姿、見敵必殺を徹頭徹尾貫く勇猛な指揮ぶりから、ハルゼーは猛牛(ブル)と渾名される猛将としてアメリカ海軍に名を馳せていきます。

 

 

 

 

 

 一方、長野は明治三一年五月×日、群馬県○○市にあった長野豆腐店の長男として生まれました。

 小学校時代から既に優秀な成績を修めていた長野は、大正二年、一六歳の時に故郷群馬を離れ江田島にあった海軍兵学校の門を叩きます。

 海軍兵学校でも、彼の成績は常に優秀でした。また、同期や後輩を誘い、休みの日曜日には度々潜水艦や航空機といった新兵器の運用、対策に関する勉強会を開くなど、とても真面目で先見性のある生徒として評価されていました。

 大正五年。長野は海軍兵学校を九六名中五番目というとても優秀な成績で卒業し、海軍少尉候補生となります。

 その後、装甲巡洋艦や戦艦などで軍務経験を積んだ長野は、大正一五年に海軍大学校に入学しました。

 海軍大学校は、部隊を運用する指揮官に必要とされる高度な海軍戦術を学び、時には自分自身で新たな戦術を練り上げる機関です。ここで長野は、潜水艦や航空機等といった第一次世界大戦後に大きな進歩を遂げた新兵器をどう用いるのか、模索する日々を送ります。

 

 『対潜戦闘ニ関スル意見書』

 『対空戦闘ニ関スル意見書』

 『電探(レーダー)ヲ用イタ効率的航空部隊運用ニ関スル意見書』

 『真珠湾攻撃想定』

 

 長野は、この海軍大学校でいくつもの新兵器を用いた戦術を提言しました。

 中でも、長野が特に力を入れて研究していたのは、航空機の運用に関するものです。時には航空機を開発する技術者や、現場の整備員などとも直接意見を交わし、それらの意見を提言に盛り込むほどの熱の入れようでした。

 長野が残したいくつもの戦術案は海軍大学校でも大いに評価され、海軍の上層部からも注目を集めることとなりました。

 

 後に、大日本帝国海軍最後の聯合艦隊司令長官となる小沢冶三郎も、長野が卒業した翌年に教官として海軍大学校に赴任した際、長野が残していった航空部隊の運用に関する意見書に深い感銘を受け、彼の湧くが如き智謀を「秋山真之中将の再来」と讃え、さらに戦後には自分に航空戦術を教えてくれた大恩人の一人として、長野壱業の名前を挙げています。

 

 こうして、後の日本海軍の指導者達に大きな影響を与える成果を残した長野は、海軍大学校を二二名中第五位の成績で卒業し、昭和五年五月、三二歳の時に海軍航空本部に配属されました。

 航空本部での訓練を経てパイロット資格を得た長野は、昭和七年に空母鳳翔にパイロットとして配属され、第一次上海事変時にも出撃します。

 その後、日本海軍一の錬度を誇る精鋭部隊を擁する航空母艦「加賀」の艦長などを歴任するなど、長野は日本海軍でも指折りの航空に精通した指揮官としてキャリアを積んでいきました。

 

 そして、昭和一六年二月。

 時の聯合艦隊司令長官、山本五十六は長野が海軍大学校に残した真珠湾奇襲を想定した意見書を見て、小沢と同様にその才能と智謀を大きく評価します。そして、彼を直々に聯合艦隊司令部に参謀として迎え入れました。

 

 

 

 

 

 長野とハルゼーは、互いの海軍を仮想敵と位置づけ、それぞれに相手を打倒する策を日々検討します。

 

 

 

 

 

 昭和一六年一二月八日。日本海軍航空部隊はハワイ島に密かに接近していました。

 午前六時、空母から第一次攻撃隊一八三機が真珠湾停泊艦艇に向けて発艦。さらに、第一次攻撃隊は真珠湾に停泊するアメリカ太平洋艦隊に向けて攻撃を開始。

 結果、日本海軍航空部隊は戦艦八隻を行動不能とする甚大な被害をアメリカ太平洋艦隊に与えます。

 

 

 

 長野とハルゼーの因縁の始まり、ドゥーリットル空襲まで、あと四ヶ月――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

誰だ、こんな番組作ったの!? 責任者出てこい!

 

「零戦一機で敵艦隊に突撃した提督が智将…?」

 

おいなんだお前ら、その目は!?

 

──智将(笑)、ププ。

 

テメェ、ぶっとばすぞ!




《後藤陸将さんからの補足》


1 太平洋戦争シリーズはこの世界では計四週に亘って放送されました。
  一回目と二回目は「日本の守護神、長門型戦艦」と題しまして太平洋戦争を駆け抜け、唯一稼動状態で生き残った二隻の戦艦にスポットをあて、その武勲を紹介していたという脳内設定です。
  多分、一回目は「さらば師匠!英国東洋艦隊、暁に死す」なんてタイトルで、セイロン沖海戦を取り上げて、二回目は「侵略者を討て~さらば大日本帝国海軍、聯合艦隊最後の戦い~」と題してオホーツク海海戦を取り上げたんでしょうね。
  一回目と二回目は書きませんけども。

2 史実だとハルゼーは東郷に会った時の感想を戦後に語っているのですが、自作設定で戦中に語っていたということにしました。まぁ、誰かに一度くらいは話していても不思議ではないでしょうし。

3 ハルゼーの生い立ちに関する部分のみ和暦ではなく西暦を使っているのは、日本人以外の人物の年表に和暦を使うのに違和感を感じたからです。今後は、和暦で統一していくつもりです。

4 最前線に躍り出てエースコンバットやる軍人を智将と呼ぶことに違和感を感じる人がいるかもしれませんが、まぁ、そこはカテゴリー上のことなのであまり気にしないでいただけると助かります。

5 このような対決スタイルの特集であれば、どちらかというと「英○たちの選択」の方で取り上げられた方がしっくりくるとも思います。しかし、やっぱり殿様ボイスとあのEDテーマの方が好みなので、「その時」でやらせていただきました。

6 ハルゼーに関しては本編において具体的な言及はあまりないため、今後も自分なりの解釈で描写していくことになりますのでご了承下さい。


《ピロシキィからの補足》

例によって最後の所は私が書いております。


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History was changed at the momentⅡ[前編]《承》

後藤陸将さんからの寄稿です。

ありがとうございます。


 

 

「ゲストのご紹介です。太平洋戦争シリーズの第一回、第二回に引き続き、作家の司波次郎さんにお願いします。どうぞよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

「まぁ、しかし……長野とハルゼーの経歴というのは、意外と似たものなのですね」

「ええ。長野とハルゼーは年齢にこそ一回りの差があり、役職や階級にも差はあれども、直接海軍の航空部隊に関わり始めた時期はそれほど変わらなかったんですね。また、どちらもパイロットとしての資格も有しており、航空機の有用性を早期から理解していました。正規空母の艦長をしていたところなど、共通点は多いんです。後は二人ともとても頑固な人物として知られていますね」

「頑固ですか」

「ええ。ハルゼーは太平洋戦争中、ある問題児だった部下を解任せよという指示を受けたのですが、最後まで彼は頑強に抵抗し、結局はハルゼーの承諾を得ることも無く更迭を強行するしかなかったそうです。また、長野も間違った意見であればそれが上官だろうが躊躇することなく挑み、完璧な理論を持って論破していきました。彼は、大日本帝国海軍内では絶対的な存在であった軍神、東郷平八郎にすら恐れることなく挑んで論破したというのですから、自分の頭脳にも確固たる自信を持ち、かつかなり頑固な性格だったのでしょう」

「なるほど。では逆に、両者の違いは主にどんなところにあったのでしょうか?」

「やはり、両者は性格に大きな違いがあったと思います。ハルゼーは、例えるのであれば蜀の張飛やマケドニアのアレキサンダー大王のような典型的な猛将タイプの人物です。敵は真正面から圧倒的な力で叩き潰す。よく言えば豪快な、悪く言えば粗野な立ち振る舞いで周囲を自分のペースに巻き込んで突き進んでいき、周囲の人たちに自分を追いかけさせるタイプのリーダーシップが彼の大きな強みだったと私は思いますね。真っ直ぐで、大きな人物であるために周囲から目立ち、頼れる、安心できる存在というのは、人知れず周りの人間を纏う空気で一つの集団として束ねる力がありますから。また、ハルゼーのある上司曰く、ハルゼーはデスクワークを蛇蝎の如く嫌い、公式文書や公の場でのスピーチでも、使う語彙は極めて少なく、陳腐な表現やスラングが並ぶ、よく言えば単純明快な――悪く言えば粗野で下品な言い回ししかできず、知的な印象は全く受けないタイプの人間だったそうです」

「では、一方の長野はどのような人物だったのでしょうか?」

「長野はハルゼーとは対照的ですね。例えるのであれば、孔明や竹中半兵衛のような智将タイプということになるのでしょうか。彼らは人間的な魅力という中々目に見えないもので人を惹きつける猛将タイプと異なり、実績という目に見えるもので周囲の人を惹きつけます。そして、長野には常人では思いつかないような奇抜な発想、それを実現するまでの綿密な計画、相手の策を即座に看破し、更には相手の次なる戦略を予測する優れた洞察力、不測の事態に対する最適解を瞬時に弾き出す頭の回転の早さがありました。それらを武器に長野は武勲を重ね、周囲の信頼を得ていきました。しかし、彼自身は人と積極的に接しようとする人間ではなく口数も少なかったと言われていますから、人を惹きつけるような人柄ではなかったと思われます。ただ、自分自身をアピールしようと行動をすることもなく、他人の感情よりも持論の正しさを優先するところがありましたから、他人の感情の機微――とりわけ、他者から自身に向けられる感情についてはかなり疎かったのでしょう。多少、自己中心的な傾向があったとも考えられます」

 

「真珠湾攻撃によって幕を開けた太平洋戦争。真珠湾奇襲による成果を最大限に活かそうとする大日本帝国海軍聯合艦隊と、深刻な戦力不足の中、どうにか戦力回復までの時間を稼ごうとするアメリカ合衆国海軍太平洋艦隊。それぞれの立場を違えども、長野もハルゼーも海軍軍人としての本分を果たすべく邁進します。そして、彼らの奮闘は様々な人物の目に留まることになるのです」

 

 

 

 

 

 昭和一六年一二月八日

 

 日本海軍航空部隊の真珠湾奇襲攻撃。

 海兵隊の戦闘機をウェーク島に輸送して帰港の途中であった空母エンタープライズに搭乗していたハルゼーは、この報告をホノルル西方二四〇kmの海上で聞き、怒り心頭に発します。

「卑怯者の猿共を血祭りにあげろ」

 アメリカ合衆国艦隊司令長官のハズバンド・キンメルから洋上の全艦船の指揮権を得たハルゼーは未だにハワイ近海にいるはずの日本海軍航空部隊を捜索する命令を発します。

 この時、ハルゼーはハワイからの情報を下に、敵部隊は空母を最低でも六隻ともなう部隊であり、退避針路は北西だと予想。北西に大規模な捜索網を構築しましたが、ハルゼーが構築した捜索網も、巧妙に擬装針路を取りつつ西進した日本海軍航空部隊を捉えることはできません。

 もはやこれ以上目視による索敵は困難であり、真珠湾奇襲からかなりの時間が経過していることから日本海軍航空部隊は既に索敵圏外へと逃亡に成功した可能性が高いと判断したハルゼーは日没を持って捜索の終了を宣言します。そして、彼の率いる艦隊はそのまま真珠湾へと帰港の途につきました。

 しかし、真珠湾に戻ったハルゼーを待っていたのは、彼の想像を遥かに超えた惨状でした。

 海を覆う怪しく光る濁った黒。

 その正体は、空襲によって破壊された重油タンクから流れ出した大量の重油でした。

 日本海軍航空部隊はこの空襲における最優先目標を空母、次に戦艦以下艦船、そして重油タンクと設定していました。真珠湾に空母が停泊していなかったため、空母こそ沈められませんでしたが、日本海軍は湾内に停泊していた戦艦を一網打尽。さらに戦艦ネバダは主水道にて沈没させ、港湾機能を大きく損なわせることに成功します。

 重油タンクもまた徹底した爆撃により損傷。六〇万tの重油が湾内に流出しました。重油に覆われた海面は艦船の航行にも影響を及ぼし、さらに大量の重油が放つ悪臭は、軍港やその周囲の街にも充満。多数の軍人や住人が健康被害を訴えるに至り、アメリカ海軍は真珠湾内の一部地域を立ち入り禁止にする措置を取らざるを得なくなっていたのです。

 この光景を見たハルゼーは、激怒しました。

「われわれが奴らを始末する前に、日本語は地獄だけで話されるようになるだろう」

「日本人には、この借りを一〇〇万倍にして返す。エンペラーのパレスはクソまみれにし、港と言う港を機雷で封鎖して二度とヤツラが海に出られないようにしないと、俺の腹の虫がおさまらん」

 ハルゼーの凄まじい剣幕に、空母エンタープライズに乗っていた幕僚たちは震え上がったといいます。

 

 しかし、ハルゼーの思いとは裏腹に、アメリカ海軍が日本海軍に対して即座に攻勢に出ることはできませんでした。

 当時アメリカ海軍が保有していた戦艦は一七隻。その内八隻は欧州戦線への備えとして大西洋に、一隻は西海岸で修理中、残りの八隻が真珠湾に停泊していました。その八隻が全て失われたことで、アメリカ海軍は攻勢に出ることができなくなくなります。

 アメリカ海軍が保有する正規空母は大西洋に四隻、太平洋に三隻配備されており、太平洋に配備されていた空母は幸いにも無傷で残っていましたが、対する日本海軍の保有する正規空母は倍の六隻。 また、アメリカの同盟国のうち太平洋で日本海軍と戦いうる戦力は、シンガポールに配備されていたイギリスの戦艦プリンス・オブ・ウェールズとレパルスの二隻を中心としたイギリス東洋艦隊のみ。

 さらにイギリス東洋艦隊は真珠湾攻撃から二日後、マレー沖海戦にて日本海軍の陸上攻撃機の空襲によって壊滅。これにより、アメリカ軍は日本海軍の有力な部隊と渡り合える戦力を完全に喪失します。

 空母は三隻が無傷で残っているとはいえ、戦艦の数、空母の数で優る日本海軍に、現状の戦力で挑むのは厳しい。そう考えたアメリカ軍は、太平洋戦線を早期に決着させることを早々に諦めざるを得なかったのです。

 

 アメリカ海軍の苦難はそれだけではありません。

 アメリカ領グアム島、ウェーキ島の二つの島も、真珠湾攻撃の直後に攻撃を受け、守備隊の必死の抵抗も空しく陥落していたのです。

 グアム島、ウェーキ島は、日本陸海軍にとって、日本からマーシャル諸島まで南東に延びる作戦線上の中間点に位置し、ここに敵戦力を放置しておけば作戦上の障害となる可能性がありました。

 また、ウェーキ島は最も近い陸地であるエニウェトク島からも八〇〇km余り離れているという立地上、太平洋上の航空機の中継基地としての能力を有しています。実際に、アメリカ海軍はハワイからグアムを経てフィリピンに向かう中継地として整備しており、開戦前には太平洋を横断する民間の航空機の給油地としても使われていました。

 この二つの島の攻略は、アメリカ軍の作戦行動範囲に大きな制限をかける意味を持っていたのです。

 ウェーキ島への攻撃は、真珠湾攻撃の数時間後、クェゼリン環礁のルオット島から出撃した三四機の陸上攻撃機と一二機の戦闘機の空襲によって始まりました。

 空襲を受けるまで日本海軍航空部隊の襲来に気がつかなかったウェーキ島守備隊は、この空襲によって配備されていた戦闘機一二機の内一〇機を失い、さらに滑走路にも甚大な被害を受けました。

 同日に行われた陸上攻撃機二〇機、一二機の戦闘機による第二次攻撃も、陸上攻撃機三機と戦闘機一機の撃墜と引き換えに滑走路修復作業に当たっていた多数の土木機械を破壊。ウェーキ島守備隊は全ての航空戦力を喪失するに等しい状態となりました。

 一二月二二日、真珠湾攻撃からの帰途にあった艦隊から派遣された戦艦によるウェーキ島への艦砲射撃は辛うじて残っていた対空火器や陸上砲台を壊滅させます。戦う術をほとんど奪われたウェーキ島守備隊は強襲上陸を試みる海軍陸戦隊に果敢に挑みますが、航空部隊と戦艦部隊による支援を受ける陸戦隊の前に劣勢に立たされ、強襲上陸から半日で指揮官を捕らえられたために降伏を余儀なくされました。

 さらに、一二月一〇日には、日本陸軍から派遣された攻略部隊の手によってグアム島が陥落しました。

 

 太平洋艦隊の最重要拠点である真珠湾に大きな被害を受け、さらにはグアム島、ウェーキ島などの要地を失ったアメリカ海軍は、反抗の準備が整うまでの間、ハワイからミッドウェー、及びサモアからオーストラリアのラインを保持することに全力を傾けるほかなかったのです。

 

 しかし、アメリカ建国以来最大級の大打撃を受けたにも関わらず、当時のほとんどのアメリカ国民には厭戦感情は全くありませんでした。

 実は、真珠湾奇襲前のアメリカの主要メディアによる世論調査によれば、対日開戦に賛成する国民は二割ほどにすぎず、上下院の議員の大半もまた、対日開戦に反対の立場を表明していました。

 それを一気にひっくり返したのが、真珠湾奇襲の報でした。

 宣戦布告の前になされた真珠湾奇襲という「騙し討ち」、そして、当時の一般的なアメリカ国民が抱いていた白色人種優越思想に端を発する「格下の人種によるアメリカの領土への攻撃」に対する怒りは、アメリカ国民を恐怖で震え上がらせるどころか、逆に対日戦への戦意を高めることに繋がったのです。

 アメリカ国民とアメリカ海軍は日本に対する憎悪を持って団結し、守勢にも耐え、反抗の機会を今か今かと待ち望んでいたのです。

 

 

 

 一方の日本海軍は、アメリカ太平洋艦隊が受けた大打撃を最大限に利用し、南方への進出を強めていきます。

 戦艦を全て行動不能とされ、動かせる空母の数で日本海軍に大きく劣るアメリカ太平洋艦隊には、一〇隻の戦艦と六隻の正規空母を有する日本海軍に正面から挑めるだけの戦力は残されていません。

 アメリカ海軍の活動が消極的なものとなっているこの隙をついて、西太平洋・インド洋に進出した日本海軍航空部隊は各地で瞬く間に制空権を奪取します。制空権を確たるものとした日本海軍は、上空からの支援を受けて制海権もまた確固たるものとすることに成功。

 制海権、制空権を不動のものとした日本にとって、南方の資源地帯を守備する戦力を撃破することは困難なことではありませんでした。日本海軍・陸軍は南方の資源地帯を次々と奪取し、極東におけるアメリカの拠点であるフィリピンや、イギリスの拠点であるシンガポールも瞬く間に日本の手に落ちました。

 日本海軍の前に立ち塞がることができる戦力は、もはや日本陸海軍の向かう先におらず。日本陸海軍はその後も破竹の勢いで進撃を進めます。

 

 

 

 真珠湾攻撃を立案した山本が当初思い描いていた、真珠湾奇襲によってアメリカ海軍とアメリカ国民の対日戦への戦意を削ぎ、厭戦気分を蔓延させるという一撃講和論は、「リメンバー・パールハーバー」を旗印に掲げて団結したアメリカ国民の前に消滅しました。

 しかし、彼が聯合艦隊司令部に引き入れた長野が海軍大学校にいたころから思い描いていたアメリカ海軍の主力部隊を叩き、アメリカ海軍が再起するまでの間に戦争継続能力の要となる資源地帯を電光石火の進撃で奪取するという基本戦略は、ほぼ成功を収めていました。

 

 

 

 日本陸海軍の快進撃と、それを止められないアメリカ海軍、そんな中で、日本陸海軍に対する戦果を望むアメリカの世論――そんな中、アメリカ海軍内である作戦案がアメリカ合衆国大統領、フランクリン・ルーズヴェルトの命で検討されていました。

 

「日本本土攻撃」

 

 戦艦も空母も失い、日本の対潜哨戒網を潜り抜けられる潜水艦もない当時のアメリカ海軍にとっては、まさに夢物語のような計画でした。

 しかし、この計画はある一人の軍人の閃きによって現実のものとなります。 

 

 

 

 昭和一七年一月

 

 ノーフォーク海軍基地で最終艤装工事を行っていた空母、ホーネットの視察に訪れていたアメリカ海軍作戦部作戦参謀フランシス・S・ロー大佐は、海軍の訓練用飛行場で陸軍の爆撃機が訓練を行っている様子を見てこう呟きました。

 

「陸軍の爆撃機を空母に積めば、日本本土を空襲することはできないだろうか」

 

 ローは早速このアイデアを計画としてまとめ、アーネスト・キング合衆国艦隊司令長官に伝えます。さらにそのアイデアはヘンリー・アーノルド陸軍航空軍司令官に伝えられ、二月には実際の空母を用いた陸上爆撃機の発艦実験も行われました。

 

 

 

 それは、長野とハルゼーの因縁の始まり、ドゥーリットル空襲の二ヶ月前のことでした。

 

 

 

 

 

 

ふぅ。ブルドックメインで良かった。心のダメージがいつもより少ないわ。

 

しかしハルゼーさんねぇ…。

 

暗号漏れ改善されないから、ムシャクシャして暗号とか時には平文を使ってアメリカの大統領とか英国の首相とか将兵の事を煽ったり、何処何処に愛人囲ってるとかのスッパ抜きやったけど…。

殺意的な人気ナンバーワン獲得したのはこれもあったんじゃないだろうか。

 

──肯定。米国情報局ではサタデーゴシップと言われていたようです。

 

…へぇ。

 

──さすが孔明(笑)ですね。

 

やめろっ! ぶっとばすぞ!

 

 




《後藤陸将さんからの補足》

1 真珠湾の惨状は、長野の入念な根回しの結果です。
  ネバダも史実では間一髪で主水道への沈没を免れていましたし、真珠湾の重油タンクも史実では十分に攻撃するチャンスがありましたから、真珠湾攻撃の結果を知る長野であれば掴み取れたであろう史実真珠湾攻撃におけるプラスアルファの戦果の内、これくらいなら実現できるのではないかと考えた次第です。
  港湾の艦船修理施設の破壊も考えましたが、戦艦や空母といった艦船を主な標的とする以上、第一航空艦隊の航空戦力ではとてもドックなどを復旧不能にするだけの戦力を避けないはないでしょうし、仮にドックに大ダメージを与えたとて、アメリカの工作能力であれば半年から一年ほどで港湾施設の復旧を八割方達成できそうだと思います。
  どうせそれぐらいの期間はそもそも太平洋に戦力が足りてない以上、真珠湾の艦船修理施設の損傷がアメリカ海軍の動きに与える直接的な影響は小さなものに留まるでしょうし。
  逆に、当時のほぼ無防備な重油タンクの状況を鑑みるに、艦船の次の標的として重油タンクを指定すれば、重油の流出ぐらいならば爆撃で十分可能であると私は考えています。流石に、航空機に搭載できる爆弾の火力で大規模な重油火災を引き起こすことは難しいでしょうが、大量の重油が流出すればそれだけで大事故ですから、費用対効果で考えればかなりの打撃をアメリカ海軍に与えられたのではないかと考えます。


2 ウェーキ島攻略部隊の最高指揮官(というよりも、中部太平洋方面を管轄する第四艦隊の司令長官)である井上成美中将は、長野との交流を経て胃壁と頭皮への大ダメージと引き換えに航空母艦の有用性を早期から理解するようになったという独自解釈をしています。
  また、井上中将は航空機の能力と限界、アメリカ軍の恐ろしさを理解するが故に陸攻だけではどうやっても沿岸砲台は叩ききれないと理解していました。そこで、ウェーキ島攻略戦では陸上砲台をガン無視して滑走路と離陸前の戦闘機を全力で潰し、沿岸砲台の始末は真珠湾帰りの第一航空艦隊から比叡と霧島を借りて艦砲射撃で済ませた方が確実だと判断。
  史実における第一次攻撃を徹底的に滑走路と航空機を標的にしたものに切り替え、それらを始末した後はウェーキ島を包囲するに留め、金剛型二隻の艦砲射撃後に上陸部隊に強襲上陸を命じました。結果、ウェーキ島は史実と違い哨戒艇と陸戦隊以外の犠牲をほとんど出さずに攻略に成功――なんて経緯を考えていたり。


3 ハルゼーの台詞や性格の分析は自分なりの解釈です。繰り返しになりますが、ハルゼーに関しては本編において具体的な言及はあまりないため、今後も自分なりの解釈で描写していくことになりますのでご了承下さい。


《ピロシキィからの補足》

某週刊誌的に大体、木曜日に煽り暗号とかゴシップやって次の日に解読されるだろうと踏んでたようですがなぜかサタデーになってしまったようです。


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History was changed at the momentⅡ[前編]《鋪》

後藤陸将さんからの寄稿です。

ありがとうございます。


 

 

 

「真珠湾奇襲。これは聯合艦隊司令長官の山本五十六が一撃講和論を実現するために選んだ方策として知られていますが、実際のところはアメリカ国民に厭戦感情を抱かせるどころか、逆に敵意を抱かせる方向に作用してしまったわけですね」

「はい。宣戦布告の前に攻撃をしたという事実は、卑怯な騙まし討ちとアメリカ国民には捉えられ、彼らの復讐心を煽る結果になったと言えます」

「長野もこの真珠湾奇襲を海軍大学校時代に真剣に検討し、それを理由に聯合艦隊司令部に招かれて実際の作戦の立案に加わったと言われていますが、彼は一撃講和論が失敗することは予想していたのでしょうか?」

「長野は一撃講和論が実現しないことは初めから分かっていました。長野は太平洋戦争末期に同期の島崎利雄氏に対して、山本長官の対米戦略は最初から実現できないことは分かっていたし、今思えば、真珠湾攻撃の立案に加わっていたのだから、長官には開戦前に一撃講和論を諦めさせる機会はいくらでもあったと話しています。ただし、あくまで一撃講和論自体が誤りであって、長野は対米戦を行うのであれば真珠湾攻撃は必須であるという考えは間違っていなかったと確信していたでしょう。長野が海軍代学校時代に作成した『真珠湾攻撃想定』にも、真珠湾攻撃の目的はあくまでアメリカ太平洋艦隊の封じ込めなど、可能な限りアメリカ軍の反攻までの時間を稼ぐことだとされています。また、長野の同期、柳本柳作氏の備忘録によれば、長野は真珠湾攻撃の目的はあくまで敵戦力を奇襲で削ることによって、開戦当初に戦力的優勢を手にすることと、戦力が優勢なうちに南方の資源地帯を速やかに奪取し、戦争遂行のための資源を早期に確保することで長期戦にも耐えうるだけの資源の備蓄を進めるためであったと述べています。それができなければ、日本とアメリカの国力差、戦力差から鑑みて、まともに戦争をすることすらできないと考えていたのでしょう」

「山本と長野は、共に対米開戦をするのであれば開戦直後の真珠湾奇襲そのものは必須だと考えていながらも、その理由は全く異なっていたということですか」

「そうです。真珠湾にいるアメリカ太平洋艦隊の開戦直後の撃滅という戦術的目標以外は、長野と山本の抱いていたものは全く異なっていたと言ってもいいと私は思いますね。実際、ミッドウェー海戦の前に長野は山本との戦略観の違いから聯合艦隊司令部附の任を解かれ、第四艦隊へと異動させられていますから」

 

 

「開戦から日本陸海軍は次々と大戦果を挙げる一方で、アメリカ陸海軍は劣勢に立たされ、各地で敗北を喫します。真珠湾奇襲の怒りと復讐心から日本への早期の報復を求める世論は、中々戦果をあげる事ができない軍と政府への批判を強めていきました」

「次々ともたらされるアメリカ軍の敗北に対する国民からの不満と、早期の報復を求める突き上げ。それらに応えるべく、アメリカは日本本土を直接叩く作戦を立案するのでございます」

 

 

 

 

 昭和一七年初頭

 

 前年末に日本海軍航空部隊による真珠湾奇襲によって始まった太平洋戦争は、開戦直後から日本陸海軍の優勢が続いていました。

 真珠湾にいた太平洋艦隊の主力の大半を撃破されたアメリカ海軍は攻勢に出ることができず、アジア方面の連合国は制海権を奪われて劣勢に立たせられます。

 そんな中、アメリカ全土を揺るがす大事件が起こります。

 

 

 

 昭和一七年二月二二日

 

 北太平洋にてアメリカの貨物船を攻撃する任についていた日本海軍の伊号第一七潜水艦が、カリフォルニア州にあるエルウッド石油製油所への砲撃作戦を実施。

 二〇発の砲弾はそのほとんどが製油所の施設へと着弾し、大火災を引き起こします。製油所は運転再開まで一年を要するほどの大きな被害を受け、さらに火災に巻き込まれた職員など一〇〇名近い死傷者を出す大惨事となりました。

 インディアン戦争におけるニューオーリンズの戦い以来、戦争によってアメリカ本土が直接攻撃を受けたことはありませんでした。そのため、この一二五年ぶりの本土攻撃に対し、アメリカ国民はこの事実に大きなショックを受けます。

 ルーズヴェルト大統領も日本海軍の航空部隊によるアメリカ本土空襲と、アメリカ本土への上陸作戦が行われる可能性が高いと判断し、ロッキー山脈で日本陸軍を迎え撃つ防衛計画をアメリカ陸軍に立案するように命じていました。

 アメリカ西海岸では、潜水艦の港湾侵入を阻止する防潜網や上陸舟艇を足止めする機雷の敷設を行い、それ以外の都市でも日本海軍航空部隊の空襲に備えた防空壕を作り、防毒マスクの配布、灯火管制や避難訓練、学童疎開までもが行われていました。

 さらに、二月二五日には日本海軍航空部隊による空襲という誤報をきっかけに、アメリカ陸軍が対空戦闘を実施、アメリカ全土にその模様が報道された結果、死者六名、その他住宅や車両数台を巻き込む被害を出す事件――世に言う、ロサンゼルスの戦いが起こりました。

 まさに、アメリカ国民は日本陸海軍への恐怖を現実のものと認識し、パニック状態に陥っていたのです。

 

 このアメリカの過剰反応ともいえる日本陸海軍への恐怖はエルウッド石油製油所への砲撃だけが原因ではありません。

 エルウッド石油製油所砲撃の以前にも、日本海軍の潜水艦部隊はアメリカ西海岸を中心に活発に活動しており、真珠湾奇襲の直後から航行中のアメリカの油槽船や貨物船を一〇隻以上撃沈していました。その中には、市民の眼前で撃沈された船も少なくなかったのです。

 

 相次ぐアメリカ陸海軍の敗北や苦境を知らせる報道に対する不安、そして現実味を帯びてきた日本陸海軍のアメリカ本土侵攻に対する恐怖から、アメリカ国民は政府と軍部に対する不満を募らせていました。

 国民へのアピールと士気高揚のために、アメリカ海軍は早期に戦果を挙げることを迫られました。それも、アメリカ本土攻撃に震える市民の恐怖を一挙に晴らすことできるほどの、圧倒的な戦果が望まれていたのです。

 そして、昭和一七年三月中旬。アメリカ陸海軍はある計画を発動させます。

 

「特別飛行計画一号」

 

 それは、空母から発艦させた航空機によって日本の首都東京を空襲するという前代未聞の大作戦でした。

 しかし、作戦の実行には二つの難問が立ち塞がります。

 一つは、航続距離の問題です。アメリカの占領地から日本本土まで往復できる航続距離があり、かつ爆弾を搭載可能な航空機を当時のアメリカ陸海軍は保持していませんでした。

 そうなると、日本の近海まで航空機を運ぶことが出来る空母から航空機を発進させるほかありません。とはいえ、日本近海は日本海軍のホームグラウンドです。下手に近づけば補足され、真珠湾攻撃を免れた貴重な空母を危険に晒すことにもなりかねません。

 可能な限り日本から離れた海域から航空機を発艦させ、航空機を発進させた後の空母を安全なところに速やかに退避させ、かつ爆撃後の帰路は日本の手が及ばない他国の勢力圏まで離脱するためには、長い航続距離を持つ機体が必要でした。

 二つ目の難問は、離陸距離の問題です。空母の艦上は、通常の空港の滑走路に比べれば遥かに狭いスペースしかありません。限られたスペースで離陸に必要なだけの速度を出せ、離陸ができる機体が必要となりました。

 そして、アメリカ陸軍はこの二つの難問を突破できる航空機として、ある爆撃機に目をつけました。

 

 ノースアメリカンB-25ミッチェル。九〇〇kgの爆弾を搭載し、燃料タンクを増設すれば三七〇〇kmの航続距離を有する、防御力の優れた中型爆撃機です。

 

 さらに、B-25に搭乗する乗組員には、最初にB-25が配備された部隊出身の搭乗経験豊富な人材を選抜され、指揮官にはアメリカ大陸一二時間以内の横断という飛行記録を最初に達成したアメリカの空の英雄、ジェームズ・ドゥーリットル中佐が就任しました。

 彼らは極秘裏に一ヶ月間訓練を重ねた後、B-25と共にアメリカ海軍の最新鋭空母、ホーネットに乗り込んで東京を目指します。

 

 ドゥーリットル中佐らが猛訓練の日々を過ごしていたのとほぼ同じ頃、マーシャル諸島など日本軍の拠点を空爆する任務を終え、真珠湾に帰港していたハルゼーは太平洋艦隊司令部に呼び出され、そこで日本本土空襲計画を知らされます。

 太平洋艦隊司令長官チェスター・ニミッツ大将から、B-25を搭載したホーネットの護衛を命じられ、ハルゼーはそれを笑顔で引き受けます。

 

「イタズラ小僧のように日本の拠点を叩いては逃げるという繰り返しにはもう飽き飽きしていたところでした。ところで、余裕があれば私の護衛部隊も存分に日本軍を叩いてもよろしいか?」

 ハルゼーのこの強気な発言に、ニミッツは苦笑しながらこう答えました。

「最優先目標はトウキョウの空襲、第二に艦隊の被害を僅少にすることだ。万が一B-25の出撃前に聯合艦隊(コンバインド・フリート)と一戦交えねばならなくなったのならば、如何なる被害を出そうともホーネットを守りとおせ」

 

 

 

 昭和一七年四月二日午前一〇時一八分

 

 フライトデッキに所狭しと一六機のB-25を繋止した空母ホーネットは護衛の巡洋艦三隻を引き連れてサンフランシスコを出港しました。そして、一三日にミッドウェー環礁北方で、道中の護衛を務める第一六任務部隊と合流。一路、太平洋を東に進みます。

 第一六任務部隊の指揮官はハルゼーです。指揮下には空母一隻と、巡洋艦二隻、駆逐艦四隻。

 アメリカ太平洋艦隊が日本軍に警戒されない規模で動かしうる最大の戦力がそこに集っていたのです。

 

 日本に向かう道中、ハルゼーは危険が伴う任務に向かうドゥーリットルとこんな会話を交わしていたといいます。

 

「真珠湾の蛮行の代償はできることならば海軍の手で思い知らせてやりたかった。海軍の機体では空母からトウキョウまで届かないのが残念でならない。今からでもいいから、俺にB-25の操縦桿を握らせてもらえないものか」

「ハルゼー提督ならばきっとトウキョウまで辿りつけるでしょうが、発艦地点までの護送ではハルゼー提督以上に安心できる護衛はいません。私や部下たちの安心のために、提督には艦隊の指揮をとって頂きたいですね」

「君たちにとっては避けたいことだとは分かっているが、俺としては日本海軍が立ち塞がってくれることを望んでいる。直接トウキョウを叩けないのであれば、せめてその鬱憤を晴らす相手が欲しいからな。トウキョウへの一番槍を譲るのだから、パレスにふんぞり返っているヒロヒトがひっくり返るような一撃を頼むぞ、中佐」

 

 ~『ドゥーリットル最後の空へ』より

 

 

 史上初の東京襲撃を担うB-25を搭載した空母を含む艦隊は、本州から九二〇km離れた発艦予定地点に向けて突き進みます。

 

 

 

 一方、アメリカ海軍が東京空襲に向けた部隊を編成していたのと同じころ、日本は緒戦での連戦連勝の知らせに沸きかえっており、各地で勝利を祝う提灯行列が行われていました。

 市井だけではなく、陸軍、海軍の内部にもこの空気に酔っているものが少なくありませんでした。

 しかし、浮かれた空気が漂う日本海軍の中で、長野は全く警戒を緩めていませんでした。

 アメリカがやられっぱなしのままでいるはずがない。そう確信していた長野は毎日のように米国の戦略分析をしていた軍令部の第三部へと脚を運び、アメリカの最新の情報を分析し続けていたのです。

 そして、ついに長野は一つの可能性に気づきます。

 きっかけは、メキシコに構築されたスパイ網からもたらされた一つの情報でした。

 

「サンフランシスコから空母出港。甲板上に多数の艦載機あり。巡洋艦三隻を伴う」

 

 軍令部では重要視されなかったこの情報に長野は違和感を覚えました。

 通常、空母に載せる艦載機は可能な限り艦内の格納庫に収められます。荒天下、甲板にある艦載機は強風と豪雨、高波に晒され、損傷する可能性があるからです。

 出港時に甲板上に多数の艦載機を載せていたということは、機体を格納庫に格納しきれなかったという可能性が高い。最初にこの情報を入手した軍令部は、一隻の空母に、格納庫では収まりきらない数の航空機を載せたかったという考えで動いているとするならば、輸送任務に当たっている可能性が高いと判断したのです。

 しかし、長野は違った考えを抱きました。

「現在、アメリカの戦果を伝えるニュースといえば、ハルゼーの率いる空母機動部隊の日本軍要衝地への一撃離脱ぐらいなものだ。アメリカの新聞を見る限り、アメリカの世論は戦果がほとんど上がっていないルーズヴェルト大統領の戦争指導に対してかなりの不満を挙げていることが分かる。その時期に、態々空母をただの輸送任務に割り当てるだろうか」

 そして、軍令部に寄せられる多種多様な情報から様々な可能性を検討した長野は、ある結論に至りました。

 

「アメリカは、日本本土の空襲を狙っているのではないか」

 

 

 

 昭和一七年四月四日

 

 聯合艦隊司令部と軍令部が米豪分断のためにフィジー・サモア方面に進攻する計画の賛否に揺れている中、長野はアメリカの本土空襲を迎撃すべく動き回っていました。

 しかし、司令部附の参謀らの反応は冷ややかでした。

「空母に陸上爆撃機を載せるなどという非合理な方法を取るはずがない」

「もし本当にアメリカが空母による本土奇襲を企てていたとしても、哨戒艦の監視網に引っかかった段階で迎撃すれば十分に間に合う。そう神経を尖らせる必要はない」

 彼らは長野の主張を机上の空論、あるいは妄想の類だとして一蹴します。

 長野は参謀らの説得を早急に諦め、参謀らの中で唯一長野の懸念に理解を示した宇垣参謀長と共に、聯合艦隊を統率する山本長官に直接詰め寄りました。

「アメリカのサンフランシスコから出港した空母が怪しい動きをしています。アメリカ海軍が、日本本土空襲に向けて動いていると見て間違いありません」

 それを聞いた山本長官は、最初はまともに取り合おうとしませんでした。

「グアムは陥落し、フィリピンも陥落寸前。この世のどこにも、航空機で日本本土を直接攻撃できるアメリカ軍の航空基地は存在しないし、それができるだけの航続距離を持つ爆撃機は存在しない。もしも空母艦載機による空襲があったとしても、空母艦載機の航続距離など知れているから、発艦前に哨戒網に引っかかって迎撃され、失敗するのが目に見えている。それを分かっていて攻撃をするような酔狂な軍人はいないだろう。その空母とやらも、ただの輸送任務についているだけだ」

 長野は、それに対して猛烈な反論をします。

「航続距離の問題ならば、陸軍の双発爆撃機を空母に搭載すれば解決します。帰路を中国大陸に向ければ、艦載機を回収する必要もなくなりますので、空母も発艦後すぐに日本近海から離脱できます。日本本土空襲は現実的に見て、不可能ではありません。また、アメリカは長官もご存知のように国民の力がとても強い国です。国民の士気高揚とルーズヴェルトへの支持率向上に向けて、日本に何か強烈な戦果を早急に挙げることを彼の国は強いられているのです。状況証拠から見て、アメリカが本土空襲を計画しているのは確実と見込まれます」

 その後、一時間に亘って長野は山本長官を説得し続けましたが、山本長官は長野の考えに中々同意しません。

 煮え切らない態度を取る山本長官に対し、長野は頑なに迎撃を主張しました。

「サンフランシスコを米空母が出港した日時から考えるに、日本本土空襲は今月中に必ず実行されます。もしも、米機動部隊が来なかったなら私は潔く腹を切る所存です」

 長野の強い覚悟と、米機動部隊来寇の確信を得た表情から、山本長官は「君がそこまで自信を持って言うのであれば」と、ついに長野の提案を了承しました。

 

 

 

 

 昭和一七年四月一三日

 

 山本長官から出撃の許可を勝ち取った長野は、佐世保から横須賀に回航された空母加賀に乗り込み、軽空母祥鳳、巡洋艦三隻、駆逐艦八隻を率いて出撃します。

 アメリカの空母は必ず来る。

 長野はそう信じ、艦隊の針路を小笠原諸島へと向けました。

 

 

 

 それは、長野とハルゼーの因縁の始まり、ドゥーリットル空襲の五日前のことでした

 

 

 

 

「テイトクゥーどーして、ワタシを連れてってくれなかったデスカ?」

 

「「「そーだそーだ」」」

 

「…無茶言うな」

 

何で皆さん不満顔なのさ。

長波様に関しては竣工していないじゃない。

ほんと無茶な事言いなはる。






1 史実ではエルウッド製油所砲撃作戦で発射された二〇発の一四cm砲弾のほとんどが不発弾だったために大きな被害は出ませんでしたが、長野の関与による信管の工作精度向上の恩恵か、不発弾の割合は低く、結果として史実とは比べ物にならない大きな被害をもたらしました。

2 『ドゥーリットル最後の空へ』はドゥーリットルの部下で、作戦の生き残りが戦後に出版した本という自作設定です。
  本作戦に従事したドゥーリットルの部下のうち、生き残りは僅かだったため、後世の貴重な資料とされています。

3 メキシコのスパイ網からサンフランシスコの情報が入ったというのは、自作設定です。
  史実でどこまでアメリカの情報を入手できたのかは分かりませんが、海軍ならば敵の軍港に停泊している艦の状況などは絶対に注視していたと思いますので、監視体制と通報態勢を整えていたという解釈で設定しました。
  手持ちの資料に戦時中アメリカでの日本の諜報活動を詳しく記したものがなかったものですから色々とおかしなところがあるかもしれませんが、目を瞑ってください。

4 加賀はドゥーリットル空襲のころ佐世保に回航されており、航空部隊は千葉の木更津にいましたが、長野の一声で横須賀まで搭乗員ごと集められたという設定です。


ピロシキィからの補足

この時の艦隊編成

空母(加賀、祥鳳)
第四戦隊(愛宕、高雄)、
軽巡木曾
第4駆逐隊(嵐、野分)、第7駆逐隊(潮、曙、漣)、第10駆逐隊(夕雲、巻雲、風雲)


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History was changed at the momentⅡ[前編]《叙》

後藤陸将さんからの寄稿です。

ありがとうございます。


 

 

 

 

 

「まぁ、しかし、当時の日本海軍からしてみれば、陸軍の航空機を空母に積んで日本本土を空襲し、しかも帰りは中国大陸に逃げるなどというこの作戦は荒唐無稽としか言いようがなかったのでしょうが、それを見事に予測してのけた長野の洞察力もまた、神がかっていたんですね」

「ええ。長野と共に山本に直談判した宇垣参謀長の陣中日誌によれば、当時の聯合艦隊司令部内で長野の懸念を現実のものとしてとらえていた者は皆無だったそうです。確かに、長野の言うとおり、陸軍の爆撃機ならば航続距離は長いですし、それを空母から発艦させることも不可能ではありません。中国大陸に逃走するというのも、出来ない話ではなかった。理論上は可能だったわけですが、それが成功したとしても十数機の中型爆撃機に搭載できる爆弾で日本に与えられる被害の大きさは知れていますし、そもそも爆撃機の発艦前に日本海軍に発見され、攻撃を受ける可能性も、発艦した爆撃機が迎撃を受ける可能性もあります。作戦の成功確率は低く、失敗した場合、下手をすれば爆撃機を運んできた艦隊の壊滅も有り得る一方で、成功したとしても日本に与えられる影響は限られています。長野以外の参謀らからすれば、リスクとリターンがどう考えても釣り合わないこの作戦は、分も悪く旨みもない賭けとしか思えなかったのでしょう」

「しかし、長野はそれでも必ずアメリカ海軍はその分の悪く旨みのない賭けをやると確信していたんですね、一体どうしてそこまで彼は予測することができたのでしょうか?」

「その辺りに関して、彼の予測や行動には謎が多いんです。今回のドゥーリットル空襲にせよ、当時日本海軍が得られた資料から、アメリカが空母に陸上爆撃機を載せて日本本土を狙っているという結論をどのように導き出したのかを考えると、説明のつかない点がいくつかあります。アメリカは、政府や軍の中枢に日本のスパイが多数紛れ込んでいるに違いないと考えて大規模なスパイ撲滅作戦を展開しましたが、めぼしい成果はほとんどあがりませんでしたし、終戦後に日本の諜報機関の活動を全て洗い出しましたが、戦時中にアメリカの中枢にまで入り込んでいたスパイの記録は見つかりませんでした」

「スパイなどから情報を得ていたという線は薄いと言ってもいいのでしょうか?」

「公表されていないのか、それともそもそも存在しないのかは分かりませんが、今のところ、長野とアメリカに入り込んだスパイの繋がりを示すような証拠は見つかっておりません。ただ……その後の長野の実績などから考えるに、長野の洞察力、頭の回転、発想力は日本海軍でも――いいえ、日本史上から考えても、突出していた人物であったことは間違いないでしょう。スパイからの情報提供があったにせよ、なかったにせよ、長野はドゥーリットル空襲に関してはその冴え渡る頭脳を持って時期は不明だけれども、いつか必ず行われると確信していたのではないかと私は考えています。アメリカという国の中で世論が果たす役割と、世論が戦略を大きく左右するというアメリカの戦争形態を長野は良く理解していましたし、不可能を可能にする作戦を立案するのは彼の得意とするところでもありましたから。そして、自らの予想の裏づけを取るために軍令部に入り浸り本土襲撃の兆候となる、山本長官を説得できる材料を探していたのではないかと私は考えています」

「なるほど、資料から相手の狙いを読み解くのではなく、予め相手の戦略をある程度予想して、それを裏付ける資料を探していたということですか。長野は常人とは全く逆の順序で相手の思考と作戦を読んでいたのですね」

「ええ。普通ならばありえない考え方なのですが、長野の戦歴を見る限り、スパイの線がないとすれば、そう考える他ないのです。勿論、常に予測があったわけではないと思いますが。彼の中では最悪の想定はいくつか戦前から考えられていて、それだけは避けるために戦争開始直後から奮闘していたのではないでしょうか」

 

 

 

「さぁ、ハルゼーは、常識破りの秘策をもって日本本土空襲に挑みます。それに対し、アメリカ側の秘策を完璧に読んでいた長野は艦隊に直接乗りこみ、本土空襲を阻止すべくハルゼーの前に立ち塞がりました。奇しくも、航空機の可能性をいち早く見抜き、その発展と運用に心血を注いだ二人が、史上初の航空母艦同士の戦いに挑むことになったのです。そして皆さん。いよいよ、今日のその時がやってまいります」

 

 

 

 

 昭和一七年四月一八日 午前四時頃

 

 

 空母加賀に乗り込んでいた長野は、航空機による索敵を主張しました。

「もはや、いつ出くわしても不思議ではない。先手を取るためには、先に敵を見つけるほかない」

 発艦に万全を期すために夜明けを待つべきだという周囲の反対を「自分が操縦するから問題ない」と主張して強引に押し切った長野は、航空本部で同僚だった加賀の艦長、岡田次作大佐の口添えもあって、加賀に搭載されていた零式艦上戦闘機二一型を借り受けることに成功します。

 そして、宣言通りに自らゼロ戦に乗り込み、空母から飛び立ちました。

 その離陸の手際はまさに教科書に載るほどに見事なものだったといわれています。

 

 

 

 午前五時三〇分

 

 日本海軍がアメリカ海軍の襲来を察知するために東太平洋の各地に配備した特設監視艇の一隻、第二十三日東丸が、アメリカ艦隊から発艦した艦上戦闘機の姿を捉えました。

「敵艦上機ラシキ機体三機発見」

 第二十三日東丸は即座に敵機発見の報を打電します。

 そして、そのほぼ同時刻、長野もまたハルゼー率いる空母機動部隊の姿を捉えていました。

 しかし、アメリカ艦隊もまたレーダーで長野の駆るゼロ戦の接近を察知し、迎撃機をエンタープライズから発艦させていました。

 長野は、四機もの戦闘機に追い回されながら、必死に情報を加賀に打電します。

 

「空母ヲ伴ウ水上部隊見ユ。位置、『三宅島』ヨリノ方位二一度、八〇六浬」

 

 

 

 午前六時

 

 上空のゼロ戦や周囲の哨戒艇らしき小型船から電信が発せられたという報告を受け、ハルゼーは艦隊の位置が日本海軍に知られたことを悟ります。

 当初の予定では、ドゥーリットル中佐率いる爆撃機隊を発艦させるのはここからさらに四五〇km西進した地点からとなっていました。現在の地点から、日本本土まではおよそ一二〇〇km余り。

 既に日も昇っており、この地点からでも爆撃隊を発艦させることは不可能ではありません。ですが、予想よりも四五〇kmも離れた地点から発艦するとなれば、アメリカ艦隊発見の連絡を受けて駆けつけた日本陸海軍戦闘機部隊の攻撃に晒される時間が長くなります。戦闘機との交戦時間が長くなればなるほど、日本本土にたどり着く前に撃墜される機体は増えることが予想されます。

 仮に爆撃機隊が日本本土空襲に成功したとしても、中国大陸に離脱するまでに復讐に燃える日本陸海軍戦闘機の激しい攻撃を受けることは間違いありません。激しい空戦で燃料を消費した結果、中国大陸まで飛べなくなる機体もでてくる可能性がありました。

 しかし、既に艦隊の位置を知られてしまった以上、このまま艦隊を西進させれば日本海軍の待ち伏せを受けるだけでなく、日本本土から飛来する陸上攻撃機にも狙われる可能性がありました。もしも戦闘によって空母が損傷を受ければ、爆撃機隊を発艦させることもできなくなります。

 

 ハルゼーは、決断を迫られました。

 長距離飛行と迎撃に晒される爆撃機隊のリスクを承知でこの場で発艦させるか。艦隊全体が敵の攻撃に晒されるリスクと引き換えに日本本土への距離を詰めるか。

 どちらを選んでも、大きな危険を伴う選択でしたが、ハルゼーには迷っている暇はありませんでした。

 ハルゼーは、命令を下します。

 

「襲撃隊発艦セヨ。ドゥーリットル中佐トソノ勇敢ナル隊員ノ幸運ト神ノ加護ヲ祈ル」

 

 ハルゼーの命令を受けた空母ホーネットの艦上から、ドゥーリットルが操縦桿を握るB-25の一番機が発艦します。

 それに続き、続々とB-25が発艦に成功していきました。波は荒く、発艦には大きな危険を伴う条件下にありながら、B-25は次々と発艦に成功、一路日本本土へと向かいます。

 そして、ハルゼーは搭乗する空母エンタープライズにも可能な限り多くの戦闘機を発艦させる指示を下しました。

 現在艦隊の上空に日本海軍の艦上戦闘機が姿を現している以上、それを収容する空母もすぐ近くにいると考えられます。周囲の哨戒艇から艦隊の現在位置を受信した日本海軍の空母機動部隊が飛来するのは時間の問題であり、艦隊を守るためには一機でも多くの戦闘機が必要でした。

 また、このまま上空から艦隊を捉えているゼロ戦や、情報を逐一発信する周囲の小型船に付きまとわれて艦隊の情報を知られることを避けたいと考えたハルゼーは、これらを戦闘機の機銃掃射で掃討する命令を下します。

 長野の駆るゼロ戦には、エンタープライズから新たに発艦した四機のF4F艦上戦闘機を加え、八機の戦闘機が迫ります。

 しかし、長野は八機もの戦闘機に囲まれながらもゼロ戦の運動性能を活かして翻弄し続け、一発の被弾もしませんでした。

 

 指揮下の戦闘機の思いもよらない大苦戦を見て、ハルゼーは激怒します。

「何故八機で囲んでおいてジャップの戦闘機一機を撃墜できないのだ。ドゥーリットル中佐の部隊がとても難しい条件の中で無事に発艦させているというのに、よくもあのような恥さらしな真似ができる」

 その時、ホーネット艦上にいたB-25は残り一機。ホーネットに搭載されていた残りの一五機は全て危なげなく発艦を成功させており、既に針路を日本本土へと向けていました。

 ハルゼーは、これでドゥーリットル隊を無事に日本近海まで送り届けるという今回の任務の半分の目標は既にクリアされたと確信していたのです。後は、日本陸海軍の攻撃を如何に上手く潜り抜け、二隻の空母を無事に凱旋させるかだとハルゼーは考えていました。

 

 ところが、最後のB-25が発艦準備に入ったその瞬間、アメリカ軍戦闘機の包囲を振り切った長野の駆るゼロ戦が、空母ホーネットの頭上に現れました。

 エンタープライズからはこの時既に三〇機余りの戦闘機が発艦していましたが、空母上空を警戒している機体は一機もいませんでした。艦隊の近くにいる航空機は現時点では長野の駆るゼロ戦一機だけであり、それならばF4Fが八機もあれば過剰戦力だと判断し、それ以外の戦闘機を周囲の哨戒艇の掃討に優先して向かわせていたからです。

 ハルゼーも如何に優れたパイロットでも単機で八機もの戦闘機を相手に長くは戦えないと判断し、ゼロ戦を撃墜し次第、この八機の戦闘機を空母の直掩に回し、残りの戦闘機も発艦させた都度直掩に追加すればよいと考えていました。

 

 

 

 ――昭和一七年四月一八日午前七時四一分――

 

 

 

 空母ホーネットを発艦しようと加速するB-25の頭上から、長野が駆るゼロ戦が急降下しながら襲い掛かり、両翼の二〇mm機銃を発射しました。

 至近距離から浴びせられた多数の二〇mm弾はB-25のエンジンを直撃。エンジンの回転数は不安定になりましたが、最後のB-25はエンジンから煙を吐きつつもどうにか離陸に成功します。

 しかし、長野は離脱の際に二〇mm弾だけではなく七.七mm弾も併せてホーネットの艦橋へと発射していきました。艦橋をズタズタに破壊されたことで、ホーネットは指揮機能に大きな損害を受けます。

 

 

 

 

 午前八時すぎ

 

 長野からの通報を受けた空母加賀と祥鳳から発艦した攻撃機部隊がアメリカ空母部隊の上空に姿を現します。レーダーで攻撃機部隊の接近を察知したハルゼーは、哨戒艇の掃討に向かっていた戦闘機を呼び戻し、全機を艦隊の直掩に回す指示をします。

 両軍の戦闘機は空母の上空で入り乱れ、激しい空戦を展開します。

 長野を執拗に狙っていた八機の内、四機も日本海軍攻撃部隊の迎撃のために呼び戻されました。長野は味方の到着で包囲と警戒が僅かに緩んだ一瞬の隙をついて追撃してくるF4F一機を撃墜。そして、全速力で海域から離脱します。

 そして、激しい戦闘機の迎撃を突破した一五機の攻撃隊が空母に肉薄。ハルゼーが搭乗するエンタープライズは甲板に二発の爆弾の直撃を受け大破しました。

 護衛の艦艇も多数の銃撃を受け、艦上構造物に少なくない損害を受けていました。

 

 

 

 午前九時三〇分

 

 甚大な被害と引き換えにどうにか日本海軍航空部隊の空襲を掻い潜ったアメリカ艦隊に、日本海軍の第二次攻撃隊が迫ります。水上艦艇の対空兵装や直掩戦闘機部隊を第一次攻撃隊の迎撃で磨り減らしていたアメリカ艦隊は、第一次空襲以上の大苦戦を強いられます。

 長時間の空戦で消耗した戦闘機隊は次々と撃墜され、九七式艦上攻撃機の空母への肉薄を防ぎきることはできませんでした。九七式艦上攻撃機は艦橋が長野によって破壊されたことで航行に支障をきたしていたホーネットを目標に定め、次々と魚雷を投下します。

 二発の魚雷がホーネットの左舷に次々と命中し、ホーネットは左舷に大量の海水を抱え込んだことで速度が大きく低下します。

 エンタープライズにも被弾したゼロ戦の特攻と艦上爆撃機の急降下爆撃で二つの大きな穴が甲板に穿たれ、航空機運用能力を喪失していました。

 この第二次攻撃により、アメリカ海軍は重巡洋艦ノーザンプトン、加えて駆逐艦四隻を失うという大損害を被ります。

 

 しかし、戦闘はまだ終わっていませんでした。

 

 

 

 午前一一時一〇分

 

 日本海軍の水上部隊がアメリカ艦隊を補足。

 二度に亘る空襲で大きな被害を受けていたアメリカ艦隊は、ほぼ同数の艦隊であっても不利は免れませんでした。

 ハルゼーは太平洋に残されたアメリカの貴重な空母であるエンタープライズとホーネットだけでも無事に戦場から離脱させるため、駆逐艦ファニングを除く全艦に殿を任せて日本艦隊との決戦に挑みます。ハルゼー自身も重巡洋艦ソルトレイクシティに将旗を移して指揮を執るために残りました。

 エンタープライズとホーネットが離脱するまでの時間を稼ぐべくアメリカ艦隊は健闘しますが、重巡洋艦愛宕の砲撃によって駆逐艦エレットが轟沈したのを皮切りに、次々とアメリカ艦隊の艦船は炎上、あるいは轟沈していきました。

 さらに、戦場を離脱しようと試みるも、九七式艦上攻撃機の雷撃による大量の浸水のために速度が落ちたエンタープライズにも日本海軍の追っ手が迫ります。第七駆逐隊の駆逐艦三隻は護衛についていた駆逐艦ファニングを押さえ込みながらエンタープライズに肉薄し、雷撃を敢行しました。

 三本の魚雷が立て続けに命中したことで、エンタープライズは大火災を起します。

 エンタープライズに搭乗していた攻撃機のパイロット、クラレンス・マクラスキーさんは、甲板が炎上して着艦できず、上空から見守っていました。

 

「エンタープライズの艦首にまず水柱が立ちました。艦橋よりも高く聳え立った水柱を見て、思わず悲鳴をあげたことを覚えています。さらに、艦後部に一回、二回と連続して水柱が立ってエンタープライズの姿は完全に見えなくなりました。水柱が小さくなってようやくエンタープライズの姿が見えてきたのですが、先ほどの水柱と同じくらい大きな黒い煙を吐き出していて、甲板はまるで焚き火でもしているかのように盛大に燃えていました。私は目の前の現実が信じられませんでしたよ」

 

 その後、手負いの状態で数に優る日本艦隊を相手に懸命に戦ったアメリカ艦隊は何とか追撃を振り切り、ハワイ真珠湾への帰路につきます。空母ホーネットも、結果的に日本海軍の駆逐艦を惹きつける囮となったエンタープライズの沈没と引き換えに日本近海からどうにか逃げ切ることに成功します。

 しかし、この戦いの結果アメリカ艦隊は空母一隻と重巡洋艦二隻、駆逐艦六隻を失い、真珠湾へと帰港できたのは、空母一隻、重巡洋艦一隻と、軽巡洋艦一隻、駆逐艦二隻だけでした。

 対する日本側の損害は、空母艦載機部隊の五〇%の喪失、駆逐艦一隻沈没、重巡洋艦一隻大破、駆逐艦三隻中破。

 アメリカ艦隊の敗北は、疑いようの無いものでした。

 

 

 

 アメリカ海軍の惨状の一方で、空母ホーネットから飛び立ったドゥーリットル中佐率いる爆撃隊もまた、苦難に晒されていました。

 長野からの通報を受け、日本陸海軍は即座に厳戒態勢に入り、多数の航空機をB-25の迎撃に向かわせます。

 房総半島沖でドゥーリットル中佐の爆撃隊を最初に補足したのは海軍横須賀航空隊の二四機のゼロ戦でした。

 ゼロ戦部隊の強襲を受けた爆撃隊には成す術はありませんでした。

 護衛の戦闘機もおらず、自身を守る銃座もない、爆弾を積んで鈍重となったことで運動性を欠いた爆撃機は、ゼロ戦部隊にとっては格好の獲物でしかありませんでした。

 ゼロ戦部隊との交戦で、ドゥーリットルは配下の一六機のB-25の内、一〇機を失いました。

 さらに、ドゥーリットルの苦難は続きます。二〇mm機銃の残弾が尽きたゼロ戦部隊が離脱してまもなく、今度は日本陸軍の航空部隊の襲撃を受けたのです。

 立川飛行場から発進した日本陸軍飛行第五戦隊には、正式採用されたばかりの二式単座戦闘機鍾馗が配備されていました。

 この鍾馗は急降下性能と上昇力が傑出しており首都爆撃を狙う敵爆撃機への迎撃を想定して設計された新鋭機で、まさにB-25にとっては天敵といっても過言ではない存在でした。

 ドゥーリットル爆撃隊は鍾馗との激しい戦闘により、一機、また一機と数を減らしていきます。

 

 

 

 午後一二時二分

 

 ドゥーリットル中佐が操縦桿を握るB-25のコックピットを鍾馗の12.7mm弾が貫き、操縦者を失ったB-25は海面へと力なく落下していきました。ドゥーリットルが撃墜されたことで、一六機のB-25からなる爆撃機隊は全滅しました。

 非常に危険な任務に臆することなく志願し、前代未聞の策に挑んだ勇敢な搭乗員たちが駆るB-25は、一機たりとも日本本土上空にまで到達することなく大空に散っていったのです。

 

 

 

 アメリカ海軍は太平洋艦隊に残された貴重な三隻の空母の内一隻を失い、さらに空母から発艦して日本本土を狙うという奇策を実行した陸軍のB-25部隊も全滅。

 アメリカが起死回生を目論んで行った作戦は、失敗。

 それどころか、未だに戦力の回復が不十分なアメリカは、今後の作戦にも支障をきたすほどの大損害を被ることになったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

本当はもっと戦力充実させたかったんだけどなぁ…。

 

 

「提督ってニュータイプなんですか?」

 

ふと感傷に浸っていると、メロンちゃんが目をキラキラさせて言ってくるけど、

そんな君は偽乳タイプ。

 

「……」

 

「今すっごい不快な感じがしたんですけどっ!?」

 

こいつニュータイプか!?

 

 

 

長野壱業とその周りは今日も平和です。




後藤陸将さんの補足

1 長野の神がかかった采配と、やけに具体的に連合国内の機密をばらまいていたところから、アメリカは政権や軍部のかなり深いところに日本のスパイが紛れ込んでいると想定。アメリカでは戦中、戦後FBIが総力を結集してスパイ撲滅作戦を展開していたと考えています。
  ところが、日本のスパイは見つからず真っ赤な細胞が出るわ出るわ……流石にソ連贔屓な節のルーズヴェルトも放置するわけにはいかず(あれだけ長野がアホみたいな戦果をあげていれば、ソ連から日本へ情報が流れていると疑うのも無理からぬことかと……実際ソ連はドイツとの殴り合いで青息吐息だったとはいえ、日米の殴り合いを高みの見物している節が隠しきれていませんでしたし)、レッドパージが史実よりも早く進み、結果アメリカの対ソ支援(レンドリース)は史実よりもかなり縮小、ソ連贔屓だったルーズヴェルト死亡後は完全に打ち切り?
  日本が無条件降伏を免れたことにも、この時の対ソ不信が多少なりとも関係したのではないでしょうかね。
  余談というか、妄想の類ですが、この幻の長野機関とも言うべき諜報機関の存在を確信していたアメリカは終戦後も徹底的に長野の身辺を洗いますが、当然のことながら長野機関の存在の証拠どころか、影すら掴むことができませんでした。
  そのせいか、現在でも世界では長野が私設の諜報機関を持っていて、今でも世界を影から操り続けているという噂がまことしやかに囁かれているそうな。信憑性はまぁ、史実における「ルーズヴェルト真珠湾奇襲承知説以上、皇族専用秘密地下トンネル以下」といったところでしょうか。
  結果、南米に逃げたナチス残党みたいな役で色々なサブカルチャーにも出演しています。ゴルゴ13には絶対に出ているでしょう。元陸軍軍人だったお爺さんが歴史の闇に迫ろうとする若者に長野機関について説明するシーンが浮かびますね。


2 流石の長野も八機のF4Fに狙われた状態では位置情報を打電するだけで精一杯だったと考えています。以後は全く通信する余裕をなくし、逃げ回っていたのでしょう。
  いつまで経っても長野を落せないので、ハルゼーも周囲の哨戒艇を攻撃するよりも長野を優先して狙うように指示したため、周囲で艦隊の情報を伝えていた哨戒艇への攻撃はややゆるくなり、結果的に史実ではハルゼーに蹂躙された哨戒艇一〇隻の内半数が無傷。
  さらに史実ではドーントレス一機が哨戒艇に返り討ちになっていたのに、二機が返り討ちとなる体たらく(一機は着艦に成功しますが)なったと想定しています。
  なお、第二十三日東丸は史実通りに沈みました。

3 マクラスキーはエンタープライズの航空部隊の数少ない生き残りという裏設定を考えております。というか、彼がいないとミッドウェーの歴史が変わりかねないので……
  この作戦に参加したアメリカ側パイロットで、まともに残ったのはこの人ぐらいなものでしょう。エンプラ沈んで、ホーネットは着艦能力喪失、そんな状態の中蜻蛉釣りやるはずの水上艦は艦隊決戦やってましたから生き残ったパイロットでも無事にアメリカ海軍に救助されたものは両手で数えられるほどしかいなかったと考えています。
  因みに、ドゥーリットル爆撃隊のメンバー八〇名の内、生き残りは八名のみだったと考えています。奇しくも、史実で日本側に身柄を拘束されたメンバーが生き残るも、史実とは違い全機撃墜に成功していたこともあり全員抑留されるも死刑執行者は無し。戦後には全員アメリカに帰国できたでしょう。

4 生き残ったアメリカ艦艇は空母ホーネット、重巡洋艦ソルトレイクシティ、軽巡洋艦ナッシュビル、駆逐艦グヴィン、メレディスとなっております。エンタープライズは大破漂流していましたが、火災が酷く、最後は魚雷が残っていた野分による雷撃処分を受けて沈没したかたちとなります。大火災の原因になったのは、本編でも言及されていたように曙の放った魚雷です。こいつが航空機用燃料タンクを誘爆させたことでエンタープライズは手のつけられない大火災となったと考えています。
  なお、流石に聯合艦隊もパーフェクトゲームとはいかず、巻雲が撃沈、愛宕が大破、曙と漣、野分が中破となっております。
  それでも損害比からすれば日本海軍ちょっと強すぎね?って思われるかもしれませんが、史実ではナッシュビルが特設哨戒艇一隻沈めるのに六インチ砲一〇二発、5インチ砲六三発と一時間を消費して沈めたという錬度から考えるに、一度くらいはこんなパーフェクトゲームがあっていいかな、と思っています。

5 史実ではドゥーリットル爆撃隊を迎え撃った飛行第五戦隊の機体は九七式戦闘機でしたが、開戦前に長野がアメリカのB-17のスペック(特に防御力について)と脅威を航空関連のあらゆる場所で口すっぱく説き続けた結果、又聞きした陸軍上層部が流石に海軍の陸攻にも梃子摺る可能性がある旧式の九七式では帝都防衛に万が一のことがあると(中華民国がそれを供与されて九州北部を空爆してくる可能性を一番危惧しており、北九州に派遣する部隊の機種転換訓練をしていたというのも理由ではある)いけないと考え、迎撃機としては優れた性能を有する鍾馗を配備していたという自作設定です。


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History was changed at the momentⅡ[前編]《結》

後藤陸将さんからの寄稿です。

ありがとうございます。


 

「長野とハルゼーの初対決は、ハルゼーの惨敗。それだけではなく、未だに太平洋戦線では戦力が不足しているアメリカ軍に大きな打撃を与えるという結果に終わったわけですね。司波さんは今日のその時をどのようにごらんになりますか?」

「まず、やはり長野の明晰な頭脳を評するべきですね。アメリカ艦隊の来寇時期とその規模、針路を完璧に予想していたのですから、もはや神がかっているとしか言えませんよ。敵の戦略の予想の正確さから考えるに、世界史上でも五指に入るほどの軍略を持っていると言っても過言ではないと思います。そして、ハルゼーもまた、歴史に名を残しうるほどの器を持つ将であったと評すべきだと考えますね。ハルゼーが率いる艦隊は錬度と数で劣りながらも、最後まで全艦が奮闘し、特にハルゼーが開戦前から手塩にかけて育ててきた空母艦載機部隊は、日本海軍の空母艦載機部隊に大きな損害を与えました。敗北が必至の戦いの中で、最後まで士気軒昂で、規律を持って艦隊を運用できたというだけで、彼の統率力を伺い知ることができます」

「結果的に不利な条件が重なったことから敗北したといえど、敗北という事実そのものが彼の力量を否定するものではないということですか」

「ええ。また、通常、大きな敗戦を経た指揮官というものは、指揮下の兵士から敗北の将として不信の目を向けられ、上司からは無能の烙印を押されて冷遇されるなど、以前のような人望は失うのが常ですが、ハルゼーは違いました。この敗戦の後も彼は上層部から信頼され、アメリカ海軍の攻勢の要として、各戦線で指揮を取り続けることとなります。また、部下たちも以前と同じようにハルゼーを慕い、太平洋戦争の最後まで彼の指示には命を投げ打つことも厭いませんでした。しかし、一方の勝者である長野は、戦果とは裏腹に海軍上層部からは良い顔をされませんでした。まぁ、彼の場合は聯合艦隊司令部肝いりの作戦であったミッドウェー攻略作戦を痛烈に批判したというのもあるのですが、長野は上層部からの冷遇を受け、南方海域に左遷されることとなります。そして、私はこの戦いの始まりから、敗者と勝者の対照的な戦後の待遇までの二人の姿こそが、将として在るべき姿を示すものであり、このハルゼーと長野の対決から学ばなければならないことだと考えます」

「将としての性質も、性格も正反対な二人から見る、将の在り方ですか」

「ええ。現代の軍における現場の将官は兵を率いる立場にあります。兵の力を一〇〇%引き出すためには、兵からの信頼が不可欠です。兵の信を得た将には、兵は最後まで付き従い、死力を尽くします。ハルゼーの場合は常日頃からその溢れんばかりの闘志で兵を鼓舞し、どんな時も部下を信じる姿勢を貫き通すことで兵を惹きつけました。ハルゼーは、部下にこの人のためならば死ねるとまで言われていました。長野の場合は、自らの予想の的中という実績をもって、彼の策に対する兵からの信頼を得ました。太平洋戦争末期、戦局が絶望的になっていたころでも、兵たちは長野の策に従えば必ず勝てると信じていたそうです。それぞれやり方こそは異なりますが、これらの兵からの篤い信頼こそが、彼らを将の中の将たらしめ、また二人の度重なる激闘を支えていたのです」

「なるほど……では、この戦いは歴史をどう動かしたと言えるのでしょうか?」

「まず、アメリカ陸海軍の太平洋戦争の、そして戦後の基本戦略を決めたということが言えると思います。この建国以来類を見ないほどの奇策に失敗したことで、アメリカ陸海軍はその後ハイリスク・ハイリターンな奇策の実施を忌避するようになりました。太平洋戦争後期の対日戦略『飛び石作戦(リープフロッギング)』に代表されるように、堅実な策を圧倒的な戦力で持って、着実に実施するというスタイルが現代までのアメリカ軍の基本戦略です。情報社会の発展、レーダーやソナーなどといった索敵能力の増大によって、かつてのような奇策を用いることが難しくなった時代となったのもありますが。ただ、奇をてらわない策というものは、劣勢を覆すなどといった結果を出すことができない代わりに、相手を物量で上回ればほぼ確実に勝利を勝ち取ることができます。世界最大の工業力を持つアメリカだからこそ最大の効果を発揮できるということもありますが、この基本姿勢こそが、アメリカ軍を戦後最強の軍隊に押し上げ、多くの実績を挙げる原動力となったと言ってもいいと思います。また、この戦いの結果、アメリカの空母が一隻撃沈、一隻が大破し、空母艦載機部隊が壊滅的な打撃を受けたという点も、歴史を大きく動かしました。アメリカ太平洋艦隊の手元ですぐに使える空母は二隻となり、さらに五月の珊瑚海海戦の結果、その内の一隻が沈みます。これを受けてアメリカ海軍は大西洋に配備していた空母ワスプを太平洋戦線に投入せざるを得なくなり、これは結果として地中海戦線において連合国側の損害を増加させることとなったと言われています。一方の日本海軍でも、このアメリカ空母一隻撃沈という戦果は大きくその後の作戦方針を左右しました。珊瑚海海戦後、アメリカ太平洋艦隊に残された無傷の空母はヨークタウンと、大西洋から回航されたワスプのみ。アメリカ海軍の機動部隊が動けない今こそがアメリカの継戦意思を削ぐほどの大戦果を挙げるチャンスであると考えた聯合艦隊は、アメリカ海軍の重要な哨戒拠点となっているミッドウェー島の攻略作戦へと動き出しました。しかし、開戦からの連戦連勝からアメリカ側の戦力を数・質ともに侮っていた日本海軍はミッドウェー海戦で空母二隻を失うという大敗を喫し、これは太平洋戦争における両軍の力関係を一度にひっくり返す結果となりました。ミッドウェー海戦は、このドゥーリットル空襲によってその形がつくられた戦いだとも言えるでしょう」

 

「そうですか……ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 

 

 

「History was changed at the momentⅡ。太平洋戦争シリーズ『長野 VS ハルゼー』前編の今回は、後に宿命のライバルとなる長野とハルゼーの最初の激突となったドゥーリットル空襲の経緯と、その結果についてみてまいりました。来週、後編は、長野とハルゼーのその後の激戦と、宿命に終わりを告げることになる最後の戦い、坊の岬沖開戦について克明に見ていきたいと思っております。今日の番組の終わりに、宿命のライバルとなったこの二人が、ドゥーリットル空襲の後に、この戦いを評してそれぞれ語った言葉を紹介したいと思います。今夜もごらんいただき、ありがとうございました」

 

 

 

 ドゥーリットル空襲の八日後、ハルゼーは真珠湾に帰還しました。ハルゼーはこの時、敗戦の責を査問委員会で裁かれることを覚悟していたといいます。しかし、ハルゼーが覚悟していた審問の場は開かれず、ハルゼーは逆にハワイ市民から喝采を持って迎えられました。

 作戦の失敗を隠す為にアメリカでは情報操作が行われ、ドゥーリットル隊の全員が戦死するか捕虜となっていたことをいいことに、ドゥーリットル中佐らは日本陸海軍の迎撃で大きな損傷を負ったB-25を、東京に特攻させ、自らの命と引き換えに大きな戦果を挙げたと報じられていたのです。

 そして、彼らを送り届けたハルゼーも、B-25を送り出す盾となるために三倍の数の日本艦隊と激戦を強いられ、犠牲と引き換えにB-25を送り出し、さらには日本の空母と戦艦を沈めた英雄として報じられました。

 低下しつつあった対日戦への意欲を向上させるために勝利と英雄を必要としていたルーズヴェルトの手によってハルゼーは偽りの英雄として祀り上げられ、連日全米のメディアで讃えられることとなったのです。

 ハルゼーは大戦中、親友であり同僚であったレイモンド・スプルーアンスにこの時のことをこう語っています。

 

「私は自分の失敗の責を負うことを避けたいとは思わない。己の決断の成果も、損害も、全て在りのままに受け入れることが当たり前であり、それができない男は人の上に立つべきではないと信じている」

「しかし、今の自分は何だ。在りもしない戦果で讃えられ、敗戦の責任も、将兵の命を無為に散らせた己の愚かさも受け入れることができない。戦争に勝つためにはそれが正しく、軍人としてそれは当たり前のことなのだろう」

「この下らないプロパガンダの真実を覆い隠すためだけに、ドゥーリットル隊の生き残りの勇者たちは捕虜交換のリストから外された。この最低な自分を勇者に祀り上げるためだけに、今も本当の勇者はジャップの冷たい牢獄から出られないでいるのだ。私は一生、いや、死後もこの戦いで勇敢に散っていたドゥーリットル少将の前で顔を上げることはできない。私は、自らが最も侮蔑する存在に成り下がってしまったのだから」

「だが、自分の罪は償えずとも、けじめをつけなければならないことがある。ドゥーリットル隊の勇者たちの、そしてこんな愚かな私の策を最後まで信じて散っていったものたちのために、あの作戦を指揮したナガノという男だけは俺の手で討ち取る。彼らの名誉と雄姿だけは、偽りの戦果で汚させたままにはしておけない」

 

 

 

 一方、勝者であるはずの日本では、加賀や祥鳳の航空隊が勇敢な海鷲と讃えられるも、ドゥーリットル空襲を予測し、類稀なる戦果を挙げたはずの長野を讃えることはありませんでした。

 海軍内では、長野以外にドゥーリットル空襲を予想した人物はおらず、長野の懸念もありえないと一蹴されていました。その長野の功績を認めることは、彼以外の海軍上層部の無能を認めることにも繋がると考えられたからです。 

 また、長野は開戦以来聯合艦隊の基本方針に常に反発していました。オーストラリア方面で攻勢に出るMO作戦、早期講和の要となるハワイ攻略を見据えたミッドウェー作戦共に長野は痛烈に批判。その見積もりの甘さを徹底的に糾弾していました。

 長野の主張に反駁することのできなかった聯合艦隊司令部は、自分たちの立案した作戦を実行するために邪魔な長野を聯合艦隊司令部から追い出し、左遷させるという行動に出ます。長野は、当時南方で作戦に当たっていた第四艦隊に、艦載機部隊再編中の祥鳳共々左遷されることとなったのです。

 この不当な、半ばやつあたりじみた人事に対し、長野は第四艦隊司令長官であった井上成美中将にこう述べています。

 

「今の帝国海軍は、己の掲げた作戦を成功させることしか考えておりません。陛下の赤子を外敵から御守りすることこそが明治の御世から変わらぬ帝国海軍の存在意義であるのに、山本長官ですら半ばそれを忘れてしまっています」

「ただ一部のエリート風を吹かした英雄気取りの軍人の名誉のためだけに若者の命を浪費するような海軍なぞ、存在しない方がマシというものです。さっさと滅んでしまった方が国民のため、陛下のためだと言ってもいいと考えます」

「ですが、今アメリカの矛先からこの国を守れるのもまた、この当初の志を失った帝国海軍しかないのも事実です。ならば我々帝国海軍の軍人は、犠牲を減らすという口実の元で、また多くの兵の命を徒に浪費していくしかないのでしょう。これが、一体いつまで続いていくのか。考えたくもないものです」

 

 長野とハルゼーの初対決。それは、およそ四年に及ぶ二人の宿命の始まりにすぎませんでした。しかし、戦場の外の理屈に翻弄されていたこの時の二人には、自分たちを待ち受ける未来を想像する余地もなかったことでしょう。

 

 二人の宿命の決着は、遂には太平洋戦争における日米海軍の最終決戦にまでもつれこむこととなるのです。

 

 

 

 

 

 

    太平洋戦争シリーズ

     長野 VS ハルゼー

 

 ~宿命の始まり、両雄相まみえるドゥーリットル空襲~

 

 

 監修     ピロシキィ

 

 資料提供   防衛省防衛研究資料館

        アメリカ国立公文書記録管理局

        長野壱業記念館

        (財)戦艦長門保存会・記念艦長門

        (財)戦艦陸奥保存会・記念艦陸奥

        長野出版「月刊海軍」編集部

        ○宝映画「水平線のダイヤ」

      

 

 構成     後藤陸将

 

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 制作統括   後藤陸将

 

 

 終

 

 制作・著作 日本国営放送機構 大阪支局

 

 

 

 

 

 

「…提督はアレですね。…ラスボス」

 

え? なにその訳の分からない評価。




後藤陸将さんからの補足

1 アメリカでは、敗戦を隠す為にドゥーリットル中佐らの内八機が都内を空襲、その後被弾して離脱困難と判断して都内の飛行場や工場に特攻したということにされました。ドゥーリットル隊全員が三階級特進という異例の対応が取られ、彼らは合衆国の空の英雄として讃えられます。硫黄島の星条旗の五人の海兵隊員ほどではありませんが、かなり熱狂的に讃えられたと考えています。
  ハルゼーも、三倍の敵と相対してもなお、ドゥーリットル隊を東京へ送り届けるために艦隊を盾にして奮闘。艦隊を半壊させながらもドゥーリットル隊を既定の発艦予定海域まで送り届け、さらに反撃によって日本軍の空母「龍鶴」戦艦「カデクル」を撃沈したと報道されます。戦艦ヒラヌマ撃沈以来最大の大戦果(大本営発表)ですね。
  その後彼は史実通り皮膚病と歯槽膿漏の治療のため入院。如何に絶望的な状況でも諦めず、逆撃に転じて勝利を呼び込んだ合衆国の海の猛将として勲章をルーズヴェルトから授与されたことも派手に宣伝されていたため、病院でも相当にもてはやされた模様。
  当然のことながら本人は不服でしかなく、病院でも頻繁に怒鳴り散らしていた模様。しかし、それも戦地にいられずに戦意を持て余したことによるストレスと、作戦の戦果よりも犠牲を気にしているため、あの海戦のことを本人が誇りと思えず恥だと思っているためだと曲解される始末。ストレスで脳の血管が文字通りブチ切れなかったのは、幸運としか言いようがありません。
  この時の持ち上げの反動が、坊の岬沖開戦の後に一気に噴出したらどうなるか……それについては後編で触れていく予定となっております。
  長野の戦略とアメリカの都合に振り回され続けた彼こそが、太平洋戦争で最も不幸な軍人と言ってもいいのかもしれません。

2 史実ではホーネットとエンタープライズは珊瑚海海戦には駆けつけようとしたけれども間に合いませんでした。
  ですが、この世界ではそもそもホーネットは大破、エンタープライズは沈没していたので、もしもドゥーリットル空襲がなければ二隻は珊瑚海海戦にも参加でき、アメリカは空母の数で第四艦隊を大きく上回り圧勝できたのではないかというIFが語られています。
 
3 後編につきましては、投稿まで少しお時間をいただきたいと思っております。
  考察しなければならないところも多く、また自分のリアルでの時間も確保できない状態となっているため、中々執筆の余裕がないのが理由です。

《ネタ予告?》
長野機関ネタとメロンちゃん偽乳タイプネタから、ふとこんなアホなことを考えた次第であります。元ネタはユニコーンのマリーダさんのアレです。



「一三〇〇字でわかる『提督、(?)頑張りますUC外伝』」


「『提督、(?)頑張りますUC外伝』はおなじみ『提督(笑)、頑張ります。』から続く二一世紀のお話。とはいえここから読みはじめてもとっても面白い」


 太平洋戦争 ――西暦一九四一年に開戦した大日本帝国とアメリカ合衆国の戦争


「解放すれば国連常任理事国政府が転覆するらしい謎の存在『長野文書』」


 長野文書――正体は謎!


「それを常任理事国と敵対する深海棲艦残党『アイアンロックス』に渡して世界を変えようとするおばあちゃん」


 長野文乃――実は一〇〇歳越えのおばぁちゃん!


「そんなことしたら戦争になるのでそれを止めたい青年イチゴ・ギョーザ」


 イチゴ・ギョーザ――実はナガノ・○○○○?


「主人公メロン・夕張は第四艦隊の泊地クェゼリン環礁で彼と出会い、運命を感じちゃう」


 夕張メロン――普通の軽巡洋艦だけど、ヒロイン!


『止めるって……何を?』

『戦争』

「文書を巡る戦闘が起き、父親から金剛型戦艦一番艦金剛を託される夕張」


 平賀譲――実は夕張の父!


『私は――行きます!』

「私は行きますってどこに」

『俺と逃げろ』

「鍵を握る『長野文書』の在り処をちょこちょこ示すのが金剛」


 金剛――『長野文書』の場所をちょこちょこ示す


「その行方にはハルゼーの再来、フント・トリンドルも」


 フント・トリンドル――実はブラブラしている犬という意味!


「この人たちもみんな注目」


 深海海月姫――トリンドルに忠実な親衛隊長

 北方棲姫――ゼロ戦が好き!

 中枢棲姫――案外やさしい


「アイアンロックスに連行された百合恵、やさしげな戦艦棲姫さん」


 戦艦棲姫――大家族のお母さん!


『ってぇー』

「夕張救出作戦で四五口径四六cm砲」

「援護のため命を落とすアァーー!、悲しい」


 アァーー!――ホモだが優秀、だがホモだ


「そして夕張が沈めたのはまさかの戦艦棲姫さん。とっても悲しい。落ち込む夕張。日本へ帰っていく」

「そのころ海軍の徳田宗義少佐は家柄を活かして事態を打開しようと東京へ。でもことはそう単純ではなく、フラれ」


 徳田家――太平洋戦争終戦工作に奔走した政治家山咲岩男を先祖に持つ名門政治家一族


『夕張――!!』

「夕張とイチゴはいい感じ。徳田妬む」


「ここでポイント。常任理事国はバラされると自分たちがヤバくなる存在、『長野文書』が欲しい」

『とっておきの解決策があります』

「日本海軍の人たちは長野文書を隠すことで常任理事国から利益を引き出してきたのでそれを守りたい」

「そしてアイアンロックスは、太平洋に新たな安住の地をつくるため、国連に言うことを聞かせたいから長野文書が欲しい」

「最後に金剛が示した場所は英雄の眠るはずの海、沖縄県久高島」

『ここから先は競争だ』

「そこに現れたのは、徳田少佐だった」

『夕ゥ張ィ――!!』

「結局のところ一三〇〇字じゃ伝わらない面白さ!『提督、(?)頑張りますUC外伝』!全ては、最終章エピソード7へ!!」


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