魔法少女リリカルなのは ~The creator of blades~ (サバニア)
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前章
0話 プロローグ


初投稿となります。
前々からFateの衛宮士郎を入れたクロスオーバーを書いてみたいなと思っておりました。
初心者ですが、頑張って行きたいと思います
m(_ _)m


 暗闇が広がっている筈の町中は辺りが良く見えるぐらいに明るかった。しかし、その明るさは街灯に()るものではない。鮮やかな月明かりでも、星々の光でもない。

 辺りを照らしているのは家々を焼き、赤い光を発している炎。それは、その場にある生命を燃やすと共に勢いを増し、オレンジ色の壁も高めていく。

 

 

 何故、見慣れた景色が燃え盛っているのか。

 何処かの家庭で火の不始末があったのだろうか。誰かが火を放ったのだろうか。

 住民たちには原因は分からない。分かることはただ一つ。眠りについた頃は整然としていた町並みが紅蓮に飲み込まれているということだけだ。

 

「……っ」

 

 建物が燃え崩れる音、闇夜を切り裂く無数の炎が強くなり続ける中に、一人の少年と男性の姿が在った。

 男性が少年の手を引きながら、瓦礫が散らばっていく赤い世界から出ようと前へ進んでいる。男性の一歩一歩は重い。呼吸は難しく、前に進む度に心臓は早鐘を打つ。

 だが、足を止める訳にはいかない。それをしてしまったら、次に焼かれるのは自分たちだと、彼は火の手から逃れるために歩き続けている。

 

「――――――ッ!」

 

 空いている方の手で額を伝ってくる汗を拭った際、男性は止めてはいけない足を止めた。視界に隅に、炎に焼かれ、家の瓦礫の下敷きになった女性の姿が入ってしまった。

 ソレが男性の頭に過らせてしまったのだ。寝ていた少年を起こし、自分に連れて逃げてと叫んだあの顔を――――――

 

「……士郎、先に逃げるんだ……」

 

 そう言うと男性は歩いてきた道を戻り始めた。逃げ遅れた女性を助けるために。

 男性が目指す先は誰よりも少年に優しかった女性。彼には浮かべられない微笑みを少年へ向けられる彼女。

 自分の取っているこの行動が女性の願いに反することだろう、と男性は戻りながら思う。が、一度思い出してしまった彼は向かうことをやめない。やはり、彼女は少年に必要だと。まだ小さなあの手を、あの柔らかな手が包み込める日々が無ければならないと、一歩一歩その居場所へと歩み寄って行く。

 

 

 男性が踏む道はもう道とは言えなかった。路面には亀裂が生じていて、撒き散っている瓦礫共々に彼の行く手を阻む。

 動く足がもつれたらそこで終わり。

 止まれば女性の居る所に辿り着くことさえ出来ない。

 辿り着かなければ二度と少年が女性に笑いかける日もない。

 それらの不安で足の動きが鈍りそうになるが、男性は前方に足裏を叩き付けて乗り越えていった。

 

 

 だが、それが男性の最後の姿になった。

 燃える柱が大地に倒れ、舞い上がった粉塵と広がっていく赤い壁が彼の姿を隠した。

 その時、周囲に走ったのは地響きだけだった。

 

 

 

 

 ――――――気が付けば、辺り一面は焼け野原になっていた。

 三人一組だった彼らの中で残っているのは少年だだ一人。

 残った少年の他に動き回る人影は無い。他に在るのは建物が焼け落ちて出来た残骸。黒焦げになって縮んだ人型(ひとがた)のモノが転がっているぐらいだ。

 人型(ひとがた)の中には黒焦げになっていないモノも在る。けれど、ソレらは額や左胸から赤い液体を流して横たわっている。

 

 

 この惨状を一言で表すなら――――“地獄”だった。

 だと言うのに自分だけは原型を保ち、赤い液体を流していないのは不思議な気分だと少年は感じていた。

 

「――、――――、――――――っ」

 

 嗚咽が漏れた。声を詰まらせたとしても、少年の目からは雫が零れ落ちていく。

 その度に、少年は乱暴に目を拭った。視界が滲んでしまったら前が見えなくなってしまう。目の前の惨状どころか、歩いて行く先の把握すら出来なくなる。

 込み上げるそれを力にしたのか、少年はより前へと足を出す。

 

「……はあっ、はあっ、はあっ…………!」

 

 少年が呼吸を繰り返すごとにその肩が上下する幅が大きくなる。今までにしたことの無い呼吸の動作だった。重い足取りだというのに、走っている時と比べ物にならない程の強さで、感じたことも無い痛みが肺に押しかかる。

 体表に当たる熱風も生活の中で触れてきたものからは想像も出来ない程に熱く、季節による極暑が涼しいとさえ思ってしまう。

 

 

 ……どうして、こんなことになってしまったんだろう? 朦朧とする頭で少年はそう思った。

 今日も少年はいつもと同じように過ごしていた。窓の外が明るくなった頃に起きて、家族と朝食をとった。それから外に出て日が暮れるまで友達と遊んで、夜は自宅で団欒に浸っていた。

 明日も、明後日も、来週も――――この先ずっと平穏な日々が続いていくと思っていた。

 だが、そんな世界は壊された。

 少年に広がっているのは火の海。何もかもが燃え去っていく世界。

 生き延びる術を思索するのが普通な筈の状況にも関わらず、少年の脳裏には平穏な日々が去来していた。

 だとしても、少年は歩くことをやめない。

 体の素直で、この地獄から出ようと死に物狂いで抗っていた。

 

 

 そうやって歩いて行く最中、少年の鼓膜を叩く音が在る。

 それは一つではない。聞き取れないのを含めたら切りが無い人の声だ。

 

「……助けて…………」

 

「暑いよ……苦しいよ…………」

 

「せめて、この子だけでも…………」

 

 苦痛に――――――

 恐怖に――――――

 懇願に――――――

 負の感情に満ち溢れながらも、助けを求める人々の声だった

 

 

 けれど、少年は耳を塞ぎ、歩き続けた。

 自分では他の誰かを助けることは出来ない。今止まってしまえば、そこで自分は死ぬと少年の本能が理解していた。

 だがそれは、ここで止まる(死ぬ)ことに恐怖した訳ではなかった。そんなものはもう停止している。

 ただ……生きているなら、少しでも長く生きなければならない――――そう思って歩き続けていたにすぎない。

 

「…………」

 

 やがて、少年の耳に声が届かなくなった。

 それは、声が届かない程に距離が開いたのか、声自体が途絶えたのか判らない。

 

「……………………」

 

 とにかく、少年は足を動かして前に進む。と言っても、向かう当てなんて特に無い。頼りになる人も居なければ、助けてくれる相手も居ない。

 それでもなお、朦朧とする体に鞭打って炎が少ない場所を目指し続けていた。

 

「……?」

 

 休息の無い歩みの限界が足に達しようとした先で、少年の耳に声が聞こえてきた。

 

「おい、宝は在ったのか?」

 

 それは男の声。

 ここまでに少年が聞いてきた助けを求める声とは違い、何か探しているような声色だった。

 

「いや、ねぇな。

 そもそも、こんな『管理外世界(辺境の星)』にお宝なんて本当に在るのかよ?」

 

 今度は訝しい声を上げて聞き返す別の声が聞こえた。

 何かを探しているのだろう。声に並んで瓦礫をどかす作業の音が響いてくる。

 それらは留まることなく、少年の鼓膜が震えるのを保つ。

 

「さぁな、この情報の出所不明のものだしな」

 

「ハァァア!?」 

 

 予想外の返答に、質問をした男は明確に苛立ちを込めた声で荒げた。

 その高まった感情を声に乗せて、話し相手である金髪の男に近寄ってから不満を投げ付ける。

 

「じゃあ何か? 俺たちは本当に在るか判らない物を未確定な情報で探しに来たってのか? 何もなかったら無駄足じゃねーかよ!」

 

「無駄足ではないだろう。

 確かにまだ見つかってはいないが……仮になかったとしても、久々に暴れられただろう?」

 

「そうだけどよぉ……こんなんじゃ暴れた気にならねぇよ。【魔導師】が相手でもねぇから面白くねえしよぉ……」

 

 食い掛かっていた男性だったが、金髪の男性の言い分が事実であることを認識すると尻すぼみになった。

 その反応に、今度は金髪の男の方が踏み込んだ。

 

「そうは言うが、一番住民を殺っていたのはお前だろう。この辺りを燃やしたのもお前だし」

 

「それも……そうだろうけどよぉ……」

 

(町を燃やした……殺した……?

 この町をこんなにしたのは、コイツらなのか……?)

 

 二つの声を聞いて、廃棄されかけていた少年の思考が回転を始める。

 そして、耳にしたことは事実なんだろうと推し計った。そうでなければ、誰が好き好んで廃墟同然と化した場所で宝探しをするのか。

 そう思った途端、炎の熱に曝されて熱くなった少年の体とは別に――――頭の芯が熱くなっていく。

 

「まあ、まだ始まったばかりだ。そう急ぐ必要は無い。別行動中のアイツらの方で見つかるかもしれないしな。

 それに、お前も興味があるだろう? 古代ベルカの【聖剣】の聖遺物ともなればよ?」

 

「そりゃあるぜ。【聖王】、【覇王】、【冥王】と同じ時代を生きたあの【聖剣】だろ?

 つか、なんでコイツだけ【聖剣】なんだ?」

 

 先ほどまで食って掛かっていた男性は作業の手を一旦止めた。

 そのまま腕を組み、首を傾けて唸り声を上げ始める。

 しかし、金髪の男の方は手を動かしながら話を続けた。

 

「何故だろうな。一国を納めていたらしいから【王】であるのは間違いないが……【聖王】と被るからとか言われたりもしてたな」

 

「そんな安直な……」

 

「もちろん、俺はそんなこと思っていない。

 【聖剣】は剣を携えて戦場を駆けていたらしいからな。由来はそこだろう」

 

 【聖王】、【覇王】、【冥王】――――そして、【聖剣】

  解らない言葉が飛び交う中、少年はそこから動けなかった。

  二人の間で交わされているその話が、頭から離れなかったからだ。

 

「でもよ、【聖剣】の治めていた国は滅んで、今まで何も見つかってねぇんだよな? なんでこんな所にあるかも、っうことに繋がるんだ?」

 

「過去の大戦で国は滅んで、国民の大半が死んだのは間違いない。

 たが、生き残りが遠い地に逃げ延びた、って説自体は今まで言われてこなかった訳じゃない。まあ、手掛かりになりそうな物は発見されたことはないがな。

 だから、こんな所にあるかも、ってなったんだろうよ」

 

「なんつうか、ガキの夢みたいだな」

 

「そうかもな」

 

 相槌を打って金髪の男は頷く。

 

「まあ、ここで聖遺物が出てきたら俺たちは世紀の発見者だ。在ることを願って探すぞ」

 

「へーい」

 

 話を終えた男二人は再び捜索を始める。

 この時、少年の意識が話に釘付けになってしまっていたのは失敗だっただろう。

 注意を一か所に向けていたために、彼は自身の背後に近づいて来た人影に気が付かなかったのだ。

 

「何をしているんだい、坊や?」

 

 悪意に満ちた声が響く。

 少年はすぐさま後ろに振り向いたが、その瞬間に殴り飛ばされて小柄な影が宙に舞った。

 感じたことの無い浮遊感に包まれながら、少年は背中から話し合っていた男二人の所へ落ちる。

 

「がは……あっ……!」

 

 地面に打ち付けられた痛みが背中から全身を走って、肺から空気が押し出される。

 呼吸が乱され、体の至る所が悲鳴を上げた。

 それでも、少年は負けじと目を持ち上げて、視界の端で自分を蹴り飛ばした男の姿を捉えていた。

 

「あ? まだ生き残りが居たのか。

 ガキにしちゃあ、よくこの火災の中生きていられたな」

 

 金髪と話をしていた男が少年へ歩き寄って行った。

 距離が詰まる度に瓦礫の破片を踏み砕くが鮮明に少年の鼓膜を叩く。

 

「――――!」

 

 突然、少年の視界の真ん中へ男が映り映り込んで来た。

 ソレは嗤っていた。日常では見ることのないであろう不気味な表情。冷酷で鋭利な貌が少年を見据えている。

 その貌を崩さず、見下すような眼を少年に落としたまま、男は懐から”拳銃”らしき物を取り出した。

 

「ま、よくここまで頑張ったな。お前に恨みはねぇが――――死んでくれや」

 

 躊躇することなく“拳銃”を少年へ向けた。その慣れ切った動作から、この男は日頃から人を殺めていることが伺える。

 加えて、少年へ向けている目付きは、人を殺すことに何一つ抵抗を持っていないと告げていた。

 

「――――っ!」

 

 少年は一目で現状を理解して逃げようと周囲を見渡したが、四方を囲まれていて逃げる道は残ってなかった。どうやら、少年を殴り飛ばした奴にはもう一人仲間が付いていたようだ。

 

(――――――――)

 

 もう、少年に抗う術は無かった。立ち上がることは”拳銃”を向けている男が許さず、立ち上がったとして何も持たない少年には四人と戦うことが出来ない。

 屈することのなかった膝も立てなければもう意味がなかった。大地を足が踏みしめられなければ、少年に出来ることはない。その先に構えているのは、ただ燃え尽きるという末路だけ。

 

 

 赤い世界を生き延びた少年の体も、こうして失われようとしている。

 だが、そんなことなど少年はとっくに分かっていた。動かなくなってしまえば自分も転がっていた人たちのようになると、この赤い世界から出ることは不可能と……。

 再び大地を踏めないことへの最後の確認を終えると、少年は空を見据えた。

 けれど、視線の先に在るのは黒煙のような雲のカーテンで、見慣れた星空は見えない。

 そうして、少年は気付く。息苦しいと思える力も……手を延ばしたいと思える(ひかり)も……何一つ、残って無かった。

 

「じゃあな、坊主。恨むなら、こんなとこに生まれた自分を恨みな」

 

 そして、少年の額に向けられた”拳銃”の引き金が引かれ――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤い世界に、銃の咆哮が響き渡った。それは、一般の物では作り出せない轟音で、音だけで相手に畏怖を刻み込む程のものだった。

 しかし、撃ち抜かれたのは少年ではなかった。

 

 

 撃ち抜かれたのは――――――今まさに少年へ向けた“拳銃”の引き金を引くところだった男の額だった。

 額を撃たれた男はそのまま衝撃に身を委ねて、背中から地面に倒れた。

 

「狙撃!?」

 

 男たちに緊張が走る。

 殺そうしていた男が逆に殺されたのだから、緊張感に染まるのは当たり前の反応だろう。

 

「索敵をかけろ! 場所を割り出せ!!」

 

「ああっ!」

 

 金髪の男に言われるままに懐から端末らしき物を取り出した男だったが、その男の額にも銃弾が着弾した。

 早くも四人中二人が倒れ、残った二人に焦りが生じる。

 だが、二人の犠牲から逆算して残った二人は“狙撃者”が陣取っているであろうポイントの把握が出来た。

 反撃への気合いを込めるためか、男が声を上げる。

 

「向こうか!」

 

 少年を殴り飛ばした男が体の向きを銃弾の来た方向に向け、ナイフを取り出す。それの切っ先を銃弾が向かって来た方へ合わせて、狙いを定める。

 続けて、小さく口を動かす。すると、手にしているナイフを中心に5つの火炎玉が発生し、切っ先を向けた方へ飛んで行った。

 

 

 飛んで行った先で爆発が起こる。

 それによって発生した爆風と光はここにまで届き、強烈な威力であることを伝えてきた。

 

「やったか?」

 

 放った本人から警戒心を含ませた声が漏れる。

 視線を着弾して火柱が立っている場所から離さず、“狙撃者”を仕留めたのか確認を取ろうとしていた。

 

 

 しかしながら、数秒後に男の視線に映ったのは――――火柱を突き抜けて、こっちに直進して来る“黒いコート”が揺れている光景だった。

 

「ッチ」

 

 苛立って舌打ちを漏らす。

 それから再びナイフを構えるが――――

 

Time alter(固有時制御)――double accel(二倍速)!」

 

 黒いコートを纏った何者かは、呪文を唱えるよう言葉を紡いだ。

 その直後に黒いコートの動きが倍速で再生された映像のように加速し、一気に距離を詰める。

 

「なっ!!」

 

 再び攻撃をしようとしていた男は驚きを露にする。

 相手が驚きを露にしている隙に、懐へ飛び込んだ黒いコートを纏った者は左手を懐に入れた。

 再度、素早く引き抜かれた左手には銀色の刃が輝くサバイバルナイフが握られていた。黒いコートはそれを横に振るって、銀の一閃を男の首元へ走らせる。

 その銀線を追うように、黒い影が宙を舞い、鈍い音を立てて地面に落ちた。

 

「このっ……!」

 

 金髪の男はその光景を見て、慌てながらポケットから何かを取り出そうとする。

 だがそんな時間は与えない、と黒いコートを纏った誰かは右手に握っている大型の銃を金髪の男の額に突き付ける。

 それで金髪の男は動きを止めた。下手な行動をすればどうなるかは判っていたのだ。

 

「何が目的だ?」

 

 鋭い声で、余計な単語を省いた問が金髪の男へ投げられた。その声は嘘偽りを許さない程の剣幕だった。

 それに合わせて、近付いて来た黒いコートを纏った人物は20歳前後の青年だということに少年は気付いた。

 

「お、お前……何者だ?」

 

 突然の出来事への戸惑いと恐怖に震えた声で金髪の男は問い返す。

 

「質問しているのはこっちだ。

 もう一度訊く、何が目的だ?」

 

 青年のより力が込められた声に、男は怯えながら答える。

 

「た、宝探しだ」

 

「宝探し?」

 

「あ、あぁ、『ここにはある人物の聖遺物が在るかも』と、聞いてな」

 

「宝探しにしては随分なことをしているじゃないか? 本当にそれだけか?」

 

 青年は刃のように鋭く、冷たい視線で睨み付けて、更に問を投げる。

 

「……いや、狩りも兼ねてだ」

 

「ッ!!」

 

 青年から怒りが漏れる。その中には悲しみも混在していた。同時に悔やむように表情を歪める。

 湧き出る感情の果てに、青年は悲憤に満ちた声で「そうか」と、言って引き金に指を掛けた。

 

「ま、待ってく――――――」

 

 男が言い終わる前に青年は引き金を引き、銃から弾丸が撃ち放たれた。

 その一撃で、一人残った男も背中から地面に倒れる。

 青年の最後の銃声は、終わりを告げる鐘のように周囲へ響き渡った。

 

 

 

 

 その鐘の音は少年の耳にも届いていた。

 だけど、それで少年に安堵が訪れることはなかった。

 ただ、少年に訪れたのは――――自分を殺そうとしていた人たちが、目の前の青年によって倒されたという現実の認識だけだ。

 

 

 少年がそんなことを思っていると、青年は銃とサバイバルナイフを納める。

 徒手空拳になると、少年の方へ近付いて行って――――

 

「……よかった。君だけでも助けられて…………」

 

 震える声を漏らしながら、少年の手を握る。

 

「……ああ、生きてる……! 生きてる……! 本当によかった……。君を助けられて――――」

 

 青年は両目に涙を溜めながら、自分の言葉を噛み締めるように――――感謝をするように小さな手を握り続けた。

 

(――――――――、ぁ)

 

 その青年の姿は少年が憧れを抱くほど印象的だった。

 目に涙を溜めながらも、心の底から喜んでいるように見えたから――――あまりにも嬉しそうだったから。

 だからなのか……何もかも燃え尽きて空っぽとなった少年の心に、宿るモノがあった。

 

「切嗣」

 

 その唯一に少年の一雫が目尻から頬を伝ったとき、名前を呼ぶ女性の声が響き渡った。

 おそらく、それが青年の名前なのだろう。

 自身の名前を呼ばれて、切嗣は女性の方へ視線を移動させる。

 

「ナタリア……そっちは?」

 

「もう、誰一人生きちゃいない。

 見回りをしてみたが、何処も酷い有り様だよ」

 

「………………」

 

 言われなくても解っていた事だったが、切嗣は唇を噛んだ。

 その様子を見た女性――――ナタリアは淡々とした声色で言葉を続ける。

 

「切嗣、その子を連れてここを離れるよ。

 その子もここに居るままだと、暑苦しいだろう」

 

「……ああ……そうだね」

 

 そうナタリアに促された切嗣は、辛うじて意識を保っていた少年を抱き抱えて歩き始めた。

 ナタリアもその隣を歩き出す。

 抱き抱えられたことに安心したのか、自分を脅かす状況が終わったことを察したのか、そこで少年は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 

 

「――――――」

 

 気が付くと、見覚えの無い簡素な部屋に俺は居た。

 目に映った天井は白く、背中をベッドに預けていた。左腕に点滴がされていることも考えると、ここは病院なんだろうって思った。

 正直驚いた。俺は間違いなく……”あの夜”を彷徨っていた。

 そこからの突然な変化だったけど、空気も温度も至って普通で、自然と安心が出来ていった。

 

「……っ」

 

 包帯を巻かれて動き辛い体をゆっくり起こして、ぼんやりと周りを見渡す。

 部屋には他にも幾つかのベッドが並んでいて、どのベッドにも人がいた。多分、俺が居た町の外縁辺りに住んでいる人たちで飛び火から逃げて来たんだろう。怪我をしているみたいだけど、看護師と会話をしているから助かった人たちだと思う。

 ホッとして視線を巡らせると周りの子供を看ていた看護師と目が合った。それで俺が目を覚ましたことに気付くと、声を掛けながらこっちに来る。

 

「よかった、気が付いたのね。

 今、先生を呼んでくるから少し待っててね」

 

 そう言って病室から出ていった。

 その看護師の後ろ姿が見えなくなった俺は出入口の反対側に在る窓の方へ振り向く。

 窓の外には青空が広がっていた。それは、これ以上にない綺麗な空だった。

 

 

 数分後、看護師は医者を連れて戻って来た。

 医者は俺に、痛むところはないか? おかしいなところはないか? などと、一通り聞いてきた。

 俺がそれらは大丈夫だと答えて、特に異常がないと医者は解ると、安堵の表情を浮かべてこう切り出した。『俺を病院に連れて来た二人が、俺に会いたいと望んでいる』――と。

 その話に俺は会いたいと答えた。

 医者はそれに頷くとその二人に連絡を取るために部屋を出て行った。

 

 

 

 

 ――――で、暫く待っていると……病室のドアが開き、男女のペアが部屋に入ってきた。

 背広姿でボサボサの頭をしている男。

 漆黒のレインコートを着ていて、青白い(かお)で無表情な女。

 

 

 二人は無言のまま俺が居るベッドまで足を進めた。

 ベッドの側に在る椅子へ男の方が腰を腰を下ろす。それから俺と目線を交差させて、口を開いた。

 

「こんにちは。士郎くん……で合ってるかな?」

 

 俺はコクリと頷く。

 そんな俺の反応を見た男は、優しい声で一つの提案をしてきた。

 

「それじゃあ、士郎くん。会ったばかりの僕たちに引き取られるのと、施設に預けられるの、君はどっちがいいかな?」

 

 目の前の背広姿の男は、自分たちと一緒に来るかと言ってきた。

 その言葉に、俺は迷うことなく男の手を取ると――――――

 

「よかった」

 

 笑み浮かべて安心したみたいだった。

 

「早速だけど、身支度を済ませよう。

 新しい生活にも慣れないといけないからね」

 

 そう言った側から、男は慌ただしくベッドの下に在るボックスから衣類やら日用品を持っていたバックに詰めて込んでいく。

 片っ端から荷物が押し込まれていくその手際に、苛立ったのか無表情でいた女の人が動いた。

 

「おい、その入れ方は雑すぎるだろう。私がやる」

 

 後ろに立っていた女が横からバックを奪い取り、整理していく。

 やることを取られた男は俺を見て、ふと些細なことを思い出したかのように言った。

 

「おっと、大切なことを言うのを忘れてた。

 僕たちはね――――【魔法使い】なんだ」

 

 その台詞を聞いた俺は、感じたことをそのまま言葉に出した。

 

「うわ、凄いんだな二人は。えっと――――」

 

「ああ、すまない。まだ名前を言っていなかったね、僕は衛宮切嗣。

 で、彼女は――――」

 

「切嗣の師の、ナタリア・カミンスキーだ」

 

「これからよろしく、士郎」

 

 

 

 ――――これが、俺と切嗣たちとの出会い。

 そして……俺は、この日『衛宮士郎』になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




現時点で士郎5歳、切嗣20歳です。Fateの方より出会う年齢などが引き下がっております。


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1話 ミッドチルダへ

プロローグをお読みになられた皆様、ありがとうございますm(_ _)m
これからも頑張って行きたいと思います。
ではどうぞ!


 現在時刻、午後8時過ぎ。

 衛宮切嗣と彼の“師匠”であるナタリア・カミンスキーは、切嗣が“あの夜”で助けた少年――――士郎を養子として引き取ってから病院を後にして、海沿いの公園にいた。

 退院などの手続きにいくらかの時間を要したため彼らが外へ踏み出した頃には薄暗くなっていたが、それも今では完全に日が落ちて、少しばかり肌寒い夜が三人を包んでいる。

 活気のある繁華街ならば人々の熱気で覆い隠していたであろう寒さも、海から吹き渡って来る冷たさと相俟ってより明瞭に感じられた。

 そんな中、かれこれ数十分ぐらい彼らはこの場に留まっている。

 自然による寒暖など、切嗣とナタリアの二人には何てことはない。

 だが、まだ全快していない士郎の体にはその間の寒気が一段と染み入り、身震いした彼はいつまでこのままなのかと、手を繋いでいる切嗣に訊く。

 

「何処に行くの?」

 

「新しい住まいだよ。

 迎えが来る筈なんだけど……」

 

 士郎の疑問に切嗣が答えた。彼らが向かう場所は既に決まっている。しかし、そこへの“移動手段”がまだ整っておらず、立ち往生しているのが現状であった。

 幼い子供を待たせ続けていることの心苦しさが揺れた切嗣は、唸りながらナタリアへと視線を向ける。

 

「遅いな」

 

 切嗣の意図をくみ取ったナタリアは感情の乏しい声ながら受け答えた。

 それから彼女が溜息まじりに時刻を確認しようと腕時計に目をやったその時、周囲に変化が生じ始める。

 光輝く円環。彼らの前方に出現したそれは、物語に出てくるような魔法陣であった。

 そこから湧き出る閃きに切嗣とナタリアは眉を開き、迎えに来た人物を感知する。

 その予定より遅い到着に、ナタリアは声を漏らす。

 

「遅かったじゃないか。何かあったのかい?」

 

「いえ、特に問題は無かったんですが……ここに『転送ポート』を繋ぐのが一苦労で……

 すみません、姐さん。遅くなりました」

 

 光の中から現れたダークブラウン色な少し長めの髪に、神父服のような黒い装いの男性は早々にナタリアへ頭を下げた。

 そんないささか申し訳ない様子の彼に、切嗣は柔らかい声色で言う。

 

「久しぶりだね、ベル。

ここは『ミッドチルダ(向こう)』からだと遠いからね、時間が掛かるのは仕方ないさ」

 

「久しぶり、キリツグ。

 最後に会ったのは3、4年ぐらい前のあの『仕事』だったっけ?」

 

「そうだね」

 

 短い返しで再開の言葉を交わした彼らの間には懐かしんでいる雰囲気の無かった。

しかし、仲が悪いといった感じはしない。少なからず、嬉しさを含んでいる声であった。

 

(……うん?)

 

 話していた互いの口が止まるとベルの目が切嗣と手を繋いでいる士郎へ定まった。

 初めて見るその姿が気になった彼は士郎の前まで歩き寄って、視線を合わせるために片膝を地面に着ける。

 

「キリツグ……その子供は?」

 

「僕の息子だ」

 

「……え?」

 

 簡潔な切嗣の答えに、ベルは驚きを表した。

 目も前に居る少年の風貌から逆算すると、生まれたのは恐らく5年前前後だろう。

 自分より苛烈な”世界”に身を置いているキリツグが子を持っていた? そう思ったベルは切嗣へ顔を上げて尋ねる。

 

「息子って……誰との――――」

 

「…………」

 

 切嗣は表情も視線も変化させず、黙って聞いていた。

 そんな彼からさっきの言葉の意味を理解したベルは途中で口を閉ざし、くぐもった声を発する。

 

「そうか……」

 

 ベルは顔を下へ向けて、唇を噛みながら悲痛な面立ちになる。

 だが、それは一瞬だけだった。

 心中を掠めたモノを押し殺し、戻った表情で彼は再び視線を士郎に合わせて自己紹介する。

 

「こんばんは、俺はベル。キリツグと姐さんの『同業者』ってところかな。名前は?」

 

「衛宮士郎」

 

「シロウか、いい名前だな」

 

 警戒心を持たれないように柔らかくしたベルの挨拶に、士郎は素っ気なく返した。

 自分たちとは異なっている雰囲気に何処からともなく現れた男だが、どうにも”あの”既視感が拭えなかった。とは言え、邪気や殺意などの殺伐さは微塵も感じられない。

 そのため、士郎にとって初対面のベルは、切嗣より年上そうでいながらも柔らかい雰囲気を纏っている青年という感じで、第一印象は”胡散臭い男”であった。

 そんな士郎の心境を知る由もないベルは反射的に彼の頭を撫でようとする。が、右手を上げて伸ばしていく途中で動きを止め、手を引っ込めた。

 ベルは膝を立ち上げて、切嗣へ声を掛ける。

 

「さて、ここに留まっているのもあれだ。

 取り敢えず、”向こう”に行くとしないか?」

 

「ああ、頼む。士郎には”向こう”の生活に早く慣れてもらわないといけないからね」

 

 ”向こう”とは一体、何処のことだろうか? 詳しくは判らないがここではない“何処か”へ向けて出発することを士郎は察した。

 彼は切嗣たちにこれから行こうとしている場所の事を訊こうとしたが、その寸前に彼の肩がナタリアに叩かれる。

 

「ほら、早くその円に入りな。

 坊やが新しい生活に慣れるのもそうだが、私たちにも色々とやることがあるからね」

 

 ナタリアに言われるがまま、士郎は円の中へと連れられた。

 

「よし、3人とも入ったな?

 じゃあ、行くぞ」

 

 ベルは全員が円に乗り込んだことを確認する。

 すると、彼らの足元に在る円は次第に強く発行していき、辺りへ眩い光を放った。

 

 

 光が収まると、その場に居た筈の4人の姿は無かった。

 そう……彼らは異なる世界へ向けて出発したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 彼らを包んだ光が消えると、そこは海沿いの公園ではなく建物の中だった。

 足元には転送装置みたいなものが設置されていた。さっきまで暗い外に居たのに、今は明るい室内だ。壁と天井は白く、肌寒くない空気で空調が回っているここは士郎に入院していた病室を連想させた。

 その突然の変化に驚いた士郎は、キョロキョロと辺りを見回している。

 

「ありがとう、ベル」

 

「いやいや、これぐらい大したことじゃないって。

 それより、シロウの今後もそうだが、『この世界(ミッドチルダ)』についての説明をした方がいいんじゃないか? こうして周囲を見渡しているあたり……まだ説明をしてないんだろう?」

 

「ああ、”こっち”に着いてからするつもりだったんだ」

 

「あー、”外”で“ここ”の話をするは避けるべきだからな」

 

「そう言うことさ。

 士郎、説明が遅くなったね。“ここ”は――――」

 

 切嗣は別段、士郎に説明をすることを蔑ろにした訳ではない。“外”で“ここ”のことは口にするべきではないと理解していたから話をしなかっただけだ。

 外界を気にする必要が無くなったこと。落ち着かない士郎が気になったベルからの指摘もあり、切嗣は説明を始める。

 

 『ミッドチルダ』――――それが、この世界の名称だ。魔法文明が最も発達している世界で、魔法を扱う【魔導師】たちが生活を営んでいる世界の1つ。

 無論、魔法を使えない人々も暮らしている。しかし、学校などの教育機関でも魔法の勉強をするぐらいに普及していている。

 

 

 そして、ここはミッドチルダを『時空管理局』という組織が治安を維持していた。

 『時空管理局』とは、[次元世界の平和維持]を目的に組織された機関で、構成員は【魔導師】だけではなく、あらゆる分野のエリートも含まれる。

 『管理局』を大別すると次元の海をパトロールすることが主体の“海”と各次元世界に駐留して治安維持を担う”陸”の二系統から成り立っており、それぞれの重点や規則に違いが有ったりして一枚岩でない。

 まだ子供の士郎には詳細は難しいだろうと思った切嗣は彼に地球でいう警察のような組織と伝えるものの、あそことは違い『管理局』にはあまり関わらない方がいいと忠告を加えた。

 

「魔法……管理局?

 ……全然違うんだな……詳しいことはよく分からないけど……」

 

「うん。環境も作りも地球とは全く違うんだ。そもそも、世界の定義からして僕らとは異なっているからね」

 

「世界の、テイギ……?」

 

「ああ。『世界』と聞かれたら僕と士郎は地球一つを思い浮かべるけど、“ここ”からだとそうはいかないんだ」

 

 そう言って、切嗣は世界についても述べていった。

 ここでの定義を用いるのならば、世界は『管理世界』と『管理外世界』――――この2つに分類される。

 『管理世界』と呼ばれる世界は、主に次元を渡る技術を有して、他の世界の存在を知っている。その上で『時空管理局』に治安の維持・管理されていることが条件だ。

 ここミッドチルダはその第一世界と切嗣は渋々と言った。 

 もう一方の『管理外世界』と呼ばれる世界はそれらの条件を含まず、基本的に『管理局』は干渉しない世界。

 士郎の生まれ育った地球は『第97管理外世界』されているようだと切嗣は教えた。

 

「まあ、こんなところかな。細かいところは追々知っていけばいいさ」

 

 一通りの説明を終えて、口を休める切嗣。

 それらの話を聞いた士郎には1つ訊きたいと思うことが有った。

 

 「じゃあ、切嗣たちも【魔導師】?」

 

 その質問を訊くと、切嗣は複雑そうな顔になる。

 少し間を置いてから、やや重い口調で切嗣が答えた。

 

「いや、僕とナタリアは違う。【魔導師】なのはベルだけだよ」

 

「……? あ――――そっか、二人は【魔法使い】だもんな」

 

 病室でのことを思い出した士郎は切嗣に目を輝かせて呟いた。まだ彼には切嗣とナタリアが言った【魔法使い】とベルの【魔導師】の違いまでは分からない。

 しかし、そんなことは正直どうでもよかった。【魔法使い】だとか【魔導師】だとかの肩書きに士郎が興味を持つことも湧くこともこの先には無い。何故なら、彼が憧れているのは誰かが成れるそれらではなく、切嗣ただ一人。あの夜のように、苦しむ誰かを救える彼のようになれるだけで少年には十分過ぎる。

 だから、それらは余分。衛宮士郎が羨ましいと思うのは衛宮切嗣だけだ。

 そんな彼の心情が感じ取れたのか、切嗣は口を開き直す。

 

「……僕とナタリアについての話はまたにしよう」

 

 士郎の眼差しを受けた切嗣は少し強張った表情でそう言った。

 確かに切嗣は”あの夜”の中で士郎を救った。それ自体は揺るぎのない事実であるし、そこから士郎が切嗣に憧憬を持つことはおかしくないだろう。

 だが、それは様々な事柄があった上に成り立っていた。青年が”遠い日”から自身が歩んできた道、積み上げられ続けるモノ。それらは少年が思い描く物とかけ離れている事と分かっているからこそ、向けてくれたその目が切嗣の胸を痛ませた。

 そんな言いづらそうな切嗣を見た士郎は、病院みたいに気軽に言えることじゃないんだなと、口を紡いだ。

 

 

 

 

「――――――――」

「――――――――」

「――――――――」

「――――――――」

 

 先程の切嗣の様子の影響か、4人の間では沈黙が続いている。

 加えて、話すことが無いのか、気まずいのか、誰一人として新たに話題を上げることがなかった。

 

(ああもう、調子が狂うねぇ)

 

 会話が停滞したことに、ナタリアは心の内でそう呟く。

 困っている子供が目に入ってしまうと、普段こそ表に出さない彼女の感情が揺さぶられてしまう。泣き顔ならばそんなことは起きないのだが、困っている顔や虚ろでいる顔などだと遠い日に出会った少年を連想してしまうから。

 それは、自身の受け持った事柄の積み重なりであり、遠い日から共にいる彼に向けていた優しさであった

 重々しくなった空気を打ち破ったように彼女は切嗣へと声を飛ばす。

 

「ハイハイ、話はそれぐらいにしておきな。切嗣、まだ行く所があるだろう?」

 

「……ああ、そうだったね。士郎に紹介したい母娘が居るんだ」

 

「え、誰だよ、キリツグ?」

 

 士郎が問うより先に、流れを逃すまいとベルが首を傾けて問い掛けた。

 

「プレシアとアリシアちゃんだよ」

 

 切嗣が口にした母娘の名前を聞いたベルは納得したようで、「ああ」と声を漏らす。

 

「なるほどな。

 でも、今から会えるのか? 確か、プレシア女史は研究員で忙しいんじゃないのか?」

 

「そこで、私の出番さ」

 

 左目でウインクをするナタリアを見て、ベルはどこか遠い目をして、

 

「そういうことね……」

 

 と呟いた。

 

 

 そこから気を取り直したベルは右手を上げて、一足先に退出しようと動き出す。

 今回、彼が切嗣たちに頼まれたのはここまで連れて欲しいという案件であった。それが済んだ以上ここに残る理由が無かったし、彼には彼の都合がある。

 

「まあ、行ってらっしゃい。

 俺はこれからやることがあるから、これで」

 

「今日は助かったよ。またね、ベル」

 

 再度、切嗣からお礼を言われたベルは一足先に部屋を出て行った。

 彼の後ろ姿が見えなくなると、切嗣たちも動き始める。

 

「それじゃあ、僕たちも行こうか?」

 

 切嗣はナタリアが黙って頷いたのを確認すると、前と同じように士郎の手を引いて歩き出した。

 ナタリアも前と同じように二人の隣を歩いて行く。

 白い光に見送られ、彼らは先程名前が上がった二人が居る民間企業――――『アレクトロ社』に向かった。

 

 

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 

 

 ミッドチルダ中央から少し離れた地区の一つには、無数の工場や研究施設が建ち並んでいる。そこは山と緑の一角を開拓して造られた工業地帯であるため、自然の名残である緑が点々と残っている地である。そのため、夜になっても木々を照らす明かりが絶えることはなく、背高い影法師が立ったままな景観が広がっていた。

 人工物と自然物の双方が存在しているそんな工業地帯に『アレクトロ社』と言う民間エネルギー企業が所在している。

 

 

 そこの一室に、一人の女性の姿が在った。

 彼女が居る室内には無数のホロウィンドウが浮いていたり、自筆で書き留めた資料が置いてあったりと、計算室と思える風景だった。部屋の壁側に設置された棚には、これまでに出力されたデータ用紙をファイリングされ紙媒体で保存されている点から、長く使用されていることが窺える。

 

(早く終わらせないといけないわね……)

 

 女性は椅子に座り、デスクの上に展開したホロモニターへ顔を向けながら、内心でそう呟いた。

 プレシア・テスタロッサ。ここに開発主任として勤めている【魔導研究者】であり、アリシア・テスタロッサの母親だ。彼女は去年に夫と生活のすれ違いから離婚し、今は娘と二人で暮らしている。

 加えて、プレシアの主な仕事は魔導工学の開発・研究であり、常に仕事に追われる身であった。そのため、娘のアリシアと同じ時間をなかなか過ごせずにいる。

 

(まぁ、今晩は戸締りの心配をすることは無いけど……)

 

 プレシアは今日、会社にアリシアを連れてきており、彼女は隣の部屋で一人遊んでいる。

 仕事をしていようと、プレシアの頭の中には幼い愛娘の姿がある。こうして仕事に勤しんでいられるのは、大切な宝物があってこそだ。

 しかし、3歳になって数ヶ月の娘が一人で日々を過ごしている“寂しさ”を思う度、にプレシアは心苦しくなっていく。

 

「…………?」

 

 研究データを順調にまとめて中、呼び出しのアラームが鳴り響いた。

 自分の手元に出揃っているデータ以外にまとめるモノは無い筈だとリストを思い返しながら、プレシアは受話器を取る。

 

「主任、お客様がいらっしゃっておりますが」

 

 丁寧な口調で受付嬢が知らせてくれる。

 

「どちら様?」

 

「ナタリア・カミンスキー様とエミヤキリツグ様です」

 

 その二人の名前が耳に入って、プレシアは驚いた。

 何故ならここ一年、全く連絡が無かった二人が、事前に連絡をくれた訳でもないのにここを訪れたからだ。

 

「お通しして」

 

 受付を通すように告げて、プレシアは受話器を下ろした。彼女は再びモニターに意識を向ける。今取りかかっているデータのまとめは、二人が来るまでには片付けられそうだった……少しばかり急げばの話だが。

 連絡の一本はして欲しいと思っていながらも、久々に二人と顔を合わせられることに、プレシアは喜びを感じていた。

 

 

 

 

 受話器が鳴り響いてから数分後、部屋のドアがスライドして開いた。

 そこから部屋に姿を見せたのは彼女の許を訪れに来た彼らである。

 

「久しぶり、プレシア」

 

 ナタリア・カミンスキー――――プレシアが彼女と出会ったのはこの職場だった。でもそれは、彼女もここに勤めている訳ではない。彼女とは必要な研究材料、及び機材を納品の仕事に来ている際に出会った。本人曰く、それは副業みないなものだとのこと。本来はフリーランスの賞金稼ぎと言っていた。

 ナタリアは子供の面倒を見ることには慣れてると言っていることもあって、プレシアは彼女を頼った。

 プレシアにとってアリシアは初めての子供であり、彼女は子育ての初心者だった。

 そんな子育て初心者の彼女にナタリアは色々とアドバイスをしてくれたし、一時期はアリシアの面倒も見てくれた。ナタリアはプレシアにとって頼りになる友人の一人だった。

 

「ナタリア、来るなら前もって連絡しなさいよ。いきなり来られても、手が空いているとは限らないのよ」

 

「あー、すまない。切嗣がどうしても、って言うもんでね」

 

 プレシアの尤もな声に、ナタリアは切嗣へ目を泳がせる。

 

「そこで、僕に振るのかい? まあ、その通りなんだけど。

 久しぶりだね、プレシア」

 

 衛宮切嗣――――ナタリアの弟子であり、彼女がここへ納品に来る時に手伝いとして来ていた青年。

 何故、こんな若くしてこんなことをしているのかと気になったプレシア訊くと、以前にナタリアに助けられたこと以来、そのまま一緒に行動するようになったとのことだ。

 切嗣は機械に強く、何度か機材を診てもらったりし、アリシアの側に誰も居られない時は彼が面倒を見てくれていたこともあって、切嗣もプレシアが頼ることの出来る人物である。

 

「ええ、久しぶりね、キリツグ。

 それで、今日は貴方の方が私に用があるみたいだけど、どうしたのよ?」

 

「うん、プレシアとアリシアちゃんに紹介したい子が居てね」

 

 そう言って、切嗣は自分の左後ろに居る5歳くらいの子供を前に出して、紹介し始めた。

 

「この子は士郎。僕の息子だ」

 

 士郎と呼ばれた少年は赤銅色の髪の毛に、琥珀色の瞳とあまりこの辺りでは見かけない容姿をしていた。

 それらに加え、年齢的に切嗣の実の子でないことをプレシアは察した。

 だが、そんな事はプレシアに訝しさをもたらすなど決して無いことだ。

 例え、二人の間に血の繋がりが無かったとしても、切嗣が彼のことを自分の息子と言うのならそれが揺り動くこと無い事実だろう。

 

「初めまして、シロウくん。

 私はプレシア・テスタロッサ、これからよろしくね」

 

 プレシアは微笑みながら士郎へ声を掛ける。

 初対面であったこともあり、少し緊張した様子で士郎は、

 

「よろしくお願いします、プレシアさん」

 

 ペコリと頭を下げて、返事をした。

 年相応のその反応はプレシアに嬉しいことであった。

 

「そんなに緊張しなくてもいいのよ?

 あ、そうだわ。隣の部屋に私の娘が居るのよ。よかったら遊び相手になってくれないかしら?」

 

 プレシアの提案を聞いた士郎は切嗣を見上げる。

 

「行ってきなさい、士郎。アリシアちゃんもきっと喜ぶよ」

 

「うん!」

 

 切嗣が了承すると、士郎は隣の部屋へと姿を消した。

 士郎の姿が隣の部屋へ行くのを見届けると、切嗣の雰囲気が変わる。

 

「少し士郎について話をしようと思っているんだけど、聞いてもらえるかい?」

 

 切嗣は真っ直ぐな目でプレシアへ問い掛ける。

 ”何も無い時”は心優しい青年、と言うのがプレシアが切嗣に持つ印象。

 しかし、今の彼はどこか重苦しい。

 

 (聞く聞かないなんて……訊かれるまでも無く決まっているじゃない)

 

 切嗣の話をすることを示した瞬間からプレシアの考えは決まっていた。

 彼が何の連絡も無く、突然ここを訪れた理由も含まれていると感じ取れていたのだ。

 

 

 彼女たちは向かい合わせる形で、椅子に腰を掛ける。

 その眼光は真っ直ぐにしたまま、衛宮切嗣は口を開くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




オリジナルキャラ、ベルが登場。彼はこの先にも出てきます。まぁ、当分はないかな……。

プレシア、アリシアについては、漫画版のリリカルなのはThe 1st、及び小説からの情報で書きました。
プレシアが離婚したのがアリシア2歳だったらしいので去年って形をとりました。
リニスは恐らく、アリシアが4歳~5歳で拾ったんじゃないかなと思ったのでまだ居ません。もちろん、登場します。

士郎と切嗣の名前呼びは、地球とあまり関わりがない人からはカタカナで統一と考えています。

お読みになって下さった皆様、ありがとうございますm(_ _)m


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2話 交わる運命

UA1100越え、お気に入り登録者が23名様に驚いています。
お読みになられたまた、お気に入りに入れてくださった皆様、ありがとうございますm(_ _)m

未だに前章ではありますが、お読み頂ければと思います。
では、どうぞ!


 プレシアが使用している一室の空気は引き締まっていた。彼女は職業柄、研究伴うので緊張感にはそれなりの耐性があるが、この空気はそれとは違った。

 その理由はプレシアと向かい側に居る衛宮切嗣。彼女が知る誰よりも優しい青年だ。

 彼の“師”であるナタリア・カミンスキーがその後ろに立っている。が、彼女の雰囲気はさっきから変わっていない。それは、今日の話は切嗣が主体であることを意味していた。

 

 

 切嗣が話に入る前に、ナタリアが先に口を開いた。

 

「じゃ、私はここまでだ。

 切嗣、後の説明は任せたよ。私は先に“仕事”へ戻る」

 

「ああ、ありがとう、ナタリア」

 

「プレシア、あまり無理をするなよ。もし倒れたりしたらアリシアが悲しむ」

 

「わかっているわよ。ナタリアも無理をしないでね」

 

 ナタリアはプレシアへ声を送ってから、部屋を後にして行った。

 これで、部屋に残っているのは椅子に座りながら、向かい合うプレシアと切嗣の二人だ。

 

「それじゃあ――――――」

 

 最初に切嗣は士郎について語り始めた。

 士郎の出身地が切嗣と同じ『第97管理外世界(地球)』であること。

 士郎の生まれ育った町が【魔導師】の賊によって焼け野原にされたこと。

 そんな中で自分が士郎を助けて、養子として引き取ったこと。

 

 

 それらを聞いたプレシアは思わず悲鳴を上げるところだった。

 まだ五歳の子供が想像を絶する過酷なことに見舞われていたとは思いもしていなかった。

 

 

 同時に“何故”とも疑問に思った。『第97管理外世界(地球)』となれば、理由もなく【魔導師】が訪れる世界ではないからだ。あそこは『ミッドチルダ(ここ)』からも遠い。『管理局』でさえ、基本的に不干渉な世界だ。

 プレシアが不自然に感じたことを切嗣に言うと、表情を曇らせた。

 

「……宝を探していたらしいんだ」

 

「宝?」

 

「ああ……リーダー格の男が言っていたから間違いないだろう。ただ、何の宝かまでは聞き出せなかった。聞く前に、始末してしまったからね」

 

「僕もまだまだ未熟だな」と、言葉を漏らしながら額に手を添える。

 

 宝――――その単語がプレシアの中で引っ掛かる。

『管理外世界』に【魔導師】が求める宝なんて、そうそうに在る筈がない。

 何故ならば、そう呼称される世界では基本的に魔法技術が発達していない。つまり、【魔導師】が求める物は存在する訳がない。

 あるとすれば、発達していた世界から住民が(・・・・・・・・・・・・・)移住した(・・・・)ことぐらいしか――――――

 

 

 プレシアの脳裏にある“コト”が浮かび上がる。

 衛宮切嗣が【何の技術】の使い手であり……本来、【何と呼ばれる者】なのか。

 

「キリツグ、貴方は【魔術師】なのよね?」

 

「……!?」

 

 切嗣は顔を強張らせて椅子から立ち上がる。

 直後、静かに怒るような声でプレシアを問い質す。

 

「何故、ここでそんな話をするんだ。誰が聞いているか判らない所では言い出さない約束だろう?」

 

「大丈夫よ、録音もカメラも回っていないわ。

 ここは私の部屋。外部からの干渉は心配しないで、平気よ」

 

 プレシアは自分の迂闊さ感じながらも、強張った切嗣を落ち着かせるように説明をする。

 切嗣は緊張の糸を弛めることはなかったが、プレシアの説明を聞いて再び椅子に座る。

 

「すまない……」

 

「いえ、私が悪かったわ。ごめんなさい。

 話を戻すけれど、キリツグ……貴方は【魔術師】なのよね?」

 

「ああ、そうだよ」

 

 プレシアの確認に切嗣は肯定する。

 そう……彼はプレシアたちとは“異なる者”である。

 

 

 『ミッドチルダ』などの『管理内世界』には“魔法”を扱う【魔導師】が存在する。プレシアもその一人だ。

 “魔法”と呼称されているが、その実態は自然摂理や物理法則をプログラム化し、それを“編集”して事象を引き起こす技法である。“攻撃魔法”には非殺傷性が含まれており、純粋な魔力ダメージで敵の魔力を削り、戦闘力を奪うことも出来る。物理ダメージに切り替えることもでき、殺傷・破壊を行うことも可能。しかし、【魔導師】は基本、非殺傷設定を施している。

 

 

 “魔法”の運用には“魔力”を用いる。“世界”によって名称は異なるが、ここでは【リンカーコア】と名付けられている器官が空中を漂う魔力素から“魔力”を生成し、貯蔵している。【魔導師】の全員はそれを持っている。

 その素養は先天的に有していることが多い。両親や先祖が偉大な【魔導師】であれば、子孫はそれを受け継いでいく。無論、例外はある。稀にだが、親が優れた【魔導師】であっても、子に受け継がれないことがある。

 プレシアの娘であるアリシアがその例だった。プレシアは【大魔導師】と名を馳せる程の人物だが、アリシアには【魔導師】の素養があまり強くなかった。

 また、血統に【魔導師】が居なくとも、突然変異や後天的に【リンカーコア】を持つようになる者も居る。

 

 

 

 これが“認知されている者たち”が扱う技術。

 だが、“世界”にはそれとは異なる技術を担う者たちもいる。――――それが【魔術師】

 

 

【魔術師】とは【魔術】を扱う人たちであり、“かつて存在した技術”を目指す者たちの総称。【魔術】の運用にも“魔力”が必要不可欠だ。【魔術師】は【魔術回路】と言う疑似神経を用いて、外界の生命力(マナ)から生成している。

【魔術回路】は【リンカーコア】とは違い、後天的に生じることは無い。同じく“魔力”を生成する器官であっても、その過程は別物なのだ。

【魔術】には非殺傷性などと言う要素は無く、人へ向ければ簡単に相手の命を消すことが出来る。が、【魔術師】は余程のことが無い限り、そんな愚行(・・)はしない。何故なら、【魔術師】にとって【魔術】とはあくまでも探求する物。“かつての存在した技術”へ到達するための手段に過ぎないからである。

 

 

 そして、【魔術】は秘匿されるべきモノでもある。一般人に知られても混乱を招く火種に成りかねないし、自分たちの手の内を曝すことに繋がるからである。故に人前で使用することは厳禁。仮に使用するとしても、【魔術】の存在を悟られてはならない。

 

 

 プレシアが知っている【魔術師】は切嗣とナタリアの二人だけ。そもそも、【魔術師】の存在自体を認識している人など極めて稀だ。あの『管理局』ですら、知ってはいないだろう。『無限書庫』になら手掛かりは有るかもしれないが、直接的には指し示す文献も無い筈だ。

 もし、【魔術師の家系】でない者がその事を知るならば、【魔術師本人】から聞くしかない。

 プレシアは以前、ある出来事の際に切嗣から【魔術】について教えてもらっていた。

 

 

 古代ベルカで、【聖剣】が治めていた国には独自の技術が存在していたと言う。それは国の発展にだけではなく、戦場においても、重宝されていたこと。

 理由は隠密性の高さとその規模だ。大戦に投入された技術の正体は敵国の誰一人として解らなかったみたいだ。

 

 

 突然に発生する強風、雷、氷結などの【魔法】以上に強力で不可思議な現象に当時の兵士がどれだけ苦戦したのかは容易に想像が付く。

 だか、扱うのは所詮人だ。血を流せば死ぬし、何より戦いが長引けば、それだけ疲労は溜まっていく。それに、使い手自体があまり多く居なかったらしい。

 

 

 結果、大戦末期にはその技術を扱う者たちの多くが戦死し、それに関する知識の大半が失われた。

 故に、『かつて存在した技術』は歴史に遺すことなく消えていった。

 しかし、国から逃げ延びた人々の中には技術を伝える者がいた。そして、移住したその先で生き残りたちが再び作り出したものが【魔術】である。

 

 

 彼らは失われた力の再現、取り戻すことを目指した。

 故に【魔術師】はかつて存在したものを取り戻すべく、力を注いでいった。だが、『失われた技術』を取り戻すこと一つの代では容易ではなかった。

 

 

 よって、【魔術師】は自らの“研究の結晶”を【魔術刻印】として刻み込み、ひっそりと次の世代……次の世代へと継承していった。それが代を重ねる毎に重みを増す刻印であることは、当然のことであった。

【魔術刻印】とは……その一族のいつの日か、自分たちの力を取り戻したいという“願いの結晶”でもあるのだから。

 

 

 それを継承者する一人が衛宮切嗣なのだ。

 つまり、【聖剣】の治めていた国の生き残りが辿り着いた場所は――――――

 

 

 

「おそらく……賊が探していた宝って、【聖剣】の聖遺物よ」

 

「なんだって?」

 

 自身の予想外のことを言われて、驚きを露にする切嗣。

 プレシアは彼の驚きで口を止めること無く、自分が思い至った仮説を唱え続ける。

 

「貴方が自分で言ったのよ。【魔術】は【聖剣】が治めていた国の技術が元だって。

 その通りなら、貴方が【魔術】を受け継いでいることから、生き残りが地球に流れ着いたことになるじゃない。

 それなら、“【聖剣】の聖遺物(たから)が在るかも”って話に繋がるでしょ?」

 

 プレシア・テスタロッサの仮説を聞き、思考を回し続ける【衛宮切嗣(魔術師)】。

 

「でも……そんなことは、父さんが遺した書物には書いていなかった」

 

「【魔術】を受け継いだのは”貴方の一族(エミヤ)”だけではないのでしょう?

 他の家に伝わっている可能性はあるんじゃないのかしら?」

 

「その可能性は確かに有り得る。……だけど、そうなると探しようがない」

 

 【魔術師】は余程のことが無い限り他の人々と関わることを避けていた為に、横での繋がりが無い。

 同じ【魔術師】だからといって、他の家系と手を取り合うことはなかった。“自分たちだけが取り戻せればいい”と、でも考えていたのだろう。

 だから、切嗣自身も他の一族については何も知らない。

 

「それにしても、すごい洞察力だね、プレシア。

 正直、驚いてばかりだったよ」

 

「そうかしら? 集められた情報から推測するのには十分だと思うけれど」

 

「いや、恐れ入った」と笑みを浮かべる。

 しかし、それはすぐに消えた。

 

「だとすると……この情報をあの賊に流したのは一体誰なんだ?」

 

 そう、ここで問題になってくるのは、情報を発生源だ。

 おそらく、【魔術】の存在は知らないだろう。

 彼らは宝探しと言っていた。それは、情報を流した何者かは、大戦を生き延びた人々が地球に流れ着いたことを知っていたということになる。

 もし、その何者かが【魔術】の存在に気付いたとしたら――――

 そう考えると、とても危険な人物になってくる。

 切嗣は楽観的に考えるのは危険だと思考を巡らす。

 

「また、何かやるのね?」

 

 切嗣の目付きの変化を目にしたプレシアは声を掛ける。彼女は【魔術師】では無いが、研究者をはじめとして養った観察力から、切嗣の考えていることが僅かながら予想できた。

 

「ああ、決まった」

 

「そう……でも貴方も無理をしないようにね。

 貴方に何かあれば、シロウが悲しむわよ」

 

「分かっているさ」

 

 そう言って椅子から立ち上がるが、

 

「あっ、忘れてた」

 

 立ち上がって早々に、とても大切なことを思い出したような声を漏らす。

 

「今度は何よ?」

 

「いや、こっちが本題なんだ。士郎を預かってもらえないかい?」

 

 突然の頼み事に今度はプレシアが驚く番だった。

 

「“預かって”って……私は仕事で忙しいのよ?」

 

「判ってる。でも、そうしたら、アリシアちゃんも一人にならなくて済むだろう? それに、暫くは僕も面倒を見るつもりだ。

 でも、こうなってしまった以上は……ずっと居られるとは限らない……」

 

 確かに切嗣の言うことは一理ある。

 プレシアは仕事で多忙だ。その為に幼いアリシアを一人にすることは多々ある。

 それならば、彼女の遊び相手も含めて士郎と一緒に居てもらった方が安心できる。

 

 

 加えて、アリシアと同様に士郎も一人にさせてしまうことになったら――――とそれは寂しいだろうとプレシアは考えた。

 だから、プレシアはその頼み事を受けた。

 こうして、テスタロッサ家に一人の少年が来ることになった。

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 

 俺が隣の部屋に入ると、一人の少女が遊んでいた。

 ツインテールにまとめられた長く豊かで輝く金色の髪に、赤い瞳を持った可愛らしい少女だった。

 少女は俺が部屋に入って来たことに気が付くと、こちらを向いて声を掛けてきた。

 

「あなたは、だぁれ?」

 

 当然の質問だった。

 見ず知らずの人間が母親の研究室を通り、入って来たのだから疑問に思うだろう。

 

「俺は、衛宮士郎。

 俺の親父が君のお母さん――――プレシアさんの友達みたいでさ。今日は挨拶に来たんだ」

 

「そうなんだ」

 

 名前を告げ、ここに来た理由を言う。

 それを聞いた少女と言って納得してくれたみたいだ。

 

「私は、アリシア・テスタロッサだよ。

 ねぇ、シロウ? 遊ぼ?」

 

「いいよ。何して遊ぶ?」

 

 俺に歩み寄って来て、遊ぼっと誘ってくるアリシア。

 返事を聞くと嬉しそうに笑って、俺の袖を引っ張りって部屋の奥の方へと連れ込んでいく。初対面なのに物怖じする感じが無かった。アリシアは子供らしい子供だった。

 

 

 そこで、俺はアリシアと遊んだ。

 部屋の隅に置かれていた玩具箱から人形を取り出して、小さな劇をした。おままごともした。遊び相手が増えて嬉しかったのだろう。ずっと彼女は盛り上がっていた。一人で遊ぶには限界があるし、常に寂しさがアリシアの心にちらついていた筈だ。

 俺と遊ぶのに心踊っていたアリシアだけど、彼女が一番好きだったのはお絵かきだったと思う。俺が来たときも、床には描きかけの画用紙が在った。描かれていたおそらくプレシアさん。女性の姿が画用紙の中心に居た。それは、幼いながらのつたない絵だったけど、頑張って描いたのがよく分かる出来だった。

 

 

 

 どれくらい遊んでいたのだろう? あそびに夢中になるあまり、全然気にしていなかった。切嗣がまだ現れないことを考えるに、時間の心配は不要か。

 

「士郎」

 

 ドアが開く音に続けて、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

 俺とアリシアは不意に響いた声の方へ視線を向ける。

 

 

 そこには切嗣が立っていた。プレシアさんとの話が終わったようだ。

 切嗣がこちらに近付いて来て、アリシアに話し掛ける。

 

「こんばんは、アリシアちゃん。僕のことは、覚えてるかな?」

 

「うん、覚えてる! キリツグだ!」

 

 そう言って切嗣の脚にしがみ付くアリシア。

 切嗣は笑顔を浮かべ、アリシアの頭を撫でながら、

 

「元気そうだね、アリシア。士郎とは仲良く遊べたかい?」

 

「うん! いっぱい遊んでくれたよ。キリツグの子供なんでしょ?」

 

「そうだよ。これからも仲良くしてくれると、僕も嬉しいな」

 

 切嗣は久々の再開に喜んでいるアリシアの相手をして、俺へ手招きをした。

 やっぱり、そろそろ帰る時間だよな、と考えながら俺は切嗣たちの所へ足を進めた。

 

「士郎、今日から君はね、プレシアたちの家で暮らすんだ。だから、アリシアちゃんと仲良くするんだよ?」

 

 そう言われて、俺は一瞬だけど戸惑った。

 もしかして、今ここを訪れた話の内容って俺の住まいのことだったのか?

 

「切嗣も来るんだよな?」

 

「ああ、一、二週間は居られると思う。

 でも、その先は判らない。“仕事”が入るかもしれないからね」

 

 切嗣は申し訳なさそうな表情で言ってきた。

 ベルといい、切嗣といい、こう言う所は似ているな。

 

「分かったよ、切嗣。

 じゃあ、これからもよろしく、アリシア」

 

「うん、よろしくね! シロウ!」

 




Fateでは【魔術師】は【根源】を目指して【魔術】を研究していきますが、
この作品ではかつて存在した技術の再現、取り戻すのが目的になっています。
また、切嗣はプレシアに【魔術師】と言いましたがそれは余計な混乱を防ぐためです。切嗣自身は研究ではなく、使うことを目的にしています。そこはFateと同じく【魔術使い】ですね

次は、テスタロッサ家のピクニック回かな。多分、前章での最後の日常だと思います。あとは無印に入ってからになるかと……
無印以降は戦闘シーンが出てくるので大変だなと感じています。イメージをどう文で表すか……

お読みに頂きありがとうございましたm(_ _)m


―追記―
6/26、魔法と魔術についての説明を詳しくしました。


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3話 新しい家

投稿開始からまだ1週間も経っていないのに、UA2000越え、お気に入り登録者42名様と驚いています。
引き続き当作品をお読み頂ければ嬉しい限りです。


今回は予告通りピクニック回です。TV版、漫画版The 1stで画かれていたのをベースにしています。
では、どうぞ!


 外はすっかり暗くなっていた。道路沿いに建ち並んでいる街灯が家へ帰っていく人々の道を照らしている。プレシアも仕事を終えて、その道を歩く一人であった。

 子供たちが待っている自宅へ足を進めている彼女の視界に、帰路の途中に在る洋菓子店が映る。

 

(今日も遅くなってしまったわ……お土産にクッキーでも買って帰ったら許してもらえるかしら?)

 

 遅くなってしまったお詫びに買って帰ろうと思ったプレシアは入店した。プレシアは早々にクッキーが並べられている商品棚へ向かい、クッキーが入っている二袋を自宅の帰りを待っている子供たちを思い浮かべながら、手に取る。

 士郎は帰りが遅くても不機嫌にならないが、アリシアは「むぅ~」っと不満を露にする。

 二人ともプレシアが仕事で忙しいことは認識している。それでも、アリシアはプレシアと一緒に賑やかな日々を過ごしたいのだ。彼女の不満は母親を想う心の表れであった。

 

(シロウが居るから危険の心配はしなくても大丈夫なんだけどね)

 

 士郎がテスタロッサ家に来てからは、彼が料理をはじめとした家事を受け持ちつつ、アリシアの面倒を見てくれている。新しい生活を過ごす家で「何もしないのは悪いから」と、引き受けてくれていたのだ。

 しかし、それ以外の要因も士郎を家事へと駆り立てていた。彼はプレシアが仕事で多忙なことを前から知っていたので、身近なことはやろうと考えてはいた。

 一番の要因となったのは“引っ越しした”頃、プレシアの留守中に士郎とアリシアの世話をしてくれていた衛宮切嗣であった。彼は致命的に家事が出来なかったのである。食事に関しては、切嗣自身は外でジャンクフードを頬張っていたし、二人にはコンビニで購入した弁当類が――――

 

 

 士郎の目の前に広がる事態は、明らかに“ダメ”の範疇だった。それを打開するべく、彼は料理をはじめとした家事を受け持とうと決めたのである。

 行動は早かった。調理器具は子供用の買い揃えてもらい、簡単な料理から作るようにして腕を磨いていった。

 材料の買い出しは主に切嗣と仕事帰りのプレシアが担当した。子供の体力と力を考慮しても、その判断は正しいことだっただろう。

 その結果はまずまず。手頃な料理なら上手く作れる。

 

 

 プレシアの視点から見ても、士郎が作る料理は色鮮やかなで、栄養バランスが取れていた。実際に、彼の料理をアリシアは喜んで食べていたし、プレシア自信も美味しいと実感していた。

 

 

 掃除と洗濯の方は士郎一人ではなく、アリシアも協力していた。家事をこなして居る彼の姿に影響されたのだろう。同じ家に住み、遊んでくれる士郎と同じ事をしてみたいという好奇心があったかもしれない。

 

 

 また、士郎は家事の他にもやるべきことがあった。それは切嗣から与えられた課題である。内容はミッドチルダにおける文字と地球の勉学。生活していく上でも必須の知識だ。

 リビングのテーブルに教材を広げてペンを握る士郎の姿を、アリシアは不思議な物を見る目で見ていた。“他の世界の文字”で書かれている教材は『ミッドチルダ』で生まれ育っている彼女の興味を引くには十分なモノであった。

 そのアリシアの様子を見た士郎が「アリシアもやるか?」と誘ってみたところ、彼女は教材を手に取った。が、にらめっこした末に、うなりながら「解らない……」と教材を士郎へ返した。

 今でもあの時の光景を思い出すと、プレシアの表情は綻ぶ。

 

 

 士郎は家事、勉学共に頑張っている立派な子供であった。性格も優しく、真面目で、プレシアが安心するのにあまり時間は掛からなかった。

 それに、誰かが困っていたら、自分に出来ることは“何か”を一生懸命に考えて、助けの手を出す姿も印象に残っていた。それはプレシアの知り合いであり、彼の養父である切嗣に似ていた。

 

(血が繋がっていなくても、“親子”なのよね……)

 

 

 プレシアの頭の中を切嗣の顔が過り、士郎が『ミッドチルダ』に来た経緯を思い出すと、彼女は胸を痛める。

 士郎は“かつてのこと”を口しないが、心の何処かでは思い続けているのではないかと時折、プレシアは哀愁を誘われる。

 しかし同時にこうも思う。それだけの酷い目にあったのなら、この先は楽しく過ごしていけばいいと。

 

(アリシアもシロウに懐いているから、大丈夫よね)

 

 士郎が家事や勉強で手を離せない時以外では、アリシアが一人で遊ぶことは無くなった。一日の多くを彼女は士郎と過ごしている。

 そんな日々を過ごしていく内に、アリシアは段々と士郎に懐いていった。今ではまるで兄妹(きょうだい)のように仲が良い。そのことはプレシアにも嬉しいことであった。

 最近では、アリシアがプレシアの勤める研究所付近で拾った山猫――――リニスが居るのでより賑やかな日々が彼女たちの間で流れていた。山猫は本来、人にはあまり懐かないが、テスタロッサ家に居る三人には懐いた。

 そして、仕事が休みの日は子供たちと愛猫を連れて山へピクニックに出掛けることが、プレシアにとって至福の時であった。

 

(次の休日は、久しぶりにピクニックに出掛けられるって伝えないとね)

 

 クッキーの代金を支払い、プレシアは店を後にした。

 再び帰路に着いた彼女の足は、少し速度を上げていた。

 

 

 

 洋菓子店を出てから数十分。プレシアは家に到着した。

 玄関ドアを開き、

 

「ただいま~!」

 

 と帰って来たことを伝えるが……返事が無い。

 

(……あれ?)

 

 いつもなら元気な声と鳴き声が返ってくるのだが、今日はそれが無かった。

 しかし、家の明かりは点いているので、子供たちはプレシアの帰りを待っている筈である。

 

「アリシア? シロウ?」

 

 今度は二人の名前を呼びながら、プレシアは通路を通ってリビングへ向かう。辿り着いてリビングを見回すと、相変わらずの子供たちの姿は在った。返事が無かったのは、ソファーの上で寝ていたからだった。

 士郎の膝の上でリニスが丸くなって眠っていて、アリシアは士郎の右肩に頭を預け、心地よさそうに眠っていた。

 そんな光景を見たプレシアに自然と笑みがこぼれた。

 

(いつもありがとうね、シロウ)

 

 プレシアは感謝しながら穏やかに眠っている子たちに毛布を掛ける。その後、彼女の視線がふとテーブルに止まる。そこにはラップに包まれたオムライスが置かれていて、側にメモが在った。

 

『ママ、いつもお仕事お疲れさま。いっぱい食べてお仕事、頑張ってね!

 でも、たまには早く帰って来て欲しいな』と、書かれていた。

 

 

「えぇ……アリシア。ママ、頑張るわ。早く家族で過ごせるように」

 

 娘の想いが母親の胸に響いた。母娘は常に互いを想いながら日々を送っている。それは紛れもない愛情の証であった。

 

 

 

**********************

 

 

 

 休日が訪れた。予定通り、プレシアは子供たちと愛猫を連れて山へピクニックに出掛けていた。

 天気は晴れ。いくつかの雲が青い空を流れ、日差しは暖かく、辺りの動物たちは日向ぼっこをして気持ち良さそうにしている。誰もが想像する絶好のピクニック日和だろう。

 

 

「次の休日は山へピクニックに出掛けましょう」

 

 プレシアがそう言うと、アリシアはとても喜んだ。

 ここ暫くピクニックに出掛けられないことを残念がっていた分、大いにはしゃいでいた。

 

 そうして今、三人と一匹は昼食をとる緑豊かな丘へ向かっていた。

 意気揚々なアリシアはリニスと一緒に、プレシアと士郎より先を走って、奥へ進んでいく。

 小さな体なのに、その一歩一歩は力強く、どれだけ待ち遠しい日であったのか語っていた。

 

 

「シロウー、ママー。早くー早くー」

 

 少しずつ距離が開いていっているにも関わらず、アリシアの声はしっかりとプレシアたちの所まで届いていた。

 士郎も負けじと声を返す。

 

「アリシアー、走ると危ないぞー」

 

「平気ー、平気ー」

 

 士郎は注意を促すが、アリシアは得意気に進んで行く。家に居ることが多く、外で遊ぶことが少ない分、広い場所を走り回りたい気持ちはよく分かる。

 元気溢れる娘の姿を見たプレシアは“来てよかった”と改めて思った。

 

「シロウも行ってきていいのよ?」

 

「いや、プレシアを一人にして行くのは――――」

 

「私のことは気にしなくて大丈夫。 折角来たんだから、走ってきたら?」

 

「……うん。じゃあ、行ってくる」

 

 プレシアから勧められた士郎はアリシアを追い掛けて、走って行った。

 

 

「プレシア……ね……」

 

 たまに我がを言ってプレシアを困らせることがあるアリシアに対して、士郎は遠慮しがちであった。こうして考えてみると、二人は似ていないのかもしれない。

 それでも、心優しい子供であることは二人とも同じであった。だからこそ、二人は兄妹みたいに親しくなったのだろう。

 そのこともあってか、プレシアは士郎のことを義息子(むすこ)に等しいぐらい大切に思っていた。

 

(ママ、あるいは義母(かあ)さんと呼んで欲しいのよね……)

 

 それが叶わないかもしれないことは彼女は解っている。士郎はあくまでも切嗣から預かっている子供だ。

 その現実を感じなから、プレシアは彼らが走って行った道を進んで行った。

 

 

 目的地の丘には既にアリシアたちは待っていた。

 プレシアが到着したところで、全員揃って昼食の準備に取り掛かる。レジャーシートを敷き、ランチボックスを広げる。

 彼らの今日のお弁当はサンドウィッチ。プレシアと士郎が一緒に作った料理だ。キャベツ、ハム、トマトなど色とりどりな具材を挟んだパンがランチボックスの中に並んでいた。

 

「「「いただきます!」」」

 

 澄んだ青空と空気の下、三人揃って合掌をしてから食べ始める。

 ここまで来るのにお腹を空かせていたのか、アリシアの手の動きが早い。着々とサンドイッチを平らげていく。

 

「どう、美味しい?」

 

「ん~、おいしい♪」

 

 美味しいそうにサンドイッチを食べ、頬を緩ませているアリシアを眺めていたプレシアが感想を訊くと、彼女は弾んだ声が聞こえてくる。

 士郎の方はというと――――手にしたサンドウィッチを食べ終えて、リニスと遊んでいた。

 

 

「にゃ~ん♪」

 

 嬉しそうな鳴き声を出すリニス。

 そんなリニスの相手をしている士郎にプレシアが声を掛ける。

 

「シロウもどうだったかしら? 美味しいかった?」

 

「うん、美味しいかったよ。やっぱり、プレシアの作った方が美味しいかった」

 

「そう? シロウの方も美味しかったわよ。本当に料理が上手になったわね」

 

「そう、かな?」

 

 嬉しいのか士郎は少し頬を赤くし、人差し指で頬を掻く。

 プレシアに続けて、アリシアも自分の感想を伝える。

 

「シロウのも美味しいかったよ。ね~、リニス?」

 

「にゃ~♪」

 

 相槌を打つかのようにリニスが鳴く。

 母娘と愛猫から称賛された士郎は、

 

「そっか。なら、よかった」

 

 みんなが喜んでくれたことを嬉しく思っていた。

 

 

 プレシアは相変わらずの家族を目に納める。アリシアは暖かい笑顔をしているし、シロウもリニスも嬉しそうでいた。その光景を彼女は想い出に刻み込む。

 彼らは残り僅かになった昼食に手を伸ばして、昼の団欒を過ごしていった。

 

 

 

 

 昼食を終え、プレシアたちとは草原に移動していた。

辺りは木々が緑の葉を身に付け、若草色の絨毯のような芝が辺り一面に広がっている。

 風が吹く度に草木が揺れる。その度に安らかな音が生まれて、ここに居る全ての心を落ち着かせてくれる。

 

 

 自然の音響に耳を澄ませながら、プレシアは近くに生えていた白い花を摘んでいく。必要な数が揃うと茎同士で編み始めて、完全した花の冠をアリシアの頭の上に乗せる。

 

「ふふ、似合ってるわよ、アリシア」

 

「ありがとう! ママ!」

 

 娘の可愛らしい声にプレシアは満足げに微笑んでいた。

 続けてもう一人にも花の冠を作ろうとする。

 

「シロウにも作ってあげるわよ。こっちにいらっしゃい」

 

「いや、俺は――――」

 

 プレシアの招きに士郎は遠慮しようとしたが――――

 

「今度はわたしがシロウに作る!」

 

 それより先に、アリシアは花を持って士郎の側にまで向かって行った。彼女は隣に座って間も無く、花の冠を作り始める。

 プレシアがやったように茎同士を編んでいく。器用に指を動かしていく様は小さな職人であった。

 

「出来た!」

 

 少し時間が過ぎるとアリシアの手には花の冠が握られていた。彼女は完成したばかりの花の冠を士郎の頭へと被せる。

 

「ありがとう、アリシア」

 

 士郎は恥ずかしそうにしていたが、アリシアの顔を見て、お礼を言う。

 それを聞いたアリシアは一層笑顔になり、士郎の胸に飛び込む。そのまま抱きついて、嬉しそうな声を漏らす。

 いきなりのことに士郎は驚いていた。でも、自分に抱きつくアリシア姿を見て、背中をトントンと叩く。

 すると、アリシアは顔をよりシロウの胸に押し付ける。

 

「――――お兄ちゃん」

 

 その光景を見ていたプレシアは、この先もずっと子供たちの側で見守っていきたいと願った。

 互いに慕い合う二人――――そんな二人に寄り添うリニス。

 彼女の望んでいる“幸せ”が確かにそこにあった。

 




次回は彼が登場し、士郎が【力】を手に入れます。
また、時期は『ヒュドラ』の一件にまで飛びます。
『ヒュドラ』の一件の際にはアリシア5歳過ぎ、士郎7歳過ぎになっています。

お読み頂きありがとうごさいましたm(_ _)m


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4話 崩れ去る日常

前回の後書きで"彼に会い、士郎は【力】を手に入れる"と言いました。すみません、次回に持ち越しです…
理由は、今回の話と一つとして投稿する予定だったのですが、場面切り替えがあれなので、分けることにしました。
今日の午後10時頃には投稿するのでお待ち頂ければと思います。

話は変わりますが、評価バーが黄色になったり、お気に入り登録者様がさらに増えたりと、驚きつつも感謝しています。
皆様ありがとうございますm(_ _)m

では、どうぞ!



「じゃあ、行ってきます」

 

 俺は玄関で靴を履き、バックを背負ってから母娘と飼い猫に出掛けることを告げる。

 三日ほど前に一年以上も連絡の一本も寄越さなかった切嗣から、連絡が届いた。

 

『今から地図を送るから、その場所に来て欲しい』と…………。

 流石に俺もプレシアも驚いた。

 そりゃ、今まで連絡が無かったのに“いきなり来てくれ”って言われたら誰でも驚くだろう。

 

 

 それに加えて、心配事があった。

 俺は日々仕事で忙しいプレシアに代わって、アリシアとリニスの相手をしている。俺が出掛けるということは、彼女たちを家に残して行くことになるからだ。

 その俺の懸念はプレシアが解決してくれた。

 

『心配しなくていいわよ。開発室の一室を借りて、そこにアリシアたちを留守番させるわ。

 それに、そろそろ仕事も一段落するから大丈夫よ』

 

 その言葉に俺は甘えることにした。

 向こうには切嗣の他にもナタリアとベルも待っているみたいで、久しぶりの再会が俺は待ち遠しかった。

 

 

 ただ、一人だけプク~と、頬を膨らませる少女が――――そう、アリシアだ。

 彼女は俺が出掛けて家を留守にすることを聞いてから、ご機嫌が斜めなのだ。

 

「シロウ、行っちゃうの?」

 

 涙腺を操作して、潤ませた瞳で俺を見つめてくるアリシア。

 そのテクニックはどこで覚えたのか?

 ドキッとしながらそんなことが頭の中を駆け巡るが、なんとか追い出す。

 

「ああ、ちょっと切嗣たちに会いに行ってくる。

 そんな顔をするな、ほんの数日だけだ」

 

 そう言っても、未だにむくれ続けているアリシア。

 

(仕方ないか……こうなったら)

 

「分かった……帰って来た次の日は、アリシアとリニスの遊びに付き合うからさ。それでいいかな?」

 

 その言葉を耳にした瞬間、ぱぁっと表情が明るくなるアリシア。

 

(しまった……作戦に乗せられたか)

 

『時すでに遅し』とは、まさにこのことか。

 

「ねぇ、聞いたリニス? 帰って来たらシロウが遊んでくれるって言ったよね?」

 

「にゃ~♪」

 

 すっかり満面の笑みを浮かべるアリシアと嬉しさいっぱいに満ちた鳴き声を出すリニス。

 プレシアもそんな光景を見て、頬に手を添えて優しい微笑んでいる。

 こうなってしまったら後には引けないな、と自分に言い聞かせる。

 

「じゃ、そういうことで頼むな」

 

 そう言って玄関のドアを開ける俺。

 

「行ってらっしゃいー♪」

 

「気を付けるのよ、シロウ」

 

「にゃ~」

 

 母娘と愛猫に身を送られながら、俺は出発した。

 

 

 

 

 ――――――これが、ここでの最後の日常になるとは知らずに…………。

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 

 ━━━━とある廃工場地下━━━━

 

 

 

 

 

「首尾はどうだ?」

 

 ここを統治している研究者が手下たちに問い掛けていく。彼らは今、ある実験の準備を進めていた。それは、人の領域を超えた力を手に入れようとする一線を超える行い。人ならば、一度は考えてみることかもしれない。

 だが、実行するとなれば、その人物は道徳や倫理を意に介さないマッドサイエンティスト。或いは“人の先”を知る者ぐらいであろう。ここに居る彼は前者であった。

 

「ハッ、間もなく最初の被験者の準備が完了します」

 

 それを聞き、「よろしい」と言いながら顎を引く。

 続いて、警備を担当している者からの報告が届く。

 

「追跡の方もまだ大丈夫です。民間バスに偽装した物を使用しましたし、ここがバレるような目撃情報は出ないように隠蔽工作も滞りなく。

『管理局』がここに辿り着くにはまだまだ時間が掛かるでしょうし、心配する必要は無いと思われます」

 

「うむ」と、再び顎を引く研究者。

 人知れず静かにだが……刻一刻と惨劇の影は迫って来ていた。その礎となる“素材”もこちらへ向かっている。“素材”たちはその事を知る由ない。それらは、今日も平穏に過ごせると信じて疑わない人々なのだから。

 

 

 この実験が始まったのは今回からではない。既に幾度か繰り返されている。しかしながら、その結果は芳しくなかった。出来上がるのはあらゆる“機能”を失った人形。

 だからだろうか。求道に執心する彼らの中から、難色気味の声が漏れる。

 

「本当に可能なのか? 人で【英霊】様の力を再現するなんて。今日までの実験は失敗続きだし……何よりこのプロジェクトを考案したあの『変態医師』もどっかに行ったし」

 

 

 このプロジェクトを考えたのはここに居る彼らではなかった。

 事の始まりは『ジェイル・スカリエッティ』。違法研究者でいなければ間違いなく歴史にその名を遺すとまで言われている"天才"である。本人は主に――生命操作、生命改造に通じている科学者だ。

 だが今回は、“人を超えた存在の力を既存する人の身で再現出来ないか”という、興味本位で始めたことが発端であった。

 

 

 計画当初は彼自身も参加していた。しかし、過ぎて行く日々の中で彼は

 

「やはり、既存する人間に他の力を降ろすより、一から生命を造り出す方が私には合っているな」

 

 と、言って早々に出て行ってしまった。

 未だにこのプロジェクトが続いているのは、今になっても諦めがつかない者たちの野心による物の他ならない。

 

 

 そして今日も、そんなことを知らずに偽装バスに乗り合わせてしまった乗客を実験体にしようと画策しているのだ。

 

「奴が今どこで、何をしていようが関係ない。もうこのプロジェクトは我らの物だ」

 

 そう言って、天を仰ぎながら高らかに宣言する。

 

「では始めよう。人を超えた新たな兵士の創造を!」

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 

 ━━━━実験開始の数時間前━━━━

 

 

 士郎に向かっていた場所――――街外れに在る古びた屋敷に男女のペアが居た。切嗣とナタリアである。

 ここは彼らの『職場』であった。客をもてなすような物はなく、簡素なところだ。

 

 

「遅いな。切嗣、坊やはまだ来ないのか?」

 

 壁に設置されている時計を見ながら、心配そうな声でナタリアは切嗣に訊く。

 切嗣も時計に目をやり、現在時刻を確認する。

 

「確かに遅いかな。バスに乗って降りた先からは徒歩だが、こんなに時間が掛かるとは思わないんだけど……」

 

 不安の含まれた声で答える切嗣。

 時刻はすでに昼を回っている。しっかり者の士郎なら道に迷うことは考えにくく、既に到着していてもいい頃だ。

 二人揃って唸り始めそうなタイミングに、もう一人の待ち人――――ベルが慌ただしく部屋に入って来た。彼の顔には焦りが滲み出ていた。それは“日常”の外での出来事に対して露にするモノであった。

 

「キリツグ、姐さん。シロウが面倒なことに巻き込まれたっぽい!」

 

 ベルは入ってくるなり張った声で、士郎のことを口にした。彼は面を食らっていても、切嗣たちへ歩き寄り、正確にその内容を伝えた。

 

 

 切嗣に呼ばれた士郎は時刻通りに来たバスに乗り込んでここに向かっていた。だが、それは偽装されたバスであったことが“ベルの方”で判明した。

 そこから続けて浮かび上がったことは、それを企んだ連中は、何かの為に乗り合わせた乗客で実験を行おうとしていると。

 

「“俺の方の情報網”が言うには、『管理局』が追跡中らしい。

 ただ、隠蔽工作とかがされていて、追うのに苦戦しているようだが……」

 

「何処に行ったのかは、判っているのか?」

 

『仕事』に携わっている時に発する切嗣の声色。それは穏やかさを潜めた“狩人”としての声だった。

 

「いや、まだ調査中だ。少なくとも半日は掛かるだろうって」

 

 口惜しがるベルからの現状報告を聞いた切嗣は、部屋を出て行こうとする。

 しかし、ナタリアが彼の肩を掴み、引き留めた。

 

「待て切嗣、どうするつもりだい? 場所も判らないのに、動くつもりかい?」

 

「決まっているだろう。『管理局』が動いているなら尚更だ! あんなところに関わりを持っても碌なことがない! だから、奴等が辿り着く前に片付けるッ!」

 

 怒鳴り散らすような勢いで言い放つ切嗣。

 彼は『管理局』に対して良い印象を持っていない。だから、こうも荒れているのだろう。

 

「私も『管理局』が来る前に片を付ける点は賛成だよ。

 だが、今は動くべきじゃない。ベルの方で調べが付くまでの時間で私たちは準備をするべきだ。より確実性を上げるためにね。そんなことは、私に言われるまでもなく、解っているだろう?」

 

「…………」

 

「姐さんの言う通りだろ、キリツグ?

 それに今、二人のデバイスをこっちに届けるように頼んである。少なくともそれまでは待て。下手に突っ込んで“痕跡”を残した方が面倒だろう?」

 

 ナタリアは切嗣を説き伏せる。彼女にも動く理由はある。ただ“場所”が悪い。ここは『管理内世界』であり、『時空管理局』の領分であるため、『管理局』のルールに反することは避けるべきことだ。地球のような『管理外世界』ならば、その必要はないが。

 その世界に居る時は、その規律に従う。それはナタリアが切嗣に教えた”信条“の一つである。

 ベルはナタリアの弟子と言う訳ではないが、彼女に同調した理由は同じであった。

 

「……あぁ、すまなかった二人とも。僕が冷静じゃなかった」

 

「無理もないさ。何しろ息子が拐われたんだ。

 俺がキリツグの立場なら、同じ事をしようとしたさ」

 

「それじゃ、準備を始めるよ。私と切嗣は武器、足の用意。ベルは引き続き場所の特定だ。

 それとベル、私と切嗣のデバイスの調整はどうなってる?」

 

「以前と大して変わりないですよ。二人の慣れている銃型ですし、ただ単に使い安くしただけです」

 

 切嗣が冷静さを取り戻すと、彼らは準備を進めていく。久々の安穏な親子の時間になる筈が、不穏な時間になってしまいそうだ。切嗣もナタリアもベルも――――それを防ぐために奔走していく。

 あまり時間に余裕は無い。『管理局』が介入してくるよりも前に事を済まさなければならないことを考慮しても、状況はいいとは言えないだろう。

 だがそれでも、彼らは戦いに赴いて行く。

 

 

 

 ━━━━━━数時間後

 

 日は沈み、辺りが闇夜に染まる中、彼らは廃工場近くに居た。

 ベルの情報網より、偽装バスの行き先を突き止め、今まさに突入しようとしていたのだ。

 

「確認だ。僕は突入後に士郎を捜索する。発見、保護した後、即座に脱出して"合流地点"に向かう。

 二人は首謀者の始末と士郎に関する情報の抹消を頼む。他の生存者が居たら、最低限の安全を確保してくれればいい。そっちの方は『管理局』がその内やって来て、どうにかしてくれるだろうからね」

 

「解ってるよ、首謀者と情報の方は任せろ。

 こっちは姐さんも居るし、他の生存者が居たら安全を確保するようにする。キリツグもそっちの方がいいだろうし」

 

「切嗣、解っていると思うが、ここはミッドチルダだ。“痕跡”が残らないように気を付けるんだよ」

 

 ミッドチルダでは質量兵器の使用は規制されている。主に銃が該当する恐れがある。

 つまり、地球で士郎を救った際に使っていたような"切嗣の本来の武器"を使用するのは出来るだけ避けたいことだ。『管理局』に知られれば、面倒事に成りかねない。

 

「そのためにデバイスを持っているんだからね。

 正直、こんなオモチャは使いたくないんだが……」

 

 【魔術師】であっても【リンカーコア】があれば【魔法】は使える。

 そもそも、【魔術師】の先祖は古代ベルガ時代の人々だ。【リンカーコア】があっても不思議はない。

 ただ、【魔術回路】で精製した魔力は【魔術】のみ。【リンカーコア】の魔力は【魔法】のみと限定される。同じく“魔力”と呼ばれているモノであっても、水と油みたいに交じり合わないモノと考えればいい。

 

「まあ、キリツグたちからして見ればそう感じるだろうさ。こっちから見れば、そっちの方が常識はずれなんだけどな」

 

「無駄話はそろそろ終わりにしな。切嗣、ベル……カウントするよ」

 

「「了解」」

 

 

 ――――――3

 

 ――――――2

 

 ――――――1

 

 彼らは戦いの場に足を入れた。

 

 

 

 二人と別行動になった切嗣は、地下へ繋がる階段を走り降りる。その先は通路だった。地上はただの廃工場だが、地下に広がっているのは古びた場所ではなかった。

 

(守りが手薄だな。まだここが特定されるとは微塵も考えていないのか?)

 

 ここまで駆け抜けていた切嗣は、未だに誰とも遭遇しないでいた。余計な戦闘をするよりはいいが、あっさりし過ぎるのも違和感を生む。

 いや、“狩人”である切嗣の勘は既に告げていた。この事件が、焼け焦げた空気や硝煙に満ち溢れた戦場とは違う“地獄”ではないのか……と。

 

 

 切嗣は引き続き足を止めずにいた。視界にドアが映ると、壁に身を隠しつつ、ドアを開いた。中を覗き見て誰も居ないことを確認してから、部屋に入る。

 部屋の正面はガラス張りで、下の様子を見下ろすことが出来る造りをしていた。

 

 

 部屋の奥まで進み、切嗣は下を見下ろした。視線の先は室内競技場を小さくしたような広場が在った。

 そこには無数の機材の設置されている他に、椅子に手首と足首を固定され、頭にコードが繋がったヘルメットを被らされている人が四、五人居た。

 四人は10代後半からと言った具合の人だった。だから尚更、切嗣には一人だけ七歳ぐらいの少年が姿が逸速く認知できた。

 

 

(士郎ッ!!)

 遅かったと、苦り切った感情が駆け巡る。

 既に士郎は実験体にされている。けれど、まだあそこで固定されて居るということは、まだ生きているということだ。

 即座に士郎の所に行こうと切嗣は身を翻す。彼が部屋を後にする時を見計らっていたかのように、ドアが開いた。

 

「まさか、こうも早く客人が来るとは。

 隠蔽工作の見直しを彼等に言わなければ……それにしても『管理局』でない者に嗅ぎ付けられたとはな」

 

 姿を現したのはデバイスを持つ警備員らしき二人を控えさせている研究者。

 “元凶”を捉えると、切嗣は吼える。

 

「お前たちか、こんなことを企んだのは!」

 

「そうとも、これ等は全て我々のプロジェクトだ。

 そして、今ここにそれは成就した! 【英霊】を人の身に降ろし、人を超えた兵士の創造がついに成ったのだ!!」

 

 あまりの興奮を抑えられないのか、研究者は体全身でその喜びを表していた。

 それは、普通の感性を持つ者ならば異常と言わざるを得ない様子だった。

 

「……【英霊】だって? そんなものを人の身に降ろせるものか! そんな目にあった人間が無事でいられる訳がないだろう!!」

 

「だが、それは成った。今日この日まで誰一人として成功した者は居なかった。

 しかし、現れたのだ! 君もそこからなら見えるだろう? 七歳ぐらいの少年が」

 

 なに……七歳ぐらいの少年だと言ったのか? 今、装置に付けられている中でその条件に合うのは――――全身から嫌な汗が吹き出る。それを自分の口にしてしまうのがとてつもなく恐ろしかった。

 

「貴様……士郎が成功例だと言うのか!? まだ七歳の子供になんて事をしたんだ!!」

 

「シロウ? ああ、あの少年の名前か。そうとも、彼が成功例だ。今もなお、生きているのが何よりの証拠だ。他の被験者はもう使い物にならないよ」

 

 平然と語る目の前の男は

 

「さて……」

 

 と、言葉を続ける。

 

「私たちは早々に失礼するよ。この結果をまとめなければならないのでね。

 ああ、心配しないでくれ。あの少年は"大切に"させて頂くよ」

 

 研究は右手を上げ、後ろの二人に攻撃を指示する。

 切嗣も即座にデバイスを引き抜く。彼の技能をもってすれば、後手に回ろうと警備員ごときなど、早撃ちで排除が出来る。

 が、その光景は起こらなかった。切嗣の魔法が発動しようした前に、警備員二人の後頭部へデバイスが突き付けられたからである。

 

「早く武器を捨てるんだな。頭と体がお別れすることになるぜ?」

 

「ああ、一応言っておくが、これは“殺傷設定”だよ。命は助かると思っているなら、そうそうに捨てるんだね」

 

 デバイスを突き付けていたのはベルとナタリアだ。二人は首謀者を追って、切嗣と合流したのだ。

 挟み込まれた研究者たちは動きを止める。“殺傷設定”というナタリアの発言が虚偽でないことを殺気から感じ取っていた。

 

「キリツグ、こっちは任せろ。早くシロウを」

 

「すまない、ここは頼む!」

 

 ベルがここを受け持つことを口にすると、切嗣は通路へ飛び出して行った。

 今回は彼に“摘ませる”訳にはいかない。彼の手は、息子の手を握るべきだ。

 

「させ、データの方はこっちで回収させてもらった。

 あ、コンピューターの方は抹消したから、『管理局』に知られる心配はないさ。まぁ、アンタはここで終わりだから関係ないか」

 

 警備員二人を気絶させ、研究者に歩み寄る二人。

 

「俺は二人と違って強力な魔法が使えるからさ。跡形も残らないぞ」

 

 ベルの吐き捨てた言葉には感情は宿っていない。彼の目もまた、感情が宿っていなかった。心から切り離された指先が、デバイスのトリガーに触れると、速やかにそれを引き絞った。

 カチ――――とあまりにも軽い音が鳴る。切嗣の指から鳴る音とは比べもにならなかった。鈍く、重くもないにも関わらず、“銃口”を向けられていた男は焼け落ちて、炭化してしまった。

 

「相変わらずスゴいものだねぇ……。これなら誰だったか分析出来ないだろうさ」

 

「残したら後々面倒だと誰が一番に言ってましたっけ……。

 データの確保も証拠の抹消も終わりましたし、先に引き上げましょう。生存者の方は『管理局』が保護でもするでしょうし」

 

 事を終えたベルとナタリアは、何事も無かったのようにいつもの声音で会話が出来ていた。それもその筈だ。切嗣もだが、彼らも“狩人”に身を置く者なのだから。

 例え、担っている“技術”が違うモノだとしても、彼らのそれは同じである。

 

 

 そうして、隠滅を終えた二人も、この部屋を後にしたのだった。

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 走る。真っ直ぐな通路を切嗣はただ全力で走っている。既に目的地は判り切っていた。そこへ至る道筋も。

 彼は一気に“加速”して、駆け抜けることも頭の隅で検討した。だがそれは【魔術】を扱う思考が抑えた。行く手を阻む警備員は切嗣の“脅威”ではなかったのだ。

 

 

 衛宮切嗣が扱う【魔術】は父親であり、前代であった衛宮矩賢から継承した“時間操作”である。それは、外界の“時の流れ”から切り離した空間内部の“時の流れ”を操作すると言うモノ。これは“固有結界”の一種であり、大魔術に当たる。それでも、因果の逆転や過去・未来への干渉などと言った“時間の改竄”にまでは至らない。

 だが、衛宮家が目指していたのは“時を統べる技術”であった。

 

 

 衛宮矩賢までの代々は、ただただと探究に月日を費やしてきた。彼らは【魔術師】であったからだ。そういった意味では、切嗣の代が転機であった。

 切嗣は自身が受け継いだ【魔術刻印】を、戦闘方面にも活用する応用方法を編み出した。それが出来たのは先代までの衛宮家の祖先が探究し続けて、絶やすことがなかった刻印の賜物である。

 

 

 それが切嗣が戦いの場で愛用している【魔術】――――“固有時制御”だ。

 自身の体内を結界の範囲として、最小の規模の結界で時間を“調整”する。体内時間を速めれば、肉体の動作が高速化する。逆に遅めれば、減速すると言う代物。

 だがそれは、結界内外での時間の流れに差が発生することを意味する。結界が解ければ、その差を無くそうすると“自然の力”が働き、術者の肉体へ負担が掛かる。そのため、“固有時制御”の乱用は厳禁だ。積み重なっている“刻印”のお陰で、負担を多少の軽減は出来ているが、危険が伴う【魔術】に変わりない。

 

 

 そして、戦う為に【魔術】を扱っている切嗣を呼ぶのは探求者たる【魔術師】ではなく、使い手故に【魔術使い】の方が正確かもしれない。

 

 

 

 【魔術使い】としての“力”を使わずに、切嗣は自前の体術のみで走り続けていた。

 視界に敵が入れば即座に“銃口”を向けて、魔力弾を発砲する。それは的確に急所を貫通し、倒れ伏せさせる。

 向こう側からの攻撃を、切嗣は最小の回避行動で捌いていく。非殺傷設定が存在する“魔法”は切嗣にとって、甘えもいいところであるし、この程度の【魔導師】は敵ではない。

 

 

 障害を排除しつつ、切嗣は実験が行われていたホールに足を踏み入れた。拘束されている士郎に近寄って、拘束器具を取り外す。

 

「士郎!」

 

 呼び掛けるが返事がない。だが、呼吸をしているのは分かった。生きていることを確認し、ひとまず安堵を漏らす。

 

 

「よかった……生きていてくれて……」

 

 

 一滴の涙が流れるが、ここでじっとしている訳にはいかない。切嗣は士郎を抱き抱え、実験場を後にする。

 その際、彼が他の被験者を見て、顔を歪めた姿を見た者は居なかった。

 

 

 

 

 

 深夜、切嗣は合流地点に直行し、集まったナタリアたちと今回の件について互いに報告し合っていた。

 そして、明らかになったのは――――

 『ジェイル・スカリエッティ』が今回の実験の考案者であること。

 それは【英霊】の力を既存する人間に降ろし、再現出来ないかということ。

 士郎はその成功例になってしまったこと。

 大きく分けて、この三点であった。

 

 

「『ジェイル・スカリエッティ』か……こいつはまたやっかいな奴が出てきたねぇ……」

 

「……そうですね。彼自身はもうこのプロジェクトから離れているみたいですから、この件に関してはもう出てこないでしょうけど……」

 

「こうなってしまった以上は士郎の身の安全は保証出来ない、か……」

 

「少なくとも、ほとぼりが冷めるまでは出来ないだろうね」

 

「ようやくだって時に――――くっ……!」

 

 苛立った切嗣は右拳を肩の高さ位まで振り上げて、自身の大腿側面を叩く。

 それでも感情を収まらず、握られた彼の拳は震えている。

 

 

 その様子を見たナタリアは打つべき手を提示しようと口を開く。

 

「まぁ、坊やを確保できただけでもついていた。運び出されていたら、それこそ手詰まりになっていただろうね」

 

「それはそうですが……それで今後の問題が無くなる訳では……シロウを当面の間は日常(おもて)に出せませんし、研究潰しの必要が残ってます。『管理局』の方にデータが回らなくても、他の場所には回っているでしょう。仕入れたデータから見ても単独犯じゃないのは明確です」

 

「なんだい、判っているじゃないか」

 

「姐さん?」

 

 首を傾けるベルを一瞥してから、ナタリアは切嗣に声を飛ばす。

 

「支度しな、切嗣」

 

「ナタリア……」

 

「じっとしていても状況は変わらない。むしろ悪化するだろうね。より拡散したら面倒事になりかねないし、坊やの為にも【英霊】の繋がることは始末するべきだと判っているだろう?」

 

「――――――」

 

 ナタリアの口調は普段と変わっていなかったが、微かに柔らかな彼女の声を聞いた切嗣は真っ直ぐに目を合わせる。

 二人は数多の悲劇を見てきて、被害を減らす為にも一線に立ってきた。そこには失ったモノも救えたモノも存在している。衛宮士郎はその中の一人だ。

 

「……ああ……そうだね……」

 

 そのことに力強く頷いて切嗣は思い起こした。

 かつての子供のように救われた幼い命があって、手に取った小さな奇跡がまだそこにある。

 だからこそ、また(・・)彼は震えている拳にそれ以上の力を込めて言う。

 

「ベル……シロウを頼む」

 

 その頼み事を聞いたベルは珍しく慌てて応じる。

 

「頼むって……いや、姐さんとキリツグが“旅”には反対しない。そっち方面は俺より詳しいだろうから。

 それに、預かるだけならいい。似たようなことは経験あるからさ。でも、日常(おもて)を歩けないってことが解決しない。まだ子供なシロウはこれからが楽しむ時期だ。故郷を無くした上に楽しむ時間を無くさせての長い間“日陰”での生活を強いるのはお前だって反対だろ」

 

「そうだね、僕も士郎にそんな生活はして欲しくない」

 

「だよな。なら――――あ、魔術(ソッチ)の方で何か措置をするのか?

 時間を止めるとか、一定期間成長を止めるとか」

 

「……前者は不可能だけど後者ならまだ可能はある。だが、僕はそれを持っていない。“あれ”は父さんの不本意な産物で、僕の手に有っても失敗品……完成品じゃない。

 完成品が存在して使うと仮定しても士郎は人間をやめることになる。だから有っても使わない」

 

「人間をやめる……ね。それは考えるまでもなく却下だな」

 

 ベルは早々と頭を左右に振った。

 自分に魔術は使えない。が、ここには【魔術師】が二人居る。だから彼は、魔法で不可能でも魔術ならと考えたのだった。

 

「じゃあ、どうするだよ? 」

 

「僕もあまりいい案でないと自覚した上で考えだけど―――――」

 

 その案を、切嗣は重々しくながらも口にした。

 

「士郎を冷凍睡眠させて、ほとぼりの冷める頃に目覚めるようにするのはどうだろう?

 魔法と魔術(両方)で不可能で、“士郎の時間”を止めるならそれが現実的だろう」

 

「そう……だな。成功したとしても降ろした“魂”が“馴染む”までは時間掛かるみたいだし。

 冷凍睡眠と言っても留められるのは肉体だけで“魂”は年を取る……隠すことに、キリツグたちの帰還までの間……時間の問題を加味してもありか……」

 

 切嗣からの発案を聞いたベルは検討する。

 “時間稼ぎ”と“安全”を考慮すれば彼の案はありではある。

 そう踏まえてから、念のために、とベルはナタリアに訊く。

 

「姐さん、他に案はありますか?」

 

「私に時間操作なんてできやしないよ。寿命に関しては他人に出来ることじゃない」

 

「なら、シロウへの処置はそうします。機材の方は技術進歩のあるミッド辺りで調達できるでしょう。高度な生命維持装置が存在するぐらいですし」

 

 方針が決まったところで、ベルは表情を引き締めた。

 機材の準備に……士郎を匿う場所。

 幸い、場所の用意は直ぐ出来そうだな、と思考を着けた。

 

 

 一方、切嗣たちの方も行動予定を話を始めていた。

 そんな中、ナタリアは、

 

坊や(・・)と居ると退屈しないねぇ……」

 

 と、漏らしていた。

 

 

 

 

 両者のやるべきことを決めてた後、彼らは再び話し合いをした。

 その内容はこれからの行動に付随するいくつか事柄。主に、士郎の目覚めまでに帰って来れなかった場合の事だった。

 

 

 しかし、その話し合いも終わった。

 よって、後は行動に移るだけだ。

 

「分かったよ。シロウのことは俺に任せな。

 その代わり、必ずシロウを迎えに来いよ、キリツグ」

 

「ああ、必ず」

 

 そう言って二人は拳をコツンとぶつけて約束を交わす。

 

 

 

 

 こうして、彼らは行動を開始した。

 一人は旅に――――

 一人は青年と共に旅に――――

 一人は少年が目覚める日を待つことに――――

 それぞれが成すべきことのために道を進み始めた。

 

 

 

 

 

 




流石は幸運E……厄介事は向こうからやってくる……

なのは原作では、あの『医師』は『プロジェクトF』、『ゆりかご事件』と、関わってきましたが、この作品ではその前に『英霊の実験』もやったと言う形になりました。

既存する人間に人を超えた力は宿せるか?(今回の件)

元となった人物の肉体と記憶の複製(プロジェクトF)

人体改造して強力な戦闘機人の制作(人造魔導師計画と戦闘機人計画)
と言う流れです。

切嗣の旅はプリヤの方で世界を回っているような感じです。

この作品はStrikerS編までやるつもりです。
続編としてvivid編の案がない訳ではないですが、今のところは未定です。漫画も進行中ですしね。

次回こそは士郎のことを投稿するので……


―追記―
6/26、切嗣の魔術の詳細を追記しました。


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5話 邂逅

今回こそ、"彼"との邂逅です。
やっと無印が近付いてきました。
では、どうぞ!




 吹き荒れる風が俺の全身を打ち付けてくる。

 それは体だけではなく、魂さえも鍛えそうな超風だった。

 前に進むことは叶わない。押し寄せるソレはこの先に誰かが立ち入るのを防ぐ壁なのかもしれない。

 

「――――――――――」

 

 多分、人間にはこの風に抗う術を持たないだろう。

 感じ続けているソレはただの風じゃない。

 鉄……鋼……とにかく、人間の耐えられる領域なんて超えた圧力を誇る風だ。

 ソレに打ち付けられているのに、未だに吹き飛ばされずに立っていられていることは不思議だった。

 

「――――――――」

 

 全霊でその場に踏み留まる。

 体が飛ばされても終わり。

 意識が崩されても終わり。

 魂が溶かされても終わり。

 

「――――――」

 

 耐える最中、何故かそれらは分かった。

 けど、だからと言ってソレに抗う術が解った訳じゃない。

 辛うじて僅かに開く眼で前を見ても、吹き荒れる白いソレが映るだけだ。

 それもその筈……ソレに潰れてるのが人間の末路だろうし、ここにはソレしか存在しないのだから。

 

「――――」

 

 だと言うのに……次第とある(うた)が聞こえてくる。

 それは、男の生涯の詩だった。

 

 

体は剣で出来ている。

Iam the bone of my sword.

 

血潮は鉄で心は硝子。

Steel is my body,and fire is my blood.

 

幾たびの戦場を越えて不敗。

Ihave created over a thousand blades.

 

ただ一度の敗走もなく、

Unaware of loss.

 

ただ一度の勝利もなし。

Nor aware of gain.

 

担い手はここに独り。

Withstood pain to create weapons,

 

剣の丘で鉄を鍛つ。

waiting for one's arrival.

 

ならば我が生涯に意味は不要ず。

Ihave no regrets. This is the only path.

 

この体は、

My whole life was

 

無限の剣で出来ていた。

“unlimited blade works“

 

 

 

 詩が終わると風は弱まっていた。

 今のはまるで……迎い入れる声みたいだったな。

 少なくとも拒む声色ではなかったと感じる。

 なら、前に進もう。

 

 

「――――――――――」

 

 

 気が付くと、俺はそこに立っていた。

 赤く染まった空。荒野には無数の剣が突き刺さっている。

 光輝く程に美しく装飾された剣。

 一切の装飾も無くただ武器として素朴な剣。

 同じような剣でも見た目は様々。

 他にも大剣、曲剣、短剣――――種類を数えるだけでも一苦労しそうな数が在った。

 

 

 ……そもそも数えることが間違ってるか。

 だって剣たちは俺の周りだけではなく、見渡す限りの荒野――――いや、この世界の何処までも続いていたからだ。

 まさに、無限。そんな光景が広がっていた。

 

「無限に剣を内包した世界……か……」

 

 言葉にすればそれだった。

 周辺を見回して口にしたけど、俺はこの世界に驚くと一緒に、剣たちに釘付けになった。

 ここに在る剣はいずれも光を保っている。空から降り注ぐ赤い光を受けて、刀身に煌めきさせていたんだ。

 初心を忘れない心……人に例えるならそんなところか。

 きっと、どれだけ時間が経とうが持ち合わせているその輝きは薄れることはないのだろう。

 

「―――――っ!」

 

 突然、一陣の風が吹いて舞った砂塵に対して俺は反射的に目を閉じた。

 今度のは普通の風だけど、そこに砂埃が含まれていて剣たちを見ることが中断させられた。

 

 

 それが遠い向こうへと吹き抜けて行ったのを肌で感じ取ってから、目を開き直した。

 同じ風景が見えるかと思っていたが、一つだけ変わっていた。

 

 

 

 地形は変わっていない。

 ただ……一人佇む男の姿があった。その風采は特徴的だった。

 全体的に白いが、一部薄い赤銅色を残した髪。

 浅黒い肌で偉丈夫に、赤い外套を身に纏っている姿。

 その人から感じられるのは気高さ。一人で居ようとも、そこには寂しさや悲しさは無かった。

 

 

「まさか、今度は俺の世界(・・・・)(じぶん)が来るとはな……前は"あいつ"の世界に俺が立ち入ったが、今回は自分が立ち入られる番か……。

 しかし、幼いな、七、八歳ぐらいか? まあそれにしても……よく人の身に【英霊の魂】を降ろそうと考えたものだな。俺たちのような例外でない限り、普通なら死ぬぞ」

 

 そんな男はそう言葉を漏らしながら真っ直ぐにこちらを見ていた。

 それからもう一度俺を一瞥すると、男は軽く握った手を顎に当て始める。

 その身振りから何を考えているのは分かるけど、俺だって知りたいことがある。

 

「アンタ……誰なんだ?」

 

 考えている人に質問するのは少し気が引けたから、少し間を開けて問い掛けた。

 俺の声が耳に入ったのか、男は顎から手を話して再び俺へ視線を合わせてくる。

 

「うん? 俺か?

 そうだな……大切な二人に支えられながらも『正義の味方(理想)』を張り続けた者かな」

 

 違う、俺が聞きたいのはそう言うことじゃない。この男の正体だ。

 なんだか、この男を見ていると不思議な感覚になる。まるで鏡に映る自分を見ているような――――――

 

「名前は……何て言うんだ?」

 

 内心で震えながらも訊いた。

 男の声は穏やかだったのにどうして俺は、こんな気持ちになったのか。

 

 

 ……いや、その反応は当たり前のことなのかもな。

 男を見た瞬間、“妙な感覚”を覚えてしまった。

 だから、俺は……もう男が何者なのか薄々と気付き始めていた。

 でも……それを自分の口にするのは戸惑った。

 だって、これは……本来ならばありえない出会いだろうから……。

 

「……………………」

 

 男は俺の見て察したのだろう。

 男から考え事に傾けていた雰囲気が完全に消えた。

 在るのは俺の問いに答えようという眼差し。

 

 

 そして明らかになった男の名は――――――

 

 

 

 

「衛宮士郎。ある二人に支えられながらも走り続けて、『正義の味方』になった男だよ。

 と言っても、平行世界での話だけどな。俺とお前は同じ『衛宮士郎』であっても、始まりも、理想も違う別人さ」

 

 その解答を俺は素直に受け入れた。

 でも、本来なら反発の一つでもする場面なんだろう。目の前に居るのが世界が違うと言っても同じ『衛宮士郎』だ。自分の未来を姿を見せられて何事もなくいられる方がおかしい筈だ。

 

 

 ――――けど俺は……その()に安心していた。

 

「さて、お前の身に何が起こってしまったのか。そして、俺は何をしてきたのかを話そう。

 ああ、こんなところで立ち話になるのは許してくれ」

 

 そう言って、アイツは語り始めた。

 俺の身に起こったことを――――――

 『正義の味方』の物語(生涯)を――――――

 

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 

「まずは、お前の身に何が起こったのかを教えよう。そっちの方が気になるだろうからな」

 

 そう『衛宮士郎』は切り出した。

 俺の身に起こったこと――――そうだ……俺に一体何が起きたんだ?

 俺は切嗣たちに会うために地図に記された場所へ向かっていた筈だ。

 なのに、俺が居るのは無限に剣が存在する世界。

 大体、俺はどうやってここに来たのか。

 その答えは彼が教えてくれた。

 

「端的に言えば、お前は”英霊”を身に降ろしたんだ」

 

 その単語を聞いた瞬間に”知識”が頭の中を駆け巡る。

 

 ――――――”英霊”

 伝説や神話で語られている“英雄”が死後に、信仰、知名度の下に人々に祀り上げられて、精霊化した存在。

 その後、世界の法則の枠からはずれ世界の外側にある”英霊の座”と呼ばれるところに”記録”される存在。

 ”英霊”にも種類があり、数種類に分類が出来る。

 

 生前に偉業を成し遂げて、人々に祀り上げられてなる【英雄】。

 

 反対にその【英雄】たちに打ち倒される側、悪行が人間に対して善行となるもので本人の意思に関係なく救いの手(・・・・)として祀り上げられてなる【反英雄】。

 

 あるいは、生前に自分の死後を『星』に売り渡して、【英雄】としての力を手に入れてなる【守護者】。

 

 他にも信仰や知名度によっては【架空の人物】や【現象】などもなり成り得る。

 

「一口に”英霊”と言っても様々な種類があるが、大きく分ければ3つか。

 歴史に名を残した『アーサー王』や『クー・フーリン』をはじめとした【英雄】。

 人々から憎悪され『ペルセウス』に打倒された『メドゥーサ』をはじめとした【反英雄】

 “世界”と契約して“英霊”になる【守護者】

 いずれも“英霊の座”に至る者たちだ。それぞれ経緯は違ってもその事実は変わらない」

 

 その説明を聞いて俺は少し引っ掛かった。

 なんで【守護者】については具体例を挙げないのか。

 口振りから彼はソコに居る誰かを知っていると思った。

 

「【守護者】には……誰が居るんだ?」

 

 俺がそうを言った瞬間、今まで躓くことなく話していた彼が初めて止まった。

 それから何とも言えない表情で口を開く。

 

「俺の知る限りは"あいつ"だけだな。まあ、お前が俺に会ったからには、”あいつ”に出会うかもしれないか。

 だがそれは、俺が口にするべきことじゃないだろう。”あいつ”に会ったなら、お前自身で確かめてみろ」

 

 半ばはぐらかされるような形になってしまった。

 出来るなら一例ぐらい上げて欲しいけど、「ここが本題だ」と言うと、彼の目付きがより真剣なモノに変わって質問する機会が失われた。

 

「お前が降ろしたのは【英雄】である俺のものだ。さっき説明したことから解っていると思うが、【英霊】は人を超えた存在だ。そんな者の魂を【人の身】に降ろせば、降ろされた者の魂は押し潰され、廃人になるのがオチだろう」

 

「……? じゃあ、何で俺はこうして自分を保っていられるんだ?」

 

「そのお前の疑問は尤もだ。本来なら自我の崩壊をしているだろうな。

 けど、俺とお前は例外なんだ。何故なら『俺』と『お前』が平行世界の別人だと言っても【同じ魂】を持つ者だからな」

 

 そうだな……と、彼は再び考える身振りをする。

 そこには子供を気遣う者の表情があった。

 

「例えを上げるとしよう。

『人物A』は『魂A』を持つ。これは当たり前だ。『人物A』が『人物B』の『魂B』を持っていたら、生きていられるわけがない。『人物A』が持つことの出来る魂は『魂A』だけなのだから。

 『アーサー王』が持つ魂を『魂C』、降ろされる側が『魂D』を持つ『人物D』とするならば、合わないことは理解出来るだろう」

 

 始まった説明は理解し辛い事柄だっただろう。

 魂がどうとか一般的に判らない。

 だけど、俺はその話に付いていけた。

 

「また、人に“英霊”の魂を収めることは出来ない。人を超えた“英霊”の魂は、人が収めることの出来る“魂の器”の許容量を超えるからな。

 水瓶に入れられる水の量が決まっているように、魂も収められる量は決まっている」

 

 ここで再び疑問が上がる。

 俺たちが『同じ魂E』を持つとしても、人である俺には“英霊”であるアイツの魂は許容量を越えているはずだからだ。

 その疑問を問うと、こう返してきた。

 

「ああ、確かにお前の言う通りだ。だが、そちらの方は『魂の大きさ』が器に収まるサイズになれば大丈夫だからな。違う魂を降ろせば、異なる血液型で輸血を行うと拒絶反応が起こるように廃人になる。

 しかし、『情報量』が多くて降ろせないならば、収まる量にまで減らせばいい」

 

 そう、”型”が合っていて、情報量が多いだけならば減らせばいい。

 情報量がメモリースティックに収められる許容力を超えてしまって記録出来ないのならば、収められる量にまで要らないところを削ればいいように。

 

 

 つまり、俺は――――

 

「気付いたようだな。そうだ、お前は"俺の全て"を降ろしたのではない。お前の魂に降ろされたのは『戦闘技術』・『交渉術』などの知識だ。いや、降ろされたと言うより"刻まれた"の方が正しいか」

 

 確かに、魂に刻まれたと言う方が正しいかもしれない。だって、このように考えていられている(・・・・・・・・・)という時点で、俺はすでにアイツに引っ張られているのだろうから。

 

「お前の身に起こったことはそういうことだ。つまり、俺と同じことが出来るようになった、そう捉えてくれて構わない。

 もちろん、未熟な体と心のままでは俺には遠く及ばないがな」

 

 そうだとしても、”英霊”の力の一端が使える。これがどれだけ異常なことか。

 もし、使いこなすことが出来ればそれは――――

 

 

 と、結論を出す前に空から赤い光が目を差して思考が切り替わった。

 そう言えば、まだ説明されて無いけどここはどこなんだ?

 無限に剣が存在するこの世界は一体…………。

 

 

 気になって辺りを見回す俺を見て、彼は俺が何を気にしているのか気付いたようだ。

 

「ここは俺の心象風景だ。固有結界……

unlimited blade works(無限の剣製)】と言う」

 

 

 【固有結界】――――――

 術者の心象風景で現実世界を塗りつぶし、世界を侵食する【魔術】の大禁呪。その結界内部ではあらゆる法則が異なる。なにせ、術者の心が形になった世界だ。そうなるのは道理だろう。

 無論、誰もが使える物ではない。世界を”改変”するなど、本来なら【悪魔】と呼ばれる存在が持つ異界常識であり、それを扱う者などそうそうに居る訳がない。

 

「言っておくが、お前の固有結界(せかい)も俺と同じものにはならないぞ。同じ魂を持つ者だからと言っても、『心の在り方』が違うからな。

 ”あいつ”と俺の世界が違ったように」

 

 つまり、俺の固有結界(せかい)は俺自身の心が決まらない限り定まらないという訳か……それ以外にもあるだろうけど。

 

「じゃあ、次だな。

 もうあまり時間が残っていないだろうから手短にいくぞ」

 

 そうして、彼は自分の生涯を語り始めた。

 月下の夜に、『正義の味方』に憧れていたと漏らした男の代わりに自分が『正義の味方』になると誓ったこと。

 その数年後に”ある戦い”に巻き込まれたが、一人の剣士と憧れを抱いていた少女と共に戦い抜いたこと。

 戦いを終えた後、その二人と共に自分の国を出て、【魔術】を学んだこと。

 そこで【魔術】を学び終えた後、『正義の味方』を目指し、世界へ旅立ったこと。

 

「ああ……今でも鮮明に覚えている。

 あの誓いを……。

 剣士との出会い(あの夜)を……。

 俺が間違っていると言いながらも、支え続けてくれた彼女のことを……」

 

 目を瞑りながらそう語る。

 表情は綻んでいて、その声は懐かしみに満ちていた。

 

「世界を周り始めてからの数年間は、彼女たちと共に色々な国へと渡った。苦しむ人全てを助けるために」

 

 ボランティア活動、サバイバル技術などの生き残る術を教える戦闘教官などを通して、彼は多くの人々を助けていった。”ある戦い”を戦い抜いた事や自国の外での学びの日々を過ごしていた彼は、そういった事に長けていたそうだ。

 だが、活動内容はそういう事だけではなかったらしい。活動で一躍有名になると他にも様々な依頼が来たと言う。本人の戦闘技術の高さもあって”戦い”の依頼が――――

 ある組織が多くの子供で実験を行おうとしているからその子供たちを救って欲しい。ある人物の悪行を止めて欲しいなど。

 それの報酬は共に居てくれた【赤い女性】が貰っていったと言う。

 

 

 そんな活動も有ったために彼はより多くの人に頼られて、より多くの命の救っていった。だが、その一方で多くの命を奪うことにもなっていた。

 それはそうだろう……誰かを助けるということは、誰かを助けないということなのだから。

 

「なに……それは幼い頃から言われていたことだったし、その道を歩くことは知っていた……。

 それでも、俺は、このユメを張り続けたんだ――――」

 

 自身の道のりを口にしている彼の口調は力強かった。それは、とっくの昔から先に待っているモノを知っていてもなお、それを正しいと思ったから信じ、張り続けたことの証明。

 例え叶えられないユメだとしても、求めていたものが何一つ無いとしても、誓いを胸に秘めて諦めなければ、その”地点”に辿り着けると。

 だけど、そう自分を張り続けて活動をしていくある時、彼は二人の女性に別れを告げることにしたと言う。『これからはもっと、俺の道は険しくなる。だから、これ以上は付き合わなくていい』――――と。

 だって、それは彼自身のモノだ。一緒に歩いてくれたとしても、その結末(旅の終わり)まで付き合わせる訳にはいかない。

 そんな彼の気持ちを分かっていた二人だったが、当初はその言い分に納得しなかったらしい。

 だから、彼はそれぞれと約束を交わした。

 

【赤い女性】とは、『絶対に"あいつ"の辿り着いた先まで往くこと』を。

 

【剣士の少女】とは、『いつの日か、三人で再会を果たすこと』を。

 

 

 そうして男は一旦、二人と別れた。

 

 

 その後はより激化した戦場に赴いたりして、多くの命の救っていった。

 救った人々に感謝もされたし、協力者も多く得たと当時を思い出したかのように彼は言った。

 けれど、ある事件のきっかけに彼は命を落とすことになったらしい。

 

 

 市民の多くが人質に捕られ、一歩でも間違えればその人々全ての命が失われてしまうことに繋がる出来事が起こった。

 協力者たちと打開策を講じ、どうにか人質の誰一人を死なせずに済んだ。だが、それは彼が咄嗟に一人の子供を庇ったからだ。

 武装集団全員を無力化するはすだったが一人が制圧に失敗してしまったために、錯乱した男が発砲した。それから子供を守ろうと、彼は身を挺した。

 

 

 結果、彼は致命傷を負い、彼の危機を知って駆けつけた彼女たちに看取られながら息を引き取ったらしい。

 彼の存在は広く知れ渡っていたため、多くの人がその死を悼んだ。

 ”自分達の窮地を救ってくれる人”――――物語に出てくる『英雄』……周りの人々はそう感じていただろう。

 一部からは変わり者だと思われていたかもしれない。だけど、”苦しむ人を救いたい”という胸の裡は美しいモノだと理解してくれた人達もいた。

 

 

 だからこそ、彼は【錬鉄の英雄】として世界に名を遺した。

 

 

 その生涯で得たモノが無かったとしても、彼は何一つ後悔はないと言った。

 自分は『正義の味方(理想)』を張り続けたのだから。

 最期には彼女たちと再会して、看取られながらその生涯を終えたのだから……と。

 

 

 自身の生涯を語った彼の姿が誇らしく見えていた俺だったけど、どうしようも無く気になったことがあった。

 それは――――

 『正義の味方』になるという『誓い』を誰と交わしたのか。

 『巻き込まれた戦い』とは一体なんなのか。

 話が一段落ついたところで、俺はその二つを訊いた。

 だが彼は、

 

「それはあくまでも俺自身の『誓い』と『戦い』だ。お前の事ではない。お前はお前自身の道を進め」

 

 と言って教えてくれなかった。

 

 

 

 

「さて、時間のようだな」

 

 辺りを見ると、風に溶けるように消え始めていた。

 ああ、俺は元の世界に戻るんだな――――そんな哀愁じみた感情が胸に溢れていた。

 

 そして、最後にアイツはこう言った。

 

「衛宮士郎、お前の物語(歩み)はまだ始まってすらいない。この先、お前は何を目指し、どうなっていくのかも分からない。

 だが、これだけは言おう。どれだけ辛い道であったとしても、それが自身の裡から選んだ道であるならば最後まで歩き続けろ。俺が言えるのはそれだけだ」

 

 

 『最後まで歩き続けろ』…………ああ、そうだな、アイツと違って俺はまだ始まってすらいない俺の物語(歩み)だろうけど、いつの日か始まる日が来るだろう。

 そして、始まったのならば、少なくとも旅の終わり(その日)が来るまでは歩き続けよう。

 

 

 ――――――そのアイツの言葉を胸に、俺はここを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




"彼"と言うのはUBW Good√後の衛宮士郎でした。
公式で凛が居る限り士郎は"エミヤ"にはならないと言われてます。これは"守護者"である彼には成らないという意味だと自分も思いました。なので、『答え』を既に得ている士郎が歩み続けたら【英雄】になるのではないかと。TV版UBWで凛も同じ道でも"あいつ"の先に往けるかもしれないと言っていましたし。
能力の方も【魔術】は凛、【戦闘技術】はセイバーに指導されれば、かなりの腕になるでしょうし。
『誓い』を切嗣と交わした事と、『聖杯戦争』について詳しく話さなかったのは、余計な事を知ってしまって"方向性を固定してしまうのを防ぐため"です。
余計な事を知ってしまったために選択肢が狭まることってあるじゃないですか。それを防ぐためにあえて話しませんでした。


【英霊】の降ろすことは、ドライの美遊兄をイメージして頂くと分かりやすいと思います。
美遊兄はクラスカードを通りして、"エミヤ"と繋がり、彼の戦闘技術を手に入れました。後にカード無しで力を行使した際には髪が白髪、肌は変色していきました。
これは急ピッチで力を行使したために起こったことだと思いました。本人も【魔術回路】を先取りしただけで入れ物はポンコツって言ってましたし。
あるいはクラスカードに【英霊】の力を行使する際にある種の緩衝材の役割を果たしているのかなとも思いましたが。

また、降ろされたのは戦闘技術・知識だけと言うのは、もし、"エミヤ"の記憶も知ったのならば、凛に【アインツベルン】などの家を知っているかと問われた際に知っていると答えたでしょう。しかし、彼が知っていたの【間桐】だけでした。よって、記憶の方は降ろされなかったと思いました。


この作品の士郎は時間掛けて【投影】などをものにしていきます。なので、美遊兄の様に早々と変化は訪れません。それは次回で。

あとタグの一部設定変更有りを独自設定有りに変更。
UBWを追加しました。


お読み頂きありがとうございましたm(_ _)m


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6話 目覚め

…………どういうことだ?(感激)
前回の"邂逅"を投稿した後になって今、バーがオレンジになったり、お気に入り登録者様が前回の時点の倍近くなったことに切嗣と同じ台詞が出ました。
まさか、こうなるとは予想してませんでした。皆様ありがとうございますm(_ _)m
感想の方は出来るだけ返信をしていこうと思います。
引き続き当作品を楽しんで頂ければ思います。

今回は切る場所が微妙だったので長めです。
では、どうぞ!


 

 

 ……冷たい空気が鼻腔を通り体に入ってくる。

 それは季節による寒気より澄んでいて、瞬く隙に俺へ浸透した。

 けれど、それで俺が身を縮こませることはなかった。まるで長い時間を極寒冷地で過ごしていて、寒さに耐性を得たのかと思う程にじっとしている。

 とは言え、停止していた思考の方には容赦なく鋭敏な感覚が広がっていく。

 次第に頭の中で響いていく低い音響。錆び付いた鉄が研がれ、本来の輝きを取り戻すように、俺の意識は眠りから呼び覚まされた。

 

「……………」

 

 目を開くと映るのは白い天井。

 ”あの夜”の後、最初に見た天井に似ているような気がした。

 

「……またか……」

 

 ぼやきながら体を起こす。続けて蛍光灯の光も目に入ってきたけど、この状況に対して既視感を持っていた所為か慣れるのは早かった。

 それにしても肌寒。身震いをすることは無いけど、意識がはっきりしていくと体表に触れている外気に目が行く。

 寝ていただけなのに、どうして寒さを感じるのか…………。

 

「ぁ――――え?」

 

 辺りを見回す前に自分の格好を見下ろした。

 この身は服を着ていない。加えて、寝ていたのは布団やベッドではなく、未だ白い冷気を流しているカプセル型のような物。

 

「――――なんでさ?」

 

 訳が分からなかった。自分の格好も、自分が座っている家具も、日々の暮らしからは想像も出来ない状況だった。

 一般家庭では見られないであろう光景に唖然としながらも、周囲を見回して状況把握に努めていく。

 

「………………壁ぐらいしかない……」

 

 目覚めたてで鈍い頭を回し始めるものの、あまり情報を得られなくて落胆する。

 この部屋の造りは病室みたいな造りで不吉な物は無く、人影も見当たらなかった。

 けど、何の理由も無くこんな場所に居る筈もない。こうなった経緯がある筈だと、より頭に意識を集中させる。

 

(――――ッ!)

 

 その途端、俺の頭を情報の激流が駆け巡った。

 無限とも言える剣たち。

 それらが突き突き刺さった赤い荒野。

 そして、その場所に佇んでいる赤い外套を纏った男。

 立て続けに流れ込んでくる"知識"に、一瞬気を失うかと思った。

 

(そうだ……俺は”アイツ”に会って――――)

 

 なだれ込む知識の激流に耐えて思い出した。

 平行世界で【英雄】となった『衛宮士郎()』と話し合った内容を。

 そうなる前にプレシアの家を出発して、切嗣たちに会うために民間バスに乗ったことを。

 他に何かあったのかを思い出すために、さらに記憶を辿って行く。

 

 

 でも、空白な部分は思い浮かべることが出来なかった。バスに乗ったことは覚えているし、”アイツ”と会ったことも覚えている。が、その間の記憶が無い。

 多分……忘れた感じがしないから、元々記憶として残っていないんだろう。

 ただ、思い出せることは思い出した。

 ”あの夜”からテスタロッサ家を出発したまでの日々。

 ”アイツ”との出会い。

 俺が見てきた出来事はどれも覚えている。

 それでも現状は呑み込めていない。

 把握に必要な情報が足りなさすぎた。

 

(……? 誰か居るのか?)

 

 取り敢えず動き回って部屋を調べてみるかと考えたところで、ドアが開く音がした。

 部屋に人影が無かっただけで、建物自体には人が居るみたいだ。

 段々と近づいてくる足音。鷹揚なそれには聞き覚えがあるような気がする。

 けど、場所も相手も判らないので警戒しつつ音が聞こえてきた方へ目を向ける。

 

「やっと起きたか……随分と長いこと寝ていたな。

 分かっていたことだけど……待つというのはやはり疲れる」

 

 姿を現して早々やれやれと、頭を掻きながら言い放つ男。

 見た感じ40歳を越えていそうだ。ダークブラウンで少し長めの髪に、黒い神父服のような服装。知り合いに似たような格好の男はいるけど20代だから、俺の知り合いにこんな男はいない。

 けれども、目の前の男は俺を知っているように声を掛けてくる。その態度も似ているような気がしたが、歳が違い過ぎると考えを捨てた。

 

「やっぱり、俺が判らないか。

 まあ無理もない。何しろ17年も過ぎているんだ。俺の顔を見て判る訳がないよな」

 

 俺の沈黙から認識が追い付いていないと思ったのか、男は口を開いた。

 その内容に衝撃が俺を奔る。

 

(……今、何て言った? ……17年?

 まさか……俺はそんな長い歳月を眠っていたのか!?)

 

 言葉には出さなかったけど衝撃が全身に広がる。

 それじゃあまるで――――ドラマみたく今日まで冷凍睡眠していたみたいじゃないのか。

 でも、これで納得が出来る。

 目の前で俺を知っているように話してくる男。40歳から17を差し引くと、23歳。

 40歳は越えていそうだから、誤差を入れれば20歳半ば……か。まあ、20代で会っている計算は間違いないだろう。

 

 

 そうなるとこの男の正体は――――

 

 

 

 

「……ベル?」

 

「おお、よく判ったな。17年も過ぎたこの姿には気付かないと思ったんだけどな。そうだ、ベルだよ。

 おはよう、シロウ」

 

 確認取るように声を出すと、少しばかり感心としたと反応をしてくれた。

 だけど、俺はそこで安堵は吐けない。

 こうなってしまっている経緯をベルは知っている筈だ。

 だから、俺はそれを訊かないと。

 

「なあ、何が――――」

 

「待った。起きたばかりで色々訊きたいことはあるだろうけど、まずは風呂に入ってこい。その後に検査な。

あ、ここは俺が『仲間』たちと居る場所だから安心しろ」

 

 そう言ってベルは俺を促す。

 話をしてくれることは俺も望んでいるからいいし、風呂を勧めてくれるもありがたいけどさ……

 

(ならその前に、何か体を覆う物を……寒いし、人前で裸とか恥ずかしいんですけど……)

 

 俺の心の声を感じ取ったのか、ベルは俺に毛布を投げ渡してきた。

 白く清潔感のあるそれを受け取り、身を覆ってから俺は動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 風呂というか、大浴場に近いところでシャワーを浴びて体を温めた後、俺は『検査』を受けた。ベルの仲間と思われる人々によりCT検査のように頭の天辺から爪先までスキャンされたんだ。

 それらが済んだ俺は相談室みたいな部屋でソファーに腰掛け、反対側に居るベルと体を向け合わせている。

 ベルはタブレットを手に俺の検査結果を見ながら、ふむふむ、と頭を上下させていた。

 

「身体に異常は無し。無事に冷凍睡眠から覚醒っと。

 やっぱり【リンカーコア】を持ってるか――――それにしても【古代ベルカ式適正有り】に【魔力変換資質・風】って……またレアな物を……このままだと、"歩く非常識"って誰かしらに言われそうだな。

 流石にキリツグもここまでは予測してなかったぞ」

 

 独り言を漏らすように自分の感想を漏らすベル。

 不機嫌って訳じゃなさそうだけど、苦悩が現れていた。

 

「えっと……何か問題でも有った?」

 

 恐る恐る声を掛ける。

 俺の声にベルはタブレットから顔を上げて、こっちに視線を向けた。

 

「いや、問題は無かったんだが……ちょっと予想してた事より面倒になりそうなんでな。

 でも、これは誰かが悪いって訳でもないか……」

 

 再びベルはタブレットに目を落とす。

 検査結果を再確認していく途中、彼は頭を切り替えるように溜め息を吐いた。

 

「さて、シロウが眠っていたこの17年の間に何があったのか話そう。」

 

 そう言ってベルは語り始めた。

【英雄の降霊実験】で俺が唯一の成功例になってしまったこと。

 切嗣とナタリアは、その実験に繋がる恐れのある場所を潰すために"旅"に出たこと。

 ベルは切嗣に頼まれて、俺に【魔法の知識】や【戦闘経験】などを与えて、生き残る力を付けさせること。

 大きく分ければ聞いた話はこんな感じだった。

 

「……”英霊の降霊”……【魔導師】って言うのは、そんなことを考えるのか?」

 

「いや、魔導師(俺たち)は考えない。そもそも【英霊】に目を付けることがない。ここの【魔法】は言ってしまえば科学の集まりだからな。英霊信仰とは程遠い。現代の研究者は特にな。

 まあ、古い血統や聖王教会なら信仰はあり得るかもしれないが」

 

「なら尚更だ。元手の『スカリエッティ』って奴は科学者なんだろ? 【英霊】とは本来相容れないものなんじゃないのか?」

 

「だと思うけどな。

 だが、あいつは色々とやっていそうだからな。正直、判らないことの方が多い。何しろ、尻尾を掴むのが困難だ。企みの目星を付けるのにこぎつけるかさえ危うい」

 

「そしてこの数年の動きも判らない……か……」

 

「ああ。これだけ”世界”が多いから尚更な。『管理世界』のどっかに居たとしても手がかりが無ければ予測も立てられないし、『管理外世界』に潜伏されていたら発見は不可能だ。”外”にまでこっちの目は届かない」

 

「じゃあ、捕まえるのは――――」

 

「情報が無い現状では出来ない。少なくとも俺たちに打てる手は無い。『管理局』の中ではどうなっているか知らないが、まあ向こうも情報を掴んでないだろうな」

 

「…………」

 

 言葉が詰まる。 

 事の発端たる『スカリエッティ』に打てる対処が無い。

 ”英霊の降霊”……もしそれが他所で行われたら、一体何人が犠牲になるんだ?

 俺と“アイツ”は平行世界の『衛宮士郎』だからこうして生きている。けど、全員がそうなるとは限らない。いや、むしろ……俺たちのようにならない可能性の方が高い――――!

 

「ベル、その実験は今も……?」

 

「いやシロウので最後だ。目に見えているという条件が付くが。

 でも、あの時点でスカリエッティは実験から去っていたからな。あいつが他の場所でやっていることはパターン的に無いだろう。そもそも、手を加えることより一から作る手合いだからな、あれは。

 加えて、ここから見える範囲の共犯者については始末済みでキリツグたちその先まで行ってる。あれ以降、そう言った動きも見えないし、大方潰せてる筈だ。

 だから、今打てる手は全て打ったことになる」

 

「……そう……か」

 

 それなら一先ずかな。

 元凶が残されているけど、そいつが動いていないなら新たな被害が出ることは無いだろうし、俺の時に関わった連中の対処も当時に済ませていると言う。

 何より、切嗣たちが動いてくれている。あの二人なら無事に旅を終わらせてくれる。“あの夜”から、そう言った物事に長けているのはもう俺は知っていた。

 

 

 問題は俺だ。今の俺には切嗣たちみたいに戦う技能も体力も無い。だから、色々と身に付ける必要がある。けど、あの倍速じみた動きを真似ることは出来なさそうなので、”アイツ”を参考にするとして――――習得するのは剣術・弓術が中心になりそうか。

 あとは【魔法】や【魔導師】の知識が不足している。こっちに来てその存在自体は知っているけど、こうなったら本格的に学ばないとな。

 それに、今は見えない元凶(そいつ)でも、存在はしている。長い時間が過ぎているため対峙する時が来るかどうかも判らないけど、そのもしもに備えることを踏まえても、俺はそいつと刃を交える術を持っておかないとならないだろう。

 

「ベルは切嗣に頼まれて俺を鍛えてくれるんだよな?」

 

「そうだ。シロウには【魔法】に関する知識と対魔導師戦を会得してもらう。ま、自分の身を守れるようになってもらうのが課題だ。(そと)知識(うち)、両方を鍛えることになるか。

 あ、【英霊】の力については俺には分からないから、出来るなら自分で物にしてくれ」

 

 確認を取って考えを巡らす。

 初対面の際、ベルは俺に『切嗣の同業者』と言った。それをそのまま汲み取ると、彼も戦う技能を有しているだろう。切嗣と違って【魔導師】らしいけど、それなら【魔法】には詳しい筈だ。そのことは【魔法】に関して右も左も分からない俺にとって魅力が有り過ぎるし、切嗣と仲のあるベルは頼りになる。

 魔法面はこれでどうにか出来そうだ。ただ、ベルが言った通り英霊の力の行使については俺個人でやるしかない。まず普通の人間がそんなこと知っている訳がないだろうし、“アイツ”は誰もが知っているような【英雄】でもない。平行世界の『衛宮士郎()』……その存在も持ち得る技術も他人には解る筈のないことだ。

 

(切嗣たちが留守にしているから、こんなことを頼れるのはベルしか居ないしな。

 あ、切嗣と仲が良さそうだしプレシアも頼りになるかな? 【魔法】に秀でている彼女なら――――――――)

 

 考えている中で俺は一つ大切な事を訊くのを思い出した。

 現実で17年過ぎた今では、プレシアとアリシア、リニスはどうしているのか?

 そのことをベルに尋ねると、顔を歪める。

 

「プレシア女史は『ヒュドラ』駆動炉実験の失敗の責任を問われ、ミッドチルダ中央から姿を消してからの詳しい消息は不明。

 アリシアとリニスは――――実験の失敗に巻き込まれて死亡……。

 プレシア女史たち研究員は結界を張って無事だったらしいが、外は結界が張られて無かったんだ」

 

 重々しく口を開いて話してくれた。

 その事故が起こったのは、俺が実験体にされてから数日後の事だったらしい。

 

「後になって調べてみたが、あの事故はプレシア女史の責任じゃない。無理に実験を強行した本社の責任だ……」

 

 呪詛のひとつでも含まれていそうな声をベルは漏らしていた。

 彼の表情は強張り、眼光も鋭くなっている。

 

(……死んだ? アリシアと……リニスが……?)

 

 かつて起こった出来事を知った俺の心は凍てついた。

 そして、こうも思った。また自分だけが生き(・・・・・・・・・)残った(・・・)

 その感情が身体中を駆け巡って、視界が揺れる。体の重心がぶれて、態勢を崩しそうになった。

 

「大丈夫か?」

 

「……ああ、少しフラッと来たけど…………」

 

 目に見えて俺の顔色が悪くなっていたのか、ベルは心配している声で聞いてきた。

 17年の時が過ぎようが、ベルはベルのままみたいだ。彼が俺を心配している表情は以前の物と同じだった。

 

「……この17年間で起こった出来事はこんなところだ。

 で、これからの事だがな。さっきも言った【魔法知識】と【戦闘経験】の積み方なんだが……魔法の方は主にここで、戦闘経験は俺たちの”仕事”で。

 これからのことは決して楽な事じゃない。その上で、覚悟はあるか?」

 

 覚悟なんて問われるまでも無い。

 俺のこの身には【英霊】の力を使うだけの素質があり、【戦い方】も知っているのだから。

 一方の【魔法】は何も知らないから修得が難しそうだけど、投げ出すつもりなんて毛頭ない。例えまっさらからだとしても、積み重ねていけばいくらかは物に出来るだろう。

 何より思ったの――――"これ以上は俺の見える世界から誰も死んで欲しくない"

 

 

 俺は歩き始めた。

 俺の見えるところで助けを求める人が居るのならば、その人を救うために必要な力を手に入れるために。

 かつて、”アイツ”が人々を救っていたように――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

    ━━━━五年後━━━━

 

 

 

 

 

 通い続けてきた訓練所に俺は居た。

 早いことに、俺が目覚めてからもう五年もの月日が流れていて、目覚めた時は7歳だった俺も今では12歳を過ぎている。

 その間の日々はベルの指導の下で【魔法】の勉学。【魔術】と【戦闘技術】の修行。彼の“仕事”に付き添っての戦闘経験の取得。それに関連して体作り。戦う以上は身体を丈夫にしとかないと話にならない。身体能力が低かったら突然の事に対応出来ないし、イメージ通りに動けないのは致命的だ。俺の扱う得物が筋力を要求される類でもあったため、必然的に身体を鍛えた。

 格闘家や戦士になりたい訳ではなかったけど、そう言った理由で日頃から決まった時間帯に取り組んだりしてきた。

 

 

 あとは通常の勉学か。以前に切嗣から出されていた教材の続きもやっていた。それに関しては成人になっても困らないようにと地球の大学辺りまでが出されている。まだ全部終わってないけど、『デバイス』などの情報端末が普及していてホロキーボードと教材をデータとして入れて何処でも触りやすい環境が整っていることもあり、今だと高校の単元には入っている。

 別に俺は勉強することに苦痛を感じたことが無かった。それは子供なら誰しもやっていく事だし、やるべき事。何より切嗣が俺に揃えてくれた物を疎かになんて出来る訳がない。

 その日課も欠かさなかったから学習ペースが少し早いような気はするけど、地球でも自分から進んでやる人はそこのジャンルでは先に行くと思うし、ミッドチルダ(ここ)だと就職年齢が低いからその視点を持つベルたちからは特に何も言われなかった。

 

 

 しかし、【魔法】に関しては俺の特性が珍しくベルも教えるのは大変だったみたいで、

 

『古代ベルカ式かつ、魔力変換資質・風とか専門家でもないと教えきれないだろう……』

 

 申し訳なさそうな声でぼやいていたっけ。

けど、彼の仲間たちの中に少しは詳しい人たちが居たからその人たちのアドバイスも聞きながら学ぶことで少しは補った。あまり教えに貢献できなかったことを気にしている様子だったけど、魔法に対する知識を教えてくれただけでも、俺は十分なほど感謝をした。

 魔法学院って場所なら十二分な学習が出来たかもしれないけど、そこに通うだけの時間なんて俺には無かった。学院に入ったら卒業まで通わないといけないんだからな。

 

 

 そんなことがあって、俺が修得した魔法は攻守それぞれ一種ずつ。

【風の刃】を作り、標的に飛ばして攻撃する【Air(エア) Slash(スラッシュ)

 魔力の込めた【風の層】を作り、シールドを張る【Wind(ウィンド) Shield(シールド)

 飛行魔法は俺には出来なかった。代わりに、魔力を込めた【風の層】を作る要領で【魔力の足場】を作り、その上を渡ることで対応した。

 

 

 そして、それらのサポートをこなしてくれるのが、『ウィンディア』。普段はブレスレットのような形で俺の左手首に装着されていて、使用時はオーバル型の楕円状の盾に変化する『インテリジェントデバイス』だ。

 盾にした理由は俺が武器を自前で用意できるため、武器型の必要が無かったから。役割が重なることを防ぐことも加味してこの形になった。

 防御魔法の【Wind(ウィンド) Shield(シールド)】はこの上から展開することを中心としているので、取り回しをしやすくしようと軽量化がされている。それは、剣技・弓術を阻害しないことに繋がっているので俺のスタイルとの相性が良い。

 そんな感じの俺のデバイスだけど、『インテリジェントデバイス』には状況判断や魔法処などをこなす人工知能を持つことから高価なデバイスだ。欲しいから欲しいで買えないぐらいには。

 しかし、ベルは、

 

『切嗣から予算とかは前もって貰っているから気にするな』

 

 と、渡してくれた。

 切嗣は俺の事について準備していてくれたみたいだ。

 わざわざ俺のために用意してくれたんだ。最初は戸惑ったが、二人に感謝して有り難く使わせてもらうことにした。

 

 

 【魔術】と【戦闘技術】の方は【英雄】衛宮士郎から得た"知識"を元に鍛練していった。

 『衛宮士郎(じぶん)』が至るかもしれない未来。“アイツ”の一端が刻まれた俺は、“アイツ”の足跡を追いかけるようにしてきた。

 その代表格が【投影魔術】――――別名、グラデーション・エア。術者のイメージを元にオリジナルの鏡像を魔力で複製し、物質化させる魔術。これを聞くと限りだと非常に便利そうに思えるがそれは違う。複製された物はオリジナルの劣化版でしかない。

 だって、人のイメージなんて穴だらけだ。携帯電話のイメージは? と訊かれたら、誰もが自分の使っている物をイメージするだろうけど、じゃあその構造は? と訊かれれば、誰もが頭を悩ませるだろう。それだと虫食いの設計図を渡されたような感じになって複製出来ても不完全なモノに落ちる。複製に当たっての設計図はイメージそのものなのに、欠けたソレで完璧なオリジナルを複製できないは道理だろう。

 

 

 だから、複製品はオリジナルより劣化してしまう。イメージが霞めば霞む程に持ち得る性能は低下していく。それを防ぎ、複製をするならより多くの知識――――正確な構造の理解や材質の把握などに加えて、強固なイメージが必要とされる。それらでも効率が悪いのが予想できるのに、複製品を組み上げる魔力は気化する性質があるので物質化した物は数分後には消えてしまう。

 つまり、使い勝手の悪い術。正直、ちゃんとした材料を使って作ったレプリカの方がイメージする必要もなし、気化しないから実用的だ。

 

 

 でも、『衛宮士郎(おれたち)』のは違う。俺たちの使う【投影魔術】は剣を始めとする白兵戦に関する物などの"相性の良い物"ならばその“設計図”を完全に解析出来て、複製品はオリジナルと遜色ない性能を有する。一応、それ以外の物も創り出せるがその場合の複製品の性能はオリジナルよりいくらかは劣ってしまうし、用いる魔力が多くなってしまう。

 そして何より異なっている点は、『衛宮士郎(おれたち)』に複製された物は壊れて消えるか、創り出した本人が消すように命じなければ消滅しない。一度カタチを得たら、材料が魔力であっても気化することなく存在し続ける。

 

 

 これらから俺たちの【投影魔術】が"特殊"であることがより分かる。相性の良い物ならば、複製された物はオリジナルと大差無い性能を持ち、本人の魔力が続く限り創り続けられて、それらを手に戦い続けることが出来るんだ。普通な訳がない。

 けど、それこそが”投影”に特化した『衛宮士郎』の証で”アイツ”が”錬鉄”たる所以だ。

 

投影(トレース)開始(オン)

 

 自分が扱う魔術の詳細を思い出してから言い慣れた呪文を呟く。

 脳内に在る撃鉄を下ろされて、身体中に張り巡らされた魔術回路を魔力が駆け巡り、両手に重みが生まれる。

 それは、二振りの剣。”アイツ”の愛用し続けた双剣――――漆黒の刀身を持つ『干将』を左手に、白亜の刃を持った『莫耶』を右手に投影した。

 この二振りの剣は”夫婦剣”。二つが揃ってこそ干将・莫耶として成り立つ剣だ。

 

「――――――――」

 

 今、この場には打ち合う相手が居ないので、剣を振って体全身を動かして動作を確認しようと二刀を構え、僅かに腰を下ろす。

 

「っ――――!」

 

 右足を前に踏み込み、左手に手にした干将を打ち出した。空気を切り裂き、辺りに衝撃波が発生した手応えを感じつつ、今度は数歩前に飛び込む。両手にした双剣を振るっていくと、翼が宙を舞うような軌道を描く。

 この姿を見たベルは「剣技の剣の字を知らない俺でも見惚れるぐらい綺麗だ」と、言うぐらいのものらしい。その言葉を貰っても実感が湧かなかったけど、長いこと”仕事”をしてきている彼が言うんなら違わないんだろう。

 

(ってことは、“アイツ”のはもっと綺麗なんだろうな……)

 

 この五年間、俺は"アイツ"から得た知識で魔術と戦闘技術は磨いてきたお陰で上達するのが早かった。

 それもその筈。俺がやっているのは『衛宮士郎』にとって"最適な戦闘技能"の模倣だ。最適解をこなして、繰り返していけばそうなっていくのは明白だろう。

 

 

 その結果として、俺の主力は”アイツ”と同じで双剣と弓になった。二刀による守り重視の剣技。黒い洋弓による射撃。”アイツ”程の腕前はないだろうけど、今の俺には十分過ぎる技量を持っていると思う。まっさらな状態から始めていたら多分、型の無駄を無くすだけでも数年は掛かっていたと思う。

 主力以外の武器は片手剣、槍、大剣などと多彩だ。と言っても、いずれも一人前な技量には至ってない。恐らく三流……良くて二流か。しかし、それは分かっていたことだ。全てが一流に至れないことは最初から知っていた。

 だから、双剣と弓を除いた俺の利点は手札の多さだ。千を超える宝具などの武器を使用出来るという点から、対峙した相手に有効な手札を選択し、勝利を掴む。

 相手の弱点を突く。リーチで有利を取る。相手が苦手とする武器を握る。そうやって技能面を補う戦法が俺の一つでもある。

 

 

 ――――”究極の一”に至れないのならば、

 あらゆる手札を駆使して対抗する。

 ――――勝てないのであれば、

 勝てる物を幻想する(創り出す)――――それが『衛宮士郎』の戦い方だ。

 

(ま、【魔導師】が相手なら十分過ぎる手札の多さだよな……魔法が少なくても、これなら殺傷設定がされた魔法を使う【魔導師】にも対抗できるし)

 

 ベルの”仕事”はそういう連中らによる闇取引や悪行などの違法に携わる者を”狩る”ことだった。基本的に魔法には『非殺傷設定』が施されているが、外せば相手を傷付けることが出来るし、場が場なのでその手の奴らと一戦を交えるのは珍しくなかった。中には住民を人質にして身代金を要求した奴らもいたか。

 それを制圧して人質になっていた人々を救った際に、黒髪の姉妹の姉と口論したような気もするけど、何処の誰で、どんな会話をしたのか覚えていない。今以上にやるべきことが山積していたんだ、当時の俺はそんな事を気にしている余裕なんて無かったのだろう。最近の”仕事”先でも誰に会ったかなんて覚えていないけど……。

 ただ単に目に俺は映る苦しんでる人々を救うことに集中していた。その所為か俺は戦うことに抵抗を感じなかった。……いや、それは【英雄】衛宮士郎の魂が刻まれているからだろう。彼の影響を受けている以上はそうなっても不思議はない。

 

 

 そのような戦いを通して、修得した魔法、魔術、戦闘技術などを把握しつつ戦闘経験――――干将・莫耶と『Air(エア) Slash(スラッシュ)』による近接戦闘。黒い弓による遠距離射撃が軸に経験値を積むことが出来ていた。

 その成果の現れなのか、今の俺は並の魔導師なら少なくとも同時に五人以上を相手にしても引けを取らなくなっている。『管理局』のエリート連中とは戦っていないので、そっちの人と戦ったらどうなるか判らないが……。

 

 

 

 

「――――ん?」

 

 鍛錬中、訓練所の出入口の方から大きな足音が聞こえてきた。

 視線を向ける前に扉が勢いよく開けられて、誰かが入って来る。

 

「シロウ! プレシア女史の居場所が判った!」

 

「なんだって!?」

 

 余程慌てて来たのか、ベルは息を上げながら俺にそう言った。

 詳細を聞こうと、俺は双剣を振るうのを止めてベルの方へ歩いていく。

 プレシアの居場所は今までも判っていなかった。俺の修行や”仕事”などで色々と忙しかったのも理由だが彼女自身が表に出ている様子がなかったなく、捜索が難航していた。

 そんな彼女の居場所をようやく特定出来たとベルは言った。探し当てた本人も思い掛けてなかった場所だったみたいでまだ驚きが収まらないでいるようだ。

 

「悪い、ノックせずに押し入った感じになった……」

 

「それぐらい急いで伝えに来てくれたってことだろ。謝ることじゃない。

 それで場所は?」

 

 俺が聞くとベルの雰囲気が変わる。

 眼前に在るには普段の冷静さある彼の(おもむき)だ。

 

 「ミッドチルダ南部の山あいの地、『アルトセイム』。そこにプレシア女史が持つ『時の庭園』という移動庭園が停泊しているらしい」

 

「南部ってほとんど人が居なくて緑多い場所だよな、なんでそんなところに……」

 

「理由までは。あそこは希少な野生動物が生息しているから生物学者が観測に赴くなら解るが、プレシア女子は違うからな。目ぼしい物は無いと思うが……」

 

 ベルは腕を組んで唸り声を漏らした。

 しばし検討していたようだったものの、彼は俺に一つ訊いてくる。

 

「……シロウ、プレシア女史に会いに行くか?

 当面は”仕事”は無さそうだし、ここを離れてもらっても大丈夫だぞ」

 

「……え?」

 

 『会いに行くか?』と、問われた俺は正直なところ迷った。もう、あの頃から現実だと22年も経っているし、俺も当時のみたいに”普通の子供”ではない。

 それに、アリシアとリニスが居なくなった今、俺がプレシアに会いに行ったら彼女はどう感じるのか。不快に思われるかもと考えると、このまま会わない方がいいのではないかと浮かび上がった。

 迷っている俺を見て、ベルは溜め息をする。

 

「まさか……会わない方がいいとか、嫌われるじゃないのかとか考えてないだろうな? あー、図星か。あのな、彼女はそんな人じゃないのはシロウがよく知ってるだろう。近くまで送ってやるから会ってこい。

 あ、こっちが連絡するまで帰って来なくていいぞ。この5年間、ハードな日々を過ごし続けたんだ。少しは緑を見て息抜きしてこい」

 

 そう色々と言われてしまった。

 迷いが消えた訳ではないが……ここはベルの言葉に従おう。

 確かに、言われてみればここ5年間はハードな毎日だったし、彼はそれも心配しているのだろう。ならここは、プレシアの所を訪れた方がいい。

 握っている剣たちを霧散させて、俺は支度に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 ミッドチルダ南部までベルに送ってもらい、俺は教えてもらったポイントへ歩いていた。

 踏みしめているのは舗装された道ではなく、自然特有の柔らかな土。周辺には樹齢の長さを物語っている巨木が高々と立って多方に渡って枝葉を伸ばして、重なる樹冠と樹冠の間からは木漏れ日が射し込んできており、生命力に満ち溢れた世界をより鮮やかに引き立てる

 

「――――――――」

 

 森深くに入って行った所で、辺りの空気が違っているのに気付く。

 ”アイツ”と同質の力を使う俺は、結界などの”世界の異常”には敏感だ。

 

(探知用の結界か……入れば即座に探知される)

 

 しかし、会いに行く以上は前に進まなければならない。

 探知されるのを覚悟の上で、俺は結界内へ入った。

 

「…………」

 

 境界線から暫く歩いて行った先に、一人の女性が立って居るのが見えてきた。白色を基調とした服と帽子を身に付け、その形容から予想すると18歳ぐらいに感じられる。

 向こうもこちらを目視したのか、互いの視線が交差した。

 それに拒絶の意思が含まれていなかったので、若干速度を落としながらも近付いて行く。

 

「何方かは存じませんが、ここはお引き取り願います。私の主は多忙なものですので」

 

(主って言うのはプレシアのことか? 彼女はプレシアの使い魔なのか?)

 

 慇懃な態度でお辞儀をされて、俺は反射的に足を止めた。

 彼女から警戒心は感じられない。在るのは幼子を包むような淑やかな雰囲気に慈しみだ。きっとその心は温かく、温和な性格の持ち主なのだと思った。

 見聞きしたことからそう考えていたが、いつまでも佇んで居る訳にはいかない。

 ここに来た目的を言うべく、俺は口を開く。

 

「俺は衛宮士郎といいます。

 プレシア――――プレシア・テスタロッサさんとは、その……昔に縁が有りまして……彼女がここに居ると知ったので会いに来ました」

 

 俺の目的を聞いた彼女は目を閉じて、意識を自分の内側に向け始めた。おそらく、念話でプレシアに確認を取っているのだろう。

 少しばかり待っていると、彼女は目蓋を上げて、再び俺に視線を向けてくる。

 

「お会いになられるそうです。案内しますので付いて来て下さい」

 

 彼女は俺に背を向け、歩き始めた。

 俺も後を追うために足を進めて、声を掛けやすい距離まで追い付いたところで一つ疑問を訊いてみる。

 

「えっと、貴女はプレシアの使い魔なんですよね?」

 

「あ、申し訳ありません。まだ、名前を言っていませんでしたね。

 私は『リニス』と言います。貴方の言う通り、プレシアの使い魔です」

 

 『リニス』――――アリシアが拾って来て、一緒に暮らしていた山猫と同じ名前だ。

 つまり、彼女の素体は――――

 

「リニスさんの元は山猫だったりします?」

 

「ええ、貴方の言う通りです。山猫の特徴は隠しているのですが、よく分かりましたね。

 あと、私のことはリニスでいいですよ。先ほど貴方については"情報"を頂きました。エミヤシロウさん」

 

「じゃあ、俺の事も士郎と。プレシアも俺をそう呼んでいましたので」

 

 そう言うとリニスは微笑みで返してくれた。

 今の表情は似ていたかな。機嫌がいい時にじゃれついてきた山猫(リニス)はこんな感じだったような気がする。

 そう言えば、使い魔になっても素体の頃の記憶とかが場合によって残る可能性があるとか――――

 

「……シロウは、”以前の私”とお会いしたことがありますか?」

 

「え?」

 

 ふと頭の浮かんだ考えを突くようなタイミングでのリニスの呟きに、俺は声を漏らしてしまった。

 俺のそれが聞き取れたのか、彼女の頭が僅かに揺れる。

 

「以前の自分に関する記憶は無いに等しいのですが、貴方とは初対面という感じがあまりしなくてですね……」

 

「…………」

 

 記憶には残っていないみたいだけど既視感じみたものはあるらしい。

 その点にだけなら、答えても大丈夫かな。疑問をそのままにしておくのはすっきりしないと思うし。

 

「……昔、プレシアの所に山猫が居て、名前は『リニス』でした。俺も何度かブラッシングをしたりしていました」

 

「そうですか……すみません覚えていなくて……」

 

「いえ、俺はそんなにやっていなかったので覚えてなくて当然だと思いますよ」

 

「とは言え、”私”はシロウに世話をして頂いたことがあるということですよね?」

 

「世話って言うのはいき過ぎだと思いますけどね。あとは少し遊んだぐらいです」

 

 そう返答するとリニスはゆっくりとこっちに振り向いた。

 

「なら、私に敬語を使うこと必要はないですよ。外見は私の方が上ですけど、実年齢はシロウの方が上でしょうし」

 

「それは……そうかもしれないですけど……」

 

 使い魔は役目や活動に適した形態を取ることが主流なので外見年齢と実年齢が同じとは限らない。 

 リニスが使い魔として何年目か知らないけど、彼女が俺を見てそう言ったのだから俺よりは年下なんだろう。使い魔とはいえ、女性相手に年齢を訊く訳にはいかないから年齢に関しては彼女の言った通りにしておく。

 

「年上に敬語を使われるのは違和感がありますか?」

 

「『年上に』に、と言うよりシロウさんに言われるのが少々。やりづらいと言いますか……何と言いますか……」

 

「分かった。なら、そうさせてもらおうかな。

 改めて案内を頼むよ、リニス」

 

 リニスはにっこりとした表情で、任されました、と身を翻して再び俺を先導していく。 

 その後も会話を交わしながら、俺たちは森の奥深く――――プレシアの居る『時の庭園』に向かって歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

*********************

 

 

 

 

 いつも同じように研究に没頭していた私に、リニスから念話が入った。必要最低限にと言いつけていたので重要な事以外では連絡が来ないように言っておいたから重要なこと何かだとは予想出来ていた。

 けれど、その内容には驚かずにはいられなかった。

 

 ――――”シロウが私に会いにここを訪れた”

 

 それが起こる可能性なんて全く考えていなかった。

 私の居場所は誰にも教えていなし、ここ暫くは人前で研究もしていないから手掛かりすら残っていない筈。『時の庭園』を買い取ったのも随分前だからそれから辿ることもシロウには出来ない筈。

 でも、現に彼はここを突き止めて、すぐそこにまで来ている。

 

(シロウ…………)

 

『ヒュドラ』の事故の数日前にある実験に巻き込まれて、冷凍睡眠に入ることを余儀無くされたことは”旅”に出る際のキリツグから聞いていた。

 そう、あの頃に私の二人の子供は”眠り”に就いた。当時はそれは荒れた。

 ――――何故、あの子たちがこんな目に遭わなければならないのか?

 そんな負の感情が溢れに溢れた。今でもその感情は消えない。

 こうして、研究を続けているのは、失われた”幸せ”を取り戻すこと他ならない。

 

(どうして――――)

 

 今になって目が覚めたのか。

 それ自体は喜ばしい事だ。彼が再び、あの足で日々を進んで行くのだから。

 しかし、娘が目覚める時まで待って欲しかった。

 

 

「リニスです。エミヤシロウさんをご案内しました」

 

 彼の事を考えていると、扉がノックされた。

 

「入りなさい」

 

 私が短く応じた途端に扉が開く。

 そして、目に入ったのは、12歳は越えているであろう、赤銅色の髪の毛に琥珀色の瞳を持った少年。一目で分かった。シロウが成長した姿だと。

 けれど、目つきが少し、鋭くなっていたような気がした。でも、5歳もの歳を取ったら目つきぐらいは変わるだろう。

 

「久しぶり、プレシア」

 

「そうね、久しぶりね、シロウ」

 

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 

 

「久しぶり、プレシア」

 

「そうね、久しぶりね、シロウ」

 

 挨拶を交わす俺たち。普通なら再会を喜ぶところなのだろう。

 でも、それより俺はプレシアの目が気になった。穏やかだったあの優しい目はそこに無かった。

 在ったのは、怒り、憎しみ、悲しみなどの負の感情によって刺々しくなった目。

 それにどこか狂気じみた雰囲気を彼女は纏っているように感じた。

 

「来てもらって悪いけど、私は忙しいの。ただ挨拶に来たのなら、帰ってもらえるかしら?」

 

 真っ先に言われたのはこれだった。

 確かに、会いに来た理由は特にない。ただ、会いに来ただけだ。だから、「忙しい」と言われたらそこで帰ろうと思っていた。

 しかし、プレシアと対面した俺からその考えはもう無くなっている。記憶にある彼女との差異を見て、今ここで何もせずに離れたらまた何かを失うような気がした。

 だから……なんて返せばここに留まれるかと考えを巡らすが、有効的なものは出てこない。俺は彼女みたく研究者でも魔導師でもないから”忙しさ”を手伝うことはできないだろう。

 そんな俺の心情を察したのか、リニスが口を開く。

 

「待ってください。シロウさんから先ほど伺いましたが、彼の魔法は珍しいもので一般の方からの教えでは不十分だと判断しました。

 なので、私に教える機会をください。私の元になった山猫は彼に色々とお世話になったようですし、恩返しをしたいのです。勿論、フェイトの指導も疎かになんてしません」

 

「リニスッッ!」

 

 プレシアがリニスを睨む。

 対して俺はリニスの提案(援護)を受けて、

 

「もし迷惑じゃなければ、頼みたい。一応魔法は使えるけど……やっぱりまだ荒削りのところがあるのは自覚してたからさ」

 

 そう理由を作る。

 それを聞いたプレシアは顔をしかめた。

 

「勝手にしなさい」

 

 一言を言い残してプレシアは部屋の奥へ向かって行くと、そのまま再びディスプレイに手を掛けて、作業を再開し始める。

 彼女の後ろ姿を目に映したリニスはメイドのようにプレシアにお辞儀してから、俺を連れて退室した。

 

「……ごめんなさい。蟠りが残る様なことになってしまいました……」

 

「気にしないでくれ。むしろ助かったよ。ここには暫く居ようと考えていたけど、プレシアを納得させる方法が浮かばなかったからさ。

 それに、ここに居ればプレシアと話す機会はこの先にもあるだろうし、リニスが心配する必要は無いよ」

 

「ですが……」

 

 リニスは気まずそうに目を伏せた。まだ会話を交わし始めて間もないけど、彼女が責任感に溢れているのは薄々感じていた。プレシアの使い魔としてそう在るのは当然だけど、俺に対してそれほどにまで思う必要は無い。

 しかし、このままでは長く続きそうなので、話題を提示して転換を試みる。

 

「ところで、さっきのフェイトって言うのは誰なんだ? 二人以外にも誰か居るのか?」

 

「ええ……フェイトはプレシアの娘です。

 私は彼女に魔法技能をはじめとした指導を請け負っています」

 

 プレシアの娘? つまり、アリシアの妹?

 一瞬、その言葉に思考が囚われた。が、その引っ掛かりを何とか胸に押し留めて、表に出さないようにする。

 それで俺の心情を今回は察しられなかったようで、リニスは話を続けた。

 

「そうですね……シロウがここに居るとなれば、是非フェイトの相手をして頂けませんか? フェイトは私とプレシア以外の人と会ったことが無いので、人との関わりを知って欲しいんです」

 

 それを聞いて、やっぱり俺はここに来るべきじゃなかったのではと一瞬考えたが、今更引き返すとはしなかった。

 

「分かった。取り敢えず、会ってみよう。

 案内してくれるか?」

 

「はい」

 

 リニスは俺をフェイトの所へ連れて行ってくれた。

 辿り着いた部屋には多くの魔導書が保管されていた。図書館というよりは小さめの勉強部屋と言った方が近い造りをしている。

 その部屋でもう少しで6歳になるぐらいの少女が椅子に座り、机で魔導書を読んでいた。

 

「フェイト、貴女に紹介したい人を連れて来ました」

 

 そう言われると少女は一旦、本を閉じて、こちらに歩き寄って来る。

 手の届くぐらいのまで来たところで、リニスは彼女に俺を紹介してくれた。

 

「エミヤシロウさん。彼はプレシアを訪れたのですが、今日からここに滞在することになりました」

 

「こんにちは。俺は衛宮士郎、士郎って呼んでくれ。プレシアもリニスもそう俺を呼ぶからさ」

 

「フェイト・テスタロッサです。その――――こんにちは」

 

 緊張気味に挨拶を返してくれたフェイト。俺は彼女を見て真っ先に思った。

 

(アリシアとそっくりじゃないか……双子って言われても不思議はないな)

 

 フェイトの容姿はアリシアと酷似していた。美しく豊富な金髪のツインテールに、赤い綺麗な瞳。

 ただ、雰囲気は活発的だったアリシアとは違い、大人しい感じだった。

 

「ああ、よろしくな。

 えっと、フェイトって呼んでいいかな?」

 

 俺に訊かれて、フェイトはコクりと頷く。

 が、それでも緊張は残っているので、俺はそれを解くために優しく声をかける。

 

「じゃあ、フェイト。俺は基本的にリニスと一緒に君の世話をすることになると思う。

 と言っても、魔法以外での事だけどな。魔法に関しては俺もリニスに教えてもらうから……まあ、同じ生徒と思って気軽にな」

 

「よろしくお願いします。シロウ」

 

 今度ははっきりと言ってくれた。まだ少し緊張が残っていたが。

 でもそれは仕方がないことだろう。プレシアとリニス以外の人に会ったこと無いのに、突然俺みたいな人が訪れたんだから。

 少しずつでも慣れてくれればいい。

 そう考えながら、ここでの時間を過ごそうと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




公式の方でなのは無印の時点でフェイトは9歳相当とされています。彼女は生まれた時点でアリシアと同じ5歳ぐらいだと予想されました。漫画版 The 1stを読んでもそう取れたのでこの作品でも生まれた時点で5歳ぐらいとしています。
二人が出会った時点でシロウ12歳、フェイト5歳です。フェイトの誕生の数ヶ月後にシロウが来た形です。
無印はフェイトが生まれてから4年後なので、シロウ16歳、フェイト、なのは9歳です。


追記 会話の追加、記号の整理をしました


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6.5話 アルトセイム

ジュエルシード事件前のお話です。



 アルトセイム地方。

 魔法技術が栄えている第一管理世界『ミッドチルダ』の南部に在り、豊かな自然が広がっている地だ。

 首都である『クラナガン』とは違い、そこには現代の人の手が介在しておらず、長い時が育んだ生命力に溢れている。

 濃緑に占められた大地には透き通った湖が点在しており、眺めているだけでその広大さが全身で感じ取れる場所。歩き続け、この地を訪れた旅人には一刻の安らぎをもたらし、この生息している地方特有の野生動物も安寧に居られる“自然の楽園”とも言えるだろう。

 

 

 そんな『アルトセイム』だが、『クラナガン』をはじめとする中心地区からは辺境の地とされている。日々開発が進み、高層ビルやハイウェイなどが建設されている所と比べれば、不便さが残っているのは言わずとも知れている。一度便利さを知ってしまった人が、自ら進んでそれを捨てて生活をしようとは考え難い。

 ましてや、向こうには治安維持を担う“時空管理局”の地上部隊の本部が置かれている。そのため、発展速度は著しく、立派な【魔導師】を目指す人々が密集するのだ。

 

 

 しかし、『アルトセイム』には1つだけだが人工物が存在し、4人の住人が人知れずに生活している。

 『時の庭園』――――住人の一人であるプレシア・テスタロッサが買い取り、自身が研究に勤しんでいる“城”である。“城”と言っても年代物であった為、その外壁は緑に覆われ、周囲の自然に溶け込み、共に作り出すその光景は一つの風景画のようであった。

 

 

 人々の目が届かない“城”に有る図書室を少し小さくしたような部屋に、二つの人影が在った。

 勉強机に向かい、羽ペンを走らせる少女のフェイト。彼女はプレシアの娘で、母の期待に応えて一日でも早く一人前になりたいと日々魔法を学び精進している。

 フェイトの目の前には、幼き少女の世話をしつつ、一流の【魔導師】に育て上げることを責務としてプレシアに作られた使い魔のリニス。と言っても、姿形は人間そのもので、感情もある。素体となった山猫の耳や尻尾などの特徴は残っているが、それは白色を基調とした帽子と衣服の下に隠されている。見た目だけなら人間と思われるだろう。

 

「できたよ、リニス」

 

「はい。では採点しましょうね」

 

 解答を書き込み終えたフェイトは用紙を手に取り、自分に魔法を教える先生へ差し出す。

 先生の方は読んでいた魔導書を閉じ、渡された用紙に目を通していく。それは――――魔法に関する筆記テストであった。

 

「流石ですよフェイト。全問正解です」

 

「ほんと?」

 

「ええ」

 

 リニスの満足そうな声に、フェイトは笑顔を浮かべる。

 

「午前中はここまでですね。昼食まで少し時間が有るので、少し休憩しましょうか?」

 

「うん」

 

 昼食の準備が整う丁度に一段落付くでしょう……とリニスは想定していたのだが、朝から始まった二人の日課は少しばかり早く片付いてしまった。

 それは、フェイトの【魔導師】としての成長を証明することであり、リニスには喜ばしいことではあった。

 

「進捗具合は順調ですね。予定より少々早い気がしますが、フェイトはいつも頑張っていますから」

 

「リニスの教え方が上手だからだよ。それに、勉強をするのって楽しいし」

 

 フェイトの言う通り、リニスの教え方は最適なモノであった。

 プレシアの使い魔であるリニスには主である彼女の持つ魔法の知識と技術が送り込まれており、リニスにとってフェイトを指導していくことはそれほど苦なことではなかった。

 

 

 加えて、フェイトの学習速度だ。彼女はスポンジが水を吸収するかの如く、魔法を学習していく。

 自分から進んで勉強に励む姿勢もあるのだから、そうなるのは自然な流れではある。しかし、同い年の子供と比較すればその差は明らかだろう。無論、フェイトが持っている素質もある。だが、それ以上に彼女は頑張り屋だった。

 

 

「今日のお昼ご飯は何かな?」

 

「やっぱり楽しみですか、フェイト?」

 

「うん。リニスとシロウが作るご飯は美味しいし、“今日も一日頑張ろう”って力が出る」

 

 

 壁に掛けられた時計の針が頂上へ登っていくのを見たフェイトが心待ちにしていることを口にすると、リニスも同調する。今日の食事当番は“城”を訪れてから滞留している衛宮士郎だ。彼は半年ほど前にここを訪れて以来、リニスと共にフェイトの世話をしながら、持ち合わせている魔法を磨いていた。

 リニスは士郎の料理の腕前をよく知っている。同じ厨房に立ち、自分の知らなかった調理テクニックを教えてもらい、彼の仕事具合を見てきた。彼女は彼の魔法を向上するように手助けをし、逆に彼は彼女の家事の手助けをする。

 出会った以後、そのようにしてリニスと士郎は友好を深めてきた。

 

 

 対して、フェイトは士郎と出会った当初は遠慮がちでいた。彼女はプレシアとリニス以外の人物と出会ったことは無く、士郎は初めて見る“外”の人であった。背丈も自分より高く、性別も母親たちとは違う。普通に考えれば、打ち解けるにはそれなりを時間を要することであろう。

 しかし、それは次第に解消されていった。優しく接してくれるし、休憩の間で遊び相手をしてくれた。加えて、彼の振る舞う料理はどれも美味しかった。

 それはフェイトの肌に馴染むものであった。彼女にとって今の彼は、プレシア、リニスに続く身近な人である。

 

「シロウが来てからもう半年ぐらいが過ぎましたね。早いものです」

 

「もう半年かぁ……魔法も体術も学ぶのが楽しくて、あっという間だったかな。二人は私の世話もしてくれるけど、先生って感じが強いかも」

 

「そうですね。フェイトにとってシロウは二人目の先生になりますね。魔法は主に私ですが、体術の方は彼が教えていますし」

 

 魔法関連をフェイトへ教えことはリニスが一人で担当しているが、体術の指導や練習相手は士郎も受け持っている。彼は誰かから魔法について教わることはあっても、教えることない。単純に教えが出来る程の技能を持っていないのだ。それは仕方がないことであった。何故なら、彼は純粋な【魔導師】ではない。極一部の人間しか知り得ない“技術”の担い手なのだから。

 代わりに彼は体術など“戦闘技能”は持ち合わせている。武器の扱い方、体の使い方は【魔導師】に関わらず、誰にでも必要とされる技能だ。

 リニスにも魔法以外のことをフェイトに教えることが全く出来ない訳でない。しかし、今時の【魔導師】の戦闘スタイルが魔法重視となっている点と主であるプレシアからインプットされていた“知識”が【大魔導師】ならではのモノと言うこともあって、魔法の方面に長けているのが事実。

 よって、リニスより体術に長けている士郎がフェイトに教えている。

 

「私が見る限り体術の方も順調に見えますが、自分から見てどうですか?」

 

「体は自然とスムーズ動くようになったよ。前はよく転けたりしたけど……。重心の動かし方、足運び、武器()を持っての腕の振り方――――技能はそこそこかな。

 シロウは順調って言ってた」

 

「ならよかったです。ですが怪我をしないように気を付けて下さいね。まあ、その辺りはシロウもしっかり見ていますから、無用な心配かと思いますが」

 

 フェイトはまだ幼い。勉強の方は多少早く進んでも問題は無いが、体術の方はそうとはいかない。

 まだまだ成長期が控えているフェイトに過度な負荷を掛けてしまっては逆効果になる。だから、士郎が彼女に教えているのは“怪我をしないこと”と“成長してからも上達に繋がること”である。

 彼女のペースに合わせつつも、無理が起こらないのを士郎は第一にしている。

 

「リニス、シロウの魔法はどうなの? 私とは色々と違うみたいだけど」

 

「ええ、フェイトと彼では魔力変換資質も式も違ったので貴女と比べたら順調とは言いづらいですね。

 ですが、彼は目的がはっきりとしています。攻撃魔法は鋭さと展開数の増加。防御魔法は使用魔力量の削減と強度の向上といったところです」

 

「シロウも頑張ってるんだよね」

 

「はい。貴女に劣らず、がんばり屋ですよ。彼は荒削りの所が有ると自覚があったので、そこさえ指摘すればって感じです。

 二人とも、優秀な生徒ですよ」

 

「ありがとう、リニス」

 

 褒められたフェイトは控えめ微笑みで返した。

 その面立ちを見る度に切なさがリニスに込み上げる。だが、彼女はそれを表には出さず平常を保ち続ける。

 母娘の幸せのための研究とは言え、プレシアが没頭するあまり母娘が顔を合わせることは僅だ。その寂しさは、常にフェイトの心に在る。

 主と彼女の娘を想うリニスだからこそ、その痛みを感じせずにはいられないのだ。

 

「そろそろ支度が済む頃でしょうから行きましょうか。

 午後は外で運動ですよ」

 

「はーーい」

 

 フェイトとリニスは椅子から腰を上げて、さっきまで使っていた魔導書を本棚に戻していく。

 手際よくそれを終えると、二人は勉強部屋から廊下に出て、食堂へ向かい始めた。

 

 

 彼女たちが住まう“城”には食堂、中庭にも円型のテーブルなどといくつか食卓を囲める場所はある。しかしながら、食堂はちょっとした催しが開ける程で3人では広すぎる。中庭は丁度いい広さだが、それは日によって変わる。今日は室内にしようと話になっていた。

 

 

 フェイトとリニスは回廊を歩き、食事を摂る一室に辿り着いた。

 部屋の中央に置かれた長めのテーブルには、既に今日の昼食が揃っている。

 みじん切りに野菜と挽き肉を合わせたミートソースをかけたパスタ。

 磨り潰したジャガイモとブロッコリーにツナを和えたポテトサラダ。

 ブロックサイズにカットした野菜を入れた野菜スープ。

 それらを調理した少年はテーブル付近に立ち、二人が来るのを待っていた。

 

「その様子だと、今日も順調だったみたいだな」

 

「ええ」

 

 士郎の声にリニスが応答する。彼女の授業が延長することが無いのは判っているが、早く終わってしまうことはある。

 そのことを把握した士郎は、リニスの隣に居るフェイトに声を掛ける。

 

「何か、嬉しいことでもあったのか?」

 

「ううん。今日のお昼ご飯も美味しそうだなって」

 

 言葉を交わしてから、二人はテーブルに歩き寄って行く。

 それを見た士郎は動きだし、腰が下ろし安いように椅子を引く。そこまで気を使う必要は無いと彼女たちから言われてはいるが、自然と士郎の体は動いてしまうのだ。

 それぞれが腰を下ろしてお礼を言うと、士郎も自分の席に座る。こういった場では給仕に専念したいという衝動が無い訳ではないが、一緒に食卓を囲みたいと言われたので、このようにしている。

 

「「「いただきます」」」

 

 お辞儀をして、各々は料理を口に運んでいく。

 これまでの日々を通して、この食卓はフェイトに安らぎをもたらすものになっていた。何気無い会話を楽しみながら美味しご飯が食べられる。ささやかなことであったとしても、温かく大切な時間だ。母親は研究で忙しく一緒にすることは出来ないが、いつの日か……4人で食卓を囲めればと思っている。

 

「リニスは今日、買い出しに行くんだよな?」

 

「“材料”を買いに出てきますけど、何かリクエストが?」

 

 昼食が開始され、食器に盛られたパスタとサラダは高さを失っていき、スープの水面は下がっていく。

 満喫されてゆく料理たちを一瞥してから士郎は内容を口にする。

 

「出来れば食材も頼む。後でメモを書いておくから、それを参考にしてくれ。他にも良さげな物が在った場合の判断は任せる」

 

「構いませんが……もう貯蔵が無くなりますか?」

 

「まだ持つけど、少し消費が早いかな。

 ま、食べ盛りなのはいいことだ。俺もそれなりに食ってるし」

 

 士郎が視線をリニスの隣に向けると、彼女も首を動かして同じ所を見る。それでリニスは納得した。

 

「……? どうしたの?」

 

「いや、いつもながら美味しそうによく食べるなって」

 

「確かにフェイトはよく食べますね。年齢的に当然ではありますが……分かりました。では後程メモを」

 

「ああ」

 

 食材調達の算段をつけて、士郎は食事を再開しようとするが――――聞こえていた食器の音が消えているのが気になって取り止めた。

 

「………………」

 

 顔を上げた先には空になったフェイトの皿が在った。

 普段なら遠慮せずにおかわりを求めてくるのだが、今の会話で恥ずかしくなったのか彼女は静かにしていた。

 

「おかわり、要るか?」

 

「……うん」

 

 フェイトから恥ずかしげに差し出された皿を受け取って、士郎はトングでプレートに盛られたパスタを掴み、皿に盛り直して返す。

 

「ありがとう」

 

((―――――――っ))

 

 返された皿を自分の前に置いて、フォークを手に取るフェイト。再びパスタを頬張り、満足感を漂わせる。

 その子供らしい動きがリニスと士郎は微笑ましかった。フェイトはがんばり屋である反面、子供らしさが少し足りない。我が儘を言うことはなく、大人びている。

 だから、些細でも年相応の反応をしてくれることが二人は嬉しい。

 

「リニスも要るか?」

 

「そうですね、頂きましょうか」

 

 さっきと同じように、士郎はトングで渡された皿にパスタを盛り付けて返す。その後に自分の皿にも盛る。

 フェイトに影響されてか、二人の食も今日は一段と進み、会話も弾む。

 

「――――そっか。フェイトは初級魔法の基礎は押さえたのか」

 

「うん。サポート用のデバイスが無いと出来ない魔法もあるけどね」

 

「いや、フェイトぐらいの年なら凄いよ。俺より種類が多いのに」

 

「私の場合、リニスの授業はピッタリだから。それに種類が多いって言っても電気系統が中心だよ」

 

「魔法は資質による部分があるだろうけど、同じ系統でも手札が多いのは長所だよ。だろ、リニス?」

 

「シロウの言う通り、出来ることが多ければ組み合わせの範囲が広がります。電気系統の魔法は威力こそ低めですが、その分速いので運用次第でカバーが効きます」

 

 先生たちは納得の表情を浮かべる。

 その中でフェイトの魔法の話が締めくくりに近付くと、彼女は話題を士郎の方へ変えようと彼に訊く。

 

「シロウも頑張ってるんだよね? そっちはどうなの?」

 

「俺の方は元々使える魔法の向上化が目的だからな。

 けど、適正がフェイトと違うからリニスには余計に面倒を掛けてる」

 

「適正の違いは仕方ないですよ。初めから判っていましたし、気にすることではありません」

 

 カップに注がれた水で喉を潤し、息を漏らしてリニスは話を続ける。

 

「実を言うと、少し不安だったですよ。“知識”が送り込まれているとは言え、“風”を教えるのは初めてでしたので」

 

「それは杞憂だったな。リニスの授業は俺にも解り安い」

 

「それならよかったです」

 

 感想を聞いてリニスの口許に微笑が浮かぶ。

 士郎もそれを見て、水で一息を吐く。

 

「それにしても、シロウの集中力には驚きました。魔法の勉強――――楽しいことに熱中するのも、フェイトと同じでしたね」

 

「魔法を勉強するのって楽しいよね。新しいことを知ったり、上手くなると嬉しいし。ね、シロウ」

 

「……ああ、出来ることが増えるのは嬉しいな」

 

 リニスに同調したフェイトから訪ねられた士郎は、ゆっくりと応えた。

 その様子が気になったリニスは彼へ念話を繋ぐ。

 

(どうかしましたか?)

 

(どうもしないぞ。教えてもらったことを思い出してた)

 

 念話に対する返事は即座に着た。

 普段と士郎の反応が異なっていたと感じて念話をしたリニスだったが、彼の返事を聞いて気のせいかと“回線”を閉じる。

 

「そろそろ時間かな。フェイト、少したら外に行こうか」

 

「分かった。今日もいつも同じ?」

 

「ああ」

 

 時計を見た士郎は午後に控えている体術の練習をフェイトに伝え、綺麗に空っぽになった食器を集めていく。

 

(リニス……プレシアの昼食は用意してあるから持って行ってくれると助かる)

 

(分かりました)

 

 今度は士郎からリニスに念話を掛けて、フェイトに聞かれないように頼み事を言う。

 相変わらず、プレシアは研究に没頭していて部屋から出てこない。そのため、彼女の食事はリニスが直接届けに行っている。

 

「ちゃんと運動着に着替えてな」

 

「はーい」

 

 ごちそうさま、と合掌してフェイトは運動の準備をしに部屋を出て行った。

 士郎とリニスの方はテーブルの上を片付けて、用具を厨房へ運んでいく。

 

「買い物から帰ってくるのは何時ぐらいになりそうだ?」

 

「夕食には間に合うようにします。フェイトをお風呂に入れなければいけませんし」

 

「分かった」

 

 食事を作った者はその片付けてを終えてこそ身を休められる。

 厨房に辿り着いた士郎は流しに食器を集め、蛇口をひねり、洗い物を開始する

 

「洗い物は俺で足りるから、リニスはプレシアの所に飯を持って行ってくれ」

 

「相変わらず、ドアを開けませんか?」

 

「開けてくれないと言うか……返事がない。部屋で研究してるのは判ってるけど、了承も無く入る訳にはいかないだろ。リニスはプレシアの使い魔だから問題ないかもしれないけど、俺は違うからな」

 

「返事ぐらいできるでしょうに……」

 

「それ程没頭してるんだろ。研究者ならそうなるのはなんとなく分かるよ」

 

「だとしてもですよ」

 

 リニスは眉根を上げる。日々を通して降り積もる悩みを彼女は吐露する。

 

「時折モニター越しフェイトのことを見るぐらいなら、直接顔を合わせた方がいいと思いません?」

 

「まあ……そうだな」

 

「せめて食事は一緒にして欲しいです。フェイトは口にこそしませんが、心ではそう思っているのはシロウもご存知でしょう?」

 

「でも、プレシアが研究で忙しく出てきてくれないじゃなぁ……無理にやっても飯は美味くならないし……」

 

「それは……そうですが」

 

 母娘が同じ食卓すら囲めない現状に揃って唸る。

 プレシアの研究が彼女たちのためだということは彼らも判っている。それでも、可能なら母娘一緒に時間を過ごして欲しいのだ。

 

「引き続き説得をしてはいますが、過度にする訳にはいけませんし……」

 

「やっぱり、プレシアの研究に区切りが付くのを待つしかないのか」

 

 どうにかして解決できないかと悩み続ける。しかし、このままずっとこうしている訳にはいかない。午後は午後でそれぞれやることがある。

 食器を洗う音を背中に、リニスはプレシアの昼食が乗ったトレイを持ち上げる。

 

「一先ず、昼食をプレシアの所へ運んできます」

 

「ああ、頼む」

 

 士郎は一旦手を止めて、後ろに居るリニスを見送る。

 それは見慣れた光景だ。プレシアへ食事を運ぶリニス。二人が主と使い魔の関係であるから可笑しなことでない。でも、士郎は少しばかり哀しくなる。

 

「――――――――」

 

 人一人になった厨房には洗い物の音だけが黙々と流れる。こちらも見慣れた光景だ。ここに留まり、繰り返される動作。

 

(“時間”と“環境”が違い過ぎているのは……分かってるさ……)

 

 時間が流れれば取り巻く環境も変化していく。

 士郎が“眠っていた”間もプレシアは歩き続けていた。そこには様々なことがあっただろう。

 

(でも、プレシアは変わっていない。今は研究で手が離せないでいるらしいけど、それは二人の幸せに繋がることだってリニスも言っていた)

 

 昔と比べて少し雰囲気が変わっていたとしても、彼女の根っ子は変わっていない。でなければ、幸せの為の研究などしない。

 それに、士郎も少なからず変わっている。力の有無もそうだが、胸に秘めた“理想”の有無。けど、彼の根っ子は相変わらずだ。

 だから、彼は自分に出来ることをしながら過ごしている。

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 木製の棒と木製の小振りな双剣がぶつかり合う。

 一振りが薙ぎ、それを二振りは往なしている。速度、体重移動などはぶつかる都度に異なるが、どれも澄んだ木音を響かせる。

 

「――はっ!」

 

 小さい体でいながらも、フェイトは力強く棒を練習相手へ叩き込む。

 

「――――!」

 

 それを士郎は正確に防ぐ。彼からのカウンターは無い。フェイトが攻め、士郎は守る。

 これは現状の練習項目の一つだ。他にも木材から組み立てられた人形への打ち込みや動作の練習などがある。

 この攻防はフェイトが士郎に一撃を入れるか、終了時間に達するまで終わらない。

 

「フェイト……相変わらず速いな」

 

「ううん、まだ――――」

 

 時間が迫っていても、棒を握っている彼女の手から力は抜けず、体の動きは鈍らない。むしろ、加速していく気振りがする。

 

 

 素早いフェイトの動きに磨きが掛かっていく。それに伴って棒の軌道も速くなる。相手の胸部へ迫る振り上げ。横から迫る薙ぎ払い――――などと、一つ一つ繰り出されて来るものは加速しても狙いに狂いは生じない。

 それに士郎はしっかりと反応。彼の瞳は棒の動きを完全に捉えていた。

 

(まだまだ速さが上がりそうだな……)

 

 その中で士郎は思った。カウンターを得意とする彼の目は動作に対する見切りが巧い。今日までフェイトの相手を務めてきた彼だが、改めて感じる。

 同時に、このままフェイトが経験を積んで、魔法を熟練したらどれぐらいの速さになるのか、士郎には底が知れなかった。

 視えるものならば彼は反応仕切れる。しかし、それを越えたら? 補助魔法には自身を加速するモノがある。肉体の動きを極め、かつ魔法を極めたフェイトの速度はどれぐらいになるのか。

 

「はっ!」

 

 一段とした気勢が込められた一発。

 士郎がそれを受け止めると同時に、

 

「時間です!」

 

 彼の左手首に装着された“ブレスレット”から電子ブザーが鳴り響き、終了を知らせた。

 二人とも得物を下げて、距離を取る。

 

「「ありがとうございました」」

 

 軽く一礼する。

 行儀作法も大切なことだ。この手のことにはリニスは厳しい。常識的なこともきちんと教えている。

 

「よかったぞ、フェイト。前よりも速くなってるし、正確さが増した」

 

「なんとなくそれは判るんだけど……やっぱりシロウの守りを崩せないよ」

 

「守りは俺の得意分野だからな。

 崩せないと言っても、フェイトは確実に上達してる。無理の無い範囲で今後も続けよう」

 

「うん」

 

 練習に区切りが付くと、二人は近くの木下に敷いたレジャーシートに向かった。木製の得物を置き、休憩と座る。

 

「水分補給もしっかりな」

 

「ありがとう」

 

 士郎がシートの端に置いておいたバスケットからボトルとコップを取り出し、ボトルに入っている水をコップへ注ぐ。

 

「主、水分補給は貴方もですよ」

 

「ああ」

 

 相棒であるウィンディアからの言われ、士郎はもう一つのコップを取り出して水を注いだ。

 喉を潤したところで、二人は人心地をつけた。

 

「シロウ、私って今、どれくらい?」

 

「練習行程のことか?」

 

 彼の確認に、フェイトは頷く。

 

「そうだな……自然と動作は出来てきてるし、魔法の方も順調みたいだし。そろそろ次に上げても大丈夫そうか。

 後で、リニスと相談してみるよ」

 

「フェイトは主に劣らず熱心ですか」

 

「早く一人前になりたいし、母さんもそれを待ってるから」

 

「真っ直ぐですね、貴女も」

 

 明確な意思が宿った瞳をフェイトはしていた。

 彼女ぐらいの子供なら親に甘え盛りで、遊び盛りな時期だろう。

 それでも、魔法と体術を一生懸命にやっている。母親の期待にも、自分の先生たちにも応えたいから。

 

「ウィンディア。リニスも言ってたけど、私とシロウって似てる?」

 

「練習に励む姿勢()似ています。でなけば、この短い期間で貴方はここまで上達しなかったでしょう。

 主の練習風景を私は見てきましたが、フェイトもなかなか」

 

「シロウの練習ってどんな感じだったの?」

 

 興味を持ったのか、フェイトがシロウへ視線を向ける。

 それを受けた士郎は少し逡巡してから口を開いた。

 

「……俺が剣を握ったのは7歳の頃だったかな。組み手をしてくれる人は居たから、俺とフェイトが今やってるのと似たようなことをやってた」

 

「ほんと? そっか、だからシロウの教えた方も上手なんだ。

 あ、弓矢は?」

 

「それも同じぐらいだ。剣術と弓も平行してやってたよ。そっちは的当てが中心だった」

 

「ってことは……剣と弓は5年ぐらい続けてるの?」

 

「まぁ、そうなるかな」

 

「5年かぁ……」

 

 士郎が剣と弓に費やしてきた年数を聞いて、フェイトは感嘆を漏らす。

 巧みな剣捌きに、時折森の中で矢を射る彼の姿は印象強かった。

 

「練習してた頃の記録って残ってる?」

 

「いや、無いな。自分の動きを撮って見返すって練習方法もあったけど、俺は反復練習ばっかりだったし」

 

「主の練習風景を見たくなりましたか?」

 

「うん。昔のシロウも少し気になるし、参考になることは無いかなって」

 

「剣の方は兎も角、弓は参考にならないよ。俺の“あれ”は俺だから出来ることだ。

 でもそうだな……剣の方は参考になったかも」

 

「ほんと!?」

 

 士郎の発言に赤い瞳を輝かせるフェイト。

 その様子を見て彼は話を続ける。

 

「防御とカウンターは俺の素質が大きいけど、それ以外の攻撃、動かし方ならな。と言っても、俺と同じ二刀使いでないと厳しい。武器の選択はその人と長所が大きく影響する。フェイトのデバイス次第だな」

 

「私の……デバイス……。ウィンディアみたいな?」

 

「私の様なインテリジェント型は使い手との相性が重要ですからなんとも。

 ただ、ストレージ型にしろインテリジェント型にしろ、貴女にはサポート兼攻撃のデバイスが適していると思います」

 

「それって、武器型ってこと?」

 

「はい。ミッドチルダでは杖が主流ですが、槍、剣などそのまま攻撃へ併用する物もあります。私はその反対……主の足りない部分の補う設計思想で作られました」

 

「フェイトのデバイスはプレシアとリニスが用意してくれるだろう。まだ”何に“なるか判らないけど、これから成長でフェイトに必要な愛機を二人ならデザインしてくれるさ」

 

 まだ先のことになると判っていても、フェイトは胸を膨らませる。一人前に成ったほとんどの人が所有しているとあって、自身の愛機を持つことは一人前になった証とも言える。

 

「私の予測ですが、その時はあまり遠くないかと」

 

「え?」

 

「主もなんとなく考えているのでは?」

 

「少しはな」

 

 自分の考えを読まれていたことに若干驚いたが、士郎も予想を口にする。

 

「あくまで体感だけど、フェイトの成長速度は俺より早い。魔法に関しては間違いなく俺より上だ」

 

「でも、シロウにはまだ一撃も入れられてないよ」

 

「そりゃ、経験値の差があるからな。

 この調子で行くと7、8歳の頃には当時の俺より速くなるだろう」

 

「経験値……」

 

「けれど、先ずは学ぶことを終えてからだ。急ぎ足で進めたら後が怖い。

 フェイトが経験値を重ねていくのは、まだ先だな」

 

「――主がそれを言いますか……」

 

 士郎の話を聞いていたウィンディアは、二人に聞こえない程の小さな声で呟いていたのだった。

 フェイトの方は熱心に聞いていた。

 

(5年後……私はリニスやシロウみたいになれるのかな?)

 

 魔法を教えてくれる先生のリニス。

 体術を教えてくれる先生の士郎。

 二人からの教えを受け続け、一人前の魔導師になって、母親にも応える。

 そして、愛機を手にした魔導師になる。そう思うとより取り組もうと意欲が沸き立つ。

 その事を見越したのか、士郎は口を開いた。

 

「フェイトはまだまだ速くなれるし、魔法も上達するだろう。でもそれは、土台がしっかりしていることが前提だ」

 

「――――――」

 

「俺もリニスと同じように、俺が教えられることは全て教えるし、演習相手もする。それ以外でも手伝えそうなことがあるなら言ってくれ」

 

「うん……私、これからも頑張るよ」

 

 フェイトの両手がぎゅっと握り締められていた。そこには彼女の望みと憧れが秘められている。

 一人前になる――――“強くなること”を為すのには技量や知識の他にも必要なモノがある。それは、強い意思。目的を為し遂げるその人の“信念”とも言うべきか。

 今のフェイトを支えているそれは『母親の望みを叶えたい』と想い。

 そんなフェイトを立派だと思うからこそ彼らは教えることを惜しまないのだ。

 

 

 

 休息を終えたフェイトと士郎は側に置いた木製の得物を手にして、立ち上がる。さっきと同じ場所に立つと、一礼を交わす。

 それから間も無く、澄んだ音が再び響き始める。

 

 

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 

 

 薄暗い回廊を歩いて私は(プレシア)の許へ向かっていました。その目的はフェイトの成長を言い伝えること。

 フェイトの成長を定期的に報告していても、研究に勤しんでいるプレシアはあまり長く取り合ってくれません。習得した魔法などの要点を確認したら「それで話は終わり」と返されてしまうのです。

 

 

 プレシアの研究が親子の幸せに繋がると聞いているので、彼女が研究に没頭する理由は解ります。

 ですが、私はプレシアにもっとフェイトのことを聞いて欲しい。

 時間取れず会えないのであれば、出来る限りフェイトのことを知っていてもらいたい。

 だから、あまり聞いてくれないと分かっていたとしても、私はプレシアに話をしようと彼女の許へ向かいます。

 

 

 やがてくる……親子の時間の為にも。

 

 

「いつになったらそれは訪れのでしょう……」

 

 靴音が鳴り響く中、ふと呟きました。

 二人の事を思うとそのことを思えずにはいられない。

 フェイトの相手は私とシロウがしていますが、心の中では母親と同じ時間を過ごしたことを願っていると私たちも感じています。

 フェイトの気持ちは普通でしょう。彼女の年齢なら母親と一緒に食事をしたり、何気ない会話を楽しむのが当たり前。

 

 

 しかし、フェイトはそれより『母親(プレシア)の期待に答えること』を前に出している。

 母親を想う気持ちは大切だと分かっていますし、頑張っている姿はきちんと見ています。

 しかし、そのことを思うと少し切なくなりますね……。

 

 

「約2年――――シロウが時の庭園(ここ)に来てからの時期を考慮すると、それぐらいこの状況が続いていることになりますか……」

 

 

 フェイトを一流の魔導師に育て上げるために私が生ま(造ら)れた日。

 プレシアの方針を受けて、フェイトへ魔法を教え始めた日。

 シロウがプレシアに会おうとここを訪れた日。

 その一つ一つが繋がって今日まできたことを思い返してみると、時間の流れは早いと思います。

 

 

 でも、その日その日のことはしっかりと覚えています。

 フェイトの魔導師としての成長。

 シロウの魔法技能の向上。

 二人に魔法を教えてきた内容も光景も薄れることなく残っています。

 

 

 私が一から魔導師としての教育をしてきたフェイトの成長速度は順調を通り越して怖いぐらいでした。

 魔法の基礎知識の吸収。魔法技能の上達ぶり。大魔導師(プレシア)の娘だとしても、驚かずにはいられない程でした。

 使用魔法はプレシアの資質を受け継いで【魔力変換資質・電気】を持っていたため、電気系統の魔法の覚えが特に早かったと感じました。

 それ以外の魔法――――初級魔法のほとんどは既に呪文を唱えるまでもなく行使可能な技量になっています。

 加えて、サポート用のデバイスを用いれば上級魔法すら行える……ここまでくると将来、フェイトは超一流の魔導師になるでしょう。

 プレシアから“知識”を送り込まれ、魔法を中心に教えてきた私はそれを確信していました。

 

 

 

 体術の方を教えていたシロウも私と同意件のようでした。体術などの戦闘技能が飛び抜けていた彼から見ても、フェイトの成長速度は著しいとのこと。

 一撃辺りの威力が軽くても、それを補う程の速度を持っていて、電気系統の魔法との相性が非常にいいと言っていました。

 二人の演出を見ても、実際に私が演習相手をしても、シロウの考えが的確であることはよく分かりました。

 

 

(フェイトのそうですが、シロウの魔法技能も向上しているんですよね……。

 にしても、彼の方は集中力が段違いでしたね……)

 

 

 出会った当初、私はシロウに基礎魔法も含めて教えようと考えてしました。

 しかし、シロウは

 

 『既に修得している魔法を少しでも強く出来ればいい』

 

 と言ったのです。

 

 

 何でも、戦う術はもう持っているから最低限の魔法を使えればいいとのこと。

 確かに、シロウは剣に弓矢と戦う術を持っていましたし、その腕前は歴戦の戦士でも至れるようなものではありませんでした。

 雑念一つ無い眼に、まるで自分が剣とも言える鋭い雰囲気……フェイトのように魔導師の才能は無いとは思いましたが、総合的な戦闘能力は純粋に高いと感じずにはいられませんでした。

 

 

 そのこともあって、私はシロウの要望通りに既に持っていた魔法の向上化の手伝いをしました。

 しかし、当初の私は彼に魔法を教えることが難しいのでないかと予想していました。

 シロウはプレシアとフェイトが持つ【魔力変換資質・電気】とは違い、【魔力変換資質・風】かつ魔法の適切が【古代ベルカ式】……私たちが得意とする電気系統の魔法でもなければ型式も違う。

 その不安を口にはしませんでしたが、内心では心配で揺れていました。

 

 

 

 ところが私の心配は杞憂に終わりました。

 属性も型式も異なっていても、シロウにとって私の授業は解りやすかったようです。

 それはプレシアから送り込まれた魔法の“知識”があったこともあるでしょうけど、シロウの集中力・魔力効率が優れていたことも大きく影響していたのでしょう。

 

 

 その結果、シロウの魔法は攻撃魔法の【Air Slash(エア スラッシュ)】の"鋭さ"と展開数の向上。

 防御魔法の【Wind Shield(ウインド シールド)】の展開時に消費される魔力量の減少と強度の向上に留まりました。

 

 

「――――――――――」

 

 

 二人の成長を思い出しているうちに、私はプレシアの居る研究室前に辿り着きました。

 普段と同じで扉は閉ざされています。

 

「プレシア、リニスです」

 

 扉をノックしますが返事はありません。

 

「……入りますよ」

 

 いつものことだと切り替えて扉を開け、部屋に入ります。

 中の様子も変化なし。書物や文献が収納されている棚。

 研究に使う大型の機材にデータを表示するホロモニター。

 人目で研究室だと分かる光景が広がる部屋で、プレシアはディスプレイに向かいながら作業していました。

 

「なに? 報告なら前にもらったわよね」

 

 椅子に座ったまま、プレシアは振り返らず声を掛けてきました。

 

「確かにしましたが、伝えることは山程ありますよ」

 

「……今は忙しいわ。またにして」

 

「駄目です。そう言って次回に回しても要点を聞いて終わりじゃないですか

 せめてフェイトの成長は聞いてください」

 

「…………好きになさい」

 

「します……」

 

 息を整え、話し始めます。

 

「以前にも言いましたが、フェイトの成長速度には驚かされています。既に初級魔法は無詠唱で行えるレベルですし、サポート用のデバイスを使えば上級魔法も一通りこなせます。

 魔法戦闘も素早さを生かした近・中距離格闘、一撃離脱と思い切りの良い戦闘をします。

 貴女が言っていた拘束魔法の方も後々教える予定です」

 

「リニス、いつ仕上がりそうなの?」

 

「フェイトのペースなら拘束魔法の習得に数ヶ月は掛からないでしょう。

 フェイト専用のデバイス『バルディッシュ』の設計中なのでそれが終わるまでには……」

 

「魔法じゃなくて、あの子自身は?」

 

「……シロウが体術を見てくれている分、私は魔法を教えることに重点を置いているので予定より知識面は早いです。

 しかし、フェイトはまだ7歳ですから魔導師としてならあと3年ぐらいですかね……」

 

「――――――――」

 

 私の回答を聞いたプレシアは作業を一旦中断しました。

 その後、こちらへ振り返ろうとする素振りを見せましたが、彼女はホロモニターで視線を止めました。

 

「掛かりすぎだわ。あと一年で仕上げて」

 

「……! 無理ですよそんなの!

 勉強好きなフェイトなら知識面だけならまだ可能です。しかし、体術の方はそうはいきません。まだ体には成長時が有りますし、過度な鍛練は体を壊すだけだってシロウが一番しないように気を付けている――――」

 

「リニスッッ! やっぱりあなたは本当に生意気ね!

 なんで私の命令通りに出来ないの!」

 

 大きな音を立てて席を立ち、その勢いを保ったまま振り向いてプレシアは私を睨みました。

 その眼光に怯むことなく、私は口を開きます

 

「貴女が私に命じたのはフェイトを一流の魔導師に育てること……。私はその命令を実行していますし、シロウも協力してくれています。

 仮に一日でも早くフェイトを一流にするのであれば、彼の方針を破る訳にはいきません。体を壊したら逆に時間が掛かることは私が言わなくても思いますが」

 

「――――ッ」

 

 プレシアは歯を食い縛って私を見る。

 その目は鋭いままでしたが、私の言っていることが正しいことを認めていました。

 

「……出来る限り早く仕上げて。

 あと、デバイスは設計中って言っていたわね。予算は気にしなくていいから早く完成させなさい」

 

「分かりました……無理の出ない範囲で進めます。

 デバイスの方は予算を気にしないのであれば思考型にします。そちらにすれば同調率(シンパレート)次第で実践レベルになるのは早まるでしょう。

 それで構いませんか?」

 

「ええ……構わないわ」

 

 一応の納得を示すようにプレシアは鋭くなった眼を納めます。

 それから程無く、聞き慣れた言葉が聞こえてきました。

 

「……聞くことは聞いたから出ていって。研究の邪魔よ」

 

「はい……身体には気を付けてくださいね」

 

 

 それから体の向きを反転させて入ってきた扉へ近づいて行く途中、

 

「……リリス……シロウは……どんな様子?」

 

 感情を圧し殺したような声で訊ねてきました。

 

「ここを訪れてからずっと私と一緒にフェイトの世話と練習相手をしてくれています。

 出会って最初の方のフェイトは遠慮がちでいましたが今ではすっかり親しくなっていますね。と、言うより彼に甘えることが段々と増えている気が――――」

 

「彼の魔法は?」

 

「……この期間でレパートリーは増えませんでしたが性能の向上になりました。それが本人の望んだことなので良い結果だと思います。

 しかし、シロウの総合的な戦闘技術は並の魔導師を凌駕してますね。『管理局』のエリートと戦っても余裕が有りそうですし、魔法があまり得意でなくても問題無い感じがします。知識はしっかり持ち合わせていますし」

 

「…………そう」

 

 珍しいプレシアの反応に私は再び振り向いて彼女を見ました。

 その表情は何処か息苦しいそうで、堪えているようでした。

 

「子供達と話をしたいのでしたら少しだけ会ってはどうですか? 特にフェイトが喜びますよ」

 

「いいえ。そんな時間は無いわ。

 引き止めて悪かったわね」

 

 平常に戻った声色でそう言うとプレシアはディスプレイに向かい直しました。

 

(やっぱり、気にしてはいるのですね)

 

 何も思っていないなら今の会話は起こらなかったでしょう。

 それに、あの表情は心配している人が見せる顔色でした。

 気に掛けていることが改めて分かっただけでも、報告に訪れた意味はありましたね。

 

 

 そう思った私はプレシアの後ろ姿を見てから部屋を後にしました。

 

 

 

 

 

 

*********************

 

 

 

 

 

 プレシアに報告をした翌日の夜、二つの出来事が起こりました。

 

 

 一つはフェイトが原因不明で治療法が見つかっていない死病に掛かっていた狼の子供を助けようとしたこと。

 その子はオレンジ色の毛並み、額に宝石を付けているこの地方特有の種類でした。

 また、その死病は他の動物には伝染しないものの、同じ種類の狼にはすると言うモノで、この子は群れを追われていました。

 

 

 目の前で助けを求めている狼の子供を助けられないと知ったフェイトは大きくショックを受けました。

 仲間からも親からも捨てられた子を助ける方法は無いのかと、フェイトは動転しながらも私に聞いてもきました。

 その始めて見るフェイトの悲痛な表情に、私はあることを口にしてしまいました。

 

 

 

 ――――――それは、使い魔の生成呪法。

 動物が死亡する直前または直後に、人造魂魄を憑依させる事で魔法生命体を造り出す方法。

 でもこの方法は肉体の命を維持できるだけでありましたし、使い魔を持つと言うことは一つの命と運命を共にすること。

 正直、フェイトにはまだ早すぎることでした。

 

 

 

 

 しかし、フェイトは「それで助けることが出来るなら」と私に言いました。

 幸い、使い魔の作り方は既に学んでいたので方法自体はフェイトも押さえていました。

 とは言え、いきなり正式な契約を結ぶことと緊急時であったのでフェイトと狼の子供は仮契約を結ぶことで一段落が付きました。

 

 

 狼は"アルフ"と名付けられ、仮契約をして早々にフェイトに懐いていました。

 フェイトは初めての動物との接したことに動揺していましたが、次第に慣れていくでしょう。

 アルフは積極的に自分の(フェイト)と触れあっていたので争いの心配は無用でした。

 

 

 

 

 

 そして二つ目……。

 今まさにそれに直面していました。

 

 

 

 

 

 

「ごめん、今すぐにでも行かないと……」

 

 フェイトとアルフの一件が済んで数時間後、シロウはそう言ってきました。

 先程の場面に彼が居ないことを不思議に思っていましたが、自分の面倒を見てくれていた人物から連絡が着てその対応をしていたそうです。

 

 

 

 

 連絡の内容は「今すぐに自分たちと合流して欲しい」とのこと。

 その人は争いの火種を消すことを生業にしている方で、これから起こりそうな事にはシロウの力が欲しいとメッセージに書かれていたらしいです。

 突然の連絡を受けたシロウはここを離れるかとても迷っていましたが、最終的に仲間たちと合流することを選びました。

 

「もう行きますか? 送りぐらいは出来ますが――――」

 

「いや、一人で行く。リニスにはフェイトたちのことがあるだろ。仮契約をしたなら尚更彼女たちの側に居るべきだ」

 

 険しい顔色でシロウはそう遠慮しました。

 続けて、私に頭を下げてきます

 

「いきなりのことでごめん…………」

 

「いえ、気にしないで下さい。

 食事に、フェイトの練習相手……正直、私も少し楽をさせて頂きました。こちらがお礼をしたいぐらいです」

 

 私が声を掛けてもシロウは頭を下げたままでいました。

 そんな彼の姿と私たちの会話が気になったのでしょう。

 フェイトはアルフを抱き抱えながら私たちの所へ来ました。

 

 

「シロウ、何処かに出掛けるんですか?」

 

 不安そうな声でフェイトは尋ねました。

 それを聞いたシロウは顔を上げて答えます。

 

「あぁ、仲間から呼ばれたんだ。今すぐに合流しなくちゃいけない」

 

「帰って来るよね……?」

 

「――――ここには俺が居なくても大丈夫だ。リニスが居るし、今はアルフも居る。

 それに、フェイトはとても強くなった。だから、そう心配するな」

 

 そう言ってフェイトの頭を撫でるシロウ。

 フェイトは嬉しそうに表情を柔らかくしています。

 

「じゃあな」

 

 そう言ってシロウはここを発ちました。

 ここを訪れた時とも……今まで見てきた時とも……彼の様子は違っていました。

 まるで、遠くに行ってしまうような…………。

 

 

 そんな彼の後ろ姿を、私たちは見えなくなるまで見送りました。

 

 

 

 

 

 

 



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7話 地球へ

先に謝っておきます。全国のルヴィアファンの皆様ごめんなさい!彼女の士郎への呼び方を使わせてもらいました。だってなのはの父親も『高町士郎』で名前が同じだったので……
最初は『シロくん』と考えたのですが、15歳の、それに髪の毛も白くないのでボツに……
結果、案が浮かばなかったのでこうなりました。

話は変わりますが、お気に入り登録者様が388名様などなど、未だに無印に入っていないのに多くの方々の目に止まって頂けるとは…………感激です。
誤文字報告をして下さった皆様もありがとうごさいます。一応、自分でも確認しているのですが、自分で書いたものだと見逃しやすいんですよね…………感謝です。

こんな感じの当作品ですが、引き続き楽しいで頂けると自分も嬉しいです。

では、どうぞ!


 

 

 

 ベルに呼ばれて、新たな戦地に赴いた俺の戦いも遂に終わった。

 その戦いは連絡に書いてあったように、小火の内に消し止めたい事柄だった。次元犯罪者の【魔導師】連中がエネルギープラントを占拠した挙げ句、駆動炉を暴走させようとしていたからだ。

 何でも、自分達の活動に莫大なエネルギーを欲していたらしいが、そんなことが実行されれば駆動炉に過負荷が掛かって最悪自爆……爆発による周辺地域への被害など想像するまでもない。下手をしたら、環境汚染による二次被害も有り得ただろう。

 だから、『アルトセイム』で連絡を受けた俺は急いでベルたちと合流することを選んだ。そんなことで、何の罪も無い人たちが苦しむような惨劇を引き起こさせる訳にはいかなかったし、そのことを知ってじっとしてなんて居られなかった。

 

 

 戻ることを決めて緑豊かな地を飛び出した俺は、至急ベルたちとの合流を果たした。

 現地で皆と久々に顔を合わせられたけど、その時は再会を喜んでいる暇は無かったから早々に作戦会議を開いたのだった。

 その雰囲気は今でも覚えている。緊張感の中、皆があれこれ考えていた。

 前衛、後衛、サポーター……グループを作って対処するのが普段の彼らと同じやり方だったけど、どう戦力を分けるかが一番の焦点になった。

 制圧目標は二つ。エネルギープラントを占拠した実行犯と駆動炉。最初は戦力を半々にしようかと案が上がったが、駆動炉の方に多くの人員を割く必要があったので今回は比重を傾ける方針は寸なり決まった。

 

 

 けど、それで一つの問題が発生した。それは残った戦力で実行犯を制圧する方法。

 駆動炉の守りを固められると状況が厳しくなるので、先にある程度の実行犯を排除する必要があった。

 ただ、問題点があった。それはどうやってバレずに実行犯を先に排除するかだった。

 先行するのが少数ならば【魔導師】から漏れる魔力が探知されることを幾らかは誤魔化せるけど、魔法を使えば即座に察知される。だから、魔法を使わずに実行犯を押さえることが条件になった訳だが、相手も【魔導師】……魔法が使えない条件下の戦闘は同じ【魔導師】の彼らには厳しかった。

 

 

 だからその問題点は、俺一人が担当することで解決させた。

 俺の主力は剣に弓だから魔力反応を誤魔化せるし、生粋の【魔導師】じゃない。加えて、単独行動は“俺”の分野でもあったからな。

 それに、自身の特性を踏まえても、ここに居る誰よりも俺が適任だっただろう。

 そう言う理由から俺が受け持つとベルたちに言ったが、ベルは真っ先に「負担が掛かり過ぎだ」と、心配染みた声で言ってくれた。

 でも、俺が「魔法抜きで戦線を張れるのは俺しかいないだろ?」と、言うと口を鈍らせた。

 それを見た俺は他に案が有るかとベルたちに訊いたけど、いい案は返ってこなかった。

 

 

 よって、制圧方法はシンプルにまとまった。

 ベルたちのグループは駆動炉を、単独行動の俺は実行犯を担当。

 双方が別々の別々の場所からエネルギープラントに侵入し、駆動炉と実行犯たちの制圧することになった。

 

 

 しかし、方針が定まっても、他の方面で一番の大きな問題が残っていた。それは、タイミングだった。

 この手の奴らは錯乱したら何をやり始めるのか解らないところが怖いからだ。下手に刺激して取り返し付かない惨劇を引き起こされたから作戦を立てた意味も無くなる。

 その危惧は皆して共通だったから、俺たちは近場で張り込みをして時を待った。多分、そうやって待っている時間が一番長かっただろう。ベルたちも”アイツ”を模倣している”俺”も戦場では待つことも”戦い”だ。

 その”戦い”で僅かでもタイミングを逃したら失敗。全てを救うどころか全てを落とすことになる。そんな結末だけは何が有っても認められなかった。

 

 

 緊張の糸が張り続ける日々を過ごしていた中、突然と相手側が動きを見せ始めた。恐らく、そうなった理由は『管理局』が動くのを察知したからだろう。治安維持組織とそうでない連中……目を付けられたその先は誰でも大体の予想が出来る。

 それに、こちらとしても『管理局』と接触するのは避けたかった。今回の”仕事”は『管理局』からの依頼ではなかった。下手に関わったとされて、事情聴取などされても面倒だった。

 

 

 そうして、周りの空気と思考は鋭くなった。

 向こうの動き……『管理局』……タイミングが重なったと同時に、俺たちは相手の動きに合わせて行動を開始した。

 

 

 俺の制圧はいつもと同じように干将・莫耶による近接戦闘。

 奇襲を仕掛けて相手のデバイスを破壊したりして無力化させる戦法を取っていた。

 バレてからも最後にデバイスを破壊することは同じだったけど、手間は増えた。相手は普通に魔力弾を撃ってくるから、俺はそれらを切り落としつつ距離を詰め、自身のレンジに敵を収めるしかなかった。

 

 

 でも、懐に飛び込んでしまえばこっちのものだ。

 俺の握る二刀から繰り出される白と黒の軌跡を相手に叩き込んでいった。

 例え相手がバリアジャケットを着ていても、衝撃はしっかり届いていた。その手応えはその都度あったのだから間違えない。

 そのようして俺は、作戦通りに巧く役割をこなしていた。

 

 

 ベルたちの方も予定通り上手くいってくれた。

 向こうの方も少し戦闘があったらしいけど、俺以外のメンバーが揃っているから心配は無用だった。

 それはそうだろう。彼らの方が俺より実戦経験があるだろうし、戦闘に慣れているだろうからな。

 

 

 そうして互いが事を上手く進められた結果、制圧自体は簡単に済んだ。

 その後は即座に撤退。危険の排除や人命救助などはベルたちも俺もやるけど、治安の方は『管理局』の案件だ。後のことは彼らがしてくれるだろう。

 

 

「――――――――」

 

 と、ベルたちと一緒に彼らの“ホーム”へ“移動中”の俺は今回の経緯を思い出していた。

 それが短い間だったのか……長い間だったのかはよく分からない。いや……俺が戦いに身を投じる時間を考える必要なんて無いか。

 だって俺は……“あの時”に戦う覚悟を決めているし、苦しむ人を助けられるならそれでいいんだから。

 

「ベル……その後の状態はどうなってる?」

 

「『管理局』が治安維持に奔走中。まあ、それを含めて彼ら(組織)の設立理由だから当然だな。

 ま、俺たちは当面、様子見をするさ」

 

 その返事を聞いて、俺は視線を自分の右手に向けた。

 俺もベルたちも治安維持を担っている組織じゃない。被害を減らしたり、苦しむ人々を救うことなどが俺たちの行動目的だ。

 だから、火種を消す為にも、救う為にも素早く動く。

 

(『管理局』……か……)

 

 今回のような事柄の制圧、解体はベルたちがしなくても彼らがやってくれていただろう。ベルの言った通り、それが設立理由なんだから。

 けど、彼らの行動は少し遅い感じがする。大きな組織である以上、一枚岩とは限らないから急に行動を起こすのは大変なんだろう。

 別に、そのことを責めるつもりは無い。彼らだって治安維持の為に戦っているのは知っているし、守りたいって志は理解できる。

 だから俺は『管理局』を否定するつもりも無いさ。別段、賛同する訳でもないけどな…………。

 

(ま、俺としてもあまり関わりたくないから気にしてもだけどさ……)

 

 俺の”能力”は特殊だし、個人に見られるならともかく、どんな人が居るか判らない組織には見られたくない。まあ、見られても正体が知られなければ最低ラインは守れると思うけど、【魔法】みたく表向きの”技術”じゃないから能力自体を知られないのが一番。

 けれど、万が一注目を浴びたら積極的に能力の高い人員をスカウトしている彼らからの声が掛かることは考えれる。

 周りから見れば、それはいいことかもしれない。『管理局』に属せば安定した収入に加えて、名誉、名声などが得られるかもしれないんだから。

 

(でも、俺はそんなモノが欲しい訳じゃない。金銭は生活に必要だけど、それは報酬ってことでベルから貰っているから十分で困ることはない。

 それに、組織に入ったら――――――)

 

 ――――『組織』に入ったら現場では上からの命令が原則的に優先される。集団を纏めるルールは必要だろうから、それが必要な事柄なのは分かる。けど、それを思うと……不安が付きまとう。

 もしその命令が「目の前で苦しんでいるを見捨てて他の任務を優先しろ」って内容だったら? 大きな組織だからと言っても、それで全てを救える訳じゃないだろうし、それなりの“事”を見てきている局員ならそんな内容の命令をしないとは言い切れないだろう。

 ……そんなのはご免だ。どんな説明を受けたとしても、目の前の人を見捨てて他を優先することなんて耐えられない――――――

 

 

 それらの事が理由で俺は『管理局』を避けている。好き嫌いというより、肌に合う合わないと言った方が正解かもしれない。

 切嗣は個人的に嫌っているみたいだけど、組織のやり方が気に入らない人は少なくないだろう。

 ベルたちは【魔導師】だから正式に依頼を受けたりしているらしいが、そうでない時との区別はしっかりしている。

 

 

 それにしても……やっぱり組織って難しいんだな。

 そう思ったところで、俺は思考を止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 今回の件の振り返りをしている内に“ホーム”の近くまで来ていたらしい。

 見慣れた風景が俺の目を入ってきた。

 

 

 ベルたちが“ホーム“に入っていく中に俺も紛れて、会議室に足を踏み入れた。

 ここではミーティングに使われたり、報酬の配分をしたりと様々な用途で使われる。

 そんな場所でみんなから数歩前に立って、こちらを向いているベルが口を開く。

 

 

「みんな、今回もお疲れ様。何とか大事にならずに片付けることが出来た。

 報酬の配分は休憩後にまたここで、取り敢えず解散だ。各自休息を取ってくれ」

 

「お疲れー」

 

「疲れたな」

 

「まぁ、いつも通りこっちは死者は居ないし。

 怪我人は居るが命あるだけ儲けもだろう」

 

 などなど、言葉を残して皆それぞれと会議室を出て行く。

 ドア付近に人が少なくなった頃を見計らって、俺も会議室を出ようしたが、ベルに呼び止められた。

 

「あ、シロウは残ってくれ。ちょっと話がある」

 

 ドアに向かっていた体を反転させて、ベルの元へ歩き寄る。

 

「前にも言ったけど、報酬の割り当ては等分でいいぞ? 俺が単独行動だからって多めにしなくても――――」

 

「いや、そっちじゃない。まぁ、そっちも言いたいところだけどな。報酬関係は皆の了解を取ってあると前々から言ってるだろう。

 あ、だからそうじゃなくてだな。シロウ、お前の今後の事についてだ」

 

 うん? と、頭に疑問符が上がる。

 じゃあ、何か問題事でもあったかと記憶を探るが――――

 

「一応言っておくが問題事でもないからな。

 シロウ、お前は暫くの間ここを離れて地球で暮らしてもらう。ここ数年ずっと戦いやら修行やら負担が掛かりすぎだ。住む所はこっちで用意するから。ゆっくり普通の生活をしてろ」

 

 突然の提案に俺は驚いた。

 ”地球”――――それは俺の故郷であり、切嗣に救われた場所だ。冷凍睡眠を含めるとかれこれ20年以上も過ぎている。

 興味が無いとは言わないが、ここを離れるって言うのは少し納得がいかなかった。

 

「『離れろ』って、別に俺は平気だぞ。まだまだ――――」

 

「ダメだ。これ以上、負担が掛かったら痛い目に遭うぞ。そもそも、あの5年間の修行の時点でさえ、オーバーワーク気味だったんだ。魔術などを使うなとは言わないが、"仕事"はダメだ。

 それにまだ15歳だろ、大人しくゆっくりと日々を過ごしてこい。あ、言っておくがこれは皆の総意でもあるからな。お前の頑張りは誰もが認めてる。そこを心配してるなら気にするな」

 

 反論しようした考えは真っ先に潰された。

 行き場を失った言葉の他に、断れそうな事柄を引っ張り出そうとしたけど――――

 

「シロウが壊れたら、キリツグから預かってる俺が申し訳なくなるからさ。『俺のために』と、思って行ってくれ」

 

 そう言われると、こっちが困る。ベルに迷惑を掛ける訳にはいかない。

 だから、渋々ながらも俺はその提案を受けた。

 

「……わかった。その提案を受け入れるよ。

 でも、何かあったら連絡くれよ? 直ぐに向かうからさ」

 

「だからさ、その心配は要らないと――――」

 

 その後も少しばかり話が続いたが、結果は変わらず俺はベルに送られて地球へ行くことになった。

 故郷……あまり実感が湧かないけど、静かで穏やかな場所というのはなんとなく思った。

 

 

 

 

 

 

     ━━━地球・海鳴市━━━

 

 

 ベルの手により地球に繋がれた『転送ポート』を通じて、俺は海鳴市と言う町に来ていた。

 その町は海に面していて、潮風が香る美しい町だ。

 ベルがここを選んだ理由は俺の故郷と同じく海があったかららしい。

 なお、俺の故郷は20年以上も経った今では無いとのこと。

 正直言って、その事はさして気にならなかった。

 あの出来事の前の記憶は正直に言って曖昧だ。

 覚えているのは暑かったこと。誰もが助けを求めていたこと。そして、切嗣に救われたことだ。

 

 

 そんなことを考えつつ、俺は地図を見ながらベルの用意したと言うマンションへ向かっていた。

 その途中で車道の隅っこに停車している車が目に入った。その周りには小学生の女の子とその姉と父親と思われる3人が立っている。

 車にトラブルでも起きたのだろうか? そう思って俺は声を掛けるために近寄った。

 

 

 

 

 ――――この出会いが今後の俺の人生に大きく関わるとは思っていなかった。

 

 

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 

 

 休日の買い物から帰る途中の私たちは、トラブルの真っ只中です。

 家が経営している喫茶店――――『翠屋』で発売しているお菓子などに必要な材料をお父さん、お母さんと一緒に買いに出掛けたのですが、その帰り道で突然と車が止まってしまったのです。

 けど、このまま道端に止まってはいられません。末っ子の私は店番より二人と一緒に、とここに居ますが、翠屋にはお兄ちゃんとお姉ちゃんが待っている早く帰らないと……。

 今、お父さんとお母さんが業者さんに連絡するか相談しています。

 

「何か、トラブルですか?」

 

 そんな時、一人のお兄さんが声を掛けて来ました。

 短めでくすんだオレンジ色っぽい髪の毛に、茶色に黄色が混ざったような色なのに透明感のある瞳。背はお兄ちゃんより低くお姉ちゃんより高いから、高校生ぐらいかなって私は感じました。多分、これから何処かに出掛けるのか、帰り道の途中だったと思います。だって、動きやすい服装で大きめのバックを背負っていましたし。

 お兄さんが車の近くまで来た所で、お母さんがさっきの質問に答えます。

 

「ええ……車が動かなくなってしまって……」

 

「そうなんですか……。

 よろしければ、少し診てみましょうか? 工具は有りますし、応急修理ぐらいは出来ると思います」

 

 そう提案して、バックから工具箱を取り出すお兄さん。

 緑色をした長方形のそれは長いこと使い込んでいそうですが、しっかり手入れがされているようで黒ずみとかは見られません。

 お兄さんに言われて、工具箱を見たお母さんはお父さんに訊いてみます。

 

「どうしましょう?」

 

「工具はしっかりしてそうだし、診てもらえるなら頼もうかな

 えっと、頼めるかい?」

 

 お父さんとお母さんのお話がまとまると、お兄さんは車の下へ潜って行きました。

 その動きは用務員さんを思わせるぐらいで、修理事に慣れていそうです。

 

「……これなら修理材は――――で、工具は十分だな……」

 

 途切れ途切れの声が聞こえてきます。

 ……どうも、少し診ただけでお兄さんは壊れた箇所と必要な物が分かったみたいです。

 それから一旦、お兄さんは車の下から出て来ましたが、早々に工具箱から色々と取り出すとまた潜って行きました。

 すると、作業着が似合いそうなガチャガチャとした音がリズミカルにこっちに届いてきます。

 どうしたらそんな音が出せるのかと見たくなりますが、邪魔をしたらいけないのでグッと我慢。興味を持ったのはお父さんとお母さんも同じみたいで関心の目をしていました。

 

 

 

 

 暫くして、

 

「一先ずこれで大丈夫だと思います。エンジンを掛けてみて下さい」

 

 そう言ってお兄さんは出て来ました。

 修理が終わったことを聞いたお父さんは、運転席に向かって鍵を回してエンジンを掛けます。

 そうしたら、さっきまでの鈍い音ではなく、聞きなれた連続音が車から鳴り渡りました。

 

「おお、動いた!」

 

「よかった。でも、これは応急修理ですからきちんと業者に診てもらって下さい」

 

「ありがとう……すまない、名前を聞いていなかったか」

 

「あ、すみません。俺はエミヤシロウと言います」

 

「エミヤシロウ……? 『シロウ』は剣士の『士』に、新郎の『郎』かい?

 俺も士郎って言うんだ。高町士郎と言う」

 

「ええ、俺もそう書きます。一緒ですね」

 

 お父さんたちの会話を聞いて、私とお母さんもハッとなって気付きます。

 そうでした……私たちは最初にするべき自己紹介をしていませんでした。突然のことにビックリしていたから、し忘れていました。

 でも、このお兄さん――――士郎さんは進んで修理を請け負ってくれました。お兄ちゃんたちもそうだけど、手先が器用な人は優しい人が多いのかな。

 エミヤ士郎さん、かあ……。お父さんと同じ士郎(なまえ)だけど名字はどう書くんだろう?

 来年度で小学3年生と小学校の半分になるけど、今までに『エミヤ』って名字の人は居なかった。江宮? 絵美屋? 私が知っている字を当てはめていくけど、やっぱり分からない。

 きっと珍しい名字なんだ。名前に『エミ』って付く人は聞くことがあるけど、名字の方は無いし。

 ――――と、私が思っている内にお話は進んでいました。

 

「――――で、こっちが妻の……」

 

「高町桃子です。

 士郎くんって呼ぶとややこしいから――――シェロくんって呼んでいいかしら?」

 

「はい、大丈夫ですよ――――って妻!? 娘さんじゃなくてですか!?」

 

「あら、嬉しい事を言ってくれるわね♪ こっちが娘よ」

 

 驚いている士郎さんに見てから、お母さんは私を見て来ました。

 続けて士郎さんもこっちに向いたので、私も挨拶します。

 

「高町なのはです。こんにちは!

 名字だとお父さんたちと分からなくなると思うので『なのは』って呼んで下さい」

 

「なら、そうさせてもらおうかな。改めてこんにちは、なのは。

 俺のことも士郎でいいよ。なのはなら名前でも紛らわしくないだろうからさ」

 

 姉妹じゃなくて親子ということの驚きをしまった士郎さんは、柔らかい表情で返してくれました。

 名字じゃなくて名前を勧めてくれたけど、それに理由があるのかな? 『エミヤ』を漢字で書くと悪い印象があるとか。

 ちょっと気になったので、訊いてみます。

 

「あの、『エミヤ』ってどう書くんですか? 珍しい名字ですよね」

 

「珍しい……かな?」

 

 確認を取るような士郎さんの声に、私は頷きました。

 

「そうか……あ、漢字にすると衛星の『衛』に、王宮の『宮』で『衛宮』って書く」

 

「……なるほど」

 

 『宮』はさっき考えた中にあったけど、『衛』は思いもしませんでした。

 ただ、学校で習っているのとニュースで見たりしている漢字だったので、言われてしまえば頭に思い浮かべることは難しくありません。

 やっと知ることの出来た名前を、心の中で呟きます。

 

(衛宮……士郎さん……)

 

 ――――この時は、士郎さんとの出会いが私にとっても大きく関わることだとは思っていませんでした。

 彼の珍しい赤銅色と琥珀色は、これからの新たな出会いを告げる“新色”だったのかもしれません。 

 

 

 

 

「ところで、シェロ君はもうお昼を食べているのかしら? よかったら御礼にご馳走しよう思っているんだけど……」

 

 自己紹介が終わったところで、今度はお母さんが士郎さんに提案しました。

 

「いえ、そこまでしてもらうのは――――」

 

「そうだな、助けてくれなかった食材がダメになったかもしれないし。士郎くん、是非来てくれ。席は後が空いているし、帰りも送ろう」

 

 遠慮しようとする士郎さんに、お父さんも是非にと勧めます。

 その息の合った二人の誘いを受けた士郎さんは少し迷ったようですが、

 

「では、お言葉に甘えさせて頂きます」

 

 と応じてくれました。

 こうして、衛宮士郎さんは『翠屋』に来ることに。

 この後に彼の姿を見て驚いたのは、私だけでは無かったはずです。

 

 

 

 

 トラブルに遭いながらも再び走り出した車は無事に翠屋に到着。

 入口から店内に入った途端に聞きなれた声が飛んできました。

 

「あ、お帰り」

 

「やった、ここで応援が!」

 

 お兄ちゃん――――高町恭也さん。

 お姉ちゃん――――高町美由希さん。

 とっても仲良しな兄姉(きょうだい)が出迎えてくれました。

 いつもなら走り寄って行くのですが、今日は店内が――――

 

「凄い賑わい」

 

 なので出来ません。

 私が思った事と同じ事をお母さんが呟きました。

 確かに今は昼時ですが、お母さんの言った通り普段より大勢のお客さんが居ます。

 手は足りるかしらと、お母さんが考えていると士郎さんが右手を上げました。

 

「俺で良ければ手伝いますよ。裏での調理はレシピを知らないので出来ませんが、オーダーとかの表は出来ますから」

 

なんと! お手伝い宣言! 車の修理に、接客って士郎さん何者?

 

「え? 大丈夫?」

 

 きょとんとした表情をお母さんは浮かべます。

 私も今日初めて来店した人には雰囲気を掴むので手がいっぱいだと思いました。

 けど、その心配は必要有りませんでした。だって……

 

「お待たせいたしました」

 

 数分後には翠屋で人気の高いシュークリーム、アイスティーなどを流れるようにお客様が居るテーブルへ運んでいく翠屋のエプロンを着こなした士郎さんの姿がありました。

 それだけじゃなく、

 

「2番テーブルに食後に珈琲を。

 後、3番テーブルはお持ち帰りにシュークリーム4つ」

 

 などなど、早く、正確にオーダーを取って来ます。

 

 

 え? 士郎さん、本当に何者なの? 執事さん?

 驚きの連続に私の頭はパンク寸前です。修理屋さんと喫茶店の仕事内容は全然違う筈なのに士郎さんは慣れた手付きでこなしています。

 店内はシンプルな形でも混雑時は入れ替わり立ち代わりが激しくなるので、新しく入った店員さんが慣れるのが一苦労なことなのに……

 車の修理もそうだったけど、士郎さんのは要領がいいって言うのか『経験がある』って感じがします。

 

「新人さんなのに凄いわね」

 

「高校生ぐらいかしら? にしても、アルバイトと思えないぐらい達者だわ」

 

 オーダーが運ばれた各々のテーブルから称賛の声が聞こえてきます。

 私もお客さんだったら似た事を言うと思いますが――――すみません、新人さんどころかアルバイトさんでもありません。

 

「なのは、おしぼりのストックって何処にあるんだ? 3番テーブルが切らしそうだ」

 

「士郎さんはそのままで大丈夫です。補充は私が」

 

「ん、分かった」

 

 空のトレンチと次のオーダーが乗ったトレンチを取り換えながら、士郎さんは教えてくれました。

 細かいところまでしっかり見てるなあ……。これなら昔からやっているお母さんたちと同じレベルなのは間違いないと思います。

 

「喫茶店をやっているとは車で聞いたけど、いい店だな。あまりお茶をしない俺でも、お客さんの反応を見て実感できるよ」

 

「えっ、しないですか!?」

 

「いやまあ……出される側じゃなくて出す側の方が俺には合ってるんだよ、うん」

 

「じゃあ、やっぱり経験があるんですね」

 

「喫茶店の経験と言っていいかは微妙だけどな。似たことならやってた」

 

 懐かしむような声を出すと、士郎さんはトレンチを片手にテーブルの方へと戻って行きました。

 喫茶店に似たことが何だかは分からないけどイメージとしてはお給仕辺りだよね。

 そんな経験があって修理事も出来る……その広さを考えると、友達の家で会ったことがあるから自然と執事さんを連想してしまう。

 でも、高校生ぐらいの執事さんって居るのかな?

 ここに来てふと思いながらも、私はおしぼりの補充へと向かいました。

 

 

 

 

 士郎さんの活躍も有って、賑わいに溢れていた店内は何とか一段落付けることができました。

 店内にはまだ数組のお客さんたちが居ますが、もう店員さんの手が足りなくなることはないでしょう。

 

「シェロくん、凄いわね! 驚いちゃったわ!」

 

「いえ、お役に立てたなら良かったです」

 

 ピークが過ぎて落ち着きを取り戻す筈のお母さんですが、今日はテンション上昇中です。

 お父さんとお兄ちゃんたちはそこまで行きませんが、驚きを隠せずにはいられない様子。 

 

「正直驚いた……。

 あ、俺は高町恭也。3人兄妹の一番上で高校3年生だ」

 

「私は高町美由希。高校1年生よ。

 衛宮士郎くんだっけ? 余り年が私と変わらないと思うんだけど……あの動きはどこで習ったの?」

 

「衛宮士郎で合ってますよ。年は15歳です。動きは知り合いの所で手伝いとかやっていたので、自然と身に付いた感じです」

 

 そう説明しながらも何処か考え事をしていそう士郎さんに、お母さんは話し掛けます。

 

「シェロくん、もしよかったらここで働かない? あ、学校もあるでしょうから出来る限りで大丈夫よ?」

 

「いえ、学習課程は大学レベルまで終えてるので心配は要りません。

 俺でよろしければお願いします。働き場所は探さないと、って考えていましたし」

 

 その言葉に、お母さんは一瞬固まります。

 まあ、私もです。士郎はどこのエリート執事さんなのかな……もはや、思考破棄手前です。

 

「そ、そうなんだ……凄いわね……。もしかしてだけど、シェロ君って帰国生徒?」

 

「5歳ぐらいまではこっちにいましたけど、色々と学んだのは外でなんでそうなるのかもしれません。あ、給仕もその一環です」

 

「そうなの。じゃ、昼食と仕事についての話しがあるからこっちに――――」

 

 そう言われて士郎さんはお母さんの後に続いて行きました。

 二人の姿が見えなくなると、残ったみんなが口を開き始めます。

 

「父さん、彼は執事の経験でもあるのかな? 外での一環って言っていたし、なんか凄く様になってたと思うんだけど?」

 

「そうだなー。初めて来てあれだけの動きをこなしていたからな……海外ではその手の教えもあるみたいだから、齧ったことがあるのかもしれないな」

 

「それにしても動きが綺麗だったよねー。見惚れちゃったかも」

 

「おいおい――――」

 

 と、本人の居ないところでどんどんと士郎さんについて話が進んで行きます

 今日の私はあの中に入れそうにありません。次から次の事柄で頭が一杯になりつつあったからです。

 

 

 

 

 ――――――士郎さんとの出会いはこんな感じで驚きだらけ。

 この時は、士郎さんの抱えている"事"なんて全然知りません。私がその事を知るのはもっと先になるのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




現実の車があんな感じで治るかは自分は知りません。ただそれっぽく書いただけです。大目に見てください。
士郎の新たな住まいはA’Sでリンディ艦長が来たマンションと同じところです。(別室)
ガラクタ弄り(修理)とバトラー性が無いと自分のイメージ中の士郎がしっくり来なかったのでこんな形にしました。まぁ、なのはと接点を持てたしよかったよね!


次は士郎の宝具などについての簡単なまとめを出そうと考えています。
その後に無印編に突入します。

お読み頂きありがとうございましたm(_ _)m


10/6 士郎のパートの文を整理しました。
追記 会話の追加、記号など整理しました


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無印編
8話 再び交わる運命


さて、ついに無印編に突入です。
ジュエルシードのシリアルナンバー。TV版と漫画版The 1stの違いをまとめたりするのが意外と楽しかったです。
作品を振り返るっていいですね。

では、どうぞ!


 衛宮士郎が故郷である地球に戻って来てから、少しばかりの時が過ぎた。

 ベルの提案を受けた彼は今、地球で"普通"の生活を過ごしている。「今までの事で色々と身体に負担が掛かりすぎだから」と言う名目で地球に送り出されたと言った方が近いかもしれない。

 

 

 住む場所はベルの計らいでマンションが用意されていた。街を見渡せるし、広さも一人で暮らすには余裕が有りすぎるぐらいの物件だ。

 地球での仕事も、帰郷の際に出会った高町家が経営している喫茶『翠屋』で働かせてもらっている。彼の働きぶりは経営者の一人である高町桃子から見ても目を見張るものであったのだ。事前に打ち合わせをしていた訳でもない臨時な事にも関わらず、適切な対応をやってのけた彼を逃す手はなかったのである。

 

 

 士郎の生活は、客観的に考えても順風満帆であるだろう。生活をしていく上で必要な資金は、彼が今までの"仕事"で得てきた物を換金しているので、心配は無用であった。正直な所、仕事をしなくとも十分な日々を過ごせる程に蓄えは有る。

 だからと言って、何もせずに漫然に過ごしていくことは士郎の肌には合わない。時間さえあれば、ガラクタ弄りをするほどに、手が空くことが好かないのである。

 

 

 また、この帰郷の名目が身体を休める事なっている以上、今までのようにずっと鍛練している訳にもいかなかった。

 念のため、彼の部屋には簡易の遮断結界を張っている。【魔法】や【魔術】の鍛練が外に伝わる恐れは無い。更に言えば、彼の扱う“投影魔術”は外部には影響が伝わり難い【魔術】である。同じく【魔術】に身を置く者であっても、目視で認識するのがやっとだろう。

 最も、地球には魔法文明が存在しないので、心配する必要は皆無であるが、予想外のことは突然に訪れる。彼の“過去”にあったように……。だから、出来ることは出来る限りする配慮をしておく。

 

 

 士郎は地球に戻ってからのことを思い返しつつも、マンションの屋上で短剣サイズの木刀を左右の手に収め、素振りをしていた。それらは、彼が愛用している双剣――――干将・莫耶に模している。

 木刀は振るわれる度に、空気を切り裂く。静かに、流れに逆らわない清流な“剣筋”。一流の剣士でも親しみを感じるだろう。

 

「忘れる心配はないけど、動かさないと体は鈍るからな……」

 

 身に付けた剣技は時を置いたからと言って失うことはない。しかし、あまりにも時間が空いてしまうと、体と感覚が鈍り、動きが悪くなる。それを防ぐにも日々の鍛練は大切なのだ。

 物事を感覚的に掴むと言った“才能”を、“衛宮士郎”は持ち合わせていない。“彼ら”に出来るとすれば、武器の"担い手"の技術を模倣し、ひたすら繰り返して自身の血肉にする。『英雄』になった“彼”もそうしていた。

 

 

 だがそんな“彼”の双剣と弓は例外だ。その二つは“彼自身”が長い年月を掛けて形にした努力の結晶だ。幾たびの戦場を――――幾たびの強敵との戦い経て、“彼自身”が作り上げた技術。

 士郎はそれを元に鍛練を続けてきた。“彼”が作り上げた技術を、自分の物にするべく自身を研き続けてきた。

 それでも"彼"の生前の絶頂期など程遠い。それは仕方ないのことである。士郎はまだ10代半ば。骨格はしっかりしていても、肉体の成長はまだまだである。それは、時間の流れに従うしかない。

 が、体より重要なことが士郎にはある。結局のところ、彼はまだ“自分の道”を見付けられていない。苦しむ人を救いたいと言う“理想”はある。だけど、そこに至るまでの“道”がまだはっきりと見付けられていない。

 

「見つかるのかな……俺だけの道なんて……」

 

 不意に士郎の口から言葉が漏れた。“彼”が辿り着いた場所。“彼”の姿を見ているだけに、そう思えずにはいられなかった。

 当然ながら彼に答えれる者は居ない。

 ただ、春を告げる暖かい風が体を吹き抜けていく。

 

(そう言えば、もう4月なんだよな)

 

 季節は巡り春。多くの人々が新たな生活、環境へ胸に希望を抱く季節だ。

 高町家の――――長男である恭也大学1年生。長女である美由希は高校2年生。次女で末っ子であるなのはは小学3年生にそれぞれ進級している。

 士郎は年齢的には高校1年生なのだが、義務教育ではないし、知識面でも問題無いなので通っていない。

 

(さて、そろそろ時間だし『翠屋』に向かう準備をするか)

 

 喫茶『翠屋』は元々人気の高い店だ。それが、士郎が働き始めてから若干客足が伸びたとか何とか…………。回転率の向上によって待ち時間の減少だけするだけでも、訪れる人は増えるのは当然なこと。士郎本人に自覚が無いとしても、結果的にそうなる働きぶりをしていたのだ。

 

 

 士郎は屋上から自分の部屋に戻る。

 タオルや着替えを手に取って、浴室へ足を進める。

 シャワーで汗を流し、身支度を終え、再び玄関を出た。

 

「行ってきます」

 

 誰も居ない部屋に向かって出掛けことを告げる。

 その時に。かつて一緒に暮らしていた母娘、愛猫に見送られる光景。

 立ち去るのを心配そうな目で見ていた少女と、その彼女の教育係をしていた女性の姿が見えたよう気がした。

 

 ――――これは、士郎の身に起こることを予知した"誰か"が見せたものだったのだろうか。

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 整備された道の上に、一人の少女の姿が在った。

 髪を可愛らしく二房のツインテールに結わき、白色の基調とした制服を着ている高町なのはである。彼女は新年度を迎え、小学3年生に進級した。

 なのはが通っているのは『聖祥大付属小学校』――――大学までエスカレーター式の私立校である。

 小学校が共学、中高は男女が別れ、大学では学部ごとに共学であったりと色々と特色のある学舎だ。生徒の可能性を広げるカリキュラムが組まれており、必要とされる学力と学費は高めである。

 

 

 朝を吹き抜けていく風が暖かくとも、気温は少しばかり低めだった。

 なのはは4月の朝を身で感じながら、送迎バスが来るのを待っていた。ある人物のことを思い浮かべて。

 ある人と言うのは、昨年度から家が経営している喫茶『翠屋』で働くことになった衛宮士郎。なのはは彼のことを「士郎さん」と呼んでいる。

 彼女の父親と同じ名前であるが、呼び方は違うので混乱することは無い。

 

 

 衛宮士郎と出会ったばかりの頃のなのはは、彼に驚きが多かった。家の車を応急修理をした腕前。アルバイトでもないのに、慣れた手付きでの接客。何処の執事かと思うほどに彼の身のこなしに関心を持った。

 士郎が正式に『翠屋』のウェイターとして働くことになって以降、高町家からは“驚きの新人”と注目されていた。なのはも士郎と会うことが少なくなく、彼の優しいところや真面目なところなどの様々な面を見て、「もう一人お兄ちゃんが居たらこんな感じの人だったのかな~」と、考える時がある。

 

 

 と、なのはは日々を思い出すのは止めた。彼女の耳が段々と近付いてくる音を聞き取ったのだ。

 視線を向けて、映ったのは送迎バス。既に何人かの生徒を乗せているようだ。

 なのはの前にバスが止まり、彼女はそれに乗る。

 

「なのはちゃん!」

 

「なのは、こっちこっち!」

 

「すずかちゃん、アリサちゃん!」

 

 バスの最後尾から親しんだ声が飛んで来る。

 なのはは待っている親友二人の所へ進んで行った。

 

「おはよー」

 

「おはよー、なのはちゃん」

 

「おはよー」

 

 挨拶を交わすと、[アリサちゃん]――アリサ・バニングスは、なのはが座れるように横へ移動してくれた。

 なのはは[すずかちゃん]――月村すずかとアリサの間に座る。

 

 

 月村すずかとアリサ・バニングスの二人とはなのは一年の頃から同じクラスで仲良し。今年からは同じ塾に通っていることもあって、一緒に居ることが多い。

 彼女たちは仲良し三人組だ。活発的なアリサ。おっとしと物静かなすずか。明るく優しいなのは。学校生活も、休日も、楽しく賑やかに過ごしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 午前中の授業を終えたなのはは学校の屋上に居た。

 ベンチに座りながら、すずかとアリサの二人とランチタイムを過ごしている。

 

「将来の夢かぁ……」

 

 なのはが呟いた。それは今日の授業にあった『将来の夢』についてだった。

 昼の話題は自然とそのことになった。彼女たちの年頃になると、夢の一つや二つは持っていそうだが、なのはの顔は珍しく陰気としている。

 

「二人はもう決まってるんだよね?」

 

「あたしはパパとママが会社を経営してるから、跡を継がないと――――って感じかな。そのために今は勉強をいっぱいしないと」

 

「わたしは機械系好きだから、工学系で専門職がいいなと思ってるけど……」

 

 アリサが答えるとすずかも続いた。

 

「やっぱり二人は何となくだけど、ビジョンが有るんだね……」

 

「え? なのはは喫茶『翠屋』の二代目になるんじゃないの?」

 

「『翠屋』のシュークリームと珈琲が凄く美味しくてわたし好き!

 それに最近、更に人気が上がってるみたいだし」

 

「そうそう……衛宮士郎さんだっけ?

 前に行った時に見たけどかなりの仕事ぶりだったじゃない。家の鮫島と比べても引けを取らない感じ」

 

二人は以前、『翠屋』へ来た際に士郎に会っている。凄い新人さんが居ると噂を聞いた二人が「見てみたいなぁー」と、なのはに言ったからだ。

 なのはの紹介を通して、二人が士郎と知り合った際の彼に対するイメージは“欲が無さげな人”。髪型も普通であれば、口調も普通。アリサは「本当に凄い人なのか?」と内心で思う程に。無論、それは一変した。彼の働きぶりを見て――――

 

「『翠屋』を継ぐことは将来のビジョンの一つではあるんだけど……自分のやりたいことが何なのかまだはっきりしないんだ。私、これと言って特技も取り柄も無いし」

 

 自分の裡を口にする。興味を持つ物は確かにある。だが、なのはには“したいこと”が判らなかった。

 そんななのはの様子を見たアリサは自身の弁当箱へ手を伸ばす。さっと何かを取り出すと、なのはの頬へと飛ばした。それは――――弁当に添えられていたスライスレモン。

 

「あうっ」

 

「ばかちん! 自分からそーゆことは言わないの!」

 

「そうだよ、なのはちゃんだけにしか出来ないことはきっとあるよ」

 

 アリサは少し怒りながら、すずかは心配しながら、口を動かす。なのはの内気なところが彼女らしくなかった。

 

「大体、あんたはこのあたしより理数系の成績は良いじゃない! それで取り柄がないとか言うのはどの口だー!」

 

 ウガァーと、なのはの両頬を引っ張るアリサ。彼女の予想外な行動に、すずかは慌て始める。

 言いたいことははっきりと言う性格なアリサが“今”となって手を動かすのは珍しかった。そのため、頭では解っているすずかは慌ててしまったのだ。

 

 

 この後の彼女たちは更に盛り上がっていった。

 後々になって、周りで食事をしていたり、風に当たりに来ていた人たちの注目の的になったことに気付いて、少しばかり恥ずかしくなったのも良い思い出になるだろう。

 

 

 

 

 ━━━━━━放課後

 

 

 今日の授業を終えたなのはたちの三人は、塾へ向かうため公園を歩いていた。

 その途中で艀とボートが壊れている風景が、彼女たちの視界に飛び込んで来た。

 

「あの、何かあったんですか?」

 

 普段と違って慌ただしいことが気になった彼女たちを代表して、アリサが現場を調べている警察官に問い掛ける。

 

「いや、壊れてちゃってる艀とボートを片付けているだけだよ。結構古くはなっていたからね。

 にしても、この荒れ具合は気になるんだけどね」

 

(あれ? ここ、昨日夢で――――)

 

 なのはの脳裏に昨日見た夢が過った。

 物語の中で誰かが戦っていたいたような不可思議な夢。

 

『……助けて』

 

「すずかちゃん。今、声が聞こえなかった?」

 

「何も聞こえなかったと思うけ……」

 

『…………助けて』

 

(やっぱり聞き間違えじゃない! 誰かが助けを求めてる!)

 

「ちょっとごめん!」

 

 なのはは一言を言い残して、頭の中に響いて来た声の方角へ走り出した。

 後ろからは「待ってー!」と、声を出しながら二人が追い掛けてくるが、彼女は止まらずに走り続けた。

 

 

 そして――――――

 

「フェレット?」

 

「怪我してるの?」

 

 走り着いた場所には、苦しそう息を乱しているフェレットと思われる動物が横たわっていた。怪我をしていることに気付いたなのはは、そのフェレットを抱き抱える。

 

「ど、どうしようっ?」

 

「取り敢えず、病院!」

 

「そうね、獣医さん!」

 

 

 彼女たちはフェレットを近所に在る獣医に診てもらうことを決め、公園を飛び出した。

 

 

 

 外はもう茜色になってきている。

 動物病院には、家で動物を飼っているアリサとすずかが居たお陰で、道に迷うことなく、到着することが出来た。

 

「怪我は深くないけど、随分と衰弱しているみたいね。でも、手当てをしたから、もう大丈夫よ」

 

「「「ありがとうございます」」」

 

 院長の診断結果を聞いたなのはたちは安堵の息を吐いた。が、それも束の間。そう、塾の時間が迫っていたのだ。

 経過を診ることを含めて今日は病院で預かるとの院長の提案が有ったため、なのはたちは急ぎ足で病院を後にする。

 塾が始まるまで、約20分……今度は自分たちのことに慌てるのであった。

 

 

 

 ――――まさか、この出逢いがあんなことになるとは、なのはは夢にも思っていなかった。

 

 

 

**********************

 

 

 

「お疲れ様でした」

 

 今日の仕事を終えた衛宮士郎は、高町桃子に挨拶をして、『翠屋』を後にしようとしていた。

 

「今日もありがとうね♪ やっぱりシェロくんが居ると色々とありがたいわ♪ 気を付けて帰ってね」

 

 桃子に見送られるながら、士郎は外に出た。

 帰宅するべく、帰り道に足を向け歩き始めるが――――

 

(あれ? なんだ……この感じ?)

 

 違和感を感じ取った。まるで、空間が歪んで揺れているような感じだった。自然干渉系には疎いが、“世界の異常”には敏感な士郎だからこそ気付いた。彼は発生源の場所を特定するために周囲に意識を集中させる。

 

(裏山か? あそこには特に何も無かった筈……そもそも魔法文明のない地球でこんな違和感を感じること自体がおかしいよな)

 

 ここは『第97管理外世界(地球)』。“魔法”も無ければ、【魔導師】も居ない。故に、このようなことが発生する訳がない。あるとすれば、外部の者がここ(地球)に何かを持ち込んだことになる。

 もしそうならば災害の火種に成りかねない。早急に原因を調べるべく、士郎は足を裏山の方へ方向転換し、走り出した。

 

 

 

 

 裏山に着いた頃には日が落ちていた。周囲は暗くなり、月明かりが照らしている。

 こんなことで無ければ、月明かりを身に浴びつつ、ゆっくりと星々の光輝く夜空を眺めていただろう。

 山の中は静かだ。聞こえるのは虫の鳴き声と風が木々を揺らす音のみ。人気も無い。普通に考えて、こんな時間に裏山へ足を運ぶ者など居ないだろう。居るとすれば、それこそこの"違和感"を発生させた人物か"物"を運び込んだ人物だ。

 周囲を警戒しつつ、草木が生い茂る道なき道を進んで行く。

 

 

 そして、クレーターのようにポッカリと草木が無くなっている場所に着いた。その中心地に“青い宝石”をような物が光っているのが見えた。

 

(あれだな、この違和感の正体は。にしても、何だあれ? 俺の"解析()"を通してもよく分からないし……少し魔力を感じるけど、何でこんな物が地球にある在るんだ――――いや、考えるのは後だ。取り敢えず、あれは回収しよう。『魔力殺しの聖骸布』で覆えば一先ずは大丈夫だろ)

 

 魔力感知に長けていない士郎が、感知出来るほど物が存在している。その事実は、ただ事ではない。

 士郎は服の下に着込んでいた『魔力殺しの聖骸布』を取り、“青い宝石”へ近付いて行く。残り数歩の距離までの所で、彼は動きを止めた。敵意や殺意は無いが、明らかに警戒が含まれた視線が向けられているのを察したのだ。

 

 

 何が起こってもいいように、頭の中で干将・莫耶の設計図を準備する。

 先にこちらが武器を持つと相手を刺激しかねないので投影はしない。ただ、即座に対応が出来るようにしているだけだ。

 

 

 士郎は頭も体も動かさずに立ち尽くす。注意力の散布を続けているが、状況に変化はなく、時間だけが経過をしていくのみ。

 このままでは埒が明かない、と判断をして、彼は周囲に声を響かせて、監視をしている“何者”かに問う。

 

「これを持ち込んだのは君かね? そう警戒しないでくれたまえ、こちらも無駄な争いは好まん。ただ、危険そうな物を感じたから調べに来たにすぎない。話し合いで済むならそれに越したことは無いし、君の持ち物と言うのであれば私はここを立ち去ろう。

 ただし、これを使って周りに被害をもたらすと言うならば話は別だがね」

 

 口調を『英雄』となった“彼”が戦地などで使っていた物にして、言葉を放つ。嫌味的な口調に士郎自身が内心で少々ゲンナリしていた。甘く見られない点では交渉とかには有効かもしれないが好かないものは好かない。例え、平行世界の自分が使っていたとしてもだ。

 

 

 警告とも取れる言葉を聞きて話す気になったのか、“何者”は彼の後方に着地したようだ。ストンと、着地した音がしたので恐らくそうだろう。

 士郎は振り返らずに再び口を開く。

 

「話し合いの出来そうな相手で助かる。さて、君は一体何が――――」

 

「……シロウ?」

 

 自分の名前を呼ばれた事に士郎は驚いた。今の口調は仕事仲間であるベルたちしか知らない筈だからだ。“日常”ではまず使わないし、地球(ここ)で使ったのは今回が始めてだ。

 なのに、相手は士郎の名前を口にした。それが出来るとすれば、彼の姿を知っている人物に限られる。しかし、地球(ここ)でこのようなことに関係を持ちつつ、自分を知っている人物に士郎は心当たりがない。

 つまり、ミッドチルダ辺りで出会った人物に絞られる。

 

 

 名前を呼んできた人物の姿を視界に収めるために、士郎は振り返る。そこには――――

 漆黒のマントを羽織り、黒色が基調にされた機動性を重視した装束を華奢な体に身に纏っていた少女の姿が在った。少々、体のラインを強調し過ぎのように見えるが、機動性を重視したためだろう。

 手にしているのは黒い戦斧。その長さは手にしている者の身の丈より少し長いぐらいだろうか。

 

 

 何より気を取られたのは目に映った人物の正体だった。

 月明かりに照らされて、光輝くツインテールに纏められた金髪に、赤い綺麗な瞳。

 士郎は、その少女を知っていた。

 

「……フェイトか?」

 

 少女の名前を口にする。すると、少女の戦斧が手の平に納まるぐらいの黄色の逆三角形のアクセサリーのような形状になり、右手の甲に納められた。

 そのまま駆け出して、少女は士郎の胸に飛び込んで来た。

 

「シロウ……シロウ!」

 

 胸元に頬を擦り付けて、名前を連呼する少女――――フェイト・テスタロッサ。以前、2年にも満たない時に、彼女の教育係の女性――――リニスと共に世話をしていた少女である。

 フェイトは士郎の存在を確かめるように、彼の背中に回した両腕に一層と力を込める。

 

「久しぶりだな……フェイト。元気そうでよかった」

 

 そんな彼女の頭を撫でる中、士郎は懐かしみに浸っていた。

 

(久しぶりだな……こんな感じに誰かを撫でるのは……)

 

 

 

**********************

 

 

 

 ――――時は少々遡る

 フェイト・テスタロッサは母親であるプレシア・テスタロッサが探し求めている『ロストロギア』に分類される『ジュエルシード』を手に入れるために『第97管理外世界(地球)』を訪れていた。

 『ジュエルシード』とは、青い宝石のような形状で、全部で21が個存在する。その効果は持ち主の"願い"を叶えると言うもの。

 プレシアが何のために必要としているのかを彼女は知らせれておらず、命じられるがままに捜索の旅に出ていたのだ。

 辺りが暗くなり、ライトアップがされ始めている街のとある建物の屋上に一人の少女とオレンジ色の大型犬――――いや、狼が居た。

 

 

(ここが『第97管理外世界(地球)』…………)

 

 街を見下ろしながら、この“世界”の情報を思い出す。確か、極東の小さな島国……ニホンって言う国だっけ。

 

「母さんの探し物――――『ジュエルシード』はここに在るんだよね」

 

「あの女が言うにはね。

 それより、大丈夫かい、フェイト? 転移魔法は魔力の消耗が少ないし……あたしと言う使い魔と契約している訳だし……」

 

 私の呟きに答えたのはパートナーのアルフ。

 アルフは私が幼い頃に、ミッドチルダ南部の山あい地にある故郷の『アルトセイム』で契約した使い魔だ。

 使い魔であるアルフは私の魔力を糧に生きて、色々とサポートをしてくれる。

 

「これくらいは大丈夫だよ。契約で魔力が持っていかれるのはいつものことだし」

 

「そうかい? 大丈夫なら良いんだけど。取り敢えず、今日は活動するための拠点の用意だね。私が準備するからフェイトは少しでも休んだ方が良いよ」

 

「ありがとう、アルフ。でも、少しでも早く母さんにジュエルシードを届けたいんだ。だから、少し探してみるよ。心配しないで、ただ探すだけだから」

 

「うーん」

 

 首を傾けて唸るアルフ。

 数秒首を傾けてから溜め息を吐く。

 

「分かったよ。でも、探すだけにしなよ? まだ来たばかりなんだし。こっちの準備が出来たら念話を送るからさ」

 

「うん」と、返事を返して私はアルフと一旦別れた。

 

 

 

 

 アルフと別行動になった私は、裏山に足を踏み入れていた。辺りに魔力の気配を感じた私はそれを確かめるために来たんだ。辿り着いたのはクレーターのように木々が無くなっている場所の近く。

 

(あれが……ジュエルシード…………)

 

 よく見えないけど光る物が在るのが判った。

 早速回収するために近づこうとした一歩踏み出したところで、先に誰かがジュエルシードに近付いて行くのが見てた。木の陰に隠れて様子を伺う。

 

(誰だろう? ここには魔法文明が無いから、この世界の住民が関わるはずが無いと思うんだけど……)

 

 警戒しつつ引き続き様子を見る。もしこの世界の住人だったら、下手に関わる訳にはいかない。私は“外”の住人。『ジュエルシード』を集める為の接触は仕方が無いけど、可能な限りは避けるべきだ。

 現状を維持していると、向こうは声を出してきた

 

「これを持ち込んだのは君かね? そう警戒しないでくれたまえ、こちらも無駄な争いは好まん。ただ、危険そうな物を感じたから調べに来たにすぎない。話し合いで済むならそれに越したことは無いし、君の持ち物と言うのであれば私はここを立ち去ろう。

 ただし、これを使って周りに被害をもたらすと言うならば話は別だがね」

 

(気付かれた!? この世界の住民じゃない!)

 

『ジュエルシード』は『ロストロギア』。この世界の住民が関わる物で無いし、何より私は様子を見ていただけ。なのに、気付かれたと言うことはあの人物はただ者じゃない。

 でも『ジュエルシード』目の前にして引き下がることは出来ない。それに、気付かれた以上はここに留まっても意味が無い。相手も話し合いをしてくれそうな雰囲気だったから、私は木の陰から出て、言葉を放った人物の後ろに立った。

 

「話し合いの出来そうな相手で助かる。さて、君は一体何が――――」

 

 その言葉遣いに覚えはなかったけど、その姿には覚えがあった。

 赤銅色の髪の毛に、私より大きくて、高い後ろ姿には――――

 

「……シロウ?」

 

 だから私は、彼の名前を口にした。私の世話と練習相手をリニスと一緒にしてくれた大切な彼の名前を。

 自分の名前を呼ばれて驚いたのか、彼はこちらに振り向いた。

 

「……フェイトか?」

 

 私は自分の名前が呼ばれて相手の正体を確信すると、反射的に彼の胸元に飛び込んでいた。

 

「シロウ!シロウ!」

 

 エミヤシロウ。

 アルフと仮契約をして間もない頃に私たちの所を離れた少年。

 余り長い時間を一緒に過ごしたとは言えないかもしれないけど、一緒に居てくれた時のことは今でも私の大切な思い出。優しくしてくれたし、甘えさせてもくれた。私にとって――――

 

 

「久しぶりだな、フェイト。元気そうでよかった」

 

 そう言って頭を撫でてくるシロウ。久しぶりの感覚に身を委ねていた。

 

 

 

 再会をした私とシロウは近くに在った倒木に座っていた。

 久しぶりに会ったシロウから離れたくなかったので、シロウの左腕を両腕で抱き締めている。シロウは少し戸惑っていたけど、優しい表情を浮かべていただけだった。

 暫くしてからシロウが私に尋ねた。

 

「で、フェイト。これが何なのかは知ってるだよな? お前はこれを探しに来たんだろう?」

 

 シロウの右手に赤い布で包まれたジュエルシード。

 そうだった。まだ、私の目的について何も話してなかったんだ……だって、シロウとの再会が嬉しくてつい……。

 私はシロウの左腕から両腕を離して、目的を説明し始める。

 

「それは『ロストロギア』の一種で『ジュエルシード』と呼ばれる物です。私は母さんからそれを集めるように言われてここに来ました」

 

「『ロストロギア』? あぁ、高度に発達した魔法技術の遺産だっけ? 教材の項目にそんなのが書いてあったような――――って、プレシアはなぜそんな物を?」

 

「私も理由は聞かされていません。ただ、研究に必要だからとしか……」

 

 私の説明を聞いて、考えことを始めるシロウ。

 でも、それは直ぐに終わったようです。

 

「やっぱり俺が考えても分かる訳が無いよな。俺はプレシアみたいに研究者じゃないし。

 えっと、それでこの『ジュエルシード』はどうすればいいんだ? 『ロストロギア』なら取り扱いは厳重にしないとマズイんじゃないのか?」

 

「あ、そうですね。今、封印します。バルディッシュ、起きて」

 

 立ち上がって相棒に話しかける。

 

「Yes,sir.」

 

 主に忠実な臣下のように私の声に答えるのは、私のインテリジェントデバイスの『閃光の戦斧(バルディッシュ)

 リニスが遺してくれた大切な私の相棒。

 

「『ジュエルシード』、封印!」

 

「Receipt No.10」

 

 魔力が注ぎ込まれて封印が完了された『ジュエルシード』は『バルディッシュ』に収納される。

 これで一安心。封印さえ施してしまえば、暴走の心配は要らない。

 

「これで大丈夫です」

 

「そうなのか? まぁ、"歪み"は感じなくなったし、そうなんだろうな」

 

 封印をした私は再び倒木に座って、士郎との話を再開する。

 

「シロウはどうしてここに居るんですか? 私と同じでジュエルシード探しを?」

 

「いや、さっきも言ったけど、ここに来たのは空間が歪んでいるような"違和感"を感じたからだ。『ジュエルシード』を見つけたのは偶然だよ。それに、ここ(地球)は俺の故郷なんだ」

 

「そうなんですか。知りませんでした」

 

「話して無かったからな」

 

「それにしても……」と、シロウが言葉を続けます。

 

「何で敬語なんだ? 出会った最初の方はそんな感じだったけどさ」

 

 あ、そうだ。シロウの口調がいつもと違ったから私もつい……背も高くなったし、リニスの「歳上の方には敬語で」と、教えられていたのが出てしまったんだ。

 

「その、シロウの口調が前と違ったのでつい……」

 

「あー、あれは俺の"交渉術"みたいな感じだ。喋ってる俺も肩が凝るからあまり使わないんだけどな。

 まぁ、気にしないでくれ。誰かとの"取り引き"の時の仕事口調とでも捉えれくれればいい」

 

 シロウの説明に納得した私は次に聞きたいことを口にした。

 

「なんで、私たちの所に帰ってこなかったの?」

 

 シロウの話を聞いて、ここ(地球)がシロウの故郷だってことは分かった。けど、故郷に帰る前に私たちの所に来てくれてもよかったと私は思った。

すると、シロウは少し悩んだような表情を浮かべた。

 

「そう……だな……ここ(地球)に来る前にフェイトたちの所を行くのもありだったかもしれない。

 けど……なんて言うか……行きづらくてさ。それに、リニスやアルフたちが居るから俺が居なくても大丈夫だと思ったし」

 

「…………」

 

 シロウが居なくなった時、正直言って寂しかったし、少し落ち込んだ。優しかった彼が出掛けて行ったのが、私から離れていくシロウの姿が――――と、不意に新たな声が上がる。

 

「私の主は相変わらずですね。気になっていたのですから、素直に行けばよかったのに」

 

 それはシロウの左腕からした発せられた声。そうだ、シロウがここにいるなら、シロウのパートナーも居るだ。

 

「久しぶりですね、フェイト。元気そうで何よりです」

 

「ウィンディアも元気そうだね」

 

「はい、私はいつも通りです。

 それより、主よ。貴方の真っ直ぐな姿勢は何処にいきました? やはり自分のことになると不器用なのは何時(いつ)まで経っても変わりませんね。やはり貴方は――――」

 

 ウィンディアが途中で言葉を止めた。

 私にはその理由が直ぐに判った。

 

「これは……ジュエルシードが発動してる!?」

 

「まただ……この、空間が歪むような感覚だ」

 

「行きましょう、主! 話を後にするのは不本意ですが、こちらの方が優先です!」

 

 

 私たちは魔力の感じ方角へと向かって行った。

 私は飛行魔法、シロウは"魔力で足場"を作りながら空を渡っていく。

 辿り着いた時にシロウが「…………なんでさ」と、漏らしたのは聞き間違えじゃなかった筈。

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 フェイトと再会した俺は、彼女と共に新たな"違和感"を感じたその場所付近まで来ていた。到着して早々に魔力で目を強化する。視力が引き上げられた目を通して、映ったビルの上に立っている少女の姿に肝を抜かれた。

 

 

 白色を基調にした制服のような衣装を身に纏い、アニメに出てくるような"魔法の杖"を左手に納めていた彼女――――高町なのはの姿に。

 傍から見れば誰もが"魔法少女"と思うだろう。

 

 (フェイトといい、なのはといい、今時は魔法少女が流行ってる……のか?)

 

 そんな現実逃避気味な考えに走っているところに、フェイトが声を掛けてきた。

 

「シロウ、どうしたの?」

 

 俺に指摘を受け、言葉遣いが以前の物になったフェイトから声を掛けられて、現実の光景を受け入れる。

 

「いや、ジュエルシードらしい3つの光とそれを封印したらしい人が見えたんだけど……」

 

「この距離で見えるんだ……私は魔力を感じることしか……」

 

 フェイトは驚きを露にした。

 肉体の強化は【魔導師】でやっていることだけど、俺程にまで視力を引き上げる者はあまり居ないから、彼女がそう反応するのは無理もない。だって、“強化”を施した状態の視力は望遠カメラにも匹敵するんだから。

 

「これを使えば見えるかな?」

 

 フェイトもビルの様子が見られるように投影した望遠カメラを差し出す。

 若干の戸惑いを示すが、フェイトは受け取ってくれた。

 

「あの……これは――――望遠カメラ?」

 

「ああ、使い方は解るか? 解らないなら教えるけど?」

 

「大丈夫、解るよ。シロウは普段からこんな物を持ち歩いてるの? あ、シロウは転送魔法に似たスキルの使い手なんだっけ?」

 

「そうだよ、前にも言ったけどな。自分の所有している物を俺の手元に取り出すのが特技なんだ」

 

 以前、リニスと一緒にフェイトの世話をしていた頃に俺は自分の"投影"を『転送魔法のようなスキルでの武器などの取り出し』と、説明した。真っ赤な嘘は言ってない。俺の能力(スキル)であることは事実だ。

 

「で、どうだ? 見えたか?」

 

「白い服を着た私ぐらいの女の子が居て、左手にバルディッシュと同じインテリジェントデバイスらしき物を手に持ってて――――それと3つの封印されたジュエルシードが」

 

 どうやら、きちんと見えてるみたいだ。

 

(にしても、何でなのはがジュエルシード集めを? 普通の小学3年生だよな? 俺のことを話す訳にもいかないし……これからどうするか……)

 

 なのはについてどうしたものかと考えいる最中、フェイトが望遠カメラを返してきた。

 

「もう封印されてるみたい。今日はもう戦うだけの魔力が無いし、今アルフが拠点を準備しているので――――ってシロウ? 頭を抱えてどうしたの?」

 

「いや、ジュエルシードを封印した女の子って、俺の知り合いなんだよ」

 

「え、でもここに魔導師は――――」

 

「居ない筈だ。フェイトも知っている通りだ。ここ(地球)には魔法文明が無いからな。だから、俺も驚いてる」

 

 どうするかをフェイトに訊こうとしたら、フェイトが左手を自分の左耳に当て始めた。誰かから念話でも着たのだろう。

 その横から声を掛ける訳にはいかないので、終わるまで待つ。

 

 

 念話を終えると、フェイトは再び俺に目を合わせてきた。

 

「アルフが拠点の準備を終わったみたい。詳しいことはそこで話そう、シロウ」

 

「そうだな。空に人が浮かんでるところなんて一般人に見られてもあれだしな」

 

 

 なのはのことが頭から未だに離れないが、このまま空に留まるのは不味い。

 俺はフェイトに案内されて、彼女たちの地球での拠点のマンションに向かった。

 

 

 

 

 

 

 フェイトに案内されて、マンションの一室に入る。

 間も無く16歳ぐらいの女性が走って来て、フェイトに抱きつく。

 

「フェイト~大丈夫だったかい? 『ジュエルシード』を一つ封印したって聞いたからさ」

 

「大丈夫だよ、アルフ。封印しただけだからね」

 

 動じずに普通に答えるフェイト。

 あれ、フェイトの方が年下だよな? 立場が逆転してないか?

 そう考えていた俺に、その女性は観察するように視線を向けてくる。

 

「で、アンタがシロウかい? フェイトと私が仮契約した頃は居たらしいけど、あたしは全然覚えてないんだよ。

 一応、フェイトからの『精神リンク』を通しては知ってるけどね。まぁ、アンタがフェイトの味方なら文句はないよ」

 

「衛宮士郎だ。

 やっぱりあの狼か。アルフって言ってたからそうかなとは思ってたんだ。今もここに居るってことはフェイトと正式に"契約"をしたんだな」

 

「うん。でも、使い魔って言うよりはパートナーかな。"契約"も長期だし」

 

 二人の説明で納得が出来た。

 フェイトの魔導師としての素養を考えれば、幼いながらも使い魔と契約を交わすことは不思議ではなかった。

 

「そう言えば、リニスは居ないのか? フェイトの世話をしてたから一緒だと思ってたんだけど」

 

 部屋を見回した俺は一つ気になることがあった。この場にフェイトへ魔法を教えた彼女が居ない。

 プレシアの使い魔であったけど、彼女ならフェイトの側に居るだろうと思った。

 

 

 

 俺の疑問を聞いて二人は表情を曇らせる。

 それからフェイトを一瞥したアルフが重々しく口を開いた。

 

「リニスは還ったよ……山に。

 私たちは見送りが出来なかったけどさ。でも、自分の居た"証"をちゃんと遺していったよ」

 

 そうか……リニスは――――

 俺はそのことを聞いて彼女がプレシアとの"契約"を終えたのだと悟った。

 

(リニス…………アンタは還ったんだな。でも、フェイトもアルフも俺も何時までもリニスのことは忘れないよ。アンタがフェイトに教えたことは、今でもしっかり彼女の中に刻まれてるよ。だから、心配はしなくて大丈夫だ。

 あと、ありがとう。俺が途中で止めちまったことを成し遂げてくれて)

 

 実の母親のように、フェイトを優しく包んでいた彼女の姿を思い浮かべて、心の中で祈りを捧げる。

 

「ごめんな、二人とも」

 

「ううん」

 

「別にシロウは悪くないさ。

 それより、本題に入った方がいいんじゃないのかい? フェイトがここに連れて来たのは、話をするためなんだろう?」

 

 アルフの言う通り、ここに来たのは『ジュエルシード』についての話をするためだ。

 俺たちはリビングのソファーに座り、話し始めた。

 

 

 

 

 

 で、一通りの話を終え、話をまとめる。

 

「つまり、シロウの知り合いも『ジュエルシード』を集めていると。加えて、フェイトと同じインテリジェントデバイス持ちね。

 でも、シロウはその子がそんなことに関わる子じゃないって知ってるんだろう?」

 

「ああ、それは間違いない。なのはは地球に暮らす普通の女の子だ。『ジュエルシード』どころか、魔法に関わるような子じゃない。

 あまり考えたくないけど、フェイトたちとは他に『ジュエルシード』を探している人物が居て、巻き込まれたんじゃないかって」

 

「まぁ、そうなるだろうね。でも、向こうも集めているからには今後は『ジュエルシード』を求めて戦うことになるだろうさ。こっちも集めないとならないし」

 

「出来れば穏便に話を付けたい。だけど……俺のことを話す訳にはいかないしなぁ……」

 

 どうしようかと考えている中、チラッとフェイトの方を見ると若干頬を膨らませているような……あれ? 何か怒らせるようなこと言ったか?

 自分の言葉にそんなワードが含まれていたか遡っているところでフェイトが口を開いた。

 

「シロウはその"なのは"って子と親しいんだね」

 

「まぁ、働いてる所の娘さんだし……俺もよく話はするけどさ。」

 

 あれ? なんだこの流れ?

 アリシアが不機嫌になった時に、似た物を感じるぞ……。

 

「もし、この先で『ジュエルシード』を求めてぶつかったら戦う。母さんが探しているし、『ロストロギア』となると話し合いでどうにかなるとは限らないから。」

 

「――――フェイト、ちょっと好戦的じゃないか?」

 

「うんん、言っても解らないことはあるよ。

 シロウはどうするの?」

 

「どうするか」か……一番なのは『ジュエルシード』のことからなのはを離すこと。『ロストロギア』なんて物に関わっても良いことが有るとは言いにくい。下手したら『管理局』の介入もあり得る。そんな厄介事になのはを巻き込みたくない。彼女は普通の女の子なんだ。フェイトと違って魔法に関わる子でもない。

 

 

 本音を言えば、フェイトにもこの件から身を引いて欲しい。でも、プレシアからの頼みで行動しているからには関わることを止めないだろう。

 魔法の練習もそうだった。プレシアに誉めて欲しくて、喜んで欲しくて一生懸命にやっていたのだから。

 

 

 俺が出来るとしたら、一刻でも早くこの件を片付けることぐらいだ。

 プレシアが何を求めているかは今は判らないけど、それは後に本人から聞くとして今は――――

 

「俺は、フェイトのジュエルシード集めに協力しようと思う。少しでも早く回収して、この件を片付ける。俺に出来るとしたらそれぐらいだ」

 

 俺の回答に二人が驚きの表情を浮かべる。

 

「いいのかい? なのはって子とは知り合いなんだろう? 会ったら即バレだよ?」

 

「それは心配要らない。投影(トレース)開始(オン)

 

 投影するのは仮面とカツラが一体になった物。

 それを被って話を再開する。

 

「これなら俺だとは分からないだろう?」

 

「ああ、それなら大丈夫そうだね。これがフェイトから聞いた転送魔法か……」

 

 アルフは突然俺が何もない所から仮面を出した事に驚いている。初見の反応はこんなもんだろう。

 仮面を外してフェイトを見る。

 

「シロウが協力してくれるのは心強いよ。でも大丈夫なの?」

 

 “何が”とは言ってこないが、言いたいことは解った。

 

「別にジュエルシードを集めるのが目的だしな。

 それと、俺は封印なんて出来ないからさ。基本的にフェイトのサポートに回ると思うぞ」

 

 俺はフェイトみたいに多くの魔法を使える訳じゃない。出来るのは『非殺傷設定』が可能な攻撃魔法一つと防御魔法が一つ。あとは干将・莫耶などの武器だ。

 俺の戦闘スタイルは物理系統が主軸。剣にしても、弓にしてもだ。バリアジャケットを着用している者なら物理攻撃を受けても、余程のことで無ければ絶命はしないだろう。あれの防御性能の高い。

 そもそも、なのはを傷付けるつもりなんて無い。相手をするなら、足止めに徹するだけだ。

 

「うん? シロウは他に魔法が使えないのかい?」

 

「フェイトみたいには出来ないな。封印も出来ないし」

 

「アルフ、シロウは魔法は余り得意じゃないけど、強いから大丈夫だよ」

 

「そうなのかい? まあ、フェイトが言うならにはそうなんだろうね」

 

 今後の方針が大体が決まったところで、アルフがソファーから立ち上がって、玄関へ向かっていく。

 

「遅くなったけど買い物に行ってくるよ。あたしもフェイトも晩御飯がまだだからね」

 

 買い物に行くためにリビングを出ようとしていたアルフを俺が呼び止める。

 食事はリニスと俺が作っていた。俺が居なくなった後はリニスが作っていたのは予想が出来る。

 そうなるとこれから買い物に行くと言うのは――――嫌な予感がした…………。

 

「アルフ、念のために聞くんだけど……買い物って何処に?」

 

「なに当たり前のことを聞いてるんだ」と、言う表情を浮かべて答えてくれた。

 

「『何処に』って、近くのコンビニでフェイトの弁当、あたしはドックフードでも買おうかなって」

 

 ――――――その時、俺に電流が走る!!

 

「……そう言えば、まだ台所を見ていなかったな」

 

 いや、まさかなと淡い期待を抱いて台所の様子を見に行く。

 ――――そこには、調理器具の一つもありませんでした。

 うん、知ってたよ……アルフの発言からしてこんなことだろうと……。

 

「アルフ、買い物は俺も行くぞ。あと、コンビニじゃなくてスーパーな。

 俺が料理を作る。成長期の有るフェイトにそのような食事は好ましくない」

 

「でも、調理器具が無いよ。用意するのは――――」

 

「大丈夫だ。投影(トレース)開始(オン)

 

 投影するのは数種類の"刃物"。ジャンル的には"剣"に含まれなくはないので、完成度は高い。

 それらに加えて、フライパンなどの器具。"剣"からは外れるけど、"金属"だから若干完成度が下がるが使用に問題はない。これらにより買う必要な器具は格段に少なくなる。

 そんな光景を見たアルフとフェイトは固まっている。

 

「さて、こんな感じか。じゃあ、行こう」

 

「あ、あのさシロウ?アンタって料理人?」

 

 だが、アルフの言葉など俺の耳には入っていない。

 

「家事の出来なかった親父の代わりに家事をこなし、後に多くの人々の食事を作ること5年。

 そして、フェイトの食事も作っていたし、今は喫茶『翠屋』で働いている。二人には俺が作り上げた料理で"食事"の偉大さを教えてやる!」

 

 俺の背後には炎でも出ていたのだろうか。アルフは一歩後退りしている。

 フェイトの方は「またシロウのご飯が食べれるんだ」と、目を輝かせている。まさか、一番仕事が晩御飯とは……好きだからいいけど。

 

 

 夕食の材料を買うために、俺たち3人は近所のスーパーに出掛けた。

 取り敢えず、今回の夕食に使うだけの材料を買うことに止めた。

 

 

 スーパーから帰って来て、晩御飯を迎えた。

 メニューは鶏肉、人参などを入れた炊き込みご飯。キャベツ、玉ねぎ、トマトなどの春が旬の野菜を中心にしたサラダ。豆腐の味噌汁。

 

 

 時間的に簡単な物しか出来なかったけど、二人は美味しそうに食べてくれた。俺も久々の一人ではない食事をとりながら夜を過ごしていく。

 

 




プリヤの方でイリヤ、美遊、クロから慕われ、
HAでは『シスタークライシス』の妹王決定戦などに巻き込まれるなどなど、年下から慕われるイメージがある衛宮士郎。
当作品ではフェイトがその枠になります。
士郎、大変だけど頑張って!

士郎の投影した仮面は某『チョコレートの人』の物をイメージしてください。分からない方は検索すると出てきます。

ジュエルシードのNo.10はTV版3話のゴールキーパーの少年が拾ったものです。何処かしらで士郎がフェイトと再会するきっかけにしないといけなかったので使わせてもらいました。

なのはが回収したのはNo.18.20.21です。
21はTV版でユーノと出会った時の初陣で回収。
20はTV版の3話冒頭の学校で回収。
18はTV版の3話までに回収されたとなっていた物
漫画版The1stではこの三つがなのは初陣で同時に回収されていたのでその設定を使いました。

タグに無印編進行中、お兄ちゃん子なフェイトを追加しました。

お読み頂きありがとうございましたm(_ _)m


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9話 交差

初の戦闘描写が入ります。やっぱり難しいものですね……イメージの文章化か……

あと、ドライの単行本8巻を購入して久々に美遊兄の固有結界を見たのですが、熱くなったと同時にやはりどこか悲しくなりました。あの風景がと思うとね。
自分も固有結界の回は早く書きたいのですがまだまだ先になるのが……まぁ、コツコツと進めて行きます

では、どうぞ!


 ━━━━━ある日の早朝。

 

 士郎、フェイト、アルフは人気(ひとけ)がないとある空き地に来ていた。

 目的はフェイトとの模擬戦。本人から力試しをしたいと士郎は頼まれていたのだ。

 周囲にはアルフが結界を張ってくれているので、住民を心配する必要はない。

 

 

 士郎が手にしているのは黒と白の双剣――――干将・莫耶。

 身に纏っているのは“彼”と同じ赤い外套――――『赤原礼装』と言うとある聖人の聖骸布である。これは外界に対する一級の“守り”で着用者を守る。

 左腕にはオーバル型の盾となった『インテルジェントデバイス』のウィンディア。

 バリアジャケットは展開していない。どちらかと言うと、『赤原礼装』の方が士郎にはしっくりくるからだ。ベルたちとの“仕事”ではバリアジャケットを着ること時もあったが、あれはバリアジャケットの展開に慣れる意味合いが強かったのだ。

 双剣の他に、偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)などを使う気は元々ない。あれらの宝具は強力過ぎるから、模擬戦では使う訳にはいかない。

 

 

 フェイトの方はジュエルシード回収時にも着用していたのと同じバリアジャケットに、戦斧型の『インテリジェントデバイス』のバルディッシュ。

 

 

 準備が両者出来たところで、アルフが模擬戦開始の合図を告げる。

 

「じゃあ、模擬戦開始! フェイト、頑張って!」

 

「行きます、シロウ」

 

「何時でもいいぞ。来い、フェイト」

 

 バルディッシュからガコンと音が空気を叩く。ヘッドが本体と直角に展開され、先端から金色の魔力刃が形成される。

 

「Scythe form.Set up.」

 

 モード切り替えを告げるバルディッシュの声が響いた。フェイトは魔力刃が形成されて"鎌"のような形態になったバルディッシュを構える。

 彼女が一歩前に踏み込んだと思ったら、その姿が士郎の視界から消えた。いや、ただそう見えるぐらい超高速で動いているのだ。士郎は自分の左側を通って背後に回って行くフェイトの軌道がはっきりと捉えていた。

 

 

 フェイトの右側から繰り出された横一閃を、士郎は即座に振り向いて、左手に納めている漆黒の刀身を持つ干将で受け止める。その衝撃はしっかりと全身に伝わる。

 

「へー、フェイトの『ブリッツアクション』に反応するんだ。あの速度で移動したフェイトの姿を捉えることが出来る奴はそうそうに居ないんだけど。

 フェイトの言うことは確かみたいだね」

 

(速いし、いい一閃だ。アルフの言う通り、今の軌道は誰もが簡単に見える物じゃないな)

 

 受け止められたことにフェイトが驚いている様子はない。防がれたと認識した瞬間には自前の機動力を生かして、士郎から距離を取るべく空へ上がって行く。

 士郎も魔力で足場を作りながら、フェイトを追うために空へ駆け上がって行く。

 

「Photon lancer Get set.」

 

 フェイトの周囲にフォトンスフィア(発射体)が4つ展開される。

 

「ファイア!」

 

 フェイトの号令に従い、フォトンスフィア(発射体)から、雷の帯びた槍のような魔力弾が士郎に向かって打ち出された。その攻撃は直線に打ち出された物だが、瞬きをさせる暇も無いぐらいの高速で襲ってくる。

 これはフェイトの最初に修得した魔法――――フォトンランサーだ。士郎も以前に何回か試し撃ちの相手をさせられた。今のそれは当時の物より多く、格段に速くなっている。

 

 

 ――――けれど、彼には追い切れる。

 空を駆け上がって行く胴体を中心に向かって連続で到来するフォトンランサーを、駆け上がりながら双剣で切り払い、打ち落としていく。

 これにはフェイトも少し驚いたようだ。恐らく、動きを止めて、防御魔法で防ぐとでも予想していたのでだろう。

 確かに、シールドなりを展開して防ぐなら難しくない。直線で攻撃が来るのは判っているのだから、守りを固めればいい話だ。

 

 

 だが、打ち落とすなら話は別になる。

 向かってくる物を"防ぐ"のではなく"打ち落とす"。実行するには、攻撃の動きを完璧に把握し、タイミングを合わせることが大前提。加えて、速い物となるほどに難易度は跳ね上がる。

 

 

 士郎がやったのはそう言うことだ。

 彼本来の戦い方は防御を重視し、相手の隙にカウンターを斬り入れること。繰り出すには、その動きを見切らなければ出来ない。

 “見切り”を可能にするには目の良さも重要な要素だ。一連の動作は士郎の目の良さが有って実現が出来たことでもある。誰もが真似出来ることではないだろう。

 

 

 フェイトはフォトンランサーが通用しないと判ったのか、今度は左手の手の平を士郎へ向ける。

 

「Thunder Smasher.」

 

 バルディッシュの魔法を発動する声に続いて、砲撃が発射された。その一撃は光の息吹きの如く、士郎へ迫っていく。

 流石にこれを切り落とすことは不可能と判断した士郎は、パートナーに合図する。

 

「ウィンディア!」

 

「Wind Shield.」

 

 左腕に装着されている盾を前に構えて、その上から"風の層"を展開させて砲撃を四方に受け流す。

 砲撃が終わりフェイトの姿を視界に収めようと目を向けるが――――

 

(居ない? どこだ?)

 

 今のは砲撃は士郎の動きを止めて、視界から消えることが狙いの目眩ましだったみたいだ。

 士郎は周囲に目を向けて探すが見当たらない。

 

「Arc Saber.」

 

(上か!)

 

 空を見上げる。士郎の目には、鎌を振り下ろして三日月状の刃をブーメランのように飛ばしてくるフェイトの姿が映る。

 向かってくる“刃“を切り落とすために、干将・莫耶により魔力を通して“強化”を施す。

 

 

 が、迎撃しようした瞬間に――――

 

「Saber Blast.」

 

 三日月状の刃は爆発した。爆風が士郎を襲うが、大したダメージは負わなかった。

 理由は干将・莫耶。これらは二つ揃いで装備すると、対魔力と対物理の耐性が上昇するのだ。この程度の爆風ならさして気にすることではない。問題は爆煙で視界が奪われたことだった。

 

(なるほど。俺の目を封じる戦法で来たか)

 

 爆煙の中に居ては不利なので、士郎は即座に空を走って爆煙の中から出る。

 その行動が相手の思う壺だと言うことは承知の上だ。予想通り、爆煙から出たところで襲撃があった。

 

「ハァァァッッ!」

 

 加速と重力が加算された鎌の一撃が士郎の頭上から振り下ろされる。手にしている左右の剣を交差させて、その一撃を受け止める。刃が交わってギィィンっと音が響く。

 この模擬戦の中で一番重い一撃。衝撃が爪先まで伝わった。フェイトはそのまま士郎を地上に叩き落とすために、更に力を込めてくる。彼は全身に強化を施して耐える。

 

「いい戦法だ、フェイト。

 でも、俺の手札が双剣だけじゃないことは知ってるだろう?」

 

「Air Slash.」

 

 ウィンディアの言葉と共に士郎の周囲から6つの"風の刃"がフェイトへ向かって飛び出す。

 咄嗟にフェイトは士郎から距離を取る。その速さは彼の知っている魔導師の誰よりも速かった。

 射出された『Air Slash』はフェイトに当たらず、空を切ってあらぬ方向へ飛んで行った。

 

(切り返しが早いな。反撃が来ると分かった時にはすでに距離を取り始めていた。それにあの移動速度……簡単には捕らえられない。『バインド』が使えたら話は違うかもしれないけど、俺には出来ないし)

 

 互いに距離を保ち、動きを伺う。

 士郎もフェイトも得物を構えたまま、その場に止まっている。

 

(フェイトを捕らえるなら誘い込むしかない。単純な速度じゃあ、俺は追い付けない。上手いこと俺のレンジに――――)

 

(目眩ましからの強襲にも反応してきた……なら――――)

 

 

 ここでフェイトが動いた。

 再度フェイトの周りにフォトンスフィア(発射体)を展開される。先は4つだったのに対して、今度は4倍の16つ。数を4倍に増やしたぐらいで士郎に通用しないことは先のことでフェイトは判っているだろう。つまり、何か策があると言うことだ。

 

(さあ、どう来るフェイト?)

 

 そして、フェイトは右手を振り払った。

 

「ファイア!」

 

 放たれた槍たち。しかし、それらは士郎を狙ったものではなかった。周囲にばら撒き、移動する範囲を制限したするのが彼女の狙い。

 

(弾幕で動きを封じるか……)

 

 続けてフェイトは加速し、俺に接近して来る。

 迎撃するべく双剣を構えるが――――

 

 

 四肢に『バインド』が掛けられた。

 

(バインド!? そうか、これが目的か!)

 

 行動範囲を制限し、バインドに掛かりやすくするのが本命。

 バインドに拘束された士郎へ高速で接近して来たフェイトから鎌が振る。間違いなく入る一撃。

 だが、内側からバインドが外されて(・・・・・・・・・・・・・)自由になった士郎は両手の剣を交差させて、受け止めた。

 

「……!?」

 

 フェイトの表情が驚きに染まる。それはそうだろう。バインドが内側から外されたのだ。始めてのことに、何が起こったのか理解が出来ないでいた。

 

 

 フェイトの僅かに動き鈍る。無論、士郎はその隙を見逃さない。受け止めた鎌を押し返して、彼女の体勢を崩す。そのまま、無防備になったフェイトの首隣に莫耶を滑らせて――――

 

 

 

「良かったぞ、フェイト。でも、剣使いがバインド対策をしていないと思っていたのはちょっと甘かったかな」

 

フェイトは未だに自分のバインドがどうやって破られたのは解らずに驚愕を隠せずにいた。

 次第に落ち着きを取り戻して、どうやって破いたのか質問してきた。

 

「どうやって私のバインドを破ったの? 内側から外されたように見えたけど……」

 

「先のはウィンド・シールドの応用だな。あれは基本的にはウィンディアの上に展開するんだけど、俺の体に直接展開も出来るんだ。

 で、バインドが掛かるであろう場所に“風の層“を纏わせておいて、掛かったら“風の層“を一気に解放して内側からバインドを吹き飛ばす。まぁ、そんな感じだ」

 

 近接戦を行う者にとっては動きを封じられることや武器を扱う手を封じられることは致命的だ。バインドが使い手の魔導師は天敵と言っても差し支えないだろう。

 なら、対策を講じるのは当たり前だ。士郎はそれを今回のようにした。彼は戦闘時、手首と足首には纏うようにしている。この四ヶ所が動けば後はどうにか出来る。武器さえ使えれば、他の所にバインドに拘束されようと壊すことは可能だからだ。

 

「やっぱり、シロウは強いね」

 

「フェイトも十分強いぞ。お前はまだ発展途上だろう。まだまだ強くなるさ」

 

 干将・莫耶のイメージを崩して消す。その後、ウィンディアもスタンバイモードにする。

 フェイトも士郎が武装を解いたのを見て、バルディッシュをスタンバイモードに切り替えた。

 

 

 地上に降りたところでアルフが二人へ駆け寄る。

 

「今のを見てシロウが強いことは分かったよ。

 にしても、どんな目をしているんだい? フェイトのブリッツアクションに反応したり、フォトンランサーを切り落としたりさぁ」

 

「俺は目がいいからな。見えれば大概のことには対応できる」

 

 逡巡することなく返ってきた応答に、アルフは信じがたいといった表情をする。その反応は普通に考えて、可笑しくない。高速戦闘の全てを目で捉えきれる者が居ると、誰が思えるのか。

 

 

 自分の話になるのを避けようと、士郎は「模擬戦は終わりだな」と言い、話題をずらす。

 

「俺はこの後、『翠屋』で仕事があるんだけど。二人はどうするんだ?」

 

「ジュエルシードを探すよ。早く集めて母さんのところに持って行きたいんだ」

 

「まあ、元々それが目的だしね」

 

「ごめんな、協力するって言っておきながらさ……」

 

「気にしないで。本当はアルフと二人で探す予定だったんだもん。出来る限りで協力してくれるだけでも十分だよ」

 

 

 話を終えた士郎は二人と一旦別れて、自分の家に戻る。

 家に着いた彼は喫茶『翠屋』に向かう準備をしながら、フェイトのことを考えていた。

 

(フェイトのあの動きに魔法――――間違いなく実戦経験がある。あのリニスがあんな早くに実戦環境に送る訳がない。あるとしたらプレシアがフェイトに自分の研究で必要な物を集めるために送り出したぐらい――――いや、リニスが居なくなった以上はそれ以外に考えられないか……)

 

 一体プレシアは何をしようとしているのか。『ロストロギア』である『ジュエルシード』の回収をフェイトに命じた理由が判らないからには予測しようがない。一応、フェイトが一度プレシアの元に戻る際に同行して話をする予定だ。

 取り敢えず、その件は後だ。今は出来ることする他に選択肢が無いのだから…………。

 

 

 

**********************

 

 

 シロウとの模擬戦が終わった私はアルフと一緒に自分の住まいに帰って行くシロウを見送っていた。

 シロウの姿が見えなくなったところで、アルフが先の模擬戦闘の感想を言い始める。

 

「シロウが強いってフェイトが言ってたけどさぁ……正直、あそこまでとは思ってなかったよ。

 あたしはフェイトと同じぐらいだと思っていたんだけどね」

 

「全然、シロウはまだまだ本気じゃないよ。弓だって使ってなかったし」

 

「弓? 弓って木とかに弦を張って矢を飛ばすあれかい? 随分とアナログな物を使うんだね。なんか……あまりイメージが湧かないね」

 

「そうだよね。弓を使うなんてミッドチルダだと考えられないものね。

 でも、シロウの弓は百発百中だよ。どれだけ高速で動いてる物でも、複雑な動きをしている物でも。リニスの数十個のフォトンランサーとかを一度も矢を外さないで迎撃してたよ」

 

「へー、そりゃ、すごいもんだね」

 

 シロウは剣術も上手だけど、弓も上手。そう言えば、リニスも最初は戸惑っていたっけ。ミッドチルダだとはあまり弓とかは使われていないし、射撃するなら砲撃魔法とかを使えばいいだけだから。

 

 

 それなのに、リニスから打ち出された無数のフォトンランサーが、シロウの左手に握られていた黒い弓から射られた矢に撃ち落とされていった。その光景に私も最初はビックリしてたけど、シロウの弓を射る姿を見ていると段々と慣れていった。

 

 

 あと、今でも覚える……シロウが森の中で的を立てて射抜く姿。こっそりと気付かれないように見に行った時もあったけど、あのシロウの姿を忘れることは出来ないと思う。

 何一つ物音がしない森の中に一人で佇んで弓を引く。その動作には一切の雑念も無駄なところも無くて、飛ばされた矢は吸い込まれるように的の中心に飛び込んで行く。それを見たとき、私は綺麗だと思った。弓のことをよく知らない私でも、シロウの動きに魅了されてたんだと思う。

 

 

 でも、不思議に思ったこともあった。それはシロウの雰囲気。感情だけじゃなくて、心すら無いように感じた。動きもまるで決まったことを繰り返していただけのような――――でもそれは、弓を持っている時だけだった。食事の時や私の練習相手をしてくれるのはいつもと同じように優しいシロウの姿があった。

 

「で、フェイト。今日はどうするのさ?」

「二手に別れてジュエルシードを探そう。そっちの方が広い範囲を探せる」

 

「確かにそっちの方が効率的だね。じゃあ、フェイト、また後で」

 

 今日の予定を決めた私とアルフは早速、ジュエルシードを探しに二手に別れた。

 ――――そして、あの子に出会ったんだ。

 

 

 

 

 

 

 アルフと別れて街や公園などを探し回ってどれくらいの時間が過ぎたんだろう。

 今日はまだ1つも『ジュエルシード』を見つけていない。アルフから念話が来ないってことは向こうもまだ見つけてないと言うことだよね。

 発動前の『ジュエルシード』の反応は微弱なので見つけるのが大変だ。探索魔法で広域サーチをしても大間かなポイントが分かるくらい。

 

 

『ジュエルシード』は全部で21つ。今、私が確認出来ているは4つ。

 1つはシロウと再会した時に封印して、私が持ってるNo.10。

 後の3つはシロウの知り合いの子が持っている。シリアルナンバーまでは分からないけど、そこは余り気にすることじゃない。重要なのは獲得数。シリアルナンバーが違っても、『ジュエルシード』の効果に違いはない。効果はどれも持ち主の願いを叶えること。

 母さんが何を願うか分からないけど、私は何でもいい。私はただ、昔みたいに笑顔が似合う母さんに戻って欲しいだけ。

 

 

 母さんはミッドチルダの中央で次元航行エネルギーの技術開発に携わっていたけど、事故がきっかけで仕事から離れることになった。それからはどこにも所属しないで放浪の旅をしながら自身の研究に没頭していた。

 

 

 母さんは変わってしまった。優しかった母さん全然笑わなくなったし、一日中自室に引き込もって研究以外には見向きもしなくなった。一人娘である私とも話をすることも減った。ううん、それどころか会うことさえほとんど無くなってしまった。

 でも私の気持ちは変わらない。母さんのことは好きだし、前と同じように笑ってほしい。そのためなら、私は――――

 

 

 母さんのことを考えていると、『ジュエルシード』が発動する魔力を感じた。

 私は封印をするために魔力を感じた方向へ飛んで行って、その先に在った電柱の上に立って様子を確認する。

 

(子猫? それにしても大きい……これって『ジュエルシード』のせいだよね?)

 

 森の中に巨大化した子猫の姿が在った。『ジュエルシード』は持ち主の願いを叶える性質を持つ。

 多分、この場合だと子猫は大きくなりたいとでも願ったんだ。それにしては大きくなり過ぎ。

 森の木々より大きくなるのも流石に度が過ぎる。一般人が見たら唖然とすること間違いない。それ以前に見られた騒ぎになるよ。

 

(取り敢えず、封印しなきゃ。痛いかもしれないけど、ゴメンね)

 

「バルディッシュ」

 

「Yes,sir.」

 

 バルディッシュを棒を突き出すように構える。シロウとの模擬戦の時とは違って“鎌“は形成しない。斧のような形状の『デバイスフォーム』。この形態は中距離以上で魔法を使うときに使用することが多い。

 構えたバルディッシュの先端からフォトンランサーが打ち出され、子猫に着弾する。少し子猫がよろけたぐらいだった。

 火力を上げるためにバルディッシュに指示をだす。

 

「バルディッシュ、フォトンランサー、連撃」

 

「Photon lancer Full auto fire.」

 

 先のより多くのフォトンランサーの閃光がマシンガンのように打ち出されて子猫に走る。

 が、何者かが子猫とフォトンランサーの間に割り込んで、ピンク色の防御魔法の陣が展開して子猫を攻撃から庇った。

 

(魔導師?)

 

 防がれたからと言って攻撃は止めない。

 今度は防御魔法が張られていない子猫の足元を狙って撃ち、転倒させた。

 

「にゃ!?」

 

 子猫が鳴き声を出しながら倒れた。

 私はその場所へ向かって飛び出して、近くの木の枝に舞い降りる。

 そこで、子猫の隣に立って居た魔導師と目があった。

 

(やっぱり、シロウの知り合いの子だ)

 

 白いバリアジャケットに、バルディッシュと同じインテリジェントデバイス。この子のは私のと違って“杖“だ。

 シロウは話だと魔法に関わるようなことは無いらしいけど、こうして『ジュエルシード』がある場所に居る。

 

 

 互いに見つめ合って沈黙が漂う中、私が口を開いた。

 

「申し訳ないけど、そこの『ジュエルシード』は頂いて行きます」

 

「Scythe form.Set up.」

 

 バルディッシュのヘッドが本体に対して直角に展開して、先端から魔力刃が発生する。シロウとの模擬戦の時と同じように『デバイスフォーム』から『サイズフォーム』に切り替わる。

 

 

 両手でしっかりと柄を握って、相手に足元に向かって真っ直ぐに飛び出す。

 着地と同時に、足を振り払うように鎌を右から左に滑らせる。

 突然のことに驚いたみたいだけど、彼女のインテリジェントデバイスがフォローをした。

 

「Evasion.Flier fin.」

 

 彼女の足に“羽“が生えて、空に飛び上がって私の一閃を避けた。

 でも、私の攻撃はこれで止めたりはしない。

 

「Arc saber.」

 

 サイズフォームのバルディッシュの刃を地面に向け、力強く右下側から左上側に振り上げられる。

 魔力刃がブーメランのように回転しながら白い少女へ飛んで行く。

 

「Protection.」

 

 再度、白い少女のデバイスの声が響き、彼女の周りには防御魔法が展開される。

 その上に魔力刃が直撃して爆発による煙が発生する。防御魔法が間に合ったので、白い少女はダメージを受けていない筈。

 

 予想通り、彼女は上昇して煙から脱出した。

 私は先にその上を回り込んで、鎌を上から振り下ろす。その一撃を白い少女は杖の柄で受け止めた。

 

「なんで……なんで急にこんな……」

 

 戸惑いに満ちた声が出される。でも、私はその声に構わず――――

 

「答えても……多分……意味がない」

 

 つばぜり合いを解いて、ほぼ同時に着地した。

 即座に互いへデバイスを向ける。

 

「Device form.」

 

「Shooting mode.」

 

 バルディッシュが杖の形態に変形する。

 向こうのデバイスも銃の形態に変化した。

 揃って愛機のモード切り替えが済んだところで、互いに攻撃の準備に入る。

 

「Divine buster stand by.」

 

「Photon lancer Get set.」

 

 私たちの砲撃が発射される寸前に、倒れていた子猫が鳴き声を上げる。

 その声に向こうは気を取られて、砲撃のタイミングを逃した。

 対する私は動じずに、フォトンランサーを打ち出すためにバルディッシュに力を込める。

 

「ごめんね……」

 

 放たれたフォトンランサーの一撃が直撃する寸前に、向こうのデバイスがオートで防御魔法を展開する。

 でも、連射ではなく一発で放たれたフォトンランサーの威力は凄まじくて、防御の上からでも相手を後方へ吹き飛ばす威力がある。

 

「……うっ」

 

 苦痛の声が漏れる。

 防御魔法の上からフォトンランサーを叩き付けられて、白い子は後方へ吹き飛ばれて、地面に背中を着いた。

 でも、バリアジャケットも着用しているので大事には至らないだろう。

 私は『ジュエルシード』を回収するために、倒れている子猫に近づいて行く。

 

「Sealing form.Set up」

 

 ――――バルディッシュの形態が今までのものとは違う物に変化した。それは槍のような形で、4枚の光の翼が展開されていた。これは『シーリングフォーム』と言い、一つの魔法に魔力の全てを向ける際に使用する形態。

 『ジュエルシード』の封印には多くの魔力が必要なので、この形態を使用する。覚醒しているジュエルシードを封印するならば尚更だ。

 

「『ジュエルシード』――――封印!」

 

 莫大な魔力流が解放されて子猫を飲み込む。

 ジュエルシードが子猫から取り除かれる。すると、子猫は普通のサイズに戻って、そのまま眠りに就いた。その内に目を覚ます筈。

 私のデバイスに事の元凶である『ジュエルシード』は収納された。

 

「Receipt No.14」

 

 

 

『ジュエルシード』の封印を終えた私は、シロウの知り合いの子の方に視線を向けた。

 意識が有るか無いかは判らなかったけど、警告を伝えるために声を出した。

 

「今度は手加減が出来ないかもしれない。『ジュエルシード』は諦めて」

 

 

 警告を込めた言葉を残して、私はこの場を後にした。

 

 

 

**********************

 

 

 

「今日は……色々なことがあったね……」

 

「……うん」

 

 もう日が暮れて、お星様が空で光ってる。

 ここは私の家。二階に在る私の部屋で、私と“フェレット“のユーノ君は今日の出来事を語り始めていた。

 

「今日、なのはが戦ったあの子は多分――――ううん、間違いなくボクと同じ世界の住人だ。あの杖や衣装……魔法の使い方からして間違いない」

 

「……うん」

 

 今日はお兄ちゃんと一緒に月村邸に遊びに行ってたんだけど、その敷地内の森で『ジュエルシード』の発動する魔力を感じたんだ。

 放っておく訳にもいかなかったから封印しようと皆に黙って森に行った先で、あの子と会ったんだ。

 

 

 綺麗な髪に、綺麗な瞳を持った私と同い年ぐらいの女の子。あの子も『ジュエルシード』を集めていたみたいだった。

 でも話をしてる暇もなくて、そのまま戦いになっちゃって……私は気を失った。撃ち出された黄色の魔力弾の直撃を食らってそのまま倒れて気を失っちゃたんだ。私のインテリジェントデバイス――――レイジングハートのお陰でかすり傷で済んだけど。

 

 

 気を失って森で倒れた私の所に、ユーノ君が皆を呼んで来てくれたらしい。私が目を覚ました時は月村邸のベッドの上。

 もちろん、皆に心配をかけちゃった。お兄ちゃん、一緒に遊んでいたアリサちゃんにすずかちゃん。それに、すずかちゃんのお姉さんの忍さんや月村家のメイドのノエルさんとファリンさん。

 

 

 家に帰ったらお父さん、お母さん、お姉ちゃんも不安な表情を浮かべて大丈夫なのかと心配してくれた。皆は何があったのか聞いてきてくれたけど、私は森の中で転んで気を失ったって嘘を吐いた。本当のことを話せなかったことに心が苦しかった……。

 

「ジュエルシード集めをしてたら、またあの子とぶつかっちゃうのかな……」

 

「うん……その可能性が高いと思う」

 

 しょんぼりとした声でユーノ君が答える。

 少しそのままで居たけど、迷いを振り切るように口を開き直した。

 

「あのね、なのは。今日のことで考えたんだけど、ここからのジュエルシード探しはボク一人で――――」

 

「ストップ!」

 

 その先を私は言わせない。ユーノ君の言おうとしたことは、直ぐに分かった。

 

「そこから先を言ったら怒るよ」

 

「だって……なのは!」

 

 

 悲痛染みた声が部屋に響く。きっと、ユーノはこれ以上、私を巻き込みたくないって思ってる。

 私のことを心配してくれるのは嬉しい。でも、ここで止めるつもりはなかった。

 

 

 元々、『ジュエルシード』を集めていたのはユーノ君――――フルネームはユーノ・スクライア。

 ユーノ君は“他の世界”で遺跡発掘をしながら、放浪の旅をしている『スクライア』の一族の一人。『ジュエル』を発掘したのはそのユーノ君たち。

 本当は『ジュエルシード』の保護を頼んでいたみたいなんだけど、ユーノ君が準備した乗り物が運んでいる途中に事故に遭っちゃって……発掘した21個数の『ジュエルシード』が『私の居る世界(地球)』に散らばったってことを説明してもらった。

 

 

 そのことに責任を感じたユーノ君は『ジュエルシード』を回収のために、地球(ここ)を訪れたけど――――覚醒して暴走する『ジュエルシード』を封印するのが出来なかった。

 返り討ちにされて、傷付いたところを見つけたのが、アリサちゃんとすずかちゃんが一緒にいた学校帰りだったあの時。

 その夜、ユーノ君(フェレット)が気になって、こっそり動物病院に行ったら、暴れまわっている『ジュエルシード』に襲われた。その時は、ユーノ君から『レイジングハート』を渡されて、戦った。

 突然のことに混乱してたけど、ユーノ君と『レイジングハート』のアドバイスのお陰で暴れていた3体の封印に成功した。

 

 

 封印が終わった後に詳しい話を聞いて、私は怪我をしているユーノ君に代わって『ジュエルシード』を集めることを決めたんだ。。また暴走して暴れまわったりしたら、今度は怪我人が出るかもしれない。それは嫌だ。

 そう……私が『ジュエルシード』を集めているのは理由は、誰にも傷付いて欲しくないから。

 

「ジュエルシード集め……最初はユーノ君のお手伝いだっけど、今は違うの。自分の意思で――――やりたいと思ったからやってることなの」

 

 息を吸い込んで、私は自分の意思を告げる。

 

「“自分なりの精一杯”じゃなくて、“本当の全力”で! だから、私を置いてきぼりにしたら怒るよ」

 

「でも、本当にいいの? 怪我だってしたんだよ?」

 

「『いいの?』って言うか……私のやりたいことだから」

 

 ユーノ君がまた心配してくれる。今日みたいに怪我をすることなあるかもしれない。またみんなにも心配をかけちゃうかもしれない。

 なら、せめて怪我をしないためにも――――

 

「だから、私に教えて……魔法の上手な使い方を!」

 

「……分かった! ボクが教えられることは全部教えるよ!」

 

「うんっ! お願いね!」

 

 私はユーノ君みたいにちゃんと魔法を学んでいない。レイジングハートとユーノ君のアドバイスを受けながら練習はしているけど、まだまだ経験も知識も足りてない。だから、しっかりユーノ君から教えてもらおう。

 それに、『ジュエルシード」を集めることもだけど……今日出会ったあの子とお話をしたかったんだ――――

 

 





なのはシリーズのバインドって時間経過で消えるイメージがあります。無印やA’Sでもそうでしたし。
Vividではアインハルトは“技“で。番長は拘束された部位ごと攻撃して外したりしてましたが……
自分の初期案では士郎が自身に強化を施してFate/Zeroで麻婆がやったよう力任せに引きちぎることだったんですが、士郎は“力“より“上手さ“だろうとボツに。まぁ、やってることは内側から吹き飛ばしただけですが……

次回は温泉回です。士郎、フェイト、なのはが同じ場所に集う!


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10話 海鳴温泉

予告通り、温泉回です。当作品では士郎、フェイト、なのはが同じ場所に集まるのが初になる回です。ここを越えた辺りから戦闘シーンが増え始めますね。


では、どうぞ!


 日本国内は連休の最中、とある団体を乗せた2台の車が温泉旅館へと向かっていた。

 とある団体とは、一家の大黒柱である高町士郎とその妻の桃子。そして二人の子供たちで上から順に恭也、美由希、なのはたち『高町家』。

 続いて高町恭也の恋人である月村忍、彼女の妹のすずか、その姉妹の家でメイドをしているノエル、ファリンたち『月村家』。

 そこに高町なのはと月村すずかの友人であるアリサ・バニングスと高町家が経営している喫茶『翠屋』で働いている衛宮士郎を加えた計11名。

 

 

 移動している車に乗り合わせている組み合わせは次のような感じだ。

 高町士郎が運転している三列シート式の車には――――助手席に妻の桃子。二列目の右席に美由希、左席に衛宮士郎。最後尾の三列目になのは、アリサ、すずか。

 月村忍が運転している4人乗りの車には――――助手席に高町恭也、後ろにメイドのノエルとファリン。

 

 

 何故、温泉旅館へと向かっているかというと、『高町家』は連休の際には年中無休で営業している喫茶『翠屋』を従業員の皆さんに任せて家族旅行と称し、家族一 同で出かける。加えて、高町恭也と月村忍は恋人同士。『月村家』が同行しているのはそう言うことだ。そんな感じで両家には繋がりもあるので「じゃ、ご一緒に」と、なるのも不思議ではない。

 

 

 アリサが居るのは、恭也の妹であるなのはと忍の妹であるすずかの親友だからだ。学校の登下校もいつも一緒だし、学校内でも彼女たちはよく一緒に居る。楽しい思い出を作るなら親しい友人が多い方がいいだろう。

 

 

 衛宮士郎は高町桃子から声を掛けられてこの旅行に参加していた。彼は『翠屋』で働いているので、高町家とは関わりを持っているし、なのはたち小学生3人組とも知らない間柄ではない。

 忍は『翠屋』のウェイトレスを勤めているため、新人であった士郎の働きを目の当たりにした際は、目が点になった。月村家のメイドであるノエルとファンリは、すずかからウェイターとしての士郎の働きぶりを聞いた時は、唸らされたものだ。

 

 

 そんなこんなで、注目されている士郎は桃子から誘われた。

 折角の誘いを断るのを悪いと思った士郎は、彼女の言葉に甘えて参加することにした。彼にとっても帰郷した理由が体を休めることであったので、丁度いい機会でもあっただろう。

 

 

 高町家と月村家の旅行といっても、観光スポットを回る訳でも、派手なイベントに参加する訳でもない。日々の疲れを癒し、友好を深める慰安旅行のイメージに近いだろうか。

 目的地である海鳴温泉へ移動中の車内は、話が弾んでいた。

 士郎の座る後ろの席からは、なのはたちの楽しげに話している声が生まれている。話題は彼女たちの学校での出来事やこの旅行中はどう過ごそうかなどなど。小学生がよくするような内容だった。

 

 

 対して、士郎は特にすることが無かったので、窓を通して外を眺めて居た。目に映るのは山の緑と青い空。風が髪の毛を揺らし、肌を撫でる。

 

(こうして何処かへ行くのって、いつ以来だろう?)

 

 言葉に漏らさず自分に訊いた。彼の中で緑豊かに青い空といったら、彼女たちの一家が好んでいたあの地方。母娘がピクニックに出掛けていた山々。

 だが、思い出すのを止めた。あの頃と自分は変わり過ぎている。あの頃みたいに、もう暖かい場所以外に関わっているのだからと。

 

 

 ふと士郎は車内に視線を戻す。すると、彼の目に高町美由希が持っているバスケットが映った。バスケットの形状が弁当などの食べ物を入れ物とは少し違っていた。食べ物を入れるというより、玩具などを入れるのに使う感じの物だ。

 興味ありげな士郎の視線に気付いた美由希は、その中身を教える。

 

「ああ、これね。この中にはフェレットが居るの。

 なのはがこの前、預かって来たのよ」

 

「そうなんですか。フェレットかぁ……」

 

「見る?」

 

 美由希は蓋を開けて、士郎へ中身を見せる。そこには彼女の言う通り、フェレットが居た。

 士郎は少しばかり新鮮に思って見詰めていた。彼が世話をしたことのある動物は、アリシアが拾って来た山猫のリニスのみ。だから、珍しい目で観察する。

 

 

 高町家と月村家以外の人物からの視線が気になったのか、フェレットの方も首を上げて、士郎へ目を合わせてくる。

 その様子を見たのか、なのはたちも前の席に居る彼らに声を掛ける。

 

「士郎さん、ユーノ君が気になるの?」

 

「ユーノ君? ああ、フェレットの名前か。

 俺さ、山猫以外に動物を見る機会ってあまり無かったんだよ。だから、ちょっと気になったんだ」

 

「士郎さんって、山猫を飼っていたんですか?」

 

 質問してきたのはすずか。彼女の家には多くの猫が居るからか、山猫の単語に反応した。

 

「昔な……まぁ、正確には俺が飼っていた訳じゃないけど」

 

 二人の後にアリサが続く。

 

「前にすずかの所の猫がユーノを追いかけていたわよね。猫の獲物を狩る本能ってフェレットでも刺激されるのかしら?」

 

「それはどうだろうね……わたしもあの時は少しビックリしたかも。いつもは大人しい子だったから」

 

「あの時は私もビックリした。ユーノ君が全力で部屋の中を逃げ回ってたんだもん」

 

 再び盛り上がって行く三人の会話。旅館に着いたらもっとはしゃぐだろうな、と士郎をはじめとした誰もが感じていた。

 実際、この後も車内には楽しげな声が絶えなかった。旅行の時の移動時間としてはいい感じに過ごせていただろう。退屈とは無縁で、少女たちは車内を過ごしていた。

 

 

 

 

 

 

 旅館に辿り着くと、恭也、士郎の男手とノエル、ファリンの月村家に仕えるメイドたちは、手分けして荷物を車内から取り出して運んでいった。

 宿の名前は『旅館山の宿』。日本に在る昔ながらの木造で落ち着いた雰囲気の旅館だ。確かにここなら日頃の疲れを癒すにはピッタリな場所だろう。

 

 

 荷物を運び終え、男性陣と女性陣は二手に別れて温泉へ向かおうとしていた。なお、男女比は2:7…………

人数の偏りが一目で分かるぐらいだ。

 

 

 高町夫婦は辺りを散歩してくると言って、夫婦仲良く行ってしまったのでここに居ない。

 早速と、士郎は恭也と一緒に、男湯へ足を向けようとしたとタイミングに、

 

「キュー!? キュー!?」

 

 と、何かの鳴き声が彼らの耳に響き渡った。

 

 

 その主を見つけるために、士郎は視線を鳴き声が聞こえて来た方向へ移動させる。

 そこには、なのはの手の中でジタバタと暴れているフェレットのユーノの姿が在った。

 

(まさか、女湯に入るのが恥ずかしいのか? いや、フェレットだよな、そんな訳はないか。大方、水が嫌いだから抵抗しているんだろう)

 

 猫や犬――――ペットの動物は総じて水が嫌い、と士郎はさして気に止めないで男湯へ向かっていく。

 折角の機会だ。今日はゆっくりと温泉に浸かって日頃の疲れを癒そう。

 

 

 

 

 

「「おお……」」

 

 士郎と恭也の前には点柄の石床に、檜で縁取りされた湯船を薄緑色のお湯が満たしている浴場が広がっていた。

 

「広いですね」

 

「ああ、俺も少し驚いた」

 

 目の前光景に言葉を漏らし、二人は足を進めた。

 最初にかけ湯をして、湯の温度に体を慣れさせる。次に体を洗って、汚れを落とす。

 一通りの行程を終えた二人はゆっくりと湯船へ。

 

「「――――――――」」

 

 身を包む温かさに、自然と息を吐く。全身が弛緩されていき、心が和んでいく。

 ちゃぽん、と水の鈴音がより安らぎを与えてくれる。

 この安楽の地を実感し始めた矢先、

 

「キュー!? キュー!?」

 

「こら、ユーノ!動かないの!」

 

 アリサの声が仕切りの向こう側から響き渡ってきた。ユーノの鳴き声も聞こえることから考えるに、彼女が洗っているのだろう。

 今更ながら、ここで士郎はふと思った。

 

(……動物を温泉に入れるのはありなのか?

 いや、ダメだったら旅館の人に止められただろうから、大丈夫か)

 

 日本には温泉に浸かる動物は少なくない。そのことにも思い至って、士郎は思考を中断した。

 が、程無くしての新しい声が、彼の思考を揺り動かす。

 

 

「お姉ちゃん、背中、流すね」

 

「ありがとう、すずか」

 

 月村姉妹の声。続いて――――

 

「じゃ、私も」

 

「ありがと、なのは」

 

 

 水音の反響に混じって高町姉妹の声も響く。彼女たちの兄である恭也は眉根を動かさずに、平然と温泉に腰を座らせたままでいる。士郎も同様だ。

 恭也は剣術を修め、士郎は剣を握る者――――精神統一はお手の物である。よっぽどのことでない限り乱すことはない。

 

「――――、――、―――――♪」

 

 かすかな誰かの鼻歌が二人の居る領域に侵入してくる。続けて、賑やかな声だったり艶っぽい声なども、恭也と士郎の鼓膜を揺らす。

 どうやら、仕切りの向こうは相当盛り上がっているようだ。別段、親睦をより深めるのに楽しく過ごすのは悪くない。ただ、男子二人は温泉に身を委ねて、心身ともにリラックス出来ると思っていた。

 しかし、このままでは彼らの安楽の地は粉砕され始めるだろう。

 士郎は同じく温泉に浸かっている恭也へ話し掛ける。

 

「……恭也さん」

 

「なんだい?」

 

「出ません?」

 

「……そうだな」

 

 じっとここに居ても、正直言って落ち着かない。予想以上に音の響きが清澄だったのだ。

 士郎と恭也は温泉から立ち上がると、早々に撤退行動を取る。

 とは言っても、旅行はまだまだ始まったばかりだ。時間はまだ十分に残っている。だから、ゆっくりと温泉を堪能するのは後でにしよう。

 そう二人は気持ちを切り替えて、更衣室へ向かった。

 

 

 

 

 士郎と恭也の二人は更衣室で浴衣に着替え、別れた。

 恭也は恋人である忍と団欒のひとときを過ごしに、彼女の許へ。

 一方の士郎は、なのは、アリサ、すずかの3人組が来るのを廊下で待っていた。卓球の相手をして欲しい、と彼は頼まれていたのだ。確かに、タッグ戦のこと考えると、メンバーがあと1人欲しくなるのは判る。

 

 

(――――今はこの旅行を満喫しよう。『ジュエルシード』の方は早めに済ませないといけないけど、あまり根を詰めすぎるのは良くないし)

 

 そう考えながらも、士郎の頭の隅には『ジュエルシード』のことがちらついていた。

 士郎がフェイトと模擬戦をしたあの日、彼女は『ジュエルシード』を集めに来たなのはと遭遇した。その時がくることは想定していたが、起こって欲しくなかったのが彼の本心である。自分の正体をなのはに明かせば、彼女を説得して、『ジュエルシード』から遠ざけることは可能かもしれない。

 しかしそれは、彼女がより【魔法】に関わることになる恐れがある。なのはが【魔法】の深みに嵌まる必要はない。それは同じ地球出身で、【魔法】を知ってしまった士郎が出した結論。自分勝手な理由だとしても、彼女には【魔法】と関わって欲しくないのだ。

 

 

 そして、フェイトの話では、なのはは【魔導師】としてはかなりの初心者らしい。士郎の予想通り、何者かによって巻き込まれたのは確定である。

 因みに、フェイトはなのはとの戦闘の際に『ジュエルシード』を1つ回収。

 これにより現在、士郎が把握している『ジュエルシード』の総数は21個中5個。フェイトが2個、なのはが3個だ。もしかしたら、なのはは他にも回収しているかもしれないが、確認する手段がないので、保留だ。

 

 

 士郎がしばらく待っていると、仲良し3人組は足並みを合わせて歩いて来た。彼女たちも浴衣姿だ。

 彼女たちの姿を捉えた士郎の視線が、なのはの肩に止まる。そこには、ユーノがグッタリとしていた。

 

(一体、何をされたんだ?)

 

 アリサがユーノを洗うことはさっきの声から推察が出来たが、それだけで疲れ果てた姿になるだろうか。

 士郎の内心で小さな疑問に気付く筈のないなのはが、代表して口を開く。

 

「士郎さん、お待たせ」

 

 士郎は以前に、自分と話す時は敬語じゃなくていいと、彼女たちに伝えてある。彼女たちぐらいの子供から敬語で話を掛けられるのに、違和感が彼にはあったのだ。

 

「いや、俺も今来たところだから。で、卓球だよな?

 俺はいつでもいいぞ」

 

「ありがとうございます。

 アリサちゃんもお土産みたいって言ってますし、早速行きましょう」

 

 おっとりとした声で答えのはすずか。これからする卓球を一番楽しみにしているのは、運動神経がよく、スポーツが好きな彼女である。

 早速と言った具合に、すずかたちが卓球台が置かれている部屋を目指して歩き出す。

 その彼女たちの後ろに士郎が付いて歩く。周りから見れば、彼は保護者の立場にあると理解出来るだろう。士郎からそんな風柄がしていた。

 

 

 その途中で赤髪の女性がなのはへ近付いて来るのを、士郎は逸早く気付いた。

 それは彼の知っている顔だった。何故、ここに居るのか? 士郎が理由を念話で訊こうとタイミングで、向こうから先に来た。

 

(あれ? なんでシロウが居るんだい? あ、話は後で。今はこっちのチビッ子が先だから)

 

 赤髪の女性――――アルフは士郎からの返事を待たずに、なのはへ接近していく。

 声が届く距離になると、彼女は肉声で話しかけて始める。

 

「はぁ~い、オチビちゃんたち♪」

 

 あたかも知り合いような陽気な声を出して、アルフはなのはへ歩き寄って行く。そのまま近距離まで詰めると、なのはを見詰める。

 先の声色に反して、目は愉快げではなかった。

 

「ふむふむ。君かね。うちの子とアレしてくれちゃってるのは」

 

「え? え?」

 

 脈の無いアルフの話に、なのはは戸惑った。無理も無い。アルフの方は相手を知っていても、なのはは知らない。加えて、敵意が含まれた視線を向けられれば、なのはでなくとも同じ反応をするだろう。

 

「あんま賢そうにも、強そうにも見えないし。ただのチビッ子にしか見えないんだけどなぁ……」

 

 更にズイッとアルフがなのはへ踏み込もうした時に、アリサが二人の間に割り込んで、赤髪の方を睨み付ける。

 

「なのは、この人とお知り合い?」

 

「う、ううん」

 

 アリサの確認になのはは頭を左右に振って否定する。

 

「この子、アナタを知らないようですが、どちら様ですか?」

 

 逆に訊かれたアルフは一瞬、ニヤリとした表情を浮かべる。だが、視線はなのはへ向けられているままで、視線に含まれている敵意も変わらない。

 

「どちら様は知りませんけど、彼女の言う通りだと思いますよ。この子も知らないようですし、人違いかと」

 

 彼女たちのやり取りを後ろで見ていた士郎が、ここで動いた。穏便に会話が進むならば、彼は口を挟もうとしなかった。

 士郎はアリサの肩に手を当てて、敵意ある視線を塞き止めるべく、自身が前に立つ。

 それから目で訴える。“その物騒な視線は止めろ”と。

 

「う~ん、言われてみるとそうかもね。ごめんね、知ってる子によく似てたからさ」

 

「なんだ……そうだったんですか」

 

 打って変わったアルフの様子に、なのはは胸を撫で下ろした。

 

「いきなり声をかけちゃって悪かっね。さぁって、あたしはもうひとっぷろ行ってこようっと」

 

 何事も無かったように、アルフは士郎の隣を通り、なのはの横を通り過ぎて行く。

 その瞬間、彼女は士郎に聞こえない“声”をなのはへ飛ばす。

 

(今のところは挨拶だけね。忠告しておくよ。子供はいい子にしてお家で遊んでなさいね。お痛が過ぎると、ガブっといくわよ)

 

 突然の念話を受信したなのはは、振り返ってアルフの後ろ姿を見る。

 そのことにアルフは気付いているだろうが、彼女は振り向きもせず、そのまま廊下を歩いて行った。

 

(ユーノ君、今のって――――)

 

(うん、多分――――)

 

 今度はなのはとユーノの間で念話が繋がる。

 この前、自分が戦った相手の協力者だと思い至った二人は、念話続けようとしたが――――

 

「――は? なのはってば!?」

 

「えっ? な、何、アリサちゃん?」

 

「大丈夫? 今、固まってたわよ。

 それにしても、今のなんなのよ! 腹立つ~」

 

「落ち着いて、アリサちゃん」

 

 現実に引き戻されたなのはは庇ってくれたことに感謝しつつ、アリサを静める。

 同時に、前に出てくれた士郎にもその気持ちをつたえる。

 

「アリサちゃん、士郎さん。さっきはありがとう」

 

「友達なんだから当たり前でしょ」

 

「別にお礼を言われる程のことでもないぞ。

 あと、あまり気にするなよ?」

 

 口ではそう言っている士郎だが、視線を進んできた反対方向へ向ける。

 

「ゴメン、先に行っててくれ。財布を更衣室に忘れたっぽい」

 

「えぇ!? それって大変なことなんじゃ……」

 

「いや、大丈夫だろ。まだそんなに時間は経ってないし、直ぐ戻るからさ。すずかたちは心配しなくて大丈夫だ」

 

 士郎は走らず一歩一歩、アルフが居るであろう場所へ向かって行った。

 遠ざかって行く士郎の後ろ姿を見たなのは、彼がいつもとは何が違うような気がしていた。

 

 

 

 

 アルフを追い掛けた士郎は、休憩スペースに在る自動販売機でジュースを買いながら、彼女と念話を繋いで居た。なのはとのやり取りに文句の一つは言おうかと迷いはしたが、アルフがここに居る意味の方が彼には重要だった。

 アルフが居るということは、彼女の主であるフェイトが居ることを示す。二人はなのはみたいに旅行へ来ている訳でないことは、吟味するまでもなく事実だ。彼女たちが“地球”を訪れた理由は『ジュエルシード』の回収なのだから。

 

(先の質問だけどさ。よくよく思い出して見れば、何処かに出かけてくるとは言ってたっけ?)

 

(……その反応だと忘れてたな、アルフ。ここに居る理由はアルフの言う通りだ。

 じゃあ、次はこっちな。アルフがここに居るってことはフェイトも居るのか?)

 

 念のため、士郎は確認を取る。アルフはフェイトと行動を共にすることが多いが、たまに手分けをして捜索に当たっていることもあるからだ。

 

(正解だよ、フェイトも近くに居る。この付近でジュエルシードの反応が在ってね。まだ未覚醒状態みたいだから、細かいポイントは判らないけど)

 

 フェイトが居るのは正解だった。正否を確かめたと共に、看過できない事柄が混じっていた。それは、『ジュエルシード』が近くに在るという話だ。

 士郎は心の声を固くして、詳細を訊く。

 

(それって……いつ頃に覚醒するか解っているのか?)

 

(うーん……多分、夜だよ。少なくとも昼間はないね。覚醒するまでには、今よりかはポイントを絞るようにはするってフェイトも言ってたよ)

 

(フェイトと話がしたいけど、俺は相手の居場所が分からないと念話が出来ないし。具体的には念話を繋ぐ時に相手を視界に納めないと)

 

(まぁ、あたしはシロウがここに居るって分かったからさ。もしもの時はこっちから迎えに行くよ)

 

(頼む)

 

 最低限の確認をして、念話を終了をする。アルフはさっき言っていた通りに温泉へ向かい、士郎はなのはたちへのお詫びのジュースを買い揃え、休憩スペースを後にする。

 

 

 今の念話で士郎の警戒心は一気に跳ね上がった。『ジュエルシード』が近くに存在する。彼はそのことに全く気付いていなかった。彼は空間の異常に敏感であっても、素での魔力感知には疎い。だから、見落とした訳ではないのだが、それで士郎は気を収められなかった。

 

(『ジュエルシード』の覚醒は夜……か)

 

 歩きながら士郎はアルフから得た情報を確認していた。人が寝静まる夜なら目撃者の心配は薄くなるので都合はいい。士郎の視力を持ってすれば、月が雲に覆われ、暗闇に視界が閉ざされても障害にはならない。だが、使い魔であるアルフはともかく、フェイトには月明かりぐらいは無いと影響が出るだろう。

 『ジュエルシード』は『ロストロギア』だ。各々、何が起こっても対処出来る環境が望ましい。天候に関しては操作しようが無いので、自然に任せるとしても、それ以外のことは自分たちで手を打つことになる。

 

 

 士郎に力が籠る。今夜で『ジュエルシード』を目撃は2回目になるが、覚醒をする現場を実際に見るのは初めてだ。

 1回目は既に裏山の中にクレーターが出来ていた。人的被害は無かったものの、それがずっと続くなんて軽率な判断は出来ない。今日の封印は、判断材料としての価値も高くなってくるだろう。

 

「あんなことだけは……二度とご免だ……」

 

 唐突なコトの巡りにか、あの“地獄”が脳裏に浮かんだ。あの時もそうだった……何事も無かった平穏が、なんの前触れも無く崩れ去った。

 人為的災害でなくとも、同じようなことが起こるのだけは、防がなければならない。それは、生き残った衛宮士郎が、自身に課した責任であった。

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

(もしもし、フェイト? 聞こえるかい?)

 

(聞こえるよ)

 

 森で『ジュエルシード』を探していた私に、アルフから念話が届いた。

 私たちの間にはそれなりの距離が開いている思うけど、“契約”で繋がっているから結界で遮断でもされない限り問題無く行える。

 

(見てきたよ、シロウの知り合いの白い子)

 

(……どうだった?)

 

(まぁ、大したことないね。フェイトの敵じゃないよ)

 

(そう。こっちも進展があったよ。『ジュエルシード』の位置が大分絞り込めた。今夜には回収できそう)

 

(さっすがあたしのご主人様だよ、フェイト♪ こっちもいい知らせが有るよ。シロウがここに居る。ただ、今は白い子と一緒にね)

 

(…………え?)

 

 一瞬だけど、気を取られた。

 いい知らせと言えばそうだけど……ちょっと不味いかもしれない。

 

(アルフ、シロウは“ここに”って言って無かったよね?」

 

(ごめんね、フェイト。そもそもあたしはシロウが出かけるってこと自体忘れてたからさぁ……)

 

(せめて、シロウと念話が出来れば……)

 

(あ、それはシロウも言ってた。まぁ、相手の居場所が判らないと念話が繋がらないもの無理はないよね。フェイトとあたしみたいに精神リンクしてないし)

 

(それはそうなんだけどね……どうしよう……)

 

(取り敢えず、フェイトはそのままで居なよ。あたしシロウの居場所に近いし、もしもの時はフェイトの所に連れて行くからさ)

 

(ありがとう、アルフ。じゃあ、夜に落ち合おう)

 

(はーい)

 

 アルフとの念話を終えた私は、木の枝に立ちながら周囲を見渡して居た。

 探索魔法で次のターゲットの『ジュエルシード』が在る大体の場所は絞れたけど、ピンポイントじゃない。

 でも、封印することを考えると、これ以上の魔力消費は避けたい。あとは地道に探すしかない。

 

 

 それに加えて、もう一つの朗報がアルフから伝えられた。それは、シロウがこの近くに居ると言うこと。正確には旅館に例の白い子と一緒に居るらしい。シロウが出かけること聞いていたけど、ここに居るなんて思ってもいなかった。それも、白い子と一緒なんて――――

 

 

 たまにだけど、シロウは大切なことを言い忘れていると思う。シロウの中じゃ大したことじゃないから今回のことは誰と何処に行くのか伝えなかったのかもしれないけど、結果としては色々とタイミングが悪い。

 もし、『ジュエルシード』の封印の際に、シロウのことが向こう側に知られてしまったらと後々の二人の関係が崩れてしまうかもしれない。

 彼はあくまでも協力者。ここ(地球)での生活は大切だろうし、何よりシロウの生活環境は壊したくない。

 

 

 本来なら、こうして頼っている時点でダメだと思う。でも、シロウからしてみれば、自分の暮らしている場所で災害が起こるかもしれないと判断したから、その可能性を取り除くためにこうしてくれているんだと思う。

 確かに、シロウは強い。私も強くなったけど、彼には及ばない。だからと言って、頼りすぎるのは良くない。

 取り敢えず、今は『ジュエルシード』の場所を特定しよう。白い子が『ジュエルシード』の封印に来る前に私たちが回収してしまえば、シロウには負担がかからないから。

 そう決めて、私は木から飛び降りた。

 

 

 

 

 

 ――――――夜になった。

 夜空には星々と月が輝いている。森の中で街灯はないので辺りを照らしているのは月明かりのみ。でも、視界を得るにはそれだけで十分。

 

 

 そして、橋がかかっている川の中にそれは在った。母さんが探している『ジュエルシード』だ。

 今、私は橋の上に立って、アルフがシロウを連れてくるのを待って居た。覚醒までは少しだけ時間が有りそうだったのでまだ大丈夫。

 

 

 暫くすると、スタッと橋に着地する音が私の耳に届いた。

 音がした方を見ると、アルフとシロウの姿が在った。

 

「悪いな……ほとんどフェイトに任せちゃったな」

 

 着いて早々と申し訳なさそうな声で話しかけてくるシロウ。

 

「元々私たちのことだから。シロウは気にしなくていいよ。それより、抜け出してきて大丈夫だったの?」

 

「ああ、大人たちは酒盛りしてたし、子供たちは寝に入ってたし。皆それぞれ夜を過ごしてるさ。

 で、アルフから『ジュエルシード』が見つかったって言われて来たんだけど、どうだ?」

 

「まだ覚醒してないよ。取り敢えず、準備だけでしておいて」

 そう言ってシロウに準備をするように促す。

 すると、シロウの服装が変わった。私と模擬戦の時に着ていた赤い外套に、仮面とカツラが一体になった物で顔を隠す。

 

「シロウのそれは便利そうだね。魔法じゃあ、フェイトに劣るって言ってたけど、それはそれでいいものなんじゃないかい?」

 

「見方によってはアルフのように考えられなくはないけど、俺には“これしか出来なかった“って言うのが正しいかな」

 

「アルフ、シロウ。そろそろ『ジュエルシード』が覚醒するみたい」

 

 私の言葉に緊張が走る。

 私たちがジュエルシードに意識を集中させると、空に向かって光の柱が伸び出した。これが『ジュエルシード』の覚醒。膨大な魔力が空気を伝って感じられる。

 

「うっはー。凄いねぇ、こりゃあ。これがロストロギアのパワーってやつ?」

 

「ずいぶん不完全で、不安定な状態だけどね」

 

「魔力感知があまり得意でもない俺でもここまではっきり感じられるほどの魔力量だな。『ジュエルシード』……これを放置するのは危険過ぎる」

 

 感嘆な声を出すアルフ。

 対して、シロウは驚きとジュエルシードの危険性を認識した声を出した。

 確かに、魔力量も凄まじいし、危険性を感じ取るのも可笑しくないと思う。

 

「あんたのお母さんは、何でこんなもんの欲しがるんだろうね?」

 

「アルフの言うとおりだ。何でこんな物をプレシアは探しているんだ。明らかにヤバイ物だぞ、これは」

 

 二人が疑問を口にする。

 でも、私はそう思わなかった。

 

「さあ、判らないけど、理由は関係ないよ。母さんが欲しがってるんだから、手に入れないと」

 

「…………」

 

 シロウは黙って『ジュエルシード』を見つめている。その眼は正体不明の物を見極めるように鋭いものだった。

 剣を手にしている時とも、弓を手にしている時とも違って、目の前に在る物を警戒しているのがはっきりと解る眼だ。

 

「フェイトは封印の準備をしなよ。

 あとシロウ。例の白い子が来るだろうけど、あんたの呼び方はどうするのさ? 名前を呼んだから変装の意味がないと思うだけどねぇ?」

 

「あれ? 言って無かったか?」

 

 シロウは既に言っていたつもりだったみたい。

 アルフが指摘してくれたけど、私たちは聞いていない。

 このままじゃあ、シロウのことがバレちゃう。でも、シロウは直ぐに自分の呼び方を私たちに伝えてきた。

 

弓使い(アーチャー)って、呼んでくれ。悪い、すっかり言ったつもりでいた」

 

「それって弓兵って意味かい? なんで――――あ、そう言えば、フェイトが『シロウの弓は百発百中だよ』って前に話していたような……」

 

「そう言う感じだ。じゃ、行動開始だな」

 

「うん……バルディッシュ、起きて」

 

「Yes,sir.」

 

 私の命令に応じて、バルディッシュは『スタンバイフォーム』から『デバイスモード』になる。更にそこから『シーリングフォーム』に移行する。

 

「アルフ、サポートをお願い」

 

「あいあいさー」

 

 アルフにサポートをしてもらいつつ『ジュエルシード』の封印をする。

 

 

 

 問題なく封印を終えて、私がそれを手にしたのとほぼ同時にシロウの知り合いの子が姿を現せた。

 白い制服のようなバリアジャケットを身に纏い、赤い球体が中央に置かれた杖のようなインテリジェントデバイスを手にしている。

 その彼女の肩にはイタチの一種に見える動物を乗せていた。

 

「あーらあらあらあら――――」

 

「!?」

 

 愉快そうに声を出すアルフの姿を見て、少女は愕然としていた。

 

「『子供は良い子で』って言わなかったっけ?」

 

「それを――――ジュエルシードをどうする気だ!それは……危険な物なんだ!」

 

 少女の肩に乗っかっているイタチが声を上げる。アルフの挑発に臆することなく、真剣な声で語り始めた。

 アルフと同じ使い魔って私は考えたけど、もしかしら変身魔法で姿を変えてる魔導師かも。もし、そうなら、あのイタチが彼女を巻き込んだ張本人だと可能性も上がってくる。

 

「さあねぇ、答える理由が見当たらないよ。それにさぁ……あたし、親切に言ったよねぇ? 良い子でいないと――――カブッといくよって」

 

 アルフの髪の毛が逆立ち、爪は獲物を狩る物のように鋭くなり、人形からオレンジ色の毛色を持った狼の姿に変わる。これがアルフの本当の姿。

 

「やっぱり、あいつ、あの子の使い魔だ」

 

「使い魔?」

 

 イタチの言葉に、耳の傾ける少女。でも、手にしている杖からは意識を抜かず、アルフに向けている。使い魔と言う単語を疑問に思っている時点で彼女は使い魔のことを知らない。

 つまり、あのイタチは変身魔法で姿を変えている魔導師であるのがほぼ確定だ。

 

「そうさ、あたしはこの子に創ってもらった魔法生命。制作者の魔力で生きる代わりに、生命と力の全てを掛けて守ってあげるんだ」

 

 使い魔の存在を自身で告げるアルフ。でも、その戦闘体勢は崩さない。相手に向かって突っ込もうしたけど、後ろに居たシロウに声を掛けられて、止まった。

 

「待て、アルフ。私は彼女たちに訊きたいことがある」

 

「なんだい、アーチャー? 話すことなんてないと思うんだけど?」

 

 シロウとアルフが芝居を打つ。シロウと私たちは直接的な仲間ではなく、協力体制を敷いているように見せる。

 

「そこのフェレット、君が『ジュエルシード』を持ち込んだ本人かね?」

 

 いつものシロウとは違って優しさの一切が含まれない声色だった。ただ、冷淡に質問を相手に投げる。

 

「はい、ユーノ・スクライアと言います。アナタは?」

 

「私はアーチャーと言う。何、私も『ジュエルシード』の危険性を察知したのだよ。このままでは周囲に被害が及ぶ可能性があったのでな、放っておく訳にもいかなくてね。

 そんな時に、回収している彼女と出会ったのだよ。安全性を上げるならば、協力体制を敷くのが効率的と判断したから行動を共にしている」

 

「……!? アナタも『ジュエルシード』の危険性を認識しているんですね? なら――――」

 

「そちらとも協力しないかと言うつもりか?悪いが、それは拒否する」

 

 キッパリと相手の提案を否定する。少しだけど、シロウが苛立っているような感じがした。

 

「何故ですか?」

 

「むしろ何故、そちらと協力をしなければならない? そちらの少女の様子からして、本来ならこのような荒事には関わらないはずの一般人なのだろう。

 しかし、君と共に『ジュエルシード』を封印をするべく、行動を共にしていると見て取れる。つまり、君が彼女を巻き込んだのと予想が付く。

 無関係な少女を巻き込むような人物に協力する? 馬鹿を言うな。そのような人物は協力するに値しないな」

 

「…………」

 

 先とは違い、黙り込むイタチ。これでジュエルシードを探して彼女を巻き込んだのは確定。でも、彼女は━━━━

 

「アーチャーさんの言う通り、始めはそうだったかもしれません。でも、今は違います! 私は自分の意思でジュエルシード集めをしています!」

 

 彼女は自分の意思を告げる。真っ直ぐな目は明確にそれを表していた。強制されている訳じゃない。ただ、自分がやりたいからやってるだけと。

 

「だとしてもだ。このようなことに関わって、怪我でもしたらどうするつもりなのかね? 君は――――」

 

「アーチャー」

 

 アルフが止める。

 

「話しても何もならないよ。こっちもむこうもジュエルシードを集めてる。なら、戦うのは当たり前だとあたしは思うんだけど?」

 

「……君の意見は一理ある。確かにこのままでは進展しないな。少々手荒になるが、君たちはこのままジュエルシード集めをするのであれば、私たちと刃を交えることを覚えておきたまえ」

 

「待ってくだ――――」

 

 ユーノと名乗った魔導師が言葉を言い終わる前に、彼女の前に数本の矢が突き刺さっていた。射ったのはシロウ。いつの間にか、彼は左手に黒い弓を手にしていた。

 

「次は外さん。これ以上はジュエルシードに関わらないことだな」

 

「それは出来ません。私もジュエルシード集めを止める訳にはいかないんです」

 

「そうか……ならば――――」

 

 押し殺したシロウの声。当てるつもりなんて元から無いし、彼の腕なら狙いが狂うことは絶対に無い。けど、知り合いに武器を向けるのが脅しの芝居でも苦しい筈。

 だから、シロウを止めた。

 

「待って、アーチャー」

 

「なんだね? まさか、協力体制を向こうと敷くと言うつもりか?」

 

「違う」と、言ってシロウの前に立って彼女に声をかける。

 

「一騎討ちで勝負しよう。互いに『ジュエルシード』を一つずつ賭けて、勝った方が相手の『ジュエルシード』をもらう」

 

「フェイト!?」

 

 アルフが振り向いて驚く。うん、アルフの思うことは分かるよ。でもね、シロウにはあまり戦って欲しくないんだ。それも知り合いが相手なら尚更ね。

 私はアルフと視線を合わせる。念話をしなくても、私の気持ちは伝わったみたい。

 

「フェイトが決めたなら、あたしは止めないよ」

 

 向こうは――――

 

「分かった。そうしよう」

 

「なのは!?」

 

「いいの、ユーノ君、心配しないで。

 もし私が勝ったら……あなたの戦う理由を詳しく教えてくれる?」

 

 私は無言で頷く。

 すると、彼女は戦闘体勢に入る。

 シロウも弓を下ろして、アルフと一緒に私の後ろへ下がる。

 

「フェイトなら余裕だよ。ちゃちゃっと済ませちゃいなよ」

 

「……無理はするなよ、フェイト」

 

 二人の応援を背に、バルディッシュを構えてして対峙する。形状は斧。『サイズフォーム』にはしていない。向こうも、両手で杖の柄を握っている。

 

 

 

 先手を取ったのは私。補助魔法の『ブリッツアクション』を用いて、高速で移動して相手の背後を取る。

 背後を取った直後に斧を上から降り下ろす。でも、その一撃は、頭を落とすことで回避された。二撃目に左から斧を振るうけど――――

 

「Flier fin.」

 

 彼女のデバイスから魔法の発動を知らせる音声が流れ、靴に翼を生やして、真上に飛翔して二撃目も回避された。

 思っていたより攻撃に対する反応がいい。私も自分に飛行魔法を施して、追いかける。

 

「Photon lancer,Get set.」

 

 追いかけながら、4基のフォトンスフィアを自身の周囲に展開して打ち出す。

 

「Protection.」

 

 しかし、打ち出された4発は白い子の前方に張られたバリアによって防がれた。でも、それで一瞬動きが止まった。その隙に背後を取り、斧を降り下ろす。

 今度は杖の柄で受け止められた。互いに力を抜かず、つばぜり合いが続く。

 

「負けない……勝ってお話を聞かせて貰うんだもん」

 

「…………」

 

 つばぜり合いを解いて、互いに距離を取る。

 

「Thunder smasher.」

 

 左手を前に突き出し魔法陣を展開して、雷撃を纏った砲撃を打ち出す。

 

「Divine buster.」

 

 対する向こうも杖を突き出して、砲撃を発射して対抗してくる。2つの砲撃魔法が衝突し、拮抗する。

 その衝撃波は空気を振動させ、魔力同士の激突の凄まじさを周りの者たちに伝える。

 

「レイジングハート、お願い!」

 

「All right.」

 

 彼女の意思に答えるように、魔力量が上昇して、砲撃の出力が上がる。火力が上がった一撃は私のサンダー・スマッシャーを撃ち抜いて、私を飲み込もうと真っ直ぐに向かって来る。

 

「なのは……強い」

 

 確かに、この一撃を見たらそう自然と言葉を漏らすのも理解できる。私も少し驚いた。でも――――

 

「でも、甘いね」

 

 アルフがその言葉を出したユーノに言い放つ。

 そう、砲撃の撃ち合いでは押し負けたけど、勝負に負けた訳じゃない。

 

「Scythe slash.」

 

 光に飲まれる寸前に私は月を背にするように上がっていた。そして、バルディッシュに鎌を展開して、相手の頭上から斬りかかるために接近する。

 

「なのはーーーっ!」

 

私の動きに気付いて、声を上げて迫り来る危機を伝えようとするユーノ。

 

「……あっ」

 

 その声が届いて気付いたようだけど、もう遅い。既に私の間合いだ。

 鎌を少女の喉元に突き付けて止める。これで私の勝ち。

 

「Put out.」

 

 彼女の杖から『ジュエルシード』が1つ、排出された。

 

「レイジングハート、何を!?」

 

「きっと、主人思いの良い子なんだ」

 

 排出された『ジュエルシード』を私は手にする。勝負が付いた私たちは静かに地上に降りる。

 

「用は済んだ、帰ろう」

 

 ジュエルシードを賭けた勝負は終わった。これ以上ここに留まる理由はない。

 体を翻してアルフとシロウのもとに歩き寄る。

 

「フッフフ……さっすがあたしのご主人さま♪」

 

 アルフは陽気な声で私の勝利を称賛してくれた。

 

「なかなかやるな、フェイト。協力者としては申し分無い力量だ」

 

 シロウは感情の薄い声だった。私の故郷の『アルトセイム』で練習相手をしてくれていた時のように誉めてくれないのが少し残念だったけど、今は仕方ないと割り切る。

 立ち去ろうした私たちにあの子は声をかけてきた。

 

「待って!」

 

 足を止めて、私は言い返す。

 

「出来れば、私たちの前にもう現れないで。もし次があったら、今度は止められないかもしれない」

 

「名前……あなたの名前は?」

 

「フェイト――――フェイト・テスタロッサ」

 

 名前を告げ、再び足を進める。飛び上がった私を先頭にシロウとアルフも続いて立ち去る。

 

「バイバイ♪」

 

「……君はこのようなことに関わる必要は無い。『ジュエルシード』の回収はこちらに任せることだ。

 私も、あれによって誰かが傷付くのは見たくないからな」

 

 

 

 私たちがこの場を去ろうしたことに合わせたように風が吹いた。

 それに乗るような感じで、私たちはこの場を後にした。

 




えっと、次の更新ですが、最速で次の日曜日になります。少し用事が出来たもので……
また自分の身に何か起きました活動報告の方に載せます。

お読み頂きありがとうございましたm(_ _)m


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11話 揺れる思い

予定していたより少し遅くなってしまいました。すみませんm(_ _)m
さて、今回はTV版で言う6話。それに加えた7話の頭の方になります。次回辺りからプレシアが再登場したり、管理局が介入してきますね。

では、どうぞ!


 ――――太陽が西に傾き、地平線に沈むように動いていく。空は茜色に染まり、人々を見守るような温かさを感じさせる。

 いつものように学校での勉学も終わり、帰宅した高町なのはは自室の机に向かっていた。だが、それは勉強をしている訳ではない。本人はぼんやりと考え事をしているような感じだ。

 物音が何一つしなく、沈黙が漂う中、ユーノ・スクライアが口を開いた。

 

「なのは……その……大丈夫?」

 

 心底心配している声色で、話し掛けるユーノ。

 

「うん、大丈夫だよ」

 

 なのははゆっくりとユーノへ視線を合わせて、心配は要らないと応じる

 だが、彼女の表情には迷いや不安といった感情が滲み出てた。

 

「この前の温泉で戦った時から、どこか上の空になってるのはボクも感じてる。今日は友達と喧嘩しちゃったんだよね?」

 

「喧嘩じゃないよ。ただ、私がぼーっとしてたから、アリサちゃんに怒られただけ」

 

 今日の学校であったことをなのはは事実のまま、ユーノに伝えた。意見がぶつかりあったり、何かを取り合ったりの喧嘩をした訳ではない。ただ、朝から上の空だったなのはが、アリサの話を聞いていなかった。

 

「……なのはは、そこ子と仲良しなんだよね?」

 

「うん、入学してからずっとね」

 

 話が一旦区切れると、ユーノは俯いた。【魔法】に関わって、友達と些細ながらもすれ違ったことに、思い悩んでいた。

 彼が気を重くしたのを感じてか、なのはは話題を変える。

 

「ねえ、ユーノ君? あの子たちはどうして、ジュエルシードを集めてるのかな?」

 

「フェイトって名乗った子は使い魔を連れていたから、かなりの魔導師だと思う。けど、ジュエルシードを集める理由までは解らない。

 でも、アーチャーって人の目的は多分、ジュエルシードによる被害を防ぐことだと思う。本人もそう言っていたし、あれが嘘には思えない。あの人はボクに『君がジュエルシードを持ち込んだ本人かね?』って確認を取ってきた。それに、ジュエルシードの危険性も認識してるみたいだったし」

 

 顔を上げ、ユーノはなのはと『ジュエルシード』関連のことを話し合う。未だに心配している心情が見え隠れしているが、黙り込んでいては何も進展しない。

 

「やっぱり、アーチャーさんに協力を頼めないかな?」

 

「……それは、無理だと思う。アーチャーから見れば、ボクはジュエルシードを持ち込んだ張本人で、【魔法】と全く関係が無かったなのはを巻き込んだ厄介者でしかないと思う。

 でも……あの人の言う通りだよ。ジュエルシードが第97管理外世界(地球)にばら撒かれたからと言って、本来なら【魔法】と関わる筈がない女の子一人を巻き込んだもん……」

 

 ユーノは自身を責める。アーチャーの言っていることは正しい。『管理外世界』に『ロストロギア』が散らばってしまったこと彼自身の所為ではないし、不可抗力な事故であったであろう。

 しかし、【魔法】と無関係である筈のなのはを巻き込んだのは紛れもなくユーノだ。だから、アーチャーが憤りを懐いて、協力体制を作れないのはこちらに非があると彼は自覚していた。

 

「…………」

 

 なのはは黙って、その告白を聞いていた。彼女また、アーチャーの言うことは尤もだと解っている。本当は自分が【魔法】に関わる世界の人間でないことも、『ジュエルシード』を集める中で怪我をして、家族や友達に心配をさせてしまうことも。

 それでも、彼女は止まらない。『ジュエルシード』は彼らが集めてくれるとしても、自分がやめてしまったら、誰がユーノを助けるのか。心優しいなのはそう考えずにはいられなかった。

 そして何より、なのはは自分で決めたことを途中で放り出すような子供でもない。

 

「でも、アーチャーさんは私のことを心配してくれていたみたいだし、お話はこれからも出来ると思うんだ。フェイトちゃんは……解らないけど、お話が出来るまで声をかけ続けるよ」

 

「……なのは――――」

 

「これからも一緒に頑張ろう。今日は塾もないし、晩御飯までの時までゆっくりジュエルシード集めが出来るよ」

 

「……うん」

 

 

 

**********************

 

 

 

 海鳴市内にとあるマンションが屹立している。フェイト・テスタロッサとその使い魔であるアルフが『ジュエルシード』を集める際に、拠点として間借りした街中にあるマンションである。日本の価値観で見ると、高層マンションに入る類いで、豪勢な物件になるだろう。

 

 

 衛宮士郎はそのマンションにある一室――――フェイトとアルフが住まう部屋の玄関ドアの前に立っていた。

 士郎はズボンのポケットから以前に渡されていたスペアキーを取り出し、ドアを開けて、部屋に入って行く。彼はリビングにまで足を進め、自身の目に入ってきた光景に固まった。

 

「あ、シロウ、おかえり。あれ? ここはシロウの自宅じゃないから、この言い方はおかしいかい?」

 

 士郎はアルフに返事を言い出せなかった。彼の目に飛び込んできたのは、ソファーに腰掛けながらドックフードの箱を片手にしているアルフの姿。

 予想外のことは体験している彼であっても、戸惑うのも無理もなかった。別の意味で目の前のことは衝撃的だったからだ。

 

(素体が狼だからって、人の姿でドックフードを食べてるのは異様な光景だろ……)

 

 リビングに足を踏み入れた士郎は唖然と立ち尽くす。こんな光景を見たら、彼でなくとも、足を止めるだろう。

 暫し、停滞していた士郎だが、気を取り戻して、ドアから少し奥にあるテーブルへ歩き寄った。買い物袋をその上に置きながら、注意も兼ねてアルフへ話を掛ける

 

「アルフ……ドックフードをその姿で食うのはどうなんだ? せめて、狼形態になるとかさぁ……て、晩飯は食えるのか? かなり食べている様子に見てるんだけど」

 

 アルフの隣には既に食べ終えた缶詰めや箱がいくつか散乱していた。自分で散らかした物は自分で片付けるとは判っていても、気になる光景は気になる。

 

「日常生活をする時はこの姿が多いからねぇ。まぁ、気にしないでおくれよ。晩飯は全然食べれるよ、これはおやつみたいな感じさ」

 

 おやつってもう夕暮れなのですが……それに、それだけ食ってまだ食べれるのか。狼の胃袋恐れなし。いや、使い魔のか? と、士郎は割りとどうでもいいことに思考回し始める。が、それは間もなくして停止した。

 そう、居る筈のフェイトの姿が無い。士郎はリビングを見渡すが、やはり彼女の姿を見つけられなかった。

 

「あれ? フェイトは何処に行ったんだ? リビングに居ないみたいだけど」

 

「フェイトなら自分の部屋で休んでるよ。フェイトはちょっと根を詰めすぎだよ。まぁ、シロウにあまり負担をかけたくないって思うのは分かるんだけどさぁ……」

 

 フェイトの疲労を心配をしているがはっきり伝わる声でアルフは伝えた。フェイトが士郎へ負担を掛けたくないと思っていることは、アルフは把握していた。『ジュエルシード』を集めることは元々、彼女たちがプレシアから命じられたことだ。まして、本来それは『管理外世界(ここ)』に存在しない物。ここの住人である士郎のことを気にする彼女の気持ちは有難い。

 

 

 だが、だからと言って、フェイトだけが背負うことは無い。士郎にとっても、『ジュエルシード』の回収は重要なことだ。この前の温泉での一件で、あれを放置するのは危険だと士郎は自身の目で確認した。莫大な魔力放出。何より、空間の“歪み“とも取れるあの感覚が頭を離れない。

 『ジュエルシード』は持ち主の願望を叶える願望機と言える『ロストロギア』と士郎はフェイトから聞いている。

 

 

 しかし、あれを見て以降、士郎は“その先“に何かあるんじゃないかと感じ始めていた。願いを叶えるのに魔力を必要とすることはまだ納得が出来る。だが、願いを叶える過程で空間の“歪み“が発生するのが解らない。

 士郎は『ジュエルシード』のポテンシャルを把握しなければならないのだ。正体が掴めなければ、対処は困難になる。万が一に備えて、情報を収集しておくことは、何処でも、同じである。

 

「『ジュエルシード』を早く集めるのは俺も賛成だ。でも、それはフェイトに無理が祟らない範囲での話だ。

 それと、『俺に負担をかけることかも』って心配は要らないぞ。俺は自分の意思で協力してるんだからな」

 

「あたしが言ってもあまり効果が無さそうでねぇ……シロウも言ってやってよ」

 

「わかった。俺からもフェイトに話してみるか」

 

 話を終えてた士郎とアルフは、フェイトの部屋のドア前まで移動。

 アルフが士郎より一歩前に出でて、ドアをノックし、ドア越しにフェイトへ声を飛ばす。

 

「フェイト、シロウが来たけど、入っても大丈夫かい?」

 

「……え? ちょっと待って」

 

 ドア越しにだが、ゴソゴソと物音が二人の鼓膜を叩いた。

 恐らく、服装を整えているのだろう。

 

「お待たせ、いいよ」

 

 フェイトの声を聞いた二人はアルフが先に入室し、士郎がそれに続いて入室した。

 そこには黒いワンピースを着て、ベッドサイドに掛けているフェイトの姿が在った。

 

「おかえり、シロウ。……あれ? この言い方は間違っているかな?」

 

 使い魔と同様な言葉を口にし、自身の言葉の意味に思考を傾けるフェイト。

 やっぱり、二人は良い主従だな、と改めて感じながら士郎も口を開いた。

 

「『アルトセイム』じゃあ、練習で外から戻るときは『ただいま』だったけどな。まあ、フェイトの好きにすればいい」

 

「じゃあ、おかえり、シロウ」

 

「あぁ、ただいま、フェイト」

 

 挨拶を交わしてから、士郎はフェイトの体調を訊いた。

 

「アルフから聞いたけど、大丈夫なのか? あまり根を詰めすぎなよ。あと、俺のことは心配しなくていいからな」

 

「平気だよ。部屋に居るときは横になって休んでるから。それに、ジュエルシード集めは元々母さんに頼まれたことだから、シロウに頼り過ぎるのは――――」

 

「フェイトが気にする必要はない。俺も『ジュエルシード』を放置しておく訳にもいかないんだ。アルフも言っていたけど、フェイトはもっと誰かに頼るべきだぞ。少なくとも、パートナーのアルフか、年上の俺には頼るべきだ」

 

 口を挟んでの士郎の言葉だったが、アルフは「うんうん」と頭を上下させて、賛同を示している。

 対するフェイトは「でも――――」と申し訳無いと言った感じの雰囲気を漂わせる。

 彼はそんなフェイトに近付いて、彼女の頭の上にポンと右手を乗せる。

 

「お前はまだまだ子供なんだ。誰かに頼ることは間違いじゃない。むしろ、今がその時期だと俺は思うぞ?」

 

「……うん。じゃあ、ちょっと考えておくね」

 

(あくまでも、考えておく範囲か……フェイトはもっと誰かを頼ることを知るべきだな)

 

 心中でそう考えていた。だが、それは追々だなと引き出しに仕舞う。

 その直後に、不意のアルフから念話が士郎へ届く。

 

(シロウが言うとやっぱり効果があるね。あたしが言っても一応聞いてはくれるんだけど、あまり効果が無くてねぇ……)

 

(俺が言うのと、アルフが言うのとじゃあ、そんなに違うのか?)

 

(違うね。それにシロウの手がフェイトの頭に乗った時、少し嬉しそうだったし)

 

 士郎のフェイトとの付き合いはアルトセイムに居た約2年だ。あの頃はフェイトの世話と練習相手をしていた。最初の方こそ固かったが、日々を過ごしていくと、フェイトは徐々に士郎に対して甘えるようになっていった。フェイトにとって彼は初めて会った歳上の男であり、兄貴分とでも捉えていたのだろう。

 

 

 (そう言えば、フェイトは一時(いっとき)俺のことを――――)

 

 ふと昔の記憶が士郎の頭の中で呼び起こされた。あの静かな日々で、彼女が彼を呼んだ言葉は――――

 

「そろそろ行こう。魔力も少しは回復したし、早く集めて母さんの所に持って行きたいんだ」

 

「本当に大丈夫なのかいフェイト? 広域探索はかなりの魔力を使うし、もう少し休んでからでも」

 

 腰を上げたフェイトは『ジュエルシード』の捜索に出ることを告げる。

 フェイトは気丈としているが、アルフの懸念は晴れない。回復したといっても、彼女は全快ではない。更に言うと、フェイトの魔力は常にアルフへ送られている。だから、アルフはフェイトの体調に細心の注意を張り続けているのだ。

 

「次のジュエルシードの位置は大体掴めてるし、大丈夫だよ。それに私、強いから」

 

 そう言ってフェイトは黒色を基調としたいつもと同じバリアジャケットを身に纏い、その上から漆黒のマントを羽織る。

 

「さぁ、行こう。母さんが待ってるんだ」

 

 フェイトはドアに向かって歩いていく。アルフは「困ったお姫様だ」と、漏らしながらもその後を付いて行く。士郎も彼女たちの後を付いて行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 太陽は地平の彼方に落ち、無数の星たちと一つの月が暗い空の中で輝いている。

 フェイト、アルフ、士郎の三人は、ビルの上から街を見下ろしていた。 建ち並んでいる店々には明かりが灯りや喧騒が人々を夜の賑わいへ誘っていた。車道もヘッドライトなどを灯した車が走っていて、光の川を連想させるような光景を作り出している。

 

 

 しかしながら、彼らはそれらをゆっくりと眺めている訳にはいかない。これから、『ジュエルシード』を回収・封印するのだから。

 士郎は以前と同じく赤い外套を纏い、顔に仮面を付けている。アルフは人間形態ではなく、狼形態だ。

 

「大体この辺りだと思うんだけど、大間かな位置しか分からないんだ」

 

「はぁ……確かにこう、ゴミゴミしてたら探すのも一苦労だね。一応訊くんだけど、シロウは何か感じるかい?」

 

「少し空間が揺れているような感じはするけど、こう人が多くて、広いとなるとなぁ……」

 

 覚醒前のジュエルシードは探知が困難だ。【魔法】でサーチしようとピンポイントの特定は出来ない。加えて、こうして人気の多くて広い場所となれば尚更だ。

 フェイトはデバイスフォームのバルディッシュを掲げて、この膠着を解こうと動く。

 

「ちょっと乱暴だけど、周辺に魔力流を流して、強制発動させるよ」

 

「あー待った。それ、あたしがやる」

 

「大丈夫? 結構疲れるよ?」

 

 アルフの提案を聞いたフェイトは、バルディッシュを下ろして、視線を彼女へ向ける。

 

「このあたしを誰の使い魔だと? フェイトは代わりに結界を張ってよ。そっちの方がまだ楽だろうし」

 

「じゃあ、お願い。でも、先ずは私からだね」

 

 誇らしげに語るアルフの声を聞いたフェイトは、頼もしいパートナーを信頼しているように柔和な声で頼む。

 その後に、杖を掲げて周囲を保護するために結界を展開する。結界が展開され、“世界“から一般人が取り払われていく。

 

「そんじゃあ――――」

 

 結界の展開が完了したことを確認したアルフから風が吹き出すように魔力が発せられ、彼女の足元から魔方陣が展開される。

 そして、そこから光の柱が天空を目指し、昇っていく。すると空はカーテンに覆われる窓の如く、雲に空全体を覆われ、星々と月は隠されてしまった。その雲からはいくつかの雷が迸っている。

 その際に、士郎は空間の歪みとこの辺り一体が世界から隔離される感覚を感じ取った。

 

「『ジュエルシード』が発動したな。結界も恙無く機能している。フェイト、早急に封印を頼む」

 

 即座に全員の警戒心を引き上げる。それに伴って士郎の口調も変化する。

 

「私も『ジュエルシード』の場所が判ったよ。あの子が来るかもしれないし、早く済ませないとね。

 バルディッシュ!」

 

「Sealing form.set up.」

 

 デバイスフォームのバルディッシュをシーリングフォームに変形させて、ジュエルシードの在る方角に杖先を向ける。

 フェイトの内側から発生した膨大な魔力が杖先に集約され、光の息吹きと化した魔力が発射されて、『ジュエルシード』の斜め上から疾駆した。

 

 

 そのほぼ同時に、『ジュエルシード』の反対側の真横から同出力の魔力が疾駆して来た。こんなことを出来る人物はフェイトの他には一人しかいない。そう、高町なのはである。

 互いの魔力がジュエルシードに衝突し、左右から魔力の激流が流れ込む。

 

「「ジュエルシード、シリアル19……封印!」」

 

 二人から同じ言葉が発せられ、『ジュエルシード』を膨大な魔力が包み込む。それを受けた『ジュエルシード』はその場に停滞している。

 ここまではまだ序の口に過ぎない。『ジュエルシード』がデバイスに収納されない限り、終わりは訪れないのだから。

 

 

 回収までには至らなかった『ジュエルシード』を中心にそれぞれが対極に移動して、位置している。

 片方がフェイト、アルフ、士郎。

 もう片方がなのは、ユーノだ。

 沈黙が続く中、それを破ったのはなのはだった。

 

「こないだは、自己紹介できなったかったけど……私はなのは……高町なのは。私立聖祥大付属小学三年生」

 

自己紹介し、これから話し合おうと提案をする意思を示すなのは。

 しかし、フェイトは――――

 

「Scythe form.set up.」

 

 バルディッシュをサイズフォームに変形させ、話すことは無いと、態度で表す。

 フェイトがなのはに飛び掛かろうとした時、士郎の耳に何かが空を切るような音が入った。まるで、ナイフが投擲されたような音だ。

 

「……高町なのは!」

 

「え?」

 

 警戒心が引き上げられていた士郎は、即座に動いた。

 なのはと彼女に向かって投擲された何かの間に疾走し、左腕に装着されている盾で払うようにして、ナイフらしい物を弾いた。

 

「アーチャー!?」

 

 突然の彼の動きに驚いたフェイトが声を上げるが、

 

「全員、警戒しろ!何かが居る!」

 

 士郎は答えず、警戒を厳にするのを促す。

 裂帛な彼の声が轟き、この場に居る全員に緊張が走る。その中で、士郎は視線をナイフが飛んで来た方角を向け続ける。

 そこには、暗闇を背に、靄のような黒い人影らしきものが居た。それは1体、2体ではなく、数十体は居るのが確認出来た。

 

「なんなの……あれ……」

 

 慄然としたなのはの声が漏れた。自身が知覚出来ていない所から刃物らしき物を投げつけられ、かつその実行者が得体の知れないものとなれば尚更だろう。

 

「まさか、『ジュエルシード』の思念体!? でも、『ジュエルシード』は――――まさか、2つの魔力の衝突のせいで封印仕切れていないのか!?」

 

 ユーノも今起こっている現状を把握仕切れていないの様子だ。

 だが、士郎はこの出来事にどこか合点がいっていた。

 

(やっぱり、『ジュエルシード』はただの願望機なんかじゃない! まだ、俺たちの知らない何かが――――)

 

 即座に発生した脅威を排除するべく、干将・莫耶を投影し、両手に握る。

 

「フェイト! 急いで『ジュエルシード』を完全に封印しろ!

 封印が完了した次第、即座に撤退だ。私に構う必要はない!」

 

「ア、アーチャー?」

 

 もはや、怒声とも聞こえるぐらいの声をフェイトに飛ばす。いつもと彼の様子と違っているのが感じ取れたのだろう。フェイトに少し戸惑いが表れている。

 

「いいな!」

 

 士郎は有無を言わせない勢いで言いは放った。想定外の現象に危険を感じ取り、フェイトやなのはたちには荷が重いと判断した。

 その右上がりの感情に答えるように、彼は速度を上げて敵地へ赴いて行った。

 

 

 

**********************

 

 

 

「は――――つ――――!」

 

 自身を叱咤する一声を上げ、大地を蹴って、闇の領域へ飛び込んだ。

 その俺を出迎えくれたのはユーノの言っていた思念体たち。黒い靄が人間の形を得たような感じで、存在感は稀薄だ。

 

「しっ――――!」

 

 両手に握っている双剣を振るう。人では無いモノに剣を向けるのは、また違う感覚を俺に味わわせる。思念体の一体を切り裂いたが、肉や鉄を切り裂くと言った重い手応えを感じない。まるで、霧を手で振り払っているような軽い感覚だ。

 空気に溶けるように霧散するのを見届け、他の個体へと狙いを移す。

 

 

 さっき、なのはへ投擲したナイフに似た得物を持った奴へ刃を打ち下ろす。今度は不思議なことに、俺の刃と火花を散らした。弾けた儚い光が闇の中で咲く。

 思念体の技量は高くない。つばぜり合いにならずに、俺は白亜の刀身を流れに乗せてフリーになっている胴体を一閃する。

 またしても軽い手応え。相手は苦痛の声も、絶叫の一つも上げないで消え去る。

 

「――――――」

 

 これじゃあ幽霊を斬っているみたいだ。

 物体が砕ける音も、倒れ込む物音も響き渡らない。まさに、虚無感に満ちた世界。

 黒い靄。それは、熱、負の感情すらも存在しない虚無の住人だった。

 引き続き数体の敵が襲い掛かって来る。可能な限り回避をして、以外の攻撃には刃を奔らせて防ぐ。その一瞬に作られた隙へ白と黒の翼を羽ばたかせて、闇の彼方へと、霧散させる。

 

(……先程からこの繰り返しだな。だが、手応えなくとも、数は確実に減らせている)

 

 既に数分が経過している。

 着々と数は減っているのに対して頭の中で鳴る警鐘は大きくなっていく。

 おかしい話だ。倒しても増加し続けていたならそれは分かるが俺は戦力を削いでいる。

 

 

 持久戦にも不安なんてない。魔力の残量だって余裕はあるし、一人で戦うことには慣れている。

 戦いにおいての頭数の差は戦局に直結する。だから、本当は敵数と同等以上の人数で戦闘に当たるべきだ。

 質で勝っていても、圧倒的な物量に押されて、一度(ひとたび)その暴力に呑まれれば致命傷になる。でも、それを防ぐだけの戦力はこの場には無い。

 

 

 質でならフェイトとアルフは抵抗出来ると思うが、二人にはこの元凶の『ジュエルシード』の封印をやってもらう必要があるため戦うことは出来ない。

 なのはも能力値だけなら可能性かもしれないけど、二人と比べて圧倒的に経験不足で戦いに慣れていないから危険度が増すだけだろう。

 

 

 いや……そもそもフェイトたちもなのはたちもこんなことを経験する必要はないか。

 彼女たちからすれば、この敵は不気味な“何か”でしかないし、危険に身を晒すことはない。

 だから、『ジュエルシード』の封印は出来なくても、戦闘経験が豊富で、戦い方を知っている俺が今居るメンバーの中では適任だ。

 

 

「はっ――――……!」

 

 

 思念体の右手に握られた金属バットのような黒い塊が上から降り下ろされる。俺はそれをステップで避け、首に漆黒の一閃を走らせる。

 今度は見届けることなく、視界の隅に映った群れへ体を向かわせる。

 

 

 刃のレンジに捉えるより先に『エア・スラッシュ』の先制攻撃で塊を崩す。“風の刃“は鋭く、目標を切断し、小分けにしてくれた。そうなってしまえば同じだ。肉薄した勢いを乗せた動作で体を回転させ、白亜と漆黒を踊らせる。

 

「――――――、え」

 

 止まることなく、闇を駆けていた俺の体が動きを鈍らせた。

 空気が凍てついた。

 元々冷たい闇夜ではだったけど、温度が更に下がった訳じゃない。

 空間そのものが静止したような錯覚さえした。

 

 

 続けて、今までに感じたこともない莫大な魔力放出に――――“世界”が悲鳴を上げて歪んでいく。

 

(な……に?)

 

 視線を『ジュエルシード』の在る方に向ける。

 そこには魔力を纏い、発光する『ジュエルシード』が見えた。

 

(あれはまずい。このままじゃあ、何が起こるか予想が出来ないッッ!)

 

 俺は考えるまでもなく、直感的に飛び出していた。

 その進路上に数体の思念体が立ち塞がる。

 構ってる暇はない。

 行く手を阻むモノたちに向けて、俺は両手に握っている双剣を投擲する。白と黒の翼ともいえる二刀が向こうに接触する瞬間に――――――

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 紡がれた言葉が爆破の引き金となり、その剣に宿っていた“魔力“が爆裂させた。

 生まれた熱と光は進路上に居た思念体たちを跡形も無く吹き飛ばす。

 爆発による煙が漂っているが、気にも止めず切り開かれた進路を疾走する。

 

 

 煙を抜けた先で俺は、フェイトが『ジュエルシード』に飛び掛かろうとしていたのを見た。

 

「止せ! フェイト!!」

 

 俺の声が届いたのか、フェイトは即座に動作を中断した。

 それを確認した俺はそのまま『ジュエルシード』へ向かう。

 

投影開始(トレース・オン)

 

 投影したのは深紅の長槍。ケルト神話、フィオナ騎士団の戦士、ディルムット・オディナが担っていた双槍の片割れ――――破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)だ。

 その効果を端的に言えば、刃が触れた対象の魔力を打ち消すこと。

 

 

 俺はしっかりと柄を握り、足元を力強く踏み込んだ。

 地面から反発してきた勢いに溜め込まれ力が解放されれ、紅の一閃と化した俺は一気に『ジュエルシード』との距離を詰めた。

 

「抉れ――――”破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)”ッ!」

 

 槍頭がジュエルシードの中心に接触する。深い紅色と青い輝きと拮抗する。その激突が産み出したのか、熱を帯びた風が吹き荒れる。

 その熱は高密度の魔力が発していた。

 放出された魔力が熱風のように俺を炙るが、堪える。

 

(この程度なら――――)

 

 熱に耐え切り、魔力が打ち払われた『ジュエルシード』を左手で掴む。

 そのまま左腕を振り払うようにして、フェイトに『ジュエルシード』を投げ渡す。

 

「フェイト、頼む!」

 

 俺の突発な挙動だったが、フェイトは反射的に右手を伸ばして『ジュエルシード』をキャッチした。

 そのことに彼女は迷うことなく『ジュエルシード』を両手で包み、胸の前で祈りを捧げるような仕草で魔力を込め始める。

 

「――! ジュエルシード、封印!」

 

 彼女の手に収められた『ジュエルシード』から漏れ出している青い輝きが小さくなっていく。

 凍てついていた空気は再び動き始めて、世界の悲鳴が収まる。

 それに伴って、発生していた歪みと思念体は徐々に消滅していった。

 

「大丈夫か?」

 

 俺はフェイトに歩き寄り、怪我をしていないか訊く。

 デバイスの補助が無い状況下での封印。予想外の出来事にフェイトは上手く対処してくれたけど、彼女が怪我をしたのかと思うと言葉を掛けずにいられなかった。

 

「うん、アーチャーが魔力を払ってくれたから――――って、私よりアーチャーは大丈夫なの!? あの魔力を浴びんだよ!」

 

 ジュエルシードの封印が成功し、一先ずの安堵に浸っていたフェイトだが、それは一転して俺を心配するものに変わった。

 それは、大切な人の安否を確かめるような不安に満ちた声だった。

 

「取り敢えずは、な」

 

 短く返して俺は視線をなのはたちに向ける。

 彼女たちは今の出来事に呆然として、その場で立ち止まっていた。

 

「今日はここで引き上げるぞ。向こうもこれ以上は戦う気ないだろう」

 

 俺は戦意を無いことを確認してから身を翻し、ビルの上に飛び上がって行く。

 フェイトとアルフもこの場を立ち去って、俺の後に続いてくる。

 

 

 何とか封印は成功したが今夜は芳しくなかった。

 『ジュエルシード』によって起こされたであろう今日の現象。僅かな事だったとしても、あの光景と感覚は脳裏に焼き付いている。

 

 

 そのことに奥歯を噛み締めながら、俺は闇夜の中を駆けていた。

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 シロウが思念体の所へ向かって行った後、私と白い子は風を切って空を舞っていた。撃ち出される私の雷撃と向こう桜色の光束がビルとビルの間を駆け抜けていく。

 この前とは別人みたいだ。狙いの精度も威力も上がっている。気を抜いたら当たる。

 

「Blitz Action」

 

 撃ち合っていても、拮抗が続くだけだ。そう判断し、ビルを挟んで互いの姿が見えなくなった隙に『ブリッツアクション』を使って自分に瞬間加速を施して、近接による強襲を仕掛ける。

 相手の姿が見えた瞬間。私はその背後を取って、鎌を振るおうとしたけど――――

 

「Flash move.」

 

 私の攻撃は予測済みと示すように、繰り出す前に回避行動を取ってきた。その俊足な挙動に息を飲んだ時には、逆に私の背後が取られていた。

 迎撃しよう私は体を反転させて、バルディッシュを突き出す。

 

「Divine shooter.」

 

 桜色の球体が発射された。

 反撃は間に合わない。組み上げていた攻撃式を破棄して、新しく防御式を作り上げる。

 

「Defenser.」

 

 バルディッシュを前に構え、その上から防御魔法を展開する。展開された“盾”で直撃を防ぐ。でも、急速に組み上げた物だったから威力を殺しきれず、地上へ向けて押し出された。

 このまま地上へ墜落は出来ない。体にのし掛かった勢いを制動して体勢を立て直す。その際の体の流れを捌いて、迅速にデバイスを相手へ向けて突き上げる。

 

 

 補助系統魔法の制御も以前より上手くなっている。きっと、魔法の練習を頑張ってきたんだ。私に勝って、話をするために。

 でも、私は負けられない。『ジュエルシード』を集めは他でもない母さんからの頼み事だし、ここにある『ジュエルシード』の封印はシロウから頼まれたんだ。二人の期待を裏切るなんて出来るわけがない。

 

「フェイトちゃん!」

 

「ッ!?」

 

 突然自分の名前が呼ばれたことに驚いた。

 向こうはそのまま話を続けてくる。

 

「私はね――――このまま何もぶつかり合うのは嫌だ! だから教えて? どうして、『ジュエルシード』を集めているのか」

 

「…………」

 

「私が『ジュエルシード』を集めるのは……ユーノ君が探している物だから。『ジュエルシード』を発見したのはユーノ君で、ユーノ君はそれを元通りに集め直さないといけないから。私はそのお手伝いで……始まりは偶然だったけど、今は自分の意思で『ジュエルシード』を集めてる。自分の暮らしている街が……自分の回りの人たちに危険が降りかかったら嫌だから。それが、私の理由!!」

 

「私は――――」

 

「フェイト、答えなくていい!」

 

 何故か答えようと思った時に、地上でフェレットと戦っていたアルフから叱咤が飛んできた。

 

「ぬくぬくと甘ったれて暮らしているガキんちょになんか、何も教えなくていい! 私たちの最優先事項は『ジュエルシード』の捕獲だよ!アーチャーにだって言われたじゃないか!」

 

 その言葉を聞いて、私はハッと気を取り戻す。

 体の向きを『ジュエルシード』へ向けて、加速を掛けて真っ直ぐに飛んで向かう。

 向こうも私を追いかける形で飛んで行く。

 

 

 そして、私たちのデバイスが同時に『ジュエルシード』にぶつかった時に“それ“は起こった。

 莫大な魔力が『ジュエルシード』から放出されて、私たちのデバイスに亀裂が走る。

 

「「……え?」」

 

 唖然とした誰かの声が漏れた。その直後に、荒れ狂う魔力流に私たちは吹き飛ばされた。

 

「――きゃぁぁあ!!」

「―――――――ッ!」

 

 悲鳴を上げた向こうと目を細目ながらも『ジュエルシード』を見続けた私たちはそれぞれ反対方向へ流された。

 私は即座に体勢を整え、自分の愛機へ視線を向ける。バルディッシュには全体に亀裂が走っていて、これ以上の使用は無理だ。後は、私一人でやるしかない。

 

「戻って、バルディッシュ」

 

 私はバルディッシュをスタンバイフォームにして、右手の甲に納めた。

 正面に在る『ジュエルシード』を視界に捉えて、デバイス無しで封印をしようとしたところで――――

 

「止せ! フェイト!」

 

 シロウの声が聞こえて、私は踏み止まった。彼の方へ視線を動かす。

 彼の手にはいつも使っている白と黒の双剣じゃなくて、紅くて長い槍が握られていた。

 

「抉れ――――“破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)”ッ!」

 

 紅い流星みたいな一撃は、『ジュエルシード』と暫く競り合ったけど、槍が勝って纏っていた魔力を打ち払った。

 

 目の前の出来事に私は理解出来ないでいた。

 『ジュエルシード』から発生した魔力は【魔導師】が生成する魔力と比べ物にならないぐらいの高濃度で激しい。

 だから、普通の槍なら絶対にこんなことは出来ない。

 

(これが、シロウの切り札なの?)

 

 初めて見た彼の武器にそう思った。

 シロウの能力は自分の持ち物を取り出すこと。前から知っていたけど、彼が使っていた武器は剣と弓が中心だった。

 そのどれもは特殊な効力の無い至って普通な武器なのは見てきたから間違いない。

 けど、あの槍はそうじゃない。魔力を打ち払う武器が普通な訳がないよ。

 そのことからでも、今シロウが使った槍は彼の切り札なのかなと頭を過る

でも、それ以上に考えてる暇なんて無かった。

 

「フェイト、頼む!!」

 

 士郎の掛け声で気を取り直す。

 投げ渡されたジュエルシードを受け取って、胸の前で両手に納めて私は封印に集中する。

 

「――! ジュエルシード、封印!」

 

 両手に力を込める。

 実行するイメージと術式の封印と同じ。

 バルディッシュのサポートが無いから難航するかもと思ったけど、魔力が打ち払われていたお陰でいつもより楽に封印が出来た。

 

 

 

 封印を見届けたシロウはこっちに歩き寄って来る。

 

「大丈夫か?」

 

「うん、アーチャーが魔力を払ってくれたから。って、私よりアーチャーは大丈夫なの!? あの魔力を浴びたんだよ!」

 

 私は突然、冷水をかけられたように寒くなった。体温じゃなくて、心が。

 シロウに何があったと思うと不安で仕方がない。

 

「取り敢えずは、な

 今日は引き上げるぞ。向こうもこれ以上は戦う気は無いだろう」

 

 シロウは体勢を直した向こう側を一瞥してから身を翻して、ビルの上に飛び上がって行った。

 私とアルフはその後を付いていく。目に映るのはシロウの背中。高くて、大きくて、逞しい後ろ姿。

 でも、それを見て私は少し悲しくなった。今日の『ジュエルシード』の封印はシロウが居たから出来たこと。

 今日、私たちの中で一番戦果を出したのは間違いなくシロウだ。『ジュエルシード』によって産み出された思念体を一人で相手をしていたし、『ジュエルシード』の魔力を打ち払って、私が安全に封印が出来るようにまで手を回してくれた。

 

 

 シロウは自分を頼ってくれていいって言ったけど……今日のことで、私は沈痛な気持ちでいっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





ジュエルシードの思念体についてはTV版などでなのは初陣の際にユーノから言われてたことです。士郎にジュエルシードの危険性をより感じ取ってもらうために、このようにしました。
TV版で言ったから後半パートに突入したわけですが、年末中に無印編が終わればいいなーと思っています。(望み薄)
しかし、ここでFGOのイベントが……魔術王に、マーリン。まぁ、完全にはストップしないで少しずつ書いていきますが。
大間かなイベント情報は出てますが、詳細がまだ出ていないのでねぇ……
あぁ、世界からの修正力が発生しない固有時制御でもないかなぁ……


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12話 迷える者たち

今回はTV版7話の後半ちょい辺りまでです。クロノの初介入って7話の本当に最後の方でしたからね……彼の出番は次回です。

FGOの方は待望の魔術王イベント。うん、皆さん早すぎ! 昨日はバルバトスが朝起きたらもう居ないのに「えっ?」ってなりましたよ。
え? ガチャ? イシュタル凛、エルキドゥに続いて引けませんでしたよ(涙)


では、どうぞ!


今夜の『ジュエルシード』の封印を終えた私たちは、アルフが用意してくれたマンションに戻っていた。

 私とアルフはそのリビングで、ソファー近くに在るテーブルの上に救急箱を広げてシロウの手当てをしていた。

 

 

 シロウは普段着に着替えから袖を捲り上げて、右腕を露出させて手当てを受けている。ジュエルシードの魔力を打ち払う時に紅い槍を握っていた右手――――前腕には鋭利な刃物で斬りつけられたような裂傷を負っていた。

 これは吹き荒れていた『ジュエルシード』の魔力によって負わされたもの。

 

 

 消毒用アルコールをガーゼに含ませる。リビングに清潔感を感じさせる匂いが漂う。ガーゼをシロウの傷口に優しく当てる。

 

「大丈夫? 染みない?」

 

「ああ、大丈夫だ。

 手当てを始める前にも言ったけど、これぐらいの手当ては俺一人で出来るぞ。別にフェイトたちがやる必要は――――」

 

 その先が言われる前に、私が言葉で制した。

 

「これぐらいやらせてよ。せめて、手当てぐらいは――――」

 

 沈んだ私の声を聞いたシロウは黙って手当てを受ける。

 その表情は浮かないような感じだったけど、そんなことを感じる必要はシロウには無い。

 

「アルフ、布と包帯を取って」

 

「これかい?」

 

 アルフから手渡された布と包帯を受け取る。

 まず傷口の上に布で覆って、その上から包帯を巻き付けていく。最後に包帯止めで擦れないように止める。

 

「どう? 緩かったりしない?」

 

「ああ、しっかり手当てが出来てる。ありがとう、フェイト、アルフ」

 

 その言葉に私は安堵の息を漏らした。

 続いてアルフが具合を心配する声で話し掛ける。

 

「本当に大丈夫かい? シロウもシロウで自分のことに気を回しなよ」

 

「これぐらいは大したことない。それに十分気を回してるぞ。だからこれぐらいの軽傷で済んだんだ」

 

 これ以上この話をしても、同じことの繰り返しだと思った私は話を変える。

 

「明日は母さんに報告に戻る日だよ。シロウは母さんと話したいことがあるんだよね?」

 

「色々とな。少なくとも『ジュエルシード』の探す理由とその正体は訊くつもりだ」

 

「教えて……くれるかなぁ……? あたしはあの人がそんなことを話すとは思えないよ……」

 

 訝しそうな顔を作り、人差し指の指先で自分の頬を掻くアルフ。

 

「フェイトたちは一度でも理由を訊いたのか?」

 

「いや、訊いちゃあいないよ。そもそも、訊いたところで教えてくれないさ。フェイトに対して――――」

 

「アルフ」

 

 私は鋭い声をアルフに向けて飛した。

 それに反応したアルフは重い顔になって言おうとしたことを止めて、誤魔化すように口を開き直す。

 

「ま、まぁ、シロウが訊いたら教えてくれるかもね」

 

「明日か……」

 

 もう夜で私たちが母さんの所に戻るまで、あと24時間を切っている。普段なら時間の流れを早く感じるけど、シロウはそうとは言えない感じを醸し出していた。

 

「まー、明日は大丈夫さ! この短期間で『ジュエルシード』を5つゲットしたんだし!」

 

 

「そうだね、シロウの協力も有ってだけど……」

 

「5つか……なのはが今、何個持っているか分からないけど、それも含めて考えるとあと16つ在るんだよな」

 

 成果を耳にしたシロウは即座に現状を再確認するように上を見上げる。

 でも、「今夜はこれ以上の捜索は出来ない」と言って――――

 

「取り敢えず、明日はプレシアに会いに行って訊きたいことを訊く。『ジュエルシード』のことは……またそれから考えるさ。

 今日はもう休もう。軽い食事を作っておくから、二人は先に風呂に入って疲れを取ってくれ」

 

「わかったよ。フェイト、行こ」

 

「……うん。そうだね」

 

 アルフに連れられる形で、私はお風呂へ向かった。

 でも……暖かいシャワーを浴びても、湯船に浸かっても、まだどこか冷たいままでいた。

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 風呂から戻って来た二人に俺の作った軽食を取ってもらい、明日の予定を確認し合ってから就寝のためそれぞれ部屋に向かった。

 予想より時間が遅くってしまったことを気にしたフェイトの提案で今日はここに泊まることにした。最初はリビングのソファーで寝ようと考えたのだが、余っている部屋が有ると言われたのでそこを使わせてもらった。

 

 

 アルフはフェイトと一緒の部屋だ。「使い魔足る者、主人とは出来る限り一緒に居るもんだよ」と、言っていた。全くもって彼女の言う通りなんだろう。

 俺は使い魔と契約したことがないから実感が湧かないけど、大切なパートナーとは誰もが一緒に居たいと思うのは理解できる。

 

 

 フェイトたちの前ではまた考えると言った俺だったが、借りた部屋で一人になって、今日のことを思い返していた。

 

(『ジュエルシード』――――『ロストロギア』の一種で願いを叶える願望機。あの膨大な魔力放出に思念体の発生。明らかに常軌を逸した物だ。いや、そもそもロストロギア自体がそうか。でも、何が引っ掛かるんだ? 先の出来事以降、『ジュエルシード』のことを考えると――――)

 

 俺の中で違和感としか言えない感覚が渦巻いていた。それは未知の物に対して抱くものでもあり、自身の“中“がざわめくようなものだった。

『ジュエルシード』の暴走を目にした以上は危険性をその心に刻むには十分過ぎるものだ。

 加えて、俺には自分にも理解が出来ていない違和感が引っ掛かり続けている。

 

(この正体をプレシアは知っているのか? いや、知っているんだろうな。科学者だし、自身の求める物のことを知らないでいるようなプレシアじゃない)

 

 結局、違和感の解答を得られないまま俺はベッドに身を入れた。

 自然と目蓋が落ちて意識が遠退いていった。

 

 

 

━━━━━━翌日

 

 時刻は午前5時過ぎ。

 まだ夜の暗さが残る中、既に起床していた俺は、マンションの屋上で二対の木刀を振っていた。

 右足を前に出し、左手に握っている木刀を右から左に薙ぎ払う。その直後に今度は左足を前に出して地面を強く踏みつけて、右手に握っている木刀を下から上に振り上げる。

 

 

(若干の痛みは残ってるけど、問題は無いな)

 

 俺は朝の稽古を通して、傷の具合を確認した。痛みはするけど日常生活、戦闘面ともに支障なし。

 

(フェイトたちが起きる前には部屋に戻らないとな。朝食の用意をしないといけないし……あ、プレシアへのお土産にケーキを買いに行くだったか)

 

 

今日の予定を確認した俺は再び木刀を振るっていった――――

 

 

 

 

 フェイトたちが起きてくる時間には朝食を並べて置くため、俺は朝食の準備を始めていた。今日のメニューはトーストにイチゴジャム。ベーコンエッグ。コーンスープと朝食にはよくある献立だ。

 間もなく朝食の支度が完了する時にフェイトとアルフがリビングに入って来た。

 

「おはよう、シロウ」

 

 普段着を着てシャキッと目が覚めているフェイトに対して、アルフはまだ意識がぼんやりしているようだ。少しだが足元が覚束無いでいる。

 

「おはよう、フェイト、アルフ。朝食の用意は出来てるぞ」

 

 二人が椅子に座るのを見届けてから、俺も二人に向かい合うように座る。

 朝食の匂いを嗅ぎ付けたのか、アルフの目がパッチリと開かれる。

 流石は狼……食べ物に対しては敏感だな、と内心で納得の声を上げていた。

 

「「「いただきます」」」

 

 二人がそれぞれ料理を口に運び、咀嚼する。すると二人の口元が綻ばせる。

 その様子を見た俺は二人の口に合ったことを確認してからコーンスープを口に運ぶ。温かさが全身に染み渡り、一日の始まりを告げる。

 

「フェイト、プレシアの所に行く前に駅前のカフェに寄ってケーキを買いに行くだよな?」

 

「うん、前にアルフが買ってきてくれたケーキが美味しかった……母さんにも食べさせてあげたいなって」

 

 俺の問いにスープに口を付けていたフェイトが答える。

 

「にしても意外だったよ。アルフがケーキを買って来てたことが」

 

「ほら、甘いものは疲労の回復に良いって言うからさ。フェイトには丁度いいかなって思ってね」

 

 その後も予定を確認しながら朝食を取っていった。

 食事を終えた俺たちは食器を片付けてから身支度をして、まずはプレシアへのお土産を買うために駅前のカフェへ。

 そこでアルフがフェイトに買ってきた物と同じショートケーキを1つと俺の提案で紅茶の茶葉をプレシアのお土産に購入。研究に没頭しているであろうプレシアには紅茶がいいだろうと思い、フェイトに薦めた。

 

 

『翠屋』で買うことも考えたが、なのはに知られる恐れがあったのでそれは無し。俺一人で買いに行くなら出来たが、フェイトが自分で見て選びたいと言ったので駅前のカフェにした。

 

 

 そして、買い物を終えた俺たちはフェイトのマンションの屋上に居た。これからフェイトの転移魔法でプレシアの元に向かうところだ。

 

「甘いお菓子か……そーゆーのあのヒトは喜ぶかなぁ……」

 

「解らないけど、こういうのは気持ちだから」

 

「うーん……」と、唸りながらお土産の入った箱を見つめるアルフ。

 

「じゃあ、行こうか。……次元転移、目標地点――――時の庭園……開け誘いの扉……テスタロッサの主のもとへ……!」

 

 フェイトから紡がれた言葉に答えるように、円状の魔法陣が展開されて、俺たちを囲い込む。

 発生した光に包まれ、次に辺りを見回した時には周囲の風景が全く別のものに変わっていた。

 

 

 そこは“世界“ではなく、“世界“と“世界“の狭間にある次元空間。太陽の光は無く、暗い雰囲気が漂う場所だ。その中にプレシアが居る『時の庭園』が存在した。それは、かつては緑豊かなミッドチルダ南部にある――――『アルトセイム』に停泊していた時とは明らかに違った。

 

 

 昔は周囲の緑に溶け込むように、外壁は緑に覆われて美しい外観をしていたが、今は真逆だ。次元空間に佇む『時の庭園』の外壁から緑は取り払われ、元々の黒い壁を露出されている。

 加えて、次元空間中では稲妻が走っている。一言で表すなら、“魔王の住まう城“とするのが一番かもしれない。黒い要塞と化した『時の庭園』はそれを感じさせるだけの威容を持ち、邪悪さを醸し出していた。

 

 

 その外周部に転移した俺たちはプレシアの元に足を進めて行った。

 数分歩いた後に、プレシアの居る部屋の前の扉に辿り着いた。

 そこでアルフは口を開く。

 

「あたしはここまでだよ……」

 

 何かに怯えるような沈んだ声が響く。

 そのまま俺とフェイトから遠ざかって行こうとするアルフに、声を掛ける。

 

「うん? 報告ならアルフも一緒に行った方がいいんじゃないのか?」

 

「……ほら、親子が話す所にあたしが居るのはさぁ……」

 

 お茶を濁すような言い様に引っ掛かった俺は詳しく訊こうとしたが、アルフはそそくさと去ってしまった。

 その様子が腑に落ちないまま、俺はフェイトに視線を合わせた。

 

「開けるよ、シロウ」

 

 その言葉と共に扉が開かれた。

 開かれた扉の先は“玉座の間“。ホールのようなその場所の奥には玉座が在り、プレシアは大仰に腰掛けながら肘掛け肘を掛け、頬杖をついていた。

 

「どうして貴方が……転移してきた反応が一つ多いから何事かと思ったわよ――――シロウ」

 

 俺が来ることを知らなかったプレシアから驚きの声が漏れた。それは有り得ない物を見るような目だった。

 

「ここに来たのはプレシア……アンタと話しがしたかったからだ。俺は体を休めるため地球に戻っていたんだ。

『ジュエルシード』がばらまかれたのは俺が住んでいる街で……違和感を感じた場所に向かったら『ジュエルシード』が在って、そこでフェイトと再会した。

 今は、フェイトたちと一緒に『ジュエルシード』の回収をしている」

 

 俺が来た理由、今はフェイトたちと一緒に『ジュエルシード』を集めていると聞いたプレシアの顔が歪む。

 が、フェイトを視界に納めた瞬間にそれは消えた。

 

「フェイト、『ジュエルシード』の回収はどうなっているの?」

 

「今は5つです」

 

 フェイトの手から5つの『ジュエルシード』がプレシアの周囲へとゆっくりと飛ん行き漂った。

 

「確かに『ジュエルシード』ね……間違いないわ」

 

 値踏みをする眼差しでプレシアは『ジュエルシード』を眺める。それから再び俺に視線を向けてきた。

 

「この5個の回収には貴方も協力したの?」

 

「いや、俺は協力と言えるほどのことはしてない。『ジュエルシード』の封印なんて俺には出来ないし……それらは全て、フェイトが封印した物だ」

 

 俺の言葉に「違う、それはシロウの協力も有って――――」と、言いそうなフェイトに一瞬目を合わせて、口に出されるのを制した。

 

「プレシア、それがアンタの求めている物なら――――その正体を知っているはずだ。

 だから、教えてくれ。集める理由と『ジュエルシード』の正体を」

 

「…………」

 

「プレシア――――」

 

「あ、貴方が知る必要はないわッ!!」

 

 沈黙するプレシアに再度問い掛けると、彼女は玉座から立ち上がる勢いで腕を振り切り、教えることはないと言い切った。

 

「ある。俺は『ジュエルシード』を見て、持ち主の願い叶えるだけの願望機とはどうしても思えない。あの膨大な魔力放出だけならまだ納得が出来る。でも、思念体の発生や空間の歪みとも言えるあれらは明らかに異質だ。

 この先の『ジュエルシード』の回収のためにも、その正体を知ることは重要なんだ」

 

 淡々と語る俺の言葉を聞いたプレシアは苦虫を噛み潰したような顔になった。俺には余程知られたくないのか、苛立ち染みた声でこう言ってきた。

 

「貴方が何を言おうと……理由も正体も教えるつもりはないわ」

「プレシア――――」

 

 会話が出来ない。俺はここで『ジュエルシード』の正体を訊いた上で、今後のことを決めるつもりだった。

 もしその危険がフェイトやなのは……穏やかな生活を営んでいる人々に降りかかるならば、俺は何としてもそうなる前に事態を収めなけれならない。

 

「ところでフェイト、その手にしている物は何かしら?」

 

 プレシアは俺から逃げるように視線をフェイトの持っているお土産の入った箱に向ける。

 

「あの……母さんに……お土産を――――」

 

俺とプレシアのやり取りを聞いてか、フェイトは少しおどおどした声で言った。

 それを聞いたプレシアの目は大きく開かれた。それには明らかな苛立ちが映っていた。

 

「フェイト……私は『ジュエルシード』の21個全てを集めてと言ったはずよね?

 なのに、持って来たのは5個……よくもこんな成果でのうのうとして……お土産ですって!? そんな暇が有るなら言われたことをちゃんとおやりなさい!」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 怒声を浴びせられたフェイトは身を萎縮させて謝る。

 その光景を見た俺はプレシアに食って掛かった。

 

「そんな言い方はないだろう! フェイトはアンタに喜んで欲しくて買ってきたんだ!

 それに、捜索の困難な『ジュエルシード』をこの短期間で全て集めて来いなんて無茶が過ぎる。捜索範囲だって狭くはないし、『ジュエルシード』の個数に対して捜索人数が足りないのはプレシアだって理解できているはずだ!」

 

 プレシアの無茶な要求――――いや、フェイトの母親を想う気持ちが踏みつけられたことに俺は頭が熱くなって、激昂が言葉に溢れていた。

 しかし、プレシアは俺の言葉に耳を傾けていない。

 

「シロウ、貴方は帰りなさい。私は悪い子にお仕置きをするわ。

 フェイトは大魔導師プレシア・テスタロッサの娘……この成果はあまりにも酷いわ」

 

 そう言うとプレシアの手元に鞭が出現する。

 お仕置き――――その単語を聞いた俺は理解が出来なかった。

 頑張っている娘にお仕置き?

 母親を想っている娘にお仕置き?

 何より、なんで……アンタがそんなことをする?

 

 

 俺はフェイトを俺の背中に隠すように一歩前に出て、反論した。

 

「そんなことをする必要なんてないだろう。それに、それで『ジュエルシード』が集まる訳でもないんだぞ。ここでフェイトがお仕置きを受ける理由も無ければ、受ける意味も――――」

 

「シロウ、気にしないで。いつものこ――――」

 

「あっ」と漏らしてフェイトは両手で自身の口を押さえた。

 その言葉から理解が出来た。プレシアの話になるといつも表情をしかめるアルフ。あれはプレシアからフェイトが受けている仕打ちを知っていたからだと。

 

 

 つまり、フェイトは以前からプレシアのお仕置きを受けている。『ジュエルシード』を集めより前――――フェイトとの模擬戦で感じたことを考えると、プレシアのおつかいの時などでされていたと思考がまとまった。

 

「おい。どういうことだ……プレシア……」

 

 冷たくなっていく。プレシアがフェイトにしてきたこと――――これから行おうしたことを理解した俺の感情は熱を失っていく。

 

「どういうことだ! プレシア!」

 

 抑えられない激昂が俺の全身を行き渡る。声を荒げ吐き出された言葉には疑念などは含まれておらず、完全に怒りが聞いて取れるものだ。

 プレシアからの説明はない。いや、口すら開かれていない。

 

「フェイト、帰るぞ」

 

「えっ……でも――――」

 

 戸惑いに満ちたフェイトの声。彼女は恐怖に怯えながらも、甘んじてプレシアからのお仕置きを受けようとしている。それは理不尽なことだ、認める訳にはいかない。それ以前に誰かが傷つけら(・・・・・・・)れる(・・)ことなど見過ごせない。

 

「頑張っているお前がそんな仕打ちを受ける理由なんてどこにもない。もし今回の成果の責任を取れと言われるなら、それは年長者である俺だ」

 

「ッ!? シロウがそんなことをする必要はないよ! だから――――」

 

「そう思うなら帰るぞ。後でアルフも含めて話を聞かせてもらうからな」

 

 扉の方へ向いて、そう言ってフェイトの肩に左手を乗せた瞬間に――――

 厭悪感に満ちた視線を感じた。俺の中で警戒を告げる鐘が鳴り響き、周囲に意識を散布される。

 

 

 まさかと思った時には既に体が動いていた。左手でフェイトを突き飛ばすような形で俺から離れさせ、左足を軸に時計回りに体を玉座の方へ反転させる。

 その際に右手には即座に投影した莫耶を握っていて、俺に向かってきた雷を切り払った。

 この時、俺を襲ったのは雷だ。金属である剣を伝って電撃が俺を貫く。

 

「くっ!」

 

「シロウ!」

 

「主!」

 

 俺の身を案じるフェイトとウィンディアの声が聞こえる。

 尻餅をついたフェイトが立ち上がり、近づいて来ようとしたところで「来るなッ!」と言い放ち制する。

 俺は何とか踏みとどまり、意識を保つことが出来た。電撃が直接体に撃ち込まれていたら、俺の意識は刈り取られていただろう。

 

「どういうつもりだ……プレシア!」

 

 プレシアの眼には憎悪に染まっていて、相手を気圧すには十分な眼力でこちらを睨んでいた。

 対する俺は真意を問い質す力強い眼。莫耶の切っ先はプレシアには向けていない。

 それでも、気は抜いていない。次に攻撃があれば、対となる干将を投影して自衛に徹する。

 

「どうして……貴方は――――」

 

 プレシアから漏れた言葉には眼に映っていた憎悪に反して哀しみ、嘆きといった感情を感じさせる声色だった。

 

「プレシア……アンタは――――」

 

「一体どうしたんだ?」と、言い終わる前に、プレシアは目を閉じて、虫を払うような仕草をした。

 

「いいわ、帰りなさい。でも、次はないわよ」

 

 目を伏せたのを確認してから莫耶を破棄する。

 だが、警戒心は保ったままにして、万が一に備え、頭の中では対雷の逸話がある武器の設計図を準備しておく。

 視線をフェイトの方へ向けて歩き寄って行く。

 

「フェイト」

 

 フェイトは今の出来事を理解仕切れていない。ただ呆然としていて、プレシアが俺に攻撃をしてきたことが間違いだと否定し続けている。

 そんな彼女に俺が肩に手を置くと、ビクッと体を震わせて視線を合わせた。

 

「フェイト、帰るぞ」

 

「…………」

 

 答えは無いが、フェイトは黙って俺の隣を歩く。

 扉をくぐり、廊下に出た所でアルフが近寄ってきた。

 

「フェイト!大丈夫だったかい!また――――」

 

 フェイトの身を案じるアルフだったが、俺が居ることを思い出したのかハッと言葉を止めた。隠し事が明るみになったと分かるとばつの悪そうな表情を浮かる。

 

「アルフ、マンションに戻ったら、お前にも訊きたいことがあるからな」

 

「…………分かったよ」

 

 

 

 

 ――――士郎の剣幕に睨まれたアルフはやむを得ずと言った感じで訊かれたことに答えると約束した。

 その後彼らは『時の庭園』の外周部に移動し、フェイトの転移魔法でフェイトたちの拠点である海鳴町に在るマンション屋上に転移。そこから間借りしている部屋に戻り、リビングのソファーに各々が腰掛けたところで士郎が口を開くのであった――――――

 

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

「さて、フェイトが今までプレシアに何をされてきたのか。聞かせてもらう」

 

 冷たく、聞いたことのない士郎の声に、フェイトとアルフはたじろぐ。隠し事を知られ、彼が詰問してくることを覚悟はしていた。しかし、普段と異なっている声色を聞くと、その冷たさを素直には受け入れられずにいる。彼女たちの前に居たのは、お馴染みの優しさとは程遠い、心火を宿した少年であった。

 

 

 士郎も他人事のようにそれを感じていた。こんな声を自分は出せたのか。勿論、彼にも怒りを覚えたことはあり、そこには滾るモノが存在した。

 だが、今回は反対だ。在るのは冷たい火。フェイトの母親であるプレシアが、娘に対してやってきたことへの悲憤。

 

 

「フェイトの最終課題が終わって、リニスが遺したバルディッシュの扱いにフェイトが慣れ終わった頃から、あたしたちはあの女の使いに行くようになったんだ」

 

 口を詰むんでいた二人だったが、先にアルフが口を開いた。

 思い出すのが腹立たしいのか、深く溜め息を吐いてから言葉を続ける。

 

「ある時は実験の材料、ある時は書物や文献。言われるがままにあたしたちは色々な所に行って集めたよ。

 でもあいつは自分で言った物なのに、自分の求めてる物じゃないってフェイトを傷だらけにしたんだ!」

 

 溜まっていた感情が吐き出される連れて、荒々しくなっていく。頑張っているフェイトが痛い目に合うのはおかしい、理不尽だと嘆く。

 

「本当なんだな、フェイト」

 

 士郎の確認に、フェイトはコクりと頷く。

 

「プレシアはなんでそんなことを……フェイトにするんだ……」

 

 気付いた時、真っ先に怒りが士郎を刺したが、今は疑問が出る。彼は昔のプレシアを知っている。暖かくて、優しい笑顔が似合うアリシアの母親だ。仕事で娘とあまり同じ時間を過ごせないことが心苦しくて、少しでも一緒に居ることを望み、何よりも大切にしていたプレシアのあの変わりように理解が出来なかった。

 フェイトと言う娘を迎えたのに、彼女は自身の手で娘を傷つけている。それは想像が出来ないと同時に、納得が出来ないことだ。

 

「フェイト、お仕置きって言うのは鞭で打たれることだよな? 服を脱げ、具合を見る」

 

「えっ? だ、大丈夫だよ。痛くないし……」

 

「フェイト」

 

 顔が赤くなりながら傷を見られることを避けようとする。異性にそのようなことを言われては戸惑いもするだろう。

 しかし、傷の確認の方が優先だ。だから、士郎は真っ直ぐとフェイトの目を見て、口にした。

 

「……後ろ向いてて」

 

「あ、あぁ……」

 

 士郎は言われた通り、フェイトの方に背を向ける。

 流石に服を脱ぐところを見る訳にはいかない。あくまでも傷の確認だ。

 

「いいよ。その……背中の傷で分かると思う」

 

 そう言われた彼は再び体をフェイトの方へ向ける。

 そして、目に映ったのは――――傷だらけの背中だ。獣の爪に引っ掛かれたような裂傷が刻まれていた。予想が出来ていたことだが、あまりにも酷い仕打ちだ。

 

「アルフ、治療は?」

 

「薬とかは使ってるよ。魔法で治療が出来ればよかったんだけど、あたしたちは治療系統の魔法はあまりねぇ……」

 

 残念ながら、士郎には治療出来るような術を持っていない。回復魔法は皆無だし、彼に投影が出来る物にはそんな便利な物は無い。

 

 士郎は服を着てくれと伝え、再びフェイトに背を向ける。

 フェイトが衣服を整え終えたところで、会話が再会する。

 

「傷の具合は分かった。ごめんな、いきなり服を脱げだなんて言って」

 

「シロウは心配してくれてただけだから……気にしないで大丈夫だよ」

 

 フェイトは士郎の方へ向き直して答えた。

 彼の声色がいつものように優しくなったのを感じて、普段と同じように言葉を交わす。

 

「……次のジュエルシードの回収へ出掛ける時に呼んでくれ。俺は昨日借りた部屋に居るから」

 

 そう言い残して、士郎は部屋に向かって足を進める。足取りは気丈であるが、背中は心憂くしていた。

 彼はリビングを出て、部屋に入る。一人になり、ドアに寄りかかったところで、パートナーから声を掛けられた。

 

「主、大丈夫ですか? 体もですが……精神面でも……」

 

「大丈夫だ」

 

 重んじた声に、士郎は短く返した。

 それを聞いた彼のパートナーに不安が過る。自身の主は人一倍――――いや、誰よりも他者の苦しみに心を揺らし、助けようとせずにはいられない少年であることを理解していた。それは、人ではない感受性に由来することであったかもしれない。士郎を知っている人であっても、その一面を目にしたら、言葉すら掛けられないでいたかもしれない。

 そのことを気に留めない士郎は、どうするべきかを考える。

 

(フェイトの身を案じるなら、今のプレシアの側に居させるのは良くない。この先エスカレートするかもと考えると尚更だ。でも、それを考えると母娘を引き離すことになる。そんなことはフェイトが望む訳が無いし、プレシアは二人目の娘を失うことになる。

 それにプレシアの変わりようだ。冷静に考えると彼女も何かに苦しんでいるように感じる。『アルトセイム』でもひたすら研究に没頭していて会話だって満足に出来なかった。あれが苦しみから脱するために何かを追い求めているものなら、俺のやるべきことは――――)

 

 迷いが渦巻く。フェイトの身の安全を確保するならば、プレシアから引き離すのが確実だ。

 しかし、それは出来ないと否定する。母親から娘を引き離す手段を取る訳にはいかない。だからと言って、このままでは目の前の誰かが傷つく(・・・・・・・・・・)ということが続く。それは彼には容認出来ないことだ。

 なら、プレシアを排除するのか。元凶である人物を除けば改善はするだろう。だが、それは目の前で苦しんでいるかもしれない人(・・・・・・・・・・・・・・・・・)を見捨てるということになる。士郎にとっては、どちらも助けたい対象なのだ。

 

 

 これらに加えて、『ジュエルシード』の問題も士郎は抱えている。結局、プレシアから訊きたいことの回答が得られなかった以上、これまでより慎重にことを進める他にない。

 『ジュエルシード』の一件の中で多くの疑義、迷いを抱えて彼は進む。

 どちらも救う――――それは天秤の傾きを無視してことを成す計り手のようなことだ。そのままではいつか瓦解することは誰もが理解できることだろう。違う皿に乗っている物とは、そう言う物なのだから――――――

 

 

 

 

 

 

 士郎が居なくなったリビングには重苦しい空気に占められていた。理由は言うまでもなく、フェイトたちが隠していたことが彼に知られてしまったからだ。

 

 (シロウに知られちゃった……私たちがシロウに隠していたことを。シロウが知ってしまったら、ああなっちゃうって分かってたのに……)

 

 

 フェイトは士郎と母親であるプレシアが争うところを見たくなかった。だからこそ、彼女は黙り続けた。自分に打たれる痛みなら我慢をすればいい。そうすれば、少なくとも二人が争うことはないと。しかし、フェイトが黙っていてもそれは起こってしまった。

 

 

 プレシアが士郎に雷撃を放ったことに気付いたとき、フェイトの頭の中は真っ白になった。一番見たくなかったことが現実になってしまった。一瞬の出来事であったが、彼女に与えた衝撃はまだ残っている。

 けれども、一番に彼女を占めているのは自責の念である。自分の大好きな母親と自分に優しくしてくれる彼がいがみ合うのを止めようと体を動かしたが、士郎の鋭い声を聞いたフェイトは動けなかった。

 

 

 ――――“ジュエルシード集めも満足に出来ず、母さんを失望させてしまった自分を責めた”。

 ――――“シロウに頼りすぎている自分に責めた”。

 ――――“何より、あの場所で何も出来なかった情けない自分を責めた”。

 

 

 フェイトに影が刺しているのを察したアルフが、重々しい口調でありながらも声を掛ける。

 

「フェイト、大丈夫かい?」

 

「……うん、私はね。でもシロウが――――」

 

 相棒の声を聞いたフェイトは一度、意識を外へ向ける。

 彼女は今日のお仕置きを受けなかった代わりに、士郎とプレシアがぶつかったことを伝えた。

 

「あたしはフェイトが無事ならいいんだ。それにしても、シロウがあの女のお仕置きを止めさせるなんてね。誰の言葉にも聞く耳を持たないと思っていたんだけど……シロウのことは少しは聞くのか……」

 

 腕を組んで唸るアルフ。

 そして、不振がるように言葉を続ける。

 

「シロウには悪いと思った上で言うよ。あたしは今、シロウが怖い。普段と一変した雰囲気に、あの女を止めることが出来ること――――昨日の『ジュエルシード』を封印する時に使った紅い槍の力。分からなくなったんだ……シロウのことが」

 

「シロウはシロウだよ。優しくて、私たちを心配してくれる。いつもと雰囲気が変わったのも、私のことを思って怒ったからだし。

 紅い槍はシロウの転送で手にしたものだから。『ジュエルシード』の魔力を打ち払ったのは私も驚いたけど、きっとそう言った武器もシロウは持ってるんだよ」

 

 (アルフの気持ちも分かる。いつも違うシロウを見て私も少し怖かった。でも、それは私のことを心配してくれたから。母さんのやり方に怒ったからだと分かってる。

 それに、シロウの能力はレアスキルが主体で、いつも使っている武器もそれで取り出している。どんな物を持っているかまでは知らないけど関係無い。シロウは私たちを守るために武器を振るってくれたんだから)

 

「まぁ、シロウがフェイトの味方をしてくれているならいいんだけど……」

 

「そろそろ行こうか。『ジュエルシード』を早く集めれば、母さんとシロウがちゃんと話が出来るかもしれないし」

 

 まだ不安が残っている声色でアルフは呟いた。

 それを耳にしたフェイトはバリアジャケットを纏う。“明るさ”を取り戻すためにも、捜索へ出発することをアルフヘ伝える。

 

「シロウを呼んでくるね。アルフは先に玄関で待ってて」

 

 フェイトは士郎を呼ぶために彼の居る部屋に向かった。一人リビングに残されたアルフは――――

 

「シロウ――――アンタは最後まで、フェイトの味方でいてくれるんだよね?」

 

 漏れた呟きは懇願だった。

 使い魔として、自分の主であるフェイトを護ることは彼女の中では何より大切なことだ。

 それが分かっていても、たった今の出来事は、彼女の心を揺さぶった。

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 士郎とフェイトが立ち去った“玉座の間“に在る玉座に腰掛けていたプレシアは、先のことを思い返していた。

 

(シロウ……なぜ貴方は……)

 

 彼女の中で様々な感情が錯綜する。義息子(むすこ)に等しい少年とのアルトセイム以来の再会に喜ぶ感情。それを悲しむ感情。

 彼が『ジュエルシード』に関わったことは偶然でしかない。プレシアは士郎の故郷が地球だとは知っていたが、まさかこの時期に戻っていたとは一欠片も考えていなかった。そのことが彼女の心を痛め付ける。また彼は厄介事に巻き込まれたのだ。しかも今回は他でもない彼女自身のことに。

 

(貴方には穏やかな日々を過ごして欲しいのよ……それに私はあの“幸せ“を取り戻したい。そのために今までをやって来たの……)

 

 理不尽に奪われた“幸せ“を取り戻すのがプレシアの夢。そのためには自身の心を凍てつかせ、麻痺させて、己の全てを賭けて今日までやってきた。そうでもしなければ、絶望の淵に沈んでしまうから。

 しかし、士郎との再会がまたしてもプレシアの心を揺らす。もしこの夢を知ったら彼は喜ぶのか? いや、喜ぶに決まっていると自分に言い聞かせる。

 

「そうよ……そうでないといけないのよ……」

 

 そして今度は憎悪。プレシアには士郎へ憎悪を向ける理由はどこにもない。にも関わらず、ある一点がそれを向けさせた。彼女が士郎へ向けて雷撃を放ったのはそのため。

 

(シロウ……なぜ貴方はあの忌まわしい子の側に居るの? 貴方はアリシアのお兄ちゃんでしょ?)

 

 プレシアは士郎が“あんな子“に掛ける感情を認める訳にはいかなかった。優しいあの暖かさは決して“あんな子“に向けられていいものではない。あれはアリシアに向けられてべきもの。

 胸で憎悪が黒く煮え立たせていたプレシアは咳き込こみ、手で口を押さえる。手を遠ざけ、視界に手の平を収める。そこに付いていたのは赤い液体――――血。

 

(F.A.T.Eプロジェクトで扱った薬品が私の呼吸器を冒している。苦しい……私の命はもって後2年……もう時間が無い……)

 

 プレシアが焦る理由――――それは残された短い時間。自身の体力と魔力が日に日に失われていく恐怖が、夢への道が閉ざされるかもという不安と絶望が彼女を蝕む。普通でいたら、これらに加えて本当に(・・・)罪意識や後悔などの負の感情に狂ってしまっていただろう。

 何と引き替えにしても取り戻したいものがある。そのために今は――――――

 

「いつも辛い思いをさせてしまって……こんなお母さんを許してね……アリシア」

 

 

 

 

 ――――愛娘の姿を思い浮かべ「あと少し待ってね」と、慈しみに満ちた声を出すプレシア。

 彼女は止まらない。いや、止まれないのだ。ここで止まってしまったら、ここまで賭けてきた物全てが無駄になってしまう。20年以上も待たせている娘。自身の全て。人形を娘扱いする(・・・・・・・・)日々。

 そして、真っ直ぐな眼をした少年に自身の裡を告げないことの後ろめたさを感じて過ごす毎日。これまでやってきたことを無にすることはあってはならないと。

 失われた“幸せ“を渇望する彼女は未だに突き進み続ける――――――




フェイトたちの生活が原作より改善されているのは士郎のお陰です。彼が居たら生活関係は安泰ですからね。Fateの方でも切嗣が家事出来ない中、一人で全部やってた訳ですしねぇ……あ、そこに虎の世話も追加で。
フェイトのお仕置きは今回は無しです。士郎が居たらそんなことさせる訳がありませんし。
プレシアはリニスが居たころに「今ならまだ引き返せます」と言われた際も、それを必死に否定していましたね。この辺りは漫画版The1stでも詳しい描かれていました。
やっぱり、漫画版The1stは細かいところまで描かれていてよかったですね。A’S編もやってくれないかなと未だに思ってます…………


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13話 【魔術師】VS【魔導師】会話リメイク版

感想の方でクロノと士郎の会話は違うのではないか?と言うご指摘を頂き、自分も思うところが有ったので、会話のシーンを書き直しました。戦闘シーンは変わりません。このような事態を招いてしまい、申し訳ありませんm(_ _)m

*****ここからは前と同じ前書き*****

やっとクロノの出番ですね。リンディ艦長とエイミィの出番は次回です。

戦闘シーンはUBW√、柳洞寺でのアーチャーVSキャスターをイメージしました。Vita版のOPにもなっていたり、自分の好きな戦闘の一つです。もちろん、基本的Fateシリーズの戦闘シーンは好きです。

FGOの方は━━━━うん、サントラ購入確定。プレイされた方は分かるんじゃないかなと思います。ストーリーも素晴らしかったです。グッと来ました。今年はFGOアニメ。来年はExtraアニメ、劇場版HF、プリヤが有りますね。Fateは止まることを知らないですね、嬉しい限りです。加えて、なのはもReflectionが有りますね。早くも楽しみがいっぱいだ。(既に後、一週を切っている……)

前書きが長くなりましたが━━━では、どうぞ!


今日の学校を終えた私は、海鳴臨海公園に居た。家に帰る途中でジュエルシードが発動するのを感じ取ったから、封印するためにここに来たんだ。

 そこには覚醒した『ジュエルシード』を取り込んで、“動く樹木“に変貌したものの姿があった。

 

「封時結界、展開!」

 

 ユーノ君が結界を敷いて、周囲の安全を確保する。

 私も続いて準備しなきゃ。

 

「レイジングハート。治ったばかりだけど、また一緒に頑張ってくれる?」

 

「All right,my master!」

 

 私の姿が学校の制服からバリアジャケットに変わる。レイジングハートを“動く樹木“ に向けて戦い始めようとした時に、私の頭上を越えて無数の雷弾が“動く樹木“に降り注いだ。でも、バリアが展開されて攻撃は防がれた。

 

 

 私は誰が攻撃をしたのか、確かめるために後ろへ振り向く。そこにはフェイトちゃんとオレンジ色の狼のアルフさんが立っていた。

 

「バルディッシュ、どう? 調子は大丈夫?」

 

「Recovery complete. No problem.」

 

「にしても、今度のは生意気にバリアまで張るのかい」

 

「うん。今までのより強いね。それに――――」

 

(よかったフェイトちゃんの方も治ったんだ)

 

 ほっと胸を撫で下ろす。大切なパートナーが壊れたら誰だって悲しいもんね。私もレイジングハートのことをすごく心配したし――――

 

「なのは! 前!」

 

 ユーノ君から注意を促す声が聞こえた。視線を“動く樹木“に戻すと、目の前には樹木の根っ子が迫ってた。

 ここで気を緩めたのは失敗だった。急いで空に飛び上がろうとしたけど、間に合ないと思った。直撃されるのを覚悟したけど――――迫り来る根っ子は白と黒の閃光にバラバラに切り裂かれて、私は無傷だった。

 

「全く……戦いの場で気を緩めるとは何事かね? ぼさっとしていないで早く空へ飛んだらどうだ。君はそっちの方が本分なのだろう?」

 

 私を庇ってくれたのはアーチャーさん。また私はこの人に助けられた。

 

「あ、あの――――この前に続いてありがとうございます!」

 

「……礼はいい。それより、君は早く自分のことに集中しろ」

 

 お礼を言って私は空へ飛び上がる。やっぱりアーチャーさんはいい人だ。きっとフェイトちゃんとも話が出来るはず。そのためにも今は集中しないとね!

 

 

 空に飛び上がって下を見ると、アーチャーさんに切り裂かれた根っ子は再生を始めていた。初めて私が『ジュエルシード』の封印した時に見た光景と同じことが起こっていた。

 

「今度は再生ときたか……はぁ、次から次へと――――だが、再生ならばこちらには対抗策がある。投影開始(トレース・オン)

 

 アーチャーさんの両手から白と黒の剣が空気に溶けるように消えて、代わりに黄色の槍が握られる。

 根っ子が今度はアーチャーさんに襲い掛かるけど、槍の一閃が切り裂いた。

 そして、今度は切られた部分が再生されてない。

 

「一体、何者なんだ……この前の『ジュエルシード』の魔力を打ち消した紅い槍に、今度は再生阻害の黄色い槍。あれらも『ロストロギア』なのか?」

 

 ユーノ君が怖いものを見るような小さな声色で言葉を漏らした。でもそれは、フェイトちゃんの声に掻き消された。

 

「“アーク・セイバー”……行くよ、バルディッシュ!」

 

「Arc saber.」

 

 フェイトちゃんから飛ばされた“刃“と黄色の槍を手にしたアーチャーさんが根っ子を切り裂いていく。二つの黄色い軌跡が根っ子を切り裂き、“動く樹木“の注意が二人に引き付けられている。

 

 

 私はその隙を見逃さない。杖先を“動く樹木“に向けて『ディバインバスター』を撃つ準備をする。私の動きに合わせてレイジングハートがシューティングモードに切り替わる。

 

「Shooting mode.」

 

「いくよ、レイジングハート!撃ち抜いて――――ディバイン!」

 

「Buster!」

 

 撃ち出された私の一撃が真っ直ぐに“動く樹木“へ突き進む。でも、それは本体に届く前に、バリアに衝突して拮抗した。

 

「貫け轟雷!」

 

「Thunder smasher!」

 

 続けてフェイトちゃんからも砲撃魔法が撃ち出されるけど、それもバリアに防がれて本体にまで届いていない。上と横。その二方向の攻撃でもバリアを貫けていない。

 

「――――――――――――ッッ!!」

 

「確かに今までのと比べ、強力だな。少しやり過ぎかもしれないが、結界も張られていることだし、爆破さえしなければ大丈夫だろう」

 えっ? 今、爆破って物騒な単語が聞こえたんだけど?

 そう思った時には、アーチャーさんの手にしていた黄色の槍が消えていた。

 

「――――投影(トレース)重装(フラクタル)

 

 今度現れたのは黒い弓と捻れ曲がってる剣(?)。

 アーチャーさんは左手に弓、右手に捻れ曲がってる剣(?)を持っていた。

 流れるような動作で、弓にそれを番えさせて――――

 

I am the bone of my sword.(我が骨子は捻れ狂う)

 

 アーチャーさんの口から紡がれた言葉と一緒に力いっぱい剣(?)が引分けられると、剣(?)は“矢“みたいに細く、鋭く形が変わった。

「――――“偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)“」

 

 解き放たれた“矢“は回りの空気を捻りながらもの凄い勢いで飛び出してバリアにぶつかると、まるで薄い紙に針を通すような感じで簡単に貫通して、幹の右側を抉った。

 

 

 バリアが崩れると私とフェイトちゃんの砲撃も追い討ちのように“動く樹木“に殺到した。二つの光が残っていた本体を呑み込む。

 砲撃が止まると、3つの『ジュエルシード』が樹木から取り出されて、地上付近に静かに漂う。

 

「Sealing mode.Set up!」

 

「Sealing form.Set up!」

 

 私のレイジングハート。

 フェイトのバルディッシュ。

 その両方の形が変化する。

 

「ジュエルシード、シリアル7」

 

「封印!」

 

 順番に言葉を放った。

 辺りが光に包まれる。『ジュエルシード』からの光が小さくなった。これで封印は終わり。

 フェイトちゃんは封印された『ジュエルシード』をその場に残したまま、私と同じ高さまで飛び上がって向かい合う。

 

「『ジュエルシード』には衝撃を与えたらいけないみたいだ」

 

「うん。この夕べみたいになったらレイジングハートも、フェイトちゃんのバルディッシュも可哀想だもんね」

 

 僅かに顔を上げるフェイトちゃん。

 

「……だけど、譲れないから」

 

「Device form.」

 

 バルディッシュを私に向ける。

 昨日の続きになっちゃうみたい……。

 

「私はフェイトちゃんと話をしたいだけなんだけど……」

 

「Device mode.」

 

 私は真っ直ぐにフェイトちゃんを見る。

 そしてまた、夕べのように話し掛ける。

 

「私が勝ったら……ただの甘ったれた子じゃないって分かってもらえたら……私のお話し、聞いてくれる?」

 

 地上ではユーノ君、アルフさん、アーチャーさんが私たちを見上げている。フェイトちゃんが私の言葉に答えるように頷く。

 

 

 ――――視線がぶつかり合う。

 私たちは一気に距離を詰めて、同時にデバイスを振り上げる。

 振り落とされる寸前に、私とフェイトちゃんの間に青い魔法陣が現れる。そこから出て来た人物に、私たちの一撃が受け止めれた。

 

「ストップだ!! ここでの戦闘は危険すぎる。

 僕は『時空管理局執務官』、クロノ・ハラオウンだ。詳しい事情を聞かせてもらおうか」

 

 黒いコートのバリアジャケットを着た私より少し歳上に見える男の子が居た。

 突然のことに私とフェイトちゃんはビックリしてた。だって、私たちの他にも魔法少――――じゃなくて、魔法を使う人が来るなんて!!

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 ひとときの沈黙が訪れた。

 昨日みたいに『ジュエルシード』が暴走状態に陥ることはなく、封印は完了した。木から取り除かれた元凶は中に浮いていた。

 あの激流となった魔力の感触は未だに覚えている。あれが収まらないで吹き荒れて続けたらと思うと、背筋が凍る。だけど、この場ではその心配は杞憂だ。

 俺は安堵の息を吐き、フェイトに引き上げようと声を掛けるために視線を上げる。

 

 

 フェイトはなのはと同じ高さまで上昇していた。二人の距離は6、7メートルぐらいか。

 距離を保ったまま会話を始める二人。俺の耳に彼女たちの会話が聞こえながった。共闘したことへの感謝でも伝えているのかと思った瞬間、二人の会話は終わり、互いにデバイスを構えた。

 その場面を見た俺の内心では疑惧が広がっていた。

 

(ジュエルシード付近で戦う気か? それはまずいだろ)

 

 フェイトへ念話を繋げようと意識を研ぎ澄ます。しかし、俺たちの念話が開通するよりも、二人の動きの方が早かった。猛然と空を蹴り、空気を切り裂きながら直進する。

 振るわれるのは互いの愛機。斧と杖は引き合うように奔る。振り切られて、火花と甲高い音が辺りへ伝わると直感した瞬間、青い魔法陣が現れた。

 

(誰だ? こんな時に転移して来たのは?)

 

 現れた魔法陣は転移関係だろう。以前、フェイトが使っていた物に似ていた。魔法が普及しているミッドチルダの住人なら、それと同系統の魔法を使用することは珍しくはない。だから、注意を向けるのは“誰”が来たかと言うことだ。

 魔法陣から出てきたのは黒いコートを纏った少年。背丈から見て、11~12歳ぐらい。フェイトとなのはよりは年上であるのは間違いないだろう。

 

「ストップだ!! ここでの戦闘は危険すぎる。

 僕は『時空管理局執務官』、クロノ・ハラオウンだ。詳しい事情を聞かせてもらおうか」

 

 その少年は二人の攻撃を受け止めてから、自分の正体を明かした。

 俺は耳を疑った。『時空管理局』の活動範囲は基本的に『管理外世界』だ。ここ……地球は『管理局』からは『第97管理外世界』とされていて、彼らは不干渉を貫く世界。にも関わらず、こうして『管理局』の先兵は来た。

 

(『時空管理局』――――よりによって執務官か……正直良くないな。下手に関わると後々面倒になるし、どうする――――)

 

 俺が現状を認識して、対処を思考する。穏便に事が済むのがベストだ。ここは彼らが治める世界でもないから、過ぎ去ってくれないかと僅かな期待を持つ。

 だが、それは楽観視のし過ぎと切り捨てる。場所的にはグレーだろうけど、目の前に在るのは『ジュエルシード(ロストロギア)』。『管理局』の活動目的の一つに関係するモノではある。

 

 

 停滞する事態の中、再び執務官は口を開く。

 

「先ずは二人とも武器を引くんだ」

 

 言われた通りに、なのはとフェイトは執務官を間に挟んで地上にゆっくりと降りた。

 なのはがその場で立ち尽くす一方で、フェイトは降りて間もなく『ジュエルシード』に飛び掛かった。その思考の切り替えは大したものだ。しかし、この局面では相手を刺激する悪手だった。

 

 

 フェイトの動きを見た執務官は彼女へ向けて杖を翳し、魔力弾を放った。その素早い判断は“執務官”を名乗ることが飾りではないことを示していた。

 

 

 針のような鋭い光がフェイトへ疾駆する。致命傷を避けた正確な射撃。おそらく、さっきの忠告無視に対する牽制だと予想は出来た。しかし、それらはフェイトの右腕を貫き、鮮血を散らすだろう。

 それは……見過ごせない。もう俺には考える余地なんて無かった。

 

 

 俺は“スイッチ”を切り換えた。生成した魔力で足に強化を施して、脚力を爆発的に引き上げる。足裏を地面に叩き付けて、縮地じみた動きでフェイトと魔力弾の間に疾走する。その間に手にしていた弓を破棄して、代わりに一般的な片手剣を投影する。

 右腕を滑らせて、右手に握った剣を薙いだ。鈍い銀の刃が、針の群れを弾き落とした。

 

「――――!? 武器を引けと言った筈だ!」

 

「今のは彼女に非があったことは私も理解できる。君の忠告を無視しての行動だ。やむを得ず攻撃をしたのは仕方がない。

 だが、私も誰が傷付くのを黙って見ている訳にもいかないのでな。別段、君に刃を向けるつもりはない」

 

「分かっているならその武器を仕舞うんだ」

 

 取り敢えず、言われた通りに剣を下げる。“消す”瞬間を見せる訳にはいかないので、背後に回してから消す。

 

「まず、君は何者なんだ? 彼女を庇ったからには君も『管理世界』の住人なんだろう?」

 

「一つ目の『何者か』と言う質問だが、私は訳あって素性を明かせない。不満に思うは解っているが目を瞑ってくれ。

 二つ目の質問だが、私はその『管理世界』とやらの住人ではない。あくまでも私はここの住人だ。彼女を庇ったのは協力体制を敷いているからだ。

『ジュエルシード』と言ったか? あれのせいで私も被害を受けてな。その時に回収に来た彼女と出会い、それから行動を共にしている。自分の住まう地にあのような危険物が在ると知って放置は出来ないだろう?」

 

「確かに危険物が自分の身近に在ったら放置が出来ないのは理解できる。

 でも、本当にそれで君が『管理世界の人間ではない』と言う証明には残念ながらならない。その仮面を外して、名前を明かしてもらいたい」

 

『仮面を外して、名前を明かしてもらいたい』か……

別段、俺は『次元犯罪』を犯した犯罪者でもなければ、『管理局』と敵対する理由も持っていない。ここで素性をばらしても逮捕とはいかない。

 

 

 でも、ここで素性を明かすとなのはに俺のことがばれる。それは正直言って避けたい。地球での暮らしで関わる分には問題ないが、“向こうの事“を知っても彼女のプラスになるとは思えない。『ジュエルシード』の件で既に巻き込まれているのに、更に余計なことを知る必要性はどこにもないからな。

 なのはは本来、普通の小学生。これを壊すことは誰にも許されない。

 

「ああ、君の言う通りだな。私が嘘を吐いていないとは限らないからな。だが、こちらにも理由がある。先も言ったが素性は明かせない」

 

「その理由って言うのは?」

 

「すまないが答えられない。何故ならそれ自体が答えになるからだ」

 

「なら、これだけは教えてくれ。君の目的は何なんだ?」

 

「君の言う『ジュエルシード』の回収。あれによって平穏な日々を暮らしている人々に災いが及ぶのは耐えられん。私にも関係あることだからな」

 

 俺の回答に執務官はどこか安心したようだ。

 周りの緊張感は抜けないが。

 

「君の正体は取り敢えず置いておこう。そっちの君は?」

 

「…………」

 

 今度は俺の背後に居るフェイトに声を掛ける執務官。

 フェイトは黙ったままだ。彼女はここで自分について語らないだろう。"テスタロッサ"の姓は『管理局』などの組織では有名だ。直ぐに足が付く。

 こうなったら仕方がない。ここは俺が泥を被るか。

 

(フェイト、そこの『ジュエルシード』を回収してアルフと一緒に先に引き上げてくれ。

 多分、追跡があるだろうから振り切るようにな)

 

(ア……シロウはどうするの!? もしかして――――)

 

(ああ、俺はコイツの足止めをする。心配するな、俺一人なら逃げるのも容易だ。

 だから、先に二人は引き上げろ)

 

(で、でも――――)

 

(早く行け!)

 

 俺はチラッとフェイトを視界の隅に収めて念話を繋げ、この場を離脱するように伝える。フェイトはどうしたらいいか迷っていたが、俺が半ば強引に言い包める。

 

 

 フェイトは迷いながらも『ジュエルシード』を手に納めた。それを見たアルフが彼女へ近寄って行き、アルフとこの場を離脱しようとする。

 

「待て!!」

 

 執務官はフェイトとアルフに杖を向けるが、再度俺がその間に立ち塞がって射撃の邪魔をする。

 その隙にフェイトはアルフに股がって臨海公園から離脱した。流石は狼、疾風のように去ることは様になってるな。

 

「また抵抗したな……残念だけど、これで君を拘束する理由は出来た。"公務執行妨害“、これだけでもこちらの名分は十分だ」

 

「私は君と刃を交える理由はないのだが……ここで捕まってしまったら『ジュエルシード』の回収が出来なくなる。悪いとは思うが抵抗させてもらう」

 

「『ジュエルシード』の回収は僕らがやる。それを気掛かりに思っているなら、心配しなくていい」

 

「そう言ってもらえるのは素直に喜ぶべきなのだろうな。

 しかし、自身から始めたことを投げ出すのは性に合わない。私は私で『ジュエルシード』の回収をする」

 

 ここでの俺たちの意見は決して交わらない。『執務官』の言うことは理解できる。『法と秩序』を守る。彼もその一人だ。でも、俺にも譲れない物がある。

 

「なら――――」

 

「ああ――――」

 

 空気が一変する。話し合いはここまでだ。これからは互いの“技術“を使った争いだ。例えそれが本心で無くとも……。

 これで俺は“執行官”と対峙することになる。これは遠回しに『管理局』とも向かい合うことを意味する。

 地球(ここ)で彼らの言う“公務執行妨害”が“管理外世界の住人”に適用されるのか、と頭を過ったりしなくもなかったが――――

 

(まあ、些細なことだ。『ジュエルシード』による被害と俺一人。どちらを優先するかなんて考えるまでもない)

 

 俺は腰後ろに手を回して干将・莫耶を投影する。

 執行官も杖を構える。

 闘志が漏れ始める。闘いの幕が降りるまで……あと僅かだ。

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 

 僕は今、“仮面の人物“と向かい合っていた。これから戦闘になる。事情を訊いた上で解決出来ればこの上なかったけど、そうはならなかった。理由は互いにある。それは僕も同感だ。でも、だからと言ってこっちも引き下がれない。

 

 

 協力体制を敷いていると言う金髪の少女と、使い魔と思われるオレンジ色の狼の追跡は『アースラ』の方でやってくれる筈だ。よって、僕が今やるべきは目の前の人物の確保。

 ……にしても、何者なんだ?

 相手の正体を探るために一心に視線を向ける。

 

(赤い外套に、仮面。両手に白と黒の剣が握られていて、左腕には盾を着けているが、どれがデバイスなんだ?

 魔力は感じるけど、【魔法】を使っている様子はない。なら、あれらはこの世界の武具なのか? 判らない。判らないけど僕のやることは変わらない。ここで捕らえて話を聞き出すだけだ)

 

 

 

 緊張感が漂う最中、動きがあった。

 “仮面の人物“は真っ直ぐに僕へ向かって突っ込んで来た。速い! 魔導師でもこの速さはそうそうに居ない。

 加速魔法を使って加速しているのかと疑ったが、魔法の発動を感じ取れなかった。向こうの速さは“奴“自身の筋力ゆえのものか、魔力で肉体を強化をしているかのどちらかだ。

 

 

 防御魔法の『プロテクション』を展開して防御しようと杖を構える。触れた物を弾き返す性質を持った防御バリア。だから、物理攻撃の耐性は高い。

 “奴”は守りを見抜いたのか、寸前で僕の左側を回って背後を取るように軌道を変えた。

 背後を取った“奴“から白と黒の二連撃が僕の背中を襲い掛かる。振り返らず、斜め前に空へ飛び上がって回避した。

 

 

 空に停滞して“奴“の様子を伺う。

 追撃の一つはしてくるかと思ったが、“奴“はただ見上げている。

 

「どうした? 追ってこないのか?」

 

「…………」

 

 反応なし。【魔導師】全員が飛行魔法を使えるわけじゃない。奴もそうなんだろう。

 先の動きには驚かされたが、空に上がれないのなら、今度はこちらに分がある。このアドバンテージを最大に使わせてもらおう。

 

「“スティンガーレイ”!」

 

 杖先を“奴“に突き出すように構えて、そこから無数の高速な“光の弾丸“を発射する。威力はあまり強くない直射型の攻撃魔法だが、その分速さとバリアの貫通性能は折り紙付きだ。対魔導師用としては非常に使い勝手がいい。

 そんな攻撃が“奴“の斜め上から雨のように降り注ぐ。

 

(防御魔法で防ぐならしてみろ。それを貫いて君を襲うぞ!)

 

 僕は“スティンガーレイ”が通ったと思った。この攻撃は迎撃も防御も許さない。無数の降り注ぐ“光の弾丸“を目に捉えることは困難なので迎撃はハードだ。

 加えて、防御を貫通するものだからだ。防御も仕切れないだろう。範囲も広めにして放った。例え数発の“光の弾丸“を避けることは出来ても、避けた先にも攻撃は待っている。

 

 

 それに対して、“奴“は僕の予想を越えた行動をした。降りかかってくる“スティンガーレイ“を“奴“は回避可能の物は避け、その先で体に当たる物は手にした双剣で弾き、打ち落とした(・・・・・・)

 “光の弾丸“と白と黒の二刀がぶつかり合い、ギンギンと音を鳴らす。その度に鉄と鉄が衝突して発生する火花の代わりに、燐光がキラキラと飛び散る。

 

(なんて……デタラメなことを……)

 

 そんな光景を見て僕は唖然とした。あの速さで撃ち込まれた物を目で捉えて、正確に打ち落としたと言うのか!? そんな芸当が出来る人物は普通ではない。僕の警戒心は一気に上がった。

 

 

 今度は連射数、速度を上げて放つ。

 対して“奴“は疾走しながら回避し、当たる物は打ち落とすの繰り返しだ。

 しかし、段々と難しくなってきたのだろう。“奴“は手にしていた双剣を地上に降り注ぐ前の“光の弾丸“の集団を事前に落とすために、空に向けて左右から振り切るように投擲した。その双剣は回転しながら空に密集している“光の弾丸“を落として空高く飛んで行った。

 これで“奴“は徒手空拳だ。だが、僕の攻撃はまだ続く。

 

 

 再度、杖先を向けて、撃ち放つ。今度こそ“光の弾丸“は“奴“に降り注ぐかと思われたが――――次は撃ち落とされた(・・・・・・・)。空中で一つの“光の弾丸“に対して一つの何が衝突して、互いに崩れ去っていった。

 

(今度はなんだ!?)

 

 慌てて地上に居る“奴“を見据える。

 目に映った“奴“の左手には黒い弓、右手に矢を持っていた。

 

(いつの間に取り出したんだ? それにしてもあの大きさの弓をどこに隠し持っていた? 矢筒も見当たらないし、矢の方もどこから取り出したんだ?)

 

 判らないと、疑問が僕の頭を圧迫する。

 が、考えている場合じゃあないと思考を破棄して、再び現実に意識を割く。

 

 

 戦闘は次の段階へ移行する。

 引き続き地上に降り注ぐ“光の弾丸“に対して“奴“は新たな行動を起こした。そう、弓を構えて、こちらの攻撃を迎撃しようとした。その動きには一切の雑念も無く、流れるような動作で複数の矢を同時に弓へ番えさせて引き絞る。

 

 

 その後、解き放たれた矢は空へ向けて疾駆して、“光の弾丸“と衝突する。その度に空中では夜空に輝く星々のような光華が生み出される。戦いに似合わない美しい輝きが辺りに散乱する。

 その光景に僕は言葉を飲んだ。正直に言って魅了された。もしこのように対立していなければ、素直に相手の技術を称賛し、拍手の一つでも贈っていた。それぐらいの技量を“奴“は示した。

 

(君のような人物が悪人では無いはずだ。弓のことを全く知らない僕でも分かることはある。一切の淀みすら感じさせない清流を連想させる動作は、邪気のある者には出来ないことだ)

 

 ここにきては僕は対峙している人物が悪人ではないと悟った。ただ一人として仮面で顔を隠しているのは以前に次元犯罪に関わっていたからとも思ったが、その可能性は低そうだ。

 

 

 今もなお、僕の撃ち放つ“光の弾丸“と“奴“の放つ矢は衝突し続けている。僕の方は魔力が続く限り、撃ち続けることは出来るが向こうは違う筈だ。矢はあくまでも実態のある物質だ。数に限りがある筈なのに、全く勢いが衰えない。

 それに集中力もだ。魔法は術式を通して発動させるものだが、弓は射る度に指先だけなく、体全体を使う。それにも関わらず、疲労している様子もない。むしろ、こちらの方が魔法の連続行使で疲労が溜まっていくのを待つだけだ。

 このまま長期戦なると不利になるのは僕の方だと判断した。

 

「“スティンガースナイプ”!」

 

 僕は攻撃手段を変える。“スティンガーレイ”とは違い、“スティンガースナイプ”は僕の意思で軌道を変えられる『誘導制御型』だ。

 その4発を“奴“に目掛けて真っ直ぐに突き進むように撃ち放つ。“奴“が弓に矢を番えて迎撃をしようとした瞬間に――――密集していた4発は相手を覆い被さる様に広がる。

 それを見た“奴“は迎撃を中断してバックステップを取って避ける。でも、この攻撃は相手に当たるまで追いかける! 引き続いて“奴“に食らい付こうと軌道を変える。

 

「誘導弾か!」

 

 空中にジャンプして4発の“スティンガースナイプ”を自身の下に密集させて、一射線上に収めて迎撃しようとする。そこに、僕は追加に新たな“スティンガースナイプ”を4発を“奴“に放った。これで、空中に居る“奴“の前方と後方からの同時攻撃が可能になった。

 いかに優れた弓の技量を持っていたとしても、この状況を引っくり返すのは不可能だ。しかし――――

 

高速投影(トレース)――――全投影連続層写(ソードバレル・フルオープン)!」

 

 突如として“奴“の周囲に出現した8本の剣が前方と後方に4本ずつに別れ、射出された。剣弾と化したそれらは僕の“スティンガースナイプ”を全てを、自身が砕けるのと引き換えに相殺した。

 

「―――――――」

 

 これは流石に想定外だ。あの状況を“奴“は凌いだ。それに、今までの戦闘で魔法陣を使っている様子がない。突如として出現した剣、無限にあるように感じる矢。底が見えない。

 だけど、僕の攻撃はこれで終わりじゃない。“奴“が“スティンガースナイプ”を迎撃している内に次の魔法を組み上げていた。

 “奴“が飛べない以上は重力に引っ張られて空中から地上に落下する。どんな人物であろうと着地の瞬間は動きが止まる。なら、その隙に大火力の一撃を叩き込んで終わらせる。

 

「“ブレイズキャノン”!」

 

 熱量の伴う大火力の一撃を放つ。それは流星の如く疾駆して着弾した。

 地表に衝突したことによって大量の土煙が舞って視界を悪くする。念のために無数の“スティンガーレイ”を降り注がせて、止めを確実にする。これは流石に決まっただろうと確信した。

 

 

 だが、土煙が晴れるとそこには――――大剣のバリケード(・・・・・・・・)が作られていて、攻撃から身を守っていた。その光景に絶句した。あの大火力な“ブレイズキャノン”に加えて、雨のように降り注ぐ“スティンガースナイプ”から耐えたことには、とてもじゃないがその衝撃を受け止めきれない。

 一体、それほどまでに強固な物をを何処から出したんだ? 物質の転移かと思ったが、僕には判断が付かなかった。どうあれ、“奴“は健在だ。なら再度魔法を組み上げて、攻撃をするだけだ。

 

「――。――――――――――」

 

 “奴“の口が僅かに動いたが何を言っているのか聞き取れなかった。

 もしかしたから、仲間の逃げる時間稼ぎはもう十分だから――――あるいは敗北を認めて投降する、と言っているのかと思って僕は問いを投げた。

 

「投降するならまず、武装を解いて――――」

 

「――――たわけ! 躱せと言ったのだ、クロノ・ハラオウン!」

 

 その怒気が含まれたような言葉に、僕は理解が出来なかった。

 そんな時に僕の上から白と黒の刃が回転して弧を描きながら到来した。それは先に“奴“が投擲した双剣だった。咄嗟に反応した僕は愛機の『ストレージデバイス』――――S2Uを突き出して、「“プロテクション”!」と、唱えてバリアを張って防御した。

 

 

 でも、その二撃は硝子を砕くようにバリアを壊した。そして、バリアを突破した二刀は僕の体を掠めた。バリアジャケットは斬られたけど体に傷を負うことは防げた。

 『プロテクション』が間に合っていなかったら、今の二刀がバリアジャケットを切り裂き、僕の肉を断っていただろう。気を取り直して僕は体勢を直しながら、“奴“の居る地上に視線を向け直した。しかし、姿が見当たらない。

 

(しまった! 逃げられたか!?)

 

 そう思って辺りを見回す中で聞こえた。ギギギ、と何かを引き絞る音が――――

 それが弓に矢を番えさせる音だと分かった時にはもう遅かった。そう、“奴“は僕より上の空に居た。

 けれど、飛行魔法を使っているようには感じられなかった。まさか……あの高さまでジャンプしたのか!? どこまでデタラメな奴なんだ、と考えてる暇なんてなかった。

 

 

 黒い弓から力いっぱいに引き絞られた矢が解き放たれて、真っ直ぐに僕へ向かって来る。

 今度は防御が間に合わない。バリアジャケットを着ているから、余程の威力でなければ致命傷は負わないはずだ。

 でも、あの力強く解き放たれた矢ならバリアジャケットを貫通して、僕の体を貫くだろう。矢が僕の目の前に迫った時に――――肉を貫く筈の矢は爆発した。

 

「うわっ!!」

 

 爆発によるダメージはバリアジャケットのお陰で大して負わなかったが、爆風に押し出されて僕の背後に在った海に叩き落とされた。

 

「思いのほか時間を取られてしまったな。すまないが少しばかり、季節外れの海水浴でも楽しんでくれ」

 

 追い討ちと言わないばかりに無数の弓が海中に居る僕の回りに撃ち込まれて、順に爆発して海水を掻き回す。それによって人為的に作られた荒れた海水の流れは、僕が海上に出るのを妨害する。

 遅れて何とか海上に出た時には、大剣のバリケードは消えていて、“奴“も居なかった。

 

「やられた……まさか海を使ってくるなんて……」

 

 色々とこちらの予想を越えてくる人物だった。それにしても、疑問が残る。

 剣や弓、矢を取り出していた方法が判らない。転送魔法かと思ったけど、魔法陣を展開している様子が無かった。

 加えて、僕を正確に射抜くコースを辿っていた矢の爆発。あれは僕を負傷させるのを避けるためだったのか? 「少なくともこちらは自身の身を守るだけで、自分から相手を傷付けるつもりはない」と、言う意思表示だったのか?

 

(何者だったんだ……“奴”は……)

 

 逃げられただけでは無く、最後の攻撃はわざと外した節がある。手心が加えられていた結果だと言うことが否めない。不意を突いての強襲も勧告してきたんだから……。

 

 

 一度、目を閉じて思考を切り替える。

 公園の隅で僕らの戦いを見ていた白い少女なら知っているかもと考え、事情も訊くため公園に降り立り、彼女へ歩き寄って行った。

 

 

 




次回はなのはたちは『アースラ』へ。士郎たちは今後について話し合いになると思います。


お読み頂きありがとうございましたm(_ _)m


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14話 選択 Aパート

タイトルから分かると思いますがBパートが有ります(Cパートは無いです)
元々は一つの話でまとめて、次回は海上での一件を予定していたのですが……流石に重すぎと判断したので分割・調整などをしました。
なのは側の方は先に調整が済んだのでアップすることに。士郎側も大まかには出来ているのでFGOアニメを見る前には上げたいなーと思ってます。


 私は公園の隅に、じっと立ったままでいた。

 目の前で繰り広げられた戦いをただ見ていただけだった。

 

「……なのは」

 

「う、うん。大丈夫だよ」

 

 ユーノ君の声で気を取り戻して、何が有ったのか整理する。

 今日もここ数日と同じように『ジュエルシード』を集める筈だった。フェイトちゃんとお話が出来るかなって思ってた。

 けど、それは出来なかった。黒い服を来た同い年ぐらいの男の子――――クロノ・ハラオウンって言ってたかな? 私とフェイトちゃんの戦いは、その子に注意されて止められた。 でも、フェイトちゃんは止まらなかった。地上に降りて直ぐに『ジュエルシード』へ飛び出した。

 クロノ君は注意を無視したフェイトちゃんに攻撃した。突然の動きに驚いて、私は茫然とするしかなかった。動こうと思った時には、アーチャーさんが攻撃からフェイトちゃんを庇っていた。

 

 

 そのあとは、クロノ君とアーチャーさんがお話を始めた。最初の方はクロノ君の質問を、アーチャーさんが受けると平和的に話は進んでた。ただ、私にはその内容がよく解らなかったし、アーチャーさんの応答はイマイチだったけど。

 その中で、フェイトちゃんはまた『ジュエルシード』へ飛び出して、掴んだ。そのまま、狼姿のアルフさんと何処かに行ってから、暫くもしない内にクロノ君とアーチャーさんはそれぞれ武器を持ち上げた。

 

 

 二人の戦いは、アニメや映画のワンシーンみたいだった。空へ飛び上がって、アーチャーさんへ魔法を撃つクロノ君。地上を走りながら、小太刀のような得物で弾き続けていたアーチャーさん。

 私とフェイトちゃんの戦いとは何もかも違ってた。クロノ君の正確な狙いで、規模の大きな魔法に、アーチャーさんは大小様々な剣を次々用意して、迎え撃っていた。

 無駄の無い動作に、感じたことのない空気。お兄ちゃんとお姉ちゃんが道場で稽古をしてるのは見ていたけど、それとも違う何かが在った。

 

 

 だから、唖然とするしかなかった。目の前で繰り広げられた戦いを遠くから見ることしか出来なかった。

 でも、それはもうおしまい。戦いはアーチャーさんが姿を消して、終わった。

 そして、クロノ君は私たちの前に居る。話をしたいのは、私たちにも有ったみたい。

 まず、簡単な自己紹介を互いにした。自己紹介が済むタイミング見計らったかの、スクリーンにプロジェクターを向けて映し出すようにパッと映像が浮かんだ。

 

「クロノ、お疲れ様」

 

「すみません、艦長。片方には逃げられてしまいました。それに、『ジュエルシード』の回収も……その追跡の方は?」

 

「先に逃げた二人は多重転移で逃走したみたいで追いきれなかったわ。これはオペレーターでも捉え切れないのも無理ないわ。

 仮面の方は――――最初は捕捉出来ていたのだけど、途中で反応が消失。何かしらの道具や技術を持っているみたいね」

 

「そうですか……」

 

「でも過ぎたことを気にしてもどうにもならないわ。これからのことに集中しましょう。

 でね、ちょっと聞きたいがあるから、そこの子たちを『アースラ』に案内してくれるかしら?」

 

「了解です」

 

 映像に映るのはクロノくんの上司なのかな? 緑色の髪の毛を持った綺麗な人だった。

 それに、会話を聞く限り、私はこれから何処かに連れていかれるみたい……。

 

「すまない、君たちには『次元船アースラ』へ同行してもらう。少しだけ話を聞かせてくれ」

 

 ここで話をする訳にもいかないと、私とユーノ君はクロノ君に連れられて、その『アースラ』って言う船に行くことになった。

 クロノ君の提案を私は聞くことにした。お話するなら断る理由もないし、訊きたいこともあったからね。

 

 

 

 

 

 クロノ君に連れられて辿り着いたのは長い廊下の端ッこ。後ろの壁には魔法陣が書かれているからここが『転移門』なんだと思う。

 

 

 私たちの前をクロノ君が歩く。

 クロノ君に付いていくために、私たちはゆっくりと歩き始める。

 歩いて進んでいくと、見たことない物が目に映る。そうだ、ユーノ君は何か知ってるみたいだし、念話で訊いてみよう。

 

(ユーノ君……ここって何なの?)

 

(『時空管理局』の次元航行船の中だね)

 

 ――――ごめん。ちょっと解らないかな。航行船って“船“って意味だよね?

 でも、私の知ってる船とは全然イメージが合わない。長い廊下はまだ分かるんだけど、全体的にテレビアニメとかに出てくるオーバーテクノロジーの塊みたいな――――

 

 

 私の反応がイマイチだったのを感じ取ったのか、ユーノ君は更に詳しく説明してくれた。

 

(ええと……簡単に言うと、いくつもある“次元世界“を自由に行き来するための船だよ)

 

(あ、あんまり簡単じゃないかも……)

 

(そうだね――――なのはが暮らしている世界の他にもいつもの“世界“が在るんだ。『次元世界』って言うのはその総称って思ってくれればいいかな。

 で、その狭間を移動するのに使うのがこの“船“。そして、彼ら“時空管理局“はそれぞれの世界で干渉する出来事を管理してるんだ。でも、本来ならなのはの住む“世界“には不干渉を貫く筈なんだけど……)

 

(どうして?)

 

(大間かに説明すると、『時空管理局』が定義する“世界“は2種類に分けられるんだ。

 まずは『管理世界』。これはボクの住む“世界“が当てはまるね。要するに、『時空管理局』の法の下にまとめられた“世界“で【魔法文明】が発達してる。

 もう一つは、なのはが住んでいる『管理外世界』。こっちは存在は認知しているけど、『時空管理局』は基本的には干渉しない。【魔法文明】の発達が無い“世界“でわざわざ管理する必要が無い場所って思ってくれれば大丈夫』

 

 ――――よく解らないけど……ユーノ君たちの世界は、私たちの世界で言うお巡りさんみたいな人たちがまとめてる世界で、【魔法】が一般的ってことなのかな?

 そんなことを考えている内に私たちは大きな扉――――ゲート(?)を通り抜けた。そこでクロノ君は一旦、足を止めて私たちの方へ振り返る。

 

「ああ、君もバリアジャケットとデバイスは解除して平気だよ。ずっとそのままの格好と言うのも窮屈だろう」

 

「あ、はい……それじゃあ――――」

 

 私はバリアジャケットからいつも着ている制服に戻る。レイジングハートもスタンバイモードにして手に納める。

 

「君も元の姿に戻ってもいいんじゃないか? それが本来の姿ではないんだろう?」

 

「あ、そうですね。長い間この姿で居たので忘れてました」

 

 え? 元の姿? 長い間? ユーノ君ってフェレットじゃないの?

 視線をユーノ君に向けると、ユーノ君は光出して――――光が収まるとそこには私と同い年ぐらいの金髪の男の子が…………え?

 

「…………えーーーーーーーっ!!??」

 

「ど、どうしたの?そんなに慌てて?」

 

『どうしたの?』じゃあないよ! 嘘……ユーノ君って人間だったの!? 初めて会った時もフェレットだったし、家でも外でもずっとあの姿だったよね!?

 

「ユ、ユーノ君って普通の男の子だったの!?」

 

「あれ……ボクとなのはが出会った時ってこの姿だったよね?」

 

「違う、違うっっ! 最初からフェレットだったよ!?」

 

 私は頭をぶんぶん左右に振って違うと言った。それは髪の毛が頬を叩くぐらいに。あれ? つまり、海鳴温泉の時は――――止めよう。ここで記憶を呼び覚ましたら、私は暫く立ち直れなくなるかも…………。

 

「……君たちの間で見解の相違でもあったみたいだけど、そのことはまた後でにしてくれないか?

 こちらは君たちの事情を訊きたいし、艦長を待たせているので、早めに話をしたいんだが……」

 

「あ、すみません」

 

「なのは……ごめん。よく思い出してみると、最初からフェレット姿だったね……この話は後でしよう」

 

「……そうだね」

 

 ここで私たちの誤解が明らかになったけど、取り敢えず置いておこう。今はクロノの言う通りお話が優先だよね。

 気持ちを切り替えて、私たちは再び歩き始めるクロノ君の後に付いて行った。その先には一つのドアの前に立った。さっきのはとは違って、今度のは一つの部屋にあるようなサイズのドア。

 クロノ君が入室したのに続いて私たちも入室する。そこは――――――

 

 

 

 

 

 そこは一言で言うなら『茶道部の部室』って言うのが一番近いかも……結構広めのだけど。

 だって、部屋の端っこには盆栽棚が在って、いくつもの盆栽が置かれていたし、反対側には獅子脅しが在ったんだもん。

 その部屋の奥には畳が敷いてあって、その上にクロノ君の言う『艦長』さんが居る。隣にはお湯を沸かす釜を添えてある。ここって『京都』なのかな? って一瞬思ったところで私たちは声を掛けられた。

 

「お疲れ様~。ま、お二人とも、どうぞどうぞ――――楽にして」

 

「あ、は、はい……」

 

 ニコっと微笑みながら私たちは案内された。私の内心は色々と整理が付かなかったけど、ユーノ君と一緒に向かい合うように畳へ正座で座る。

 それからクロノ君の時と同じで、自己紹介を始めた。

 

「まずは自己紹介からよね。私はリンディ・ハラオウンです。この次元航行船――――『アースラ』の艦長でもあって、『時空管理局提督』も務めています」

 

「ユーノ・スクライアです。そして、僕の隣に居る彼女は――――」

 

「高町なのはです。ユーノ君のお手伝いをしています」

 

 

 それから私たちは今回のこと――――『ジュエルシード』について話し始めた。

 

「そうですか……あの『ロストロギア』――――『ジュエルシード』を発掘したのはあなただったんですね」

 

「はい……」

 

 目を閉じて下を向いたまま言葉を続ける。

 しょんぼりとしている感じはフェレットの時と同じだった。

 

「それで、ボクが回収しようと……」

 

「立派だわ」

 

「だけど、同時に無謀でもある」

 

 リンディさんがユーノ君の行動を誉めるけど、後ろに立っていたクロノ君はそれは無謀だって責めた。

 私はずっと疑問に思っていた『ロストロギア』について質問した。

 

 

 リンディさんたちの説明をまとめると――――昔に繁栄し過ぎた“世界“の技術・科学で自分たちの世界を滅ぼしてた後に残った危険な遺産。私たちが探していた『ジュエルシード』はその一つ――――『次元震』を発生させる物で、最悪、『次元断層』を引き起こすものらしい。

『次元震』って言うのは前に私とフェイトちゃんがぶつかった時に起こった爆発と震動らしい。あの時、アーチャーさんが物凄く焦っていたのはこのことを知っていたからなのかな?

 

 

 続いて聞いたのは『次元断層』。以前にもあった出来事で、いくつもの世界を壊す災害。

 『ジュエルシード』によって引き起こされれば、私の住む世界(地球)も、それ以外の世界も崩壊するって話を聞いた時、私の頭は真っ白になった。もしこのまま『次元断層』が起こったら、私の家族も、友達も、皆が――――だから、私はこれまで通りに『ジュエルシード』を集めようと考えた。

 

 

 だけど、リンディさんは――――

 

「あのような事態は繰り返しちゃいけないわ。

 だから……これより『ジュエルシード』の回収は『時空管理局』が全権を預かります」

 

「君たちは今回のことは忘れて、それぞれの世界に戻って、元通りに暮らすといい」

 

 そんなこと言われても、私もユーノ君もそんなこと出来ないよ。

 私が自分の意思を告げようと口を開こうとした時、リンディさんが先に声を出した。

 

「まぁ、急に言われても気持ちの整理も付かないでしょう。今夜一晩……二人で話し合って、それから改めてお話をしましょ」

 

(ユーノ君……)

 

(ごめん、なのは。こんなに大事になっちゃって……)

 

(取り敢えず、今夜は一緒に考えようよ)

 

(うん……)

 

 ユーノ君と念話で話し合うのは今夜にしようと約束する。意識を自分の中から外へ向け直したんだけど、目に飛び込んで来たリンディさんに言葉を失った。

 ここで話は一区切りと、リンディさんは、お茶を口に運ぶ。それは普通なんだけど、その前にお茶入れた白い正方形が私の頭を埋め尽くした。

 

(……ちょっとまって!? なんで角砂糖を入れるんですか! それ、珈琲じゃなくて、お茶ですよね?)

 

 内心で質問した。家は喫茶店をやっているけど……多分、今のを見たらお父さんたちも私と同じ反応をすると思う。

 

 

 リンディさんは違和感を感じさせないような自然な流れで飲んだ。その後に「にがっ」って漏らしてた。

 今度は先のより多くの角砂糖を入れた。まあ……人の好みなんて人それぞれだよね……。

 

「本当ならここでお話は終わりなんだけど、一つだけ訊きたいことがあるのよ。もう少しだけ時間を頂戴ね」

 

 茶碗を置いて、真っ直ぐにこちらに視線を合わせるリンディさん。先まではどこか穏やかな感じが残っていたけど、今は消えた。鋭い空気が周りに満ちる。

 

「あの仮面の人物について、知っていることはあるかしら?」

 

「アーチャーって名乗っていました。彼――――でいいのかな? 取り敢えず、彼と呼ばせてもらいます。

 彼の目的はこちらと同じ『ジュエルシード』の回収による事態の収拾です。『ジュエルシード』の危険性は彼も認知していましたし、自分で災害を防ぐのが目的と言っていたことに加えて、行動からも悪用するとは考えにくいです」

 

「私も何度かアーチャーさんに助けてもらいました。あの人が嘘を言っているようには思えません」

 

 私たちの言葉に一つの懸念が消えたような表情をするリンディさんとクロノ君。今度はクロノが質問してきた。

 

「それにしても、彼のあれは【魔法】なのか? 魔法陣を展開している様子が無かったし、デバイスも使っている気配がなかった」

 

「ボクにもそれは解りません。そもそも、【魔導師】なのかさえ……彼が『ジュエルシード』と遭遇したのは偶然で、そこで会った彼女と行動を共にしていると言っていましたし」

 

「それが本当ならな。あの戦闘技術は普通じゃない。剣や矢を取り出していた方法を除いても、それらを扱う技量は並みじゃない」

 

 ユーノ君とクロノ君は互いに考えて唸ってる。確かに、アーチャーさんのことって解らないことが多いんだよね。私やフェイトちゃんみたいに魔力弾を飛ばしてる訳でも、空を飛んでる訳でもないから【魔導師】とは判断が出来ない。

 仮面で顔を隠してる理由も解らないけど、あの人も周りを守るために戦ってるのは解ってる。だって私を助けてくれた。他人のことがどうでもいい人なら、そんなことをする必要はないし。

 

「ちょっと思ったんですけど、“地球“での特殊能力者と言うのは考えられないでしょうか?

 なのはは【魔法文明】の無い“地球“出身ですけど、こうして魔力を持っていて、【魔法】を使っていますし」

 

「確かにその可能性も無いとは言い切れない。現に『管理局』には『管理外世界』出身の方も居る。

 だけど、『管理外世界』の出身者にしては戦い慣れが過ぎる。君の世界はそんなに戦いが頻繁に起こっているのか?」

 

 クロノ君が私に訊いてきた。

 

「いえ、昔では頻繁に戦いが有って、子供も参加させられていましたが、今では減りました。私の国では戦いなんてありません」

 

 また唸り始めるユーノ君とクロノ君。

 私もアーチャーさんについて考えるけど、二人のヒントになるようなことは思い付かない。

 

「今集まっている情報では、解りそうにありませんね。

 なのはさん、ユーノ君、長く引き留めてしまってごめんなさい。今日はもう帰った方がいいわ。クロノ執務官、二人を送ってあげて」

 

「元の場所でいいね。僕が送るから付いてきてくれ」

 

 今日のお話はお開きと言うリンディさんの言葉で、私とユーノ君はクロノ君に連れられて、先までは居た海鳴臨海公園に戻ることになった。

 

 

 

 

 

 私たちは海鳴臨海公園に戻った後、そのまま家に帰って自分の部屋で身支度をしていた。

 それを始める前にお母さんと少しをお話をした。“自分のしたいこと“のために少し家を空けないといけないことを……。

 お母さんはとても心配してくれた。危ないことはして欲しくないと言っていたけど――――「自分で決めたことなら、後悔をしないように頑張ってきなさい」って背中を押してくれた。

 

 

 私は選んだんだ。

 これからも『ジュエルシード』集めをすることを――――フェイトちゃんともう一度お話はすることを。

 それは私自身が決めたこと。

 だけど――――――

 

(どうして私は……こんなにフェイトちゃんが気になってるんだろう……)

 

 ふと思い返した。

 ユーノ君と出会ったことが『ジュエルシード』を集めることになった理由だけど、今はフェイトちゃんのことも理由になってる。

 

(……小さい頃の私にフェイトちゃんが似ているように思えたから……?)

 

 初めて見たときの……フェイトちゃんはどこか寂しそうだった。私が小さい頃……お父さんが仕事で大怪我してお母さんたちが大変だった時期に、ただただ一人寂しくいた私に少し似てた気がする。

 その時、私が一番して欲しかったことは優しくしてもらうことじゃなくて――――

 

 

 ああ……そうだ……同じ気持ちを分け合えること。それがあの頃の私がして欲しかったことだったんだ。

 寂しい気持ちも……悲しい気持ちも……私はあの子と分け合いたいんだ。

 

(――――――――)

 

 その為には、何から伝えればいいのか。何から始めるのがいいのか。

 その方法を私は知っていた。

 

 

 ――――――だから、まずはそれを伝えたい。

 

 

 

 

 

 支度が終わった私にユーノ君が確認してきた。

 

「本当にいいの? なのは?」

 

「うん、もう決めたんだ。最後まで頑張るって」

 

 真っ直ぐにフェレット姿のユーノ君の眼を見る。

 今の私の眼は今までの中でも一番真剣で、真っ直ぐな眼をしていたんだと思う。

 ユーノ君はそれを見て決めた。

 

「分かった。じゃあ、『管理局』に連絡するね」

 

 ユーノ君は机の上に在るレイジングハートで『管理局』に連絡を繋げようと動いた。

 きっと明日は早く家を出発することになる。お母さんに“行ってきます“って言えないかもしれない。

 そう思って、私は手紙を書くことにした。上手く書き切れるは解らないけど、“ありがとうって気持ち“を伝えるために書き始めた。

 

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 次元航行船━━━━『アースラ』の一室に三人の人物が居た。この船の『艦長』であるリンディ・ハラオウン。

 彼女の息子であり、『執務官』であるクロノ・ハラオウン。

『通信主任』兼『執務官補佐』であるエイミィ・リミエッタだ。

 彼らは今、ユーノ・スクライアとホロスクリーンで通信を交わしていた。その内容は高町なのはと自分が『ジュエルシード』の回収に協力するとい申し出だった。

「『ジュエルシード』の回収とあの子たちへの牽制。ボクはともかく――――なのはの力の方は、そちらとしても便利に使えるはずです」

 

「ふむ……なかなか考えていますね」

 

 リンディは顎に指先を添えて思考する(・・・・)ふりをする。高町なのはの【魔導師】としての素質は彼女の目に止まっていた。

 しかし、騒動が起こっているのは『管理外世界』であり、(くだん)の相手は本来【魔法】に関わりが無いはずの人物に『管理局』側から協力を求めるのは後々問題になる恐れがある。

 ようは立場の問題だ。彼女がなのはたちに考える時間を与えたのは、向こう側から協力を申し出るような流れを作るためでもあった。それでも怪しいことではあるが、自分たち側から求めるよりはまだマシではある。

 

「それなら……まぁ、いいでしょう」

 

「か、母さ……艦長!?」

 

 予想外の発言に気が動転して、職場では使わないようにしている単語が出そうになったクロノ。

 

「手伝ってもらいましょう? こちらとしても切り札は温存したいもの。

 それに、なのはさんの潜在能力には目を見張るものがあるのは貴方も分かっているでしょ?」

 

 リンディ艦長の言い分はクロノにとっても同意するしかなかった。戦力の問題は無論。加えて、なのはの潜在能力を無視することは出来ないのが現状だ。

 それを再認識したクロノは額に手を添えて、ため息を吐いた。そんな彼の肩をエイミィは「まぁまぁ」と、言った感じで叩く。

 

「ただし、条件は2つよ。二人の身柄を一時的にこちらで預かるとすること。それから私たちの指示を必ず守ること」

 

「はい……分かりました!」

 

 通信を終え、ホロスクリーンが消える。

 再び訪れた静寂に、3人はある話を再開する。

 

「では、話を始めますね」

 

 口を開いたのはエイミィだ。

 

「まずはなのはちゃん。魔力値の平均値は127万で魔力量と瞬間出力――――遠隔制御能力が優れていますね。現在の『管理局』でも全体の5%に満ちない稀有な才能の持ち主かと」

 

「一方で設置系や時間差系などの小技は余り得意では無いか……でもこれだとスピード特化などの素早い相手だと分が悪くなるな」

 

「確かに細やかな動きは少ないけど、その分“攻撃“と“防御“に集中しているみたいね。

 でも、彼女なら、いくらかの攻撃に耐えて、一撃を相手に与えれば逆転が可能な威力がある。即席だからこそのスタイルね……【魔法】と出会って一ヶ月も経っていないからでしょうけど」

 

「ええっ!?」

 

 なのはの戦闘データから彼女の能力値を測る三人。エイミィが驚くのも無理がない。なのはは“魔法学校“で【魔法】の勉学をしていた訳でもなければ、クロノたちのように“士官学校“に通っていた訳でもない。

 そんな物とは無縁の地――――無縁の生活を過ごしてきた……どこにでも居るような極普通の少女だったのだから。

 

「なのはさんは……このままの生活を過ごすのは難しいかもしれないわね……偶然とは言え、これほどの【魔導師】の素養を示してしまうと――――」

 

『管理外世界』ましてや“地球“では【魔法】の存在は認知されていない。ただ魔力を持っているだけならば、問題は無いかもしれない。それは体質みたいな物だ。周りに害を与えないし、【魔法】の露見によって混乱を招く恐れもない。

 しかし、この場合は違う。彼女の莫大な魔力やまだ荒削りの【魔法】は『管理局』としても看過できないのだ。

 

「そうですね……正式な認可を得ないままでは“地球“での滞在は難しいですね」

 

「……その件の対応は本件が落ち着いてからゆっくりと。協力を得た以上、相談をする時間もあると思いますから」

 

「そうね、今は『ジュエルシード』のことに集中しましょ」

 

 なのはの“これから“について頭を悩ませていた三人は一先ず、その案件を後回しにして、話の続きを始める。

 

「黒い子の方は魔力の平均値143万。なのはちゃんとは違ってスピード寄りですね。“鎌“による近接戦闘、【魔法】も高速な直射弾です。総合的に考えれば、なのはちゃんより上ですね」

 

「やっぱり二人とも凄いわね。これだけの魔力なら、『次元震』が起こるのも頷けるわ」

 

「あと、【魔力】は大したことない“仮面の人物“についてですが――――」

 

クロノとリンディ艦長から緊張感が放たれる。そう、今一番の議論すべきことは……正体不明の仮面(アーチャー)についてだ。

 

「魔力の平均値と言うか――――魔力自体が高くないです。レーダーで捉えることは出来ますが、戦闘で使用しているかは判らないですね。あの白と黒の剣も、弓矢も存在する物質と判断するしかありません。つまり、あの戦闘技術は――――」

 

「彼自身の技術か……でも、何も無い所から取り出していた。こちらで考えると転送魔法があるが、それはどうなんだ?」

 

「転送魔法なら、大体の【魔導師】が魔法陣を展開するのはクロノ君も知ってると思うけど、彼にはその反応が無いの。

 魔力を持つのは、なのはちゃんと同じだと考えられるわ。だから、魔力を持つだけで『管理世界』の住人とは限らない。

 やっぱり、ユーノ君の言った“地球“の特殊能力者って予想が一番有り得るかな」

 

 現在の情報から仮面の人物について考えを続ける。

 まず判らないのはその能力。何も無い所から武器を取り出すあの光景は【魔導師】から見れば、転送魔法と判断するのが自然な流れだ。

 だが、魔力反応は薄く、魔法陣も展開しない。この2点が彼らに引っ掛かっている。

 このままでは一向にその正体が解らないだろう。何故なら、【魔法】に着目している時点で既に間違っている。“認知されている彼ら”だけでは決してそれを明らかには出来ない。根本的に、“在り方”が相違しているのだ。

 

「出来れば彼らともコンタクトを取りたいわね。

 目的は『ジュエルシード』の回収による事態の収拾……私たちが争う理由は無い筈なのよね……」

 

「戦闘になってしまったのは、クロノ君の牽制が原因ですからね。

 あ、クロノ君、海水浴はどうだった?」

 

「あの場では最善の行動を取った。『ジュエルシード』が確保されるのを黙って見ている訳にはいかない。

 それと、海水浴は関係無いだろ」

 

「えー、もしかしたらこの先、“地球“で海水浴をする機会があるかもしれないじゃない?

 だから、感想を訊いておこうかなって」

 

「はいはい。余計なことは後で二人で話してね」

 

 手を打ち鳴らして、話の主旨を戻すリンディ艦長。彼女の言う通り、話を脱線させている場合ではない。

 

「彼の能力はよく判らないけど、戦闘能力は高いわね。魔力弾を寸分違わず迎撃する正確さ、胆力もね。

 あまり考えたくは無いけど、このまま正面からぶつかるような戦闘は危ういかしら。こちらの戦力も余裕が有るとは言い難いし……」

 

「応援を呼べばいいんじゃないですか」

 

「エイミィ……管理局の魔導師は年中人手不足なのは君も知ってるだろう。今直ぐに用意できる戦力はない」

 

呆れるように言ったクロノに対して、エイミィは「クロノ君こそ忘れてない?」と、言った表情を浮かべていた。微笑みとは違って、何かを企んでいるような……。

 

「クロノ君の言う通り、『管理局』にはそんな人員はないけど、それ以外なら私は二人思い当たるわよ。優秀な【魔導師】がね」

 

「おい……まさか――――」

 

「確かに、“あの二人“なら申し分無いわね。最前線には向かないかもしれないけど、サポートに回ってもらえば、この上ないくらいね。クロノも安心でしょ」

 

 三人が思い浮かんだ二人とは、“魔法学校“を飛び級して優秀な成績を修めて卒業した二人。彼女たちはその後『管理局』などには属さなかった。しかし、リンディ艦長からして見れば是非とも欲しい人材だ。

 実際に面会をして、『嘱託魔導師』だけでも成らないかと声を掛けたが二人は同意しなかった。いや、正確にはもう少しだったと言うべきか。もし『嘱託魔導師』に成れば、“これだけの報酬が“っと見せたところで、姉は手を伸ばそうとした。ギリギリのところでしっかり者の妹に止められた訳だが。

 結局、自分たちのメリットがある場合の相談なら受けると言う形に収まった。

 

「でも、この件で彼女たちのメリットになるかと考えると……」

 

「高額な報酬で釣るのはだめなんですか? 実際、それで後一歩で引き込めたんですよね?」

 

「それはそうなんだけど、それは最低条件で、後一つ欲しいわね……」

 

「僕としてはあまり賛成したくないな。腕が十分なのは僕も理解しているけど」

 

「えー、なんで?」

 

(エイミィと一緒に居られると君が悪乗りするからだよッッ!)

 

 ここの誰しもが知らないことだが、もし衛宮士郎の顔が割れていた状態で二人に協力を仰いだら、多少の報酬をケチっても得られただろう。それだけの“価値“が、彼女たちにとっては有ったのである。

 

「取り敢えず、言うだけは言ってみようかしら……彼女たちも何かと忙しいみたいだから、返事が直ぐに貰えるとは限らないけど」

 

 

 

 彼らの話は現状の把握で一段落した。高町なのはとユーノ・スクライアの協力を得られただけでも十分な成果と言えばそうなるだろう。戦力は大いに越したことは無い。先の見えないことならなおのこと、切れる手札は可能な限り増やしておきたいのは、管理局員としても妥当な判断だ。

 

 

 なお、リンディたちの協力要請が彼女たちの目に届いたのは『ジュエルシード』事件が終えた頃だった。その結果、衛宮士郎が被害(?)に遭うのはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 




追加キャラクターについては実際に登場した際に設定集を作ってまとめます。無印~A’Sの間での初登場を予定しています。余り早い段階で出すと戦力バランスがぶっ壊れるので……立場もありますからね。


お読み頂きありがとうございましたm(_ _)m


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14話 選択 Bパート

明けましておめでとうございますm(_ _)m
あっという間に2016年も過ぎてしまい、2017年がやって来ました。当作品は開始から2ヶ月弱とまだまだ短い間の作品ですが、今年も頑張って行こう思います。叶うものなら、暖かく見守ってくださることを願います。
さて、前回のAパートの後半であるBパートです。

お気に入り登録者様が700名越えと、数字的には単純に思いますが、嬉しさはいつもより遥かにあります。

では、今年初の投稿━━━━どうぞ!


 人気(ひとけ)の無い路地を衛宮士郎は一人で走っていた。戦闘をした後だと言うのに彼の走る速さは通常時と大差無い。

 地面に転がっている空き缶やダクトを避けながら、彼は目的地へ向かう。

 

(やっぱり、単独行動は俺にとっても得意分野なんだよな……)

 

 撤退中で士郎は改めて実感していた。

 表通りの様に走りやすい場所でなくても、彼の走りは軽快だ。

 それは、彼の事を考えれば当然だろう。

 剣と弓を使うからには取り回しが利く軽装を選ぶので、自然と身軽になり機動力も高くなる。

 何より、士郎が模倣した“彼”は剣技に秀でていると同時に、単独行動を得意とする弓兵でもあった。

 

(にしても、追ってくる気配は無いな。海に落として時間稼ぎはしたけど、脱出で体力が尽きる程やわな体力じゃないだろうし――――……なのはと話をしているか……)

 

 走っていようと士郎の思考は動作だけに縛られていない。

 しっかりと現状認識して情報を整理する。

 

「執務官……か……」

 

 フェイトとアルフが海鳴臨海公園から離脱した後、士郎は一人の【魔導師】と刃を交えた。その相手が、『時空管理局執務官』――――クロノ・ハラオウン。

 士郎は空中から襲ってくる攻撃魔法を防ぎ続けて、不意を突く形で戦闘を終わらせた。爆風で海に叩き落としただけだから、バリアジャケットを着ていた彼ならダメージは負わなかっただろう。

 

 

 だが……これで向こうから見れば、士郎は『管理局』側に対して敵対行動を取ったことになる。

 そうなると腹をくくって行動した彼だが、本心では避けたいことだった。

 しかし、あの場では自身の正体を明かすことは出来ず、フェイトを庇う必要があった士郎は、ああする他に選択肢が残されていなかった。

 

 

 そもそも、『管理局』の介入が無いとは確定は出来ていなかった。『管理外世界』である“地球“には来ないだろう、と言うのは彼らの方針を考えた場合だ。魔法文明も無く、次元移動手段もここには無いから本来なら彼らは不干渉を貫く。

 

(『ロストロギア」による異常か何かを“外”で察知したから不干渉の方針を曲げて介入してきたんだろうけど――――)

 

 それで『執務官』が来るのは士郎の想定を越えていた。

 あるとしても探索隊や数人の戦闘員ぐらいだと考えてはいた。

 

(自分たちが治安維持をしていない世界で、よく知らないから実力の高い人材を投入してきたのか……。

 あの執務官は間違いなくエリートだな。熟練な魔法に、対処の早さ――――一部隊のエースを担っていてもおかしくないか。“外”だから大部隊は来ていないだろうけど、一体どれだけの局員が後ろに居るんだ)

 

 士郎が確認したのはクロノだけだ。他にどのような人員が居るのかまでは判らない。ただ、局員にとっては“外”である『管理外世界』を彼の単独で訪れる訳はないので、他に戦闘員が控えているだろうと士郎は推測し始めた。

 対峙するのがクロノ一人ならば、士郎一人で十分対抗は出来る。

 しかし、まだ人員が有ると考えると雲行きが怪しくなる。数で押されれば士郎でも苦戦を強いられてしまう。

 

 

 相手の命を奪って数を減らす選択を取れば、士郎の幾らかの負担は無くなる。

 が、向こうも『ジュエルシード』の回収をして、安全の確保をするのが目的。被害を抑えるのが行動理由な以上、互いに争う理由は無い。そう……士郎がしてきたベルとの“仕事“とは状況が違ってくる。

 

(…………厳しいな……)

 

 頭を過った手段に士郎は内側でそう漏らした。

 致命傷を狙う――――それは最終手段だ。士郎も好き好んでそんな真似はしないし、その気持ちは向こうも同じ筈だ。

 だが、両者の間を隔てるモノが明確に存在していた。

 

 

 

 

 どうしたものか、と事を考えている内に士郎はフェイトたちのマンション近くに到着した。

 ここまでは追跡を警戒して、色んな場所を中継して来た。もちろん、『魔力殺しの聖骸布』を身に付けて、魔力も遮断した。

 目視、魔力探知共に捉えられていないだろう。

 

 

 士郎はフェイトたちの部屋のドアを開け、入室する。

 そのまま真っ直ぐに彼はリビングへ向かう。

 

 

「シロウ! 大丈夫だった!?」

 

「……取り敢えず、大丈夫そうだね。少し埃っぽいけど……」

 

 リビングに上昇が入ると、既に待っていたフェイトからは悲鳴にも聞こえる声色が、アルフから心細げでいる声が上がった。

 血の気が引いた少女の顔と険しい表情でいる少女のパートナー……そんな二人を見た士郎の心に痛みが奔る。

 けれど、彼はそれを表に出さずに声を返す。

 

「ごめん、少し手間取った。向こうは『執務官』だからな。埃ぐらい被るさ」

 

「シャワー……使う?」

 

「そうだな……このままソファーに腰掛ける訳にはいかなし、一先ずシャワーを借りるよ」

 

「う、うん……お風呂は――――」

 

「場所は知ってる。

 不安が有るのは分かってるけど、少しだけ待ってくれ」

 

 フェイトから風呂の使用の許可を取った士郎は早足で脱衣場へ移動した。

 そこで彼は衣服など身に付けている物を外し、風呂場へ繋がるドアを越えて暖かくない床を踏み締める。

 その温度がつきさっき見た少女たちを少年に思い浮かばせた

 

(フェイトの声は震えていたけど、無理もないか。現れたのは『時空管理局執務官』……真正面から相手をするのは誰だって避ける。わざわざ相手をする奴が居るとすれば……それは余程の自信家か、争いを好む質の悪い傭兵ぐらいだろうしな……)

 

 考えながら埃を流そうと士郎は蛇口を捻った。

 すると、シャワーの水流が全身に伝わる。

 

「―――――――」

 

 顔を少し上げると正面に設置されている鏡に、映る

双眸が自分を見返してくる。

 琥珀色の瞳は険しい目付きだった。恐らく、こんな士郎を見たらフェイトたちは戸惑うだろう。

 

「―――――――ッ」

 

 もう一度目蓋を閉じて、士郎はより強く水流を浴びた。

 それは冷たく、埃と一緒に余計な思考を落としてくれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 シャワーを浴び終えて、士郎は普段着に着替えてからフェイトたちが待っている所へ戻った。

 二人は既にソファーに腰掛けている。フェイトは普段着である黒いワンピース。アルフは人間形態だ。

 士郎は反対側に位置して、向かい合う方を作った。

 

「「――――――――」」

 

 二人は口を開かず、重苦しい空気が充満しているリビングでじっとしている。彼女たちは年長者である士郎が切り出すのを待っているのだ。

 その様子を見て、士郎は話を始める。

 

「フェイト、『ジュエルシード』の方は?」

 

「封印出来てる。暴走の心配は無いよ」

 

「――――」

 

 さっきよりは震えていなかったフェイトの声だったが、やはり平常なモノではなかった。言葉を返してくるのが僅かに遅れていたし、声の奥には動揺が隠れていたのだ。

 それは些細な変化であったが、フェイトの世話をしていた時期のある士郎には彼女が不安を押し殺してると強く感じ取れていた。

 

「暴走の心配が無いならそっちは安心出来るけど――――」

 

「ああ、そっちはね。でも、もっと大きな問題が出てきたじゃないか」

 

 士郎が言い終わる前にアルフが割って入った。

 そのまま彼女は士郎へ声を飛ばす。

 

「シロウ、あんたはどう考えているのさ?」

 

「良い状況じゃないと思ってる。相手は『管理局』だからな。戦闘になったら簡単にはいかないだろうし、向こうの正確な戦力が判らない。

 でも、俺はこの件から降りるつもりは無い。地球(ここ)は俺の故郷だ。被害を出さない為にも事態を収拾するって俺はもう決めてるからな」

 

「そう言や、この世界(ここ)はシロウの故郷らしいね。その点に関してはあんたの気持ちはあたしも解るよ。

 けどね――――」

 

 アルフは視線を床に落として、額に手を当てた。

 故郷を守るためにも士郎は自分たちに協力してくれているとは解っているし、その理由は普通なことだとも解る。

 しかし、それでアルフは頷けなかった。俯いた顔を上げて叫ぶ。

 

「管理局と正面向き合うのはヤバイって! 下手をしたら目を付けられて逃げ回る羽目になる。フェイトをそんな目に合わせる訳にいくもんか!」

 

「――――――――っ」

 

 声を荒げたアルフの訴えを受けた士郎の表情が少し強張らせた。

 その彼の反応を見た彼女は続ける。

 

「あたしはこれ以上フェイトが苦しむところなんて見たくない。それはシロウだってそんなフェイトを見たくないだろう!」

 

「ああ」

 

 アルフの確認に士郎は即答した。

 フェイトの身を案じるのは二人とも同じ。が、二人にも違いがある。それは、フェイトのみか、フェイトを含めてか。

 

 

 前者のアルフはそれを前提に思考を回す。フェイトの身を危険から守る手段……自分に出来て、今すぐに可能なことは何か。

 直ぐに思い至ったのは『ジュエルシード』の件から手を引くことだった。しかし、それは不可能だと頭を過った。今までフェイトがされてきた仕打ちを考えればプレシアが許す訳がない。意見した時点で鞭が振るわれるだろう。

 

(――――あっ)

 

 一つの考えがアルフの脳裏を掠めた。

 鞭を振るうプレシアと『管理局』の両方からフェイトを守る手段。だがそれには、彼女が最も望まない過程を含む。

 フェイトは母親を想って今まで行動してきた。アルフの考えは、その想いから外れることになる。

 

 

 しかし、それでフェイトを守れるのなら、とアルフは決断して切羽詰まった声で口にした。

 

「もう……いっそのこと逃げようよ……こんな目に合わないどっかにさぁ……」

 

 彼女のそれは士郎の裡に波を作り出した。

 生まれた波紋が彼の考えを起こさせる。

 

(……逃げる、か。アルフの選択肢はある意味正しい……けどそれは――――)

 

 “逃げる“…………アルフの言う通り、それが一番の選択肢だろう。そうすれば、フェイトはプレシアから受けている“お仕置き“などの理不尽から解放される。加えて、『管理局』からも逃れることは出来る。

 だが、代わりに『ジュエルシード』が放置される。

 今のプレシアなら、フェイトたちが逃げたと知ったらどんな手段で『ジュエルシード』の回収に出るのか、士郎には予測が付かなかった。それぐらいの執念を向けているのは、この前の会話で思い知らされている。

 

 

 その(ほか)にも懸念が士郎にはある。

 ――――『管理局』。彼らは基本的に後手に回ることが多い。事件を解決することは多いが比べて 事前に防ぐ(・・・・・)と言う点が少ない。現に、士郎とベルたちの“仕事“は『管理局』が来る前に終わらせていた。

 『ジュエルシード』の覚醒に遅れを取った場合の危険性は身をもって経験している。あの事から士郎は後手に回るのは周囲を危険に晒すことでしかないと認識していた。

 

「……そう言えば……管理局の魔導師って万年人手不足なんだっけ?」

 

「えっ……? あ、うん。求められる技能とかが多いから、成るのが難しいんだよ」

 

「じゃ、いきなり本拠地に追加召集を掛けるのは難しいよな」

 

 この中で最も【魔導師】に長けているフェイトが士郎の問いに返答した。

 つまりプレシアにしても、『管理局』にしても、不安要素が残る。

 それがある限り士郎はここに留まる。火種を残して何処かへ行く訳にはいかない。着火してしまう前に片付けなれば、彼は“あの日の人達”に申し訳が立たない。

 

「なんか、落ち着いてるみたいだけど……よくよく思えば『執務官』と戦っているんだ。この中で一番立場が危険なのはあんたなんだよ!」

 

「ッ!?」

 

 アルフの言葉に、フェイトが息を呑んで顔を上げる。

 その士郎を見る顔は蒼白としていた。

 

「俺のことは今は関係無い。今の問題はこれからの『ジュエルシード』の回収をどうするか、と言うことだ」

 

「『ジュエルシード』の回収なんてもうどうだっていいよ! あの鬼ババだってフェイトに酷いことばっかするし……このままじゃあ、誰も碌なことにならないよ!!

 そうだ……シロウも一緒に逃げようよ。故郷を守るために行動してもあんたが捕まったら意味が無いだろ!」

 

 普段の陽気さが想像できないほどにアルフは荒れている。

 今日までアルフは主の行動の否定を仕切れていなかった。フェイトが望むなら、と彼女の意志をを尊重して来た。

 しかし、それも限界に達しようとしている。アルフにとって最も大切なフェイトの身がより危険に曝されようとしているのだ。それを容認できる彼女ではない。

 

 

 それに、フェイトが慕っているシロウのこともあった。もし彼が捕まればフェイトは悲しむ。それでは駄目だった。それだとフェイトの心を守ることが出来なくて、アルフはフェイトとの契約(やくそく)を破ることになってしまうだろう。

 

「……、……、……――――」

 

 現状に対しての不安に加えて、今まで押さえてきた感情が溢れたのか、アルフの両目から涙を流れ始める。

 それに連動してか声も霞んできていた。

 

「でも、アルフ……それだと母さんの――――」

 

「あたしはフェイトが心配なんだよ! ねぇ……シロウからも何か言ってやってよ……」

 

 アルフへ逃げることに対する同意を士郎へ求める。

 以前、彼女は『士郎が言うことはフェイトに効果がある』と言った。だから、自分一人の言葉で決心を付けさせることが出来なくても、彼が同意さえしてくれれば、フェイトも分かってくれる筈だと見込んでいた。

 自分たちの身の安全に限った話ではあるが、彼女が提案する逃げるという判断は正しい。彼女たちなら人知れず生活していくことは不可能ではない。

 

「――――――」

 

 例え可能なことだとしても、衛宮士郎には出来ない相談だ。

 彼には自分の安全のために、他者を危険に晒すことは赦されない。苦しんでいる人が居るのを知って、見過ごすことは出来ない。他ならぬ士郎自身が思っている。

 そして、自分を曲げることは衛宮士郎にとって終わりを告げる。彼は“道”を見つけていなくとも“理想”は秘めている。確かに存在するそれを、どうして葬ることが出来るのか。

 

「ああ、アルフの言う通りだ。フェイト、アルフの言い分は尤もだよ」

 

「え、シ……シロウ?」

 

「だよね!? ね、フェイト、シロウもこう言ってるし――――」

 

「だからさ――――――」

 

 思い浮かぶ記憶。

 地球に帰郷してからの日々。

 ここでフェイトたちと過ごした僅かな時間。

 地球でのことを切り取り、少年は選んだ。

 

「――――二人は逃げろ(・・・・・・)後は俺がやる(・・・・・・)

 

 リビングが凍てついた。一瞬だが、言葉も、感情も、時間さえ静止した。

 それらが再び動き出した時には、フェイトとアルフの表情はおかしくなっていた。少年が何を言ったのか理解が出来ていない。

 それに加えて、目の前の少年が何なのか怯えるような――――ありとあらゆる感情が混ざったものだ。

 

「え? え?……シロウ、今なんて――――」

 

「後は俺がやるから『二人は逃げろ』と言った。

 聞こえなかったか?」

 

「そ、それはダメだよ! 元々『ジュエルシード』を集めることは私が母さんから頼まれたことだよ! なのに、私が逃げて、シロウが残る訳にはいかないよ!!」

 

 硝子を引っ掻くような泣き声とも取れる声でフェイトは叫んだ。

 アルフは気を確かめるように言葉を出す。

 

「あ、あんた……正気かい!?『執務官』を――――『管理局』を一人で相手をするって言うのかい! 無茶だよ、シロウが強いのはよく分かったけど、いくらあんたでも――――それに、もしかしたら……例の“白いの“と“フェレット“も同時に相手をすることになるかもしれないし……明らかに限度を超えてるよ!!」

 

 士郎が一人で残った場合、状況によっては1対3を強いられることもあり得る。【魔導師】3人――――クロノ、なのは、ユーノ。

 クロノについては今更確認することはない。彼は一流の【魔導師】だ。あの判断力に、【魔法】の技量。どれを取っても優秀だ。

 

 

 なのはは戦闘経験の少なさが目立つが、魔力放出量は今、地球にいる【魔導師】の誰よりも高いだろう。もし後方で砲撃支援に徹されれば、苦戦を強いられるのは避けられない。特出しているのは砲撃だ。単純に一撃が重い。

 防御魔法の『Wind Shield』で防げても、その隙をクロノに背後が取られれば、そこで勝負が決まる。

 

 

 最後にユーノ。なのはが預かったと聞いていたあの“フェレット“が『ジュエルシード』を持ち込んだ本人と分かった時は士郎も驚いた。ならば、あの姿は変身魔法で姿を変えた【魔導師】だろう。使い魔がそのような重大な役目を主なしでこなす訳がない。使用する【魔法】の系統は判らないが、結界を張る辺りからサポート向けだと予想が立つ。

 

 

 総合的に考えると――――メインアタッカーにクロノ。後方支援になのは。全体のサポートにユーノと非常にバランスの良い組み合わせが出来上がる。それぞれが自身の担当に集中する。単純だが、無駄のないフォーメーションになる。

 

(手加減をしながら正直言ってきついか……。

 でも、俺はなのはたちを傷付けるつもりはない)

 

 どうにかする方法を考えようとするが、

 

「わ、私は最後まで『ジュエルシード』集めをするよ。アルフが私を心配してくれるのは嬉しいけど、やっぱり……逃げるのはダメだよ」

 

「フェイト!?」

 

 また流れが戻り始めた。

 ここでフェイトとアルフが残ると言えば、戦力は申し分ない。3対3のチーム戦。それならば、士郎の危惧は晴らせる。

 しかし、この状況でそれを認める士郎ではない。

 

「ダメだ、二人は逃げろ。

 俺は『管理局』ともう刃を交えたから難しいかもしれけど、二人はまだ間に合う」

 

「で、でも――――」

 

「アルフ、何が起こってもフェイトを守ると誓えるか?

 俺はここで別れる。回収した『ジュエルシード』は暴走しないほどには押さえて、プレシアに届ける。お前らが心配することは無い」

 

 言葉を紡ごうとしたフェイトを遮るように、士郎はアルフに訊いた。フェイトを納得させる説明を彼は考え出せなかった。

 だから、その場しのぎを含めて士郎はアルフへフェイトを守るという“覚悟“を問いた。

 

 

「誓うよ。あたしはフェイトの使い魔だ。何があってもフェイトは守る。それが“契約“でもあるけど、あたし自身がしたいことだ!!」

 

 涙を拭い、赤くなった目をしてもなお、アルフは真っ直ぐに士郎を見つめて誓った。

 なら安心だ。アルフになら安心してフェイトを任せられる。

 

「決まりだ。フェイトとアルフはここを離れる。俺は引き続き『ジュエルシード』の回収をする」

 

 そう言って士郎はソファーから腰を上げる。

 フェイトは未だに思考が追い付いていないようだが、アルフが側に居るから大丈夫だ。暫くすれば落ち着くだろう。

 あとは、彼女がしっかりとフェイトを支えてくれる筈だ。

 

「じゃあな」

 

 

 

 

 衛宮士郎はそう言葉を残して、リビングを出て、玄関から外に足を踏み出す。

 彼はあの時――――ベルからの応援要請を受けて『アルトセイム』から立ち去る時と同じ言葉を口にした。ここでの生活は終わりだと――――意思を固めて。

 その言葉に嘘はない。『ジュエルシード』の所為で誰が苦しむを彼は黙って見て居られない。その結果、彼自身が苦しむことになっても。それでフェイトやなのは、海鳴市で平穏な日々を過ごしている人々が救えるのならば、彼はそれで一向に構わないのだ。

 

 

 天秤の片方に彼一人、反対側に多くの人々が乗っているなら切り落とすのは彼の方だ。これが彼自身ではない――――何の罪もない人間だったら彼は必死に足掻く。

 しかし、今ここでは他でもない衛宮士郎だ。だから、この選択は普通になる。それが歪だと言われようと――――間違いだと言われようとも…………。

 

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

「じゃあな」

 

 そのシロウの声は、いつの日かのモノと同じだった。

 そこには有るのは普段の優しい彼の声じゃなくて、何かを決意したような芯のある声。

 

「――――――――」

 

 私もいつの日かと同じだった。

 遠ざかって行った大きな背中を見送ることしかできなかったように、ただ見ていることしか出来なかった。

 

「――――――――」

 

 ……『後は俺がやる』ってシロウは私たちに言った。

 この先は管理局も関わってきて、もしかしたら目を付けられちゃうからって……。

 

 

 でも、それはシロウも同じ――――ううん、もう実際に戦っている彼の方が危ない。

 彼は自分の世界(こきょう)を守る為にも協力してくれたのに、これじゃあシロウが一番に迷惑を受けてしまう。

 

 

 ……だから、今回は止めるべきだった。目の前からシロウの姿が見えなくなる前に、あの背中に手を伸ばすべきだった。

 それが出来ないなら、せめて引き留める言葉を出さないといけなかった。

 けど、手を伸ばすことも、引き留めるための言葉を考え出すことも……そのどちらも私は出来なかった。不意なシロウの言動に、体も頭も止まってしまっていたんだ。

 

 

 

「――――――――」

 

 どれくらい……私は止まっていたんだろう。

 今さっきの現実(シロウ)の認識が出来ずに、ここに取り残されていた。

 重苦しい空気はもう消えていたけど、沈んだ空気が部屋に満ちている。

 そんな中、はっきりとしたアルフの声が響く。

 

「あたしにとってはフェイトが一番大切だよ。フェイトと何かのどちらかを選べって誰かに言われても――――どんな選択肢を出されても、あたしは迷うこと無く、フェイトを選ぶ」

 

 さっきまでのとは違って、アルフの声は掠れていなかった。力強く、強い意思を表している勇壮な声。

 それは『アルトセイム』に居た頃に、アルフが私の“心“と“体“を守るって“契約”してくれた時に似ていた。

 その誓いをアルフはきっとこれからも張り続けるだよね。今までずっと私を気に掛けてくれていたし、支えてくれた。それはパートナーとしても……主としても……尊いものだと――――嬉しいとも私は思う。

 

(……なら――――)

 

 私はここでじっとしてなんて居られない。

 アルフと同じで私にも“理由”があるから今日まで頑張ってきた。リニスたちから教えを受けたり、アルフと一緒に成長してこれた。

 なのに、ここで止めてしまったらその日々が軽くなってしまうし、母さんにまた笑って欲しい……その私の願いも叶わずに終わってしまう。

 

(――――最後までやり切ろう)

 

 真っ白になっていた頭の中が、次第に色を取り戻していく。

 危ない事柄で出てくるより前に、私は決めている。

 決してそれは、頼まれてから生まれた理由(おもい)なんかじゃない。それより遠い昔から、母さんに笑顔になって欲しいと私自身がその想いを胸に秘めていたんだ。

 その為に今は『ジュエルシード』が必要だから集めようと行動してきた。

 何があったとしても私の理由(おもい)は変わらない。だから――――

 

(シロウ……ごめんなさい、それでも私は――――)

 

 立ち去った彼には聞こえないと判っていても、自分の意思を示した。

 この選択が私たちのことを考えて行動したシロウに逆らうことになると分かった上で歩き出す。

 

「アルフ、私たちも行こう。シロウとは別行動になるけど、今まで通りに『ジュエルシード』を集めよう」

 

「フェイト、それは――――」

 

「アルフが止めようとするのは分かってるよ。シロウと約束したもんね」

 

 でもね、と声を出して続ける。

 

「それじゃあダメなんだ。私が自分でやらなくちゃ。

 だって、私は自分のため(・・・・・)に頑張ってるんだ」

 

 私も自分の想いを伝えるために、真っ直ぐとアルフの眼を見つめる。

 それを受け止めて、不安げな表情を浮かべたアルフと暫く視線を交差させた。

 

 

 すると――――

 

「……分かった。あの人の言いなりじゃないなら――――フェイト自身のためになら……。

 それに、シロウとの約束はフェイトを守り抜くことだ。そのことを違えるつもりはないよ……必ずフェイトを守るから!!」

 

 不安を打ち消すように奮い立たせたアルフの声が、沈んだ空気を吹き飛ばす。

 それだけに留まらず、私を勇気付けれてもくれた。

 

 

 私たちもリビングを後にする。

 外に広がっている景色は何も変わっていなかったけど、見え方は少し変わっていたかもしれない。

 それでも……私たちは前に踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――それぞれ自分の道を選んだ。

 ある者は、自分の気持ちを伝えるために……。

 ある者は、自分の責務を果たすために……。

 ある者は、自分のために……。

 ある者は、自分の主を護り通すために……。

 ある者は、自分の目に映る人々を助けるために……。

 

 

 各々が自身の想いを秘めて、道を進んで行く――――――

 

 

 

 

 




次回は海上での一件ですね。投稿日は未定です。やはり、年明けは忙しめなので…………

お読み頂きありがとうございましたm(_ _)m


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15話 荒れ狂う海上、仮面の下

作中で士郎を少年と呼ぶシーンが今回に含まれるのですが、少年と青年を分ける年齢を自分で調べた所、諸説ありました。
自分のイメージでは18歳から青年と言うのがしっくりしたので、作中で士郎→少年となっています。



 フェイトと再会した場所で、初めて『ジュエルシード』を発見――――封印したのが裏山。

同日に、なのはが3つの『ジュエルシード』を封印したのが住宅地付近。

 フェイトとなのはが初めて戦ったのが月村邸の敷地内の森。そこで『ジュエルシード』を1つ。後は海鳴温泉と街中に臨海公園…………。

 フェイトたちと別行動を取ってから一週間と数日。俺は地図を見ながら、残りの『ジュエルシード』の位置を絞り込みをしていた。

 

 

 正直なところ、俺の成果は芳しくなかった。広域探索魔法が使えない俺は、自前の視力、もしくは覚醒時に発生する空間の“異常“を頼りに探す他がない。

 後者の場合は先に現場へ結界が張られていたら感知が難しくなる。覚醒時の“異常“が感じ取れなくなるし、結界自体の感知は実際にその場付近に行ってみないと中々感知が出来ないからだ。

 

 

 頭の隅で思考しつつ、『ジュエルシード』の在った場所を地図に嵌め込んでいくと、一部だけぽっかり空いた場所が出来た。そう、海だ。

 

(海――――海中に在るって言うのか? それなら、今まで発見が出来なかったのも納得がいくけど……)

 

 海中なら肉眼で捉えるのは不可能だ。俺の視力を以ってしても発見出来ないのも無理はない。

 しかしこうなった場合、新しく問題が浮上する。『どうやって回収をする』のか、だ。

 

 

 莫大な魔力を纏った『宝具』を撃ち込んで強制的に引き上げると言う方法はあるが、俺には同時に複数の『ジュエルシード』の魔力を抑えると言う手段が欠ける。

 魔力を打ち消す魔槍――――破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)が一度に捕らえることが出来る対象は1つ。

 複数を引き上げたとしても、暴走をさせてしまったら本末転倒もいいところだ。

 

(いくつ在るか解らないけど、こうなったら1つずつでも地道に回収していくか。あまり時間を掛けていると、また『管理局』が介入してくる可能性が高いな。安全かつ迅速に――――)

 

 行動方針を検討している最中、“異常“を感じた。空間が歪む。これは、『ジュエルシード』のものだ。それも、1つじゃない。起点となっているだけで6つ。

 俺は即座に検討に向けていた思考を破棄して、現場に急行するために駆け出した。

 

 

 

 

 

 辿り着いた海は時化ていた。吹き荒れる暴風。叩き付けるように降り注ぐ雨。他にも竜巻や荒れ狂う雷。自然災害と考えるのは不自然なほどだ。

 

 

 そんな海上の空中に二人は居た。黒いバリアジャケットを纏い、相棒である戦斧――――バルディッシュを携えたフェイト。

 彼女の使い魔でオレンジ色の毛を持った狼のアルフ。

 なんで二人が居るのか? 後は俺がやると言った筈だ。

 だけど、現実として彼女たちはここに居る。『ジュエルシード』を封印するために。なら、俺がやることは決まっている。

 

 

 左手に投影した黒い弓を納めて、“足場“を作りながらフェイトたちの側まで駆け上がる。その途中で俺の行く手を阻むように竜巻が発生する。

 俺はそれを弓に“矢“と化した剣を番え、撃ち出して排除する。

 その後も至る所に発生する竜巻を“矢“で貫き、霧散させながらフェイトの側に辿り着いた。

 

「フェイト、残り魔力は?」

 

「え……あまり無いかな」

 

 単刀直入に訊かれたことに驚いたのか、フェイトは口籠ってから口にした。真っ先に俺が怒るとでも思ったんだろう。

 俺も言いたいことは有るけど、今は事態の収拾が先だ。

 

「よし。私とアルフで竜巻と雷を処理する。

 フェイトは『ジュエルシード』の封印に集中しろ。『管理局』が出て来る前に片を付けるぞ。アルフ、聞こえているな?」

 

「アーチャー……これは――――」

 

「話は後だ。今は自分のやるべきことに集中しろ」

 

 沈鬱な声でこうなった経緯を説明しようとアルフを制して、事態の収拾に意識を向けるように促す。

 こうしている間にも、雷を纏った竜巻たちはまるで俺たちを外敵と認識したかの様に、排除しようと接近して来る。

 当たり前だけど、そんなことを黙ってさせる訳がない。

 

投影開始(トレース・オン)――――全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)……ッ!!!」

 

 紡がれた言葉を追うように無数の剣が出現し、それぞれが剣弾と化して、竜巻に突き進んで行く。そして、竜巻の内部に飛び込むと秘められた“魔力“が爆裂して、内部から竜巻を吹き飛ばす。

 今、投影した剣のどれもが『宝剣』や『魔剣』と言った“魔力“を帯びた物だ。“英霊“が扱う『宝具』に及ばなくても、この場の障害を取り除くには十分な代物だ。

雷に対しては弓を射り、相殺する。

 

「フェイト、今のうちに――――」

 

 道を開いて、フェイトに向かうことを言おうとした時、新しく上から誰が来る気配がした。俺はそれが誰だが認識するために、空を仰いだ。

 

 

 空を覆う黒い雲を突き抜けて現れたのは、白い服を纏った一人の少女――――高町なのは。

 その光景は天空から舞い降りた天使を連想させる程美しく、彼女の眼は真っ直ぐだった。

 そこに迷いは無く、ただ自分の意思に従う者の瞳だ。そんな彼女はフェイトへ向かって行く。

 

「フェイトの邪魔をするなぁぁぁ!!」

 

 彼女の姿を捉えた瞬間に叫び声を上げながら飛び付こうとするアルフに、俺は声を飛ばして止める。

 二人はわざわざ事態が激化しているタイミングで来ている。そこには何かしらの意図があっただろうと思ったからだ

 

「よせ、ここで争っても何もならない。

 そうだろう? ユーノ・スクライア」

 

 アルフを諌めてから、俺はなのはに続いて現れたユーノにも声を掛けた。

 

「はい、ボクたちは戦いではなく、『ジュエルシード』の封印に来ました」

 

「アルフ、この状況で最も優先するのは事態の収拾だ。フェイトの消耗も決して少なくはない。これ以上の長期化は好ましくない」

 

「…………」

 

 納得がいかないのか、黙り込むアルフ。その気持ちは解らなくはない。

 しかし、そんなことを言っている場合ではないことはアルフも理解している筈だ。

 

「ユーノ・スクライアとアルフは竜巻の動きを抑えてくれ。私は雷撃を処理する。『ジュエルシード』の封印の方はなのはとフェイトならば大丈夫だろう」

 

「はい」

 

「……解ったよ」

 

 自分たちの役割を果たすために各々が行動を開始する。

 ユーノとアルフはバインドを生成して、竜巻を縛り上げて動きを止める。

 一方の俺は、なのはとフェイトを襲おうとする雷を僅かなズレも許さない正確な射撃で撃ち落とす。

 その隙に、なのはからフェイトへデバイス同士を通して魔力の供給が行われる。

 

「Divide energy.」

 

「Power change.」

 

「二人できっちり、半分こ」

 

 突然のことに一瞬の戸惑いを見せるフェイト。

 対照的に、なのははどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

「ユーノ君たちが止めてくれている今のうちに。二人で『せーの』で一気に封印!」

 

 そう提案を出して、なのはは『ジュエルシード』を封印するために空を駆ける。砲撃を撃ち出すポイントに到着して魔法陣を展開し、両足をしっかりと固定する。

 フェイトもそれに続く形で魔法を撃ち出す準備を開始する。

 そのフェイトの姿を見たなのはに微笑みが浮かぶ。

 

「ディバインバスター、フルパワー! 一発で封印いけるよね!?」

 

「Of course,my master」

 

 なのはの合図に合わせて、二人が一撃を解き放つべく、魔力と気合いを練り上げる。

 

「せぇえーーーーのっ!」

 

「サンダー…………!」

 

「ディバイーーーーン…………!」

 

 フェイトはバルディッシュを掲げてから、大地に突き刺すように降り下ろし雷撃を叩き込み――――

 なのははレイジングハートのトリガーに指を置き、圧縮された魔力を一気に解放する――――

 

「━━━━レイジッッッ!!」

 

「━━━━バスターーーーっっ!!」

 

 二人の渾身の一撃は海を穿ち、海中に在った6つの『ジュエルシード』を一呼吸で封印した。

 海中から浮かび上がって来た『ジュエルシード』を挟むように二人は空中に停滞する。

 一段落を迎え互いに視線を交差させる中、なのはが自分の想いを告げる。そこに着飾る言葉など要らない。ただ、純粋に自分の想いを告げる。

 

「私は……フェイトちゃんと――――友達になりたいんだ」

 

 なのはの裡に秘められていた想いは告げられ、それにフェイトはどう答えるのか。緊迫していた雰囲気は薄れ、フェイトの答えをなのはは一心に待っている。

 このまま、二人の会話が続けばよかった。だが、それを許してくれるほど現実は甘くなかった。

 

 

(なんだッ!? ……空間が割れる?)

 

 フェイトとなのはが話している中、突如としてそれは来た。天空に巨大な“裂け目“が生じ、そこから雷撃が降り注ぎ、二人を飲み込もうとする。

 それを悟った刹那の一瞬、俺は二人より高い位置に移動して、俺自身を盾のようにして覆う。

 

「ウィンディア! 足場を形成する以外の全魔力を注ぎ込む! ウィンド・シールド、最大展開!!」

 

「主よッッ!」

 

 盾を構えて、その上からウィンド・シールドを展開する。砲撃魔法や射撃魔法を受け止めるのではなく、受け流す防御魔法。それはこの状況でも有効に機能する――――筈だった。

 訪れたのは並ではなかった。『次元跳躍攻撃』と呼ばれる攻撃だ。文字通り、次元を越えて特定の場所を襲う一撃。そして、それは巨大な雷撃だった。フェイトの繰り出した物とは比べ物にならないほど強力で、見た者に畏怖を刻み込むほどの規模だ。

 

 

 俺はこんなことを出来る人物を一人だけ知っていた。大魔導師であり、フェイトの母親であるプレシアただ一人を。

 

(プレシア……ここにはフェイトが居るんだぞ。娘を巻き込む攻撃を何故――――)

 

 訪れる危機より前に出たのは疑問。自分の娘が巻き込まれると知った上で繰り出したプレシアのことだ。

 だが、そんなことに思考を回す暇などくれる訳もなく、それは訪れた。雷撃と言うよりは雷神の一撃と言う方が適切だった。重く、荒れ狂うそれは盾で四方に散らそうが勢いは衰えること無く、防御の上から圧殺してくる。

 

「ぐ――――――」

 

 受け流している間の時が、何倍にも長く感じられた。現実にして数秒の筈なのに、だ。

 今もなお荒れ狂う一撃に対し、周囲に反らし続ける盾。足腰に力を込めて、踏ん張り続けていたが、拮抗は崩れ去った。

 時間の早さが戻ると同時に、俺の守りは突破された。後に続くものは俺が身を挺して防ぐ。全身に雷撃が走り、体の感覚が無くなる。それに伴って、“足場“を維持できなくなり、海へ真っ逆さまに落ちていく。

 

 

 落ちていく中、視線を端には気絶をしたフェイトを抱えるアルフの姿が映った。あれは魔力の過剰使用によるものなのか。雷撃の余波を彼女は食らって気を失ったのか分からない。

――――だけど、アルフが抱えているのならば、大丈夫だ。それにチラッとだが、なのはも無事に空に停滞していたのが見えた。

 つまり、こうして落下しているのは俺だけだ。そのことに安心したのか、意識を保つのが限界だったのか、視界が暗くなっていた。

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 雷撃から私たちを守ってくれたアーチャーさんは海に墜ちて行った。

 私も崩れたバランスを取り戻して、空中に留まることが出来た。フェイトちゃんは余波を受けて気絶しちゃったけど、アルフさんに抱き抱えられてた。

 突然のことに呆気を取られていた全員だったけど、アルフさんは『ジュエルシード』目掛けて一直線に飛んで、手を伸ばす。でもそれは、転移して来たクロノ君が阻んだ。杖でアルフさんの手を押し止めて、『ジュエルシード』が回収されるのを防ぐ。

 

「邪魔を――――するなぁぁ!!」

 

 力任せに、溢れる激情を乗せた魔力弾をクロノ君の杖に叩き込んで、海面へ突き飛ばした。

 

「……っ! 3つしかない」

 

 空中に残っていたのは3つの『ジュエルシード』。突き飛ばされた一瞬に、クロノ君は3つを手にしていたんだ。

 その指と指の間に挟まれていた3つは、デバイスに収納された。

 

「うぅ……わあ"あ“あ“あ“」

 

 雄叫びと一緒に海面に叩き付けられた魔力弾で水柱が立った。それで私たちの視界が悪くなってる間にアルフさんは離脱したみたい。

 空中に残って居たのは私とユーノ君とクロノ君の3人だった。

 

 

「クロノ君、大丈夫?」

 

「ああ、問題無い。

 それより、君は? 直撃でなくとも、雷撃を受けたようだが?」

 

「うん、私は大丈夫。アーチャーさんが守って――――そうだ、アーチャーさんは!?」

 

 クロノ君を心配して声を掛けた私だったけど、話の中でアーチャーさんのことを思い出した。盾を展開して、私とフェイトちゃんを守って、海に墜ちて行ったあの人のことを。

 

「なのは! 大丈夫、彼は無事だよ。気絶はしてるけど」

 

 海面の近くにはユーノ君が居て、魔法陣の上で全身ずぶ濡れのアーチャーさんに肩を貸しながら立っていた。

 よかった、無事だったんだ。ほっとした私だったけど、クロノ君は逆に警戒心を上げていた。

 

「彼は【魔導師】だ。空中を飛ぶのでなく、歩いていたのはよく解らないけど、雷撃から君を守ったあれは魔法だ」

 

 そうだ、【魔導師】か解っていなかったアーチャーさんだけど、私たちを守る時には魔法陣を展開してた。

 ゆっくりとクロノ君はアーチャーさんに近付いて行った。

 

「勝手に正体を暴くのは気が引けるが――――」

 

 アーチャーさんの仮面に手を掛けて、外した。その下に在った顔に私とユーノ君はビックリした。だって、その顔は私にとって身近な人の一人の――――

 

「!? なのは、この人って――――」

 

「し、士郎さん!?」

 

「君たちの知り合いなのか?」

 

 予想外のことに慌てふためく私に、クロノ君は落ち着くように声を掛けてくれたけど、全く落ち着けなかった。

 だって士郎さんだよ!? 家の『翠屋』で働いていて、優しい士郎さんがアーチャーさんの正体だって知って落ち着ける訳がなかった。

 

「詳しい話は『アースラ』でしよう。艦長」

 

「クロノの言う通りね。3人とも、戻ってきて」

 

 海上での一件を終えた私たちは『アースラ』に戻った。その後、待っていたのは、リンディさんお叱りタイムでした…………。

 

 

 

 

 

 『アースラ』の会議室でリンディさんからのお叱りタイムを受け終わった私たちはアーチャーさん――――ううん、士郎さんについて話を始めようとしていた。

 最初に口を開いたのは、リンディさんの後ろに立っていたクロノ君。

 

「エミヤシロウ――――それが彼の名前なんだな。エイミィ、『管理局』のデータベースに該当する人物は?」

 

「調べてみたけど、ヒットしなかったよ」

 

「と言うことは、少なくとも次元犯罪には関わっていないのか」

 

「なのはさん、エミヤさんは貴方の家の喫茶店で働いていてる少年なのよね?」

 

「はい」

 

『管理局』の方で士郎さんについて調べても何も解らなかったみたい。

 リンディさんたちは他に知っていることはないのかと聞いて来たけど、私は士郎さんが優しくて、執事さんの様に接客をしてくれるお兄さんだってことぐらいしか答えられなかった。

 

「後は本人から聞くしかないな。エイミィ、彼はどうだ?」

 

「気絶しているだけだから、命の心配はないわ。モニターに出すわね」

 

 ホロモニターが現れて士郎さんの様子を映し出す。その映像には護送室のベットの上に手錠を掛けられた士郎さんの姿が在った。

 

「なんで……なんで士郎さんが――――」

 

「理由はどうあれ、彼は『管理局』に敵対行動を取った。意識を取り戻して、抵抗をしないとは限られない」

 

「士郎さんはそんなことしないよっっ!」

 

「なのはさん、落ち着いて。

 私たちは彼に危害を加えるつもりはないわ。ただ、念のために……ね」

 

 リンディさんは私を宥めるように優しく声を掛けてくれた。

 でも、映像を映る士郎さんの姿を見るのは心苦しいままだった。

 

「意識が戻ったみたいよ」

 

 エイミィさんの言葉に全員の視線がホロモニターへ集中する。

 士郎はベットに腰掛けるように体勢を直して、辺りを見回す。

 リンディさんはその様子を見てから、ホロモニター越しに声を掛ける。

 

「時空管理局アースラ艦長、リンディ・ハラオウンです。エミヤシロウさん、聞こえますか?」

 

「聞こえますよ。俺の名前を知っていると言うことは、なのはから聞いたんですね? 彼女は今そこに? こっちからは声だけしか聞こえないので」

 

「士郎さん……」

 

「良かった、無事だったんだな。海に墜ちていく中、視界の隅で空に浮いているのは見えたんだけど、心配だったんだ」

 

 自分のことよりも私のことに気を回してくれる士郎さん。心配してくれたことは嬉しかったけど、今は自分のことを優先して欲しかった。

 次にクロノ君が鋭い声で問い掛ける。

 

「それが本来の口調なのか?

 それと、彼女を心配する必要はない。君が庇ったお陰で無事だ」

 

「ああ、なのはに俺が【魔法】に関わっていることを知る必要はないからな。正体を隠すために変えていた」

 

「なるほど。

 早速だが本題に入らせてもらう。こちらとしては訊きたいことは山程あるからな。素直に答えることを勧める。まず、君は『管理世界』の人間だな」

 

「生まれは地球で、育ちも同じだ。全てが、とは言わないけどな」

 

「どういう意味だ?」

 

 怪訝そうな表情を浮かべて、ホロモニター越しに士郎さんを見つめるクロノ君。

 リンディさんも視線を外さず、見ている。

 

「……俺は地球で生まれて、少なくとも、幼少期まではそこで育った。だけど、ある夜―――― 一夜にして俺の住んでいた町は火の海になった。【魔導師】に焼け野原にされた」

 

「なっ」

 

 会議室に居る誰もが息を呑んだ。士郎さんの口から気にも止めないように、ポロっと出た士郎さんの過去に誰もがその事実を受け止めるのに、戸惑った。

 

「俺はあの夜を、唯一の生存者として生き残った。その後、助けてくれた【魔導師】に連れられてミッドチルダに渡ったんだ。【魔法】を使えるのはそういう訳だ」

 

 そんな……じゃあ、士郎のお父さんもお母さんも――――友達やもしかしたら兄弟も失ったってことなの…………。

 私も幼い頃はお父さんが大怪我をして、家族皆が忙しくて、一人で居ることが多かったけど、士郎さんのはもっと悲しい。突然聞かされた士郎の過去に、私は涙が零れそうだった。目には涙が浮かんでいる。

 クロノ君の次にリンディさんが質問を続ける。

 

「では今、地球に居るのは?」

 

「数年を掛けて一通り【魔法】の知識を学んだ俺は、地球に戻りました。そもそも俺は地球出身者です。本来なら地球に居るのが普通。

 俺をミッドチルダに連れていってくれた【魔導師】は、俺の地球での住まいを用意してくれて、そこで生活をするようになりました。

 その場所が海鳴市だったんです。なのはとの出会いはそこだった」

 

「地球に戻るのが前提だったのなら、【魔法】を学ぶ必要も、戦う技能も必要ないと思うのだが。何故、君は学んだ?」

 

「また同じことが起こらないとは限らない。俺はあの出来事のようなことを黙って見過ごすことは出来ない。

 もしあの次があるのなら、あの時助けられなかった全ての代わりに、今度こそ……俺は、目に映る苦しむ人全てを助けなくちゃいけないんだ。そのために【魔法】の知識と戦闘技術は必要だった」

 

「…………」

 

 一切の感情が含まれていない声に、遂に私の涙は零れた。

 士郎さんの声はただ報告書を読むような淡々とした声。辛かった筈なのに、悲しかったことの筈なのに、涙を流す訳でも、息を乱すこともなかった。

 

「じゃあ、あの剣や弓を取り出していたのは【魔法】なのか?」

 

「あれは俺個人の能力だ。そっちの常識で言うなら、レアスキルだな。ある場所に在る俺の所有物を転送させて、取り出している」

 

「君個人の“能力“か。なのはのことを考えても不思議はないか」

 

 全てが納得出来たみたいじゃあないけど、士郎さんの話を聞いて自分たちの疑問点をまとめていくクロノ君。

 

「『ジュエルシード』について知っていることは? 回収の目的は事態の収拾と言っていたが」

 

「詳しいことは解っていない。思念体の発生、空中が歪む様な違和感を感じるぐらいだな。

 解っているのは放置をすれば、また災厄が起こることだ。俺は、何としてもそれを阻止するために行動をしていた」

 

「君は『ジュエルシード』の詳細を知っていないのにも関わらず、行動をしていたのか」

 

「あれが災厄を起こすのは、嫌と言うほど解ったからな。黙って見過ごすことなんて出来るわけがない」

 

「次はこの人物についてだ。エイミィ、向こうにも画像を表示してくれ」

 

 

 私は涙を拭いて、ホロモニターに視線を向ける。新しく映し出されたのは、女の人の画像。その人は、寂しそうな瞳をしていて、どこかフェイトちゃんに似ていた。

 

「プレシア・テスタロッサ。優秀な【魔導師】であり、次元航行エネルギーの開発者だった人物です。

 先の攻撃の魔力波長も登録データと一致しています。テスタロッサの姓から推測するとフェイトちゃんの母親になるのではないかと」

 

「彼女のことは?」

 

「フェイトに連れられて会ったことが有る。

『ジュエルシード』を集める理由と正体を訊いたけど、俺たちには一切教えてくれなかった」

 

「つまり、君も彼女も何も知らされていないのか。取り敢えず、訊きたいことは以上だ。

 またこちらから通信を繋ぐ。下手な行動はしないように」

 

 士郎さんが映っていたホロモニターが閉じられる。

 

「どう思いますか、艦長?」

 

「彼が『ジュエルシード』の被害を抑えるために行動をしていたのは、間違いなさそうね。

 なのはさんも庇ったのも、知り合いを守ると言うことから納得がいくわ。

 話を聞く限り、嘘をついている感じはないわね。

 それとエイミィ、後で【魔導師】による被害が有ったか調べてみてくれるかしら?」

 

「調べてはみますけど、あまり期待は出来ませんね。【魔法】を知らない視点から見れば、原因不明の大火災で片付けられている可能性が高いですね」

 

「あ、あの、士郎さんはどうなるんですか?」

 

 震えた声で問いかけた。確かに士郎さんは『管理局』と対立しちゃったけど、目的は私たちと同じ。なら、これからは一緒に――――と考えたけど、クロノ君からの回答は冷たいものだった。

 

「彼は当分の間、護送室になるだろう。嘘を言っている様子はしないが、確証はない。

 少なくとも、確認を取れるまではあのままだ」

 

「そんな……」

 

「なのはさん、彼と話をしたいなら、貴女の部屋と回線を繋ぐわ。

 プレシア女史たちもあれだけの魔力を放出した今ではそうそうと身動きをとれないでしょう。

 そうね、彼と話した後にでも一度、自宅に戻りましょうか。余り長く学校を休みっぱなしなのも、ご家族とも顔を会わせないのもよくないでしょう」

 

「……はい、ありがとうございます」

 

「なのは、ボクもシロウさんと話がしたい。いいかな?」

 

「じゃあ、ユーノ君も一緒に行こ」

 

 私とユーノ君は会議室を出て、『アースラ』で借りている一室に向かって足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に着いた私たちは早速、繋がれた回線を開いて、映し出された士郎さんの画像を前に座る。

 

「なのは? そうだよな、俺に訊きたいことはあるよな」

 

「士郎さん…………その大丈夫なの?」

 

「雷撃を受けたことか? 大丈夫だ。防御したからな」

 

 喫茶『翠屋』に居る時のように、私たちに接してくれるのと何一つ変わらない口調で話をする士郎さん。

 そのことは嬉しかったけど、いつもと違う環境でも平然としているアーチャーさんとしての姿は少し怖かったかな。

 でも、士郎さんは士郎さんだった。アーチャーさんの時の口調より、こっちの方が全然似合ってる。

 

「アーチャーさんとしての口調は私に正体がバレるのを防ぐためだったんだよね? あれ、士郎さんには似合わないよ。普段通りでいて欲しいな」

 

「やっぱりか……自分でもあまり使いたくはなかったんだけどな。普通に喋ったらバレるのは判ってたから変えてた」

 

 苦笑いをしながら、士郎さんはそう言った。

 そんな時に、ユーノ君が話し掛けた。

 

「シロウさん、初めまして。人間としての姿をきちんと見せるのも話すのも初めてですよね。“フェレット“だったユーノ・スクライアです」

 

「そうだな。こうして話をするのは初めてだな」

 

 二人の間で沈黙が漂う。ユーノ君が話の続きをしようと口を開くけど、気まずそうに少し躊躇った。でも、意を決して、言葉を出した。

 

「すみません……なのはを巻き込んでしまいました」

 

「過ぎたことを言っても仕方がない。なのはが【魔法】を知ってしまったのは良いとは言えないけどな。この先は彼女の身に降りかかる事柄から守る方法を教えるしかない」

 

 頭を下げるユーノ君を、士郎さんは特に怒る訳でもなかった。でも、その顔は一瞬だけど、雲って見えた。

 

「士郎さん、【魔導師】に街を焼かれたって言ってたけど……本当なの?」

 

 士郎さんの話を疑う訳じゃあなかったけど、現実味を感じられなかったから。ユーノ君も基本的には『管理局』も不干渉で、【魔導師】は関わることもないのが『管理外世界』で、私たちの住む地球もそうだって言ってたし。

 

「ああ、俺もよく覚えていないけどな。鮮明に覚えているのは、暑かったこと。誰もが死んでいったこと。【魔導師】に追い詰められた所を助けてもらったこと。それぐらいだ」

 

 また士郎さんは淡々と話す。最初から感情を持ち合わせていないように。それだけのことを経験しても、そんなことを感じさせない振る舞いが出来る……私はそれが哀しかった。それはきっと、そういう風になってしまったんだと思うと尚更――――

 

「なのは、俺はお前に危険が及ぶことに関わって欲しくない。俺みたいに平穏から外れるようなことには成って欲しくない。お前はどう考えてるんだ?」

 

 過去の話はおしまいと……この先はどうしていくのかと話題を変えられた。

 ホロモニター越しでも、真っ直ぐに視線を合わせてくる士郎さん。私の信念を問う眼。でも、私は決めたんだ。これからどうするのか。

 

「『ジュエルシード』集めるは最後までやるよ。始めは偶然だったけど、“本当の全力“でやるって決めたんだ。

 それに私はまだ、フェイトちゃんから友達になりたいってお願いの返事を貰ってないから」

 

 私の言葉に、士郎さんが少しだけ安心したみたいだった。

 

「『友達になりたい』……か。その返事はしっかりしてもらわないとな」

 

 話したいことはまだまだ有ったけど、ここでリンディさんから呼び出しが掛かった。きっと一旦家に帰ることの話だと思う。

 

「リンディさんから呼び出しが着ちゃった。その――――」

 

「気にするな。別に、これが最後の会話にはならないだろ。自由にとはいかないかもしれないけど」

 

「またね、士郎さん」

 

 そう言って、私は回線を切った。

 そして、私たちはまた会議室へ向かって行った。

 

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 エイミィに頼んで十年前程まで遡って、大火災について調べてみてはもらったけど、結果として特定が出来なかった。火災自体はいくつも浮かび上がったけど、どれが【魔導師】によるものかまでは特定は出来なかった。

 やはり、地球側では原因不明の大火災として処理されている可能性が高いみたいね。こうなると特定は困難。当事者たちの行方も掴めないから、裁くこともできない。

 

 

 それにエミヤさんの話を聞いて、私も衝撃を受けたわ。彼は幼少期にそのような目に遭ったと言った。それは今のなのはさんよりずっと幼い。親にもっとも甘える時期に、【魔導師】によって日常は壊された。それなら、【魔導師】の存在その物を恨んでもおかしくはない。でも、彼は私たちにそのよう眼で見なかった。

 加えて、理不尽な目に遭ってもそれに対する悲しみや憎しみを感じられなかった。おそらく、そうは思えない程に、心が壊されてしまったのだと…………。

 悲しかった筈のことに涙を流さない。辛かったことの筈なのに一切の乱れもない。それを考えると心が痛む。

 

 

 そして今、戻って来た地球で災いが起こるかもしれないと知った彼は、それを防ぐために行動している。立派なことだと思うわ。

 けれど、この件に関わってしまったのも、元を辿れば【魔導師】によって彼の故郷が焼け野原にされたことになる。それさえ無ければ、御両親が居て、【魔法】に関わることもなく、平穏な日々を過ごせていた筈だった。

 

(彼については追々検討しないといけないわね。助けてくれた【魔導師】についても話を訊かないと。これは私が留守にしている間にクロノに頼みましょ)

 

 私たちがするべきことは沢山あるわ。『ジュエルシード』の件。なのはさんの今後のこと。そして、プレシア女史たちやエミヤさんのこと。

 私の呼び出しで会議室へなのはさんが戻って来たところで、思考を区切った。

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 母さん――――いや、艦長はなのはたちと地球へ向かった。一時的な帰宅。長期に渡って『アースラ』に滞在していたことを気にしていた艦長の計らいだ。

 彼女にも、彼女自身の生活がある。それを大切にするのは当たり前だ。

 そして今、僕はエイミィと彼――――エミヤシロウと会話を開始するところだ。

 

「じゃ、繋ぐよ。クロノ君」

 

「頼む」

 

 短く返した僕の返答を聞いたエイミィは、キーボードを叩いて、ホロモニターを表示する。

 

「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。以前にも名乗ったから、知っているとは思うが」

 

「衛宮士郎だ。魔法関連の組織には属していない。向こうの人間と関わりがあるのは、俺をミッドチルダに連れていって、魔法の知識を教えてくれた【魔導師】ぐらいだな」

 

「君の過去――――【魔導師】に故郷が焼かれたことについては調べたが解らなかった。助けてくれた人物から確認を取りたいので、名前を教えてもらいたいな」

 

「ベル。管理局とはいくつか接点があったみたいだから、そっちの方でも知られているんじゃないのか?」

 

「エイミィ」

 

「はい、は~いっ」

 

 エイミィがキーボードに指を走らせる。こっちの方は簡単に調べが付いた。

 

「ベル。フリーランスの【魔導師】みたいね。『管理局』もいくつかの依頼を出しているみたい。主な活動は違法魔導師の確保、闇取引の制圧、災害キャンプの援助とか色々やってる。特に問題はなさそう」

 

「連絡出来るか?」

 

「彼も色々と忙しいみたいだから……取り敢えず、『管理局』が連絡に使った方法でメッセージを送ってみるね」

 

 そう言ってエイミィは再びキーボードに指を走らせる。これで一つの確認はその内に取れる。

 エミヤシロウが悪人とは考えていないが、『管理局』に敵対行動を取った事実は変わらない。だから、取り調べのような形になるのも仕方がない。

 

「君はフェイト・テスタロッサとは『ジュエルシード』に遭遇した際に出会ったと言ったが、それ事実なのか?」

 

「事実だ」

 

 短く返された。声色も平常としていて、揺らぎを感じさせないものだ。

 

「彼女が『ジュエルシード』集めている理由は君と同じか?」

 

「フェイトは母親のプレシアから頼まれて集めてる。事態の収拾は少なくとも、フェイトと俺は共通認識として持ってる。

 ただ、プレシアは解らない。先も言ったけど、俺もフェイトたちにも理由を教えてくれなかったからな」

 

「そうか。プレシア・テスタロッサは兎も角、君たちは『ジュエルシード』をこれと言って使用するつもりはないんだな」

 

 最も重要なことを訊き終えた僕は、次の質問を投げる。

 

「どうしてあの時抵抗した。君の話を聞く限り、あそこでの戦闘は無意味だったと思うが」

 

「俺もそんなつもりは無かったさ。でも、あそこであのまま話をしたら、俺の正体がなのはにバレただろう。それは避けたかった。

 それに牽制とは言え、いきなり現れて、攻撃するのを黙って見てることなんて出来ると思うか?」

 

「あの時既に、彼女は【魔法】に関わって――――」

 

「だからと言って極普通の女の子に重荷を背負わせるのをよしとするのか?」

 

 一変として彼の声色が鋭くなった。会話の中で薄々感じていたけど、彼は自分のことより、他人のことになると感情が強くなる。

 

「なのはは自分の意思で決めたって言った。なら、俺が言うのは筋違いかもしれない。でも俺は、【魔法】に関わって欲しくなかった。

 彼女は地球に住む女の子だ。危険が伴うようなことには関わって欲しくない」

 

「君は彼女のことを考えて、正体を隠すことを選んだんだな。僕の牽制から庇ったのも――――」

 

「ああ」

 

「君の気持ちと事情は理解した。ただ、確認を取れるまではそこに居てもらう。少し時間が掛かるかもしれないが、了解してくれ」

 

 一通り質問を終えてホロモニターを消す。

 

「エミヤさん、イイ人だね。自分のことよりなのはちゃんたちを優先する優しい人。過去にそれだけのことを経験したってことでもあると思うけど……」

 

「彼自身は問題無さそうだ。ただ、プレシア・テスタロッサが『ジュエルシード』の回収目的を誰一人として伝えていないのは予想外だったな。考えたくはないが、母親に利用されている線も――――」

 

 確認が取れた情報から詮索しようとしたところで、メッセージが届いた音が鳴り響いた。

 

「あ、返ってきた。開くわね」

 

 逡巡せず、届いたメッセージを開くエイミィ。差出人はベルと言う【魔導師】からだ。そこには――――

 

『俺のことは管理局の方で大体解っているだろうから、自己紹介は省かせてもらう。メッセージに書いてあったことだが、事実だ。俺がシロウをミッドチルダに連れて、魔法の知識を教え込んだ。

 今の住まいを用意したのも俺だ。で、そんな俺だが、今は別の依頼中で手が放せない。そっちの赴けるのは先になりそうだ。

 シロウの人格は保証する。自分より他人の心配をするお人好しだ。まぁ取り敢えず、シロウにはこう伝えてくれ。

“何やってんだこのバカ“ってな』

 

 

 魔導師の確保や闇取引の制圧などから想像していた人物より丸そうな性格をしていそうだなと感じた僕だったけど、そんな余計な思考は削ぎ落とす。

 

 

 これで彼の過去の正否は明らかになった。残るは『ジュエルシード』の案件だ。

 プレシア・テスタロッサは姿を現すとは考えにくい。よって、フェイト・テスタロッサか使い魔の狼から確認を取るのが優先か。

 

「これで彼の過去の確認が取れた。エイミィ、艦長に連絡を頼む。これなら、護送室からは出られるだろう。まぁ、『アースラ』内部には居てもらうとは思うが。それと、このメッセージを向こうに送ってくれ」

 

 

 

 ――――――クロノの指示で、エイミィは届いたメッセージを士郎の居る部屋に表示する。それを見た彼は、険しい表情になり、何かを考えているようだった。

 

 

 

 

 

 

 



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16話 昏迷

 それは、緑豊かな地での記憶。

 幼い少女が魔法を学び、一流の【魔導師】になる為に過ごしていた日々の中での、憩いの時間。

 

『今日はここまでだな。ほら、そろそろ寝ろ。夜更かしをすると、明日起きれなくなるぞ』

 

『もう少しだけでも……だめ?』

 

『だめ』

 

 ねだる子供を宥めるような声色で、少年は少女に言った。

 毎晩、少女が眠りに就く際には、彼女の教育係りを勤めている女性と少年が1週間ごとに交代しながら本を読み聞かせていた。

 少女にとって、それは1日の中で楽しみなことの一つだった。優しく、聞きやすいように抑揚された声を聞くのは飽きなかった。

 

『じゃ、お休み、フェイト』

 

 少年は本を閉じて、少女のベッドの隣に置かれた椅子から腰を上げた。ここに来てから繰り返してきた動きで、部屋の明かりを消そうと手を伸ばしていく。

 

『うん。お休みなさい――――お兄ちゃん(・・・・・)

 

 少女の呟きを耳にした少年の手がピタリと宙で止まった。少し驚いた表情で視線を返す。

 遠い昔、少年をそう呼んだ少女が居た。その声と目の前の声が違わないのは、共に過ごした少年も感じていた。今の言葉は発音の抑揚こそ少し異なっているが、声は紛れもなく昔に聞いたモノだった。

 

『あ、今のは――――』

 

 自分が口にした言葉に戸惑った。少年のことはいつも「シロウ」と名前呼びなのに、少女は自然と「お兄ちゃん」と呼んだ。

 理由は判らない。ただこの時は、本を読み聞かせてくれた少年の姿を見ていたら、反射的に出てしまった。

 

『……フェイトがそう呼びたいなら……俺は構わないよ』

 

 少し間を置いてから、少年は優しく微笑んでそう言った。

 少女から戸惑いが薄れるのを見届け、少年の手が再び照明のスイッチへ伸び始める。

 

『お休み』

 

『お休みなさい』

 

 スイッチを押されて、部屋の明かりを落ちる。1日を終えた少女の部屋から少年は出て行った。

 

(私がシロウを『お兄ちゃん』って呼んだのは、この時だけだった)

 

 懐かしい記憶が彼女を揺らす。

 

(だって恥ずかしかったんだもん……。それに、ずっと『シロウ』って呼んでいたのに、急に変えるのに少し抵抗が有ったから)

 

 自身へ言い聞かせるように、彼女は独白する。

 しかし、揺らされて彼女の中に生じた波紋はさらに昔のことを思い出させる。

 

(それにしても、不思議な感じだったかな。昔にもシロウのことを『お兄ちゃん』って呼んでいた気がする。

 でも、気のせいだよね。シロウとは会った時から名前呼びだったし……)

 

 少年のあの様に呼んだのは、あの一瞬だけだった。

 少女が再び目を覚まし、少年と朝食の場で顔を合わせた時には、元通りになっていたのだ。

 

 

 恋しい風景を見ていた彼女は暗闇に落ちていく。

 これは夢。ずっと見ていることは叶わないのだから――――――

 

 

 

 

 

 目が覚める。

 風が頬を撫でている。けれど、目覚めを迎えることを歓迎する柔らかい風ではない。全身を吹き抜けていくのが体感できる程の強い風だ。

 

(そっか……今のは夢だ。私は海上で『ジュエルシード』を集めに行って――――)

 

 頭の回転が鈍い。感電して麻痺が残っているような不快な感覚も含まれている。

 それでも、本来の回転速度をゆっくりと取り戻していく。

 

(あの子と『ジュエルシード』を挟んで話しをしている時に、母さんの魔法が来たんだ……。

 それからシロウが私たちを庇ってくれたけど……私はその余波を受けて気絶しちゃって――――そうだ、シロウは!?)

 

 

 フェイトはすぐさま体を動かす。が、動けなかった。

 視線を体に向けると、その理由は解った。誰かの脇に抱えられていたのだ。

 接している所から伝わってくる暖かさで、フェイトは自分を抱えているのは誰なのか把握した。

 

「アルフ」

 

「……! 気が付いたかい、フェイト。

 もう少しでマンションに着くから、待っててね」

 

 アルフの声は最初の方こそ緊迫していたものの、フェイトの意識が戻ったと解ると、冷静な声色になる。

 

「アルフ……シロウは?」

 

「………………」

 

 フェイトの言葉を聞いたアルフは黙り混む。

 近くに居た筈の士郎が見当たらない。フェイトは彼が別ルートで撤退しているのかと考えはした。

 しかし、アルフの雰囲気が普段と違って重々しい点から、直感的に何が有ったんだと解った。

 

「シロウはフェイトと白いのを守って……海に墜ちて行ったよ……」

 

 それを聞いた瞬間、フェイトは抱えられている状態から抜け出そうと強引に体を捻る。

 今から全速力で戻れば、士郎と合流できる。だから、彼女は『ジュエルシード』の在った海上まで戻ろうとした。

 

「今戻ったら『管理局』に捕捉されるよ!

 シロウなら大丈夫だよ……だって――――」

 

 

 アルフの制止は尤もであった。ここでフェイトが戻ったら『管理局』に捕捉される可能性は高くなる。現場には『執務官』が居るのだ。場所自体が監視されていることを想像するのは難しくない。

 

(今、捕まったら……母さんの願いを叶えられなくなる。

 でも、シロウを放っておく訳には……)

 

 母を取るか――――

 彼を取るか――――

 二択を迫られる。

 二人ともフェイトには大切な人物だ。どっちかを選べと問われて……決められる訳がない。

 

「フェイト、シロウを信じよう。きっと、海に潜ってそのまま離脱してるさ。今は合流出来なくても、その内に会えるよ」

 

 苦悩するフェイトへ、アルフはそれを打ち消すように発破を掛ける。自分は迷うこと無くフェイトを選ぶと決めているが、彼女はそうはいかないと分かっている。

 それでも、フェイトの不安を取り除こうと、気丈に振る舞った。

 

「そうだよね……シロウなら、大丈夫だよね……」

 

 彼が強いことはよく知っている。実戦の場面を間近で見たことはないが、研がれた技量は疑うことなく達者だ。

 士郎なら大丈夫。彼は強い。例え今は会えなくても、暫くすればまた会える。フェイトはそう彼の安否を信じることにした。

 

 

 アルフは引き続きフェイトを脇に抱えられながら、空を突っ切った。その先で辿り着いたのは彼女たちが拠点に使っているマンションの屋上。

 早々にフェイトは転移魔法の準備に取り掛かる。行き先は無論、彼女の母親が待っている『時の庭園』だ。

 以前と同様に詠唱で座標を指定する。光が生まれて、彼女たちを包んだ。

 

 

 転送される感覚が収まり、二人に視界が戻る。一々反応することは無い。無事に『時の庭園』に転移したのだ。立ち止まらず、フェイトは報告をするために“玉座の間”に足を向けた。

 今までのことから、アルフは彼女へ付いて行こうとした。しかし、フェイトは「外で待っててね」と、これまでのことを繰り返すばかり。

 主の頼みを聞いて、渋々ながらもアルフは了解してくれた。

 

(これは、私が母さんに言わないといけないことだから……。アルフの気持ちも解るけど――――)

 

 大きな扉を前にして、アルフとの会話がフェイトは心に痛みを刺す。母親との話が終わる度に、アルフが自分へ流す涙を思い浮かべると苦しくなる。でも、止まれないからと、自分を奮い立たせる。

 不安と心苦しさを胸に秘めながら、フェイトは母親の居る“玉座の間”の扉を開いて、足を踏み入れた。

 

 

 母親の姿をすぐに目視が出来た。相変わらず、プレシアは普段と同じように玉座で頬杖を付きながら、腰掛けていた。

 全身に掛かる空気が厳しくなるのを感じならがも、フェイトは一歩一歩とプレシアの近くまで歩き寄って回収した『ジュエルシード』を取り出す。

 アルフが海上で回収した3つ。

 士郎が執務官と闘った時に、彼がフェイトへ回収を促した1つ。

 彼と別行動中に自分たちが回収した2つ。

 ――――合わせた6つだ。

 

 

 それらは宙を宙に漂うと、風に流れるようにプレシアの手が届く所までゆっくりと飛んで行った。

 プレシアは『ジュエルシード』に視線を向けて、しっかりと見る。回収したのは6つ。3人で協力したとするなら上々の成果だろう。しかし、彼女の表情は険しかった。

 

「あれだけの好機を前にして残り半分の回収を逃すなんて……」

 

「ごめん……なさい……」

 

 母親の悲しむ声が聞こえた。

 

(いけない……私は母さんに笑顔を取り戻して欲しいのに……私が悲しませてる)

 

 重苦しい感情が胸に広がる。

 

「――――シロウの協力が有ってこの成果……平穏に住まう彼を巻き込んでの有り様……」

 

「母さん……その……シロウは――――」

 

 フェイトが士郎の名前を口にすると、プレシアは鋭い目付きで睨んできた。まるで、極地を覆っている氷で作られた冷気漂う刃物の切っ先が突き付けられたような恐怖が彼女を襲う。

 

「貴女は彼のことを考える余裕なんて無いでしょう。今、貴女がやるべきことは何?」

 

「ジュエルシードの回収……です……」

 

「そうよ。解っているならいいわ」

 

 プレシアは一度、目蓋を閉じる。フェイトの認識を確認のを出来たことを示すように。

 彼女が再び目蓋を開けると、玉座から腰を上げて、フェイトの前まで歩いてきた。

 母親は見下すように上から娘を見る。母娘の身長の差を考えれば、このような形になるのも当然であるが……向けられている目付きは娘をたじろがせる。

 

「心苦しいけど――――私は貴女を叱らないといけないわ……貴女は私の娘、解ってくれるわよね?」

 

「……はい……」

 

 部屋の左右の端から伸びたチェーン型のバインドがフェイトの両腕に絡み付いて、地面から少し浮かび上がった所まで引き上げられる。

 その光景を前にしたプレシアの手元には鞭が出現する。そこから先は考えるまでもない。繰り返されたことが繰り広げられるだけ。

 鞭が振るわれて、フェイトは服の上から叩かれていく。

 

(でもこれは…………私が悪い子だから――――)

 

 鈍い音が響き、激痛が全身を駆け巡る。歯を食い縛って耐えても、反復する黒い軌跡に絶叫が漏れ始めた。

 

 

 

 

 

 鈍い音も絶叫も途切れ、静寂に包まれた“玉座の間”に足音が反響する。床を叩きつける足には力が籠っており、タイルぐらいならば踏み砕いてしましそうだ。

 それほどにまでアルフの我慢は限界だった。今日この日まで、フェイトの言い付けを守って母娘の会話には立ち入られなかった。自分が居ることでプレシアの気分を害したら余計に主を追い詰めるとも見越していたからでもある。

 だが、実際はどうだ? その場に自分が居ようが居まいがフェイトは傷だらけになるだけだ。今も、部屋の中心地には鞭で打たれた彼女が横たわっている。

 

「フェイト……フェイトっ!!」

 

 アルフは涙を零しながらも小さな体を抱き起こす。声を掛けるが返事は帰って来なかった。体を揺らしても目蓋を開けないということは、今すぐに意識を取り戻さないだろう。

 しかし、少し荒めだが息はしている。彼女がされたことを考えると当たり前だ。全身に衝撃が走れば、その度に呼吸は乱される。

 

「……フェイト…………」

 

 フェイトを抱くアルフの腕が震える。傷を負うのを防げないばかりか、癒すことも出来ない。けれど、何もしない訳にはいかない。

 治癒系統の魔法が使えないことを悔やみながら、アルフはフェイトをそっと横に寝かせて、上からマントを被せる。健やかとは言えない寝顔を一瞥した後、鋭く部屋の奥を睨んで、歩き出す。

 

「あの鬼ババ……」

 

 声には未だかつてない怒りが宿っていた。

 進むごとに守るべき者から遠ざかり、忌まわしい者へ近付いていく。

 僅かに残っていたアルフの冷静さが、「主を連れて、地球へ戻れ」と警告してくる。自分では正面切って敵わないと直感も告げている。この先で待っているのは【大魔導師】だ。使い魔一匹でどうにか出来る範疇ではない。

 

「……でもね――――」

 

 奥歯を鳴らして、爪が手のひらに食い込む程の力で拳を作る。

 今まで一緒に歩いてきたフェイトのことを思い出す。アルフの知っている誰よりも優しくて、暖かな少女。自分に心配は掛けまいと、強く在り続る少女。母親の目的のを知らされずとも、「笑顔を取り戻してくれるなら」と頑張っている少女を幾重にも傷付けた相手がこの先に居る。

 それが判っていながら、どうしたら黙って引き下がれるのか。

 

「――――――――――」

 

 呼吸をすると体が火のように熱を帯びて、完全に切り替わった。

 頭の中に余分な思考は無い。

 漲る力を拳に込めて、殴るべき相手の許へ向かった。

 

 

 

 

 アルフの目の前に現れた入り口らしき扉を、彼女は殴り付けて粉砕した。この状況で素直に開いて、足を踏み入れようとなどと思いはしない。

 邪魔な壁が失せたところで、アルフは激憤を燃やして遺跡跡地を連想させる場所へ踏み込んだ。明かりは点いているが、暗鬱な場所だった。半壊した石造りの柱や妖しく枯れた木々が立っている。歴史を讃える場所とは到底見て取れず、物騒な儀式が執り行われそうだ。

 

 

 そんな人が寄りたがらない場所に、プレシアの後ろ姿が在った。おそらく、彼女なら誰が来たのか判っている。士郎はここに居なく、フェイトも“玉座の間”から動けない。残るは使い魔だけだ。

 だと言うのに、プレシアはアルフヘ背を向けたままでいた。静かに、部屋の奥に浮遊している『ジュエルシード』を一心に眺めている。

 

「……………………っ」

 

 その背中がアルフの感情を逆立てる。

 端からそれ以外は眼中に無いと示す姿勢を見て、気を収めることは決して出来ない。

 気が付いた時には、アルフは既に足元を力強く蹴って、プレシアへ飛び掛かっていた。引き付けた右拳を打ち出して、目の前の肩へ伸ばす。

 アルフの手が届く前に、物理障壁が立ち塞がった。腕力に自信の有る彼女を止める防御。流石の大魔導師。詠唱抜きで展開されたことに、アルフは少なからず驚いていた。

 

「う……がぁぁッッ!」

 

 強引に力を押し込んで、砕く。

 硝子が砕けるような音が鳴り響いた時には、アルフの手はプレシアの胸ぐらを掴んでいた。

 

「あんたはフェイトの母親だろ……あの子はあんたの娘だろっ! 一生懸命なあの子に、何であんなことが出来るんだよっ!?」

 

 感情の防波堤が決壊して、塞き止めていた激情と共に言葉が荒波を立てて荒れ狂う。

 涙が零れて視界が滲もうが、彼女は力を緩めない。

 

「……………………」

 

 最早、怨嗟の声とも捉えられる叫びに、プレシアは表情一つ変えなかった。平然と、喜怒哀楽を感じさせない表情をしてる。いや、もとより彼女の視線はアルフの目に合っていない。話をする気など持ち合わせていないのだ。

 

 

 その関心が無い様子を見ただけでも、尚更溢れ出る物がある。目の前の相手はフェイトだけではなく、士郎にすら手を出した。

 ……ひょっとしたら、目に映る者全ては“駒”に過ぎないのかと疑心がよりアルフを掻き立てる。

 

「シロウにもあんたは……フェイトが慕っているあいつにも攻撃したっ! あんたにとって――――」

 

「黙りなさいっっっ!!」

 

 閉じっきりだったプレシアの口が突如に開いた。飛び出した声に苛立ちが込められている。その感情は声だけではなく、俊敏に攻撃魔法の実行をさせた。

 プレシアの右手がアルフの腹部へ流れ、衝撃波を打ち出す。不意の反撃を受けたアルフは後ろへ吹き飛ばされた。

 

「っ!」

 

 背中から壁に衝突する。衝撃が走り、鈍痛が体に残る。急いで体勢を建て直そうとするが、動きが鈍い。防御が間に合わなかったとはいえ、受けたのはたった一撃だ。腹部を押さえながら早く落ち着けと念じているアルフの所へ、プレシアは近付いていた。

 

「使い魔ごときにシロウのことをどうこう言われたくないわ。あの子にも――――誰一人にも」

 

 冷たく、背筋まで凍りそうなほどの目付きで一瞥してくる。声色も今まで聞いてきたものとは違っていた。フェイトに対して向ける、“苛立ち“や“怒り“ではなく、哀しさ、心苦しさを感じる声色だった。

 

 

 その“違い”がアルフの中で引っ掛かり続けていた。

 前に彼女はフェイトから話を聞いて、行われそうだった“お仕置き”が士郎によって防がれことを知った。

 しかし、それは本来なら考えられなことだ。彼がプレシアと面識があることをアルフも知ってはいる。が、そこまでの影響力が何故、士郎に有るのか解らなかった。

 

「あんたにとって、シロウは何なんだい?」

 

 漏れたのは自然と気になった言葉。他意は無かった。

 けれども、それを聞いた瞬間、プレシアの表情が激変した。これまでに無い程の憤懣に染まった顔。凄い剣幕だった。

 

「目障りよ。消えなさいっ!」

 

 突き向けられた“杖“から撃ち出された魔力弾がアルフを襲った。威力も苛立ちもさっきのとは段違いだった。

 寸でのところでアルフは防御したため、致命傷を負うことは避けれた。しかし、傷は軽くはない。勢いに押し出された彼女は『時の庭園』の外に広がっている『次元空間』に放り出された。

 

(転移しなきゃ……フェイトちょっとだけ待ってて。シロウ、ごめんよ……約束――――)

 

 途切れていく意識の中、アルフは転移魔法を発動させる。『次元空間』を漂流する羽目になったら手詰まりだ。それだけは防ぐべく、何処でもいいからと転移を実行した。

 光が『次元空間』に広がっていく最中、彼女の視界は真っ暗になった。

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 高町なのはと“フェレット”のユーノは一旦、地球に――――なのはの家に戻っていた。彼女が長期に渡り『アースラ』に滞在することを気にしたリンディが、家族に顔を合わせることと、欠席し続けている学校に少しは行った方がいいと提案したのだ。

 

 

 戻る際にはリンディがなのはに同伴して、なのはの家へ向かった。リンディには真っ先にしなければならないことがあった。そう、なのはがここ暫くどうしていたかの説明である。

 だが、ありのままに話す訳にはいかない。【魔法】の存在、娘さんは立派に戦っています……などと口が割けても言えない。よって、リンディがなのはの母親である桃子へ口にした事柄は、真っ赤な嘘となのはが内心で思う程の誤魔化しであった。

 余計な心配を掛けないための気遣いであることは、なのはも解った。それにしても、湧水の溢れるが如く発せられる声は彼女を驚かせた。

 娘の複雑な心境を知る由も無い桃子はリンディの説明を疑うことはなかった。むしろ、子を持つ母親としての会話に花を咲かせていた。

 

 

 

 それが昨日あったことである。

 日付が変わり、なのはは1週間ぶりに学校へ行った。久しぶりの教室で、彼女を人一倍迎えてくれたのは親友のアリサとすすかだった。

 前日になのはからのメールで「明日は学校に行くよ」と知らされた二人は、彼女を心待ちにしていた。

 彼女たちは朝から賑やかだった。1週間もなのはが居ないこともあって、話題は絶えないぐらいに有ったし、一緒に食べる弁当がいつも以上に美味しかった。親友たちと過ごす時間は暖かく心地好かった。

 

 

 しかし、なのはにはまだやることが残っている。今回のは一時的な帰宅だ。

 なのはが「また行かないといけないんだ」と伝えると、二人は残念そうに顔を曇らせた。心配もしてくれた。本当のことを話せないのになのはは切なくなる。けれど、彼女は最後までやりきること――――フェイトから返事を聞くと決意をした。だから、今は痛みをはらんでも、彼女は前に進む。

 

 

 一通り話が終わった後、今日の放課後は遊ばない? っと、なのはは二人に誘われた。折角戻って来たことだしと彼女は誘いに応じて遊ぶことにした。

 その際に、アリサは言った。昨日の夜に怪我をしたオレンジ色の犬を拾ったと……。その犬になのはは心当たりがあった。なので、なのははアリサに拾った犬に会わせて欲しいと頼んだ。

 元々、アリサの家は犬屋敷で、何度も犬と遊ぶことも有ったのでその頼み事にすんなりと通った。

 

 

 約束通り、放課後、3人はアリサの家に集まった。

 そこの庭にはオレンジ色の犬――――狼姿のアルフの姿が在った。彼女は大きな檻に入れられていて、一般人なら犬としか見えないだろう。

 何故、ここに居るのか訊こうとした時になのはは気付いた。アルフの体の至る所に包帯が巻かれていたのだ。学校でアリサから怪我をしているとは聞いていたものの、決して軽いものではなかった。これは事故などではなく、誰かに傷つけられた怪我だ。

 そのことに戸惑っているなのはへ、アルフが念話を繋げる。

 

(あんたか……)

 

(その怪我、どうしたんですか? それに、フェイトちゃんは?)

 

(………………)

 

 言いづらそうな表情になって、アルフは黙り込んだ。

 

「あらら……どうし? 大丈夫……?」

 

「傷が痛むのかも……そっとしといてあげようか……?」

 

「――――うん」

 

 なのはとアルフの念話が聞こえていないアリサとすすかだか、雰囲気の変化には気付いたようだ。

 

(なのは、彼女からはボクが話を訊いておくよ。レイジングハート通して中継もするから、ここは任せて)

 

(ありがとう。お願いね、ユーノ君)

 

 ここはユーノに任せて、なのははアリサたちと一緒にの屋敷の中へ。

 庭から人影が無くなったところで、会話が始まった。

 

(一体どうしたの? 君たちの間で何が……?)

 

(まず確認しておきたいんだけど、あんたが居ると言うことは管理局の連中も見ているんだろう?)

 

(うん……)

 

(そうだ、ここで私たちがお話するはいいけど、管理局にも――――)

 

 と、なのはが考えようとした時に、新しい声が聞こえてきた。

 

(時空管理局執務官――――クロノ・ハラオウンだ。

 事情を聞こう。ああ、彼も交えてね)

 

(彼? そうだ……海に堕ちていったアーチャーをあんたたちは知って――――)

 

(俺だ、アルフ)

 

 クロノ声に続いて士郎の声が響いた。

 

(よかった。事実確認が取れたんだ……)

 

 彼の声を聞いたなのはは心の中で息を漏らした。これで、彼女が気にしていたことの1つが解消された。

 

(無事だったかい……ごめんよ、あの時――――)

 

(いや、アルフの判断は間違っていない。フェイトの手を取った選択は正解だ。

 今、俺はアースラに居る。海に落ちた後にユーノの引き上げられた流れでな。あと、アーチャーの呼び名はもういい。もう、なのはに知られちまったからな。

 それより、一体何があった? その傷は――――フェイトはどうした?)

 

 異変を感じ取った声色で士郎はアルフに確認を取ろうとする。

 なのはたちには聞こえるのは声だけだが、強張った様子でいるのは彼女たちも感じ取っていた。

 

(フェイトは鬼ババのお仕置きを受けて……気絶してた。あたしは頭に来て飛び掛かったけど、返り討ちさ。で、気が付いたらここに……)

 

(プレシアがフェイトに!? そんなことをする理由なんてどこにもないだろうっ!)

 

(……すまないが、こちらにも解るように説明してくれ)

 

 士郎とアルフの会話にクロノが割って入り、事態を認識するために詳しい説明を求める。

 

(全部……話すよ。だけど約束して! フェイトを助けるって! あの子は何にも悪くないんだよっ!!)

 

(約束する)

 

 クロノの短い返答を聞いたアルフは説明し始めた。

 それは、なのはが思っていることより、重く、悲しい現実であった。

 

 

 

 

 

 

 アルフからの説明をクロノたちは『アースラ』のモニター越しに聞いていた。

 その内容は――――

 プレシアが自分の娘であるフェイトに『ジュエルシード』の回収を命じたのが全ての始まりだということ。

 フェイトはプレシアから虐待じみた扱いを受けていること。

 自分たちと士郎を含めた3人は目的も『ジュエルシード』の詳細も何一つ説明を受けていないことを。

 その他にもアルフは知っていることは全て話した。

 

「これで君たちの証言に矛盾点が無いことは確認できた訳だが……エミヤシロウ、君は現状をどう見る?」

 

 漸くこの騒動の大本、フェイトの現状を把握したクロノは士郎に意見を問う。自分たちよりフェイトの身近に彼の方が彼女の状況に詳しいだろうという判断をしたからだ。

 

「今、アルフから聞いたことは間違い。プレシアのこともあるが、フェイトの方が問題だ。まだ10歳にもなっていない女の子だぞ……このまま虐待が続くのは命が危ないだろ……」

 

「それは僕も同感だ。

 これから僕たちはプレシア・テスタロッサの捕縛行動に移行する。『アースラ』を攻撃した事実だけでも、逮捕の理由には十分だ」

 

 士郎は心の内で引っ掛かった。プレシアの逮捕――――こうなってしまったからには仕方がないと言えばそうなるだろう。彼女は自分から『次元跳躍攻撃』を仕掛けて、『アースラ』にも被害をもたらした。

 だが、彼には彼女がそこまでの強行に出た理由が解らない。『ジュエルシード』を執拗に求めているプレシアの姿からの想像に過ぎないが、これは焦りから出たことと推察はした。それでも、“引っ掛かり”を取り除けない。本来なら、気付かれない行動を取るべきだった。それが判らないプレシアではない筈だ。

 

 

 一番に士郎が理解できないのは、プレシアが娘を巻き込んでまでの強行を取った事実だ。あれほどに優しかった母親が自身の魔法で娘を危険に晒すのか? 【魔法】について彼女は深く理解している筈なのに……。

 様々な情報が錯綜する。しかし、今揃っている情報だけでは士郎の考えはまとまらない。彼女が何を苦しんでいて、何に焦っているのかが解らない限り、彼は思考は落ち着かない。

 

「これからの『アースラ』の最優先事項はプレシア・テスタロッサの逮捕になる。

 君はどうする? 君は別段、管理局に害を与える人物では無いことも、『ジュエルシード』による被害を抑えるために行動していたのも確認できた。これと言って君を拘束する理由もないのだが」

 

「なら俺を地球に送ってくれ、アルフと合流する。彼女をあのままアリサの所に預けっぱなしはよくないだろう。アリサも一般人だ、使い魔を側に置くのは避けるべきだ」

 

「了解した。エイミィ、彼の案内とデバイスの返却を頼む。僕は艦長の所に行ってくる」

 

「解ったわ」

 

 そう言って、クロノは部屋から出て行った。

 部屋に居るのはエイミィと士郎の二人だ。

 

「じゃ、付いてきて。まずはデバイスの所ね」

 

「お願いします」

 

 エイミィが歩き出し、士郎は彼女に付いていく形で部屋を出た。

 二人はデバイスが保管されている別室まで徒歩になる訳だが、二人の年齢を考慮すれば、会話の一つもなければ味気無い。その間は雑談をしながら向かうことに。

 

「ちゃんと自己紹介をしていなかったわよね? 私はエイミィ・リミエッタ、16歳。

 クロノ君は私の直属の上官だけど、学生時代からの友人」

 

「衛宮士郎、16歳です。みんなからは『士郎』と名前で呼ばれているのでそう呼んでください。

 エイミィさんはクロノと親しいような感じはしていましたけど、そうだったんですか」

 

「敬語じゃなくて別にいいよ? 同い年だし」

 

「そうです――――そうか、じゃあそうさせてもらうよ」

 

 互いに自己紹介を交わす。

 その後、エイミィは士郎の顔をじっと見詰め始める。

 

「何か、付いてるのか?」

 

「そうじゃないんだけど、同い年って言われてね……正直、私は年下かなって。その――――シロウくん、童顔じゃない?」

 

(グサッ!?)

 

 士郎の中で刃が突き立てられた。“童顔”――――それは、士郎がそれとなく気にしていることだ。顔を洗う時や風呂場の鏡に映る自分の顔立ちを見る度に感じていた。彼は背丈が特別高い訳でもない。眼鏡を掛けたら完全にアウトだと悟ってもいた。

 その数少ない彼の“所”をピンポイントでエイミィは言ってれたのだ。

 

(でも、俺の将来って180cm越えの体格になる可能性があるんだよな。“アイツ“がそれぐらいになっていたんだから、俺もそうなる筈だ……多分……)

 

 顔立ちは仕方ないので百歩譲るとしても、背丈が高くならないのは困る。

 故に、現実の悲しみを将来(りそう)の体格をイメージして薄める。

 

「ここよ」

 

 辿り着いたのデバイスが納められた武器庫だろうか。

 エイミィはパネルを操作してドアを開き、入室する。

 再び姿を現した彼女の手にはブレスレット――――スタンバイモードの士郎の相棒、ウィンディアが握られていた。

 

「はい。これと言って弄ってはないわ。検査はさせてもらったけど、これといって違法要素もなかったから問題無し」

 

「ありがとう。ウィンディア、調子は?」

 

「主!? 大丈夫でしたか? 貴方は無理が過ぎます! あれ程の攻撃魔法を自分を盾にしてまで防ぐのは! もっと自分のことを大切に――――」

 ガミガミとは少しニュアンスが違うが、吹き荒れる風のように言葉を投げてくるウィンディア。

 

(心配をしてくれてるようだし、この調子なら問題なさそうだな。むしろ、いつもより力が溢れていそうだ)

 

 相変わらずの相棒の声に、士郎は安心した。

 

「ごめん、少し無理が過ぎたな。心配してくれてありがとう」

 

「当然です。貴方は私の主……支えるのは私の役目です」

 

 宥めるような士郎の声色にどこか不満そうだが、ウィンディアは第三者が居るこの場で長々と話をするのを避けて、平常になる。

 

「主人想いなのね。いいコンビなんじゃない?」

 

「優しい主です。私は一点を除いて不満な点はありません。その一点は性格ではなく、主の当たり前のようにする“無理”に……ですが。正直、独りで居られると考えるとゾッとします」

 

「俺は頼りになる相棒と思ってる。ウィンディア、俺はそこまでか危なっかしいか?」

 

「この様に自覚がないのが重症でして……」

 

 夕暮れに泣く少女を思わせるような呟きを出す相棒。

 エイミィは話を切り替えるべく、次の目的地に向かう。

 

「次は転送ポートね。先に訊いておこうかな。何処に転送すればいい?」

 

「アリサの屋敷近くで、アルフを迎えに行きます」

 

 

 

 士郎はウィンディアを左手首に装着して、再びエイミィの後に続いて話をしながら歩いて行き、辿り着いた転送ポートからバニングス家の屋敷付近の道端に送り出された。

 

「…………」

 

 周囲の風景が変わったのを認識して、士郎は前へ足を出す。行き先は定まっている。立ち止まっている理由は無い。

 

 

 悠々と雲が流れる空の下、小さな風が駆け抜けていった。

 

 

 

 

 数分して、士郎は速度を緩めた。彼の先には在るのは山を背景した屋敷。それがバニングス家の屋敷だった。お手伝いを含めた一家でも、十分過ぎる広さを誇っている。

 

「約束も何も無いけど……大丈夫かな……」

 

 どもあれ、怯んではいられない。

 アリサなら、きちんと説明をすれば聞き入れてくれるだろうと呼び鈴を押しに踏み込む。

 

 

 士郎の突然の訪れに迎えてくれたのは、バニングス家に仕えている執事である鮫島だった。

 彼が挨拶をしてから事情を説明すると、鮫島がアルフの所まで案内してくれた。

 

 

 この時の士郎がしたアルフについては――――アルフは彼が友人から預かっている犬で、逃げ出した所を捜していたと説明した。

 無論、この説明は偽りのモノなのだが、使い魔のことに触れないで引き取るために多少の誤魔化しは仕方がない。

 

 

 鮫島の先導で士郎はバニングス邸の敷地内を進む。

 暫くすると、彼らの目前にアルフが入れられた檻が現れた。

 

「あ、士郎さん」

 

「久しぶり、3人とも。アリサ、すまない。迷惑を掛けた」

 

 声を掛けてきたなのは。

 士郎は短く返答してから、アリサに頭を下げた。

 

「大丈夫です。それよりこんな怪我――――やんちゃな犬みたいね……あ、でもご飯も食べてるし、大丈夫だと思います」

 

「アルフ、何処行ってたんだ。お前の飼い主も心配するだろう」

 

 心配しているのが解る声を出しながら、士郎はアルフに歩き寄って、額に手を置く。手を動かして撫でながら、念話を繋ぐ。

 

(取り敢えず、お前は犬で、俺が飼い主から預かっているという設定だ)

 

(まぁ、見た感じから解っていたけどね)

 

 士郎はこの場に居る皆と一通り話をして、アリサにはこのお礼はまた今度と話をまとめて、切り上げた。

 なのはもそろそろ帰宅するとのことなので、彼が付き添って帰ることに。

 彼女も彼と話したいことも有ったことだろうし、女の子一人で帰ると言うのも、出来るだけ避けことであるので、この流れは2人には都合がよかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰り道で、なのはが口を開く。

 

「士郎さんはこれからどうするの?」

 

「アルフを連れて帰って、今後のことを話し合う。フェイトのことと――――プレシアのことを」

 

「それって、フェイトちゃんのお母さんだよね」

 

「ああ」

 

 なのはの口が止まった。言いたいことが喉に突っ掛かっているのか、口籠る。

 

「……話を聞いて、悩みが出たか?」

 

「……うん」

 

 なのはがそう思うのは無理のないことだ。友達になりたいと言った相手は母親からの虐待を受けている。そんな複雑な状況に自分が入り込むことへ悩むのは幼い少女には当然のことだ。

 それ以外にも、なのはの中では色々な物が飛び交っているのを、士郎は少なからず察していた。

 

「私がやろうとしてることは、フェイトちゃんとって迷惑で、傷つけてしまうかもって思ったんだ……でもやっぱり、私はフェイトちゃんに手を伸ばしたい。友達になって欲しんだ」

 

「そっか」

 

 それでもなのはは諦めようとしない。そこが彼女の強い所だ。迷いが有っても、自身が決めたことを貫こうとする“不屈の(こころ)“。彼女は持っているのだ、自分の根っ子を。

 

「……これはフェイトから受け売りなんだけどな。『言葉だけじゃ伝わらない』ってな。だから、お前は自分の想いをフェイトにぶつければいい。

 それに、それはお前が選んだことだろう? その想いは間違いじゃない。友達になりたいって言うのは、紛れもないなのはの想いだ。なら、最後まで頑張れ」

 

 なのはは自分の想いを伝える為に戦うと覚悟を持っている。それを彼女は、自分で考えて、自分で決めたことだと『アースラ』の中で士郎へ告げていた。

 真っ直ぐで純真なその彼女の想いを、無下には出来ない。母親のために頑張る少女にもそうだったように、少年は、最後まで頑張れと声を送ることぐらいしか無い。

 

「そっか……そうだよね――――士郎さん、ありがとう!」

 

 もう、さっきまで迷っていた少女は居なかった。

 居るのは――――眼は真っ直ぐとしていて、自分の想いを貫こうとする少女だ。

 きっと彼女は迷うことは有っても、後悔をしない。自分がしたいこと……裡から溢れる想いを持って、一生懸命に向き合う。その“不屈の(こころ)“が在る限り、前に進む続けるだろう。

 例え、その先に悲しい現実が待ち構えていたとしても、彼女なら乗り越えられる筈だ。

 

 

 それは――――士郎の知っている”彼“に似ている。

 ただ一つの“理想”を秘めて歩き続けた“彼”。数多くの嘆きを知っても、限り無い絶望に直面したとしても、磨り切れずに乗り越え続けた姿。

 異なる世界の“少年”のように、ここに居る少女も自分の道を前に進むのだろう……。

 

 

 その後も、二人は話を続けながら道を歩き、明日の早朝に海鳴臨海公園で待ち合わせをすることを決めて、話を終えた。

 

 

 

 なのはを家の前まで送り届けた士郎は、アルフと共にフェイトが間借りしていたマンションへ戻っていた。

 そこにフェイトの姿はなく、彼らの目には誰一人居ない寂しいリビングが在るのみだった。

 

 

「シロウなら、なのはを止めるかと思ったんだけどね」

 

「なのはにも譲れない物は在るだろ。それに、なのははフェイトから答えを貰いたいんだ」

 

「『友達になりたい』……か。そう言えば、フェイトには友達が居なかった。私たち家族はいたけどね」

 

「俺は二人なら良い友達になれると思う。同い年のって言うのもあるけど――――二人なら友達になって、互いに支えられる筈だ」

 

 フェイトの一人で頑張る癖がある。それを悪いことだと2人は言うつもりは無いが、少しは周りに頼るべきだと思う。

 頼れる人は多い方がいい。今、彼女が頼れるのはアルフだけだ。

 でも、この先なのはがその中に入れればきっと――――

 

「シロウ、ずっと不思議に思っていたんだけど……あんたはプレシアとどんな関係なんだい?」

 

 アルフの雰囲気が一変する。以前から気になっていたことを問うような疑問の声。

 彼女には解らないのだろう。士郎がフェイトだけではなく、プレシアについても話をすると言った理由が。

 

「どんなって……俺は昔にプレシアに世話になったことがあるだけだ。その時のプレシアは今と全然違って優しかった。笑顔が合う母親だったよ」

 

「フェイトもそう言ってたけど、あたしはそれが信じられないよ……フェイトにあんなことをする鬼ババだよ……」

 

 アルフの考えは無理も無いものだった。穏やかなプレシアを知らない彼女の視点から見れば、プレシアの姿は娘を非道な仕打ちをする人物にしか映らないだろう。

 

「俺には、何故プレシアがああなってしまったのかが解らない。でも……苦しんでいるのは解るんだ」

 

「苦しんでる……あの女が?」

 

「アルトセイムにいた頃も、今も、プレシアは何を求めている。それは、今となって間違いない。それにな、そこに焦りも感じるんだ」

 

「………………」

 

 口を閉ざして考え込むアルフ。

 士郎もその正体が未だに解っていなかった。でもその正体が何であろうと、苦しんでるプレシアが居るのなら、彼女を救う。それは自分がしなければならないことだ、と士郎は自負している。

 

「アルフ、今日はもう休もう。フェイトのことも、プレシアのことも、ジュエルシードのことも気になるけど、今出来ることは無い。だから、明日に備えよう」

 

 今はどうしようもない。フェイトの行方を掴むことも出来ず、プレシアに真意を聞かせてもらうことも出来ない。

 彼らが出来るのは、この先に起こることに備えることだ。魔力も体力も――――心構えもだ。

 士郎の方針は決まっている。誰一人として欠けることなく、この騒動を終わらせる。それ以外は考えない。誰かが欠けることを考えるなんて……そんなことは彼には許されない。

 

 

 

 

 

 ――――明日は大きな転機が訪れ、荒れることになるだろう。

 高町なのは。

 フェイト・テスタロッサ。

 衛宮士郎。

 そして、『ジュエルシード』に関わった者たち。その全員が知ることになる。プレシア・テスタロッサの過去――――彼女の渇望と嘆きを。その中で衛宮士郎は彼女の裡を思い知らせることになる。

 

 

 

 

 




士郎と言い、クロノと言い……物語当初は背丈が低めなのに、後々一気に高くなりますよね……。
士郎はSNでは17歳で167cm。しかし、数年後には辺り187cmぐらい伸びる可能性有り。
クロノは無印で14歳ですが140cm台。A’Sエピローグで170cmぐらいでしたか……。
士郎の理由は解っていますが、クロノ君は何があったのかな……? ただ単に成長期でぐんっと伸びたのなら伸び幅がすごいなぁ……

次回はなのはVSフェイトですね。
+『時の庭園』突入前までを予定してます。


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17話 想いと嘆き

今日は二話投稿になりました。


 

 私たち――――ユーノ君、士郎さん、アルフさんを含めた4人は海鳴臨海公園の結界内部に居た。

 この結界はクロノたちが張ってくれたもの。周囲に被害が出ないようにするための配慮みたい。レイヤー建造物が海の中から建っているのは、何でだろう……。これって『管理局』が模擬戦で使ってる空間の流用なんじゃあ――――――

 

 

 そんなことを考えていると、短い風が吹いた。

 後ろに振り向くと――――フェイトちゃんが立って居た。

 

「よかった……シロウ……無事だったんだ……」

 

「ああ」

 

 士郎さんの姿を見て、フェイトちゃんは安堵の息を吐いた。

 今度はアルフさんが口を開く。

 

「フェイト! もう止めよう! これ以上、あの女の言いなりになっている必要なんてないよ!!」

 

「だけど……私はあの人の娘だから」

 

 フェイトちゃんは頭をゆっくりと左右に振ってから、口にした。

 それがフェイトちゃんの想いなんだね。

 私にもあるよ。自分の想いが――――

 

「なのは、フェイト。俺たちは見守ってるからな。

 だから……自分の想いをぶつけることに集中してくれていい」

 

 士郎さんがユーノ君とアルフさんを連れて、離れていく。

 ここに来る前、戦うのは私たちだけで他のみんなは手出しをしないことを条件にしていた。私とフェイトちゃんは『ジュエルシード』を集めてきた。まだ付いていないその決着は……自分たちで付けないといけない。

 だから、ここからは私たちだけ。

 

「――――『ジュエルシード』……それが私とフェイトちゃんが出会ったきっかけ。

 だから、賭けよう……お互いが持ってる全ての『ジュエルシード』を!!」

 

「「Put out」」

 

 私のレイジングハートとフェイトちゃんのバルディッシュから互いに持っている全ての『ジュエルシード』が私たちの周囲に浮かび上がる。

 

「私たちの全てはまだ始まってもいない!

 本当の自分を始めるために――――始めよう……最初で最後の……本気の勝負!!」

 

 互いに持っている『ジュエルシード』が再びデバイスに納められる。

 それが勝負を開始する合図になった。

 

 

 

**********************

 

 

 

 結界内部の海上で桜色の軌跡と黄色い軌跡がぶつかり合い、火花を散らす。

 両者は交差するごとに自身の愛機で打ち合い、金属音を鳴り響かせる。

 それが過ぎて、距離が開いたら、魔力弾の撃ち合いだ。

 フェイトがなのはの後方を取り、追走する。

 

「Photon lancer.」

 

「ファイア!」

 

 撃ち出せれた4発のフォトンランサー。雷槍は目にも止まらない速度で、なのはへ襲い掛かる。

 なのはは即座に反転して、『ラウンド・シールド』を展開して、防御をする。

 

 

 だが、フェイトはそれが通用しないと始めから解っている。動きを止めるのが目的だ。

 サイズフォームに変形したバルディッシュから繰り出された横一線の一振り。

 なのははそう来るのが解っていたかのように、高度を上げた回避した。そのまま、フェイトの後方へと移動する。

 これで攻守交代だ。

 今度はなのはから誘導弾が撃ち出される。

 

「Divine Shooter.」

 

「シュートっ!」

 

 なのはの号令により、複数の誘導弾が違う軌道を描きますながら各々にフェイトに向かって行く。

 フェイトが選んだのは――――回避では無く、迎撃。

 誘導弾は名の通り、目標を追跡する。ならば、回避行動を取るのではなく、迎撃をした方がいい。それが可能な熟練者であればの話しだが……。

 

 

 到来する全ての誘導弾を、フェイトは一閃で切り払った。鎌の性質上、連続的に振るうのは困難だ。だから彼女は誘導弾と自身の距離を計算し、一閃で迎撃可能なポジションに移動して、成功させた。

 カウンターを仕掛けるようにフェイトはなのはに急速接近。鎌を降り下ろす。

 

「Round shield.」

 

 なのははシールドを張り、防御する。彼女の守りの固さはフェイトも知っている。

 よって、追撃を入れる。

 

「Thunder Barrett.」

 

 フェイトの左手にハンドボールサイズの雷弾が形成される。それをなのはの守りの上から叩き付ける。

 発生した爆風に押しだされて、なのはは海に叩き墜とされた。

 

 

 フェイトが空中に漂い、海面を見ていると――――なのはが高速で飛び出してきた。レイジングハートの先端が槍の様に鋭くなっていて、突撃したのだ。

 フェイトのシールドとなのはの一撃が衝突する。

 

「せぇぇぇいっっ!!」

 

「……重い!」

 

 どうにかフェイトは一撃をいなすことに成功し、距離を取る。

 またフェイトをなのはが追走するが、フェイトは急に失速して、進行方向反転させる。

 その突然の挙動の変化になのはの反応は間に合わず、斧による打撃が入る。振り抜かれた一撃により、なのはは後方へと飛ばされて、距離が開く。

 そこで一旦、両者の動きが止まる。目視は合わせ続けて、どう動くのかの読み合いだ。

 先に動いたのはフェイトだった。

 

「……いくよ、バルディッシュ」

 

 バルディッシュを天へ向けて掲げて、詠唱を始める。

 

「アルカス・クルタス・エイギアス……

 疾風なりし迅雷よ

 いま導きのもと撃ちかかれ……

 バルエル・ザルエル・ブラウゼル……」

 

「Phalanx shift.」

 

「!?」

 

 フェイトの高速詠唱。魔法などは術の詠唱が長い程強力な場合が多い。彼女はそれによる術の発動が遅くなる点を、高速詠唱で補う。

 魔法初心者のなのはは、それ以前に危険な攻撃が来るのを直感的に感じ取っていた。

 回避行動を取ろうするが――――出来なかった。何故なら、フェイトが仕掛けたバインドにより両腕が固定され、身動きが取らなかった。

 

「設置型のバインドか!? それにあれは――――」

 

「ライトニングバインド……まずい、フェイトが本気だ!」

 

「なのは、今――――」

 

「……俺たちは最初に『手を出さない』と、約束した筈だぞ、ユーノ」

 

「でも、シロウさんっ!?」

 

「シロウ、フェイトのあれは冗談抜きにヤバいってっ!!」

 

 ユーノとアルフから焦りの声が上がるが、士郎は一言だけ言うと、視線を戦闘へ戻す。

 これは彼女たちの勝負であり、当事者でない者が口出しをすることを許されないことだと示すように。あるいはそれ以外に懸念があるのかのように。

 

 

 フェイトの詠唱が完了し、生成されたフォトンスフィア(発射体)は38基。

 それらがフェイトを中心に展開されている。それは小規模の星々の集まりを連想させる。

 

「打ち……砕けェェッッ!!」

 

 フォトンランサーの一斉射がなのはへ一直線に殺到する。

 1基から毎秒7発を4秒間――――それを38基のフォトンランサー(発射体)から行われる。その総数――――1064発。

 豪雨と言う例えも越える程の雷槍がなのはを襲う。

 それらは周辺の建物にも着弾して、辺り爆煙を発生させる。

 最後にフェイトはスフィアを天へ掲げた右手に集約させて、一本の雷の長槍を形成する。彼女は腕を力強く降り下ろして、投擲した。

 

「スパーク――――エンドッッ!」

 

 雷の長槍がなのはの居る地点へ向かい、爆ぜた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ――――」

 

 ほとんどの魔力を使い果たしたフェイトに疲労の汗が浮かぶ。これで決着が付いたと思われたが――――

 

 

 

**********************

 

 

 (私のほぼ全ての魔力を使った攻撃……これで――――)

 

 勝負は付いたと思っていた。けど、視線を未だに漂う煙に向けると……人影が――――

 

「……撃ち終わると……バインドも解けちゃうんだね?」

 

 耐えた? 私のあれを!?

 間違いだと思った。先の攻撃を防げる訳が無い……。

 いや、単純な話しかもしれない。単純にあの子の防御が桁違いに硬いだけ――――

 

「今度はこっちの番だよっ!」

 

「あ”ぁ”ぁ”――――」

 

 砲撃なんて撃たせない。今ならまだ……接近すれば間に合う。

 思考を切り替えて、飛び掛かろうしたけど、右足が動かなかった。

 視線を向けると――――バインドが掛かっていた。続いて左手を残してバインドが掛かる。

 

「バインド……!? いつ――――」

 

 その時に頭を過った。多分、私が詠唱している最中だと……。

 

「Cannon mode.」

 

「ディバイン――――バスターーーーっ!」

 

 あの子の“杖”が“銃”に変形して、私を飲み込もうとする桜色の息吹きが発射される。

 私は左手を前に突き出して、シールドを張る。

 大丈夫……耐え切れる……。あの子もそろそろ限界の筈――――

 

「フェイト……」

 

 私を心配するアルフの声が聞こえた。それが認識出来た時には、もう砲撃は止まっていた。

 私のダメージは少なく済んだ。砲撃の勢いに巻き込まれたマントは海に落ちて行ったけど、私は大丈夫だ。

 

(あれ? 魔力の残滓が――――)

 

 無数の仄かな光が空高く昇って行って、一点に収束してゆく。あれは……。

 

「――――Star Light Breaker.」

 

「収束……砲撃……ッ!」

 

「受けてみて……ディバインバスターのバリエーションっ!」

 

 あれの直撃を受けたら終わるッ!! それにあの高度……今からじゃ届かないっ。防御しないと……! 

 

「うぅ……あ”あ”あ”――――」

 

 気力を振り絞って、魔力を汲み上げる。先と同じ一層の守りなんて無意味。だから私は5層の守りを作った。

 

「――――これが私の全力全開っっっ!!!

 スターライト……ブレイカーッ!!」

 

 一点に収束された魔力残滓は巨大な光球を形成して、あの子はデバイスのトリガーを引くことで撃ちだした。

 それはもう、砲撃なんて物じゃなかった。

 全てを飲み込む極光の一撃。防御は役に立たなかった。5層の守りは意図も容易く突破されて、私は光に飲まれた。

 ごめんなさい……母さん――――

 そう思いながら、私は意識を失った。

 

 

 

**********************

 

 

 

 なのはとフェイトの勝負に決着が付いた。

 なんと言うか……色々と肝を抜かれたな。

 フェイトの高速戦闘に、フォトンランサーの一斉射……並の魔導師なら出来ないようなことをやっていた。相当リニスに仕込まれたんだな。それは見ているだけで解った。

 

 

 なのはは総合的な技術ならフェイトには及ばない。でも、ある一点はフェイトどころか他者の追随を許さないものだった。

 フェイトの一斉射に耐えうる防御を可能とした莫大な魔力量。収束砲撃による一撃は、“アイツ”が使っていた『黄金の剣』の一撃を連想させた。

 

 フェイトは『スターライトブレイカー』を受けて海に墜ちたが、なのはが引き上げた。そして彼女はフェイトに肩を貸しながら、海に頭を出していたコンクリートの橋に舞い降りた。

 俺はそこに向かっている。考えたくはないが――――このままでは終わらないのが解っていた。

 

「私の勝ち……だよね?」

 

「………………」

 

 意識を取り戻したフェイトはゆっくり体を動かした。

 

「put out.」

 

「そう……みたいだね……」

 

 バルディッシュから『ジュエルシード』が放出されて、宙を漂う。

 フェイトは疲労が出たのか、フラっとバランスを崩しながらも一人で立って、空へゆっくりと昇って行く。

 その時だ。“空間が裂ける”様な感覚が俺の肌に空気を通して伝わってきた。

 以前と同じく、プレシアの『次元跳躍攻撃』が迫っている。

 

「フェイト! そこで止まれ!」

 

「えっ?」

 

 俺はフェイトの前に踏み込む。

 以前の様に受け流したりなんてしない。正面から受け止めてやるっ!!

 

「主……来ますっ!!」

 

「解ってるっ!」

 

 思考は澄み切っている。

 俺は二人の戦闘をただ見ていた訳じゃない。俺の最高の防御力を持つ守りを準備していた。あれは“剣”ではないが、鍛練により、強固な物になっている。

 それに、骨子の想定に使える時間も十分だった。この守りは――――『次元跳躍攻撃』であろうと防ぎ切れる!!

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)ッッ!!」

 

 

 ―――――真名を解放する。吹き荒れる魔力が大気を揺らす。

 少年が突き出した右手の前に出現した7枚の花弁が守護して、荒れ狂う雷に対抗する。

 これは彼の大英雄の投擲を唯一防いだ逸話を残すアイアスの盾だ。本来は“投擲”に属する武器に対しての結界宝具。しかし、この花弁の一枚一枚は古の城壁に匹敵する。故に、彼の大英雄よりも威力が無い物であるならば、“投擲”に属して居らずとも、十二分に守りを発揮する――――――

 

 

 荒れ狂う雷は一枚目の花弁と衝突するが、揺るがない。

 それもその筈だ。骨子の想定は十二分に出来ている。構造がしっかりしているために、崩れ去ることはない。

 はっきりとしている意識の中、荒れ狂う雷が収まってきた。それを知覚するが、気は抜かない。研ぎ澄まされた思考はそんなことを許さない。

 手応えは軽くなり、完全に消えたところで、アイアスを消す。

 

「大丈夫か?」

 

「……うん」

 

「フェイトちゃんっ! 士郎さんっ! 大丈夫!?」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 なのはが慌てたこちらに向かって来た。以前と同じ光景に気が気でなかったのだろう。

 それに、アルフとユーノもこちらに来た。

 

「……あの鬼ババめ、ここまでするのかい……」

 

「――――――」

 

 アルフは自分の右拳を左手の平に打って苛立ちを露にする。

 その苛立ちは当たり前だ。俺も何も感じていない訳じゃない。

 

「『ジュエルシード』は……プレシアに回収されたよな……」

 

「……はい。でも、おそらくは管理局が行方を捉えていると思います」

 

 ユーノの考えが正解であることを伝えるように、ホロモニターが出現した。

 

「決着が付いたみたいだな。エイミィ、ゲートを」

 

「皆、一度こっちに戻って来て」

 

 

 クロノの指示を受けたエイミィの手で『ゲート』が出現した。

 フェイトとなのはの決着が付いたから、無論ここに止まる理由は無い。が、それ以上に重要なことがある。そう……プレシアの真意が判らない限り、この騒動の終わりはない。

 こうして俺たちは『アースラ』へ転移した。

 

 

 

 

 『ゲート』から『アースラ』に足を踏み入れた俺たちを迎えたのはクロノのだった。彼の手には手錠が握られていた。これはフェイトに対する物だろう。

 俺は必要無いだろ、と言ったが……そう言う訳にはいかないとなって、フェイトに手錠が装着された。執務官である彼の立場を考えれば仕方がないのは判っているが、素直には頷けなかった。

 

 

 クロノの先導で俺たちは、リンディ艦長たちが居るブリッジに足を踏み入れた。

 艦長席の隣から正面のホロモニターに目を向けていたリンディ艦長は俺たちの到着に気付くと、身を翻して俺たちと向かい合う。

 

「お疲れ様。それからフェイトさん……初めまして。私は貴女のことを監視していましたから、初めましてって感じは余りしないわね」

 

 目を床に落としていて、不安そうな雰囲気が漂うフェイトに、リンディ艦長は微笑みながら、柔和な声で話し掛けた。

 

 

 しかし、フェイトは以前としたままだ。複雑な心境なのはよく解る。自分は勝負に負けて、プレシアの望みに届かなかったことに対する自責の念。またしても母親から自身を巻き込んでまでの『次元跳躍攻撃』を受けそうになったこと。

 自責と恐怖の感情だけでも幼いフェイトには苦しいものだろう。加えて今はプレシアが『管理局』によって捕縛されようとしている。

 

 

 俺も納得が出来ていないことが多い。だから、俺もフェイトに及ばないとしても、苦しい感情は胸の内で駆け巡っている。

 

「フェイトちゃん……アルフさんたちと一緒に私の部屋に……」

 

 リンディ艦長はなのはに一瞬だけ視線を向けてから、再び正面のホロモニターに視線を戻した。

 おそらく、なのははリンディ艦長から念話でも貰ったんだろう。実の母親が逮捕される光景は見せたくないと言う配慮か。『艦長』と、一般と比べて高い地位を預かる者なのに、傲慢な姿勢は全くない。むしろ周囲を気遣う優しさと組織においての厳しさを併せ持った数少ない人物だろう。

 

「……そうだね。行こうか、フェイト。あ、シロウも――――」

 

「いや、俺はここに残る。俺だって色々と納得が出来ていないんだ。途中で離れることなんてしないぞ」

 

「……わ、私も残るよ……」

 

 アルフの提案に、俺は震えない声だったけど、フェイトは震えた声で答えた。無理もないだろう。それに、フェイトもホロモニターに視線を向けるが、その表情は不安に満ちていた。

 フェイトの意思を聞いた皆はこれ以上何も言わなかった。自分で決めたと言うことに、口出しをするのは間違いだと理解しているからだ。

 

 

 ホロモニターに映る光景が切り替わる。管理局の突入部隊が、プレシアの居る“玉座の間”に辿り着いた。

 部隊長が声を上げる。

 

「プレシア・テスタロッサ――――時空管理法違反にならび、管理局艦船への攻撃容疑で貴女を逮捕します」

 

 鋭い声がプレシアに投げられる。しかし、彼女は未だに玉座に座っていて、頬杖をしている。まるで、目の前の突入部隊を驚異として認識していないのを表すように。

 部隊の一部が部屋の奥に足を踏み入れた。

 その部屋は通路のように縦長の構造だった。だが、道のど真ん中に少女が入れられた培養器のようなカプセルが鎮座されていた。

 その少女は――――――

 

「――――!?」

 

 俺に衝撃が走る。何とか声を漏らすことは防げた。だけど、ホロモニターに映し出された光景は俺の思考回路を乱す。

 間違いない……アリシアだ。幼さは在るがフェイトに酷似した顔つき。同じ美しい金髪。俺が切嗣たちと会うためにプレシア家を出発した頃と何一つ変わらない姿がそこに在った。

 プレシアはそのことに気付くと、一変として玉座から立ち上がった。

 

「私のアリシアに――――近寄らないで!」

 

 即座にプレシアは数人の局員を弾き飛ばして、アリシアが入っているカプセルの前に立ち塞がる。

 残っている局員が長槍のような杖をプレシアに突き向けるが、彼女は動じない。表情を変えずに右手を前に出して、スフィアを生成する。

 まずい……プレシアは研究員としても優秀だが、【魔導師】としても――――

 

「――――いけない……防いで!」

 

 リンディ艦長はそれを看破して、局員に注意を促す。しかし、それは遅かった。普通の【魔導師】と対峙していたのならば、十分だったかもしれないけど、相手が桁違いの人物だ。

 “玉座の間”と“通路”に居る局員全員に雷が襲う。

 一瞬の出来事だった。誰一人して防御出来ず、雷に打たれて床に倒れた。

 

 

 それを見てリンディ艦長は直ちに局員たちの送還をオペレーターに伝える。突如の事態に冷静さを失わずに、的確な判断だった。

 プレシアは局員たちが送還されたことを見届けると、ゆっくりとカプセルに歩き寄って、表面を優しく撫でた。

 子の身を案じる母親の顔がそこに在った。悲しみに暮れた表情が――――

 

「もう時間が無いわ。11個のジュエルシードではアルハザードに辿り着けるかは解らないけど――――でも、もういい……終わりにする」

 

 プレシアは視線をこちらに向けて一瞥した。サーチャーの存在に気付いているのだろう。それに、それを通して見ている俺たちの存在にも。

 再びカプセルに視線を戻して口を開く。

 

「この子を亡くしてからの暗鬱な時間も……身代わりの人形を……娘扱いするのも。

 聞いていて……? 貴女のことよ、フェイト……」

 

 人形だって? 何を言っているだ……プレシア? 確かにフェイトはアリシアによく似ている。でもそれは……アリシアの“願い”を聞いてだからじゃないのか?

 俺はまた混乱する。理解が出来ない。プレシアが何故フェイトを人形と言うのか。ただはっきりとしているのは――――プレシアはフェイトを疎んでいる。

 そんな中、エイミィは重々しく語り始めた。

 

「最初の事故の時にね……プレシアは実の娘――――アリシア・テスタロッサを亡くしているの。安全管理不備で起こった魔導炉の暴走事故……アリシアはそこで巻き込まれて……」

 

 待て、『管理局』の認識と事実に齟齬があるぞ。

 ベルは後に事故を調べて、あれは本社の強硬が事故を招いたと言った。プレシアは研究員だが、安全管理には厳しい人物であるのは周知の筈だ。なのに、『管理局』の認識はこのようになっている。

 俺は口にしようとしたが、先にエイミィが説明を再開した。

 

「その後にプレシアが行っていた研究は――――使い魔とは異なる……使い魔を超えた人造生命の生成。

 そして――――死者蘇生の技術」

 

 全員が息を呑む。困惑と認識が追い付いていないのが解る。

 語っていたエイミィも目を閉じて、下を向く。

 クロノがエイミィの説明を引き継いで口を開く。

 

「記憶転写型特殊クローン技術――――研究コード……『プロジェクト・フェイト』

 それが、彼女の最後の研究だ」

 

「よく調べたわね……その通り。だけど……ちっとも上手くいかなかった。所詮は偽物。代わりにはならなかった」

 

 憎悪の対象を睨み付ける鋭い眼光が放たれる。それは、ホロモニター越しでも気圧すには十分だった。

 フェイトは俺の裾をギュッと握る。その場に踏み留まるために。

 

「アリシアはもっと優しく笑ってくれたわ……時々我が儘を言ったけど私たち(・・・)の言うことをとてもよく聞いてくれた。アリシアはいつも私たち(・・・)に優しくて、笑顔をくれた」

 

「やめて……やめて……やめてよ……」

 

 プレシアの恩愛に満ちた声が聞こえてくる。それはフェイトに向けられたことが無いであろう娘を思う母親の声だ。

 それを聞いたなのは、震えた声でやめるように懇願する。

 だけど、プレシアは止まらない。

 

「フェイト……貴女は私の娘なんかじゃないわ。アリシアの記憶をあげたのに――――ただの失敗作」

 

「お願い……もうやめて!!」

 

「そうね――――1ついいことを教えてあげるわ。

 私はね……貴女を作りだしてからずっとね……私は貴女が――――」

 

「――――いい加減にしろよ……プレシアっっ!!」

 

 なのはの硝子を引っ掻くような声を無視して、口を動かし続けるプレシアを、俺は微かな声を漏らしてから、怒号に似た声で止めた。

 その先を言わせてはいけない。フェイトとプレシアは戻れなくなってしまう。それだけは絶対にダメだ。親子がこのような形で引き裂かれるなんて在っていい筈がない。

 

「偽物……人形? プレシア、アンタは解って言っているのか……自分の娘をどれだけ傷付けているのか――――」

 

「ねぇ……シロウ? 貴方はどうしてその子の側に居るの? アリシアそっくりの忌々しい子の側に――――アリシアの『兄』である貴方が」

 

「「「「「……え?」」」」」

 

 時間が止まったかのような空気がブリッジを満たす。プレシアの突然の言葉に、全員がその意味を理解するのに思考が占領された。

 理解が追い付いていない皆を置いて、プレシアは言葉を続ける。

 

「血の繋がりは無くても、貴方はアリシアのお兄ちゃん。それはアリシアも、私も思っていたわ。

 えぇ、私は貴方たちを見守っているだけで幸せだった」

 

「シ、シロウ……どう言う……こと――――」

 

 フェイトはより不安になった顔で俺の目に合わせるようにこちらへ顔を上げてきた。

 脆く、少し揺らしただけでも崩れそうな儚い少女がそこに居た。

 

「し、士郎さん――――」

 

「シロウ――――」

 

 なのはとアルフも彼女の言葉の意味を知るために俺に問い掛けてくる。

 だけど、それをする前に話は再開する。

 

「【魔導師】たちによって貴方の故郷は焼け野にされた。貴方は助けられた後、ミッドチルダに渡って、私たちの所で短い間だったけど、過ごしたわよね。

 なのに……それなのに……何故貴方は!!」

 

 始めの方は淡々と語っていたけど、話が進むにつれて感情が強くなって行った。

 アンタの言う通りだ。俺はプレシアたちの所で過ごしていた。アンタは俺を実の息子のように接してくれたし、アリシアも兄として慕ってくれた。

 だけど……だからと言ってフェイトの存在を否定するなんてことがあるのか? 無い。フェイトはアリシアの妹だ。生まれが少し特殊であっても、アリシアと同じ血が流れている。二人は姉妹だ。

 それを否定することは……決して認められない。

 

「フェイトはアリシアの代わりでも――――人形でも偽物でもない。フェイト・テスタロッサは……アリシア・テスタロッサの妹だよ……。

 例えアンタが否定しようと、“俺”が肯定する」

 

「シロウ……」

 

 プレシアの顔が歪む。俺に対する怒り、憎しみ――――様々な負の感情が混じった表情で俺を睨み付ける。

 俺は決して引かない。もしここで引いてしまっては、誰もが救えなくなる。

 

「そう……貴方は私の夢を否定するの? あの暖かでささやかな幸せを……」

 

「そんなことするもんか。俺が否定しているのは、フェイトに対してのアンタの考えだ」

 

「ならシロウ……貴方はこちらに来なさい」

 

「……どう言う意味だ?」

 

「私たちはこれから――――『アルハザード』へ旅立つの」

 

 『アルハザード』だって? 確か……そこは――――

 

「ちょ……大変、見て下さい!」

 

「エイミィ? 何事?」

 

 突然とエイミィが焦りながら声を出した。

 リンディ艦長はそれを把握するために詳細を取ろうする。

 

「『時の庭園』敷地内に魔力反応多数!」

 

「何が起こっている……?」

 

 クロノの困惑を解消するためか、ホロモニターに映っている光景が切り替わった。

 そこには数十機の機械人形のような傀儡兵(くぐつへい)の姿が在った。各々が剣や斧、鎧で武装している。

 

「……魔力反応――――いずれもAクラス!」

 

「総数60……80……未だに増大しています!」

 

 ブリッジの至る所で報告の声が飛ぶ。

 

「プレシア・テスタロッサ……何をするつもり?」

 

 リンディ艦長が問い掛けてる中、プレシアはアリシアの入っているカプセルに手を翳す。すると、カプセルは浮遊して、プレシアの隣に並んで進み始める。

 

「永遠の都――――『アルハザード』へ。そこで私は全てを取り戻す!!」

 

「プレシア……それがアンタの目的か……。『アルハザード』……その為の『ジュエルシード』か」

 

「そうよ。死者蘇生……時間の逆行……それらの秘術が存在する。私はそれで過去と未来を取り戻す。

 だから、シロウも来なさい。またあの幸せに戻りましょ。

 それに、貴方も望んでいることが有るのではなくて? 【魔導師】に故郷を焼かれただけではなく、魔法事故で20年近くの冷凍睡眠を強いられたのよね?」

 

 「「「「「!?」」」」」

 

 また驚きが広がる。

 プレシア……それは俺をそちらに引き込むための誘いか。

 

「貴方も望んでいるわよね? あの幸せを取り戻すことを。

 そして可能であれば、あの二つも無かったことにしたいわよね?」

 

「………………」

 

「……シ、ロウ?」

 

「……士郎……さん?」

 

 フェイトとなのはが俺に声を掛ける。二人はプレシアが言っていることは真実だと認めたくないと、嘘であって欲しいと願う沈んだ声が聞いてきた。

 だが、俺は答えること無く、プレシアの言葉に思考を向ける。

 

 

 プレシア……それはダメだ。例え過去を変えることが出来たとしても――――それはやってはダメなんだ。

 だって、それをしてしまっては嘘になる。『今』を否定することになる。

 あの火災で俺は一度全てを失った。

 あの実験で俺は『時』を失った。

 あの事故でプレシアは娘と愛猫を失った。

 でも、“それら”があって俺たちは『(ここ)』にいるんだ。

 

 

 俺はあの火災で切嗣、ナタリア、ベル――――そして……アリシア、プレシア、リニスと出会った。

 実験で“アイツ”と……その後にアンタと再会が出来たし――――フェイト、使い魔としてのリニス、なのはたちとも出会った。

 プレシアだって……あの事件があってフェイトと言うアリシアの妹を得た。

 繋がっているんだよ……過去は今に。だから、過去を否定するのは――――今を否定するのと同じだ。

 

 

 それに、悼んだのは俺たちだけじゃない。関わった全て人たちが悼み、それを越えて『今』までを歩いてきた。なのに……そのことを無かったことにしてしまっては、一体それらは何処に行けばいい?

 

「死者は蘇らない。起きたことは戻せない。だってそれは、今までの全てを否定する。

 俺だって失ってきたものはある。でも……それがあって、俺は『(ここ)』にいる。

 今までの歩みを……思い出を……辛かったことを……無意味になんて出来ない。だから――――そんなおかしな望みは、持てない」

 

「………………」

 

 プレシアの表情が凍る。きっと、彼女は俺なら同意すると思っていたのだろう。

 だが、それを否定された彼女からは、狂気に染まった笑い声が漏れる。

 

「ハ……アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――――っ!!」

 

「……プレ、シア……」

 

 俺の否定が間違いであって欲しいと懇願して泣いているような声。

 彼女は今……苦しみの真っ只中だ。でも、まだ手は届く――――いや、届かせる。

 プレシアはこれから“災厄”の扉を開こうとしている。それをさせてはならない。これ以上――――アンタが……アリシアが……フェイトが……悲しむことは引き起こさせない。

 

 

 俺は爪が食い込む程、力強く拳を握る。

 俺の心情が外に溢れようとするのを――――体が訴えている。

 

「プレシア……俺がアンタを――――止める。

 その悪夢から……連れ戻す」

 

「そう――――どうあれ、貴方は私の所(ここ)に来るのね……待っているわ」

 

 話しはここまでだと告げるようにホロモニターに映し出されたいた映像は途絶えた。

 後は俺たちが直接向かい合ってからだ。そのためにも、俺は『時の庭園』に赴かなければならない。

 リンディ艦長に赴くことを伝えようとした時、激しい振動が『アースラ』を襲ってきた。

 

「次元震です……中規模以上! なおも増大中!!」

 

「――――シールド展開!」

 

「『ジュエルシード』11個の発動を確認! このままだと次元断層が――――」

 

 ブリッジでは警戒音のアラームが鳴り響く。

 オペレーターたちは各々の持ち場で事態の解析に負われている。

 次元断層――――そんな災厄も引き起こさせないし、俺はアンタを――――

 

「リンディ艦長、俺は『時の庭園』に行きます。転送ポートを使わせて下さい」

 

「いいの? それに、貴方には色々と複雑な事情があるみたいだけど――――」

 

「俺は……プレシアを止めます。このままだと、何もかも手遅れになる」

 

「……解りました。クロノも一緒に向かってもらいます。いいですね、クロノ」

 

「了解です」

 

 リンディ艦長は俺の眼を見てから、頷いてくれた。俺の意思を確かめるような、すっと強い光を宿した眼だった。

 

「私とユーノ君も一緒に行きます」

 

 なのはも行く意思を示す。ユーノも頷いて、なのはのフォローをすると決めている。

 だけど、フェイトは震えている。それはそうだろう。自身の母親に偽物――――人形呼ばわりされただけでも辛いのに、そこに憎悪が込められた眼光を浴びせられたんだ。そのショックはフェイト以外には計り知れない。親が子を否定する。これ以上に残酷なことが親子の間にあるか。

 

「アルフ……フェイトの側に居てくれ」

 

「……解った」

 

 アルフはフェイトの肩を抱く。

 俺はフェイトをアルフに預ける。『時の庭園』にフェイトが赴いたら、プレシアと対峙するだろう。親子で刃を向かい合わせることも、あり得るかもしれない。

 だから、ここは――――

 ブリッジを後にしようと身を翻した時、俺の服を誰かが摘まんだ。振り返ると、フェイトが居た。

 両目に涙を浮かべていたからか、赤みがある瞳。それでいて揺れている瞳だけど、俺と視線を交差させる。

 

「シ、シロウ……私は――――」

 

「フェイトは偽物でも人形でもない。プレシアは“ああ”言ったが、そんなことはない。フェイトは世界に一人しか居ないアリシアの妹だ。俺が保証する」

 

「――――――」

 

 俺は震え……弱々しい声を出すフェイトに出来る限り優しい声でプレシアの言う『フェイトの存在否定』は間違っていると伝える。

 するとフェイトはまた涙を流す。だけど……未だに震えているにも関わらず、涙を拭って――――

 

「わ……私も……行きます。母さんを止めに。この選択が辛いものであっても……私は――――」

 

「……なら行こう。プレシアに会いに――――止めに行くぞ」

 

 フェイトは力強く頷いて決めた。

 プレシアと向かい合うことを。それは辛く、決して楽なことはない。向かい合ったら、またあの憎悪に満ちた眼光が――――声がフェイトを貫くのは容易に想像が出来る。

 でもフェイトはこの道を選んだ。尊い決意だ。ならそれを尊重しよう。

 

「話しはまとまったね。僕もプレシア・テスタロッサの所に行かなくてはならない。

 それに、君たちもだろう――――手錠はもう要らないな」

 

 クロノはフェイトの手錠を外した。

 

「あたしも行くよ。フェイトを護るのがあたしの役目だし……このまま放っておくなんて出来ないよ」

 

「解った。行こう――――プレシアの所へ」

 

 皆の心は決まった。しっかりと意思を固め、眼は真っ直ぐとしている。

 そこでリンディ艦長はオペレーターの一人に転送の準備が出来ているか、確認を取る。

 

「転送ポートの準備は?」

 

「出来てます!」

 

「皆さん、気を付けて。

 私も直ぐに現場に出ます」

 

 リンディ艦長は心底心配している表情だったが、俺たちを見送ってくれる。

 彼女の言葉と各々の意思を胸に刻み込んで、俺たちはブリッジを後にした。

 転送ポートのある場所に移動して、俺たちはプレシアが待っている『時の庭園』に降り立った。

 俺はプレシアを救う。そして……この『ジュエルシード』による騒動を終わらせる。

 そのために……今は“剣”を手にする。

 前に進むために……。

 道を切り開くために……。

 何より……苦しんでいるプレシアを救うために――――――

 

 

 

**********************

 

 

 

 アリシアになれなかった失敗作で偽物……それが母さんにとっての私。

 私はただ……母さんに笑顔を取り戻して欲しかっただけなのに……。

 母さんに自分の存在を否定されたけど、シロウは肯定してくれた。私は偽物でも人形でもない――――世界に一人しか居ないアリシアの妹だって。

 熱が広がる。頬が熱くなる。否定と肯定――――その両方受けた私はどうすればいい?

 ここでアルフと残ってホロモニター越しに観ていればいい?

 それでいいの? それで解決するのはこの騒動だけだ。私の想いも、母さんの笑顔も全てを失ってしまう。

 

『私たちの全てはまだ始まってもいない!』

 

 あの子の言う通りだ。

 だから始めよう――――そして私の想いを母さんに伝えよう。

 例えそれが……どれだけ辛い道であっても――――前に進むんだ。

 

「わ……私も……行きます。母さんを止めに。この選択が辛いものであったとしても……私は――――」

 

「……なら行こう。プレシアに会いに――――止めに行くぞ」

 

 士郎の言葉に私は涙を拭って、力強く頷いた。

 すると執務官は手錠を外してくれた。

 アルフは私を護ると言ってくれた。

 私はこの現実に――――母さんと向き合う。本当の私を始めるために……後悔なんてしないために。

 私たちは転送ポートまで移動して、『時の庭園』に降り立った。

 ここはスタート地点じゃない。私のスタート地点は――――――

 

 

 




なのはの『スターライトブレイカー』もそうですが、
フェイトの『フォトンランサー・ファランクスシフト』も相当な物でしたね……。
でもこれは無印なのよね……まだまだ二人は成長する……。


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18話 心と剣と――――

ラストパート……突入!!


 

 衛宮士郎、クロノ・ハラオウンらは『アースラ』から転移して、プレシアの城である『時の庭園』の外苑部に降り立った。

 既に士郎は赤い外套を、以外の者はバリアジャケットに身を包んでいる。

 

 

 相変わらず寒い所だった。太陽の光が無いからでも、次元空間に漂うからでもない。この寒さは……プレシアの心を映し出しているように感じさせる。

 だが、感傷に浸っている余裕なんて誰にも無かった。

 ガシャンと、音の立てて入り口前を守護している傀儡兵(くぐつへい)たちが居たからだ。

 ゴーレムのような巨体なのが1機。

 それの取り巻きに人形(ひとがた)が12機程。

 

「い、いっぱい居るね……」

 

「この子たちって――――」

 

「ああ、近くの敵を排除するためだけ機械だよ」

 

 ユーノの戸惑いと同調したなのはの疑問に、クロノが答える。

 クロノが言った通り、相手は機械だ。油断さえしなければ、問題は無いし、武装も剣や斧などの近接寄りの武装に甲冑だ。つまり、距離を保てば向こうからの攻撃が当たる心配も無い。

 

「俺が斬り込む。そのまま俺がターゲットになるように立ち回るから、皆はこの距離を維持してくれ」

 

「私もシロウに続くよ。近接なら私にも出来るから」

 

「いや、前衛は俺一人でも十分だ」

 

 フェイトの提案を士郎は遠慮した。

 先の対決によって二人は万全とは言い難いだろう。

 加えて、フェイトの除いて『鎌』や『ナックル』などの近接向けのデバイス所持者は居ない。クロノとなのはは“杖”。ユーノとアルフはサポート役。

 各々のことを考えても、士郎が適任だ。

 彼は皆より前に踏み出す。

 

投影(トレース)――――開始(オン)

 

 士郎の両手に重みが生まれる。干将・莫耶――――黒の刃と白の刃が対となっている“彼らの得物”だ。

 士郎が剣を手にしたのを見たなのはたちも各々に構えを取ろうとしたが、クロノに止められた。

 

「この程度の相手に無駄弾は必要ないよ。大勢で掛かる必要もね」

 

「……そうだな。俺たちだけで十分だな」

 

「君は敵陣へ一直線に突っ込んでくれて構わない。注意が逸れた奴は僕が片付ける」

 

「頼む」

 

 士郎はクロノに短く返した。

 彼の力量は実際に手合わせてした彼もよく解っている。援護をしてくれることに不満や不安は無い。むしろ、心を強いだろう。

 

「――――」

 

 息を吸い込み、思考が切り替わる。

 雑念は消え、剣と同じように感覚が研ぎ澄まされる。

 

 

 それと同時に士郎は足元を力強く蹴り、敵陣の奥に居座る一際巨体な傀儡兵に向かって疾走した。

 彼の動きに反応したスリムな人形(ひとがた)2機が正面から迎え撃つために向かって来る。

 攻撃は向こう方が先に繰り出してきた。1機目が片手直剣を上から垂直に降り下ろす。

 

 

 士郎はそれを横へ体を捻ることで避けた。

 攻撃を仕掛けてきた傀儡兵の体勢が戻る前に双剣を走らせて斬り裂く。兵士はバラされた部位からパーツを散らばしながら、音を立てて倒れる。

 

 

 続いて2機目は警戒してか盾を前に押し出しながら向かって来た。

 だが、“強化”を施して切れ味が増した干将・莫耶は盾に弾かれることなく斬った。守りを突破した二刀は本体へ閃光を描き、解体した。

 

 

 Aランク相当と言われていたが、それ程の脅威を感じる物ではなかった。あくまでも機械ということか。これなら、なのはやフェイトなら大丈夫だろう。9歳の少女の二人だが、その実力は普通の物差しで計っていい物ではないことは先の対決で刻まれた。

 そんな彼女たちにユーノとアルフのサポートが入れば心配なんて無用だろう。

 

 

 手応えから戦闘力を計っていた士郎が巨体な傀儡兵までの距離が残り半分を切る所で、残って他の傀儡兵の注意が一斉に彼へ向いた。

 それでいい。彼に注意が向くということは――――

 

「Stinger Snipe.」

 

「はっ!」

 

 クロノから撃ち出された一本の光弾が螺旋を描きながら、『巨体』の取り巻きである複数の傀儡兵を貫いた。

 その後、上昇して渦巻き状で留まる。

 

「スナイプショットッ!」

 

 再度加速した光弾は残りの取り巻きを順に撃ち抜いてから、『巨体』へ着弾した。

 しかし、他のとは違い直撃しようと瓦解することはなく、どっしりと居座っている。図体は伊達ではないらしい。

 

 

 士郎は着弾により発生した煙が相手の視界を塞いでいる隙に接近する。

 遅くして反応した『巨体』から斧が垂直に降り下ろされる。

 彼は斧の刃に自分が握る片方の剣の刃を当てて、攻撃の軌道を僅かだが、滑らかに逸らした。その隙に懐へ飛び込み、攻撃をするために動かして出来た装甲と装甲の隙間に双剣を差し込んでから、距離を取る。

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 双剣は内に秘めた“魔力”を爆発させて、傀儡兵を内側から破壊した。

 例え堅牢な装甲で外を覆おうが、内側からの攻撃ならば関係無い。

 

 

 最後の一体も排除され、“城”へ立ち入ろうとする彼らを拒むモノは無くなった。

 これで入り口前の傀儡兵の排除は完了だ。

 

 

「すごい……」

 

 なのはがフェイトたちを代表するかのように呟いた。今の光景を見ていた彼女たちは呆然としていた。

 

「あれが……執務官とシロウの実力……」

 

 フェイトはバルディッシュの柄を握り直して、気を引き締める。

 

「クロノは執務官だから、相当の力量を持っているのは予想出来ていたし……シロウさんも“アーチャー”と名乗っていた時の戦闘からかなりの実力者と解っていたけど――――」

 

「シロウの場合は『それ程の力が無いと』ってことだろうね……」

 

 ユーノとアルフは複雑そうな表情を浮かべている。それほどにまで、士郎とクロノの技量は高かった。

 士郎の敵の動きを見切り、往なした直後に繰り出した閃光の鋭さ。飛び込みながらも、斧をずらした巧さ。初めて見た者を驚かせるには十分であった。

 それはクロノもである。彼は複数の傀儡兵を一本の光弾で貫いた。正確な照準と威力を維持し続けた魔法のコントロールは、同じ【魔導師】でも嘆ずる。

 

「ぼーっとしてないで、行くよ!」

 

 クロノの叱咤が飛んで、気を取り直したなのはたちは士郎とクロノを追う形で入り口である扉を通り抜ける。

 

「シロウ、武器は?」

 

「うん? ああ、大丈夫だ。取り出せばいいだけだからな」

 

 フェイトは徒手空拳になった士郎を気に掛けて声を掛けた。

 彼が干将・莫耶を失ったことで、武器の方はどうするのか気になったようだ。

 

(自分のことで不安が溢れている筈なのに、他者を気に掛ける優しさ。

 プレシア……アンタの娘はこんなにも優しさ女の子なんだぞ)

 

 士郎の心の内で呟きが漏れる中、なのはが疑問の口にした。

 

「あの、この穴は?」

 

「虚数空間……あらゆる魔法が発動しなくなる空間だよ」

 

 所々に“穴”が開いている通路を士郎とクロノを先頭にして走っている中、なのはが上げた疑問にフェイトが答えた。

 

「念のために言っておくけど、飛行魔法も発動しない。

 落ちたら重力の底まで真っ逆さまだ」

 

「だからなのは、気を付けて」

 

「う、うん」

 

 クロノの補足説明に加えて、ユーノがなのはに念を押しした。

 なのはは話を聞いてゾッとしたのか、少し口籠ってから返事をした。

 誰も見え見えの穴に落ちないとは思うが、落ちた時は士郎が引き上げるだろう。鎖が付いた鉄杭のような武器を彼は知っている(持っている)からだ。

 もしもの時はそれを胴体に巻き付けて引き上げる。

 普通に考えれば、鎖を巻き付けられることによって生じる痛みが心配される。しかし、バリアジャケットを纏っている魔導師たちならば大丈夫だろう。

 あれは着用していれば、思い切り殴り飛ばされて背中から壁に叩き付けられようと、死にはしない程の保護力を備えているからだ。

 

 

 暫く通路を走っていると、次の扉が見えてきた。

 クロノはそれを目視すると足を速めて、扉を蹴り開いた。

 扉を開いた先はエントランスホールだった。奥には階段が在る。

 勿論……傀儡兵が待ち兼ねていたのように武器を構えていた。

 素直に進ませる気は毛頭無いらしい。それは全員が解っていたことだが。

 

「ここからは二手に分かれる。

 プレシアの確保もだけど、駆動炉の封印もしなければならないからね」

 

「駆動炉は最上階――――奥の階段から行ける」

 

 プレシアは『ジュエルシード』に加えて、駆動炉を暴走させて、足りない魔力を補おうしているらしい。

 よって、次元断層を防ぐためには両方を抑える必要が有る。

 

「クロノは……プレシアの所に向かうよな」

 

「ああ」

 

「なら駆動炉にはなのはとユーノ。

 その道案内にフェイトとアルフか……封印のことを考えても、それが適任か」

 

 二手に分かれる事態に、士郎はどう戦力を分けるか即座に思考した。

 彼には封印なんて出来ないから、駆動炉に向かってもあまり意味がない。

 それに、彼はプレシアの所に辿り着き、話をしなければならない。フェイトもそれは同じだ。

 だとしても、『時の庭園』を初めて訪れるなのはたちには道案内人が必要だろう。

 

「君の言う通りだな」

 

「そう言う訳でフェイト、お前とアルフはなのはたちの道案内を頼む」

 

「うん……でも、シロウ――――」

 

「解ってる。俺たちの目的は別に在るからな。だから、道案内が済んだら合流してくれ。

 あとここは任せろ。フェイトたちの後は1機足りとも追わせない」

 

「……はい」

 

 フェイトは力強く声を張って返事をした。

 さて……方針は決まった。なら行動を起こすのみ。

 

「道を作る……合図に合わせて階段へ!」

 

「うん!」

 

 なのはが返事をしてからユーノの肩を貸して、飛び立つ準備をする。

 フェイトとアルフもそのタイミングを逃さないために、意識を集中させている。

 

「Blaze Cannon.」

 

 クロノから撃ち出された砲撃が階段への進路上に居た傀儡兵を一掃した。

 その一瞬を逃さず、なのは、フェイトたちの4人は階段へと飛び出した。

 

「クロノ君、気を付けてね!」

 

「シロウも!」

 

 なのはとフェイトから声援を受けたクロノと士郎は二人を一瞥してから、階段の前で傀儡兵たちを立ち塞ぐように陣取る。

 

 

 ここから先は行かせない。

 士郎は一般的な片手直剣を右手に投影する。左手腕にはいつもと同じで“盾”となったウィンディア。その姿はスタンダードな片手剣使いと言われる格好だろう。

 

 

 一番使い慣れている干将・莫耶を使おうか考えたが、爆破に使ってしまったから避けた。無くなった剣を再び手にしたら、『転送で取り出している』と言う説明が引っ掛かるかもしれないからだ。

 この戦闘が終わり時間が経った後なら、『貯蔵し直した』と言う説明が出来る。

 

「……どうやら、他所からここに向かって来るのもいるみたいだな」

 

「だけど、僕たちのやることは変わらない……だろ?」

 

「ああ」

 

 どれだけ数が増えようと彼らがやることは変わらない。

 傀儡兵を排除して、なのはたちへ追っ手を向かわせないこと。

 プレシアの所へ向かうこと。

 

「入り口の時と同じように、俺が前に出る」

 

「僕としては君との噛み合わせは悪くないと思っている。

 正直、味方としてなら心強いな」

 

「それは俺もだ」

 

 敵が来るのを前にしながらも、彼らは会話を交わす。

 互いに不満は無いと――――自分たちの考えを口に出して、傀儡兵を迎え撃つためにエントランスホールを駆けていく。

 

 

 

*********************

 

 

 

 クロノ君と士郎さんとは別行動になった――――私、フェイトちゃん、ユーノ君、アルフさんは階段を通過した。

 その先は、遥か上の天井まで円状に開いているホールで、私たちはそこでクロノ君が言っていた“機械”と戦っていた。

 

「ハッッ!」

 

 フェイトちゃんが素早い動き宙を舞って敵に接近する。

 背中から翼を生やして、二本の足の代わりに尻尾を付けた敵へ、“鎌”が右斜め上から左斜め下まで降り下ろされる。

 黄色い一閃は鎧の上からだったけど……弾かれることも、途中で止まることもなくて、そのまま両断した。

 一撃を繰り出したフェイトちゃんの後ろを今度はスリムな人形(ひとがた)が取るけど――――狼姿のアルフさんが飛び掛かって、鎧に覆われいない部分に牙を立てて、コードを食い千切る。

 

「くっそ~次から次へと……ッ!」

 

「アルフ、大丈夫?」

 

「全然! まだまだ行けるよ!」

 

 フェイトちゃんは『フォトンランサー』を撃ち出したり、“鎌”を振るったりして確実に数を減らしていく。

 アルフさんは牙の他に鋭利な爪でズタズタに引き裂く。

 二人は互いにフォローをしながら、敵へ向かい続ける。

 

「アルフの言う通り……数が多い……。

 なのはは大丈夫?」

 

「“この子たち”だけなら、いいんだけど……!」

 

 ユーノ君は『チェーンバインド』で同時に複数の敵を縛って動きを封じる。

 私はユーノ君の拘束から逃れた敵にピンク色の大きめな球体――――『ディバインシューター』を撃ち出して、撃ち落としていく。

 確かに数は多いけど、私たちはなら大丈夫!

 

「しまったッ! なのは、後ろ!!」

 

 鎖が強引に引き千切られて鳴り響くような甲高い金属に似た音が聞こえた後に、ユーノ君から焦りの声が聞こえた。

 私は直ぐに振り向いた。その目の前には入り口の前に居た一際大きい敵が斧を降り下ろそうとしていた。

 

「サンダー……レイジッッ!」

 

 斧が降り下ろされる前に、雷光が左斜め上から走ってきて、一瞬だけど敵の動きを止めた。

 私はその隙に距離を取る。

 それを見たフェイトちゃんは先の“動きを止めるための雷光”に加えて、本命の雷撃を撃ち込んだ。

 そのニ連撃は近くにいた数機の敵を巻き込んで、一際大きい爆発を生み出した。

 

「ありがとう!」

 

 フェイトちゃんからの返事を聞きたかったけど、私がお礼を言った直後に、壁の一部が大きな音を立てながら崩れた。

 瓦礫と埃が飛び散る中から現れたのは……今まで相手にしてきたのとは比べものにならない程の大きさの子だった。

 私に斧を降り下ろそうとしてた敵がこの子の子供に思えるぐらいには……両肩には砲台を担いでるし……。

 

「大型……防御が固い。

 ――――だけど……二人なら……」

 

「そうだね、私たちならッ!」

 

 近くに飛んで来たフェイトの言葉を聞いた私は笑顔を浮かべて答えた。

 私はフェイトちゃんと協力出来るのが――――これ以上にない程に嬉しかった。

 私とフェイトちゃんは宙を並走しながら進む。

 それを見た敵から魔力弾が撃ち出されるけど、私たちは回避する。

 反撃に私は『シューター』を。フェイトちゃんは斬撃を繰り出すけど、びくともしない。

 

「「チェーンバインドッ!!」」

 

 ユーノ君とアルフさんが円状の魔法陣を展開して、そこから伸びた鎖型のバインドが四肢と胴体を縛り上げて動きを封じてくれる。

 

「行くよ、バルディッシュ……!」

 

「Get set.」

 

「こっちもだよ……レイジングハート!」

 

「Standby ready.」

 

 私たちはそれぞれ足元に魔法陣を展開して、砲撃を撃ち出す体勢を作る。

 

「サンダー・スマッシャー!」

 

「ディバイーン……バスターーーー!」

 

 

 呪文を紡いで、発射直前状態になった愛機を標的に向ける

 そして、同時に掛け声を出す!

 

「「せーのっ!」」

 

 私とフェイトちゃんの砲撃は全く同じタイミングで撃ち出された。威力も速度も十分!

 敵はバリアを自分の正面に張るけど、私とフェイトちゃんの砲撃を同時には防ぎ切れなくて、胴体を貫かれて爆発した。

 爆煙が晴れると敵が居た所のさらに奥まで穴が開いていた。

 もしかして……外壁まで突き破っちゃったかな? 時折、(かみなり)が走ってるような光が見えるんだけど……あれって次元空間のやつだよね……。

 

「――――フェイトちゃん……」

 

「…………」

 

 フェイトちゃんは口を開かなかったけど、少し微笑んでいるような表情だった。

 

「うわー、凄いねこりゃ……」

 

「二人とも魔力の最大値じゃない筈なのにね……」

 

 人形になったアルフさんとユーノ君が感嘆な声を出して近付いて来た。

 

「先へ急ごう。案内をするから付いて来て」

 

 フェイトちゃんを先頭に――――アルフさん、私、ユーノ君の順に駆動炉へ繋がるエレベーターが在るという部屋まで進んで行く。

 その部屋の扉をフェイトちゃんは見ると、1つのフォトンランサーを撃ち出して、扉を吹き飛ばした。

 

「その奥に在るエレベーターで駆動炉まで向かえるよ……」

 

「うん、ありがと!」

 

 少しの沈黙が漂う。

 そうだ……フェイトちゃんはお母さんの所へお話をしに行かなくちゃいけないんだ……。

 私は左手を向かい合っているフェイトちゃんの右手の甲にそっと添える。

 

「私……その……上手く言えないけど――――頑張って」

 

「……うん――――ありがとう」

 

 眼と眼を合わせる。

 フェイトちゃんは柔らかい表情だった。

 

「今、クロノとシロウさんが最下層ブロックに向かってる……少し急がないと間に合わないかも」

 

「フェイト! 行こう!」

 

 エイミィさんと連絡を取ったのかな?

 ユーノ君から別行動になったクロノ君と士郎さんの情報が伝えられた。

 アルフさんの声を聞いたフェイトちゃんは一瞬、また私と視線を交差させてからアルフさんと一緒に、最下層ブロックへ向かって走って行った。

 

 

 フェイトちゃんとアルフさんとも別行動になった私とユーノ君は、エレベーターに乗って駆動炉の在る部屋に辿り着いた。

 そこは人形のと……翼と尻尾を生やした子たちが居た。

 でも、先みたいに大きいのは居ないし、ユーノ君のサポートがあれば大丈夫。

 

「ボクが防御とサポートをするから、なのはは封印に集中して」

 

「うん……いつもと同じだね」

 

 ユーノ君は少し不思議そうな表情で私へ視線を向けた。

 

「ユーノ君はいつも私と一緒に居てくれて――――守ってくれてたよね」

 

「――――――」

 

 少し頬を赤く染める。

 自分のことを言われて恥ずかしかったのかな。

 でもそうだよね……ユーノ君が居てくれるなら安心だよね。

 

「Cannon mode.」

 

「だから、私は戦える……背中を支えてくれるから――――背中がいつも暖かいから!」

 

 モード切り替えが完了したレイジングハートを構えて、標的へ向ける。

 ここは私たちの戦いの場所。みんなも戦っているんだから、私たちも頑張らないと!

 

「いくよ……ディバインシューターフルパワー……。

 ――――シュートっ!!」

 

 解き放たれた光弾は流れ星のように複数の標的へ流れた。

 着弾して、光と音を作り出した。

 それはここでの私たちの戦いが始まりを告げるみたいだった。

 

 

 

**********************

 

 

 

 俺たちを視認した傀儡兵たちの1機はより速く走り出して接近し、得物を振るってくる。

 俺はそれを盾で滑らせるように受け流して、隙が出来た部位に剣を滑らせて斬る。

 傀儡兵はカウンターを受けると、ぐらりと倒れた。

 続いて俺に突進して来る3機。

 俺は構えて、迎え撃つ姿勢を見せるが――――すっと右にステップを切って射線上(・・・)から離脱する。

 

 

 光弾が先まで俺の居た場所を通り過ぎて、3機に命中し、人形(ひとがた)から残骸へ形を変えた。

 今のは単純に俺が“壁”になって視界を塞ぎ、後ろから射撃を入れると言った戦法だ。

 不意の攻撃には反応が遅れる点を突いただけ。シンプルだが、有効な手段なら積極的に使う。

 

「数は多いけど、対応速度は大したことないな」

 

「そうだな。ただ、包囲されたら厄介そうだけどな」

 

 新たに向かってくる傀儡兵。今度は前に3機、後ろに1機とフォーメーションを組んでいる。

 だけど、前衛の3機が横一線で並んでいるのは悪手だぞ。

 俺は片手直剣を投擲して前衛の左の奴の胸中央に刺す。

 回路の中心はそこに在ったのかそれだけで機能を停止した。

 投擲に追う形で疾走した俺は体を右へ捻りながら両手を右側に突き出して、架空の柄(・・・・)を握る。

 

投影開始(トレース・オン)――――!」

 

 出現した大剣の柄をしっかり握り締める。捻った体が元に戻る勢いを乗せた右から左への一振りは鈍器が鉄を叩く鈍い音を出しながら、2機の上部と下部を離れ離れにして、内部に在ったネジやコード類を散乱させた。

 

 

 後ろに居た1機が俺に斧を降り下ろすが、俺は大剣を横に倒して受け止めた。

 押し返して体勢を崩したその隙に、クロノが俺を迂回して傀儡兵に“杖”を接触させた。

 

「Break impulse」

 

 “杖”から送り込まれた振動エネルギーが標的を粉砕する。

 射撃魔法寄りのレパートリーかと思っていたが、しっかり近接魔法も習得していた。

 クロノは十代前半の少年の筈なのに、この力量……俺は舌を巻く。

 

 

 これで一段落。大剣を消す。

 他にも傀儡兵は居るだろうけど、各々の持ち場を守っているのか、現れない。

 

「やっぱり、あの時は手加減をしていたんだな」

 

「それはお前もだろ? この戦闘だけでもそれは十分に解るぞ」

 

「力量についてはお互い様か……それにしてもエミヤシロウ。なのはから正体を隠すためにわざと口調を変えていたらしいけど――――君にはこっちの方がお似合いだ」

 

「それはなのはにも言われた。まぁ……自覚は有ったさ。

 それと――――士郎でいい。フルネームで呼ばれるのはしっくりこない」

 

「そうか……じゃあ、シロウ。即席なペアだけど、宜しく頼む」

 

「俺の方こそ宜しく頼むよ、クロノ」

 

 俺たちは友人と話すような感覚で会話をして、握手を交わした。

 フェイトには“友達”が必要だと言った俺だけど、よくよく考えてみると、十代の友人なんて俺は持っていなかった。ベルたちは成人以上だし……。

 

「取り敢えず、ここは平気か。最下層ブロックへ向かおう」

 

「そうだな」

 

 俺たちはエントランスホールから通路へ走り出して、プレシアが居る最下層ブロックへ向かう。

 所々で傀儡兵と対峙したが、俺とクロノの片方が注意を逸らし、攻撃を入れる。前衛と後衛を即座に切り替えるなどのコンビネーションの前では呆気なく打ち倒されて、残骸と化した。

 それなりの距離を走った所で、建物が揺り動くような振動がここにまで伝わってきた。

 

「向こうも、激戦みたいだ」

 

「ああ。でも、あの4人なら心配いらないだろ」

 

「僕も彼女たちの力量は理解しているつもりだ。

 シロウも信頼しているんだな、彼女たちのことを」

 

「ああ、強い意思を持っている子供たちだ。

 俺たちも遅れを取るわけにもいかないな」

 

 走りながら会話をする。

 その後にクロノの向こうの状況を訊くために、デバイスでエイミィに通信を試みる。

 

「エイミィ、聞こえるか?」

 

「……なんとか」

 

 クロノのデバイスからエイミィの声が聞こえてきた。

 

「向こうの状況は?」

 

「なのはちゃんとユーノ君は駆動炉の封印へ。

 フェイトちゃんとアルフは最下層ブロックへ向かったわ」

 

「俺たちも急ごう」

 

 エイミィから状況を聞いた俺たちは足を速めてた。

 

 

 

 そして、辿り着いた。プレシアが居る最下層ブロックへ繋がる道。

 そこには10機程の傀儡兵が守護している。

 

「悪いが付き合っている時間は無い。強引に突破させてもらう!

 投影開始(トレース・オン)ッ!」

 

 朱色の槍を手にした俺は疾走する勢いのまま、飛び上がって、弓のように上半身を反らしてから大きく腕を振りかぶった。

 だが、宝具の真名解放はしない。それをしてしまったら、『時の庭園』が崩れる恐れがある。結界が張ってあればそんな心配は無いが、それが無い状態での宝具の真名解放は余程の窮地でない限りは避けるべきだ。

 

 

 放たれた朱色の槍は一直線に壁へ。それは通り過ぎただけで傀儡兵を瓦解させてから、壁を突き破り、ポッカリと人ひとりが通れる程の穴が穿たれた。

 

「飛び込むぞ!」

 

「いくら何でも強引が過ぎる!」

 

 クロノから尤もな感想をもらったけど、プレシアが居る所を目の前にして、機械の相手なんてやるつもりは無い。

 俺が飛び込んでからクロノも続く。

 穴から現れた俺たちの姿を見たプレシアの目は大きく開かれた。

 

「……来たのね」

 

「ああ……来たぞ……プレシア……」

 

 俺はプレシアから少し離れた所に着地した。

 それなりの高さからの着地だったけど、足を地面に着く瞬間に畳んで衝撃を出来る限り殺した。

 クロノは俺がより上――――高台に着地して、万が一に備えて“杖”を構えている。

 一方の俺は武器を握っていない。俺はプレシアに“剣”を向けに来た訳じゃない。そこを間違えるな。

 

「プレシア……こんなことはもう終わりにしよう。アンタだって、本当は解っている筈だ……過去は変えられないってことは……。

 悼みを越えて前に進むことが、俺たちに出来る唯一のことだって――――」

 

「……いいえ、『アルハザード』へ辿り着けばそれは可能なのよ。だから……シロウもいらっしゃい。

 あんな悲しい『過去』をやり直して、『未来』を取り戻しましょう」

 

「――――それは出来ない。さっきも言ったけど……『過去』は変えられないし、起こったことは戻せないんだ……」

 

 プレシアの眼はただただ悲しみに染まっていた。

 『過去』を――――大切なアリシアを取り戻したい。

 あるべき『未来』を取り戻したい。

 その気持ちは痛い程に解る。

 加えて仕事が忙しかったために、アリシアと過ごす時間があまり無かった後悔も、彼女を苦しめてもいるのだろう。

 

 

 ああ――――本当にアンタは優しい母親だよ。

 だから、プレシアは許せないんだ……この現実を。

 

「――――貴方も一緒に取り戻せるのよ……『こんなはずじゃなかった』世界の全てを……!」

 

「プレシア・テスタロッサ……貴女の言う通り――――世界は『こんなはずじゃない』ことばっかりだよ……。ずっと昔から……いつだって、誰だって、そうなんだ……」

 

 プレシアの懇願を聞いたクロノから声が飛び出る。

 静かに……自分の心情を込めたような強い声だった。

 

「こんなはずじゃない現実から……逃げるか立ち向かうかは個人の自由だ。

 だけど……自分勝手な悲しみに無関係な人間まで巻き込んでいい権利は……どこの誰にもありはしない!」

 

 誰だって悲しみも傷も抱いている。それをどうしていくのはその人次第……。

 でも、そこに無関係な人を巻き込むことだけは許されない。他の世界の存亡が関わっているのならば尚更だ、とクロノが叫ぶ。

 

 

 クロノの叫びが響く中、プレシアの視線が一瞬、俺の後ろに向かった。

 俺も気になり、後ろへ視線を向ける。その先には、こっちに走って来るフェイトとアルフが姿が在った。

 

 

 ――――そう、フェイトは自分の想いを母親であるプレシアに告げるために来たんだ。

 

 

 

**********************

 

 

 

 駆動炉までの道案内を終えた私とアルフは母さんが居る最下層ブロックに辿り着いた。

 既にシロウが母さんと話をしていて、執務官は上の高台で様子を伺っている。

 

(よかった。間に合った……)

 

 ここから……私は始めるんだ。

 だから……まず、母さんに私の想いを伝えよう。

 私はシロウの一歩前まで進んで、母さんと視線を合わせる。

 アルフはシロウより更に後ろで見守ってくれている。

 

「……母さん」

 

「……何をしに来たの?」

 

「貴女に……言いたいことがあって来ました……」

 

 母さんの視線には、先のような憎悪や嫌悪と言った感情が宿っていなかった。

 どこか……泣いているような眼だった。

 

「私はアリシア・テスタロッサじゃありません……。

 貴女にとって私は――――失敗作で……偽物なのかもしれません」

 

 こうして話している私だけど、取り乱していなかった。

 逆に落ち着いるような気分だった。

 そうだよ……自分の想いを伝えるのに取り乱すことはないよ。だって、自分の心を伝えるだけなんだから。

 

「だけど……私は――――フェイト・テスタロッサは、貴女に生み出してもらって……育ててもらった……貴女の娘です。

 母さんに笑顔を取り戻して欲しい……。

 幸せになって欲しい……。

 この気持ちだけは……偽物ではなく、本物です。

 私の――――フェイト・テスタロッサの本当の気持ちです」

 

 みんなは口を挟むことなく黙っている。

 そんな中、母さんは笑い始めた。それは嬉しさからじゃなくて――――

 

「あ、あははははッ!

 だから何? 今からでも貴女を娘と思えと言うの?」

 

「貴女がそれを望むなら……私は世界中の誰からも、どんな出来事からも貴女を守る。

 ――――私が貴女の娘だからじゃない……貴女が私の母さんだから……」

 

 自分の想いを告げた私は右手を母さんへ向けて伸ばす。

 掴んで欲しい……一緒に『アルトセイム』へ帰りたい……また母さんの笑顔を見たい。

 ……ただそれだけ。

 

「――――――」

 

 母さんは私の手を見詰めている。

 でも私はこれ以上伝えることは残っていない。今話したのが私の想いだから。

 

「プレシア……フェイトは――――アンタの娘は自分の想いをしっかり伝えた。

 だから、次は母親であるプレシアの番だ。

 ああ――――その前に、俺も伝えたいことがあった」

 

 シロウが私の横に並んで、母さんに話し掛ける。

 その瞳には……これから口にする言葉が許されるのか……迷っているのが見えた。

 でも、シロウは口にした。それはきっと……この瞬間まで告げられることが無かった言葉だったんだと思う。

 

「――――義母(かあ)さん、ここから出よう。

 また皆でピクニックに行こう。アリシアとフェイト……リニスやアルフも連れて」

 

「―――――ぅ」

 

 母さんから嗚咽が漏れた。

 両目には涙が浮かんでいる。

 それは色々な感情が籠った母さんの()だった。

 でも――――

 

「――――もう……遅いのよ……。

 今更……私は戻れないッッ!!」

 

 悲痛の声を漏らして、手にしていた杖の先を床に叩き付けた。

 その後に、母さんの後ろを漂っていた11個の『ジュエルシード』が輝き始めて発生した震動で、母さんとアリシアが居る足元が崩れた。

 落ちて行く……母さんはアリシアの入った培養器を抱き締めながら虚数空間へ……。

 

「――――――ッッ!!」

 

 シロウは言葉になっていない声を上げながら、飛び出した。

 鎖の付いた鉄杭を手にして、鉄杭の部分をまだ残っている地面に突き刺して、鎖を持ってお母さんに追い付くために飛び込んだ。

 

 

 私たちも急いで母さんたちが見えるように覗き込む。

 映ったのは――――鎖で母さんをアリシアの入った培養器を固定しているシロウの姿。

 

「鎖を引き上げてくれ!!」

 

 私たちは返事をするのさえ省いて、急いで鎖に手を掛けるようとしたところで、アルフが怒声のように大きな声を出した。

 

「あたしが力一杯引き上げるから!! 二人はキャッチに集中して!!」

 

 言った直後にアルフは足腰を踏ん張ってから鎖を一気に引き上げた。その反動でアルフは尻餅をついたけど……母さんたちを引き上げることに成功した。

 宙を舞う母さんたちを私と執務官で受け止めて、ゆっくりと地面に舞い降りた。

 

「な、なんてことをするんだ!? 虚数空間に落ちたら重力の底まで真っ逆さまだって説明しただろう!!」

 

「考える前に……体が動いたんだ……」

 

「母さん……アリシア……シロウ……」

 

 私は涙を流した。

 三人が居なくなるのが一瞬過っただけでも、頭の中が真っ白になった。

 シロウは私を見て、優しく声を掛けてくれた。

 

「泣くなよ……フェイト。皆、無事なんだから……」

 

 シロウに文句の一つ二つ言おうとしたタイミングで、天井を桜色の砲撃が貫いて、開けられた穴から駆動炉の封印を終えたあの子たちが降りて来た。

 

「皆、大丈夫!?」

 

「なのは、足元は平地じゃないから慌てると転ぶよ!」

 

 降りた場所と私たちが居る場所までのあまり距離が無いのに駆け寄ってくる二人。

 それぐらい心配してくれてるんだと私は解った。

 

「諦めるなんて……一番らしくないことを……」

 

「………………」

 

「――――今日まで……辛い日々を歩いて来たんだろう……なのに……何で、ここで諦めるんだよ……」

 

 シロウが静かに怒ってる。いつも優しい彼が心の底から声を上げている。

 

「フェイトも俺も話したいことは色々有るからな。

 ここを出てから――――」

 

 その時、私たちは異変に気付いた。

 それは先まで母さんが居た場所の後ろに在る『ジュエルシード』だ。それらは輝くを増して、空間に悲鳴を立てている。

 

「クロノ、聞こえて!?」

 

「艦長!?」

 

「私が次元震を防いでいたけど……先の震動で魔法陣が壊れてしまって――――」

 

「つまり……このままでは次元断層が!?」

 

「――――――」

 

 次元断層が起こったら、いくつもの世界が滅んでしまう。

 防ぐためには11個全ての『ジュエルシード』を封印しないと――――

 

「封印さえ出来れば、次元断層は起きないんですよね?」

 

「えぇ――――まさか……フェイトさん、封印をするつもり?

 無茶よ! 万全な貴女でも6つの封印に手を焼いていたでしょ!?

 可能性が有るとしたら……なのはさんと一緒に封印をすることだけど、残っている貴女たちの魔力では足りないわ!」

 

 私の考えが不可能に近いのは解ってる。

 でも……ここで次元断層を防げなかったら――――

 

「次元断層は、起点になる『ジュエルシード』を封印する。あるいは破壊(・・)をすれば防げますよね?」

 

「それが可能ならの話よ。

 破壊は封印より難しいわ。それこそなのはさんたちが束になっても……」

 

「……俺は……それを可能にするだけの武器を持っています」

 

 シロウの言葉にみんなが息を呑んだ。通話をしている艦長さんも息を呑んでいるのが解った。

 

「時間が無いので確認しますよ。『ジュエルシード』を破壊すれば、次元断層は防げますよね?」

 

「そうよ」

 

 シロウの確認に短く艦長さんが答えた。

 

「聞いての通りだ。皆は先に脱出してくれ。

 俺の“あれ”は強力過ぎて周囲に人が居たら使えないんだ。

 だから――――」

 

「士郎さんは大丈夫なの?」

 

「俺ひとりの安全なら問題無い」

 

「でも、シロウ――――」

 

「大丈夫だ……俺を信じろ。

 俺は必ず後を追い掛ける。フェイトだって知ってるだろ? 俺の力量は」

 

「シロウ……貴方は――――」

 

「先にフェイトたちとここを脱出してくれ。話はきちんとする」

 

 私たちの不安に満ちた声を聞いたシロウは、安心させるために柔和な声で言葉を交わしてくれた。

 私たちに出来るのは……シロウを信じることだ。

 それが解っていても、この不安は消えないのは無理がない。

 

「――――シロウにも色々と事情があるのは把握している。それに、プレシア・テスタロッサの件の他にも訊きたいことはある。

 だから……必ず戻って来てくれよ」

 

「ああ……約束する」

 

 執務官は真っ直ぐにシロウの眼を見て約束を交わした。

 ただ、それをしただけだった。

 

「脱出する!

 エイミィ、ルートを!」

 

「了解ッッ!」

 

 執務官を先頭に私たちは脱出をするために『ゲート』が設置されるポイントまで移動をしようした時、シロウがアルフとユーノに声を掛けた。

 

「アルフ、ユーノ! フェイトとなのはを頼むぞ!!」

 

 それは別れの時に、大切な人を託す時に発せられる言葉だと私は思った。

 

「――――ああ、任せなよ!!」

 

「――――はい……」

 

 私とあの子は振り返ろうとしたけど、アルフとユーノに背中を押されて振り返られなかった。

 

「アルフ――――」

 

「ユーノ君――――」

 

「フェイト……先に脱出するよ。母親に肩を貸してやんな……。

 ユーノとなのはは手を貸して。培養器はクロノひとりだと運ぶのはキツいだろうから」

 

「なのは……運ぶのを手伝ってくれる?」

 

「「――――――」」

 

 私は母さんに肩を貸して……アルフたちはアリシアが入った培養器を運びながらここを後にする。

 でも……これじゃ……まるで――――お別れみたいだよ。

 私たちはその感情を抱いて『ゲート』に向かって行った。

 

 

 

**********************

 

 

 皆は『ゲート』に向けてここを後にした。

 残っているのは俺とウィンディア――――そして、この騒動の元凶である『ジュエルシード』だ。

 

(しゅ)よ――――」

 

「言いたいことは解るけど、後にしてくれ。時間が無い」

 

「いえ、解っていませんね」

 

 俺はまた無茶をするのかと、ウィンディアから言われるのかと思っていた。

 しかし、言われたことはそれでは無かった。

 

「安心させるためとは言え、嘘を吐きましたね(・・・・・・・・)

 

「――――――」

 

 俺は必ず後を追い掛けると言った。

 でも、俺がこれからやることが実行されれば、魔術回路にはこれまでに無い程の負担が掛かり、残り魔力もそこを尽くだろう。

 つまり、ここから一歩も動けなくなる。

 

「『ジュエルシード』を始末が出来るのは、今は俺しか居ない。

 どのみち……俺がやることに変わりはないんだ」

 

「貴方の行動は変えようがないのは私も理解しています。

 しかし、嘘を吐いて誰かを悲しませるのは納得が出来ませんし、許しません。

 貴方を――――必要としている人たちがいるのですから」

 

「――――さて……始めるか。

 余波の防御はウィンディアに任せる」

 

 俺は赤い外套を消して、普段着――――青いジーパンに……基本色が白だが、肩から袖口まで紺色のよく市販されているTシャツの姿に戻る。

 これから俺が投影する“剣”には俺の全集中力を込める。

 だから、外套を維持するのに回している集中力もこっちに回さなければならない。

 

「――――投影(トレース)開始(オン)

 

 イメージするのは“アイツ”がギリギリのところで手を届かせた“聖剣”の劣化版である『黄金の剣』だ。

 “アイツ”に出来て、俺に出来ない道理はない。

 しかし――――

 

「ぎ――――くう、う――――」

 

 俺は脳裏で撃鉄を打ち下ろして、体内に在る27本の魔術回路を総動員する。

 ――――が、悲鳴を上げる。

 無理もない。己を完成させた“アイツ”がギリギリのところで出来たことを……未完成な“俺”がやろうとしているのだから。

 流れる魔力が暴れるのを、俺は一心に制御する。

 

 

 創造の理念を鑑定し、

 

 基本となる骨子を想定し、

 

 構成された材質を複製し、

 

 製作に及ぶ技術を模倣し、

 

 成長に至る経験に共感し、

 

 蓄積された年月を再現し、

 

 あらゆる工程を凌駕し尽くし――――

 

「あ――――あ”あ”あ”あ”あ”…………!!」

 

 ここに、幻想を結び剣と成す――――!

 

 脳の奥が灼かれるよう熱くなる。

 左肩に熱せられた鉄板を押し付けられるような痛みが走る。

 思考が途切れそうになる。

 目の前が真っ白になりそうだ。

 だけど――――不可能な筈はない。

 元より俺の身、それだけに特化した魔術回路――――

 

「――――――ぁ」

 

 思考が閃光に埋め尽くされていく最中、不思議な感覚が体の奥から広がった。それは灼くような熱さではない。

 安らぎを与えるような――――包み込む優しさを持った暖かさだった。

 次第に俺の思考はクリアになり、目の前がはっきりと見える。

 

「はぁ……はぁ、はぁ…………」

 

「主……左肩が――――」

 

「……解ってる」

 

 俺が握っていたのは“聖剣”の劣化版である『黄金の剣』の更に劣化させた剣。

 オリジナルの“聖剣”は星の内部で結晶・精製された神造兵装で、最強の幻想(ラスト・ファンタズム)だ。

 “アイツ”はそれを自分が作り出せるレベルまでの劣化版として『黄金の剣』を作り出した。

 今、俺が作り出したのがそれより性能が劣る“剣”であったとしても――――この状況を打開するには十分だッ!!

 

 

 過度な投影により悲鳴を上げている体に、残っている力を振り絞って剣を構える。

 これから俺は宝具の真名解放を行う。そのために魔力を叩き込む程に刀身は輝き、燐光が漂う。

 魔術回路は焼き切れそうだ。だけど、止めることはしない。

 狙いは今にも力を解き放とうと脈動している『ジュエルシード』11個全てだ。天井や壁はそれの影響を受けてか、徐々に崩落を始めている。

 

 一撃で片を付ける――――――

 

劣・永久に遥か(エクスカリバー)――――黄金の剣(イマージュⅡ)!!!」

 

 両手で柄をしっかり握り、天へ掲げた剣に全魔力を叩き込んで、振り下ろした。

 極光の一撃は解き放たれて、その先に在る『ジュエルシード』を含むあらゆる物を飲み込んだ。

 残る物は無い。黄金の極光は全てを両断し、何一つ跡形も残さずに消滅させた。

 

 

 俺はこの時、極光の中に一人の後ろ姿を見た。

 赤い外套を纏った“アイツ”ではない。

 それは白銀と紺碧に輝く甲冑に――――本物の“聖剣”を右手に握った誰か。

 幻影であることは理解している。

 だけど……その後ろ姿を見せる人物とは、何の繋がりもないとはどうして思えなかった。

 

 

 ――――俺は『白銀の騎士』を見据えながら、意識を失った。

 

 

 




前章から繋がることやこの先の話へ繋がることがあった回でしたね。
無印編の完結が迫ってきました……。


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19話 託されたもの

 ――――――夢を見ている。

 

 

 

 彼は普段あまりユメを見ることはないのだが、見る時はいつも同じものだった。

 在るのは常に剣。双剣、片手剣、大剣など――――ありとあらゆる剣たちだ。

 当たり前だ。衛宮士郎にとって、(それ)は自身を構成してる因子に他ならないのだから。

 

 

 だが――――今回は違う。

 在るのは一本の剣。

 それは、衛宮士郎と“彼”が振るった『黄金の剣』ではない。形状などの見た目は似ているが、装飾も在り方も異なっている。

 

 

 士郎は揺れる世界(ユメ)の中、柄を握ろうと手を伸ばしてた。が、剣は黄金の粒子となり、握ることは叶わなかった。

 煌めく粒子は暗い風景に溶け込んでいき、辺りを白に変えた。

 だからと言って、彼の目には新しく映るモノは無い。剣の一本も無ければ、誰一人として居ない。

 その筈なのに声だけが響き渡る。

 

「―――――――! ■■■■■!!」

 

 青年の声だろうか。誰かを呼び止めようと叫び声を上げている。

 けれど、彼には言葉が聞き取れなかった。強風で言葉だけが掻き消されたように、青年が口にしている詳細までは分からないのだ。

 

「■■■■、■■■■――■■■■■――――――」

 

 呼び止められた者からは凛とした声が発せられる。

 そこの声には震えも、迷いも、荒れることも無い。

 自身の責務――――いや、自身の理想を貫かんとする者の真っ直ぐな意思が込められいるのは、言葉が聞こえなくとも分かるだろう。

 

「――――、――――――ッッ」

 

「――――――――――――――――――?

 ――――――――――――――――――――」

 

「――――――――――。――――――!!」

 

 青年は煮え切らないままでいながらも、言葉を放ち続ける。

 本当は分かっているのだ。青年が呼び止めようとしている者が何故、自分たちと離別することになると分かっていながらも、決して彼方へと足を踏み出すことを止めないと。

 それが分かっていても、青年は自分を抑えられなかった。

 目の前に居る者はいつもそうだと……。如何なる時でも揺るがない意思を秘めた“騎士達の王”であることを理解していようとも――――

 

「■、――――」

 

「――、――――」

 

 二人とは違う声が響いた。それは忠実深いの近衛の一言。

 騎士は短く返答してから再び青年に言葉を放った。

 

「■■■■、――――――――――――――――。

 ――――――――――――」

 

 騎士の言葉を聞いた青年はそこで口を閉ざした。

 言葉が出なかったからではない。唇を噛み締めて、自身の感情を押し殺すのが精一杯だったのだ。

 そんな青年にこれ以上は声を掛けることはなく、騎士は近衛を引き連れて、その場を後にした。

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 目を開くと、視界に映ったのは白い天井。背中にはベッドのクッションの弾力が感じられた。

 この二点から考えるに病室に近い部屋だろう。

 だって、天井には鮮やかな装飾は無い。明かりが付いているだけの簡素だったし。

 首を右にずらして、視線を移動させると、真っ白で清潔なベッドの端が見えるんだからな。

 

(またか……意識を失ってから目を覚ますと何時も同じような風景ばっかり見てる気がするぞ……)

 

 始めて見る筈の風景に既視感を覚えながらも俺は上半身を起こして、思考を回し始めた。

 

(今のは夢か? それにしても不思議な夢だったな。何だったんだ……あれは?)

 

 今までに経験したことがない夢を不思議に思って、見ていた夢を思い起こそうとしたが――――左肩から火傷を負った時のようなジンジンとした痛みが伝わって来たことによって、現実に引き戻された。

 

(――ッ! そうだ……俺は――――)

 

 俺は『ジュエルシード』を破壊するために、“アイツ”が使っていた『黄金の剣』の劣化版を投影したんだっけ……。

 自分がやったことを再認識してから、襟元から覗き込んで肩の肌を診る。

 そこには焼け付いた跡――――痣みたいに浅黒く変色している肌が在った。

 これは過度な投影の代償だ。

 解っていたことだ。何故“アイツ”が俺と似つかない容姿をしていたのか。

 背丈は兎も角――――一部を残して色素が抜け落ちて白くなった髪に、琥珀色でなくなった瞳。それらは投影の代償に他ならない。

 

 

 そもそも『宝具』を“投影”して複製するのは人の身に余る行為だ。それを続けていたから、“アイツ”の容姿は変化したんだろう。

 それに“未完成”な俺が『黄金の剣』を“投影”したんだ。自身に何一つ変化が訪れない訳がない。

 その代償が肌の変色に止まったのだから、安すぎるのも良いところだ。死にかけなかっただけでも僥倖だろうに。

 

「それにしても……ここは何処なんだ?」

 

 俺は“切り札”を解き放つために、残っていた魔力を全てが注ぎ込んだ。

 だから、あの『時の庭園』から脱出するどころか、身動き一つ取れなかった筈だ。

 安堵の息を吐く前に、ここに至る経緯を考えよとしたところで、自動ドアが開く音が聞こえた。

 視線をそちらに向けると、なのはと少年の姿をしたユーノが居た。

 

「士郎さん! 大丈夫なの!!」

 

 駆け寄って来るなのは。

 ユーノも驚きの表情を浮かべて、なのはに続く形で駆け寄って来た。

 

「何とかな……。

 なのはたちがここに居るってことは、ここは『アースラ』の中なのか?」

 

「うん。リンディさんたちが士郎さんを何とか助けてくれたんだよ。

 エイミィさんが士郎さんの座標も把握してたみたい」

 

「そっか……」

 

 皆に脱出ルートの案内をしていたのに、俺の座標まで捉えてくれていたのか。後でお礼を言わないとな。

 

「シロウさん、リンディ艦長とクロノがここに来るそうです。話がしたいと……」

 

「だろうな。

 ……ユーノ、俺が意識を失っていたのはどれくらいだ? フェイトたちは?」

 

「意識を失ってからだと、そろそろ24時間になります。

 彼女たちのことは……クロノたちから聞いてください。きっとその話も有ると思いますから」

 

 フェイトたちの様子を聞いた途端に、二人の表情から明るさが消えた。

 その二人の表情は悲しそうで、何かを堪えていると言った感じだった。

 

「分かった。話はクロノたちから聞くよ。

 なのはたちも疲れているだろう? 俺のことはいいから、部屋で休んでろ」

 

「でも――――」

 

「リンディ艦長たちと話をする時は、二人は席を外すようにってなると思う。

 だから、気にしなくていいぞ」

 

 俺の言葉になのははハッと息を飲んだ。『時の庭園』に赴く前に、彼女たちも俺の過去の全貌を知った訳ではないが、自分たちの想像を越える日々を過ごしていたことは薄々と気付いている。

 これからリンディ艦長たちと話をすることには、それも含まれているのだということも――――

 

「なのは、部屋に戻ろうか……」

 

「……うん」

 

 数分前に駆け寄って来た雰囲気とは対照的に、重い足取りで二人はスライドして開かれたドアから通路へ足を踏み出して行った。

 まだ10歳にもなっていないなのはにとって、俺の過去の話は重すぎる話だ。ユーノの年齢は聞いていないけど、見た目から考えれば恐らくなのはと同い年ぐらい。

 どうあれ、この話は幼い二人には聞かせない方がいいのは客観的に考えても普通だろう。俺も勧んで話したいと思うことじゃないからな。

 

 

 

 

 

 ――――なのはとユーノがここを後にしてから数分後。ドアがノックされた。

 俺の返事をした後、ドアがスライドして開き、リンディ艦長とクロノが入って来た。

 二人がそのままベットの隣まで足を進み終えたところで、話は始まった。

 

「ごめんなさい。エミヤさんもまだ体力を回復しきっていないとは思うけど……あまり残された時間がないことも話に含まれているから――――」

 

「気にしなくて大丈夫ですよ。

 戦闘は出来ませんが、話をするぐらいの体力は有りますから」

 

 リンディ艦長はベッド付近に置かれていた椅子に腰掛ける。

 クロノはその斜め後ろに立っている。

 

「順を追って話をするけど、いいかしら?」

 

「構いません。むしろそちらの方が助かります」

 

 そう、話を聞くなら順を追っての方がいい。

 今の状況を把握しない限り方針も固まらないし、あの後どうなったのかを知るためにも、流れに沿ってことを進めるのが近道だ。

 

「まずは『ジュエルシード』ね。

 エミヤさんのお陰であの場に在った11個全ての『ジュエルシード』は消滅。それに伴って次元断層の発生も防げたわ。

 ただ、次元震の影響で次元空間が安定していないの。なのはさんは近い内に地球へ戻れると思うけど、ユーノ君の故郷……ミッドチルダ方面は少し時間が必要と言ったところね」

 

「そうですか……。でもよかった、次元断層を防げて」

 

 俺は安堵の息を吐いた。

 次元断層が発生したら、どれだけの被害が出るのかなんて解っている。

 複数の世界の崩壊――――平穏に暮らす人々の日常が突然として壊されることを防ぐことは出来た。

 だけど、そこで話に一区切りが付く訳もなく……。

 

「エミヤさん……貴方が使ったあの剣。あれは一体何なのかしら……?」

 

 『ジュエルシード』に関することを伝え終えたリンディ艦長は俺に質問を投げてきた。

 それは強い眼光と共に静かながらもしっかりと声を纏っていた。

 正直、その質問が来ることは予想出来ていた。エイミィが俺の座標を捉えていたのだから、その場の様子も把握していたのは考えるまでもない。

 

 

 『ロストロギア』である『ジュエルシード』を両断した一本の剣。

 それも1個だけではなく、11個を一振りで消滅させたことの異常さ。

 『管理局』に勤めていなくとも、【魔導師】ならば見逃す訳がない。

 だが、俺も正直に答えることは出来ない。悪いとは思っているが、誤魔化させてもらおう。

 

「あれは俺の“切り札”ですよ。一度限りの大技です」

 

「一度限り? それではもう手元には無いのかしら?」

 

「はい。使用した“あれ”は崩れ去ってしまいました。もう俺が手に入れることもないでしょう。だから、レアスキルで物を取り出している“場所”に貯蔵し直すことも出来ません。

 俺だって、本当は使うつもりなんてありませんでしたけど、次元断層を引き起こすのを“あれ”一本で防げるということだったので“切り札”を切りました」

 

 リンディ艦長の表情は凛としたままだ。

 ただ俺の話を聞いて自分の内で情報をまとめているのだろう。

 その間にクロノが質問してくる。

 

「シロウはあの“剣”は用意出来ないと言ったが、似たような剣なら用意出来るのか?」

 

「いや、無理だな。あれと似たようなと言うより、同等な剣なんて無い。

 言葉通り、最初で最後の一撃だったんだ」

 

 クロノの質問は鋭いものだった。同じ剣ではなく、似たような剣か……。

 あの“剣”に同等な剣なんて無い。オリジナルの“聖剣”は俺の“剣”を遥かに越える精度と威力を備えているし、“アイツ”の『黄金の剣』と比べても俺の“剣”は劣る。

 他に性能面で同等の“剣”の存在を問われても、無いとしか解答出来ない。

 『劣・永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュⅡ)』と同等の剣は同じ銘のそれだけだ。

 それに、クロノたちは知る訳がないけど、『宝具』の効果と威力なんて千差万別なんだしな。

 

「そうか……そんなに貴重なモノだったのか、あれは」

 

「ああ。逆に“あれ”と同等でも似たような剣が在った方が恐ろしいだろ」

 

「……確かにな。簡単に用意されても困るな」

 

 うっすらとだが苦笑いを浮かべるクロノ。

 俺も“投影”で『宝具』を複製出来ることには苦笑いの一つでもしたくなる。

 自分がデタラメなんてことは、“アイツ”を通しても、自身を通しても理解している。

 

「リンディ艦長、フェイトたちはどうですか? クロノの先導で先に脱出した筈ですけど?」

 

「……………………」

 

 俺がテスタロッサ一家の様子を訊くと、リンディは言葉を詰まらせた。それに沈痛な顔を見せ始めた。

 クロノも似た表情を浮かべている。

 

「……フェイトさんとアルフさんは元気よ。今は眠っているプレシア・テスタロッサの側に居るわ。

 けれど……彼女は重体……。今は何とか安定しているけど……それも一時的なものよ……」

 

 

 ――――その言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中は真っ白になった。

 

 

「……プレシアが……重体だって…………?」

 

 リンディ艦長は重々しく頷いて、俺の漏らした言葉を肯定した。

 僅かに色を取り戻した俺は防波堤が決壊したかの如く、口を開いた。

 

「どういうことですか!? 一体何が!?」

 

「クロノたちが『アースラ』に帰還した直後、彼女は吐血したの。それも少量じゃないわ。明らかに病に冒されていて、末期を連想させる程の……」

 

 それを間近で見たフェイトは悲鳴を上げたことも続けて教えてくれた。

 当たり前だ。突然目の前で母親が吐血なんてしたら、悲鳴を上げる。

 フェイトも一時期は錯乱状態に陥ったらしいが、アルフが側に居たことで今は落ち着いているとのこと。でもそれは錯乱することを抑えることが出来ただけで、不安と恐怖で心が占められているのは、誰もが容易に想像出来る。

 

「医療スタッフからの報告だと――――彼女の呼吸器は末期レベルまで冒されている状態だと……。それはここに来る前からみたい。

 それによって体力も魔力も失われ続けていたそうよ。にも関わらず、彼女は次元跳躍攻撃を行った。それも二度……それがどれだけ体への負担を増加させていたのか、医療スタッフでない私でも判るわ」

 

「……………………」

 

 それがプレシアが焦っていた理由か。

 彼女は自分に残された時間(いのち)が残り僅かだと悟っていた。

 だから、残された時間(いのち)が尽きる前に『アルハザード』へ至ろうと、フェイトに『ジュエルシード』を至急集めろと命じたのか。

 

「だから、エミヤさんも話が終わった後は……彼女の側に居てあげて。

 突入前のプレシア・テスタロッサとの会話から何となく予想が出来るけど……貴方にとって彼女は義母なのよね?」

 

「俺は一時的に預けられただけなので、テスタロッサ家の養子と言う訳ではないのですけど――――そうですね……そうなりますね」

 

 俺は切嗣が仕事であまり面倒を見ることが出来ないからと言う理由でプレシアの所へ預けられた。

 そこでの生活は極普通の一家の生活と変わらなかった。優しいプレシア。娘のアリシア。愛猫のリニス。

 彼女たちは俺を家族として接してくれたのだから。

 

「でも、そうなると時間が合わないわ。彼女は貴方のことをアリシアの『兄』だと言った。駆動炉――――ヒュドラの暴走事故が起こったのは26年前。それを踏まえると、貴方と彼女の娘のアリシアちゃんが面識を持っているのはおかしい……。

 だって、エミヤさんはどう見ても10代半ばの少年。エイミィも貴方とは同い年だって言っていたし……この状況になるとしたら、貴方の成長がどこかで止まったとしか――――――」

 

 リンディ艦長は自分で口にしている中で気付いたみたいだ。

 彼女の考えている通り、俺がアリシアと面識を持っているならば、俺は26年前には既に生まれていたことになる。でもそうなったら俺は30歳を越えている。

 しかし、俺は16歳だ。そうなるのは場合は一つしかない。

 衛宮士郎()の『時間』が一度静止したが、『世界』の時間は変わらず進み続けた。その後、衛宮士郎()の『時間』は再び動き始めた。それだけの単純な話だ。

 

「リンディ艦長の思い当たったそのままですよ。

 プレシアが言っていましたよね。俺が魔法事故に遭ったって」

 

「ええ」

 

「彼女の言った通り、俺はヒュドラ駆動炉暴走事故の少し前に魔法事故に遭ったんです。その時、即座に治療が出来なかったことに対して、ベルは冷凍睡眠――――と言うより冷凍保存による延命を施しました。

 俺の年齢が“時間”と合っていない理由はそう言う訳です」

 

 息を呑む二人。

 話の中で薄々だが、この可能性は考えていただろう。しかし、実際に聞くと動じずにはいられなかったみたいだ。

 俺も、この話は容易に受け止められることではないとは理解している。

 

「……それと、ヒュドラ駆動炉の事故についてですけど、『管理局』の認識は事実と異なる可能性があります」

 

「何? それはどう言うことなんだ、シロウ?」

 

「エミヤさん、詳しく教えてくれるかしら」

 

 戸惑っていた二人の表情が怪訝な顔付きに変わる。

 

「目覚めた俺にベルが言っていたんです。あの事故は本社の強行によって引き起こされたことだと。

 プレシアは研究者だが、安全管理には一際厳しい人物であったのは周知の筈だと。

 このことはベルの方が詳しいので、本人に連絡を取って下さい」

 

「もしそれが事実なら、この騒動に影響が出るわ。

 元を辿れば、ある意味あの事故が原因……クロノ、至急彼と連絡を取って」

 

「分かりました!」

 

 リンディ艦長に命じられたクロノは急ぎ足でここを出て行った。

 これで時期にベルからの事実確認は取れるだろう。

 

「プレシア・テスタロッサの意識が戻ったら、彼女自身からも話を聞きたいわね……」

 

「ベルも当事者ではないですからね……プレシアから本人から聞くことが出来ればいいですけど……」

 

 一通りの話を終えた俺たちの間で沈黙が漂う。

 話をして疲れた訳ではない。あまりにも衝撃的なことの連続で、情報を整理に思考を回しているだけだ。

 でも、俺はベッドの上に座ったままとはいかない。テスタロッサ一家の居る部屋へ行かないと――――――

 

「――――ッ」

 

 少しだが体が軋んだ。体は素直で休息を求めている。

 それを踏み倒して、俺は足を床に付けて、ドアから通路へ向かおうとした。

 が、フラッと体勢を崩したところで、誰かが俺に肩を貸した。いや、この場には俺以外には一人しか居ないので誰だか考えるまでもないか……。

 

「彼女たちが居る部屋は判らないでしょ? 案内するわね」

 

「……ありがとうございます」

 

 立ったことが影響したのか、声も普段と比べても弱かった。

 まだまだ修行不足ってことか……。

 内心で自身に苛立ちを募らせながらも、俺はリンディ艦長に案内されながら、プレシアたちの居る部屋へ向けて足を進めた。

 

 

 

 

 

 俺はリンディ艦長に案内されて、プレシアたちが居る部屋のドア前まで辿り着いた。

 リンディ艦長はドア付近に付けられているパネルに手を押し当てると、軽い電子音が鳴り、ドアがスライドして開いた。

 

 

 ドアを潜ると、そこは先程まで俺が居た部屋と同じような場所だった。ただ、俺の所とは違い、プレシアが眠っているベッドの周囲には――――脈拍数、血中の酸素濃度、呼吸数などの数値化しているモニター。その他にも医療機器が設置されている。

 そんな無数の機材が在る部屋、フェイトはプレシアが眠っているベッドの隣に置かれた椅子に座りながら、彼女の手を両手で包み込んでいた。

 

 

 他にも人が居た。

 アルフはフェイトの斜め後ろで立って、心底心配している雰囲気を醸し出しなから、二人へ視線を向けている。

 三人から少し離れた所には、なのはとユーノが立っていた。どうやら、俺が居た部屋を出て行った後は自室ではなく、ここへ向かったみたいだ。優しい二人だ。フェイトたちを放っておくことなんて出来なかったのだろう。

 

「もう大丈夫です。ここまでの歩きでバランス感覚も落ち着いてきましたから」

 

 俺はリンディ艦長へお礼を言って、一人でフェイトたちの所まで歩いて行った。

 足音は意識しないと聞き取れないぐらい小さい音だったが、アルフには聞き取れたのかこちらへ振り向いた。

 

「シロウ……大丈夫かい? 意識が戻ったってさっきなのはから聞いたんだけど……」

 

「大丈夫だ。アルフたちは?」

 

「外傷は無いよ。ただ……見ての通りさ……」

 

 アルフはくいっと視界を二人が収まるように向け直した。それは、俺が視線を向けることを促すための動作でもあった。

 視線の先には依然としてプレシアは眠ったまま。フェイトの変わらずそこにいる。

 

「……フェイト」

 

 名前を呼ばれてやっとフェイトは首だけを振り向かせてこちらへ視線を移動させた。

 俺はようやくフェイトの顔を見ることが出来た。でもその表情は控え目にいってもいいモノではなかった。

 一睡もしていなかったのか顔色が普段と比べると悪い。瞳も赤みが残っていた。

 

「……シロウ……」

 

「……話は……リンディ艦長から聞いたよ……」

 

 俺はフェイトの隣まで移動して、視界にプレシアを収めた。

 眠っている彼女だけど、健康とは言えないのは一目で分かった。顔は青く、昔と比べて呼吸は弱々しい。

 彼女はそれを、俺たちに隠し続けながら今日まで歩いてきた。

 それを思うとギリっと奥歯が擦れる。何故俺は気付くことが出来なかったのか。彼女が容態を悪くしたのは最近のことではないと、少し前に知らされた。

 

 

 これは予想に過ぎないが……恐らく、『アルトセイム』に居た頃には既にその兆候はあったのだろう。フェイトたちがプレシアの“おつかい”をしていた時期を考慮すると、その可能性が高くなる。

 約2年の期間になるが、『アルトセイム』には俺も居た。プレシアは側に居た。なのに、彼女の病に気付くことも、苦しみに囚われていたことを感じることも出来なかった。

 プレシアが研究で自室に籠っていて、顔を合わせる機会があまりなかったのだから仕方がないと言われればそうなのかもしれない。

 だが、どうあれ、俺は見落としていた。それがどうしようもなく頭に来るんだ。プレシアは目に映る範囲に居た。なのに俺は――――――

 

「…………アリシア……」

 

「「「!?」」」

 

 弱々しい声だけど……今の言葉は確かにプレシアの口から漏れた。

 

「母さんっ!!」

 

 ぎゅっと少し包み込む力を強くして、フェイトは母親へ声を掛ける。

 それで意識が戻ったのか、プレシアの目蓋がゆっくりと開かれた。

 そして、こちらへ視線を向けて、俺たちの顔を捉えた。

 

「……シロウ」

 

「ああ」

 

 プレシアは俺の顔を見据えてから、名前を呼んだ。それはアリシアが居た頃の柔らかい声色だった。

 

 

 続けてフェイトの顔を見るが……口籠った。

 娘の想いを聞いた今となって、フェイトに対する考えが変わって、どう言葉を掛けていいのか分からないのか――――

 それとも、娘の想いを聞いても考えは変わらず、話ことなど無いと思っているのか――――

 

 

「……母さん」

 

 (フェイト)は再び(プレシア)を呼ぶ。

 それは親子の間ならば当然として行われることだ。

 

「……フェイト、ごめんなさい。

 私は今まで貴女を否定し続けた。でないと、私が壊れてしまうから……」

 

 フェイトは黙って聞いていた。母親の手を包み込む強さを緩めずに。

 自分は想いを告げたのだから、今度は自分が聞く番だと。

 

「罪の意識と後悔に狂ってしまわないために……。貴女の否定することで、私は自分を誤魔化し続けた。

 そんな私を貴女は恨むわよね……」

 

 自身の感情を押さえていたフタが取れたのか、ここにきてプレシアの顔が歪んだ。それは自嘲的な表情だった。

 

「……私が母さんを恨むとすれば、一つだけです」

 

 フェイトは力強い瞳で、プレシアの瞳を見る。

 恨むと言ったが、瞳は闇を覗かせていなかった。ただ悲しそうだった。

 

「――――それは本当のことを言ってくれなかったこと。私が生まれた理由と真実を告げてくれなかったこと。言ってくれれば、もっといい方法を探せたかもしれないし、母さんはこんなにも辛い思いをしなくて済んだかもしれないから……」

 

 罵る訳でもなく、怒りをぶつける訳でもなかった。

 ただ、こうなってしまったことがとてつもなく悲しいと――――

 

「フェイトの言う通りだ。そうすれば他の選択肢だって見つけられたかもしれなかっただろう……」

 

「…………心は押し殺した筈だのに、まだ何処かで迷っていたのかもしれないわね。何と引き換えにしても取り戻したと思っていたけど……本当は――――」

 

 結局、どれだけ自分を誤魔化そうとしても、それが出来たのは表面上だけだった。完全に自分の心を殺し切ることがプレシアには出来なかったんだ。

 そう。彼女が昔から持っていた優しさは今でも心の底で根付いている。

 だけど、悲しいことにその優しさが彼女を苦しめた。

 

「……本当に私は愚かね……いつも私は気付くのが遅すぎる……」

 

「……そうだな。でも、今なら気付けているんだろう? ならこれからのことを精一杯やっていくべきだ。そのための一歩が何なのかは――――」

 

 俺が直接は口にしなくても、プレシアなら理解出来ている筈だ。

 本当の二人の物語はまだ始まっていない。歩み出すためにまず、何から始めるべきか――――

 

 

「フェイト……何を今更って解っているけど――――」

 

 プレシアは言おうとしたが、そこで一度言葉を詰まらせた。

 ほんの僅かだけ間が開いたが、彼女は口にした。

 

「――――こんな私を……許してくれるかしら……」

 

「――――――――」

 

 フェイトは両目に涙を浮かべながらも頷いた。その後、自分の額プレシアの太腿に押し付けて嗚咽を漏らす。

 プレシアは抱き締めるようにフェイトの頭を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 どれだけの時が過ぎたのか。嗚咽が止まったフェイトは他にも人が居ることを思い出した途端に、頬を少し赤く染めた。

 ようやく二人の想いが通じたことは嬉しいことなのだが……まぁ、見られていたら恥ずかしいよな。

 離れた所に居たなのはやユーノたちは安堵の表情を浮かべている。なのはの方は僅かだけど目尻に涙が溜まっている。

 そして、なのはたちの側に居たリンディ艦長はベッドの上に居るプレシアの所まで歩き寄って来た。

 

「プレシア・テスタロッサ。病に冒されているのは承知していますが、いくつか確認したことがあります」

 

「私も、貴女たちには言っておくことがあるわ」

 

「母さん……体は――――」

 

「これだけは言っておかなければならないの……。

 それに大丈夫よ、話すぐらいなら」

 

 リンディ艦長の真っ直ぐな視線に射抜かれたプレシアは、臆することなく向けられた視線と同じモノを返した。

 フェイトはそんなプレシアを心配したけど、優しく言葉を返されて口を閉じた。

 

「『管理局』の認識ではヒュドラ駆動炉の暴走事故は安全不備によるものだとなっているわ。

 でも、エミヤさんに魔法を指南した魔導師によると、それは本社の強行が原因で、加えて貴女の安全管理は厳しかった筈だと」

 

「ええ、あれは本社による強行が引き起こしたわ。安全確認に必要な項目の大半は本社から派遣されてきたスタッフによって削られた。それに加えて安全処置はこちらに任せてください、とまでね」

 

 その光景を思いだと同時に苛立ちも蘇ったのか、プレシアは歯を食い縛った。

 それでも口を動かし続ける。

 

「爆発の危険がある駆動炉をあらかじめ確保していた安全地区へ転送する準備をしていたわ。でも、実験当日は上層部によって抑えられた。

 そして何故か原因究明には管理局が立ち入らなかった。上で何のやり取りがあったかまでは知らないけど。

 結局のところ……事件の記録は“安全よりもプロジェクトを優先した”という形で残った。

 管理局の記録はそれを汲み取ったからでしょうね」

 

 プレシアの説明を聞いたリンディ艦長は顔をしかめた。話を聞く限り、事実と記録が異なっているのは判る。加えて、当時の『管理局』が何故か原因究明に踏み込まなかったのか不可解でしかたがないのもあるだろう。

 同じ部屋に居るなのはたちも同じく疑問に思っているようだ。

 

「やっぱり……ベルの言う通りなんだな。仕事に熱心なのは俺も知っていたし、安全管理を疎かになんてする訳がないって思っていた」

 

「もう一つだけ訊きますね。エミヤさんは貴女の所に預けられていたと聞いていますけど?」

 

「ええ、2年ぐらいの期間だったかしらね。忙しいからシロウの面倒を見てくれって頼まれて――――」

 

 ヒュドラ駆動炉の件。俺との関わりを訊いたリンディ艦長は一先ず質問は終わりと話を切った。

 次はプレシアが口を開く番だ。

 

「今回の騒動――――ジュエルシードの回収は私がフェイトに無理やりやらせたことよ。詳細の説明も、目的も、なに一つとしてフェイトには知らされていないわ。

 責任は全て、私にある」

 

「か、母さん――――」

 

 慌ててフェイトはプレシアに声を掛ける。しかし、プレシアの眼を見ると、口を閉じた。

 プレシアはこの件の責任を全て自分が背負うつもりだ。娘を守るために。

 

「なのはさんたちにはもうクロノから説明が有ったと思うけど……フェイトさんの行動を考慮すると無罪放免という訳にはいかないわ。一歩間違えれば次元断層を引き起こすところだったのだから」

 

 リンディ艦長の言う通りだ。理由はどうあれ、今回の騒動は大災害を引き起こす一歩手前までの規模だった。

『管理局』として黙っていられない。

 

「ただクロノの報告にも有りましたが、フェイトさんは貴女の思惑も、真実も知らない。彼女は利用されただけと――――情状酌量の余地はあります。

 加えてヒュドラの暴走事故の一件も有ります。……裁判は避けられないでしょうけど、そちらの場合によっては――――」

 

 この後もリンディ艦長とプレシアの会話は続いた。

 二人の裁判について。後は『アルハザード』について。

 今となっては『アルハザード』の存在は曖昧で伝承にすぎないというのがリンディ艦長の考えだった。

 対してプレシアは『アルハザード』は次元の狭間にあると。そこへ至るために『ジュエルシード』を欲していたと。

 

 

 正直、その辺りの話は俺にはよく解らなかった。一通りの知識は備えているが、専門的なことは全てを知っている訳じゃない。俺が『アルハザード』について知っていたのは、既に失われた都で、いくつも秘技が在るかもしれないということだ。

 

 

 ともあれ、『ジュエルシード』の騒動はこれで終わりだ。

 まだ全てが解決した訳ではないけど、それは少しずつでも片付けて行けばいい。

 フェイトとプレシアはこれから一緒に歩いていくことが出来る。

 ……病に冒されているプレシアのことを考えると、その時間はあまり残されていないかもしれないけど――――その短い時の中でも出来る限りのことをしていけばいい。

 

 

 

 ――――そう……俺たちは思っていた――――

 

 

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 

 

 ――――話を終えた後、なのはとユーノは『アースラ』で間借りしている部屋へ戻った。

 リンディ艦長は職務へ戻るためにブリッジへ向かって行った。

 フェイト、アルフ、衛宮士郎は再び眠ったプレシアの側に残った。

 今はアースラの医療スタッフたちもここに居る。来る際、有難いことに毛布を3枚用意してくれていた。じっとしている彼らのことを気遣ったのだろう。

 

 

 今、プレシアは寝ているが、目を覚ませばまた話が出来ると子供たちは思っていた。話したいことは山程ある。それこそ、一晩でも…………一日を掛けても足りない程だ。

 

 

 ――――だと言うのに、それは突然として降り懸かった――――

 

 

 

 

 

 

 プレシアが眠ってからどれくらい経ったのだろうか……俺たちは時間の経過すら把握が出来ていなかった。

 何故なら――――プレシアの容態が急変して、医療スタッフたちが慌ただしく行き来している光景が、俺たちの思考を消し飛ばしたからだ……。

 

 

 医療スタッフが緊迫な足音が立てている最中、部屋をドアが開く電子音が響いた。

 部屋に入って来たのは――――なのは、ユーノ、クロノ、リンディ艦長たちだった。

 プレシアの容態を知らされて、ここに駆け付けたんだろう。

 彼女たちは張り詰めた表情で、プレシアたちを見据えている。

 

「……出来る限りのことはしていますが……もう彼女は――――」

 

「何で……重体とは聞いていますけど、こんな……急に……」

 

 医療スタッフの一人が現状を伝えてくれた。

 俺は蒼白する中、掠れた声を絞り出して訊いた。

 

「彼女の病である肺結腫は既に末期です。他の臓器にも転移していて、もう処置の施しようがありません。そんな体で魔法の酷使――――次元跳躍攻撃とロストロギアの制御を行っていたことの方が驚きです。

 自分の体が限界に近付いているのは承知でいたでしょう。正直……アースラ(ここ)に来た時点で、いつこの時が来てもおかしくなかった……」

 

 医療スタッフの重々しく、僅かに震えた声で容態を伝えた。

 それを耳にしたフェイトは、プレシアの手を包み込んで祈る。

 

 

 その祈りが届いたのか、プレシアの目蓋がゆっくりと上がった。

 しかし、目は朦朧としていた。顔色も一層青くなっている。呼吸も一定のリズムではない。

 

「―――……―――――……―――……」

 

 プレシアから途切れ途切れの言葉が漏れる。それは儚く、聞き取れなかった。

 俺たちは聞き取ろうと耳を寄せる。

 

「シロウ……フェイトを……頼むわ……」

 

 それは――――“願い”。

 

「何言ってんだ! これから一緒に歩いて行くって決めたんだろう! また諦めようとするのか!!」

 

「私の……時間が……残り……少ないのは……判っていたのよ……」

 

「だから! その残り少ない時間を精一杯歩けっててんだ!」

 

「……そうね……それが……可能なら……」

 

 口籠るプレシア。悔しそうに一度目蓋を閉じる。でもそれは一瞬。再び目蓋を開けると力強い光を宿した瞳で俺たちを見る。

 

「フェイト……(シロウ)の話を……よく聞くのよ……。彼なら……大丈夫……。私の分まで……貴女の……側に居て……くれるわ……」

 

「……母さんっ!!」

 

「……幸せにね……貴女の……ことは……貴女のお姉ちゃん(アリシア)と……一緒に……ずっと……見守って……いるから……」

 

 フェイトの手に力が籠る。決してプレシアを離さないように――――彼女を繋ぎ止めるために――――

 

 親子を見ている中、裡から込み上げる感情が俺を締め付ける――――

 何やってるんだ俺は……。“目に映る人を助けたい”と願っていながらも……目の前に居るプレシア一人助けてやれてないじゃないか……。

 俺には彼女の病を治すことなんて出来ない。悪夢から連れ出すことは出来たかもしれないけど、彼女を助けることが出来ていない……。

 俺は何のために、剣を手にして歩いてきた…………。目に映る苦しんでいる人を救うためだろう。なのに……実際はそれが出来ていない。剣を握るこの手は――――目の前で零れ落ちそうな命こそを救えていないじゃないかッ!!

 

「……シロウ……頼んだわよ……」

 

 フェイトを真っ直ぐと見た後、続けて俺に瞳を向ける。

 そこに宿っているのは“願い”。アリシアの妹を――――自分の大切な娘を俺に託したいという“願い”。

 

 

 ……一心に俺へ向けられた彼女の願い。自分の命を削りながらも、辛い現実と戦い続けた先でも、残ったモノ。

 その願いは……俺なんかに託されていいモノなのか……?

 プレシアの病にも……苦しみに気付けず……救うことも出来ていない俺なんかに――――

 

 

『選んだ道であるならば最後まで歩き続けろ』

 

 

 信じるように俺へその言葉を向けたのは誰だ?

 その言葉は誰が誰の胸に刻み込んだ?

 

 

 現実が苦しく、悲しいことであったとしても――――自分を曲げることをしてはならない。

 だって俺は『(ここ)』までを歩いてきた。悲しかった過去(こと)をただの傷跡にしない為に、“苦しんでいる人を助けたい”という“理想”を胸に秘めて。

 プレシアも諦めることなく、突き進んできた。それが正しくない手段を取っていたとしても、彼女を突き動かした“願い”は尊いモノだった。

 

 

 なら、やるべきことは既に決まっている――――

 命が救えないのであれば――――せめて……その“願い”を受け継げ――――

 彼女の“願い”を――――ここで絶やすことは……してはならない――――

 

 

「……ああ……まかせろ……。アリシアの妹は――――義母(かあ)さんの娘は……俺が――――――」

 

 精一杯の“強がり”を込めて、答えた。

 それを聞くと、プレシアは今までにない程の柔らかく、安心に満ちた微笑みを俺たちへ浮かべてくれた。

 

「――――――」

 

 それが最期だった。

 義母さんはゆっくり眠るように目蓋を閉じた。

 

 

 母親を看取ったフェイトは嗚咽を漏らしている。両目からは雫が溢れて、頬を伝って零れ落ちていく。

 それでも、フェイトはプレシアの手を包み込み続けている。

 自分が母親の温もりを忘れることがように――――

 母親が自分の温もりを忘れることがように――――

 

 

 義母さんを見届けると……俺の両目は熱を帯びた。

 けれど、嗚咽を漏らすことはなく、その場に立ち尽くしていた。

 ――――ただただ……数滴の涙が零れ落ちて行く。

 

 

 

**********************

 

 

 

「……ああ……まかせろ……。アリシアの妹は――――義母(かあ)さんの娘は……俺が――――――」

 

 

 その言葉を聞いて、私は目蓋を閉じた。

 目蓋の裏に映るのは――――穏やかな家族。

 フェイトの姉(アリシア)――――

 アリシアの妹(フェイト)――――

 リニス――――

 シロウ――――

 

 『アルトセイム』の緑豊かな草原を姉妹は駆けていて、私たちはそれを眺めている。

 穏やかで、ささやかな幸せ。これが本当に私が夢みた風景。

 

 

 山へピクニックに出掛けてたある時、アリシアは『妹』が欲しいと願って、私は約束した。

 一緒に聞いていたシロウも、それは賑やかになりそうだなっと表情を綻ばせた。

 それを“形”には出来なかったけど――――“想い”には出来たと思う……。

 

 

 後悔が無いと言えば嘘になるけど――――

 最期の最期で得たこの安堵を胸に秘めて、私は眠りについた――――

 




無印編も残すはあと1話になりました。
なので少し、物語についてお話ししようと思います。

まず最初に考えたのはプレシアについてでした。彼女が取った手段は誉められたことではありませんが、アリシアを――――幸せを取り戻したいという願いは本物でした。
その願いを無駄にしないこととフェイトとのすれ違いをどうするのかが最初に考えたことです。
後者に関しては親子の会話で。
前者に関しては士郎が願いを受け継ぐという形で。
SN士郎は切嗣から『正義の味方』という理想を受け継ぎ、彼に安堵をもたらしました。
士郎の理想は命を救うことですが、切嗣や桜のことから命だけではなく、心も救うことが出来る。
心を救うことも士郎の在り方の一つだと自分も思っているのでこのような形にしました。


またこの話の流れによって、クロノの出番が減ってしまうのでないかと懸念される方も居ると思いますが、大丈夫です。むしろ増えています。
ここまで読んで頂いている方々にはもう名前を隠す必要は無いと思っていますが……例の姉妹との関わりを持っているので、その部分でも出番が増加しています。
あと、StrikerS編もクロノ、ユーノ、アルフ辺りの出番は増やす構想です。TVでの出番の少なさは自分も気になったので。舞台がミッドチルダに移りますが、彼らは元々ミッドチルダ組ですからね。

無印~A’S編はA’S編への繋ぎ。
例の姉妹の登場、ちょっとした日常などを書こうと思います。

A’S編は士郎が道を決める章でもあります。
プレシアからフェイトを託された彼は、例えるなら美遊兄のような感じです。
元々持っていた理想に加えて、託されたモノがある。それらを踏まえてどのような道を選ぶのか――――A’S編で定まります。

StrikerS編は――――Fateの創造神が「士郎は20代が~」と発言していたり、アーチャーの容姿から20代後半が絶頂期だと思い、そんな彼も書きたいなと思っています。
士郎の年齢を無印編の時点で16歳にした主な理由これです。他にもありますが……。

こんな感じの当作品ですが、引き続き頑張っていこうと思います。


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20話 約束

 久しぶりの更新になりますが、今回で無印最終回です


 窓の外には青い空が広がっていて、綿菓子のような晴層積雲が鮮やかな背景に点在している。

 日本は全国的に温暖な気候しているが、この時期は特に清涼さを感じさせる。遠からずして初夏が訪れるのだ。

 

 

 散歩には最適な気候をしているこの日、フェイト・テスタロッサと彼女のパートナーであるアルフは、海鳴市内に在るマンションの一室を訪れていた。ここは二人が『ジュエルシード』を捜索する際に拠点として間借りした場所だ。

 

 

 二人はリビングの清掃をしながら荷物の整理をしている。あと数日もしたら、彼女は地球を後にすることになるだろう。裁判を受けるために『時空管理局本部』へ赴かなければならないからだ。

 最短で半年ぐらいは向こうで過ごすことになるので、このまま荷物を残して行く訳にはいかない。

 

「荷物を整理する時間をくれるなんて、あの提督さんはいい人っぽいね」

 

「そうだね」

 

 話をしながらも人間形態のアルフは埃取りで着々とリビングに在る埃を絡め取っていた。

 フェイトは地元で購入した食器類を新聞紙で包み、隅から内へ向かって折り込んで梱包している。

 どちらとも良い手際だ。彼女たちは幼い頃からリニスたちに掃除、洗濯など生活に必要な技術はしっかりと仕付けられている。リニスたち程の高い技術は無くても、日常生活で困まることはない範囲の習得はしている。

 

「食器の梱包が済んだらフェイトは自分の物の整理しなよ。残りはあたしがやるよ」

 

「残りって床掃除ぐらいだよね? 一緒にやった方が――――」

 

「それぐらいあたし一人で十分さ」

 

 アルフは埃取りを終えると雑巾が掛けられたバケツを取る。そのままリビングの隅まで移動すると床を拭き始める。

 フェイトはその様子を見て、リビングはアルフに任せると決めた。一瞬、やっぱり自分も手伝おうと考えたが、彼女の意思を尊重することにした。

 

「じゃあ、私は部屋の片付けをしてくるね」

 

「あいよー」

 

 フェイトはリビングから自分が使っていた部屋へ足を進めた。

 部屋に入り、早速と荷物の整理を始める。荷物と言っても、主にあるのは現地の人々に溶け込めるように二人で買い揃えた数種類の衣服だ。タンスやベッドは元々備え付けであるし、傘などの大きめな物は無いから大して時間も掛からないだろう。

 

 

 フェイトはまず少し可愛らしい装飾が施された白色のワンピースを手に取った。これはアルフが選んで買った服だ。

 彼女は海鳴市内で活動する際は自分が選んだシンプルで黒色のワンピースを着ていたので、白色の方を着ることがなかった。

 フェイトは自分が選んだ服が着られることがなくて、残念がっていたアルフを思い浮かべながら、丁寧に畳んでバックへ仕舞う。

 

 

 続けて、予備で買ったもう1つの黒色のワンピース……動き安さを重視して買ったものの、結局一度も着なかった黒いシャツとショートパンツのセットも同じ要領で仕舞っていく。

 

「思ったより早く終わっちゃった……」

 

 ふと呟く。私物の整理が思っていたより早く済んでしまった。

 フェイトは他に何かやることは無いかと記憶を探る。が、残っていることはリビングの清掃だと行き着いた。

 そうして、彼女はアルフの方の様子を見に行こうと、リビングへ向かう。

 

「アルフ、片付けが終わったよ」

 

「あたしの方も丁度終わった」

 

 フェイトがリビングに戻ってくると、腕で自身の額を拭うアルフの姿が在った。

 磨かれた床は窓から入り込む光を受けて、僅にだが反射させる程にまで綺麗になっていた。

 

「これで終わりだよね?」

 

「そう――――あ、台所に調理器具」

 

「それってシロウが用意した物だよね?」

 

「そうそれ。まあ、あれらはシロウが戻って来てからか」

 

 やることを一通り済ませた二人は衛宮士郎を思い浮かべた。彼は自身の用事でここには居ない。それが終わったら合流することになっている。

 

 

 と、考えて間もなく、ガチャンと玄関のドアの鍵が回る音が響いた。

 ここの合鍵を持っているのはフェイトとアルフを除いて一人だけだ。だから、二人には誰が来たのは直ぐに判った。

 

「おまたせ。

 ……もう掃除は終わったのか?」

 

「あ、シロウ」

 

「噂をすればってやつか……ああ、シロウ、あたし達のことは終わったよ。あとはアンタの調理器具」

 

「そっか。調理器具の片付けは直ぐに終わる」

 

「それなりの数じゃなかったかい? 包丁だけでも数種類在ったと思うんだけど?」

 

 玄関から通路を通ってリビングに入って来たのは士郎だ。彼はアルフから残っているのは調理器具だと聞くと台所へ足を進めた。

 フェイトとアルフはそのあとに続いて行く。

 

「――、――」

 

 士郎は台所に足を踏み入れて、小さく口を動かす。

 すると、包丁立てに納められた包丁などは霧散するように形を失った。

 

「終わったぞ」

 

「シロウ……今のは?」

 

「ここに在った調理器具は俺の“能力”で取り出した物だからな。“仕舞う”のも同じだ」

 

「ほんとシロウの能力は便利そうだね~」

 

 突然と形を失い、初めから包丁などは幻だったのかと思える光景を見たフェイトから感嘆な声が漏れた。

 アルフからは興味津々と言った具合に人間形態でも時折残る尻尾を振っている。

 

「これで片付け諸々は終わりか。他にはやることは――――」

 

 士郎の口の動きが途中で止まった。調理器具を“仕舞い”、振り向いてフェイトたちを収めた視界の端に映った物に気を取られたのだ。

 その様子が気になったフェイトが声を掛ける。

 

「シロウ、どうしたの?」

 

「いや……あそこに在る写真がな……」

 

「写真? あっ……」

 

 フェイトとアルフも士郎の視線が向いている方に目を向ける。

 彼女たちの目先には写真立てが置かれていた。その中には、緑豊かな草原を背景にして微笑んでいるフェイトの母親であるプレシア。母親の膝の上に乗りながら左手でピースをしているフェイトの姉であるアリシアが写っている写真が収められていた。

 フェイトはそれを手に取ろうと歩き寄って行く。

 

「……母さんとアリシアの思い出は……これぐらいしかないんだよね……」

 

「……ああ。俺は写真の1つも持っていないからな……。フェイトが今持っているのが残された唯一の写真だと思う」

 

 フェイトは写真立てを手に取ると、胸の辺りまで持ち上げて抱き締める。悲しい思い出であったとしても、この写真は自分の母親と姉が生きた証でもある。

 

「シロウが写ってるのは無いのかい?」

 

「俺は主に撮る側だったからな。この写真(とき)も……俺が撮った筈だ」

 

 アルフから訊かれた士郎は悲しそうに答えた。彼にとってもプレシアとアリシアが写っているこの世にただ1つ残った大切な物だ。

 

「シロウ……アリシアはどんな子だったの?」

 

「そうだな……明るくて、いつも元気一杯で賑やかだったよ。よく俺に『遊んで』ってねだってきた」

 

「私とは……やっぱり違うんだよね……」

 

 フェイトは寂しそうに呟く。

 彼女は『ジュエルシード』を巡る騒動の中で自分が生まれた経緯を知った。自分はアリシアの細胞から作られ、記憶を引き継いだクローンであることを荒れていたプレシア本人の口から聞いてしまった。

 その時、側に居た『時空管理局』のクロノとエイミィもプレシアの研究について口にしたこともあって、そのことは紛れもない事実だ。

 

 

 自分の持っている記憶を本当は何一つ自分の物ではないのだろうか? そんな不安がフェイトの心に影をチラつかせる。

 母親が最期に自分へ見せてくれた微笑み。自分の存在を肯定してくれた少年。自分を支え続けると誓ってくれたパートナー。そのような人たちが側に居ても、自分の裡を揺らすことを完全に振り切ることは、幼い少女にはまだ難しいことだろう。

 

「フェイト……」

 

「どうしたの、アルフ?」

 

 アルフはそっとフェイトを抱き締めた。

 そして口を開いていく。

 

「フェイトが不安でいることは、心で解る」

 

 優しく、ゆっくりとフェイトの頭を撫でながら、アルフは続ける。

 

「フェイトが本当はどこの誰で、どんな風に生まれて来たかなんてあたしは知らないし……あたしが生まれる前の話なんだ……」

 

 フェイトの鼓膜をアルフの鼓動が叩く。自分はいつでも主人であり、パートナーであるフェイトの側に居ると言うように。

 

「あたしが知ってるフェイトは他の誰でもない。あたしに命と自由をくれて、色んなことを教えてくれて……いつも側に居てくれたフェイトだ」

 

 アルフは“自分にとってのフェイト”を語る。

 自分が知っている少女は、確かにここに居ると。

 

「あたしがこの世界で生きてて欲しいフェイトは……あたしが今抱き締めているこのフェイトだけなんだよ」

 

 語り終えて、口を閉じたアルフはより力を込めてフェイトを抱き締める。

 

「アルフ、苦しいよ」

 

 フェイトが声を漏らすと、アルフは両腕から力を抜いて彼女を解放する。

 今度は少し微笑みを取り戻したフェイトが、アルフへ口を開く。

 

「また不安がる時があるかもしれないけど……私は強く生きて行くよ」

 

 自分は生きている。これからも前に進むんだ、とフェイトは思っている。

 そのためにも、先ずは裁判を終わらせる。

 

「……アルフは、しっかりとフェイトを支えているな」

 

「当然だよ! あたしはフェイトの使い魔だからね!」

 

 士郎の口が動く。

 静かに二人を見ていた士郎は、二人の絆がこの先、決して揺らぐことないモノだと感じていた。二人の間に有るのは、ただの主従関係ではなく、その絆は家族としてのモノでもある強さだと――――――

 

「それにしても……シロウはホントにいいのかい?」

 

「何がだよ?」

 

「折角故郷に帰ってきたのに、またミッドチルダに行くだろう?」

 

「そのことか。今回の件は……このまま無視出来ることじゃないしな。どのみち、ベルの所には一旦行って話をしないといけないし」

 

 フェイトとアルフは裁判を受けるために『時空管理局本局』へ向かうが、士郎の方も一旦『ミッドチルダ』へ赴かなければならない。

 

 

 士郎は現保護者(・・・・)であるベルから一度戻って来るようにリンディを通して言われている。理由は言うまでもなく『ジュエルシード』のことに関わり過ぎたからだ。休養と言う名目で彼は地球へ帰郷させられた訳だが、それは遠回しにミッドチルダ関連のことから遠ざけるという、ベルの目論見も含まれていた。戦い詰めの彼の考えてのことだった。

 無論、士郎はベルの目論見までは知らない。そのことを知っていたら、士郎はこの提案を受けていなかっただろう。

 

「シロウは……その……折角ここでの仕事を見付けたのに、やめることになっちゃったんだよね?」

 

「このまま続けさせて下さいってのは難しいからな。俺もいつ戻って来られるのか判らない……。

 義母(かあ)さんとアリシアの葬儀に、これからのこと――――やることが山積みだ」

 

「そうだね……やらないといけないこと……沢山あるね……」

 

 士郎がフェイトたちとここで合流前、『喫茶翠屋』で働かないかと声を掛けてくれた高町桃子と話をしていた。

 内容は“あの日”から相談していた『翠屋』での仕事を止めさせて欲しいことについて。そうなった経緯を彼は「海外に居る身内に不幸があったから、今すぐにこっちに戻って来て欲しい」と連絡が着たと説明した。

 

 

 その話を聞いた桃子は長期の休みでもいいと提案してくれたが、士郎はそれを断った。いつ帰ってくることか判らなかったからだ。

 桃子は士郎の相談を受け入れた。高町家も過去に一家の大黒柱である高町士郎が大怪我をして大変だった時期が有ったこともあり、身内のことを大切にする士郎の意思を尊重してくれたのである。

 

『大丈夫だから頭を上げて。突然のことで驚いたけどそう言うことなら仕方無いわよ。うちも昔、夫が大怪我したことがあったから、少しはシェロ君の気持ちは分かるわ。気にしなくて大丈夫だからね?』

 

『……ありがとうございます』

 

 少し嘘を紛れ込ませたことに士郎は心を痛めたが、【魔法】のことを避けて説明するため仕方がなかった。

 しかしながら……それとは別のことも士郎の心を襲っていた。

 

「それに……ベルも結構怒ってるみたいだしな……」

 

「当たり前です。本来の目的を大いに違えているのですから」

 

 ウィンディアからの厳しい指摘が士郎に刺さる。

 

 本来、管理外世界である“地球”に管理内世界の事柄は関わることはあってはならないことだ。しかし、今回の件はあってはならないことその物。加えて士郎はその件に深く関わってしまった。

 

 

 ベルはこの実態を無視することは出来ない。士郎の養父である切嗣から彼の身を預かっている以上、彼の安全確保をしなければならない。

 

 

 またリンディも士郎から話を聞く必要があった。この度の事件の収拾には士郎も関わっている。『ロストロギア』である『ジュエルシード』を破壊した事実。報告書をまとめるにも彼のことは必要だ。

 同じく事件に深く関わってしまった高町なのはも当分の間は『管理局』と連絡を取ることは避けられない。彼女の証言もリンディたちには必要である。

 だが、彼女は士郎みたく向こうと関係を持っている訳ではないので、あくまでも連絡を取り合うことに留まるだろう。

 

 

 結果、士郎はフェイトたちと一緒に『アースラ』に乗ることになった。“向こう”でベルが士郎を迎えに来る手筈になっている。

 

「まー、やることが一杯有っても、あたしはフェイトの側に居られればいいし。ここずっと張り詰め過ぎだったからゆっくり片付けていくのも悪くないかなって」

 

「裁判はどうやっても時間が掛かるからな……一応、リンディ艦長たちは半年で終わるようにって考えてくれてるのは二人も聞いているだろう?」

 

「うん。でもそれって最短だよね?」

 

「らしい――――」

 

 と、士郎が言葉を続けようとした時、玄関からドアチャイムの電子音が鳴り響いてきた。

 会話が止まり、3人の視線が交差する。

 俺が出る、と士郎が目で言うと玄関へ向かって行った。

 

 

 士郎は玄関ドアの前に立つと、ドアスコープで外の様子を見る。

 

「はい、今開けます」

 

 外に居た人物を確認して、ゆっくりとドアを開いた。

 ドアの向こう側に居たのは地球のスーツに身を包んだリンディ・ハラオウンだった。

 

「あら、エミヤさん。彼女たちの手伝い?」

 

「そんなところです。フェイトたちに話が有って来たんですよね?」

 

「ええ」

 

「どうぞ」

 

 士郎はリンディを招き入れた。

 ドアの鍵を閉め直して、士郎はリンディをフェイトたちが居るリビングへ案内した。

 

 

 士郎はフェイトたちとリンディを引き合わせると、台所へ向かっていた。

 暫くすると、彼は紅茶を注いだカップを持って戻って来た。

 

「どうぞ。リンディ艦長の口に合うといいですけど……」

 

「ありがとう。エミヤさん、なのはさんと同じように私のことは“さん”付けで呼んでいいのよ? 貴方は管理局員ではないし」

 

 そう言ってからリンディは紅茶に唇をつける。

 唇を離して、少し紅茶を見詰めてから口を開いた。

 

「……美味しい」

 

「口に合ったのならよかったです」

 

 リンディの感想を聞いた士郎は嬉しそうにしていた。

 そんな士郎の様子を見たアルフは1つの疑問に思って士郎へ念話を繋ぐ。

 

(シロウ……カップは全部仕舞った筈なんだけど?)

 

(ああ。だから俺の“能力”で取り出した物を使った)

 

(まあ、そうなるよねぇ……)

 

 二人のやり取りが聞こえていないリンディは、フェイトたちへ話し掛ける。

 

「ごめんなさい。突然のことで驚いたわよね? 出発の日が決まったから伝えに来たの。きちんと顔を合わせて言うべきだと思ってね」

 

「そうですか……」

 

 リンディ艦長の言葉にフェイトが答えた。

 フェイトたちの3人は薄々とリンディ艦長がここを訪れた理由に気付いていたので、慌てることは無かった。

 

「あの……あの子とは、もう会えなくなりますか?」

 

「なのはさんのことかしら?」

 

 フェイトは静かに首肯する。

 

「そうね……少なくとも裁判が始まったら、終わるまでは難しいわね。

 でも、出発前の少しの間なら大丈夫よ」

 

「あの子は私に声を掛け続けてくれた……私はまだ、その返事をまだしていないんです」

 

「そう……なら出発する前に返事をしておかないといけないわね」

 

「……はい」

 

 フェイトの目には強い意志が映っていた。

 ずっと声を掛け続けてくれたあの子。本当の自分を始めようと言っていたあの子――――高町なのは。

 フェイトはあの声に、正面から向かい合うと決めた。

 

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 ――――フェイトたちの出発の日が決まってから、数日が過ぎた。

 

 

 異なる世界で生まれ育った少女たちが出逢うきっかけになった一つの事が終わり、ここを旅立とうとしている人たちがいる。

 偶然そのことに関わったなのはにとって、その事は長いようであっという間のことだった。

 

 

 その思い出に触れながら、フェレット姿のユーノを肩に乗せた彼女は、海鳴臨海公園へ向けて道を走っていた。

 早朝ということもあって、外はまだ涼しげだ。

 

 

 なのはは胸を踊らせていた。フェイトたちが出発する前に、少しだけ会うことが出来るとリンディから連絡を貰ったからだ。

 本当は一日中でも話をしていたいと思っている。しかし、それは出来ない。この旅は彼女たちには必要なことなのだ。止めることは出来ない。

 それなら、許された時間で出来る限りの話をしたい。そう思いながら彼女は走って行く。

 

 

 

 

 家を飛び出した速度を維持したまま走り続けて、なのはは海鳴臨海公園に辿り着いた。

 既にそこにはフェイト、人間形態のアルフ、士郎、クロノが待っていた。

 

「フェイトちゃん……」

 

 公園内の海辺に在る手すりに手を置きながら、海を見ている綺麗な金髪を見たなのはの口が自然と動いた。

 初めて出逢って時と比べて、フェイトは柔らかい表情をしている。

 

 

 少し息を乱しながらも、なのははフェイトへ歩き寄る。

 その姿を見たフェイトは、なのはの息が整うのを待っている。

 次第に息が落ち着いていくと、二人は互いに相手を見て表情を綻ばせた。

 

「ユーノ、ちょっといいか?」

 

「なんでしょうか?」

 

 士郎の手招きされて、ユーノのなのはの肩から士郎の腕を伝って、彼の肩にまで移動する。

 

「僕たちは向こうに居るから、二人で話すといい」

 

 クロノがそう言うと、アルフと士郎も身を翻し、彼に続いて少し離れた場所に在るベンチへ向かって行った。

 

 

 二人になったなのはとフェイトは互いを見合うものの、なかなか話を始められずにいた。

 話したいことは確かに有る。ただ、それが有りすぎて、何から話そうか思い付かなかった。

 それでも、なのははゆっくりと口を開く。

 

「……フェイトちゃんは……その……これから出掛けちゃうんだよね?」

 

「そうだね……少し時間が掛かるかもしれない……」

 

 俯くフェイト。しかし、それは一瞬。

 俯いた顔を上げて、なのはを見る。

 

「でも……またここに来るよ。君と話をしたいし、シロウの故郷もよく見てみたいから」

 

「その時は私が案内するよ! だから、待ってるね!」

 

 嬉しさを抑え切れず、勢いよく左手を上げて微笑むなのは。

 そんな彼女を見たフェイトの表情が和らぐ。

 

「その……今日来てもらったのは……返事をするためなんだ。

 君が言ってくれた言葉――――友達になりたいって」

 

「う、うん!」

 

「私に出来るなら……私でいいならって思ったんだけど……どうしたら友達になれるのか分からなくて……」

 

「えっ?」

 

 なのはは不思議そうに目を点にする。

 

「アルフは私のパートナーだし、シロウは――――先生の一人だし……だから……どうしたら友達になれるのか、分からないんだ」

 

「……えっとね、友達になるのは簡単だよ。名前を呼んで、友達になりたいって気持ちを伝えるの。それが通じ合ったなら、友達なんだよ。

 だから……フェイトちゃんも呼んで……私の名前を」

 

「…………なのは」

 

「うん……!」

 

 なのははフェイトの手を握る。彼女の声に応えるように――――自分たちの想いが漸く繋がったことを表すように――――――

 

「なのは……今度会う時は……地球を案内して欲しいんだ。なのはたちのことをもっと知りたいんだ」

 

「うん! それじゃあ約束だね! 最初の約束! 先ずは海鳴市を案内するよ!」

 

 約束を交わした二人は優しく抱き締め合う。

 互いの温もりを伝え合う最中、数滴の涙が頬を伝って、零れ落ちていく。

 それは悲しさだけから来る雫ではなく、嬉しさも含んだ雫だった。

 

 

 

 

 抱き締め合っている二人をベンチに腰掛けていた彼らは見守っていた。

 アルフもまた、涙を零している。

 

「なのはは……ホントにいい子だねぇ……」

 

 フェイトのパートナーであり、家族でもあるアルフはフェイトに友達が出来たことを喜んでいた。

 士郎は目蓋を閉じながらも表情を綻ばせて、二人を祝福していた。

 クロノもその光景を記憶に留めようと、一度目蓋を閉じていた。

 

「……行こうか」

 

「……ああ」

 

 目蓋を上げたクロノが時間であることを告げて、腰を上げる。

 ユーノを肩に乗せた士郎、アルフもベンチから腰を上げて、なのはたちの所へ足を進めて行く。

 

 

 彼らが近づいて来たことに気付いたなのはとフェイトは抱擁を解く。

 

「士郎さんも……行っちゃうんだよね……?」

 

「……ああ。義母さんとアリシアを見送る為にも、な……」

 

 クロノの隣に立って居る士郎を見たなのはの表情が、寂しそうなモノに変わった。

 『翠屋』のことなどでそこそこ親しくなった彼も遠くに行ってしまうと思うと少し寂しくなる。

 

「少し時間は掛かるかもしれないけど、また会えるさ。フェイトとなのはの約束が果たせるように、俺も頑張るから」

 

 士郎の言葉を聞いたなのはは、ふと何が頭を過ったようで、ツインテールに纏めた自身の髪の毛へ手を伸ばす。

 ゆっくりと自身の髪の毛を結わいている白色のリボンを(ほど)いて、フェイトに差し出した。

 

「思い出にできるの……こんなものしかないんだけど……」

 

「じゃあ……私も……」

 

 フェイトも自身の髪の毛を結わいている黒色のリボンを(ほど)いて、なのはへ差し出す。

 

 

 互いに友達の証(リボン)を手に握る。

 今はこれぐらいしか渡せるものはない。けれど、その手にしているものは、何よりも代え難い“思い出”だ。

 

 

 海から吹き込む風がリボンと二人の少女の髪を揺らしていく。

 この瞬間を、なのはとフェイトは一生忘れない。どれだけ時が流れようとも、何があっても決して――――

 

 

「ではシロウさん、僕は――――」

 

「ああ――――」

 

 ユーノは士郎に一言を言うと、なのはの肩へ移動した。

 なのははユーノと視線を交差させてからアルフへ声を掛ける。

 

「……アルフさんも元気でね」

 

「ああ……色々ありがとね……」

 

「それじゃあ……僕も」

 

「クロノ君も……またね」

 

「またな、なのは」

 

「士郎さんも……大変だと思うけど……頑張って」

 

 なのはは順に握手をしていって、少しばかりの別れの言葉を交わす。

 それが済むと、なのはとユーノの以外のメンバーは二人から少し離れる。

 

 

 クロノの足元を中心に青い円状の魔方陣が浮かび上がり、4人はその中に収まった。

 

「またね……みんな……。フェイトちゃん! 約束、待ってるからね!」

 

 目尻に涙を溜めながらも、手を降って見送ってくれるなのはを見たフェイトは――――

 

「うん……必ず!」

 

 手を振り返して、はっきりと力強く応えてくれた。

 

 

 光が収まる。数秒前までなのはの目の前に居た4人の姿は、もう無かった。

 その場所には粒子のような仄かな青い色の光が漂っている。が、次第に風へ溶けるように霧散していく。

 

 

 普段と同じ――――海の波音が流れ、潮風の香りがなのはを通り抜ける。

 

「……なのは」

 

「平気だよ。だって……また会えるから……」

 

 フェイトたちが旅立った後も、なのはは彼女たちが居た場所から目を離さなかった。

 一つ一つの思い出を自分に――――この想いを自分の心に刻み込んでいた。

 

「そう言えば、ユーノ君は士郎さんと何を話してたの?」

 

「――――内緒……」

 

「え~、教えてよ~」

 

 少女と少年の声が響き渡る。その声は年相応で楽しげだ。

 寂しくないと言えば嘘になる。

 だけど、笑顔で見送ったのだから、もう悲しむことはない。

 そして……今度は笑顔で“友達”を迎えよう。

 

 

 これは短い別れ。この先でまた出逢って、今度は一緒に歩いて行く為の……。

 約束と新たな想いを秘めた少女たちは道を進んで行く。

 

 

 ――――何処までも蒼く、続いていく空を並んで羽ばたく白い翼。

 ――――それは、何処までも色褪せることがない、少女たちを映し出して居るようだった。

 

 

 

 

 




 無印最終回の投稿が遅くなりました……すみません……。
 前回から三ヶ月ちょっとになりますか……。今更ながら活動報告に記載しました。


 さて、無印が終わり次はA’S編へ向けてですね。
 では宜しければまた次回……。


 ―追記―

 必須タグの仕様変更、無印編終了に伴い、タグを整理しました


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衛宮士郎 設定 無印編

皆さん、こんにちは。またはこんばんわ。サバニアです。
取り敢えず、士郎の宝具などを簡単にまとめてみました。
当作品の士郎はこんな感じだよっと、参考までにどうぞ。

9/23 無印編の末に移行しました。


◾名前:衛宮 士郎(えみや しろう)

◾年齢:16歳(無印編)

◾誕生日:不明

◾身長:167cm /体重:58kg

◾性別:男性

◾イメージカラー:赤銅色

◾好きなもの:家庭料理、給仕

◾苦手なもの:?

◾特技:ガラクタ弄り(修理)、家庭料理、給仕

◾天敵:?

◾起源・属性:剣・剣

◾魔術:投影、強化など

◾魔術回路:27本

◾魔法適正:古代ベルカ式

◾魔力変化資質:風

◾魔力光:薄緑

 

 

 

――<概要>――

 

 【聖剣】の聖遺物を探しに来た【魔導師】の賊によって彼の故郷が焼かれた際、衛宮切嗣とナタリア・カミンスキーに救われる。病院で二人と面会し、身寄りも無くなった彼は二人に付いていくことを選び、切嗣の養子となった。

 その後、切嗣たちと共に『ミッドチルダ』に渡り、5~7歳過ぎまでの月日を彼らの友人であるプレシア・テスタロッサを縁に、プレシア家で彼女の娘であるアリシアたちと暮らす。が、『ヒュドラ』の実験の時期に『英霊の降霊実験』の実験体にされ、平行世界で【英雄】になった"衛宮士郎"の戦闘技術などの知識を手に入れる。

※【英雄】となった“衛宮士郎”はUBW Goodend後の人物(過程などの詳しくは4話の“崩れ去る日常”、5話の"邂逅"、6話の"目覚め"を参照して下さい)

 実験後は切嗣たちにより救出されるが、身の回りと心身の安全の確保のため、17年間の冷凍睡眠が余儀無くされた。目覚めてからの5年間(肉体年齢で言うと12歳まで)を切嗣たちの“同業者“であるベルの所で魔法、魔術、戦闘技術などの勉学・修得に専念。士郎が魔法を学んだことは未知であることを避ける意味合いが大きい。知らなければ対峙した場合の不利は確実。それを防ぎ、対抗策を講じるのが理由。魔術と体術は彼の最適な手段であり、生き抜く為にも、他者を救う為にも必要不可欠だった。

※魔法を使えるという点なら彼も【魔導師】と呼称されるが、投影を起点に魔術を担っているため身を置くのは【魔術師】である。更に考慮するなら、探求者でないことから【魔術使い】と分類されるのが正しい。

 後にプレシアの居場所を入手し、22年ぶりの再会を果たす。その際にフェイトと出会い、新たな戦場に行くまでの2年弱を彼女の世話、練習相手をリニスと共に過ごした。フェイトが"アルフ"と使い魔の仮契約をして間も無い時期にベルから応援要請が来たため、新たな戦場へ。

 新たな戦いを終えた彼はベルの提案で、彼の生まれ故郷である"地球"へ向かう。理由は今までがオーバーワーク気味だったことから、彼の身体を心配したからである。そこで高町家と出会い、高町桃子の誘いを受けて、喫茶『翠屋』で働き始めていた。

 

 

――<性格>――

 

 SNとは異なり、切嗣と『月下の誓い』をしていないため、『正義の味方』になるとまではいかないものの、あの火災を彼に助けられ生き残ったこと。平行世界の自分……英霊の力を持っていることは彼の心に"跡"を残している。そのため、「自分の目に映る中で苦しんでいる人が居るならば、救わなければならない」と自分に課している。

 根本的にはお人好し。誰かのためになれれば嬉しく思う。反対に、誰かが苦しむことには耐えられず、行動せずにはいられない。

 

 

――<戦闘技術>――

 

【英雄】衛宮士郎から降ろされた“知識”により成長が早い。"知識"としては全てが降ろされたが、身体が未熟なため、完全に彼の技術を扱えると言う訳ではない。とは言っても『聖杯戦争』を経験した当時の彼よりは投影の精度、強化などは向上している。

 投影により多彩な武器(宝具)を用いることが可能で、近接・中距離・遠距離や援護すら対応可能。

 近接では防御重視で攻防の中で見つけ出した隙にカウンターを入れることを得意とする。守り上手でもあり、守りに徹した彼を崩すのは困難。

 中距離・遠距離、援護では弓を射る。百発百中の腕前であり、狙いを外すことはない。中距離では攻撃魔法の【Air(エア) Slash(スラッシュ)】(後述)も使用して、次弾装填の隙を補うこともある。

 

※当作品の士郎が、絶頂期の彼と同等またはそれ以上になるとしたらStrikerS編。つまり無印10年後の26歳。肉体的にもそこらで絶頂期に至れるだろう。

 

 

――<魔術>――

 

◾投影魔術――――【魔術回路】で生成した魔力で物体を複製する魔術。

 衛宮士郎のそれは【固有結界】(後述)の存在が大きく関わっており、“本来の投影”とは異なっている。

 彼が戦闘時に使用する武具は投影で作り出した物。剣のジャンルに近いほど作り出す負担は少なく、完成度が高い。盾などは剣と比べた2~3倍の魔力消費が求められ精度の低下を伴うが投影は可能。食器やコートなどの単純な物もある程度は作り出せるがデバイスといった複雑な物は不可。

 

◾強化魔術――――自身の魔力を物体に通して、対象を“強化”する魔術。

 物質の例としては……刃なら切れ味を上げ、盾ならその強度を上げるといったもの。

 術者本人の肉体を強化する例は……眼球なら視力を水増し、手足なら腕力・脚力の上昇といった感じ。

 士郎は投影した武具に“強化”を施したり、肉体の運動性能の補強によく使う。

 

 

―<投影宝具一覧(無印編で使われる予定の物)>―

 

※全ての宝具の真名解放が行われる訳ではありません。

 SNのHF√でアーチャーの固有結界には千を越える宝具が記録されていると記されていた。【英雄】衛宮士郎もそれは同様である。

 よって、当作品の士郎の宝具の記録は千を越える。ここではその一部を紹介する。

 

 

干将(かんしょう)莫耶(ばくや)――――

 元祖SNからアーチャー、衛宮士郎が愛用してきた双剣。当作品の士郎の力の元がUBW Goodend後のSN士郎なので、もちろん主力。

 ここでは3対を作り出し、コンビネーションを繰り出す『鶴翼三連(かくよくさんれん)』を使う際は最終段がオーバーエッジ状態になる。モーションはFate/unlimited codesで、アーチャーが使用していたもの。

 

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)――――

 こちらも先の二人が扱う結界宝具。花弁のような“盾”を七層作り上げて、防御をする。投擲や担い手の手から離れた物には無敵の硬さを誇る。それらで無くても強固で最早城壁。

 5年間の鍛練の成果も有ってSN士郎とは違い、最大の7枚展開が可能。状況に応じて枚数は変えている。これは魔力消費の事を考慮するため。

 

 

偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)――――

 上記の二人と同じもの。変更点は無し。

 螺旋の刀身を持つ剣。近接でも使えるが、主に形状を“矢”に変形させて、射ち出すことがメイン。剣に詰まった魔力を意図的に爆発させて火力を上げる“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”に使用されることが多い。

 

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)――――

 【英雄】“衛宮士郎”が経験した『聖杯戦争』でランサーであるクー・フーリンが使用していた朱色の魔槍。

 真名解放をして敵を穿てば、それは必ず相手の心臓を貫く一撃必殺を可能とする。投擲にも使用が可能で、大軍を吹き飛ばす朱色の流星と化す。

 

※EXTELLAの方でアーチャーの平行存在である無銘が、FGOでアーチャーが投影していたので【英雄】衛宮士郎も使用可能とした。そのため、本作の士郎も投影可能。どちらかと言うと投げる方がメイン。

 

 

破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)――――

 破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)は紅の長槍。刃が触れた物の魔力を打ち消す。

 必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)は黄の短槍。この槍で傷付けられた傷は治癒や再生が行われない。その“呪い”を解呪する方法は槍自体を壊すか担い手を倒すか。

 士郎は破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)ならともかく、必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)を使う場面は少ない。投影の相性とその用途が問題のため。

 

 ※【英雄】衛宮士郎が生前にセイバーと夢で共有したことにより投影可能。共有は全て遠き理想郷の返却時に発生。Fate√で勝利すべき黄金の剣(カリバーン)を夢で共有したのと同じ感じ。

 

 

劣・永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュⅡ)――――

 魔力を光に転換して、収束・加速させることで運動量を増大させ、極光の一撃を解き放つ剣。彼が知りうる中では頂点に立つ最強の聖剣の複製品。

 【英雄】“衛宮士郎”がギリギリの所で可能にした約束された勝利の剣(エクスカリバー)の劣化品の永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)を更に劣化させた剣。オリジナルの劣化版であるイマージュでも、本人からは「禁じ手の中の禁じ手」で使用する場合が限られていたらしい。

 これはその更に劣化版と言え、未熟な士郎には負担が大きい。固有結界外で使用出来るが、使用した場合は自身の魔力の大半が持っていかれるので、使用後の魔術行使は出来なくなる。なお、精度も威力も劣るのは当たり前。それでも一発を解き放てる域。

 

※EXTRA CCCで登場する無銘が約束された勝利の剣(エクスカリバー)の劣化品として永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)を投影する。

 【英雄】衛宮士郎も同じく錬鉄可能条件の向上によりギリギリのところで永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)を可能にした。

 

 

 

――<現在使用不可の物>――

 

全て遠き理想郷(アヴァロン)━━━

 【聖剣】が所持している聖剣を納める鞘。当作品の士郎にも同じように埋め込まれている。士郎は鞘を相承していく一族の末裔であり、時期を見て自分のことについて知らされる筈だった。ある種の封印が施されており、本人は存在を知らない。よって投影も不可。

 

※【英雄】衛宮士郎も後に自分に埋められていた“鞘”の存在を知ったが『聖杯戦争』の10年後に、その中核をなしていた『聖杯』が解体されたことを機に、イメージが出来なくなり投影が不可能になっている。そのことから彼の知識にも“鞘”が存在しない。なお、彼に埋められていた“鞘”は持ち主に返却されている。

 

◾“unlimited blade works(無限の剣製)”――――

 衛宮士郎の“中”に広がる一つの結界(世界)。彼のそこはあらゆる剣を形成する要素に満たされていて、の知りうる武具が複製され貯蔵されている。

 士郎が投影で作り出している物らはここから取り出していると言った方が近い。つまり、彼の能力の大本。

 これは固有結界の一つで外へ展開すれば現実を心の在り方(イメージ)で侵食して、塗りつぶす。簡単には言えば、イメージで世界を歪めて書き換える魔術。しかし、本人の"心の在り方"が定まっていないため、現時点では展開不可。魔力量的には短時間だが使用は可能。だが、負担が大きく、安定した運用とは言えないだろう。下手したら剣が内部から食い破ってくる。これはいくら鍛練したとは言え、完璧な肉体とはいかないからである。使いこなせるとしたらStrikerS編(理由は上記の戦闘技術と同じ)

 

※アーチャー、【英雄】衛宮士郎、無銘らが扱う固有結界――――“unlimited blade works(無限の剣製)”と効果内容はほぼ同じ。ただし、発動の詠唱、心象風景は異なる。

 

 

 

――<魔法>――

 

◾【Air(エア) Slash(スラッシュ)

 "風の刃"を作り、標的に飛ばす攻撃魔法。主に近距離~中距離で使用。普段は6つ。

 

 

◾【Wind(ウィンド) Shield(シールド)

 リンカーコアで生成した魔力を込めた"風の層"を作り、身を守る防御魔法。受け止めると言うより、受け流すと言った方が近い。

 

※セイバーの『風王結界』の防御版と考えると分かり安いかもしれない。

 

 

◾【飛行魔法】は使用できなかったため、魔力によって作られた足場を渡ることで代用している。

 

※プリヤの美遊と同じ感じ。

 

 

※魔導師ランク換算だとB~Aクラス。ただし、魔法のみに着目した場合である。剣技、弓などの含めた総合的な評価はその限りではない。

 

 

<デバイス "ウィンディア">

 普段はブレスレットのような形で左手首に装着されている。使用時はオーバル型の楕円状の盾。【Wind(ウィンド) shield(シールド)】はこの上から展開されることが中心となっているので軽量化が施され、本人の剣技、弓による射撃を阻害しないように設計されている。

 声は女性。士郎を(しゅ)と呼ぶ。

 ベルとの"仕事"の際は黒いコートのバリアジャケットを着用していた。切嗣の物に似たもの。

 

 

 

――<備考>――

 

◾SN士郎は17歳(高校2年生)で

身長167cm、体重58㎏。それと同じなのは“鍛練”の方法の知識が正確なモノで、成長を阻害しなかったため。

◾地球での住まいはA’Sでリンディ艦長がやって来たのと同マンション。(別室)

◾戦闘時以外は『魔力殺しの聖骸布』を服の下に纏い、周囲の人々から自身の魔力が探知されることを防いでいる。地球でも念のため纏っている。

◾戦闘時は【英雄】“衛宮士郎”と同じく投影した"赤原礼装"を身に纏うことが多い。

◾アリシアやフェイトたちと共に生活していた時期があるため、女性の扱いには少し慣れている。

◾家事やガラクタ弄り(修理)が好きなのは【英雄】衛宮士郎から得た知識には料理の仕方なども入っていたため。やっぱりブラウニーやバトラーと呼ばれる衛宮士郎……。

 

 

 

 

 

 

 




取り敢えず、現段階のところはこんな感じです。
見て分かる方も居ると思いますが……宝具は対ジュエルシード、機械人形が主な使用になります。
自分で見ても思ったのですが、やっぱり宝具を投影出来るって時点で士郎は凄いですよね。HFだったらヘラクレスさんのあれも投影してますしね。まぁ、しっかり代償付きでしたが。



お読み頂きありがとうございましたm(_ _)m


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Interlude
21話 見えないモノ


19話の後書き通り、無印~A’Sの話をやります。



 時空管理局の次元航行艦『アースラ』が地球を出発して、ミッドチルダに到着した夜。重苦しい空気が二人の間を漂っていた。

 

「――――で、俺がなんて言ったか、覚えてるよな?」

 

 ベルたちの“ホーム”の一室にあるソファーに腰掛けながら、衛宮士郎はテーブルを挟んで反対側のソファーに座るベルと話をしていた。

 士郎が“目覚めた”際は応接室で話をしたが、今回はベルの部屋だ。内装は簡素で派手な物は置かれていない。デスクワーク用であろう机や書類棚が在るぐらいで、事務所の一室っぽい造りだった。

 

 

 リンディ・ハラオウンらを乗せる『アースラ』と共に士郎は再びミッドチルダに来た。

 そんな彼をベルは迎えに行き、ここへ連行してきたのだった。

 フェイトとアルフは今もリンディらと共にいる。今回の件の重要参考人が彼女らから離れることは難しかったのだ。二人が逃亡することを『アースラ』の乗組員は毛頭思っていないが、管理局員としての体裁があった。

 士郎はベルとの話を終えたら、今度は自分たちがリンディたちの所へ出向く予定になっている。

 

「プレシア女史の娘のフェイト・テスタロッサと地球(現地)で再会をした。それはまあいい。お前に責任は無い」

 

 だが、と眉根を寄せてベルは言葉を続ける。

 

「次元跳躍攻撃に対して自分の体を盾にして庇った!?

 『ロストロギア』の『ジュエルシード』11個を破壊した!?

 お前、何してるの!? 体を休めるどころか痛め付けてるだろ!」

 

 見慣れている冷静なベルからは考えにくい程の声が飛び出ていた。その理由は言うまでもなく士郎が地球でやってきたことだ。

 士郎の性格はベルも知っている。しかし、限度と言うものがある。

 

「……もういっそのこと手足をバインドで縛って、結界に閉じ込めた方が安全なんじゃないか……?」

 

「そこまで――――」

 

「あー、でもコイツなら結界の結界の一つや二つ破壊してくるか……。バインドも対策済みだったな……」

 

 ぼやきが本気に聞こえた士郎が口を挟もうとするが、その前にベルは自己完結してしまったようだ。

 結界破壊をする術は士郎も持っているし、バインド対策も持っている。

 何より、結界で閉じ込められたぐらいで諦める訳がないとも彼の頭の中を過った。

 

「―――――――」

 

「……大丈夫?」

 

「……ああ……そうだよな、今さら無茶するなって言ってもどうしようも無いよな……」

 

 「だからこそお前をここから遠ざけた訳だし」と、吐く代わりに、ベルは大きく長い溜め息を吐いた。

 人の性格はそうそうに変わらない。ましてや衛宮士郎だ。これまでの彼を見続けてきたベルは、このままでは話が進まないと諦めを付けた。

 

「順に沿って確認するな。俺が地球へ送り出した後に、現地住民のタカマチ家と出会って、そこの喫茶店で働くことになった」

 

「ああ」

 

「それから暫くした頃に、現地の裏山で異常を感じて調べに行ったら『ジュエルシード』が在って、フェイトと再会した」

 

「ああ」

 

「再会してからは彼女と一緒に『ジュエルシード』の回収を始めた。その途中で時空間管理局の執務官のクロノ・ハラオウンと交戦。

 プレシア女史からの次元跳躍攻撃からタカマチ家の娘でその騒動に巻き込まれたナノハと、フェイトを庇って海に落下。そこで管理局に回収された。俺に連絡が着たのはこの時」

 

「……ああ」

 

「最後は管理局、フェイト、ナノハたちらとプレシア女史が居た『時の庭園』で決戦。プレシア女史と対話後にお前は『ジュエルシード』11個を破壊。残りは管理局が回収。『ジュエルシード』の騒動はそこで終息。

 プレシア女史は『アースラ』の医務室で病により他界――――――」

 

 迎えに行った際にリンディから聞いた内容を、士郎で確認を取ったベルは左手で顔を覆う。

 連絡を受けてからの急速な事態の変化と規模に唸る。

 

「いや、地球でこんなことが起こるなんて確かに予想しない。しかもこれ、人為的じゃなくて偶然なんだよな……『ロストロギア』が管理外世界に流れ着くって……」

 

 険しい表情を崩さないで、ベルは情報を整理していく。

 『ジュエルシード』が地球へ漂流してしまったのは偶然に過ぎない。それに対して、地球出身の士郎となのはは自分の世界を守るために身を投じた。

 フェイトとアルフの行動はそれらの回収が目的だったこと、管理局も異常を察知して介入したこと。

 

「まあ、お前と現地住民のナノハって子が戦った理由はいい。自分たちが住まう世界だ。自分たちの世界を守ろうとしたことには何も言わない。ミッドの人間が『管理外世界』にあれこれ言う権利は無いしな。

 その子を巻き込んだユーノって奴は問題だと思うが、運悪くその場に居合わせた少女を守る為だったなら……まぁグレーか」

 

「その事はクロノもユーノを注意してたよ。事態が事態だったからって渋々でいたけど。

 魔法についてはユーノと話を付けてある。巻き込まれただけとあって、なのはの魔法は荒削りだ。きちんとしないと暴走するかもしれない」

 

 そのことにベルは難色を表す。

 

「なのはを巻き込んだことにユーノは責任を感じてる。だから、彼女が怪我しないように魔力操作、魔法の使い方を教えるって。それ以外にも話をしたけどな」

 

「……そう言われたら文句は言えないか。俺もお前に魔法を教えるからな。

 本当ならナノハからは魔法関連の記憶を消去してやりたいところだが、何度も『ジュエルシード』を巡ってフェイトと戦っていて、プレシア女史の最期を見ているんだよな」

 

「ああ」

 

 士郎の返答に、ベルは下を向き、小さく口を動かし始める。

 

「そこまで深く関わった状態での記憶消去は危険だな……。関わりが軽い程度なら問題無い。が、強い印象は消し難いし、ここまでになると後遺症だって考えられる。長期に渡って記憶に“穴”が空くことに――――」

 

「記憶消去……ベル、そんなこと出来たのか?」

 

 独り言感覚な早口で思案していたつもりだったが、士郎にはそれが聞き取れていた。

 

「出来る出来ないかで言えばな。消すと言うより吸い出すって方が正しいが。

 ここ最近使ってないから士郎は知らなかったか」

 

「初耳だ」

 

「しかし、ナノハの状態を考えるとこの案はリスクが高い。記憶障害を引き起こしたら平穏どころの話じゃないからな。

 取り敢えず、その子については後だな」

 

 自分に言い聞かせるようにベルは呟いた。

 巻き込まれたなのはへの考えを放棄したい訳では無い。ただ、今は士郎が優先だ。

 

「執務官――――クロノ・ハラオウンと交戦。その前に間はあったんだろ? 仮面さえ外せば話が出来ただろう」

 

「出来たとは思う。けど、その場にはなのはも居た。

 本来、地球出身者が魔法に関わる必要は無いだろ。家の喫茶店っで働いている人が実は――――ってことは避けたかったんだ」

 

「自分の正体露見によって彼女が魔法の深みに嵌まることを嫌ってか。

 働いてた人の正体がそれだったら確かに衝撃的だろうな。その代わりにお前は戦う羽目になったが」

 

「別に、それは良かったよ。戦うことになるのは予想出来たから。ただ――」

 

「ナノハのことを考えて行動した、だろ?」

 

 士郎が言い終わる前にベルは彼の考えを言った。

 自分と他者を比較した際の彼の行動パターンがベルには解り切っていた。

 

(……“戦い”から遠ざけても結局、お前はそうするのか)

 

 地球へ士郎を送る前――――それまで見てきた士郎の姿がベルの頭を過る。

 自分の身を守り、生き抜く術を鍛えるために、ベルは彼に教えをした。その上で実戦を積ませた。演習と実戦は違う。演習が完璧でもいざ実戦に出れば怯んでしまうこともある。それを無くすべく、ベルは“仕事”の中での“戦い”を彼に経験させた。

 しかし、その中で気付いてしまったのだ。衛宮士郎の“危うさに”。

 

「とは言え、お前も管理局と対峙するのは避けるべきだったと理解してたよな」

 

「流石にな。俺だって可能ならそうしたかったけど、状況が状況だったし」

 

「それに、相手はハラオウンだろ。お前の技量を過小評価するつもりはないけど、よく逃げ切れたもんだ」

 

「クロノを知ってるのか?」

 

「ああ。お前が“眠っている”間にある事件があってな。それに『管理局』が対処して、その中に“ハラオウン”が関わってた。事の危険度は高くて、俺も調べてはいたんだ。ハラオウン家はその時に知った。その後もちょくちょくな。

 ただ、事件の方には手を出さなかった。俺たちの戦力ではどうしようもなかったんだ」

 

「それって……無事解決したんだよな?」

 

「そう言われると微妙だが……当面は大丈夫な筈だ。少なくとも地球は安全。魔法文明の無い世界で目的の達成は出来ないだろうからな」

 

「……目的?」

 

「もう過ぎたことだから気にするな。

 俺がハラオウン家を知っているのは調べたからと認識してくれればいい」

 

 今回の事件の話が半ばを迎えたところで、ベルは喉元に息を詰まらせた。

 事件の内容で彼が気にするのは大きく切り分ければ――――――

 事の始まりと終わり。管理局の介入。プレシア・テスタロッサの死。

 

「…………」

 

 その最後の部分を前にして、ベルは唇を噛む。

 始めから2つ目までは彼も干渉が出来なかっただろう。しかし、3つ目は違う。行動次第では防げたかもしれない。

 

「プレシア女史についてだが……悪かった……」

 

 低く抑えつけた声で、ベルは口にした。

 またしても、彼の前に居る少年は喪ってしまったのだ。

 そして、そこへ自分の責任が全く無いとは、言い切れなかった。

 

「俺がもっと気を回していれば、プレシア女史は亡くならなかったかもしれない」

 

「何でベルが謝るんだよ。忙しい中で全く調べていなかった訳じゃないんだろ」

 

「そうだが――――いや……それ以前に、何故アルトセイムを選んだのかよく考えるべきだった。事故の責任を押し付けられて、娘を喪って、もう外に関わりたくないだろうと思ってた。あの場所なら訪れる人も、そうそう居ないだろうからな。

 だが――――」

 

 見落としをした。

 思い返していく中で、ベルはそう痛感していた。

 

「それを言ってたら俺は近くに居た。近くに居ながら、苦しみに気付けなかった……」

 

 士郎の方は空の手に痛む程に力を込めていた。

 苦しむ人を救いたいと“理想”を掲げていながらも、その手は一つの命を繋ぎ止めることが出来なかった。

 ……助けられる者と助けられない者。その両方が存在することは士郎も解っている。けれども、目の前に在った命すら、彼は救い切れなかった。

 

「――――――」

 

「……シロウ」

 

「……?」

 

「……お前、大丈夫か?」

 

 真剣な目でベルは士郎に訊いた。

 士郎は涙を流してはいなかった。ただ、今までベルが見てきた彼の中で、一番に(かお)が歪んでいた。

 

「……ああ、大丈夫さ。俺は……約束したんだ」

 

 真っ直ぐと目を向けて士郎は言う。

 

「義母さんが最期まで張り続けたあの“夢”を……“願い”を、俺は繋げる。“願い”を絶やさせない……それが、こんな俺が義母さんへ出来る唯一のことだから」

 

 だというのに、琥珀色の双眸には、強い意志が宿っていた。

 命は救い切れず、喪われた。それでも、心は救えたから“願い”は喪われなかった。

 だから、これまで秘めてきた“理想”と共に、その“願い”を今度は自分が張ると少年は決めた。

 

「…………」

 

 その声を聞いたベルからは、一声も出ない。

 同調することも、忠告(・・)も彼は出来なかった。

 ただ、目の前の少年の“在り方”が嬉しくも、悲しくも思えた。

 

「ああ……そうか」

 

「うん?」

 

「何でもない」

 

 ベルは一度小さく頷いて、普段の面立ちに戻った。

 沈んでいる暇なんて無い。決めたからにやるべき事が待っている。

 これまでと同じように、少年が歩いていくならば、自分もこれまでのように接する。

 

「なら、これからのことだな。お前の身振りを考えないと」

 

「もしかして、あの事故を明かすことになる?」

 

「いや、“英霊”のことは避ける。それだと前にキリツグたちとやったことが無意味になるからな。

 俺が管理局への説明は――『地球出身』、『ミッドチルダに来た理由』、『ミッドの人間との関わり』が中心になるだろう。

 先祖が管理外世界出身ってことは事例が有るから、出身地は問題視されないだろ。残りの二つは俺が補足する形になるか」

 

「クロノと戦ったけど、そのことは問題には?」

 

「戦闘に使ったのは魔法ではなく、シロウ個人の能力だろ。『地球出身者の個人能力で戦った』……なら平気だ。場所も現地だからな。魔法はアウトでも、『外の人間の個人能力の使用』に文句を言う権利なんて管理局にもない。

 それに、管理世界の法を管理外世界の人間、まして管理外世界現地に対して適用は出来ないだろ。まあ、お前が魔法を執務官に向けてたら問題になっていただろうけど。

 あ、ミッドチルダに居る間はこっちの法を守れよ」

 

「ああ」

 

 士郎には隠さなければいけないことがいくつか在る。それを踏まえて、今後の方針を決めていく。

 

「――――キリツグの名前を出すのは避けたいし、保護者は引き続き俺にして。シロウの能力の概要は、お前の説明通りに。

 ある程度お前が説明しているから、俺はその裏付けだな」

 

「ごめん、手間を増やして」

 

「説明するぐらいだから気にしなくていい」

 

 大方の説明文を作り上げて、話し合いを終わりにしようとした時、士郎は申し訳なさそうに頼み事を口にする。

 

「言い付けを破って頼むのは勝手だって分かってるけど……」

 

「……聞いてみないと、何も言えない」

 

「『ヒュドラ事故』と葬儀、フェイトのことでベルの力が必要になった時は……手を貸してほしい……」

 

「頼み事は進んで受けるのに、何で頼む時は萎縮するんだよ。

 分かった。それもリンディ艦長との相談事に入れとく。『ヒュドラ』に関してはこっちから提示するつもりだったから問題無い」

 

「……ごめん」

 

「だからいいって」

 

 頼まれる分にはすんなりと受け入れるのに、逆の場合は気を引く。

 未だにその姿勢に納得は出来ないが、話が拗れると面倒になるのでベルは話を切り上げる。

 

「後は直接会談だな。

 シロウは“技術室”に向かってくれ。お前の相棒の修繕が終わる頃だろう」

 

「もうそんな時間か?」

 

「俺も技術長に用が有るから後で行く。

 先に行っておいてくれ」

 

「分かった」

 

 士郎はソファーから腰を上げて、ドアへ向かう。

 ドアノブが手に届く距離にまで進むと、体を反転させた。

 

「ありがとう、ベル」

 

 そう感謝を伝えて、士郎は部屋を後にした。

 

「変わらないな、親子揃って」

 

 今になっても士郎を迎えに来ない彼の父親――――衛宮切嗣の姿を思い浮かべながら、一人になった部屋で、ベルは呟いた。

 彼から見ても、士郎と切嗣には似ている面が在った。それは良い意味でも、悪い意味でもだ。

 

「取り敢えず、俺は俺に出来ることをするさ」

 

 自分に言い聞かせるように、ベルもソファーから腰を上げる。

 向かう先はドアの反対側に在る彼のデスク。

 椅子の左側に立つと、ベルは一番上の机の引き出しの“ロック”を解き、開いた。

 

「まさか……ハラオウンと【魔術師】が関わることになるなんてな……」

 

 誰も居なくなったところで、異なる面を顕す。

 士郎との会話では深く掘り下げなかったが、彼はハラオウンと士郎が接点を持ったことに内心で驚いていた。

 二人の少年が――――魔導師と魔術師が今回で接点を持ってしまった。

 その相手がハラオウンだ。“あの書物”を巡って繋がった訳ではないが、何かしらの“縁”があるのかもしれない。

 

「…………」

 

 引き出しに在ったのは、和綴じの本。彼が所持している古書らの中から、ある事柄だけを纏め上げたモノだ。

 自筆で要点複写されているとだけとあって、元の古書より見易い。

 

「あれは今から11年前か。時代も世界も違っても活動を続けていながら、復活のサイクルは読めないのが難点だよな。

 ベルカの時代。彼の【聖剣】が“カウンター”を用いてやり過ごした“災厄”、か」

 

 本を取り出して、自分たち以外には読めない文字で書かれた文面へ目を落としながら、彼は原書に記されていた騎士たちを回視する。

 先頭に立ったのは、騎士たちを束ねた一人の騎士。

 民と国を護るために、剣を担い、常に先陣を切り、駆け抜けた姿。

 一度として王の責任を捨てず、一度としてその理想を汚さず、誰もが偉大と思う“理想の王”。

 続いて、王と共に居た騎士たちを連想する。

 

「けれど、騎士たちが去ったこの時代だ。あれをやり過ごせるのは“危機”に対して組み上げられた“システム”から呼び出した“カウンター”ぐらいだろう。

 それだって、現代には残っていない可能性が高い。全く、厄介なモノだけが残る世の中だよ」

 

 苦り切った言葉が漏れる。

 この事だけは、ベルも匙を投げる領域に在ることだ。転生機能と無限再生機能を兼ね備え、手当たり次第に魔力を吸収する悪魔の魔本。それは、現代に至るまで数々の“世界”に破滅を齎してきた。その影はベルカの時代からあったと言う。

 

 

 そんな時代の中では、騎士たちは破滅を防ぐべく“闇”と対峙していた。勿論、他にも外敵と呼べるモノたちもいたし、異国の者共と戦を交えることはあった。

 だが、対峙した“闇”は一騎当千と謳われた騎士たちでさえ手を焼いた。無限とも言えるそれと、有限の騎士たち。どちらに過酷が降りかかるかは火を見るより明らかだ。

 

 

 そこで、ある家々が“危機”に対抗する為に作り上げた“システム”を使用した。使用できる条件は厳しいながらも“危機”に対して“カウンター”をぶつけて、騎士たちに力添えをした。

 

 

 対峙したモノの強大さもあって、代償は生じたし、払った犠牲も決して少なくなかった。

 それでも、その成果があってか、彼らは“闇”を退くことは出来た。

 それは悲運だっただろうが、“彼ら”の功績がなければ大戦末期を迎える前に世界(ベルカ)に破滅が訪れていただろう。

 

 

 ……後世に生きる人がみればその事がよく分かる。

 ……反面、現代で防ぐ手立ては無いことも。

 現代には対抗出来るであろう騎士たちが居なければ、“カウンター”を揃える“システム”の有無も判らない。

 ――――――よって、出る結論は一つ。

 

「どれだけ考えても、出来ることは復活された世界が滅びるのを見るだけ。

 事前に打てる手は、犠牲になる命を少ない世界にあれを送り込むことか」

 

 あの書物に憤ることはあっても、悲しむことはベルにはなかった。そう言うモノだと、下手な干渉は余計な犠牲を生むだけとも理解している。

 だから、行き着く思考は常にそこだ。

 一人でも多くの命を救うべく、一人でも少ない方を切り捨てる。その恐ろしさを知っている者だからこそ至る答えでもある。

 

「やっぱり、“アレ”のことを責められないな」

 

 血は争えないと言うやつか……と、ベルは自嘲するように、呟いた。

 自分には皮肉の象徴である“炎”で跡形もなく焼き尽くした筈だが、こればかりは残ってしまったらしい。

 

 

 本を引き出しにしまうと、ベルは“ロック”を掛け直して、引き出しを閉めた。それと同時に、士郎たちの知る彼に戻る。

 その自身の切り替えに嫌気が差すが、それを脇に追いやった。

 

 

 一歩一歩ドアへ向かった後、彼は自室を後にした。

 

 

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 

 

 

 ベルとの話し終えた士郎は、技術室に居た。ここでは、主にデバイスの調整が行われる。

 ここ以外にも、同様の部屋がいくつか設置されている。【魔導師】にとってデバイスの整備は常識だ。ここに居る士郎以外の人物は【魔導師】が多く、それに対応する備えが揃っていた。

 

「お前さんのデバイス、破損はなかったが負荷はかなり掛かっていた。次元跳躍攻撃を反らした以上に、魔力の奔流を反らしでもしただろ」

 

「まあ……はい」

 

「無茶をする奴だな。あいつが頭を抱える理由が分かる」

 

 士郎と会話をしているのは、技師たちの纏め役である技術長。つなぎ姿に、黒髪を短く切り込んだ中年の男性だ。作業の際には眼鏡を着けるらしく、会話の間は左胸ポケットに引っ掛けられている。作業には体力が必要されるためか、細いながらも体つきはいい。

 きちんと名前があるらしいが、皆からは『技術長』、『おやっさん』などと呼ばれている。

 

「要望通り、修繕はした。

 続けて微調整もするから、バリアジャケットを展開してくれ」

 

「分かりました」

 

 技術長から士郎へ彼のデバイスが手渡しされる。

 

「ウィンディア、調子はどうだ?」

 

「普段と変わりありません」

 

「早速になるけど、バリアジャケットの展開を頼む」

 

「はい」

 

 手に握ったブレスレット状の愛機を、左手首に装着する。

 地球ではずっと“彼”と同じ赤い外套を羽織っていたが、その前にはバリアジャケットを纏う時もあった。

 その感覚を思い出して、士郎はもう一つの戦闘服を身に付ける。

 

「――――展開(セット)

 

 短く、簡略化した呪文を唱える。

 すると、いつも着ている普段着が上下揃って黒色のスーツに変わる。

 次にリンカーコアで生成された魔力が集まり、黒コートが現れる。それを着たら、彼のバリアジャケットの展開は終了だ。

 

「どうだ、違和感はあるか?」

 

「いえ、前と同じで問題ないです。

 ウィンディアの方は?」

 

「私の方も問題ありません」

 

 展開に支障が無いことを確認していく。

 久しぶりことだったが、士郎の感覚は異常を感じなかったし、サポートをしたウィンディアはそれは同様だった。

 

「なら、微調整をするぞ。今ので展開のデータは取れてる。お前さんは――――」

 

「士郎、入るぞ」

 

 技術長が言い終わる前に、ベルがノックをしてから、入室してきた。

 

「あ、試運転だったか」

 

「バリアジャケットの展開だけだよ。今終わったから、解いて微調整を頼もうとしたところ」

 

「そうだったか」

 

 久々にバリアジャケット姿の士郎を見たベルは、足元から頭の天辺まで見ていく。

 

「……前より似合ってる?」

 

「疑問系で聞かれても。前とデザインは変わらない筈だけど」

 

「そうだよな……俺の気のせいか」

 

 ベルはそう呟いてから技術長に視線を向けた。

 彼も彼で受け取りに来たモノがある。

 

「技術長、頼んでいた俺のデバイスの方は?」

 

「お前さんのオーダーは手間が掛かった。

 ありゃ、改修じゃなくて改造って言った方が正解だ。火力の向上は出来たが、システム周りは今のモノでは不安定になるのは防げない」

 

「元のベルカ式から使いづらいことは判ってる。それでも、今以上に焼き尽くす為にはそれしかないだろ?」

 

「我々の年だと魔力増加は見込めないからな。他の面で上げるならデバイスをどうにかぐらいだが――――」

 

「頼む時も言ったが、乱用するつもりは無い。改修した方は切り札に使うつもりだ。

 余程の事がない限り、予備で作ってもらった通常の方を使う」

 

「……分かった。

 待っていろ。取って来る」

 

 渋面を作るが、技術長はベルのデバイスを取りに行こうとドアへ向かう。

 その途中で、ベルによって遮られた士郎への話の続きを口にした。

 

「デバイスはそこの台座に置いておいてくれ。後はこっちでやるから休んでくれて構わん」

 

「ああ」

 

 返事を聞くと、技術長は部屋を出て、他の技術室へ向かった。

 士郎の方はバリアジャケットを解除して、ブレスレットを取り外す。その後、指定された台座にまで歩き寄って、それを置く。

 

「ベルの方も何か頼んでたのか?」

 

「年を取ると魔法技能が完成した反面、魔力量はな……。そこを補強するためにちょっと改修をな」

 

「そっか」

 

 憂慮した雰囲気な技術長から気になったが、当の本人はさして気にしていない様子だった。

 だから、彼はそこでデバイスについての話を止めた。

 

「シロウ、休む前に一つ頼まれてくれないか?」

 

「出来ることなら」

 

「ここに来る途中の廊下で腹ペコって嘆いてる奴等が居てな。言ってしまえば、お前の飯を要求してる」

 

「なんだ、そんなことか。いいよ、引き受けた」

 

「助かる」

 

 飯作りの依頼を、士郎は快く引き受けた。

 彼にとって料理は趣味だ。断る理由はないし、ここの厨房を占めていたのは士郎である。

 

「あ、食材は?」

 

「厨房に在る筈だ。お前が留守の間は他の奴が飯作りを担当してたから、貯蔵の心配はない」

 

「了解」

 

 食材の有無を確認して、士郎もドアへ向けて向かう。今度は振り返ることなく、部屋を後にした。

 ドアが閉じると、部屋に残ったのはベルと士郎の愛機のウィンディア。

 

「まさか……この為に主を厨房へ向かわせました?」

 

「いや、シロウの飯を要求してたのは事実だ。

 都合はよかったけどな」

 

 自然と残る流れになったが、ウィンディアはそれが引っ掛かった。

 自分のデバイスの依頼をしているなら、技術長の後を追えばいい。手渡しが早く済むし、荷物を持って技術長が往復する必要も無くなる。

 にも関わらず、ベルはこの部屋に残っていた。

 

「シロウが居たら話づらいだろうから、少し時間を作っただけだ。ちょっと話がしたい」

 

「主のことをペラペラと話す趣味はありませんよ?」

 

「プライバシーに関わるようなことは訊かない。ただ、地球ではどうだったか知りたい」

 

「……それは、主を気遣ってですか?」

 

「そうだ。お前もシロウのことで、考えてることが有るんじゃないのか?」

 

「………………」

 

 少しばかりの沈黙が訪れる。

 ……話したいこと。それは、彼女の主――――衛宮士郎の“危うさ”についてだろう。

 特定のこと以外なら、士郎は迷うことなく口にする。逆を言ってしまえば、特定のことに対しての彼の口は堅い。

 

「……帰郷の始めの頃は、何事も無く平穏でした」

 

 ゆっくりと、引き締まった音声でウィンディアは語り始める。

 

「現地での仕事は円滑に決まり、静かな生活を始めました。職場では進んで働いていましたし、周囲からは関心されていました」

 

「職場が喫茶店ならそうだろうな。あの働きぶりも想像が出来る」

 

「ええ、元々の人気店ってこともありまして客足が多かったですが、主を働きぶりはその一家や従業員に劣らないほどでした。周りも主も優しかったです。私は、あの環境でこのまま過ごせればいいと思っていました」

 

「ああ、俺もそれが望みだった」

 

「それから暫くして、主はフェイトと再会しました。そこから先は、主から聞いているでしょう」

 

「聞いてる」

 

「それなら――――」

 

「だからこそ、お前と同じ懸念を俺も持っているよ」

 

 戦う士郎の姿を側で見てきた彼らだから、それをはっきりと感じ取れていた。

 

「シロウが戦う姿は、フェイトとナノハって子に……アルフって使い魔だったか? 彼女たちに見られているだろ。シロウの“それ”に気づいたと思うか?」

 

「現状でならフェイトとナノハは気付いていないでしょう。ですが、戦う主を見続けたら遠からず気付くと思います。フェイトはとても賢い子ですし、ナノハは周囲を良く見ています。

 アルフは既に少し引っ掛かっているかもしれません」

 

「それなら気付かれる前でよかった。“日常”の面だけを見れば、シロウはお人好しだからな。出来ることなら引き受けるって言いながら、頼まれ事は絶対に引き受けるし」

 

「その面だけを見るならば、そうですね……」

 

「……ああ、だからますます目立つんだ。シロウの危うさが……」

 

「…………」

 

 再び沈黙が訪れた。

 しかし、ここで話をやめる訳にはいかない。

 

「シロウの自己犠牲と他者を救おうとする姿勢ははっきり言って異常だ。自分を犠牲にしてまで誰かを救うなんて普通は考えない。それが関係の無い“誰か”となれば尚更だ」

 

「ジュエルシードには主と親しい方々も含まれていました。ですから、今回に限っては異常とまではいかないと思います」

 

「管理局と刃を交えたことを考えても、そう思うか?」

 

「――――――」

 

「魔法を使わなかったからよかったが、下手をしたらシロウも危なかったぞ。それに、戦闘は避けられた。

 けど、シロウは自分のリスクより他人を優先した。悪いが、人間はそれを……普通とは言えない」

 

 的を射った断言に、ウィンディアは黙ってしまった。

 目の前に苦しむ誰かが居れば、自分が犠牲になろうとも救おうと足掻く。

 自分と他者が秤に乗ったならば、即座に自分を切り落とす。

 ――――その在り方は、普通と言えるだろうか?

 

 

 インテリジェントデバイスである彼女からみても、

 世界は違えど人間である彼からみても、

 衛宮士郎の在り方(それ)は、危ういモノでしかなかった。

 

「誰よりも“誰か”が苦しむことをシロウは嫌った。それ自体は普通だ。誰だって“誰が”苦しむ所なんてみたくないさ。けどな、人間は最終的に自分を一番にするんだ。当然だよな。自分を大切にするし、自分が秤に乗ることなんてないんだから。仮に乗せたとしても、“誰か”……対象が身内なら兎も角、赤の他人なら自分を取るだろう。

 けど、シロウのはそうじゃない。自分を除いた(・・・・・・)人々を分け隔てなく救う(・・・・・・・・・・・)と行動するのがあいつだ。苦しむ人を見たくないって……。そして、救えなければ……次は全員救ってみせるって背負っていく。それが出来たことは確かにあった。でも、毎回じゃない。100%を救うことなんて誰にも出来はしない。

 今回もそうだ。次元断層を止めて“災害”を防いだ。それでもプレシア女史は救えなかった。そのことに拳へ力を込めた……違うか?」

 

「――――――」

 

「戦いでの付き合いが無いと気付き難いが、シロウには本来在る筈の“人間の内面性”が欠けている。過去を考えれば……無理はない……。

 けど、あの欠落を持ったまま剣を握り続ければ、シロウは“碌でもない場所”に辿り着くだろう。頑張り過ぎる奴は、行き過ぎてしまう(・・・・・・・・)

 

 目の前のモノを取り零す度に――――“現実”が突き付けられる度に、剣を握る力が強まるのを近くで見てきたからこそ、言葉に重みが増す。

 しかし、それだけではないと、ウィンディアは声を出す。

 

「貴方の指摘は尤もだと思います。

 ですが、私は同時に尊いとも感じます。不可能かもしれないことでも決して諦めず、最後まで張り続ける。

 確かに、主は彼女の命を救うことは出来ませんでした。……それでも、心は救えた筈です」

 

「他人を救うことが尊いと解ってるし、心を救うなんて命より難しいだろう。それが出来るシロウが尊いのは解ってる。

 でもな、それはシロウ自身が救われるってことじゃない。むしろ背負うモノが重くなる。だってそうだろ。常に『何かを取り零した』という結果が突き付けられるんだ。

 それが積み重なっていた先を想像するのは、誰にだって難しくないだろう?」

 

「貴方はそれを防ぐために主を帰郷させたと。戦いから離れれば、剣に余計な力が籠ることはなく、その場所にまでは進まないと」

 

「オーバーワークって話は嘘じゃない。

 けど、その通りだよ。俺はシロウを戦いから離した。“前”へ進むことを防ぐためにな。

 それに、もう俺にはシロウに教えられることは無い。ここまで来ると魔法も独自性が高いし、能力はシロウ個人の物だ。戦闘技術も問題無い。後はシロウ一人で研磨できる。

 だから、ここに居てもシロウは無駄に突き進むだけだ……」

 

 犠牲を容認せず、苦しむ人を救い続けた者が辿り着く場所。

 『苦しんでいる人を救うこと』を“理想”と掲げていながら、そこに在るのは『常に何かが欠けた現実』……。

 延々と“理想”と“現実”の隔たりを見せつけられた人間は、どのような末路を迎えるのか?

 その光景までは彼らにも想像は出来ない。が、“碌でもない場所”だということだけは判る。

 取り零し続ければ……悲しみを背負い続ければ……その人間は、磨耗するだけなのだから。

 

「今までのことを忘れ(捨て)さえしない限り、あの危うさは消えない。積み重ねがあって、『今のシロウ』を形作っている。

 ……“きっかけ”があれば、辿り着く場所は変えられるかもしれないけどな……」

 

「“きっかけ”……主を支えてくれる誰かとの出逢い……ですか?」

 

 その考えを聞いたベルは、思わずウィンディアを凝視してしまった。

 

「そこまで言っていないが、それが一番可能性があると思う。人は出逢いの一つで変わることは珍しくはない」

 

「そうですね……見てきただけに、私も分かります」

 

「簡単なことではないけどな。シロウの友人に同い年は居ないから……」

 

 切嗣とナタリアを除けば、彼と親しいのは……テスタロッサ家、高町家、ベルたち。

 次点で月村家、アリサ――――即席ペアを組み、フェイト関連で会う機会が増えるクロノ辺りだろうか。

 だとしても、一般人には出来ない事柄なのは間違いない。

 

「残念だが、あと俺に出来るのは約束が終えるまで、シロウの危うさが進行しないように戦いから遠ざけることだけだ。

 “きっかけ”の方は……情けないが他人任せになる。“日常”の中で起こって欲しいな……」

 

「私の中で真っ先に思い当たるのはフェイトとナノハですね。彼女たちとは友好がありますから」

 

「……二人は魔導師だろ。シロウの立場を考えると難しい。と言うか、ナノハは地球出身者。ミッドが関連することには巻き込めない。いくら才能が有っても、こっちに関わるのはいいと頷けない。

 フェイトは……シロウの立場が無ければな……」

 

「あくまで例と上げただけです。参考程度に」

 

「参考って……」

 

 突然のウィンディアの案にベルは戸惑った。

 戦闘戦闘を積むためとはいえ、シロウは“こちら側”に触れている。それは、少女たちには重すぎるだろう。

 彼女たち以外で、ベルは思案する。

 

 

 彼に浮かんだのはただ一人。

 迎えが来ることが約束の残りとなったのに、未だにここを訪れない黒コート。

 

「まぁ、早い話。キリツグが帰ってくれば済むんだけどな」

 

「それは、主の父親ですよね?

 もう長いこと姿を見せていないと聞いていますが――――」

 

「いや、生きてる。キリツグは約束の途中で死ぬような奴じゃない。それに、一緒にいる姐さんが一番の信条にしてるのは『何があろうと手段を選ばず生き残る』。それはしっかりキリツグに叩き込まれている」

 

「では何故、主を迎えに来ないのでしょうか?」

 

「事が事だからな。そう簡単に終わることじゃないのは判ってる。長すぎるとは俺も思うが、始末の過程で手間が増えたのかもな。

 だとしても、俺はキリツグが来るまで可能な限りのことをシロウにするさ。

 当分はそれに加えて……テスタロッサ関連のこともありそうだけど……ここで放ったらかしにしたら、それこそ二人に会わせる顔が無くなる」

 

 士郎にもやるべきことは山積しているが、それはベルも同様だ。士郎の安全の確保――――保護者と名乗っているからには、その責任を果たす。

 そして、見落としてしまった『ヒュドラ事件』を含めたプレシア関連。彼女の娘であるフェイトの事柄。

 防げたかもしれない――――プレシアが二人の友人とあって、彼にとっても無視できない。

 

「……結構話したな。

 ウィンディア。お前も引き続きシロウを頼むな」

 

「当然です。主を支えるのが私の役割ですので」

 

 その返事を聞くと、ベルは“仕事”とは別の意味で忙しくなりそうだと、頭を掻く。

 デバイスを受け取った後に、もう一度明日以降の予定を組み上げよう……そう区切りを付けた彼も部屋を後にして、廊下へ出た。

 

 

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 

「何だこれ?」

 

 久々にここの厨房で料理をすることになった俺は、食材の確認をしようと業務用縦型冷蔵庫を開けた。 

『貯蔵の心配はない』ってベルは言ってたけど――――

 

「……心配どころかしっかり揃ってるじゃないか。

 何か……珍しそうな魚まであるし……」

 

 他には何が在るのか把握するべく、他の箇所も見ていく。

 やっぱり……“技術室”といい、広い厨房といい、機材の揃いが良すぎるだろ。

 前々から思ってたけど、“ホーム”より“集会所”の方がピッタリなんじゃないか? 浴場とかも有るし……。

 

「ま、集まりの場であるから備えが有って困ることはないけどさ」

 

 小言をしながらも手は止めなかった。

 魚類が保存されいる冷蔵庫の他に、肉類、野菜類が保存されている方も確認していく。どれも充実とした光景だった。

 食事処で待っている皆は「お前が作る物なら何でもいい」って言っていたけど、こうなってしまうと逆に決まらない。

 

「……うーん。まず肉をメインにするか、魚をメインにするか。どっがいいか聞きに行くか……」

 

「え、そんなことならどっちも作ればいいだろ」

 

「そんな訳にもいかない。食材全部使ったらこの後の飯はどうするんだよ?」

 

「心配するな。それを見越して明日以降の食材を持ってきたところだ」

 

「準備がいいな。けど、全部喰い切れるか?」

 

「お前の料理なら誰も手を止めねーよ」

 

 数度、言葉を交わし合ってから背後に居る人物に気が付いた。

 この声は常に後ろからベルら前衛をサポートする後衛の一人。

 

「よっ。弓使い(アーチャー)

 で、早いところ飯を頼むぜ。他の連中はウズウズしてるぞ」

 

銃使い(ガンナー)……久しぶり。

 そうは言っても、何を作るかな」

 

弓使い(アーチャー)が作る飯なら何でも喜ぶさ。好きにしろ」

 

 と、軽口で促すのは――――

 セビア色でセミロングな髪型に、黒色のベスト、カーキ色のワークパンツと軽そうな服装。もう少しで身長180cmに届きそうな青年だ。

 年齢は20代後半らしく、ここでは比較的若い年齢層になる。

 

「――って、なんで俺だけここでも“コード”なんだよ。名前でいいだろ。前からそうだけどさ」

 

地球(そと)の名前のイントネーションが苦手なんだ。大切な名前を妙な発音で呼ばれたくないだろう?」

 

「……まあ、俺のことって判るからいいけどさ」

 

「だろ。

 それにな。お前だっておれのことを“コード”呼びしてる」

 

弓使い(アーチャー)って呼ぶから反射的に返してるだけだ。名前で呼ばれたら名前で返す」

 

 弓使い(アーチャー)銃使い(ガンナー)は、ベルたちの“仕事の中”での呼び名(コード)だ。

 本名を伏せ、自分達の正体を隠す意味合いで敷かれたルール。発案したのはベルらしい。俺の“コード”は彼から付けられた。

 その“コード”の決め手となるのは基本的にその人の長所。俺は弓が巧いから“弓使い(アーチャー)”と呼ばれている。

 

「まあ正直、お前の“コード”の弓使い(アーチャー)は少し引っ掛かるんだけどな」

 

「なら名前で呼べばいいだろ」

 

「そっちの意味じゃない。“弓使い”って言いながら双剣の方が印象強いって話だ。

 おれ的には“剣使い”って方がピッタリだ」

 

「“剣使い”って呼ばれるほど俺は剣が巧くないよ。進んで攻める型でもないし」

 

「でも主武装だろ?」

 

「そうだけど……」

 

 確かに俺は弓と同等ぐらいに双剣を振るっている。それが“アイツ”の主力だったから。

 でも、やっぱり双剣と弓なら分があるのは弓なんだろう。“俺たち”にとって弓は腕前だけでなくて、イメージ通り(・・・・・・)に矢を的中させることだ。この辺は“鍛練”の成果も大きい。

 だって、イメージするのは常に――――――

 

「って、思い返してる場合じゃない。

 なあ、冷蔵庫に在る食材はどうしたんだ。前はあそこまで貯蔵されてなかっただろ」

 

「ああ、あれな。ベルの奴が『あのバカ!』って喚いたあと、弓使い(アーチャー)が帰って来るって知れ渡ってよ。その途端、他の連中が頼んでもないのに挙ってやりやがった。

 あ、おれのこれは在庫が無くなることを見越してな」

 

 くいっと顎で自身の隣に在る台車に乗せられた段ボールたちを指す。それらのラベルには穀物、野菜などと記されていて至って普通。

 これなら冷蔵庫の食材は使い切っても平気か。

 

「普通な食材だな」

 

「普通じゃない食材ってなんだ?」

 

「魚類の場所にさ、なんか珍しそうな魚があったんだよ。アンコウに似た何かみたいな」

 

「あー、冷蔵庫に在った魚類は海産物で有名な第23管理世界(ルヴェラ)で仕入れたらしい。珍味とか聞いて籠に入れたのかもな」

 

「誰だ……わざわざそんな世界(ところ)に行ったのは……」

 

「ここしばらく弓使い(アーチャー)の料理は食ってないからな。みんなお前の料理を欲しているのさ。

 で、何をお作りになります、コック長?」

 

「そう言うことなら要望通り全部使ってしまうか。

 あと、俺はコック長ではない」

 

 キッパリと断言してから、キッチンの端に掛けておいたエプロンを身に付ける。

 他の食事当番から前にも似たようなことを言われたけど、そんなに調理人が似合っているのか。そう言えば、アルフにも言われたっけ……。

 

「その腕前ならそう呼ばれても誰も違和感を感じないと思うぜ。

 いや、いっそのことなっちまえばいいんじゃないか? 自分の店持ってさ。おれたちがまず固定客になるぞ」

 

「そんな余裕は俺には無いよ。出来るのは目の前で腹を空かせてる人に振る舞うぐらいだ」

 

「安泰しそうなのに……」

 

 心底残念だと、表情を浮かべているのを余所に俺は何を作るか考える。食材の心配は無用。だから、この場合は人数か。

 海鳴市の時は一人かフェイトたちを含めて3人だったから、それ以上となると囲める料理がいいな。

 アンコウ……に似た何か。魚類……野菜……肉――――――

 

「……鍋にするか」

 

「お、いいね。

 折角ルヴェラ産の海産物があるんだ。海鮮鍋はどうだ?」

 

「野菜もあるしそうしようか。

 あ、それだと肉を使わなくなるな」

 

「そっちも鍋にしちまえよ。野菜はどっちにも使えるし、肉鍋、海鮮鍋の二段構えで」

 

「片方が海鮮鍋ならもう一つの方は味が濃くない方がいいよな。アッサリ風にしてシメに雑炊……。

 よし、久々の大勢だ。思いきって行ってしまえ」

 

 作る料理は決まった。

 ここまで充実な食材を用意してくれたんだ。騒々しく、明るい食事になるようにしよう。

 

「じゃあ、おれはこれを仕舞って、あいつらを収めてくるぜ。

 久々の料理、期待してる」

 

 そう言って台車を備蓄室の方に押していった。

 再び一人になったところで調理器具を揃えようと動く。

 

「トレ――……あ、調理器具はあるからわざわざしなくていいのか……」

 

 握り締めていた拳を解いて、調理器具を取りに向かう。

 それにしても、俺が最初にやることは何処でも料理らしい。

 

 

 

 

 




リンディ艦長たちと話をする前にこっちをしなければならなかったので、先に。

第23管理世界はForceで出てくる場所です。海産物が美味しいらしいので食材調達に。

Movie 2nd、Vividで闇の書の活動はベルカ時代からあったらしいのでそれを引っ張ってきました。つまり、魔導師も魔術師たちも因縁が……

“ホーム”で二名ほど新規登場しましたが、二人は『アースラ』乗組員のランディ、アレックスみたいな感じです。A’S以降を考えると、主要人物の人数がね……


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22話 重み

アースラでのことの前半にあたる話になります。



「艦長、コーヒーです」

 

「ありがと、エイミィ」

 

 会談を終えてから自室で報告書と裁判へ向けて情報を整理していた手を止めて、エイミィからコーヒーを受け取る。これは以前、なのはさんのお母さんから頂いた物。

 ちょうど大まかに纏まったタイミングだったから、そのままカップを口へ傾けるとすっきりとした甘味が広がる。

 

「やっぱり、ヒュドラの件は本人たちの証言が正しいですか」

 

「本人の証言だけなら断定は出来なかったけど、ここまで情報が揃ってしまうと……」

 

「当事者のプレシア。局員の私。フリーランスのベル。多方向から同様の情報が集まってますし、シロウくんたちとの会談で渡されたメモリーにも詳しく記載されていましたから、ですね……」

 

『ヒュドラ駆動炉暴走事故』……プレシア・テスタロッサが『ジュエルシード』を求めた原因とも言える事故。それについての情報が管理局のモノと本人の証言で食い違っていた。

 どちらが正しいのか当初は判断が出来なかったけど、話を聞いてエイミィに調べてもらった情報。エミヤさんと彼の保護者であるベルという魔導師と会談の中で、ベルさんから渡されたメモリースティックに入っていた情報で確証は取れた。

 

 前任者の杜撰な資料管理。足りない日程での作業。安全基準の確認の無視。他にも色々あるけど細かい点を上げたら切りが無かった。彼女の証言通り、本社の強行が引き起こしたのは間違いない。

 この件に限った話ならプレシア・テスタロッサは被害者。それで彼女の行動が正当化される訳ではないけど、『ヒュドラ』については真実を明らかにさせてもらう。

 

「エイミィ、その後のフェイトさんの様子はどう?」

 

「ちゃんとご飯を食べているので大丈夫そうには見えます。話し相手にアルフが居ますし、みんな温厚なので揉め事の心配もないですよ。

 今頃、クロノ君の案内でシロウ君たちとも会ってると思います」

 

「ランディやアレックスたちと揉め事は起こらないでしょうし、エミヤさんなら安心だけど――――」

 

 精神面は大丈夫なのか。それが私の持つフェイトさんへの一番の気掛かり。

 彼女は『時の庭園』――――帰る場所を失い、病が原因とは言え母親を喪った。その事がどれだけ彼女に不安をもたらしているかは分からないけど、辛いことであるのは間違いない。

 

 

 肉親を喪った子供の顔を私は知っている。いつも見ていた顔が二度と見られなくなると知って、明るい表情が一変したあの日。それは管理局員ならいつ訪れてもおかしくないことだった。

 それでも、受け入れ難いのは変わらない。父親(あの人)の葬儀で泣くことはなかったけど、まだ3歳の子供にとって過酷すぎた出来事だった。

 フェイトさんが当時の子供より年齢が上でも、心の拠り所であった母親を喪ったのは同じように過酷すぎる出来事だと思う。

 

 

 ……いいえ……それだけじゃないわね。あの子には母親()が居たからまだ拠り所があった。

 けど、フェイトさんにはその母親すらもう居ない。最期の時間を一緒に過ごせても悼みが軽くなる訳でもなく、肉親の居ない世界は少女には重い。

 

(悲しいことだけど……これからは明るく前に進んで欲しいわね……。

 プレシアも最期はそう願っていたのだから……)

 

 パートナーのアルフは居るものの、彼女だけでは少し賑やかさ足りないと感じがする。

 友達になったなのはさんがそこに加わればいい具合の賑やかさになると思うけど、再会をするまではまだ時間が掛かる。

 なのはさんやアルフ以外で、フェイトさんの側に居られるのはやっぱり――――――

 

 そう考える途中、エイミィが口を開いた。

 

「フェイトちゃんなら前に進めますよ。今すぐにはいかないと思いますけど、“その日”のために『今』を頑張っているんですから」

 

「こちらの質問にもきちんと答えているものね。

 最後の最後だったけど、母親とわかり合えた……エイミィの言う通り、ここで立ち止まる心配は余計かもね」

 

「はい。ですから“その日”が迎えられるように私たちもやるべきことをしましょう。クロノ君も乗り気ですしね」

 

「……そうね。

 裁判の進行準備はクロノがやるから安心だけど、真面目で堅物なあの子にしては珍しいかしらね?」

 

「本人は『執務官として当然の行動だ』と否認していますけど、なのはちゃんに『凄く優しい?』って言われたことに照れた反動なのが見え見えなんですけどねー。

 それを除いても心配は無用なことに変わりはないですよ。データもきっちり揃えているかつ証言者が『提督』と『執務官』……期間の方は始まらないと分かりませんが、無罪で収まると思います。フェイトちゃんに悪意があった訳でもありませんし」

 

母親(プレシア)に言われて集めていたとしても、フェイトさんはなのはさんやユーノ君、エミヤさんと同じで事態の収拾に動いていたものね」

 

 自ら悪意を持っての行動だったらフェイトさんは容赦なく裁かれていた。就職年齢が低めなミッドチルダでは親に命じられて犯罪を犯す事例もあって、子供を守る法が整備されている。

 今回の事件はそれが適用される筈。プレシアがフェイトさんに無理やり命じたのは記録が取れている。目的も理由も知らされず利用されただけ……クロノが『時の庭園』脱出後になのはさんたちへ説明した時の言葉を借りるなら『道具として利用されただけ』……そのことからでも情報酌量の余地はあるから重罪になる心配は無用ね。

 

「テスタロッサ家もそうですけど、シロウくんの方はどうなんですか? 敵対する意志が無くて『時の庭園』で協力してくれたことから、なのはちゃんと同じ現地協力者って線でいきます?」

 

「協力してくれたのは事実。クロノと協力戦もしてフェイトさんと一緒にプレシアの説得にも貢献をしてくれた。エミヤさんの行動理由は自分の住む世界を守る……それはなのはさんと同じで立派なことだから誰も責めるようなんて思わないでしょう。

 最初は少し行き違ってしまったけどそれは仕方ないことではあったわ。その手のことは現地住民との間で全く無い訳でもないし」

 

「ジュエルシードに限った話なら私もそう思います。でも――――」

 

「……エミヤさんの“過去”……ね……」

 

 エミヤシロウ――――なのはさんと同じで『管理外世界』である地球出身者。

 彼が魔法(こっち)と接点を持ったのは心無い魔導師に故郷を奪われたから。今回、巻き込まれたなのはさんより重いことだと思う。

 なのはさんはまだ足を魔法に踏み入れるか入れないかの選択肢があった。ユーノ君から説明を受けた時、私とクロノと話をした時、少なくても2回は選択の機会もあった。

 

 

 でも、エミヤさんは違う。彼には踏み入れるかの選択肢は無く、選択する機会すら無かった。

 あってはならないことに両親も生まれた場所も奪われた。魔導師に救われたとしても、魔導師が彼から大切なモノを無くさせたことに変わりはない。

 

『帰る家も故郷(まち)も無くされたんだぞ。それが分かっていて子供を放っておけるかよ。

 守る術を知らず……理不尽に“大切なモノ”を奪われた奴がいたなら、“先”で生き残れる術を教える。それが、同じ魔導師として出来るせめてのことだろ』

 

 会談の光景が思い浮かぶ。エミヤさんの保護者をしてるベルさんから漏れた怒りと一緒に。

 仕事の内容から冷徹な人なのかもしれないと考えていたけど、そんなことは無かった。仕事の時はそうなのかもしれない。でも、そこ以外では優しい人なんだろう。

 

「ベルさんに連れられてきた後もエミヤさんに降りかかったことを考えると、どうしてそんな目に遭わないといけないのかと思えずにいられないわね……」

 

「身近な人を無くして得て無くして……そんな繰り返しなんて残酷ですよ……」

 

 ミッドチルダへ渡ってテスタロッサ家に預けられた約2年後に、エミヤさんはまた巻き込まれて今度は“時間”を奪われた。

 子供を使った魔法実験の事故。テスタロッサ家からベルさんのと待ち合わせへ向かう途中で拐われたらしい。それはベルさんたちの方で収拾したらしいけど、エミヤさんは巻き込まれて彼だけが犠牲になったと聞いた。

 

『当時6、7歳な子供だったので実験台には丁度よかったんでしょうね。ミッドの魔法学校初等科に入るぐらいの年齢で、ある意味魔法方面がまっさらな状態ですから魔法の知識の“書き込み”に適してる時期ではありました。

 ただ、シロウは地球出身でミッドの魔力素にリンカーコアが驚いたのでしょう。結果として魔力の暴走で本人は危篤状態。そこで打った手はシロウが話した通りです。

 他の子供は救出されてるので心配無用ですよ。他はミッド出身の子供で魔力素には慣れていたみたいで』

 

 その理屈は分かるわ。リンカーコアに貯められる魔力素の濃度や性質が世界や場所によって異なるのは確か。

 幼い子供は大抵生まれた世界で成長していくから、リンカーコアは自然とその場所に在る魔力素に慣れていく。

 

 

 なのはさんは地球出身だけど、ユーノ君の教えもあってか彼女は適応をしていた。魔法を使い始めたのが地球で魔力素が馴染みやすかったとも考えられる。外である『時の庭園』でも魔法を使っていたけど、『ジュエルシード』を巡る中での戦闘と練習でリンカーコアがある程度適応できるまで成長していたのだろう。

 エミヤさんもなのはさんと同じ世界出身だけれど、幼い彼のリンカーコアは外界の魔力素の変化に適応を仕切れなかった。

 

「……けど今後は大丈夫でしょう。エミヤさんもクロノと同じぐらいの戦闘技能を持っていそうだから、自分の身を守ることは十分可能な筈よ」

 

「魔法はクロノ君の方が上だと思いますけど、剣技、弓だけでもかなりの腕ですからね。総合的な戦闘技能ならシロウ君はクロノ君に引けを取らない感じがします」

 

「エイミィもそう思う? 私も同じよ。一部を見ただけでもエミヤさんの戦闘能力の高さは正直驚いたわ。

 でも、彼を指南していた人のことを考えると妥当かしらね?」

 

「そうですね……戦いを知っている人物から教えを受けたと考えると。

 クロノ君も仕官学校を卒業して、経験を積んであんな感じですし」

 

 別の方面でエミヤさんについての考えが浮かぶ。

 『時の庭園』で見せたクロノのとの連携。即席にも関わらず、ミスが見当たらなかった。つまり、クロノと組めるだけの技量を持っていることになる。

 そしてそれは、“戦う覚悟”を持っていることを表している。でないと、執務官のクロノ程の技量には至れない。強くなる……そこには覚悟が必要なんだから。

 

「でも辛いことよね……クロノは管理局員で執務官だから能力の高さは必然だけど、エミヤさんは()うなるしかなかった(・・・・・・・・・)

 

 以前、エミヤさんは言った。

 

『もしあの次があるのなら、あの時助けられなかった全ての代わりに、今度こそ……俺は、目に映る苦しむ人全てを助けなくちゃいけないんだ』

 

 あれは、生き残ったことに対しての責任からの言葉だと思う。目の前で苦しむ人を助けられなくて、負い目を感じる人は確かに居る。局員を目指す人や局員の中には同じ人もいるかもしれない。

 自分が弱かったら他者を助けるどころか身を守ることなんて出来ない。そのことは局員である私たちもよく知っている。

 

 

 だから、エミヤさんは戦う術を身に付けた。魔法を知って対抗策を考えて、レアスキル――――自分の持つ能力を磨いて、戦い方を教えてもらった。

 でも……それを思うと胸を痛める。

 

「どこか……クロノに似ているのかもしれないわね」

 

 知らずに呟いていた。

 私のそれは聞こえないほど小さかったのか、エイミィは報告書に記すことを訊いてくる。

 

「報告書になのはちゃんとシロウ君のことも載りますけど、能力面はどう書くつもりなんですか?」

 

「なのはさんについてはユーノ君経由で巻き込まれて魔導師になった。経緯はあれだけど、魔法はミッドチルダでも普及している技術だから問題はないと思うわ。エミヤさんの魔法も同じ感じ。

 ただ……そうね……彼の個人能力はね……」

 

「地球の特殊能力者。こちらでいうレアスキルに該当しますが管理外世界……魔法技術ではないので、能力自体は『そう言う能力があるのか』と言われるぐらいだとしても――――」

 

「ええ、扱った武器が問題。ロストロギア(ジュエルシード)を破壊した剣よ。指摘されない訳がないわ」

 

「途切れ途切れ映像でもサーチャーであの光景が撮れちゃってますからね……削除や偽装は職務上出来ませんし……」

 

「けど、そのお陰でエミヤさんを拾い上げられたからよかったわ。彼が戻ってこれなかったなのはさんもフェイトさんもショックが……ね……」

 

 そう……報告書作成にあたって悩みの種があった。エミヤさんが次元断層を防ぐために『ジュエルシード』を破壊した一本の剣。

 

「黄金の一撃……なのはさんの収束魔法に近いけど魔法陣を展開していなかった」

 

「はい。あれが魔法で無いことは間違いありませんが、こっちで言うロストロギアに匹敵しそうですね。まさか管理外世界の地球にあんな武器があるなんて……」

 

「“外”には私たちの知らない武具や技術があってもおかしくはないわ。

 それでも、実際に目にしてると驚かずにいられないわね」

 

 あの映像は未だに記憶として頭に焼き付いている。

 人間が生成できる魔力の限界を越えた魔力放出。

 なのはさんが使ったような収束魔法は空気中に在る魔力素を一点に集めて打ち出すモノだけど、あの魔力はエミヤさんの剣から溢れていた。それはもう余波でサーチャーがダメになる程の。

 

『ジュエルシードの報告書には“あれ”だけは不可欠だと思うのでそれだけは説明しておきます。

 あの剣の銘は“イマージュ”。自分の生命力――魔力を糧に光を増幅させて一撃を解き放つ剣です。その威力はもうご存じでしょう。

 残念ながら証拠としての提出はできません。前に説明した通り、あれは一撃限定の大技で剣は崩れ去ってしまいましたから』

 

 エミヤさんの説明が頭を過った。

 あれの一撃は武器の性能がなければ不可能なのは私も同感するし、彼の言った通り光を放った剣は役目を終えたのを示すように形を失っていった。

 

「まあ、報告書を偽る訳にはいかないから事実とエミヤさんの説明を記すわ。指摘されても同じことを彼が説明するぐらいでしょうけど。

 個人能力と経緯もね」

 

 次元犯罪者でもなく、管理外世界の住人である個人の能力を明かすことの強要は出来なかったけど、報告には必要だから出来る範囲で教えてもらった。

 

『俺の能力は以前お話した通り、自分が所有している物の取り出しです。“イマージュ”は報告に必要だと思ったので詳細を言いましたが、あれ以外の説明は控えされてもらいます。俺の守り(手札)を明かすことになりますし、俺と同様の武器・能力を扱う人物が居ないとも断言できません。リスクを負うのが俺だけならともかく、他人に降り掛かることを否定できませんから。

 それに、魔導師が地球で破壊活動をしないことの保証が無い以上、何らかで情報が漏れてしまえばその人たちの命も危なくなる』

 

 管理局にも地球出身で魔法資質を持っている方はいるし、なのはさんたちも魔法資質を持っていた。

 あの方の出身はなのはさんたちと違う国だと聞いているから、特殊能力者もエミヤさんの他にも居るかもしれない。

 だから、彼の危惧は解るわ。

 

 

 そして、扱う手札が知られてしまえば、対策をされて自分の命を危険にさらしてしまう。魔導師である私もそれは同様だから共感できる。

 魔法を知らず、持ち得ない地球の人たちは魔法から身を守る術が基本的に無い。エミヤさんのような能力者ならば魔法を知らなくても多少の対抗は出来るかもしれない。

 だとしても、そんなリスクを管理外世界の住民に負わせる訳にはいかない。

 よって報告書に記すのは概要に止めた。

 

 

 能力は『自身が所有する物質の取り出し』――――主に剣、弓矢などと現地で確認可能なモノ。フェイトさんを二回目の次元跳躍攻撃から守った盾は少し特殊な物らしいけど、同じ地球の武具と言われた。

 戦闘技能は純粋な技術で、取り出した剣による剣術、弓矢による弓術。

 一応、備考に『他にも同様の能力が存在する可能性あり』と記しておく。

 

 

 経緯の方はベルさんからも説明があったけど、前にエミヤさんが話していた通り。

 故郷を魔導師に焼かれて、身寄りの無くなったは彼はベルさんにミッドチルダへ連れてこられたこと。

 その後はテスタロッサ家に預けられるものの、魔法事故に巻き込まれて延命のために冷凍保存されたこと。

 現実時間にして17年後に目覚めて、それ以降はベルさんの元で魔法の知識、個人能力、戦闘技能の習得。それが完了後、地球に帰郷したこと。

 なのはさんの家が経営していた喫茶店で働いて日々を過ごしていく中で『ジュエルシード』に遭遇。そこでフェイトさんと出会って、事態を収拾すべく行動開始こと。

 

 

 ミッドチルダの人との人間関係があるのはテスタロッサ家とベルさんと彼の仲間たち。

 テスタロッサ家と接点を持ったのは彼の友人で優しい母親なプレシアなら、エミヤさんに平穏な暮らしを送らせられると思って預けたことで関係を持った。

 ベルさんたちとは戦闘技能の習得関係で。魔法の知識と技能など身を守る術を教えてもらう課程で関係を持った。

 以前に、プレシアとエミヤさんが話してくれた通りだった。

 

「……分かっていたことだけど、重いものね……」

 

 思い返すと改めて胸を痛める。過酷すぎる出来事の連続……幼少期から体験していてよく精神を保てたとも思う。エミヤさんは心を無くした空っぽの人間になってもおかしくないほどのことを体験している。

 

 

 いえ……完全に心を無くしていないだけで、何が欠けているのは間違いないわね……。

 始めて話したときのエミヤさんはまさにそうだった。故郷を奪われた過去を口にしたら普通は顔色の一つぐらいは変化するのに、彼にはそれが一切乱れなかった。

 でも、プレシアの最期では悲痛な表情をしていたし、涙も流していた。

 そのことから思うに、多分……彼は自分の事柄(・・・・・)が自身の勘定に入っていない(・・・・・・・・・・・・・)。だから、あんな自身の過去を思い出しても平然といられて、プレシアの死に涙を流した。

 局員でそれなりの事柄や人々と対峙してきた私だからか、そう感じずにはいられなかった。

 

「……エミヤさんにも平穏な時間が必要ね。休息とは少し違うけど、“自分の為”に時間を使える暇がね。幸い、フェイトさんの裁判が終わるまでは彼女の側にいてくれるそうだから一緒にゆっくりは出来ると思うわ。

 エイミィ、彼の滞在の手続きはどう?」

 

「艦長を通してことですし、特別何かをする訳でもないので滞りなく済むと思います。保護者も居るので。

 シロウ君も他の局員と話をすることが場合によってはあり得るので、却下も無いでしょう」

 

「また会談が必要になるかもしれないものね。

 でも、エミヤさんが側に居てくれることにフェイトさんたちは喜ぶでしょう。話し相手も増えるし」

 

「私とクロノ君も手が空いている時は話をしていますけどね。

 あ、私も嬉しいですよ。また料理勝負が出来ると思うと腕が鳴ります」

 

 話題が“これから”のことになると「ふふーん」と、エイミィは得意気に鼻をならす。彼女は『アースラ』の通信主任であるけど、デスクワークの他に料理も上手い。

 航行中にフェイトさんとアルフに料理を振る舞った際はアルフから「意外」っと言われたらしい。

 

「喫茶店で働いていたと聞いていたので料理上手だとは思っていましたけど、あれほどとは思っていませんでした」

 

「エイミィの料理も十分に美味しいけど、エミヤさんの料理も美味しいわよね。私に審査員を頼まれた時は驚いちゃったわ。

 二人が『アースラ』の厨房を預かったら安泰ね」

 

「シロウ君、調理実習で無敗記録を残せそうですよ。

 あの“二人”も調理実習では無敗だったらしいですし。あーあ、やっぱり『嘱託魔導師』になってもらって一緒に仕事できないかなー。二人ともまた一緒に料理したい」

 

 “二人”のことを思い出したのか親しげな声で口にする。姉の方は同い年とあって親睦が深い。

 私としても二人には『嘱託魔導師』になって欲しいのよね。彼女たちとの相性はクロノともエイミィともいいみたいで、能力的にも文句無し。

 けど、本人たちにも都合があるなら仕方ないのよね。

 

「そう言えば、依頼の返事が着ていないわね。もう事件は済んでしまったけど――――」

 

 と、言い欠けたところでメッセージ着信の電子音が鳴った。

 音は職務用、依頼用などと分けて設定しているからすぐに判る。

 早速とメッセージをホロウィンドウに開く。

 

『連絡が遅くなってすみません。

 ご無沙汰しています、リンディさん。

 姉さんはまだ手が離せないので、わたしが代理として返信します』

 

 メッセージの送り主は噂をしていた姉妹(ふたり)の妹さんの方だった。

 相変わらず控えめで優しい文面ね。姉が雑とは言わないけど、彼女ならもう少し砕けた感じが出る。

 

 

 返信を読み進める。

 依頼の方は場合によっては受けると言う内容だった。

 その条件は大まかに……

 報酬の内容。

 掛かる経費の割り当て。

 そして――――――

 

「艦長、今着たメッセージってもしかして……」

 

「ええ、噂をすればってやつね。

 妹さんからよ。前に連絡したことの返信」

 

「……!

 あ、でも、もう済んでしまったのでキャンセルですね……うぅ、久しぶりに会えるチャンスが……」

 

 会う機会が無くなったと残念がるエイミィ。

 私も条件の最後を見るまではそう思ったわよ。

 

「いえ、会えるかもしれないわよ。依頼を受ける最後の条件は今でも満たせる。

 それにしても、彼女たちにしては意外ね。先祖の住んでいた世界の特殊能力者には興味があるということかしら?」

 

「え? 何て書いてあるんですか?」

 

「『その地球の特殊能力者と姉妹の三名で面会を開く機会を作ること』

 要するに、エミヤさんと引き合わせるってことね」

 

「なるほど……私たちがシロウ君と彼女たちの仲介を請け負う。そうすれば会えるって寸法ですか」

 

「そう言うことよ。

 それにこれはチャンスだわ。これで一回分の借りを作れる。次に依頼を出すときは受けてもらいやすくできる」

 

 内心で歓声を上げる。

 お金を掛けずに“チケット”が手に入ると考えれば十分に得だわ。

 それに、私もエイミィと同じで久しぶりに会いたい気持ちがある。

 

「と言うことは受けるんですね?」

 

「ええ。エミヤさんにはちょっと頼み事をすることになるけど、悪い話じゃないわ。彼も彼で得る物があるかもしれないし、友達になれたらいいじゃない?」

 

「そうですね、年が近くて話もしやすいでしょうし。

 二人とも元気にしてるかなー。そうだ! クロノ君にも伝えないと!」

 

 思わない幸運に目を輝かせるエイミィ。

 でも、勝手に約束を取り付けるのはいかないから、まずはエミヤさんと相談しないといけないわね。

 

 

 依頼の方はもう済んでしまったのでキャンセル。

 条件に有る面会については、『本人に会うか訊いた後、こちらから連絡を入れます』とメッセージを書いて、私は送信ボタンを押した。

 

 

 

 

 

 




法のことなどを小説版などで再度確認したら時間が掛かってしまいました……。

前々から参戦が囁かれていた二人は24話で登場予定です。次回はアースラでの後半パートにあたるので。



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