武器を持った奴が相手なら、覇王翔吼拳を使わざるを得ない (桜井信親)
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01 虎煌拳

俺の名は坂崎良。

覇王翔吼拳を使うことが夢で、極限流空手を極めたかった男だ。

 

残念ながらこの世に極限流などなかったし、気を練るのも難しい。

いわんや、気弾を発射するなど夢のまた夢だった。

 

そもそも極限流空手とは何か。

それは、「龍虎の拳」という往年の名作、格闘ゲームに出てくる架空の格闘術のことだ。

 

「龍虎の拳」シリーズの主役はリョウ。

無敵の龍と称されるリョウ・サカザキである。

 

漢字で書くと坂崎亮となるらしい。

本名としては坂崎リョウが正解らしいが、それはともかく。

 

俺の名前と一字違い。

もちろん、ただの偶然なのだが。

しかし、何とも言い難い親近感を覚えてならない。

 

当然ゲームはやり込んだ。

彼が出てる作品は基本、どんなものでもやったものだ。

 

そして俺は、夢を拗らせリアル空手家となった。

各地に武者修行の旅に出かけたし、とある秘境にて奥義とも言える技を会得したりもした。

 

だが、それでも極限流空手を再現することは出来なかった。

 

まあ当たり前だよな。

リアルとゲームは違う。

分り切ったことだ。

 

それでも諦めず夢を追い続け、俺は今ここに居る。

 

──見渡す限りの大平原。

 

いや、ふと気付いたらそこにいたんだ。

確か昨夜は、山籠もりの修行中にふと眩暈を覚えて岩陰に身を伏せたハズ。

周囲を見回しても記憶に近い景色は存在しない。

 

記憶の混濁か、何か良く判らない事態に陥っているのか……。

 

ところで話は変わるが、夢追い人と言うのはある種のオタクだと思うのだ。

 

夢は所詮夢だと、どこかで分っていながら諦めきれず、ひたすら求め続ける。

見る人により、情熱的だとか哀れだとか感想は別れるだろう。

 

そして夢を追い続けていた俺だが、空手道にただ只管一途であったわけじゃない。

発端がゲームであるせいか、色んなジャンルのゲームや小説と言ったサブカルチャーが大好きだった。

近頃はポータブル機器も発達し、いつでもどこでも出来るせいもある。

 

元々「龍虎の拳」と言うゲームに魅せられたところから始まった訳だし。

夢を追い続けてきた俺は、常に夢見るバカでもあるのだ。

 

そんな感じなので、一般常識的に考えて理解出来ない場面に出くわしたとき、俺の思考は馬鹿げた方向へ向かう。

 

つまり、俺は異世界転移してしまったんだよ!

な、なんだってー!?(一人芝居)

 

現実逃避とも楽観的とも言えるが、なに然したる問題じゃない。

現に今、自分が見て感じていることだけが真実だ。

 

そんな中で問題なのは、ここがどういった世界であるかだ。

 

一言で異世界と言っても様々だ。

単純に空間転移しただけで、現代の別の場所かも知れない。

過去の時代かも知れないし、地球外のどこかかも知れない。

国、地域、その他諸々。

 

まあ今のところ見渡す限りただの平原だし、考えても仕方ないな。

それよりも、異世界に来たとすると、何か自分の中でも変わっているかも知れない。

 

具体的に言うと、極限流空手が使えるかも知れない。

気弾がうてるかもしれない!

 

よし、早速だが気を練ろう。

ぬぅぅーーー……っ

 

右腕を引いて握り込んだ手の中に気を集中させる。

そして思い切り突き出しながら解放。

 

「虎煌拳!」

 

ズバァッン!

 

意識したのはスタンダードな一撃。

何度やっても成功したことがない、リョウの基本的な気弾発射である。

 

それが今、確かに出た。

すぐに消失したが、オレンジ色っぽい気弾が、確かに俺の右手から発射されたのだ!

 

思わず呆然としてしまったが、自前の感触は忘れようもない。

 

間違いない。

遂に出来たのだ。

 

俺は俯き、心の裡より湧いて出る何かを溜めに溜めて遂に爆発させる。

 

「ぅぅぅ、ぃよっしゃぁぁぁーーーっっ!!」

 

俺の叫びが大平原にこだました。

 

 

 

さて、虎煌拳が成功したとなれば次は何を試す?

もち、覇王翔吼拳だ!

 

と、言いたいところだが。

焦ってはならない。

 

覇王翔吼拳は超必殺技。

極限流の技を、全て試してからでも遅くはないだろう。

気力を充実させると、技の切れが格段によく成るのが極限流の神髄。

 

焦ってはならない、まずは落ち着こう。

そんなことを考えた俺だが、この世界がどうとか考えることは打棄り、技の再現作業に没頭するのだった。

やはり浮かれてたんだな。

 



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02 空中虎煌拳

極限流の技には通常の人間では出来ない動きをするものが多くある。

ゲームだからと言うのは事実であるが、俺それ以外にも理由があることを知っている。

 

それは、気だ。

 

気の力を身体に循環、或いは纏わせることにより、通常できない動きが出来るようになるのだ。

もちろん、それでも出来ないものの方が多かったが。

 

それが、今は出来る。

気を循環させること自体、その練り具合が比較にならないほど充実している。

 

ここがどんな世界かは不明だが、少なくとも気が充満しているのは間違いない。

中々危険な世界なのではないだろうか。

 

あと、技の再現を試しながら少し行動したところ、川があった。

水面を覗いて見ると、ぼんやりではあるが自分の顔が映った。

 

良く言えば老成した、硬い顔をした自分じゃない。

若かりし頃の、リョウ・サカザキその人で間違いなかった。

 

ここでまたテンションの上がった俺は、突っ走ることに決めた。

丁度、少し遠くから人の喧騒が聞こえてきたな。

どんな世界なのかを知るのに最適だと、全力で駆けだした。

 

少し思い立って、後ろ向きに跳ねて虎煌拳を撃ってみる。

残念ながら加速して吹っ飛ぶほどの衝撃は得られなかった。

 

あー、ダッシュする技が龍虎乱舞しかないのはちょっと残念だな。

 

 

* * *

 

 

「……ふむ、行ってしまわれたか」

 

遠くで何やら叫んでいる御仁が居たようなので、ちょっとした興味を持って様子を窺ってみた。

すると、何とも派手な演武をやりだした。

 

イマイチ実践には向かないような気もしたが、どこか惹かれるものがあったように思う。

俄然興味が湧き、いざ声をかけてみようと思っていたところだったのだが……。

気付かれてしまったのか、全く逆の方へ駆けて行ってしまった。

 

「まあ、縁が有ったらいずこかで会うこともあろう」

 

誰も居ない平原に留まる意味はない。

次の街まで暫しある。

少し、急ぐとしようか。

 

 

* * *

 

 

前ダッシュを続けて辿り着いたのは街、というか村?

柵に囲まれたそれなりに規模の大きな村のようだが、家は恐らく木造。

 

門のあたりを行き交う人の服装も、あまり立派とは言えない。

まあ、俺も今は布製の道着だから人のこと言えんが。

 

ふむ……、遠目から判る情報はその程度か。

とりあえず、近付いてみよう。

 

複数の視線に晒されながら、門に差し掛かると止められた。

 

「止まれ!……この村に何用か?」

 

大人しく止まると、キツイ目をした女性……少女?が訊ねてくる。

おや、どこかで見たことあるような。

 

「なに、ただの旅人だよ」

 

当たり障りのない回答をするも、少女?はジィっと睨みつけるばかり。

いやはやどうしたものか、と悩んでいると。

 

「凪ぃ、西門は大体終わったでぇ~!」

 

これまた別の少女?がやってきた。

てか、此奴また随分と服装が……ビキニやん!?

 

「真桜か。いや、実は怪しい者が……」

 

「ん?……あー、いや凪。こん兄ちゃんは全然賊っぽくはないで?」

 

「む、そうか?」

 

「あー……、いやでも、ちょっと怪しいっちゃ怪しいかなぁ」

 

「ど、どっちなんだ!」

 

……。

うん、完全に置いてけぼりだ。

 

が、丁度いい。

もうちょっとで記憶の蓋が開きそうだ。

 

凪と呼ばれる少女。

真桜と呼ばれる少女。

その姿形。

 

見覚えがある、気がする。

 

ポクポクポク、チーン。

 

………おおっ。

 

恋姫だな。

そうそう、恋姫無双って奴だ。

大元のゲームはやってないが、派生した作品は幾つかチェックしたからまあまあ知ってる。

 

三国志を舞台にした、その登場人物を女体化したギャルゲー。

で、主人公は北郷一刀君。

イケメン爆発しろ。

 

確か、真名って独特の風習があるんだよな。

勝手に呼んだら殺されてもしゃーない非礼になるってやつ。

 

これ、名前が三国志そのままだとギャルゲーにならないからだよな絶対。

いや別に良いんだけど。

 

そっかそっか。

いや、思い出して良かった。

 

特に真名のこととか。

凪とか真桜とか、この流れだと知らんかったら絶対呼んでる。

ふぅ、危ないとこだったぜ。

 

んー、てことは北郷君もどこかに居るのかな?

居るんだったら是非会ってみたいなあ。

諸作品ではほぼ損な役回りを演じてたけど、穏やかで誠実な青年らしいし。

 

 

さてさて、無事世界を把握出来た所で眼前の事態も収拾せんとな。

 

凪と真桜が言い合ってる、と言うか真桜が凪をからかってる感じだな。

目の前の不審者(オレ)はどうでもいいのかい?

 

「もう行ってもいいか?」

 

声をかけると、ハッとした様子でこちらを見る二人。

 

「ま、まだ目的を聞いてなモゴッ」

 

「ああ、すまんかったな兄ちゃん。もう行ってええでー」

 

凄みを効かせる凪を抑えた真桜から許可が出た。

 

「モゴモゴッ」

 

「こんだけ大人しゅう待っててくれたんや、十分やろ?」

 

「モゴ……」

 

真桜の言葉に凪も納得したのか静かになった。

てーか、ひょっとするとこれはあれか?

義勇軍が曹操様に邂逅する場面。

 

「はぁっ…、失礼しました…」

 

「いや、別に構わないが」

 

「しかし兄ちゃん、用が無いなら早めに離れた方がええで」

 

「む、何故だ?」

 

「実は、賊の軍勢が迫っているのです」

 

これは、思いのほか良いところに来たかもしれない。

ちょっと詳細を彼女たちに聞いてみよう。

 

 



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03 虎煌撃

色々話を聞いてみて分ったことは次の通り。

 

黄巾党が村に向かって進軍している。

村に門は三つ。

目の前の少女たちは義勇軍を率いている、と。

 

真面目なのが凪こと楽進。

ビキニで関西弁が真桜こと李典。

もう一人、なのなの言葉な于禁の三人。

 

ちなみに于禁は村に入って、説明を聞いてる最中に合流した。

 

そして俺も自己紹介をしたのだが。

郷に入れば郷に従え、ってことでリョウと名乗ることにした。

おっと間違い。

 

姓を呂(リョ)

名を羽(ウ)

 

呂羽(リョウ)と名乗ることにした。

 

これで違和感なくリョウとして活動できる。

ナイスだ、俺!

 

流れで字に相当するなら坂崎になるが、こっちは面倒なので省略。

代わりに真名をリョウと言うことにすれば、常にリョウと呼ばれることになる。

なんと素晴らしい!

 

それはそうと、この乱れた世の中にあって、三人は義勇軍を組織して黄巾党の大軍から村を守ることにしたらしい。

だから真面目な楽進は特にピリピリして最初は俺を警戒したし、李典も関係ないなら離れろと助言してくれたと言う訳だ。

 

うぅ、なんて良い娘たちなんや。

 

しかしやはり予想は当たりの様だね。

ならば、是非とも助力せねばなるまい。

 

この世界で人を相手にするのは初めてだが……。

なに、前の世界でも武器を持った奴の相手なぞ別に珍しくはなかった。

それに、遂にアレを使うことが出来る。

 

「なら俺も手伝うよ」

 

「いや、危険やで?」

 

「そうです。賊とはいえ数千人規模です。命の保証は出来ません」

 

「でも凪ちゃん。手は多い方が良いと思うの~」

 

「む、しかし……」

 

「お兄さん、一人で旅をしてたの。だったら身を守る術くらい知ってるはずなの!」

 

「ああ、言われてみると確かにそやなあ」

 

「そういうこと。門も三つあるし、多少は腕に自信もある。手は多い方がいいだろ?」

 

「……分りました。宜しくお願いします」

 

いやあ、凪は真面目だなあ。

だがそこがいい。

 

おっと、いくら心中とは言え真名は許されてないんだった。

間違ってポロッと出ちゃうと目も当てられないし、気を付けよう。

 

そんな訳で凪もとい楽進、確か気功の使い手なんだよね。

気弾を撃ったりしてた気がする。

 

思い出した俺の興味は、俄然そちらに引き寄せられる。

とは言え、もっと余裕が出来てからだよな。

その辺のことは自制出来るつもりだ。

 

 

* * *

 

 

とりあえず、三つある門を守るべく突貫工事を行う。

防衛用の柵に、逆茂木やら土塁やら空堀やらを可能な限り。

 

なお、逆茂木と土塁と空堀は俺の発案。

木材には限りがあるので、空堀と土塁を組み合わせて対策とすればーなんて思ってね。

逆茂木も、相手は徒歩だと思うけど大軍相手ならむしろ有りかなと。

 

もっとも、時間との兼ね合いでまだ南門と西門にしか設置できてない。

東門はこれからだ。

 

「報告!」

 

「どうした!」

 

楽進のもとに見張りが息せき切って走り込んできた。

もしや、もう接敵か?

 

「陳留より、援軍です!」

 

と思ったら違った。

援軍のお知らせか。

 

報告の瞬間、わあっと場が明るくなった。

やっぱ目に見える安心材料があると違うってことか。

 

それと陳留って確か、曹操様のとこだよな。

おおなるほど、これが勝利フラグか。

 

「じゃあ楽進、出迎え宜しく」

 

「はい!」

 

「よし李典、東門の作業を続けよう。于禁は村長に連絡してきてくれ」

 

「おう!」

 

「了解なの~」

 

あれ、なんでいつの間にか俺が仕切ってんだ?

 

「兄ちゃん、はよ設置してしまうで!」

 

「あ、ああ。そうだな…」

 

うん、まあいいか。

この場を切り抜ける方が大事だもんな。

 

 

* * *

 

 

「虎煌撃!」

 

虎煌拳を地面に打ち付ける技、虎煌撃。

あまり使用することはない技だが、まさかこんなところで役立つとは。

 

「おー、流石やな兄ちゃん!っと、大体こんなもんでえーやろ」

 

俺が虎煌撃で土を散らし、李典が掻き上げて土塁にする。

西門でも南門でもやってきたから、慣れたもんだが流石に疲れた。

気の練度は問題ないが、気分的な疲労感はあるよね。

 

そういえば南門での作業中、楽進が真剣な目でずっとこっちを見てたなあ。

少し気になるが、今はそれどころじゃないか……。

 

「援軍ってのは、どんなもんだろうなぁ」

 

「そやなぁ、一旦凪たちのとこ戻ろか」

 

そうだな。

どうやら向こうもこちらを呼んでいるようだし。

 

使いと思われる者がこちらに向かっているのが遠目に見えていた。

 

「軍議とか、するのかな?」

 

 

 



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04 覇王翔吼拳

俺は李典を連れて、楽進たちのもとに戻った。

そこには、陳留からの援軍を率いた将たちがいた。

まずは互いの自己紹介からかな。

 

「私が援軍の将、夏侯淵。こっちが許緒だ」

 

「どうも、呂羽です」

 

クールビューティの夏侯淵と元気いっぱいな許緒。

実際目にすると、特に夏侯淵はかなり圧があるなあ。

 

……腕も立ちそうだ。

 

おっと。

思わずワクワクしてしまったのを自制する。

そんな場面じゃないからな。

 

ところで、楽進たちは何故に俺の後ろに並ぶのか。

 

「なんで後ろに?」

 

「兄ちゃんが仕切ってたんやから、当然やん?」

 

「うむ、楽進からもそう聞いている。そろそろ話を詰めたいのでな、こちらへ」

 

李典から言われて思い返したが、確かに俺が仕切ってた。

しかし、何時の間に意思統一が図られたのだろうか。

 

まあ蒸し返しても仕方ないので、大人しく夏侯淵に連れられて軍議の場へ向かったけどな。

 

 

 

そして、簡単な軍議で確認されたことは次の通り。

 

賊の数は三千から四千。

村には門が三つあり、それぞれに攻めかかってくると予想される。

対する防備は各門のそれぞれに柵と土塁、空堀を巡らせたと言う報告。

その発案は俺だと于禁が付け加えた。

いや、その情報は別に要らんだろ。

 

「ほほう、呂羽は武略にも通じるのだな」

 

お陰で、夏侯淵の何やら不穏な呟きに繋がってしまったじゃないか。

俺は格闘家であって武将じゃないんだが。

 

更にどうすれば良いかと問われ、仕方なく適当にばら撒いた回答をしたら採用された。

なんでやねん。

 

「では東門は我々が。西門は呂羽と李典。南門は楽進と于禁、頼むぞ!」

 

「「「応!!!」」」

 

ま、なってしまったものは仕方ない。

それに、遂に機会が巡って来たのだ。

集中するべきだな。

 

 

* * *

 

 

「兄ちゃん凄いな。夏侯淵様にあんな堂々と、普通は言えへんで」

 

「いや、別に普通だろう?」

 

三つの門にそれぞれ配分しただけだし。

なんで三人とも、そんなキラキラした目をしてるんだ。

 

「そんなことは有りません!流石、だと思います」

 

「凪ちゃん、何か顔が赤いの~」

 

「なっ!沙和なにを言って……ええい、早く持ち場に行くぞ!」

 

「あ、凪ちゃん待ってなの!それじゃお兄さん、真桜ちゃん、頑張ってなの~」

 

「おう、まったなー」

 

二人を見送り、俺たちも持ち場へ向かう。

さて、正念場だ。

 

「それで兄ちゃん、どうするんや?」

 

ふーむ。

 

「賊は武器を持ってるよな?」

 

「ん?そりゃな、弓は少ないやろうと思うけど」

 

うむっ。

ならば……。

 

「武器を持った奴が相手なら、覇王翔吼拳を使わざるを得ない!」

 

「……は?」

 

ふっ、決まった。

 

「兄ちゃん、何言うとんの?」

 

「まあ、任せておけ」

 

良く分ってない様子の李典をスルーしつつ、俺のボルテージはぐんぐん上昇している。

なにせ覇王翔吼拳。

これが遂に、日の目を見る日が来たのだ。

 

そう、俺が求めて止まなかった。

あの覇王翔吼拳がな。

 

 

* * *

 

 

「敵襲ーーーっ!!」

 

カンカンカーンッ

 

朝日が昇る頃、賊の接近を認める鐘の音が村全体に鳴り響く。

遂に来たか!

 

俺は跳ね起き、門前に出る。

すぐ隣には李典もやってきた。

 

「まもなく接敵やな。じゃあ、まずは弓で牽制してから……」

 

「待て李典。まずは俺に任せろ!」

 

「へっ?」

 

「初っ端からぶちかます。それを合図と考えてくれ」

 

戸惑う李典を尻目に、土塁の上に一人立ちはだかる。

 

おおう。

千人を下らない黄巾党の群れ。

蠢く悪意。

実際に見ると、中々ショッキングな光景だな。

 

さて、相手は賊だ。

舌戦なんて存在しない。

問答無用、先手必勝で良いだろう。

 

 

軽く息を吐き、全身を弛緩させつつ気を巡らせる。

 

ふっと意識して、両腕に気を集めながら眼前で一旦交差させ、軽く拳を握り、更に深く溜める。

 

そして大きく息を吸いながら両手を腰元へ引き絞り、掌に気を集積し……。

 

両手を前に突出し、一気に解き放つ!

 

 

「覇王翔吼拳!!」

 

 

身の丈も有ろうかと言う、巨大な気弾が前方へ撃ち出された。

 

 




ようやく次話装填の方法が判りました。


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05 飛燕疾風脚

──南門。

 

 

「せやぁぁーーーっ」

 

「凪ちゃん!出過ぎなの!」

 

楽進と于禁に率いられた防衛隊は、善戦しつつも苦戦を強いられていた。

これはいかに楽進たちが強者であろうと、所詮は義勇軍。

訓練された正規軍とは状況が異なり、単純に数の多い黄巾党を捌くのが大変だと言うことだ。

 

中でも楽進は、一人突出していた。

于禁が諌めるが、効果は薄い。

 

「くぅっ」

 

複数の賊が同時に槍を突き出すのを躱しきれず、傷を負ってしまう。

一度の傷は浅くとも、それが何回も繰り返されれば当然体力は消耗する。

 

于禁も助けに向かいたいところだが、彼女は彼女で門を死守する役目を担っている。

門内に賊の侵入を許せば全てが水泡であり、守備を疎かにも出来ない。

 

「凪ちゃん!」

 

于禁には、楽進へ声を届かせることしか出来ないでいた。

 

「く……、はあぁぁーー!」

 

(夏侯淵様は、本隊が来ると仰っていた。それまで粘れば……ッ)

 

楽進は得意の気弾で敵を蹴散らすが、後から後から湧いてくる敵に疲れを感じ始めていた。

しかし気力を振り絞り、再度気弾を放とうと気を巡らせる。

 

「持たせてみせる!」

 

「おう流石だなー、助太刀しようか」

 

「えっ?」

 

「飛燕疾風脚!」

 

そんな場面に、ある種能天気な声が降ってくる。

何処から来たものか、一人の男が飛び蹴りで乱入してきた。

 

「呂羽殿!?」

 

乱入してきた男はリョウだった。

飛び蹴りから回し蹴りに繋ぎ、更に踵落としまで決めてから楽進の隣に着地する。

 

「西門は終わった。こっちも終わらせるぞ!」

 

「え、あ、はい。…え?」

 

楽進は混乱する。

西門を担当していた筈のリョウがここにいる。

そして西門は終わったと言う。

終わったとはどういう意味だろうか?

なにより、見間違いでなければリョウは門ではない方から乱入してきたのだから。

 

「ほら、まずは蹴散らそうぜ?」

 

「は……、はい!」

 

色々と疑問は尽きないが、ともかく強力な援軍に違いない。

楽進はひとまず、目の前の敵を追い払うことに注力することにした。

 

戦いが終わったら、色々聞いてみようと心に誓いながら。

 

 

* * *

 

 

──同刻、東門。

 

 

「状況は!?」

 

「空堀は抜かれましたが、棘のついた柵に梃子摺っている様子です!」

 

夏侯淵は逐一、状況を確認する。

東門は正規の兵であることと、夏侯淵当人が弓を良くすること。

許緒の奮闘などで十分に持ち堪えていた。

 

しかし彼女は現状、この村の総守備を確認せねばならない立場。

西門や南門のことも気にかけていた。

そこへ、伝令がやって来る。

 

「報告!南門、未だ健在。まだ持たせられるとのことです!」

 

「そうか、ご苦労…」

 

報告を受けた夏侯淵は僅かに口元を綻ばせる。

義勇軍を率いている楽進たちが、間違いなく優秀な人材であることを確認したがために。

 

何せ、各門に千人以上の賊が殺到しているのだ。

寡兵で持ちこたえられると言うのは、間違いなく指揮官が優秀だと言うことの証左だ。

 

あとは西門であるが、恐らく問題ないと夏侯淵は思う。

 

(あの呂羽と言う者、楽進たちが揃って指揮を仰いでいたな)

 

つまり彼女たちより優秀なはずであり、問題があればすぐに報告が来ると思っていたのだ。

と、考えていると報告と思われる者が近づいてきた。

 

「む、何かあったか……?」

 

小さく呟くが、その声は伝令の報告に掻き消される。

 

「報告します!西門の賊は壊乱、全て逃げ去りました!」

 

「……ん?」

 

「呂羽様は南門へ向かい、李典様は念のため西門に残っておりますっ」

 

「そ、そうか。ご苦労」

 

一瞬聞き間違いかと思った夏侯淵だが、伝令は誇らしげに役目を全うしていた。

つまり、これは事実なのだろう。

 

(呂羽……。やはり、予想通りの傑物か)

 

彼女は既に、この防衛戦が勝利に終わると確信していた。

むしろ、西門でどのようなことが行われたのか、と言うことに意識が向きかけていた。

 

(場合によっては華琳様も……)

 

ともかく、彼女の心配事が無くなったのは事実。

直接差配する、東門を守りきることに全力を傾けることにした。

 

「弓兵、前へ!」

 

 

* * *

 

 

──同刻、西門。

 

 

「いやー、あの兄ちゃん。ほんま凄かったわぁ」

 

李典は死守した西門の補修をしながら、防衛戦のことを考えていた。

初っ端から何やらデッカイ気弾を投じたリョウ。

 

見慣れた楽進の気弾よりも遥かに大きく、威力も高い。

放たれた気弾は、直線上の賊を薙ぎ倒してなお彼方へ飛んで行った。

 

李典はじめ、守備兵たちは余りの威力に戦慄を禁じ得なかった。

撃った後もすぐに敵を蹴散らし、疲れも見せずそのまま南門へ援軍に行ってしまった。

 

「覇王、なんちゃらて言うとったな。凪が気にするのも分るわ」

 

楽進がリョウのことを気にしている。

それは李典も于禁も気付いていた。

 

「同じ気功の使い手、か。ええなぁ、なるほどなぁ!」

 

覇王翔吼拳を放った後、リョウは最前線で無双した。

李典はその様を思い出しつつ、ニヤニヤしながら今後に思いを馳せていた。

 

(おもしろうなりそうや…)

 

そんな彼女の下に、息を切らせた伝令が駆け込んできた。

 

「報告!北東方向より軍勢。曹の旗印です!」

 

その報告は、李典だけでなく村全体にとっての福音となった。

曹操の本隊が到着することで、この戦いは防衛隊の勝利で幕を閉じたのである。

 

 

 




今回は物語視点(三人称)でお送りしました。
他者視点をメインにした回も、そのうち入れようと思います。


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06 岩暫脚

西門で覇王翔吼拳を放った感想を少し。

 

やっぱかっけぇぇーーーーっっ!!

 

予想通り、殺傷力は低かった。

それでも初代をイメージしたため、威力は中々のものだったと自負している。

 

初代覇王翔吼拳。

発射までは遅いが、ガードをしても吹っ飛ばされ気絶値が高く威力も特大。

但し、角度を上手く当てれば飛び蹴り等で打ち消すことが出来る。

まあゲーム上の設定だけど。

 

初っ端と言うことで、全力で溜めてみたんだ。

威力を含め、改善の余地はあるな。

 

 

ともあれ、覇王翔吼拳の直射上の賊たちはみんな吹っ飛んだ。

土塁の上から撃ったから、遮蔽物に当たることなく飛んで行ったのが良かったようだ。

 

戦闘開始の合図になってしまった為、じっくり眺めてる余裕はなかったが。

 

俺は最前線に赴き、虎煌撃で牽制しながら乱闘していた。

そして気付けば賊たちは壊乱し、逃走を開始。

可能な限り追撃したが、深追いは危険と思い切り上げた。

 

李典に兵を任せ、俺はそのまま南門へ回り込んだのだ。

そしたら前線でドッカンドッカンいっててなぁ。

 

恐らく楽進が頑張っているんだろうと当たりを付けて、突入してみた。

飛燕疾風脚で。

予想は正解で、楽進がいたので変則的ながら岩暫脚を決めて隣に降り立った。

 

あとは同じく乱闘だよね。

無双は出来なかったけど、途中で銅鑼の音が響き、賊たちが動揺したのに付け込んで追い散らした。

 

後から聞いたところ、銅鑼の音は曹操様の本隊のものだったらしい。

俺個人としてはまだ頑張れたけど、兵士の皆さんや楽進のことを考えれば良い頃合いだったと思う。

 

こうして防衛戦は俺たちの勝利で終わり、俺は夏候惇に大振りの刀を突き付けられている訳だ。

 

……えっ?

 

 

* * *

 

 

「見事耐えきったわね。よくやったわ」

 

事の起こりは、防衛隊と曹操様の本隊が合流した時の話。

 

曹操様は、到着するや簡易ながら村外に陣地を作り、炊き出しなどを開始した。

また、周囲へ兵を派遣して賊の掃討も行ってくれている。

 

そして、村を守り切った配下の夏侯淵と許緒を呼び出し労った。

そこには俺と義勇軍の三人も招かれた。

 

曹操様の隣には夏候惇とイケメン男子。

おや、北郷君ではないですか?

爆発しろ。

 

かなりキラキラした服装ではあるが、知ってる身から言うと違和感があるようでほとんど無いな。

 

ジーっと見ていると気付いた北郷君が、軽く目礼してくれた。

流石に失礼だったな。

こちらも目礼を返し、改めて曹操様に目を向ける。

 

「さて、呂羽に楽進、それに李典と于禁だったわね。よく村を守ってくれたわ、感謝するわ」

 

おお、生曹操様や。

パッキンくるくるミニマムぼでぃや。

立派な方が袁紹さんだったな。

何がとは言わんが。

 

脇に逸れた思考を余所に、慇懃に礼を返す。

なおも曹操様のお話は続く。

 

「どうかしら。貴方たち、うちに来ない?」

 

「えっ?」

 

「う、ウチらもですか!?」

 

「わわわ、すごいの!」

 

おー、三人とも驚愕しとんなあ。

やはり義勇軍の三人が曹操様と邂逅するシーンだったな。

うむ、眼福なり!

 

「呂羽、あなたはどうなの?」

 

「ん?」

 

あれ、俺も?

ってそうか、いつの間にか義勇防衛隊の代表みたいになってたな。

 

「お言葉は有り難いのですが、俺は」

 

「貴様!華琳様のお誘いを断るとは不届き千万、そこに直れ!」

 

断りを入れようとすると、夏候惇が被せてきた。

おお、まさに曹操様命の猪さん。

それすらも感動だ。

 

誘いを断って怒ってるけど、承諾しても多分嫌がるよね。

彼女、男嫌いのはずだし。

 

ちなみに咄嗟に断りを入れようとしたけど、仕官も有りかなって思ったりしている。

今更ながら気付いたが、俺はこの世界の金を持ってない。

断って旅を続けるにしても路銀は必要なのだから。

 

でも、今のところ本格的に曹操様に仕える気はないんだよな。

理由は北郷君。

 

彼が曹操様に仕えてると言うことは、いわゆる魏ルートなんだろう。

詳しくは知らないが、彼が力を尽くすことで魏が天下を統一する。

その結果、北郷君は世界に修正され消えてしまう。

 

作品としてはそれで上手く完結しているのだろうが、俺としてはその結論は認めがたい。

どうせなら皆笑顔で暮らしてる世界が良いと思うんだ。

派生作品で良くあるような奴な。

 

つまるところ、北郷君が消えるようなエンディングは迎えたくない訳だ。

だから短絡的に、魏に天下を取らせなければ良いと思ったんだ。

その為には魏を邪魔するところに身を置くべきかなって。

 

だけど、前も言ったが俺は格闘家であって武将じゃないし軍師でもない。

下手の考え休むに似たり。

どうなるか分らんし、深く考えない方が良いかも知れない。

 

だから路銀稼ぎがてら、ひとまず曹操軍に身を寄せてみても良いかなとね。

 

「落ち着け姉者。すまんな呂羽。少し聞きたいのだが、良いだろうか」

 

「え、はい。どうぞ?」

 

ツラツラと考え事をしていると、夏候惇を夏侯淵が止めてくれた。

こうして見るとあんま似てないなこの姉妹。

で、何を聞きたいのかね。

 

「西門で何があったのか、詳しく教えてくれ」

 

「……えーと」

 

「あ、それならウチがお教えしますよ!兄ちゃんのこと、後ろからよく見てたんで」

 

「そうか、ならば頼む」

 

止める間も無く始まる李典のお喋り劇場。

大分、過剰というか盛ってるな。

 

……。

 

「そいで、覇王なんちゃらって技で……」

 

「……へえ……」

 

あ。

李典が覇王翔吼拳のことを言った瞬間、覇王に反応したのか曹操様の目がスッと細まった。

そういや覇道を推進してるんだったね、曹操様。

 

李典の話を聞いている様子だけど、曹操様からのプレッシャーが半端ない。

夏候惇と夏侯淵の姉妹からもプレッシャーが。

北郷君もこっち見てるし。

 

おぅふ。

嫌な予感。

 

 

* * *

 

 

李典が話を盛りに盛った挙句、されど結果は間違ってない為に否定も出来ず。

話し終えてドヤ顔してる李典を尻目に、曹操軍の皆さんの目が怖い。

 

「その武才、気になるわね。ちょっとそこで春蘭と打ち合ってみてくれない?」

 

曹操様。

お願いの体になってますけど、空気的に命令形ですね。

しかも割と無茶振りだ。

 

「呂羽殿、頑張ってください!」

 

楽進、応援してくれるのは嬉しいけどね?

俺はまだ承諾してないんだぜ。

だが、夏候惇は既に殺る気満々で大振りの刀をこちらに突き付けている。

 

 

「では、はじめ!」

 

こうして俺と夏候惇との、仁義なき戦い(笑)が始まってしまった。

 

 

 




・岩暫脚
飛燕疾風脚の派生技で、打ち下ろして相手を地面に叩きつける。
KOFMIシリーズに登場。


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07 極限流連舞拳

「死ねぇーぃっ!」

 

ブオォォンッと大振りに刀を振り回す夏候惇。

いやいや待ちなさいよ、ちょっと打ち合うってレベルじゃないでしょ。

 

とは言え、こうなることは予想できた。

曹操様が何を求めてるかも、まあ分かる。

 

分かるんだけどさぁ……。

無茶振りが過ぎるんじゃないか。

いや、そういう世界だしそういう人たちってことも知ってるんだけど。

 

考えながら夏候惇の攻撃を凌ぐ。

ヒョイヒョイヒョイっとな。

 

流石、武力で突出した曹操軍随一の武将なだけはある。

おいそれと手を出すのは憚られる。

 

「貴様、避けるな!」

 

無茶言うなし。

おっと、ヒョヒョヒョイッと。

 

夏候惇の切り掛かるスピードが加速する。

比例して俺の見極め精度も向上していく。

ある種の稽古みたいで楽しいかも。

 

ブンブンひょいひょい。

と、避け続けて間を計っていると。

 

「実力を隠すつもりかしら……?」

 

ぞわり。

 

少し離れた所から曹操様の呟きが漏れ聞こえてきた。

同時におっかない悪寒が走る。

曹操様、ちょっとご機嫌斜め?

 

 

チラリと横目で盗み見る。

 

そっと前を向いて見なかったことにした。

 

 

「いい加減に、斬られろぉー!」

 

夏候惇も激昂状態だ。

思い切り振りかぶった一撃を放とうとしている。

 

よし、ナイスタイミング。

ボディがお留守だぜ……って、キャラ違うか。

 

スッと息を吐いて足に気を巡らせ、前ステップで夏候惇の懐に入り込む。

 

「極限流連舞拳」

 

着地と同時に足を踏みしめ左ボディブローを腹部へ。

ヒットを確認しながら右打ち下ろしフック。

そのまま左アッパーに繋ぐ。

 

うむ、いい流れで決まったな。

とは言っても、アッパーは一撃目をガードされて後はバックステップで避けられた。

全ヒットにならなかったのは、残念だが流石と言えよう。

 

随一の猛将は、やはり機を読むのにも長けているようだ。

いいねえ。

思わず熱くなっちまいそうだ。

 

後ろに退いた夏候惇は目を見開き俺を凝視している。

 

「なるほど、流石ねぇ」

 

そこへ、場の空気を断ち切るかのごとく曹操様が入ってきた。

どうやら終わりらしい。

纏っていた戦気を霧散させる。

 

曹操様の言葉を聞いた夏候惇が、そりゃあもう凄い形相で睨んでくる。

やっぱ仕官は無しかなぁ。

 

「文句なしね。秋蘭はどう?」

 

「姉者の攻撃を凌ぐのみならず、一撃をも入れるとは……。やはり並の者ではないようです」

 

「ええ、本当に。春蘭もお疲れさま」

 

「か、華琳様ぁ~」

 

何やら高評価を頂いてるご様子。

こうなってはもう、流れに身を任せても良いか。

 

「呂羽殿、凄いです!」

 

「ほわぁ、まさか夏候惇様に一歩も引かんなんて……」

 

「お兄さん、流石なの~!」

 

「ああ、うん。ありがとう」

 

楽進たちからも褒められた。

悪い気はしない。

そういえば、楽進に対しては気弾的な意味で大いに興味がある。

下心満載で申し訳ないが、仲良くしたいところだ。

 

キャッキャッとはしゃぐ三人に囲まれながら、曹操様の方を窺う。

北郷君も交えて何やら検討しているようだ。

 

何故か、そっと逃げ出したい誘惑に駆られたが、ここは我慢だ。

夏候惇との追いかけっこになる未来しか見えない。

 

おっと、どうやら話し合いが終わったようだな。

曹操様が俺の前にやってきた。

 

「改めて聞くわ。呂羽、私に仕えなさいな」

 

曹操様、それ尋ねてないです。

命令です。

ほら、北郷君も苦笑してるじゃん。

 

「呂羽殿……」

 

おっと楽進、そんな不安そうな顔しないでくれ。

俺が何か悪いことしてるみたいじゃないか。

 

あれ、何時の間にか楽進フラグ立ってた?

んなわけないか。

 

「その前に一つ。俺は格闘家であって武将じゃない。なので、期待には沿えないかも知れませんよ」

 

「いや呂羽。お前の武略は中々のものだと思うぞ?」

 

夏侯淵さん、それは気のせいです。

 

「それにお兄さんが作った堀と土塁、防衛戦でかなり役に立ったの!」

 

于禁は黙っていなさい。

 

「あと兄ちゃんが西門で活躍したのはホンマやし。特にあの覇お」

 

李典、曹操様の前でそれは禁句だ。

空気読んでくれ。

 

「そして俺は、いずれまた旅に出る予定です。それでもいいですか?」

 

李典の言葉尻に被せて続きを話す。

 

あと出来れば、客将じゃなくて一般兵士がいいなあ。

もしくは北郷君が隊長の警備隊の隊員とか。

言わないけどね。

 

「そうね、出来ればずっと仕えて欲しいけれど。まあ無理強いはしないわ」

 

「分かりました。では暫しの間、宜しくお願いします」

 

配属とか若干の不安は残るが、まずは良かった。

 

せっかくだし、この世界のことも少し勉強しないといかん。

今後の旅に欠かせない知識がある筈だ。

 

そして、楽進とは気弾について色々と話したい。

防衛戦を経て、彼女たちとはかなり打ち解けたハズだしきっと大丈夫だろう。

 

 

楽進や李典が率いた義勇軍はここで解散となった。

望む者は一緒に曹操軍に合流することになるが、それ以外は村に残るようだ。

 

そして俺たちは村長、村民たちに別れを告げて陳留に向かうことになった。

 

 

* * *

 

 

陳留へ向かう道すがら、三人組と防衛戦の話で盛り上がった。

特に、俺が西門を制する切欠となった覇王翔吼拳の話題で。

 

「なあなあ、最初に撃ったすんごいの、覇王なんちゃらって。あれ何なん?」

 

「覇王翔吼拳な。俺が扱う極限流の、超必殺技だ」

 

李典がやたら覇王翔吼拳に食いついてくる。

あと、覇王なんちゃらは止めてくれ。

 

「超、必殺技……、ですか」

 

「ああ。全身の気を丹念に練り上げ、一気に放出すると言う難易度の高い技だ」

 

よく分らないって顔してるな。

そういや、この中で実際に見たのは李典だけか。

 

「そう言われても良く分らないの!見せてほしいの~」

 

「まあ、機会があればなー」

 

そう、百聞は一見にしかず。

機会があれば皆にも披露したいところだが。

特に楽進には一度見て貰いたいが、おいそれと気軽に使える技じゃないからな。

 

ゲームの対戦でも、初代と外伝は特に扱いが難しかった。

作品によっては、段々軽くなって行ったが。

 

ふむ。

俺も、リアル覇王翔吼拳をもっと素早く、柔軟に使えるよう修行を重ねなきゃいかんな!

 

 

 




・極限流連舞拳
龍虎2でお目見え。
今回はKOF95バージョンを想像して書きました。

2016/11/13誤字修正(初段→一撃目、全段ヒット→全ヒット)


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08 虎咆

曹操様の下で働くことになった俺。

一時的な予定とは言え、ちゃんと働くよ。

 

気になる扱いは、夏侯淵の配下となった。

客将なのか一兵士なのか判断付かなかったが、敢えて聞いてない。

しかし夏侯淵さん、えらく買ってくれたもんだね。

 

そうそう、ここに来た理由の一つである路銀稼ぎのことなんだけどね。

あの村での活躍の報酬として渡された分だけで、結構な額になった。

さらに支度金として、少なくない金銭を渡された。

 

もう、このまま旅立っても路銀的には問題ないくらいだ。

不義理が過ぎるからしないけどさ。

 

ちなみに、楽進たちは北郷君が率いる警備隊に入隊したようだ。

原作通りだね。

彼女たち経由で、北郷君とも喋る機会が増えることになった。

 

 

そして今日、改めてちゃんと話をするために警備隊の詰所を訪れた。

 

「呂羽殿!」

 

詰所には、このたび目出度く小隊長に就任した楽進が。

今は居ないようだが、李典と于禁も小隊長になり、それぞれの特性を生かした方向で頑張ることになったらしい。

于禁の特性ってなんだ?

 

「ああ呂羽さん、ようこそ」

 

そして隊長の北郷君。

キラキラしたイケメンであり、早くも李典と于禁に隊長として慕われているようだ。

爆発しろ。

 

「やあ楽進。それに北郷君、わざわざ時間を空けて貰ってすまないな」

 

「問題ないですよ。俺も、呂羽さんに色々聞いてみたかったですし」

 

そっか、それなら良かった。

じゃあ早速会談と行こうか。

 

 

* * *

 

 

北郷君との話は多方面に及んだ。

特に、警備隊の現状とそれについての改善点などを幾つか聞かれた。

 

そんなん、正式に仕官してる訳じゃない俺に聞いていいのか。

あの村での防衛術を俺が策定したと李典から聞いて、参考にしたいと思ったらしいけど。

防衛術と言う程のもんじゃなかったよね?

楽進……ダメだ、思い出してキラキラしてる。

 

ともあれ、聞かれたからにはちゃんと真面目に考えて返したよ。

近現代の警察機構とか想像しながら。

 

そのせいか、臨席した楽進にとっては馴染みのない発想になってしまったようだ。

逆に北郷君は、我が意を得たりと笑顔であったのが印象的だった。

 

まあ、俺が色々言わんでも北郷君なら自力で気付けただろうけどな。

多少なりとも参考になったのなら良かったよ。

 

しかし、北郷君まじイケメン。

顔が、とかじゃなくて性格というか雰囲気が。

まだ少し話しただけだが、良い奴すぎる。

 

いや、曹操様に拾って貰えて良かったね。

場合によっては、柔弱な神輿でしかない未来もあったように思えるし。

 

あと、天の御使い云々の話も軽く振ってみたけど、あまり気にしてなかった。

魏ルートだと、純粋に一人の武将といった扱いになってるんだね。

階級的には警備隊長か。

 

街の人たちからは御使い様とか呼ばれてるみたいだ。

警備隊のこともあり、すっかり馴染んでて結構なことだ。

 

「さて北郷君、そろそろ…」

 

「そうですね。じゃあ、凪?」

 

「あ、はい!」

 

楽進たちは曹操軍の皆様と真名を交換済みだ。

一方で俺はと言うと、暫定客将(仮称)という身分故に遠慮してみた。

 

若干不満そうなのが三名ほど居たが、敢えてスルー。

ま、もうちょい落ち着いて様子見しましょうや。

 

北郷君との話し合いも一区切り。

次の案件は楽進メインだ。

 

北郷君から促された楽進が、姿勢を正してこちらを向いた。

相変わらず真面目だなぁ。

 

「呂羽殿。ほ、本日は宜しくお願いします!」

 

「あー、うん。そんな緊張しないで?」

 

 

今日、北郷君と話した後に楽進と組手をすることになってる。

前に村を守った際、南門で少しだけ一緒に戦ったけど、詳細は知らないだろうからな。

 

いや、夏候惇と軽く仕合ったのは見せたけど。

あと俺も楽進の戦闘をちゃんと見たい。

 

「覇王翔吼拳……、とても楽しみです」

 

楽進が呟く。

彼女は話でしか知らないはずの覇王翔吼拳に、多大な関心を寄せているらしい。

 

名前も一発で覚えてくれた。

それは嬉しいのだが、組手でぶっぱは厳しいぞ。

修行を重ねてはいるが、まだまだ気を溜めるのに時間がかかるからな。

 

ちなみに李典は覚える気が無いらしく、未だに覇王なんちゃらとしか言わない。

いや、別に覚えなくてもいいんだけどさ。

ちょっと、なんか、ねぇ?

 

「そういえば呂羽さん。すごい気弾を撃てるそうですね」

 

北郷君が食いついた。

 

「はい隊長。呂羽殿の気弾は、練度が高いので威力も私と比べ物になりません!」

 

楽進の前で見せた気弾は虎煌撃だけだよな。

虎煌拳ですらない、土を掘り返す虎煌撃。

ああ、南門の防衛でも少し使ったか。

 

いずれにしろ、楽進の気弾みたいにドッカンドッカン言ってなかったと思うんだが。

 

 

「気弾はともかく、互いの実力を確認するための組手だ。さ、移動しようか」

 

「はい!」

 

気弾だけが極限流ではない。

派手な分、そっちに目が行くのは仕方がないとは思うが、それだけじゃないと思い知らさねば!

 

何に対する対抗心か分らないものを燃やしながら、楽進と北郷君を伴い練兵場へ向かった。

 

 

* * *

 

 

事前に練兵場を使うことは申請していた。

だからある程度、興味を持った人が観戦に来ることも予想はしていた。

 

だがしかし。

 

「お、なんだ華琳に秋蘭。それに流琉まで」

 

「あら一刀、ようやく来たわね」

 

「我が配下の力量、改めて確認出来る機会と聞いたからな」

 

「兄様、皆さんの分も、お弁当を作ってきました!」

 

北郷君が声をかけるのは曹操様と夏侯淵さん。

あと典韋。

 

典韋は、村の防衛戦に援軍として来ていた許緒の親友。

でっかいヨーヨーのような武器を扱う、頭のリボンがオシャレな娘さんだ。

そして夏侯淵に憧れ、北郷君を兄様と慕っている。

北郷君はあとで爆発しておきなさい。

 

しかし曹操様たちまで来るとは思ってなかった。

最近何かと忙しいみたいだし。

 

「ちょっとした息抜きよ」

 

心を読まんで下さい。

 

「それでは呂羽殿。宜しいでしょうか?」

 

おっと、いかんな。

楽進から気が逸れてしまってた。

 

「よし、じゃあ始めようか」

 

「あ。じゃあ俺、合図しますね」

 

北郷君に合図をお願いし、俺と楽進は距離を取って向かい合う。

互いに一礼。

 

「……はじめ!」

 

「はぁぁぁっっ!」

 

北郷君の合図と同時に、楽進は俺に向けて走り出す。

腰の高さから考えて、初手は回し蹴りかな。

 

俺は少し前傾姿勢になりながら、左手に気を纏わせる。

狙うはカウンター。

もうちょっと気を練り込めば、更に一段上のものに昇華出来そうだ。

が、今の組手でそこまでは必要ないだろう。

 

「シッ」

 

楽進の体幹と浮きつつある足の軌道を予測するに、ほぼ間違いなく回し蹴りだな。

蹴りの出始めに合わせ、息を吸って半歩前へ進む。

そして気を纏わせ、握り込んだ左手を腰から持ち上げる形で当て込む。

 

「虎咆!」

 

そのまま左アッパーを振るい、俺は軽く宙へ跳ね上がった。

手応えあり、だ。

 

 




・虎咆
初代や一部の作品ではビルトアッパー。
普通に対空技だが、作品によっては対空性能はゼロに近くなる。
牽制潰しにはもってこいで、今回も似たような使い方をさせてみました。

2016/11/21 脱字修正(隊長「と」して)


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09 暫烈拳

他者視点詰め合わせ。


「……流石ね」

 

隣で華琳が呟いたのが耳に入った。

目の前では最近加入した凪と、同時期に客将として入った呂羽さんが組手を行っている。

 

俺は戦いの技巧については詳しくない。

だけど、呂羽さんが賊から村を守り抜いたうえ、春蘭とも渡り合ったことが如何に凄いことか位は分かる。

 

それと、呂羽さんはここに来てから初めて会うタイプの人だった。

男性で強い人と言うのも珍しいが、何と言っても徒手空拳なのだ。

 

刃物を使わないのは凪も同じだけど、凪は手甲を使ってる。

薄いとは言え、胴当ても付けてる。

 

なのに呂羽さんは完全に素手で、防具も何もない。

道着と下駄のようなものを履いてるのみ。

 

最初に見たとき、どことなく和風の出で立ちで懐かしい気持ちになったものだ。

まあ名前はこっちのものだし、それに金髪だし、偶然なんだろうけど。

あと俺が知ってる三国志には居ないってのも気にはなるが、そもそも人物全て知ってる訳じゃないしな。

 

話を戻すが、そんな格好でも当人は気を巡らせれば問題ないと言っていた。

そういうもんなんだろうか。

 

凪は、その言葉に感銘を受けていたように思う。

でも他の皆はイマイチ納得してる風じゃなかった。

 

……やっぱり呂羽さんが特殊なんだよな。

そうだよな、俺だけが変な訳じゃない。

うん、良かった。

 

というか、呂羽さんの型って空手だよな?

俺もあまり詳しくはないけど、空手は唐手とも書くらしいし、源流だったりするのだろうか。

いやまあ、この世界だし深く考えちゃいけないんだろうけど。

 

「はぁぁぁーーーーっっっ!!」

 

ぼんやり考え事をしていたが、凪の咆哮とドゴンッという鈍い音に引き戻される。

凪が気弾を放ったらしい。

 

「って、呂羽さん大丈夫なのか!?」

 

慌てて音のした方を注視する。

が、土煙に遮られて何も見えない。

 

「一刀、呂羽なら大丈夫だ。ほら、そっちに…」

 

思わず狼狽した俺を見かねてか、秋蘭が教えてくれた。

その方向を見ると、確かに呂羽さんが無傷で立っている。

 

え、無傷?

 

「はぁはぁ……」

 

「良い気の練りだった。が、まだ甘い」

 

凪は疲労困憊と言う感じだが、呂羽さんはまだ余裕そうだ。

どんだけだよ。

 

警備隊に配属され、俺の部下となった凪。

彼女の実力も努力を欠かさない姿勢も、ある程度は知ってる。

それでも、呂羽さんには遠く及ばないというのか?

 

「気弾は放てば良いというものじゃないぞ。例えば、そうだな。実践してみるか」

 

呂羽さんが言いながら、右腕を大きく掲げて気を集中させている。

気が集まってるであろう右手は、淡く輝いている。

当然気弾が発射されると思ったが、なかなか放たれない。

 

そして、何とそのまま凪を攻め始めた。

 

「なにっ!?」

 

隣で秋蘭も驚いている。

俺も唖然、だ。

 

凪は当然、右手を大いに警戒しているのだろう。

しかしそんなことは知らんとばかり、呂羽さんは攻め続ける。

そして、

 

「暫烈拳ッ」

 

右は囮だったのか、呂羽さんは左で連撃を叩き込み、遂に凪はダウンしてしまった!

 

 

* - * - *

 

 

練兵場にて呂羽殿と対峙する。

 

遂にこの時が来た。

思わず感慨深くなるが、まだそんなに時は経ってないことに気付き、少し可笑しくなった。

 

 

始まりは、あの村の防衛戦。

 

最初に気になったのは気の練度、そして使い方だ。

門の前に空堀と土塁を築く際、気弾を使って土を掘っていた。

 

自分の気弾でも土を散らすことは出来る。

しかし狙った分だけの土を掻き出し、連続して行うことは容易ではない。

その様子を観察するのに集中する余り、作業の手を止めてしまい真桜に怒られたのは不覚だった。

 

次に、援軍として来て下さった秋蘭様と季衣との軍議での席。

 

特に秋蘭様など、当時の私たちからすると雲の上の方。

意見を聞かれても、頭が上手く回らなかった。

 

そんな時も呂羽殿は、淡々と事実と所見を述べていた。

その胆力、発想、人格などとても及ばぬと思い、憧れた。

 

そして接敵。

門を沙和に任せて前線で戦っていると、唐突に呂羽殿が援軍に来た。

聞けば西門は早々に片づけてしまったとのこと。

これには驚愕した。

 

後で真桜や呂羽殿に確認すると、覇王翔吼拳なる大技を放ったとのこと。

胸に熱いものが込み上げて来るのを自覚した。

 

そして華琳様たちが来られ、村は守られた。

お褒めの言葉を頂いたが、功績第一はやはり呂羽殿にあると思う。

 

春蘭様との打ち合いでも攻撃を全て避け切り、僅かな隙を見逃さず連撃を当てると言う技まで見せてくれた。

いや、魅せられたと言うべきか。

 

こうして私たちは華琳様への仕官が叶い、真桜、沙和とともに北郷隊長の警備隊に配属された。

二人は北郷隊長の天の御使いという肩書や、そのお人柄に興味津々のようだったが、私は別のことで急いていた。

 

今まで、ほぼ独学で磨いてきた気と体術。

そこに唐突に現れた呂羽殿を、師事すべき方だと思い定めたのだ。

 

無論、職務に全力を尽くすのは当然のこと。

そこに抜かりはなかった、はず。

 

呂羽殿が秋蘭様の下に付いたのは残念だったが、共に居られる今こそ肝要。

陳留に着いてすぐ、不躾ながら弟子にして欲しいと申し出た。

しかし、答えは否。

 

「お互いの力量、まだちゃんと把握してないだろう?」

 

情報不足で判断することは出来ない、とのことだった。

言われてみれば、確かにその通り。

その場は引き下がらざるを得なかった。

 

しかし後日、北郷隊長を経由して組手の依頼が舞い込んできた。

もちろん相手は呂羽殿。

 

私は飛びつき、体調を万全に整えて今日この時に至る。

北郷隊長や真桜たちが苦笑していたようだが、今は敢えて気にすまい。

 

呂羽殿。

 

貴方は、私にとって輝く指針であると確信しています。

だからこそ、組手とは言え全力で向かいます!

 

 

北郷隊長が進み出られ、合図のため右手を掲げている。

 

「はじめ!」

 

「はぁぁぁっっ!」

 

合図と同時に、まずは様子見を兼ねての左回し蹴り。

と、呂羽殿の左半身がやや沈み、次の瞬間跳ね飛ばされていた。

 

ズキリ、と胸当て越しに響く痛みがある。

やはり呂羽殿は凄い。

痛みすらも心地好く感じ、更なる攻勢をかけていった。

 

 

* * *

 

 

「はぁぁぁーーーーっっっ!!」

 

何度かの打ち合いの後、体術では全く敵わないことが判明。

予想通りなので落胆はないが、では降参かと言うとそれは出来ない。

まだ全てを出し切ってはいないのだから。

 

戦場では有り得ないが、呂羽殿は必要以上に攻撃してこない。

相手の力量を見る組手だからだろう。

 

そして私はそれに甘え、全力で打ち込んできた。

今回も気を最大限に練り込み、放つことにした。

 

「ふぅぅーーっ。ぁぁぁぁ、闘気弾ーーッ」

 

話に聞く呂羽殿の超必殺技、覇王翔吼拳を自分なりに想像し、模して作り出した気弾だ。

未だ実践で使うには不可能なシロモノで、恐らく何もかもが及ばないだろう。

 

ともかく出来上がったそれを、仁王立ちする呂羽殿に向かって全力で放つ。

すると、大きな音を立てて土煙が舞い上がった。

 

むっ。

 

「やはりっ、余裕で避けられますか」

 

「ああ。威力はまあまあ、だな」

 

一瞬で反対側に移動していた。

 

「くぅっ、はぁはぁ……」

 

「良い気の練りだった。が、まだ甘い」

 

あれが効かなければ、もう手立てはない。

 

「気弾は放てば良いというものじゃないぞ。例えば、そうだな。実践してみるか」

 

呂羽殿は、言うやその右手に気を集め始める。

凄まじい練度で淡く輝いている。

これを一体、どうすると言うのだろうか。

身体は思うように動かないが、興味に突き動かされ何とか構えることが出来た。

 

「行くぞ!」

 

右手の気を保ったまま、呂羽殿は両手、両足を使って打ち込んでくる。

必死に捌くが、右手の輝きが気になり、どうしてもそちらに意識が向いてしまう。

 

…よもや、それが狙いか?

そう感じたところで。

 

「暫烈拳ッ」

 

左から繰り出される、見えないほどの連撃。

これを捌くことは、到底不可能だった。

 

身体が浮き上がって行く感覚を得ながら、最後に大きな衝撃。

私は、そこで意識を手放した。

 

 




唐手は元々(トゥディ)と読み、琉球の武術だったようです。
中国の唐から伝来した武術、とか何とか。

暫烈拳は浪漫。
敢えて使う必要性はなくとも、とりあえず使うのです。


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10 猛虎雷神剛

第十話記念作品。


組手と呼ぶには些か激し過ぎたが、とりあえず試合を終えた。

楽進は最後の暫烈拳フィニッシュを受け、意識を飛ばしてしまったな。

 

多少手加減はしたが、やはり暫烈拳はやり過ぎだったろうか。

まあやっちまったもんは仕方ない。

 

特に怪我した様子もなく、安堵した曹操様たちは帰って行った。

北郷君も一緒に。

 

帰り際に典韋がわざわざやって来て、作ってくれてたらしいお弁当を二人分預かった。

あとで食べて下さい、ってさ。

流石は曹操軍の良心にして癒し枠。

とっても良い子やでぇ。

 

楽進が起きたら一緒に頂くとしよう。

 

 

* * *

 

 

練兵場にずっといるのも邪魔だろうし、楽進を隅の日陰に移そう。

お姫様抱っこで移動し、濡らした手拭を額に置いて、と。

 

さて、考えねばならない。

 

楽進は俺に師事を請うてきた。

とりあえず保留にして、今回の組手となった訳だが。

 

実力は確認できたが、やはり俺が弟子をとると言うのはちょっと烏滸がましいと思う。

未だ修行中の身であることだし。

 

そして何より、俺は遠からず再び旅に出る。

何処へと言った先は考えてないが、敵対する可能性も……むしろその可能性が高いよな。

 

そうなると、やはり弟子入りは拒否するしか無い。

しかしなぁ、うーむ。

 

「…ん」

 

お、楽進起きた?

 

「あ、…呂羽、どの?」

 

「よう楽進。気分はどうだ?」

 

「え?……ぁ、す、すみませっ、痛ぅ……」

 

「おっとまだ無理するな。少し痛めたか?」

 

「い、いえ。…大丈夫です」

 

相変わらず楽進は真面目だなぁ。

そんな飛び起きて謝らなくてもいいのに。

 

あ、そうだ。

典韋から貰ったお弁当を食べよう。

 

「呂羽殿!」

 

「っとぉ、なんだ?」

 

「全力を賭しましたが、完敗でした」

 

強い眼差しで俺を見詰めてくる楽進。

やはり師事云々の話か?

 

「前回は保留とされましたが、やはり真名を受け取って下さい」

 

「むっ?いやそれは…」

 

「無理に使わなくても構いません。しかし、是非とも預かって頂きたいのです」

 

予想に反して真名のことだった。

しかし真面目な楽進にしては、随分と強引だな。

何かあったのか?

 

「呂羽殿は、尊敬できる武人だと思っております。故に…」

 

おやまあ。

そんな思い詰めてしまっていたとは。

ここまで言われてなお断るのは、流石に失礼だろうな。

 

「分かった、真名を預かろう」

 

「は、はい!私の真名は凪です、宜しくお願いします!」

 

「ああ、宜しく。ちなみに俺の真名はリョウだ」

 

「はい…、はい!」

 

おお、素晴らしい笑顔だ。

これを曇らせるのは本意ではないが、言わねばなるまい。

 

「だが、やはり弟子は取れない」

 

「……そうですか」

 

一転シュンとしてしまう楽進、もとい凪。

うむ、心が痛むな!

 

「俺もまだ修行中の身。だからまあ、共に研鑽していかないか?」

 

これが俺の答え。

と言うか、元々俺はこれを言いたかったんだ。

まさか楽s…凪から弟子入りの申し出があるなんざ、思ってもなかったから狼狽しちまったけどな!

 

研鑽し合う仲と言うのは大切なものだ。

ライバルとまではいかずとも、な。

それに体術や気弾といった、共通するスタイルを持つ俺たちはいい感じに噛み合うだろう。

 

「もちろん、可能な限り助言はするぞ。これでどうだ?」

 

「…はい、宜しくお願いします!」

 

うん、良かった。

当初の目論見は達成できたと言っていいだろう。

 

「あ、あのっ。もう一つ、良いでしょうか」

 

「うん?」

 

「もしよければ、例の、覇王翔吼拳を見せて頂けないでしょうか……?」

 

「え?」

 

聞けば、凪が組手の後半に放ったでっかい気弾。

闘気弾と言うらしいが、俺の覇王翔吼拳を想像して練り込んだものらしい。

まじか。

 

俺もあれから修行を重ね、ある程度威力の調整は効くようになってる。

しかし、それでも近隣に放つのは危険だし、自然破壊をするつもりもない。

凪に受けて貰うのが一番良いが、流石に今はな。

 

「…また今度な」

 

「約束ですよ!」

 

「あ、はい」

 

守りたい、この笑顔。

しゃーないな。

次までに、ちゃんと調整が効くようにみっちり修行しよう。

 

「じゃ、典韋に貰った弁当を食おうか」

 

「はい。流琉の料理はとても美味しいのですよ。私としては、もう少し辛い方が好みなのですが」

 

そういや凪は、激辛料理も平然と食える子だったっけ。

どこぞの麻婆料理も余裕ってネタがあった気がする。

食事に誘われることがあれば、気を付けよう。

 

 

そして弁当を取り出し胡坐をかいてムシャムシャしていると、凪が何かを聞きたそうにしていた。

 

「と、ところで。……リ、リョウ殿?」

 

「何かな?」

 

「リョウ殿の真名と、その、姓名は……」

 

「ああ、呂羽とリョウ。判り易くていいだろ?」

 

「は、はあ」

 

ドヤ顔で言い放った際の、凪のキョトンとした顔はとても可愛かったと心のメモに追記しておく。

 

 

* * *

 

 

翌日は非番だったので、早速二人で修行を開始した。

 

凪は覇王翔吼拳を熱望していたが、もうちょっと調整したいんだ。

すまないが我慢してくれ。

 

代わりと言っては何だが、前回の組手と違った取り口での組手を考えているからさ。

 

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

凪が横蹴りを放つ。

前回は虎咆で迎撃した訳だが、今回はまた別の方法を試すつもりだ。

 

左腕に気を纏わせ、上段ガードの構えを取る。

やや上体を仰け反らせ、右手を腰溜めに構えていざ集中。

 

「猛虎ッ」

 

蹴りを左で受けると同時に、踏み込み右アッパーを繰り出す。

 

「雷神剛!」

 

腰辺りを狙ったが、素早く足を戻した凪に捌かれてしまった。

いくらガードポイントがあっても、流石にゲームの様に上手くは行かないか。

てかこれ試しに使ってみたけど、今後実戦で使う機会は多分ないな。

難しすぎる。

 

ゲームの話になるが、極限流に技は多々あれど、実際の使用頻度は偏る傾向にあった。

実際に使えるとなると全部試したくはなるけど、やはりゲーム以上に偏ることになりそうだ。

どうにも難しいのう。

 

その後も色々試行錯誤しつつ、凪との修行を終えた。

やっぱ噛み合う相手だと良い修行になるし、何より楽しかった。

これからが楽しみだぜ。

 

「今日はありがとうございました」

 

「ああ、これからも宜しくな!」

 

「はい。……あの、一つ宜しいでしょうか」

 

「なんだ?」

 

「私とは真名を交換して頂きましたが、他の方とは?」

 

ああ。

そういえば昨日、後で典韋にお礼を言いに行ったんだ。

夏侯淵や曹操様もその場に居合わせたんだけど、真名の話はしなかったからな。

気になったのだろう。

 

「今のところ、真名を預かる予定はないよ。凪は特別だ」

 

暫定客将(仮称)なのは変わらない。

凪は、まあ言葉の通り特別なのさ。

色んな意味で。

 

「私は、特別……ですか」

 

「ああ。それじゃ、またな!」

 

「あ、はい。お疲れ様でした!」

 

軽く挨拶して凪と別れる。

さて、覇王翔吼拳の調整を急がねば。

 

「特別、特別。……わたしが………特別……」

 

背後で凪が何かぶつぶつ言ってる気がしたが、特に気にせず宿舎に戻った。

いい汗かいたし、軽く一杯飲んで寝るとしよう。

 

 

 




・猛虎雷神剛
KOF96と言う、何かと物議を醸した作品が初出展。私は好きです。
性能が良く、牽制潰しでも単体でも使えますが、虎咆に繋げるまでがワンセットだと思います。

あっさり十話超えちゃいましたが、今後流れは加速する、かも知れません。


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11 天地覇煌拳

「わあ、最新号の阿蘇阿蘇なのー!」

 

昼休憩がてら街を歩いていると、店舗の前で騒ぐ于禁に遭遇。

 

最新号の、何だって?

阿蘇阿蘇……火山情報誌か?

思わず興味が湧いて于禁の肩越しに覗いてみると、なんだファッション誌か。

 

そう言えば、于禁はイマドキの若い娘っぽい性格だったなーとぼんやり思い出す。

あとは軍隊式の新兵教育とか、何かそんなんがあったような気もする。

 

でも俺自身、軍隊には縁がないからよくわからないな。

せいぜい昔戦った相手に、衝撃波を放ってくるクールな軍人が居たくらいだ。

 

とりあえず、見付かると面倒な気がするのでスルーしよう。

 

「あ、お兄さんなの!」

 

そう決めた途端、見計らったかのようにグリンと首を回して俺を見付ける于禁さん。

光の反射なのか、眼鏡がキラリと輝いてちょっと怖い。

 

「や、やあ于禁。今日は非番か?」

 

「あっ……。そ、そうなの!」

 

何だ、ただのサボりか。

そうそう、李典と共にサボりの常習犯でよく凪に怒られてたな。

原作的な意味で。

こっちでもそうなんだな。

 

ま、敢えて指摘することでもないか。

一応、あとで北郷君には伝えておこう。

 

「そ、それよりお兄さん。ちょっとお願いがあるの!」

 

「ん、なんだ?」

 

「欲しいものがあるんだけど、今ちょっと持ち合わせがないの~……」

 

たかりか!

よし、あとで凪にも伝えておこう。

 

まあ付き合いも長いし、普段から世話にもなってる。

ここは一つ、買ってやるとするか。

 

 

後日、凪に凄く怒られたと涙目の于禁に詰られた。

南無ー。

 

 

* * * *

 

 

「兄ちゃん、そこの端材とってーな」

 

「ほいほーい」

 

ある非番の日。

偶然会った李典と、工作談義で大いに盛り上がった。

 

そのまま流れで李典の工房?を訪れ、何故かカラクリの製作に入ってしまった。

いや、実は俺も日曜大工を嗜んできたから興味あったんだよね。

これはもちろん、リョウ・サカザキの趣味から高じたものだが。

 

「そういや兄ちゃん」

 

「なんだー?」

 

トンカントンカンしながら李典が話しかけてくる。

彼女は常に、良い意味で気が張ってないから楽でいいな。

 

「凪に、なんかした?」

 

「あん?」

 

李典から唐突に、よくわからない質問が飛んできた。

 

「いやな、ときどき凪が変なんや。確か、兄ちゃんと修行を始めた日から、かな?」

 

ほう。

あれからちょくちょく一緒に修行して、研鑽を積んでいる。

しかし、特に変わったところはないように思うが。

 

「俺は分らんが、付き合いの長いお前がそう見えるのなら、そうなんだろうな」

 

「む、そっかー。大方、兄ちゃんと何かあったんちゃうかと思っとったんよ」

 

大方ってなんだ。

何かってなんだ。

 

「赤い顔して帰ってきてな?俯きながらぶつぶつ呟いてて、ちょお怖かったわ」

 

そう言えば、帰り際何か呟いていたような?

だけど翌日には何もなかったし、気にしなかったんだが。

何かあったんだろうか。

 

「確かー…トクベツトクベツ言ってた、ような…?」

 

「……、そうか」

 

あれか、真名を交換したせいか。

なるほどな。

 

「俺との修行中も、仕事中でも問題があったという話は聞かない。大丈夫だろう」

 

この話題は藪蛇に繋がる危険性がある。

さっさと止めよう。

 

「そっか、そやな。じゃあ兄ちゃん、このカラクリ。今日中に完成させるで!」

 

「おーう」

 

うまく撒けたので適当に返事をする。

水を差すのも悪いと思うので敢えて言わないが、絶対に無理だ。

この、カラクリ夏候惇人形……。

 

 

* * * *

 

 

「呂羽、勝負だ!」

 

「いきなりなんですのん?」

 

練兵場で素振りをしていると、夏候姉妹がやってきてそうのたまった。

いや、言ったのは姉の夏候惇だが。

 

「以前凪と組手をしただろう?それを聞いた姉者が私も!と、暴れてな」

 

「秋蘭。わたしは暴れてなどないぞ」

 

「そうだな。それで呂羽、ひとつ姉者と試合ってくれないか」

 

「えー」

 

「前回の打ち合い、凪との組手。いずれもお前は華琳様に褒められた。姉者はそれが気に食わないのだよ」

 

いや、そう言われてもな。

 

「秋蘭。わたしは別に気に食わないなどとは…」

 

「そうだな。それに私としても、お前の本気を改めて確認しておきたい」

 

こりゃ引くことはなさそうだ。

実力を、と言われるからにはそれなりの試合運びが必要なんだろう。

 

「呂羽。わたしと全力で打ち合え!」

 

「……夏侯淵?」

 

夏侯淵さんはコクリと頷くのみ。

左様か…。

 

 

一礼し、夏候惇と対峙する。

おう…、凪とは全くレベルの違う純然たる戦気だ。

 

しかし今回は前のように、突然すぎて様子見の打ち合いに徹する必要はない。

そう考えると、…うむ。

滾るな!

 

 

「本気でいくぞ!」

 

「本気で来い!」

 

互いに攻勢。

七星餓狼を振りかぶって突進してくる夏候惇。

刃筋を避けて左正拳から右正拳突きのコンビネーションを放つ俺。

 

ちなみに七星餓狼ってのが彼女のメイン武器。

大振りの刀のようなものの名前だ。

関係ないけど、”餓狼”に反応しちまうのは仕方のないことだよな、うん。

 

試合なのに真剣でいいのかって?

なに、当たらなければどうということはない。

よしんば当たったとしても、硬気で固めた箇所なら問題ない。多分。

 

夏候惇の見事な刀運びを避けつつ、先日夏侯淵と一緒に行った賊退治を思い出す。

然したる勢力じゃなかったからすぐに蹴散らせたが、課題が残った。

軍としてではなく、俺個人の課題だ。

 

覇王翔吼拳を実戦に投入する。

威力を減じ、溜めを少なくしたら行けるかと目論んだ。

 

しかし結果は大失敗。

そもそも両手で構えるという時点で隙だらけ。

全く駄目の駄目に終わった。

 

個々の力が弱い賊徒でも無理だったが、一対一の今の状況だと更に無理だ。

凪に見せると約束したものの、果たして調整が間に合うだろうか。

あの笑顔を裏切ることはしたくないのだが……。

 

 

「こら貴様、呂羽!集中せんかっ」

 

おっと、今は他事に気を取られてる場合じゃないな。

俺としたことが……。

本気で向かってくる相手に対して、失礼千万な所業だった。

 

「すまなかった。改めて本気で行かせて頂く。あと謝罪の意味も込めて、ひとつ大技を披露しよう」

 

「うむ、分ればいい。よし来い!」

 

ふっ。

実際に相対すると、なんとも清々しい。

これこそ夏候惇と言うべきか。

 

覇王翔吼拳は未だ調整中。

いずれは至高拳。

そして三連続やビーム状にまで昇華させるつもりだが、まだまだ遠い。

 

だから無い物強請りはせず、今ここで出せる本気をお見せしよう。

 

 

右手の気を拳に集中。

拳から手首、腕、肩を通して腰まで右半身に強い気を纏う。

右拳を腰溜めに置き、機を待つ姿勢へ。

 

「どうした。来ないなら、こちらから行くぞ!」

 

夏候惇が七星餓狼を大振り上段から振り下ろす。

これを半身になって避ける。

思ったよりギリギリでヒヤリとしたが、全て避け切ったところでチャンス到来。

拳を握り締める。

 

「一撃、必殺ッ!!」

 

天地覇煌拳。

 

カウンターで入れる、右半身のバネ全てを使った気力全開の正拳突き。

まともに入れば、簡単には立ち上がれない程の衝撃を与えることが出来るはず。

夏候惇は振り下ろした直後、つまり今こそが絶好のタイミングだった。

 

しかし、流石曹操様最愛の猛将は格が違った。

刹那に全力バックステップで勢いを殺し、致命打を避け切ったのだ!

 

 

まじかー。

 

これで避けられるなら、普通に当てるの無理ゲーじゃね?

でも流石、の一言で済ませるには悔しすぎる。

 

今は後ろ向きに転がってる夏候惇だが、どうせすぐに起き上がって来るんだろ。

かなり本気で気を込めたから、俺も相当疲れてるんだけどな。

しかし、次の手を考えねば……。

 

 

「春蘭さま~、秋蘭さま~!」

 

と、反対側から元気の良い声が響いてきた。

この声は許緒か。

 

「季衣、どうした?」

 

「あ、秋蘭さま。華琳さまがお呼びです!みんなを集めるようにって」

 

「むぅそうか、ご苦労だった。さて姉者、それに呂羽。聞いた通りだ」

 

「おお、華琳様がお呼びなら仕方ないな!」

 

仕方ないね。

一瞬で元気になる夏候惇が、とても眩しい。

 

「呂羽。いい勝負だったが、決着は次の機会まで預けておくぞ!」

 

「ははは。分かったよ」

 

うんうん、確かに良い勝負だった。

俺としては悔しさが残るものだったが。

 

さて、軽く汗を拭いて部屋に戻るか。

 

「?おい呂羽、どこへ行く。お前も来るんだぞ」

 

「へ?」

 

そんな俺を引き留める夏侯淵さん。

なんで?

 

「聞いてなかったのか?…軍議だ」

 

 




・天地覇煌拳
腰の入った超弩級の正拳突き。
当たると相手は気絶するが、しないこともある。


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12 龍斬翔

遂にパk


曹操様に集められた諸将の一人として、軍議の間に参集する俺。

場違い感が半端ねぇ。

 

「リョウ殿」

 

「お、警備隊の方はいいのか?」

 

「はい、真桜と沙和に任せてます。かなり不安は残りますが…」

 

軍議が始まるまで少しありそうだったので、既に来ていた凪と雑談などを少々。

 

北郷君も当然いるし、現場は大丈夫なのかと尋ねたところそんな回答が。

確かにサボり魔の二人だし、心配になるのも分かる。

流石に大丈夫だとは思うがな。

 

「そう言えば龍斬翔ですが、なんとかなりそうです」

 

「おお、そうか!流石だなぁ」

 

「い、いえ!リョウ殿の教え方が上手なだけかと…」

 

照れながら謙遜する凪の様子を眺める。

うむ、眼福なり。

 

俺は未だに覇王翔吼拳の調整が終わらず、約束を果たせないでいた。

そこで、代替的に凪に合いそうな技を見繕って教えてみたのだ。

 

それが龍斬翔。

いわばサマーソルトキックだが、蹴りを得意とする凪ならば合っているのではないかと思ってな。

 

もちろん概略を教えると同時に手本も見せたよ?

本来リョウの技じゃないけど、同じ極限流だし判り易い方だから普通に出来た。

この調子なら全技再現も夢じゃない。

 

 

「皆、揃ったようね」

 

そんな話をしていると、上座に曹操様が現れて軍議が始まった。

 

 

軍議の主な内容は次の出征について。

黄巾党の主力を一網打尽にするという作戦らしい。

 

荀彧が説明してた。

コイツとの接点、今のところ全くないんだよね。

 

ま、男嫌いの相手にわざわざ話しかけるなんて嫌がらせ、する必要もない。

必要が生じれば接点も出来ることだろう。

そもそも暫定客将(仮称)だし、軍師と接する機会なんてほぼないわな。

 

しかしそっか、もう黄巾党討滅の季節か。

となると、そろそろ潮時かねぇ。

 

今回の出征には、ほぼ全ての将が出陣する。

それには俺も含まれる。

曹操様たち、首脳陣のかける思いが分かるってもんだ。

 

「さて、ここまで質問はあるかしら?」

 

曹操様が言うが、特にないかな。

俺は基本、言われるがまま突貫するのみだ。

 

「それじゃ、呂羽はもういいわよ」

 

「ん?了解です」

 

大まかな方針が語られ、首脳陣を残して退室を促される。

 

これから秘密の作戦が披露されるわけですね。

具体的には三姉妹捕獲作戦の。

そして、正式に仕官してない俺に漏らす訳にはいかないと。

 

承知しておりますとも。

特に不満もないので、さっさと退室しよう。

 

「呂羽!」

 

と、夏侯淵に呼び止められた。

 

「後で詳しく打ち合わせる。待機しておいてくれ」

 

「承知した」

 

改めて退室し、とりあえず練兵場で待機することにしよう。

いろいろと考えることがあるし、丁度いいな。

 

 

その後、やや間をおいて夏侯淵と典韋と打ち合わせを行った。

待ってる間に今後の方針についても考えを重ね、概ね固まったかな。

ま、それも全ては黄巾党を駆逐してからだが。

 

 

* * *

 

 

さて、やってきました賊退治。

しかもただの賊ではありません。

なんと黄巾党、黄巾党の本隊なのです!

 

 

その首魁が居るこの地域に諸侯が終結している。

なお、諸侯には頑なに独力で頑張ってきた義勇軍も含む。

 

彼らは各地で黄巾党の分隊を蹴散らし、敗軍を追い立てて本隊がいるここに集まってきた。

そして奴らの首をあげ、名声を得ようというのが諸侯の目論みだろう。

 

 

諸侯の思惑はいろいろあれど、俺のやることは変わらない。

覇王翔吼拳の調整だ!

 

いや、それも大事だが今は違う。

諸侯のチェックだな。

まだ誰にも言ってないが、黄巾党を駆逐し終えたら旅に出るつもりなのだ。

先のことを考えるに、自分で見聞きした情報は宝となるだろう。

 

そんな訳で、まずは曹操様が目を付けた義勇軍。

率いるのは天然ボインの劉備ちゃん。

彼女を支える関羽や張飛、そして軍師たち。

罠で有名な諸葛孔明もいる筈だ。

 

曹操様が劉備軍に兵糧やらを分けてあげてる。

だめだ劉備ちゃん、それは孔明の罠だ!

孔明ちゃん味方だけどね。

曹操軍の軍師は猫耳だけどね。

 

 

「兄ちゃん、なにぶつぶつ言っとんのや?」

 

「おう李典!いや、曹操様は流石だと思ってなぁ」

 

危ない危ない、一人芝居を聞かれかけてた。

 

「どういうことですか?」

 

凪もいたのか。

ということは于禁もいるのだろう。

ますますもって危ういところだった。

 

「曹操様が劉備軍に兵糧を渡したことで、恩を売った訳だ。そして、受けた恩ってのは借りと同義」

 

「なるほどな。借りなんてもん、なるべく持ちたないもんなー」

 

「そう。そこを突いて良いように用いることが出来る、かも知れない」

 

曹操軍は兵糧と引き換えに、ある程度自由にできる壁を手に入れたってことだね。

えぐい。

 

「うわぁ、えっぐいの~」

 

うむ、やはりいたか于禁。

 

「だけど有効な策だ。自軍の消耗は、なるだけ避けたいからね」

 

「隊長」

 

北郷君も来てた。

曹操様のとこにいなくていいのかい?

 

「そうだ呂羽さん、華琳が呼んでましたよ」

 

え、なして?

 

 

* * *

 

 

「来たわね呂羽」

 

北郷君に促され、本陣にやってきた。

迎えてくれたのは曹操様と、軍の首脳部たち。

 

猫耳もいるよ!

 

「お呼びとか」

 

「ええ。早速だけど、秋蘭?」

 

「はっ。呂羽、お前は凪とともに劉備軍への援軍として前線に行って欲しい」

 

「ふむ、承知した」

 

「御意!」

 

劉備軍の援軍とは、願ったり叶ったりだ。

しかし凪が付いてくるなら、あまり無茶は出来んな。

 

「ちなみに、一刀の護衛は真桜と沙和に任せるわ」

 

「了解や!」

 

「了解なの~」

 

ふと、北郷君の腕に抱きつく李典と于禁が視界に入る。

俺はスルーしたが、真面目な凪はやはり無視出来ない。

 

凪が怒り、李典らが北郷君の後ろに回り込み、北郷君が凪を宥める。

よくある光景がそこにある。

とても戦場と思えない、和やかな雰囲気に包まれていた。

 

何とも居心地が良い。

お陰で決心が鈍ってしまいそうだな。

 

「じゃあ、ちょっくら行ってきます」

 

「頼んだわよ」

 

曹操様に見送られ、俺たちは劉備軍の下へ急ぐのだった。

 

 

* * *

 

 

そしてやってきました、劉備軍。

 

「たのもー!」

 

「む、何者!?」

 

ざっと躍り出て、睨みつつ誰何してきたのは美しい黒髪の、おそらく関羽さん。

ふーむ、なかなか強そうだ。

 

「曹操様より、劉備殿への援軍として参った。案内を頼みたい」

 

つい関羽をじろじろ眺めていると、ぐいっと凪が前へ出て高圧的に言い放った。

真面目な凪にしては珍しい。

何か言い含められてるのだろうか。

 

案の定、関羽はカチンと来たような顔をしている。

しかし場を弁えたのか、硬い声ながら案内をしてくれた。

おいおい、今後の連携に不備が出たら……まあ、それでも別にいいか。

 

「どうしたんだ、らしくないぞ?」

 

「……は、すみません」

 

でも一応、関羽の後を追いつつ小声で凪を嗜める。

緊張してるのか、ちょっと表情が硬いな?

 

 

案内された先には劉備ちゃんたち、首脳陣が揃っていた。

 

「曹操様より派遣された呂羽だ。こちらは楽進」

 

「はじめまして、劉備です。よろしくお願いします!」

 

代表して俺と劉備が挨拶を交わすが、場の空気は重い。

あまり離れてなかったし、さっきのやり取りが聞こえてたのかな。

何人かは完全に睨んでる。

 

「あまり歓迎されてないようだ。不要ならそう言ってくれ」

 

融和を目指して下手に出るのもどうかと思うので、敢えて突き放すように言ってみる。

すると案の定、劉備ちゃんとはわわ軍師が慌てて引き止めてくれた。

曹操様の援軍と諍い起こしちゃ不味いもんね。

 

但し、空気はよりいっそう沈下した。

あれ、やっちまったか?

 

 

とりあえず簡単な打合せを経て、陣の隅に移動。

相手がどう思おうと、俺は曹操軍の将として前線に居ればそれでいいはず。

 

そんなことを考えていると、誰かが近寄ってきた。

 

「失礼。お主が呂羽殿か?」

 

 

 




・龍斬翔
リョウのライバル、ロバート・ガルシアが使うサマーソルトキック。
龍虎外伝が初出展ですが、コンビネーションのフィニッシュ専用技でした。
単体技としてはKOF97から。
使い勝手はともかく、中々カッコいいと思います。


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13 翔乱脚

黄巾党、ここに眠る。


戦が始まる。

敵は賊とはいえ、二十万を超える大軍だ。

 

曹操軍の先鋒に劉備軍。

そのまた先端に俺は居る。

 

並んで戦うのは凪。

そして劉備軍から関羽と張飛、それに趙雲だ。

 

関羽は真面目な表情で俺たちを完全に無視し切ってる。

初見の印象が悪かったからな。

張飛は良く分らん。

 

問題は趙雲、何かと俺に絡んでくる。

やたら露出度の高い衣装で。

目のやり場に困るっちゅーねん。

 

そして隣の凪だが、今まで見た中で一番機嫌が悪い気がする。

まず間違いなく趙雲の絡みのせいだな。

 

そもそも何故趙雲と絡むことになったかと言うと、劉備軍の端に陣取った時に話しかけられたのが発端だ。

 

 

* * *

 

 

「お主が呂羽殿か?」

 

「そうだが、あんたは?」

 

見た目で趙雲だって分かるけど、知ってちゃおかしいからな。

でも、いつかポロリしそうで怖いぜ。

 

「私は趙雲。公孫賛殿の下で客将をしておりましてな。今は劉備殿への援軍と言ったところです」

 

へえ。

まだ公孫賛の客将なのか。

てか、正式に劉備軍に加わってないんだな。

 

「……ふむ、やはり貴方ですな。随分とご立派になられて…」

 

なにやらジロジロみられて、勝手に納得してしまった。

そして趙雲の発言に、凪がピクリと反応した。

 

待て、俺は知らんぞ!

いや原作的には知ってるけど。

でもこの世界で会うのは初めてのハズだ。

 

「おっと失礼。前に少し、お見かけしたことがありましてな」

 

「なんだって?」

 

詳細希望。

詳しく聞いてみた。

 

どうやら以前、公孫賛の下に身を寄せる前に趙雲は旅をしていたらしい。

すると、とある平原で思い切り叫んだり、派手な演武をしてた不審な人物が居たとのこと。

 

うん、思い切り俺だね。

まさか見られていたとは思いもしなかった。

かなり恥ずかしい。

 

一応周囲に人が居ないことは確認したつもりだったが、不備があったかー。

 

「フフフ。どんな不審者かと思いましたが、まさか曹操殿の将だったとは」

 

「待て、それは曹操様の下に行く前の話だ。それに俺は客将だしな」

 

曹操軍への風評被害が懸念される。

趙雲にそんなつもりはないだろうが、変な言いがかりは止めて頂きたいものだ。

 

「おや、そうでしたか」

 

などとニヤニヤを隠そうともしない。

そういや諸々の作品でも、北郷君相手に色々やってたな、こんな感じで。

 

「まあ、せっかくの奇縁。仲良く穂先を並べて参りましょうぞ」

 

「それには及びません」

 

と、それまで口を噤んでいた凪が割って入ってきた。

随分と硬い表情だ。

 

「先陣は私たちが切ります。貴方たちは後ろからゆるりと来て下さい」

 

「ほう、言いますな。しかし、そう言われても引き下がる訳には参りませぬぞ」

 

売り言葉に買い言葉、か?

凪と趙雲がやり合い始めた。

 

とは言え、口で凪が趙雲に敵うはずもなく。

やがて凪は不機嫌そうに沈黙してしまった。

 

 

* * *

 

 

そんな訳で今に至る。

いや、一応フォローはしたんだ。

あまり効果があったように思えないだけで。

 

「時に呂羽殿、経験はおありかな?」

 

「ッ」

 

絡み続ける趙雲を適当にあしらいながら、その時を待つ。

どこかでギリッと音がしたが、スルーだ。

 

「メンマは良いですぞ。人類が生み出した最高の…」

 

「然様かい」

 

まあ凪も心得たもの、機嫌が悪かろうと切っ先が鈍ることはないだろう。

ところで手甲って武器になるのかな?

 

ジャジャーン、ジャーンッ

 

現実逃避気味に思考が逸れかかったところで銅鑼が鳴った。

これが開戦の合図となり、戦いが始まった。

 

 

* * *

 

 

今回も覇王翔吼拳の開幕ぶっぱをしようと思っていたが、存外に味方が多くて断念。

巻き込んじゃったらシャレにならんからな。

 

已む無く、跳躍からの空中虎煌拳で先制して戦場へ躍り出た。

 

 

改めて戦場を見回してみる。

最初の時、村の防衛戦でも相当なものだと思ったが、今回はその比じゃない。

 

見渡す限り真っ黄色。

菜の花畑かってーの。

 

倒しても倒しても次から次へと。

無限じゃないし、いつかは終わるんだろうけど埒があかん。

指揮官みたいな奴が居れば、そいつを排除で終わりそうなものだが。

 

黄色い賊徒どもを往なしながら、戦場を俯瞰して主たる者を探してみる。

するとある一画で、あまり目立ちはしないが上手く指示を出し続ける奴を発見した。

よし、早速向かおう。

 

 

お、あいつだな。

不意打ち上等、名乗り何て上げないぜ。

 

格闘家や武将としては失格かも知れないが、ここは戦場。

しかも賊徒退治だ。

仕方ないね。

 

身体中に気を纏わせ、やや前傾姿勢に構える。

そして相手の呼吸を見極め、機会を捉えて小走りに駆け寄った。

 

「翔乱脚!」

 

左右を向いて指揮を続ける敵さんにスルスルと近付き、グヮシッと胸倉を掴む。

そして両膝を交互に相手の胸部へ打ち込む!

十発ほど打ち込んで突き放すと、フラフラとしている。

 

おお、持ち堪えるとはなかなかやるな!

 

「何てタフな奴だ!もっと技に磨きをかけなければ!」

 

差し当たり今回は、止めを虎煌拳にしておこう。

相手のタフさも考慮に入れて、念入りに気を練り込む。

 

「き、貴様…なにも、ガフッ」

 

「虎煌拳!」

 

有無を言わせずズバンッと、至近距離から虎煌拳を撃ち込んだ。

少し練りが甘かったか、あるいは練り込み過ぎたのか、一部が相手の身体を突き抜けてしまったな。

 

黄色が宙を舞う。

どうやら、腕や頭に巻いていた黄巾が吹き飛ばされたらしい。

 

「韓忠様ッ!?」

 

黄巾を無残にボロボロにされた指揮官は、どうやら韓忠と言うらしい。

おのれーと叫びながら、近くにいた部下らしき者たちが一斉にかかってくる。

中々慕われていたみたいだな。

でもそんなの関係ねえ。

 

かかってきた奴らを難なく返り討ちにして、次の戦いへと向かった。

 

 

飛び足刀の要領で、飛燕疾風脚の気力なしバージョンを披露しながら戦場を進む。

飛燕疾風脚(弱)でもいい。

 

近くで、黄色い賊が複数人吹っ飛ぶのが見えた。

ドッカンドッカンいってるし、恐らく凪だな。

 

時折、龍斬翔!って声が聞こえても来る。

思わずニヤリとしてしまった。

 

こりゃ、足技系を伝授するのもありかねぇ。

 

負けてなるものか、とばかりに足掛け蹴りや横蹴りをかましながらそんなことを思う。

おっと、伝授しちゃったら弟子になっちゃうな。

これはいかん、驕りに繋がる要素は排除せねばな。

 

そういや途中で意図的にはぐれたが、劉備軍の人たちは無事かね?

 

遠目に張飛が見えた。

てりゃりゃーって叫ぶ声も聞こえる。

うん、問題なさそうだ。

 

 

こんな感じで、俺は先陣での勤めを果たしていった。

 

 

 




皆さんお待ちかね、脱衣KOですよ!
相手は黄巾党の指揮官の一人、韓忠さんでした。

時系列その他諸々、原作と異なる箇所が多々あると思いますが、何卒ご容赦下さい。


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14 幻影脚

黄巾党の掃滅は終わり、俺は劉備軍と別れて曹操軍へと戻った。

 

別れ際に趙雲と再会を約束させられ、一悶着あったがまあ良かろう。

公孫賛についての情報も少し貰えたしな。

 

全体的に見ると、一応劉備軍への顔繋ぎと兵士たちへのフォローも多少なりとも。

関羽からは偉い睨まれてたが、戦後に武勇を褒め称えたら怒りながら照れてた。

ツンデレ乙。

だがその御姿、誠に眼福なり。

 

ああ、凪は一足先に曹操様への連絡役として返しておいた。

恐らくファインプレイだったと思う。

 

他にもちょっと足を延ばして諸侯チェックをしたけど、詳しくは分らなかったな。

金ピカと孫策は見かけたような気もしたが。

 

ともかく無事に曹操軍と合流し、そのまま陳留へと戻った。

そして、主要メンバー勢揃いの報告会に出席している。

 

 

* * *

 

 

「皆、ご苦労様。お陰で色々と収穫があったわ」

 

曹操様の御言葉である。

 

最大の収穫は、表向き名声やら風評などだろう。

裏側では、例の三姉妹なんだろうな。

詳しくは知らんけど。

 

 

さて、良い機会だから伝えておこうかな。

 

「ちょっといいですか?」

 

「あら、呂羽。何かしら」

 

機嫌のいい曹操様だが、どんな反応するかドキドキするなあ。

 

「そろそろお暇しようと思います」

 

「…なんですって?」

 

意を決して切り出すと、ギロリッと擬音が付くような凄い形相で睨まれた。

同時に場が緊張感で満たされ、周囲の温度も少し下がったような気がする。

 

ま、負けないぞ。

 

「以前から言っていたように、旅に戻ろうと思いまして」

 

「……ふ~ん、そう…」

 

おおう、緊張するぜ。

北郷君や凪がゴクリとつばを飲み込むのが感じられた。

 

「ま、仕方ないわね。結局誰も、引き留めることが出来なかったみたいだし」

 

曹操様が残念そうに言うと、場の空気も元に戻った。

良かった。

 

「真名も、誰も交わせなかったみたいだしね」

 

続けてそっと呟く曹操様。

あっとぉー…。

 

チラリと凪を見る。

凪と目が合う。

しばし見つめ合う。

 

言いたいけど言い出せない。

そんな感じだな、凪。

とりあえず目配せして、今は止めてもらおう。

 

「すぐ出るの?」

 

「あ、いえ。数日準備してから、と思ってます」

 

「そう。なら今回の褒賞は、餞別も兼ねて上乗せしておくわ」

 

「ありがとうございます」

 

わー、曹操様優しい。

溜めこんできた給金を加えれば、しばらくは楽に旅が出来そうだ。

 

「ああ、それと」

 

「はい?」

 

「明日の夜、宴を開くわ。必ず参加すること、いいわね?」

 

「承知しました」

 

 

曹操様への報告が終わり、会議がお開きになると色んな人に囲まれた。

 

北郷君を筆頭に、凪に李典に于禁に典韋と許緒。

典韋と許緒は北郷君にくっついてるだけかも知れんが。

 

「呂羽さん!また旅に出るって、何でですか!?」

 

これは北郷君。

いつの間にか、何かと良く話す仲になってた。

 

「客将になった理由と一緒さ。時期としては、丁度落ち着いたからかな」

 

元々、あの村に偶々立ち寄っただけだったからね。

諸国漫遊の旅かは分らないけど、理由は初志貫徹なのさ。

 

しかし北郷君と会えて、仲良くなれたのは良かった。

だから尚のこと、彼を世界から消す訳にはいかなくなったのだ。

努力は重ねようと思う。

 

黄巾党の乱が終わり、一応落ち着きを見せる。

だが、一瞬の平和は次の戦争への準備期間でしかない。

 

反董卓連合。

遠くないうちに起こり、戦乱の時代へと突き進むことになる。

 

そんな訳で、差し当たり次は洛陽を目指そうと思う。

その他、詳しいことは着いてから考えるとしてだ。

 

今はとりあえず、納得しきれてない北郷君と凪、そして李典や于禁たちとの質疑に対応しよう。

 

 

* * *

 

 

「リョウ殿、どうしても行ってしまうのですか?」

 

「ああ、最初から決めてたことだからな」

 

場面変わって何時もの修練場。

そこで俺は、武装した凪と正対している。

周囲には誰も居ない。

 

これは別に、凪が実力で俺を捩じ伏せて止めようとか、そういう訳じゃないぞ。

思うところがあって、俺から誘ってこうしてるんだ。

 

「それよりもだ。また凪に技を教えようと思う」

 

微妙な表情だった凪だが、そう言うとビシッと引き締まった顔になるのは流石だな。

だからこそ、ついつい教えたくなっちまうんだ。

 

今回、伝える技は幻影脚。

暫烈拳の足技版とも言うべき必殺技だ。

 

凪は蹴技に一日の長がある。

よって、これを伸ばすべきと思ったのは前回も同じであるが。

 

覇王翔吼拳を熱望する凪だが、大型気弾は消耗しやすく安易な連打はお勧めできない。

俺だって気力は無限じゃないのだから。

 

そんなこんなで、俺は凪に幻影脚の伝授に取り掛かるのだった。

 

 

「はぁぁぁぁーーーっっ」

 

「そう、その調子だ。身体の軸をずらさず、下半身に気を張り巡らせろ!」

 

暫烈拳と違い、幻影脚は上体をやや反らし、片足で立ったまま連撃を繰り出す。

バランス感覚が重要で、全体に気を巡らせた上で足先に纏わせねばならない。

相手に当てたら猛攻で削り上げ、最後は上段回し蹴りで吹き飛ばしフィニッシュとなる。

 

 

「ま、すぐには完成しないよな」

 

「はっぁ、はぁ……」

 

「でもスジはいい。修練を続ければ形になるだろう」

 

「は、はいっ」

 

良い返事だ。

 

さて、と。

 

「凪、少し休憩したら次に移ろう」

 

「はい、もう大丈夫です」

 

スッと一拍深呼吸をすると、すぐに落ち着いた。

体力も、いつぞやに比べて着実に増強されてきてるな。

 

 

「凪。俺に向かって、全力で闘気弾を放て」

 

「リョウ殿?」

 

「凪の闘気弾に対し、俺は覇王翔吼拳を撃つ」

 

「ッ!?」

 

そう言うや凪の目が大きく見開かれ、すぐに真剣な眼差しとなる。

最早言葉は要らず、気を高める準備に入った。

 

俺としてもこれは試金石。

凪が闘気弾の動作を始めてから、覇王翔吼拳を使うのだ。

最初のままだと絶対に間に合わない。

 

威力と共に、動作もまた調整してきた。

全てここで試させてもらおう。

 

 

* * *

 

 

「はぁぁぁっっ、闘気弾ッッ」

 

凪も闘気弾は改良していたようだ。

以前は纏った気を正面に集め、放つ前に溜めを必要としていた。

だが今回は動作手順こそ同じだが、直前の溜めを必要とせずそのまま放ってきた。

 

向かってくる、凪が放った純度の高い気の塊。

ゾクリ、と全身が粟立つ。

恐怖ではない。

ある種の楽しみと言うべきか、テンションが上がってくる。

 

ハイテンションを維持しつつ、弛緩させた両腕に気を集めつつ眼前で一瞬だけ交差。

すぐに腕を引き、両掌に集積させた気を乗せて、大きく広げて解き放つ!

 

「覇王翔吼拳!」

 

間に合った。

覇王翔吼拳は闘気弾にぶつかるも、すぐにこれを飲み込んだ。

威力とスピードは若干減じられたようだが、まっすぐに凪へと向かう。

 

「凪、耐え切れ!」

 

驚愕に目を見開く凪に対し、大声で注意を喚起。

ハッとした彼女は両腕に気を集め、交差してガードを固めて衝撃に備えた。

 

ズヴァァンッッと響く音と衝撃。

凪の衣がはためき、砂埃が巻き上がる。

 

砂塵が落ち着くと、彼女は防御姿勢のまま立っていた。

ちゃんと耐え切れたようだな。

 

「こ、これが……、覇王翔吼拳……!」

 

しかしダメージも大きかったようで、膝から崩れ落ちてしまった。

やべ、やり過ぎたか?

急いで駆け寄り、肩を抱きあげる。

 

「凪、大丈夫か!?」

 

「さ、さすがでした。私の闘気弾を掻き消し、なおこの威力とは…っ」

 

胸当てに少しキズがついてるな。

軽く咳き込んだりもしている。

やはりダメージは大きいと見るべきだろう。

 

「ジッとしてろ。とりあえず部屋まで運んでやるから」

 

「え?…きゃあっ」

 

ひょいっとお姫様抱っこして、翔乱脚の要領で小走りに駆け出す。

可愛らしい悲鳴を上げた凪だが、嫌がる素振りは見せなかったし大丈夫だろう。

役得、役得。

 

 

「呂羽…?」

 

凪を運んでる最中、誰かの呟きが聞こえた気がした。

 

 




次の目的地は洛陽。
幻影脚は浪漫。
覇王翔吼拳での削り倒し。の、三本でしたー!

もうすぐ陳留編が終わります。章分けはしてませんが。


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15 ビール瓶切り

「乾杯!」

 

昨夜はお楽しみでしたね、なんてこともなく。

ちゃんと凪を部屋に届けた後は、普通に身体拭いて寝たよ。

 

そして今、ここにある宴。

 

「呂羽!旅に出るなど…、わたしとの決着はどうするのだ!?」

 

「ちょっと春蘭、落ち着けって」

 

「もとはと言えば貴様がー!」

 

「ぎゃー!俺は関係ないだろーっ」

 

うむ。

夏候惇の絡みに、北郷君が主人公してるのを肴に一献と言うのもオツなものだな。

 

ギャルゲーの主人公と言えば女難の相。

北郷君は正しく主人公してるぜ。

 

周囲も既に見慣れた風景なのか、止めようとする者は居ない。

うむ、流石だ。

 

あ、李典と于禁が絡みに行った。

更なる混沌を生むんだな。

いいぞもっとやれ。

 

本来なら凪もその中に入って行くんだろうけど、今日はずっと俺の隣にいる。

修行関連でお株を奪ってしまったな。

特に反省はしてないが。

 

「呂羽、良いか?」

 

「おお、夏侯淵。良いぞ」

 

夏侯淵さんが現れた。

クールビューティな彼女には何かと世話になってきたし、きちんと挨拶はするべきだったな。

 

「正直、お前には正式に仕官して貰いたかった」

 

そう言いながら酒を注いでくれる。

凪や北郷君との絡みが多かったが、実は一番買ってくれてたのは彼女だったかもしれない。

今頃になって、そんなことを思ってしまった。

 

「すまないな」

 

だから真摯な想いと共に謝った。

 

「いや、謝らなくていい。最初から言ってたからな。それにな?」

 

黙って続きを聞く。

 

「私だけじゃない。華琳様もまた、お前を高く評価されていた」

 

マジかっ

 

「真名の交換に至り、引き留めることが秘密裏に課されていたのだが……」

 

だから報告会での、あの呟きか。

そしてチラリと凪を横目で見てみると、凄く何かを言いたそうにしていた。

ごめんよ。

 

「いやすまん。愚痴になってしまったな。旅の目的が何かは知らんが、いつでも戻ってこい」

 

「ああ。ありがとう」

 

何とも有り難いお言葉だ。

全てが終わったら、そういう日も来るだろう。

言い終えた夏侯淵は席を立ち、北郷君たちの方へ向かって行った。

 

「リョウ殿。良かったのですか?その、真名のことは…」

 

その後ろ姿を眺めていた俺に、凪が小声で聞いてくる。

うん。

まあ、タイミングを見て言おうとは思ってるんだけどね。

 

「まあ、大丈夫だろう」

 

「そうでしょうか…」

 

凪は不安なようだ。

図らずも隠し事をしてる形になってるからな。

むぅ、仕方ない。

 

「よし凪、李典たちのとこに行くぞ」

 

「あ、はい」

 

いざ、暴露大会へ!

 

 

* * *

 

 

「あら呂羽。…と、凪も」

 

李典を探していると、曹操様が現れた。

典韋も一緒だ。

 

「どうもー」

 

そして俺たちを見る曹操様は、何を思ったか突然ニヤリと悪い笑みを浮かべる。

凄く嫌な予感。

 

「ねえ。呂羽と凪は、深い仲なの?」

 

「な、なななななににょ!?」

 

「な、凪さん。落ち着いて下さいっ!」

 

突然そんなことをぶっこんでくる曹操様。

そして凪が瞬間沸騰。

 

「なんですか、唐突に」

 

「あら。だって貴方、凪を抱えてたじゃない。それも、凪の部屋に向かいながら」

 

oh…

なんか聞こえた気がしたけど、まさかの曹操様でしたか。

 

「呂羽さんと凪さん、そうだったのですか……?」

 

凪を落ち着かせていたはずの典韋が、顔を真っ赤にしてる。

何を想像してるんだね君は。

 

あとその体勢で呟くと、凪の挙動が怪しいのだが。

 

「わ、わたわたしが……アイタッ」

 

うん、落ち着け。

スコンッと手刀を当てて気付けを行う。

 

ビール瓶切り。

 

この世界には多分ビールがないので技名を言う訳にはいかないが、せっかく再現したのだから使っときたい。

本当は一旦身体を後方に捻ってから、水平に全力フックを放つ感じなんだが。

力を抜いて、気も込めずに軽ぅく当てる感じにしておいた。

 

「あれは、疲弊した彼女を部屋に送って行っただけですよ」

 

「疲弊した、ねえ」

 

「そうなんですか?」

 

「う、うむ」

 

淡々と弁明する俺。

意味深な笑みを浮かべ、目を細める曹操様。

キョトンとした表情で凪に聞く典韋。

若干顔を赤くしたまま答える凪。

 

カオス。

 

そんな混沌とした空間に、鋼の救世主が!

 

「凪ちゃん、どうしたの?すっごく、顔が赤いの~」

 

「な、なんでもない!」

 

来なかった。

 

「おー、兄ちゃん。こんなとこにおったんか」

 

来たのは于禁と李典だった。

そうそう、目的は彼女たちに暴露大会することだったね。

 

「北郷君はもういいのかい?」

 

「あー、隊長は桂花となんか話してたわ」

 

「沙和は、お兄さんに聞きたいことがあってきたの!」

 

なんでしょう。

これまた嫌な予感しかしないんだが。

 

「お兄さんはー、凪ちゃんとどこまで進んでるの~?」

 

凪、爆発。

せっかく鎮火してたのにね。

于禁め、相変わらず空気読まんでからに。

 

「良い感じに仕上がってきてるよ。共に修練を積む相手がいるのは有り難いことだ」

 

だからこっちも、敢えてずれた回答をしてやったさ。

 

「むう。そういうんじゃないのー!」

 

むきーと怒る于禁。

いちいちリアクションが大きくて楽しい奴だな。

 

「まあまあ沙和、兄ちゃんはそういう人やねんから」

 

どんな人だ。

 

「ふふっ。沙和、真桜。いいことを教えてあげるわ」

 

スッと横から入り込んできた曹操様。

口の端が思い切り吊り上ってるぞ。

 

「実は昨日ね、呂羽ったら凪を……」

 

oh

 

「な、なんやてぇー!?に、兄ちゃん、ホンマかいな!」

 

「凄いの!情熱的なのー!!」

 

「曹操様にも言ったけど、疲れて倒れた凪を介抱しただけだって」

 

……?

仕方なく再度弁明を試みるが、何故が場がシーンと静まり返った。

 

「ん?どうかしたか?」

 

曹操様も李典も于禁も、典韋までも目を真ん丸にしてこっちを見詰めている。

 

「あ、あの。リョウ殿……」

 

「凪?……あっ」

 

はい、暴露ー。

素だった。

暴露大会にしようとは思ってたけど、タイミングを見てこっそり仕込もうと思ってたのに。

 

しくじったー!

 

「は、ははは。兄ちゃん、そういうことかいなー」

 

李典が理解したようで、乾いた笑いを上げている。

 

「凪ちゃん、ずるいの!」

 

同じく于禁も騒ぎだす。

 

「ちょ、呂羽…貴様。一体どういうことだ!?」

 

いつの間にか近くにいた夏侯淵さんが激怒。

すまない、凪は特別なんだ。

 

 

「あ!凪が変やったあん時、まさかっ」

 

「なになに?詳しく聞かせて欲しいの!」

 

その後はもう、てんやわんやのお祭り状態。

場に居た面子以外の、北郷君やら夏候惇やらも巻き込んでの大騒ぎ。

 

まあ、曹操様と夏侯淵から追いかけられたのは良い思い出になったね。

イヤホント。

 

 

ドタバタ劇から数日後、俺は何事もなかったかのように凪たちに別れを告げ、陳留から旅立った。

別れ際には、最後に曹操様からも声をかけて貰えた。

 

「呂羽!次会った時は手加減しないから、覚悟しておきなさい?」

 

もの凄く良い笑顔だった。

激励の言葉だと受け止めておきます。

 

 




・ビール瓶切り
初代龍虎での気力アップの修行から、後に必殺技に昇華した存在。
使い勝手も含め、何も必殺技にしなくても…とか思いました。

これにて陳留編は終了。次回から洛陽編が始まります。


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16 虎咆疾風拳

陳留を出た俺は、各地を彷徨いながら洛陽を目指した。

 

真っ直ぐ目指さなかったのは、やっぱ色々情報を仕入れたかったからさ。

路銀に余裕があったと言うのも大きい。

曹操様に感謝だね。

 

…あ、そういえば。

覇王翔吼拳を披露しようと思ってたけど、ドタバタしてて忘れてたなぁ。

まあ、今後の展開を考えれば嫌でも披露する機会はあるか。

その機会が良いものかはさておき。

 

と、余り彷徨ってては時間がいくらあっても足りない。

ある程度線引きして、外れすぎないように気を付けないとね。

 

 

あちこちで聞き込んだりした結果、様々な情報が集まった。

ううむ、取捨選択や精査が大変だ。

軍師なんて絶対なれないわー。

 

良く聞く名前は、董卓に袁紹、そして曹操様。

次いで袁術や孫策、公孫賛に孔融と言ったあたり。

 

あとは劉備ちゃん、一つ街を任されて頑張ってるんだね。

善政っぽいって評判だよ。

やったね!

 

地理的に、北部の方々が中心になってくるのは仕方がない。

こうして色んな噂やらを収集しつつ、洛陽に辿り着いた。

 

うん、でかいな。

陳留も整備されたいい街だったけど、洛陽もまた凄い。

さて、とりあえず宿でも探すとするか。

 

 

* * *

 

 

宿を見つけて、洛陽に逗留してから既に三日目。

お上りさんよろしく物見遊山してたけど、そろそろ方向性を決めないといかんな。

 

のんびり考えながら、通りを散歩していた。

 

「危ない!」

 

すると隣から悲鳴が上がり、見ると女性に向かって物凄い勢いで木材が迫っていた。

 

咄嗟に気を纏い、後背にぐぐっと力を溜めてから、勢いよく半身バネを使って左腕を突き出した。

 

「虎咆疾風拳!」

 

どごんっと鈍い音がして迫りくる木材を粉砕。

女性は守られたが、木材の価値は死亡した。

 

「大丈夫かい?」

 

「あ、ありがとうございます」

 

街の人かな。

怪我がなくて何よりだ。

 

しかし木材は……、あっちの荷車から落ちて来たのか。

商人と思しき者があわあわしてるな。

一応、一言声かけておこうか。

 

「そこの者!」

 

そこで突然声がしたかと思うと、ムンズッと突き出した腕を誰かに掴まれた。

 

うぇーい!?

結構な力ですねぇ。

 

「なかなかの剛力だ。その力、我が軍で生かさないか!?」

 

「え、どちら様?」

 

「董卓様が臣。華雄だ!」

 

ドーン!

そんな擬音が聞こえてきた気がした。

 

「さあ、参ろうか!」

 

何も言えないでいると、そのまま腕を手繰って引っ張られる。

…ええっ?

 

助けた女性と商人の人がポカンしてるのが印象的だった。

多分、俺も似たような顔してるんだろうな。

 

良く分らないまま、華雄と名乗った妙齢の女性にドナドナされる俺だった。

 

 

* * *

 

 

「さあ、やるぞ!」

 

恐らく董卓軍の練兵場だろう場所に連れてこられ、華雄は武器を構えて上記の言葉。

いや、どういうことだよ。

 

「やるって、何を?」

 

「もちろん、腕試しだっ」

 

今あったことをありのまま話すぜ。

俺は洛陽の街を散歩してて、ひょんなことから女性を助けたつもりだった。

そしたら次の瞬間、華雄と対戦することになっていた。

何を言っているか分らないと思うが、俺も訳が分からない。

頭が沸騰しそうだった。

 

「先ほど一連の流れを見ていた。その武才が本物か、確かめてやる!」

 

有難迷惑だ!

とは思ったものの、よくよく思い起こせば、華雄と言えば董卓軍の武官の一人だったはず。

華雄軍は洛陽の街を警固していると言うことで、市井での評判は良かった。

 

作品ではチョイ役だった気もするが、実際見てみると中々格好いいお姉さんじゃないか。

かゆーねーさん。

ゴロも良い。

 

どういう星の巡り会わせか知らんが、手合せの機会が来たと言うなら否はない。

流れが意味不明過ぎて暫し呆然としたが、もう落ち着いた。

 

「じゃあ、行くぞ」

 

「来い!」

 

 

この日から、俺は華雄隊の一員となった。

相変わらず理解を超えて事態が進む。

……まあ、いいか。

 

 

* * *

 

 

「副長!次はこちらをお願いします」

 

「はいはいっとー」

 

洛陽の華雄軍は、新たに副長となった人物についての噂で持ち切りだった。

なんと!初見で華雄がその実力を認め、副長に抜擢したと言うのだ。

一体何者なんだ…?

何を隠そう、俺である。

 

ちなみに副長に抜擢されたのは、俺が事務処理を出来たからだ。

華雄って結構部下思いで面倒見はいいけど、事務処理は苦手っぽいんだよね。

何か夏候惇を思い出すな。

 

陳留で勉強してた甲斐があった。

ありがとう北郷君。

 

 

「華雄、居る?」

 

「居ませんよ」

 

執務室に華雄姉さんが居ることは少ない。

大体は俺か、もう一人の元々副長だった人が居るだけだ。

いや事務方の人は数名いるんだけど。

 

行き成りどこの馬の骨とも知れん奴が副長に任命されたら、元居た人は普通嫌がるんじゃないかと思うよね。

でも、事務処理出来る人が増えて良かったとむしろ喜ばれたのには驚いた。

分らんもんである。

 

「そう。華雄の現場主義にも困ったものね」

 

「だからこそ、民や部下にも慕われてる訳ですが」

 

「まあ、そうよね」

 

副長になって喋る機会が増えたこの人。

董卓軍の軍師、賈駆さんその人だ。

ツリ目がキュートって前に誰かが言ってたが、眉を寄せてジト目になってることが多い。

大変そうだもんね。

 

「……まあ、あんたでもいいか。ちょっと着いて来て」

 

そう言ってドナドナされる俺。

あれ、最近もあったなこんなこと。

 

ちなみに、董卓軍の方への自己紹介は一応してる。

華雄隊の副長って紹介だったから、あんまり印象には残ってないだろうけど。

 

そして連れてこられたのは賈駆の執務室。

何が始まるんです?

 

「お、賈駆っち。ようやく来たか。…ん?そっちの奴は確か華雄の…」

 

「華雄が不在でね。副長のこいつを代わりに連れて来たわ」

 

「どうも、華雄隊副長の呂羽です」

 

「おー、華雄が自慢しとった奴やな?」

 

なにそれ詳しく。

 

「霞、それは後でね。ねねが来たら始めるわよ」

 

残念。

ところで賈駆っちの執務室にいたのは張遼さん。

サラシを巻いた関西弁の姐さんである。

 

 

ねねこと陳宮がやって来て、何かの報告会が始まった。

 

「この物資はこっちにやるから、張遼隊はこれだけ。呂布隊はこっちを、華雄隊は…」

 

「ならばこちらはこう分けて、賈駆隊の分をこうすれば良いと思うのですぞ」

 

ひょいひょいと仕分けて行く賈駆さんに、陳宮が補足を入れていく。

俺は言われるがままに華雄隊の実績と消費予測を伝え、次の物資配給願いを出している。

 

あ、予算会議だこれ。

 

陳留で色々勉強した甲斐があった。

ありがとう、夏侯淵さん!

 

 

「ふう、大体こんなとこかしら」

 

終わったようだ。

疲れた。

しかし華雄ねーさん、これ前はどうしてたんだ?

 

「呂羽がおって良かったわ。華雄はホンマ適当やったらからなー」

 

疑問が顔に出てたのか、張遼が答えてくれた。

ねーさん、マジか。

前副長の苦労が偲ばれるぜ。

 

「ところで、当たり前のように居るお前。何者です?」

 

「華雄隊副長の呂羽です。宜しく」

 

ここに来て俺の存在に疑問を感じたようで、陳宮が難しい顔をして尋ねてきた。

だから改めて、自己紹介をしたのだが。

 

何やら、むむむと唸っている。

そして。

 

「呂羽ですと?呂布殿と似た名前なんて、う、羨ましくなんかないのですぞー!」

 

羨ましいらしい。

そう言うと陳宮は、走り去ってしまった。

いつの間にか張遼さんも居なくなってる。

 

正式に仕官したはいいが、全員と仲良くなる道は遠く険しそうだ。

 

「あ、ちょっとあんた。霞が忘れて行ったこの書簡、ついでに届けて頂戴」

 

そう言って書簡を押し付けられ、賈駆っちはさっさと仕事に戻って行った。

遠く、険しそうだ……。

 

 

 




・虎咆疾風拳
出展はKOF99で、雷神剛の代替品として虎咆に繋ぐことが可能。
使い勝手は悪くはないけど、使わなくても問題ない感じでした。
NBC版はちょっと格好いいと思います。

15話にて誤字報告適用しました。ありがとうございます!


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17 雷煌拳

他者視点詰合せ


我が名は華雄。

董卓様配下において随一の猛将だ。

 

呂布には勝てないがな。

あれは仕方ない。

だが、いつかは一本なりとも取って見せる!

 

さて、我が華雄隊は洛陽の市中警固を任されている。

今日も今日とて街中を訪れ、巡回していた。

 

うむ、民たちも元気があって結構なことだ。

これも全て我らや董卓様のお陰であるな!

 

そう胸を張っていると、ふと視界の奥で不安定に揺れる荷車が見えた。

 

むむっ、積み荷は木材か。

あれは危険だ。

ふとしたことで傾き倒れたら、市井の民に迷惑がかかってしまう。

 

確認していると、今にも倒れそうになっている。

いかん、急いで向かわねば!

 

得物を振り上げながら全力で走り寄るが、無情にも先に木材が落下してしまう。

くっ、間に合えーっ

 

「虎咆疾風拳!」

 

どごんっ

何!?

 

ぎりぎりで間に合わないと感じた瞬間、近くにいた若い男が拳で木材を粉砕してしまった。

 

しかも救った女に声をかけて心配までしている。

これはもしや、器量持ちの逸材と言う奴か?

 

我が軍は、というより董卓様の置かれた立場は未だ不安定だ。

あの男を我が軍に引き入れたら、董卓様を守る力をさらに向上させることが出来るはず!

 

よし、善は急げ。

早速勧誘だ!

 

「そこの者!」

 

勢いのままに、突き出した男の腕を掴む。

うむ、鍛えられた良い腕だ!

 

「なかなかの剛力だ。その力、我が軍で生かさないか!?」

 

「え、どちら様?」

 

改めてしっかり見たが、なかなか精悍な顔付き。

ますます我が軍に相応しい。

 

誰かと尋ねられたなら、誇りを持って答えるのが将というもの。

 

「董卓様が臣。華雄だ!」

 

我が名を披露すると、吃驚した顔をした。

ここらでは見ない顔だから旅の者かと思ったが、我が名を知っているとはやるではないか。

 

だとすれば話は早い。

 

「我らはこの街の警固を担っている。対応できる貴様のような人材が必要なのだが、どうだ?」

 

副長から、常々こう言った時はこう言えば良い、と言われてたことを思い出しながら口にする。

ちょっと早口になってしまったが、問題あるまい。

 

おい貴様、ちゃんと聞いてるか?

腕を掴む手に力を込めると、少し顔をしかめて頷いた。

よし!

 

「さあ、参ろうか!」

 

私は意気揚々と男の腕を掴んだまま、城の練兵場へ向かっていった。

おっと、助けられた女と商人のことは部下に任せよう。

頼んだぞ!

 

 

* * *

 

 

道すがら話を聞くに、この男は旅の格闘家で呂羽と言うらしい。

なるほど、格闘家であれば先の動きも分かるというもの。

 

早速練兵場で腕試しをしてみたところ、なんと素手で私の動きに対応してみせた。

それに、気弾なんて初めて見たぞ!

良い拾いものをした。

 

おっと、我が副長に引き合わせねば。

副長の言った通りにしたら、ちゃんと着いてきてくれたのだ。

うむ、流石だ。

 

「副長、居るか!」

 

「これは将軍。どうしました?」

 

「新人が入った。紹介しよう、呂羽だ!」

 

「あ、どうも。呂羽です」

 

うむ、挨拶が出来る良い奴だ。

そのあと副長と呂羽が何やら話をしていた。

 

何かと尋ねれば、給金について副長が説明していたとのこと。

ふむ、その辺は全部副長に任せてある。

 

最近、少し苦労をかけている気もするな。

今度飲みに連れていってやろう。

そうだ、呂羽との親睦会も兼ねるといいな。

うむ!

 

「将軍、呂羽殿は客将が良いとのことですが……」

 

「よし副長、呂羽とともに今夜繰り出すぞ!」

 

「……。それと、武官でよいのですよね?」

 

「なんだ呂羽。読み書き算術なんか出来るのか?」

 

「いやまあ、出来なくも……」

 

「呂羽殿!正式に文武官として仕官して下さるのですよね?…ねっ?」

 

「えっ……あ、はい」

 

唐突に副長が声を張り上げ、呂羽に迫っている。

久しぶりに見たな、副長の本気。

何に本気になったのかは分らんが。

 

しかし呂羽の奴め、なんと多芸な。

武もあり学もある。

そんな奴が転がり込んでくるとは。

 

これはますます良い拾いものをしたな!

うむ、ならば副長の仕事を手伝わせてみよう。

 

 

その夜、二人を連れて街に繰り出し飲ませてやった。

 

「将軍、呂羽殿は紛れもない逸材。是非、新しい副長に!」

 

「そうか!副長が言うなら間違いないな。呂羽、貴様を副長に任じる!」

 

「ちょ、おま……っ、副長さんもいいのかそれで!?」

 

「何を仰る副長殿。わたしめはただの一文官。おっと、どうぞ今後ともよしなに」

 

「なんだ呂羽、何か不満でもあるのか?」

 

「いや……」

 

(まあ、流れを見るには内側からの方が良いっちゃ良いか…)

 

何か呂羽がぶつぶつ言ってるが、問題はなさそうだ。

よし!

 

「ならば、新副長の呂羽に乾杯だ!」

 

「新しい副長に乾杯!」

 

「お前たちに完敗だぜ」

 

三人で杯を掲げ、乾杯した。

ん?呂羽、何か言ったか?

 

 

* * *

 

 

「華雄、最近なんや機嫌ええな。なんかあったん?」

 

む、張遼か。

ふむ。

我が眼力で得た、新しい副長の自慢でもしてやるか!

 

 

「ほぉー、華雄隊の新しい副長なあ。で、肝心の腕の方はどうなんや」

 

「それこそ問題ない。徒手空拳であそこまでのやり手、他には知らん」

 

「へぇ。華雄がそこまで言うなんてなぁ、こりゃ楽しみやな…」

 

最後の方は聞こえなかったが、部下の自慢は気分がいい。

よし、一杯奢ってやろう!

 

 

* * * *

 

 

城壁の上で一人ちびちび飲んでると、賈駆っちがやってきた。

 

色々動いているようで、恐らく戦が近いのだろう。

気に入らんなぁ。

どうにもキナ臭い。

 

「袁紹よ」

 

ん?

隣に腰を下ろした賈駆っちが呟いた。

 

「近いうちに発表するけど、あいつらが主だって攻めてくる見込みなの」

 

「ほうかー」

 

月も詠も、平穏を望んどるっちゅーのに。

ままならんもんやなあ。

 

「……それで、霞。華雄隊はどんな感じ?」

 

暗い雰囲気を変えるがごとく、努めて平坦な声色で話を振ってきた。

 

「ああ。あの呂羽っちゅう副長がええ感じにまとめてくれとるで」

 

あれはええ。

賈駆っちと示し合わせて、書簡をわざと忘れて届けてもろうた際。

軽く手合わせしてみたんやけど、いやあ凄かったわぁ。

 

雷煌拳、言うたかな?

 

気弾だけでも珍しいのに、まさか跳ねるとはなー。

思わず足を止めてしもうて、それが敗因になった。

 

いやはや、武器がなくてもああまでやってのける奴がおるなんて。

世界は広いと改めて思うた。

華雄が自慢するのも分かるってもんや。

 

だからこそ、次は本気でやりおうてみたい。

そう思わずにはおれんかった。

 

「ま、なんにせよや」

 

「ええ。降りかかる火の粉は、払わないとね。頼りにしてるわよ?」

 

「おう、任せとき!」

 

袁紹、か。

あの派手好きのやることや、どうせ諸侯に声かけて寄って集ってくるやろ。

 

ええで、雁首揃えて来るなら来いや。

そこら中で派手にやったる!

 

 

 




・雷煌拳
初出展は龍虎2でユリが使用。
空中から両手で気弾を撃ち出し、地面に当たると爆発します。
爆発したものが跳ねた様に見えたのでしょう。


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18 龍牙

予算会議の後、賈駆っちから依頼されて張遼へ届け物をした。

その時に軽く付き合えと手合せをして以降、何かと絡まれることが増えた。

 

俺は日々、隊の事務処理をしつつ、華雄姉さんや張遼との手合わせをして過ごしている。

一方で董卓軍最強として有名な、呂布ちんとの手合せを仕組まれたりもしたけれど、運が良いのか悪いのか。

留守だったり昼寝してたりお腹が空いていたりと、まともに試合する機会には恵まれていない。

勝てるイメージは湧かないけど、極限ファイターとしては対戦してみたいよな。

 

そんな姿を見ていた隊員の中には、俺の使う体術を習いたいと申し出てくる者まで現れた。

 

凪の時と同様、弟子は取らないと言ったのだが、基礎だけでもと前副長にも頼まれてしまった。

確かに極限流を一から教えるのは難しい。

しかし、型や軸の取り方。

気の扱いや精神的なものを教えるだけでも違うとは思う。

 

そして凪の時でも思ったことだが、教えると言う行動は己を省みることにも繋がる。

自分が分ってないと教えることなど出来ないからだ。

 

深くは考えてなかったが、洛陽の市中警固を華雄隊が勤めていること。

そして城内に宦官が(多分)居ないことから、恐らく戦いが近いのだろう。

空気も多少、張りつめてる箇所があった。

 

ふむ、ならば。

己を鍛えなおす意味でも、隊員への指南はありだと思う。

 

あ、でも弟子じゃないから。

あくまでも基礎的なことの指導だから!

 

心の中で凪に言い訳しつつ、隊員たちへ極限流の基礎を叩き込むことにした。

 

 

こうやって指導を続けていると、改めて凪の凄さを感じるな。

ほぼ独学であそこまで修めるなんて、才気は当然、なによりも努力の凄まじさを実感させられる。

 

うむ、俺も負けてはいられない。

次にいつ何処で、どんな形で会っても恥ずかしくないよう、より厳しく修行をしなければ!

 

 

* * *

 

 

「てやぁぁぁっっ」

 

「シィッ」

 

極限流の基礎を指導をしている隊員たちを相手に、色んなメニューを考えては試行錯誤する日々。

型や軸の取り方、精神的な指導はまあまあ進んでいる。

 

しかし気の扱いは、半ば予想通り全然だな。

ほぼ全ての隊員は気を扱いきれず、一握りの隊員も無意識下で使ってるだけだと分かった。

意識して使い、気弾などとして扱うことが出来る奴はいなかった。

 

凪の特別感がマシマシだ。

 

その無意識下で使ってる隊員、どこかで見た気がする。

隊員としての履歴は俺より若干長い程度で、元は黄巾党に居たとか。

戦いの経験があり、飲み込みも早く筋も良い。

 

基礎を取得したことで、かなりのスピードで伸びてる。

今も組手をしているのだが、跳躍からの叩きつけに自信を持って来たようだ。

 

でも変な自信を付けてもいかんので、いっちょ撃ち落とそう。

 

「龍牙!」

 

左腕に気を込め、斜め上に抉るようにアッパーを打ち上げる。

気を纏った左拳で相手の剣先を避けてヒット。

 

「今のは中々良かった。もっと精進しろよ!」

 

よーし、一本!

 

 

コイツは特殊だが、俺の指導を受け組手を行う隊員はかなり多くなってきた。

もちろん華雄隊が大部分だが、賈駆隊や張遼隊などからも参加者が居る。

 

この集団は、非公式に呂羽隊と呼ばれているらしい。

上官たちも何も言わんし、問題ないのだろう。

実際、横の繋がりが広くなるのも、部隊間の連携をとる際には良いことだしな。

 

よし、この調子で進めるぞ!

押忍!

 

 

* * *

 

 

ある日、華雄姉さんが軍議に呼ばれて出掛けて行った。

会議は軽くスルーする姉さんだが、軍議となれば張り切って出て行く。

 

ある意味わかりやすいが、温かい苦笑一つで終わるのは人徳か。

 

さて、姉さんが居ないとなれば副長の俺が隊をまとめることになる。

とは言っても、特別何かすることがある訳でもない。

 

普段通りに執務を行い、何かあれば確認に出向き、事の次第によっては将軍へ注進する。

そんなもんで、特に何事もなく昼になった。

執務を一通り終わらせた俺は、昼休憩がてら街へ繰り出した。

 

 

平和な街中の風景を見ながら、俺は今後に思いを馳せる。

 

陳留で曹操様に仕えるのを拒んだのは、北郷君を消させないためだ。

北郷君が消えるのは、歴史を大幅に変えてしまったからだったはず。

 

主なところでは、戦死するはずの人間を生かす。

負ける戦いに勝つ。

三国を統一する、などであろうか。

 

そして曹操様が魏を打ち建て、覇道を進む中にカギはあると見た。

北郷君が曹操様と共に歩む道を邪魔することが、北郷君救済の道じゃないかと。

 

それを為すには、彼らと敵対する道が一番だ。

獅子身中の虫よろしく暗躍するって手もあるにはあるが。

どう考えても向いてない。

 

最終的にどの勢力に身を置いて、あるいは個人で動くかは決めてない。

しかし色んな人脈を作っておくことは大事だ。

 

顔見世程度だが劉備軍とも接触したし、半ば流された状況だが今は董卓軍に入り込んだ。

董卓ちゃんとは会えてないが、これは良いだろう。

それ以外の主な将とは面識を得てるし、俺の立場も悪くない。

 

今後、遠くないうちに反董卓連合が成立すると思われる。

連合側に付いて名声を得ると言うことも考えられたが、もう無理だ。

 

今の俺は華雄軍の副長。

それなりに愛着も湧いたし、何より華雄姉さん。

原作でどうなったのかは分らないが、あまり良い扱いじゃなかったと思う。

 

北郷君同様、姉さんも助けたいところだ。

ちゃんと注視しておこう。

 

話が逸れたが、北郷君を消さないために曹操様の覇道を邪魔するという方針で確定。

 

凪や夏侯淵と直接ぶつかる可能性も高い。

何とか逃げ切らねば……。

あ、ちょっと怖くなってきた。

 

 

そうそう、忘れちゃいけないことがある。

北郷君救済、などと言ってはみたものの、別に誰かから頼まれた訳じゃない。

 

原作を知って思った、俺の自己満足でしかない。

これを聞いたら如何に北郷君でも怒るだろう。

曹操様なら、死神の鎌を振るうことを躊躇わないだろうな。

 

これを、心に深く刻み込んでおかなくては……。

 

 

ともあれ、まずは直近の戦いとなるであろう反董卓連合。

ここでは董卓軍、華雄軍として奮戦することに否はない。

 

曹操様たちに披露できなかった覇王翔吼拳。

存分に披露してやろう。

 

その後の話だ。

連合軍との戦いはまあ、紆余曲折あっても多分負けるだろう。

 

その際に董卓ちゃんと賈駆っちは劉備ちゃんに保護される、はず。

近いとこに居ればフォローも出来るんだが、今のところ俺に出来ることはない。

 

問題は俺だ。

華雄姉さんが無事なら、一緒に行動するのも吝かじゃない。

しかしそうじゃない時は……。

 

ま、これはその時になってから考えようか。

頼るべき諸侯も、連合戦の最中に観察するべきだな。

 

 

「うし、こんなもんだな!」

 

ちょっとごちゃごちゃしてしまったが、大まかな方針を整理出来た。

そろそろ華雄姉さんが戻って来てるかも知れない。

 

午後の執務もあるしな、俺も戻るとしよう。

 

 

夕方になり、厳しい表情の華雄姉さんが戻ってきて、事態は風雲急を告げる。

いよいよ来たか!

 

 




・龍牙
龍虎2で初出展のロバートが使う対空技。
虎咆より、やや斜め横方向に移動すると言う特性があります。
ちなみに虎咆もそうですが、龍虎2では二発目の判定は膝にありました。

17話誤字報告適用しました。脱字もありました。ありがとうございました。

追伸。今回の風邪は厳しそうです。
予告なく連載が途絶えた場合、ダメだったんだなって思って下さい。


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19 空中覇王翔吼拳

反董卓連合が結成された。

 

各地の諸侯に檄文が飛ぶ。

帝を操り、悪政を敷いて民を苦しめる董卓を討て、と。

 

発起人は袁紹。

高笑いで有名な、ないすばでぇのクルクル金ピカさんだ。

 

 

* * *

 

 

「皆、聞け!」

 

戻ってきた華雄姉さんにより、隊員たちが集められた。

 

「我ら誇り高き華雄隊は董卓様の御為、出陣することとなる」

 

淡々と、歴戦の将らしく語る姉さん。

 

反董卓連合が結成されたこと。

連合の首魁は袁紹であろうこと。

そして、来るとしたら東から。

 

「泗水関という堅固な関がある。我らはそこに詰め、袁紹らを打ち破るのだ!」

 

よって洛陽の警固は賈駆隊と交代する、とも。

 

「仕掛けてきたのは奴らの方。一切の容赦は不要だ!」

 

そう言って締めるや、皆も鬨の声を上げて意気軒高だ。

俺も少し高揚してるのを自覚する。

 

落ち着かせるつもりで、賈駆っちから貰った情報を付け足す。

 

「有力な諸侯はまず袁紹。次いで袁術、曹操と馬騰に公孫賛。それに孫策。あとは、最近力を付けてきた劉備だな」

 

兵力は十三万から十五万と言ったところ。

すげぇなぁ。

 

薙ぎ払い甲斐がありそうだ。

 

ちなみに華雄姉さんは一言も言わなかったが、俺が貰った方針書には籠城とある。

時間を稼ぎながら戦うのが定石と言うことなんだろう。

 

華雄隊だけなら突撃、粉砕、大喝采!だよね。

 

賈駆っちも当然分ってるのだろう、関の主将に張遼を指名していた。

華雄姉さんは副将になる。

 

あと何故か今回、俺も一隊を預かることになった。

仮称・呂羽隊。

 

旗を掲げるほど立派なもんじゃない、華雄隊の中の一部隊だけどな。

俺が指導してきた奴らの中で、希望者が集って出来た烏合の衆だ。

烏合の衆は言い過ぎだけど、今の俺に集団行動の指導なんて出来ないからな。

 

まあ、基本的には華雄隊副長としての仕事がメインだ。

その傍ら一部隊を指揮してみろってことだろう。

初めての経験だが、せっかくの機会だし頑張ってみるとしよう。

 

そうそう、虎牢関には呂布と陳宮が詰めるみたいだ。

多分華雄姉さんは突撃するだろうから、危なくなったら逃げる算段も必要かと思われる。

地図をよくよく確認しておこう。

 

 

その夜。

城の中庭で簡単な酒宴が催された。

各隊の将も兵も入りまじり、楽しみ騒いでいる。

 

俺も仮称・呂羽隊に配属された隊員らと飲んでいた。

 

「副長、いつか絶対あんたを超えて見せる!」

 

そんな熱い奴もいたり、

 

「あの時のこと、絶対に忘れません。きっと、復讐を…」

 

なんて呟く奴もいたり。

皆と親睦を深めつつ、次なる戦へ向けて英気を養っていた。

 

中庭の奥、賈駆っちの近くに儚げな少女が一人。

あれが董卓ちゃんか。

心優しく、配下の皆が傷つくのを好まないと聞いた。

 

そして、華雄姉さんが武を捧げてる主である。

なら俺は、その華雄姉さんを支えることで、間接的ながら幾許かでも負担を和らげるよう努めよう。

 

 

* * *

 

 

張遼隊、華雄隊は泗水関に着陣。

数はおよそ四万。

仮称・呂羽隊も含まれる。

 

連合軍側も徐々に集結しつつある。

開戦まで、もう間もない。

 

戦いの方針は、まずは籠城。

 

よって、まずは補給の確認と城壁や門の補修。

そして攻城軍への主たる攻撃方法、即ち弓矢や落石の準備を整えた。

 

基本的な戦略として、門を開けるのは負けた時だけ。

戦う手段は弓や投石といった、飛び道具に限る。

そう、賈駆っちの方針を噛み砕いて説明した。

 

猪突を行う華雄に、それを抑える張遼。

そんな図式が念頭にあったが、付き合ってみるに張遼だって余裕で戦闘狂だ。

一騎打ちとかも大好きだった。

 

俺も大好きだ。

 

みんな大好き。

 

やばいな、これ……。

 

だからこそ、自制して上記の通り門を開けちゃダメですよーっと言ってるんだ。

しかし華雄姉さんの自制心が切れた時、その時は俺も一緒に出て行く。

むしろ、俺が率先して出て行くつもりだ。

張遼には負けないぞ。

 

 

そして、ついに接敵。

先方は劉備軍と孫策軍。

 

「よし、敵が出て来たな。門を開モガ」

 

「アホ!話聞いとらんかったんか。時間稼いでくっちゅー話やったやろうが!」

 

「何を言う!ジッとしてるだけじゃ勝てんのだぞ!?」

 

そして端から籠城のつもりがない華雄姉さんと、すぐさま抑えにかかる張遼。

せっかく遠距離攻撃準備したのに、使う前からそれは流石にないよね。

 

敵の動き次第で判断すべきだと思うのだが。

 

「まあまあ、二人とも。まだ準備も整ってなさそうだし、少し落ち着こうぜ」

 

宥めると、とりあえずは矛を収めてくれた。

先が思いやられると張遼がぼやいていたが、激しく同感です。

 

華雄姉さんはここに居ても仕方ないと思ったのか、気まぐれ巡回を始めた。

密偵対策にいいかも知れないな。

 

 

翌日、遂に劉備軍と孫策軍が進撃し始めた。

 

そして始まる激しい口撃。

舌戦じゃない。

ただの罵詈雑言だ。

 

言ってるのは主に関羽さん。

声が良く通るのね。

 

次にやって来たのは多分孫策さん。

 

あ、やばっ

 

「我が母、孫堅に敗れた華雄に告げる!」

 

後ろで燃え上がる激情。

迸り連鎖するパトス。

 

「我が誇りを傷つけ、思い上がった愚か者に鉄槌を!全軍、突撃準備ッ」

 

あ、もう鎮火出来ないな。

とりあえず張遼と虎牢関に使者を出しておこう。

 

そして俺も、気を練り上げて備えることにした。

 

「華雄将軍」

 

「なんだ呂羽!止めるなよ!?」

 

言っても止まらないでしょうに。

 

「違う。開幕の合図は俺に任せてくれ」

 

そう言って既に開門しつつある門の前に立つ。

弓隊と投石隊には、関の上から援護射撃するように指示しておこうか。

 

さて、気はいい感じに纏えているな。

 

「じゃ、俺の合図で突撃してくれ」

 

僚友たちに言葉をかけ、眼前を注視。

スッと身体全体の力を抜き、両腕を交差。

 

「覇王ぉ……」

 

交差させた腕の向こうで、視界が開けた。

 

「翔吼拳ッ」

 

一瞬だけ腰溜めに引き、すぐさま両手を前に突き出す。

青く大きな気弾が放出され、同時に姉さんが突撃を指示。

大きなうねりとなって動き出した。

 

俺はそれを尻目に一旦門の上に駆け上がり、両足に気と力を込めた。

 

再度両腕を前に掲げ、気を集約。

右側腰部に両手の掌で圧縮するように溜め、全力で地面を蹴り跳躍。

 

狙うは劉備軍や孫策軍の更に先。

袁紹軍の牙門旗。

 

「覇王翔吼拳!!」

 

反動で後ろに吹き飛ばされながら、目で軌道を確認。

よし、いける。

開幕ぶっぱ(二発目)で旗を吹っ飛ばしてやるぜ!

 

 

 




18話でも誤字報告適用しました。いつもありがとうございます。

最近のトレンドは喉と熱。


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20 猛虎雷神刹

青く輝き、大きな判定を持ったまま高スピードで飛んでいく。

調整を続けてきた俺の覇王翔吼拳は、遂に目標のラインを越えた練度の物に成長した。

 

開門ぶっぱした最初の覇王翔吼拳は、雲霞の如く群がっていた敵兵を面白いように薙ぎ払った。

戦果は主に劉備軍で被害甚大の模様。

 

華雄姉さんはそこに突っ込んだ。

 

禁句を飛ばして挑発した孫策軍に突っ込むかとも思ったが、流石は将軍。

戦いの機を見る目は間違いなかった。

被害の大きかった劉備軍の穴を、さらに穿つが如く荒らし回って行く。

 

一方の孫策軍には、後から出てきた張遼隊が殺到。

華雄姉さんの抑えに疲れた張遼が、鬱憤を晴らすが如く攻め散らかしている。

こちらにも覇王翔吼拳の余波でダメージが通ってるようだった。

 

二発目のぶっぱは空中発射。

こちらは意図的にやや練度を落とし、スピード重視のオレンジ色。

 

狙ったのは袁紹の牙門旗。

そして目測違わず、見事に袁の旗を貫いた。

 

牙門旗は中頃から消失し、残ったのは無駄に立派なただの棒。

袁紹軍は、誇らしげにただの棒を掲げている。

 

傍らに佇む呂羽隊(仮称は取った)に指示し、これ見よがしに嘲笑させる。

袁紹軍の面目は丸潰れ、だ。

 

これには董卓軍の士気が大いに向上。

遠目に見える張遼も、本気で爆笑してる。

いやおい、ちゃんと戦えよ。

 

おっと、袁紹軍の棒(笑)が震えてるな。

棒の近くで金髪クルクルが見え隠れ。

動揺してるのが丸分かりだぜ。

 

「────ッッッ!!」

 

袁紹が何事かを叫ぶ。

恐らく金切声を上げたのだろう。

こっちまで響いてきてやがる。

 

袁紹軍の全体が蠢き始めた。

真っ当な指揮系統を通さず動かすには、袁紹軍の身代は大き過ぎる。

動揺は加速し、近くの諸侯にも伝播していった。

 

「よし、呂羽隊各員に告ぐ。身体の幹をしっかり締めて、全速進軍。ガンガン行こうぜ!」

 

それを確認したところで俺の指揮する部隊に指示。

呂羽隊は、一部隊として集団行動するなら烏合の衆も同然だ。

付け焼刃でどうにかなるようなもんでもない。

 

よって、遊撃を主とすることにした。

少人数でまとまり、各部隊の側面や後方を守りつつ、時には正面に回り込んで攻撃に加わったりと。

そんなことを周知している。

 

一応の隊長たる俺からして、遊撃要員だと思ってるしな。

丁度いいだろ。

 

ほとんど全員を出撃させて、手近に残るのは僅かに六名。

うち四名は門の補助要員として残す。

 

残りの二名。

呂羽隊の副官的な役割を担う、一人は牛輔。

また一人は韓忠と言った。

 

「旗を折るったぁ、大将、剛毅だねぇ。袁紹の奴、屈辱に塗れて怒り狂ってるぜ」

 

ニヤニヤしながら言うのは牛輔。

出身は華雄隊でも張遼隊でも賈駆隊でもない、異色の武官。

なんでも、董卓ちゃんの親戚にあたるらしい。

 

確かに、董卓ちゃんと髪の色とか顔の造詣とか似てる。

彼女を活発にしたらこうなるかも知れない、という可能性を見た思いだ。

 

それより、やっぱ旗を折られるのは屈辱なのか。

日本の戦国時代とかでも、旗指物を取られるのは武士として屈辱とかあったけど。

詳しくは知らんかったが、期待した効果が得られるなら何よりだ。

 

「流石は副長です。その外道ぶり、実に見習いたいものです」

 

冷静な口調で毒を吐くのが韓忠。

どうも以前、俺に外道なことをされたことがあるらしい。

華雄隊に入って偶然再会し、復讐を目論んでいるとか。

 

確かにどこかで見たことがある気はするんだが、生憎と記憶にない。

詳しく教えてくれればいいのにな。

 

ともかく、この二人が呂羽隊の中でも無意識的にも気を扱える要員だ。

気を扱えると言うことは、ある程度の防御率を誇ることにも繋がる。

俺はこれから敵陣に突っ込むが、連れて行くなら堅い奴の方がいいからな。

 

「おっと、動くぜ!」

 

牛輔の言葉通り、袁紹軍はその物量そのままに前進を始めていた。

先方の劉備軍のことなぞ、お構いなしだ。

 

哀れ、後ろの味方に飲み込まれる形となった劉備軍。

その動揺は計り知れない。

 

「切り込み時です」

 

韓忠の言葉に呼応し、気を巡らせる。

よし、じゃあ行くぜ!

 

「極限流空手、破れるものなら破ってみろ!」

 

 

* * *

 

 

「オラァ!」

 

足下を薙いで来る敵兵を蹴りつけて跳躍。

そのまま山なりに飛びつつ右腕を掲げ、気を込めた手刀を勢いよく振り下ろす。

 

「雷神刹!」

 

近くにいた敵兵をまとめて叩き伏せ、状況を確認。

 

混乱の極致にあった劉備軍。

はわわ軍師の機転と、見かねた公孫賛の騎馬隊による助勢を得て、何とか退避に成功。

今は青息吐息の状態にあるようだ。

 

華雄姉さん率いる本隊も、敢えて劉備軍を追わずにそのまま袁紹軍に向かって行った。

まあ、この事態を引き起こした張本人が目の前にいたら、そりゃ突っ込みたくなるよね。

俺もそれを追い、袁紹軍を横合いから突っ突いている。

 

「劉備軍は捨て置くのですか?」

 

今なら止めを刺せますよ、と韓忠は避難中の劉備軍が気になる様子。

確かに、今は戦闘に加わってないが、準備を整え何時また横から突き入れられるとも知れない。

 

それに、兵士たちが整わなくとも一騎当千の武将たちが出てくる可能性もある。

関羽とか張飛とか、多分居るだろう趙雲とか。

うん、怖いな。

 

「牛輔、警戒しといてくれ」

 

「了解っと!」

 

まずは袁紹軍と華雄姉さんが優先だから、牛輔を派遣することにした。

何かあったら知らせてくれな?

 

 

さて、と。

 

俺は気力も十分、まだまだ暴れられるぜ!

 

しかし覇王翔吼拳のような大技はともかく、虎煌拳や虎煌撃を普通に撃ってても複数相手には余り向かない。

ならば凪の様に、ドッカンドッカン派手にやるのも一つの手、か。

 

そこで、若干アレンジした虎煌拳を試してみることに。

原作にはない技だが、組み合わせるだけだからいけると思う。

 

「はっ…おぉぅりゃぁぁーっ!」

 

雷神刹の振り上げた腕に気を集め、振り下ろす手刀を掌底の形に保ちつつ虎煌拳を放つ。

放った虎煌拳を、虎煌撃の要領で気弾ごと地面に叩き付け、雷煌拳が如く爆発させる。

 

試してみたら出来たのは嬉しいのだが、ふと気付いてしまった。

これ、某パワーゲイザーの劣化版だよな。

 

ところで俺の気弾は通常、青かオレンジっぽい色をしている。

しばらく修行してて分かったことだが、気の練り込み方によってこれが若干変わってくる。

頑張って調整すれば、ユリの雷煌拳みたいにピンク色の気弾も出来ると言うことが分かった。

まあ、やったところで大した意味はないがな。

 

なんてどうでもいいことを考えながら、劣化ゲイザーでドッカンドッカン派手にやっていた。

すると、近くにいた韓忠が微妙な表情で俺を見ていることに気付く。

気弾を使うたびにこの表情するんだよな、こいつ。

 

そういや黄巾党に居たって言うし、案外それで俺に仕留められたりしたのかもな。

ま、何も言ってこないから大丈夫だろ。

 

 

* * *

 

 

調子に乗ってドッカンドッカン暴れてる俺だが、ちゃんと袁紹軍の深部には食い込まないよう気を付けてる。

華雄姉さんはちょっと食い込み過ぎだな。

目を離さないようにしないと。

 

一方、張遼は孫策たちと良い勝負をしているようだが。

数の差もあり、袁術軍の一部とも干戈を交えているみたいだ。

 

呂羽軍の有象無象はあちこちで遊撃してるよ。

ちゃんと韓忠は把握してるらしい。

凄いなお前。

 

これだけ多種多様な将兵がいても、徒手空拳なのは俺ただ一人。

体術のみで戦う奴の絶対数も少ない。

韓忠や牛輔も剣、鉈などを使ってるからな。

いかに凪が特別だったのか、分かる気がするな。

 

そして、ふと凪のことを考えたのがフラグだったらしい。

 

 

俺に向かって迫る、見覚えのある気弾。

すぐさま虎煌拳で相殺。

 

 

土煙が晴れた先に居たのは、紛うこと無き凪その人。

 

チラリと奥を確認すると、華雄姉さんに良いようにされてた袁紹軍に曹操様が手当をしたようで。

李典と于禁が支えるように動いているのが少し見えた。

そして、華雄隊の動きも若干鈍っている。

潮の目が変わってきたか。

 

すぐに退きたいところだが、対峙する凪が許してくれそうもない。

強い眼差しで見詰められている。

良く知らない状態だと、睨まれてると勘違いしたかも知れないほどに。

 

凪の身体から溢れるのは敵意ではなく、純粋な戦意。

それが見て取れたならば、格闘家としては応えねばなるまい。

 

「韓忠。将軍に伝令、皆を連れて下がれ」

 

凪から目を逸らさず、周囲に警告。

組手や試合とはまた違う、久方ぶりに感じる高揚感が身を焦がす。

 

 

スッと腰を落とし、両手を構える。

 

俺の動きを見た凪もまた、足を軽く開き、構えた。

 

互いの呼吸が浅くなり、気が充足していく様が見えるかのよう。

いざ。

 

「行くぞ!」

 

「行きます!」

 

 




・猛虎雷神刹
ふわっと前方に跳んで空手チョップを放つ技として、KOF97で実装。
ジャンプ頂点頃に当てると普通に吹っ飛ぶが、着地際で当てると強制ダウンを奪える。
作品によってはダウン追撃にも使えるようです。


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21 旋燕連舞脚

「暫烈拳!」

 

「幻影脚!」

 

研ぎ澄まされた拳と蹴りが交差し、昂じた気により火花が散るかのよう。

実に心が躍る。

一隊を率いたり副長として補佐に努めたりしていたが、やはり俺の根底にあるのは格闘家としてのそれだった。

 

相対する凪も、随分と強く鋭くなっていた。

正直想像以上だ。

 

繰り出す一手が上手く躱され、予測した一手が来ずに初動に遅れが生じる。

一々考えていては対応できないほどに、激しい攻防。

 

これは、奥義を繰り出すのも惜しくはない。

 

そう思ってしまう程だ。

しかし、それは叶わない。

 

俺が立つ今の立場、戦況、時間などから断念せざるを得なかった。

 

華雄隊の動きが予想以上に鈍い。

韓忠に退くよう伝えさせたはずだが、上手くいって無いようだ。

 

こうなっては泥沼になりかねない。

早めに直言して撤退させねば。

 

だからと言って、凪は何もせずに逃がしてくれるような甘い相手じゃない。

そこで、ひとつ区切りとすべき行動を起こした。

 

 

凪の呼吸を読み、踏み込む一歩のタイミングに合わせて俺も無呼吸で踏み込む。

体勢を低くして懐に潜り込むように入り、溜めなしで下から宛がう様に左アッパーを叩き込む。

そこから右ボディブロー、左サイドキックと連続で繋げて、最後に右ジャンプハイキックで吹っ飛ばした。

 

うむ、綺麗に入ったな。

 

「今の連撃は旋燕連舞脚。参考にしてくれよな」

 

もっと色々言いたいこともあったし、凪も言いたいことはあっただろう。

残念ながらここは戦場で、今は一刻を争う時だった。

諦めるしかない。

 

吹っ飛ばされた先で荒い息を吐く凪を見詰め、そして言った。

 

「修行して強くなれ!俺はそれ以上の修行をして強くなってやる!」

 

俺は身を翻し、華雄姉さんの下へ急いだ。

 

 

* * *

 

 

敵味方入り交る戦場を進む。

その中に、見覚えのある姿を発見。

 

韓忠が、誰かに押し切られかけていた。

技量で劣るのに粘れているのは、少なからず気を扱えるからだろう。

 

「虎煌拳ッ」

 

しかしそれも限界がある。

あわやと言うところで、横槍を入れて助けた。

 

「誰や!」

 

「おっと、李典か」

 

「なんっ…兄ちゃん!?」

 

まともに戦う李典の姿を見るのはえらい久しぶりだ。

そりゃ流石に李典が相手じゃ、韓忠ではまだ厳しかろう。

 

「無事か?それで、将軍は」

 

「ありがとう、ございます。華雄将軍は更に深く進んでおりまして…」

 

辿り着けてないところに李典に捉まった、か。

だとしたら、華雄姉さんのとこに居るのは于禁かな。

 

「やっぱ兄ちゃんやったんやな、袁紹の旗ぶっ飛ばしたんは」

 

そういや李典は覇王翔吼拳を知ってるもんな。

 

「華琳様もエライ驚いててな、すぐさま凪に兄ちゃんを捕えるよう命令してたで」

 

「ちゃんとお披露目出来て良かったぜ。凪とは、あっちの方でやりあってきたぞ」

 

「ちゃんとて…。でもそか、やっぱ凪だけじゃキツかったかぁ」

 

「だがとても強くなっていた。それでも負ける訳には行かないがな」

 

「ホンマは、ウチら三人であたる予定やったんけどな。それでも結果は変わらんかったかもな」

 

いや、流石に三対一は厳しいかも知れないぞ。

凪が一人で行くと、そう言ってくれたお陰で助かった訳か。

 

「まあ、それはともかく」

 

「言いたいことは分かるが、断る!」

 

李典がドリルのような武器を構えて言いかけるが、機先を制して断った。

 

ある意味、李典を韓忠で抑えていたとも言える状況。

于禁だけなら華雄姉さんも問題ないはず。

しかし袁紹軍は数だけは多いし、まあまあ優秀な武官もいた。

 

言っちゃ悪いが、李典や于禁に構ってる暇はない。

 

「李典、構えろ」

 

「ん?そら戦いやし構えとるけど…って、おわぁっ!?」

 

天地覇煌拳。

 

どごんっと思い切り腰を落とした正拳突きを放ち、李典を吹っ飛ばした。

以前夏候惇に披露した時よりは気の練りを甘くしたから、ダメージは然程でもないだろう。

 

「よし、韓忠。退路を確保しとけ!」

 

韓忠に指示を出して、俺は再び駆け出した。

 

 

* * *

 

 

華雄姉さんの下に辿り着くころには、結構な時間が経っていた。

どんだけ深く入り込んでんだよ。

 

到達するまでに、一般兵はもちろん袁紹軍の武将たちを随分吹っ飛ばしてきたってのもあるけど。

皆金ぴかで、ほとんど顔も名も知らぬ奴らだったが。

 

そしてようやく、華雄姉さんの真後ろに辿り着いた。

 

「はぁーーーーーーっ!」

 

金剛爆斧を振り回し、袁紹軍の兵士を吹き飛ばす姉さんの図。

まだ余裕がありそうだが、やはり近くに于禁もいた。

 

凪、李典と来て次は于禁か。

三人仲良く吹っ飛ばそう。

 

「于禁」

 

「へ?あ、…きゃあっ」

 

一声かけてからの虎咆疾風拳。

ボコンっと一撃。

 

不意打ちで悪いが、時間がないのよ。

 

「華雄姉さん」

 

「おお、呂羽か!」

 

「潮時です。退きましょう」

 

「なにぃ!?」

 

「このままだと押し込まれる。今なら退路の確保も出来てるから、さあ早く!」

 

「チッ……退くぞ!」

 

猪武者と称される姉さんだけど、まだ冷静でいてくれ良かった。

 

「おーっほっほっほっ!三国一の名家であるこのわたくしから、逃げられるとお思い?」

 

なんか聞こえたが、無視して反転撤収の準備を進める。

とりあえずの殿は俺が勤めよう。

 

華雄姉さんに率いられ、本隊が関の方へ戻って行く。

それを見た袁紹軍が、ここぞとばかりに攻勢をかける姿勢を見せた。

 

簡単には越えさせないぜ?

本日三発目となるが、覇王翔吼拳で後顧の憂いを少しでも減らしてから、な。

 

両手に気を回す。

腕の節々に、少し痺れてるような感覚がある。

 

ちょいとばかり無理をし過ぎたかな。

でも倒れる訳にはいかないし、やるっきゃない。

 

「はおぉーぅ……」

 

おぉぉ、力が抜ける……ぬぅぅぅっ

俺は負けん!

 

「翔吼拳っ」

 

ズバァッと、でっかい見慣れた気弾が袁紹軍目掛けて吸い込まれて行く。

パッと見はいつもの覇王翔吼拳だが、気の練りが全然ダメだった。

まだ一日経ってないってのにこの体たらく。

今後は、気力充足の修行も積まないとダメだな。

 

まあ今回は、こんなんでも問題なかったみたいだ。

疲れてるのは相手も同じ。

俺が思う以上にバタバタと倒れる範囲が狭かったが、それでも足を止めるには十分だった。

 

 

* * *

 

 

「大将!劉備軍が動くぞっ」

 

泗水関に戻る華雄隊の殿を務めていると、警戒させていた牛輔から一報が入った。

実に効果的で、嫌なタイミングだ。

幼女軍師の力量に間違いはない、か。

 

「分かった。俺は前に行くから、後方は任せるぞ」

 

「ああ、任せろ!」

 

とても嫌な予感がするので、華雄隊の一番前に行くことにした。

必死に追いついた俺の目に飛び込んできたのは、関羽さんの刃が華雄姉さんの首に吸い込まれそうになっている瞬間だった。

 

 

 




・旋燕連舞脚
初出はKOF99でまたもやロバートの技。
極限流連舞脚と違い、いつでも出せる場合が多い。

熱はともかく、喉と咳がヤバいので病院に行ってきました。
薬飲んで、とっとこ寝て治すのが一番なのでしょうね。


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22 龍閃拳

華雄姉さんが危ない。

そう思った次の瞬間、反射的に身体が動いていた。

 

全身に纏っていた気を一時的に下半身と腕に集約。

可視化されるほどに凝縮された気を纏い、軸足を前方に大きく踏み込むように一歩分滑らせる。

そして大きく引き絞った腕に気を纏わせて、利き足の一歩と同時に突き出す正拳。

 

「どっせぇーーいっ!!」

 

半ば無意識のうちに放ったそれは、龍閃拳。

本来は気を纏うのに長い溜めが必要だが、緊急時で無意識に省略して出来たらしい。

火事場のなんちゃらって奴かな。

 

ガァンッと衝撃ひとつ。

 

「ぐっ!」

 

「ぬっ?」

 

ふと気を取り直して確認すると、首筋から血を流すも無事な姿の華雄姉さん。

それと、正拳突きが刺さってたたらを踏む関羽。

 

「り、呂羽か!」

 

「ぬぅ、貴様!?」

 

「華雄姉さん、退いて!」

 

「……すまん!」

 

すかさず華雄姉さんと関羽の間に入り、姉さんを逃がすように動く。

すぐに姉さんは周囲の隊員たちに守られ、関に向かって退いて行った。

そして俺は、体勢を立て直した関羽と対峙する。

 

「貴様、確か呂羽とか言ったな」

 

「ああ、一瞥以来だな」

 

「曹操の下に居たはずの貴様が、何故こんなところにいる?」

 

「まあ色々あってな」

 

話ながらも関羽から視線を外さない。

そのまま奥の方で、韓忠を主とした呂羽隊が劉備軍の方へ向かっていくのを確認。

あと、少し。

 

「ところで、趙雲もそっちにいるのか?」

 

「む?ああ、今は我らの同志だ」

 

てことは、韓忠には荷が重いな。

早めに切り上げさせないと。

 

「お喋りはもう良いだろう。華雄は逃がしたが、貴様はここで仕留める!」

 

「意気軒昂だな。ここらで手打ちと行かないか?」

 

「問答無用!」

 

やはり血気盛んだなぁ。

鋭くも単調な突きを捌きながら、奥に居た隊員に目で合図をする。

その隊員は、持っていた旗を大きく振った。

 

すると、韓忠に率いられた呂羽隊が劉備軍に攻めかかった。

 

「なに!?」

 

まさかの動きに驚く関羽さん。

董卓軍は今、全軍撤退の最中だ。

 

それを狙って出てきたのが劉備軍、というか動ける少数精鋭の関羽たちだった。

なのに、その劉備軍の本隊が狙われるとは思うはずもない。

 

予想通り劉備軍の本隊は動揺して揺れている。

関羽がここに居たってことは、張飛もどこか、例えば張遼のとこにでも行ってるのだろう。

趙雲がどうかはわからんが、あの動揺ぶりからして張飛と一緒に出てたのかな。

 

いずれにしても、趙雲は素早いのですぐに戻ってくるだろう。

その時、韓忠では太刀打ちできまい。

関羽や張飛も戻ろうとするだろうから、その時を狙って退かせないとな。

 

「どこへ行く?」

 

本隊の方へ戻ろうと踵を返しかけた関羽に、回し蹴りを放ち留める。

 

「く!邪魔を、するなぁーっ」

 

軽く躱され、反撃されるも力が入って無い。

動揺してるのが丸分りだぞ。

 

「だからさっき言っただろ。手打ちにしないかって」

 

「…貴様っ!」

 

おお、怖い怖い。

凪とは違う、本気で敵意入った睨みはおっそろしいねぇ。

 

あ、劉備軍の動揺が収まりつつある。

このままだと不味い。

 

「ま、そんな訳だ。手打ちでいいな?」

 

「くっ、いいだろう。この勝負、次会う時まで預けておこう!」

 

言い捨てて、速攻で身を翻しかけて行く関羽さん。

そんなに劉備ちゃんのことが心配なんだね。

美しき義姉妹愛、か。

 

すぐに隊員に合図を送り、再度旗が振られて呂羽隊が撤収に入った。

俺も撤退しよう。

 

「よし、全軍撤退。ガンガン退こうぜ!」

 

見れば、張遼隊も退きつつある。

戦場に取り残されるのは御免だからな。

 

袁紹軍の先鋒が迫って来たのを、虎煌撃で散らしながら撤退した。

華雄姉さん、大丈夫かねー。

 

 

* * *

 

 

泗水関に戻った俺に知らされたのは、この関を破棄すると言う決定。

先の戦いで門やらなんやら、かなり破壊されたらしい。

だからこのまま籠城するのは危険、との判断だった。

 

まあ、仕方ない。

華雄姉さんの傷も深く、命に別状はないけど指揮するのは厳しいって状態だったし。

 

虎牢関には呂布と陳宮がいる。

賈駆っちもいるんだったかな?

 

出直しだ。

夜陰に紛れ、虎牢関に退こう。

 

安静が必要な華雄姉さんを最初に。

華雄隊は、副長である俺が代理で率いた。

最後は張遼隊。

 

「ホントなら、火でもかけて放棄したいとこやけどなぁ」

 

それしたら夜陰に紛れる意味が全くなくなる。

止めといてくれ。

 

夜半過ぎ、悟られることなく無事に泗水関から脱出。

虎牢関に退くことが出来た。

 

 

* * *

 

 

「霞!無事だった?」

 

虎牢関に着くと、賈駆っちが迎えてくれた。

丁度張遼が辿り着いたところだ。

 

「おう、なんとかな。面目ない、ロクにもたんかったわ…」

 

「報告は聞いた。それで、華雄の容体は?」

 

大まかな状況は牛輔に先触れさせておいた。

華雄姉さんの負傷も、そこで。

 

「命に別状はないで。ただ、次の戦いに間に合うかは……」

 

「そう…。いえ、助かっただけでも良かったわ」

 

賈駆っちはそう言って安堵し、微かに笑みを浮かべた。

おお、レアい。

頑張って助けた甲斐があったぜ。

いや、そのために頑張った訳じゃないけど。

 

でもすぐに、いつのも険しい表情に戻ってしまった。

もったいない。

 

「でも華雄が使えないのは、ちょっと痛いわね…」

 

「ああ、それなら大丈夫や」

 

「え?」

 

「呂羽がおる。副長やし、任せれば大丈夫や。な?」

 

そう言ってこっちにぶん投げてくる張遼。

何言うてますのん。

 

「そう。霞がそう言うなら、そうなんでしょうね」

 

いやいや、賈駆っちまで何を!

 

「呂羽。華雄の分まで、とまでは言わないけど。とにかく頼んだわよ」

 

えー…って、賈駆っち。

始めて俺のこと名前で呼んでくれたな。

今までコイツとかあんたとかだったのに。

 

むむーん、しゃーないな。

 

「分かった。微力を尽くすとしよう」

 

「ええ。今、隊の編成と物資の配給手配を進めてる。華雄にも伝えておいて」

 

「承知した」

 

まずは華雄姉さんに報告か。

ああでも絶対、無理してでも自分が出るとか言いそう。

 

 

 




・龍閃拳
出展は餓狼MOWのマルコ。
リョウが使うのはMr.KARATEとしてで、名前も龍仙拳。
いずれ進化版として出そう、とか思ったりしています。


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23 死兆拳

「この程度の傷、舐めとけば治る!」

 

華雄姉さん、首は舐められんでしょ。

いや、そう言う事ではなく。

 

華雄姉さんの負傷に伴い、華雄隊は再編成された。

 

張遼の推薦と賈駆っちの承認により、華雄隊は副長の俺が三分の二ほどを率いることに。

残りは一応、張遼と賈駆っちが分散して率いることになっている。

 

そう報告したのだが。

 

「私も戦場に出る!問題なぞない!」

 

なんて主張して冒頭の発言に繋がる訳だ。

でもどう見ても重傷だし、問題しかないぜ。

戦場に出るなんざ論外だ。

 

何とか寝かしつけて、牛輔を監視に就けて出てきた。

いっそ洛陽まで退かせるか。

董卓ちゃんを直接護衛するためとか言えば、案外すんなり行くかも…?

賈駆っちに聞いてみよう。

 

そう思い、陣幕を出る。

と、殺気?

 

「副長、覚悟!」

 

「むっ、死兆拳!」

 

俺の死角から鉈を振るって迫る韓忠を受け止め、同時にその身体に気を撃ち込む。

そしてすぐに小爆発させ、吹き飛ばした。

 

気を爆発させた箇所の服が破れ、肌が露わに。

 

「くぅっ…」

 

「まだ甘い。ほれ、これで隠しとけ」

 

危険な部位ではないとはいえ、あまり晒しておくのも悪いだろう。

そう思い、持っていた手拭を渡してやる。

韓忠は乱暴に受け取ると、涙目で一睨みしてから走り去った。

 

変わらんな、あいつ。

時間があると、いつもああやって勝負をかけてくるんだ。

いやまあ、いつでもかかって来いと言ったのは俺なんだけどね。

そして毎度軽く撃退してるのも俺なんだけどね。

 

戦場に出ると、何事も無かったかのように冷静で毒吐くいつもの振る舞い。

慣れるまでは落差に戸惑ったものだ。

 

 

* * *

 

 

「伝令!敵影、確認されました!」

 

華雄姉さんの処遇を相談していると、敵影が確認されたと報告。

虎牢関に辿り着いてから三日後のことだった。

 

こうなれば、代理とは言え俺は華雄隊を率いねばならない。

以前より姉さんと手合せとかしてたお陰で、兵士からの信頼も得られている。

指揮系統に不備が生じることはないだろう。

 

むしろ問題は、俺。

 

俺は姉さんと違って一点集中型だ。

虎煌拳しかり、飛燕疾風脚しかり。

 

姉さんが爆斧を振りかぶって横薙ぎにするように、面での戦いをするには覇王翔吼拳を撃つしかない。

 

まあ、この世界の戦場は武器がメイン。

武器を持った奴らが相手だから、覇王翔吼拳を撃ちまくらざるを得ないのだが。

 

連射が効くものじゃないからな。

ちゃんと考えないと、先日みたいに気力切れになってしまいかねん。

 

気力切れと言えば、飛ばない虎煌拳を上手く扱えば面での戦闘に対応できるかも知れないな。

遠くまで飛ばさない代わりに纏う枠を増やし、一度に多量放出するとか。

試してみる価値あり、だな。

 

 

とは言え、今回はすぐに出撃するようなことにはならないだろう。

いわゆる我慢できない人は、残念ながら華雄姉さんくらいだし。

 

まずは弓矢やら投石での応酬になる。

つまり飛び道具。

そう、俺の出番だ。

 

さて、仕寄ってくるのはどちらさんかな?

 

 

──オーホッホッホ……。

 

金色の軍隊。

 

 

宜しい、ならばでっかいのをお見舞いしてくれよう。

新調したのか、前よりでっかい牙門旗もあるしな。

ふっ、良い的だぜ。

 

 

隊を一時的に韓忠に任せ、俺は一人門の上に立つ。

 

おー、絶景かな絶景かな。

見えるのは金と赤に藍色などなど。

 

泗水関の時と違い、門を開いてないから空中に躍り出る必要がない。

十二分に練り込んだ覇王翔吼拳をご披露しよう。

 

 

大きく息を吸い込み、両手両足に気を練り配す。

丹田に力を集めつつ、息を浅めに吐き出し続ける。

簡単に言うと深呼吸だな。

 

両手を前で交差し、諸手を腰に溜め置く。

 

イメージするのは大きな面、且つ多段構成。

今までで最大規模のものだ。

 

「ぬぅぅぅ……っ」

 

気力が充実していくのを感じる。

周囲の空気が張りつめる。

 

「覇王、翔吼拳ーーッッ!!」

 

 

よし、手応えあり。

飛んで行った気弾、その練度、大きさ、色艶などどれをとっても非の打ちどころがない。

 

問題は動作が遅すぎて、今のところ使い道がぶっぱ砲台しかないことだろうか。

これもまた、もっと素早く放てるように修行しなければな。

 

 

「呂羽、あんたやることがえぐいわね」

 

ふと気付くと後ろに賈駆っちがいた。

張遼もか。

 

「そやで。前ん時も思うたけど、敵さん相当屈辱やろなぁ」

 

「え、何?あれ泗水関でもやったの?」

 

「ああ。袁紹の旗吹っ飛ばしてん。いやあ、傑作やったわ!」

 

けらけらと機嫌よさげに笑う張遼。

そんなに笑うとこじゃないと思うがな。

いや、牛輔も似たような感じだったから一般的には正しいのか?

 

「でも、爽快ね。袁紹に屈辱を味わわせてるって思うと」

 

「そやろそやろ!」

 

ああ、そういう。

今のこの状況は、袁紹のせいでもある。

ちょっとした意趣返しみたいなもんか。

 

「でも呂羽。完全に諸侯から目を付けられたわね」

 

「そやなー。旗を折るなんてマネ、普通は呂羽以外できへんもんな」

 

旗を折ってフラグが建った訳ですね、分ります。

だれうま。

 

まあ、その可能性は高いかもしれん。

今回は今までになく、大いに練り込んだ覇王翔吼拳を撃つことが出来た。

その成果は、概ね満足できるものとなった。

 

但し、代わりに。

 

「袁紹に袁術、陶謙。それにあれは、曹操のとこかしら?」

 

範囲を広げようとしたのは確かだけど、巻き込む範囲が思ったよりも広くてね。

袁紹の後ろにいた曹操様の旗も、ちょっと損傷しちゃった、かも?

 

……激怒した曹操様の顔が浮かんでくる。

 

戦場だからね!

仕方ないよね!

 

いくら俺が逃避したところで、現実は非情である。

 

「呂羽を餌にすれば、結構釣れるかも知れないわね…」

 

「お、それいいな。特に袁紹とか、やりたい放題やんか」

 

果たして敵の士気は下がっているのか。

むしろ上がっているのではないか。

 

怒髪天を衝く。

そんな状態になって居れば、むしろ袁紹なんかは組し易い。

 

そういう意味で、賈駆っちたちが言うのは間違いじゃないと思う。

ただねぇ。

曹操様はねぇ、冷静に怒り心頭してると思うんだ。

 

タダでさえ、次会ったら容赦しないとか言われてるのに。

より一層本気で逃げなければならなくなってしまった。

 

フラグ?

ぶっ飛ばしてやんよ!

 

 

「……ん?」

 

なんとなく、門が、開きつつ、あるような?

 

そんな俺たちの下に、バタバタと慌ただしく兵士が走り寄って来た。

 

「伝令!呂布将軍が出陣なされました!」

 

「なんやて!?」

 

「なんですって!?」

 

なんですとー。

まだ何も舌戦とかしてないよ?

 

「かぁー!華雄がおらんかったら大丈夫や思うてたんに、呂布ちんもかい!」

 

「くっ、釣られたのかしら。一緒に居るべきだった……」

 

とは言え、出てしまったからには仕方ない。

いくら呂布ちんとは言え、一隊だけでは包み込まれてしまう。

 

「仕方ないわ。二人とも、出るわよ!」

 

 

下に降りると、門から出て行く呂布隊の姿が見えた。

 

「呂羽、華雄隊を率いて中央をお願い!霞は左を!」

 

「承知!」

 

「任せとき!」

 

まさかこうも早く、出ることになるとはね…。

 

 




・死兆拳
餓狼WAの二代目Mr.カラテが使用。
敢えて使う必要性はないけど、とりあえず使ってみる技だと思います。

22話の誤字報告適用しました。
コメント含めて約10件のご指摘、ありがとうございました。
流石に首筋から首は流れませんよねー…。


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24 飛燕龍神脚

呂布隊に続いて出陣するのは華雄隊。

率いるのは副長たる俺。

 

今まで率いてた呂羽隊は、半ば親衛隊のように傍に居る。

役割は前と同じで遊撃だけどな。

あと、牛輔はいざという時のために華雄姉さんのとこに残してきた。

だから人員は補充したけど、戦力的にはやや減かね。

 

そうそう、呂布ちんの出陣の理由だけどね。

偶々近くに居た兵士さんが言うには、俺が牙門旗を圧し折ったせいらしい。

旗が折れたことにより場は騒然。

士気も下がってるんじゃないかって陳宮が言ったらしく、それを機会と捉えちゃったと。

 

そっか、まあ機会っちゃ機会だったかな。

仕方ないね。

 

ところで、覇王翔吼拳を放って諸侯の旗を折ったのが俺という事実。

果たして戦場で、どれだけの人間が気付くものか。

 

 

「いたぞ、あいつだ!」

 

「ここまで屈辱を受けてしまっては、全力で復讐せざるを得ない!」

 

「全軍前進、ぶっころせ!」

 

そんな心配は杞憂でした。

むしろ俺の狙われっぷりが酷い。

 

華雄隊なんて目もくれず、俺だけを狙ってくる数多の将兵。

お陰で呂布ちんと張遼さんが縦横無尽。

 

「さすがは副長。エサにはもってこいですね」

 

暗い笑みを浮かべる韓忠。

おいコラ。

華雄隊と俺との間を空けるんじゃない。

 

いや、まあなんだ。

ここまで明確に俺を目掛けて来られると、若干の恐怖もあるがむしろやり易さが際立つ。

迎撃的な意味で。

 

エサとは言いえて妙かも知れん。

好んでなりたいとは思わんが。

 

まあいい。

華雄隊の指揮は、一時的に韓忠に預けよう。

俺は一人で居る方が、隊員たちの受ける被害は減少しそうだし。

 

「おらぁっ!麗羽様のため、あたいの刃に貫かれて死ねぃ!…グフォッ」

 

どこかで見たような金色の将が振りかぶって迫って来るのを、踏み込みからのサマーソルト龍斬翔で退ける。

振り抜きが甘い。

 

「文ちゃん!…きゃあっ」

 

近くに居ながら、そちらに気を取られたもう一人の金色の将。

これまたどこかで見たような気もするが、気にせず滞空中に姿勢を矯正して、と。

 

「飛燕龍神脚!」

 

爪先から蹴り下ろし急降下、という謎の技で蹴り弾く。

蹴り下ろしと言うより、斜め下足刀というべきかも。

 

姿勢の矯正はともかく、急転直下には気の力が大きい。

物理法則無視してるからな。

この世界では仕事放棄気味なのはともかく。

 

さてさて、周囲は金色に溢れている。

しかし二人の将を退けたことにより、若干勢いが鈍ったか。

 

あとは韓忠と華雄隊に任せて、先を急ごう。

 

……そこでふと、思ったのだが。

慌てて出陣したはいいが、目的はどこに設定されているのだろうかと。

 

呂布ちん一人突出させるのは不味いってことで、彼女を拾って帰ることだろうか。

彼女の武勇に並び立ち、敵勢を突き崩してしまうことだろうか。

 

聞いてないけど、前者が正しそうな気がする。

俺としては後者の方が楽しそうだが。

 

うん、まあ。

 

目の前の敵は全部ぶっ飛ばす。

金色優先で。

差し当たり、これで間違いはあるまい。

 

 

* * *

 

 

モリモリと注がれる金色のお代り。

延々と迎撃することに若干飽きてきた頃。

 

ついに金色が疎らになってきた。

 

しかしそれは、敵兵の密度が下がることを意味しない。

いや、人口密度は下がった。

ただ、殺気の濃度が急上昇してる。

 

「来たな……」

 

 

道を間違ったと言わざるを得ない。

 

すぐさま踵を返し、もと来た道を戻るぉぉぉぉぉっっ!?

 

凄まじい怨念の乗った矢が一本、二本と頬を掠める。

 

「まずは話をしようか。そこに直れ」

 

クールボイスが心地よい。

どうも、お久しぶりです夏侯淵さん。

 

 

「ああ、そうだな。…本当は、ここまで来る予定はなかったのだが」

 

そう言って、スイッと流し目を送って来る夏侯淵。

たいそう絵になってはいるんだが、明らかに毒込めてるよね。

 

「断罪すべき者が居るというのではな。罠と分かっていても避けることは出来ない」

 

「罠とか、別に掛けてない…ですよ?」

 

「ほお…?」

 

あ、なんか逆鱗?

クールビューティがただの冷気になったよ。

 

「呂羽に引き寄せられたのは身代の大きい諸侯。まるで誘蛾灯だ」

 

俺に引き寄せられた諸侯の横合いを、呂布ちんと張遼がまんまと食い千切っているのだと続ける夏侯淵。

 

「貴様自身も、正面から兵士を粉砕してるしな」

 

確かに俯瞰的に見れば、そうなるかも知れない、のか?

 

「狙って、そう仕向けたんだろう?」

 

いやいやちょっと待って。

夏侯淵さん、それは買い被りと言うか言い掛かりですよ!

 

「まあ、御託はいい。お前に残された道は二つに一つだ」

 

「…なんでしょう?」

 

「大人しく降るか。……討たれるか、だ!」

 

「えーっと……」

 

選択の余地ないんじゃね?

 

「私は今、少々虫の居所が悪くてな」

 

少々じゃないと思う。

って口に出してないのに、めっちゃ睨まれた。

 

わぉ、絶対零度。

 

「さあ、答えを聞こうか。いや、大人しく討たれろ。そうしたら、華琳様の下へ連行してやる」

 

まさかの討ち取り推奨。

いや、死体を曹操様に披露しても仕方なくね?

降伏どこいった。

 

「断る。討ち取られるつもりはない」

 

そう答えるしかないよな。

 

それに今の俺は華雄隊副長。

相手が誰であろうと、安易に降伏など出来ようはずもない。

 

「そうか。交渉は決裂、だな…」

 

夏侯淵は、どこか嬉しそうにそう仰る。

そして、弓に矢を番え出した。

 

あ、直接?

 

「残念、だっ!」

 

ブオォーンっと夏候惇も真っ青の一撃が頬を掠める。

そういや夏候惇どこ行った?

 

夏侯淵は凄い速さで矢を番え、連続して放って来る。

それはそれで危険だが、上手く避けて懐に入りさえすれば!

 

「はあぁぁぁぁ!」

 

「シッ」

 

と、一歩踏み出そうとしたところで誰かが乱入。

飛び蹴りを左腕で捌き、横から飛んできた矢を必死に躱す。

 

「凪か!」

 

「リョウ殿!華琳様のため、本気で参ります」

 

凪の連撃と夏侯淵の矢。

そのコンビネーションは凄いもので、なかなか隙が見出せない。

 

さらには凪が……あ、凪?

ここにきてその気弾はちょーっと、厳しいかなーって……。

 

しかも溜めなしで行けるはずの気弾を、更に溜めてはる。

機を見計らってるのかも知れんけど。

 

これってあれだね、以前俺が指導して見せたやつ。

ちゃんと身になってるんだねぇ。

 

って感動してる場合じゃねえ!

やっべ、マジやっべぇ。

 

気弾を溜める分、凪の連撃はややペースが落ちた。

代わりに夏侯淵が矢を放つスピードがどんどん上がってる。

 

凪はともかく、夏侯淵は完全に殺しに来てた。

 

「覚悟願います!」

 

そして遂に、凪の気弾が放たれた。

 

 

 




23話、誤字箇所修正しました。ご指摘感謝です。

近頃、咳のし過ぎで腹筋が激しく筋肉痛。
あと夜寝れない。
風邪ってこんなに辛いものだったのか、と戦慄を禁じ得ない。
健康って大事ですね。


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25 気力溜め

他者視点詰め合わせ


一体全体、どう言う事ですの!?

 

関の方から、何やら大きく輝くものが飛んできたと思いましたら。

わたくしの牙門旗を飲み込み、あっという間に遥か彼方へ消え去ってしまいました。

 

三国一の名家であるこのわたくしを象徴するが如き、優雅で華麗な我が牙門旗。

それが、なんと見るも無残な姿に。

 

ゆ、許せませんわ!

一体誰が、このような野蛮なことを!?

 

「猪々子さん、斗詩さん。下手人を討ち取っておやりなさい!」

 

「あいよ!…斗詩ぃ、下手人って誰?」

 

「も~!麗羽様も文ちゃんも、ちゃんと考えて下さいよー!」

 

あらあら。

袁家の二枚看板のお二人に掛れば、下賤なものなど一捻りですわよ。

ええ。

 

三国一の名家であるわたくしの軍勢も当然、三国一。

さあ、全軍前進しなさい!

雄々しく!勇ましく!華麗に!

 

 

「あ、麗羽様!先陣は劉備隊ですが、どうしましょう?」

 

「何か問題が?劉備さんたちが、よりいっそう勇ましく進んで頂ければ済む話ですわ。」

 

「ええー…」

 

さて、野蛮な下手人のことはこれで良いでしょう。

問題は、あの優雅で華麗な旗を失ってしまったということ。

 

しかし!

三国一の当主であるわたくしは、この程度のことでは狼狽えませんわ!

 

こんなこともあろうかと、備えは万全ですわ。

さあ、次なる旗を掲げなさい!

 

おーっほっほっほっほ!

 

 

* * *

 

 

わたくしが動けば、泗水関を破ることなんて容易いものでしたわね。

次は虎牢関でしたか。

こちらも、すぐにわたくしの威光の前に跪くことになるでしょう。

 

いかに堅牢な関であろうと、わたくしの下に集った者たちが一気に掛れば一巻の終わり。

その為の布石は万全です。

 

劉備さんと孫策さん、それに白蓮さんは先の戦いで頑張って頂きました。

だから今回は、後方で英気を養って頂くことにしましたわ。

 

遂にわたくしの、三国一優雅な袁家の軍勢が先頭となるのです。

無様な真似はできませんことよ。

 

美羽さんと華琳さんを従えての先陣。

ふふ、まるで王者の行進。

気持ちいいですわ!

 

さあ皆さん!

開戦は近いですわよ?

準備を万端に整えるのです!

 

 

…あら。

門の上にどなたか立ってらっしゃる?

 

舌戦かしら。

いいわ、どんな野蛮なことを言うのか見物させてもらいましょう。

 

 

少し待っても何も始まらない。

だんだんとイライラしてきましたわ。

 

もういいですわ。

猪々子さん、ちょっとお水を……。

 

その瞬間、前にも見た大きく輝いた何かが放たれました。

それは上空をものすごい速さで進み、あっという間に後ろの方へ消え去っていきました。

 

あらあら、なんですの。

不発かしら?

 

そう言って笑おうとしましたが、出来ませんでした。

 

だって…。

 

「…姫ぇ。また…、旗が……」

 

そう、旗がなくなっていたのですもの。

またも、中ほどから上がぽっきりなくなっており、あまりのことに呆然としてしまいました。

 

慌てて周りを見回すと、美羽さんや華琳さんのところの旗にも被害があるようでしたわ。

 

流石のわたくしとしても、二度目ともなれば激情を抑えかねます。

これは、わたくしへの挑戦ですわね。

 

「みなさん!あの不埒者を、捕えて切り捨てなさい!」

 

絶対に、許しませんわ!

 

 

* * * *

 

 

「旗が……」

 

思わず呆然と呟いた。

俺が見上げる先には、つい先ほどまでそこに誇らしげにあったはずのものがない。

 

軍勢の中に複数ある、一軍を務める将の名を冠した牙門旗。

この一部に損傷、というか最も大事な旗の部分が消し飛んでいる。

 

そんな大それたことをやらかしたのは、虎牢関の上に立つあの人。

遠目でも分かる、特徴的な姿。

戦場とは思えないほどの軽装で、先の泗水関でも大いに活躍したらしい。

 

呂羽さん。

黄巾党の乱の後に旅立ち、洛陽に向かうらしいとは聞いたけど、まさか董卓軍に入っていたとは。

皆、特に凪は驚いていたなあ。

 

あ、でも華琳は喜んで見つけたら捕えるよう指示してた。

秋蘭も、どこか嬉しそうだった気がする。

 

泗水関の時は、袁紹軍が押し込まれた時に凪が向かって行ったけど取り逃がした。

華琳も咎めなかったし、凪も次こそはと意気込んでいた、のだが。

 

まさか、こんなことになるなんて。

 

泗水関を落とし、虎牢関に陣取ったその日のこと。

俺たちは袁紹軍の後ろに詰め、どう動くかを検討していた。

 

すると、関の方を警戒してた兵士が急いで入ってきて

 

「門の上に人影。動きがありそうです!」

 

と言ったから、一旦軍議は中止。

外の動きを確認していたんだ。

 

ふと、遠くで何かが光ったと思った次の瞬間。

ゴウンッと大きな音をさせながら、空中を光の塊が駆け抜けて行った。

 

近くに居た凪が、

 

「あれは、覇王翔吼拳…?」

 

と呟いていたから、例の覇王翔吼拳という技なんだろう。

泗水関の時は見えなかったしな。

まさかあそこまでのものだとは、思いもしなかった。

 

そして虎牢関の前面にあった袁紹、袁術、陶謙と言った有力諸侯の主な牙門旗が消滅。

少し離れた俺たち曹操軍と、馬騰軍や孫策軍にも被害が及んでいた。

 

孫策軍は少しダメージが入った程度で済んだが、こっちはそれどころじゃない。

メインである華琳のではないにしても、一つの旗が吹き飛ばされてしまったんだ。

 

これを知った華琳は激怒。

さっきまでは余裕の笑みで捕えて扱き使ってやる、なんて笑っていたもんだが。

眦を吊り上げ、秋蘭と凪に手荒く叩きのめせと言っていた。

 

秋蘭なんかも、討ち取ってくるなんて言ってたけど、流石に冗談だよな?

目が笑ってなかった気がしたけど……。

華琳もそのまま送り出しちゃうし。

 

呂羽さん。

なんであんなことしちゃったんですか。

流石に庇いようないですよ。

 

いや戦場だから仕方ないってのは分かる。

敵味方であるってことも。

 

でも華琳を本気で怒らせるのは、とても危ないと思うんだ。

流石に討ち取るなんてことはしないと思うけど、いやでも時代と世界を考えたら……。

 

呂羽さん、南無。

 

 

さて、呂羽さんの冥福を祈るのはここまでにして、俺は俺のやるべきことをしよう。

 

しかし最後にふと思う。

今回、董卓軍は全軍を放出してきている。

 

最強と名高い呂布。

神速の張遼。

そして、華雄軍に属している呂羽。

 

華琳は張遼を欲し、春蘭をそっちに回した。

呂羽さんの方に秋蘭を遣って、同時捕獲を試みてるようなんだが、上手くいくだろうか。

 

いや、別に彼女たちの力を信じてない訳じゃないんだ。

 

ただ、軍勢の旗だって一か所にまとまってあったわけじゃない。

いくら門の上から見渡せるからって、気弾一つでまとめて吹き飛ばせるなんて思いもしない。

それをやってのける呂羽という武将の力量。

 

その力が俺たちに向いた時、どうなるのだろうか。

秋蘭と凪だけで止められるのか、一抹の不安が過っていた。

 

 

 




・気力溜め
SVCの本気カラテの専用特殊動作。
必殺技じゃないとは思いますが、一応必殺技コーナーにクレジットされていたので。

24話の誤字報告適用しました。いつも助かります。

12月に入ってしまいました。
一応年内完結の予定です。


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26 極限流連舞脚

絶体絶命の大ピンチ。

 

かーらーのー?

 

大脱出!

 

 

「なっ!?」

 

すまないな、夏侯淵さん。

悪いが、まだ終わるわけにはいかんのだよ。

 

「…あの状態から抜け切るとは、全く底が見えません」

 

ふっ、極限流に底などない!

極限状態であればあるほど強くなる、それが極限流だ。

 

…まあ言うは易し、為すは難しだがな。

顔には出さないけど、結構シビアで冷や汗ものだったぜ。

やれやれ。

 

 

凪が気弾を放ったあの瞬間。

咄嗟に見極めたのは、気弾の威力が左程でもないってこと。

そして気弾を放つために、攻撃の鋭さが若干だが鈍っていたことだ。

これに気付いたのは大きかった。

 

夏侯淵から連続で放たれる、殺気の籠った矢は確かに恐ろしい。

でも凪の攻撃が若干鈍ったがために、ほんの少しだけ余裕があったんだ。

 

凪の気弾は足元に着弾。

足止めとしては常套手段で、間違った判断じゃないと思う。

夏侯淵が放つ、文字通り二の矢があるのだから。

 

これを片足でギリギリ避け、爆風で揺れないよう気を込めて踏み立つ。

 

一拍遅れて放たれた左正拳突きからの右フック。

これは上げたもう片方の足で、膝蹴りと回し蹴りを連続して打ち込むことで相殺。

次に飛んできた矢を後ろ反りハイキックで討ち落とし、軽く屈んでの跳ね蹴りで凪を押し込んだ。

 

さらに飛んできた次の矢を、半身捻りで何とか避けて、左ストレートを突き出すことで三本目の矢を弾いた。

最後に軌道が少し低かった四本目の矢は、飛燕疾風脚で飛び越えつつ今の位置に着地したというのが一連の流れだ。

 

使った技は、極限流連舞脚から虎咆疾風拳、そして飛燕疾風脚という順だな。

いやー、焦った。

しかし乗り切った。

 

とりあえずドヤ顔を二人に見せつけておこう。

 

「極限状態で力を発揮する。それが極限流だ!」

 

ドヤァ…!

 

 

「フッ……」

 

おや、夏侯淵さんの様子が?

 

「ふふふふ」

 

「秋蘭さま?」

 

俯きぶつぶつと何かを呟きだす夏侯淵。

正直怖い。

凪も不審げだ。

 

「呂羽っ!」

 

「はいっ?」

 

何を思ったか夏侯淵さんは弓を下ろし、こちらに向かってツカツカと歩み寄って来る。

凪も呆然として見送るのみ。

 

「今ここで、貴様の息の根を止めてやる」

 

静かにそう呟き、スラリと短剣を抜き放ち構える夏侯淵。

ひぃっ

 

「秋蘭さま!落ち着いて下さい!」

 

凪が必死に止めている。

うん、あんなの夏侯淵じゃない。

間違いなく俺のせいなんだろうけど。

 

ドヤ顔がいかんかったか?

 

しかしな、極限流としては……。

 

「リョウ殿!」

 

おっと、せっかく凪が止めてくれたんだ。

退散するとしよう。

 

「それじゃ、またなー」

 

「待て!…っ離せ、凪!」

 

「冷静に、冷静になって下さい。流琉もそこまで来てますから!」

 

「む!?」

 

え?

 

「えぇいっ」

 

立ち去ろうとした俺の居た場所に、ドカンと一発謎のヨーヨー。

わぁお。

凪は別に俺を助けてくれた訳ではなく、純粋に夏侯淵を落ち着かせて、俺の死地を継続させるつもりだったらしい。

 

「すまない凪。流琉もよく来てくれた。危うく呂羽の挑発に乗って、我を失うところだった」

 

凪と典韋に微笑み、俺をギロリと睨む夏侯淵さん。

その対応に間違いはないと思うけど、俺は別に挑発とかしてないから!

 

「呂羽さん……。ここで、仕留めます!」

 

典韋まで物騒なことを言い始めましたよ。

えーと、どうするかね。

 

 

……と、俺の背後から切り裂くように一陣の風が飛び込んできた。

 

ドッゴーンと上がる土煙。

慌てて避ける凪と典韋。

 

「……邪魔」

 

呂布ちん、呂布ちんじゃないか!

助けに来てくれたのかい。

 

「恋殿の行く手を阻むものは、全て粉砕するのですぞー!」

 

陳宮もいたか。

どうやら、ただ通りがかっただけのようだ。

 

呂布ちんはちらりと俺を眺めると、興味なさげにそのまま駈け出してしまった。

陳宮と呂布隊もそれに続く。

 

俺もそれに続く。

 

「あ、待って下さい!」

 

いや、流石にこれ以上関わっているのは厳しい。

華雄隊のことも気になるしな。

 

呂布隊が横断するのに合わせ、俺も死地から逃げ出すことに成功するのだった。

 

 

* * *

 

 

呂布隊とは途中で別れ、緑色を薙ぎ倒しながら金色目指して突き進む。

多分、金色周辺に華雄隊は居るはずだから。

 

と、目の前に現れたのは白馬の群れ。

この時代に珍しいな。

 

ああ、公孫さんか。

少し間違った、公孫賛だな。

 

無視しても構わんが、向こうも気付いたようだし挨拶だけしておこう。

 

「よお」

 

「ん?……お、お前は!」

 

知ってるのか雷電!

ライデンと言えば毒霧だけど、やっぱ火を噴く大きいクマの方がいいよな。

 

「麗羽や曹操が血眼になって探してた、確か呂羽」

 

さっきまで実感してましたよ。

前者はベルコンアクションゲーで、後者は殺気漂う死地でね。

 

「ところで聞きたいんだが」

 

「趙雲も探してるとか言ってたような…。ん、なんだ?」

 

こんな戦場で、初対面の敵将に話を持ちかけられても普通に対応する。

人が好い、と言われる所以の一端を見た気がした。

 

「なんで連合に参加したんだ?」

 

何故、公孫賛にこの問いをしたのか。

普通と言われるこの人が、どういう答えをするのかが気になった。

この人の答えが、きっとこの世界の普通なのだろうから。

 

「それは、…帝を操り世の安寧を乱し、悪政を敷く董卓が許せなかったからだ」

 

要するに、激文の鵜呑みか。

疑問とか何か思うところがあったとしてもまあ、これがスタンダードなんだろうなぁ。

 

「じゃあ、その目でちゃんと確かめてみてくれ」

 

「…どういうことだ?」

 

俺の答えも、状況と聞く人によっては宜しくない。

けどまあ、この人なら問題ないだろ。

 

「言葉通りだ。じゃあ、機会があればまた会おう!」

 

「あ、おい!」

 

言い捨て、俺は華雄隊捜索に戻る。

敵と会って喋るだけ喋って立ち去るってのも、褒められた行為じゃないけどな。

優先順位が違うから、と言い訳しよう。

 

連合側が勝つにせよ董卓軍が粘るにせよ、今後は乱世と呼ばれる時代が来る。

 

公孫賛のように、人が好いというのは美点であるが弱点にもなる。

原作で劉備ちゃんほどの力を持てなかった公孫賛の、暗雲立ち込める先行きを不安視せざるを得なかった。

ま、余計なお世話だろうけどな。

 

 

さて、華雄隊はどこかなー?

 

 

 




そんな訳で、解釈により切り抜けました。
もうすぐ反董卓連合も終わります。
これが終われば、物語もまた加速することでしょう。

しかし、一ヶ月で終わらせるという目標は早くも潰えました。


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27 龍虎乱舞

「飛燕疾風脚!」

 

華雄隊を探し求めて幾星霜。

緑を蹴散らしたのがばれて、鬼に追いかけられたが何とか撒いて今に至る。

 

結局、出会っても戦わなかった勢力は公孫賛だけだったな。

他の奴ら、ほとんど話すら聞いてくれなかったし。

普通さんの貴重さが身に染みたわ。

 

そして遂に、金色を発見した。

よっしゃと逸って虎煌拳、雷神刹を駆使して雑兵を蹴散らし進む。

 

が、どうにも金色違いな気がするぞ?

しばらく進んでからふと思う。

確かに金色は金色っぽいんだが、若干少ないというか無理やり付け足した感があるというか。

 

あと、練度が低い。

そして華雄隊が見当たらない。

 

「あら、あなた……」

 

更に言うと、金色の部隊にはこんな褐色に桃色の髪をしたお姉さんがいるはずがない。

ちゃんと言うと、孫策がいた。

 

つまり何か、この金色は金色モドキだったって訳か。

袁紹軍じゃなくて袁術軍だったと。

孫策は袁術の客将?だからそこに居るんだと。

 

なるほどなるほど、こいつは参ったな。

はっはっは!

 

「確か袁術ちゃんの旗を無残に折った、呂羽とかいう男…」

 

そりゃ華雄隊もいないよ。

むしろいたら全滅必死だわ。

 

そして、曹操様のとこ並みに死地となりそうな予感。

何故か孫策さんは一人だが、他の呉の戦士がいたら詰みかねん。

下手したら居なくても詰みかねんが。

 

あと、個人的には孫策より孫権が好きです。

作品的に。

 

「ここで会ったのも何かの縁。ひとつ、手合わせ願おうかしら?」

 

妙齢の女性に迫られるというのは、男として願ったり叶ったりのことだ。

それが孫策さんのような立派な方なら尚のこと。

格闘家として考えても、テンションが上がるのは仕方がない。

 

しかしだ。

俺は早急に華雄隊と合流せねばならない。

 

孫策さんとのランデブーを楽しんでる暇はないのだ。

何とか切り上げないと…っ

 

「ちょっと、聞いてるの?」

 

聞いてます。

 

でも気付かないふりして逃げ出したい。

逃げたらどうなるかな?

 

背を向けた瞬間、後ろからズンバラリな未来が見える。

止めとこう。

 

「あくまでも無視しようってんなら……」

 

孫策の握る剣に力が込められる。

限界か…。

観念して目を合わせた。

 

「あら、観念した?」

 

「孫策か。かなりの武を誇るようだが…」

 

極限流の敵でない!

と、放言したいのは山々だが流石に自重。

 

「ええ。そういう貴方は呂羽よね?」

 

「ああ。手合わせを所望のようだが、あいにく俺は今急いでいてな」

 

とりあえず話を合わせるが、見逃してくれないかなぁ。

無理かなぁ。

 

「そうなの?でも、そんなの関係ないわよ。だって…」

 

敵味方ですもんね。

 

「貴方がここで倒れたら、同じだもんね!」

 

そうきたかー!?

 

 

* * *

 

 

孫策との手合わせは熾烈を極めた。

本気度からすると、夏候惇並みかそれ以上だ。

 

格闘家としての俺は、この瞬間を大いに楽しんでいる。

だが、副長としては焦燥に駆られざるを得ない。

 

華雄隊も、そう簡単には瓦解はしないだろう。

しかし副長とはいえ、仮にも隊を任せられた俺があまり長く離れるのも如何なものか。

これでも一応、責任感とか持ってるんだぜ。

 

「ほーらほら、他のこと考えてちゃ切れちゃうわよー?」

 

何が切れるっていうんですかねぇっ!?

 

って、あぶな。

確かに考え事をする余裕はないな。

 

幸か不幸か、この場に居るのは俺と孫策のみ。

 

呂布ちんの時のように、他の介入があれば上手く助かるかもしれない。

しかし逆に、典韋が現れた時のように逆境に陥る可能性もある。

むしろ、そっちの方が可能性高い。

 

時間を掛け過ぎると不利なのは、間違いなく俺の方だ。

早急に、ある程度の片をつける必要がある。

 

ちらり、と周囲を眺め見る。

誰もいない。

問題なさそうだ。

 

よし、覚悟完了。

 

 

ふぅーーーーーっ!

 

深く長く深呼吸。

続けて、気の充足を図る。

 

「…っ」

 

ただならぬ俺の様子と気の高まりを見て取ったのか、孫策は一時的に攻めの手を止めた。

 

チャーンス。

 

全身に纏わせる気を数段階、引き上げてからの……。

 

 

いざ、極限流奥義!

 

 

両腕を前で交差。

ここまでは覇王翔吼拳と同じモーションだが、気の巡らせ方が異なる。

 

腕を解放するや、一足飛びに孫策に迫る。

 

踏み込みに程よく気を込め、それを一気に爆発させた。

そうすることで、軽く飛ぶかのように一足飛びに相手の下へ辿り着くことが出来るのだ。

 

「…くっ!?」

 

突然の緩急変化に、孫策も驚き戸惑っている。

しかし、遅い。

もう間合いに入った。

 

龍虎乱舞。

ゲームではヒットするとロックして乱舞に移行するが、現実でロックを掛ける術はない。

よって、高速で繰り出す連続技のような様相になる。

相手が入り込む隙を与えず、フィニッシュまで全速且つ全力で仕上げねばならない。

結構難易度が高いんだよな。

 

そんな訳で間合いに入ったことを確認するや、すぐさま技に移行。

 

まずは左正拳を二回連続で放つ。

続けて右足掛け蹴り。

さらに右正拳突き。

左ボディーブロー。

外回し蹴り。

左正拳。

左ボディーブロー。

後ろ回し蹴り。

左正拳。

右正拳突き。

左横蹴り……。

 

龍虎乱舞は一つの技であるが、連続技を決めるコンビネーション技とも言える。

まず左正拳二回で相手の気を上段に誘い、足掛け蹴りで下段を攻める。

下段に行ったと思わせるや正拳突きからボディーブローで上に行くなど、上下織り交ぜた構成となっている。

 

上下を間断なく攻めた後、左横蹴りで相手を仰け反らせる。

そこに止めの一撃だ。

懐に一歩踏み込んで、めり込ませる形で虎咆を放ちフィニッシュ!

 

 

パコーンと心地好い幻聴を聞きながら、乱舞を終えた。

手応えを感じながら、虎咆で舞い上がった上空からスタッと着地。

 

一方の孫策は軽やかに吹っ飛び、地面に激突寸前まで行くが、何とか持ち直して辛くも着地した。

しかし流石に堪えたようで、足元がふら付き上手く立てないでいる。

 

うん。

まだまだ研鑽の余地があるとはいえ、龍虎乱舞がちゃんと入って相手は無傷ってのは困るからな。

ちゃんと効いてくれてよかった。

 

「…くぅ……っ」

 

「よーし!極限流の、極限流による、極限流のための試合だったぜ!」

 

内心の疲労感を糊塗し、本日二度目のドヤ顔を披露。

ある種の名言も放つことが出来たし、満足だ。

 

流石の孫策さんも、疲れ果てて上手く対応できないようだ。

よし、この隙に逃げよう。

 

「今回は俺の勝ちだな。機会があれば、また会おう」

 

「…ま…ちな、さ…」

 

待ちません。

 

さっき乱舞中、視界の端に華雄隊の旗が映ったような気がしたんだ。

踵を返し、急ぎその方角へ向かって走り出した。

 

韓忠ほか、みんな無事かー!?

 

 

 




・龍虎乱舞
極限流やリョウの代名詞とも言える技。
本当は龍虎バージョンで出したかったのですが、詳細が思い出せずKOF94版にしました。
これもバリエーションの多い技で、今後も出していきたいところです。

26話で誤字報告適用しました。多謝。


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28 飛燕足刀

ようやく華雄隊と合流。

 

俺、頑張ったよ。

 

「今まで、どこほっつき歩いてたんですか」

 

なのに韓忠からは鋭く攻め立てられる。

最初に距離置いたのオマエじゃないか。

 

とは思うものの、それを是として深入りに深入りを重ねたのは俺だから。

小言くらいは甘んじて受け入れよう。

 

華雄隊が無事でよかった。

韓忠もな。

 

「状況は?」

 

「…よくありませんね」

 

 

呂布ちんと俺をはじめとする華雄隊は、戦場を暴れまわって大いにかき回した。

連合側を慌てさせることは出来たが、それだけだったとも言える。

 

張遼は夏候惇を退けるも曹操様に捕えられ、呂布ちんは行方不明。

いや、あの遠くででっかい土煙たってる辺りにいそうではあるが。

ともあれ連絡はつかずじまい。

 

やむなく賈駆っちは撤退を選択。

華雄隊も続くよう言われたそうだ。

 

「副長がいませんでしたので、ここで待機しておりました」

 

しかし責任者たる俺がいなかったので、戻って来るのを待っていたと。

上位権限者たる賈駆っちの言葉なら、俺を無視して帰還しても問題はなかったと思うけどね。

この危険な戦場でさ。

 

俺はもう、嬉しくなって思わず韓忠を…

 

「かくなる上は早く戻りましょう。さあ、早く指示を」

 

はい、戻りましょう。

冷徹とも言えるほど冷え切った言葉を受けてしまっては仕方がない。

 

「全軍撤収。ガンガン退こうぜ!」

 

「二度目ですね、それ」

 

お気に入りなんだ。

 

華雄隊は整然と虎牢関へと撤退していった。

俺は韓忠とともに殿に残り、群がる金色その他(泥まみれ)を蹴散らしてこれを守った。

 

「先に戻っててもいいんだぞ?」

 

「いえ。またどこかに行かれても困りますので」

 

お目付役ですか。

苦笑をひとつこぼし、守り守られ無事に撤収が完了した。

 

 

* * *

 

 

「戻ってきたわね」

 

「今、戻りました」

 

虎牢関には賈駆っちが一人。

いや、華雄姉さんと牛輔もいる。

 

「呂羽、貴様が居ながら……くぅっ」

 

「華雄将軍。無理しないで下さい」

 

姉さんはまだ本調子じゃなさそうだ。

抑えきれなかったことに激昂しかけたが、首筋を抑えて蹲る。

 

慌てて傍にいた牛輔が介抱してる。

 

「華雄。呂羽のせいじゃないわ」

 

賈駆っちがそう取り成してくれるけどね。

確かにもっと上手く立ち回れば、例えば張遼の近くにいれば。

あるいは彼女が捕えられるのを防げたかも知れない。

 

反省すべき点は多々ある。

 

「ぐ…、すまん。戦場にも出れない私が言うことではなかった」

 

「いや、反省点が多かったのは事実だから」

 

「反省点が多いのはボクも同じ。……もうダメね、持たない」

 

「では、どうするので?」

 

「華雄と呂羽は兵をまとめて離脱しなさい」

 

「なっ!……そうだ、呂布はどうなってる?」

 

「恋は、ねねから少し前に使者が来たわ。もう離脱してる頃でしょう」

 

「ぬぅ。賈駆はどうする」

 

「ボクは洛陽まで下がって、月と一緒に」

 

虎牢関に籠って戦うと言う選択肢がないのは、将兵の数が足りないからだ。

先の出撃で、少なからず損失を出したのは痛かった。

 

賈駆っちは一人洛陽に戻り董卓ちゃんを伴い逃げると言う。

 

「ならば私も!」

 

華雄姉さんが申し出るが。

 

「悪いけど、華雄は呂羽と一緒に逃げて。将と一緒だと目立つから」

 

そう言って断られた。

姉さんが負った傷のことも考えての発言だろう。

 

しかし、賈駆っちだけで董卓ちゃんの下に行かせるのも心許無い。

 

「大将。この牛輔がお供しますよ!」

 

そんな時、牛輔が賈駆っちの護衛を買って出た。

 

「姫のことも、命を賭して守ってやるぜ!」

 

相変わらず熱い奴だ。

しかし牛輔の個人の力量は、少なくとも賈駆っちよりは上。

将として目立ってもなかったと思うし、護衛としては有りかも知れない。

 

「そうだな。じゃあ牛輔、頼んだぞ」

 

「応。任せておけ!」

 

ちなみに姫ってのは董卓ちゃんのことらしいよ。

親戚が故にやり易いとこもあるだろうし、頼んでしまおう。

 

「それから賈駆殿。洛陽に戻ったら、どうするので?」

 

「……どこに逃げても追手が掛るのは間違いない。ならばいっそ…」

 

まさか自害…なんてことはないよな。

うん、目が死んでないから大丈夫。

 

よかった。

暗い声色に一瞬焦ったよ。

 

「功績や風評を得ることを求めてて、義の心を持った諸侯に売り込むといいかも」

 

そんな訳で老婆心を一つ。

 

「ッ。呂羽、あんた…」

 

「劉備、孫策、曹操。あとは公孫賛あたりですかね?」

 

曹操様と公孫賛はちょっと厳しいだろうけど。

 

「……その線で行くと、劉備か孫策ね」

 

流石賈駆っち。

原作的知識が無くても余裕ですね。

これ以上、変に口出ししない方が上手くいきそうだ。

 

その後は方針を兵たちに伝え、離脱を指示。

賈駆隊と張遼隊の生き残りは解散。

投降すれば殺されはしないだろう。

 

元の華雄隊は華雄姉さんと行動を共にすると主張し、牛輔を除く呂羽隊も同様だった。

かなり減ったとはいえ、まあまあの数が残ったな。

 

 

「じゃあ将軍、とりあえず北へ向かいましょうか」

 

「分かった。大軍で動くには、南は適さぬからな」

 

華雄隊はまだ本調子でない姉さんに代わり、俺が指揮を執り続けることになった。

あと呂羽隊も解散せず、韓忠が正式に副長として指揮することに。

 

指揮権、横ズレしまくりだな。

 

 

* * *

 

 

夜陰に紛れて虎牢関から脱出。

途中まで賈駆っちを護衛し、洛陽の前で別れた。

 

俺たちもすぐに抜けたいところだが、まだ周囲には連合軍がわんさかしている。

しばらく様子見してから、連合の動きが落ち着く頃を見計らって脱出することにした。

 

「こっち側にも数は少ないけど、ちゃんと兵を回してたんだな」

 

「始末しますか?」

 

そうだな。

袁紹あたりに報告されても面倒だし、始末しとこう。

 

「ちぇいやぁー!」

 

踏み込み回し蹴りを叩き込む。

敵兵は錐もみ回転しながら吹っ飛んだ。

 

飛燕足刀。

 

使う機会がなかったので、出番を捻りだしてみた。

 

俺の先制攻撃を合図として、韓忠ほか十数名が殺到。

たむろしてた連合の兵士たちを駆逐していった。

 

 

物見から、連合の大部分が洛陽に入ったとの報せがあった。

賈駆っちたちは、無事に果たせているだろうか。

彼女たちの無事を祈りつつ、俺たちも北へ向かって脱出することにした。

 

 

 




これにて洛陽編も終了。
次からは……未定です。
放浪編かな?

27話の誤字報告適用しました。孫作って誰だよ…。ありがとうございました。


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29 猛威虎殺掌

北へ。

とりあえずそう決めたものの、どうしたもんか。

 

風の噂で反董卓連合は解散したと聞いた。

これで群雄割拠の時代、乱世の幕が完全に開いたな。

 

今後の流れからすると、袁紹が公孫賛を攻め滅ぼして劉備を駆逐。

その袁紹は曹操に敗れ、劉備は蜀にって感じだったと思う。

 

華雄隊…華雄軍もどこかで旗揚げしてしまうか?

でもどこで?

…などと、こっちの問題は山積みだ。

 

 

「どう思う?」

 

華雄軍の実質的な隊長に就任した俺は、皆に質問する。

 

「我らの軍だけで旗揚げするのは厳しいだろうな」

 

「同感です。」

 

ちなみに軽くまとめた軍内の序列はこんな感じ。

 

一、華雄

華雄軍の将軍。

 

二、呂羽

華雄軍の華雄隊の隊長と呂羽隊の隊長を兼務。

 

三、韓忠

華雄軍の呂羽隊の副長。

 

俺の肩書が色々おかしい。

 

華雄姉さんは軍の代表で、現在リハビリ中。

俺は姉さんの代わりに軍の指揮を行うため隊長に就任。

自分の隊まで手が回らないので、副長の韓忠が指揮を代行。

 

やってることは前と同じなんだけど、敢えてまとめたせいで逆にややこしくなったような。

 

あといつの間にか、俺と姉さんの序列がほぼ同列視されていた。

姉さんからも敬語は要らんと言われたし。

戦いを経て、信頼度が上がったとかそういうことかね。

 

それはともかく、やっぱ華雄軍単体での旗揚げは厳しそうだ。

なら、どこかの諸侯に付くことになるんだろうけど。

 

「曹操、陶謙、公孫賛、劉備…。このくらいか?」

 

「有力な諸侯と言えば、袁紹も入りますが…」

 

「却下だ。袁紹なぞ、むしろ攻め滅ぼしたいくらいだ!」

 

姉さんが蛇蝎の如く嫌うのも仕方がない。

董卓ちゃんがああなってしまったのも、概ね袁紹のせいだからな。

 

まあ、袁紹に組するってのは俺としても有り得ないよ。

 

「あと、隊長が旗を折った諸侯は無理でしょうね」

 

そう、そうなんだ。

覇王翔吼拳で吹っ飛ばした牙門旗の件。

これが尾を引いている。

後悔はしてないが。

 

あ、韓忠が隊長って呼ぶのは俺のことだよ。

 

「なら曹操と陶謙は厳しいか」

 

「残るは劉備とか言う奴と、公孫賛に絞られるな」

 

上手くいってれば、賈駆っちたちは劉備ちゃんのとこに居るはずだけど。

あと呂布ちんも居るかも知れない。

目指す理由としては十分だが……。

 

「劉備のとこを目指すにしても、道が分からんねぇ」

 

「分からんな」

 

「分かりませんね」

 

何事にも用意周到な韓忠が分らないって時点で、ここに分かる奴はいない。

そもそも現在地が不明確だからな。

 

「報告します!」

 

うんうん唸っていると、出してた物見が戻ってきた。

 

「東の方角に、白馬の集団あり!公孫賛の軍勢と思われます!」

 

おお、これぞ天佑か。

 

「行きましょうか」

 

目敏く気付いた韓忠が進言。

これに頷いて、

 

「姉さんは本隊を指揮して後詰を頼む。呂羽隊で先駆けしてくる!」

 

「分かった、任せろ!」

 

久しぶりに呂羽隊のみを率い、公孫賛が居るであろう場所へ駆けて行った。

上手くいくといいなぁ。

 

 

* * *

 

 

白馬義従。

公孫賛が率いる精鋭部隊で、全て白馬から構成されている。

 

とても目立つため、すぐに分かるのが特徴だろう。

うん、確かに虎牢関の戦いでも出会った白馬の群れだ。

 

向こうは既にこちらに気付いて臨戦態勢を敷いている。

敵意がないことをアピールするため、速度を落として近付いていく。

 

「俺の名は呂羽!公孫賛殿の部隊と見受けるが、如何に!?」

 

声を大にして問い掛けると、向こうはざわめき出した。

おや、意外と名前売れてんのか?

やがて、先頭に居た女性が周囲を落ち着かせながら出てきた。

 

「いかにも私が公孫賛だ。お前、呂羽って確か董卓軍の…」

 

「それも含めて話をしたい。宜しいだろうか」

 

「……いいだろう」

 

よし、流石良い人。

戦場で話を聞いてくれただけのことは有る。

 

 

「あ、後ろから華雄隊が来るから」

 

「は?」

 

 

急場の拵えとして、簡素ながら陣が構築された。

そこで俺、姉さんが代表して公孫賛と面会している。

 

公孫賛が言うには、連合が解散して幽州に戻ったのだと。

そこで、近くに謎の部隊が居るらしいとの報告を受けて出て来たんだってさ。

 

俺たち、思ったよりも北上してたらしい。

 

「で、お前たちは…虎牢関から離脱してここまで来たと」

 

こちらも簡単な経緯は話した。

部隊が呂羽隊だけじゃなく、大部分は華雄隊だってことも。

 

そう言うと、公孫賛は疲れた表情をした。

苦労人の気質が見て取れるな。

 

「…前、お前に言われたこと。洛陽については、ちゃんと自分の目で確かめたよ」

 

あ、そっち?

 

何が正しいのか解らなくなった、とか言ってた。

それに姉さんが、そんなの自分で決めることだ!と自信満々に答えたり。

間違ってないと思うよ、うん。

 

「それで、お前たちの目的は何だ?」

 

逸れた話の筋を元に戻して公孫賛は尋ねる。

そうそう、本題はそこだった。

 

チラリと姉さんを見る。

無言で頷く。

 

「俺たちを受け入れる余地はあるか?客将でもいい」

 

「……本気か?」

 

本気だよ。

華雄軍を丸ごと抱えると、公孫賛の勢力はとても大きくなる。

その分、負担も大きくなるけどな。

 

さあ、どう出る?

 

 

* * *

 

 

華雄軍は再び華雄隊へと戻った。

公孫賛に受け入れて貰えたからだ。

 

「これで、ひとまずは糧食に困らずに済みますね」

 

韓忠がホッと一息。

 

そうなのだ。

ズンズン北上してきたはいいが、途中で食糧不足に陥ってしまった。

大規模に狩りをしたり、少人数で街や村に寄って物資を購入したりで凌いできたのだが、流石に厳しくてねぇ。

 

人数が人数だから、遣り繰りが大変だったんだ。

洛陽で培った、事務処理の技がまた役立つ日が来ようとは…。

 

だがそんな日々も終わり。

これからは公孫賛軍の一員として、張り切って職務に当たろうじゃないか。

 

 

そんな訳で、まずは……いいぞ、姉さん!

 

「猛威虎殺掌!」

 

前進しながら水平に手刀を浴びせる。

相手は姉さんが放り投げた木材だが。

 

何をしてるかって?

 

薪割りだよ。

放り投げられた木材を、程々に気を練り込んだ手刀で適度な大きさに分断するのだ!

 

公孫賛軍に編入されて早速、食事を提供して貰うことになった。

働かざる者食うべからず。

そこで、姉さんと一緒に薪割りを買って出たと言う訳さ。

 

平和っていいね。

これで、久しぶりに実益を兼ねないで修行が出来る。

公孫賛には感謝しないとな。

 

 




・猛威虎殺掌
ビール瓶切りとの違いは何か?
踏み込みの度合いとかでしょうかね。

そんな訳で公孫賛軍に入りました。
今回から放浪編(仮)です。


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30 覇王至高拳

幽州は公孫賛の下に寄宿することになった俺たち。

そこで任せられた仕事は色々あった。

 

まずは賊退治に治安維持。

これは華雄姉さんのリハビリにも役立った。

 

あとは、主に俺と韓忠で事務処理の手伝いなどなど。

陳留や洛陽での経験が生かされた。

 

そして、諸侯の動きをチェックするため細作を多数放った。

中でも袁紹について詳しく探るよう指示して。

 

これを公孫賛は訝ったが、

 

「袁紹が動いた結果と、洛陽で現実を見たでしょう?」

 

そんな袁紹が、次に何を仕出かすのか…。

動きを知らないと大惨事になりかねない。

 

そう主張し、押し通した。

 

「そんな、いくら麗羽でも…。いやしかし……」

 

公孫賛は暫くぶつぶつ言ってたが、承諾は取った。

あまりに煮え切らないと、最悪勝手に人を遣ることも考えていたが…まあ良かった。

 

 

俺は原作で反董卓連合の後、袁紹が電撃的に公孫賛を攻め落としたらしいことは知ってる。

でもその理由、正確な時期、対応など詳しくは知らない。

だから少しでも詳しいことを知り、素早く対処することが肝要だと思うんだよね。

 

 

そして、この行動が実を結ぶことになる。

 

「報告します!袁紹軍に遠征の動きあり!」

 

「追加報告!袁紹軍の標的は、この幽州かと思われます!」

 

時期などはともかく、結局理由はよく解らんかった。

袁紹だから、でいいのかも知れない。

 

 

* * *

 

 

動きを掴んだのなら、対処方法は色々ある。

機先を制して、覇王翔吼拳ぶっぱとかな!

 

それはともかく、公孫賛だけだと袁紹の大軍に抗する術はなかったはず。

奇襲であれば尚更。

しかし今は華雄隊と呂羽隊がいる。

ある程度、良い勝負が出来るんじゃないかな。

 

特に俺と華雄姉さんは、袁紹に含むところが多々ある。

俄然張り切っちゃうぜ。

 

そんな訳で、華雄隊と呂羽隊が先陣として国境まで出張って来たのだ。

のこのこやって来た袁紹軍を、ここで迎え撃つって寸法よ。

 

俺としては、目に痛い金色の群れは薙ぎ払い甲斐がある。

連合戦の時、特に手強いと思える武将は居なかった。

今回も居ないとは限らないが、実地訓練の体で臨ませて貰おう。

 

「呂羽。合図は任せるが、良いか?」

 

「ああ、任された」

 

華雄姉さんが猪じゃない、だと?

前の時の開幕ぶっぱがお気に召したらしい。

旗を折ったこともな。

 

期待には応えなければならない。

だから俺は、ここで袁紹軍(の旗)にとっての死神となろう。

 

「報告!まもなく現れます!」

 

物見からの報告で、開戦が近いことが知れる。

 

未だ事前通知とかはないが、袁紹軍は明確にこちらに向かって来ている。

敵性行為と断じて良いよな?

 

「一応、詰問の使者を派遣すべきかと思われますが…」

 

常識的な進言をしてくる韓忠だが、分ってるんだろう。

もう遅いって。

 

ほら。

俺の目にも、少し遠くに袁紹の旗が見えている。

 

「無駄だろう。あちらが国境前で止まるなら、考えてもいいがなぁ」

 

「そう、ですね」

 

止まる気配はない。

そもそも、向こうは公孫賛軍に奇襲をかけるために来てるのだ。

止まる筈もない、な。

 

言いつつ、気を循環させ全身に纏って行く。

この流れもかなり楽に出来るようになってきた。

それでいて、気力切れになるようなことも減って来たのではないかと思う。

 

そろそろ、覇王翔吼拳の上を目指せるのではなかろうか。

 

即ち、覇王至高拳。

 

開幕ぶっぱはこれで行こう。

 

「報告、接敵しますっ!」

 

やはり、舌戦も何もないな。

止まる様子はない。

 

ならば、こちらもそれなりの対応をするだけだ。

 

「ちょっと行ってくる。姉さん、華雄隊は任せた」

 

「うむ、行って来い!」

 

俺は華雄姉さんと別れ、韓忠と呂羽隊を連れて前進。

ちょっと小高い丘になってる場所あるので、そこに陣取った。

 

金色が勢いよく近付いてくる。

迎撃部隊が居るってことくらい、向こうも解ってるだろう。

 

つまり、覚悟完了ってことだよな?

 

行くぞ!

 

 

両腕を眼前で交差させ、すぐさま腰元へ引く。

瞬間的に気力を高めたのち、両手を突き出して大型の気弾を撃ち出した。

 

「覇王至高拳ッ!」

 

 

敵勢の先鋒は覇王至高拳に薙ぎ倒され、至高拳はそのまま袁紹の牙門旗に吸い込まれていった。

そして高さの問題もあろうが、旗を吹っ飛ばすどころか丸ごと粉砕してやったぜ。

いやぁ、実に清々しい。

 

並行して突撃してきた奴らも、華雄隊と呂羽隊が迎撃している。

俺も至高拳を放った直後、追いかけるように飛燕疾風脚で突入した。

 

袁紹軍の先陣は、乱れに乱れた。

大小さまざまな旗があるが、とりあえず可能な限り潰してる。

死神だからね。

 

と、そこに有象無象とは毛色の違う武将が現れた。

連合の時も見かけたような気がするな。

 

「お前かー、あたいらの軍旗をめちゃくちゃにしてる奴はー!?」

 

「だとすれば、どうする?」

 

「斬るっ!」

 

武器を向けて来る奴が相手なら、使わざるを得ない。

とは言え、覇王翔吼拳を使うほどでもないかな。

 

その趣味が悪い金色も、全て粉砕してやる!

 

 

「虎煌拳!」

 

「ウボァッ」

 

ズバンッと練り込んだ虎煌拳を叩き込む。

 

相対したコイツ、確か文醜とか言ったか。

連合の時は分からなかったが、なかなかの技量を持っていた。

だが夏候惇や華雄姉さん、凪などに比べるとまだまだ全然。

 

ちょっと呼吸を読んで踏み込めば、簡単に懐に潜り込めた。

至近距離から虎煌拳を打ち込んだが、何とまだ立っている。

評価を改めなくてはならないかな?

 

では、容赦なく追撃と行こう。

 

「暫烈拳!」

 

目に余る金色を砕いてやる。

その想いを勢に乗せ、気を練り込んだ拳の連打を繰り出す。

 

一撃の重さが故に文醜の身体が浮き、落ちる前に次の一撃を続けて浮かし続ける。

ある程度の高さに到達すると、右正拳突きを叩き込みフィニッシュ!

 

虎煌拳で気を通して脆くなった金色の鎧は、暫烈拳の連撃に耐え切れず破砕。

勢い余って衣類も少し破けてしまったな。

……水色か。

 

「文ちゃん!?」

 

もう一人、見たことある奴が慌てて駆けつけて来た。

 

「絶対無比の空手、それが極限流だ!覚えておく事だな」

 

文醜はいい感じに吹っ飛び、恐らくKOしてしまった。

だから今来た奴に向かって煽り文句を放つ。

 

こちらを睨みながら文醜を介抱する、…誰だっけ。

見たことあるんだけど。

 

かかって来るなら粉砕するだけだが、介抱するだけなら後回しにするか。

 

「……ご愁傷様です」

 

背後で韓忠が何かを呟いた。

それを聞き流し、周囲をぐるっと確認する。

 

遠くに華雄隊の動きが目に入った。

姉さんも、以前の鬱憤を晴らすが如く暴れてる。

俺も負けては居られないな。

 

近辺、見渡す限り金色の群れ。

よーし、このまま他の金色を破砕し続けてやるぜ!

 

 




・覇王至高拳
設定上、覇王翔吼拳の上位版。
最初の頃はダメージや硬直等、幾つか優遇処置もあったのですが…。

毎日一話の自転車操業。
色んなフラグに迷いが生まれますが、一応まだ初志貫徹の心積もりです。
とりあえず、三十話記念に脱衣KOしてみました。


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31 虎閃脚

金色こと袁紹軍を大いに蹂躙する俺たち。

ずんずん進んでいると、耳障りな高笑いが聞こえてきた。

と言う事は、きっと近くに本隊が居るのだろう。

 

で、あるならば。

 

これを目標に突入、粉砕、大喝采!するしかないな。

 

「韓忠!姉さんに右翼を頼むと伝えろ!」

 

「御意!」

 

暴れに暴れる華雄姉さん。

だが、ただ暴れるだけじゃ意味がない。

効率的に押し込まないとな。

 

 

「ここは通さねぇ!我は袁紹様が臣、張ばべらっ」

 

「どっせぇーい!」

 

進路上に立ち塞がる金色を、邪魔だとばかりに気を纏った飛び蹴りで排除。

 

虎閃脚。

 

常に気を纏い続けることが出来るようになり、溜めが必要な技もすぐに使用できるようになった。

ま、デメリットとして疲労も溜まり易くなるが、メリットの方が圧倒的にでかいから問題ないな。

 

相手に伝わるダメージも大きく、張何某は錐揉み回転しながら吹っ飛んで行った。

 

名乗りを遮るのは、あまり褒められた行為じゃない。

でも金ぴかの家臣って時点でお察し。

諦めてくれ。

 

 

「おーっほっほっほ!さあみなさん、華麗に!雄々しく!勇ましく進むのです!」

 

居た。

人垣の向こう側、クルクル金ぴかバインバイン。

高笑いしてるし間違いない、袁紹だ!

 

そしてその背後には、今まで見た中で一番立派な牙門旗が…。

これは、全力でクラッシュせざるを得ない。

 

呂羽隊を使って周囲を掃討。

直線状には幾許かの金色と袁紹のみ。

そして、旗。

 

思い描くのは、地対空高射砲。

 

入念に練り込むのは覇王の気。

虎を敬う気概でもいい。

 

さあ、行くぞ!

 

「覇王っっ」

 

両腕を眼前で交差するいつもの動き。

そこから両脇の下に腕を持ってきて、両掌に複数の気弾を同時に集める。

あとは弓を引くかのように引き絞った両腕を、同時にやや斜め上に向けて前方へ、一気に解き放つ!

 

「翔吼拳ーーーッッ!!」

 

五段重ねの特大気弾を射出。

中心に向けて渦を巻く、天災が如き橙の塊。

 

俺の直線状にあったものは全て吹っ飛び、破壊され、金の鎧も中空で無残に砕け散った。

 

そして、袁紹の頬と髪をギリギリ掠めるように通過し、後ろの牙門旗へ突っ込んでこれを粉砕。

さらに多くの兵士や装備などを巻き込みながら、上空へ消えていった。

 

「押忍!」

 

いい出来だ!

 

 

* * *

 

 

「……な、ななな…なんっ!?」

 

「お前が袁紹か。まだ挑む気概はあるか?」

 

声にならない叫びをあげる袁紹の下に近寄る。

ペタンと座り込むその姿は、とても名門の当主のそれじゃない。

見る影もない程、残念な有様になっていた。

 

きれいにセットされていた髪は、風と衝撃でぐっしゃぐしゃ。

汗と涙で頬に張り付き、一部は口の端に入ってるような…。

 

目に痛かった金の鎧は、左腕の一部を残してボロボロになっている。

大丈夫、鎧だけだ。

肉体的な内側へのダメージはないだろう。

 

さて、どうしてやろうか?

 

「…隊長、凄まじいですね…」

 

いつの間にか戻って来てた韓忠が、珍しく呆然とした風で言う。

ははっ、韓忠のそんな顔が見れただけでもやった甲斐はあったな。

 

いや、そんな冗談はともかく。

これだけの規模の覇王翔吼拳を撃っても、まだ気力的には問題ない。

初っ端、覇王至高拳をぶっぱしてるにも関わらずだ。

そしてイメージよりは若干劣っていたが、もっと修行を重ねればこの更に上が見えるだろう。

これは大きな収穫だ。

 

おっと。

そんなことより、呆然と座り込んだ袁紹をどうするか。

こっちが先決だったな。

 

再起不能にしてもいいが、まずは捕えようか。

 

「韓忠、こいつを捕えろ」

 

「……はっ」

 

あとは華雄姉さんが来てから打合せだが……首を刎ねろとか言いそう。

まあその辺は流石に、主たる公孫賛の指示を仰がないと。

久々に、俺が抑える役になるのかな。

 

「い、や……ぁ……は、はな…し……」

 

韓忠が縄でグルんグルん。

袁紹は必死に抵抗して見せるが、まだ衝撃が残ってるのか実に弱々しい。

 

男の俺が見てる前ってことで、屈辱も感じてるんだろうなぁ。

 

あまり見てると、何かに目覚めそうだ。

自重しよう。

 

ところで、公孫賛が袁紹を撃破した場合ってどうなるんだろうね。

大体は敗れた公孫賛が劉備ちゃんを頼るとか、討ちとられるとかだったはずだ。

それがまさかの大勝利。

 

公孫賛が、袁紹を飲み込むほどの勢力に成長するのか。

 

……なんだろう。

凄く違和感を感じる。

 

いや、失礼極まりないんだけどさ。

 

「隊長。拘束しました」

 

「ん、御苦労さん」

 

あれこれ考えてる間に、韓忠により袁紹の拘束が完了したようだ。

 

袁紹に目を向けると、キッと睨みつけられた。

元気があって結構。

 

こうしてボロボロになった女性を見ていると、俺が無性に悪い奴になった気がするな。

 

「気のせいじゃないと思います」

 

韓忠がうるさいが、そんなことはないと思う。

 

「先ほども、女将軍をあられもない姿にしてましたし」

 

文醜のことか?

てーか、言い方が…。

 

「女性の敵ですね…」

 

とても嬉しそうに言う韓忠。

俺に何か恨みでもあんのか。

あー、何か知らんけどあるんだったね。

そうだったねー。

 

「呂羽!大丈夫かっ」

 

韓忠と戯れていると、華雄姉さん登場。

袁紹がひっと呻いた。

返り血に塗れた、鬼神の如き姿だったからな。

 

袁紹軍相手なら、姉さんだって呂布ちんごっこが出来るんだぜ!

あ、これ姉さん貶めてるな。

反省。

 

「むっ、貴様は袁紹!?今すぐそっ首刎ねてくれr…呂羽、何故止めるっ?」

 

「この軍の主将は公孫賛。指示を請わないと」

 

「しかし!」

 

予想通りだったので、落ち着いて対応出来る。

対して袁紹はガクブル状態だ。

 

ほら、そうこうしてるうちに伝令がやってきたよ。

 

「報告します!公孫賛様、別働隊に苦戦中。援軍求むとのことです!」

 

な、なんだってー!?

 

流石だぜ公孫賛。

俺の予想を超えることを容易くやってくれる。

そこに痺れる憧れない。

 

「仕方ない。姉さん、頼む」

 

「何故、私だ?」

 

「ここに残したら、姉さん袁紹殺しちゃうだろう?」

 

「チッ……。分かった、行ってくる!」

 

頼みます。

姉さんの言葉に震える袁紹を残し、華雄隊は公孫賛軍本隊の援軍に向かっていった。

 

さて。

 

「袁紹軍に告ぐ。お前らの主人はここに確保した。大人しく投降せよ!」

 

本隊が壊滅しても、果たして別働隊は動き続けるのか?

普通なら動きを止めるはず。

しかし万が一、そして姉さんが間に合わなかった場合……。

 

一抹の不安を抱きつつ、戦いを収めるべく声を大に張り上げるのだった。

 

 




投稿開始より、早いもので一ヶ月が経過しました。
予想より長く続いてますが、皆様にご愛顧頂き感謝の極み。
既に折り返し地点は過ぎましたが、最後までお付き合いのほどお願い申し上げます。

30話誤字報告適用しました。あざっす!

話の流れが放浪編と言う事でひとつ、どうでしょう。


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32 両手突き

「伝令!華雄将軍よりです」

 

何となく嫌な予感がして、聞こえない振りをしたくなってしまった。

でも、そういう訳にはいかないよな。

 

結論から言うと、華雄姉さんは間に合わなかった。

公孫賛は小規模な砦に追い込まれ、落城は時間の問題とのことだった。

 

別働隊を率いた将が余程優秀だったのか、あるいは公孫賛が何かやらかしたのかは分からない。

しかし、現に彼女が追い詰められてしまったのは事実。

 

公孫賛が籠る砦を囲む袁紹軍別働隊と、その背後から牽制する華雄隊。

そんな構図になってるらしい。

 

一応、姉さんは袁紹を捕えられたことを知らせ、事態の打開を図ってみたらしい。

でも敵将が用心深いのか何かの計略なのか、取り合って貰えなかったらしい。

 

このままだと、せっかく袁紹の首を上げても公孫賛も儚くなってしまう。

両軍瓦解とかなっちまうと、混沌極まりない。

いや、曹操様が全て掻っ攫って行くかもしれないね。

 

一連の状況を聞いた韓忠などは、いっそ俺が独立してしまえばいいなんて唆してくる始末。

前に、それは厳しいと断じただろ。

仮に今、公孫賛を見捨てて立っても旧臣たちが付いて来ないだろう。

彼らの協力なくして領地を運営することは出来ないぞ。

 

そんな訳で、どうするか悩むところだが。

とりあえず姉さんに促されたので、そちらに向かうとしよう。

 

囚われの袁紹の周りには、その重臣たちが集っている。

先ほどKOした文醜も意識が戻ったようで、ギリッと睨みつけて来てる。

と言うか、袁紹軍のほぼ全てから睨まれてるな。

伊達に旗折りしてないぜ!

 

戦闘停止した袁紹軍の、金色成分は大分減って目に優しい。

 

この時代の虜囚の扱いは詳しくないが、まあそう変わるもんでもないだろう。

韓忠に監視を任せ、引っ立てる。

 

ほぉら、キリキリ歩けーぃ。

 

「流石の外道ぶり。鬼畜ですね…」

 

薄く嗤う韓忠のことは、もう気にしないことにした。

袁紹も、このわたくしが云々と喚いてるが、元気そうで何よりだよ。

事と次第によっちゃ、大事な交渉カードになるからな。

 

 

* * *

 

 

「おお、来たか」

 

「姉さん、お疲れ様。それで状況は?」

 

虜囚たちの扱いに苦慮しつつ、華雄隊が陣を張る場所までやってきた。

前面には袁紹軍の別働隊の姿。

その先に、公孫賛が籠る砦があるようだ。

 

別働隊も誇らしげに旗を立てているな。

立ってる旗は袁と田。

今すぐ折りたい衝動に駆られるが、ここは我慢だ。

 

「敵方から、会談の申し出があった」

 

「へぇ。姉さんが対応してくれても良かったのに」

 

「断る」

 

あれ、おかしいな。

仮にも姉さんは将軍のはず。

交渉事の代表権も、持ってると思うんだが。

 

「仕方ない、袁紹だけ連れて行こう。姉さん、ここは頼む」

 

「分かった。他の奴らの監視は任せろ!」

 

相変わらず、姉さんの袁紹への視線は大変厳しいものがある。

道中、なんのかんの喚いてた袁紹も今は大人しい。

怖いんだね。

可愛いとこあるじゃないか。

 

おっと、韓忠の視線が寒冷化してきたので思考を切り替えよう。

じゃあ行くぜ!

 

 

そして意気揚々と乗り込んだ先は、凍て付かんばかりの殺気に満ち溢れていた。

 

まあ、仕方ないかな。

俺の後ろには、韓忠が監視する敵軍の総大将・囚われの袁紹が居るんだから。

 

「貴様!総大将へ不敬の極み、この趙うべらしっ」

 

「両手突きィ!」

 

屈辱(?)に耐え切れず、突っ掛って来た者が居たが反射的に反撃してしまった。

 

両腕を軽く引いてから、同時に貫き手を突き出す一連の動作。

然程気は込めてないが、加減も出来なかったし趙何某はポーンと吹っ飛んで行った。

 

格闘家たるもの、殺気への反応は当然のこと。

そもそも会談をしに来て襲われたんだから、正当防衛だよな。

 

因みに、袁紹の縄目は少し軽いものに変えている。

当初のグルんグルん状態だったら、趙何某以外の暴発もあり得たかも。

それならそれでも、俺は一向に構わんのだが。

 

「…はじめまして。この軍を率いております、田豊と申します」

 

そんな空気をものともせず、理知的な風貌をした少女が挨拶をしてくる。

一見冷静な感じだが、こめかみに何かが浮かんでるのはスルーするのが正解だよな、きっと。

 

「どうも。公孫賛軍に所属する呂羽だ」

 

「真直さん!」

 

返答する俺にかぶせるがごとく、袁紹が叫ぶ。

田豊の真名か?

どうやら結構な重臣であるようだ。

 

「……ああ麗羽さま、お労しや。まさか本当に、囚われておられるとは……」

 

駆け寄らんばかりの袁紹を韓忠に抑えさせ、話を促す。

 

「それで、話とは?」

 

「せっかちな方ですね。まあいいでしょう、こちらへどうぞ」

 

簡単に設えられた席に案内された。

袁紹にも椅子が用意されたが、韓忠の監視は外せない。

大事な人質だからな。

 

「では」

 

と、田豊の発言から始まった会談。

その内容は、簡単に言えば和睦しないか?とのことだった。

 

互いの当主同士が人質になってるのは聞こえが悪い。

だから和睦を結ぶのだと。

 

厳密にいえば、公孫賛は囚われてないから人質じゃない。

でも囲われた砦の中に追いつめられてて、実質囚われの身同然だよねって話。

 

それでも実際、手元に人質を持つこちらの方が優位なんじゃないか、と思わないでもない。

田豊からはそこら辺も汲んで、和睦から発展させて連合を組まないかと誘われた。

 

通常、公孫賛の勢力で袁紹と連合と言う話にはならない。

先兵とされるか、降されるか。

それを、ほぼ同等の立場でどうだって誘いだった。

 

これ、俺や田豊の立場で決めていい話じゃないよな?

 

「ええ、もちろん。決定権は公孫賛殿と麗羽様にあります」

 

田豊は涼しい顔だ。

ああ、そういう……。

判断に迷うことを当たり前のように言う。

袁家にも、ちゃんと軍師は居たんだな。

 

 

結局この場で決めることは出来ないってことで、公孫賛の所へ使者を立てた。

本当は俺が行って話をしたかったが、流石に認められなかった。

 

代わりに韓忠を使者として派遣し、袁紹の監視のためには華雄姉さんを呼び寄せた。

 

ちょっとした意趣返し。

あと、韓忠の無事も保障させるためだ。

怯える袁紹の姿を見た田豊の眼差しが、若干きつくなった気がする。

 

そして韓忠は、田豊の兵士に監視されながら公孫賛のいる砦に入っていった。

 

待ってる間は暇なので、華雄姉さんと少しお話。

袁紹軍、特に軍師の田豊には聞かれないように注意しながらね。

 

袁紹本人には聞かれても、多分大丈夫だろ。

 

「公孫賛と袁紹が連合したら、姉さんどうする?」

 

「む……」

 

嫌そうな顔。

流石姉さん、正直だ。

 

「後で、公孫賛ともじっくり話をしないといけないな」

 

 

* * *

 

 

「呂羽!」

 

「おや。公孫賛殿?」

 

「すまない!私が不甲斐無いばかりに……っ」

 

泣きそうな顔で謝る彼女。

いやまあ、思うところはないではなかったが仕方ない。

寄宿させてもらってる身で、あれこれ言うのも流石にな。

 

と言うか、彼女が出て来たと言うことは?

 

「隊長。公孫賛様は条件を飲まれました」

 

「そっか」

 

じゃあ袁紹も引き渡さないといかんな。

韓忠に目配せ。

 

「あなた!絶対に許しませんわよっ!!」

 

田豊に縋りつきながらも、ギッと俺を睨みつけてくる袁紹。

うん、まあ、そうなるよな。

 

「麗羽…」

 

「麗羽様」

 

公孫賛と田豊に窘められ、袁紹はふら付きながら陣幕の向こうへ消えて行った。

 

 

「呂羽、それに華雄も。本当に、すまなかった」

 

いや、公孫賛の身柄や安全を考慮したら仕方がなかったかな。

しかしこれで、俺たちが此処に居られなくなったのも事実。

 

「いいよ。ただ、俺たちは離れないといかんが」

 

「っ、何故だ!?」

 

「気持ちの問題かな。俺たちは勿論、向こうにとっても」

 

公孫賛自身はいざ知らず。

俺は袁紹本人を含め、袁紹軍から思い切り睨まれてる。

不協和音や言掛りの火種になること間違いなしだ。

 

何より、俺も姉さんも袁紹と共にって簡単には割り切れない。

 

「そんな訳だ。今までのこと、感謝する」

 

「そうか……」

 

公孫賛と袁紹の和睦はなった。

袁紹軍は幽州から手を引き、戦力の回復に日々を費やすことになる。

 

そして俺たちは、公孫賛の下を辞すことを決めた。

 

 




・両手突き
もろてづき。
某雛子さんを思い出す技名ですが、立派な極限流の技です。
ちなみに読みは同じですが、某雛子さんの方は「諸手突き」です。
2002タクマの、飛ばない覇王至高拳が元となった性能。

・田豊
真恋姫的にはオリキャラ。
袁紹軍の軍師で、真名は真直(まぁち)らしいです。

31話でも誤字報告適用しました。毎度、ご面倒かけております…。


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33 砕破

他者視点詰め合わせ


連合が解散してこちら、国力の拡充や人材確保に腐心しつつ諸侯の動向を調査させている。

すると幾つか面白い情報が入ったので、一刀たちと確認することにした。

 

「どうやら、袁紹が公孫賛に仕掛けるようです」

 

中でも大きなものとして、早くも麗羽が動くらしい。

連合の時、董卓軍から受けた傷はかなり大きい物だったはず。

なのにもう動けるとは、流石と言うべきかしらね。

 

「華琳様。この機を捉え、一挙に攻め入るべきです!」

 

桂花が具申してくる。

確かに軍師としての、その考えは理に適っているのでしょう。

でも、それはないわ。

 

「我が覇道に、漁夫の利を得るような真似は許されない。分かるでしょ?」

 

「……はい」

 

理解しつつも言わずにはおれないのだろう。

ふふ、シュンとした桂花もいいわね。

久しぶりに可愛がってあげようかしら。

 

「そう言えば、呂羽はどうなったのかしら」

 

我が旗に傷をつけるという、許し難い蛮行をなしたあの男。

秋蘭など、珍しく激怒して必ず討ち取るだなんて息まいてたわね。

 

時間がたった今、逃がしたその才が非常に惜しく感じる。

以前も私の誘いを断った男だけど、いずれ必ず跪かせてみせましょう。

 

「……あの男は、公孫賛の勢力下に入ったようです」

 

へぇ、公孫賛の。

私が駄目で華雄が良くて、そして公孫賛でもいい。

その理由、詳しく問い質したいわね。

 

「公孫賛のところに呂羽がいるなら、麗羽とも良い勝負をするかしら?」

 

「いくら華雄などの兵を吸収しても、全体の勢力が違いすぎますので……」

 

まあ、普通に考えたらそうよね。

あの男に普通が通じるなら、だけど。

 

「まあ、お手並み拝見。と言ったところかしらね」

 

 

なんて、軽く考えていたのだけれど……。

まさか公孫賛が麗羽を退け、あまつさえその二人で連合を組むとは。

 

傘下に呂羽たちが居るとはいえ、公孫賛にそこまでの英雄たる資質があるとは思わなかった。

完全に予想外だったわ。

 

「はぁっ!?」

 

報告を聞いた際の、一刀の余りの驚愕っぷりに少し引いた。

確かに驚きだけど、そこまで?

 

でも麗羽と公孫賛の連合軍、か。

我が天下取りへの試金石になるのは間違いないでしょうね。

 

こちらも勢力の拡大を図るべきかしら。

 

頭の中で周辺の勢力図を整理する。

そこに、ひとつの点が浮かび上がった。

 

劉備。

 

元々は、吹けば飛ぶような義勇軍でしかなかった彼女たち。

それが今や、一国を差配する身代。

やはり彼女も英雄の資質を持っている。

 

周囲は巨大な勢力に囲まれているので、一見伸び代は無いように見える。

でも、こんなところで終ることはないでしょう。

期待を裏切らないで欲しいものね。

 

私が麗羽とぶつかるのは、短く見積もって一年は後。

あちらも公孫賛との戦いでの消耗が酷かったようだし、万全を期そうとするはず。

 

そうそう、公孫賛を降せば呂羽もついてくるのよね。

いい景品だわ。

 

「そういえば、凪の調子はどう?」

 

呂羽とまた会った時、今後は後れを取らないように技量を磨くと気合が入っていた。

 

「何やら砕破とか言う、気を使った技の精度を高めているようです」

 

凪は呂羽の教えを受けていた。

そのお陰か、最近になってもどんどん力量を上げている。

明確な目標となり得る存在が居ると、こんなにも違うものなのか。

手元に置くことが出来れば、彼女は更に伸びるのでしょうね。

 

激してた秋蘭も、多少は落ち着くはず。

彼女たちのためにも、絶対に降してみせるわ。

 

 

* * * *

 

 

呂羽の一言が切っ掛けとなり、劉備の保護を得ることが出来た。

紆余曲折はあったけど、ボクも月も無事だ。

一応、護衛のアイツもね。

 

劉備は徐州を任され、ボクたちは裏向きの侍女として仕えることになった。

元軍師としては思うところもあるけど、月は楽しそうに日々過ごしてる。

それだけで、ボクは満足だ。

 

小耳に挟んだところ、呂羽と華雄は公孫賛の傘下に入ったらしい。

あの時の会話から、ひょっとするとココで合流出来るんじゃないか…。

なんて、少しだけ期待したけど……。

 

旧董卓軍は、そのほとんどが散り散りとなってしまった。

恋とねねは行方知れずだし、霞は曹操のところ。

そして華雄は、呂羽と一緒に公孫賛の所に身を寄せたと。

 

ここの軍師たちも、諸侯の動向には神経を尖らせている。

袁紹、袁術、曹操など錚々たる面子に囲まれてるのだから当然だろう。

でもその中に、呂羽と言う名前が挙がったのには驚いた。

 

呂羽はもともと華雄隊の副長でしかない。

それがいつの間にか、こんなに注目される大きな存在になってしまった。

 

使えそうな奴だとは思ってたけど、正直想像以上だ。

華雄に影響されたのか、やたらと袁紹を目の敵にしてたしね。

 

「詠ちゃん、聞いた?」

 

そんなことを考えていると、護衛を連れて月がやって来ていた。

その表情は、困惑と驚嘆をない交ぜにしたようなものだった。

 

「どうしたの?」

 

「大将がやってくれたぜ!」

 

ボクは月に聞いたの。

なんで護衛のアンタが答えるのか。

 

「大将って呂羽のことよね?何をやったっていうのよ。」

 

「華雄と呂羽さんがね、袁紹軍を退けたんだって。」

 

「は?」

 

少し興奮気味に話す月の姿はとても可愛らしい。

が、聞き捨てならない。

呂羽と華雄が、袁紹を退けたですって?

 

「どういうこと!?」

 

 

話を聞いてみると、詳細は不明ながら事実であることは分った。

 

袁紹が公孫賛を攻め、公孫賛がこれを退けた。

さらに公孫賛と袁紹が連合。

一連の立役者は呂羽と華雄である、と。

 

彼らが元気だったのは嬉しいが、変な勢力が生まれてしまって困惑する。

 

公孫賛と袁紹が連合?

あり得ない。

呂羽と華雄がいながら……って、まさか!

 

「それで大将と将軍は、公孫賛の下を離れたって話だぜ」

 

護衛のくせにやたら情報通なコイツ。

なるほど、そういうこと。

 

ならあいつらは、どこへ行こうというのか。

ひょっとすると……。

 

駄目ね。

楽観的な想像は軍師として最低だ。

いや、もう軍師じゃないんだけど……。

 

「そうそう、呂布ちんが近くにいるらしいぜ?」

 

「……なんですって?」

 

「ちょっと離れたとこの砦に陣取ってるって、さっきみんなが対応協議してた」

 

その報告に驚愕する。

恋が近くに?

いや、それなら引き入れるべきだ。

 

ボクは急いで劉備たちがいる、軍議の間へ飛び込んだ。

ビックリした月を置いてけぼりにしちゃった……あとで謝らないと。

 

「恋……呂布のことなら、ボクに任せて!」

 

視線が集中し、ボクが凄く慌てていたことを自覚させられる。

うっ……負けるもんか!

 

「呂布の下に使者を出して!…ううん、ボクを説得に行かせて!」

 

「それは……」

 

軍師たちが難色を示す。

 

「呂布ならきっと、ボクが説き伏せてみせるから。お願い!」

 

一度別れたとは言え、月のために戦ってくれた恋たち。

出来るだけ、敵対したくない。

 

「うん、そうだよね。じゃあ任せるね?」

 

思い切り頭を下げたボクに困惑した軍師たち。

彼女たちを余所に、劉備がそう笑顔で言ってくれた。

この笑顔に救われる。

 

「あ、ありがとう…」

 

急に照れくさくなり、お礼を言うのにどもってしまった。

 

「あの呂布さんが加わってくれるなら、大きな力になりますね!」

 

皆がワイワイはしゃぎだすのを横目に、これからのことに想いを馳せる。

 

恋、ねね。

月は無事よ。

だからまた、どうか一緒に……!

 

 




使い所が難しい技を無理矢理ねじ込んで行くスタイル。

25話の誤字報告適用しました。
32話で指摘を受けた誤字を修正しました。

独自路線とか、そういうタグを付けた方がいいのでしょうか。


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34 鬼神激

公孫賛のもとを離れた俺たち。

離れるのはいいが、どこへ向かうのがいいか。

意見は割れた。

 

「涼州へ向かうべきだ」

 

「連合に参加した馬一族が居るけど」

 

「それに、袁紹の勢力圏を通ることになります」

 

「どこを通っても、ある程度は仕方あるまい?」

 

「世話になった公孫賛に、あまり迷惑掛けたくないけど」

 

「迷惑掛けたのは……いえ、なんでもありません」

 

言わずもがなのことってあるよね。

ともあれ、意見はほぼ三つに集約された。

 

一、董卓軍と縁の深い涼州へ向かう。

二、賈駆っちたちが居る可能性が高い劉備のとこに向かう。

三、南蛮に向かう。

 

まず、涼州は遠いというのが一番の難点。

行くとすれば、匈奴の地を押し通って向かうことになろうかと思われる。

向こうでは董卓ちゃんの伝手を頼ることになるだろうけど、色々と不明瞭だ。

 

次に劉備ちゃんは徐州に居るはずだが、これも隣接はしてない。

行くなら袁紹が治める地を押し通るか、ぐるっと遠回りしないといけない。

外洋船を使うのは難しいしな。

 

最後に南蛮。

行ってどうすると言うのか。

温暖な気候でぬくぬくしたい、とか?

 

それなら益州に行って、後から来るであろう劉備ちゃんたちとの接触を待つという方がいい。

順当に進めば劉備ちゃんたちが蜀を打ち立てるだろうし、それを見越してってのもありっちゃありか?

ただこれを知ってるのはおかしいし、予測する根拠も少ないかな。

 

理由はともかく、南蛮と言うか益州もありな気がしてきた。

でも、これまた行くのがとても大変だ。

行った先も劉璋が治めてる、んだっけか。

やはり難しいな。

 

まとめる。

言葉や文化の違う匈奴の地を通るより、何とかなりそうな袁紹の勢力下を通った方がマシだと思う。

それなら徐州の方が近い。

劉備ちゃんのとこには、賈駆っちたちもいる可能性が高い。

 

「てな訳で、徐州に向かおうと思う」

 

「むぅ、分かった」

 

「御意」

 

いや、匈奴たちを相手取ってってのも良い修行になりそうだけどね。

ちょっと心惹かれるものがあったのも事実なんだよ。

でも連れていく兵たちにとっては、厳しいんじゃないかと思うんだよねー。

特殊な訓練を受けてる呂羽隊はともかく、華雄隊は特に。

 

だから袁紹の支配地を通って徐州を目指すぜ。

 

「よし!じゃあ行軍開始。ガンガン行こうぜ!」

 

「おう!」

 

「まるで、敵地に攻め込むかのような意気込みですね」

 

似たようなもんだ!

 

 

* * *

 

 

出立前、公孫賛が手形を発行してくれた。

袁紹と連合した公孫賛の、公認証書だ。

そのため、一応は穏便に通行が許可されるはず。

 

襲って来ても返り討ちにするだけだが、無用な波風は立てるべきじゃない。

だからなるべく端の方を通るようにした。

 

端っこの方は管理があまり行き届いていないのか、賊を見かけることも少しある。

そんな時は、即討伐。

慈悲はない。

 

「鬼神激!」

 

今も目の前に居る賊徒を相手に、連撃を叩きこんだところ。

左正拳から右正拳突き、続けて左正拳と右からの起き上がりアッパー。

心得ある相手なら途中で抜けてくることもあるだろうに、やはり所詮は賊徒か。

 

しかし波風立てないのは大事だが、たまには戦いも必要だな。

実戦となると、姉さんや韓忠たちとの組手とはまた違った心境になれる。

例え、相手が賊徒であったとしてもだ。

 

 

何やかんやしながら、まあまあ平穏無事に徐州に辿り着いた。

 

「死屍累々。後ろは振り返らないのですね」

 

俺が倒した時点では、皆生きてたから大丈夫だ。

役人や村人、街に引き渡した後は知らんがな。

 

さて徐州に入ったはいいが、どうしようか。

適当に待ってれば劉備軍がやってくるかな?

 

「本当に、劉備の下に董卓様が居るのか?」

 

徐州に向かうと決まって以降、華雄姉さんの心配事はずっとこれ。

流石の忠臣だと感心するがどこもおかしくはないな。

 

「多分、居ると思うよ」

 

流石に断言は出来ない。

ちゃんと保護されたとしても、隠された存在になってるはず。

だから、どちらにしても表立った情報は出て来ないんだよ。

 

「近くの拠点へ、知らせを走らせては如何でしょうか」

 

例によって韓忠から常識的な具申が。

 

うん、そうしようか。

分からない時は人に尋ねる。

頼る。

基本だな。

 

「じゃあ、頼m」

 

「ご注進!南より軍勢が迫っています。恐らく劉備軍かと……」

 

おっと、先を越されたか。

まあ手間が省けたと言える。

劉備軍なら、こっちに戦意がないことを伝えたら話し合いに応じてくれるだろ。

 

先方から武将が進み出てきた。

おや、見覚えある……。

 

「そこで止まれ!我が名は関羽。貴様らはどこの手の者か!?」

 

おお、まさかの関羽さん。

姉さんは相性が悪そうだし、ちょっと下がっててもらおう。

 

「俺は呂羽。一瞥以来だな」

 

「呂羽っ!?」

 

え、そこまで驚くか?

ああ、泗水関で遣り合って以来だからか。

 

「訳あって流れてきた。落ち着いて話がしたいのだが」

 

「…ふむ、いいだろう。兵たちも同じか?」

 

「ああ。呂羽隊と華雄隊の二つ分だな」

 

「華雄も、か。……分かった、陣を用意させるから少し待て」

 

良かった。

いきなり斬り掛かかられたりはしなかった。

 

前の時は、姉さんを逃がすためにガッツリやっちまったからな。

ちょっとドキドキしてたんだ。

手合わせは望むところだが、行軍中は波風立てないと言う方針に反してしまう。

 

 

そして簡易な陣が構築され、正対する俺と関羽。

横に姉さんと韓忠もいるが、俺が真ん中。

何故だ。

 

「さて呂羽。お前たちの目的はなんだ?」

 

「その前に聞きたいのだが」

 

「何だ?」

 

「そちらに、董卓と賈駆は居るか?」

 

「……そうか、お前たちは元董卓軍であったな」

 

そうなんです。

姉さんが、それはもうソワソワしてる。

少し可愛いぞ。

 

「董卓と賈駆は死んだ。……と言っても、お前は分っているのだろうな」

 

一瞬姉さんが反応したが、咄嗟に抑える。

どうやら、無事に保護されたようだな。

 

「華雄隊は、彼女たちを守ることが本懐だ」

 

俺もそうだけど、姉さんの思い入れに敵うことはない。

あ、そういや牛輔は元気かな。

 

「…お前はどうなのだ?」

 

「守りたい想いに違いはない」

 

呂羽隊はそもそも、華雄隊の下部組織から始まったからな。

嘘はないよ。

ずっと同道出来るか、その確信は持てないけど。

 

「分かった、桃香様に使者を送ろう。返事が来るまで待てるか?」

 

「問題ない。よろしく頼む」

 

余程のことがない限り、断られることはないだろう。

袁紹、袁術、曹操様に囲まれたこの徐州で、戦力増強は必須のことだから。

 

「そうそう、恐らくだが」

 

ん?

関羽さんが、付け加えるように言う。

 

「今頃、呂布も陣営に加わっているはずだ」

 

「呂布がっ?」

 

ここまで黙ってた姉さんが反応。

そりゃそうだ。

俺もビックリだもの。

 

「旧董卓軍の主要者が集うとは、不思議なものだな…」

 

そっか、呂布ちんも。

呂布ちんが居るということは、陳宮も居るのだろう。

 

董卓ちゃんに賈駆っち。

呂布ちんと陳宮。

そして華雄姉さん。

 

張遼は曹操様に捕まったから仕方ないけど、こうも揃うとは。

こういうの、奇縁って言うのかね。

 

その後しばらく、劉備ちゃんからの使者が戻ってくるまで、俺たちは関羽の監視下で過ごすことになった。

 

 




・鬼神激
タクマが使用する、龍虎2にのみある技。
敢えて使う機会はないと思いますが、私は止めによく使ってました。
削り能力はありません。

・裏話
当初の予定では公孫賛と一緒に袁紹軍に囲まれ、危機に陥って関ヶ原島津ばりの敵中突破を敢行。
そのまま劉備の下へ逃れるという流れを考えていました。
しかし勢いで袁紹捕まえちゃったので、公孫賛が活躍する出番と共に露と消えました。
一番の被害者は公孫賛。
真名を交換する予定すらあったと言うのに、どうしてこうなった…。


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35 龍撃拳

使者が戻ってくるまでは暇だ。

関羽隊の監視下にあるし、移動することも出来ない。

 

華雄姉さんは隊の見回りに行ってしまった。

よって、韓忠と組手をすることにした。

 

韓忠はスラッとした佇まいであり、鉈をメイン武器としている。

そこに極限流の基礎を叩き込み、更に気の修練を課したした結果、気と足技も扱う立派な武人へと昇華された。

 

「シッ」

 

「はぁっ!」

 

横薙ぎに振るわれる鉈からの、左回し蹴り。

鉈を避けつつ回し蹴りを左で受け、右正拳突き。

でも軽やかに躱された。

 

「ふぅ、中々やるようになったじゃないか」

 

「いえ、隊長のご指導の賜物です」

 

殊勝な物言いだが、これで俺に対する恨みを忘れてくれたらもっといいのだが。

 

「隊長が責任を取って下さるまで、私の復讐心は無くなりません」

 

「何のだ」

 

「教えません…」

 

薄く笑う韓忠。

ここまで何時もの構図。

 

恐らく、過去に俺がコイツに何かしたのは間違いないのだろう。

しかしそれが何かが、未だに解らない。

まあ恨みとか復讐と言いつつ、実害はないからいいんだけどな。

 

せいぜい試合の最中、研ぎ澄まされた殺気をぶつけてくる程度だ。

むしろ華雄姉さんともども、組手の相手として不足がなくなり喜ばしい。

 

指導をしていた当初、気の扱いは牛輔の方が一歩上だった。

しかし今では、韓忠の方が上達して結構な差がついているのではないかな。

 

……ふむ。

ちょっと興味が湧いたので、試してみよう。

 

「よし韓忠、気を集約して構えて見ろ」

 

「?はい」

 

構えを取る韓忠に向かって、ちょっくら気弾を放ってみる。

上腕の構えからぐるっと下投げする感じで。

 

「龍撃拳!」

 

三日月状で薄めの気弾が韓忠へ迫る。

ドュクシっと鈍い音を立てるも、無難に凌いでみせた。

 

「ふむ」

 

「いきなりなんです、痛いじゃないですか」

 

痛いで済むようになったんだねって感心してるんだよ。

そんな恨みがましい目で見ないでくれ。

 

虎煌拳だと凄く暗い眼差しになるから、わざわざ避けたんだぜ。

むしろ褒めて欲しい。

いや、流石に冗談だけど。

 

 

「そういえば呂羽」

 

いつの間にか戻ってきて、横で観戦してた姉さんが聞いてきた。

 

「なんだい?」

 

「呂羽隊の者は皆、お前の弟子だよな。なんで韓忠だけここまで……」

 

「待って姉さん。俺は弟子なんて取った覚えn」

 

「将軍。それは私と牛輔が気を扱える素養を持っており、隊長が特に指導して下さったからです」

 

ほほう、と頷く姉さん。

だから待てって。

 

「待て。まず俺は弟子なんt」

 

「そして、今や私が最も隊長の訓示を受けた者。即ち、一番弟子と言えるでしょう」

 

「なるほど。資質を持ってた者が、特別な指導を受けてこうなったと言う訳か」

 

「その通りです」

 

会話から締め出され、韓忠と姉さんで完結してしまった。

俺は弟子なんて取った覚えはない。

確かに指導はしたが、あくまでも基礎だけだ。

 

韓忠と牛輔も、気を扱える余地があったから重点的に教えはしたが、それだけのはず。

確かに牛輔と別れてからは、伸び代のある韓忠を鍛えるのが楽しくなっていはいた。

しかし、弟子と言うからには極限流の技を伝授したり……あっ。

 

「呂羽、華雄。使者が戻ってきたから、…どうかしたか?」

 

「あー、いやなんでもない。すぐ行く」

 

何かに気付いてしまった。

だが折良く、あるいは折悪くやって来た関羽の知らせを優先することにした。

使者の帰りを待ってたんだからな。

 

…背後で誰かが忍び笑いを漏らしたようだ。

後で覚えとけ。

 

 

* * *

 

 

俺たちは恙無く、劉備軍に迎え入れられた。

華雄姉さんは董卓ちゃんと会えるとわかるや、ソワソワ感がマシマシだ。

気持ちは分かるが少し落ち着け。

 

「ようこそ徐州へ。歓迎しますね」

 

おお、劉備ちゃん。

凄く久しぶり。

 

泗水関で思い切り攻撃を仕掛けた呂羽です。

その節は済まぬ。

 

関羽に先導され、俺たちは劉備軍の本拠地へやってきた。

そこで待ち受けていたのは、劉備ちゃんをはじめとした劉備軍の錚々たるメンバー。

 

劉備、関羽、張飛、趙雲、諸葛孔明、鳳統。

さらに呂布ちんと陳宮まで。

 

そして、遂に董卓ちゃんと賈駆っちが!

牛輔は護衛の立場のままであるようで、場を弁えてか隅っこに居た。

 

おお、良かった無事だった。

華雄姉さんが決壊しそうだが、何とか耐えている。

もうちょっと頑張ってくれ。

 

「迎え入れて頂き感謝する。華雄ともども、宜しくお願いしたい」

 

いつの間にか、姉さんが俺の下についてるかのような形になっていた。

違和感を禁じえないが、姉さんは何も言わない。

前から細かいことは気にしない人だったけど、いいのかね。

 

「呂羽殿、久しぶりですな。お元気そうで何より」

 

趙雲が変わらない態度と表情で声をかけてくれる。

そういや連合では会わなかったね。

 

「趙雲も、元気そうで何よりだ」

 

「ふむ、随分とご活躍だった様子。後で手合せ願いたいですな」

 

「望むところだ」

 

戦じゃない試合ならいくらでも、喜んでやるぜ!

 

後ろで関羽が趙雲を詰っている。

あ、謁見中だったね。

済まぬ。

 

 

「呂羽さん。それに華雄。二人とも元気そうで良かったです」

 

董卓ちゃんが儚く微笑んでくれる。

あれ、名前呼んで貰ったの初めてじゃね。

 

「董卓様ぁぁぁーーーっっ!!」

 

姉さん、遂に決壊。

 

「呂羽、あの時はありがと。お陰でボクも月も無事よ」

 

「おお賈駆殿。無事に行き着いたようで何よりだ」

 

「大将!姫たちは名前を捨てたんだ。気を付けた方がいいぞ!」

 

「ああ。牛輔もご苦労だったな、後で韓忠たちにも会ってやれ」

 

賈駆っちからお礼言われるとは新鮮だなぁ。

あと、やっぱり名前捨てたんだね。

仕方ないことだろうけど、並々ならぬ覚悟だったんだろうなぁ。

 

「ボクのことは詠って呼んでちょうだい」

 

「あ、わたしは月です」

 

「分かった。俺はリョウ。宜しく」

 

已む無しとはいえ、大切な名を預けてくれるのだから、こっちも相応の対応をしないといけないよな。

この世界にもそこそこ長く居て、色んなことが良く分かって来た。

俺の考え方も多少は変わったかも知れない。

 

「え、あんた呂羽よね?真名がリョウって…ちょっと!」

 

うん、凪の時と似たような反応。

だから回答も同じような感じでいいよな。

 

「判り易くていいだろ?」

 

「え、うん。……うん?」

 

賈駆っち、もとい詠のキョトンとした顔はとても可愛かったと心のメモに追記した。

董卓ちゃん改め月ちゃんもな!

 

 

「あははっ。和やかでいいですね!」

 

劉備ちゃん。

再び済まぬ、謁見の途中だったのに。

その笑顔に救われます。

 

但し、隣の関羽さんの笑顔が超怖いです。

趙雲の後は関羽とも試合になること間違いなし、だろうな。

 

その後は真面目に。

俺と姉さんは隊を代表して、陣営に加わる旨を宣誓した。

 

 

ちなみに姉さんは正式に仕官したが、俺は客将にしてもらった。

何故なら、まだ腰を据えようとは思えないから…。

 

ここまで来たら呉にも行ってみたい。

そんな我欲が故だ。

孫策とも、また本気で遣り合ってみたいしな。

 

 




・龍撃拳
作品によって色んな形を持つ技で、使用者はロバート。
今回は、何となくKOF2000のバージョンを使ってみました。
ぐるんと腕を振って投げ付けるあのモーション、好きなんですよね。

・韓忠
ちょいキャラのつもりが、何時の間にやら準レギュラー。
そして魔改造。
イメージは龍虎1のキングが鉈持った感じ。
…ちょっと無理がありますかねぇ。


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36 猛虎無頼岩

俗に言う日常回


「ハイハイハイ、ハイーーッ!!」

 

「ちぇすとーっ!」

 

趙雲の華麗で俊敏な槍捌きを躱しつつ、隙を見て飛び蹴りを放つ。

 

 

謁見と簡単な自己紹介が終わるや、趙雲に練兵場へ誘われた。

そして早速とばかりに試合をとなったのだが……。

 

趙雲の後ろに関羽と張飛、そして華雄姉さんと呂布ちんが控えてる。

対戦待ちの方々である。

 

多くね?

特に、姉さんはそこに居るべきじゃなくね?

 

何でこんなことになったかと言うと、主に関羽さんと趙雲のせいだ。

 

謁見後、激おこ状態の関羽さんから笑顔で組手を申し込まれた。

そこに、趙雲がまずは自分だと主張。

 

関羽と趙雲の睨み合いになりかけたが、ふっと視線を外した趙雲。

そして、交流がてら俺との対戦大会をと提案したのだ。

 

興味を持ったらしい、劉備軍の皆様が賛同した結果こうなった。

 

ちなみに呂布ちんは、最初は全く興味なさそうだった。

が、俺に勝ったら特別褒賞という悪魔の囁きから参戦を表明。

目を爛々と輝かせて、今の待機中と相成った訳だ。

 

いや、対戦は望むところなんだけどな。

俺だけ総当り戦ってのはどうかと思うんだ。

何も一日で全てやらんでも、ねぇ。

呂布ちんとの対戦も、出来れば万全の状態でしたかったなって。

 

奥では頭脳労働者たちによる、優雅なお茶会が開催中。

侍女として働く、月ちゃんと詠っちの姿に癒される。

 

 

「せりゃあぁーーっ!!」

 

「猛虎!」

 

そんな訳で趙雲との試合真っ最中。

考え事は切り上げ、そろそろ決めに行こうか。

 

槍の切っ先を、気を纏わせてかざした左腕でちょんっと横にズラす。

その隙に、右の正拳突きを勢いよく放った。

 

「無頼岩ッ!」

 

最小の動きで相手の攻撃を制し、カウンターを放つ。

いい感じに刺さってくれた。

 

「ぐっ」

 

吹っ飛ぶ趙雲。

上手く入ったが、これで決まりにはならない。

続けて踏み込み止めの一撃をっ。

 

「猛威、虎殺掌!」

 

水平に手刀を放ち、首筋で寸止めする。

よし、上手くいった。

 

見れば趙雲も槍を振り上げており、あと二拍程遅かったら負けていたな。

 

「俺の勝ちだな?」

 

「フッ、そうですな。いやはや流石でした」

 

趙雲も素直に負けを認め、互いの健闘を称えあう。

挨拶代りの勝負みたいなもんだが、ある程度の技量は知れた。

うん、良い勝負だった。

押忍!

 

 

「うむ、見事だった。では次の相手は私だ」

 

関羽さん、容赦ない。

少しくらいインターバルをですね。

 

「行くぞ!」

 

グワッと青龍偃月刀を振り上げる関羽さん。

どうやらまだ、おこ状態が続いてるようで話も聞いてくれない。

 

ま、しゃーない。

連続稽古だと思って対処しよう。

 

 

* * *

 

 

おこ状態から漸く落ち着いた関羽との試合を終わらせ、張飛を退け、姉さんとも打ち終えた。

さあ、ここからが本当の地獄だ。

 

「最後は呂布ちんかぁ」

 

「………行く」

 

「来い!」

 

戦国最強と名高い呂布ちん。

虎牢関の時に少し見たが、その武才は計り知れない。

実に興味深い。

 

得物の方天画戟はドでかい。

これを縦横無尽に振り回す呂布ちんだが、隙が無い訳じゃない。

そこらが攻め所になるだろうな。

 

ブオォーーンッからのシュバンッ、そしてドゴン!

 

……やー、攻め所は分かるんだ。

でも踏み込むのに相当、勇気いるなこれ。

想像以上でした。

 

力の法則たち、ちゃんと仕事してる?

まあ、その辺りを潤滑にするのが気の力だと分かってはいるんだが。

 

呂布ちんに勝つためには、覇王翔吼拳を使わざるを得ない。

 

でも、ただ覇王翔吼拳を放つだけでは呂布ちんを捉えることが出来ない。

これはもう、本気で狙って行くしかないな!

 

 

「虎煌撃!」

 

「……ッ」

 

ちょっとした間隙を縫い、地面に気を撃ち込み土を散らす。

視界を遮り、動きを掣肘する役割を……是非とも果たして欲しい。

 

土煙の向こう側。

おおう、余裕で動いてらっしゃる。

 

流石は天性の武才。

これに野生の勘が備わり最強に見える。

 

「…フッ」

 

若干薄くなった土煙を、薙いで迫る天下無双。

 

「はあっ」

 

気合一発、猛虎雷神剛を放つ。

ガードポイントからの差し込みアッパー。

が、軽やかなステップで避けられた。

 

おぅふ。

 

呂布ちんの攻撃は、概ね見切って避けることが出来てる。

でも、こっちの攻撃も割と余裕で躱されるんだよね。

このままじゃ、千日手になりそうだなぁ。

 

いやまあ、組手だからそのまま引き分けてもいいんだけど。

食費などのためにお金を稼ぎたい呂布ちんの目は、まだまだ輝き続けている。

 

お昼奢るとか言って買収出来ないかな?

…ダメだ、ばれたら絶対怒られる。

 

仕方ない、これも修行だ。

後のことは何も考えず、全力で打ちに行こう。

 

「ふぅんぬぁぁぁぁぁーーーーーっっ!!」

 

両手をそれぞれ脇の下に置き、思い切り気を練り上げる。

 

「……させない」

 

呂布ちんが何かを感付いて、思い切り振り降ろして来るのを避ける。

ドゴンッからのビュンッ

続いて恐ろしげな横薙ぎも何とか躱して……。

 

「覇王翔吼拳!」

 

正面に両手を突出し射出。

ふと、呂布ちんが避け動作を取ろうとするのが見えた。

咄嗟にはどこに逃げるのか解らんので、連続で発射する。

 

「はあッ!!せりゃあぁーーッ!」

 

覇王翔吼拳の三連発。

全て異なる方向に拡散させて照射。

二発目と三発目は、それぞれ威力が相当減じてしまったが仕方ない。

 

「……くっ」

 

ズシャッと落ちる音がしたので見てみると、呂布ちんが片膝をついていた。

ふむ、どうやら三発目が当たったようだ。

頑張った甲斐があったな。

 

「ぬぅ」

 

代わりに、俺も相当量の気力を消費してしまった。

立ってるのも辛い。

すぐにでも座り込んでしまいたいが……。

 

呂布ちんがゆらりと立ち上がる。

マジかー。

 

「………」

 

「……む」

 

目を合わせると、どこか切なそうな目をしている。

どうやらお腹が空いたらしい。

これぞ天佑!

 

「そろそろ、終わりにしないか?」

 

ここぞとばかりに声をかける。

急ぎ過ぎないよう、そして震えないようかなり気を付けた。

 

呂布ちんは暫く溜めた後、コクリと頷いた。

 

よし、乗り切った!

 

「なんだ、もう終わりか?もう少し続けろ」

 

姉さんがつまらなさそうに言ってきた。

無茶言うなし。

 

「呂布ちんも腹減ったようだしな、俺も流石に疲れたよ」

 

見ると、呂布ちんの下にすかさず陳宮が近寄って食事に誘っていた。

せっかくだし、もうちょっと話とかしときたいな。

 

でも、今はもう限界。

ドッカリとその場に腰を下ろす。

 

ふぅーーーーっ

 

マジで疲れた。

気分的には気力ゲージも真っ赤っ赤。

 

いやはや、やはり覇王翔吼拳の拡散照射は厳しいものがあるようだ。

が、一つ上を見ることには繋がった。

 

次なるステップは連射性。

そのために必要なのは、まず踏み込み精度の向上と気力の拡充。

よし、今夜から早速始めるとするか!

 

 

この後はなし崩し的に宴となり、劉備陣営の方々との親睦を深めることとなった。

 

 

 




・猛虎無頼岩
主にタクマの技。
作品によっては飛び道具を跳ね返すことも可能でした。
成功したことはありませんが。

関羽や張飛の描写は冗長になったのでカット。
ようやく、呂布ちんとまともな接触が出来ました。
これで少しは主人公に興味を持ってくれることでしょう。

そして、覇王……拡散照射…?うっ、頭が…


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37 三戦の型

劉備軍にもまあまあ、溶け込めてきたかなーって思えて来た頃。

風の噂で、袁術が戦支度をしているとか何とか。

 

そんな訳で。

姉さん、軍議です。

 

 

「南から大軍で攻撃されると、ちょっと厳しいです」

 

「ですから、今ある兵力の七割を袁術さんに当てようと思います」

 

「この戦いは、孫策さんの動きに関係がありそうですね」

 

「上手くすれば、独立した孫策さんと挟み撃ちが出来ると思います」

 

おお、軍師たちが凄い。

普段はあわわはわわ言ってる二人だが、凄く頼もしい。

 

劉備軍の面子からも、よくよく信頼されているのが伝わってくる。

とても良い雰囲気だ。

 

さて、問題は俺がどう動くかだが。

袁術を迎え撃つ場合、孫策もいる可能性が高い。

 

だったらまた戦えるかな?

それとも、軍師たちが言うように孫策の秘めた想いを汲む方向に動くべきか?

 

しかし全て都合よく動くとも限らんしな。

ううむ。

 

「……そこで、呂羽さんには北への備えをお願いします」

 

むぅ?

いつの間にか話が進んでいたようだ。

いかんいかん、集中せねば。

 

「北への備え?」

 

「はい。袁紹さんが動かないとも限らないので…」

 

ああ確かに。

でも俺が居ると抑止力になるのか?

逆に激昂しそうな気もするが。

 

「華雄さんを主将に、呂羽さんを遊撃として配置します。これで……」

 

公孫賛のとこで、袁紹をやっつけた実績が評価されたようだ。

でも袁紹が来たら、連合組んでる公孫賛も来る可能性あるよな。

その時はどうすっかねぇ…。

 

まあ、その時はその時。

上手く動いて確保に走ると言う道もあるな。

 

「…じゃあ皆、力を合わせて頑張ろうっ!」

 

「「「応!(なのだ!)」」」

 

「「「はい!(なのです!)」」」

 

劉備ちゃんの激に応える陣営の皆。

コクリと頷く呂布ちんと姉さん。

よし、俺も気合を入れて当たるとしよう。

 

ところで思うんだけどさ。

呂布ちんが行くなら、いくら孫策さんが居ても袁術に勝ち目なんて全くないんじゃなかろうか。

 

思い切り本陣に奇襲なりで蹴散らしたら、すぐに戻って来れるんじゃね?

月ちゃんたちもいることだし、そうなることを願っておこう。

 

 

* * *

 

 

劉備軍の本隊が出撃してから暫し後。

 

「報告します。劉備様たちは袁術軍の本陣へ奇襲を仕掛け、勝利した由!」

 

ちょくちょく伝令の遣り取りをしていると、劉備ちゃんたちが辛くも勝利したという報告が来た。

連合戦の時もそうだったが、いくら呂布ちんが天下無双でも簡単にはいかんのだな。

兵力の差ってのは、やっぱ大きいものらしい。

 

袁術軍を追い返した劉備軍だが、少なくない被害が出た。

そして、また攻めてくるかも知れないため暫く向こうに逗留するそうだ。

 

…これ、何だかフラグっぽいよな。

 

「うむ、流石は呂布。…よし、呂羽。手合せするぞ!」

 

「いや、事務仕事あるから……。韓忠でも相手にしててよ」

 

「そうか、なら仕方ないな。では牛輔、韓忠。行くぞ!」

 

「っしゃあ!」

 

「……承知しました」

 

客将なのに事務仕事とはこれいかに。

本当は姉さんの仕事なんだけど、洛陽以来の流れでついね。

はわわ軍師も何も言わないし、大丈夫なんだろう。

 

牛輔は華雄隊の副長に抜擢された。

そして何時の間にやら離されていた、韓忠との差を縮めるべく熱く燃えている。

 

巴里は燃えているか?

ガッツリ燃えてるぜ!

 

そんな会話があったりなかったり。

 

韓忠も韓忠で、最近は極限流をベースに色んな技の開発に余念がない。

昨日の手合せでは、前方へ跳ねて右足を振り上げてからの下降中に左足を振り下ろす、竜巻蹴りと言う技を披露された。

 

ちょっとビックリして一瞬手が止まってしまった。

慌てて三戦の型でガードしたから難を逃れたが……。

少し危なかった。

 

あれってもしかしてトルネード……?

……いや。

うん、深くは考えまい。

 

前までは事務仕事を優先してくれてたのに、最近は手合せを優先するようになってる。

謎の一番弟子宣言以来、何となく姉さんと仲良くなってるんだよなー。

まあ強くなる分には文句などない。

 

おっといかん、思考が格闘側へシフトしかけてる。

ちゃっちゃと事務仕事終わらせて、俺も修行に入ろう。

 

「ご注進!」

 

姉さんたちと入れ違いに、駆け込んできたのは伝令の兵士。

コイツは確か、北方担当だったような。

 

「北より袁紹軍、南下の動きあり!!」

 

わぁ、ホントに来ちゃったよ。

 

「分かった。すぐに華雄将軍と、詠たちを呼んできてくれ」

 

「御意!」

 

袁紹ってば、俺が此処に居るって知らないのか?

それとも知ってて来るのか?

 

どっちにしても来る可能性があるなら仕方がない。

俺に出来るのは追い返すことのみだが……。

 

とりあえず、旗でも折りに行くか?

 

「リョウっ!袁紹が来るって!?」

 

あれこれ考えていると、慌てた様子で詠っちがやって来た。

月ちゃんと姉さんたちも。

 

「ああ。それで、対応を協議しようと思ってね」

 

「…そうね、とりあえず桃香たちに知らせないと」

 

おっと、そうだった。

そっちが先だったな。

 

「じゃあ、姉さんの名前で出しとこう」

 

「ええ。後は、とりあえず牽制に出るべきよね」

 

「出撃か!」

 

出ると聞いて、姉さんがアップを始めました。

 

洛陽の時から、何一つ変わらないその姿勢が最早愛おしい。

華雄隊の皆が愛する姿が此処にある。

 

困ることもあるけれど、姉さんはもうこれでいいと思うんだ。

あの時よりも、ずっと強くなっているのだし。

 

「とりあえず、呂羽隊と華雄隊で出撃しよう」

 

「そうね。他の予備隊は準備を整えて、待機させておきましょう」

 

いやぁ、詠っちは頼りになるな。

既に一線を退いたとは言え、伊達に一軍の軍師を務めてはいない。

 

なんだったらもう、軍師に復帰しても良いんじゃないか?

いや、それは俺が言うことじゃないか。

 

「よし、じゃあ準備を進めよう。姉さん、頼んだぜ」

 

「うむ、任せておけ!」

 

軍備に関しては、俺にとって姉さん程頼りになる人は居ない。

思えば長い付き合いになったものだ。

 

さて、俺も準備をしよう。

……っと!

 

「あー、詠殿。すまないが事務仕事を手伝ってくれないか?」

 

こっちが終わらないと準備に入れない。

なんてこったい。

 

「…はあ。いいわ、ボクがやっとく。リョウは華雄のとこに行きなさい」

 

「詠ちゃん、わたしも手伝うよ!リョウさん、華雄のことお願いしますね」

 

おお、詠っちどころか月ちゃんまで。

ええ子たちや。

 

「任された。じゃあ、後は頼む!」

 

軍事に関するとこだけ急ぎで書簡を作り、俺は姉さんたちの後を追った。

さあ、袁紹。

再びの悪夢を見せてやろう。

 

 

 




・三戦の型
「さんちんのかた」と読むらしいです。
使用者はタクマ。
KOF99ではゲージ溜め、同2002UMでは攻撃を防御する技となっています。
今回は2002UMバージョンでお送りしました。

尚、本作にキングやユリなど龍虎キャラの登場はありません。


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38 極限虎咆

張り切って、やって来ました北の土地。

 

もし、公孫賛も来てたら撃破するのは忍びない。

だからと言って、袁紹だけギッタギタにしたら逆に立場が悪くなるかも。

何か良い方法を見付けたいところだが…。

 

陣地に入り、見張りの防人たちを労って簡単な軍議を行う。

 

「何も来るのを待つ必要はない。突入して蹂躙すれば事足りる!」

 

「おう!色々問題発言だが、そっちの方が好みだぜ!」

 

猪たちは黙ってなさい。

つーか牛輔、お前は姉さんより性質が悪いぞ。

 

「どういった布陣で来るのか、そもそも本当に来るのか。確かめるのが先決でしょう」

 

流石だぜ韓忠、頼りになるな!

早速物見の兵を追加しよう。

 

いや待て、なんか俺が主将みたいになってるぞ。

主将は姉さんだろ?

今更だけど。

 

「本当に今更ですね?」

 

「大将が大将で何も問題はねぇ!」

 

「うむ。難しいことは任せる。で、出撃は何時だ?」

 

久しぶりの迎撃戦だからか、姉さんが張り切ってる。

しかも、相手は袁紹だもんなー。

 

いやしかし、牛輔を副長にしたのは失敗だったかも知れん。

姉さんとの相乗効果で凄いことになってる。

手綱を取るのが大変だ。

 

「報告!袁紹軍、こちらへ向かっております!」

 

「続報!後方に公の旗印もあります!」

 

「そうか、御苦労」

 

…そっかー。

いや、やっぱ連合軍で来たな。

当然っちゃ当然だ。

 

でも公孫賛ならあるいは、劉備ちゃんを攻めることはないと少し期待したんだが…。

これが乱世。

ちょっと切ないね。

 

「隊長…」

 

「……」

 

しばし瞑目。

ちょっと気持ちの切り替えが必要になった。

 

ふぅーーーっ

よし。

 

「大丈夫だ。攻めてくる敵は、追い散らすのみ!」

 

とりあえず、袁紹軍の旗は念入りに折っておくとしよう。

極限流の名にかけて!

 

 

* * *

 

 

やって来た袁紹軍は、ある種見慣れた目に優しくない金色に満ちていた。

あれだけ破砕してやったってのに。

その意地と財力、侮れないなぁ。

 

「合図は任せるぞ!」

 

「あいよ」

 

期待に満ちた眼差しの姉さんが、なんか可愛い。

じゃあいつも通り、ちょっと高台から砲撃するとしようか。

 

敵の布陣は……。

前衛に金色と金色が並び、その後ろに大きな金色と斜め後ろに白と茶が。

 

わぁ、凄く判り易い。

 

とりあえず、金色に覇王翔吼拳を撃ち込むのは決定事項。

そして掲げる袁の牙門旗は、全て粉砕してくれよう。

 

んー…。

 

一番派手な牙門旗は、飛び道具じゃなくて根本から粉砕してみようか。

うん、それがいい。

 

「韓忠」

 

「はい」

 

背後に佇む、我らが副長へ指示を出す。

 

「華雄隊は前衛左翼を。呂羽隊はお前が率いて前衛右翼を頼む。」

 

「はっ!…隊長は何を?」

 

「ちょっくら単独行動してくる」

 

「……」

 

じっとりとした視線を背中に感じつつ、気を高めて行く。

大丈夫、すぐ戻るから。

 

深い溜息。

まあ、溜息で済むなら安いもんだ。

 

「はあ……。ご武運を…」

 

「応よ。合図はいつも通りだ、頼んだぜ!」

 

気力を集約した両手を交差し、すぐに腰溜めにて静止。

そしてググッと、溜めて溜めてさらに溜めてぇ…。

 

「覇王翔吼拳!…せいやぁっ!」

 

一発を左翼へ、直後に続けて右翼へもう一発。

方向を変えての覇王翔吼拳を二連発。

両弾とも狙い違わず旗の中ほどに吸い込まれ、貫通したのち周辺を巻き込みながら地面に着弾した。

 

ドファッと土煙が舞い上がり、ついでに金色も幾つか舞い上がった。

 

同時にワー!っと歓声が上がり、華雄隊が突撃して行く。

おや、牛輔が先頭に立ってる。

てことは、姉さんはどこに……?

 

おっと、韓忠も呂羽隊を率いて右翼へ突撃して行った。

姉さんの行方も気になるが、今気にすべきはそこじゃない。

最初の混乱は長くは続かない。

すぐに動くとしよう。

 

 

* * *

 

 

「飛燕疾風脚ッ」

 

跳び蹴り上げからの打ち下ろし。

 

「岩暫脚!」

 

至近距離からの虎煌拳で金色を、虎煌激で土を散らしながら派手な旗の柱に向かって突き進む。

狙うはメイン牙門旗。

覇王翔吼拳で打ち抜くことが可能なのは証明済だ。

 

では、俺の拳ではどうだ?

それを確かめるべく、こうして単独行動をとっているのだ。

 

指揮官としては失格だろうが、まあ実績もある。

副長が深い溜息で許してくれたのだし、有効活用しなきゃ勿体ない。

 

──オーッホッホッホ!

 

なんか聞こえた。

袁紹め、懲りない奴。

 

てかさ、旗折られたの見えてるだろうによく笑えるな。

反董卓連の時の、夏侯淵さんの激怒っぷりとは正反対だ。

 

あ。

いかん、思い出しちゃダメだ。

 

ふぅー。

…よし、落ち着いた。

 

今回は袁紹を捕える必要はない。

てか、そんな暇は多分ない。

 

素早く本陣に滑り込み、敵兵に捕捉される前に目標地点へ急ぐ。

カモフラージュに金色を着込もうかと少し悩んだが、スピードが落ちると思い止めたのは、どうやら正解だったようだ。

 

高笑いするクルクル金ぴかを意識の外に追いやり、裏から回り込むと…。

うむ、着いた。

 

「ぬ、誰だ?」

 

おっと旗守か。

袁紹軍でもちゃんと居るんだな。

 

ビール瓶切りィィッ!

 

無言で手刀を繰り出し、旗守を沈黙させる。

いつぞやの気が抜けた手刀とは違う、本気の打ち込み。

下手すりゃ首も飛びかねんが、兜に守られ昏倒で済んだようだ。

 

そのまま気力を充足させて、派手な柱の根元へ全力で踏み込む。

 

ぬぅぅぅーーー……

 

「極限ッ」

 

左手に気を集約し、捻り込み気味にアッパーカットで打ち上げる。

 

「必さぁぁぁーーーーーっっつ!!」

 

極限虎咆。

相当量の気を込めて打ち放つ、虎咆の強化版だ。

 

ズギャンッメキメキ、モギョッと嫌な音を立てて捲れ行く派手な柱。

そのままゴリゴリ削りながら上昇。

天辺まで辿り着くや、ハッシと旗の裾を握り締める。

 

物理法則に従って下降するが、旗を掴んでいるのでベリベリと剥がれる音が響く。

 

「んなっ?なななな、なぁっ……!?」

 

スタンと無事に着地して確認。

牙門旗の柱部分は完全に割れてしまい、無残な姿で地に落ちた。

旗はと言うと、ズタズタの襤褸切れのようになりながら俺の手に一部だけが収まっていた。

 

押ぅ忍!

 

後ろで何かが騒いでいるが、今の俺は充足感に包まれている。

例え周囲が金色で溢れ返っていたとしても、なぁに、問題は何もない。

 

「あ、あぁぁあなたっ、な、なんてことを……っっ!!っ!?」

 

途中で良く分からない言語になったので聞き流す。

ははは!

今、俺は何だかとても気分がいい。

 

いいぜ、連続稽古だ。

かかって来い!

 

 




主人公の活躍が世界を救うと信じて…ッ
リョウ先生の次回作にご期待ください!

・極限虎咆
初出は餓狼MOWのマルコ。
弟子の技を取り入れた師匠と先代の図。
使い勝手が良く、「小童がぁぁぁ!」のセリフも結構好きです。

17、18話あたりに頂いた誤字報告を適用しました。
関西弁は良く分からないので助かります。

書き終わって、何か打ち切りならこんな終わり方になるかなと思った次第。
打ち切りエンドではありません。


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39 飛燕旋風脚

金色たちに囲まれた。

絶体絶命のピンチにも見えるが、俺は非常にワクワクしている。

 

「さあ、どこからでもかかって来い!」

 

「みなさん、早くやっておしまいなさいっ!」

 

俺の煽りと袁紹の癇癪が爆発した結果、取り囲んでいる金色たちがワァ!と騒ぎ始める。

しかし先手必勝、正拳突きぃぃぃ!

 

「虎咆疾風拳!」

 

ドカンッと一発、気を纏った正拳突きを放つと金色がまとめて数人吹っ飛んだ。

同時に、別の方向でも金色数人が吹き飛ぶ。

む、なんだ?

 

「な、なんですのっ?」

 

袁紹も動揺しているが、なんか聞いたことある声がした。

 

「はあぁぁーーーっっ!!」

 

ドゴーンッと言う音と掛け声がこだまする。

 

姉さん、華雄姉さんじゃないか!

なんでこんなとこに居るんだ?

 

「おお、呂羽じゃないか。奇遇だな!」

 

まるで散歩中、偶然会ったかのような気軽さ。

どうやら目論見は大体同じだったようだ。

 

「確かに奇遇、だな!」

 

ズバーンと金色の垣根を切り開いて躍り出る姉さん。

そして背中合わせになって、会話を続ける。

 

「それじゃあ、いっちょ暴れるとしますか」

 

「おう!」

 

これを合図として、すぐさま離れた。

姉さんが金剛爆斧を振り回し、俺も隣で虎煌拳と虎閃脚を放ちながら続く。

 

余波で袁紹が吹っ飛ぶのが見えたが、気にしてられない。

このまま突っ切る!

 

「待て待てぃ!これ以上は、アタイたちが好きにさせないぜぇッ」

 

「文ちゃん、またこの人たちだよ!気を付けないとっ」

 

む、文醜ほか一名。

この二人は確か、先鋒にいたと思ったが。

 

本陣が揺れたのを見て、急ぎ駆け付けたと言う事かね。

でもそんなの関係ねぇ!

 

「飛燕っ」

 

後ろ捻り気味に腰を落としーの…

右の回し蹴りを放ちながら跳躍ッ

 

「旋風脚!」

 

続けて跳躍したまま左回し蹴りを繰り出し、落ちる前に右と左から旋風脚を放つ。

文醜ともう一人にも上手く当たり、彼女たちはそれぞれ押し込まれる。

 

そこに、姉さんの上段振り下ろしが炸裂。

彼女たちはギリギリで避けたが、掠っただけでも結構な威力だ。

地面は軽く陥没。

衝撃で、哀れ二人はどこかに吹っ飛んでしまった。

 

「よし、姉さん流石!」

 

「任せろ!」

 

その時、奥から別の金色が迫って来るのが見えた。

まもなく潮時か。

 

姉さんを促して、周囲を蹴散らしながら華雄隊の方へ戻ることにした。

 

 

* * *

 

 

「ようやく戻って来ましたか…」

 

呆れと共に出迎えてくれた韓忠を従え、姉さんと共に眼前を睨む。

袁紹軍の本隊はガタガタになったが、両側から包み込むように別の金色と白馬の群れが向かって来るのが見えた。

 

前の時も居た優秀な軍師、確か田豊と言ったかな。

あれと公孫賛が出てきたのなら厄介だ。

 

そして、解ってはいたことだが全体的に見て兵力の桁が違う。

単純に兵数の差は戦力差に直結する。

困ったな。

 

南で袁術軍と対峙した呂布ちんも、こんな感じだったのかねぇ。

だとしたら、呂布ちんに無理なことを俺が出来るはずもない。

 

 

「さて、どうしようか」

 

「隊長。劉備様と詠殿より伝令です」

 

おや。

何かあったか?

 

「報告します!袁術の軍勢は国境に留まり、未だ退く気配を見せず!」

 

「詠殿より、援軍の派遣は厳しいと言付かってます」

 

ふーむ。

今の劉備軍に二面作戦をとる余裕はない。

袁術軍に長く張り付いてるだけで、結構な負担になってるはず。

 

負担は向こうも同じだろうけど、物量の差が大きいからな。

孫策の動きに気になるところだが…。

解らないことに期待するのは意味がない。

 

「どうする。突撃するか?」

 

「袁紹を討ち取れば、あるいは…」

 

それも難しいだろうなぁ。

どうしよう。

 

「隊長。こちらの物資の残量が……」

 

韓忠の表情は沈痛なものだ。

些か厳しいか。

 

決断を迫られる。

 

「姉さんはどうしたい?」

 

「むう、兵たちを無駄にはしくない。…呂羽、お前の判断に従おう」

 

いやいや、繰り返すが主将は姉さんなんだってば。

 

「大将!突入を提案するぜ!」

 

「猪は黙ってなさい。では隊長、どうしますか?」

 

ぬぅ…、仕方ない。

決断しよう。

 

「華雄隊は新しく出てきた袁紹軍に突撃。そのまま駆け抜けて撤退!」

 

ぐるっと大回りして撤退させる。

俺は同行せず、少し遠い所から援護に徹しよう。

殿の役割は大事だからな。

 

「分かった。先頭は任せろ!」

 

「うっし、粉砕してやるぜ!」

 

姉さんは将軍らしく、熱くも冷静で安心できる。

だが牛輔、てめぇはダメだ。

もっと韓忠を見習え。

 

「呂羽隊は、華雄隊の斜め後ろに時間差で突入。同じく抜けて撤退しろ」

 

「承知しましたが、隊長はどうされるので?」

 

「俺は同行せず、援護に徹する」

 

覇王翔吼拳なりを放ち、敵さんの出鼻を挫く。

飛び道具の本領発揮ってな。

幸いにも、仮想気力ゲージには余裕があることだし。

 

公孫賛軍については、適当に往なしておけばいい。

別に密約結んでるとかそう言うのはないが、心情的に遣り辛いのも事実。

恐らく、お互い様だろう。

 

「よーし、それじゃあ出るぞ。ばっちり頑張れ!」

 

「「「おうッ!!」」」

 

 

* * *

 

 

華雄隊と、それに続く呂羽隊は良い感じに金色を貫いて撤退して行った。

 

残りの金色が追い縋ろうとしたのを、覇王翔吼拳を撃ち込んで掣肘。

陣形も何もあったもんじゃないような有様にしてやったぜ!

 

「虎煌撃!」

 

更に白馬の群れが突っ込みそうな動きを見せたので、急ぎ正面に躍り出て抑制。

そして、俺の目の前には懐かしい顔が。

 

「公孫賛、元気そうで何よりだ」

 

「呂羽っ!」

 

公孫賛は何かを言いたそうにしていたが、結局何も言わず飲み込んだ。

こっちも時間がない。

互いに言葉は続かず、俺は目礼し、身を翻して撤退に入った。

 

なお、撤退する際に思い切り跳躍。

空中虎煌拳で、残った袁紹軍の旗を打ち抜いておいた。

大将旗以外は脆いもんだな。

 

ある程度ダッシュしていると、草陰に見覚えのある影。

 

走り抜け際、チラッとアイコンタクト。

頷く姉さん。

 

追い掛けてきた一部の金色が横殴りに吹き飛んだ。

それを見て俺も急停止。

止めだ!

 

腕を交差して気を練り、腰元で軽く溜めてからの放出までをスピーディーに。

 

「覇王至高拳!」

 

どひゅーんと、残った金色諸共彼方へきらり。

 

こうして無事に撤退を完了させることが出来た。

それは良いのだが、袁紹も袁術も徐州の国境付近に居座ったままなのに変わりはない。

 

詠っちと、劉備ちゃんたちに報告しないと。

先行きは厳しい。

 

 

 




・飛燕旋風脚
出展はKOFで、使用者はロバートとユリ。
形状はそれぞれ全く異なりますが、一応名前は同じです。

掲げるたびに折られる旗。
名家の財力が、如何に凄まじいかが分かります。
そして袁紹軍の旗が尽きる時、その命運も尽きるのです。
…あ、逆か。

※追記
度々誤字報告を頂く「掣肘」ですが、意味を踏まえて使用しております。
宜しくお願いします。


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40 空牙

袁紹・公孫賛連合軍を退けた俺たちは、一旦本拠地に戻って来た。

劉備ちゃんたちも、呂布ちんらを抑えに置いて戻っている。

今後の方針を決めたらしい。

 

「逃げるのか!」

 

「逃げるのだ!」

 

「逃げると言っても、一体どこに?」

 

「…確か益州の劉璋さんは悪政が目立ち、人心が離れていると聞きます」

 

「それに、益州は要害にして肥沃な土地です」

 

「桃香様の仁徳があれば、民たちはきっと迎え入れてくれるでしょう」

 

「うん。じゃあお引っ越しだね!」

 

「しかしどうやって?」

 

「北は袁紹、南は袁術。敵対はしておりませぬが、西には曹操がおります」

 

「北と南にはそれぞれ公孫賛と孫策と言う、ある程度話が分かる奴が居るのは居るが…」

 

「うーん?…だったら、曹操さんのとこを通らせて貰おう!」

 

「それはっ……しかし、大人しく通らせてくれるでしょうか」

 

「こっそり黙って通れば問題ない」

 

「見つかっても押し通るまでだ!」

 

「流石に危険では……?」

 

「他に道はありましぇん……あぅ、噛んじゃった」

 

そんな訳で徐州から間横にドーン。

ギリギリまで南下して、こっそり曹操様の領土に入って、ササッと通り抜けようと言う策だ。

…策?

 

曹操様の領地を通ろうってのが既にフラグ。

でも、ひょっとしたら見付からないかも知れない。

まあ無理だろうが。

 

あとそれ以前に、袁術軍に見付かってちょっかい出される可能性の方が高い気がする。

まあ、その時はその時。

姉さんじゃないが、蹴散らして押し通ると言うのも一つの手だろう。

 

丁度、空牙とか多対多で試してみたいなって思ってたんだ。

虎咆や龍牙とはまた微妙に違う性能だから。

 

 

「よし、じゃあ遠征の準備だな!」

 

「呂羽。我らは殿を担うぞ」

 

華雄隊と呂羽隊が最後尾につき、劉備軍は新天地を目指して旅立つことになった。

 

 

* * *

 

 

フラグはフラグ。

どれだけ旗を折ったところで発生するものらしい。

 

どうにか袁術軍には感付かれることなく、曹操様の領土に侵入したまでは良かった。

でもまあ、こんな大軍が動いてたらばれない筈もない。

 

あっさり捕捉され、しかし武力で抵抗する訳にもいかず…。

今は劉備ちゃんが曹操様に直談判しているところだ。

 

これってあれか?

関羽が欲しいって言われて断る場面。

それに応えて、曹操様が流石の貫録で格好良く見逃す名シーン。

 

生で見たいが、のこのこ顔を出すのも気が引ける。

大人しく最後尾で経過を見守ろう。

 

「呂羽!桃香様がお呼びだ」

 

とか思ってたら、関羽さんが呼びに来た。

何だろうか。

とてつもなく嫌な予感がする。

 

 

「あら、どこかで見た顔ね」

 

呼ばれて行った先は、簡易的に設えられた陣幕。

そこに居たのは曹操様。

劉備ちゃんと正対して座ってらっしゃる。

 

「呂羽さん、済みませんがこっちに来て下さい。愛紗ちゃんも」

 

「失礼する」

 

「失礼します」

 

曹操様と共に居るのは典韋。

相変わらず頭のリボンがキュート。

 

あと、敢えて視線を合わせてこない夏侯淵さん。

どうも、お久しぶりですね。

若干の怒気が見え隠れしてますよ。

 

 

「では条件を言いましょう」

 

ありゃ、まだそこ?

やっぱり嫌な予感がするぞぉ。

 

「関羽を寄越しなさい。そうしたら通行を認めるわ」

 

「そんな…、それは出来ません!」

 

「そう、だったら通行は認めないわよ?」

 

「義姉妹と離れるくらいなら、先ほどのお願いは取り下げます!」

 

「甘いわね……。劉備よ、そんな甘さを抱えて、この乱世を生き延びられるとでも言うのか!?」

 

「私は私のやり方を、貫き通して見せますっ!」

 

響き渡る覇気に対し、毅然として言い放つ劉備ちゃん。

甘い甘いと言われる彼女だけど、なかなかどうして肝が据わってる。

キリッとした表情も可愛いなぁ。

 

「……ふふっ、いいわ。ならば劉備よ、見事益州を平らげて見せなさい!」

 

その暁には自分が降して、ツケを払ってもらうと言い放つ覇王様。

つまり出世払いですね解ります。

 

劉備ちゃんはお礼を言い、決意した顔つきになった。

 

いやー、ちょっくら名場面。

良いものを見れたわぁ。

 

 

「さて、そこの男」

 

感動に浸っていると、一息入れた曹操様がこちらを向いた。

さあ来ましたね。

態々呼び立ててまで、何の御用でしょう。

 

「あ、あの。呂羽さんが何か?」

 

「劉備。この男はね、我が軍の旗を撃ち抜くと言う蛮行を為した大罪人なの」

 

「えっ?」

 

oh…

例の件が普通に尾を引いてたぁーッ

 

アタフタする劉備ちゃんも可愛いなぁ。

一方の関羽さんは静観の構え。

正しい判断だと思います。

 

「先程の件とは別の話よ。呂羽、大人しく連行されなさい」

 

こりゃ、逆らっちゃ劉備ちゃんたちの迷惑になるな。

大人しく連行されるとしよう。

別れた後の、俺個人であればどうとでもなるし。

 

「承知した」

 

「呂羽さん!?」

 

「呂羽?」

 

「中途半端で別れることになるのは申し訳ないが、許して欲しい」

 

「そんな……」

 

まああれだ。

曹操様が単純に首ちょんぱするとも思えない。

もしするなら、わざわざこの場に呼び出したりはしないだろうし。

 

「安心なさい。別に命まで取ろうとは言わないわ。ただ、落とし前をつけて貰うだけよ」

 

ほらね。

落とし前ってのが、むしろ怖いけどね!

 

「隊の皆に話もある。時間を貰っても?」

 

了承を貰い、素早く辞去。

終ぞ夏侯淵さんの目を見ることは出来なかった。

 

 

劉備ちゃんたちが暗い顔してたけど、俺なら大丈夫さ。

 

心配してくれるのは凄く嬉しい。

でもね、これから益州を切り取ろうと言う劉備ちゃんたちの方が大変だと思うんだ。

その身に宿す理想の為、是非とも頑張って欲しい。

 

さて、名残惜しいけど呂羽隊も遂に解隊かぁ。

 

 

「そんな訳で、俺はここに残ることになった」

 

「では呂羽隊はここで別れる訳ですね」

 

「そうそう、呂羽隊はここで……え?」

 

「ですから。呂羽隊は劉備軍から離れると言うことでしょう?」

 

隊に戻って姉さんも交え、韓忠たちに事の次第を報告。

すると話が少し妙な方向に。

 

「むう、私もついて行きたいが…」

 

「将軍は正式に仕官しちゃいましたからねぇ。姫たちのこともあるし」

 

「それに比べて隊長は、良くも悪くも客将の身。動きやすくて良かったですね」

 

「そうなんだが……。え、呂羽隊全員で来るの?」

 

「隊長が居ない呂羽隊は有り得ませんので。…とは言え、確かに数は減らすべきでしょうね」

 

そう言って韓忠は姉さんと話し合って調整。

半分くらいの人数を華雄隊に編入し、牛輔が小隊を率いる形になった。

 

一応隊員たちにも確認を取ったけど、当たり前のように同行を希望された。

これはかなり嬉しかった。

実際、副長として実に優秀な韓忠が同行してくれるのは心強い。

素直に喜んでおこう。

 

「じゃあ姉さん、長い間世話になった。また会おう!」

 

「うむ。達者でな!」

 

姉さん他、詠っちや月ちゃん。

それに劉備ちゃんや趙雲、呂布ちんらに別れを告げ、彼女たちは益州目指して旅立って行った。

 

遠くないうちにまた会えるだろう。

そう願っている。

 

 

「もういいかしら?」

 

旅立つ仲間たちの後ろ姿を見送っていると、曹操様がやって来た。

傍らには、隠そうともしない怒気を発する夏侯淵さん。

典韋は少し困り顔だ。

 

「それじゃあ早速、お話をしましょうか」

 

わぁ、さっきよりも凄い覇気。

吐きそう。

 

 




・空牙
ユリちょうアッパー。
どう考えても使う機会が無いので、捻じ込んで見ました。
先頭描写の無い回で、こういったものを消化する風潮です。
今も昔もこれからも。

39話の誤字報告を適用。ありがたいことですじゃ。


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41 裏空牙

他者視点詰め合わせ


私は一体何をやっているんだろう……。

 

自問するも答えは出ない。

そんな日々が、ここしばらく続いている。

 

 

自分なりに研鑽を重ね、ここ幽州で随一の太守に登り詰めた。

数ある諸侯の中でも、それなりに名の知られた存在だと自負している。

いや、自負していた。

 

既に過去形だ。

 

黄巾党の乱、反董卓連合、対袁紹迎撃戦。

 

危うい時もあったが、全て切り抜けてきた。

しかしそれを為したのは、全て自力だと自信を持って言えるだろうか。

残念ながら、言えない。

 

黄巾党の時は、客将として趙雲が居た。

反董卓連合の時は、そもそも多数派だった。

対袁紹迎撃戦の時、あの呂羽と華雄が客将だった。

 

後に趙雲は桃香を真の主と見定め、私の下を去った。

あいつが居なくても反董卓連合では特に問題はなかったが、武功を上げる機会は確かに減っていたのだろう。

 

そして、呂羽と初めて邂逅した連合の時は戦わなかった。

もしあの時戦っていたら、とんでもない被害を被っていたのは間違いない。

 

戦後、呂羽と華雄は偶然幽州に辿り着き、私の客将となった。

そう、あくまで偶然。

知己ではあったが、私を目指して訪ねて来てくれた訳じゃない。

 

それでも連合で見せた雄姿を知る私は、彼らを迎え入れることが出来て喜んだ。

己の器で扱いきれるのか、と言う不安は心の奥底に仕舞いこんで。

 

世が乱れたのだと明確に意識したのは、麗羽の奴が幽州に侵攻してきた時だった。

幸い呂羽の進言で細作を放っていたため、奇襲を受ける形にはならずに済んだ。

そして、彼らの活躍で飲み込まれずに済む。

 

しかし、その呂羽と華雄も私から離れてしまった。

 

いや、彼らは私を慮ってくれただけだと分かってる。

麗羽との関係から、私を守るために身を引いてくれたんだ。

私が麗羽と連合を組むのに、彼らの存在が火種となる可能性があるから…。

 

それが分っていながら、私は身の安全を優先。

彼らを引き留めることが出来なかった。

幽州を守らなければならない、そう言い訳して。

 

そのことが、刺さって抜けない棘のように私を責め続けている。

自己嫌悪。

はははっ、自分がこんなにも弱いなんて知らなかったよ。

 

更に自己嫌悪に陥る理由がある。

 

私は先日、連合を組んだ麗羽と共に桃香が治める徐州を攻めた。

攻め込む理由はあっちの軍師・田豊がアレコレ言っていたが、どうせあって無いようなもの。

連合を組んだ以上は拒否する訳にも行かず、嫌々ながら従軍した。

 

だが、この連合は形式的には対等。

拒否はしようと思えば出来たはず。

 

それをしなかったのも、私の弱さだな。

 

麗羽と共に侵攻した徐州には、呂羽と華雄が待っていた。

 

ああ、やっぱり。

何故かそう思った。

そして、この侵攻は失敗するのだと確信した。

 

案の定、麗羽の軍勢は散々に打ち破られ、田豊と私が支えないと壊滅する可能性すらあった。

しかし、いくら個人の武が優れていても最後に物を言うのは兵の数。

彼らは撤退せざるを得なかった。

 

そんな中、田豊の軍勢を食い千切って撤退して行く様は痛快だった。

誰にも言えないが。

 

最後に、形だけでもと援軍を出そうとする私の前に立ちはだかったのは、呂羽その人だった。

思わず狼狽し、どんな罵倒が飛んでくるかと覚悟したが……。

 

「元気そうで何よりだ」

 

案に相違し、いっそ親しげに軽く言われてしまった。

私の方からこそ色々言うべきことがあるはずなのに、結局何も言えず。

呂羽は攻撃することもなく、ただ牽制に留めて撤退して行った。

 

あの時私は何を言えば良かったのだろう。

どうすれば良かったのだろう。

 

もし次、呂羽と邂逅した時はどうすべきか……。

 

 

桃香は麗羽と袁術から攻められた結果、徐州を捨てて逃げてしまった。

逃げたと言っても、新天地を求めての逃避行。

これに呂羽も同行しているはず。

 

麗羽らは袁術と共同して、曹操を攻める準備をしている。

私も合同せざるを得ない。

 

曹操に勝てるか?

厳しいだろう。

 

太守がこんな弱気では、勝てるものも勝てなくなる。

自分のことながら、失笑ものだ。

 

弱気の原因は、刺さって抜けない棘。

どうすれば棘が抜けるのか?

 

解決策は簡単だ。

ただ、私の弱さが故。

少しの勇気を出せばいいだけ。

 

そうだ。

もし次の戦いを生き延びることが出来れば、呂羽に謝りに行こう。

誠心誠意、求められれば全てを差し出してでも。

 

……うん。

決めてしまえば、幾分か気も楽になる。

 

よし、心機一転。

必ず生き延びて、呂羽を正式に迎え入れるぞ!

 

 

* * * *

 

 

「流琉」

 

「あ、兄様!」

 

反董卓連合の戦いが終われば、世は治まるなんて漠然と思ってました。

でも、そんなことは全くありません。

 

少し前には袁紹さんが公孫賛さんと戦い、まさかの和睦で連合を組みました。

秋蘭様たちは、公孫賛さんが負けると確信していたようなのですが。

 

そしてそのお二人が、共同して劉備さんの徐州へと侵攻。

袁術さんも徐州へと攻め込んでいたので、劉備さんは厳しい立場に追い込まれました。

 

桂花さんの見解では、劉備さんはもうダメだと言う事でした。

でも秋蘭様が言うには、華琳様はそうは思ってないらしいです。

 

うぅ、難しくて良く分かりません。

もっと勉強しないと……。

 

大した力を持ってない私に出来ることは、華琳様の大望を少しでもお助けすること。

……あ、あと兄様のお世話も!

 

「聞いたぞ。華琳や秋蘭と一緒に出るんだって?」

 

「あ、はい」

 

そうなんです。

その劉備さんが、一軍を率いて領内の通行許可を求めてきたと報告が入りました。

 

春蘭様や季衣は別の仕事があったため、私が秋蘭様と一緒について行くことになったのです。

でも兄様、良く知ってますね。

 

「華琳が言ってたんだ。しかし、劉備か……」

 

「はい。秋蘭様は、大丈夫だろうって言ってましたけど。」

 

「うん、まあ秋蘭も一緒だし問題ないか。でも、気を付けてな?」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

兄様は優しいです。

いつもこうやって、私や季衣のことを気にかけてくれます。

だから私は、心配を掛けないように努めないといけません。

 

「それじゃあ、行ってきます!」

 

「ああ、行ってらっしゃい」

 

 

笑顔の兄様に見送られ、やって来たのは徐州からそう遠くない国境近くの街。

 

「たくさん居ますね」

 

「うむ、思ったより多いな」

 

思わず呟くと、秋蘭様もそう仰います。

逃げて来たと言うから、もっと少ないかと思ってました。

 

どんな人たちが居るんだろう。

少し、確認してみた方がいいかも知れない。

 

秋蘭様に断って、様子を見に行きました。

 

連合の時に見知った人や、その前から知ってる人、知らない人もやはり沢山います。

 

……あれ?

思わず目を擦り、改めて見ても変わらない姿がそこに。

 

劉備軍の最後尾に、確か旧董卓軍の華雄さんと、そして間違いなく呂羽さん!

 

 

呂羽さんは、黄巾党の乱が終わる頃まで華琳様の下で客将をしていました。

自称旅の格闘家で、凪さんや真桜さんと仲良しでしたし、兄様とも良くお話ししてましたね。

 

そんな呂羽さんですが、連合の時は何故か董卓軍に所属していたのです。

そのことに少し怒りながらも、華琳様や秋蘭様、凪さんなどは所在が分かって喜んでいました。

捕えて扱き使ってやるなんて、冗談半分で言いながら。

 

でも……。

 

虎牢関を攻める時、呂羽さんが初めに大きな気弾を放ち、私たちの牙門旗を撃ち抜いたのです。

凪さん曰く、覇王翔吼拳という大技らしいのですが。

 

これには華琳様以下、みんな唖然とした後に激怒しました。

私だって怒りました。

 

牙門旗に土を付かせるなんて、あっちゃいけないことです。

それなのに、まさか撃ち抜くなんて!

 

兄様だけは何やら目をキラキラさせていましたが、華琳様に怒られてシュンとしてました。

秘密ですけど、ちょっと可愛いかったです。

 

連合が終わり、華琳様たちは少し落ち着きましたが秋蘭様は未だに怒っています。

私たちには優しく接してくれますけど……。

 

「呂羽め、必ず貫いてくれるっ!」

 

なんて、ちょっと前に偶然見てしまったんです。

思い切り弓を引き絞り、強い意志を乗せた矢を放ちながら鋭く叫ぶ姿を。

 

ここまで秋蘭様が怒るなんて、正直少し意外です。

でも、仕方ないとも思います。

呂羽さんは、それだけのことをしちゃったのだから。

 

 

戻って報告すると、華琳様も秋蘭様も笑顔になりました。

一気に花が咲いたような、とても素敵な笑顔でした!

 

そして華琳様は劉備さんの通行を許可し、呂羽さんの連行が決まりました。

呂羽さんだけかと思ったら、後ろに小隊がひとつ。

聞けば呂羽さんが率いる隊の人たちらしく、ほとんど連合の時から一緒なんだそうです。

 

ひょっとすると抵抗があるかも、と伝磁葉々を準備してたけど必要なかったみたい。

補佐官の人と、空牙から裏空牙がだな…、とか言ってましたが意味が解りません。

でも悲壮感とかはなく、いっそ楽天的な空気が漂ってました。

相変わらず不思議な人です。

 

華琳様とお話しても、怒った秋蘭様を前にしても飄々とした姿。

仮にも連行される立場なのに、全く気にしてないような言動。

余りのことに、思わず睨んでしまいました。

 

そんなことがあって呂羽さんを連れて拠点へと戻りますが、華琳様は上機嫌でした。

この様子なら、酷いことにはならなさそうで安心ですね。

 

当然お仕置きは受けて貰いますが、あれも戦場でのこと。

極刑までは流石に……と思う私は甘いのでしょうか。

兄様なら、どう言うかな?

 

呂羽さんと接点がある人も多いし、これからどうなるのか少し楽しみです。

まずは秋蘭様のご機嫌取り、しっかりお願いしますね!

 

 




・裏空牙
ユリちょうアッパー、ダボォ!
引き続き、無理矢理差し込んで行くスタイル。
流石に闇空牙と夢空牙は自重します。

書きたいことは沢山あるはずなのに、中々上手く進まない。
そして後から後悔するなんてこと、良くありますよね。


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42 無影疾風重段脚

話は特に苛烈なものになった、訳ではない。

 

最初に覇気と怒気を滲ませたのは、ちょっとした牽制だったとか。

旗を撃ち抜いたことは、それほど衝撃的だったようだ。

 

そうだよな。

高笑いし続けていた、袁紹の方がおかしいんだよな。

 

……待てよ。

今、なんとなく思い出した。

そう言えば袁紹も、大将旗を抜かれた時は酷く取り乱していたような。

 

うーむ。

まあいいか、袁紹だし。

今頃は徐州を切り取って、さぞや良い気分だろう。

 

お、そうだ。

曹操様のとこに居るってことは、袁紹と雌雄を決する戦いに参加出来るかも。

つまり、また袁紹の旗を折る機会があるってことだ。

 

なんでここまで執着してるのか、自分でも謎だが。

でもここまできたら、最後まで折り尽くしてやらないと気持ちが悪い。

よーし、やってやるぜ!

 

以上、現実逃避でした。

 

 

いや、確かに苛烈な話にはなってない。

そこは間違いはない。

 

劉備ちゃんたちを見送った後、吐きそうなほどの覇気を湛えた曹操様がやって来た。

 

「あら、貴方一人じゃないの?」

 

呂羽隊が後ろに控えてるのを見て、不思議そうな顔。

こういう、ふとした時のキョトンとした表情っていいよね。

 

「俺も、一隊を率いる身になりまして」

 

「へえ…」

 

チラリと俺の背後を見た曹操様が、軽く舌舐めずり。

 

ファッ!?

副長は、韓忠はやらんぞ!

 

「まあいいわ。いえ、むしろ丁度いいかも」

 

あんだけ綺麗所を手にしておいて、まだ欲するか!

関羽さんも諦めはしたものの、欲しかったみたいだし。

北郷君がどう動いてるか知らんけど、やはり本物は違いますなぁ。

 

「呂羽。以前私が言ったこと、覚えてるかしら?」

 

「さて、何でしたかね」

 

手加減しないとか、そんなことだったろうか。

 

「ふむ…覚悟は、出来てるようね」

 

ヒュンと体感温度が下がったぞなもし。

主な発生源は夏侯淵。

何の覚悟でしょう。

戦えと言うのなら、喜んで戦うが。

 

「呂羽、あなたには二つの道がある。よく考えて選びなさい」

 

そう言って曹操様に提示された二つがこちら。

 

一つは、曹魏への仕官。

 

客将ではなく、正式に仕官せよと。

そうすれば過去の諍いは水に流すと言う、なんとも温情溢れる御沙汰だ。

つまり極限流を、曹操様のために全力で振えってことだよな。

 

もう一つが、贖罪。

俺がやらかしたあれこれを償うため、曹操様たちへ奉公せよと。

 

罪人扱いではないが、雑な扱いになること間違いなし。

更に正式に仕官する訳じゃないので、生活は苦しくなるだろう。

隊員を養うことも難しいかもしれない。

 

普通に考えれば、選択の余地はない訳だが……。

 

 

「決まったようね」

 

「ああ、仕官は出来ない」

 

瞬間、ゾワリと悪寒が走る。

これは殺気かな。

出所は主に夏侯淵。

 

「へぇ……。理由は?」

 

「俺には目的がある。それが叶うまで、仕官するつもりはない」

 

「董卓や、公孫賛には仕官したのに?」

 

「いやいや、公孫賛や劉備のとこでは客将だったんだよ!」

 

凄く目が怖いので、慌てて弁解。

華雄姉さんには正式に仕官しちゃったけど、敢えて言うまい。

 

「ふぅん。じゃあその目的は、私の下では叶わないということ?」

 

「あーっと。不可能ではないだろうが、極めて難しいと思う」

 

嘘は言ってない。

だから典韋よ、そんな目で俺を見るんじゃない。

 

「そう、あくまで仕官しないと言うのね。あなたの部下たちも、それでいいの?」

 

曹操様が俺の後ろ、韓忠に問いかける。

韓忠は一歩踏み出し、それに答えた。

 

「私たちは隊長と共にあります」

 

「あら、随分と愛されてるじゃないの」

 

全くだ。

最近は闇討ちも減ったし、とても嬉しいよ。

 

「最後通牒よ。仕官しないなら罪人として扱うことも有り得る。それでも?」

 

さっきと言ってること違うじゃないですかー!?

 

だが、それでも。

…厳し過ぎたら全力で逃げ出そう。

 

しっかりと曹操様の目を見詰める。

互いに視線を外すことなく、幾許かの時が過ぎた。

 

と。

 

「ふっ。まあいいわ、その目に免じて許してあげる」

 

曹操様が折れてくれた。

旗を折り続けてきたのが功を奏したか、聳え立っていたフラグも遂に折れたようだ。

 

「客将ならいいのよね?」

 

「あ、はい」

 

「ならば扱いは客将。部隊もそのままでいいわ。但し、秋蘭と凪の言うことは必ず聞くこと」

 

色々と機嫌を損ねた夏侯淵さんは分かる。

なんで凪?

 

「凪の武は益々研ぎ澄まされている。あなたが居れば、頂きすらも手に届くでしょう」

 

なるほど。

そういうことなら異存はない。

また共に修行し、向上させていこう。

 

「秋蘭は、言わなくても解るわよね?」

 

「ええ、まあ」

 

チラッと確認。

サッと戻す。

 

曹操様に頷いて見せると、満足そうな様子を見せてくれた。

 

 

「ところで」

 

「何かしら?」

 

「袁紹と雌雄を決したら、また旅に出たいと思っているのだが…」

 

ピキリッ

一瞬にして場が凍った。

 

曹操様の額に青筋が浮かんでいるような気がする。

目視出来ないが、夏侯淵も同様だろう。

典韋すらもジト目である。

 

背後からは、深ぁい溜息が聞こえた。

 

「ねえ。あなた自分が今どんな立場なのか、ちゃんと把握してるの?」

 

底冷えのする声色で、曹操様に糺される。

まな板の上のコイ、ですね。

でも、言うべきことはちゃんと言っておかないとだな。

 

「秋蘭」

 

「はい」

 

あ、バトンタッチ?

なんか弓を構えてらっしゃる夏侯淵さん。

正面に居るのに、目が…、何故か目が見えないよ?

 

結構近いうえ、引き絞られる弓のキリキリとした音が怖い。

 

「しね」

 

夏侯淵さん、今しねって言った!?

 

びゅんッと勢い良く飛んでくる第一の矢。

放つと同時に次の矢を番える姿が見える。

 

やばい。

避けたら呂羽隊の方に行ってしまう。

韓忠なら大丈夫だとは思うが、流石にそれはなぁっ

 

咄嗟に跳ねて、低く飛びつつ無数の連続蹴りを放つ。

夏侯淵に当てる訳にはいかないが、連射される矢を弾く効果はあった。

 

無影疾風重段脚。

 

本来はもちろん当てに行く技なんだが、幻影脚じゃ弾けそうもない。

そんな勢いに恐怖して、思わず使ってしまった。

 

カカカカカッと弾き飛ばしつつ、そろそろ滞空時間が終わっちゃうよー

 

「そこまで」

 

着地して、最後の矢を掴んだところで曹操様より終了のお知らせ。

ふぅ、危なかった。

 

「流石、と言っておきましょう。その力、せいぜい我らの為に使いなさい」

 

凪の修練を中心にして、と言い残して曹操様は去って行った。

 

とりあえず、許されたと見ていいのかな。

何だか、呆れも多分に入っていたような気もするが…。

 

残された俺は、無言の夏侯淵に促されて歩きだす。

 

前に夏侯淵、斜め後ろに典韋が控える。

典韋からも要注意人物に認定されてしまったようだ。

 

「なあ韓忠」

 

「黙って歩いて下さい」

 

振り返って韓忠に話を振ると、まさかの裏切り。

味方にすら窘められた俺は、トボトボと連行されるのだった。

 

 

 




・無影疾風重段脚
幻影脚が無くなって失意の僕らに天の恵みが!
そう思ったのは私だけではないはず。
性能的には大分異なりますが。

尚、今更に過ぎますが本作は全体的にかなりフワッとしています。
何卒ご承知置き下さい。

【※】明日は更新出来ないかも知れません。


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43 極限流連極拳

夏侯淵に連行され、曹操様の客将となった俺及び呂羽隊。

 

自己紹介は軽く終わらせて、力を見る為と称した試合を行った。

相手は夏候惇と夏侯淵、久しぶりに元気な姿を確認出来て良かった張遼。

あと珍しく許緒と典韋のセットに北郷君。

 

「ちょ、なんで俺まで!?」

 

「おお北郷君、死んでしまうとは情けない」

 

「死んでないですよ!ふぉーっ!?呂羽さんっ、腕、怖っ!」

 

夏侯姉妹はちょっと怖かったが、ハイテンションの張遼も怖かった。

どちらも覇王翔吼拳を使わずに済ませたけどな。

そのせいか、曹操様と夏侯淵さんの視線が超怖い。

 

次に、許緒と典韋。

彼女たちは大振り大攻撃がメイン。

避けるのは容易いが、敢えて受けて対応してみせた。

 

典韋がお仕置きです!と言ってたのに少し萌えたから。

今は反省している。

 

まあ素で受け止めるのは流石にキツイから、気で強化した腕で払いをしたんだけど。

人類ポカン計画の片鱗を見た気がした。

 

そして最後に北郷君。

何故そうなったのかは解らない。

恐らく、曹操様の差し金であろうとは思うのだが。

 

よって、手加減しながらも大いに攻め込んでやった。

最後に一発だけ裏拳を当てた。

案ずるな、みねうちじゃ。

 

「裏拳って、峰打ちなのか……?」

 

そう言ってガクリと項垂れる北郷君。

いや、逃げと捌きの技術は中々だったと思うよ。

あと峰打ちじゃなくてみねうちだから。

 

ガックリした北郷君を、早速典韋や李典、于禁らが寄って集って介抱している。

うむ、眼福なり。

 

 

* * *

 

 

さて、ある意味前菜は終わり。

ここからがメインディッシュ。

 

「リョウ殿。お久しぶりです」

 

「やあ凪、久しぶりだな」

 

「華琳様より聞いています。ご指導頂けると…」

 

「うん、まあな。前の様に、共に研鑽して行こうぜ!」

 

そう言うと、満足そうな笑みを見せてくれた。

が、直後少し険しい表情になる。

 

「時に、そちらの方は?」

 

視線の先には韓忠の姿が。

紹介しておかないとな。

 

「俺が預かる小隊で副長をして貰ってるんだ」

 

「韓忠と申します。将軍には及びませんが、隊長の下で研鑽を重ねております」

 

「そうか。知ってると思うが私は楽進と言う。宜しく頼む」

 

「宜しくお願い致します」

 

うん、些か社交辞令っぽいが普通の挨拶だ。

凪の表情が険しいものであることを除けばな。

 

何となく、両者の間でピリピリとしたものが漂っている気がする。

 

ちなみに韓忠の表情はいつも通り、冷静なまま。

いや、若干恍惚としているか?

 

「とりあえず、韓忠はじめ呂羽隊の皆も一緒に修行を…」

 

「リョウ殿は、彼らを指導しているのですか?」

 

「はい。特に私は、隊長に最も深く師事しています」

 

ともかく修行について話を進めようとしたら、凪に遮られ質問された。

それに答えようとすると、今度は韓忠に遮られる。

 

「師事、だと?」

 

「ええ。私は隊長の一番弟子ですから」

 

「……ッ」

 

あ、何かを踏み抜いたような幻聴。

なんだろう。

二人の間で火花が散っているような気がする。

この火花が、俺に飛び火するのは時間の問題だろう。

 

「リョウ殿……。弟子は、取らないと、仰ったでは、ありませんか……?」

 

ほらね?

いやいや、ドヤァってしてる場合じゃない。

 

ほら、凪が冷たい目でジトーッみてるじゃないか。

何とか取り成さないと!

 

「さ、さあ凪!せっかくだし、久しぶりに手合せといかないかっ?」

 

俺、脳筋。

何がせっかくなんだ。

全く取り成しになってねぇ。

 

「……そうですね。リョウ殿、久しぶりに手合せ願います」

 

でも良かった、何とかなりそう。

 

韓忠は若干不満そうだが、凪との間に何かあったのか?

まあ、どうせ詳しくは話してくれないんだろうが。

とりあえず、凪との試合に全力を傾けよう!

 

 

「せやぁっ」

 

「はぁっ!」

 

回し蹴りが交差し、互いに呼吸を計りながらの打ち合い。

 

凪、フルスロットル。

最初からクライマックス。

何かそんな感じ。

 

「はぁぁぁ、てやァッ!」

 

「見切ったわっ」

 

そんなところに、溜めが極短くなり進化した気弾が放たれる。

これを無頼岩で弾き返す。

 

「なっ?」

 

「甘い!」

 

まさか弾き返されるとは思っても見なかったのか、一瞬動きが固まった。

そこに、連撃を重ねる。

 

極限流連極拳。

 

一歩踏み込みつつ、振り降ろしからの中段打撃。

頭部への左肘打ちからボディーブロー、右アッパーへと繋ぐ。

 

アッパーで浮いたところに龍斬翔で追撃。

吹っ飛ぶ凪。

虎咆でも良かったが、何となく蹴り上げで締めた。

 

ふーぅ、噛み合う相手ってのは良いもんだ。

実力もかなり高いしな。

 

「くぅ…流石です」

 

お、立ち上がって来たか。

綺麗に入ったと思ったがな、やるじゃないか。

 

「凪だって随分強くなってるじゃないか。驚いたぞ」

 

これは本心。

以前一緒に修行してた時、反董卓連合の時、そして今回。

どんどん研ぎ澄まされている。

 

「それでもリョウ殿には届きません。……やはり、」

 

おっと!

その先を言わせてはならない。

 

「凪!」

 

「私を弟s…はい、なんでしょうか」

 

慌てて遮る。

曹操様から、凪の言うことは必ず聞けって言われてるからな。

いきなり破るなんてマネは出来ない。

 

「凪は俺にとって特別な存在だ。だから、隣に立っていて欲しい」

 

弟子は鍛えるもんだが、鎬を削るライバルが欲しいんだ。

そういう意味で、凪は逸材であり特別。

弟子になりたいだなんて言わないでくれ!

 

当初は俺も修行中だからって意味だったが、韓忠たちの存在がもう否定出来ない。

せめて凪には、とな。

 

「………ッ」

 

返事が無いと思って見てみると、凪が真っ赤に。

そして観戦してた呂羽隊、特に韓忠から殺気が。

うぇい?

 

「あわわ、リョウ殿…の、とくべつな……と、隣に……ッ」

 

うん、落ち着こうか。

そんな変なこと言ったかな?

 

凪と韓忠たちの様子を見れば一目瞭然。

言ったんだろうな、変なこと。

 

「隊長。いちど、しんでみてはいかがでしょう」

 

夏侯淵様もお喜びになりますよ、なんて。

韓忠が凄い形相で酷いことを言ってくるが、まあ割といつものことだ。

そっちは置いといて、冷静に省みる。

 

 

”凪は俺にとって(ライバル的な意味で)特別な存在”

”(共に修行して)隣に立っていて欲しい”

 

うん、別に間違ってないよな。

一体なにが……。

 

……うん?

ふと、視点が間違ってるのかも知れない、と言うことが頭を過る。

 

今の俺は格闘バカの状態とも言える。

ちょっと視点を変えてみよう。

 

”凪は俺にとって特別な存在”

”隣に立っていて欲しい”

 

……格闘や修行を置いておいて、改めて省みるとあら不思議。

プロポーズのような言葉に見えなくもない。

 

これは、やっちまったか!?

 

しかし安易に撤回すると大惨事になるだろう。

俺の首が飛ぶ的な意味で。

 

よし、今は黙っておこう。

あとで北郷君に相談して、善後策を講じることに決めた。

 

差し当たり、凪を正気に戻して状況を確認。

韓忠も含めたところで、必要と思われるフォローをしておくか。

 

 

* * *

 

 

「と言う訳なんだよ北郷君。何とかしてくれ」

 

「無茶振りだ!?」

 

状況を説明し、解決策を北郷君にお願いする。

普通の奴なら俺も無茶振りだとは思うが、そういうの慣れてんだろ?

魏ルートだとそうでもないのか?

 

でも他に縋る人が居ないんだ、頼む!

 

 




何とか間に合いました。
一度リズムが崩れると、エターなるフラグが建ってしまいますからね。

しかし、あと10話程度で完結かー……。
無理かもしれません。


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44 無影旋風十段脚

結局、俺が放った言葉のあやは訂正出来なかった。

 

これを凪の勘違いとするのは厳しいものがある。

韓忠との確執も消えてないしな。

 

よって俺は、流れに身を任せることにした。

凪が特別なのは間違いじゃないからだ。

色んな意味で。

 

推移を見守っていた隊員の一人からは爆発しろと言われた。

仕方ないので、稽古で死兆拳をお見舞いしておいた。

 

 

* * *

 

 

隊員爆発事件から数日後、夏侯淵から呼び出しを受けた。

断る理由はないし、その権利もあんまりないので即出頭。

 

「来たか」

 

「お、兄ちゃんやん」

 

すると李典もいた。

相変わらずのビキニ姿。

良く見ると色々オーパーツだよな、装備品。

別にいいんだけどさ。

 

「さて、今回は敵情視察だ。お前もついてこい」

 

「最近なぁ、凪がやたら上機嫌なんや。また何かやったん?」

 

真面目な夏侯淵とニヤニヤな李典の落差が激しい。

 

ちなみに、夏侯淵の怒りはまだ解け切ってはいないようだ。

色々あったが、あとは夏侯淵だけ。

この機会に是非、怒りを鎮めてほしいと思ってる。

 

そう意気込んで臨んだのだが、李典のせいで台無しだ。

 

「別に、凪とは手合せしただけだが」

 

取り急ぎ李典を黙らせるべく回答するが、どうやら悪手だったらしい。

”凪”と言った瞬間、夏侯淵の眉間に皺が寄る。

 

「そうなん?でも、それだけじゃないやろ。何かまた、特別~とか隣に立つ~とか呟いてたで」

 

全バレだった。

夏侯淵さんのボルテージが静かに上がって行く様を幻視する。

よし李典、いい加減黙れ。

 

「呂羽」

 

そんなところに、夏侯淵さんが静かに声をかけてきた。

 

「何だ?」

 

「何故、覇王翔吼拳といったか。あれを使わなかった?」

 

前回の試合のことか。

使うまでもなかった、とか言ったら怒るかな?

 

「使う場面ではなかったからな」

 

「私たちでは、使うまでもないと言う事か?」

 

思ったより冷静だけど、怒りのボルテージが上がってるのは間違いない。

さっきまで饒舌だった李典が、空気を読んだのか完全に口を閉ざしてるのがその証拠だろう。

 

「そうじゃない。あれは大きな成果をもたらす反面、隙がでかい」

 

素早い奴や上手い奴が相手なら、撃つ場面では相当な準備が必要なんだ。

呂布ちんの時みたいにね。

 

そんな感じのことを伝えると、一応は納得して貰えたようだ。

 

「それともう一つ」

 

なんでしょう。

 

「覇王翔吼拳。これはどういう意味だ?」

 

意味、だと…。

 

「”覇王”と”翔る”に”吼える”と続く。華琳様の為にこそ、通じる言葉だと思うのだ」

 

夏侯淵が言うには、覇王が翔け、吼えることを表したものではないか、とのこと。

それこそ曹操様のために使うべきだ、と。

 

そこは、創始者が何を思って覇王と称したかによる。

俺はそれを知らない。

画面の向こう側で、天狗師匠が考え出したものだからな。

 

でもまさか知らないとは言えない。

分かる範囲で、俺なりの答えを導き出すしかないな。

 

極限流は、極限状態に於いて真の力を発揮する云々。

そして極限に至ると覇王の付く技が使用できる。

この覇王ってやつが、何処に掛ってるかが重要だよな。

 

では、上位互換の覇王至高拳はどうだろう。

覇王が至高、あるいは至高の覇王じゃ意味が解らん。

ならばやはり、覇王が放つ至高の拳といったところか。

 

となると、覇王翔吼拳は覇王が翔け吼えるが如き技と言う事だろう。

付記として、この”覇王”は特定の誰かを想定している訳じゃないことを付け加えよう。

 

…うむ、大体こんなもんだな。

 

ほぼ夏侯淵が言った通りだった。

なんてこったい。

 

「覇王翔吼拳は、覇王が吼え翔けるが如きもの、と言えばいいかな」

 

あくまでも”如き”だ。

そこは譲れない。

 

「ふむ。やはり、華琳様に相応しい響きだな」

 

「ああ、兄ちゃんのアレな。凪がめっちゃ欲しがってたで」

 

夏侯淵の雰囲気が軟化した途端、口を開く李典。

しかし何か表現が……。

 

「そうだな。呂羽、可能なら凪に伝授してやってくれ」

 

おおっと、ここに来てまさかの超必殺技伝授フラグ。

しかも、夏侯淵さんからの断り難い形で御指示ががが。

 

「……前向きに検討しよう」

 

善処しますっていう、逃げに近いやつだ。

 

「可否いずれにしろ、後で報告するように。いいな?」

 

しかし回り込まれてしまった!

俺に出来ることは、ただ頷くことだけだった。

 

 

* * *

 

 

「無影旋風十段脚!」

 

振り上げるような左蹴りで相手を打ち上げ、空中で右蹴り上げを追加。

そのまま空中幻影脚のような形で連続蹴りを叩き込む。

最後は右の回し蹴りで蹴り飛ばす。

 

「どないや!」

 

「ん?兄ちゃん、今なんか…」

 

「気にするな」

 

 

夏侯淵は敵情視察だと言っていたが、威力偵察だった。

ちょっと違うと思うんだよね。

いや、別に文句はないけどさ。

 

「思いのほか脆いな」

 

「そうだな。守将がこの程度ではすぐ落とされるだろう」

 

「いや、兄ちゃん割と本気だったやん?」

 

個人の武としては中々だったからな!

つい熱くなってしまった。

ただ、指揮能力は然程でもなかったと思う。

 

これが囮であるなら、むしろ敵の本軍には相当な切れ者がいるだろうが。

可能性は低いように思う。

理由は兵の質。

かなり低いと言わざるを得なかった。

 

「もとより文官寄りで、部下の素行も悪いと聞く。情報は正しそうだな」

 

なるほど、それなら解らんではない。

まあ細かい情報精査は軍師の方々に任せよう。

俺には無理だ。

 

「なあなあ兄ちゃん。それより隊長に何言ったん?めちゃ悩んでたで」

 

一段落した空気が漂った頃、李典が雑談を振って来た。

 

「ほう、興味深いな。呂羽は一刀と、随分と仲が良いようだし」

 

夏侯淵さんも乗って来た。

これは間違いなく凪のことだよな。

 

ごめん北郷君。

そんなしっかり悩んでくれるなんて。

俺、もう諦めてたわ。

帰ったら謝ろう。

 

「で、何なん?何なん?」

 

迫ってくる李典がうざったい。

 

「そういや、李典は張遼と仲良いよな」

 

「ん、そやで。なんかウマが合うっちゅうか」

 

やはり関西弁同士、通じるモノがあるのだろう。

性格はかなり違うようだが。

 

「それで、一刀にした話とは何だ?」

 

残念、話を逸らすことは出来なかった。

仕方なく凪とのことを話す。

 

「実は凪と、うちの韓忠が仲悪くてな」

 

でも本当の話は出来なかった。

夏侯淵経由で曹操様にまで届いてしまうと、色々困った事態を呼ぶ気がしたから。

 

帰ったら、早急に北郷君に謝りつつ固く口止めしようと心に誓った。

 

「韓忠て、確か兄ちゃんの隊で副長してる人?」

 

「ああ。凪とは初対面だと思うのだが、何故か相性が悪いようでな」

 

「ふむ、相性ならば仕方あるまいが……」

 

そう言って俺をチラッと見てくる夏侯淵。

何でしょうか。

 

「大方、お前が何かしたんじゃないのか?」

 

「え?」

 

「ああ、兄ちゃんなら有り得るわ!凪ん時もそうだったし、気付かんうちに色々と…」

 

そして話は振り出しへ。

敵情視察は無事に終わったものの、色々と厄介な事案が発生してしまった。

 

特に覇王翔吼拳の伝授について。

うむむ、どうするかなぁ。

 

 

 




あらすじに一文追記しました。

・無影旋風十段脚
KOF99のみに実装されたロバートの超必殺技。
何も考えずに出すと、その場で軽やかに飛び跳ねます。
MAX版は、体力ゲージに被ってしまうと言う面白い特性を持っています。

本作の年内完結は諦めました。
何となく毎日更新で来てたので、そのまま締めたかったのですが…。


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45 龍撃閃

威力偵察から帰還してすぐ、北郷君を探して謝罪。

次いで口止めを行った。

 

北郷君は頷いてくれたが、なんだその曖昧な笑みは。

物凄い危機感を覚えるぞ。

おい、こっち見ろ。

 

「隊長~、見回りの時間なの~」

 

「ああ沙和、すぐ行くよ。じゃあ呂羽さん、そういうことで!」

 

于禁の呼びかけに応じ、北郷君はシュタッと手を上げて逃げるように去って行った。

てか、間違いなく逃げたな。

 

良くない兆候だ。

これは曹操様にばれたと考えた方が良い…かも。

 

とは言え、俺に出来ることはない。

藪蛇は御免だしな。

 

……よし。

諦め、もとい切り替えよう。

 

 

* * *

 

 

「さて凪。今日はちょっと特別なことをしようと思う」

 

「?はい」

 

何時もの修行。

でも今日はちょっと違う。

 

夏侯淵から依頼された覇王翔吼拳の伝授。

これを為すためのメニューを開始しよう。

 

「まずはこの竹垣。これを一撃で切り倒すんだ」

 

「……切り倒す、ですか?」

 

「ああ、使うのは右手のみ。気力鍛錬の行だな」

 

竹垣と言うか、竹を腕くらいの長さに切ったものを五本くらい横に並べてるだけ。

これを一気に全てを切り倒すのだ。

竹は全て固定してないので、少し触れただけでもすぐに倒れてしまう。

集中した気を一瞬で爆発させないと、全てどころか一本も切り倒すことは出来ないだろう。

 

「よし、まずは手本を見せよう」

 

「はい、お願いします!」

 

 

台の上に並べた竹を前に、気力を集中。

右腕を後ろに思い切り振りかぶり、手刀に気を込める。

 

「はっ!」

 

そして、爆発。

ビール瓶切り!

 

スパンッといい音をさせて五つの竹の首が吹っ飛んだ。

 

「おお!」

 

素直に感動してくれる凪に自尊心が擽られる。

いかん、もっと冷静にならねばっ

 

「このように、な。これにより気力の充実が図られるんだ」

 

「分かりました。やってみます!」

 

 

凪は気合十分。

張り切って取り掛かるが、すぐには上手くいかない。

一本も切れないことに困惑しながらも、何度も何度も繰り返し続けていった。

 

凪の熱意に感化され、俺もアドバイスをしながら彼女を助けた。

中でも、腕の動きに沿って気の流れを感じ取らせる行為が最も良かったようだ。

 

但し、それは身体を半ば密着させないと出来ない。

いやっ、不純な気持ちなんて全くないぞ!

ただひたすら真剣に凪の為だ!

 

だから韓忠、そんな影から凝視するんじゃない。

途中から居たのは気付いてたが、普通に出てくればいいものを…。

 

 

「はあっ!」

 

スカーンッと五本の竹が綺麗に切り倒された。

 

「ふぅー。…どうでしょうか?」

 

「うんうん。いい感じに集約出来てたな」

 

凪の身体に流れる気の動きを見ても、充実してるのが分かる。

これなら準備完了と言っても良いだろう。

 

「それじゃあ凪。ちょっと休憩したら、本番に入ろうか」

 

「はい。しかし本番とは?」

 

まあまあ、まずは休もうや。

 

凪を落ち着かせ、

 

「どうぞ」

 

「ああ、ありがとう」

 

横から差し出された手拭いを使って汗を拭う。

うむ、気が利くな。

 

「……むっ」

 

俺の目の前には、眉間に皺を寄せる凪。

少し疲れたか?

 

「ん?」

 

俺の手には手拭い。

横から手渡された……あれ?

 

横を見る。

韓忠が座っている。

何時ものようにスラッとした佇まいだが、何かが違う。

 

前を見る。

凪が睨んでいる。

視線の先は韓忠の顔より少し下、そう胸の辺り。

 

隣を見る。

韓忠と目が合う。

微笑む韓忠。

何時になく女性らしい姿に違和感。

そう、胸が……ふくらみが……。

 

「お疲れ様です、隊長。将軍も」

 

「あ、ああ」

 

凪の目が冷たい。

前の時のジトーッした奴の比じゃない。

 

「よ、よし凪。修行を再開しようか!」

 

「…………はい」

 

煩悩退散!

悪霊退散!

何はともあれ修行だ修行!

 

 

若干のアクシデントはあったが、俺も凪も平静を取り戻せた。

と思う。

 

「じゃあ本番だ」

 

「はい、それで本番とは?」

 

「覇王翔吼拳を伝授しようと思う」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

パアッと顔を明るくさせる凪。

その姿は誠に眼福であるのだが、ここは真剣にならねばならない。

 

「凪。ここから先は、生半可な覚悟は許さない!」

 

凪に限って、そんなことは無いだろうけどな。

それでも言っておかなければならない。

 

「ッ!」

 

すぐに居住まいを正してくれる。

うむ、流石だな。

 

覇王翔吼拳の伝授は、夏侯淵に言われたからってのも一因ではある。

だが凪のこの姿勢こそ、伝授を決めた最大の要因だ。

 

気力鍛錬も無事に終わり、身体も温まっているだろう。

 

いざ、超必殺技伝授!

 

 

* * *

 

 

まずは座学。

覇王翔吼拳がどういうものかを教えよう。

 

「覇王翔吼拳は、使用する気の総量が膨大なんだ」

 

上手く練って使わないと、一瞬で気力が枯渇してしまう。

威力は大きいが、放った後で動けなくなっては意味がない。

そういう意味で、諸刃の剣でもある。

だから気を付けるように、と説明する。

 

「なるほど。見た目からして凄かったですが、やはり……」

 

「うん、大体分かったみたいだな。じゃあ実践と行こうか」

 

「えっ?」

 

習うより慣れろ、だ。

なぁに、気弾を使える凪ならすぐに勝手が分かるさ。

 

 

まずは全身に気を循環。

 

両腕を眼前に組み、気を前方に集中させろ。

次に弓を張るが如く後ろに引き絞る。

斜め後方を意識して気を捻りながら拡充。

腰元で両掌に気を溜めつつ、掬い上げるように前へ向けて移動。

そして突き出した掌で、思い切り押し出すように放出するんだ!

 

「はあぁぁぁぁーーーーっっっ!!!」

 

ズバァンと上下の輪郭がやや薄いものの、十分に大きな気弾が撃ち出される。

が、弾速もイマイチで更に途中で掠れ消えてしまった。

 

「はあ、はあ……くぅ」

 

悔しそうな凪だが、初めてにしては上出来だと思うぞ。

 

しかし……。

 

「凪には、ちょっと厳しそうだな」

 

「はぁぁ、はい。流石に、まだまだです」

 

そうじゃなくてな。

確かに放出は出来たが、凪が普段使用する気弾は一点集中型なんだ。

覇王翔吼拳のように面の気弾は、慣れもあろうが常用するのは難しそうに見える。

 

まあ、今後の課題としよう。

すぐに完成させられても、俺の立つ瀬がない。

 

まずは、凪に向く技として龍撃閃を伝えよう。

足技が強い彼女にとって、腕へ気を回す鍛錬と共に、蹴りで撃つ特性を生かせるものだ。

こっちをマスターしてから、覇王翔吼拳の修練をさせるのが良いな。

 

そう伝えると、覇王翔吼拳をモノにしたい欲求が顔に出た。

しかしすぐに飲み込み、修行メニューを了承。

この切り替えがいいんだよ。

 

「じゃ、暫くはこの流れでやって行くぞ」

 

「はい。宜しくお願いします!」

 

切り替えと言えば、一段落したと見計らって近付いてくる韓忠。

コイツの姿を見咎めた凪の表情。

 

別の問題が発生してしまった。

まさか韓忠の奴が、俺の前で女らしさを出す日が来ようとは。

恐らく全ては繋がっているのだろうが、始点が解らんのがどうもな。

 

北郷君、助けてくれ……。

 

 




気力鍛錬の行から超必殺技伝授。
感想頂いたアイディアから拝借しました!

ちなみに覇王翔吼拳の説明の下りは、
「前 後 斜め後ろ 下 斜め前 前 パンチ」をイメージしています。

オマケながら、韓忠さんの性別を確定させました。
ぷち修羅場は書いてて楽しいのですが、何も動きません。


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46 龍仙拳

凪に覇王翔吼拳の伝授を開始したが、会得するのはまだまだ先になるだろう。

そう夏侯淵に報告すると、満足そうに頷いてくれた。

 

おや、以前のトゲトゲしい雰囲気がウソのように穏やかだ。

怒りは鎮まったのか?

 

「弟子でもないのに伝授させるなどと、無理を言って済まなかったな」

 

などと謝られる始末。

あれー?

 

「いや、別に問題ないが…」

 

思わず語尾が濁ってしまうのも仕方ないよな。

でもこれじゃ、何かあるって言ってるようなもんだ。

 

「どうした?」

 

その姿はまさにクールビューティ夏侯淵さん。

指示が通ったから、だけでこんなにはなるまい。

 

「その、もう怒って無いのか?」

 

ええい、ままよ!

正直に聞いてしまえ!

 

そう尋ねると、一瞬キョトンとした表情をした後に薄く笑った。

笑い方だけでもう怒って無いのが解るよ。

 

「ふふ、大丈夫だ。もう怒って無い。と、言うよりも…」

 

チラリと流し見て、含み笑い。

そんな姿も魅力的です。

 

「途中からは芝居だったのだ」

 

な、なんだってーっ?

 

「華琳様がな、お前はそういうのに弱そうだからと…」

 

見透かされてたーっ

くぅ、騙された…。

 

「はじめに怒ったのは事実だ。しかし、あれも戦場のことだからな」

 

怒りを引きずる程のことはない、とのことだった。

そして、駆け引きのために引きずってるように見せかけていたと。

 

ぬぅ、やはりそっち方面ではこの陣営は強いな。

敵う気がしない。

 

「お陰で優位に進められたようだ。気に障ったか?」

 

「完全に騙されたよ。もう怒って無いなら、それでいい」

 

いやはや、参ったね。

でも言葉通り、もう怒って無いと言うことの方が大事。

一安心と言える。

 

「ところで」

 

ん?

 

「凪を嫁にするのか?」

 

(゚д゚)

 

「…なんだって?」

 

「一刀が言ってたらしいぞ。お前が凪に求婚紛いのことをした、とな」

 

北郷君ーーーっっ!?

 

「ああ、一刀を責めないでくれ。華琳様に隠し事など、有り得ないと言うだけだからな」

 

ふふっと悪い笑みを見せる夏侯淵さん。

…北郷君、なんかゴメン。

でも許さない。

覚えとけ。

 

「求婚、と言う訳では…」

 

「なに、気にすることは無い。これを機に、此処に根を下ろしたらどうだ?」

 

なんか勧誘されてますが…。

むしろ俺が、凪を連れて行く可能性は考えないんですかねぇ。

 

いや、当然に許さないだろうし、凪を出すつもりもないだろう。

その辺り、曹操様は徹底してる気がする。

靡かない俺を客将で許したのも、そういうところがあるからだろう。

 

「それは流石に飛躍しすぎだぞ」

 

「ふふ、そうだな」

 

聞く気ねぇ…。

ニヤニヤを止めない夏侯淵から逃げるように辞去した。

 

北郷君はどこだぁぁぁぁーーーっっ

 

 

* * *

 

 

「あの、呂羽さん。何で俺と対峙してるんですか?」

 

ここは練兵場。

あの後、夏候惇と一緒に居た北郷君を発見。

二人を誘ってやって来た。

 

「いやなに、ちょっと北郷君に稽古をつけてやろうと思ってな」

 

紛うこと無き八つ当たりですが。

 

「ちょ、死んじゃう!」

 

大丈夫、先っちょだけだから。

 

「呂羽、北郷などでなく私と戦え!」

 

「北郷君との試合が終わってからな」

 

「今、試合って言ったぁ!?」

 

ん?間違ったかな?

大丈夫、大体合ってる。

 

「さあ行くぞ!」

 

「北郷!無様な真似は許さんぞっ」

 

「春蘭…。くっ、来い!」

 

では遠慮なく。

 

 

「龍仙拳!」

 

ちぇいやぁーっと夏候惇に撃ち込む、気を纏った俺の右正拳が唸る。

ガキンッと柄で受けられた。

どっちにしても、そんな音は普通しないよな。

 

 

北郷君?

そこで大の字になって伸びてるよ。

前回より持たなかったのは、俺の拳に雑念があったからだろう。

 

先っちょだけとの言葉通り、先端だけ何回か当てに行ったからな。

直接的に気を叩き込むのは避けたが、流石に厳しかったようだ。

 

あっという間に追い詰められて、吹っ飛ぶ北郷君。

手加減はしたけど、ちょっと篭っちゃったかも。

ごめんよ。

 

そして、続けて夏候惇との手合せに移行した訳だ。

 

何合か打ち合い、攻防を重ねたがやはり強い。

魏武の大剣を称すだけのことは有る。

 

ところでそのアホ毛。

もう一つの武器になりそうだよな。

とても鋭く見える。

 

「どこを見ている!」

 

貴女のアホ毛です。

 

大振り上段打ち下ろしは、華雄姉さんでも見慣れていた。

しかし、その速さ鋭さなどが全く違う。

余所見してたら一瞬でズンバラリンだな。

 

張遼や呂布ちんもそうだが、人それぞれ動きに特色が出てる。

レベル的には格下になってしまうが、韓忠も蹴りを絡めての鉈攻撃は中々侮れない。

 

「ずぇいぁーっ」

 

夏候惇がぶおーんと振り回す刀を、気を込めて受けて取る。

真剣白羽取り、もどき!

 

「んなっ?」

 

驚く夏候惇を尻目に、ギリギリと力を込めて…込めて……。

 

「そこまで!」

 

曹操様に止められた。

何時の間に来てたんですか。

 

「春蘭、それに呂羽。相変わらずいい試合だったわ」

 

「ありがとうございますっ!」

 

パッと起立して喜ぶ夏候惇。

その忠犬ぶりが素晴らしいね。

 

ふと見ると、同じくいつの間にか来てた于禁が北郷君を膝枕してる。

甲斐甲斐しくアプローチを掛ける姿、眼福なり。

 

いやー……。

見るのはいいが、されるのは戸惑うよね。

先日の韓忠を思い出した。

 

北郷君、凄いね。

 

「呂羽」

 

なんでしょう。

 

「ちょっと話があるの。ついて来なさい」

 

そう言って、返事も待たずに踵を返す曹操様。

夏候惇も続く。

 

厳しい表情じゃなかったから、そんなに悪い話じゃないと思うんだが。

でも此処じゃダメな理由があるんだよな。

なんだろうか。

 

そういえば今日は韓忠が来なかったな。

先日以来、隙を窺う姿勢を隠しもしないアイツの姿が散見されている。

余りにも狙われてる気がしたもんで、気を張り続けていたのだが。

 

いや、もう弟子とか否定する気はないよ。

今までも普通に稽古をつけて来たし、技を教えたり指導したりもしていた。

飲み込みが良いから、ついつい続けて今に至るんだ。

 

凪と違って放出系が強くないから、別の角度からメニューを考えてやるべきか。

鉈の扱いは極限流にないが、アイツに合った格闘術に進化させてやるのも良いだろう。

 

そんなことを考えながら、曹操様たちについて行った。

 

 

 




時間がありませんので、感想返しは後日とさせて頂きます。
また、明日の更新は厳しいかも知れません。


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47 飛燕疾風拳

曹操様について行った先には、李典が待っていた。

正直、この時点で嫌な予感はしていたよ。

 

「呂羽」

 

「なんでしょう?」

 

周囲に人気はない。

此処に居るのは曹操様、夏候惇、李典と俺だけだ。

 

そんなところで曹操様は俺に向き直り、言い放った。

 

「凪に手を出すのなら、イロイロ覚悟しないとダメよ?」

 

……うん。

イロイロ待って欲しい。

 

まあ何となく、そういう方向かなとは思ってた。

でも当たって欲しくはなかったなぁ。

 

「何!?呂羽、貴様。凪に手を出したのかっ」

 

「落ち着きなさい春蘭。まだ出してないわ」

 

まだって言うな。

 

「たはは。やっぱ兄ちゃん、やるなぁ~」

 

李典は黙ってなさい。

 

「…話はそれだけですか?」

 

やや憮然として話を打ち切りにかかる。

こういう時は、強気に出た方が良いのだ。

 

「このくらいで怒らないの。……麗羽が動いたわ」

 

「袁紹が?」

 

「ええ。この前、秋蘭と真桜と一緒に出て貰ったでしょ?」

 

ああ、あの時の。

 

詳しく話を聞くところ、袁紹が袁術と共に大攻勢をかける動きがあるとのことだ。

ちなみに俺たちが行ったところは、袁術の支配下にあった。

俺は知らんかったが、夏侯淵辺りがちゃんと動いてたんだろうな。

 

李典もちょくちょく補足を入れてきた。

マジか。

 

「…なんやの?兄ちゃん、変な顔して」

 

「いや、李典ってちゃんと仕事出来るんだな」

 

つい、まじまじと李典の顔を凝視してしまった。

よほど不思議そうな顔をしてたんだろう。

微妙そうな顔をしている。

 

「んなっ?それは失礼やで!」

 

「ああ、すまん。しかし普段からはとても…」

 

戦闘時はともかく、それ以外で真面目に仕事をしているという印象が全くない。

これは基本的に于禁も同じだが、あいつは新兵調練とかしてるからな。

 

確かに失礼な反応だったが、普段が普段なのだから許して欲しい。

ギャーギャーと非難してくる李典を宥めつつ、曹操様の話を聞く。

 

「貴方は、麗羽に何か思うところがあるのでしょう?」

 

「ええ、まあ」

 

旗を折りたい。

 

「そして、あの子を撃破したら再び旅に出るのだと」

 

「そのつもりです」

 

全ては我が野望のため。

野望と書いて我欲と読む。

似たようなもんだ。

 

「貴方が叶えたい、その目的って何なの?」

 

そういや聞かれて無かったな。

北郷君のことは口が裂けても言えない。

どうしようか。

 

「それは言えない」

 

呉に行ってみたいとか、そういうのは言える気もする。

が、それ自体が目的じゃないしなぁ。

ちょっと悩んだ挙句、内緒にすることにした。

 

「そう」

 

案外あっさり引いてくれて助かった。

まあ、以前にも軽く問答したことだしな。

 

俺より強い奴に会いに行く!

とか答えても良かったが、呂布ちんとはもう会ってるし。

夏候惇が超怒りそうだから止めておいた。

 

ああ、強い奴と言えば。

孫策と再戦はしたいな。

 

龍虎乱舞をヒットさせながら、KO出来なかったのは至極残念だ。

次こそKOしてみせる!

 

「まあいいわ。私が言いたいことは、戦いは近いと言うことよ」

 

だから、ちゃんと備えておくように。

そう通告して、曹操様は夏候惇を連れて去って行った。

 

「つまり、ちゃんと凪の面倒みろてゆーことみたいやでー」

 

李典は残った。

うん、まあ分かってるよ。

 

「さ、凪んとこ行こか」

 

「ああ。…李典も来るのか?」

 

「ん。華琳様に頼まれてん。イロイロとな!」

 

にひひと笑う李典は、実に楽しそうだ。

変わらず嫌な予感はするが、断る理由もないし連れ立って修練場へと向かった。

 

しかし、そうか。

袁紹との激突が近いと言うことは、修行の質を上げないといけない。

自分、凪、韓忠ほか呂羽隊一式。

それぞれ、一段から二段階向上させよう。

 

次の戦いでは、凪にも袁紹軍旗を折って欲しいものだ。

 

 

* * *

 

 

修練場に近付くと、大きな音が聞こえてきた。

 

ちなみにこの修練場は、俺や呂羽隊が宿を取ってる場所の裏手にある。

常に練兵場を占有するのも心苦しいからな。

 

今日は呂羽隊は非番のはず。

誰か自主練でもしてるのか。

 

そんな軽い考えでチラッと覗く。

 

 

「シィッ。飛燕、…疾風拳!」

 

「はぁぁぁーーー、龍斬翔ッ」

 

修練場に居たのは見慣れた二人。

対戦中の様だ。

 

今までとは違い、サラシを緩めたのか胸のたわみが気になる男装の麗人・韓忠。

そして、気弾を扱う武人・凪。

 

韓忠は、先日教えた飛燕疾風拳を放ったところだった。

鉈を持ち替え、身体を捻ってからの踏み込み正拳突きのようなもので突進する。

 

わざわざ鉈を持ち替えるのには、当然理由がある。

極限流には武器がないため、扱うことにより軸がずれてしまうためだ。

慣れてしまえばどうにかなるだろうが、今の段階では無理は出来ないだろう。

 

対して凪は、韓忠が放った飛燕疾風拳を踏み込むことで避けて見せた。

そこから蹴り上げの龍斬翔。

 

韓忠も咄嗟に避ける動作は見せたが、こと格闘技に置いては凪に一日の長がある。

ゴリンと痛そうな音を響かせ、韓忠は吹っ飛んだ。

 

図らずも、極限流同士の戦いを見てしまった。

まさかこんなものを目にする日が来ようとは…。

何だか感慨深いものがあるな。

 

おっと、戦いは継続の見通しだ。

韓忠は素早く起き上がり、鉈を構えている。

凪も気を溜めており、今にも気弾を発射させようと言う感じ。

 

「兄ちゃん、止めた方がええんとちゃう?」

 

そういや一緒に来てた李典が、心配してかそう言う。

だが俺としては、韓忠の成長ぶりを見ていたい。

 

「もうちょっと…」

 

だから少しの間李典を留め、観戦を続ける。

すると凪が気弾を放ち、韓忠に向かった。

韓忠はどうするかな?

 

 

「はぁぁぁぁぁ……毒撃蹴!」

 

シュバン!

そんな音がして、凪の気弾が掻き消えた。

 

「なっ!?」

 

弱いとは言え、得意の気弾を打ち消された凪も驚いているが、その瞬間を見てた俺も驚いた。

 

韓忠は、気力を拡充させた上段回し蹴りを放って気弾を散らしたのだ。

それだけでも驚きなのだが、更にそこから少なからず気が放出されていたのに驚いた。

あいつは気の放出は出来なかったと思っていたが…。

 

「兄ちゃん!」

 

おっと、驚きのまま考察に入ってしまってた。

気弾を散らしたとは言え、無理をした韓忠はもう動けない。

そこに凪は容赦なく追撃を仕掛けようとしていた。

 

「そこまで!」

 

俺の声に反応し、凪の踵落としは一瞬ズレて韓忠の真横に落ちた。

…あれ、俺が止めてなかったら直撃コースだったのか?

 

「リョウ殿!?」

 

「…隊長」

 

フラリと倒れそうになる韓忠を支える。

俺の腕の中、疲労のためかもたれ掛る韓忠を観察。

 

ふむ、気の使い過ぎだな。

あんな無理するくらいなら、避けるべきだった。

その辺りはまだまだ経験不足か。

 

「凪も韓忠も、良い戦いだった。俺も負けてはいられんな!」

 

俺も触発されて止まない。

韓忠の介抱が終わったら、凪との戦いに入るとしようか。

 

…ん?

 

凪がジトーッと冷たい目で見ている。

李典も、何故か似たような目だ。

韓忠は腕の中。

 

「な、何だ?」

 

応えてくれる奴は、居なかった。

 

 

 




ギリギリ間に合いました。

・飛燕疾風拳
ユリ、ちょーナッコォ!
腕を振り回す素振りは入れてません。

後半またそっち系に行ってしまいましたが、袁紹との戦いが近いです。


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48 燕舞脚

凪と李典に白い目で見られてから数日後、俺は改めて凪と対峙していた。

 

あの時は結局、韓忠を介抱することで終わってしまった。

気を使い果たすと、通常行動にも支障を来してしまうからな。

まあ仕方ない。

以前、凪の時もお姫様抱っこで役得したことだし。

 

ともあれ凪には再戦を約し、今に至る。

 

「さて、修行の成果を見せて貰おうか」

 

「…行きます…っ」

 

何やら弟子みたいに扱ってる気もするが、やむを得ない。

覇王翔吼拳を伝授すると言った手前、抜かりがあってはいかんからな。

凪はその習得に難儀している。

そこで、弱点を洗い出して重点的に鍛えているのだ。

 

助言と自主練を経て、この対戦へと繋がった。

勿論、俺も修行は重ねている。

お互い得るものは多いだろう。

 

 

「シッ!」

 

「はあっ」

 

拳と拳がぶつかり合う。

前に助言したのは、なるべく拳を使えということ。

凪は足技が得意であるし、これを伸ばすのは当然のことだ。

だが覇王翔吼拳を使う以上、上半身を鍛えねばならない。

気力充填は問題なさそうだったから、あとは薄く硬く伸ばしていけば……。

 

「やあーっ!」

 

「っとぉ」

 

なんて考えていると、左正拳から踏みつけ蹴り、そして突き上げアッパーに円振蹴りの四連撃が来た。

拳中心だったところに織り交ぜるのは、実に効果的だ。

龍虎乱舞でも基本は同じな訳だし。

 

正拳を捌き、蹴りを躱してアッパーと蹴りはそれぞれ打ち合い相殺。

バックステップで一旦距離を取ると、追っては来なかった。

 

「燕舞脚か」

 

「はい。どうでしたか?」

 

「悪くない。いや、中々の鋭さだったぜ」

 

そう言うと、僅かに表情が綻ぶ。

凪は基本的に真面目なんだが、その中でちょこちょこ見せる、こういった姿が魅力的なんだよな。

うむうむ、眼福なり。

 

「気の巡らせ具合も良い感じだ。このまま続けて行けば…」

 

「はい、分っています」

 

袁紹が動くのが近いと分かった今、凪の仕上げは急務だ。

しかし、覇王翔吼拳の完成は間に合わないだろう。

 

「よし、続けるぞ!」

 

「はい!」

 

よって、少しでも近付けるように全力でフォローせねばなるまい。

最後には、自力で辿り着いて貰うことになるだろうからな。

 

 

* * *

 

 

その後も凪の修行を中心として、夏侯淵の手伝いに出かけたり李典と一緒にDIYに勤しんだり。

北郷君に相談したりされたり、夏候惇や張遼、時には許緒とも試合を行ったり。

息抜きと称した曹操様に絡まれたり、北郷君と街の警邏に繰り出したり。

荀彧に遠くから睨まれたり典韋に怒られたり、于禁と一緒に新兵調練を行ったり。

韓忠含む呂羽隊に稽古を付けたりして過ごした。

 

そして、遂に…。

 

 

「袁紹が動いたわ」

 

軍議が開かれ、その事実が報知される。

いよいよか!

 

「敵は袁紹だが、袁術からも援軍が来る。それと、公孫賛もだな」

 

夏侯淵がチラリと俺を見て、公孫賛の情報を付け加えた。

そういや、袁紹・公孫賛連合は継続してたんだった。

余りにも勢力に差があるから忘れそうになってしま…いや、すまん公孫賛。

 

「単純な兵力なら、向こうが圧倒的に上か…」

 

北郷君が呟くが、確かにそうだな。

袁紹、袁術、公孫賛がまとめて掛ってくるとなると、結構な物量になる。

袁術軍には孫策がいるのだろうし。

 

孫策は、この戦いを利用して独立するんだったっけ?

良く覚えてないな。

まあ、未だ独立を果たしてないなら恐らくそうなんだろう。

 

となると、世の中が大きく動く場面か。

孫策を助けて袁術軍を攻めまくり、呉へ恩を売る言う道もある。

 

袁術と言えば、徐州に侵攻して劉備ちゃんが逃げ出さざるを得なかった一因だし。

まあ劉備は益州、蜀にあってこそ。

なんて考えるとそれほどでもないか?

 

とは言え、その道は選べないな。

いや、孫策に恩を売ると言うのは可能ならやりたいところだが。

 

何にせよ袁紹、そして公孫賛。

こちらが優先なのは間違いない。

 

「確かに兵力では劣る。だが我ら精兵は奴らに勝る。そうでしょう?」

 

「「「はいっ!!!」」」

 

方針は徹底迎撃。

何なら追撃。

 

他にもネコ耳軍師が色々言ってたが、正直聞き流してた。

俺にとって大事なのは、持ち場がどこで何を求められているかだけだからな。

あとは何をしていいのか、ダメなのか。

 

他に必要なことがあれば教えてくれるだろう。

副長あたりが。

 

そんなこんなで軍議は終わり、出陣前の準備に掛ることになる、が。

その前に夏侯淵に呼び止められた。

 

「ちょっと呂羽は残れ。一刀と凪もだ」

 

あ、はい。

 

「分かった」

 

直立し、無言で頷く凪。

 

 

「さて、呂羽には確認しておかねばならないことがある」

 

人数が捌けてから夏侯淵が言う。

なんでしょうか。

 

「最初に言ったことに変わりはないのか?」

 

客将になった時、曹操様たちを怒らせたことかな。

再度旅に出るタイミングの話。

 

「ああ、袁紹を倒したらまた旅に出ようと思う」

 

「…そうか」

 

「ええっ!?」

 

北郷君が超ビックリしてる。

前の時も似たような反応だったなぁ。

そんな、懐かしい気持ちになった。

 

「あー……いや、そうですよね。客将ですもんねぇ」

 

うわぁ、そんな残念そうな顔しないでくれぇ。

流石は三国一男女に持てる男、光るものg

 

「一刀、気持ちは解るがあまり言ってやるな。呂羽が困ってるぞ?」

 

そんなニヤニヤしながら言わんで下さい。

 

「そんなことよりだ。凪への手当はどうなってる?」

 

何に対する手当が明言してくれませんかねぇっ

せめて、ニヤニヤしたまま言わないで下さい。

 

「口頭伝承や座学は粗方終わったが、完成には至らない。済まないが、後は…」

 

「はい……。秋蘭様、申し訳ありません」

 

「そうか。いや、伝えてくれただけでも有り難い」

 

三者三様、残念な空気が漂う。

まあ、決めてないけど袁紹を駆逐してすぐ消える訳じゃない。

時間や機会はまだあるはずだ。

ギリギリまで過ごすことは出来るはず。

 

「あ、そういえば呂羽さん。あのことは……うぼぁっ」

 

唐突に北郷君が要らんこと言いかけたので、ドムッと腹に一撃。

少なくとも、凪が居る前で言うなし。

チラチラ視線を投げかけながら言うから、何かあるようにしか見えんだろうが。

 

「あの、隊長?…それに呂羽殿、あの事と言うのは…?」

 

「ゲホッ。な、何でもないぞ凪!」

 

「ああ、大したことじゃないさ」

 

「……そうですか」

 

納得いかないのだろう、首を傾げながらも引き下がる凪。

良い子だ。

 

あとで北郷君とはじっくり話し合う必要があるな。

 

夏侯淵さんは知ってるからか、ニヤニヤと生温い目で見守ってくれていた。

そんな目で見るな、と言いたいが実際には助かっている。

ここはグッと我慢だ…。

 

 

後日、曹操軍は出陣。

俺は前線にあって凪、李典、于禁の三人と同道する。

……何か懐かしいな。

 

 

 




必殺技名が尽きて来たので、特殊技も入れて行こうと思います。

活動報告に「備忘録Ⅰ」を載せてみました。
ほぼ自分用ですが、興味ある方はどうぞ。

放浪編(仮)は今回で終わりです。
次回からは漂流編が始まります。嘘です。


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49 匂龍降脚蹴り

他者視点詰め合わせ


まったく、袁術ちゃんにも困ったもんだわ!

 

せっかく名声を稼いでも、動けなければ意味がない。

最初に袁紹が動いたときに援軍を出してくれてれば、決定的な隙になってたのに。

そうなってれば、もっと早く呉を再建できたはず。

 

それは冥林も穏も太鼓判を押してくれた。

でも、結局動かなかった。

 

もー、まだ袁術ちゃんの為に働かないといけないなんて。

今すぐ八つ裂きにしたくなっちゃう!

 

「姉様、落ち着いて……」

 

まあ、今は蓮華も戻って来て皆が揃ってるから良しとしましょう。

 

母様の遺志は必ず果たす。

そして、蓮華に継いで貰うの。

 

「それより雪蓮。これからが始まりだぞ」

 

冥林が言う。

そうよね、今回こそ袁術ちゃんも動くのだし。

 

「それでも、私が援軍に出向かないといけないのは嫌だわぁー」

 

「策殿。権殿が残って動いて下されば、問題なかろう?」

 

私の愚痴に、祭が窘めるよう応える。

それはそうなんだけど…。

まあ、母様の代からの宿将に窘められちゃ仕方ないわね。

 

「それに~、確か曹操さんのところには、あの人が居るんじゃないですかね~?」

 

穏がのんびりと言う。

あの人って……ああ、あの男。

確か、呂羽ね!

 

「ああ、雪蓮が打ち負かされたと言う男か」

 

「ちょっと冥林、私は打ち負かされてなんていないわ!」

 

ちょっと……そう、ちょっとだけ油断して逃がしちゃっただけよ!

 

でもそうね。

最初は曹操との戦いは周囲に任せて、袁術ちゃんの勢力を削ぐことのみ注力しようと思ってたけど。

 

アイツが居るなら、少しくらいは楽しんでも良いかしら。

次は本気で打ち破ってみせるわ。

 

あ、でもあの武才は中々のものだった。

跪かせて、孫呉のために使わせると言うのもありね!

ふふふ、楽しみ。

 

「姉様。あまり無茶はなさらないで下さい」

 

「もー、分かってるって!」

 

蓮華は心配性ねー。

でもそこが可愛いとこでもあるんだけど。

 

 

さて、遂に孫呉が再び世に出る時が来た。

ここから再び羽ばたくのよ。

 

「勇敢なる孫呉の精鋭よ。いざ、故国を取り戻す戦いへ参らん!」

 

出陣する兵たちを鼓舞し、鬨の声を上げる。

 

待ってなさい袁術ちゃん。

すぐに、その首刎ねてあげるから……。

 

 

* * * *

 

 

「桃香様。先程の使者が言う通りに城門が開きました!」

 

徐州を離れて、曹操さんの許可を貰って領内を通って益州へ。

みんなで力を合わせて向かったけれど、呂羽さんだけが居ない。

元々客将だったけど、曹操さんに引き留められちゃったの。

 

呂羽さんは大丈夫だって言ってたけど、やっぱり心配だよ…。

 

「呂羽なら問題ない。それより、益州を切り取る方に注力するべきだ」

 

そんな時、呂羽さんと長く共に行動してた華雄さんが言ってくれた。

呂羽さんなら、絶対そう言うからって。

別れても尚信頼出来る関係、かぁ。

 

でも…うん、そうだよね。

曹操さんに宣言した通り、私には私の夢がある。

絶対、ぜーったい、成し遂げてみせるんだから!

 

そのためには、後ろを振り向いてなんかいられないよね。

 

「既に益州では、太守の劉璋さんから民の心は離れているようです」

 

「各支城の将たちも、新しい保護者を求めています」

 

「桃香さまの持つ仁徳を慕いこそすれ、敵対することはほぼないと思います!」

 

朱里ちゃんや雛里ちゃんの言葉に背中を押され、益州の隅っこでまず地盤を確保。

ここから少しずつ、勢力を広げて行く予定にしてる。

 

愛紗ちゃんも鈴々ちゃんも頑張ってくれてるし、私が足を引っ張る訳には行かないよね!

 

「桃香様。この書簡の確認をお願いします」

 

……うぅ、それでもやっぱりお仕事量が多いよぅ。

 

「お茶をどうぞ」

 

「あ、ありがとう月ちゃん!」

 

「いえ…」

 

熱いお茶を出してくれる月ちゃん。

洛陽から名前を捨ててまで付いて来てくれる彼女たちのためにも、そして…

 

「何か手伝えること、ある?」

 

「詠ちゃん!お願いしていいの?」

 

「まあ、元がつくけど文官だったし。大事な時に倒れられても困るからね」

 

プイッと顔を背けて、それでも手伝ってくれる詠ちゃん。

月ちゃんと一緒に笑みを向けて、

 

「うん、ありがとう!」

 

一緒に頑張ろう!

 

 

* * * *

 

 

呂羽たちと別れて董卓様…もとい、月様たちと共に益州へ来た。

アイツが居なくなっても問題ないと思っていたが、重大な問題が発生した。

 

組手の相手が居ない。

 

今までは専らアイツや韓忠と行っていた。

これは由々しき事態だ。

 

呂布はあまりやる気がないし、関羽は何かと忙しそうだ。

張飛は劉備と一緒に居ることが多く、趙雲もあちこち動いている。

基本的に拠点を守る役割の私とは合わないことが多い。

 

結果として、対戦相手は副長に抜擢した牛輔となる。

 

「将軍、どうしたんすか?」

 

コイツも弱くはないのだが、何かこう…少し物足りないのだ。

気弾と言ったか。

あれを駆使してくる呂羽や、その薫陶を受けた韓忠とはやはり違う。

 

「牛輔。韓忠のようには出来ないのか?」

 

「ぬぁ!?人が気にしてることを容赦なく突いてくるとはっ」

 

呂羽が言っていたが、元々は韓忠より牛輔の方が上手だったらしい。

月様の護衛で離れていた期間で、抜かされてしまったそうなのだ。

今では結構な差がついてるとか?

徐州で合流した時鍛えなおしてたのだし、すぐに戻ったんじゃないのか。

 

「くっ…、そうであれば良いんですがね!」

 

「まあいい。組手をするぞ!」

 

 

牛輔は二刀を得物としつつ、呂羽に教わった蹴り技を交えて繰り出してくる。

 

「しゃああぁぁぁーーーッッ」

 

「はぁぁぁぁーーー!!」

 

一発の大きさなら呂布、手数の多さなら関羽か張遼。

牛輔にはどれも足りてない。

気合は十分なのだがな。

 

「匂龍降脚蹴り!」

 

「む!」

 

咄嗟に出した蹴り技は、中々に重い。

 

「これは、呂羽の?」

 

「ちぃ、受けられましたか!…ええ、幾つか教わりまして」

 

ほほう。

ならば、他にもあると言うことか。

 

「よし、貴様が持つ武を全て出し切るまで続けるぞ!」

 

「望むところだぁー!」

 

ふふふ、流石は呂羽。

この場に居なくとも楽しませてくれる。

 

よし、修行を重ねてもっともっと強くなるぞ。

次会った時は、韓忠もろとも吹き飛ばしてくれよう!

 

 




三人分でした。
やはり華雄姉さんは書きやすいですね。

・匂龍降脚蹴り
ロバート使用の特殊技です。
前方にちょんと跳ねて回し蹴りを放つ技。
キャンセル龍神脚で着地とかやってました。


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50 超覇王至高拳

第五十話記念作品


戦場にやって来た。

 

正面にあるのは袁紹軍の本隊。

右隣に公孫賛軍。

その反対側に袁紹軍の分隊と、袁術からの援軍が布陣している。

袁術軍の中には孫策隊も居るみたいだ。

 

「おぉ、壮観やなぁ」

 

「いっぱいなの~!」

 

「真桜、沙和!ここは戦場だぞ、もっと緊張感を持たないか!」

 

相変わらず三人は仲が良い。

どこか緊張感のない李典と于禁も、それを怒る凪も含めてワンセットと言った感じだ。

 

さて、俺たちが受け持つのは袁紹軍の正面右半分。

その隣の公孫賛軍もだな。

残りは張遼や夏候惇が攻める布陣だ。

 

曹操様と夏侯淵は本隊として俺たちの後ろに詰める。

許緒や典韋などもそこに居る筈。

 

「とは言え、開幕前に舌戦か……」

 

「華琳様と袁紹殿は、何やら因縁があるようですので」

 

俺たちも向こうも布陣は終わって久しい。

だが先程から曹操様が前線に来て、袁紹と舌戦をしているらしいのだ。

 

本当はそんなの無視して開幕ぶっぱと行きたかったが、流石に自重した。

やらない方がいいと、北郷君から忠告されたしな。

 

それと俺も前線に居る以上、ある程度話の中身は聞こえて来るんだが…。

大半が袁紹の高笑いと言う時点でお察し。

あまり意味はないだろうと思い、軽く聞き流している。

 

 

「おっと、やっと終わったか」

 

暫くすると話が終わったようで、それぞれ大将が本陣に戻って行く。

いや、袁紹は周りに引きずられる形で戻って行った。

 

相変わらずですな。

 

さて、今日で袁紹の牙門旗も見納めか。

 

チラリと本陣を見る。

曹操様が夏侯淵を脇に従え、仁王立ちしている。

 

「皆、敵は数が頼りの烏合の衆よ。各々、武威を示しなさい!」

 

「「「応ッッ!!」」」

 

曹操様の激に応え、曹操軍が動き出す。

夏候惇や張遼は我先にと動き出しているが、俺たちも負けてはいられない。

 

 

「よし、夏候惇や張遼に負けずに進むぞ!」

 

「おう!」

 

「はいなの!」

 

「はい!」

 

三人に声をかけて、俺も始める。

 

「じゃあ副長」

 

「はい、ご武運を」

 

何時も通り、呂羽隊を韓忠に預けて一人先行する。

小言や溜息もなく送り出されるのは、何だか新鮮だ。

華雄姉さんも居ないし。

 

ちょっと物足りなく思うのは、多分贅沢って奴なんだろうなぁ。

 

さて、ダッシュはダッシュでいいのだが。

夏候惇と張遼が先を争うように、袁紹軍と孫策隊に突入している。

一番槍を得るのは、もう無理だ。

 

李典と凪も袁紹軍に接敵してるし、于禁も公孫賛軍と交戦し始めた。

 

揺れる旗は目の前。

ならば、やることは一つだ。

 

旗を持った袁紹軍が相手なら、覇王至高拳で粉砕せざるを得ない。

 

今回は袁紹軍も全力のようで、旗も大きなものが複数ある。

全て、粉砕してくれよう。

 

「ぬぅぅぁぁーーーーっっ」

 

気力充填!

今の俺なら出来るっ。

 

超ッ

 

覇王至高拳!!

 

「せりゃっ、せりゃっ、せりゃぁぁぁーーーっっ!!」

 

両手眼前交差からの腰溜めで一瞬停止。

そこから一気に三連発。

 

通常の覇王至高拳よりも多めに気を込めた。

濃縮激発バージョンで、狙うは旗柱の中段あたり。

 

「んなっ?」

 

遠くで誰かの声が聞こえた気がした。

 

気にすることなく、砲台としての役割を遂行する。

いやまあ、この役割は今思いついただけで、尚且つ自称なんだけど。

 

ともあれ袁紹軍本隊に乱立していた旗は、見渡す限り消失。

スッキリして見栄えも良くなったんじゃないか?

はっはっは!

 

よし、続けて行くぜ!

気を溜めようとしたところ

 

「また貴様かぁぁぁーーーーぶべっ!」

 

ブォンっと大鉈を振り回す髭が現れたが、金色だったので容赦なく蹴り倒す。

飛燕足刀は避けつつ攻撃出来て便利だな。

 

おっと、他の金色が来る前に掃除をしてしまおう。

 

足に気を溜め爆発させるように放出し、大きく跳躍。

その際、あらかじめ両腕に気力充足させておく。

 

「空中、覇王翔吼拳ッ!」

 

滞空したまま覇王翔吼拳で、残りの袁紹軍旗を撃ち抜く。

まだ、空中で覇王至高拳は無理だな。

どうも勝手が違う。

覇王翔吼拳で十分なんだがそれはそれ、修行は続けねば。

 

いや、それよりもだ。

超覇王至高拳に空中覇王翔吼拳。

これらを放って尚、意気軒昂。

 

仮想気力ゲージにはまだ余裕がある。

これぞ、修行の成果だな。

 

よーし、まだまだ行くぞぉー!

 

「飛燕疾風脚!」

 

 

* * *

 

 

戦況は乱戦。

俺はひとまず呂羽隊と合流し、主に金色を粉砕し続けている。

 

袁紹軍は、金色で目立つから旗が無くても余裕だな。

一方で公孫賛軍も、精鋭は白馬だから良く分かる。

袁術軍は金色モドキで、孫策隊は何となく南国っぽい気配があったりなかったり。

 

乱戦は乱戦だが、曹操軍に不利な気配はない。

金色はそこかしこで砕かれてるし、白馬は追い散らされてる有様。

誰に追い散らされてるんだろ。

 

ちょっと様子を見に行こうか、なっとぉ!?

 

ビュォオンッなんて凄い風切り音を鳴らしながら刃が通り過ぎた。

 

「ちっ、やっぱり避けるのね」

 

そこには、どこかで見たようなお姉さんが立っていた。

いつの間にか、金色は金色モドキへと変化していたらしい。

俺はそんな左方向へは動いてないから、金色モドキが動いてきたんだろう。

 

「ちょっと、聞いてるの?」

 

聞いてます。

 

「孫策か、久しぶりだな」

 

「ええ、お久しぶりね」

 

そう言うとジッと見てくる孫策さん。

おお、ないすばでぇ。

 

「何か用か?」

 

「……そうね。ねえあなた、私に仕えない?」

 

な、なんだってー!?

まさかのナンパ?

違うか。

 

しかし随分と唐突だな。

普通にリベンジかけてくるもんだと思ってたが。

とは言え、如何ともし難い。

 

「仮にも、曹操軍に所属する奴に言うことじゃないな」

 

行ってみたいし勧誘は嬉しいけど、ここで頷いたら曹操様にちょんぱされてしまう。

何を?

首だったらマシなんじゃないかな。

 

「そう、残念ね」

 

「ああ、残念だ」

 

この戦いが終わったら、とか言いたい。

でも、どこでだれが聞いてるか解らないから言えない。

 

壁に耳あり障子にメアリー。

ここ戦場だから壁なんてないし、日本じゃないから障子もないけどね!

 

ともかく、残念ながら断るしかなかった。

そうすると、彼女と俺はただの敵味方でしかない。

 

「無理矢理にでも、連れて行こうかしら?」

 

ググッと力を込める孫策さん。

まあ、こうなるよね。

俺としても手合せは願ってもない。

 

が、ここが戦場であることを忘れてはならない。

 

「韓忠。隊を率いて張遼のとこへ!」

 

孫策さんと戦うと、色んなものが巻き添えになっちまう。

ちょっと先で、張遼が金色モドキを粉砕してるのが見えた。

呂羽隊の安全策も兼ねて、ここらで点数稼ぎでもしておこう。

 

「へえ、いい覚悟ね」

 

どう致しまして。

ただ、言いながらペロリと舌なめずりするのは止めて頂きたい。

 

「さあ、かかって来い!」

 

「言われずとも!」

 

 

 




・超覇王至高拳
使用者はタクマ、と言うかMr.カラテ。
覇王至高拳を三連続で撃ち出す大技。
元々はMAX版龍虎乱舞の締めで使われていました。

もう50話ですって!
本当は48話で放浪編(仮)を終えたかったのですが、間に合いませんでした。
放浪編が終わる辺りで、年内の更新を締められればいいなと思っています。


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51 真・天地覇煌拳

「はぁぁぁっっ」

 

「おらぁっ!」

 

戦場に響く干戈を交える音。

そして雄叫び。

 

孫策が振り回す刃を、紙一重で避けて行く。

時々だが、薄皮一枚くらいが斬られている。

そして、少しだけ出血。

 

「あははははっ」

 

孫策さん、ハイテンション。

血を見せたのがいかんかったのか、何だか目がヤバい。

 

呉の人、この辺りに呉の人はいませんかー!?

 

「はあっ」

 

「せい!」

 

返り血を浴びさせてはいけない。

身体に巡らせる気を最充填。

 

ガキンッ

硬気功で刃を受け止める!

腕から、まるで硬いものを斬ろうとしたかのような音がした。

 

「なっ!?」

 

目を真ん丸にして驚く孫策さん。

ふはははは。

初見では驚くだろう。

その表情、実にいいですね。

 

「極限流は常に死闘をくぐり抜けて鍛えられた技。負けはしない!」

 

刃にだって負けはしない!

気が昂って、つい煽ってしまった。

 

い、いや。

このくらいなら煽りに入らないハズ…。

 

「あはははは!いいわねぇ。ええ、実にいいわ!」

 

あ、何かスイッチ入った?

 

「何が何でも、貴方を降して連れ帰りたくなっちゃった」

 

「出来るもんならやってみろ!」

 

「ええ、行くわよっ」

 

売り言葉に買い言葉じゃないが、ついつい出ちゃうんだ。

仕方ないんだ。

だって戦闘中だもの。

 

「虎煌撃!」

 

「なんの!」

 

足元の土を散らすが、気にせず迫って来る孫策さん。

脇目も振らず攻め込んでくるから隙が出来そうなもんだが、なかなかどうして。

その辺はしっかり冷静なのか、あんまり隙が見えてこない。

流石だな。

 

それでもゼロではない。

時折、足掛け蹴りなどで牽制してる。

 

「前の時みたいには行かないんだからねっ」

 

そう言いながら横一線に薙いで来る。

ヒュオーンと良い音させながら。

 

避けるために仰け反りつつ、反撃。

 

「虎咆疾風拳ッ」

 

「せいっ」

 

俺の拳と孫策の刃がランデブー。

普通ならば、当たり前だが血の花が咲く。

しかしそこは極限流。

 

受け止めた腕と同様、気を纏った俺の拳は並みの刃にも勝るのだ。

 

ギャィンッと刃同士がぶつかったような音。

流石にもう孫策は驚かない。

むしろ良い笑顔だ。

 

孫策さんが楽しそうで何よりです。

俺も結構楽しい。

戦場でなけりゃ、もっと良かったんだが。

 

負けるつもりはないし、引き分けに持ち込む努力も違う気がする。

よって、全力で勝ちに行こう。

 

龍虎乱舞のリベンジでもいいが、せっかくだから一撃で決めたい。

 

そう思い定めて、一歩下がってフッと息を吐く。

 

「ッ?させないわよ!」

 

何かを狙っていると思われたのか、より激しくなる攻撃。

正解です。

でも、連合の時とは違うよ。

 

孫策の連撃を捌きつつ、時折横蹴りで牽制も放つ。

 

同時に上半身に気を集約。

さらに殊更ゆっくりと、右腕を腰元に引きつけて…。

 

「はあっ!!」

 

孫策が放った上段打ち下ろしを、見切った上で左腕で受け止める。

……今!

 

真・天地覇煌拳

 

「一撃、必さぁぁーーっっつ!!!」

 

思い切り気を乗せた右拳を、思い切り引き絞ったところから。

しかも思い切り、右足を一歩踏み込んで繰り出した。

 

「っ!?」

 

流石は孫策。

一瞬で脅威を悟り、全力で後ろに跳んだ。

が、少し遅い。

 

気を乗せたお陰で、力学なんて無視したスピードを出せる正拳突き。

まあ細かいことは気にしないでいいだろ。

とにかく、凄い突きが出て孫策を吹っ飛ばしたと言う事実があるのみだ。

何かをぶち抜いたような爽快感もある。

 

突き出した右腕を戻し、若干の残心。

うむ、いい技だった。

 

さて、孫策に通ったダメージは……。

 

「…くっ…ぅ…」

 

うむ、まあまあかな。

膝立ちだが、すぐに立ち上がることは出来なさそうだ。

 

前回はここで煽って踵を返したのだが、今回はどうするかな。

孫策を仕留めても意味はないので、無視してもいいのだが。

 

とりあえず、虎煌拳の構えをとっておく。

 

「させません!」

 

忍んで窺う気配があったので、誘ってみたら乗ってくれた。

確か周泰だったかな。

 

言いながら棒手裏剣のようなものを投げ付けられた。

予想していたので、簡単に構えを解いて弾いておく。

 

「み、みんめい…?」

 

「雪蓮様、ここは退きましょう!」

 

俺に向かって剣を構えて立ちはだかり、孫策に撤退を促す周泰。

図らずも良い頃合いだった。

 

……あ。

俺が孫策を倒しちゃったら、彼女の名声に傷がついたりするのかな?

呉のみなさんから恨まれる可能性もあったり?

 

周泰をじっと見詰めながら色々考えていると、ついっと冷や汗を流すのが見えた。

こっちも冷や汗を流してるよ、心の中で。

 

ふと、徐々に騎馬隊が近付いて来る音が聞こえてきた。

音のする方を見てみると、白い集団。

公孫賛?

 

「孫策、退け!」

 

「…雪蓮様!」

 

「ちっ、…ここは退くわ。貴方、この借りは必ず返すわよ…」

 

あれよあれよと言う間に、公孫賛が率いる白馬の群れに取り囲まれる。

正面には公孫賛。

その向こう側で、周泰に支えられた孫策が退いてくのが見えた。

去り際の孫策さんにめっちゃ睨まれた。

 

おお、いい感じに分断されてしまったなー。

 

それより公孫賛、さっき誰かに追い散らされてたような気がしたが。

気のせいだったのか?

 

「久しぶりだな。元気そうで何よりだ」

 

何はともあれご挨拶。

今は敵味方とは言え、何も含むものはない。

まあ基本、袁紹以外にはほとんどないんだけど。

 

「っ!」

 

え、挨拶したら辛そうな顔されたぞ。

 

ああ。

ひょっとして、まだ引きずってるのかね。

公孫賛に迷惑かけないためと称して、俺たちが抜けたこと。

 

相変わらず人が好いな。

 

「さて。思うところは色々あるが、ここは戦場。俺たちは敵味方だ」

 

「……ま、待ってくれ!」

 

それはそれ、と気持ちを切り替えて構えを取る。

が、慌てたように止められた。

何ぞ?

 

「実は、お前に謝りたくて…」

 

…公孫賛さんが良い人なのは分かったから!

でも、ここ戦場なのよ。

しかも袁紹と曹操様が戦う激戦地。

そう言うのは、戦後でもいいんじゃないかなぁ?

 

「今じゃないとダメなのか?」

 

「す、すぐ済むから!」

 

意外と押しが強いな。

まあ、すぐ済むならいいか。

 

「手早くな」

 

「ああ。……その、済まなかった」

 

……はい。

なるほど、すぐ済んだな。

 

「謝罪を受け取ろう。…で、もういいのか?」

 

「いや、違うんだ!本当はもっとこう、色んなことを……だな」

 

「おいおい、それじゃすぐには済まないだろうに」

 

苦笑しながら言うと、言葉に詰まって項垂れてしまう。

いやはや全く、なんだか調子が狂うな。

 

「それより、さっき誰かに追われてなかったか?」

 

「(ぶつぶつ)え?あ、あー…。いや、特には」

 

「む?何か急いで走り去ったのが見えたんだが」

 

「ああ。麗羽の隊を立て直すため、全力で走らせてはいたな」

 

ありゃ、本当に勘違いだったか。

しっかし袁紹のために頑張るなんて、流石としか言いようがない。

 

って、俺もこんなのほほんと喋ってる暇はないよな。

 

「ともかくだ、戦場で敵味方が出会ったならば、やることは一つ。違うか?」

 

「そう、だな。……仕方がない。それよりも、騎馬隊に単身で勝てるとでも?」

 

普通なら無理だな。

だが、極限流に不可能はない。

 

武器を持った騎馬隊が相手なら、覇王翔吼拳を使わざるを得ない!

 

 




激戦の後、倒れ伏した孫策。
止めだ!虎煌…
「やめて、お兄ちゃん!」
そこへ現れたのは周泰。
「その人は、その人は私たちの……」

なんて茶番が思い浮かびましたが、全体的にオカシイので投げ捨てました。
疲れてる時は危険がイッパイデス。

主人公と対戦するたびに吹っ飛ばされる孫策さん。
でも前回は龍虎乱舞、今回は真・天地覇煌拳。
初出の超必で敬意を表しているのですよ。


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52 飛燕鳳凰脚

公孫賛の騎馬隊が早いか、俺の覇王翔吼拳が早いか。

いざ勝負…、と行きかけたのだが。

 

「ご注進!袁紹軍が退いて行きます!」

 

「な、なんだとっ!?」

 

出鼻を挫かれたなぁ。

公孫賛の副長らしき奴が伝えてくれた情報は、中々の威力を持っていた。

 

袁紹軍が退く。

即ち、曹操軍の勝利に他ならない。

 

「…く、麗羽…っ」

 

真名を預け合った仲だからか、はたまた人が好いだけか。

今まで散々振り回されたであろうに、袁紹を心配する公孫賛の姿がそこにある。

 

「行くなら止めはせんよ」

 

そこが公孫賛の美点なのは間違いない。

嫌いじゃないぜ、そういうの。

 

「……分かった。また会おう、呂羽!」

 

暫し逡巡していたが、やがて顔を上げるや馬首を翻しながら叫んだ。

うんうん、行ってらっしゃい。

 

構えを解いた俺の周囲から、潮を引くように白馬が去っていく。

騎馬隊かぁ…。

ちょっと羨ましいかも。

 

自分で走った方が速いとは言え、体力の温存と言う利点がある。

結構魅力的かも知れん。

 

特に俺は、武器も防具も装備してない。

馬にとっても負担は少ないんじゃないかろうか。

まあ、戦闘用と考えると難しいだろうけどな。

 

「行かせて良かったのですか?」

 

などと考えていると、いつの間にか傍らに凪の姿。

白馬の姿は既に遠い。

もう追いつけないだろう。

 

「ダメだったかな?」

 

攻めるような感じではないが、何やら言いたげな視線を向けて来る凪。

何だろうか。

 

「……先日教えて頂いた、飛燕鳳凰脚と言う技」

 

……ああ!

物は試しと教えてみたんだった。

 

凪は蹴り技が得意だし、気を込めて駆け上がるとダメージの通りも良いと思う。

生憎と見る余裕はなかったが、どうやら成功したのかな?

 

「はい。偶々近くに袁術軍旗がありましたので、旗持ちと一緒に」

 

階段を駆け上がるかのように蹴り上り、最後は気を込めた踏み付けに近い蹴りを放ったとのこと。

哀れ袁術旗は、ポッキリとただの棒きれに成り下がってしまったらしい。

 

「そうか!いやぁ、凪も成長著しいなっ」

 

凄い凄いと褒めちぎってみると、満更でもなさそうな表情。

若干頬も赤いし、照れも入ってるかな。

その顔、実に眼福なり。

 

「っとと、リョウ殿。追撃をしなくては!」

 

おっと、そうだな。

ゆったり喋ってる暇はない。

…ちょっと前も同じこと思った気がする。

 

「では、また後ほど!」

 

そう言うや、凪は走って行ってしまった。

結構な時間が経過してるはずだが、尚も意気軒昂。

これも修行の成果と言えるだろう。

 

さて、俺も進むとしよう。

袁紹軍はともかく、公孫賛や孫策が気になる。

特に公孫賛が。

 

 

* * *

 

 

袁紹軍は壊乱。

ある意味支柱だと思われた、田豊の軍勢は見当たらない。

整然と退いたか、またも別働隊を指揮していたのか。

 

いずれにしろ、袁紹は撤退した。

連合軍の主将たる袁紹が居なければ、同盟軍たちはどうしようもない。

 

袁術軍は引き揚げにかかっているし、孫策隊も同じく。

公孫賛軍もパッと見ではもう居ない。

 

これからは残党狩りになる。

少なくとも、曹操様の本隊は袁紹の本拠地までは進軍するだろうし。

 

俺も従軍するが、ちょっと端の方を進んでみようと思う。

公孫賛が気になる。

あるいは、近くに袁紹も居るかもしれない。

 

もし見付けたら、袁紹は曹操様に引き渡すことになるだろう。

公孫賛しかいなかった場合は、まあそこまでする必要はないかな。

 

「隊長」

 

追いかけて来た呂羽隊が合流。

韓忠も奮戦したようで、腕やら肩やらが破れかかって白い何かが……。

 

「斥候を出して、白馬を見つけたら知らせてくれ」

 

「御意。公孫賛殿ですね」

 

そう、あくまでも探すのは公孫賛。

袁紹はもう終わりだろう。

 

そう言えば、袁紹たちは劉備ちゃんのとこに逃げ延びるんだったかな?

悪運は強いらしいし、十分有り得るか。

 

ま、それならそれでいい。

恐らく一緒に居るであろう、文醜ともう一人もそれなりに腕も立つし。

多少は役に立つこともあるだろう。

 

そんなことより公孫賛だ。

何かと苦労性な彼女の行く先が気になる。

 

袁紹・公孫賛連合は、対等同盟なのは表向き。

実質は、田豊の計らいで公孫賛が生き残ったに過ぎない。

その袁紹が衰退すればどうなるか。

 

公孫賛が単独で曹操様に勝てるだろうか。

普通に考えて無理だ。

国力でも劣るし、言っちゃ悪いが格が違う。

 

何とか助けたいものだが…。

 

「隊長!少し先に白馬が見えますっ」

 

考えながら移動していると、斥候に出してた隊員から報告あり。

白馬の群れ、公孫賛が居るようだ。

 

「よし、ゆっくり近付くぞ」

 

 

少し進むと、確かに先程見た白馬の一軍が屯っていた。

公孫賛も居るようだ。

撤退した訳じゃなかったんだな。

 

おっと、先方も気付いたか。

武器を向けるでもなく、こちらを出迎える構えだ。

戦闘に発展する気配はない。

それでも一応、気は抜かないようにしないとな。

 

「…呂羽か」

 

公孫賛が出てきた。

疲れた表情をしている。

 

「公孫賛。袁紹と一緒か?」

 

「いや、麗羽は別の方向へ逃げたようだ」

 

他の将なら嘘かも知れないと勘繰るところだが、素直な彼女にそんな芸当は出来ないだろう。

若干失礼な感想を抱きつつ、ならばと続ける。

 

「袁紹軍は退き、袁術軍や孫策も去った」

 

分かっているだろうが、念のため状況を説明。

このままだと、袁紹に加担した公孫賛も攻められることになる。

 

「これからどうするんだ?」

 

彼女に残された道は、曹操軍に降伏するか幽州に戻って徹底抗戦すること。

はたまた益州か涼州、あるいは揚州に落ち延びるかくらいだろう。

 

但し、抗戦しても勝ちの目は薄い。

涼州も、遠からず激戦区になることだろう。

 

いずれにしろ、その意思は尊重したいと思っている。

思っているんだが…

 

「呂羽、私はどうすれば良い?」

 

逆に聞かれても困るんですよー?

立場上、降伏を促すことくらいしか出来ないし。

 

「公孫賛様、これ以上の抵抗は益がありません。降伏なさいませ」

 

思い悩む俺を見かねてか、韓忠が代わって進言してくれた。

そうだよな、そう言うしかないよな。

 

ただ、降伏したとて幽州は没収されるだろう。

どこぞの太守には収まれるかも知れないが…。

 

俯き悩む公孫賛を痛ましげに見やる。

やがて、彼女は苦悩のままに顔を上げて言った。

 

「分かった。…呂羽、私はお前に降伏する」

 

「…そうか、分かった。本隊にはこちらから伝えておこう」

 

韓忠に目配せすると、頷いて早速使者を手配していた。

 

「公孫賛様。幽州の領国にも使者を出した方が良いかと」

 

「ああ、そうだな。やっておこう」

 

続けてされた助言にも、公孫賛は素直に頷く。

すっかり憔悴しているな。

 

「ひとまず、俺たちと一緒に来るか?」

 

「…ああ。そうさせて貰おう」

 

俺は客将とは言え、曹操軍の将の一人。

一緒に居れば危険は少ないだろう。

少しの間だけでも、ゆっくり休んで欲しい。

 

「…呂羽」

 

「何だ?」

 

「済まない」

 

「謝罪は先ほども受け取ったが」

 

「ふふ、そうだったな。じゃあ、ありがとう」

 

ここで、ようやく少しだけ笑みを見せてくれた。

戦場だし、何かと気負いの過ぎる奴だからなぁ。

 

「呂羽」

 

次は何かな?

 

「私のことは白蓮と呼んでくれ」

 

うぇーい!?

それって真名だよな。

何でまた突然。

 

「謝罪と感謝の気持ちだ。是非、受け取ってくれ」

 

弱々しく笑いながら言ってくる公孫賛。

そんな姿見せられちゃ、断れないよなぁ。

 

「分かった。俺の真名はリョウ。預かってくれ」

 

そう言うと、公孫賛もとい白蓮はキョトンとした表情になった。

何時ものアレだね!

心のメモに追々記だ。

 

「え?呂羽がリョウ……え?姓名と真名が……、ホントに?」

 

「判り易いだろ?」

 

ドヤァ!

 

一連のやり取りを黙って眺めていた韓忠だが、その視線は途中から俄然厳しいものになっていた。

ま、まさか最後のドヤ顔が気に食わんかったのか!?

 

 




・飛燕鳳凰脚
誰かが使えと囁いたので。
使用者はユリ。
突進後、踏み付け連打しながら駆け上がり、大きく跳躍する超必殺技。
飛燕と鳳凰、どっちなんだと言う疑問があったりなかったり。

官渡の戦いのようなものが概ね終わりました。
放浪編(仮)も次回で終わる予定です。

公孫賛と真名を交換しました。やったね!


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53 虎仙蹴

曹操様に公孫賛の降伏と保護を伝えると、使者が戻ってきて言われた。

とりあえず街に戻っておけと。

 

伝令に従い街へ戻ると、北郷君と典韋、それに見知らぬ女性…少女?に出迎えられた。

 

「呂羽さん、お帰りなさい!」

 

北郷君と典韋は笑顔で迎えてくれた。

一方で、見知らぬ少女にはじぃーっと見詰められている。

 

まあ知ってはいるんだよ、実際に会うのは初めてだけど。

今まで余り気にしてなかったけど、曹操軍だから居ておかしくないよな。

なんで会わなかったんだろ。

 

「ただいま。ところで、そっちの人は?」

 

「どーもー。風は、程昱と申します~」

 

「別働隊を退けるのに協力して貰ったんだ。本当はもう一人いるんですけど」

 

「そうなのかー。初めまして、俺は呂羽と言う。宜しくな!」

 

ちょっとフレンドリーに話しかけてみた。

再びじぃーっと見詰められる。

常からジト目っぽい感じで居るみたいだし、まあ何考えてるか解らんな。

 

と、やおら目を閉じて…

 

「……ぐぅ」

 

ね、寝たぁーー!?

 

「わわ、風さん。起きて下さい!」

 

典韋が慌てて起こしにかかる。

おお、どこか懐かしくも新鮮な遣り取り。

 

この不思議少女が軍師・程昱なのは良く分かった。

なので、職責を果たすとしよう。

 

「それで北郷君。こちら、降伏した公孫賛」

 

「公孫賛だ。リョウに降伏したので、宜しく頼む」

 

「あ、どうも。北郷です」

 

「とりあえず、俺が預かってていいんだよな?」

 

「はい、お願いします」

 

曹操様たちが帰ってきて、正確な処置が決まるまでは呂羽隊で預かることになっている。

それは白蓮も了解してくれた。

 

ちなみに、白蓮は戦場に連れて来た兵のうち、精鋭の白馬隊だけを連れて来た。

他は曹操軍に組み込まれたり、事後処理のために一旦幽州に戻ったりしてるらしい。

その辺り、細かいことは打ち合わせも含めて全部韓忠がやってくれた。

ホント、偉大な副長殿には助けられてるよ。

 

その韓忠だが、何となく機嫌が悪い。

仕事はちゃんとしてくれるし、白蓮たちとも普通に喋ってるんだが。

 

白蓮が降伏したのは、韓忠が言ってくれたのだから問題ないはず。

でも、街への帰路では既にご機嫌斜めになっていた。

 

その間にあったのは、白連と真名を交換してドヤ顔したくらいだ。

ドヤ顔がうざかったのかとも思ったが、別に初めてする訳でもない。

 

と、いうことは……。

白蓮と真名を交換したのが気に食わない、とか?

それはないと思うのだが。

 

と言う訳で直接聞いてみた。

そしたら何故か、韓忠と試合することになったよ!

なんでやねーん。

 

 

* * *

 

 

部隊の奴らには休息を取らせることにして、練兵場にやって来た。

白蓮に北郷君、典韋と程昱も一緒だ。

そこに、もう一人。

 

「郭嘉と申します。呂羽殿の噂はかねがね…」

 

鼻血ぶーの人だ。

おっと失敬。

 

ふむ、この軍師二人はこの辺で加入するのだったか。

道理で見かけ無い訳だよ、なるほどねぇ。

 

それより、どんな噂か凄く気になる。

 

「噂の内容ですか?そうですね、気功の達人にして徒手空拳で戦場を駆け回り…」

 

あれこれと教えてくれたが、総括すると妖怪・旗折りみたいな感じだった。

間違っちゃいないが、第三者から言われるとちょっと…。

 

あと、横で聞いてて思い切り噴出した北郷君は後で実践組手な。

 

「では隊長。宜しいでしょうか」

 

「ああ、悪いな。それじゃあ始めよう」

 

 

 

「虎仙蹴!」

 

踏み込んで、炎のように見える気を纏った膝蹴りを繰り出す。

次いで上段回し蹴りに繋ぐ。

 

対して韓忠は、

 

「烈風脚ッ」

 

中段前蹴りと上段蹴りを繰り返したのち、上段回し蹴りに繋げて相殺。

鋭さは中々のものだが、上半身を使えてないのはマイナスポイントだな。

せっかくの得物である鉈が全く活きてないぞ!

 

しかしそれでも、その向上心には目を瞠るものがある。

竜巻蹴りに毒撃蹴、今回の烈風脚など独自の技を開発しているのだ。

 

「はあっ」

 

鉈と蹴りの連携も悪くはないが、もっと工夫の余地はあるだろう。

どこかの世界には、空手とブーメランが同居する流派もあることだし。

いや、あれと一緒にしちゃいかんか…。

 

振り下ろされる鉈を防ぎながら、色々と考える。

凪もそうだが、噛み合う攻防ってのは楽しいもんだ。

華雄姉さんや夏候惇と言った、当たれば痛いじゃすまないような対戦も心躍るがな。

 

ふと、力の夏候惇と技の夏侯淵と言うフレーズが頭を過った。

いつかこっそり北郷君に伝えてみよう。

以外とウケるかも知れない。

 

「隊長」

 

「ん?」

 

「今、余計なこと考えましたね?」

 

な!?

ば、ばれてる…だと…っ

 

「謝罪と賠償を要求します」

 

「す、すまない」

 

何故ばれたのかはともかく、まずは謝る。

考えてたのは事実だし、失礼なことでもあるからな。

 

「はい。後は賠償ですね」

 

え、そっちも?

と言うか本気かよ。

 

「もちろんです。まあ、過度な要求はしません。ただ……」

 

ごくり。

 

「ただ、真名を交換して下されば結構です」

 

心なしか小声でそうのたまう韓忠さん。

 

……ああーっ、なるほどね!

頭の中で何かが繋がった。

 

ご機嫌斜めだったのはコレか。

いや、無意識的に恋姫キャラ以外で真名のことを考えてなかった。

真に失礼仕った。

 

「そうだな、今まで苦労かけてるし…。よし、俺はリョウ。預かってくれ!」

 

「…はい。…私の真名は…──です」

 

どこか噛み締める様に、そして辛うじて俺だけに聞こえるようにポソリと言う。

うん、ちゃんと伝わったよ。

 

「これからも宜しくな!」

 

「はい」

 

あくまで冷静なのは変わらず。

だがそれでも、どこか晴れやかな表情をしているように見えた。

 

「さて、止めと参りましょう」

 

「え、まだやるの?」

 

何だか良い空気になったじゃない?

このまま解散しても良いと思うんだ。

 

「それでは観客の皆様に失礼ですよ」

 

…まあ確かに、途中から二人でゴニョゴニョしてただけだからな。

スッキリしたのは俺たちだけか。

 

「じゃあ、最後に大技と行こう。見事、受け切って見せろ!」

 

「御意!」

 

今まで彼女には虎煌拳など、通常必殺技しか撃ってこなかった。

普段は凪もそうだが、レベルの問題でな。

修行段階で行うには段階が至って無いと判断していたのだ。

 

だが今回は、敢えて使うとしよう。

新規二名へのお披露目も兼ねて、尚且つ成長著しい我が副長殿への敬意を込めて。

 

「いくぞ!」

 

ここは俺も初心に帰り、丁寧に気を練るとするか。

 

相手は鉈と言う武器を持っている。

武器を持った奴が相手なら、覇王翔吼拳を使わざるを得ない!

 

 

一旦静止し、軽く息を吐いて全身を弛緩させる。

気の流れを意図して両腕に集めつつ眼前で交差させ、軽く拳を握って深く溜める。

大きく息を吸いながら左右それぞれ脇の下に引き絞り、掌に集積して……。

 

右足を一歩踏み込みながら、両手を前に突出し解き放つ!

 

「覇王翔吼拳!!」

 

身の丈を越える巨大な気弾が前方へ撃ち出された。

さあ、どうする!?

 

我が副長殿は、避ける素振りも見せずに受ける構えを取った。

 

「無茶だ!」

 

北郷君や白蓮が声を上げるが、それでこそだ。

やがてオレンジ色の巨大な塊が彼女に迫り、着弾。

 

ズバァーンッと。

土煙が派手に舞い上がり、カランと鉈が落ちた音がした。

 

どうかな?

 

土煙の向こうには、防御の姿勢で固まる姿。

ふむ、概ね耐え切ったが流石に無事とはいかなかったか。

 

気の流れは乱れ、ガス欠の様相。

全力で防御に費やしたんだな。

今は、それで正解だ。

 

「…流石です、隊長…」

 

一言告げると、膝から崩れ落ちた。

ああ、勢い余って上着が弾き飛んでしまってる。

 

「そっちもよく耐えたな。見事だったぜ」

 

意識を失った副長に上着を掛けてやりながら、労った。

何かと得るモノの多い試合だった。

 

 

ところで北郷君。

彼女の下着を見たのかね?

宜しい、ならば裏庭だ。

 

 




終わりませんでした!
いや、つい幕間的なものがエキサイトしちゃいまして。

今回で通常の必殺技は、大体全部出し終えたと思います。
百列びんた以外。
残りは超必殺技と特殊技、連携技あたりでしょうか。

密かに韓忠さん、一人称初登場。
あと真名を交換しました。やったね!


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54 氷柱割り

曹操様たちが街へ凱旋してきた。

北郷君が出迎えに向かい、俺は白蓮と共に謁見の間で待っている。

 

「白蓮、大丈夫か?」

 

「あ、ああ。だ、だ大丈夫だっ」

 

全然大丈夫じゃない。

やたら緊張してる。

 

降伏後に曹操様に会うのは初めてだから解らんではないが、少し落ち着け。

俺だって居るんだから大丈夫だよ。

 

「そ、そうだな。リョウがいるんだ、うん。…ふぅ。よし、落ち着いた」

 

早いな!

いやまあ、落ち着いてくれたなら良かったよ。

 

 

そうこうしてるうちに、曹操様が北郷君たちと一緒にやって来た。

 

「呂羽、良くやったわ」

 

「どう致しまして」

 

公孫賛が降伏したお陰で、仕上げの戦いが楽になったと言う事らしい。

他の袁紹軍残党はまだ完全には片付いてないらしいし、比較されて殊更好印象になった模様。

 

「公孫賛。貴女の降伏を正式に認めましょう」

 

「感謝する」

 

曹操様は大層満足げなご様子。

ふう、どうやら問題なかったようだな。

胸を撫で下ろす。

 

「それで、貴女の処遇だけれど…」

 

「済まない。ちょっと、いいか?」

 

「あら、何かしら?」

 

処遇の話になった途端、白蓮が遮って発言を求めた。

なんだろうね。

安心したので、ぼんやり聞いていると。

 

「私はリョウに降ったんだ。今後は、リョウと行動を共にする」

 

白蓮の口から、そんな宣言が飛び出したことに反応出来なかった。

曹操様はもちろん、他の諸将たちの表情もピクリと動く。

慌てて声をかけるが。

 

「ちょ、白蓮……」

 

途端、場の視線を一身に集めてしまう俺。

わぁ、恥かしい。

…じゃなくて、今度は何だ一体!

 

「リョウ、私は事実を言ったまでだぞ。お前も認めてくれたじゃないか」

 

え、そう…だったっけ…?

 

「へえ……、そう言う事。随分と手が早いじゃない?」

 

ニヤリとしながら仰る曹操様。

お顔に浮き出た、そのおこ印は無視して良いですか?

 

それよりも、異議あり!

手が早いとか、そういう表現は被告の人間性を著しく損耗…

あ、凪までそんなジト目でっ

 

「相変わらずやってくれるな、呂羽」

 

夏侯淵さん、久しぶりに激おこ状態ですかね。

クールビューティがただの冷気になってますよ。

 

「まあ呂羽の件は置いておいて、話を進めましょうか」

 

永遠に忘れていて欲しい。

言ったら火に油だろうから黙っておこう。

 

「公孫賛。呂羽の下に付くと言うことは、太守には戻れないわよ」

 

それでもいいのかと厳しい目付きで問い掛ける曹操様。

対して白蓮も、一国を差配した経験者らしく堂々と答えた。

 

「構わない。既に決めたことだ。何より…」

 

「何?」

 

「少しの間だったが…、この街や、周辺を見て回った」

 

白蓮はそう言い、北郷君たちの方を見ながら続ける。

 

北郷君が隊長を務める警備隊などのお陰で、治安は素晴らしい。

曹操様たちに任せれば、自分の居ない幽州も良い土地になるだろう、と。

 

そして、だからこそ自分の地位や、太守にはもう拘らないのだと締め括った。

 

……凄いな。

ここまで、白蓮の人間性が大きく見えたことはない。

一皮剥けた、っていうのかな。

それが敗戦の後だって言うのが少し残念ではあるが。

 

曹操様は白蓮を真剣な眼差しで鋭く見詰め、やがてふっと表情を緩めた。

それに合わせて、緊張していた場の空気も弛緩した。

 

「いいでしょう。覚悟を持つ者を、私は支持するわ。但し!」

 

そう言いながら何故か俺を睨む曹操様。

なんでしょうか。

 

「ガッカリさせないでよね?」

 

あ、はい。

 

「当たり前だ!」

 

あ、白蓮が答えるんだ。

 

何か知らんが、ホント強くなったな。

ほどほどの侠気と勇気を持ち合わせるって言われてたのが嘘みたいだ。

めっちゃ勇気あるやん。

 

俺にその勇気を分けてくれ!

 

袁紹が倒れた今、俺は当初の予定通り曹操陣営を離れようと思う。

それを今、ここで宣言しよう。

 

 

* * *

 

 

「じゃあ、まずは季衣からね」

 

ここは練兵場。

周囲には曹操軍の人員が勢揃い。

 

曹操様の下を辞去する旨、宣言したところ。

全員と戦って勝てば許す。

そんなことを言われた。

 

なぁに、ただのお別れ会ですよ。

 

但し、全ての将と一対一で戦い続けて全てに勝たねばならない。

しかも今日は張遼と李典が居ないので、複数日に渡って開催される。

 

これってイジメ?

それともご褒美?

 

どっちも有り得るから困る。

 

「リョウ。頑張れ!」

 

「隊長、良いモノ魅せて下さい」

 

白蓮と由莉が応援してくれている。

あ、由莉ってのは韓忠の真名な。

 

真名は交換したが、人前では呼んでほしくないそうで。

よって、基本的に二人の時とモノローグ以外は副長と呼ぶことにした。

由莉も俺のことは隊長と呼ぶ訳だし、丁度いいかなと。

 

 

そんな訳で二人の応援を受けて、次々と将を撃破。

許緒から始まり、夏候惇、夏侯淵、典韋。

別の日に張遼と李典、そして于禁。

 

他にも曹仁や徐晃、韓浩などともやったが連戦連勝だぜ!

まあ、本気の本気だったのは許緒と夏候惇、張遼くらいだったからな。

 

そして今、俺は北郷君と対峙している。

 

「なんで俺まで!?」

 

「北郷君、君がいけないんだよ。君が……まあいいか、さあ構えろ!」

 

「特に理由ないじゃないですかーっ」

 

何故ばれたし。

 

まあまあ、いいじゃないか。

最近は、避ける技術も中々に向上してると思うぞ。

 

そして北郷君が上手く避けるのを良いことに、徐々に難易度を上げて行った。

 

「氷柱割りィ……ハァッ」

 

北郷君は木刀で受け止めようとするが、それは悪手だぜ。

ガションと木刀を圧し折り、そのまま唖然としてる北郷君にメリッと当たる。

安心せよ、みねうちじゃ。

 

倒れ伏す北郷君に、李典と于禁及び典韋が介抱に向かうまでがワンセット。

よし、ノルマ達成。

押ォ忍!

 

 

そんで次はー……あぁ、凪か。

 

「宜しくお願いします」

 

声は静かだが、並々ならぬ覚悟が宿っているのが知れる。

曹操様よりトリを任されたらしく、今日までじっと我慢していたようだ。

 

何を?

激情を。

 

それを今、俺にぶつけようとしているのだった。

激情の中身?

多分、真名に関係することじゃないかな。

 

「私は特別ではなかったのですか……」

 

なんて恨み事を、直接は言われてないが伝え聞いた。

真名という括りでの特別ではなかったのだが、言葉を尽くすにはもう遅い。

落ち着かせるために、まずは全力で組み伏せるしかない。

 

 

「そんな精神では、何度戦っても負けるのがオチだぜ!」

 

やはり凪の強さとは、真摯に向かい合うことにあると思うのだ。

激情に突き動かされていては、勝てるものも勝てなくなる。

 

俺は今、まさに凪を組み伏した状態にある。

むぅーっと睨まれているが、激情は霧散したようだ。

 

代わりに後方、具体的には由莉から殺気が集中している。

…まあ、そっちは後で考えよう。

 

「凪が特別なのは変わらないぞ。真名の交換は、それとは別のことだ」

 

確りと目を見て、フォローと弁解を試みる。

間違ってたら赤っ恥だが、多分大丈夫だろう。

 

すると、ボンッと凪が真っ赤になった。

あれ、前も似たようなことがあったような。

 

「ちょっと呂羽。衆人環視の中でなんて、凪が可愛そうでしょ?」

 

そんなところに曹操様登場。

止めてくれるのは有り難いが、何か言い方が……。

 

周囲の視線も冷たいし。

特に夏侯淵と典韋、そして程昱の冷たさが酷い。

程昱はいつも寝てる癖に、何で今だけ起きてるのか。

 

なんて思いつつ、凪の手を取って起こしてやる。

 

「大丈夫か?」

 

「はいぃ…」

 

あ、凄く女の子っぽい。

リョウさんがイイネと言っています!

 

「よし呂羽、もう一勝負と行こうか。但し、貴様は動くな」

 

断じて断る。

 

「さて、呂羽。見事に勝利してのけたわね」

 

ええ、まあ。

実は大トリに曹操様、とか予想してるんだけど。

 

「最後に私と踊って貰おうかしら」

 

やっぱりかぁーーーっ!!

 

 

* * *

 

 

後日、俺たちは曹操様の下を辞して旅立った。

 

曹操様との戦いの結果?

…あれは、ダンスだ。

いいね?

 

「隊長。目的地は、揚州で良いのですか?」

 

「涼州や益州と言う案もあったようだが」

 

連れ立つのは、由莉が率いる呂羽隊。

そして白蓮が率いる白馬義従だ。

 

「よし、じゃあ向かう先は──」

 

 

 




53話誤字報告適用しました。年の瀬までありがとうございます。

長くなりましたが、今回で「放浪編」は終了です。
次回から「  編」が始まります。

なお、年末から明けて一月も忙しくなる見込みです。
よって、次回の更新は2017年1月中の予定とさせて頂きます。

それでは皆様、良いお年を!


ところで、袁と哀って似てますよね。


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55 百烈びんた

曹操様の下を辞した俺たち。

今は意気揚々と南下している。

 

そう。

目的地は、何の捻りもなく揚州とした。

 

曹操様には目的地を告げてないが、まあ益州か揚州と思われてるんじゃないかな。

普通に考えれば、劉備ちゃんたちが向かった益州になるんだろうけど。

 

差し当たり、まずは孫呉の興隆を見届けたい。

益州にはその後、機会を見て行くことになるだろう。

 

あと涼州は、正直食指が動かなかった。

白蓮が騎馬と言う観点から馬一族に興味を持っていたようだが、強く主張することは無かった。

遠いしね。

 

まあ俺も、多少は興味があるぜ。

けどそれも、平和になったら華雄姉さんたちと一緒に旅行で行ってみたいと思う程度だ。

 

 

そして揚州へ向かう道すがら。

ゆっくり過ぎるのは色んな点から問題だが、特別急ぐ必要もない。

だから呂羽隊と白馬義従の連携を確認したり、由莉や白蓮と組手をしながらの移動となっていた。

 

 

「はぁーっ」

 

「そう!そこで上手く、相手の胸倉を掴んでだな…」

 

今は由莉を相手に、技の伝授を試みている。

例によって極限流に武器はないので、足技以外は素手状態でのものになる。

武器を使ってのアレンジ云々は、後々本人に任せることにした。

 

地面を滑るように相手に近付き、胸倉を引っ掴んで往復びんたを食らわす技。

本当に極限流の技だと胸を張って言えるか、なんて言われると少し悩むところだ。

 

「百烈びんたか……。こりゃまた痛烈だな。ところで、びんたってどういう意味なんだ?」

 

微妙に悩んでいると、白蓮から訊ねられた。

そういや確か、びんたって割と新しい日本語の、しかも俗語が元だったっけか。

こっちじゃ伝わらないのかー。

適当に張り手云々と流しておく。

 

「しかも、別に百烈でもないですね」

 

「そう言うな。まともに入れば、普通に殴るよりも強烈なんだから」

 

仮にも極限流空手師範代の使う技。

ただの往復びんたな訳がない。

 

地面を滑るように近付く歩法には勿論、掴む腕、張る掌。

全てに上手く気が込められているのだ。

 

それこそ、場合によっては相手を昏倒させることだって可能だ。

相手が武器を持っていた場合、どう抑えるかが問題だが。

 

まあ、細かいことはいいんだよ!

 

そう伝えると、由莉からはジトっとした眼差しを。

白蓮からは苦笑を送られるのだった。

 

「ほ、ほら。次は白蓮。打ち合うぞ!」

 

「うん?ああ、分かった。宜しく頼む」

 

 

* * *

 

 

鍛錬をしつつも行程は順調。

そろそろ揚州に入った頃だろう。

 

斥候を放って、ちょくちょく様子見しながら進んでいるんだが。

まだ何も引っかからないな。

 

風の噂では、孫策が袁術から独立云々と聞いたんだが。

具体的な時期とか知らんからなー。

 

まあ、表現は悪いが行き当たりばったりでいいだろ。

なんてぼんやり考えていると、隊員の間で少し慌てるような気配。

 

「隊長…」

 

おっと、由莉が真剣な表情だ。

白蓮も居るし、こりゃ何かあったかな。

 

 

「リョウ。斥候が戻ってきたが、どうも少し先に軍勢が居るようだ」

 

「ほう。旗は?」

 

「紀、とあるようですが」

 

……誰?

 

「袁術の軍かな?」

 

「恐らく。…確か、袁術の配下に紀霊という将がいたかと」

 

相変わらず博識で頼もしい副長だ。

 

いやしかし、紀霊とな。

きれい、キレイか…。

どっかの邪悪な愉悦師を思い起こす名前だが、こっちでは知らないなぁ。

 

蹴散らしていいかな。

 

「ふーむ。まずは様子見か?」

 

「それが良いかと。隊長、すぐに人員を…」

 

あら、久しぶりに暴れられるかと思ったがまだダメらしい。

 

そりゃそうだよ、ちゃんと確認しないと。

孫策軍だったら目も当てられない。

いや、そうでもないか?

あ、やっぱりダメか。

何だかごちゃごちゃしてきたぞー。

 

隊を率いる者として、一旦落ち着かねば。

 

「じゃあちょっと行ってくる!」

 

「隊長?」

 

「行くって、どこに行くんだ?」

 

「いや、せっかくだから斥候に…」

 

「「はっ?」」

 

 

怒られた。

 

 

結果として、謎の紀軍は散々に撃破。

斥候からの報告で、奴らが略奪をしていたと分かったからだ。

 

政治的な思惑やらその他諸々、問題が色々出る可能性もあったが、今の俺はただの旅人。

細かいことは知らん。

それよりも罪なき村々から略奪するなんざ、断じて許せねえ。

ぶん殴ってやる!

 

という建前を叫んで蹴散らしてやった。

まあ建前とは言え、本心でもあるから問題ないだろ。

ただ、殴り散らしたいと言う欲求の方が強かっただけで。

 

ともあれ略奪していた物資を取り戻し、奪われた村々へ届けることに。

物資は魅力的だが、ネコババしたら一味だもんな。

 

訪ねた村々では、小なりとはいえ見慣れぬ軍勢がやって来たことで戦々恐々としていた。

 

宥め透かして落ち着いたのは、事情を話して物資を戻して漸くといったところ。

中には破壊された箇所もあったので、修復を手伝ったりして慰撫に務めた。

ある程度は気を許してもらえたかな。

 

別に長居するつもりはないし、完全に心を開いてもらう必要はないのだが。

それでも常に恐れられっぱなしとか、敵愾心に満ちた状態なのは頂けない。

身に覚えのないことなら尚更だ。

 

そうした努力の結果、幾つか情報を得ることが出来た。

 

村々を襲った軍勢ってのは、やはり先ほど蹴散らした袁術配下の奴らだったようだ。

この辺りは袁術の勢力圏だったが、最近は斜陽で駆逐されつつあると。

 

袁術と言うと、先ごろ袁紹に援軍として派兵していた。

そこには孫策もいたな。

曹操様にズタボロに打ち破られ、袁家の旗は地に落ちた訳だが。

 

そんな頃、孫家の当主・孫策は援軍として赴いていたが、留守居の衆が隙をついて独立。

派兵された袁術軍も撤退中に孫策に襲われたらしく、勢力の衰退が急速に進行中らしい。

 

まだ完全には駆逐されてないようだが、巻き返しを図る袁術軍は非道を行う。

例えば今回のように、勢力圏の村から略奪するとかで風評と規律の低下に歯止めが掛からない。

完全に駆逐されてしまうのも、時間の問題だろうな。

 

「これは、中々良い折りに駆けつけることが出来ましたね」

 

由莉が言う。

今回みたいに、袁術に組する勢力を削ぎ落として行く。

そして無辜の民を救う。

こうして良い風評を積み重ね、孫策軍への手土産とする。

 

確かにそういう道もあるだろう。

しかし…。

 

「うーん」

 

「む、あまり乗り気じゃないみたいだな?」

 

いや、どうにもしっくりこないんだ。

 

孫策とは戦場で二度戦い、いずれも退けた。

二回目の時には誘いも受けたが断っている。

断らざるを得ない状況だったのはともかく。

 

俺の欲求としては、孫策とはまた本気で戦いたい。

仲間になりたいとかは、今はあんまり…。

 

そこんところ、どうにか良い塩梅に折り合いがつかないものか。

なんて思うのだ。

 

「我がままですね…」

 

さーせん。

 

さてさて、どう動くとしようかねぇ。

 

 




お久しぶりです。
何とか一月中には間に合いましたが、中々に時間が…。
毎日更新は多分無理ですが、ぼちぼち進めようと思います。
完結まで、今しばらくお付き合い下さい。

そして、今回から揚州編が始まります。

シレッと百烈びんたを消化。
ご指摘により発覚しましたが、KOF12以降のロバ・タクマの必殺技が残ってました。
いつものように、ごり押しで消化に走ろうと思います。


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56 猛虎降脚蹴り

寿春。

かつては袁術の本拠であったが、今は既に過去の話。

孫権により落とされ、孫呉の拠点となっている。

 

 

「って聞いたんだけど、本当かな」

 

「誰に聞いたのですか?」

 

「さっきすれ違った行商のおっさん」

 

「まあ、商人は情報を持っているものではあるがなぁ…」

 

物資を差し戻し、概ね情報も出尽くした感のある村々から出立した俺たち。

 

街へ向かう途中、隘路の窪地で難儀していた商隊に遭遇。

助けを求められたので、情報の交換を条件にして応じたのだった。

 

 

「猛虎降脚蹴りッ」

 

窪地で車輪が引っかかっていた大岩を、気を込めた背面後ろ回し蹴りで吹っ飛ばす。

自然物を相手にするのは久しぶりだったが、難なく取り除けて良かった。

 

蹴りで岩が吹っ飛ぶのを見て、おおっと周囲がどよめいたのは少し気分が良かったな。

周囲の事を考えると、若干面映ゆい感じもしたがたまにはいいか。

 

彼らとは既に別れたのだが、お陰で色んな情報を得ることが出来たぜ。

まあ、大部分はいつも通り由莉が中心となって聞き出していたんだけど。

 

俺が手持無沙汰になって周囲の警戒と称してぶらぶらしている時、馬の世話をしていたおっさんと出会ったのだ。

かなり人が良さそうな風貌だったんで、ちょっと話をしてみようかなと軽い気持ちで近付いた。

ちょうど馬がいたから、馬の世話や態度の話題から世間話に入って行ったところ、先ほどのような話があったと言う訳。

 

由莉は冷静な表情だが、何かを考え込んでいる。

 

孫権が城を落したってのは、きっと留守居の衆を率いたってことだろう。

そして孫呉の拠点になってると言うことは、孫策たちもそこにいるのかね。

だとしたら、目指すはそこになるのか?

 

「じゃあ、寿春を目指すのか?」

 

「そう…あ、いえ……」

 

白蓮が尋ねるも、由莉の歯切れは悪い。

何か心配事でもあるのだろうか。

 

「その…。恐らく、孫策殿の本拠は建業かと思われます」

 

あらま。

確かにおっさんは拠点になったらしいとは言ってたけど、本拠地とは言わなかったな。

まあ、それならそれで問題ない。

 

「ですが、とりあえず寿春を目指しましょう」

 

しばらく黙考していた由莉が出した結論。

それは、建業を前にして目的地を変更するものだった。

 

「そっちの方が近いし、通り道ではある。しかし、何故だ?」

 

白蓮が問うが、俺も同じ疑問を持っている。

確かにここからならばそっちの方が近い。

無視して通り過ぎる必要はないし、先に立ち寄ることに問題はないんだが。

 

情報精査は任せているけど、理由は気になるよね。

が、しかし。

 

「まあ、ちょっと思うところがありまして」

 

なんてはぐらかされてしまった。

いいんだけど、珍しい反応だな。

 

「じゃあ、とりあえず寿春を目指すか」

 

「はい」

 

「わかった」

 

 

* * *

 

 

やって来ました寿春の街。

袁術の本拠地だったことはあるようで、かなりでかい。

今いる場所は、まだ街の外郭に過ぎない。

 

とりあえず、突然全員で入ったら警戒される恐れがある。

これまでもまあ、ある程度は警戒されてきてるんだがそれはそれ。

 

村々に対した時とは違い、人数も少しばらけさせてみよう。

差し当たり街に入るのは、俺が率いる呂羽隊のみとする。

白蓮は少し離れたところで様子を見ている。

 

そうした上で、由莉と隊員数名を連れて街へ入ってみた。

特に誰何されることもなく、すんなり入れたな。

 

どこからか鋭い視線が飛んできてるし、今も張り付いているようだが。

ともかく入ることは出来た。

 

隊員に合図を出して、それぞれ街へ入らせる。

白蓮も別の入り口から入っていることだろう。

 

さて、次にすることは何だろうか。

 

「物色ですかね」

 

まあ、そうなんだけど。

ちょっと表現が悪い気がする。

せめて偵察って言おうぜ。

 

改めて偵察がてら、俺は由莉と二人で街中をぶらぶらしてみる。

まあまあ広い街だし、隊員たちにも別のルートを頼んだ。

 

由莉と二人で街ぶら。

お、これってちょっとデートっぽい?

口には出さないが。

 

おっと、強い視線はこっちに来たようだ。

別の気配も隊員たちに付いて行ったが、こっちの方が圧倒的に強い。

 

えっと、確か周泰?

そんなのが居たような気がするね。

 

「あら、あなた……」

 

街の活気を観察していると、横合いから見知らぬ女性に声を掛けられた。

どちら様でしょうか。

 

どことなく孫策に似ているような、むしろ記憶にある孫権に似ているような。

この辺の人はこんな感じなのか?

 

「やっぱりそうだわ!覚えてないかしら、洛陽で一度会っているのだけど…」

 

えっ

こんな美人さん、一度会ったらそうそう忘れないと思うんだが。

 

あ、由莉。

そんな睨まないでくれないか。

特に心当たりはないからさ。

 

「まあ、あの時はバタバタしてちゃって、名乗る暇もなかったものねぇ」

 

仕方ないか、と言ってクスリと微笑む女性。

たおやかな雰囲気を纏っている。

いや、マジで誰?

 

「まずは名乗りましょうか。私の名は孫静。宜しくね、呂羽さん」

 

「え?あ、ハイ。どうも」

 

孫静とな。

知らんぞ、そんな奴。

 

だがここ揚州で孫の姓を持つということは、孫策たちの関係者か?

早計かも知れんが、どことなく面影があるせいかそう思わせる。

 

「ほら。こんなところじゃ何だし、屋敷に招待させて頂戴?」

 

「あ、ああ」

 

「じゃあ早速行きましょう」

 

笑顔のまま促してくる孫静。

孫策とは親族のように似ているが、性格は結構違うな。

何と言うか、穏やかだ。

 

 

由莉と二人してついて行った先には、何やらでっかい門。

 

「さ、どうぞ」

 

促されて入った先も、でっかい庭付きのお屋敷。

思わず呆然としてしまった。

 

「失礼、孫静様。貴女はもしや、孫策様の?」

 

そんな俺に代わって由莉が質問してくれた。

そうそう、それ聞きたい!

 

「ええ。雪蓮は私の姉の娘、つまり姪にあたるわね」

 

なんとぉーっ!?

超・重要一門じゃないですかっ

 

なんでそんなのがあの時、あの洛陽にいたんだ。

偵察か?

 

「あ、そうそう。呂羽さんのお仲間も呼んでいいわよ?」

 

「ッ…む、ではお言葉に甘えて」

 

一瞬だが。

これまでの穏やかで、たおやかな雰囲気が消し飛んだ気がした。

笑顔の奥に光る鋭い眼差し。

 

やはり孫策の一族か。

心中動揺したが、言葉には出さずに済んだと思うがどうだろう。

 

すぐさま由莉に、呂羽隊と白蓮たちと孫静屋敷に呼び寄せる手配を指示した。

 

失礼しますと出て行く由莉を見届けると、唐突に孫静は笑顔の質を変化させる。

そして、一歩近づきながら囁いた。

 

「ねぇ。私の下に付かない?」

 

 

 




揚州編は、独自解釈的な要素がこれまで以上に増えます。
ご注意ください。

・猛虎降脚蹴り
KOF94、95の地上吹っ飛ばし攻撃。
リーチが長いようで、少し上体を反らすせいでそこまでじゃないと言う。
とりあえず置いておく感じで使ってました。

55話誤字報告適用。本年もありがとうございます。


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57 極限虎煌

他者視点詰め合わせ


劉璋様が治める益州。

ここでは最近、大きな変化が起きていた。

 

徐州から逃れて来たという、劉備が率いる軍勢に侵食されているのだ。

だが完全に外部からの侵入者だと言うのに、侵略者と言う風評が驚くほど少ない。

 

彼の人物には徳がある。

この時代、仁徳に勝る者の影響力は計り知れない。

人はそちらに靡き、豪族たちもまたも然り。

 

その結果が、大きく衰退した劉章様の勢力と言うわけだ。

 

進行方向と速度から考えて、それほど猶予はない。

 

先代様には大きな恩がある。

しかし……。

 

この地を預かる太守として、民たちのことを第一に考えねばならない。

しかし、主に忠義を尽くすのもまた重要。

 

…桔梗はどうするだろうか。

口の悪い旧知の友を思い浮かべる。

 

クソボウズ、なんて悪態をついていたわね…。

そんなことばかり浮かんできて、思わず苦笑が漏れた。

 

桔梗は好戦的な武将肌だ。

きっと、焔耶と共に一戦交えてから決めるのでしょう。

 

あまり参考にはならなかった。

やはり民、家族、主、配下の兵たちのことを総合的に考えて、自分が決めなければならないのだ。

将なのだから。

 

「おかーさん…」

 

ふと、いつの間に近寄っていたのか。

璃々が柱の陰から心配そうに覗いていた。

ああ、娘にまで心配をかけてしまっている。

 

「大丈夫よ、璃々」

 

招き寄せて胸に抱くと、安心したように笑顔となった。

娘も、民も同じだ。

笑顔を崩す訳にはいかない。

 

決意を胸に秘め、接触の時を待つことにした。

 

 

 

そして時は動き出す。

 

「黄忠様!劉備軍を確認しました。到達は明日になりそうです」

 

「了解しました。ご苦労様…」

 

一里先に大軍勢が布陣していると、斥候が知らせてくれた。

…あら?

普段ならすぐに下がるのに、どうしたのかしら。

 

「あの……っ」

 

理由を聞くと、私が劉備軍と戦うことに躊躇いを感じているのでは、とのこと。

兵にまで心配掛けてしまった。

この時点で、既に将としては失格だが……。

 

劉備たちの器なら、この益州でも十分過ぎるほどに力を発揮できるとは思う。

今までの徳と義に満ちた行動は、この地にも浸透しつつある。

 

それでも、この城を護ってきたという誇りが私達にはあるのだ。

兵たちも惹かれはしても、一度も戦わずにでは納得しない者も多いだろう。

 

だから、明日は決戦となる。

皆には良く眠るように伝えたが、果たして自分がちゃんと眠れるかどうか。

 

「それでも私は、私の役目を果たすだけ……」

 

誰に向けた訳でもない言葉が、寒々しい空へと消えていった。

 

 

翌朝、私は籠城を選択。

劉備軍は、城を半ば包囲するように部隊を展開している。

 

城に籠る我が軍の数は、豪族たちを吸収してきた劉備軍よりも遥かに多い。

それでも野戦に出るのは危険と判断。

理由は、将の質・量ともにこちらが負けているため。

手玉にとられかねない危険は避けるべきだった。

 

劉備さん率いる軍勢を実際に見て、考えが少し変わった。

短期決戦はほぼ不可能。

相手はまさに、英雄が率いる軍勢と言える。

 

こちらは防衛に徹しないといけないが、このままでは消耗戦になってしまう。

意地もあって敵対することにはなったが、民を困らせる訳にはいかないのだから。

 

 

そして、開戦前に先方から使者がやって来た。

 

「お初にお目に掛かる。私の名は関羽。この度は使者として…」

 

流麗な黒髪をした武将、関羽さん。

劉備さんの義姉妹の一人で、その力量はかなりのものと聞く。

 

そんな人を最初の使者に寄越すとは、本気の度合いが窺えると言うもの。

ならばこちらも誠心誠意、対応しないといけない。

 

「お話は分かりました。皆と協議の上、対応します。一度、お帰り願えますか?」

 

「……承知した。良い返事を期待している」

 

 

関羽さんが帰った、劉備さんの軍勢を見詰めて覚悟を決めた。

時間はかけられない。

でも、意地は示さねばならない。

 

ならばっ

 

「開門!」

 

得物の弓を携え、ただ一騎前へ出る。

格好の標的となるが、劉備軍が奇襲することはないだろう。

 

「この戦場全てを賭けて、一騎討ちを所望します!」

 

ある種の信頼を持ち武器を構え、声を掛ける。

最善ではないのでしょうが、こうするのが一番だと思えたから。

 

果たして出て来たのは……。

 

 

* * * *

 

 

遂に袁術ちゃんが動いてくれて、宿願の一端を果たすことが出来た。

残党連中が少し残ってるけど、片付けるのに、そんな手間はかからないはず。

 

それはいい。

それはいいんだけど……。

 

「どうした雪蓮。そんなにむくれて?」

 

むぅ、めーいりーん?

別にむくれてなんかないわよ。

 

「まだ気に病んでるのか。……呂羽にしてやられ、公孫賛に救われたこと」

 

「ッ!べ、べつにっ」

 

ぼそっと指摘されたことに、思わず顔が熱くなるのが分かる。

ああもう、嫌なこと思い出させないでよ!

 

そりゃ私だって、こんなに引きずるなんて自分らしくないと思ってるわよ。

冥琳もそう思ってるから、発破かけてるんでしょ?

 

でも、二度目なのよ。

一度目は初見だったし、悔しいけど仕方がないと割り切れた。

だから二回目は、一分の隙をみせないようにしたのにーっ

 

しかも、仕官も断って来るし!

 

「仕官の話は、あの状況的には仕方がないのではないか?」

 

「わ、分かってるわよ!」

 

分かってても気に食わないのは仕方がないじゃない。

せっかく、この私が直接誘ってあげたのに。

 

だってのに、何よ。

極限虎煌ッなんて叫んで攻撃してくるのよ。

信じらんないわ、もう。

 

…ふぅ。

まあ、それもいいわ。

 

結局袁紹は曹操に負け、派兵してた袁術の将も結構な被害を出して撤退したもの。

この隙に、蓮華たちが挙兵して孫呉の復興を成し遂げることが出来た。

 

寿春は陥落。

揚州北部の主要都市も、大半が孫呉の手に落ちた。

 

洛陽に赴いていた叔母様も戻って来てくれたし、明らかな追い風が吹いている。

とりあえず叔母様には、その行政手腕に期待して寿春の責任者になってもらった。

 

明命配下の細作もつけてるし、何人か派遣もしてる。

そこに問題はないでしょう。

 

問題があるとすれば、あいつの動向よ。

 

「曹操から離れたのは間違いないようだ」

 

戦いに敗れた袁紹は逃亡。

公孫賛は降伏し、呂羽の下に付いた、らしい。

 

その公孫賛諸共、あの男は曹操から離れて旅立った。

向かう先はどこか。

普通に考えれば、劉備たちのところだろう。

 

でもそうじゃないと訴えかける、私の勘。

 

「涼州はない。ならば揚州か。しかし…」

 

冥琳が言い淀むのは当然。

途中まで把握できた足跡も、国境あたりから不明確となっている。

 

思わぬ方向に逸れたのか、意図的に撒こうとしているのか。

あるいは、誰かが情報を撹乱しているのか、だ。

 

「雪蓮は、ここに来ると思ってるのだろう?」

 

ええ。

どういうつもりかは知らないけど、きっとまた会うことになるわ。

 

その時こそ、絶対に一本取ってみせるんだからっ

ついでに、孫呉のために働かせてあげる。

うふふ、楽しみねー。

 

「まあ呂羽のことはいいだろう。まずは…」

 

「ええ。袁術ちゃんを探し出して、残党たちと纏めて血祭りに上げないとね!」

 

見てなさい。

すぐにこの揚州を孫呉一色に染め上げ、天下に名乗りを上げてやるわ!

 

 




・極限虎煌
初出はKOF13で使用者はタクマ。
ぐりんと両手を回し、リーチが短い打撃判定の虎煌拳を撃つ技。

どうにも使う機会が思いつかなかったので、回想で捻じ込みました。
そういう点では、他者視点でも使って行けるかも知れません。

55話の誤字を修正しました。


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58 龍連・幻影脚

由莉の連絡により、呂羽隊と白馬義従が揃って孫静の屋敷に逗留することになった。

孫静は孫策の叔母であり、寿春における責任者の一人ということらしい。

 

俺たちは孫静に持て成され、特に不自由なく過ごしている。

何でそこまでと訊ねたら、色々と理由があるようだった。

 

「まあ簡単に言うと、お礼かしら」

 

何の礼だ。

聞いてみると、洛陽で崩れた木材から救われたんだって。

もちろん救ったのは俺。

 

うーん。

そんなことがあったような、なかったような?

いやまあ、あったんだろうけどさ。

記憶にございません。

 

だから由莉、そんな睨まんと。

白蓮も関心なんかしてないで、ちょっと由莉を……いや何でもない。

 

しかし孫静はお礼としか言わんが、それだけじゃないんだろうなー。

 

穏やかでたおやか。

当初持った印象だが、加えて強かでもありそうだ。

 

仮にもあの孫策の叔母。

油断は出来ない。

 

先に持ちかけられた話もそうだ。

由莉が出て行って、二人になった途端の誘い。

速攻で断ったが、判断は間違ってないはず。

 

残念ね、なんてまるで残念そうでない表情で言うんだもん。

別にどっちでもよかったんだろう。

 

まあそれはいい。

気にはなるがどうしようもないし。

 

それよりも、次へ進めないのが問題だ。

逗留するのはいいんだが、留め置かれてると言う見方も出来る。

孫策からの指示なのかそうでないかは、まだ分からないが。

 

言葉では断ったものの、気付いたら取り込まれてた。

あるいは、周囲からはそう認識されて取り返しのつかない事になっていた。

なんてことにもなりかねない。

 

まだ孫策に組すると決めた訳でもないし、大きな問題はないようにも思える。

でも自由を侵害されるのは困るなぁ。

 

そこんとこ、さり気無く聞いても上手くはぐらかされるばかり。

困ったもんである。

 

…まあ、機が来れば事態も動くだろう。

それまでは大人しく、街中に繰り出したり鍛錬を続けたりしておこうか。

 

よし、由莉に白蓮。

隊の連中も一緒に、体力鍛錬の行だ!

 

 

* * *

 

 

「せやぁっ」

 

「ハァ!」

 

白蓮たちと組手をしていたはずが、いつの間にか見知らぬ武将と組手をしている。

何故かって、所望されたからだ。

名前は聞いてない。

 

相手は額に傷を持ち、切れ長の目。

刃物は持たず、手甲等を付けて近接格闘家っぽいな。

 

「はっはー!中々やるじゃんっ」

 

あと若い。

外見年齢、俺より少し下くらいだろうか?

 

中々の手練れ。

だが、まだまだ荒削りだな。

 

「龍蓮」

 

正拳突きを捌こうとした相手の手甲を膝蹴りで弾き上げて。

 

「幻影脚!」

 

よろめいたところに下段・中段・上段横蹴りを連続で叩き込み、回し蹴りでフィニッシュ。

然程気は込めなかったが、思わぬところで反撃を食らった形になったのだろう。

敢え無く吹っ飛んで行った。

 

「くぅ…」

 

タフさはあるようで、起き上がろうともがいているのが見える。

 

「ふう。まだまだだな」

 

そこでわざとらしく腕を組み、やれやれと頭を軽く振る。

尚も激昂して噛み付いてくるかとも思ったが……。

 

「くそう、負けたなぁー」

 

なんて、存外にあっさり負けを認めた。

おや、意外。

華雄姉さんを筆頭に、しぶとい奴ばかりだったから新鮮だ。

 

「中々の手捌きだった。腐らず修練すれば、もっと高みに辿り着けるだろう」

 

だからつい、偉そうに助言なんてしてしまった。

 

「そっかー…、かの呂羽将軍が言うなら間違いないんだろーなー」

 

色々待て。

 

「誰が将軍か?」

 

「改めて、俺の名は韓当。孫家に仕える武官だ!」

 

聞けよ。

と言うか、孫呉の将だったのか。

まあ裏側とは言え、孫静の屋敷に入ってこれるなら関係者なんだろうが。

 

「そんで、あんたの強さを見込んで頼みがある」

 

「…なんだ?」

 

「俺を、弟子にしてくれっ」

 

な、なんだってー!?

 

 

「却下です」

 

「ふぁっ!?」

 

「あん?誰だあんた。俺は呂羽将軍に頼んでるんだ!」

 

「呂羽隊副長にして隊長の一番弟子です。それに、孫家の武人が勝手するのはどうかと思いますよ」

 

「ぬぐっ」

 

何やら由莉と韓当の間でヒートアップしている。

由莉はいつも通り冷静な表情だけど、少しカーッとなってるな。

いやはや、付き合いも長いと分かるようになるもんだね。

 

とは言え弟子、弟子ねぇ。

先程の状況から見るに、韓当の武才は今のところは由莉以上凪未満と言った感じか。

鍛えれば光りそうな原石ではある。

 

由莉と韓当が言い合い、白蓮が仲裁に入ってるが収まる気配がない。

孫家の武人と争いが生じるのは良くないな。

 

「あら、面白そうなことになってるわね」

 

口を出そうとした矢先、横合いからスッと声がかかる。

この声は。

 

「孫静か」

 

「孫静様!?」

 

ふむ、韓当は孫静の下か。

孫家一門だから当然っちゃ当然だけど。

それでも直属の配下とは限らんしな。

 

「呂羽。韓当は筋の良い真っ当な武人よ。少しでいいから面倒見てくれないかしら?」

 

真っ当な武人ってどういう意味だろう。

それはともかく、何のかんので逗留先として世話になってる手前、断り辛い。

 

「分かった。韓当、何時までになるか分からんが、共に修練を積むとしようか」

 

「あ、ああ!よっしゃー!」

 

満面の笑みを浮かべる韓当。

静かに微笑む孫静。

 

若干不機嫌になった由莉と、苦笑を浮かべる白蓮。

対比が凄い。

 

韓当については問題ない。

やはり問題は、孫静の思惑だな。

 

意図的に、俺たちをここに留まらせようとしている気がする。

取り込もうとしてるとも、思えるなぁ。

 

孫静の屋敷に世話になって少し経つが、孫策からの接触が皆無なのも気になる。

俺たちのことは全て任せてあるのかも知れないが…。

 

少し、探りを入れてみようか。

 

「白蓮、ちょっといいか」

 

「ん、なんだ?」

 

 

* * *

 

 

コンコンッとドアがノックされる。

夜、宛がわれている宿舎の一室でのこと。

 

「どうぞ」

 

「失礼する」

 

入って来たのは白蓮。

由莉には周囲の警戒を頼んである。

 

「どうだった?」

 

白蓮には、数名選抜して周囲の状況を確認してもらっていた。

周囲ってのは寿春の外も含む。

 

「まだ全ては集まってないが、中々怪しい箇所が多そうだな」

 

報告する白蓮は渋い顔。

あらら、嫌な予感が当たりそうな気がするな。

 

「そっか。まあ身の安全を最優先に頼むぜ。」

 

「分かってる。では中間報告になるが、具体的には……」

 

復興に湧く孫呉にも、色々あるんだな。

ま、当然か。

重要なのは、その中で俺たちが進むべき道がどれかと言うこと…。

 

白蓮からの報告を聞き、今後に思いを馳せながら夜は更けて行った。

 

 

 




これでKOF12までの極限流の必殺技は、どうにか消化出来ましたかね。

実際に触ってみない事には、技の感覚とかを捉え切れません。
しかしゲーム機を所持しておらず、時間的余裕もそんなに。
そういった訳で、13と14は無理かも知れません。

57話誤字報告適用。常から有難し。


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59 猛虎竜巻斬り

表向きは平穏な日々。

だが裏側では、様々な画策が進行していた。

 

「師匠!俺に稽古をつけてくれっ」

 

「誰が、誰の、師匠ですか。ほら、さっさと散りなさい」

 

「二人とも落ち着けって。な?ほら、リョウもさ…」

 

「俺に振るな」

 

どうだ、この平穏っぷり。

とても裏があるとは思えないだろう。

 

まあ、物事が動くのに表裏はつきものだよな。

どうも孫静は、孫策たちとは異なる派閥に属しているようだ。

その派閥を率いて孫策を裏切る、とかそういう感じは今のところはない。

 

そもそも、全てひっくるめて孫呉の策かも知れないし迂闊なことは言えん。

周瑜とかの軍師連中、あの辺なら余裕でやりかねない。

 

それよりも、問題は俺たちだ。

孫静は呂羽隊を囲っていて、孫策は連絡を受けていなかったらしい。

韓当から連絡した方が良いんじゃないかって指摘を受けて、ようやく連絡したとか。

 

それでいいんか。

怠惰な性格なのか、で終わればまだ良いのだ。

でもそんなタイプには見えない。

むしろ、正反対のような感じがしているからややこしい。

 

先程の問題に戻るが、一体全体どう考えたらよいのやら。

俺も白蓮もすぐには分からんかったんで、由莉に任せた。

いや、当人が任せてくれって言うからさ。

 

優秀な副官殿が居ると、ついつい甘えてしまう。

良くない傾向とは思うんだ。

俺もちゃんと勉強せねば……分かってはいるつもりでも、中々なぁ。

 

さて、問題の一つは韓当である。

 

孫呉の将であり、孫策の配下にある武人。

寿春には孫静の与力として派遣され、駐屯しているらしい。

 

孫静は行政方面に長けており、韓当は武の方に長けている。

そんなバランス感覚でもって派遣されてきたとか。

 

つまり、孫静の派閥には入って無いと言うことだ。

韓当自身は政治的な向きの少ない、戦いバカって感じ。

お、何か良い友達になれそうな響きだね。

 

それはともかく、孫静が直接指揮下にない韓当も近くに置いてる理由。

加えて、俺たちとも接しさせる理由。

 

想像を働かせてみよう。

 

もし仮に、孫静が孫策に思うところがあるとする。

何かしら裏で動いている場合、その動向は知られたくないはず。

疑いの目で見られると動き難くなるからな。

 

そこで、カモフラージュも兼ねて孫策配下の韓当を受け入れる。

アイツは実直でいい奴だ。

裏でコソコソやるようなタイプじゃない。

 

表では韓当と仲良くし、俺たちとも関係を持つ。

そんな韓当から言われて初めて、俺のことを孫策へ連絡した。

すると孫策はどう思う?

警戒するんじゃないだろうか。

 

……うん、やっぱダメだ。

考えを巡らしてみたものの、さっぱり分からん。

 

分からんもんをグダグダ考え続けても仕方がないよな。

後で、考えてみたことを由莉に伝えよう。

そしたら上手く、まとめてくれるかも!

 

ダメな隊長で済まない。

今度何か、埋め合わせするから。

 

 

「なあ、頼むよ師匠ッ」

 

「誰がッ、誰のッ、師匠、ですかッ?」

 

ふと気付けば、そこにあるカオス。

 

韓当と由莉の争いは熾烈を極め、延々とループを繰り返していた。

二人とも根気強いな。

 

「リョウ~」

 

俺が考え込んでる間、何とかしようとしてた白蓮もぐったりだ。

正直済まんかった。

 

「分かった分かった。韓当も我が副長殿も、ちょっと落ち着け」

 

「ですが隊長!」

 

「ちょっと白蓮、頼むよ」

 

「はいはいっと」

 

白蓮に由莉を引き剥がして貰う。

まずは、韓当をどうにかしないとなぁ。

 

「流石師匠っ」

 

「弟子にした覚えはないのだが?」

 

「そんなこと言わずに、頼む!」

 

そう言って頭を下げる、と見せかけて構えを取る韓当。

何のつもりだこの野郎。

 

「実戦に勝る訓練なし。いざ!」

 

ホントに戦いバカだな。

華雄姉さんと気が合うかも。

 

「仕方ない。軽くのしてやるか」

 

当然、俺とも。

 

 

* * *

 

 

「てりゃーーっ」

 

「ふっ」

 

前回の焼き直し。

当初はそうなるかと思っていたが、見取稽古とはやるじゃないか。

 

細かいとこはさて置き、基礎的な技の軸はしっかり押さえている。

中々のセンスだ。

本気で鍛えたら、あるいは凪にも届くかも知れない。

そう思えば、加減は無用かな。

 

「シィッ」

 

足払いを掛けてきたので、先読み気味に軽く跳ねて躱す。

せっかくなので、そのまま攻撃に移ろう。

 

空中で上体を軽く捻りながら、両腕を胸の前で合わせるように近付けて力を込める。

捻りを戻す遠心力に腕力を乗せて、逆ラリアット風に裏拳を放った。

 

「ハァ!」

 

猛虎竜巻斬り。

 

勢いある裏拳、ないし左腕に押されて吹っ飛ぶ韓当。

よし、まずまずの手応え。

 

「ちっ」

 

が、受け身を取ってすぐに向き直る。

少し息が上がっているな。

頃合いか。

 

「最後にオマケだ。韓当、構えろ」

 

「ッ!!」

 

上半身を左向きに捻りつつ軽く反らし、左足を一歩前に。

残った右足を軸として右腕を掲げ、脇の下に退いた左掌に気力を集中。

掲げた右腕を下げつつ、上体を逆捻りしながら気を詰めた左手を勢いよく前へ突き出す。

 

「虎煌拳ッ!」

 

気の質を調整し、遠当ての様に目には見えない気弾を発射。

あまり遠くまでは届かないが、このくらいなら問題ない。

 

「んなっ!?……くぅ……」

 

ズバァーンと響き渡る聞きなれた音。

虎煌拳や覇王翔吼拳が当たった時に、よく鳴るよね。

 

「どうだ?これが極限流だ!」

 

帯を締め直しながら、ドヤ顔で決める。

別に相手をノックアウトした訳じゃないけど。

 

「ってぇー…」

 

防御の構えから片膝をつき、痛そうに顔を顰める韓当。

勝負あったな。

 

因みに今回の見えないバージョンの虎煌拳。

ただの初見殺しで、多用は出来ない。

普通のと違って汎用性が低めだからな。

でもま、一度は使っておきたかったから一定の満足はしてる。

 

さて、韓当はどう出る?

 

立ち上がろうとしているが、少し厳しそうだ。

ぷるぷると足を震わせていたが、やがて諦めた。

 

由莉が失笑した様が目の端に映ったが、見なかったことにしよう。

 

そのまま顔を上げて、叫んだ。

 

「凄い!弟子にしてくれっ」

 

何も変わってねえっ

 

 

* * *

 

 

その夜、俺の部屋に由莉と白蓮が集まった。

 

「リョウ、動きがあったぞ」

 

白蓮が仕入れた情報は、俺たちの動きにも関係するものだった。

孫静は、孫策らと異なった動き方をしている。

 

「隊長の読みは、大筋で当たりのようです」

 

途中で諦めて丸投げしたんだけどな。

まあ、言わんでおこう。

 

「そして一番大きいのは……」

 

「ええ。北について、ですね」

 

そう。

孫静と孫策について探っていたのだが、図らずも別のことが知れた。

 

内憂外患となるか、全て掌中のことなのか。

俺たちはどう動くのか、むしろ動くことが出来るのか。

分からないことだらけだが、何かが変わることは間違いない。

 

「曹操軍が、揚州侵攻の準備を進めているみたいだな」

 

 




KOF2002版タクマの虎煌拳を描いてみました。
実際動きをなぞってみると判り易いのですが、文字に起こすのは難しいですね。
何でもそうですが。

・猛虎竜巻斬り
KOF95が初出の、空中吹っ飛ばし攻撃。
作品によっては異常に強かったりもします。


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60 背牙龍

曹操様が攻めて来る。

そんな情報に接した時、俺はどうすればいいのだろうか。

 

答え。

 

「普段通りで良いと思いますよ」

 

我が頼れる副長、由莉からのお墨付き。

思うがままに動けば良いとのことだった。

 

よっしゃー、そうと決まれば早速談判だ。

 

「孫静、居るかー?」

 

「あら、何かしら」

 

長らく逗留してきたが、そろそろ旅に戻りたい。

その旨、伝えてみようじゃないか。

 

曹操様が動く。

俺たちが掴んでるくらいだから、孫静も当然のように知ってるだろう。

 

そこかしこで孫策とは異なる動きを見せている孫静だが、どう絡むのか。

更に俺たちが旅に出ると主張したら、どうなるのか。

興味深い。

 

「そろそろ旅に出ようと思うんだ」

 

「あら、急ね」

 

「何やかんやで随分と長居してしまったからな。そろそろ、と」

 

「ふむ……」

 

伝えると、何かを考える素振りを見せる孫静。

やがて、真面目な表情で切り出した。

 

「実はね、曹操が揚州に攻め入ろうとしているらしいの」

 

「ほう……」

 

「ここは最前線に近い。貴方にも、力を借りたいところだけど…」

 

「ふむ、韓当のこともそれで?」

 

「ええ、そうよ」

 

しれっと答えるが、本当かねぇ。

まあそこはいいか。

しかしまさか、直球で依頼してくるとは。

意外だったわ。

 

ここ最近、師弟関係にはなってないが韓当と修練を重ねている。

攻防が噛み合う相手がいると、やはり違うのか。

会った当初に比べ、その技能がメキメキと上達しているのが分かる。

 

毎度嫌がる素振りを魅せる由莉にとっても、良い刺激になってるのは間違いなかった。

むしろ、分かってるから嫌がってるのかも知れないな。

 

とは言えな。

 

「しかし、こちらにも目的がある。孫呉に与した訳でもない俺たちが……」

 

その目的が孫呉にあることは当然伏せておく。

交渉とかは得手じゃないが、やらなきゃ行かん時は頑張るさ。

だって隊長だもの。

 

「そこを何とか。曲げて貰えないかしら」

 

変わらず真剣な眼差しで訴えかけてくる。

 

「亡き姉が築き上げた、この孫呉の地を、再び失う訳にはいかないの!」

 

……おおぅ。

思い切り吐露するように鋭く叫ぶ孫静。

真剣な表情はそのままに、剣呑な空気が突き刺さる。

 

前に自分は行政官で、武才は無いと言っていたがどうしてどうして。

なかなかの戦気じゃないか。

 

こりゃ勝てないな。

交渉術の一環だとしても、真贋の見極めは無理。

由莉なら或いは、分かるのかも知れない。

だが残念、今はいない。

 

「承知した」

 

息を吐きながら、承諾の意を零す。

別に何かと勝負してた訳じゃないが、負けた気分。

まあ、実際負けたんだろうけど。

 

「本当?ありがとうっ」

 

そう言うと、ぱぁっと顔を明るくする。

笑顔になると孫策の叔母とは思えない程、若々しく見えるな。

 

「……」

 

笑顔のまま、無言で威圧してくる孫静。

いかん。

年齢はタブーだったか。

口には出してないが、そこはそれ。

お約束と言うものだろう。

 

 

「ともかく、ありがたいわ。それじゃあ…」

 

「あーっと、一つ条件いいか?」

 

後で皆に話した時、一連の決断が間違っていたなら謝ろう。

その場合は全力で軌道修正を図らねばならない。

備えの為、まずは一手を打つ。

 

「…ええ。曲げて受けてくれたのだもの。可能な限り聞くわ」

 

「軍権についてだ」

 

「……私の指揮下には入らない、と言うこと?」

 

「概ねその通りだが、戦時の指示には従おう。だが…」

 

孫静軍に組み込まれるのは頂けない。

基本的に、俺たちは独自の考えで自由に動けるようにしておきたい。

その旨、伝えると難しい顔になった。

 

まあ、使い辛い部隊になっちまうからな。

悩ましく思うのは仕方がない。

 

「差し当たり、韓当の与力となろう。それでどうだ?」

 

「韓当の?…そうね、それなら。うん、そうしましょう」

 

アイツは孫静の派閥に入ってないから、間に挟むには丁度良い。

師匠になる気は今のところないが、共に戦うことに異論はないのだ。

由莉あたり、気にしそうではあるが…。

 

白蓮の白馬義従も上手く使えば、曹操様本隊でなければ上手く躱せると思うんだよね。

本隊でなければ。

これ大事。

 

まあ、多分だけど。

曹操様は、孫策との直接対決を望むんじゃないかな。

英雄との正々堂々とした戦いを欲してる人だった気がするし。

 

だったら寿春は別働隊か何かで抑えて、建業を目指すだろう。

その場合は、どうとでもなるさ。

別働隊に夏候惇や夏侯淵が居なければな。

 

…あー、俺が此処に居るって知れたら誰か張り付く可能性あるよな。

 

「孫静。済まないが、もう一つ頼みがある」

 

「頼み?」

 

「俺の存在を、可能な限り隠してくれ」

 

そう言うと、目を丸くして驚いた。

かと思えば大爆笑。

何が琴線に触れたんだか。

 

「あはははっ、くふっ…ふふふ。ご、ごめんなさい……っ」

 

腹を抑えて過呼吸気味に。

今日は孫静の意外な一面を、色々と見る日だな。

 

油断ならんと改めて思う。

それだけ今まで隠してたってことだから。

俺が単純に気にしてなかっただけって可能性も、まああるにはあるが。

 

「ともかく、大丈夫か?」

 

「っ、だ、大丈夫よ。ええ。元々そのつもりだったし」

 

おや、そうなのか。

用兵や戦略上の問題かな。

 

まあそれならいいや。

孫静に礼を言って退出し、修練してる韓当の下へ。

 

「韓当!」

 

「あ、師匠!」

 

師匠は止めろ!

 

「次の戦のことだ。追って孫静から指示があると思うが……」

 

先程のやり取りを大まかに伝える。

流石、真っ当な孫呉の武官。

公私の切り替えはちゃんとしてるな。

 

「そんな訳だ。とりあえず、動き出すまでは修練を続けるぞ!」

 

「押忍!」

 

弟子として指導はしてないのに、吸収力が半端ない。

由莉や隊員たちに指導するのを見て、覚えて、自分の物にしている。

逸材、だな。

 

 

* * *

 

 

余りに急成長するもんだから、手加減無用とばかりに試合を繰り返す。

これもまた、成長の糧になってるんだろうなぁ。

 

「せりゃ、せいっ、とぁーっ」

 

連撃を繰り出す韓当。

元々近接戦をメインとする武人が、見取や修練で一撃の重みやキレが増している。

厄介この上ない。

 

最後の正拳突きを後ろ捻りで躱しつつ、裏拳を放つ。

 

「背牙龍!」

 

だからこそ、楽しいと思ってしまう。

 

裏拳は韓当の額に当たり、そのまま腰を落として屈みつつ右アッパーを放つ。

その際、足に気を込めてバネの様に跳ね上がる。

回転しながらの龍牙を決めて、フィニッシュ!

 

良い感じにヒットしたと思うが、韓当は起き上がって来た。

タフさも上昇しているのか。

 

いよいよもって、逸材だよな……。

本気になってしまいそうだ。

 

 

曹操様と揚州でぶつかる時が近い。

自分や韓当を含め、皆の技量を向上させなければならない。

 

そこに、孫静の思惑がどう絡んでいようとも。

迫りくる脅威は、全て払い除けてやるさ!

 

 

 




・背牙龍
KOFロバートが使う超必殺技。
裏拳から神龍拳。
高い位置に放つ裏拳ですが、しゃがんでる相手にもあたる優れもの。
普通に対空や連続技に組み込んで使える技だと思います。


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61 翔激掌

「貴方が呂羽さんですね?お久しぶりです」

 

「お、おう」

 

軍議だと呼ばれ、向かった先は会議室。

油断してた訳じゃないが、何時もある気配とはちょっと違うなぁとしか思わなかった。

 

そして訪れる出会い頭の衝撃。

思わずどもってしまったのは、忍び娘こと周泰が居たからだ。

 

確かに初めましてじゃないから久しぶりであってる。

でも前回は戦場で、一瞬だけの邂逅だったのに良く分かったな。

ああ、見てたのか。

それなら納得。

 

「貴方と揃って戦う日が来るとは、分からないものですね」

 

「そ、そうだな…」

 

こちらの衝撃を無視し、淡々と被せてくる周泰さん。

と言うか、互いに見知ってはいるけど自己紹介はしてない。

 

「雪蓮様を退けるその力。頼りにさせて頂きます」

 

「あ、ああ。がんばるよ」

 

なんだろう。

ひょっとして、警戒されてるのか?

 

「ほら、その辺にしときなさい。呂羽、この子らは建業からの援軍よ」

 

孫静が間に入って取り成してくれた。

周泰は口を閉ざしたが、相変わらずじっと凝視されている。

 

間違いなく警戒されているよなぁ。

 

ま、こっちには何も後ろ暗いことはない。

そのうち納得してくれるだろう。

 

 

さて、周泰の方は良いとしてだ。

問題はもう一人。

 

「ふぅーん……」

 

さっきから、俺の周りをクルクルと動き回っている少女。

眺めていると……お、目が合った。

 

「あっ」

 

瞬間、にぱっと笑顔満開。

 

「初めましてお兄さん!私は孫尚香、よろしくね!」

 

しょこたんキター!

 

じゃなくて。

まさか孫尚香がこっち戦線に出て来るとは。

思わず孫静の方を見るが、微笑を湛えて無言のまま。

何か言えよ。

 

おっと、とりあえず挨拶か。

 

「俺は呂羽。宜しく頼む」

 

「うん!…へぇ~…」

 

じっくりじろじろ見詰めてくる少女こと孫尚香。

周泰とは違った意味で見られている気がする。

具体的には、興味津々?

 

彼女はしばらくの間、こちらをじっくりと観察した後で言い放った。

 

「じゃあ、一緒に行ってもいい?」

 

少し首を傾けながら。

その目は絶対一緒に行くと断言していたが、どこに行くと言うのだろう。

あと、何がじゃあなのか。

 

後ろで周泰が焦りながら諌めてるのが見えた。

周泰がお付の将、と言うことなのか。

大変だね。

 

「どこへ行くんだ?」

 

「…あれ、叔母様に聞いてないの?」

 

聞いてない。

孫静に目を向けると、苦笑。

 

「駄目よ、呂羽は韓当と前に出るの。アナタは城に詰めてって言ったでしょ?」

 

「えぇーっ」

 

孫静の言葉に、ぷっくり頬を膨らませる。

不満を全身で表すとは、やるではないか。

実に微笑ましい。

 

と言うか、韓当と出る奴のことか。

そりゃ彼女に付いて来られてるのは困る。

 

弓腰姫と渾名される孫尚香だが、弓隊は白馬義従で足りている。

……うん?

ちょっと待てよ。

 

この渾名、恋姫では関係なかったような気もするが……どうだったっけ。

いや、それはともかく。

 

「悪いが、韓当と思い切り蹴散らす役目なんだ。孫静の言う通り、君は後ろでな」

 

「ぶーっ!シャオだって、この月華美人で蹴散らしてみせるよっ」

 

どこからともなく、妙な形の円月輪のような武器を取り出しながら言う。

不満気なのを隠そうともしないが……。

 

それより武器、弓じゃなかったね。

思いの外、あっさり無知を晒しかけた。

危ない危ない。

 

いずれにしろ、連携もろくに取れない奴を共に連れては行けないよ。

その点、韓当ならば問題ない。

 

「小蓮様、ダメですよっ」

 

「なんでよ明命!?」

 

そんな彼女は、周泰と言い争っている。

頑張れ周泰。

負けるな周泰。

孫呉の未来は君にかかってる、かも知れない。

 

その周泰だが、主筋に対して中々強く出られないのか、焦りが感じられる。

 

まあ、言い含めても勝手に付いてきそうではあるがな。

仮に見付けてしまったその時は、実力行使も辞さない。

それが俺の為でもあり、彼女の為でもある。

 

と言うか孫静、あんたも強く止めろよ。

 

 

若干グダグダしたが、軍議は恙なく終わりを迎える。

俺は韓当と共に場を辞去し、隊の連携を確認すべく打ち合わせを行った。

 

 

* * *

 

 

「呂羽さん」

 

韓当との打ち合わせが終わり、一旦隊員たちの下へ戻ろうとしていたところ。

スィッと柱の影から周泰登場。

 

しょこたんはもういいのか?

 

なんて聞けるはずもなく、どうかしたかと無難に返す。

気配に気付けてた風を装ったが、実は気付いてなかった。

彼女が忍びっ子なのは知ってたから、動揺しなかっただけでな。

 

「……」

 

「……?」

 

じっと見詰められたので、不思議そうに見返す。

これが北郷君なら、ポッと赤らんで目を逸らされるんだろうなぁ。

 

残念ながら脈どころか、未だ警戒されてる俺では嫌われる要素しかない。

 

「正直、私は貴方のことを信用していません」

 

ほらね!

 

「しかし、雪蓮様や小蓮様の人を見る目は信用しています」

 

おお?

 

「よって、今は棚上げとします。方々のお気持ちを、裏切ってくれないことを願います」

 

「ああ、勿論だ」

 

孫策も孫尚香も、野生の勘みたいなのが鋭いイメージがある。

孫策とは二回ほど戦っただけだが、何やら評価して貰ったようだ。

ありがたく思ってこう。

 

ちなみに孫権は真面目な優等生で、勘より手堅い方を選ぶ印象。

そんな彼女がデレる姿をこの目で見たい。

俺の野望に一つ、付け加えられた瞬間だった。

 

俺の欲望もとい目標はともかく、周泰が敵対的じゃなくなるのは有り難い。

忍び的な意味で。

 

「では、情報操作の方はお任せください」

 

そう言ってシュタッと消える忍び娘。

 

「……よろしく頼んだ」

 

多分もう聞こえてないだろうけど、感謝の念を乗せて呟いておいた。

 

 

呂羽隊が集合している場所へ戻り、隊をまとめている由莉を呼ぶ。

 

「おーい、副長。打ち合わせするからちょっと来てくれ」

 

呼ばれた由莉は、こちらへ向かって小走りで近寄ってくる。

…そして、少し速度を上げた。

 

ん?

 

速度を上げた由莉は、足に気を纏い、一歩強く踏み込むと大きく跳ねた。

上空でクルリと一回転しつつこちらに向かってくる。

 

んん?

 

俺の眼前には由莉の踵が迫っていた。

 

「ぬぉぉぉーーっ!?」

 

咄嗟に左上体を反らすことで踵を避ける。

胸そらしから、左腕を下から掬い上げる形で伸ばして左裏拳気味にカウンター。

 

翔激掌。

カウンターとは言え、気も込めず牽制に近いためヒットした由莉にもダメージはない。

ひゅんと後ろ回転で体勢を立て直し、傍らに着地する。

 

「いきなり何をする」

 

「邪念を感じたもので」

 

問い質したら、冷静に返された。

何か俺が悪いことしたみたいだな。

深く突っ込むと藪蛇になり兼ねない。

 

こういう場合は、そうかと流すに限る!

 

「相変わらずだな、お前たちは」

 

後ろから白蓮が声をかけてきた。

実は会議から打ち合わせから、ずっと一緒に居たのだ。

影が薄いと言うか、その普通さは時に貴重でもある。

 

「リョウ、何か変なこと考えてないか?」

 

「いやいやいや。何でもないぞ!」

 

朱に交われば赤くなる。

かなり呂羽隊に影響されてきた白蓮だが、この辺はそのままで居て欲しいものだ。

 

「さ、本題に入るぞ。まもなく出撃となる。そこで……」

 

益体もないことを考えつつ、動く時が近いと言う説明をば。

一応、孫尚香に関する危惧のことも伝えておいた方がいいかなぁ。

 

 

 




時間が全く取れなかったり、唐突に詰まってしまったり。
ただの繋ぎの話なのに、随分と時間がかかってしまいました。

60話の誤字報告適用ですた。


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62 側肘打ち

曹操軍に南下の動きあり。

目標は、揚州建業と思われる。

また、その先遣隊が別働隊として寿春に迫っている。

 

報告を受けた孫呉の王・孫策はすぐさま重臣らと対応を協議。

寿春に幾許かの援軍を送り、曹操率いる本隊を建業で迎え撃つことにした。

 

そして寿春の主将である孫静は、籠城して別働隊を釘付けにする役割を担う。

もっとも…。

 

「籠城とか言いながら、俺と師匠を出撃させるあたり、計略かも知れないがなー」

 

韓当と共に城から出撃しつつ、これまでの流れを簡単に確認する。

事前に由莉から聞いていた情報と、何ら齟齬がないことに喜べばいいのか驚けばいいのか。

優秀な副長殿は、もう絶対に手放せないと再確認した次第。

元々手放す気もないけどな。

 

その由莉は、斜め後ろに控えて殺気立っている。

理由は、例によって韓当が俺のことを師匠と呼ぶから。

 

「それで師匠。接敵するまでは自由裁量なんだが、どうする?」

 

接敵してからも自由行動の予定なのはともかく。

色々あって、結局俺は韓当を弟子として認めることにした。

 

根負けしたのもあったが、逸材を惜しく思ったのもまた事実。

ちょっとした課題を出してみたところ、見事にクリアされちゃってはね。

 

由莉も俺が認めるならばと、渋々ながら折れてくれた。

ご機嫌斜めで、今みたいに殺気立つことも多いがな。

 

大丈夫、一番弟子は由莉で変わらないから!

俺が言い出したことじゃないけど。

 

でも実は、師匠と呼ばれるのは未だに面映ゆい。

ただ、隊員の中には既にそう呼んで来る奴もいるし、そろそろ諦め時かなと。

 

ちなみに俺の弟子となった韓当だが、気弾を放つことは出来なかった。

気の扱いは、半ば無意識にでも十分やれてるようだけどな。

攻守が噛み合うだけに、残念だぜ。

 

先々は分からんが、今のところ凪のようなスタイルが取れる奴は居ない。

やっぱり凪は特別なんだなぁ。

 

 

「しかし、自由裁量ねぇ…」

 

さて、今回の戦いのことだ。

 

俺の立場は韓当隊の与力。

預かりみたいなもんだが、独立した立場は守り抜いた。

 

韓当との個人的な繋がりは大きいが、将として考えると当たり前に立場が違う。

適当な対応は出来ないため、寿春の頂点たる孫静からもぎ取った事実だ。

 

「横合いを突くのが順当だとは思いますが、問題は場所ですね」

 

「上手く騎馬隊を運用出来れば、良い感じに行けると思うが」

 

由莉と白蓮が意見を述べる。

曹操軍別働隊が接近する前に周囲に陣取り、城を囲んだ時点で後背を突く。

実に真っ当な戦略だと思う。

 

「師匠はどう思う?」

 

師匠は止め……まあいい。

 

「基本的にはそういう方向になるだろうが、それだけじゃ面白くないよな?」

 

由莉と白蓮は怪訝そうだが、韓当の表情は輝いている。

どっちが呂羽隊だと思わんばかりの有様。

そういう意味でも、韓当は逸材なのかも知れないと思うんだ。

 

 

* * *

 

 

「それじゃ、そっちは任せたぜ!」

 

大まかな打ち合わせの後、韓当隊と別れる。

 

作戦の骨子は、敵の背中を襲って混乱させること。

当たり前だが韓当隊の方が人数も多いし、規模大きい。

よって、迎撃役。

俺たちは追い立て役な。

 

簡単に言うと、籠城を囮に野戦というか奇襲をしようってことだ。

 

「そんなに上手く行くのか?」

 

白蓮が疑問を呈する。

 

敵軍の規模によっては、逆に囲まれ潰され兼ねないって懸念だな。

分かってる。

 

でもそんなの関係ねえ!

最近あまり乱取り稽古してなかったからさー。

 

なんて、本音で言うと多分怒られる。

だから建前じゃないけど、真っ当な側の理由を口にしよう。

 

「上手く行く工夫はするさ。むしろ、白蓮にかかってるんだぜ」

 

「騎馬隊ですね」

 

そう、白蓮自慢の白馬義従。

弓の名手も揃ってるし、正真正銘の精鋭だ。

以前には、孫策を救うと言う手柄も立ててるし。

 

俺と敵対した時だからか、言うと萎れるから口にはしない。

 

でも間違いなく精鋭。

呂羽隊の叩き上げともちゃんと連携をとれるし、使い所は多いはずだ。

 

「そうか。分かった、頑張るとしよう」

 

「頼りにしてるぜっ」

 

「ああ!」

 

煌めく笑顔が清々しい。

白蓮の晴れやかな顔は、やはり良いものだ。

 

ドスッと脇腹にめり込む由莉の肘。

側肘打ちか、やるな。

ところでメリコンドルって言うとヘルコンドルみたいで格好良いよね。

 

「どうかしたか?」

 

「なんでもありません」

 

嫉妬ですね分かります。

最近、何やら由莉がとても嫉妬深い気がする。

 

韓当の存在が気になるのかな。

良いところは各々違って、それぞれ良いと思うのだが。

 

まあいいか。

とりあえず話を進めよう。

 

「敵勢を撃滅しない程度に迎撃する。ここまではいいな?」

 

「良くありません」

 

「聞いてないぞ、そんな話」

 

そりゃ言ってないからな。

おっと落ち着け、ちゃんと話すから。

 

あれだ。

俺の目論見。

 

そもそも、俺が揚州を目指したのは孫呉の興隆を見るためと言う事は周知の事実。

しかしその他に、孫策と再戦したいと言う理由もあるのだ。

 

普通に考えて、現時点での孫呉が曹操軍に勝てる見込みは薄い。

何かしらの発奮材料や、曹操様が退くような要素がない限り。

 

だから順当に進めば、孫策との再戦が叶わない可能性もある。

色んな意味で。

 

よって、このまま曹操様と孫策がぶつかるのを黙って見ておくのは宜しくない。

 

「つまり、俺も混ぜろーって話だな」

 

シーンと静まり返る我が隊の陣。

 

韓当なら、きっと目を輝かせてくれるだろうになぁ。

悲しいなぁ。

 

「分かりました。つまり隊長は暴れたいわけですね?」

 

お、流石は由莉。

良く分かってるじゃないか!

 

「何時もの事だな。それで、どう繋がるんだ?」

 

理知的だな、白蓮。

呆れた風だが、まあいい。

説明するとしよう。

 

 

* * *

 

 

俺の目論見を隊員たちにも分かるよう簡潔に説明し終えた辺りで、幾つか知らせが入ってきた。

 

「韓当様より伝令!部隊の配置は順調とのことです」

 

「孫静様より伝令です。この混乱に乗じ、袁術派の豪族に不穏な動きがあるので確認を進めています」

 

ア、ハイ。

 

韓当よりの伝令は普通の兵士で普通の内容。

問題ない。

 

孫静よりの伝令は、何故か周泰が来てて不穏な情報。

袁術派の残党は見付け次第蹴散らそう。

 

しかし何故、わざわざ周泰が?

こんなとこまで来て、しょこたんは大丈夫なのか。

だが、その心配は杞憂であるのだった。

 

「やっほー、呂羽!シャオと会えなくて、寂しくなかった?」

 

だってここに居るのだから。

いや、何故連れて来たし。

 

「それでは小蓮様。呂羽さんの側を離れないようお願いします」

 

「はーい。明命、いってらっしゃい!」

 

「では呂羽さん。暫しの間、小蓮様をお願いします」

 

え、どういうこと?

 

 

 




特殊技の全てを網羅する予定はありません。


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63 ハイテンションキック

「明命にはねー、袁術派の豪族を一掃する密命が下されてるんだよ!」

 

俺の質問に、元気よく答えてくれるしょこたん。

おい、色々大丈夫なのか。

 

「あとはただの視察。ほんとはシャオも出たかったんだけど、叔母様がダメって」

 

軍議の時も言ってたな。

まだ諦めてなかったのか。

 

勝手に抜け出してきたのなら、実力行使で捕まえて送還するところだ。

まあ周泰と一緒に来たということは、ガス抜きがてらと黙認されたのだろう。

 

「明命が戻ってきたら、一緒に城に戻るわ」

 

それがいい。

しかし何故俺に預けて行くのか?

迂闊な動きが出来ないではないか!

周泰ー、早く戻って来てくれー。

 

陣の中をウロウロするしょこたん。

韓当ではなく俺の方に置いて行ったってことは、やっぱ警戒されてるのか?

 

単純に地理的な問題かも知れんがね。

 

「陣からは出るなよ?」

 

「わかったー」

 

本当に分かってるのかは謎だが、まあ幾人か影がついてるみたいだし大丈夫だろう。

一応、こちらからも隊員を数名付けておく。

何かあれば、すぐに知らせてくれるはず。

 

孫呉の末姫様は、気紛れでいらっしゃる。

やっぱ、孫策に似てるっぽいな。

 

 

さて、周泰は袁術派の豪族を一掃する役目とのことだが。

戦いが始まるまでに一掃するのは無理だろう。

 

と言うことは、あぶり出すのがメインかな?

 

むぅ、なかなか孫静の目的が見えんなぁ。

穏当に、孫策に従ってるだけとは思えないのだが。

 

まあいいか。

孫策の指示かも知れないし。

 

とりあえず、今後の予定を改めて確認。

 

曹操軍別働隊が現れたら、身を隠したまま城を囲ませる。

そして陣を張ったところで打って出て、背後を脅かすのだ。

 

その際、覇王翔吼拳を撃たないように気を付けなければならない。

大軍がいるとつい撃ちたくなるんだよ。

牙門旗があると尚更。

留意せねば。

 

 

* * *

 

 

「只今戻りました!小蓮様、急いで城に戻りますよっ」

 

「あ、明命おかえりー」

 

しばらくウロウロしていたしょこたんだが、外に何かある訳ではない。

早々に飽きて戻って来ていた。

 

暇に飽かせて絡んできたので、ハイテンションキックを披露してやったら思いのほか好評だった。

孫呉の末姫様は剛毅やでぇっ

そんな感じに遊んでいると、息せき切って周泰が現れたのだ。

 

後ろに厳しい表情の由莉が続いている。

おっと、こりゃ間違いなく緊急事態だな。

 

「周泰様。隊長への報告はこちらから。急ぎ、お戻り下さい」

 

「っ!すみません、ではお言葉に甘えて。さあ、小蓮様!」

 

「う、うん。じゃあ呂羽、またねー」

 

周泰に引き摺られる様に去って行くしょこたん。

まるで潮が引いていくかのようだ。

 

さて、我が副長殿はどんな凶報を携えて来たのかな?

 

「隊長、曹操軍の別働隊が現れました。距離はまだありますが…」

 

ほほう、きやがりましたか。

 

「敵兵は?」

 

「旗と事前情報から察するに、まずは韓浩。そして、張遼殿です」

 

おうふ。

韓浩ってあれだよな、曹操様のとこで最後に手合せした中に居た子。

そっちはまあいい。

武官だが、韓当や白蓮でも問題ないレベルだったから。

 

しかし、張遼はちょっと…。

ヤバいな。

周泰があれだけ急いでたのは、ただ敵影を確認したからだけじゃないんだろう。

 

張遼が寿春に来る。

それは、別働隊がこっちの足止めでないことを意味している。

即ち、割と本気で寿春を落とすつもりだと言う事だ。

 

「参ったね」

 

「おや、隊長は喜ぶかと思いましたが」

 

いやいや由莉、確かに張遼との手合せは心躍るものがある。

それは認めるよ。

でも今回は、ちょっと間が悪いかなぁ。

 

「と言うと?」

 

「…ん、まあ。しゃーないか」

 

遂に、個人的な目論見を暴露する時が来たようだ。

達成できないことが分かった時点での暴露とか、誰得。

 

細かいことはさて置き、別働隊には大した将は来ないと思ってた。

韓浩がどうこうと言う事じゃなくて、抑えを主目的にするんじゃないかって意味で。

 

で、数を頼りに抑えの兵ってだけならどうとでもなる。

一撃痛打で離脱して、建業へ向かってひた走る。

そして、決戦の地・建業で孫策と曹操様の勝負に乱入すると言うものだ。

 

最早、絵に描いた餅でしかないが。

 

「かなり無茶を描いてたのですね」

 

「否定はしない」

 

別働隊は先遣隊の意味もあり、本隊よりも先に動く。

周囲を抑えたうえで、満を持して本隊が建業に迫って決戦を挑む。

そんな筋書を期待していた訳で、実際別働隊は先遣隊も兼ねてるのだろう。

本隊はまだ姿を現してない。

 

だから、時間差で頑張れば行けるかと思ったんだけどね。

流石に張遼が居る部隊を、一撃必倒ってのはちょいと厳しい。

そして、張遼を放置して建業に走るのもまた至難。

 

せっかく弄した策も、看破されてしまうかも。

 

「韓当へ伝令。張遼の危険性を伝えておいてくれ」

 

「御意」

 

韓当では、まだ張遼には敵わない。

次へと繋げるためには、俺が相手をしなくちゃならん。

 

ま、それも良いか。

まさか、揚州で張遼と本気で遣り合うことになるとは思わんかったが。

 

覇王翔吼拳は自重するつもりだったが、そうも言ってられんな。

神速の張遼が相手なら、使わざるを得ない!

 

曹操様に俺の存在が露見することにはなるだろうが、これも仕方がない。

まかり間違っても、孫策より俺を優先することはないだろうしな。

 

そうそう思惑通りにはならないかー。

やれやれ。

 

 

* * *

 

 

「敵兵、現れました!」

 

来たか。

敵さんが近付いてきた時点で、白蓮は白馬義従を率いて持ち場へついた。

呂羽隊とはまた別のところにな。

 

「旗は?」

 

「情報通り韓と張。あとは、えっ?…袁の旗。残党ですね」

 

袁術の残党まで顔を出して来たか。

ああ、これが周泰の働きの結果かな?

 

外患に際して内憂をも断ち切る。

過激だが、療法としてはなくもない。

信用できない味方なら、いっそ敵兵に加算した方がやり易い訳だ。

 

「しかし袁の牙門旗と張遼隊が並ぶとは、不思議なもんだな」

 

袁紹と袁術と言う違いはあるにしてもだ。

当人も複雑なんじゃないだろうか。

まあ、彼女なら過去は過去と割り切ってるかも知れないけど。

 

「それで隊長。袁の旗がありますが、如何致しますか?」

 

由莉が不思議なことを聞いて来る。

何言ってんだ。

そんなの、聞くまでもないだろ。

 

「愚問だな」

 

敵対勢力に袁の旗があったなら、覇王翔吼拳で折らざるを得ない。

 

初心忘るべからず。

韓当との連携も大事だが、俺の衝動も抑える気はない。

由莉の言葉から分かるように、袁家に対するスタンスは呂羽隊共通のものだ。

 

とは言え、無暗矢鱈に突入すると味方への損害も大きくなる。

韓当や周泰にも迷惑はかけられない。

機を見計らってから動かないとな。

 

当初の予定通り、敵さんがある程度城を囲む位置まで進んでからだな。

 

まず、開幕ぶっぱで袁の旗を撃ち抜く。

そして残党たちを蹴散らしつつ、張遼の下へ全力前進だ。

 

ひょっとしたら舌戦があるかもだが、その時はその時。

何とかなるさ。

 

さあ、祭りの時間だ。

総員戦闘準備ぃー!

 

 




・ハイテンションキック
この世界風に言うと、高揚蹴とか有頂天脚とかでしょうか。
言わずと知れた、KOFロバートの空中吹っ飛ばし攻撃です。
見た目も名前もハイテンション。
百聞は一見にしかず、ですよ。


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64 天地上下の構え

城を囲む曹操軍、そして城を守る孫静軍の間で使者の往来があったようだ。

形ばかりの降伏勧告と、儀礼的な返答云々。

 

まあ時間稼ぎをしたい孫静側と、それを看破して戦に移行したい張遼。

当然のように交渉は早々に決裂。

物別れに終わった。

 

それを遠目に確認しつつ、今か今かと逸る気持ちを抑えつけていたがもう限界。

急ぎ後ろを振り返る。

由莉と目が合い、頷いたのを確認。

 

よっしゃー!

 

いざ、ぶっぱ装填ンンッ

 

「覇王翔吼拳!!」

 

自分を抑えつけている間、溜めに溜め続けた気を思い切って発奮。

修行の成果もあり、今までより縦幅も横幅も大きい気弾を射出することが出来た。

 

虎っぽい残像と若干ビーム状になりかけている覇王翔吼拳は、袁の旗を容易く飲み込み進む。

それどころか、戦場にあった全ての旗に何らかの傷を付けることに成功した。

 

ふぅぅーーー

 

瞑目、残心。

 

カッと目を開け、叫んだ。

 

「ガンガン行こうぜ!」

 

いつも通りだね。

軽く見渡すと、韓や張の旗も丸っと消え去ったけど些細なことだよな。

 

良く見てみると、いくつか残った旗もある。

ここまで来たら乗り掛った船だ。

袁家の旗じゃないけど、後で全部撃ち落としておこう。

 

 

* * *

 

 

奇襲は成功と言えば成功。

失敗と言えば失敗。

 

城とは別の方向からぶっとい気弾が飛んできて、旗などを薙ぎ払ったのだ。

 

明確な敵意と共に、奇襲を受けた烏合の衆たる袁術残党。

恐慌をきたして右往左往。

こいつらは問題なく蹴散らすことが出来るだろう。

 

一方で、正規軍は規律を保った。

当初は流石に動揺したが、将が強靭な張遼隊なんて馬首が既にこっちを向いてる。

韓浩隊の方は、若干ぐらついているようだが。

 

まあ、なんだな。

張遼だったら普通に気付くよな、覇王翔吼拳。

つまり、俺が居ることがばれた訳だ。

 

眼前には、猛然と迫り来る張遼の姉御。

迎え撃つのは極限流。

 

由莉率いる呂羽隊は、袁術残党を蹴散らしに行かせた。

白蓮の白馬義従は、横合いから韓浩隊に向かう手筈だ。

 

韓当隊も動いており、一部は既に韓浩隊と激突。

大部分、多分韓当自身もこっちだろうが、張遼隊の方へ向かっているようだ。

遠からず接敵することだろう。

 

戦場を俯瞰するのはここまで。

目の前には、獲物を前にして舌なめずりする肉食獣が居る。

 

「呂羽!こんなとこで、奇遇やなぁっ」

 

ギラギラした目と釣り上った口の端。

掲げられた刃が、振り下ろされるのは時間の問題か。

 

「久しぶりだな張遼。元気そうで何よりだ」

 

旧交を温める言葉を投げつつも、同時に気を巡らせ身体も温める。

先ほどの覇王翔吼拳の余韻も残ってるし、良い塩梅だ。

 

互いに、様子見の加減など既に不要な相手。

最初から全力をお見舞いしてやろう。

 

「せっかくこうして出会うたんや。ならやるべきことが何か、分かるやろ?」

 

わからいでか。

拳を握りしめて、その時に備える。

 

「何時でも来い!」

 

言うと同時に、シャアーッと勢いよく振り下ろされる刃。

単純な振り下ろしではなく、斜めに切り捨てるような軌跡を描く。

 

まあ、どんな軌跡を描こうとも関係ない。

 

「無影疾風!」

 

体を預けるように、懐に入り込む。

本来なら胸部を痛打したいところだが、一歩足りないのでまずは利き腕で我慢だ。

 

「重段脚ッ」

 

軽く前方に跳躍しながらの左回転蹴りで張遼の利き腕を弾く。

更に前に進みながらの右旋風脚。

 

「ちぃっ」

 

咄嗟に身体を捻り、回避を試みる張遼。

逃がさんぞ!

 

「はぁぁぁ!」

 

中空で幻影脚のような蹴りを放ち、彼女の胴や肩へ連撃を浴びせる。

最後に一歩地面を踏み、蹴り上げの龍斬翔を打ち放った。

 

「ッつぁ」

 

よし、我ながら綺麗に入ったな。

張遼相手に初撃がこれなら、いい線行ってるんじゃないかと自画自賛。

 

軽く残心をしながら思う。

とりあえず、張遼をこの場に留めておけば寿春の負けはないだろうと。

ついでに、このまま打ち負かすノリと勢いで行っても大丈夫なんじゃないかと。

 

「どうした、この程度か?」

 

無影疾風重段脚の後半が綺麗に入った分、ダメージも結構蓄積されているだろう。

と言う訳で、たたらを踏んで少し後退する張遼を挑発してみた。

 

「あぁん?誰に言うとんのや!」

 

おっと効き過ぎた。

激昂して凄んで見せる張遼がちょっと怖い。

 

思えば彼女とも本気で試合、ならぬ死合いをするのは初めてだな。

昔日の僚友、正確には上司の僚友と本気で戦わなければならないとは…。

いやまあ、それほどの感傷はない。

 

昨日の敵は今日の友。

逆もまた然り。

だったら今を、精一杯楽しむのみさ!

 

張遼が新たな構えを見せた。

ここに来て、いっそう思い切り突っ込んできそうな感じ。

 

「いくでっ、疾風張来!」

 

「らあっ、暫烈拳ッ」

 

 

* * *

 

 

シュバン、ガキンッと響き渡る剣戟。

俺の場合は拳と蹴りだが。

 

当初はカウンター気味に無影疾風重段脚が入ったことで、こっち優位に進めることが出来た。

しかし流石は張遼、見切りが凄い。

 

「虎煌拳ー」

 

「おっと」

 

牽制で放つ気弾なんて、ひょいっと軽く避けられる始末。

そういや、良く凪と組手をしてるとか言ってた。

 

てことは、気弾に対する慣れがあるのか。

かつて俺とも同陣して、試合も結構やってた名残もあるかも知れんけど。

 

「どしたぁ、もうしまいかぁ?」

 

にやにやしながら挑発してくる張遼。

ぬぅ、意趣返しか。

 

さて、どうしようか。

打ち倒す気満々で臨んだが、やはり強い。

生半可な技じゃ簡単に対応されてしまう。

 

とっておきを繰り出さないとダメかね。

具体的には、孫策とのリベンジにと改良を重ねて来た龍虎乱舞の類。

温存してる余裕はなさそうだ。

 

「仕方ないな。ならば、俺のとっておきを見せてやろう」

 

「ほう?そらええわ。帰って凪に自慢したろ」

 

余裕綽々で返してくるが、身体はしっかり構えに入っている。

こういうところが怖いんだよなー。

そして、面白いところでもある。

 

「そうしろ。無事に帰還出来れば、だがな」

 

「あぁっ?」

 

ニヤニヤする相手に挑発をかます。

すると一気に険しい表情へ。

 

いや、険しい反応だが口の端は上がりっぱだ。

これは余裕がどうとかじゃなくて、楽しんでるんだな。

戦いに対する欲求と渇望が強い彼女らしい。

 

それなら仕方がない。

俺だって全力で楽しんでるんだから、人のことは言えないぜ。

 

「手加減無用やで。ほら、受けて立つからさっさと掛かってきぃ!」

 

「言われずとも、加減はしない。見事、受け切って見せろ!」

 

いくぞ、極限流奥義……ッ

 

「天地上下の構え!」

 

 




63話誤字報告適用済。感謝の極み。

・天地上下の構え
NBCで超必殺技として装填された構え。
単体でもアーマー状態になると言う特性がありますが、効果時間が…。
むしろ、その後の繋ぎがメインでしょう。


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65 武力乱舞

他者視点詰め合わせ


久方ぶりに会うた呂羽は、以前と何も変わってへん。

いや、その武は益々研ぎ澄まされとった。

 

揚州出征と聞いて勇躍したけど、本隊やのうて別働隊を命じられた時はめっさ残念に思うた。

話を聞く限り、寿春の守将には武に長けた将の名がなかったから。

 

強い奴と戦いたいウチは駄々を捏ねたけど、華琳にまで窘められてしまってはしゃあない。

覆らない決定に渋々頷き、せめて抑えだけで済まさへんことを認めてもろうた。

 

別働隊は、華琳と孫策の決戦に横槍を入れさせへんための抑え役。

ウチはそれだけじゃ収まらん。

だから、攻めに攻めて拠点を落としてもええっちゅう許可を貰うておいた。

 

そいで切り替えて、別働隊を率いて揚州に入ったんやけど…。

揚州の前線拠点である寿春へ進んどると、ただならぬ雰囲気を感じた。

 

こっちはこっちで決戦になる。

 

特に根拠はないがそう思い、実際にそうなった。

我ながら現金なものだが、今は別働隊にウチを配置した華琳たちの采配に感謝したい。

 

 

「らぁっ」

 

相対するのは呂羽。

上段振り下ろしに、見事な対処をして見せる。

 

 

元々は洛陽で、華雄が副官として拾ってきた男。

ある程度頭が回り、学もあって武に優る。

 

手甲すら付けない、完全な徒手空拳で一廉の奴らと渡り合っとった。

始めて見る攻防の型。

何度も組手をして、刃が相手でなくとも楽しめる奴が居ると言うことを初めて知った。

 

特筆すべきは、気の運用の上手さ。

気弾なんて初めて見たし、それで敵の牙門旗を折るなんてことにも驚かされた。

 

気弾と言えば凪も扱うが、その凪が目標とする存在や言うねん。

これまでは月っちの下、華琳の下とそれぞれ同じ陣営でしか相対してへん。

組手や試合を多く出来て、それはそれで心躍るものがあった。

 

しかしやはり、敵として相対した方が本気度は高ぉなるというもの。

互いの全てを掛けた、ギリギリの勝負。

そうでないと熱くなれないっちゅーもんや。

 

 

「手加減無用やで。ほら、受けて立つからさっさと掛かってきぃ!」

 

「言われずとも、加減はしない。見事、受け切って見せろ!」

 

挑発にも動じず、それでいて熱く。

いやぁ、ええ男やなぁ。

 

「天地上下の構え!」

 

何やら珍妙な構えを取るが、あの呂羽が全力と言ったんや。

油断せず、愛刀を振りかぶる。

 

「武力乱舞……行くぞっ」

 

ウチの一撃を往なしつつ、呂羽が攻勢に出てくる。

気が籠った拳や蹴りは、徒手空拳とは思えないほどに重い。

時折混ぜて来る気弾にも気が抜けへん。

 

流石や呂羽!

ええでぇ、もっともっとウチを熱うさせえっ

 

放たれる左中段突きを柄で捌く。

後ろ回し蹴りは屈んで回避。

お返しにと繰り出した柄突きを、正拳突きで相殺するや逆の拳で突き返してきおった。

呂羽の突きが肩を掠めて重心がずれる。

クッ、それを見逃す奴じゃない!

 

右下段回し蹴りから上段回し蹴り。

回避が間に合わず、耐えるしかない。

連続して放たれる後ろ回し蹴りに見舞われ、思わず仰け反る。

 

「とどめだっ」

 

辛うじて片目を開けて見えた先には、両手を横脇に溜めている呂羽の姿。

洛陽攻防戦で何度か見た姿に、思わず戦慄する。

や…ばっ

 

「覇王翔吼拳ッ」

 

咄嗟に防御しようとするも上手く動かせず、そのまま大きな衝撃に飲み込まれた。

ははっ

ほんま、ええ男やな。

 

惚れ惚れするわぁ……

 

 

* * * *

 

 

「報告します!」

 

「はい。どうでしたか?」

 

寿春から少し離れた場所で、私は一人斥候に出した人の報告を聞く。

一緒に出てきた小蓮様は呂羽さんのところに置いてきた。

 

私が雪蓮様から命じられた役目は、袁術派の豪族を一掃すること。

そのために、寿春へ派遣される援軍の将に選ばれたのだ。

 

「──以上です」

 

「ご苦労様です。引き続き、何かあればお願いします」

 

「ハッ」

 

報告を終えて下がって行く兵の背中を見ながら、思わず溜息。

 

この役目に対してではない。

袁術派の豪族たちはびっくりするくらいに隙だらけで、どうとでもなる存在だった。

ただ数が多く、財もあるため今までは泳がせていただけ。

 

曹操が揚州へ討ち入ってくると言う報せが入った時、真っ先に今回の策が決まった。

何時でも良かったが、良い折なので一掃してしまおうと冥琳様が主導して。

 

そして、役目は既に八割方果たした。

あとは城内と城外を完全に分断して内部は討ち果たし、外部も敵勢として討ち取るだけだ。

 

それはいい。

問題と言うか、溜息の原因は二つある。

 

一つは小蓮様のこと。

 

雪蓮様に似て活発で勘が鋭く、将来が楽しみなお方だ。

そう、将来が、だ。

まだ何事にも経験不足で、実に危なっかしい。

 

それでいて当人は色んな事をやりたがる。

孫呉を愛し、現状を憂いていることは分かる。

分かるのだが、無茶が過ぎると言うか…。

 

今回のこともそう。

寿春は揚州の重要拠点。

だからこそ雪蓮様たちの叔母上様、孫静様が詰めておられる。

そこへ援軍を派遣することになった際、自分が率いると言って聞かなかった。

 

蓮華様は猛反対されたし、雪蓮様も良い顔はされなかったが…。

結局他に人が居ないことや、一門が援軍を率いると大きな効果が見込めると言う事実。

それらを踏まえて、小蓮様と私が赴くことになった。

 

まあ孫静様もその辺りは分かっているようで、小蓮様は城詰めとされたのだが。

小蓮様はそれが不満なのだ。

 

ここで、もう一つの懸念に繋がる。

 

何時の間にか寿春に居候していた、何かと噂の呂羽さん。

袁紹への援軍として赴いた折には、雪蓮様を半ば行動不能にまで追い詰めた武名高き将。

公孫賛さんが助けに入らなかったら危なかったかも知れない。

 

呂羽さんは、その公孫賛さんを降して配下にしていた。

そんな人が揚州に居て、雪蓮様を尋ねずに居たと言うこと。

 

不信感を抱かずにはおれなかった。

 

でも、一目見ただけで小蓮様は懐いてしまった。

そういえば雪蓮様も嫌悪感は抱いてなかったようだし、よく分からない。

 

孫静様の報告では、一応は防衛戦に加わって貰えると言う事だった。

だから疑念はさて置き、信頼できる上役を信じて動くことにした。

 

そう言えば、韓当さんが呂羽さんの弟子になったとか…。

政治向きには疎い人だけど、韓当さんもあれで人を見る目はあったはず。

…信用して、いいのかな?

 

 

「失礼します、周泰様ッ!」

 

「どうしました?」

 

沈思していると、影の一人が急報を携えて戻ってきた。

 

「はっ、敵影を確認!中に、張遼の旗が見えました!」

 

「ッ!?急ぎ戻ります。引き続き、情報網の維持に努めて下さい」

 

「御意!」

 

まさか、張遼なんて大物が来るなんて!?

こんなところでゆっくりしてる暇はない。

 

まずは小蓮様を回収して、それから呂羽さんに報告して…。

ああっ、韓当さんにも報告して戻らないとっ

 

途中で呂羽隊の副長さんに会った。

 

「周泰様。敵影が確認されましたが、ご存じ…のようですね」

 

「はい!急ぎ戻りますので、ついて来てください」

 

この時は気付かなかったけど、呂羽隊の情報収集力は凄まじい。

私が知ってから、そんなに時が経ってない。

少なくとも、こちらと同等の力は持っていると考えなければならないだろう。

 

くぅ、本当に信用していいんでしょうか!?

敵に回ると考えたら、相当怖いんですがッ

 

だからと言って見張りを付け続けることなんか出来ない。

小蓮様を回収して、韓当さんのとこに寄って城へ戻り急いで報告する。

 

やがて戦が始まり、韓当さんや呂羽さんが奮闘する様を目撃することとなる。

特に呂羽さん。

たった一人で張遼を受け持ち、足止めどころか最後には……。

 

信じられない。

 

「ほら明命。シャオが言った通りでしょ?」

 

呆然としていると、小蓮様が笑顔で仰る。

 

「そうですね…」

 

小蓮様を回収した時、呂羽なら大丈夫!と言っていた。

深くは考えずに聞き流していたが、これなら…。

 

「急ぎ、孫静様へ出撃を要請しましょう」

 

好機到来。

これなら、冥琳様が言ってた事が可能かもしれない。

 

今、唯一の気掛かりは小蓮様が前線に出たがること。

そこの判断はもう、孫静様に任せよう。

 

でもきっと大丈夫。

私はこれまで以上に、職務に邁進しよう。

 

全ては孫呉のために……。

 

 




・武力乱舞
元々は「武力」での龍虎乱舞をNBCで再現したもの。
天地上下の構えから目押し入力なのですが、これが非常に難しい。
途中で止めて連続技に繋げるなど、使いこなせたら強力なのですが。

因みに「武力」は地元では入荷すらしなかったので、終ぞ触れず仕舞でした。


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66 鬼ごろし

寿春攻防の初戦は、防衛側の勝利に終わった。

曹操軍別働隊は一時後退。

立て直しを図っている。

 

追撃すべきとの意見も出たが、こっちの被害も少なくない。

結局は慎重論が場を制した。

 

「流石師匠!かの張遼をたった一人で釘づけにして、撃退するなんて……くぅ、最高だぜっ」

 

そして今、ヒーローインタビューばりに注目されているのが俺。

 

ちょいと韓当さんや。

嬉しいのは分かったから、テンションマックスで捲し立てるのは止めてくれないか。

 

目立つのはあまり好きじゃないんだ。

戦場と日常は違うんだよ。

まだ日常じゃないけどさ。

 

「ねぇねぇ呂羽。シャオの専属にならない?」

 

しょこたん、そんな口説かれても困ります。

ほら、由莉とか周泰とかが睨んでるじゃない。

 

専属になるって幕下に入るってことだよな。

何となく華雄姉さんの時を思い出すが。

……陪臣?

 

と言うかさ、みんな浮かれすぎ。

まだ戦いは終わってないんだから。

 

確かに撃退はした。

 

俺も張遼に対し、武力乱舞を締めの覇王翔吼拳までしっかり決めてやった。

一瞬意識が飛んだように見えたが、すぐに復活して素早く後退。

引き際を弁えてるのが流石としか言いようがない。

 

華雄姉さんも弁えてはいるが、自分からは言いだせないタイプだからな。

プライドが高いと言うか何と言うか。

逆に、それでこそ補佐し甲斐があると一部で大人気だったのは当人には内緒だ。

 

「今回はウチの負けや。でも次は、絶対に仕留めたるから覚悟しときい!」

 

なんて捨て台詞を吐いて退いて行った張遼の姉御。

相変わらず熱くなったら止められないとか言いながら、実は冷静な部分を残している。

そんなんだから、思わず全力で相手したくなっちまうんだ。

 

ま、こちら側としても同じく次の機会を待つとしよう。

 

そんなことより。

ハイテンションに纏わりつく韓当やしょこたんを適当に往なしながら、現状と今後について考えてみる。

出来れば建業の方に行ってみたいが、まだちょいと厳しい気がするな。

 

孫静はどう考えてるんだ?

周泰の意見も気になる。

由莉や白蓮とも確認したい。

 

そのためにはチョロチョロ動く韓当としょこたんが邪魔だ。

適当にかわしても全くめげない。

よーし、そろそろ面倒になってきたぞ!

 

「韓当、いい加減に離せっ」

 

言いながら、鬼ごろしで吹っ飛ばす。

油断してたのか気を抜いていたのか、モロに食らった韓当は壁際まで美しい弧を描いて吹っ飛んで行った。

 

「わーお!」

 

しょこたんも思わず感心。

それほど綺麗な吹っ飛び具合だった。

 

さて、韓当としょこたんを振り払って軍議だ!

 

 

* * *

 

 

「そうねぇ。袁術の残党たちは一掃されたし、あとは別働隊を抑えるだけなんだけど」

 

「痛手を与えたとは言え、張遼や韓浩は優れた将です。油断は出来ません」

 

「追撃して、損害を強いるのどうだ?」

 

「迎撃されて、逆に被害を受けなければ良いのですが」

 

上から孫静、周泰、白蓮に由莉の順。

由莉は、袁術の残党退治に活躍した呂羽隊の参謀としての参加。

一気に知名度が上がったな。

隊長としても鼻が高いぜ。

 

軍議を開いてみると、吹っ飛ばされたはずの韓当としょこたんも普通に参加していた。

タフな奴め。

 

さて、寿春の役割は別働隊を引きつけておくことだ。

それと袁術派の豪族たちを一掃することだが、こちらは既に完了している。

 

可能なら別働隊を殲滅して、逆に侵攻すると言う手もなくはない。

でも流石に乱暴すぎるかな。

 

現状、概ねこちらに有利。

しかし痛打を与えたとは言え、張遼や韓浩ら優れた将は健在。

追撃したところで、逆襲される可能性は高いと言わざるを得ない。

つまり、現状維持が最良だと…。

 

「呂羽はどうなの?」

 

「む……」

 

話し合いを聞きながら現状について整理していると、唐突に振られる。

俺は張遼を撃退した功が高く評価され、他の将兵からの注目度も高い。

迂闊なことは言えないし出来ない。

 

囲われるのは避けたかったが、何時の間にやらこんなことに。

いやまあ、別に辞去することは簡単なのだ。

しかし韓当やしょこたんが引き止め、追い縋って来ることは容易に想像出来た。

 

「向こうの出方次第だが、少し突いてみても良いかも知れないな」

 

だから仕方なく、孫家側から見た普通の案を出してみた。

反董卓連合時の曹操様みたいに、張遼たちを捕えることが出来たら良いのだが。

兵力から考えて、難しいよな。

 

「じゃあじゃあ、シャオと呂羽でやろう!」

 

「な、何言ってるんですか小蓮様っ?ダメ、絶対ダメですよ!!」

 

俺の発言に、素早く食い付いたのはしょこたんだった。

続く周泰のセリフには全面的に同意する。

お前は何を言っているんだ。

そんな感じ。

 

「なんでよ明命。この呂羽なら、問題なくやってのけるわよ?」

 

「それは分かりますが、小蓮様が一緒に出る必要はないですよね!?」

 

しれっと俺がやることを確定させるようなことは言わないで頂きたい。

そして苦労人だな、周泰。

超頑張れ。

 

「ふむ、確か言い出しっぺの法則と言うものがあるとか…」

 

黙らっしゃい。

確かに自分なら出来るとは思っているが、そこまで背負わされるのもどうか。

 

「孫静様!俺も師匠と一緒に出ます。」

 

今まで黙ってた韓当が、ここぞとばかりに動き出す。

珍しくテンションは高くなさそうに見えるが、やる気に満ちているのは良く分かる。

 

「うーん。呂羽、任せていいかしら?」

 

「……ああ、分かった」

 

最早逃げ場はなかった。

 

仕方がない。

早々に切り替えて、前向きに考えよう。

 

由莉ー、白蓮ー。

ちょっと作戦会議だっ

 

 

* * *

 

 

「そろそろ次へ進もうと思うのだが、どうだ?」

 

「宜しいかと思います」

 

「任せる」

 

作戦会議は、開口一番反対意見も何もなく終了した。

 

「いやいや待て待て、何のことか分かってるのか?」

 

「ええ、概ね」

 

「詳細はともかく、大体の予想はついてる」

 

おお、なんて優秀な奴ら。

それとも俺が分かり易いのか?

まあいい。

 

「じゃあ、韓当をどうするかだが」

 

「捨てて行きましょう」

 

「途中で上手く撒けばいいだろ」

 

一緒に行くという選択肢はないのか。

ないんだろうな、特に由莉には。

 

相変わらず気に食わないのか、常にツンツンしてるからな。

果たしてデレる日は来るのだろうか?

 

まあ仲良くして欲しいとは思うものの、無理強いすることでもない。

放っておこう。

 

 

と言う訳で作戦会議は恙なく終わり、韓当隊と合流して追撃戦に出ることになった。

その先で、まさかアイツが待ち受けているなんて…。

 

この時、もう少し綿密に計算していればと後悔するも後の祭り。

俺の計画は軽く破綻し、再構築を余儀なくされるのだった。

 

 

 




65話誤字報告適用。なかなか消えない誤字脱字。誠に有り難いっす。

・鬼ごろし
KOFタクマの吹っ飛ばし攻撃。
左からかち上げ気味に拳を振り上げる。
出は遅くはないけどリーチもない、例によって置いておく感じでした。


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67 虎襲旋脚

韓当隊と合流して進軍すること暫し。

本当は呂羽隊だけで密かに接近したかったのだが、この人数じゃ流石に無理だ。

 

まあ優位性を保つと言う意味なら、このような威風堂々もありだろう。

将兵それぞれの士気を高める意味合いも持たせることが出来るし。

 

そんな訳で行進し続けて、そろそろ敵さんが見えるだろう頃だ。

 

「物見からの報告は?」

 

「まだありません」

 

ふーむ。

 

「ちゃんと戻って来てる?」

 

「はい。呂羽隊と白馬義従、韓当隊との連携も問題なく」

 

伏兵に潰されて、知らない間に引き込まれてたとかの可能性は低いか。

嫌な予感はあまりしないが、用心に越したことは無い。

 

「先行の人員を追加して、連絡を密に」

 

「…その必要はなさそうです」

 

む、横合いから斥候に出ていた隊員が顔を出した。

何か有益な情報を持ってきたか?

 

「報告します。目的の場所に敵影、ありません!」

 

え?

思わず隊員の顔を見て、続けて由莉の顔を見る。

由莉が頷く。

 

「代わりに、その……」

 

そのまま続けようとするが、言いよどむ隊員。

見兼ねたのか、由莉が後を引き継いだ。

 

「曹操軍の部隊はなく、代わりに孫の旗が翻っていたそうです」

 

「えっ?」

 

 

* * *

 

 

「師匠」

 

韓当と合流して、孫旗が翻るその場所へ向かう。

白蓮には、白馬義従を率いて周辺一帯への大規模物見を頼んでおいた。

何かあれば、由莉を経由してすぐに報せが入ることだろう。

 

「…間違いなく、孫の旗だな。しかも、見たことある奴」

 

前方には、確かに孫呉を示す旗が翻っていた。

あれって孫家一門しか使っちゃダメな奴だよな。

俺でも知ってる。

 

孫策と孫権は建業に居るはずだし、孫静は寿春の責任者。

寿春は孫尚香ことしょこたんも居るのだが。

 

考え得るのは二つ。

 

一つは孫権が援軍に来た場合。

だが城に直接来ず、ましてや敵軍が居たはずの場所に居座る意味が解らない。

 

もう一つは、しょこたんがやって来たって場合。

だが周泰が見張ってるはずだし、俺たちに気付かれず追い抜くことは出来ないはずだ。

 

「韓当、軍を展開。周囲を警戒させろ」

 

「分かった!」

 

さて、何が起こっても良いように準備は怠らないでおこう。

韓当隊を左右に広げ、呂羽隊を下から押し上げて凹字型になるように。

 

やがて見えてきたのは、孫旗を掲げた小部隊。

既視感。

割と最近見たし、見てる。

間違いない。

 

と言うか、小部隊故に将兵の姿も見えてるんだよ。

 

そして、向こうの将と目があった。

 

「あ、やっときた。もうっ、呂羽ったらおっそーい!」

 

しょこたんだった。

周囲を見回すが、周泰の姿はない。

 

「何故居る?」

 

「ん?呂羽を待ってたんだよっ」

 

「…周泰は?」

 

「多分、城に居るんじゃないかなー?」

 

んーっと人差し指を顎先に当てながら小首を傾げるしょこたん。

そんなことを言ってるんじゃないんだよー?

 

「ここには曹操軍が居たハズだが…」

 

「うん、そうだね」

 

あ、何かイラッとした。

 

「あ!でもね、シャオが来た時にはもう退いて行ってたんだよっ」

 

俺の顔から何かを見て取ったのか、孫尚香が慌てて言葉を紡ぐ。

 

「退いて行った?」

 

「うん。結構慌てた感じだったかな?一応斥候は出したから、そろそろ戻ってくるかも」

 

孫尚香……しょこたんの言葉を信じるなら、張遼たちは慌てて撤退したということか?

こっちは何もしてない。

他に何か要因があったのだろうが、分からないな。

 

「そうか。まあそちらは後で検討しよう」

 

斥候を出したとのことだし、白蓮もそのうち戻ってくるだろう。

それらをまとめたところで検討し、考えるとするか。

 

「さて、それよりもだ」

 

じっとしょこたんを見詰める。

 

「なあに?」

 

見詰められたしょこたんは、一見冷静に応えるが…。

額にうっすらと冷や汗をかいてるのがわかる。

 

「何故、俺たちより早く此処に着いた?」

 

そう。

俺たちは一直線とは言えないが、なるべく早いルートを通って来た。

注意しながらとは言え、小部隊に抜かれたらすぐに分かるはず。

それなのに、しょこたんの方が先に着けたのは何故だ。

 

「簡単だよ?シャオたちは、呂羽たちより先に出発したんだもん!」

 

…何だと?

 

「呂羽ってば、何か皆と話し込んでたからさー。だからその隙にささっと、ねっ」

 

てへっとばかりに舌を出す良い笑顔に、軽くイラッとする。

 

「…虎襲旋脚」

 

軽く後ろを向いて、軽く前傾姿勢になって、軽く跳ねながら、軽く後ろ回し蹴りを放つ。

 

「きゃあ!」

 

短く悲鳴を上げつつ、簡単に躱す孫呉の末姫様。

うむ、ある程度は問題なさそうだな。

 

「ちょっと呂羽!いきなり何すんのよっ」

 

「うむ。今後は遠慮しないことに決めた」

 

「え、何が?」

 

しょこたんの戦闘シーンは良く見てなかったが、そう言えば武器から考えて近距離も問題なさそうだ。

だったら大丈夫だ問題ない。

 

一国の姫君に対する行動ではないが、そこはそれ。

咎められても反論の余地はある。

 

無かったら逃げよう。

 

「さて。黙って出てきた姫は護送せねばな?」

 

「あ、待って待って!」

 

言いながら構えて見せると、慌てて懐から何かを取り出すしょこたん。

慌てる様子はなかなかぷりちー。

さてさて、何が出てくるのかな?

 

はいこれ、と差し出されたのは書簡。

 

ん?としょこたんを見ると、ん!と頷かれる。

 

意味が分からん。

が、とりあえず読んでみるとしよう。

 

 

* * *

 

 

斥候たちが持ち帰った情報を精査していると、白蓮も戻って来たので軍議を開く。

 

「…なんで孫尚香が居るんだ?」

 

「なによー、いいじゃない別に!」

 

良くはない。

よって白蓮の疑問はもっともなのだが、今は横に置いておこう。

色々と確認しないと行けないことが出来たんだ。

 

とりあえず白蓮と由莉が慌ててない状況から、差し迫った現状にはないことが窺える。

 

韓当もしょこたんが居ることに驚きはしたものの、特に何も言わなかった。

いや、お前は苦言を呈すべきだろ。

立場的に。

 

「ある意味何時ものことだし、師匠が認めたんなら大丈夫だ」

 

そんな信頼は要らないぜ。

 

さて、そろそろ真面目に始めるぞ。

何で俺が仕切ってるのか分からんが、良くあることなので気にしない。

 

「さて、まずは結論から言おう。曹操軍は国境まで退いたようだ」

 

寿春も国境沿いの街ではあるが、そこよりも更に…と言うことだ。

張遼たち別働隊がそこまで退いたと言う事実。

これは何を意味しているのか。

 

そして、今後何が起こるのだろうか。

明確にせねばならない。

 

 




・虎襲旋脚
餓狼WAのMr.KARATEが使う特殊技。
動作は本文中にある通りですが、使い道は余りなかった気がします。
そもそも家庭用だけな時点で、対戦もほとんどなかった訳で…。

エターなるフラグがソロリと這い寄った、初午の一日。
やっぱり二月も忙しい…。


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68 真・鬼神撃

寿春から建業まではまあまあ離れている。

いくら現地人の案内があったとしても、そんなすぐにはつかないものだ。

 

だから、急ぎの用なら早く出て早すぎることはない。

逆に急がないなら、のんびりゆるゆると進めばいいし、そっちの方が道中楽しめただろう。

 

「で、建業までは?」

 

「あと一昼夜、ってとこかなー」

 

諸般の事情で寿春を離れた俺は、韓当と別れて建業へ向かった。

見ての通りしょこたんも一緒だ。

 

何故かって?

孫静に頼まれたからだ。

 

 

手渡された書簡は、孫静の許可証だった。

しょこたんが、俺と一緒に建業に戻るってことへのな!

 

見ちゃったものは仕方がない。

それらを軍議で披露し、次いで斥候や白蓮からの情報を精査した結果。

韓当が現地で陣を張って抑えに残れば、とりあえず問題なさそう。

そんな空気になったのだ。

 

寿春には周泰もいることだし。

と言うか、周泰放っておいて帰還していいのか?

訊ねると、しょこたんは目を逸らした。

周泰、強く生きろ…。

 

 

そんなこんなで、呂羽隊はしょこたん隊に先導される形で建業に向かっているのだ。

ちなみに白連と白馬義従は請われて現地に残ってる。

韓当と一緒にな。

 

 

* * *

 

 

さて、あの森を抜ければもうすぐ建業らしい。

その時になって、しょこたんが隊を止める。

 

どした?

張遼たちが兵を退いたからって、本隊の侵攻も止んだとは聞いてないんだぞ。

むしろ侵攻の時は迫っていると聞いている。

つまり、時間はあまりないのだ。

 

そうそう、その張遼たちなんだが。

兵を退いたのは、確実に抑えの役割を全うするためらしい。

確かな筋からの情報だって韓当が言ってた。

 

あの時の張遼の様子からちょっと信じられなかったが、白蓮の言葉もあって信用することに。

 

 

「呂羽、ちょっと時間をちょうだい」

 

「何?」

 

普段と違い、落ち込んでいるとは違うが、若干しおらしい感じがする。

しょこたんらしくないぞ。

 

「あの森に用があるの。呂羽、ついてきて」

 

「む、それはいいが。隊はどうする」

 

「んーっと……すぐ済むと思うから、ちょっと休憩してて?」

 

休憩ってお前…なんて思うも、こっちの返事も待たずに歩きだしてしまった。

おーい…。

 

今までに感じたことのない雰囲気だったし、仕方ないか。

一人で行かせる訳にはいかないからな。

孫静にも任されてしまったし。

 

由莉に隊を任せ、隊員数名を連絡係に置きながらしょこたんを追いかけた。

 

 

しばらく森の中を歩いていくと、石碑のようなものが見えて来た。

いや、あれは墓か?

 

そして、誰か居る。

 

「姉様?」

 

隣で無言を貫いていたしょこたんが呟いた。

姉ってことは、孫策か孫権しかいない。

そして見た感じ、見覚えのあるシルエットだから孫策だろうな。

 

「シャオ?」

 

しょこたんの呟きに反応したのか、驚いたように顔を上げる女性。

あ、やっぱり孫策だった。

 

「どうしてここに……って、あなた……」

 

さらにその顔が驚愕に彩られる。

次いで、険しくなっていく。

 

あれ、何か誤解されてる?

 

「あ、姉様。呂羽はいいの。シャオが連れて来たから」

 

剣呑な空気に染まって行きかけたところで、しょこたんが取り成してくれた。

良かったぜ。

危うく、森の清浄な空気が闇に染まるところだった。

 

「……そう。まあ、いいわ」

 

とりあえず俺はしょこたんに連れられて来ただけだ。

よって、何かしらのアクションを起こすつもりはない。

 

ないのだが……。

 

孫呉の姉妹とは別の、異様な気配を微かに感じ取る。

確定ではないが、あまり良くないタイプの気配だ。

 

ふむ、万時備えあれば憂いなし。

 

全身に気を充足させ、何時でも事を起こせるように準備しておく。

 

「呂羽、何を…?」

 

ピリピリとした気配を放ちながら、俺が見詰めている方向には孫呉の姉妹。

それに反応して構えを取る孫策。

 

「姉様っ?ちょっと呂羽、何してるの!?」

 

しょこたんが喚くが、今はそれどころじゃない。

 

「呂羽、此処で変な動きをしたらどうなるか…。分かっているの?」

 

分かってるが、そうも言ってられない気がするのだ。

ほら、もうすぐそこにっ

 

「虎煌拳!」

 

「くっ!?」

 

「ぎゃあっ」

 

 

「へっ?」

 

問題です。

この中に仲間はずれが居ますが、誰でしょう?

 

答え。

 

「飛燕疾風脚ッ」

 

「ぐげっ」

 

今、俺が蹴り落とした奴だ。

名前は知らない。

 

「孫策はしょこたんを頼む!」

 

「えっ?」

 

「それってシャオのこと?」

 

他に誰が居る。

って、やっべぇモノローグが漏れちまった。

 

……細けぇことはいいんだよっ

 

誰とも知れない賊?の数は、ひーふーみー……十人居ない程度だな。

おっと、襲撃の失敗を悟って身を翻して逃げ出してる奴もいる。

素早いその判断は評価できるが、逃がしゃしねえぞっと。

 

「覇王翔吼拳!!」

 

ぼひゅーんと難なく撃ち落とす。

確実に落とすためにと思ったが、軽めに撃ったとは言ってもちょっとやり過ぎたかな。

 

「んなっ!?」

 

お仲間が撃ち落とされて唖然とする気持ちは分かるけども、容赦はしない。

お前の手に持った刃が全てを物語る。

 

フロントステップで懐に入り込む。

賊程度には惜しい技だが、食らいたまえ。

 

「真!」

 

左フックをお見舞いしつつ、軸足に力を入れる。

 

「鬼神撃ッ」

 

横合いから殴りかかって来る奴を、右正拳突きで吹っ飛ばす。

吹っ飛んだ奴から、改めて正面に向き直り、強く踏み込み胴抜きを放つ。

 

「どうだっ!」

 

最後に残心。

 

横に吹っ飛んだ奴は気絶、正面の奴は倒れ伏してピクリとも動かない。

周囲を見渡すと、先端に何かしらの液体が塗られた矢が散らばっている。

毒かね?

 

おっと、しょこたんは無事かな?

 

「呂羽!」

 

声の方を向くと、武器を携えたしょこたんがぴょんぴょん跳ねている。

その隣には無表情になった孫策さんが。

 

何これ、超怖い!

 

 

* * *

 

 

「暗殺者?」

 

「……チッ」

 

無表情になった孫策だが、その矛先は俺じゃなかった。

良かった。

本気で戦いたいとは思っていたが、そんな顔は見たくないからな。

 

そして、賊のような襲撃者は暗殺者だったようだ。

俺に知見はなかったが、矢や刃に塗られた液体は毒らしい。

孫策が無表情で言ってた。

マジで怖かった。

 

追加で全力の舌打ち。

 

「しょこたんや、今の孫策は怒ってるのか?」

 

「あ、やっぱりそれシャオのことだったんだ。うん、凄く怒ってるね」

 

言ってしまったものは仕方がない。

開き直ってそう呼ぶことにしたんだ。

 

しかし孫策さんは、超怒ると無表情になるのか。

一つ学んだ。

今後に生かすとしよう。

 

 

 




鬼神激は龍虎2のタクマ先生。
真・鬼神撃はKOFのタクマ先生。
似た名前だけど中身は全く異なる、ようで似てる箇所もありました。
真っ当な対戦では使えないと言われますが、だからこそ敢えて当てるべし!


ハッピーバレンタイン!
友チョコって要は義理チョコでしょ?
だから超展開をプレゼント。


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69 振り回し蹴り

しかし、暗殺者なあ。

こっちに来てから始めて見た。

 

「曹操……、見損なったわ」

 

襲撃してきた奴らのことを考えていると、孫策が冷たく言い捨てる。

ん?なんで曹操様が?

 

「こいつらの鎧。黒く塗ってあるけど、間違いなく曹操軍の鎧よ」

 

言いながら、抜き放った剣の先で襲撃者の鎧を削る。

よくよく見ると、なるほど確かに。

 

しかし、あの曹操様が暗殺を考えるとは思えない。

部下の独断専行か?

そうは言っても、此処は建業に程近い森。

ただの端兵が容易く入り込めるような場所じゃない。

 

「内通者か?」

 

思わず呟くと、ギョッとしたようにしょこたんが俺を見る。

 

「……かも知れない。だが、いずれにしろ曹操め……」

 

孫策は否定せず、されど無表情のまま口を噤み何事かを考えているようだ。

 

今や彼方にあって薄い記憶にこの状況。

孫策が毒を身に受け、倒れて孫権が後を継ぐ。

そんなストーリーもあったような気がする。

 

図らずも、阻止出来たということか。

 

原作とは場面が違う気もするけどな。

確認しようがないし、今は今だ。

 

「ねえ呂羽」

 

考えに沈む俺に対し、しょこたんが腕を取って声をかけて来る。

孫策についてはそっとしておくことにしたようだ。

 

「呂羽って凄いね。お陰で助かっちゃった」

 

「うん?…ああ、まあ。無事なら良かった」

 

孫静から頼まれてるし。

何より周泰の胃痛軽減のためにも、多少はな。

 

「うん!ねね、今度からシャオのことはシャオって呼んで?」

 

「…ん?」

 

「しょこたんって、何か気に入らないもの。だから、ね?」

 

ね?って小首を傾げながらの上目遣い。

あざとい。

流石しょこたん、あざとかわいい!

 

「えっ…ちょ、ちょっとシャオ!」

 

お、衝撃からか孫策が普通の孫策に戻って来た。

慌ててるから普通じゃないかも知れんが。

 

少し戻ってシャオと呼べとな。

それよりも、しょこたんが気に入らないだと!?

 

いやそうじゃなくて。

 

「それって真名だよな。いいのか?」

 

正確には真名の小蓮を基にしたアダナ、みたいなものか。

 

「いいも何も、シャオのお願い!ね!」

 

しょこたんが末っ子気質を全開にしている。

あれ、しょこたんってこんな可愛かったっけ?

いや可愛いんだろうけど、何か、こう…。

 

「隊長!」

 

悶々としていると、軽い足音とともに聞き覚えのある声が。

それに答えようとして…っ

 

「たあっ」

 

カウンターの振り回し蹴りで由莉を迎撃する。

当たり前のようにトルネードキック、もとい竜巻蹴りで突進してくるんだもん。

思わず迎撃しても已む無しだろう。

 

「不穏な気配がしたもので」

 

何も言っていませんが。

 

 

* * *

 

 

此処で戦闘があった気配を感じ取った由莉が、隊を率いてやってきた。

気の使い方に磨きが掛かってるなぁ。

凄いね!

 

そして俺は、しょこたんこと孫尚香の真名を預かることになった。

一方的に預かるだけなのもどうかと思うし、交換することに。

由莉が凄く睨んできたが、別に俺は悪くないはず。

 

「互いに遠慮のない関係……きゃっ!」

 

両手で頬を挟んでいやんいやんするしょこたん、もといシャオ。

ちょっと待ちたまえ、唐突に何言ってんだ。

ほら、由莉の目がどんどん冷やかになっているぞ。

 

「えー。だって呂羽が、もう遠慮しないことに決めたって言ったじゃーん」

 

やだもー!

なんて言いながら腕をバシバシ叩いてくるシャオ。

 

「隊長?」

 

いや確かに言った。

言ったがしかし、あれはっ

 

「はいはい。色々気になるけど、今はそれどころじゃないでしょ?」

 

ぱんぱんと手を叩き、妙な空気を断ち切るのは我らが孫策さん。

流石お姉さんだぜ!

 

しかし落ち着いた雰囲気を醸し出しつつも、ちょっと何かが漏れ出してる。

漏れ出る黒い何かは触れてはいけない何かだ。

直感に従い、素直に頷く。

 

「ひとまず城に戻r」

 

「姉様!!」

 

孫策の言葉を遮って現れたのは、孫策に良く似た風貌の少女。

や、少女と言っては失礼かな。

紛うことなき孫策の妹、孫権だった。

 

孫呉の姉妹がこんなところに揃うとはね。

聞いてないけど、あの墓は恐らく彼女らの親だろう。

孫堅かな?

だとすれば一家団欒。

異物は早々に退去すべきそうすべき。

 

「姉様、また勝手に抜け出して!私や冥琳たちが、どれだけ探したことか…」

 

「わーかった、分かったってば!悪かったわよー」

 

クドクドと説教というか愚痴を零す孫権に、辟易したように遮る孫策。

麗しき姉妹の姿がそこにある。

うむ、眼福なり。

 

「しょこたん…シャオは入らなくていいのかい?」

 

しょこたんと言ったら睨まれたので、急いで言い直す。

結構好きなんだけどな、しょこたん…。

ま、本人が嫌がってんなら仕方ない。

モノローグ的にも封印するとしよう。

 

「あ!…ねぇリョウ、シャオを連れてここから逃げてっ」

 

ふと、シャオが何かに気付いた。

そして何故か焦り出し、この場を離れようと小声で催促。

腕を取ってグイグイ引っ張る姿はぷりちーだが、多分無駄な事だろう。

 

「…シャオ。なんで貴女が此処に居るのかしら?」

 

だって背後に鬼姉が居るんだもの。

孫策は苦笑するばかり。

間に挟まれる孫権の苦労がしのばれる。

 

その目がついとこちらを向く。

 

「それで、貴方は誰?」

 

「俺h」

 

「お姉ちゃんも知ってるでしょ?姉様を打ち倒したって言う噂の人、リョウ。シャオの良い人だよ!」

 

瞬間、周囲から濃密な殺気が突き刺さった。

お、俺は悪くねぇ…。

 

 

* * *

 

 

曹操様が本隊を率いてやってきたらしい。

しかし建業には、寿春からは変わった連絡は届いてない。

 

つまり張遼たちの別働隊は、まさしく抑えと陽動を上手に果たした訳だ。

張遼本人は不満だろうけどな。

荒れて酒に浸る姿が目に浮かぶぜ。

 

それはともかく、曹操軍が出現したことに建業は騒然。

いくら準備を進めて来たとしても、兵力差は大きい。

場が荒れるのは仕方がない。

 

そんな時に、孫呉の王たる孫策が居ない。

そりゃ怒るよね。

 

普段であれば、冷や汗をかいた孫策が周瑜とじゃれるのが見られるのだとか。

でも今はそんな暇すら惜しい時。

 

何より、孫策が地味に切れてる。

切れてる相手が曹操様だから、こっちに被害が余りないと言うだけで。

 

 

「あ、呂羽。シャオのことはまた後で、じっくりと。お話しましょうね!」

 

「…呂羽とか言ったな。今は置いておくが、後で詳しく話を聞かせてもらうぞ」

 

「隊長……」

 

 

あの時の由莉の、ハイライトが消し飛んだ目は中々に怖かった。

 

そう、今はまだ被害を被ってないだけだ。

願わくは、このまま済し崩しになることを…。

 

でも、やっぱり俺は悪くないと思うんだ。

 

白蓮が居れば、仲裁してもらえたのに……。

なんて思ったが、苦笑するだけで終わるのが目に浮かぶ。

 

まあ、怒った女性には不用意に反論するもんじゃない。

精神修行の一環と捉えれば、多少は…ね。

 

話と意識が逸れまくったが、曹操軍と孫策軍がぶつかるのは今からのようだ。

図らずもその時に間に合った訳だが。

さてさて、どう動こうかねぇ。

 

 




・振り回し蹴り
KOF94と95におけるロバートのカウンター攻撃。
言う程振り回してないと思う。
「振り」「回し蹴り」なのか「振り回し」「蹴り」なのかでも違うけど。

中々佳境に入りませんね。
恐らく二月中には終わりません。


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70 九頭龍閃

「曹操軍には、錚々たる面子が揃っている」

 

そうそうぐんにそうそうたるめんつ。

フフッ

 

「真面目に聞いてるのか!」

 

「お、おう」

 

怒られた。

 

 

曹操様が率いて来たのは、旗印と斥候の情報から分かるだけでも結構な数と質。

夏候姉妹を筆頭に、有名どころがぞろぞろと。

中には北郷君や凪たちも居るようだ。

 

正面から、思い切りぶつかってやろうという気概が伝わって来る。

これに対する孫呉の将兵も、数に差はあれどもビビってなんかいない。

 

ちなみに俺は、有無を言わさず城に連れて来られた。

 

別に曹操軍に付くつもりはなかったけど、だからって孫策軍に……ああ今更か。

孫静に協力して韓当とともに張遼と戦った時点で、ね。

 

いや、別に問題はない。

両雄激突の真ん中に、第三勢力がぽちっと入り込むのも面白そうではあったが。

流石にな、乱取り稽古にも程があるから。

 

だから孫策軍に与して戦うのは良い訳よ。

ただ、自己紹介も何もないのは流石にどうかと思うんだ。

いくら時間がないにしてもさー。

 

「大丈夫、リョウにはシャオがついてるよ!」

 

隣にシャオ。

背後に由莉。

反対側には孫策と孫権が陣取ってる。

 

つまり、良い感じに囲まれてる訳でして。

孫呉の諸将からの注目度が凄い。

悪い意味で。

 

無論、視線が突き刺さったりはしてない。

偉大な軍師さんが諸々説明してるとこだし。

気を逸らしたりしたら、さっきの俺みたいに怒られてしまう。

 

でもね、みんなの気配が完全に注視してんの。

おお怖い怖い。

 

あ、周瑜さんから睨まれた。

真面目に聞きます。

 

 

* * *

 

 

何か孫策が曹操様に会いに行くそうな。

 

今、会いにゆきます…。

 

そして何故か俺も。

 

「呂羽は証人よ」

 

現場に立ち会ったどころか、返り討ちにしたのが俺だもんね。

仕方ないね。

 

だったらシャオはー?

なんて口に出そうとしたら、孫権から凄まじいプレッシャーが放たれた。

 

その背後に居る、多分甘寧さん。

元々鋭い眼差しが厳しさを増して、まるで貴様を殺すと言われているよう。

 

此処は大人しく引き下がり、素直に従うのが得策だろう。

 

「リョウなら姉様の護衛としても、問題ないもんね!」

 

シャオよ。

敢えて引っ掻き回すような発言は慎んでくれないか。

 

「刺客の躯と、証拠品の矢や刃を持っていく。思春、供を」

 

「御意」

 

何時の間にか感情の抜け落ちた顔に戻ってる孫策が指示を出し、静かに、鋭く答える甘寧。

 

開戦前の舌戦と言うか、口上を述べに赴くのは別に珍しくない。

この場合、その内容は問い詰めとか糾弾になるのは間違いないだろう。

孫策の供に甘寧が指名されたのは、その力量に信頼を置かれているからだろうな。

 

そして、目で促された俺も後ろに続く。

由莉は供を申し出てくれたが、隊に隊長も副長も居ない状態にするのは些か不味い。

 

孫呉の将兵は当然、曹操軍を迎え撃つ。

でも呂羽隊の立場は少々微妙。

正式な立ち位置が定まってない。

 

巻き込まれただけとも言えるし、当事者とも言える。

俺が証人に指名されたのも大きい。

 

呂羽隊は孫策軍と一緒に戦うべきか、戦って良いのかどうか。

深く考える暇もなく、こんな状況に陥ってしまっている。

まあ、攻めてこられたら迎撃するしかないんだけど。

 

普通の流れであれば、舌戦というか口上を述べたら一旦陣に戻り、そこから開戦。

俺も隊に戻って適宜判断すればいいんだろうけど。

色々と間に合わない可能性もあるからねぇ。

 

そんな訳で、諸々の判断が出来る我が副長殿に隊を任せることにしたのさ。

 

 

* * *

 

 

孫策が軍勢の前に出て行き、曹操軍の鎧兜等を身に着けた暗殺者の死体を放り投げる。

ざわりと空気が動いた。

 

「曹操の兵が私を暗殺しに来たわ。これが、その証拠」

 

同時に毒が付着した矢なども指し示し、淡々と述べている。

曹操軍からは、驚愕や悲鳴にも似た気配が伝わってきた。

 

「──その場に同席した、この呂羽が証人よ」

 

ついでに、証人として俺を紹介する孫策。

凄い勢いで視線が集中する中、努めて無表情を保って軽く頷く。

 

何名かの将が、驚愕に満ちた視線を飛ばしてきている。

あ、更に一部の奴からは射殺す視線ががが。

こっち見んな!

 

「心底軽蔑するわ。…これ以上言うことはない。生きてこの地から出られると思わないことね」

 

おっと、視線に恐怖していたら口上が終わっていた。

最後にそう告げた孫策は、クルリと踵を返す。

 

何も言わずに陣に戻る孫策と甘寧。

その背中を眺めながら、視線を転じて曹操軍の様子を確認した。

 

 

おおう、凄い勢いで動揺が伝わってくる。

きっと陣中で曹操様が激怒しているのだろう。

 

夏侯淵や荀彧が確認を急ぎ、多分末端兵の暴走に気付く。

そしたら、どうなるかな?

 

如何に優れた将と言えども、何十万人と言う将兵を完全に管理することは不可能。

さらにその中の、極僅かな数名の行動を把握するのは無理だろう。

 

暗殺なんて指示してない。

そのようなことは知らない。

 

シラを切り通して戦闘を継続することも出来る。

でも、曹操様はそうしないんじゃなかろうか。

 

正々堂々を好む、誇り高き覇王たる曹操様なら。

 

だとすれば、曹操軍は撤退するのだろう。

現に、眼前では軍勢が揺れに揺れている。

進軍すると言う空気じゃない。

 

その様子を静かに眺めていると、見知った顔が歩いて来るのが見えた。

 

 

「久しいな、凪」

 

ただ一人、出て来たのは凪その人。

軍勢を連れていないから、恐らく本当の殿役は別に居るのだろう。

 

「私たちは撤退します。つきましては、追わないで頂けると助かるのですが…」

 

やはり撤退を選択したか。

しかし孫策の言い分からして、追撃しないことは有り得まい。

凪としても分かってはいるのだろうが。

 

「それは無理な相談だ」

 

「……」

 

言を左右にしても仕方がないので断じると、無言で構えを取った。

此処から先は進ませないとの意思表示か。

 

俺が追撃に参加する理由はない。

証人として孫策側に立ちはしたが、別に曹操軍を非難するつもりもないしな。

 

だが、凪と戦場で相対したからには。

況や構えを取られたからには、立ち会う他ないだろう。

 

どれだけ向上したのか、確認もしたい。

やはり俺は武将ではなく格闘家だな。

 

「行くぞ!」

 

 

* * *

 

 

「飛燕龍神脚!」

 

「龍斬翔ッ」

 

交差する俺と凪。

 

既に戦場は遠く、この場には俺と凪。

そして背後に呂羽隊が控えているのみだ。

 

俺と呂羽隊は追撃戦に参加しなかった。

凪は凪で、俺の抑えを主な目的としていたらしい。

 

結果、撤退する曹操軍と追いすがる孫策軍の戦場から離れた場所で遣り合い続けている。

 

俺としては凪を打ち倒すつもりはない。

凪としても、早めに切り上げて本隊に追いつきたいだろう。

落とし所を見つけないとなぁ。

 

 

凪は龍斬翔と幻影脚を完全にモノにしたようで、よく使ってくる。

龍撃閃もな。

 

ふむ。

時間もあまりないことだし、ここは一つ指南して終わりにするか。

 

「凪、構えろ」

 

言うと同時に懐へ踏み込む。

そして脇を締め、拳を腰の当たりに添えた龍斬翔のような上向き体捻りを繰り出した。

但し、跳躍しないで同じモーションを2回繰り返す。

 

今回は指南として警告を出しておいた。

しかし何も言わずに出したら、一度目と二度目の合間に動き出した相手にヒットすることが期待できる。

ま、連続技向きだな。

 

最後にもう一度更に強く踏み込んで、今度は蹴り上げにて締め。

その際、足先に気を込めて強く押し込めた。

そうすることで、ガードをしたまま押し込まれた凪に反撃の機会を与えずに済む。

 

「これが九頭龍閃。参考にしてくれ」

 

どの辺りが九頭龍なのかは知らんがな。

 

 




先週は繁忙+体調不良で色々吹っ飛びました。
さて、今後はどうなることやら…。

・九頭龍閃
KOF99以降とNBCロバートの超必殺技。
飛燕斬のような龍斬翔を繰り返し繰り出す技。
使い所は色々ありましたが、カス当たりすると悲惨なことに…。


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71 不動剛腕撃

曹操軍は、多大な損害を出しつつ撤退して行った。

国境近くでは寿春の抑えに回っていたはずの張遼が陣を構えており、已む無く孫策軍は追撃を諦めたらしい。

 

そして孫策たちは建業に戻ったのだが、膨大な残務にてんてこ舞いのようだ。

 

「張遼たちも軍を退き、寿春も今は静かなもんさ」

 

韓当からの使者を連れ、白蓮が合流。

向こうの状況については彼女から聞いた。

 

寿春防衛戦等で大きな功を立てた韓当。

アイツが今後、寿春の責任者として詰めることになったらしい。

大出世だな。

 

「と言うか、私が居ない間にそんなことが…。活躍の場が…」

 

「安心して下さい。隊長以外、呂羽隊としては何もしてません」

 

白蓮と由莉が愚痴を言い合ってる。

それはいいのだが。

 

「で。何故あんたが此処に居るんだ?」

 

仮にと与えられた呂羽隊の宿舎。

俺の執務室、のような会議室。

 

そこに孫静が居るのはおかしいよね。

 

「あら、つれないわね。一飯一宿を共にした仲じゃない」

 

微妙に違うと思う。

あと由莉、一々殺気立つな。

 

「いいから説明してくれ」

 

「んー。まあ簡単に言うと、隠居することにしたのよ」

 

あっけらかんと答えられた。

てーか、隠居だって?

 

「それで、功を立てた韓当を後任に推挙したって訳」

 

いやいや待て待て。

 

「何故急に隠居など」

 

「別に突然決めた訳じゃないわ。前々から考えていたの。偶々、今が良い折だっただけよ」

 

「孫策たちには?」

 

「通知はしたわ。返事は聞いてないけど」

 

ダメじゃねえか。

あと、隠居はともかく何故此処にいるのか!?

そっちの方が大事だろ!

 

「やあねぇ。アナタと私の仲じゃない」

 

どんな仲なのかと小一時間問い詰めたい。

だが、聞いた所で碌なことにならないことが目に見えているので止めておこう。

 

『リョウー、居るーっ!?』

 

扉の向こう側から聞き覚えのある大声。

シャオだ。

 

トタトタパタパタ…

どがーんっと扉が開け放たれる。

 

「リョウ!」

 

「ちょっと小蓮様、ダメですってばっ」

 

周泰も居た。

戻って来てたんだな。

相変わらずお守してんのか、超頑張れ!

 

「シャオ。もっと落ち着いて、ゆっくり歩きなさい」

 

カンカンと聞きなれない足音もあると思っていたら、シャオの姉・孫権が顔を出した。

個人(記憶)的に好みの子なんだが、シャオ絡みで怒られたせいかちょっと腰が引ける。

いや、何とかして柔らかい微笑みを向けて貰わねば…っ

 

「呂羽。邪魔するわよ」

 

「ああ!?」

 

硬い表情で訪問を告げる孫権に応えようとしたら、シャオの驚愕に遮られる。

どうした。

 

「な、なんで叔母様が此処に?」

 

「相変わらず元気ねぇ、シャオ。蓮華も、久しぶりー」

 

「叔母上!?」

 

シャオと孫権が孫静に気付いた。

 

そして混沌と化す会議室。

一族同士のアレコレには口を挟まないのが吉。

黙って眺めていた。

 

「呂羽さん」

 

すると、周泰から話しかけられた。

おお、なんだね?

 

「先日は、孫呉の為にありがとうございました」

 

追撃戦のことじゃないだろうから、刺客の話かな。

寿春防衛戦のことも、多少はあるかも。

 

「貴方のことを中々信用しきれてませんでしたが、考えを改めます」

 

「そうか。まあ疑義があっても気にしないが」

 

「……おかしな人ですね」

 

真顔で変って言われた。

せめて、くすっと笑みでも零してくれれば違うのだが…。

やはり俺では北郷君には成れないようだ。

主人公パネェ。

 

「コホン。ともかく今後、何かあればお申し付けください」

 

「ああ、ありがとう」

 

それでも、一定の評価は貰えたようだ。

 

そう言えば、今まで曹操軍でも董卓軍でも、そして劉備軍でも余り疑惑の目で見られたことは無かった。

状況や立場が違うとはいえ、孫策軍の反応が普通かも知れないな。

 

「それと、出来れば小蓮様のことをお頼みします」

 

「えっ?」

 

ビックリして周泰の方を見るが、既に立ち去った後だった。

どういう意味だ。

お守はもうしないとか、そういう……?

 

「呂羽!貴様、一体どういうつもりだっ」

 

沈思しようとしたら、怒った顔の孫権に遮られる。

いや、今度はどうしたよ。

 

「叔母上が、貴様の下に居るなど聞いてないぞ!」

 

「そうだよリョウ!シャオも一緒に居たいっ」

 

あ。

孫静のことで怒る孫権に、シャオが燃料を投下した。

こっちに矛先を向けないでくれ。

 

「モテモテだな」

 

白蓮、ぼそっと言っても聞こえてるからな。

そして由莉、殺気を仕舞え。

 

 

* * *

 

 

追撃戦が終わり、それらの残務の目途も立った頃。

俺は孫呉の首脳陣から呼び出された。

 

「呂羽。今回のこと、礼を言うわ」

 

そう言って頭を下げる孫策。

おや意外。

下げる頭なんて持ってないかと思っていたが。

いや、流石に思い込みが過ぎるな。

反省。

 

「礼には及ばない。偶然のことだしな」

 

とは言え、偶然の産物であることは間違いない。

だから別に礼も要らないんだけど。

 

「そう言う訳にも行かない。偶然だろうと、お前は孫呉の王を刺客から救ったのだから」

 

周瑜さんが怜悧に言ってくる。

まあ、確かにそうだよね。

だから礼だけは素直に受け取っておこう。

 

「言葉だけで済む話ではない。が、お前は孫呉の民や将ではないからな…」

 

「あれ、でも叔母様のとこで客将してたんでしょ?」

 

「…ふむ。呂羽、引き続き客将として。いや、正式に孫呉に仕える気はないか?」

 

「客将でお願いします」

 

あ、やべ。

勢いで答えちゃった。

 

「何か目的があるんだっけ?なら仕方ないか。お礼のことも含めて、色々便宜を図ってあげるわ」

 

そもそも孫策に仕えるつもりで来た訳じゃない。

状況確認と、なんなら戦うために来たんだけど……まあいいか。

 

「では一つ、良いだろうか?」

 

「あら、早速ね。何かしら」

 

「孫策と、全力での一騎打ちを所望する」

 

「……へぇ」

 

「ほお?」

 

「貴様っ」

 

俺の突飛な発言に対するのは三者三様。

上から孫策、周瑜、孫権。

 

 

「まあ待て若造。まずは儂が見定めてやろう」

 

そんなところに待ったを掛けて来たのは黄蓋か。

先代・孫堅の頃からの武将で、得物は弓がメインだった気がする。

 

まあ近接も問題ないんだろうし、相手にとって不足はない。

孫策たちもそこに異論はなさそうだし、早速試合と行こうか。

 

 

* * *

 

 

黄蓋が選択した武器は、弓ではなく剣だった。

俺が格闘家だってことを考慮してくれたのか。

 

しかし別段、弓でも問題なかったんだけどな。

夏侯淵で鍛えられた対応力は伊達じゃない!

 

とは言え、剣の方がやり易いのは確か。

ココは俺の力の一端を披露する場面と割り切って、思い切り挑むとしよう。

 

「ふっ」

 

タァン!と力強く踏み込む。

地面を足が叩き、勢いを駆った正拳突きを連続で放つ。

 

捻り避けからの、勢いのままに斬り付けてくる。

が、甘い。

軽く跳躍からの回し蹴り。

しかし剣の腹で受け流される。

 

うむ。

力量は流石と言える。

言うならば質実剛健、経験に裏付けされた実力ってとこかな。

 

「ツぁっ」

 

後ろ回し蹴りから、胴回し回転蹴りに繋ぐ。

これは避けられた。

上段から振り降ろされる剣を躱し、高めに跳躍。

 

「獲ったァ!」

 

裂帛の気合いと共に突き上げられる、黄蓋の鋭い刃。

おお、これは中々。

 

だが残念、誘いだぜ。

 

「不動剛腕撃!」

 

空中でしゃがむような動作をして、両手を合わせたところから思い切り広げる様に振り払う。

 

これで突き上げられた剣は、ガキンと音を立て中ほどから折れてしまった。

そしてカランカランと剣の欠片が地を滑る音が響く。

 

うむ、勝負あったな?

 

 




日常話。

・不動剛腕撃
KOF95タクマの空中吹っ飛ばし攻撃。
ほとんど使った記憶は有りません。

以上でKOF95までの必殺技・特殊技を網羅したと思います。
尚、ユリの特殊技は除きます。


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72 滅・龍虎乱舞

「こうもあっさり祭を退けるなんて…」

 

「やはり実力は本物、ということか」

 

いい感じに力を示せたかな。

てか実力は本物って…。

一応、二回ばかり孫策には打ち勝ってるのだが。

確かに、孫呉首脳陣の前で披露するのは初めてかも知れないけどさ。

 

「さて、次はどうする?」

 

孫策と対戦出来るのか、あるいはまた余人が挑んでくるのか。

黄蓋との一戦で、いい感じに身体が温まった。

何だったら、連続稽古でも構わないぜ!

 

「何言ってるの。私と勝負したいんでしょ?」

 

とも思ったが、孫策が乗り気だ。

 

おっとそうだな。

彼女と真剣勝負をするのが、此処まで来た大きな目的の一つ。

黄蓋との対戦が充足感に溢れてて、ついつい余所見してしまったぜ。

 

「そうだな、これも褒美の一環。じゃあ雪蓮、存分に相手して貰いなさい」

 

「……さあ冥琳の許可も出たことだし、思いっきりやるわよ!」

 

周瑜も快く許可を、と言うか煽ってる気もする。

カチンときたらしい孫策の目が、心成しか鋭さを増した。

あと、口の端が吊り上ってる。

 

…まあいいか。

 

「ならば、御手合せ願おう」

 

 

* * *

 

 

激烈なる回天、なんてフレーズが頭を過った。

時勢を覆す程じゃないが、かなり激しい攻防を繰り返している。

 

「ハァッ」

 

「シッ」

 

孫策が扱う剣は、見た感じ孫呉に伝わる宝刀・南海覇王。

いくら一番馴染むからって、そのまま試合で用いなくても。

それとも、それだけ意気込んで貰ってると光栄に思うべきか。

 

俺は普段通りの徒手空拳。

観客でも初めて見る奴は驚いてたようだが、大部分はもう気にしてない。

一部眉間に皺を寄せているのは、何に対してだろうね。

 

「虎煌拳!」

 

それでも気弾を放つと、目を瞠ってた。

ちょっと優越感。

改めて凪の特異性が浮き彫りにっ

 

「ほらほら!考え事してると、ちょん切っちゃうわよっ」

 

いつかの焼き直し。

何をちょん切ると言うのか、気になるけど聞けない。

対象が何であれ、ちょん切られるのは御免蒙る。

 

フォンッと横薙ぎに一閃。

 

上体を逸らすことで避けるが、その一瞬に腰を落として溜めを作る。

弾力性を生かしてカウンター飛び蹴りだ。

 

「飛燕疾風脚」

 

跳び足刀気味の爪先が孫策の懐に入った、と思ったが感触が弱い。

ギリギリで反らしたか。

勘の良いことで。

 

気にせず跳躍したまま横回し蹴りに繋ぐ。

肘でガードされたが構わない。

勢いを付けて放ったそれは、孫策の身体を僅かに浮かせた。

 

「クッ!?」

 

先に着地した俺は、彼女に向かって無数の拳を打ち込む。

 

「暫烈拳!」

 

ガガガガッと連続で撃ち続ける高速拳。

クリーンヒットにはなってないが、ガードの上からでも削りきってやる!

 

孫策が着地する前に、気を込めた右正拳突きで吹っ飛ばす。

 

「良しッ」

 

軽く残心。

すぐに構え直す。

 

砂埃を上げて吹っ飛んだ先には、片膝立ちで物凄い笑顔を見せる孫策の姿。

多少はダメージも入ってるだろうが、これで終わりじゃないだろう?

 

「おらおら!」

 

そんな気持ちも込めて、掛かって来いやァと挑発一本。

 

「ッ!」

 

あ。

笑顔の質が変化した。

そして微かに唇が動くのを確認。

距離と声量のせいか全く聞こえないが、簡単に分かってしまった。

 

モ ウ コ ロ ス

 

ぞわっ

 

背中を駆け上がる悪寒からして、なんとも濃密な殺気。

このままでは試合が死合いになってしまう。

 

ふと、手負いの虎と言う単語が浮かんできた。

 

うーむ。

虎、虎ねぇ…。

 

冷静に激昂状態となれば厳しい戦いになるは必定。

それはそれで楽しいかも知れんが、望みの戦いではなくなる可能性も。

 

ここらで締めと行こうか。

 

 

「しゃあーっ!」

 

孫策が飛びかかって来た。

野生の孫策が…っと、ふざけてる場合じゃないな。

 

キレが増した彼女の剣先。

ここで返り血なんぞ浴びさせたら、きっと取り返しがつかなくなる。

なればこそ、修行の成果を見せてやろう。

 

「ハァァ……」

 

気力充足、全力全開!

 

ではいくぞ。

体力ゲージの残量は十分か?

 

正面から打ち掛かってくる孫策に、むしろこっちからぶつかる勢いで前ダッシュ。

 

接近するや、まずは左ジャブで牽制。

ヒットを確認することもなく、続けて右ストレート。

右の足掛け蹴りから一旦腰を落としてのしゃがみアッパー。

続けて膝蹴りをお見舞いして、踵落としを決める。

先ほどの膝が入ったことが感触からして分かったが、気にせず再び左ジャブ。

次いで左アッパーからの右回し蹴りでふらつかせたところに左ジャブ、右ストレート、横蹴りと繋げていった。

 

最後にハイテンションキック風に後方回転飛びで距離を空け、両腕交差してからの腰元で気を溜める。

 

「覇王…」

 

俺の視線の先、孫策は若干ふらつきながらもまだ立っていた。

 

流石だな。

では、遠慮なくトドメだ!

 

「翔吼拳!!」

 

腰元に溜めた気を、五段分に積み重ねる。

次いでイメージする形を嵌め込んでいき、良い折りになったところで全力放射。

 

両掌から放たれたソレは、虎の姿を写し駆ける気弾。

孫策が目を見開いているのが見えた。

 

いかに彼女と言えど、これをまともに食らえばただでは済まないはず。

 

滅・龍虎乱舞。

 

以前に龍虎乱舞を食らわせた時は、こっちの修練不足もあり満足な結果が得られなかった。

今回披露したのは、そのリベンジでもある。

 

そして、中空を駆ける虎となった覇王翔吼拳が孫策に吸い込まれていった。

 

 

* * *

 

 

俺と孫策の試合は無事に終わり、今は請われて執務室。

 

滅・龍虎乱舞の締めに、虎の覇王翔吼拳を放って以来、皆の俺を見る目が変わった。

良いか悪いかは人其々だが、概ね良い方向と捉えていいんじゃないかと思ってる。

 

「ねえねえ。最後のあの虎、凄かったわね!」

 

ことに孫策は凄い。

まるでシャオのようだ。

やはり良く似てると再確認したのは良いが、つまり何だ。

シャオが成長したら孫策みたいになるのか。

そっかぁ…。

 

案に相違し、クリーンヒットした虎翔吼拳。

いや、ふらつきながらも立ってたし、避けると思ったんだよ。

掠り当りでも十分な結果が見込めると思ってたから、加減もしなかったしな。

 

結果、どっかんヒットして孫策は気絶。

何故か幸せそうな顔をしていたとか。

ちょっとだけ衣類が吹き飛んだようにも見えたが、多分気のせいだろう。

 

その際、誰とは言わないが一部の人間から殺意が示された。

うん、まあ、仕方ないね。

 

でも全力全開は必要なことだったんだよ。

理解して欲しいとは言わないけどさ。

 

そして意識を取り戻した孫策が開口一番、放ったのが先のそれ。

 

普段から割と軽い印象があったが、ちょっと異なる方向へずれたようだ。

好印象っぽいからいいんだけど、何やら凄く気に入られたというか。

変なことにならなければいいが…。

 

「ふむ。雪蓮を容易く降すとは、前の時もやはり…」

 

周瑜がぶつぶつ言ってる。

 

「ねえ呂羽。貴方、うちに仕えなさいよ。優遇するわよ?なんなら私が」

 

「ちょっと姉様!」

 

「……次は私と仕合ってもらおうか…ッ」

 

テラカオス。

 

 

 




・滅 龍虎乱舞
2002UMで裏ロバのMAX2超必殺技。
虎のエフェクトは凄いが、ガードも可能で使い道は趣味の範囲。
でも使います、だって趣味だもの。
突進中は無敵らしいので、躱しつつってことも不可能じゃない模様。
しかし技名、もうちょっと何かあるんじゃないかって思ったり。

孫策を倒しました。完。


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73 虎脚

他者視点詰め合わせ


「それで、何か分かったの?」

 

「ああ。大まかな足取りは掴めた」

 

夕食の後、私室で冥琳と二人きりでの飲み会。

ゆったり盃を重ねながらの場は、密談には丁度いい。

 

昼間の呂羽との試合は心の昂りを隠せなかった。

今でも思い出せば、ついついニヤけてしまう。

 

おっといけない。

冥琳が呆れたように見てる。

 

表情は取り繕わず、それでいて頭だけを切り替えた。

 

「ふう。さて、許貢という者を覚えているか?」

 

私の意識だけはちゃんと切り替わったと分かったのか、溜息をつきつつ話してはじめてくれた。

まあまあ、二人きりだからいいじゃない。

 

それよりも許貢、ね。

えーっと、確か…。

 

「袁術派の官吏で、少し前に病死したのよね」

 

「ああ。その際、遺産は全て没収した」

 

冥琳が言うには、その許貢の遺臣たちが今回のことを企てたのだと。

主家の改易後、敵討ちを標榜して曹操軍に身を寄せていたとか。

 

「つまり元々揚州に縁があったから、容易く入り込めたってこと?でもそれじゃあ…」

 

「確かに縁深い者はいただろう。だが、だからと言って曹魏の武具を纏った者が建業近くをウロウロ出来るほど我らの警戒網はざるじゃない」

 

と言うことは、やっぱりあの時に呂羽が言っていた通り、内通者が居るのかしら。

それも、それなりに地位のある者が…。

 

もしそうだとすれば、今なお脅威は去ってないことになる。

早く炙り出さなければならないわ。

 

「でも私の勘では、そんなに脅威は感じてないんだけどなぁ」

 

私の勘は頼りになる。

もちろん、軍師としてはそれだけに頼り切るのは好ましくないんだろうけど。

でもそこは私と冥琳の仲。

勘とは言え、そこからちゃんとした情報と講じた策で補完してくれる。

 

「そうだな。実質、脅威はないのだろう」

 

「あれ、もう分かってるの?」

 

尋ねると、冥琳は頷いた。

なぁんだ。

もう分かってるなら問題ないじゃない。

 

「ッ」

 

そこで、ピンとくるものがあった。

問題がないなら、冥琳はハッキリ言うはず。

言い淀む場合はそれなりの理由がある。

 

「もしかして……身内?」

 

「…そうだ」

 

 

渋る冥琳だったが、聞かない訳にはいかない。

孫呉を背負うのは、王である私なのだから。

 

「誰?」

 

「…孫静様だ」

 

……叔母様?

まさか、という思いとともに、やはり、と言う気持ちもある。

 

この間、突如として隠居をしたのはそういうことか。

何かあるとは思ったけど、そう言うことねー。

 

「もっとも、孫静様が企図・手配した訳ではないようだがな」

 

詳しく聞いたところ、叔母様は死んだ許貢と仲が良かったらしい。

その遺臣たちとも交流があった。

だから、彼らの行動を黙認したのだとか。

 

うーん?

一応筋は通ってるかな。

でもそれだけだと、腑に落ちないところがあるわね。

そんな思いを込めて、冥琳を見つめる。

 

「全て知りたいか?」

 

「あんまり興味はないけど、知らないとダメなんでしょ?」

 

「無論だ」

 

冥琳が微笑んでる。

もうっ、悪趣味よ?

 

 

 

叔母様が黙認したせいで暗殺が実行され、叔母様が送った呂羽のお陰で危機を免れた。

そして暗殺未遂の結果、曹操は軍を引き払って孫呉の地は守られた、か。

 

表に出すには危険過ぎる情報だわ。

あの隠居も、本人なりにケジメを付けたということかしら。

だったらこのまま、闇に葬った方が良さそうね。

 

左程興味もなかった背後関係を全部聞かされた結果、下した結論。

 

「叔母様は、呂羽の屋敷で隠居してもらいましょ」

 

「ふむ。元は孫静様の屋敷だし問題はないか。だが」

 

「勿論、監視はつけるわ。明命に言って、適当に見繕わせる」

 

ふぅー。

政治的な面倒事は嫌になるわねぇ。

しかも身内のことも考えなくちゃいけないなんて。

 

でも全ては孫呉のため。

母様から受け継いだ全てを、蓮華に継いで貰って、楽隠居すると言う私の夢のためよ。

踏ん張らないと!

 

 

「ところで冥琳ー。どうやったら呂羽を繋ぎとめられると思う?」

 

そして再び思考は切り替わる。

考えるのはあの男、呂羽。

 

いやー、今日は清々しいほど見事に負けちゃった。

しかもあの虎の気弾。

虎の娘たる私に、あんなの見せるなんてねー。

 

完全に魅せられちゃった。

 

客将でってことになってるけど、是が非にでも取り込みたい。

でも真名の交換も保留されたし、意外と頑固者なのね。

シャオとはしたくせにさー。

 

「色仕掛けでもすればいいんじゃない?」

 

適当に聞いたら適当に返された。

それでどうにかなるようなら、もうやってるわよーだ。

 

義理は重視しそうだが、彼の目的を放棄してまではしない気がする。

その目的が具体的に何なのかは聞けてないけど。

ああ、強い奴と戦いたいとかは言ってたわね。

 

そうだわ!

私も雪辱を期する目的があるし、今後も継続的に試合をすることにしましょう。

更に私たちの魅力で悩殺すれば…、完璧よ!ね!?

 

「程々にね」

 

あら冷たい。

ひょっとして妬いてるの?

ふふ、なら今夜は構い倒してあげるわ、めーいりん!

 

 

* * * *

 

 

「たあっ」

 

「しっ」

 

私の前で稽古をするリョウと由莉。

 

リョウは相変わらずだが、由莉は随分と力を付けた。

得手が違うとはいえ、正面から打ち合えば私としても侮れない力量はあると思っている。

 

ちなみに由莉とは先日、ようやく真名を交換した。

同じくリョウを戴く者同士通じるものがあるし、攻守同盟もな…。

まあ、私は由莉ほど重くはないと思っているが。

 

「虎煌拳」

 

「くっ、毒撃蹴!」

 

気弾を容易く扱うリョウと、振り絞って応える由莉。

実戦では必ずしも無理する必要はないのだが、伸び代があるなら使うべきとの考えらしい。

 

「虎脚」

 

「っ!?」

 

リョウの虎煌拳を相殺して見せた由莉だったが、その後の前方歩法に対応出来てない。

 

虎脚、と言ったか。

私も受けたことがあるが、外から見るのと実際に受けるのとでは全く違う。

気弾の直後、唐突に眼前に来るので対応し兼ねるのだ。

 

いやはや、極限流ってのは奥が深いな。

極限流に底など無いって言うのも、あながち間違いじゃないのかも。

 

それはそうと、リョウが使う技は「虎」と付くものが多い。

「龍」も多いな。

 

虎を煌う拳、龍を撃つ拳が元になってると言っていた。

どちらにしても、場が場であれば色々言われかねん。

 

リョウが扱う気弾で、代表的と言えるもの。

覇王翔吼拳。

麗羽の牙門旗を折りまくったことで印象的な奴だ。

 

先日の孫策との試合で見せたそれは、虎の姿を模したものだった。

気弾ってのは、そんなことまで可能なのかと驚いたものだ。

由莉に聞いたら、普通は無理じゃないかとの答えだったが…。

 

やはり、リョウは規格外なんだな。

曹操のとこにいる楽進も気弾を扱うようだが、全く及ばないだろう。

 

ああ、そう言えば楽進はリョウが特別視してるんだったな。

そして由莉が明確に敵視してる。

韓当とは違った意味で。

 

さて、では自分はどうかと考える。

迫られたら断れないのは間違いないが、果たして自分から迫れるかと言うと……。

 

止めよう、不毛な考えには意味がない。

 

何はともあれ、私は由莉とともにリョウについて行くだけだ。

そして、アイツの考えが及ばないところを補助出来たらいい。

 

私には、仮にも太守としての経験がある。

リョウや由莉とは異なる視点があり、白馬義従の運用からくる用兵にも一日の長があるはず。

助けになる場面も多々あるだろう。

 

 

差し当たり、孫尚香はともかく孫策がやばい。

明らかに取り込もうと画策してる。

曹操とはまた違った方向だな。

 

リョウなら大丈夫とは思うが、防波堤は築いておくべきだ。

これは既に由莉と相談して決めてある。

 

 

次に孫静。

当初は利用してるのかと勘繰ったが、それはなさそうだった。

裏で色々やってたようだが、呉の内部事情に食い込むのは得策じゃない。

こちらに被害が無ければ放置で良いだろう。

 

一応、仲良くなった韓当とは連絡を取り交わしている。

何かあれば知らせてくれるはず。

韓当を頼ることに由莉は良い顔をしないが、リョウの為となれば割り切るだろう。

 

 

あと、一旦は軍を退いた曹操。

伝聞だが、追撃は熾烈を極めていたらしい。

撤退による被害は、物的にも風評的にも甚大だろう。

立て直しにはそれなりの時間がかかるはず。

 

これについても、寿春に置いてきた情報源が役に立ってくれるはずだ。

 

 

そして、益州に渡ったであろう桃香たち。

桃香本人は問題ないが、アイツの下に集った将たちは優秀だ。

だからこそ厄介なんだよな。

 

まだ完全には落ち着いてないだろうが、それでも手を伸ばしているはず。

今回の孫策と曹操が戦って退けたことも、当然知っているだろう。

ひょっとすると、戦勝祝いとかを送って来るかも。

 

それ自体は別にいいのだが、そこからこっちに飛び火しないか。

そこが問題であり、懸念されるのだ。

 

 

まあ、いずれにしても私たちがやることは変わらん。

由莉だって随分と強くなってるし、白馬義従の調練も欠かしていない。

リョウを頂点とした呂羽隊は、小規模ながらも精鋭なのだ。

 

あ、由莉が気力切れで崩れ落ちた。

慌てて支えるリョウと、密かに笑みを零す由莉が何とも対照的だな。

 

今が由莉にとって至福の時。

若干羨ましいと思いつつ、気配を消して立ち去ることにした。

 

 

…色々考えたことをまとめて、後でリョウのとこに持っていこう。

そしたらまた、褒めてくれるかも…。

 

 

 




・虎脚
虎煌拳の後に前ステップして距離を詰める技、らしいです。
浮いた相手に追撃が出来るようですが、良く分からないので想像してみました。


公孫賛は良い姉さん。
異論は認めたくない。


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74 鬼車

曹操様から、暗殺実行犯の生首が塩漬けで送られてきたらしい。

謝罪に添えて。

 

律儀なことだが、それで終わるものでもないだろう。

 

流石に言及はしてなかったが、曹操軍の被害は甚大のはず。

国が完全に治まる前に出征したがため、撤退したと言う事実は重い。

 

今後しばらくは袁紹派の豪族たちも活気づき、乱が発生する可能性も高まるだろう。

ちょっと前までの、孫呉の状況と似たような感じだ。

膿を出し切る良い機会と捉えるとこまで、同じような状況かな。

 

いずれにしても、しばらくは遠征に出る余裕なんてとてもないだろう。

孫呉にとっては一息つけると言うことだが。

 

さて、魏の方は良いとしてだ。

本題はこっち。

 

「劉備から手紙が届いたって?」

 

「うむ」

 

正確には、向こうの軍師から呉の軍師宛にだったようだが。

諸葛孔明より周瑜への手紙。

 

今更だが、客将に過ぎないはずの俺がそんな重要な情報を知っているのは何故か。

開催された主要会議に、当たり前の様に召集されたからさ。

 

ここは孫呉の首脳陣が集う執務室。

俺は白蓮を連れて参加している。

 

先日、彼女から色々と各方面の情報をまとめた資料を貰った。

あれは非常に助かった。

多角的な視野に立った情報の精査は、俺の視点では難しいものばかり。

普段は由莉に任せてあるが、資料として読めるとかなり違う。

 

だから労いも兼ねたお礼として、以前露店で買っておいた髪留めを贈ってみた。

そしたら思いの外、凄く喜んでくれたのは記憶に新しい。

 

ちなみにその露店は、何かと珍しいものも色々置いてあった。

中でも鼻が高くて顔が赤い面とか、思わず買ってしまったが後悔はしていない。

使い道は追々考えよう。

 

ともあれ会議だ。

 

「戦勝祝いと、季節の挨拶。そして、今後について書いてあったわ」

 

周瑜が説明を続けている。

益州に進んだ劉備ちゃんたちだけど、まだ統一には至ってない。

特に、南方や西方は奥深く難しい土地柄でもあるとか。

 

ばっちょんこと馬超は合流したのかな?

曹操様が揚州を先に攻めたみたいだから、まだかな。

 

「挨拶は良いとして、戦勝祝いって曹操軍を追い払ったことよね?耳が早いわねぇ」

 

孫策の言には全面的に賛同する。

各地に忍びを放つのは当たり前なのかも知れないが、手足が長くて結構なことだな。

 

「内偵が居るのだろう。可能な限りは排除するが、全ては流石に無理だ」

 

確かに。

目立つ奴や敵性の輩は排除に動くが、泳がせるのも策の一つ。

そこから判断できる情報も、結構沢山あるのだと言っていた。

由莉と白蓮が。

 

へえへえへえ。3へえ。

 

「それで、今後って何なのかってことだけど」

 

「うむ。我らが呉、曹操の魏。そして、益州の統一を進めている劉備の蜀」

 

劉備軍が巴蜀一帯を領土としたことから、蜀と称されることになったと教えてもらった。

 

「現在の有力な勢力はぁ、殆どこの三国に絞られています~」

 

孫策の言葉に周瑜が答え、陸遜が続ける。

…脅威の胸囲たち。

由莉も負けてないけどな!

 

つまり、今後はこの有力な三国が残って相争う関係図になると予想されるんだ。

おたくら、そこんとこどうよ?

なんて聞いて来てる訳か。

 

「全く、迂遠なことだわ」

 

面倒そうに孫策がぼやく。

全面的に同意するが、国同士の付き合いとはそう言うものなのだろう。

俺には無理だな。

 

「それが軍師の仕事だ。相手がいつ敵になるかも知れない故、余計にな」

 

淡々と、でも自信あり気に答える周瑜さん。

由莉と似てるとこあるよね、表情とか纏う空気感は違うけど。

頼りになるってあたりが凄く。

 

「そんな訳で、今後のことを話し合うわ。もっとも、大部分は先に冥琳と決めちゃったけど」

 

つまり事後報告、ないし承諾を得ることと通達がメインか。

まあ白蓮と言うブレーンが付いているとは言え、所詮は俺。

深く考えた所で良い結果が出るとも限らん。

客将だし、指示に従う方向で良いだろう。

 

 

* * *

 

 

そして今、俺は呂羽隊を率いて寿春に向かっている。

寿春に寄って色々確認した後、後続の同行者と共に益州へ赴く予定だ。

 

孫呉の将としてな。

 

いや、客将は客分であって直臣とは違うはずなんだが。

何故か、蜀への書簡にはそう書かれてあったし指示書にもそうあった。

 

白蓮が「孫策め!」なんて苦い顔して言ってた。

由莉は無表情だったな。

 

あ、これひょっとして不味いやつ?

少しくらい意識しとかんと爆発するかもしれんね。

それと、後続の同行者にも要注意だ。

 

やれやれ、考え事が多くて疲れるなぁ。

 

 

 

「師匠!久しぶりだな、会いたかったぜっ」

 

寿春近くに来ると、見知った奴が出迎えてくれた。

相変わらず熱い奴だな、韓当。

由莉が嫌そうな顔してる。

 

「ああ、久しぶり。あと寿春の長官への出世、おめでとう」

 

弟子の出世に対し手紙と祝いの品は送っていたが、会ったら祝辞を述べるも当然だよな。

 

「ありがとな!」

 

ニカッと爽やかな笑顔を浮かべるのが素晴らしい。

謙遜しないで、素直に受け止める度量のある良い奴だ。

 

寿春で後続を待ち、合流してから蜀へ旅立つことになる。

それまでは、久々に韓当と稽古や組手をするのもいいな。

先の戦いで大活躍して、出世したら忙しくなって腕が鈍るとかはないと思うが。

 

 

そんな訳で組手なう。

 

「っしゃらぁー!」

 

「ちぇすとぉーっ」

 

持ち前の武才で極限流を修めつつある韓当。

気弾は扱えないが、虎咆や飛燕疾風脚に暫岩脚などは会得している。

暫烈拳はあともう一押し、と言ったところか。

 

今回の組手では気弾はなしでやっている。

いやぁ、噛み合うな。

実に楽しい!

 

「飛燕ッ」

 

なんてワクテカしていると、韓当がかち上げ気味の膝蹴りを繰り出してきた。

おおっ!?

ガードは間に合ったが、勢い込いの余り持ち上げられる。

 

「疾風脚!!」

 

そのまま跳躍した韓当は、大きく回し浴びせ蹴りで打ち落とすように動く。

俺も、ガードしたまま蹴り落とされた。

 

「かはっ…やるな」

 

相変わらず内気功型のパワーファイターで、一撃が重い。

スピードと手数重視の由莉や凪とも違う、本来の極限流によく合致している。

 

「ははっ、大体は奴はこれで沈むんだぜ!」

 

なんて嬉しそうに言うが、この程度で満足して貰っては困る。

それと、師匠と呼ばれるからにはやられっぱなしとはいかない。

 

すぐに立ち上がってからの、前ステップ。

 

「おお?」

 

「ふんっ」

 

唐突に正面に現れた俺に若干動揺する韓当。

構わず、腕を振り回してラリアットを叩き込む。

 

「ぐはっ」

 

鬼車と称される特殊技で、その場でうつ伏せにダウンを強いるものだ。

後頭部から叩き込む感じになるからな。

 

びたん!なんて擬音が聞こえてきそうな感じに地面へ叩き付けられる韓当。

あまりに唐突過ぎて、驚いて対応出来なかったってとこか?

 

更にここから虎煌撃などで追撃出来るのだが、今回は気弾なしの組手。

稽古の意味を鑑みても、追い打ちは止めておこう。

 

 

 

「いやあ、良い稽古だった。押忍!」

 

どっちのセリフだと思う?

 

韓当でした。

暫く見ない間にすっかり出来上がってしまっている。

いや、前から片鱗はあったか。

 

ともあれ久々の組手は終了。

盛大に負けても一本も取れなくても、爽やかに笑うコイツは本当に逸材だ。

今でも十分強いが、稽古を重ねればもっと強くなるだろう。

楽しみだ。

 

由莉や白蓮も思うところがあったのか、試合を申し出て来た。

刺激を受けたか、良い傾向だな。

 

しかし残念、今日はもう時間切れ。

 

意外と速かったが、待ち人がやって来た。

 

 

「やっほー、お待たせー!」

 

後続の同行者が到着。

同行者と言っても、正式には副使に任じられた俺の方がオマケだがな。

 

正使である彼女と共に数日逗留し、諸々の準備をしてから蜀へ出立する。

呉の将を、客将として蜀に貸し出すと言う誠意ある外交戦略を果たすために。

 

 




・鬼車
KOFタクマの特殊技。
単発で当てると、本文のように相手を強制ダウンさせます。
連続技で当てると仰け反り効果で、更にキャンセル可能。
使い道は色々ありましたが、単発で当てるのは難しいかもしれません。

これにて揚州編は終わりです。
次回からは同盟編として、ラストスパートだぜ!(仮


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75 飛燕疾風龍神脚

「じゃあ出立するわよ。リョウ、準備はいい?」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

諸々の用件や調整等を済ませ、俺は韓当と周泰に別れを告げた。

ああっと、周泰は正使たるシャオと一緒に此処まで来ていたんだよ。

 

今回の派遣業務、同行しない周泰にも大きな役割が課せらている。

見張りと連絡が主なところだな。

 

蜀に向かう俺たち。

孫呉の前線拠点、寿春を守る韓当。

そして、それらと建業を繋ぐのが主な仕事だ。

 

大変なことだが、周泰が適任なのは間違いない。

シャオのお守は一旦預かるから、頑張って欲しいものである。

 

しかし孫策や周瑜も思い切ったことをする。

派遣する将に、王族の末姫を選ぶなんてね。

 

『呂羽が一緒なら大丈夫よね?』

 

なんて、信頼と脅迫が綯い交ぜにされた言葉を吐かれると参るぜ。

いや、別に裏切るつもりは毛頭ないよ。

客将として幕下に入ってから、何度も孫策と組手をした。

これだけでも大きな刺激になってるし、かなり良い立場に居るとも思うから。

 

だけども、俺の目的が間近に迫ればそちらを優先するとはちゃんと伝えた。

目的が何か、具体的には言ってない。

それでも結局は軽く了承されてしまい、引き受けざるを得なくなったのだが。

 

ちなみに孫権にはきつく睨まれた。

そして思い切り脅された。

愛されてるな、シャオ。

 

しかし中々、孫権とは仲良くなる切欠がないなぁ。

シャオや孫策とはすぐ打ち解けたのにね。

 

まあ、追々どうにかなるだろう。

 

 

* * *

 

 

道中、村々や街を見聞したり検分したりしながらまったり移動。

良い勉強になる。

 

そう、勉強と言えば。

本当は呂蒙が正使として赴く予定だったらしいのだ。

彼女、幹部候補生だからな。

 

だがそこにまず俺が放り込まれ、それを知ったシャオが諸手を上げて主張。

孫権と周瑜は当然反対したが、孫策が宥めて決定したらしい。

 

呂蒙は今頃、孫権と共に揚州南部の攻略で経験値を稼いでいることだろう。

俺と彼女に接点はあまりないが、咄嗟の仮名ながらも板についてしまった同じ呂姓として応援している。

機会があれば、度数の有った眼鏡をプレゼントしてみたいな。

 

「隊長」

 

「どうした?」

 

「斜め前方およそ七里先。賊の拠点があるようです」

 

ほう。

今は丁度、呉と蜀の中間地点辺り。

役人の目も届きにくく、緩衝地帯と考えれば軍も動かし難い微妙な場所。

故に賊が蔓延ることもある、か。

 

「よし、蹴散らそう」

 

「御意。とりあえず、白馬義従を迂回させています」

 

話が早くて良いな。

ちなみにシャオはどうした?

 

「孫尚香様なら、白馬に乗って向こう側へ……」

 

自由でお転婆だな!

知ってるけど。

 

まあ、さっさとぶっ飛ばして終わらせるか。

随身は呂羽隊だけじゃない。

シャオがいるんだから、当然孫呉の直臣も少なからず居る。

 

だから蹴散らした後のことはそっちに任せよう。

政治的なことは分からんからな。

 

 

 

「龍撃拳!」

 

両手で弾込めした気を蹴って打ち出すことで、幅だけでなく高さにも自由度が増す。

賊の腹、脛、足先、腕など自由自在に狙い撃ちだぜ。

 

「…器用ですね」

 

由莉が感心したように漏らすが、修行を重ねれば誰でも出来るはず。

とは言え、今のところ出来そうなのが由莉と凪しか居ない。

そして由莉はまだ暫く無理だろう。

徐々に伸びて来てはいるんだがなぁ。

 

「リョウ!」

 

「お?」

 

賊の後頭部を蹴りながら現れたのはシャオ。

白蓮と一緒に居たんじゃなかったのか。

 

「あっちは公孫賛だけで十分過ぎるもの。つまんないから、こっちに来てみたわ!」

 

相変わらず自由でいらっしゃる。

ま、白蓮が問題ないと分かっただけでも良いとするか。

っと!

 

「きゃ!」

 

シャオの腕を掴んで思い切り引き寄せる。

勢い余って抱き留める形になってしまったが、今はそれどころじゃない。

 

「チィッ」

 

シャオが元居た所に結わった縄が落ちており、その先に細身の賊が端を持って舌打ちしていた。

これは、存外手練れだな。

 

「副長、シャオを」

 

「はい」

 

シャオを守りながらだと、万が一の危険が及ぶ可能性もある。

よって、由莉に預けて一対一で向かい合う。

 

「孫家の姫がこんなとこに居るったぁ、俺様も運が良い。おいてめぇ、死にたくなかったら大人しくそこをどけ」

 

あ、三下だこれ。

まあ言動がモブでも弱いとは限らない。

それに、問答に意味が見出せる可能性はほぼゼロ。

 

よって、時間をかけるのは無駄。

最初からクライマックスだ!

 

「ハァァァーー……」

 

全身に気を循環。

次いで、足先に充足させる。

 

地面を蹴って、後方にジャンプ。

 

「飛燕疾風…」

 

一定の高さから、虚空を蹴って賊に向かって急降下!

 

「龍神脚!」

 

「舐めてんじゃねえぞ!俺様は袁家にその人ありと謳われた、張ぐべっ」

 

飛燕龍神脚と同様、足先で賊の鳩尾を抉り踏みつつ、そのまま地面に叩き伏せて慣性のままに引きずって滑走。

最後に気を爆発させて後方に飛び退く。

 

っしゃあ、どうだ!

土煙の向こうに、細身の賊は倒れ伏してピクリとも動かない。

うむ。

 

「うっわ~、えっぐぅ」

 

外野からドン引きしたような囁き声が聞こえてきた。

失敬だな。

ちゃんと生きてるわ!まだ。

 

「捕縛しろ」

 

「はっ」

 

コイツが親玉だったようで、他の有象無象は降伏した。

全力でやって正解だったな。

 

 

「リョウ、さっきは助けてくれてありがと」

 

袁家の残党から身をやつした賊を捕縛するのを眺めていると、シャオがすすっと近寄ってきて言う。

ま、無事で何よりだ。

 

「きょくげんりゅう?って凄いのね」

 

極限流な。

しかし先程、シャオがドン引きしてた奴も極限流の技の一つなんだぜ。

 

「それ、シャオにも教えてくれない?」

 

「断る」

 

「ちょっと、なんでよー!?」

 

反射的に断ったが後悔はしてない。

自由気ままな姫御に教え込む、なんて未来は気苦労が絶えないだろうからな。

興味が削がれれば、すぐに投げ出しそうだし。

 

それに、シャオは打撃が軽い。

磨けば鋭いものになるだろうが、極限流との相性はちょっとな…。

そもそも打撃に向いてない。

武器に気を乗せて、とかならいけるかも知れんが。

 

「勉強とか嫌いだろう?」

 

「うっ…」

 

そう言う事で、諦めてくれたまえ。

 

「うぅ…。うー!うーっ!!」

 

むくれたシャオが唸ってくるが、軽く往なしておく。

これはこれで可愛いな。

 

 

* * *

 

 

「隊長。まもなく指定された街に到着します」

 

ちょいと前に賊を蹴散らして以降、ここまで順当な道のりを歩んでこれた。

蜀の領地に入るにも特に苦労することはなく、出迎えの軍と合流する地点に到達。

 

劉備軍の拠点たる成都まで、あと少し。

 

 




誤字報告適用しました。
あと、一話からちょくちょく修正を進めております。
話の流れに変わりはありません。

・飛燕疾風龍神脚
KOFロバの超必殺技。だから、名前さぁ…。
追尾型龍神脚で踏み付け、引き摺った挙句に爆殺☆
いや爆発はともかく、爆炎ってどういうことなの。


揚州編終了記念!
孫呉の面子による主人公に対する現時点の好感度一覧。
尚、孫策を暗殺から救ったことで1ランクのプラス補正が付いています。

極大:韓当、孫尚香
高:孫策、孫静、周瑜、黄蓋
並:周泰、孫権、陸遜、呂蒙、甘寧
低:程普
極小:-

左程高く右程低い


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76 極限崩撃

雇い元から派遣先へ出向する途中。

とある軍勢と邂逅する。

 

その軍が誇らしげに、堂々と掲げるその旗は「華」

紛うことなく、懐かしき華雄隊のものだった。

 

 

「孫呉より参った。以後、宜しく頼む」

 

「承った。当方は貴殿らを歓迎する」

 

最初は真面目に。

いくら懐かしい顔触れであっても、様式美…もとい最低限の礼儀は大事。

 

一行の副使である俺が、出迎えの将である華雄姉さんと挨拶を交わす。

別にいいんだが、なんで俺?

正使のシャオがするのが筋だろうに。

 

当のシャオは俺の背後にあって、興味なさげに佇むのみ。

やれやれだ。

 

ともあれ形式ばった挨拶は終わらせた。

勝手知ったる他国の将。

やっとリラックスできるな。

 

「さて、呂羽。久しぶりだな」

 

「ああ、姉さんも元気そうで何よりだ」

 

「では早速、手合せといこうか!」

 

「お待ちください華雄将軍。まずは、手筈をお教え願います」

 

何時ものノリと勢いで試合に持ち込もうと言う姉さんの企みは、由莉による冷静なツッコミに遮られた。

いや、そうだよな。

俺も久々に組手も良いなって思っちゃったけど、実務の方が大事だよな!

 

「おお、韓忠。貴様も達者なようで……うむ?うむ。何よりだな、うむ!」

 

「…むっ」

 

なんだ?

姉さんが由莉に声を掛けたと思ったら、じっくり全身を回し見て何度も頷いてる。

由莉も居心地が悪そうだ。

 

ややあって何か得心がいったのか、大きく頷いて言った。

 

「まあいい。今日はこの陣屋で休むがいい。明朝、成都へ出立する」

 

「ん、そうか。分かった」

 

結局、どこに疑問を覚えて何に納得したのか分からなかった。

まあ必要なら教えてくれるだろう。

 

そしてここまで、一言も喋ってないシャオ。

挨拶くらいはさせるべきだよな。

 

「姉さん。こちら孫尚香。孫策の妹だよ」

 

「む?おお、確かに孫策に似ているな。初めまして、だな。我が名は華雄。宜しく頼む!」

 

「…うん、よろしく」

 

普通にしてたら全く接点がなさそうな二人。

シャオは少しやり難そうだ。

ま、追々慣れるだろう。

 

白蓮と姉さんが久闊を叙すのを眺めながら、考えるのは試合のこと。

 

移動中、賊徒を潰した以外は基本的に軽い稽古しか出来なかった。

明朝には出立と言うことで、今日も残り半日しかないが、半日もあるとも言えよう。

半日あれば、それなりの稽古が出来るはず。

 

「よし姉さん。勝負だ!」

 

「流石は呂羽。話が分かるな!」

 

にぃっと笑みを浮かべる姉さんがとても懐かしい。

さらに細かいところは副長に丸投げだ。

おや、副長と言えば牛輔が居ないな。

 

まあ、今はいいか。

さあやるぞー。

 

 

* * *

 

 

「はあぁぁーーーっっ!!」

 

「ちぇすとぉーっ!」

 

相変わらずの斧捌き。

いや、記憶にあるものよりも格段にキレが増している。

 

きっと俺たちと別れてからも、呂布ちんや関羽などと稽古を重ねてきたのだろう。

 

横薙ぎからの打ち下ろしを避けつつ、カウンター気味に龍閃拳を放つも容易く払われる。

払われた先の一歩を利用して、雷神剛で踏み込むもバックステップで避けられた。

おおう、なかなか当たらんのう。

 

「相変わらず、やるな!」

 

お褒めに預かり恐悦至極。

とは言え、当たらなければどうと言うことがないのはお互い様。

攻撃は当てないと意味がない、こともないけども。

出来るだけ当てる様にしたいところ。

 

よって、避けられない状況を作り出すのが良いな。

 

「虎煌拳!」

 

「ふっ」

 

牽制で虎煌拳を打ち出す。

流石に姉さん、見慣れているので僅かに横へずれるだけで容易に避ける。

だがそこに虎脚を合わせ、接近。

 

さらに大きく一歩踏み込んで、懐に入る。

このまま攻撃に移っても良いのだが、せっかくなので姉さんの警戒スタイルを崩してみよう。

 

ぐっと襟元を掴んで手繰り寄せ、すぐに放して大きく振り払うように左手を動かす。

すると相手は軽く仰け反り、無防備な状態になると言う訳だ。

 

極限崩撃。

掴み技で崩し技と言う、使い所が難しいが強力な一手。

 

「とうりゃ!」

 

軽くよろめいた姉さんに対し、すかさず一歩踏み込みつつ振り下ろし中段。

極限流連極拳から虎咆までのワンセットを決めた。

 

連極拳の一部がスカったが、まあ綺麗に入ったと見ていいだろう。

 

 

「むう、今の連携は未見だな」

 

「ああ。初見では、中々だろ?」

 

とりあえずは俺の一本、かな。

終わったら検討して今後の糧とする。

俺が所属していた頃の旧華雄隊から続く伝統の流れ。

今では白馬義従を含む呂羽隊はもちろん、韓当隊でもやっている。

 

「リョウ、次は私と戦ってくれ!」

 

「ぶーぶー!つまんないー。遊びに行こうよぉ~」

 

その後は触発された白蓮が参加してきたり、シャオが不平を漏らしたりして騒がしく過ごした。

ぎゃあぎゃあ騒いだせいか、すっかりシャオも華雄隊に馴染んできたな。

俺の古巣であることも一因かも知れんが。

 

そして、一人実務で仲間外れ状態になってしまった由莉はご機嫌宜しからず。

已む無く夕食後は、ご機嫌取りに終始した。

 

 

* * *

 

 

ゆうべはおたのしみでしたね。

 

夜が明け、日が昇り切る前に軍勢は出立。

成都へ向けて移動を開始した。

 

「成都では、ちゃんとシャオが挨拶するんだぞ?」

 

「やだ」

 

ちょ、おまっ!

 

「シャオはお飾りの正使だもーん。リョウに任せちゃうよ!」

 

「いやいや、飾りじゃないし。完全にオマケは俺の方だろうが」

 

「孫尚香が口火を切って、残りを呂羽が話せばいいんじゃないか?」

 

「あ、そうだね。華雄の言う通りにしよ!」

 

「……まあ、いいけど」

 

なんて和気藹々と喋りながら、行軍し、ギリギリ日が沈む前には成都についた。

 

 

「では、しばし此処で待て」

 

「了解です」

 

ふと思い返すと、姉さんと合流する前も益州に入ってからは一度も賊と遭遇してない。

劉備ちゃんの善政が行き渡っているのかな。

 

そう考えると、孫呉の勢力圏で賊が出たことはちょっと問題だな。

いくら本拠の揚州でなく、荊州であるとしてもだ。

次の定時連絡に所見として乗せておこうか。

 

徐々に日が傾いて沈みそうになってきて、ようやく城内からお呼びが掛った。

数は少ないとは言え兵士は兵士。

彼らは外で待機させ、シャオと白蓮、由莉と連絡用の隊員数名だけで入城。

 

前を歩くのは華雄姉さん。

脳筋との呼び声高い姉さんだが、洛陽でも将軍として長くその地位にあった。

言っては何だが、劉備ちゃんや大部分の将兵らなんかよりも圧倒的にキビキビしている。

城内にあって違和感が全くない。

つまり、姉さんカッコイイ。

 

なんて諸々考え事をしてみるも、まだつかない。

ひょいと先を眺めるに、謁見の場まではまだありそうだ。

 

「最近は忙しいの?」

 

よって、軽く私語に興じる。

情報収集も兼ねて、ね。

 

「まあな。西が少しばかり騒がしい。北もちょっと、な」

 

準備も今しがた終わったところだ、なんて仰る。

ほほう。

中々忙しそうだな。

 

てことは、軍勢が全て居る訳じゃないのかな。

そんなところに姉さんが来てくれたのは僥倖だった。

俺が来るってことで、配慮してくれたんかもしれんが。

 

「ついたぞ」

 

姉さんが開ける、大きな扉の向こう側。

蜀での派遣業務は、無事に勤まるのか。

大部分は初見で決まる、かも。

 

おっと、孫策と周瑜から預かった手紙もちゃんと渡さないと。

昨日までは由莉に預かって貰っていたが、公式の場では正副使から渡さんといかんよなぁ。

 

カツカツと響かせて進む先には、蜀の首脳陣がずらり。

が、見知らぬ顔もある。

 

劉備ちゃん、関羽、諸葛孔明、鳳統。

あとは見知らぬ妙齢の女性、恐らく黄忠かな。

 

そして華雄姉さんが多分黄忠の隣に立ち、謁見が始まった。

 

 




3月になっちゃいましたねー。
やっべぇ。

75話あとがきの好感度一覧に呂蒙を追加しました。
何故忘れてたんだろう。

・極限崩撃
KOFタクマの掴み投げ崩し技。
裏雲隠しや屑風のような技だと思われます。


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77 地龍背穿脚

「この度はご多忙の折、お目通り叶えて頂き誠に感謝致しますわ」

 

 

誰だコイツ。

心の中で思わず呟いた俺は悪くない。

 

劉備ちゃんに対し、孫策の名代としてシャオが述べた口上。

普段が普段だから意外に過ぎるが、伊達に孫呉の王族じゃないんだな。

勉強嫌いな印象があったが、教養もちゃんとしてるじゃないか。

 

「わざわざの御足労、痛み入ります」

 

それは劉備ちゃんにも言えることだった。

彼女も今や蜀と言う、一国の王。

対応もそれなりの、尊厳を身に着けたと言う事らしく。

ちょっと残念に思う。

 

「我らが主・孫策から手紙を預かっております」

 

シャオに促され、孫策から預かった手紙を劉備ちゃんに渡す。

ついでに周瑜からのも、諸葛孔明……孔明ちゃんへ手渡した。

 

「は、はわわっ」

 

その際、何故か慌てられる。

瞬間、関羽から睨まれた。

何故だ。

 

「拝見します」

 

おお劉備よ、何時もの天然さはどこへ行った。

これがお仕事モードってやつか。

 

劉備ちゃんと孔明ちゃんがそれぞれ手紙に目を通す。

そして関羽と黄忠、鳳統にも回していった。

黄忠が華雄姉さんにも渡そうとしたが、断られ苦笑。

相変わらずな姉さんに安心する。

 

「孫策さんの意志は分かりました」

 

「呂羽。貴様、何を企んでいる!?」

 

劉備ちゃんが穏やかに答えるのに、関羽さんから睨まれる俺。

だから、なんで俺を睨むんだ関羽さん。

孔明ちゃんと鳳統もコクコクと頷いている。

 

「手紙にある、孫策と周瑜の申し出が全てですわ」

 

おお、シャオが凄く頼りになる。

裏を勘繰る関羽と軍師たち、裏はないとアピールする俺たちの図だ。

俺は何もしてないけど。

 

「我が国の状況から鑑みて、孫策さんの提案は悪くないものです。ですが、少々こちらに有利過ぎる気がします」

 

孔明ちゃんが懸念を説明してくれた。

そうなのか。

孫呉から提案する、その詳細までは知らんからなぁ。

 

「あ、それは大丈夫よ。リョウの伝手を頼って、恩を売っておきたいってだけだからねー」

 

シャオの真面目モードは早くも終了した模様。

口調がいつも通りになってる。

 

それを聞いた関羽の眉間に皺が寄る。

美人が台無しだゾ☆

 

やがて何か言うべく口を開きかけたが、軍師たちに遮られた。

 

「成程。周瑜さんの申し出と合わせて、初めて分かりました」

 

「桃香様の大望と、呉の目的が一致。だから是非とも同盟に結び付けたい、と言う訳ですね」

 

孔明ちゃんと鳳統が超軍師モードで話を進める。

やっぱ、身形はあれでも中身は立派な軍師さんなのだなぁ。

 

「桃香様。私たちは同盟に賛成します」

 

そして、奏上した。

 

 

「孫策さんには連合の時もお世話になったし、信頼できると思う。うん、私も賛成かな」

 

劉備ちゃんが断を下し、ならばと関羽や黄忠もそれに従う。

姉さんは終ぞ我関せずのままだった。

 

「孫尚香ちゃん、呂羽さん。私たちは貴方たちを歓迎します!」

 

よかった。

何やかんやあったが、無事に目的を達せられそうだな。

あといつの間にか、劉備ちゃんも国主モードを解除していた。

シャオにつられたか。

 

俺たちは蜀に客将として迎え入れられ、宿舎も準備してもらった。

その際、現状について簡単に説明を受けた。

 

西では異民族との小競り合い。

南は今も少しずつ併呑を進めているところだが、先には南蛮があり、その動きが少し気になっているとか。

そして、現在最も危険度が高いとされるのは北。

 

北では魏と領土を接しており、その先の涼州では馬騰率いる馬一族が曹操様に対抗している。

それも制圧されるのは時間の問題と見られており、今後、魏からの圧力が強まる恐れがあった。

 

蜀としては魏への対抗上、馬一族を助けたい。

それには勢力圏を抜けて行かねばならないが、多大な危険が生じる。

今は国境沿いに軍勢を張り付けているが、何か妙手がないかを考えているところだとか。

 

「そこで、呂羽さんたちにはひとまず北への援軍をお願いしたいのです」

 

「承知した」

 

受け入れて貰えたなら、頼みは聞かないといかんだろ。

深くは考えずに即断してみた。

後からシャオと由莉に小言を言われたが、まあ些細なことだな。

 

 

* * *

 

 

やってきたのは北の国境警備隊。

 

「おや、呂羽殿ではないですか。それに白蓮殿も」

 

「大将!久しぶりだなー」

 

そこには趙雲と牛輔が居た。

ああ、華雄隊の副長だったはずの牛輔が居ないと思ったら、そういうことか。

 

華雄姉さんも元々此処にいたが、俺たちを迎えるために同行していたのだと言う。

その間の代将として、華雄隊の半分を率いていたのだとか。

偉くなったもんだ。

 

「趙雲に牛輔。元気そうで何よりだ」

 

「久しぶりだな、星」

 

おや、白蓮と趙雲は真名を交換済か。

元は趙雲が白蓮のとこで客将をしてたんだったっけ。

奇縁ですなぁ。

 

まあ旧交を温めるのもいいが、俺たちには、というより俺には目的がある。

それは、西涼の馬一族を支援すること。

 

今のところ、劉備軍としては曹操軍に備える以外の手がない。

真っ当に涼州へ向かうためには魏の勢力圏を通るしかなく、そうすると侵略と見做されてしまう。

相手に口実を与えるのは不味い、と言うのが首脳部の判断でね。

 

よって、少数精鋭で敵地へ侵入。

そのまま涼州まで突っ切り、陰ながら支援して、凌げそうになければ落ち延びるのを助けようというもの。

 

色々と突っ込み所満載なのは百も承知。

でも呉蜀同盟を結んだからには、先々でぶつかるのは確定してる訳で。

更に言うと、身内には周泰がやってることの延長上だと言い張ることも出来ると思うんだ。

ちょっと武闘派に偏ってるけどね。

 

それでも、純然たる蜀の軍勢で行くと見付かった時に不味い。

よって俺が行く。

 

どうだ?

この移動中にぼんやり考えた作戦は。

そこかしこに開いてる穴は、気力で充当すれば何とかなるさー。

 

 

「面白い。私も行くぞ!」

 

「いやいや、ここは素早さに定評がある私めがお供致しましょう」

 

「将軍たちじゃ目立ってしょうがない。ここは地味な自分が…」

 

以上、北の国境警備隊からの発言でした。

無茶無謀と諌められるかと思ったら、まさかの全力推進。

正規軍が動いちゃダメだって話、実は聞いてなかっただろ君ら。

 

「リョウなら良いって訳でもないだろ」

 

「隊長の言う通り、我が隊が適任ではあります」

 

「何か楽しそう。シャオも行く!」

 

ダメだこいつら、早く何とかしないと…。

 

「お前が言うな」

 

ですよね。

白蓮だけが冷静な気がする。

 

だがやはり、やはり正規軍の将兵は動かせない。

手紙くらいは預かるけどね。

 

むしろ呂羽隊だけでも多すぎるくらい。

シャオにも残ってもらおう。

 

「なんでよ!?」

 

「孫呉の王族が居るのは甚だ不味い。蜀軍と同じ理由ですね」

 

その通り。

よって、主に白馬義従から快速さを優先して選抜。

由莉と白蓮を含めて、十名ばかりの文字通り少数精鋭とした。

 

同行者は全員騎乗。

俺も竜巻と命名した駿馬を駆ることに。

 

「じゃあ、軽く行って来るぜ!」

 

「お土産よろしくね?」

 

ばっちょんでいいかな。

 

 

* * *

 

 

「地龍背穿脚!!」

 

進路を防ぐような奴らは、俺の力で倒してやる!

 

「隠密裏に動くんじゃなかったのか?」

 

そんなことは言ってない。

 

「しかし、周泰様のようにとか仰ってましたが」

 

延長上にあると思ってるよ。

武闘側に偏ってるとも最初から思ってたし。

 

涼州に入るまで素早く駆け抜けようとするが、邪魔者は居るものだ。

そんな奴らは、最初からクライマックスで薙ぎ払うのみ。

 

見敵必殺。

 

馬の背を蹴って跳躍し、龍神脚の要領で急降直下。

蹴り穿ち、構えを取って残心しながら相手のKOを確認。

すぐさま馬に跨りなおし、先を急ぐのだ。

 

さあ、涼州はすぐそこだ。

雑魚に構わず、このまま突入するぞ!

 

 

なんて思っていたが、どうやら少し遅かったようだ。

俺の眼前には、殺気立った騎馬隊がズラリ。

 

おおう…。

 

 




・地龍背穿脚
KOF2003ロバのリーダー超必殺技の一つ。
使い勝手は良い物の、派手さはない。


どれだけ書きたくても、時間が無ければ無理なものは無理。
方向性は確定しているのですが、中々詰められません。
今月も不定期更新で、ぼちぼち完結を目指します。


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78 覇王雷煌拳

「悪いが私たちは急いでいてね。大人しく退いてくれると助かるんだが」

 

立派な馬に跨る、太い眉をした緑の少女が険しい表情で佇んでいた。

どう見ても馬超だな。

後ろに居るのは馬岱か。

 

「こちらに敵対の意思はない。少し話を聞きたい」

 

「…何についてだ?」

 

警戒したままだが、一応は話を聞いてくれる冷静さは持ってるようで良かった。

 

「ひとまず自己紹介と行こう。俺の名は呂羽」

 

言った瞬間ざわっと場が蠢いた。

緑色の集団、良く見たら馬の旗もあるから馬軍だな。

彼ら彼女らも一様に目を見開いている。

何に対する驚きだ?

 

「そうか、あんたが…。私の名は馬超。西涼の長・馬騰の娘だ」

 

おや、俺を知っているのか。

まあ反董卓連合には馬騰も来てたし、知っててもおかしくはない。

 

「手短に言おう。俺たちと一緒に益州に来てくれ」

 

訝しむ一行に対し、預かった手紙を渡しながら簡潔に説明する。

蜀の方から来ました。

呉と蜀は同盟してるよ。

俺たちは客将だけど、手紙には蜀の将軍が署名入れてるよーってね!

 

「最終的に、魏と戦うってことか?」

 

「そうなるだろうな」

 

「…分かった。ひとまずあんたを信用しよう。だが、おかしな真似をしたら」

 

その槍でぶすり、ですね分かります。

 

軽いやり取りの中で、馬騰が鬼籍に入ってまもないと聞いた。

魏に対しては、少なからず恨みがあるのだとも。

 

「白蓮、先導してくれ」

 

「分かった」

 

白蓮と白馬義従の精鋭に先導され、馬超軍が続く。

俺と由莉は殿に付くとしよう。

 

「…誰かと思ったら公孫賛じゃないか。あんたも蜀に?」

 

「ん、まあな。正確にはそこのリョウに属してるんだが…」

 

「えっ」

 

そんな会話を聞きながら、駆け出す馬たちを眺めていた。

 

「!…隊長。四里先、追手が迫っています。急ぎましょう」

 

「お?おお」

 

すると、由莉から警告が。

てか、斥候も出してないのに何故分かる。

 

「気脈の流れを見ました。隊長から教わった探り方を応用して、運用しています」

 

マジか、凄いな。

俺が教えたのは、あくまでも対戦相手の動きに関することなんだが。

意外な方向に才能が開花したようだ。

 

うはー。

元々優秀だった副長だが、益々有用で手放せなくなってしまったな。

 

っとと、ぐだってないで早く移動しよう。

言われて集中したら、俺でも分かる。

追手であろう、将兵と思われる存在が近付いてきているな。

 

ふむ、そうだな。

ここは一つ、敵さんを撒くためにも一発お見舞いしておくか。

置き土産に、若干でかめの奴を。

 

ひとまず竜巻は由莉に預けて、気と呼吸を整える。

それからぐっと屈んで、気を通した足のバネを使って真上に跳躍。

 

頭上に掲げた両手に気を集めて…

 

「覇王…雷煌拳!」

 

一気に打ち下ろす!

 

木々の狭間に打ち込まれた気弾。

地面に着弾するや、大きくバウンドして爆発。

まるで火柱が立ったかのような有様に、追手の動きは止まった。

 

よし!

一瞥確認して、一気に駆け出す。

離れて見てた由莉から竜巻を受け取り、疾駆する。

 

「派手過ぎです」

 

「す、すまない」

 

並走しながら怒られた。

由莉が見てる前だったので、つい張り切ってしまったんだ。

まあお陰で、追手を振り切ることには成功するだろう。

 

ちなみに気弾はピンクにしてみたので、余計火柱に見えたんじゃないかな。

 

しばらく進むと白蓮たちに追いつき、そのまま何事もなく蜀まで戻って来ることが出来た。

 

野営した時とかに、皆から色々責められたが後悔はしていない。

少し反省はした。

由莉に怒られた時にね。

 

 

* * *

 

 

「と、言う訳だったのさ」

 

「ずーるーいー!やっぱり、シャオも行きたかった!」

 

国境警備隊でシャオと合流。

せがまれた話をしてやるとこの反応。

やっぱりシャオは連れて行かなくて正解だったと思う。

 

馬超に率いられた西涼からの落人たちは、白蓮と趙雲に連れられて成都へ向かって行った。

ある程度落ち着いたら一度集まって、お披露目会とかするらしい。

 

俺は呂羽隊を率いて、華雄隊と一緒に国境警備だ。

シャオが居る点が異なるが、昔日のことが思い起こされる。

そして呂羽隊と華雄隊が一緒にあれば、どうなるか。

稽古漬けの毎日さ!

 

 

「ふむ。是非試合ってみたいものだな。その、きゃんとぅとやら」

 

「韓当な」

 

極限流の弟子となった韓当に、大いに興味を示した姉さん。

二人が試合をすれば、きっと良い勝負が見られることだろう。

 

弟子と言えば、当初から指導していた牛輔はどうだ?

由莉との組手を見たのだが、烈風脚が綺麗に決まり負けていた。

華雄隊副長として情けないぞ。

よし、久しぶりにじっくり稽古をつけてやろう!

 

 

国境警備をしながら稽古に明け暮れる日々。

 

結局、シャオにも護身術程度だが指導することになってしまった。

勢いって怖いね。

 

「帰ったらお姉ちゃんに自慢しちゃおっと!」

 

ああ、また孫権から睨まれそうな事案が……。

勢いって、怖いねぇ。

 

 

 

「アンタ、ちょっと顔貸しなさい」

 

「ファッ!?」

 

にゅっと現れた少女にカツアゲ!?

誰かと思えば詠っちだった。

 

いや、何で此処に?

 

「いいから来なさい!」

 

 

そして連れてこられた詰所の一室。

月ちゃんが居るということもなく、ただ詠っちと二人きり。

 

「ええっと。…久しぶりだな?」

 

「ええ、久しぶり。元気そうで何よりだわ」

 

前の時は侍女っぽい姿だったが、今は洛陽の頃のような姿。

軍師に戻ったのか?

 

「いつこっちへ?」

 

「今しがたよ。馬超たちを迎え入れて、今後の方針を伝えるためにね」

 

なるほど。

ばっちょんたちは無事に着いたのか。

あれ、それじゃ白蓮は?

 

「公孫賛は成都で待ってる。リョウも一旦戻って来なさい」

 

「それはいいが、此処の警備はいいのか?」

 

「一時的に華雄に任せるわ。涼州が落ちて、魏としてもすぐに攻めては来ないでしょうから」

 

「孫呉の部隊は丸ごとでいいのか?」

 

「もちろんよ。それに南方も粗方片付いた。五胡についても、今は落ち着いているわ」

 

だからこの機会に皆一度集まり、諸々確認しようと言う事らしい。

 

あとは俺たち呉からの客将と、馬超たちが合流したことで全体としての面会わせも兼ねる、と。

姉さんは俺たちは勿論、馬超たちとも一度挨拶してるから警備に残ると言う人選か。

 

「あと、華雄の補助としてボクも此処に残るから」

 

「む…。月ちゃんは良いのか?」

 

「うん。桃香の庇護下で安全だし、恋たちも戻ってくるから。……アンタもね」

 

ふむ。

まあ蜀の軍師が判断したなら従おう。

 

局面は次のステージへ、と言う事だろうな。

 

 

* * *

 

 

「今回は成都でゆっくりできるかしら?」

 

「どうだろうな」

 

シャオと俺、由莉は成都に戻り、白蓮と合流して準備された宿舎で寛いでいた。

 

どうやらシャオ。

最初着いてから、すぐ北に向かったから街中見物をしたいようだ。

まあ、前回ほど時間が無いことはないと思うけどな。

 

それよか、俺の寝台でゴロゴロするのは止めてくれませんかねぇ?

 

由莉と白蓮が闇落ちしそう。

見た目は何も変わらないのに、何故かそんな気がしてしまう。

 

 

──コンコンッ

 

戸がノックされ、妙な空気が一時的に霧散する。

助かった!

 

「どうぞ!」

 

思わずテンション高めな返事になってしまい、横目で睨まれた。

 

「失礼する」

 

入って来たのは趙雲だった。

良かった、白蓮との関係も良好だし問題ない。

 

「どうしたんだ星。こんな刻限に」

 

「おや白蓮殿。お主らこそ、呂羽殿の部屋に屯って、一体ナニを…」

 

「あ、趙雲!明日って、何するの?時間は取れるかなぁ?」

 

「ん…コホン。それをお伝えしに参りました」

 

余計に妙な空気が覆いかけたところ、シャオの多分何も考えてない機転によって救われた。

シャオが居てくれてよかった…っ

元々は誰のせいでこんな空気になったとか、そんなのは考えない。

 

「──と言う訳で、明朝。城内の大広間に来て頂きたい」

 

「承知した」

 

途中あまり聞いてなかったけど、まあ大丈夫だろう。

行けば分かるさ。

詠っちからも大体のことは聞いてるし、何なら由莉たちも聞いてるだろう。

 

「ふむ。呂羽殿は、どなたと添い寝されるのですかな?それとも……おっと、これは野暮なことを」

 

趙雲ーーっっ

妙なこと言い捨てて去って行くんじゃねえ!?

 

「んー、リョウ。一緒に寝る?」

 

「駄目です」

 

「ダメだ」

 

流石に駄目だろう。

ダメなんだが、由莉と白蓮がまた闇落ちしそうな雰囲気ががが。

 

「よし、じゃあ明日も早い。おやすみ!」

 

止むを得ない。

実力行使で三人を追い出し、瞑想して就寝した。

最近ちょっと、色々、なぁ…。

 

 




・覇王雷煌拳
KOF13ユリのNEOMAX超必殺技。
結構汎用性高いと思います。


今月こそ、完結させます。
目標は百話未満ですが、ちょっと怪しいかも?


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79 虎殺陣

忘れてたけど、呉へ定時連絡を出した。

出したと言う事実を忘れてたんじゃなくて、出すことを忘れてた。

シャオも、俺も。

 

由莉はちゃんと覚えてたけど、俺やシャオの確認が必要だからね。

勿論怒られたけど、向こうでも孫権辺りが凄く怒ってそうだ。

 

帰るのが怖いっ!

 

 

それはともかく、翌朝俺たちは城の大広間に集まった。

 

益州南部の平定がほぼ終わり、西は五胡も動きも沈静化してきた。

北では東からやって来た俺が色々やらかしたり、涼州から馬超たちが加わった。

 

そんな訳で、主要な武将たちの御披露目をしようってことになったらしいよ。

 

孫呉からの客将たるシャオ、俺、白蓮に由莉。

由莉は副長ながら、色んな意味で表に認知されてきた。

 

そして西涼から落ちてきた馬超、馬岱、あと馬休に馬鉄といった馬一族。

彼女たちは丸ごと蜀に仕官したらしい。

 

そして、蜀軍を構成するメイン武将たち。

劉備ちゃん、関羽、張飛、趙雲、呂布ちん、陳宮、黄忠、孔明ちゃん、鳳統。

それに、見知らぬナイスバディな厳顔と思われる女性と、髪が特徴的な多分魏延。

 

それぞれが自己紹介をして、交流を深めている。

特に人気だったのは、馬超と俺。

……俺ぇ?

 

馬超は錦馬超としてその勇名を轟かせており、槍の名手みたいだし分かる。

それと並んで俺とか、何故かと思ったが何やかんやで知られているらしい。

 

旗折り戦鬼とか気袁斬とか、あと極限戦士とか。

 

……ちょっと、色々と突っ込みたい。

突っ込みたいんだけどっ!

 

シャオのドヤ顔が全てを物語る。

個人的には痛々しいのだが、割と本気で勇名とされてる感じで何も言えない…。

 

まあ、気にしないのを吉としよう。

 

 

「それで、お主が袁家を滅ぼしたと言う旗折り気将か」

 

「違う」

 

見知らぬナイスばでぇな厳顔さんから声を掛けられた。

だが断じて袁家を滅ぼしてなどないし、変な異名も知らない。

 

「あら?噂の様相と、それほど違わないと思うのだけれど」

 

「そんな噂は知らん」

 

続いて話しかけて来たのは、これまたナイスボデェの黄忠さん。

いや、俺が無頓着なのは認めるが、実際に建業では俺の噂なんて聞いたことがない。

せいぜい、孫策に勝った武将と極一部で囁かれてるくらいだ。

 

「まあお主が認めようと認めまいと、風評は変わらぬ故な。おっと、ワシは厳顔。宜しく頼むぞ」

 

「私のことは知ってるわよね?黄忠よ」

 

「…呂羽だ」

 

一応二人とも知ってるが、改めて紹介し合う。

ぼんきゅっぼんに囲まれて、なんとも目のやり場に困るというもの。

 

いやでも、良く考えたらそんな奴ばっかな世界。

ちゃんと服を着てる?時点で、呉の奴らよりもマシであるはず。

よし、ちょっと落ち着いた。

 

「そんな訳で、噂の真贋を確かめてやろう」

 

「そうね。私もこの目で見たことがないから、気になるわ」

 

結局そこに行きつくんだな。

最初からそう言ってくれた方が楽なんだが。

まあいい。

 

「じゃあ、中庭に出ようか」

 

「リョウ!あ、試合するの?そんな、おばさんたち何かに負けちゃダメよ!」

 

ひょいっと顔を覗かせたシャオが、とんでもない爆弾を投下して行きました。

 

「…あらあら」

 

「…ふむ。あのお転婆な嬢ちゃんがお主の上役か」

 

黄忠は笑顔だし、厳顔も口調は苦労を労うかのようだが、プレッシャーと目が…。

シャオよ、妙齢の女性にそれは禁句やでぇ。

言ったの俺じゃないけど、睨まれるのは俺。

なんでやねーん。

 

「では掛かって来るがいい。我が豪天砲で粉砕してくれよう」

 

ええい、どうとでもなれ。

全力全壊だ!

 

 

* * *

 

 

「おりゃあっ」

 

「はあっ」

 

全力全壊とは、するつもりだったのかされる見通しなのか。

パワーは既知だが、存外スピードもある。

簡単に言うと、強いね!

 

今まであまり居なかったタイプだ。

そもそもあんな武器、パイルバンカーっての?あるのか。

いくら火薬を発明したのが大陸だからってねぇ。

 

「そおいっ」

 

「うお!」

 

ズガァーンッと弾装が射出される。

もう攻城兵器だろ、それ。

まともに食らったら内臓破裂も良いとこだ。

硬気で固めたら耐えきる自信はあるが、敢えて頑張る必要性は見出せない。

 

呂布ちん以来の大苦戦。

これは不味い。

 

別に常勝無敗を突き進まねばならない訳でもないが、シャオたちの手前負ける訳にはいかん。

同じ理由で弾切れを待つと言う戦法も使えない。

消極的に勝つのは極限流に非ず!

 

「そらそら、どうした!逃げ回るばかりでは勝てんぞっ」

 

「飛燕疾風脚!」

 

「ぬぅ!」

 

ガスッと当てに行く疾風脚だが、容易にガードされる。

織り込み済みのそこを支点に、回し蹴りで弾みをつけつつ後方大ジャンプ。

 

着地後すぐさま…

 

「覇王…」

 

「せえぇーい!!」

 

あべしっ

 

間を空けてから使わざるを得ない、と思ったが間に合わなかった。

バチコーンと弾かれ宙を舞う。

 

「虎煌拳!」

 

吹っ飛ばされる最中、体勢を立て直して牽制がてら空中から気弾を放ってクルンと着地。

いやー、火力と速度の両立って酷くね?

 

『お前が言うな』

 

脳裏に白蓮の言葉が蘇る。

いや、俺の力は死人が出る程じゃ……。

 

うん?死ねる程の火力、かぁ。

 

確実に刺さるなら、天地覇煌拳をカウンターで放てば良い。

でも決まらなければ、うわらばっと死亡確定。

 

ならば、もっとカウンターに特化した技で迎撃すれば、あるいは捌けるかも。

よし、試してみる価値はあるな。

 

「なかなかやるではないか。だが、大技を決める時間はやらんぞ!」

 

覇王翔吼拳の構えで大技って分かるのか。

だが、大技にも色々あるのだよ。

それを今から見せてやろう!

 

「ちぇあぁーーっ」

 

ふぅー……今!

 

「りゃあっ」

 

大きく構えを取り、振り被られた厳顔の得物の軌道を見極める。

左手首に気を集中させ、ギリギリ触れるかどうかの瞬間。

弾薬が放たれる直前。

ほぼ同時に一歩踏み込むことで、放射される線上を避けつつ彼女の後背を取り…。

そのまま、気を込めた手刀を後頭部に思い切り叩きつけるッ!

 

虎殺陣。

 

……決まった。

豪天砲の轟音と、手刀を叩きつけたズギョンって衝撃音が重なって絶妙なハーモニー。

この一瞬の攻防を、どれだけの観客が見極められたものか。

なんて思わず自画自賛。

 

俺は構えを取ったまま瞑目して残心。

 

足元には一撃で沈んだ厳顔。

彼女の気を探ると、乱れていたがやがて終息していった。

ふむ、気絶したか。

 

「良い勝負だった。押忍!」

 

 

* * *

 

 

厳顔を退けた後は、ちょっと色々あった。

彼女が強すぎて手加減出来ず、思い切り沈めてしまったのが裏目に?

 

魏延が半狂乱になって打ち掛かってきたのを極限虎咆で返り討ちにしたり。

馬超や趙雲が槍を突き出してきたのを、それぞれ暫烈拳と幻影脚で迎撃したり。

ちんきゅうきっくを無頼岩で撃ち落としたりな。

 

俺も少し休憩したかったのだが、許されずに宴は続いた。

 

ハッハー、偶には極限状態に陥るのも悪くないな!

これがナチュラルハイって奴だろうか。

 

良く分からないテンションのままに、以前買っておいた鼻高赤面を手に取った。

 

ミスター・カラテに俺はなる!

 

とうっ

 

 




・虎殺陣
KOFタクマと二代目カラテが使用する超必殺当身技。
構え中は無敵とか万能当身投げとして有名で、ダメージも中々。
MAX2なのでホイホイ使えないのが残念でした。


ところで、馬超と魏延も結構胸ありますよね。
馬超はともかく、魏延にそんなイメージが無いのは何故でしょう。


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80 超必殺・天狗至高拳

第八十話記念作品


俺は今、石敷きの小部屋に正座して猛省を促されている。

正面には壁。

そして瞑想禁止。

 

別に正座は苦にならないが、この状況が辛い。

 

「反省してますか?」

 

背後から響く冷たい声が、決して広くない部屋に響き渡る。

どこか懐かしい気持ちになるが、全く嬉しくはない。

 

何でこんなことになったかと言うと、話は数日前に遡る。

 

 

* * *

 

 

大乱闘スマッシュ蜀シスターズを潜り抜けた俺は、ハイテンションのまま一躍街へと繰り出した。

赤い面を持って。

 

何故と言われても、何となくとしか言えない。

別に何かしようと思った訳じゃないし。

ただちょっと、浮つくような気持ちになってふわふわと歩いていたんだ。

 

まあ厳顔との激戦を制し、続けざまに蜀の武将たちと戦ったことでテンションが可笑しくなってたんだよ。

間違いない。

 

しばらくフラフラしていると、街の広場の方から悲鳴が上がった。

 

周囲の人間たちがそちらへと向かって行く。

俺もその波に逆らわず、流されるままに到着した先でちょっとした事件が。

 

 

騒動の現場。

そこにはガラの悪い有象無象と、仮面をつけた少女が一人。

 

おおっ!?

どこからどう見てもあの人だとか、さっきまで城に居たよなとか。

そんな疑問はさて置き、何やら名場面の予感。

 

「変な仮面被った姉ちゃん。怪我しないうちに、とっとと帰んな!」

 

「ふっ、美を理解できぬ愚か者どもめ…。正義の鉄槌を食らうが良い」

 

「ざっけんな!おい野郎ども、さっさと片付けるぞっ」

 

ガラの悪い有象無象は、そう言って刃物を取りだす。

しかしただ一人対峙する仮面の少女は、全く揺るがない。

 

「刃を持ったということは、それ相応の覚悟があるのだな?」

 

どこか諭すように、穏やかな口調で語りかける仮面の少女。

だが有象無象たちは口汚く罵り、戦闘が始まった。

 

とは言え、有象無象たちの攻撃はお粗末なもの。

刃物を構え振るう有象無象たちだったが、その刃先は全く少女に届かず。

仮面少女はひらりひらりと避けて、当て身や柄打ちで次々と気絶させていく。

数人倒したところで、タンッと地面を蹴って建物の屋根に降り立った。

 

おおー、かっけぇ…!

まるでアクションヒーローのようだ。

 

「くっ、てめえ。何モンだ!?」

 

瞬く間に数人の仲間を倒された有象無象の一人は、遂にその問いを発した。

 

「ふふふ。悪を討つ正義の化身、我が名は華蝶仮面!」

 

そして、待ってましたとばかりに応える華蝶仮面。

 

趙雲とは世を忍ぶ姿。

その真の姿はこの世に蔓延る悪を倒す、正義のヒーローなのだぁっ!!

 

いいねぇ、羨ましいぜ。

 

「きゃ!」

 

バッタバッタと有象無象どもが薙ぎ倒されていく様を眺めていると、小さな悲鳴が上がる。

声がした方を見ると、何と…いたいけな少女を人質に取っているではないか!

 

「き、貴様!」

 

「へへっ、動くなよ。さ、武器を捨てて地面に這い蹲って貰おうか」

 

な、なんて下劣な。

どうするんだ華蝶仮面!?

 

有象無象は人質の前で鉈のようなものを振り回し、聞くに堪えない言葉を発している。

む…、由莉の得物と似たようなものが有象無象に使われるとは…。

良く分からない激情が湧いてきた。

 

ぬぅー……。

 

「へっへっへ。さあ、どうしてやろうかねぇ」

 

「くっ」

 

有象無象と華蝶仮面の遣り取りを眺めていると、あっさり我慢の限界が訪れた。

何時になく沸点が低いが、きっとテンションがおかしいせいだろう。

 

しかし、せっかくのヒーローショーに一般人が立ち入るのもどうかと思う。

どうするのか。

良いものがあるじゃないか、手元に。

 

いざ、鼻高赤面……装着!

 

瞬間的に気を手繰り、全身に高濃度循環させる。

そして髪を灰色のオーラで覆い、胴着も濃い色を纏わせた。

後から思えば、随分と無駄に器用なことをしたもんだが。

 

何はともあれMr.カラテ、ここに爆誕☆

 

 

 

「!!!」

 

槍を傍らに置き、跪いた華蝶仮面に対して何事かを喚き続ける有象無象に背後からススッと忍び寄る。

気を良く扱う極限流に掛かれば、有象無象に気付かれない程度に気配を消すことなど容易い。

 

汚らわしい腕に捕われた少女に、万が一にも被害が及ばぬよう、そこだけは万全の注意を払う。

全く不快なことに、鉈のようなものを振り回す有象無象。

その鉈が上段に掲げられた瞬間を見計らい、シュバッと動く。

 

「ぬぅうん」

 

メギョンっと虎咆で抉り打ち、素早く人質の少女を回収。

掲げられた鉈も華蝶仮面の方へ蹴り放つ。

 

「な!?て、てめ…ぐぎゃっ」

 

超至近距離からの飛燕疾風脚。

横回し蹴りに繋がなくとも、容易く沈む。

 

「ワシはMr.カラテ……いや、空手仮面!そこな華蝶仮面よ、助太刀致す!」

 

流石に天狗仮面は自重した。

ナチュラルハイの不思議なテンションでも、自重って出来るんだな。

 

「っ!助太刀感謝する。…はあっ」

 

人質さえ居なければ、ヒーローに敵はない。

むしろ、大逆転劇に拍手喝采となるだろう。

 

むむ、有象無象どもが逃れようとしている。

華蝶仮面とは別の方角か。

 

良かろう。

この空手仮面の前で背中を見せるとどうなるか、その身で味わうがいい。

 

有象無象程度には惜しい技だが、呉れてやろう。

 

「ぬうぅぅーーん……超ぉ必さぁーっつ」

 

腕の交差から素早く腰溜め。

 

「せいやぁーっ」

 

超必殺・天狗至高拳!!

 

でっかい気弾が有象無象を飲み込む。

数人まとめて弾き飛ばしてやったわ。

 

「いぃりゃぁ!」

 

力瘤を作って決めポーズ。

 

「すまない、そこな御仁。お陰で助かった」

 

そんなところに話しかけて来たのは華蝶仮面。

どうやら場は無事に終息したらしい。

 

「なに。出過ぎた真似とも思ったが、悪漢どもに灸を据えようと思うたまでよ」

 

「ふっ、そうか」

 

そう言うと華蝶仮面は微笑み、大きく跳躍して再び屋根の上に降り立った。

 

「また会うこともあろう。では、さらばだ!」

 

そして、身を翻し去って行った。

ふむ。

我が身も退くとしようか。

 

「止まれ!」

 

なんて思っていると、騒ぎを聞きつけたのか警備隊がやって来た。

って関羽じゃん。

城の方は良いのかい。

 

「訳の分からぬ仮面をした女に加え、貴様まで仮面か。なんだその高鼻は!」

 

「ワシは空手仮面。悪漢どもに灸を据えたまでよ」

 

「…まあいい。話は後でゆっくり聞こう。詰所まで来て貰おうか」

 

あ、これを察して逃げたのか。

趙雲もとい華蝶仮面。

俺も捕まる訳にはいかないな。

ここは逃げさせて貰おう。

 

「断る!」

 

そう言うや、後ろに向かって全力疾走。

 

ふはははは、この速さに付いてこれ……なにぃ!?

チラッと後ろを見やると、凄い勢いで迫り来る姿。

な、なんで呂布ちんが…っ

 

くっ、だが捕まる訳には行かん!

 

右に左に路地を走り、時には縦横無尽。

しかし何時の間にやら白蓮と由莉までもが追って来ており、関羽の姿もちらほらと視界の端に。

 

ひょっとして、城の騒動に掛からなかった奴らが来てるのか?

 

くそっ

趙雲め、俺を囮にして逃げやがったな!?

 

ええいっ、こうなれば意地でも逃げ切ってやるわっ

 

 

 

「此処から先は通行止めだ。観念するがいい」

 

無理でした。

前方に関羽、左右に白蓮と由莉。

後ろには呂布ちんと、いつの間にか陳宮まで。

 

「はっはっはー!恋殿にかかれば不審者を追いつめるなど、容易いことなのですぞ!」

 

本気を出せばそうだろう。

俺も結構本気で逃げたんだけどな、何が呂布ちんをそうさせたのか。

それと、陳宮はどこから現れたのかと聞いてみたい。

 

「さあ、その珍妙な仮面を外して素顔を晒して貰おうか」

 

珍妙って言うな。

だが、正体が露見してはいないようだ。

 

「……見ないと思ったら、こんなところで一体何をしているのですか……(ギリッ」

 

何か由莉が凄く怒ってる。

ひょっとして、俺だとばれてる?

一体何故…。

まさか、姿形が違っても分かると言うのか!?

 

……そう言えば、気の流れとか掴むの得意だったよなぁ。

はっはっは、なるほどね!

 

「何だか知らんが、大人しく捕まることをお勧めするぞ」

 

白蓮、妙に疲れてるな。

ばれてるかどうかは分からんが、気苦労を掛けてしまったようだ。

すまない。

 

そして背後の呂布ちん。

ばれちゃいないと思うが、こんなことに付き合わせて御免よ。

 

「呂…」

 

「呂羽……、カッコいい……」

 

「えっ?」

 

「「「!?」」」

 

「れ、恋殿ぉぉーーーっっ!?」

 

 

* * *

 

 

呂布ちんの爆弾発言に凍りつく皆。

その隙に由莉に引っ張られて逃走に成功した。

 

と思ったんだけど、そのままこの石敷きの小部屋に連れて来られたのだ。

正確には成功してないよね、うん。

 

何かが由莉の逆鱗に触れたんだろうけど、良く分からん。

分からんと言えば、何故呂布ちんにばれたんだ?

あれか、野生の勘的な…。

 

「…反省、してますか?」

 

はい、すみません。

 

表情は見えない筈なのに、何故かばれる逸れた思考。

気流の動きとか、そんなんで分かるのかねぇ。

 

あ、別に監禁されてるとかじゃないから。

ただ宿舎に在った、野菜とかの貯蔵庫に入ってるだけだから。

断じて監禁されてる訳じゃないから。な!

 

それよか、呂布ちんに初めて名前を呼ばれた気がする。

状況は意味不明だが、思わずときめいてしまった。

遂に仲良くなれる可能性がっ

 

「反省してないようですね。ふぅ、仕方がありません。こうなったら…」

 

あ、由莉からのプレッシャーが凄いことに。

ごめ、ちゃんと反省してるから!

具体的に、何に対して反省すればいいかは分からないけどっ

 

「隊長が悪いのですよ。ええ、本当に心苦しいのですが」

 

恐ろしげな由莉の声は、ドンドン!と戸を叩く音に遮られた。

あれー、そんな分厚い扉だったんだ、この小部屋。

 

「おーい、そろそろ出てこい。軍議が始まるらしいぞ」

 

入って来たのは白蓮。

良かった、白蓮はいつも通りだ。

 

「チッ……。では隊長、行きましょう」

 

今舌打ちしたよな。

…いや、何でもない。

さ、早く行こうぜ!

 

「ほら由莉、そんなふくれるな。続きは帰ってから、な」

 

「えっ?」

 

 




ちょっと長くなってしまい、尚且つ話は進んでません。
でも書いてて楽しかったので反省はしてません。

・超必殺 天狗至高拳
KOFタクマのストライカー動作専用の技。
これを使うためだけに仮面を用意したと言っても過言ではない。
尚、一見すると覇王至高拳ですが、通常飛び道具で相殺されます。
用途は動く壁ですが、使い勝手は微妙…でした。


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81 龍翻蹴

他者視点詰め合わせ


「それでね、お兄ちゃんがこう…。えい、やあって!」

 

璃々が興奮して捲し立てる。

その姿は愛らしいものだが、話の内容は良くないものだった。

 

我々が城で宴を催している時、璃々は街で遊んでいたらしい。

勿論一人ではない。

一緒に遊ぶ子らもいたし、護衛とて数名が陰日向に付いていた。

 

しかし一緒に居た子らとはぐれてしまい、偶々居た広場で騒動が起こってしまう。

 

益州は豊かな国だが、あぶれ者はどうしても出る。

特に、桃香様が進める善政により、私腹を肥やし圧政を旨とする官たちは職を追われた。

彼らと繋がっていた狼藉者。

そいつらが、群れて暴れていたのだ。

 

偶々警備隊が近くにおらず、将の多くが城の宴に参加していた。

報告を受けた時、すぐさま手透きの者に声をかけて急行したが……。

 

到着して目にしたのは、時折出没する、変な仮面を被った女が暴れている光景だった。

さらには、はじめて見るこれまた珍妙な仮面を被った男も暴れていたのだ。

 

思わず頭を抱えてしまい、初動が遅れたのは失敗だったが…。

結果的に仮面の女は逃がしてしまい、仮面の男も追い詰めたはいいが、恋の爆弾発言により場が凍った後、韓忠らが連れ去ってしまった。

詳細は後日報告するとの事だったので引き下がったが、呂羽の関係者だったのだろうか。

 

まあそれはいい。

いや良くはないが、ひとまず置いておく。

 

問題なのは、璃々が紫苑や桔梗に向かって話している内容。

璃々は、騒動の最中に暴漢どもの人質になってしまったのだ。

 

暴漢どもは、璃々を仮面の女に対しての手札とした。

だが仮面の女が動けなくなった時、突如として仮面の男が現れて、見事鮮やかに助けていったのだと言う。

そして、その仮面の男のことを…

 

「あのね、お母さん。璃々を助けてくれた男の人…。見たことある気がするの」

 

「そうなの?…誰かしら。会ったらちゃんと、お礼を言わなくちゃね」

 

「うん!…えっとね、あの旅のかくとうかって言ってるお兄ちゃんだよ」

 

「え?……まさか、呂羽さん」

 

呂羽、だと?

言われてみれば、確かに動きは似ていた気もする。

逃亡中に繰り出した蹴りなど、確か龍翻蹴とか言う奴の技に良く似ていた。

 

しかし、髪の色や胴着などが違っ……まてよ。

韓忠や公孫賛が連れ去ったのは、そう言うことか?

 

それに、よくよく思い出してみれば、恋も呂羽とか言っていたような…。

しかし恋の趣味も分からんな。

あんな珍妙な仮面を、格好良いだなんて。

 

まあそれはいい。

しかし、そうか。

あの仮面の男が呂羽だとすると、辻褄が合うこともある。

 

公孫賛たちが連れ去ったのは、呉からの客将と言う立場故だろう。

此処で妙な動きをしたと知れたら、互いの関係が悪くなる可能性がある。

そう考えたからこそ、自分たちで回収して事の次第を明らかにする、と。

 

うむ、なるほど。

ならば、ここは報告を待つとしよう。

 

そう言えば、あの変な仮面の女と共闘したと言う事は、その情報も持ってるかも知れんな。

 

あの女、自分を正義などと言って適当に暴れまわっている。

その行為自体、無為に治安を乱していると何故気付かんのだ。

せっかくの力も、使い所を間違えては何の意味がないと言うのに。

 

そんなことをする奴には、それ相応の報いを受けて貰わねばならん。

例えそれが見知った奴だったとしてもだ。

 

 

「でねでね。呂羽お兄ちゃんが、こう…がぁーってしたらどっかーんって…」

 

「ふむ。呂羽の奴め、ワシを伸しておきながらそんな事まで…」

 

紫苑と桔梗がニコニコしながら話を聞いている。

璃々はあれで人を見る目、というか直感に優れており、母親たちが信じたと言うことは恐らく…。

 

呂羽め、図らずも二人の心を掴んだな。

まあ桔梗に関しては、対戦の後、既に大笑いしながら気に入ったとか言ってたが。

 

璃々を助けてくれたことは礼を言おう。

だが、治安を乱す一助を成したのは事実。

 

ふふっ

呂羽め、どうしてくれようか。

 

 

「愛紗、ここに居たか」

 

む、星か。

 

「おや、何やら難しい顔をして。それに、璃々が随分と興奮しておるな。如何した?」

 

ふむ、星になら言っても良かろう。

 

「先日起こった街での騒動に出没した、例の仮面の男だがな。その正体が呂羽のようなのだ」

 

「なんと!?」

 

ふふ、流石の星でも驚く情報だったようだな。

 

「奴を追及して、妙な仮面の女についても糺そうと思っていたところだ」

 

「なっ!妙なとは失敬な、あれはっ」

 

「ん?」

 

「…んんっ、ゴホン。いや、何でもない」

(後で呂羽殿に確認しておかねばな…)

 

何やら星がぶつぶつ言ってるが、それよりもだ。

 

「何か用があったのではないか?」

 

「おっとそうだった。何やら新たな動きがあったようでな、明朝軍議が行われるそうだ」

 

 

 

* * * *

 

 

「以上で、涼州の報告を終わります」

 

ふぅむ。

やはり、完全な統治に至るには時間がかかるようだな。

それにしても馬騰、惜しい人物であった…。

 

馬一族の大半は逃がしてしまったが、涼州は我らの手に落ちた。

これでまた国力の増加が見込める。

そう遠くない未来、決戦のために準備を進めねばならない。

 

「風、呉の様子はどう?」

 

「はい~。呉は南方へ進出、順当に制圧しているようです~」

 

「蜀はどうかしら?」

 

「こちらも南方を制圧。また、五胡への対応も概ね完了したと思われます」

 

華琳様が風に呉の様子を、稟に蜀の状況をそれぞれ報告させている。

二人ともすっかり我が軍に馴染んだな。

優秀な軍師が増えたお陰で桂花の負担も減り、より多方面に手を広げることが出来るようになったのは有難い。

 

「それと、捨て置けない情報が…」

 

ふと、神妙な面持ちで稟が言う。

 

「ふむ、同盟ね」

 

「はい。いずれは、と思いましたが……。想定以上に早い動きです」

 

呉への侵攻が失敗に終わった時から、それほど経たないうちに奴らは接触したようだ。

こちらの態勢が整う前に、我々に対抗できるように動き始めたと見るべきだろう。

 

流石は孫策、そして劉備か。

機を見るに敏。

華琳様が仰る、英雄の資格を十分に備えているようだ。

 

「その同盟にあたって、呉から蜀へ将が派遣されたようです~」

 

「ほう。して、それは?」

 

「正使に孫尚香。副使が…」

 

何故か口ごもる。

まさか…。

いや、そう言えば涼州からも気になる報告が上がって来ていた。

 

「呂羽、か?」

 

「ええ。知ってたの?」

 

「いや、予測しただけだ」

 

「そう。…副使とは言え、呂羽の動きは無視出来ません。今後も要注意すべきかと」

 

そうだな。

全くあの男は、じっとしてられんのか。

 

「その情報は確か?」

 

「いえ……ほぼ、としか。なにぶん、人手が…」

 

確かに、今は人手不足が深刻だ。

先の戦いに反乱の鎮圧、今回の涼州制圧もあった。

 

警備隊からも駆り出して動かさざるを得ない状況。

特に凪は何かと重宝している。

呂羽が鍛えてくれたお陰と言うのが若干癪だが…。

 

「そうね。でもこの先を考えると、情報不足はちょっと痛いわね」

 

現在一刀が一人で切り盛りする警備隊。

大変だろうとは思うが、それが出来るほどに成長したことは喜ぶべきだろうな。

 

「呉の方は協力者が居るからまだいいとして……。ふむ、秋蘭?」

 

「はっ」

 

「人手は多く出せないけど、流琉を連れて益州に偵察に行ってちょうだい」

 

「御意!」

 

華琳様より命が下る。

確かに最近、国境付近を警戒している蜀の将に動きがあった様子だった。

それらも含めて確認せねばなるまいな。

 

「しかし華琳様。呉の方は、あまり信用なさらない方が…」

 

桂花が進言する。

確かにそうだ。

協力者とは言え、こちらに降っている訳でもない。

理由は私怨だと言っていたが、計略である可能性もあるだろう。

 

「ええ。今は情報の流れだけで問題はない。でも、その内確認した方が良いわね?」

 

「はい」

 

詳細はこれから、桂花が主導して確認することになるだろう。

まあ、こちらは任せて問題ないな。

 

さて。と華琳様は姉者たちを見回し、総括。

 

「春蘭は新兵の調練。風と稟は配分や区分を。それと、領内に入り込んでるネズミの始末も適当にお願いね」

 

「「「御意」」」

 

一通り終わり、解散となった。

ふむ、益州か。

すぐには出立できないが、兵の選抜と進路などは前もって確認しておかねばな。

 

とりあえず、定軍山を通って南に出ることになるか……。

周辺の地理を頭に思い描きつつ部屋を出た。

 

ひょっとすると、あの男…呂羽と鉢合わせする可能性もある。

あいつは何かと普通じゃない。

どれだけ備えはしていても、し過ぎることはあるまい。

 

さて、まずは一刀のところに顔を出してみよう。

久々に流琉と一緒に食事でもして、労ってやるか。

 

 




・龍翻蹴
KOFロバの特殊技。
前方に蹴り出す感じで、連携連続技として重宝します。
本当は前回入れたかったのですが、忘れてたので今回挿入してみました。

80話の誤字報告箇所、言い回しの結果でしたので適用しておりません。
すみません。ありがとうございました。


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82 飛車落とし

むぅ、…ここはどこだ?

 

「……」

 

「おわっ」

 

ふと気付くと、目の前に呂布ちんが佇んでいた。

彼女は黙って俺を見詰めている。

 

「えーっと…。あ、そうだ。先日は巻き込んで悪かったな」

 

仮面騒ぎの時、前のめりで追っかけて来たのは記憶に新しい。

どんな理由で全力を出したのかは分からないが、巻き込んでしまったのは事実だろう。

だから謝っておかねば。

 

「……別にいい」

 

「そっか。まあ今度、飯でも奢るよ」

 

そう言うと、目を輝かせてコクコク頷いてくれる。

うん、癒される。

今までまともに会話したことがほとんどなかったからな。

これからもちょくちょく話したり、真っ当な勝負をしていきたいものだ。

 

おや?

呂布ちんが、変わらずじぃーっと見詰めてくる。

 

「どした?」

 

「あの仮面……」

 

「ん?」

 

仮面…とは、この天狗面のことか。

取り出して見せると、コクコク頷く。

 

「これがどうかしたのか?」

 

「欲しい」

 

まじか、物好きだな。

いやまあ、別にいいけどさ。

そう思い手渡そうとすると…

 

『それを手放すなんて、とんでもない!』

 

「えっ?」

 

何かが響いて来て、思わず辺りを見回すが何もなし。

しかも、手渡そうとした腕が動いてくれない。

ぬぅ、面妖な……一体何だ?

 

「??」

 

「あっと、すまない。どうも、これは渡せないらしい」

 

良く分からないが、そんな気がする。

そう伝えると、残念そうにシュンとして俯いてしまう。

何だか凄く申し訳ない気持ちになった。

 

「えっと、代わりにこれから…」

 

飯でも、と言いかけたところで異変に気付く。

呂布ちんは目を閉じているが、ゴゴゴゴとその内から凄まじい勢いでプレッシャーが湧き上がってくるのが分かった。

 

「ど、どうかしたのか?」

 

恐る恐る声を掛けると、呂布ちんはスッと目を開いた。

何やら戦闘モードのような緊張感を感じる。

 

「……殺してでも、奪い取る……」

 

シュランと何処からともなく槍を取り出し、そのまま大きく振りかぶって…

 

「え。ちょ、まっ!?あっーー!」

 

 

* * *

 

 

「隊長?」

 

はっ!?

カッと目を開けば由莉の顔。

 

おおー……?

ああ、なんだ夢か。

 

まさか呂布ちんが、あんなこと言う訳ないもんな。

うんうん、本当に良かった…。

 

不思議そうな由莉をおいて、一人胸を撫で下ろす。

そこにずずいっと入り込んでくるシャオ。

 

「ねえねえリョウ。呉から返信あったんだけど、見た?」

 

「いや、見てないが」

 

あまり見たくもない。

と言うかシャオ、何だか久しぶりだな。

黄忠をおばさん扱いした後、どこかへ連れて行かれていたが無事だったのか。

 

「ふ、ふん!シャオにかかれば、あんなの……」

 

「口は災いの元」

 

あ、由莉がぼそっと囁いたらシャオが黙ってしまった。

まあこれで一つ学んでくれたら幸いだ。

 

「で、呉からはなんて?」

 

「現状維持で良いそうです」

 

流石我らが副長殿。

ちゃんと把握してくれてた。

 

「それより隊長。軍議の内容、ちゃんと覚えてますか?」

 

「……え?」

 

軍議……?

 

正面で由莉が盛大な溜息をついた。

いや、ちょっと待ってくれ。

すぐに思い出すから!

 

「何となくボンヤリしてるなとは思ったが、大丈夫なのか」

 

「白蓮……。俺、起きてたか?」

 

改めて確認してみると、周りの皆からジトッした目で見詰められて困惑する。

どうも寝てたらしい。

 

此処はどうやら会議室。

朝から軍議があって参加したはいいものの、日夜を問わず反省し続けてたせいで眠気に負けたみたいだ。

腕を組み、深く座して瞑目してた俺の様子が目に浮かぶ。

 

一見して寝てるとは思われなかったかな?

希望的観測かな?

 

「ところで隊長。関羽殿と趙雲殿と呂布殿、それに黄忠殿から話があるそうです」

 

ダメだったようだ。

関羽は間違いなくお叱りだろう。

笑顔の関羽さんが目に浮かぶ。

元々笑顔と言うのは威嚇する表情だったんだよとか何とか。

 

趙雲は先日のことかな。

黄忠さんと呂布ちんは、何だろうね。

 

「それで軍議の内容だが。南蛮が攻めて来たらしく、将兵を送るそうだ」

 

「あとねー、魏の動きも活発になってるみたいだよー」

 

「我々も動くことになると思われます」

 

呆れたりしながらも、しっかり要点だけ教えてくれる。

良い仲間たちを持って俺は幸せだ。

 

「では隊長。外で関羽殿たちがお待ちですので」

 

……あっ

 

 

* * *

 

 

まず話したのは趙雲。

中身は概ね予想通りで、華蝶仮面の正体について釘を刺された。

あれでばれないと思うのと、実際ばれてない事実が凄いよね。

 

 

続いて関羽との話とは、こちらも予想通りにお叱り。

ただ内容は、先ほどの事ではなく先日の仮面武闘会のことだった。

なんで俺ってばれたんだ?

少なくとも、囲まれた時にはまだ気付かれて無かったはず…。

 

頑なにシラを切り通そうとしたが、後ろに居た由莉の殺気が高まったので諦めた。

どうやら由莉にとって、あの姿はお気に召さないものらしい。

 

今後一層の蜀へ奉公。

客将なんて関係ないねってレベルでの奉仕を求められ、やむなく了承。

どうせ俺に出来ることは高が知れてる。

それに、いざとなれば有耶無耶に……。

 

あと華蝶仮面についても聞かれたが、釘を刺されたばかりで言う訳にも行かず。

元より言うつもりもなかったが、趙雲がどこか焦ってたのはこの為か。

知らんと言い張ると、憤りながらも引いてくれた。

 

 

そして呂布ちん。

ただ一言、「仮面」と呟いたことに思わず戦慄。

慌てて先日のことを詫びて、昼飯を奢ることを約束したら目を輝かせて頷いてくれた。

話を遮る形になったが、今はまだ夢の恐怖が残っている。

所詮は夢。

関係ないとは思うが、な。

 

 

最後に黄忠さん。

娘さんを助けてくれたことへのお礼と、そこから身バレしたことが判明。

あー、あの人質になってた少女。

どこかで見たことあると思ったら、璃々ちゃんだったのか。

 

しかしよく俺だと分かったな。

華蝶仮面は分からん癖に…。

まあ、世界的仕様なら仕方ないかぁ。

 

さらに黄忠さん。最後に…

 

「私は紫苑と言います。感謝の気持ち、どうぞ受取って下さい」

 

なんて言いながらススッと腕を組んできた。

ほわぁっ!?

 

直後、背後で高まる殺気に身の危険を感じたところでっ

ぼひゅんと飛んできた気弾を、咄嗟の飛車落としで打ち消した。

 

「チッ」

 

蹴り出したポーズで舌打ちする由莉。

あれ、何か昔の雰囲気に戻ってるような。

 

「あらあら、お盛んですわね。では私はこれで。…夜討ちには、気を付けて下さいね?」

 

ピリピリしだした場に、おっとりとした声が響く。

黄忠さん、…真名は紫苑さんか。

彼女はそう言って、微笑みながら去って行った。

 

しかし真名だが、預かるとも断るとも言えなかった。

でも今更断れないよなぁ。

 

真名の押し売り。

クーリングオフとか出来るのか?

 

後ろを振り返ると、由莉と白蓮は渋い表情。

シャオは……遠くの柱の陰からこちらを窺っているのが見えた。

流石に怖がりすぎだろ。

 

 

「あ、それと」

 

「うおっ?」

 

「数日後、私と蒲公英ちゃん。それと皆さんで北へ向かう予定ですので、どうぞ宜しく…」

 

気配を感じさせずにサッと戻り、すぐまた消える。

周泰も驚きの忍び技に、戦慄を禁じ得なかった。

 

済まないシャオ。

さっきのは撤回する。

確かに怖い。

物陰に隠れて様子を窺うのも仕方ないね…。

 

 




・飛車落とし
KOFタクマの特殊技。
飛び道具を打ち消すことが出来ますが、その用途で使用した記憶はありません。


ふと思いついたネタは書かねば済まない。
悪癖と言う名の、不治の病です。

25話、41話、81話の誤字報告適用しました。


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83 鉄拳・風林火山

昨夜、部屋の前で何かしらの出来事があったらしい。

でも翌朝、誰も何も言わないので流すことにした。

夜討ちが云々と頭を過ったが、藪蛇は御免だしねー。

 

それと結局、黄忠のことは真名で呼ぶことになった。

何故ならそう呼ばないと反応しないんだ。

さらには呼び捨てを強要されると言う、謎の事態に!

 

 

「ところで紫苑さん。次の遠征は」

 

「呂羽さん、私のことは紫苑とお呼び下さい」

 

「っと、そうは言ってもな」

 

「紫苑、と」

 

「いやでも」

 

「紫苑」

 

「えっと…」

 

「紫苑」

 

「……分かった。じゃあ、紫苑」

 

「はい、何でしょう?」

 

「……とりあえず、俺のことはリョウと呼んでくれ」

 

こんな感じ。

ずっと笑顔なんだが、言葉を発するたびに高まっていく圧が中々に凄かった。

一方通行は余り宜しくない気がしたので、相互通行にしておいたのだが。

 

「これで両想いですわね」

 

なんて意味不明なことを仰り、近くに居た仲間たちが激おこ状態になったのには参ったぜ。

 

偶々呂布ちんも近くに居て、何やら興味深そうに見ていたのが印象に残っている。

あれから仮面については何も言って来てないが、まだ少し警戒してるのは仕方がないと自己弁護。

ほとぼとりが冷めるのを待つしかないだろうなぁ。

 

 

* * *

 

 

嫌な事件から数日後、俺は呂羽隊を率いて北の国境警備隊のもとへ向かった。

随行するのは黄忠、もとい紫苑と馬岱。

 

まずは長らく警備の任に当たっていた華雄隊と、詠っちに合流する。

細かいことはそこで決める予定だ。

 

ちなみに他の蜀軍は、南蛮を警戒して南下。

呂布ちんや馬超が主力として軍を率いている。

 

五胡に動きが無くて助かったと孔明ちゃんが言ってた気がする。

ただ、それはそれで不気味なので、馬休を主将に兵も多めに配置してるらしい。

 

騎馬隊を持つ馬一族は重宝するようで、各方面に配置されてる。

それはいいのだが、みんな揃って眉が濃いよな。

今思えば馬騰もそうだったような気がするし、血筋なのか。

 

そう言えば、風の便りで袁紹御一行が蜀に居ると聞いたのだが…。

まあ無理に会うこともないな。

俺は気袁斬らしいし。

 

「おお呂羽、久しぶりだな!」

 

ぼんやりとあれこれ考えていると、華雄姉さんが出迎えてくれた。

宿営地までもうちょっとあるんだけど、わざわざ済まないな。

 

「なに、此処は至って平和でな。対戦相手に飢えていたところだ」

 

手合せ希望ですね分かります。

俺としても、姉さんとの対戦は楽しいから望むところだが。

 

「よう大将!こっちも手合せして欲しいんだけどさ、まずは軍師殿に会って下さいよ」

 

「お、牛輔。元気そうで何よりだ」

 

「そうよ華雄。リョウさんが恋しいのは分かったけど、私事は後にしなさい」

 

「む、黄忠。…それに馬岱か。韓忠たちも良く来たな。では案内しよう」

 

紫苑の言葉に若干引っ掛かりを覚えたが、姉さんは何も言わなかった。

そして何事も無かったかのように案内してくれる。

何だ?

普段通りの姉さんだが、どこか違和感がある。

具体的に何がどうとはないので、大人しく付いて行くのだが。

 

 

「あらリョウ、いらっしゃい。紫苑に蒲公英も、お疲れ様」

 

宿営地に着くと、詠っちが迎えてくれた。

思ったより安穏としているな。

まだ何も起こって無いのか。

 

「詠さんもお疲れ様です」

 

「やっほー、久しぶりーっ」

 

馬岱はシャオと通じるところがあるな。

主に言動が。

 

「あ、リョウ!今何か変なこと考えたでしょっ?」

 

「ちょっとシャオのことをな…」

 

「え?…やだもーっ、リョウったらぁー!」

 

微妙に勘が良いシャオだが、すぐに自分の世界に入ってしまうのが困りものだな。

ばしばしと腕を叩いてくるシャオを往なしつつ、詠っちに確認。

 

「で。これからどう動けばいいんだ?」

 

「ん…。リョウたちは、好きにしてて頂戴。紫苑と蒲公英には近々、定軍山に行ってもらう」

 

「あら、呂羽さんたちとは別行動ですの?」

 

「うん。リョウには華雄と一緒に動いてもらうわ」

 

そう言って詠っちはチラッと姉さんを見た。

つられて見てみると……あ、姉さんの目が輝いてる。

 

「華雄の鬱憤を解消させつつ、交代で定軍山の見張りに立ってもらうから」

 

姉さんのストレスを解消させる役目ってどういうことなの。

いや、否はないが。

それと、定軍山っていうとイベントが起こるポイントだよな。

時期が不明確だが、どうにか上手く参加したいところだ。

まあ、どうにかなるだろう。

 

「それで、たんぽぽたちは何を見張りに行くの?」

 

「ああ、伝えてなかったわね。成都には既に伝えてあるんだけど、少し前に斥候が戻って来てね…」

 

詠っちが話すところによると、魏が蜀に向けて偵察部隊を出すらしい。

それも間者などではなく、少数ながらも将が率いる精鋭部隊とか。

 

そして、経路は恐らく定軍山を通るはず。

だから待ち伏せして、奇襲・殲滅を計るというのだ。

立地条件から考えて、弓持ちや局地戦闘に慣れた者が良いと考えれらた。

 

「そこで白羽の矢が立ったのが、紫苑とリョウよ」

 

紫苑が弓で、俺は気弾ってことか。

あとは馬術を良くする馬岱と、白蓮がそれぞれセットになる。

華雄姉さんは抱き合わせ商法かな。

 

「とりあえず、明後日くらいに出立して頂戴。それから一週間後を目途に、交代要員を送るわ」

 

時期なども大体の予測は立てているそうだが、不確定要素が多いので早めに送り出すとのこと。

基本は待ち伏せになるから、仕方ないのか。

 

まあその辺りは、優秀な軍師に戻った詠っちに任せておけば大丈夫だろう。

 

「それにしても……」

 

話が一段落したところで、詠っちがチラリとこちらを見る。

 

「紫苑と随分仲良くなったようね」

 

「あー、まあそうかもな」

 

俺が真名で呼び合う奴は多くない。

特に蜀では、月ちゃんと詠っちを除けばこれまで居なかったのだが。

 

「リョウさんは恩人ですから」

 

まあ、不幸な事故の結果って奴だね。

璃々ちゃんを助けられたのは良かったけど、まさかそこから身バレするなんてなぁ。

 

「へえ…。またリョウがやらかしたわけね」

 

詠っちは俺をどんな目で見ているのか。

しかし俺の背後、白蓮たちが深く頷いているので何も言えない。

一度、風評含めて省みる必要が有るかも知れないな。

由莉に聞けば教えてくれるかな?

 

 

「さて、話は終わったな?」

 

「ん。ええそうね、あとは自由にして頂戴」

 

姉さんが確認し、詠っちが応える。

時折頷く以外、反応が無かった姉さんが動き始めた。

その目は爛々と輝いている。

 

「よし呂羽、手合せするぞ!」

 

「あー、はいよ。副長、隊の手配りを頼む」

 

「承知しました」

 

さてさて、行軍の疲労も何のその。

久々の姉さんとの手合せは、どのようなものになるだろうか。

楽しみだ。

 

 

* * *

 

 

「では呂羽、行くぞっ」

 

「いつでも来い!」

 

そうやって始まった姉さんとの組手。

いくらか打ち合ってようやく、違和感の正体に気付いた。

 

気。

 

これまで姉さんが扱う気は、ほぼ内側にあるものだった。

大体の人がそうであるように、あまり意識しないで使っている。

 

それが今は、若干だが外側に滲み出ている。

しかもどうやら、意識して使っているようなんだ。

だから聞いてみたんだが…。

 

「姉さん、その気功術は?」

 

「少し前にな、武力向上について考えていたんだ。そこでちょっと真似してみたらな、出来た」

 

「出来たって…」

 

俺が由莉はじめ、隊員たちに指導している時は姉さんも傍らに居ることが多かった。

だからやり方とかはある程度覚えていたのだろう。

 

「だがこうして打ち合ってみて分かった。やはりお前には全く及ばない。今後も精進あるのみだ」

 

「……驚いたな」

 

マジで。

いくらやり方を知っていたとしても、そう簡単に出来るものじゃないはずだ。

かなりの時間、研究に費やしたんだろうなぁ。

 

「ふむ。そう考えると、私も呂羽の弟子と言う事になるのかな?」

 

「え、そうなる……のか?」

 

「師匠とか呼んだ方がいいか?」

 

「止めてくれ」

 

笑いながら言ってくるが、マジで止めて欲しい。

流石に冗談だろうけど。

 

しかしそうか、姉さんが気を意識して使える人材に。

さらに若干ながら、外気功も…。

 

「じゃあ姉さん、どれだけ出来てるか試してみよう」

 

「ふっ、いいだろう。来い!」

 

冗談を飛ばす余裕もありながら、やはり戦いこそが至上。

そんな思いが透けて見える。

やっぱ、直接打ち合ってみないた方が分かることも多ししな。

 

 

「はああぁぁぁーーーっっ」

 

構えを取って気を高める姉さん。

立ち昇るそれが見える程で、これは中々。

 

ならば、まずは小手調べ。

 

「ふんっ」

 

力強く踏み込み、鳩尾目掛けて気で固めた拳を打ち込む。

 

鉄拳・風林火山。

 

一見ただの拳だが、何も対策をしないと吹き飛される程の勢いを持った打ち込みだ。

しかし…

 

「ふっ」

 

カキャッと軽い音を立てて耐えられる。

斧で防いだ訳でなく、肘でガードをしただけだ。

さらにノックバックもない。

 

これは、本物かっ

 

「どうだ!次はこちらから行くぞっ」

 

思わず笑みがこぼれる。

俄然、楽しくなってきたぜ!

 

 

 




・鉄拳 風林火山
KOF96でお目見えした、リョウの地上吹っ飛ばし攻撃。
ネーミングセンスはともかく、特に96では積極的に使っていました。
バグ的小技のお陰で強かった記憶があります。

78話誤字報告適用しました。

さて、そろそろ物語を動かしませんとね。
次は誰を脱がすのか、それが問題です。


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84 絶!!龍虎乱舞

最初だけクライマックス


「極限流奥義!」

 

姉さんとの試合は、それはもう白熱した。

過剰とも言えるほどに。

 

「瀑布豪閃ッ」

 

もうお互いしか見えてない。

俺も熱くなってしまい、程々で止めると言う気持ちは吹っ飛んでいた。

 

姉さんの爆斧が鋭く一閃されるのをすり抜けつつ接近。

懐に滑り込むと、振り降ろしを避けるために僅かに身を捩る。

ギリギリのラインを一歩踏み出し、技を始動。

 

「はあっ」

 

まずは左ジャブ。

続けて右ストレート。

足掛け蹴りから身を沈めてのしゃがみアッパー。

折腹中段回し蹴り。

踵落としからアッパー、間接蹴り、左ジャブ、右ストレート。

再び中段回し蹴りから幻影脚に繋ぐ。

 

「幻影脚…はぁぁぁ、てや!」

 

普段は上段回し蹴りでフィニッシュするところを龍翻蹴で引っ掛け、裏拳で追撃。

大きく気を溜めて、鳩尾にボディブロウ気味の龍牙を抉り込んで跳躍フィニッシュ!

 

龍牙を放つ際は、虎の型を為した気を発するくらい本気だった。

 

絶!!龍虎乱舞。

乱舞に幻影脚を取り入れるなど、かなり本気で打ち込むものとなっている。

 

やがて打ち上げられた姉さんが、錐揉み回転しながら地面に落下。

その鈍い着地音で我に返った。

 

「……やっべ」

 

龍虎乱舞を孫策以外に使ったのは初めてだし、使うことになるとも思わなかった。

そこまで本気になるほど姉さんが強く、それこそ孫策並みに強くなっていたと言うことなんだが…。

 

思いの外クリーンヒットしたせいで、その安否が気にかかる。

若干冷や汗をかいていると、姉さんがむくりと上半身を起き上がらせた。

 

安心する反面、マジかと言う思いもある。

まだまだ未熟なのか、あるいは気を纏う外装が予想以上にしっかりしてたのだろうか?

 

「…ははは、流石だな。呂羽」

 

「姉さん!…大丈夫か?」

 

「ふっ…。今回は、ここまでだな」

 

そう言ってバッタリと地面に倒れ伏した。

ね、ねえさぁーーんっ!?

 

 

* * *

 

 

姉さんとの手合せは微妙な空気を残して終わり、俺は本人を除く全員から怒られた。

曰く、やり過ぎだと。

仰る通り、ごもっともです。

 

「ったく、大将まで過熱しちまったら止める奴いねぇだろ?しっかりしてくれよ」

 

だが牛輔にまで苦言を呈されるとは、どうにも釈然としない。

ぐぬぬ。

 

「もう、リョウったら魅せつけてくれるわー」

 

シャオからもやりすぎって注意されたけど、彼女は虎のエフェクトに反応。

孫策だけじゃなかったんだな、そこに食い付くの。

今は亡き孫堅が虎と呼ばれていたことから、娘たちも思うところがあるのだろうか。

 

だが、両手を頬に当ててイヤンイヤンする必要はないと思う。

どうやったらそっち方面に行くんだね。

シャオの思考回路には、時々付いていけないぜ。

 

「呂羽さんって、かなりやばい人だったんだねー」

 

馬岱の感想が酷いが、今は反論できない。

誤解は追々解いて行けるといいな。

 

「あらあら。リョウさんたら、本当に疼かせてくれますわ」

 

紫苑に関しては何も言うまい。

 

 

結局その日、姉さんは完全休養日となった。

笑って許してくれたけど、正直やり過ぎたのは否めない。

済まなかった。

 

 

それから数日後、紫苑と馬岱は定軍山に向けて出立していった。

 

彼女たちを見送った俺たちは、回復した姉さんも交えて稽古を重ねている。

もちろん、周辺へ出張っての慰撫も欠かさない。

 

ついでに、孫呉への定時連絡も忘れないように。

管理は由莉任せだが、ちゃんと俺かシャオの署名は入れてるから。

決して、机に積みっぱにして怒られたりはしてないぞ。

 

 

* * *

 

 

特に何事もなく一週間が経過。

そろそろ交代要員として定軍山に向かう頃合い。

 

伝え聞くところによると、南蛮とは呂布ちんが前面に出て話し合いになりそうとのこと。

なんで呂布ちん?

理由は動物っぽい南蛮の方々と話が通じるから、らしい。

相変わらず虎縞の子たちなのかねぇ。

 

まあ穏便に済むなら、それに越したことはない。

一撃どっかんして恐怖された、とかじゃなくて良かった。

 

あと、月ちゃんから手紙が届いた。

此処には詠っちや華雄と言った旧董卓軍も居るし、心配なんだろう。

 

手紙には皆の無事を祈ることが綴られていた。

ついでに牛輔は元気か、とも。

 

何で牛輔かと思ったが、そう言えば奴は親戚だったなぁ。

あまり気にしてなかったが、髪を下ろして大人しくしてれば結構似てるんだよな。

目元とか、雰囲気が全く違うから中々そうは思えんが。

 

長らく月ちゃんたちの護衛も務めてたし、近しい存在なんだろう。

なんだったら成都に送った方がいいのか?

本人はこっちで楽しそうにしてるけど。

 

「どう思う?」

 

「月なら大丈夫よ。陽…牛輔も、武官だしね」

 

隣で月ちゃんからの手紙を読み、ほっこりしてた詠っちに尋ねてみる。

そしてらそんなご回答。

 

詠っちが言うなら大丈夫なんだろう。

自分も会えないのに牛輔を会わすなんて…などとは思ってはないよな、まさかな。

 

「それより、派兵の準備は大丈夫なの?」

 

「ああ。うちの副長は優秀なんでね」

 

出立は午後に迫っている。

本当は、こんなにゆっくりしてる場合じゃないのかも知れない。

 

でも由莉や白蓮が万端、整えてくれている。

姉さんも一緒だし。

 

ちなみに件の牛輔はお留守番。

一瞬死亡フラグ立ったかな?って思ったけど、留守番だから立ってなかったね。

 

最初はシャオも留守番をと思ったが、めっちゃやる気だったんで言わなかった。

本人は結構身軽だし、山を苦にはしないだろうから別にいいか。

なるべく目を離さないようにしよう。

 

「隊長、そろそろ」

 

おっとお呼びが。

じゃあ行ってくるかね。

 

「気を付けてね」

 

詠っちに見送られて、やって来たのは練兵場。

そこには我が軍の精鋭が。

 

派兵される呂羽隊の将は俺と姉さん、それにシャオに由莉。

白蓮は白馬義従を率いる特殊部隊扱いで、シャオと姉さんはそれぞれ十人程度を引き連れる。

俺は隊長だけど個人参戦に近いので、実質由莉が隊を率いる形に。

 

もう誰も何も言わないけど、軍隊としては歪な形だよね。

 

「よし、みんながんばれ!」

 

「「「応!!」」」

 

いつも通り、短い声かけだけで軍を発す。

皆も慣れたもんだぜ。

 

こうして俺たちは、国境警備駐屯地から定軍山に向けて出立した。

そこで何が待ち受けているのか、あるいはまだ何もないのか。

時期が不明って、怖いよね。

 

 

* * *

 

 

道中何事もなく紫苑たちと合流。

伝令に聞いた通り、これまで特段変わったことはなかったらしい。

 

「では引継を済ませてから、明朝に出立致しますわ」

 

「ああ。もうひと踏ん張り頼む」

 

ちゃちゃっと引継を済ませて、配置につくとしよう。

実際に引継をしてくれるのは由莉だけどな。

いやぁ、頼りになり過ぎて隊長の無能化が著しいぜ。

 

さて、現地を実際に見て思うことはめっちゃ森だなってこと。

 

鬱蒼とした林間に、抜けた先は雑木林。

ちょっとした広場もなくはない。

地形を把握した部隊なら、弓矢で迎撃・威嚇するにはもってこいだろう。

場合によっては籠城すらも出来そうなほどだ。

 

だからこそ騎馬隊の運用は難しいが、上手く考えて配置をしたらとても強固な砦ともなり得る。

攻める側からすると、打って出られたら厳しいだろうしね。

 

そんなことを考えながら、部隊の配置を決めて行った。

 

概ね固まったので披露したところ、由莉から七割前後の箇所に修正が入った。

…ま、そんなもんだろ。

 

 




・絶!!龍虎乱舞
KOFロバのMAX2超必殺技で、KOF2002UMでは絶・龍虎乱舞。
ガード不能だけど出が遅く、見てから回避余裕でした。
フィニッシュ前に幻影脚を盛り込んだりの派手さが大好きです。


シレッと華雄姉さんにオリ技を投入。
牛輔の真名をチラ見せ。


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85 足先殺し

「申し上げます!魏側より、複数名の人影が向かっているのが確認されました!」

 

重大な報告が入ったのは、紫苑と馬岱を送り出そうとしているまさにその時だった。

タイミングが悪いな。

 

「あらあら、これでは退けませんわね。流石に悪いですし」

 

「向こうも運がないね。よーし、たんぽぽとシャオの可憐な連携技を見せてあげよう!」

 

何時の間に真名交換したし。

それよりも可憐な連携技って…、まあ見なくても分かる。

絶対可憐じゃない。

 

「リョウ?またシャオに言えないような、変なこと考えてるでしょ!」

 

考えてr…いやいや…。

しかし良く分かるな、これも乙女の勘って奴か?

 

「いや、特に。それより二人は戻ってくれても構わないぞ」

 

侵入者の規模にもよるが、少数精鋭だろうし囲い込みに問題はないと思う。

弓の戦いにも興味はあるけど、ごった返すのも問題だ。

 

「御心配には及びませんわ。むしろ、此処で退く方が将として問題かと」

 

「陽動かも知れないし、戻って警戒したり注進する者も必要じゃないか?」

 

「それなら、たんぽぽの隊から何人か出せば問題ないよ?」

 

ぬぅ馬岱め、的確な正論を述べよってからに。

 

「リョウ、何を考えてるの?」

 

シャオが俺の目を覗き込んでくる。

水晶のように青く透き通った、美しい目だね。

 

いやいや、別に不穏な事は考えてないよ。

嘘だ、少し考えてる。

でも言えない。

 

「いや何。配置の問題がな、少し気になるだけさ」

 

「ふぅ~ん…?」

 

疑いの眼差しを向けて来るシャオ。

何かを勘付いているような由莉と白蓮は、しかし何も言わない。

姉さんは腕組みして瞑目、興味なさそう。

 

「追加報告です。敵将は夏侯淵と思われます!」

 

「わーお、随分と大物が来たねー」

 

知識通りだが、ちょっと心配になる。

色々な事象がふんだんに盛り込まれたイベントだったはず。

だから何が起こるか分からない。

 

だがまあ、本気で動く必要があるとは思っていた。

極限ファイターの力、思い知るがいい!

 

「でしたらやはり、皆で力を合わせて掛らねばなりませんわね」

 

「だよねー。それでリョウ、どうするの?」

 

だよねー、くさいよねー。

何時の間にか暫定トップに就任した俺に、今後の判断が委ねられる。

せっかくだから上手く活用し、目論見通りになるよう頑張ろう。

 

「俺が先行しよう。姉さん、ついて来てくれ」

 

「うむ、任せろ!」

 

由莉には隊の差配を任せる。

若干不服そうな顔をしたけど承諾してくれた。

何時もの事ながら済まないな。

今回は重要案件なんだ。

 

白蓮は広場の近くに布陣。

馬岱とシャオはその反対側に。

紫苑は最奥で、弓隊を指揮してくれ。

 

「先行するのは良いが、無茶はするなよ。ちゃんと誘い込むように動くんだぞ」

 

皆頷いてくれたが、白蓮から心配した保護者のような発言。

大丈夫、無茶と無謀が違うってことは弁えてるから!

うむ、弁えてはいるとも。

 

「大丈夫に思えないよ…」

 

俺だから諦めてくれ。

これもまた、今更という奴だ。

 

「じゃ、ちょっくら行って来る!」

 

「はい。御武運を」

 

由莉に見送られながら、姉さんたちを引き連れて山間に分け入った。

 

ひゃっはー!

極限無双の時間だぜぇっ

 

 

* * *

 

 

斥候に案内されつつ、気も読みながら進む。

師匠として、隊長として。

何より極限流の先達として、気の扱いについては由莉にも負けられん!

 

密かに鍛錬を続けて、大分掴めるようになってきた。

でもまだ、由莉には敵わないことが分かっている。

ぬぅ、師匠の威厳が…っ

 

「さて呂羽。お前の真意はどこにある?」

 

「姉さん?」

 

じんわりと危機感を感じて居たところ、姉さんが唐突に聞いてきた。

 

「舐めるなよ。私とて、それなりの時を共に過ごしたんだ。お前が何かを考えてるのは分かる」

 

おお、姉さんからそんな言葉が聞けるとは。

ちょっと違うけどデレっぽいよね!

 

「まあ恐らく皆も、ある程度は気付いてるだろうがな」

 

ばればれでしたかー!?

腹芸が得手じゃないのは自覚してたが、そんな分かり易かったかねぇ。

まあいいか。

別に不利益を被らせようとか、そんな大それたことじゃないし。

 

「姉さんを裏切ったりはしないよ」

 

「そんなことは知っている。馬鹿にするな」

 

すんません。

しかしどう言おうか。

そもそも話してしまって良いものか。

 

「ふむ。悩むならば、無理して言う必要はない。お前のことは信頼しているからな」

 

「あー…うん、ありがとう」

 

なんだこれ、凄く嬉しい。

姉さんってこんなキャラだったっけ?

超武闘派な印象が強いけど、そういや部下思いで慕われてるんだった。

俺が姉さんって呼んでるのもその一端だしな。

 

「まあとりあえず、横で見ててくれ」

 

「うむ」

 

隠すことはしないが、どう話したものか分からない。

まあまずは移動だ。

足先殺しで背丈の低い枝葉を折りながら、道なき道を行く。

 

向こうが辿り着く前に、先に思い描いた通りの配置に付かないとな。

そして皆には言って無い、裏の行動もちょっとだけしようと思う。

 

 

ちなみに表向き、定軍山伏兵隊(仮称)の作戦はこうだ。

 

見通しの悪い森や林の中で待ち伏せ、奇襲。

俺と姉さんで見通しの良い広場に追い込む。

 

そこを、広場の最奥から紫苑率いる弓兵で強襲。

更に両側から、白蓮と馬岱の騎馬隊による囲い込み。

良く分からないが、馬岱とシャオの可憐な連携技も唸ることだろう。

恐らく一般兵はこれでほとんど殲滅出来る。

 

敵さんは偵察と言うことで少数精鋭。

数が多くないと言うことは、こちらが多ければそれだけ有利になると言うことだ。

 

情報から推測したところ、俺たちの兵数は向こうの三倍近い。

順当に行けば負ける要素はないわな。

 

だけども、ほぼ間違いなく順当には行かない。

どちら側からのイレギュラーによるものかは、まだ分からんがなぁ。

 

 

そんで、俺の人には言えない裏の作戦。

まあ作戦って程のもんじゃない、保険みたいなもんだ。

 

連れて来た隊員数名を、山の魏領側に配置。

何かあったらすぐ連絡が来るように。

本当は姉さんもそっちに置いときたかったが、横で見てろって言っちゃったからな。

 

まあ要は、北郷君が何かしらの手当てをしてくるんじゃないかって危惧。

夏侯淵が来るってんなら、絶対誰かが追加で来るだろう。

これは曹操様の可能性が大きい。

そうすると、ただの遭遇戦が戦端を開く切欠にならんとも限らん訳だ。

 

だから夏侯淵さんたちには、穏便にお引き取り願うのさ。

しかし、顔が割れてる俺では色々と問題があるかも知れない。

 

そこで、ユニークアイテムに頼ろうと思う。

ミスター・カラテに、俺はなる!(二度目)

 

わざわざ由莉を置いてきた理由は主にそれ。

姉さんには見られてないし、丁度良いよね。

 

 

さて、無事に配置についた。

懐から例のアイテムを取り出す。

これを持ってるせいで、呂布ちんに狙われるいわくつきの品。

 

「む、なんだその……妙に心惹かれる面は?」

 

えっ

ね、姉さん…?

 

まさかの恐怖、再びか!?

 

 




定軍山遭遇戦。
遂に山場を迎えます。山だけに。

・足先殺し
二代目Mr.KARATEの特殊技。
いわゆるローキックのような踏み付け攻撃です。
使い道?
ないよ、そんなの。

60話の誤字報告を適用しました。


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86 毘瑠斗圧覇

 

対人地雷と化した俺たちの前方にからやって来るのは、前情報通りに夏侯淵。

あと典韋。

相変わらず頭のリボンがとってもキュート。

そして、彼女たちに率いられた決して多くはない兵士たち。

 

まだ少し距離があるが、頃合いだろう。

そろそろ始めようか。

 

「呂羽、私はどうすればいい?」

 

仮面を付けたところで、姉さんが聞いてきた。

おっと忘れてた。

今、俺は一人じゃないんだった。

 

「姉さん。実は俺、彼女たちを追い返すつもりなんだ」

 

「む。迎え撃ち、殲滅するのではなかったのか?」

 

「うん。まあ、本来の計画ではそうなんだけどね…」

 

「…お前もちゃんと考えているのだろう。よし、私は何も言わんぞ!」

 

ありがとう、そしてごめん。

そこまで深くは考えてないんだ。

 

でも大丈夫。

なんたって俺は極限ファイター。

ミスター・カラテ風の空手仮面なのだから!

 

…どうにも、天狗面を手に取った時からテンションがおかしい。

前回と違って、素面のハズなんだが。

パブロフのワンコみたいな感じ?

まあ特に問題はない気もするし、このまま行ってしまおう。

 

「しばらく待機しておいてくれ。迎撃が始まったら宜しく頼む」

 

「うむ、任せておけ!」

 

姉さんと隊員たちを残し、俺は素早く移動を開始した。

仮面を付けて、気を纏えば準備万端。

 

ぬぅぅーーんっ

気力充填、髪と胴着をオーラで覆う。

前回やったことをなぞるだけの、簡単なお仕事です。

 

無駄に器用なことをと思ったが、気の鍛錬には良い感じだった。

何事も無駄にはならんと言うことだ。

 

…うむ。

どこからどう見ても、立派な空手仮面。

 

さて、傾くか。

 

 

* * *

 

 

眼下には粛々と行進する魏軍の皆さま。

ちなみに俺は、一本杉のてっぺんで腕を組んで立っている。

 

イメージするのは常に最強のカラテ。

 

では、往くとしよう。

 

ぐぐっと膝を曲げてバネを使って高く舞う。

 

ぬぅおぉーー、毘瑠斗圧覇ァッ!

本来は打ち上げから打ち下ろし叩き付けまでが一連の技だが、今回は派手なモーションで魅せることを優先した。

 

ある程度の高さから、目標目掛けて手刀を掲げつつ急降下。

鋭気に勘付いた夏侯淵が咄嗟に弓を構えるが、木々が邪魔をする上にもう遅い。

 

「ちぇすとぉぉーーーっっ!!」

 

ズドォーン!と衝撃波を発生させつつ、派手に着地した。

夏侯淵たちの眼前に。

 

「くっ!?…何が起きたっ」

 

懐かしのクールボイス。

おおっと、冷静になってはいけない。

心は熱く、しかし今の俺もといワシは空手仮面なのだ!

 

「此処から先はワシの領域。通ること罷りならぬ。疾く、去れ」

 

無駄に高圧的に、自信満々を心がける。

本当のミスター・カラテはそんな存在じゃないが、今は気にしない。

 

「…貴様、何者だ」

 

「ふっ…、その言葉。そっくりそのまま返そうではないか、侵入者よ」

 

「ッ!!」

 

定軍山への侵入者と言う意味で言ったんだけど、蜀領へと言う意味で捉えられたかな?

別にどっちでもいいけど。

 

全員が殺気立つのが分かった。

典韋まで厳しい表情で武器を構えてる。

 

「ふむ。退かぬか?ならば仕方ない」

 

ぬぅおぉーんと、周囲にも分かるように気を高める。

夏侯淵の弓が引き絞られた。

 

「実力行使と行こう!」

 

虎煌撃。

ズバァーンと地面に気弾を打ち込み、土煙を舞わせる。

林間での視界不良。

弓や大型の武器にとっては難儀だろう。

 

これを合図として、横合いやや後方から姉さんが突っ込んできた。

森林破壊もなんのその。

流石は姉さんだが、典韋も同じこと出来るんだよな。

 

「はぁぁぁーーーっっ!!」

 

精鋭とは言え一般兵。

意図して気を扱えるようになった姉さん相手じゃ、明らかに分が悪い。

 

錐揉み回転して吹っ飛ぶ一般兵の皆さん。

ひょっとして、姉さん根に持ってたか?

背中を冷たい汗が流れるが、今はそれどころじゃない。

 

「くっ、待ち伏せか…総員退避!流琉、走れ!!」

 

「で、でも秋蘭様!?」

 

「あとで合流する。はやく!」

 

「は、はいっ」

 

俺一人だと警戒しつつも相手になるが、伏兵がいたら話は別。

まあ冷静な判断だと感心するが、どこもおかしくはないな。

 

さて、退避と言いつつ事実上の撤退を選んだ魏軍の皆さん。

しかし追い返すにしても、山からは確実に追い出さねばならない。

そこに妥協はないぜ!

 

典韋が兵の大半を連れて退いて行くのを見ながら、俺は夏侯淵に迫る。

姉さんは典韋を追うようだ。

そっちは任せたぞー。

 

「暫烈拳」

 

ぎゃりぎゃりぎゃりーーッ、土煙の中から出て来て連打される拳。

防ぐ夏侯淵だが、往なし切れず後退する。

 

「くぅッ」

 

「ふむ、近接は苦手か」

 

実際はそうでもないんだろうけど、咄嗟の一撃が良く効いてるっぽい。

続けて行くぞ。

 

「飛燕疾風脚」

 

至近からの疾風脚が刺さり、横回し蹴りもヒット。

しっかりとしたガードが間に合わず、身体が浮いてしまう夏侯淵。

 

「覇王……至高拳」

 

浮いた彼女に非情の追撃。

地に足が付かぬ状態では守りもままならない。

それでも必死にもがいて、諦めない姿勢は尊敬に値する。

流石は曹魏の夏侯姉妹だなぁ。

 

とは言ってもね。

 

覇王至高拳を浮いた状態で、割と至近距離で食らっては無事ではすまない。

例え、スピード重視で多少勢いが削がれてたとしてもだ。

 

派手な炸裂音を響かせ、覇王至高拳は彼女にヒットした。

 

「---っ!」

 

吹っ飛ぶ夏侯淵。

近くに木にぶつかり、そして崩れ落ちた。

 

……うむ、やりすぎたか?

 

しばらくその場に佇むも、動く者はいない。

周囲を見回しても立っているのは俺だけ。

 

隊員が数名、駆け寄って来るのが遠目に確認できた。

 

「ふむ、終わったか」

 

聞こえるように独り言を呟くが、反応する者はおらず。

どうやら夏侯淵含め、魏の兵士たちはみんな気絶してしまったようだ。

 

最低限の警戒はしつつ、倒れ伏す彼女に近付く。

そして気付いた。

気付いてしまった……!

 

覇王至高拳を受けた影響なのか、夏侯淵の衣服に異常がみられる。

簡単に言えば、派手に破れていた。

 

どのくらい?

下着が見えるくらい。

 

……黒、だと……っ?

 

イメージカラーから、てっきり青系だと思ってた。

しかし違和感はないな。

うむ、よく似合ってる。

 

じゃなくて!

 

誰も居なくて良かった?

確かにそうだ。

由莉とか居たら、きっと怒られる。

 

誰も居ないと困る?

困ってる。

白蓮とか居ないと、対応し兼ねる。

 

うおー!誰か、誰かぁーー!?

 

 

駆け寄って来た隊員の中に女性が居てくれたので、何とか助かった。

その時、彼女の目が少し冷たかったのを追記しておく。

 

そして副長に報告を……なんて聞こえるように呟く奴は間違いなく悪魔。

くっ…何が望みだ!?

 

なに、酒を浴びる様に飲んでみたい?

戻ったら溺死するくらい飲ませてやるわ!!

 

 

* * *

 

 

布で包んだ夏侯淵をお姫様抱っこで運ぶ。

気付かれたら何を言われるか分かったもんじゃないが、気絶したままだから問題ない。

一応、念のために両手は縛ってある。

 

縛る時、隊員の目は氷点下のようで…。

お、俺は悪くねぇ…。

気付かない振りをせざるを得ない。

 

そして隊員の案内で向かった先には、姉さんが佇んでいた。

 

「む…。夏侯淵を生け捕るとは、流石だな」

 

そう言ってくれるも、少しテンションが低い。

何かあったのだろうか。

 

「敵将たちはこの先に居るが、その更に向こう側に後詰が居るようなのだ」

 

そっちを警戒して追撃の手を緩めたらしい。

典韋が率いる兵の数は、元の半分以下にまで打ち減らしたようだが。

 

後詰、か。

北郷君手配のものだろう。

さて、誰が居るのかな?

 

 




夏侯淵さん、脱衣KOしちゃうの巻。
バレると不味い状況プライスレス。

・毘瑠斗圧覇
KOFタクマのNEO MAX超必殺技。
ビルトアッパーで画面外まで上昇し、急降下して叩き付ける技。
潰し技としては優秀ですが、リーチは短め。
さらに外れても技は最後まで出すので、隙が大きくなります。

今回は見た目、某豪鬼の禊風に使ってみました。


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87 超龍虎乱舞

夏侯淵を横に置き、監視を姉さんに任せる。

合図したら連れて来るよう頼んで。

 

ついでに、遥か後方に置き去りにしてしまった友軍にも通知を送っとこう。

あ、此処よりちょっと手前に布陣するよう伝えてね。

 

さあ、終局へ向かおうか!

 

 

* * *

 

 

「…典韋様…」

 

「まだ、もうちょっとだけ……。必ず、必ず来ますから…っ」

 

部下と思われる兵士と話す、涙目の典韋が見えた。

 

何やらこの仮面を付けてると、視力や聴力がやたら良くなってる気がする。

まあ実際の所、気を全身に纏わせることで身体能力が著しく向上してるだけだろうけど。

 

ともあれ、さっさと行って士気を挫くとしよう。

 

「残念だが、その望みは叶えられん」

 

「誰ですか!?」

 

「ふむ。よもや、ワシの顔を忘れたとは言うまい?」

 

仮面だけどね!

 

「貴方……っ!しゅ、秋蘭様はどうしたのですか?」

 

「ワシが此処に居る。それが答えだ」

 

おっとー、弾かれた様にヨーヨーが降って来たぞー。

涙目で思い切り武器を振り回す典韋。

 

精神状態が悪いな。

そんな状態で、ワシに敵うと思うてか!

 

「虎煌拳!」

 

「きゃあっ」

 

ズバァン!と響く鈍い音。

ギリギリでガードが間に合ったのは、培った経験と力量のお陰か。

それでも心がついて来ておらず、吹っ飛んだ。

 

「…うぅっ…」

 

心身共に疲労し、よろけながらも涙目でこちらを睨みつける典韋の姿。

これ、傍から見れば完全にイジメだよな。

イジメ、カッコワルイ。

 

さて、これ以上こっちが精神的打撃を被らない為にも確保に移るとしよう。

 

夏侯淵と典韋を確保し、穏便にお引き取り願う。

それが俺の策であり方針だ。

穏便?穏便。

 

「一旦、眠るがいい」

 

覇王至高拳だと服が破ける危険があるので、強めの虎煌拳にしておこう。

そう思い、腕に気弾を溜めていると…。

 

「ぬっ!」

 

ズガンッと何処からともなく飛来した何かが着弾。

咄嗟にバックステップで避けたが、典韋の前に誰かが降り立った。

 

まあ、見えてるんだけどね。

 

飛来した何かは気弾。

多分、闘気弾。

典韋を守るように立つのは凪だ。

 

そっか、凪が来たのか。

間に合っちゃったのかー。

 

「コホッ…、凪さん!?」

 

「無事か、流琉」

 

キャー、凪ちゃんカッコいいー!

傍から見れば、完全にヒーローですわな。

 

警戒しながら睨みつける凪。

その目は敵意に満ちており、対峙するのが俺だとはばれてなさそうだ。

 

そこで閃いた。

此処は一つ、悪役っぽく振る舞おうではないか。

インパクトが大きければ大きいほど、虚像は膨れ上がるってもんよ。

 

「ふふ、中々骨がありそうだな。良かろう、少し遊んでやる」

 

「貴様…ッ」

 

ギリッと奥歯を噛み締める凪さん。

 

「凪さん!実は秋蘭様が、この人に……」

 

ちょっと典韋さんや。

そこで切ったら俺が夏侯淵を轢いたみたいじゃね?

誤解を誘ったのはこっちだが。

 

「……分かった。こいつを倒して、全て吐かせてやる」

 

お?…凪の纏う空気が変わった。

その名の如く、まるで凪いだ大海のよう。

 

激情が一周して冷静になったのか。

気の高まりが素晴らしい。

 

「いつでも来い!」

 

問答は終わり、ただ全力でぶつかるのみ。

どれだけ成長したものか、実に楽しみだぜ。

 

「ハァッ!」

 

「ちぇすとぉー!」

 

ガキーンと横捻り足刀同士が絡み合い、まずは相殺。

激しい戦いが始まった。

 

 

 

しかし激しい戦いは、すぐに終了してしまった。

何故か?

凪の表情に驚愕と迷いが見え始めたから。

 

ああ、見た目は違っても中の人は同じだしね。

扱う技も実質同様だし、疑問を感じるのも仕方がない。

 

でも、それじゃダメだぜ。

 

「…敵を前に何を悩む。戦いの最中に迷うは、死あるのみぞ!」

 

翔乱脚!!

 

一足飛びに駆け寄り、腕を手繰って頭を掴み、膝蹴りを乱打する。

防御は間に合ったようだが、反撃にキレがない。

まだ迷うか。

 

「飛燕疾風脚!」

 

これは避けられた。

その表情には焦りが見える。

 

でもそんなの関係ねえ!

 

「虎煌拳」

 

「そ、それはっ!?……グっ」

 

続けて技を掛け続けていると、大回し蹴りで反撃。

ひょいと避けて間を開けたところで、焦ったような凪の呟き。

 

「貴様、何故その技を使えるっ?…しかもその錬度、まさか…っ」

 

「ハッハッハー!我が名はミs…空手天狗。この程度、造作もないわ!」

 

話が噛み合ってないが、自己紹介してなかったのを思い出したんでね。

謎の極限流使いでも良いけど面倒だし。

ついでに勢いでミスター・カラテって言いかけて、慌てて言い直したら空手天狗って言っちゃった!

仮面の要素が消えちゃったよ?

まあいいか。

 

「てんぐ…?いや、それより貴様。まさかリョウ殿の関係者か?」

 

「ふっふっふ。お前のその拳で聞くが良い!」

 

あ、天狗が通じない?

まあ問題はない。

だってまともな問答をするつもりはないのだから。

間違いなく、ぼろが出ちゃうからな。

 

遭遇戦であろうと此処は戦場。

敵対する奴が相手なら、全力で打ち掛からねばならない。

それを思い出させるために、こちらが大人気なく全力疾走してやろう。

 

「奥儀!」

 

両腕を眼前で交差させ、腰元に引き絞る。

そのまま翔乱脚よりもハイスピードで一気に距離を詰め、間合いに入った。

 

「クッ」

 

凪による苦し紛れの左フックを避けつつ、乱舞に移行。

 

左正拳突き、右正拳突き、右回し蹴り、左正拳突き、右正拳突き、足掛け蹴り、ボディーブロー、起き上がりアッパーから続けてヒジ打ち、左右正拳突き、ボディーブローから瓦割り、無頼岩、飛車落とし、横蹴り、回し蹴りへと繋げて…。

最後に振り上げアッパーを当てて、一歩後ろへ。

連打を浴びてふらふらしている目標目掛け、止めの一手。

 

「せりゃ、せりゃぁ、せりゃぁぁーーーっっ!!」

 

存分に練り込んだ覇王至高拳を三連続で打ち出した。

この一連の乱舞こそ、ミスター・カラテの奥儀・超龍虎乱舞である!

 

ところで、無防備な相手に覇王至高拳がクリーンヒットすればどうなるのか。

割と最近学んだことがあったよね。

そう、服が破ける。

状況にも左右されるのだろうが、危険を冒すのは避けるべきだ。

 

なので、微妙に角度を変えて直撃しないように配慮した。

一発はギリギリ掠めて森へ消え、一発は足元やや手前に着弾。

最後の一発だけは、彼女の防御態勢が辛うじて間に合うのが見えたので正面からぶつけてみた。

 

破砕音と共に土埃が派手に舞い、周囲には衝撃波が広がる。

 

「…な、凪さん…?」

 

典韋の心細そうな声が響く。

 

ちゃんとガードが間に合ったようには見えたから、大丈夫だとは思うけど…。

やがて視界が開けて来ると、状況が把握出来た。

 

「凪さん!」

 

そこには両腕を交差してガードした体勢のまま、片膝を地につけて肩を大きく上下させる凪の姿が。

うむ、見事耐えきったな。

……よし、服も破れてない。ほとんど。

 

 

おっし、では仕上げだ。

 

「覇王翔吼拳を会得せん限り、お前がワシを倒す事など出来ぬわ!」

 

いやあ、ミスター・カラテと言えばこれだろう。

今の俺は空手天狗で、放ったのも覇王至高拳だが。

 

気持ちよく言い放った俺を、とても鋭い眼差しで睨みつけてくる凪。

視界の端には緊張の面持ちで凪に駆け寄る典韋の姿。

 

そして後ろを遠望すると、猛スピードで近付いて来る曹の旗印が見えた。

 

あー、ちょっと時間を掛け過ぎたか。

今から二人を確保する余裕はなさそうだなぁ。

なんてこったい。

 

ハイパー極限タイムは此処に終わりを迎えた。

 

 




・超龍虎乱舞
CVS本気カラテのエクシード技。
KOFタクマのMAX版龍虎乱舞の発展形。
初代龍虎を意識してか、ガード不能だけど性能がとても良いと言う程ではない。

・その拳で聞くがよい
記念すべき龍虎1の1stステージ、藤堂竜白が対戦前デモで言い放つ言葉。
但し、彼に勝っても情報は得られない。
知らん癖に何故勝負を吹っかけてくるのか、謎である。
初っ端から虎煌拳を拳で打ち消して来るなど、インパクトは大きかったですね。

・覇王翔吼拳を会得せん限り、お前がワシを倒す事など出来ぬわ!
名言。
ただ、本気カラテの勝利台詞にぶっ込んだのはどうかと思う。
見ての通り長いので、早口になってしまうんですもの。


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88 鳳翼

「凪、流琉!無事?」

 

覇王様の登場やでぇ。

 

「華琳様!?……そう言えば凪さんも、何故此処に?」

 

「一刀のお陰よ。帰ったら礼を言いなさい」

 

「兄様が……。はい、分かりました」

 

やはり北郷君の差し金か。

後ろに居るのは張遼と許緒、そして夏候惇。

兵数自体は少ないが、結構本気で出て来たんだな。

 

「それで秋蘭はどこ?…あと、珍妙なソレは何者かしら?」

 

珍妙なソレって言うな。

別に格好良いと思って欲しい訳じゃないが、立派な天狗面なんだぞ。

 

「ふむ、新手か」

 

極限タイムは終了したが、天狗タイムは終わっちゃいないぜ!

 

後方やや遠く、由莉と白蓮の気配をキャッチ。

どうやら伝言に従い、ちょいと手前に布陣してくれたようだ。

紫苑たちの弓なら届くだろう。

 

その位置を探りつつ、目視で俺が見えにくい場所に移動。

気が張って感覚が鋭敏になっている今、枝葉の位置すら手に取るように分かる。

 

スススッと動く俺を、凪が警戒して構えをとる。

もう立てるくらいに回復したのか。

やるじゃなーい。

 

「華琳様……秋蘭様は……っ」

 

「……そう」

 

曹操様の周囲に炎立つ。

おぅふ、このままでは俺の命がストレスでマッハ。

 

「ぬぅぅん、はあぁぁっ!」

 

ぐぐっと溜めて真上にドーン。

極限虎咆の気だけバージョンで、姉さんに合図を送る。

 

「貴様、秋蘭をどこへやった!?」

 

弾かれたように武器を振り被って襲い来る夏候惇。

咄嗟にガードを試みるが、その必要はなかった。

 

ガキン!と火花を散らして相殺せしめるのは、金剛爆斧。

姉さん素早く登場。

 

「大丈夫か?」

 

「うむ。問題ない」

 

軽く見回すが夏侯淵の姿が無い。

小声で確認したところ、少し後ろに置いてきたとか。

 

「貴様は華雄か…。何故此処に…まさか、そこな赤鼻と一味か!?」

 

ちょっとだけ冷静になった気がした夏候惇。

でもすぐ激昂するから元通り。

と言うか赤鼻って……。

 

そんな夏候惇に対し、姉さんは何も答えず微笑するだけ。

やだ、カッコいい…。

 

「春蘭、小物に構ってる暇はないわ。さっさと倒して、秋蘭を探すわよ」

 

「なぁに、その必要はない」

 

姉さんを小物扱いとか、許るさーん!

お怒りモードの覇王様に声を掛けるのは恐ろしいものがあるが、今の俺は空手天狗。

傲岸不遜に自信満々、恐れるものは何もない!

 

一瞬だけ姉さんに全員の意識が逸れたその隙に、シュバッと夏侯淵の包みを取って来た。

ちなみに全身すっぽりと包まれているので、一見して何かは分からない仕様。

 

「…なんですって?」

 

ギロリンと睨まれる。

その凄味に、思わず気圧されるがおくびにも出さない。

 

「まず、お主らではワシは倒せぬ。次に、探し物は此処にある。最後に、此処から先は一歩も通さぬ」

 

一言目で全員が殺気立ち、二言目で色めき立ち、三言目で一歩下がった。

カカカカカッと大量の矢が降って来たからな。

 

チラリと後方を確認すると、まあまあの数の弓隊が居る。

目視では姉さんしか見えない筈だが、由莉なら気配で俺を感知してるだろう。

冴え渡る一斉射撃はその差配とみて間違いない。

 

「クッ、こんなもので!」

 

「待ちなさい!」

 

夏候惇と張遼が動こうとしたが、曹操様に制止された。

今は関係ないんだが、張遼の目が興味に彩られているのがとても気になる。

他の奴らは敵意や驚愕なのに。

 

「一つ目も気になるけど……。二つ目は、どういう意味かしら?」

 

激情を宿しつつも冷静に事を進めることが出来る。

やはり時代の英雄は違うのう。

 

「言葉通りだ。探し物は、これであろう?」

 

そう言って、小脇に抱えた包みを見せる。

少しだけ捲って、青い髪が見えるように……。

 

「秋蘭!!」

 

「この娘を返して欲しくば、大人しく立ち去ることを誓え」

 

カーッハッハッ!

どうだ、この悪役っぷり。

曹操様がギリッと奥歯を噛み締めた音が聞こえた。

 

「……いいでしょう」

 

「華琳様!?」

 

持つべき物は良い上司。

良かったね!

直で目を合せずに済む、天狗面に感謝せざるを得ない。

 

「そこの娘」

 

さて、凪に視線を移して話しかける。

 

「ッ!な、何だ?」

 

会話に入らず大人しくしていたところ、突如話を振られて慌てる凪マジ可愛い。

いつの間にか俺に対する警戒も薄れていたし、何かあったか?

 

「ほれ、返してやるから取りに来い」

 

「……分かった」

 

チラッと曹操様を見て彼女が頷いたのを確認すると、緊張しながらやって来た。

 

「気絶しておるだけだ。念のため縛ってあるが、得物はそのまま。あと周囲の安全が完全に確認出来るまで、決して包みは取らぬように」

 

手渡しながら諸注意を与える。

念を押すように言ったことに戸惑ったのか、曖昧に頷く凪。

 

彼女が背を向けたのを確認したところで、曹操様たちに向かって放言する。

 

「我が名は空手天狗!此処はワシの領域、通ること罷りならぬ。しかと伝えたぞ!」

 

その後一言二言話して、曹操様たちは退いて行った。

 

これで良し。

魏軍の皆さまには、空手天狗の存在が強く印象付けられたことだろう。

夏侯淵さんの服を台無しにしたのは空手天狗。

おのれ、許すまじ!

 

定軍山が拠点っぽいことも伝えて、蜀への防衛策もばっちりだ。

一石二鳥とはこのことよ。

 

あとは由莉たちが駆け付ける前に姿をくらまし、何食わぬ顔をして出てくれば良いだけ。

ふふふ。完璧……、完璧じゃないか!

 

周囲に人気がないことを確認し、姉さんに声を掛ける。

 

「危機は去ったな。助かったよ、合わせてくれて」

 

「問題ない。しかしまさか、あれほど将が出て来るとはな。追い返せたのは僥倖だった。呂羽の策に乗って良かった」

 

どう致しまして。

 

「それと、この姿のことは皆には内緒で頼む」

 

「ふっ…。二人だけの秘密だな、了解だ」

 

実際には隊員も数名居るんだが、彼らは空気を読んで黙っていた。

うむ、良い心がけだ。

せっかく姉さんが楽しそうなのに、ブチ壊したら埋めるところだ。

 

さて、後方の友軍と合流せねば。

変装を解いたら、辻褄合わせのために話を擦り合わせよう。

 

 

* * *

 

 

魏への対応と、蜀への説明はそれぞれ異なるものになる。

基本的に俺は姉さんと一緒に行動した訳で、そうしないと話が繋がらないからね。

 

ま、平和になるまでばれることもあるまい。

だから問題ないと、そう思ってたんだ。

 

けどねぇ。

大問題です。

 

 

「それで?何がどうなったのか、詳細に教えてくれ」

 

何時になく険しい顔で迫って来るのは白蓮。

由莉もシャオも、紫苑すら怖い顔だ。

唯一、馬岱だけは我関せずと姉さんの隣に座ってる。

 

「いや、だから。さっきも言ったが──」

 

「私も改めて言うぞ?……詳細に、話せ」

 

あ、白蓮が怖い。

こんな一面もあったんだね。

 

助けを求めて姉さんを見るも、あっちはあっちで馬岱に色々聞かれてる。

元々姉さんは多弁な方じゃないせいか、ぽつぽつと何食わぬ顔して返せば問題ないようだ。

 

つまり、助けは期待できない。

止むを得ん。

 

「…鳳翼!」

 

ちょいんと小さく跳ねて、囲いの突破を試みる。

戦略的撤退。

この場面、何をどう考えても悪手である逃げを打ってみた。

 

さっきまで空手天狗でハイテンションだった反動なのか、何が何だか分からなくなっている。

頭が沸騰しそうだぜ!

 

 

もちろんすぐに捕まった。

逃亡は罪であり、慈悲はない。

 

 

駐屯地に連行され、どうしても言えない箇所以外は俺の所業として全部話した。

 

もちろん、空手天狗なんて格闘家は存在しない。

夏侯淵の脱衣KOなどは口が裂けても言えぬ。

 

そうそう、あの場に立ち会った隊員は口封じに溺死させておいた。酒で。

名目は頑張ったで賞。

本人が浴びるようにと望んだのだから、何も問題はない。

むしろ本望だろう。

幸せそうな顔で沈没していた。

 

ところで、どうしても言えない箇所が黒塗りとなって表面化。

姉さんもずっと側に居た訳じゃないし、秘密も守ってくれたので証言にはならず。

 

なるほど、これが自業自得って奴か。

完璧だと思ったんだけどなぁ…。

 

今、俺は正座しながら冷たい目をした女性陣に囲まれて反省している。

後悔はしてないが。

 

 

 




・鳳翼
某豪鬼の百鬼襲パロディ技と言うことで、使用者はKOFユリ。
単体では小さく跳ねるだけで、派生技が色々あります。

パロディ自体は色々あるけれど、一目瞭然なのはユリが多いですね。
他社も自社もやりたい放題。
だがそれがいい。

・許るさーん
名言?
初代餓狼ギース様のデモより。恐らく誤植でしょう。
ギース様に関しては極限流とも絡みがあるけど、余り触れられない気がします。


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89 瓦割り

他者視点詰め合わせ


遠征から帰還し、久々に赤い豆腐料理を楽しんでいると緊急招集を受けた。

 

珍しいな。

別に文句はないが、普段なら休暇の途中返上なんてことは滅多にない。

つまりそれは、本当に緊急性の高い事案が発生したということだろう。

 

急ぎ武装を整え、出向いた先には錚々たる面子が。

 

華琳様はもちろん、春蘭様に霞様。

桂花と風に季衣まで。

 

北郷隊長は休養中で来ていない。

過労で倒れたと、旅の医者──かなりの名医らしい──が見て下さったが養生すれば大丈夫とのことだった。

 

そして我々が揃ったところで、華琳様が話し始める。

 

「皆悪いわね。…至急、秋蘭たちの後詰に向かうわ」

 

秋蘭様の?

確か、蜀への偵察として定軍山に向かっていたはず。

それほど危険な任務ではなかったと思うが…。

 

「各々疑義はあるでしょう。だけど一旦置いて頂戴。一刻を争うの」

 

「華琳様がそこまで仰るなら何も申しません。して、誰を向かわせますか?」

 

桂花が代表して質問。

わざわざ呼ばれたからには、自分の出撃は確定だろう。

急ぎと言うから、霞様も一緒かも知れない。

 

などと考えていたが、華琳様の言葉に驚愕した。

 

「兵の数は最低限にして、桂花と風以外の全員で行くわよ。もちろん、私も出るわ」

 

なんと、華琳様まで?

それほどの事案なのか…。

これは、よほど気を引き締めて掛からねばならんようだな。

 

「留守居は桂花に任せる。柳琳が戻ってきたら伝えて頂戴」

 

「御意」

 

「すぐに発つ。総員、半刻で準備しなさい!」

 

「「「はっ!!」」」

 

 

駆けに駆け続け、定軍山が見えてきた頃。

 

「凪。先行して状況を確認、現場の判断は任せる」

 

「御意!」

 

リョウ殿に指導された気の運用は、当初に比べてかなり上達した。

意識して走れば、そこらの馬よりも速く目標地点に到達出来るのだから。

 

 

そうして辿り着いた時、目に飛び込んできたのは驚くべき光景。

何と、流琉が怪しい男?に追い詰められていたのだ。

 

状況はよく分からないが、とりあえず助けねば!

そう思い、咄嗟に闘気弾を打ち出して流琉を守れる位置に飛び込んだ。

 

「無事か、流琉」

 

背後で驚き、少し弛緩した気配に無事だと分かった。

それは喜ばしいが、状況が良くない。

 

一緒に居るはずの秋蘭様が居ない上に、目の前の不審者だ。

どこかで感じたような気配だが、重苦しい圧に覚えはない。

だが、間違いなく強いッ。

 

そして、流琉から驚くべき情報がもたらされた。

 

「凪さん!実は秋蘭様が、この人に……」

 

なんだと!?

俄かには信じられないが、流琉が言うなら事実なのだろう。

…許せん…。

 

激情を抱くが、心中は不思議と穏やかだ。

以前、激した状態では全く力が出せなかったことがある。

あれには大いに反省し、今後に生かすことに注力したものだ。

それが、今に繋がっているのだろう。

 

フゥー…ッ

…では、行くぞ!

 

「ハァッ!」

 

 

意気揚々と攻撃を仕掛けたが良いが、数合打ち合った時点で疑念が生じてしまった。

それは目の前の敵が、酷く見知った存在なのではないかと言うもの。

そのせいで動きが鈍っているのは自覚しているが…。

 

「…敵を前に何を悩む。戦いの最中に迷うは、死あるのみぞ!」

 

さらには敵からも発破を掛けられる始末。

何とも不甲斐無い。

 

意を決し、鋭い蹴りを放とうとしたところで…

 

「虎煌拳」

 

「そ、それはっ!?……グっ」

 

思わず声が漏れてしまった。

それほどの衝撃。

姿形と攻撃の型が似ている、なんてものではない。

 

「何故、貴様その技を使えるっ?…しかもその錬度、まさか…」

 

我ながら焦っているのが良く分かる。

このままではダメだ……落ち着かないと……しかしっ!

 

「まさか、リョウ殿の関係者か?」

 

「お前のその拳で聞くが良い!」

 

思わず尋ねるが、空手てんぐ?は攻撃の手を全く緩めない。

遂には奥儀!などと叫び、突進してきた。

 

牽制の突きを放つもあえなく避けられ、連続攻撃を食らってしまう。

 

「正拳突きっ、せいっ、はあっ!瓦割り!無頼岩!飛車落とし!おりゃあ!!」

 

最中一撃ごとに名を放ち、丁寧に打ち込む様はどこか、稽古を付けて貰っていると錯覚してしまいそうだ。

まさかな、攻撃を食らったせいだろう。

 

そして決定的なその時は訪れる。

 

「せりゃあー!!」

 

過去に幾度か見たことのある大きな気弾。

一発は逸れ、一発は足元に着弾。

そして一発は、辛うじて防御が間に合った私に炸裂したのだった。

 

…これは、覇王翔吼拳…!?

 

地に膝をつき、荒い息を発する私にそいつは声を上げた。

 

「覇王翔吼拳を会得せん限り、お前がワシを倒す事など出来ぬわ!」

 

……やはり貴様……、いや。

貴方は……?

 

縋るように声を掛けようとしたところで、華琳様たちが到着された。

 

「凪、流琉!無事?」

 

ここでハッとした。

華琳様の命を遂行できず、敵前で膝をつくなど…。

 

己の失態が恥ずかしく、しばらく声を上げることも出来ない。

ただ華琳様と、あの者の遣り取りを眺めることしか。

 

 

「そこの娘」

 

「ッ!な、何だ?」

 

いけない。

思わずどもってしまった。

 

目の前にはあの男。

小脇に抱えるのは…秋蘭様?

 

「ほれ、返してやるから取りに来い」

 

「……分かった」

 

華琳様に確認して、緊張しつつ向かう。

目の前に立ち、確かに変わっているが不思議と心惹かれる面を被った相手を見た。

 

「気絶しておるだけだ。念のため縛ってあるが、得物はそのまま。あと安全を確認出来るまで、決して包みは取らぬように」

 

唐突にこれまでの重圧が消え、とても人間らしい声が聞こえた気がした。

それこそリョウ殿のように。

やはり、当人なのだろうか?

確信はない。

 

やけに入念な説明が気になったが、とりあえず頷いておいた。

布に包まれた秋蘭様をしっかり受取り、華琳様の下へ向かう。

 

「我が名は空手天狗!此処はワシの領域、通ること罷りならぬ。しかと伝えたぞ!」

 

背後から、そんな声が響いた。

八割方リョウ殿だと思うのだが、本人がそこまで主張するなら尊重しよう。

そう心に決め、華琳様に従い定軍山を後にした。

 

道中、話題はあの空手天狗殿のことで持ち切りだった。

華雄らと一緒に居たことから、蜀に組してる可能性が高いこと。

気の扱いに長けていることなどを報告。

 

その際指摘されて初めて気付いたが、服が少し破けて肌が晒されていた。

奥儀と言う攻撃の激しさを物語っているな。

 

リョウ殿に見られたと言うことに若干の気恥ずかしさを覚えるも、見られて困るものでもないと気を取り直す。

ああ、リョウ殿じゃなくて空手天狗だったか。

 

やがて魏領に入り、安全を確認。

そこでようやく気絶したままの秋蘭様を包む布を剥がすと、空手天狗の奴が言っていた意味が分かった。

何と、秋蘭様の服が無残なことになり、その下着が……っ。

 

「んなぁっ!」

 

「しゅ、秋蘭んーーっっ!?」

 

「…あの男、許せないわね…」

 

念を押して伝えてきたと言うことは、秋蘭様の姿を確り認識しているということ。

つまり……。

 

ふ、ふふふ…。

リョウ殿…いえ、空手天狗でしたね。

ええ、そう申しておきましょう。

 

いずれにしろ、次会った時には覚悟して貰いましょう。

是が非にでも覇王翔吼拳を会得して、打ち込んで差し上げます!

 

 

* * * *

 

 

「……かわいかった」

 

全てはその、恋が発した言葉から始まった。

 

此処は南蛮との境。

益州を制圧し、ようやく安定したかと思えば南北から不穏な動きが報告された。

そこで北には呂羽殿らが赴き、南には我らが当たっている。

 

当初は情報も少なく、南蛮の目的も分からなかったことから長引くと思われた。

しかし、あることを機に事態は動く。

 

ふらふらとどこかに出て行った恋。

しばらくして戻って来ると、冒頭の発言。

 

そこから何がどうなったのか。

南蛮大王と称する少女と恋の間で遣り取りが行われ、平和裏に話し合いがなされた。

ねねが言うには、南蛮は蜀と交易することで合意したとのことだったが…。

 

恋は動物が好きで、家族のように意思疎通が出来る。

そして南蛮の者共は、その……大変愛らしい。

どこか動物っぽいところもあり、恋の琴線にも触れたようなのだが。

 

そのお陰で消耗も少なかったし、愛らしい存在を愛でることも出来る。

良い事づくめなのだが、ちょっと釈然としない。

これも武将であることの弊害であろうか。

 

今から大王…孟獲たちが成都に向けて出立するようだ。

恋が先導すると言ったが、孟獲の側近と思われる少女をしっかりと抱え込んでいる。

よほど気に入ったのだろう。

 

私はしばらく此処に残って様子を見るが、この調子ならすぐに戻れそうだ。

戻ったら呂羽殿の帰りを待って、改めて話をしなければ。

 

華蝶仮面に対して空手仮面を名乗るなど……。

いや、協力体制や合体技についても相談せねばならない。

 

恋が空手仮面に興味を示したとも言うし、新たな華蝶に勧誘してみるのも良いな。

ふふ、その時が待ち遠しいものだ。

 

 




・瓦割り
KOFタクマの特殊技。
超龍虎乱舞の形成技の一つとして、以前既に出てましたが改めて。
中段技ですが、連携技にしたら繋ぎとして上段技に。
そこからさらにキャンセルも掛かるので、使用頻度は圧倒的にそちら。

ちょこちょこ進めてきた修正がようやく完了しました。
内容の変更はありません。

柳琳:曹純


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90 飛龍跳襲脚

成都に戻って来た。

聞くところによると、南蛮も無事に収まったらしい。

呂布ちん大活躍とか。

 

今後しばらくは、背広組…もとい頭脳労働がメインとなるようだ。

一緒に戻って来た詠っちが言ってた。

 

そして遠征組には、しばらく休養するようにとの通達が為された。

 

と言う訳で、諸々を認めた報告を呉に送った。

蜀である程度の成果を上げたことだし、ひょっとすると何か別の指示があるかもと思ってな。

報告を作って送るのは由莉だけど、ちゃんと署名したぞ。

シャオと連名で。

 

さて、今日の仕事は終わった。

休暇だし、久しぶりに成都の街をぶらぶらしてみようかね。

 

 

* * *

 

 

「呂羽、待て!」

 

「断る!」

 

「……逃がさない」

 

「ぬぉーっ?」

 

絶賛追い詰められ中。

これが孔明ちゃんの罠か!?

 

いや、別に悪いことはしてないんだ。

ただちょっと酒に酔って暴れてる奴が居たんで、趙雲と一緒に鎮めただけでな。

 

その際、趙雲は例の仮面だったんで俺も合わせて空手仮面になったんだ。

もちろん周囲に関羽や由莉の気配がないのを確認してからな?

 

暴徒鎮圧は上手く行った。

華蝶仮面との、飛龍跳襲脚を使ってのミラクル挟撃も良い感じに打ち上げることが出来たし。

 

そしたらこの様だよ。

今回も趙雲の囮として利用された気がする。

 

前回同様警備隊を率いる関羽と、何故か呂布ちんにも追い回された。

いや前回と違って、由莉や白蓮は居ない。

それが救いと言えば救いか。

 

「いい加減、お縄についたらどうだ!」

 

関羽が怒鳴りながら距離を詰めてくる。

いやいや、諦めたらそこで試合終了だよ!?

 

よって俺は諦めない。

とうっ!

大ジャンプで近くの屋根に飛び乗る。

 

「待ってた」

 

そしてガシッと強い力で掴まれた。

逃げた先には、何時の間にか呂布ちんが!

 

「え゛っ?」

 

「恋、でかした!」

 

残念、俺の冒険は此処で終わってしまった。

 

此処まで必死に逃げていたのには訳がある。

追手が関羽と呂布ちんだったからなんだが…。

 

関羽については、前科一犯として扱われるのが目に見えてた。

呂布ちんからも、そこはかとない圧力を感じて怖かったしな。

あの夢の影響もあるね。

 

そして案の定関羽からは超怒られ、平謝りした上に由莉に伝わるのを防ぐための賄賂も奮発。

関羽も女の子だし、スイーツは好きなんだよねぇ。

パクパク食ってたよ。

 

ちなみに呂布ちんはずっと横に居た。

スイーツも当たり前の様に食べてたけど、関羽から解放されても未だ離れない。

何の御用でせう?

 

「……呂羽、あの仮面」

 

「お、おう?」

 

普段ぽそぽそ喋る呂布ちんが、そこはかとなくハキハキ喋ってる。

そこにも驚きだが、何よりも。

 

「だめ?」

 

「えっ……ああ、……え?」

 

コテンと首を傾げる様はとても可愛らしいのだが、何を求めているのか分からん。

じぃっと見詰められるが、やはり分からん。

まあ、実際には予想出来ないでもないのだが…。

 

「えっと、欲しいのか?」

 

コクリと頷く。

マジか……。

 

『それを手放すなんて、とんでもない!!』

 

しかしあの幻聴が、頭から離れない。

幻聴だから問題はないはずなんだが…。

逡巡していると、呂布ちんが発するには珍しい言葉ががが。

 

「……勝負」

 

「……なんで?」

 

「勝ったら貰う」

 

呂布ちんらしからぬジャイアニズムが炸裂ぅ!

そんなに欲しいのかーい。

 

しかし何かよく分からんが渡してはならない気がする。

だったら勝てばいい?

なに言ってんだ、本気の呂布ちんに勝てる訳ないだろ!

 

となると、逃げるしか無い訳だが…。

 

「……呂羽、逃げちゃダメ」

 

見透かされとる!?

 

「逃げるなら、本気で…」

 

「待て!その…、そう!これは俺の大切なものなんだ。どうにかして別のを用意するから、しばらく待ってくれないか」

 

空手仮面としては別に良いが、定軍山で空手天狗を仕出かしてしまった以上、どこでまた使う場面に出会うとも限らない。

世の中が平和になるまでは手元に置いておく必要がある、気がする。

 

「……とりあえず、戦う」

 

ええっ!?

 

シュラーン!ガキィーン!!ドゴーンッ……ヤムチャしやがって……。

 

「うぐぅ」

 

「……待ってる。約束、絶対」

 

え?

ああ、別のを用意するってやつね。

了解した。

 

呂布ちんはそれだけ言うと、スタスタと去って…行こうとして戻って来た。

何だ。

 

「……お腹すいた」

 

…たかりか!

 

だが俺は敗者、勝者に従うのみ。

財布が空になった。

くぅ、あとで由莉に前借り頼まないと……。

 

 

* * *

 

 

後日、呉から返事がきた。

 

「帰って来いだってさ。ぶー、もうちょっと居たかったなぁ」

 

「蜀での功績も上げ、状況としては良いところですね」

 

シャオは不満を隠そうともしないが、結構居心地良かったもんな。

しかし由莉の分析通り、そろそろ色々動くだろうから戻るべきと俺も思う。

 

「じゃあ桃香たちに戻るって伝えて来るぞ」

 

「ああ、頼む」

 

白蓮に伝言を頼み、今後のことを考える。

 

呉に戻ったら決戦の準備をしなければならないだろう。

どんな準備をしたらいいんだ?

 

……何も思いつかない。

今まで通りでいいか。

 

 

その後しばらくグダグダしていると、白蓮が戻って来た。

 

「リョウ。明朝、会見するらしいから登城してくれってさ」

 

「ん、了解。シャオもいいか?」

 

「わかったー」

 

シャオよ、返事しながら俺の寝台で足をばたつかせるのは止めなさい。

 

いつからか、俺の寝室が溜まり場の様になっている。

執務室も借りてるんだから、そっちじゃダメなんだろうか。

別にいいんだけどさ。

 

 

さて、俺たちが定軍山で曹操様を追い返したことで事態はどう動くのだろうか。

 

蜀は南蛮を降し、五胡の動きも掣肘している。

富国策を進めており、兵力の拡充も順当に進んでいるように見受けられる。

何より定軍山で魏を追い返したと言う噂が広まり、良い風評を得ているようだ。

 

華雄姉さんの武名がうなぎ上りだぜ。

 

一方追い返された魏。

こちらも曹操様を始め、北郷君も色々考えているだろう。

将兵の流失は避けられたが、一敗地に塗れた事実は消えない。

 

謎の空手天狗についても調査は進められることだろう。

…はて。

それって蜀の情報と摺合せが為ったら俺、ヤバくね?

……まあその時考えよう。

 

そして呉。

こちらは孫権が中心となり、南部の平定を成功させたらしい。

慰撫に努めて、徴兵も順調とか。

 

孫権や呂蒙の成長が著しく、シャオが若干不機嫌になってた。

どうも、自分だけ活躍してないと思ったようだ。

一緒に定軍山行って、魏を追い返したじゃないか。

弓矢の扱いが凄く上手かったって紫苑も褒めてたぞ。

 

馬岱との可憐な連携技とやらは終ぞ発揮出来なかったが、まあいずれ、な。

 

 

* * *

 

 

翌朝、正式に呉へ帰還する旨を伝達。

了承を得て、お別れ会が開催された。

 

そこでは孫呉からの正使で当主の実妹であるシャオと、蜀の主要な人物たちの間で真名の交換が為された。

今後の同盟に際して、信頼の証を立てるのに有効だって言ってた。

由莉と孔明ちゃんたちが。

 

そんなところに俺はと言うと。

 

「では呂羽殿。最後に、手合せと行きましょうか」

 

「あ!星ずるいぞ、わたしだって…」

 

「呂羽。次会う時が待ち遠しいが、まずは此処で…」

 

「……呂羽」

 

カオス。

まあ要は、最後だからガッツリ手合せ願おうか!

なんて武闘派な面々がやって来ただけだ。

 

趙雲を筆頭に、ばっちょん、姉さん、呂布ちん、関羽、張飛、厳顔、魏延などなど。

呂布ちんはちょっと違うか。

 

求められるなら、応じざるを得ない。

 

上記から呂布ちんを除き、白蓮を加えた奴ら全員と仕合してやったさ。

なんで白蓮?

よく分からんが、求められたから応えたまでだ。

 

大体勝ったが、一人だけ勝てなかった。

 

負けた要因は精神面。

ちょっと最近怒られてばっかだったからって、切り替え出来ないなんてたるんでる。

もっと磨きを掛けなければっ!

 

 

最後に、趙雲と真名を交換した。

 

「華蝶は正義の代行。今後は真の同志となりましょうぞ」

 

なんて言ってた。

趙雲、もとい星は全くぶれないなぁ。

 

 

こうして蜀での生活は幕を閉じる。

いやはや、なかなか良い日々だった。

押忍!

 

 




・飛龍跳襲脚
KOF2003ロバのリーダー超必殺技のもう一つ。
空中ふっとばし攻撃風で、斜め上に浮きながら突進距離の長い跳び蹴りを出す。
「ストライク!」

これにて同盟編は終了。
次回からは決戦編となります。
あと少しですね。

ついでに、仮面同志としてひっそり趙雲と真名交換。


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91 踵落とし蹴り

「みんなー、帰ったよー!」

 

「シャオ、おかえりなさい」

 

無事、呉に戻って来た。

此処は建業の会議室。

 

シャオが元気に挨拶し、孫策が笑顔で出迎える。

何も言わないが、孫権も顔が綻んでいた。

 

美しき姉妹の姿が此処にある。

うむ、眼福なり。

 

「呂羽も御苦労だったな」

 

「どう致しまして。結構楽しかったぜ」

 

きゃいきゃいはしゃぐ姉妹を横目で見つつ、周瑜が労ってくれた。

流石は孫呉が誇る最強軍師。

仕事が出来る良い女だ。

 

しかしふと、目の前に立つ周瑜に違和感を覚える。

何かがおかしい、ような気がしないでもない。

どこがどうと言葉に出来る程じゃない、僅かな違和感。

はて…?

 

「詳細は後ほどゆっくり確認するとしよう。書簡も頂いていることだしな」

 

おっと、その書簡は由莉と白蓮の謹製です。

太守経験のある白蓮と、優秀な副長である由莉がまとめた資料はとても使いやすい。

ゆっくり見ていってね!

 

「それじゃ、今夜は宴ね!」

 

「…雪蓮、それまでに決済は終わらせなさいよ?」

 

ひゃっほーと嬉しげに宴の開催を告げる孫策に対し、周瑜が死の宣告を行った。

ビシッと固まる孫策の姿に苦笑いの孫権。

シャオは楽しそうに笑っている。

 

改めて言うが、実に良い光景だ。

この雰囲気は大変宜しい。

 

「そうそう。呂羽、お前の屋敷は以前のままだ」

 

出発前に間借りしてた、孫静の屋敷な。

離れに隠居した孫静が居たが、それでも十分広大な敷地面積を誇る。

白馬義従を含む呂羽隊、全員を詰め込むことも可能な程だ。

すし詰めになるからしないけど。

 

「今回の褒美も兼ねて、正式に下げ渡す。存分に使え」

 

「ありがたく貰っておこう。…ん?孫静はどうなるんだ」

 

離れは例外なのか、孫静が居候の身分になるのか。

俺がそう聞くと、孫権ほか数名が痛みを堪えるかのような表情に。

む、何か起こったのか。

 

「ああ、叔母様は出奔したの。だから気にしなくていいわよ」

 

「…出奔とは穏やかじゃないな」

 

気にしない訳にはいかんだろ、流石に。

詳しく聞いたところ、こっちはこっちで色々あったようだ。

 

孫呉の中枢にまで侵食してきた間者の魔の手。

周瑜や陸遜の手により実行犯は捕えられ、処刑されたり自害したり。

しかし彼らだけで動ける訳がない。

手引した人物がいるはず。

 

足跡を辿っていると、ある一門の姿が浮かび上がった。

それが孫静。

 

証拠となるものを集めて詰問しようとしたところ、発覚と追及を恐れた孫静は素早く逃亡。

すぐさま追手が出されたが、事前に準備されていたらしい伝手を使って逃げ切られてしまったらしい。

周泰が用事で不在だったのも、出奔を許した一因だったようだ。

 

「叔母様が向かった先は魏。曹操を頼ったようね」

 

「おやまあ」

 

時期的には丁度、俺たちが定軍山で……うん、某仮面戦士がね……。

 

そんな魏の首脳陣たちが出払っていた時に、するっと入り込んだ訳ですな。

 

タイミング良すぎじゃね?

話をする孫策や周瑜、陸遜の表情が変わらないのも気になる。

何かしらの意図が働いた結果、か?

 

視線に疑問を乗せて、孫策へ投げかける。

彼女はそれを微笑で受け止めた。

 

「あ、叔母様の私物は一応蔵にしまってあるから大丈夫よ」

 

「そうか、分かった」

 

まあ何れにしろ、対策はバッチリなんだろう。

周瑜や陸遜が何も言わないのは、そういう事とも取れるし。

 

「じゃあ、宴まではゆっくりしてて頂戴。後で使いを出すから」

 

「承知した。では失礼する」

 

色んな思惑が交差する戦国の世。

俺も色んな事を考えないといかんのだろうなぁ。

 

会議室を辞去し、貰った屋敷に向かいながらそんな事を思った。

前も思った気がするな。

 

 

* * *

 

 

勝手知ったる他人の家。

それが何時の間にやら、自分の家にジョブチェンジ。

 

しかも元は一門の屋敷で規模もでかい。

部屋数もたくさんあるよ!

 

隊の上級人員に配賦してもなお余る。

お客様用にしておくか。

下士官は外に分散して駐留するのは以前の通り。

 

俺の部屋は結構広い。

隣には由莉の部屋と、白蓮の部屋がある。

それらの部屋とは、表廊下とは別に専用通路で繋がっていた。

 

執務室を兼ねてるんだろうね。

まあ緊急時以外、使う機会はないだろう。

 

念のために言うが、部屋割したのは俺じゃない。

職権乱用とかじゃないから、誤解しないように。

 

 

「隊長。城から使者の方が参られました」

 

「うぃ、通してくれ」

 

「御意」

 

広くても狭くても、俺の部屋に皆が集まるのは変わらない。

もう全然気にならないぜ。

 

「やっほー、リョウ!」

 

使者の方とはシャオだった。

おい、だったらそう言えよ。

思わず姿勢を正してしまったじゃないか。

 

「なんだシャオか。姉妹愛はもういいのか?」

 

「なんだとは何よ~。せっかく愛しのシャオちゃんが来て上げたのにぃ」

 

愛しのとか言うな。

ほら、両側から圧が掛かって……両側?

 

俺の後ろには由莉と白蓮。

じゃあ前は?

 

「邪魔するぞ」

 

「…孫権か、珍しいな」

 

孫権が俺を睨みつけながら入って来た。

 

いや、俺は何も悪くないよな。

相手がシャオでなければ、踵落とし蹴りでもお見舞いしてやるってのに。

韓当か牛輔か、あるいは北郷君とか近くに居ないかな。

居る訳ないか。

 

「なに、貴様がシャオに不埒な真似をしないか確認をな…」

 

異議あり!

原告は被告にあらぬ疑いを持っています。

弁護士を呼んでくれ。

 

「もう、お姉ちゃんってば。リョウにお礼を言うんじゃなかったの?」

 

「んな!?シ、シャオ……わたしは別に…」

 

お礼?

と言うか、シャオが弁護人だったのか。

王族の仮面が脱げた孫権がとても可愛らしい。

 

「特に礼を言われる覚えはないが」

 

「ううん。お姉ちゃんはねぇ、シャオを守ってくれたリョウにt」

 

「待てシャオ。ちゃんと自分で言う!」

 

にやにやしながらぶっちゃけようとするシャオまじ小悪魔。

だがそこが良い。

 

「コホン。…呂羽、蜀への旅路。御苦労だった。それにシャオのことも守ってくれて…」

 

「ああ、うん。いや、問題ないよ」

 

王族っぽい空気でお礼を言われ、シャオのことについては女の子っぽい喋り口で段々尻すぼみに。

お姉ちゃんとして、妹の無事が確認出来て嬉しい。

だから一応護衛の役割も果たした俺にも、その礼を言おうとした訳だ。

可愛いのう。

 

「それとな。冥琳から言伝だ」

 

周瑜から?

なんだろ。

 

「もし長旅による疲労があるなら、建業の街に腕の良い医者がいるらしいから掛かってはどうか?だそうよ」

 

「ふむ、了解した」

 

腕の良い医者か……。

某名医しか思い浮かばんな。

 

「あとリョウ!宴をやるから来いって、姉様が」

 

ああ、そっちもあったな。

じゃあ準備してから行くとするか。

 

「うん!一緒に行こっ」

 

 

* * *

 

 

そして宴は開かれる。

宴って開催場所によって、結構特徴があるよね。

 

魏では曹操様と北郷君を中心として、ワイワイガヤガヤ。

比較的お上品な感じのことが多かった。

 

董卓軍においては、夜景を肴に静かな飲み会が多かったかな。

俺の相手は主に姉さんだった訳だが。

 

蜀だと皆が和気藹々。

劉備ちゃんをはじめ、酒飲みが多いのも特徴。

出来あがった頃には各処で手合わせが頻発していたなぁ。

 

そして此処、呉はと言うと…。

 

「呂羽、うちに仕官なさい」

 

「断r」

 

フォーンと風を斬って進む刃に見惚れて止まない。

 

普段は静かな、それこそ董卓軍と近い感じな印象だったんだが。

何故か孫策が矢鱈と絡んでくる。

別に酔ってる訳でもなさそうなのに。

 

手合せは手合せで別途やればいいのに、何で宴で?

 

 

「え、呂羽さんって仕官してなかったんですか?」

 

「蜀に出向した時点で呉の将だったのだ。仕官したと見做しても構わんだろう」

 

構うわ!

ってか、何故俺は剣を持った孫策に追い回されているのだろうか。

 

「あははははっ、ほらほらー!てぇーいっ」

 

孫策、謎のハイテンション。

楽しそうで何よりだが、面倒になってきた。

潰してしまおう。

 

「このォ…」

 

物理的にな!

 

「コワッパがァァァーーーッッ!!」

 

極限虎咆が炸裂ゥ。

 

「孫策様が小童なら、隊長は一体…」

 

由莉が後ろで何か呟いたが、細けぇこたぁ気にしねぇ。

 

顎に入って天高く舞い上がる孫策。

それを見ていた数名が俺の前に立ちはだかる。

 

「姉様!?おのれ、よくも姉様を…っ」

 

「よーし、シャオの可憐な必殺技を見せちゃうよーっ」

 

「来るか孫呉の姉妹よ。さあ、見事姉の敵を取ってみせろ!」

 

シャオはノリノリだが、孫権は割と本気だ。

俺が孫策と打ち合い、潰して行くのは今に始まった事じゃないんだが。

 

ちなみに孫策は死んでもないし、気絶すらしてない。

今は周瑜が膝枕。

 

結局、呉の宴もてんやわんやの大騒ぎになった。

こういうのも、嫌いじゃない。

 

おっと、お開きになる前に周瑜に頼みごとをしておこう。

すぐ忘れてしまうから、気になることは早めに解決させねばな。

 

 




・踵落とし蹴り
二代目Mr.KARATEの特殊技。
いわゆる踵落としで中段だけど、ゲーム性能上連続技にはなりません。
使い道?……なくはないけど、連携技でしかないですかね。

・韓当か牛輔か、あるいは北郷君
主人公がツッコミとして踵落としを入れることに躊躇しない順ベスト3人。
尚、試合や戦闘時は誰にでも躊躇しません。

今回より決戦編となります。
少し周辺を彷徨ってから、ドッカンして終了の予定。
尚、予定は変更される場合があります。


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92 大刀

建業の街に居る医者。

大陸でも名医と評判らしい。

 

昨夜の宴の後、周瑜に声を掛けて本日朝一で出掛けることにした。

別にデートではない。

だから孫策と孫権とシャオ、あと由莉と白蓮はそんな目をするな。

 

 

「私もあまり暇ではない。用事とやらはすぐ済むのか?」

 

「何事も無ければ、すぐ済むと思うよ」

 

極限虎咆を放って滞空してた時、ふと思い出したんだ。

周瑜って病魔に蝕まれてたんじゃなかったっけ?

詳しくは覚えてないが、そんな記憶が無いでもない。

 

だけど名医なら、見ればどっちかすぐ分かるだろう。

問題なければそれでいい。

何かあったなら、その時はきっと解決してくれるはず。

 

昨日感じた、違和感の正体も気になる。

見当違いだったら諦めるが、いずれにしてもすぐに判明するだろう。

 

普段の周瑜は、その地位からして多忙を極める。

本当なら、こんな感じに連れ出すことも難しい。

まあそこは適当に言い包めて、な。

 

蜀への派遣業務の褒美代わりにとお願いしたら、了承を得られた次第。

 

近くで話を聞いてた奴らの表情は凄かった。

特に孫策と由莉。

何度も言うが、デートじゃないからな!

 

「おっと、ついたな」

 

「此処は……」

 

考え事をしていたらあっという間に到着。

テントを張って、病人や怪我人の治療に当たっているらしい。

周泰に聞いた通りだ。

 

「呂羽、何を考えている?」

 

「すぐ済むよ。多分」

 

おっと周瑜の目が険しくなってきたぞ。

これは当たりか?

 

「はい次の人。…ふむ、どちらだ?」

 

「ああ、こちらを頼む」

 

おお、やはり某勇者ロボのような技を持つあの人。

色んな意味で凄い漢(おとこ)、華佗だ。

 

「おい呂羽、私は……」

 

「何も無ければすぐ済む。いいから大人しくしてろ」

 

この期に及んで往生際が悪いぞ。

焦る周瑜を気にせず椅子に座らせ、華佗に診察を促す。

 

「ふむ…ふむ…。むっ、これは!」

 

淡々と観察する華佗は、何かに気付いたかのように表情を険しくする。

 

「何かあったか?」

 

「うむ……。済まないがお嬢さん、身体を横たえてくれないか」

 

医者に言われ、渋々ながら寝台に横たわる周瑜。

こちらを見る目はとても厳しい。

でも気にしない。

 

「……やはり、病が身体を蝕みつつある」

 

「……っ」

 

「治せるか?」

 

「ああ。やってみよう」

 

華佗は周瑜を前に、静かに佇み気を高めている。

おお、凄い気の量だ。

 

「見えた!」

 

カッと目を見開き、気を纏った腕を掲げる。

彼の背景に、炎が燃え盛っている様を幻視した。

いや、膨大な量の気功が立ち昇り揺らめいているのだから幻じゃない。

 

「いくぞ!…我が身、我が鍼と一つなり!一鍼同体、全力全快っ!輝け金鍼…っ、うおおおっ!」

 

彼がもし、俺のような修行をしたら覇王翔吼拳も夢ではないだろう。

そう思わせる程の昂ぶりを感じた。

 

「我が金鍼に全ての力、賦して相成るこの一撃!もっと輝けぇっ!五斗米道ォォォォッ!」

 

凄い!(小並感)

 

「病魔覆滅!げ・ん・き・に・なぁれぇぇぇぇぇっ!!」

 

 

* * *

 

 

華佗による治療は無事に終わり、周瑜は穏やかな表情で眠っている。

女性の寝顔を見るのはマナーに反するが、治療の副次効果だから許して欲しい。

 

「もう少し発見が遅ければ危ういところだったが、もう大丈夫だ」

 

「おお、そうか!良かった、ありがとう」

 

「なに、患者を救うのが医者である俺の仕事だ。礼には及ばん」

 

そう言って華佗は、次の患者の下へ去って行った。

いやぁ、間近で見ると半端ねえな。

 

改めて周瑜の姿を確認。

……うん、特に違和感はない。

どうやら無事に解決したようだ。

 

「…むっ…」

 

「お、起きたか」

 

「ここは?……いや。私は」

 

「病は治ったそうだ。良かったな」

 

「そうか……。何故分かった」

 

深く頷き瞑目した……後に、ギロリと睨まれる。

何故ってなにさ。

 

「何故、お前が病の事を知っていた?」

 

すっごい不審げな顔。

ああ、まあそうだよな。

 

明確に他人である俺が、当人の病を知ってるはずがない。

だと言うのに、わざわざアポまで取って連れ出して、医者の下へ連れて行く。

治ったのは良かったが、不信感を抱くのも仕方がないか。

 

「何、たまたま違和感を感じたのさ。軍師殿の気に揺らぎが、な」

 

概ね本当のことだ。

違和感とほんのりとした記憶、そして偶々このタイミングで華佗が呉に居た。

 

「まあ運が良かったな」

 

これに尽きる。

 

「ふむ。…少々釈然としないが、治ったのは事実。礼を言おう」

 

「ああ。いやまあ、治療したのは華佗だけどな」

 

今後のことを考えると、周瑜には万全の状態で居て貰わねば困る。

そう考えると、我ながらこれはファインプレーなんじゃないかな。

 

「承知している。彼にも相応の礼をしよう」

 

そこで周瑜はようやく表情を和らげた。

 

「お前には借りばかりが増えて行く。どうやって返せばいいのだろうな?」

 

「それほど貸しを作った覚えはないが」

 

「ふふ、そうか」

 

あ、今まで向けられたことがないタイプの笑み。

柔らかい笑みっていいよね!

 

 

「では、そろそろ戻るとしよう」

 

「ああ。だが今日くらいは休んだ方がいいぞ」

 

「ふ、承知しているさ」

 

おお、とても柔らかくて良い雰囲気。

こうなったのは、前に感じた違和感のお陰。

良い仕事をしてくれた、偉いぞ!

 

「では、後は私にお任せ下さい!」

 

「ふむ、では頼む」

 

シュバッと現れる周泰。

久々に忍者娘の才覚を見た。

 

突然現れたのには驚いたが、特に引き留める要素もない。

大人しく見送る。

 

「周瑜様は問題なさそうです。では隊長、これから暇ですね?」

 

「…まあ暇だが。どこから出て来た」

 

周泰に先導されて帰路につく周瑜を見送っていると、何時からいたのか由莉の姿。

 

「久しぶりに乱取り稽古とかどうですか」

 

ランドリー・ケイコとな。

確かに乱取りは最近やってないが、提案されるのは珍しい。

 

「では行きましょう」

 

「行こう!」

 

ガシッと両側から腕を掴まれる。

いや、絡まれる?

 

「シャオまで、何時の間に」

 

「まあ細かい事は気にするな。さっさと行くぞ」

 

白蓮もいたのか。

何だか良く分からないが、練兵場へドナドナされた。

 

 

* * *

 

 

「とぉやっ、とおぉっ!」

 

稽古となれば躊躇はない。

いつぞや感じた鬱憤も軽く乗せ、踵落とし蹴りから大刀に繋ぎ打つ。

踵落としから中段回し蹴りの連携は、存外見切られ難いようだ。

 

シャオも由莉も、ガードが間に合ってない。

白蓮には咄嗟に引いて避けられたが。

 

「もー、ちょっとは手加減してくれてもいいじゃん!」

 

膨れてプイッと横を向くシャオ。

それじゃ稽古にならんだろ。

 

「隊長は大分加減してると思います」

 

冷静に分析する由莉。

本気だったら軽く吹っ飛ばせるしな。

 

「まあ、気弾も何も使って無いようだしな」

 

苦笑が板についてきた白蓮。

覇王翔吼拳を使うまでもない!

 

「三人とも、まだまだだな」

 

勿論、十分成果は上がってると見ていい。

特にシャオなどは護身術程度と考えてたが、何時の間にやら結構なレベルに。

しかしそうであれば、尚更まだまだと考えてしまう。

修行は続くよ何処までも。

 

「ふぅ~。でも、ちょっと楽しいかも?韓当の気持ちも少し分かるかな」

 

「意外だな。こういうのは好まないと思ったが」

 

白蓮の意見に由莉も頷いている。

俺も同じく。

 

「うーん。確かに普段はそうかもねー。でも……」

 

チラリと俺を見て…

 

「うん。リョウが居るからかな!」

 

「…ええ、そうでしょう」

 

「ああ、なるほど」

 

良く分からんが、楽しいのなら何よりだ。

 

「でも、そのせいで韓当は弓を全くやらなくなっちゃったし、粋怜…程普には妬まれちゃったね」

 

シャオは弓は止めないし、お姉ちゃんくらいしか妬む人は居ないよって続けるが…。

妬む奴居るじゃん。姉じゃん?ダメじゃん!

 

それよりも、だ。

え、なに韓当って弓もやれたの。

あと程普が会う度めっちゃ睨んでたのは警戒かと思ったが…。

妬み?何で?

 

「それでも姉様は決めたみたいだから、大丈夫だよ。それに、シャオもついてるし!」

 

「そうですね。隊長には私がついてますし」

 

「ああ。私がついてるからな」

 

ふふふ。

仲良し三人組の癖して、唐突に修羅場を発生させるのは止めてくれ。

せめて誰か説明を……。

 

 




・大刀
二代目Mr.KARATEの特殊技。
踵落とし蹴りから派生する中段回し蹴り。
使い道?……きっと想像通りですよ。

書きたいこと、盛り込みたいことを只管積み込んでいくスタイル。
私も元気にして欲しい。

91話誤字修正しました。

◆呂羽の仕官について賛否投票結果(非公式)
賛成:孫策、孫尚香、周瑜、黄蓋、韓当、陸遜、周泰
保留:孫権、甘寧、呂蒙
反対:程普


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93 滅鬼斬空牙

周瑜が元気になってから幾日か経過した頃、俺は孫策に呼び出された。

 

「失礼する」

 

「うむ。良く来た」

 

「うん、ちゃんと一人で来たわね」

 

呼ばれた部屋で出向くと、孫策と周瑜のみが待っていた。

ちなみに今回は、由莉も白蓮も、最近何かと一緒に居ることが多いシャオも連れずに来ている。

必ず一人で来いと言われたからだ。

さて、何の用だろうか。

 

「今回はな、余人に構わずお前自身の意見を聞きたいと思ってな」

 

「貴方だって結構鋭いし、考えるのは苦手じゃないでしょ?」

 

苦手です。

いやまあ、蓄えた知識と経験は伊達じゃないと思うけども。

全てが通用する訳でもないし、頭が良い訳でもない。

だったら、優秀な奴に頼る方が良いに決まってる。

 

「それで、何を聞きたいんだ」

 

「ふむ。雪蓮?」

 

「ええ。……呂羽」

 

何時になく真剣で、背後にゴゴゴと擬音を背負ってる風な孫策が口を開く。

 

「呉に仕えなさい」

 

「断る」

 

「んなぁっ!?」

 

この遣り取り、何度目だ。

深く考えずに脊髄反射で断ってしまったよ。

 

「まあ呂羽、落ち着いて考えろ。お前にも目的があるのだろうが、それは此処では叶わないものか?」

 

「それは……。叶わなくはない、な」

 

正直、どこに居ても頑張り次第だとは思う。

ただ、やはり自由は必要だ。

その旨を伝える。

 

「ふむ、自由か。確かに仕官すれば指揮系統で縛られはするが、それは客将でも同じだろう?」

 

「そうだが。多少の問題だな」

 

しかし孫策の様にただ仕えろと言われるのではなく、こうして少しずつ理詰めで来られると辛い。

はっ!

まさかこれを狙って俺を一人に?

汚い、流石呉の軍師汚い!

 

「これから我らは魏との決戦に向かう。その時、お前を戦力として数えていいのかどうか」

 

あ、これが本題か。

客将に対して開示する内容かはギリギリのところ。

それを聞いてくるってことは、かなり本気だな。

 

「状況による」

 

だが、今はそうとしか答えられない。

いっそのこと、呉を出て独自勢力として動くのも視野に入れた方がいいかも知れん。

 

俺の答えは予想と違ったのか、周瑜は難しい顔をして考え込んでしまった。

 

一方で孫策は目を閉じて、黙考の様子。

しかし突然、カッと目を開き、ダンッと机を叩いて立ち上がり言い放った。

 

「呂羽、貴方に我が真名を預ける。受け取りなさい!」

 

「はっ?」

 

唐突過ぎてついていけない。

いやいや待て待て。

今はその前段階の話じゃないのか。

 

「雪蓮よ。…拒否は許さないわ」

 

「ええっ」

 

「雪蓮……」

 

ほら、周瑜も呆れて絶句してるじゃないk

 

「そうだな。呂羽、私は冥琳だ。受け取るがいい」

 

「……え?」

 

「そもそも私と冥琳にとって、貴方は命の恩人なの。真名を預ける理由には十分よね」

 

「ああ。まあ無理して呼べとは言わぬし、他者との交換も無理強いしない。ただ、我らの気持ちは汲んで欲しい」

 

そうきたかー。

これ、あれだろ。

真名を預ける理由ってさ、二人が言った事実は事実としてある。

でもそれとは別に、信頼の証を提示してって……なぁ。

 

「はあ、分かった。俺はリョウ。宜しく頼む」

 

でも信頼されて悪い気はしないし、むしろ嬉しく思う。

それに曹操様や董卓軍の時と違い、今後敵対する予定もない。

差し当たって拒否する理由はないか。

 

「うむ、宜しく頼むぞ」

 

「ええ!ふふ、シャオの驚く顔が目に浮かぶわぁ」

 

孫策、もとい雪蓮が悪い顔に。

止めて!

シャオもそうだが、孫権こそ凄い顔になるのが目に浮かぶよ。

 

 

「さて、リョウ。これから先、どうなると思う?」

 

えっ、いきなり真面目な話?

いやもう、深くは考え切れんよ。

 

「分からん」

 

「少しは考えなさいよ」

 

「いくら考えても分からんものは分からん。だからこそ、全力を尽くすのみさ」

 

「ふ、そうだな。分らないからこそ最善を目指す。当然のことだ」

 

何やら周瑜…冥琳が深く頷いてるが、それほど含蓄のある言葉じゃないと思う。

当たり前のことを当たり前にやる。

確かに難しいことだが、努力は欠かせない。

 

「ふっふーん。やっぱり私の目に狂いはなかったわね!」

 

「…リョウよ、しばらく呉に仕えよとは言わん。だが、信頼しているぞ?」

 

「ああ。任せろ!……って、しばらくかよ!?」

 

そこは、もう言わないってところじゃないのか。

はははって冥琳の良い笑顔に、まあ免じて許してやるが。

 

 

二人の下を辞去し、屋敷に戻る道中で考えていた。

戦いの機運は高まっている。

舞台は恐らく赤壁。

 

そこでのポイントは四つ程あった気がする。

一つは黄蓋の偽降の計。

一つは連環の計。

一つは火計。

一つは風の計。

 

風については分からんが、他については考えることが出来る。

北郷君が対策してくることを、どう対処するか。

 

…まあ、当然のように何も思いつかん。

帰って知恵袋に相談しよう!

 

 

* * *

 

 

この頃は何かと考えることが多く、準備するべき項目も多岐に渡る。

そんな中、俺が冥琳の信頼を勝ち得た事はかなりプラスに働いていた。

物資の融通的な意味で。

 

とりあえず、大量の油を要望した。

これを俺が使うのか、誰かに任せるのかはまだ決めてない。

まあ火計にも必要だろうし、無理しない程度に準備して貰おう。

備蓄って大事だよね。

 

そんなことやら諸々含め、色んな事を話し合う会議。

ちょくちょく行われるその場において、事件は起こった。

 

 

冥琳と黄蓋が睨みあっているんだ。

酒に関するいつものじゃれあいでない、本気の睨み合い。

 

事の発端は、冥琳が告げた呉の方針。

 

そんな大事な場に、客将たる俺が参加していいのかはともかく。

また、俺が二人と真名を交換していたと言う事実でも一悶着あったが割愛する。

 

冥琳は、呉の方針を天下三分だと公式に唱えた。

 

これに黄蓋が反発。

先代の孫堅が掲げた宿願は天下統一。

呉の目指す平和は統一でしか成しえない、と。

 

しかし冥琳は何を今更と一蹴、口論に発展してしまった。

 

「祭殿、これは決定事項です」

 

「何を言うか。こんな消極的な策で、天下を取れるものか!」

 

会議室を満たすのは、不機嫌そうな冥琳が醸し出す張り詰めた緊張感。

そして、黄蓋による烈火の如き怒りだ。

 

「何度も言うが、私達は天下を取りにいく訳ではない。魏を倒す事に全力を注ぐ!それが、我々の未来を切り開く唯一の策だ」

 

「呉の悲願はそんなものではない!今までは黙っていたが、もう我慢ならん!…堅殿が聞いたら、さぞ落胆するであろう…」

 

ヒートアップし、口調も荒々しく睨み合う二人。

周囲は落ち着きを保つ者と、慌てながら二人を落ち着かせようとする者に別れた。

 

俺はもちろん傍観者。

でもいざとなれば、虎煌撃で制止する用意はある。

 

「二人とも、いい加減にして!」

 

そこに雪蓮の一言。

流石は呉の王、喧騒がピタリと止んだ。

 

「今はそんな事を討論する場合じゃないわ。ほら冥琳、報告を続けなさい」

 

珍しく厳しい口調で二人を咎める雪蓮様。

それを受け冥琳は不機嫌さを隠さず報告を続け、黄蓋も似たような表情で黙り込む。

 

やがて報告が終わると、雪蓮は会議の終了を宣言。

 

終始無言を貫いた黄蓋は、乱暴に戸を開け足音高く去っていった。

彼女を見送る周囲は静まり返り微妙な空気が漂うが、やがて皆言葉少なに解散していく。

 

俺も言葉を発することなく会議室を後にしたが、内心ドキドキ。

恐らく偽降の計なんだろうけど、真剣過ぎて良く分からん。

ガチだったら嫌だなぁ。

 

あ、シャオとか周泰とかが泣きそうになってる。

少しフォローしておくか。

 

 

* * *

 

 

「さあ掛かって来い!」

 

「意味分かんないよ!」

 

「ほら、周泰も遠慮しないで」

 

「えっと……」

 

まずは身体を動かし、嫌な気分を吹っ飛ばそう。

シャオと周泰を誘った先は練兵場。

二人まとめて相手してやるぜ。

 

フォロー?

これがフォローだ間違いない。

 

「んもう!いいよ明命、ぎったんぎったんにしちゃお!」

 

「え、あ、はい!」

 

うむ、そうこなくては。

さあ存分に来い。

 

 

「滅鬼」

(芯!)

 

二人とも身軽に飛び跳ね、多彩な攻撃を仕掛けて来る。

シャオの動きに周泰が合わせる形だが、良い連携だ。

 

しばらく攻防を続けて良い汗をかいた頃、そろそろ終わりにしようと技を繰り出した。

 

「斬空牙!」

(ちょうアッパー!)

 

心の声が示す通り、多少ふざけて力を抜く。

それでもシャオを捉え、周泰を巻き込む当たりは当たり。

彼女たちは吹っ飛んでいった。

 

 

「ねえリョウ。呉は大丈夫かな?」

 

「大丈夫だろ」

 

「…即答するんだね」

 

「うむ」

 

手合わせの後、シャオの表情は若干だが明るくなっていた。

フォローした甲斐があったな。

 

「呉の皆が誇る、王と将たちの絆。これを信じておけ」

 

そうシャオたちには伝えておいた。

実態は分からないが、俺たちに出来ることは信じることだからな。

これが力となる日も来ることだろう。

 

 

黄蓋が呉を出奔したと聞いたのは、それから間もなくのことだった。

また一つ時代が動く、か。

 

 




・滅鬼斬空牙
KOFユリの超必殺技。
芯!ちょうアッパーの方が通りが良いかも知れません。
性能はいわゆる真・昇龍拳。強い!

この調子だと、ギリギリ百話以内で収まるかな~?と言う感じです。
まもなく決戦ですが、いつも通り軽く流すと致しましょう。


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94 燕翼

黄蓋が出奔してからも、呉は表面上平静を保っていた。

 

よく考えると、孫静も前に出奔したんだよな。

先代の老臣と今代の側近による争い。

価値観の相違。

向こうで同調するかは分からんが、信憑性は高まるな。

 

 

ところで戦場は赤壁にすると決まったらしい。

らしいと言うのは、会議の場に俺も居た筈なんだが覚えていないのだ。

何でかなって考えてみたら、ああそうか思い出した。

 

雪蓮、冥琳との真名交換発覚に伴う阿鼻叫喚絵巻。

引き起こされた事態の収拾に奔走していたからだ。

 

まあそれはいい。

魏には新野から江陵を落として、赤壁に至ると言う経路を取らせる。

そして、蜀とはその前に夏口で合流して連合軍を結成。

赤壁での決戦へ備えると言う策だ。

 

問題は赤壁と言う戦場では、主に船戦になると言うこと。

よって、今日は水練をしに来ている。

 

「水軍の訓練に参加するのであって、水練とは違います」

 

水練って泳法の方だもんね。

相変わらずツッコミが冴え渡ると感心するが、むしろ良く知ってたな。

でも転落した時のことを考えたら、水練も大事だと思うよ。

 

さて、訓練の場所は長江。

呉の将は全て甘寧が指揮する木造船に乗り、揺れに慣れるための訓練をしているのだとか。

 

ふふん、この程度の揺れくらい何ともないぜ!

何だったら木端の上でも戦えるくらいだからな。

これが極限流だ!

 

そう伝えたら、雪蓮に怒られた。

 

「なんで具合悪くなってないの!」

 

言い掛りにも程がある。

 

どうも船に慣れる訓練をしているが、最初から何ともない奴は余り居ないらしい。

それは孫呉の姉妹も例外ではなかったようで…。

シャオにも孫権にも睨まれた。

 

「はーっはっはぁー!軟弱軟弱ぅ!」

 

せっかくなので煽ってみたら、超怒られた。

さーせんしたー。

 

俺が怒られている先で、水軍の訓練はなお続く。

船で接敵、模擬船戦を繰り返す水兵さん。

甘寧がいつもより生き生きとしてたのが印象的だった。

 

 

* * *

 

 

「張遼が兵、十万程を従えて動き出した」

 

次の会議の時、新たに入って来た情報が開示された。

これは蜀とも共有されているらしい。

どうやってかは知らんが。

 

「かなり早いわね」

 

「ああ。だが、これは陽動だろう」

 

「仮にそうだとしても、張遼から目を離すことは出来ないのでは?」

 

孫権が呈する疑問ももっともだ。

目立ち過ぎてるってことで陽動と見て間違いない。

それでも神速と言われる張遼を使うあたり流石と言うべきか。

直属の騎兵だけを従えれば、一気に違う場所へ移動して襲撃することが出来るからな。

 

「厄介なことねぇ」

 

それが分かってる雪蓮は溜息。

対して冥琳は冷静そのもの。

 

「とは言え、曹操は卑怯な手は使わんだろう。正々堂々と勝負を仕掛けてくるはずだ」

 

力関係から言って、呉蜀が魏に挑戦すると言う形になる。

色んな小細工や策を弄することを承知した上で、それらを踏み潰すべく乗り込む。

曹操様ならそうするだろうねぇ。

 

「決めた通り、こちらは船戦を仕掛けたい。場所はやはり、赤壁が妥当だろう」

 

「ですが、漢水を通らなければ水軍を移動できない魏では夏口でないと厳しいのでは?」

 

「大丈夫だとは思うが……。確実に赤壁へと誘導するため、江陵を差し出すか。船を置いて」

 

曹操様の軍勢は確か、百万近くに達するはず。

それで、船がなければ陸路で来るってんで、事前に船を準備して誘いとする、だったか。

 

大事なのは江陵を明け渡すタイミング。

蜀の援軍が来る前に渡してしまえばこちらが不利になる、かといって遅すぎれば意味がなくなる。

って由莉が言ってた。

流石だぜ!

 

「それじゃ、まずは工作部隊を江陵へ送り込みましょう。そして他は夏口と、直接赤壁へと移ることとする」

 

 

そんな会議があってから数日後。

呂羽隊は、大量の油を荷車に乗せて運搬する業務に当たっていた。

 

呉蜀連合軍と魏が相対する決戦に当たり、我が呂羽隊は表向き二手に分かれている。

 

俺が率いる本隊と、白蓮率いる白馬義従の分隊。

本隊は船上で赤壁にあり、分隊は陸路を進み馬超隊と合流する手筈だ。

 

そして表向きってことは当然、裏向きもある。

もう一つの別働隊。

率いるのは俺。

 

事実上、本隊は由莉に任せてある。

何時も通り過ぎて、最早三つの隊なんじゃないかと錯覚しそうだ。

 

赤壁で注意すべきなのは無論、呉蜀の策が崩されること。

連環の計については良く分からんが、火計は派手だし割と理解している。

よって、火計が成功すれば問題ないんじゃないかな。

 

そのために、事前に準備しておいた大量の油を運んでいるのだ。

具体的にどう扱うかは、その場で決めるけど。

 

それと、もし戦場に黄蓋が居たら何とか確保を試みる。

これが赤壁でやるべきことと見定めている。

 

なに、北郷君がいくら頑張っても、その上を越えてみせよう。

何て言ったって、極限流は最強なのだから。

 

色んな武器を持った奴らが相手なら、覇王翔吼拳などを使わざるを得ない!

 

 

* * *

 

 

江陵に着いた。

蜀が準備した船に呉が準備した船。

それはもう大量に停泊している。

 

なお、俺たちは若干寄り道をしてから戦地に合流することで了解を貰っている。

だから、多少遅くなっても問題ないのだ。

 

「おおー!凄い数だね!これも絶景ってやつかな?」

 

そうかもな。

極少数の隠密部隊のハズが、何故だかシャオまで居る。

 

「えぇーい!……で、リョウは此処で何をするの?」

 

テンション高くクルクルと回っていたと思ったら、走り込んでバイーンと後背向きに飛び込んで来た。

燕翼、いわゆるヒップアタックってやつだ。

やるじゃないか。

 

そんな彼女を受け止めつつ、シャオが参加する経緯を思い返してみた。

 

彼女は俺の部隊に目付役として参加している。

この戦いに臨むに当たり、俺は非公式にちゃんと仕官した客将となった。

意味が分からない?

そうだね。

 

まあ今までと扱いは変わらんけど、呉蜀と魏との戦いが終わるまでは呉に属することになったってだけだ。

 

「なに、ちょっとした悪戯をな…」

 

 

江陵に残る兵は必要最低限。

接敵したらすぐに退くために、まとまった戦力も残ってはいるが。

 

魏に渡すための船には、通常装備以外に必要なものは残って無い。

もちろん人員も。

 

さて、悪戯開始だ。

俺は呉の将。

最終検分と見張りに一声かけたら、容易く船に入ることが出来た。

 

船の数は膨大だが、旗艦となるような物は自ずと決まってくる。

だったら的は絞られる。

何の?

悪戯の。

 

まあ大した悪戯じゃない。

ただ、船に次の様に書いた張り紙をするだけだ。

 

──進呈──

 

どっちかと言うと煽りだな。

事前に達筆な奴を集めて大量に作ってきた。

さあ、ドンドン張ってくぞー!

 

「ほら、シャオも手伝って」

 

「え、うん。いいけど、これって何か意味あるの?」

 

多分。

煽り耐性があれば、無いかも知れないけど。

 

 




・燕翼
ユリを象徴する技。ヒップアタック。
遠距離大攻撃だったり特殊技だったりしますが、性能に大差はないと思います。
勢いを駆ってシャオに使わせてみました。

山なし谷なし落ちもなし。
そういうのも気楽で良いですよね。


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95 超ビール瓶斬り

江陵での悪戯を終え、一旦本隊に戻って来た。

 

「おかえりなさいませ」

 

「ああ、ただいま」

 

由莉が出迎えてくれる。

何だか奥さんみたいだな。

 

まあ、もうしばらくしたらまた離れるんだけどな。

少しの時間だが、最終確認も兼ねて色々やらねばならないことがある。

仮にも部隊長だし、何人かには顔見せもせんといかん。

 

ちなみに合流したのは俺とシャオのみ。

他の隠密精鋭部隊は某所に待機中だ。

 

「食事にします?沐浴します?それとも…」

 

「ちょっと由莉!ふざけ過ぎだよっ」

 

「チッ!……では隊長、小蓮様。簡素ながらお食事の準備がありますので」

 

「あ、うん。頂こう」

 

何時の間にか由莉とシャオが真名を交換してた。

聞けば、白蓮とも交換済みらしい。

まあ仲が良くて何よりだ。

 

「すみません!呂羽さんは居ますか?」

 

「これは周泰様。隊長なら、小蓮様ともどもお食事中ですが」

 

「あ、では言伝を」

 

「それには及ばない。不作法で悪いが、何かあったか?」

 

もぐもぐしながら周泰の前に姿を現す。

シャオもむしゃむしゃしてて無言だが、ちゃんと隣に居るよ。

 

「あ、はい。最終確認をするので、雪蓮様の陣へお出で下さい。小蓮様も」

 

「ふぇー、へんふぉくふぁいふぁ~」

 

ちゃんと飲み込んでから喋れ。

はしたないぞ、孫呉の末姫ともあろう者が。

 

ほら、周泰も引き攣った笑みを浮かべてるじゃないか。

 

「了解した。すぐに片づけて向かうとするよ」

 

「はい、お願いします!」

 

そう言うと、シュバッと一瞬で立ち去る周泰。

最近ますます忍者っぷりに磨きがかかってる気がする。

時々捉えきれんこともあるし、全く恐れ入るぜ。

 

 

* * *

 

 

「孫策さん!今回は宜しくお願いしますねっ」

 

「はぁ~い劉備。すっかり逞しくなったみたいで、お姉さん嬉しいわぁ」

 

呉と蜀の軍勢が一堂に会した。

や、一部別働隊などは此処には居ないが。

 

赤壁の現地では、孫権と甘寧、陸遜が既に乗り込んで色々準備をしているらしい。

 

「──なので、私のことは桃香と呼んでください!」

 

「そうね、これからは一緒に戦う仲間だもの。私は雪蓮。頼みにしてるわ」

 

真名を交換し、握手をする雪蓮と劉備ちゃん。

周囲では呉蜀の面々が挨拶を交わし、首脳陣による最終確認が行われている。

 

陣形やどの船に何人、誰が将となるか、水上戦への対応は云々。

冥琳と孔明ちゃんとで次々に決まって行く。

鳳統が居ないのは、何か別の策で動いてるのかな?

 

この決戦。

呉は呉で、蜀は蜀でそれぞれの策がある。

さらに呉蜀の同一の思惑もある、複雑に絡み合った策となっている。

魏も含め、どの軍師にも全容を把握出来ている者は居ないだろう。

 

俺?

由莉が分からん時点で分かる訳ないだろう。

 

まあこの事実も、未来を知って無ければ、という但し書きがつく。

北郷君はこれに当てはまるのか?

八割方、当てはまるだろう。

 

まあ北郷君は軍師じゃないから、未来を知ってるだけじゃ全容の把握は不可能だけどな。

それに今のケースはきっと、どの時間軸でも有り得ない。

だから八割方。

 

まあ些細な数字の話だ。

あまり気にする必要もない。

 

アレコレ考えていると、俺の下にも見知った顔がちらほらと。

 

「…呂羽」

 

「おお、呂布ちん。元気だったか?」

 

コクリと頷き、ジッと見詰めてくる呂布ちん。

なんぞ?

 

「…仮面、まだ?」

 

「…っ!す、すまない。もうちょっと待ってくれないか」

 

ぬぅ、覚えて居やがったか!

ともあれ、世が平和になれば天狗面の出番も無くなるはず。

何とかそれまで待ってもらおう。

 

「…分かった。…ちょっと前、星にコレ貰った。あとは、呂羽の…」

 

そう言って見せてくれたのは、華蝶の仮面だった。

何と言う事でしょう。

恋華蝶は既に誕生していたらしい。

 

とりあえず関羽がしているであろう、気苦労にはお祈りを捧げておく。

俺には何も出来ないし、むしろ掛る火の粉は払いたい。

 

 

「さて、リョウ。貴方にも大いに期待してるわよ?」

 

ある程度落ち着いたのか、雪連に声を掛けられた。

 

「ああ、任せておけ!全力全壊を見せてやる」

 

「…なんか変な感じに聞こえたけど、まあいいわ。シャオのことも、宜しくね?」

 

あいよー。

雪蓮の期待には言葉通り、全力で応える所存だ。

 

「では、それぞれの戦場でな。健闘を祈る!」

 

 

* * *

 

 

雪蓮や冥琳、劉備ちゃんたちに挨拶して持ち場に戻ってきた。

 

魏の軍勢が決戦の場に集結するまで、あと一週間前後。

呂羽隊の役割は遊撃。

開戦前に首脳陣と顔を合わせるのは、これが最後になるだろう。

 

呂羽隊の本隊を率いていることになっている俺。

居ないことが露見したらヤバいが、どうしようかと考えていたから渡りに船だった。

 

……これで、アリバイ作りはばっちりだ!

 

「さて、シャオはどうする?」

 

「もっちろん、リョウについていくよー!」

 

そうか。

じゃあ、全力で全壊しに行こう。

 

「じゃあ由莉、此処は任せる。基本は前に話した通りだが、無理はするな?」

 

「承知しております。隊長も、ご武運を」

 

うん。

じゃあシャオ?

 

「なぁに?…きゃ!」

 

ひょいっとお姫様抱っこ。

小娘一人くらい、抱えて行くことに造作もない。

 

瞬間、ぶわっと由莉の辺りから黒い霧が舫った気がしたので慌てて飛び立つ。

 

「か、帰ったらしてやるから!」

 

変なことを口走りながら。

 

いかんいかん。

由莉は結構、嫉妬深いんだった。

最近シャオとも仲良くしてたから、油断してたぜ。

 

本物のお姫様を抱えて、ぴょんぴょんぴょーんと所定の位置まで飛んで行く。

気を足先と踵に集中させ、二段跳びを連続して行うことで疑似的な飛行が可能なのだ。

疲れるから多用は出来んが。

 

「すごいすごい!リョウ、もっとやってっ」

 

可愛らしくはしゃぐシャオ。

だが俺はアトラクションじゃないんだぞ。

 

「ハァ!」

 

最後の一蹴りは多目に気を充填。

ボンッという爆発音と共に更に上昇した。

 

「きゃあっ!すっご~い、あはははは!」

 

所定の位置に着地してからも、シャオは上機嫌にクルクル回っている。

まあ滅多に体験出来ないことだろうし、楽しんでくれたなら何よりだ。

酔われるよりずっといい。

 

シャオは軽いから問題ないが、由莉が相手だとちょっとキツイかも知れんなぁ。

ほら、お胸さんとかがさ……。

 

おっと、あまり変なことを考えると俺の首が危ない。

スパーンと、超ビール瓶斬りが飛んでくること間違いなし。

誰からとは言わんが。

 

 

さて、此処に駒は揃った。

あとは状況を見て、考えた策を投下して行くだけだ。

 

スッと懐からユニークアイテムを取り出す。

 

「あれ?それって…」

 

そう、空手天狗の面だ。

シャオには見せてないと思うが、成都で見たのかな?

まあどっちでもいい。

 

「他の奴には内緒だぜ」

 

 




・超ビール瓶斬り
KOFMI2などでユリが使用。
踏み込みながら水平の手刀を浴びせる技で、リョウと違い溜め可能。
使い道は煽りくらいかな。

・脅威の胸囲査定
大)紫苑>冥琳>由莉>雪蓮
中)星>凪>白蓮
小)詠>月>小蓮


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96 空中龍虎乱舞

極限流の盛装である、天狗面を装着。

落ち着け、これは盛装じゃないし正装でもない。

 

眼下では後世、赤壁の戦いと呼ばれるものが繰り広げられている。

 

 

魏軍は江陵を落とし、此処赤壁までやって来た。

凄い規模の船団だが、見た感じちゃんと船は繋がってる。

黄蓋は無事に入り込めたようだ。

このままであれば問題なく風が変わり、火計も成功するんだろうが…。

 

魏の船団、その先陣を率いる見覚えのある将。

呉蜀に向かって進む、その舳先に居ることに違和感がありまくりの黄蓋その人だ。

 

 

「行くぞォォ!!」

 

ちょっと遠目で分かりずらいが、黄蓋が大音声を上げた。

同時に率いる部隊が火矢を放つ。

 

辺りは火のついた船団のせいで、煌々と明るくなっている。

これは黄蓋隊の、命の炎そのものと言えよう。

 

しかし魏の船ではすぐに消火活動が行われ、間に合わない場合は沈めてしまうようだ。

何らかの細工が為されていたのだろう、船同士を繋いでいたはずが容易に切り離されて行く。

黄蓋の策が破綻した瞬間だった。

 

いよいよ、出番が近い。

 

 

さて、シャオには鏑矢を任せよう。

どこかで弓腰姫の異名を取ってた気がするし、その腕前は定軍山でも確認した。

放つタイミングさえ間違わなければ問題ない。

忘れないうちに教えておくか。

 

「大事な役目だ。頼んだぜ」

 

「まっかせて!…それより、ホントにその仮面で行くの?」

 

「ああ、変か?」

 

「うん。変!」

 

…そうか。

由莉にも不評だったし、関羽も嫌そうな顔をしてたな。

定軍山では魏の面々も微妙な顔をしてた気がする。

 

呂布ちんの食いつきは例外としても、白蓮や華雄姉さんは平気そうだった。

十人十色だが、どうにも不評率が高い。

 

「まあ、変装用だ。大目に見てくれ」

 

「う~ん。まあ、夫を立てるのも妻の役目だもんねぇ。うん、分かった!」

 

夫婦じゃない。

いやはや、すっかり懐かれたもんだな。

一体何が琴線に触ったのだろうか。

 

おっと、遊んでる暇はない。

雪蓮に宣言した通り、全力で行こう。

 

「じゃあ行って来るが、シャオも油断はするなよ?」

 

「分かってるって!リョウ……祭のこと、お願いね?」

 

「承知した」

 

やはり不安なんだな。

信じていても、いや信じているからこそ。

 

だから俺は、全力全壊。

このふざけた運命をぶっ壊す!

 

ミスター・カラテ、三度爆誕ッ

 

とうっ!

 

 

* * *

 

 

対岸から見る船上には、夏侯淵と対峙する黄蓋の姿。

策が露見し、追い詰められた黄蓋は肩から血を流して満身創痍。

呉の船は未だ遠い。

 

「祭!助けに来たわよっ」

 

「祭殿、早くこちらへ!!」

 

雪蓮と冥琳が叫ぶが、既に傷を負った黄蓋は覚悟を決めた様子。

 

「黄蓋!我が軍に降りなさい!」

 

おや、曹操様?

こんな前線にまで、御苦労さまです。

骨太の将を欲する、人材コレクターの性は健在でしたか。

 

「断る!儂は魂まで呉に尽くす。今更余所に移るなど、ありえんわ!」

 

肩を抑えながら、ニヤリと笑い断言する黄蓋。

 

「……そう、残念ね」

 

曹操様は諦め、背を向けて去って行った。

二人の男を上げる名シーンだな。

両名とも女だが。

 

「儂の命は此処で終止符を打たれる。最後に聞くが良い、孫呉の若者共!」

 

黄蓋、最後の大公演。

空気を読んだ夏侯淵は矢を構えたまま、ジッと待っている。

流石はクールビューティの名を欲しいままにする夏侯淵。

戦場の華ってもんを心得てる。

 

しかし空気の読めない奴ってのはどこにでも居るもんだ。

この場合、それは俺。

いや、ワシのことじゃな。

 

ふぅおおおぉぉーーーっっ!!

 

三度目ともなれば実に慣れたもの。

ぶわっと気を纏い、色を変えた髪を逆立てさせる。

 

「ふっふっふ!…黄蓋よ、少し頭冷やそうか」

 

いくぞぉっ

ぬん!

 

両手を前に交差、両足に気を流し一挙に爆発。

 

空中龍虎乱舞!

 

此方から彼方までは、海を隔ててまあまあの距離。

一気に空中を駆け抜ける。

 

全てを言い終え、終焉を受け入れようとする黄蓋。

彼女に向かって矢を引き絞る夏侯淵。

 

その彼女たちの丁度真ん中に吶喊!

ドグワッと木端が舞い散る。

しかし船舶が相手だから、乱舞に移行出来ないでござる。

 

「ぬ?」

 

「くっ、何だ!?」

 

「ふっふっふ!少しお邪魔するぞ?」

 

「なっ!き、貴様はっ!?」

 

瞬間沸騰する夏侯淵と、呆気に取られる黄蓋。

二人とも、戦場でそれは命に関わるぞ。

 

「覇王至高拳」

 

二人を無視して黄蓋の足元に至高拳を放つ。

 

「んなぁっ!?」

 

吹っ飛ぶ黄蓋。

シュバッと周泰ばりの跳躍。

そのまま吹っ飛んだ黄蓋を掴み抱え、三回ほど宙を蹴って最寄の呉船に辿り着く。

 

「祭!?……貴方、何者?」

 

「こ奴は預ける。しかし今は戦時、油断すまいぞ!」

 

せっかく黄蓋を運んできたのに、雪蓮も冥琳もめっちゃ警戒しとるがな。

 

そう言えば、シャオ以外で呉の皆に見せるのは初めてか。

まあ正体が露見しないのは良いことだ。

由莉も呂羽隊を率いて別のとこに居るしな。

 

傷ついた黄蓋をそっと下ろし、すぐさま踵を返す。

実は彼女の傷って、至高拳を放ったり空中で掴んだりした時に出来た奴もあるんだよね。

追及されると困るので逃げてみました。

 

 

* * *

 

 

再び跳躍して魏の船に戻って来た。

近くに陸地が無いのだから仕方がない。

三角飛びで、然程赤くない壁に張り付いてみてもいいのだが。

 

「また会ったな、変質者め!」

 

「はて、どこかで会ったかな?」

 

激怒する夏侯淵を往なしつつ、戦場を見回す。

炎はほとんど鎮火してしまったようだ。

せっかく黄蓋が頑張ったのにな。

 

「はああぁぁぁーーっ!」

 

「おっと」

 

聞いた覚えのある声が突進してきた。

凪か。

 

「……此処で会ったが百年目。覚悟して頂こう」

 

「えっ?」

 

凪ってば、何時かのように激昂してる気がするよ?

でも冷静だ。

ちゃんと経験を生かしているんだな。

 

しかし夏侯淵はともかく、凪から恨まれることはそんなに無いと思うんだが。

 

「何を怒っておる?」

 

「…問答無用!」

 

「凪!合わせろ!」

 

「はいっ」

 

夏侯淵と凪の二人に攻め立てられるが、まあ余裕はあるな。

我ながら良い感じに成長したものだ。

 

「せえぇぇぇい!」

 

ブォンッと風を切って何かが頬を掠める。

ふむ、二人から三人になったか。

 

夏候惇が参戦し、凪が一歩下がる。

凪は気弾で支援に回るのかな。

 

おや、あの構えは?

 

「はぁぁぁ……春蘭様、お下がり下さい!」

 

「む、分かった!」

 

バックステップで距離を取る夏候惇。

夏侯淵が連続射出でその支援を行う。

流石姉妹は呼吸が合ってるなぁ。

 

「覇王翔吼拳!!」

 

でっかい、赤みがかった気弾が俺に迫る。

おお!こんな光景を見ることが出来ようとは…。

酷く感慨深い気持ちになりかけるが……此処は戦場。

感傷に浸る時間はない。

 

スゥゥーーっと大きく息を吸い込んで。

腰を落とし、脇を締める。

 

「小賢しいわァッ!!」

 

パッコーン!!

 

「なっ!?」

 

良い音を響かせ、気を込めた正拳突き…無頼岩で掻き消してやったわ。

 

「な、な……なんっ」

 

見事成功した凪の覇王翔吼拳。

それをあっさり打ち消された彼女は驚愕の表情。

 

いやはや、やり方を伝授したとはいえ、ほぼ自力でここまで成し得た努力は尊敬に値する。

…だが!

 

「覇王翔吼拳を会得したところで、ワシに勝つことなどできぬわ!」

 

前と言ってることが違う。

我ながら、とても大人気ない。

 

そして、言われて若干涙目の凪がとても可愛い。

 

シュカカカン!っと足元に刺さる矢。

おっと、凪に見惚れていると命が危うい。

 

一本だけ、夏侯淵とは別の方向から飛んできた矢があった気がする。

気にしないようにしよう。

 

黄蓋を助けたが、まだ呉蜀の優位には傾いていない。

と言う訳で、ここから次のステージ。

 

「さあて、遊びは此処までだ」

 

さあ、フィナーレだよ!

 

 




・空中龍虎乱舞
KOF94ではバグ技。KOF95で公式に技として登録。
CPU相手なら面白いようにヒットしました。
今回船にぶつかったシーンは、ガードされた場面を想像してもらえれば良いかと。

・少し頭冷やそうか
一発変換で「火やそうか」と出て、むしろPCを冷やすべきだと思いました。

今更ですが、由莉には妹ポジションに居て貰った方が良かったかも。
キングっぽい容姿に真名が後付けだったのが残念な点。
ホント、今更ですが。


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97 覇極陣

後半他者視点


ちょっとした死地から大脱出。

これまで、ジッと息を殺して待機していた隊員たちのもとへ。

 

「準備はいいか?」

 

「はい。……その面はしたままで?」

 

「何か問題が?」

 

「…いえ、副長には…」

 

今すぐ沈めるぞ。

 

さて、そろそろ風が変わりそうな気配。

空手天狗の鋭敏なる感覚がそう告げている。

 

火計こそ呉の華。

仮にも呉に属する俺としても、そこに加担せざるを得ない。

 

天狗面を付けたまま、絶壁の上に立つ。

眼下には密集した魏の船団。

 

お、夏侯淵が俺に気付いたな。

凄い形相でキリキリと弓を引き絞るのがよく見える。

もうすぐ放たれる、か……よし。

 

「放て!」

 

俺の横合いからポーンと放られる大量の壺。

中には大量の油。

 

知ってるか、える、油壺に、フタはない。

 

ほぼ同時に飛来する夏侯淵の矢。

 

「極限流……覇極陣」

 

構えながら、右腕で抱える大きな袋。

この中にもたっぷりと油が入っている。

 

待ち構える俺に接触する矢。

切欠、此処に来たり。

 

いざ、極限サンタクロース!

 

素直に船で来てくれた、魏の皆へのプレゼントだよ~。

その中身は大量の油。

存分に受け取ってくれたまえ。

 

「ちぇいやぁーーっ!」

 

飛び道具を受け止め、即座に下降攻撃へと入る。

油袋を持ったまま、先に落ちた壺を手刀で叩き割りながら。

 

大量の油が船団の上に散布される。

当然自分も油塗れになるが、そんなの関係ねえ!

 

落下のスピードと、油に塗れたせいで手からプレゼント袋がすっぽ抜けた。

多少強めに口を結っていても、空気抵抗には逆らえない。

哀れ、空中でぶわっと開けて大量の油が雨となって落ちて来る。

 

ヒャッハー!

汚物は消毒だぁーッ

 

ピィーーーーッッ!!

 

戦場に響き渡る鏑矢の音。

 

同時に放たれる大量の火矢。

 

火計・改!

プレゼンテッド、ばい、俺!!

 

油 全力全壊 俺。

合図 鏑矢 シャオ。

トドメ 火矢 由莉。

 

「火ァーッ!」

 

そのまま夏侯淵の乗る船にズガーンッと勢いよく着弾する俺。

 

「な、一体何が…」

 

うろたえる魏兵に、容赦なく降り注ぐ油の雨と火矢の霰。

船団の前衛と中衛の中央部分は、ほぼ全てが炎に包まれた。

 

「秋蘭様、これ以上は危険です。後退を!」

 

「クッ!…総員、退避!」

 

余りに勢いよく着弾したせいで、船上から船底まで一気に穴を開けてしまったようだ。

船底にしがみ付いてみたが、確かに沈みそうだから意味ないな。

上の方から夏侯淵たちが撤退する音が響いてくる。

 

全身油まみれだし、ここらで沐浴するのも良いかもな。

 

よし、いくぜぇ……極限スイマー!

 

 

* * *

 

 

水中を泳ぎながら周囲を確認。

視界に入った中で、転落した知り合いは居なさそうだ。

 

燃え盛る炎を尻目に、横合いに停泊している船に上がる。

 

「ぷはあっ」

 

ふぅ、ひぃ。

胴着とは言え、着衣水泳は疲れるな。

気と油で覆われていた分、抵抗も少し大きかった気がするし。

 

「……おや、お帰りなさい」

 

あら、この声は?

 

「…また、そのような格好をして。…次はないと、申した筈ですが…?」

 

「お、おお。由莉!」

 

おふ、旗艦だったか。

偽装の纏気は上がった時点で解除してたが、仮面はそのままだった。

慌てて外すと、見上げた先には我が副長殿の姿。

 

あ、水面近くから見上げたせいでお胸さんが……。

 

「戦いは概ね決着しました。魏軍は撤退を選ぶ模様です」

 

「そ、そうか。うん、良かった」

 

詳しく聞いてみると、火計・改が全てを覆したらしい。

良い感じに風も吹いたようだし、俺の全力全壊が功を奏したようでなによりだ。

 

「黄蓋は?」

 

「周泰様に聞いたところ、問題なさそうとのことです」

 

そっか、無事で何より。

…ん?

 

「周泰が来たのか?」

 

「はい。……隊長は何時も通り、戦場を駆け回っているとお伝えしておきました」

 

「そ、そうか。済まんな」

 

危ない。

アリバイが崩れてしまうところだった。

 

あとは……何だっけ?

 

「小蓮様は何処へ?」

 

「おっと、忘れてた。急いで回収しないと!」

 

隠密精鋭の隊員たちもな。

危険はないだろうが、此処にシャオが居ないと分かれば雪蓮たちに怒られてしまう。

 

「ところで隊長」

 

「なんだい?」

 

急いで現場へ向かおうと気力充実を行っていると、由莉がぽそっと呟いた。

 

「横抱き、いいですよね」

 

「……後でな」

 

「はい」

 

空手天狗の件は、これでチャラになりそうな気配。

だったら安いものだ。

誰にもばれなければな……。

 

 

* * *

 

 

無事にシャオを回収。

隊員たちには、後ほど各自帰還するよう通達。

 

戻る際、シャオから再度アトラクションを要求された。

急ぎだし、元よりそのつもりではあったのだが…。

そうして到着した際の、由莉の微笑がとても不気味だった。

 

シャオを船に下ろし、立たせたところにシュバッと周泰登場。

 

「呂羽さん、いますか!」

 

「ああ、いるぞ。どうした?」

 

「はい!雪蓮様が、集合せよとのことです。小蓮様も!」

 

「えぇ~。またシャオも?もう疲れたよぉ」

 

アトラクション疲れですね、分かります。

そんなこと言わんと、ほら行くぞ。

 

「あ!そうだリョウ、また抱えて行ってよ!」

 

いかにも名案思い付いた、とばかりに笑顔で抱き着いてくるシャオ。

おい、彼女たちの前でそれは…。

 

「へ?…は、はわわっ…小蓮様と、呂羽さんがっ」

 

「落ち着け周泰。ほら、さっさと行くぞ」

 

由莉の笑みが深くなっている。

これ以上はデッドライン。

 

 

 

* - * - * - *

 

 

ズキン、ズキン……。

ギリギリ、ギリギギギィ……。

 

定軍山の頃から続く、頭痛と頭蓋に響く鈍い音。

 

秋蘭は無事に帰って来た。

華琳も含め何かに対して怒り心頭だったが、ともかく無事で良かった。

華琳に進言した時よりも、秋蘭が戻って来た時の方が少し楽になってたのは謎だけど。

 

でも赤壁について考え、呉の計略を暴露した辺りで痛みが急激に悪化した。

 

頭が割れそうな程の痛み。

噛み合わない歯車を、無理矢理回しているかのような鈍い音。

どちらも俺の存在を消し去ろうとしているみたいで…。

 

だが俺は、歯を食いしばって耐えるのみ。

全ては華琳、そして支えてくれる皆のため。

 

連環の計は、真桜に工作を頼むことで回避が可能。

これが崩れれば、火計も自ずと崩れる。

 

お陰で真桜の目が、死んだ魚のように。

 

この戦いに勝利した時、俺は……。

だが、後悔はない。

ただまっすぐ、前を見据えるのみだ!

 

 

戦いが始まり、予想通り黄蓋は裏切った。

いや、元から裏切って無かった。

そうすると、もっと早くから魏に降ってた孫静も偽降の一環と見るべきか。

まあこちらは戻ってから、華琳たちが対処するだろう。

 

前線から火の手が上がる。

が、密集していた船団が切り離される様子が遠望出来た。

真桜はしっかりやってくれたらしい。

 

着々と消火活動は進み、一時騒然とした場はすぐ沈静化した。

固く繋がれたはずの鎖は容易に外され、連環の計は崩壊。

続く火計も完全に崩された!

 

華琳と流琉は前線に出て行っている。

恐らく、黄蓋に降伏を呼びかける為だろう。

相変わらず過ぎて笑みを浮かべ……ようとして、余りの頭痛に蹲る。

 

「くぅ……華琳……っ」

 

ズキンッズキンッ……ギリギリギリィ……。

 

目を閉じ両手で頭を抱え、意識が刈り取られそうになるのを必死で耐える。

まだだ、ちゃんと全部見届けないと!!

 

「───……ッ!……っ……!」

 

誰かの指示が飛び、誰かが応える。

終わりが近い。

そう直感し、目を開ける。

 

目の前には華琳の背中。

…ああ、どうやら俺の最後の希望は果たせそう、かな?

 

小さくも、とても大きいその背中を見ながら消えることが出来る。

 

そっと目を閉じ、受け入れようとした時。

 

……カチン……。

 

歯車が噛み合い、スムーズに動き出す音が聞こえた気がした。

そして、これまで響いていた割れんばかりの頭痛が綺麗スッキリ収まった。

一体何が?

 

再び目を開くと、そこには驚愕の光景が広がっていた。

 

轟々と燃え広がる、魏の船団。

 

「何があった!!」

 

「前衛は壊滅!中衛にも炎が上がり、維持出来ません!!」

 

華琳の怒号が響くが、帰ってくる答えは悲惨な事実のみ。

何故…?

 

「…やられたわね…」

 

絞り出すような、華琳の声。

まさか、魏が負ける……?

 

「一度退く。秋蘭たちが戻るまで、何とか持ち堪えて」

 

「御意!」

 

全く理解が追い付かないが、体調が回復したなら蹲っては居られない。

すぐに撤退の準備を始めなければ。

 

「流琉、手伝ってくれ!」

 

「はい、兄様!」

 

身体は動くが、頭は酷く混乱している。

俺が消えない理由は何か?

それは魏が、歴史通りに負けたせいだろう。

 

俺たちは呉蜀の計略を全て見破り、崩壊させた。

なのに負けた。

一体何故…。

まさか、歴史の修正力ってのが働いたとでも言うのだろうか?

 

 




・覇極陣
KOF13カラテの必殺技。
当身技ですが、その本領発揮はEX版で飛び道具を受け止めた時だと思います。
直後、上空から毘瑠斗圧覇の下降モーションで急降下攻撃するのですから。
本編ではこれを流用しました。
極限流星群(油付)!

流れで言えば、今回は他者視点詰め合わせの回。
でも終わりが近いことですし、後半だけ北郷君のを載せて見ました。

誠に遺憾ながら、ギリギリ3月中に終わらないかも知れません。
4月頭も3月に含めていいよね!

96話誤字報告を適用しました。


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98 覇王獅咬拳

魏軍は赤壁から撤退し、江陵をも放棄して新野を目指して落ちて行った。

 

蜀と呉は、すぐさま追撃を開始。

ここぞとばかり、奇襲伏兵何でもござれと削りに削る。

 

白蓮も大いに活躍していることだろう。

間に合うなら俺も行きたかったんだが、ちょっと無理だった。

 

「現在、魏の軍勢はおよそ五十万。もう少しで、我が軍と拮抗します」

 

「うむ。だが向こうも、まだまだ立て直せない数じゃないな」

 

呉蜀の王と、軍師たちが顔を突き合わせて軍議なう。

将兵の大部分は出払っているのに、俺たちは何故だか留め置かれていた。

 

「……隊の再編を終えれば、儂らも出るのか?」

 

「祭!……もう大丈夫なの?」

 

そして無事だった黄蓋。

トイレに放置される、何て不条理なこともなく手厚く看護されていた。

 

「ああ、もう大丈夫じゃ。堅殿と顔を合わせるのは、もう少し先のようじゃなぁ」

 

笑みを浮かべつつ、冗談を言える程度にまで回復したようだ。

もう大丈夫だな。

 

ん?

その黄蓋が、ゆっくりと近寄りながら囁いてきた。

 

「呂羽。おぬしに儂の真名を預ける。…よもや、拒否などするまいな?」

 

「え?ああ、はい。…でも何で?」

 

「ふっ…死に瀕し、儂の感覚も鋭敏になっていたようでなぁ」

 

小声で答える黄蓋、もとい祭。

 

おおっと、ばれていたのか。

まあ交換するのは吝かじゃない。

変にごねて、藪を突いて蛇たちを放り出す訳にもいかんからな。

大人しく交換に応じよう。

 

 

「でも雪蓮さん、大勝利でしたね!」

 

「そうね、桃香。まだ油断は出来ないけど、かなり削ってやったわ」

 

魏と呉蜀はようやく同じくらいの規模になり、同じステージ、交渉テーブルに引きずり出せる。

そのための最終決戦が、新野になるのかな。

 

概ね思惑通りに事が運び、一部を除いて皆の顔も明るい。

そんな中、雪連が真剣な表情で俺を見据える。

 

「さてリョウ。貴方には聞きたいことがあるの」

 

「…何だ?」

 

和やかな雰囲気だった本陣。

それが、雪蓮のピリッとした声で一気に緊張した。

 

「祭を助けた人物。真に火計を成した人物。…幾多の目撃情報から、どちらも同じ人物よ」

 

え、まさかの尋問タイム?

黙って先を促す。

 

「あの仮面…、貴方でしょ?」

 

瞬間、言葉にならないざわめきが起こった。

周囲から突き刺さる視線が、質量を伴ってるかのように痛い!

俺に味方は居ないのか?

 

シャオは明後日の方を向いて知らん顔。

由莉は無表情で、助けてはくれそうにはない。

 

「…さて、何のことやら」

 

でもせっかく変装したんだから、シラを切り通すしかないよね。

 

「あら、とぼけるつもり?」

 

この場に関羽と星が居なくて良かった。

雪蓮の言葉に激昂して、あるいは乗っかって来るのは目に見えてる。

 

「おい雪蓮、その辺にしておけ」

 

尋問が続くかと思えば、冥琳が制してくれた。

おお、貴方が女神か。

 

「それは、全てが終わってからでいいだろう」

 

「むぅ、分かったわよぉ」

 

単に逃げ道を塞がれただけだった。

うん…まあ、そんなもんだろうね。

 

「それよりも、お前との約束はまだ有効だ。期待しているぞ?」

 

「お、おう…」

 

そうだった。

魏との戦いが終わるまでは、呉に属して動くって約束。

別に破るつもりはないけど、正直忘れかけてたぜ。

 

「曹操は城に籠るような真似はすまい。決戦は野戦となる。それに沿った陣立てを、孔明?」

 

「あ、はい!…それではですね──」

 

やがて新野に集結した魏の軍勢。

ここで立て直し、呉蜀同盟へ決戦を仕掛けて来る。

城に五十万もの大軍は収納出来ない。

 

それに、正々堂々を旨とする曹操様。

此処に至っても尚、その姿勢を崩すことはないだろう。

 

兵数はほぼ同じ。

後は策を練り、機を計り、武をと知を持って、戦うのみ。

まさに雌雄を決する戦いが始まろうとしていた。

 

 

* * *

 

 

まもなく決戦が始まる。

俺は呂羽隊を率い、相変わらず遊撃隊としての役割を担う。

 

だけど、そんな緊張感が漲る空間に、酷く邪な罅が入る気配を感じ取っていた。

此処に来て初めて感じる気配で、どうにも嫌な予感が付随している。

 

「…副長、来い!」

 

「隊長、どちらへ?」

 

由莉の答えを聞かず、持ち場を離れて白蓮たちが布陣する場所へ急ぐ。

深い考えなんてない。

ただ、極限流的本能…極限センサーの赴くままに!

 

「白蓮!」

 

「リョウ?どうした、そんなに慌てて…」

 

「馬超は居るか?」

 

「…今、桃香たちのところに行ってるが」

 

「そうか…。よし、本陣に急ぐぞ。白蓮も来い!」

 

驚く白蓮を気にせず、本陣へ全力疾走。

 

気のせいじゃないなぁ、これは。

決戦どころじゃない、何かが起こる。

間違いない!

 

 

「雪蓮!!」

 

呉と蜀の王及び軍師らが連なる本陣へ、飛燕疾風脚で飛び込んだ。

礼儀や作法なんて、全て無視!

あ。馬超がめっちゃ槍構えとる。

すまんね、驚かせて。

 

「リョウ!?」

 

「呂羽さん?」

 

「何か無かったか!?」

 

驚きつつも迎え入れてくれる雪蓮と劉備ちゃんに対し、抽象的な質問を投げ掛ける。

 

「何かって…何?」

 

…いやまあ、訳分からんよね。

冷静に指摘されてちょっと落ち着いた。

でも、近いんだ。

 

「あ、あの呂羽さん…。何か、あるんですか?」

 

「……もうすぐ来る!……気がする」

 

「気がするって…」

 

「報告します!!」

 

孔明ちゃんの言葉を遮り、俺以上に息の上がった使者が報告に入る。

来たか!?

 

「馬休様より至急の連絡です!五胡の軍勢が、突然大挙して侵攻を開始!!」

 

「五胡だと!?」

 

「はっ!規模が大き過ぎ、国境の兵は壊滅!」

 

「な…、何だってーー!!」

 

「余りの多さに守備隊では対処出来ず、馬休様は人命最優先で撤退しています。しかし、そう長くは…」

 

「く、まさかこんな時に…。おい!目算で良い、敵の数は!?」

 

「はっ、およそ……三百万です!!」

 

 

* * *

 

 

五胡の突然の進撃に、三国は緊急休戦。

共同して迎え撃つこととなった。

 

三百万かぁ。

そりゃ嫌な気配も漂ってくるよねぇ。

 

俺は白蓮の白馬義従と共に、竜巻を駆って先遣隊を率いている。

追従するのは馬超に馬岱、張遼と姉さん、それに凪。

 

やや遅れて孫権と紫苑に夏侯淵、それからシャオと由莉率いる呂羽隊。

軍勢を再編した三国の本隊がこれに続く手筈になっている。

 

 

軍の再編には時間がかかる。

よって騎馬隊で先行、状況を確認し、弓隊で可能な限り被害を食い止める。

その隊長に孫権、馬超と夏侯淵が副隊長と言うことで軍を整え次第出発することに決していた。

 

でも、俺は言ってやったよ。

 

「相手は魏じゃないし、約束の範囲外だ。だから俺は、これから好きにさせて貰う」

 

これを言った時の怒気と殺気、そして広がる失望感は凄かった。

 

何人かは静かにこちらを窺っていたが。

その中の一人、華雄姉さんに聞かれたから答えた。

 

「ふむ。ならば、お前はどうするんだ?」

 

「軍の編成など待ってられない。先行する」

 

ってね!

その時の、皆が驚愕する様は中々に面白かった。

 

「そうか。では私も行くとしよう」

 

全く気負わず、さも当たり前のように言う姉さん。

 

「わ、私もお供させて下さい!」

 

そして、どこか焦って言う凪も一緒に。

 

まあ結局は騎馬隊がメインの馬超や張遼、白蓮も一緒になったけどな。

 

 

 

戦場予定地に向かい、駆けに駆け抜ける。

途中、操馬法に慣れず脱落しかけた凪を回収するハプニングもあったが、何とか無事に辿り着いた。

 

恐縮する凪を宥めつつ、戦地に立つ。

 

眼前に広がるのは、蠢く五胡の群れ。

恐らくまだ結構な距離があろうと言うのに、とてもよく分かる。

 

後続の弓隊、そして三国の本隊は合計しても百万を割る。

地方の警備隊や守備兵をかき集めたところで、まだ満たない。

 

三百万対百万。

 

燃えるね!

 

とは言え、野戦で三倍の数を打ち払うのは大変だ。

一騎当千の呂布ちんが居たとしても、体力や精神力が続かないことは目に見えている。

だったらどうするのか。

 

「さて呂羽。合図は任せていいか?」

 

「え?…華雄殿、それは一体どういう…」

 

流石姉さん、分かってるねぇ。

 

話は簡単。

呉蜀が魏を引きずり降ろしたのと同じ。

削ればいいんだ。

 

「突入するのか?いくら騎馬隊とは言え、囲い込まれたら…」

 

凪の疑問や馬超の心配も分かるが、敢えて放置。

 

「了解した。ところで姉さん」

 

「なんだ?」

 

「合図は良いとして……別に倒してしまっても構わんのだろう?」

 

「…ふっ…ふふふッ!ああ、構わん。存分にやれ!」

 

人類ポカン計画が発動した。

俺と姉さん以外はポカーン状態。

おいおい、ちゃんと括目しろよ?

 

「凪」

 

「っ!は、はい!?」

 

「良く見ておけ。我が極限流の神髄を!」

 

覇王翔吼拳を会得したのは素晴らしい。

しかし頂は果てしないのだよ。

覇王至高拳、超覇王至高拳、そして更に上がある。

 

ふぅーーーー……。

精神統一、心頭滅却、無我夢中!

 

腕を交差して両掌を左脇に溜め、ぐんぐん、ぐんぐん気を高めた結果。

俺の正面に、巨大な獅子の姿が顕現する。

 

「覇王獅咬拳!!!」

 

胴着の上着が肌蹴るほどに勢いよく、思い切り打ち放つ。

青いビーム状の獅子が駆けていき、蠢く五胡の群れを薙ぎ払っていった。

 

 




・覇王獅咬拳
KOFタクマのMAX2で、元々はゼロキャノンを吹っ飛ばす演出より。
要はビームですからね、強くて楽しく最高の使用感でした。

・進撃の五胡
唐突にクライマックス。
このままヌルッとエンディングへ突入して行きます。たぶん。

97話誤字報告適用しました。


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99 鬼神山峨撃

「はっはっは!流石は呂羽、何時も私の度肝を抜いてくれるっ」

 

「くぅー、痺れるわぁ!相変わらず、魅せてくれよって!」

 

「……お姉様。何か、山が割れたように見えるんだけど……?」

 

「何言ってるんだ、たんぽぽ。そんなこと、ある訳が……」

 

「ははっ、これは流石に予想の斜め上だ。…由莉の心配は的を得ていた訳か」

 

「……これが、極限流の神髄……!」

 

 

覇王獅咬拳を放ち終え、肌蹴た上着と帯を締め直す。

 

目の前に広がるのは、五胡の群れが割れて空いた見通しの良い地帯。

ちなみに言うと、別に山が割れるなんて天変地異は起こってない。

遠近法が狂ったんじゃないか?

 

覇王獅咬拳とは、言わば某巨神兵がΩに向かって放った浄化の炎。

あるいは某天空の城が放った雷と言えるだろう。

 

あ、天空からの雷は獅咬拳で吹っ飛ばす方だったな。

 

さて、半分とは行かずとも三分の一くらいは削れたかな?

流石にそこまではないかな?

 

「どうだった?」

 

「うむ!流石だった。やはり我が夫に相応しい。よし、続けて突撃するぞ!」

 

ん?

今、何か不思議な言葉が聞こえたような……。

 

「よっしゃー、華雄。競争やで!」

 

「……はっ!?お、お姉様。たんぽぽたちも行こう!」

 

「そ、そうだな。この錦馬超、白銀の槍捌きを受けて見ろ!」

 

「おいおい、私たちは先遣隊。あくまで牽制……なんだが、もう無駄か」

 

そうだな白蓮。

常識人だったお前も、今やすっかり俺たちの仲間。

すっぱり諦め、白馬義従を整えて姉さんたちの支援に徹そうとしている。

 

「いいや。由莉のことはもう、全部リョウに任せよう」

 

そう呟き、移動していった。

え、ちょっと待って……どういうこと?

 

「リョウ殿」

 

「お?おお凪、どうだった」

 

釈然としない気持ちで居ると、凪が少し暗い表情で近付いてきた。

返事を待ち、しばらく見詰めていると…。

じわっ…みるみる涙目になる彼女。

 

「ちょ、どうしたんだ!?」

 

「リョウ殿……私は覇王翔吼拳を修めて、良い気になっていました」

 

唐突に始まる、涙ながらの懺悔タイム。

これで俺と肩を並べる事が出来ると、慢心していたとか。

 

いやいや、確かにあの覇王翔吼拳はバッチリだった。

勢いで潰してしまったが、十分合格ラインだったと思うぜ。

 

「ほら、涙を拭け。…極限流に底はない。俺だって、まだ修行中の身だからな」

 

「ですが…」

 

「凪はまだ、もっと伸びる。これからも一緒に修行して行こうぜ!」

 

「…リョウ殿」

 

なんだこの青春劇。

 

「それに前言ったろ。隣に居て欲しいって。今もその気持ちに変わりはない」

 

勢いで言ってからふと思う。

あれ、これって完全にプロポーズじゃね?

 

「あ……はい」

 

……まあいいか。

頬染めて頷く凪、凄く可愛いし。

 

「まあ、まずは…」

 

「そうだな、五胡への対処が先だろう」

 

「あ、秋蘭様」

 

「一途な凪の想いも、遂に報われたか。良かったな」

 

「はい!」

 

……はい。

後続の弓隊が到着したようだな。

 

「じゃあ夏侯淵。牽制の弓隊での牽制指揮、宜しく頼んだ!」

 

ならば俺も、諸々打っちゃって戦場へ向かうとしよう。

凪が後ろに続くのを感じつつ、姉さんたちの下へと急ぐ。

 

尚、夏侯淵の後ろで凄い形相になってる紫苑やシャオ、孫権らの事は全力で無視した。

そして、顕現するほどの揺らぎを背負って微笑んでいる由莉の姿も…。

 

 

* * *

 

 

先遣隊の役割を完全無視し、戦端を開いてしばらく経った頃。

 

「魏の将兵よ!」

「呉の同胞よ!」

「蜀のみんな!」

 

三国の王、それぞれの号令が戦場に響き渡った。

 

「愛しき者達の未来を!」

「散っていった者たちの為!」

「この世界の平和の為に!」

 

それを背中で聞きながら、止まることなく戦場を駆け回る。

 

「乱世の全てに終止符を!」

「血を流す時代はこれで終わる!」

「戦いは、これで最後にします!」

 

どうやら三国共同軍は軍備を整え、布陣が完了したようで。

 

「「「全軍……」」」

 

今、最終決戦の火蓋が。

 

「「「突撃!!!」」」

 

切って落とされた。

 

 

* * *

 

 

五胡の軍勢は、残り少なくなっても進撃を止めない。

ただ只管、何かに急かされるように。

 

だが、それも間もなく終わる。

我が極限流の手によって。

 

「凪、ついでだ。見ておけ」

 

「あ、リョウ殿?」

 

近くで戦ってた凪を下がらせ、気力を充実させる。

 

基本的に、揃いも揃って身体能力の高い五胡の兵。

その中でも気を扱い、こちらの一般兵士では敵わないような、いわゆる武将級の奴がチラホラ居る。

なるべく優先的に潰して回って来たが、ここ等で残りを掃討しよう。

 

向こうが俺に気付き、バールのような物を振り被りながら走り寄ってくる。

 

その姿を視界に収め、冷静に龍虎乱舞始動の構えを取って気力を充填。

沸き立つ気を、炎の様に燃え上がらせ……炎を纏った拳で突進ッ。

一直線に正拳突きを放つ!

 

ズガァン!!

振り下ろされる斧を半身に避け、正拳突きを敵の鳩尾に捻じ込ませる。

そのまま逆手の手刀を敵将の後頭部に振り降ろした。

 

「お前では、俺を倒すことなど出来ん!」

 

振り下ろした手刀を地面に叩き付けると纏った炎気が吹き上がり、まるで火柱のように。

 

鬼神山峨撃。

 

極限流奥義の一つで、単体ダメージでは中々のものだろう。

本当は天狗面被って使いたかったが、無茶は言うまい。

 

「極限流は常に死闘をくぐり抜けて鍛えられた技!負けはしない!」

 

地面にめり込み、動きを止めた相手を一瞥して宣言。

押忍!

 

 

「凄いです。……やはり、まだまだ私は未熟ですね……」

 

凪のキラキラした眼差しと賞賛を受けて、調子に乗ってしまった。

だから、再び気落ちしかけた彼女を慰めるべく声をかけて…。

 

「いや、落ち込む必要はないぞ。赤壁での覇王翔吼拳は中々の……あっ」

 

「……リョウ殿が、何故そのことをご存じで?」

 

失言してしまったでござる。

あの場に居たのは某空手天狗。

俺じゃない、事になってる。

 

久々に向けられる、彼女のジト目。

いや、えっと。これはその、だな?

 

「…ふふっ」

 

「え?」

 

ジトーっとした眼差しにあわわはわわしていると、不意に表情を崩して笑う。

 

「冗談です。…空手天狗、でしたか?それがリョウ殿と、私は知っていますから」

 

「そう…なのか…」

 

困惑気味に答えると、更に笑みを深くして言い放つ。

 

「おや、正解でしたか。…色々と問質したい事は有りますが…、今は置いておきましょう」

 

語るに落ちた。

まさか、あの実直な凪にカマ掛けされるとはっ!?

 

「いずれにしろ、私が未熟なことは事実。リョウ殿、これからも私と共に歩んで頂けますか?」

 

「勿論だとも!」

 

若干混乱した頭で、真面目な表情になった凪の質問に焦って答える。

焦りは混乱を助長する。

 

ありがとうございます、と頬を染める彼女を見て少し落ち着いた。

そして考える。

今の問いって、もしかして……。

 

「隊長!」

 

お、由莉。

沈思黙考していると、我らが副長殿がやって来ていた。

駆けて来たのか、少し息が上がっている。

 

「むっ!」

 

何故か凪が身構えるが、それを無視して近付いて来る由莉。

そういや、決戦はまだ終わって無かったな。

 

「何か起こったか?」

 

「いえ、戦いは終息に向かっています。まもなく、勝利宣言が出されるでしょう」

 

「そうか。…副長も、お疲れ様」

 

「はい。……ところで隊長」

 

この辺りの大敵は、先ほど俺が沈めた奴が最後だったようだ。

さっき韓当と程普が連れ立って前線に向かっていたし、駆逐し終えるのも時間の問題か。

 

「どうした?」

 

皆を労いつつの帰隊に考えを巡らせていた所、由莉から爆弾が投下された。

 

「抱いて下さい」

 

「んなぁっ!?」

 

ファッ!?

 

「き、貴様…韓忠!なんて破廉恥な…っ」

 

「おっと、少し間違えました。隊長、約束を果たして下さい」

 

「約束?あ、あー。赤壁の時のあれか?」

 

横抱き…お姫様抱っこね。

 

「ええ、アレです。…おや、楽進将軍。顔が真っ赤ですよ。お疲れですか?」

 

本陣近くに休憩所が設置されましたので、良ければどうぞ。

この場は私と隊長とで片付けておきますので…。

なんて涼しい顔で仰る由莉。

 

対する凪は、みるみる鬼の形相に。

意外と天狗面が似合いそうだなって思ったのは黙っておこう。

 

「……リョウ殿。あれとは何です?」

 

あ、矛先が。

 

「えっとだな…」

 

「将軍には関係ないことです。私と、隊長だけの約束ですので」

 

ね?って首を傾げて言う由莉。

あざとい。

シャオみたいにあざと可愛い!

 

「……どうやら、貴様とは決着をつけねばならんようだな」

 

「(フッ)私は別に。それより隊長。約束の方、如何です?」

 

鼻で笑い、凪をあしらう由莉。

すっかり肝が太くなって……そこは前からか?

 

「終結宣言が出てからな。あと、あまり煽るな」

 

真っ赤になってぷるぷる震える凪を見ながら、小声で由莉に伝える。

 

これって正妻戦争?

そんな言葉が浮かんできた。

 

由莉を抑え凪を宥めていると、まもなく三国の王たちから正式に勝利宣言が成された。

こうして三国は、平穏の時を手に居れることとなる。

俺の平穏は今から乱されるがな。

 

 

* * *

 

 

「お、呂羽。無事だったか。」

 

「姉さん、お疲れ様」

 

「うむ、お疲れ。さて呂羽、我が夫となれ」

 

「…何だって?」

 

「なに、別に正妻とは言わん。韓忠らの想いは知っているからな」

 

淡々と伝えてくる姉さん。

冷静なその所作に、痺れる憧れるぅぅっ!

 

「あら華雄、ずるいわよ。だったら私も…。やっぱり、璃々にはお父さんが必要なのよね」

 

「ちょっとー、シャオを置いて話を進めないで!リョウの正妻はシャオなんだからねっ」

 

「ははは。モテモテだな、リョウ。…余裕があったら、私も加えてくれ」

 

俺、モテ期到来。

でもさ、ちょっと落ち着こうぜ。

 

「それより隊長。約束を…」

 

「あー。今か?」

 

「はい」

 

いつやるの?今でしょ!

 

仕方ない、約束は約束。

忘れてないなら果たせねばならない。

 

ふぅーーー……

 

意識してしまうと、シャオと違い興奮…もとい緊張する。

男装の時と違い、すっかり女性らしくなっちまったからな。

 

チラッと凪を見ると、射殺す視線が何かを貫く。

由莉はガン無視である。

 

「とりあえず、本陣に戻るか」

 

「そうですね。お願いします」

 

由莉の側に屈み、脇と腿にそっと腕を差し込み抱え上げる。

…思ったより軽いな。

 

「「「あああーーーーー!!!」」」

 

周囲の喧騒を余所に、努めて淡々と事を運ぶ。

シャオは激おこ。

凪の表情は影になって見えない。

 

後が怖いが、まあ無敵の極限流でどうにかなるさ。

いざ、撤収!

 

 




・鬼神山峨撃
KOF13カラテのNEO MAX超必殺技。
リーチは短いがスピードが非常に速く、虎脚キャンセルで拾うことも可能。
格好いいのかそうでもないのか、判断に迷うところでした。

・メインヒロイン
凪か由莉。あるいは姉さん。

・エイプリルフール
最後に脱衣KOするのは誰?
そして主人公の運命とは…
次回、笑劇の最終話!


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終 双星龍虎乱舞

第百話 本編最終回


五胡を退けてから数日後、三国による和平調印式が執り行われた。

 

魏の曹操様、呉は雪蓮、蜀より劉備ちゃん。

それぞれ国の代表者が歩み寄り、固い握手を交わす。

 

これにて天下三分、事成れり。

 

宣誓の瞬間、ワァァァーッ!!と拍手喝采。

乱世を乗り切った英雄たち、それに兵士たちは互いに讃え合い、恒久的な平和が維持されることを強く願うのだった。

 

 

後は宴となり、其処彼処で真名の交換や挨拶・雑談が行われている。

そんな中、俺は真っ先に魏軍の方へ歩み寄り、目当ての彼に声を掛けた。

 

「やあ、北郷君。元気かい?」

 

「あ!呂羽さん。…ええ、元気ですよ」

 

「そっか、それは何より」

 

うむ、無事に目標達成。

以前見た通りの、北郷君の優しげな姿に胸がいっぱいになった。

 

 

「ところで呂羽さん。聞きたいことがあるんですが」

 

「何だい?」

 

「赤壁の戦いで、何か特別な火計を成したって…本当ですか?」

 

ああ、極限流星群(油付)のことか。

本当です。

どこから漏れたのやら。

 

「まあ、ちょっとな」

 

だが、アレは空手天狗の仕業。

詳細を言うのは憚られたので、適当にごまかそう。

 

おっと、せっかくなんで俺からも。

 

「時に北郷君。魏の種馬と称される君に、是非とも女性関係での助言を頼みたいのだが…」

 

「……呂羽さんまで、そんな……」

 

北郷君は悲しそうに顔を伏せ、動かなくなってしまった。

どうやら本人的には不名誉な称号だったらしい。

仕方ないので、しばらくそっとしておこう。

 

 

* * *

 

 

「あ、リョウ。ちょっとこっちにいらっしゃい」

 

改めて挨拶回りに出向こうとしたら、雪蓮から呼び止められた。

 

招かれた先には三国の王たちと、軍師たち数名の姿が。

せっかくなので一部を除いた数名と真名の交換を行い、挨拶を交わす。

 

これからは彼女たちが、三国の平和を取り仕切って行くんだなぁ。

感慨深くしみじみとしていると、何やら懸案事項があるらしい。

 

「さて、議題については皆も分かってるわね?」

 

「はい!和平調印式は無事に終わりましたし」

 

「ええ。当事者も来たことだしね」

 

皆が一斉に振りかえる、その先には…。

 

「…なんだ?」

 

俺が居た。

いや、特に議題に上がるような事はないと思うんだけど。

 

「大いにあるわ!貴方の、帰属問題よ!」

 

「華雄さんの夫になるんですよね?あと紫苑さんも……」

 

「凪とくっつくんでしょ?だったら魏に住むべきよね」

 

な、なんだってー?(棒)

 

魏と対決するまでは呉に属して動く。

その約束は果たされ、五胡との戦いではフリーとなった。

だからまあ、今後どこに属するのかって問題は確かにあるけども。

 

「そんなに大事か?」

 

「当たり前でしょ!?」

 

雪蓮の凄い権幕に思わず仰け反る。

 

「五胡の大軍に単身立ち向かい、実質半分ほどを撃滅するような武人よ?」

 

「ええ。今後のことを鑑みても、欲しがらない国はないわ」

 

「蜀の皆も、呂羽さんが戻って来るのを待ってますよ!」

 

随分と評価してくれたもんだが、ありがたいような迷惑なような。

だって流石に半分は撃滅してない。

過大評価だぞ。

 

「それにしても華琳。貴方、既に天の御使いが居るのだから遠慮したら?」

 

「そうですよ華琳さん!あれだけ発展したのは、北郷さんのお陰なんですよね?」

 

「あら、優れた臣は優れた王の下に集まるべきじゃなくて?」

 

呉蜀と魏の間で火花が散る。

おいおい、和平調印も終わって真名も交換しておいて早速喧嘩するなよ。

 

「だからリョウ、今ここで宣言しなさい。呉に来るって!」

 

「どうやら貴方の旅も終わったようだし、最初の居場所に戻って来るべきだわ」

 

「愛紗ちゃんと約束した仕事も、まだ沢山残ってますよ!」

 

三者三様で矛先が変わっただけだった。

そういや、この中で真名を交換した人数は圧倒的に呉が多いな。

 

「そうよ!何だったら私と冥琳を貰って頂戴!!」

 

「呂羽、貴方にとって凪は特別なんでしょ?魏に来なさいな」

 

「むぅ~!呂羽さん、華雄さんたちを裏切る真似はしないで下さいね?」

 

カオス。

恐らく決着はつくまい。

仕方ないので、俺の希望を言うとしよう。

 

「俺はな…──」

 

 

* * *

 

 

「……呂羽」

 

帰属問題にケリをつけて、ようやく解放された。

さて、ちゃんと挨拶回りをしよう。

 

そう思って散策していると、呂布ちんに捕まった。

おや、珍しく一人だな。

 

「おお呂布ちん。五胡戦では大活躍だったな!お疲れ様」

 

一騎当千を地で行く呂布ちんは、隊を率いて凄い数を薙ぎ倒していった。

俺も頑張ったけどね、大部分はビームだからな。

やっぱ敵わないって思ったわ。

 

「……呂羽も凄かった」

 

おお、天下の呂布ちんに認めて貰えて光栄だぜ。

そんな彼女は、おもむろに切り出した。

 

「…仮面、まだ?」

 

「……あ、ああ。そうだったな……」

 

正直、二個目を手に入れる当てはない。

だったらもう、使わないであろうコイツを手放してもいいんだが……。

 

「はやく頂戴」

 

「えっと、だな…」

 

見えない力が働いて、手放すことを躊躇してしまう自分が居る。

すると、何やら呂布ちんがピリピリし出したぞ!

一体どうした?

 

「……くれないの?」

 

「も、もうちょっと待てないか?」

 

「待てない」

 

なんだってーっ!!

呂布ちんらしからぬ反応、全俺に激震が走る。

しかも、かなり鋭く睨まれてる気がする。

 

「あ、リョウ殿!…それに、呂布?」

 

妙な緊張感漂う現場に、凪参入。

呂布ちんは凪をチラッと見るも、興味を示さず視線を俺に固定。

 

「……くれないなら……」

 

光の加減で呂布ちんの眼元が影になって見えなくなった。

さらにどこからか、ゴゴゴゴ!という謎の音が響いてくる。

とても嫌な予感。

 

「──してでも、奪い──」

 

「戦略的撤退ぃぃーー!!」

 

呂布ちんが何かを言いかけた時、直感に従い凪を横抱きにして思い切り跳躍。

まさかこの場で、全力を出すとは思いもしなかった。

 

 

しばらく空を駆けて、振り返る。

呂布ちんは追って来なかった。

よかった…。

 

「あ、あの……リョウ殿?」

 

ひょっとして、白昼夢か?

なんて思い唸っていると、胸元から上擦った凪の声が。

そういや抱えてたんだったね、軽くて気にならなかったよ。

 

「ところで凪」

 

「な、なんでしょうっ」

 

「敬語は要らないよ。あと呼び捨てで良い」

 

「い、いえ!しかしそれはっ」

 

抱えたまま会話を続ける。

とても恥ずかしそうにする凪だが、大丈夫、周囲には誰も居ない。

これ、結構良いかも。

 

「うん。まあ、追々な」

 

「はいぃ…」

 

すぐには無理そうだ。

仕方ないね。

 

 

ちなみに由莉は、今のところ一度だけリョウと呼んでくれた。

先頃お姫様抱っこして帰還した時な。

休憩所の寝台に降ろそうとしたら押し倒されたんよ。

 

もちろん全力で手は出してない。

ただ、母性が物凄かったなぁって…。

 

 

* * *

 

 

凪を降ろし、落ち着くのを見計らって挨拶回りを再開。

…しようとしたところで、シュバッと周泰登場。

 

「呂羽さん、大変です!」

 

「どうした周泰。あ、色々お疲れ様」

 

「お疲れ様でした!それと、私のことは明命とお呼び下さい!」

 

元気にハキハキと答えてくれる明命。

当初、ガッツリ警戒されてたのがまるで嘘のよう。

真名まで交換出来て、嬉しい限りだ。

 

「あの、周泰殿。何かリョウ…殿にお話が…」

 

「そうでした!それより楽進さん、私は明命で結構です!」

 

「ああ、私は凪。宜しく頼む」

 

話が進まんね。

 

「はい!…それでですね。皆さんが、リョウさんを倒すと言う話になりました!」

 

「……ん?」

 

「な、何故?」

 

聞き間違いかと思ったが、凪も疑問を呈する辺り間違って無いらしい。

明命が経緯を説明してくれるが…。

 

「雪蓮様や春蘭さん、愛紗さんたちが最強について口論となって…」

 

会場全体を巻き込み、俺を倒せば最強なんじゃね?

って話になったとか。

 

「いや、最強は呂布ちんだろ」

 

間違いないと思う。

そこに俺が入り込む隙間は無いはずだ。

 

「その恋さんも、リョウさんを倒す側ですよ?」

 

「あの呂布にさえ一目置かれる。流石はリョウ……殿です!」

 

惜しかったな。

いやいや待て待て、そうじゃないだろ。

 

「呂布ちんが俺を?……なんでさ」

 

「存じません。ともあれ、会場に行きましょう!」

 

そう言って腕をガシリと掴み、ずりずりと引っ張り始める明命。

随分と積極的だな!?

 

「実は、リョウさんを倒せば優先的に確保権が得られるのです!」

 

確保権って何だ?

って、絶対そっちがメインだろ!

最強とか別に関係な……くもない奴もいるだろうけどさ。

 

「明命は呉の為か?」

 

「はい!」

 

とても良い笑顔だった。

なら仕方ない。

 

「凪は俺の味方だよな?」

 

「えっ…と、はい。勿論です」

 

今少し考えたな?

そんなん無くても、凪のお願いなら何でも聞いてやるのに。

 

仕方ないので明命に引っ張られながら、凪と一緒に会場まで歩いて行った。

傍から見れば親子みたいに…流石にないか。

 

 

「あ、来たわね」

 

「雪蓮。何事だ?」

 

「あれ。明命から聞いてない?」

 

聞いたけど、あれで理解出来る訳ないだろ。

詳細希望。

 

「帰属問題は解決したハズだろ?」

 

「それとこれは別問題よ」

 

どう違うと言うのだろう。

そんなことをしてる間に、戦意に満ち溢れた将たちが周囲に…。

 

「まあいい。ならば、俺と凪のペア…っ…組に勝てたら、どんな願いでも一つだけ聞いてやろう!」

 

聞くだけな。

 

「え?呂羽さん…今、ペアって言ったような…」

 

ワァァァァーッッ!!

 

北郷君が呟くのを、周囲の大歓声が掻き消した。

おっと危ない、つい漏れてしまった。

 

「…良いのですか?」

 

はっはっは、こうなりゃ自棄じゃ。

なぁに、勝てばよかろうなのだぁ!!

 

「……じゃあ恋がやる」

 

「え゛?」

 

唐突に姿を現す呂布ちん。

そんなに仮面が欲しいのか?

だったらもう、あげちゃっても…

 

「……恋が勝ったら、呂羽を貰う」

 

なんて思ってたら爆弾発言。

そして、凪が瞬間沸騰。

 

「ッ!……リョウ、全力で倒しますよ」

 

「アッハイ」

 

まるでスーパー野菜人のように立ち昇るオーラ。

おお、これならいけそうだ。

 

とりあえず戦国最強、呂布ちんに勝てば皆黙るだろう。

黙らない奴も数名思い浮かぶが、努めて無視する。

 

 

* * *

 

 

段取りを凪と確認し、いざ尋常に勝負。

二対一を尋常と言って良いのかはさて置き。

 

「……行く」

 

「来い!」

 

何時になくやる気十分な呂布ちんと、滾る凪。

 

たぎるなぎって語呂が良い、いやむしろ悪い?

どうでもいいことが気になるのは何時ものこと。

うん、大丈夫だ問題ない。

 

しかし補正が付いたとはいえ、凪で呂布ちんに勝つのは難しい。

もちろん俺でも。

だからこそ、初めての共同作業に勤しむとしましょう。

 

 

結果は辛くも勝利。

まさか、あんなに粘られるとは。

 

俺が正面から、背後から凪が攻めた。

暫烈拳に幻影脚。

トドメは同時に覇王翔吼拳。

 

これぞ一人では決して成しえない、極限流究極奥義・双星龍虎乱舞!

 

これを放てたことに満足してしまったため、最後の詰めを誤った。

二発の覇王翔吼拳を食らってもなお、耐え切って凪に向かって突進した呂布ちん。

 

まだまだ気力が足りない凪では、その一撃を耐えることは叶わない。

そう見切り、必死に足に気を込めて虎閃脚で割り込み。

ギリギリのジャストディフェンスから、真・天地覇煌拳で勝利をもぎ取ることに成功したのだ。

 

 

加減出来なかった最後の一撃により、呂布ちんの上半身から布が弾け飛んだ。

そして、美しいお胸様が露わに。

すぐさま陳宮が駆け寄って来て事無きを得たが、……俺は死んだ。

 

戦闘終了後、周囲の目がとても痛い中で真名を交換。

もう少し待ってくれるそうな。

 

 

* * *

 

 

「うむ、流石だな呂羽。よし、では次は私と勝負だ!」

 

「いやいや姉さん。さっき言った通り、俺と凪は一緒に…」

 

「なに構わん。こちらも韓忠と共にやるからな」

 

「!?」

 

慌てて視線を向けると、確かに由莉の姿。

鉈を構えてヤル気満々だ。

微笑が怖い。

 

これに凪も反応。

ボルテージが急上昇している。

 

呂布ちん…恋に勝っても、黙らない奴が圧倒的に多かった。

想定外デース。

 

「その次は私たちがやるわよ!」

 

「はい姉様!」

 

「うん!正妻の座は、シャオのものだからねっ」

 

孫呉の姉妹とか。

 

「姉者。季衣と流琉、四人で掛るぞ。何としても魏に勝利を」

 

「ああ!そして華琳様に褒めてもらうのだ!」

 

曹魏の四人衆とか。

 

「星。組むか?」

 

「そうですな。白蓮殿となら、心強い」

 

「あ、私も混ぜてくれ」

 

「ならうちもー」

 

白蓮、星、馬超、張遼の神速衆とか。

 

先程真名を交換した愛紗や鈴々と言った蜀の義姉妹。

それに紫苑、桔梗、祭のアダルト組に魏延と蒲公英、沙和に真桜。

さらには甘寧と明命に呂蒙まで。

 

軍師や君主以外、ほぼ全てじゃねえか……。

 

ふ……、いいだろう。

その挑戦、全て受けてやる。

 

「極限流は天下無敵。今ここで、それを証明してやろうじゃないか!!」

 

 

乱世は終わり、世は安寧の時へ。

平和を維持するために、三国は共同して努力し続けて行くだろう。

 

 

それはそれ、これはこれ。

俺の平穏は遥かに遠い。

 

差し当たり、正妻戦争に勝利したのは……俺の隣で戦う彼女だった。

 

 




これにて終幕。
長きに渡りお付き合い頂き、誠にありがとうございました。

回収してない伏線、畳み切れない大風呂敷。
詰め込み切れなかった小話、忘れてたイベントなど。
その辺り、いつか番外編や後日談等を投稿できたらいいなと思います。


・双星龍虎乱舞
NBCアナザーダブルアサルト。
使用者は例の二人。
その源流は、某漫画のオリジナル技にあるとも言われていますが俗説でしょう。
よって覇王翔吼圧挟拳ではありません。ええ、断じて。

・エイプリルフール終了のお知らせ
最後の脱衣KOは呂布ちん
主人公の運命は見ての通り
今回、普通に最終話!


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Z1 撃・龍虎乱舞

オマケ 後日談


赤壁の畔。

三国間の実質的な最終決戦の地であり、天下三分の要となったこの場所に俺は道場を構えた。

 

極限流の門戸は広く、魏・呉・蜀、果ては南蛮出身の門弟も今は居る。

 

俺は三国どこにも属していないつもりだが、諸般の事情から呼び出されたら断れない。

だから結局、三国全てに属しているとも言えるだろう。

政治って面倒くさいね。

 

ちなみに此処赤壁は、極限流道場の総本山。

他に、洛陽に支部を持つ。

 

正妻戦争(仮称)に勝利した凪は俺の妻となり、魏の将でもあるので洛陽に居住。

支部の師範代も兼ねている。

 

一方、総本山のある赤壁は呉の勢力圏。

何かと縁の深い呉に対し、示せるものとして此処を選んだってことになってる。

 

実際の所、当初は洛陽に道場を開くつもりだったが呉蜀が猛反対。

パワーバランスが偏り過ぎて良くないってことらしい。

それで結局、俺が赤壁に駐在することでバランスを保つことになっているとか何とか。

 

赤壁は総本山だが、支部である洛陽の方が規模がでかいんだよね。

魏の思惑が大きく絡んでいるそうで、金もそっちから出てるから文句は言えない。

 

他にも色んな場所に屋敷を貰った。

何時でも好きに来ていいよって言う名目だが、隙あらば来させようとする真意が透けて見える。

って、本山で甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる由莉が言ってた。

 

由莉の立場は呂羽隊副長の時から変わらない、ようで少し変わった。

側室も兼ねる、という立場に。

正妻と言う名を捨て実利を取ったのだ。

 

元々、公的な地位や武力では凪に敵わない。

だから傍近くに居れるなら、愛人でも構わないのだと。

それに、そっちの方が情が湧いてくっつく可能性も高まると分析したらしい。

 

そんな風に言ってたが、それは俺に言って良いのか?

本当に強い女子じゃて。

 

 

結局、凪と由莉の関係は険悪なまま。

 

正確には、凪が由莉を一方的に警戒してるって図式かな。

由莉は特に凪を気にすることはせず、慇懃無礼を貫いてる。

 

ま、お互い何らかの意識はしている。

無関心よりずっといい。

いずれは仲良く出来る日も来るだろう。

 

あと、由莉は凪よりも嫉妬深い。

その場で何も反応せずとも、後から俺に制裁を課してくることもしばしば。

それもまた、可愛いところではあるがな。

 

それぞれ特色があって面白いし、被害は俺に集中するから好きにさせている。

うん、何も問題はない。

…一応、刺されないようには気を付けてるが。

 

 

他方、姉さんと白蓮については協議中。

 

あと、シャオは相変わらず正妻を主張しているが、流石にな…。

雪蓮や紫苑とかも本気度を測りかねるし、まだ何とも言えない。

微妙なところが多くて困るぜ。

 

でも下手に寝室とかで、どうすればいいんだ!

とか逆切れすると、無言で由莉に押し倒される。

そして口を塞がれる。

あの母性は凶器やでぇ…。

 

由莉って、本当に二人きりだとかなり積極的なんだよね。

呼び方もリョウになるし、その……攻めてくるんだ。

 

微笑みながら母性を使ってのそれは……おっと、これ以上はいけない。

 

 

そんな訳で、俺は赤壁と洛陽を拠点として定期的に行き来している。

参勤交代みたいだな。

 

 

「じゃあ、洛陽に行ってくるから」

 

「はい。留守中の事はお任せください」

 

由莉に見送られ、赤壁を出立する。

色々思うところはあるだろうに、何も言わず健気に送り出してくれる由莉。

やっぱポイント高いよなぁ。

 

思わず抱きしめて……あ!いや、これは違うんだ。

すぐ出立するから、そこまでのつもりは……ちょっ、誰も居ない草陰だからって……待ッ!

 

 

そうそう、今から向かう洛陽だがね。

以前、呉から魏に降った孫静が住んでるんだ。

 

結局あれが偽降だったのか本当だったのか、真相は闇の中だ。

だって、孫静が語らんのだもの。

祭などは、孫静が居たお陰で偽降の計はやり易かったって言っていたが。

 

三国和平が成ってからも呉に戻ることは無く、洛陽に移ってそのまま隠居。

今度こそ完全に隠居して、表には全く出て来なくなった。

 

支部を構えた時に面会してみたが、以前のような覇気も鋭さも見られず、恐らく裏もない。

ただ、姉と親友たちの菩提を弔って残りの余生を過ごすと言っていた。

乱世は似合わん人だったのかもなぁ。

 

 

* * *

 

 

「突然だが、凪はとても女の子だと思うんだ」

 

「本当に突然だな。何言ってんだ?」

 

赤壁から洛陽に向かう道すがら、唐突に喋る始める俺。

 

乱世が終わり、呂羽隊は解隊。

隊員たちは極限流の門弟集団に変わった。

そんな彼らを束ねるのは、最強の副長・韓忠こと由莉。

 

一方で、白馬義従は白蓮の精鋭部隊として残った。

白蓮が俺についてきたので仕官はしてないが、他国に比べて騎兵力に劣る呉に半ば属する立場となっている。

韓当と仲が良いので程普が若干ピリピリしているが、まあ大丈夫だろう。

 

由莉は総本山に起居し、俺の不在時は留守を預かる良妻となった。

そんな彼女に代わり、白蓮が余所に出かける時はついて来てくれる。

 

白蓮は由莉とも仲が良いし、凪との仲も悪くない。

苦労人気質と言うか、中間管理職としての適性が高いのだ。

褒め言葉になってないとは思うが、俺はそんな彼女を好ましく思う。

 

それはともかく、凪の話な。

好いてくれてる女性の前で、他の女性の話をするのは宜しくない。

宜しくないと分かってはいるが、誰かに話したいんだ。

 

尚、由莉に話すと血の雨が降る。

 

本当は北郷君あたりが適任だろうが、今は居ない。

よって白蓮、君に決めた!

 

「いや、凪って強いだろ?特に最近は、そこらの武将よりも余程強い」

 

「そうだな。伊達にリョウの本妻じゃないってことだ。嫌味か?」

 

流石の白蓮でも、この話題は厳しいらしい。

だが、少しだけ俺の話を聞いてくれ!

あとで何か埋め合わせはするからさ…。

 

「それが恋と最後に手合せした時、詰めを誤り攻撃を受けそうになった」

 

「ああ、調印式後、宴の時な。そういえばお前、最後に恋の服を……」

 

いかん、完全にアウトだこれ。

でも、もう止まれない。

 

「そこにギリギリで俺の差し込みが間に合って、凪に被害が及ばずに済んだ」

 

「思い出したら腹立ってきた。とりあえず、由莉には言うとして…」

 

後生だ。

由莉には、由莉にだけは勘弁してくれ!

 

「そしたらさ、めちゃくちゃ喜んでてな。守って貰えて凄く嬉しかったみたいなんだ!」

 

いやー、やっぱり女の子なんだなーって凄く実感した。

とても可愛かった、感動した!

 

「そうか、良かったな。とりあえず殴るが、いいな?」

 

どうぞ。

 

ボグシャッ!あべしっ!

 

へへっ、中々いいストレートだったぜ……。

 

 

「──なんて言ってたぞ。愛されてるな」

 

そして洛陽に着き、凪に報告する白蓮。

いや、確かに由莉にだけはって言ったけどさ。

 

「あわわっ!そんな、リョウ殿が……」

 

もにょもにょしながら顔を真っ赤にする我が正妻殿。

相変わらず敬語に敬称。

時折敬称は抜けるが、敬語は抜けきらないなぁ。

 

「さて、私は少し席を外そう。凪、ちゃんとリョウに隙間を埋めて貰えよ?」

 

「ぱ、白蓮殿ッ!」

 

凄い。

立場を気にせず人を気にして、相手が誰であろうと気を遣える白蓮ちゃんマジ天使。

あとでちゃんと謝って、感謝の埋め合わせも全力でするよ!

 

 

後日、白蓮にはお姫様抱っこを所望された。

 

「こ、これは中々…こっぱずかしいな…」

 

だってさ。

そう言いつつも、喜んで貰えたようなので良かったよ。

 

 

* * *

 

 

定軍山。

此処にはある伝説がある。

 

それは、天狗の縄張りがあるというもの。

許可なく侵入した者は、力づくで追い払われるという。

 

そもそも天狗とは何か?

 

魏書に曰く。

黒い胴着に逆立った銀髪で、高い鼻と赤い顔を持つ。

人間離れした力を持ち、気と炎を操る。

女の服を無情にも切り裂き辱める、まさに外道である。

 

 

「…どう思いますか?」

 

「…いや、どう思うって言われてもな…」

 

凪に見せられたのは、最近書かれたらしい魏書(部外秘)の写し。

どう見ても空手天狗です、本当にありがとうございました。

 

「このこと、魏の中では?」

 

「リョウ殿と結び付けて、確信を持った方は恐らく居ないと思います」

 

ならば凪が暴露しない限り、当面は安全。

と言いたいところだが、ばれるのは時間の問題だろう。

だって、三国は協調路線を歩むのだから。

ちょっと蜀に聞き取りすれば一発だ。

 

「それで、どうしますか?」

 

「どうしたらいいかな?」

 

逆に問う。

何かいい案はないかい?

 

「…自首します?」

 

「断る」

 

華琳様や秋蘭、そして北郷君に殺されてしまう。

ばれた方が怒気は大きいだろうが、そこはそれ。

 

呆れたような凪の目がちょっと痛い。

 

「…とりあえず、蜀に言って裏工作を…」

 

「まあ、私から伝えることはしませんので」

 

嘘はつかない程度にお願いします。

流石に、凪にまで罪を被せるのは気が引けるからな。

 

「罪って分かっているのなら…」

 

アーアー、キコエナーイ!

 

最近、凪の俺に対する言動が由莉に似て来た気がする。

二人とも嫌がりそうだから言わんけど。

 

「とりあえず、蜀に行ってくるよ。姉さんの件もあるし」

 

「……はい。細かいことは、白蓮殿に頼んであります」

 

「うん、ありがと」

 

定軍山の天狗については置いておこう。

まずは、姉さんの処遇だ。

 

白蓮ともども、側室として迎え入れることはほぼ決定してる。

あとはそれぞれ、どう過ごしてもらうか…。

 

まあ多分、姉さんは成都に残るだろう。

月ちゃんたちも居るしな。

その辺りを確認して、諸々の準備をば。

 

他にも幾つか決着を付けんといかんこともある。

特に恋の件。

……まあ、それは追々考えよう。

 

「じゃあ凪。留守を頼んだ」

 

「はい、いってらっしゃいませ。……旦那様」

 

「お、おうっ」

 

凪の不意打ちに、二人して赤面する。

やばい、お持ち帰りしたい。

自分の家だけど。

 

 

* * *

 

 

やってきました蜀の国。

お久しぶり!

 

「うむ、久しいな。韓忠は元気か?」

 

「やあ姉さん。みんな元気だよ」

 

さて、細かいことはいい。

とりあえず姉さんの意思を最終確認だ。

自分から言うのはちょっと恥ずかしいものがあるが。

 

「姉さん。俺の妻になってくれるか?」

 

「うむ。私の夫になれ」

 

はい、終了。

なんて男らしいんだ。

 

「一応、地位とかの絡みがあるから…」

 

「正妻は楽進。韓忠は第二夫人か。公孫賛もなんだろう?私は構わん」

 

そ、そっか。

ここまでスッパリさっぱりだと実に清々しい。

 

「それで側室になって貰うんだけど、このまま成都に住む?」

 

「うむ。政治的判断もあろうからな、従おう」

 

洛陽に居た頃の猪な姉さんはどこに行った!?

そう疑わんばかりの冷静さ。

いや、良いんだけど。

 

「そんなことより呂羽。せっかく会えたのだ。手合せするぞ!」

 

あ、何時もの姉さんだ

何か安心した。

 

 

練兵場に移動。

 

日々の修練は欠かしてないが、こうやって将と手合せするのは久々だ。

色々と忙しかったからなぁ。

 

「我が真名は夫となる者にのみ明かされる。そして我が夫となる者は、私より強い者でなければならない」

 

手合せ前に滔々と語る姉さん。

ふむ、風習は地方によって様々らしいからな。

 

「呂羽なら申し分なし。故に今、その強さを私に示せ!」

 

「望むところだ!」

 

だったら小技は不要。

最初から大技で行ってやるぜ!

 

「行くぞ、極限流奥義!」

 

金剛爆斧を構える姉さんに対し、俺も両腕を引き絞る構えで気を充填。

 

次いで足先と踵に気を流し込み、一瞬の爆発でもって飛び出した。

姉さんが反応しきれない程の加速を得て、一気に懐に入り込み連続乱舞を見舞う!

 

「おらおらおらおらぁぁーー!!」

 

左正拳、ひじ打ち、三日月蹴り、しゃがみアッパーから足掛け蹴り。

横蹴りに鉄拳寸鉄、ひじ打ち、右正拳突きから外回し蹴り。

再度ひじ打ちから氷柱割り、鉄拳・風林火山に繋いで右正拳突き。

続けて後ろ回し蹴りから鉄拳寸鉄、ひじ打ち、右正拳突き、しゃがみアッパーまで。

流れるように乱舞した後、一度虎咆で軽く跳ねた後…。

最後に、強く気を纏った左ボディ気味の虎咆を打ち込み…昇龍の気を纏いつつ天高く舞い上がる。

 

「もらったぁぁ!!」

 

激・龍虎乱舞。

 

姉さんの期待に応えるべく、一切の手加減なく打ち放った。

 

近くで見てた牛輔や愛紗らには、やり過ぎと怒られたがな。

だが後悔も反省もしてない。

 

目を覚ました姉さんからはむしろ褒められた。

ほら、やはり間違いじゃなかっただろ?

 

ちなみに白蓮は何も言わなかった。

彼女の理解度が半端なく頼もしい。

今後ともヨロシクと、お願いせざるを得ない。

 

 

さて、これで二人を正式に迎え入れることが出来る。

それは良かった。

 

そして結局、政治的な思惑もあって姉さんは成都に居住することに。

よって、此処にも極限流道場の支部を開設する運びとなった。

でも姉さんは極限流じゃない。

ある程度の指導は出来るが、やはり流派の人間が必要だろう。

 

そこで白羽の矢が立ったのが、牛輔こと陽。

この機会に真名を交換し、師範代補佐として支部を任せることにした。

 

 

婚礼後、初めて姉さんと同衾した時の事。

そういやもう、華雄姉さんは姉さんじゃないんだなぁ。

 

「ふ…私の真名は─。お前にだけ預ける。普段は好きに呼べばいい」

 

そう言って微笑む─は、今まで見たことがない程に綺麗だった。

 

 

* * *

 

 

「しかし、陽が月ちゃんとくっつくとはねぇ」

 

「そうか?詠も含めて、お似合いだと思うがな」

 

これまで色々あった月ちゃんと詠っち。

彼女たちは、幼馴染でもある陽と一緒になった。

そこに至るまでは色んなドラマがあったようだが、詳細は知らん。

 

「お前が私を娶るなど、以前では考えられまい?それに比べれば…」

 

「確かに」

 

せっかく平和になったんだ。

好いた奴と穏やかに暮らせるなら、それに越したことはない。

 

俺もそうだが、みんな平和を満喫している。

頑張った甲斐があった。

今後とも、修行を続けて行くとしよう!

 

 

 

「…それで、白蓮殿の具合はどうでしたか?」

 

「お、落ち着け由莉!話せば分かるッ」

 

 




後日談でした。
由莉が不憫…な意見も頂きましたので、補完的な意味合いも込めて。
ついでに最終話に入れ損ねた話や、白蓮と姉さんのエピソードも一緒に。

その他のエピソードはいずれまた。
お読み下さり、ありがとうございました。


・撃 龍虎乱舞
KOFリョウの、いわゆるMAX龍虎乱舞。
ちょっとエフェクトつけたりコマンドが違ったりします。
仕方ないとは言え、フィニッシュが龍の咆哮付の虎咆なのはちょっと…。


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Z2 雷神 覇王翔吼拳

オマケ 後日談その2


赤壁にある極限流総本山。

 

此処を拠点に活動するこの俺は、極限流の開祖であり師範であり総帥でもある。

つまり偉い。

少なくともこの場所に居る限り、とても偉い俺様。

 

だが今はただ、嵐が過ぎ去るのを祈って沈黙するのみ。

なぜならば…。

 

 

「これはこれは。随分とまあ、珍しい方がいらっしゃってますね」

 

「私はリョウ…殿の妻であり、極限流師範代を任されている。何もおかしくはあるまい?」

 

「いえいえ、何もおかしいなどとは……。ただ、珍しいですねと」

 

「ほう…。随分と言葉に棘を感じるが、私の気のせいか?」

 

「さて?貴女様がそう感じのならそうなのでしょう。…貴女様の中では」

 

 

普段は洛陽に居て、赤壁には足を踏み入れない凪が居る。

 

凪は洛陽。

由莉は赤壁。

 

特別な取り決めがある訳じゃないけど、何とはなしに暗黙の了解が成り立っていた。

それが今、破られて……由莉のご機嫌が急激に下降。

明確に凪を威嚇…挑発?している。

 

普段なら間に立って取り成してくれる白蓮は、空気を察してか挨拶したら早々に退出。

しかもその際、周囲の奴らにしばらく近付かない方がいいなんて言ってたのが漏れ聞こえた。

 

随分と要領が良くなってしまって……。

余計な気遣いは無用に願いたい。

いやまあ、修羅場ってる空間に突入する事故は御免蒙りたいってのは当然だけどさ。

 

互いに牽制し合い、睨みあってる凪と由莉。

それは良いが、位置的に俺を挟んでいるのは頂けない。

だから何も言わず、こっそり黙って席を立とうと思ったりしたんだが…。

 

「座ってなさい」

 

由莉にピシャリと言われ、大人しく座り直す。

 

立とうとしただけで、まだ立ってないんだぜ?

気の流れを把握することで、状況と予測を立てることに長ける彼女。

 

これに関しては師匠たる俺を圧倒的に超えている。

凄いとは思うが、結果として色々と動きを制限される事態に!

普段は問題ないんだけどねぇ。

 

まあ、二人の睨み合いは仕方ない。

これでも認め合ってる訳だし。

 

それより問題は、何故に凪が此処に来たのかだ。

しかも事前の連絡なしに。

 

彼女とて、こうなることは分かり切っていたはず。

暗黙の了解を破ってまで、急ぎ来た理由は何だ?

 

間に入るのには勇気が要るが、ずっとこのままでは針の筵。

早急な事態の打開が求められる。

 

 

「…えっと、凪は何故此処に?」

 

横目でギロリと睨まれた。

空手天狗の時以来だな、思い切り睨まれるの。

 

「いや、何か急ぎの案件でもあったのかなと」

 

怯まず言葉を紡ぐも、顔を由莉に向けたままの凪。

しばらくそうしていたが、ジッと見詰めていると根負けしたのか一息ついて向き直ってくれた。

やはり凪は良い子やねぇ。

 

 

「実は、リョウ殿にお見せしたいものがあるのです」

 

そう言って取り出したのは、一束の書簡。

以前も見たことがあるようなそれが、凪を急がせた理由のようだ。

 

彼女が披露したのは、魏書(部外秘・号外)の一部。

そこには大々的な見出しと共に、衝撃的な内容が記されていた。

 

 

『特報!!

蜀の呂布、悪逆非道なる空手天狗を定軍山にて討ち取る!

 

取材班が掴んだ情報によると、かの天狗は山間に潜み、卓越した気の扱いを非道なる振る舞いに使用。

──具体的には婦女子を狙って襲いかかり、衣服を消し飛ばして弄ぶといったもの。

 

それに対し、平和を乱す輩として蜀の上層部が排除を決定。

関羽率いる警備隊に呂布や趙雲らが協力し、捜索に当たっていた。

 

そして過日、遂に呂布がこの悪漢を捕捉。

連絡を受けて駆け付けた趙雲と共にこれを撃破!

討ち取った空手天狗の首を持ち帰り、躯は哀れ犬の餌に……云々……』

 

 

* * *

 

 

凪と由莉の視線は、既に互いにでなく俺に集中している。

 

ああ、この件かぁ。

だったら凪が急いだのも、仕方ないかも知れんね。

 

彼女たちは、俺と空手天狗がイコールで結ばれる事を知っている。

そして二人が知らないところで事態が動いた。

 

ちなみにこの件、当然だが恋と星の協力の下で行われた。

白蓮と姉さんも知ってる。

 

むしろ、白蓮は一緒に蜀に出かけて裏工作を含めて手伝って貰った。

そういう意味では、協力者と言うより共犯者に近い。

ほぼずっと行動を共にしてたのだから。

 

ああ、だから白蓮は逃げたのか。

こうなることを、多少なりとも予測していたのだろう。

くぅ…上手い事やりおってからに!

 

 

「で?」

 

由莉の機嫌が超悪い。

無表情で言葉少な、しかも凄く低い声。

 

まあ概ね察してるってのもあるだろう。

むしろ、自分を除けて事態を打開させたことへの不満が大きいと見た。

白蓮の立場に嫉妬してるんだね、可愛い奴。

 

 

「誰にも言うなよ?」

 

「良いからさっさと喋りなさい」

 

「はい」

 

だから普段と違う言動に驚き、目を丸くする凪を尻目に淡々と対応することが出来る。

 

目を丸くした凪は可愛いな。

ちょっと愛でたら、由莉の目がとても険しくなった。

 

逆鱗に触れる前に、さっさと教えてしまおう。

 

 

* * *

 

 

事の発端は、魏で調査が進んでいる空手天狗について先んじて始末をつけようとしたこと。

ついでに天狗面を欲してやまない、恋についても片を付けようとね。

 

これまでの外道な振舞を、全て天狗仮面と言う悪漢に押し付けて闇に葬る。

討ち取ったのは恋と言うことにして、彼女が戦利品として仮面を持っていれば辻褄もあう。

まさに一石二鳥!

 

そう考えて計画を練って協力者を募り、実行に移したのが先日。

成都支部への巡業と言う名目で、白蓮と一緒に蜀へ行った時の事だ。

 

協力者は恋と星、姉さんと白蓮。

あと明命と孔明ちゃん。

 

恋と星が実行部隊で、白蓮と明命がこれを補助。

姉さんと孔明ちゃんが俺のアリバイ作りに協力してくれた。

 

 

そうして準備を整え、定軍山で恋と対峙する。

 

「さて、恋。この仮面が欲しくば、此処で俺を倒して見せろ!」

 

「……!」

 

ストーリーは固まっているとは言え、結末ありきの八百長染みた試合で終わるのは勿体無い。

 

「済まんが、星は見張っててくれ」

 

「ふむ、仕方ないですな。もし恋が負けたならば、私がお相手すると致しましょう」

 

「……させない。恋が、絶対に獲るッ」

 

本気のミスター・カラテとして恋に当たる。

一対一で真正面からやって、どこまで通じるものか。

この機会に、是非とも全力で試しておきたい。

 

星には悪いが、保険係りになって貰おう。

貸しを作ることになるが、まあ然したる問題はあるまい。

 

「では行くぞ?…ハァァァーーッ!」

 

「…ッ!」

 

 

──シィッ……せいやぁっ!

 

恋の激しい攻撃に合わせ、虎煌拳や龍仙拳を叩き込んでいく。

それもほとんどが躱され、防がれ、反撃される。

 

やはり強い!

 

「クハハハッ!最後の戦いに相応しい激しさよ。実に愉しい」

 

俺のテンションだだ上がり。

もう細かいことは気にならない。

よって、出し惜しみなしに大技と行こう。

 

「雷神…」

 

「…!?」

 

気を循環させつつ、溜める間に静電気を利用した電気を帯びて行く。

まあ細かいことはいいんだ。

溜めに溜めた電気を帯び、バチバチ言ってる気弾を恋目掛けて放出する!

 

「覇王翔吼拳!」

 

「…くっ」

 

でもそのまま撃ったんじゃ当然避けられる。

だから溜めたまま走り寄り、近距離で発射。

本来は危険な行為だが、テンションMAXだった俺は気にしなかった。

 

 

* * *

 

 

呂布には勝てなかったよ……。

 

電気ビリビリ状態になった恋だが、構わず振るった得物が鳩尾にクリーンヒット。

気弾を当てて来たお陰で多少軽減されていたとはいえ、中々のダメージ。

次いで首元に突き付けられる刃を見て、降参せざるを得なかった。

 

纏う気を解除して座り込む。

そんな俺に、ずずいと顔を寄せる恋。

 

「ちょっと待て、すぐ外すから」

 

今にも襲いかからんばかりの空気を醸し出す恋に恐れ戦き、慌てて仮面を外すや引っ手繰られる。

そんなに欲しかったんかい!

とは言え、非常に満足気な恋を見てまあ良いかと思う。

 

「ふむ。リョウ殿もまだ恋には勝てませぬか」

 

「勝てんなぁ。もうちょっとだと思うんだけど」

 

星が寄って来て雑談に興じる。

雷神覇王翔吼拳で動きを止めれば勝機はあると思ったんだ。

でもまさか、動けるなんてなぁ。

 

「空手仮面が居なくなるのは残念ですが、これからは空手華蝶として」

 

「断る」

 

「残念ですな」

 

流石に華蝶はない。

速攻で否定するも、くすくす笑う星には通じているのかいないのか。

恋華蝶と朱華蝶で満足してくれ。

 

 

「とりあえずこれで魏への名分が立った。二人とも、助かったぜ」

 

「せいぜいばれないよう気を付けることですな。恋も……恋?」

 

仮面を渡してから反応が無い恋。

そちらに顔を向けると、何やら考え込んでる様子。

 

「恋?どうした」

 

「……リョウ」

 

そして俺の目を見て言い放った。

 

「……ビリビリ、気持ちよかった」

 

頬を染めながら。

 

「…リョウ殿?」

 

「待て、星。俺は別に悪くなくね?」

 

 

* * *

 

 

と言う訳だったのさ。

 

空手天狗の顔が面だとは知らされてないせいか、恋が首を取ったってことになってたみたいだが。

正確には仮面を取得したに過ぎない。

 

そして何かを察したのか、嫁さんたちの顔が般若っぽく見えるがきっと気のせいだ。

 

「まさかの浮気とは…」

 

「浮気!?」

 

おいおい、恋とは何もないぞ?

ただちょっと、仮面を渡して雷神覇王翔吼拳が気に入られただけで。

今のところはまだ、何もしてないしされてない。

いやマジで。

 

星こそ何もない。

組手の度合いと回数が増えたくらい。

何かのアピールが少し増えた気もするが、然したる事でもないはずだ。

 

明命は……きっと今頃、雪蓮らに報告していることだろう。

あちらはあちらでちょっと目が怖かったが、多分問題はない。

近いうちにシャオが乗り込んでくる気もするが、今は関係ないよな。

 

孔明ちゃん?

蜀の代表ってだけだし、主に白蓮や姉さんと過ごしたって書類上のアリバイ作成に加担しただけ。

二人きりになったことすらないぜ。

 

白蓮と姉さんは、嫁ーずだから。

ほら、どれも浮気には当たらないだろう?

 

「状況は分かりました。気になる点がいくつかありますが、今は置いておきましょう」

 

ずっと放置しておいて欲しいけどね。

藪蛇を恐れて黙っていると、彼女の標的は凪へと移って行った。

 

 

「それで、貴女様は何時までこちらに?」

 

「今晩は此処に泊まり、明朝には洛陽に戻るつもりにしている」

 

「そうですか。では離れの客間をご利用下さい。何か御希望はありますか?」

 

「……ッ」

 

そして再燃する睨み合い。

凄い勢いで燃料を投下する由莉が怖い。

これは間違いなく、俺にも飛び火する予感。

 

由莉としても、やはりテリトリーを侵されるのは気に食わないようだ。

普段なら此処まで挑発行為は行わないってのに。

 

 

二人とも落ち着けよ。

いやいや、まだ慌てるような時間じゃない。

どちらを選ぶって言われても、どちらも選んだ結果がコレなのだからどうしようもない。

 

一番良いのは、今夜は一人で寝ると言う選択かな。

 

むしろいっそのこと、三人で寝ると言うのはどうだろう?

 

……もしくは、全力で白蓮の下へ逃げ込むか。

 

 

* * *

 

 

長い夜が明け、朝は朝で一悶着ありつつ凪は洛陽へと戻って行った。

 

彼女の後姿を眺めながら、感慨に耽る。

何とか乗り切った。

後は、隣に居る嫁さん──とても嫉妬深いが母性溢れる──を何とか宥めるのみ。

 

「さて、それでは白蓮殿のところへ参りましょうか」

 

「え…、なんで?」

 

とりあえず抱き締めれば良いかな、なんて安易な考えは一瞬で吹き飛ばされた。

さらに、ハイライトの消えた目でニヤリと邪悪な笑みを浮かべる姿に戦慄する。

 

「白蓮殿への依存度が高まり過ぎていて危険です。此処は一つ、念押しをと思いまして」

 

言いながら、ぐわしっと腕を掴まれる。

気を込めてるのか凄い力だ。

 

やばい、ちょっと危険な領域に突っ込みかけてる気がする。

 

白蓮、逃げてー。

超逃げてーっ!

 

「さ、行きますよ」

 

「落ち着け由莉!は、話せば分かるッ」

 

 




ゆうべはおたのしみでしたね。

後日談その2
主に空手天狗の処分と恋への対応。
あと前回、控え目だった白蓮のダークホース化。
そしてヤンデレ疑惑のある、副長殿への処方箋でした。


・雷神 覇王翔吼拳
KOF2003ユリの超必殺技で、某電刃波動拳のパk…インスパイアーですね!
ダメージは低いですが、感電してピヨリ状態になったりならなかったり。
でもビリビリして気持ち良い、なんてことはないはずです。


・ふと思いついた派生ネタ
──問おう。お前が俺のマスターか?
──俺は(フラグ)クラッシャーのサーヴァント。さあ、全力全壊と行こう!
──ランサーか。武器を持った奴が相手なら、覇王翔吼拳を使わざるを得ない。
──…金ぴか、だと?…ククク、(フラグ)クラッシャーとしての血が騒ぐぜッ


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Z3 桂馬打ち

オマケ IFルートその1 下心マシマシばーじょん


この地に舞い降りて少々。

諸般の事情から曹操様の客将となり、修行の日々を送っていた。

 

そんなある日、黄巾党征討軍に従軍。

 

曹操様に命じられ、義勇軍である劉備軍の先鋒として凪と並行して乱戦を進む。

すると、それほど目立たぬながら、明らかに指揮している風な人物に気が付いた。

 

…ふむ。

あの敵将を叩けば混乱はさらに助長、片が付くのも早まるかもな。

よし!

 

周囲の雑魚たちを蹴散らしつつも、陰に隠れるようにやや前傾姿勢でスルスルと敵将目掛けて走り寄る。

 

「翔乱脚!」

 

敵将の両肩を押さえ付け、胸元へ気を練り込んだ膝蹴りをお見舞いする。

 

「な、何者…くっ!?」

 

「むっ…」

 

しかし数発撃ち込んだところで攻撃中止。

相手は咳き込みながら俯きかけている。

そりゃまともに防御もしてないし、気でコーティングすらもしてないから仕方ない。

 

それでも、尚こちらを睨みつけてくるのだから見上げた根性だ。

でも呼気が乱れている。

思うところあって手を止めたが、とりあえず敵は敵。

まずは仕留めておこう。

 

「チェストォ!」

 

桂馬打ちでシュカンッと首筋に手刀を打ち込む。

 

敵将は一瞬で手の内に落ちた。

色々と手管はあるが、ひとまずこんなところで。

 

「韓忠様っ…ぐは!?」

 

周囲で騒ぐ奴らを即座に掃討。

落とした敵将…韓忠ってのか?

こいつを抱えたまま、両足を回転させて…これは飛燕旋風脚だな。

 

 

…ふう。

黄巾党撃滅のお知らせ。

 

一通り敵勢を駆逐して凪と合流し、劉備ちゃんたちに報告してから辞去。

曹操様への報告は凪に任せることとし、一足先に戻ってもらった。

 

そこで俺はこっそり動くぜ。

んー、確かここらの岩陰に…お、いたいた。

 

気絶したままの敵将、韓忠である。

あらかじめ確保しておいたのさ。

 

さて確保の理由だが…。

 

…コホン。

キッと睨まれた時も思ったのだが、割と澄んだ瞳をしていた。

少なくとも、欲に塗れたならず者の目ではない。

だからちゃんと落ち着いて話し合えば、俺の力になってくれるんじゃないかって刹那時に思ったのだ。

 

それと、こいつの指揮能力の高さを買ったのもある。

あの乱戦の最中に、あれほどちゃんとした指示を出せるのは中々のもんだ。

少なくとも、今の俺には出来ない。

 

…などなど、色々と思うところはあるのだよ。

 

……だが、しかし……。

まあ、少々言いずらいがこれらは後付けだ。

 

正直に言おう。

まず、最初に攻撃を止めた理由なんだがな。

 

それは、韓忠の胸にある。

あの時は特に何も考えず、気を練り込んだ膝蹴りを叩き込んだ。

だが気を込めたが故に、気付いてしまった。

 

…胸の、柔らかさに。

 

男女の別など気にしてなかったにも拘らず、間違いなく女だなと思ってしまった。

いや、我ながらどうかと思うよ。

思うけども、気付いてしまったのだから仕方がないだろう!?(逆切れ)

 

……で、だ。

 

気付いたから攻撃を止めたけど、まあ勢いで数発は入った。

普通の奴なら既に失神してても可笑しくないダメージだろう。

実際、こいつもギリギリだった。

 

しかし多少なりとも保ったことで感じた意思の強さ。

精神が肉体を凌駕しつつあるっていうのかな。

あとはさっきの後付けな。

 

要は気になって、次いで気に入ってしまったんだよ。

凪とは違い、格闘方面への才能は左程ではなさそうだったが。

それでも改めて確認したみたが、気の力に目覚める可能性はある模様。

だから、余計手元に置いてみたくなってな。

 

色々後ろめたくて凪には隠しちゃった。

このまま同行するのは、ちょっと厳しいかもしれんがなあ。

その辺は、追々考えていこう。

 

まずは起こして話をするか。

幸い、恐らくだが騒いだりするタイプではない。

こちらが落ち着いていれば、きちんと対応してくれるだろう。

 

「さて、起きろー?」

 

ユサユサ。

…おっと、お胸様が…。

蹴りを入れたせいでたわんでたんだな、サラシが。

 

 

* * *

 

 

韓忠との話し合いは概ね上手くいった。

 

元々黄巾党に参加したのも本意ではなかったようだ。

最初は仕官を望んだらしいが、伝手も金もなくては如何ともしがたく。

そのうち近隣の村々が黄巾党に合流し、本人も止む無くってことらしい。

 

黄巾党が壊滅した今、行く当てもないから俺についていくのに否やはない。

だが、と。

韓忠が凄まじい表情で俺を睨みつけ、問題視したものがある。

 

気絶する前はきつくサラシを巻いて男装していたハズが、起きてみると胸が…たゆんたゆん。

眼前には敵であろう男。

 

 

エッチなのはいけないと思います!(オブラート表現)

 

 

そんなこんな、過程ではちょっと、いや色々あったけれども。

ひとまず結果良ければ万事良し!

 

暗い目をして恨みを云々と呟く彼女を宥め透かし、連れ帰る。

差し当たり、個人的な従者という立場で雇うことにした。

 

とは言え、信頼関係が構築されてないうちから城や宿舎へ入れるのは流石に不味い。

元黄巾党というのも秘密だし、何なら彼女の存在そのものも秘密。

だから陳留の街中に小さい宿を用意した。

 

客将として貯めてた給金が役に立ったぜ!

…貢ぐとか囲うとか、そんなんじゃないぞホントだぞ。

 

 

* * *

 

 

陳留に戻り、曹操軍のメンバーに交じって報告会。

その席でそろそろ旅に戻ると宣言。

若干空気が緊張したが、曹操様は認めてくれた。

それどころか、報奨金の上乗せまでしてくれて…流石っす!

 

真名を交わした相手が居ない云々はスルー。

凪とだけ交わしてるけど、言わぬが花。

 

黄巾党の乱が終われば次は反董卓連合のはず。

そして戦乱の世へと突入する。

これは見逃せない。

よって、諸侯の情報を集めながら洛陽を目指そう。

 

そんなことを韓忠に説明。

詳細は未定だと言うと、深い溜息を頂いた。

 

「…では、私も少し情報を集めておきます」

 

「おお!助かるぜっ」

 

「頼りない雇用主を補うのも従者の務めですから」

 

「アッハイ。…すまん…」

 

呆れながらも小さく笑みを見せてくれた韓忠。

デレきたー!

踵を返す彼女の後姿を見送りながら、下心ありきにしても迎え入れたのは我ながらファインプレーだったと思った。

 

下心マシマシ。

 

 

* * *

 

 

陳留を出立する前に、可能な限り凪と一緒に稽古。

それが凪の願いであり、夏侯淵からの依頼でもあり、俺としてもやるべきことだ。

 

気の扱いに加え、蹴技に一日の長がある凪。

極限流の足技から、既に龍斬翔と幻影脚を伝授した。

伝授って言うと弟子みたいだけど、…何となく拘ってライバル的なものだと言い張っている。

しかし最近、自分が持つ技を教えるのだから弟子でも間違ってない気もしてきた。

 

さておき、今回は特別な講義のために城外の修練場にやってきている。

行き方さえちゃんと知ってれば誰でも来れるが、敢えて場末の修練場に来るような物好きは余りいない。

 

しかし実は今日、韓忠が来てる。

俺が普段何をやってるか見たいと言うので、こっそり教えたんだ。

邪魔しないで隠れておくことを条件にな。

 

今後も一緒に旅をしたり、場合によっては戦場に出ることもあるだろう。

ならば良い機会だし、俺の技を見せておこうと思ったのだ。

 

さて、今は凪だ。

凪は覇王翔吼拳に強い憧れを抱いている。

気弾を扱う凪だからこそと言えるが、未だ彼女の前で見せたことがない。

 

それを今回、いよいよ披露しよう。

しかしただ見せるだけでは面白くない。

見取り稽古もいいが、やはり受けてみて初めて理解できると思うのだ。

 

「凪。俺に向かって、全力で闘気弾を放て!」

 

「リョウ殿?」

 

「凪の闘気弾に対し、俺は覇王翔吼拳を放とう」

 

「ッ!?」

 

俺の言葉に対し、凪は目を大きく見開くもすぐに真剣な眼差しとなる。

韓忠など周囲のことは一端忘れ、俺もただ眼前のことのみに集中する。

 

 

「はぁぁぁっっ、闘気弾ッッ」

 

凪の放つ気弾を視認するや、両腕に気を一気に集めて眼前で交差。

すぐに腕を引き、両掌に集積させた気を乗せて大きく広げて解き放つ!

 

「覇王翔吼拳!」

 

大きな気弾の塊である覇王翔吼拳は闘気弾を飲み込み、凪に迫る。

すぐに着弾し、大きな衝撃と音が轟き砂埃が舞い上がった。

 

凪は見事耐え切るも、あまりの衝撃に膝から崩れ落ちてしまう。

 

やっべー、やりすぎたか。

急いで駆け寄り、状態を確認。

むう、ちょっとダメージが大きそうだ。

 

「お、お見事です…」

 

「それより大丈夫か?少し大人しくしてろ、部屋まで運んでやる」

 

「え?きゃあっ」

 

ひょいっとお姫様抱っこして、翔乱脚の要領で小走りに駆け出す。

可愛らしい悲鳴を上げた凪だが、嫌がる素振りは見せなかったし大丈夫だろう。

誰にも見られて……あっ

 

 

後日、韓忠に冷たい目で詰られたのは想定の範囲内でした。

 

 

* * *

 

 

曹操様の元を辞し、洛陽に向かう俺と韓忠こと由莉。

あれから色々あって真名を交換した。

それなりに信頼感は構築されていると思いたい。

 

当初は各地を彷徨いながら洛陽を目指す予定だったのだが、由莉の提言でまっすぐ向かうことに。

諸侯の調査は事前に彼女がやってくれてた。

 

「路銀に余裕があるとはいえ、浪費は避けるべきです」

 

全く持ってごもっとも。

曹操様から餞別として頂いた割り増し給金は、そのほとんどを由莉が管理してくれている。

 

「従者ですから」

 

そう言って、身の回りの世話をしてくれる彼女。

さらに、道中は料理なども由莉がしてくれる。

財布の紐どころか、胃袋までガッチリ握られてるんだぜ。

 

雇用してると言いつつ、俺の方が依存してしまいそうで怖い。

だからではないが、旅に出てからは時間を見つけて由莉に稽古をつけている。

黄巾党で戦闘経験はあると言っても我流のようなもの。

ちゃんとした、せめて護身術程度は必要だろうと思ってな。

勿論俺が教えるとなれば極限流だ。

 

腰に差した鉈は基本使わず、極限流空手の基礎を普段使いにしている。

なお、サラシは巻くようお願いした。

男装は完全に止めたようだが、あまり大きいのがあるのもねえ。

 

これを指摘すると、最初の頃はセクハラ親父を唾棄する女子高生みたいな目をされたものだ。

それが最近は、何故かニヤリと笑みを送られるように。

 

どういう心変わりか分からんが…。

ハッ!

おおお俺に色仕掛けなぞ、通用せぬずよお!?

 

 

* * *

 

 

陳留を出て洛陽に向かう旅の途中のこと。

旅人を襲う、黄巾党の残党のような賊どもを発見。

これを撃滅した。

 

すると、どうやら近くに根城があることが判明。

近隣の村娘が攫われたりしていることも。

 

これに韓忠が激昂。

静かにキレるのって結構怖いよな。

 

早速、賊の根城に二人で乗り込み、あっさり制圧したんだが…。

その時に韓忠がちょっと手間取った。

俺の動きに付いて来れなかったんだな。

飛燕疾風の名は伊達じゃない。

仕方ないさ。

 

しかし韓忠は納得しない。

体捌きを教えて欲しいと言い出した。

んー。

まあ別にいいか。

 

この時ついでに色々話したんだが、真名も交換した。

ちゃんと信頼関係が構築されていたってことだな。

 

雇用と言う事で、請われて徐々に仕事を与えてきた。

するとその有用性が高過ぎて、依存の危険性すら醸し出される始末。

 

例えば旅の道筋、日程、情報の取得と精査など、一を頼めば十が返って来る。

さらに金銭や食料の管理、料理までこなしてくれる。

財布の紐はおろか、胃袋までがっちり掴まれてしまっていた。

 

俺からの信頼は勿論、向こうも期待に応えたいと思ったらしく…。

 

「私はご主人様に付いて行くと決めました」

 

何て言われてしまい、いやいやご主人様はないだろ。

 

「俺が韓忠「由莉です」…由莉を雇用したとのは事実だが、その呼称はちょっと…」

 

「ふむ。…では、おにいちゃんで」

 

(´゚ω゚):;*.:;ブフォッ

 

「な、なしてかァー!?」

 

「経過はどうあれ、助けて頂いたのは事実。兄とお慕いするのもおかしくないでしょう?」

 

経過は云々の下りで暗い目をする韓ちゅ…由莉。

セクハラ行為を未だ根に持っているようだが、当たり前か。

 

「いや、でもな」

 

「そんなことより、助けた村の方々がお待ちです。さ、行きますよ」

 

ちょ、まっ

 

 

由莉の女性らしい柔らかな微笑みは攫われた村娘たちに癒しを与えた。

娘たちだけでなく、男どもも彼女を見る目は輝いている。

 

ちょっと待ちたまえ諸君。

彼女の俺のモノだぞ。

 

…おっと、暗黒面に落ちそうになった。

 

助けた村々を慰撫し、盗品を撒いて回る。

一部は感謝の気持ちにと頂いたのだが、その中に衝撃の一品がっ。

 

「こ、これは…!?」

 

「うわっ…。なんですかこの…何とも形容し難い、珍妙不可思議で妖しい物体は」

 

由莉が凄く嫌そうな顔で呟くが気にしない。

 

これは面だな。

全体的に赤みがかった塗りで、天を衝かんとするほどに鼻が大きく反り返っている。

 

そう、まさしくこれは天狗面!

極限流にとっては御神体とも言うべきもの。

今はまだ扱い兼ねるが、いつかきっと必要になる日が来るだろう。

 

俺は何も言わず、そっと懐に仕舞った。

 

由莉が物凄い表情で俺を見ている。

何も言わなかったからスルーしたが、言い知れぬ緊張感はしばらく続いてしまった。

 

 

* * *

 

 

洛陽に到着。

中々の都ぶり。

 

まずは宿を定めて、旅の途上で由莉がまとめてくれた情報を再確認。

 

有力諸侯。

まずは此処、洛陽に軍を展開する董卓。

名家で名高い袁紹と、袁術及びその影響下にある孫策。

曹操様は置いておいて、他に陶謙や公孫賛に孔融、馬騰などなど。

 

あとは劉備ちゃん、一つ街を任されて頑張ってるんだね。

善政っぽいって評判だよ。

やったね!

 

由莉に頬を抓られた。

劉備ちゃんは黄巾党の乱で共闘した、お胸様が立派な云々と話したせいかな。

いやいや、セクハラじゃないよ。

意図せず話題を誘導されたんだ。

 

確認が終われば次は今後の行動指針…ん?

すぐに由莉が董卓軍の兵士募集の要項を差し出した。

 

「行けと?」

 

頷く由莉。

別に不満はない。

むしろ行動力溢れる義妹のバイタリティに驚かされるばかりだ。

一体いつの間に取りに行ったのか…。

 

ちなみに、義兄妹の杯は先日交わした。

 

天狗面を入手して以来、由莉がピリピリしていたのを何とかしたかった。

だから必死に宥め透かして、何か欲しいものはないかと言った時の回答がそれ。

 

「義理の兄妹であれば距離が近いのは当然。弟子でもあり、内助の功もある。一号の先は明るいですね」

 

何やらブツブツ言ってたが、機嫌を治してくれたので安堵スルー。

尚、お兄ちゃん呼びは原則禁止とした。

絶対禁止に出来なかったのは残念だけど、まあ妥結も大事だよ。

 

「それでは旦那様。会場へご案内します」

 

「頼む。…いや、旦那様もどうかと思う」

 

「贅沢ですね」

 

但し、呼び方は安定しない。

色々しっくりくるものを探っている状態で、彼女もそれを楽しんでいるっぽい。

普通に名前呼びで良いと思うんだけどなー。

 

 

* * *

 

 

董卓軍への仕官は無事に受理。

由莉とセットで、文武官として華雄隊に配属。

武に偏りがちな華雄隊の輔弼を期待された形となった。

 

実際には腕試しで華雄姉さんに指名された俺が頑張った成果であり、気に入られて取り込まれた。

それが全てかも知れない。

 

華雄姉さんは猪っぽいとこもあるが、普段は良い人だよ。

姉と慕えるくらいには。

 

由莉には呆れられたが、基本的に強い奴と戦うのが好きなんだ。

自分が好きに動いた結果なので、ちゃんと受け止める。

勿論、由莉や凪のこともな。

 

「当然です。しかし義理の兄が姉と慕う人、私は何と呼べば…」

 

気にするとこ、そこかーい!

普通に華雄隊長でいいと思うよ。

 

 

* * *

 

 

反董卓連合結成。

 

時同じくして、何故か呂羽隊が結成されていた。

極限流を広めた結果だな。

広めたのは由莉だが。

 

隊長は俺で、副長が由莉と牛輔。

 

牛輔ってのは董卓の親戚なんだが、中々武闘派な男の娘だ。

極限流をスルスルと吸収してみるみる成長し、今では気の扱いにすら手を出す有様。

見た目に似合わず熱い奴で、何かと身体的接触も多い。

 

その姿に焦ったのか何なのか、由莉も色々と張り切ってる。

由莉と牛輔は良きライバルと言ったところか。

 

ちなみに、由莉は俺が呂羽隊を率いる事になった時点で隊長呼びが定着。

正直ホッとした。

 

だからこそ、牛輔が兄貴とか言い出した時は思わず本気で龍閃拳しちゃったよ。

変に水を向けるんじゃない。

しかし龍閃拳を受けたことで錬気に目が行って、気の扱いに興味を持ち出すのだから何が切欠になるか分からんもんだな。

 

そんな訳で、牛輔は部下で弟子と言うだけだ。

見た目が女性っぽいからと言っても別に胸はないし、シンボルだって健全普遍。

だから由莉よ、そんなに気にしなくてもいいじゃないか。

 

「ダメです。さあ、消毒しますから服を脱いで下さい」

 

「いや、消毒て」

 

義兄妹だからいいよねってことで宿舎は由莉と一緒。

流石に部屋は分かれてるが、薄板一枚の向こう側には…一体誰の策略だろうか…。

 

 

* * *

 

 

反董卓連合が攻めてきた。

呂羽隊は華雄隊、張遼隊と共に接敵。

 

「よーし、修行の成果を見せてやる!」

 

そう言って櫓の上から覇王翔吼拳を決める俺。

左右には華雄姉さんと我が愛しの副長・由莉の姿が。

 

「ハッハァー!やるじゃないか、流石は呂羽だ!」

 

機嫌良く、豪快に笑うのが華雄姉さん。

 

「おや、旗が…。諸侯の牙門旗を撃ち抜くとは、流石隊長。やることが破格です」

 

褒めてるのか貶してるのか。

冷静に状況を説明するのが義妹で副官の由莉ちゃんである。

 

「名門だろうと敵対者には容赦しない。くぅ~っ流石だぜ兄貴!」

 

そして後ろから牛輔の陽気な声が聞こえてきた。

だから兄貴は止めろと。

 

「じゃあ師匠!」

 

…まあいいか。

 

いや、そうじゃない。

 

「おい牛輔、お前には隊を任せていたはずだが?」

 

「……あっ!」

 

「良い機会です。牛輔、その空の頭に気弾を詰め込んで差し上げましょう」

 

「いやそれ死ぬ…、ふぉあーっ」

 

由莉と牛輔の掛け合いを横目に、華雄姉さんが元気ハツラツ。

すぐさま突撃を命じていた。

 

そう言えば出撃前の軍議で董卓ちゃんに会った。

牛輔にそっくりで驚いたよ。

いや牛輔が似てるのか?

性格は真っ逆さまに似てないけども。

 

しかし由莉による牛輔との接触制限に磨きがかかったのは、きっとそういう事だろう。

確かに董卓ちゃんとイチャイチャしてるようにも見えてしまうかも知れない。

軍の規律的にも良くないからな。

うん、そういう事にしておこう。

 

 

* * *

 

 

董卓軍、瓦解。

 

泗水関に虎牢関

二つの関を基軸に大いに武を振るった董卓軍。

しかし物量の差は如何ともしがたく、いよいよ追い詰められてきた。

 

「さて隊長。先ほどの、確か楽進殿と言いましたか。あの方とは一体どのようなご関係で?いえ、陳留に居た時からよくご一緒されていたのは存じております。しかもあの技…かなりの割合で隊長の技と整合するよう見受けられますが、お身内ではないですよね?しかも曹操軍の中で唯一真名呼び。一体全体どういうご関係なのか。申し訳ありません。この無知な副官めにご教示頂けませんでしょうか」

 

俺も由莉に追い詰められていた。

彼女の落ち着いているようで落ち着いてない口調と、押し付けられる豊満な物量によって崩壊の危機が!

 

あれだ。

呂羽隊を率いて遊撃した中で、曹操軍とも戦ったのよ。

その中に凪が居たって訳。

 

武将級に隊員たちでは荷が重い。

散開させて、周囲の警戒に当たらせたのだが…。

 

凪と俺が仲良さげに打ち合う姿を、見咎められたようでなあ。

ヤキモチか?

だったら可愛いもんだが。

 

凪と、途中で乱入してきた李典たちはまとめて天地覇煌拳で退けた。

いやはや、華雄姉さんは負傷するわ、張遼は捕縛されるわ、呂布ちんは離脱しちゃうし、金ぴかは目に悪いし大変だったぜ。

目に痛い金ぴかは、諸侯の中でも念入りに打ち砕いておいた。

 

結果的に凪とは二度も渡り合った。

二度目は夏侯淵や典韋も一緒だったし、切り抜けた後には孫策を相手に乱舞したりも。

色々あったが、個人的には楽しかったと言える。

 

それから由莉と牛輔、華雄姉さんと合流。

移動中、ネチネチと言葉を重ねる由莉を適当にあしらいながら全軍総指揮の賈駆っちの下へ。

 

董卓軍はもうダメぽ。

軍を解体し、逃亡生活が幕を開ける。

 

董卓ちゃんは賈駆っちと共に、牛輔が護衛につく。

そして名声と風評を欲する義理堅い諸侯の下へ!

 

華雄姉さんは怪我もあり、俺たちが庇いながら落ち延びることとなった。

 

「牛輔は馬鹿ですが力量は大丈夫でしょう。我らは公孫賛の幽州へ向かうことを提案します」

 

何故か?

諸侯の中では比較的規模が小さいからだ。

小さいと言えば劉備ちゃんもだけど、あそこは周囲がヤバいし人材も豊富だからな。

 

いや、別に侮る訳じゃない。

ただ売り込み先として良いよねって話で。

 

「長旅になります。ふふ、しっかりお話し…しましょうね?」

 

…尻に敷かれるのも悪くない。

そう思う今日この頃でした。

 

 

* * *

 

 

幽州に着いて、早速公孫賛に仕官。

客将をと思ったが、何故か文武官として正式採用を強行された。

あれ、公孫賛ってこんな強引な奴だったっけ…。

 

「飛ぶ鳥を落とす勢いの呂羽がこの手に…。この機を、逃がしてなるものかッ」

 

何時かの誰かを思い出す、暗い瞳で呟く公孫賛の姿がとても印象的だった。

 

どうも、以前は客将をしていた趙雲や劉備ちゃんらの活躍が気になっているらしい。

風評も気になる。

いずれ離れる客将よりも、正式に仕官してくれることを願っているのだと。

 

そう教えてくれたのは客将の徐庶。

人を探して旅していたが、その足跡の一端がある公孫賛に仕えてるんだって。

自分は軍師見習いだと言ってた。

 

そんな徐庶曰く。

俺の事は黄巾党の乱で名が知られ、反董卓連合で評価が極まったとか。

 

マジか?

由莉に目を向けると、微笑。

マジらしい。

 

「流石は呂羽だ。よし、ならば今日から貴様が隊長だ!」

 

「は?ちょっと姉さん、それは…」

 

「では公孫賛殿。呂羽隊まるごとお抱え下さいますか?」

 

「ああ、勿論だ。宜しく頼むぞ!」

 

そして華雄隊は呂羽隊に併合され、姉さんは先手大将を自称。

あ、これ面倒なの押し付けられただけだ。

 

言いたいことは色々あったけど、ホクホク顔の女性衆を見て諦めた。

 

公孫賛、普通とか言われてるけど良い奴だよな。

いくら兵力増強になるからって、隊ひとつ丸ごと抱えるって結構なもんだぞ。

かくなる上は、評価に見合う働きをするしかない。

 

 

* * *

 

 

と言う訳で、幽州の一員として頑張ってる。

得意とするところの、武力による領内平穏への道作り。

つまり賊の掃滅と風評向上、名声を得る作業も徐庶や公孫賛と一緒に進めていく。

 

そう言えば、事前に各地への細作派遣を具申。

主に袁紹対策だが、それ以外も由莉と言う情報統制官が分析を進めてくれる。

ありがたやありがたや。

 

「もっと労わって下さっても良いのですよ?」

 

たわわな実りを押し付けるんじゃない。

 

しかし最近、稽古を続けているのだがどうも気の巡りが悪い気がする。

変に滞ると不調に繋がる危険性もある。

どうにか発散させないと…。

 




本編完結ほぼ一周年記念作品。
久しぶりに全編を読み返してみて、ヒロイン変えたらどうなるかな?
なんて思って軽い気持ちで書いてみました。
かなり端折ってますが、やはり一話では収まりませんでした。
あと一話か二話で終わります。

IFルートであり、本編の後日談ではありません。
没になった韓忠義妹ルートも兼ねてます。

・桂馬打ち
主にKOFのタクマが使用。
手刀というより打ち下ろし、打ち込みのようなもの。
ダウン相手の追い打ちに使ってました。


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Z4 刺燕

オマケ IFルートその2 妄想マシマシばーじょん


袁紹が攻めてくる。

まあ予想通りだな。

 

何か徐庶が驚いたような目でこちらを見ていた。

それよりも、公孫賛の落ち込みようが酷い。

 

確か公孫賛と袁紹は真名を交わした仲だったか。

それなりに信用してるのに、これと言った理由もなく攻められるのは辛いわな。

 

「……も……って……」

 

ん?

公孫賛が俯いてぶつぶつ言ってる。

 

「何だって?」

 

「……(ギリッ)」

 

ひぃ!?

唐突に奥歯を噛み締めて凄い形相に…。

そして、爆発した。

 

「どいつもこいつも、馬鹿にしやがって!」

 

公孫賛の中で、何かが切れたらしい。

それなりに長く見てるであろう徐庶も目を丸くするレベル。

華雄姉さんは面白そうにしてるし、由莉は…微笑み?

 

「どうせ私が与し易いからって真っ先に狙われたんだろ?いいさ、返り討ちにしてやるよっ!」

 

あれ?

公孫賛って、もっとこう…。

言っちゃなんだけど、こういう場面ではがっくり凹むタイプじゃなかったっけ。

さっき落ち込んでたのが尾を引く感じに。

 

「ええ、言った通りでしょう?しかしご安心ください。今は隊長がおられます」

 

激昂する公孫賛の側に寄り添って、何事かを囁きかける由莉。

その姿はまさに甘言の悪魔。

徐庶がちょっと引いてる。

 

「ああ、ああ。そうだな、そうだよ。正に天祐。呂羽は天が遣わした助けに違いない!」

 

「は?」

 

「え?」

 

「ふふふふ」

 

おいおい、天の御使いは北郷君だぞ?

 

「あんな優男を遣わす天など間違ってます」

 

「おい由莉、随分と辛辣だな」

 

「ですから公孫賛様。これを機に全てを公にして、大陸へ打って出ましょう」

 

「そうだな、韓忠の言う通りだ!いつまでもコケにされたまま黙ってられるかっ」

 

完全に公孫賛のターン。

韓忠が静かに煽りまくり、徐庶はドン引きだ。

 

「別に問題あるまい。変に後ろ向きよりもずっといい」

 

「姉さん。…それはまあ、そうだけど」

 

確かにマイナス思考に陥るよりはマシだ。

ただこれが常態化するのか、突発的な高揚感に突き動かされてるだけなのかにもよる。

仮に常態化するようなら、肉体言語も交えた諫言も視野に入れなきゃな。

 

徐庶に目配せし、頷き合う。

見習いと自称するも軍師としての力量は高い。

戦になるなら出番も多かろう。

 

「じゃあ、軍議かな」

 

「ああ、頼りにしてるぞ。華雄、呂羽!」

 

何だか変な事になってしまった気がする。

あとで由莉に詳しく聞かないと。

 

 

* * *

 

 

由莉が公孫賛を煽った理由はイマイチ判然としないが、別に不満も出なかった。

 

何はともあれ対袁紹戦。

華雄姉さんを含む呂羽隊は、全員奴に含むところがある。

なればこそ俄然やる気に満ち溢れており、論点はすぐにズレてしまう。

 

いや、俺は理由を知りたいんだけどな。

今は空気を読んでスルーする方が無難か。

 

「では呂羽。組手をするぞ!」

 

姉さんの怪我も大方完治し、賊徒掃滅によってリハビリも十分だろう。

兵の調練も順調で、それなりに本気で手合わせすることも可能となった。

こっちはもう大丈夫。

 

そこで、由莉の強化計画を発案。

反董卓連合から一連の動きを見る限り、決して悪くはない。

悪くないなら、もっと上を目指してもいいと思うんだ。

 

時間があれば公孫賛にも参加して欲しいが、今は太守としての仕事が忙しいからな。

代わりに公孫賛軍にも極限流を広めてる。

天の御使い説が蔓延って大人気なのは、内心忸怩たるものがあるが今は忘れよう…。

 

「気弾放出はまだ少し、難しいです」

 

とても悔しそうな由莉。

腕力より脚力が強いのは凪と一緒だが、気功の扱いは全然だ。

牛輔と比べても若干劣っている。

本人も分かっており、かなり頑張ってはいるんだがな。

 

「まずは長所を伸ばそう。柔軟性と脚力を生かして…」

 

俺が扱う技は上半身がメインであって、下半身は補助的な扱いが多い。

しかし極限流は心身全てを扱う無双の流派。

基礎的なところだが、方向性は無限大なのだ。

 

「まず見せる。足先に注意を払い、転ばないよう気を付けろよ」

 

身を伏し、突き刺すように足払いを繰り出す。

 

「クッ…」

 

「よし、耐えたな。これは刺燕。足払いに見えるが、相手を転ばせないことに意義がある」

 

戦闘中には、大振りよりもこのような小技を繰り出す方が良い場面がある。

足払いのようなフォームだが、転ばせずにもたつかせることに主眼を置いたものだからな。

 

正拳突きから刺燕に、そして空牙に繋げると言ったアーツも有効かな。

俺の説明に細かく頷きながら聞き入る由莉。

恐らく、如何に相手にとって嫌らしい動きになるか考えてるんだろう。

そういうの得意だからな、コイツ。

 

「分かりました。では早速試してみます」

 

「お、おう」

 

行きます、と伏して刺燕を仕掛ける由莉。

うむ、入りは中々。

脚部に、敢えて気ではなく力を入れて転ばないよう踏ん張る。

さあどんな連携を見せてくれるのか?

 

「はあっ!」

 

両足先で挟むように捻り…うおあっ

気で固めてないせいで踏ん張りがきかず、バランスを崩して倒れてしまった。

 

「派生技とは、なかなかやる…なあ!?」

 

受け身を取って起き上がろうと顔を向けると、そこには暗い笑みを浮かべた由莉の顔。

 

「ふふ、トドメです。桂馬打ち!」

 

(´Д`).∴カハッ

 

見事な追い打ち。

原初の技を正しい用法でやり返すとは……やるじゃない(ニコッ)……ガクリ。

 

 

* * *

 

 

袁紹が攻めてきた。

しかし備えは万全。

あちらさんの本気度にもよるが、あっさり負けることはないはず。

 

「…なあ呂羽。大丈夫か?大丈夫だよな?」

 

スーパー公孫賛タイムは長く持たなかったらしい。

太守のお仕事は多岐に渡る。

インターバルが入って鎮火してしまったようだ。

変に常態化しなくて良かったと思っておこう。

 

由莉が煽る頻度が減ったせいもあるかな。

俺に一撃入れたのが凄く嬉しかったようで、ここ最近は何時になくべったりだった。

いや、修行という意味でだぞ。

 

気功の対処も順調だ。

凄いな、才能ないと思ったのに。

龍撃閃とか足で放てるようになるかも……夢が広がりんぐ。

 

「大丈夫だから。お前を信じる俺を信じろ!」

 

「えっ……あ、ああ……分かった」

 

おや、公孫賛が赤くなって俯いてしまったぞ。

どこかで聞いた台詞を放ったせいかな。

この場に由莉が居なくて良かった。

 

「ほう。随分と色男だな、呂羽」

 

華雄姉さん!

姉さんはそんなこと言わないと思ってたのにっ

思わぬ伏兵だったぜ…。

 

 

そして国境で止まらなかった袁紹軍を先制攻撃。

覇王至高拳で薙ぎ払え!

 

敵勢の先鋒は余波で吹き飛ばされ、至高拳はそのまま袁紹の牙門旗に吸い込まれていった。

無駄に華美な旗を、撃ち抜くどころか丸ごと粉砕してやったぜ。

いやぁ、実に清々しい。

 

さあ、突撃だ!

 

 

* * *

 

 

雲霞のごとき大軍とは正にこの事。

如何に武張って掻き回しても押し返すには至らない。

いや、ダメージの多さに慄いた袁紹軍が軍を下げたりはしたけどね。

撤退する気配はない。

 

賊徒と違い、掃滅するのも現実的じゃないからなあ。

しかも田って旗がこちらを包囲するような動きを見せてる。

危ないな。

 

こっちも頑張ってんだぜ。

最初に押し入った時、連合の時にも見た黄金に輝く鎧を纏った武将の一人。

確か文醜とか言ったっけ。

眩しくてイラッとしたんで、飛燕疾風脚から浮かせて左正拳、キャンセル覇王至高拳のコンボを決めてやった。

 

もちろん目に厳しい鎧を粉砕するつもりで放ったよ。

そしたら勢い余って、衣類も吹き飛んでしまったのは不幸な事故だったね。

水色は髪の色に合わせたのかな?

 

近くにいた別の将や兵士も巻き込んでしまったが、まあ然したる問題はない。

 

イイ感じに痛めつけたつもりだったが、名門の意地と言う奴だろうか。

次から次へと新しい旗が掲げられる。

さては準備してきたな?

 

こっちも旗折りばかりはやってられんし、一旦後退して集まったんだが…。

 

対陣してからそこそこ経って、正直なところ公孫賛軍は疲弊している。

やはり戦いは数だよ姉さん!

 

「雑魚が幾らいようと、全て薙ぎ払うのみだ」

 

猪武者、ここに再臨。

軍の統括者という立場を降りて以降、姉さんの猪ぶりに拍車が掛かってる気が…。

煽りを受けた隊員にも突撃兵が量産されつつある。

 

脳筋も嫌いではないが、量産されても困る。

 

「さて、どうするか」

 

「やはり物資が心許ないですね。いざという覚悟も、或いは…」

 

「…麗羽に降参するのは、承服し兼ねる」

 

「投降などありえん!」

 

ここで自称軍師見習いの客将である徐庶が発言。

一点集中、全軍で持って中央突破。

敵陣を貫いて新天地を目指すと言うのはどうか、と…。

 

「幽州を、捨てると言うのか…」

 

「公孫賛様には厳しい言葉でしょうが、遠からず物量に押し潰されます」

 

「しかし新天地と言ってもな、北以外だと南か」

 

「おお、突撃して突破する。うむ、良いな!」

 

徐庶の趣味であるらしい、振舞われた焼き菓子をムシャムシャしながら作戦会議。

おお、美味いなこれ。

 

「よしんば袁紹軍を貫いたとして、どこへ向かう?」

 

「有力な諸侯の下へ身を寄せるか、あるいは弱小勢力へ売り込むか」

 

「ふむ。袁術は遠い。ならば曹操か馬騰あたりか」

 

曹操と聞いて嫌そうな顔をする由莉。

俺も凪のことが頭を過り、混ぜるな危険という表示が思い浮かんだ。

まず曹操様のとこはないな。

 

「西涼は厳しい土地。多勢の受け入れは難しいだろう」

 

「では劉備…殿、でしょうか」

 

劉備と口に出してから微妙そうな顔をする由莉。

黄巾党の時とお胸様の話、どっちだろうか…。

 

「劉備ちゃんなら、董卓ちゃんたちも居るかもね」

 

「呂羽、それは本当か!?」

 

「…ちゃん付け?(ギリッ)」

 

落ち着け!

 

最後に徐庶が水を向け、総大将の公孫賛が決断。

 

「我らは一丸となり、袁紹が本陣を貫く槍となる。皆の者、全速先進!」

 

ワァァー!!

敵本陣に向かう、前進する撤退。

後世で、島津の退き口ならぬ公孫の退き口とか言われるのかな?

胸熱。

 

 

* * *

 

 

金髪くるくるボインボインをふっとばし、無事に突破。

公孫賛率いる白馬義従は凄い勢いで袁紹軍を蹴散らしてたのが圧巻だった。

そのまま南下して、劉備ちゃんの治める地域へ。

 

立ちはだかる者は、全て俺が倒してやろう。

そこら中で派手にやったる!

 

「売名行為ですか?」

 

ちゃうねん。

売られた喧嘩は買うだけだ。

ねえ、姉さん。

 

「うむ。敵は粉砕するのみ」

 

「お前ら楽しそうだな」

 

悲観しても仕方ない。

これでも袁紹にはかなりのダメージを与えてやった。

今のところ追撃もないし、後は劉備ちゃんの保護を受けるだけだ。

 

「ほら白蓮も、もっと明るく行こうぜ!」

 

「はあ…。そうだな、リョウに言われちゃ仕方ない」

 

公孫賛こと白蓮。

袁紹の本陣を貫いた後、苦楽を共に云々で真名を交換した。

由莉もな。

華雄姉さんと徐庶は諸般の事情でそのまま。

 

そういや徐庶は劉備ちゃん陣営に転籍する予定らしい。

一緒にいると毒されそうだから、だって。

つまり白蓮は手遅れってことだな。

やったね!

 

 

* * *

 

 

徐州の劉備ちゃんが受け入れてくれた。

謁見の時、関羽や趙雲らと色々あったけど概ね問題なく。

 

袁紹軍との戦いについては既に知ってるようで、退き口のことも知ってた。

そして俺が天から遣わされた云々も…うん、本物は曹操様のとこの北郷君だよ。

俺はせいぜい天の密使…いや、何でもない。

 

しかし中々優秀な情報網じゃないか。

ああ、徐庶ちゃんが知らせたの。

徐庶ちゃん言うな?

じゃあ元直ちゃん。

 

おっと、中々良い剣筋だ。

軍師もいいが、身体を鍛えてみてはどうだ?

きっと良い武人になれるぞ。

 

…逃げられたか。

 

ん?

いやいや由莉、別に口説いたりなんて。

何だ白蓮まで。

俺はただ良いカラダをしてるなと思っただけで……はっ!?

 

 

…さて。

 

 

劉備ちゃんの陣営は人材が豊富だ。

 

主なところで武将は関羽、張飛に趙雲。

軍師として諸葛孔明と鳳統。

さらに呂布ちんと陳宮まで合流済みか。

 

隅には董卓ちゃんと賈駆っちが牛輔と共に佇んでいた。

 

「董卓様ぁぁぁーーーっっ!!」

 

徐州に入ってからソワソワぷるぷるしてた姉さん、遂に決壊。

儚げな微笑を浮かべ、姉さんの頭を撫でる董卓ちゃんマジ天使。

 

「師匠ぉー、会いたかったぜ!」

 

似たような姿形で正反対の動きをする牛輔マジ熱血。

即座に由莉が滑り込み、飛燕足刀で吹っ飛ばしていた。

相変わらず牛輔には一切容赦がないな。

 

「ボクと月は名前を捨てたの。今後は気を付けてよね」

 

おお賈駆っち、もとい詠。

分かったよ。

デレ分が僅少なのは相変わらずだな。

元気そうで何より。

 

さりげなく元直ちゃんが孔明ちゃんと鳳統ちゃんに挨拶して、劉備ちゃんに仕官してた。

劉備陣営って軍師が豊富だよね。

陳宮も一応軍師枠か。

 

とりあえず俺と公孫賛は客将になった。

何か久しぶりだな、客将。

そして牛輔が呂羽隊に復帰。

代わりに華雄姉さんが董卓ちゃん、じゃなくて月ちゃん付きとして仕官した。

月ちゃんは奥付きだから、正式には武官としての仕官だな。

 

呂羽隊のうち、元華雄隊の奴らも席替え。

公孫賛隊も含めてスリム化を図る。

結果、呂羽隊は俺が率いる極限小隊と白蓮率いる白馬義従となり、その他は劉備軍へと組み込まれた。

細かいことは元直ちゃんが上手くやってくれるだろう。

 

 

* * *

 

 

劉備軍の一員として主に跳梁跋扈する賊どもの討伐に従事すること暫し。

南から、袁術が軍備を整えつつあるとの風聞が。

 

「攻めてくるのか?」

 

「恐らく…しかし、場合によっては切り抜ける方策も…」

 

首脳部と軍師たちがあーでもないこーでもないと頭を捻らせる中、俺は…。

 

「どうした牛輔!さてはサボってたな?鍛え直してくれるっ」

 

「くぅ、姫たちを守りながらの修行は厳しかったんだよ!でも鍛練は望むところだっ」

 

牛輔め、相変わらず熱い奴。

そして変わらない男の娘っぷり。

動きやすい格好と言ってスカートっぽいの穿いて来る奴があるか。

 

「なあ由莉。アイツ、男か?女なのか?…リョウは、どっちなんだ?」

 

「白蓮殿。あのバカは男ですが、見ての通り非常に危険なので排除対象です」

 

そんな牛輔の様子を見た由莉と白蓮が、仲良く不穏な会話を交わしていた。

二人の関係は極めて良好。

由莉の奴はあんなだが、白蓮は持ち前の人の良さが功を奏して上手く付き合えているようだ。

 

「ところで師匠。極限流って組技とかないの?」

 

「組技…投げ技ならあるが、基本は打ち込みや捌きに放出だからな」

 

「そっか、ざんねーん」

 

時折見せる仕草まで女っぽい。

ボーイッシュな少女と言われた方が納得出来るレベル。

男の娘とは罪深い文化よな。

 

……下着は、どうしてるんだろうか……。

 

 

* * *

 

 

袁術が攻めてくると言うので、遠征軍が編成された。

基本的にほぼ全軍で迎え撃つ布陣。

 

北への備えは俺たち呂羽隊が受け持った。

余りの信頼感に驚いたが、対袁紹なら俺や白蓮の方が適任だと。

太鼓判を押したのは軍師たちと元董卓軍の皆さん。

 

そこまで評価を頂いたのなら、全力で応えざるを得ない。

 

遠征軍が出立し、やがて辛勝したとの報告が届いた頃。

北から袁紹が軍備を整え南下の兆しというお知らせ。

即座に留守居を残して出陣したのだが、この部隊は呂羽隊全てで構成される。

つまり客将だけの警備隊なんだがいいのだろうか。

…疑問を呈しても由莉は微笑むばかり。

 

まあ、確かに今更だよな。

気にしないでおこう。

しかし書類仕事は白蓮が居てくれて助かるな。

流石元太守なだけはある。

 

「ふっ、どうだ見直したか」

 

ドヤッとする白蓮が可愛かった。

 

対袁紹戦。

連合も入れれば三回目か。

全て防衛戦なんだが、随分と祟ってくれるなぁ。

とりあえず、袁紹軍の旗は念入りにクラッシュしておこう。

極限流の名にかけて!

 

 

* * *

 

 

相変わらず物量が凄い。

混乱から復帰出来たのか、無理してないのか敵ながら気になるところ。

 

この後、無事なら曹操様ともぶつかるんだろ?

名門は伊達じゃないってことかね。

 

劉備ちゃんたちも袁術相手に梃子摺ってるようだ。

向こうも似非金ぴかとして、物量勝負に出たりしてるんだろうか。

 

「劉備様からは援軍を送る余裕はないとのこと」

 

「そうだろうな。如何に桃香の仁徳があったとて、限界はある」

 

「一撃必殺!袁紹を討ち取ろうぜ!」

 

個人的に闘い続けるのは可能だが、軍としては物資の問題が付いて回る。

無くなる前に、どうにかしないとなあ。

 

「元より数で劣る我ら、一気呵成は必要な要素ではありますが…」

 

「兵も物資も無駄には出来ないからな」

 

「対袁紹ならまた貫いてやればいいさ!」

 

スルーされても気にしない牛輔が凄い。

どうも、公孫の退き口(定着した)に強い憧れを抱いたようで…再現したいんだろう。

 

…ふむ、再現か。

それもありだな。

 

「よし、機を見て突っ込もう」

 

「お!流石師匠、話が分かるぜっ」

 

「…正気か?」

 

「まさか、この馬鹿に迎合した訳では…ありませんよね?」

 

「いやいや、ちゃんと考えてのことだ」

 

だからそんな怖い顔しないで欲しい。

どんな顔かと言うと、表情が抜け落ちた能面のような顔。

マジ勘弁。

可愛い顔が台無しだぜ、ホント。

 

突っ込むと言っても、前回みたいに突っ切る訳じゃない。

むしろ突っ切ると見せかけて、斜めに向かってすりおろす感じだな。

分かり難い?

細かい事は気にするな!

 

 

* * *

 

 

袁紹軍を波状攻撃ですりおろして戦線離脱。

劉備ちゃんたちも痛み分けで一時的に本拠地に戻り、今後のことを作戦会議。

 

結果、益州へ逃げることに決まった。

 

遂に蜀の地へ向かうようだ。

周囲を強豪に囲まれて伸び悩むよりも、新たに開拓する方が良いという結論だな。

問題はどこを通るか。

 

北は袁紹、南は袁術。

東は海で西に曹操様。

 

北と南は既に戦端を開いており、穏便に通ることは不可能。

向かう先は益州だから南西に向かう形となる。

だったら一点突破で袁術を打ち破ろう!

元直ちゃんが主張したが、孔明ちゃんたちが難色を示し…。

 

「染まってるな」

 

白蓮の呟きにガーン!と衝撃を受けたらしい元直ちゃんは沈黙。

南進突貫策は却下となった。

 

「じゃあ、曹操さんに頼んで通らせて貰おう!」

 

明るく楽天的に発案するのはおpp…劉備ちゃん。

議論を尽くした結果、最終的にそれしかないと決議。

全員で西へ向かうことになった。

 

 

「隊長、嫌な予感がするのですが」

 

「奇遇だな由莉、俺もだ」

 

曹操様の領土を通る。

一応こっそり通り抜けることを目指すようだが、まあ無理だろ。

間違いなく補足されて、…あー。

 

「どうした?」

 

「いや、何でも」

 

時期とか詳しく分からないけど、逃げる劉備と追う曹操。

そんな構図があった気がする。

つまり、フラグが立った。

 

「ところで隊長」

 

「何だ?」

 

「嫌な予感がして不安なので、抱きしめて下さい」

 

「お、いいな。リョウ、私も頼む」

 

「由莉はともかく、白蓮まで一体どうしたんだ…」

 

ギュッと義妹を抱きしめながら問う。

柔らかくて素晴らしい抱き心地。

 

「お前には助けられてばかりだ。ずっと不甲斐無い、情けないと思っていたんだが…」

 

いたんだが?

 

「由莉に倣って、もう気にしないことにした」

 

さあ、と手を広げて抱っこを求める白蓮。

気にしないと言いつつ、顔は真っ赤っか。

流石に恥ずかしさは拭いきれないらしい。

 

「聞く限り、曹操のとこには大敵がいるようだし…」

 

ぼそっと呟かれた言葉はよく聞こえなかった、ことにした。

おお、白蓮の抱き心地も中々。

次は鎧を着てない時がいいな、ははっ。

 

 

妄想マシマシ。

 

 

さて、フラグは回収されるものだ。

目の前には曹操様。

隣に劉備ちゃん。

 

「この男を差し出せば領内を通ることを認めましょう」

 

「分かりました」

 

ええっ!?

 

 

* * *

 

 

曹操様へ客将として仕官。

白馬義従を含む呂羽隊全員で。

 

劉備ちゃんがあっさり頷いたのは、事前に由莉から話が行ってたから。

どうにも報連相が軽視されてる。

と思ったら、俺が以前話した方針から既定路線だと思ってたらしい。

つまり、互いに報連相が不足してたと言う訳だな。

反省。

 

曹操様の下で客将になったのは対袁紹戦に協力するため。

だから袁紹との勝負が決した時点で辞去する約束だ。

 

同じ主君に二度も客将する奴なんて前代未聞。

そう夏侯淵が楽しげに話していた。

 

「さて呂羽。愛しの凪と再会する覚悟は出来てるかしら」

 

愛しのを強調しないで欲しい。

あと、再会に覚悟がいるのだろうか。

 

「だって、ねえ秋蘭?」

 

「ふふ、そうですね」

 

クスクス笑う主従に疑念が募る。

嫌な予感がする。

いや、背後で冷徹な表情を崩さない義妹のことは置いておくとしてもだ。

 

「あれほど凪に入れ込んでたのに、何時の間にやら二人も…ね」

 

んなっ!

ご、誤解だァー!?

 

「誰に対する何が誤解なのか、しっかり考えないと血の雨が降るだろうな」

 

夏侯淵の発言が怖すぎる。

…分かった。

覚悟して会うこととしよう。

 

 




出来るだけ端折ったつもりが、やはり全く終わりませんでした。
あと一話を目指しますが、無理かも。

IFルートであり、本編の後日談ではありません。
没になった公孫賛覚醒ルートも含んでおります。
ちなみに華雄姉さんはさばさばしてまして、どのルートでも似たようなものになるかと。

・刺燕
KOFのユリが使う特殊技。
本文中で描写したように、下段で足払いだけど転ばない不思議性能。
連携キャンセル用でしょうか。

・徐庶
オリキャラのようで原作登場キャラ。
蜀ルートで名前だけ(孔明らに元直ちゃんと呼ばれる描写)

・牛輔
主人公以外では唯一ガチのオリキャラ。
本編では薄らしたキャラだったので、IFルートでガチさを出そうとした結果…


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Z5 昇燕

オマケ IFルートその3 剥奪マシマシばーじょん


「そういえば呂羽。貴方、幽州で天の使いとか名乗ったそうじゃない?」

 

名乗ってねえ!

あれは白蓮が暗黒面に落ちて前後不覚になっただけだ。

 

「おかしいわね。報告では、公孫賛の下に現れた天祐と称して人材物資を集めたと聞いてるわよ?」

 

情報駄々洩れ。

しかし事実は方便と異なる場合があります。

ご了承願いたい。

 

「ふふ。まあ、そういうことにしておいてあげるわ」

 

ちゃんと劉備ちゃんとこでも訂正したんだから、勘弁して下さい…。

 

 

さて。

凪との再会。

それは舞い散る血の雨に彩られ…。

 

いや、これはあれだよ。

比喩表現。

うん、そうそう。

 

別に無影疾風重段脚で散らしたりとかしてないから。

力試しと称して主な曹操軍の武将たち全てと試合があっただけだ。

 

張遼や李典など、久々に会った面子も元気そうで何より。

北郷君もね。

 

「いや呂羽さん、凪としっかり向き合って下さいよ」

 

強い目で言う北郷君。

失敬な。

ちゃんと挨拶したじゃないか。

 

「そうじゃないです。わかるでしょう?」

 

「ふむ…」

 

相変わらず北郷君は良い奴だ。

部下のことを気にかけ、俺の事も考えてくれている。

 

「リョウ殿」

 

噂をすれば影。

まあ近くにいたんだけど、北郷君の後ろから凪が出てきた。

その北郷君は空気を読んでか離れていく。

 

「その節はお世話になりまして…」

 

「え?ああ、うん」

 

連合の時に対戦したことかな。

あれは中々楽しかった。

噛み合うという意味で、自分とレベルの近い奴は意外と少ないからなあ。

 

 

「時に、そちらのお連れ様方とはどのようなご関係で?」

 

はいきた核心!

以前、何かの折に混ぜるな危険と浮かんできた所であるが。

だがしかし!あらかじめ覚悟を決めておいた俺に隙はない。

 

「ほぼ初めまして。韓忠と申します。義兄上とは長らく旅を共にしております」

 

義兄上って初めての呼称だな。

お兄ちゃんよりはかなり良い……いや、別にお兄ちゃんも悪くは…何でもない。

 

「公孫賛だ。知ってると思うが、今はリョウの同僚?盟友みたいなもんだな」

 

盟友…なるほど、良い言葉だ。

確かに同僚よりはそっちだろうな。

 

それよりも、覚悟を決めた俺を差し置いて二人が前に出るのは何故なのか。

自己紹介と言えばそうなんだけど。

 

「私は楽進。…リョウ殿とは、最も長い付き合いがあると思っている」

 

正しくは一番古い付き合いだな。

長さで言えば、陳留を出てからほぼ常時一緒の由莉が圧倒的。

深さもな。

 

「二人には隊の副官を任せてる。特に白蓮は、太守経験もあるから重宝してるぜ」

 

「や、やめろよ。こっぱずかしいな!」

 

照れる白蓮プライスレス。

由莉と凪の視線が冷たい。

二人とも鋭いな。

 

「む、待て…。韓忠とやら、リョウ殿を義兄と言ったか?」

 

「はい。義兄妹の契りを交わしております」

 

ここで凪の目に光が戻った。

ハイライトの消えた目と言うのは恐ろしい。

原理も分からない……光学迷彩的な?

 

「そうか、義兄妹か。なるほど…それならば…」

 

凪がぶつぶつ呟いているが、表情は格段に明るい。

一方の由莉は無表情で白蓮は苦笑。

 

波風立てず、余計な事を言わないのは評価ポイント。

しかし普段の由莉から考えると、かえって不気味でもある。

 

「…失礼しました。では改めてリョウ殿。再び、共に研鑚を積んで行きましょう!」

 

「お、おう。そうだな、頑張ろうぜ」

 

輝く笑顔プライスレス。

 

凪の認識は、恐らく間違ってないけど正しくもない。

しかし今、それを指摘することは不可能。

よって後回し。

 

都合の悪い事を後回しにするのはフラグ。

知ってる。

でも、今が大切だから……後日の俺、任せた!

 

 

* * *

 

 

夏侯淵から凪へ覇王翔吼拳の伝授を頼まれた。

なんで夏侯淵は知ってるんだ?

ああ、連合の時に放った奴を見たのか。

 

「諸侯の牙門旗を撃ち抜いたのを見た時は度肝を抜かれたぞ」

 

狙った訳じゃないが、曹操様の部隊には影響がなかったのは幸いだった。

もし撃ち抜いていたらどんな悲惨なことになっていたやら。

まあ仮定の話を考えて仕方ない。

 

「聞けば、凪には以前見せたそうじゃないか」

 

前に居た時な、そういやあの頃の由莉はまだ頑なだったなあ。

変われば変わるものだ。

 

「奥義であるなら簡単ではあるまい。しかし、目標であるようだぞ」

 

「分かった。少し考えてみるよ」

 

「うむ、頼む。これは我が軍と言うより、凪のためだからな」

 

出会った当初から、何かと助けてもらってる夏侯淵の頼みだ。

無碍には出来ない。

 

まあ今のところ、最も取得に近いのは凪で間違いないからな。

伝授にあたり、何か支障があるという訳でもない。

そっちメインの修行にシフトしてみるか。

 

 

おっと、忘れないうちに由莉たちにも伝えておかねば。

不公平感を抱かれても困る

 

気の扱いは断トツ一位で凪。

次いで牛輔、由莉の順になるのだが…。

どちらもまだまだ、だからな。

 

「と言う訳で、しばらく凪との修練を優先するから」

 

「そんな…酷いです…っ」

 

「お前は酷い奴だな」

 

「何故!?」

 

 

* * *

 

 

超必殺技伝授!

 

前段階は氷柱割りやビール瓶切りなどで気力・体力鍛錬の行。

 

動きや気の回し方など、言葉だけで説明できない部分は行動で示す。

その際、一部だが手取り足取りな場面も生じたのは已むを得なかった。

 

由莉と白蓮が醸し出す不穏な空気は敢えて無視。

牛輔も含め、上位者の修練を見るのも良い刺激になるだろう。

そう思って呼んだんだが、失敗したかな?

 

何はともあれ座学が終われば実践あるのみ。

いくら凪が優れた気功の保持者でも、そう簡単には修められない。

 

そうこうしてるうちに袁紹が動いた。

 

これは…、うかうかしてられないな。

本気で行くぞ!

 

懐の天狗面に手が伸びかけたが自重。

極限神は言っている……まだその時ではないのだと……。

 

 

* * *

 

 

袁紹、袁術と協同して動く!

 

覇王翔吼拳は完成しなかったが、凪と由莉たちとの溝は深まった。

あれ…?

 

おかしいな、対戦とかして心を通わせたはずなんだが。

 

「対戦したからって、通じ合うとは限らないだろ」

 

白蓮、それはそうだが。

いやでも、ほぼ極限流同士の戦いなら何かしら得るものが…。

 

「確かに得るものは多くありました。特に、互いに相容れない相手だと知れたのは収穫かと」

 

俺が知らない間に何かあったのだろうか。

ちらりと牛輔を見る。

頷く牛輔。

 

「見解の相違ってやつだな!」

 

「見解?」

 

「隊長とは義兄妹ですが、当然それだけではありません」

 

「楽進自身は認めてないが、こちらから見れば間違いないしな」

 

分かるような分からないような。

 

「要は恋敵ってやつですよ。ははっ、色男はツライっすね!」

 

ふむ、恋敵…。

牛輔が二人にボコられるのを横目に色々考えてみる。

 

ポクポク、チーン。/Ω

 

 

「と、とりあえず今は戦の前だ。詳しいことは後で、な?」

 

「…はい。承知しました」

 

「うん。私もまあ、それがいいと思うぞ」

 

「…先送りしても、結局のところ変わんないと思うけどなーぅべしっ」

 

ぼそっと呟く牛輔に対し、咄嗟に後ろ捻り回り蹴り上げをお見舞い。

正論とは、時として動揺した暴力によって撃墜されるのだ。

そしてこれは昇燕。

覚えておきたまえ。

 

 

* * *

 

 

軍議を経て曹操軍は出陣。

呂羽隊は先陣として、夏侯淵隊の指揮下に入った。

一番最初の防衛線もこんな感じだったな、懐かしい。

面子は大分違うがな。

 

さあ、正面にあるのは袁紹軍本隊。

当然に牙門旗が誇らしげに翻る。

ククク、見てろよ…。

 

旗を持った袁紹軍が相手なら、覇王至高拳で粉砕せざるを得ない!

 

いざ、気力満載。

いくぞぉーっ

 

超………覇王至高拳ッ

 

「せりゃっ、せりゃっ、せりゃぁぁぁーーーっっ!!」

 

超気弾が虚空を切り裂く。

 

光が収まった時、眼前に広がるのは無限の荒野。

若干黄色っぽいのが散らばってるが、幾分スッキリしたんじゃないか?

 

「……なんと……」

 

後ろから聞こえる呆然とした夏侯淵の声。

少しはクールビューティに驚きを与えることが出来たかな?

ふははは!

 

「隊長…素敵です…」

 

「ああ、流石はリョウだ」

 

戦場故か、テンション高く蹴りを振りまき駆け抜けるッ

どんな奴が相手でも、全てこの俺が倒してやる。

 

「そらそら、どんどん行くぞぉー!」

 

「ちょっと待ちなさい」

 

「ん?」

 

声の方を向こうとすると、ビュォオンッなんて凄い風切り音を鳴らしながら刃が通り過ぎた。

しかし鋭敏に気配察知能力が向上した今の俺に隙はない。

咄嗟に左上体を反らすことで避け、カウンターに翔激掌を放つ。

 

「ちえっ、やっぱり簡単にはいかないわね」

 

「こちらの台詞だな」

 

咄嗟のカウンターも容易く往なされてはな。

目の前にはピンクの髪したナイスばでぇのお姉さん。

 

「孫策か」

 

「ええ。洛陽以来ね、偽天の御使いさん」

 

偽?

情報が出回るのはともかく、そいつはどういうことだ。

 

「……何を言っているのですが、この桃頭は」

 

問い質そうとしたら、後ろから飛んできた声に先を越された。

もちろん、この冷厳な声色は由莉のもの。

 

「え、桃頭ってわたしのこと?」

 

疑問には同感だが、他に対象者は居ないな。

ピンク髪だから間違ってない。

 

「誰に向かってモノを言って「由莉、控えろ」……失礼しました」

 

だが、今はそんなことをしてる場合ではない。

余り強く言いたくはなかったが、発言を制して孫策に向き直る。

 

「あらら、随分と懐かれてるのねぇ」

 

「ああ。有難いことにな。…さて孫策、ここは戦場。わかるな?」

 

「もちろんよ。でもその前に一ついいかしら」

 

「断る。行くぞ、虎煌拳!」

 

「ちっ、つれないわね!」

 

 

* * *

 

 

「あははははっ」

 

孫策さん、ハイテンション。

 

「くははははっ」

 

俺、負けじとハイテンション。

 

由莉に呂羽隊を任せ、夏侯淵には白蓮から伝達してひたすら孫策と打ち合うこと暫し。

狂ったように笑いながら戦う二人がいた。

 

頭の隅っこで冷静な部分が思う。

これ、周囲からはお近付きになりたくない光景だろうなあ。

 

「はあっ」

 

「せい!」

 

このまま孫策を抑えたままでも、恐らく曹操様が袁紹を破って終わるだろう。

しかしそれでいいのかと少し悩む。

 

「あはははは!いい。いいわねぇ。実にいいわ!」

 

オマケに何か変なスイッチが入ったようで、終わらせ方が思い浮かばない。

困ったなー。

呉の人、お客様の中に呉の人はいませんかー!?

 

「是が非にでも貴方を降して、孫呉に連れ帰ってあげるわっ」

 

「笑止!」

 

孫呉に行くのはどうでもいいが、降されるのは論外だ。

かくなる上は、一撃の覚悟を決めよう。

 

孫策の振り被りを確認してから下段足払い。

軸足をずらしてステップの要領で避けるのは流石だが、折り込み済みさ。

通常ならあり得ない、直後に直立。

 

「覇王翔吼拳!」

 

「んなあっ!?」

 

発射直後、驚きながらも防御態勢に移行する様子が見て取れた。

そして巨大な気弾に飲み込まれ、着弾破砕音。

 

ふぅ…残心。

 

舞い上がった砂煙が落ち着くのを油断なく構えて待つ。

その向こう側に身じろぎする人影が…二つ?

 

晴れた先に現れたのは、元より少ない布地の面積がより少なくなった痴女…もとい、孫策の姿。

褐色が映えるな。

 

 

剥奪マシマシ。

 

 

おっと気を散らすな。

ここは戦場、まだ敵は伏していないのだ。

眼前で孫策を支える……あれは、確か周泰かな。

 

「…み、みん…めい…?」

 

「雪蓮様……くっ」

 

辛そうな孫策を支えながら、厳しい視線を送ってくる周泰。

片手には抜身の剣。

 

「ふむ。……行け」

 

「……ッ」

 

撤退したそうな雰囲気だったので、促してみると凄い形相で睨まれた。

でも、そのまま無言で撤退。

めちゃ睨まれたので、悔し紛れにその背に向かって呟いておく。

 

「覇王翔吼拳を破らぬ限り、俺を倒すことは出来んぞ…」

 

肩がピクリと動くのを遠目に確認。

それでも振り返らず、視界から消えていった。

 

しかし周泰か。

ニンニン。

いいよな、シノビ。

 

 

「お疲れさまでした。隊長」

 

それではここで問題です。

 

労ってくれる由莉ですが、その声色はどうでしょう。

また、彼女はいつからいたでしょう。

そして、何を見たでしょうか!

 

「あの状態の孫策を剥くとは、酷い奴だなホントに…」

 

正解は、白蓮の言葉を聞いたうえで推して知るべし。

 

だが敢えて言おう。

ワザとじゃないんだ信じてくれ!

 




リョウの戦いはこれからだ。
由莉と白蓮の愛がリョウを救うと信じて!

IFルートであり、本編の後日談ではありません。
本編と異なる個所をメインに描写しており、徐々に増えております。

・昇燕
KOFのユリが使う特殊技。
少しかがんでから蹴り上げる技で、ヒットすれば相手を浮かせて追撃可能。
飛燕鳳凰脚とかも可能だったような気がします。


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Z6 天翔覇王翔吼拳

オマケ IFルートその4 笑顔マシマシばーじょん


孫策を剥いてしまうという事故から数日。

間違えた。

曹操様が袁紹軍を打ち破るという快挙から数日後。

 

伝令に従い街に戻り、北郷君の紹介でとある有名人と出会っていた。

有名と言っても、個人的に俺が(原作的な意味で)知ってるだけなんだが。

 

「どーもー。風は、程昱と申します~」

 

「初めまして、郭嘉と申します。呂羽殿の噂はかねがね」

 

発言してすぐ寝た程昱と、それを起こす郭嘉。

不思議ちゃんと真面目ちゃんの取り合わせは中々のもんだ。

 

北郷君の説明によると、今まで各地を旅していたのだとか。

それが今回の対袁紹多分最終戦で仕官することにしたらしい。

 

「風はお兄さんのことも気になってたのですが~、今はこちらの真・天の御使い様に惹かれてしまったのです~」

 

そう言って北郷君に寄り添う程昱。

真って言うな。

なんか偽があるみたいじゃないか。

 

「そんな……風が北郷殿に寄り添い、やがて二人は……ブーーーッ」

 

「は~い、凜ちゃん。トントンしましょうね~」

 

郭嘉の妄想大出血祭り。

非常に鮮烈な光景だが、気にしたら負けだ。

 

 

* * *

 

 

曹操様たちが凱旋帰還し、約束通り俺たちは去ることにした。

そんな俺たちのためにお別れ会を開催してくれるなんて、全く曹操様には頭が上がらないZE!

 

お別れ会と言う名の武闘大会、またの名を公開リンチ。

若干自棄になりかけたが、何とか自制して無難に全てを退けた。

全く覇王翔吼拳は最高だぜっ

 

もちろん凪への修行はちゃんとしたよ。

旋燕連舞脚に連舞脚、虎閃脚など足技を中心教えてみたり。

あとは凪が求めてやまない覇王翔吼拳の習得に向けた講座等々。

 

この時に深く注意したのが、凪に対する不用意な言動を慎んだこと。

余り細かいことは気にしない性格が災いして、結果的に文字通り災いを呼ぶことがある。

ソースは俺。

だから修行中はずっと、由莉か白蓮、あるいは牛輔が一緒で俺の言動を見張ってた。

 

それはいいのだが、何を思ったか牛輔が

 

「自分にとっての大事なヒトとか、そういうのちゃんと気にしないとダメですよねえ」

 

なんて、俺の方をジッと見ながら言うのだ。

ちょっと熱が籠ってる感じの視線だが、まさかそういう意味じゃないよな。

いくら見た目が月ちゃんだからって性別の差は越えられない。

…大丈夫だよな?

 

とりあえず凪については大丈夫だったと思う。

対応に不備はないはずだし、ダークサイドに堕ちるような感じもない。

 

問題は、いつの間にか由莉と凪の仲がとても悪くなっていたこと。

しかも修復の兆しは全くない。

俺の知らぬ間に何があったのだろう。

 

そんな中で白蓮だけがいつもと変わらない。

ああ、唯一の癒しだ。

ちょっとギュッとしていいかな……

 

 

「では私が首をキュッとして差し上げましょう」

 

 

笑顔マシマシ。

 

 

もっとこう、明るくて素敵な笑顔がいいと思うんだ。

いや笑顔はステキだったよ、とっても。

そもそもアレを笑顔と言っていいものか。

聞くところによると、笑顔と言うのは元々攻撃性を示すものだったとか。

だったら間違ってないのかな。

 

「では揚州に向かうということで」

 

「ああ、程昱の助言は助かったな。どうやらリョウのこと、相当気にしてるようだ」

 

「流石師匠。でもそれ、かなり研究もされてるってことすよね」

 

「ええ。しかしどんな相手でも、我らは引きません」

 

「ああ、そうだな」

 

「もちろんだ!」

 

はっ!

ふと気付けば揚州に向かう旅路の中。

 

益州の劉備ちゃんのところも気になったんだけど、少し回り道して孫呉の確認を。

こないだ少し、孫策と関わったからな。

気になってるんだ。

 

ただし、今は孫策という単語は禁句である。

間違って出してしまった日には、由莉と白蓮の顔から表情が抜け落ちてしまう。

そうなっては牛輔がいても頼りにならん。

華雄姉さんなら、空気を吹き飛ばしてくれただろうにぃ!

 

あと涼州は遠いからな。

ばっちょんとか気にはなるけど、推進意見は出なかった。

 

そんな訳で揚州にそろそろ入ろうかという頃。

前方に軍勢の影。

斥候が言うには、袁術配下の某が率いているらしい。

略奪紛いのことをしてるとも言ってたので、呂羽隊で包囲殲滅。

報酬に情報と糧食を得て、さらに南下。

 

無辜の民を救いながら孫呉の本拠地へ向かう。

敵勢は基本的に討ち果たすか街の守備隊に任せてるんだが、投降した奴らの一部が何故か呂羽隊に合流した。

 

どうもその中に、見たことのある奴らがいるんだ。

そこはかとなく高貴そうな空気を醸し出す主従。

原作知識を動員しなくとも分かる、どう見ても袁術と張勲だった。

何やってんの君ら…。

 

 

* * *

 

 

事態は紛糾した。

何せ袁術と張勲が合流してるなんて誰も思わない。

偶々気付いたのが俺だったのは良かったのか悪かったのか。

 

「丁度いいです。飛んで火に入る何とやら。孫呉への手土産としましょう」

 

冷徹に現実路線を語る由莉。

 

「面倒事になるのは目に見えてる。どこぞへ放流すべきだ」

 

色々あって袁家とは関わりたくない白蓮。

 

どちらも利があり理がある。

しかし煮え切らない。

いやまあ、乱世の世で何をとか、因果応報とか分かるけどな。

 

なんて考えてたら、袁術一味は逃げ出した。

しかし回り込まれてしまった!

 

「面倒事増やさないで下さいよ。で、どうすんすか。バッサリいきます?」

 

牛輔もこんな声出せるんだなー。

ま、相手が袁家なら仕方ないか。

月ちゃんや詠のことを考えればな。

そうだな、よし決めた。

 

「孫呉に引き渡そう。一応、極刑はナシの方向で」

 

「甘いですね」

 

否定はしないが、俺は格闘家であって政治家じゃなからな。

由莉だって笑ってるじゃないか。

 

「じゃ、奴らの管理は白蓮……いや、由莉すまんが任せた」

 

「ふふふ、承知しました」

 

白蓮に頼もうとしたら凄く嫌そうな顔されたからな。

牛輔同様、袁家アレルギーは強そうだ。

俺と由莉はほら、ただのクラッシャーだから。

 

 

* * *

 

 

孫呉の地、まずは寿春にやってきた。

 

そこで孫呉の将である韓当、一族の孫静に孫尚香。

まず彼らと出会い、色々確認してから孫呉の当主・孫策がいる建業へ。

 

「袁術を捕まえたのって、すっごいお手柄だよ!さすがだね、お兄さん」

 

案内役として一緒に動くのは孫尚香。

孫策の末妹で、やたら活発で好奇心旺盛なお嬢様だ。

しょこたんキター!

 

ちなみに護衛として周泰も一緒だが、こちらは実にそっけない。

それどころか、隠しきれない敵意が半端ないぜ。

 

これは孫策との一件が尾を引いてると見た。

 

「孫尚香様の衣服を吹き飛ばせば、流石の隊長でも死罪は免れぬかと」

 

「その時は、せめて私たちが断罪してやる」

 

能面のような顔をした二人に詰られる。

いやっ

あれは純然たる事故だったと言っておろうに!?

 

「師匠。結果が全てすよ?」

 

うぬっ

牛輔が諭されるとは!?

 

「ねえ、三人はお兄さんとそういう関係なの?」

 

「はい」

 

「まあ、概ね」

 

「どうっすかねー」

 

上から由莉、白蓮、牛輔の順。

少なくとも牛輔は否定しろよ。

 

しょこたんの目がキラキラしてる反面、周泰のゴミを見るような目がキツイ。

あれか、恋バナとか好きなのかしょこたん。

 

そこからきゃいきゃいと四人で騒いでいた。

だから牛輔は混ざるなと……。

 

「…呂羽殿」

 

「…なんだ」

 

温度の落差が激しいこっちは周泰と俺。

 

「袁術主従の免罪を願ってると聞きましたが」

 

「まあ、死一等だけはってな」

 

「聞き届けられる可能性は低いです。それどころか不興を買う可能性も高いと思います」

 

そうかもな。

しかし嫌われてると思ったが、心配してくれてるのか?

…目に敵意はあるな。

よく分からん。

 

「俺は俺が思う道を進むのみだ」

 

その結果がどうであれ、さらに道を切り開いて見せよう。

いずれまた凪とも戦うことになるだろうしな。

ある程度、覚悟はしてるんだぜ。

 

「そうですか」

 

そう言って周泰は視線を切り、以後建業に着くまで一切俺と視線を合わせることはなかった。

めちゃめちゃ嫌われてますやん。

好きなキャラだけにちょっとへこむ。

ま、しゃーないな。

 

 

* * *

 

 

建業なう。

 

「袁術以下一党、確かに預かったわ」

 

王様バージョンの孫策は初めて見る。

結構威厳があるな。

 

「願いも聞いている。が、即答はしかねる。追って知らせるわ。いい?」

 

「御意」

 

言うだけ、やるだけのことはやった。

後は流れに身を任せるのみだ。

 

「さて呂羽、並びにその一党よ。目的は何?」

 

王様モード継続。

凄く違和感があるな、ひょっとして警戒されてんのか。

 

「目的とは」

 

「曹操が下から、わざわざ揚州まで来た理由を聞いている!」

 

強い調子で横から口を出すのは孫権か。

これまた好きなキャラだけど、これまた敵意が見て取れるなあ。

 

「…まあ、特にないな」

 

「……馬鹿にしてるのか?」

 

俺の適当な答えに場が緊張感で満たされ、孫権の口調が重苦しいものに。

適当に聞こえるかもしれんが、孫呉の状況確認以外に理由はない。

あとは流れに乗って、な。

 

「いいわ、蓮華」

 

「しかし姉様!」

 

「蓮華」

 

「……はい」

 

孫策は落ち着ておるのう。

いやホント、違和感しかない。

こっちの違和感の方が間違ってるとは思うんだけどな。

 

「さて呂羽」

 

はいよ。

 

「まず、手土産には感謝しよう。その礼に、願いは善処しましょう」

 

あざす。

 

「だが、仕官は許さない。…何か質問は?」

 

「特には。あ、一つ。領内の行動に制限は?」

 

「…ないわ、今のところ」

 

「承知した。問題ない」

 

「では、下がるがよい」

 

頭を下げて退出。

おおう、凄く疲れたぜ…。

 

 

* * *

 

 

「お疲れさまでした、隊長」

 

ふわー、凄く疲れたよ由莉えもーん。

 

「抱きしめましょうか?」

 

…いや、ま、いい。

危ない、理性が飛びかけた。

母性全開の由莉はヤバいんだ、マジで。

 

「あ、いたいた。お兄さーん、ちょっといい?」

 

しょこたんキター!

ん?

いやなんでいるのさ。

 

「孫尚香。何か用か?」

 

「むー、そんな構えないでよ」

 

孫呉の首脳部からの対応に不満があるらしい白蓮。

恐らく由莉も同じだろう。

牛輔は兵たちを見てて居ないけど、同じになる気がするな。

 

「で、どうした」

 

「うん。呂羽たちって、仕官しないんでしょ?だったらシャオの専属にならない?」

 

な、なんだってー!?

 

「呂羽隊丸ごとですか。それほどの分限があると?」

 

「あ、全部は無理だかけど、お兄さんとお姉さんたちくらいなら」

 

「話にならんな。隊員を養えなければ意味はない」

 

由莉と白蓮の意見は間違ってないけど、しかし随分と買ってくれたもんだな。

孫策が仕官不可としたってことは、首脳部の意見に反する訳なのに。

 

「だって!…シャオだって、呉のために強くなりたいもん」

 

「…その意気は買いますが…」

 

「そうだ!ねえ、シャオの先生になってよ!」

 

先生とな。

俺が教えられるのは極限流くらいだが。

 

「うん、お兄さん(の技)が欲しいの!いいでしょ?」

 

腕を絡ませ甘えてくるしょこたん。

ぬぅ、呉の末娘はテクニカル派か!

 

「シャオ様!?」

 

と、横から上がる悲鳴は周泰か。

警戒する相手に絡みつく護衛対象。

確かに悲鳴も上げかねん。

乙。

 

それはそれとして、由莉と白蓮の笑顔が怖い。

怖い笑顔マシマシ。

デジャヴ。

 

 

幸い、周泰に対する誤解はすぐ解けた。

というより、誤解があったことに気付けて良かった。

どこでどんなフラグが立つか分かったもんじゃないな、恐ろしい。

 

しょこたんお抱え極限流は難色を示されたものの、基礎体力構築の先生くらならと許しが出た。

周泰にそんな権限はない。

ただ単に、周泰は黙認するというだけのモノ。

 

「お姉ちゃんなら大丈夫。シャオが説得するから!」

 

ドヤ顔のしょこたん、非常に信用ならん。

だがまあ、急ぎで旅立つ予定もない。

しばらくゆっくり逗留しよう。

路銀を稼ぐ手段は、何も客将だけじゃない。

 

そうだよ、そもそも仕官する予定もなかった。

向こうが否定から入ってくれたから良かったけど、仕官を促されたら断ったり、また問題になってたかも。

なんだ、結果オーライじゃないか。

 

 

* * *

 

 

「呂羽、ちょっと時間をちょうだい」

 

「何だ?」

 

極限流、と言うより武術の基礎講座を開設してしばらくたったある日。

いつになくしおらしいしょこたんから従者の申し付けが。

 

本来なら断っても良かったのだが、普段と違う様子に着いていくことに。

 

「ありがと。…すぐ済むから、ゴメンね」

 

見知らぬ森に分け入り、進んで行く。

街から左程離れてないとはいえ、確かに一人で行くべき場所ではないな。

 

傍で従うのは俺一人だが、つかず離れずの位置に由莉が居る。

何かあってからじゃ遅いからな。

 

しばらく歩いていくと、石碑のようなものが見えて来た。

そして、誰か居る。

 

「姉様?」

 

どうやら孫策か。

二人がいるってことは、孫呉にとって大事な、あるいは墓のようなものかもな。

 

「シャオ。どうしてここに……って、呂羽……?」

 

顔を上げた孫策が驚いたようにしょこたんを向き、次いで険しい目付きで俺を見る。

あれ、何か警戒されてる?

 

俺は何もしてませんよー。

ただの背景ですよー。

無害ですよー。

 

って、気の巡りが!?

 

「呂羽…?」

 

しょこたん済まない、少し待っててくれ。

孫策も、眦を吊り上げてこちらを見るのは仕方ないが、とにかく待ってくれ!

 

「……そこ!龍激閃ッ」

 

「くっ!」

 

「ぐげっ」

 

「えっ?」

 

一人じゃないな。

飛来するモノ…弓矢か!

 

「無影旋風、十段脚!」

 

ハァァァーー、セイセイセイッ

どないや!

 

「由莉、確認!」

 

「はい!」

 

「よし、孫策。しょこたん頼む……ああ、孫尚香を」

 

やべえやべえ、モノローグが漏れちまった。

何事もなかったかのように軽やかに去るぜ…鳳翼!

 

「隊長、周囲確保。九人です!」

 

「よし!警戒継続…打ち上げろ」

 

由莉に周囲の警戒と連絡を任せて、俺は無粋者の掃滅だ。

 

いざ!

ハァァァーー、天翔ォォ…覇王翔吼拳!!

 

 

* * *

 

 

孫策暗殺未遂事件。

これは孫呉に多大なる衝撃を与え、次いで孫策の機嫌を大いに損ねた。

 

代わりに俺と呂羽隊の評価は急上昇。

特にしょこたんは天元突破。

 

「シャオは小蓮。シャオって呼んでね!」

 

真名の交換に至る。

孫策や孫権は渋い顔をしていたが何も言わなかった。

 

それよか孫策が超不機嫌。

というか激怒。

可愛く言うと激おこ状態。

 

「曹操め……」

 

なして曹操様?

 

 

その後、曹操様が孫呉へ侵攻。

暗殺者云々で激怒した孫呉が猛反撃。

 

経緯を知った曹操様も激怒。

スーパー撤退戦が展開されたらしい。

 

俺?

街でシャオと遊んでたよ。

もちろん暗黒微笑マシマシの由莉や白蓮も一緒だ。

 

牛輔は一兵卒として、こっそり戦場に出てる。

隊員も半分くらいは行ったな。

要はアルバイトさ。

 

俺もそっちが良かった。

 

 

ハイパー追撃タイムが終わって部隊が帰還した頃。

孫呉の首脳部から出頭を命じられた。

 

なんか犯罪者扱いみたいだな。

 

「呂羽。今回のこと、礼を言うわ」

 

そう言って頭を下げる孫策。

おや意外。

下げる頭なんて持ってないかと思っていたが。

 

周瑜や黄蓋、孫権などからもお礼を言われた。

その時に仕官の話も出たが、華麗にスルー。

 

「逃がさないわよ」

 

知らなかったのか?

王様からは逃げられない。

 

いつの間にやら、俺がよく知るふわっとした空気を纏う孫策。

彼女はニヤニヤしながら、爆弾を投下した。

 

「肌を見られてモヤモヤしてるところに命まで救われたら、そりゃ惚れるわよね~?」

 

「姉様!?」

 

悲鳴は孫権。

だが気持ちは俺も同じだ。

気が合うな、孫権。

そんな睨むな。

 

「仕官しなくてもいいわ。代わりに私を貰ってちょうだい」

 

思わず見惚れてしまうような、まるで花が咲いたような笑顔で言う孫策。

果たしてその花に、毒がないと言い切れるだろうか……。

 

 




要点だけに端折りましたが、まだ終わりません。
残り二話くらいで完結予定ですが、次回の更新日は未定です。
早ければ明日、そうでなければ二週間後くらいを見込んでいます。

IFルートであり、本編の後日談ではありません。
没ネタの孫呉ルートが解放されました。


・天翔覇王翔吼拳
一部のKOFでユリが使う、対地用覇王翔吼拳。
地上から駆け上がるバージョンもあります。
使い道は多種多様で威力は抑え目、無敵はない。


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Z7 飛燕烈吼

オマケ IFルートその5 煩悩マシマシばーじょん


あれ、北郷君?

……どうして此処に。

いや、待て。

違うな……あんた誰だ。

 

えっ……北郷二刀?

 

ま、まさか……貴様、両刀使いだとでも言うのか!?

 

う、うわぁぁぁ!

こっちに来るな、来るんじゃねえっ

 

やめろ北郷ォォ、ぶっ飛ばすぞぉぉー!!

 

 

……はっ、夢か……。

 

 

「んにゅちゅぅぅ~~~……」

 

突如目の前に現れた、唇みたいな謎の巨大物体。

それが何かは分からないが、とても不快なものに思えた。

ならば問答無用で振り払わねばなるまい。

 

「飛燕烈吼!!」

 

良く分からないが、顎っぽい箇所を捉えて拳でかち上げ。

続けて輝く胴体かの如き褐色に拳を打ち込み、一切躊躇なく打ち上げた。

 

「ぶるあぁぁーーーっ」

 

謎の雄叫びを上げながら吹っ飛ぶ異物、もとい化け物。

一体何だったんだ。

 

「だぁぁぁぁれが筋肉モリモリの禿マッチョよぉぉぅ!」

 

「そんなことは言ってない」

 

「あらぁん、そぉう?」

 

吹っ飛ばした筈の化け物がいつの間にか目の前に。

こりゃあ超スピードとか、そんなものじゃない別の何かだぜぇ。

 

と言うか、コイツは……

 

「あらぁ、目を覚ましたのねぇん」

 

貂蝉だったけか。

変な夢見たのはコイツのせいか!

 

「む、こんなところにいたのか貂蝉。そろそろ行くぞ」

 

そこへ現れる謎のナイスな勇者王ボイス。

美女と野獣…ならぬ、ナマモノとイケメン。

 

「あらん華陀ちゃん、すぐ行くわぁ~」

 

クネクネと、気持ち悪くも隙の無い動きでイケメンに引っ付く物の怪。

ものともしないイケメンは大物に違いない。

 

「連れが迷惑をかけたな。俺は華陀。旅の医者だ」

 

「いや、構わん。俺は呂羽。旅の格闘家だ」

 

「そうか。ふむ、怪我や病気があれば頼ってくれ。しばらくは街に居るつもりだからな」

 

「ああ、その時は頼むぜ」

 

そう言って去っていくイケメン華陀。

基本的には医者いらずな俺だが、こういう出会いは有難い。

 

「ぬふふ~ん。……あらアナタ、不思議な色の魂ねぇん」

 

一方で呟きすらも胡散臭い変態。

去り際まで気色の悪い……しかし、何か気になる奴だった。

 

 

* * *

 

 

「そうか!」

 

「どうかしましたか?」

 

由莉とデートしてる時、ティン!ときた。

 

貂蝉の余りある存在感が強く印象に残り、周囲の光景はイマイチ朧気に。

それをヒントに思い付いた。

 

即ち、気を隠すなら盛り。

 

今はまだ必要ないが、天狗面を付ける必要にかられる場面がきっと来る。

だけど面を付けても俺だとバレたら意味がない。

つまり、盛ればいいんだよ。

 

極限まで高めた気をペガサス盛りなどにすれば、普段のものはすっかり隠れてしまうだろう。

うむ、我ながら名案だ!

その方向で詰めて行こう。

 

「…で。リョウ、聞いてますか?」

 

「はっ!す、すまん。聞いてなかった」

 

「珍しく、せっかくの二人きりなのに……」

 

むくれる由莉。

デート中に相手を放っておくなど、どう考えても俺が悪い。

だから必死になってご機嫌取りに走った。

 

そもそも、何故に由莉とデートなんてしているのかと言うと…。

話は孫策の無茶ぶりにまで遡る。

 

 

孫策の無茶ぶりに対し、俺は逃走をもって答えた。

もちろん追い掛けられた。

仕方がないので常識枠の周瑜に助けを求め、見事に確保されて引き渡された。

人選を間違ったと言わざるを得ない。

 

最終的に呂羽隊が敵対の動きを見せたことで事態は収拾。

肝心の無茶ぶりは、差し当たって保留となった。

収拾してないじゃん。

 

「それもこれも隊長が悪いのです」

 

「そうだぞ。断固拒否と主張しないからだ」

 

いやぁ、俺ちゃんと断ったよね。

……あれ、断ったっけ?

 

「適当に流そうとするからそうなるのです。猛省して下さい」

 

「なあ由莉。こうなれば、もういっそのこと身を固めてしまえば…」

 

「!白蓮殿…、実に良い案です。採用」

 

「よし、なら早速詳細を詰めようか」

 

あれよあれよという間に、呂羽隊首脳部による包囲網が形成されてしまった。

無論、本気になれば破るのは容易い。

 

が、どこに破る必要性があると言うのか。

 

強いて言うなら、旅の途中だから云々。

でもそんなの関係ねえ!

むしろ問題は、由莉が義妹だという点じゃなかろうか。

 

『ねえ、お兄ちゃん。由莉のこと、抱いて?』

 

なんて言われて抱けるか!

錯乱。

抱きしめたりは既報。

ああ、抱くってそういう……ちゃうねん。

 

 

煩悩マシマシ。

 

 

ううむ、こういう場合…北郷君ならどうするかな?

魏の種馬って素晴らしい言葉があった。

それが答え。

 

ええいっ

煩悩退散!たいさぁぁぁんっ!!

 

 

* * *

 

 

なんてことがあり、由莉と白蓮。

それぞれ単独デートを行うことになったのだ。

 

それがどうして貂蝉などと言う妖怪との邂逅になったのか。

全く意味が分からない。

何か特別な力が働いたんじゃないかと勘繰ってはいるが…。

 

気にすべきはそっちじゃない。

此処で由莉の機嫌を損ねる。

それが如何に危険な事か、俺は十分理解してるつもりだ。

だから形振り構わずご機嫌取りに走ったことは後悔してない。

 

ただもうちょっと、言い方に気を付けていれば…。

なんて思うも後の祭り。

反省し、次に生かすしかないね。

 

「どうです、似合ってますか?」

 

「ああ。良く似合ってるぞ」

 

クルリと回ってアピールする由莉が可愛い。

表情は落ち着いて見えるが、明らかにテンションが上がっている。

これが俗に言う、クーデレと言うやつか?

 

うーむ、やはり由莉の微笑みは良いな。

癒される。

白蓮の快活な笑みも良いが、また違ったものが…。

 

「ふふ。他の女の事を考えるなんて、いくら白蓮殿のことでも感心しませんよ」

 

何故ばれたし。

先ほどとは違った質の笑みを浮かべながら話す由莉。

クーなのかヤンなのか迷うところだ。

 

とりあえず甘味でもどうだ?

奢るぞ。

 

「喜んで。…ああ店主殿、二人ですが匙は一つで結構です」

 

颯爽と迎え入れる店屋の主人は実に素早い。

不可解な要望でも注文は注文。

支払がしっかりしてる以上、何も言うことは無いということだろう。

商売人の鑑のようだな。

 

「ではリョウ。はい、あーん」

 

あむ、むぐむぐ。

美味いね。

ふっ、今更この程度で照れはしない。

 

「ほれ、お返し。あーん」

 

「あー…ん…ぅ…、はふぅ。とてもおいしいです」

 

それは何より。

今、俺の心は鋼の様に。

余計な事は考えず、ただただ由莉の喜ぶことを行うのみ。

 

うむ、由莉が喜ぶと俺も嬉しい。

これは本心だ。

ホントだぞー。

 

「あっ…と、んぅ。…ちょっと零れちゃいましたね…」

 

もったいないとか何とか呟いて上目遣いに微笑む姿がぁぁぁぁぁ!?

ふぉぉぉぉ、煩悩退ぁぁぁぁーーーっっっ

 

 

* * *

 

 

朝を迎えるまでがデートです。

ちょっとまて、その理論はおかしい。

 

「今日は楽しかったですね」

 

「そうだな、色々あったけど」

 

クスクス笑う由莉が愛おしい…のは間違いないのだが、少し気になることが。

寝台の上に布団は一つ、枕はふ・た・つ(はぁと)

この状況は……

 

吝かではない!

 

煩悩?

ああ、あいつ良い奴だよな。

色々あったけど、今ではすっかり親友だぜ。

 

(一気に押し込むのもアリですが、今日のところは様子見が無難でしょうか)

 

「何か言ったか?」

 

「いいえ。ふふ、こうして同じ布団に包まると安心します」

 

「そ、そうか」

 

流石に照れる。

すると、おもむろに覆いかぶさって来る由莉。

 

「ちょ、何をっ」

 

「落ち着いて。ただ、ギュッとするだけです。ご安心ください」

 

そ、そうか。

安心したような、残念なような。

 

あ、由莉がニヤニヤしてるのが雰囲気で分かる。

照れる、というか恥ずかしい。

恥じ入るとかそんなニュアンスで。

 

しかし妙に安心する気持ちもある。

これはあれだ。

由莉の母性が、かなあ。

 

「ふふ、おやすみなさい」

 

その言葉に触れると、一切の緊張なく眠りに入っていく。

隣に人がいるってのに、これは中々珍しいことだ。

 

何と言っても俺は旅の格闘家。

休息の時でも、どこかで緊張感を持っている。

 

野性を忘れた猫。

そんな言葉が頭を過るが…。

 

これじゃいかん!

弛みは油断、そして不測の事態に繋がる。

 

そうは思うものの、抗えない何かに諭されて眠りに落ちた。

 

「…眠りましたか。流石はリョウ、中々の耐性。でも……、ふふふ」

 

 

* * *

 

 

翌朝、割と気分よく目が覚めた。

また変な悪夢とか見ないかと危惧したが、杞憂で済んだか。

 

さて、目の前には圧倒的な母性。

正確に言うとお胸様。

肌色。

 

寝台一つに二人で寝るには流石に狭い。

起きてから考えるのもアレだが。

ようやく冷静になれたってことだろう。

 

眼前にあるのは、肌蹴た姿を晒す無防備な由莉。

冷静?

 

「…見るだけですか?誰もいないのに?」

 

…うん、れいせい。

 

「おはよう」

 

「はい、おはようございます。良く眠れましたか?」

 

お陰様でな。

流石にこれ以上、桃色空間に浸る訳にはいかない。

掛け布団が落ちないよう気を付けつつ、寝台を抜け出した。

 

「あっ…ざんねん」

 

あまり誘惑してくれるな。

割と本気なんだろうな、ってのは流石に感じるんだけども。

 

手早く身嗜みを整えて先に出る。

あまり詳しくないが、女性の朝は色々あるはずだ。

 

意気地なしなどと言うなかれ。

まだ慌てるような時間…場面じゃない。

 

一回落ち着いて、ちゃんと考えを整理しないと。

無責任にはなりたくないからねぇ。

 

 

ふう、今日一日を挟んで明日は白蓮とデートか。

流石に由莉の時ほど厳しい事態には陥るまいが、油断は出来ない。

それと、対応に差がつかないよう気をつけねば。

由莉は当然、白蓮もあれで̪嫉妬と言うか、拗ねることがあるからな。

 

孫策はあれから不気味なほど大人しい。

政務等々に忙しいのは分かるが、それでも何かあるんじゃないか。

そう思わずにはおれない。

いずれにしろ、弛緩だけはしないようにせねば。

 

よし、今日は久々に牛輔と本気で打ち合うか!

 

 

* * *

 

 

牛輔と訓練中、周瑜に呼び出された。

 

「何か用とか」

 

「ああ。まあ楽にしてくれ、茶でも出そう」

 

前回取り成しを頼んだら、ものの見事に裏切られたからな。

どうしても警戒してしまう。

一体何の用だろうか。

近くに孫策の気配がないのは確認済みだが…。

 

「そう警戒するな。個人的に話しておきたいことがあってな」

 

なんでござろう。

 

聞けば、劉備ちゃん陣営から連絡があったらしい。

益州で蜀と称したからヨロシクネーって挨拶状。

 

おお、無事に頑張ってるようで何より。

茶をしばきながら周瑜の話に耳を傾ける。

 

「それで、孫呉から使節団を送ろうと思っている」

 

孫呉の状況と、今後の予定をつらつらと喋り続ける彼女。

こちらに対する要求は何もない。

が、何もないことはないだろう。

本題がどこかにあるはず。

 

「使節団は小蓮様を団長に、亞莎…呂蒙を副長に付ける予定だ」

 

シャオと呂蒙か。

呂蒙とは接点ないんだよな。

 

と言うか、孫呉の将で接点あるのは首脳部の一部だけだな。

できれば周泰と仲良くなっておきたい。

だって忍者、憧れる。

 

「…それで呂羽。お前はどう思う?」

 

「ん?」

 

これが本題、と言う訳でもなさそうな。

しかしどう思うと言われてもなあ。

原作知識から予測は出来るが、個人的な判断はし兼ねるというのが正直なところ。

 

「お前は小蓮様の指南役だったな?」

 

「まあ一応。基礎的な体術や運動面だけだが」

 

元々身体能力の高いシャオに教えるのは楽しい。

勉学に励まなければならない立場で時間も取りづらいが、よく頑張ってると思う。

 

「小蓮様の指南役を、孫呉として仲介したい」

 

ふむ。

つまり、どういうことだってばよ?

 

「有体に言えば、ちゃんと給金を出すから小蓮様に同行して欲しいということだ」

 

「それは孫策の意向か?」

 

「孫呉としての方針だ」

 

「…俺だけ?」

 

「指揮する隊、全ての面倒を見よう。隊員たちの給金は最低限のものになるが」

 

「仕官をするつもりはないぞ」

 

「ああ。今はそれでいい」

 

今は、か。

まあそれほど悪い話じゃないと思う。

滞在している以上、変に断り続けるのも拗れそうだしな。

 

「分かった。ひとまず隊員たちと相談してから返事するよ」

 

「うむ。いい返事を期待しているぞ」

 

満足そうに頷く周瑜。

彼女はきっと、俺が条件を飲むだろうと看過してるんだろう。

これだから軍師って奴は怖いんだ。

 

…由莉も、若干軍師っぽいよな。

 

 

「そこで、物は相談なのだが…」

 

え、ここから本題?

 

「益州に向かう部隊はこちらでも用意する。だから呂羽隊全員で行く必要はない」

 

「確かに、あまり大人数になってもな」

 

「ああ。…それでだな、韓忠か公孫賛を私に預けてはくれまいか?」

 

……何だって?

まさかの部下指名、引き抜き工作?

 

「彼女たちの能力は高い。私の下で働いてもらえれば、給金も弾むし」

 

「断る」

 

「……ほお。引き抜きはしないと誓うが?」

 

だが断る!

あいつらを手放すなんてとんでもない。

 

「彼女たちの高評価は嬉しいが、だからこそ手元に置いておかないとな」

 

むしろ、このタイミングで置いていくなんて言った日には大惨事となるだろう。

いっそ泣かれた方がマシな目にあうような気もする。

 

「そうか…。ふっ、良い主従だな。残念だが分かった。この話は以上だ」

 

「ああ。それじゃ、さっきの件は後で連絡するよ」

 

取り込み工作なのか、単純に評価されてるのか悩むな。

両方かも知れんが。

 

 

* * *

 

 

「なんて事があったんだ」

 

「へえ~。それで、由莉は何て?」

 

「孫策の事を考えれば、まだシャオの方がマシとか何とか」

 

「その意見には概ね賛成だな」

 

膝の上に白蓮を乗せたまま会話する。

イチャイチャするってこういうの?

 

「しかし、即決で断ってくれたのは嬉しいな」

 

「そうか?当然のことだが」

 

「ふふ。それが分かるからこそ、だ」

 

確かに、そう言ったら由莉もかなり喜んでいた。

白蓮の番でなければ押し倒していたとか冗談が飛び出すほどに。

……冗談、だよな?

 

そんな訳で、今日は白蓮と一日デートの日。

基本は由莉と同じく街中を散策、食事したりデザート食べたり。

 

そして最後に、夕焼けとか見ながら川辺でゆっくりまったり…。

胡坐をかいて白蓮を膝の上に乗せている。

膝枕のお返しだ。

斜め後ろから覗く、白蓮の頬が赤いのは夕日のせいか別な要因か。

 

しかし話題の大部分が仕事の話とは色気の無い。

俺は構わんが、由莉ならデートなのにと怒りそうなもんだ。

この辺り、根が真面目な彼女の性格が良く出てるよな。

 

それと、他人の話題が出ても気にしない。

とても助かる。

 

と言う訳で、こんな場だが呂羽隊の方針が大まかに決まった。

後で牛輔や隊員たちにも諮るが、早々変わるまい。

 

やがて日は暮れ、夕食を取ったら湯浴みして寝るだけだ。

 

 

寝室に入ると、当たり前のように寝台一つに枕が二つ。

誰が準備してるんだろうか。

 

寝間着は薄着な白蓮ちゃん。

そこはかとない緊張感を漂わせつつ、共に寝台に入る。

 

由莉と違ってスレンダーな彼女のこと。

引っ付かなくても多少の余裕はある、などとは口が裂けても言えないな。

色んな意味で。

 

「と、ところでリョウ」

 

お、おう。

そんな緊張されちゃこっちまで緊張してきちまう。

これって流されてるだけか?

 

「由莉とは、その……どこまで、したんだ?」

 

「えー、どこまでと言われてもな」

 

俺にそれを答えろと申すか。

した、というのが何を意味するかにもよる。

致した、致してないとなれば…致してない。

 

「由莉は何か言ってなかったのか?」

 

「ああ、うん。不平等だからって」

 

意外だ。

由莉にそんな律儀さがあったとは。

あ、いや。

最近押せ押せな姿ばかり見てたせいで、誤解してるのかも知れないが。

 

よくよく思い返せば、確かに普段の由莉は律儀で冷静。

慎重で我慢強い性格だったように思う。

 

白蓮に対しては、ちゃんとその性格が発揮されてるんだな。

仲良くできてるようで何よりだ。

 

……凪に対する言動とは大違いだなぁ。

一体何が違うのだろうか。

 

白蓮の本質的な問題という気もするが、だとすればどうしようもない。

無理は言えないし、何より今は遠く離れてる。

再会するのもまだ先だろうし、その時にまた考えよう。

 

「由莉には、ギュッとしてもらったかな」

 

とりあえず白蓮の質問に回答。

 

いやあ、あの時は恐ろしいほど安心してしまった。

後から考えると、何かしたんじゃないかって勘繰ってしまうほどに。

 

「そうか。…うむむぅ」

 

顔を赤くして唸る白蓮も可愛い。

普段は馬を扱う姿など凛々しいんだが、こうして見るとやはり女の子よのう。

 

思わずニヤけてくる。

煩悩くらい飲み込めずして何が極限流か!

まあ仲良くやってるよ。

うむ、どんと来い。

 

「ムムム。…よし、リョウ。腕枕してくれ」

 

「お?それでいいのか」

 

「ああ。無理に背伸びしても仕方がないからな」

 

そうだな。

無理・無茶・無謀は得てして碌な事にならん。

まあ、やらざるを得ないこともあるけどな。

 

ではまあ、どうぞ。

 

「…おお、これは……結構恥ずいな…」

 

同意。

でも離れる気配は全くない。

敢えてこっちを見ようとしないのは、本当に恥ずかしいからだろう。

癒される。

 

「ところでリョウ」

 

「なんだ?」

 

「…今、私は幸せだ。太守を辞めた時は絶望しかけたもんだが」

 

そうか。

割と勢いで飛ばしてきたが、いつも一生懸命頑張ってたもんな。

 

「だから、お前や由莉には感謝している」

 

「あ、ああ。どういたしまして?」

 

ストレートな言葉って照れるよね。

特に白蓮みたいな、普段あまり言わない人からだと。

 

「そろそろ寝ようか」

 

「そうだな。おやすみ、白蓮」

 

「おやすみ、リョウ。……ふふ、少し恥ずかしいが……悪くないな」

 

光栄だ。

 

 

* * *

 

 

目覚めのドッキリハプニングなどもなく、爽やかな朝を迎えた。

 

そろそろ朝修練の時間だが、寝てる白蓮を置いて行くのは忍びない。

せっかくの、間近で見られる寝顔も捨てがたいしな。

女の子の寝顔っていいよね。

 

煩悩万歳。

 

ジッと見詰めていると、視線を感じたのか身動ぎをして起きる気配。

ああ…、もっと楽しんでいたかったのに。

 

「ふぁ~…あ。……っ!」

 

軽い欠伸などしながら瞼を上げて、焦点の定まらぬ目を暫し彷徨わせた後。

 

「や、おはよう」

 

俺と目が合うや、ボンッと真っ赤になって固まってしまう。

初心だな。

お、これが寝起きハプニングかいうやつか。

 

「あ、お、おはよう。……うわー、うわー。そうか、そうだったなぁ……」

 

但し、対象は俺じゃなく彼女の方だった訳だが。

それもまた良し。

小声でテンパる姿に癒される。

 

 

その後は特に何もなく、普通に起きて普通に修練場へ。

 

「ゆうべはおたのしみでしたね」

 

「お、おう」

 

来てみると、超イイ笑顔な由莉に出迎えられた。

これまでにないタイプの笑顔で、正直怖い。

 

「おたのしみでしたね?」

 

「あ、ああ。まあな」

 

何度も聞いて来るんじゃない。

そんなのキャラじゃなかろうに。

 

「どうした由莉。嫉妬か?」

 

「……白蓮殿。おはようございます」

 

「ああ、おはよう」

 

一瞬で冷静になった。

図星か。

 

さて、ここからは日常。

イチャイチャなんてしてられないぜ。

 

差し当たり、今後の方針確認だな。

宿舎に集めて全員ミーティング。

 

孫呉に雇われることと、シャオに従って益州へ向かうこと。

そして……

 

「今日は自分に一日付き合ってもらうっすよ!」

 

牛輔によるデートのお誘い。

いやいやいや。

ちゃうねん、修行の話やねん。

 

いくら見た目が月ちゃんだからって、騙されるな皆!

コイツは男だ!!

 

あ、こら由莉。

またそんな暗い眼をするんじゃない。

 

そうだ、白蓮……おまえもかァー!?

 

 

なんて日常を過ごした後、俺たちは益州へと旅立った。

なお、その行程中に宿泊する時は、必ず由莉か白蓮どちらかと同衾することになったのは全くの余談である。

 

 




冒頭はエイプリルフール用に考えて間に合わなかったネタです。
これに貂蝉を出せという声なき声が聞こえた気がしたので合わせてみました。
残り二話くらいで、次回は一週間後くらいを予定しております。

IFルートであり、本編の後日談ではありません。
本編における韓当の立場を食った牛輔の性格(口調)が安定しません。


・飛燕烈吼
ユリちょう烈破ァー!
いわゆる昇竜烈破的な空牙と裏空牙を連続で。
作品によって向きが違ったりもします。

Z6話、誤字報告適用しました。ありがた。



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Z8 龍連猛襲

オマケ IFルートその6 天狗マシマシばーじょん


蜀へ。

使節団の随行員として旅立った呂羽たちであったが、その前には幾多の荒波が待ち受けていた。

 

拳で問えと言いつつ答えは知らない武術家のおっさん。

少年時代に襲ってきた熊を返り討ちにした逸話を持つ巨漢。

本業薬屋で仮面の猿爺は多少の情報を知っていた。

詳しい情報を飲食店の男装用心棒に聞き、夢破れた拳闘士は道案内。

行く手を遮る軍人もどきと大きい男、彼は凄いわよ?

 

最後に立ちはだかるのは、蜀の悪徳に浸る極限天狗!

 

彼奴を前に無敵の龍が戦いを挑む。

凄惨な激闘の末、遂に空手天狗を打ち倒すのだ!

 

そして無敵の龍は、天狗仮面へ正義の鉄槌を……ッ

 

「トドメだ!覇王ォ…」

 

「やめて、おにいちゃん!」

 

「…由莉?」

 

「そのヒト?は、わたしたちの……」

 

 

* * *

 

 

っていう夢を見たんだ。

余りにあんまりな内容だったから、流石に誰にも言えんわ。

 

「どうしました?顔色が優れませんが…」

 

そんなところに真横から声をかけてくるのはリアル由莉。

目が覚めて、隣に由莉や白蓮が居ることにもすっかり慣れた。

 

「いや、ちょっと夢見がな」

 

内容は勘弁してくれ。

由莉だけに。

 

「大丈夫?ギュッとする?」

 

「……ォァー……」

 

由莉ってば、二人きりの時に敬語が抜ける事が増えてきた。

歓迎すべきこととは思うが、若干ドギマギするのは何故だろうか。

 

 

しかし、由莉……由莉か……。

 

「なあ由莉」

 

「なあに?」

 

「ちょっと、余裕っちって言って見て?」

 

「よゆうっち」

 

うむ、やはり何か違う。

何の疑問も挟まずやってくれたのに申し訳ないが…。

変なこと考えるもんじゃないな。

 

「すまん、何でもないんだ」

 

ジト目で追及してくるのを上手くかわして誤魔化して……

このあと滅茶苦茶尋問された。

 

 

* * *

 

 

改めて、益州に到着。

 

懐かしい顔ぶれに頬を緩めつつも俺たちは脇役、陰に徹する。

本題はシャオと呂蒙に任せ、同じく蜀の非メインたちとの再会を寿ぐ。

シャオの恨めしそうな表情が面白かった。

頑張れお姫様!

 

 

「さてリョウ。ちょっと陽を借りるわよ」

 

そう言って凄い勢いで牛輔を連れ去る詠。

月ちゃんも後を追う。

 

「久しぶりに会えると分かって、ずっとソワソワしてたのだ。まあ素直で宜しい」

 

華雄姉さんも久しぶり。

元気そうで何よりだけど、言動が普通のお姉さんみたいだ。

大丈夫か?

 

顔見知りの者たちが久闊を叙したところで、まあ当然の様に組手に入るよね。

そこは姉さんだからね、むしろ安心する。

また強くなっていたので龍虎乱舞で打倒しておいた。

 

 

次に牛輔を見たのは翌朝になってから。

かなり疲れた顔をしていた。

一緒にいた月ちゃんが凄く笑顔だったし、まあイロイロあったんだろう。

 

 

* * *

 

 

益州は成都。

劉備ちゃんが治める蜀の主要都市。

だから基本的に治安は良い。

 

しかし、ならず者はどこにでも居るものだ。

 

「この華蝶仮面が居る限り、悪が栄えることはない!」

 

そこへ現れる正義の使徒。

ドーンと効果音付きで色とりどりの煙幕が爆発、ついでに悪人たちも爆発さ☆

 

さて、華蝶仮面である。

中の人は一旦置いておくが……そう、仮面である。

 

仮面と言えば…。

懐の天狗面に手が伸びる……が、危ういところで自重した。

 

まだだ……まだその時ではない……。

 

それに、今は両隣りに由莉と白蓮がいる。

特に由莉は天狗面を毛嫌いしてるようだし、華蝶仮面についても微妙そうに見ていた。

脈なし。

 

一方で白蓮はどうかな。

割とおおらかで受容性の高い性格だから、受け入れてくれるかも?

 

などとは思うが、敢えて冒険する必要はない。

もうちょっと温めておこう。

 

 

それより先日、馬超率いる西涼の精鋭たちが合流してきた。

曹操様に攻められ、捲土重来を期して益州まで下ってきたのだとか。

 

その馬超姉妹の真ん中、馬休。

どことなく孫権っぽい感じがする。

姉妹の真ん中ってのは同じようになるもんかねえ。

義姉妹ではあるが、関羽も少し似てるかな。

 

馬休。

ばっきゅん。

 

……フッ。

 

何も言ってないのに、何故か初見で嫌な顔をされた。

解せぬ。

 

 

* * *

 

 

南蛮やら魏の様子が騒がしいという風聞。

何か動きがあるかもしれないので、深く注意すべし。

通達が回り、先んじて対策をとることに。

 

その流れで、呂蒙が南蛮方面の征討軍に参加。

あと由莉が率いる呂羽隊の一部が蜀軍と共同で北面で魏へ備えることに。

 

「なんで私が…」

 

シャオは使節団の正使だからね。

成都に居ることに意味がある。

むしろ動いちゃいけない。

俺はその指南役と言う名の護衛もどきで動けない。

 

よって、名代として呂羽隊ナンバー2の由莉に白羽の矢が立った、のだが…

 

「嫌です。離れたくありません」

 

物凄い勢いでゴネられた。

ヒシと縋り付いて離れない、こんなの初めて!

 

「由莉、リョウが困ってるぞ。リョウの代理なんだから、むしろ率先して行くのが副長としての…」

 

「では白蓮殿、代わって下さい」

 

「いや、それは」

 

白蓮が宥めるも効果なし。

普段は協調する白蓮相手にも牙を剥く始末。

 

そして白蓮が何とかしろと目で訴えてくる。

いや、何とかって……

 

「由莉、たまに会いに行くから」

 

「……本当?」

 

胸元に引っ付く由莉の頭を撫でながら宥めてみる。

おお、さらさらヘアー。

 

(いやいや。会いに行くって、そんなこと簡単に出来るのか?)

 

白蓮がぶつぶつ言ってるが、どうにかするしかないだろう。

簡単でなくとも、極限流に不可能はほとんどない。

 

しかし何だなァ。

随分と懐かれたと言えば穏やかだが、少し依存傾向に過ぎるか?

あまりよくない兆候だが。

 

「…わかった。ぜったい会いに来てね、おにいちゃん!」

 

( ゚Д゚)・∵. グフッ!!

 

不意打ちに咽る俺。

それと同時に響き渡る鈍い音。

 

──ゴツンッ

 

「いい加減にしろ、由莉。甘え過ぎだぞ!」

 

幼女化したかのような由莉に、ゲンコツを落とすのは白蓮だ。

おぉう、頼りになるな。

 

「いったぁ~い……嫉妬?」

 

「…コイツっ」

 

と思ったら、突如勃発する女の戦い。

威嚇し合って暴力的じゃないのが救いだが、まあこれは由莉が悪いな。

 

頑張って引き剥がし、両者……特に白蓮を宥める。

二人に対して色んな約束をさせられる俺。

そして満足気に戦果を報告し合う二人。

 

「……あれ、俺もしかして嵌められた?」

 

「人聞きが悪いよ、お兄ちゃん!」

 

「そうだぞ。せっかく由莉を宥めたのに、無為にする気か?」

 

やはり両者は結託しているようだ。

仲が悪いよりは良いが、…あと由莉はお兄ちゃん禁止な。

 

「残念です」

 

ぐぬぬ。

好いように転がされてる感が……それも吝かではない。

 

「ともかく。由莉、頼んだぞ」

 

「…離れるのが嫌なのは本当ですので、絶対会いに来て下さいね?」

 

信じてますから。

なんて胸の前で腕を組んで微笑まれたら、ねえ。

 

「あざといな」

 

同感だが白蓮、それを口に出しちゃいかん。

二人で火花を散らす……あれ、結託してたんじゃなかったの。

 

「以前から考えていましたが、白蓮殿とは決着を付ける必要がありますね」

 

「同感だ。いいぞ、返り討ちにしてやる」

 

不敵な笑みを交わし合う両者。

俺は深く考えるのを止めた。

元気があって何よりだネー。

 

 

* * *

 

 

由莉たちが北へ向かって暫し。

俺は普段通りに過ごしつつ、過激に増えた白蓮のアプローチに付き合っていた。

まあ増えたと言っても若干だし、過激と言っても由莉に比べたら…。

安心と信頼の白蓮。

 

そんなある日、成都に一報がもたらされた。

 

魏が蜀に向けて偵察部隊を出すらしい。

しかも間者などではなく、少数ながらも将が率いる精鋭部隊とか。

 

主な経路は定軍山。

ここで迎撃、殲滅、大喝采!というのが軍師ちゃんたちの策。

元直ちゃんに直接聞いたから間違いない。

 

黄忠と馬岱を主力に、北面警備隊の面子も加わる。

おにーさんも行く?

って聞かれたけど、いやいや行っちゃダメなんだろ。

どうとでもなるよーって、随分軽いなオイ。

 

元直ちゃんって孔明ちゃんと士元ちゃんの同期なんだよね。

大丈夫なのか?

かまへん?

そ、そうか。

 

せっかくの申し出だし、由莉との約束もあるから行ってみようか。

但し、やはり公式には成都に滞在せねばならない。

 

現場不在証明は任せろーってアリバイ作りに加担してくれるのか。

嫌に乗り気だな。

俺が成都から居なくなるのが嬉しいのか?

 

冗談交じりに聞いてみると、満面の笑みで頷かれた。

守りたい、この笑顔。

じゃあアリバイ工作は任せるとしよう。

 

シャオのことは白蓮に頼めばいいか。

 

「ちょっと由莉のとこに行って来る。お忍びで」

 

「……本気だったんだな……。分かった、気を付けて」

 

ドン引きされた気がしたが、俺は何時だって本気だぞ。

じゃあ行って来る。

 

おっと、成都のアリバイはともかく向こうでも俺が居たらダメだよな。

現場不在証明……現場ってこの場合は定軍山とかか。

 

……懐に手を当てる。

…ちゃんと居る。

よし!

 

 

* * *

 

 

やって来ました定軍山、付近。

 

北面警備隊の駐屯地には主要メンバーは誰も居なかった。

もちろん由莉も。

 

だから現場と思われる付近にやってきたのだ。

誰にも見付からないように気を付けながら。

まあ俺一人のことだ。

どうとでもなる。

 

そこでふと気になった。

かなり怪しい俺の原作知識が火を噴くぜ!

 

……定軍山で、何かがあった気がする……。

 

よし、細かい事は気にしない。

いざ往かん、約束の地へ!

 

 

 

そして気付いたのは、待ち伏せしてるであろう蜀軍の面々。

由莉たちはちょっと離れたとこに布陣の模様。

先遣隊かな?

しかし発見の順番が逆だったら危なかったかも知れんね、由莉の逆探知的な意味で。

 

そうすると、遠くから割合小勢で近付く気配があるのが魏軍の偵察部隊か。

 

では、まずは手頃な蜀軍に忍び込もう。

いや情報のためだよ?

利敵行為はしないから安心してくれ。

 

 

ふ~む……モレ聞こえた情報から推測するに、敵将は夏侯淵。

だとすると、典韋とかも一緒かな。

 

黄忠なら問題ないだろうが、由莉にはちょっと荷が重い。

此処は一つ、手助けなど……。

 

しかし問題は身バレ。

由莉は黙ってくれるだろうが、人の口に戸は立てられぬ。

…うむ、やはり一計。

 

いよいよ出番だ。

 

ハートは熱く、頭はクールに…。

気を全開にしてやるッ

 

とう!

 

 

気力充填、盛りに盛ってペガサス盛り!

本気になったミスター・カラテ……もとい、空手天狗…爆誕☆

 

 

* * *

 

 

目の前には凪と由莉。

俺の……ワシの後ろには囚われ後ろ手に縛られた典韋。

 

「貴様……今すぐ流琉を放せッ」

 

激おこ凪ちゃん、凄い怒気だ。

全くグレイトだぜぇ!

 

「楽進殿。不本意ですが、ここは共闘して場を切り抜けましょう」

 

さらに凄い形相でこちらを睨んでくる由莉ちゃん。

ワシが俺とは気付いていないようだ。

 

髪と胴着、おまけで全身をオーラで覆った結果、視覚不良を起こす程に濃密な気配を放つことに成功した。

普段の明るい胴着が暗い色合いに変化して、髪も白銀に怒髪天。

ゆらゆら濃密な気流が天狗面の仮面風味を軽減してくれていることだろう。

 

凄く疲れるが、まあ天狗テンションで乗り切ろう。

そう、イメージするのは常に最強のカラテ!

 

「極限流を少々齧ったようだが、その程度では何ほどの事もないわ!」

 

ミスター・カラテの無駄に高圧的で自信家な発言が口から駄々モレ。

頭クールはどこかに消えて、ホットなカラテワードが止めどない奔流となって迸る。

 

そして極限流の単語に気を散らせ、己の力を貶められた二人のカラテ女子はブチ切れ。

 

「言わせておけば!韓忠、合わせろっ」

 

「チッ!甚だ不本意ですが、已むを得ません」

 

激昂しながらも不本意を連発するとか、どんだけ気に食わないんだよ。

それでも共闘してくるなら、良い影響が期待できるかな。

 

「はっはっは!どれ、幼子どもに稽古を付けてやるとするか」

 

余裕を持って凪の龍撃閃を弾きつつ、由莉の飛燕足刀を往なしながら煽りに煽るワシの口。

実際なんだか楽しいしのう。

いいや、行くところまで行っちゃおう。

 

ちなみに、典韋を捕えたのは当然ワシ。

当初は夏侯淵を退けようと思ったが、接触する前に黄忠たちの奇襲にやられて即反転。

殿の典韋が森に迷い込んだところでワシと遭遇。

既に空手天狗になってたワシは、咄嗟の覇極陣で気絶させて確保したのだ。

 

その後は超スピード。

縛って担いで周囲の動向を確認しようと動いたところ、先行して援軍に来たらしい凪と交戦中の由莉を発見。

捨ておけず、典韋を担いだまま毘瑠斗圧覇で登場した次第。

 

 

天狗マシマシ!

 

 

手数は多い。

即席コンビの割にはテンポも良いな。

 

「だが、甘い!」

 

飛燕疾風脚で浮かせて暫烈拳。

トドメは極限虎咆にて根元からの掬い上げ。

 

……む?

 

暫烈拳で凪を吹き飛ばした、と思ったら。

 

「ハァッ!」

 

気合一閃。

戦闘中も余り気合を見せない由莉が見せたソレ。

 

上半身を反らせての溜めから、こちらの動きに合わせて突進。

凪に比べて拳が軽い由莉が見せる技。

一体どのようなものか、興味がそそられる。

 

接近するや左ストレートを上段で受けると右足掛け蹴りに……ふむ。

上下に揺さぶる、乱舞の基本。

 

ボディブロウに足先蹴り、二段回し蹴りから龍斬翔に繋げるか!

 

とりあえず全部受けて吹っ飛ばされてみた。

やはり威力は弱い。

が、悪くないな。

 

「龍連猛襲とは、やるではないか」

 

「…チッ」

 

龍虎乱舞ならこれまで所々で見せてきたからな。

そこから自分に可能な技を集めて再構築した、簡易版の龍虎乱舞とも言えよう。

俺が持ち得る龍連猛襲とは少し構成が異なるが問題ない。

 

褒めてみたけど、褒めたって思われてないよな絶対。

効いてる感じもないだろうし、何より超上から目線だし。

 

でも本当に良くやってる。

凪と違い、由莉が極限流を修めるのは厳しいかなって思ってたもん。

 

おっと、嬉しくて俺に戻ってるな。

いかんいかん。

今はまだワシで居なくては。

 

「良いものを見せてくれた褒美だ。受け取るが良い」

 

吹き飛ばされた凪が駆け戻って来るのを視界に収めつつ放つそれ。

通常の覇王翔吼拳、覇王至高拳よりも激しく大きな気弾。

 

超必殺・天狗至高拳!!

 

凪と由莉が目を瞠るのが見えた。

やがて気弾は彼女らを飲み込み……勝敗は決した。

 

 

* * *

 

 

「覇王翔吼拳を会得せん限り、お前がワシを倒す事など出来ぬわ!」

 

 

* * *

 

 

その後、駆け付けた曹操様たちに凪と典韋を引き渡して定軍山の縄張りを主張。

即時退去を促した。

闘った理由を考えてなかったので、この山に住む空手天狗が侵入者を撃退したってバックストーリー。

 

空手天狗の存在を主張しつつ、蜀の防衛ライン構築にも貢献。

まさに一石二鳥。

フフフ…完璧、完璧じゃないか!

 

だからさ、凪と由莉の服が破れたことは大目に見てくれないか。

 

泣いて悔しがる二人については、いつか補償するから許してくれ。

言えないけど。

 

目を覚ました典韋が去り際に見せた、汚物を見るような視線が痛かった。

現地の全員からヘイトを稼いだのは理解してるけどさ。

 

全て空手天狗が悪いんや!

これはそのうち、しっかり闇に葬らんといかんね。

 

 

さて、突然ですがここで問題です。

 

俺は定軍山まで何をしに来たでしょう?

 

答え、由莉に会いに来た。

 

今更のこのこ由莉の前に姿を現せと申すか。

しかし出ないと、約束を違えることになる。

 

うぬぬ…。

仕方がない、背に腹は代えられん。

 

「由莉、大丈夫か?」

 

陣屋内の由莉用スペースに忍び込み、寝台で蹲る由莉に囁きかける。

もちろんカラテモードは解除済み。

 

「……たいちょう?」

 

「ああ。お忍びでな、遅くなったが会いに来たぞ」

 

身体の調子でも悪いのかと思ったが、どうやら泣いていたようだ。

罪悪感。

 

「ッ!!」

 

俺の姿を認めるや、胸に飛び込んできたのを抱き止める。

普段と違い、目端に涙を湛えた彼女は弱々しい。

胸の中でさめざめと泣きながら、色んな事を話し出した。

 

 

離れて寂しかった事。

敵と遭遇して心細かった事。

戦いになり、劣勢に立たされた事。

闖入者により有耶無耶になったが、あのままでは負けていた事。

乱入者相手に已む無く敵と共闘したが、それでも破れた事。

俺以外の者に肌を見られた事。

自分が弱い事。

それでも敵(凪)には負けたくない事。

会いに来てくれて嬉しい、などなど。

 

 

胸の内を吐露する彼女を、相槌を打ちながらただ受け止め続けた。

これまで一緒にいるのが普通になり過ぎて、今回長く離れて虚脱感に襲われてしまったんだな。

その状態で戦闘は、さぞきつかったろう。

しかも空手天狗に負けてしまった。

 

口に出せない謝罪も込めて、その身を強く抱きしめた。

 

やがて請われて寝台を共にする。

 

「久しぶりですが……やはり、安心します」

 

確かに久しぶりかもな。

俺の方こそ安心感に包まれてるよ。

 

「……ふふふ」

 

ん?

軽く笑みを浮かべたと思ったら、グワシッ!と思いもよらぬ強い力で掴まれる。

 

「由莉?」

 

「せっかくですので、昂りはそのままに……ね?」

 

落ち着いた彼女はいつもの彼女を取り戻した、が。

いやいやマテマテ!

俺はお忍びだから、夜陰に紛れて戻らないとだな…

 

「大丈夫です。朝までは誰も来ませんから」

 

落ち着け!

あ、いや……うん、添い寝ってことだな?

うん、いいぞ、それくらいなr

 

「もうっ……ん…ちゅ…」

 

 

天に滅せよ!(擬音)

 

 

* * *

 

 

お忍びはお忍びのままに、ちゃんと成都に戻ってきた。

如何に正規の使者より早く戻れるかが俺の今後を左右する。

その心積もりで超頑張ったよ。

 

白蓮にも、ホントに行って来たのかと驚かれたくらい。

元直ちゃんが愛想笑いで出迎えてくれた。

 

 

やがて北面迎撃軍が帰還すると、色んな噂が飛び交った。

その中に空手天狗のこともあったけど、ちょっとだけだったな。

由莉も積極的には話さなかったし、俺から言えることは何もない。

 

沈黙は金なり。

白蓮が何かを勘付いたのか、最近俺を見る目が怪しい。

だが藪蛇はゴメンである。

 

但し、当然だがなかったことにはしない。

由莉にはちゃんと言ったし、落ち着いたら白蓮も交えて話し合いをだな…。

 

そうこうしているうちに南蛮征討軍も戻り、密度の薄い噂は雲散霧消。

シャオと呂蒙の成長を感じ取った頃、孫呉より帰還指示が届くのだった。

 

 

蜀主催のお別れ会(武闘大会)が開催され、盛況を博す。

お別れ会が酒盛りになるのは分かるが、武闘大会と同義になるのは世界共通なのか?

そんなことないよね?

いや、確かに楽しんだけどさ。

 

元直ちゃんとも打ち合えたし。

剣筋には結構な殺気が乗っていたが、何かやらかしたか?

まあいいか。

 

 

* * *

 

 

孫呉に帰還。

 

いや、シャオがね。

俺は雇われ指南役で随行員なだけであって、別に故郷とかじゃないから。

 

帰還のお祝いに、孫策主催の酒盛りが開催。

え、このまま武術大会に移行する?うん、知ってた。

 

酒盛り中、労いに注いで貰った周瑜から変な感じが。

空手天狗で鋭敏になった気配感知に引っ掛かったので、後日街に居た華陀のところへ引っ張って行った。

先日来だが、まだ居てくれて良かった。

 

「げ・ん・き・に……なぁぁぁれぇぇぇぇぇ!!!」

 

流石イケメン。

周瑜は元気になった。

どうも、病魔に蝕まれかけていたらしい。

 

よかったね、早めのパブr…治療で!

 

漢女師弟の溢れんばかりの存在感は努めて無視した。

妙な呟きも、気にしたら負けだろう。

 

その後は病魔が去って快癒した周瑜と、それを知って目を光らせた孫策に迫られたがシャオと呂蒙の活躍で危難は去った。

 

由莉と白蓮はね、怒るけど助けてくれないんだよ。

だから本気で止める気はないのかなって思ったんだけどね。

 

超怒られた。

 

孫策を止めてくれたお礼をせがまれたので、シャオを抱えて高い高ぁ~い!

一緒にいた呂蒙にも…って思ったらさ。

孫権と一緒になってメチャクチャ怒るんだもん。

そんなに怒らなくても……いや、反省してますとも。

 

 

孫策と周瑜の真名を受領。

色々考えを聞かされたが、要は決戦が近いので宜しく!ってことみたい。

シャオが云々とも言ってた。

 

仕官してないけどね、此処に来ての利敵行為はないと踏んだか。

そうこうしてるうちに月日は流れ、レッドクリフが間近に。

 

 

* * *

 

 

呉蜀同盟軍 対 曹魏軍

 

即ち赤壁の戦いが勃発した。

俺たち呂羽隊は、シャオを主将としての……お留守番だ!

 

「ええーっ、なんでシャオだけー!」

 

留守居が決まってからのシャオはずっと不機嫌だ。

孫呉の力になりたいと努力を続けるお姫様は、戦力外通告にお冠。

実際は戦力外通告じゃなくて後詰。

 

孫策もとい雪蓮と孫権の姉妹並びに孫呉の首脳陣が願う事。

それは、シャオが無事に生き延びる事だ。

 

当然勝つつもりで戦いに臨むが、彼我の戦力差は大きい。

万が一の時、孫呉の血筋を残さねばならない。

なんてことは当然、シャオだって理解しているけどな。

 

俺と呂羽隊はシャオの護衛であり、後詰の遊撃部隊でもある。

何といっても呂羽隊は正式に仕官はしてないからな。

雇われと仕官の違いは良く分からないが、まあ孫呉の武将じゃないのは間違いない。

 

そんな訳で赤壁とは違う、ちょっと離れた場所に居る訳だが…。

 

 

「じゃあシャオ。ちょっと様子見てくるから」

 

此処に居ても仕方がない。

蜀でも使った居留守の逆、現場不在証明を使って現地へ行こう。

幸い、まだ戦いは始まっていない様子だし。

 

「え?ちょ、待ちなさい!それならシャオもっ」

 

だが断る。

こういうのは一人の方が身軽で良いのだ。

 

良いのだが、そうは問屋が卸さない。

 

「おやおや隊長。お散歩ですか?」

 

「確かに此処じゃ暇だからな。少し出歩くのも悪くない」

 

不穏な笑顔の二人に迫られて、仕方なく三人で行くことに。

正確には白馬義従を伴ってのスーパーダッシュ!

 

呂羽隊とシャオのことは牛輔に任せておこう。

 

「ちょっと、そりゃないっすよ!?」

 

 

* * *

 

 

赤壁。

 

さあ、フィナーレ間近!

 

孫呉の備蓄基地から持ち出した油壺の群れ。

コイツを使って派手な流星群を演出してやろう。

 

もちろん、俺は此処に居ない。

由莉と白蓮は斥候の役割を果たしただけ。

 

彼女たちは俺の傍から離れるのを拒んだ。

絶対にNO!って勢いで。

ならば仕方ない。

後の事は未来の俺にお願いしよう。

 

 

懐に手を伸ばす。

 

白蓮が訝しげな顔をした。

 

気力を盛りまくり、揺らぎを顕現させる。

 

由莉が息をのむ。

 

 

いざ!

スーパーカラテタイム、はっじまっるよー!

 

 

天狗マシマシ、さらに倍!

 

 




本文で使えなさそうなネタも消化していくスタイル。
残すところ、多分あと一話で仕舞いです。

IFルートであり、本編の後日談ではありません。
孫呉ルートは呂蒙の好感度が足りず、成立しませんでした。
あと■や〇〇などの※※※※フラグで▲▲▲エンドも有り得ます。


・龍連猛襲
KOFロバートのストライカー動作及び技。
構えてダッシュ、相手に接触するとロックせずに乱舞開始。
6発ほど殴る蹴るして龍斬翔でフィニッシュ。
連携技として好んで使ってました。


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Z9 飛燕爪破

オマケ IFルートその7 混沌マシマシばーじょん


赤壁の戦い。

 

同盟を結んだ呉蜀と魏との、意地と意地をぶつけ合った、まさに天下分け目の大戦。

しかし彼我の戦力差はまだ大きい。

だから孫呉が得意とする船戦で戦力差を埋めることにした。

また、黄蓋による偽降の計や連環の計など幾つもの必勝策を講じていたのだ。

 

しかし呉蜀の軍師たちが練った必勝策は、まるで知っていたかのように次々と破られてしまう。

まさか対策されているとは思わない呉蜀同盟軍は、崩れた均衡に為す術を持たない。

 

命を賭して孫呉のために戦った黄蓋は、策破れるも投降を拒み、今まさに討たれんと…。

 

そんなところに降って来る、空気を読まない空手天狗がいるらしい。

 

「ハッハァーー!飛燕爪破ァ!!」

 

「んなっ!?」

 

驚き声を発したのはその場の誰か。

この場合は魏呉蜀いずれも有り得るが、どうでもいい。

ダイジェストモノローグを漏らしてみたのは緊張緩和のため。

なんせ勢いよく飛び出したはいいものの、割とドキドキしてたから。

 

「何事か!?……な、なにをする!放せ、放さぬかッ」

 

さて、討死覚悟の将を勝手に抱えて助ける悪鬼の所業。

天狗じゃ、天狗の仕業じゃ!

 

「食らえ、周泰!」

 

「は、はわわ!?」

 

密かに近寄ろうと試みていた、斜め後ろの忍者娘に放り投げて任務完了。

ちゃんと受け止めきれたか知らんけど、ある程度離れていたから大丈夫だろう。

 

さぁて、ワシの相手はどれかなぁ~?

 

「貴様……何者だ」

 

夏侯淵か、元気そうで何より。

 

「ワシは空手天狗!またも侵入者が居たようでな、顔を拝みにきたのよ」

 

秘儀、縄張りへの侵入者対策でやって来ました大作戦!

 

いや定軍山から赤壁って、天狗の縄張りはどんだけ広いんだよ…。

なんて、野暮なツッコミをする暇人も此処には居ない。

 

「……妙な奴め、ここで始末してくれる」

 

定軍山では会わなかったから初対面ですね。

この瞬間だけどうぞヨロシク。

 

「ふっふっふ。お主に出来るかな?」

 

「笑止!」

 

ホットに煽る口調は変わらずも心中冷静に。

こちとら王様じゃないからな、慢心したら命に関わる。

 

おっと弱気は禁物。

なぜならワシは、天下無敵の極限流継承者。

本気になったミスター・カラーテ、空手天狗なのだから!

 

「行くぞ!」

 

 

連続して飛んでくる矢を反らしたり掴んだり、攻撃は最大の防御と突進したら横から大振り攻撃。

三戦の型で受け止めてみると、おやおや夏侯惇が参戦か。

姉妹の最強コンビネーションだね!

 

なんて悠長に構えていると、何処かから気弾が飛んできた。

おお凪よ、久しぶりじゃのう。

 

「此処で会ったが百年目。成敗してくれる…」

 

凪の表情は冷静そのものだが、目が闇のように暗い。

あれ、凪ってこんなキャラだったっけ?

 

「…秋蘭様、春蘭様。ここは私に任せて下さい」

 

「だがな!」

 

「お任せを…」

 

「…分かった。行くぞ姉者」

 

まさかのサシ希望。

姉妹に睨まれながら見送って、改めて凪と対峙する。

 

「一人で足止めをする気とは見上げた根性、天晴よな」

 

「…黙れ」

 

こちらを見る眼差しは力強い。

しかし、暗い。

俗に言うハイライトが消えた状態。

 

「目に物見せてくれる」

 

そう言って両手を眼前で交差する構えを取る。

おお!?

これはまさか…

 

「覇王ぉぉ、翔吼拳っっ!」

 

ずばーんと突き出された両の掌から放たれる大きな気弾。

赤みがかったそれは、間違いなく覇王翔吼拳!

すごい、やるじゃないか!

 

「ぬぅぅん……覇王至高拳!」

 

でも覇王翔吼拳見てから覇王至高拳余裕でした。

至高拳で相殺して様子を見る……っと、これも見越して仕掛けてきたか!

 

「はぁぁぁ……飛燕旋風脚!」

 

「なんの!龍斬翔ッ」

 

 

* * *

 

 

「覇王翔吼拳を会得したところで、ワシに勝つことなどできぬわ!」

 

 

* * *

 

 

我ながら酷い話である。

それでも凪は、ものともせずに向かってきた。

激高せずに淡々と、しかし攻撃の端々に殺気を乗せて。

 

このワシについてくるとは、健闘と言っても過言ではあるまい。

だが力配分を考えなかったのか、最後は気力体力の限界を迎えて気絶してしまった。

やれやれ、無茶しおって。

 

倒れ伏した凪を横目に、改めて周囲を確認。

天狗と凪で無双乱舞した影響か、足場の艀周辺は藻屑と化して誰もいない。

感覚を研ぎ澄ませると、俺たちから少し離れた場所で戦局が大詰めを迎える気配がした。

 

ふむ……このままでは足場の艀も直に沈むだろう。

とりあえず、気絶した凪を抱えて跳躍……壁を駆け上がる。

 

昇った先で由莉たちと合流。

二人とも凄い形相だったが華麗にスルー。

ほら、今はちょっと時間ないからさ?

 

凪を白蓮に預けて、代わりに油壺を受け取る。

見渡す限り、繋がれた軍船は切り離されて孫呉の火計は成されてない。

 

詳細は不明だが、とりあえず魏の軍船を焼けばいいはずだ。

風も強く吹いてることだし。

由莉たちには火矢を頼み、当方は油雨を降らせる作業に入ります。

 

「ヒャッハー、火ァー!」

 

本日は孔明ちゃんの風、後に強く。

観測史上、最大級の火矢まじりの油雨が広範囲に渡り降るでしょう。

木造船は特にご注意くださいね!

 

 

* * *

 

 

さて、引き揚げようか。

天狗面はそのままに、ひとまず気を静めて二人を促す。

 

「詳細を希望します」

 

「流して済むと思うなよ?」

 

理知的に了承してくれたので、急いで片付けなど。

 

状況とかは移動中に確認しよう。

それで納得できるか保証はできんが。

 

「ところで楽進はどうするんだ?」

 

あ、忘れてた。

……とりあえず放置はいかんよな。

捕虜とするにも、何故俺がって話になるし。

 

「よし、連れて行こう」

 

「……本気ですか?(ギリッ」

 

お、おう。

おう?

 

何やらこちらに向かってくる影が一つ。

 

一応まだ空手仮面のままだ。

精神的には完全に俺へ戻ってしまったが、念のために。

 

「やはりこちらでしたか!」

 

シュバッと現れるは孫呉の宝・周泰である。

 

あの壁を登って来るとは、やるではないか。

だけど流石に疲れたのだろう、乱れた息を整えている。

 

「ひえっ!だ、誰ですかアナタはっ」

 

そして怯えられた。

咄嗟に白蓮の後ろに隠れる忍っ娘。

さっすが白蓮ちゃん、頼りになるぅー(

 

「はあ。それで周泰殿、ご用件は?」

 

俺に仮面を取る気が無いのを察し、由莉が話を進めてくれた。

めっちゃ睨まれとる。

 

「は!そ、そうでした。どうやら異端者が居るようなので、連れて来るようにと雪蓮様が!」

 

バレテーラ?

だがしかし!ここでノコノコと大人しく出頭する気なんて、

 

「分かりました。該当者を探して伝えておきます」

 

ないんだけど…、由莉があっさり是認。

白蓮も頷いている。

 

「よ、宜しくお願いします。それでは!」

 

再びシュバッと消える忍び娘。

そして辺りは静寂に包まれた。

 

……由莉と白蓮の視線が痛い。

 

沈黙は金なり。

それも時と場合による。

 

「し、使者を出してくれ」

 

「……は。して何と?」

 

「此処には斥候で来た者のみ。異端者などはいない、と」

 

「……それで宜しいので?」

 

ジトッと睨まれながら念押しの確認。

思い切り天狗面を周泰に見られたからな、不安なのも仕方がない。

だけど構わんだろう。

天狗が何者かは分からないだろうし、証拠がなければシラら切り通せる。

うん、問題ない。

 

 

* * *

 

 

ほら予想通り、再度の本陣から連絡は問題なし。

 

本隊は曹操様と野戦で決戦に及ぶので、シャオを補佐してこれに備えよ!

だってさ。

つまり、俺は此処に居る筈がないと証明された訳だ!

 

「指示がこちらに来てる時点でお察しですが」

 

久しぶりに由莉の口が悪い。

あと冷たい。

 

「自業自得だぞ」

 

知ってる。

白蓮も由莉程じゃないけど、不機嫌だな。

 

凪はさっき目を覚ました。

咄嗟に俺は物影に隠れたのだが、何故か由莉も追従。

 

よって凪の視界に入ったのは白蓮のみ。

 

「……負けた、か……」

 

感情のこもらない瞳で呟き、俯いて唇を噛み締める凪の姿が痛ましい。

白蓮が目と口パクで非難してくる。

由莉も……由莉は微妙そうな表情。

先日の吐露が脳裏を過った。

 

おっと、今は(天に滅せよ!)は関係ないぞ。

 

とりあえず場を混沌とさせるものアレなので、天狗面を外してカラテモードを完全解除。

ふう、完全に鎮まった。

 

だがこの姿を凪以外の現場要員に見られると困るので、早急に離れよう。

急いでシャオに合流するぞ。

いや、もうマジで急がないと使者に聞いたシャオが先に出立してしまう。

そうなりゃ目も当てられん。

 

と言う訳で、凪を運ばないといけないのだが…。

 

「どうする気ですか?」

 

由莉からのプレッシャーが酷い。

 

しかしこうなってはな、どうにもこうにも。

心の隙間に付け込むようで悪いが、やむをえん。

 

「凪」

 

スイッと凪の前に身を晒し、声をかける。

 

「……リョウ殿……?」

 

俺の姿を見付けると、少しばかり目に輝きが戻ってきた。

ハイライトの仕組みって謎だよね。

 

「これは、夢でしょうか……」

 

まだボンヤリしてるな。

だが好機到来、ここぞとばかりに畳み掛ける。

 

「偶々通りかかってな。倒れてた凪を介抱したんだ」

 

空手天狗が赤壁から凪を抱えて来たけど、何かしらの理由で放置。

偶々見付けたのが俺たちで、知り合いだったので介抱してる。

でも一応は呉蜀側だから、捕虜とまでは言わないけどしばらく同行してくれると助かるよ。

そんなストーリー。

 

「…そうですか……ッ!あ、あの暴虐な……者、は…」

 

ぽやーっとした凪も可愛かったが、徐々に気力を取り戻して……いや暴虐って。

いやまあ、確かに言動は酷い奴かも知れないけどさ。

 

「楽進殿。とりあえず、あの唾棄すべき変質者はいませんのでご安心ください」

 

「……韓忠……そうか、すまない」

 

由莉は余程天狗面がお気に召さない様子。

俺だと知って尚あの反応。

凪を誤魔化すための演技ならともかく、本気で嫌そうな感じは演技とは思えない。

 

「随分と嫌われたようだな。慰めてやろうか?」

 

「白蓮……お前も嫌そうな顔してたじゃないか」

 

「あの姿は、見てて気持ちの良いもんじゃなかったからな」

 

……そうか。

まあ身バレしなけりゃ、今後は敢えて使う予定もない。

 

慕ってくれる二人だが、無条件で全てを受け入れてくれる訳じゃないんだなー。

いや当たり前か。

むしろ、無条件信任とかの方が危険な気もするし。

 

 

「──ゴミ屑を抹消出来ないのは残念ですが、楽進殿が攫われなくて何よりでした」

 

「むう、一体何がどうなったのか。あのような無体者の考えは分からんな」

 

「ええ、全くです。あんな卑猥な物体は灰燼に帰すべきです」

 

「…そう言えば、あの…天狗?が扱う極限流とは一体…」

 

「楽進殿。あれを極限流と認めてはなりません。隊長こそ至高でなければ…」

 

「確かにそうだな。…いつか必ず、あれを打倒してみせる!」

 

「その意気です。…ああ、やはり私は貴女が羨ましい」

 

「え?……いや、私こそお前の……その、立場とか……女性らしさとか……」

 

 

移動中、何やら由莉と凪の仲が雪解け。

要因が天狗仮面で、彼女たちにとって不倶戴天のナニカと認定されているのは誠に遺憾だが。

 

…まあいいか。

それより由莉は知ってて言ってる訳で、凪のことも考えると非常に後が怖い。

 

チラッと白蓮を見ると目が合った。

いや、実はずっと視線を感じていてな。

 

「…どうかしたか?」

 

「なあリョウ。お前、由莉を抱いたのか?」

 

わあ、白蓮ちゃんたら大胆!

以前なら恥ずかしがってドモッて結局誤魔化すようなことを、そんな白昼堂々と…。

成長したねえ。

 

「…リョウ?」

 

瞳に剣呑な光が宿る。

おっと失敬。

真面目に……まじめに、答えないといかんのかこれ。

 

チラッと由莉を見てみると、笑顔の彼女と目が合った。

めっちゃ聞かれとるやん!

何も言わないのは俺の口から言わせるためか。

 

聞こえてなかったのか、凪だけが不思議そうな表情。

それに対してゴニョゴニョと耳打ちする由莉。

止めろ、変なことを吹き込むんじゃない。

 

「早く答えろ。どうなんだ、リョウ」

 

しかし剣呑な白蓮ちゃんに迫られて由莉を止められない。

ああ、場のカオス化が止まらない。

 

 

* * *

 

 

「リョ、リョウ殿ッ……韓忠とは、その……義兄妹だったのでは……?」

 

何故か涙目で顔を真っ赤にした凪に詰め寄られているなう。

すっかり普段通りに戻ってくれて嬉しいよ。

 

「き、聞いているのですか!?」

 

聞こえてるよー。

ただちょっとスマン。

今は手が離せないんだ。

 

 

「まさか、こうもあっさり出し抜かれるとはな」

 

「ふふ。まさか抜け駆けなどとは言わないでしょうね?」

 

「それこそまさかだ。だが、やはり決着を」

 

「その必要はありませんよ。ええ、既に私の……いえ、最早言う必要もないですね」

 

「ふ、ふふふふ…、いい度胸だ!この公孫白珪が剣…受けてm」

 

 

「はいそこまでー!剣を出すな。由莉も煽るんじゃない!」

 

静かにキレる白蓮と煽りまくる由莉を止めねばならんのだ。

正面で二人を抑えながら、さらに凪の対応まではちょいと厳しい。

 

「楽進殿。確かに私は隊長を兄と慕いましたが、それが関係を持ってはならない理由にはなりませんよ?」

 

標的を凪に変えたのか、満面の笑みで由莉。

もうオマエ黙れ。

 

「やだ、お前だなんて……」

 

 

白蓮は沸騰。

凪は停止中。

 

カオス。

 

 

混沌マシマシ!

 

 

とりあえず色んな事は後に回して先を急ぐぞ!

 

「絶対、あとで詳しい話を聞かせて貰いますからね!」

 

表情に生気を取り戻しつつも、頬を若干赤らめる凪と──

 

「決着は、どちらと付けるべきだろうな…」

 

ハイライトのない瞳でぶつぶつ呟く白蓮と──

 

「とりあえずこんなもので。…残る問題は、あの仮面を……」

 

余裕の微笑を湛える由莉と共に駆ける駆ける。

ああ、女性陣と白馬義従は馬でな。

 

俺だけダッシュ。

イジメとかじゃなくて、その方が早いからだ。

 

ちなみに、白馬義従の皆さんは空気に徹してくれている。

誠にありがたい。

あとで何か奢るよ。

 

 

すっかり打ち解けた様子の女性陣だが、火種は彼方此方に転がっている。

いつ着火するか分からない危険物。

分からないなら気にしない方がいいよね!

 

 

さて、頑張って急いだお陰で何とか使者の到着前にシャオと合流出来た。

いや、最悪俺だけでもと龍虎乱舞の爆発力で先行したんだけど。

 

シャオと牛輔にはネチネチと嫌味を言われたが、なぁに些細なことよ。

 

ギリギリの時間差で雪蓮からの使者が正式に届き、シャオが軍を発す。

俺たちは遊撃部隊と言う名目で、実質は凪を匿うために本隊とは距離を置いている。

 

深くは考えてないけど、戦いが終わってから戻してあげればいいんじゃないかな。

捕虜ではないんだし。

 

……ところでだ。

何か嫌な気配を感じるんだが、気のせいかな?

 

「気のせいではないと思います」

 

気配探知の達人、由莉が言うなら間違いないな。

しかし具体的に何がどう、というのが分からない。

シャオにはこのまま雪蓮の指示に従ってもらって、俺たちはちょっと別行動しようか。

 

「それって軍令違反…」

 

うむ、まあ何とかなる。

何だったら白馬義従だけでもシャオたちと…

 

「断る」

 

ですよねー。

じゃ、凪も一緒に行こうか。

 

「あ、はい。……ところでリョウ殿」

 

「何かな?」

 

「…韓忠…殿、とは、その…どういったご関係で?」

 

由莉に敬称付けるようになったんだね、この短期間で丸め込んだのか?

それはともかく、まさかのストレートパンチ。

割と真剣な表情だが何を想像してか頬が赤い。

これはこれで大変可愛らしくて良いのだが、この流れはちょっと不味いぞ。

 

「最初は対峙して、次に従者で義兄妹の契りを交わして…ああ、弟子でもあるな」

 

順不同。

思い出しながら答えるが、そういや色々あったなあ。

 

「そして今では正妻(仮)ですね」

 

さらりと付け加える由莉は肝が据わってる。

まだ結婚した覚えはないが…。

 

「責任……」

 

そんな呟かれても困る。

いや、流す訳じゃないぞ。

 

「私は認めてないがな」

 

白蓮、参戦。

その辺の事も、ちゃんと話し合わなければならない。

下手すりゃ刃傷沙汰だ。

勘弁してほしい。

 

「さっ、流石に義兄妹で…その、致すのは、どうかと…思う、ぞ」

 

凪は先ほど以上に顔を真っ赤にさせ、言葉尻弱く咎めてくる。

想像しながら質問したくせに。

 

この発言に対する由莉の回答が…

 

「義兄妹は方便ですから」

 

こいつシレッと言い切りやがったー!?

 

ほら、凪も白蓮もぽかんとしてるじゃないか。

俺だってビックリだよ!

 

「そもそもは、隊長の行動が原因ですから」

 

原因とな。

笑顔の由莉が何故か怖い。

 

「ご存知かは分かりませんが、私は当初黄布党に属していました」

 

確かに、今となっては懐かしい。

そこの指揮官みたいなのをしてて、俺がぶっ飛ばしたんだ。

 

「そうですね。…そして、隊長に誑かされたのです」

 

ギンッと二対の視線が俺に刺さる。

た、誑かすとは人聞きの悪い。

 

「ああいえ、確かに言葉を間違えました。正しくは攫われた、ですね」

 

ちょっと由莉サァーン!?

 

「乱戦の中で身包みを剥がされ、抱えられ連れ去られるという恐怖。…ああ、実に懐かしいです」

 

そんな遠くを見る目で語らないでくれないか。

完全には間違ってはない気もするが、その言い方だと俺は完全に変態じゃない?

 

「次に目を覚ました時には、きつく締めていたはずのサラシが緩んでいまして……」

 

──これはもしや、と思いましたね。

 

なんて仰る。

もう止めて!既に俺のライフはゼロ間近よッ!

 

「その後は旦那様に引き取られ、今に至る訳ですが」

 

「…今に至る過程を詳しく知りたいな」

 

「出会いは最悪とも言えますが、今では早くに近付けて良かったと思っています」

 

──もし、近付けなければ……恨みに囚われていたかも知れませんね──

 

などと途中で白蓮が言ったことはガン無視し、綺麗な笑顔で言い切った。

白蓮の額に浮かぶ青筋が怖い。

 

流れも大分端折られていたが、由莉の気持ちをちゃんと聞いたのは初めてだ。

そうか、しかし…恨み、恨みか……。

 

「身包み剥がされ……リョウ殿まで、そんなことを……」

 

「ふふっ。隊長だって立派な男性、野獣なのですよ」

 

「まあ、ケダモノではあるな」

 

待って。

由莉もだが、白蓮のケダモノ発言はダメだろ。

凪がドン引きしてるじゃないか。

 

「だって天狗で…」

 

「分かった!白蓮、後で何か奢るから今は黙ってくれ」

 

「ん?今なんでもって言ったか?」

 

「言ってねえ!」

 

 

ぎゃあぎゅあ騒ぎながらも移動はしてる。

 

しかし由莉の過去と想いを聴けたのは収穫だったが、俺の株は落ちたな。

 

あまり口にすることはしないが、俺にだって虚栄心が無い訳じゃない。

特に白蓮と凪には、悪く思われたくはないのだが…。

もう遅いか。

 

 

* * *

 

 

澱んだ気配の下に駆け付けてみると、そこにあったのは蠢く悪意。

目に見えるほどの濃密な悪意は、ともすると蜃気楼のようで。

 

気の扱いに長けた凪や由莉は吐き気を催し、そうでない白蓮すらも顔色が悪い。

 

眼下に広がるのは、優に三百万は下らない軍勢とも言えない人の群れ。

対峙する呉蜀魏の三国軍、合わせて百万ちょっと。

 

これは不味い。

っと、駆け出そうとする凪を押し止める。

 

「何故止めるのですか!」

 

睨みつけて来る彼女の意思はとても尊い。

味方のピンチに対し、不利を省みず矢面に立つ。

まさしく、武人としてあるべき姿だ。

 

「故に、応えねばと思った訳だな」

 

「…リョウ殿?」

 

まあ、まずはそこで見てろ。

軽く合図を上げるから、その後で突入すればいい。

 

「二人も、いいな?」

 

「ええ。いつでもどこでも、常にお傍に」

 

「もちろんだ」

 

彼女たちの頼もしい声を背に受けて、対軍勢の一撃と言えばアレしかない。

ここまで温存してきた上、空手天狗の鋭意なる気流を思い起こせば不可能もない。

 

「本気で行くぞ!」

 

 

覇王獅咬拳!!

 

 

覇気ある王の獅子を咬む咆哮。

崩して言うなら極限ビーム!

 

ガオーッ

 

 

敵勢を薙ぎ払い、飛び込む。

そのまま鬼神山峨撃で空気の壁を殴って周囲に衝撃波。

 

後ろから凪、由莉、白蓮らが続く気配を感じつつ、悪意の群れを掃討していった。

 

 

* * *

 

 

掃討完了。

まだ幾らか残党は残っているが、左程間を置かず三国連合軍が殲滅することだろう。

 

「リョウ!」

 

やれやれ、終わったか。

なんて息をついていると、聞き慣れないセリフと共に由莉が抱きついてきた。

 

「うおっと…!」

 

豊満なる……母性が眼前に!

こ、これは中々の……はっ

 

「ほうほう、そうかそうか。つまり、そういうことなんだな?」

 

不穏な空気を醸しつつ、何かに納得している白蓮が超怖い。

 

「なんっ……韓忠、き…貴様……っ」

 

凪の顔は真っ赤だが、照れと共に怒りの感情も見て取れる。

由莉に対する怒りなのか、またその理由は何なのか…。

気にはなるが、ほぼ確実に藪蛇となるだろうから自重。

 

しかし凪はホントに初心だねえ。

興味はあるようなのに、なかなかどうして。

 

二人の様子を気にしていると、唐突に両頬をガシッと鷲掴まれて──

 

──ぐりんと前を向かされた。

 

正面で見つめ合う形になったのはもちろん由莉。

 

「せっかくの場面で、他の女を見るとは何事ですか」

 

それを力技で修正するのは良いのか。

とか思うが言い出せず。

何故なら口をふさがれたから。

 

「何も言わなくていいです」

 

物理的に言えない訳だがそれは…。

視線で空気読めと怒られる。

さーせん。

 

 

…ともあれ自身が招いた結果がこれならば、受け止めねばなるまいね。

既にやらかしたことは目を瞑るとしても。

 

「これで平和がやって来るのでしょう。ようやく、私の夢が叶います」

 

「ぷはっ……夢って?」

 

危うく窒息するところで、何とか空気を吸い込む。

それで、我が愛しの……ええと、夢とは一体。

 

「幸せで温かな家庭を築くことです」

 

にこやかに夢を語る彼女は、何時になく澄み切った感じ。

いや、普段が澱んでるとかじゃなくてね?

 

「あなたさまを、お慕いしております。末永く、お側に置いて下さい」

 

 

ふと気付いたらプロポーズ?されてた件。

順番逆じゃね?とか。

甲斐性なくね?とか。

色々思う所はあるけれど。

 

「ああ、宜しく」

 

とりあえず応えないといけないよねー。

 

唐突なラブロマンスに周囲は完全沈黙。

凪なんか口を開けて固まったままだ。

白蓮は、……何か黒蓮になってるから今は無視。

 

「黄巾に身を置いた時に、一度は夢を諦めましたが…」

 

独白は続く。

 

「貴方に拾ってもらえて……再び夢を見るようになり、近付くために策謀し……」

 

周囲の空気をガン無視し、由莉は潤んだ瞳で語り続ける。

己の世界に埋没してるのか、あるいはワザとなのかは解らないが。

 

「色々ありましたが、絆を得て世は平和を取り戻すでしょう。だからこそ──」

 

しかし、これはある種の爆弾。

導火線に火が着いたならば、いずれ爆発する。

 

「──二人きりで、暮らしましょう?」

 

──誰にも邪魔されない場所で、ずっとずっと……未来永劫二人きりで──

 

なんて声なき声で語る由莉。

ちょっと怖い感じになってるが……。

 

 

「はいはい、冗談も程々にしとけ……よ!」

 

そして爆発。

爆発とも思えないような、静かなソレ。

 

「おっと」

 

だが黒蓮、もとい白蓮が放つ突きは尋常になく鋭い。

それも軽やかにかわす由莉。

 

「黙って聞いてれば、調子に乗るなよ」

 

激おこ白蓮ちゃん。

珍しいね。

 

「邪魔しないで下さい白蓮殿。私と旦那様だけの問題ですよ?」

 

「お前の心象はどうでもいい。それよりもリョウ、何でも言うこと聞くって約束は覚えてるな?」

 

何でもとは言ってない。

まあ流れからしたら似たようなものか。

そう思ったから否定はしなかったのだが、早まったかな。

 

「よし、じゃあリョウ。私の夫になれ」

 

「……なんですって?」

 

ストレートぱーんち!

そういうセリフは華雄姉さんにこそ似合うと思うんだが。

 

 

「はいはい、痴話喧嘩は余所でやってちょうだい」

 

そこへ現れる鋼の救世主!

 

「さて……何で赤壁で行方不明になった凪が此処にいるのかしらね?」

 

救世主は新たな火種でもあったようだ。

 

「あ、華琳様!」

 

ようやく凪が再起動して、小さな覇王様へ挨拶。

そして赤壁からの推移とかをご説明。

 

 

「ふぅ~ん……まあいいわ。ところで…」

 

全体的に興味なさげに聞いていたが、まあ概ね納得してくれたのは良かった。

しかし唐突に眼力を強めてこちらを向く。

 

「あの空手天狗とか言うのは、貴方の知り合いかしら」

 

凪の説明と赤壁で見た武、それと俺の技に共通点を見出したらしい。

なんやかんやで今まで後回しにされてたけど、みんな思ってただろうそれ。

当然だが答えは決まっている。

 

「違う」

 

知り合いではない。

なんせ同一人物ですから!

 

曹操様はしばらく俺をジッと見詰めていたが、やがてフッと息を吐いいて表情を緩めた。

ヒュー、何とか乗り切れたか。

 

「とりあえずはいいわ。今はもっと大事なことがあるものね」

 

視線の先には凪。

 

「華琳様?」

 

「凪、ちゃんと捕まえておきなさいよ」

 

そう言って颯爽と去っていく曹操様。

いや、何を意味深な発言残してくれちゃってるんですか。

 

凪も何かを決意した目とかしてるし。

 

そして今まで空気を読んで黙っていた大元の火種たち。

 

彼女たちが何を言いたいかは大体分かる。

分かるが、とりあえず今はいいんじゃないかと思うんだ。

せっかく平和になるんだし。

 

「いいえ。私たちの戦いはこれからですよ?」

 

「そうだぞ。ちゃんと責任とれよ?」

 

「リョウ殿。また一から、手……手取り足取り、御教授願いますッ!」

 

 

オマエラ落ち着け、話せばわかる!

 

 

* * *

 

 

三国は連合して平和の維持に努めることを調印。

世は平和になった。

 

 

 

まもなく俺は、由莉を正式に娶った。

白蓮とも、よくよく協議して合意到達に成功。

 

 

そしてもう一人。

 

「リョウ殿!覇王翔吼拳の上に、先日の獅子が気の技があるのですね!?」

 

正式に極限流の弟子となった凪。

 

「打倒天狗……リョウ殿!必ず私が、あの不埒者を生け捕りにしてみせます!」

 

「ああ、うん。……頑張れ?」

 

「はい!」

 

キラキラと目を輝かせる凪の目を真直ぐ見られない。

内弟子となった彼女を含め、今は四人で同居している。

 

 

三国が連合して最初に行った布告は当然、平和宣言。

では二番目に出した布告とは?

 

それは……空手天狗の全国指名手配、である。

しかもデッド・オア・アライブ!

 

 

どうやら定軍山と赤壁でやらかしたことが問題となっているらしい。

曹操様を筆頭にした魏の方々に、呉の雪蓮と黄蓋、周泰あたりの動きが危険かな。

 

 

差し当たり、真実を知るのは由莉と白蓮のみ。

その二人の目が怖い。

 

「大丈夫です。私が守って差し上げます」

 

「大丈夫だ。約束さえ破らなければ、私は何も言わん」

 

どうやら俺は彼女たちに頭が上がらないことになるらしい。

自分で蒔いた種だし、まあ…うん。

受け入れよう。

 

でも二人にはもうちょっと仲良くして欲しいかも。

 

いや、別に普段から仲が悪い訳じゃないよ。

時々……時々ね?今みたいに張り合うことがあるだけで…。

そこまで望むのは欲張りなのかな?

 

蜀に行った牛輔は月ちゃんと詠とも上手くやってるらしいのに。

上手くやるコツを教えて欲しいもんだ。

魏の種馬と呼ばれる北郷君にも相談してみようか。

 

うむ、そうしよう。

 

 

「よーし、それじゃあ凪!俺の覇王翔吼拳を受けてみろ!」

 

 

これからも戦いは続く。

でもそれは、もはや乱世における戦いではない。

皆が皆、幸せで穏やかに生きるためのもの。

 

もちろん俺も、その一員であるために努力は惜しまない。

 

だから凪には悪いが、天狗の事は墓まで持っていく覚悟を決めた。

 

「もちろん生涯を添い遂げる覚悟です」

 

「生涯の共犯者ってことか。それも悪くないな」

 

まあ、そういうことだな。

でも何故かな……いつの日か、凪にはばれそうな気がする。

 

それでも今は気にしない。

なぜなら極限流は無敵だからだ!

 

「押忍!」

 




やや詰め込み過ぎましたが、これにてIFルートは終了です。
ただ、極限流も恋姫もあまり関係なく由莉とイチャイチャするのがメインでした。
後悔はしてませんが、強いて言うならもうちょい深掘りしたかったですね。

孫呉ルートを兼ねると、何故かヤンデレモードになったので自重。
それでも後半ヤンデルートに成り掛けたので若干修正。
おかしいな、そんな属性(ほとんど)ないはずなのに……。


・飛燕爪破
KOFのユリが使う技。
鳳翼の派生技、両腕を揃えハンマーパンチを振り下ろします。
モーションはジャンプ大パンチで、技名も家庭用からついたとか。
正直使ったことないです。


Z8話誤字適用頂きましたー。


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