進撃の英傑 (あんかけパスタ)
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進撃の隊長殿

アニメ化したので、簡単な短編でも上げてみようかと速効で書いてみました。今は反省している。

‐追記‐
改行してみました。読みやすくなってると良いな。


 少女は、ただのか弱い一人の人間であった。

 

 初め、少女はこの世界の狭さに疑問を持った。何故自分達はあの壁の向こうにはいけないのだろう? あの壁を越えた向こうにある広い世界に出れば、さぞかし走り回る事が出来て楽しいだろう。自分が大好きな木登りも、壁の向こうにある木を使えば沢山出来るだろう。ヤギの乳を飲みながら、少女は両親に尋ねてみた。

 

 そんな少女に、両親は慌てた。

 

 壁の外には、怖い怖い巨人がいるんだよ。

 

 両親は少女にそう告げた。外に出れば自分達よりももっと大きな巨人がいて、その巨人達は自分達人間を食べるために外で待っているんだ、と。

 

 少女はとても残念に思った。その巨人達がいる限り、自分は壁の外に出る事が出来ない。もっと楽しく遊びたい、走り回りたい、高いところから色々なものを見てみたいと感じていたからだ。

 

 その巨人はお父さんより大きいのか?

 

 その疑問に、両親は是と応える。自分達の何倍も、何倍も大きいのだと少女に伝える。

 

 でも、私は外に出てみたいんだ

 

 少女の願望に、両親は怒声で応えた。それは怒りを自分に向けているのではなく、自分を心配するからという事くらい少女にも理解出来た。だから、少女は両親の前では外に出たいという願望を出すのをやめた。

 

 だが、少女は諦めた訳ではなかった。何か目標があって外に出たいという訳ではなく、ただ単純に外を見てみたいからという理由で、どうすれば外に出られるのかと考えてみた。壁を見学しにいったところ、何人か警備兵がいたので、上に登って壁の外を見る事が出来ないかと尋ねてみた。が……

 

「残念だけど、お譲ちゃんを上に登らせる事は出来ないんだ。規則だからね」

 

 その一言に、少女は目を見開いて驚く。外に出れないという事は知っていたが、外を見る事も出来ないとは思わなかったのだ。落胆する少女の姿を哀れに思ったのか、警備兵はバツが悪そうに口を開く。

 

「そもそも、何で外を見たいんだ?」

 

 理由はない、ただ見たいだけなんだ

 

 そう言うと、警備兵は困ったように頭を掻く。すると、隣で水を飲んでいたもう一人の警備兵が少女を見ながら口を開いた。

 

「そんなに外が見たけりゃ、兵団に応募してみりゃどうだ? 壁の補修とか警備とか、そういうので壁に昇る機会が沢山あるぞ?」

「おい、下手な事を言うもんじゃないぞ」

「いいじゃないか。別に外を見たいって言ってるだけだ。調査兵団に入りたいと言ってる訳でもないだろ」

「それは、まぁそうだが……」

 

 警備兵の話に、少女は成程と相槌を打った。確かに壁の警備などにつけば昇る機会があるだろう。何より、募集する人は少ないとも聞いている。それならば自分でもなれるのではないか? と少女は考えた。

 

 二人に礼を言い、途中でヤギの乳を買って家に帰ると少女は両親に告げた。自分は兵団に入って、壁の仕事に就きたい、と。

 

 両親は初め驚いた様子だったが、すぐに納得した。先日少女を怒鳴りつけた事が負い目となっていた事もあっただろう。しかし駐屯兵団であれば、危険は殆どない。極稀に壁から落ちるなどの事故が起こる事はあるが、それでも本当に稀な事故だ。そうして仕事に就き、外を見る事が出来れば娘も満足するだろう、と考えて両親はその選択を了承した。先程買ってきたばかりのヤギの乳を飲みながら、少女は笑みを浮かべた。

 

 それからしばらく経ち、少女は成長して両親の仕事を手伝いつつ、兵団に応募する事の出来る年齢に達していた。この頃、既に少女と同年齢だった者達は兵団に所属するか、開拓民として生きるかの選択を迫られる。が、駐屯兵団はタダ飯喰らいと呼ばれるほどの堕落っぷりであり、調査兵団は人を殺すために外に行っていると言われていた。その為、この時期の人間は後ろ指を指される事を恐れて基本的には開拓民としての人生を望む事の方が多い。それは本人だけではなく、家族もその対象になる事が多いためである。

 

 少女が兵団に応募する事旨を両親に伝えると、両親は本当にそれで良いんだね? と確認をとった。無論、少女の夢を壊すために言ったことではない。少しくらい他人に文句を言われる事くらいは良いのだ。ただ、自分達の娘が本当にその決断を後悔しないのかという確認である。少女は朝に毎日飲んでいるヤギの乳を飲みながら、それが自分の望む事だと告げた。その一言に両親は笑みを浮かべ、それ以上言う事はなかった。

 

 兵団を望む者は少なく、簡単な適性試験を受けて少女は兵団の訓練所へと送られた。が、少女の想像していたよりも、兵団の訓練は簡単なものであった。走り込みは毎日の様に走っている少女には苦にも感じない距離だったし、高所での訓練も木登りが趣味(というか高い処が好き)な少女は逆に楽しいと感じた位だ。それでも脱落していく同期の人間に対し、少女は毎朝飲んでいるヤギの乳を飲みながら首を傾げたものだった。

 

「では、立体機動装置の訓練を始める」

 

 そう言って教官が出した装備に、少女以外の周囲の人間がざわつく。そう、この頃は立体機動装置は必須の訓練というものではなく、調査兵団を望む極少数の者達が行うものであったからだ。そう考えていた者達がざわつくのも仕方のない事だろう。

 

「貴様等静かにしろっ! 確かに、これは必須という訓練ではないが、適正は見なければならん。まずは適正確認の為に向こうにある器具を使用する」

 

 そう言って教官の指さした方向には、木で組まれた謎の物体があった。中央にはワイヤーらしきものが垂らされており、それを巻き取る装置も確認できる。

 

 まるで井戸にあって汲み取りみたいだ、と少女は考えながら適性検査を待つ。何人かの人間か成功しているのが見えるが、その殆どが困ったように苦笑していたのが見えた。それはそうだろう。別に必須と言える訓練でもなければ、調査兵団に入りたいという訳ではない。そんな思考が透けて見えたのか、何人かの教官が溜息を吐くのが見えた。

 

「次!」

 

 少女が名前を呼ばれ、返事をして装置に向かう。腰にワイヤーを取り付け、足にも固定する装具をつける。

 

「これからワイヤーで貴様を持ちあげる。バランスをとれ」

 

 その説明に少女が頷くのを確認して、ゆっくりと持ちあげていった。やがて少女の足が完全に地面から離れ、宙に浮く。

 

 ここからは適性の問題である。一気に回転して叩きつけられる者が少数、しばらく保つ事が出来るがすぐにバランスを崩す者が大多数、長時間持ちこたえるか、それとも止めと言われるまで保つ事が出来る者が極少数だ。

 

「……ッ!!?」

 

 少女は、どれにも収まらなかった。息を飲む担当教官の前では、水を得た魚の様に楽しそうな表情を浮かべる少女が足を開いたり、手を振り回したり、上半身を可能な限り動かしながらも重心が一切ぶれる事のない姿であった。

 

 戦慄する教官なぞ気にすることなく、少女は非常に楽しんでいた。昔、父が作ってくれた木に吊るす遊具があったのだが、それに非常に近い。昔を思い出して本当に楽しいのだ。

 

「もういい、下げろ」

 

 そう言われ、少女の体が下げられていく。地面に足がつき、やや物足りないと言いたげな少女の表情を見て、教官は更に驚愕する。下げられている最中でも、少女がバランスを崩す事がなかったためだ。

 

 この教官は、元々調査兵団の人間だった。膝に負った怪我のせいで教官という立場に就いているが、本来であればまだまだ壁外に出て人類のために貢献したかった人間なのだ。だからこそ、目の前の適性検査の難易度は分かっている。

 

 もう一度今の少女の名前を確認する。

 

 少女の名前はルーデ=リッヒ。

 

 平凡の家庭に生まれ、平凡に過ごしてきた唯の人間であった。

 

 

 

 

 馬が走る。

 

 高い木が生い茂る森の中、猛スピードで馬が走っていた。向かう先は生い茂る木の為何も見えないが、何かを叩きつける様な音……いや、足音が響いている。本来ならば馬が怯えてもおかしくない振動と音だったが、馬はおろかそれに乗る人間達も恐れている様子はない。

 

 彼らは調査兵団と呼ばれる人間達だ。巨人が闊歩する壁外に進出し、人間が巨人に勝利するための

情報収集、巨人の処理などを行う人間達だ。

 

 腰に装備しているのは立体機動装置と呼ばれる、人間が凄まじい力を持つ巨人と同等に戦うために作られた装備であり、調査兵団に入る者たちにとって最も熟練しなければならないものである。適正がない者に扱う事は難しい装備であり、しかも必須の訓練に入っていないためか、まともに扱える者はそれこそ調査兵団にしかいない状態となっている装備でもあった。

 

「巨人確認! 距離200です!」

 

 偵察している兵士から情報が入り、団長が表情を引き締める。後ろに着いてきている兵士達からも緊張が伝わってくるのを感じた。当然だろう。洗練されてきているとはいえ、巨人と人類には圧倒的な力か存在し、未だに1:1で狩る事は不可能に近い。それこそ、調査兵団の中でもサシで巨人とやりあえる人間は片手の指で数えるに足りる。

 

 団長は馬を駆りつつ振り返ると、その中の一人に声をかける。

 

「やれ、ルーデ!」

「っ!」

 

 団長が声をかけるのと同時に、馬上から声をかけた人物の姿が消える。それに合わせて彼女の部下数名がそれに追随していくのが見えたが、ルーデと呼ばれた少女の速度についていける者はいない。現在の調査兵団で彼女ほど立体機動装置を使いこなしている人間がいないためだ。

 

(精鋭を集めているのだがな……)

 

 そう考えて苦笑し、団長は一度気を引き締める。

 

「ルーデ班が正面から行く! ケビン、お前は左から食いつけ! 我々は右から回り込む!」

「了解!」

「行くぞ! ここを人類の拠点とするのだ!」

 

 

 

 

 少女……ルーデは立体機動装置を操作しながら先に進む。その少し後方には彼女の部下数名が追随していた。

 

 あの立体機動装置の適性検査の後、ルーデはすぐさま調査兵団にスカウトを受けた。当初、ルーデはそれを頑なに断っていた。自分は外が見たいだけであり、別に壁外に出たいという極端な思想を持っている訳ではない。更に両親に心配をかけたくないからという理由もあった。

 

 これに慌てたのは教官達である。確かに本人の希望が第一ではあるが、あの才能を腐らせるのは惜しすぎると考えたのだ。この頃、まだ事件が起こっておらず駐屯兵団には立体機動装置の訓練が必須ではなかった事も大きい(訓練自体あったが、あくまで壁修理などで使う程度で最低限のものしか行っていなかった)。

 

 それでも諦めきれなかった教官達は、最終手段に踏み切った。訓練生卒業間近、今季の成績優秀者数名を強制的に調査兵団入りにするという強制手段に出ると噂を出したのだ。これに焦ったのがルーデを含む成績上位陣である。特にルーデは以前勧誘された事もあり、もしかして自分を強制的に入団させる為かとも考えていた。

 

 最終的に、ルーデが折れる事でこの話はなかった事になった。ルーデ自身壁の外を見る事が出来れば良かったという所もあるし、何より立体機動装置を充分に楽しむ事が出来るのが調査兵団だけだったという事もある。両親に伝える事だけが辛かった、と後に部下に告げていた事があった。

 

「むっ」

 

 先頭を飛んでいる事もあり、いの一番にルーデの視界が巨人を捉えた。纏めているアッシュブロンドの髪を靡かせ、ルーデは巨人の頭上、高い位置へワイヤーを打ち込み、その後ろに着いてきている部下達に一瞬視線を向けた。何人かの新人が怯えているのを感じ、ルーデは声を上げる。

 

「さぁ、巨人のアホウ共が自分から我々の目の前に来てくれたぞ! 悩む事はないぞ諸君、出撃だ!」

 

 その一言と同時にベテラン数名が雄たけびを上げる。それに感化されたのか、新人達も恐怖を押し殺すかのように声を張り上げた。それを見てルーデは満足げに笑うと、一気にワイヤーを巻き取る。

 

 ルーデの体が急上昇し、巨人の真上……地表から約30mまで持ちあげられた。正直、ここまで上に昇る兵士は殆どいない確かに巨人の索敵の外から攻撃出来たりもするのだが、それ以上に恐怖感が半端ではないためだ。ここまで上くると巨人と合わせ、高所での恐怖感から立体機動装置の操作をミスする兵士が少なくない。基本的には巨人より少し上にワイヤーを打ち込むか、うなじとほぼ同じ高さに打ち込んで移動するのが戦いのセオリーなのだ。

 

 だが、ルーデは違う。

 

「ハッハァー!」

 

 そう叫び、巨人のうなじへワイヤーを打ち込むと、それを一気に巻き取って急降下を始めた。落ちる速度に合わせ、凄まじい速度で巨人へと吸い込まれるようにルーデが上空から突撃する。巨人が気付いた様に振り向こうとするが、それよりも早くルーデの斬撃が巨人のうなじ部分を切り飛ばした。巨人の巨体がゆっくりと地面に沈む。

 

「それにしても勘の鈍い巨人だ!」

 

 嘲る様に言い放つと、次の標的に目を向ける。新人が一人握られており、恐怖で顔を歪めるのがルーデからも見えた。

 

「ふんっ!」

 

 人間を食おうとしている巨人のうなじを切り飛ばすなど簡単と言わんばかりにその巨人倒すが、握りこまれた新人は倒れた巨人と共に下へ置き去りになってしまう。

 

「く、くそっ……!」

 

 新人はそう毒づき、消えていく巨人の手から脱出するが上へ逃げるよりも早く他の巨人に目をつけられた。それも一体ではなく、二体だ。

 

「あっ……」

 

 恐怖による絶叫を上げる暇もなく、巨人が新人に手を伸ばす。襲い来る絶望に目を閉じるが、瞬間新人を襲ったのは握りこみによる圧迫感ではなく強烈なGだった。呻き声を上げてそれを耐え、それが治まると同時にどこかに置かれて目を開く。そこは先程までいた地上ではなく、巨人達よりも上にある木の枝上だった。

 

「えっ……えっ?」

「ルーデ! 貴様、また戦闘中に危険な事を……!」

 

 援軍に来たのであろう団長が自分の隊長に怒鳴りつけるのを不思議に思いながら隣に目をやると、そこには先程まで巨人と戦っていたルーデの姿があった。ルーデはというと団長の一言に眉を顰め、口を開く。

 

「私が以前言われたのは、戦闘中地面に着地してはいけないというものだけだ。今回は地上で停止していないから着地にはならない筈だ」

「下らん言い訳はせんでいい! 左の二体はお前の班に任せた!」

「了解、団長殿」

 

 そう言って立体機動装置を操作するルーデの姿にハッとし、新人も後に続く。

 

「お前の名前は?」

「は?」

 

 先に進む隊長に突然名前を聞かれ、新人は首を傾げる。隊長……ルーデはムッ、としたように眉を顰めると口を開いた。

 

「名前を知らんと呼びにくい、配属してすぐに出撃だったから資料に目を通す時間もなかったのでな。名前を教えろ」

「ガ、ガーデルマンです、ルーデ隊長!」

「ふむ、ガーデルマンだな」

「隊長、そんな事より巨人です! 正面に二体!」

 

 そう言うと、満足げに笑みを浮かべる隊長に対し、ガーデルマンは正面に確認した巨人を報告する。ルーデは正面の巨人達に視線を移すと、ニヤリと笑みを浮かべて口を開いた。

 

「よしっ! 行くぞガーデルマン、出撃だ!」

 

 

 

<隊長殿の悲しみ>

 

「まさか、あんな事になるなんて……」

「うん……」

 

 ルーデ隊の隊員達は今、病院に来ていた。今日は調査兵団が帰還した日だったのだが、帰還寸前という時に、ルーデが部下の一人を救出する際に巨人に右足を食いちぎられたのだ。その巨人は奇行種であったようで、ルーデが動きを見切れなかった事も悲劇に繋がった。結果、人類の中でも最高レベルの戦力を喪失した形になってしまっている。

 

 今は入院という扱いになったルーデの見舞に部下全員が来た形であり、その病室前での会話であった。

 

「俺のせいだ……俺が助けなんて求めたから隊長は……」

「もう気にしても仕方ない事だ。逆に考えれば、隊長はこれ以上危険な目に会わないと考えればいいじゃないか」

「人類にとっては多大な損失だけどね……」

「言うな、もうどうしようもないことだ」

 

 そう割り切る様に言い放ち、扉をノックする。

 

「隊長、いいですか? 入りますよ」

 

 そう言って扉を開けた。ルーデが入院している部屋は個室であり、ベッドには上体だけ起こしているルーデの姿が確認できた。そして、隊員全員が度肝を抜かれる事になる。

 

 あのルーデが、いつもヤギの乳を飲んで訓練して、食事して寝て訓練して出撃するルーデ隊長が、自分の足を見て泣いている姿だったのだ。

 

「た、隊長……」

 

 その姿に、隊員達にも悲壮なムードが漂う。アッシュブロンドの髪を垂らしながら涙を流すその姿は、ただの少女にしか見えなかったからだ。実際、ルーデが飛びぬけて優秀だからこそ自分達の隊長になっているだけであり、年齢はずっと下なのだから。

 

 そんな姿に耐えかねたのか、女性隊員がゆっくりと歩み寄っていく。それに合わせて隊員全員がルーデに近付いた。

 

「隊長、気を落とさないでください」

「そうです、確かに隊長は片足を失いましたが、まだやれる事は沢山あります」

「そ、そうです! 何より、自分は隊長に助けられたからこそここにいるのです! 隊長の足元にも及ばない腕前ではありますが、隊長に代わり必ず任務を果たしてみせます!」

 

 隊員全員がルーデに声をかけていく。特に助けられた隊員は自分の責任であると感じているため、その気の入りようといえば中々凄まじいものがあった。

 

 そして、隊員全員が声をかけ終える。が、ルーデはすんすんと鼻をすすりながらゆっくりと口を開いた。

 

「もう二度と生の足で走れないし、上手く木登りする事は出来ないかもしれない……けどそうじゃないんだ。脚はまだ一本残ってるからどうでもいいんだ。この大事な時期に、しばらくの間調査兵団についていけない事が悔しいんだ……」

 

 その一言に、何かおかしなものを感じた隊員達が「んんっ?」、と眉を顰める。

 

「あの、隊長」

「何?」

「あの、脚はどうでもいいって……」

「義足つければ問題ない、立体機動は練習しなおすが……」

「いえ、あの……調査兵団って、隊長はもう抜けるんじゃ……?」

「え、何で?」

 

 その一言に、隊員達とルーデの認識の違いがあげられたと言えよう。

 

 ちなみに、この二週間後に誰が使ったか分からない立体機動装置(ガスの消費量で判明)の存在があり、ルーデが勝手に簡易的な義足をつけて訓練した事がバレるのだが、それはまた別の話である。

 

 




詳細はアンサイクロペディア(wikiでもok)のハンス・ウルリッヒ・ルーデル閣下を参照してみてください。余りの人外振りに吹く事間違いなしです。
進撃の巨人のリヴァイがこれに近い感じだと思ってくれていいですね。要するに、何らかに突出してしまっている人達の事を英雄と呼ぶのだと思います。
あと転生とかではないですね。あくまでルーデルさんをモデルにしたオリジナル主人公として見てもらえたらと思います(続くかどうかは不明ですが)。
楽しんで頂けたら幸いです。


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進撃の敗北

これもう唯のオリキャラやんけ!
でも楽しくて書いてしまいました。楽しんでもらえたら幸いです。

‐追記‐
あまりにも誤字が多かったので、指摘して頂いた誤字の修正だけ行いました。まだ誤字があったら指摘して頂けたらありがたいですorz

‐更に追記‐
指摘を受けて改行してみました。見やすくなってると良いな。


 少年、エレン=イェーガーは無力である。

 自分自身そう感じてしまったし、現在進行形でそれは示されている事実だ。

 

「エレン、ミカサ、走れ! 走るんだ!」

 

 二人の手を引く男性……ハンネスがそう叫び、それに応えてエレンとミカサは必死に足を動かした。

 

 三人の後ろからは、二体の巨人が迫っていた。一体は4m級、もう一体は15m級と呼ばれるサイズの個体である。二体はエレン達に完全に狙いを定めたらしく、その巨体からは考えられない程の速度で迫ってきている。未だに門は見えず、このままでは追いつかれるのも時間の問題だろう。

 

 そんな中で、エレンだけは無駄に冷静……というよりも、ある意味投げやりな心情で足を動かしていた。先程、愛する母を亡くし、その上で自分の無力さ痛感したばかりであった為か、どうにも体に力が入らない。

 

『お前に力がなかっからだ……』

 

 ハンネスが伝えた言葉は、間違いなくエレンに届いていた。だからこそエレンはこの後、巨人に対抗するための力をつけるため訓練兵団に入団しているし、それが人類反撃の狼煙となるのだ。だが、エレン自身はまだ子供であり、母を愛していた一人の人間なのだ。その母が目の前で死に、今は心の整理が出来ていない状態だったとも言える。

 

「クソッ……もう少しなんだ! もう少しで門が見える筈なんだ!」

 

 ハンネスがそう叫ぶ。実際、この通りを超えれば門はすぐ先にあるのだが、三人を追う巨人は既にすぐ近くまで迫ってきており、誰かが囮にならない限りは追い付かれて三人とも食われる未来が容易に想像できた。ハンネスは自らが囮になる事も考えるが、先程の巨人の事を思い返すと足がすくんで決断出来ない。

 

 ここでハンネスを責めるのは酷だろう。人類は巨人を恐れ、一部の例外を除きその圧倒的な力に捩じ伏せられる他ない存在なのだ。むしろ堕落しきっている駐屯兵団の中で、ハンネスは良くやっている方だと言える。並みの兵士であれば、巨人と相対した瞬間に体が動かなくなる者もいる程だ。

 

「もう少しだからなっ! 全力で走れ!」

「ッ……!」

 

 ハンネスの言葉にミカサは息を荒げながらも頷き、エレンも息を荒げながら続く。が、そこまでだった。

 エレンは足がもつれ、元々疲労からか緩んでいたハンネスとエレンの手は離れてしまいその場に転んでしまった。当然、ハンネスとミカサが慌てて振り返るが、飛び込んできた光景に目を見開く他なかった。

 

「痛っ……」

 

 エレンが膝の痛みをこらえつつ立ち上がると、突然かかった影に息を飲み込んだ。壊れた歯車の様な動きでゆっくりと振り向く。エレンの目に飛び込んできたのは、何故か笑顔の様な表情を浮かべた巨人が自分に向けて手を伸ばしている光景だった。

 

(ちょっと待てよ……)

 

 後ろからミカサの悲鳴と、ハンネスの怒声が響き渡るのが聞こえた。巨人はというと、全く表情を変えることなく手を伸ばしてきている。

 

(俺、食われるのか? 母さんみたいに……)

 

 先程、自分の目の前で巨人に食われた母を思い出し、エレンは身が震えるのを感じた。母の敵を取る事もなく、無力のままで生を終えるのが、自分の運命だったのだろうか?

 

 そこまで考えて、エレンの心を一つの感情が蝕む。ここで死ぬ運命だったのなら、さっき母を助けてから死にたかった。最後まで喧嘩ばかりで、碌な言葉を交わす事もなく母とは二度と会う事が出来なくなってしまったのだから。

 

「……嫌だ」

 

 ポツリと出た言葉が、エレンの全ての想いを込めていると言えるだろう。だがそんな一言で止まってくれるのなら、巨人によって人類が絶滅させられる事はなかった。エレンの様な無念を抱えて絶望のまま死んだ人間など、この世界には掃いて捨てるほどいる。

 

 エレンの体が鷲掴みにされ、ゆっくりと持ち上げられる。あらん限りの罵声を浴びせようと口を開けるが、上手く声が出せず、代わりにエレンに聞こえたのはミカサの狂乱した様な絶叫と、自分の歯がカチカチと鳴る音だけだった。そして、目の前の巨人がゆっくりと口を開けた……瞬間だった。

 

 エレンに確認できたのは、視界の端から何かが飛んできて、巨人の首の後ろ辺りを何かが勢いよく通り過ぎた事だけだった。途端にエレン握りしめていた巨人から力が失われ、エレンも合わせて巨人の手から滑り落ちる。

 

 この高さから落ちたら死ぬんじゃ……とエレンが考える間もなく、何かに受け止められた事を理解する。エレンが地面に落ちる前に、ハンネスが抱きとめたのだ。同時に涙と鼻水で顔がグシャグシャになったミカサがエレンにしがりつく。あまりの腕力に文句を言いかけたが、ミカサの表情を見るとそれも言えなくなった。そう考えているのと同時に、エレン達を追いかけていたもう一体の巨人も地に沈む。

 

 それを行った人間を見て、エレンは息を飲んだ。アッシュブロンドの髪を軽く束ね、青い瞳をこちらに向けている女性の美しさに驚いたのもあるが、最も驚いたのは調査兵団の服装をしたこの女性の右足が、義足である事だった。しかも中央で一度だけ見た事のある高価な類の物ではなく、近くに住んでいる知り合いの爺さんが装着している様な、簡易的な義足だ。しかも使い慣れていないのか、ひょこひょこと不格好に歩いている姿は危なっかしいと言えるだろう。そんな歩き方のままエレン達に近付くと、ニッコリと笑みを浮かべる。

 

「大丈夫かね?」

「あっ、はい。危険な所をどうも……」

「ん、貴殿は駐屯兵団の方か? 失礼だがお名前と所属をお聞きしても?」

「は! 自分はウォール・マリア、シガンシナ区駐屯兵団所属、ハンネスであります!」

「これはご丁寧に。調査兵団所属、ルーデ=リッヒ分隊長だ」

「!? 隊長殿でしたか……!」

 

 そう言いながら互いに兵団の敬礼をとる。

 

「ここは既に巨人が進出してきて危険です。我々が護衛につきましょう」

「我々?」

 

 エレンが疑問符を浮かべながら口にした瞬間、「隊長!」という声とともに一人男性が降りてきた。ルーデと名乗った女性と同じく、調査兵団と同じ装備を身につけている。

 

「おぉ、ガーデルマン。民間人だ、彼等を門まで誘導したらすぐに出げ」

「いい加減にして下さいよ隊長! 出撃許可もらってないですし、すぐに後方に下がる様に命令受けたじゃないですか!」

「だから出るのは私だけで良いと言ったろう。着いてくるから、こちらも期待してお前達に指示を出してしまう」

「隊長を放って逃げるなんて出来ませんよ」

「中央のアホウ共は現状を理解しとらん。ここを支えなければ壁を一つ攻略されたのと同義になるぞ? 戦力は足りていないが、我々は偶然にもここにいた。ならば出撃するしかないだろう」

「それは、確かにそうです……」

 

 実はルーデ班、本来ならば現在は中央にいる筈である。しかし、以前の壁外調査で負傷したルーデが……

 

「出撃場所のシガンシナで治療に励むわ。ついでに立体機動装置と義足の訓練もやっとくから、今度の出撃には着いていくからな」

 

 と言ってシガンシナに留まり続けていたのだ。ちなみに以前の壁外調査から約三週間程度経っているが、その間中ルーデは義足を装着しての立体機動装置訓練に励み過ぎて歩行訓練を怠り、歩行よりも立体機動装置での移動が得意になってしまっている。ちなみに中央からは、少なくとも三カ月は安静にしておくようにという命令を受けていたのだが、ルーデお得意の「黙っとけば分かんないって」、により訓練を決行していた。ついでに言っておくならば、団長にはルーデのこういった行動は大体バレていたりする。

 

「過ぎた事を言っても仕方ない。とりあえずは彼等を送り届けた後、我々は門付近で巨人の掃除だ。それが終われば罰でも何でも受けてやるさ」

「……分かりました。隊長がそう言うのであればもう何も言いません。とりあえず、我々は周囲の警戒に移ります。隊長は彼等を伴って門まで行ってください」

「うむ、頼んだ」

 

 そう言ってガーデルマンと呼ばれた兵士が屋根の上へと消えていく。ルーデはそれ見て満足したように一度頷くと、ハンネス達へと向き直って口を開いた。

 

「行くぞ、君等がモタモタしていてはそれだけ門を閉じるのが遅くなる」

「分かりました、護衛感謝します」

「なぁに、兵士は民護るものだからな。気にするな」

 

 そう言って歩き出すルーデに続き、ハンネスがミカサとエレンの手を繋いで続いた。頭上ではルーデの部下達がせわしなく飛びまわりながら周囲の警戒を行っており、一先ずの危険は去っただろうとハンネスは安堵の息を吐く。もしルーデが偶然でもこのシガンシナにいなければ、エレンの……いや、自分も含めて命はなかっただろう。ミカサもぐしぐしと袖で目を擦りながら黙って歩いている。

 

 そんな中、エレンだけで何かに耐える様に俯いて歯を食いしばっていた。明らかに先程までとは違う様子に、まず手を繋いでいたハンネスがどんどん手を握る力が強くなるエレンに気付く。次に、普段からエレンを観察する事に全てを見出していると言っても過言ではないミカサが、充血した目を向けてエレンかおかしい事に気付いた。

 

「エレン……?」

「どうした……まさかどっか痛むのか!?」

 

 何せ先程巨人に捕食されかけたのだ。握られた時などに骨が折れていたり、ハンネスが受け止めた際にどこか痛めてもおかしくはないたろう。ルーデも後ろから聞こえてきたその声に、怪訝そうに振り向いて口を開く。

 

「怪我か何かあったのかは知らんが、まずは門まで移動せんと危険だ。動けんほどなら背負ってくれんか。私はご覧の足で人を背負うのは少々しんどいのでね」

「分かった。ほら、エレン……俺が背負ってやるから行くぞ」

 

 そう言いながらハンネスがエレンの肩に手をかける。

 その時だった。エレンはハンネスの手を掃うように弾くと、驚愕するハンネスとミカサに構わずルーデに走り寄る。表情に浮かべている感情……それはまさに憤怒とも言うべきものだった。

 

「あんた!」

「ふむ?」

「どうしてもっと早く来てくれなかったんだ! そんなに強いなら、もっと早く来れた筈じゃないのか!?」

「お、おい、エレン!?」

「アンタがもっと早く、もう少し早く出てくれれば……」

 

 エレンの目から涙が溢れ、握りこんだ手からは血が滴る。

 

「母さんだって助かったかもしれないのに!」

 

 エレンの悲痛な叫び声が響き渡り、それを聞いたハンネスとミカサが目を見開いた。エレンの言い分は自分勝手であり、先程助けてくれた人物に対して言う言葉ではない。ましてや今は脱出を最優先に行わなければならない状況なのだ。ハンネス達が言葉を失うのも仕方ないだろう。

 

 そして、それを最も理解していたのは他でもない、言ったエレン本人でもあった。

 

「アンタの力ならもっと沢山の巨人を倒せるんだろ!」(何言ってんだ、俺は)

「ならもっと早く来てくれよ! 俺の家まで来てくれよ!」(そんな事言える立場じゃない)

「母さんを、母さんを助けてくれよぉ……!」(悪いのは弱い俺じゃねぇか!)

 

 理解していながらも、エレンは言葉を吐きださずにはいられなかった。先程目の前の女性は、二体の巨人を単独であっという間に仕留めて見せたのだ。その力が自分にもあれば、母さんを見捨てて逃げずに済んだ。そう考えただけで、目の前の女性が助けてくれればという想いが込み上がるのと同時に、自分の情けなさが膨れ上がっていくのを感じる。

 

 現状を理解していない訳じゃない、目の前の女性が悪い訳はない、それを理解していても湧き上がる感情に、エレンはただ涙を流しながら罵声を浴びせる。

 

 本当に短い時間……今の状況では生死に関わる時間ではあったが、その間ルーデはエレンの罵声を黙ってその身に受けた。そしてエレンの手を握ると、黙って門へと歩き始め、ミカサが悲しそうに、ハンネスはカルラを助ける事が出来なかった罪悪感からか、気まずそうな表情を浮かべて後に続いた。エレンはというと、大粒の涙を流しながらも、しゃがれた声を上げ続けていた。

 

 やがて門の前に辿り着く。そこでは慌ただしく……それでいて整然とは言えない状況で巨人に対する防衛準備が行われていた。とは言っても、巨人相手には精々足止め程度にしかならない大砲が数門、駐屯兵団の人間達が恐怖に駆られた表情で動き回っているだけである。それを見たルーデが思い切り顔を顰めるが、その中で懸命に指揮をとっている人物を見つけると、少し表情を和らげた。

 

「私が送る事が出来るのはここまでだ。焼け石に水かも知れないが、私はここで防衛に参加しなければならん」

「いえ、貴方がいなければここまでたどり着く事は出来なかった。本当に感謝しています」

 

 ハンネスの言葉に対し、ルーデは満面の笑みを浮かべて応えた。これから死地に赴こうという人間なのに、何故そんな表情が出来るのだろうと疑問に思う程のものだった。そしてルーデはしゃがみこむと、黙って俯いているエレンと目線の高さを合わせる。エレンは一度肩を揺らし、歯を食いしばると視線を反らした。先程の自分の言動があまりにも情けなく、惨めだったからだ。

 

(何してんだ、俺……)

 

 エレンにとって、母は愛する存在だった。言い争いをしたり、認めてもらえない事に苛立ったり、鬱陶しいと思った事はあった。だけど、間違いなく愛していたし、愛されていた。そんな母を失い、エレンの心はズタズタになっていると言っても良い状況だった。

 

 だが、あんな事を言っていい訳が無かった。目の前の女性は自分が、自分の部下が危険に晒されるのにも関わらず、エレンを助けてくれたのだ。そして、エレン達が脱出した後も戦い続けるのだという。

 

(ハンネスさんの言う通りじゃねぇか……)

 

 母の時も、今も、自分は逃げる事しか出来ない。まだ大勢残された人達がいて、戦っている人達がいるのに。

 

「エレン君」

 

 ルーデが発した言葉に、エレンはビクッ、と体を跳ねさせる。

 

「お、俺っ……俺は……!」

 

 目の前の人に謝りたいと、エレンは考えていた。自分を助けてくれてありがとうと伝えたかった。だが、先程言ってしまった言葉と、母を失った自分の心がせめぎ合って邪魔をする。そんな自分が更に情けなくて、どうしようもなくてエレンは歯を食いしばった。

 

「すまなかった」

 

 そんな一言が聞こえ、エレンがハッ、と顔を上げる。見えたのは、先程と変わらない表情を浮かべたルーデの顔だ。だが、先程と違って雰囲気は全く違う。

 

「君の母親を助けるには、私の力が足りなかった。私にもっと力があれば、こんな事態になる事も防げたかも知れない。本当にすまないと思っている」

 

 そう言って、エレンに対して頭を下げた。そんな光景を見てハンネスとミカサは目を見開いたが、エレンが感じたのは目の前の人物に対するものではなく、どうしようもない嬉しさと、それ以上に己の情けなさだった。ルーデは悪くない。むしろ必死でやっているのだろう。

 対して自分はどうだ、とエレンは自問し、何もやっていない自分に怒りを覚える。

 

「ルーデ、さん……俺は……」

「ん?」

「力が、欲しい……! 絶対に、強くなる……! 巨人どもを、駆逐出来る位に!」

 

 涙を流し、その表情を憤怒に彩りながらそう口にする。

 

 母を助けられなかったのは、自分に力がなかったからだ。

 

 この人と共に戦えないのは、まだ自分に兵士としての資格がないからだ。

 

 エレンのその一言を聞き、ルーデは一度目を細め、次いで軽く笑みを浮かべると立ち上がった。その際、義足に慣れていない為か若干ふらついていた為、エレンを含めた三人から心配そうな眼差しを向けられて苦笑する。

 

「まだ慣れていなくてね」

 

 そう呟き、腰から刀を抜き放ちながら門とは正反対へ体を向けた。ここからは出来るだけ長時間、巨人達を押さえ込まなくてはならない。ここを突破されてしまった場合、人類にとっては損失では済まないレベルの被害が出るだろう。ルーデは顔だけ振り向くと、エレン達に向けて口を開いた。

 

「兵団で待っているよ」

 

 そう言い、エレン達の反応を見ずに歩き出す。後ろで何かエレンが叫んだ気もするが、ルーデはとりあえずそれ気にしない事にした。ここからは戦闘なのだ。雑念は少しでもはらっておくに越した事はない。

 

「い、急げっ! もう目の前まで来てるぞぉ!」

 

 ルーデの視線の先に、建物を崩しながら現れた巨人の姿が映る。ルーデの部下達も周囲を飛び回ってはいるが、どのタイミングで仕掛けるか迷っているようだ。

 

 ルーデは一人納得したように軽く頷くと、先程から指示を出している人間へと歩み寄った。忙しそうに指示を出しており、近づいてくるルーデには気付いていない様子だ。

 

「そこの君」

「砲弾早く持ってこい! ん、何だアンタ? 暇ならすぐに砲弾持ってきてくれ!」

 

 ルーデが兵士という事には気付いたのだろう。だがその足に視線を向けると、大きく眉を顰める。確かに、健常者でない兵士は役に立つとは言い難い存在だろうし、ルーデが女性という事も働いているのだろう。が、ルーデは一つも気にする事なく、自分が伝えたかった要点だけ伝える。

 

「私が仕掛ける、大砲は小型だけ狙ってくれ」

「は?」

 

 男が疑問の言葉を口にする前に、立体機動装置で飛び上がる。こちらに進んでくる巨人の正面から突っ込むと、鈍い(ルーデ感覚)巨人もルーデに向かって手を伸ばしてきた。このままの軌道で進めば、ルーデの上体辺りが巨人の手の中に納まるであろう。

 

 だが、ルーデは普通の兵士とは言えない。

 

「ほっ!」

 

 軽く重心を動かすと、ガスの噴射と体重移動が合わさりルーデの体が不規則に揺れた。途端に移動コースがブレ、巨人の手のスレスレを通って背後へと回る。

 

「相変わらず鈍い連中だ!」

 

 そう言ってもう一本のワイヤーを巨人のうなじへ打ち込み、一気に巻き取って接近する。巨人もルーデの方向へ振り向こうとするが、ルーデ基準で言えばあまりにも遅い。

 

「ふん!」

 

 二本の刀がうなじへ吸い込まれ、一気にその部位を切り飛ばす。ルーデもガスの噴射を行い、そのままの勢いで屋根に着地した。義足がギシギシと悲鳴を上げるが、今まで訓練してきたルーデにはこの程度で壊れるか壊れないかは判別がつく。

 

「相変わらずお見事です、隊長!」

「外にいる連中よりも更に鈍いな。簡単に人間を捉えすぎて油断しているのか?」

「15m級を仕留めてそんな事が言えるのは隊長くらいですねぇ」

 

 そう言って笑う部下の一人に、ルーデもニヤリと笑みを返す。門の方向では巨人討伐に雄たけびを上げ、歓声まで上がっている有様だ。

 

「たかだか巨人一体で大げさだな」

「駐屯兵団では巨人と戦う事もありませんし、まともに立体機動装置を扱えるものも少ないですからね……」

「まともに相手が出来るのは我々だけか」

 

 難しい表情を浮かべてルーデはそう口にする。如何に自分達が精鋭であっても、この人数にまともな援護も見込めないのであれば、非常に危険であると言わざるを得ない。人間は正確に巨人を攻撃しなければならないが、巨人からすれば当てれば勝ちな上に、人間は一つのミスで死ぬのだ。それはルーデも、ルーデ班の隊員も同じ事が言えるだろう。

 

「決して無理だけはせず、複数で小型、中型の巨人に当たれ。私はこの大通りで大型の相手をする」

「隊長おひとりで、ですか? それはあまりにも……」

「贅沢を言える程の戦力はない。それに、私以外は出来ないだろう。出来るか?」

 

 そう問われて、隊員は苦笑しながら首を横に振った。脚を失くし、義足となった状態でも、ルーデは自分達の隊長であり、最も優れた兵士なのだ。そのルーデでさえ危険が伴う仕事を、自分がこなせるとは決して言えない。

 

「今あそこにいる連中を門から脱出させ、門を閉じるまで粘れば我々の勝利だ。それまで持ちこたえるぞ」

 

 ルーデがそう指示を出すと、隊員も頷いて飛び上がる。ここからは集中力と運の勝負だ。そう考え、ルーデは視界に納めた15m級に向けて飛び上がった。

 

 

 

 

「ふっ!」

 

 ルーデの一撃が8m級の巨人を沈める。ルーデが戦闘を始めてから30分程度経つが、巨人の数はどんどん増え続けていた。部下達に任せた中型のとりこぼしも見え始めており、小型に関しては完全に大砲の足止めに任せている形となっている。ガスは一人戦闘を任せていない隊員を補給担当にする事で何とかなっているものの、刃が底をつき始めた。一向に減らない巨人達に、焦燥も募るだろう。

 

 ルーデ自身はまだまだ戦えるし、集中力もこの程度では切れないが部下達は違う。彼等は優秀とはいえどもルーデの様な特別な兵士ではないのだ。そして、とうとう恐れていた事が起きてしまう。

 

「――‐ッ!」

「……」

 

 どこからか響いた悲鳴に、ルーデは黙って巨人を仕留める事に終始した。今ので二人目、ルーデの部下が巨人にやられていた。他の隊員達も神経をすり減らしながら戦っている中で、ルーデが動揺しては簡単に崩れてしまう。

 

「……全員、集合せよ!」

 

 ルーデがそう叫ぶと、すぐに周囲から隊員達が集まってくる。人数は3人。元々は五人いた筈のルーデ班だった。全員が息を荒げ、涙を流し、汗も尋常ではなく疲労困憊状態だ。30分という時間は壁外ならば経験する程度の戦闘時間であるが、こんな状況下で碌な支援もなく戦うという状況が既におかしいのだ。むしろ彼等は良くもっていると言える。

 

「状況は?」

「クラウス=ホフキンス戦死、右からは大型1、中型2、小型1接近中です」

「ラウラ=カンラル戦死、左からは中型3接近しています」

「もう限界です、隊長」

 

 隊員達の言葉に、ルーデも頷く。集まっていた避難民はようやく門から向こう側へ脱出出来ており、門も先程閉じる旨を叫んでいたのが確認できた。自分達は壁を昇れるため、門が閉じても問題ない。

 

「全員、ガスチェック忘れるな。門が閉じたのを確認して壁を昇る」

「了解」

「って、隊長……その足は……!?」

「ん? あぁ、大丈夫だ。多少痛むがな」

 

 そう言って軽く右足を動かした。その動きは普段と変わりないが、義足と脚の連結部から血が流れている。無理もない。何だかんだで動き回っているため忘れられがちだが、ルーデの脚は三週間前に失ったばかりなのだ。それでこんな無茶苦茶な扱いをしていては傷口も開くだろう。

 

「戻ったら今度こそ安静にして治療を受けて下さい。隊長を失う事は、兵士100人を失うに値する損失です」

「大げさな……まぁ、構わん」

 

 とか言いながらヤギの乳飲んで訓練に出るんだろうなぁ、とガーデルマンは考えていたが、門が閉じ始めるのを見て口を開く。

 

「行きましょう隊長。残念ですが、他の住民は諦めるしかありません」

「ガーデルマン、残念などという言葉を使うな。彼等を見捨てるのは、全て我々兵士に力が足りなかったからだ。それをさも仕方ないという言葉を使って退く事は止めろ」

 

 ルーデの言葉に残った隊員達が表情を改める。

 

「この光景を忘れるな、我々の悔しさを忘れるな、仲間の敵を忘れるな。次は我々人類が勝利すると心に刻め」

「「「了解」」」

 

 三人の返事を聞き、ルーデは笑みを浮かべると壁に向かって飛ぶ。それに合わせて隊員達もルーデに続き、壁にワイヤーを打ち込んだ。調査兵団では必須の技能である壁昇りである。入り口付近に巨人がたむろしている事も多いので、これが出来なければ調査兵団は務まらないと言われる必須技能だ。

 

 一気に壁を昇る。門が閉じた後も、避難する民間人の誘導、現場の兵士達と今後の打ち合わせなどやる事は大量にある。本来であれば駐屯兵団の仕事であるが、手はいくらあっても足りないだろう。そう考えつつ、ルーデは壁を昇る。

 

 その時だった。

 

 妙な悪寒を感じ、ルーデは大通り方向へと視線を向けた。そこには先程と変わらず数体の巨人がおり、徐々に閉じつつある門へと向かってきている。

 

「隊長?」

 

 部下達が急に止まったルーデに疑問を持ったのか、ルーデが見る方向へと視線を向ける。それとほぼ同時だった。

 大通りに一体の巨人が現れる。大きさは15m級とほぼ等しく、髪は短髪でやや大柄である事以外は特別特徴がない巨人に見えた。だが……

 

「なに、あいつ……」

 

 部下の女性隊員が何かを感じたのか、ルーデと同じ感想を呟く。ルーデはギリッと一度歯を噛みしめると、ワイヤーを壁から外して一気に急降下を始めた。

 

「隊長!? 何を……」

「貴様等は先に昇れ!」

 

 唯の予感だ。だが、その予感は異常なほど悪い状況を生み出すものだ。あの楽観的なルーデが、ただの自分の思い違いであって欲しいと考えた程のものだった。

 

 ルーデが急降下を始めるのより少し早く、巨人が一気にその速度を上げる。人類側から数発の砲弾が発射されるが、普通の巨人ならば足止め程度には使える大砲の砲弾が『足止めにすらなっていない』。ここまで接近してようやく分かったが、体表が明らかに通常の巨人とは違う事に気付く。

 

 巨人が一気に門に近付く。ルーデがそれに向けて一気に急降下する。だが……

 

「間に……!」

 

 合わん。その言葉は口から出ず、代わりにワイヤーを壁に打ち付けて停止する。ルーデよりやや下方にあった門部分に巨人が突撃したのは、それとほぼ同時だった。

 

 爆音と共に衝撃と破片がルーデを襲う。運の良い事に大きな破片がルーデにぶつかる事はなかったが、砂煙治まった後にルーデの目に飛び込んできた光景は、自分の運の良さをあざ笑う程の馬鹿げた光景だった。

 

 人類の領域を守る存在である門が、全くその機能を果たす事無く大穴を晒している光景は、ルーデであっても戦慄を感じえないものだった。それに合わせて活発化したのか、どんどん向かってくる巨人に舌打ちして壁を一気に昇る。途中で部下達の青ざめた顔が目に入ったが、それを気にしている余裕は今のルーデにもない。

 

 上に到着し、その光景を見る。あの巨人は静かに佇んでおり、人間達が大量に居る船着き場に移動する様子は見えない。奇行種であるのは理解していたが、それ以上に不可解な面が目立つ巨人だった。

 

「隊長、あの……我々はどうすれば……」

 

 残った女性隊員が震える声で口を開く。ルーデは痛む右足の付け根の事も忘れ、心の中で悪態をつくしかない。

 

 そんな事、この私が知りたい。

 

 だが、そんな事を部下に告げた所でどうにもならない。誰もが絶望しているのだ。ならばその中で冷静な判断を下さなければ、この事態が更に悪いものとなるだろう。パニックになり、絶望するのはこれが終わってからいつでも出来る。

 

「どうにかして中央へ帰還する。馬でも、船でも、何でもいい。今回の事を正確に伝えなければならん」

 

 それが難しいのは隊員全員が理解出来た。他の街でも移動手段は誰もが欲しい物であり、馬の使用など殺し合いに発展する可能性すらある。だからといって歩行では巨人の脚からは逃げ切れまい。

 

 だが、それでも諦める訳にはいかないのだ。自分達はあの街で多くの民間人を見捨て、そして仲間の死まであって生き延びた。そして最も近くであの奇行種を確認した調査兵団の人間でもあるのだ。

 

 絶望を表情に宿しながらも、ルーデの部下達は移動を始める。それに合わせてルーデも着いていこうとするが、もう一度だけあの奇行種に視線を向けた。

 

「次は、我々が勝つ」

 

 そう呟いて部下達に続く。

 

 この日、人類はウォール・マリア陥落を発表。その生存圏は大きく後退し、人類は再び巨人の恐怖に怯える事となる。

 

 エレンという希望と、ルーデという兵士……ただこの二人だけが、人類の勝利を渇望していた……

 




既にルーデルの面影が殆どねぇ……! だけど閣下の素を出してしまうと、間違いなく巨人は絶滅しちゃうんだよなぁ……あくまでルーデルをモデルにしたオリキャラとみてもらえると嬉しいです。
エレンってあの時随分荒れてましたけど母親があんな死にかたしたら誰でもああなりますよねぇ……そしてハンネスさんは人間の鏡、ハッキリわかんだね。
そしてタグとあらすじを変更しました。どこまでいけるか分かりませんが、コツコツと書いていきたいと思います。


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進撃の訓練兵団

ふと見たらかなり伸びていて、驚きとともに嬉しさが沸きあがり続きを書いてしまいました。前回と違いほのぼの&ギャグに近い話かもです。

‐追記‐
主人公の髪の色を銀からアッシュブロンドに変更しました。

相変わらずアホな自分が間違いと誤字を乱発した為、誤字と表現修正しました。ついでに短編を追加してみたので、今回の誤字と相変わらず間違えた壁の名称の件は許して下さい! 何でもしますから!


 静かな街に光が差し込み、先程までは聞こえていなかった小鳥の鳴き声が響き始める。今日もまた一日が始まると鳥達が告げ、ほぼ同時に一軒の家の部屋に光が入った。

 

 その部屋は殺風景……とは言えず、立体機動装置の専門書が整然と本棚に並べられ、机の上では何か書き物をしていたと思われるノートとペンが無造作に置かれている。ヤギの柄が愛らしいコップなど、女性の部屋と言っても過言ではない見た目の部屋だ。だが勿論それだけではない。部屋の反対側には砥ぎ石や立体機動装置専用の整備用具一式、ナイフや調査兵団が使用するマントなど物騒な物が置かれていた。

 

 そしてそれらの持ち主……部屋のベッドで幸せそうな寝息を立てていた人物は、入ってきた日が自分の顔にかかった瞬間、ガバリ! と大きな音を立てて起き上がった。アッシュブロンドの髪が陽光を反射し、キラキラと輝く女性……ルーデ=リッヒは窓の外を見てニッ、と笑みを浮かべた。

 

「今日も晴天、素晴らしい!」

 

 先程まで寝ていたとは思えない、さわやかな声を上げてベッドから立ち上がる。が、そこからは歩かずにぴょんぴょんと跳ねて移動するという奇異な行動を見せた。それものそのはず、女性の右足は膝よりも少し下が存在しないため体を支える事が出来ないのだ。

 

 そのまま机の前にある椅子まで移動して腰を下ろすと、机の下からある物を取り出す。木と金属で作られたと思われる今の彼女の足……それを取り出すと手慣れた手つきで右足へと取り付けた。最後にベルトでギュッ、と縛ると満足げな表情を浮かべる。

 

 そして立ち上がると、今度は先程の様な不安定さは見られず、健常者と変わらない様子で部屋の中を歩き始めた。タンスから服を取り出すと、その場で寝巻を脱ぎ出す。上着を脱いだ瞬間揺れた胸に、ルーデは不機嫌そうに顔を顰める。

 

「相変わらず、邪魔だな……」

 

 毎朝毎晩、もしくは訓練後に呟く一言だが、女性は改めて溜息を吐くとタンスから布を取り出す。それをぐるぐると胸に巻き、「ふん!」、という乙女にあるまじき声を上げて力一杯に締めた。当然先程まで揺れていた胸は限界まで押しつけられ、ルーデは若干の痛みに顔を顰めつつ取り出した上着を着込む。ついでに下衣も変えて着替えを済ますと、扉を開けて外に出た。そして玄関先に来ていた男性……毎朝来る老人の配達人と顔を会わせた。

 

「おはよう!」

「おはよう、相変わらず早いもんですなぁ。私らはこれが仕事だからこんなに早いですが、あんたさんはこれからお勤めでしょうに……」

「なぁに、ご老体には毎朝新鮮なものを届けて頂き感謝しているのです。それに報いる為に己の手で受け取るのは当たり前でしょう」

「ははは、そう言って頂けたら嬉しいですな」

 

 笑いつつ老人がバッグから配達物を取り出すと、ルーデに手渡す。ルーデはそれを満足げな表情で受け取ると、すぐにその場で蓋を開けて口をつける。喉を鳴らす音と共に中身がどんどん減っていき、全て飲み干すとルーデは空になった容器を老人へと返す。

 

「うむ! いつも通り美味い!」

「ヤギの乳をそんな風に言って飲む方は貴方くらいですよ」

 

 人の良い笑みを浮かべながら空き瓶を回収する老人に対し、ルーデも笑みを浮かべて口を開く。

 

「何を言う、ヤギの乳は素晴らしい。私は生まれてから今まで、ヤギの乳を飲まなかった日など数えるほどしかないぞ。それだけヤギの乳と私との関係は深いのだ」

「お陰さまで私は助かっておりますよ」

 

 そう言って空き瓶をバッグに戻し、老人は去って行った。それを見送り、ルーデも一度家の中に戻って今日の準備を整える。マントを除き、普段着とも言える兵団の服を身に纏い、ベルトをしっかりと締めた。そして手提げ鞄を手に持つと玄関の扉を開け放ち、駆け足で外へと飛び出した。まだ日の出からそれほど経っていない事もあってか外には人が少なく、そんな道をルーデは軽やかに進んでいく。やがて一軒の家の前に立つと、扉に付いているベルを鳴らした。

 

「はーい、どなた?」

「おはようございます奥方殿。ルーデです」

「あら、ルーデさん? ちょっと待って下さいね」

 

 しばらくして聞こえてきた鈴の音の様な声に、ルーデは胸を張って返答する。返答があって、鍵の開ける音が響き、そして開かれた扉の先には金色の髪を三つ編みにして纏め、背には赤ん坊を背負った女性が笑顔を浮かべて立っていた。

 

「相変わらずお美しいですね」

「あらやだ。お世辞言っても何も出ないわよ」

「世辞ではないのですが……ガーデルマンはいますか?」

「あの人なら、今日は仕事が休みだからもう少し寝るって言って起きてきてないですねぇ……何か用事が?」

「うむ、今日は新しい訓練生が入ってくる日なので、見学ついでにめぼしい人材を見てこようと思っているのです。という訳でついでにガーデルマンも一緒に連れて行こうかと思いまして」

 

 その言葉に、女性は気を悪くした様子もなく「あらあら」と言いながら口に手を当てて微笑みを浮かべた。

 

「そんな大事な行事があるなら、起こさなくっちゃ。少し待っていて下さいね」

「いつもすみません」

「いえいえ、ルーデさんにはあの人がお世話になってますから」

 

 そう言いなが、女性は廊下の奥へと向かうと、階段から二階を覗きつつ「あなたー、ルーデさんが来てらっしゃるわよー」、と良く通る声で目的の人物を呼び出した。しばらくしてギシッギシッ、という階段を踏みしめる音と共に男……ルーデの副官であるガーデルマンが姿を現す。髪はボサボサで眠そうに目を擦っており、明らかに今まで寝ていたのだろう事は分かった。

 

 そんなガーデルマンに対し、ルーデは不機嫌そうな表情を浮かべて口を開いた。

 

「何をしているガーデルマン! 本日は晴天、更に新たな訓練兵も入団する日だぞ! そんな日にだらしない恰好で出られると思っているのか!?」

「いや、隊長。俺は今日休み……っていうか、隊長も仕事がある日ではないと思うんですが……」

 

 「あと何時だと思ってるんですか」、という言葉も小声で囁くが、そんな言葉でルーデが行動を改めるのであれば、ガーデルマンが苦労人と呼ばれる事はなかった。案の定ルーデは気にした様子もなくクワッ、と目を見開くとガーデルマンに詰め寄る。

 

「アホウ! 新たな仲間を迎えるのに、仕事もナニもあるか!」

「ですけど、キース教官が受け持っているんですよね……だったら俺達の仕事なんて何も……」

「えぇい、まどろっこしい!」

 

 そう言って、ルーデがガーデルマンの首根っこをむんずと掴んだ。掴まれたガーデルマンは慌てて口を開く。

 

「おぉわ! 分かりましたよ、すぐに準備します! せめて着替えと朝食を食べさせて下さい!」

「ふむ、確かに朝食を摂らねば体に悪いし、何よりせっかく作ってくれた奥方に失礼だな。宜しいガーデルマン! 私はそこら辺をひとっ走りしてくるので、その間に準備を済ませて私を待て!」

「了解しました」

 

 無茶苦茶な事を言われているのは理解しているが、それでも憎めない目の前の隊長をガーデルマンは苦笑を浮かべながら見つめる。ルーデはガーデルマンの了承の言葉を聞くと、すぐに振り向いて道に飛び出すと走って行った。

 

「全く、隊長にも困ったもんだ」

 

 そう呟くガーデルマンを見て、女性はニコニコと微笑みながら着替えを手渡す。

 

「あなた、せっかくならルーデさんにも朝食を召し上がって頂けば宜しかったのに……」

「隊長なら朝起きた後にすぐ食べてると思う。毎日似たような行動してるから、多分間違いない」

「相変わらずルーデさんは面白い方ねぇ」

 

 女性はそう呟きながらガーデルマンの食事をテーブル上に準備していく。普段と同じくパンと芋のスープを口にし、「美味いよ」とガーデルマンが呟くと、女性は軽く頬を染めて笑みを浮かべた。

 

「今日は何時くらいになります?」

「そんなに遅くはならないと思う。隊長はあんな暴虐無人に人の事誘ってるけど、休養と仕事の分別はついてる人だからね」

「分かりました。後これはお昼にどうぞ」

 

 そう言って差し出された包みを受け取り、ガーデルマンは笑みを浮かべると女性の頬にキスをし、女性もそれに応えた。

 

「いってらっしゃい、あなた」

「あぁ、いってくるよ」

 

 そう言って家から出るのと同時に、ルーデが脇道から姿を現した。汗一つ掻いていないが、目の前の女性がひとっ走りと言いながらも自身が汗だくになるレベルの走り込みをしているのだが、ガーデルマンは既に目の前の隊長に突っ込む事はしない。世の中にはルーデ、リヴァイといった人を超えた者がいる事を、身を以って理解しているからだ。

 

「うむ、ちょうどだな」

「相変わらず隊長は早いですね」

「大した事はないだろう。リヴァイと比べたら走り込みでは負けているからな」

(比べる対象がアレすぎます……)

 

 胸を張って応えるルーデに対し、ガーデルマンは心の中でツッコミを入れた。そんなガーデルマンの心の内を知ってか知らずか、ルーデは笑みを浮かべると口を開く。

 

「それよりも訓練所へ行くぞ。一体どんな面子が入ってくるのか、洗礼から見ておきたいからな」

「キース教官のアレですか……アレ受けただけで辞める奴等もいますからね」

「逆に良いさ。むしろ己の限界を知り、兵士としての道を諦めるというのも勇気がいる選択だぞ? 決して馬鹿に出来る様な事ではない」

「……ですね」

 

 ルーデの様に考える兵士は少なく、現在の風潮は開拓民になったら負け犬と同義に扱われる事の方が多い。かくいうガーデルマンも少しはその考えがあったと否定は出来なかった。決して開拓民を下にして見ている訳ではないが、それでも兵士としての誇りがあるからだ。ルーデの様に考える事の出来る方が異端なのである。

 

 そんな事を考えていたが、突然首根っこを掴まれてズルズルと引きずられる。抗議の言葉を上げる前に、ルーデが満面の笑みを浮かべて口を開いた。

 

「さぁ、ガーデルマン。休んでいる時間はないぞ! すぐに訓練所へ出撃だ!」

 

 

 

 

 846年……人類は巨人に奪われた領土奪還の為、総人口の二割に及ぶ人類を投入し、領土奪還作戦を決行する。だがこれは、狭まった領土に対して賄いきれなくなった人類の数を減らすための作戦……要は口減らしを行う名目に過ぎないものであった。

 

 この際、ウォール・マリア防衛の任に当たり、壁を破ったとされる鎧の巨人を目撃した調査兵団分隊長であるルーデ=リッヒは奪還作戦への参加を希望したが、防衛時に悪化した右足の傷が祟って参加を見送られていた。

 

 いや、むしろ巨人と戦う事に於いてはリヴァイ兵長が頭角を現すまで、数少ない単独で巨人を仕留める事が出来る彼女を惜しんだ中央の決定によるものであった。この時、ルーデは治療室と銘打たれた牢獄で、血がにじむ程シーツを握りしめて涙を流す姿が部下達に目撃されている。

 

 当然だが、奪還作戦は失敗。極僅かな生存者を除いて参加した人類は巨人達に食いつくされ、その犠牲を以って人類は明日を手に入れた。

 

 奪還作戦後間もなく復帰したルーデは、装いも新たに編成された調査兵団へと合流。この時、中央への移籍を半ば強引に進められていたのだが、ルーデはこれを完全に突っぱねていた。無論問題になりかけたのだが、その後エルヴィン新団長を初めとする調査兵団の余りの戦果に、民衆の声が大きくなったため中央もおいそれとルーデを処罰出来なくなったのだ。

 

 新たな戦術を構築し、可能な限り犠牲を抑えて長期間の調査を可能にしたエルヴィン団長。エルヴィンに見出されて頭角を現し、その戦闘力は一個師団に相当すると言われる人類の切り札リヴァイ兵長。そして、調査兵団在団期間に於いて両者を凌駕し、その戦闘力もリヴァイ兵長に勝るとも劣らずと呼ばれるルーデ=リッヒ団長補佐。この三者を含む調査兵団の目まぐるしい活躍によって、ほんの小さなものだが人類は希望を持つ事が出来ていた。

 

 そして、運命の847年……希望と絶望を同じ鍋で煮込むような激動の年を迎える事となる。

 

 

 

 

 ルーデとガーデルマンが訓練所建物の廊下の窓からそれ見ていた。そこには今年入団する新兵達が整列しており、時たま彼女等もよく知る教官の怒声が響き渡っている。

 

「キース教官殿は相変わらずだな。ここまで声が響くとは」

「隊長の声も大概ですけどね」

 

 ガーデルマンからの辛辣なツッコミに、ルーデは「そうか?」と首を傾げて応える。戦闘中、及び訓練中のルーデの雄叫び、または団へ指揮する際の怒声は周辺に響き渡る程の音量なのだ。普段は騒がしいまでもお気楽で部下に優しい上官という事もあって、そのギャップに仰天するのが訓練兵団新兵の通過儀礼だ。

 

「まぁ、教官殿のアレはそいつが兵士としてやっていけるかというものを見る目的もあるからな。多少はビビらせるつもりでやっているからああなる。本来は部下の死などに心痛める方であったからな」

「ですね」

 

 キースは二年前、ウォール・マリアが突破される時までは団長として調査兵団を指揮する立場にあった人物だ。ルーデもガーデルマン、またはエルヴィンもその時から所属しているので知っているが、キースはあれだけ厳しい半面、仲間の死に対して非常に敏感な優しすぎる人間だった。決して無能な人物ではなく、むしろ指揮能力はエルヴィンに勝るとも劣らない傑物だ。だが、いざという時は犠牲を覚悟しなければならない調査兵団には不向きな人間であると言えた。ルーデが入院中の奪還作戦後、その余りの犠牲に心を痛めて団長職を辞しているが、心性のものか髪は抜け落ち、前々から酷かった目の隈も深くなる一方である。

 

 ルーデに対しても、入院しているルーデの病室に赴いてその場で土下座をしていた。当初は半ばで責任を投げ出したと非難するつもりであったが、キース本人の誠実さにルーデも折れるしかなかった。

 

 キースが悪かった訳ではない。何より、あの作戦に参加出来なかった自分が誰かを責める等、余りにもおこがましい。そう考え、余りにも優しすぎた団長の辞職を、ルーデは非難も反対もする事はなかった。

 

「もう少し肩の力を抜かれると良いのだがな」

 

 そう呟き、広場へと視線を戻す。そこでは小柄な金髪の少年がキースに罵声を浴びせられている。見た目は頼りなさげに見えるほど柔な少年だが、キースの言葉に恐れながらも怯むことなく受け答え出来ている所を見ると、かなり見込みがある。キースもそれを感じたのか、指示だけで済むのにわざわざ少年の頭を掴んで後ろを向けさせる。キースの不器用な愛情表現だ。

 

「中々見所がありそうな連中が集まっているじゃないか」

 

 鍛えたい、と呟かれた言葉に、ガーデルマンがギョッと目を見開く。

 

「止めて下さい。そもそも、我々は訓練兵団に関与する権限を持っていませんよ」

「面倒だな。調査兵団と訓練兵団は統合して訓練参加出来る様にすればいいものを……」

 

 貴方の訓練に付き合わせたら新兵が可哀想です、とは言わないでおく。ガーデルマンは妻もいる人間であるし、下手な所で上官の不評を買う必要はないのだから。

 

 幾人かを飛ばしつつ、キースの罵声(という名の激励)は続く。そこで坊主頭の訓練兵の前に立ったキースだったが、突如その兵の頭を掴み上げて何かを口にしている。

 

「何かあったのでしょうか?」

「あの訓練兵が敬礼のやり方を間違えたな」

「……良く見えますね」

 

 距離的には相当離れているのに、ガーデルマンの問いに即答した上官に対してガーデルマンは心の底から感嘆の言葉を述べる。流石偵察部隊よりも先に巨人を見つける事がある前衛指揮官なだけはあると感心していた。

 

「うーむ、しかし本当に惜しい……特にあの子なんてどうだ? 絶対に私やリヴァイと並ぶレベルになると思うのだが」

 

 ルーデが指さす先には、スカーフを巻いた黒髪の少女が周囲の事など気にしないかの様に正面を見続けている姿があった。が、ガーデルマンには遠すぎて何となくあの子を指しているな……くらいしか分からない。

 

「今から仕込めば本当に良い兵士になる。あの子だけじゃなくて、今回の新兵達は本当に素材が良いぞ……」

「あの、隊長?」

 

 ブツブツと呟く上官を見て、嫌な予感がしたガーデルマンが制止の声を上げようとするが、それよりも早くルーデが良い事を思いついた! と言わんばかりの笑顔を浮かべるとガーデルマンの首を掴んで引きずり始める。

 

「た、隊長!? 何を考えているのか何となく分かりますけど、ここは考え直し」

「これは名案だ! 悩んでいる暇はないぞガーデルマン! すぐにエルヴィンに連絡だ、そしてキース教官に許可取りだ! あ、ついでにあいつ等にも声かけておいてくれ!」

 

 ルーデの言葉に対し、もう止める事が出来ないと感じたガーデルマンが深々と溜息を吐いた。こうなってはエルヴィン団長が何らかの権限を使って止めてくれる事を期待するしかないが、あの人の事だから恐らくは止めはしないだろう。これ幸いに訓練兵団とパイプを作り、且つ新人育成&あわよくば調査兵団に有力な新兵加入を考える筈だ(最終的には訓練兵の判断に任す人ではあるけど)。キース教官は少しは止めようとしてくれるだろうが、実際の現場での死亡率を下げる事が出来るのであればルーデの訓練を受け入れてしまうだろう。

 

 ちなみにルーデが言ったあいつ等というのは、ルーデ直属の部下の事を指す。ガーデルマンを除くと残り4人存在しており、調査兵団として出向していない時は休みか本部で仕事している筈だ。気の毒にと思う反面、それに巻き込まれている筈である自分は、別に気にしていない事に気付いて苦笑するしかなかった。

 

 

 

 

 その後サシャ=ブラウスの芋事件があり、翌日には兵団技能として必須である立体機動装置適正試験も、一人の訓練兵にトラブルが起こった事以外は特に何も起こる事無く平和であった。が、そんな訓練を進めている平和な日常の中で、一つだけ妙な出来事があったのだ。

 

「調査兵団の精鋭による実践形式の訓練!?」

 

 訓練終了後、配布された資料を見たエレンが興奮気味に声を上げる。そんなエレンの様子を見ているミカサがほっこりとした表情を浮かべるが、そんな様子に気付かない様に務めつつ、アルミンが口を開いた。

 

「そうみたいだね。えっと、『今季訓練兵団は優秀な者が多く、その実力を大いに期待している。その為、調査兵団より精鋭が出向し、その実力を更に磨きたいものとする』……だって」

「優秀……今季は優秀……!」

 

 エレンが心底嬉しそうに声を上げる。だがそれに水を差す様にミカサが口を開いた。

 

「でもエレン、ここ見て」

「ん、なになに……? 『ただし本来であれば訓練兵団が行うものに対し調査兵団が強引な手法で介入するのは良とは言えず、今回は訓練兵の過半数の合意が得られた場合のみとする』……?」

「要は訓練兵達の意見を取り入れて、行うか行わないかを決めるって事だね」

「何だよそれ。当然みんなやりたいっていうに決まってるじゃねぇか」

 

 エレンが不満げにそう口を開くが、アルミンはそう思っていない。何故なら現状の訓練でも音を上げる者達が多い上に、この訓練が実施されれば更にきつくなる事は間違いないのだ。それに調査兵団を希望する人間はそう多いとは思えない。それらを踏まえて考えた場合、このアンケートも5割いけば良い方ではないだろうかと思う。

 

「エレン。エレンはこの訓練を受けたいの?」

「当然だ! 巨人どもを駆逐する為の技術を、実際にやってる人達から学ぶ事が出来るんだ……だったらどんな事でもやってやるさ!」

「分かった、私も協力する」

 

 ミカサがそう告げて希望の欄に丸をつける。エレンも迷わず丸をつけると、アルミンへと視線を向けた。

 

「で、お前はどうするんだアルミン?」

 

 それに対するアルミンの言葉は決まっている。

 

「当然、僕も希望するよ」

「大丈夫か? 別に俺達がやったからって、無理してアルミンまで希望する事ないんだぞ?」

「そう。アルミンは今の訓練でも辛そう。無理はしない方が良い」

 

 エレンとミカサは別に他意があって言っている訳ではないが、それでも今の一言はアルミンの自尊心……いや、二人に置いていかれたくないという心を酷く傷つけられた。確かに訓練は辛い、けど……

 

(足手纏いなんて、死んでもごめんだ……!)

 

 そう考えて希望の欄に印をつけた。流石にそこまでやってはエレンとミカサも口を挟む様子はない。

 

「ああ、楽しみだな……! 一体どんな訓練をさせてもらえるんだろ? 今は地味な訓練ばっかりだし、早く立体機動装置を使って訓練してみたいぜ」

「エレン、今やってる訓練も基礎体力をつける大事な訓練。だからそんな事言っては駄目」

「分かってるって。五月蠅いなぁ」

 

 戒めるミカサにそう言うと、向かいのテーブルにいるジャンが物凄い表情を浮かべるが、別段誰も気にした様子はない。

 

 そして訓練兵達はその要綱を読み込み、どんどん教官へと提出していく。全ての資料を回収し終え、教官達が集計して結果を後日訓練兵達へ伝える。

 

 結果は、『調査兵団員を含めて実践形式訓練』の決定。即ち訓練の実施であった。

 

 結果を見たエレンは飛び上がり、ミカサはそんな様子を見て悟りを開いたかの様な表情を浮かべ、アルミンは疑問符を頭に浮かべる。実はこの三人、ハナっから興味がなかった為要綱の最後に記述されていた文章を、見事なまでにスルーしていたのだ。

 

 それは、この訓練に於いて上位成績を修めた者は、優先的に憲兵団への推薦を行うというエルヴィンの署名入り文章だったのだ。最初こそ乗り気でなかった訓練兵達も、憲兵団への優先的な推薦と聞けば黙っていられないだろう。多くの人間が、ここよりも安全かつ王のひざ元である内地に行く事を望んでいるのだから。

 

 ちなみにこの推薦は嘘ではない。ルーデやエルヴィンなどはある程度憲兵段に顔が利くし、キースも元調査兵団とはいえ在団歴も長く、人との付き合いは多いのだ。数名程度であれば憲兵団に推薦する事は出来るのだ。

 

 かくして、とうとう細かい説明が行われる当日……訓練兵達は初日と同じように並ばされ、その前には人が一人乗る様な台が置かれている。その横には全部で五人、調査兵団のマントを身につけた男性兵士三名、女性兵士二名が立っている。当初は彼等彼女等が教官になるのかと思いきや、説明によるともう少ししたら来る人物こそが今回の訓練担当であると告げていた。ちなみにエレンは並んでいる調査兵団の姿を見てテンションが上がり、妙にソワソワとしている。ミカサはそんなエレンを見て(ry

 

やがて、一頭の馬が走ってくるのが見えて訓練兵達が気を引き締める。が、それを見たキースは疲れた様に溜息を吐き、並んでいる調査兵団員達は苦笑してそれを見る。やがて調査兵団のマントをはためかせ、女性が台の近くで馬を下りる。

 

 その姿を確認し瞬間、訓練兵達が浮かべる表情は様々だった。彼女を知っている者達は驚きの表情を浮かべ、名前しか知らなかった者は愛くるしい見た目に喜び、正体を知っている調査兵団員達は哀れな訓練兵達を優しい瞳で見つめる。

 

 そして、エレンとミカサは驚愕に目を見開く以外の事が出来ない。特にエレンは呼吸が止まる程の衝撃を受け、あんぐりと口を開いて間抜けな顔を晒していた。普段冷静なミカサを誰もが見て分かる程驚いており、それを偶然目撃したジャンが頬を紅く染める。

 

 そして……台の上に立ち、目の前に整列する訓練兵達を一度眺めると、女性……ルーデ=ルッヒ団長補佐はにっこりと微笑んで口を開いた。

 

「諸君、初めまして! 今回の訓練を担当させてもらう、ルーデ=リッヒ団長補佐である!」

 

 

 

<ヤギの耳に念仏>

 

「さぁ、次はお前達にとって初めての立体機動装置の訓練に入る! 各員は装備の確認した後に中庭に集合せよ! モタモタするんじゃない!」

 

 教官の怒声に近い声に、訓練兵達は戦々恐々としながら自分の装備を用意していく。そんな様子を見つつ、教官は更に声を張り上げた。

 

「遅いぞ! もっと早く準備するんだ! それと先程昼食を摂ったが……立体機動装置の初回訓練時はそれはみっともない醜態を晒す者が非常に多い。貴様達もそんな風にならなければ良いな!」

 

 その言葉を聞き、昼食を多めに摂っていた者達は顔を青ざめさせた。普段生意気な訓練兵達も、自分がそんな醜態を晒すと考えては平静ではいられないか、と教官は軽く笑みを浮かべる。

 

「準備を終えた者から順に中庭へ入れ! モタモタモするんじゃ」

 

 ゴキュッ、ゴキュッ

 

 不意に耳に入った謎の音に、教官……いや、部屋の中に居た人間全てがとある一点へと視線を向けた。そこにいたのはアッシュブロンドの髪を纏め、立体機動装置を装備し終えた少女がいる。そして少女……先日訓練兵団に入団したルーデ=リッヒは、腰に手を当てながら何かを飲んでいた。というか、この特徴的な臭いは間違いなく、ヤギの乳である事は間違いない。

 

「オイ……貴様は何をやっている?」

 

 ゴキュゥッ

 

 最後の一口を飲み終えたのか、ルーデが声をかけてきた教官に振り向く。が、すぐに周囲へとキョロキョロ視線を移し始めた。それを見た教官のこめかみに青筋が浮かびあがり、他の訓練兵達が悲鳴を上げる。

 

「貴様だ! 貴様に言ってるんだ! 何者なんだ貴様は!」

 

 詰め寄ってきた教官を見て、ようやく自分が言われている事に気がついたのか、ルーデは落ち着いた様子でコップを机の上に置くと、敬礼の姿勢をとった。

 

「ウォール・マリア、一般居住区出身。ルーデ=ルッヒです」

「ルーデ=リッヒ……貴様が先程まで飲んでいた物は何だ?」

「ヤギの乳であります。今朝に出された物が残されており、食堂の方から分けて頂きました」

 

 ヤギの乳は癖があり、それを嫌って残す者がいる。それを処分するのも勿体ないと感じた食堂担当者が物欲しそうにしていたルーデへくれた物だが、まさか渡した人間も立体機動装置の訓練前に一気飲みするとは思ってもいなかっただろう。

 

「ルーデ、貴様……何故だ。何故、今ヤギの乳を飲み出した」

「この暑い日ですし、訓練後には悪くなっていると思ったので、今飲むべきだと判断しました」

「イヤ……分からないな。何故貴様はそれを飲んだ……!?」

「……?」

 

 頭上と表情に大量の疑問符を浮かべ、ルーデが困惑した様な表情を浮かべる。

 

「それは、「何故、人はヤギの乳を飲むのか?」という話でありましょうか?」

 

 そのルーデの言葉に、周辺全ての空気が凍りつく。教官も冷やりとした汗を垂らし、誰かが生唾を飲み込む音が響いた。そんな中でルーデだけは先程飲んだヤギの乳の美味さに機嫌が良さ気である。

 

「私は先程説明したな? 立体機動装置の前に食事や水分を摂ると、悲惨な目に遭うぞ?」

「……立体機動装置とは、食事の後は絶対に使わなくても良いものなのでしょうか?」

 

 その言葉に教官が目を見開く。

 

「いつどの時でも兵士として戦う覚悟を持ち、心臓を捧げたのであれば食事の後でも出撃する機会はあると考えます。そして教官殿は訓練の合間の休憩時間に、食事や水分を摂る事を禁止としてはいませんでした。ならば私のとった行動は問題がない筈では?」

 

 そう言って、年の割には豊満な胸を張って主張する。それを聞いた教官は溜息を吐くと、同情する様な視線をルーデに向けた。

 

「辛いぞ」

「経験値とはなるでしょう」

 

 笑みを浮かべたルーデに対し、教官も自然と笑みを浮かべた。

 

 ちなみにこの後、ルーデはその見た目とこの出来事から「乳女」と影で蔑まれる事になるが、すぐに実力で見て分かる実力でそれらを黙らせたのは言うまでもない。

 

 

 

 




ルーデ「では諸君、 死 ぬ が よ い 」
という訳で続きです。次の話までは訓練兵団での仕事(?)話になると思うので、巨人の出番はないかもです。
ルーデ自身は朝起きてヤギの乳飲んで飯食って訓練し、昼食食って訓練し、晩飯食ってヤギの乳飲んだら勉強して日記書いて寝る。という様なサイクルを繰り返す人間となっています。
そして簡単に餌に釣られてしまった訓練兵団の未来や如何に。次回もゆっくり書くので、のんびり待って頂けたら幸いです。


・団長補佐とは
「分隊長以上の役職に就こうとしないルーデに対し、無理矢理決められた役割。普段は前衛で指揮を行う前線指揮官であるが、団長であるエルヴィンの不在、もしくは喪失があった場合に兵団を纏めて帰還させる役割。名前は立派だが、普段の役割は少ないうえに要は臨時指揮官と同義である」



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進撃の訓練開始・前

遅れて本当にすみませんでした! しかも部下の紹介だけで内容進んでない!

<追記>
誤字と表現を修正しました。なんで最後の文章切れてたんだろう……


 笑みを浮かべて心臓を捧げる敬礼を見た訓練兵達は、しばらく茫然としていたが慌てて敬礼をし返す。上官からの敬礼に対して返答しない事は、非常に失礼な事に当たるからだ。実際、ルーデの部下である女性の一人が中々敬礼を返さない訓練兵達に対し、目を細めて睨みつける事に数名の訓練兵達が気付いて顔を青ざめさせる。

 

「うむ、楽にしてくれ」

 

 そう言いながら、ルーデが敬礼の姿勢を解くのを見て訓練兵達も次々に敬礼を解いた。ルーデは一度咳払いをし、訓練兵達全体を一度見渡してから、ゆっくりと声を上げる。

 

「それでは今回の訓練内容を」

「いやいや、隊長! まずは説明と自己紹介をしなくてはなりませんよ」

「おぉ、そうだったな」

 

 一切の説明を省いて訓練を開始しようとするルーデに対し、隣にいた副官らしき人物が慌てて声を上げた。ルーデが納得したように頷くが、突然目の前で漫才じみたものを見せられ、訓練兵達は多少戸惑いの表情を浮かべる。

 

 そんな中、少年……エレン=イェーガーだけは緊張し、顔を赤らめて目の前の女性の言葉を待っていた。周囲にそれを察せられない為にあえて無表情を作ろうとするが、逆にピクピクと顔面が引き攣り、知っている者が見たらエレンの様子が明らかにおかしい事が分かる。

 

 あれから二年、エレンは母を殺した巨人を駆逐するために、そしてあの時自分を助け、絶望的な状況の中戦い抜いて多くの人々を救った目の前の女性と共に戦う事だけを考えてきたのだ。まさか、いきなりこの目で見る事が出来るとは思っていなかった為、その緊張具合といったら凄まじい。

 

 そんな様子のエレンを見て、ミカサは複雑な表情を浮かべた。ミカサにとっても目の前の女性は自分とエレンを助けてくれた人であり、その行動や実績も敬意に値するものだと感じている。が、理屈では計れない感情が人間にはあるのだ。

 

 そんな二人の心境など知らず、ルーデはガーデルマンの説教を聞いて笑顔を浮かべ、もう一度訓練兵達に向き直ると口を開いた。

 

「まずは今回訓練を担当させてもらう、我々の自己紹介から始めるとしよう。まずはガーデルマン」

「はっ」

 

 先程ルーデに対して説教を行っていた人物が前に出て礼をする。ガッチリとした体格に、短く刈り上げた髪が特徴的な男性だ。だが大柄にも関わらず、何となく人の良さが染み出ている人物でもあり、取っつきやすい印象を受ける人物でもある。

 

「ガーデルマンは単独討伐数20、討伐補佐51でシガンシナ防衛以前から調査兵団にいるベテランである。私の副官でもあるので、何かあったら質問すると良いだろう」

「皆さんと共に頑張りたいと思うので、よろしくお願いします」

 

 ルーデの言葉に訓練兵達が俄かにざわつき始める。調査兵団は非常に死亡率が高く、長期間在団している人間は非常に少ないと言われている。そんな人物を訓練兵団に出向させるという事は、今回の訓練の本気さを感じさせると同時に、目の前の優しげな男性が凄腕の兵士に見えてくるのだ。

 

「次はヘンシェル」

「はっ!」

 

 そう言って歩み出るのは、ガーデルマンより少し小柄な、美青年と言っても過言ではない人物だった。細身だが、服の上からでも鍛え抜かれた体という事が分かる。

 

「ヘンシェルはまだ若いが、短期間で単独討伐数31、討伐補佐4の兵士だ。特に刃の扱いに慣れているので、君等も何かあればヘンシェルに聞くと良いだろう」

「はっ! 自分がヘンシェルである! 未熟な身ではあるが、貴様たちよりは兵士としてどんな面でも優れている! その事を肝に命じて指示に従うように!」

 

 ガーデルマンと違い、大声でそう告げるヘンシェルに訓練兵達が怯んだ様に視線を下に落とす。ヘンシェルは兵士としての自分、そしてルーデに対して絶対的な信頼を置いているため厳しい言い方をしているが、本来ならば新人の面倒見が良い兵士だ。それを知っているからか、ルーデは優しげに微笑むと、ヘンシェルが下がった所を見計らって次の名前を上げる。

 

「次、アルフレート」

「はぁい」

 

 そう言って少し前に出るのは、ややくすんだ金色の髪をポニーテールにし、のんびりとした動作で歩み出る巨漢の女性だった。先程紹介されたガーデルマンも中々の体格だったが、この女性は身長だけならガーデルマンを超えている様に見える。のっそりと前に出ると威圧感を感じたのか、訓練兵達が少し後ずさる。そんな様子を見て何かが面白かったのか、アルフレートは笑みを浮かべた。

 

「アルフレートもガーデルマンと同じく、シガンシナ以前から私に付いてきてくれている部下である。単独討伐数14、討伐補佐45のベテランだ。主に偵察を行い、立体機動装置の扱いに長けている。その事について聞きたい事があれば彼女に聞くように」

「アルフレートです。まだまだ若輩の身ではありますが、今後もよろしくお願いしますぅ」

 

 そう言って軽く頭を下げた。これでシガンシナでの戦闘に参加した者はルーデを加えて三名。今までウォール・マリア防衛に参加した六名の兵士(二名はその場で死亡しているが)は伝説の様な存在であり、人類の希望の一つとして教科書に名前が載っている程である。そんな兵士に会えたからか訓練兵達の大半は緊張しているが、その中でエレンだけはどんどん興奮が高まっていくかのように顔が紅潮していっていた。そんなエレンを見たミカサは駆け寄りたい衝動に駆られるが、もう少しこのまま見ていても良いかな? とか考えてボーッとしている。

 

「次、ロット」

「は、はいっ!」

 

 茶色の髪を肩辺りまで伸ばしている小柄な女性が前に一歩出る。見て分かる程緊張しており、訓練兵達が逆に心配になる程ガチガチだ。「しっかりしろ」、とルーデから声をかけられると、「ひゃい!」と言って返答しているのを見たライナーを筆頭とした男性訓練兵達が、何か眩しい物を見たような表情を浮かべた。

 

「ロットは隊の中で一番の新人である。単独討伐数は0だが、討伐補佐14と短期間で素晴らしい戦績を持っている。立体機動での位置取り、コース決定に長けているので、彼女の話は聞いておくように」

「班の中では未熟そのものでありますが、皆の役に立てるよう努めますのでよろしくお願いしますっ!」

 

 そう言って頭を下げると、顔を赤く染めて後ろに下がる。年齢も若いようで、新人という事に誤りはないのだろう。だが単独討伐こそないが、討伐補佐14というのはれっきとしたエースであり、そもそも調査兵団に同行して生存している時点で訓練兵達よりも遥か高みにいる人間である。

 

「次、ニールマン」

「はい」

 

 名を呼ばれて前に出た人物は、今まで呼ばれた人間の中では異質とも言える雰囲気を醸し出していた。今までの人間達はの人物が持つ特徴の中に兵士として訓練された何かを感じる事が出来たが、今出てきた人物はそれに当てはまらない様な気がするのだ。いや、訓練自体は受けているのだろうが、他の面々に比べてそれを感じる事が出来ないのだ。

 

「ニールマンは元々兵士ではなくてな。実は私の話を聞きたいと言ってきた一般人なのだ。私が直々にスカウトして調査兵団に入ってもらった」

「懐かしい思い出ですね。あの時はマジで死んだと思いましたが」

「はは、だが私の見る目は確かだっただろう? ニールマンは単独討伐数1、討伐補佐11の兵士だ。本来の仕事はガス、刃の補給を行う役割を持っている。兵士としては戦うだけではなく、こういった仕事もあるのだと覚えておいてほしい」

「自分がニールマンです。えー、何よりも大切なのは無駄死にではなく生き残って戦い続ける事です。我々はそれを教える為に全力を尽くしますので、何かあったら聞いてくださいね」

 

 そう告げると後ろに下がった。これで紹介も終わりか……と考えた訓練兵達だったが、その空気を察したのかルーデが眉を顰める。

 

「こら、まだ紹介は終わっていない」

「え、まだ誰かいるのか……?」

 

 ルーデの言葉を聞いたエレンが呟くように口を開くと、ルーデが口の中に指を入れて思い切り息を吐き出す。けたたましい指笛が辺りに響くと、訓練兵達の後ろから何かが走ってルーデの場所へ向かう。訓練兵達は突然合間を縫って通り過ぎる何かに対し、悲鳴を上げたり引っくり返ったりと忙しい。そして二つの影がルーデの傍に歩み寄るのを見た前列の数名が更に悲鳴を上げる。

 

「紹介しよう。我が班の特殊偵察兵、スツーカとエボルトだ」

 

 そう言いながら笑みを浮かべたルーデが、足元に歩み寄ってきた二頭の犬の頭を撫でる。犬というよりは大きさ的に狼と言っても過言ではない二頭は、ルーデに頭を撫でられると嬉しそうに目を細めた。訓練兵達は完全にびびってしまう者と、スツーカとエボルトを見て触りたそうに手を出したり引っ込めたりしている金髪の美少女等反応は様々だ。

 

「スツーカとエボルトも数年前から調査兵団として働いている立派な兵士である。よって君達の上官に当たる存在なので、失礼のないように」

(相変わらず滅茶苦茶な事言うなぁ……)

 

 やや右後ろで見ているガーデルマンがルーデの言葉に対して心の中でツッコミを入れるが、それを気にするものはいない。そして実際にスツーカとエボルトは偵察役としては非常に優秀な存在なのだ。鳴き声や遠吠えで巨人の存在を報せ、その回数で数も報せてくれる。たまにミスする事はあるが、それでも段違いに偵察の信頼度が上がったのだ。ちなみにこの二頭は目の前にいるルーデ自身が提案して調査兵団に入っている。

 

『巨人が人間以外に興味をもたないのであれば、犬を班に入れてみてもよろしいか? 無論、失敗しても私が責任を持って飼うから安心してほしい』

 

 そう提案したルーデもルーデだが、笑顔を浮かべてすぐに了承したエルヴィンも相当なタマであろう。ちなみにリヴァイは何度か自分の服を汚されてキレかけており、その度にルーデと話し合い(物理)を行っている為、スツーカとエボルトとは仲が悪い。

 

「そして最後に一応私も自己紹介しておこう」

 

 そう言うと、ルーデは先程と同じく敬礼の姿勢をとり、一度大きく息を吸い込んで口を開く。

 

「ルーデ=リッヒ団長補佐! 単独討伐数192(推定)、討伐補佐87(推測)である! 基本的には前衛の任に就いている一兵士と考えてもらってよい。今後ともよろしく頼む!」

 

 ルーデの自己紹介と共に、その余りの戦果に訓練兵達のざわめきが沸き立つ。凄い、嘘だろ、誇張じゃないか、という声が聞こえてくるが、よくよく計算すればそれほど不思議な数字ではないのだ。

 

 ルーデは今26歳、15歳から在団している為11年間調査兵団として前線に立っている形となる。元々から単独で巨人とやりあえた事もあってか、この討伐数は不自然なものではない。一度戦闘が始まれば、間違いなく数体の巨人を仕留める上、その在団期間もあってか出撃回数も半端ではない。その上、討伐数が数えられていないシガンシナ防衛戦や無断での夜間防衛出撃などの事を考えると、この討伐数でも少ない筈なのだ。が、これ以上の数字を書いては誇張を疑われて逆に士気を下げる可能性があるということで、まぁこの位の数で収めようという形になったに過ぎない。ちなみにリヴァイも似たような戦果を出しており、このまま在団期間が並べばルーデと変わらない戦績になるだろう事が言われている。

 

 様々な反応でざわつく訓練兵達を見つつ、ルーデは笑顔を浮かべつつ口を開く。

 

「我々は諸君の大いなる素質を見込み、今回の訓練をキース教官殿に伝えて訓練を担当させてもらう事になっている。そして我々は調査兵団であるが、諸君に調査兵団への参加を強制するものではなく、どんな道を選ぼうとも構わないと思っている。それを心に刻んで我々の訓練に励んでもらいたい」

 

 そのルーデの言葉に、大多数の人間が笑みを浮かべた。調査兵団に応募する人間など両手の指で足りる程度の人数だろうし、これは最初から分かっていた反応だ。エレンやライナーなどの数名がルーデの言葉に表情を引き締めた。

 

「で、訓練なのだが……諸君はまだ立体起動装置の基礎訓練に入っていないと聞いた」

 

 それを聞いたキースが自分で納得するように頷いた。訓練兵達は立体起動装置の適性検査を受けただけであって、実際に使用したのはワイヤー射出の訓練程度で、まだ使用した事はない。

 

「資料にあった通り実戦形式の訓練を行うつもりだったが、立体起動装置の基礎も出来ていないのであれば、我々が出来るのは乗馬訓練程度だ。という訳で、立体起動装置を使用しての訓練は基礎を終えた後に行うものとする」

 

 それを聞いたエレンが不満げな表情を浮かべる。実戦形式、しかも憧れの人が行う訓練という事もあってやる気に満ち溢れていたのだ。それがいきなり肩すかしを食らった気分になるのも仕方ないだろう。

 

 途端、ルーデが目を細めて口を開く。

 

「何名か不満そうな表情を浮かべているな?」

 

 それを聞き、エレンはハッとした表情を浮かべて視線を自分の足先へと落とす。ルーデの言葉はエレン個人に向けられているという訳ではないが、それでも自分の事を指摘されたように感じて、エレンは顔を赤くする。

 

「それだけ楽しみにしてもらえた様で私は嬉しいぞ! まぁ、いくつかの訓練自体はやるので心配しなくてよろしい! ヘンシェル!」

「はっ! 全員、立体起動装置、及び野営装備を装着して今と同様に整列せよ!」

 

 ルーデに呼ばれたヘンシェルがそう大声で叫ぶと、少し困惑した様子を見せた後に訓練兵達は自分の兵舎へと戻り、装備を装着し始めた。突然の不可解な命令に戸惑いこそしたが、それでも上官からの命令なら従うのが兵士だ。それを今までの短い訓練で学んでいる。

 

「立体起動装置の訓練じゃないのに、どうしてこれを全て装備するんだろう?」

「分からないけど、なんか凄い訓練でもするんじゃないか?」

 

 隣で準備しながらアルミンが疑問を口にするのを聞いて、エレンは自信満々にそう返す。一緒に戦いたいと願い続けた人が自分を訓練してくれるという事態に興奮しているようで、いつもとは明らかに様子が違った。そんなエレンを見たアルミンが納得するように頷いて口を開く。

 

「ルーデ団長補佐って、エレンを助けてくれた人だよね?」

「そうだ! あの人がいなきゃミカサも、ハンネスさんだって無事だったかどうかわかんねぇ」

 

 その言葉にアルミンも頷く。ルーデ団長補佐といえば、それこそ兵団の中でも伝説に近い存在と言われている人物だ。調査兵団に限って言えば在団期間はトップ、その中でも出撃回数は驚くべき数になっている。真偽は明らかになっていないが、中央の憲兵団への移動を命じられた際に、命じた上官を一蹴したという噂まである。

 

 エレンが尊敬するのは当然だが、憲兵団……というよりも中央に対して不信感を抱いているアルミンにとっても、中央の決定を蹴ったルーデは、ある意味で憧れの人間でもあった。

 

「でも、これを装備して何を訓練するんだろうな?」

「分からないけど……フル装備だと流石に重いね」

「だな……」

 

 腰に立体起動装置を装備し、背には野営用の装備全般が積まれているこの姿は、訓練兵団の前衛以外の人間の姿でもある。前衛は野営用の装備こそ持たないが、予備のガスや刃の量が多い。

 

 そしてこの装備の特徴は、ひたすらに重いという事だった。正確な重量は分からないが、少なくともこれを装備すると動きは鈍る程度には重い。調査兵団以外の兵団では装備する事がないという装備でもあった。

 

 そう考えながらエレンとアルミンが外に出ると、そこには同じ装備をしたミカサがエレン達を待っていた。女性といえども装備は変わらず、重量も同じはずなのにいつもと変わらない様子にアルミンはある意味で戦慄を抱く。

 

「エレン、待ってた」

「先に行けば良かっただろ? 別に待ってる必要なんかねえって」

「……ダメだった?」

「ダメって訳じゃねぇけど」

 

 一度悲しそうな表情を浮かべたミカサだったが、エレンの一言を聞いて目元を緩める。そんな光景を見ながら、アルミンは集合場所を指さすと口を開いた。

 

「ほら、急いで整列しないと、キース教官にどやされる」

「エレン、行こう」

「分かってるって! 引っ張んな!」

 

 徐々に集まりつつある訓練兵達と同じように整列し、全員が集まるまで待つ。やがて全員が集まった事をヘンシェルが確認すると、姿を消していたルーデが再び台上に上がる。

 

 その姿を見た訓練兵達が目を見開く。ルーデは先程の訓練兵団前衛の特徴であるマントを装着した姿ではなく、訓練兵達と同じような野営装備だったからだ。しかも、訓練兵達よりも背負っている荷物が一回り大きい。

 

 訓練兵達が装備をしてきた事を見回して確認したのか、ルーデは満足げに頷いて口を開いた。

 

「よしっ、それではこれより訓練を始めたいと思う。諸君も知っての通り、調査兵団が壁外で野営を行う場合、拠点化した巨大樹の上で行うが、それは何故か分かるか? そこの君!」

「え!? わ、私ですか!?」

「うむ、君に聞いている。何故か分かるか?」

 

 ルーデに指さされた少女……クリスタ=レンズは大勢の前で緊張しているのか、頬を赤く染めながら声を張り上げる。

 

「そ、それは巨大樹は巨人の手が届かない位置で野営が行えるからです! また、地形的に立体起動装置が充分に生かせる場所である事も理由の一つであるかと思います!」

「うむ、その通り。基本的に壁外調査では巨大樹の上、最低でも立体起動装置が生かせて、馬の食糧がある場所になる。特に巨大樹は調査兵団にとって切っても切り離せない関係にある訳だ」

 

 ルーデの言葉に、訓練兵達は困惑しながらも話に耳を傾ける。教科書にあるような話であるし、それが今の自分達の装備と、これから行う訓練に何の関係があるのか分からない為だ。

 

 そんな訓練兵達の心中を知ってか知らずか、ルーデは笑顔を浮かべたまま背にある荷物を揺らし、周囲にいる部下達が訓練兵達に慈しみの表情を浮かべるのも気にしないまま口を開いた。

 

「よって、実戦形式には程遠いが、諸君にはこれから巨大樹上で実際にどんな野営を行うのか。それを体験してもらおうと思う! ついでと言っては何だが、体力をつけるためにこの装備のまま巨大樹まで走って移動だ!」

 

 その言葉が響き渡った瞬間、訓練兵達から揃って「え!?」という言葉が響き渡った。

 

 この装備で走った事自体はある。体力づけという事も理解は出来る。

 

 が、壁内に存在する巨大樹は非常に少なく、それこそここから相当の距離があるのだ。訓練で見学しに行った事はあるが、少なくとも10km近い距離があるはずである。それを今の装備で? しかも走って? 一部を除いた訓練兵達が唖然とした表情をルーデに向けるが、ルーデは笑顔を浮かべながらそれに応える。

 

「安心しろ! 私は昔、諸君と同じ訓練兵だった頃に同じことをしていた! 人間やろうと思えば何とかなる! それに諸君の体力がどの程度あるのかも見ておきたいからな!」

 

 そう言って、ルーデが小走りで訓練場の入り口まで走る。野営用の装備を持っているとは思えないほど軽やかな速度で移動すると、訓練兵達へと視線を向けた。

 

「さぁ、諸君! 出撃だ!」

 

 ただひたすらに、重い物を持って走り続ける。

 

 訓練兵達は、この訓練の辛さを知る事になる……

 

 

 

<黄金羽剣付ダイヤモンド兵団勲章>

 

「これは?」

 

 肩幅まで足を開き、手を後ろ手に組んだルーデが目を細めてそう口を開いた。ルーデの視線の先にあったのは、黄金で作られた羽と十字の飾りに、輝く石がはめ込まれた勲章だ。それを差し出した憲兵団の人間は、笑みを浮かべつつ口を開く。

 

「受け取りたまえ」

「覚えのない勲章を受け取ることなど出来ません。しかし珍しいですな。てっきり勲章は憲兵団の功績の為に作られるものだと思っていたのですが」

 

 ルーデの言葉を聞き、扉の前にいた憲兵団の一人がルーデの後姿を睨みつける。が、それに何かを感じたのか分からないが、ルーデが振り向いて視線を合わせられた瞬間慌てて視線を逸らした。それを見たルーデは特に何の反応もせずに視線を前に戻す。

 

「これは大変名誉なことだよ」

「仰る意味が分かりませんが?」

 

 憮然とした表情で首を傾げるルーデに対し、やや呆れた様子で首を振ると、目の前の人物は口を開いた。

 

「この勲章は君が壁外調査、そしてシガンシナ区での活躍を讃えて作られた君だけの勲章なのだよ。中央は君の力を高く評価していてね。だからこれを君に与えようと考えたのだ」

「光栄です」

「この中央に付いている物が分かるかね? これはダイヤモンドという物で、要は宝石だな。庶民には絶対に手に入らない物だ」

 

 それを聞いたルーデがもう一度勲章へ視線を移す。この人類領域では宝石が採れる場所は非常に少なく、例え発見されたとしても、それらは全て中央か貴族の手に渡るのが普通だ。ウォール・マリア等の壁の外側にいる人間では手の届かない代物だった。

 

 ルーデ自身も宝石を見たことはあるが、自分が持ったことはない。少なくとも調査兵団の人間で宝石を持っている人間はいないだろう。もしかしたらエルヴィン辺りは持っているかもしれないな、と頭の片隅で考えながらルーデは視線を目の前の人間へ戻した。

 

「そしてこの勲章と共に辞令がある」

「……どのような辞令がお聞きしても?」

「勿論。ルーデ=ルッヒ分隊長、貴殿はこの勲章を受け取ったと同時に憲兵団へ移籍、中央の貴族連盟の直衛部隊に配属となる。今後もその力を人類の為に役立ててほしいという事だ」

「私が、でありますか?」

「そうだ、これは大変名誉な事だぞ? 特に何の後ろ盾もない人間が憲兵団、それは貴族の直衛へ配属となるなど、今まで聞いたことがない。君は選ばれたのだよ」

 

 「さぁ、受け取りたまえ」、と言いながら勲章を差し出す人物に、ルーデは特に何の感情も込めていない視線を向けた。怒りも、動揺も、憤りすら感じさせない表情のままで、ルーデはいつも通りの調子で口を開いた。

 

「では、二度と私に中央へ行けと言わないのであれば、その勲章を受け取りましょう」

 

 いつもの調子で言ったルーデのその一言で、部屋の中の空気が凍りつく。扉の前にいる兵士が唖然とするのはともかく、煌びやかな勲章を持った人物すら呆然とした表情を浮かべていた。そんな空気を気にする事もなく、ルーデは口を開く。

 

「他の用がないのであれば私は行きますが、何かありますでしょうか?」

「ま、待ちたまえルーデ=リッヒ!」

 

 勲章を握りつぶす勢いで手を握り締め、顔を赤く染めた人物がルーデに歩み寄る。身長差からルーデが軽く見上げる形となり、その人物は怒りの表情で口を開く。

 

「どういうつもりだ!?」

「? どういうつもりと言われましても……そのままの意味ですが」

「中央からの辞令だぞ! それを貴様……!」

「しかし、中央の指示ではその勲章を受け取った時点で私は中央へ移籍されるとの事ではないですか。ならば私はそんな勲章なぞいりません」

「う、受け取りを拒否する気か!?」

「はい」

 

 特に迷った様子もなく、ルーデはあっさりと口にする。ルーデは煌びやかな勲章はもとより、それに使われている宝石にも全く価値を見出していないのだ。むしろ綺麗な石程度の認識しか持っていないのである。

 

 恫喝に近い怒声を上げる人間にも、素晴らしく価値のある勲章にも全く執着がないルーデに対し、目の前の人物は怒りの余り紅潮し、兵士はその雰囲気に青ざめるしかない。その中でルーデだけが平時と変わらないままで「では失礼します」と言って背を向けた。

 

「ルーデ=ルッヒ! 貴様、後悔するぞ……!」

 

 勲章を握り締めたまま、怒りの声を上げる人間に対して、ルーデは扉に手をかけつつ口を開く。

 

「後悔、ですか」

 

 そして、一度だけ振り向く。その視線に晒された人物は今までの怒りすら飲み込まれて冷や汗を流すが、ルーデの口調は平時と変わらない。

 

「これ以上はない、という後悔を味わっておりますのでお気遣いなく」

 

そう言って扉を開けると、そのまま振り向くことなくルーデは後ろ手で扉を閉めた。

 

 部屋には、青ざめる兵士。そして手に煌びやかなだけの飾りを手にした人間だけが残された。

 

 

*

 

 

「ルーデ」

「おや、エルヴィンじゃないか」

 

 憲兵団の建物から出てきた瞬間に声をかけてきた同僚に、ルーデは軽く驚いた表情を浮かべる。そんなルーデの隣に並ぶと、エルヴィンは同じ速度で歩き始めた。

 

「どうしたんだ、こんな時間に?」

「ルーデが憲兵団に呼び出されたと聞いてね、つい様子を見に来てしまった」

「暇な奴だな」

 

 辛辣な言葉を返すルーデに、エルヴィンは苦笑を浮かべながら「そうだな」と返す。普段と様子が変わらないルーデに対して、エルヴィンは気になっていた事を尋ねる。

 

「で、どうだったんだ?」

「どうだったとは?」

「移籍の話さ。とうとう憲兵団が君を移籍させると……それでその話は」

「うむ、丁重に断った」

 

 最後まで言葉を言わせることなく、はっきりと言い切ったルーデに対してエルヴィンは驚いたと同時に、やっぱりな、と安堵の心も抱いていた。ルーデは義足を使用しているとは思えない歩行を続けたまま言葉を続ける。

 

「勲章を受け取れば移籍しろと言われてな。それならば、いらんと言ったよ。興味もない」

「君らしいな……」

「まぁ、今回は助かった。勲章が欲しければ移籍しろ、という話でなければどう断っていいか、分からなかったからな!」

 

 多分、相手は違う事を言っていたのだろうなぁ……とエルヴィンは考えながらも、目の前の少し認識がズレていて、自分よりも年下にも関わらず調査兵団としての期間が長い人間に呆れと同時に、尊敬の眼差しを送る。

 

 足の治療中の病室で、涙を流しながら出撃を望んでいた彼女の姿は、エルヴィンの目に焼き付いている。これほどまでに戦いを求めると共に、人類の為に戦う人間をエルヴィンは他に知らない。余りにも眩しい存在だった。

 

「で、エルヴィン。次の壁外調査はいつだ?」

「君は変わらないな……しばらくは無理だろう。ウォール=マリア奪還作戦の被害もそうだし、拠点やコースも最初から練り直しだ。キース団長の後任も探さなければならないしね……君が団長になってくれると助かるんだが」

「無理だ、器じゃない」

 

 きっぱりと断るルーデに、エルヴィンは溜息を吐く。何度かこの話をしているのだが、ルーデは一向に首を縦に振ろうとはしない。それどころか……

 

「最初から言っているだろう。後任はお前が適任だ、お前なら出来る」

「買い被りだと思うが……私は大した人間じゃない、ただの一兵士だ」

「ふーむ、お前以外に適任はいないと思うがなぁ」

 

 残念そうに呟くルーデに、エルヴィンは苦笑を浮かべながら首を振った。どう考えても自分よりルーデが適任だろうと考えているからだ。そんなエルヴィンの考えも知らず、ルーデはエルヴィンの肩へと手を置いた。

 

「まぁ、壁外調査の目途が付いたら教えてくれ。部下と一緒に参加するからな」

「シガンシナで戦った君の部下も全員残留していたね。また君の下に就ける様にしておく」

「すまんなエルヴィン、感謝する!」

 

 そう言って笑顔を浮かべるルーデに、エルヴィンも釣られて笑みを浮かべてしまう。巨人との戦いを演じている時と、普段の生活の余りの違いがルーデの魅力の一つであり、それに魅せられる人間は非常に多い。エルヴィンもそれに魅せられた人間の一人であり、共に戦っていきたいと強く願っている。

 

「では、また明日な」

「あぁ、また明日に」

 

 兵団宿舎に到着し、ルーデは女性宿舎へ、エルヴィンは男性宿舎へと別れなければならない。ルーデが軽く手を挙げて口を開くと、エルヴィンもやや惜しげに別れの言葉を口にする。そうしてエルヴィンはルーデに背を向けた。

 

「エルヴィン」

 

 背を向けた瞬間聞こえた言葉に、疑問の表情を浮かべてエルヴィンは声がした方向へと振り向いて……息を飲んだ。

 

 月光に照らされた青い瞳がエルヴィンを貫く。冷徹で刃の様な鋭さを感じると同時に、深い安心感を与える不思議な輝きを受けてエルヴィンが硬直するが、ルーデは先程憲兵団と話した時とは打って変わり、その表情に悲壮感すら感じさせる決意を映したまま口を開く。

 

「次は勝つぞ」

 

 その言葉が耳に届いた瞬間、何かがすとんと胸に落ちた感覚をエルヴィンは感じた。ルーデはそれだけ言うと、今度こそ女性宿舎へと歩いていく。

 

 その後ろ姿を見ながら、エルヴィンは目を閉じて軽く頭を下げると、自分も男性宿舎へと進んでいった。

 




今回はルーデの部下紹介、訓練開始を行うところまで行いました。全然話が進んでない……つ、次こそはエレン達とも関わり、話は進むから期待しててね!(丸投げ)
ルーデの討伐数は多いかな? とも考えたのですが、在団期間の長さと一度の討伐数、単体で巨人を相手にできるのと常時前線にいる事を考えればこれくらいはいきそうかなぁ、と考えて書いてました。しかも無断出撃や野営中で起きている係じゃないのに出撃したりする方なので、これでも少ない計算という感じです。きっと出撃をごまかして誰が倒したかわからない巨人が何体かいるんだよ!
次回も少し遅れるかと思いますが、気長に待っていただけたらと思います。


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