SAVIOUR~無限のソラへ~ (風羽 鷹音)
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第01章 来訪者
01 始まりの動因


 世界はいつだって理不尽で優しくない。

 

 だから力を。

 

 自分を、誰かを守れる力を。

 

 自分に求めて、誰かに求めて。

 

 私はそれを否定できない。

 

 何より私が誰かを守る為の力を求めて来たから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 インフィニット・ストラトス。通称「IS」

 

 宇宙空間での活動を想定し、開発されたマルチフォーム・スーツ。しかしISは発表当時大した注目はされなかった。それはISの開発経緯が全く表に出ていなかったことと、開発者の篠ノ之束(しののの たばね)が全くの無名だったことが要因だった。

 

 しかしISの発表後しばらくして起きたとある事件、のちに「白騎士事件」とされる事件。それは日本を射程距離内とするミサイル、それらが配備されたすべての軍事基地のコンピュータが、一斉にハッキングされることで始まる。

 

 ハッキング後、日本に向けて発射された2341発以上のミサイルの約半数を搭乗者不明のIS「白騎士」が迎撃したのだ。

 

 その際、白騎士の戦闘力を危険視した各国が捕獲、もしくは撃破しようとするも、その殆どが無力化され、少なくとも表向きでは負傷者は多数出るも、死者はゼロと言われた。

 

 この事件によってISは兵器として注目されることとなり、当初の目的とは裏腹に軍事転用への道を歩むこととなる。

 

 しかしISには欠陥ともいえる特徴があった。

 

 理由は定かではないがISは女性しか扱えなかったのである。

 

 他にもISの核であるコアが完全なブラックボックス状態で開発者である篠ノ之束しかコアの生産ができないこと。その篠ノ之束がある期を境にコアの生産をやめ失踪。それによりISの絶対数が467機になってしまったことである。

 

 しかし、それでもISの兵器としての価値は高く、ISを所有する各国の軍は、ISを中心に編成され、そのISを扱える女性の社会的地位が僅かではあるも男性を上回ることとなる。

 

 こうして世界は急激ではあるも確実に変化を余儀なくされていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園。

 

 各国のISの取引などを規制し、ISの技術を独占的に保有していた日本へ、情報の開示と共有を定めた通称「アラスカ条約」により、日本に設置されたIS操縦者育成用の特殊国立高等学校である。

 

 ISが女性しか扱えないという特性上、当然その操縦者の育成機関であるIS学院には女生徒しかいない。また教職員も女性ばかりである。

 

 世界各国から生徒を受け入れていて、アラスカ条約により情報の開示、共有という取り決めがあろうと、ISに関して日本の位置づけは重要であり、開発者の篠ノ之束が日本語しか喋らなかったこともあって、少なくともIS学院においての公用語は日本語である。

 

 そのIS学院の入学式当日、多種多様な女生徒の山の中、一年一組の教室内に、たった一人の男子生徒がいた。

 

 名前を織斑一夏(おりむら いちか)

 

 つい最近になって見つかった現状で世界唯一、ISが動かせる男性である。 

 

 男性といってもついこの間、中学校を卒業したばかりで、その点は他の女生徒と同じである。

 

 その織斑一夏は、現状の居心地の悪さに胃を痛くしていた。

 

 共学の中学校に通っていたころには気づくことのなかった女の子特有の匂いがこの教室にはあった。

 

 男ばかりの空間が男臭いように、女ばかりの空間が女臭いというのはなんとなくあるのだ。少なくともこの空間で唯一の男である一夏にはそれがわかった。

 

 そして、その匂いや、一人ぼっちの男子生徒というのが彼の胃にじわじわとダメージを与える。

 

 この環境に慣れるのが先か、胃に穴が開くのが先か。彼は一人、そんな戦いに身を投じていた。

 

 そんな彼の戦いを誰も知る由はなく、最初のSHR(ショートホームルーム)が始まる。

 

 

「私はこのクラスの副担任。名前を山田 真耶(やまだ まや)といいます。皆さん一年間よろしくおねがいします」

 

 

 副担任である真耶がそう挨拶するも、生徒たちの反応は実に薄かった。

 

 というのも教室中の注目を一夏が集めているからである。

 

 ISが動かせる唯一の男性というのだから仕方ないと言えば仕方ない。おまけに彼の容姿は整っており、イケメンか非イケメンかと問われれば、ほとんどの人物がイケメンと答えるであろう。

 

 そんな異様な雰囲気の中、各生徒の自己紹介が始まった。

 

 そして、その順番は一夏に回ってくるも、それどころではない一夏はそのことに気が付かない。

 

 すると真耶が困ったように、

 

 

「え、えぇと……お、織斑君?」

 

 

 と、やや困ったように声をかけられ、一夏は初めて反応した。

 

 

「え? 俺ですか?」

 

 

「あのね、自己紹介、織斑君の番なんだけど……」

 

 

 何を生徒相手に緊張しているのかわからないが真耶はやや上目づかいで一夏を見る。

 

 あ、かわいい。などと思った一夏であったが自分の番だと言われては仕方がないと、立ち上がると、さっと教室を見渡して、

 

 

「えっと……織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

 

 そう言ってぺこりと頭を下げる。

 

 しかし他の女生徒はその後を期待してるらしく皆が皆一夏をじっと見つめる。

 

 だが一夏はそんな視線を振り払う様に、

 

 

「以上です」

 

 

 皆の期待をぶった切った。

 

 織斑一夏という少年は不器用なのである。

 

 教室の至る所で、ずるっとずっこける者が見られた。

 

 するとコンコンと教室のドアをノックする音が聞こえた。

 

 

「はい。どうぞ」

 

 

 真耶がそう答えると一人の少女がドアを開けて入ってきた。

 

 かわいい。お人形みたい。そんな言葉が生徒たちの間から聞こえてくる。

 

 服装は白のYシャツに赤い紐タイ、黒のプリーツスカート、黒のタイツに黒いブーツ。

 

 何より関心を集めたのは小学生のように小さな身長に、病的に白い肌、真っ白な髪。全体的に髪の長さは肩にかかるか、かからないほどだが首の後ろ付近の一束だけが長く腰ほどまで伸びている。

 

 十五歳の生徒たちばかりの中で、あきらかにその少女の存在は異質だった。

 

 誰かの妹? 生徒たちがそう疑問を抱いていると。

 

 

「真耶さん。出席簿を持っていかず何をしてるんですか?」

 

 

 少女にそう問われた真耶は「え?」と声をあげて教卓の上を見る。いくつかの資料をどけてみるが確かに出席簿はない。

 

 そして少女の手元を見れば確かに出席簿がそこにあった。

 

 

「ミルアちゃん、持ってきてくれたんですね。ありがとうございます~」

 

 

 初日からポカをやらかした為か真耶は彼女が「ミルア」と呼んだ少女に半泣きになりながら抱き着いた。

 

 真耶は小柄な方だが、ミルアと呼ばれた少女はさらに小さい。よって真耶の見事に大きな胸に顔が完全に埋まる形になってしまった。

 

 しばらくしてミルアが真耶の腕をぱんぱんと叩く。 

 

 それに気が付いた真耶は、

 

 

「うわぁっ! ご、ごめんなさいっ! ミルアちゃん」

 

 

 真耶の胸から解放されたミルアは僅かに鼻の頭が赤くなっている。

 

 謝る真耶に「問題ない」と言うミルア。

 

 そんな中、生徒の一人が、

 

 

「あの……先生、その子は?」

 

 

 生徒の疑問は当然である。

 

 

「えぇと……この子はですね」

 

 

 真耶がそこまで行ったところでミルアはぺこりと頭を下げて、

 

 

「皆さん初めまして。私はここIS学園でお世話になっているミルア・ゼロといいます」

 

 

「なんといいますか、ミルアちゃんはですね、複雑な事情がありましてIS学園で預かっているのですよ」

 

 

 真耶の言葉に生徒たちは一瞬静まり返る。

 

 複雑な事情。

 

 それはいったいなんだろうかと生徒たちが顔を見合わせていると、

 

 

「無国籍で専用機持ち。おまけに篠ノ之束の関係者……でしたわね」

 

 

 何処か刃じみた雰囲気を乗せた声がして、教室はしん、と静まり返る。

 

 生徒たちはその声がした方を振り返り、ミルアも冷めたような、ルビーの様に赤い瞳をその声の主にむけた。

 

 皆の視線の先にいたのは青い瞳に僅かにロールがかった長く豊かな金髪をした白人の少女だった。スタイルもとてもよく、背筋もピンと伸びていて、ただ椅子に座っているだけなのに様になっている。

 

 

「イギリスの代表候補生……セシリア・オルコットでしたか?」

 

 

 ミルアがそう言うと、セシリアと呼ばれた少女は僅かに、それもやや見下すような笑みを浮かべて、

 

 

「あら? 貴方の様な無法者でも、わたくしの事はしってらしたのですね?」

 

 

 セシリアの物言いに教室の雰囲気が張り詰める。

 

 

「ISの生みの親である篠ノ之博士の後ろ盾の元、様々な国で好き勝手に暴れていたというお話でしたが、まさかIS学園に雲隠れしていた上に、これ程に幼いとは思いもしませんでしたわ」

 

 

 セシリアのその言葉にミルアは小さくため息をつくと、

 

 

「あまり好き勝手した覚えはないのですけどね」

 

 

 ミルアのその言葉に、ふん、と鼻を鳴らしたセシリアは、

 

 

「詳細は明かされていませんが、ドイツでは随分と暴れたようで」

 

 

「詳細が明かされていないのによくいえますね」

 

 

 ミルアはやや不機嫌そうに言う。

 

 するとミルアの後ろにスーツとタイトスカートに身を包んだ長身の女性が立つ。女性らしいボディラインをしつつも引き締まるところはしっかりと引き締まり、鋭い目つきながらも美人と言える顔立ち。

 

 その女性はミルアを見下ろして、はぁ、とため息をつく。

 

 それに気が付いたミルアは振り返り見上げる。

 

 ミルアの背後に立っていた女性はミルアの頭を軽く押さえつけるようにして、

 

 

「新入生の入学早々トラブルは起こさんでくれよ。あれか、お前もあいつのように厄介ごとを起こすつもりなのか?」

 

 

 女性の言葉には「勘弁してくれ」というニュアンスが含まれていた。

 

 ミルアは自らの頭を押さえつけている手を押しのけると、

 

 

「彼女と……束さんと、一緒にしないでください。心外です」

 

 

「私の勘は当たる。お前は絶対あいつと同じだ。ある意味な」

 

 

 女性の言葉にミルアは、わけがわからず首を傾げる。

 

 すると真耶が間に入る様に、

 

 

「まぁまぁ、織斑先生もそこまでにしてあげてくださいよ」

 

 

 山田先生の言葉に織斑先生と呼ばれた女性は「そうだな」と短く答えると教室の生徒たちを見渡して、

 

 

「私が諸君らの担任を務める織斑千冬(おりむら ちふゆ)だ。私の仕事はひよっこの君たちをこの一年の間に少しでも使い物になる操縦者に鍛え上げることだ。そういう訳だから私のいう事はよく聞き、よく理解しろ。わからない事、できない事は言わん。だから、わからない事、できない事があるなら、ちゃんと言え。わかるまで、できるまで、指導してやる。別に逆らってもかまわんが、その先は全て自己責任だ。面倒みきれん」

 

 

 千冬がそこまで言うと、教室はしん、と静まり返る。

 

 山田先生に至っては熱っぽい視線を向けている。

 

 ミルアは生徒たちが黙っているのを不思議に思い、訝しげに見ていると、

 

 

「きゃあああああああぁぁぁあぁあぁあぁああっ!」

 

 

 複数……それも半分近くの生徒たちの歓喜の悲鳴が爆発し一気に教室内が騒がしくなる。

 

 一夏と、ミルアに至っては耳を塞ぐ始末だ。

 

 そんな二人に構う事もなく教室内の熱は上がってゆく。

 

 

「千冬様っ! 本物の織斑千冬様よっ!」

「お姉さまにご指導していただきたくて、田舎を飛び出してきましたっ!」

「お姉さまがお生まれになった時からファンですっ!」

 

 

 怒涛の歓声。一部物理的に無理がありそうなものもあるが感極まっての為であろう。

 

 ISが兵器として扱われ同時に、その魅力的な性能からスポーツとしても扱われるようになってから行われたISの世界大会。

 

 その最初の大会の優勝者が千冬であり彼女の公式の戦績は無敗を誇っていた。それ故の人気だった。

 

 止むことのない歓声に千冬はうんざりとした顔をして、

 

 

「よくもまぁ、毎年毎年、私の所には馬鹿者が集まるな……誰かわざとやってないだろうな……」

 

 

 実にうっとうしそうな顔をする千冬。

 

 しかしその反応は彼女たちを興奮させるだけで、

 

 

「お姉さまっ! もっと叱ってっ! 罵ってくださいっ! 踏んでくださいっ!」

「飴と鞭をっ! できれば鞭を多めにくださいっ!」

「むしろ縛ってっ!」

 

 

 何処までが本気か知らないが彼女たちは頬を赤く染めて心なしか吐息も荒い。

 

 あまりの光景に唯一の男子たる一夏は明らかにドン引きしていた。

 

 騒ぎに参加していないセシリアも、やれやれと呆れ顔である。

 

 その光景に千冬は諦めたかのように、ちらりと視線を一夏に向ける。

 

 視線を、向けられた一夏は、びくっと怯えたように反応し、

 

 

「千冬姉、全然連絡よこさないと思ったら、IS学園で教師なんかやってたんだな」

 

 

 そう言って、あははと笑みをこぼした一夏の頭頂部に千冬の手刀が振り落とされる。

 

 ごすっ! といういい音がして一夏は頭を押さえて机に突っ伏した。

 

 

「織斑先生だ。公私の使い分けもできんのか、お前は」

 

 

 千冬の言葉に一夏は上目づかいで、

 

 

「い、いやだって千冬姉――――」

 

 

 一夏はそこまで言ったところで千冬が手刀を振り上げていることに気が付いて、

 

 

「い、いえ何でもないです織斑先生……」

 

 

 一夏は潔く折れた。

 

 

「織斑君て千冬様の弟……?」

 

 

「か、変わってほしいなぁ……うらやましいよぉ……」

 

 

 今度は先ほどと違って小さな声が聞こえてきた。

 

 

「さて、連絡事項が一つある。織斑、お前の寮での部屋に関してだ」

 

 

 千冬のその言葉に一夏は「え?」と声をあげる。

 

 IS学園は完全な寮制で二人部屋である。しかし女生徒しかいない為、そこにいきなり男を放り込むにも女生徒と相部屋と言うわけにはいかず、未だ一夏専用の部屋が用意できていないのだ。

 

 そこで一夏はしばらくの間、自宅から通う手はずになっていたのだ。

 

 

「俺、自宅から通うんじゃなかったっけ?」

 

 

 一夏がきょとんとしてそう言うと、

 

 

「お前は貴重な男性操縦者だからな。安全面を考えて自宅からの通学はなくなった。よって、未だ受け入れ準備が万全ではないが、お前を寮に放り込む」

 

 

 千冬のその言葉に女生徒たちから黄色い悲鳴が上がる。無論歓喜の悲鳴だ。

 

 一夏も千冬の言葉には面食らい、

 

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれよっ! 俺、男だぜ? まともに準備も整ってない寮に入れられるのかよ?」

 

 

 一夏のその言葉に千冬は厳しい顔をして、

 

 

「お前、何かするのか?」

 

 

 その言葉に一夏は必死に首を横に振り、

 

 

「しねぇよっ! しませんっ! できませんっ!」

 

 

 最後に至っては人によっては情けないセリフであるが、一夏は自身の安全性を訴えた。

 

 しかし、一夏がそう言ったにもかかわらず教室の至る所から、

 

 

「できません、だって。かわいいー」

 

 

「私は別にかまわないよー」

 

 

 と言う具合である。

 

 一夏は思わず頭を抱えたくなった。

 

 女の子怖い。

 

 女尊男卑以前の問題である。

 

 一夏の中でほんの僅かに女性に対する恐怖心が芽生えたところで、

 

 

「ミルア。お前は今、一人で部屋を使っているな?」

 

 

 千冬の言葉に、それが何を意味するのか理解したミルアは頷いて、

 

 

「私のルームメイトに一夏さんをというのであれば、私は何の問題もありませんが」

 

 

 ミルアの言葉に千冬は頷く。話はもう済んだという感じである。

 

 しかし一夏は納得いかず、

 

 

「まった、ちふ――織斑先生っ! そんな簡単に――」

 

 

 一夏がそこまで行ったところで誰かが、

 

 

「織斑君て……ロリコン?」

 

 

「全力で否定しますっ!」

 

 

 一夏は慌てたように否定する。危うく妙な性癖のレッテルを張られるところであった。

 

 千冬はあたふたとしている一夏を余所に、

 

 

「所でミルア。お前、話に聞くとISに関する知識はほとんどないそうだな」

 

 

 千冬の言葉に教室内の複数の人間が「え?」と声をあげる中ミルアは、こくりと頷いて、

 

 

「そうですね。束さんにはかなり簡素なマニュアルを見せられただけで、知識と言うほどの物はほとんどありませんね。あのマニュアルも初心者にはわかりにくすぎましたし。試しに質問したら『は? なんで、そんなこともわからないの? まぁいいや。あとは実戦で学びなよ』と、それっきりです」

 

 

 ミルアの言葉に何人かが「うわぁ……」と声をもらす。

 

 千冬もやれやれと言う具合で、

 

 

「あの馬鹿は……まぁいい。そんな事だろうと思ったさ」

 

 

 そう言って軽くため息をついた後、

 

 

「なぁ、ミルア。お前は『勉強』ってどう思う?」

 

 

 千冬の言葉にミルアは僅かに首を傾げた後、

 

 

「それが、新しいことを学ぶというのであれば楽しいと思います。そうですね……わくわくします」

 

 

 ミルアがそう言うと千冬はニヤリと笑みを浮かべ、後ろの真耶は笑顔でうんうんと頷いている。

 

 

「教師としては、なかなか嬉しい言葉ではあるな」

 

 

 千冬はそう言って教卓の前の机を指差す。誰もいない机と椅子。

 

 それを見たミルアは、

 

 

「空きの机と椅子ですね」

 

 

「お前の机と椅子だ」

 

 

 千冬にそう言われ、ミルアは視線を机から千冬に移す。

 

 ニヤリと笑みを浮かべたままの千冬に、にこにこと笑顔の真耶。

 

 

「どうしてでしょう? 授業を受けれるという事は嬉しいのですが、どうにもハメられた感がぬぐえません」

 

 

 そう言うミルアに千冬は短く、

 

 

「座れ」

 

 

 その言葉にミルアは小さくため息をつくと、おとなしく椅子に座る。が、いかんせん机も椅子も一夏たちが使っているのと同じ物。足が完全に宙に浮いていた。

 

 何処か満足そうな千冬の表情にミルアは釈然としないものを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一限目が終わり、休み時間に入り、ミルアは椅子から、ひょいと降りる。

 

 そして、何の気なしに一夏の方を見る。

 

 教室中の女生徒たちは唯一の男子である一夏にどう接した物かと、話しかけるタイミングをそれぞれ掴みかねている。その上、互いをけん制し合っている。

 

 そして、それは一夏を一目見ようと教室の外にまで群がっている女生徒たちも同じだった。

 

 そんな空気の為か、一夏は実に居心地が悪そうだった。

 

 ミルアが一夏を見ていると不意に彼と目があった。

 

 まぁルームメイトになるのだから話してみるか。とミルアは一夏の席に行くと、

 

 

「授業内容わかりましたか?」

 

 

 ミルアが話しかけると一夏は何処か安堵したように、 

 

 

「いや、全然。なんせ今までISとは関わりなんかなかったからな。他の皆は受験の為に勉強してきたんだろうけど、俺はただISが動かせたから、此処に放り込まれただけだから、そもそもスタート地点が違いすぎる」

 

 

 そう言った一夏は机上にだれると、

 

 

「まぁ、そうも言ってられないだろうから、やれるだけの事はやってみるけどさ」

 

 

 一夏の言葉にミルアは頷き、

 

 

「私も似たようなものですよ。座学に関しては一夏さんと大した違いはありません」

 

 

「そうか。じゃぁ二人して頑張るか」

 

 

 笑顔を見せてそう言う一夏にミルアはこくりと頷く。

 

 するとミルアと一夏の傍に誰かが来た。

 

 ミルアはその人物に見上げるようにして視線を向け、

 

 

「確か、束さんの妹で、篠ノ之箒(しののの ほうき)さんでしたよね?」

 

 

 ミルアに箒と呼ばれた彼女は、突然ミルアに声をかけられたことに多少驚いたようだったが、

 

 

「そうか、君は『あの人』の関係者だったな」

 

 

 箒の「あの人」と言う言い方に多少の疑問を感じつつもミルアは、

 

 

「関係者……まぁ関係者ですけど」

 

 

 ミルアが何処か言いよどんでいると、

 

 

「箒、久しぶり」

 

 

 唐突に一夏がそう言い、箒はやや驚き、そしてすぐに顔を赤くして口をへの字に曲げる。

 

 何かを誤魔化すように腕を組み、その拍子に黒髪の長いポニーテールが揺れる。

 

 やや鋭い目つきにセシリアと張り合えるほどのスタイルの良さ。しかし、セシリアが何処か優雅な印象を受けるのに対して、箒のそれは日本刀のようにも思える。

 

 おっぱい、大きいなぁ。などとミルアが思っていると、

 

 

「そう言えば、去年の剣道の全国大会で優勝したんだよな。おめでとう」

 

 

 一夏がそう言うと、箒は狼狽えて、

 

 

「な、なんでお前がそんなこと知ってる」

 

 

 やや怒鳴りつけるように言う箒に一夏は驚きつつも、

 

 

「いや、新聞くらい俺でも読むから。知った名前を見つけて驚いたのを覚えてるよ」

 

 

「それは私もだ。お前がテレビで放送された時、いったい何の冗談かと思ったぞ」

 

 

 少し落ち着きを取り戻した箒がそう言ってため息をつく。

 

 

「お二人は幼馴染でしたよね?」

 

 

 ミルアが二人にそう尋ねると、箒は「あぁ」といって頷き、一夏も笑顔で、

 

 

「そう。色々あって会うのは六年ぶりかな。でもすぐ箒だってわかったぜ。あの頃の面影は残ってるし、何より髪型が変わってない」

 

 

「よ、よく覚えていたものだな」

 

 

 箒はそう言って顔を赤くしたまま自身のポニーテールをいじりだす。

 

 一夏は、何言ってんだよ、という具合に、

 

 

「そりゃ幼馴染だしな。覚えているさ」

 

 

 一夏の言葉に箒は何故かぶすっとした表情をする。

 

 なんだ? と一夏とミルアが思っていると二時限目をつげるチャイムがなり、廊下に群れていた女生徒たちは蜘蛛の子を散らすように自分たちの教室へ戻っていく。

 

 

「また、後でな」

 

 

 箒はそう言い踵をかえして自らの席へ戻っていく。なんともキレのいい動きで様になっている。

 

 ミルアも自分の席へ戻ったところへ千冬と真耶が教室に入ってきて二時限目が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい。ここまででわからないところはありますか?」

 

 

 教科書を読み上げ、要所要所を黒板に書いていた真耶がそう声をあげると一夏とミルアの二人が手をあげる。

 

 真耶は何処か嬉しそうに、

 

 

「はい。ではミルアちゃんから」

 

 

 真耶に呼ばれたミルアは立ち上がると(といっても座っていた時と大して視線の高さは変わらない)

 

 

「困ったことにほとんどわかりません」

 

 

「すみません俺もです」

 

 

 ミルアの言葉に一夏も追従する。

 

 すると真耶は明らかに困ったような泣きそうな表情をして、

 

 

「え……ほとんどですか?」

 

 

 その表情にミルアは首を傾げ一夏は何か気が付いた様に、

 

 

「あ、いえ、先生は悪くないです。教え方に問題は……」

 

 

 一夏は僅かに千冬を見て彼女が頷くのを見て、

 

 

「問題はないです。単に俺たちの知識不足です」

 

 

 一夏の言葉に真耶は安心したように、

 

 

「そ、そうですか……あ、でもどうしましょう」

 

 

 真耶がそう言うと、

 

 

「ミルアは、まぁ仕方ないとして、織斑。お前、入学前に渡した参考書は読んだか?」

 

 

 千冬がそう言うと、一夏はばつが悪そうに、

 

 

「あまりの分厚さに古い電話帳と間違えて捨ててしまいました」

 

 

 直立不動でそう答えた一夏の頭部に千冬の手刀が振り下ろされ鈍い音がする。

 

 千冬は頭を押さえて「うおぉぉ……」と唸っている一夏を冷たく見下ろして、

 

 

「必読と言う意味を知っているか? 参考書が入った袋に赤くでかでかと書いてあっただろうが馬鹿者が」

 

 

 千冬はそう言った後、ミルアにも視線を送り、 

 

 

「二人には後で同じものを発行してやる。一週間以内に覚えろ」

 

 

 容赦のない内容に一夏は顔をあげ、

 

 

「い、いくらなんでも、あの分厚さは……」

 

「私は、やれと言っている」

 

 

 千冬の有無を言わさない物言いに一夏は力なく小さく「はい」と返事する

 

 そして千冬がその視線を再びミルアに送るとミルアはコクコクと慌てて頷いた。

 

 

「二人ともわからないこと所は放課後教えてあげますから安心してくださいね」

 

 

 えへんと軽く胸をそらす真耶が実に頼もしい。

 

 

「では、放課後よろしくお願いします」

 

 

 ミルアがぺこりと頭を下げると、一夏もそれにならって頭を下げた。

 

 その後、授業はつつがなく進み休み時間に入った。

 

 ミルアは再び一夏も席へ赴き、二人して教科書を広げて、あーでもないこーでもない、と授業の復習を四苦八苦しながらしていた。

 

 

「なぁ、ミルア、座れよ」

 

 

 ずっと立っているミルアに一夏は立ち上がって席を譲ろうとした。

 

 しかしミルアは首を横に振り、

 

 

「いえ、一夏さんの席なんですから一夏さんが使ってください。それに目線の高さ的に不便はないですから」

 

 

 ミルアがそう言うと一夏は少し考えた後、

 

 

「それじゃ、此処座るか?」

 

 

 冗談半分で一夏は、椅子に座った自分の膝をぽんぽんと叩いた。

 

 まぁ、冗談だし、どうかえすかな? などと一夏が思っていると、

 

 

「では失礼します」

 

 

 ミルアはそう言って一夏の膝の上にちょこんと座る。丁度いい具合に一夏の懐にフィットしていた。

 

 その光景に教室中がざわめきだす。

 

 しかしミルアはそんな事は気にもせずに、

 

 

「意外と座り心地いいですね。一夏さんは重くありませんか?」

 

 

 ミルアが背中を一夏の胸に預けたまま、一夏を見上げる。

 

 すると一夏は慌てたように、

 

 

「いや、重くない。全然重くない」

 

 

 そう言って、あははと笑う。

 

 そんな一夏に周囲の視線が突き刺さる。

 

 一夏はその視線にいたたまれない気持ちになるが一方のミルアはどこ吹く風。黙々と授業のおさらいをしていた。

 

 自らの膝の上でじっとしたままのミルアをちらちらと見ていた一夏はなんとなく、その小さな頭を撫でてみたくなった。

 

 小さな妹とかいたらこんな感じなのかな? 今まで弟と言う立場でしかなかった一夏はそんな事を思っていた。

 

 兄弟と言う物を厳しい姉しか知らない一夏は、なんとなく新鮮な気持ちになって、ミルアの頭に手を伸ばす。

 

 

「なにをやってますの?」

 

 

 一夏の行為は、セシリアのそんな言葉で未遂に終わる。

 

 我に返った一夏は慌てて伸ばしていた手をひっこめると、

 

 

「えぇと、たしかセシリア・オルコットさんだったっけ? イギリスの代表候補生の」

 

 

「えぇ、そうですわ。さすがに覚えていたようですね。まぁ当然でしょうけど。なにせわたくしはIS学園の受験において座学、実技共に主席――」

 

 

「代表候補生ってなんだっけ?」

 

 

 少々オーバーな手振りで自分の事を語りだしたセシリアは、一夏の疑問の声で固まる。

 

 僅かに硬直したセシリアだったが直ぐに顔を真っ赤にした。

 

 そして何かを言おうとした時、

 

 

「一夏さん。代表候補生とは、書いて字の通りで代表の候補生です。代表と言うのは国家の代表ですね」

 

 

 ミルアがそう言って自らのノートに書いて、一夏に見せる。

 

 一夏はそのノートを手に取ってなるほどと頷く。その光景は体制的に小さい子に本を読み聞かせているようにも見えなくはない。

 

 セシリアはそんな光景の事も含めて頭が痛いのか額に手を当てて、

 

 

「まったく……あきれますわ。本当に何も知らないんですのね」

 

 

 セシリアの態度は本当にあきれている様だった。

 

 その態度に一夏は少しばかり、むっとするが我慢する。

 

 ISが女性しか使えない現状、世間では女尊男卑が当たり前になっている。

 

 別段、一夏はどっちが偉いなどと考えてはいない為、世間一般の女尊男卑には思うところがある。

 

 セシリアの一連の態度は本人の気質もあるだろうが根っこに女尊男卑があるのは想像できる。かといって一夏はセシリアに何かを言うつもりはなかった。

 

 自分自身が何も知らないのは事実だし、それを呆れられた程度で怒っていては男だ女だ以前に大人げない。

 

 そういう訳で一夏は我慢したわけだが、セシリアは反応を示さない一夏の態度が気に障ったのか、

 

 

「ちょっとっ! わたくしの話を聞いてますのっ?」

 

 

 そう言って机をバンッと叩いた。

 

 セシリアの怒号に、一夏は内心で「どうしろと」と文句を垂れる。

 

 その一方でミルアはノートを手にしたまま動かない。

 

 教室中が一夏たちに注目しており、一夏はなんともいたたまれない気分になる。

 

 一夏が特別悪いというわけではないが、こういう雰囲気はよくないと判断した一夏は、とにかく落ち着いて話をしてみようとする。

 

 そして、口を開きかけたところで、

 

 

「うるさい。邪魔しないでくれますか?」

 

 

 底冷えするような冷たい声が教室に響き渡る。

 

 決して大きな声ではないが、教室がもとから静まり返っていたこともあって、教室の空気がピンと張りつめた。

 

 声を発したミルアは涼しい顔でセシリアを見上げ、セシリアは腕を組み、いかにも不機嫌と言う表情でミルアを見下ろしている。

 

 一色触発、猛獣注意、火気厳禁。そんな教室の空気を破ったのは休み時間の終了を告げるチャイムで、セシリアは、ふんっと鼻を鳴らすと自分の席へ戻っていき、事の成り行きを見守っていた(ちょっとわくわく)周囲の生徒たちは、ほっと胸をなでおろした。

 

 それぞれが自分の席へ戻り、ミルアも「では」と一言だけ言うと自分の席へと戻った。

 

 一夏がふと箒の方を見れば彼女も一夏の方を見ており、声に出すことなく口の動きだけで何かを告げているのに一夏は気が付く。

 

 

「馬鹿者って……俺が悪いのかよ」

 

 

 箒の言いたいことを読み取った一夏は小さな声でそう言うと、大きなため息をついた。

 

 がらり、と扉の開く音がして千冬と真耶が教室に入ってきた。

 

 先ほどまでは真耶が教壇に立っていたが、今回は千冬が教壇に立っている。

 

 何かあるのだろうか? と教室中の生徒が視線だけをちらちらと見合わせていると、

 

 

「授業を始める前に来月の頭に行われるクラス対抗戦に向けてのクラス代表者を決める。なお、このクラス代表者は対抗戦のほか、通常の学校のクラス委員長の様な役割もある。文字通りクラスの代表だ。一度決まると原則変更はない。自薦他薦は問わん。誰かいないか?」

 

 

 千冬がそう言って教室内を見渡す。

 

 最初こそざわついていたが直ぐに、

 

 

「織斑君を推薦しますっ!」

 

 

「はい! 私も織斑君を推薦しますっ!」

 

 

「せっかく世界唯一の男性がクラスにいることだしねぇ?」

 

 

 最初の言いだしっぺが誰かは定かではないが、一人が一夏を推薦すると、私も私も、と言う具合に一夏が推薦されていく。

 

 当然、面食らっているのは推薦された一夏である。

 

 一夏は思わず立ち上がって、

 

 

「待ったっ! ちょっと待った! 無理だよっ!」

 

 

 一夏は必死に拒否するが、千冬はそんな一夏を睨み付け、

 

 

「自薦他薦は問わないと言ったはずだ。推薦されたことを誇りに思うんだな。あぁ、無論拒否権はないぞ」

 

 

 無情にも一夏の退路は断たれる。

 

 ただでさえ予備知識も技術もない、本当にただ動かせただけと言うのが現状である一夏としてはクラス代表なんて荷が重すぎる。

 

 それを一夏自身理解しているからこそクラス代表なんてごめんこうむるのである。

 

 しかしクラスの雰囲気はそんな一夏の心情などお構いなしの状態であった。

 

 

「待ってくださいっ! 納得いきませんわっ!」

 

 

 そう言い、机を思い切り叩いて立ち上がったのはイギリスの代表候補生、セシリア・オルコットだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さすがに一話目なので一万字は超えておいた。二話以降はちょっときついかも(投稿期間的に)


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02 名を零式

 空を舞う力。

 

 敵を倒す力。

 

 その力は世界を変えてゆく。

 

 誰かが望んだことなのか、それとも時の流れか。

 

 それに誘われるように集まる者たち。

 

 まるでそれは燭光にあつまる羽虫のようで。

 

 

 私にはその光景が何処か悲しく思えて仕方ありませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パチリと目が覚める。

 

 ここは何処だろう? と一瞬考えたミルアであったが直ぐに頭が覚醒して、自分の部屋のベッドの上だと思いだす。

 

 強い光で顔面を照らされ、やたらと硬い板の上で目を覚ましたのがつい昨日の事のように思い出される。

 

 何の気なしに、自然な動作で頭の左側を抑えたミルアは、すぐに、はっとしたように手を放す。小さなため息をついたミルアは軽く頭を左 右に振ると、

 

 

「なんだか……寂しいな」

 

 

 そう口にしていた。

 

 自らの心情を小さく吐いたミルアは、ふと隣のベッドの見る。

 

 そこには新たな同居人である織斑一夏が、静かな寝息をたてていた。

 

 僅かに首を傾げて何かを考えていたミルアだったが「まぁ、いいか」と口にすると、そのまま一夏のベッドに潜り込む。そして、そのまま 一夏の体にしがみつくと、すぐに小さな寝息をたて始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園の領内、廊下にまだ誰もいない朝早くに、コンコンとミルアと一夏の部屋のドアをセシリアはノックした。その表情は何処かバツが 悪そうである。

 

 ドアをノックするもミルアや一夏が出てくる気配はなく、セシリアは「はぁ」と小さなため息をついた。そして何の気なしにドアノブに手 をかけるとカチリと音がしてドアが僅かに開く。 

 

 

「いくらIS学園が世界で最も安全な場所とはいえ、戸締りをしなければその限りではありませんよ?」

 

 

 セシリアはそうぼやいた。

 

 世界各国から生徒が集まっていることもありIS学園のセキュリティは強固である。しかしそれは外部からに限られている。少なくとも女生 徒が一夏の部屋に突撃、という事態まではカバーしてくれない。

 

 さて、ドアが開いてしまったが、どうしよう……と僅かに考えたセシリアだったが、

 

 

「織斑さん、織斑さん?」

 

 

 ドアを開け廊下から一夏を呼び始めた。と、いっても周囲を気にしてか声は小さめだ。

 

 

「何をしている?」

 

 

 冷たく、そして低いトーンの声に、そう呼びかけられセシリアはびくっとした。それはもう傍から見てもわかるほどに。

 

 セシリアはゆっくりとした動作で後ろを振り返るも心なしか動きがぎこちない。

 

 

「そう怯えられても困るんだがな」

 

 

 セシリアが振り返った先にいた千冬は、やれやれと言う具合に肩をすくめてセシリアを見下ろしていた。腕を組んでいる様がとても絵にな っている。

 

 他の女生徒が憧れるのも頷けるな、なんてセシリアは思いながら、

 

 

「おはようございます。織斑先生」

 

 

 セシリアが何とか笑顔を作ってそう挨拶すると、

 

 

「あぁ、おはよう」

 

 

 千冬がそう返すとセシリアは「それでは」とごく自然な動作でその場を離れようとした。

 

 しかし、そんなセシリアに千冬は、

 

 

「まぁ待てオルコット。お前、あの馬鹿の部屋の前で何をしていた? 昨日あんなに衝突していたくせに」

 

 

 千冬の言葉に、セシリアは「うぅ」と何処か情けない声をあげて立ち止まる。

 

 事は前日に遡る。

 

 一夏の代表推薦に反対したセシリアは、物珍しさで代表に推薦されるなどクラスの恥と言い、代表候補生である自身の優秀さをアピールし た。だが最初こそ良かったものの、自身が見下している一夏に代表の座を譲りたくないと思うばかりに、自分のアピールから、一夏をこき下ろす という方向にずれて行ってしまう。主に日本を侮辱する形で。やれ島国だの(イギリスも島国なのは忘れてる)やれ文化的後進国だの(ほぼ言い がかり)

 

 しかし、そこまで言われて一夏も黙っていなかった。負けるかと言わんばかりに一夏もイギリスの批判を行う。主に飯がまずいと。

 

 だが、最初のその一言が決定打となってしまう。

 

 激昂したセシリアはクラス代表の座をかけて一夏に決闘を申込み、一夏もあっさりそれを受け入れた。そしてクラスの担任である千冬もそ れを了承したのだ。

 

 

「で、なんだってまた織斑の部屋を訪ねた?」

 

 

 千冬がそう尋ねると、セシリアはややうつむき加減に、

 

 

「いえ、その一晩立って冷静に考えてみますと……」

 

 

「さすがに言いすぎた、と?」

 

 

 どこかニヤリとして千冬が尋ねるとセシリアは頷いて、しゅんと小さくなる。

 

 セシリアは小さくなったまま、

 

 

「今でも代表の座は譲りたくないというのは正直な気持ちですし、決闘を取り下げるつもりもありません。ただ昨日、わたくしが言ったこと はあまりにも品がないというか、彼が怒るのも無理がないと言いますか……」

 

 

「まぁ素直に自らの非を認めるのは悪い事とは言わんよ。こと、学校内という閉鎖された空間内での人間関係においてはこじれると厄介だからな」

 

 

 千冬はそう言った後、一夏の部屋のドアを見て、

 

 

「これはお前がこじ開けたのか?」

 

 

 その言葉にセシリアはぶんぶんと首を横に振り、

 

 

「いっ、いえっ! 最初から開いてましたわっ!」

 

 

 あわててそう答えたセシリアの言葉を信じた千冬はドアを開きながら、

 

 

「まったく、あの馬鹿は不用心だな」

 

 

 ミルアがカギを閉め忘れたという可能性を完全にないものとしていた。事実、カギを閉め忘れたのは一夏なのだが。

 

 ずかずかと部屋に入っていく千冬に、セシリアはどうした物かと一瞬悩んだが、周囲を見渡し、だれの目がないことを確認すると、千冬の 後に続いて一夏の部屋へと入っていった。

 

 部屋の中は、急遽入寮することになったためか一夏の荷物はまだ着替えなどの基本的な物しか届いておらず、それもまだ段ボールに入った ままという状態。

 

 ミルアの物といっても服が入っているだろう小さな棚があるだけで、なんというか、なんとも味気ない部屋だった。

 

 少なくともセシリアの部屋などは彼女が持ち込んだ調度品などで飾られていて完全に彼女の色に染められている。ちなみに同居人の意向は 聞いていない。

 

 セシリアはきょろきょろと部屋の中を見渡して、

 

 

「あら? 彼女は何処へ?」

 

 

 そう言ってミルアの姿を探すもベッドの中は空である。

 

 千冬も僅かに部屋を見渡すと、ふと、未だにぐーすか寝ている愚弟に視線を移し、

 

 

「まさかな……」

 

 

 そう言って勢いよく布団を引っぺがした。

 

 するとそこには一夏にしがみついたまま眠っているミルアがいた。

 

 千冬が、頭痛そうに額に片手をやり、セシリアが唖然としているなか、さすがに布団を引っぺがされて目が覚めたミルアは、まだ眠いのか 目を擦りながら、

 

 

「おはようございます? ……何故、千冬さんとセシリアさんが?」

 

 

 ミルアがそう質問すると、千冬は、

 

 

「一応お前も私の生徒になるわけだから織斑先生と呼べ。あと、何故と言うのはこちらのセリフだ。何故お前がこの馬鹿と一緒に寝ている」

 

 

 そう言って千冬は一夏を見る。

 

 そんな千冬にミルアはこてん、と首を傾げ、

 

 

「何か問題でも?」

 

 

 ミルアの答えに千冬は大きくため息をつき、セシリアは唖然としたまま。

 

 するとさすがに一夏も目を覚まし、上体を起こす。そしてすぐに、ミルア自分のベッドに入り込んでいることに気が付いて、

 

 

「え? なんでミルアが俺のベッドに入り込んでるの?」

 

 

 一夏の質問に、ミルアはとぼけるように、

 

 

「さて、何故でしょう?」

 

 

 少なくともミルアには他人に対してそう簡単に自分の弱みを見せる気はなかった。

 

 だからミルアはごまかす様に、ほんの僅かに口の端を歪めて、

 

 

「寝心地はよかったです。またいいですか?」

 

 

 その台詞に狼狽える一夏。

 

 そんな一夏にミルアは満足したようにベッドから降りると千冬たちに視線を移して、

 

 

「そう言えばどうしてお二人は此処に?」

 

 

 ミルアのその言葉に千冬はセシリアに視線を向け、

 

 

「用があったのは私じゃなくてオルコットの方だ」

 

 

 千冬の言葉にミルアは僅かに首を傾げてセシリアを見る。 

 

 するとセシリアは伏し目がちにして、

 

 

「その……昨日はさすがに言いすぎたと思いまして、謝罪をしに……」

 

 

 セシリアのその言葉に、一夏も頭をかきながら、

 

 

「いや、俺も言いすぎた……ちょっと大人げなかったよ……ごめん」

 

 

 一夏はそう言って頭を下げた。

 

 そうしてから、一夏とセシリアは目があい、お互いに気まずそうに苦笑する。

 

 そんな二人をミルアは交互に見てから、

 

 

「それで、決闘はどうするのですか?」

 

 

 ミルアのその質問に答えたのは千冬で、

 

 

「それに関してはオルコットは譲る気はないそうだ。織斑も織斑で引き下がるつもりはないのだろう?」

 

 

 千冬はそう言い、ニヤリと笑みを浮かべて一夏を見る。

 

 すると一夏もニヤリと笑みを浮かべて、

 

 

「勿論。男が一度言い出したことひっこめれるかよ」

 

 

 一夏のその言葉にセシリアがきょとんとする。

 

 何故、そんな表情をするのかと一夏が疑問に思っていると、

 

 

「キメているところを悪いんだがな馬鹿者。お前かなり寝癖が付いているぞ」

 

 

 千冬のその言葉に一夏は「ぬぁっ?」と情けない声をあげて洗面所へと駆けこんだ。鏡を見てみると事実重力を無視している部分などがいくつか見受けられた。

 

 必死に寝癖を直そうとしている一夏に、セシリアはクスクスと笑いながら、

 

 

「一週間後の決闘、楽しみにしていますわ。わたくしは負けるつもりなど無論ありませんが、かといって最初から諦めたような無様な戦い方 はなさらないでくださいね。まぁもっとも、さっきの態度を見るに、それは杞憂に終わりそうですけど」

 

 

 洗面所のドア越しにそう言われた一夏も、

 

 

「無論だ。余裕こいて初心者に足下すくわれないようにな。慢心して敗北なんてよくある話だぜ?」

 

 

「肝に銘じておきます」

 

 

 笑みを浮かべながらセシリアはそう言い、そのまま一夏の部屋を後にする。

 

 そんなセシリアを見送った千冬は「やれやれ、若いな」などと言いながら肩をすくめる。

 

 一夏は、思わず「年よりくさい」という言葉が出そうになるも必死に抑えた。

 

 幸いなことに千冬はそんな一夏に気づくことなく、

 

 

「そうだ織斑。お前には政府から専用機が用意されることになった」

 

 

 千冬の専用機という言葉に洗面所から顔をだした一夏は「へ?」と間抜けな声をあげる。

 

 そんな一夏にミルアはしれっと、

 

 

「要するに専用機あげるからデータ沢山よこせ、という体のいいモルモットですね。まぁ待遇は悪くないとは思いますけど」

 

 

 ミルアの「モルモット」という言葉に一夏は苦い顔をするも少し考えてから「まぁ、いいか」と呟く。そして千冬の方を見て、

 

 

「その専用機はいつ届くんだ?」

 

 

「今、倉持技研が急ピッチで作業を進めているらしい。まぁ来週の決闘までにはギリギリ届くだろう」

 

 

 ギリギリという事はその専用機でならしをする時間はほとんどないと考えた方がいい。

 

 一夏もそれをわかっているのか何処か渋い顔をしていた。

 

 

「ギリギリなら仕方ありませんね。来週までは予定通り、学園の訓練機『打鉄』で練習しましょう」

 

 

 ミルアの言葉に一夏は頷いた。

 

 

「訓練機の使用申請はもう出したのか?」

 

 

 千冬がそう尋ねると一夏は頷く。

 

 一夏に続いてミルアも頷き、

 

 

「決闘が決まった昨日の内に申請書は出しておきました。なにせ一夏さんは完全に初心者ですから」

 

 

「一週間ほどの特訓で勝てると思うか?」

 

 

 ニヤリと笑みを浮かべてそう問うてくる千冬にミルアは、

 

 

「実に分の悪い賭けです。専用機同士、機体性能に致命的な差ができるとは思いませんが、さすがに時間がたりませんから」

 

 

 そう言ったミルアだったが、すぐに「ですが」といい、

 

 

「その賭けに勝てたら実に気持ちいいでしょうね」

 

 

 表情を変えずにそう言い切る。

 

 それを聞いた千冬は「楽しみにしている」とだけ言ってそのまま一夏たちの部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず一夏さん、好きなように飛んでください」

 

 

 純国産で第二世代型の、鎧武者を連想させるIS打鉄に身を包んだ一夏にミルアが指示をだす。

 

 放課後のアリーナで傾きが増した太陽を背にして一夏は何処かおっかなびっくりで空へと舞いあがってゆく。

 

 そんな一夏を下から見上げていたミルアは後ろを振り返り、

 

 

「では、箒さんもどうぞ」

 

 

 そう言われて、一夏と同じように訓練機の使用申請をだしていた箒が、許可の下りた打鉄に身を包み、一夏を追って空へと舞いあがった。

 

 一夏と箒の空の舞は随分とぎこちない。まだまだ初心者なのだから仕方ないと言えば仕方ないのだが、稼働時間が三百時間を超えるセシリ アを相手するには残念すぎる。無論、稼働時間が勝敗を分けるわけではないが、一夏の場合は稼働時間が一時間にも満たないため、いくらなんで も無理ゲーと言う物である。

 

 なるようにしかならないか、とミルアは自身の両腕にISの腕を部分展開させる。それは色こそ漆黒ではあるが、その形状は打鉄の腕と全く同じである。

 

 さらにミルアは拡張領域(パススロット)から大型の狙撃ライフルを取り出す。この拡張領域はISの武装を量子変換し格納できるスペー スの事で、量子変換された武装の質量や性能によって、その領域を占めていくものである。故に領域が許す限り様々な武装を収納でき、ミルアが 取り出した大型の狙撃ライフルもその一つである。

 

 ミルアはゆっくりとした動作でその狙撃ライフルを構えた。狙撃ライフルの全長がミルア身長の倍以上ある為、かなり妙な光景である。

 

 

「二人とも、避け続けてくださいね」

 

 

 ミルアはそれだけ言うと二人の返答は聞かず、問答無用で引き金を引いた。

 

 ドンッ! という空気を大きく震わせるような轟音と共に銃弾が空間を穿ち一瞬にして一夏の横をかすめて行った。

 

 一夏は思わず総毛立つ。

 

 しかし一夏は回避行動をとってない。今の一発は単純にミルアが外したのだ。

 

 

「ISのハイパーセンサーに頼らずに完全に目視で撃つので、狙いは正確とはいきませんよ? その分、どこに跳ぶかわからないというラン ダム性を秘めていますが。要するに、ちゃんと避けてくださいね」

 

 

 ミルアはそう言って続けて引き金を引く。

 

 ISは特殊なシールドにより見た目以上に相当に強固で、今までの既存兵器では傷がつかないほどだ。しかし、だからと言って音や向かっ てくる弾そのものを消せるわけではない。つまり、人の精神面に対する攻撃までは防いでくれないのだ。

 

 よって、一夏と箒は本能に素直に従って慌てて散開しミルアの放つ銃弾から逃げまどい始めた。

 

 セシリアの使うISブルー・ティアーズは狙撃型のIS。

 

 ミルアなりに、撃たれるという事に慣れさせようという配慮があっての事なのだが、そんな説明を受けていない一夏と箒からすれば轟音と 共に放たれる大口径の銃弾は恐怖でしかない。

 

 しかも二人のISはご丁寧にハイパーセンサーで、放たれる銃弾を認識し、二人にしっかりと、その存在を伝えてくるのだからたまったも のではない。逃げなければならない恐怖の対象を常に視界に写してくれるのだ。

 

 空中の一夏は時折「ちょっと」だとか「たんま」などと、のたまっているがミルアはそんな一夏に構うことなく引き金を引き続ける。

 

 その後しばらく一夏たちは避け続けていたのだが、一夏が一発もらうと、そのまま立て続けに被弾し、墜落。

 

 箒もめげずに避け続けていたが、一夏が墜落してから二分後に被弾。一夏同様その後に立て続けに銃弾を浴びあえなく墜落。

 

 その後、アリーナの設備でISのシールドエネルギーを補給後再び同様の訓練を再開。

 

 結局二人は日が沈みきるまで何度も撃ち落とされる羽目になった。

 

 

「今日はここまでにしましょうか」

 

 

 寮の門限まではまだ時間があるものの、一夏と箒の状況をみてミルアは切り上げることにした。

 

 地面に倒れていた二人はふらふらと立ち上がり、箒は「また明日」一夏は「明日もよろしく」と、かろうじてそう口にしてそれぞれ部屋へ と戻っていく。

 

 二人を見送ったミルアは明日の分の訓練機の使用申請書を出すため、一人職員室へ向かった。

 

 

「随分とボコボコにしたのだな」

 

 

 職員室にて、ミルアが申請書と一緒に持ってきた、特訓の様子を記録した映像を見た千冬はそう呟いた。

 

 千冬の呟きに大してミルアは首を僅かにかしげて、

 

 

「なにかまずかったでしょうか?」

 

 

 そう問うミルアに千冬は少し笑って「いや、別に」と答えた。

 

 千冬が何故笑っているのかわからなかったミルアは、そのままその場を後にしようとして千冬に背を向ける。

 

 すると千冬がミルアを引き留めた。

 

 引き留められたミルアは千冬に向き直る。

 

 

「特訓の残りの予定はどうなっている?」

 

 

 千冬にそう問われたミルアは少し考えるようなしぐさを見せた後、

 

 

「取りあえずあとに四日は今日と同じことを続けるつもりです。セシリアさんの専用機は完全な射撃型ですから、とりあえずある程度避けれ るようにならないとあっという間に終わってしまいます」

 

 

「だが、避けるだけじゃ勝てないぞ?」

 

 

「避けれないと間合いが詰めれませんから、一夏さんの専用機は武装がブレード一本ですから」

 

 

 ミルアのその言葉に千冬は険しい表情をした。

 

 一夏に用意される専用機「白式」(びゃくしき)は確かに武装がブレード一本のみであるが、そもそも、そのスペックは一部の関係者しか しらないはずである。それを何故ミルアが、さも当然のごとく知っているのか。

 

 そのことを一瞬考えた千冬だったが、すぐに答えに行きつくと深いため息を吐いて、

 

 

「あの馬鹿が情報源か……」

 

 

 千冬の言葉にミルアは頷き、

 

 

「はい。あの馬鹿……いえ、束さんが情報源です」

 

 

 別段慌てる風でもなく淡々と言い直したミルア。

 

 

「あいつは最近どうしてる?」

 

 

「最近ですか? さぁ、頻繁に連絡を取っているわけでもありませんし。向こうから一方的に用件を告げるだけですから。基本一緒にいた時 からそんな感じです。私自身、特に用があるわけでもありませんし」

 

 

 ミルアのその言葉に千冬は半分納得しつつも半分納得できないでいた。

 

 篠ノ之束が極々身近な身内しか認識していないのは有名な話である。具体的に言えば妹である箒や、幼馴染である千冬や一夏の三名である 。両親に至っては一応両親と言う認識はあるようだが、それ以外となると、どうでもいい、あるいは背景程度にしか思っていないのである。そん な束がしばらくの間、ミルアと言う存在の面倒を見て、専用機まで用意したのだから珍しい話だと千冬は思っていたのだ。

 

 しかしミルアの話を聞くに、どうも扱いが他人と大した差がないように感じられた。

 

 

「よくよく考えてみればお前たちの関係はなんとも妙だな」

 

 

「かもですね」

 

 

 ミルアはそう言うと千冬に対して「また明日」と言うとぺこりと頭を下げてそのまま職員室を後にした。

 

 そんなミルアを見送った千冬はパソコンの画面にミルアの専用機の詳細を呼び出す。それはミルアが学園に送られてきた際に、ミルアから 開示された物だ。

 

 

「既存のISを僅かとはいえ上回る性能……しかもこの構成でか。さすが天才と言ったところか」

 

 

 束お手製の専用気持ちとなれば、その帰属が問題になるところだが、完全中立と言う名目のIS学園なら、多少はその問題を先送りにでき る。ミルアが束の後ろ盾の下、いくつかの国で何かしら行動を起こしていたようだが、表ざたになったという話は聞かない。少なくとも軍とつな がりがある者しか知らない。あまり表ざたにしたくない事なのだろう。それを考えればミルアの身柄を渡せと言う、要求が来る可能性は多少は低 くなる。そもそもミルアが何をしたのか、ミルア自身は誰にも話していなかった。

 

 今年は荒れそうだな。そう思った千冬は、束の関係ですっかり慣れてしまった、大きなため息を吐いた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、結局一週間丸々、回避の特訓に明け暮れたと……」

 

 

「そうですね」

 

 

 アリーナのピット内で、何処か呆れ顔の千冬にミルアが、しれっと答える。

 

 だがミルアとしても、その結果は不本意だった。ミルアの思うとおりに一夏の回避能力が伸びなかったのだ。セシリアの専用機「ブルー・ ティアーズ」にはセシリアの意思で自由自在に飛び回る砲台、自立機動兵器「ブルー・ティアーズ」が搭載されている。要するに正面以外からの 射撃もあるのだ。

 

 せめて正面からの射撃は避けきってもらわないと。ミルアはそう思い、ひたすらに回避訓練を行っていたのだが、そもそも正面からの射撃 を避けきること事態が凄いという事にミルアは気が付けなかった。

 

 結果として一夏は一週間の間、撃たれては墜ち撃たれては墜ちを繰り返す羽目になってしまった。

 

 

「しかし、肝心の専用機が届かないのでは特訓の意味がないではないか」

 

 

 腕を組んだ箒が、ややイラついたかのようにそう口にする。

 

 箒の言うとおり一夏の専用機がまだ届いていなかった。しかも既に決闘の時間は過ぎていて、待たされているセシリアは既にISを身にま とい目を閉じ、アリーナ中央でじっと待機している。

 

 

「待たされた怒りで通常より二割増しで強くなったり、とかありますかね?」

 

 

「それはそれで面白いかもしれんな」

 

 

 などと、相手をする一夏からすればたまったもんじゃない事をさらりといってのけるミルアと千冬。

 

 

「来ましたっ! 来ましたよ、織斑君の専用機がっ!」

 

 

 嬉しそうにそう言いながら駆けこんできたのは真耶だった。

 

 しかし届いたからと言ってすぐに決闘が行えるわけではない。いくら専用機とはいっても、機体を一夏に最適化させなければ訓練機とさし て変わりない。しかもそれには未だに時間を必要としていた。

 

 それ故にミルアはピットとアリーナを行き来する出入り口へと立つと、

 

 

「一夏さんの専用機が届きました。最適化するまでもう少し待ってください」

 

 

 ミルアの言葉にセシリアは目を開きチラリとミルアを見た後で、こくりと頷いた。

 

 さて、こちらはこれでいいか。そう思いながらミルアは後ろを振り返る。その視線の先では専用機「白式」を装着した一夏が軽く深呼吸を している。そして、その間に白式の最適化が自動で行われている。今は無骨なラインの白式の装甲も、いかにも金属と言った鈍いその色も、最適 化が終了すると同時に変化を起こすはずだ。

 

 軽く目を閉じて、その時を待つ一夏。そんな一夏から少し離れたところに箒は立っていて、何処か所在なさげに一夏を見ている。

 

 ミルアは特に何も言わずそんな箒の横に立った。

 

 箒はそれに気が付くも視線を一夏に向けたまま、

 

 

「一夏は、大丈夫だろうか?」

 

 

 箒の呟きにミルアは、僅かに箒を見て、

 

 

「それは一夏さん自身ですか? それとも機体の方ですか?」

 

 

「両方だ」

 

 

 ミルアの問いに箒は短くそう答えた。

 

 箒の答えにミルアは、ふむ、と小さく頷いて、

 

 

「機体の方は問題ないでしょう。表向き倉持技研が作ったことになっていますが、元々倉持技研が欠陥機として放置していた物を、束さんが 勝手に回収して完成させたものです」

 

 

 ミルアの口から白式の簡単な開発経緯を聞かされて箒は驚く。なにより、それに自らの姉が関わっていることに。

 

 

「そうか『あの人』が関わっているなら一応は大丈夫だろうな」

 

 

 箒の言う「あの人」と言う言葉に、やはり違和感を感じつつもミルアは首を横に振ると、

 

 

「ただ、一夏さん自身となるとなんとも」

 

 

「特訓を施したのはミルアではないか」

 

 

「ですが、綿密なプランの下に行ったわけではありません。ただ射撃メインの相手をするわけですから、回避力をあげようと撃ちまくってた だけですし」

 

 

 ミルアのその言葉に箒は「え?」ともらして、今度は視線をミルアに向けた。

 

 

「そもそも私は誰かに戦闘訓練を施したことなんてありません。基本、感覚や勘で戦ってますから、頭で考えて、それを誰かに教えるという のは初めてなはずです。今回のもほとんど思いつきの即席ですし」

 

 

 ミルアの、訓練を施された側からすれば衝撃の告白に、箒は唖然とする。

 

 一夏は絶対に特訓を乞う相手を間違えた。そう確信しつつも、今更どうしようもない、と箒はため息をつく。

 

 何処か歯がゆさを覚えていた箒を余所に、白式の最適化が終了し、一瞬にして白式の装甲が、その形状や色を変化させた。

 

 無骨なラインは流麗なものへと。いかにも金属、といった鈍く光るそれは、光を反射するような、純白に。

 

 

「これが白式。俺の専用機……」

 

 

 そう言って一夏は感慨深げに自らの機体を見る。

 

 

「行って来い一夏」

 

 

 千冬に、苗字ではなく名前で、弟として声をかけられた一夏は、言葉は口にせず静かに頷く。

 

 

「勝ってこい」

 

 

 それだけ口にした箒に一夏は力強く「あぁ」と答え、その視線をミルアに向けた。

 

 一夏の視線に気が付いたミルアは、いつもの無表情で、どうぞ、と言う具合にその片手をアリーナへと向ける。

 

 黙って頷いた一夏は前を見て一気に加速する。白式がピットを飛出し、そのままアリーナへと舞い上がる。

 

 

「やっと来ましたね」

 

 

「あぁ、待たせて悪い」

 

 

 セシリアの言葉に一夏がそう答える。

 

 

「貴方がこの一週間、必死に特訓をしていたのは知っています。それは誰でもそう簡単にできることではないでしょう。ですから貴方の努力 に敬意を示すためにも慢心などはせず、全力でお相手をさせていただきます」

 

 

 そう言ってセシリアは優雅に礼をする。待たされていた事など苦でもないという感じであった。

 

 一夏は「ありがとう」口にすると、その手に唯一の武器である近接ブレード「雪片弐型」を実体化させる。

 

 

「千冬姉ゆずりの、白式唯一の武装『雪片弐型』だ。懐に入られて断ち切られないように注意してくれよ」

 

 

「ブルーティアーズに主武装であるレーザーライフル『スターライトmkIII』ですわ。わたくしに触れることもままならないまま射抜かれぬ ようご注意を」

 

 

 互いに得物を手にして笑みを浮かべあう。

 

 そして決闘の幕はきって落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しそうだな一夏たちは」

 

 

 箒はアリーナ内を飛びまわる一夏とセシリアを見て、何処か不機嫌そうにつぶやいた。

 

 そんな箒にミルアは首を傾げつつ、

 

 

「別に憎み合っての戦いではありませんし、互いに全力でぶつかることを楽しんでもいいのでは?」

 

 

 ミルアの言葉に箒は「まぁ、いいが」とだけつぶやいた。

 

 ミルアの視線の先、アリーナ内の一夏はセシリアとの距離を詰めようとしている。しかしセシリアもそうはさせまいと、銃口を一夏に向け て立て続けに引き金を引く。

 

 銃口を向けられた時点で回避行動をとっていた一夏には当たることはなく、放たれたレーザーは空を切る。

 

 

「レーザー相手に目視で避けるなんてハイパーセンサーをもってしても無理です。ですから直前のエネルギー変動と、何より銃口の動きをみ て回避行動をとってください。少なくとも資料で見る限りブルー・ティアーズの手元は隠れていないので指の動きを見て、引き金を引くのを先読 みして回避と言うのもたぶんできなくはないでしょう」

 

 

 特訓時のミルアの言葉通りに一夏はハイパーセンサーによるエネルギー変動の感知、銃口の向き、引き金にかかった指の動き、それらを観 察し、立て続けに放たれるレーザーを何とか回避できていた。

 

 しかし、そこは素人と玄人の差か、最初こそ回避を許していたセシリアも一夏の動きを読んでフェイントも織り交ぜ、僅かに銃口をそらす などの変化を持たせて確実に一夏にレーザーを直撃させてきた。

 

 シールドバリアーと操縦者の命だけは守る絶対防御。これら二つにより一夏自身は守られているが、白式自身はその装甲を徐々に削られて いき、一夏自身も衝撃などでダメージが蓄積されていく。なによりISでの戦いはシールドエネルギーがつきれば負けである。ちなみに競技とし ての戦いにおいてはシールドエネルギーが一定値を下回れば終了となっていて、この決闘でもそれは同様であった。

 

 そして、戦闘開始から二十分。白式のシールドエネルギーは規定値まで残り五割を切っていた。しかも残念なことにまだ一夏はセシリアに 対してまだ一太刀も入れられていない。

 

 

「わたくし相手にここまで避け続けるとは、特訓の成果ですわね。ですが……」

 

 

 セシリアのその言葉と同時に自立機動兵器「ブルー・ティアーズ」通称ビット、その六機がセシリアから離れ一夏の周りに展開した。

 

 それに対して一夏の行動はセシリアを驚かせることとなる。

 

 死角に入り込もうとしたビットに対して、一夏はその正確な位置を確かめようとせず、尚且つ視線はセシリアに向けたままビットに対して 体当たりを行ったのだ。

 

 白式とビットの質量差は歴然で、体当たりによってよろけるビットに対して、一夏はちらりと視線をむけると素早く雪片弐型を振り下ろし した。それにより完全破壊とまではいかずとも、ビットは地面に強く叩き付けられるようにして落下して、そのまま機能を停止させた。

 

 しかし、セシリアも驚きっぱなしではない。すぐさま残りの五機の内の三機にレーザーを放たせ、一夏のシールドエネルギーを削りにかか る。

 

 ビットの動きに翻弄され、その攻撃で白式のシールドエネルギーが確実に減ってゆく。

 

 落ち着けっ! ビットに弄ばれ続け、白式からのアラートが鳴り止まぬ中、一夏は内心でそう叫んで自らを落ち着かせようとする。ガンガ ン減ってゆくシールドエネルギーに焦りを覚えつつも努めて冷静であろうとした。

 

 

「思考制御されるビットは、一見すごい兵器にも感じられますが、あくまで人の思考で動く実体ある物です。よくわからない幽霊なんかとは 違います。人が動かす以上、その行先は予測可能です。それさえ成功すれば落とせます」

 

 

 ミルアのその言葉を思い出した一夏は必死に考える。セシリアはビットをどう動かすのか。いままでどう動かしていたか。そしてすぐに気 が付く。

 

 最初からビットは自分の死角に入り込もうとしていたことに。現に今もハイパーセンサーでは感知できるもののどうしても反応が遅れてし まう死角からレーザーをもらっている。おかげで背面や側面の装甲がどんどん涼しくなっていっている。

 

 行先さえわかれば。一夏はそう思い、後ろに向かって一気に加速した。無論体はセシリアに向けたままだ。

 

 背面にビットがぶつかった衝撃を覚え、一夏は振り向きざまに雪片弐型を振るう。それにより一機が破壊された。

 

 その光景にセシリアはさすがにうろたえた。ルーキー相手に、と焦る自分を必死になだめ、一夏との距離を一定に保つ。近接型の白式に接 近させなければ負けはしない。焦れば接近を許す隙が生じるかもしれない。だからこそセシリアは一夏同様、冷静であろうと努める。

 

 そしてレーザーライフルの照準を一夏に合わせて引き金を引く。

 

 しかし放たれたレーザーはぎりぎりの所で一夏にかわされてしまう。

 

 そしてかわすことのできた一夏はあることに気が付いた。

 

 それはセシリアが動くときビットがじっと待機していることだった。

 

 セシリアが動くときにビットが待機している理由はいたって簡単だ。セシリアの習熟度がまだ足りなく、自身の制御とビットの制御が同時 に行えないのだ。

 

 一夏もその可能性に気が付き、

 

 

「ビットと自身の同時制御ができないんだな」

 

 

 そう口にして、それを聞いたセシリアの顔に明らかな動揺の色が見えた。

 

 そしてそれはセシリアの集中力を落とすものでもあった。

 

 一夏はその隙を逃さず、近くのビットを斬りおとしにかかる。

 

 しかし雪片弐型がそのビットに直撃した瞬間、そのビットは激しく爆散して一夏はその爆発に巻き込まれてしまった。

 

 

「おあいにく様。ブルー・ティアーズ五号機と六号機はミサイルビットでしてよっ!」

 

 

 セシリアのその言葉と同時に五号機が、爆煙の中から抜け出てきた一夏に向かう。

 

 煙を払いのけた瞬間に目の前に現れた五号機に、一夏は反応しきれず直撃を許してしまう。

 

 激しい衝撃が一夏を襲い、一夏はその衝撃で意識を持って行かれそうになるも、必死にそれを掴み止めた。

 

 しかし次の瞬間無情にも試合終了のブザーがアリーナ内に響き渡る。

 

 それは一夏の敗北を知らせるブザーでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一太刀も入れられなかった。一夏はそう思いうなだれる。実の所、一夏には一撃で決める自信があった。というのも、白式の単一仕様能力 (ワンオフ・アビリティー)である零落白夜(れいらくびゃくや)と呼ばれる物が理由だ。単一仕様能力とはISと操縦者との相性によって発生 する固有能力で、白式の場合、どういう訳か最初から使用可能だった。その能力は雪片弐型の刀身に自身のシールドエネルギーを纏わせ、相手の シールドバリアーを消滅させたあげく強引に絶対防御を発生させると言う物。絶対防御はシールドエネルギーの消耗がとてつもなく激しく、零落 白夜は一撃必殺となりうる能力なのだ。

 

 だが現実は非情で、一夏はセシリアに一太刀浴びせるどころか、接近もできず雪片弐型を振るってもいない。

 

 

「さすがにこいつは悔しすぎるだろ……」

 

 

 一夏がうつむき加減にそう呟くと、

 

 

「でしたら、諦めず今後とも努力してくださいな。貴方でしたら必ずわたくしに追いつけますわ。無論、わたくしも簡単に追いつかれるつも りはありませんけど」

 

 

 うなだれる一夏の下へセシリアがそう言いながら近寄ってきた。そして右手を一夏に差し出した。

 

 それが握手を求めているものだと気が付いた一夏は自らの右手をセシリアに差し出し、そのまま握手した。

 

 その瞬間、アリーナの観客席から放課後の暇をつぶして観戦に来ていた生徒たちから拍手が巻き起こる。

 

 その拍手に答えるようにセシリアは観客席に手を振り、ちらりと一夏を見てウインクしてみせる。

 

 一夏はセシリアの意図に気が付いて自らも観客席に手を振った。

 

 そんな一夏に黄色い悲鳴が上がる中ピット内では箒が腕を組んだまま、

 

 

「なんだ一夏の顔は。試合直後だというのに緩みきっているではないか」

 

 

「まぁまぁ、いいじゃないですか篠ノ之さん。感動的な光景じゃないですか。先生としても嬉しい限りです」

 

 

 そう言いながら真耶が箒をなだめる。

 

 その一方では千冬がミルアに向かって、

 

 

「どう思う?」

 

 

「善戦した方です。ビットがどういう物か教えましたが落とし方までは教えていませんし、実際にセシリアさんの攻撃を大分避けれていまし たから……化けるんじゃないんですか」

 

 

「人の弟をなんだと思っている。まぁ正直私もあれは化けるとは思うが」

 

 

 千冬はそう言って笑みを浮かべる。

 

 話に聞くブラコンと言うやつか? ミルアはそんな事を考えながら千冬を見ていた。

 

 しかし、次の瞬間―――

 

 

(イレギュラーな事態だ。君の出番だよ)

 

 

 その声はISのコアを通したネットワークによるプライベートチャネルでミルアにだけ届いた。

 

 

(束さん?)

 

 

 ミルアが訝しげにそう問い返すと、

 

 

(こちらとしては想定外の出来事だよ。つまり敵だ。二度も言わせないでくれるかな?)

 

 

 束はそう告げるとぶつりと通信を切った。

 

 千冬はミルアの雰囲気の変化に気が付き、

 

 

「どうした?」

 

 

「敵です……来ます」

 

 

 ミルアの言葉に千冬が「どういう事だ?」と聞き返すよりも先にアリーナ内にけたたましい音が響き渡る。

 

 そして次の瞬間ミルア達がいるピット内にアラート表示が所狭しと現れる。

 

 

「そんなっ! アリーナ内の観客席を含めた全てのシールドバリアーが消滅、再展開できませんっ!」

 

 

 ピット内のコンソールを叩きながら真耶が悲鳴をあげる。

 

 そんな悲鳴を余所に、外部からの侵入がたやすくなったアリーナ内に上空から多数の人影が侵入してきた。

 

 その人影は、体のラインがくっきりと出るISスーツの様な物に身を包み、さらにその上から装甲を付けたような装備を身にまとった女性 、いや顔立ちや体つきから見れば一夏たちと大して変りない少女たちだった。その数五十ほど。

 

 腰の両側や背中に着けたスラスターの様な物で姿勢制御しているのか一夏とセシリアを取り囲むようにふわりと降り立った少女たちは一様 に、見たこともない火器を一夏とセシリアに向けた。

 

 

「生徒たちの避難を最優先に。それと鎮圧のためISを装着した教員たちを急がせろ」

 

 

「は、はいっ!」

 

 

 千冬の指示に真耶が慌てて従う。

 

 

「先生っ! 一夏はっ?」

 

 

 箒が千冬に駆け寄りそう言うと、

 

 

「ISを展開している以上、そうはやられないだろう。少なくとも二人ともじっとしているから相手から攻撃してこない限り大丈夫だ」

 

 

 千冬は口ではそう言うが、その表情は苦々しいものだった。冷静であろうとしているが弟が危険な目に合っているという事態に感情が揺れ ないわけではないのだ。

 

 

「観客席の生徒の避難が完了次第出ます」

 

 

 ミルアのその言葉に千冬はその視線をミルアに移して、

 

 

「束から何か聞いているのか?」

 

 

 千冬がそう言うと、それを聞いていた箒の顔に驚愕の表情が張り付く。

 

 しかしミルアは一切動じることなく淡々と、

 

 

「イレギュラーで敵、としか聞いていません。ですが敵とわかっているならそれで充分です。少なくとも今は」

 

 

 そう言ってミルアの体が光の粒子に包まれ、次の瞬間、ISが完全に展開されていた。

 

 

「それがミルアのISなのか?」

 

 

「はい。そうです」

 

 

 箒の問いにミルアは頷きそう答えた。

 

 

「私の専用機『打鉄零式(うちがねれいしき)』です」

 

 

 漆黒のISに身を包むミルアの白さが、いやに際立って見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どういうことでしょうか?

二話目も一万字超えちゃったんですけど。


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03 世界にある狂気

申し訳ない放置しすぎました。


 

 世界というのは清濁を併せ持っていて、そこに生きる人々も清濁を併せ持っている。

 

 いや、人こそが世界の清濁なのだろう。

 

 そんな中で白はいったいどんな色に染まるのだろうか。

 

 願わくば今のまま白く輝いていてほしい。

 

 もしそのために私の力が役に立つのなら、私はこの力を振るおうと思う。

 

 白が白でいることを望むのなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、あー、マイクテスト、マイクテスト。聞こえているかしら?」

 

 

 一夏やセシリアの耳に届いたのは、何処か場違いな台詞。それも何故か無理したような高い声。それを聞いた一夏はすぐにあることに気が付いた。

 

 

「男だ」

 

 

「ですわね」

 

 

 一夏の言葉にセシリアも同意する。

 

 そんな二人の前に降り立ったのは、周囲の少女たち同様、ISスーツの様な物に身を包み体の至る所を装甲で固めた長身の、フルフェイスのたぶん男。男で間違いないはずだった。細身ではあるが、ぴっちりとしたスーツ越しでもわかる筋肉。何より細身とはいっても骨格が女性のそれとは違うのがわかる。

 

 

「そうね。私は男よ。残念なことに体はね」

 

 

 その男は、そう言ってやれやれと言う具合に首を横に振る。

 

 男である以上、纏っているのはISではない。ISは女性には使えない。今の所、例外は一夏だけのはずだ。

 

 

「心は女だけに、とても残念だわ」

 

 

 そう言った男は心底残念そうであった。

 

 その様子に一夏は思わず、かわいそうに、などと思ってしまう。自分とセシリアを囲んでいる少女たちに銃を向けられているにも関わらず。

 

 

「IS学園に、わたくし達に何の用ですか?」

 

 

 セシリアの言葉に反応するように少女たちの一角が、その銃口を観客席に向ける。本来ならISによる戦闘時の流れ弾などを防ぐため、アリーナと観客席の間にはISと同様のシールドが張られているが、どのような理由かはわからないが、今はそのシールドがない。そして今現在、観客席の出入り口には避難しようとしている生徒たちが押し寄せている。

 

 そんな出入り口に向かって銃口が向けられていた。

 

 

「なっ? 先生方は何をしているのですかっ?」

 

 

 明らかに対応が遅い教員たちに、セシリアは驚きの声をあげるが、その疑問に答えたのは、心は女の男だった。

 

 

「無理もないわ。今現在IS学園の全システムは一時的に私たちの制御下。教員たちもISを動かそうにも格納している場所にすらたどり着けていないでしょうね」

 

 

 その言葉にセシリアは思わず「なんてこと」と声を漏らした。

 

 

「それとさっきの質問だけれど、私たちの目的は織斑一夏君。君と君の専用機がほしいのよ」

 

 

 男にそう言われた一夏は苦々しい顔をする。

 

 自分と、その専用機を欲する理由。それはなんとなく理解できる。世界で唯一ISを動かせる男だ。ほしいと思う国や企業、組織等はいくらでもいるだろう。

 

 だがそれをこんな形で見せつけられることになるとは。

 

 

「関係ない皆を傷つけるな。俺は大人しくする。それでいいんだろ?」

 

 

 一夏はハッキリとそう言い雪片弐型を量子化する。しかし、その表情、そして声からは怒りの感情が感じ取れた。

 

 すると男は感心したように、

 

 

「悪くない判断よ。女の子を守る為に。ちゃんと男の子してるのね」

 

 

「あんたに褒められても嬉しくないさ」

 

 

「ふふっ、それはそうでしょうね。それで、そっちの青い子はどうするのかしら?」

 

 

 男の言葉にセシリアは観念したように首を横に振り、

 

 

「わかりましたわ。今は従いましょう」

 

 

 セシリアもそう言いライフルを量子化した。

 

 すると男はやや困ったように、

 

 

「できればISも解除してほしいのだけど?」

 

 

「さすがにそれはできませんわ。なにせ今わたくしたちは銃を向けられているのですから」

 

 

 そう言ってセシリアは男の言葉を断る。

 

 見たところ目の前の男や少女たちが纏っているのはISではない。何かしらの強化服ではあるが、少なくともISを倒せるほどの物ではないはずだ。故に一夏もセシリアも最後の砦としてISだけは解除しなかった。

 

 

(一夏さん、セシリアさん、聞いてください)

 

 

 僅かな膠着状態に陥るかに見られたその時、一夏とセシリアの元にミルアからプライベートチャンネルによる通信が入る。

 

 

(ハイパーセンサーで敵の生体反応の確認を)

 

 

 ミルアのその言葉に二人は従いすぐさまハイパーセンサーによる生体反応の確認を行った。

 

 

(っ! おいミルア、目の前の男以外、生体反応がないぞっ!)

 

 

(まさかロボット……ですか)

 

 

(その、まさかでしょうね)

 

 

 同様の色を見せる一夏やセシリアに、ミルアは、だからどうした、という具合に応える。

 

 

(で、どうするんだ?)

 

 

 いざとなれば容赦なく倒すことができるということがわかっただけでもありがたい話ではあるが、現状はそれだけでは足りない。未だ敵の銃口は避難できていない生徒に向けられていてうかつには動けない状況だ。

 

 

(本来であれば生徒たちの避難が完了してから、という事にしたかったのですが、未だアリーナから外への通路は開かず、おまけに銃口まで向けられる始末。仕方ありません、ならばその銃口を取り除くまでです)

 

 

(取り除くって……どうするつもりですか?)

 

 

 そう言ってミルアに問うセシリアだったが、彼女には嫌な予感しかしなかった。帰ってくる答えが、至極簡単で、なおかつ厄介な事の様な気がした。

 

 

(幸い敵はこちらには気が付いていません。ですので最初の一手で一気に殲滅、あるいは完全にこちらのペースに巻き込みます)

 

 

 帰ってきた答えは酷く簡単で、酷く危険なものだった。もし失敗すれば生徒に被害が出かねないもの。

 

 

(時間がないのでいきます)

 

 

 そう言ってミルアはプライベートチャンネルを切ってしまった。

 

 一夏とセシリアが考える暇もない。

 

 次の瞬間、おびただしいまでの銃声がアリーナに鳴り響く。それに続くのは銃を構えていた少女たちが次々と砕け散る音。砕けた体から金属片と青い火花が散り、少女たちが人でないことがはっきりと目で分かった。

 

 銃声の発生源はミルアだ。両腕に展開された3銃身のガトリング砲から次々と放たれる銃弾が少女の姿をした敵を撃ち砕いてゆき、薬莢がからからと音をたてながらミルアの足元に転がる。

 

 ミルアの動きに合わせて、一夏とセシリアも先ほど量子化した武器を再び実体化し、攻勢に出る。

 

 一夏の雪片弐型が少女の姿をした敵を斬り裂き、セシリアのスターライトmkIIIが撃ち貫いてゆく。

 

 

「おぉぉぉぉっ!」

 

 

 一夏の雄たけびと共に雪片弐型が少女の姿をした敵につきささる。

 

 

「っ!」

 

 

 引き抜こうとした雪片弐型を、少女の姿をした敵は機能停止に陥る寸前に両手で鷲掴みにした。

 

 まずい。そう思った一夏は力を込めて雪片弐型を引き抜こうとする。

 

 そんな彼の後ろに二体の敵が回り込み、その銃口を無防備な一夏の背にむけた。

 

 ISのシールドは優秀だ。例え背後から攻撃されたとしてもなんなく防いでしまうだろう。しかし操縦者に与える恐怖までは軽減してはくれない。それは一夏も例外ではなく、無防備な背中に向けられる銃口に反応して嫌な汗が噴き出した。

 

 

「一夏っ!」

 

 

 一夏の耳に箒の声が届いた。それと同時に一夏に銃口を向けていた敵に銃弾が叩きこまれ、構えていた銃ごと、その体が砕け散る。

 

 見れば、打鉄を身にまといアサルトライフルを構えた箒がピットから飛び出してきた。

 

 

「何をしているっ! 油断するなっ!」

 

 

 箒のその言葉に一夏は頷く。

 

 しかし、そんな一夏の耳にセシリアの悲鳴が届く。

 

 

「きゃぁぁぁあっ!」

 

 

 悲鳴と同時にアリーナの地面に叩き付けられるセシリア。

 

 見ればセシリアの機体には、いくつもの網が絡みついており、おまけに六体もの敵がしがみついていた。周囲から網を撃ち出し、それに絡め取られたセシリアが僅かにバランスを崩した隙をついて、その機体にしがみつき、推力任せに地面に叩き付けたのだ。

 

 シールドの減りこそ軽いものの、叩き付けられた衝撃は確実にセシリア自身にダメージを与えた。現にセシリアは一瞬意識が飛びかけたのだ。

 

 そして、しがみついていた一体の腕の装甲から一本のブレードが突出し、それはそのまま高速で振動しだす。空気を震わせる低い音と共に、それを振り上げ、セシリアの顔めがけて何度も振り下ろす。

 

 無論それはISのシールドに阻まれ、セシリアには傷一つ付かないが、シールドはほんの僅かに減ってゆく。

 

 その上、残りの五体も、銃口をセシリアの顔に向け、容赦なく引き金を引いた。

 

 銃口から散る火花と共にセシリアの悲鳴がアリーナに響く。

 

 ISを纏っている以上、すぐに命の危険があるわけではない。しかし、ISを纏っていようと、いかに訓練を積んでいようと、目の前にいくつもの銃口を突きつけられ、そこから、おびただしいまでの銃弾を浴びせられるというのは恐怖でしかない。

 

 故にセシリアは悲鳴をあげながらも、無我夢中で敵を振り払おうとする。

 

 しかし、機体に絡みついた網は強固でまともに身動きが取れなかった。

 

 

「やめろぉぉぉっ!」

 

 

 雄叫びをあげながら一夏がセシリアの下へ急接近し、雪片弐型を横薙ぎにふり、その一刀のもとに三体を切り伏せた。

 

 そして一夏に合わせるようにミルアもセシリアの下へと急接近し、その勢いのまま残りの二体を蹴り飛ばす。

 

 そのままミルアは、地面の上を勢いよく転がっていく二体に弾丸を叩き込んで撃ち砕いた。

 

 

「あらら、これはちょっとまずいわね」

 

 

 そう言って、少し下がったところで様子を見ていた男は、やれやれと言う具合に首を振り、

 

 

「撤収しようかしら。目的の物は手に入らないようだけど、面白い物を見れたし……」

 

 

「はい、そうですか。と言って帰すとでも思うか?」

 

 

 そう言って箒がアサルトライフルの銃口を男の背に突き付けた。

 

 しかし男はその状況に動じることなく、

 

 

「さりげなく後ろを取ったことは褒めてあげる。けれど……」

 

 

 僅かに首だけで振り返る男に、箒は警戒を強めて、引き金にかかった指に力を込める。

 

 

「そんな物で、生身の人間が撃てるのかしら?」

 

 

 その言葉に一瞬、箒が硬直する。

 

 それと同時に箒の眼前に、男が後ろ手に何かを投げた。

 

 箒がそれを視認した瞬間、それは爆ぜ、強烈な光が箒の視界を奪う。

 

 

「しまったっ! スタングレネードかっ!」

 

 

 ISのハイパーセンサーをも一瞬かく乱する閃光に箒は狼狽えるものの、ハイパーセンサーはすぐに復帰し、男の居場所を箒に伝える。

 

 

「上? 上空かっ! 逃がすものかっ!」

 

 

 空を見上げ、男を確認した箒は、すぐさま追いかける。

 

 男が身に着けているスラスターはISのそれに比べれば性能は劣るらしく、スピードがそれほどでない打鉄でも十分に迫ることができた。

 

 

「よしっ! 追いつけるっ!」

 

 

 箒がそう口にした瞬間、男のはるか前方で何かが光った。

 

 

「なっ? ロックオンされっづあぁっ!」

 

 

 数発のレーザーが箒に直撃し、大きくシールドエネルギーを削るとともに、大きな衝撃が襲う。そのまま墜落しかけるもなんとか持ち直した。

 

 箒はすぐに自分を撃った相手を確認する。

 

 ハイパーセンサーでとらえたのは見たことのないIS。

 

 濃い青色をしたボディに狙撃しようと思われるライフル。大型のバイザーによって素顔は確認できないものの、風になびく真っ赤な髪が見て取れた。

 

 撃ってきたことから敵であることは明白だが、今更現れたISに箒が困惑していると、ハイパーセンサーが、地上にいたセシリアの声を拾い上げる。

 

 

「あ、あれはサイレント・ゼフィルス……どうしてっ!」

 

 

「おいっ! あれを知っているかっ?」

 

 

「馬鹿っ! 箒、敵は前だぞっ!」

 

 

 一瞬、セシリアの方に意識を向けてしまった箒に一夏の怒声が飛ぶも、再度の射撃、それも五発が全弾、箒に直撃した。

 

 今度こそ墜落してゆく箒の下へ一夏が飛翔してゆくも、それよりも早く、ミルアの零式が箒を受け止める。

 

 自分を受け止めた漆黒の打鉄に気が付いた箒は、

 

 

「ミ、ミルアか……すまない……」

 

 

 そう言って箒はミルアを見るも、当のミルアはその視線をサイレント・ゼフィルスに向けていた。

 

 するとサイレント・ゼフィルスはくるりと背を向け海上の方へ撤退を開始する。

 

 

「一夏さん。箒さんをよろしくお願いします」

 

 

 ミルアはそう言って駆けつけた一夏に箒を投げ渡すと、海上のサイレント・ゼフィルスへ向けて加速する。

 

 来させまいとする激しいレーザーの砲火を潜り抜け、ミルアはサイレント・ゼフィルスとの距離を詰めていく。

 

 距離を詰められたサイレント・ゼフィルスはライフルから、小型のレーザーガトリングに切り替え、その銃口をミルアへ向ける。

 

 しかしミルアはその瞬間に、その射線から外れ、サイレント・ゼフィルスを中心に弧を描く様に動きつつ両手のガトリングを撃ちまくった。

 

 サイレント・ゼフィルスも回避行動をとりながら応戦するも、互いの弾丸は精々機体を掠めるのみで決定打にならない。

 

 すると先にミルアのガトリングの弾が切れ、銃身が空回りする。

 

 しめたと思ったのかサイレント・ゼフィルスの操者が、その口元に笑みを受かべた瞬間、眼前にミルアが迫っていた。

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)と呼ばれる、直線限定の急激な加速により、一瞬にして距離を詰めたのだ。

 

 そしてミルアは加速した勢いのまま、弾倉の空になったガトリングをサイレント・ゼフィルスの腹部に叩き付ける。

 

 

「っは!」

 

 

 衝撃に思わず肺の中の息を吐いたサイレント・ゼフィルスの操者は、殴られた勢いで後方へと飛ばされる。

 

 吹っ飛ばした側のミルアは、両腕のガトリングを量子化し、左腕に、腕ほどの大きさのブレードを展開。重量任せに叩き斬る、という具合の重厚なそれは、肘側にマウントされていたが百八十度回転することにより、その刃先を前方に向ける。

 

 次いで腰の両側に三門づつのミサイルポッドが展開され、サイレント・ゼフィルスに対して追い打ちとばかりに全弾、計六発が放たれた。

 

 そして、ミルア自身もミサイルを追う様にしてサイレント・ゼフィルスへと迫る。

 

 一方のサイレント・ゼフィルスは体制を立て直して迫るミサイルと零式を撃ち落そうとライフルを構える。

 

 しかし、ミルアの放ったミサイルは、何度ライフルでとらえようとしても、その射線上から逃れてしまう。距離を離そうとしてもそれぞれがバラバラの軌道で追いかけていく。

 

 何度か引き金を引くもレーザーは空を切り、何度目かの射撃がようやくミサイルの一発を捕らえ爆散させた。

 

 ようやく地上の敵を一掃し海上へと移動してきたセシリアは、その光景を見て、

 

 

「まさか、あのミサイル……私のと同じBT兵器?」

 

 

 セシリアの言うとおりミルアの放ったミサイルはBT兵器同様にその動きを思考制御されていた。しかもセシリアとは違い自分自身が足を止めることなく。

 

 その上、それぞれが意識的に回避行動を取りながら目標に迫っている。

 

 少なくとも今現在のセシリアには不可能な芸当だった。

 

 しばしの間、追いかけっこを続けていたミルアとサイレント・ゼフィルスだったが、六発のミサイルの内の四発が撃ち落とされ、残った二発がサイレント・ゼフィルスに直撃した。

 

 激しい爆発と、爆煙の中から逃れたサイレント・ゼフィルスの頭上から零式が迫り、左腕のブレードを振り下ろす。

 

 サイレント・ゼフィルスは咄嗟にライフルで自身を守るも、そのライフルはブレードに叩き折られ、殺しきれなかった一撃が機体と操者にダメージを与えた。

 

 

「ぐっ!」

 

 

 サイレント・ゼフィルスの操者は、衝撃と、それからくる痛みに口元をゆがめつつも、その腕で零式のブレードを掴んだ。

 

 そしてそのまま体を捻る様にしてミルアを海面へと投げつける。

 

 投げられたミルアは何とか海面ギリギリで踏みとどまるも、その直後レーザーの雨が降り注いだ。

 

 何発かがミルアに直撃、残りは海面に直撃し、激しい衝撃と水しぶきで一時的にミルアは足を止められる。

 

 

「まだ追いつける」

 

 

 水しぶきが収まり、空を見上げるミルアの視線の先に、小さくなってゆくサイレント・ゼフィルスの姿があった。

 

 追撃しようとするミルアに、

 

 

(もういいよ。ご苦労様)

 

 

 束から通信が入る。

 

 

(まだ追いつけます)

 

 

(無理だね。本気で逃げに入ったサイレント・ゼフィルスには追いつけないよ。零式は加速力こそあるけど最大速度は通常の打鉄と変わりないんだから。自分で使ってるんだからそのくらいわかるでしょ)

 

 

 ミルアの追いつけるという言葉に、束は言うだけ言ってぶつりと通信を切ってしまう。 

 

 そして、それに入れ替わる様に千冬から通信が入る、

 

 

「ミルア、追撃の必要はない。学園のシステムも復旧した。戻ってこい」

 

 

「千冬さん。申し訳ありません」

 

 

「織斑先生だ。あと、お前が謝る必要はない。強引な手だったがよくやった」

 

 

 そう言って千冬からの通信が切れ、ミルアは軽く息を吐いて、ようやく肩の力を抜いた。

 

 ふと学園の方を見てみれば箒を抱えた一夏が大きく手を振っている。

 

 ほんの僅かにサイレント・ゼフィルスが逃げた方を見たミルアだったが、やがて一夏たちの下へ向けて飛翔していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、さすがに生身でISに立ち向かうのはスリルがあるわぁ」

 

 

 とある施設の中にIS学園を襲撃した男とサイレント・ゼフィルスがいた。

 

 薄暗い照明に金属質の壁の通路、あまり幅は広くないが照明が暗いせいか通路の先が見えずいやに奥行きを感じる。

 

 通路を歩きながらフルフェイスの男が、それを取ると現れたのは金髪碧眼。三十歳手前と思えるような顔立ちには少し疲れが見える。

 

 一方のサイレント・ゼフィルスが量子化され、現れたのは、長い赤髪に翠の瞳をした女性。こちらはまだ二十歳前後という具合に、猛禽類の様な鋭い目つきをしていた。

 

 

「にして、コロナが来てくれなかったら私、まじで危なかったわ」

 

 

 男がそう言うと、コロナと呼ばれた女性は眉をひそめ、

 

 

「そう言うなら、今度からは私かオータムを連れていけ。『人形』だけでISの相手ができるわけがないだろう。そのうえ未だ量産体制が整っていないのに今回出した『人形』は全滅だ。あぁ幹部らの説教が五月蠅そうだ」

 

 

「あくまで『未だ』でしょ? 目途は立ってるって聞いたわ」

 

 

「そうらしいがだからと言って全部壊していいわけではないだろ」

 

 

「肝に銘じておくわ」

 

 

 そう言って自嘲気味に笑った男だったが、すぐに真剣な表情になりコロナを見る。

 

 その視線に気が付いたコロナは「ん?」と小さく声を出した後、

 

 

「どうした、ウェイブ?」

 

 

「さっきの戦闘だけど大丈夫だったの?」

 

 

 男、ウェイブの問いにコロナは、

 

 

「大丈夫と言いたいが正直冷や汗をかいた。なんだあの小娘は。あの篠ノ之束の使いっぱしりとは聞いていたが予想以上だ。いや正規の軍人相手に暴れたみたいな報告もあったから、あの実力は予想しておくべきだったか」

 

 

 そう言ってからコロナは軽くため息を吐くと、

 

 

「しかし、やはり私にはサイレント・ゼフィルスは使いこなせない。まぁBT兵器の適正がこれっぽっちもないのだから当然と言えば当然だが」

 

 

「で、どうするのサイレント・ゼフィルスは?」

 

 

「Mに譲るさ。あの子の方がISの扱いもBT兵器の適正も、私より上だからな。あの子の活躍が楽しみだ」

 

 

「貴方って本当に後輩想いね。まぁ、あの無愛想なMが懐くだけあるわ」

 

 

「いや、お前の事も嫌ってはいないみたいだぞ。『いい奴だが変な奴だ』とは言ってたが」

 

 

「それ喜んでいいのかしら?」

 

 

 ウェイブはそう言って苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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04 失ったモノ

 知っていたのかもしれない。

 

 けれども今はしらない。

 

 それに関して何かを感じることもない。

 

 かつては感じることができたのかもしれない。

 

 全てが今とは違っていたのかもしれない。

 

 いや、何も違っていなかったのかもしれない。

 

 けれども、今の私にはどうでもいいことだ。

 

 いま目に映る世界。

 

 それが今の私の全て。

 

 過去はいずれ取り戻す。

 

 いずれ必ず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かな暗がりの中、空間に浮かぶいくつものディスプレイの明かりが奇妙な人物を映し出していた。背後にはいくつもの光の球がぷかぷかと浮かぶ水槽が置いてあり、ディスプレイと水槽の光が部屋の僅かな光源となっている。

 その光源に照らされた人物の頭にはピコピコと動く機械仕掛けのウサギの耳が。

 身にまとうのはゴシックドレス。

 不思議の国のアリスをモチーフにしたようなデザイン。

 そんな変わった格好をした彼女「篠ノ之束」の顔には、意地の悪そうな笑みが浮かんでいる。

 彼女は笑みを浮かべたまま、不意に、

 

「どうかしたのかい、くーちゃん?」

 

 振り返ることなく言うその言葉に、呼応するかのように一人の少女が束の後ろに立つ。

 白い肌に銀色の長い髪。

 くーちゃん、と呼ばれた少女が身にまとうのは、束とは違い黒と白のみで構成されたゴシックドレス。何より特徴的なのはその瞳。

 黒の眼球に金色の瞳。

 クロエ・クロニクルこと「くーちゃん」は空間に浮かんだディスプレイのいくつかに目を移し、

 

「ミルア様は相変わらずお強いですね」

 

 そう言って僅かに笑みを浮かべる。

 彼女の見ているディスプレイにはIS学院が謎の連中に襲撃された際の戦闘記録が映し出されていた。

 

「まぁ、この程度の連中、ちょちょいってやっつけることができないとね。それができないなら、あの子はほんとに出来損ないだよ」

 

 くーちゃん、と呼んだ時は優しげな声色だったのに途端に冷たい雰囲気へと移行する束にクロエは怪訝な表情をした。

 それに気づいているのか、いないのか、束は再び笑みを浮かべると、

 

「それにしても、くーちゃんは本当にあの子が好きなんだね?」

 

「え? それはまぁ、私を助け出してくれた方ですから。普段もよくして貰っています」

 

 クロエは、束の問いに嬉しそうに答える。

 

「でも、私は束様のことも大好きですよ? 私を此処に置いてもらって色々教えてくださいますし」

 

 先ほどと同様に嬉しそうに話すクロエに束は満足そうな笑みを浮かべて、

 

「うんうん。くーちゃんは本当にいい子だね。束さんは嬉しいよ」

 

 そう言ってクロエの頭をなでると、

 

「いい子な、くーちゃんにはご褒美をあげないとね。今回はなんと、あの子の連絡先を教えてあげましょう」

 

 束の言葉に嬉しそうな反応をしめすクロエに、束はうんうんと頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、これって第三世代のISですよね?」

 

「武装であるミサイルだけは第三世代といえるがな」

 

 真耶の問いに千冬はそう答える。

 二人が見ていたのは打鉄零式の戦闘記録と零式自身の機体データだった。

 ちなみに二人の後ろにはミルアが黙って控えている。

 

「で、でもさまざまなデータを見るに、第三世代に匹敵しますよ。織斑君の白式やオルコットさんのブルーティアーズにも見劣りしてないですよ」

 

 確かに真耶の言うとおり「零式」などという名前に似合わず、出力を始めとした様々な数値が第二世代機である「打鉄」を凌駕し第三世代機とそん色ない。

 しかし、真耶が一番驚いているのはそこよりも機体の詳細な構成だった。

 

「これ、装甲の色こそ一から塗ってあるみたいですけど、内部は全て既存のパーツのみで構成されてるんですね。いろんな企業のISの寄せ集めとでも言うべきでしょうか。それと細かな微調整」

 

 そこまで言って真耶はごくりと喉を鳴らした。

 打鉄零式の中身は確かに既存のパーツのみでくみ上げられていた。

 ただ単に性能のいいパーツを組み合わせたわけではなく、互いが互いの性能を阻害することなくバランスよく組み上げられている。

 単純に数値だけを見れば零式は第二世代最強と言っても問題はないだろう。

 

「さすが篠ノ之博士ですね。新しいパーツを使わずここまでの物をくみ上げるなんて」

 

 真耶が感心していると、今まで黙っていたミルアが、

 

「例え十全を許されずとも、私は天才なんだよ。だそうです」

 

 以前、束が言っていた言葉を口にした。

 そして、ミルアは千冬を見上げて、

 

「もういいですか? そろそろパーティーの時間なんですが」

 

「パーティー?」

 

「織斑先生、あれですよ。織斑君の一組代表のお祝い」

 

 千冬が疑問を声をあげ真耶がそれに答えると、千冬は「あぁ」と納得したように頷いた。

 本来なら決闘で勝利したセシリアが一組代表をするはずだったのだが、どういうわけか一夏に譲ったのだ。

 本人いわく、

 

「一夏さんには素質がありますわ」

 

 という事なのだが。どういう訳かその後ろでは箒が一夏を睨んでいたことを追記しておく。

 さて、そろそろ。という具合にミルアがパーティーに向かおうとすると、それを千冬が呼び止め、

 

「ミルア。お前にこれを渡しておく」

 

 そういって渡されたのは薄いビニールに包まれたソレ。

 

「制服ですか?」

 

「そうだ。小さいお前の為に完全オーダーの制服だ。校則では多少の改造はありだが、さすがにもったいない。改造してくれるなよ」

 

 千冬の言葉にミルアはこくりと頷く。

 そして、その場を立ち去ろうとして、不意に足を止めると、千冬を見上げ、

 

「織斑先生は出席しないのですか?」

 

「教師が参加してどうする。あいつらが楽しめないだろうが」

 

 千冬の言葉にミルアは、普段から放っているプレッシャーを押さえておけばいいのに、と思う。

 

「何か言いたげだな」

 

「そうですね。教師としてではなく、一夏さんの姉としては?」

 

「そうですよ、織斑先生。そうしたらいいですよ」

 

 ミルアの提案に真耶も同意する。

 しかし千冬は首を横に振った。

 仕方ないとばかりにミルアも首を横に振る。

 家族なのによくわからないな。と、そんな事を考えながらミルアはその場を後にする。

 そんなミルアの背中を見送った真耶は、

 

「織斑先生、せめて、お祝いのメールぐらいしてあげたらどうですか? 織斑君も喜ぶと思いますし」

 

 何処か遠慮しがちにそう提案する真耶に千冬は少し苦い顔をして、

 

「まぁ、そこまで言うのでしたら。考えなくもないですが」

 

 そう言った千冬に対して、真耶は小さく「素直じゃないですね」といって苦笑した。

 しかし次の瞬間「何か?」という具合に千冬に睨み付けられ、小さな悲鳴をあげる。

 

「それで、襲ってきた奴らについて何かわかったことは?」

 

「わからないことが、わかったというところでしょうか……」

 

 真耶はそう言って苦い顔をする。ディスプレイの文字の羅列を見ながら、

 

「材質自体は珍しい合金ではありません。ISを始め広く普及しているものです。その他の装備も特に珍しいものはありません」

 

 そこまで言って真耶は眉をひそめると、

 

「体の構造、そのAI全てが未知の物です。構造は解析できますが、AIに関しては機能停止時に、そのデータの殆どが自壊しています」

 

「記録の類には期待できないな。忌々しい」

 

「襲ってきた連中の背後関係もまったく……」

 

 真耶の言葉に千冬は黙って頷く。

 そして、しばらく何かを考えたのち、

 

「山田先生、ここはお願いします」

 

「え? 織斑先生は?」

 

「私は少し調べておきたいことがあるので」

 

 千冬はそう言うとそのまま部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 寮の自室に戻ったところで千冬は懐から携帯端末を取り出した。

 しばらく端末を片手に何か考えている様子だったが、端末を操作して耳に当てた。

 

「やぁやぁっ! ちーちゃんっ! 天才『篠ノ之束』さんに何か御用かなっ?」

 

 大声が漏れる携帯端末を耳からはなし、僅かに顔をしかめた千冬だったが、直ぐに気を取り直し、

 

「聞きたいことがある」

 

「おーけーおーけーっ! 私に答えれることなら答えちゃうよっ!」

 

「学園を襲った連中に関して何か知っているのではないか?」

 

「むふふ、知っているか? と問われればイエスだね」

 

「何を知っている?」

 

「私の敵ってことだけだよ。連中のAIの自壊っぷりは、そっちでも確認できてるんじゃないかな?」

 

「お前も連中に襲われたのか?」

 

 千冬の質問に束は、くくく、と笑うと、

 

「いやいや、襲われたわけじゃなくて、襲ったんだよ。ちょーっと気に食わない事があってね。まぁ元々、私を探してたみたいだし、あいさつ代わりに、あの子を送り込んだんだよ」

 

「あの子? ミルアの事か?」

 

「そうだよ。いやぁ、連中の施設を派手にぶっ壊してくれてさ。まぁ施設のデータなんかは、やっぱり自壊してたんだけど」

 

「何か情報は手に入ったのか?」

 

「いんや、なんにも。わかったことと言えば連中が、あの『人形』を何処かで量産しようとしていることぐらいかな」

 

 束の言葉に千冬は息をのむ。

 ISには遠く及ばないとはいえ、束が『人形』と呼んだ、あれは兵器としては十分優秀だ。

 機動性、攻撃力、人型故の汎用性。

 歩兵の代わりとなりえるあれらが量産となれば、ISの登場によって変化を余儀なくされた世界が……

 

「世界が再び様変わりするぞ」

 

「結局、世界を変えるのは破壊を振りまく力ってことかな? やだねぇ」

 

 千冬は怒気を含めて、逆に束は呆れを滲ませて、その言葉を吐く。

 

「ふざけるなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「織斑君、一組代表決定おめでとーっ!」

 

 お祝いの言葉と共に、一斉にクラッカーが鳴らされる。

 テーブルの上にはクラスの皆が各自持ち寄った多種多様なお菓子の山。

 寮の食堂で、一夏の代表就任のパーティーが行われていた。

 クラッカーの残骸が降り注ぐ中、一夏はぼそりと

 

「何故、こうなった……」

 

 そうぼやく。

 そんな一夏の隣にミルアが立ち、

 

「何故でしょうね」

 

 一夏のぼやきに同意した。

 

「俺、負けたはずだよな?」

 

 一夏の問いにミルアは頷き、

 

「はい。負けたはずです」

 

 そう言って肯定する。

 すると、そこへセシリアが歩み寄り、僅かに頬を染めながら、

 

「『一夏さん』の素質は直接戦った私が一番理解しているつもりです。大丈夫です、一夏さんなら素晴らしい代表になりますわ」

 

 そう言って満面の笑みを浮かべる。

 

「それでなのですが、よければ今後は代表候補生である私が直接ISの指導を……」

 

「いや、気持ちは嬉しいけど、俺、ミルアに教えてもらってるしなぁ……」

 

 セシリアの申し出に対して一夏が申し訳なさそうに言う。

 すると箒が傍に寄ってきて、

 

「まて一夏。実の所ミルアの指導はかなりいい加減だ。それに指導の経験は皆無だそうだぞ」

 

「え? そうなのか?」

 

 一夏にそう問われたミルアは特に隠す必要もないので、

 

「はい」

 

 と一言で答えた。

 ミルアとしては別に一夏の指導役にこだわりがあるわけではないので、やりたいという人物に譲ることには何の問題もない。

 

「でしたら私に」

 

「待て。一夏の指導は私がやる」

 

「あらIS適正ランクCの篠ノ之さんが?」

 

 セシリアの指摘に箒はぐっとつまる。ちなみにセシリアはA+である。ついでに補足すると一夏がB、ミルアがAである。

 負けじと箒は一歩前に踏みだし、

 

「ランクは関係ない。重要なのは教える側と教わる側の相性だ。教える側がいくら優秀でも、教わる側が吸収できなければ意味がない。その点、私は幼馴染だ。相性は問題ないし、一夏も教わりやすいだろう」

 

「相性と言いますが、ただの馴れ合いでは意味がありませんわ。それに仮に相性がよくとも教える側の実力がそれ相応でなければ本末転倒ですわ」

 

 箒とセシリアは胸の前に腕を組み、今にも互いに額をぶつけんと言わんばかりに詰め寄り、視線で相手を殺すかのごとく睨み合う。

 ミルアはその光景を、何故に、と思いながら見ていた。

 すると目の前の光景に困惑していた一夏が、

 

「な、なぁ、ミルアは誰がいいと思う? 俺は別にミルアの指導でも構わないんだぜ?」

 

 その言葉は一夏なりに妥協点を求めたものだったのだろう。

 箒をとってもセシリアをとっても角が立つ。だったら現状維持を、と。

 しかしミルアはそんな一夏の思いを全く気付かずにスルーし、

 

「セシリアさんの方がいいでしょう? やはり経験豊富ですし」

 

 当然だろうという具合に言う。

 その言葉にセシリアは満足げに頷き、箒は殺気のこもった視線をセシリアからミルアに移す。

 箒の視線に、ミルアが、え? なんで? と思っていると、一夏が話題をそらそうと、

 

「そう言えばミルア、制服に着替えたんだな。うん、似合ってるよ」

 

 そんな一夏の言葉に、ミルアは真っ直ぐに一夏を見上げる。

 そして軽くスカートをつまみあげると僅かに頭を下げ、

 

「ありがとうございます」

 

 そうお礼を口にした。

 テレビで見た光景を少し真似してみただけなのだが、それなりに様になっていたようである。

 一夏も笑みを浮かべて、

 

「いやホント似合ってるよ。すごく、可愛い」

 

 一夏の「可愛い」という台詞の直後に周囲から複数の視線がミルアに突き刺さる。

 特に至近距離にいる箒からの視線、もとい殺気がより強くなった。

 箒の視線に、私が何をした? とミルアは思いつつ、

 

「で、一夏さんは誰に訓練してもらうのですか?」

 

 一夏の思いなんて知らずに話を蒸し返した。

 ミルアの酷な質問に一夏は苦笑しつつ、

 

「いや、もう三人に見てもらった方がいいような……」

 

「なんだっ! その優柔不断な答えはっ!」

 

「そうですわ一夏さんっ! 男らしくありませんわっ!」

 

「一夏さんがそれでいいなら別に私はかまいませんけど」

 

 一夏の答えに三者三様の答え。

 箒とセシリアは一夏に詰め寄り、ミルアはそこから数歩引いたところで一夏達を見ていた。

 これ、収拾つくのかな? そう思いながら一夏達の騒ぎを見ていたミルアだったが、食堂の入口付近に人の気配を感じて、そちらに視線を移した。

 

「薫子さん、取材ですか?」

 

 ミルアは食堂に入ってきた少女、新聞部の黛薫子(まゆずみ かおるこ)にそう声をかけた。

 薫子は二年生で、入学式以前からIS学園にいるミルアとは顔見知りだ。

 手をひらひらと振りながら薫子は、

 

「やぁミルアちゃん。制服似合ってるね」

 

「ありがとうございます。で、取材ですか?」

 

「そうそう。一組代表になった話題の男性操者、織斑一夏の取材に来ましたーっ!」

 

 薫子の背後で花火が上がりそうな勢いである。

 ミルアはなんとなく一歩後ろに下がる。

 

「ではでは織斑君。よろしくねーっ! はい、これ名刺」

 

 薫子の勢いに押され、一夏は素直に名刺を受取る。

 

「あの、黛先輩。取材はいいんですけど、具体的何を?」

 

 名刺を手にしたまま一夏がそう聞くと、薫子はポケットからボイスレコーダーを取りだした。

 そして、それをずずいと一夏に向けると、

 

「簡単簡単、質問に答えてくれるだけでいいから」

 

「はぁ……まぁいいですけど」

 

「ではではっ! クラス代表になった感想をどうぞっ!」

 

「えぇっと……がんばります」

 

 一夏がそう答えると、薫子はがくっとなり、

 

「うわっ……みじか……もっと、ない? こう、俺に触れると火傷するぜっ! みたいな?」

 

「いえ、自分、不器用ですから」

 

「うわっ、前時代的っ!」

 

 薫子の言葉に皆が笑う。

 

「まぁ、いいか適当にかっこいいセリフをねつ造しておくよ」

 

 そんな薫子の発言に、一夏が「え?」と困惑しいると、薫子はその矛先をセシリアに変える。

 突撃インタビューを開始したものの、薫子は長くなりそうなセシリアの演説を早々に切り上げた。

 そして、皆が思い思いにお菓子を食べ、会話を楽しんだ後で薫子により記念撮影で、パーティーは終わりを迎えた。

 

 

 

 

 パーティーが終わり皆が各自の部屋に戻る中、ミルアは単独行動をしていた。

 向かう先は訓練機などが保管してあり、整備なども行えるIS学園の整備棟。

 ミルアは別に整備棟に特別な用事があったわけではない。日が沈み、学生寮の門限が近づく中、学生寮よりも人気が少ないから、という理由で向かったに過ぎない。

 そして整備棟を前に、ミルアは不意に足を止めると、後ろを振り返る。

 軽く周辺を見渡したミルアは、道脇の一本の木に目をとめ、

 

「そんな所でかくれんぼですか? 生徒会長」

 

 何処かあきれたようにミルアがそう言うと、木の陰から出てきたのは一人の少女。

 やや短めの髪が全体的に外へと跳ねている。釣り目がちな瞳と、僅かに笑みを浮かべた口元。その表情はいたずらっ子という感じだった。

 ミルアに生徒会長と呼ばれた少女は、その口元を、閉じた扇子で軽く隠すと、

 

「あれぇ? どうしてわかっちゃったのかな? 結構本気で隠れてたのよ?」

 

 そう言って彼女が開いた扇子には「驚愕」の二文字が描かれている。

 

「せめて熱源を消すぐらいはしてください」

 

 ミルアがそう言うと、生徒会長と呼ばれた少女は、

 

「何それ、何処の狩人? シュ○ちゃん呼ぶ? それともダ○ー?」

 

「シ○ニーでお願いします」

 

「わぉ、夢の対決ね。泥パックで準備は万端?」

 

 そんな感じでどうでもよさげなやり取りが行われた後、

 

「ところでミルアちゃんもIS学園の生徒になったんだから気軽に楯無(たてなし)先輩って呼んでいいのよ?」

 

「では、楯無先輩。何か御用ですか?」

 

 ミルアの問いに、少女、更識楯無(さらしきたてなし)は笑みを浮かべて、

 

「単刀直入に聞くわね? ミルアちゃん、貴方は何者?」

 

 その質問にミルアは首をかしげ、

 

「この学園に来た時に説明した筈ですよ?」

 

「うん、そうね。篠ノ之束博士の使いで、専用機持ち、で年齢は十歳」

 

 楯無の言葉にミルアはこくりと頷く。

 

「でもね、それだけなのよ。貴方が何処の誰で、どうして束博士といたのか、何にもわからないのよ。いくら調べても」

 

 そこまで言うと楯無は、ぱんっと扇子を閉じる。隠していた口元にはにんまりと笑みを浮かべている。

 

「もう一度聞くわね? ミルアちゃん、貴方は何者?」

 

「名前はミルア・ゼロ。これは間違いありません」

 

「年齢は?」

 

「さぁ? ただ束さんが適当に決めました」

 

「決めた? 自分の年齢わからないの?」

 

 楯無がそう言うとミルアはこてんと首をかしげ、

 

「覚えていませんから」

 

 ミルアの言葉に楯無は驚いたような表情をした。

 覚えていない、その言葉の通りミルアは何も覚えていなかった。名前も年齢も、何処で生まれ、何処で生きてきたか、どんな道をたどってきたか、何一つ覚えていなかったのだ。

 

「束さんは、怪我をしていた私を拾ったと言っていました」

 

「自分の事なのに随分とあっさりしてるのね」

 

 楯無がそう言うとミルアは首を横に振り、

 

「記憶がない事、今の私には、それをどう感じればいいのか、わかりませんから」

 

 ミルアの言葉に楯無は僅かに目を伏せる。

 

「ごめんなさいね。辛い事聞いちゃったかしら?」

 

「いえ、辛いとか、よくわかりませんから」

 

 ミルアの言葉に楯無は何処か悲しげな表情をした。

 それが何故なのかミルアにはわからず再び首をかしげる。

 そんなミルアを見て僅かに笑みを浮かべた楯無は、

 

「ねぇミルアちゃん。困ったことがあったら何でも相談してね。先輩として、年上のお姉さんとして力になるから」

 

 その言葉にミルアは「はい」と頷く。

 楯無は、うんうんと頷きながら、

 

「それで学園生活は楽しい? ルームメイトの織斑君とは仲良くしてる?」

 

 ミルアは頷き、

 

「はい。皆さんよくしてくれます。一夏さんも」

 

 そこまで言って、ミルアは「あ」と何かを思い出したように、

 

「最近、一夏さんに注意されました」

 

 ミルアの言葉に楯無は僅かに驚く。

 どうにもミルアが一夏に注意されている光景が思い浮かばなかったのだ。

 

「シャワーを浴びた後、下着姿でうろつかない事。寝るときは服を着る事」

 

 ミルアのその言葉に今度は「え?」と驚きの声をあげる楯無。

 言葉通り、ミルアはシャワーを浴びた後、下着姿でうろつき、寝るときは全裸で寝ていた。服を身につけないほうが、よく眠れる気がする。というのがミルアの理由だ。

 

「それで、今は?」

 

「寝巻を持っていなかったのですが、一夏さんがシャツを貸してくれてます。一夏さんのシャツは大きいので助かります」

 

「それ誰かに見られたり、言ったら駄目よ? 主にミルアちゃんの身の安全という意味で……」

 

 額を押さえ、ややため息交じりにそう言う楯無に、ミルアは不思議そうに首をかしげるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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05 少女たちの一端

 世界は一度変わりました。

 

 人々が望んだものではなく。

 

 変えたいと望んだ者によって。

 

 けれど思うようには変わりませんでした。

 

 そして、今また徐々に変わろうとしています。

 

 こんどは以前とは違う者たちによって。

 

 誰も望んでいない。

 

 何より彼女が望んでいない。

 

 今を否定し、変わろうとする未来も否定して。

 

 何処を目指しているのかはわからないけれど。

 

 私はできる限り彼女について行こうと思います。

 

 例え彼女にとって私が道具であったとしても、これは私の意志だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球上の何処にあるかわからない篠ノ之束の研究室。

 照明器具一つない部屋の中、空中に浮かぶディスプレイと、光の浮かぶ水槽が、部屋の壁が白であることを教えてくれる。

 窓一つなく、明かりも乏しいため扉が何処にあるのかもわからない。

 しかし、数少ない光源であるディスプレイは部屋の主である篠ノ之束を浮かび上がらせるには十分であった。

 束は自らの座るリラックスチェアごと、音もなく、くるくると回転している。

 やがて満足したのか、彼女は、その回転を軽く足で止め、

 

「ビームライフルにビームサーベル、ビームシールド。まぁ悪くはないね。シンプルすぎてセンスがあるとは言えないけど」

 

 そう言った彼女の口元には僅かに笑みが浮かんでいる。

 

「問題はエネルギーの供給元かな。全てをリアクターと直結させたら、さすがに持たないしね。それに比べ、あの子の送ってきた案は、レトロだけど、ある種のロマンだよね。さっそく作っちゃおうかな」

 

 束はディスプレイを見ながら僅かに考え込むが、やがて背もたれに深くもたれ掛る。

 しばらく、深くもたれ掛り、浅くもたれ掛りと、繰り返していたが、

 

「確かに、この私をもってしても状況は悪化している。世界が再び変化しようとしている。でもね、そんなことは絶対にさせない。そんなことになればISはISでいられなくなる」

 

 束はそう言うと椅子を一回転させ、その身を起こし正面のディスプレイを見つめる。

 

「そうだよ。その為に私は多くのモノを利用する。箒ちゃんや、ちーちゃん達でさえ」

 

 そう言って束は目を細める。

 その目にあるのは明確な怒りの感情。

 常に他者より上な態度をとっているような束は、不快感やいら立ちを表に出すことはあっても、怒りの感情を表に出すことはないと言っていい。

 今の束の表情は、親友である千冬も「珍しい」と言うであろうものだった。

 

「この世界は私たちの物だ。余所者にくれてやる気はさらさらないんだよ」

 

 束はそう吐き捨てると椅子から立ち上がり、大股で部屋の端まで歩いていく。

 すると空気の抜けたような音ともに壁の一角がぽっかりと開き、その先には部屋とは別の闇が広がっていた。

 束はそのまま、新たな闇の中へと足を進め、主不在となった部屋は水槽に浮かぶ光を残して、闇と無音の世界へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく……」

 

 ミルアはそう呟くと小さなため息をつく。

 打鉄零式を身にまとったミルアがいるのは第三アリーナ上空。

 何処までも広がる雲一つない青い空がミルアの頭上に広がっている。

 じっと見つめていると、見ているだけで心地のいい青空に吸い込まれそうになる、何処か遠近感が狂うような感覚。

 息を吸えばまだひんやりとした空気が肺を満たした。

 肺の中の空気をふうと吐き出すと、

 

「私の我が儘に付きあわせてしまって、申し訳ありません」

 

 そう言ったのは、ミルアの前方三十メートルほどにいるセシリアだった。当然その身には彼女の専用機であるブルー・ティアーズを纏っている。

 謝罪の言葉を口にはしたが彼女の眼には、そういう物は感じられない。あるのは戦意だけだ。

 何が彼女をそうさせるのか、ミルアにはわかるような、わからないような、複雑な感じだった。

 ふと、周囲に目を向ければ、アリーナの観客席には何人かの生徒が見えた。

 一夏や箒を始めとした一組の生徒たちがちらほらといる。

 

「セッシーもミルミルーも、がんばれー」

 

 なにやらゆっくりとした口調で二人を応援している少女が見える。

 やたらと袖の余る服を着ていて、手を振れば余っている袖がぶんぶんと左右に揺れている。

 そんな彼女にミルアは軽く手を振る。

 すると最初は右手のみを振っていた彼女は今度は両手を振り始めた。

 結果として彼女の左隣にいる一夏に彼女の袖が直撃することになっている。

 

「何と言いますか、緊張感に欠けますわね」

 

「そうですね」

 

 セシリアの言葉にミルアは頷きながら同意を示した。

 するとセシリアは、軽く頭を下げ、

 

「あらためて申し上げます。模擬戦を受けていただいてありがとうございます」

 

 その言葉にミルアは首を横に振り、

 

「いえ、構いません。私に何か不都合があるわけでもありませんから」

 

 事実を素直に言うミルアだったが、セシリアはミルアの言葉に苦笑を返した。

 そんなセシリアの表情にミルアは首を僅かに傾げる。

 

「二人とも準備はいいか?」

 

 唐突に響くのは千冬の声だった。

 アリーナのスピーカーを通して管制室から呼びかけているようだ。

 

「私は問題ありません」

 

 セシリアはそう口にし、ミルアも管制室に向かって頷き返す。

 

「これより、セシリア・オルコットとミルア・ゼロによる模擬戦を開始する。シールドエネルギーの下限値は公式大会の規定に基づいて二割とする」

 

 千冬のその言葉に、先ほどまで賑わいを見せていたアリーナの観客席に緊張が走る。

 僅かな無音の世界。

 セシリアとミルアの視線が交差し、そして……

 

 開戦を知らせるブザー音がアリーナに響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミルアとセシリアの模擬戦が行われる一週間前、ミルア、一夏、箒、セシリアの四名は日曜日を利用して、第一アリーナで自主訓練をしていた。

 日曜日はさすがに他の生徒も休息に使っているのか、他に第一アリーナを利用している生徒はいない。事実上貸切状態だった。

 そして自主訓練の内容は、ミルアが箒を、セシリアが一夏を叩きのめすという物だった。

 クラス代表を決める決闘に置いては、セシリア相手にそれなりに、いい勝負を見せた一夏だったが、二戦目以降はそうもいかず、間合いを詰めることもできずにセシリアに撃ち落とされている。

 箒の方は、間合いをつめてブレードで斬りかかれば、いとも簡単に腕部のブレードで受け止められ、小さな体に見合わない力で思い切り押しのけられて、態勢を崩したところにガトリングによる一斉掃射を浴びて撃墜。

 距離をとってアサルトライフルを撃とうものなら、まるで踊る様に、弾丸の殆どをいとも簡単に回避され、ガトリングによるけん制、瞬時加速での急接近、そして瞬時加速の勢いを乗せたブレードの一撃。更に止めと言わんばかりに瞬時加速を利用して地面に叩き付けられ、シールドエネルギーの多くを残した状態で気絶するという散々な有様だった。

 

「ブレード一本で世界最強になった千冬姉の凄さを改めて実感した……」

 

 一夏はそうぼやいて崩れ落ちている。

 そんな一夏を見ながら、

 

「なぁミルア」

 

「なんですか、箒さん?」

 

「どうして一夏の面倒をセシリアが見ているんだ」

 

「一夏さんの百式はブレード一本しか武器がないですからね。間合いを詰める練習にはセシリアさんが一番適任のような気がして」

 

 ミルアのその言葉に箒は顔をしかめる。

 何せ言葉の最後に「気がして」である。確証があっての事ではないのだから、箒には面白くなかった。

 

「だったらお前でもいいではないか。弾幕という意味ではお前のガトリング二丁の方が圧倒的だろう?」

 

「いえ、セシリアさんが乗り気だったので」

 

 ミルアがそう言うと、箒は「なにっ!」と声を荒げる。

 そんな箒にミルアは首を傾げ、

 

「何か問題でも?」

 

 その言葉に箒は困ったように、

 

「いや、問題というかな……あぁ、どう理解させたらいいのか」

 

 そう言って悩み始めた。

 頭を抱え、あーでもないこーでもないと悩み続ける箒を、ミルアは不思議そうに見ている。

 ミルアには箒が何を悩んでいるのかわからなかった。

 現状、箒にとってセシリアは、一夏をめぐる恋敵だ。故に一夏の面倒をセシリアが見るのが気に食わないのだ。しかもセシリアが乗り気だと聞いてますますもって面白くない。

 箒の中では、恋愛ごとに疎いミルアを利用して、しめしめと笑みを浮かべているセシリアのイメージ映像が浮かんでいる。実にいい笑顔で。

 

「ミルアさん交代しましょうか?」

 

 そう声をかけてきたのはセシリアだった。

 

「一夏さんの方はいいのですか?」

 

 ミルアがそう聞くとセシリアは苦笑して、 

 

「繰り返す訓練に置いて飽きというのは馬鹿にできませんわ。モチベーションが下がってしまえば効率も落ちますし。無論、モチベーションを維持し続ける人もいるでしょうけど、誰も彼もがというわけではありませんから」

 

 そんなセシリアの言葉にミルアは、なるほどと頷く。ミルアは割と延々と同じことを繰り返すことが多いタイプなので、セシリアの意見は貴重だった。

 そしてセシリアの提案を受けたミルアは一夏の前に立つ。

 その一方でセシリアは箒の前に立ち、二人の間に妙な空気が流れる。

 そんな空気に気が付いたのか一夏が二人の方を見ながら、

 

「なぁミルア、あれ放っておいていいのか?」

 

「正直どうしたらいいのかわかりません」

 

 そう言ってミルアは首を横に振る。

 一夏もよくわかっていないらしく「確かに」などとミルアに同意を示していた。

 箒とセシリアが時折険悪なのはお互いに一夏をめぐる恋敵だからなのだが、渦中の一夏は超が付くほどの鈍感。自分への好意は勿論、色恋沙汰そのものが壊滅的に理解できていない。

 そしてミルアは、記憶がないからなのか、そもそも小学生と変わらない見た目から考えられる年齢的に、その手の事を理解できないのか。

 兎にも角にも、この二人には収拾のつけようがなかった。

 

「訓練はじめようか」

 

 諦めの混じった声で一夏はそう言うと上空へと舞い上がる。

 

「ですね」

 

 ミルアもそう言って一夏の後を追う。

 下を見てみれば箒とセシリアは未だ硬直状態。

 セシリアと違って箒の使用する打鉄は学園の訓練機、その使用は常に順番待ちで使える時間も限られているというのにもったいない。そんな事をミルアは思いつつ一夏と対峙する。

 

「それで、どうするんだ?」

 

 一夏の問いにミルアは少し考えるようなそぶりをした後、

 

「そうですね、一夏さんには私の放ったミサイルを掻い潜って、その上で私に一撃入れてください」

 

 さらっと言ってのけるミルアに一夏は硬直する。

 

「えっと……ミサイルってあれだよな、いつか見たBT兵器……」

 

 そう言う一夏の背中を汗が伝う。六発のミサイルがミルアの意思で動き、それに追い掛け回される自分が想像された。

 しかし現実は非情である。

 零式の腰の両側、さらに両足にそれぞれ三発のミサイルポッド。合計十二発のミサイルがそこにあった。

 

「え?」

 

 そう声を漏らした一夏。

 無理もない、彼が想像していたのよりも二倍の数である。

 想像していた六発ですら危ういのに十二発。

 慌てた一夏は、

 

「ちょっと待てミルアっ! いくらなんで――」

 

 一夏が言い切るより早く、十二発のミサイルが一斉に放たれる。

 合図もへったくれもない完全な不意打ち。

 

「うおぉおおっ?」

 

 驚きの声をあげながらも一夏は回避行動に移る。と、言っても後ろに逃げるだけだが。

 無論十二発のミサイルは執拗に一夏を追いかける。

 アリーナ上空には障害物など一切ない。

 ミルアの視界に一夏が捕らえられている以上、一夏にミサイルを振り切るというのは無理な話だ。

 背後から迫ってくるミサイル群に追い立てながらもアリーナの広さを最大限利用して逃げ回る一夏。

 しかしそれでは一向に意味がない。目的はあくまでもミルアに一撃を入れることなのだ。

 しばらく逃げに徹していた一夏だったが、不意にその軌道を変える。

 一直線にミルアに向かってきたのだ。その背後にミサイルを引きつれて。

 何故か、一夏はどや顔。

 そんな一夏に対してミルアは加速。一夏に向かって。

 驚いたのは一夏だ。

 そしてミルアがすれ違う様に一夏の横を抜けていき、一夏がそれを目で追うと、そこにはミルアと入れ替わる様にミサイルが一夏に迫っていた。

 

「うおわっ!」

 

 すぐさま一夏は逃げに入る。

 先ほどと同じ状況下と思われた。

 しかし一夏は先ほどとの違いに気が付いた。

 ハイパーセンサーが捕らえたのは背後に迫るミサイルの数。

 先ほどよりも五発少ない。

 次いで捕らえたのは、一夏を取り囲むように大きく迂回してきたミサイルだった。

 

「くそっ!」

 

 一夏はそう吐き捨てると、正面から来るミサイルを斬り捨て進路を切り開いた。

 更に左から急接近してくるミサイルを横薙ぎに斬り捨てる。

 しかしよかったのは此処までだった。

 右から来たミサイルが一夏に直撃。態勢が崩れ速度が落ちたところへ残りのミサイルが殺到し、一夏は爆音と爆炎に包まれた。

 アリーナに響き渡る爆音に、箒とセシリアが驚いて、音源である上空へと視線を向けた。

 爆煙の中から力なく落ちてゆく一夏の姿が二人の目に映る。幸いなことにISは解除されていない。

 

「一夏っ!」

 

「一夏さんっ!」

 

 箒とセシリアが一夏の下へと行こうとする。

 しかし、そんな二人よりも早くミルアが落ちてゆく一夏を抱きとめた。

 

「自分でやっておいて言うのもアレですが、大丈夫ですか?」

 

「あぁ……なんとか。意識飛びかけたけど」

 

 ミルアの問いに一夏が弱弱しく答えるとミルアは「そうですか」とだけ返した。

 すると一夏は自分の状況に気が付いた。

 お姫様抱っこされている自分に。

 ミルアの身長は百四十にも満たない。平均的な男子高校生よりも高めな身長の一夏をお姫様抱っこするのは通常では不可能だが、現状ミルアはISを身にまとっている。

 それ故にお姫様抱っこが可能なのだが、問題はそこではない。

 一夏にとって問題なのは年下の小さな女の子にお姫様抱っこされているという事実が問題だった。

 要するに実に恥ずかしい。

 恥ずかしいったら恥ずかしいのだ。

 ミルアとは違い、人並みの羞恥心を持ち合わせている一夏にとっては、これはきつかった。

 

「み、ミルア、もう大丈夫だから。自分で飛べるから」

 

 何処か慌てた様子で言う一夏に、ミルアは僅かに首を傾げつつも一夏を離した。

 そして、ふと下からの視線に気が付く。

 視線をそちらに向けると、箒が凄い形相で睨んでいた。

 何故に。

 ミルアは内心でそう吐きながら首を傾げた。

 その一方でセシリアは複雑な表情でミルアを見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ、今日はミルミル一人?」

 

 生徒達でにぎわう平日の昼の食堂。

 IS学園の食堂は、様々な国から生徒たちが集まる故に、それぞれの文化や好みに配慮した、ジャンル分けなど不可能なほどの多数のメニューがある。

 食堂の広さも、相当なものだが、やはり女子高生。大小さまざまグループが、あちらこちらに点在しており、それぞれのテーブルには、多国籍な料理が並んでいる。

 多国籍故に彩も香りも様々で、人並み以上に嗅覚の優れるミルアは、まじりあった香りに最初「なにこれ?」と思っていたりした。

 そんな、ある意味カオスな食堂でミルアは一人食事をしていた。

 普段なら一夏や箒、セシリア達と一緒だったりするのだが、今日はたまたま三人ともそれぞれに用事があって、ミルアは一人で食堂に来ていたのだ。

 普段誰かといたからと言って別段さびしいわけではない。何より食堂は賑やかだから問題はなかった。

 そんな中でミルアに声をかけてきた生徒がいた。

 「ミルミル」と呼ばれて、最初ミルアは自分の事だとは思わなかった。

 しかし「おーい。ミルミルー?」と目の前で手を振りながら呼ばれては、さすがに気が付く。

 見れば、やたらと袖の余った制服に髪の一部を左右で束ねた髪型。眠いですと言わんばかりの目。全体的印象を一言で言うなら「トロそう」とミルアは内心で締めくくる。

 そんな彼女にミルアは見覚えがある。クラスメイトで、名前は自己紹介の時に聞いていた。

 

「布仏本音(のほとけ ほんね)さんでしたね。確かに私は今日一人ですよ?」

 

 ミルアが本音にそう答えると、

 

「じゃぁじゃぁ一緒していいかなー? 私も今日は一人なんだー」

 

 そう言う本音に、ミルアは頷き返す。

 ミルアの反応に本音は「えへへー」と言いながらミルアの向かいに座った。

 彼女がテーブルに置いた料理は少量のパスタとサラダ。

 恐らく、健康的でバランスのとれた食事とは言い難い料理に対してミルアは特に何も言わなかった。

 少なすぎるのではないか? という疑問はあるのだが、ミルアが食堂に来ていて学んだことがある。

 女子高生は接種カロリーを抑える傾向にあるらしい。ということ。

 無論すべての生徒が、というわけではないが、多くの生徒がそうであった。

 ミルアは気にもしないし、気づいてもいないが、IS装着時のスーツは、セパレートの水着と見た目が大差ない。故に食べ過ぎて、お腹ポッコリや、ましてやそれが脂肪に還元でもされたら自殺物である。何せISの実習の度に、そのお腹を晒さなければならないのだから。

 彼女たちの体系管理に対する執念は、通常の学校に通う女子高生以上である。

 もっとも本音の場合、それ以外の理由があるのだが、それをミルアはまだ知らない。

 

「前から思ってたんだけど、ミルミルってすんごい食べるよねー」

 

 本音の言葉に他のテーブルにいた生徒たちも、うんうんと頷く。

 ミルアの前には既に空になった皿や椀が幾つも積み重なっている。どう見ても五人分以上は平らげていた。

 恐らく本音の疑問は他の生徒たちも持っていたものだろう。

 

「何処にそれだけの量が入るのー?」

 

「お腹に」

 

「どうしてそんなに食べるのー?」

 

「お腹がすくので」

 

 本音とミルアのやり取りは、何とも言えないもので、生徒たちの疑問を完全に解消するものではなかった。

 理由自体は当然すぎることなのだが、結果としての量が尋常ではないのだから仕方ないと言えば仕方ない。

 そんなに気になることなのだろうか? とミルアは僅かに首を傾げた後、

 

「そう言えば、先ほどのミルミルというのは?」

 

 ミルアがそう尋ねると本音はフォークを片手に、

 

「ミルミルはミルミルの呼び名だよー? 嫌かなー?」

 

 そう本音に返されるとミルアは首を横に振り、

 

「いえ別に、少し懐かしいような気がしただけです」

 

 そう言ってミルアは食事を続ける。

 

「ねぇ、ミルミルは好きなお菓子とかあるー?」

 

 そう言う本音のパスタやサラダは全然減っていない。

 

「好きなお菓子ですか? そうですね、グミとか好きです」

 

「そっかー、グミかー。どんなのが好きー?」

 

「果○グミ」

 

「鉄板だねー」

 

 本音は、にへらと笑みを浮かべた後、余った袖の中から果○グミ「ぶどう」を取り出した。

 そして、それをミルアの前に置き、

 

「お近づきの印に―」

 

 そう言った本音に対してミルアは無言で本音の袖口を見る。

 その視線に気が付いた本音は、

 

「これもどうぞー」

 

 そう言って、今度は「温州みかん」をミルアの目の前に置く。

 しかしミルアは催促したわけではない。

 

「どうして服の中に大量のお菓子を忍ばせてるんですか?」

 

「お菓子とかよく食べるしー」

 

「ご飯は?」

 

「ほどほどにー」

 

 そう答える本音に、ミルアは内心で「逆では?」と思う。

 そんなやり取りを行っていると、

 

「ミルアさん。よろしいですか?」

 

 そう話しかけてきたのはセシリアだった。

 話しかけられたミルアは、口の中の食べ物を飲み込む。

 

「何ですか?」

 

 そう言ってミルアは首をかしげる。

 見ればセシリアの表情は何処か思いつめたような感じ。

 ミルアの問いにセシリアは少し、言いづらそうにしていたが、

 

「私と模擬戦をしていただけませんか?」

 

「何故?」

 

「貴方に興味が」

 

 セシリアのいう事がミルアはいまいち理解できなかった。

 模擬戦を行う事に特に問題はない。

 けれども何故なのか。

 少し考えてみると、思い当たる節があった。

 ミルアが使うBT兵器のミサイル。

 TS(束スペシャル)-03と名付けられた物だ。

 でも、それだけかな?

 ミルアはそう思い、セシリアを見てみる。

 セシリアの目を見てミルアは、気が付く。

 そこにあったのは単純な興味だ。自分と相手との力量の差に対する興味。戦ってみたいという意思。

 見覚えがある目。これは、何処までも食らいついてくる。そう思ったミルアは、セシリアの目を真っ直ぐに見たまま、

 

「模擬戦、受けて立ちます」

 

 そう言って、ほんの僅かに口の端で笑みを浮かべる。

 そんな笑みに気が付いたのは一人を除いて他には誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※シールドエネルギーの下限値は公式大会の規定に基づいて二割

 上記の千冬の発言に関しては、オリジナル設定になります。


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06 力の兆候

「戦う」という行為は好きでもないが、かといって嫌いというわけでもない。

 

ただそれを楽しいと感じるのは私自身の存在意義の為なのかよくわからない。

 

楽しいと感じることが良い事なのか悪い事なのか、それもわからない。

 

わからないことがたくさんある。私自身にも、この世界にも。

 

もしかしたら、わからないでいいのかもしれない。

 

それこそが私自身の答えでいいのかもしれない。

 

わからないまま歩き続けるのが私のあり方なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最初から全力で行きますわっ!」

 

 管制室に届くセシリアのその声と同時にアリーナを移すモニター内で四基のビットが同時に展開され、それぞれが別の軌道でミルアへと迫り、セシリア自身もライフルを構える。以前の様なビットの制御時に自分が動けないという欠点は少なからず解消している様だった。

 対するミルアは右腕にアサルトライフル、左腕に物理シールドを展開する。

 ミルアが展開したアサルトライフルも物理シールドも束が一から作り上げた物。長方形の箱に銃口とマガジン、グリップやトリガーをつけただけの様な、シンプルなデザインのアサルトライフルだが、射撃精度、連射速度、反動などが高レベルでまとめられている。長方形の箱の様な物理シールドは十分な厚みがあり強度は十分で、先端には打撃武器としても使えるような爪が二つ付いている。これと言って大きな特徴がない武装ではあるが、どれも既存の武装を上回る性能を持っている。

 セシリアのブルーティアーズは遠距離射撃型、対するミルアの現在の武装は中距離から近距離。

 必然的にミルアはセシリアとの距離を詰めようとするが、無論セシリアはそうさせまいとビットによる射撃でミルアの進路を妨害し、セシリア自身もミルアとの距離を一定に保ちながら射撃を加えていた。

 模擬戦が始まってから既に五分以上が経過しているがミルアは一方的に攻撃されている。

 

「あいつ……まさか……」

 

 管制室で千冬と一緒に観戦していた真耶は、千冬の呟きを耳にした。

 真耶は目線を千冬に向けると、

 

「あの、織斑先生、どうかしましたか?」

 

「山田先生、気づいていますか? あいつがほとんど被弾していないことに」

 

「えぇ……ミルアちゃん凄い回避技術だなぁ、と……」

 

 真耶の言うとおり、ミルアはセシリアに一歩的に攻撃されていながらも、その殆どを回避していた。セシリアの攻撃の一割も命中はしていない。おまけにその一割は左腕の物理シールドで完全に防がれてしまっている。

 そこでふと、真耶はあることに気が付いた。それはミルアの回避方法だった。

 セシリアのBT兵器であるビットによる周囲からの攻撃をミルアはほとんどその場から動かずに回避している。ある時は体を僅かに傾け、ある時は空中で逆立ち状態になり、さらにそのまま体を捻り。そしてそれでは回避しきれない物を左腕に装備したシールドで防ぐ。

 

 死角がない

 

 今のミルアにはまさしく死角がない。あらゆる方向からの攻撃に反応できている。

 そして、それに千冬は気づいており、真耶も気が付いた。

 

「まさか、ハイパーセンサーのダイレクトリンク? そんな、あれはっ!」

 

 ダイレクトリンク。

 ハイパーセンサーからの情報に一切の制限をかけることなく、膨大な情報を操縦者へと伝える行為。通常では初期設定の段階である程度の制御がかかっていて、操縦者の負担になるほどの情報は伝えられることはない。しかしミルアはその制御を意図的に行っていないようだった。

 真耶の叫びに千冬は頷き、

 

「ハイパーセンサーには文字通り死角は存在しない。だが人間の脳は、その情報処理になれていない。あたりまえだ、普段の人間の視野なんて限られているからな」

 

「織斑先生で何分ですか?」

 

「連続使用で精々五、六分と、いったところか……それ以上となると頭痛なんて物じゃないですよ」

 

 経験があるのだろうか千冬はそう言って自嘲気味に笑う。

 戦闘が始まってから既に十分近くが立っており、千冬の限界時間をはるかに超えている。

 しかし管制室でモニターできるミルアのバイタルにはなんの異常も認められない。

 

「す、すごいですねミルアちゃん。オルコットさんが攻撃を当てるには……」

 

「ミルアの隙を作り出して、その隙をつくか、あるいは反応できても対応が追いつかないほどの濃密な攻撃か……」

 

 千冬はそう呟くも現状では無理だろうと結論付ける。

 なぜなら、ビットと機体の同時制御を行っている為かセシリアのビット制御に、以前ほどキレがないからだ。そして、それはセシリア自身も自覚しているようで、その顔には焦りがはっきりと見て取れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ、どうして……」

 

 機体とビットの同時制御がうまくいかないことにセシリアは焦っていた。模擬戦開始してすぐにビットの制御に違和感を感じていた。一人で練習していた時はもっとうまくできていたのに、という気持ちが余計に焦りを大きくさせてしまう。

 おちつけ、と何度も自分に言い聞かせビット制御に意識を裂いても、何処かブレのような物が生じてしまう。

 そんな時、一瞬だがミルアと視線がぶつかった。

 まずい。

 セシリアは本能的にそう感じライフルを自身を守る盾の様に構える。

 次の瞬間ミルアのアサルトライフルの弾丸がセシリアを襲い、衝撃が全身を激しく揺らす。

 

「しまったっ!」

 

 セシリアはそう吐き捨て自分の選択が誤りだったと嘆く。

 防御行為が隙となり、ミルアが周囲のビットを振り切り一瞬にしてセシリアに接近していた。

 振り上げたシールドは、ガンッという音を立ててセシリアのライフルを上へと弾き飛ばす。次いでその場で左に一回転。勢いをつけた左足でセシリアは蹴り飛ばされる。

 

「っ!」

 

 悲鳴こそあげなかったものの、蹴り飛ばされたセシリアに無数の弾丸が襲い掛かる。セシリアの制御を離れ、滞空していただけのビットは既にミサイルで全機が撃墜され、セシリアには既に打つ手が無くなっていた。

 一瞬にして形勢は逆転され、もう終わりか、そうセシリアがそう思った時、

 

「がんばれっセシリアっ!」

 

 ハイパーセンサーは一夏の声援を拾い上げた。よく聞いてみれば一夏だけではない。見物に来ていた多くの生徒達からの声援も聞こえる。

 周囲からの声援、そして何よりセシリアの中で想い人となった一夏からの声援は、諦め、膝を屈していたセシリアをもう一度立ち上がらせた。

 

「まだですわっ!」

 

 そうまだだ。まだ手はある。

 

「インターセプターっ!」

 

 近接戦闘が苦手なセシリアは、なりふり構わず、音声認識で近接武器であるショートブレードを呼び出す。

 次の瞬間ミルアに向かって一気に加速する。

 セシリア自身が近接戦闘が苦手で、機体のブルーティアーズも機動性では近接型の百式には劣るものの、代表候補生として研鑽してきた時間があり、それによる実力がある。

 アサルトライフルによる弾幕を半ば強引に、だが最低限の被弾で潜り抜けたセシリアはショートブレードを振るう。

 一振り目はすんでの所でかわされ、二振り目も虚しく空を斬る。

 

「このっ!」

 

 諦めないセシリアの三振り目は、ミルアに回避という手段ではなく、シールドによる防御を選択させる。

 ミルアはそのままシールドでセシリアを押しのけ、距離を強引に作り、アサルトライフルの銃口をセシリアに向ける。

 

「させませんっ!」

 

 セシリアはそう声をあげると同時にショートブレードを投擲。

 ショートブレードは見事にアサルトライフルに直撃し、弾き飛ばさないまでも、その銃口を明後日の方向へとそらした。

 そしてミルアが再び狙いをさだめるよりも先にセシリアは体当たりを強行し、二機の間で激しい火花が散る。セシリアはミルアをしっかりとつかむと、体当たりの勢いのまま押し込み、そのまま急降下。自身諸共、ミルアをアリーナの地面に叩き付ける。衝撃で砂埃が舞い二機の姿を覆い隠す。観客席の生徒たちが一瞬息を飲むも、次の瞬間、砂埃の中からセシリアが飛出し、

 

「これでっ!」

 

 ブルーティアーズのからミサイルであるビットの五番機六番機が放たれ砂埃の中へと突入。激しい爆発が再び砂埃を舞い上げ、アリーナ内に広がる。

 一連の攻撃でミルアとセシリアのシールドの損耗率は逆転し、セシリアが優勢となる。

 しかし無手となったセシリアは、砂埃に覆われたミルアを警戒しつつも、投擲したショートブレードを拾おうと地面へと降下した。

 無事にショートブレードの下までたどり着き拾い上げようとした瞬間、砂埃を穿ち、一発の弾丸がセシリアに直撃する。

 一発にも関わらず、ソレはブルーティアーズのシールドを大きく削り、そのすさまじい衝撃がセシリアを転倒させる。

 

「なにがっ?」

 

 突然の事に驚きつつも立ち上がろうとするセシリアを二発目、三発目が襲う。

 セシリアは立ち上がることも許されず、弾丸に叩き飛ばされ地面を転がってゆく。

 四発目、五発目もセシリアに直撃し、観客席からは短い悲鳴があがる。それほどまでに直撃した際の音がアリーナに響き渡るのだ。

 砂埃が晴れていき中にいたミルアの姿があらわになる。その右手にはシールドを装備したまま、左腕には大型のリボルバーカノンが腕と一体となる形で装着されていた。

 ガコンという音と共にリボルバーカノンが途中で折れ、シリンダーから五つの空薬莢が排莢される。ガタンガタンと音を立てながら地面に薬莢が落ちる中、空になったシリンダーに光の粒子が集まり、次の瞬間には新たな五発の弾丸が装てんされていた。

 大きな音を立てながら、折れていたリボルバーカノンが元に戻り、ミルアは無言で、未だに倒れ動かないセシリアに銃口を向ける。

 しかし、発砲することなく、ミルアは管制室に視線を向ける。

 するとアリーナのスピーカーから千冬の声が響き渡る。

 

「そこまでっ! ブルーティアーズのシールドエネルギーは残るもののセシリア・オルコットの意識喪失により、模擬戦の勝者はミルア・ゼロとする」

 

 何とも言えない終局に観客席からは声も上がらない。

 そんな中、ミルアは武装を量子化し、セシリアの下へ歩み寄り、その体を抱きあげる。そして観客席を見渡し一礼すると言葉なくピットへと戻っていく。

 そんなミルアへ、遅れたように多くの拍手が観客席から送られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……?」

 

 医務室のベッドの上で、意識を取り戻したセシリアの視界いっぱいに映ったのは、ミルアの顔だった。

 

「大丈夫ですか?」

 

 ミルアの表情はいつもの無表情だが、その声は僅かにトーンが落ちている。

 セシリアは笑みを浮かべて、

 

「大丈夫ですわ」

 

 そう答えた。

 

「そっかよかった」

 

 そう声が聞こえ、セシリアはそちらに視線をむける。そこには、胸をなでおろしたように安心する一夏がおり、その隣には一夏と同様の箒がいた。

 

「ご心配には及びませんわ。そんなに軟な鍛え方はしてませんから」

 

 セシリアのその言葉に一夏は苦笑し、

 

「だよな。やっぱ代表候補生って凄いんだな」

 

 その一夏の言葉にセシリアは嬉しくて僅かに頬を染める。この際、一夏の隣で憮然としている箒は無視する。

 するとミルアがセシリアにぺこりと頭を下げて、

 

「途中からムキになりました。申し訳ありません」

 

 そんなミルアにセシリアは首を横に振り、

 

「謝る必要はありませんわ。模擬戦とはいえ真剣勝負。ムキになってもらわなくては困ります」

 

 セシリアの言葉に「そうなんですか?」とミルアが疑問の声をあげるとセシリアは笑みを浮かべて「そうなんですよ」と口にする。セシリアは「それに」と続け、

 

「わたくしの全力は貴方をムキにさせるほどだったということでしょう?」

 

 セシリアがそう言うとミルアは僅かに考え込んで、

 

「そうですね」

 

 と短く答えた。

 その言葉にセシリアは満足そうに頷く。

 

「さて、長居してセシリアを休ませないわけにもいかないし、俺たちは寮に戻るよ」

 

 一夏の言葉にセシリアは名残惜しそうに、

 

「そうですね。今はゆっくり休ませてもらいますわ。すぐに復帰しますので待っていてください」

 

 セシリアがそう言うと一夏は笑みを浮かべて手をあげ、ミルア共々そのまま医務室を後にする。

 しかし箒だけがドアの前で立ち止まる。

 セシリアが不思議に思い、箒の背中に視線を向けていると、不意に箒は振り返り、

 

「最後の方で、お前がミルアに近接戦闘を挑んだ時、あの時のお前の姿、かっこよかった」

 

 箒は何処か照れくさそうに、そう口にする。

 そんな箒にセシリアはキョトンとしていると、

 

「あの場にいた誰もが抱いた感情だと思う。それに誰かの戦う姿に憧れを感じたのは千冬さん以来だったよ。さすがイギリスの代表候補生セシリア・オルコットだな」

 

 箒はそう言うと足早に医務室を出ていく。

 しばらく閉じたドアを不思議そうに見ていたセシリアだったが天井を見上げる。

 その頬を涙がつたい、

 

「悔しいのか、嬉しいのか……よくわかりませんわ」

 

 そう言ったセシリアの顔には確かに笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ座れ」

 

 千冬にそう言われ、ミルアは千冬の向かいに座る。

 場所は生徒指導室。千冬に呼び出されたミルアは寮に戻らず、そこに来ていた。

 何の用だろうとミルアが思っていると、

 

「ハイパーセンサーのダイレクトリンクを行っていたようだが、体に不調はないか?」

 

 千冬にそう尋ねられたミルアは小さく頷いた。

 そんなミルアを見た千冬は小さく息を吐き、

 

「束の奴からお前がダイレクトリンクできることなんかを聞いていたが、ここまでやるとはな」

 

 そう言ってやれやれと言わんばかりに首を横に振る。

 

「まずかったですか?」

 

 ミルアがそう尋ねると、

 

「いや、別にそんなことないさ。それに傍から見ていてわかるような物でもないしな」

 

 千冬はそう言ってから「ただ……」と続け、

 

「体の負担になるようなことはするな。それを見た馬鹿どもが真似をしても困る」

 

 そう言ってミルアを軽く睨む。

 ミルアはそれを特に気にするふうでもなく、

 

「具体的には?」

 

「そうだな、わかりやすいので言えば、瞬時加速の連続使用、特に連続使用による急激な方向転換だな。骨が砕けて自滅する」

 

 千冬のその言葉にミルアは無言を通す。

 そんなミルアを千冬は訝しげに見て、

 

「お前、やったことがあるのか?」

 

「あるのか? と聞かれれば答えはイエスです。付け加えるなら問題なく行えます」

 

「まったく、どういう体の構造をしているんだお前は」

 

「そういう体です」

 

 千冬の言葉にミルアは淡々と返す。

 しかし不意に首をかしげ、

 

「束さんからはどれほど聞いているのですか?」

 

「色々だよ。お前ができる事とか……あぁそう言えば最後にわけのわからないことを言っていたな」

 

 千冬がそう言うとミルアは再び首を傾げる。

 思い出すように千冬は、

 

「お前の事を『過去を無くした哀れな魔法少女』なんて言ってたぞ」

 

 そう言って千冬は「わかるか?」とミルアに尋ねるもミルアは首を横に振り「いいえ」と答えた。

 そんなミルアに千冬は苦笑し、

 

「あいつのいう事は基本わけがわからないからな。どこまで素直にとっていいのか正直わからん」

 

「そうですね」

 

「お前も苦労したか」

 

「人使いが荒い人ですから」

 

 ミルアの言葉に千冬は声を殺して笑う。そして何処か優しげな笑みを浮かべて、

 

「とにかく、さっきも言ったが体の負担になるようなことはするなよ。お前の体はまだまだ成長していくんだ。体に負担をかけて成長の妨げになっては困るからな」

 

 千冬の言葉にミルアは素直に「わかりました」と答えた。

 

 

 

 

 

 もし束がこの場にいたら二人の会話に笑い声をあげたであろう。

 

 

 

 

 

 そんな心配は人形には無用なのにね、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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07 零から積み重ねるもの

 書物などでは、再開という物は、何処か感動的に書かれていたりする。

 

 けれど当然ながら、そんな物ばかりではない。

 

 思い出が消えてしまった私にっては再会と呼べる人達との接点なんてわりとつい最近の物ばかりで、そのどれもが良好な出会いとは呼べないものばかりで。

 

 そう考えれば、その後の再開の結果なんてものは自業自得と言えるのかもしれない。

 

 だけど、それでも、思い出を無くしてしまったからこそ、今日までの覚えていることは全てが大切で、これからの積み重ねていく思い出も大切で。

 

 どんな再開も出会いも、私は全て受け入れたいと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「織斑君、お引越しです」

 

 ミルアと一夏の部屋を訪れた真耶の一言。

 突然のその発言にミルアも一夏もわけがわからず頭上にクエスチョンマークを浮かべる。

 ミルアはすっと手をあげると、

 

「真耶さん説明を」

 

 ミルアがそう口にすると真耶は「ああ、そうですね」といい、

 

「実はですね、織斑君の一人部屋がやっと確保できました。ですので織斑君にはそっちに移ってもらいます」

 

 いやぁ苦労しました、と付け加える真耶は何処かやり遂げたような顔をしていた。それは無理もない。IS学園は、その性質上、世界各国から生徒たちが集まっており、当然のことながら宗教や、国の文化を背景とした価値観なども様々だ。その生徒達を、問題がおきないように相部屋に振り分けるというのは、相当な苦労なのであろう。部屋の振り分けを一手に引き受けていた真耶が体力的に精神的に消耗するのは無理もない事。そして、それをやり遂げたとなれば、やり遂げたような表情も当然のことと言える。

 しかし、そんな真耶の事情をミルアや一夏が知るはずもなく、

 

「えぇと、俺としてはこのままでいいんですけど」

 

 一夏の言葉に真耶は「え?」ときょとんとした様な顔をする。

 

「むしろ今のままがいいんですけど」

 

 現状維持を望む一夏の言葉に真耶は混乱する。

 一夏の言葉はどういう意味なのか。わけがわからない。とりあえず理由を聞こうと真耶は、

 

「えぇと……どうしてですか?」

 

 困ったような声色で真耶はそう尋ねる。

 すると一夏は頭をかきながら、

 

「いえ、ミルアと一緒の部屋がいいんですよ」

 

 一夏のその言葉に真耶は絶句しギギギを音を立てるかのようにミルアを見る。

 そんな真耶にミルアはこてんと首を傾げる。

 すると部屋のドアがバタンっを音を立てて開かれた。そして部屋の中に箒がずかずかと入ってきて、

 

「い、いいい、一夏っ! 今の発言はどういう事だっ! 説明しろっ!」

 

 そう言って一夏の胸倉をつかみぐらぐらと揺らす。

 

「そ、そうですよっ! 織斑君っ説明してくださいっ!」

 

 真耶もうんうんと頷きながらそう口にする。

 

「え? え? てか箒はなんで?」

 

 がくがくと揺さぶられながらも一夏がそう言うと、

 

「たまたま、通りかかったら一連のやり取りが聞こえただけだっ! そんな事よりも、せ、つ、め、い、しろっ!」

 

 箒はそう口にしながら一夏の胸倉をつかむ手に力を込める。僅かに一夏が爪先立ちになっているのはどうでもいいことだろうか。

 

「い、いやな、ミルアってなんかほっておけないんだよ。シャワー浴びた後とか頭をちゃんと拭かずに自然乾燥させるし、綺麗な髪してるのに全然手入れしないし。小さい時からそんなことしてたら駄目だろ? 他にも所々抜けているというか、なんか普段の千冬姉と被るところがあってだな……」

 

 一夏がそう説明すると、箒はしぶしぶという感じに手を離し、

 

「そういう事は先に言え」

 

「どのタイミングでっ?」

 

 箒の言葉に一夏は思わずツッコミをいれる。

 一夏の説明に真耶も納得したようで、ミルアの前に屈み目線を合わせると、

 

「ミルアちゃんも自分の事はちゃんと自分でしなくちゃ駄目ですよ?」

 

「一夏さんにやっていただけると楽なんですが」

 

 そんなミルアの発言に一夏は困ったように、

 

「率先して世話やいておいて言うのもアレだけど、やっぱりある程度はできるようになった方がいいぞ? 千冬姉みたいに嫁の貰い手を心配されるような大人になっちまうから」

 

 本人がいないのをいいことに一夏はぶっちゃけた。

 そして一夏は少し考え込むと、

 

「やっぱり俺とミルアは別の部屋の方がいいかもしれないな」

 

「そうだな。一夏の話を聞いて私も心配になってきた。ミルアの自主性の為にも一夏とミルアは別々の部屋がいいだろう。その上で定期的に様子をみればいい」

 

 箒はそう言って自分の案にうんうんと頷く。

 するとミルアがすっと手をあげて、

 

「私の意見は……?」

 

 ミルアの言葉に箒はミルアに視線を向け、

 

「言ってみろ」

 

「楽したいです」

 

「却下だ」

「却下です」

 

 ミルアの意見は箒と真耶によって即効で却下された。

 二人の答えにミルアは気づかれないように舌打ちする。

 本当に面倒くさいんだけどな。と内心でぼやく。

 

「で、私も一人に逆戻りですか?」

 

 ミルアは、そう真耶に尋ねる。

 すると真耶は首を横に振り、

 

「いえ、実は二組に編入生が来るのですが、その子と相部屋になります」

 

 真耶の言葉にミルアは首を傾げ、

 

「編入生ですか?」

 

「はい、なんと中国の代表候補生ですよ」

 

 真耶の言葉に一夏と箒は「へぇ」という反応を示すが一方のミルアは何の反応も示さない。

 そんなミルアが気になったのか真耶は、

 

「ミルアちゃん、どうかしましたか?」

 

「いえ、嫌な予感がしただけです」

 

 そう言ってからミルアは、まぁ大丈夫だろう、と思うも、現実は非情というのは案外本当の事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青空の下、アリーナには一組の生徒たちが整列していた。基本的に、生徒たちの並びは名簿順ではあるがミルアだけは特別で一番先頭に立っている。理由としては至極簡単で、名簿順にミルアを配置すると背の高さの問題で完全に他の生徒の中に埋もれてしまうのだ。故にミルアだけが先頭に立っている。

 そんな生徒たちの列の前に向かい合う様にして千冬と真耶が立つ。二人とも普段と変わらない恰好をしていることからISを装着する予定はないようである。

 

「専用機持ちは前に出ろ」

 

 千冬の言葉にミルアと一夏、セシリアが前に出る。

 ISの実習に向けての参考として専用機持ちが選ばれているのであり、それを理解しているのであろうかセシリアは堂々と、一夏はやや緊張気味に、ミルアはいつも通り飄々と。

 

「展開しろ」

 

 主語を省いた千冬の一言ではあるが三人とも、その言葉がISの展開を意味していることは理解できていた。

 千冬の指示通りに三人はISを展開する。展開速度順にセシリア、ミルア、少し遅れて一夏。

 一夏は白式の受領直後に比べれば少しは展開速度が早くなっている。

 しかし、

 

「織斑、遅い」

 

 千冬にばっさりと斬られて一夏は僅かにへこんだ。

 別段、千冬は一夏が努力を怠っているとは思っていないが、遅いものは遅いのだ。それに千冬はそれなりに評価はしている。口にしないだけで、他の生徒たちにしても、それは同様だ。現在の二年生、三年生はそれを知っている。

 彼女ら曰く「口は厳しいがちゃんと見てくれている」とのこと。

 なんにせよ、それを知らない一夏はへこんだ。

 

「次、武装展開」

 

 今度はミルアが一番に武装を展開、直立不動の状態で両腕に腕と一体型のリボルバーカノンが展開される。先日のセシリアとの模擬戦で、セシリアの意識を刈り取った物だ。

 次いでセシリア、展開時間は問題はなかったが、

 

「オルコット。お前は何を撃つつもりだ」

 

 とは、千冬の一言。

 セシリアは自慢のライフルを腕を横に伸ばした形で展開していた。様にはなっているが、千冬の言うとおり「何を撃つつもりだ」である。見た目優先な結果だが、これもイメージには重要と、セシリアは口にする。確かにISに関しては操縦者のイメージが重要になってくる。ISその物の展開は元より、武装の展開や「飛ぶ」という行為もイメージが重要になってくる。

 そう考えればセシリアの言葉は間違っていないのだが、真横にライフルを展開するというのは実戦向きとは言えない。

 千冬の「直せ」という容赦ない一言にセシリアはしゅんとする。

 最後はやはり一夏で展開の仕方は問題無いもののやはり「遅い」と千冬の一言をもらうことになった。

 

「次、三人とも飛べ。目標は上空二百メートル」

 

 千冬の言葉が終わると同時に三人は一斉に上昇する。

 出だしこそ、同時であったが、加速力の高いミルアの打鉄零式が最初に上空二百メートルに到達、次いでセシリアのブルー・ティアーズ、最後はやはり一夏の白式だった。

 本来の機体スペックで言えば白式の加速力はブルー・ティアーズよりも上で打鉄零式と同等のはずである。

 しかし一夏は未だ飛ぶと言うイメージが明確ではないのか、うまく白式の性能を引き出せずにいた。

 

「模擬戦などではちゃんと飛べてるんですけどね」

 

 ミルアが、ぽそりとそう言うと一夏は「うぐっ」と呻き、

 

「その時は無我夢中というか……改まって飛ぼうとするとイメージが……だいたいなんだよ、自分の前方に角錐を展開させるイメージって……」

 

「あくまで、それは一例ですわ。自分のやりやすいイメージを模索する方が賢明ですわ」

 

 一夏の呻きにセシリアは苦笑しながら答えた。

 ふと、一夏はミルアに視線を向け、

 

「そういえばミルアはどうイメージしてるんだ?」

 

 一夏の問いにミルアはこてんと首を傾げ、

 

「さぁ?」

 

「いや、さぁ……って」

 

「束さんに、じゃぁ飛んで、と言われて特に考えもせずに飛んでそれ以来ですから」

 

 ミルアの答えに一夏が「何だそれ」と反応しているとセシリアは少し考えこむようにして、

 

「恐らく最初の経験から、ISは飛べて当たり前、という概念がしっかりと根付いたのでしょう。だから、それ以降、特にイメージすることなく飛べるのでしょうね」

 

「そんなことありえるのか?」

 

 セシリアの考えに一夏が疑問を呈すと、

 

「普通の人間は、ただ歩くことにイメージなどしないでしょう? ごく当たり前に何も考えることなく歩けますわ。要するにそういうことです」

 

 セシリアのその言葉に一夏は納得したのか小さく頷いた。

 すると下から千冬が、

 

「織斑、お前だけもう一度だ。降りて来い」

 

 千冬の言葉に一夏は「うへぇ……」と漏らしつつも従い、一度地面に降りる。

 そんな一夏をミルアとセシリアは見送る。

 一夏が地面に降りて再び飛ぼうとした時、

 

「一夏さん。ここまで来てください」

 

 ミルアがそう言って両腕を広げた。

 そんなミルアの行動に一夏がきょとんとしていると、

 

「余計なことは考えず。私の下へたどり着く。その結果だけをイメージしてください」

 

 ミルアの言葉に一夏が困惑していると、それを聞いていた千冬が、

 

「織斑、やってみろ。ISが……白式が、答えてくれるはずだ」

 

 千冬に言葉に一夏は頷き、ミルアの言うとおり結果だけをイメージする。

 

「うわっ!」

 

 先ほどとはうって変わっての急上昇。一夏は思わず声をあげ、ブレーキなしでミルアに頭から突っ込んでいった。

 ある程度予想していたのか、ミルアは慌てることなく一夏を受け止める。双方ともにシールドエネルギーが僅かに減少するも、それ以外特に問題はなかった。

 ミルアは一夏を抱きとめたまま、

 

「ちゃんと飛べましたね」

 

「あぁ、何とか……」

 

 突然の事に一夏は呼吸を整えつつ顔をあげる。

 

「あ……」

 

 思わず一夏は声を漏らし、そんな一夏にミルアは不思議そうに首を傾げる。

 大きくて吸い込まれそうな赤い瞳に見つめられて、一夏は狼狽えながらも、

 

「わ、悪い」

 

 そう言ってミルアから離れる。

 

「あの程度、問題ありません」

 

 しれっと、そう答えてからミルアは下にいる皆に視線を向ける。

 

「三人とも次は急降下と完全停止だ。目標は地表から十センチ」

 

 千冬が次の指示を出してきた。その隣で箒が、何故か一夏に向かって怒鳴っているが次の瞬間、千冬が出席簿を振り下ろして撃沈させる。

 それを見て苦笑する一夏だったが、小さく「よし」と意気込むと、ミルアに向かって片手をあげ、

 

「先に行くよ。なんか、やれそうな気がする」

 

 そう言って急降下していく一夏だったが、結果としては思わしくなかった。

 出だしこそ良かったが、迫る地面に恐怖心が先走り、早い段階でブレーキをかけてしまったのだ。結果は地表から一メートル。

 自信があったであろう一夏はその結果にがっくしと項垂れる。

 その後、ミルアとセシリアも急降下と完全停止を行い、二人とも問題なく成功させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分とすっきりしましたね」

 

 授業が終わったその日の夕方、一夏とその荷物が無くなった部屋でミルアはそう口にした。

 元々二人部屋なうえにミルアの荷物がすくないのだから、そう思うのも無理はない。

 しかしそれも一時的な物で今晩にも中国の代表候補生がやってくるらしい。

 どうにも嫌な予感がする。

 ミルアはそう思いつつベッドに腰掛ける。

 中国の代表候補生と聞いてミルアが思い出すのは二人ほど。

 以前、束の命令で、中国へ赴き、とある施設で大暴れしたのだが、そこへ現れたのが代表候補生の二人だった。それぞれが専用機を身にまといミルアを制圧するために駆け付けたのだが、結果としてミルアはその二人を返り討ちにしたのだ。

 それ故の嫌な予感。

 あの二人の内のどちらかが来たら面倒なことになりそうだな。

 と、ぼんやりと考える。

 ふと、部屋に近づいてくる気配を感じた。少しして扉をノックする音。

 

「あけたくない」

 

 思わずミルアは小さくそう漏らした。

 嫌な予感がマッハで加速する。

 再びドアがノックされる。

 

「あれ? いないのかな?」

 

 ドアの向こうの人物がそう口にする。IS学園の生徒なのだから当然、少女である。

 仕方ないとミルアはドアに近づくと、

 

「います。今開けます」

 

「何よいるんなら早く開けなさいよね。こっちは長旅で疲れてるんだから」

 

 ドアの向こうの少女にそう言われたミルアは渋々ドアをあける。

 だが内心ではため息をついていた。

 少女の声、口調に覚えがあった。

 間違いない彼女だ。

 扉の向こうにいたのは高校生にしては小柄な少女だった。栗色の髪をツインテールに結わえ、改造をしているのだろう肩を出した制服を着ている。手にしているのは少し大きめのボストンバッグ。彼女の荷物はそれだけのようで、周囲にも荷物らしきものは見当たらなかった。

 そんな少女はあらかじめ用意していたのであろう、ドアが開くと同時に、

 

「今日からルームメイトになる中国の代表候補生、凰鈴音よ。よろし―――」

 

 八重歯をのぞかせながら自己紹介を始めていた彼女であったが、ミルアを視界に納めて言葉を途切れさせた。始めは驚愕に目を見開き、次いで眉を寄せてキッとミルアを睨み付ける。

 

「あんたはっ!」

 

 鈴音と名乗った少女のその言葉にミルアは「あ、ヤバイ」と思う。

 手にしたボストンバッグを振り上げる鈴音を、ミルアは冷静に見上げる。

 次の瞬間、バッグは勢いよく振り下ろされるも、ミルアはそれを一歩後ろへ下がることにより回避した。

 ドンっ、と大きな音がしてバッグが床に叩き付けられる。

 

「このっ!」

 

 鈴音は舌打ちした後、尚もバッグを振り回す。

 ぶぉんぶぉんと音を立てながら振り回されるバッグ。

 服を始めバッグには必要最小限の物しか入っていない。それでも大きな風切り音が鳴るあたり鈴音が相当な力で振り回しているのがよくわかり、当たれば相当に痛いというのがよくわかる。

 小さい体でよくやる。とミルアは自分の事を棚に上げた感想を抱きつつも、振り回されるバッグを一歩二歩と下がりながら避け続ける。

 やがて壁際まで追い詰められたミルアだったが鈴音がバッグを振り上げる際に、その脇をすり抜けて背後に回る。

 

「あぁ、もう! くそっ! ちょこまかとっ!」

 

 後ろへ回られた鈴音は、室内にもかかわらず、すばしっこく回避し続けるミルアに汚く吐き捨てる。鈴音も、すばしっこさには多少の自信はあるのだが、鈴音より体の小さいミルアは、それを軽く上回っている。

 バッグの紐を握りしめた鈴音は、ミルアに後ろ回し蹴りを見舞う。

 しかしミルアがわずかに後退することで鈴音の足は、ミルアの鼻先を素通りした。

 鈴音が空ぶった足を戻す隙に、ミルアはさらに後ろに下がって距離を取ろうとする。

 そんなミルアに鈴音はただの一歩でミルアとの距離をつめる。

 狭い室内ではミルアの小さな体はすばしこく動けるが、距離を詰めるという点においては、歩幅の大きい方が有利だ。ましてやミルアが下がろうにも、いずれ壁に阻まれてしまうのだから。

 そして鈴音が繰り出したのはバッグでも足でもなく掌底。

 素早く迫るそれは、ミルアが首を軽く傾けたことで頭部を掠めるにとどまる。

 髪の毛を数本持っていかれるもミルアがそんな事を気にするはずもなく、一歩前へ踏み出したミルアは鈴音の腰に抱き着いた。

 

「んなぁっ?」

 

 ぽーん、とブリッジの要領で鈴音はミルアに放り投げられてしまった。

 驚きの声をあげながら放り投げられた鈴音をしり目に、ミルアは内心でしまったと思う。

 鈴音の攻撃に対してつい反撃行動をとってしまったのだ。

 しかし、いくら後悔しても、鈴音は背中からドアに向かって飛ばされている真っ最中。

 普通に考えればドアに直撃するところだが、タイミングを合わせたようにドアが開いた。

 そのドアを開けた人物は、目の前に迫る鈴音の背中を見て、声をあげるとか表情を変えるよりも先に鈴音を避ける。大抵の人間は鈴音が直撃していてもおかしくない。ドアを開けた人物の優れた反射神経が本人を救ったのだ。

 一方の鈴音は廊下に投げ出され、大の字になる形で気を失ってしまった。

 ドアを開けた人物は、そんな鈴音を黙ってみていたが、

 

「えぇと……とりあえずこの子、部屋にいれちゃいましょうか」

 

 そう言って、ドアを開けた更識楯無は困ったような表情をミルアに向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、どうしてこうなったの?」

 

 気絶した鈴音をベッドに寝かせた楯無はミルアに尋ねる。

 ミルアは今まで学園で特に問題を起こしてはいない。そんなミルアが同室になったばかりの人物と揉めるというのはどうにも不思議だった。ちょっとそりが合わないとかなら十分あり得るが、だからといっていきなり肉体言語行使でもめるというのはいきなりすぎる。

 

「先に殴り掛かったのはどっち?」

 

 そう言って楯無が広げる扇子には「調停」の二文字。

 そんな楯無の言葉にミルアは無言で鈴音を指差す。

 ミルアの反応に楯無は、うんうんと頷いた。そうだろうなと思っていたのだから。

 

「なんで殴り掛かられたかわかる?」

 

 楯無はミルアにそう問いかける。

 一番の謎は理由だ。

 楯無は生徒会長という立場やその他の事情で編入生である鈴音の事はある程度知っている。

 中学の三年生からISを学びはじめたったの一年で代表候補生まで上り詰めたとんでもない努力家。そして一夏とは小学五年生から中学二年生まで同級生。

 そんな鈴音がどのような理由でミルアに殴り掛かったのか。

 

「もしかして織斑君がらみ?」

 

 楯無の問いにミルアは首を横に振る。

 ありゃ? 違った? と思う楯無に、ミルアは、

 

「以前、中国で一悶着ありました」

 

 ミルアの言葉に楯無は少し驚く様に、

 

「中国で? どうして?」

 

「束さんの命令で。その際に邪魔をしたのが彼女と、もう一人の代表候補生です」

 

 束の命令というのが、楯無としては気になるが「天災」と呼ばれる者の事情に迂闊に首は突っ込むべきではないと、今は保留にしておく。

 

「ミルアちゃんはその時どうしたの?」

 

「邪魔なので叩きのめしました」

 

 ミルアの答えは実にわかりやすいものだった。

 しかし楯無としては、それで十分だった。

 というのも楯無は独自の情報網でミルアが各国で行っていた破壊工作について、その一部の情報を持っていた。

 そして、その情報からわかったことは襲撃された国、およびそこにあった施設はIS関連で何かしらの違法な研究を行っていたという事だ。

 十中八九、篠ノ之束の癇に障ったのだろう。そして彼女の手足としてミルアが動いていたのだろう。

 また、各国が大手を振って篠ノ之束とミルアを非難できない理由がそこにあった。

 違法な研究を行っていて、尚且つ、その詳細を掴んでいるであろう彼女たちを刺激したくなかったのだ。

 下手に刺激して研究内容をばらされれば、どれほどの損害を被るかわからないのだから。

 結果として彼女たちは好き放題に動いて、しまいには実行犯であるミルアは悠々と学生生活である。

 むろん各国の留学生にはミルアの情報を仕入れるように、それとなく話はいってあるだろう。

 

「ふぅ……」

 

 楯無はかるくため息をつくと、

 

「生徒会長としては過去の事は水に流して、ミルアちゃんと鈴音ちゃんには仲良くしてほしいんだけどな。せっかくルームメイトになったんだしね?」

 

 楯無はそう言って笑みを浮かべて軽く首を傾げる。その様子はかなりの確率で男が一撃を受けるものだろう。いや、男でなくとも多少はダメージを受けるようなものだった。

 

「善処します」

 

 しかし、そこはミルア。頷きと一言で済ませてしまった。 

 別に何も感じなかったわけではない。綺麗だな、とか、そのあたりの感想は抱いたものの、そういった感情が顔にあらわれないだけなのだ。

 

「う……ん……」

 

 ミルアが楯無の提案を受け入れると、それに合わせるように鈴音が目を覚ましたようだ。

 そんな鈴音に楯無は、

 

「あら、お目覚め?」

 

「いったた……いったい何が……って、なによっ! これっ!」

 

 軽く頭を振ってから、痛む腰に手を伸ばそうとして鈴音はあることに気が付いた。

 

「なんで縛られてるのよっ!」

 

 そう、鈴音は縛られていたのだ。しかも卑猥な縛り方で。亀の甲羅的な。

 

「ちょっと、何よこのしばり方はっ! ふざけんなっ!」

 

 鈴音がそう抗議すると楯無は残念そうに、

 

「そんなぁ、お姉さんの渾身の出来なのに」

 

「あんた変態かっ!」

 

「ちがうわ。お年頃だもの。色んなものに興味があるんだもん。貴方だってその縛り方知ってるんでしょ?」

 

 わざとらしく、しなを作って楯無は自分が変態であることを否定する。

 そして知識があることを指摘された鈴音は顔を赤くして、

 

「知ってるのと、実際にやるのは違うでしょうがっ!」

 

「まぁ、ヤルだなんて、なんてエッチな」

 

「きぃぃぃぃっ! いらいらするぅぅっ!」

 

 鈴音の抗議に対して楯無はことごとく茶化して返す。

 そして楯無は、にんまりと口元をゆがめて、

 

「でも貴方、体の肉付が足りなくてお姉さん的には残念。強調されるべき場所があんまり強調されていないんだもの」

 

 主に胸的な意味で。

 楯無の言葉の意味に気が付いた鈴音はわなわなとふるえる。

 胸のボリュームが乏しいことは本人が一番気にしていることだ。

 背の低さや細身なところは、可愛らしいという事で自身でも誇れるところだが、唯一、胸だけが足りないのだ。それさえ、それさえあればと日々嘆いているし。雑誌を読み漁っては、胡散臭いバストアップ方法などを試してみた。

 成果など皆無であったが。

 故に鈴音はブチ切れそうになっていた。

 例え体の自由が利かずとも、専用機を持っている以上、すぐにでも展開して強引に縄を引きちぎれる。

 しかし楯無が先ほどと、うって変わって冷たい目つきと声色で

 

「駄目よ。例え代表候補生で専用機持ちだとしても学園内でのISの無断使用は禁止されているわ。何よりこんな学生の戯言のあげくに感情任せにISを展開するなんてのは論外。自分が持つ力、その責任を自覚なさい」

 

 ISを展開しようとした鈴音だったが、諌めてきた楯無に、びくりと体を強張らせる。

 一瞬にして部屋の温度が下がっていくような錯覚。

 鈴音がごくりとつばを飲み込むと、

 

「あの、さっきから気になっていたのですが、その縛り方がどうしたのですか?」

 

 全く空気を読まないミルアの素朴な疑問。

 小さく手をあげて質問してきたミルアに楯無は、冷たい態度を一気に氷解させて、

 

「あのね、ミルアちゃん。このしばり方は、き――」

 

「子供に変なこと教えるなぁぁっ!」

 

 楯無の暴挙に鈴音は縛られたまま、ベッドの上で芋虫の様にのた打ち回る。 

 しかし楯無はにんまりと笑みを浮かべたまま、

 

「私思うの、正しい知識を早いうちから与えるべきじゃないかって」

 

「限度があるでしょうが、げ・ん・ど・がっ!」

 

 まったくもって手ごたえがない楯無に鈴音が、ふしゃー、と怒気をあげて抗議すると、

 

「珍しいな、凰。私も同意見だ」

 

 全くの第三者の加入に、鈴音と楯無はそろって「え?」と声をあげる。

 次の瞬間、空気を裂く音と共に出席簿が、楯無の頭めがけて振り下ろされた。

 それを楯無は、ぎりぎりの所で手にした扇子で、受け止める。

 しかし、その顔には冷や汗がだらだらと流れていて、

 

「お、織斑先生、どうしてここに?」

 

 楯無の言葉に、千冬はさらっと涼しい顔で、

 

「私は寮長だろう? 何処の部屋が騒がしいとかの苦情は私の所にくるんだよ」

 

 千冬の声色は優しげだが目が笑っていない。正直怖い光景だ。

 その光景に鈴音はがくがくと震えている。

 

「凰、再会の挨拶でもしたいところだが、先にこの馬鹿を片づけてくる」

 

 そう言って千冬は楯無の首根っこを掴んだ。

 

「え?」

 

 千冬の動きを追えなかった楯無は驚愕の声をあげるも、そのまま千冬にずるずると引きずられて部屋から出ていく。

 そんな二人を見送っていた鈴音は、ミルアの方へと視線を向けると、

 

「とりあえず、この縄、ほどいてくんない?」

 

「はい」

 

 鈴音に言われ縄をほどこうとしたミルアだったが、どうにもほどき方がわからない。仕方なく、ミルアは縄を強引に引きちぎり始めた。

 その光景を鈴音は、おいおいマジかよ、という具合に見ている。

 ほどなくしてすべての鈴音は縄から解放された。

 

「ほどけましたよ」

 

 ミルアのその言葉に鈴音は内心で、ほどいたじゃないだろ、とツッコミをいれる。

 そして、縄の跡が残ってないかとひとしきり自分の体を確かめた後に再びその視線をミルアに向けた。

 

「一応礼を言っておくわ。ありがと」

 

「いえ、お気になさらずに。今日からルームメイトですし」

 

「つーか、なんであんたが此処にいるわけ? まさか高校生でした、とかいう話?」

 

 訝しげに言う鈴音にミルアは首を横に振り、

 

「いえ、十にも満たないですけど。織斑先生たちのご厚意に甘えてます」

 

 ミルアの答えに鈴音は「ふぅん」と何処か曖昧に相槌を打った。

 何処か興味な下げな反応をしたように見えるも、その実、色々と考えている。

 いくら、何処の国も襲撃されたことに抗議の声をあげてないとはいえ、ミルアのしたことは重大だ。

 それを色々なパイプを持つブリュンヒルデとはいえ勝手なことをするとは思えない。なにより学園に厄介ごとを抱え込むようなものだ。

 恐らく、ミルアのバッグにいるであろう篠ノ之束の意向か、あるいは、その彼女への何かしらの配慮があってのことだろう。

 無論、それは教師陣にとっての話ではなく、もっと上の人間たちの思惑あってのこと。

 

「国際IS委員会か……」

 

 色々考えた末に鈴音は行きついた答えを小さく声に出した。

 誰もが、現在行方知れずの篠ノ之束との接点を持ちたがっている。彼女が持つ技術の一端を、何より謎に包まれているISコアの情報は是が非でも欲しいはずだ。

 つまりミルアは泳がされているのではないのか?

 鈴音がそう思案しているとミルアは、

 

「私が此処にいることに関してですか?」

 

 ミルアのその言葉に、考えを読まれたような気がした鈴音は苦虫を噛み潰したような表情をして、

 

「そうよ。で、どうなのよ?」

 

 鈴音がそう問うとミルアは、こてんと首を傾げて、

 

「さぁ、私は何も聞かされていませんので」

 

「篠ノ之博士からは何も聞かされてないの?」

 

「束さんにとって私は単なる手ごまにすぎませんよ?」

 

 自分を卑下するわけでもなく、淡々とそう口にするミルアに鈴音は何処となく、いらっとする。

 いや、ミルアだけではない。もちろん自分を叩きのめしてくれたミルアにもイラつきはあるが、何処かずれているように感じる子供を手ごまとして使う大人に対してイラついていた。

 いつだって子供は大人に振り回される。だからこそ、こっちが振り回せるときはとことん振り回してやる。

 自身の経験から、内心で悪態をついた鈴音は、

 

「一つ確認したいんだけど」

 

「なんですか?」

 

「あの時、あんたが言った言葉は、あんたの言葉なの?」

 

 他人からすればなんてことない事かもしれないが、鈴音にとってソレはどうしても確認したい事であった。

 鈴音のいった事が何のことかと首を傾げたミルアだったが、すぐにその光景が思い出される。

 何処か不安げに、その瞳を揺らめかせる鈴音の顔が、ミルアの記憶から引きずり出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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