オーバーロード〜小話集〜 (銀の鈴)
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読み切りシリーズ
絶望の果てに


ザック……皆さん、覚えているよね?



「リリア!」

 

死を前にしてザックが最後に想ったのは、やはり可愛がっていた妹のことだった。

 

 

***

 

 

「おはよう、母さん」

 

「おはよう、ザック。朝食は出来ているわよ」

 

「うん。リリアはまだ寝ているの?」

 

「ふふ、気持ちよさそうに寝ているわよ」

 

「そっか、じゃあリリアの寝顔を見てからご飯を食べるよ」

 

「まったく、ザックは本当にリリアの事ばかりね」

 

リリアの名を口にする度にデレッとした顔になる息子に、母親はつい苦笑をしてしまう。

 

自分達の子供とは思えない程に頭のいい息子だったが、幼い妹には凄まじく甘く、完璧な息子の唯一の欠点といえるものだった。

 

「それは仕方ないよ。だって、僕のリリアはもの凄く可愛いんだからね。一番に考えるのは当然のことだよ」

 

ザックは当然とばかりに胸を張って毅然と言い放つ。

 

その姿は我が子ながらに凛々しく、村の女の子達が騒ぐのも無理はないと母親は思った。――もちろん、言っている内容に目を瞑ればの話だが。

 

「じゃあ、リリアの天使の寝顔が僕を待っているから見てくるね」

 

「見たら朝食を食べるのよ」

 

デレデレとした顔になり、スキップするような足取りで妹の寝室へと向かう息子の後ろ姿に声をかけながら彼女は思う。

 

“あの子達は絶対に二人っきりにしないようにしよう”

 

母親として……いや、女としての危機感を息子に感じてしまった彼女は、両手を握りしめながら、フンッとばかりに静かな気合いを入れて決意をする。

 

そんな毎朝恒例の幸せな光景を見ながら、父親は静かにお茶を飲んでいた。

 

 

 

 

王国の村で生まれたザックには秘密があった。両親からは神童と思われている彼は、前世の記憶を持っていたのだ。

 

ただ、前世の記憶といっても今と違う人間の記憶ではなかった。前世でもザックはザックだった。

 

今と同じ両親に愛する妹がいた。いってみれば同じ人生をやり直している状態だった。

 

前世では、ただの貧乏な農民だったザックは、何ものにも代えがたい愛する妹を奪われた。そして、成り上がろうと剣を手にとったが、理不尽な化け物に無残にも命を奪われた。

 

生まれ変わったザックは、幼い頃にそんな前世の記憶を取り戻した。そして、その事を神に激しく感謝した。

 

何しろ記憶を取り戻した彼の前には、母親が膨らんだ腹をして座っていたからだ。

 

“あそこに愛する妹がいる”

 

絶望と共に終わったはずの人生が再びやり直せる。きっと神が不幸な人生を送った自分達を哀れんで奇跡を起こしてくれたのだ。

 

ザックは純粋にそう考えると、愛する妹がいる母親の腹に頬擦りをし、涙を流しながら神に感謝の祈りを捧げた。――直後に気持ち悪がった母親にぶん殴られた。

 

 

記憶を取り戻したザックは、今度こそ幸せな人生を送るために動き出す。

 

前世では貧乏だったせいで妹を奪われた。だが、前世の記憶を取り戻したザックは頭の悪い農民ではない。世の中の裏側を知っている頭のいい農民にレベルアップしていた。

 

領主に作った作物を奪われる?

 

それがどうした。

 

何を馬鹿正直に作った作物を全部教える必要があるのだ。今になってザックが思い返してみれば、前世でも余裕を持っている他の家があった。

 

自分は腹を空かしてフラフラしているのに、そこの家の子供は血色の良い顔をしていた。当時は分からなかったが今なら分かる。

 

領主に奪われる作物は作った全体の量から決められる。ザックの両親は馬鹿正直に全てを教えていた。だが、頭のいい奴らは一部を隠し持っていたのだ。

 

もちろんバレたら首が飛ぶだろう。だが、バレる危険はなかった。何しろ農民は馬鹿ばっかりだから、そんな誤魔化しをする知恵はないと役人は思い込んでいるからだ。

役人が行う作物量の把握の仕方は、各農民の自己申告のみ。現物の確認すらしなかった。

 

申告された量から納める量を計算して、納める量だけを役人の荷馬車に積み込ませるだけだ。

 

“前世の俺は途轍もない馬鹿だった”

 

ザックは両親に知恵を授けた。

 

 

 

 

ザックは村でも信仰心が厚いことで有名な少年だった。彼は村にある教会には毎日欠かさず礼拝していた。

 

教会の年老いた神官も信仰心の厚いザックには好意を抱いていた。身の回りの世話もしてくれるザックに彼は信仰系魔法を教えた。

 

本来なら多額の寄付を貰わずに魔法を教えることは、教会上層部から固く禁じられていたが、辺鄙な農村に左遷された老神父にとってはどうでもいい決まりでしかなかった。

それよりも自分のことを尊敬しているザックの方が大事だった。

 

ザックの厚い信仰心は、老神父が教える信仰系魔法を瞬く間にザックのものとさせた。

魂の底から神を信じるザックにとって、信仰系魔法は相性が良かったのだ。

 

ザックが老神父が使える全ての信仰系魔法を身につけた日に、老神父は村の神父の座をザックに譲った。

 

当然ながら、普通ならそのような勝手な真似は許されるわけがないが、老神父は左遷はさせられたが、歳を食っている分だけ教会内にも顔が効いた。自分と交代でザックを辺鄙な村の神父にさせる程度の無理は通すことが出来た。もちろん、ザックが信仰系魔法を使えたことも大きな要因である。

 

高位の治癒呪文も使いこなす彼は、村人でも払える金額で治癒を行なった。

もちろん、教会上層部には内緒でという建前でだ。何しろ上層部が示す金額でしか治癒をしなかったら、こんな辺鄙な村では客…ではなく患者など来るわけがなかった。

 

上層部も何とく把握はしていたが、辺鄙な村でのことだからと大目にみていた。逆に厳しく指導をしてしまうと、客からの治療費…ではなく信者からのお布施がないからと支援金を要求される危険がある。そんな勿体無い危険を犯してまでザックに指導をする気など上層部にあるはずが無かった。

 

ザックが村人から聖者のように崇められるようになるのに時間はそうかからなかった。

 

「お兄ちゃんは聖者様なの?」

 

「違うよ。お兄ちゃんはリリアだけのお兄ちゃんだよ」

 

「えへへー、わたしだけのお兄ちゃんだー!」

 

無邪気に抱きついてくる妹をデレデレとしながら抱きしめ返すザック。

 

他人にお兄ちゃんを取られないと安心する妹。

 

抱きしめ合う子供達に危機感を高める母親。

 

子供達を真似て、妻を抱きしめようかと迷う父親。

 

 

 

 

年に一度だけ、ザックは王都に出向く。教会の収支報告の為だ。

 

収支報告とはいっても、本部に上納金を収めることが出来るほどの収入がない農村部の教会のため、おざなりのチェックを受けるだけだ。

 

上層部としても、一年に一度だけでも王都に来させて羽を伸ばさせることで、農村部に派遣されている神父達の鬱憤晴らしをさせようという意味合いが強かった。

神父達が田舎暮らしにブチ切れて、冒険者にでもなられては上層部としても困るからだ。

 

ザックはというと、両親と妹を連れて王都に来ていた。本当は妹と二人だけで来たいのだが、母親が許してはくれなかった。

 

完全なお上りさんといった様子で観光をしていても、神父服のザックがいるため絡んで来る奴らはいなかった。

 

一度だけ物騒な雰囲気を放つ女にぶつかってしまったが、咄嗟に謝ると興味無さげに無言で立ち去ってくれた。

 

ザックは前世の経験で、教会に喧嘩を売る真似を裏の人間がしないことを知っていたため、多少は窮屈でも神父服を脱ぐことはなかった。

 

「これも美味しいぞ。食べるかい、リリア?」

 

「うん、食べるー!」

 

デレデレとしながら愛する妹にアーンさせながら食べさせるザック。

 

モグモグと幸せそうに食べる妹。

 

それを見て、夫にアーンをせがんでみる旅行中で浮かれている母親。

 

いきなり窮地に立たされて脂汗を流す父親。

 

ザック達にとって、王都観光は楽しかった。

 

 

 

 

ザックには日課がある。毎日必ず妹にこう尋ねるのだ。

 

「リリアは大きくなったら何になるんだい?」

 

「お兄ちゃんのお嫁さん!」

 

愛する妹が満面の笑みと共に口にする愛の溢れた言葉に、ザックの顔が気持ち悪く崩れる。

デレデレとしながらザックは、妹の口の中に村では貴重な甘い飴を入れてあげる。

 

気持ち悪いデレ顔で妹に頬擦りをするザック。

 

ニコニコ顔で甘い飴を舐める妹。

 

息子を警戒する母親。

 

幸せそうに家族を見守る父親。

 

 

今日もザックは幸せだった。

 

 

 

 

 

 

 




ザックが幸せになるお話でした。
めでたし、めでたしだね♪


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農民無双

ある農民に転生した平凡な男の話です。


目覚めると俺は赤ん坊になっていた。

 

なるほど、これが流行りの異世界転生というものか。

 

それが俺が最初に思った感想だった。

 

 

 

 

生まれてから三年が経った。

 

残念ながらただの転生だったようだ。

 

生まれたのは異世界ではなく、ただの農家だった。

 

ただし日本ではなく外国のようだ。

 

周囲の人間の顔は彫りが深く、美男美女だらけだった。

 

農村ですら美形揃いとは外国は凄いものだ。

 

もちろん俺も美形だった。前世では彼女もいなかったが今世では期待できそうだな。

 

 

 

 

生まれてから五年が過ぎた。

 

家の倉庫で刀を見つけた。

 

この時、俺の脳裏に雷光が走った。

 

俺は農民だ。そして刀がある。

 

まさかこれはアレか?

 

ツバメをアレするアレなのか?

 

俺は震える手で刀を掴む。

 

何か運命じみたものを感じた――気がした。

 

俺はこの日から剣を振るうことを日課にした。

 

 

 

 

生まれてから十年が過ぎた。

 

どうやら俺には才能があったようだ。

 

剣は“ふた振り”までは同時に振れるようになった。

 

裏山で素振りをしていると偶に現れるゴブリンも容易く屠れるようになった。

 

ん?

 

ゴブリンだと!?

 

独り言を言ってて初めて気付いたが、ゴブリンって前世ではいなかったよな?

 

今世では余りにも自然にいてるものだから気付くのが遅れてしまったな。

 

どうやら俺は本当に異世界転生をしたようだ。

 

そうなってくると魔法とかも存在するのだろうか?

 

魔法があるならツバメ返しだけだと苦しいな。

 

まずは魔力を自覚できるか訓練してみよう。

 

 

 

 

生まれてから十年と三年が過ぎた。

 

前世の記憶を頼りに“念”の修行方法を応用したら魔力を感じることが出来た。

 

魔力を全身に纏っての身体強化は恐ろしいほどの効果を発揮してくれた。

 

オーク程度なら無双が出来るほどだ。

 

そしてオーク相手に無双していて気付いたが、魔物を倒していると急に魔力量がアップする瞬間がある事に気付いた。

 

これはアレだな。レベルアップというものだろう。

 

ふふ、まるでゲームのようだが便利ではあるな。

 

倒せば倒すほど強くなれるのだからな。

 

よし、レベルアップをしながらツバメ返し以外の技も練習をしよう。

 

俺が自己流でここまで強くなれるのだから、この世界は化け物並の強者で溢れているだろうからな。

 

せめて国の兵士になれる程度の腕は欲しい。

 

安定した仕事に就いて、綺麗で優しい嫁さんが欲しいからな。

 

 

 

 

生まれてから十年と五年が過ぎた。

 

兄貴に嫁さんを貰ったから家を出て行けと言われた。

 

僅かばかりの餞別を手に俺は村を出ることにした。

 

少し期待していたが、村を出る俺を引き留めたり、追いかけてくる娘はいなかった。

 

念のため、幼馴染(金髪碧眼で超可愛い)に声を掛けてみたけど、『都会で成功したら迎えにきてね』と笑顔で返された。

 

ちょっと嬉しかったのが悔しい。

 

 

 

 

俺の生まれた村は凄い田舎らしく、都会までの道程は長かった。

 

途中で襲ってくるモンスターは多かったが、前世では地道な経験値稼ぎが趣味だった俺は、今世でのリアル経験値稼ぎにも励んだお陰でレベルだけは上がっている。フィールドモンスターなどは敵ではなかった。むしろ経験値稼ぎが出来てラッキーだった。

 

それにしても村での修行では魔法は覚えられなかった。

 

というか、覚える方法が分からなかった。

 

前世を思い出して『黄昏よりも昏きもの 血の流れより紅きもの …』などと覚えていた呪文を唱えまくっても無駄だった。

 

その姿を幼馴染(金髪碧眼で超可愛い)に見られて引かれてからは諦めた。

 

その代わり剣技は磨いた。

 

九頭龍閃。天翔龍閃。ツバメ返し。大地斬。海波斬。空裂斬。アバンストラッシュ。などの原作で修行方法が描かれていたものは習得できた。

 

それに気と魔力による身体強化は常に使用している。これは強化した状態を常にする事で身体を慣らすためだ。

 

当然のように内臓の機能も強化しているから解毒能力等もアップしている。

 

…やはり、呪文による強化も必要だろう。

 

都会にでたら魔法を覚えたいが、チャンスはあるだろうか?

 

それだけが心配だな。おっと、トロールの群れが現れた。経験値を稼ぐとしよう。

 

 

 

 

街についた。

 

ここは竜王国というそうだ。

 

門番に兵士になる方法を尋ねたら凄く歓迎された。

 

その日のうちに正規採用されたときは騙されているんじゃないかと疑ったが、単に人手不足だったらしい。

 

次の日からビーストマンとかいうモンスター駆除を担当することになった。

 

このビーストマンというのは強さはそこそこだが、その数が凄かった。

 

うむ、経験値稼ぎに丁度いい。

 

俺は他の奴に経験値を奪われないように率先してビーストマン駆除に務めた。

 

 

 

 

俺が生まれてからニ十年が過ぎた。

 

地道にビーストマン駆除をしていたら真面目な勤務ぶりが認められたようだ。

 

俺は竜王国の将軍になった。

 

ん?

 

将軍だと!?

 

俺は騙されているんじゃないかと思ったが、チビっ子女王が言うには人材不足らしい。

 

このまま是非とも竜王国で務めて欲しいそうだ。

 

そこでふと思い出した俺は、チビっ子女王に魔法を教えて欲しいと頼んでみた。

 

すると国中の高位の魔法使いが集められた。

 

ビックリしたが、効率よく魔法が覚えられた。

 

レベルアップに励んでいたお陰で魔力量などは十分だったみたいだ。

 

竜王国に現存する魔法は全て覚えられた。

 

その魔法を応用しようと試行錯誤していたら威力が大アップした魔法も使えるようになった。

 

チビっ子女王にビーストマンの大群を吹っ飛ばす所を見せてあげたら凄く喜んでくれた。

 

次の日、大将軍になった。

 

騙されているんじゃないかと思ったけど、チビっ子女王が言うには竜王国はもの凄い人材不足らしい。

 

大将軍になって、ふと故郷のことを思い出した。

 

『都会で成功したら迎えにきてね』

 

幼馴染(金髪碧眼で超可愛い)の言葉を思い出した。

 

今の俺は大将軍だ。

 

これは成功したといえるんじゃなかろうか?

 

チビっ子女王に相談してみたら、是非とも結婚して竜王国で家庭を築くべきだと熱弁された。

 

俺が結婚するならチビっ子女王が仲人をしてくれるそうだ。

 

いや、チビっ子が仲人?

 

そう思ったが、チビっ子女王はこれでも王族だから問題はないのだろう。

 

俺は故郷へ向かった。

 

何故か心配だからと、チビっ子女王も付いてきた。

 

 

 

 

「あら、久しぶりね。それでそこのおチビちゃんは貴方の子供かしら?」

 

いつもニコニコしてた幼馴染(金髪碧眼で超可愛い)が、見たこともないほどの醒めた目で俺を出迎えた。

 

こ、怖いです。

 

「ほう、妾の大将軍が惚気ていたとおり可愛らしい娘じゃのう」

 

チビっ子女王は、ブリザードのような雰囲気の幼馴染(金髪碧眼で超可愛い)に対してフレンドリーに接していた。

 

俺は初めてチビっ子女王に尊敬の念を感じた。

 

チビっ子女王の言葉で、幼馴染(金髪碧眼で超可愛い)は初めてチビっ子女王の身なりに気付いて高貴な人間だと察したようだ。

 

慌てて頭を下げる幼馴染(金髪碧眼で超可愛い)を優しく止めると、チビっ子女王は威厳に満ちていて、それでいて親しみを込めた態度でただの農村の村娘でしかない幼馴染(金髪碧眼で超可愛い)に接してくれた。

 

それはきっと俺の幼馴染(金髪碧眼で超可愛い)だからだろう。そして、俺の結婚……チビっ子女王が俺の結婚話も纏めてくれないかな?

 

俺はコソコソとチビっ子女王に小声で頼んでみた。

 

チビっ子女王は呆れた顔になったが、結局は快く請け負ってくれた。

 

その後、プロポーズぐらい自分でしなさい!って、幼馴染(金髪碧眼で超可愛い)に叱られてしまった。

 

 

 

 

俺と幼馴染(金髪碧眼で超可愛い)の結婚式は竜王国を挙げてのお祭り騒ぎになった。

 

結婚式代は幾らになるのだろうと心配になった俺だが、なんと竜王国の国費で賄ってくれるそうだ。

 

俺は騙されているんじゃないかと思ったが、俺は大将軍だから当然らしい。

 

俺の隣では金には厳しい幼馴染(金髪碧眼でいつも超可愛いが、今日はいつもより遥かに超可愛い)がニコニコしているから問題ないのだろう。

 

俺の幼馴染――いや、俺の花嫁(金髪碧眼で超絶可愛い)が俺の耳に顔を寄せてきた。

 

どうしたんだろう、疲れたのかな?

 

 

「貴方は知らなかったでしょうけど、私は子供の頃から貴方のことが大好きだったのよ。一緒に幸せになろうね――ブレイン」

 

 

やっぱり、俺の幼馴染は超可愛い。

 

 

 

 

 

 

 




農民が無双する話のはずが途中で出てきた幼馴染(金髪碧眼で超可愛い)の影響でこうなりました。不思議だね。


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受付嬢の平凡な日々

私は冒険者ギルドで受付嬢をしている。

 

ギルド内では美少女な受付嬢として有名だけど、所詮はギルド内だけの話だ。

 

私は平凡な受付嬢でしかない。

 

でも、人に歴史あり。

 

そんな言葉があるように私にも少しは歴史がある。

 

今にして思えば、前世のように感じられる過去だった。

 

ううん、本当に前世だったんじゃなかろうか?

 

時が過ぎると共に朧げになっていく記憶を振り返りながら私はそう思った。

 

 

 

 

今日で“ユグドラシル”もサービス停止となる。

 

そんな情報を耳にした俺は数年ぶりに“ユグドラシル”にログインしようとしたが出来なかった。

 

そういえば、数年前に“ユグドラシル”で女性プレイヤーの胸を触ってアカウント停止にされた事を思い出した。

 

あの時は“ユグドラシル”に飽きて、最後の思い出にとチャレンジしたんだった。

 

うんうん、今となっては良い思い出だな。

 

だが、せっかくの最終日なのだから“ユグドラシル”の最後に立ち会いたいな。

 

俺は新しいアカウントを取得してログインすることにした。

 

 

 

 

新規受付は終了しただと!?

 

俺の望みは絶たれたようだ。

 

と、普通の人間なら諦めるだろう。

 

しかしこの俺は諦めんぞ。

 

諦めたらそこで試合終了だと昔の偉人も言っていたからな。

 

幸いなことに俺の会社の後輩に“ユグドラシル”にはまっている奴がいる。

 

今日は“ユグドラシル”でお別れパーティーをすると言っていたからな。連絡をとって“ユグドラシル”の紹介機能を使ってもらおう。

 

紹介機能を使えば、一日限定のアカウントが貰えたはずだ。この機能も凍結されていたなら諦めるしかないな。

 

「もしもし、俺だけど、ちょっと悟に頼みたいことがあるんだけど…」

 

 

 

 

よかった。悟は快く引き受けてくれたぜ。

 

悟も“ユグドラシル”にログインする直前だったから際どいタイミングだったみたいだ。

 

あいつはログイン中は電話の電源を切りやがるから連絡がつかなくなるんだよな。

 

と言ってる間に“ユグドラシル”の紹介アカウントが届いたな。

 

キャラクターはランダムみたいだな。

 

まあ、仕方ないだろう。

 

さて、ログインするとしよう。

 

 

 

 

ここは始まりの街だな。

 

俺のキャラは…女か。

 

俺は女キャラは使わん主義なんだが、今日だけは仕方ないよな。

 

それにしても金髪赤眼の美少女か。種族は吸血鬼の真祖…の姫君?

 

どうやら紹介機能専用の特別な種族みたいだな。

 

レベルも最初から100になっているし、固定装備で神器級を持っているのか。名前も固定で決められているな。所持金や消費アイテムも大量に持っているぞ。

 

しかし、これは至れり尽くせりだな。これも一日限定だからこそだな。

 

しかし、最初にこのキャラの強さを経験してから新規でプレイし始めたら大変じゃないのか?

 

うーん、そうか。このキャラを標準だと新規プレイヤーに思わせて、課金してでも標準までは強化したいとプレイヤーに考えさせようとしたんだな。強欲な運営の奴らめ。

 

まあ、紹介機能自体が広まらなかったから意味はなかっただろうな。

 

そうだ、悟に連絡をとってみるか。

 

 

 

 

悟がギルド長を務めるナザリックは凄かったな。

 

よくあそこまで作り込んだものだ。

 

NPCの外装もプロ級だよな。

 

悟に色々と案内してもらって中々に楽しめたな。

 

この後は悟もギルド仲間との集まりがあるだろうから邪魔しないように出てきたけど、これから何処に行こうかな?

 

そうだ、ネコさまの所でニャンコを可愛がるかな。

 

 

 

 

うう…ネコさま大王国に入れてもらえなかった。

 

どうも外部との連絡は完全にシャットアウトしているみたいで連絡がつかない。

 

フレンド登録があれば連絡はついただろうけど、このキャラでは無理だ。

 

最終日にギルドに押し入るような真似はしたくないからな。諦めるとするか。

 

ああ、この閉められた門の中では、ニャンコの楽園が待っているというのに…

 

本当に残念だ。

 

 

 

 

結局、俺は残された時間を使って大空を飛びまくったり、最終日で投げ売りをされていた貴重なアイテムを買ってみたり、その辺を歩いていたプレイヤーに襲いかかったりと適当に遊んでいた。

 

そして、もうすぐ最後の時間を迎える。

 

俺は街の中でその時間を迎えようとしていた。

 

街のメインストリートのど真ん中で仁王立ちになって、俺はスカートの端を握りしめて最後の時間を待つ。

 

もちろん、着けている下着は投げ売りで購入した貴重なアイテムの“エッチな下着”だ。

 

この状態でスカートを捲ったら一発でアカウント停止である。

 

そう、俺は有終の美を飾るのだ。

 

最後の瞬間は金髪赤眼の美少女のパンチラで終わるのだ!!

 

さあ、スカートと下着の準備は万全だ!!

 

いつでもかかってこいやっ!!

 

五秒前

 

四秒前 (ゴクリ…)

 

三秒前 (まだだ、まだ慌てるな)

 

二秒前 (次の瞬間だ!)

 

一秒前 (今だ!!)

 

“バサッ”

 

「お嬢ちゃん、こんな所で何してんだい!?」

 

慌てた様子のオバちゃんが強引にスカートを引っ張り下ろした。

 

「あんたは馬鹿な真似をしてんじゃないよ!!」

 

俺は目をつり上げたオバちゃんに泣くほど説教された。

 

うう…ゴメンなさい。

 

そうだ、俺が悪かった。

 

こんな美少女のパンチラは希少価値があるのだから無闇矢鱈と見せてはいけなかったんだ。

 

昔の人も言ってたではないか、“絶対領域”は死守すべきだと。

 

「こら、女の子が自分のことを俺だなんて言うんじゃないよ!!」

 

いやいや、俺は中身は男ですよ。

 

「何言ってんだい! お嬢ちゃんみたいな可愛い子が男なわけないだろう!」

 

あれ、このオバちゃんの口が動いてる?

 

「喋ってんだから動くに決まってるよ。あんた、本当に頭は大丈夫かい?」

 

オバちゃんが心配そうな顔になる。

 

な、なんだ?

 

どうなっているんだ?

 

とりあえず、俺はその場を逃げ出した。

 

 

 

 

俺は屋根上に身を隠しながら街の様子を伺っていた。

 

どう見ても街の人間は生きているように見える。

 

それに“ユグドラシル”の終了時間はとっくに過ぎている。

 

どうなっているんだ?

 

まさかここは“ユグドラシル2”とかなのか?

 

だが、そうだとしてもログアウトが出来ない理由にはならない。

 

ま、まさか、一昔前に流行った異世界転生とかなのか?

 

それとも電脳世界に閉じ込められたのか?

 

と、取り敢えず自分の状態も確認してみよう。

 

脈はないな。吸血鬼だから当然か。

 

呼吸もしていないが、しようと思ったらできる。

 

そういえば、太陽の光に当たっているけど平気だな。真祖だからかな?

 

表情は動く。

 

言葉も喋れる。

 

尿意と便意はないな。これは美少女はトイレに行かないという都市伝説があるから判断材料になるかは微妙だな。

 

胸は…うん、柔らかいぞ。

 

お尻は…うん、弾力があっていい感じだ。

 

手足もスラリと細長く綺麗だ。

 

腰も細くて強く抱きしめられたら折れそうだな。

 

肌も白くてハリと艶がある。

 

髪の毛もサラサラで綺麗だ。

 

そして、当然のように凄い美少女だ。

 

うう…これが自分じゃなかったら嫁にしたい。

 

しかし、これは自分なんだから逆に危険だぞ!!

 

俺みたいな情欲にまみれた薄汚い男共に襲われる危険性が大だ!!

 

ここが異世界だろうと、電脳世界だろうと取り敢えず放っておこう。

 

まずは身を守る方法を探すぞ!!

 

 

 

 

あれから一ヶ月が過ぎた。

 

吸血鬼の俺は食事なしでも平気だったから助かった。

 

食事の代わりにエネルギーを吸い取ることで栄養をとることが出来る。

 

これは吸血をしなくても大丈夫だった。

 

生物なら触れるだけで吸い取れた。動物や植物からでも問題ない。

 

生物以外でも魔力をもつ宝石からも吸い取れたけど、これは勿体無いから使えないな。

 

そして身体能力も高い。吸血鬼でもあるしレベルも100になっている。

 

体力や筋力等は人間を大きく上回っている。回復力も桁違いだし、特殊能力もある。武装だって神器級が揃っている。

 

怖いもの無しだな!

 

 

 

いや、ウソだ。

 

本当は怖い。

 

知り合いはいない。住む所もない。お金もない。

 

ないない尽くしだ。

 

一日中、コソコソと隠れている。

 

時々、人混みに紛れてエネルギーを吸い取ってる。

 

その度に男に声を掛けられるから苛立つ。

 

これからどうやって生活していけばいいのだろう?

 

いっそのこと、吸血をして仲間を増やそうか?

 

この街を吸血鬼の街にしてしまえば、俺は一気に宿無しから王様にクラスチェンジ出来るかも!

 

最近はその誘惑に抗う毎日だ。

 

いや、別に抗う必要はないよな?

 

いやいや、そんなことをしたら、この世界の勇者みたいな奴が俺を退治に来るかもしれん。

 

危険を冒すのはまだ早すぎるぞ。

 

もっと、この世界の情報収集をしてからだ。

 

しかし情報収集も進まない。

 

吸血鬼の特殊能力で暗示をかければいいはずだが、練習もせずにぶっつけ本番は危険だ。

 

だが、練習相手がいない。

 

うおおおおおっ!!!!

 

俺はどうすればいいんだ!!

 

 

 

 

俺は、深夜の人がいない馬小屋でコッソリと馬のエネルギーを吸い取っていた。

 

もちろん、動物好きの俺は馬が死ぬほど吸い取ったりはしない。

 

ククク、しかし我ながらいい方法を思いついたものだ。

 

こうやって深夜に馬からエネルギーを吸い取れば、野獣のように性欲を滾らせた男共に迫られることもない。

 

まったく、男など死に絶えてしまえばいい。

 

そうすればこの世界は住みやすくなるんじゃないか?

 

俺はそう思うぞ。

 

誰か男共を滅ぼしてくれないかなあ。

 

「はぁ…同族の気配を感じたと思えばお前は何を言っているんだ? それに馬の精気を吸いとるって、お前には吸血鬼としての誇りはないのか?」

 

突然掛けられた声に振り向くと、仮面を被った怪しい子供がいた。

 

中二病の子供か?

 

声から判断すると女の子みたいだけど、中二病を発病するとは可哀想に。

 

「その憐れんだ目をやめろ。気にさわるぞ」

 

そう言いながら女の子は仮面を外す。

 

この気配は…吸血鬼?

 

「そうだ、お前さんと同じさ。それで、お前さんはこんな所で何をしているんだ?」

 

何をって、食事かな?

 

俺は馬を見ながら当たり前のことを口にする。

 

もしかして分けてほしいのかな?

 

「いらんわ! そんなことを聞いているんじゃない! お前が人の街で何をするつもりかを聞いているんだ!」

 

何をするつもりって、俺は生活環境を手に入れたいけど…

 

「せ、生活環境だと? 詳しく話してみろ」

 

俺は少し迷ったが、同じ吸血鬼だし相談に乗ってくれそうな雰囲気だったから話すことにした。

 

 

 

 

「そうか、お前も突然吸血鬼になったのか。しかも遠く離れた地に転移させられるとは…お前も苦労したんだな」

 

流石に異世界から来たことは信じてもらえないと思って、別の大陸ということにして説明した。

 

それでも怪しい話だと自分でも思ったが、この女の子も突然吸血鬼になったらしく、俺に対して親身になってくれた。

 

「もう、大丈夫だぞ。私はこれでもこの国では其れなりの立場をもっているからな。お前さんの仕事と住む場所ぐらい準備できる。だから安心しろ」

 

おおっ!?

 

凄いっす!!

 

姐さんに一生ついて行くっす!!

 

「姐さんはやめろ。私はイビルアイだ。そうだな、お前さんは同族だし境遇も似ているから教えておくよ。私の本当の名前を…」

 

ただし、人前では呼ぶな。と言いながらイビルアイの隠している名前を教えてもらえた。

 

お返しに俺も名前を…

 

どうしよう?

 

このキャラには固定名がついていたけど、そっちの方がいいのだろうか?

 

さっきの説明では俺は男だったとは言っていないから男名はやっぱり変だよな。

 

よし、このキャラ名にしておくか。

 

「俺の名はアルクェイドだ。呼びにくいからアルクでいいよ」

 

「アルクか、分かった。ところで先程から気になっていたが、女の子が自分の事を“俺”と呼ぶな。アルクが生まれ育った地ではどうかは知らんが、ここでは流石に変に思われるぞ」

 

じゃあ、僕?

 

「僕っ子というやつか? アルクの容姿では似合わんぞ」

 

それなら普通に私かな?

 

「そうだな、それが無難だな」

 

イビルアイはそう言いながら右手を差し出してきた。

 

「とにかく、これからよろしくな。我が同胞、アルクよ」

 

優しく微笑むイビルアイの右手を俺――私は握り返した。

 

「うん、こちらこそよろしく。キーノ」

 

 

 

 

イビルアイの紹介で私は冒険者ギルドの受付嬢になった。

 

イビルアイは冒険者の最高位であるアダマンタイトだそうだ。

 

その彼女の口利きならと簡単に採用してもらった。

 

それに住居もギルドの近くでイビルアイが保証人になって借りてくれた。

 

冒険者ギルドに所属する冒険者達も、当初は声を掛けてきたけど、私がイビルアイの知人だと知るとちょっかいをかける者は居なくなった。

 

まったく、イビルアイには世話になりっぱなしだ。

 

やはり安定した生活はいいな。

 

いつかイビルアイに恩返しをしよう。

 

そう心に誓う私だった。

 

 

 

 

受付嬢というのは忙しいときと暇なときの差が激しい。

 

早朝は依頼を受ける冒険者の相手で忙しく、夕暮れ時は依頼を終えた冒険者の相手で忙しい、だけど昼間は暇だ。

 

もちろん、裏方で忙しくしている人達もいるけど私の場合は窓口の受付専門だから暇なわけだ。

 

当初は裏方の仕事もしていたけど、私が窓口にいると問題を起こす冒険者が激減するそうだ。

 

これもイビルアイ効果かな?

 

私自身は冒険者相手に何もしていないから、きっとそうなのだろう。

 

「おい、あれか? 蒼の薔薇のガガーランをのしたっていう化け物受付嬢は? 意外と可愛いな」

 

「馬鹿野郎! そんなこと聞こえたら殺されるぞ! あの方は男嫌いで有名だからな、気をつけろよ!」

 

「男嫌いだと? あの顔と身体で勿体ねえな。俺が男の良さを教えてやりたいぜ」

 

私は手近にあった物を持ち上げると、失礼な言葉を発していた冒険者に投げようとした。

 

「ちょっ!? 俺を投げようとしないでくれ!!」

 

あら、私が掴んでいたのは同僚だった。

 

私は同僚を下ろすと代わりに文鎮を持ち上げてから冒険者の方に目を向ける…あら残念、逃げられてしまった。

 

まったく、薄汚い男め。死ねばいいのに。

 

先ほどの男の口から出たガガーランというのは、イビルアイの仲間の筋肉女だ。

 

前に酔っ払って私の胸を揉んできたからぶっ飛ばしてやっただけだ。

 

だって、ガガーランって男みたいだから嫌なんだよね。

 

後で謝ったら、向こうも謝ってくれたから今では仲良しだけどね。

 

でも、胸は揉まさん。

 

 

 

 

平凡な日々のある日、ギルドに真っ黒な全身甲冑の冒険者と魔術師の女の二人組が入ってきた。

 

黒い方には見覚えはないけど、女の方はどっかで見た気がする。

 

どこだったかなあ?って、思っていたら黒い方が変な叫び声をあげた。

 

すぐに冷静になったみたいだけど、変な病気でももっているのだろうか?

 

うつされない様に気をつけよう。

 

黒いのがコソコソと近付いてきた。

 

動きが怪しいな、ナンパだったらぶっ飛ばしてやるぞ。

 

「もしかして、先輩ですか?」

 

「え、もしかして悟か?」

 

黒い奴の声は、会社の後輩の悟に似ていた。だけど、あいつは骸骨だったはずだ。

 

いや、全身甲冑だから中身が骸骨なのかも知れないな。

 

「やっぱり、先輩なんですね! よかった、心配してたんですよ! どうしてあの時引き止めなかったんだって何度も後悔したんです! 本当に無事で良かった!」

 

悟は俺の無事を抱きつかんばかりに喜んでくれた。

 

相変わらず悟はいい奴だなあ。

 

そうか、見覚えがあると思ったら後ろの女はナザリックで見かけたメイドさんだ。

 

「悟も元気そうで良かったよ。後ろのメイドさんも元気そうだね。私のこと覚えてる?」

 

「はい、無論でございます。モモンガ様の御友人を忘れたりなど致しません」

 

うん、思わず声を掛けたけど、NPCも普通に意思があるみたいだな。

 

「NPCにも意思があるんだ。悟…苦労したんじゃないか?」

 

いかにも悟のことを崇めている様な雰囲気を発しているメイドさん。

 

凡人にはキツいものがありそうだな。

 

ナザリックでの悟の苦労が偲ばれるぞ。

 

「分かってくれますか、先輩!」

 

悟がようやく理解者を得た! という感じで喜んでいるな。そうとうストレスが溜まっていそうだ。

 

まあ、つもる話はあるけどキルド内では話しにくいな。

 

「それじゃあ、先輩。仕事が終わったらナザリックに転移して話をしましょう。ご足労ですが終業後に私の宿屋まで来ていただけますか?」

 

もちろん、私は悟の提案を了承した。

 

 

 

 

「なるほど、先輩は蒼の薔薇のイビルアイさんに助けられたんですね」

 

私達は今までの事を全て語り合った。

 

悟の方はナザリックごと転移したから生活の苦労は無かったけど、NPC達から特別視され過ぎて気疲れしていたそうだ。

 

私の方が一人だったから生活が大変だった話をした。

 

イビルアイに出会ってなかったら今でも街の片隅で隠れていただろう。そして、ご飯はお馬さんだ。

 

「イビルアイさんとはまだ出会っていませんが、会うことがあったら先輩のお礼をしておきますね」

 

うう…後輩に面倒をかけて申し訳ない。不甲斐ない先輩を許しておくれ。

 

「あはは、先輩には仕事で散々お世話になったじゃないですか。こんなこと気にしないで下さいよ」

 

悟は爽やかに笑ってくれる――骸骨だけど。

 

「骸骨も便利ですよ。食事も睡眠もいらないですからね」

 

食事や睡眠をしないのは辛くないかな?

 

「骸骨だから仕方ないですよ」

 

他種族に変身するアイテムで変身すればいいんじゃないの?

 

今の俺は持ってないけど、悟はギルドごと転移しているんだからそんなアイテムぐらい幾らでも持っているだろう?

 

「……忘れていました」

 

呆然と呟く悟。

 

「どうも自分で思っていたより余裕がなかったみたいですね。先輩に再会できて本当に良かったです」

 

うんうん、私も悟と会えて良かったよ。

 

やっぱり、異世界で一人ぼっちは不安だからな。

 

でも、今の私が女だからって手を出してきたらぶっ飛ばすからな!

 

私はノーマルなんだからな!

 

っていうか、性転換できるアイテムをくれ!!

 

「俺だってノーマルですよ!!」

 

悟は慌てて自分はノーマルだと言う。慌て過ぎていて逆に怪しいが、下手に突っ込んでヤブヘビになったら嫌だからスルーしよう。

 

「それじゃあ、変身アイテムと性転換アイテムを探してきますね。先輩は食事を用意させていますから食べていて下さい。私も変身したらご一緒させていただきますね」

 

悟は軽い足取りで部屋を出て行った。

 

 

 

 

悟が出て行った後、一人の女が入ってきた。

 

恐らくは種族は悪魔だろう。

 

凄まじい威圧感で私を睨んでいる。

 

「私は守護者統括のアルベドでございます。以前にお会いした時はご挨拶が出来ずに申し訳ありませんでした」

 

申し訳ないと言いながら、私を射殺さんとばかりに殺気のこもった目を向けている。

 

悟っ!! 早く帰ってきて!!

 

「アルクェイド様で宜しかったでしょうか?」

 

うん、そうだよ。

 

悟と相談した結果、この世界ではプレイヤー名で通すことにした。

 

 

「モモンガ様…いえ、アインズ様とは御友人とお聞きしておりますが、もしや恋人なのでしょうか?」

 

アルベドは平静を装っているつもりみたいだけど、その顔は嫉妬で恐ろしい状態になっていた。

 

正直言って、チビりそうだ。吸血鬼だからオシッコしないけど…

 

「い、いや、私は“ユグドラシル”では女の姿だが、リアルでは男なんだ。モモンガとは…今はアインズだったな。アインズとはリアルで所属していた組織が同じだったんだ。アインズは私の後輩だったんだ。もちろん男同士だから恋人はありえんぞ。第一、アインズに恋人はいないはずだ」

 

私は早口でまくし立てた。早く身の潔白を証明しないとアルベドに殺されそうだったからだ。

 

「まあっ、アインズ様の御先輩でしたのですね。これは大変な御無礼を致しました。ところで、アインズ様には恋人はいらっしゃらないという情報に誤りは御座いませんか?」

 

虚言は許さんとばかりに、ギロリと睨みながらアルベドは尋ねてくる。

 

「ま、間違いはないぞ。そ、そうだな、そなたのような美しい女性がアインズの傍にいて支えてくれたなら私も安心できる…と思う」

 

吐きそうになるほどの殺気のせいで、ついアルベドに迎合するような事を言ってしまったが、それは正解だったようだ。

 

恐ろしい悪魔だったアルベドが、一瞬で恋する乙女に変身してくれた。

 

私のことも味方だと認識をしてくれたようで、フレンドリーになってくれた。

 

ニコニコになったアルベドに付き添われて移動すると豪勢な食事が待っていた。

 

あまりの美味さに夢中になって食べていたら、人に戻った悟が戻ってきた。

 

「どうですか、先輩。変じゃないですか?」

 

うん、元の悟だな。

 

「あはは、良かったです。あ、これは性転換のアイテムです」

 

悟から性転換の効果がある腕輪を受け取った。

 

早速、装着してみよう。

 

カチャっとな。

 

あれ、あんまり変化がない?

 

胸も膨らんだままだぞ?

 

「あれ、変だな? 壊れていたんですかね?」

 

悟も不思議そうな顔になっている。

 

ん?

 

股間に異物感を感じるぞ。

 

“ゴソゴソ”

 

うん、生えていたよ。

 

どうやら、性転換の効果は生やすことみたいだな。

 

「もしかして、ふた◯りですか、先輩?」

 

シャラップ!!

 

それ以上はプライバシーの侵害だぞ、悟くん。

 

「あはは、確かにそうですね。それじゃあ、変身用のアイテムも渡しておきますね」

 

うん、そうだね。

 

変身用のアイテムを使えば元の人間の姿になれるね。

 

取り敢えず受け取っておくけど使わないかもね。

 

「どうしてですか、先輩?」

 

だって、悟はそれなりの容姿をしているけど、私はアレだもん。

 

たとえ、女でも美形でいたい。

 

「……すいません。ノーコメントです」

 

うん、それでいい。

 

 

 

 

ナザリックの目標は世界征服らしい。

 

そんな事をいつの間にかNPC達が言い出していて、悟も止めようがないそうだ。

 

でも考えてみたら、私も異形種だから人間の世界は住みにくい。

 

吸血鬼だとバレたら街を追われるかもしれない。

 

アダマンタイトのイビルアイでさえ、吸血鬼だということは秘密にしているぐらいだからな。

 

ナザリックが世界征服をしてくれたら住みやすくなるだろう。

 

「先輩は世界征服に賛成なんですか?」

 

うん、そうだな。

 

ただし、人間をあまり殺さないようにして欲しい。

 

「……先輩は人間に仲間意識というか、同族意識が残っているんですか?」

 

…そうか、悟も私と一緒なんだな。

 

正直言って、人間に仲間意識は無くなっている。

 

だけど、私は吸血鬼だから姿形は人間と同じだ。

 

同じ姿をした生き物が死ぬのはあまり見たくない。

 

それに私は動物好きだからな。可愛い生き物――子供や可愛い女の子を殺したくない。

 

「なるほど、先輩の意見は納得です。私も同じですね。骸骨だった頃と比べても変身アイテムで人になったら余計にその気持ちが強くなりました」

 

それじゃあ、出来るだけ殺戮は減らす方向で世界征服を目指すということお願いするね。

 

「あれ、先輩は手伝ってくれないんですか?」

 

私はイビルアイの紹介で受付嬢になったから、最低三年ぐらいは勤めないと紹介してくれたイビルアイの顔を潰すだろう?

 

「はっ!? その通りです!! 先輩っ、常識のない事を言って申し訳ありません!!」

 

うん、少しずつ成長すればいいよ。

 

「先輩…私は、俺は成長していますか?」

 

心配しなくても大丈夫だよ、悟も入社直後と比べれば随分と成長したから安心していいぞ。

 

「幾ら何でも入社直後と比べるなんて酷くないっすか!?」

 

あはは、そうだね。

 

まあ、私達の人生は長そうだから少しずつ成長すればいいさ。

 

「はい、そうですね。先輩!」

 

 

 

 

今日も昼間は暇だ。

 

このキルドの看板娘とはいえ、受付に座りっぱなしはキツいものがあるな。

 

「ふふ、アルクは相変わらず暇そうだな」

 

イビルアイ、久しぶり!

 

ラキュースは相変わらず綺麗だね。

 

今日は一緒にお風呂に入ろうか?

 

「遠慮しておくわ、アルクはティアと同じで危険な匂いがするもの」

 

そこのガチ◯ズと一緒にしないでよ!

 

私の真の姿を見ればラキュースだって、満足するはずだよ!

 

「…何故かしら? いつも以上に危機感が強く反応しているわ。アルク…それ以上は私に近寄らないでね」

 

酷すぎる!?

 

「ええい、アルクは本気で泣くな!! 風呂ぐらい私が入ってやるから泣き止まんか!!」

 

イビルアイ……やっぱり、私にはイビルアイだけだよ!

 

イビルアーーーイ!!!!

 

“サッ”

 

“ドテッ”

 

イビルアイ!? 避けないでよ!!

 

「いや、何故か悪寒が走ったんだ。済まなかった」

 

なんだよそれは!?

 

言っておくけどお風呂は一緒に入ってもらうからね。

 

「ああ、アルクとは何度も一緒に入っているんだ。今さら断るはずもは無いだろう」

 

ククク、とうとう腕輪を使う日がきたな。

 

イビルアイがどんな顔をするか楽しみだ。

 

私は期待に胸を膨らませて、イビルアイとお風呂へと向かった。

 

 

 

 

 

 




この後の展開は各自で脳内補完をお願いします。


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初恋の君

足の親指がくすぐったくて目を開ける。

 

銀髪のとても綺麗な女性が足元に跪いて恭しく俺の足の親指をしゃぶっていた。

 

“ゴシゴシ”

 

俺は目をこすってから足元を見直す。

 

クチュクチュと音を立てながら俺の親指をしゃぶる美女がいる。

 

「うわあっ!? なんだよあんたは!」

 

俺は全力で飛び退いた。

 

一体何が起きているんだ!?

 

この変態美女は誰なんだ!?

 

混乱する俺だったが、自分の手が目に入ると更なる混乱に襲われる。

 

「なんだこの綺麗な手は!?」

 

俺の手は長年の力作業のせいで節くれだちボロボロになっていたはずだ。決してこんな細くて綺麗な女の子みたいな手じゃ……あれ、この胸の膨らみは何だ?

 

ま、まさかこれは!?

 

俺は我慢できない好奇心に突き動かされて自分の胸に触れる。

 

“ぷにゅう”

 

とても柔らかいです。

 

初めて触る感触に不覚にも涙が出そうになる。

 

低学歴の低収入、そして顔も良くない俺に彼女ができようもない。

 

女性の胸を触ることなんか、そういうお店に行かない限りありえないと思っていた。(今まで金がないから行けなかった)

 

それが自分の胸とはいえ触れる機会が巡って来ようとは。

 

うう、生きていて良かった。

 

そうだ!

 

服の上からだけじゃなくて、是非とも生で触ろう!

 

自分の胸なんだから訴えられる心配はないからな!

 

“ゴソゴソ”

 

“ボトン”

 

あれ? 何かが落ちたような…いや、今はそんな事よりも胸の方が優先だ!

 

では、いくぞ!

 

“ペタペタ”

 

ん?

 

“ペタペタぺったん”

 

んん?

 

“ぺったんこーぺったんこー”

 

「なんだこりゃあ!? ぺったんこじゃないか!」

 

先ほどまで至高の柔らかさを誇っていた俺の胸が強靭なる硬さにまで落ちぶれていた。

 

どうなっているんだ!?

 

“バタン”

 

余りの絶望に俺は地面に倒れてしまう。

 

“ぷにゅう”

 

しかし倒れた俺を地面は優しく受け止めてくれた。

 

そのプニュプニュと優しい感触は絶望のドン底に落ちていた俺の心を救いあげてくれた。

 

ああ、なんていう柔らかさなんだ。

 

この柔らかい物体は一体何なんだろう?

 

この丸みを帯びた形、ついさっきまで懐に入れていたかのような人肌の温もり。

 

そして二つある事を考えれば…

 

うん、間違いない。

 

「偽乳じゃねえかよっ!!」

 

純情な男の子を騙すんじゃねえぞ!!

 

こんな偽乳なんか付けやがって、俺はなんて非道い奴なんだよ!!

 

……あれ、俺って女装趣味なんかあったっけ?

 

ふと、壁に掛かっていた鏡が目に入る。

 

俺はツツっと近付いて鏡にうつる自分の顔を見た。

 

長い銀髪と真紅の瞳を持つ女の子がそこに居た。

 

ちょっと病的なほど顔色は白いけど、そんなことが気にならないほど可愛かった。

 

にこっと笑ってみる。

 

鏡の中の美少女が微笑み返してくれた。

 

俺の胸が高鳴った。

 

こうして、俺の初めての恋が始まった。

 

 

 

 

「わたくしは“シャルティア・ブラッドフォールン”。吸血鬼の真祖にして、ナザリック第1~3階層の階層守護者ですわ」

 

鏡の中のシャルティアが優しげな微笑みを浮かべながら美しいカーテシーをみせてくれる。

 

「うふふ、シャルティアはなんて可愛らしいのかしら。貴女達もそう思うでしょう?」

 

わたくしの周囲に侍る吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達が一斉に肯定してくれる。

 

この子達はわたくしの眷属ですわ。

 

何故かわたくしの記憶が人間の殿方のものになっていましたから、この子達にシャルティアについて教えてもらったの。

 

わたくしの眷属のお陰でこの子達の記憶そのものを共有出来ましたから効率が良かったわ。

 

シャルティアが吸血鬼の真祖だったことは衝撃でしたが、考えてみれば永遠の乙女でいられるのですから素晴らしい事ですね。

 

うふふ、わたくしは人間の殿方にとって初恋の君ですもの。ずっと可愛くいてあげなくちゃダメよね。

 

どうせ、わたくしが“俺”のものになることは叶わないのですもの。せめて“俺”の理想であり続けてみせるわよ。

 

そして絶対に他の男にはシャルティアを渡しませんわ。

 

幸いなことにわたくしはとても強いので、男から身を守ることは容易いわ。

 

唯一、シャルティアが逆らえない上司も骸骨で、性欲がないから貞操の心配がいらないわ。

 

命令を受けることも殆どないもの。理想の上司ね。

 

身の回りの世話は、眷属の吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達がしてくれるし、理想の生活環境ね。

 

もう元の世界に帰れなくてもいいわ。

 

ここで、吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達とキャッキャウフフな生活を謳歌するわよ。

 

あら、誰か来たみたいだわ。

 

誰かしら?

 

 

 

 

初めて守護者全員が集められたわ。

 

こんな事は初めてのはずよね?

 

「あんた、いつもの偽乳はどうしたのよ?」

 

集合場所にはダークエルフの双子がいた。その内の片方が随分と失礼な言葉を投げかけてきたわ。

 

「貴方は知らないのかしら? ちっぱいはステータスなのよ。巨乳なんて後は垂れるだけよ」

 

「…それ、アルベドの前では言わないでよ」

 

アルベド…先ほどわたくしを呼びにきた垂れ乳予備軍の女ね。

 

「絶対に本人の前で言わないでよ!」

 

うふふ、そんな淑女に相応しくない言葉は口にしませんわ。

 

そんな事よりも上司にご挨拶をしなくてはいけませんね。

 

「上司? ああ、リアルの言葉だよね。ぶくぶく茶釜様が口にされていたことがあるよ」

 

わたくしは妙にキョドキョドしている骸骨上司に美しいカーテシーで挨拶を行う。

 

「モモンガ様、いつもお疲れ様です。ナザリック運営は気苦労も多く大変だと思いますが、御無理をなさらずに御自分のペースを維持なさいますよう御配慮下さいませ」

 

「あ、はい。ご丁寧にありがとうございます」

 

「いえいえ、モモンガ様は上司なのですから当然ですわ。他の上司達はリアルに長期出張に行かれてしまい、モモンガ様お一人で他部署のわたくし達の面倒をみていただき感謝しております。わたくし達も微力ながらモモンガ様の御負担を減らせるよう努力をいたす所存ですわ」

 

「あ、はい。ご協力よろしくお願いします」

 

「うふふ、ナザリックは“わたくし達の家”なのですから協力は当たり前ですよ」

 

「わたくし達の家…」

 

モモンガ様は、わたくしの言葉を繰り返すと呆然とした顔つきになられました。

 

どうされたのかしら?

 

「そうですよね! ナザリックは“私達の家”なんですよね! シャルティアさん、一緒にナザリックを守っていきましょう!」

 

モモンガ様が突然、顔を輝かすと物凄い勢いで喋り出す。

 

どうやらモモンガ様は家に…家族に執着があるみたいですね。

 

うふふ、弱点発見ですわ。

 

「あらあら、モモンガ様ったら嫌ですわ。わたくしは部下なのですから……いいえ、わたくしはモモンガ様の子供なのですから気安くシャルティアとお呼び下さいね」

 

「あ…そ、そうですね。そうですよ! シャルティアは私の子供です! 絶対に子供は私が守ってみせます! だからシャルティアも私に協力して下さい!」

 

「はい、モモンガ様。ご一緒にわたくし達の家を守りましょうね」

 

「シャルティア! モモンガ様の子供だなんて無礼なことを言ってどういうつもり!」

 

「アウラ、私はお前のことも自分の子供だと思っているぞ」

 

「うええ!? 本当ですか、モモンガ様!」

 

「あのっ、もしかして僕のことも?」

 

「勿論だとも、マーレもアウラも私の子供だ!」

 

「「モモンガ様ー!!」」

 

ダークエルフの双子がモモンガ様に抱きついた。

 

うふふ、これでモモンガ様がわたくし達のことを子供だと認識されて守るべき対象だと思っていただければ危険な命令なんてされないわよね?

 

危ないことをしてシャルティアの身体が傷ついたら嫌だもの。

 

モモンガ様、このまま理想の上司でいて下さいね。

 

 

 

 

「お前達は私の可愛い子供だ。今回、ナザリックを襲った異変から私は親として子供であるお前達を守る義務がある。だが、私の力だけではこの異変に立ち向かうには力不足だ。この危機を乗り越えるため家族全員の力を…」

 

 

 

守護者全員が揃ったあと、モモンガ様の演説が行われました。

 

わたくしを除く守護者達が号泣しはじめたときには驚きましたが、空気の読めるわたくしはハンカチを目に当ててお茶を濁しておきました。

 

モモンガ様は各自に役割を振り分けましたが、わたくしは従来通りのナザリック守護の任のみでしたので一安心です。

 

そしてわたくしが吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達とのんびりとした日々を謳歌していたある日、わたくしはモモンガ様に呼び出されました。

 

モモンガ様とは仲良し親子のような関係を築けていたので、わたくしは気楽な感じでモモンガ様の下へと向かいました。

 

「人間の国での情報収集をお願いします。シャルティアは守護者最強ですから一人でも大丈夫ですよね」

 

モモンガ様は気楽な調子でそんなことをのたまいました。

 

失敗ですわ。

 

モモンガ様と仲良くなりすぎて、用事を頼みやすくなったようです。

 

『嫌です。あっかんべーですわ』と言いたいところですが、アルベドが『邪魔者失せろ!』というテレパシーを飛ばしてきます。

 

失敗ですわ。

 

モモンガ様と仲良くなりすぎて、アルベドに敵意を持たれたようです。

 

ここは一旦、ナザリックを離れてアルベドの敵愾心を薄れさせる必要がありそうですね。

 

じゃないと、アルベドのクソビッチに本当に暗殺されそうです。

 

まったく、厄介なことになりました。

 

 

 

 

バッサバッサとお空を飛びながら人間の国へと向かいます。

 

途中の小さな村々を地図に書き込みながらなので時間が掛かりますね。

 

“バッサバッサ”

 

ちっちゃな村がありますわ。書き込みます。

 

“バッサバッサ”

 

ほったて小屋かしら? カキコカキコ。

 

“バッサバッサ”

 

ここは廃村かしら? カキカキ。

 

“バッサバッサ”

 

やっと大きな街です。大きな印をつけましょう。

 

あら、門番が騒いでいるわね。見つかっちゃったかしら?

 

失敗ですわ。

 

暗くなってから近寄るべきでしたね。

 

まあ、気にせずに降りちゃいましょう。どうせ人混みに紛れたら分からなくなりますよね。

 

“バッサバッサ”

 

急降下〜ですわ。

 

“ヒューン”

 

ん?

 

何か飛んできます、一体かしら?

 

“トス”

 

「ひいっ!? シャルティアの玉の肌に弓矢が刺さったーっ!!!!」

 

次の瞬間、わたくしの意識が真紅に染まりました。

 

 

 

 

わたくしは目を覚まします。いつの間にか寝ていたようです。

 

ここは何処かしら?

 

見渡す限りの廃墟に干からびたミイラ達?

 

わたくしは地図を確認します。

 

ふむふむ、大きな印をつけているところが此処みたいですね。

 

わたくしは大きな印のとなりに廃墟の街と書き込みます。

 

さて、続きです。

 

“バッサバッサ”

 

あら、なんだか体調がいいです。まるでお腹いっぱい血を吸った後のようです。

 

うふふ、お昼寝をした効果かしら?

 

 

 

 

わたくしは彼方此方を飛びながら調査を続けています。

 

途中で何度も気を失うように眠ってしまいました。きっと働き過ぎで疲れが溜まっているのでしょう。

 

我ながら働き者ですね。

 

働き者のわたくしのお陰で地図には沢山の書き込みが出来ました。

 

でも、廃墟が多いですね。

 

人間達は滅びかけているのかしら?

 

わたくしは吸血鬼だから人間が滅びてしまってはご飯に困ってしまいます。

 

一度、ナザリックに戻って、モモンガ様に人間の保護を訴える必要がありそうですね。

 

わたくし以外にも人間を食料している仲間は多かったですよね。これはわたくし達の死活問題に関わりますわ。

 

うん、急いでナザリックに帰還しましょう。

 

わたくしは急遽ナザリックに帰還するため“転移門”を開こうと地面に降ります。

 

“バッサバッサ”

 

急降下〜ですわ。着地!

 

「見つけたぞ、吸血鬼!」

 

着地した途端、声を掛けられたと思ったら十数人に囲まれています。

 

どちら様かしら?

 

わたくしが疑問に思っているとチャイナ服のお婆さんが前に出てきました。

 

あ、あの、いつまでもお若い気持ちを持ち続けることは非常に大事だとわたくしも思いますが、そのお年でチャイナ服はお止めになった方がよろしいかと思うのですが…いえいえ、チャイナ服が悪いとは言いません。ただ、そのスリットの隙間から覗く枯れ木のようなおみ足が……せめて、ズボンを履きませんか?

 

「喧しいよっ、吸血鬼!」

 

「なっ!?」

 

チャイナ服のお婆さんが叫ぶと同時にわたくしの意識が白色に染まっていきます。

 

こ、これは洗脳ですか!?

 

わたくしのシャルティアが洗脳され…る!?

 

ああっ…ダメ……わたくしが…消えて…

 

わたくしが…消えたら……シャ…ルティア……

 

こ…こいつら……男…いる……シャルテ…汚され…

 

い、イ…イヤ…い、嫌だあああっ!!!!

 

真っ白になった世界で、わたくしの意識は弾け飛んだ。

 

 

 

 

「ここは何処でありんすか?」

 

シャルティアは見覚えのない場所に戸惑うが、自分の中にナザリックとの繋がりを感じた瞬間、安心して余裕を取り戻す。

 

シャルティアが周囲を見渡すと、すぐ近くに砕けた金属片と血の跡を発見する。

 

「戦闘跡でありんすね」

 

その戦闘跡を目にしたシャルティアは、きっと自分は戦闘の影響で記憶が飛んだのだろうと判断する。

 

「ナザリックに帰るとしんしょう」

 

シャルティアが転移しようとしたとき、転がっていた剣の破片が目に止まった。

 

その破片には、長い銀髪と真紅の瞳を持つ女の子が映っていた。

 

少し顔色は悪かったけど、そんなことが気にならないぐらいに可愛かった。

 

見慣れた自分の姿だというのに…シャルティアは何故かそう思った。

 

そんな妙なことを考える自分が可笑しくて、シャルティアはつい笑ってしまう。

 

破片に映る可愛い女の子が涙を流した。

 

「うそ、わたしが泣いてる!?」

 

吸血鬼の自分が涙を流すなどあり得ないとシャルティアは慌てて指で触れて確認する。

 

思った通り、瞳からは涙は流れていなかった。

 

シャルティアがもう一度、破片を確認すると、そこには訝しげな顔をした自分が映っていた。

 

「ふふ、気のせいでありんした」

 

まだ戦闘の影響が残っていたのだろうとシャルティアは思い、ナザリックに帰還したら少し休もうと考えながら“転移門”を開いた。

 

シャルティアが立っていた地面には…一雫の濡れた跡だけが残されていた。

 

 

 

 

ナザリックに帰還したらシャルティアは、周囲の者達から心配された。

 

「もしかしてあんた、二重人格じゃないの?」

 

アウラからはそんな言葉を投げかけられた。

 

「シャルティアッ! 元に戻りなさい! 貴女はモモンガ様の子供なのでしょう! 何故今更、モモンガ様に色目を使うのよ! 近◯相◯プレイのつもり!?」

 

アルベドは訳の分からない言葉を口にして、彼女を混乱させる。

 

そして、愛するモモンガ様からも心配された。

 

「シャルティア! 父を許してくれ! いくら強いからといって幼いシャルティアを一人で外に出した私の責任だ!!」

 

モモンガ様がわたしの父!? シャルティアの混乱は深まるばかりだった。

 

 

 

 

“エインヘリヤル”

 

自分の事を腫物に触れるように扱う周囲の態度にシャルティアのストレスは溜まっていた。

 

憂さ晴らしに模擬戦を申し込んでも誰も受けてくれない。

 

病状が悪化したら困るから。などとシャルティアにとって意味の分からない理由で断られる。

 

こうなったら、自分の分身でもいいからぶっ飛ばしてストレス発散をしようとシャルティアは考えた。

 

シャルティアの前にもう一人のシャルティアが現れる。

 

ゆっくりと瞼を開くもう一人のシャルティア。

 

シャルティア同士で視線が重なり合った。

 

互いの瞳に映るのは、長い銀髪と真紅の瞳を持つ女の子。少し顔色は悪いけど、そんなことが気にならないぐらい可愛かった。

 

シャルティアがシャルティアに抱きついた。

 

 

「わたくしのシャルティアですわ!!」

 

 

そして、初めての恋が動きだす。

 

 

 

 

 

「どういう状況でありんすか!?」

 

 

 

 

 

 

 




初恋は実らないなんて話は都市伝説なのです!


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魔獣の王

トブの大森林を支配する大魔獣。

 

彼の大魔獣が最初に目撃されたのは今から約200年前となる。

 

白銀の毛皮と蛇の尻尾を持ち、人を超える巨大な体躯を誇る大魔獣は、当時のトブの大森林を支配していた魔獣を苦もなく屠った。

 

その場面を偶然目撃した冒険者は、その圧倒的な強さとは裏腹に深い叡智を感じさせる力強い瞳と、人語を操る高い知能からこう名付けた。

 

 

──森の賢王と。

 

 

森の賢王の一日は、トブの大森林の見回りから始まる。

 

現在のトブの大森林は森の賢王が支配しているが、その広大な面積を誇る大森林には多種多様な魔獣や魔物が生息していた。

 

それらの者達が無用の面倒を起こさないようにと賢王は見回っているのだ。

 

強大な強さを持つ森の賢王ではあったが、その強さとは裏腹に性格は穏やかだった。

 

自分に迷惑や気に入らない態度を取らないのであれば、他種族の生存を許すほどに温厚な森の賢王だが、トブの大森林が自分の縄張りだという自覚はある。

 

そのため、トブの大森林の最低限の秩序を守るのは自分の役目だと自負していた。

 

「おや、なんだか人里の方が騒がしいでござる。もしや祭りでござるか?」

 

見回りの最中に何やら騒がしい音を賢王の鋭い聴覚が捉えた。

 

野生の大魔獣である賢王ではあったが、その高い知能ゆえに人の様な文化的な生活も楽しむ心を持っていたため、付近の村人達とは良好な関係を保っていた。

 

賢王が魔物や盗賊から村を守る見返りに、村人達はトブの大森林に賢王の住居を建て、食料の提供を行う契約をしていた。

 

村で祭りがある場合には、ご馳走のご相伴にあずかるのも当然ながら契約に入っていた。

 

「ムムッでござるよ。それがしに内緒で祭りをしてるなら契約違反でござる」

 

娯楽の少ない大森林暮らしに内心では嫌気がさしていた賢王にとっては到底許せない裏切り行為だった。

 

「確認しに行くでござる!」

 

もしも本当に裏切り行為があったなら、いつもの倍はご馳走を食べてやろうと心に誓いながら賢王は凄まじい速さで駆け出した。

 

 

 

 

「なんでござるか、あやつらは?」

 

村に近付いた賢王の目に飛び込んできたのは、馴染みの村人達を虐殺している見知らぬ兵士達の姿だった。

 

「とりあえず殴ってから考えるでござる!」

 

見知らぬ兵士達の正体を考えるよりも先に村人達を助ける方が先決だった。村人がいなくなれば自分の食事レベルが急低下するのは間違いないのだから賢王は必死だった。

 

「なんだ、この魔獣は!?」

 

「森の賢王様が助けに来てくれたぞ!!」

 

「森の賢王様! お助けくだされ!」

 

「それがしに任せるでござる! ご飯の恨みは怖いでござるよ!」

 

兵士達に襲いかかった賢王はその鋭い爪で鎧ごと切り裂いていく。その巨体を思わせない素早い動きについていけない兵士達はなすすべも無く倒れていった。兵士達の中には時折剣を当てることが出来た者もいたが、賢王の鎧よりも硬い毛皮に跳ね返されるだけだった。

 

「た、退却だ! こんな魔獣に敵うわけがない!」

 

「後顧の憂いを断つためにも逃さないでござる!」

 

《全種族魅了/チャームスピーシーズ》

 

賢王の体の文様が輝くと魔法が発動した。逃げようとしていた兵士達は動きを止めた。

 

「あれ、俺は何をしてたんだ?」

 

「どうしたでござるか?」

 

賢王は兵士達の中から隊長らしき身なりの者を見つけると話しかける。

 

「おう、お前か。いや何でもないよ。どうも立ちくらみでも起こしたみたいでな、体が少しフラつくだけだ」

 

「それは心配でござるな。ところで貴殿はこんな所まで何をしに来てるでござるか?」

 

「ああ、ちょっと任務でな。ほら、王国の戦士長を抹殺するための作戦だよ」

 

「王国戦士長といえばあの髭面の男でござるな。あの髭面を殺すのに何故ゆえに村を襲うのでござるか?」

 

「俺達が村を襲えば戦士長が出張って来るだろ。そこを狙う手筈になっているんだよ」

 

「ふむふむ。それは大掛かりな作戦でござるな。貴殿達以外にも動いている人員は多いのでござるか?」

 

「陽動は俺達だけだが、戦士長を抹殺するために別部隊が動いているぜ。どこの部隊かまでは知らされていないが、恐らくは陽光聖典だろうな」

 

「陽光聖典……つまりは今回の一件はスレイン法国の謀略でござるか」

 

「ん? 当然だろう、今さら何を言って……グハッ!?」

 

知りたい事を聞き終えた賢王は兵士の胸板を鋭い爪で貫いた。生き絶えた兵士を投げ捨てると呆然としている他の兵士達に襲いかかった。

 

それから僅かな時間が過ぎた頃には、賢王の大事な食料供給先を襲った愚かな兵士達は全滅した。

 

 

 

 

賢王の助けが早かったため、村人の被害は少なかったがそれでも十数人の死者が出ていた。

 

賢王としては、契約外(魔物や盗賊からの村の防衛)の兵士達の駆除に対する臨時報酬として食料を請求したかったが、悲しみに暮れる村人達に “食料をくれ” と声を掛けれるほど情緒に乏しくない賢王は泣く泣く諦めて森に帰ることにした。

 

賢王は、髭面抹殺計画に関しては自分に関係ない(契約外)ため気にしない事にした。だが、契約している村々に対しては気を配る必要がある。

 

すでに陽動の兵士達は全滅させているが、相手は国家組織である。増援があると想定すべきであった。

 

「それがしは、村が襲われた時だけ迎撃すれば良いでござるな」

 

賢王が契約している村々はトブの大森林から距離的に近いため、予め用心しておけば村に兵士達が近づく気配を感じとれるだろう。

 

その時点で迎撃に出向けば十分に間に合うと賢王は判断した。

 

「さてと、一服したらカルネ村に遊びに行くでござる」

 

カルネ村とは、賢王の住まいから一番近い場所にある村であった。

 

そこに住まうネムという名前の幼い子供は、大魔獣である賢王を恐れずに無邪気に懐いてきたため仲良しになっていた。今では毎日遊びに行く程である。若干、他の村人達は困ったような雰囲気ではあるが、当然ながら大魔獣である賢王はそんな些事は気にしなかった。

 

自宅の山小屋に戻った賢王は、慣れた手つきでお茶を入れる。

 

お気に入りのロッキングチェアに揺られながらノンビリと焼き菓子を頬張るティータイムは、賢王にとって至福の時間だった。

 

(ふう、思えば遠くに来たものでござるな)

 

ゆったりとした時間を過ごしていた賢王はふと過去に想いを馳せた。

 

今世では最強の魔獣生を歩んでいる賢王だったが、彼女の前世は力なき人間であった。

 

その人生は決して恵まれたものではなかったが、彼女はそれなりに満足をして人生の幕を閉じた筈だった。

 

それが何の因果か、彼女は最強の魔獣として生まれ変わった。それも前世の記憶付きである。

 

最初は困惑しかなかった。

 

死んだと思ったら森の中でモフモフになっているのだから無理もないだろう。

 

目覚めた彼女が周囲を見渡しても誰もいなかった。

 

親らしき者の姿もなければ、仲間らしき者もいない。せめてこの可愛らしい(希望的観測)モフモフの飼い主は居ないのかと周囲を探すが徒労に終わった。

 

どうやらこの身は天涯孤独のモフモフなのだと察する頃には、周囲を大きな野犬(もちろん狼型の魔物である)に囲まれていた。

 

「ふん、このボクを食べる気かい? 言っておくけど簡単には食べられては上げないよ」

 

その頃はまだ前世での口調だった彼女は決して気弱な性格ではなかった。

 

食われるぐらいなら逆に食ってやる。そんな性格だった彼女は大きな犬共を殴り殺そうと拳を握ろうとして気付いた。

 

「ひゅー、随分と立派な爪じゃないか!」

 

その両手には下手なナイフよりも鋭そうな凶悪な爪が生えていた。他にも蛇のような長い尻尾も生えている。その尻尾に力を込めると自在に動かせた。

 

改めて自分の体を確認すると巨大な全身は白銀の毛皮に覆われており、その毛皮に触れてみると自分の鋭い爪でも傷一つ付かない強度を持つことに気付く。

 

さらに全身に力を込めると、身体中が筋肉で出来ているのかと思えるほどの充溢感があった。

 

前世では趣味で格闘技を嗜んでいた彼女は、今世での自分の体が持つポテンシャルに歓喜した。

 

「ははっ、圧倒的じゃないか。ボクの戦力は!」

 

彼女は、改めて周囲を見渡す。

 

そこにいたのは、図体だけは大きな犬っころ共に過ぎない。いや、冷静に見れば今の自分よりも小さい犬っころ共だった。

 

「さてと、とりあえず殴ってみようか」

 

彼女はニヤリと嗤う。

 

それからは戦いとは呼べないような一方的な殺戮が繰り広げられた。結局、ほんの僅かな時間で犬っころ共は全滅した。

 

「ボクは、ボクこそが最強なんだ!!」

 

彼女は、一際大きな犬っころの死骸の上で雄々しく雄叫びを上げた。

 

それは、トブの大森林に新たな支配者が生まれた瞬間でもあった。

 

(あれから何百年も過ぎたのでござるね)

 

当初は自分の力に夢中になって戦闘に明け暮れた彼女だったが、百年を過ぎた頃には落ち着きだした。

 

付近の目ぼしい魔獣や魔物は軒並み屠ってしまったので、戦う相手がいなくなったのも理由の一つだろう。

 

人間だった頃の記憶を持つ彼女は、積極的に人を襲う気にはならなかったので、人の国からはモンスター退治をする益獣として認識されていた。その為、討伐対象にされる事もなかった。

 

今ではすっかりご隠居気分になった賢王はのんびりと余生を過ごしている。

 

まあ、余生といってもあと何百年もあるだろうけど。

 

「さてと、そろそろカルネ村に向かうと……ビビッと来たでござる!」

 

立ち上がりかけた賢王の第六感にビビッと何かが触れた。

 

それはスレイン法国の兵士達など比べ物にならない程の脅威だと賢王に告げていた。

 

「それがしの直感が告げているでござるよ! これは魔神以上の強敵でござる!」

 

かつて、賢王が死闘を繰り広げた恐るべき魔神。それ以上の脅威を感じた賢王は歓喜のあまり狂いそうになる。

 

「フハハハハッ! それがしの――ボクの力を見せてやろう!」

 

己の直感が命じるままに猛る賢王は駆け出した。立ち塞がる全ての敵を砕かんと気炎を上げながら。

 

 

 

 

「お初にお目にかかります。私はナザリック地下大墳墓にて執事長を……」

 

「とりあえず殴る!!」

 

「ウェッ!? いきなり襲いかかってこられるとはどういう了見ですか!」

 

賢王は出会った二人組のうち、声を掛けてきた男の方に殴りかかった(実際には爪での斬撃)が、その攻撃は驚かしはしたが簡単に避けられてしまった。

 

「へえ、予想以上にやるようだね。でも、まだまだ勝負は始まったばかりだよ!」

 

「お待ち下さい! こちらは争う意思は御座いません。私の話を聞いては貰えませんか?」

 

「そう言って、ボクを油断をさせる魂胆だろうけど、そんな手は何十回と喰らっているんだ! 今さら引っかからないよ!」

 

「いえ、そんなつもりは全くありません。この通り両手も上げましょう」

 

男は言葉通りに両手を頭上に上げて無抵抗をしめす。

 

「フンッ、そうやってボクの油断を誘おうってつもりだろうけど、次の瞬間には魔法が飛んでくるんだろ! そんな手は何十回と喰らっているんだ! 今さら騙される訳ないだろう! というわけで殴る!」

 

「ちょ、ちょっとお待ち下さい!? 私には貴方様を騙そうという意図は全く御座いません!」

 

両手を上げたまま、自分の鋭い攻撃を避けまくる男の様子に賢王は更に警戒心をあげる。

 

(こいつ、ボクよりもスピードは上のようだね。この様子だともう一人の女の方も相当の手練れだと考えるべきだね)

 

長年の闘争によって磨かれた賢王の勘はこの二人組には勝てないと告げていた。いや、正確には女の方になら一対一でなら勝てるだろう。

 

(でも男の方は強さの次元が違いそうだね)

 

あの魔神ですらこの男の足元にも届かないだろうと賢王は確信した。

 

(よし、逃げよう!)

 

勝てないと判断した賢王は躊躇なく逃走を決断した。

 

話し合い?

 

馬鹿を言うな。こんな化け物と話し合いなど出来るか。

 

《閃光/フラッシュ》

 

賢王の体の文様が輝くと魔法が発動した。網膜を焼くほどの閃光がはじけた。

 

「ぬおっ!? 目がぁあああっ!!」

 

戦力的には賢王を格下だと無意識のうちに侮っていた男は閃光をまともに見てしまう。

 

両目を押さえて蹲る男に目を向けることもなく、賢王は脱兎の如くその場を逃げ出した。

 

 

 

 

「ふう、まったく酷い目にあったでござる」

 

賢王は無事に逃げ切り、自宅に戻ってきた。

 

すっかりテンションが下がった賢王は口調もござるに戻っていた。

 

「あんな化け物が近所に現れるなんて世も末にござるなあ」

 

「本当に物騒な世の中ですね。はい、お茶でございます」

 

「ああ、ありがとうでござ……ひいっ!? 化け物の片割れでござる!?」

 

スッと目の前に出されたお茶を受け取ろうとした賢王だったが、そのお茶を差し出した相手が先程の化け物の片割れだと気付き吃驚仰天する。

 

「それがしの後をつけて来たでござるか!?」

 

「いいえ、後などつけるなど失礼な真似はしておりませんわ」

 

驚き叫ぶ賢王に対して、女は穏やかに言葉を返した。その態度からは賢王を害そうとする様子は感じられなかった。その為、幾分か落ち着いた賢王も穏やかに話をすることが出来た。

 

「それならどうしてここに居るでござるか?」

 

「はい、恐れながらも背中にくっ付いていました」

 

「後をつけるよりもタチが悪いでござるわ!!」

 

キラーンと眼鏡を光らせながら答えた女に賢王は突っ込む。

 

「あの……私の姿に見覚えはございませんか?」

 

女は気弱そうな表情で賢王に問いかけた。

 

「貴殿の姿でござるか?」

 

賢王は女を観察した。

 

女はメイド服の上に簡易な鎧を纏っている。両手にはトゲトゲが付いていて趣味は良いようだ。首に巻いたチョーカーも良いアクセントになっている。髪は一つにまとめて巨大ダンゴにしている。ちなみに眼鏡っ娘の美人さんだ。

 

「うーん。非常に魅力的な御人だとは思うでござるが、見覚えと言われても心当たりはないでござるかな?」

 

賢王の言葉に女は一瞬だけ泣きそうな表情になったが、すぐに満面の笑みを浮かべた。

 

「ちなみに、ボクの特技はこれだよ」

 

「首が取れちゃったよ!?」

 

女は両手で頭を挟むとカポッと外した。

 

そのあまりの光景に賢王は素で驚いた。

 

「リフティングも得意だよ!」

 

「自分で “ソレ” はしちゃダメだよユリィイイイーーーッ!!!!」

 

自分の頭を使いリフティングをかますユリの姿に、賢王はかつてふざけて同じ事をやりやがった仲間を張り倒した事を思い出した。

 

「まったく、ユリはボクの最高傑作なんだからね。本人でもオモチャにしたらダメだよ」

 

メッっと叱りながら賢王はユリの頭を元に戻す。しっかりとチョーカーで固定することも忘れない。

 

「申し訳ありませんでした──やまいこ様」

 

泣きたくなるほどに優しい声で謝罪をするユリ。

 

「ん? やまいこ……どこかで聞いたような?」

 

何故か郷愁を感じさせる言葉に賢王は首を傾げる。

 

「ムムッ、何やら前世の記憶が刺激される気がするよ!!」

 

「前世の記憶でございますか?」

 

賢王として生を受けて数百年。前世の記憶などとうに朧げになっていた。

 

「なるほど、やまいこ様は転生されていたのですね。ああ、なんという奇跡でしょうか! 転生されたやまいこ様にこうして巡り会えるなんて……今だけは神にさえ感謝出来そうですわ」

 

涙で瞳を滲ませるユリ。そんな彼女を見ていると賢王は優しい気持ちになった。

 

「君はボクの前世で大事な人だったんだね。記憶は朧げだけど、ボクの心は確かに覚えているよ。君の名前……今のボクにも教えてくれるかな?」

 

「はい、はい、やまいこ様……ボクの名前は “ユリ・アルファ” です。また会えて嬉しいです」

 

「ユリ……うん。ボクの心に響く名前だ」

 

賢王──いや、やまいこはユリの頰に優しく触れた。

 

「やまいこ様……?」

 

ユリは自分の頰に触れるやまいこに不思議そうな顔を向ける。

 

やまいこは優しい笑みを浮かべるとユリに囁いた。

 

「ただいま──ユリ」

 

「っ!? お、お帰りなさいませ。やまいこ様──」

 

 

──数百年の時と、世界の壁をも超えて再び巡り合った主従。新たな二人の物語が今始まった。

 

 

 

 

「ユリーーーーッ!!!! 何処に行かれたのですかーーーーっ!!!!」

 

同時刻、どこかの平原で名も知らぬ男が途方に暮れていた。彼が《伝言/メッセージ》の魔法を思い出すまで後10分の時間が必要だった。

 




やまいこ「やあ、久しぶりだね。モモンガさん」
モモンガ「あの、どちら様ですか?」
やまいこ「ひどいよ、モモンガさん! ボクとの事は遊びだったの!?」
モモンガ「ボク……もしかして、やまいこさんですか?」
やまいこ「あはは、やっと思い出してくれたのかい。意外と薄情なんだね、モモンガさんって」
モモンガ「申し訳ありません! まさかやまいこさんがジャンガリアンハムスターになられていると思いませんでしたから……そんな種族ありましたっけ?」
やまいこ「ふふん、可愛いだろう。モフモフなんだぞ」
モモンガ「はあ、確かにモフモフで可愛いですね……ちょっと触ってみてもいいですか?」
やまいこ「いきなりセクハラ!? 出合え!出合え! モモンガさんが乱心したぞ!」
モモンガ「しまった!? 謀られた!!」
やまいこ「ニヤリ」
アルベド「モモンガ様! モフりたいのでしたらわたくしの羽を思う存分にモフって下さいませ!!」
シャルティア「ウググ、どうしてわたしには羽や毛皮がないのでありんしょう」
マーレ「モフるって楽しいのかな?」
アウラ「モモンガ様!あたしに言ってくれればモフモフの魔獣なんていくらでもいますよ!」
コキュートス「モモンガ様、モフるのに外骨格は如何でしょうか?」
デミウルゴス「いや、コキュートス。それは無茶というものだよ」
やまいこ「うーん、予想外の反応だね。よかったね、モモンガさん。随分と慕われているようだよ」
モモンガ「はい、素直に頷くのは癪ですが、嬉しいですね」
やまいこ「それで、やっぱりアルベドのおっぱいを揉みたいのかな?」
モモンガ「そうですね。あの大きさは魅力的……はっ!?」
やまいこ「セクハラだあっ!! 出合え!出合え! セクハラ大魔王が現れたぞ!!」
モモンガ「謀られたぁあああっ!!!!」
アルベド「モモンガ様ーっ!!!!」
アウラ「アルベドが暴走したー!!」
シャルティア「抜け駆けは許さないでありんす!!」
やまいこ「いやー、収拾がつかないようだからボクはユリとお茶でもして来るよ」
モモンガ「やまいこさん!? こんな状況にした張本人が逃げないで下さい!!」
やまいこ「バイバイキーン♪」
モモンガ「誰か助けてーっ!!」


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最強と黄金シリーズ
最強と黄金


「斬り捨てるぞ、貴様ら」

 

いくつもの村々が、帝国の騎士達に襲われているという情報を得たガゼフは、王に出撃の許可を得るために王宮に出向いていた。

 

そんなガゼフを待ち受けていたのは、王と対立する貴族達の謀略であった。

 

貴族達はガゼフの出撃を認める代わりに、王国戦士長として与えられている魔法装備の数々を置いていくように求めたのだ。

 

この無茶ともいえる要求は、王の勢力を少しでも削ごうとする貴族達と彼らを纏めんとする王との権力闘争であった。

 

もちろん、そんな貴族達との権力闘争など知ったことではないガゼフはその要求を拒否する。

 

「貴様! 平民の分際でそのような口を……」

 

「黙れ! 王直属戦士団の戦士長である俺の武装を削ごうとするとは――貴様らを国家反逆罪で成敗する」

 

政治的な駆け引きもなく、本気で剣を抜くガゼフに貴族達は顔色を無くす。

 

このままでは王宮にいる主だった貴族達は一人残らずガゼフの手によって斬り捨てられるだろう。

 

当然だが、王宮だから近衛兵達が周りにいるが、近衛兵達は誰一人として動こうとはしなかった。

 

近衛兵達もガゼフが剣を向けたのが王であったならその命を賭して王を守ろうとしたであろうが、王の潜在的な敵である貴族達を守るために命を賭ける気は毛頭なかった。

 

なんといってもガゼフは周辺国家最強の戦士であり、貴族達が剥ぎ取ろうとしていた魔法装備をフル装着している今のガゼフには王宮に詰めている兵達を皆殺しにできる力があった。

 

そんな状況下では、近衛兵達が見ないふりをしても誰も咎められないだろう。(被害者になりそうな貴族達は除く)

 

国王であるランポッサⅢ世も常日頃から自分の足を引っ張る貴族達に苛立ちが募っていたため、ついつい “いいぞ、やってしまえ” と心の中で歓声を上げてしまっていたせいで、ガゼフへの制止が遅れてしまった。

 

《戦気梱封》

 

《急所感知》

 

《流水加速》

 

《即応反射》

 

《可能性知覚》

 

ガゼフは武技を発動する。

 

王国最強のガゼフは、恐らくは戦う力がないであろう貴族相手でも全力をつくす。

 

これは彼が大人気ないのではなく、獅子は兎を狩るにも全力をうんたらかんたらというヤツだと思ってあげよう。

 

このまま王宮内でガゼフ無双が繰り広げられるのかと思われた瞬間だった。

 

「お待ち下さい、ガゼフ様──」

 

鈴の音を思わせるような美しい声が響いた。

 

今にも全力の “六光連斬” をかまそうとしていたガゼフの動きが止まる。

 

逃げ出そうとしていた貴族達の動きも止まる。

 

あらぬ方向を見ていた近衛兵達が一斉に同じ方向に顔を向ける。

 

もちろんそこには──我らが “黄金” が微笑んでいた。

 

 

 

 

“最強” と “黄金” が出会ったのは十年以上も昔になる。

 

当時、御前試合で優勝したガゼフは、ランポッサⅢ世に気に入られて王国戦士長の地位についた。

 

王国戦士長となったガゼフは自らが率いる王国戦士団の増強のため奔走した。

 

王の威光を笠に着て予算をぶん取り人員を増やして武装を強化した。

 

増強した王国戦士団の戦力と自らの周辺国家最強の武力を背景にして、王国内での確固たる発言力を手に入れた。

 

盗賊や魔物退治を率先して行い、国民からの人気も得ることが出来た。

 

だが、ガゼフは平民出身のため上流階級の決まり事などに疎く、王宮内で恥をかかされる事が多々あった。

 

その度に相手を斬り捨てようとしてはランポッサⅢ世に止められた。

 

ガゼフの我慢も限界を迎えそうになっていた頃にある噂を耳にした。

 

曰く、子供らしくない大人みたいな王女。

 

曰く、まるで心の中を見透かしたような言動をする気持ち悪い王女。

 

曰く、人を馬鹿にしたような目を向けてくる可愛くない王女。

 

「ふむ、一度会ってみるか」

 

ガゼフは、王女に興味を抱いた。

 

 

 

 

「うふふ、わたくしのような小娘になんの御用かしら? 王国最強の戦士長様」

 

初めて会った王女はこまっしゃくれた小娘だった。

 

「俺は王国最強ではないぞ」

 

「あらあら、それはご謙遜というものかしら?」

 

小娘の人を馬鹿にしたような言葉にガゼフは当然ながらムカついた。

 

「俺は “王国最強” ではなく “周辺国家最強” なんだよ!」

 

「イタイイタイイタイッ!?!!??!!」

 

小娘のこめかみをグリグリしながら、ガゼフは彼女の言葉を訂正した。ちなみに本当は “世界最強” と言いたかったが謙遜をして “周辺国家最強” にしておいた。彼は意外と謙虚な男であったのだ。

 

 

 

 

ガゼフは小娘につきまとわれた。

 

ガゼフは無骨な自分の何が彼女のお気に召したのか分からなかったが、追い払ってもすぐに近づいて来るため気にしない事にした。

 

「随分と厳しい訓練を部下に課すのですね。これでは貴方が部下から恨まれますわよ」

 

ガゼフが日課である地獄の訓練を部下達に強いていると小娘が妙な事を言い出した。

 

「何を言っとるんだ。訓練ではあまり人は死なんが、実戦では簡単に人が死ぬぞ。厳しい訓練でその死ぬ確率が少しでも減らせるなら部下から恨まれようと俺は一向に構わん」

 

「訓練でも人が死んじゃうの!?」

 

目をまん丸にして驚く小娘が面白かった。ガゼフが声を上げて笑うと小娘が怒ってポコポコ殴ってきたが平気だった。なにしろ彼は周辺国家最強の男だからだ。

 

 

 

 

ガゼフが街に出かけると小娘もついてきた。

 

門番に見つかるとうるさいだろうなと思ったガゼフは、城から出る前に小娘を大きな袋に詰めた。

 

ガゼフは大きな袋を担ぎながら悠々と門番の前を通って城外へと出ていく。

 

「こんなに簡単に城から出られるなんて嘘みたいだわ。ガゼフは誘拐の才能があるのね」

 

失礼な事を言いながら大きな袋から出てくる小娘。躾のために頰を軽くつねっておく。

 

「いひゃいれふー」

 

ちっとも痛くなさそうに痛いと言う小娘。次からはグリグリにしよう。

 

「グリグリは嫌ーっ!」

 

ガゼフ達は街を散策しながら適当に買い食いをする。

 

小娘は金を持っていないため、ガゼフが仕方なく奢ることになった。

 

「普通は身分が上の方が奢るもんじゃないのか?」

 

「普通は年上が年下に奢るものですわ」

 

互いに牽制しながら串焼きを半分こして食べる。半分こすれば倍の種類を食べれるからだ。無理してまでは食べない健康志向な二人だった。

 

「ガゼフは……今の王国をどう思っているのかしら?」

 

不意に小娘はガゼフに問いかけた。

 

「随分と漠然とした問いだな。まあ、ガキなら仕方ないか」

 

「この私をガキ扱いだなんて。随分と身の程知らずなオヤジね。まあ、無教養な平民なら仕方ないわ」

 

「ハハ、たしかに俺は平民だからな。クソガキのように無駄な勉強をする時間なんぞ取れなかったな……ちなみに俺はまだお兄さんだ」

 

「無駄とは本当に失礼だわ。私の黄金の脳髄にはガゼフが一生かけても辿り着けない叡智が眠っているのよ。そこのところ分かっているのかしら? ねえ、お兄ちゃん」

 

「眠ったままの叡智なんぞクソの役にも立ちゃしねえよ。俺にとっちゃそんなもんよりも三度の飯の方が重要だ……もう一度、お兄ちゃんって呼んでくれ」

 

「皆さーん! ここに幼女趣味の変態がいますよー!」

 

ガゼフは小娘を脇に抱えるとその場を逃げ出した。

 

 

 

 

小娘には二人の兄がいる。

 

馬鹿と阿呆の兄弟のため、ガゼフは近づかないようにしていた。

 

「アレのどちらかが次の王になるのかよ……おい、クソガキ。お前、王位に興味はないのか?」

 

「あのね、そんな不穏なことをこんな場所で言わないでよ。誰が聞いているかも分からないのよ」

 

中庭でガゼフが持ち込んだ焼き菓子を食べていた小娘は突然の言葉に眉を顰める。

 

「大丈夫だろ。お前だって王族なんだから家業を継ぐ権利はあるんだからさ」

 

「王位を家業って言わないでよ! なんだか有り難みが無くなるじゃない!」

 

ガゼフの言葉に小娘はプンプンと怒るが、ガゼフは全く気にせずに話を進める。

 

「会社は三代目が潰すというが、国も同じだな。ランポッサⅢ世で王国が潰れそうだ。後継者もまともに育てられんような暗君が主人とは俺もついていないな」

 

「だから不穏な事を大きな声で言わないでよ!? 誰かに聞かれたら不敬罪で処刑されるわよ!」

 

「それは大丈夫だ。誰かに聞かれて問題視されても “俺はそんなことは言っとらん” と殺気を込めて言い切れば、それ以上は誰も突っ込まんからな」

 

「タチが悪すぎるわね、この “周辺国家最強の男” は。あんた、貴族社会における言葉が持つ重みってのを本当に理解しているのかしら? 失言一つで全てを失うかもしれないのよ」

 

チンピラのようなガゼフの言葉に小娘は呆れた顔になるが、その言葉からはガゼフの身を心配する意図が読み取れた。

 

「フフ、いざとなれば全てを斬り捨てればいい。そう心に誓ってさえいれば、貴族社会の言葉の重みとやらに振り回されることもないさ」

 

王に気に入られたガゼフは、王家に伝わる魔法装備の数々を身に纏っている。その魔法装備の恩恵で、文字通りの疲れ知らずのバーサーカー化しているガゼフは一国の軍隊とも張り合える自信があった。

 

ガゼフは男臭い笑みを浮かべると、小娘を安心させるかのようにその頭を力強く撫でまわす。

 

「もう、髪がクシャクシャになったんだけど。それと、あんたはまるで良いことを言ったかのような顔をしてるけど、言葉の内容はただの無頼の輩よ。どうしてお父様はあんたのような蛮族に王家の秘宝を貸し与えたのかしら?」

 

「うむ。良いものを貰えたな。ランポッサⅢ世は稀代の名君だと思うぞ」

 

「さっきと言ってること違くない!? それとその秘宝は貸しているだけよ! あんたに上げたわけじゃないからね!」

 

小娘は貸しているだけだと念押しするが、すでに王家の秘宝を家にまで持ち帰っているガゼフにはその言葉は無駄であった。

 

 

 

 

小娘はとても頭が良かった。

 

「このあいだの遠征報告書が出来たわよ」

 

「おう、ご苦労さん。相変わらず仕事が早いな」

 

小娘はとても頭が良いので、ガゼフはこれ幸いと王国戦士長の事務仕事を下請けに出していた。

 

「ねえ……なんだか私の扱いがおかしくない?」

 

「いや、適材適所だからな。別におかしくないだろ。お前さんに剣を振れとか言うのなら兎も角、頭の良いお前さんが事務仕事をするのは理にかなっているだろ?」

 

「そうよね、そうなのよね。小娘の私が剣を振るうのは無理のある話だけど、事務仕事なら得意だもの。ガゼフの話はなにもおかしくはない……はずよね? それなのにどうして私はイマイチ納得できないのかしら?」

 

小娘は不思議そうに首を傾げるが答えは出そうになかった。

 

「お前さんが何を悩んでいるのかよく分からんが、人間ってのは矛盾を孕んだ生き物だからな。理詰めだけでは上手くいかんさ」

 

「ウググ、たしかに人間は不合理な生き物だけど、ガゼフに上から目線で諭されると腹が立つわ」

 

「フフ、腹が立つのは生きている証だ。よし、早く報告書ができたご褒美だ。街でメシでも奢ってやろう。ほら、いつもの大きな袋に入れ」

 

「街でのご飯は嬉しいけど――どうしてかしら? 私の扱いに関してさっき以上の納得のいかなさを感じるんだけど…?」

 

小娘は訝しげにしながらもイソイソと大きな袋に入り込む。

 

ガゼフは、その小娘入りの大袋をヨッコイショと担ぐと街の飯屋へと向かった。

 

 

 

 

王国戦士団は王直属部隊の精鋭達である。

 

整然と並ぶ精鋭達を前にしてガゼフは満足そうに笑みを浮かべる。そのガゼフの横にはなぜか偉そうな態度をした小娘も立っていた。

 

「実際にはガゼフの私兵団みたいになっているのよね」

 

「フフ、この俺が苦労して予算をブン取って立ち上げた戦士団だからな」

 

王国戦士団の団員達は全て平民出身であった。貧しい生活を送っていた彼らは十分な賃金を保証してくれたガゼフに絶対の忠誠を誓っていた。

 

「つまりお金で繋がった関係なわけね」

 

「それは当然だろう? 金が無ければメシが食えねえんだ。金払いが良いからこそ忠誠心も芽生えるというもんだ。貧しい生活を強いておきながら上の立場というだけで忠誠心を求めても無駄ってもんだ。そんな奴は戦場で原因不明の戦死を遂げるだろうさ」

 

「怖っ!? 戦士団って怖いわ!」

 

小娘は戦士団の精鋭達から一歩引いた。引かれた精鋭達はショックを受ける。

 

なぜなら精鋭達から、その偉そうな態度が可愛いとジワジワと小娘は人気を上げていたからだ。

 

「なんだ貴様ら、俺に文句があるのか? 文句があるならかかってきやがれ!」

 

小娘を引かせた原因のガゼフに非難の視線を向ける精鋭達。当然ながらそんな視線を甘んじて受けるガゼフではなかった。

 

真っ正面から部下達の不満を受け止める男らしいガゼフだった。

 

そして、たちまち始まった乱闘を制したのはやはり周辺国家最強のガゼフであった。

 

「ふははっ、誰が最強か理解したかこの馬鹿者共が!!」

 

死屍累々の精鋭達を足場にしたガゼフが天に向かって吠える。

 

「……忠誠心ってなんだろ?」

 

小娘には理解不能な状況だった。そしてこの乱闘後、戦士長を含む戦士団の結束が強まったのを目撃した小娘はますます困惑を強めることになる。

 

 

 

 

戦士長と頻繁に街を練り歩く小娘は、国民から意外と人気があった。

 

やはり会える王族というのが人気の秘密なのだろうか?

 

人気が出ると食べ物屋でもサービスを受ける。サービスを受けると小娘も笑顔を振りまく。笑顔を見せられると小娘の人気も上がる。

 

アップアップの好循環であった。

 

愛想を振りまいて屋台で食べ物をゲットしてくる小娘。

 

その食べ物を受け取って一緒に食べる王国戦士長。タダで手に入れた食べ物をモグモグと食べながら王国戦士長はニヒルな笑みを浮かべながら呟いた。

 

「フッ、ヒモという生き方も悪くないかもな」

 

「人格矯正キーック!!」

 

小娘の見事な蹴りが王国戦士長の顎を捉えた。

 

アベシッと地面に倒れる周辺国家最強の男。

 

倒れた男を見下しながら仁王立ちをする小娘。

 

小娘の金髪が陽の光を反射して眩しいほどに黄金に輝いていた。

 

その光景を目撃した人々は小娘をこう評した。

 

──王国に輝く黄金、と。

 

 

 

 




最強「腐った貴族連中は全て斬り捨てればいいだろ?」
黄金「それでは貴族の八割は居なくなりますわ」
最強「まあ、それでも別にいいんじゃないか?」
黄金「いいえ、国の運営に支障がでますわ」
最強「それなら支障が出ないような案を考えろよ」
黄金「……優秀な官僚組織を育てる必要がありますね」
最強「じゃあ、それ採用で」
黄金「残念ながら私の言葉など誰も聞いてくれませんわ」
最強「交渉が必要なら俺がしてやるよ。お前は知恵を出せばいい」
黄金「ガゼフに交渉が出来るのですか?」
最強「おいおい、俺は自分の戦士団を王国最大の部隊にまで育てた男だぜ。その予算をぶん取る神交渉の妙技を甘く見るなよ」
黄金「そういえばそうでしたね。それでは期待していますわ」
最強「おう、任せておけ。俺が殺気を込めて交渉すれば全て上手くいくからな」
黄金「それは交渉ではなく恫喝ではありませんか!?」
最強「結果が同じならどっちでもいいだろ?」
黄金「……それもそうね」


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最強と黄金、そして忠犬

黄金といえば、彼ですよね。


グー。

 

いつもの様に小娘が、ガゼフをお供にして街を練り歩いている時のことだった。

 

妙な音が小娘の耳に届いた。

 

「あら、お腹が空いたのかしら?」

 

「ん? 今のは俺の腹の虫じゃないぞ」

 

ガゼフの腹が鳴ったのかと思った小娘だったが、それは本人によって否定された。

 

それなら誰かしら? と辺りを見渡す小娘。

 

グーキュルキュル。

 

再び鳴った音の方向に目を向けた。

 

そこに居たのは──

 

「汚ったない、仔犬ね」

 

──ズタボロの服を着た少年だった。

 

「こら、子供を仔犬呼ばわりするんじゃない」

 

ガゼフは年長者として口の悪い小娘を嗜めると、道の端で蹲る少年に近づいた。

 

「どうした坊主。親はいないのか?」

 

小娘を王国戦士団のブレーンとして採用したガゼフは、彼女が策定した数々の謀略によって王国に巣食う悪徳貴族達を失脚させていった。

 

敵対勢力が激減したランポッサⅢ世は、王国を健全化させるために数々の革新的な政策を実施していった。(政策顧問:ガゼフ。政策顧問秘書:小娘)

 

その際に行われた政策の一つに国営の孤児院運営があった。

 

スラムにいた孤児達の多くはその孤児院に入ったため、街中で孤児の姿を見ることは少なくなっていた。

 

もしも目の前にいる少年が孤児ならば、彼を孤児院に連れて行こうとガゼフは考えていたのだが。

 

「て、天使様…?」

 

「まあ、私が天使だなんて!──ガゼフ、この仔犬は気に入ったわ。拾って帰りましょう」

 

少年を気遣うように見ていたガゼフ。その隣で拾った棒を手にして少年をツンツンと突いていた小娘。

 

その小娘の姿を目にした少年が思わず呟いた言葉が、彼自身の運命を変えることになる。

 

「こいつが天使様だと? 坊主、お前の目は節穴みたいだな」

 

「そんな事はないわ。この仔犬の目は真理を見抜く賢者の目といえるわね。是非とも王宮で飼育しましょう。ねえ、ちゃんと私が自分でお世話をするから飼ってもいいでしょう?」

 

少年の言葉に呆れていたガゼフに対して、小娘はペットを飼いたいと親に強請る子供のようにガゼフに強請る。

 

そんな小娘の様子に、こいつにはちゃんとした情操教育が必要だな、と考えたガゼフは思いついた。

 

──小動物(仔犬)を飼うのは情操教育にいいんじゃないかな、と。

 

自分ではナイスアイデアだと思えたガゼフは小娘と目を合わせる。

 

なんだ? やんのかこら。といった感じでガゼフを見返す小娘。

 

思えばこの小娘には友達もいなかったな、と今更ながらに小娘の境遇を思いやるガゼフ。

 

母は早くに亡くし、父は頼りなく、二人いる兄はダメンズである。周囲の大人達は頭が良すぎる小娘を気味悪がり敬遠し、同世代の貴族の子供は近づきもしない。

 

こんな状況で子供がまともに育つわけがないとガゼフは思った。

 

そう考えればこの小娘は随分と頑張っているのだろう。

 

頼りない父親の代わりに政策を考えているし、王国戦士団のブレーンも務めている。俺の事務仕事だって下請けをしてくれているのだ。

 

……あれ、小娘に頼りすぎか?

 

ガゼフは少しばかり後ろめたい気持ちになった。

 

まだまだ幼く、遊び盛りの小娘に仕事をさせ過ぎていたことに気づいてしまったからだ。

 

ガゼフと小娘は遠慮のない間柄とはいえ、ガゼフの方が年上には違いない。もう少し彼女の事を気遣ってあげるべきだろう。

 

ガゼフは小娘の頭を優しく撫でる。

 

あら、セクハラかしら? そんな感じの視線を向ける小娘。

 

「ちゃんと最後まで面倒をみれるか?」

 

「ええ、もちろんよ! 私がお嫁にいってもちゃんと連れていくわ!」

 

小娘の返事にガゼフは満足そうに頷く。

 

「そうか。お前が嫁にいけるかどうかは微妙だが、その気持ちがあれば大丈夫だろう。仔犬を飼ってもいいぞ」

 

「本当に!? やったわ、あなたを飼ってもいいって!」

 

仔犬を飼う許可を得た小娘は飛び跳ねて喜んだ。その様子にガゼフは微笑む。仔犬も飼い主になった小娘が嬉しそうにしているのが分かるのだろう。飼い主と同じように喜んでいるのが微笑ましく思えた。

 

その様子を周囲で見ていた国民達は、変わり者の王女と王国戦士長のコンビがトリオになるんだな、という感想を抱いただけだった。

 

王国の民達は知っていたのだ。

 

最近、王国が住みやすい平和な国へと変わったのがこの変わり者コンビのお陰だということを。

 

その成果と比べれば、多少の奇行など気にするほどでもないと民達は大らかな気持ちで受け入れていた。

 

 

 

 

小娘が拾った仔犬は、飼い主にとても忠実だった。

 

飼い主に全幅の信頼を込めた瞳を向ける忠犬に小娘もご満悦である。

 

「うふふ、ほーら取ってこーい!」

 

「はい! ご主人様!」

 

小娘が投げた棒へと忠犬は駆けていく。そして忠犬が棒を咥えてくると小娘はちゃんと頭を撫でて褒めてあげる。褒められた忠犬はとても嬉しそうにしている。

 

そんな微笑ましい主従の姿を王宮の中庭で見つけたガゼフは思った。

 

──何かを間違えた気がする。

 

「……まあ、細かいことはいいか」

 

ガゼフは考える事をやめた。

 

 

 

 

「ラキュース・アルベイン・フィア・アインドラです。ご高名な王国戦士長様にお会いできて光栄ですわ」

 

「え……?」

 

王宮にて吃驚仰天な珍事が起こった。

 

なんとあの小娘に友達が出来たのだ。小娘から友達だと紹介されたガゼフが言葉を無くしても仕方ないだろう。

 

「え、ではありませんわ。何なのですかその態度は? ラキュースに失礼ですわよ」

 

「いえ、殿下。私は気にしておりませんわ。戦士長様もお気になさらないで下さい」

 

小娘に非礼を咎められるガゼフだったが、そのガゼフをラキュースが庇った。どうやら小娘の友達の割には常識人の様だとガゼフは感心した。

 

「いや、俺が礼を失していた。すまない、どうか許して欲しい。そして礼を言わせてくれ。ありがとう! この常識知らずの変人と友達になってくれて! どうか末永くこいつと仲良くして欲しい。人の気持ちがあまり分からない奴ではあるが、俺にとっては娘か妹のような奴なんだよ。きっと根は良い子だと俺は信じている。君にも信じてもらいたい。多少の奇行はあるかも知れないが大らかな気持ちで見逃してやってくれ。人と人は許し合って生きていけると俺は信じているぞ!」

 

「ガゼフッ、いい加減にして! 教育的指導キーック!!」

 

あまりなガゼフの言い草に小娘の見事なキックが炸裂する。

 

「戦士長様っ!?」

 

ラキュースの悲鳴じみた叫び声が聞こえたが、ガゼフはそれどころではなかった。いや、小娘のキックが効いた訳ではない。自分の目から涙が出るのを抑えることが出来なかったのだ。

 

部屋の隅では忠犬も貰い泣きをしていた。

 

「どうして号泣するのよ!! っていうかガゼフが泣いているところなんか初めて見たんだけど!?」

 

「いや、お前に友達が出来ただなんて感無量でな。ああ、俺の育て方は間違っていなかったんだ」

 

「ガゼフに育てられた覚えなんかないんだけど!?」

 

「ぷっ……ククッ…」

 

ガゼフ達のやり取りに堪えきれなくなったのだろう。ラキュースが口元を隠しながらも明らかに笑い声を漏らしていた。

 

「ちょっと! ラキュースに笑われたんだけど!!」

 

「うむ、笑い合える友がいる。素晴らしいことだな」

 

「だから笑い合ってんじゃなくて、笑われてるって言ってんのよ!!」

 

「お前が人を笑わせられるとは……長生きはするもんだな」

 

「だから笑わせてんじゃなくて、笑われているのよ!! それとガゼフは長生きがどうとかいうような歳じゃないでしょうが!!」

 

「フハハハッ、俺はまだまだお兄さんだからな!……なんならお兄ちゃんと呼んでもいいぞ?」

 

「衛兵ー! ここに幼女趣味の変態がいるわよー!」

 

ガゼフは、ラキュースの大きな笑い声を背にしながらその場を逃げ出した。

 

 

 

 

ラキュースは才能の塊だった。

 

周辺国家最強のガゼフからみてもその才能は確かなものだった。

 

「ほう、貴族のお嬢様とは思えん太刀筋だな。いいだろう、時間のあるときはお前の指導をしてやろう」

 

「ありがとうございます、ガゼフ様」

 

ラキュースに剣の指導を請われたガゼフは、彼女の太刀筋を見て指導をする事を決めた。順調に成長すれば己を超える戦士に成長すると見込んだからだ。

 

ちなみに彼女が貴族のお嬢様だという事は気にしなかった。そのため、後日アインドラ家の当主から苦情を受けたが、もちろんガゼフはそれも気にしなかった。

 

「ねえねえ、ラキュースが剣を習うなら私も一緒に習ってあげてもいいわよ」

 

小娘が妙な事を言い出した。

 

「お前が剣だと? まあいいか。試しに相手をしてやろう」

 

「うん、でもガゼフの剣だと私には重すぎるから短剣でいくわね」

 

「ああ、そうだな。お前の場合は敵を倒す為の剣術よりも、護身用の短剣術の方がいいだろう」

 

ガゼフは完全なる考え無しではなかった。少なくとも戦闘分野でなら優れている方に入れるだろう。それゆえ、王族である小娘には短剣術の方がいいと認めた。

 

「じゃあ、いくわよ!」

 

小娘はガゼフの懐に素早く入り込む。その思わぬ速さに一瞬だけ驚くガゼフだったが、すぐさま膝蹴りを繰り出した。

 

その膝蹴りを半身を切り躱した小娘は、ガゼフの脇腹に向けて短剣を突き出した。ガゼフは突き出された短剣の腹を払って方向を逸らす。

 

短剣を払われた小娘は、その力に逆らうことなく身体を回転させながら身を屈めた。

 

ガゼフの死角へと身体を沈めた小娘は、手の中の短剣を逆手に持ち替えてガゼフの膝裏に向けて差し込むが、ガゼフは鞘に入れたままの剣を地面に突き刺してその短剣を止めた。

 

短剣を止められた小娘はすぐさまその場を跳び離れる。

 

距離が離れた二人は視線を交わし合う。

 

ニヤリと小娘の口元が歪んだ。

 

ガゼフはその不敵な笑みを目にすると小娘に向けて言葉を発した。

 

「いや、おかしいだろ。なんでお前がそんなに動けるんだ?」

 

「あら、別に変じゃないわよ。自分の身体能力を正確に把握していれば簡単だわ。それに普段から最高のお手本が目の前にいるもの。逆にこの程度の動きが出来ないようじゃ運痴って言われちゃうわ」

 

「そ、そうか……」

 

暗に褒められたガゼフはそれ以上の言葉を失う。そして、ラキュースからの生暖かい視線が二人に向けられていた。

 

「あのっ! 僕もガゼフ様の御指導を受けたいです!」

 

妙な沈黙に包まれていたその場の空気を破ったのは忠犬だった。

 

「あ、ああ、そうか。それならお前も剣を振ってみろ。相手をしてやろう」

 

王国戦士長であるガゼフが指導するのは、本来なら部下である王国戦士団の者だけだったが、忠犬が空気を破ってくれたことに対して少し助かった思ったガゼフは特別に彼の剣を見ることにした。その結果如何によっては指導をするつもりであった。(小娘の友達であるラキュースは特別待遇である)

 

「はいっ、それでは行きます!!」

 

忠犬は威勢よく掛け声をかけると、ガゼフに向かって突進していき剣を全力で振った。

 

「……うむ」

 

その剣は容易くガゼフに止められた。

 

ドタバタと走ってきて、薪割りの様な大振りな一撃だった。

 

ガゼフは思った。才能の欠片すら無いと。

 

ラキュースは思った。執事でも目指した方がいいわと。

 

飼い主は思った。うちの子、弱可愛い♡と。

 

「どうですか! ガゼフ様!!」

 

忠犬は目を輝かせてガゼフに問いかける。自分の才能は貴方のお眼鏡に叶いましたかと。

 

ガゼフは答えを口にしようとするが、その純粋な目を前にすると言葉が出てこない。

 

いくら空気を読まないガゼフとはいっても純粋な子供には弱かったようだ。

 

「えーと、そうだな。ラキュースはどう見た?」

 

「ええっ!? 私ですか!?」

 

まさかの無茶振りだった。

 

「ああ、ラキュースは俺の個人的な弟子1号だからな。お前の眼力を俺は信じよう。さあ、彼の評価を教えてくれ」

 

「うぅ……そう言われてしまうと断りにくいです」

 

ラキュースは困った。素直な評価を口にすれば、彼は王国戦士長の指導を受けれなくなるだろう。指導を受けれる自分が彼の望みを断つなど優しい彼女には酷な話だ。とは言っても自分を信頼してくれた王国戦士長を裏切るような虚偽の言葉を口にする事は出来ない。

 

「あー、そのー、あれです。うんあれですね……うん、その………そ、そうだ! 殿下はどう思われますか? 殿下は言うならばガゼフ様の個人的な弟子2号ですわ! 私は弟子1号として弟子2号の殿下の観察眼を信頼しております! 忌憚のないご意見をお願いしますわ!」

 

まさかの無茶振り2号だった。

 

「あらあら、私にまで回って来ちゃいました」

 

小娘はにっこりと笑う。

 

その輝かんばかりの天使のような笑顔に忠犬は希望を見出した。もちろん、ガゼフには悪魔の微笑みにしか見えなかった。

 

小娘は希望に満ちた忠犬の視線をしっかりと真正面から受け止める。

 

小娘はこくりと忠犬に頷いてあげた後、天使のような微笑みを浮かべたまま言葉を口にした。

 

「うふふ、まったくの才能無しですわ。生まれ直してから出直して来なさいな」

 

「がーん!?」

 

ショックのあまりその場で蹲る忠犬。

 

ラキュースはそんな忠犬に一生懸命に慰めの言葉をかける。

 

ガゼフは可哀想だが仕方ないと溜息を吐く。

 

そして飼い主は──

 

「うちの子って、ヘタレ可愛いわ!!」

 

──とてもご満悦だった。

 

 

 




中二「暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)!!」
最強「ほう、中々の威力だな」
黄金「そうですわね。私ではとても真似できませんわ」
中二「フフ、我が炎に抱かれて地獄へと滅せよ」
最強「しかし聞いたことのない武技だな」
黄金「言われみればそうですわね。もしかしたらラキュースのオリジナルかしら?」
中二「ククク、穢れし闇の力は我以外では抑えきれぬ。決して過分な想いを抱くではないぞ」
最強「ラキュースみたいな力技はこいつには向かないからな。心配しなくてもこいつも分かっているさ」
黄金「そうね、私の場合ならスッといってサクッて感じかしら?」
中二「闇と混じりし黄金よ。人々の賞賛を浴びながら血に塗れる罪深き咎人よ。我はそなたを誇りに思おう」
最強「そうだな。こいつは意外と頑張り屋さんだからな。随分と強くなったと俺も思うよ」
黄金「……意外とが余計よね」

忠犬「どうして会話が成り立つんだ!?って突っ込んだら負けなのかな?」


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最強と黄金、そしてハゲ

 

その日、ガゼフと王女は目付きの悪いハゲを見つけた。

 

「ほう、中々に鍛えているハゲのようだな」

 

それは筋肉ハゲだった。だが、ガゼフの研ぎ澄まされた直感は告げていた。あの筋肉ハゲの筋肉は見せ筋ではなく、戦える筋肉だと。

 

「筋張っていて不味いハムみたいなハゲね。あれならフサフサの分だけ、ガゼフの方が少しだけマシだわ」

 

普段から可愛らしい忠犬を見慣れている王女の目には、ムキムキハゲは可愛く見えなかった。あれなら肩車されたときに掴める髪があるこっちの筋肉バカの方がマシだと思った。

 

「フハハハハ、とうとうデレたか。と言いたいところだが、あの筋肉ハゲと俺を同じステージで比べるなよ。こう見えても俺は飲み屋のネーちゃんには大人気なんだぜ。店に行くたびにキャアキャア言われてボトルをあけまくりだぜ」

 

「えーと、『金の切れ目が縁の切れ目』という東方の諺を知っているかしら?」

 

他人の事など、皿に盛り付けられたパセリ程度にしか気を使わない王女が珍しく気を使った言い回しでガゼフに忠告する。

 

──だって本気で喜んでいるのが不憫に思えるわ。そんな本音な王女だった。

 

「おいッ、誰がハゲだ! この頭は剃っているだけだ!」

 

ガゼフ達の言葉が耳に入ったのだろう。ハゲが乱暴な言葉遣いで怒鳴った。

 

「うるせえぞッ!! クソハゲが喚くんじゃねえッ!!」

 

「ゲボラッ!?」

 

ハゲはブン殴られて吹っ飛んだ。

 

「チンピラより喧嘩っ早いのは戦士長としてどうなのかしら?」

 

「フハハハハッ、王女親衛隊隊長としてお前さんに近づく不審者を排除しただけだからな。何も問題はないぞ」

 

そうこの男は王直属戦士団の戦士長だけではなく、王女親衛隊の隊長にもなっていた。当然ながら関係各所を脅して許可させたのだ。

 

「不審者ね、ガゼフはそんな事を言いながら昨日も貴族を殴っていなかった? 貴族は不審者じゃないでしょう」

 

「ククク、俺の目には敬意を払うべき王女に対して不遜な態度をとっていた慮外者に見えたぞ。本来なら不敬罪で斬首のところ拳ひとつで許してやったんだ。感謝してもらいたいぐらいだぜ」

 

「不敬罪って、あの貴族は明らかにガゼフ相手に嫌味を言っていたわよね?」

 

「王女親衛隊隊長であるこの俺に対する嫌味は、王女に対する嫌味と変わらんぞ。そのような不敬など忠義心溢れる俺には許せんのだ。付き合いの長いお前さんなら、この俺の気持ちが分かるだろ?」

 

ガゼフは王女の頭を優しくポンポンと撫でながら真剣な表情で己の気持ちを語った。

 

「そうね、なぜか釈然としない気持ちが湧き起こるけど、ガゼフの言いたい事は分かるわ」

 

頭を撫でる大きな手から感じる温かさ。同時に胸に湧き起こる妙な違和感。頭が良くても分からない事はあると学んだ幼い王女だった。

 

そんな主従を見守る人々の目は優しかった。

 

「い、いや待て……俺はただこの頭は剃っているだけだと言いたかっ──ゲボッ!?」

 

「うるせえッ!! 話を蒸し返すなッ!! ウルトラハゲッ!!」

 

いつの間にか立ち上がっていたハゲが、何かを言いながら王女に近付くのを見逃すガゼフではなかった。

 

ガゼフのアッパーカットはハゲの顎に見事に決まり、そのハゲは再び宙に舞った。

 

背中から地面に叩きつけられたハゲは気を失う。それを見た王女はとりあえず近くに落ちていた木の枝を拾って突いてみる。

 

「つんつん……えっと、呼吸はしているわね」

 

「フフ、俺は慈悲深いからな。峰打ちだ」

 

アッパーカットで峰打ち? とは思った王女だったが、自分だったらハゲに慈悲はかけないから、ハゲを生かしたガゼフは確かに慈悲深いのかな? と、得意そうに笑っているガゼフを見ながら納得した。

 

「ふむ、見たところ食い詰めたゴロツキってところだが、腕は立ちそうだな。一応、持って帰るか」

 

「あら、もしかしてガゼフの戦士団にスカウトするのかしら? 念の為に言っておくけど親衛隊の仕事はさせちゃダメよ」

 

「ハハ、こんないかにも俺はゴロツキです。と声高に叫んでいるような見た目のハゲを、見栄え重視の親衛隊で使うほど俺は耄碌しちゃいないぜ」

 

「それならいいわ。ところで、コレをどうやって城に持って帰るのかしら? こんなハゲを城に持ち込もうとしたら衛兵が止めると思うわよ。ガゼフの家に持って帰る?」

 

王女の言葉に数秒だけ考えるガゼフ。すぐにニヤリと笑うと言い放つ。

 

「大きな袋に入れて持ち込むぞ!」

 

「えぇっ!? 私の大きな袋を使うの!?」

 

王女が珍しく大声を張り上げた。その王女の姿をみたガゼフは彼女が心配したであろう事を察して声をかける。

 

「フフ、心配するな。確かにお前さんと比べればハゲは重いがこの俺なら担げるからな」

 

腕を曲げて力こぶを誇示するように見せながら、ガゼフは王女を安心させるように笑う。

 

「そんな心配してないわよ! ハゲを入れた袋に入りたくないって言ってんのよ!」

 

「おっと、あぶない」

 

見当違いのガゼフの言葉にキレた王女の回し蹴りがガゼフを襲うが、とっくに王女の回し蹴りに慣れていたガゼフは軽く躱してしまう。

 

ぐぬぬ、と悔しがる王女。

 

ふはは、と得意そうに笑うガゼフ。

 

そんな主従をあくまでも微笑ましそうに見守る人々。

 

今日も王国は平和だった。

 

 

 

 

ハゲは困っていた。

 

最近の王国は馬鹿な貴族が徐々に減ってはいたが、だからといって全ての平民の生活が良くなるわけではない。

 

どこかの最強と黄金が下手に治安改善をするものだから用心棒をしていたハゲはリストラされたのだ。

 

リストラされたハゲも最初は頑張った。そう頑張ったのだ。用心棒ではなく普通の従業員として雇用されるべく無精髭は剃り、体毛も剃り、体表に油を擦り込みテカリを出して清潔感を醸し出し、満を辞して挑んだ飲食店のウェイターの面接でテカっていて気持ち悪いと言われた。

 

もちろんハゲはブチ切れた。

 

ブチ切れたハゲは暴れ回り、そして残念ながら面接は落ちた。まぁ、当然だろう。

 

ハゲは自暴自棄になり、転がるように落ちぶれていった。

 

ハゲは田舎でモンクの修行をして一端の腕を持つに至っていたが、逆に言ってみれば腕しかなかった。つまりはただの脳筋だ。腕っ節以外の潰しはきかなかった。

 

ハゲと同じ脳筋のガゼフが落ちぶれずに生きてこれたのは、ほんの僅かな違いでしかなかった。

 

御前試合で優勝して、王に気に入られて王国戦士長の座に上り詰めたのは確かにガゼフの実力だろう。

 

だが王宮で貴族からの嫌がらせを受けていたガゼフは、本来ならとっくの昔にブチ切れて王宮無双をかましてから王国から出奔していた筈だ。

 

その後は無惨だろう。

 

たった一人で王国の腐った貴族共を地獄に送り、王宮に詰めていた近衛兵の強者達を斬り捨てて、国外脱出を果たした戦士の末路など碌なものではない。

 

精々が隣国の優秀な皇帝にスカウトされて騎士に取り立てられる程度だろう。

 

ガゼフとハゲの違いは、そんなほんの少し我慢が出来たかどうかの違いでしかなかった。

 

少なくともハゲから身の上話を聞いた王女はそう思った。頭の良い王女がそう思ったのだ。たぶん間違いはないだろう。

 

「なるほど、確かに貴族共を斬り捨てたいのを、俺は驚異の忍耐力で我慢している。それに帝国の皇帝は優秀だと聞いているな。噂通りの皇帝ならこの国の愚王とは違い、この俺をも使いこなせるかもな」

 

王女の推論にガゼフは納得したかのように頷いたが、その後に『だが』と続けた。

 

「俺なら国外脱出などはせん。暴れた後は、お前さんを女王に据えてしまえば体裁は整うだろう」

 

ガゼフのその言葉に王女は納得した。

 

「なるほど、狼藉を働いた犯罪者じゃなくて、国を思い行動した英雄に成りすますわけね。私という国民から人気のある丁度いい神輿もいてるもんね」

 

「フハハハハッ、俺が育てた王国最強最大の軍隊もあるからな。文句を言う奴らは皆殺しだ!!」

 

「へぇ、文句を言う奴らね。この国から殆どの貴族がいなくなりそうね」

 

「俺は構わんぞ、貴族などクソだらけだからな!!」

 

「私の愚兄二人も文句を言うわよ?」

 

「お前さんの阿呆と馬鹿の兄貴共か……首を落としたら悲しいか?」

 

「いえ、別に」

 

「フハハハハッ、ならば問題はないな!! 俺の剣の冴えを見せてやろう!!」

 

「うふふ、王宮でそんな事を大声で言ってたら本当に首が飛ぶわよ」

 

「……(コイツら頭がおかしいだろ!?)」

 

ガゼフの危険な発言に王女は笑顔で注意をする。何ゆえに笑顔なのだろう?

 

ガゼフの危険な発言にハゲは隅っこで震えている。ハゲが考えている事は概ね正しい。

 

なお、王宮内に勤めている人達は全員がガゼフと王女の声が聞こえていない──ことにしていた。つまり、王宮内で生き残る(ガゼフに斬り殺されない)為の知恵であった。

 

「ところでこのハゲを連れてきたのはいいが、剣は素人だから俺の軍では使えんな。お前さんはいるか?」

 

ハゲに強者の匂いを感じたガゼフだったが、まさかハゲが殴り合いしか脳が無いとは思ってもいなかった。ハゲに一から剣技を教える程の価値があるとは思えないガゼフはハゲに対する興味を失ってしまった。

 

ガゼフに問いかけられた王女が反射的に『いらない』と答えようとしたとき、部屋の隅に立つ忠犬の姿が目に入った。

 

剣士としての才能は、王女である自分の足元にすら届かない弱々しい忠犬だったが、飼い主の自分の為なら誰彼かまわずに噛みつく可愛いところがあった。

 

弱い犬ほどよく吠える。その諺通りの愛らしい忠犬は生傷が絶えない。いつか大怪我をするんじゃないかと心配をしていた。

 

王女はハゲの体を見た。筋肉がよく詰まった頑丈そうな体だった。いや、ガゼフに殴られても壊れないのだから実際に頑丈なのだろう。

 

──これなら良い肉壁になりそうね。

 

王女はガゼフ以外が見たなら聖女のように見える微笑みをその美しい顔で作った。

 

「貴方様の磨かれた拳技で、力無き私を守ってはいただけませんか?」

 

ガゼフから見れば腹黒そうな笑顔を浮かべて喋る王女を、妙な生き物を見る目で眺めていた。

 

胡散臭え、それがガゼフの偽りなき素直な気持ちだった。

 

「お、俺なんかでよければこの命を王女様に捧げます!!」

 

「なにぃぃいいいッ!?」

 

「えっへん」

 

まさかのハゲの了承にガゼフは仰天する。もしかしたら人生で一番驚いた瞬間かもしれない。

 

そんなガゼフに胸を張る王女。

 

ふふーんだ。どうだ見たか、これが私の魅力よ。そんな幻聴が聞こえてきそうなドヤ顔だった。

 

部屋の隅では忠犬が『流石は姫様です!!』と吠えていた。

 

いつの間にか臣下の礼をとっているハゲ。

 

その姿にガゼフは大きく目を見開く。このハゲは小娘の本性を知っているはずなのに一体何故だ……そんな呻くようなガゼフの言葉に答える者はいなかった。

 

──ガゼフは知らなかった。

 

王国にて『黄金』とまで讃えられる光り輝く王女の微笑みは、ゴロツキでしかなかったハゲの胸中に信仰に近いほどの感情を湧き上がらせるほどの破壊力を持つことを。

 

狂信の光を瞳に宿し、ハゲは『黄金』に頭を垂れる。忠犬が『黄金』の輝きに灼かれた瞳で見惚れていた。

 

ガゼフは無意識に舌打ちをする。

 

彼が知る『黄金』は──にぱーと笑うただの小娘でしかなかった。

 

なんとなくムシャクシャしたガゼフは、その大きな手で小娘の髪の毛をクシャクシャにしてみた。

 

「なにをするのよ!」

 

ぷりぷり怒った小娘の姿にガゼフはニヤリと笑った。

 

「クク、案外似合ってるぜ、その髪型」

 

「んなわけあるかっ、くらえっ!」

 

小娘の回し蹴りが、いつもの様にガゼフに向かって放たれた。

 

そんな主従の姿を、ハゲと忠犬は狐につままれたような顔でぽかんと見ていた。

 

 

──天下泰平。

 

やっぱり今日も王国は平和だった。

 

 

 



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最強と黄金、そして乙女

 

ガゼフの弟子のラキュースが冒険者になった。そしてその日の内に彼女はガゼフの家に転がり込んだ。

 

「冒険者になるのは構わんが、俺の家を拠点にする意味が分からんのだが?」

 

「私は家出をしたのですよ。師匠が可愛い弟子の面倒をみるのは当然ですよね」

 

「うーむ、可愛い? 可愛いのか? 少々疑問だが、まぁ、確かに弟子は弟子だな。家出をしたのなら一応は若い娘でもあるからな、無責任に放り出すわけにもいくまい。しばらくの間なら面倒をみてやるぞ」

 

「はい、不束者ですが末長くお世話になりますね」

 

「ふむ、挨拶はそれで合っているのか?」

 

「さあ? お母様が師匠の所に行くって言ったら庶民の場合の挨拶はこうですよって教えてくれたんです」

 

「そうか、それなら合っているのか? 俺はあまり礼儀作法には通じていないからな、正直よく分からん」

 

「はい、そうですよね」

 

「……こういう場合は嘘でも否定をするもんじゃないのか?」

 

「はい、確か『親しき仲でも礼儀あり』――どんなに通じ合っている者同士でも相手の事を思いやる初心は忘れるな。それが添い遂げる為の心構えである。東方の諺ですね」

 

「ん? そんな意味の諺だったか?」

 

「はい、お母様に師匠のところ行くって言ったら長続きする為のコツって事で教えてくれたんです」

 

「そうか、それなら合っているのか? 俺はどうも学に乏しくてな、正直よく分からんがな」

 

「はい、師匠の弟子なのでよく知っています」

 

「……だからこういう場合は嘘でも否定するもんじゃないのか? さっきお前も言っただろうが、親しき仲でも礼儀あり、とな」

 

「だから『学が乏しいじゃなくて学が無い』じゃないかなって、思ったけど言わなかったんですよ。えへへ、偉いでしょ! 褒めてもいいんですよ!」

 

「……どうやら師匠を揶揄っているようだな。今一度、師匠の偉大さを思い知らせてやろう」

 

「きゃあきゃあ、師匠に襲われるー、誰か助けてー」

 

「ぬおっ!? こんな夜更けに人聞きの悪いことを口走るな!」

 

「むぐむぐー」

 

ガゼフはラキュースの軽口を塞ぐため、慌ててその口を押さえた。そしてその勢いでラキュースをソファに押し倒してしまう。

 

「あ……すまん」

 

「ん……」

 

咄嗟に謝るガゼフだったが、ラキュースは何故か黙りこんだ。その瞳が潤んでいるように見えるのは錯覚だろうか。

 

「それでガゼフとラキュースは、どうして私の目の前でラブコメっているのかしら?」

 

一部始終を見学していた王女が据わった目でラキュースを睨む。

 

ラキュースはその言葉に慌てる事もなくゆっくりと見せつけるかのようにガゼフから離れる。離れる瞬間にガゼフの頬を優しく撫でるのも忘れない。

 

ラキュースはにんまりと笑うとその口を開く。

 

「なんと! こんな夜更けに王女殿下ともあろうお方がこんな所にいてはなりません。ささっ、早くこの大きな袋に入って下さい。朝まで袋の口を縛って王女殿下の身を誰にも触れさせないように、この私がふかふかベッドの中で祈っておきます」

 

王女はピキリと、こめかみに青筋を立てた。

 

「アインドラ家の御令嬢こそ、こんな粗野な男の住まいに押し掛けるだなんて少々破廉恥ではないかしら? お父上がお知りになったらお相手のガゼフが縊り殺されるわよ」

 

「おほほ、お父様如きが師匠を殺せるだなんて随分と王女殿下は夢見がちなお方ですわね。師匠が本気になればアインドラ家が誇る騎士団ですら壊滅させられるというのに」

 

ラキュースは笑顔だが、その目は微塵たりとも笑っていなかった。

 

「……はっきり言わないと世間知らずの御令嬢には理解できないようですね。ここ(・・)は私の縄張りだと申しているのです!」

 

「……箱入りの王女殿下こそ現実を知らないようですね。ここ(・・)は私の居場所ですわ!」

 

王女とラキュースは互いに髪を逆立てて威嚇し合う。その様は子猫同士が威嚇し合うようだとガゼフは思った。

 

「お前らここは俺の家だ。それとお前達は友達同士のはずだろ? なんか雰囲気が悪くないか?」

 

「ラキュースとは仲良しですよ」

 

「王女殿下とは親しくさせて頂いておりますわ」

 

ガゼフの問いにそれまでの剣幕が嘘のように二人は仲良さそうな雰囲気に変わる。

 

「でも、ラキュースとは仲良しとはいえ、それとこれとは別問題です。私にとってはガゼフの方が付き合いは長いわ。ただの腐れ縁とはいえガゼフは私の友です。その友をラキュースのような貴族関係で苦労すると分かっている女の手に落ちるのを見過ごすほど私は薄情ではありません」

 

「それはこちらの台詞ですよ、王女殿下。我が敬愛する師匠を王位継承権が絡む厄ネタすぎる女に渡してしまっては、愛弟子として女がすたるというものですわ。師匠を助けるためになら貴族令嬢の立場などいつでも捨てて師匠の腕の中に飛び込んでみせます」

 

宝石の輝きを放つラナーと、生命の輝きを放つラキュース。タイプの違う二人の美少女に愛の告白同然の言葉を告げられたガゼフだったが、彼はげんなりとした表情を浮かべた。

 

「お前ら、今度はなんの舞台を見てきた?」

 

「うふふ、三角関係でドロドロした恋愛劇ですわ」

 

「最後は刃傷沙汰になって、男を滅多刺しにした女二人が禁断の愛に目覚めて駆け落ちをするハッピーエンドな最後です」

 

「どんなラストだ!? そんな教育に悪い舞台を見るんじゃない!」

 

「ガゼフったら親父くさいこと言うわね」

 

「師匠、巷では大人気の舞台なんですよ。師匠も一度見れば滅多刺しの良さが分かりますよ」

 

「どこに注目しているんだ、お前は!?」

 

王女殿下十歳、ラキュース十三歳、なにかと影響を受けやすいお年頃である。

 

 

 

 

「はい、これが師匠の銅プレートですよ」

 

「俺の銅プレートだと?」

 

ラキュースから笑顔で手渡された冒険者の銅プレートをガゼフは困惑気味に受け取る。そんな彼にラキュースは満面の笑みで答えた。

 

「えへへ、私も銅プレートですからお揃いですよ!」

 

「あー、なんだ……まあいいか」

 

色々と言いたい事はあったが、ラキュースの全く影のない笑顔を見たガゼフは飲み込むことにした。素直に銅プレートを受け取ると自分の首にかける。

 

そんな自分の姿をニコニコと笑顔を浮かべながら嬉しそうに見ているラキュースの姿にガゼフは苦笑を浮かべる。

 

脳筋にありがちな事だが、ガゼフは自分を慕う弟子にはとても甘かった。

 

「教育的指導キーック!」

 

「うおっ!? お前は突然なにをするんだ!」

 

死角から放たれた王女の蹴りをガゼフは野生の勘で躱した。

 

「何をするとはこちらの台詞よ! 私の親衛隊隊長なのに冒険者になる気なの!」

 

珍しく王女が本気で怒っていた。それはそうだろう。冒険者は国の下につかないという冒険者組合の規約がある。ガゼフが冒険者になるという事は親衛隊隊長を辞めるという事だ。

 

「お前は何を言っとるんだ? 俺は王直属戦士団の戦士長と王女親衛隊隊長だ。王と王女の二人の下ではあるが、国の下にはついていないぞ。つまり俺が冒険者になろうとも何も問題はないという事だ」

 

「なんだ、それならいいわ。そうだ、せっかくだから私も冒険者になろうかしら? 三人お揃いで銅プレートを首にぶら下げるのも悪くないわよね」

 

「それはナイスアイデアですね、王女殿下!」

 

暴論に聞こえるガゼフの言葉に王女はあっさりと納得した。

 

これは彼女がアホなのではない。ガゼフが言っている事が一応は事実だと思い出したからだ。

 

ガゼフは契約上では王と王女の二人に個人的に仕えている事になっている。これは戦士団と親衛隊が王族以外の命令は受け付けない組織を目的として作られたものだからだ。

 

ガゼフからは愚王呼ばわりされているランポッサⅢ世だが、彼は弱腰ではあるが決して愚かではなかった。

 

王国の貴族はもとより国に仕える重臣の中にも腐った連中がいることに気づいていた彼は、そんな連中の影響を少しでも排除するために自分が見出したガゼフには国からの命令は受けない立場を与えた。

 

戦士団と親衛隊も正確には国の組織ではなくガゼフの私兵となっている。その運営には国の予算が使われているが、あくまでも予算は戦士団や親衛隊にではなくガゼフに支払われるという形をとっていた。

 

その結果、ガゼフ達は非常に自由な立場となっていた。

 

ここで、本来なら戦士団は王の意を受けて国の改革を行うはずだったのだろう。

 

だがガゼフが愚王と呼ぶランポッサⅢ世。彼は愚かではないが、非常に弱腰だった。せっかく手に入れた伝家の宝刀を振るえる器量は無かったのだ。

 

結果的には娘である王女がガゼフと組んだためランポッサⅢ世の行いは無駄にはならなかったが、ガゼフからの愚王の評価が覆る事はないだろう。

 

ちなみに王女はこれらの事を瞬時に思い出したから納得したが、ラキュースは違う。彼女は単純に師匠と一緒に冒険がしたら楽しいだろうと思ったから、冒険者申請時に気を利かせて師匠の分も申請しただけだ。本人がいなかったけどそこは上位貴族のごり押しだった。

 

「師匠と王女殿下、それに私の三人で冒険者をするならチームを組みましょうよ。チーム名は前々から決めていたんです。『蒼の薔薇』ってどうですか? けっこうお洒落だと思うんですけど」

 

「うむそうだな、別にいいんじゃないか」

 

「そうね、悪くないと思うわよ」

 

「えへへ、それじゃあ『蒼の薔薇』結成です!」

 

弟子に甘い師匠と、たった一人しかいない友達(ガゼフは友達枠ではない)には甘い王女の了承を得たラキュースは、嬉しそうに右手を空に突き上げて『蒼の薔薇』結成を宣言した。

 

後日、冒険者組合内で色々な意味で議論が巻き起こるが、それは『蒼の薔薇』には関係のない話だろう。

 

 

 

 

ふと思い出したガゼフは聞いてみた。

 

「小僧とハゲはどうする? 『蒼の薔薇』に入れないのか」

 

「足手まといは要りませんわ。肉壁も無手ではモンスター相手では邪魔なだけですね」

 

「私の仔犬をモンスターの餌にしようだなんて見損なったわ! 肉壁は仔犬専用だから無駄遣い禁止よ」

 

「……そうか、わかった」

 

ガゼフは、真顔で喋る弟子が少し怖かった。

 

小娘はいつもの小娘だったから安心した。

 

 

 

 

 

 

 



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帝国の公爵令嬢シリーズ
帝国の公爵令嬢


(わたくし)はフリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンドと申します。

 

バハルス帝国のグシモンド公爵家の娘として、この世に二度目の生を受けました。

 

そう、二度目です。(わたくし)にとってこの人生は二度目となります。つまり、(わたくし)には前世の記憶があるのです。

 

 

記憶にある前世の世界は、今世の世界とは似ても似つかぬ地獄のような世界でした。

 

その世界の土地は毒に侵され、口にできるものは合成された食料だけでした。しかも大気すら猛毒を含んでいましたので、外出時に防毒マスクがなければ数分で肺が腐るほどです。

 

そんな地獄のような世界でしたが、(わたくし)は仕事にて成功を収め、ささやかな幸せを享受することが出来ました。

 

そんな人生を終え、愛する人達に看取られながら逝くことが出来た(わたくし)は、深い満足と共に永遠の休息を迎えた筈でした。

 

それが何の因果なのか再び生を受けました。

 

今世では公爵令嬢という、前世とは違い恵まれた立場での人生です。

 

しかも前世ではフィクションに過ぎなかった魔法や魔物が存在する世界です。

 

(わたくし)も前世で若かった頃は、そのような夢のような(ゲーム)世界で青春を過ごしたことがありました。

 

今世での(わたくし)には、前世と違い圧倒的な権力を有し、そして前世の記憶という才能(チート)もあります。

 

これらを使い、この二度目の人生を後悔のないように生きていきます。

 

そう誓ったのは屋敷の階段からスッテンコロリンとコロコロと転げ落ちて頭を打ち、前世の記憶を取り戻した六歳のとき――つまり、たった今のことですわ!!

 

「おーほほほほほ、(わたくし)の時代がやって来たわけですね!」

 

宝クジで一等を10連続で当選させる以上に稀であろう転生をした(わたくし)は、神に選ばれし人間なのでしょう。

 

ならば、この世界に(わたくし)の名を刻みつけましょう。

 

この偉大なる“フリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンド”の名を永遠の伝説として未来永劫語り継がせますわ。

 

「おーほほほほほ、世界征服というのも面白いかもしれませんわね」

 

バラ色の未来に(わたくし)の胸は高鳴りました。

 

 

「大変です! お嬢様が頭をお打ちになったのに笑い始めました!」

 

「医者はまだか!? お抱えのクレリックを早く呼んでこい!!」

 

「もう、呼びに行かせています!!」

 

「早くしろ!! お嬢様がケタケタと笑い始めたぞ!!」

 

 

なんだか周囲が騒がしいです。まったく、今日は(わたくし)が目覚めた記念すべき日なのですよ。

 

本当に困った人達ですね。

 

 

 

 

この世界の魔法は前世でプレイした“ユグドラシル”というゲームに似通った部分がありました。

 

私が前世で随分とやり込んだゲームです。

 

その成長システムも魔法なども覚えています。

 

もちろん、ゲームそのままのわけが無いでしょうが、参考程度にはなることでしょう。

 

私が調査したところ、この世界の魔法詠唱者達は随分とレベルが低いようです。

 

使える魔法の位階は、帝国の最高の魔法詠唱者ですら第5位階魔法が限界でした。

 

国に囲われた魔法詠唱者なら訓練は欠かさないはずです。

 

それなのに低レベルということは、この世界の魔法詠唱者のレベルは訓練では上がりにくいことを示しています。

 

前世で読んだ小説では、魔力を使い切るとその後の回復時に最大魔力量がアップする。というものが定番でしたが、この世界では当て嵌まらないようですね。

 

別に魔力量だけが魔法詠唱者のレベルを決めるわけではありませんが、厳しい訓練を行なっている魔法詠唱者が呪文を唱えても発動しないというのは単純に魔力量が足らない。

 

または、“その呪文を唱えられるレベルに達していない”ことが考えられます。

 

普通、レベルというのはその個人の習熟度を表す比喩的なものですが、もしも本当にレベルという概念があったなら?

 

前世の世界での“ユグドラシル”のようにステータスが見えないだけで、実際には“ユグドラシル”のようにステータスが存在している。

 

もしも、この想定が正しいならレベルを上げる為には訓練は無駄でしょう。もちろん、魔力制御力を向上させるには訓練は有効だと思います。基礎ステータスも上がるかもしれません。

 

だけど、レベルアップは出来ない。

 

もちろん、私がこう考えるには理由があります。

 

一般的に国に仕える兵士よりも冒険者の方がレベルは高い。でも、兵士の中にも冒険者よりもレベルが高い者達がいる。それは実戦部隊に所属して常に盗賊や魔物退治を行なっている者達です。

 

つまり、レベルの高い冒険者は兵士よりも魔物退治などを行なっています。

 

一部のレベルの高い兵士も魔物退治などを行なっています。

 

恐らくレベルアップに必要なのは訓練ではなく、魔物退治――つまり経験値稼ぎです。

 

 

 

 

自分の適性を考えました。

 

公爵令嬢の私が戦士職に進むのは難しいでしょう。無理を通せば可能かもしれませんが、父に勘当とかされては堪りません。

 

自動的に魔法詠唱者に決まりです。

 

そして、魔法詠唱者といっても系統は色々とありますが、私は信仰系の召喚術師を目指そうと考えています。

 

その理由は簡単です。

 

私は美しい天使を召喚したいからです。

 

美しい私が、美しい天使を使役する。

 

きっと、見る者を魅了することでしょう。

 

その神話のような光景は、きっと伝説となって永遠に私を讃えることでしょう。

 

うふふ、ではレベルアップの為にまずは強化呪文を覚えるとしましょう。

 

何故、ここで強化呪文を覚えるのか疑問に思う人がいるかもしれませんね。

 

レベルアップの為には魔物を倒して得る経験値が最も効率的だと私も思います。

 

ですが、現時点で子供の私では魔物退治には行けないでしょう。ならば、どうやって経験値稼ぎをするか? それが問題になります。

 

前世の記憶を持つ私には答えが分かります。

 

それは補助呪文です。

 

補助呪文は魔物退治をせずとも、呪文を唱えて効果を現せば魔物退治の経験値よりは遥かにその量は少ないですが経験値を得ることが出来ます。

 

そして、強化呪文ならいつでも唱えられます。失敗する確率も低いです。

 

経験値を稼ぎ放題ですね。

 

ここは回復呪文ではないところが重要です。

 

回復呪文は役に立ちますが、日常的に使えるわけではありません。

 

自分自身に傷をつけて回復するようなマゾ的な行為が好きな方ならともかく、私では使う場面が少ないですね。

 

街中の治療院で回復呪文を使う方法はありますが、伯爵令嬢の私には立場があるので、そのような真似は安易に出来ません。

 

強化呪文なら誰にも気付かれずに唱えられます。自分だけではなく召使いにも唱えれば能力アップで仕事の効率も上がることでしょう。

 

まずはレベルアップを優先してから有効な魔法を効率的に得ていきます。

 

ある程度、私が大きくなったら魔物退治を行なって、より効率的にレベルアップを目指すとしましょう。

 

さて、では経験値稼ぎを行うとしましょう。

 

「プロテクション、プロテクション、プロテクション、プロテクション、プロテクション、プロテクション、プロテクション、プロテクション、プロテクション、プロテクション、プロテクション、プロテクション…」

 

 

「大変です! お嬢様がブツブツと独り言を繰り返しております!」

 

「頭を打った後遺症かもしれません! 早く医者を呼びなさい! お抱えのクレリックは何処に行ったのですか!」

 

 

何かしら? 今日は騒がしいですわ。

 

 

 

 

私は10才になりました。

 

魔法は、毎日の日課のお陰で第2位階に達しました。

 

そして、今日はお父様におねだりをしてゴブリン共の捕獲をして貰いました。

 

本当は魔物が棲む森に魔物退治に行きたかったのですが、お父様の強硬な反対にあい断念しました。

 

その代わりに魔物を生きたまま捕らえて連れてきて欲しいとお願いしたところお父様が了承してくれました。

 

うふふ、むしろこの方が自分で直接魔物退治に出掛けるよりも効率的かもしれませんね。

 

自分で森の中を駆けずり回って魔物を探すより、冒険者に生け捕りにしてもらう方が安全でもあります。

 

生け捕りにできる魔物の場合、低レベルのものが多いかもしれませんが、その分は数で補えばいいでしょう。

 

私の目の前では鎖で縛られたゴブリン共がギャアギャアと騒いでいます。

 

早速、私の経験値になってもらいましょう。

 

「マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー…」

 

 

「お嬢様がゴブリン共を虐殺しております!」

 

「ゴブリンなら問題ありません。ただの魔法の練習でしょう。それよりも死骸の後始末を頼みますよ」

 

「私だけでこの量を!? お、お嬢様! 死骸も残さずに焼き尽くして下さい!」

 

 

マジックアローで焼き尽くすのは無理ですわ。第3位階のフャイヤーボールを覚えるまでお待ちになって下さい。

 

 

「そんなあ!?」

 

 

まったく、騒がしい召使い達ですわ。

 

 

 

 

私は12才になりました。

 

毎日のように経験値稼ぎに精をだしたお陰で第3位階に達しました。

 

でも残念ながら先日、お父様に魔物捕獲を断られました。

 

増え続ける冒険者への依頼料で公爵家の財政に影響し始めたらしいです。

 

まったく、天下の公爵家のくせに情けないことですわ。

 

それにこの間、跡継ぎのお兄様が女である私の為に家のお金を使うことに対して、お父様に文句を言っていたので、そのことも影響しているのでしょう。

 

くそう、あのバカ兄め。いつか追い落として私が公爵家を乗っ取ってみせますわ。

 

それまでは代わりの経験値稼ぎの方法を見つける必要がありますね。

 

どうしようかしら?

 

 

 

 

親戚のジル兄様にお願いして、王国との戦争に参加させてもらいました。

 

ジル兄様は皇帝をしているので、このような無茶なお願いも簡単に叶える力を持っています。

 

お願いをした当初はジル兄様も渋っていましたが、帝国最強の魔術師であるフールーダ様が私の才能を認めてくれて口添えをしてくれました。

 

戦争に参加した私は、帝国軍と小競り合いを繰り返していた王国軍に対して全力で呪文を唱えまくりました。

 

「ファイヤーボール、ファイヤーボール、ファイヤーボール、ファイヤーボール、ファイヤーボール、ファイヤーボール、ファイヤーボール、ファイヤーボール、ファイヤーボール、ファイヤーボール、ファイヤーボール、ファイヤーボール…」

 

 

「もう、お止め下さい! グシモンド嬢! 敵軍は戦意を喪失しております。これ以上はただの虐殺です! お止め下さい! お願いします、どうかご慈悲をお与え下さい! お願いもします! おねが……だから止めろって言ってんだろ!!」

 

 

ふう、いい汗をかきましたわ。

 

うふふ、レベルが高さそうな騎士や兵士達を集中的に狙ったので大量の経験値を得たようですね。

 

なんとなくですが、今の私は第4位階に手が届いた感覚があります。

 

やはり戦争は効率的に経験値稼ぎが出来ますね。来年もジル兄様にお願いをして参加させてもらいましょう。

 

 

 

 

ジル兄様に来年の戦争参加を断られてしまいました。

 

なんでも帝国軍の兵士達から反対が続出したそうです。

 

きっと、私のような可憐な少女が戦場に出ることに兵士達が心を痛めてしまったのでしょう。

 

ジル兄様もこの私の予想を否定されなかったので間違い無いですね。

 

まったく、そんな事を気にしなくてもいいのに。むしろ迷惑ですわ。

 

でも仕方ありませんね。来年は公爵令嬢だとバレないようにジル兄様に変装するというのはどうでしょうか?

 

ジル兄様と私は親戚同士ですから顔立ちは似ています。私が兜を被れば分かりませんわ。

 

えっと、“俺の評判が落ちるから止めてくれ”ですか? 仰られている意味がよく分かりませんが、私の参加はダメだという事ですね。

 

分かりました。残念ですが諦めますね。

 

 

 

 

帝国の高位の神官から天使の召喚魔法を学びました。

 

その神官は莫大な借金があったため、こっそりと個人的な寄付金を行ないましたら、非常に頑張ってくださり教会に秘蔵されていた天使の召喚魔法についての書物を手に入れてくれました。

 

その書物には最高位の熾天使(セラフィム)召喚の記載までありました。

 

これに記載されている内容が真実なら途轍もない価値がありますが、今まで誰も最高位天使の召喚に成功した者はいないそうです。なので内容の信憑性に疑問が感じられます。

 

けれど、私が呪文を唱えたところ第4位階までの“天使召喚”“大天使召喚”“権天使召喚”は成功したので本物の可能性は高いと判断しました。

 

これからの経験値稼ぎは召喚魔法を利用しようと思います。

 

私が天使を召喚するだけで経験値を得ることが出来ます。また、天使が魔物退治を行えばその経験値は私が得ることが出来ます。

 

一粒で二度美味しいというヤツですね。

 

後は経験値稼ぎの場所を探すだけですが、それが難しそうですね。

 

どうすればいいかしら?

 

 

 

私は竜王国で猛威を振るっているというビーストマンに目をつけました。

 

魔物の中では比較的レベルが高く、量も多いビーストマンは経験値稼ぎに最適でした。

 

私が召喚した無数の大天使の群れがビーストマン共を天空から一方的に殲滅していきます。

 

この地に来るためにお父様を騙くらかすのに苦労しましたが、その甲斐はありました。

 

大地を埋め尽くすビーストマンの死骸を対価として、私は第5位階という帝国最強の魔術師であるフールーダ様に並ぶことが出来ました。

 

うふふ、どうやら私の時代は近いようですね。

 

 

 

 

私は15才になりました。

 

数え切れないビーストマン共を贄として、私は第6位階を超え第7位階という伝説の英雄クラスまで上りつめました。

 

もちろん、この程度では私は満足しておりません。

 

私にとっては御伽噺の第10位階ですら通過点に過ぎませんもの。

 

天を覆い尽くすほどの能天使達を従えて、私は無人の野をいくが如く、ビーストマンの都市を蹂躙していきます。

 

私に捧げられるビーストマン共の無数の屍。

 

その前に立ち塞がるは、ビーストマンが誇る伝説に謳われしゴーレム共。

 

「うふふ、(わたくし)の可愛い天使達、愚かなる土くれ共に永遠の眠りを与えてあげなさい」

 

次の瞬間、ビーストマンの都市は文字通りの灰燼と化した。

 

 

 

 

私は17才になりました。

 

今の私は帝国魔法学院で生徒会長を務めております。

 

ビーストマンを退け、周辺の手頃な魔物も軒並み屠ってしまったので、仕方なく勉学に励むことにしました。

 

現在は第8位階にまで達しました。

 

敵がいないため、最近は初心に戻り高位の防御呪文を唱える毎日です。

 

周囲とはレベル差が大きいため話も合わず、薄っぺらい表面上の付き合いのみです。

 

少し見どころのあったアルシェという同級生は、あっさりと学院を退学してしまったので孤独な日々を過ごしています。

 

「そういえば、アルシェはワーカーになったらしいですね」

 

冒険者と違いギルドの保護を受けないワーカーという職業は危険が多く、元貴族のアルシェには厳しい世界ではないか?

 

そんな風に思った私は、暇潰しを兼ねて久しぶりにアルシェに会いに行くことにしました。

 

 

 

 

「それじゃあ、この依頼を受けることでいいな」

 

「面白そうな依頼ですわね。もちろん異論はありませんわ」

 

「…あんたは誰だ?」

 

「生徒会長!?」

 

 

アルシェに会いにいった私は、アルシェのチームが受ける依頼内容を偶然耳にしました。

 

その際にアルシェのチームを束ねるリーダーに是非とも共に参加してほしいと請われたため、依頼を共に受けることになりました。

 

「俺はそんなこと言ってないぞ!?」

 

うるさいです。あなたは黙っていなさい。

 

もちろん、お父様には内緒ですよ。

 

うふふ、新発見された遺跡とは楽しみですね。

 

私の経験値となる魔物がたんまりと巣食ってくれていれば言うことなしです。

 

私は希望に胸を膨らませて冒険に旅立ちました。

 

 

 

 

私達の目の前に立つ魔物達。

 

それらは全て伝説に謳われるほどの存在でした。

 

アルシェはその特殊能力ゆえに誰よりも魔物達の力を感じ怯えています。

 

アルシェのチームリーダーが何とか生き延びようと魔物達の親玉らしき骸骨と交渉をしていますが望み薄ですね。

 

私は魔物達を観察した結果、私が召喚できる最強の天使でも瞬殺されるだけだと理解出来ました。

 

長かったようで短かった今世と、私だけが持つ前世の記憶に思いを馳せながら安らかな死を望むことしか出来いようです。

 

「ナザリックに許可なく土足で入り込んだ者に対し、無事に帰したことは私達が占拠して以来一度も無い。例えお前達が勘違いしてようが、知らなかっただろうが関係は無い。その命をもって愚かさを償え」

 

アインズ・ウール・ゴウンと名乗った骸骨が無情な言葉を放たれます。

 

それも仕方ありません。所詮はこの世は弱肉強食です。私がこれまで魔物達を屠ってきたように今回は私の番になっただけです。

 

ただ、骸骨の言葉に僅かな懐かしさを感じました。

 

偶然でしかありませんが、アインズ・ウール・ゴウンとナザリックという言葉には聞き覚えがあります。

 

うふふ、とはいっても前世での事なのでまるで意味がありませんけどね。

 

「ナザリック大地下墳墓にいるアインズによろしく頼むといっていましたね」

 

「…アインズ?」

 

必死に言い訳を言い募るチームリーダの言葉に骸骨が首を傾げる。

 

あらあら、ナザリック大地下墳墓だなんて本当に懐かしい言葉ですね。

 

だけど、ナザリック大地下墳墓の骸骨ならアインズではありませんわ。

 

公爵令嬢としての(わたくし)は、ここが死に場所なのだと覚悟を決めました。

 

ならば最後ぐらいは、前世を思い出して今世の公爵令嬢ではなく……前世の“俺”として(かぶ)いてみせるぜ!!

 

「ナザリック大地下墳墓に立ち入る許可なら俺が出したぜ。このアインズ・ウール・ゴウンがギルドメンバーの一人、ペロロンチーノ様がな。

それでモモンガさん、どうしてあんたはアインズ・ウール・ゴウンを名乗っているんだ?

それは俺達のギルド名のはずだろ?」

 

あーははははははははっ!!!!

 

言ってやったぜ!!

 

この場の全員が俺の意味不明な言葉に目を丸くしてやがる!!

 

しかも、公爵令嬢の俺がいきなり男言葉で喋り始めたんだから余計に混乱するってもんだよな!!

 

恐らく俺が恐怖のあまり狂ったと思っているんだろうな。

 

だが、ここが俺の死に場所なら関係ない。

 

思う存分にペロロンチーノとして振る舞ってやる!!

 

「シャルティア!! 転生せし我が身なれど、我が子である貴様ならこの声が聞こえるだろう!! 今すぐに我が下に馳せ参じよ!!」

 

次の瞬間、地下でありながら星の輝きを見せていた空が砕けた。

 

「ペロロンチーノ様ァアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

砕けた暗闇の向こうから姿を現したのは、前世での俺がその全ての想いを込めて生み出したシャルティア(理想の女の子)だった。って、本当に現れやがった!? どうなってんだよ!!

 

「ずっと、ずっと、ずっとぉおおおおっ!!!! 再びお会いできると信じておりましたぁああああっ!!!!」

 

泣きじゃくりながら俺の胸に飛び込んできたシャルティア(理想の女の子)を力一杯に抱きしめる。

 

「待たせて済まなかった。シャルティア(理想の女の子)よ」

 

「ペロロンチーノ様ぁあああああっ!!!!」

 

抱きしめ返してくれるシャルティア(理想の女の子)

 

ちょっと、いやかなり、苦しい…です。

 

内臓が飛び出しかけて俺は反射的に助けを求めて周囲に目を向けた。

 

アルシェ達は全員、茫然自失といった感じで頼りになりそうにない。

 

骸骨に目を向けると……目が合った。

 

「本当にペロロンチーノさんなのですか?」

 

「うふふ、嫌ですわ。モモンガさん。こんな超絶美少女の(わたくし)が、あの凛々しくて頼もしい天空を駆ける英雄と呼ばれたペロロンチーノ様のわけがありませんわ。もしもそうだったなら、それなんてエロゲー?って、いうところですわね。ちなみにこれは何てエロゲーですの? モモンガさん」

 

茶目っ気たっぷりの台詞に骸骨――たぶん本物のモモンガさんが泣きそうな声で返してくれた。

 

「お、お帰りなさい。ペロロンチーノさん」

 

「うん、ただいま帰りました。モモンガさん」

 

 

 

うふふ、どうやら(わたくし)の伝説は、まだまだ続くようですわね。

 

 

「ペロロンチーノ様ぁああああ!!!!」

 

 

「本当に中身が出ちゃうゥウウウウ!!!!」

 

 

いや、ここで人生が終わる…かも

 

 

「ペロロンチーノさん!?」

 

 

 

モモンガさん……助けて。

 

 

 

 

 

 




今回の主役はWeb版だけのキャラです。中身は別人ですけどね。


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公爵令嬢リターンズ

(わたくし)はフリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンドと申します。

 

バハルス帝国のグシモンド公爵家の娘にして、帝国最強と謳われる魔法詠唱者です。

 

もちろん、帝国最強といっても『おーほほほほほっ、(わたくし)が世界最強ですわ!!』などと自惚れることはありません。

 

(わたくし)など所詮は井の中の蛙に過ぎない小娘でしかありませんもの。

 

例えば、(わたくし)の腕の中を定位置とされている銀髪の美少女なら、その白魚のような指先一本で(わたくし)をボンッと苦もなく弾けさせれるでしょう。

 

「わたしがペロロ…じゃなくて、フリアーネ様に危害を加えるなど、天地がひっくり返ろうともあり得ません!」

 

(わたくし)の胸に顔を埋めながら、銀髪の美少女は心外だと言わんばかりに強い言葉で反論する。

 

確かにこの子が(わたくし)に危害を加えるなどと例え話だとしてもするべきではありませんでした。

 

機嫌を損ねた美少女は、フンスフンスと鼻息を荒くして(わたくし)の胸に顔を埋めながら匂いを嗅いでいます。

 

(わたくし)は、『ごめんなさいね』と謝りながら美少女の頭を撫でる。

 

そんな言葉ひとつの謝罪で簡単に機嫌を直してくれた心優しい美少女は、(わたくし)の胸に顔を埋めながら機嫌よくクンカクンカと匂いを嗅ぎ始めました。そしてさり気なく彼女の手が(わたくし)の太ももを弄っているのが微笑ましく思えます。

 

そんな美少女に万力のような怪力で拘束されている(わたくし)は思います。

 

銀髪の美少女――シャルティアは間違いなく変態だと。

 

「こんな変態を作ったのは誰だっ!?」

 

ご本人(ペロロンチーノさん)が何を仰っているんですか?」

 

貞操の危機を感じた(わたくし)の魂の叫びは、薄情な骸骨(モモンガさん)にあっさりと流されました。

 

 

***

 

 

ある日、帝国最強の魔法詠唱者と謳われた(わたくし)ですら足元にも及ばない程の高レベルの魔物達に囲まれるというバッドエンド直行のデスイベントに遭遇しました。

 

死を覚悟した(わたくし)でしたが、乙女の秘密の過去(ユグドラシル時代)のお陰で無事にデスイベントをクリア出来ました。

 

その際に再会した旧友のモモンガさんからナザリックで共に暮らさないかとプロポーズをされてしまいます。

 

いくら転生した(わたくし)が美少女といっても前世――転移したモモンガさんにとってはついこの間の話――では同性の友人同士だったのです。

 

あまりにも節操のないモモンガさんを白眼視しながら(わたくし)は言います。

 

「貴方はとても良い人だとは思いますわ。ええ、(わたくし)なんかには勿体無いですわ。きっと(わたくし)なんかよりずっとお似合いの女性がいつか現れると思います。ですから(わたくし)のことは縁がなかったとお忘れ下さいね。だから(わたくし)のことを情欲に濡れた目で見たりしたらぶっ飛ばしますわよ。ご理解いただきましたか、エロモモンガさん?」

 

「誤解です!? ペロロンチーノさん!!」

 

「男は皆さんそう言うのですわ」

 

「いや本当に誤解ですってば、今の私はオーバーロードですよ! そういう感情はありませんよ!」

 

「必死になるのが余計に怪しいですわ」

 

「いや本当に勘弁して下さいよ、ペロロンチーノさん」

 

ぺこぺこと頭を下げるオーバーロード。なんだかシュールな光景ね。

 

「まあ、そこまで言うのなら信用してあげましょう。ところで、(わたくし)のことはペロロンチーノではなくフリアーネとお呼び下さい」

 

「フリアーネさんですか?」

 

モモンガさんは不思議そうに首をかしげる。

 

異世界転移したモモンガさんとは違い、異世界転生した(わたくし)には積み重ねてきた人生があります。

 

ここにいるのは確かにモモンガさんの友人のペロロンチーノですが、同時にこの世界で生きているフリアーネでもあります。

 

どちらも(わたくし)ですが、この可憐な姿にペロロンチーノという名の響きは似合いません。

 

バハルス帝国の公爵令嬢にして帝国魔法学院の生徒会長。そして、今や帝国の首席宮廷魔法使いのフールーダをも凌ぐ帝国最高の魔法詠唱者。

 

そんな才能に溢れた可憐で麗しい美少女魔法使いにはそれに相応しい名というものがあります。

 

前世でのネットでつけるような巫山戯た名は、とてもではありませんが相応しいとはいえません。

 

(わたくし)の名は、フリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンド。彼の王国にて輝くのが“黄金”ならば、帝国にて輝くは“聖女”と謳われし者よ」

 

ホゲーと(わたくし)の言葉を聞いていたモモンガさんに眼鏡をかけた悪魔――確か名前はデミ…えもん? だったかしら。そうね、あの頼りになりそうな雰囲気はデミえもんという名前がピッタリね――に耳打ちをされる。

 

モモンガさんは納得したように頷く。

 

「なるほど、調査にあった帝国の“狂笑の気狂い魔女”というのはペロロンチーノさんの事だったんですね」

 

「フザケンナッ!!」

 

「ヒデブッ!?」

 

クソモモンガは、俺のドロップキックをまともに受けて吹っ飛ぶ。

 

「この俺が、文字通り赤ん坊の頃から育成中の乙女を捕まえて巫山戯た二つ名で呼ぶんじゃねえ!! たとえ仲間でも許さねえぞ!!」

 

「す、すいません。ペロロンチーノさん」

 

吹っ飛んだクソモモンガは起き上がりながら素直に謝ってくれた。

 

「ふん、まあいいだろう。今回だけは許してやるが二度目はねえぞ」

 

「本当に申し訳ありません。ペロロンチーノさんの趣味を忘れていた私の失言でした」

 

帝国で“聖女”とまで呼ばれる心優しい(わたくし)は、当然ながらモモンガさんの失言を許しました。

 

ところで、周囲にいる魔物達はオロオロと(わたくし)達を見守るだけですが、若干一名だけ凄まじい殺気を放ちながら(わたくし)を睨みつけるオッパイの大きい女悪魔がいます。とても怖いです。

 

そのオッパイの大きい女悪魔を牽制するようにシャルティアが間に入ってくれました。とても心強いです。

 

 

***

 

 

モモンガさん達との話し合いの結果、ナザリックに直ぐに移動できるようにと、“転移門”を使えるシャルティアをそばに置くことになりました。

 

もちろん(わたくし)の護衛も兼ねています。

 

デミえもん曰く、ナザリック最強のシャルティアでなくては護り切れない可能性があるそうです。

 

脂汗を流すデミえもんに、“ナニ”から(わたくし)を護る必要があるのかを聞くのは酷というものでしょうか?

 

呑気なモモンガさんは可愛い嫉妬程度に考えているみたいですが、“女”の嫉妬ほど怖いものはありません。

 

まったく困ったものです。(わたくし)はモモンガさんに興味など微塵もありませんよ。

 

まあ、兎にも角にも(わたくし)は最強の味方を手に入れました。

 

これで、(わたくし)の野望も大きく前進することでしょう。

 

「フリアーネ様の野望とは何なのでしょう?」

 

シャルティアが(わたくし)拘束(ハグ)しながら野望について問いかけてきます。

 

それに答えるのはいいのですが、護衛とは護衛対象を拘束(ハグ)するものなのでしょうか?

 

シャルティアに問いかけてもニコニコと微笑むばかりで答えてくれません。

 

でもまあ、(わたくし)はあのオッパイの大きい女悪魔に狙われている身ですからシャルティアの護衛は有難いわけです。ですからこの程度の拘束(ハグ)は許容するしかありませんね。

 

(わたくし)の野望は、(わたくし)の名を歴史に残すことですわ」

 

たとえ今世の(わたくし)が公爵令嬢といえど、たかが公爵令嬢如きでは歴史に名などは残りはしないでしょう。

 

よくて歴史書の片隅にその存在を匂わす程度でしかありません。

 

ですが、(わたくし)は歴史に名を残したい。

 

この世に生きたという証を残したい。

 

それが子を残せない(わたくし)の願いなのです。

 

「御子を…残せない」

 

(わたくし)の言葉に呆然とするシャルティア。

 

「フリ……アーネ…様」

 

シャルティアはただ(わたくし)の名を繰り返し呟くと、スッと(わたくし)から離れ片膝をついた。

 

「フリアーネ様。偉大なる我が創造主にして、我が全ての愛を捧げる愛しき御方。我が忠誠はフリアーネ様に。我が心はフリアーネ様と共に。そして、この世界の全てを必ずやフリアーネ様に捧げてみせます」

 

気がつくと周囲には数え切れないほどの高位の吸血鬼達が頭を垂れていました

 

この日より(わたくし)は、吸血鬼の真祖をも従える“真なる神祖”として畏れられることとなったのです。

 

 

 

あのー、(わたくし)は男性との子作りなどごめんだと言いたかっただけなのですが?

 

 

 

***

 

 

ひょんな事から(わたくし)は、強力な吸血鬼からなる私兵団を手に入れました。

 

これまでの(わたくし)は、自身が強力な魔法詠唱者といえど、政治的発言力は持たないただの小娘でしかありませんでした。

 

公爵家の後継ですらない無力な小娘の(わたくし)が出来ることといえば、皇帝である従兄弟におねだりをして願いを叶えることが精々でした。

 

ですが、これからは違います。

 

地平線を埋め尽くすほどの吸血鬼の私兵団。

 

この世界では、御伽噺でしか語られないほどに強力な真祖のシャルティア。

 

これらを率いるは、正統なる王家の血に連なる麗しき公爵令嬢。

 

ククク、高貴なる血と圧倒的な武力を背景とした帝国内における確固たる発言力を手に入れたのです!!

 

つまり、(わたくし)の時代の到来ですわ!!

 

まずは、愚かなお兄様を廃嫡とし、グシモンド公爵家を(わたくし)のものとしましょう。

 

というわけで、ただいま公爵領を絶賛包囲中ですわ。

 

シャルティアとシャルティア配下の吸血鬼軍団10万だけでは少し心許なかったので、モモンガさんにお願いして、アウラとマーレのお二人にも応援に来ていただきました。

 

このお二人は、(わたくし)の愚姉…ヒッ!? な、なんだか寒気がしましたわ。コホン、テイクツーですわ。

 

このお二人は、(わたくし)の敬愛する姉上が創造した者達ですから信頼できます。

 

実は転生した(わたくし)をペロロンチーノとして認識できたのは、シャルティアとこのお二人だけでした。

 

他の者達は、モモンガさんの御言葉だから(わたくし)をペロロンチーノとして扱っているだけのようです。

 

特におっぱいの大きい女悪魔などは、(わたくし)に対する敵愾心があからさまに透けてみえます。

 

彼女に隙を見せるのは非常に危険ですね。シャルティアを肌身離さず侍らせておくのが無難ですわ。

 

まあ、兎にも角にも(わたくし)は、お兄様との雌雄を決する戦いに挑んでいます。

 

公爵領内では公爵軍が展開しています。指揮を執るのは当然ですがお兄様ですわ。

 

お父様には(わたくし)とお兄様の争いでは、中立を保ってもらうことを明言していただきました。

 

もちろん、女だてらにお父様がお決めになった嫡子と争う(わたくし)が許せなければ、お父様も遠慮なく敵にお回りくださいと伝えております。

 

願わくば、お兄様とお父様、そして公爵軍全てが敵に回ってほしいものです。

 

ククク、そうなれば遠慮なく、その全てを(わたくし)(経験値)として有効活用できますわ。

 

現在の(わたくし)は、いまだに第8位階で足踏みをしている状態です。

 

早く第10位階に達したいものですわ。

 

しばらくすると、公爵軍に動きがありました。

 

パッカラ、パッカラとお馬さんが一頭、駆けてきます。

 

一体なんでしょうか? 宣戦布告でしょうか?

おや、何か引き摺っていますね。

 

「お嬢様っ、我らは決して敵対の意思はございません!! ご寛恕下さいますようお願いいたします!!」

 

お馬さんに乗られていたのは公爵軍を束ねる隊長さんでした。

 

そして、引き摺っていたのは簀巻きにされたお兄様です。

 

どうやらお兄様は公爵軍に見限られたようですね。公爵軍は戦わずに降伏するつもりのようです。

 

しかしこれでは(わたくし)(経験値)が得られません。

 

……降伏は聞かなかったことにしましょうか?

 

“ペロロンチーノさん、こちらでも状況は把握しています。どうやら無事に公爵家を継げそうですね。おめでとうございます”

 

チッ、どうやらモモンガさんに見られていたようですわね。

 

モモンガさんは常識人ですから、ここで(わたくし)が公爵軍を殲滅してしまったら引かれそうですわね。

 

モモンガさんの信用を失うわけにはいきません。ここは(経験値)は諦めるとしましょう。

 

「お兄様、どうやら公爵家に相応しいのは(わたくし)の方でしたみたいですね」

 

部下に見限られて無様に這い蹲るお兄様。

 

(わたくし)はお兄様を見つめながら、彼との思い出を振り返ります。

 

幼き頃から後継として育てられたお兄様は傲慢でした。たとえば、実の妹の(わたくし)が唯一の趣味としていた経験値稼ぎ。その為に行っていたモンスター捕獲のお金を出さないようにお父様に働きかけました。

 

そして、(わたくし)は嫁ぎたくないとお父様に言っていましたのに、強引に婚約を決めようとされたこともありました。

 

他にも(わたくし)が従兄弟の皇帝陛下におねだりをして頂いた魔法の武器を取り上げて、帝国の将軍に回されたこともありました。

 

まったく、ロクな思い出がありませんわね。もう殺してしま……さすがに殺すのは可哀想かしら?

 

ふと(わたくし)は、幼い頃はよくお兄様の後をくっ付いて歩いていたことを思い出しました。

 

『ほら、こっちだよ』

 

優しく(わたくし)が追いつくのを待ってくれたお兄様。

 

『あはは、フリアーネは甘えん坊だなあ』

 

そう言いながら、抱っこをしてくれたお兄様。

 

『フリアーネのほっぺたはポヨポヨだね』

 

美幼女だった(わたくし)の頰をツンツンするデレデレのお兄様。

 

クク、やっぱり幼女は最高だぜ。

 

『黙れ、愚弟』

 

ひいっ!?

 

ち、違う記憶が混ざりました。

 

コホン…かつては優しかったお兄様。

 

「……お兄様には養子にいっていただきます」

 

(わたくし)の言葉に目を大きく見開いたお兄様でしたが、一瞬何かを堪えるかのように目を閉じた後、ゆっくりと首を縦に振られました。

 

こうして(わたくし)は、公爵家次期当主の座を手に入れたのです。

 

 

***

 

 

確固たる立場を手に入れた(わたくし)ですが、今はまだ帝国魔法学院の生徒です。

 

生徒会長としての仕事もあるので疎かには出来ません。

 

歴史の表舞台に出るのは帝国魔法学院を卒業してからです。学院中退というのは何だか格好悪い気がしますからね。

 

学院中退といえばアルシェさんはどうされているのかしら?

 

そうね、久しぶりにアルシェとお茶をするとしましょう。

 

うん、それがいいわね。なんといっても学生時代の友人は大事にするべきだわ。

 

そうと決まれば善は急げね。早速、アルシェに会いに行きましょう。

 

 

「そうか、とうとう家を出る決意をしたんだな」

 

「はい、もうあの両親には愛想が尽きました。育ててもらった恩は既に返し終えたつもりです。今日にでも妹達を連れて家を出ます」

 

「そうか、俺もそれがいいと思う。アルシェの親御さんを悪く言いたくはないが、これ以上は関わってもアルシェが不幸になるだけだろう」

 

以前と同じ食堂で、アルシェと彼女が組んでいるワーカーチームのリーダーが深刻そうに話しをされていました。

 

「……私だけなら兎も角、妹達は幸せに暮らさせて上げたいんです」

 

「そうか……これから行くのなら俺も一緒に行くぞ」

 

「いえっ、これは私の問だ「そうね、この(わたくし)がいるのですから貴方は不要ですわ」生徒会長っ!? いつの間に現れたんですかっ!?」

 

「…俺は急用を思い出したからもう行くぞ」

 

「リーダー!? 私を置いていかないで!」

 

「すまないアルシェ! 俺はイミーナをおいて逝くわけにはいかないんだ! じゃっ、そういうことで」

 

「りぃいいだぁあああぁあああああっ!!!!」

 

リーダーさんがそそくさと食堂を出て行かれました。

 

「アルシェったら困っていたのなら(わたくし)に相談をしてくれたらよろしかったのに。(わたくし)達は親友でしょう?」

 

「……いつの間に生徒会長と私は親友になったのでしょうか?」

 

「うふふ、極悪非道なアルシェの御両親は(わたくし)が消し炭にして差し上げますわ」

 

「いえいえっ、いくら私でもそこまで両親を恨んではいませんよ!?」

 

アルシェが慌てて首を横に振る。きっと、(わたくし)が犯罪を犯すと思われて遠慮されているのですね。

 

「安心しなさい、アルシェ」

 

「生徒会長?」

 

アルシェを安心させるように(わたくし)は優しく微笑んであげる。

 

「あ、あの……じょ、冗談だったんですよね?」

 

「うふふ、没落貴族如きを何十人闇に葬ろうともこの(わたくし)が罪に問われることはありませんから御安心なさい」

 

「私の話を聞いてーーーーっ!!!!」

 

 

***

 

 

(わたくし)の名はフリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンド。

 

バハルス帝国のグシモンド公爵家次期当主にして、帝国最強と謳われる魔法詠唱者。

 

最近、吸血鬼の真祖の美少女と吸血鬼軍団を配下におさめました。

 

友好団体として超武闘派揃いのナザリックが存在しています。

 

このナザリックには高位の魔物が数多くおり、トップのモモンガさんとは親しい友人同士です。

 

彼は非常に友人思いの良い方なので、(わたくし)の世界征服計画にも快く全力での協力を約束して下さりました。

 

多少、ナザリック内に(わたくし)に対して敵意を持つ者(おっぱいの大きい女悪魔)がいるようですが、許容範囲だと思います。

 

「そうだね、アルベドは危険だけど監視はしているから問題ないと思うよ」

 

「でも、お姉ちゃん。ぶくぶく茶釜様の弟であるペロロンチーノ様に敵意を持つアルベドは殺しちゃった方がいいんじゃない?」

 

「マーレは物騒だね。でも大丈夫だよ、アルベドが本当に行動に移そうとしたら殺せばいいだけなんだからさ」

 

「うん…お姉ちゃんがそう言うなら」

 

うふふ、ナザリック内に信頼できる子達もいるから安心ですね。

 

さあっ、これから(わたくし)の伝説が幕を開けるのですわ!!

 

 

 

「くんかくんか、ペロロ…じゃなくて、フリアーネ様の芳しい香りは癖になるでありんす」

 

 

 

うふふ、(わたくし)の腕の中のシャルティアは、何時もの通り可愛いですわね。でも、太ももを弄るのはやめて欲しいですわ。

 

 

 

 

 




安心して下さい。
アルシェは親友に助けられて幸せになったと思います……たぶん。


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公爵令嬢の消失

復活の「F」(フリアーネ)です!
ふと気が向いたので公爵令嬢の続きを書いてみました。たぶん皆様方の想定外ルートだと思います。


(わたくし)はフリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンドと申します。

 

バハルス帝国のグシモンド公爵家の次期当主にして、帝国随一の聖女だと自負しております。

 

そんな(わたくし)が、この度とんでもない災厄に見舞われました。

 

いえ、病気とか事故などではありませんのでその点はご安心下さい。

 

ただ、女の嫉妬を甘く見すぎていただけなのです。

 

あの女──おっぱいの大きな女悪魔が、モモンガさんと(わたくし)との仲を邪推して嫉妬していたことは承知しておりました。

 

それゆえ、もしも刃傷沙汰になってもこの身を守れるようにと護衛もつけておりました。

 

たとえあの女悪魔がどのような悪辣な手段を用いても、この(わたくし)に手出しすることは不可能な筈でした。

 

それがまさかあの様な手段を取られるとは……まさに一生の不覚です。

 

 

〜回想、始まりますわ〜

 

 

公爵家の中庭でお茶を飲んでいた(わたくし)の前に突然転移してきたおっぱいの大きな女悪魔。

 

彼女は隠しきれない憎悪を剥き出しにしておりました。

 

「フリアーネ様――いいえ、ペロロンチーノ様。もしも貴方様が男性として転生されていたのなら、きっとモモンガ様の良きご友人として、私も忠誠を捧げることが出来たのだと思いますわ。ですが、貴方様は女性として生まれてきてしまった。その忌々しい穢れた肉体でモモンガ様を誘惑するなど、たとえモモンガ様が許されてもこの私が許しませんわ。その不浄の身の一片たりともこの世に存在させませんゆえ、どうぞお覚悟をなさいませ」

 

おっぱいの大きな女悪魔の突然の宣戦布告でしたが、(わたくし)には焦りなどは全くありませんでした。

 

もちろん、(わたくし)個人の戦闘能力では彼女に太刀打ちなど出来ませんわ。恐らくは腹パン一発で(わたくし)のぽんぽんは破裂することでしょう。

 

それでも、(わたくし)には余裕がありました。

 

何故なら──

 

「アルベド、あんた正気なわけ?」

 

「お姉ちゃん、もうアルベドは殺しちゃってもいいよね?」

 

「うふふ、フリアーネ様に手出しをしようだなんて、とうとう狂ったでありんすね――この腐れアマがぁ!! その身体をズタズタに切り裂いて豚の餌にしてやるよ!!」

 

── (わたくし)にはとても頼りになる護衛がいるのですから。

 

おっぱいの大きな女悪魔はレベル100という文字通りの化け物ですが、(わたくし)の護衛のお三方も同等の化け物です。

 

いいえ、戦闘力でいうならナザリックの強さランキングNo. 1とNo.2のシャルティアとマーレがこちらにいます。アウラは直接戦闘力こそ劣りますが、ビーストマスターである彼女は群としての戦闘にて他の守護者を圧倒します。

 

それに対して、おっぱいの大きな女悪魔は防御特化です。(わたくし)だけを相手にするなら過剰戦力ですが、護衛の三人を同時に相手できる程ではありません。

 

防御特化ゆえにある程度は持ち堪えることは出来るでしょうが、結局は倒れるまでの時間が長引くだけです。

 

今回の様な護衛を突破して標的を仕留める必要がある場合には意味がありません。

 

彼女は無謀な勝負に出て倒されるだけの愚かな女でしかありません。

 

そのはずです。

 

それなのにどうして──

 

「ウフフ…♪」

 

──彼女は笑えるのでしょうか?

 

「なに笑ってんのさ。あんた本気で狂ってんの?」

 

笑い続ける彼女にアウラが怪訝そうに問いかけます。

 

「あらあら、私は正気よ。単に邪魔者が消え去ることが嬉しいだけだもの」

 

ドス黒い光が宿った瞳が(わたくし)を見つめています。彼女から叩きつけられる邪気で呼吸が止まりそうになります。

 

これは非常に不味いです。

 

本気でチビりそうですわ。

 

「消え去るのはお前だっ!! このクソビッチ!!」

 

(わたくし)が乙女としての窮地に陥っていると護衛のシャルティアが動いてくれました。

 

おっぱいの大きな女悪魔に突撃するシャルティアは、変な形の槍を手にしています。なんだか見覚えがありますが、流石に前世でのゲームの記憶は詳細が曖昧になっています。

 

(わたくし)がシャルティアに作ってあげた武器だったはずですが、その名前が出てきません。

 

「シャルティア、いいのかしら? 貴女の大事な人から離れたりして。どうなっても知らないわよ」

 

「なんだと!?」

 

おっぱいの大きな女悪魔の言葉にシャルティアは一旦距離を取ると、一瞬だけアウラに視線を向けました。

 

「アウラ!!」

 

「分かっているわ!」

 

シャルティアの言葉にすぐさま答えたアウラは、(わたくし)の身を抱えるとその場を大きく飛び退きました。そして着地と同時に多数の魔獣を召喚すると周囲を警戒させます。

 

マーレは(わたくし)達全員を視界に収められる場所に移動しています。きっと何か起こっても対応できる様にしているのでしょう。

 

「何を考えている、大口ゴリラ!!」

 

距離をとったシャルティアがおっぱいの大きな女悪魔に怒鳴ります。

 

「残念ね、シャルティア。先ほどのタイミングで攻撃をし続ければ押し切れたかも知れなかったわ……これで、私の勝ちよ――《星に願いを/ウィッシュ・アポン・ア・スター》モモンガ様を誘惑する毒婦を異世界へと排除せよ。さようなら、ペロロンチーノ様。モモンガ様の一番のご親友でもあらせられる貴女様の異世界での幸せを願っております」

 

「それは流れ星の指輪(シューティングスター)! しまっ…!?」

 

おっぱいの大きな女悪魔の指にはめられた指輪から虹色の光が放たれました。その光が(わたくし)の身体を包み込むように纏わり付いてきます。

 

「フリアーネ様!!」

 

そばにいるアウラに抱きしめられます。アウラはその身から魔力を噴出して力任せに虹色の光を弾こうとしてくれますが、虹色の光の力が強く拮抗すら出来ないようです。

 

「フリアーネ様!! お姉ちゃん!!」

 

そこにマーレが加わってくれました。僅かにですが虹色の光の輝きが弱まった気がします。

 

「フリアーネ様を飛ばさせはしません!!」

 

アウラとマーレに続いてシャルティアも参戦です。虹色の光を押し返せそうです。ガンバレ、ガンバレですわ!

 

「フフ、守護者が三人揃えば、超位魔法すら跳ね返せる可能性があるのね。良い情報を得ることが出来ました。あなた方無き後のナザリック防衛にも役立つ事でしょう。では、皆様さようなら。モモンガ様の事は私に任せて異世界への団体旅行をお楽しみ下さいませ――《星に願いを/ウィッシュ・アポン・ア・スター》毒婦と共に愉快な三人組も異世界への追放を……本当に元気でね。三人ともフリアーネ様を守って差し上げるのよ」

 

「アルベド、あんたねー!!」

 

「身体が消えていくよ、お姉ちゃん!?」

 

「この大口ゴリラーッ!! この次会ったら必ずブチ殺してやるわー!!」

 

おっぱいの大きな女悪魔の指輪から二度目の魔法が放たれました。

 

流石の護衛の三人もこれには抵抗を諦めたようです。(わたくし)を中心にして離れ離れにならないように抱き合いました。

 

おっぱいの大きな女悪魔の願いが本当に叶うのなら、(わたくし)達は異世界へと飛ばされるのでしょう。

 

異世界転生した上で、異世界転移までする羽目になるなんて我ながら波乱万丈すぎる第2の人生ですわ。

 

虹色の光に包まれて消えていく身体に恐怖を感じないでもありませんが、周囲に護衛の三人がいるお陰で安心感もあります。

 

この三人がいれば異世界でも何とか生きていけるでしょう。そう思わせてくれるだけの力を持つ三人ですもの。

 

ところで、アウラが召喚した魔獣達も周囲で虹色の光に包まれているのですが、彼らも一緒に異世界転移するのでしょうか?

 

そんなことを考えていた(わたくし)の意識は輝きを増していく虹色の光に溶けて消えていきました。

 

 

〜回想、終わりですわ〜

 

 

まったく、酷い目に合いました。

 

せっかく公爵家の次期当主にまでなっていたのに異世界転移させられるなんて最悪です。

 

異世界転移させられて最初に目を覚ましたのは(わたくし)のようですわね。

 

周りには(わたくし)にしがみついて気を失っている三人組がいます。その周囲にはモフモフ達が折り重なっております。全員、怪我などは無いようですね。

 

(わたくし)達が倒れているのは室内のようですね。床はフローリングになっています。天井には照明器具がついていますね。他にはタンスやベッドなどの家具が備えつけられています。

 

それにしても随分と狭い部屋ですね。(わたくし)達四人とモフモフ達でぎゅうぎゅう詰めですわ。

 

「なんとなく……懐かしい気がするわね」

 

この部屋の雰囲気は、何故か前世を思い出させます。

 

もしや、前世での(わたくし)の部屋に飛ばされたのかと思ったほどです。けれど流石にそれはないようですね。

 

朧げな記憶ですが、前世の(わたくし)の部屋とは明らかに差異がありますわ。

 

ぱっと見たところ、(わたくし)の趣味で集めた逸品の数々も見当たりませんしね。

 

ところで、この部屋の住人はどこにいるのでしょうか?

 

これほどの不法侵入者がいて気づかないとは思えないのですけど。まさか衛兵の類いを呼びに行っているのでしょうか?

 

それなら早く護衛の三人を起こして対策を練る必要がありますね。

 

急いで皆さんを起こしましょう。

 

えい、ツンツン。

 

「う、うーん。ふ、フリアーネ様…?」

 

アウラが目をこすりながら起きてくれました。

 

「フリアーネ様、ご無事ですか!」

 

目覚めたとたん(わたくし)の身を心配してくれる優しいアウラです。怪我などはないので安心して下さいね。

 

「お、お姉ちゃん?」

 

マーレも起きたようですね。

 

「くんか、くんか」

 

シャルティアはいつもの様に(わたくし)の匂いを嗅ぎ出しました。彼女も起きたようですね。この状況で目覚めとたん(わたくし)の匂いを嗅ぎだすなんて、彼女にはアウラの爪の垢を煎じて飲ませる必要がありますね。

 

周囲のモフモフ達も起き出したようです。狭い部屋の中がモフモフ達の息遣いで圧迫されるようです。

 

「ここだとこいつら邪魔ですよね。ちょっと、あんた達は戻ってていいよ」

 

アウラがモフモフ達を送還しました。ここは異世界なのですが、モフモフ達はどこに送還されたのでしょうか?

 

もしも送還魔法でナザリックに送ったのなら(わたくし)達も帰れるかもしれません。

 

(わたくし)は期待を込めてアウラに尋ねてみます。ですが、彼女の答えは無理とのことでした。

 

どうやらモフモフ達は、アウラが作った謎時空にいるそうです。つまり、アウラがテイムしているモフモフ専用のアイテムボックスがあるわけですね。

 

ちなみに普通の召喚魔法の場合は、別の場所から召喚をしているのではなく、魔法で作り出した存在を使役しているそうです。なので送還時も本当に送還しているのではなく、魔力に戻して散らしているだけとのことです。

 

モフモフ達がいなくなり多少はスペースに余裕が出来ました。

 

(わたくし)は部屋の中を漁ってみます。

 

シャルティアは相変わらず引っ付いたままクンカクンカしていますが、もう慣れていますので気にしません。

 

「えらく狭い部屋だよね」

 

「そうだね、お姉ちゃん。でも見たことのない品物が置いてあるね」

 

アウラとマーレも色々と漁っています。二人にとっては珍しいものが多いでしょうね。

 

(わたくし)も懐かしくてノスタルジックな気分になりそうですが、一番のお目当があるので感傷にふけるのは後回しです。

 

それでは、かちゃっとな。

 

(わたくし)は、部屋の片隅に置かれた冷蔵庫の扉を開けました。

 

ああ、何ということでしょうか!

 

そこには、(わたくし)がもう二度と口にする事は出来ないと諦めていた健康に悪そうな炭酸飲料水が鎮座していました。

 

合成食料はクソ不味いので食べる気にはなりませんが、この炭酸飲料水は妙にクセになる味なんです……もしかしたらヤバい添加物が入っているのかしら?

 

カチャっとフタを開けてみます。

 

それをアウラに近づけます。

 

「何ですか? これを飲めばいいんですか?」

 

コクリと頷きます。

 

「分かりました。それでは……あの、コレって毒反応があるんですけど本当に飲む必要がありますか? あたしは毒無効があるから平気だけど、妙な匂いもするからできれば飲みたくないんですが」

 

やっぱりなアウラの言葉だった。

 

(わたくし)はアウラに謝ると炭酸飲料を捨てることにしました。本当に残念です。

 

なお、合成食料の方も毒物反応があったそうです。嫌な世界ですね、ここは。

 

まあ、食べ物に関してはアウラ達のアイテムボックスに “魔法のピッチャー” や “魔法の食料袋” などの無限に新鮮な食料や飲料水を生み出す魔法アイテムが入っているから問題はありません。

 

……本当に色々と心配性なモモンガさんのお陰ですね。こんな世紀末っぽい異世界でもなんとか生活出来そうですわ。

 

などと、食べ物事情に気を取られていた(わたくし)はすっかり忘れていました。

 

この部屋の住人のことを。

 

──ガチャ。

 

「えっ、外国の女の子…?」

 

部屋の扉を開けて入ってきたのは若い男性でした。

 

「あら、モモンガさん。お邪魔してますわ」

 

「あ、はい。どうも……あの、どちら様でしたっけ? モモンガってことはユグドラシルでの知り合いの方ですよね?」

 

なんと部屋に入ってきたのはモモンガさんでした。いえ、正確には鈴木悟さんですね。

 

どうやらここは(わたくし)の前世の世界で間違いないようですね。

 

あら…?

 

ここに悟さんがいるってことは、先ほどまでいた世界のモモンガさんはどうなったのでしょうか?

 

もしかしてここは悟さんが異世界転移する前の世界なのでしょうか?

 

それとも平行世界などと呼ばれるパラレルワールドといったものでしょうか?

 

どうやらややこしい事態になっているようですわね。でも大丈夫ですわ。

 

うふふ、一度は死を経験して異世界転生をした(わたくし)です。今さらこの程度の事は気にしませんよ。

 

ですが、悟さん。

 

(わたくし)のおっぱいを凝視するその視線は気になりますわ。

 

申し訳ありませんが、(わたくし)は殿方に興味はありませんの。その目を抉られたくなければ逸らす事をお勧めしますわよ。

 

「ご、誤解ですよ!? 私は見てないですから!!」

 

男はみんなそう言うんです。

 

ねっ、悟さん。

 

「だから本当に見てませんって!!」

 

うふふ、どうやら生活拠点も確保できそうですね。

 

ところでシャルティア、そろそろ匂いを嗅ぐのを止めませんか?




何とか路頭に迷わずに済みそうな公爵令嬢です。


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公爵令嬢の日常

 

(わたくし)はフリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンドと申します。

 

かつては、バハルス帝国のグシモンド公爵令嬢にして次期公爵でしたが、今や哀れな次元漂流者となりました。いわゆる家無き子です。

 

かつては数え切れないほどいた従者達も、今ではわずか三人となりました。

 

すっかり落ちぶれてしまった(わたくし)ですが、決して挫けません。

 

何故なら貴族令嬢としての誇りは、今も(わたくし)と共に在るのですから。

 

 

 

 

転移直後に出会ったモモンガさんはチョロかったです。冷静に考えれば色々と矛盾がありまくりの笑いアリ涙アリの全米が感動した的な、(わたくし)の身の上話(もちろん作り話です)をまるっと信じてくれました。

 

今では親身になって世話をしてくれる保護者的な感じです。まったく、(わたくし)が言えた義理じゃありませんが、チョロインなモモンガさんが詐欺に合わないか心配ですね。

 

「なるほど、ユグドラシルを始めてまだ一週間ですか…」

 

(わたくし)達は、ウサギ小屋のような狭い部屋でモモンガさんとお話をしています。そして判明したのは、ここは過去の世界だということです。

 

まあ、これは想定内のことですね。そもそも老衰後に異世界転生して成長した(わたくし)と、ユグドラシルのサービス停止直後に異世界転移をされたモモンガさんが、異世界で再会した時点で時間軸が歪んでいることは確定していました。

 

今さら時間移動程度で動揺などしませんわ。

 

それにそんな些事よりも気になる事があります。

 

それは──

 

「もしかして、またお姉様にお会い出来るのかしら?」

 

──そう、前世における(わたくし)のお姉様と再会できるのかもしれないのです。

 

 

 

 

「この方ですか、フリアーネさんのお知り合いの声優さんというのは?」

 

「そうですわ! まあ、なんてお若いのかしら。あのシワクチャだったお姉様がツヤツヤお肌ですわ」

 

前世では幸運にも姉弟共に長生きできた為、(わたくし)の記憶にあるお姉様は年齢相応な外見でしたが、モモンガさんにネット検索して頂いてディスプレイに映るお姉様の姿は若さに輝いています。

 

ああ、お姉様がそこそこに人気のある声優で良かった。そのお陰で転移直後に行方を知る事が出来ました。

 

「あれ、おかしいですね?」

 

「どうされました、モモンガさん?」

 

(わたくし)が言葉にできない感動にうち震えていると、モモンガさんが首を傾げています。何かあったのでしょうか?

 

「いえね、フリアーネさんは、この声優さんのこと二人姉弟だと仰っていましたけど、プロフィールだと一人っ子になっていますよ」

 

なぬっ!? 俺がいないだと!?

 

 

 

 

コホン。

 

少々、言葉が乱れてしまいました。やはり日本語は難しいですね。ですので、モモンガさんも引くのはその辺でお止め下さいね。

 

それにしてもお姉様が一人っ子ですか。(わたくし)の記憶が確かなら、前世ではちゃんとプロフィール欄には二人姉弟だと記載されていたはずです。

 

これは調べる必要がありますね。

 

(わたくし)の左右で黙って話を聞いていた二人の従者に目配せをして、モモンガさんに内緒の命令をするため時間を止めさせました。ちなみに左右の従者というのは、もちろんですがアウラとマーレです。

 

シャルティアは(わたくし)の正面から抱きついて胸に顔を埋めながらクンカクンカしています。最初にそれを見たモモンガさんの表情は一生忘れられそうにありません。

 

 

 

 

数日後。

 

お姉様の身辺を従者に調査させたところ、この世界のお姉様は本当に一人っ子でした。どうやらこの世界はパラレルワールドのようですね。

 

「あの……それとあの女性からほんの少しだけですが、その……ぶ、ぶくぶく茶釜様の気配を感じました」

 

戸惑うようにアウラが告げてきました。マーレも彼女の隣でうんうんと頷いています。シャルティアは(わたくし)の警護のため、ずっとひっ付いていたのでお姉様には会っていません。

 

従者二人の言葉を聞いた(わたくし)は胸が詰まる想いです。

 

たとえ、この世界がパラレルワールドだったとしてもお姉様はお姉様だったのです。

 

(わたくし)のたった一人のお姉様です。

 

そうと分かれば早速ですが行動に移しましょう。

 

「何をされるのですか、フリアーネ様?」

 

やる気を出した(わたくし)にアウラが疑問を呈します。

 

何をするか? そんなのは決まっています。

 

声優業を頑張っておられるお姉様に応援のファンレターを送るのですわ。

 

「ファンレターですか?」

 

たかがファンレターと馬鹿にしてはいけません。人気商売の声優業にとってファンレターの多寡は重要です。本人のモチベーションだけではなく仕事量にも直結するファクターとなり得ます。

 

ここで重要なのは、送り先はお姉様の自宅ではなく、テレビ局やアニメ・ゲーム製作会社それに出版社等にすることです。お姉様にはファンが多くいるのだと仕事先に分からせるのです。

 

そのためには差出人も多くいります。同じ人間が何度も出しても意味が薄いですからね。

 

というわけで、ここでシャルティアの出番ですわ。

 

「わたしの出番でありんすか?」

 

コテンと首を傾げるシャルティア。可愛いですわ。

 

そんな可愛いシャルティアは、真祖の吸血鬼です。吸血によって下僕を無限に作れます。

 

そしてこの世界は吸血鬼にとってパラダイスといえるでしょう。何故なら空気汚染によって決して晴れる事のない厚い雲が空を覆っているからです。

 

つまり、吸血鬼の最大の弱点である太陽を克服したも同然なのですわ。

 

まずは千人からいきましょう。

 

うふふ、お姉様の伝説はここから始まるのですわ。

 

 

 

 

「いつもご馳走になってすみません。フリアーネさん」

 

「いえいえ、お家賃や光熱費はモモンガさん持ちなのですから食事ぐらいは当然ですわ」

 

モモンガさんの部屋は狭いですが、戸籍のない(わたくし)達では今のところ我慢して住むしかありません。

 

とはいっても、クソまずいこの世界の食べ物まで我慢して口にできるかと言えばそれは無理というものです。

 

第一、この世界の食べ物は毒物といっても過言ではない代物です。お嬢様育ちの(わたくし)が口にすれば一発でお腹ピーピーになってしまいます。

 

骨の方のモモンガさんが、アウラ達に《魔法の食料袋》や《魔法のピッチャー》を持たせてくれていたので大助かりですわ。

 

水ぐらいなら(わたくし)の魔法でもどうにかなったでしょうけど、食べ物はさすがに無理です。

 

素晴らしいアイテムを本当にありがとうございます、骨のモモンガさん。

 

このお礼を骨のモモンガさんにするのは難しいでしょうから、こっちの人のモモンガさんの方にしておきます。

 

千人の吸血鬼化の一人に、モモンガさんの上司である部長さんを選んでおきました。

 

モモンガさんの会社における待遇は向上したはずです。もっとも余りにもあからさまな贔屓はモモンガさんへの嫉妬を生むでしょうから、目立たないように加減をするように命令しています。昇進は少しずつですね。

 

「あの、家賃や光熱費と言われても、フリアーネさんが提供して下さっている超高級食材の一食分で家賃とかの一年分以上になると思うんですけど」

 

「うふふ、そんな嫌ですわ。金額の事など仰らないで下さいな。(わたくし)達はお友達でしょ? 楽しみも苦しみも分かち合いましょう」

 

「ふ、フリアーネさん……そ、そうですよね! 私達は友達同士ですもんね! 協力し合っていきましょう!」

 

(わたくし)の言葉に物凄く喜んで下さいました。モモンガさんは相変わらずのチョロインぶりですね。

 

それにしても友達同士ですか。

 

「どうされました、フリアーネさん?」

 

急に黙った(わたくし)にモモンガさんは不思議そうな顔になりました。

 

「いえ、大した事ではありませんよ。ただ――」

 

「ただ、なんでしょうか?」

 

「――ただ、モモンガさんが(わたくし)に対して友達以上の感情を……分かりやすく言えば劣情を抱いた場合、(わたくし)の従者達にブチ殺される可能性が非常に高いので少しだけ心配になっただけですわ。いえ、本当に大した事ではないので気にしないで下さいね」

 

「十分に大した話ですよね!? いえいえっ、私はフリアーネさんに妙な気持ちなんて抱いていませんから大丈夫ですけどね!!」

 

大慌てのモモンガさん。とても怪しいです。

 

うふふ、でも安心して下さい。

 

なんといっても前世からの親友であるモモンガさんですからね。(わたくし)の従者達にブチ殺されてもちゃんと生き返らせてさし上げますわ。

 

 

 

 

「フリアーネ様、御命令通りに警察署長とやらを眷属にしてきたでありんす」

 

「ご苦労でしたね、シャルティア」

 

命令を果たしたシャルティアを撫でて上げると、彼女は無邪気な笑顔を見せて喜んでくれます。本当に可愛いです。

 

『ファンレター作戦』と並行して行なっている『平穏な日常獲得作戦』は順調のようです。

 

今の(わたくし)は、もう公爵令嬢とは名乗れません。それどころか戸籍すらありません。

 

このままでは、この完全な管理社会で生きていく事は困難でしょう。

 

早急に生活基盤を整える必要があります。

 

取り敢えず急務なのは、国民を取り締まる権限を持つ警察を支配下に収めることです。

 

一目で日本人ではない事がわかる(わたくし)達の存在が一般に知られれば警察は即座に動くでしょう。

 

その場合、(わたくし)の頼りになる従者達が警察と戦えば勝てるかもしれません。ですが、その後は平穏とは無縁の生活が待っているのは、火を見るより明らかです。

 

(わたくし)は戦場暮らしには慣れていますが、それはあくまでも一時的な状態です。

 

基本的にお嬢様育ちなので、(わたくし)としては安定した生活が好みです。

 

取り敢えずはこの地区を管轄する警察署長を眷属に出来たので逮捕される可能性は激減しました。後は少しずつ他地区の警察署長も眷属化していきましょう。

 

「次の標的は、役所で戸籍管理をしている部署の責任者ですわ」

 

「はい、フリアーネ様。警察署長の時と同じように、まずは下っ端から少しずつ眷属化していけばいいのでありんすか?」

 

うふふ、シャルティアも学習してくれていますね。

 

眷属化を一気にやれば、この世界を征服することも意外と簡単に出来るかもしれませんが、もしも途中でバレた場合には激しい争いになるでしょう。

 

そして他のアーコロジーにまでバレた場合、最悪だと広域破壊兵器を使用される危険性があります。

 

そんな危険を犯すよりも裏からジワジワと勢力を広げるべきです。

 

環境破壊の進んだこの世界ですが、科学力は発達しています。富裕層と呼ばれる立場までいければ、前世の生活とは別世界の暮らしを送れる事でしょう。

 

それからの事はその時点で考えるとしましょう。でも――

 

「今はお姉様のファンレターを書く方が優先ですわ」

 

お姉様の自宅(・・)に唯一ファンレターを送っている(わたくし)はお姉様に名前を覚えてもらえました。

 

もう少し好感度を稼げれば、お姉様に実際に会ってもらえそうな雰囲気です。

 

うふふ、頑張りますわよ。

 

 

 



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公爵令嬢の躍進

 

(わたくし)はフリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンドと申します。

 

かつては、別世界の公爵令嬢として華麗なる人生を送っておりました。

 

それが何の因果か分かりませんが、数奇なる運命の果てにデストピアなこの世界に放り出されてしまいました。

 

ああ、麗しの公爵令嬢の運命は如何に。

 

そんな現状となっております。まったく、困ったものですわ。

 

 

 

 

「前回はバードマンでしたわね。同じなのも面白くないし、今回は別の種族にしようかしら?」

 

役所に勤める眷属達の努力の結果、(わたくし)達は晴れて戸籍を手に入れる事が出来ました。

 

アンダーグラウンド的な不正な戸籍ではなく、正規な戸籍なので安心です。その代わり税金諸々が必要なのが悲しいです。

 

ついこの間までは、税金を徴収する側の貴族でしたのに。世の儚さが身に染みますわ。

 

何はともあれ戸籍を手に入れたので、早速IDを取得して今では酷く懐かしく感じるユグドラシルをプレイする事にしました。

 

「お美しいフリアーネ様には、やはりダークエルフが良いかと思います!」

 

「はい! ぜひフリアーネ様にはダークエルフを選んで欲しいです!」

 

アウラとマーレは二人ともダークエルフ推しのようですね。

 

「何言ってんのよあんた達は! フリアーネ様には吸血鬼しかないでしょう! 美しさと強さを兼ね備える吸血鬼こそフリアーネ様にピッタリよ!」

 

あらあら、シャルティアが興奮しすぎて普段の口調を忘れています。

 

「シャルティアこそ何言ってんのよ! ほら、見てみなよ。この吸血鬼のデザインを! 吸血鬼の真祖も始祖もどっちも美しさとは程遠いよ!」

 

「あ、あら? これはどういう事かしら? え、えっと……ほ、ほら! こっちを見なさいよ! この吸血鬼の花嫁は綺麗よね!」

 

「このお馬鹿! いくらゲームでもフリアーネ様をこんな下級な吸血鬼にしようっての!?」

 

「あっ! ち、違うんですフリアーネ様!! そういうつもりじゃないんです!!」

 

シャルティアが慌てて謝罪をしてきました。少し涙目なのが可愛いです。

 

ユグドラシルでの種族を何にしようかと各種族のイラストを従者達と見ていましたが、これは一人で決めた方が良さそうです。

 

どうせ、従者達はユグドラシルをプレイしませんからね。(わたくし)は誘ったのですが、プレイ中は身体が無防備になるため護衛をすると断られてしまいました。

 

理由が理由なので無理強いは出来ません。それに身体が無防備だと言われてみると確かにその通りです。

 

よくよく考えみると怖い状態ですよね。もしもプレイ中に強盗などに襲われても抵抗が出来ません。

 

そこまではいかなくても、(わたくし)のような可憐な乙女が無防備な姿を晒していれば、同居人のモモンガさんが不埒な考えにとらわれるかもしれません。

 

……そう考えるとシャルティアも危険かもしれません。大丈夫でしょうか?

 

「なっ、なななにを仰られるのですかフリアーネ様っ!! わ、わたしは敬愛するフリアーネ様を愛することはあっても不埒な真似など絶対にしませんわ!!」

 

はい、アウトです。不埒な真似はしないけど愛すると言っていますね。身体の護衛はアウラとマーレに任せますわ。シャルティアには(わたくし)のゲーム中、屋外警備を命じます。

 

「そ、そんなー!? せっかくのチャンスなのにー!!」

 

「まったく、そんなことを考えてたわけね。フリアーネ様、お身体の護衛はお任せ下さい。シャルティアを一歩たりとも室内には入れません!」

 

「はい! 僕も頑張ってシャルティアを見張りますね!!」

 

「ちょっと!? どうしてわたしを見張るのよ!?」

 

「あんたはちょっとは自分の言動を振り返りなさいよね!! どう考えてもあんたが一番の危険人物でしょうが!!」

 

うふふ、賑やかで可愛い子達ですね。シャルティアも、もう少しまともな性癖なら相手をしたかったのですが、彼女の性癖は……怖すぎます。

 

女として生まれた身としては絶対に相手をしたくありません。

 

……でも、ちょっぴりだけ、興味があったりなかったりしちゃったりして、なんてね。

 

 

 

 

お金を稼ぐ必要があります。

 

「お金ですか? それならシャルティアの眷属達に献上させればいいですよ」

 

アウラの意見は尤もです。ですが、それでは目立ってしまいます。

 

「目立つ、ですか?」

 

そうです。シャルティアの眷属とはいえ世間一般では(わたくし)と何の関係もない人達です。そんな人達が(わたくし)に金銭を贈与すれば妙な噂が立つことでしょう。この世界は全ての金銭はデジタル化されています。その動きを隠しきる事は出来ませんからね。

 

今は力を蓄える時期です。下手に目立って権力者達に目をつけられては敵いませんわ。

 

「なるほど、流石はフリアーネ様です。あたしはそこまで考えていませんでした!」

 

アウラの素直な称賛の目がくすぐったいです。マーレもアウラの隣で同じような目を向けてくれています。……シャルティアはボーッとしていますね。意味を分かってくれているのでしょうか?

 

「フリアーネ様、それではどうやってお金を稼ぎますか?」

 

マーレが質問します。質問するときの首を傾げる動きが本当に可愛いです。この子達は分かっててやっているのでしょうか?

 

「フリアーネ様、お金稼ぎならわたしに任せてなんし。実は眷属から良い方法を聞いてありんす」

 

シャルティアがボーとした表情を一変させて、妙に自信有り気にそんな事を言い出しました。

 

非常に疑わしいですが、可愛い子には旅をさせろとも言います。ここは清水の舞台から飛び降りたつもりになって任せてみましょう。

 

「正気ですかっ!? フリアーネ様!!」

 

「む、無謀すぎると思います!!」

 

アウラとマーレの二人が一斉に反対しました。その気持ちは非常に分かりますが、ここはシャルティアを信じて任せてみようと思います。

 

「ふふーん、フリアーネ様はわたしを信じてくれているのよ。まあ、わたしの稼ぎをみてビックリする心の準備をしておくといいでありんす」

 

そう言い放つ、シャルティアのドヤ顔はウザ可愛いと思いました。

 

 

 

 

この世界の大気には毒が含まれています。従者の三人には毒など効きませんが、だからといって防毒マスク無しで出歩いては目立って仕方ありません。

 

防毒マスク――生きるには必需品ですが、意外と高価な物です。もちろんモモンガさんは予備品をお持ちでしたが、防毒マスクは個人専用の傾向が強い物です。

 

何故なら考えてみて下さい。普通のマスクでも他人が使用した物は使いたくありませんよね?

 

えっ?

 

モモンガさんは(わたくし)が使ったマスクなら喜んで使えるのですか?

 

……アウラ、とりあえずモモンガさんを軽くしばいておいて下さいね。

 

さて、この世界に来てから数ヶ月になりますが、今日ようやく防毒マスクが四セット手に入りました。

 

「うぅ…私のボーナスがー」

 

モモンガさんが何やら嘆いていますが、どうせボーナスの使い道などユグドラシルの有料ガチャぐらいです。

 

物欲センサーバリバリのモモンガさんでは、大事なお金をドブに捨てるようなものです。それと比べれば麗しい乙女の防毒マスクを買う方が百億倍は有意義なお金の使い方です。

 

「それは、その通りですね」

 

あら、あっさりとモモンガさんも納得してくれました。

 

うーん、せめてご褒美にハイヒールで踏んでさし上げましょうか?

 

「ちょっ!? それがご褒美になるのはシャルティアさんだけですよ!」

 

あらあら、そうなのですか。それじゃご褒美は腕によりをかけた御馳走にしますね。

 

公爵令嬢だった(わたくし)ですが、料理は数少ない趣味でしたのでちょっとは自信があります。もっとも、この世界でなら《魔法の食料袋》から出した食材を単に焼いたり煮たりするだけでも御馳走なんですけどね。

 

「あっ……」

 

どうされました、モモンガさん?

 

「い、いえ、何でもありません。御馳走が楽しみだなーって思っただけですよ。アハハ…」

 

ふむ。

 

やっぱり、ハイヒールで踏んでさし上げましょうか?

 

「……いえ。私にそんな趣味はありませんので……遠慮しときます」

 

そう言葉を発するモモンガさんの横顔は憂いに満ちていました…まる

 

 

 

 

今日は従者達とキャッキャウフフなお出掛けです。たとえ防毒マスク姿であろうとも、この身から溢れ出す高貴なオーラが愚民達の衆目を集めてしまいます。

 

ナンパ避けとしてモモンガさんも丁稚のように後ろからついて来ています。

 

実際に不審者に絡まれても鬱陶しいので、眷属にした警官達にこの周辺をパトロールさせています。

 

あちらこちらにチラチラと姿が見えるので心強いです。やはり平民より権力側がいいですね。

 

「もうしつこいよ、止めてもらえるかな!」

 

「おいおい、そんな騒ぐなよ。ちょっと付き合ってくれって言ってるだけだろ」

 

警官の姿に安心感を覚えていると、どこかから騒ぐ声が聞こえてきました。

 

「だから興味がないって言ってるだろう!」

 

「チッ、面倒くせえなぁ、いいから黙ってついてこいよ。良い思いをさせてやるからよぉ」

 

どう見てもタチの悪いナンパです。女性を助けるのは簡単ですが、態々見知らぬ人を助けるほど暇ではありません……ですが、あの女性の声はどこかで聞いたことがあったような?

 

「うーもうっ、いい加減にしないとボクにも我慢の限界ってものがあるんだよ!」

 

ボク? はっ! あの女性は!!

 

「どっせぇええええ──っい!!」

 

「プギャらっ!?」

 

「ええっ!? 女の子が飛んできたっ!?」

 

「「「「フリアーネ様(さん)っ!?」」」」

 

渾身のドロップキックが、悪漢の顔面に見事に決まりました。

 

吹き飛んで近くの壁に叩きつけられた下劣な悪漢。その姿に(わたくし)の溜飲が下がりました。そして倒れた悪漢は、素早く現れた警官達が連行して行きました。

 

「お怪我はありませんか?」

 

(わたくし)は悪漢に襲われかけていた女性に優しく声をかけます。

 

「え? あ、うん。ボクは大丈夫だよ」

 

まだ状況を把握し切れていないのでしょう。女性はキョトンとした様子です。

 

防毒マスクが邪魔でよく顔は見えませんが、その口調と声には覚えがありました。

 

「ご無事でよかったですわ……やまいこ様」

 

(わたくし)の言葉に女性は――やまいこ様は目を丸くされました。

 

「えっと、もしかしてだけど、君は公爵令嬢のフリアーネかい?」

 

「おーほほほほほ、その通りですわ。自己紹介をせずとも察せられるだなんて、流石はやまいこ様ですわ」

 

「あのね、金髪碧眼に防毒マスク越しでもわかるほどの美貌。そして、その真っ赤でド派手なドレス。そこまでゲームそのまんまの姿なら誰だって分かると思うよ」

 

やまいこ様は呆れたように言います。

 

うふふ、ユグドラシルでは課金をしてまで姿をリアルと同じにした甲斐がありましたね。お陰で一目でユグドラシルでのフレンドの(わたくし)だと気づいてもらえました。

 

前世ではお姉様のご友人であり、(わたくし)ともギルドメンバーとして親交のあったやまいこ様。

 

彼女と、もう一人の女の子のギルドメンバーである餡ころもっちもち様とは、女の子同士の友情を育みたくてユグドラシルで探し出しました。

 

無事に二人を探し出してフレンドとなりました。そして、やまいこ様の妹のあけみ様とも親交を深めております。

 

ただ一つ残念なのは、お姉様は声優としての人気が高まり、そのためお仕事が忙しくなり過ぎたためユグドラシルをそもそも始めなかった事です。

 

(わたくし)の『ファンレター作戦』が功を奏したのは幸いですが、ユグドラシルで一緒に遊びたかったです。

 

「それにしても前から聞いてはいたけど、そこまで姿を同じにするのって、大変だったんじゃないの?」

 

やまいこ様の言葉に(わたくし)は艶然と微笑みながら答えます。

 

「うふふ、お金(課金)の力は偉大ですわ」

 

(わたくし)の背後から「私のボーナスがー!」などという幻聴が聞こえましたが、当然ながら気にしませんでした。

 

 

 



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公爵令嬢の努力

 

(わたくし)はフリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンドと申します。

 

かつては、とある帝国の公爵令嬢にして、才能豊かな魔法詠唱者として名を馳せておりました。けれど、今では可憐なだけの乙女に過ぎません。

 

今の(わたくし)は、自分が住む小さな地域を支配するだけで精一杯な、そんな無力な存在です。

 

とても心細いです。けれど挫けるわけにはいきません。何故なら、たとえ国を失おうとも、公爵令嬢として生きてきた誇りまでは失っていないのだから。

 

 

 

信じられない奇跡が起こりました。

 

なんと!

 

あのシャルティアのお金稼ぎが大成功したのです。

 

「う、嘘でしょう? シャ、シャルティアが成功するなんて…」

 

「こ、怖いよぉ、お姉ちゃん。きっと惑星規模の大災害の前触れだよぉ」

 

「ふふーん、素直に褒めてもいいんでありんすよ」

 

余りにも予想外の出来事に、我が陣営は混乱に陥っています。

 

これはマズイです。アウラはまだしもマーレは本気で怯えています。このままでは我が陣営の士気はズタボロです。

 

ここは(わたくし)の出番ですわ。

 

「落ち着きなさい! (わたくし)の可愛い貴方達!」

 

(わたくし)の一喝で、皆の注目を集めることに成功しました。

 

さあ、ここからが正念場です。

 

(わたくし)の弁説で皆の士気を回復させるのですわ。

 

「皆さん思い出しなさい。シャルティアは栄光あるナザリックの守護者序列一位の実力者ですよ。彼女が本気なればお金を稼ぐことぐらい、きっと、たぶん、おそらく、わけないことなのです。所詮はお金など人が生み出した貨幣制度、つまりは金融システムによるものです。人を超越した力を持つシャルティアがそのシステムを把握理解し、マネーゲームによって利益を得ることなど赤子の手を捻るよりも簡単な……簡単な……うぅ、自分が思ってもいない事を口にすることがこんなに辛いだなんて……わ、(わたくし)には為政者としての資格がなかったのですね……ガク…」

 

「フリアーネ様!? 大丈夫ですか!!」

 

「フリアーネ様は間違っていません!! 頂点に立つフリアーネ様がそのお気持ちを偽る必要なんてありませんから!!」

 

己の力不足を痛感して膝から崩れ落ちた(わたくし)をアウラとマーレは支えて励ましてくれました。

 

ああ、本当になんて良い子達なのでしょうか。

 

無力感に苛まれていたはずの(わたくし)なのに、気がつけば胸に温かいものを感じていました。

 

抱き締め合う(わたくし)達。そこには互いを想いあ…

 

「あの、フリアーネ様。もう御冗談はお止めなんし。でないとわたし…ガン泣きするでありんす…」

 

あわわわっ!?

 

ごめんなさい!! (わたくし)の可愛いシャルティア!!

 

少々、冗談が過ぎました。

 

シャルティアはやれば出来る子なんですよね。

 

うふふ、自慢の我が子ですわ。ナデナデ。

 

ガン泣き三秒前状態のシャルティアを慌てて抱き締めて褒めてあげます。

 

(わたくし)の腕の中でムフーと御満悦になるシャルティア。

 

よかった。間に合いました。

 

可愛いシャルティアを泣かしてしまうところでした。

 

(わたくし)は好きな子をついついイジメてしまうおバカな男子ではなく可憐な乙女です。なのでシャルティアを愛でますわ。

 

 

 

 

「《ポイズンリカバー/毒治癒》を込めた錠剤のネット販売ですか?」

 

「はい! フリアーネ様!」

 

シャルティアにお金を稼いだ方法を尋ねてみたところ、自信に満ち溢れた笑顔と共に教えてくれました。

 

「よかったー、シャルティアのことだから強盗とかをしてそれをお金稼ぎだとか言い張るかもって心配だったんだ」

 

「あのね、そんな真似するわけないじゃない。騒動を起こしたりしたらフリアーネ様にご迷惑をおかけするもの」

 

「そうだよね、いくらシャルティアでもそんな馬鹿な真似はしないよね」

 

「ふふ、わたしでも(・・)という部分が気になるけど、今回は特別に聞き流してあげんしょう」

 

うふふ、シャルティアってば普段なら絶対に言い争いになるアウラの軽口にも笑っていますわ。よほどお金稼ぎが成功した事が嬉しいのですね。

 

それにしても毒治癒の錠剤ですか。この世界は医療も発達していた筈ですけど、たかが毒治癒の錠剤がそこまで売れるものなのでしょうか?

 

「はい、フリアーネ様。防毒マスクは完全には空気中の毒を防げないでありんす。そして食べ物や水にも微量の毒素が含まれているからどうしても体内に取り込んでしまうでありんす。そのせいで少しずつ内臓が腐っていくけど、腐った内臓を治せる薬などはなく、治療としては非常に高価な作り物の内臓と取り換えるのみです。なので取り換えるお金がない人間は死にます。フフ、内臓が腐った程度で死ぬだなんて人間は儚い生き物でありんすね。でも、そのお陰で作り物の内臓に取り替える治療と比べれば、遥かに安価な毒治癒の錠剤はバカ売れでありんす」

 

なんですとっ!?

 

食べ物や飲み物は《魔法の食料袋》と《魔法のピッチャー》のお陰で問題ありませんが、防毒マスクは何度も使ってお出掛けをしておりますわ!!

 

この(わたくし)の内臓が腐る!?

 

人工臓器が必要になる!?

 

そ、そういえば前世でそのような手術を受けた記憶があったような…?

 

う、迂闊でしたわ。このような重要なことを失念していたなんて。

 

この一点の曇りもない極上の肢体が、毒に侵されるなんて神をも恐れぬ暴挙といえるでしょう。

 

ですが!

 

今の(わたくし)には、前世では持たなかった魔法という神の如き力を得ています。毒などに怯えはしませんわ。

 

では──

 

「ポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバー…」

 

「ええっ!? フリアーネ様が狂ったようにポイズンリカバーを唱え出したよ!? どうしよう、お姉ちゃん!」

 

「流石はフリアーネ様でありんす。まったく息継ぎ無しで、これほどの連続詠唱が出来るだなんて素晴らしいでありんす。まさに長年の研鑽による滑舌の滑らかさと、化け物じみた肺活量の賜物でありんすね」

 

「んなこと言ってる場合じゃないわよ!! あんたが人間の内臓が腐って死ぬだなんて言うからでしょうがっ、フリアーネ様はまだ人間なんだよ!! 繊細なフリアーネ様ならショックを受けて混乱されるに決まってるでしょうが!!」

 

「ええっ!? そそそんなつもりじゃないわ!! フリアーネ様を混乱させる気なんてなかったの!!」

 

「大変だよ、お姉ちゃん!!」

 

「今度はなにっ!?」

 

「フリアーネ様が涙を流しながら右手を真上に突き上げているよ!!」

 

「どういう状況なわけっ!?」

 

 

 

 

──第9位階

 

長らく足踏みをしておりました。

 

(わたくし)の才能では、もしかしたら届かないのかもと諦めかけたときさえありました。

 

しかし!!

 

とうとうやったのです!!

 

(わたくし)は第9位階に届きました!!

 

ポイズンリカバーの経験値は、毒治癒を成功した場合にのみ得られるものです。しかし、(わたくし)が毒状態になることなど稀です。今まではポイズンリカバーは殆ど使用することはありませんでした。ですが、この世界では毒が蔓延しています。

 

唱えれば唱えるだけポイズンリカバーが効果を発揮しました。恐らくは身体に付着した毒を無毒化した端から空気中の新たな毒が身体に付着するのでしょう。

 

一回ごとの経験値は確かに少ないです。ですが、治癒呪文は強化呪文よりかは遥かに多くの経験値を得ることが出来ます。

 

魔物のいないこの世界に放り出されてからも地道に経験値稼ぎは行っていました。その努力がとうとう報われたのですわ。

 

(わたくし)は達成感と頬を伝う熱いものを感じながら拳を天に突き上げました。

 

「おーほほほほほ、世界に蔓延る毒を浄化して新たな位階に到達するだなんて、帝国の聖女としての面目躍如といったところですわね」

 

「ねえ、お姉ちゃん。帝国の聖女ってフリアーネ様の事かな?」

 

「えっと、たしか前に何度かフリアーネ様が自称されていたことがあったような?」

 

「ああ、思い出したでありんす。デミウルゴスの奴が言ってたけど、王国で《黄金》と呼ばれていた王女に対抗して、フリアーネ様は御自分では《聖女》を名乗っていたけどまったく定着せずに《気狂い魔女》と呼ばれていたそうですわ」

 

「ちょっ!? シャルティア!!」

 

「どうしたの、おチビ? ああ、そうですわね。少し間違っていたありんす。《気狂い魔女》ではなく《狂笑の気狂い魔女》だったでありんすね。フリアーネ様の高笑いはまさに狂笑と名付けるに値する邪悪さが感じら……ひぃっ!?」

 

戯言を垂れ流すシャルティアの肩をガシッと掴みます。

 

たとえシャルティアといえど、俺……ではなく、(わたくし)が心血注いで育成中の《公爵令嬢》を侮辱することは許せませんわ。

 

「た、助けてっ、おチビ!! マーレ!!」

 

「骨は拾ってあげるわ、シャルティア」

 

「モモンガ様でも飛び蹴りされるほどの禁句を口にしたシャルティアの自業自得だと思うよ」

 

 

さあ、シャルティア。(わたくし)とO・HA・NA・SHIをしましょうね。

 

おーほほほほほ、きっちりと教育をしてさし上げますわ。

 

 

 

 



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公爵令嬢の野望

 

(わたくし)はフリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンドと申します。

 

かつては、強大な帝国にて、自由気ままに権力を行使できた麗しの公爵令嬢でした。

 

盛者必衰の理とは言いますが、今ではささやかな零細企業で、ワンマン経営が精一杯な無力な小娘にまで落ちぶれてしまいました。

 

けれど、心配などはいりませんわ。

 

たとえこの身が汚泥に塗れようとも、(わたくし)は《ノブレス・オブリージュ》を魂に刻まれた誇り高き公爵令嬢なのですから。

 

 

 

 

グシモンド製薬会社を設立しました。

 

当然ながらトップの会長は、この(わたくし)ですわ。

 

社長には、私の可愛い子達(シャルティア、アウラ、マーレ)ではなく、超ブラック企業で教育された使い勝手のいい社チ…ではなく、意外と優秀な会社員のモモンガさんを大抜擢しました。

 

超ブラック企業に乗り込んで、モモンガさんの上司さん(眷属化済み)に、この(わたくし)自らの手で、バーンと退職届を叩きつけてあげた時のモモンガさんの顔はとても愉快そうでしたわ。

 

グシモンド製薬会社の将来性は抜群ですからね。勧誘した当初こそは渋っていたモモンガさんですが、会社説明をきいた途端、逆に社長就任に怖気ついた程でしたわ。

 

大丈夫ですよ、モモンガさん。

 

異世界とはいえモモンガさんは魔王を見事に務められたのです。未来の大企業の社長なんて楽勝ですわ。

 

もっとも、骨のモモンガさんではなく、人のモモンガさんはまだまだお若いので、それ相応の苦労はあるかもですが。

 

まあ、モモンガさんなら何とかしてくれると信じています。

 

うふふ、信じるって、良い言葉ですわよね。

 

それに、(わたくし)以外の普通の人間は、モモンガさんしかいませんからね。

 

アンデッドのシャルティアは当然として、人間種とはいえダークエルフのアウラとマーレも個人としては目立たない方が無難です。

 

なんと言っても、今期のネット売上ナンバーワンの大注目企業ですからね。

 

それに製薬会社として正式認可を受けるときにも、シャルティアが眷属にした関係者達が強引な真似をして目立ってしまいました。

 

現時点で、これ以上目立つのは危険だと考えます。モモンガさんを数に含めてもまだ総勢五名(眷属を含めたら約二千人)の弱小勢力です。雌伏の時ですわ。

 

「とはいえ、この世界に(わたくし)の名を刻むための記念すべき第一歩ですわ。さあ、(わたくし)の可愛い貴方達、遠慮せずに称賛してもよろしくてよ」

 

「あぁ、フリアーネ様のドヤ顔はいつ見ても蕩けそうになるでありんす」

 

「えっと、お姉ちゃん、フリアーネ様が弱小勢力って、何かの暗喩なのかな?」

 

「うーん、そうだね。多分だけど、フリアーネ様は暴力による支配はする気はないって事を明言されているんだと思うよ。えーと、確かケイザイ力と仰っていたかな? つまりお金による支配をされる気なんだと思うよ。お金だけで考えればまだまだこの世界では弱小勢力なんだろうね」

 

「お金……シャルティアが作っている薬が売れているから、お金がいっぱい手に入ったんだよね」

 

「そうだね。シャルティアが稼いだお金で会社が設立できるって、フリアーネ様がお喜びになられていたわよね。だから会社での立場は、あたし達よりシャルティアの方が上にしてもらえるって、シャルティアの奴ウザいほど自慢してたよね」

 

「うー、僕も薬を作る!」

 

「あはは、そう言うと思ったよ。それで、何の薬を作るつもりなの?」

 

「豊胸薬!!」

 

「ぷッ、あはははッ!! それいいよね! それでお金を稼いだらシャルティアを見返せるよね!」

 

「うん! あの運が良かっただけの有頂天の絶壁のペッタンに、誰が一番フリアーネ様の役に立つが思い知らせてあげるよ!!」

 

「えっと、マーレ? 少し口が悪くなってない? シャルティアも調子に乗っているかもだけど大事な仲間だからね?」

 

「うん、分かっているよお姉ちゃん。シャルティアが素直に負けを認めれば、完成した豊胸薬を分けてあげるつもりだからね!」

 

「……ホントに分かってる?」

 

 

 

 

 

「フリアーネさん、いつも応援ありがとうございます。そして、本日は御食事のご招待ありがとうございます」

 

「うふふ、そのような堅苦しい話し方はおやめになって欲しいですわ。(わたくし)にとって貴女は憧れの人なのですから、そう、もっとざっくばらんな感じでお願いしたいですわ。そうですわね、例えるなら実のオトウ……いえ、実の妹を相手にしているような感じが理想的ですわね」

 

「ざ、ざっくばらんな話し方ですか? そう仰っているフリアーネさんの方が丁寧な話し方だと思いますよ」

 

「あら、ごめんなさいね。(わたくし)の場合は育成上の制約がありますから、この話し方がデフォルトになりますの。それに(わたくし)のこの外見で今どきの若い娘のような話し方だと違和感を感じませんか?」

 

「確かにフリアーネさんは見るからに上流階級のお嬢様ですよね。そんなフリアーネさんが若者言葉で喋られたら違和感ありまくりですね。(育成上の制約って何かな?)」

 

「うふふ、そうでしょう。まあ、話し方のことは追々ということで良いとして、早速レストランに向かいましょう」

 

「あの、わざわざ自宅まで迎えに来ていただいて本当にありがとうございます」

 

「いえいえ、ただのファンである(わたくし)と食事を共にしていただけるのだから迎えぐらい当然ですわ。さあ、お乗りになって下さいまし」

 

「……恐縮です」

 

そこそこに、社会的成功を収めつつある(わたくし)は、日頃からのファン活動が功を奏し、ついに念願であった(前世での)お姉様との食事の約束を取り付ける事に成功致しました。

 

眷属が経営するタクシー会社が持つ高級車(運転手も眷属ですわ)で、お姉様の自宅(前世での我が家です。懐かしくて目が潤みそうですわ)に迎えに来ました。

 

不思議とお姉様の方も緊張気味ですが、これからが勝負時なので(わたくし)も緊張しています。

 

さあ、これよりお姉様攻略作戦の始まりですわ!!

 

この攻略作戦には、アウラとマーレも全面的に賛成してくれています。

 

作成会議における意気込みは(わたくし)以上でした。……シャルティアは余り興味がないのか、いつもの如く(わたくし)に抱きついてクンカクンカしていましたが。

 

「うふふ、今日はたっぷりと楽しんでもらえるように色々と考えてきましたから期待していて下さいね」

 

「い、色々ですか? す、少し怖い……い、いえ、

それは楽しみですね」

 

お姉様の手を握りながら車に乗り込みます。その際に近付いたお姉様からふわりと良い香りが漂ってきました。

 

……シャルティアの気持ちが分かります。今すぐにも抱きついてクンカクンカしたいですわ。

 

ですが、それはダメです。

 

今はまだ好感度が足りません。

 

ここはゲーム世界ではなく現実の世界なのです。選択肢に失敗したからといってやり直し(ゲームロード)は出来ません。

 

前世では喧嘩の絶えない姉弟ではありましたが、死ぬまで仲が良い姉弟でもありました。

 

願わくば、今世でも仲良くありたいと思います。ククク、いつか仲良し姉妹としてキャッキャウフフ出来る日が待ち遠しいですわ。

 

あら、繋いだお姉様の手が微かに震えているのは何故でしょう? もしかしてお寒いのかしら?

 

ハッ!?

 

これは合法的に抱き締められるチャンス!?

 

お姉様!! (わたくし)が抱き締めて暖めて差し上げますわ!!

 

 

 

 

モモンガさんがユグドラシルをお辞めになってしまいました。

 

なんでも社長業が忙しくて時間の都合がつかないそうです。

 

まったく、この(わたくし)は立派に会長業をこなしながらもユグドラシルを楽しんでいるというのに、モモンガさんはダメダメな殿方ですね。

 

「いや本当に忙しんですよ! そりゃあ、私だってユグドラシルは続けたかったですよ。でも会長のフリアーネさんは遊んでばっかだし、シャルティアさん達は新薬開発以外は興味無さげだし、何故か関係会社や当局の担当者達が不気味なほど協力的だから何とかなっていますけどね。本当に限界ギリギリでやっているんですってば!」

 

まったく、男の言い訳は見苦しいですわね。

 

アインズ・ウール・ゴウンの結成すらしない内にギルドマスターが引退だなんて笑い話にもなりませんわ。

 

ふむ、こうなったらいっそのこと、この(わたくし)がギルドマスターになって新たなギルドを結成しようかしら?

 

やまいこ様達を誘って、折角だから女性だけのギルドとか作れば面白そうですわ。

 

ギルド名は、《公爵令嬢と百合の花》などは如何かしら? 一度集まって相談をする必要がありますね。

 

……この機会にお姉様もユグドラシルに誘おうかしら?

 

 

 

 

ギルド名、《公爵令嬢と百合の花》は却下されました。

 

非常に残念です。

 

 

 

 

 

 



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公爵令嬢の友情

 

(わたくし)はフリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンドと申します。

 

かつては、裕福な公爵家で、蝶よ花よと何不自由なく育てられた深窓の公爵令嬢でした。

 

それが今では、中小企業を見事に采配する敏腕経営者にまで身を落としてしまいました。

 

忙しく働く中、何もせずとも労働者達から搾取できたかつての自分が恋しくて、枕を涙で濡らす夜もあります。

 

ですが、心配はいりません。

 

汚泥に咲く花もある。その言葉通り、(わたくし)はこの様な過酷な環境でも、美しく大輪の花を咲かせているのですから。

 

 

 

 

爆乳問題が発生しました。

 

いえ、冗談を言っているわけではありません。

 

マーレが開発した豊胸薬が効きすぎたのです。

 

治験薬段階では問題はありませんでした。ですが、実際に発売された豊胸薬を使用された女性達(一部、男性含む)が爆乳になられたのです。

 

爆乳なら問題ないだろって、思われるかもしれませんが、巨乳ではなく爆乳なのです。

 

アニメの中なら自分の頭より大きな爆乳の持ち主など、それこそ掃いて捨てるほどおります。

 

ですが、現実世界ではそこまでの爆乳の持ち主などごく僅かです。今、世間ではデモ行進が起っても不思議ではない程の騒動となっています。

 

「うぅ、申し訳ありません。フリアーネ様……」

 

豊胸薬を開発したマーレが青い顔で土下座をしています。問題発生当初は自害をして赦しを請おうとしたので心配です。

 

「マーレ、(わたくし)は怒ってなどいませんわ。治験では問題はなかったのですから、この様な事態が起こるなど(わたくし)ですら予想さえ出来なかったもの」

 

「そうだよ、マーレ。フリアーネ様はお許しになられたんだからね。いつまでもそんな感じだと逆にフリアーネ様に不敬だよ」

 

「お、お姉ちゃん……」

 

「そうね、マーレにしたら頑張った方なのだから仕方ないでありんす。治験薬を投与した被験者が薬への抵抗力が強い吸血鬼だけだった。というのは、流石におマヌケが過ぎると思うでありんすが、そこはマーレがお子様特有の視野狭窄だったと諦めて、これからの未来に期待を込めて許してあげんしょう」

 

「シャルティアッ!!」

 

「うわーん!! ごめんなさいフリアーネ様ーッ!!」

 

そうなのです。言い方は感心しませんが、シャルティアが言ったとおり、吸血鬼相手に治験を繰り返して完成させた豊胸薬は、人間相手では効果が高すぎました。

 

「フリアーネさん! 爆乳になったせいで胸に合うブラジャーが無くなったという苦情が止まらないです! どうしたら良いのでしょうか!?」

 

マーレ以上に青い顔になっているのは、社長であり、そしてクレーム対応の責任者でもあるモモンガさんです。

 

まったく、これで社長だというのだから頼りになりませんね。ここは会長である(わたくし)の出番のようです。

 

 

「おーほほほほ、この程度で騒ぐだなんてお里が知れますわよ。全てはこの(わたくし)に任せておきなさい。速攻で片をつけて差し上げますわ」

 

バシッと言い放つ(わたくし)に尊敬の眼差しを向ける(わたくし)の可愛い子達。

 

そして、それに反して、一人だけ疑いの眼差しを向けてくるモモンガさん。

 

うふふ、そのような眼差しを向けたこと、きっと後悔しますわよ、モモンガさん。

 

 

 

 

前世では、お姉様が演られているエロゲー関係には関わらないようにしていました。

 

ですが、今世では血の繋がりはないわけです。

 

つまり、お姉様のエロゲー関係に手を出しても合法です。

 

いいえ、売上協力だと思えばむしろ手を出しまくる事がお姉様の為になります。

 

要するに、お姉様のエロい◯ぎ声を……(わたくし)は、聞いても良いのでしょうか?

 

「そこはどう思われます? やまいこ様」

 

「ダメに決まっているだろ。君はまだ未成年なんだから」

 

「未成年……そんな概念がまだ残っているのかしら?」

 

「残っているよ! 誰がなんと言おうと残っているんだ! 未成年は守られるべき存在なんだよ!」

 

「うふふ、流石は教師というべきですね。……ところで、女教師物なら合法でしょうか?」

 

「うんうん、そっか。フリアーネは鉄拳制裁を受けたいようだね」

 

「じょ、冗談ですわ。お嬢様ジョークというやつですわ」

 

「そんな冗談を言うお嬢様って嫌なんだけど」

 

「うふふ、現在のお嬢様界ではエロトークがトレンドでしてよ」

 

「いや、絶対ウソだろ」

 

 

 

 

お店を買いました。

 

お店の経営者だった店長さん(もちろん、眷属化済みですわ)は、そのまま店員さんになりました。

 

「おーほほほほ、新装開店直後から満員御礼でしてよ。ほらほら、マーレ達も手伝いに行きなさい」

 

「はいッ、フリアーネ様! 行くよ、マーレ!」

 

「うん、お姉ちゃん。それじゃあ、行ってきます、フリアーネ様!」

 

「それでは私も手伝いに行きんしょう」

 

「……いえ、シャルティアまで行っては寂しいので、シャルティアはこのまま(わたくし)に侍っていなさい」

 

「あぁ、そのお言葉嬉しいでありんす!」

 

短気なシャルティアに接客をさせる勇気は出ません。嫌な客の暴言にカッとなったシャルティアが、その客をボンッとする未来が見えてしまいます。

 

あぁ、許して下さい、シャルティア。(わたくし)の言葉を素直に受け取ってニコニコ顔でクンカクンカしてくるシャルティアの姿に(わたくし)の良心がズキズキと……あら、痛みませんね。

 

「フリアーネさん……いえ、フリアーネ会長。今回は助かりました。引っ切りなしにあったクレームが急激に減りました。この分なら数日中には完全に収まりそうです」

 

「うふふ、モモンガさん。礼など不要ですわ。モモンガさんは確かに社長ですが、(わたくし)は会長ですもの。会社の問題は(わたくし)の問題でもあります」

 

「ふ、フリアーネ会長! わ、私は会長の事を誤解していました! 毎日毎日遊び倒す事しか興味がないダメ人間だってずっと誤解を…」

 

「モモンガさんの目にはその様に映っていたのですね。少し残念ですわ。(わたくし)は一見遊んでいたように見えたかも知れませんが、市場調査を行っていたのですよ」

 

「し、市場調査ですか?」

 

「現在の固定化された市場で、ずっと働いていたモモンガさんには分かりにくいでしょうが、客が求めるものは本来は流動的なものですわ」

 

「そうなんですか?」

 

「限られた物資しか流通しないアーコロジーの外街では不要な考え方でしたが、これからは違いますよ。(わたくし)の……いえ、モモンガさんの会社がこれからは様々な商品を販売致します」

 

「俺の会社が……」

 

「今回は爆乳になられて困られていた大勢の客のニーズを捉えて、お洒落で可愛い爆乳専用ブラジャーの製造販売を行いました。つまり、市場調査により客のニーズを的確に捉えて、それを商機へと繋げたわけです」

 

「あの、客のニーズといっても爆乳問題はうちの会社が発生させ…」

 

(わたくし)のお小遣いで買ったお店とは関係ない話をしないで下さい。(わたくし)のお店『ランジェリーショップ・モモンガ』は、グシモンド製薬会社とは資本関係のない清廉潔白なお店ですわ」

 

「ランジェリーショップモモンガッ!? そんなの聞いてないんですけどッ!?」

 

「おーほほほほ、今回の件で『ランジェリーショップ・モモンガ』の売上が前年比1000%を超えそうな勢いですわ。頑張って下さいね、新店長のモモンガさん」

 

「新店長って、それも初耳なんですけどーッ!?」

 

この(わたくし)に無礼な目を向けた報復が、優良店の新店長の座なのですから泣いて喜んでもよろしくてよ、モモンガさん。

 

おーほほほほ、我ながら優しすぎですわよね。

 

でも、前世からの親友ですからね。これぐらいは良しと致しますわ。

 

ねっ、モモンガさん。

 

 



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公爵令嬢の窮地

 

(わたくし)はフリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンドと申します。

 

かつては、帝国魔法学院にて生徒会長を務める才媛として名を馳せていました。

 

今では、学歴ゼロの不就学児童でしかない美少女です。

 

けれど、安心して下さい。

 

この世界は、学歴社会と見せかけて、実際はコネ社会なのです。

 

眷属ネットワークが、確実にジワジワと広がっている麗しの公爵令嬢は、決して高学歴でマウントをとろうとする輩には負けないのだから。

 

 

 

 

襲撃を受けました。

 

いえ、大事には至りませんでした。

 

今回の襲撃は富裕層を狙ったテロでした。

 

そういうもの(テロ)があると知ってはいました。ですが、まさか我が身に降りかかるとは思ってもいませんでした。

 

きっと、自分でも気付かない内に、前世の記憶に引き摺られていたのですね。

 

(わたくし)は下級層出身でした。物取りなどの犯罪には気をつけていましたが、テロの対象になるとは思ってもいませんでした。

 

これも平和ボケですね。

 

いえ、別に精神的なショックを受けたわけではありません。

 

今世では、公爵令嬢としての嗜みとして、数多の戦場を経験済みですもの。血肉飛び散る戦場の経験者として、今さら素人臭い襲撃など屁でもありませんわ。

 

それよりも問題があります。

 

襲撃の日、護衛はアウラでした。

 

(わたくし)の可愛い子達の中で、最も理性的で社交性もあるアウラ。

 

意外と破天荒なマーレや、非常識が服を着て歩いている様なシャルティアとは、その安心度は比較になりません。

 

そんな(わたくし)の気持ちが、きっと本人にも伝わってしまうのでしょう。護衛時、アウラのテンションは普段よりも高くなります。

 

「えへへ、フリアーネ様の身は私が守る! なんちてー」

 

「うふふ、アウラは可愛いですわね。うりうりー」

 

「あーん、髪の毛がクシャクシャになっちゃいますよー」

 

はしゃぐアウラと戯れている時にそれ(襲撃)は起きました。

 

「ッ!? 危ない、フリアーネ様!!」

 

きっと、アウラにとっては無意識に近い行動だったのでしょう。

 

(わたくし)の危険を察知して咄嗟に反撃をしました。

 

そう、アウラの反撃。《ビーストテイマー》であるアウラの反撃です。

 

「がうッ?」

 

襲撃犯をその大きな口で咥えているワンちゃんが、(わたくし)の目の前で首を傾げています。

 

とても可愛いです。

 

ただ、襲撃を受けたのは街中でした。

 

この可愛いワンちゃんに街の人達も大興奮です。

 

さて、この騒動をどうやって収めたら良いのでしょうか?

 

 

 

 

ユグドラシル運営会社の株を買いました。

 

いえいえ、買収する訳ではありません。

 

ゲームとはプレイするものであり、運営するものではありませんわ。

 

クソ運営とか、(わたくし)は言われたくありませんもの。

 

うふふ、実は株主優待が目的ですわ。

 

クソ運営らしく、お金さえ出せば大抵の事が叶えられるシステムは素敵ですね。

 

株主優待の一つに課金以上の自由度でキャラメイクができる特典があります。

 

現在の(わたくし)は、エルフを元にしてフリアーネの姿を再現しております。これは通常の課金によって作成しています。

 

その再現度は高いのですが、一つだけ不満があります。それは大空を駆ける事が出来ないという事です。

 

お前は元々飛べんだろ! その様な幻聴が聞こえてくる気がします。でも、ここで思い出して下さい。

 

《爆撃の翼王》

 

(わたくし)のかつての異名です。

 

フリアーネとして、この身で再現しようとして叶わなかった大空を駆けるという夢。

 

魔法で浮かぶのは違います。

 

天使に抱っこされて飛ぶのは乙なものですが、やはり自分で大空を駆けたいです。

 

それなら美形の天使を元にキャラメイクすればいいだろ、ですか?

 

いえいえ、分かっていませんね。

 

天使は確かに飛べます。そう、大空を飛べるだけなのです。大空を駆ける(・・・)事は出来ないのです。

 

引力の重み、大気という名の枷、地上で怒鳴る姉の声、それら一切を振り切って大空を駆けたい。

 

そんな夢を叶えてくれたのが、かつての(わたくし)の種族でした。

 

そう、バードマンです。

 

自由奔放に、大空を駆ける事ができる天空の種族です。

 

そして、どれほど課金を積んでもフリアーネの姿を再現できない鳥人間です。

 

鳥人間は鳥人間で格好良いのですが、麗しの公爵令嬢としては、残念ながら相応しい姿だとはいえません。

 

たとえ、帝国から遠く離れた身であろうとも公爵令嬢としての矜持は守るべきです。

 

という訳で、株主優待の出番です。

 

特典で付与されたポイントを消費して、通常なら不可能な無茶な変更を行います。

 

バードマンの女の子(女の子なのにマンとはこれいかに?)を元にして、フリアーネの姿を再現です。鳥から絶世の美少女へとメタモルフォーゼですね。

 

そして、地上にいるときは翼は消えるようにしましょう。ドレスの邪魔になる場合がありますからね。

 

大空に飛び立つときに光り輝くエフェクトと共にバードマンの翼が……いえ、ここは天使の翼の方が見栄えが良いですね。折角なので六対十二枚の最高位天使のように純白の輝く翼にしましょう。金髪も金色ピカピカです。色々とキラキラです。

 

天使の輪っかもオマケで付けちゃいます。当然ですが、髪の方にも天使の輪っかがありますよ。天使の輪っかがダブルです。お得ですね。

 

ほいほいほいと、アッというまにバードで天使なフリアーネが完成しました。

 

うーん、まだまだ特典のポイントが残っていますね。

 

うふふ、これは第三形態と第四形態を作れと天が言っているようです。

 

そうですね。第三形態はお約束の堕天バージョンにしましょう。

 

翼は闇色に染まり、金髪も漆黒です。健康的だった肌は色を失い、口元だけは血のようなドス黒い紅色ですね。

 

光から闇へと堕ち、神聖な美しさから妖艶な美しさへと変貌を遂げようとも、その誇り高さだけは変わらない麗しの公爵令嬢。

 

そんな感じですわ。

 

そして、メインディッシュの第四形態!

 

ここは勿論ッ!!

 

幼女バージョンですわ!!

 

ロリで貧乳は外せませんよね!!

 

一見すると弱体化したように見えて、実は最強状態なのですわ!!

 

そうですね、ロリ状態のキャラデザは、天使っぽいのは止めてドラゴン娘にしましょう。

 

うふふ、天使のような公爵令嬢の正体は、本物の天使でした。

 

そして、天使な公爵令嬢がこの世の不条理に触れて絶望し堕天してしまう。

 

ですが、それでも誇り高き公爵令嬢は魂の輝きを失わずにいたのです。

 

この世のどこかで泣いている誰かを救うため。

 

その為だけに公爵令嬢は立ち上がる。

 

光には属さず、闇にも屈せず。己の心のあるがままに公爵令嬢は歩みだす。

 

その道程に、どれ程の困難があろうともその歩みが止まる事はない。

 

あぁ、魂と命を極限まで燃え上がらせ、遂に公爵令嬢は、生命としての位階を上げる。

 

ここにドラゴン娘、爆誕です。

 

そんな感じでいきましょう。

 

えっと、それでは幼女にドラゴンの翼と尻尾を生やしてっと、角と爪もつけます。爪は出し入れ自由です。

 

牙は……凶悪そうですね。これは可愛くないので無しです。

 

全体的に薄らと鱗も……いいえ、鱗はダメージを受けた瞬間だけ、その部位にエフェクトと共に浮かび上がるようにしましょう。鱗が攻撃を防いでる感じがでます。

 

瞳孔が縦に割れているのはお約束ですが……はい、これは超位魔法使用時に変化するようにしましょう。

 

全力を出してるぜッって感じがでますわ。

 

威圧をするときも変化させたいですわね。うーん、任意変更をできるようにしときます。

 

そうだわ、隠しバージョンとしてドラゴン要素のない普通の幼女も準備しましょう。

 

ダメージを負いすぎたドラゴン娘は力を失い、ただの無力な幼女になってしまうのです。

 

ですが、そのまま普通の幼女として生き抜いて成長すれば(一定時間を経つと)、一際に美しさを増した公爵令嬢が再誕するのですわ。

 

こうして、再誕した公爵令嬢が力を解放したとき、公爵令嬢は龍公女(大人のドラゴン娘ですね)として目覚めるのですわ。

 

ふむふむ、特典のポイントがまるで足らなくなりました。これは株の追加購入が必要ですね。

 

うふふ、こうなればとことん突き詰めましょう。キャラデザと外装製作もプロに依頼します。(わたくし)のユグドラシルでの玉体をプロの技術で素晴らしいものに仕上げてもらいますわ。

 

おーほほほほ、お金に糸目はつけませんわよ。そうだわ、ユグドラシルのオークションでワールドアイテムも手に入れましょう。

 

公爵令嬢用、天使用、堕天使用、ドラゴン娘幼女バージョン用、ただの幼女用、再誕・公爵令嬢用、ドラゴン娘大人用と全てのバージョンに相応しいワールドアイテムをゲットしてみせますわ。

 

さあ、忙しくなってきましたわ。遊ぶ暇が無くなりそうです。

 

 

「フリアーネ会長、遊んでばっかいないで少しは仕事をして下さいよ」

 

「モモンガさん、うるさいです」

 

 

 



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公爵令嬢の親心

 

(わたくし)はフリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンドと申します。

 

かつては、庶民らの尊敬の眼差しを一身に浴びる、高貴なる公爵令嬢でした。

 

今では、成り上がり者と蔑みの眼差しを向けられる、憐れで成金な美少女です。

 

ですが、安心して下さい。

 

(わたくし)は、ユグドラシルのオークションでワールドアイテムを手に入れて超ご機嫌だからです。

 

「フリアーネ会長ッ!! 会社の資金をユグドラシルにつぎ込むのはやめて下さいッ!!」

 

「うるさいですよ、モモンガさん」

 

 

 

 

グシモンド製薬会社を守る自警団が出来ました。

 

いえいえ、グシモンド製薬会社とは資金的に無関係な団体ですわ。

 

それというのも、グシモンド製薬会社の主力製品は、下級層でも買える良心的な値段設定である毒治癒の錠剤です。その為、グシモンド製薬会社自体の認知度も高かったそうです。

 

そして今回の襲撃犯は下級層の方でした。これまでは下級層に配慮していたグシモンド製薬会社の方針が変更されたしても不思議ではない出来事でしょう。

 

ここで立ち上がったのが、グシモンド製薬会社に好意を持っていた下級層の男です。彼がリーダーとなり、今回のような襲撃を防止する為の自警団を結成したそうです。

 

実際にそのような素人集団の自警団が必要かと問われれば、決して必要だとは答えられませんが、庶民の好意を無下には出来ない公爵令嬢な(わたくし)です。

 

一応、自警団のリーダーさんには御礼を言っておきました。いわゆる厨二病チックな言動をされる方でしたね。なんでも最近、《ランジェリーショップ・モモンガ》で働き始めたそうです。モモンガさんとは気が合いそうな方ですね。……どこかで見たような容貌だったのですが、思い出せないです。他人の空似でしょうか?

 

一応、襲撃事件の事はこれで良しとします。あとは……ワンちゃん問題が残っています。

 

大きなワンちゃんが、(わたくし)を襲った犯人を咥えてブンブンと振り回す姿は可愛らしかったです。

 

目撃者達の悲鳴が良いBGMでしたわ。

 

警察には即座に箝口令を敷いたので問題はありません。ですが……

 

ハァ、まさか噂を聞きつけた富裕層から、大きくて可愛いワンちゃんをペットとして販売して欲しい。などという要望が殺到するだなんて思いもしませんでした。

 

幸いにも、ワンちゃんは番いでアウラの配下となられていたので、アウラにはブリーダーとして活躍してもらいましょう。

 

それにしても、ワンちゃんをペットとして欲しいですか……あのワンちゃん。見た目は可愛いですけど、種族はフェンリルですよ。

 

富裕層の方達は、普通の人間なのに怖くはないのでしょうか?

 

普通に人肉を食べますよ?

 

 

 

 

やまいこ様達とのオフ会は、月一ペースで開催しております。

 

ユグドラシルでは毎日のように会っていますが、リアルでまで毎日会うのは難しいです。

 

いえ、(わたくし)なら毎日でも大丈夫なのですが、やまいこ様達にはお仕事があり時間がないそうです。

 

全く、社会人は大変ですね。

 

毎日が日曜日な(わたくし)としては、日々忙しく労働に勤しむ方々には尊敬の念を抱くばかりですわ。

 

ビバ! 自宅警備員な(わたくし)

 

「フリアーネ会長、寝言は寝てから言って下さい。まったく、日常業務をしてほしいとは(もう諦めたので)言いませんが、せめて取引先の偉いさんとの付き合いはお願い出来ませんか?」

 

「この(わたくし)に、たかが民間企業の幹部如き下郎の面倒をみろと言われるのですか、モモンガさん?」

 

「げ、下郎って、リアルでそんな言葉初めて聞きましたよ」

 

「おーほほほほ、いと尊き血統を誇る公爵令嬢な(わたくし)にとっては、世界に遍く庶民などその全てが見下ろす存在ですわ」

 

「はいはい、それでは来週に予定されているパーティーはお任せしますよ。私ではとてもではありませんが、マナー的にも無理がありますからね」

 

「あらあら、このような粗野な文明圏の方々でもパーティーのような華やかな文化をお持ちでしたのね」

 

「はいはい、そうですね。私もビックリですよ。それでですね、パーティーの出席者はこの粗野で乱暴な文明圏出身者の名に相応しい馬鹿者が多いですが、ちょっとぐらいの事で切れて暴言を吐いたりしないで下さいね」

 

「まあまあ、(わたくし)のような絵に描いたような大和撫子を捕まえてその様な心配は徒労でしてよ。そのような心配をされるぐらいでしたら、明日、太陽が落ちてこないか? とかを心配された方がまだ現実的ですわ」

 

「はいはい、そうですね。それでは明日は流星群が降ってこないかの心配でもしておきます。フリアーネ会長は心置きなくパーティーを楽しんで来て下さい」

 

「うふふ、仕方ありませんね。それでは、かつてはパーティー会場の『鮮血の薔薇』とまで呼ばれ恐怖されたこの(わたくし)の艶姿を、憐れな下郎共に恵んで来て上げますわ」

 

「はいはい、そうですね。フリアーネ会長が好む赤いドレスはパーティー会場でも目立つ……え? 鮮血ってえらく不穏な響きを感じるんですけど?」

 

「おーほほほほ、安心して下さい。我が身を彩る鮮血は全て返り血ですわ。この(わたくし)の玉のお肌には傷ひとつ付けさせた事はありませんわよ」

 

「何を安心すればいいのか分からないッ!?」

 

「あらあら、心配症なんですね、モモンガさん」

 

 

 

 

「フリアーネ様、こんなに産まれましたよ!」

 

「へえ、ワンちゃんって、一度に赤ちゃんをこんなにたくさん産むのね」

 

「えへへー、餌と環境をちょっと工夫して普通より数を増やしているんですよー」

 

「まあ、アウラは勉強家で努力家なのね。えらいわねー、うりうりー」

 

「きゃー、髪の毛がくしゃくしゃになっちゃいますー」

 

ほわー、アウラと戯れるのが一番心が安らぎますわ。

 

いえいえ、他の子達も可愛いですよ?

 

だけど、ふと目を向けたとき、瞳の奥に狂気の光を宿している時があるマーレ。そして、ふと目を逸らした隙に、周囲を灰燼と化しそうなシャルティア。そんな子達と比べたら、いつもニコニコなアウラの癒し度は桁違いですわ。

 

もっとも、妖刀や魔剣の類いが持つ魅力と、モフモフが持つ癒しの魅力を比べているようなものです。意味のない比較ですね。

 

それに、もしも(わたくし)が男でしたら、嫁にするのはアウラではなく、間違いなくシャルティアでした。

 

だけど、残念ながら今の(わたくし)は女の子なので、シャルティアと結ばれることはありません。ええ、決して身を許すことはありませんわ。

 

……だって、色々と開発はされたくはありませんもの。(シャルティアの性癖は酷すぎます。責任者出てこい! と、言いたいレベルですわ)

 

さて、このような話よりもワンちゃんです。

 

アウラのブリーダーとしての実力は確かなものですわ。これなら『ペットショップ・モモンガ』を開店できますね。

 

うふふ、これで、シャルティアの『グシモンド製薬会社』、マーレが看板(男の)娘として繁盛させている『ランジェリーショップ・モモンガ』、そして、アウラがブリーダーを務める『ペットショップ・モモンガ』の三社が揃ったわけですね。

 

(わたくし)の可愛い子達が、立派に社会人として働いているのを見られるだなんて感無量ですわ。

 

親の背を見て子は育つと言いますが、(わたくし)という偉大すぎる親の背のプレッシャーに負けずに、可愛いあの子達が頑張ってくれていて本当に嬉しいですわ。

 

きっと、(わたくし)の教育の賜物ですわね。

 

「おーほほほほ、モモンガさんも将来、人の親になられたときには、(わたくし)を手本としてもよろしくてよ」

 

「フリアーネ会長、だから寝言は寝てから……ちょっと待って下さい!? 『ペットショップ・モモンガ』って何なんですかーッ!!」

 

 

 

 



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公爵令嬢の慈悲

 

(わたくし)はフリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンドと申します。

 

かつては、帝国臣民を慈しむ聖女として慕われた慈愛溢れる公爵令嬢でした。

 

今では、自警団を名乗る愚連隊に信服され、困っているだけの美少女にすぎません。

 

ですが、安心して下さい。

 

下級層に属する愚連隊の方達から、上納金を納めさせることなどは、慈愛溢れるこの(わたくし)が決して許さないのだから。

 

 

 

 

あの日、星が降った日。それは、まるで……

 

まるで……夢の景色のように

 

美しい眺めでした。

 

 

 

 

「まさか本当にパーティー会場に隕石が降ってくるだなんて驚きですね。でも被害に遭われた方達にはお気の毒ですが、フリアーネ会長にお怪我がなくて本当に良かったですよ」

 

「モモンガさん、心配してもらいありがとうございます。本当にあの日は幸運でした。実はこの(わたくし)にセクハラをかましてきたクソ虫がいたから、思わず近くの花瓶で反射的に殴ってしまったの」

 

「な、殴ったッ!?」

 

「ええ、そうです。ですが、そのお陰で(わたくし)はパーティー会場を追い出されたので隕石の被害に全く合わずに済みましたわ」

 

「そ、それは本当に幸運でしたね」

 

「そうね。本当に幸いなことに殴った相手も目撃者も全員が隕石でペシャンコだから、警察に通報される心配もないものね」

 

「け、警察ですか。たしかに普通なら今ごろ警察に捕まっていたかもですね。……うん、本当に幸運でした。あんなクソ共のせいでフリアーネ会長が捕まらなくて本当によかった」

 

「あらあら、モモンガさんがそんな事を仰られるなんて。あの方達はそれ程に嫌な方達でしたのかしら?」

 

「……いえ、もう亡くなられた方達なので。それよりも、私がパーティーへの出席を頼んだせいで、フリアーネ会長には余計な危険を負わせてしまい申し訳ありませんでした」

 

「あらあら、自然災害の隕石の事なら誰にも予測など出来ないもの、モモンガさんがお気に病む必要などありませんわ。それでもどうしても気にすると仰るなら、(わたくし)の為、社員の為、何よりもご自身の為に職務をこれまで以上に頑張って頂ければそれでいいですわ」

 

「フリアーネ会長……はい、微力ながら粉骨砕身をもって職務に励んでいきます!」

 

「はい、頑張って下さいね。モモンガさん」

 

 

 

 

「フリアーネ様にセクハラを働くなど、なんて羨ま……じゃなくて万死を与えてもまだ足りないでありんす」

 

フンスフンスと怒りながら、(わたくし)を抱き締めているシャルティア。すっかり力加減が上手くなっているので、力一杯に抱き締めているように見えますが、全く苦しくはありません。

 

「そうだね、あんた(シャルティア)が言うな、とは思うけど、フリアーネ様のお尻を撫でた無礼者を、ただ殺すだけで許してあげるだなんて、フリアーネ様はお優しすぎですよ」

 

(わたくし)に抱きつくシャルティアに呆れた目を向けた後、アウラは仕方ないなぁ、という表情を(わたくし)に向けます。

 

「そうだ! 今からでも蘇生して、あらゆる苦しみを百年間かけて繰り返し繰り返し与えるとか、どうでしょうか?」

 

マーレがいい事を思いついた! という顔で言い出しました。いえいえ、そんな経験値稼ぎにもならないような無駄な事をする趣味はありませんよ。

 

(わたくし)への無礼は、その自らの死と、天使達に空輸便で運ばせた巨石での擬似隕石落下(メテオフォール)の実験の成功。これらにより許します」

 

この子達を放っておくと暴走するかもなので、(わたくし)の明確な言葉でこの一件の終了を宣言しました。

 

 

 

 

経営陣がまとめて天災死(隕石に潰されたそうです。怖いですね)された事が原因で、急速に業績を落とされ経営難に陥った会社を買い取りました。

 

食品会社だったその会社は、クソ不味い加工食品を製造されている会社です。

 

そんな会社など本来なら必要ありませんが、アウラの『ペットショップ・モモンガ』で販売するペットフードを製造する必要が出来たのです

 

そうです。ワンちゃんのご飯問題が勃発したのですわ。

 

ワンちゃんを購入したのは富裕層の方々のみですが、いくら富裕層といってもペットに食べさせるのは安い(クソ不味い)合成肉になります。

 

ワンちゃん達とテレパシーで会話が出来るアウラの下には、それこそ毎食毎に苦情が入っているそうです。

 

食べ物の恨みは恐ろしいとの言葉通り、ビーストテイマーのアウラですらワンちゃん達の不満は抑える事が難しいようです。

 

このままでは、ワンちゃん達がいつ飼い主をご飯にしてしまっても不思議ではないとの事です。

 

「ワンちゃんが飼い主を食べて、ここに戻ってくる。そうしたらまたワンちゃんを販売する。そしてワンちゃんがまた飼い主を食べて戻ってくる。そうしたらまたワンちゃんを販売する。……永遠に儲かる仕組み完成かしら!」

 

「おぉ! 流石はフリアーネ様でありんす!」

 

「僕も素晴らしいお考えだと思います!」

 

「シャルティア……マーレ……あんた達、正気なの?」

 

……どうやら、(わたくし)の冗談が通じたのはアウラだけだったようですね。下手な冗談は控えるようにします。ツッコミがないのは寂しいですし。

 

さて、ワンちゃん達のご飯事情を向上させるために調査したところ。世間一般で流通している合成食料がクソ不味い原因は、製造上の避けられない問題ではなく、ただのコスト削減の所為でした。

 

合成食料に含まれるカロリーと栄養素だけは、労働力維持に直結するためルールが定められていますが、その味付けに関しては無駄な経費だと思われ、各社の経営陣に無視されていました。

 

確かに経営陣は富裕層なので、クソ不味い合成食料など食べないから仕方ない話ですね。といって終われる話ではありません。前世でクソ不味い合成食料を死ぬまで食わされた恨みを思い出したわけではありませんが、ワンちゃんご飯問題を解決しなければなりません。

 

最も解決方法は簡単です。経費がかかる事さえ考慮しなければ、美味しいと感じる味付けをする事など技術的には簡単だからです。

 

流石に商品会社を一から作るのは面倒でしたので、丁度良いタイミングで経営難に陥っていた商品会社を買い取った、というわけですわ。

 

本来ならペットフードだけに味付けをして販売しようと考えていたのですが、どうやら指示をした(わたくし)の言葉足らずだった様で、全ての合成食料に味付けされる事になっていました。

 

「フリアーネ会長ありがとうございます!! 社員一同、心から感謝致します!! これで胸を張って食品会社の、いいえ『グシモンド食品会社』の社員だと名乗れます!!」

 

今まで、クソ不味い合成食料を作っていた会社だと、世間から後ろ指を指されていた社員達から激烈に感謝されてしまいました。

 

この空気の中、「ペット用だけ」などと言い出すのは、慈悲深い公爵令嬢には無理ですわ。

 

それに(わたくし)としては、ワンちゃんご飯問題さえ解決すれば満足ですから『グシモンド食品会社』の利益が多少落ちても問題はありません。

 

細かい話は、新社長のモモンガさんに一任しますわ。うふふ、粉骨砕身にて職務に励んで下さいね。

 

「…………が、頑張ります」

 

 

 

 

なぜか、自警団の名称が『グシモンド親衛隊』に変更されていました。

 

何故でしょう?

 

 

 

 



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公爵令嬢の報復

 

(わたくし)はフリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンドと申します。

 

かつては、グシモンド公爵領の治安維持を担う権力者側の公爵令嬢でした。

 

今では、一般庶民として公権力に怯える力無き美少女です。

 

ですが、安心して下さい。

 

警察幹部の半数は、すでに我が眷属なのですから。

 

 

 

 

会社に警察の立入調査を受けました。

 

いえ、すぐに警察上層部の眷属から命令させて引き上げさせたので問題ありません。

 

なんでも、勢いのある新興勢力である我が『グシモンドグループ』を警戒した有力者の一部が、自分達の息がかかった警察幹部を動かし、うちの弱味を探させる為と嫌がらせも兼ねて、立入調査をさせたそうですわ。

 

警察上層部には眷属が多くいますが、組織自体が大きいため、眷属の目が届かない部分もあります。今回の件はその隙をつかれたのでしょうね。

 

今回のような事がない様にと、(わたくし)がその気になれば警察全ての眷属化は可能ですが、それをしてしまえば人口に影響を与えてしまいます。

 

そうです、人口問題です。

 

眷属化すれば当然ながら種族は、人間種からアンデッドに変わります。そうなればもう子供は出来ませんわ。

 

ただでさえこの世界は人口が減り続けています。たとえ、この世界では為政者ではないとしても、この(わたくし)の身には青い血が流れております。

 

愚かな大衆といえど、滅びへの道を歩ませるわけにはいきません。

 

それに、新たに生まれるロリ達の可能性を摘むことなど絶対に出来ませんわ!!

 

そもそも眷属化などしない方がいいのですが、そこはやはり我が身を守るためには必要です。

 

綺麗事だけでは、このディストピアな世界を生き抜けません。安全第一ですわ。

 

(わたくし)としては、家族達の安全を確保した上で、この手が届く範囲で、より良い世界を構築したいと考えております。

 

とりあえずの目標としては、このアーコロジーとその外街を『グシモンド公爵領』として治める事です。

 

その後は、周囲のアーコロジーを纏めて『バハルス帝国』を建国したいところですが、王にまでなるのは大変そうですね。

 

……親戚のジル兄様が転移して来ないでしょうか? そうすれば王問題は解決するのですが。

 

まあ、未来のことは未来の(わたくし)に任せましょう。

 

今は他にするべき事があります。

 

「そう、報復ですわ! やられたらやり返す。舐められたまま黙っているほど公爵令嬢の誇りは安くありませんわよ!」

 

今回は、(わたくし)が襲われたのではなく、会社が狙われました。

 

会社を狙ったということは、会社の社員をも狙ったということです。社員といえば領民も同じことです。

 

(わたくし)の領地ともいえる会社に手を出し、領民の生活をも脅かさんとした敵は討つべし、ですわ!

 

 

 

 

ユグドラシルのアバターが完成しました。

 

大金をつぎ込んだだけあって素晴らしい出来ですわ。

 

うふふ、お披露目したやまいこ様達も驚いています。

 

「こ、ここまでやるの……フリアーネ、あなた…気は確か……なの?」

 

「…………(あんぐり)」

 

「姉さん、それは失礼ですよ。餡ころもっちもちさんもその大口は女性としてどうかと思いますよ」

 

「うふふ、実は特典のポイントは余りましたから、やまいこ様達のアバターも外装を変えてみませんか? やまいこ様なら無骨な巨人よりも可愛いジャンガリアンハムスターなど如何でしょうか? 今なら(わたくし)にモフモフされる特典もつきますよ」

 

「姉さんがモフモフに!? それは是非ともお願いすべき!! そして今なら私にモフモフされる特典もつける!!」

 

「……それはボクにとっての特典になるのかな?」

 

「優雅で可憐な公爵令嬢にモフモフされる。世の殿方なら垂涎の特典ですわね。売りに出せば破産してでも手に入れたい殿方続出間違いなしですわ」

 

「愛おしい妹からモフモフされる。世の姉からは絶叫モノの特典です。特にツンデレ妹を持つスキンシップ不足の姉からは妬まれ間違いなしの特典です」

 

「……がんばれ、やまいこ」

 

「そんな諦めきった顔で言わないでよ、餡ころもっちもち」

 

うふふ、餡ころもっちもち様とあけみちゃんの新しいアバターは何がいいかしら?

 

そうだわ、お姉様のアバターも用意しておこうかしら? そうすれば、いつでもお姉様もユグドラシルを始められるもの。

 

今回はピンクの肉棒は止めてみせるわよ。流石にあれは……えっちなのはいけないと思います。(棒読み)

 

 

 

 

グシモンド親衛隊が逮捕されました。

 

もちろん、すぐに容疑不十分で釈放されました。

 

親衛隊は、我が社に敵対した有力者達が経営する会社、店舗に対して不買運動や街宣車による抗議活動などを連日行なっています。

 

当然ですが、親衛隊は自主的に行なっています。誰かに命じられたとかは一切ありません。そして会社は有給休暇を取っているそうです。

 

うふふ、このご時世に有給休暇をとれる会社にお勤めだなんて、親衛隊の方々は幸運ですわね。

 

「会長さんよ、俺が言うのもアレだが、世間では聖人君子の様に思われてるアンタがこんな手を使っていいのかよ?」

 

おやおや、親衛隊リーダーが困惑した顔をしていますね。貴方、そんなキャラじゃないですよね?

 

「たしかに貴方が仰るように、声高に誇れるような手段ではありませんね」

 

「じゃあ、なんでアンタはこんな手段をとるんだよ。アンタは俺たち下級層の人間からは正義の味方のように思われてるんだぜ。もしバレでもしたらイメージダウンも甚だしいぜ」

 

「おーほほほほ、この(わたくし)が正義の味方ですか? それは笑えますわね。(わたくし)は、御伽噺に出てくるような正義の味方などではありませんわよ」

 

「ふん、そんなことは分かっているよ。ただ……俺達はそう思いたいってだけだ。俺達を救ってくれる……そんな御伽噺のような正義の味方が現れたってな」

 

「なるほど、貴方は意外とロマンチストなのですね。でもね、正義の味方では貴方達を救えませんよ」

 

「……なんでだ?」

 

「だって、正義の味方は体制側の味方ですわよ。現在の社会を形作っている富裕層の権力者達を守るのが、現在の社会の安定を守るのが、貴方が言う正義の味方の仕事ですわ」

 

「な、なんだよそれ……それじゃあ、俺達を救ってくる奴は誰もいないっていうのかよ!」

 

「そんなお人好しなど、いるわけありませんわ」

 

「ッ!? あ、あんたどうなんだよ。あんたは下級層を救うためにこんな真似をしてるんじゃないのかよ」

 

「それは違いますわ。(わたくし)(わたくし)の会社を守るため、(わたくし)の会社に勤める方達の生活を守るために戦っているのですわ」

 

「…………えっと、俺達はアンタの会社の社員だよな」

 

「そうですわ。親衛隊の方々は、(わたくし)の守るべき社員です。残念ながら、(わたくし)の手はそれほど長くはありません。社員以外の方々まで守る力も、そのつもりもありませんわ。(わたくし)(わたくし)の社員さえ守れれば満足します」

 

「……そうか、社員だけか……そうだよな、いくらアンタでも……」

 

「……(わたくし)には野望があります」

 

「なんだよいきなり、野望だって?」

 

(わたくし)の会社を成長させ、いつかこのアーコロジーを……いいえ、全てのアーコロジーと外街を支配するという野望ですわ」

 

「す、全てを支配するだと!?」

 

(わたくし)が全ての支配者となれば、(わたくし)が守るべき対象とは──この星に生きる全ての方々、となりますわね」

 

「か、会長ッ!? あ、アンタはそんな途轍もない野望を抱いていたのかよ!!」

 

「うふふ、(わたくし)は正義の味方ではないでしょう?」

 

「ククク、そうだな。アンタは正義の味方なんかじゃねえよ。なんたって現在の体制をぶっ壊そうってんだろ?」

 

「おーほほほほ、(わたくし)は、並み居る正義の味方を打倒し、あらゆる困難を排除し、現在の体制を破壊し尽くします。ロマンチストな貴方好みではないでしょうが、(わたくし)は【悪】に堕ちましょう。この世界の全てを破壊し、全てを支配する【悪】として君臨してみせますわ!」

 

「──悪、悪か。いや、それは俺好みだ。言われてみて初めて気づいた。俺はこの世界が大嫌いだった。こんな世界はずっとぶっ壊したかったんだ。フリアーネ会長、俺はアンタに……いや、私は貴女について行きます。たとえ道半ばでくたばろうと後悔はしない!! 貴女の為にこの身体と魂が燃え尽きるまで戦い抜いてみせる!!」

 

「おーほほほほ、死ぬ覚悟など要りませんわ。この(わたくし)が戦うのです。全てを蹂躙し、踏み潰し、その全てを平らげてみせますわ!!」

 

「フ、フリアーネ会長ッ!! 必ずや、必ずや貴女に悪の玉座に座ってもらいます!!」

 

 

 

 

えっとですね。喧嘩を売ってきた有力者達を眷属化するのは簡単ですが、安易に敵対者を眷属化するのは発覚の危険(敵対した途端に友好的になる。もしや洗脳したのか?と周囲に思われる危険ですわ)が増すので、ちょっと今回は親衛隊を使ってみようかな? と思ったのですわ。

 

はぁ、正義の味方とか悪がどうとかをのたまうのは、たっち・みーさんやウルベルトさんの専門です。

 

(わたくし)の好みではありませんわ。

 

ついつい話が盛り上がったので、相手に合わせてしまいました。

 

全く、公爵令嬢の(わたくし)が、正義を蔑み、悪を誇る姿など美しくありませんわ。

 

社交的すぎる公爵令嬢な(わたくし)の悪癖ですわね。

 

次からは気をつけます。はんせー、ですわ。

 

 

 

 

 



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公爵令嬢の家族

 

(わたくし)はフリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンドと申します。

 

かつては、祖国の為に戦場を駆ける戦乙女な公爵令嬢でした。

 

今では、会社存続の為に経済戦争に明け暮れる、疲れ果てた薄幸の美少女です。

 

ですが、安心して下さい。

 

会長である(わたくし)には、全ての仕事を押しつけられる社長がいてるのだから。

 

「す、全ての仕事って、せめて半分、いえ、八割で勘弁して下さいー!!」

 

「はい、じゃあ八割でお願いしますね」

 

「よし、やったぞー!!」

 

「ニヤリ(予定通りですわ)」

 

 

 

 

少し前に買った食品会社の業績がV字回復しました。

 

美味しい味付けのため、余分な経費は嵩みましたが、それ以上に売上が爆増しました。

 

食品の値段を据え置きにしたので、赤字になるかもと覚悟していましたが、余計な心配でしたね。

 

何よりも、ワンちゃんのご飯問題が解決したのが良かったです。

 

「えへへー、全部フリアーネ様のお陰ですー、ありがとーございますー」

 

アウラが珍しく抱きついてきて、お腹にスリスリしながらお礼を言ってきました。

 

なんて可愛いのでしょうか。似た真似をするシャルティアと違い、邪気を全く感じないのが感動しますわ。

 

「いいのですよ、アウラ。(わたくし)にとってもワンちゃんは大事な存在ですからね」

 

「フリアーネ様ー! そう言っていただけて嬉しいですー」

 

「アウラ、アウラ、アウラー」

 

「フリアーネ様、フリアーネ様、フリアーネ様ー」

 

アウラとイチャイチャと抱き合っていますが、実をいうと完全には、ワンちゃんのご飯問題は解決していません。

 

やはり、合成食料というのが良くないみたいですね。味は美味しいらしいのですが、なにか違和感を感じるみたいです。

 

根本的な解決には、自然環境を改善する必要がありますが、それは一朝一夕にはいきません。

 

それに現状の空気汚染が進んだこの世界なら、太陽の光が厚い雲に遮られて、吸血鬼にとっては昼間でも過ごしやすい環境です。

 

この利点を捨てるのは惜しいですね。

 

はぁ、色々と悩ましいですわ。

 

 

 

 

戦争が起こりました。

 

いえいえ、このアーコロジーではありません。

 

少し離れたアーコロジー間での話ですわ。

 

なんでも原因は貿易に関するトラブルのようです。

 

この世界では、簡単に戦争が起きます。

 

戦争が起きても戦場に行くのは下級層の人間です。富裕層はゲーム感覚なのでしょうね。

 

富裕層の方々は、貴族たる者の意味を理解していませんね。……あれ、富裕層は貴族ではないのでしょうか?

 

なんてのは、分かり切った疑問ですね。富裕層はただの金持ちの経営者に過ぎません。

 

高貴なる血など流れていませんわ。公爵令嬢たる(わたくし)が言うのだから間違いありませんわよ。

 

それよりも戦争ですわ。

 

戦場に出られる方々を憐れに思いましょう。ですが、それだけです。

 

(わたくし)が責任を持つのは己の社員(領民)だけです。

 

その責任を果たすためには、憐れな方々を犠牲にする覚悟などとうに済ませていますわ。

 

将来、(わたくし)の住むアーコロジーでも必ず起こるであろう戦争。

 

その戦争で、我が社員(領民)を守るために行動を起こします。

 

そう、久しぶりの経験値稼ぎですわ!

 

 

 

 

戦場で(わたくし)や天使の姿を晒すのは悪手です。

 

この世界で魔法は知られていません。その有利性を捨てるのは時期尚早です。

 

魔法の存在を知られてしまえば、必ずその対策がなされるでしょう。この世界の技術力は未知数ですから最悪を想定すべきです。

 

前世の世界とはいっても軍事関係は機密が多かったので、軍事力の詳細は下級層出身では何も知らないも同然ですわ。

 

敵戦力が分からない状態で、こちらは姿を見せずに倒す必要があります。尚且つその手段は魔法の痕跡が残らないものが望ましいです。

 

うふふ、非常に困難なミッションですわね。腕が鳴りますわ。

 

 

 

 

「フリアーネ様、お手伝いしては本当にいけないでありんすか?」

 

「バカ、何度も言ってるでしょ! 今回の戦闘はフリアーネ様のレベルアップの為なのよ。アンタが戦ってどうすんのよ」

 

「うん、そうだよね。だけど、お手伝いはダメだけど、護衛はいいんだよね」

 

「パーティー扱いにならない様に少し離れる必要はあるわよ。まあ、その程度の距離なら一瞬でお側に行けるから大丈夫よ。もちろん油断はしちゃダメよ」

 

「うん、分かっているよ。お姉ちゃん」

 

「わたしはフリアーネ様の防具代わりに抱きついているでありんす。ああ、心配は無用でありんす。わらわはアンデッドゆえこの中で一番の適役と言うやつでありんしょう」

 

「だーかーらー!! パーティー扱いにならないように離れるって言ってんでしょうがッ!!」

 

「あーれー、フリアーネ様から引き離さないでくんなましー」

 

 

 

 

アリバイ工作を済ませた(わたくし)達は、都市を出て戦場へと向かいました。

 

「〈透明化/インヴィジビリティ〉〈加速/ヘイスト〉シャルティア、ダッシュですわ」

 

「すーぱーだっしゅでありんすー」

 

戦場の近くまでは、体力温存のためシャルティアに背負われての移動です。

 

もちろん姿を見られないように魔法をかけます。

 

アウラとマーレ達も交互に背負い合いながら、体力の消耗を最低限に抑えての移動です。シャルティア? シャルティアはアンデッドなので疲れ知らずですわ。

 

移動に際しては、モフモフ達に乗る案もありましたが、足跡や大きな砂埃がたつ事を考えて諦めました。

 

飛行はレーダーに引っ掛かるかもしれないので却下です。

 

途中、何度か小休憩を挟みながら夕暮れには戦場に到着出来ました。

 

戦場ではまだ両軍が睨み合いを続けています。どうやら戦端が開かれるのは明日のようですね。

 

「さて、作戦開始ですわ」

 

(わたくし)は、シャルティア達から離れ──

 

「シャルティア、手を離してくれる?」

 

「フリアーネ様……本当にお一人で戦うのですか? どうしてもお側にいてはいけませんか?」

 

シャ、シャルティアが真面目な顔をしていますわ。アウラ達はとても心配そうな表情で見ています。……この子達のこんな顔、初めて見ました。

 

「……ごめんなさい。貴方達の気持ちを蔑ろにしていたわ。そうよね、(わたくし)達はこの世界に飛ばされたたった四人の家族ですもの。心配するのは当然だわ。貴族の責務よりも先に家族として貴方達を大切に想うべきだったわ」

 

「「「フリアーネ様ッ!!」」」

 

感極まった三人の声が重なりました。三人の瞳には涙さえ浮かんでいます。

 

あぁ、(わたくし)は本当にダメな公爵令嬢ですわ。家族であるこの子達の気持ちすら思いやれていなかったなんて。

 

「シャルティア、アウラ、そしてマーレ。(わたくし)の側で守っ……いいえ、共に戦って下さいね」

 

「「「はいッ、フリアーネ様!!」」」

 

再び重なった三人の声、そこには熱い想いが込められていました。

 

経験値は四分の一かもですが、熱い想いは四倍です。

 

うふふ、負ける気がしませんわ。

 

さあ、いきますわよ!!

 

「〈天候操作/コントロール・ウェザー〉」((わたくし)

 

「〈天候操作/コントロール・ウェザー〉」(シャルティア)

 

「〈天候操作/コントロール・ウェザー〉」(アウラ)

 

「〈天候操作/コントロール・ウェザー〉」(マーレ)

 

初手で天候を操り、戦場全体を豪雨で覆います。軍事行動に支障を及ぼす程の豪雨を、天候操作の魔法で起こすのは本来なら難しいのですが、そこは数の暴力でゴリ押しですわ。

 

もっともこれだけでは、塹壕や装甲車、戦車内に避難されている兵士達を倒すには至りません。

 

当然ながら次の手がありますわ。

 

「脱水/デハイドレーション」((わたくし)

 

「脱水/デハイドレーション」(シャルティア)

 

「脱水/デハイドレーション」(アウラ)

 

「脱水/デハイドレーション」(マーレ)

 

四人で脱水の魔法を繰り返します。もちろん脱水では兵士達にダメージは与えられますが、倒しきることは出来ません。

 

ですが、脱水で倒しては逆にダメなのですわ。

 

戦場で兵士達が脱水症状で全滅しただなんて不自然極まります。

 

魔法の存在を気取られる可能性のない、多少は妙に思われても納得できる方法で倒す必要があります。

 

(わたくし)はその方法を考え、そして今回の作戦を閃いたのですわ。

 

本当に成功するかは……やってみれば分かります!!

 

今は魔法を唱え続けるだけですわ!!

 

 

 

 

数時間後──

 

どうやら目論見は成功したようですわ。既に個人携帯の水は飲み干したのでしょう。両軍の兵士達が喉の渇きに耐えかねて飛び出して来ました。

 

さあ、今ですわ!!

 

狙いは兵士達──ではなく、雨水(・・)ですわよ!!

 

「毒/ポイズン」((わたくし)

 

「毒/ポイズン」(シャルティア)

 

「毒/ポイズン」(アウラ)

 

「毒/ポイズン」(マーレ)

 

おーほほほほ、喉の渇きに耐えかねた兵士達が、毒入りの雨水を啜り次々と倒れていきますわ。

 

脱水症状を起こしている兵士達には、周囲の状況を確認する余裕などありません。大気汚染で汚れた雨水だと分かっていても構わず飲んでしまう程です。

 

隣の仲間が雨水を飲み倒れようとも、気付きもせずに自分も雨水を飲み倒れていきますわ。

 

脱水症状と毒状態のダブルパンチで、憐れな兵士達は倒れたまま力尽きていきます。

 

「兵士の体内を調べれば、死因は毒であり、同時に極度の脱水状態だと分かるでしょう。毒に侵され身動きが取れずに脱水症状となり死亡、又は脱水症状を起こさせる毒で死亡、どの様に判断したとしても、それは敵味方の見境なく使用された化学兵器だと思われますわ」

 

兵士達に魔法を直接かけなかったのは、魔法の効果がどのように身体に作用されるのかが不明だったからです。医学的に不可解なものかも知れないので、手間をかけて飲ませるようにしたのですわ。

 

どうやって兵士達に毒を飲ませたのか? その謎は残りますが、富裕層の奴らはそんな事などは気にしませんわ。

 

戦争に引き分けた──その結果だけを気にします。そして、戦後交渉を有利に進めようと画策するだけですわ。

 

軍による毒の成分分析は行われるでしょうから、次からは対策をされるでしょうね。所詮は一度しか通じない作戦ですわ。

 

ですが、一度で十分です。

 

死にゆく兵士達から流れてくる力を感じます。

 

あぁ、(わたくし)という器が満たされていくのが分かります。

 

そして、(わたくし)は言葉では言い表せない充足感を感じながら確信しました。

 

 

「第十位階魔法──届きましたわ」

 

 

 

 



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公爵令嬢の栄光

 

(わたくし)はフリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンドと申します。

 

かつては、バハルス帝国にて最高位の魔法詠唱者として君臨していた公爵令嬢です。

 

今では、第十位階魔法という魔道の極みに到達した、真の最高位の魔法詠唱者ですわ。

 

ですが、安心して下さい。

 

超位魔法を習得していない事に気付き、愕然としている(わたくし)に慢心する余裕などないのだから。……ぐすん、ですわ。

 

 

 

 

帰宅しました。誰も怪我なく無事ですわ。

 

そして、遂に第十位階魔法にも届きました。

 

けれど、それは喜ばしいのですが、超位魔法を習得する方法がない事に気づいてしまいました。

 

考えてもみれば、ユグドラシル時代はクラス・レベル等に応じて覚えられる魔法から選択して覚える簡単な方式です。超位魔法などの一部の魔法は習得条件を満たせば覚えられました。

 

それに対して、公爵令嬢の(わたくし)は、真面目に魔法理論を学び、魔力制御の修行を行い、呪文を覚え習熟して初めて魔法を使えるわけです。(その魔法に必要なレベルに達している事が魔法を使える条件です)

 

第十位階魔法までの魔法書は、幸いにも(骨の)モモンガさんに再会できたお陰で、ナザリック大地下墳墓の図書館から借りて学べました。(召喚魔法の魔法書だけは別の方法で手に入れていました)

 

超位魔法についての魔法書は図書館には置いていなかったのか、若しくは高位の魔法書を閲覧する事は、ある種の危険を伴いますから、当時の(わたくし)のレベルでは無理だと判断されて渡されなかったかの、どちらかなのでしょう。

 

はぁ、現在のユグドラシルは唯のゲームなので、本物の魔法書を手に入れることは出来ません。アバターで超位魔法を覚えても現実の(わたくし)は覚えられません。

 

残念ですが、(わたくし)が超位魔法を覚えることは不可能のようです。僅かな望みとしては、超位魔法を自分で開発することですが、それには魔法研究に生涯を捧げる覚悟がいるでしょう。

 

どこかの魔法狂いのジジイではあるまいし、そんな気にはなりませんわ。

 

(わたくし)には、魔法研究よりも優先する大切な事がありますもの。

 

 

 

 

お姉様の公認ファンクラブを結成しました。当然ですが、ファンクラブ会長はこの(わたくし)ですわ。

 

会員ナンバーは、栄光の1番です。

 

2番から4番までは、やまいこ様達ですわ。

 

5番以降は、会長であるこの(わたくし)が認めた者だけが入会できる安心なシステムです。

 

現在の会員数は、100名程です。もっと増やしたいところですが、いきなり大人数よりも徐々に会員数が増えていく方が、お姉様を応援していく上でより効果的だと判断しました。

 

だって、ファンクラブ結成直後にメンバーが大勢いたら、その大半がサクラだと思われて嫌ですもの。

 

今日は、お姉様とメンバー達とのファンクラブ結成記念交流会ですわ。

 

「あの……公認した記憶がないんだけど?」

 

お姉様の困惑した顔もチャーミングですわ。

 

「うふふ、ちゃんとお姉様が所属している声優事務所の社長に了承をいただいておりますわ。くんかくんか」

 

「え、そうなんだ……(あの社長(バカ)、勝手に了承しないでよ)」

 

社長さんはとても良い方でした。

 

万が一、その立場を利用して、お姉様に不埒な真似をする様なお方でしたら排除する予定でした。

 

ですが、実際には自分の声優事務所を大きくしたいという夢を持つだけの無害な方でした。

 

こんな世界でも夢を持てるというのは素晴らしいことです。しかもその夢が、お姉様の歩む道の一助になりそうな夢です。お姉様を応援するついでに援助をしても良いかもしれませんね。

 

「フリアーネさん、あの、その……」

 

「どうされました? くんかくんか」

 

「えっと、その、ね……」

 

「はい、なんでしょうか? くんかくんか」

 

「ど、どうして、その……私に抱きついて匂いを嗅いでいるの?」

 

どうして匂いを嗅ぐのか、ですか? なにか哲学的な答えを求められているのでしょうか? よく分かりませんのでシンプルに答えるとします。

 

「ここにお姉様がいるから、ですわ。くんかくんか」

 

「……そっか、そうだね。ここに私がいるから匂いが嗅げるんだもんね。うん、その通りだよね」

 

「うふふ、変なお姉様ですわ。くんかくんか」

 

「えへへ、そうだね。私が……変なの?」

 

──ぽかり。

 

「痛いですわ、やまいこ様。くんかくんか」

 

「君が悪いの! いくら大ファンだからって会うなり抱きついたまま、ずっと匂いを嗅ぎ続けるだなんて失礼すぎるだろ!」

 

「これは親愛表現ですわ。お姉様も嫌がってはいませんもの。ねっ、お姉様。くんかくんか」

 

「もういい加減に離れるんだ! うわッ!? 細いのに力が強いな!」

 

「いーやー、お姉様から引き離さないくださいー」

 

「あ、ありがとうございます。助かりました」

 

「いや、こちらこそフリアーネが迷惑をかけて申し訳ないね。この子も根は悪い子じゃないんだ。できれば悪く思わないであげて欲しい」

 

「あ、はい。フリアーネさんが良い人なのは分かっていますから大丈夫ですよ。単にスキンシップが激しいだけですよね」

 

「うふふ、お姉様とのスキンシップが激しくなるのは仕方ない事ですわ」

 

「うんうん、その通りだね。姉妹はイチャイチャすべきだと思う」

 

「あけみちゃんとは気が合いますわ!」

 

「うんうん、フリアーネはもっと積極的でもいいと思う」

 

「そうですわよね! 自分でも思っていましたの、今までの(わたくし)は消極的すぎたかもって!」

 

「うんうん、頑張れ」

 

「はいっ、頑張りますわ!」

 

「こらっ、あけみは適当なこと言わないの! フリアーネも納得しない! それにあなた達は本当の姉妹じゃないよね!」

 

「お姉様とは魂の姉妹ですわ。その証に逢瀬を重ねるたびに魂の繋がりが強まっていくのを感じます。最早前世がどうとかは関係ありません。公爵令嬢な(わたくし)とお姉様は互いに求め合う比翼の鳥。無くてはならない連理の枝なのですわ」

 

「そ、そうなんだ。もう設定がよく分かんないけど。とにかく合意は必要だからね。無理矢理はただのセクハラだからね!」

 

「うふふ、大丈夫ですわ。(わたくし)達は相思相愛ですもの。ねっ、お姉様!」

 

「あ、あはは……そ、相思相愛はちょっと言い過ぎかなって、思うよ……なんてね」

 

 

 

 

「よかったー、フリアーネ様達があんなに楽しそうにされてるわ」

 

「フリアーネ様とぶくぶく茶釜様がこのまま仲を深められたら、僕達ともいつかお会いして下さるよね」

 

「うんうん、そうだね。お会いできたらいっぱいお話ししようね」

 

「うん、お姉ちゃん!」

 

「ねぇ、あなた達……ぶくぶく茶釜様といっても、この世界のあの方は、あなた方の創造主であらせられるぶくぶく茶釜様とは……その……」

 

「分かってるわよ、シャルティア。あの方が私達の知っているぶくぶく茶釜様とは別存在のぶくぶく茶釜様だってことはね」

 

「アウラ……」

 

「僕も分かっているよ。でも、それでもやっぱりこの世界のあの方にも……強く惹かれる……それに別存在だとしても、やっぱりあの方はぶくぶく茶釜様だもん。幸せになってほしい、です」

 

「マーレ……そうでありんすね、その気持ちは痛いほど分かりんす……」

 

「もう、シャルティア! そんな辛気臭い顔はやめてよね。あんたにそんな顔をされたら調子が狂っちゃうよ」

 

「おチビ……こほん、たしかにらしくなかったでありんす。ふふ、あなた達が心配しなくてもこの世界のぶくぶく茶釜様は幸せでありんすよ。なにしろ、フリアーネ様の寵愛を受けているんでありんすから!」

 

「そうだね。ほらフリアーネ様がまたぶくぶく茶釜様に抱きつかれた!」

 

「あっ!? またやまいこ様に殴られたよ!」

 

「大丈夫、餡ころもっちもち様が取りなして下さっているわ!」

 

 

「ふふ、たとえ世界は違えど、至高の御方達の仲良しな姿を拝見できて……わらわ達は本当に幸せ者でありんす」

 

 

 



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公爵令嬢の策略

 

(わたくし)はフリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンドと申します。

 

かつては、ゆるりとした日常を過ごすスローライフ万歳な公爵令嬢でした。

 

今では、幾多の会社を率いるカリスマ経営者として働き続けて疲れ果てた美少女です。

 

ですが、安心して下さい。

 

我が社は、福利厚生がしっかりしているホワイト企業なので、これからバカンスに行くのだから。

 

あっ、モモンガさんは大事な取引先との商談があるのでお留守番ですよ。

 

「…………ガッデム」

 

 

 

 

環境破壊が進んだこの世界ですが、一部の富裕層は僅かに残された汚染されていないバカンス用の土地を持っています。

 

残念ながら、新興勢力の(わたくし)はその様な土地をまだ持っていません。

 

土地はありませんが、お金ならあります。というわけで、富裕層向けに観光業を営んでいる他所のアーコロジーへ出発です。

 

 

 

 

バカンスという名目でアーコロジー外に出ました。

 

実は今回の外出目的はバカンスではなく、発電所を建てるための事前調査です。

 

(わたくし)は新興勢力として他の有力者達に警戒されているので、新規事業を始める際には邪魔をされない様に偽装工作が必要です。

 

まったく、面倒なことですね。

 

今回、発電所に目をつけたのは、アーコロジーにとってエネルギー産業が最も重要なインフラであり、そして新規参入が難しい割には儲からない部門だからです。

 

化石燃料の類いはその殆どが底をつきかけている現在、発電は原子力頼りです。太陽光発電は肝心の太陽光が厚い雲のせいで殆ど地上まで届きません。風力は発電量が不安定ですし故障も多いです。水力発電はダムの水量が激減しているので使い物になりません。

 

唯一の頼りが原子力ですが、使用済み核燃料の処理に莫大な経費が掛かります。具体的には使用済み核燃料の保管を受け入れている都市があるのですが、そこに支払うお金がべらぼうな金額なのですわ。

 

電力会社はその経費を電気代に乗せてはいますが、他企業からの圧力が強いためギリギリ黒字程度の経営状態です。

 

電力会社の経営者は、他の企業も傘下に持っているので、本音では大して儲からず手間ばかりかかる電力会社を廃業したがっていると専らの噂です。

 

ですが、新規で電力会社を設立しようと思えば、莫大な初期投資を行い発電設備を作る必要があります。そんな投資を行っても儲けが殆どなければ参入する企業などありません。

 

(わたくし)が住むアーコロジーでは、電力部門は一社独占となっているので、経営者が廃業にしたくても周囲が許してくれません。

 

なので、その経営者だけなら(わたくし)が電力会社を設立したなら喜んで後釜に収まる事を許して下さるでしょう。

 

ですが、それ以外の有力者達は新興勢力の(わたくし)を警戒しているので邪魔をしてくると思われます。

 

儲からない事業を態々しようというのに迷惑な方達ですわ。慈善事業みたいなものだというのに。

 

まぁ、迷惑な人達は放っておくとして、電力会社を設立する為の発電設備ですが、当然ながら原子力などという莫大な経費のかかるものは選びません。健康にも悪そうですしね。

 

そこで、地熱発電所なのですわ。

 

地熱を利用すれば燃料代は無料です。なんてお得な発電設備なのでしょう!

 

従来の工法で地熱発電所を作ろうと思えば、精密な事前調査と大規模な工事が必要らしいですが、(わたくし)の可愛いマーレは土木関係の魔法が得意分野です。

 

マグマの流れも地下水の流れも思いのままに変える事が出来ます。地質を変化させる事も簡単ですわ。どのような場所でも数日もあれば、地熱発電所を作るのに理想的な環境に変貌させれます。

 

(わたくし)がするべき事前調査とは、地熱発電所を作る場所を選ぶ事です。他のアーコロジーと戦争になった場合に攻撃を受けにくい場所というのが、選ぶ際に気をつけるべき点ですね。もちろん、万が一を考えて複数箇所に地熱発電所は作る予定です。

 

さてと、場所を選んだなら他にするべき事は一つだけです。

 

それは、【建設会社・モモンガ】の設立ですわ。

 

 

 

 

グシモンドグループが、スポンサーとなってアニメ制作を行うことが決定されました。

 

なので、ヒロインを演じる声優さんをオーディションで選ぶ必要があります。

 

うふふ、近年では珍しいほどの多額の予算をかけた超大作です。きっと、オーディションにはお姉様も参加される事でしょう。

 

ですが、(わたくし)はこれでも責任ある立場です。エコ贔屓はしませんわ。

 

審査委員長は(わたくし)です。厳しく審査を行いますわ。

 

ところで、コネは実力の内ですわよね?

 

 

 

 

グシモンドグループが、スポンサーとなってゲーム制作を行うことが決定されました。当然ながらフルボイスですわ。

 

なので、ヒロインを演じる声優さんをオーディションで選ぶ必要があります。

 

うふふ、近年では珍しいほどの多額の予算をかけた超大作です。きっと、オーディションにはお姉様も参加される事でしょう。

 

ですが、(わたくし)はこれでも責任ある立場です。エコ贔屓はしませんわ。

 

審査委員長は(わたくし)です。厳しく審査を行いますわ。

 

ところで、コネは実力の内ですわよね?

 

 

 

 

グシモンドグループが、スポンサーとなってユグドラシル特集番組の制作を行うことが決定されました。

 

なので、ナレーションの声優さんをオーディションで選ぶ必要があります。

 

うふふ、ゴールデンタイムの番組です。きっと、オーディションにはお姉様も参加される事でしょう。

 

ですが、(わたくし)はこれでも責任ある立場です。エコ贔屓はしませんわ。

 

審査委員長は(わたくし)です。厳しく審査を行いますわ。

 

ところで、コネは実力の内ですわよね?

 

 

 

 

引き篭もりました。

 

部屋に入らないで下さい。

 

 

 

 

「どうしよう、お姉ちゃん。フリアーネ様が部屋から出てこられないよう」

 

「ど、どどどするでありんすか!? わらわはもう二日もフリアーネ様の芳しい香りをクンカクンカしてないであり……ガクッ」

 

「シャルティアが禁断症状で泡吹いて倒れちゃったよ!? どうしようお姉ちゃん!」

 

「えーと、シャルティアにはフリアーネ様がお使いになられたタオルを顔に被せておけばいいよ。フリアーネ様は……ぶくぶく茶釜様に『エコ贔屓しないで実力で選んで下さい!!』って怒られたことが原因だから……暫くはそっとしておくしかないかな?」

 

「うん……そうだね。うわっ、タオルを被せたらクネクネと悶えだしたよ、お姉ちゃん!!」

 

「そんなの見ちゃダメ!!」

 

 

 

 

「……ひどいこと、言っちゃった。嫌われたわよね、私。あの子は、あの子なりに私のためを思ってくれただけなのに」

 

「きっと大丈夫だよ。彼女は君のことが大好きなんだからさ。素直にその気持ちを伝えればきっと仲直りが出来るはずさ」

 

「社長……」

 

「うんうん、絶対に大丈夫だから会いに行ってあげなよ」

 

「社長……あの子に幾ら貰ったの?」

 

「ギクッ!?……な、何のことかな?」

 

「はぁ、まったく仕方ない子ね。まずはお説教が必要みたいね」

 

「お、穏便にだよ。絶対に穏便にすませてよ」

 

「ふん、分かっているわよ。でも、まずはお説教をするわ……それから、素直になって…仲直り……したい」

 

 

 

 

「わかりましたわ。無事にミッションコンプリートですね」

 

「──」

 

「はい、大丈夫ですよ。お約束通り、例のお仕事は貴方の事務所にお任せしますわ」

 

「──」

 

「うふふ、構いませんわ。それではまた何かあれば連絡しますね」

 

──ガチャン

 

「おーほほほほ、これでお姉様と仲直り出来ますわ。あの社長も意外と役に立ちますわね」

 

 

 

 

お姉様に説教されました。

 

ぐぬぬ、あの社長め、今度見かけたら泣かしてやりますわ!!

 

 

 

 



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公爵令嬢の商社

 

(わたくし)はフリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンドと申します。

 

かつては、華々しい社交界で持て囃された麗しの公爵令嬢でした。

 

今では、魑魅魍魎が蠢く経済界で孤軍奮闘する健気な美少女です。

 

ですが、安心して下さい。

 

(わたくし)には、世論という頼りになるのか、それともならないのか、よく分からない味方がいるのだから。

 

 

 

 

以前に嫌がらせをしてきた有力者の一人(警察の立入調査を仕掛けてきた方達の一人ですわ)が軍門に降りました。

 

この方が経営されていたのは、主に庶民向けの民生品を扱うお店です。

 

ですので、いつの間にか庶民に圧倒的な人気を誇るようになったグシモンドグループに敵対行為を行った。という噂は、その業績に多大な悪影響を及ぼしたのです。

 

凋落の兆しを見せた者を見逃すほど、この世界の有力者達は甘くはありません。

 

それまでは盟友とすら思っていた相手からも容赦なく攻められ、トップを誇っていた業界シェアを瞬く間に奪われていきます。

 

当然ながらグシモンドグループもその波に乗りますわ。グループ内の優秀な人間を集めて【グシモンド総合商社】の起業です。

 

件の有力者は、売上が低迷した分の損失を製品を製造していた会社に押し付けるため、その製品の仕入れ価格を非常識なほどに叩こうとしました。

 

製造会社は困りますが、アーコロジー内の固定化された市場では、製品を卸せる相手は他にいません。会社が傾きかねない値引きとなりますが、取引を中止をすれば確実に倒産します。

 

進むも地獄退くも地獄の状況下、颯爽と天使と見紛う美少女が現れたのです。

 

その美少女こそ誰あろうグシモンド総合商社会長であるこの(わたくし)ですわ。

 

突如として現れた天使な美少女にビックリ仰天な製造会社ですが、(わたくし)の話を聞いて再びビックリ仰天します。

 

なんと継続的に商品を卸して欲しいと言うのです。しかもその取引量は、卑劣な値引きを要求してきたクソ会社と同等量でした。

 

新規取引先の爆誕です。しかも、その相手は良い評判しか聞かないグシモンドグループなのですわ。

 

その製造会社は喜び勇んで了承しました。その勢いでクソ会社には取引中止を通告します。

 

そんなことを、幾つかの製造会社と繰り返しました。

 

ふと気付くと、クソ会社の倉庫は商品がほぼ空っぽ状態となっていました。

 

後日、クソ会社の経営者(眷属化済み)が、(わたくし)に頭を下げていても誰も不思議には思いませんでした。

 

めでたし、めでたしですわ。

 

 

 

 

グシモンド総合商社が全商品を提供している【雑貨店・モモンガ】(総合商社と同時期に設立した会社ですわ)は、非常に忙しいみたいですが、社長のモモンガさんが精力的に働いています。

 

アーコロジー内外を問わずに店舗展開をしているので人手不足気味ですが、どこかのクソ会社からヘッドハンティングをしているので少しずつマシになると思います。

 

それまで頑張って下さいね、モモンガさん。

 

 

 

 

ギルド名がやっと決まりました。

 

その名も【公爵令嬢と煉獄の七姉妹】です。

 

ギルドメンバーは、(わたくし)、お姉様、やまいこ様、餡ころもっちもち様、あけみちゃん、シャルティア、アウラ、マーレの総勢八名ですわ。

 

うふふ、そうです。とうとうお姉様がユグドラシルを始めました。それに伴いシャルティア達も参加ですわ。

 

あぁ、心配はいりませんよ。

 

ゲーム中の(わたくし)の体は、アウラのもふもふ軍団が守護しておりますわ。

 

ゲームインする時も、シャルティアを一番最初にインさせています。ゲームアウトの時は逆に一番最後ですわ。

 

イタズラ防止対策はバッチリです。

 

シャルティア達のアバターは、現実との違和感がない様にとそのままの設定で作成しました。

 

これは(骨の)モモンガさんが、ユグドラシル最終日に異世界転移した事を踏まえての処置ですわ。

 

この世界はパラレルワールドですから、同じように異世界転移するとは思えませんが、万が一の事を考えました。

 

それなら(わたくし)のアバターも普通の人間にした方が良いのでしょうけど、そこは特別性のアバターを使いたい(わたくし)の我儘ですね。

 

この件については、シャルティア達三人が誰も反対をされなかったので良しとします。

 

「フリアーネ様、マーレは男ですけど七姉妹で良いのでありんすか?」

 

「【公爵令嬢と煉獄の六姉妹、それと男の娘】では語呂が良くないので仕方ないですわ」

 

「も、申し訳ありません。フリアーネ様にお気を使わせてしまいました!」

 

「マーレ、こんな事で謝らなくてもよろしくてよ。(わたくし)は何も気にしていないもの」

 

「ほら、フリアーネ様がこう仰っているのよ。シャッキとしなさい」

 

「うん、ごめんね。お姉ちゃん」

 

「マーレは世話の焼ける子よね。私の真似をしてもいいからもう少ししっかりするでありんすよ」

 

「「「えっ?」」」

 

「えっ?」

 

 

 

 

普通の大根が目の前にあります。

 

そうです。なんとっ、マーレが汚染させた大地で普通の大根を育てたのですわ!!

 

これは農業における偉業ですわ。

 

「マーレ、良くやりましたね。(わたくし)はあなたを誇りに思いますわ」

 

「えらいよっ、マーレ! フリアーネ様に誇りに思うとまで言っていただけるだなんて、お姉ちゃん嬉しくて涙でてきちゃうよー!」

 

「フリアーネ様! 僕なんかに過分なお言葉を下さり本当にありがとうございます! お姉ちゃーん、僕うれしいよー!」

 

「マーレ!」

 

「お姉ちゃん!」

 

「あぁ、麗しい姉弟愛ですわ」

 

ヒシッと抱きしめ合う二人の姿に(わたくし)までもらい泣きしそうですわ。

 

「あのー、たかが大根でなにゆえにそこまで盛り上がれるでありんすか?」

 

「シャルティアは分かんないの!?」

 

「えぇと、普通の大根でありんしょう?」

 

「そうだよ、普通の大根なんだよ!」

 

「普通の?」

 

「そうっ、普通の!」

 

「……ちょっと失礼して――ボリボリ。ふむ、食べてみてもやっぱり普通の大根でありんす」

 

「そうよ、マーレが作ったのは普通の大根よ!」

 

「おチビ……フリアーネさま、降参でありんす」

 

「うふふ、アンデッドのシャルティアには理解しにくいでしょうけど、汚染された大地で普通の大根を収穫できるというのは凄い価値があるわ」

 

「これからは汚染されて放置されていた土地を使って普通に食べれる生の大根が作れるんだよ。これはシャルティアの『解毒の錠剤』並み、ううん食材だから薬の錠剤以上にバカ売れ間違いなしよ!」

 

「いゃゃゃやややあああああーーっ!?」

 

「どしたのシャルティア!?」

 

「わ、わたわたわたしの解毒の錠剤がッ、わたしのアイデンティティがぁぁぁあああッ!!……ガクッ」

 

「シャルティアが白目剥いて泡吹きながら倒れたー!?」

 

「お姉ちゃん、この負け犬は汚染されたドブ川に捨ててきたらいいかなぁ?」

 

「なに言ってんの、マーレ!?」

 

解毒の錠剤が、ここまでシャルティアの中で重要な存在になっていたとは思いませんでした。

 

ビックリですわ。

 

 

 

 



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公爵令嬢の威厳

 

(わたくし)はフリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンドと申します。

 

かつては、自然豊かな環境で天真爛漫に育った麗しい公爵令嬢でした。

 

今では、汚染に満ちた酷い世界で暮らす憐れな美少女です。

 

ですが、安心して下さい。

 

(わたくし)には、アーコロジー内に清潔が保たれている(モモンガさんが無理をして買った)大きな屋敷があるのだから。

 

「あんなに貯まってた貯金がゼロにっ!?」

 

「ローンもありますから、お仕事を頑張って下さいね、モモンガさん」

 

「……働けど働けどなお我が暮らし楽にならざり」

 

「うふふ、今度、《生鮮食品店・モモンガ》で普通の大根を発売する予定ですからお金の心配は要りませんよ」

 

「生鮮食品店なんて聞いていませんけどッ!?」

 

 

 

 

《グシモンド電力会社》が発足しました。

 

既存の電力会社からの引き継ぎは電光石火で行いました。

 

余計な横槍を防ぐ為、前々から準備をしていたのでスムーズに終わらせることが出来ましたわ。

 

地熱発電所は問題なく稼働しております。今は念の為にマーレが監視をしているので何かあっても即座に対応可能ですわ。

 

それにしても、旧電力会社の経営者がお馬鹿さんで助かりましたわ。電力会社を持つメリットを全く理解していませんでしたもの。

 

アーコロジーの施設はその殆どに電力が使われています。(わたくし)がその気になればいつでも電力を止めれますわ。

 

電力がない施設など、そんなものは金属の棺桶と変わりません。もちろん、軽々と止める気はありませんが、それが出来るという意味は大きいですわ。

 

そして送電網の維持管理を名目として、アーコロジー内のあらゆる施設内への立入が可能となりました。それは軍事施設すら例外ではありませんわ。

 

うふふ、今の(わたくし)は、このアーコロジー内の電力を支配する者です。

 

電力会社そのものは大して儲かるものではありませんが、その支配者の影響力は途轍もなく大きいものです。

 

旧電力会社の経営者は、それを自ら手放してしまいました。電力の支配者ゆえ、他の事業でその手腕がお粗末でも見逃してもらえていた事に気づかない愚かな者です。遠からず没落するでしょうね。

 

そして、(わたくし)の手元に一通の手紙が届きました。この時代にメールではなく紙製の手紙ですわ。

 

「うふふ、アーコロジーを支配する方々からのパーティへの招待状ですわね。シャルティア、貴女をパートナーとします。アウラは執事として同行しなさい」

 

「了解しんした」

 

「了解しました」

 

両脇に控える二人に(わたくし)は告げる。

 

「さあ、ショータイムの始まりですわよ」

 

アーコロジーの支配者層への初お披露目です。舐められるわけにはいきません。

 

公爵令嬢の気品と威厳をたっぷりと骨身に味合わせてあげますわ。

 

 

 

 

会場に現れた銀髪の少女。

 

それは女王──支配者の雰囲気を漂わせる少女です。

 

一見して無表情に見えるその顔には傲慢な、そして真紅の瞳には嘲りの感情が浮かんでいるのが感じ取れます。しかしそれが少女には非常に似合っていました。

 

その少し後ろに控えるは、太陽のような雰囲気を感じさせる少女でした。金と紫という左右違う瞳が子犬のように煌めいています。努めて無表情を保とうとしているその顔は隠しきれない好奇心で輝いていました。

 

対極のような二人はただ静かに歩みます。

 

「あ、あぁ……」

 

幾人かが掠れた声を上げます。

 

全てを下に見下す女王、見る者の心を温める太陽の娘──それらが目に入らなくなる程の存在が、その二人の少女を従えていたからです。

 

この場にいるのは、名実ともにアーコロジーを支配する者達です。

 

上流階級として民衆の上に立つ自負も自惚れもあるでしょう。

 

ですがそんな感情は吹き飛びました。

 

銀髪の少女のことは理解できたでしょう。彼女は自分達の延長線上の遥か先に立つ者だと。

 

太陽の少女のことは理解出来たでしょう。彼女は自分達が遥か昔に無くしてしまった綺麗なものを持ち続けている者だと。

 

それは未知の存在でした──それは黄金の髪を靡かせた(とうと)い少女。その黄金の瞳が穏やかに彼らを見つめていました。

 

人々は自然と頭を下げ最大の敬意を表わします。

 

理由などありません。理由などいりません。

 

ただこの(とうと)い少女を敬うだけです。

 

 

 

 

少女は生まれながらの貴族でした。

 

領民の上に立ち、その命と生活を守る責務を背負って生きるのが貴族です。

 

ほんの僅かな失政が、多くの領民の生活を破綻させその命を容易く奪います。

 

その重圧を代々受け継いて耐え抜いてきた者達が貴族と呼ばれます。

 

少女が生まれたグシモンド公爵家は、そんな貴族達を率いる立場でした。

 

貴族の中の貴族──そう評され、そう讃えられ、そしてその責務を果たし続けた優秀な一族でした。

 

そんな優秀な一族の中で生まれた少女も優秀でした。優秀でしたが、女が故に家督の継承権は与えられませんでした。

 

グシモンド公爵家を継ぐ嫡男もまた優秀な人間でした。それゆえに少女に期待されたのは、グシモンド公爵家に利する相手へ嫁ぐことだけだったのです。

 

それは貴族として当然のことです。家を守ることが、領民を守ることにも繋がるのだから。

 

その当然を少女は覆しました。

 

強大な帝国において最大の貴族家であるグシモンド公爵家を、少女は己の才覚で得た力をもって手に入れたのです。

 

貴族の中の貴族──その言葉は、その日から少女個人を示す言葉となりました。

 

少女の前では貴族は自然と頭を垂れ、皇帝ですら最大の敬意をもって接しました。

 

そんな少女は他者に威圧感も恐怖心も感じさせることの無い人柄でしたが、少女のことを何も知らない者であっても、何故か少女の前に立つと自然と敬意を表したといわれています。

 

フリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンド──それが少女の名前です。

 

 

 

 

「精神系の魔法って便利ですわね。たくさん勉強して修行した甲斐がありましたわ」

 

「本当にお見事でありんす。精神支配魔法をあれほど違和感なくかけれるのはフリアーネ様だけでありんす。しかも精神支配で信仰心を芽生えさせ本来なら精神魔法の短所のはずの魔法の効果中の記憶が残ることを逆手にとり、フリアーネ様への信仰心を忘れさせないという悪知恵ぶりはこのシャルティアも頭が下がる思いでありんす」

 

「でもあの人達は可哀そうだよね。魔法を使われなきゃ、フリアーネ様の素晴らしさが理解出来ないなんてさ。ところでシャルティア、悪知恵ぶりって言い方は褒めてないよ。魔導の造詣が深いとか、魔導に精通しているとかさ、他に色々と言い方があるじゃん」

 

「あ、あ、あわあわあわわわッ、わわわたしはそんなつもりではないでないないでありんすでありんす!?」

 

「ちょっとそこまでパニックになんないでよ、シャルティア。なんか悪いこと言っちゃったみたいじゃん。フリアーネ様はこんな小さなことで気を悪くする方じゃないんだからさ。少し気になったから次からは注意しなよって程度のことだよ」

 

「ふぇ? あ、うん。……おほほほ、わらわもちゃーんと承知しているでありんす。さっきのはおチビをからかっただけでありんすよ」

 

「うんそっか。あーあ、シャルティアにからかわれちゃったなー」

 

「おほほほ、してやったりでありんす。(借りとくわ)」

 

「あはは、次はわたしがからかっちゃうもんねー(うん、貸しイチだね)」

 

「うふふ、そうしていると本当の姉妹のようね」

 

「本当の――」

 

「――姉妹?」

 

「わらわが姉でありんすね!」

 

「わたしが姉に決まってんじゃん!」

 

「いいえ、わたしでありんす!」

 

「ううん、わたしだもん!」

 

「わたしよ!」

 

「わたし!」

 

「フーッ!」

 

「ウーッ!」

 

「おーほほほほ、本当に仲が良いですわね」

 

 

 




少しずつ最終回に近づいてきた。なんだか寂しく思う。そんな今日この頃です。


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公爵令嬢の不審

 

(わたくし)はフリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンドと申します。

 

かつては、多くの侍女に傅かれ上げ膳据え膳の楽ちんな生活を謳歌していた公爵令嬢でした。

 

今では、社長になられても社畜な雰囲気から抜け出せないモモンガさんに手料理を振る舞うおさんどんな美少女です。

 

ですが、安心して下さい。

 

この手料理が、グシモンドグループ会長として唯一の定例業務だと思えば、お安い御用なのですから。

 

「ほらほら、モモンガさん。早く食べないと商談に遅刻されますわよ。今日は午前午後ともに予定が詰まっていますから急いで下さいな」

 

「うぅ、どんなに地獄の業務量を押し付けられても、この手料理を食べさせてもらえると思ったら頑張れる自分が悔しい」

 

「はいはい、今日もお仕事を頑張って下さいね、モモンガさん」

 

「く、悔しいけど……頑張ります」

 

 

 

 

「フリアーネ会長、ただいま戻りました」

 

半分忘れていた親衛隊のリーダーさんが服役から戻られて来ました。

 

それは長年のお勤めご苦労様でした。

 

ん?

 

服役?

 

「すぐに釈放されないどころか服役までされたという事は、親衛隊の…コホン、自己の時間を使った社会活動ではなく、趣味で下着泥棒でもされて捕まりましたか? まぁ、あなたはモテそうにありませんものね。今回は一度目ですし復職を認めますわ。ですが、次に下着泥棒をされたら――」

 

「やってねえよ!!」

 

「あら、そうなのですか?」

 

(わたくし)はチラリと親衛隊のサブリーダーをされている方に視線を向けます。

 

「はい、リーダーは極度の見栄っ張りなので、ヘマをして捕まった時に恥ずかしい思いをする下着泥棒などは行いません。精々が変装をしていかがわしいお店に入ろうか入るまいかを店の前で散々迷い結局は入れず、その怪しい動きに通行人から眉を顰められる程度の器の小さい男です。なのでリーダーが下着泥棒ではないと私は自信を持って断言できます。ちなみに服役の理由は社会活動中にリーダーが興奮しすぎて抗議活動をしていた店舗の店長を思わず殴ってしまったという頭の悪い行為のせいです。自業自得なのでフリアーネ会長は笑ってあげて下さい」

 

「テメエッ、途轍もなく人聞きの悪い言い方をしてんじゃねえぞ!? だいたい前半部分は言う必要が全くねえじゃねえかッ!」

 

「嘘は言ってないだろ、リーダーだって否定はしてねえじゃん」

 

「やかしいわ、ぶっ飛ばすぞ!」

 

「そうやってぶっ飛ばしたから逮捕されて禁固刑にまでなったんじゃねえか。反省してんのかよ、リーダーは?」

 

「う、うぐぐ……」

 

リーダーさんがサブリーダーさんに食ってかかっていますが形勢は完全に不利ですわね。

 

サブリーダーさんから放たれる辛辣な言葉と呆れを含んだ視線に、リーダーさん歯を食いしばって唸っているだけですわ。

 

それにしても妙ですね。

 

下着泥棒ではなく、社会活動中に相手を殴った程度ならすぐに釈放となるはずですが、もしかしてリーダーさんは女性の店長さんを殴ったのでしょうか? それならリーダーさんが多少厳しい処罰を受けても理解できます。

 

なぜなら、(わたくし)の大切な方々は殆どが女性なので、彼女達を守るためにも警察には女性に危害を加える輩には厳しく当たるように指示をしているからですわ。

 

世間の風潮が女性礼賛(女性を崇め讃えることですわ。(わたくし)を信仰してもよろしくてよ)となるように地道に頑張っています。

 

「もしかして、あなたは女性を殴ったのですか?」

 

「女性を殴ったりしませんよ! 殴ったのは俺より大柄な男性店長です!」

 

あら、予想はハズレですか。リーダーさんの憤慨した様子をみれば嘘は言っていないようですし、調べればすぐにバレる嘘を吐くはずもありませんわね。

 

うーん……なるほど、分かりましたわ。

 

「大柄な男性店長と仰いましたが、それは本当に男性でしたの?」

 

「え……どういう意味ですか?」

 

「世の中には多様な容姿の女性がいます。あなたは殴った相手が男性だと本当に断言できるのですか? 本当に女性ではないと確かめられたのですか? あなたは見ただけで百パーセント相手が女性ではないと分かるほどに女慣れされているのですか?」

 

「お、女慣れ……あ、いや、まさか……でも、も、もしかしたら……あいつは…いや、か、彼女だったのか?……え、俺は、俺は女性を殴ってしまったのかッ!?」

 

リーダーさんは頭を抱えて激しく動揺し出しました。

 

(わたくし)は再びチラリと親衛隊のサブリーダーをされている方に視線を向けます。

 

「いえ、被害者の店長は男性ですよ。私は同じ町内なので子供の頃から知っていますし、ガキの頃から嫌な奴だったので印象に残っていますので間違いありません」

 

「テメエは知ってたなら最初っから言いやがれッ!!」

 

「申し訳ありません。思い出すのに時間がかかりました」

 

「ガキの頃からの知り合いで印象にも残ってたっつっといて思い出すのに時間がかかるってどういう言い訳だぁテメエッ!」

 

「いえ、つい目の前におられるフリアーネ会長に見惚れておりまして、本当に申し訳ありませんでした」

 

「む? フリアーネ会長にか? それなら仕方ないな、今回は許してやるよ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

あっさりとサブリーダーさんに言いくるめられるリーダーさん。頼りなさげな様子ですが、これでも荒くれ者が多い親衛隊を鉄の規律で統制されているので人とは不思議なものですわ。

 

 

 

 

今日はあけみちゃんとお出かけです。

 

あけみちゃん以外は全員お仕事です。今日は折角の良い陽気なのですから、お休みにされたら良いのにと思うお嬢様育ちの(わたくし)です。

 

「フリアーネは本当にお嬢様だね。私だって一応はアーコロジー内に住む富裕層に区分される立場だけど、陽気がいいから仕事を休むだなんて発想にはならないよ」

 

「あら、そうですの? こういう日にこそ有給休暇は使うべきではありませんの?」

 

朧げな前世の記憶では流石に有給休暇の詳細についてまでは覚えていませんが、今世では起業家として勉強いたしました。有給休暇は庶民にとって数少ない権利の一つですわ。

 

グシモンドグループでは社員の豊かな人生を応援しております。有給休暇も取りやすい環境作りをしておりますわ。もちろん繁忙期は別ですけどね。

 

「建前では有給休暇は自由に取れることになっているけど、実際には管理職じゃないと殆ど取れないよ。取れるとしたら法事ぐらいじゃないかな?」

 

それでも嫌味は言われちゃうけどね。と続けるあけみちゃんに(わたくし)はショックを受けます。

 

(わたくし)の大切な方達が、その様な劣悪な環境下で労働を強いられていただなんて知りませんでした。

 

前世の(わたくし)とは違い、アーコロジー内に居住されているのだからと勝手に安心していました。

 

外街生まれのお姉様だけを陰ながら支援していた己の不徳を恥じますわ。

 

今までの罪滅ぼしの意味も含めて、公爵令嬢な(わたくし)の全力であけみちゃん達を支援致しますわ。

 

「よく分かんないけど、応援するなら私よりお姉ちゃんの応援をしてあげてね。教師って色々と大変みたいだからフリアーネに応援されたら元気が出ると思うから」

 

なんてお姉さん思いなのでしょう!

 

まるで自分を見ている様ですわ。

 

うふふ、分かりましたわ。まず最初はやまいこ様を全力で支援致しますわ!

 

 

 

 

教頭先生に出世されたやまいこ様に何故か叱られました。

 

世の中とは、理不尽だと思いました。

 

叱られたあと、ため息を吐かれながら、やまいこ様に頭を撫でられました。

 

やまいこ様はツンデレなのだとその瞬間に悟りました。

 

あけみちゃんにはこっそり教えてあげようと思います。

 

 

 

 

 

 



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公爵令嬢の拠点

 

(わたくし)はフリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンドと申します。

 

かつては、警護の兵を振り切るのも一苦労な箱入りな公爵令嬢でした。

 

今では、アーコロジー外ではいつでも豪華なドレス姿(防毒マスク付き)の不審者だと、知らない人から後ろ指をさされる薄幸の美少女です。

 

ですが、安心して下さい。

 

アーコロジー内では可憐な素顔が露わとなり、この美貌で大人気な公爵令嬢です。

 

「絵本の中のお姫様が着ているような真っ赤で豪華なドレスを普段着にしているフリアーネさんは確かに近所の小さな子供には大人気ですよね――少し大きな子には『アレはないわー』って目で見られてるけど」

 

うっさいですわよ、モモンガさん。

 

 

 

 

庶民の間で、大根十割の大根飯が大流行しています。合成食品ではなく、自然の恵み百パーセント(ただし魔法成分は考えないものとします)なのですから当然の事ですわ。

 

もちろん大根だけではいつかは飽きられるでしょうから、それを見越して大根以外の農作物もマーレは試行錯誤しながら育成を試してくれています。

 

「えへへ、もうすぐジャガイモが成功しそうなんです。ジャガイモは主食にもなれる食材だから成功すればとんでもない利益になりますよぉ」

 

「うふふ、マーレは本当に凄い子ですわ。成功する日が待ち遠しいですわね。でもあまり無理をして体を壊したりしてはダメよ」

 

「僕の体の心配までして下さるなんてフリアーネ様はお優しすぎです。僕はフリアーネ様の方こそ心配です。フリアーネ様はもっと思うがままに振る舞っても良いと思います!」

 

「そうかしら? けっこう自由に振る舞っているつもりよ」

 

「そんなことありません! フリアーネはもっともっと我儘になってもいいと思います!」

 

「我儘と言われても別に我慢していることは……ハッ!? もしかしてお姉様の入浴中に突撃しても――」

 

「いえ、それは普通に嫌われるのでお止めになった方がいいと思います」

 

「やっぱりそうよね、まだ好感度が足りないわよね。でもそうなると他には別にないわ」

 

「そんなことありません! 絶対にあります!」

 

「そ、そうかしら? 例えばどんなことかしら?」

 

「はいっ、例えばですね。ビギナーズラックで奇跡的に当たりを引いた、毎日錠剤に解毒魔法を込めることしか脳の無い無能な吸血鬼に新しい事業の一つでも成功するまで帰ってくるなと我が家からほっぽりだすとかはどうでしょうか!」

 

満面の笑顔のマーレ。

 

(わたくし)は迷わずに言いました。

 

「アウラ、後はよろしくね」

 

「はい、姉としてきっちりと分からせます。マーレ、こっちに来な!」

 

「ちょっと、お姉ちゃん!? 引っ張らないでよ。まだフリアーネ様とのお話が終わってないよー!」

 

「黙ってくる! これはフリアーネ様もご承知のことだからね!」

 

「えぇっ!?……分かったよ、お姉ちゃん」

 

(わたくし)がアウラの言葉に頷くと、マーレは諦めて素直にアウラについて行きました。

 

「マーレはあの焼きもち焼きなところが玉にキズね。シャルティアがいなくて良かったわ」

 

シャルティアは何か思うところがあったのでしょう。最近は製薬会社の研究室に詰めて色々と研究をしています。

 

シャルティアはああ見えてやれば出来る子です。必ずアッと驚くような事をやってくれるでしょう。今は静かに見守っていてあげましょう。

 

うふふ、我ながら良い主人っぷりですわ。

 

 

 

 

出生率の低下が止まりません。

 

低下は外街だけではなく、アーコロジー内でも同じです。

 

アーコロジー内でグシモンドグループの影響力が強まったお陰で、多種多様なデータが自由に閲覧できるようになりました。

 

その結果、判明したのが深刻な出生率の低下ですわ。以前より(わたくし)も懸念はしていましたが、現実は想像よりも深刻な事態になっています。

 

このペースで出生率が低下し続ければ、後わずか三世代後には、現在の社会体制を維持出来ない程に人口は減ることになります。

 

苦肉の策として、他のアーコロジーとの合併という手段はありますが、他のアーコロジーなど政治的には敵性国家といえるほど関係性は劣悪です。

 

合併の際には酷い主導権争いは当然起こるでしょうし、合併後の混乱も考えれば実現は不可能に近いでしょう。

 

合併が不可能なら地道に出生率の向上を目指すしかありません。

 

「そういうわけで、【結婚相談所・モモンガ】を設立しました。我がグシモンドグループの社員にも未婚者が多いですから、社員割引が利く様にしときました」

 

「…………はい、いつもの如く聞いていなかった話ですが、未婚者の事は私も気になっていた件なので理解できます。社会情勢も少しずつ良くなっていますし、今まで無かった結婚相談所の設立は時流に乗った良い案だと思います」

 

「結婚相談所設立は案ではなく、もう登記も済ませて明日から営業が始まりますわ。事務所などの手配は(わたくし)の方で行いました。人員採用とその教育は、最初に一人だけ雇用した方が副所長として頑張って下さいましたけど、『所長はどこにいる!』と非常に立腹されているそうですわ。なんだか短気な方みたいですね。モモンガさんは所長ですからちゃんとその辺りも指導して下さいね」

 

「うぅ……どう聞いても酷い話のはずなのに、いつもよりお膳立てがきちんされているから今回は楽だな、と喜んでいる自分が滅茶苦茶悔しい。って言ってる場合じゃ無い! すぐに事務所に向かわなくちゃ!」

 

「はい、いってらっしゃい。帰る前には連絡をして下さいね、美味しい夕ご飯を作って待っていますからね、モモンガさん」

 

「くそうっ、やっぱり喜んでしまう自分が悔しいッ! とにかく行きます、夕ご飯は楽しみにしてます。じゃあ、行ってきます!」

 

飛ぶように事務所へと向かっていくモモンガさん。その後ろ姿は経営者というよりも社畜という言葉が良く似合いました。

 

 

 

 

現在、【公爵令嬢と煉獄の七姉妹】のギルド拠点を製作中です。

 

ナザリック大地下墳墓を再びギルド拠点にと考えもしましたが、あそこはやはり【アインズ・ウール・ゴウン】のギルド拠点です。【公爵令嬢と煉獄の七姉妹】のギルド拠点にするのは違うと考え直しました。

 

(わたくし)達の【公爵令嬢と煉獄の七姉妹】に相応しいギルド拠点は新しく製作する事にしました。

 

最初は外観を王城の様にしようかと考えましたが、公爵令嬢と王女は別物です。公爵令嬢が城に住むのはなんだか違います。

 

公爵令嬢が居住するのはやはり豪華な屋敷です。いわゆる豪邸です。城にしか見えない豪邸ですが、それでも城ではありません。

 

豪邸だけでは寂しいので、周囲には領民が住まう街も作ります。街を覆う様に壁も作ります。城塞都市というやつですね。城がなくても城塞都市と呼ぶのでしょうか?

 

ギルド間の争いが起こった時のため、城壁には砲台を設けましょう。見た目が格好良いです。

 

無人の街は物悲しいのでNPCを配置します。公爵令嬢が天使で堕天使なドラゴン娘のバードマンなので、住民も均等に四種族にしておきます。レベルは60から70にします。それぞれに家族を設定して配置しました。とても疲れました。

 

屋敷内には召使い達を配置します。執事にメイド、料理人に庭師、御者に下人などグシモンド公爵邸で働いていた者達を思い出しながら配置しました。レベルは70から80にします。執事長とメイド長はレベル100にしました。

 

ギルド防衛の主戦力としては、大きく分けて公爵令嬢を守る女性親衛隊、屋敷を守護する衛兵隊。街を守護する警邏隊。外敵と直接戦う領軍の四つに分けました。レベルは80から90です。隊長クラス以上にはレベル100を混ぜました。制服はそれぞれでデザインを変えました。どれも見た目が非常に格好良いです。女性親衛隊はエロ可愛いです。

 

NPCの外観などはイメージを伝えて、一流のプロにお願いして製作してもらいました。数が多すぎて過労死しかけましたが、追加料金を払ったら喜んでいました。

 

街を歩けば多種多様な人々が歩いています。職業も設定しているのでそれぞれのお店で働いています。子供の姿も見えますわ。

 

屋敷の者達も個性のある姿をしています。(わたくし)が記憶している現実の使用人達の姿形のイメージを伝えたので、どことなく見覚えのある者達が多くいます。完全に同じではないのが少し寂しいですけど、(わたくし)には絵心がありませんから仕方ないですね。

 

女性親衛隊は、(わたくし)の護衛をしていた男性の騎士達をTSさせました。騎士達は美形揃いだったので美女だらけになりました。

 

NPCに持たせる装備も準備します。ですが、かつての様に自分でヒイコラ言いながら素材集めなどはしません。無ければ買えば良いのです。

 

高レベルの装備やアイテムを無尽蔵の課金で爆買いします。課金ガチャで手に入る希少なアイテムなども忘れずに手に入れます。

 

着々と装備が充実していくNPC達。街に住む領民にも装備をさせて領民全員で領地を守る体制を整えます。

 

うふふ、(わたくし)が領地を歩くと領民達の視線を感じます。公爵邸ではメイド達が傅きます。傍には執事が控えています。

 

どこに行くにも女性親衛隊が付き従います。かつては鬱陶しく思ったものですが、今ではなんだか嬉しいですわ。

 

ここでふと思い出した事があります。ナザリック大地下墳墓を1500人規模で襲撃された事をです。NPCの数とレベルだけは課金によってかつてのナザリック大地下墳墓に匹敵……いいえ、超えていると自負しますが、いかんせんプレイヤーの人数が違います。NPCで対抗するにも限界があります。

 

グシモンド公爵領(ギルド拠点名ですわ)を1500人のプレイヤーに襲われれば陥落する恐れが非常に高いです。

 

(わたくし)は思案した結果、閃きました。そう、勝てなければ撤退すればいいのです。

 

戦略的撤退は決して恥ではありません。領主にとっての恥とは領民を守れない事です。

 

そこで(わたくし)は、グシモンド公爵領を飛行出来る様にしました。地面が抉れて半球体になりその上部に城塞都市が乗っかる形です。半球体の下半分にはイタチの最後っ屁をイメージして、多数の砲台がせり出し砲撃が出来るようにしました。砲台がせり出す際の振動で土が剥がれ落ちると下半分を覆う防御力の高いダークメタリックに輝く金属が露出します。無数の砲台が並ぶ見た目はSFチックで激烈に格好良いです。

 

上半分への攻撃も注意が必要です。半透明のドームがグシモンド公爵領を覆うようにしました。その結果、まん丸になりました。こちらは防御力重視です。半透明のドームは太陽光を反射して白銀に輝きます。猛烈に格好良いです。

 

ここで対空兵器がない事に気がつきました。NPCは全員が飛べるので盲点でしたね。戦略的撤退時にはNPC達を外に出しておくのは危険です。一目散に撤退しなければならない状況下だと回収する時間がないと予想されます。

 

公爵領から魔法を放てばいいだけでは? などという野暮な事は言わないで下さいね。おと……女には浪漫が必要なんです。

 

まん丸になった公爵領の周囲に七つの攻撃衛星を浮かべる事にしました。そうです、煉獄の七姉妹の居城を兼ねた攻撃衛星です。普段は銀色の球体の衛星ですが、戦闘時は巨大な砲台がせり出て針鼠のようになります。

 

本星である公爵領に侵入する為には、順番に煉獄の七姉妹が住まう攻撃衛星を攻略する必要があります。七姉妹は倒される寸前に本星に転移するシステムにします。公爵領攻略の最後は本星で公爵令嬢と煉獄の七姉妹の全員が待ち受けているわけです。攻撃衛星を無視して、本星にいきなり侵入しようとすれば謎の力で吹き飛ばされます。

 

これらのシステムを組むのは課金だけでは不可能だったので、株主優待の特典を使いました。拝金主義のクソ運営万歳ですわ。

 

おまけの機能で、本星の上部に巨大な(わたくし)の立体映像が現れるようにしました。本星にあるステージに立った(わたくし)の動きをリアルタイムでトレースしてくれます。音声もつきます。当然ですがスカートの中を覗こうとしても謎の光で見えませんよ。

 

 

 

 

ふよふよと大空を漂うグシモンド公爵領。周囲には七つの衛星が周っています。大空に愛された(わたくし)に相応しいギルド拠点ですわ。

 

「フリアーネ、あなた本当の本当に正気なの!?」

 

「…………(ショックで白目を剥いた)」

 

「姉さん、餡ころもっちもちさんが気絶しました!」

 

「ふ、フリアーネさん、お金は大丈夫なの? 破産とかしない?」

 

「流石はフリアーネ様でありんす。公爵邸などは本物そっくりでありんすね」

 

「大空に浮かぶ公爵領だなんてフリアーネ様にピッタリですね!」

 

「すごいです! フリアーネ様の拠点にこれ以上のものは考えられません!」

 

サプライズのため、ギルドメンバーには内緒で製作していたギルド拠点をお披露目しました。

 

うふふ、全員がとても驚いてくれました。サプライズ大成功です。

 

ぶいっ! ですわ。

 

 

 

 



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公爵令嬢の窮地

 

(わたくし)はフリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンドと申します。

 

かつては、帝国有数の大貴族の娘として贅沢三昧な生活をしていた華麗な公爵令嬢でした。

 

今では、お小遣いで遊んでいるゲームに細々と課金する庶民的な美少女でしかありません。

 

ですが、安心して下さい。

 

(わたくし)のお小遣いは、クソ運営の経営状態を左右する程に莫大なのですから。

 

「へぇ、これがギルド拠点の設定ですか……プレイヤーの拠点に直接乗り込めないシステムなんて、あの運営がよく許可をしましたね」

 

「お金の力は偉大ですわ」

 

「……今までにいくら使ったんですか?」

 

「うふふ、聞きたいですか?」

 

「……怖いので止めときます」

 

「実はですね――」

 

「わーわーわー、聞きたくないー」

 

 

 

 

「大丈夫ですか、お嬢さん」

 

「はい! 危ないところを助けて頂き本当にありがとうございます!」

 

「いえ、誰かが困っていれば助けるのは当たり前ですから」

 

街でのショッピング中に珍しい場面に遭遇しました。悪質なナンパをされていた女性を通りかかった正義感の強い男性が助けたのです。

 

多少は治安が良くなったとはいえ、面識のない他人を無償で助ける人間を見かけるなど稀ですわ。珍しいものが見れました。

 

うふふ、今日は運が良い日みたいですね。

 

「ウググ、よくもやりやがったなッ! ブッ殺してやるッ!」

 

男性にのされて倒れていた悪質ナンパ男が、突然立ち上がりナイフを取り出しました。どうやら男性の手加減が過ぎたようですね。

 

今日は気分がいいので助けて上げましょう。

 

「えいっ」

 

「アグッ……(バタン)」

 

(わたくし)は悪質ナンパ男の背後に忍び寄ると、拾った拳大の石で悪質ナンパ男の頭を殴りました。

 

白目を剥いて倒れる悪質ナンパ男。文句なしのノックアウトですわ。

 

「あーと、お嬢さん」

 

「あら、お礼なら結構ですわ」

 

助けた男性が気まずそうに話しかけてきます。それは気まずいでしょうね。女性を助けたヒーローの立場から、自分のミスでか弱い女性に助けられた立場に変わってしまったのですから。

 

うふふ、珍しいものを見せてもらったお礼ですから気にされなくて構いませんわ。

 

(わたくし)は颯爽とこの場を去ります。

 

「いや、去らせる訳にはいかない。申し訳ないが、君を傷害罪で逮捕する」

 

「えっ?」

 

──ガチャン

 

(わたくし)の両手に手錠が嵌められました。

 

 

 

 

警察署の裏口から高級車に乗って帰りました。

 

「あの野郎ッ! 俺だけじゃなくフリアーネ会長まで逮捕しやがって、今度こそぶっ殺してやる!」

 

(わたくし)の逮捕を知った親衛隊のリーダーさんが激昂しました。(わたくし)はサブリーダーさんに視線を送ります。

 

サブリーダーさんは軽く頷かれると、リーダーさんの背後に回り込み腰辺りに両腕を回して持ち上げられると一気にジャーマンスープレックホールドを華麗に決められました。

 

わん、つー、すりー、かんかんかんかんかん。

 

サブリーダーさんの勝利ですわ!

 

「な、何しやがるッ!? てめぇからぶっ殺されてぇかッ!」

 

フラフラと立ち上がったリーダーさん。サブリーダーさんは激昂するリーダーさんを前にしても冷静に彼を諭します。

 

「リーダー、フリアーネ会長の前で乱暴な言葉は慎んで下さい」

 

「ハッ! 申し訳ありません、フリアーネ会長!」

 

サブリーダーさんの言葉で正気に戻られたリーダーさんが頭を下げます。

 

「いいえ、構いませんよ。でも次から気をつけて下さいね」

 

「お許し頂きありがとうございます。もう二度とこのような醜態を見せない事をお約束致します」

 

リーダーさんの全く信用できない約束はどうでもいいですが、どうやら以前にリーダーさんが服役された際に逮捕していたのが、今回の警察官だったようですね。

 

「はい、そうです。前に私を逮捕したのがあの男でした。逮捕された後、いつもの様に証拠不十分で釈放という命令を無視したあの男は独断で捜査を行い、私を起訴にまで持っていきました」

 

裁判で有罪でも禁錮一ヶ月程度だったので、社会活動中に暴力を振るってしまったという反省もあり、リーダーさんは素直に刑に服することを選んだそうです。

 

なるほど、リーダーさんが服役された理由がようやく分かりました。彼が出所された際にも疑問に思いましたが、その時は聞きそびれてしまいそのまま忘れていました。

 

それにしても、彼は正義感が強いのでしょうけど、上からの命令を無視までして捜査を進めるだなんて随分と無茶をする方ですね。そういう命令が出る時点で厄ネタだと分かるでしょうに。

 

なにか深い理由などがあるのでしょうか?

 

いいえ、たとえどのような理由があるとしても、(わたくし)の邪魔をなされるのでしたら、今後のことも考えて彼を眷属にしてしまいましょう。

 

そう考えているとサブリーダーさんが口を開きました。

 

「私は同じ町内なので幼い頃から彼を知っていますが、あいつは小さい頃から正義のヒーローが好きな奴でした。特に特撮物の大ファンでして、その手の話になると止まらなくて大変でした。警察官になったときも、俺は正義の味方になるぞって騒いでいましたね」

 

ただのヒーロー好きでした。なるほど、そういうタイプなら眷属にするのではなく、警察の少年科に異動してもらえばいいですね。

 

将来に希望を持てずに非行に走った少年達の問題は対応が難しいですからね。熱血な方なら向いている気がします。眷属にすると人間味がなくなるのでこの手の問題には適しません。きっと正義感の強い彼には適した場所ですわ。

 

「うーん、そうか? 俺にはアイツが生意気なガキ共と殴り合っている姿が目に浮かぶんだが?」

 

「リーダー、フリアーネ会長が『いいこと思いついた!』というお顔をされているのですから野暮な事は言わないでおきましょう。それにあの男が現場からいなくなるのならそれでいいではありませんか」

 

「それもそうか。うん、そう考えれば悪くないな。流石はフリアーネ会長だ!」

 

「しかし悪質なナンパから女性を助けるために相手の男を殴り倒す正義の味方の警察官か……特撮ヒーローとしてなら有りなんだろうけど現実の警察官としてはどうなんだ? しかも同じことをしたフリアーネ会長は問答無用で逮捕するし……ふふ、こんな考えも野暮ってやつだな、て事にしておくか」

 

 

 

 

やまいこ様に続き、餡ころもっちもち様への支援を行いました。とはいっても、餡ころもっちもち様の御実家はそれなりの資産家ですので経済的な支援ではなく、身辺警護の方に重点を置きました。

 

つまり、『ペットショップ・モモンガ』のワンちゃんを三匹ほどプレゼントしました。

 

三匹ともレベル70を超えていますので、たとえ餡ころもっちもち様が完全武装の一個小隊クラスの暴漢に襲われようとも撃退は容易でしょう。

 

仮に三匹のワンちゃんが勝てない相手だったとしても、ワンちゃん達はアウラと繋がっていますのですぐに助けを呼べます。

 

今回は餡ころもっちもち様にとても喜んでもらえました。

 

うふふ、大成功ですわ。

 

 

 

 

ワンちゃん達を返品されました。

 

とても悲しいです。

 

餡ころもっちもち様に理由を聞きました。

 

ワンちゃん達の食費が途轍もなく掛かったそうです。

 

納得の理由でした。

 

代わりにチュンチュン(八咫烏、レベル60)を十匹ほど、こっそりと餡ころもっちもち様の護衛として派遣しました。

 

チュンチュンは野鳥なので、餡ころもっちもち様が食費を負担する必要はありません。

 

我ながらナイスアイデアです。

 

数日後、餡ころもっちもち様から『私、狙われてるかも!?』と、相談を受けました。

 

なんでもこの数日間ずっと誰かの視線を感じるそうです。恐らくストーカーですね。

 

チュンチュンに気づかれずにストーカー行為に及ぶとは恐ろしい変態です。

 

相談を受けた(わたくし)は、チュンチュンを三十匹に増やして護衛を強化しました。

 

餡ころもっちもち様をストーカーする変態など許せません。

 

全力の24時間体制で見守りますわ。

 

そう誓いました。

 

 

 

 

 



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