オーバーロード〜小話集〜 (銀の鈴)
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絶望の果てに

ザック……皆さん、覚えているよね?



「リリア!」

 

死を前にしてザックが最後に想ったのは、やはり可愛がっていた妹のことだった。

 

 

***

 

 

「おはよう、母さん」

 

「おはよう、ザック。朝食は出来ているわよ」

 

「うん。リリアはまだ寝ているの?」

 

「ふふ、気持ちよさそうに寝ているわよ」

 

「そっか、じゃあリリアの寝顔を見てからご飯を食べるよ」

 

「まったく、ザックは本当にリリアの事ばかりね」

 

リリアの名を口にする度にデレッとした顔になる息子に、母親はつい苦笑をしてしまう。

 

自分達の子供とは思えない程に頭のいい息子だったが、幼い妹には凄まじく甘く、完璧な息子の唯一の欠点といえるものだった。

 

「それは仕方ないよ。だって、僕のリリアはもの凄く可愛いんだからね。一番に考えるのは当然のことだよ」

 

ザックは当然とばかりに胸を張って毅然と言い放つ。

 

その姿は我が子ながらに凛々しく、村の女の子達が騒ぐのも無理はないと母親は思った。――もちろん、言っている内容に目を瞑ればの話だが。

 

「じゃあ、リリアの天使の寝顔が僕を待っているから見てくるね」

 

「見たら朝食を食べるのよ」

 

デレデレとした顔になり、スキップするような足取りで妹の寝室へと向かう息子の後ろ姿に声をかけながら彼女は思う。

 

“あの子達は絶対に二人っきりにしないようにしよう”

 

母親として……いや、女としての危機感を息子に感じてしまった彼女は、両手を握りしめながら、フンッとばかりに静かな気合いを入れて決意をする。

 

そんな毎朝恒例の幸せな光景を見ながら、父親は静かにお茶を飲んでいた。

 

 

 

 

王国の村で生まれたザックには秘密があった。両親からは神童と思われている彼は、前世の記憶を持っていたのだ。

 

ただ、前世の記憶といっても今と違う人間の記憶ではなかった。前世でもザックはザックだった。

 

今と同じ両親に愛する妹がいた。いってみれば同じ人生をやり直している状態だった。

 

前世では、ただの貧乏な農民だったザックは、何ものにも代えがたい愛する妹を奪われた。そして、成り上がろうと剣を手にとったが、理不尽な化け物に無残にも命を奪われた。

 

生まれ変わったザックは、幼い頃にそんな前世の記憶を取り戻した。そして、その事を神に激しく感謝した。

 

何しろ記憶を取り戻した彼の前には、母親が膨らんだ腹をして座っていたからだ。

 

“あそこに愛する妹がいる”

 

絶望と共に終わったはずの人生が再びやり直せる。きっと神が不幸な人生を送った自分達を哀れんで奇跡を起こしてくれたのだ。

 

ザックは純粋にそう考えると、愛する妹がいる母親の腹に頬擦りをし、涙を流しながら神に感謝の祈りを捧げた。――直後に気持ち悪がった母親にぶん殴られた。

 

 

記憶を取り戻したザックは、今度こそ幸せな人生を送るために動き出す。

 

前世では貧乏だったせいで妹を奪われた。だが、前世の記憶を取り戻したザックは頭の悪い農民ではない。世の中の裏側を知っている頭のいい農民にレベルアップしていた。

 

領主に作った作物を奪われる?

 

それがどうした。

 

何を馬鹿正直に作った作物を全部教える必要があるのだ。今になってザックが思い返してみれば、前世でも余裕を持っている他の家があった。

 

自分は腹を空かしてフラフラしているのに、そこの家の子供は血色の良い顔をしていた。当時は分からなかったが今なら分かる。

 

領主に奪われる作物は作った全体の量から決められる。ザックの両親は馬鹿正直に全てを教えていた。だが、頭のいい奴らは一部を隠し持っていたのだ。

 

もちろんバレたら首が飛ぶだろう。だが、バレる危険はなかった。何しろ農民は馬鹿ばっかりだから、そんな誤魔化しをする知恵はないと役人は思い込んでいるからだ。

役人が行う作物量の把握の仕方は、各農民の自己申告のみ。現物の確認すらしなかった。

 

申告された量から納める量を計算して、納める量だけを役人の荷馬車に積み込ませるだけだ。

 

“前世の俺は途轍もない馬鹿だった”

 

ザックは両親に知恵を授けた。

 

 

 

 

ザックは村でも信仰心が厚いことで有名な少年だった。彼は村にある教会には毎日欠かさず礼拝していた。

 

教会の年老いた神官も信仰心の厚いザックには好意を抱いていた。身の回りの世話もしてくれるザックに彼は信仰系魔法を教えた。

 

本来なら多額の寄付を貰わずに魔法を教えることは、教会上層部から固く禁じられていたが、辺鄙な農村に左遷された老神父にとってはどうでもいい決まりでしかなかった。

それよりも自分のことを尊敬しているザックの方が大事だった。

 

ザックの厚い信仰心は、老神父が教える信仰系魔法を瞬く間にザックのものとさせた。

魂の底から神を信じるザックにとって、信仰系魔法は相性が良かったのだ。

 

ザックが老神父が使える全ての信仰系魔法を身につけた日に、老神父は村の神父の座をザックに譲った。

 

当然ながら、普通ならそのような勝手な真似は許されるわけがないが、老神父は左遷はさせられたが、歳を食っている分だけ教会内にも顔が効いた。自分と交代でザックを辺鄙な村の神父にさせる程度の無理は通すことが出来た。もちろん、ザックが信仰系魔法を使えたことも大きな要因である。

 

高位の治癒呪文も使いこなす彼は、村人でも払える金額で治癒を行なった。

もちろん、教会上層部には内緒でという建前でだ。何しろ上層部が示す金額でしか治癒をしなかったら、こんな辺鄙な村では客…ではなく患者など来るわけがなかった。

 

上層部も何とく把握はしていたが、辺鄙な村でのことだからと大目にみていた。逆に厳しく指導をしてしまうと、客からの治療費…ではなく信者からのお布施がないからと支援金を要求される危険がある。そんな勿体無い危険を犯してまでザックに指導をする気など上層部にあるはずが無かった。

 

ザックが村人から聖者のように崇められるようになるのに時間はそうかからなかった。

 

「お兄ちゃんは聖者様なの?」

 

「違うよ。お兄ちゃんはリリアだけのお兄ちゃんだよ」

 

「えへへー、わたしだけのお兄ちゃんだー!」

 

無邪気に抱きついてくる妹をデレデレとしながら抱きしめ返すザック。

 

他人にお兄ちゃんを取られないと安心する妹。

 

抱きしめ合う子供達に危機感を高める母親。

 

子供達を真似て、妻を抱きしめようかと迷う父親。

 

 

 

 

年に一度だけ、ザックは王都に出向く。教会の収支報告の為だ。

 

収支報告とはいっても、本部に上納金を収めることが出来るほどの収入がない農村部の教会のため、おざなりのチェックを受けるだけだ。

 

上層部としても、一年に一度だけでも王都に来させて羽を伸ばさせることで、農村部に派遣されている神父達の鬱憤晴らしをさせようという意味合いが強かった。

神父達が田舎暮らしにブチ切れて、冒険者にでもなられては上層部としても困るからだ。

 

ザックはというと、両親と妹を連れて王都に来ていた。本当は妹と二人だけで来たいのだが、母親が許してはくれなかった。

 

完全なお上りさんといった様子で観光をしていても、神父服のザックがいるため絡んで来る奴らはいなかった。

 

一度だけ物騒な雰囲気を放つ女にぶつかってしまったが、咄嗟に謝ると興味無さげに無言で立ち去ってくれた。

 

ザックは前世の経験で、教会に喧嘩を売る真似を裏の人間がしないことを知っていたため、多少は窮屈でも神父服を脱ぐことはなかった。

 

「これも美味しいぞ。食べるかい、リリア?」

 

「うん、食べるー!」

 

デレデレとしながら愛する妹にアーンさせながら食べさせるザック。

 

モグモグと幸せそうに食べる妹。

 

それを見て、夫にアーンをせがんでみる旅行中で浮かれている母親。

 

いきなり窮地に立たされて脂汗を流す父親。

 

ザック達にとって、王都観光は楽しかった。

 

 

 

 

ザックには日課がある。毎日必ず妹にこう尋ねるのだ。

 

「リリアは大きくなったら何になるんだい?」

 

「お兄ちゃんのお嫁さん!」

 

愛する妹が満面の笑みと共に口にする愛の溢れた言葉に、ザックの顔が気持ち悪く崩れる。

デレデレとしながらザックは、妹の口の中に村では貴重な甘い飴を入れてあげる。

 

気持ち悪いデレ顔で妹に頬擦りをするザック。

 

ニコニコ顔で甘い飴を舐める妹。

 

息子を警戒する母親。

 

幸せそうに家族を見守る父親。

 

 

今日もザックは幸せだった。

 

 

 

 

 

 

 




ザックが幸せになるお話でした。
めでたし、めでたしだね♪


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農民無双

ある農民に転生した平凡な男の話です。


目覚めると俺は赤ん坊になっていた。

 

なるほど、これが流行りの異世界転生というものか。

 

それが俺が最初に思った感想だった。

 

 

 

 

生まれてから三年が経った。

 

残念ながらただの転生だったようだ。

 

生まれたのは異世界ではなく、ただの農家だった。

 

ただし日本ではなく外国のようだ。

 

周囲の人間の顔は彫りが深く、美男美女だらけだった。

 

農村ですら美形揃いとは外国は凄いものだ。

 

もちろん俺も美形だった。前世では彼女もいなかったが今世では期待できそうだな。

 

 

 

 

生まれてから五年が過ぎた。

 

家の倉庫で刀を見つけた。

 

この時、俺の脳裏に雷光が走った。

 

俺は農民だ。そして刀がある。

 

まさかこれはアレか?

 

ツバメをアレするアレなのか?

 

俺は震える手で刀を掴む。

 

何か運命じみたものを感じた――気がした。

 

俺はこの日から剣を振るうことを日課にした。

 

 

 

 

生まれてから十年が過ぎた。

 

どうやら俺には才能があったようだ。

 

剣は“ふた振り”までは同時に振れるようになった。

 

裏山で素振りをしていると偶に現れるゴブリンも容易く屠れるようになった。

 

ん?

 

ゴブリンだと!?

 

独り言を言ってて初めて気付いたが、ゴブリンって前世ではいなかったよな?

 

今世では余りにも自然にいてるものだから気付くのが遅れてしまったな。

 

どうやら俺は本当に異世界転生をしたようだ。

 

そうなってくると魔法とかも存在するのだろうか?

 

魔法があるならツバメ返しだけだと苦しいな。

 

まずは魔力を自覚できるか訓練してみよう。

 

 

 

 

生まれてから十年と三年が過ぎた。

 

前世の記憶を頼りに“念”の修行方法を応用したら魔力を感じることが出来た。

 

魔力を全身に纏っての身体強化は恐ろしいほどの効果を発揮してくれた。

 

オーク程度なら無双が出来るほどだ。

 

そしてオーク相手に無双していて気付いたが、魔物を倒していると急に魔力量がアップする瞬間がある事に気付いた。

 

これはアレだな。レベルアップというものだろう。

 

ふふ、まるでゲームのようだが便利ではあるな。

 

倒せば倒すほど強くなれるのだからな。

 

よし、レベルアップをしながらツバメ返し以外の技も練習をしよう。

 

俺が自己流でここまで強くなれるのだから、この世界は化け物並の強者で溢れているだろうからな。

 

せめて国の兵士になれる程度の腕は欲しい。

 

安定した仕事に就いて、綺麗で優しい嫁さんが欲しいからな。

 

 

 

 

生まれてから十年と五年が過ぎた。

 

兄貴に嫁さんを貰ったから家を出て行けと言われた。

 

僅かばかりの餞別を手に俺は村を出ることにした。

 

少し期待していたが、村を出る俺を引き留めたり、追いかけてくる娘はいなかった。

 

念のため、幼馴染(金髪碧眼で超可愛い)に声を掛けてみたけど、『都会で成功したら迎えにきてね』と笑顔で返された。

 

ちょっと嬉しかったのが悔しい。

 

 

 

 

俺の生まれた村は凄い田舎らしく、都会までの道程は長かった。

 

途中で襲ってくるモンスターは多かったが、前世では地道な経験値稼ぎが趣味だった俺は、今世でのリアル経験値稼ぎにも励んだお陰でレベルだけは上がっている。フィールドモンスターなどは敵ではなかった。むしろ経験値稼ぎが出来てラッキーだった。

 

それにしても村での修行では魔法は覚えられなかった。

 

というか、覚える方法が分からなかった。

 

前世を思い出して『黄昏よりも昏きもの 血の流れより紅きもの …』などと覚えていた呪文を唱えまくっても無駄だった。

 

その姿を幼馴染(金髪碧眼で超可愛い)に見られて引かれてからは諦めた。

 

その代わり剣技は磨いた。

 

九頭龍閃。天翔龍閃。ツバメ返し。大地斬。海波斬。空裂斬。アバンストラッシュ。などの原作で修行方法が描かれていたものは習得できた。

 

それに気と魔力による身体強化は常に使用している。これは強化した状態を常にする事で身体を慣らすためだ。

 

当然のように内臓の機能も強化しているから解毒能力等もアップしている。

 

…やはり、呪文による強化も必要だろう。

 

都会にでたら魔法を覚えたいが、チャンスはあるだろうか?

 

それだけが心配だな。おっと、トロールの群れが現れた。経験値を稼ぐとしよう。

 

 

 

 

街についた。

 

ここは竜王国というそうだ。

 

門番に兵士になる方法を尋ねたら凄く歓迎された。

 

その日のうちに正規採用されたときは騙されているんじゃないかと疑ったが、単に人手不足だったらしい。

 

次の日からビーストマンとかいうモンスター駆除を担当することになった。

 

このビーストマンというのは強さはそこそこだが、その数が凄かった。

 

うむ、経験値稼ぎに丁度いい。

 

俺は他の奴に経験値を奪われないように率先してビーストマン駆除に務めた。

 

 

 

 

俺が生まれてからニ十年が過ぎた。

 

地道にビーストマン駆除をしていたら真面目な勤務ぶりが認められたようだ。

 

俺は竜王国の将軍になった。

 

ん?

 

将軍だと!?

 

俺は騙されているんじゃないかと思ったが、チビっ子女王が言うには人材不足らしい。

 

このまま是非とも竜王国で務めて欲しいそうだ。

 

そこでふと思い出した俺は、チビっ子女王に魔法を教えて欲しいと頼んでみた。

 

すると国中の高位の魔法使いが集められた。

 

ビックリしたが、効率よく魔法が覚えられた。

 

レベルアップに励んでいたお陰で魔力量などは十分だったみたいだ。

 

竜王国に現存する魔法は全て覚えられた。

 

その魔法を応用しようと試行錯誤していたら威力が大アップした魔法も使えるようになった。

 

チビっ子女王にビーストマンの大群を吹っ飛ばす所を見せてあげたら凄く喜んでくれた。

 

次の日、大将軍になった。

 

騙されているんじゃないかと思ったけど、チビっ子女王が言うには竜王国はもの凄い人材不足らしい。

 

大将軍になって、ふと故郷のことを思い出した。

 

『都会で成功したら迎えにきてね』

 

幼馴染(金髪碧眼で超可愛い)の言葉を思い出した。

 

今の俺は大将軍だ。

 

これは成功したといえるんじゃなかろうか?

 

チビっ子女王に相談してみたら、是非とも結婚して竜王国で家庭を築くべきだと熱弁された。

 

俺が結婚するならチビっ子女王が仲人をしてくれるそうだ。

 

いや、チビっ子が仲人?

 

そう思ったが、チビっ子女王はこれでも王族だから問題はないのだろう。

 

俺は故郷へ向かった。

 

何故か心配だからと、チビっ子女王も付いてきた。

 

 

 

 

「あら、久しぶりね。それでそこのおチビちゃんは貴方の子供かしら?」

 

いつもニコニコしてた幼馴染(金髪碧眼で超可愛い)が、見たこともないほどの醒めた目で俺を出迎えた。

 

こ、怖いです。

 

「ほう、妾の大将軍が惚気ていたとおり可愛らしい娘じゃのう」

 

チビっ子女王は、ブリザードのような雰囲気の幼馴染(金髪碧眼で超可愛い)に対してフレンドリーに接していた。

 

俺は初めてチビっ子女王に尊敬の念を感じた。

 

チビっ子女王の言葉で、幼馴染(金髪碧眼で超可愛い)は初めてチビっ子女王の身なりに気付いて高貴な人間だと察したようだ。

 

慌てて頭を下げる幼馴染(金髪碧眼で超可愛い)を優しく止めると、チビっ子女王は威厳に満ちていて、それでいて親しみを込めた態度でただの農村の村娘でしかない幼馴染(金髪碧眼で超可愛い)に接してくれた。

 

それはきっと俺の幼馴染(金髪碧眼で超可愛い)だからだろう。そして、俺の結婚……チビっ子女王が俺の結婚話も纏めてくれないかな?

 

俺はコソコソとチビっ子女王に小声で頼んでみた。

 

チビっ子女王は呆れた顔になったが、結局は快く請け負ってくれた。

 

その後、プロポーズぐらい自分でしなさい!って、幼馴染(金髪碧眼で超可愛い)に叱られてしまった。

 

 

 

 

俺と幼馴染(金髪碧眼で超可愛い)の結婚式は竜王国を挙げてのお祭り騒ぎになった。

 

結婚式代は幾らになるのだろうと心配になった俺だが、なんと竜王国の国費で賄ってくれるそうだ。

 

俺は騙されているんじゃないかと思ったが、俺は大将軍だから当然らしい。

 

俺の隣では金には厳しい幼馴染(金髪碧眼でいつも超可愛いが、今日はいつもより遥かに超可愛い)がニコニコしているから問題ないのだろう。

 

俺の幼馴染――いや、俺の花嫁(金髪碧眼で超絶可愛い)が俺の耳に顔を寄せてきた。

 

どうしたんだろう、疲れたのかな?

 

 

「貴方は知らなかったでしょうけど、私は子供の頃から貴方のことが大好きだったのよ。一緒に幸せになろうね――ブレイン」

 

 

やっぱり、俺の幼馴染は超可愛い。

 

 

 

 

 

 

 




農民が無双する話のはずが途中で出てきた幼馴染(金髪碧眼で超可愛い)の影響でこうなりました。不思議だね。


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受付嬢の平凡な日々

私は冒険者ギルドで受付嬢をしている。

 

ギルド内では美少女な受付嬢として有名だけど、所詮はギルド内だけの話だ。

 

私は平凡な受付嬢でしかない。

 

でも、人に歴史あり。

 

そんな言葉があるように私にも少しは歴史がある。

 

今にして思えば、前世のように感じられる過去だった。

 

ううん、本当に前世だったんじゃなかろうか?

 

時が過ぎると共に朧げになっていく記憶を振り返りながら私はそう思った。

 

 

 

 

今日で“ユグドラシル”もサービス停止となる。

 

そんな情報を耳にした俺は数年ぶりに“ユグドラシル”にログインしようとしたが出来なかった。

 

そういえば、数年前に“ユグドラシル”で女性プレイヤーの胸を触ってアカウント停止にされた事を思い出した。

 

あの時は“ユグドラシル”に飽きて、最後の思い出にとチャレンジしたんだった。

 

うんうん、今となっては良い思い出だな。

 

だが、せっかくの最終日なのだから“ユグドラシル”の最後に立ち会いたいな。

 

俺は新しいアカウントを取得してログインすることにした。

 

 

 

 

新規受付は終了しただと!?

 

俺の望みは絶たれたようだ。

 

と、普通の人間なら諦めるだろう。

 

しかしこの俺は諦めんぞ。

 

諦めたらそこで試合終了だと昔の偉人も言っていたからな。

 

幸いなことに俺の会社の後輩に“ユグドラシル”にはまっている奴がいる。

 

今日は“ユグドラシル”でお別れパーティーをすると言っていたからな。連絡をとって“ユグドラシル”の紹介機能を使ってもらおう。

 

紹介機能を使えば、一日限定のアカウントが貰えたはずだ。この機能も凍結されていたなら諦めるしかないな。

 

「もしもし、俺だけど、ちょっと悟に頼みたいことがあるんだけど…」

 

 

 

 

よかった。悟は快く引き受けてくれたぜ。

 

悟も“ユグドラシル”にログインする直前だったから際どいタイミングだったみたいだ。

 

あいつはログイン中は電話の電源を切りやがるから連絡がつかなくなるんだよな。

 

と言ってる間に“ユグドラシル”の紹介アカウントが届いたな。

 

キャラクターはランダムみたいだな。

 

まあ、仕方ないだろう。

 

さて、ログインするとしよう。

 

 

 

 

ここは始まりの街だな。

 

俺のキャラは…女か。

 

俺は女キャラは使わん主義なんだが、今日だけは仕方ないよな。

 

それにしても金髪赤眼の美少女か。種族は吸血鬼の真祖…の姫君?

 

どうやら紹介機能専用の特別な種族みたいだな。

 

レベルも最初から100になっているし、固定装備で神器級を持っているのか。名前も固定で決められているな。所持金や消費アイテムも大量に持っているぞ。

 

しかし、これは至れり尽くせりだな。これも一日限定だからこそだな。

 

しかし、最初にこのキャラの強さを経験してから新規でプレイし始めたら大変じゃないのか?

 

うーん、そうか。このキャラを標準だと新規プレイヤーに思わせて、課金してでも標準までは強化したいとプレイヤーに考えさせようとしたんだな。強欲な運営の奴らめ。

 

まあ、紹介機能自体が広まらなかったから意味はなかっただろうな。

 

そうだ、悟に連絡をとってみるか。

 

 

 

 

悟がギルド長を務めるナザリックは凄かったな。

 

よくあそこまで作り込んだものだ。

 

NPCの外装もプロ級だよな。

 

悟に色々と案内してもらって中々に楽しめたな。

 

この後は悟もギルド仲間との集まりがあるだろうから邪魔しないように出てきたけど、これから何処に行こうかな?

 

そうだ、ネコさまの所でニャンコを可愛がるかな。

 

 

 

 

うう…ネコさま大王国に入れてもらえなかった。

 

どうも外部との連絡は完全にシャットアウトしているみたいで連絡がつかない。

 

フレンド登録があれば連絡はついただろうけど、このキャラでは無理だ。

 

最終日にギルドに押し入るような真似はしたくないからな。諦めるとするか。

 

ああ、この閉められた門の中では、ニャンコの楽園が待っているというのに…

 

本当に残念だ。

 

 

 

 

結局、俺は残された時間を使って大空を飛びまくったり、最終日で投げ売りをされていた貴重なアイテムを買ってみたり、その辺を歩いていたプレイヤーに襲いかかったりと適当に遊んでいた。

 

そして、もうすぐ最後の時間を迎える。

 

俺は街の中でその時間を迎えようとしていた。

 

街のメインストリートのど真ん中で仁王立ちになって、俺はスカートの端を握りしめて最後の時間を待つ。

 

もちろん、着けている下着は投げ売りで購入した貴重なアイテムの“エッチな下着”だ。

 

この状態でスカートを捲ったら一発でアカウント停止である。

 

そう、俺は有終の美を飾るのだ。

 

最後の瞬間は金髪赤眼の美少女のパンチラで終わるのだ!!

 

さあ、スカートと下着の準備は万全だ!!

 

いつでもかかってこいやっ!!

 

五秒前

 

四秒前 (ゴクリ…)

 

三秒前 (まだだ、まだ慌てるな)

 

二秒前 (次の瞬間だ!)

 

一秒前 (今だ!!)

 

“バサッ”

 

「お嬢ちゃん、こんな所で何してんだい!?」

 

慌てた様子のオバちゃんが強引にスカートを引っ張り下ろした。

 

「あんたは馬鹿な真似をしてんじゃないよ!!」

 

俺は目をつり上げたオバちゃんに泣くほど説教された。

 

うう…ゴメンなさい。

 

そうだ、俺が悪かった。

 

こんな美少女のパンチラは希少価値があるのだから無闇矢鱈と見せてはいけなかったんだ。

 

昔の人も言ってたではないか、“絶対領域”は死守すべきだと。

 

「こら、女の子が自分のことを俺だなんて言うんじゃないよ!!」

 

いやいや、俺は中身は男ですよ。

 

「何言ってんだい! お嬢ちゃんみたいな可愛い子が男なわけないだろう!」

 

あれ、このオバちゃんの口が動いてる?

 

「喋ってんだから動くに決まってるよ。あんた、本当に頭は大丈夫かい?」

 

オバちゃんが心配そうな顔になる。

 

な、なんだ?

 

どうなっているんだ?

 

とりあえず、俺はその場を逃げ出した。

 

 

 

 

俺は屋根上に身を隠しながら街の様子を伺っていた。

 

どう見ても街の人間は生きているように見える。

 

それに“ユグドラシル”の終了時間はとっくに過ぎている。

 

どうなっているんだ?

 

まさかここは“ユグドラシル2”とかなのか?

 

だが、そうだとしてもログアウトが出来ない理由にはならない。

 

ま、まさか、一昔前に流行った異世界転生とかなのか?

 

それとも電脳世界に閉じ込められたのか?

 

と、取り敢えず自分の状態も確認してみよう。

 

脈はないな。吸血鬼だから当然か。

 

呼吸もしていないが、しようと思ったらできる。

 

そういえば、太陽の光に当たっているけど平気だな。真祖だからかな?

 

表情は動く。

 

言葉も喋れる。

 

尿意と便意はないな。これは美少女はトイレに行かないという都市伝説があるから判断材料になるかは微妙だな。

 

胸は…うん、柔らかいぞ。

 

お尻は…うん、弾力があっていい感じだ。

 

手足もスラリと細長く綺麗だ。

 

腰も細くて強く抱きしめられたら折れそうだな。

 

肌も白くてハリと艶がある。

 

髪の毛もサラサラで綺麗だ。

 

そして、当然のように凄い美少女だ。

 

うう…これが自分じゃなかったら嫁にしたい。

 

しかし、これは自分なんだから逆に危険だぞ!!

 

俺みたいな情欲にまみれた薄汚い男共に襲われる危険性が大だ!!

 

ここが異世界だろうと、電脳世界だろうと取り敢えず放っておこう。

 

まずは身を守る方法を探すぞ!!

 

 

 

 

あれから一ヶ月が過ぎた。

 

吸血鬼の俺は食事なしでも平気だったから助かった。

 

食事の代わりにエネルギーを吸い取ることで栄養をとることが出来る。

 

これは吸血をしなくても大丈夫だった。

 

生物なら触れるだけで吸い取れた。動物や植物からでも問題ない。

 

生物以外でも魔力をもつ宝石からも吸い取れたけど、これは勿体無いから使えないな。

 

そして身体能力も高い。吸血鬼でもあるしレベルも100になっている。

 

体力や筋力等は人間を大きく上回っている。回復力も桁違いだし、特殊能力もある。武装だって神器級が揃っている。

 

怖いもの無しだな!

 

 

 

いや、ウソだ。

 

本当は怖い。

 

知り合いはいない。住む所もない。お金もない。

 

ないない尽くしだ。

 

一日中、コソコソと隠れている。

 

時々、人混みに紛れてエネルギーを吸い取ってる。

 

その度に男に声を掛けられるから苛立つ。

 

これからどうやって生活していけばいいのだろう?

 

いっそのこと、吸血をして仲間を増やそうか?

 

この街を吸血鬼の街にしてしまえば、俺は一気に宿無しから王様にクラスチェンジ出来るかも!

 

最近はその誘惑に抗う毎日だ。

 

いや、別に抗う必要はないよな?

 

いやいや、そんなことをしたら、この世界の勇者みたいな奴が俺を退治に来るかもしれん。

 

危険を冒すのはまだ早すぎるぞ。

 

もっと、この世界の情報収集をしてからだ。

 

しかし情報収集も進まない。

 

吸血鬼の特殊能力で暗示をかければいいはずだが、練習もせずにぶっつけ本番は危険だ。

 

だが、練習相手がいない。

 

うおおおおおっ!!!!

 

俺はどうすればいいんだ!!

 

 

 

 

俺は、深夜の人がいない馬小屋でコッソリと馬のエネルギーを吸い取っていた。

 

もちろん、動物好きの俺は馬が死ぬほど吸い取ったりはしない。

 

ククク、しかし我ながらいい方法を思いついたものだ。

 

こうやって深夜に馬からエネルギーを吸い取れば、野獣のように性欲を滾らせた男共に迫られることもない。

 

まったく、男など死に絶えてしまえばいい。

 

そうすればこの世界は住みやすくなるんじゃないか?

 

俺はそう思うぞ。

 

誰か男共を滅ぼしてくれないかなあ。

 

「はぁ…同族の気配を感じたと思えばお前は何を言っているんだ? それに馬の精気を吸いとるって、お前には吸血鬼としての誇りはないのか?」

 

突然掛けられた声に振り向くと、仮面を被った怪しい子供がいた。

 

中二病の子供か?

 

声から判断すると女の子みたいだけど、中二病を発病するとは可哀想に。

 

「その憐れんだ目をやめろ。気にさわるぞ」

 

そう言いながら女の子は仮面を外す。

 

この気配は…吸血鬼?

 

「そうだ、お前さんと同じさ。それで、お前さんはこんな所で何をしているんだ?」

 

何をって、食事かな?

 

俺は馬を見ながら当たり前のことを口にする。

 

もしかして分けてほしいのかな?

 

「いらんわ! そんなことを聞いているんじゃない! お前が人の街で何をするつもりかを聞いているんだ!」

 

何をするつもりって、俺は生活環境を手に入れたいけど…

 

「せ、生活環境だと? 詳しく話してみろ」

 

俺は少し迷ったが、同じ吸血鬼だし相談に乗ってくれそうな雰囲気だったから話すことにした。

 

 

 

 

「そうか、お前も突然吸血鬼になったのか。しかも遠く離れた地に転移させられるとは…お前も苦労したんだな」

 

流石に異世界から来たことは信じてもらえないと思って、別の大陸ということにして説明した。

 

それでも怪しい話だと自分でも思ったが、この女の子も突然吸血鬼になったらしく、俺に対して親身になってくれた。

 

「もう、大丈夫だぞ。私はこれでもこの国では其れなりの立場をもっているからな。お前さんの仕事と住む場所ぐらい準備できる。だから安心しろ」

 

おおっ!?

 

凄いっす!!

 

姐さんに一生ついて行くっす!!

 

「姐さんはやめろ。私はイビルアイだ。そうだな、お前さんは同族だし境遇も似ているから教えておくよ。私の本当の名前を…」

 

ただし、人前では呼ぶな。と言いながらイビルアイの隠している名前を教えてもらえた。

 

お返しに俺も名前を…

 

どうしよう?

 

このキャラには固定名がついていたけど、そっちの方がいいのだろうか?

 

さっきの説明では俺は男だったとは言っていないから男名はやっぱり変だよな。

 

よし、このキャラ名にしておくか。

 

「俺の名はアルクェイドだ。呼びにくいからアルクでいいよ」

 

「アルクか、分かった。ところで先程から気になっていたが、女の子が自分の事を“俺”と呼ぶな。アルクが生まれ育った地ではどうかは知らんが、ここでは流石に変に思われるぞ」

 

じゃあ、僕?

 

「僕っ子というやつか? アルクの容姿では似合わんぞ」

 

それなら普通に私かな?

 

「そうだな、それが無難だな」

 

イビルアイはそう言いながら右手を差し出してきた。

 

「とにかく、これからよろしくな。我が同胞、アルクよ」

 

優しく微笑むイビルアイの右手を俺――私は握り返した。

 

「うん、こちらこそよろしく。キーノ」

 

 

 

 

イビルアイの紹介で私は冒険者ギルドの受付嬢になった。

 

イビルアイは冒険者の最高位であるアダマンタイトだそうだ。

 

その彼女の口利きならと簡単に採用してもらった。

 

それに住居もギルドの近くでイビルアイが保証人になって借りてくれた。

 

冒険者ギルドに所属する冒険者達も、当初は声を掛けてきたけど、私がイビルアイの知人だと知るとちょっかいをかける者は居なくなった。

 

まったく、イビルアイには世話になりっぱなしだ。

 

やはり安定した生活はいいな。

 

いつかイビルアイに恩返しをしよう。

 

そう心に誓う私だった。

 

 

 

 

受付嬢というのは忙しいときと暇なときの差が激しい。

 

早朝は依頼を受ける冒険者の相手で忙しく、夕暮れ時は依頼を終えた冒険者の相手で忙しい、だけど昼間は暇だ。

 

もちろん、裏方で忙しくしている人達もいるけど私の場合は窓口の受付専門だから暇なわけだ。

 

当初は裏方の仕事もしていたけど、私が窓口にいると問題を起こす冒険者が激減するそうだ。

 

これもイビルアイ効果かな?

 

私自身は冒険者相手に何もしていないから、きっとそうなのだろう。

 

「おい、あれか? 蒼の薔薇のガガーランをのしたっていう化け物受付嬢は? 意外と可愛いな」

 

「馬鹿野郎! そんなこと聞こえたら殺されるぞ! あの方は男嫌いで有名だからな、気をつけろよ!」

 

「男嫌いだと? あの顔と身体で勿体ねえな。俺が男の良さを教えてやりたいぜ」

 

私は手近にあった物を持ち上げると、失礼な言葉を発していた冒険者に投げようとした。

 

「ちょっ!? 俺を投げようとしないでくれ!!」

 

あら、私が掴んでいたのは同僚だった。

 

私は同僚を下ろすと代わりに文鎮を持ち上げてから冒険者の方に目を向ける…あら残念、逃げられてしまった。

 

まったく、薄汚い男め。死ねばいいのに。

 

先ほどの男の口から出たガガーランというのは、イビルアイの仲間の筋肉女だ。

 

前に酔っ払って私の胸を揉んできたからぶっ飛ばしてやっただけだ。

 

だって、ガガーランって男みたいだから嫌なんだよね。

 

後で謝ったら、向こうも謝ってくれたから今では仲良しだけどね。

 

でも、胸は揉まさん。

 

 

 

 

平凡な日々のある日、ギルドに真っ黒な全身甲冑の冒険者と魔術師の女の二人組が入ってきた。

 

黒い方には見覚えはないけど、女の方はどっかで見た気がする。

 

どこだったかなあ?って、思っていたら黒い方が変な叫び声をあげた。

 

すぐに冷静になったみたいだけど、変な病気でももっているのだろうか?

 

うつされない様に気をつけよう。

 

黒いのがコソコソと近付いてきた。

 

動きが怪しいな、ナンパだったらぶっ飛ばしてやるぞ。

 

「もしかして、先輩ですか?」

 

「え、もしかして悟か?」

 

黒い奴の声は、会社の後輩の悟に似ていた。だけど、あいつは骸骨だったはずだ。

 

いや、全身甲冑だから中身が骸骨なのかも知れないな。

 

「やっぱり、先輩なんですね! よかった、心配してたんですよ! どうしてあの時引き止めなかったんだって何度も後悔したんです! 本当に無事で良かった!」

 

悟は俺の無事を抱きつかんばかりに喜んでくれた。

 

相変わらず悟はいい奴だなあ。

 

そうか、見覚えがあると思ったら後ろの女はナザリックで見かけたメイドさんだ。

 

「悟も元気そうで良かったよ。後ろのメイドさんも元気そうだね。私のこと覚えてる?」

 

「はい、無論でございます。モモンガ様の御友人を忘れたりなど致しません」

 

うん、思わず声を掛けたけど、NPCも普通に意思があるみたいだな。

 

「NPCにも意思があるんだ。悟…苦労したんじゃないか?」

 

いかにも悟のことを崇めている様な雰囲気を発しているメイドさん。

 

凡人にはキツいものがありそうだな。

 

ナザリックでの悟の苦労が偲ばれるぞ。

 

「分かってくれますか、先輩!」

 

悟がようやく理解者を得た! という感じで喜んでいるな。そうとうストレスが溜まっていそうだ。

 

まあ、つもる話はあるけどキルド内では話しにくいな。

 

「それじゃあ、先輩。仕事が終わったらナザリックに転移して話をしましょう。ご足労ですが終業後に私の宿屋まで来ていただけますか?」

 

もちろん、私は悟の提案を了承した。

 

 

 

 

「なるほど、先輩は蒼の薔薇のイビルアイさんに助けられたんですね」

 

私達は今までの事を全て語り合った。

 

悟の方はナザリックごと転移したから生活の苦労は無かったけど、NPC達から特別視され過ぎて気疲れしていたそうだ。

 

私の方が一人だったから生活が大変だった話をした。

 

イビルアイに出会ってなかったら今でも街の片隅で隠れていただろう。そして、ご飯はお馬さんだ。

 

「イビルアイさんとはまだ出会っていませんが、会うことがあったら先輩のお礼をしておきますね」

 

うう…後輩に面倒をかけて申し訳ない。不甲斐ない先輩を許しておくれ。

 

「あはは、先輩には仕事で散々お世話になったじゃないですか。こんなこと気にしないで下さいよ」

 

悟は爽やかに笑ってくれる――骸骨だけど。

 

「骸骨も便利ですよ。食事も睡眠もいらないですからね」

 

食事や睡眠をしないのは辛くないかな?

 

「骸骨だから仕方ないですよ」

 

他種族に変身するアイテムで変身すればいいんじゃないの?

 

今の俺は持ってないけど、悟はギルドごと転移しているんだからそんなアイテムぐらい幾らでも持っているだろう?

 

「……忘れていました」

 

呆然と呟く悟。

 

「どうも自分で思っていたより余裕がなかったみたいですね。先輩に再会できて本当に良かったです」

 

うんうん、私も悟と会えて良かったよ。

 

やっぱり、異世界で一人ぼっちは不安だからな。

 

でも、今の私が女だからって手を出してきたらぶっ飛ばすからな!

 

私はノーマルなんだからな!

 

っていうか、性転換できるアイテムをくれ!!

 

「俺だってノーマルですよ!!」

 

悟は慌てて自分はノーマルだと言う。慌て過ぎていて逆に怪しいが、下手に突っ込んでヤブヘビになったら嫌だからスルーしよう。

 

「それじゃあ、変身アイテムと性転換アイテムを探してきますね。先輩は食事を用意させていますから食べていて下さい。私も変身したらご一緒させていただきますね」

 

悟は軽い足取りで部屋を出て行った。

 

 

 

 

悟が出て行った後、一人の女が入ってきた。

 

恐らくは種族は悪魔だろう。

 

凄まじい威圧感で私を睨んでいる。

 

「私は守護者統括のアルベドでございます。以前にお会いした時はご挨拶が出来ずに申し訳ありませんでした」

 

申し訳ないと言いながら、私を射殺さんとばかりに殺気のこもった目を向けている。

 

悟っ!! 早く帰ってきて!!

 

「アルクェイド様で宜しかったでしょうか?」

 

うん、そうだよ。

 

悟と相談した結果、この世界ではプレイヤー名で通すことにした。

 

 

「モモンガ様…いえ、アインズ様とは御友人とお聞きしておりますが、もしや恋人なのでしょうか?」

 

アルベドは平静を装っているつもりみたいだけど、その顔は嫉妬で恐ろしい状態になっていた。

 

正直言って、チビりそうだ。吸血鬼だからオシッコしないけど…

 

「い、いや、私は“ユグドラシル”では女の姿だが、リアルでは男なんだ。モモンガとは…今はアインズだったな。アインズとはリアルで所属していた組織が同じだったんだ。アインズは私の後輩だったんだ。もちろん男同士だから恋人はありえんぞ。第一、アインズに恋人はいないはずだ」

 

私は早口でまくし立てた。早く身の潔白を証明しないとアルベドに殺されそうだったからだ。

 

「まあっ、アインズ様の御先輩でしたのですね。これは大変な御無礼を致しました。ところで、アインズ様には恋人はいらっしゃらないという情報に誤りは御座いませんか?」

 

虚言は許さんとばかりに、ギロリと睨みながらアルベドは尋ねてくる。

 

「ま、間違いはないぞ。そ、そうだな、そなたのような美しい女性がアインズの傍にいて支えてくれたなら私も安心できる…と思う」

 

吐きそうになるほどの殺気のせいで、ついアルベドに迎合するような事を言ってしまったが、それは正解だったようだ。

 

恐ろしい悪魔だったアルベドが、一瞬で恋する乙女に変身してくれた。

 

私のことも味方だと認識をしてくれたようで、フレンドリーになってくれた。

 

ニコニコになったアルベドに付き添われて移動すると豪勢な食事が待っていた。

 

あまりの美味さに夢中になって食べていたら、人に戻った悟が戻ってきた。

 

「どうですか、先輩。変じゃないですか?」

 

うん、元の悟だな。

 

「あはは、良かったです。あ、これは性転換のアイテムです」

 

悟から性転換の効果がある腕輪を受け取った。

 

早速、装着してみよう。

 

カチャっとな。

 

あれ、あんまり変化がない?

 

胸も膨らんだままだぞ?

 

「あれ、変だな? 壊れていたんですかね?」

 

悟も不思議そうな顔になっている。

 

ん?

 

股間に異物感を感じるぞ。

 

“ゴソゴソ”

 

うん、生えていたよ。

 

どうやら、性転換の効果は生やすことみたいだな。

 

「もしかして、ふた◯りですか、先輩?」

 

シャラップ!!

 

それ以上はプライバシーの侵害だぞ、悟くん。

 

「あはは、確かにそうですね。それじゃあ、変身用のアイテムも渡しておきますね」

 

うん、そうだね。

 

変身用のアイテムを使えば元の人間の姿になれるね。

 

取り敢えず受け取っておくけど使わないかもね。

 

「どうしてですか、先輩?」

 

だって、悟はそれなりの容姿をしているけど、私はアレだもん。

 

たとえ、女でも美形でいたい。

 

「……すいません。ノーコメントです」

 

うん、それでいい。

 

 

 

 

ナザリックの目標は世界征服らしい。

 

そんな事をいつの間にかNPC達が言い出していて、悟も止めようがないそうだ。

 

でも考えてみたら、私も異形種だから人間の世界は住みにくい。

 

吸血鬼だとバレたら街を追われるかもしれない。

 

アダマンタイトのイビルアイでさえ、吸血鬼だということは秘密にしているぐらいだからな。

 

ナザリックが世界征服をしてくれたら住みやすくなるだろう。

 

「先輩は世界征服に賛成なんですか?」

 

うん、そうだな。

 

ただし、人間をあまり殺さないようにして欲しい。

 

「……先輩は人間に仲間意識というか、同族意識が残っているんですか?」

 

…そうか、悟も私と一緒なんだな。

 

正直言って、人間に仲間意識は無くなっている。

 

だけど、私は吸血鬼だから姿形は人間と同じだ。

 

同じ姿をした生き物が死ぬのはあまり見たくない。

 

それに私は動物好きだからな。可愛い生き物――子供や可愛い女の子を殺したくない。

 

「なるほど、先輩の意見は納得です。私も同じですね。骸骨だった頃と比べても変身アイテムで人になったら余計にその気持ちが強くなりました」

 

それじゃあ、出来るだけ殺戮は減らす方向で世界征服を目指すということお願いするね。

 

「あれ、先輩は手伝ってくれないんですか?」

 

私はイビルアイの紹介で受付嬢になったから、最低三年ぐらいは勤めないと紹介してくれたイビルアイの顔を潰すだろう?

 

「はっ!? その通りです!! 先輩っ、常識のない事を言って申し訳ありません!!」

 

うん、少しずつ成長すればいいよ。

 

「先輩…私は、俺は成長していますか?」

 

心配しなくても大丈夫だよ、悟も入社直後と比べれば随分と成長したから安心していいぞ。

 

「幾ら何でも入社直後と比べるなんて酷くないっすか!?」

 

あはは、そうだね。

 

まあ、私達の人生は長そうだから少しずつ成長すればいいさ。

 

「はい、そうですね。先輩!」

 

 

 

 

今日も昼間は暇だ。

 

このキルドの看板娘とはいえ、受付に座りっぱなしはキツいものがあるな。

 

「ふふ、アルクは相変わらず暇そうだな」

 

イビルアイ、久しぶり!

 

ラキュースは相変わらず綺麗だね。

 

今日は一緒にお風呂に入ろうか?

 

「遠慮しておくわ、アルクはティアと同じで危険な匂いがするもの」

 

そこのガチ◯ズと一緒にしないでよ!

 

私の真の姿を見ればラキュースだって、満足するはずだよ!

 

「…何故かしら? いつも以上に危機感が強く反応しているわ。アルク…それ以上は私に近寄らないでね」

 

酷すぎる!?

 

「ええい、アルクは本気で泣くな!! 風呂ぐらい私が入ってやるから泣き止まんか!!」

 

イビルアイ……やっぱり、私にはイビルアイだけだよ!

 

イビルアーーーイ!!!!

 

“サッ”

 

“ドテッ”

 

イビルアイ!? 避けないでよ!!

 

「いや、何故か悪寒が走ったんだ。済まなかった」

 

なんだよそれは!?

 

言っておくけどお風呂は一緒に入ってもらうからね。

 

「ああ、アルクとは何度も一緒に入っているんだ。今さら断るはずもは無いだろう」

 

ククク、とうとう腕輪を使う日がきたな。

 

イビルアイがどんな顔をするか楽しみだ。

 

私は期待に胸を膨らませて、イビルアイとお風呂へと向かった。

 

 

 

 

 

 




この後の展開は各自で脳内補完をお願いします。


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初恋の君

足の親指がくすぐったくて目を開ける。

 

銀髪のとても綺麗な女性が足元に跪いて恭しく俺の足の親指をしゃぶっていた。

 

“ゴシゴシ”

 

俺は目をこすってから足元を見直す。

 

クチュクチュと音を立てながら俺の親指をしゃぶる美女がいる。

 

「うわあっ!? なんだよあんたは!」

 

俺は全力で飛び退いた。

 

一体何が起きているんだ!?

 

この変態美女は誰なんだ!?

 

混乱する俺だったが、自分の手が目に入ると更なる混乱に襲われる。

 

「なんだこの綺麗な手は!?」

 

俺の手は長年の力作業のせいで節くれだちボロボロになっていたはずだ。決してこんな細くて綺麗な女の子みたいな手じゃ……あれ、この胸の膨らみは何だ?

 

ま、まさかこれは!?

 

俺は我慢できない好奇心に突き動かされて自分の胸に触れる。

 

“ぷにゅう”

 

とても柔らかいです。

 

初めて触る感触に不覚にも涙が出そうになる。

 

低学歴の低収入、そして顔も良くない俺に彼女ができようもない。

 

女性の胸を触ることなんか、そういうお店に行かない限りありえないと思っていた。(今まで金がないから行けなかった)

 

それが自分の胸とはいえ触れる機会が巡って来ようとは。

 

うう、生きていて良かった。

 

そうだ!

 

服の上からだけじゃなくて、是非とも生で触ろう!

 

自分の胸なんだから訴えられる心配はないからな!

 

“ゴソゴソ”

 

“ボトン”

 

あれ? 何かが落ちたような…いや、今はそんな事よりも胸の方が優先だ!

 

では、いくぞ!

 

“ペタペタ”

 

ん?

 

“ペタペタぺったん”

 

んん?

 

“ぺったんこーぺったんこー”

 

「なんだこりゃあ!? ぺったんこじゃないか!」

 

先ほどまで至高の柔らかさを誇っていた俺の胸が強靭なる硬さにまで落ちぶれていた。

 

どうなっているんだ!?

 

“バタン”

 

余りの絶望に俺は地面に倒れてしまう。

 

“ぷにゅう”

 

しかし倒れた俺を地面は優しく受け止めてくれた。

 

そのプニュプニュと優しい感触は絶望のドン底に落ちていた俺の心を救いあげてくれた。

 

ああ、なんていう柔らかさなんだ。

 

この柔らかい物体は一体何なんだろう?

 

この丸みを帯びた形、ついさっきまで懐に入れていたかのような人肌の温もり。

 

そして二つある事を考えれば…

 

うん、間違いない。

 

「偽乳じゃねえかよっ!!」

 

純情な男の子を騙すんじゃねえぞ!!

 

こんな偽乳なんか付けやがって、俺はなんて非道い奴なんだよ!!

 

……あれ、俺って女装趣味なんかあったっけ?

 

ふと、壁に掛かっていた鏡が目に入る。

 

俺はツツっと近付いて鏡にうつる自分の顔を見た。

 

長い銀髪と真紅の瞳を持つ女の子がそこに居た。

 

ちょっと病的なほど顔色は白いけど、そんなことが気にならないほど可愛かった。

 

にこっと笑ってみる。

 

鏡の中の美少女が微笑み返してくれた。

 

俺の胸が高鳴った。

 

こうして、俺の初めての恋が始まった。

 

 

 

 

「わたくしは“シャルティア・ブラッドフォールン”。吸血鬼の真祖にして、ナザリック第1~3階層の階層守護者ですわ」

 

鏡の中のシャルティアが優しげな微笑みを浮かべながら美しいカーテシーをみせてくれる。

 

「うふふ、シャルティアはなんて可愛らしいのかしら。貴女達もそう思うでしょう?」

 

わたくしの周囲に侍る吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達が一斉に肯定してくれる。

 

この子達はわたくしの眷属ですわ。

 

何故かわたくしの記憶が人間の殿方のものになっていましたから、この子達にシャルティアについて教えてもらったの。

 

わたくしの眷属のお陰でこの子達の記憶そのものを共有出来ましたから効率が良かったわ。

 

シャルティアが吸血鬼の真祖だったことは衝撃でしたが、考えてみれば永遠の乙女でいられるのですから素晴らしい事ですね。

 

うふふ、わたくしは人間の殿方にとって初恋の君ですもの。ずっと可愛くいてあげなくちゃダメよね。

 

どうせ、わたくしが“俺”のものになることは叶わないのですもの。せめて“俺”の理想であり続けてみせるわよ。

 

そして絶対に他の男にはシャルティアを渡しませんわ。

 

幸いなことにわたくしはとても強いので、男から身を守ることは容易いわ。

 

唯一、シャルティアが逆らえない上司も骸骨で、性欲がないから貞操の心配がいらないわ。

 

命令を受けることも殆どないもの。理想の上司ね。

 

身の回りの世話は、眷属の吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達がしてくれるし、理想の生活環境ね。

 

もう元の世界に帰れなくてもいいわ。

 

ここで、吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達とキャッキャウフフな生活を謳歌するわよ。

 

あら、誰か来たみたいだわ。

 

誰かしら?

 

 

 

 

初めて守護者全員が集められたわ。

 

こんな事は初めてのはずよね?

 

「あんた、いつもの偽乳はどうしたのよ?」

 

集合場所にはダークエルフの双子がいた。その内の片方が随分と失礼な言葉を投げかけてきたわ。

 

「貴方は知らないのかしら? ちっぱいはステータスなのよ。巨乳なんて後は垂れるだけよ」

 

「…それ、アルベドの前では言わないでよ」

 

アルベド…先ほどわたくしを呼びにきた垂れ乳予備軍の女ね。

 

「絶対に本人の前で言わないでよ!」

 

うふふ、そんな淑女に相応しくない言葉は口にしませんわ。

 

そんな事よりも上司にご挨拶をしなくてはいけませんね。

 

「上司? ああ、リアルの言葉だよね。ぶくぶく茶釜様が口にされていたことがあるよ」

 

わたくしは妙にキョドキョドしている骸骨上司に美しいカーテシーで挨拶を行う。

 

「モモンガ様、いつもお疲れ様です。ナザリック運営は気苦労も多く大変だと思いますが、御無理をなさらずに御自分のペースを維持なさいますよう御配慮下さいませ」

 

「あ、はい。ご丁寧にありがとうございます」

 

「いえいえ、モモンガ様は上司なのですから当然ですわ。他の上司達はリアルに長期出張に行かれてしまい、モモンガ様お一人で他部署のわたくし達の面倒をみていただき感謝しております。わたくし達も微力ながらモモンガ様の御負担を減らせるよう努力をいたす所存ですわ」

 

「あ、はい。ご協力よろしくお願いします」

 

「うふふ、ナザリックは“わたくし達の家”なのですから協力は当たり前ですよ」

 

「わたくし達の家…」

 

モモンガ様は、わたくしの言葉を繰り返すと呆然とした顔つきになられました。

 

どうされたのかしら?

 

「そうですよね! ナザリックは“私達の家”なんですよね! シャルティアさん、一緒にナザリックを守っていきましょう!」

 

モモンガ様が突然、顔を輝かすと物凄い勢いで喋り出す。

 

どうやらモモンガ様は家に…家族に執着があるみたいですね。

 

うふふ、弱点発見ですわ。

 

「あらあら、モモンガ様ったら嫌ですわ。わたくしは部下なのですから……いいえ、わたくしはモモンガ様の子供なのですから気安くシャルティアとお呼び下さいね」

 

「あ…そ、そうですね。そうですよ! シャルティアは私の子供です! 絶対に子供は私が守ってみせます! だからシャルティアも私に協力して下さい!」

 

「はい、モモンガ様。ご一緒にわたくし達の家を守りましょうね」

 

「シャルティア! モモンガ様の子供だなんて無礼なことを言ってどういうつもり!」

 

「アウラ、私はお前のことも自分の子供だと思っているぞ」

 

「うええ!? 本当ですか、モモンガ様!」

 

「あのっ、もしかして僕のことも?」

 

「勿論だとも、マーレもアウラも私の子供だ!」

 

「「モモンガ様ー!!」」

 

ダークエルフの双子がモモンガ様に抱きついた。

 

うふふ、これでモモンガ様がわたくし達のことを子供だと認識されて守るべき対象だと思っていただければ危険な命令なんてされないわよね?

 

危ないことをしてシャルティアの身体が傷ついたら嫌だもの。

 

モモンガ様、このまま理想の上司でいて下さいね。

 

 

 

 

「お前達は私の可愛い子供だ。今回、ナザリックを襲った異変から私は親として子供であるお前達を守る義務がある。だが、私の力だけではこの異変に立ち向かうには力不足だ。この危機を乗り越えるため家族全員の力を…」

 

 

 

守護者全員が揃ったあと、モモンガ様の演説が行われました。

 

わたくしを除く守護者達が号泣しはじめたときには驚きましたが、空気の読めるわたくしはハンカチを目に当ててお茶を濁しておきました。

 

モモンガ様は各自に役割を振り分けましたが、わたくしは従来通りのナザリック守護の任のみでしたので一安心です。

 

そしてわたくしが吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達とのんびりとした日々を謳歌していたある日、わたくしはモモンガ様に呼び出されました。

 

モモンガ様とは仲良し親子のような関係を築けていたので、わたくしは気楽な感じでモモンガ様の元へと向かいました。

 

「人間の国での情報収集をお願いします。シャルティアは守護者最強ですから一人でも大丈夫ですよね」

 

モモンガ様は気楽な調子でそんなことをのたまいました。

 

失敗ですわ。

 

モモンガ様と仲良くなりすぎて、用事を頼みやすくなったようです。

 

『嫌です。あっかんべーですわ』と言いたいところですが、アルベドが『邪魔者失せろ!』というテレパシーを飛ばしてきます。

 

失敗ですわ。

 

モモンガ様と仲良くなりすぎて、アルベドに敵意を持たれたようです。

 

ここは一旦、ナザリックを離れてアルベドの敵愾心を薄れさせる必要がありそうですね。

 

じゃないと、アルベドのクソビッチに本当に暗殺されそうです。

 

まったく、厄介なことになりました。

 

 

 

 

バッサバッサとお空を飛びながら人間の国へと向かいます。

 

途中の小さな村々を地図に書き込みながらなので時間が掛かりますね。

 

“バッサバッサ”

 

ちっちゃな村がありますわ。書き込みます。

 

“バッサバッサ”

 

ほったて小屋かしら? カキコカキコ。

 

“バッサバッサ”

 

ここは廃村かしら? カキカキ。

 

“バッサバッサ”

 

やっと大きな街です。大きな印をつけましょう。

 

あら、門番が騒いでいるわね。見つかっちゃったかしら?

 

失敗ですわ。

 

暗くなってから近寄るべきでしたね。

 

まあ、気にせずに降りちゃいましょう。どうせ人混みに紛れたら分からなくなりますよね。

 

“バッサバッサ”

 

急降下〜ですわ。

 

“ヒューン”

 

ん?

 

何か飛んできます、一体かしら?

 

“トス”

 

「ひいっ!? シャルティアの玉の肌に弓矢が刺さったーっ!!!!」

 

次の瞬間、わたくしの意識が真紅に染まりました。

 

 

 

 

わたくしは目を覚まします。いつの間にか寝ていたようです。

 

ここは何処かしら?

 

見渡す限りの廃墟に干からびたミイラ達?

 

わたくしは地図を確認します。

 

ふむふむ、大きな印をつけているところが此処みたいですね。

 

わたくしは大きな印のとなりに廃墟の街と書き込みます。

 

さて、続きです。

 

“バッサバッサ”

 

あら、なんだか体調がいいです。まるでお腹いっぱい血を吸った後のようです。

 

うふふ、お昼寝をした効果かしら?

 

 

 

 

わたくしは彼方此方を飛びながら調査を続けています。

 

途中で何度も気を失うように眠ってしまいました。きっと働き過ぎで疲れが溜まっているのでしょう。

 

我ながら働き者ですね。

 

働き者のわたくしのお陰で地図には沢山の書き込みが出来ました。

 

でも、廃墟が多いですね。

 

人間達は滅びかけているのかしら?

 

わたくしは吸血鬼だから人間が滅びてしまってはご飯に困ってしまいます。

 

一度、ナザリックに戻って、モモンガ様に人間の保護を訴える必要がありそうですね。

 

わたくし以外にも人間を食料している仲間は多かったですよね。これはわたくし達の死活問題に関わりますわ。

 

うん、急いでナザリックに帰還しましょう。

 

わたくしは急遽ナザリックに帰還するため“転移門”を開こうと地面に降ります。

 

“バッサバッサ”

 

急降下〜ですわ。着地!

 

「見つけたぞ、吸血鬼!」

 

着地した途端、声を掛けられたと思ったら十数人に囲まれています。

 

どちら様かしら?

 

わたくしが疑問に思っているとチャイナ服のお婆さんが前に出てきました。

 

あ、あの、いつまでもお若い気持ちを持ち続けることは非常に大事だとわたくしも思いますが、そのお年でチャイナ服はお止めになった方がよろしいかと思うのですが…いえいえ、チャイナ服が悪いとは言いません。ただ、そのスリットの隙間から覗く枯れ木のようなおみ足が……せめて、ズボンを履きませんか?

 

「喧しいよっ、吸血鬼!」

 

「なっ!?」

 

チャイナ服のお婆さんが叫ぶと同時にわたくしの意識が白色に染まっていきます。

 

こ、これは洗脳ですか!?

 

わたくしのシャルティアが洗脳され…る!?

 

ああっ…ダメ……わたくしが…消えて…

 

わたくしが…消えたら……シャ…ルティア……

 

こ…こいつら……男…いる……シャルテ…汚され…

 

い、イ…イヤ…い、嫌だあああっ!!!!

 

真っ白になった世界で、わたくしの意識は弾け飛んだ。

 

 

 

 

「ここは何処でありんすか?」

 

シャルティアは見覚えのない場所に戸惑うが、自分の中にナザリックとの繋がりを感じた瞬間、安心して余裕を取り戻す。

 

シャルティアが周囲を見渡すと、すぐ近くに砕けた金属片と血の跡を発見する。

 

「戦闘跡でありんすね」

 

その戦闘跡を目にしたシャルティアは、きっと自分は戦闘の影響で記憶が飛んだのだろうと判断する。

 

「ナザリックに帰るとしんしょう」

 

シャルティアが転移しようとしたとき、転がっていた剣の破片が目に止まった。

 

その破片には、長い銀髪と真紅の瞳を持つ女の子が映っていた。

 

少し顔色は悪かったけど、そんなことが気にならないぐらいに可愛かった。

 

見慣れた自分の姿だというのに…シャルティアは何故かそう思った。

 

そんな妙なことを考える自分が可笑しくて、シャルティアはつい笑ってしまう。

 

破片に映る可愛い女の子が涙を流した。

 

「うそ、わたしが泣いてる!?」

 

吸血鬼の自分が涙を流すなどあり得ないとシャルティアは慌てて指で触れて確認する。

 

思った通り、瞳からは涙は流れていなかった。

 

シャルティアがもう一度、破片を確認すると、そこには訝しげな顔をした自分が映っていた。

 

「ふふ、気のせいでありんした」

 

まだ戦闘の影響が残っていたのだろうとシャルティアは思い、ナザリックに帰還したら少し休もうと考えながら“転移門”を開いた。

 

シャルティアが立っていた地面には…一雫の濡れた跡だけが残されていた。

 

 

 

 

ナザリックに帰還したらシャルティアは、周囲の者達から心配された。

 

「もしかしてあんた、二重人格じゃないの?」

 

アウラからはそんな言葉を投げかけられた。

 

「シャルティアッ! 元に戻りなさい! 貴女はモモンガ様の子供なのでしょう! 何故今更、モモンガ様に色目を使うのよ! 近◯相◯プレイのつもり!?」

 

アルベドは訳の分からない言葉を口にして、彼女を混乱させる。

 

そして、愛するモモンガ様からも心配された。

 

「シャルティア! 父を許してくれ! いくら強いからといって幼いシャルティアを一人で外に出した私の責任だ!!」

 

モモンガ様がわたしの父!? シャルティアの混乱は深まるばかりだった。

 

 

 

 

“エインヘリヤル”

 

自分の事を腫物に触れるように扱う周囲の態度にシャルティアのストレスは溜まっていた。

 

憂さ晴らしに模擬戦を申し込んでも誰も受けてくれない。

 

病状が悪化したら困るから。などとシャルティアにとって意味の分からない理由で断られる。

 

こうなったら、自分の分身でもいいからぶっ飛ばしてストレス発散をしようとシャルティアは考えた。

 

シャルティアの前にもう一人のシャルティアが現れる。

 

ゆっくりと瞼を開くもう一人のシャルティア。

 

シャルティア同士で視線が重なり合った。

 

互いの瞳に映るのは、長い銀髪と真紅の瞳を持つ女の子。少し顔色は悪いけど、そんなことが気にならないぐらい可愛かった。

 

シャルティアがシャルティアに抱きついた。

 

 

「わたくしのシャルティアですわ!!」

 

 

そして、初めての恋が動きだす。

 

 

 

 

 

「どういう状況でありんすか!?」

 

 

 

 

 

 

 




初恋は実らないなんて話は都市伝説なのです!


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帝国の公爵令嬢

(わたくし)はフリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンドと申します。

 

バハルス帝国のグシモンド公爵家の娘として、この世に二度目の生を受けました。

 

そう、二度目です。(わたくし)にとってこの人生は二度目となります。つまり、(わたくし)には前世の記憶があるのです。

 

 

記憶にある前世の世界は、今世の世界とは似ても似つかぬ地獄のような世界でした。

 

その世界の土地は毒に侵され、口にできるものは合成された食料だけでした。しかも大気すら猛毒を含んでいましたので、外出時に防毒マスクがなければ数分で肺が腐るほどです。

 

そんな地獄のような世界でしたが、(わたくし)は仕事にて成功を収め、ささやかな幸せを享受することが出来ました。

 

そんな人生を終え、愛する人達に看取られながら逝くことが出来た(わたくし)は、深い満足と共に永遠の休息を迎えた筈でした。

 

それが何の因果なのか再び生を受けました。

 

今世では公爵令嬢という、前世とは違い恵まれた立場での人生です。

 

しかも前世ではフィクションに過ぎなかった魔法や魔物が存在する世界です。

 

(わたくし)も前世で若かった頃は、そのような夢のような(ゲーム)世界で青春を過ごしたことがありました。

 

今世での(わたくし)には、前世と違い圧倒的な権力を有し、そして前世の記憶という才能(チート)もあります。

 

これらを使い、この二度目の人生を後悔のないように生きていきます。

 

そう誓ったのは屋敷の階段からスッテンコロリンとコロコロと転げ落ちて頭を打ち、前世の記憶を取り戻した六歳のとき――つまり、たった今のことですわ!!

 

「おーほほほほほ、(わたくし)の時代がやって来たわけですね!」

 

宝クジで一等を10連続で当選させる以上に稀であろう転生をした(わたくし)は、神に選べれし人間なのでしょう。

 

ならば、この世界に(わたくし)の名を刻みつけましょう。

 

この偉大なる“フリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンド”の名を永遠の伝説として未来永劫語り継がせますわ。

 

「おーほほほほほ、世界征服というのも面白いかもしれませんわね」

 

バラ色の未来に(わたくし)の胸は高鳴りました。

 

 

「大変です! お嬢様が頭をお打ちになったのに笑い始めました!」

 

「医者はまだか!? お抱えのクレリットを早く呼んでこい!!」

 

「もう、呼びに行かせています!!」

 

「早くしろ!! お嬢様がケタケタと笑い始めたぞ!!」

 

 

なんだか周囲が騒がしいです。まったく、今日は(わたくし)が目覚めた記念すべき日なのですよ。

 

本当に困った人達ですね。

 

 

 

 

この世界の魔法は前世でプレイした“ユグドラシル”というゲームに似通った部分がありました。

 

私が前世で随分とやり込んだゲームです。

 

その成長システムも魔法なども覚えています。

 

もちろん、ゲームそのままのわけが無いでしょうが、参考程度にはなることでしょう。

 

私が調査したところ、この世界の魔法詠唱者達は随分とレベルが低いようです。

 

使える魔法の位階は、帝国の最高の魔法詠唱者ですら第5位階魔法が限界でした。

 

国に囲われた魔法詠唱者なら訓練は欠かさないはずです。

 

それなのに低レベルということは、この世界の魔法詠唱者のレベルは訓練では上がりにくいことを示しています。

 

前世で読んだ小説では、魔力を使い切るとその後の回復時に最大魔力量がアップする。というものが定番でしたが、この世界では当て嵌まらないようですね。

 

別に魔力量だけが魔法詠唱者のレベルを決めるわけではありませんが、厳しい訓練を行なっている魔法詠唱者が呪文を唱えても発動しないというのは単純に魔力量が足らない。

 

または、“その呪文を唱えられるレベルに達していない”ことが考えられます。

 

普通、レベルというのはその個人の習熟度を表す比喩的なものですが、もしも本当にレベルという概念があったなら?

 

前世の世界での“ユグドラシル”のようにステータスが見えないだけで、実際には“ユグドラシル”のようにステータスが存在している。

 

もしも、この想定が正しいならレベルを上げる為には訓練は無駄でしょう。もちろん、魔力制御力を向上させるには訓練は有効だと思います。基礎ステータスも上がるかもしれません。

 

だけど、レベルアップは出来ない。

 

もちろん、私がこう考えるには理由があります。

 

一般的に国に仕える兵士よりも冒険者の方がレベルは高い。でも、兵士の中にも冒険者よりもレベルが高い者達がいる。それは実戦部隊に所属して常に盗賊や魔物退治を行なっている者達です。

 

つまり、レベルの高い冒険者は兵士よりも魔物退治などを行なっています。

 

一部のレベルの高い兵士も魔物退治などを行なっています。

 

恐らくレベルアップに必要なのは訓練ではなく、魔物退治――つまり経験値稼ぎです。

 

 

 

 

自分の適性を考えました。

 

公爵令嬢の私が戦士職に進むのは難しいでしょう。無理を通せば可能かもしれませんが、父に勘当とかされては堪りません。

 

自動的に魔法詠唱者に決まりです。

 

そして、魔法詠唱者といっても系統は色々とありますが、私は信仰系の召喚術師を目指そうと考えています。

 

その理由は簡単です。

 

私は美しい天使を召喚したいからです。

 

美しい私が、美しい天使を使役する。

 

きっと、見る者を魅了することでしょう。

 

その神話のような光景は、きっと伝説となって永遠に私を讃えることでしょう。

 

うふふ、ではレベルアップの為にまずは強化呪文を覚えるとしましょう。

 

何故、ここで強化呪文を覚えるのか疑問に思う人がいるかもしれませんね。

 

レベルアップの為には魔物を倒して得る経験値が最も効率的だと私も思います。

 

ですが、現時点で子供の私では魔物退治には行けないでしょう。ならば、どうやって経験値稼ぎをするか? それが問題になります。

 

前世の記憶を持つ私には答えが分かります。

 

それは補助呪文です。

 

補助呪文は魔物退治をせずとも、呪文を唱えて効果を現せば魔物退治の経験値よりは遥かにその量は少ないですが経験値を得ることが出来ます。

 

そして、強化呪文ならいつでも唱えられます。失敗する確率も低いです。

 

経験値を稼ぎ放題ですね。

 

ここは回復呪文ではないところが重要です。

 

回復呪文は役に立ちますが、日常的に使えるわけではありません。

 

自分自身に傷をつけて回復するようなマゾ的な行為が好きな方ならともかく、私では使う場面が少ないですね。

 

街中の治療院で回復呪文を使う方法はありますが、伯爵令嬢の私には立場があるので、そのような真似は安易に出来ません。

 

強化呪文なら誰にも気付かれずに唱えられます。自分だけではなく召使いにも唱えれば能力アップで仕事の効率も上がることでしょう。

 

まずはレベルアップを優先してから有効な魔法を効率的に得ていきます。

 

ある程度、私が大きくなったら魔物退治を行なって、より効率的にレベルアップを目指すとしましょう。

 

さて、では経験値稼ぎを行うとしましょう。

 

「プロテクション、プロテクション、プロテクション、プロテクション、プロテクション、プロテクション、プロテクション、プロテクション、プロテクション、プロテクション、プロテクション、プロテクション…」

 

 

「大変です! お嬢様がブツブツと独り言を繰り返しております!」

 

「頭を打った後遺症かもしれません! 早く医者を呼びなさい! お抱えのクレリットは何処に行ったのですか!」

 

 

何かしら? 今日は騒がしいですわ。

 

 

 

 

私は10才になりました。

 

魔法は、毎日の日課のお陰で第2位階に達しました。

 

そして、今日はお父様におねだりをしてゴブリン共の捕獲をして貰いました。

 

本当は魔物が住む森に魔物退治に行きたかったのですが、お父様の強硬な反対にあい断念しました。

 

その代わりに魔物を生きたまま捕らえて連れてきて欲しいとお願いしたところお父様が了承してくれました。

 

うふふ、むしろこの方が自分で直接魔物退治に出掛けるよりも効率的かもしれませんね。

 

自分で森の中を駆けずり回って魔物を探すより、冒険者に生け捕りにしてもらう方が安全でもあります。

 

生け捕りにできる魔物の場合、低レベルのものが多いかもしれませんが、その分は数で補えばいいでしょう。

 

私の目の前では鎖で縛られたゴブリン共がギャアギャアと騒いでいます。

 

早速、私の経験値になってもらいましょう。

 

「マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー、マジックアロー…」

 

 

「お嬢様がゴブリン共を虐殺しております!」

 

「ゴブリンなら問題ありません。ただの魔法の練習でしょう。それよりも死骸の後始末を頼みますよ」

 

「私だけでこの量を!? お、お嬢様! 死骸も残さずに焼き尽くして下さい!」

 

 

マジックアローで焼き尽くすのは無理ですわ。第3位階のフャイヤーボールを覚えるまでお待ちになって下さい。

 

 

「そんなあ!?」

 

 

まったく、騒がしい召使い達ですわ。

 

 

 

 

私は12才になりました。

 

毎日のように経験値稼ぎに精をだしたお陰で第3位階に達しました。

 

でも残念ながら先日、お父様に魔物捕獲を断られました。

 

増え続ける冒険者への依頼料で公爵家の財政に影響し始めたらしいです。

 

まったく、天下の公爵家のくせに情けないことですわ。

 

それにこの間、跡継ぎのお兄様が女である私の為に家のお金を使うことに対して、お父様に文句を言っていたので、そのことも影響しているのでしょう。

 

くそう、あのバカ兄め。いつか追い落として私が公爵家を乗っ取ってみせますわ。

 

それまでは代わりの経験値稼ぎの方法を見つける必要がありますね。

 

どうしようかしら?

 

 

 

 

親戚のジル兄様にお願いして、王国との戦争に参加させてもらいました。

 

ジル兄様は皇帝をしているので、このような無茶なお願いも簡単に叶える力を持っています。

 

お願いをした当初はジル兄様も渋っていましたが、帝国最強の魔術師であるフールーダ様が私の才能を認めてくれて口添えをしてくれました。

 

戦争に参加した私は、帝国軍と小競り合いを繰り返していた王国軍に対して全力で呪文を唱えまくりました。

 

「ファイヤーボール、ファイヤーボール、ファイヤーボール、ファイヤーボール、ファイヤーボール、ファイヤーボール、ファイヤーボール、ファイヤーボール、ファイヤーボール、ファイヤーボール、ファイヤーボール、ファイヤーボール…」

 

 

「もう、お止め下さい! グシモンド嬢! 敵軍は戦意を喪失しております。これ以上はただの虐殺です! お止め下さい! お願いします、どうかご慈悲をお与え下さい! お願いもします! おねが……だから止めろって言ってんだろ!!」

 

 

ふう、いい汗をかきましたわ。

 

うふふ、レベルが高さそうな騎士や兵士達を集中的に狙ったので大量の経験値を得たようですね。

 

なんとなくですが、今の私は第4位階に手が届いた感覚があります。

 

やはり戦争は効率的に経験値稼ぎが出来ますね。来年もジル兄様にお願いをして参加させてもらいましょう。

 

 

 

 

ジル兄様に来年の戦争参加を断られてしまいました。

 

なんでも帝国軍の兵士達から反対が続出したそうです。

 

きっと、私のような可憐な少女が戦場に出ることに兵士達が心を痛めてしまったのでしょう。

 

ジル兄様もこの私の予想を否定されなかったので間違い無いですね。

 

まったく、そんな事を気にしなくてもいいのに。むしろ迷惑ですわ。

 

でも仕方ありませんね。来年は公爵令嬢だとバレないようにジル兄様に変装するというのはどうでしょうか?

 

ジル兄様と私は親戚同士ですから顔立ちは似ています。私が兜を被れば分かりませんわ。

 

えっと、“俺の評判が落ちるから止めてくれ”ですか? 仰られている意味がよく分かりませんが、私の参加はダメだという事ですね。

 

分かりました。残念ですが諦めますね。

 

 

 

 

帝国の高位の神官から天使の召喚魔法を学びました。

 

その神官は莫大な借金があったため、こっそりと個人的な寄付金を行ないましたら、非常に頑張ってくださり教会に秘蔵されていた天使の召喚魔法についての書物を手に入れてくれました。

 

その書物には最高位の熾天使(セラフィム)召喚の記載までありました。

 

これに記載されている内容が真実なら途轍もない価値がありますが、今まで誰も最高位天使の召喚に成功した者はいないそうです。なので内容の信憑性に疑問が感じられます。

 

けれど、私が呪文を唱えたところ第4位階までの“天使召喚”“大天使召喚”“権天使召喚”は成功したので本物の可能性は高いと判断しました。

 

これからの経験値稼ぎは召喚魔法を利用しようと思います。

 

私が天使を召喚するだけで経験値を得ることが出来ます。また、天使が魔物退治を行えばその経験値は私が得ることが出来ます。

 

一粒で二度美味しいというヤツですね。

 

後は経験値稼ぎの場所を探すだけですが、それが難しそうですね。

 

どうすればいいかしら?

 

 

 

私は竜王国で猛威を振るっているというビーストマンに目をつけました。

 

魔物の中では比較的レベルが高く、量も多いビーストマンは経験値稼ぎに最適でした。

 

私が召喚した無数の大天使の群れがビーストマン共を天空から一方的に殲滅していきます。

 

この地に来るためにお父様を騙くらかすのに苦労しましたが、その甲斐はありました。

 

大地を埋め尽くすビーストマンの死骸を対価として、私は第5位階という帝国最強の魔術師であるフールーダ様に並ぶことが出来ました。

 

うふふ、どうやら私の時代は近いようですね。

 

 

 

 

私は15才になりました。

 

数え切れないビーストマン共を贄として、私は第6位階を超え第7位階という伝説の英雄クラスまで上りつめました。

 

もちろん、この程度では私は満足しておりません。

 

私にとっては御伽噺の第10位階ですら通過点に過ぎませんもの。

 

天を覆い尽くすほどの能天使達を従えて、私は無人の野をいくが如く、ビーストマンの都市を蹂躙していきます。

 

私に捧げられるビーストマン共の無数の屍。

 

その前に立ち塞がるは、ビーストマンが誇る伝説に謳われしゴーレム共。

 

「うふふ、(わたくし)の可愛い天使達、愚かなる土くれ共に永遠の眠りを与えてあげなさい」

 

次の瞬間、ビーストマンの都市は文字通りの灰燼と化した。

 

 

 

 

私は17才になりました。

 

今の私は帝国魔法学院で生徒会長を務めております。

 

ビーストマンを退け、周辺の手頃な魔物も軒並み屠ってしまったので、仕方なく勉学に励むことにしました。

 

現在は第8位階にまで達しました。

 

敵がいないため、最近は初心に戻り高位の防御呪文を唱える毎日です。

 

周囲とはレベル差が大きいため話も合わず、薄っぺらい表面上の付き合いのみです。

 

少し見どころのあったアルシェという同級生は、あっさりと学院を退学してしまったので孤独な日々を過ごしています。

 

「そういえば、アルシェはワーカーになったらしいですね」

 

冒険者と違いギルドの保護を受けないワーカーという職業は危険が多く、元貴族のアルシェには厳しい世界ではないか?

 

そんな風に思った私は、暇潰しを兼ねて久しぶりにアルシェに会いに行くことにしました。

 

 

 

 

「それじゃあ、この依頼を受けることでいいな」

 

「面白そうな依頼ですわね。もちろん異論はありませんわ」

 

「…あんたは誰だ?」

 

「生徒会長!?」

 

 

アルシェに会いにいった私は、アルシェのチームが受ける依頼内容を偶然耳にしました。

 

その際にアルシェのチームを束ねるリーダーに是非とも共に参加してほしいと請われたため、依頼を共に受けることになりました。

 

「俺はそんなこと言ってないぞ!?」

 

うるさいです。あなたは黙っていなさい。

 

もちろん、お父様には内緒ですよ。

 

うふふ、新発見された遺跡とは楽しみですね。

 

私の経験値となる魔物がたんまりと巣食ってくれていれば言うことなしです。

 

私は希望に胸を膨らませて冒険に旅立ちました。

 

 

 

 

私達の目の前に立つ魔物達。

 

それらは全て伝説に謳われるほどの存在でした。

 

アルシェはその特殊能力ゆえに誰よりも魔物達の力を感じ怯えています。

 

アルシェのチームリーダーが何とか生き延びようと魔物達の親玉らしき骸骨と交渉をしていますが望み薄ですね。

 

私は魔物達を観察した結果、私が召喚できる最強の天使でも瞬殺されるだけだと理解出来ました。

 

長かったようで短かった今世と、私だけが持つ前世の記憶に思いを馳せながら安らかな死を望むことしか出来いようです。

 

「ナザリックに許可なく土足で入り込んだ者に対し、無事に帰したことは私達が占拠して以来一度も無い。例えお前達が勘違いしてようが、知らなかっただろうが関係は無い。その命を持って愚かさを償え」

 

アインズ・ウール・ゴウンと名乗った骸骨が無情な言葉を放たれます。

 

それも仕方ありません。所詮はこの世は弱肉強食です。私がこれまで魔物達を屠ってきたように今回は私の番になっただけです。

 

ただ、骸骨の言葉に僅かな懐かしさを感じました。

 

偶然でしかありませんが、アインズ・ウール・ゴウンとナザリックという言葉には聞き覚えがあります。

 

うふふ、とはいっても前世での事なのでまるで意味がありませんけどね。

 

「ナザリック大地下墳墓にいるアインズによろしく頼むといっていましたね」

 

「…アインズ?」

 

必死に言い訳を言い募るチームリーダの言葉に骸骨が首を傾げる。

 

あらあら、ナザリック大地下墳墓だなんて本当に懐かしい言葉ですね。

 

だけど、ナザリック大地下墳墓の骸骨ならアインズではありませんわ。

 

公爵令嬢としての(わたくし)は、ここが死に場所なのだと覚悟を決めました。

 

ならば最後ぐらいは、前世を思い出して今世の公爵令嬢ではなく……前世の“俺”として(かぶ)いてみせるぜ!!

 

「ナザリック大地下墳墓に立ち入る許可なら俺が出したぜ。このアインズ・ウール・ゴウンがギルドメンバーの一人、ペロロンチーノ様がな。

それでモモンガさん、どうしてあんたはアインズ・ウール・ゴウンを名乗っているんだ?

それは俺達のギルド名のはずだろ?」

 

あーははははははははっ!!!!

 

言ってやったぜ!!

 

この場の全員が俺の意味不明な言葉に目を丸くしてやがる!!

 

しかも、公爵令嬢の俺がいきなり男言葉で喋り始めたんだから余計に混乱するってもんだよな!!

 

恐らく俺が恐怖のあまり狂ったと思っているんだろうな。

 

だが、ここが俺の死に場所なら関係ない。

 

思う存分にペロロンチーノとして振る舞ってやる!!

 

「シャルティア!! 転生せし我が身なれど、我が子である貴様ならこの声が聞こえるだろう!! 今すぐに我が元に馳せ参じよ!!」

 

次の瞬間、地下でありながら星の輝きを見せていた空が砕けた。

 

「ペロロンチーノ様ァアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

砕けた暗闇の向こうから姿を現したのは、前世での俺がその全ての想いを込めて生み出したシャルティア(理想の女の子)だった。って、本当に現れやがった!? どうなってんだよ!!

 

「ずっと、ずっと、ずっとぉおおおおっ!!!! 再びお会いできると信じておりましたぁああああっ!!!!」

 

泣きじゃくりながら俺の胸に飛び込んできたシャルティア(理想の女の子)を力一杯に抱きしめる。

 

「待たせて済まなかった。シャルティア(理想の女の子)よ」

 

「ペロロンチーノ様ぁあああああっ!!!!」

 

抱きしめ返してくれるシャルティア(理想の女の子)

 

ちょっと、いやかなり、苦しい…です。

 

内臓が飛び出しかけて俺は反射的に助けを求めて周囲に目を向けた。

 

アルシェ達は全員、茫然自失といった感じで頼りになりそうにない。

 

骸骨に目を向けると……目が合った。

 

「本当にペロロンチーノさんなのですか?」

 

「うふふ、嫌ですわ。モモンガさん。こんな超絶美少女の(わたくし)が、あの凛々しくて頼もしい天空を駆ける英雄と呼ばれたペロロンチーノ様のわけがありませんわ。もしもそうだったなら、それなんてエロゲー?って、いうところですわね。ちなみにこれは何てエロゲーですの? モモンガさん」

 

茶目っ気たっぷりの台詞に骸骨――たぶん本物のモモンガさんが泣きそうな声で返してくれた。

 

「お、お帰りなさい。ペロロンチーノさん」

 

「うん、ただいま帰りました。モモンガさん」

 

 

 

うふふ、どうやら(わたくし)の伝説は、まだまだ続くようですわね。

 

 

「ペロロンチーノ様ぁああああ!!!!」

 

 

「本当に中身が出ちゃうゥウウウウ!!!!」

 

 

いや、ここで人生が終わる…かも

 

 

「ペロロンチーノさん!?」

 

 

 

モモンガさん……助けて。

 

 

 

 

 

 




今回の主役はWeb版だけのキャラです。中身は別人ですけどね。


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公爵令嬢リターンズ

(わたくし)はフリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンドと申します。

 

バハルス帝国のグシモンド公爵家の娘にして、帝国最強と謳われる魔法詠唱者です。

 

もちろん、帝国最強といっても『おーほほほほほっ、(わたくし)が世界最強ですわ!!』などと自惚れることはありません。

 

(わたくし)など所詮は井の中の蛙に過ぎない小娘でしかありませんもの。

 

例えば、(わたくし)の腕の中を定位置とされている銀髪の美少女なら、その白魚のような指先一本で(わたくし)をボンッと苦もなく弾けさせれるでしょう。

 

「わたしがペロロ…じゃなくて、フリアーネ様に危害を加えるなど、天地がひっくり返ろうともあり得ません!」

 

(わたくし)の胸に顔を埋めながら、銀髪の美少女は心外だと言わんばかりに強い言葉で反論する。

 

確かにこの子が(わたくし)に危害を加えるなどと例え話だとしてもするべきではありませんでした。

 

機嫌を損ねた美少女は、フンスフンスと鼻息を荒くして(わたくし)の胸に顔を埋めながら匂いを嗅いでいます。

 

(わたくし)は、『ごめんなさいね』と謝りながら美少女の頭を撫でる。

 

そんな言葉ひとつの謝罪で簡単に機嫌を直してくれた心優しい美少女は、(わたくし)の胸に顔を埋めながら機嫌よくクンカクンカと匂いを嗅ぎ始めました。そしてさり気なく彼女の手が(わたくし)の太ももを弄っているのが微笑ましく思えます。

 

そんな美少女に万力のような怪力で拘束されている(わたくし)は思います。

 

銀髪の美少女――シャルティアは間違いなく変態だと。

 

「こんな変態を作ったのは誰だっ!?」

 

ご本人(ペロロンチーノさん)が何を仰っているんですか?」

 

貞操の危機を感じた(わたくし)の魂の叫びは、薄情な骸骨(モモンガさん)にあっさりと流されました。

 

 

***

 

 

ある日、帝国最強の魔法詠唱者と謳われた(わたくし)ですら足元にも及ばない程の高レベルの魔物達に囲まれるというバッドエンド直行のデスイベントに遭遇しました。

 

死を覚悟した(わたくし)でしたが、乙女の秘密の過去(ユグドラシル時代)のお陰で無事にデスイベントをクリア出来ました。

 

その際に再会した旧友のモモンガさんからナザリックで共に暮らさないかとプロポーズをされてしまいます。

 

いくら転生した(わたくし)が美少女といっても前世――転移したモモンガさんにとってはついこの間の話――では同性の友人同士だったのです。

 

あまりにも節操のないモモンガさんを白眼視しながら(わたくし)は言います。

 

「貴方はとても良い人だとは思いますわ。ええ、(わたくし)なんかには勿体無いですわ。きっと(わたくし)なんかよりずっとお似合いの女性がいつか現れると思います。ですから(わたくし)のことは縁がなかったとお忘れ下さいね。だから(わたくし)のことを情欲に濡れた目で見たりしたらぶっ飛ばしますわよ。ご理解いただきましたか、エロモモンガさん?」

 

「誤解です!? ペロロンチーノさん!!」

 

「男は皆さんそう言うのですわ」

 

「いや本当に誤解ですってば、今の私はオーバーロードですよ! そういう感情はありませんよ!」

 

「必死になるのが余計に怪しいですわ」

 

「いや本当に勘弁して下さいよ、ペロロンチーノさん」

 

ぺこぺこと頭を下げるオーバーロード。なんだかシュールな光景ね。

 

「まあ、そこまで言うのなら信用してあげましょう。ところで、(わたくし)のことはペロロンチーノではなくフリアーネとお呼び下さい」

 

「フリアーネさんですか?」

 

モモンガさんは不思議そうに首をかしげる。

 

異世界転移したモモンガさんとは違い、異世界転生した(わたくし)には積み重ねてきた人生があります。

 

ここにいるのは確かにモモンガさんの友人のペロロンチーノですが、同時にこの世界で生きているフリアーネでもあります。

 

どちらも(わたくし)ですが、この可憐な姿にペロロンチーノという名の響きは似合いません。

 

バハルス帝国の公爵令嬢にして帝国魔法学院の生徒会長。そして、今や帝国の首席宮廷魔法使いのフールーダをも凌ぐ帝国最高の魔法詠唱者。

 

そんな才能に溢れた可憐で麗しい美少女魔法使いにはそれに相応しい名というものがあります。

 

前世でのネットでつけるような巫山戯た名は、とてもではありませんが相応しいとはいえません。

 

(わたくし)の名は、フリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンド。彼の王国にて輝くのが“黄金”ならば、帝国にて輝くは“聖女”と謳われし者よ」

 

ホゲーと(わたくし)の言葉を聞いていたモモンガさんに眼鏡をかけた悪魔――確か名前はデミ…えもん? だったかしら。そうね、あの頼りになりそうな雰囲気はデミえもんという名前がピッタリね――に耳打ちをされる。

 

モモンガさんは納得したように頷く。

 

「なるほど、調査にあった帝国の“狂笑の気狂い魔女”というのはペロロンチーノさんの事だったんですね」

 

「フザケンナッ!!」

 

「ヒデブッ!?」

 

クソモモンガは、俺のドロップキックをまともに受けて吹っ飛ぶ。

 

「この俺が、文字通り赤ん坊の頃から育成中の乙女を捕まえて巫山戯た二つ名で呼ぶんじゃねえ!! たとえ仲間でも許さねえぞ!!」

 

「す、すいません。ペロロンチーノさん」

 

吹っ飛んだクソモモンガは起き上がりながら素直に謝ってくれた。

 

「ふん、まあいいだろう。今回だけは許してやるが二度目はねえぞ」

 

「本当に申し訳ありません。ペロロンチーノさんの趣味を忘れていた私の失言でした」

 

帝国で“聖女”とまで呼ばれる心優しい(わたくし)は、当然ながらモモンガさんの失言を許しました。

 

ところで、周囲にいる魔物達はオロオロと(わたくし)達を見守るだけですが、若干一名だけ凄まじい殺気を放ちながら(わたくし)を睨みつけるオッパイの大きい女悪魔がいます。とても怖いです。

 

そのオッパイの大きい女悪魔を牽制するようにシャルティアが間に入ってくれました。とても心強いです。

 

 

***

 

 

モモンガさん達との話し合いの結果、ナザリックに直ぐに移動できるようにと、“転移門”を使えるシャルティアをそばに置くことになりました。

 

もちろん(わたくし)の護衛も兼ねています。

 

デミえもん曰く、ナザリック最強のシャルティアでなくては護り切れない可能性があるそうです。

 

脂汗を流すデミえもんに、“ナニ”から(わたくし)を護る必要があるのかを聞くのは酷というものでしょうか?

 

呑気なモモンガさんは可愛い嫉妬程度に考えているみたいですが、“女”の嫉妬ほど怖いものはありません。

 

まったく困ったものです。(わたくし)はモモンガさんに興味など微塵もありませんよ。

 

まあ、兎にも角にも(わたくし)は最強の味方を手に入れました。

 

これで、(わたくし)の野望も大きく前進することでしょう。

 

「フリアーネ様の野望とは何なのでしょう?」

 

シャルティアが(わたくし)拘束(ハグ)しながら野望について問いかけてきます。

 

それに答えるのはいいのですが、護衛とは護衛対象を拘束(ハグ)するものなのでしょうか?

 

シャルティアに問いかけてもニコニコと微笑むばかりで答えてくれません。

 

でもまあ、(わたくし)はあのオッパイの大きい女悪魔に狙われている身ですからシャルティアの護衛は有難いわけです。ですからこの程度の拘束(ハグ)は許容するしかありませんね。

 

(わたくし)の野望は、(わたくし)の名を歴史に残すことですわ」

 

たとえ今世の(わたくし)が公爵令嬢といえど、たかが公爵令嬢如きでは歴史に名などは残りはしないでしょう。

 

よくて歴史書の片隅にその存在を匂わす程度でしかありません。

 

ですが、(わたくし)は歴史に名を残したい。

 

この世に生きたという証を残したい。

 

それが子を残せない(わたくし)の願いなのです。

 

「御子を…残せない」

 

(わたくし)の言葉に呆然とするシャルティア。

 

「フリ……アーネ…様」

 

シャルティアはただ(わたくし)の名を繰り返し呟くと、スッと(わたくし)から離れ片膝をついた。

 

「フリアーネ様。偉大なる我が創造主にして、我が全ての愛を捧げる愛しき御方。我が忠誠はフリアーネ様に。我が心はフリアーネ様と共に。そして、この世界の全てを必ずやフリアーネ様に捧げてみせます」

 

気がつくと周囲には数え切れないほどの高位の吸血鬼達が頭を垂れていました

 

この日より(わたくし)は、吸血鬼の真祖をも従える“真なる神祖”として畏れられることとなったのです。

 

 

 

あのー、(わたくし)は男性との子作りなどごめんだと言いたかっただけなのですが?

 

 

 

***

 

 

ひょんな事から(わたくし)は、強力な吸血鬼からなる私兵団を手に入れました。

 

これまでの(わたくし)は、自身が強力な魔法詠唱者といえど、政治的発言力は持たないただの小娘でしかありませんでした。

 

公爵家の後継ですらない無力な小娘の(わたくし)が出来ることといえば、皇帝である従兄弟におねだりをして願いを叶えることが精々でした。

 

ですが、これからは違います。

 

地平線を埋め尽くすほどの吸血鬼の私兵団。

 

この世界では、御伽噺でしか語られないほどに強力な真祖のシャルティア。

 

これらを率いるは、正統なる王家の血に連なる麗しき公爵令嬢。

 

ククク、高貴なる血と圧倒的な武力を背景とした帝国内における確固たる発言力を手に入れたのです!!

 

つまり、(わたくし)の時代の到来ですわ!!

 

まずは、愚かなお兄様を廃嫡とし、グシモンド公爵家を(わたくし)のものとしましょう。

 

というわけで、ただいま公爵領を絶賛包囲中ですわ。

 

シャルティアとシャルティア配下の吸血鬼軍団10万だけでは少し心許なかったので、モモンガさんにお願いして、アウラとマーレのお二人にも応援に来ていただきました。

 

このお二人は、(わたくし)の愚姉…ヒッ!? な、なんだか寒気がしましたわ。コホン、テイクツーですわ。

 

このお二人は、(わたくし)の敬愛する姉上が創造した者達ですから信頼できます。

 

実は転生した(わたくし)をペロロンチーノとして認識できたのは、シャルティアとこのお二人だけでした。

 

他の者達は、モモンガさんの御言葉だから(わたくし)をペロロンチーノとして扱っているだけのようです。

 

特におっぱいの大きい女悪魔などは、(わたくし)に対する敵愾心があからさまに透けてみえます。

 

彼女に隙を見せるのは非常に危険ですね。シャルティアを肌身離さず侍らせておくのが無難ですわ。

 

まあ、兎にも角にも(わたくし)は、お兄様との雌雄を決する戦いに挑んでいます。

 

公爵領内では公爵軍が展開しています。指揮を執るのは当然ですがお兄様ですわ。

 

お父様には(わたくし)とお兄様の争いでは、中立を保ってもらうことを明言していただきました。

 

もちろん、女だてらにお父様がお決めになった嫡子と争う(わたくし)が許せなければ、お父様も遠慮なく敵にお回りくださいと伝えております。

 

願わくば、お兄様とお父様、そして公爵軍全てが敵に回ってほしいものです。

 

ククク、そうなれば遠慮なく、その全てを(わたくし)(経験値)として有効活用できますわ。

 

現在の(わたくし)は、いまだに第8位階で足踏みをしている状態です。

 

早く第10位階に達したいものですわ。

 

しばらくすると、公爵軍に動きがありました。

 

パッカラ、パッカラとお馬さんが一頭、駆けてきます。

 

一体なんでしょうか? 宣戦布告でしょうか?

おや、何か引き摺っていますね。

 

「お嬢様っ、我らは決して敵対の意思はございません!! ご寛恕下さいますようお願いいたします!!」

 

お馬さんに乗られていたのは公爵軍を束ねる隊長さんでした。

 

そして、引き摺っていたのは簀巻きにされたお兄様です。

 

どうやらお兄様は公爵軍に見限られたようですね。公爵軍は戦わずに降伏するつもりのようです。

 

しかしこれでは(わたくし)(経験値)が得られません。

 

……降伏は聞かなかったことにしましょうか?

 

“ペロロンチーノさん、こちらでも状況は把握しています。どうやら無事に公爵家を継げそうですね。おめでとうございます”

 

チッ、どうやらモモンガさんに見られていたようですわね。

 

モモンガさんは常識人ですから、ここで(わたくし)が公爵軍を殲滅してしまったら引かれそうですわね。

 

モモンガさんの信用を失うわけにはいきません。ここは(経験値)は諦めるとしましょう。

 

「お兄様、どうやら公爵家に相応しいのは(わたくし)の方でしたみたいですね」

 

部下に見限られて無様に這い蹲るお兄様。

 

(わたくし)はお兄様を見つめながら、彼との思い出を振り返ります。

 

幼き頃から後継として育てられたお兄様は傲慢でした。たとえば、実の妹の(わたくし)が唯一の趣味としていた経験値稼ぎ。その為に行っていたモンスター捕獲のお金を出さないようにお父様に働きかけました。

 

そして、(わたくし)は嫁ぎたくないとお父様に言っていましたのに、強引に婚約を決めようとされたこともありました。

 

他にも(わたくし)が従兄弟の皇帝陛下におねだりをして頂いた魔法の武器を取り上げて、帝国の将軍に回されたこともありました。

 

まったく、ロクな思い出がありませんわね。もう殺してしま……さすがに殺すのは可哀想かしら?

 

ふと(わたくし)は、幼い頃はよくお兄様の後をくっ付いて歩いていたことを思い出しました。

 

『ほら、こっちだよ』

 

優しく(わたくし)が追いつくのを待ってくれたお兄様。

 

『あはは、フリアーネは甘えん坊だなあ』

 

そう言いながら、抱っこをしてくれたお兄様。

 

『フリアーネのほっぺたはポヨポヨだね』

 

美幼女だった(わたくし)の頰をツンツンするデレデレのお兄様。

 

クク、やっぱり幼女は最高だぜ。

 

『黙れ、愚弟』

 

ひいっ!?

 

ち、違う記憶が混ざりました。

 

コホン…かつては優しかったお兄様。

 

「……お兄様には養子にいっていただきます」

 

(わたくし)の言葉に目を大きく見開いたお兄様でしたが、一瞬何かを堪えるかのように目を閉じた後、ゆっくりと首を縦に振られました。

 

こうして(わたくし)は、公爵家次期当主の座を手に入れたのです。

 

 

***

 

 

確固たる立場を手に入れた(わたくし)ですが、今はまだ帝国魔法学院の生徒です。

 

生徒会長としての仕事もあるので疎かには出来ません。

 

歴史の表舞台に出るのは帝国魔法学院を卒業してからです。学院中退というのは何だか格好悪い気がしますからね。

 

学院中退といえばアルシェさんはどうされているのかしら?

 

そうね、久しぶりにアルシェとお茶をするとしましょう。

 

うん、それがいいわね。なんといっても学生時代の友人は大事にするべきだわ。

 

そうと決まれば善は急げね。早速、アルシェに会いに行きましょう。

 

 

「そうか、とうとう家を出る決意をしたんだな」

 

「はい、もうあの両親には愛想が尽きました。育ててもらった恩は既に返し終えたつもりです。今日にでも妹達を連れて家を出ます」

 

「そうか、俺もそれがいいと思う。アルシェの親御さんを悪く言いたくはないが、これ以上は関わってもアルシェが不幸になるだけだろう」

 

以前と同じ食堂で、アルシェと彼女が組んでいるワーカーチームのリーダーが深刻そうに話しをされていました。

 

「……私だけなら兎も角、妹達は幸せに暮らさせて上げたいんです」

 

「そうか……これから行くのなら俺も一緒に行くぞ」

 

「いえっ、これは私の問だ「そうね、この(わたくし)がいるのですから貴方は不要ですわ」生徒会長っ!? いつの間に現れたんですかっ!?」

 

「…俺は急用を思い出したからもう行くぞ」

 

「リーダー!? 私を置いていかないで!」

 

「すまないアルシェ! 俺はイミーナをおいて逝くわけにはいかないんだ! じゃっ、そういうことで」

 

「りぃいいだぁあああぁあああああっ!!!!」

 

リーダーさんがそそくさと食堂を出て行かれました。

 

「アルシェったら困っていたのなら(わたくし)に相談をしてくれたらよろしかったのに。(わたくし)達は親友でしょう?」

 

「……いつの間に生徒会長と私は親友になったのでしょうか?」

 

「うふふ、極悪非道なアルシェの御両親は(わたくし)が消し炭にして差し上げますわ」

 

「いえいえっ、いくら私でもそこまで両親を恨んではいませんよ!?」

 

アルシェが慌てて首を横に振る。きっと、(わたくし)が犯罪を犯すと思われて遠慮されているのですね。

 

「安心しなさい、アルシェ」

 

「生徒会長?」

 

アルシェを安心させるように(わたくし)は優しく微笑んであげる。

 

「あ、あの……じょ、冗談だったんですよね?」

 

「うふふ、没落貴族如きを何十人闇に葬ろうともこの(わたくし)が罪に問われることはありませんから御安心なさい」

 

「私の話を聞いてーーーーっ!!!!」

 

 

***

 

 

(わたくし)の名はフリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンド。

 

バハルス帝国のグシモンド公爵家次期当主にして、帝国最強と謳われる魔法詠唱者。

 

最近、吸血鬼の真祖の美少女と吸血鬼軍団を配下におさめました。

 

友好団体として超武闘派揃いのナザリックが存在しています。

 

このナザリックには高位の魔物が数多くおり、トップのモモンガさんとは親しい友人同士です。

 

彼は非常に友人思いの良い方なので、(わたくし)の世界征服計画にも快く全力での協力を約束して下さりました。

 

多少、ナザリック内に(わたくし)に対して敵意を持つ者(おっぱいの大きい女悪魔)がいるようですが、許容範囲だと思います。

 

「そうだね、アルベドは危険だけど監視はしているから問題ないと思うよ」

 

「でも、お姉ちゃん。ぶくぶく茶釜様の弟であるペロロンチーノ様に敵意を持つアルベドは殺しちゃった方がいいんじゃない?」

 

「マーレは物騒だね。でも大丈夫だよ、アルベドが本当に行動に移そうとしたら殺せばいいだけなんだからさ」

 

「うん…お姉ちゃんがそう言うなら」

 

うふふ、ナザリック内に信頼できる子達もいるから安心ですね。

 

さあっ、これから(わたくし)の伝説が幕を開けるのですわ!!

 

 

 

「くんかくんか、ペロロ…じゃなくて、フリアーネ様の芳しい香りは癖になるでありんす」

 

 

 

うふふ、(わたくし)の腕の中のシャルティアは、何時もの通り可愛いですわね。でも、太ももを弄るのはやめて欲しいですわ。

 

 

 

 

 




安心して下さい。
アルシェは親友に助けられて幸せになったと思います……たぶん。


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魔獣の王

トブの大森林を支配する大魔獣。

 

彼の大魔獣が最初に目撃されたのは今から約200年前となる。

 

白銀の毛皮と蛇の尻尾を持ち、人を超える巨大な体躯を誇る大魔獣は、当時のトブの大森林を支配していた魔獣を苦もなく屠った。

 

その場面を偶然目撃した冒険者は、その圧倒的な強さとは裏腹に深い叡智を感じさせる力強い瞳と、人語を操る高い知能からこう名付けた。

 

 

──森の賢王と。

 

 

森の賢王の一日は、トブの大森林の見回りから始まる。

 

現在のトブの大森林は森の賢王が支配しているが、その広大な面積を誇る大森林には多種多様な魔獣や魔物が生息していた。

 

それらの者達が無用の面倒を起こさないようにと賢王は見回っているのだ。

 

強大な強さを持つ森の賢王ではあったが、その強さとは裏腹に性格は穏やかだった。

 

自分に迷惑や気に入らない態度を取らないのであれば、他種族の生存を許すほどに温厚な森の賢王だが、トブの大森林が自分の縄張りだという自覚はある。

 

そのため、トブの大森林の最低限の秩序を守るのは自分の役目だと自負していた。

 

「おや、なんだか人里の方が騒がしいでござる。もしや祭りでござるか?」

 

見回りの最中に何やら騒がしい音を賢王の鋭い聴覚が捉えた。

 

野生の大魔獣である賢王ではあったが、その高い知能ゆえに人の様な文化的な生活も楽しむ心を持っていたため、付近の村人達とは良好な関係を保っていた。

 

賢王が魔物や盗賊から村を守る見返りに、村人達はトブの大森林に賢王の住居を建て、食料の提供を行う契約をしていた。

 

村で祭りがある場合には、ご馳走のご相伴にあずかるのも当然ながら契約に入っていた。

 

「ムムッでござるよ。それがしに内緒で祭りをしてるなら契約違反でござる」

 

娯楽の少ない大森林暮らしに内心では嫌気がさしていた賢王にとっては到底許せない裏切り行為だった。

 

「確認しに行くでござる!」

 

もしも本当に裏切り行為があったなら、いつもの倍はご馳走を食べてやろうと心に誓いながら賢王は凄まじい速さで駆け出した。

 

 

 

 

「なんでござるか、あやつらは?」

 

村に近付いた賢王の目に飛び込んできたのは、馴染みの村人達を虐殺している見知らぬ兵士達の姿だった。

 

「とりあえず殴ってから考えるでござる!」

 

見知らぬ兵士達の正体を考えるよりも先に村人達を助ける方が先決だった。村人がいなくなれば自分の食事レベルが急低下するのは間違いないのだから賢王は必死だった。

 

「なんだ、この魔獣は!?」

 

「森の賢王様が助けに来てくれたぞ!!」

 

「森の賢王様! お助けくだされ!」

 

「それがしに任せるでござる! ご飯の恨みは怖いでござるよ!」

 

兵士達に襲いかかった賢王はその鋭い爪で鎧ごと切り裂いていく。その巨体を思わせない素早い動きについていけない兵士達はなすすべも無く倒れていった。兵士達の中には時折剣を当てることが出来た者もいたが、賢王の鎧よりも硬い毛皮に跳ね返されるだけだった。

 

「た、退却だ! こんな魔獣に敵うわけがない!」

 

「後顧の憂いを断つためにも逃さないでござる!」

 

《全種族魅了/チャームスピーシーズ》

 

賢王の体の文様が輝くと魔法が発動した。逃げようとしていた兵士達は動きを止めた。

 

「あれ、俺は何をしてたんだ?」

 

「どうしたでござるか?」

 

賢王は兵士達の中から隊長らしき身なりの者を見つけると話しかける。

 

「おう、お前か。いや何でもないよ。どうも立ちくらみでも起こしたみたいでな、体が少しフラつくだけだ」

 

「それは心配でござるな。ところで貴殿はこんな所まで何をしに来てるでござるか?」

 

「ああ、ちょっと任務でな。ほら、王国の戦士長を抹殺するための作戦だよ」

 

「王国戦士長といえばあの髭面の男でござるな。あの髭面を殺すのに何故ゆえに村を襲うのでござるか?」

 

「俺達が村を襲えば戦士長が出張って来るだろ。そこを狙う手筈になっているんだよ」

 

「ふむふむ。それは大掛かりな作戦でござるな。貴殿達以外にも動いている人員は多いのでござるか?」

 

「陽動は俺達だけだが、戦士長を抹殺するために別部隊が動いているぜ。どこの部隊かまでは知らされていないが、恐らくは陽光聖典だろうな」

 

「陽光聖典……つまりは今回の一件はスレイン法国の謀略でござるか」

 

「ん? 当然だろう、今さら何を言って……グハッ!?」

 

知りたい事を聞き終えた賢王は兵士の胸板を鋭い爪で貫いた。生き絶えた兵士を投げ捨てると呆然としている他の兵士達に襲いかかった。

 

それから僅かな時間が過ぎた頃には、賢王の大事な食料供給先を襲った愚かな兵士達は全滅した。

 

 

 

 

賢王の助けが早かったため、村人の被害は少なかったがそれでも十数人の死者が出ていた。

 

賢王としては、契約外(魔物や盗賊からの村の防衛)の兵士達の駆除に対する臨時報酬として食料を請求したかったが、悲しみに暮れる村人達に “食料をくれ” と声を掛けれるほど情緒に乏しくない賢王は泣く泣く諦めて森に帰ることにした。

 

賢王は、髭面抹殺計画に関しては自分に関係ない(契約外)ため気にしない事にした。だが、契約している村々に対しては気を配る必要がある。

 

すでに陽動の兵士達は全滅させているが、相手は国家組織である。増援があると想定すべきであった。

 

「それがしは、村が襲われた時だけ迎撃すれば良いでござるな」

 

賢王が契約している村々はトブの大森林から距離的に近いため、予め用心しておけば村に兵士達が近づく気配を感じとれるだろう。

 

その時点で迎撃に出向けば十分に間に合うと賢王は判断した。

 

「さてと、一服したらカルネ村に遊びに行くでござる」

 

カルネ村とは、賢王の住まいから一番近い場所にある村であった。

 

そこに住まうネムという名前の幼い子供は、大魔獣である賢王を恐れずに無邪気に懐いてきたため仲良しになっていた。今では毎日遊びに行く程である。若干、他の村人達は困ったような雰囲気ではあるが、当然ながら大魔獣である賢王はそんな些事は気にしなかった。

 

自宅の山小屋に戻った賢王は、慣れた手つきでお茶を入れる。

 

お気に入りのロッキングチェアに揺られながらノンビリと焼き菓子を頬張るティータイムは、賢王にとって至福の時間だった。

 

(ふう、思えば遠くに来たものでござるな)

 

ゆったりとした時間を過ごしていた賢王はふと過去に想いを馳せた。

 

今世では最強の魔獣生を歩んでいる賢王だったが、彼女の前世は力なき人間であった。

 

その人生は決して恵まれたものではなかったが、彼女はそれなりに満足をして人生の幕を閉じた筈だった。

 

それが何の因果か、彼女は最強の魔獣として生まれ変わった。それも前世の記憶付きである。

 

最初は困惑しかなかった。

 

死んだと思ったら森の中でモフモフになっているのだから無理もないだろう。

 

目覚めた彼女が周囲を見渡しても誰もいなかった。

 

親らしき者の姿もなければ、仲間らしき者もいない。せめてこの可愛らしい(希望的観測)モフモフの飼い主は居ないのかと周囲を探すが徒労に終わった。

 

どうやらこの身は天涯孤独のモフモフなのだと察する頃には、周囲を大きな野犬(もちろん狼型の魔物である)に囲まれていた。

 

「ふん、このボクを食べる気かい? 言っておくけど簡単には食べられては上げないよ」

 

その頃はまだ前世での口調だった彼女は決して気弱な性格ではなかった。

 

食われるぐらいなら逆に食ってやる。そんな性格だった彼女は大きな犬共を殴り殺そうと拳を握ろうとして気付いた。

 

「ひゅー、随分と立派な爪じゃないか!」

 

その両手には下手なナイフよりも鋭そうな凶悪な爪が生えていた。他にも蛇のような長い尻尾も生えている。その尻尾に力を込めると自在に動かせた。

 

改めて自分の体を確認すると巨大な全身は白銀の毛皮に覆われており、その毛皮に触れてみると自分の鋭い爪でも傷一つ付かない強度を持つことに気付く。

 

さらに全身に力を込めると、身体中が筋肉で出来ているのかと思えるほどの充溢感があった。

 

前世では趣味で格闘技を嗜んでいた彼女は、今世での自分の体が持つポテンシャルに歓喜した。

 

「ははっ、圧倒的じゃないか。ボクの戦力は!」

 

彼女は、改めて周囲を見渡す。

 

そこにいたのは、図体だけは大きな犬っころ共に過ぎない。いや、冷静に見れば今の自分よりも小さい犬っころ共だった。

 

「さてと、とりあえず殴ってみようか」

 

彼女はニヤリと嗤う。

 

それからは戦いとは呼べないような一方的な殺戮が繰り広げられた。結局、ほんの僅かな時間で犬っころ共は全滅した。

 

「ボクは、ボクこそが最強なんだ!!」

 

彼女は、一際大きな犬っころの死骸の上で雄々しく雄叫びを上げた。

 

それは、トブの大森林に新たな支配者が生まれた瞬間でもあった。

 

(あれから何百年も過ぎたのでござるね)

 

当初は自分の力に夢中になって戦闘に明け暮れた彼女だったが、百年を過ぎた頃には落ち着きだした。

 

付近の目ぼしい魔獣や魔物は軒並み屠ってしまったので、戦う相手がいなくなったのも理由の一つだろう。

 

人間だった頃の記憶を持つ彼女は、積極的に人を襲う気にはならなかったので、人の国からはモンスター退治をする益獣として認識されていた。その為、討伐対象にされる事もなかった。

 

今ではすっかりご隠居気分になった賢王はのんびりと余生を過ごしている。

 

まあ、余生といってもあと何百年もあるだろうけど。

 

「さてと、そろそろカルネ村に向かうと……ビビッと来たでござる!」

 

立ち上がりかけた賢王の第六感にビビッと何かが触れた。

 

それはスレイン法国の兵士達など比べ物にならない程の脅威だと賢王に告げていた。

 

「それがしの直感が告げているでござるよ! これは魔神以上の強敵でござる!」

 

かつて、賢王が死闘を繰り広げた恐るべき魔神。それ以上の脅威を感じた賢王は歓喜のあまり狂いそうになる。

 

「フハハハハッ! それがしの――ボクの力を見せてやろう!」

 

己の直感が命じるままに猛る賢王は駆け出した。立ち塞がる全ての敵を砕かんと気炎を上げながら。

 

 

 

 

「お初にお目にかかります。私はナザリック地下大墳墓にて執事長を……」

 

「とりあえず殴る!!」

 

「ウェッ!? いきなり襲いかかってこられるとはどういう了見ですか!」

 

賢王は出会った二人組のうち、声を掛けてきた男の方に殴りかかった(実際には爪での斬撃)が、その攻撃は驚かしはしたが簡単に避けられてしまった。

 

「へえ、予想以上にやるようだね。でも、まだまだ勝負は始まったばかりだよ!」

 

「お待ち下さい! こちらは争う意思は御座いません。私の話を聞いては貰えませんか?」

 

「そう言って、ボクを油断をさせる魂胆だろうけど、そんな手は何十回と喰らっているんだ! 今さら引っかからないよ!」

 

「いえ、そんなつもりは全くありません。この通り両手も上げましょう」

 

男は言葉通りに両手を頭上に上げて無抵抗をしめす。

 

「フンッ、そうやってボクの油断を誘おうってつもりだろうけど、次の瞬間には魔法が飛んでくるんだろ! そんな手は何十回と喰らっているんだ! 今さら騙される訳ないだろう! というわけで殴る!」

 

「ちょ、ちょっとお待ち下さい!? 私には貴方様を騙そうという意図は全く御座いません!」

 

両手を上げたまま、自分の鋭い攻撃を避けまくる男の様子に賢王は更に警戒心をあげる。

 

(こいつ、ボクよりもスピードは上のようだね。この様子だともう一人の女の方も相当の手練れだと考えるべきだね)

 

長年の闘争によって磨かれた賢王の勘はこの二人組には勝てないと告げていた。いや、正確には女の方になら一対一でなら勝てるだろう。

 

(でも男の方は強さの次元が違いそうだね)

 

あの魔神ですらこの男の足元にも届かないだろうと賢王は確信した。

 

(よし、逃げよう!)

 

勝てないと判断した賢王は躊躇なく逃走を決断した。

 

話し合い?

 

馬鹿を言うな。こんな化け物と話し合いなど出来るか。

 

《閃光/フラッシュ》

 

賢王の体の文様が輝くと魔法が発動した。網膜を焼くほどの閃光がはじけた。

 

「ぬおっ!? 目がぁあああっ!!」

 

戦力的には賢王を格下だと無意識のうちに侮っていた男は閃光をまともに見てしまう。

 

両目を押さえて蹲る男に目を向けることもなく、賢王は脱兎の如くその場を逃げ出した。

 

 

 

 

「ふう、まったく酷い目にあったでござる」

 

賢王は無事に逃げ切り、自宅に戻ってきた。

 

すっかりテンションが下がった賢王は口調もござるに戻っていた。

 

「あんな化け物が近所に現れるなんて世も末にござるなあ」

 

「本当に物騒な世の中ですね。はい、お茶でございます」

 

「ああ、ありがとうでござ……ひいっ!? 化け物の片割れでござる!?」

 

スッと目の前に出されたお茶を受け取ろうとした賢王だったが、そのお茶を差し出した相手が先程の化け物の片割れだと気付き吃驚仰天する。

 

「それがしの後をつけて来たでござるか!?」

 

「いいえ、後などつけるなど失礼な真似はしておりませんわ」

 

驚き叫ぶ賢王に対して、女は穏やかに言葉を返した。その態度からは賢王を害そうとする様子は感じられなかった。その為、幾分か落ち着いた賢王も穏やかに話をすることが出来た。

 

「それならどうしてここに居るでござるか?」

 

「はい、恐れながらも背中にくっ付いていました」

 

「後をつけるよりもタチが悪いでござるわ!!」

 

キラーンと眼鏡を光らせながら答えた女に賢王は突っ込む。

 

「あの……私の姿に見覚えはございませんか?」

 

女は気弱そうな表情で賢王に問いかけた。

 

「貴殿の姿でござるか?」

 

賢王は女を観察した。

 

女はメイド服の上に簡易な鎧を纏っている。両手にはトゲトゲが付いていて趣味は良いようだ。首に巻いたチョーカーも良いアクセントになっている。髪は一つにまとめて巨大ダンゴにしている。ちなみに眼鏡っ娘の美人さんだ。

 

「うーん。非常に魅力的な御人だとは思うでござるが、見覚えと言われても心当たりはないでござるかな?」

 

賢王の言葉に女は一瞬だけ泣きそうな表情になったが、すぐに満面の笑みを浮かべた。

 

「ちなみに、ボクの特技はこれだよ」

 

「首が取れちゃったよ!?」

 

女は両手で頭を挟むとカポッと外した。

 

そのあまりの光景に賢王は素で驚いた。

 

「リフティングも得意だよ!」

 

「自分で “ソレ” はしちゃダメだよユリィイイイーーーッ!!!!」

 

自分の頭を使いリフティングをかますユリの姿に、賢王はかつてふざけて同じ事をやりやがった仲間を張り倒した事を思い出した。

 

「まったく、ユリはボクの最高傑作なんだからね。本人でもオモチャにしたらダメだよ」

 

メッっと叱りながら賢王はユリの頭を元に戻す。しっかりとチョーカーで固定することも忘れない。

 

「申し訳ありませんでした──やまいこ様」

 

泣きたくなるほどに優しい声で謝罪をするユリ。

 

「ん? やまいこ……どこかで聞いたような?」

 

何故か郷愁を感じさせる言葉に賢王は首を傾げる。

 

「ムムッ、何やら前世の記憶が刺激される気がするよ!!」

 

「前世の記憶でございますか?」

 

賢王として生を受けて数百年。前世の記憶などとうに朧げになっていた。

 

「なるほど、やまいこ様は転生されていたのですね。ああ、なんという奇跡でしょうか! 転生されたやまいこ様にこうして巡り会えるなんて……今だけは神にさえ感謝出来そうですわ」

 

涙で瞳を滲ませるユリ。そんな彼女を見ていると賢王は優しい気持ちになった。

 

「君はボクの前世で大事な人だったんだね。記憶は朧げだけど、ボクの心は確かに覚えているよ。君の名前……今のボクにも教えてくれるかな?」

 

「はい、はい、やまいこ様……ボクの名前は “ユリ・アルファ” です。また会えて嬉しいです」

 

「ユリ……うん。ボクの心に響く名前だ」

 

賢王──いや、やまいこはユリの頰に優しく触れた。

 

「やまいこ様……?」

 

ユリは自分の頰に触れるやまいこに不思議そうな顔を向ける。

 

やまいこは優しい笑みを浮かべるとユリに囁いた。

 

「ただいま──ユリ」

 

「っ!? お、お帰りなさいませ。やまいこ様──」

 

 

──数百年の時と、世界の壁をも超えて再び巡り合った主従。新たな二人の物語が今始まった。

 

 

 

 

「ユリーーーーッ!!!! 何処に行かれたのですかーーーーっ!!!!」

 

同時刻、どこかの平原で名も知らぬ男が途方に暮れていた。彼が《伝言/メッセージ》の魔法を思い出すまで後10分の時間が必要だった。

 




やまいこ「やあ、久しぶりだね。モモンガさん」
モモンガ「あの、どちら様ですか?」
やまいこ「ひどいよ、モモンガさん! ボクとの事は遊びだったの!?」
モモンガ「ボク……もしかして、やまいこさんですか?」
やまいこ「あはは、やっと思い出してくれたのかい。意外と薄情なんだね、モモンガさんって」
モモンガ「申し訳ありません! まさかやまいこさんがジャンガリアンハムスターになられていると思いませんでしたから……そんな種族ありましたっけ?」
やまいこ「ふふん、可愛いだろう。モフモフなんだぞ」
モモンガ「はあ、確かにモフモフで可愛いですね……ちょっと触ってみてもいいですか?」
やまいこ「いきなりセクハラ!? 出合え!出合え! モモンガさんが乱心したぞ!」
モモンガ「しまった!? 謀られた!!」
やまいこ「ニヤリ」
アルベド「モモンガ様! モフりたいのでしたらわたくしの羽を思う存分にモフって下さいませ!!」
シャルティア「ウググ、どうしてわたしには羽や毛皮がないのでありんしょう」
マーレ「モフるって楽しいのかな?」
アウラ「モモンガ様!あたしに言ってくれればモフモフの魔獣なんていくらでもいますよ!」
コキュートス「モモンガ様、モフるのに外骨格は如何でしょうか?」
デミウルゴス「いや、コキュートス。それは無茶というものだよ」
やまいこ「うーん、予想外の反応だね。よかったね、モモンガさん。随分と慕われているようだよ」
モモンガ「はい、素直に頷くのは癪ですが、嬉しいですね」
やまいこ「それで、やっぱりアルベドのおっぱいを揉みたいのかな?」
モモンガ「そうですね。あの大きさは魅力的……はっ!?」
やまいこ「セクハラだあっ!! 出合え!出合え! セクハラ大魔王が現れたぞ!!」
モモンガ「謀られたぁあああっ!!!!」
アルベド「モモンガ様ーっ!!!!」
アウラ「アルベドが暴走したー!!」
シャルティア「抜け駆けは許さないでありんす!!」
やまいこ「いやー、収拾がつかないようだからボクはユリとお茶でもして来るよ」
モモンガ「やまいこさん!? こんな状況にした張本人が逃げないで下さい!!」
やまいこ「バイバイキーン♪」
モモンガ「誰か助けてーっ!!」


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最強と黄金

「斬り捨てるぞ、貴様ら」

 

いくつもの村々が、帝国の騎士達に襲われているという情報を得たガゼフは、王に出撃の許可を得るために王宮に出向いていた。

 

そんなガゼフを待ち受けていたのは、王と対立する貴族達の謀略であった。

 

貴族達はガゼフの出撃を認める代わりに、王国戦士長として与えられている魔法装備の数々を置いていくように求めたのだ。

 

この無茶ともいえる要求は、王の勢力を少しでも削ごうとする貴族達と彼らを纏めんとする王との権力闘争であった。

 

もちろん、そんな貴族達との権力闘争など知ったことではないガゼフはその要求を拒否する。

 

「貴様! 平民の分際でそのような口を……」

 

「黙れ! 王直属戦士団の戦士長である俺の武装を削ごうとするとは――貴様らを国家反逆罪で成敗する」

 

政治的な駆け引きもなく、本気で剣を抜くガゼフに貴族達は顔色を無くす。

 

このままでは王宮にいる主だった貴族達は一人残らずガゼフの手によって斬り捨てられるだろう。

 

当然だが、王宮だから近衛兵達が周りにいるが、近衛兵達は誰一人として動こうとはしなかった。

 

近衛兵達もガゼフが剣を向けたのが王であったならその命を賭して王を守ろうとしたであろうが、王の潜在的な敵である貴族達を守るために命を賭ける気は毛頭なかった。

 

なんといってもガゼフは周辺国家最強の戦士であり、貴族達が剥ぎ取ろうとしていた魔法装備をフル装着している今のガゼフには王宮に詰めている兵達を皆殺しにできる力があった。

 

そんな状況下では、近衛兵達が見ないふりをしても誰も咎められないだろう。(被害者になりそうな貴族達は除く)

 

国王であるランポッサⅢ世も常日頃から自分の足を引っ張る貴族達に苛立ちが募っていたため、ついつい “いいぞ、やってしまえ” と心の中で歓声を上げてしまっていたせいで、ガゼフへの制止が遅れてしまった。

 

《戦気梱封》

 

《急所感知》

 

《流水加速》

 

《即応反射》

 

《可能性知覚》

 

ガゼフは武技を発動する。

 

王国最強のガゼフは、恐らくは戦う力がないであろう貴族相手でも全力をつくす。

 

これは彼が大人気ないのではなく、獅子は兎を狩るにも全力をうんたらかんたらというヤツだと思ってあげよう。

 

このまま王宮内でガゼフ無双が繰り広げられるのかと思われた瞬間だった。

 

「お待ち下さい、ガゼフ様──」

 

鈴の音を思わせるような美しい声が響いた。

 

今にも全力の “六光連斬” をかまそうとしていたガゼフの動きが止まる。

 

逃げ出そうとしていた貴族達の動きも止まる。

 

あらぬ方向を見ていた近衛兵達が一斉に同じ方向に顔を向ける。

 

もちろんそこには──我らが “黄金” が微笑んでいた。

 

 

 

 

“最強” と “黄金” が出会ったのは十年以上も昔になる。

 

当時、御前試合で優勝したガゼフは、ランポッサⅢ世に気に入られて王国戦士長の地位についた。

 

王国戦士長となったガゼフは自らが率いる王国戦士団の増強のため奔走した。

 

王の威光を笠に着て予算をぶん取り人員を増やして武装を強化した。

 

増強した王国戦士団の戦力と自らの周辺国家最強の武力を背景にして、王国内での確固たる発言力を手に入れた。

 

盗賊や魔物退治を率先して行い、国民からの人気も得ることが出来た。

 

だが、ガゼフは平民出身のため上流階級の決まり事などに疎く、王宮内で恥をかかされる事が多々あった。

 

その度に相手を斬り捨てようとしてはランポッサⅢ世に止められた。

 

ガゼフの我慢も限界を迎えそうになっていた頃にある噂を耳にした。

 

曰く、子供らしくない大人みたいな王女。

 

曰く、まるで心の中を見透かしたような言動をする気持ち悪い王女。

 

曰く、人を馬鹿にしたような目を向けてくる可愛くない王女。

 

「ふむ、一度会ってみるか」

 

ガゼフは、王女に興味を抱いた。

 

 

 

 

「うふふ、わたくしのような小娘になんの御用かしら? 王国最強の戦士長様」

 

初めて会った王女はこまっしゃくれた小娘だった。

 

「俺は王国最強ではないぞ」

 

「あらあら、それはご謙遜というものかしら?」

 

小娘の人を馬鹿にしたような言葉にガゼフは当然ながらムカついた。

 

「俺は “王国最強” ではなく “周辺国家最強” なんだよ!」

 

「イタイイタイイタイッ!?!!??!!」

 

小娘のこめかみをグリグリしながら、ガゼフは彼女の言葉を訂正した。ちなみに本当は “世界最強” と言いたかったが謙遜をして “周辺国家最強” にしておいた。彼は意外と謙虚な男であったのだ。

 

 

 

 

ガゼフは小娘につきまとわれた。

 

ガゼフは無骨な自分の何が彼女のお気に召したのか分からなかったが、追い払ってもすぐに近づいて来るため気にしない事にした。

 

「随分と厳しい訓練を部下に課すのですね。これでは貴方が部下から恨まれますわよ」

 

ガゼフが日課である地獄の訓練を部下達に強いていると小娘が妙な事を言い出した。

 

「何を言っとるんだ。訓練ではあまり人は死なんが、実戦では簡単に人が死ぬぞ。厳しい訓練でその死ぬ確率が少しでも減らせるなら部下から恨まれようと俺は一向に構わん」

 

「訓練でも人が死んじゃうの!?」

 

目をまん丸にして驚く小娘が面白かった。ガゼフが声を上げて笑うと小娘が怒ってポコポコ殴ってきたが平気だった。なにしろ彼は周辺国家最強の男だからだ。

 

 

 

 

ガゼフが街に出かけると小娘もついてきた。

 

門番に見つかるとうるさいだろうなと思ったガゼフは、城から出る前に小娘を大きな袋に詰めた。

 

ガゼフは大きな袋を担ぎながら悠々と門番の前を通って城外へと出ていく。

 

「こんなに簡単に城から出られるなんて嘘みたいだわ。ガゼフは誘拐の才能があるのね」

 

失礼な事を言いながら大きな袋から出てくる小娘。躾のために頰を軽くつねっておく。

 

「いひゃいれふー」

 

ちっとも痛くなさそうに痛いと言う小娘。次からはグリグリにしよう。

 

「グリグリは嫌ーっ!」

 

ガゼフ達は街を散策しながら適当に買い食いをする。

 

小娘は金を持っていないため、ガゼフが仕方なく奢ることになった。

 

「普通は身分が上の方が奢るもんじゃないのか?」

 

「普通は年上が年下に奢るものですわ」

 

互いに牽制しながら串焼きを半分こして食べる。半分こすれば倍の種類を食べれるからだ。無理してまでは食べない健康志向な二人だった。

 

「ガゼフは……今の王国をどう思っているのかしら?」

 

不意に小娘はガゼフに問いかけた。

 

「随分と漠然とした問いだな。まあ、ガキなら仕方ないか」

 

「この私をガキ扱いだなんて。随分と身の程知らずなオヤジね。まあ、無教養な平民なら仕方ないわ」

 

「ハハ、たしかに俺は平民だからな。クソガキのように無駄な勉強をする時間なんぞ取れなかったな……ちなみに俺はまだお兄さんだ」

 

「無駄とは本当に失礼だわ。私の黄金の脳髄にはガゼフが一生かけても辿り着けない叡智が眠っているのよ。そこのところ分かっているのかしら? ねえ、お兄ちゃん」

 

「眠ったままの叡智なんぞクソの役にも立ちゃしねえよ。俺にとっちゃそんなもんよりも三度の飯の方が重要だ……もう一度、お兄ちゃんって呼んでくれ」

 

「皆さーん! ここに幼女趣味の変態がいますよー!」

 

ガゼフは小娘を脇に抱えるとその場を逃げ出した。

 

 

 

 

小娘には二人の兄がいる。

 

馬鹿と阿呆の兄弟のため、ガゼフは近づかないようにしていた。

 

「アレのどちらかが次の王になるのかよ……おい、クソガキ。お前、王位に興味はないのか?」

 

「あのね、そんな不穏なことをこんな場所で言わないでよ。誰が聞いているかも分からないのよ」

 

中庭でガゼフが持ち込んだ焼き菓子を食べていた小娘は突然の言葉に眉を顰める。

 

「大丈夫だろ。お前だって王族なんだから家業を継ぐ権利はあるんだからさ」

 

「王位を家業って言わないでよ! なんだか有り難みが無くなるじゃない!」

 

ガゼフの言葉に小娘はプンプンと怒るが、ガゼフは全く気にせずに話を進める。

 

「会社は三代目が潰すというが、国も同じだな。ランポッサⅢ世で王国が潰れそうだ。後継者もまともに育てられんような暗君が主人とは俺もついていないな」

 

「だから不穏な事を大きな声で言わないでよ!? 誰かに聞かれたら不敬罪で処刑されるわよ!」

 

「それは大丈夫だ。誰かに聞かれて問題視されても “俺はそんなことは言っとらん” と殺気を込めて言い切れば、それ以上は誰も突っ込まんからな」

 

「タチが悪すぎるわね、この “周辺国家最強の男” は。あんた、貴族社会における言葉が持つ重みってのを本当に理解しているのかしら? 失言一つで全てを失うかもしれないのよ」

 

チンピラのようなガゼフの言葉に小娘は呆れた顔になるが、その言葉からはガゼフの身を心配する意図が読み取れた。

 

「フフ、いざとなれば全てを斬り捨てればいい。そう心に誓ってさえいれば、貴族社会の言葉の重みとやらに振り回されることもないさ」

 

王に気に入られたガゼフは、王家に伝わる魔法装備の数々を身に纏っている。その魔法装備の恩恵で、文字通りの疲れ知らずのバーサーカー化しているガゼフは一国の軍隊とも張り合える自信があった。

 

ガゼフは男臭い笑みを浮かべると、小娘を安心させるかのようにその頭を力強く撫でまわす。

 

「もう、髪がクシャクシャになったんだけど。それと、あんたはまるで良いことを言ったかのような顔をしてるけど、言葉の内容はただの無頼の輩よ。どうしてお父様はあんたのような蛮族に王家の秘宝を貸し与えたのかしら?」

 

「うむ。良いものを貰えたな。ランポッサⅢ世は稀代の名君だと思うぞ」

 

「さっきと言ってること違くない!? それとその秘宝は貸しているだけよ! あんたに上げたわけじゃないからね!」

 

小娘は貸しているだけだと念押しするが、すでに王家の秘宝を家にまで持ち帰っているガゼフにはその言葉は無駄であった。

 

 

 

 

小娘はとても頭が良かった。

 

「このあいだの遠征報告書が出来たわよ」

 

「おう、ご苦労さん。相変わらず仕事が早いな」

 

小娘はとても頭が良いので、ガゼフはこれ幸いと王国戦士長の事務仕事を下請けに出していた。

 

「ねえ……なんだか私の扱いがおかしくない?」

 

「いや、適材適所だからな。別におかしくないだろ。お前さんに剣を振れとか言うのなら兎も角、頭の良いお前さんが事務仕事をするのは理にかなっているだろ?」

 

「そうよね、そうなのよね。小娘の私が剣を振るうのは無理のある話だけど、事務仕事なら得意だもの。ガゼフの話はなにもおかしくはない……はずよね? それなのにどうして私はイマイチ納得できないのかしら?」

 

小娘は不思議そうに首を傾げるが答えは出そうになかった。

 

「お前さんが何を悩んでいるのかよく分からんが、人間ってのは矛盾を孕んだ生き物だからな。理詰めだけでは上手くいかんさ」

 

「ウググ、たしかに人間は不合理な生き物だけど、ガゼフに上から目線で諭されると腹が立つわ」

 

「フフ、腹が立つのは生きている証だ。よし、早く報告書ができたご褒美だ。街でメシでも奢ってやろう。ほら、いつもの大きな袋に入れ」

 

「街でのご飯は嬉しいけど――どうしてかしら? 私の扱いに関してさっき以上の納得のいかなさを感じるんだけど…?」

 

小娘は訝しげにしながらもイソイソと大きな袋に入り込む。

 

ガゼフは、その小娘入りの大袋をヨッコイショと担ぐと街の飯屋へと向かった。

 

 

 

 

王国戦士団は王直属部隊の精鋭達である。

 

整然と並ぶ精鋭達を前にしてガゼフは満足そうに笑みを浮かべる。そのガゼフの横にはなぜか偉そうな態度をした小娘も立っていた。

 

「実際にはガゼフの私兵団みたいになっているのよね」

 

「フフ、この俺が苦労して予算をブン取って立ち上げた戦士団だからな」

 

王国戦士団の団員達は全て平民出身であった。貧しい生活を送っていた彼らは十分な賃金を保証してくれたガゼフに絶対の忠誠を誓っていた。

 

「つまりお金で繋がった関係なわけね」

 

「それは当然だろう? 金が無ければメシが食えねえんだ。金払いが良いからこそ忠誠心も芽生えるというもんだ。貧しい生活を強いておきながら上の立場というだけで忠誠心を求めても無駄ってもんだ。そんな奴は戦場で原因不明の戦死を遂げるだろうさ」

 

「怖っ!? 戦士団って怖いわ!」

 

小娘は戦士団の精鋭達から一歩引いた。引かれた精鋭達はショックを受ける。

 

なぜなら精鋭達から、その偉そうな態度が可愛いとジワジワと小娘は人気を上げていたからだ。

 

「なんだ貴様ら、俺に文句があるのか? 文句があるならかかってきやがれ!」

 

小娘を引かせた原因のガゼフに非難の視線を向ける精鋭達。当然ながらそんな視線を甘んじて受けるガゼフではなかった。

 

真っ正面から部下達の不満を受け止める男らしいガゼフだった。

 

そして、たちまち始まった乱闘を制したのはやはり周辺国家最強のガゼフであった。

 

「ふははっ、誰が最強か理解したかこの馬鹿者共が!!」

 

死屍累々の精鋭達を足場にしたガゼフが天に向かって吠える。

 

「……忠誠心ってなんだろ?」

 

小娘には理解不能な状況だった。そしてこの乱闘後、戦士長を含む戦士団の結束が強まったのを目撃した小娘はますます困惑を強めることになる。

 

 

 

 

戦士長と頻繁に街を練り歩く小娘は、国民から意外と人気があった。

 

やはり会える王族というのが人気の秘密なのだろうか?

 

人気が出ると食べ物屋でもサービスを受ける。サービスを受けると小娘も笑顔を振りまく。笑顔を見せられると小娘の人気も上がる。

 

アップアップの好循環であった。

 

愛想を振りまいて屋台で食べ物をゲットしてくる小娘。

 

その食べ物を受け取って一緒に食べる王国戦士長。タダで手に入れた食べ物をモグモグと食べながら王国戦士長はニヒルな笑みを浮かべながら呟いた。

 

「フッ、ヒモという生き方も悪くないかもな」

 

「人格矯正キーック!!」

 

小娘の見事な蹴りが王国戦士長の顎を捉えた。

 

アベシッと地面に倒れる周辺国家最強の男。

 

倒れた男を見下しながら仁王立ちをする小娘。

 

小娘の金髪が陽の光を反射して眩しいほどに黄金に輝いていた。

 

その光景を目撃した人々は小娘をこう評した。

 

──王国に輝く黄金、と。

 

 

 

 




最強「腐った貴族連中は全て斬り捨てればいいだろ?」
黄金「それでは貴族の八割は居なくなりますわ」
最強「まあ、それでも別にいいんじゃないか?」
黄金「いいえ、国の運営に支障がでますわ」
最強「それなら支障が出ないような案を考えろよ」
黄金「……優秀な官僚組織を育てる必要がありますね」
最強「じゃあ、それ採用で」
黄金「残念ながら私の言葉など誰も聞いてくれませんわ」
最強「交渉が必要なら俺がしてやるよ。お前は知恵を出せばいい」
黄金「ガゼフに交渉が出来るのですか?」
最強「おいおい、俺は自分の戦士団を王国最大の部隊にまで育てた男だぜ。その予算をぶん取る神交渉の妙技を甘く見るなよ」
黄金「そういえばそうでしたね。それでは期待していますわ」
最強「おう、任せておけ。俺が殺気を込めて交渉すれば全て上手くいくからな」
黄金「それは交渉ではなく恫喝ではありませんか!?」
最強「結果が同じならどっちでもいいだろ?」
黄金「……それもそうね」


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最強と黄金、そして忠犬

黄金といえば、彼ですよね。


グー。

 

いつもの様に小娘が、ガゼフをお供にして街を練り歩いている時のことだった。

 

妙な音が小娘の耳に届いた。

 

「あら、お腹が空いたのかしら?」

 

「ん? 今のは俺の腹の虫じゃないぞ」

 

ガゼフの腹が鳴ったのかと思った小娘だったが、それは本人によって否定された。

 

それなら誰かしら? と辺りを見渡す小娘。

 

グーキュルキュル。

 

再び鳴った音の方向に目を向けた。

 

そこに居たのは──

 

「汚ったない、仔犬ね」

 

──ズタボロの服を着た少年だった。

 

「こら、子供を仔犬呼ばわりするんじゃない」

 

ガゼフは年長者として口の悪い小娘を嗜めると、道の端で蹲る少年に近づいた。

 

「どうした坊主。親はいないのか?」

 

小娘を王国戦士団のブレーンとして採用したガゼフは、彼女が策定した数々の謀略によって王国に巣食う悪徳貴族達を失脚させていった。

 

敵対勢力が激減したランポッサⅢ世は、王国を健全化させるために数々の革新的な政策を実施していった。(政策顧問:ガゼフ。政策顧問秘書:小娘)

 

その際に行われた政策の一つに国営の孤児院運営があった。

 

スラムにいた孤児達の多くはその孤児院に入ったため、街中で孤児の姿を見ることは少なくなっていた。

 

もしも目の前にいる少年が孤児ならば、彼を孤児院に連れて行こうとガゼフは考えていたのだが。

 

「て、天使様…?」

 

「まあ、私が天使だなんて!──ガゼフ、この仔犬は気に入ったわ。拾って帰りましょう」

 

少年を気遣うように見ていたガゼフ。その隣で拾った棒を手にして少年をツンツンと突いていた小娘。

 

その小娘の姿を目にした少年が思わず呟いた言葉が、彼自身の運命を変えることになる。

 

「こいつが天使様だと? 坊主、お前の目は節穴みたいだな」

 

「そんな事はないわ。この仔犬の目は真理を見抜く賢者の目といえるわね。是非とも王宮で飼育しましょう。ねえ、ちゃんと私が自分でお世話をするから飼ってもいいでしょう?」

 

少年の言葉に呆れていたガゼフに対して、小娘はペットを飼いたいと親に強請る子供のようにガゼフに強請る。

 

そんな小娘の様子に、こいつにはちゃんとした情操教育が必要だな、と考えたガゼフは思いついた。

 

──小動物(仔犬)を飼うのは情操教育にいいんじゃないかな、と。

 

自分ではナイスアイデアだと思えたガゼフは小娘と目を合わせる。

 

なんだ? やんのかこら。といった感じでガゼフを見返す小娘。

 

思えばこの小娘には友達もいなかったな、と今更ながらに小娘の境遇を思いやるガゼフ。

 

母は早くに亡くし、父は頼りなく、二人いる兄はダメンズである。周囲の大人達は頭が良すぎる小娘を気味悪がり敬遠し、同世代の貴族の子供は近づきもしない。

 

こんな状況で子供がまともに育つわけがないとガゼフは思った。

 

そう考えればこの小娘は随分と頑張っているのだろう。

 

頼りない父親の代わりに政策を考えているし、王国戦士団のブレーンも務めている。俺の事務仕事だって下請けをしてくれているのだ。

 

……あれ、小娘に頼りすぎか?

 

ガゼフは少しばかり後ろめたい気持ちになった。

 

まだまだ幼く、遊び盛りの小娘に仕事をさせ過ぎていたことに気づいてしまったからだ。

 

ガゼフと小娘は遠慮のない間柄とはいえ、ガゼフの方が年上には違いない。もう少し彼女の事を気遣ってあげるべきだろう。

 

ガゼフは小娘の頭を優しく撫でる。

 

あら、セクハラかしら? そんな感じの視線を向ける小娘。

 

「ちゃんと最後まで面倒をみれるか?」

 

「ええ、もちろんよ! 私がお嫁にいってもちゃんと連れていくわ!」

 

小娘の返事にガゼフは満足そうに頷く。

 

「そうか。お前が嫁にいけるかどうかは微妙だが、その気持ちがあれば大丈夫だろう。仔犬を飼ってもいいぞ」

 

「本当に!? やったわ、あなたを飼ってもいいって!」

 

仔犬を飼う許可を得た小娘は飛び跳ねて喜んだ。その様子にガゼフは微笑む。仔犬も飼い主になった小娘が嬉しそうにしているのが分かるのだろう。飼い主と同じように喜んでいるのが微笑ましく思えた。

 

その様子を周囲で見ていた国民達は、変わり者の王女と王国戦士長のコンビがトリオになるんだな、という感想を抱いただけだった。

 

王国の民達は知っていたのだ。

 

最近、王国が住みやすい平和な国へと変わったのがこの変わり者コンビのお陰だということを。

 

その成果と比べれば、多少の奇行など気にするほどでもないと民達は大らかな気持ちで受け入れていた。

 

 

 

 

小娘が拾った仔犬は、飼い主にとても忠実だった。

 

飼い主に全幅の信頼を込めた瞳を向ける忠犬に小娘もご満悦である。

 

「うふふ、ほーら取ってこーい!」

 

「はい! ご主人様!」

 

小娘が投げた棒へと忠犬は駆けていく。そして忠犬が棒を咥えてくると小娘はちゃんと頭を撫でて褒めてあげる。褒められた忠犬はとても嬉しそうにしている。

 

そんな微笑ましい主従の姿を王宮の中庭で見つけたガゼフは思った。

 

──何かを間違えた気がする。

 

「……まあ、細かいことはいいか」

 

ガゼフは考える事をやめた。

 

 

 

 

「ラキュース・アルベイン・フィア・アインドラです。ご高名な王国戦士長様にお会いできて光栄ですわ」

 

「え……?」

 

王宮にて吃驚仰天な珍事が起こった。

 

なんとあの小娘に友達が出来たのだ。小娘から友達だと紹介されたガゼフが言葉を無くしても仕方ないだろう。

 

「え、ではありませんわ。何なのですかその態度は? ラキュースに失礼ですわよ」

 

「いえ、殿下。私は気にしておりませんわ。戦士長様もお気になさらないで下さい」

 

小娘に非礼を咎められるガゼフだったが、そのガゼフをラキュースが庇った。どうやら小娘の友達の割には常識人の様だとガゼフは感心した。

 

「いや、俺が礼を失していた。すまない、どうか許して欲しい。そして礼を言わせてくれ。ありがとう! この常識知らずの変人と友達になってくれて! どうか末永くこいつと仲良くして欲しい。人の気持ちがあまり分からない奴ではあるが、俺にとっては娘か妹のような奴なんだよ。きっと根は良い子だと俺は信じている。君にも信じてもらいたい。多少の奇行はあるかも知れないが大らかな気持ちで見逃してやってくれ。人と人は許し合って生きていけると俺は信じているぞ!」

 

「ガゼフッ、いい加減にして! 教育的指導キーック!!」

 

あまりなガゼフの言い草に小娘の見事なキックが炸裂する。

 

「戦士長様っ!?」

 

ラキュースの悲鳴じみた叫び声が聞こえたが、ガゼフはそれどころではなかった。いや、小娘のキックが効いた訳ではない。自分の目から涙が出るのを抑えることが出来なかったのだ。

 

部屋の隅では忠犬も貰い泣きをしていた。

 

「どうして号泣するのよ!! っていうかガゼフが泣いているところなんか初めて見たんだけど!?」

 

「いや、お前に友達が出来ただなんて感無量でな。ああ、俺の育て方は間違っていなかったんだ」

 

「ガゼフに育てられた覚えなんかないんだけど!?」

 

「ぷっ……ククッ…」

 

ガゼフ達のやり取りに堪えきれなくなったのだろう。ラキュースが口元を隠しながらも明らかに笑い声を漏らしていた。

 

「ちょっと! ラキュースに笑われたんだけど!!」

 

「うむ、笑い合える友がいる。素晴らしいことだな」

 

「だから笑い合ってんじゃなくて、笑われてるって言ってんのよ!!」

 

「お前が人を笑わせられるとは……長生きはするもんだな」

 

「だから笑わせてんじゃなくて、笑われているのよ!! それとガゼフは長生きがどうとかいうような歳じゃないでしょうが!!」

 

「フハハハッ、俺はまだまだお兄さんだからな!……なんならお兄ちゃんと呼んでもいいぞ?」

 

「衛兵ー! ここに幼女趣味の変態がいるわよー!」

 

ガゼフは、ラキュースの大きな笑い声を背にしながらその場を逃げ出した。

 

 

 

 

ラキュースは才能の塊だった。

 

周辺国家最強のガゼフからみてもその才能は確かなものだった。

 

「ほう、貴族のお嬢様とは思えん太刀筋だな。いいだろう、時間のあるときはお前の指導をしてやろう」

 

「ありがとうございます、ガゼフ様」

 

ラキュースに剣の指導を請われたガゼフは、彼女の太刀筋を見て指導をする事を決めた。順調に成長すれば己を超える戦士に成長すると見込んだからだ。

 

ちなみに彼女が貴族のお嬢様だという事は気にしなかった。そのため、後日アインドラ家の当主から苦情を受けたが、もちろんガゼフはそれも気にしなかった。

 

「ねえねえ、ラキュースが剣を習うなら私も一緒に習ってあげてもいいわよ」

 

小娘が妙な事を言い出した。

 

「お前が剣だと? まあいいか。試しに相手をしてやろう」

 

「うん、でもガゼフの剣だと私には重すぎるから短剣でいくわね」

 

「ああ、そうだな。お前の場合は敵を倒す為の剣術よりも、護身用の短剣術の方がいいだろう」

 

ガゼフは完全なる考え無しではなかった。少なくとも戦闘分野でなら優れている方に入れるだろう。それゆえ、王族である小娘には短剣術の方がいいと認めた。

 

「じゃあ、いくわよ!」

 

小娘はガゼフの懐に素早く入り込む。その思わぬ速さに一瞬だけ驚くガゼフだったが、すぐさま膝蹴りを繰り出した。

 

その膝蹴りを半身を切り躱した小娘は、ガゼフの脇腹に向けて短剣を突き出した。ガゼフは突き出された短剣の腹を払って方向を逸らす。

 

短剣を払われた小娘は、その力に逆らうことなく身体を回転させながら身を屈めた。

 

ガゼフの死角へと身体を沈めた小娘は、手の中の短剣を逆手に持ち替えてガゼフの膝裏に向けて差し込むが、ガゼフは鞘に入れたままの剣を地面に突き刺してその短剣を止めた。

 

短剣を止められた小娘はすぐさまその場を跳び離れる。

 

距離が離れた二人は視線を交わし合う。

 

ニヤリと小娘の口元が歪んだ。

 

ガゼフはその不敵な笑みを目にすると小娘に向けて言葉を発した。

 

「いや、おかしいだろ。なんでお前がそんなに動けるんだ?」

 

「あら、別に変じゃないわよ。自分の身体能力を正確に把握していれば簡単だわ。それに普段から最高のお手本が目の前にいるもの。逆にこの程度の動きが出来ないようじゃ運痴って言われちゃうわ」

 

「そ、そうか……」

 

暗に褒められたガゼフはそれ以上の言葉を失う。そして、ラキュースからの生暖かい視線が二人に向けられていた。

 

「あのっ! 僕もガゼフ様の御指導を受けたいです!」

 

妙な沈黙に包まれていたその場の空気を破ったのは忠犬だった。

 

「あ、ああ、そうか。それならお前も剣を振ってみろ。相手をしてやろう」

 

王国戦士長であるガゼフが指導するのは、本来なら部下である王国戦士団の者だけだったが、忠犬が空気を破ってくれたことに対して少し助かった思ったガゼフは特別に彼の剣を見ることにした。その結果如何によっては指導をするつもりであった。(小娘の友達であるラキュースは特別待遇である)

 

「はいっ、それでは行きます!!」

 

忠犬は威勢よく掛け声をかけると、ガゼフに向かって突進していき剣を全力で振った。

 

「……うむ」

 

その剣は容易くガゼフに止められた。

 

ドタバタと走ってきて、薪割りの様な大振りな一撃だった。

 

ガゼフは思った。才能の欠片すら無いと。

 

ラキュースは思った。執事でも目指した方がいいわと。

 

飼い主は思った。うちの子、弱可愛い♡と。

 

「どうですか! ガゼフ様!!」

 

忠犬は目を輝かせてガゼフに問いかける。自分の才能は貴方のお眼鏡に叶いましたかと。

 

ガゼフは答えを口にしようとするが、その純粋な目を前にすると言葉が出てこない。

 

いくら空気を読まないガゼフとはいっても純粋な子供には弱かったようだ。

 

「えーと、そうだな。ラキュースはどう見た?」

 

「ええっ!? 私ですか!?」

 

まさかの無茶振りだった。

 

「ああ、ラキュースは俺の個人的な弟子1号だからな。お前の眼力を俺は信じよう。さあ、彼の評価を教えてくれ」

 

「うぅ……そう言われてしまうと断りにくいです」

 

ラキュースは困った。素直な評価を口にすれば、彼は王国戦士長の指導を受けれなくなるだろう。指導を受けれる自分が彼の望みを断つなど優しい彼女には酷な話だ。とは言っても自分を信頼してくれた王国戦士長を裏切るような虚偽の言葉を口にする事は出来ない。

 

「あー、そのー、あれです。うんあれですね……うん、その………そ、そうだ! 殿下はどう思われますか? 殿下は言うならばガゼフ様の個人的な弟子2号ですわ! 私は弟子1号として弟子2号の殿下の観察眼を信頼しております! 忌憚のないご意見をお願いしますわ!」

 

まさかの無茶振り2号だった。

 

「あらあら、私にまで回って来ちゃいました」

 

小娘はにっこりと笑う。

 

その輝かんばかりの天使のような笑顔に忠犬は希望を見出した。もちろん、ガゼフには悪魔の微笑みにしか見えなかった。

 

小娘は希望に満ちた忠犬の視線をしっかりと真正面から受け止める。

 

小娘はこくりと忠犬に頷いてあげた後、天使のような微笑みを浮かべたまま言葉を口にした。

 

「うふふ、まったくの才能無しですわ。生まれ直してから出直して来なさいな」

 

「がーん!?」

 

ショックのあまりその場で蹲る忠犬。

 

ラキュースはそんな忠犬に一生懸命に慰めの言葉をかける。

 

ガゼフは可哀想だが仕方ないと溜息を吐く。

 

そして飼い主は──

 

「うちの子って、ヘタレ可愛いわ!!」

 

──とてもご満悦だった。

 

 

 




中二「暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)!!」
最強「ほう、中々の威力だな」
黄金「そうですわね。私ではとても真似できませんわ」
中二「フフ、我が炎に抱かれて地獄へと滅せよ」
最強「しかし聞いたことのない武技だな」
黄金「言われみればそうですわね。もしかしたらラキュースのオリジナルかしら?」
中二「ククク、穢れし闇の力は我以外では抑えきれぬ。決して過分な想いを抱くではないぞ」
最強「ラキュースみたいな力技はこいつには向かないからな。心配しなくてもこいつも分かっているさ」
黄金「そうね、私の場合ならスッといってサクッて感じかしら?」
中二「闇と混じりし黄金よ。人々の賞賛を浴びながら血に塗れる罪深き咎人よ。我はそなたを誇りに思おう」
最強「そうだな。こいつは意外と頑張り屋さんだからな。随分と強くなったと俺も思うよ」
黄金「……意外とが余計よね」

忠犬「どうして会話が成り立つんだ!?って突っ込んだら負けなのかな?」


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