さやかに生えてほむほむが頑張る話《完結》 (ラゼ)
しおりを挟む

生えた理由を書くべきか否か。それが問題だ。

シリアスに見えるところもあるけどただのギャグです。叛逆後の世界の話ですので、ネタバレ注意。

叛逆知らない人でも読もうって人は、ざっくりとした説明だけあとがきに書いときますので先にそれを読んでくだされ。


 悲劇は改変され、されど悲劇は続く。それを認めず改変し、けれど悲劇はまだまだ続く。最後の最後に彼女は納得したけれど、それでもそれは悲劇だった。誰にも認められないけれど、彼女は彼女の大切な人が幸せなら納得できた。

 なのに彼女の記憶を中途半端に残すのは、いったい何故だろう。幾度も再編された世界で、ただ一人。自分の事を理解してくれる人が欲しかったのだろうか。

 

 その答えは誰にも――本人でさえも理解できない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見滝原中学校。今日も今日とて勤勉なる学生たちは、健全な学生生活に勤しむだろう。とはいえ今は朝も早く、登校しているのは一部の真面目君と真面目ちゃん、もしくはたまたま早起きした生徒くらいのものだ。そしてこの世界の女神であり、悪魔でもある暁美ほむらはその一部に含まれる。

 真面目というわけではないが、勉強が遅れているのは事実。何度も繰り返したループの中での勉強は、文字通り『同じもの』でしかない故に、学力向上の面では役立っていなかったからである。もともと勉強も運動も苦手だった彼女は、同じことの繰り返しで同じことが上手くなっていっただけにすぎない。

 

 つまり新しいことを始めようとすれば、それは不器用で要領の悪い彼女の素が出てしまうということでもある。世界を再編でき、少しは弄れることもできるとはいえ全知全能とは程遠い。優先順位は依然大切な友人が幸せになっているかどうかの一点に尽きるが、それでも運動と勉強がダメダメな神というのもどうかと思い、ほむらはせっせと日々を苦労しておくっているのだ。

 

 そんな彼女に、教室に入ってきたばかりのクラスメイトが金切り声を上げながら掴みかかる。

 

「あんた! どういうつもりよ!」

「…何事かしら、美樹さん?」

「白々しいわね! あんたがまどかの力を使って何かしたんでしょうが!」

「…?」

 

 美樹さやか。自称女神のカバン持ちにして、この世界で唯一元の世界を知る存在。ほむらが前の女神――そして大切な友人である『鹿目まどか』から奪った神の力と半身を元に戻そうと画策している者でもある。彼女もほむらがまどかを救おうとした経緯は知っているし、並々ならぬ道を辿ってきたことも知識にある。

 

 しかしさやかにとってもまどかは大切な友人で、彼女が様々な思いで下した決断をほむらが踏みにじった事を許せないと感じているのだ。

 

「とぼけてんじゃないわよ! こここ、こんなの、ありえないでしょうが!? は・や・く・戻せぇーーー!」

「騒々しいわ。『精々仲良くしましょう』とは言ったけれど、あなたの返答は否だった筈よ? それに記憶も随分戻ってるみたい…」

「こんの――っ、何が、何が目的なのよ!? こんなの嫌がらせ以外にあるわけないじゃんか!」

「だから何のことかしら? 心当たりはないのだけれど」

 

 素知らぬ顔で惚けるほむらに、怒り心頭のさやかはその『心当たり』をほむらの手に無理やり掴ませる。これがお前の仕業でなければいったい誰の仕業というのだ、といった風に。

 

「これよ! あんたねぇ! いったい何がしたいのよ!」

「…? …っ!? ひゃ、あわ、ふぇ!? あ、ああ――」

「え、ちょっ、おま」

 

 さやかに手を取られ、無理やり股間に持っていかされたほむら。何がどうしたのだと怪訝な顔になり、その屹立した御立派様の固い感触に触れ――それがナニであるか気付いた瞬間、茹でだこのように真っ赤になって卒倒した。

 病弱で人付き合いがほとんどなく、学校に通えるようになってからもずっとコミュ障だった彼女。もちろん男のアレなど見たことも触ったことなく、正真正銘に処女でおぼこなぼっちである。さやかもさやかで、たとえほむらのせいで『生えた』のだと思っていても、無理やり触らせるあたり混乱具合が窺える。もちろん彼女も処女でお亡くなりになった悲しき女子である。まあ復活はしているが、お相手は今のところ未定であるのに変わりはない。

 

「ひゅぅ…」

「え、ええ……あんたじゃなかったの? で、でもこんなの――うひゃんっ」

 

 かくんと気絶したほむらは、そのまま彼女のナニかを掴んだまま意識を閉ざした。無意識にニギニギしているのは謎だが、ようやくさやかも彼女への指摘が間違いだったことに気付いた……が、その未知の気持ちよさに腰が砕けそうになる。

 

「ねえ、起きてよ……うう、どうしよ」

 

 床にへたり込みながら自分の腰に倒れかかるほむらに、さやかは慌てて周囲を見渡す。かなり早い時間とはいえ、この全面ガラス張りでプライバシーもクソもない学校ではかなり遠いところからでも何が起きているか解るのだ。変態が建築したと言われても驚かないこの場所で、しかし現状において変態なのは確実にさやかである。

 

 そろそろ時間的にも、遠目に見える登校者的にも、中々まずい状況と言えるだろう。そもそもスカートで目立ちにくいとはいえ、彼女の息子は今もって御立派であるのだから。

 

「うー……保健室に連れていくしかないか」

 

 嫌悪していると言ってもいい目の前の少女だが、自分のせいで気絶したとなれば放置するわけにもいかないだろう。少なくとも美樹さやかとはそういう少女である。とりあえず自分の分身をいまだにニギニギしている手を名残惜しそうに引っぺがし、お姫様抱っこでほむらを抱えるさやか。

 

「か、軽っ!? …ごはん食べてんのかな、こいつ」

 

 いつもなら気にも留めない同性の柔らかさや匂い。ナニか生えている今はやたらと意識してしまい、暗い雰囲気とはいえ間違いなく美少女なほむらを抱きかかえると、少しドギマギしてしまうさやかであった。頭を振りながら邪まな思考を掃い、抱えた際の負担の少なさに再度驚く。自分の半分も無さそうなその重みに、敵とはいえ心配になるのも仕方ないだろう。

 

 とにかく急いで保健室に向かおうとしたさやかであったが、そこで運悪く出会ったのは自家の同居人『佐倉杏子』。朝、起きるや否や学校にすっ飛んでいったさやかを心配して早めに登校してきたのだ。

 

「おいさやか、いったいどうしたのさ……ん? 暁美? なんで抱きかかえてんだよ」

「あ、あはは……いやその、色々ありまして、たはは…」

「はあ? ったくわけわかんねえ奴だな。だいたいそいつの事嫌ってたんじゃないのか?」

「え、えーと」

 

 朝起きたら生えてたから、犯人と思しきこいつに我が息子を触らせたら気絶しました――などと言える筈もなく、しどろもどろに濁すさやか。とにかく保健室に行ってくるから、と全速力でその場を離脱した。がっくんがっくん揺れているほむらの首が折れそうで、ちょっとした恐怖である。

 

「わっけわかんねえの…」

「あら、おはよう佐倉さん。珍しく早いのね」

「ん……よおマミ。いや、さやかの奴が起きるなり学校に飛んでいきやがってさ。弁当も持たずにどうしたっつー話だよ」

「へえ…?」

 

 残された杏子に声を掛けたのは『巴マミ』。見滝原中学の三年生にして、魔法少女チームのまとめ役だ。美樹さやか、巴マミ、佐倉杏子、百江なぎさは魔法少女としてこの街を守る『ピュエラマギ・ホーリーカルテット』を結成しており、それぞれが気の置けない仲でもある。マミがお姉さん役であることは間違いないが、しかし根は甘えたさんなことも本人以外には知られているのが悲しいところだ。

 

「暁美さんを抱えてたけど、もしかして仲直りしたのかしら……ということは、晴れて『ピュエラマギ・ホーリークインテット』の誕生ね!」

「勘弁してくれよ…」

 

 なにより一番残念なのは、中学三年生にもなって中学二年生が患う病気に罹っているところである。彼女は魔法少女と思われるほむらを魔法少女チームに誘おうとは思っているのだが、さやかとの仲が非常に悪いことを察して中々踏み出せずにいたのだ。しかしその懸念が解消されれば、チームとして語呂の良い数字――五人組になるのだから、マミとしても笑顔を隠せずにはいられないだろう。

 

「ま、なるようになるんじゃないの?」

「うふふ……暁美さんは紅茶好きかしら」

 

 とりあえず魔法少女四人のうち、一人の少女成分が『1』ではなく『0.8』程になっているのはまだ誰も知らないことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、なんとか誤魔化せた。でも先生居ないし、どうしようかな…」

「…」

 

 保健室に到着したさやかは、ほむらをベッドに横たえて自分も椅子に腰を下ろす。保険の教員はまだ来ていないようで、どうしたものかと思案に耽る。

 ふいにほむらの少し乱れた服が目に入り、皺になってもいけないので綺麗に正そうとするが――その一種淫靡とも言える艶やかさに、さやかは唾をごくりと呑んだ。

 

「…黙って寝てれば綺麗なのに。ほら、ちょ、ちょっと動かすよー」

 

 誰に言い訳をしているのか、自分に言い訳をしているのか、疚しいことなど何もないと言い聞かせながらほむらの背中に腕を回す。自分もベッドに膝立ちになり、ほむらの姿勢を変える。傍から見れば意中の女性を抱き寄せようとしている風にも見え、そして実のところもう覚醒して薄目を開けているほむらはいまだに硬くなっているであろうさやかの息子に興味津々なようだ。

 

「おっとと……うわっ!?」

「――っ!?」

 

 横着にも靴を履いたまま作業していたさやかは、腕に抱えるほむらの『体のこわばり』のせいかバランスを崩し、そのまま抱き着くように倒れこんだ。

 

「あ…」

「…っ」

 

 唇が触れそうになる程に近づき、体は密着している。華奢で折れそうなその体躯だが、確かに女性特有の柔らかさはあるほむら。体が密着しているということはさやかの分身も当たっているというわけで、下腹部にその硬さを感じつつも彼女は意地でも目を開けなかった。どうしていいか解らなかったともいうが。

 

「ほむら…」

「…」

 

 その距離を放さない。離せないで、さやかはほむらの名を呼んだ。

 

 神の力を奪った悪魔の少女、暁美ほむら。彼女が歩んできた道のりは艱難辛苦という言葉すら陳腐に思えるもので、そしてその全ての過去をさやかは知っている。女神であったまどかがほむらを救おうとした際、彼女はその記憶の一部を託されたのだ。それによりほむらの苦悩――そして、何よりも自分が掛けてきた迷惑を実感することとなった。

 

 もちろんほむらが記憶を保持してループするのとは違い、毎回真っ新な状態で彼女と出会うのだから、掛ける迷惑も似たようなものでしかないのは仕方ないだろう。自分の知らない自分がほむらに辛辣に当たったことも、正直後ろめたくはあるものの仕方ないという感情もある。なにせもう少し言い方とかあるだろうこのコミュ障、というレベルでほむらのコミュニケーションの取り方は壊滅的なのだ。何も知らない自分なら、対立以外は有り得ないと納得するものがある。

 

 全てはまどかのため。そこについて疑う余地は欠片もない。ただやり方が納得できないだけなのだ。さやか自身もほむらの事を本気で嫌っている訳ではない――否、嫌えないのだ。どの世界でも恋に無様で不器用だった自分、それがほむらとどうしても重なってしまうから。

 

 きっと自分なら百回魔女になっても足りない道程を、ほむらは歯を食いしばって歩んできたから。だからどうしても憎めない、けれど憎らしい。そんな複雑な感情で、さやかはほむらに覆いかぶさったまま名を呟く。

 

 『ほむら』と。無数の過去においてそう呼んだ自分は殆ど居ない。それを知って、それでも彼女はそう呼んだ。

 

「…」

「…」

 

 どうしても目は開けず、開けられずにほむらはじっと体を固める。

 

 神のカバン持ちな少女、美樹さやか。彼女が自分をほむらと呼ぶのはいつぶりだろうか。直近のおままごとのような偽世界を除くなら、それは数えきれない程のループにおいて、数えられる程度のものだ。繰り返す世界の全てを覚えている筈もないが、忘れもしない最初の世界で彼女は初めて喋ったクラスメイトなのだから。

 

 三つ編みで眼鏡をかけて、勉強もできず運動もできない。クラスに馴染めず、一人ぼっちでいる自分にノートを見せてくれた少女。それがさやかだ。救いをくれて、憧れを感じたのはまどかただ一人でも、最初に歩み寄りと優しさをくれたのは紛れもなく彼女なのだ。

 

 初めてほむらと呼んでくれたのはきっとその時で。そしてそれ以降は彼女がそう呼んでいても、何も感じなかった。『まどかを救うために仕方なく』仲良くしなければならない少女。いつからか邪魔な存在になって、どうしようもなく決裂することがよくあった。

 

 そんな彼女だから疎ましく、そんな彼女だから記憶を放置して、そんな彼女の敵意が心地いい。誰一人理解してくれずとも、彼女だけは理解して敵してくれる。

 

「…」

「…」

 

 などと感動的な言葉を脳内でつらつらと並べている二人だが、要は御立派様のご意向に逆らえない少女と、下腹部のオットセイな感触にパニクリ過ぎて動けない少女が居るだけということだ。

 

 全ての音が消えたようにしんと静まり返る保健室。両者の心臓の鼓動だけが痛いほどに響き、二人の周囲だけに熱が籠る。ギイ、とベッドの上の重心が傾いた音が小さく鳴り――

 

「ほむらちゃん、大丈夫…?」

「おいさやか、そろそろ授業始まんぞー」

「うぎゃぁぁぁーー!!」

「――っ!?」

 

 ガラリと保健室の扉が開かれる。着替えなどに使われることもある保健室は流石にガラス張りではなく、故に不幸にもさやかは彼女達の接近に気が付かなかった。そして今の現状はというと、顔を赤くしながらほむらを押し倒して唇を奪おうとしているさやかの図だ。扉が開くと同時に椅子に戻るなどという神業は持ち合わせておらず、つまりは額面通りにこの絵面を受け止められたということだ。

 

「え、え…?」

「は…? おま、さや、え?」

「あ、あわ、これは違くて、その――」

「…」

 

 

 御立派様が生えたから気の迷い的なあれがそれで、さやかちゃんのさやかちゃんが鞘に収まりきらなかったというか――などと言えたらそれはもう女の子として死んでいる。彼女は一度どころか、ほむらの主観に置いては数百回ではきかないくらい死んでいるが、それとこれとは話が別である。

 

「そ、その……アメリカではそういうの結構あったから、私は気にしないよ!」

「ちょ、いや、それは誤解で…!」

「さやか、お前男に振られたからって女に走らなくても…」

「い、いやだからさ、これは誤解というかなんというか…」

 

 ほむらは目を閉じたまま無言に徹する。この状況で実は起きていたなどと知れたら、答えに窮するのは自分とて同じことなのだから。

 

 『鹿目まどか』――自分の大切な友人であり、上司でもある筈の桃色少女。今は神の力も記憶も奪われてただの少女以外の何者でもないが、何かきっかけさえあれば――とさやかは考えているのだが、今はとにかく言い訳に終始する。前の世界では日本生まれで日本育ちの生粋ジャパニーズだったまどか。悪魔が再編した世界では何故か帰国子女設定になっているのだが、そのおかげか同性愛に寛容でなによりだ……ってなんでやねん! と脳内で自分に突っ込むさやか。

 

 とにかくこれは誤解なのだと理解してもらわねばならないのだ。自分のためにも、ほむらのためにも。

 

「さやかお前、暁美の事邪険にしてたのってもしかして好きな子ほど苛めたくなる的なやつ…?」

「ち、違わい!」

「ほ、ほむらちゃんのくれたリボン、譲ろうか?」

「――っまどか! それはほむらの大切な思いそのものなんだから、そんなこと――あ、いや」

 

 世界の再編の際にまどかがほむらに託したリボン。世界の改変の際にほむらがまどかに返したリボン。どんな思いでそれを返したのか、痛いほどに解るからこそさやかは声を荒げ――それがどういう意味を持つか理解して慌てて言葉を止めた。

 

「…」

「…」

「…」

「…」

「ごゆっくり」

「ごゆっくり」

「おおいっ!?」

 

 杏子とまどかは見つめあい、頷きあって保健室を後にした。さやかを見る目が非常に優しそうだったことが、その本人にとって心を抉られる一因であった。

 

「もう駄目だぁ……おしまいだぁ」

「友人関係かソレのことか、どっちを言ってるのかしら」

「両方……ってうわっ!? 起きてたのかよ!」

「ええ。あなたが不埒な行為に及ぼうとしていた時からね」

「え…」

 

 冷や汗をだらだら流しながら青褪めるさやか。言ってしまえば婦女暴行一歩手前であるし、途中からきたまどかや杏子と違って最初から見ていたのなら言い訳も糞もないだろう。

 

「う、いや……じゃ、じゃあなんで跳ねのけなかったのさ」

「え…」

 

 何とか落ち着いたほむらは、さやかに対し優位に立てる状況を作れることに気付いた。元々、記憶を持ち邪魔をしてくる彼女をなんとなく放置して楽しむようなほむらだ。この異常な状況下とはいえ、自分にナニかしようとしていた事実は彼女を弄るのに十分な素材だろう。

 

 と思ってはたのだが、先程なにも抵抗しなかった事を指摘されて逆に慌てふためる。恐怖と緊張とドキドキで固まってました――などとは口が裂けても言えるわけがない。

 結局互いに目を反らし、微妙な空気で無言の時間が続くことになった。

 

「…あ、チャイム鳴っちゃった」

「そう、ね」

 

 数分が経ち、必然的にHR開始の合図が鳴り渡る。遅刻に関して言うならまどかと杏子が事情を説明しているだろうし、問題はないだろう。しかし今の現状は問題だらけで、特にさやかは身体的にも問題しかない状態だ。このまま授業に出続ければ、いずれ『御立派なさやか様』というあだ名がつけられかねない。体育の授業などもってのほかだろう。

 

「…それ、心当たりはないの?」

「え? あ、うん……朝起きたら、その、生えてた」

 

 冷静になればなるほど、女二人の空間に竿が一本の異常が際立つ。冷たい雰囲気を滲ませるほむらの問いも、当人の顔が紅葉もかくやと言う程に染まっていれば印象が変わるものだ。さやかもなんだか急に恥ずかしくなり、太ももをぎゅっと締める。

 

「し、鎮まらないの?」

「う、うん」

 

 生えているのも問題だが、なによりの問題はそれが常に御立派であることだろう。ナニをするにもこの状態では不便どころか通報ものだ。朝の早い時間帯で、全速力で駆けてきた時とは違うのだ。なにより学校に着いてほむらを問い詰めれば治ると思っていただけに、授業や下校については考えていなかった。

 

「…」

「…」

「…腐る、かも」

「へっ?」

「そ、その状態だと血が循環しないから、海綿体に溜まった血が留まり続けるから……24時間以上経つと、腐ってくる、かも」

「う、嘘っ!?」

 

 耳年増な処女、暁美ほむら。見たことも触ったこともなかったものだが、そういった知識だけは人一倍なのだ。彼女が持っている辞書は『ペ』がつくページや『セ』がつくページだけ折れ目が入っていたりする。

 

「…ん」

「へ?」

「ん」

 

 すいっとさやかに差し出されたのは、今まさにほむらが脱いだばかりの黒いレギンス。ほかほかのそれを手に握らせ、備え付けのトイレを指さすほむら。さやかは少しの思案の後、ナニを言われたのか理解して目の前の少女に拳骨を落とした。

 

「~~っ!? …なにするのよ」

「なにさせるつもりなんだよっ!」

「だって、出さないと、その……おさまらないでしょう」

「だからって今のはないだろ!」

 

 勘違いすべきではないのが、ほむらにとって先ほどの行動は善意からのものでしかないということだ。彼女も大概天然なので、偶に非常識なことをやってのける時がある。魔法少女であった時も、何か良い武器がないかと探した末にヤクザの家へ忍び込んで銃を盗んでくるのが彼女である。

 

「で、でも学校に、そういうのに役立つものはないでしょう? ネット環境もきっちり制限されてるのだから」

「う…」

 

 先進的で近未来的をコンセプトにしたこの学校は、携帯やスマートフォンを禁止していない。しかし学校内部ではアダルトコンテンツとそれに準ずるものをアクセスできないようにしているのだ。

 

 オカズ無しに飯は食えぬ。女子であるほむらにだってそのくらいは解るというものだ。だからこそ羞恥心を我慢して、真っ赤になりながらも勇気をふり絞ってレギンスを渡したのだから。一応ライバル的な関係の彼女が、御立派になり続けた結果バナナが熟し過ぎて腐り落ち、敗血症にでもなって死んでしまったら色んな意味で悲しすぎる。

 

「レ、レギンスなんかで興奮できるか!」

「あ……う…」

 

 女性である自分が、同性のレギンスをオカズにできるわけないだろう。さやかはそういう意味で言い放った言葉だったが、ほむらはそう捉えられなかった。『その程度で興奮できるわけないだろう、もっと実用的なものをよこせ』と深読みしてしまったのだ。

 

「こ、ここ、これ、で…」

「なっ、ちょ、あんた――」

 

 もはや原色の絵具よりも赤いのではないかと疑うほど顔を朱に染めたほむらは、下半身を布団で隠しながらごそごそと何かを脱いで『それ』を手渡した。冷静に考えて彼女がここまでする理由は一切ないが、彼女は朝気絶してから今の今まで本当の意味で冷静にはなっていない。ずっとパニクっているのだ。あくまでも悪魔を主張しているが、淫魔の素養は欠片もないようである。

 

「う、うぅ…」

「泣きたいのはこっちだっつーの! なんで私が無理やり脱がしたみたいになってんの!?」

 

 羞恥が極度に達したほむらは、もはや枯れ果てたと思っていた涙を溢した。絵面を見れば、完全にいじめ現場のそれである。もしくはガチ百合の無理強いに見えないこともない。

 

「う、うぷっ」

「なんで吐きそうになってんだよ!? 繊細ないじめられっ子かお前は!」

 

 素のほむらはまさにその通りである。極度のあがり症やパニック障害を患っていると、体調の急激な変化が訪れることもよくあることだ。えずきだしたほむらを見て仕方なしに再度抱きかかえてトイレに連れていくさやか。朝食を食べていないのか、胃液だけを絞り出すほむらの背中を優しく摩り落ちつかせる。

 

「ほら、大丈夫?」

「うぅ…」

 

 吐き出すものが無くなった様子を見て、洗面台で口を濯がせるさやか。なんでここまでしてやってるんだろうと自嘲し、ようやく落ち着いてきたほむらの頭を見下ろし――頭を上げてさやかを見上げた彼女と目が合い、動揺した。

 

 胡乱げな目でこちらを見上げ、口元をびしょびしょに濡らした少女。レギンスは剝ぎ取られ、その上の聖域すら今は守られてはいないことにさやかは気付いた。むしろ彼女の乙女を守護していた装具は自分のポケットに突っ込んだままだ。

 

「う、あ…」

「んぅ…?」

 

 保健の教員は、まだ来ない




原作終了→ほむら「キュゥべえはまだまだ何か企んでるし、まどかは本当に幸せなのか?」→本来なら魔女になる前に円環の理に導かれるけど、キュゥべえを利用して魔女化する→偽の世界を作って、その中でまどかの本音を聞いてやはり幸せではないと判断→助けにきたまどか(円環の理)に感動の対面……と思いきや、貰ったぜぇーー! とばかりに神の力を奪って世界の改変→世界は変わって、まどかはただの少女に。その力と記憶を一時預かってたさやかだけ、前の世界の記憶を残してる(少しだけ)

さやかは神の力をまどかに取り戻してほしいのでほむらに敵対している感じ。

記憶が結構残ってるのはこの作品の解釈なので、勘違いしいようにお気を付けください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

女の子は嘘がお上手

R15は保険どころじゃないから注意してね!

まあ18ではないと、思います、うん。はい。


 

「…ん。あ…?」

「あ、やっと起きた」

「美樹、さん…?」

「ん、そうだよ」

 

 教室でほむらが呼ぶ『美樹さん』とは明らかに違う声質。ややもすれば嘲りを含んでいるようなそれとは違い、恐る恐る手探りのように名前を呼ぶ姿はさやかを少し驚かせた。

 結局吐いた後にまた意識を失ったほむらを介抱し、目覚めるまで横についていたさやか。ほむらの様子に驚きはしたものの、安心させるように笑顔で答える。

 

「……? ……! …こほん。それで、美樹さやか」

「いや、取り繕っても遅いから」

「取り繕ってなんかないわ」

「み、美樹さん……! って言ってたじゃん」

「勝手に捏造しないで」

「ぷっ、くっくく。あ~、あんたの結界思い出すなー。『ちがっ……いますぅ、わたしはかぼちゃ…』なんつって――」

「黙りなさいラズベリー」

「『白状なさい! こんな回りくどい手口を使って、一体何が目的なの?』――以上、ほむらのほむらによるほむらのための世界でほむらがなぎさに言ったセリフでした~。これはたしかに頭がカボチャじゃないと…」

「だ・ま・り・な・さい!」

 

 実は探偵が犯人で、しかもその事実に本人が気付いていなかったという間抜け探偵、暁美ほむら。その事実をからかわれて憤慨するものの、傍から見れば友人同士のじゃれあいにしか見えていないことには気づいていない。ひとしきり嫌味を言いあった後、ふと自分がどうしてここに居るのかという事に思い当りほむらは問いを投げかける。

 

「ところで私、どうなったのかしら…? 凄い吐き気に襲われて…」

「そのあと気絶しちゃったからベッドに運んだんだよ。できる限り処理はしといたけど、口の中が気になるんなら濯いでくれば?」

「…そう。一応感謝しておくわ」

「存分に感謝したまえ」

 

 年頃の女子として吐瀉物の匂いが残っているかもしれない口内をそのままにしておける筈もなく、すぐにトイレの洗面台に向かうほむら。何か重要な事を忘れているような気がしつつも、覚醒したばかりの呆けた頭ではすぐに思い出せない。

 

 首を捻りながらも洗面台の前に立ち、うがいを何度かして口を濯ぐ。手に息を吹きかけて匂いを確認し、問題なさそうだと判断してついでに髪を整える。少し乱れている服を正し、スカートをぱんぱんと掃い――ほむらは下着とレギンスが消失していることに気付いた。

 

「――――っ!? な、な、な」

 

 いったい何が、と驚愕で声も出なくなるが、そもそもこの保健室に居る経緯すら頭からすっぽ抜けていたのだからそれも仕方ないだろう。動揺しつつも深呼吸をして精神を落ち着かせ、ゆっくりと記憶を掘り返す。

 

「…そう、そうだわ。美樹さやかに、アレが生えて……それで……あっ!」

 

 そして全てを思い出した瞬間、ほむらが一番に取った行動は自分の乙女を確認することであった。中学二年生だというのに茂みの一切ないそこを入念に確認し、何者も侵入した形跡がないことにほっとする。まあ流石にさやかがそこまで酷い事をするとは思っていないが、しかし自分の寝込みを襲おうとしたことも事実だ。

 

 これは仕方ない、仕方ない、という風にさやかを疑った自分の後ろめたさを解していくほむら。しかし確認したはいいものの、全てを思い出した今どんな顔をして戻ればいいのだろうと改めて赤面する。同性のクラスメイトとはいえ、ノーパンで堂々としていられるほどほむらの神経は図太くないのだ。

 

 そもそも今は同性(仮)くらいのレベルだろう。少女0.8で少年0.2くらいの割合かもしれない。

 

「ほむら、大丈夫?」

「ひゃいっ!?」

 

 そんな逡巡で時間が過ぎていけばまた倒れているのではないかとさやかが心配するのも当然で、ドア越しに声を掛けられたほむらは素っ頓狂な声を上げた。

 

「だ、大丈夫よ。もう出るわ」

「そう? なんか変な声だったけど……まだ気分悪いの?」

「大丈夫よ!」

「お、おう」

 

 こういう時に限って優しい声を掛けるのはやめてくれ、とほむらは頭を抱えて前後左右に振り乱す。しかし動揺したままの姿を見せるのは悔しくもあり恥ずかしくもある。素知らぬ顔で平然と。それができずして何が悪魔か、と姿勢を正し背筋をピンと伸ばしてドアを開けた。

 

「ししし心配をかけたようね美樹しゃか」

「落ち着け」

 

 誰が釈迦だと突っ込みを入れようとしたさやかだったが、あまりの動揺っぷりに思わず心配してしまった。かっくんかっくんと歩きながらベッドの端に座ろうとしているほむら。手と足が同時に出ており、さやかは彼女が転んでしまわないかとはらはらしながら見つめ――そして案の定ほむらはベッドに到着する直前に素っ転んだ。

 

「さっきからなにしてるんだよ……ほら、手」

「う、うぅ…」

 

 腰をさすりながら羞恥と痛みに耐えるほむら。差し出された手を少しだけ見つめ、素直に握り締めた。…が、いまだに動揺は続いており、引き起こされた勢いそのままに立ち上がった瞬間、今度はぐきりと足首の関節を捻った。

 

「あぎゃっ!?」

「うわっとと」

 

 そのままさやかの方に倒れこむほむら。結構な体格差があるため巻き込んで倒れるようなことはなかったものの、そのまま抱き合うような形になってしまった。自分と絶望的なまでに差があるふくよかな感触に一瞬憎しみの炎を滾らせ、しかし保健室に運ばれた当初の場面を思い出して頬を染める。

 

 さやかもさやかで、今はもう鎮まっている自分の分身がまたぞろ首を擡げようとしているのを感じ、慌てて距離を取ろうとするが――

 

「おいさやかー、もう一時間目終わっちまったぞー」

「ほむらちゃん、大丈夫?」

 

 がらり、とまたもや保健室の扉が無遠慮に開け放たれる。まあHRに加え一時限目の授業すら終わってもまだ友人が帰ってこないとなれば、流石に心配もするだろう。偶然というよりかは必然でしかない。

 

「…」

「…」

「…」

「…」

 

 固まる四人。まどかと杏子は、先ほどさやかがほむらを押し倒していたことを『誤解』だと認識していた。単に体制を崩して倒れこんだだけだと思っていたし、事実半分ほどはその通りである。というよりかそうでもなければ意識のないクラスメイトを襲おうとしていた人物を放置などしていかないという話だ。

 

 しかし今。頬を染めながら抱き合う少女二人を見て、流石に混乱したのだ。ほむらの方はともかくとして、さやかが彼女を嫌っていたのは周知の事実だ。保健室に運んだ行為自体は、嫌いだとしても流石に目の前で倒れたならば普通は誰でもそうするだろうと思うものである。

 

 しかしながら今のこの状況を見れば流石に考えを改めざるを得ないだろう。

 

「あ、あはは……あの、その」

 

 さやかもこれはまずいと言い訳を考えるが――その瞬間、偶然の女神の悪戯か、彼女のポケットからほむらの下着とレギンスが零れ落ちた。

 

「あ……私の…」

「!?」

「!?」

 

 ちょっ、おまっ、というさやかの言葉を無視してほむらはそれを取り戻す。彼女のキャパシティは先程からいっぱいいっぱいで、状況を判断する余裕など欠片もないのだ。今彼女にとって一番大事なことは、下着とレギンスに白い液体がついていないかだけである。

 

「…使わなかったの?」

「ほむらぁー!? ちょっと黙って!?」

「え、でもレギンスだけじゃ物足りないから、って……むぐぐっ!?」

「さやか、お前…」

「さやかちゃん…」

「違う、ほんとに違うんだって! 色々誤解が生じてるだけだから!」

 

 ほむらの口を無理やり塞ぎながら『誤解だ』を繰り返すさやか。もはや浮気の言い訳をしているような男にしか見えず、まどかと杏子の疑いの目はどんどん強まっていった。

 

「ほむらちゃん、本当に誤解なの?」

「え? ええ……と。何について、かしら」

 

 なるべくまどかと接触しないように心掛けているほむらだが、流石に面と向かって問われれば答えないわけにもいかない。そもそも今がどういう状況下もきちんと理解していないために、まずそれについて問いを投げ返した。

 

「さやかちゃんに、無理やり何かされてない? その、下着とかも…」

「ま、まどかー!?」

 

 前の世界――つまり二人が親友だった世界とは違い、ここでの関係は『転校生鹿目まどか』にできた『知り合ったばかりの友達美樹さやか』なのだ。故に問答無用に信じられるほど信頼が形成されておらず、下手をすれば虐めだったという可能性もまどかは視野に入れていた。

 

 ちなみに杏子はどうしたものかと頬を搔いていた。

 

「え……あ、え、と。…これは自分で脱いだものだから、気にしないで。私と貴女には何もなかった。そうでしょう? さやか」

「ほ、ほむらぁ…!」

 

 そしてようやくなんとか事態を認識したほむら。というかさやかに対しての自分の暴走っぷりも思い出して、少し赤面する。なんとかいつも通りのクールで冷静な悪魔を装い、誤解している二人の少女にさやかとの冷たい関係を見せ付ける。

 

 顔を赤くしながらで、しかも今まで下の名前を呼んでいなかったという事実は置いてきぼりだが。さやかの『救われた』という表情までおまけにつけば、その関係がただならぬ――かどうかはともかく、険悪とは程遠いものだとは誰でも理解できるだろう。

 

「…」

「…」

 

 うーむ、と唇を尖らせて考え込むまどか。眉間を揉み解しながら唸る杏子。なにがあればここまで仲が進展するだろうと訝しみつつも、胸の内にもやもやしたものを感じずにはいられない様子だ。

 

「…ま、なんにしても仲直りしたわけだ。体調はもう大丈夫なのか?」

「え、ええ。大丈夫よ」

「さやかちゃん、ごめんね。なんか疑っちゃって…」

「い、いいのいいの! あんな場面見られたらしょうがないって!」

 

 全員が全員心のうちに何かを抱えつつ、保健室を後にした。記憶が消えても情動は残る。それぞれがそれぞれに対して抱える感情もまた同じ。

 

 ほむらは何がどうしてこうなったんだろうとため息をつきながらも、横で笑う大切な友人を見てふっと微笑んだ。

 そういえばさやかのアレはどうなったのかな、という思考が頭をちらりと掠めたが、少し視線をずらして見た感じでは鎮まっているようだと見て取れる。

 良かった、とほっとしながら――うがいをしても少しだけ違和感がある喉で、唾液を飲み込んだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悪魔が微笑む時代になったのだ

悪魔ほむらも女神まどかもなんであんな露出度高いんだろう。


見滝原中に電波を届ける鉄塔の中腹。黒い翼で、尚且つ煽情的とも言える露出だらけの服装をした少女が物憂げに膝を組んで座っていた。

 

「…また。注意散漫過ぎよ」

 

 そしてそこから数百メートル離れた場所で、四人の魔法少女が戦いを繰り広げていた。敵の名は『魔獣』 人々の負の感情エネルギーの具現であり、魔法少女の魔力の素材でもある怪物。魔獣を倒せば『グリーフキューブ』が残り、魔法少女はそれによって『ソウルジェム』の濁りを吸い取る。ソウルジェムは魔力の源であり、そして魔法少女の魂そのものでもあるのだ。濁りきってしまえば、それは死と同義であり『円環の理』に導かれるということだ。

 

 魔獣を倒すためにはソウルジェムを濁らせなけらばならず、ソウルジェムを浄化するにもやはり魔獣を倒さねばならない。自転車操業のような過酷な運命をもつ魔法少女達。しかし彼女達にとって円環の理に導かれることは救いでもあり、死を忌避してはいても戦いをやめることはない。

 

 まあどうしてもきついならソウルジェムを重曹水に浸せばピカピカになるので、問題はないのだ。

 

 魔法少女が戦うのは、結局『世のため人のため』である。魔獣が人を襲うのを防ぎ、日夜奮闘する彼女達はソウルジェムと同じく美しい輝きを放つ。

 

「死にたいのかしら、あのお馬鹿さんは…」

 

 そんないつもの魔獣との戦いで、明らかに精彩を欠く動きをしている青の魔法少女美樹さやか。ソウルジェムが濁る以前に、魔獣に殺されかねないような戦いぶりだ。もしかすると『足』が一本増えているせいでバランスがとりずらいのかもしれない。

 

 そんな様子をイライラハラハラしながら見ている自称悪魔、暁美ほむら。鉄塔に座っているのは単に様式美であり、特に意味はない。

 

「…っ!」

 

 今日はいつもより魔獣が多く、他三人がさやかへのフォローをしようにも限界がある。じりじりと追い詰められていく彼女達の戦線を、ほむらはしきりに腕を組みかえながら観察していた。悪魔が助けに入るなど、滑稽が過ぎる――そんな思考をしながら、しかし自分は女神の力を奪った簒奪者故にその役割を代わりに果たすのも間違いではない、などと言い訳を並べていく。

 

 逡巡しながらも彼女はさやかが転倒する光景を目にした瞬間、その黒い翼をはためかせて鉄塔を飛び去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……そぉっ!」

「さやか!」

「美樹さん!」

 

 転倒し、それでもその負けん気で迫りくる魔獣に剣を投げつけるさやか。彼女は魔力の続く限り無限に剣を生み出すことができるが、それには数瞬の時間を要する。魔獣の一体をその投擲で見事に倒してのけた彼女は、しかし背後に迫るもう一体の魔獣に対抗する手段を失っていた。

 

 マミが無理やり態勢を変えてマスケット銃で狙撃を試みる――よりも速く。杏子が槍を伸ばして薙ぎ払おうとする――よりもなお速く。

 

 漆黒の旋風がさやかを取り込んで、奪い去った。

 

「うわわっ!?」

「…」

「さやかっ!? 誰だお前…っ!」

「し、死神が出たのですーっ!」

「美樹さん!」

 

 周囲は街灯が鈍く輝くだけの幽々たる薄暗さ。黒い翼を羽ばたかせることもなく中空に留まる姿は、まさに悪魔か死神を想起させた。片手でさやかを抱え、もう片方の手を軽く振っただけで魔獣を全て消し飛ばした様子は並々ならぬ実力を予感させ、魔法少女達に緊張を走らせる。

 

「…ぅえっ!? ほ、ほむら?」

「てめぇ、さやかを――え?」

「暁美……さん?」

「誰なのです?」

 

 自分の名を呼んださやかをちらりと一瞥し、やたらと短いスカートをさらにチラ見するほむら。生えていることを悩んでいるというのに、その姿はどうなんだと突っ込みを入れたいところだが、今はこの状況をどう言い訳したものかと少し悩む。

 普通に考えれば言い訳の必要も何も無いが、さやかの敵であることを標榜していた手前、少々ばつが悪いということなのだろう。

 

「あにゃっ、あまりに無様な戦いをするものだから、思わず手を出してしまっただけよ。その程度でよく女神のカバン持ちを名乗れるものね? 美樹さやか」

「噛んでるぞ」

「噛んでないわ」

「『ちがっ、いま、すぅ~』っ。かぼちゃさんは噛むのが得意だもんね?」

「揶揄いのネタはそれしかないのかしら? 語彙の貧相な人間は哀れだわ」

「むぐ…」

 

 仲良く言い合いを続けながら地上に降りるほむら。お姫様抱っこ状態から放り投げるようにさやかを降ろし、疑問符を浮かべっぱなしの三人に相対する。

 

「こんばんは。今日は月が良く見えるわね」

 

 ふぁさぁっ……と長い髪を手で梳いて、クールに決めるほむら。地上に降りたことでその全貌は明るみになり、魔法少女とも魔獣とも違う、異様な存在感を知らしめていた。さやかが名を呼び、そして顔が街灯で顕わになったことによりその人物が誰なのか気付いた杏子とマミ。

 

 特に杏子は目を見開き、驚愕に声を上げた――否。声のあらん限り叫んだのだ。

 

「へ…」

「…?」

「変態だぁーー!」

「なっ!? だ、誰が変態ですって!」

「変態じゃねーか! なんだその服! パ、パ、パンツ見えてんぞ!」

「見えてないわよ!」

「背中! 丸見えじゃねーか!」

「こういう服だってあるでしょう!?」

「胸も! ……あ、いや、胸は無いか…」

「殺されたいの?」

 

 ほむらの服装……痴女と言われても仕方ないそれに、杏子は全力で突っ込んだ。そもそも服と言っていいのか怪しいレベルだ。飛んでいる時はともかく、地上に降りた今はスカートの後ろ側の裾をずるずると引きずっている。反してスカートの前の方は膝上何㎝、というよりかは腰下何㎝という方が正しいミニっぷりだ。

 

 上半身は服より肌の方が多い露出だらけの格好で、言動に反してうぶな杏子には刺激が強かったようだ。

 

「貴女だってやたら短いホットパンツにタンクトップとか着てるじゃない! 露出度で言ったらそっちのほうが変態だわ!」

「な、なんで知ってんだよ! そっちのほうが怖ぇーよ!」

「え、あ、あ……さ、さやかが言ってたのよ! 目の毒だって!」

「なにぃ!? さ、さやかお前、こいつがどうとかじゃなくてそっちの趣味が…!?」

「違ぁーーう!」

 

 COOLに決めようとした結果、KOOLにしかならなかったようである。誤解が誤解を生み、さやかと杏子、それにほむらの三人が舌戦を繰り広げる。あわや掴み合いにまで発展しかけたところで、マミが感極まったような声でほむらを抱きしめる。

 

「なっ、なにをするの巴マミ!?」

「解るわ! 解るわよ暁美さん!」

「何が!?」

「格好いいものね! その服! 魔法少女らしい服装から逸脱した魔法少女……そう、魔女! 『ピュエラマギ・ホーリークインテット』の最後のメンバーに相応しいキャラだわ!」

「なによそれ!? それに私は魔女なんかじゃないわ! そう、神の力を奪った悪魔――それが私よ」

「あ……悪魔! そう! そういうのもありね! これから皆で頑張っていきましょう!」

 

 極度の中二病を患うマミにとって『神』だの『悪魔』だのと言った単語は抜群に相性が良い。いや、悪い。そういう『設定』であると認識されてしまえば、もはや覆しようがない。ほむらが『同類』扱いされてしまうのも仕方のない話だった。

 

「さやか……あいつ、結構痛い奴なのか?」

「え、いや、その…」

「早く帰ってチーズが食べたいのです」

 

 両手をしっかり握ってぶんぶんと振るマミに、ほむらは振り回されっぱなしだ。どれだけ自分が悪魔であるか力説しても、マミの瞳はさらに輝くばかり。まさに悪魔の証明である。

 

 魔法少女などではないと必死に否定し、その証拠にソウルジェムが変化した物質――ダークオーブを見せれば、マミのテンションは最大値まで振り切った。正義の戦隊に新加入した戦力、そしてそれがダークヒーローだったのだからその嬉しさは計り知れないものがあるのだろう。

 

「もういい……もういいわ。もうどうでもいい…」

「うふふ、魔法少女の活動は毎日放課後みんなで集まってからよ。美樹さんと佐倉さん、暁美さんと同じクラスで良かったわ!」

「えぇ…」

 

 ぜぇぜぇと息を吐きながら説明を諦めたほむら。もうどうでもいいと肩を落として俯いていると、背中をぽんぽんと叩かれ、その感触に振り向く。誰もいない……と思いきや、視線を下に下げると最年少魔法少女、百江なぎさがにこにこと笑って手を差し出していた。

 

 前の世界では魔法少女として死んでいた少女。

 

 チーズが大好きで、けれど病気でチーズを口にできなかった悲しい少女。

 

 幼い頃から闘病生活を続け、極々稀に口に出来るそれだけしか楽しみがなかった少女。

 

 魔法少女の願いを『チーズが食べたい』などという陳腐な、それでも何よりの願いで魂を代価にした。結果的にほんの少しの自由な生を得て、その後魔女となってしまった。そうなってなおチーズを求め続ける魔女となり、しかし魔女は己が求める一番が手に入らない存在だ。甘いお菓子をどれだけ結界に集めても、チーズだけは手に入らない。

 

 そんな悲しい生と死を体験した少女が、今は無邪気に手を差し出してくる。ほむらは神の力と記憶を奪った故に百江なぎさがそんな少女だと知っているし、何度も何度も殺したお菓子の魔女『シャルロッテ』の前身だと理解している。さやかと違って記憶は保持していないが、女神のカバン持ちであることも同様だ。

 

 彼女は後悔していなかった。チーズが食べたいから魔法少女となって、魔女となり、殺された。けれど満足していて、女神のカバン持ちになったのもチーズが食べたかっただけだから。寝ても覚めてもチーズのことばかり、マミを何度も齧り倒していたのはチーズと間違えたんじゃないか説まであるほどだ。

 

 闘病生活をしていたのも同じ、魔法少女になったのも同じ、魔女になってしまったのも同じ。それでも後悔せずにその時その時を楽しく生きる様は、ほむらには随分眩しく映った。満足しているようで後悔だらけの自分とは大違いだ、と。

 

「…何かしら」

「これ、あげるのです」

「…一口チーズ…?」

「最後の一切れなのです。良く味わって食べてほしいのです」

「…」

 

 友好の印ということだろうかとほむらは、自分がチーズを食べるのを待っているなぎさを見つめる。

 

「…いらないわ」

「あげるのです!」

「いらないって言ってるでしょう?」

「はやく食べるのです!」

 

 頑として受け取らないなぎさを困った目で見つめ、手のひらに乗っている小さなチーズを眺める。これを受け取ってしまったら最後、ピュエラうんたらかんたらに所属しなければならないのだろうかと震えるほむら。子供のお守りはお前の仕事だろうと、マミに視線をやってどうにかしろとアイコンタクトをした。

 

 ごめんなさいね、とマミは頷く。仕方ない子ね、となぎさの頭を撫でて自分の固有魔法――リボンを応用した魔法を使って、ワインを出現させた。

 

「ふふ、悪魔がチーズだけ食べるわけないものね。どうぞ」

「あほかぁーー!」

 

 あほかー……あほかー……と、暗い夜空にほむらの悲痛な叫びが響くのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

少女は狼なのよ

心理描写上手いこと書けてるかな…


 

「…はあ」

「どしたの? ほむらー」

「…」

 

 結局あの後、幼女の純真な瞳に根負けしてチーズを受け取ったほむら。美樹ブルー、佐倉レッド、巴イエロー、百江ピンクに続く暁美ブラックとして『ピュエラマギ・ホーリークインテット』に無理やり加入させられることとなった。更に次の日が休みということで新メンバーの歓迎会を開くことになったのだが、ほむらは当然それを固辞した。

 

 そんな彼女の前に差し出されたのは、マミに抱っこされたなぎさ。視線を同じ高さに合わされ、ひたすら『お願い光線』を照射されつづけた悪魔は、少しばかりの抵抗も空しく陥落したのであった。

 

「…で。何故あなたは私についてくるのかしら」

「え? さっきそういうことで決まったじゃん。蒸し返すなよー」

「私は了承していないのだけど」

「まあまあ、気にしなさんな」

「貴女ってほんと、美樹さやか」

「人の名前を悪口みたいに言うなー!」

 

 それぞれが帰路につく段になり、さやかはほむらの家に泊まる旨を両親に伝えるよう杏子に頼んだ。いきなりなんだと訝しむ杏子に、どうしても話さなければいけないことがあるのだと懇願し、なんとか了承を得たのだ。マミは微笑ましいものを見るように目を細め、ほむらはまず私に良いかどうか聞けよと内心で突っ込んだ。

 

「それで、本当のところどういうつもりなの? 寝込みを襲って神の力を取り戻そうとでも言うのかしら」

「違うって。どっちにしろまどかがその場に居なきゃそんなの無理な相談でしょ?」

「ならお目付け役? 心配しなくても約束した以上歓迎会くらいは出るわよ」

「へえ、そりゃ意外だ。あんたのことだから普通に無視するもんだと思ってた……って、そうでもなくて。なんていうか……その、ねえ」

「…?」

「いや、ほら。流石に家に帰ると誤魔化しきれないというか~」

「煮え切らないわね。どういう意味?」

「うー……察しろよぉ」

 

 杏子とは同じ家で暮らしているのだから、お風呂しかり着替えしかりさやかのオットセイを見られる可能性は高いだろう。彼女にとってこんな状態は出来る限り誰にも伏せておきたいし、知っている人間が増えるのは好ましくない。つまり休日二日をほむらの家で過ごし、その間に解決することを期待しているのだ。

 

「訳が解らないわ……あっ! あ、と、その…」

「…解ってくれた?」

「え、でも、わ、私…」

「お願い! これのこと知ってるのあんただけだし、こんなの他の誰にも頼れない…!」

「う、うぅ…」

 

 この謎の現象の秘匿、および解決に力を貸してくれと言外に滲ませて拝み倒すさやか。悩みに悩みぬいているほむらの手を握り、必死に頭を下げている。

 しかし実のところ、悪魔とはいえ性悪な訳ではないほむらにとってそのお願いは特段断るようなものではなかった。同じ女としてもいきなり股間にナニか生えてくる恐怖は共感できるものだ。ならば何故ここまで悩んでいるのかというと――単にお願いの内容を勘違いしているからである。

 

 つまりさやかの『お願い』というのは、昼間なんとか収まったはいいものの、いつまた御立派になるか解らない『さやかちゃん』を『さやかさん』にならないよう『処理』してくれと――そう捉えたのだ。

 

「きょ、杏子……あの子なら、貴女だったら、大丈夫でしょう?」

「大丈夫かもしんないけど、今はほむらじゃなきゃ駄目なんだよ…」

「え、えぇ…!?」

 

 これ知ってるのあんただけだから……という部分はほむらの耳に入らなかった。ぐるぐると思考が目まぐるしく回り、しかし確かに可哀そうだ、などと訳の分からない感情が脳内を埋め尽くす。そしてそうこうしているうちに二人は目的地――ほむらホームに到着し、そのまま中へ入る。

 

「…はっ!? な、なんで家に入ってるのよ!」

「いや、お邪魔しますっていったじゃん。鍵も開けてくれたじゃん」

「あ、貴女は私の敵でしょう!?」

「んー……その辺もちょっと話したいなって。記憶が不鮮明だった時は不信感ばっか募ってたからあんな言い方しちゃったけどさ、私はあんたのこと敵とは思ってないよ」

「な…!」

 

 にへら、と笑うさやかに表情を固まらせるほむら。世界を再編したばかりの敵意丸出しだった美樹さやかはどこへ行ったのかと驚愕し、記憶が戻ったにしても随分と様変わりしすぎな彼女の様子に違和感を覚える。思い出した、というならばここ数日の筈だ。朝の様子を考えると自分がさやかに『生えさせた』という勘違い――それを加味したとしても敵意はそれなりにあったように思える。

 

 態度が軟化するにしても少々露骨がすぎるその様子は、逆にほむらを冷静にさせた。何かを企んでいるのではないのか、と。

 

「…怪しい」

「えっ?」

「あなた、私に何か隠しているでしょう?」

「なな、何をだよ! 別に疚しいことなんか何も…」

「それならちゃんと目を合わして言ってくれるかしら」

「う…」

 

 背を曲げて、下からねめつけるように問い詰めるほむら。両者の顔の距離はぐぐっと縮まり、横に目を反らすさやかは冷や汗を大量に流し始めた。

 

「正直に話しなさい」

「う、嘘なんて言ってない!」

「…」

「…」

「『どうしてかしら。ただ何となく分かってしまうの。貴女が嘘つきだって事』」

「ちょ、そのセリフはぁ…」

「『噓つきの目をしてる。空っぽな言葉を喋ってる。内心は全然別な事を考えてるんでしょう? ごまかし切れるものじゃないわ、そういうの』」

「うがー! 嫌味かあんた! そりゃあの時は悪かったよ! 忠告も無視したし結局あんたの言う通りになったし!」

「挙句の果てに魚になるし」

「うるさーい! あんただって頭がお花畑の魔女になったでしょうが!」

「ちょっと、変な言い方しないで! それだとただのお馬鹿さんみたいに聞こえるじゃない!」

「私だって魚じゃなくて人魚だし!」

「――っ!? あ、あれが、にっ、にんっ…! ぶふっ!」

「ぷ、くくっ…! む、むかつくぅ…!」

 

 言い合う内に変なテンションになっていく二人。苦悩の末の結末であり、後悔と悲恋、そして慟哭と哀哭の道程――それを象徴する魔女の姿形。それを笑い話にできる日がくるなどとは露ほども思っていなかったし、想像すらしていなかっただろう。

 

 ひとしきり罵り合い、二人の腹筋が引きつりそうになった頃にはほむらの疑問もさやかの秘め事も彼方に置き去りにされていたのだった。

 

「…疲れたわ」

「たはは……まあとにかく、悪いけど少しのあいだよろしく頼むよ。ちゃんとお礼はするからさ」

「…とりあえずは誤魔化されてあげる。嘘をついたり人に言えないようなことをしたなら、貴女は勝手に落ち込むタイプだもの」

「ぎく」

「何を企んでいるかは知らないけれど、精々自己嫌悪に苛まれてソウルジェムを濁らさないことね」

「うぅ、肝に銘じます」

 

 ふぁさっと長い髪を靡かせ、ほむらは奥の部屋に歩いていく。色々あったせいで、さやかの幹をティロってフィナーレしなければならないことは綺麗さっぱり忘れていた。まあそれも勘違いではあるのだが。

 

 さやかの方はというと、離れていく悪魔の背を見ながら深く息を吐いていた。保健室でほむらが気絶している間やらかしてしまった一事を思い出し、頭を抱えてぶんぶんと振り回す。先程ほむらが考えていた通り、さやかは朝方まではそれなりの隔意を確かにもっていたのだ。しかしそれも今は雲散霧消している……その理由とは。

 

 人が人に対して優しくなる――それはどういう理由が一般的だろうか。

 

 贈り物をする……なるほど、確かに手っ取り早い上に効果的な手段だろう。あまりに高価なものであれば逆効果になることもあるだろうが、好意を示すには解りやすいやりかただ。

 しかし彼女達のようにこじれた仲であった場合、あまり意味がない手法でもある。

 

 内面を深く知り、理解を深める……これは彼女達にも少し当て嵌まる。互いの辿ってきた道を互いによく知っており――しかし、だからこそ相容れない決定的な部分があったのだ。それ故に対立していたからこそ、ほむらはさやかに違和感を覚えたのだから。

 

 性的な接触を重ねる……これは異性同性を問わず一番心が通じ合いやすい手段だ。そもそもそこに至っている以上は気の置けない仲であることが多いというのはあるだろう。しかしそうでなかったとしても、相手の体温を感じあう行為というのは、精神にも多大な影響を齎すものである。

 

 衣着せぬ物言いというが、まさに裸一貫で向き合えば心の距離も体の距離も近づくのが必然である。

 

 翻って、さやかがほむらにやたらと饒舌になり、態度が軟化した理由を考えてみれば――想像は容易い。男なんて下半身で物を考えているのよ、などとはよく言ったものだ。それは本能でもあり、人が人である正常な証でもあるのだ。

 

 無論ほむらがトイレでしっかり確認した通り、彼女はまだまだ乙女である。ただし『そういう』行為というのは色々な手段があるもので、下半身に思考を汚染されていたとしても、最低限の自制はさやかにもあった。

 

 どこまでやらかしたかは――神のみぞ知るというものである。

 

「ほむらー、着替えある?」

「ないこともないけど…サイズが、ね」

「あー」

「ナイトガウンがあるから、下着の上にそれでも羽織りなさい。サイズフリーだから大丈夫でしょう?」

「サンキュー……って透け透け!? 変態だーー!」

「不満なら帰りなさい」

「う、いや着るけど……さっきの姿もそうだけどさ、ほむらって露出してる服が趣味なの?」

「人聞きが悪いわね。そもそも普通に売ってる服なんだから、おかしくはないでしょう」

「そうかなー」

 

 これじゃナイトガウンていうよりベビードールじゃないか、と呟きながら服を拡げてまじまじと見つめるさやか。流石にブラはないか……サイズが、あっはっはなどとほむらを揶揄い、頬を抓られていた。

 

「ご飯はなにかなー」

「貴女には遠慮という言葉が無いのかしら?」

「やだなー、さやかちゃんといえば謙虚な女性の筆頭じゃん」

「つまり抜きでいいのね」

「ごめんなさい」

 

 よろしい、とほむらがふふんと笑って夕食を並べる。なんだかんだと言っても家に客を入れるのは彼女も初めてのことだ。いつもよりかなり豪華なメニューを次々と置いていく。

 

「プレーン、チーズ、フルーツ、チョコレート、メープル。喜びなさい、普段ならお目にかかれないベジタブル味とポテト味もあるわ」

「…なにこれ」

「カロリーメイトよ」

「わかってるよ! いやそうじゃなくて夕食は!?」

「カロリーメイトよ」

「訳がわからないよ!」

「何が不満だというの?」

「全部だよ!」

 

 全身で不満を表しながらほむらの正気を疑うさやか。彼女の体が異様に軽かった訳はこういうことかと冷や汗をかき、悪魔が栄養失調で死んだら女神の力はどこに行くのだろうと無さそうで有りそうな未来に思いを馳せる。

 

「と・に・か・く、こんなの食事じゃなーい! スーパー行くよ!」

「…お金はあるの? 昼休みに財布の中身を見てため息をついていたけれど」

「…………ほむらお姉さま~」

「あなたみたいな妹を持った覚えはなくってよ、さやか」

「ぷ、くく。なんだ意外とノってくるじゃん。ほらほら、お金は後で返すから行こう!」

「ちょっと、急に手を引っ張らないで…!」

 

 屈託のない笑顔でほむらを引っ張るさやか。困った顔でさやかに引っ張られる、けれど口の端が少しだけ上向いているほむら。

 二人の少女が言い合いをしながら、そして少しだけ笑いあいながら、夜道を歩いていく。

 

 魔法少女達の夜は、まだまだ長い――



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

円環の理の正体

は、百合の園だった…?


 こんがり狐色に焼き上げられたチーズ。グラタン用のオーブン皿を覆う、芳ばしい香りを放つそれの下には未だふつふつとホワイトソースが滾っている。熱気をこれでもかと周囲に振りまくその横には、温泉卵を乗せたシーザーサラダが綺麗に彩られていた。

 

 さくさくのクルトンが酸味のあるドレッシングと合わさった時、間違いなく美味を予感させる鮮やかな緑と白、そして黄色のコントラスト。少しばかり値段の張った果実のジュースを、ほんの少しのミネラルウォーターでカクテルに。ともすれば濃度が過ぎるその甘みを爽やかに和らげ、乳脂が豊富に使用されたこの食卓にある種の清涼感をもたらしてくれるだろう。

 

「…あなた、料理できたのね」

「ふっふーん。恐れ入ったか!」

「別に」

「またまたー。ほれ、卵を握りつぶしちゃうようなほむらちゃーん? 憧れちゃってもいいんだよ?」

「偶々よ」

「ほほう、卵だけに?」

「…」

 

 凍えるような視線でさやかを睨むほむら。熱々の料理とは裏腹に、そのギャグの寒さは極寒の境地。世の中年オヤジでも唸ってしまう程の残念なクオリティである。

 スーパーから帰還した二人は仲良く台所に立って料理を作った。まったく使われた形跡のない水場にさやかは呆れ、しかしそれならばと逆に奮起して調理に力を入れた。

 

 人間の三大欲求に連なるものを疎かにすれば、生きる楽しみも自ずと減ってくる。さやかから見たほむらという少女は、何かにつけて破滅的な思考や諦観、自虐的な振る舞いをしてしまう存在だ。それは食事を一切楽しんでいないことが多少の影響を齎している――彼女がそう考えるのも仕方ないだろう。

 

 美しい少女だ。

 

 可愛い少女だ。

 

 けれど羽根のように軽く、抱きしめれば折れそうな少女だ。

 

 その有様は食事など栄養補給でしかないと――否。それ以下でしかないと、何よりも雄弁に語っている。例え実際に生きてきた年月に相違があったとしても、同い年のクラスメイトがそのような姿を見せている事実を彼女は放置しないし、できもしない。

 

 丁寧に、しっかりと、全力で、ついでに少しばかり邪な愛情も込めてさやかは料理を作った。横で指を切り、手の甲を火傷し、卵を握りつぶした少女を微笑ましく見守りながら。

 

 指を切ったほむらが叫び声をあげた際、思わずさやかがその指を口に含んで血を止めた時などは確かに二人の時間が止まっていた。自分が取った行動に、自分自身で驚愕したさやか。口内に広がる鉄の味が薄くなった瞬間慌てて咥えていた指を放した。唾液がつうっと糸を引き、まるで――

 

 そう。まるで保健室でしてしまった、誰にも言えない秘め事のよう。

 

 そんな記憶が脳内から呼び起こされ、さやかは赤面した。そしてほむらの方はというと、こちらはこちらで艶めかしい舌と唇の感触に頬を染めていた。そもそも彼女は他人との身体的な接触が極端に少ない人生を送ってきた故に、突発的な接触――特に好意的なそれに触れてしまえば、素の彼女に戻ってしまうのだ。

 

 まあそんなラブコメのようなシーンがいくつか量産されつつも、料理は完成した。戦力どころかマイナスにしかならなかったほむらがため息をついていたのもご愛敬といったところだろうか。

 

「じゃー食べよっか! いただきまーす」

「いただくわ」

 

 テレビの無いほむらの家は喧騒と無縁の場所である。時折、食器とスプーンがカチリと音を響かせる以外はしんとしている。友達同士のたわいない会話など彼女達にできようはずもない。なにせ普通の日常生活においての接触というものが殆どないのだから。

 

「それにしても、ほむらとご飯食べるのもいつぶりだろ」

「…ループを始める前だったかしら」

「んー……いや違う違う。初日にお弁当誘ったら俯いて首振ってたじゃん」

 

 内気な転校生に世話を焼く。そんな役割がぴったりのさやかではあるが、ほむらの内向的な性格はそれを拒絶した。まどかに救われ多少その気質が改善されたとはいえ、さやかとは殆ど接触していなかった一周目。

 

「初めて一緒に食べたのはたぶん二回目じゃない? ほら、転校初日に、ぶふっ、くくっ……皆の前で『私も魔法少女になったんだよ!』って、まどかに言った時」

「わ、忘れなさい!」

「いや、だって、くひひ……あれはないでしょ…! お、思い出したらお腹痛くなってきた…!」

 

 憧れの少女と同じ存在になれた。失った少女とまた巡り合えた。その嬉しさは人の目を憚らず感情のままにほむらを行動させたのだ。彼女の主観での『一回目』は、クラスに馴染めない転校生が寂しく存在しているだけだった。

 『二回目』は、明らかな奇異と笑いの目――そのループ自体では彼女も気付いていなかったが、今思えば間違いなく『電波ちゃん』と見られていたと確信していた。まあ転校初日に魔法少女宣言などすれば当然の帰結であろう。

 その回は周囲の目が生暖かく、さやかにしても、自分にやたらと優しかった覚えがほむらにあった。

 

「…それにしても、記憶が鮮明ね。円環の理に保存されていた魔法少女の記憶は『記録』でしかない。因果の溜まる理由であった私とまどかの記憶こそ、まどかの主観という形で鮮明に記録はされていたけれど…」

「そりゃあ、まどかの主観なんだから私の記録だって随分残ってたもん。自分の記憶で補完すればだいたい起きた事のおおよそは理解できるって」

「そう…」

 

 誰かに理解してほしくなどなかった。けれど誰かに理解してほしかった。誰も信じてくれず、誰も理解しないからこそ意固地になった。もう誰かの理解などいらないと頑なになっても、しかし目指すところは誰かの理解を得ずして終着には至らない。

 

 最後の最後に、叶えたかった願いそのものであるまどかが己の過去の全てを理解して――けれどその心情まではけっして理解してくれていなかった。ほむらはどこまでもまどかに救われてほしかったのだ。救いを与える存在になどなってほしくはなかったのだ。

 

「…」

「どしたの?」

「いいえ、なんでもないわ」

「いや、なんでもあるような顔して言う事じゃないでしょ」

「そういう、他人にずけずけと踏み入るような性格は直した方がいいんじゃないかしら」

「でもあんたにはずけずけ入らないと離れていくばっかじゃない」

「それで問題ないわ」

「私にとっては問題なの!」

 

 すました顔のほむらを唇を尖らせて見つめるさやか。今日一日で随分と距離が縮んだと考えていた彼女であったが、まだまだ壁は厚いようだ。とはいえ予想外の事態に弱く、頭が真っ白になれば素直になるのは見て取れているのだ。やりようならいくらでもあるだろう。

 

 さやかが目指すもの――まどかの力を取り返すという目的は不変のものではあるが、手段に関してはその限りではない。敵対して力づくという手段ではなく、理解して説得するという方向もきっと間違いじゃないと、彼女は信じていた。

 

 思えばずっと険悪な仲が続いてきたのだ。先の世界で素のほむらに接して、ようやく少し心が絆された。それを覆す程の裏切りを目の当たりにして、さやかが憤慨していたのは確かに事実だ。

 

 しかし記憶を取り戻すにつれほむらを理解し、今朝がたの騒動でほとんど敵意はなくなってしまった。誰よりもまどかの為に動いて、どこまでも自分を不幸にする少女暁美ほむら。その行動が間違いだと思ってはいても、その想いだけはけっして間違いではないとさやかも思っているのだ。

 

 まどかに力が戻って、みんなで円環の理として楽しく過ごす。それでいいじゃないかと彼女は思う。今の生は楽しく、それを失うのは確かに悲しい。しかしこのままではまどかもほむらも幸せになりようがない。

 

 キュゥべえの思惑が絡んだとはいえ、魔法少女は人類の負の感情エネルギーを一身に背負ってきた。そしてまどかとほむらはその負債を全てその身に肩代わりさせた。誰かが不幸を背負ってしまうというなら、せめて少しくらいの我儘は通したっていいじゃないかとさやかは思う。

 

 永遠に魔法少女を救済しなければならず、現世に自分が存在した痕跡は何もない。そんな不幸。けれどきっと二人が一緒にそれを為すなら幸せにだって変えられる。ほむらにとってまどかは特別で、まどかにだってほむらは特別なのだ。

 全ての魔法少女に平等の救いを齎す円環の理『鹿目まどか』は、世界で唯一の魔女『暁美ほむら』を救うべく相当な力を割いた。これが特別と言わずしてなんだというのか。

 

 キュゥべえは『円環の理』を概念と呼んだ。しかし円環の理であったさやかにはちゃんとその間の記憶もある。人間として過ごしたわけではないけれど、概念だの思念だの溶け合った思考だのLCLだのとはけっして違うのだ。

 

 まどかが『円環せんべい』をばりばりと食べながらほむらの頑張りを円環テレビ(下界監視用)で見つめる様子を呆れてみていた記憶もある。

 

 まどかが円環カメラを構えながらほむらの雄姿を写真にしていた記憶もある。

 

 魔法少女が円環の理に導かれる際は、魔法少女姿のまどかの分身が傍らに現れるだけである。しかしほむらが導かれかけた時はサーカスの様に華やかで、迎えにいく様はエ〇クトリカ〇パレード(円環仕様)であった。

 

 特別以外にありえないだろう。そしてもう少し自重しろよと突っ込みをいれた記憶も、もちろんある。それを知ればきっとほむらだって悪くは思わないと彼女は考える。

 

「ほむらはさ……いや、やっぱなんでもない」

「…?」

「料理は、その、美味しい?」

「ええ。このチーズはカロリーメイト(チーズ味)を彷彿とさせるし、ホクホクのジャガイモもカロリーメイト(ポテト味)に勝るとも劣らない。サラダもカロリーメイト(ベジタブル味)にけっして負けていないわ」

「褒めてないよそれ!」

「冗談よ」

「むうぅ…」

 

 頬を膨らませるさやか。気を取り直して自分も料理を堪能し、説得は寝る前にするかと舌鼓を打つ。少なくとも彼女には、スプーンに乗せたジャガイモをふうふうして冷ましている少女が悪魔などとは思えなかった。

 

「ねえほむら」

「…?」

「夜、少しだけ相手してもらえるかな」

「――――ひゅぃっ!? あ、や、え…」

 

 きっと話し合えば解り合えるよ。そんな思いを込めたさやかの微笑みは、ほむらにとって悪魔の笑顔に見えたのだった。

 

 勘違いはまだまだ続く。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

裸の付き合い

わーい一瞬ランキングに乗ったー

まあほんとに一瞬だったけど。


 病的なまでに青白い肢体に温水が滴り落ちていく。頭からざあざあと流れ続けるシャワーの湯を、まったく関せずにほむらは体を洗い流していた。熱さで頭が呆としている――しかしそれのせいだけではない。いや、むしろ理由の比率としては弱い方だろう。

 

 彼女はこの後の……つまり体を洗い終えた後の事について頭を茹らせ、殊更に悩ませているのだ。長い艶やかな黒髪を、水気のせいで体に張り付いて色気を醸し出している黒髪を、白魚のように美しい指先で弄くる。普段は一回で済ませているシャンプーはもう三回目だ。逆に髪にダメージを与えかねない所業だが、風呂場を出る踏ん切りがつかない彼女には必要な段取りでもあった。

 

 きゅっと蛇口を捻って、シャワーを止める。久方ぶりにまともな食事をした体は、いつもより心なしか血色が良い。青白いことは青白いのだが、白い陶器のような美しさと表現できなくもない程度だ。然り、大した膨らみのない胸も産毛すらない恥丘も陶器のようである。

 

「ふうぅ…」

 

 零れた吐息は熱を持ち、ため息とは違うそれは何かを期待しているようでもある。丹念に、入念に体の隅々まで丁寧に擦りあげ、彼女はようやく風呂場から抜け出した。湯を長く浴びすぎたせいか体は火照り、そして別の理由でもほんのりと桜色に染まっていた。

 

「どうしよう…」

 

 体に纏わりついた水滴を全て拭き取り、おろしたての下着を履き、いつもの寝間着を頭から被ろうとするほむら。今更ながら、この家にあるベッドの数に思いを馳せる。そう、たった一つきりしかないそれはサイズこそそれなりに大きいが――煽情的な格好をしたさやかと床を共にするというならば、狭すぎる。少なくともほむらにとっては心もとない広さでしかない。

 

 いったいナニをされてしまうのか。さやかの鞘から剣を抜いてスクワルタトーレ? ティロってフィナーレさせて、最後はクリームなヒルトでグレートヒェンなのか。訳の分からないことを考えながら、ほむらはそのまま洗面所で歯を磨く。

 

 既にさやかのお願いを了承したような形になっているこの状況に、彼女は心臓の鼓動が早まっていることを自覚する。

 

「be cool……be coolよ、暁美ほむら。別に私があの子のアレを治めてあげる必要なんて一切ないでしょう? 情を捨てなさい。義理など悪魔には必要ない。私はまどかが幸せになるのをただ見守っていくだけでいい。美樹さやかは……敵よ!」

「ほむらー、お風呂長いけど大丈夫? 倒れたりしてない?」

「敵よわぁあーー!?」

「敵!? 魔獣が出たの!? くっ、入るよほむら!」

「ち、ちがっ、あわわっ」

「血が出たの!? 今助けるからね!」

 

 既にほむらが湯あみを初めて一時間半。いくら女性であったとしても流石に心配になる時間だろう。ただでさえ今日は数回も気絶しているのだ。血行が良くなりすぎてふらつき、浴槽に沈んでいないか心配になるのも当然と言えば当然。

 

 風呂場を出ればそこは洗面所になっており、その洗面所を隔てている扉越しにさやかは声をかけたのだ。そして帰ってきたのは叫び声と『敵』の一言。扉を開ける許可を得るか得ないかの瞬間に聞いたのは『血』という言葉。さやかは瞬時に変身をして中へと飛び込んだ。

 

 まず目に入ったのは寝間着を手に持ったまま固まっているほむらの裸体。目に見える部分に血は見えないが、今は考えている暇は無いとばかりに彼女はほむらを抱きとめ、洗面所を転がりでた。

 

「ほむら! 大丈夫?」

「あや、あわ」

「くっ、姿を隠す魔獣か!」

 

 驚きと羞恥で呂律が回っていないほむらを抱えて、姿の見えない魔獣を警戒するさやか。その姿はまさに姫を守護する勇者の如し。怪我の箇所が一見して不明なため、ほむらを全身で包み込み回復魔法を施す様は慈母にも見える。

 

 回復の魔法で癒され、全身を温もりで包み込まれたような感触にほむらは戸惑う。傷はなくとも、その心地よさは全身をほぐされているような気分にさせる。他人を癒すという願いをかけたからこそ操れる、優しさの象徴とも言える回復魔法。かけられた側からすれば心まで癒されるような、そんな心持になる温かい魔法だ。

 

「ほむら、敵は……っ、ほむら…?」

「…っ」

「…どう、したの? まだどこか痛い?」

「敵――敵なんか……ぅ、い、居ないわ。どこにも。敵なんかじゃ、ない…」

「ほむら…」

 

 一向に魔獣の気配を感じないことに、流石に違和感を覚えるさやか。どうなっているかを問おうかと視線を下げれば、表情を見せたくないとばかりに顔を胸に埋めるほむら。それがなんだか泣いているように見えて、さやかはまだまだ水気を含んでいる頭を優しく撫でつけた。

 

「敵は、居ないんだよな?」

 

 こくりと首を僅かに振ったほむらを見て、ようやくさやかは体の力を抜いた。いったい何が起きたんだろうと訝しみつつも、時折体を震わせる少女を抱きしめたまま撫で続ける。

 

 涙に質というものがあるならば、これはきっと自分が流した涙と同じだと彼女は感じ取った。『あたしってほんと馬鹿』 その言葉を最後に、その涙を最後に魔女と化した自分と同じ。

 

「…誰も敵じゃないよ。敵なんか居ない。誓うよ、あんたが納得するまでは絶対に無理強いなんかしない」

「納得なんて――絶対にできない。まどかが円環の理に戻るなんて……絶対に認めない!」

「それでも、だよ。魂をかけてまでまどかを守りたいあんたと、解りあえないことなんて絶対にない」

「そんなの……無理よ…」

「無理なんかじゃない! あんたがまどかを救いたいみたいに、私だってあんたを救いたいんだ! 本当にこんな結末が、この世界が最善だっていうなら――泣き顔なんて見せるなよ!」

「…っ!」

 

 人は希望なしに生きられない。そしてほむらにとってこの世界は希望のない世界だ。まどかという存在は希望と同時に絶望をも孕んでいる。狂おしいほどに渇望した彼女の幸せは、自分が隣に居ると成立しない。ただただ最初に出会った時のような、笑いあえる日は二度とこない。

 

 希望が傍にあるのに、絶対に触れてはならない。それは単なる絶望よりも遥かに苦しいだろう。だから彼女は悪魔を名乗るのだ。人間ではなく悪魔だから、希望など無くても生きていけると。

 

 それは――きっと、どうしようもない程に瘦せ我慢だ。耐えて、耐えて、耐えて、どこまで続くかも知れない嗟嘆の道。

 

「あんた一人が全部背負いこむなんて、認めるもんか。人は平等じゃないけど、世界は平等じゃないけど、誰か一人に背負わせるなんて間違ってる」

「なら! まどかが全部を背負うのは正しいとでも言うの!? 私はそんなの絶対認めない!」

「一人じゃないよ。まどかには私が居る。なぎさも居る。導かれた魔法少女達が居る。一人ぼっちなんかじゃないし、絶対にさせない。『まどか』が円環の理じゃないんだ……『私達』が円環の理なんだ」

「そんなの…!」

 

 言葉に詰まり、尻すぼみに声を絞りつくしていくほむら。さやかは目を反らさずに真っ向から彼女と向き合った。『絶対に後悔なんてしない』――何度も宣って、何度も裏切ったその言葉を、今度こそは真実にしてみせると。目の前の少女にも絶対後悔なんてさせるものか、と。

 

「今はそれでいいんだ。あんたが心を殺してまどかを守るっていうんなら、私があんたの心を守ってあげる。だからほむら……私と友達になってよ」

「なに、を…」

「嫌?」

「…っ」

 

 ほむらにとって『友達』とは、後にも先にもまどか一人だった。きっと、だからこそ執着して、だからこそここまで辿り着いた。円環の理になる直前のまどかの言葉――『ほむらちゃんは、私の最高の友達だったんだね』という言葉は最大の感謝でもあり、しかし彼女の心をより縛るものでもあったのだろう。

 

 だからこそさやかは友達になってほしいとほむらに伝えた。心の拠り所が一つしか無いのならば、二つに増やせばいいと。二つで足りないのなら三つで。それでも足りなければいくらでも持ってくる。『最高の友達』が一人だけなんて決まりはないのだから。

 

「頑張ったよね。全部知ってる。あんたは世界の誰よりも頑張ったんだ。他の誰が知らなくても、私はあんたの頑張りを知ってる……『偉いよ、ほむら』」

「――――ぅっ…!」

 

 誰も知らない。だから誰も褒めない。彼女は褒めてほしいからやっているんじゃない……そんなことはさやかにも解り切っていることだ。けれど、誰かが褒めなくちゃいけないんだと頭を撫でて優しく告げる。

 

 いつ終わるとも知れない地獄のような道を歩き続けた少女。

 

 とても不器用な少女。

 

 ループの内の一回だけでも割り切って情報収集に努めれば何かが変わるかもしれないのに、ただの一度きりも友達を諦めなかった少女。

 

 全てが終わっても誰も彼女の頑張りを知らない。知った存在と言えば歪んだ孵卵器くらいのもので、挙句にその知識を利用して円環の理を手中に収めようとした非道の生物など数にも含めたくはないだろう。

 

 だからさやかは優しく頭を撫で続ける。世界で一番の頑張り屋さんが、少しでも安らぐように。

 

「う――ううぅ…」

「ほら、体冷えちゃったでしょ? 私もあんたの髪で濡れちゃったし、一緒に入ろっか」

「うん――――うん?」

「よーし! 裸の付き合いで親交も深まるってもんだ!」

「え、いや、ちょ」

「背中流したげる!」

「ひゅいっ!?」

 

 さやかが自分の体にツいているものの存在を思い出すまで、あと少し――

 




あぁ^~心がさやさやするんじゃぁ^~

さやさやとは薄いものが触れ合う音の表現である。

つまりまどかとほむらが抱きしめあえばさやさやしている…?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

巴マミ(15)の平凡な日常

まどマギ2のまんじゅうダンス、可愛すぎてホールでにやにやしてしまった。自分がキモすぎてやばい。


 見滝原の街の中心に近いお洒落なマンション。それが魔法少女巴マミの住居である。事故で両親を失ってからは一人で生活をしているものの、隣に住む百江一家との交流もあり彼女はそれなりに毎日を楽しく過ごしている。

 

「いらっしゃい暁美さん。あら、美樹さんは一緒じゃないの?」

「少し用があるらしいから、後で来るわ」

「そう、じゃあお茶でも飲んで待っていましょうか。佐倉さんはいつも遅刻だし、なぎさは夜までご両親とお出かけなのよ」

「そう」

「うふふ……二人きりの時は素を出していいのよ暁美さん」

「はっ、え…?」

「ずっと悪魔だなんて疲れるでしょう? そういうのはメリハリをつけなきゃね」

「…」

 

 ガギリ、とほむらは歯ぎしりをして顔を歪める。このチーズ頭はどう説明すれば解ってくれるのだろうかと頭を悩まし、しかし結局何を話しても無駄だろうと早々に諦めた。先の世界――ほむらの体感時間でも大した経過はしていない――でも『ピュエラマギ・ホーリークインテット』に加入した際は似たような体験をしたものだ。

 

 とにかくマミは勘違いすると突っ走り、認識が固まると覆しがたく、調子に乗ると油断する、ほむらにとってダメダメな先輩なのだ。とはいえ最初に魔法少女のなんたるかを――主に戦闘についての部分を教授してくれたのも彼女である。いわば師とも言えるマミに、ほむらはある程度の恩義と敬意は持っているのだ。

 

 もちろんループにおいては常に障害となった邪魔な存在でもあり、混乱して暴走すると仲間まで撃ってしまうお困りガールでもあったので、プラスマイナスでいうと若干マイナスよりである。そこに自分が彼女を何度も見捨てた後ろめたさを加味してようやくとんとんくらいだろうか。

 

 そんな関係性であるからこそ、ほむらはマミの手綱の取り方はある程度熟知している――というよりか、自分が創った世界でようやく理解したと言った方が正しいだろう。彼女とほむらが一番良い関係になれるのは、結局のところ『先輩』と『後輩』を明確にした時なのだ。

 

 壁を作るという意味ではなく、マミにとって『自分を慕う後輩』という存在はとても受け入れやすいということだ。つまり『マミ先輩!』などとよいしょしておけば簡単に仲良くなれるのである。彼女はチョロインなのだ。めんどくさくなったほむらは仕方なく『そう』することに決めた。

 

「そう、ですよね。生意気な口を聞いてすいませんでした、巴先輩」

「うーん……そうかしこまられるのも悲しいわ。マミって呼んでいいのよ?」

「マミ先輩」

「くふんっ! ……んん! うん、いいんじゃないかしら! 私もほむらさんって呼ぶわね」

「はい、マミ先輩」

「ふふ、うふふ…」

 

 チョロイ、とほむらは内心で少し呆れた。数々のループでもこうやっておけばスムーズにいったのかな、という少しの後悔も感じつつ相好を崩すマミを持ち上げるのであった。

 

「そういえばマンションに来る時迷わなかった? 少し解りにくいでしょう、この家。場所は美樹さんに聞いたのかしら」

「えっ、あ……はい。大丈夫でした」

「二人が仲良くなって嬉しいわ。同じ魔法少女なんだもの、一緒に戦った方が効率もいいでしょう?」

「そう、ですね」

「…ほむらさんはどんな紅茶が好きかしら? 好みがあったら遠慮なく言ってちょうだいね」

「特には」

「えーと…」

「…」

 

 話題が尽きて慌てるマミ。とはいえこれに関しては話を振られても一切拡げないほむらのせいでもあるだろう。十数秒の無言の時間が続き、金髪の巻髪をへにょんとさせてしょぼくれる様子は捨てられた子犬を彷彿とさせている。

 

 はあ、とため息をついてほむらは口を開く。

 

「…マミ先輩はフレーバーティーなんか好きそうです、ね」

「えっ? あ……ええ、そうね! 偶に贅沢したい時なんかはテイラーズを取り寄せたりなんかしちゃったり…!」

「私はアッサムが好きです」

「あら、もしかしてミルクティーが好きなのかしら?」

「はい。子供っぽいですか?」

「ううん、そんなことないわ。むしろ英国ではミルクティーの方が好んで飲まれるの……そうだ! そういうことなら…」

 

 ほむらが話し出した途端元気を取り戻すマミ。尻尾があればぶんぶん振っているであろうハイテンションぶりにほむらは少し引き気味である。ミルクティーが好きだという彼女に新しく紅茶を淹れようと、いそいそ水屋の方に向かうマミであったが――その後姿を見てほむらは強い既視感に襲われた。

 

 いつかの世界であったマミのおっちょこちょい。珍しく友好的な関係になれた世界線にて、先ほどと同じような会話をしたことを思い出したのだ。そして同じようにアッサムの葉を水屋の上の方から取り出そうとして転倒し、頭を打って気絶。

 

 そんな光景が一瞬脳裏に蘇り、ほむらはリビングから見えるキッチンの中――椅子に乗って立ち上がり、上にある紅茶缶を下ろそうとしてぐらついているマミの姿を見止める。

 

「…」

 

 別に命に別状は無かったし、静かになるなら別にいいか…

 

 などと酷すぎる考えを一瞬過らせたが、流石にこけると解っていて放置するのも寝覚めが悪いかと立ち上がる。別段大した労力も必要ない。ごそごそと棚を漁っているマミの背中を少し抑えれば済む話だ。

 

 とりとめのない悲劇はこんな簡単に防げるのに、と少し自嘲するほむら。小さな手を見つめ、しかし考えても詮無いことかと再び視線をマミの背中に戻した。

 

「んー……あった! そろそろ整理しないとごちゃごちゃねぇ……っ、とっ、きゃ――」

「…大丈夫ですかマミせんほむぎゅぅっ!?」

 

 運命とは些細な一事で簡単に姿を変える。数グラム材料を入れすぎただけで大失敗につながるお菓子のように。誰かが手を加えたならば、結果的に被害者が入れ替わることも十分にあり得ることだ。

 

 ほむらの最大の誤算、それはマミの体重が予想以上に半端では無かったことである。軽やかに舞い、鮮やかに魔獣を屠るその姿とは裏腹に、彼女の体重は中々のものなのだ。特に胸に二つ巨大なミサイルを搭載している都合上、同世代の平均体重を些か以上に上回っているのである。

 

 華奢なほむらが片手を添えた程度でマミの体重は支えきれない。結果的に二人は揉みあうように倒れこみ、ドスンという音を響かせて縺れ合う。

 

「ご、ごめんなさい暁美さ――ほむらさん……ほむらさん!?」

「きゅぅ」

 

 あと何回気絶すればいいのだろう。そんな事を考えながらほむらはまたもや意識を手放す。そもそも人間が気絶するということは結構な危険信号なのだが――まぁ悪魔なので大事には至らない。そういうことで、そういうことなのである。

 

「ほむらさーん!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 温かい日差しが差し込む長閑な居間。モダンな雰囲気のその部屋には、一人の『魔法少女』が座り込んでいた。胸を強調するようなコルセット。白と黄色を基調とした可愛さも垣間見える魔法のコスチュームは、しかし部屋の雰囲気には釣り合っていない。

 

「う……ん…」

「ほむらさん、大丈夫?」

「あ、え…」

「ごめんなさい、それとありがとう。助けようとしてくれたんでしょう?」

「…はい」

「魔法で癒しはしたけれど、大丈夫かしら? あんまり回復魔法は得意じゃなくって…」

「…凄く、温かいです」

「そう? ふふ、良かった」

 

 そんな魔法少女に膝枕をされているほむら。魔法を使える者にすれば、救急車を呼ぶよりも回復魔法を使用した方が手っ取り早い故に、このような状況になっているのだ。もちろん適正の無い者には回復魔法など使えはしないが、マミは『死にたくない』という願いを代価に魔法少女になった。

 

 直接的に回復を願ったわけではないものの、回復魔法を使える素養程度なら十分にある。更に言えば彼女は現役の魔法少女の中ではトップクラスの経験値を持っているのだ。ベテランと言い換えてもいいそれは、その素養を現実に変えることに一役も二役もかっていた。

 

「もう大丈夫です。ありがとうございました」

「だーめ。頭の怪我はちゃんと治療しておかないと危ないんだから」

「…」

「ふふ、こうしてるとなぎさに膝枕してるみたい……あの子も最近はせがんでこないのよね」

「…っ」

 

 マミは気付かない。ほむらが能面のような表情になっていることに。

 

「…」

「…」

 

 穏やかな沈黙と思っているのはマミだけだ。魔法をかけつつ頭を撫でていても、ほむらの表情は動かない。何故かと言うならば、それはほむらが『仰向け』になっているからとしか言いようがないだろう。

 

 マミの柔らかいふとももに後頭部を乗せればどんな光景が見えるか想像してほしい。 …お解りいただけただろうか。ほむらの顔に影が差さる程に、圧倒的な質量が目の前に迫っているのだ。くすくすと笑うたびにふよんと震えるそれは、女性の象徴としか形容できない偉大さを彼女に見せ付けている。そして極めつけにほむらの事をなぎさ扱いまでし始めたのだ。

 

 私の胸はあんな幼女と同じだとでも言いたいのか――そうほむらが怒りを覚えても仕方ないだろう。いや、仕方なくはない。穿ち過ぎである。

 

「…」

「んっ、あ、暁美さん? あ、いえ、ほむらさん?」

 

 もう何も見たくない。絶望の表情で拳を握り締めたほむらは、自ら体の向きを変えてうつ伏せになった。ふとももに顔を埋め、全てから顔を背けたのだ。

 

 女同士とはいえ流石にマミも少々恥ずかしい様子で、自分の腰にがっしりと手を回したほむらの背中を揺さぶっている。

 

「もう……甘えん坊さんね。ふふ、悪魔だなんて思えないわ」

 

 我儘な子供のように動かないほむらに、マミは抵抗を諦めた。長く艶やかな黒髪を手で優しく梳いて、微笑んでいる。ほむらも離れたいのはやまやまなのだが、女の子として見せてはいけない般若顔になっているので顔を上げるに上げられないのである。

 

 そしてそうこうしている内に、約束の時間にだいぶ遅れた二人の魔法少女が示し合わせたようにやってきた。

 

「こんちゃーす! 開いてたんで入ってきちゃいましたー……ぁああっ!?」

「勝手に入ってるぜマミー……おおっ?」

「いらっしゃい、二人とも」

「…っ!!」

 

 声がした瞬間、がばりと起き上がって何事もなかったように座り込むほむら。いくらなんでもあの状況を人に見られるのは恥ずかしいということだろう。顔を赤くしてふぁさっと髪を後ろに流す。

 

「遅かったわね」

「ああ悪い悪い。テレビ見てたらつい……で、暁美は何してたんだ? まさかクールな、あ、悪魔が、膝枕なんてこたないよなあ…? ぶふっ」

「…っ」

 

 からかう様に問いかけてくる杏子に、ほむらはぐっと言葉を詰まらせる。あの態勢をしていた言い訳など上手く浮かんでくる筈もなく、視線を彷徨わせる。そして隣のさやかに目をやれば、訝しむような眼で睨まれた。何故そんな眼で見られなければならないのだ、とほむらが俯くと彼女ははっとした顔でかぶりを振った。

 

「あら、別にいいじゃない。それにほむらさんは私が転びそうになったところを助けてくれて頭を打ったのよ。回復魔法を使うのにもこの方がやりやすいんだもの」

「ふーん……ま、んなこったろーとは思ったけどさ。にしても暁美って女好きなのか? 最近見ただけでも転校生に抱き着くわ、さやかに押し倒されるわ、マミの腰に抱き着いてるわ…」

「人聞きが悪いわね。そもそも二つ目は被害者じゃない」

「え…」

 

 杏子の突っ込みに反論するほむらであったが、さやかの方からか細い震え声が聞こえ、驚きに目を見開く。目を向ければ、視線を右方向に泳がせて頭を掻いている彼女の姿。いやーあの時はごめんごめん、とあっけらかんに謝罪する様子は――

 

 ほむらが何度も見た、嫌でも覚えてしまった、彼女の『動揺』のサイン。何でもないふりをして、なんでも『ある』彼女の強がりの表れだ。

 

「べ、別に嫌というわけじゃないけれど! そもそも服を直そうとして倒れこんだだけじゃない」

「…ん? お前あの時寝てたんじゃねーのか?」

「――っ!? あ、いえ、あやっ」

「…!」

 

 慌てたほむらはすぐにフォローを入れるが、見事に狸寝入りの墓穴を掘られた。驚くほど狼狽するほむらの態度は、ベッドでの一事が記憶にあることを何よりも物語っている。それを見たさやかは、先程差した一瞬の影が気のせいであったかのようにぱっと微笑む。

 

「なによほむらー、そんなに慌てて。な・ん・で・起きなかったのかなー!」

「お、起きる気分じゃなかっただけよ」

「ほほーう……あっははは! もう、可愛いとこあるじゃんほむら! ほれほれ、ほむらは私の嫁になるのだ~」

「…はぁ。それはまどかに言うセリフでしょう? くっつかないで。うざったいわ」

「このツンデレめー! まどかはまどか、ほむらはほむらだよ。うーん、一夫多妻というやつも…」

「どこに『夫』があるのよ、どこに」

「お前らめちゃくちゃ仲悪くなかったっけ?」

 

 旧知の親友のようにじゃれ合う二人を見て、杏子は呆れるようにため息をつく。いがみ合っていた――というよりさやかが一方的に嫌っていたという方が正しいが、とにかく『お前ら仲違いしてたんじゃねーのかよ』、と。

 

「仲が良いのは良い事じゃない。それよりケーキはどうかしら? 佐倉さんはミルクコーヒーでいいのよね」

「食べる! コーヒーの砂糖は多めでな!」

「はいはい」

 

 マミがキッチンへ向かい、杏子がその後を追う。さやかがほむらを弄くりたおし、ほむらがさやかを引っぺがそうと悪戦苦闘している。

 

 麗らかな魔法少女達の日常であった。




百合弓道に百合ビーチバレーに百合黒ひげ危機一髪に百合射的と、たとえギャンブルと言えど新しい妄想を提供してくれる姿勢には感服ですな。

-3万(*^-^*)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔獣とは目線にモザイクがかかった男性の総称である

 

 『魔獣』とは人に仇なす化け物の総称である。いくつか種類が確認されており、強いものとなると改変される前の世界に存在した『魔女』――その中でも上位に位置するものと遜色ない強さを誇る。とはいえ基本的には雑魚の群れである最下級の存在が多数を占めているし、最上位の魔獣ともなればお目にかかる機会もほとんどないと言っていいだろう。

 

 そして『魔獣』とは魔法少女に仇なす変態の総称でもある。なにせ目線部分をモザイクで覆った男性の様な姿をしているのだ。聖職者の様な出で立ちが逆にキモさを助長しており、多感な少女達にとっては色んな意味で嫌悪感を催す存在である。

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

 そして今。見滝原のとある場所で、そんな変態集団と戦闘を繰り広げる魔法少女達の姿があった。特に声を張り上げて必殺技名を叫ぶ黄色の魔法少女は、新人にいいところを見せようと張り切っているのがありありと見て取れる。

 

「おーおー、張り切ってるなマミの奴」

「いつもの三割増しで飛び回ってるねー」

「あの状態が一番危ないわ。二人とも注意して見ていなさい」

「あん? なんでお前にんなこと解んだよ」

 

 ほむらが体験した数多のループにおけるマミの死因ランキング、堂々のナンバーワンは『油断と慢心』である。お前はどこぞの英雄王かという理由ではあるが、実際仲間が増えそうになる、もしくはそれが確定した時の彼女は非常に調子に乗ってしまうのだ。

 

 痛いほどそれが身に染みているほむらは、さやかと杏子に忠告を促した。さやかの方はしっかりと記憶にもあるため当然とばかりに頷いたが、杏子はいきなり新人が上から目線で忠告をしてきたことに少し眉をひそめる。

 

「ま、まあまあ! ほむらもマミさんを心配して言ってる訳だし!」

「いや、別に怒ってるわけじゃねーよ。ちょっと気になっただけさ」

「…調子に乗った魔法少女程危険なものはないでしょう? 現役最強なんて言われていても、死と隣り合わせなのは変わらない。貴女も気を付けることね」

「へえ…? 偉そうにすんのは構わないけどさ、侮られるのは好きじゃないんだよね。マミが最強ってのにも一言いいたいし」

「…貴女は言葉より行動で示すタイプだと思っていたのだけれど」

「はん…! 上等! その挑発、受けて立ってやるよ」

「ちょ、ちょっと」

 

 ほむらにとって杏子は旧知の仲と言ってもいい間柄だ。しかし今の杏子にとってほむらは単なるクラスメイト兼新メンバー。そんな彼女の軽い挑発を受け流す程度、クレバーな杏子にとっては大した自制も必要はない。しかし冷たさを含むような言葉とは裏腹に、ほむらの瞳には『当然の期待』と『僅かな信頼』が垣間見えていた。

 

 にっと笑って、杏子は挑発を真っ向から受け止める。対立ではなく、確認。『信頼』の確認だ。杏子は言われずとも理解し、ほむらは言わずとも理解させた。そこには奇妙な『信用』が成り立っていた。

 

「体が軽い…! 今ならどんな魔獣だって倒してみせる!」

 

 そんな二人をさて置いて、順調に死亡フラグを積み立てていくマミ。まさに『MK5』。マミで首パク5分前である。一気に決めさせて貰うわよ、などと言い始めたらかなりの危険域であるのは間違いないだろう。

 

「一気に決めさせて、貰うわよっ!」

 

 レッドゾーン突入だ。数秒後にはきっと魔法少女の死体が一つ出来上がっていることだろう――彼女が一人ならば、ではあるが。

 

「一人で突っ走ってんじゃねーよマミ。今後ろ見えてたか?」

「え? あ……とと、当然よ! 黄金の美脚が魔獣を狙いさだめていたのに気づかないなんて、さ、佐倉さんらしくないわね!」

「へいへい…」

 

 後ろからマミに近寄っていた魔獣を杏子が蹴散らす。強がりもさらりと聞き流して、ほむらに見せ付けるように舞う彼女は流麗という言葉がよく似合う鮮やかさだ。魔獣の集団に自ら突っ込んでいったマミのフォローを的確に重ね、そして今度はお前の番だとでも言う様にほむらに視線を向けた。

 

「…ぼうっとしてないで行くわよ」

「う、うん……あのさほむら、悪魔の恰好やめてるけど戦えるの?」

「別に服装は関係ないでしょう。貴女達に合わせただけよ」

 

 今のほむらの恰好は、以前の魔法少女の姿と同様だ。髪を後ろに流しながら、なんでもないように『ピュエラマギ・ホーリークインテット』の流儀に合わせただけだとさやかに説明した――が、しかし実のところは杏子に悪魔の姿を『変態』と言われたことでショックを受けたせいであったりもする。

 

 夜に鏡の前でくるくると回って確認し、がっくりと肩を落として魔法少女の服装に戻したのは彼女だけの秘密である。

 

「…その盾、使えるの?」

「時間停止のことを言っているのなら、ええ、使えるわ。別に使う必要もないけれど」

「そっ、か…」

「…?」

 

 少しほむらを見つめた後、さやかも剣を手に杏子の援護に向かう。首を捻るほむらの手を握りながら。色んな感情を綯い交ぜにしながら。

 

「うおっとぅ!? つ、使う必要もないって今言ったじゃん!?」

「使わないとも言ってないわ。手を握ったのはそうしてほしかったからじゃないの?」

「う……えへへ、まあ特に考えてはなかったと言いますか…」

「…貴女らしいわね」

 

 がしゃり、と盾の砂時計を回して時間を止めるほむら。手を握ったままのさやかも同様に、灰色の世界にただ一つだけ色を残す。風も、砂も、鳥も、魔獣さえ微動だにしない世界で二人は手を握り合いながら悠々と仲間の元に辿り着く。

 

「動かすわよ」

「うん!」

 

 もう一度砂時計が回転し、世界は色付きを取り戻す。そして道中置いてきた弓の攻撃と剣の投擲も時間の流れを身に受けて動き出した。

 

「――っ!? なっ…」

「きゃっ! な、なに?」

「私の魔法よ。驚く必要はないわ」

「…そういや前も一瞬で魔獣を倒してたな。どんな魔法だ、こりゃ?」

「…」

 

 総数の三分の一程が一気に吹き飛ぶ魔獣。それと同時に横に出現したほむらとさやかに、杏子とマミは驚きを顕わにして動きを止めた。もちろん魔獣への警戒は怠っていないあたりがベテランたる所以だ。魔法少女にとって他者の魔法を問うことは少々マナー違反ではあるが、流石にこれから仲間になろうという人間にはその限りでもない。

 

「…手を貸しなさい」

「はあ? どういう意味だ……ちょっ、おい」

「えっと、握ればいいのかしら」

「ええ」

 

 魔獣が迫っているというのに、呑気に手を差し出すほむら。訝しむ杏子とマミにさっさと手を握れと促し、さやかが腕を抱いているのを確認して魔法を発動させた。

 

「…っ、止まってんのか?」

「凄い…!」

「手を離せば貴女達の時間も止まるわ。気を付けなさい」

「ふーん……なるほど、これがカラクリだったわけか。へっ、言うだけあるじゃんか……ま、これからよろしく頼むよ『ほむら』」

「きょ、杏子がデレたー!」

「なっ、誰がデレただ! お前なんかさっきからデレデレじゃねえか!」

「へ? どこが?」

「どこもなにも、ずっとほむらに引っ付いてんじゃん」

「え、いやこれは放すと駄目だからだし…」

「だからって腕まで組む必要ねーじゃん」

「う…」

「この技は『セニャーレ・ディ・ストップ』と名付けましょう! いいわよね! ほむらさん!」

「駄目よ」

「そんな…」

「絶対ダメ」

「ほむらさん」

「駄目」

「ほむらさん…」

「駄目」

「ほむほむ…」

「!?」

 

 止まった時間の中で延々とコントが繰り広げられる。さやかと杏子がぎゃあぎゃあと言い合い、マミがほむらにネーミングを懇願しては突き放される。ほむらは理解しているのだ。この名付けを許可したが最後、全ての技に名前を付けられることを。何事も最初が肝心ということで、マミの泣き落としを完全にシャットアウトするのであった。

 

「しっかし四人くっ付いてたら攻撃しにくいっちゃねえな。マミはともかくあたしとさやかは接近戦がメインだし…」

「私は剣飛ばせるからそこまで問題はないけどね」

「別に体で触れ合っている必要はないわ。マミのリボンで繋がっていれば問題ない」

「…っ! 魔法少女が力を合わせて完成する結束の奥義…! 『ホーリークインテット・ユニティ・フィナーレ』と名付けましょう! 素敵だわ!」

「駄目よ」

「そんな…」

「絶対ダメ」

「ほむ――」

「だめ。ほむほむもだめ」

「うう…」

 

 萎びれたマミを気にせず、ほむらはばっさりとその提案を切り捨てた。何が悲しくてそんなバカみたいな技名を付けられなくてはならないのかと。さりげなくマミが自分の必殺技名の一部を図々しくもくっ付けているあたりが、ほむらのイラッとポイントを更に引き上げていた。

 

「うう、二人きりの時はあんなに慕ってくれてたのに…」

「誤解を招く言い方はやめなさい、巴マミ」

「…『せんぱい』って言って?」

「嫌よ」

「いじわる…」

 

 肩を落としてしょぼくれるマミ。このやり取りも魔獣に囲まれてさえいなければ、もう少し微笑ましいものになっていただろう。とはいえ落ち込んでソウルジェムが濁るのもまずいかと考え、ほむらは俯くマミの耳元でぼそりと囁いた。

 

(『先輩』は二人の時だけですよ……マミ先輩)

「…! そ、そう? もう、仕方ないわねぇ」

 

 貴女は私にとって特別です、と。そう言ったに等しいほむらの言葉は、効果覿面であった。本質は誰よりも寂しがり屋な彼女は、誰よりも誰かにとっての特別でありたいのだ。そして自分の特別が欲しいのだ。

 

 魔法少女のチーム名をしっかり決めるのも、きちんと枠組みを作ることで仲間が離れていくのを防ぎたいから。やたらと気を遣うのは嫌われたくない心の裏返し。

 

 命を繋いだ自分の願い。それが魔法にも表れて、けれど何よりもそのリボンで繋ぎ止めたいのは掌に掴んだ仲間の絆。彼女は誰よりも共依存に憧れる歪な少女。優位でありたいけれど、依存する先に母性と父性を望むのだ。

 

「…マミ。全部、いけるわね?」

「ええ! まかせて!」

 

 一転、ほむらは先輩と後輩の関係から対等な仲間のそれへと意識を変えた。なんだかんだいいつつも、マミの実力を他の誰より信頼しているのはほむらだ。冷静であるならば、その観察眼も非常に優れているのは先の世界での戦いが証明しているだろう。そして自分の能力と一番相性が良いのもまた巴マミなのだから。

 

「十六……二十…! いいわよほむらさん! 一気に決めちゃいましょう!」

「ええ。解除するわ」

「二人の合体技――『ティロ・インスタンテ・フィナーレ』!」

 

 凍った時の中、全ての魔獣に銃口で狙いを定めたマミ。全てが動き出した瞬間に、全ては終わっていた。ちなみにさやかと杏子は口論に熱中しすぎてついほむらから手を放してしまったので、見事に灰色に変わっていた。

 

「うおぉっ!? あ、手ぇ放してたのか…」

「うわぁっ!? うう、相変わらず心臓に悪い…」

「ふふ、もう私とほむらさんで片づけちゃったわよ? もしかして最高のコンビなんじゃないかしら!」

「…一番相性が良いのは確かよ」

 

 にこにこと微笑みながらほむらの両手を握り締めるマミ。ぴょんぴょんと跳ねながら喜色を上げるその様子は、ほむらにとっても意外に悪くないと思わせる何かがあった。主に胸部に。

 

「まー、終わったんならなんでもいいか。んじゃ、魔獣も消えたし食材の買い出し行こうぜ。タイ焼き食べたい」

「貴女はいつもそれね」

「うん? なんでそんな知ってる風なんだよ」

「……………って、さやかがそう言ってたの」

「さやか、お前あたしのことこいつに話しすぎじゃね?」

「いやいやいや! ほむらぁー! 困ったら私に押し付けるのはやめろよ!」

「困っている人を助ける正義の魔法少女なんでしょう?」

「そういう意味じゃないから!」

「そうよ、ほむらさんは悪魔だもの」

「マミさん、ちょっと黙れ」

「ひうっ!?」

 

 仲間ができて、結局失って。もう誰にも頼らないと決めて、仲間を拒んだ少女。そんな少女の口元が少し緩んでいる、ある晴れた日の午後であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

彼女が彼女であるために必要なもの


 展開上まどかが全然出せなくて辛い。

 今回1、2話くらいの生々しさがあるから注意してくださいね……っていっても割とソフトというお声をいただいてるので、案外みんなガチなやつでもいけるのかな…?

 良い塩梅ってのは難しいものです。


 

 魔法少女百江なぎさは小学生である。幼い頃から病気で学校に通えず、数年ほど前奇跡の様に病気が治って初めて学校というものを体験した。故に一般常識というものに少々欠けており、周囲から見れば結構な天然ぶりを発揮することも多々ある。

 

 そんな境遇にもかかわらず活発で明るい快活な少女に育ったのは、優しい両親と魔法少女の先輩巴マミによるところが大きいだろう。

 

 ――という設定で、ほむらはなぎさの周囲を形作った。魔法少女一人一人に設定などしていては時間がいくらあっても足りないが、自分が魔女になった際創った世界に居た魔法少女だけは少し特別扱いにしているのだ。それがどういった感情によるものかは、彼女自身把握していない。

 

 あるいは彼女の主観で何度も殺し、何度も見捨てた少女達への罪悪感もあるのかもしれない。少なくともこの世界において鹿目まどか、美樹さやか、巴マミ、佐倉杏子、百江なぎさの現状は間違いなく幸せと言っていいだろう。

 

 しかし人の記憶とは神の力をもってしても計れぬものである。世界の改変にあってなお記憶を保持したほむらのように。世界の再編にあってなお記憶を残しているさやかのように。マミも杏子も、なぎさもまどかも、ふとした拍子に朧げな記憶が脳裏を掠めることがある。

 

 次の瞬間には忘れているような儚い記憶だが、それでもその想いが感情に影響を及ぼすことは確かにあるのだ。例えばさやかとなぎさには設定上大した面識もなく、魔法少女になってからの関係でしかないというのに驚くほど仲が良い。それは円環の理での記憶が影響していると言えるだろう。

 

 つまりこのように、晩御飯の後のゆったりタイムでさやかの膝の上でなぎさがリラックスするぐらいには仲が良いのだ。

 

「…」

「どうしたです、さやか?」

「え!? な、なんでもないよ……あはは…」

「?」

 

 マミとさやかが三角机でお茶を飲み、なぎさはさやかの膝の上で一口チーズを美味しそうに頬張っていた。後ろのソファでは杏子が雑誌を読みながら寝そべっている。一人暮らし用の大きくはないソファであるため、一緒に座っているほむらの膝を枕にしている状態だ。

 

 彼女達は――特にほむらなどは設定上付き合いが非常に浅い事になっている。にもかかわらず、早々にこのような打ち砕けた関係になっているのもまた魂が記憶しているということなのだろう。

 

「杏子。食べかすが私の膝にぼろぼろ零れているのだけど」

「おー、悪い悪い」

「悪いと言いながらクッキーを食べないでくれるかしら」

「んー」

「…」

 

 少女御用達の雑誌を読み耽りながら菓子を口に運び続ける杏子。ほむらの指摘もどこ吹く風で、生返事を繰り返してページを捲り続ける。ほむらはクッキー缶の中身を口に全部突っ込んでやろうかと考えたが、食べ物を粗末にすると彼女が怒るのは知っているため、なんとか苛立ちを抑えた。

 

 食べかすが床に落ちないよう脇のティッシュを一枚取ってその上に集め、そのまま杏子の口元もついでに拭い、甲斐甲斐しく世話を焼くほむら。強く……そして寂しい野良猫のようだった杏子が、撫でると喉をゴロゴロ鳴らす家猫のようになっていることにほむらはなんともいえない感情を抱いた。

 

 環境が変われば性格も変わるとはいえ、野性味がなくなった彼女はやたらと人懐っこい。根幹は変わってはいないだろう。しかし一匹狼で尖ったナイフのようだったあの子はもう居ないのか、と少し寂しく感じたほむらであった。

 

「あんだよほむら。変な顔して」

「…呆れた顔と言ってほしいわね。そんなに食っちゃ寝していると太るわよ」

「食った分は魔獣で発散してるからいいんだよ。お前こそもう少し食わねーと倒れるんじゃねえか?」

「あっ、そうだよ! 聞いてくださいマミさん、こいつってば三食カロリーメイトで過ごしてるんですよ! いつか倒れちゃうんじゃないかって…」

「さ、三食カロリーメイト……駄目じゃないほむらさん。成長期なんだからしっかり食べないと、育つところも育たないわよ?」

 

 ――その瞬間、ピシリと空間に罅が入った。マミの言葉には他意など一切なく、全てはほむらを慮っての言動だ。しかしながら『持てる者』が『持たざる者』にそう言ってしまったなら、それはもう戦争だ。喧嘩を売っていると取られても仕方ないだろう。いや、仕方なくはない。穿ちすぎである。

 

「ふ、ふふ……そう……まさかこんなに堂々と喧嘩を売られるとは思わなかったわ」

「え?」

 

 ぶわりと風が舞い上がり、ほむらは悪魔の姿に変身した。もうこの姿にはなるまいと決めた彼女であったが、身の内から猛る憎しみの炎はその黒歴史を容易く凌駕したのだ。ちなみにこの姿で座ると太ももは完全に露出され、パンツはほぼ丸見えである。彼女に膝枕されていた状態の杏子は顔を朱に染めた。

 

「『あって』当然……そう思うのは持っている者だけ。だから、悪魔手ずから『無くして』あげるわ」

「ほ、ほむらさん?」

「心配しないで。脆い記憶のように両手を叩いただけで消せはしないけど、直接触れれば多少の操作はできるから」

「ちょ、ほむら!」

「あ、あのほむらさん…?」

「おま、馬鹿、動くな……むぎゅっ」

 

 生々しい太ももの感触に固まっていた杏子が、急に立ち上がったほむらの動きによって床に転がり落ちた。とはいえ文句を言おうにも修羅の形相でマミに向かうほむらはまさに悪魔。杏子をして後ずさりせしめる程のオーラに満ち満ちていた。

 

「き、消えっ…!?」

「マミ! 後ろだ!」

「しまっ、時間停止っ…」

「遅いわ」

 

 時間停止を使用してマミの背後に回り解除。そしてマミを掴んだ後、再び時間停止を発動させる。神と悪魔の力をもってすればマミの抵抗などさしたる問題にもならず、その絵面はまさに囚われのヒロインと悪の組織の女幹部のようであった。

 

「な、なにをするつもりなの?」

「聞いていなかったのかしら。貴女の、胸を、軽く、してあげるって言ってるの」

「そ、そんなことできるわけ――」

「今の貴女なら知っているでしょう? 魔法少女はソウルジェムが本体。肉体なんてイメージ次第でどうにでもなるわ。もちろん本来は赤の他人がどうこうできるようなものではないけれど…」

「い、いや! こないで!」

「私は『人』じゃないもの」

「ひゃ――んぅっ! ちょ、そこは……ひゃんっ」

「…こんなもの中学生が持っていていいものではないでしょう? 縮め……縮め…」

「ひ、んっ! そこ、あ……っ! そんな触り方っ、だめっ!」

 

 中学生らしいきめ細やかな肌、けれど中学生らしからぬ豊満な双丘が薄いワンピースの下でぐにぐにと形を変えて嬲られている。もちろん今のほむらにいやらしい気持ちや下卑た感情など無いが、やっていることは完全に変態のそれである。

 

「…終わりよ」

「は……んっ、はぁ、はぁ……もうダメェ…」

 

 へたり込むマミを見てほむらは『何やってんだ私』とふっと我に返った。本当に何をやっているのだろうか。しかし確かに彼女の目の前には『やってしまった』証が残されていた。そこに居るのは金髪巻き髪、おっとりした顔立ちで少しぽちゃめの女の子。スタイルはそう――十人並みといったところだろうか。

 

「はぁっ、は――胸が軽い……こんな気持ち初めて」

「そ、そう」

 

 頬を染めて息を乱すマミ。瞳孔が定まらず口の端からは少しばかり唾液が滴っている。そんな痴態からは、悪魔の指技がことのほか甘美であったことが窺える。その一種淫靡な、あられもない様子は女性のほむらであってもごくりと唾をのむほどだ。やった当人が何を言っているのかという話だが。

 

「…解除」

 

 指をパチンと鳴らして時間停止を解くほむら。そんなことをする必要はないし、そもそも本来ならば盾を起動する意味すら特にないのだ。魔法少女だった時の名残でそういった手順を踏んではいるが、現在の彼女が行使しているのは、自分の能力というより神の力の一端といった方が正しい。

 

「――逃げろマミ! …って、あれ…?」

「マミさ――あ、ん?」

「マミが居なくなったのです」

 

 時間停止の状態を認識できなかった者からすれば、行使する前と後で急に場面が切り替わったような違和感を受ける。彼女達からすればマミが急に消え、ほむらはいつの間にやら服装を元に戻してソファに腰かけていたという認識だ。

 

「マミさんが消えた!?」

「おいほむら! マミをどこにやりやがった!」

「マミー!」

「…そこに居るじゃない」

「な、なに言ってるのみんな?」

 

 確かにそこに居るというのに、認識されていないマミ。ようやく腰砕けの状態から復帰してふらふらと立ち上がったというのに、ほむらを除く三人はまるでマミが消えたかのように騒いでいるのだ。

 

「貴女は誰? ここは巴マミさんの家なんだけど…」

「み、美樹さん?」

「待て、よく見るとマミに似てないかこいつ」

「ちょ、ちょっと! 佐倉さん!」

「でもマミじゃないのです。マミはもっとおっぱいがおっきいのです!」

「な、なぎさまで!」

 

 巴マミと言えばおっぱい。おっぱいと言えば巴マミ。つまり彼女達は、巨乳ではなくなった巴マミを巴マミとして認識できていないのだろう。

 

「ほむら! いい加減にしないと怒るよ!」

「誰か知んないけど、こいつだっていきなり連れてこられて迷惑だろうが! さっさと帰してやれよ!」

「マミー! どこ行っちゃったのですかー!」

「あ、あなた達…」

 

 マミを返せとほむらににじり寄る三人。背後でぷるぷる震えているマミ。違う意味でぷるぷる震えているほむら。だが人の印象とは一番目立ちやすいところに表れる故に、巨乳ではないマミはもはや巴マミではないのだ。

 

「ティロ――」

「聞いてるのほむ……へ?」

「げっ…!」

「み、みんな逃げるのです!」

「――フィナーレ!!」 

 

 ついに怒りが限界に達したマミ。いくら温和な少女だと言えども、この扱いは流石に切れるのも仕方ない。家を破壊しない程度の、絶妙なティロ・フィナーレを四人に向けて打ち出した。とばっちりといえばとばっちりなほむらだが、最たる原因が誰かと言えば間違いなく彼女なのだ。同情には値しないだろう。

 

「…私の名前を言ってみて?」

「ジャ、ジャギ……じゃなかった、マミ様です」

「佐倉さん?」

「マ、マミ……うぇっ!? マ、マミ様で!」

「なぎさ?」

「で、でもマミのおっぱいは…」

「な・ぎ・さ?」

「うう、マミなのですぅ…」

 

 三者三様、ボンバーヘッドになって正座をさせられた……人によってはそれをアフロと言う。ほむらはというとちゃっかり時間停止で回避していた。マミの背後――三角机に乗っているお茶でのんびりと喉を潤し、自分には関係ないとでもいうように素知らぬ顔だ。

 

「…ほむらさん」

「何かしら」

「元に戻してくれるわよね?」

「戻りたいの?」

「当たり前でしょう!」

「ふう……仕方ないわね」

 

 やれやれと肩を竦めるほむら。まあこのままでは巴マミという存在が世界から消えることと同義なのだ。いくら悪魔とはいえ寝覚めが悪いということなのかもしれない。左手をぐっぱぐっぱと握って開いて関節を柔らげている。

 

「ちょ、ちょっと、もしかしてまた…」

「こうしないと戻せないもの」

「違うやり方ぐらいあるでしょう!?」

「無いわ」

「ち、近づかないで!」

「諦めなさい」

「きき、聞き分けが悪いのね! 見逃してくださいって言ってるの――ひやぁぁん!」

 

 冷めた紅茶を飲み切って、存外素直にほむらはその命令を聞き入れた。後ずさるマミにスタスタと近付いていき、当然のように先ほどの痴態が繰り返される。しかし決定的に違うのは時間停止を使用していないということだ。それはつまり――

 

「うわー……マミさん、すげー」

「何するですか杏子! 何が起きてるのです?」

「お、お子ちゃまが見るもんじゃねーよ。こら、おとなしくしろって!」

 

 さやかがよがるマミを見て頬を染める。杏子が教育に悪いとなぎさの両眼を手で塞いでいるが、その当人は顔どころか耳まで真っ赤だ。内心ではしっかりと尊敬している先輩と、最近までは冷たくて堅物そうな印象しかもっていなかったクラスメイトのえっちなワンシーン。おぼこな杏子にとっては少々刺激が強すぎる絵面だろう。

 

「――あ…っや、ば」

「お、おい、さやか?」

「な、なにっ!?」

「おい、どうしたんだよ?」

「あわ、な、なんでもないっ!」

 

 そしてさやかも正真正銘の乙女である。この状況に恥ずかしさと、そして思春期特有の興奮を覚えていた……が、しかし彼女が彼女であったならそれは単なる興奮で済んでいただろう。精々が少し内股気味に足を擦り合わせる程度のもので事が終わっていたかもしれない。

 

 けれど、今彼女は股ぐらの間に御立派様がいるのだ。この状況で彼が目覚めないなどということは天地がひっくり返ってもあり得ない。焦って正座から体操座りに態勢を変える彼女は怪しいことこの上ないが、まさか股間に剣が生えたなどとは誰も思わぬ故に、他二人は首を傾げる程度にとどまった。

 

 そしてそうこうしているうちに、ついに巴マミ(仮)が巴マミへと成長を果たす。

 

「うう、もうお嫁にいけない…」

「貴女なら男なんて選り取り見取りよ」

「そういう問題じゃないでしょう! もう! 私怒ってるのよ? 少しお灸をすえなきゃいけないかしら!」

 

 ぷんぷんと怒りを露にするマミ。頬を膨らまして(胸も元通り膨らんで)髪のドリルを鋭くする(イメージ)様子はさながら怒髪天といったところだろうか。こうなったマミは結構めんどくさい、とほむらは少し悪ノリしすぎたかと反省した。後悔はしていないが。

 

 とはいえ、そう。結局はほむらが伝家の宝刀を抜けば簡単に収まるのだ。少なくともその確信が彼女にはあった。ぷんすか両手をあげて叱りつけてくるマミの耳に、触れるほど口を寄せてほむらはそっと囁いた。

 

「(ごめんなさい、マミ先輩。私、マミ先輩と仲良くなりたくて…)」

「えっ? う、うーん…」

「(とっても魅力的で、綺麗で、格好良くて。そんなマミさんに、私憧れてるんです)」

「も……もう! 仕方ないわね! もうこんなことしちゃ駄目よ?」

「はい」

 

 マミがまどかを魔法少女に引き入れようとする理由の筆頭セリフをパクり、マミの怒りを治めたほむら。自分の経験、円環の記憶、そして魔法少女システムを統括していると言ってもいい彼女には、個人個人の琴線に触れる言葉を紡ぐことなど容易い。特にここにいる魔法少女についてはなぎさ以外を知り尽くしているといっても過言ではないだろう。

 

「なんだか疲れちゃった。お茶を淹れなおしてくるわ」

「なぎさも手伝うのです」

「ああっ! お菓子がなくなってるじゃねえか! もしかしてさっきの砲撃で……おいマミ!」

「…何かしら。さ・く・ら・さ・ん?」

「な、なんでもないです……コンビニ行ってくる」

「私、なんだかハーゲンダッツが食べたくなってきちゃった」

「う、うぐ……バニラでいいのかよ」

「あら、催促しちゃったみたいで悪いわね」

 

 場がひと段落し、それぞれが思い思いに動き出した。仲良く台所に向かうマミとなぎさ、財布の中身を涙目で確認して玄関に向かう杏子。居間に残ったのは膝を抱えて顔を埋めるさやかに、それを訝し気に見つめるほむらだけだ。

 

「…どうしたの?」

「いや、アレが、その」

「…?」

「あ、あの、おっきくなっちゃって…」

「だから何が?」

「察しろよぉ…」

 

 なんだか覚えのあるやりとりだなとほむらが思い返した瞬間、彼女はようやく察した。さやかの態勢の理由も、顔を赤くしている理由も、ついでに御立派になってしまった経緯も。自分にも責任の一端がある――どころか原因そのものであることも理解した。

 

「…変態」

「なっ…! 私だって好きでこんなことになってるんじゃ――」

「冗談よ」

「あんたの冗談は解りにくいんだってば!」

「それで、その……どうするの?」

「うう、どうしよう」

 

 両者ともに頬を染め、大きな問題(物理的に)に頭を悩ます。普通にソファに座っていれば解らないんじゃないかというほむらの提案に、さやかはその身をもって認識の甘さを正す。御立派様たるものが御立派であるというのに、座った程度でその立派さが隠れるわけもないということを。

 

「う、わぁ…」

「まじまじと見つめないでよ…」

 

 下手をすればスカートから飛び出るかと言う程に立派な剣が、下腹部の直径を大幅に増大させていた。ほむらは口元を両手で覆いながらもしっかりとそれを視界に収める。こんなものが収まる鞘など存在するのだろうかと無意識に下腹部を擦り、目を瞑って恥ずかしそうにしているさやかを見て次第におかしな気分になっていくことを自覚した。

 

「ただいまー」

「うわあぁぁ!?」

「きゃあぁぁ!?」

「な、なんだよ」

 

 そして居間の空気が桃色に変わりそうなタイミングで杏子が戻ってきた。手にはお菓子が詰まったビニール袋をぶら下げており、ソファの上に座るさやか――の膝の上に、ナニかを隠すかのように座ったほむらを見て首を傾げる。

 

「おいおい何やってんだ? なぎさじゃあるまいし…」

「あ、え、えーと……ほ、ほむらは私の嫁だから! はは…」

「ふーん…? ま、前みたいに険悪ってよりゃ全然いいけどさ。なんか食うか? ほむら」

「ん……ふぇ?」

「お、おい、大丈夫か?」

 

 さやかの膝の上に座ったほむらは、借りてきた猫のようにおとなしくなっていた。下着越しに感じる硬い感触に耳どころか首まで真っ赤に染めて、時折熱い吐息を漏らす。心配して駆け寄った杏子は、潤んだ瞳で切なそうに見上げてくるほむらにドキリと動きを止めた。

 

 そして瞳を交わしたその一瞬――杏子の脳裏にある筈の無い記憶が浮かび上がる。

 

 瓦礫の街で、倒れて死にかけている自分を抱いて涙を溢すほむらの姿を杏子は幻視した。先程の戦いで初めて目にした筈の、けれど何度も見たことがある盾。それに手を添えてどこかに行こうとしている彼女を悲しそうに見つめる自分が――

 

「え、あ……気の、せいか…? っておい! ほむら!」

「だ、大丈夫……んっ」

「全然大丈夫に見えねえぞおい」

「ちょ、ちょっと持病の心臓病が再発しただけだから」

「それ大丈夫じゃねえよ!」

 

 わたわたと慌てる杏子をなんとか納得させて、ほむらは気を抜くと出そうになる嬌声を必死に嚙み殺す。体格差故に自分をすっぽりと抱き込んださやかの体温を感じ、それと同時に下腹部に感じる熱さも収まるどころか更に熱を増していることを確信した。

 

「(…おさまりそう?)」

「(無理)」

「(なら、と、とにかく動かないで)」

「(う、うん)」

 

 どう考えても怪しすぎる二人の状態に、しかし杏子は追及しなかった。というよりも先ほど脳裏に浮かんだ謎の情景が気になって、二人の事をそっちのけにしていたという言う方が正しいだろうか。

 

 杏子は考える。そもそも自分は、クラスメイトとはいえ極々最近少し仲良くなった程度の人間に膝枕してもらうような人間だっただろうか、と。ずっと前に仲間だったことがあるような気もする。ずっと前に仲違いしていたような気もする。どんな時でも貴女は変わらないのね、と悲しそうに嬉しそうに言われたことがある気がする。

 

 最近、ラーメンを食べに行く約束をした気が――いや、間違いなく、した。そういえば不安になりそうな夕焼けの街で、腕を組みながら歩いていた覚えがある。いったい『いつ』の記憶だ、と杏子は右手で頭をがりがりと掻く。

 

 ちらりと視線を横に向ける。息が整ってそれでもまだ顔を赤くしているほむらを見つめて、ようやく彼女にも合点がいった。

 

 確かなことは……まず一つ目、絶対にありえない筈なのにその記憶がある。二つ目、その記憶では奇妙な絆が確かにあった。『信頼』というよりかは『信用』の関係……けれどそれ以上の何かがあったのだ。三つ目、自分はその記憶が嫌じゃない、ということ。結果導き出された答えは――

 

「前世で恋人だったとかかなぁ…」

 

 とんだ勘違いであった。





映画でのほむほむと杏子の絡み、めっちゃ良いですよね。杏ほむからどんどんほむ杏になっていくとこが素晴らしかった(妄想含む)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

紙作りの胡蝶蘭

すいません18禁の境界がいまいち解らないので、もし運営の方に言われたら修正します。つまりそういう内容に近いので、ご注意。


 

 白い湯気と立ち昇る熱気。脳内の電気信号が滅茶苦茶に弾け、掻き乱れているさやか。目の前――本当に数㎝ほどだ――に見える透き通るような瞳に、ますます混乱する。視線に気付いたのか、その少女は言い訳をするかのように身じろぎをしたが、彼我の距離は一切変わらない。

 

 肌に張り付いた髪が白い肌と濡れた黒のコントラストを醸し出しており、重なり合う二人の姿は一糸纏わぬ生まれたままの姿だ。

 

 何故こうなっているのだろう、と奇しくも二人同時にそんな思いが脳裏を過っていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほむら! そこはなぎさの席なのです!」

「…誰がそんなことを決めたのかしら」

「昔から決まっていることなのです!」

「そんなに長い付き合いじゃないでしょう?」

「とーにーかーくぅー! 返すのです!」

「嫌よ」

 

 お茶とケーキの用意をして居間に戻ってきたマミとなぎさは、ほむらがさやかの膝上に乗っていることに驚いた。というよりか、なぎさの方が指定席を取られたことに文句をつけたのだ。それに対してほむらは飄々と受け流す。小学校中学年を論破することなど容易いし、その上二人の精神的な年齢差は見た目以上なのだから。

 

「ほむらはお子様なのです!」

「自爆してるわよ」

「なぎさは子供だからいいのです」

「世間一般的に見れば私も子供だわ。そもそも魔法『少女』なのだから」

「むぅ~!」

 

 地団太を踏んで悔しがるなぎさだが、ほむらとしてもここは譲れない。なにせ今彼女に席を譲ってしまえば児ポ一直線。さやかがそっちの道に目覚めてしまっては、もはや『敵』としても『仲間』としても『クラスメイト』としても接することはできない。自分が善意の第三者として110番を押すだけの存在になってしまうのだから。

 

「それに私が好きで乗ってるわけじゃないわ。この子がどうしてもっていうから仕方なく、よ」

「な、なにゃっ!?」

「あら、違ったかしら」

「うう、その通りですはい…」

「さやかが裏切ったです…」

「ふふ、仲が良くていいじゃない。私の膝なら空いてるわよ?」

「むー……マミで我慢しとくのです……と見せかけてとりゃーっ!」

「きゃっ!?」

 

 しぶしぶさやかを諦めてマミの方へ向いたなぎさだが、ほむらが一息ついた瞬間を見逃さず即座に反転して椅子を奪いにかかる。が、しかしここで三者三様に動いたのが悲劇の幕開けだったのだろう。運動神経と反射神経抜群のさやか、致命的な運動音痴のほむら、年相応の身体能力しかもたないなぎさ。それぞれがそれぞれの感覚で動いた結果、決定的にタイミングがずれることとなった。

 

 三角机の方にもつれて倒れこんだ三人。スイーツが宙を舞い、その被害者は結果として二人。ほむらの洒落たシフォンにパンプキンパイがべったりと付着し、さやかの青いショートにフランボワーズが彩られた。なぎさは辛くもシャルロットの装飾を免れたようだ。

 

「あう……ごめんなさい…」

「謝るならせっかく用意してくれたマミに謝りなさい。お茶も零れてしまったわ」

「うあー……頭からめっちゃベリーな香りが…!」

「マミ、ごめんなさいです…」

「私はいいから、それより二人ともすぐに拭いた方が――いえ、拭いてもとれないわよねぇ……うん、服は洗濯しておくから、シャワー浴びてらっしゃい」

「お、お借りしまーす! うーん、頭がキイチゴ美樹イチゴ……なんちゃって」

「…」

「…」

「…」

 

 寒いギャグをかましながら風呂場に向かうさやか。凍えるような空気が居間に残されたが、零れたお茶や床に落ちたケーキの後始末が必要だったため全員が無理を推して動く。ちなみに杏子はいまだにぶつぶつと『前世…?』『恋人…?』などと呟きながら呆けているため、騒動にすら気付いていない。むしろ気付いていればなぎさに鉄拳制裁が加えられていたことは想像に難くないだろう。

 

「片付けはやっておくから、ほむらさんも入ってらっしゃい。服の中まで染みてるでしょう?」

「…今はさやかが入ってるわ」

「うちのお風呂場、結構広いの。服は一緒に洗濯しないと二度手間だし……あれだけ仲が良いんだもの、別にお風呂くらい一緒でも大丈夫でしょう?」

「で、でも…」

「ほら、はやくはやく」

「え、う…」

 

 急かされるように風呂場の方へ促されたほむら。上に着ていたものは既に染みぬきを理由に剥ぎ取られたため、選択肢は一つだけだ。水音が漏れ聞こえる風呂場の扉に近付き、さやかに声を掛ける。

 

「…入るわよ」

「はーい……ううぇっ!?」

「…なに」

「あ、いや…」

 

 マミの言葉通り、一人暮らしの学生には分不相応な広さの浴室だ。内心はさておいて、ほむらは平静を装いながら中に入り、驚くさやかを事も無げに一瞥して湯船のお湯を体に掛けた。しかし視線がちらちらとさやかの下半身にいっており、気になっているのがバレバレである。

 

「そういえば、なんでお風呂沸いてるのかしら」

「魔法で沸かしました!」

「…あなたって、ほんと馬鹿。ソウルジェムを汚してまですることなの?」

「いやー、最近は結構余裕あるしね…………で、ほむらー。『これ』どうしよ」

「私に聞かないで」

「いやほら、さっきのマミさんみたいに弄れない? 胸を無くせるんなら、その、これも無くせるよね?」

「私にソレを揉みしだけと言ってるの?」

「あ、いやまあ、結果的にそうなるけどさぁ…」

「…さっきのはは無くしたんじゃなくてサイズを弄っただけよ。在るモノを無にすることはできない。それに貴女に関しては、『それ』がもともとあったものじゃないからどうなるかわからない」

「た、試しに! す、少し触るだけでもいいから…!」

 

 懇願するように頼み込んでくるさやかに、ほむらは『それ』の恐ろしさを感じた。明らかに彼女の理性を崩壊させているその御立派様は、確かに『男は下半身で動く生き物』という言葉を如実に表している、と。性欲とは本能であることをまざまざと見せつけられたような心持ちだ。

 

「まるでさかりのついた犬ね。首を振ったら襲われそうだわ」

「あ、あんただってこうなったら解るわよ! ほんとに、うう……苦しいの、ほむら…」

「…仕方ないわね」

 

 切ない目で語りかけてくるさやかに、ほむらは折れた。とはいっても直接触って毒を抜いてあげるということでもなく、マミの胸のように小さくするということでもない。彼女の目の前に立ち、相対する自分の胸の下近くまでそそり立っているモノを顔を赤くして見つめる。

 

 なにかを期待するように待つさやかの左手を両手で取って、嵌められた指輪に意識を移すほむら。

 

「ほむら…?」

「ソウルジェムは貴女そのもの。それは解っているでしょう?」

「う、うん」

「これは魔力である程度感覚を弄れるの。貴女がやっていたように痛覚を遮断することも、逆に倍増させることも。それは別に痛覚だけに限らない……解るわね?」

「え、えーと…?」

「そこに座りなさい」

 

 言われるがままにぺたんと浴室の床に座るさやか。ほむらは彼女の前に膝立ちになり、両手を更に強く握りしめる。他人のソウルジェムなど基本的に操作できるものではないがそのシステムを作ったキュゥべえと、魔法少女の神であるほむらだけは例外だ。

 

 感覚を操作――いわゆる性的な快感を一気に引き上げ、絶頂に導く。やり方は解るが、自身でもまったく経験したことのない操作はなんとも覚束ない。故にやり過ぎたのも仕方ないといえば仕方なかったのだろう。女性によっては嬌声がとても大きいことだって、彼女は知らなかった。

 

「ほむ――あ…? ん゛っ!? ひゃ、あああ゛っ! んっ、あっ、いっ――んきゅぅっ!!」

「ちょ、声を――!!」

 

 体を大きく痙攣させて、浴室中に声を響かせるさやか。いや、これでは浴室中どころか居間にまで届きかねない嬌声だ。焦ったほむらは彼女の口を塞ごうとソウルジェムから手を離したが、上半身が崩れ落ちそのまま倒れこんでくるさやかを両腕で支えなければならず――つまり手段は一つしか残っていなかった。勿論嬌声をそのままにして居間の三人が駆け込んでくる、という選択肢を除いてだが。

 

「んむ――っ!? ん、く…」

「…ん……」

 

 なおも暴れそうなさやかの体を強く抱きしめて、ほむらは自分の口で彼女の口を塞いだ。密着している体は柔らかな感触を伝えてくるが、お腹あたりに感じる火山の様な熱さをもった部分だけは鉄の様に硬い。時折噴火のように熱いなにかが流れ出て、腹から太腿へ――膝へ、足の指先まで彼女を汚す。

 

「ん……んっ、は、あ…」

「…」

 

 何秒かごとの噴火が幾度も続き、ようやく治まった時にはほむらの下半身の2割ほどが、肌とは違う白さで染められていた。どちらともなく唇を離し、唾液の架け橋がつぅっと二人を繋ぐ。

 

 両者とも暫く声を発さず――そしてついにさやかの方が意を決したように口を開く。

 

 ねえ、ほむら――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マミさん、お風呂いただきましたー」

「はーい。服は今乾燥機で乾かしてるから、私の服で我慢してちょうだいね?」

「洗面所に置いてくれてたやつですよね、お借りしてまーす! …胸の部分がちょっと空いてるけど…」

「く、くぅ……ぐぅぅ、うううぅ――」

「ほ、ほむら? なにマジ泣きしてんの……ああ、胸の部分がダボダボどころじゃないもんな…」

「こ、ここから成長する子だっていっぱいいるわよ? それにほむらさんが容姿で悩んでるなんて言ってたら、世の女の子みんな怒っちゃうわ」

「そうそう。ほら、クラスの男共だってあんたが転校してきた時はざわついてたでしょ?」

「…」

「あら、ほむらさんって転校してきたの? 昔からいたものだとばっかり……あ、でも美樹さんも昔転校生って呼んでたような…? えっと……あら? 昔って…?」

「あー、あははは! 転校じゃなくて登校です、登校! マミさんボケるには早いっすよー」

 

 躁になる薬でも飲んだのかというぐらいハイテンションなさやか。対してほむらの方はマミの服を着衣した時点から既に口数が少なくなっており、可哀そうなくらいに隙間のある胸部をぺたぺたと触りながらその服の持ち主を恨みがましく睨みつけていた。完全に逆恨みである。

 

「うーん……ま、いっか。それはそうと、今日はもう泊まっていっちゃう? もういい時間だし、なぎさはご両親が心配するから帰したのよ。佐倉さんはソファで寝ちゃったし…」

「ありゃ、そうなんですか……どうする? ほむら」

「ペットが何かしでかしていないか心配だから、遠慮しておくわ」

「え? あんた、なんか飼ってたっけ」

「ええ。トマトを投げつけてくるのが趣味の、最低のペットよ」

「ああ、あれか…」

 

 ほむらのペット――通称『クララドールズ』 彼女の使い魔でありながら、彼女を馬鹿にするために存在する質の悪い子供達だ。世界が変わっても、彼女が魔女でなくなっても存在しているのは一種の戒めのようなものだろう。彼等の趣味はほむらにトマトを投げつけることと、キュゥべえを狩ることである。後者の一点だけは役に立たなくもない、とほむらは彼等を放置して好きにさせているのだ。

 

 時折家に帰ってきてはなにかしらの悪戯をしているため、気が抜けないのも事実ではあるが。

 

「…? お猿さん、とか…?」

「そんな上等なものじゃないけれど。とにかく服が乾いたらおいとまさせていただくわ」

「あたしも昨日今日とこいつの家に泊まる約束してるので…」

「別に来なくて結構よ」

「そんなこと言って~、さやかちゃんのファーストキ――」

「黙りなさい……はぁ。来るなら来るでいいけれど、替えの下着くらいもってきなさい。それに二日も急に泊まるだなんて、親も心配してるでしょう? 今から行って帰ってくれば丁度服も乾いてるくらいだわ」

 

 ほむらの忠告にとても良い返事をしながら、さやかは自分の家へ着替えを取りに戻った。随分と機嫌の良いその様子は息子が治まったからだろうか、ハミングでもしそうな勢いで階段を駆け下りている。ため息をつきながらその後ろ姿を見送るほむらであったが、後ろに居るマミから視線を感じて振り向く。

 

「どうしたの……どうしたんですか? マミ先輩」

「うう、ん、なんでもないの。でも何か思い出しそうで、とても大切なことだったような…」

「…」

「うーん……思い出せないものは仕方ない、か。それよりほむらさん、髪にアイロンあててあげるからこっちに座って?」

「…ありがとうございます、マミ先輩」

 

 艶やかで長い黒髪も、自然のまま乾かすだけでは美しさを損なうものだ。ドリルなどという馬鹿みたいに時間のかかる髪型をセットしているマミは、そのあたりについて自分にも他人にも厳しい。頭を拭いた後そのまま放置しているほむらを鏡台に促して、ヘアアイロンをあてはじめるのだった。

 

「ほんとに綺麗な黒髪で羨ましいなぁ…」

「マミ先輩の金髪もすごく綺麗です。優雅っていうか、お洒落っていうか」

「ふふ、ありがと。無いものねだりなんかしてもしかたないわよね」

 

 朗らかに笑い合いながら、マミは鏡に映るほむらの顔を見つめて先ほど感じた既視感や謎の記憶に想いを馳せる。鏡の中の彼女が何十にもダブって見え、起き抜けの夢のように容易く消えそうな記憶を、蜘蛛の糸を辿るように慎重に紐解く。

 

 三つ編みで眼鏡をかけて、はにかみながら自分を慕う暁美ほむら。

 

 長い黒髪を手で靡かせて、張りつめながら自分と敵対する暁美ほむら。

 

 リボンを結び弓を携えて、憂いを帯びながら自分と共に戦う暁美ほむら。

 

 有り得ない、と断じながらもその記憶はマミの中で鮮明に形作られていく。

 

 

 

 仲間をこの手で撃ったような覚えがある。ソウルジェムの真実を知ったから? 馬鹿な、ソウルジェムが自分の本体だなんてことは、知っていて当たり前の事実じゃないか。自分はそんなことで動揺しない。

 

 

 ――だからそんな記憶は有り得ない。けれど自分がそれを知ったのはいつだったか、とんと思い出せない。

 

 

 

 普通の少女を『魔法少女』という茨の道に引きずり込もうとした覚えがある。少女にとてつもない才能があったから? 馬鹿な、魔法少女の才能なんてものは、無いに越したことはないと知っているじゃないか。自分はそんな悪魔の契約を勧めない。

 

 

 ――だからそんな記憶は有り得ない。けれど幼い頃から知っている筈のなぎさが魔法少女となっていることにまったく違和感がない。彼女がいつ魔法少女になったのか、とんと思い出せない。

 

 

 

 いつも無表情で、いつも泣いているようにしか見えなかった少女を救えなかった覚えがある。『円環の理』が友達だったなんて、ありえないと笑ってしまったから? そうだ、彼女はいつも泣きそうで、武器の弓を大切そうに握り締めていた。

 ああ、グリーフキューブを使ってもソウルジェムが浄化できなくなって、彼女は仕方ないと諦めていたじゃないか。死に目は見せたくないと、一人街を出ていこうとする彼女を止められなかった。それが魔法少女の運命だと、自分でも諦めていた。それで、どうなった? そうだ、彼女は魔法少女の成れの果てに――『●●』になったじゃないか。

 

 ――だからそんな記憶は認めたくない。けれど本当にそれでいいのだろうか。救いたいと思って救えなかった少女は、今手が届くところに居るではないか。こんどこそ救いたいと――彼女の想いを笑ったことを謝りたいと思っていたんじゃないか。

 

「…マミ先輩?」

「なんでだろ。私、私…」

 

 頭の中がぐちゃぐちゃで、感情はもっと綯い交ぜだ。色んな記憶が交錯して、涙がどうにも止まらない。マミは髪を梳いていた手を止めて、もたれかかるようにほむらを強く抱きしめた。もう一人で死なせないとでもいうように――あるいは贖罪のように。

 

「暁美さん……そう、暁美さんだったわ。ほむらさんじゃなくて、暁美さん。私、そうだ謝らなくちゃ…? 違う、私が撃ったのは魔女…! なん、で、佐倉さん…? 私、私、なんで…!? パパ、ママ、ごめんなさい……私だけ助かろうとしたから! 一緒に生きられたはずなのに! 違う、だから、嘘、なんで…! 私…!」

「マミ!」

 

 異様な混乱を見せ、がくがくと震えながら抱き着いてくるマミにほむらは強い声で呼びかける。記憶というものは消したつもりでもふとしたきっかけで元に戻る――そんなことは解っていた筈なのに。結局借り物の神の力ではこの程度が限界なのだろうかと、ほむらは自問する。

 

 この両手をパンと打ち鳴らして……そうすれば彼女は平静に戻るだろう。悲哀も絶望も、トラウマも何もかもを忘れて気のせいだったのだと笑うだろう。そして、今度また思い出してしまった時に自分は傍に居るだろうか。全ての記憶を思い出すと仮定したならば、一番トラウマを引き起こしやすいのは巴マミだ。

 

 仲間を撃った過去。信頼していたキュゥべえに裏切られた過去。魔女に頭から食べられてしまった過去。どれもソウルジェムを黒に染めるには十分だろう。

 

 自分が居れば忘れさせることは容易い。けれど何かの拍子に思い出した時、そこに自分が居る保証はまったくない。いつのまにかマミが死んでいた――そんなことは、たとえ悪魔になっても嫌だ。ほむらは『そう』思った。

 

「誰も怒ってないし、誰も悲しんでいないわ。お父様もお母様も貴女が生きていたことを喜びこそすれ、恨んでなんかいない。マミ、貴女が救ってきた人間は――貴女に救われた人間は数えきれないでしょう? 貴女は魔法少女を殺したんじゃない、魔法少女を救ったの」

「あ、ああ――私、そうだ……佐倉さんのソウルジェムを、砕いて…!」

「杏子はそこに居るわ。ちゃんと居る。貴女の手は真っ白で、なにも汚れてなんかいないから……だから、泣き止みなさい」

「だけど……でも…」

 

 ああ、まったくなんて酷いありさまだろう。ああ、まったくなんて『むごい』んだろう。全てを忘れてのうのうと過ごさせるなんて、あまりに酷い。

 

 悲惨で、無残で、兇悪だ。

 

 『だから』彼女は悪魔になったのだ。幸せな設定を創って『あげた』。幸せな環境を整えて『あげた』。幸せな出会いを授けて『あげた』。ああ、なんて浅ましい。それは神の御業ではなく、悪魔の所業だろう。みんな何も知らずに幸せを享受すればいいと、彼女はそう思っていた。

 

 けれど、悪魔はやっぱり神にはなれない。奪った力を無理やり行使して、できたものは不格好な偽の団欒。それすらも風の一吹きで崩れ去る砂上の楼閣。

 

 だけど、だからといって女神を求むのか。彼女にはそれを選べない。何よりも大切なものがそれだから。

 

 多くを望めば何も手に入らないと、嫌になるほど体験してきた。だから誰にも関わらず、故に誰とも関わらず、ただただ幸せを見守るだけの無機質な悪魔と成り果てた。

 

 ああ、自分はなんて無様なんだろう。『こんな』ことになりたくなかったから悪魔になったのではなかったのか。『こんな』気持ちを忘れたかったから悪魔になったのではなかったのか。

 

 女神の鞄持ちなど放っておけばよかったのだ。けれど自分を理解している人が居る事が嬉しくて、自分を慮る人が居てくれることが嬉しくて。捨ててきた筈の燻火につい手をかざしてしまったのだ。あまりにも自分の掌が冷たかったから。悪魔の手が冷たいなんて、当たり前の事なのに。

 

「あ、暁美さん――んっ」

 

 少し落ち着いてきたけれど、瞳がずっと揺れ動いている目の前の少女の顎を持ち上げる。頬から伝い、手の甲にかかる雫の熱さは誰のせいだろう。偽の幸せすら与える事もできない無様な自分でも、せめて彼女が望む歪んだ依存を捧げることはできるだろうか。

 

 悪魔は、すっと彼女の頬に手を添えて――

 

「ただいまー」

「きゃああぁぁ!!」

 

 ――コマンドサンボ禁じ手の一つ、頚椎捻り飛竜竜巻掌底打を鮮やかに決めた。

 

「マ、マミさんの首が――っ!? なにしてんのほむら!?」

「ひぁっ!? ひ、人殺し!?」

「いやお前だよ! か、回復まほうー!」

 

 白目を剥いて泡を吹くマミ。起きた時には記憶がすっぽり抜け落ちて、けれどすっきりしたような笑顔だったそうな。まさに悪魔の所業である。

 






 すまんの、このSSは非シリアスなんや。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二心

あけましておめでとうございます。

え、しゃるてぃあ? 年内完結? すいません、ちょっと何言ってるか解りません…


 近未来都市ならではの斬新かつ機能的な一軒家、鹿目ホーム。最近ではそこまで珍しくなくなった女性が働き男性が家事を行う、近代的な性別役割分業制の家庭である。長男長女の二人姉弟であり、夫婦仲も姉弟仲も良好な理想的な家族と言えるだろう。

 

 数年前にアメリカに家族で渡米し、最近になって戻ってきた――まどかに関していえば、いわゆる帰国子女というやつである。とはいえ感性も生活様式も完全に日本に馴染んでいるのは、そもそもアメリカに関しての記憶は『記憶』でしかなく、体験を伴わないものであるからだろう。

 

 新居の筈なのに随分と慣れ親しんだ古巣のように感じるリビングで、まどかは帰ってきてから数度目になるため息をついた。

 

「はぁ…」

「まーたため息ついてるよまどか。学校でなんかあったのかい? それともいまいち馴染めなかったとか?」

「え? あ……ううん。友達もできたし、みんな仲良くしてくれてるよ」

「ふーん……となると恋の悩みかねぇ。さっそくまどかのファンができてラブレターでも寄越してきたかな」

「ち、違うよぉー!」

 

 図星をさされたように慌てるまどかを生温かい目で見つめて、一人娘の成長を嬉しがる詢子。手紙なんぞで告白してくる輩は振ってよし、と草食系男子の希望を打ち砕くアドバイスを娘に授ける。

 

「本当に違うんだってばー」

「ほほう、そうかな? ならそのリボン誰に貰ったんだい?」

「こ、これはその…」

 

 娘が新しいリボンを付けているのを目敏く発見した詢子。娘が選んで買ったにしては少し派手すぎるそれは、しかし非常に良く似合ってもいた。センスが良く、かついきなり贈り物から入る積極的な少年が娘に惚れたとなれば母親にとっては朗報だろう。

 

「…ねぇママ」

「ん、なんだい?」

「その、ね…? やっぱりいきなり抱き着かれたりしたら……その、そういうことなのかなって」

「なぁにぃー!? そりゃ積極的なんじゃなくて軽薄だろう!? どこのどいつだい、うちの娘に手を出す勘違い男は!」

「う、ううん。女の子なんだけど…」

「…なんだ、そりゃ単なるスキンシップじゃないのかい。あっちでも感激したら誰彼構わず抱き着く奴はいたじゃないさ」

「でも、ここ日本だし……それにこのリボンもその子が付けてたやつだし…」

「へぇー…?」

 

 それは確かにおかしいな、と唸る詢子。そして自分の娘も少し『おかしい』と。話している様子からは嫌悪など感じられず、そもそもそのリボンを着けている時点で憎からず思っているのは間違いないだろう。まあ娘の性格からして、気を使って使い続けている可能性も否定はできないが。

 

「なのにね、今日保健室でさやかちゃんと抱き合ってたの! さやかちゃんもさやかちゃんだよ! 私にあの子と関わるななんて言ってたのに、自分だけ…!」

「…こほん。んん…?」

 

 あれ、娘がいつのまにか白百合で百花繚乱になってる、と冷や汗を流し始めた詢子。というかさやかちゃんって誰だと突っ込みを入れようとしたが、なおもぶつぶつと愚痴りながら憤慨している娘に気圧されて沈黙する。

 

 まるで浮気されて怒る彼女のようだ。だいたいなんだその百合修羅場は。もしかして見滝原中学に編入させたのは間違いだったのだろうかと、天井を仰ぐ。

 

「あー……まぁ、ほどほどにね。色恋に性別は関係ないけどさ、刃傷沙汰だけは勘弁してよ? 『まさかうちの子が…』とかやりたかないからさ」

「べ、別にそういうんじゃないよ! ただ、ほむらちゃんとは初めて会った気がしなくて……それにリボンも。渡された時に『返す』って言ってた気がするの…」

「ふぅん? ならもしかして、あっちに行く前の友達だったんじゃない?」

「そうかなぁ…」

 

 『返す』という言葉も、既知であるかのような振る舞いも、確かにそう考えれば納得できるものがある。しかし所詮は数年間の在米だったのだ。流石に小学生の時の友人を忘れているなどということはないだろうとまどかは首を捻る。特にリボンを渡すような親しい友人など忘れよう筈もない、と。

 

「このリボン、持ってたような覚えもあるの」

「うーん、あたしもまどかに選んであげたような気がするんだよねそのリボン。ということはぁ……久しぶりの再会で感激して抱き着いたのに、自分のことを忘れられていたその子が、悲しくてさやかちゃんとやらに慰められてたとか?」

「えぇ!? うー……そうなのかな…? なら私、ほむらちゃんにすごく酷いこと…」

「いや、ただの想像だからね? 気になるんならちゃんと聞きなよ。もしそうだったんならしっかり謝って、また友達になってくださいってお願いすりゃいいのさ。その子のこと嫌いじゃないんだろ?」

「うん。すごく大切な友達……だと思う」

 

 頬を染めながらそんなことを言うまどかに、またもや冷や汗をかき始める詢子。とはいえ多感な時期でもあるし、無理に抑えつけても良い結果にはならないだろうと静観する心積もりである。中学生の恋愛など麻疹のようなもので、けれどそれが最後まで続くならそれはそれで本物だろう。

 

 前者なら自然となるようになる。後者なら応援してもいい。アメリカの一部の州に関しては結婚できるようにもなっているし、本気で愛し合っているなら性別は関係ないというのも詢子の本音だ。

 

「ま、貰ってばっかりもあれだし……明日買い物にでも行こうか。そのほむらちゃんて子にプレゼントでもすればいいのさ。なんならお揃いのリボンでも買っちゃえば?」

「え、えぇー? 恥ずかしいよ…」

「はいはい」

 

 恥ずかしいと言いつつ、まさに名案を聞いたとでもいうような表情だ。子供は親の知らないところで成長するものだな、と複雑な気持ちで自室へいそいそと向かうまどかの後ろ姿を見送る詢子であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見滝原という土地は、都市全体がモダンな雰囲気を漂わせるシャレオツな街である。全面ガラス張りで、変態が造ったんじゃないかという見滝原中学を筆頭に防災施設や喫茶店に至るまでやたらとガラスが多いのだ。そんな街の一角にある洒落たカフェで、まどかは母親と一緒にお茶を楽しんでいた。先日約束した通り、リボンを買いに来たのだろう。ついでとばかりに普段仕事で忙しい母親との貴重な時間を楽しんでいるのだ。

 

「ふいー、ちょっと疲れちゃった」

「リボンに時間かけすぎだよ……何軒回るんだか」

「えへへ…」

 

 ほむらへと送る予定のリボンを吟味し、何軒もはしごしてようやく納得できるデザインを発見したのだ。自分が着けているものと少し意匠が似ているそれは、見ようによってはお揃いのようにも見えるかもしれない。どちらかというと男性的でさばさばとしている詢子は買い物も男性らしく即断即決であり、故にやたらと連れまわされた現在少々グロッキーになっていた。

 

 そして頼んでいたメロンソーダとコーヒーが配膳され、いざ口にしようとストローを加えるまどかであったが――自分の座っているソファー席の後ろ、頭がギリギリ見えるか見えないか程度の低い壁で隔てられた後ろの席から、耳に覚えのある声が聞こえてきてピクリと反応する。

 

 どうしたのかと問い掛けてきそうな雰囲気の母親を目で牽制して、少し頭を下げて会話に耳をそばだて始めた。

 

「いやー、取り合えず街を散策しては見たもののまったく意味ありませんでしたなー……はっはっは」

「何を笑っているの。あなたの問題でしょう」

「はは――はぁ……だよねー。ほんと何が原因なんだろう…」

「普段の行いじゃないかしら」

「ど、どういう意味?」

「宿題はしない、授業では居眠り、テストは赤点」

「そ、そんなんでこうなったら今頃世界は女の園だよ! それに宿題はちゃんと提出する時もあるし!」

「志筑仁美の宿題を丸写しで?」

「うぐぐ…」

 

 そこには仲良く二人でお出かけ中、とでもいったようなさやかとほむらの姿があった。嘲るように揶揄ってくる少女に対し、両手を上げて反論するもう一人の少女。内容はともかくとして、その雰囲気は険悪どころか気の置けない仲であることがよく伝わってくるやり取りだ。簡単に言い表すならば……そう、後ろの席で会話を拾っているまどかの顔が、女の子がしてはいけない顔になっているレベルである。

 

 下唇を噛み過ぎて富士山のようになっている口元は、信頼していた部下に恋人を寝取られた女のようだ。実際、割とその通りである。記憶は無くとも魂が叫んでいるのだろう。

 

「ぐぎぎ…」

「ま、まどか?」

「弓……弓はどこに置いたっけ…」

「おーい」

 

 アルティメットゴッデスボウを無意識に探すまどか。どう考えてもオーバーキルだが、間女を制裁するには丁度いいと暗い笑みで呟く。母親としては気が気でなくなるのも当然だろう。もう見ていられないとばかりにトイレへ避難したのも、当然といえば当然だったのかもしれない。そんな母親を尻目に、まどかはひたすらに聞き耳を立て続ける。

 

「はー……もしかしてまどかがなんかしたのかなぁ」

「馬鹿も休み休み言いなさい。今あの子はなにも覚えていないし、そんなことできる筈もないでしょう」

「まぁそうなんだけどさ……でもあんたのやりかたって結構ガバガバじゃん。まどかだって普通に思い出しそうになってたし」

「う…」

「もういいじゃん、思い出してもらったって。みんなぜーんぶ思い出してさ、みんなで仲良く円環いき~って感じで! 円環で円満! なんちゃって」

「あなたの寒い洒落はいまに始まったことではないけど、それで殺意が芽生える人が居る事をなんでわかってくれないの?」

「そこまで言う!?」

 

 そこまで言わせたのはお前だと、冷たい目線でさやかを見据えるほむら。昨晩から何かにつけて一緒に円環の理に戻ろうと言うさやかに少し鬱憤が溜まっていたのだ。というか自分はまだ一度も死んではいないのだから、それは一緒に死のうぜと誘われているようなものである。そもそも『円環の理』というのはマミが勝手につけていた名称であるというのに、公式のような扱いになっているのはどういうことなのだと疑問を呈する。

 

「だいたいその『円環の理』っていうのは誰が決めたの? マミが言い出したのは覚えているけれど、言い出す前にその存在があったのだからおかしいじゃない」

「え? 正式名称はマミさんだよ。まどかが私の消える瞬間を見守ってくれてて……で、き、消えた時にマミさんが、え、『円環の理に導かれて…』って言ってたから、だから、ぶふっ! …そこで、き、決まったの……くひゅっ」

「そういえばあの子も自分の魔法少女姿を絵に描くような子だものね。マミに影響されるのも仕方ないのかしら……く、ふっ……こほん!」

「…………『逝ってしまったわ…』」

「…や、やめなさい」

「『円環の理に導かれて…』」

「やめっふ!」

「どやぁぁん!」

「――っ! くぅ、ぶふっ!」

 

 先輩を先輩と思わぬ二人のやり取り。もしここに彼女が居れば、ティロ・フィナーレが炸裂していたであろうことは間違いない。そしてマミの他にも微妙にディスられていた少女はというと、さやかとほむらの会話の端々に挙がる言葉が脳内でリフレインし、何かを思い出しそうで目を瞑っている。

 

「にしてもさー…」

「なによ?」

「一つ納得できないことがあるんだけど」

「だからなに?」

「いや、まどかの力を裂いて奪ったとは言うけど……どうやったのさ? よく考えたらありえなくない? 四トントラックが突っ込んできたからプラスドライバーで分解して事なきを得たくらいにぶっ飛んでない?」

「…?」

「いやいやいや、だからさぁ――」

 

 たかが一魔法少女が、神の如き存在を裂いて力を奪う。控えめに言っても有り得ないだろう。何がどうなるかも解らないのだから、事前準備や練習もへったくれもないというものだ。一般的な例に当て嵌めてみれば、そうだ。キリストが目の前に降臨したから二つに裂いたった――そんなレベルの暴論であり暴挙である。まったく一般的ではないが。

 

「さあね。月並みな言い方をするなら、執念が勝ったというところでしょう。自分でも無我夢中でよく解らなかったもの」

「『この瞬間を待ってた――!』とか言ってたのに?」

「それはノリよ」

「ノリなのかよ!?」

「強い想いが実を結ぶなんてことはよくあることでしょう?」

「ふぅん……『愛』ってやつ?」

「ぶっ――! な、なんで…? あ、あなたまさか…」

「いや、私だけじゃなくってみんな聞いてたと思うけど。改変されかけの世界中に響いてたよ。『希望より熱く、絶望より深いもの……愛よ!』って言っ」

「わああああぁぁぁ!」

「愛よ! って言ってたの」

「言い直さなくてもいいでしょう!?」

「ほむらってテンション上がると結構とんでもないこと言うよね」

「ぬうぅぅぅ…!」

 

 ほむらに限らず、どんな人間でも精神状態が高揚していると言動がおかしくなることもあるだろう。代表的なものでいえば勿論マミの『アレ』だ。時間が経って落ち着けば後悔し、年月が経って分別がつけばやはり後悔する。いわゆる黒歴史というやつだろうか。

 

 そのことでちくちくとほむらを揶揄うさやかであったが、よくよく見れば彼女の顔にはどことなくぎこちなさが浮かんでいる。それは、そう――小学生が、好きな人と話しながらその人の意中の人物を探るような時の雰囲気にも似ている。

 

 『愛』とはどういう『愛』を指すのか。親愛か、それとも――

 

 ――それでも彼女には核心を問う事ができない。それができるような人間であったならば、彼女は女神のカバン持ちになることもなかったから。

 

「…ほむらってさ、あたしの――っ、えっ!?」

「どうし――っ、しまっ…!」

 

 それでも少し勇気を出して自分と彼女の関係性を明確にしようと問いかけようとした、その時。彼女達の周りが、それどころが周囲の全てが歪み、渦を巻き、大きな何かが解放されるような波動が広がっていったのだ。勿論その発生源は原初の女神。記憶と共に、神の力すらあるべきところに戻さんと世界の理を書き換えていく。

 

「まどか! くぅっ…!」

「――――そうだ、私思い出さなくちゃいけないことが…」

「させ、ない…っ!」

 

 カフェを中心に解放され改変されようとしている世界。けれど、まだまだ悪魔はそれを認めない。たとえ女神の側付きに少し絆されていようとも、ここ数日で人間の心を取り戻してしまったとしても。彼女が生きる意味そのものを簡単に手放す訳はない。

 

 広がる衝撃を耐え、あるのかも解らない床を全力で踏みしめる。力の限り跳ね、女神をその腕に抱きすくめた。記憶も力も、何もかもを忘れさせるために。何よりも大事だからこそ、誰よりも酷い所業を彼女は厭わない。

 

「あ――あれ? えっと……きゃっ! ほ、ほむらちゃん!? え、えと…」

「…」

 

 そして力を封じ込め、まどかの覚醒を防いだ瞬間。そこには公衆の面前で抱き合っている少女達の姿が残っていた。ほむらはなんとか間に合ったと脱力し、その事実に気付いていない。まどかからすれば急に意識が遠くなり、気付いたら気になっていた少女に抱きしめられていたのだから頭が真っ白になるのも仕方ないだろう。

 

 じろじろと視線が彼女達に向かい、そしてトイレから戻ってきた詢子は遠目からその動向を見守っていた。そしてまどかが少し落ち着きどうしたものかと周りに目を向けると――友人である美樹さやかと目が合った。

 

「…」

「…」

「…てぃひひ」

「っ!」

 

 つまり、修羅場である。そう、悪気は無い――無いのだが、確かに鹿目まどかは美樹さやかに対して勝ち誇ったような笑い声を零してしまった。悪意もなければ意識的にそうしたということでもない。しかし、それは間違いようもなく宣戦布告の合図であった。

 

「ほむら! いつまで抱きついてるのさ!」

「えっ……あ、ええ。ごめんなさい鹿目さん。ふらついていたところを抱き留めてもらって、助かったわ」

「あっ…」

 

 怒ったように叫ぶさやかの声に驚き、我を取り戻すほむら。たまたまふら付いていたところを助けてもらったということにして場を濁す。記憶を書き換えた瞬間は前後の行動も基本的にはあまり覚えていないため、これで押し通すつもりのようだ。離れた瞬間の、まどかの名残惜しいような声を気のせいにして彼女はさやかの方へ戻る。

 

 ――否。戻ろうとしたが、まどかに腕を掴まれて戻れなかったというほうが正しいだろう。

 

「ま、また倒れたら危ないから! ね?」

「え、あ、あの……まどか?」

 

 突然の行動に目を見開いて戸惑うほむら。自らの腕を抱きしめるまどかの様子に、驚愕と少しの喜びをもってしどろもどろになる――が。当然そんなまどかの行動をさやかが黙ってみているわけもない。つかつかと二人の方に歩み寄り、空いているもう片方の腕を掴んだ。

 

「やー、ありがとねまどか。ほむらちょっと具合悪いみたいでさ。つき合わせちゃってごめんね、もう帰ろっか。『今日も』泊まるね? 看病したげる」

「ふぇ? ちょ、さや――」

「そうだほむらちゃん! このリボンのお返しにね、お揃いのリボン買ったんだ。着けて……くれるよね?」

「ひゃ、ちょ、まど――」

「まどか? ほむらは具合悪いって言ってるでしょ? そろそろ腕放してくんないかな」

「さやかちゃんこそ。ほむらちゃん迷惑そうだよ?」

「そんなわけないじゃん! そっちこそほむらが困ってるの解んない?」

「そんなことないもん!」

「お、おち、落ち着いて二人ともぉ…」

 

 一方が自分の方に抱き寄せれば、もう一方が無理やり引き戻して自分の方に抱き寄せる。これだけ思われればほむらも本望だろう。今の彼女はまさに大岡裁き状態。ぐいぐいと両方から引っ張られ、がっくんがっくんと体を揺らしている。驚き7割、羞恥が2割、残りの1割は困ったという感情とちょっとにやけそうになる感情が混ざっているようだ。

 

 あるいはそんな風に少々邪なことを考えていたからこそ、この後の悲劇が起こってしまったのかもしれない。

 

「ほむらはあたしと帰るの!」

「ずるいよ! ほむらちゃんは危険な人だなんて言ってたのに、酷すぎるよさやかちゃん!」

「痛い痛い痛い! 二人とも放して!」

「むぅー…!」

「ふにゅ…!」

「ほんとに駄目…! わ、私が裂けちゃう!」

「あっ」

「えっ」

 

 因果応報という言葉がある。自分がしでかした行いは、結局自分が尻拭いをしなければいけない……または自分に返ってくる、という言葉だ。ほむらが女神であるまどかの両手を握り彼女を裂いたように、今彼女は百合修羅場によって裂かれたのだ。

 

「ほむらー!?」

「ほむらちゃん!?」

 

 まどかはほむらによって裂かれた際、何も知らない普通の少女鹿目まどかと、女神の力そのものとしての鹿目まどかの二つに分かれた。そして普通の少女はそのままに、女神の方は彼女のダークオーブに力ごと封印されたのだ。しかしさやかもまどかもダークオーブなど持ってはいない。つまり結果として今ここに、悪魔の力を持ったほむらと普通の少女暁美ほむらの二人が同時に存在することとなった。

 

「つ……いったい何が…?」

「ひぅ……あれ? なんで私、二人…?」

 

 なんとも、やっかいな騒動はまだまだ続きそうである。

 




本当なら今頃10億円当たって仕事辞めてる予定だったのに、年末ジャンボのやろうめ…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

合体戦士はおちょくり属性が追加される理


…なにも言うまい


 

 元女神のカバン持ちで、現見滝原女子中学生であり、『ピュエラマギ・ホーリークインテット』の切り込み魔法少女でもある美樹さやかは現在、混乱の極致にいた。まさか悪魔を引っ張ったら二つにわかれるなどと予想できる筈もないのだから、それも致し方ないだろう。とりあえず彼女が今把握していることといえば、鹿目まどかも暁美ほむらも、裂けるチーズより裂けやすいという事実のみである。

 

 兎にも角にも彼女は二つに分かたれたほむらの様子を窺う他はないのだが――しかしここで一つ疑問が残る。女神である鹿目まどかが二つに分かれた時、一方が『何も知らない』鹿目まどかになった。けれどその事実が、その体に記憶が残っていないことと同義であるか否かといえば――勿論否だ。でなければ記憶の解放と同時に力が覚醒しかけることなどあり得ない。

 

 ほむらと接し、ほむらに近付くことで鹿目まどかは女神に近付く。それを危惧してほむらは彼女とあまり関わらないようにしているというのもまた真である。つまりほむらのダークオーブに封印された女神の力と記憶は、その外にある本体と共鳴しやすいということだ。主は『本体』であり、従――つまり『女神』の方は、魂のみの存在でしかないといえるだろう。

 

 本体を『A』とし、封印された方を『B』とするなら、ほむらのループの始まり以降を主の記憶として持つ方が『B』である。前述した主と従は、しかしその根幹は本来なら逆転すべきものだ。『A』に存在する記憶は精々残照程度であり、『B』が近くに在ってこそ共鳴が成り立つということはつまりそういうことなのだろう。

 

 結局のところ『悪魔』という存在の真実は『ほむらの体と魂がまどかの魂を覆い隠している』という一語に尽きる。故に彼女が二つに分かたれた現在、どういう状況であるのか。

 

 『魂』としての存在とは、しかし現実世界において物質的にも普遍のものである。ほむらを救うために降臨したまどか、さやか、なぎさがその証明であると言えるだろう。ほむらが二つに分かれたというならば、取りも直さず『魂』と『本体』であることは間違いない。

 

 そう、つまり。

 

 今ここには『本体』の鹿目まどか。『本体』の暁美ほむら。そして『魂』のほむらとまどかが存在している筈なのだ。けれどさやかの目に見えているのは間違いなく三人でしかない少女達。親友であり上司でもあるまどか。自分が良く知る美しい少女、暁美ほむら。そして遠い記憶と直近の記憶に朧げながら存在する三つ編み眼鏡の暁美ほむら。

 

 女神の力はどこに消えたのか、もしくはいまだほむらの内にあるのか。しかしそれをさやかは肯定し辛いのだ。両者が『魂』のみの存在であるということは、『魔法少女として才能の無い』暁美ほむらの魂が、『魔法少女の神』である鹿目まどかの魂を抑え込んでいるということなのだから。取り敢えず、まずは現状把握とばかりに今まで接していた方のほむらへと声を掛ける。

 

「ほ、ほむら……だよね?」

『見れば解るでしょう? どうしたの、鳩が豆鉄砲を食ったような顔を……いえ、さやかちゃんはいつもそんな感じだよね!』

「なんだとー! …ん?」

『だいたい、人が痛いと言っているのにぐいぐい引っ張るなんてどういう了見なの? さやかちゃんらしいといえばさやかちゃんらしいけどね、てぃひひ』

「…んんん? いやいや、ちょ、あんた…」

『なによ?』

「いや、その」

『どうしたの?』

「いやいやいや」

『美樹さやかちゃん?』

「混ざっとるわぁぁ!!」

 

 すぱぁん! とほむらの頭を叩き、容赦のない突っ込みを入れるさやか。この衝撃で分離でもすれば話は早かったのだろうが、そうは問屋が卸さなかったようだ。くらくらしながら頭をおさえて、抗議の声を上げるまどほむ(仮称)

 

 裂けるチーズより裂けやすく、つきたてのお餅よりもべたつく彼女達。いったい何がどうなっているんだと頭を抱えるさやかであったが、ふいに周囲に目線を剥ければ居るはずの存在が二つ、その場から消えていた。

 

「…あ、あれ!? まどか!? ほむら!?」

『はい』

「あんたじゃないよ!」

『ええっ!? 酷いよさやかちゃん……自分が呼んだ瞬間に忘れるなんて、ほんとに魚頭ね』

「や・や・こ・し・い~!」

 

 頭を振り乱すさやかであったが、いったん落ち着くべきだと考え深呼吸を繰り返す。突如消えた本体の二人はひとまずおいて、とにかく目の前の謎生物に焦点を当てるべきだと。

 

「(…ゴテンクス方式でいくなら名前は『あなみほむか』とかそんな感じなのかな…?)えー、うー……そうだ! ねえ、あたしのことどう思ってる?」

 

 見た目は暁美ほむらだが、中身はもはやどちらでもないような目の前の少女の『主』を明確にしようと、さやかは一計を案じた。つまり自分の事をどう思っているかを聞けば一目瞭然。自分の事を親友であり仲間だと言うならまどかに違いない――そしてもしほむらが『主』ならば、先ほど聞けなかった自分への感情をついでに聞ける妙案だ。ここまできてそんなことを案じるあたり彼女も相当な図太さである。

 

『へ? え、えと……うー……えっとね、ふふ。さやかちゃんは……思い込みが激しくて、意地っ張りで、結構すぐ人と喧嘩しちゃったりする女の子。でもね、ほんとはね、すっごく……思慮が浅くて、頭が固くて、勝手に絶望へ突き進む暴走列車よ』

「いいとこなさすぎだろコラぁあーー!! なんなのあんたら!?」

 

 そんな邪なことを考えているからこのような評価になるのだろう。会話の最初に持ち上げて、後で落とすタイプのほむら。会話の最初に落として、『だけど』とつなげるタイプのまどか。タッグを組めば最悪である。まあ話し始めが逆だったならば、さやかはきっと照れていたことだろう。

 

「ううぅ……もういいやい。それで、そうだ。もうズバリ聞くけどあんたの名前は?」

『私は…』

 

 『かなめまどか』『あけみほむら』……間を取ってあなみほむか、もしくはかなみほむか、大穴であけめほむか……そのあたりだろうかとあたりを付けたさやか。外見はともかく、中身はどう見ても混ざっているだろう姿を考えれば『暁美ほむら』でも『鹿目まどか』でもないだろう、と。

 

『私は……か』

「か?」

『…かみ。『かみ まむ』だよ』

「そこ取るのかよ! 語呂悪いわ! 確かに神だけど!」

『ゴッドマムよ』

「四皇か!」

『うるさいなぁ…』

「ちょ! 今のどっち!? ま、まどか…?」

 

 新生物『かみまむ』の誕生である。女神であり悪魔でもある、マミ垂涎の中二存在だ。

 

「ってそうだ! あの二人はどこに…!」

『さっきから何を慌てているの?』

「いやあんたが落ち着きすぎなんだよ! あんたの、あんたらの体なんですけど!?」

『私はここにいるわよ。おっかしいの、さやかちゃん~』

「だあぁぁ!! 訳わからん!!」

 

 ここまで騒いでいて衆目が集まらないなどということがあり得るのだろうか――答えは当然NOである。他の客の注意は完全に彼女達に向かっていたが、しかし視線だけは集まっていない。つまり皆、頭がアレな人には関わりたくないというのが本音なのだろう。そんな空気を感じたという訳でもないが、とにかく探しに行かねば始まらないとさやかは少女を連れて喫茶店を出た。先程座っていた隣の席には携帯で夫に娘の情操教育について相談している妙齢の女性が居たが、さやかはそれどころではなかったので気付かなかったようである。

 

『さやかちゃん、さやかちゃん。あそこにクレープ屋さんがあるよ? 苺のクレープが食べたいな』

「…くぅっ!」

 

 まどかよりもなお天然さを醸し出す少女(まどか寄り)に、先ほどと同じく突っ込もうとしたさやか。しかし外見はほむらのそれであり、人懐っこく無邪気に笑いながら腕を組んでくる彼女の姿はさやかをして少し悶えそうな破壊力があった。いわゆるギャップ萌えというやつだろうか。つい財布の紐が緩んでしまうのも無理はない。

 

『おいしい~! さやかちゃんも食べる? はい、あーん』

「え!? あ、あーん…」

『調子に乗らないで。さっきのこと、私はまだ許していないわ』

「むぎゅっ! …あーもう! どっちかに統一しろよぉ!」

 

 ころころ変わる喋り方と態度にさやかは翻弄される。ため息をつき、にこにことしながらクレープを食べる彼女の手を引いてベンチへと座った。そもそも魔法少女や魔獣ならばともかく、普通の少女二人を当てもなく探すというのは難しい話だろう。

 

「うー……そうだ、いったんほむらの家に帰ってみようか。もしかしたら戻ってるかもしれないし」

『うんうん』

「…なんかどっちにしてもテンション高くない?」

 

 ほむらの部分が顔を覗かせても、まどかの部分が顔を覗かせても少し違和感を覚えるさやか。それは偏に足して、けれど割らなかったからだろう。あらゆる部分が色んな意味で倍増しているため、彼女は少々躁状態に近いともいえるのだ。

 

 ――そう、ほむらがここ数日でさやかに向けるようになった愛着も。まどかがさやかに向けていた親愛も。足されて、そして割られてはいない。

 

『てぃひひ…』

「ちょ、ちょっとくっつきすぎじゃない? その、嫌じゃないんだけどさ」

『そういえばソレ、結局今日中には解決しなさそうね。戻るまで家に泊まるというのはどうかしら』

「うえぇっ!?」

『名案だよね!』

 

 まどかにとってさやかは唯一無二の親友だ。男女のそれではなかったにしろ、向ける愛情の大きさという点ではきっと家族に対する愛にも劣らなかっただろう。いや、もしさやかがまどかに思慕の念を向けていたならば、受け入れていた可能性だってあるかもしれない。

 

 そこにほむらの感情を足せば、このようなことになるのも可能性としてなくはなかった――現状こうなっている以上、『そう』なのだろう。

 

『~♪』

「あうぅ…」

 

 腕に抱き着き、せわしなく顔を覗き込んできたり頬を擦り付けてくる、外見はほむらの少女。さやかは先程のセリフのせいもあり、下半身熱が籠ってきそうなことを感じて狼狽する。なるほど、確かに嬉しい状況であるかもしれない――しかしこんな付け込むような形でナニかをしてしまえば、誰にとっても後悔しか残らないだろう。ここは我慢だ、と自分に言い聞かせる。

 

『あ、コンビニあるよ? …アレ、買っていくべきかしら』

「アレ? …………いやいやいや! 必要ないから! うう、どっちの思考なんだよう…」

『でも、今日は危ない日よ……でもさやかちゃんなら、いいよ』

「わーわーわー! 聞こえなーい! 本当にやばいからやめてぇ!」

 

 解ってやっているのか、それとも天然なのか。さやかを翻弄し手玉にとる彼女は、さながら悪女のようである。まあ古今東西、合体といえば色々パワーアップするものであるからして間違ってはいないだろう。わたわたと慌てながら無理やりそっぽを向くさやかを見て、口元に手を当ててくすくすと笑っているのはどこぞの怪盗をおちょくる美女のようだ。というか非常に楽しそうである。

 

 そしてそんな二人の前に、趣味の紅茶を買いに街へ出てきたツインドリルの少女が姿を現した。

 

「あら、二人ともお買い物かしら。今日も仲良しさんねぇ」

「マミさん! あ、いやこれはそのぉ……はは……あ、そうだマミさん! ほむらを見ませんでしたか!?」

「はい? えーと、目の前に……居る、わよね? …………ああ! ルパンごっこね! 『馬鹿もーん! そいつがほむらだ!』みたいな?」

「違いますって! いや、話せば長くなるんですけどこれはほむらじゃなくって…!」

 

 どうみても横に居る少女を探している、などと言えば正気を疑われる方が自然だろう。マミも一瞬さやかの頭を心配したが、若き日の――今も若いが――ごっこ遊びを思い出して合点がいったように微笑む。まだまだ子供ね、と優雅に口元に手を当てるが――その様子を見て薄く口を歪ませる少女が一人。

 

『マーミさん!』

「ひゃっ!? ど、どうしたの暁美さん!?」

『えへへ…』

 

 急にマミへ抱き着き、その豊満な胸へ顔を埋める堕女神。ぐにぐにと形を変えて柔らかさを伝えてくるそれを堪能しながら子猫のように甘える。マミもマミで、いつもと違う――冷たい方のほむらでも、二人きりの時のようなほむらでもない彼女の様子に驚きを露にする。

 

 しかしたとえ二人きりの時であっても見せることのない、庇護欲を刺激するような姿態に胸キュンしているようだ。しつこく言うようだが、これもギャップ萌えである。

 

『マミ先輩、その紅茶…』

「え? ああ、これは……この前アッサムが好きって言ってたでしょう? 少し良い茶葉を見つけたから買ってみたのよ」

『マミさん先輩!』

「なんだか呼び方がおかしいわよ!?」

 

 いちゃついているともとれるやり取りに少しイラっときたさやかであったが、我慢してマミに説明を始める。少女はほむらであってほむらではない存在であること。悪魔のほむらと普通のほむらに分かれ、後者が行方不明になっていること。マミさんの胸はけしからんものであること。自分が危うくなるので慎んでほしいこと。全てを切に語った。

 

「む、胸を慎むってどうやって!?」

「まずそこなんですか!? あ、いやそれは冗談です……で、ほむらのことなんですけど」

「えーと……本気で言ってる、の?」

「信じられないかもしれないですけど、ほんとなんです!」

「うーん……いくらなんでもねぇ……ほむらさん、どうなの?」

『マミさん大好きです!』

「ほ、ほら、いつも通りよ。悪魔どころか天使じゃない!」

「どこがっすか! つーかあんた! なんとなく解ってきたけど、性格悪いわね!?」

『ひ、ひどい……さやかちゃん。うわぁん、マミさーん』

「駄目よ美樹さん! 友達に性格悪いなんて言っちゃ!」

「ぬ、ぬぐぐ…」

 

 歯ぎしりをしながら、さやかは先程から覚えていた違和感を更に強める。彼女……自称『まむ』は時間経過と共に明らかに性格が変化している、と。最初は確かにまどかとほむらが混在しているような姿を見せていた。しかし時間が経つにつれて二人の性格を掛け合わせたような態度をとっているのだ。

 

 しかも悪いところどりである。まどかのように素直な態度をとっているように見えて、その実ほむらのようにまったく本心を露にしていない。二人共通の、偶に人を揶揄うような茶目っ気はそのまま足されて質を悪くしている。

 

 さやかは少しぞっとした。このままいけば完全に統合されるのではないか、と。魔法少女の神としてはそれでいいのかもしれないが、彼女達の友である自分にとっては一大事なんてものではない。最悪の結末といってもいいだろう。

 

「マミさん!」

「は、はい!」

 

 故に、ここは一刻を争う事態だと判断した。巴マミという少女は少し頭が固いところはあるけれど、しかし他人を慮る優しい少女だ。本気で、真剣に、心の底から頼み込めば信じてはくれずとも手伝ってはくれるだろう。記憶の上では長い付き合いだ。そのくらいはさやかにも解っている。

 

「信じてくれなくてもいいです。疑ってくれても構いません。でも、このままじゃほむらが消えてしまうかもしれません。『ほむら』は居ても、私達の知っているほむらはいなくなります。だから……だから、手伝ってください」

「…そう。ええ、解ったわ。野暮なことは言いっこなし、ってことでいいのね?」

「マミさん!」

『私はマムさん!』

「やかましい!」

『えぇー…』

「た、確かにおかしいわね、暁美さん」

 

 まずはどうすべきか――消えた二人を探すべきかとも考えたさやかであったが、そもそももう一度くっつけてどうなるかが気になっていた。魂のみの状態がこの現象の理由だというならば、確かに体という容器に突っ込めば戻る可能性はある。が、微妙に混ざっている状態が元に戻るかと考えれば少し怪しいところだろう。

 

 まずは一度まどかとほむらを離したいところである。つまり――先ほどの再現ということだ。

 

「ほ、ほんとうにこれでいいの? 美樹さん」

「とにかくお願いします!」

『痛いよ~! なんでこんなことするの? さやかちゃん、私のこと嫌いになっちゃったの?』

「うぐ……まどかみたいな顔してぇ……というかさっきから思ってたけど、まどか成分強くない?」

『訳がわからないよー』

 

 人目につかない公園でぐいぐいと両側から引っ張る少女達。中々離れないが、しかし癒着しているせいかもしれないと力を込め続ける。傍から見ればどうみても少女を取り合う修羅場だが、夢中な彼女達は気が付かない。そして公園である以上、まったく人が居ないということもありえない。

 

 今しがた公園の入り口から駆け込んできた赤髪の少女の存在もまた然り。これは偶然ではなく必然である。

 

「おい! なにやってんだよ!」

「きょ、杏子? なんでここに…」

「んなもんどうだっていいだろうが! それよりなにしてんだよ、嫌がってるじゃねえか!」

「さ、佐倉さん、これは…」

『助けて杏子ちゃん~』

「ちょっ、おま」

「とにかく放せ! …ほら、ほむらはあたしの後ろにいな」

『杏子、ありがとう。素敵よ』

「へ? こ、こら引っ付くなって」

 

 もはや女を手玉にとる小悪魔のようだが、まあ実際に悪魔なので間違ってはいないだろう。それに、実際のところ彼女がさやか、マミ、杏子に向ける親愛そのものは本音以外のなにものでもない。強いていうならば青髪の少女への愛はまどかが強く、黄色の少女へは両方が。赤髪の少女へはほむらの部分が強く出るといったところだろうか。

 

「…」

 

 騒動は続き、その一部始終を無機質な瞳で一匹の小動物が見つめている。赤色の少女をそれとなく誘導した個体は既に公園を去った。けれど彼等は、どこにでも居るしどこにも居ない。ただただ、その紅い瞳は少女達を映していた。





あまりに風邪薬が効かないもんだから初めて漢方薬というものを飲んでみた。これが凄い効き目でびっくりしました。ずっと咳が止まらなかったんですが、飲んで数時間で治まってきたんですよ。プラシーボ効果ってわけでもないないでしょうし、中国四千年あなどり難し…ッッッ!

(見ている人がいたら)もう一作はもう少し待ってね……こんなに難航するとは思わなかった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ゴング

まどマギもうちょっと再燃しないかな~。新しいSSもあんま出てこないし、つらたん。


 

 寂れた公園。集まるは三人の魔法少女と一人の堕女神。白い孵卵器の思惑も重なって、事態は加速していく。

 

「どうしたってんだよさやか! マミ!」

「いやだから色々事情があるんだって! 説明してる時間がないんだよ!」

「えっと……えっと…」

 

 二人してほむらを虐めているかのような光景は、杏子の怒りを買った。しかし悠長にしていては手遅れになるかもしれない関係上、さやかは無理やりに堕女神に手を伸ばす。

 

「ぐぬぬ……邪魔しないでったら杏子!」

「だからなんでこいつに手ぇ出そうとしてんだよ! まずは説明しやがれ!」

「ああもう、この解らずや! 時間がないって言ってるんだよ!」

「はあ!? さやかにだけは言われたくないんだけど!」

「なっ…! どういう意味さ!」

「ふ、二人とも落ち着いて……ね? 喧嘩はよくないと思うの」

「ああ? じゃあマミはどっちの味方なんだよ!」

「あたしですよねマミさん! さっき信じてくれましたよね!」

「え、う……あ、あの……私」

 

 喧嘩を止めようとしてとばっちりを受けたマミ。気の強さは見せかけだけであるが故に、彼女は押されると弱い。二人に睨みつけられ固まってしまった。しかしほむらが心配であることもまた事実。明らかに平素の彼女とは違う様子は、さやかの言に一定の信憑性を持たせていたのだ。

 

「うう……えいっ!」

『うひゃぁっ! マミさんダメぇ~』

 

 掴み合いにまで発展しそうな二人を躱し、その後ろに居たほむらを抱きすくめるマミ。とにかく今が異常事態というならば、そしてほむらが必要だというならば。その上更に二人を落ち着かせるというならば、とにかく動かねばならないと判断しての行動だ。

 

「佐倉さん! 今の暁美さんがおかしいのは解るでしょう? ほら!」

「…まあ確かにおかしいけどさ。でもそれとさっきの引っ張りあいになんの関係があんだよ」

『おっぱいがまみまみ~!』

「…」

「…」

「…」

「…ショック療法か?」

「そ、そう! だから杏子も手伝って!」

「わ、わかったよ」

 

 さやかが千の言葉を尽くすよりも、ほむらの変態行動一つで杏子の怒りが鎮まった。流石の女神である。それはさておいて、今度は魔法少女三人によるほむらの大岡裁きが始まった。傍から見れば友人の取り合いか、もしくは腕を伸ばしたいと熱望する女子を手助けしているように見えなくもない。昨今はワンピース女子というものが流行っているのだ。

 

『あうううぅ…』

「お、おい。ほんとにこれでいいのか…?」

「たぶん!」

「曖昧に断言しないでほしいわ」

『裂ける……さけ、あっ――」

 

 そして数分の後、その瞬間は訪れた。パチン、という乾いた音と共に一人の少女が二人に分かたれたのだ。ガッツポーズをして拳を握り締めるさやかと、目を丸くして今しがたの出来事に驚く杏子とマミ。まあいきなり友人が二つに分裂し、それどころか片方はまったくの別人だったのだからそれも仕方ないだろう。

 

「大丈夫? ほむら、まどか」

「さやかちゃん…」

「さやか…」

「よかった~、一時はどうなることかと……いや今もどうにかなってるけどさ。でもこれでちゃんと話し合え――ちょっ!?」

「うわぁぁん!!」

「いやあぁぁ!!」

「ええぇー!? ちょ、待って待って……あぁぁ! しかもなんで反対方向に行くんだよう!」

 

 そして二人に分かれた彼女達はというと、そうなった原因の魔法少女達に視線をちらっと向け――顔を両手で覆いながら東と西にそれぞれ走り出した。

 

 だがそれもむべなるかな。先程の彼女達も間違いなく“彼女達”であるが故に記憶は鮮明に持っているのだ。さやか、杏子、それにマミに対する恥ずかしい発言と行動の数々。いたたまれなくなって逃げ出すのも、神や悪魔である前に少女なのだから当然だろう。

 

「わ、私、変態さんじゃないよぉー!」

「知ってるから! だから待ってぇー! まどかぁー!」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ!」

「気持ちは解るから止まってよほむらぁー!」

「な、なんなんだよ。なんでほむらから転校生が出てくるんだよ…?」

「どうなってるのかしら…」

 

 このままでは体も魂も、最悪四か所に分かれてしまうことになる。収集がつかなくなるのはまずいと、とにかく二手に分かれて捕まえるよう指示を出そうとしたさやか。しかし――

 

「ううぅ、恥ずかしい……うぎゅぅっ!」

「まどか!?」

「うわぁ……顔面からいったぞおい」

「忘れなさい忘れなさい忘れなさいわす――ふぎゃっ!」

「ほむらー!?」

「リアルで木にぶつかる人なんて初めて見たわ…」

 

 しかし――その前に神も悪魔も自爆してしまった。そう、普通に考えれば手で顔を隠して走ることなどできるわけがないのだ。いや、できることはできるが危険極まりないだろう。当然ともいえる帰結だが、二人は障害物に衝突し自爆したのだ。

 

 まどかは公園の入り口にある柵に下半身をとられそのまま顔面から転倒した。ほむらの方はというと立ち並ぶ樹木の一本に正面衝突し、女性としてあるまじき奇声を上げながら地に沈んだ。まあ記憶を消したいと所望しているのだから、方法としては意外と間違っていないのかもしれない。

 

「ほ、ほむら……大丈夫?」

「…大丈夫じゃないわ」

「頭は? 大丈夫?」

 

 頭。木にぶつかった際に頭を打っていないかと心配し、ほむらに声をかけたさやか。しかし彼女の今の心境を考えれば違う意味にとってしまうのはある意味仕方のないことであった。

 

「わわ、私は別に貴女なんか好きじゃないんだからね!」

「どこのツンデレだよ」

「ゴゴ、ゴムなしなんて! ありえない! ハレンチよ!」

「そこなのかよ!? というか昭和のおばはんかあんたは!」

「おでこが、いたい……うぅ…」

「よしよし。ほら、立って。回復したげるからさ」

 

 優しくほむらの腕を引いて回復魔法をかけるさやか。カバン持ちの癖にまどかを優先にしないあたりが、先ほどからかわれた際の苛立ちを引きずっている証である。実際にはまどかとほむら両人の責任だが、さやかを揶揄う時の口調は大体まどかであったためだ。

 

「大丈夫? もう、女の子は顔を大切にしなくちゃダメよ。ほら動かないで」

「マミさん…」

「あら、会ったことあるかしら? …でもなんだか、すごく懐かしい気がするわ…」

「え、えへへ……マミさんはいつだって私の憧れです。強くて、かっこよくて、綺麗で…」

「え、えぇ!? えーと……やだ、もう。ごめんなさい、私あなたのこと覚えていないみたいなの」

「いいんです、知らなくて当然だから。それにもう治ったみたいです」

 

 さやかがほむらの方へ行ったことで、マミは必然的にまどかの方へ行かざるを得なかった。回復魔法を使える魔法少女はこの二人だけなのだ。頬に擦り傷を作ったまどかを“めっ”と叱り、手を添えながら癒す姿はまさにできる女。正気に戻ったまどかは、その懐かしい姿に目頭が熱くなった。

 

 全ての因果の記録が彼女にあるというならば、記憶の最初はいつだって巴マミと共にある。まどかは師であり、仲間であり、良き先輩であった彼女をさやかやほむらと同じくらい好きなのだ。

 

 たとえ自分のことを覚えていなくても、大事な存在であることに変わりはない。

 

「鹿目さぁ……なに? あんたも魔法少女だったの?」

「ううん。違うよ杏子ちゃん。私は…」

「…?」

「私は“円環の理”。全ての魔法少女を救済する法則であり、“理”」

「…」

「…」

「ほ、本当だよ!? そんな目で見ないで!」

「ああ……うん、そうか。いや信じてないわけじゃねえよ、うん。お前はきっと円環の理ってやつさ、うん」

「優しい目で見つめないでよ! わ、私本当に女神だもん!」

「そうよね! えーと、鹿目さん? 貴女は暁美さんと対を為す存在……悪魔とは相容れぬ宿命を持った女神なのよね!」

「えぇー…」

 

 悪魔の証明ならぬ女神の証明。ミステリーならずとも、自分が何者であるかを証明するというのは、意外と難しいものだ。魔法少女に免許などないように、女神にも免許などないのだから。むしろソウルジェムすらないのだから尚更だろう。

 

「うー……えいっ! これでどう?」

「なっ!」

「わぁ、素敵!」

 

 だが彼女には最終手段が――女神の姿そのものを見せるという手段が残されていた。可哀そうな目で見られたくないから、という酷い理由ではあったが、これで効果は覿面だろう。白い純白のドレス。胸元があまりにもエロティックに開かれている謎仕様ではあるが、神々しさという点ではこれ以上ない程の威容だ。

 

 ――しかし。しかし、現実とはかくも厳しいものである。

 

「おいマミ。もしかしてあたし達、遅れてるんじゃねえか?」

「え? どういう意味?」

「ほむらもアレだし、鹿目もコレだし。もしかして最近の魔法少女のコスチュームってああいうのが流行ってんじゃねえのか…?」

「…! そういう、ことだったの…? 私達、時代遅れだったの!?」

「違うよぉ! なんでそうなるの!?」

 

 海、もしくはプール。あるいは川。水着ではなく下着を履いていれば、ただの変人だ。しかしそんな痴態も、数が多くなってくれば常識の方が変わってしまうこともある。“重複”の読み方や“全然”の使い方など、時代と共に誤用が常識になっていくことは案外あるものだ。

 

 故に新しい魔法少女が二人続けて変な衣装を採用しているとなれば、逆にそちらがスタンダードなのかと疑ってしまうこともあるだろう。そのやりとりにがっくりと肩を落とすまどかであったが、その瞬間彼女を襲う黒い影が現れた。

 

「もう! 二人とも――っ!? ほむらちゃんっ!?」

「――くっ…!」

「ほむら! なにしてんのさ!」

「まどか……いえ、“円環の理” 貴女は私の中で大人しくしていなさい」

「ほむらちゃん…」

「ダークオーブの中は意外と悪くないでしょう? “まどか”は今幸せなの……だから、だから! 邪魔をしないで!」

「全然幸せじゃないよ! ほむらちゃんが苦しんでるのに、私が幸せな筈ない!」

「言葉は不要よ。そんな段階はずっと昔に過ぎ去ってる…! 私が苦しむのが嫌だっていうのなら…! それなら! 何故貴女は“そう”なったのよ! そんなの……そんなの全然幸せなんかじゃない! 私はただ貴女に幸せでいてほしかっただけなのに…」

「――っ! ほむらちゃん…」

「ただの魔法少女ならよかった。マミみたいに。杏子みたいに。なまじ記憶があったから…! だから私には後悔しかなかった…! こんなに苦しいのなら……愛なんていらない! だから私は悪魔になったのよ!」

「あ…」

 

 ほむらが激情にかられて心情を吐露することは、殆どといっていいほどにない。ましてやまどかを責めるような発言など、彼女の身を護るための理由以外で発したことなど一度もない。けれど今、良くも悪くも彼女は内心を叫んでいるのだ。

 

 円環の理になどなってほしくはなかったと。今までの自分を無駄にはしない――そう言ってくれたのに。それなのに、自分には後悔しかなかったと。せめて記憶が無ければここまで“哀れ”なことにはならなかったと。鹿目まどかの記憶がない自分など、もはや自分ではない。

 

 ――ああ、それでよかったのだ。もう、消えてしまえばそれでよかった。鹿目まどかを救う事だけが存在理由になっていた、成り果てていたのだから。それが叶わなかったのなら、綺麗さっぱり消えてしまえばよかったのだ。こんな無様を晒して生きながらえて。なんて“ざま”なんだろう。

 

 そう、彼女は叫んだ。

 

「だから――もう言葉なんかじゃ戻れない!」

「…っ! それなら止めて見せる! たとえほむらちゃんと戦うとしても!」

「――ああぁぁ!」

「――ふうぅぅ!」

 

 黒い翼をはためかせて、悪魔が宙へ舞う。迎え撃つは白の女神。弓をつがえて狙いを定める。どちらも相手の幸せを望んでいるのに、彼女達は相容れない。それが定めか運命か。

 

 そしてその中心に、青い少女が飛び込んだ。

 

「待ったぁぁぁ!!」

「邪魔を――しないで!」

「さやかちゃん!?」

 

 認められない。絶対に認められない。有り得ない。有り得てはならないことが今、起こっている。彼女の心が叫ぶのだ。それだけは見過ごしてはいけないと。

 

「ほむら!」

「…聞こえなかったかしら。もう、言葉なんかじゃ戻れない。貴女の言葉なら尚更に」

「さやかちゃん……ここまできたら、私もそうするしかないと思う――」

「え? いやそれは別にいいんじゃない? あんたらはもっと喧嘩するべきだと思うし。ぶっちゃけ殴りあって親睦を深めるべきだと思うし」

「なっ――じゃ、じゃあなぜ止めるのよ」

 

 愛を語るには、友情を語るには彼女達の接した時間はあまりにも少ない。クラブで知り合い数時間一緒に遊んだチャラ男同士の方が遥かに打ち解けているといっても過言ではない。だから喧嘩をするのはいいことだ。少なくともさやかはそう思った。

 

 大切な友人というには、あまりにも彼女達の付き合いは浅いのだから。

 

 だから、さやかが突っ込みたかったのはそんなところではない。どう考えてもおかしい、ほむらの姿についてなのだ。

 

「あのさぁ……悪魔のあんたって、女神の力を使ったあんたの事じゃない。今のほむらは完全にほむらだけなのに、なんで悪魔の姿になれるのさ」

「えっ」

 

 そう、さやかがどうしてもいいたかったのはそれだ。いわゆるデビホムとは、“まどかの力を奪ったほむら”なわけだ。ならば何故まどかが解放されている状態で悪魔になれるのか――そう彼女は問うた。

 

「…」

「…」

「…」

「あ、ああぁぁぁ!」

「戻ったー!?」

 

 人間の想像力、妄想力とは凄いものだ。プラシーボ効果というものをご存じだろうか。薬を飲んだという過程を体が認めれば――それが単なるビタミン剤だったとしても効果が出る、というものだ。もしくはパブロフの犬でもいい。条件反射。レモンや梅干しの味を鮮明に意識すれば、唾液の分泌が促進される現象。

 

 そこから一歩進んで、ほむらは『トムとジェリー』現象に陥っていたのだ。ジェリーにいつも酷い目に合わされるトム。床板を外されても暫くは気付かずに宙を歩いているトム。体がえげつないことになっていても最後まで気付かなかったりするトム。

 

 つまりほむらは無意識に悪魔の力を発揮していたが、さやかに事実を指摘されることによって元に戻ったのだ。

 

「そ、そんな…」

「いや当たり前でしょ」

「さやかちゃん、酷い…」

「あたし!?」

 

 これで武力行使はまずなくなった。かつてほむらがまどかの力を奪えたのは、不意打ちが成功しただけに過ぎないのだから。もはや警戒している女神から力を奪うことなど、何人たりとも成功しえないだろう。

 

「…」

「ほむら」

「…」

「…ほむら」

「…」

「ていっ!」

「あぎゃっ!? なにするのよ!」

「だんまりよくない! …それと、これでもう一つしか手段がなくなったわけだよね」

「う…」

 

 戦う力が無くなったのなら、後は言葉で。ほむらはそう受け取ったし、まどかにもそう聞こえた。しかしさやかだけは、先程の言葉を実行すべきだと二人の手を取った。

 

「じゃあ……ファイッ!」

「えっ」

「えっ」

「ファイッ!!」

 

 つまり女神と悪魔の殴り合い――その戦いの火蓋が切って落とされたというわけだ。なお内容はグルグルパンチが主体であったそうな。

 





烈海王「ウワアアアアアアアオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
ほむら「ウワアアアアアアアオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
まどか「ウワアアアアアアアオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マギア・レコード

所々シリアスっぽくなってしまった…


 寂れた公園の中心で、ピンクの少女と黒髪の少女の戦いが繰り広げられていた。ぽかぽかと叩きあう状態から、現在は砂場でのキャットファイトに移行している。両者ともスカートであり、それでなくとも掴み合いからのおはだけ状態で色々おいしい情景であった。

 

「なあ、さやか……結局これってなんなんだ? あたし達が何を忘れてるってのさ。ねえ……ん? なに座り込んでんだよ」

「ちょ、ちょっと疲れちゃってさー、あはは…」

「なんか最近そのポーズ多くない? 体育座り」

「き、気のせいだよ!」

「そうか…? まあなんでもいいけどさ。で、さっきの質問の答えは?」

「え? えーと……うー……説明したいのはやまやまなんだけどさ。だいぶ長くなるし、こんなとこで話すようなことでもないし…」

「要点だけでも言えねえのかよ」

「あー……んん。つまりまどかはほんとに女神様でさ。ほむらはその力を奪った悪魔なわけで……あ、でもそれはまどかのためを思ってこその行動で! それでまあ、なんというか今が世界の命運を決める最終決戦みたいな?」

 

 三人の視線が砂場へ向けられる。そこにはほっぺたを指でつまみ合い、少女二人がお互いに変な声で唸っている状況があった。

 

「…あれが?」

「あれが」

「女神様?」

「女神様」

「…あれが?」

「うん、あれが」

「悪魔?」

「悪魔」

 

 腕を組み、眉間を指で揉む杏子。彼女はキリシタンでもあったため、尚更に受け入れにくいのだろう。神と悪魔の決戦など、聖書に乗ってもおかしくはない程の出来事だ。それが砂場でのキャットファイト。彼女でなくとも信じたくはない者が多数だろう。

 

「ほむらちゃんのわからずや! どうしてわかってくれないの!?」

「わかってくれないのはあなたじゃない! あんな…! あんな願いが救済だなんて、私は認めない!」

「じゃあ……じゃあ! どうすればよかったの? 私にはあれ以外の願いなんて思いつかなかった! 全ての因果を私が受け止めて、それでみんなが救われるなら…!」

「なんであなたが受け止めなくちゃいけないのよ! 何度……何度言えばわかってくれるの? 貴女が不幸になって、悲しむ人間がいるって…! 私だけじゃない。貴女の家族も、それに…」

「…っ、それは…」

 

 真剣な話ではあるが、これは意訳である。実際は頬を掴み合いながらの――つまりふひゃふひゃふにゃふにゃ言っているだけあった。

 

「だいたい、世界をつくり変えた時点でさやかを導く必要はあったの? 元々死んでいるというなら杏子もマミも同じでしょう。それなのに、あの子だけ特別扱いして…! 最高の友達だって言ってくれたのに!」

「むぐ…! な、なら、ほむらちゃんだって! 嫌いよ嫌いよなんて言いながら、イッチャイッチャイッチャイッチャ! ダークオーブの中から見えてたんだから!」

「なっ…!? なによそれ! プライバシーの侵害よ!」

「それにホームレスの杏子ちゃんを家に泊めてたり! マミさんちに泊めておけば勝手にくっつくのにぃ…! お、同じベッドで寝るなんて!」

「ホームレスをほっとけるわけないでしょう!?」

「誰がホームレスだゴラぁ! あたしには教会が……あれ? 教会……そういえば、なんであたしさやかの家に居候してたんだっけ…」

「ほら! ほむらちゃんが適当に設定するから、杏子ちゃんの頭の中はガバガバだよ!」

「あの子の頭は昔からよ!」

「殺す……あいつら殺す…!」

「ままま待った待った! ほ、ほら、あたしが少しなだめてくるから!」

 

 考えなしに罵倒しあっているため、あちこちに飛び火している有様だ。とはいえ杏子に関しては一番適当に設定したのも確かだ。とりあえず杏子とさやかは一緒にしておけばいいか――そんな酷い考え方でほむらは赤を青の家に放り込んでいた。

 

「二人とも! 喧嘩するのはいいけどもう少し言い方を考えて! というかあんたら以外の悪口になってんですけど!?」

「…さやか」

「…さやかちゃん」

「まったくもう…!」

「ねえ、さやかちゃん。ここ最近随分ほむらちゃんと仲良くしてるみたいだけど、なんでかなあ?」

「うえっ!?」

 

 そして仲裁に入ったさやかにも勿論飛び火した。とはいえ、まあ。藪蛇でもあるし虎穴に入る行為でもあったし、火中の栗を拾うような行為でもあったのは間違いないだろう。そう、まどかは全部“知っている”。

 

 たとえほむらが寝ていても“気絶して”いても、ダークオーブの中から全てを把握していたのだ。

 

「…まどか。今は私と話している最中でしょう」

「…」

 

 さやかを詰問するような雰囲気を出しているまどかに、ほむらが待ったをかける。自分と話しているのだから――という意味にもとれるが、さやかへの助け舟ともとれる行動。まどかはじとっとした目で二人を見つめる。

 

「そういえばほむらちゃん。お口は大丈夫?」

「…口? どういう意味かしら」

「…学校の保健室で。ほら、あんなにおっきなモノを頬張れば――」

「だあああぁぁぁぁ!! ごめんなさい神様仏様まどか様ぁ!! それだけは、それだけはー!!」

「どうしよっかなー」

 

 いきすぎた喧嘩を仲裁するという役目は無事果たせたさやか。しかしまどかの標的は完全に彼女に移ってしまったようだ。合体していた時、妙に辛辣な部分が見えたのは“これ”のせいだといってもいいだろう。まさか部下に寝取られるとは、というやつだ。

 

「…どういう意味? さやかがなにをしたっていうの…?」

「えっとね。さやかちゃんてばほむらちゃんが気絶してるのをいいことに――」

「あー! あー! あー! 聞いちゃ駄目ほむら! これは悪魔の囁きだよ!」

 

 悪魔から力を取り戻した筈が、まさかの神が悪魔に変貌するという驚天動地の出来事(さやかにとって) ほむらの顔を自分の胸に引き寄せ、耳を両手で塞いで悪魔の甘言を防ぐ。まあ誰が悪いかというなら間違いなくさやかなのだが。性別が性別なら完全に犯罪である。否、同性でも普通に犯罪だ。

 

「さやかちゃん! 私の目の前でそれは喧嘩を売ってるのかな!」

「ま、まどかが悪いんでしょ!」

「どこが?」

「う……いや、その」

 

 性犯罪者と女神。どっちが悪いかは一目瞭然だが、しかしさやかにも言い分が――というより言い返せる部分がある。自分の潔白ではなく、女神の罪という点でだ。

 

「…あたしも知ってるよ? まどかが円環テレビでほむらの“全部”を覗いてたの。録画もしてたよね。戦ってるところだけならともかく、あんなとこまで必要あったのかな。ほむらがそんなこと知ったらどう思うだろうなぁ…」

「…」

「…」

「…さやかちゃん」

「…まどか」

 

 頷きあって、視線を交わす。最初からなにもなかったことにしよう――そう彼女達は言っているのだ。これこそが親友。これこそが死んでもなお離れなかった絆の証である。

 

「えーと……じゃあ喧嘩に戻る?」

「うーん…」

「いい加減に放しなさい!」

「うわっと! いやーごめんごめん」

「それで! 貴女がなにをしたっていうの?」

「あ、ほむらちゃん。私の勘違いだったみたい。ごめんね?」

「え? …あ、うん…」

 

 なんだこれ、という表情で首を傾げるほむら。しかし考えてもよくわからなかったため、するっと流した。彼女は今現在、もっと重大な案件を抱えているのだから。

 

「…」

「…」

 

 しかし。戦いや喧嘩には雰囲気というものが必要だ。こんな真剣さが霧散した状態で先程のように振舞うことは難しい。暫し見つめ合ったあと、まどかの方から言葉が発せられた。

 

「ねえ、ほむらちゃん。どうしてもダメかな」

「…」

「ほむらちゃんが言った通り、悲しい時もあるよ。パパやママ、たっくんに会いたいって思う時もある」

「なら…!」

「でもね。でも……ほむらちゃんが不幸になってるのは、それよりずっと悲しい。それに何もかも忘れて普通に過ごせたって、悲しい時は絶対あるよ。だから私はこれでいいの。円環の理として生きていく。魔法少女のみんながいる。さやかちゃんだっている」

「…」

「待っていればマミさんや杏子ちゃんだって。ほむらちゃんもきっと来てくれるって、そう思ってる。キュゥべえが言ってたみたいに概念とか法則じゃないんだよ? みんな楽しく過ごしてるの」

「…そう」

「だからね、ほむらちゃん。私は……私はっ…」

 

 まどかとほむらは本音を語り合うことが終ぞなかった。どの世界においても、虚構の世界においてもだ。そしてまどかは常にほむらに気を使ってばかりだった。彼女が苦しむ言葉はいつもオブラートに包んでばかり。そんな状態だったからこそ、彼女は聞き入れない。心からの本音ではないなら、やはりまどかは苦しんでいる――そう判断して。

 

 だから。だからまどかは絶対に言いたくなかったことを、きっと彼女を傷つけると思っていた言葉を叫んだ。そうしないと、ほむらが幸せになれないと気付いてしまったから。

 

 自分が臆病なだけだったと気付いてしまったから。人を傷付けるのを怖がるのは、自分が嫌われたくないからだ。ほむらがあれだけ自身を傷つけて、嫌われても構わないという覚悟で苦言を呈していたというのに、自分はなんて卑怯だったのだろうと。だからまどかは叫んだ。もう嫌われても構わない、ほむらが幸せになれるなら――それでいいと。

 

 だから、一方通行の愛はきっとここで終わった。

 

「私は、今……不幸です。悲しいです。円環の理に戻って、みんなを救って、ほむらちゃんを待ちたい…!」

「…っ!」

 

 涙を零しながら、本音を語る。なにも隠さない、なにも気遣わない、心の底からの本音を。人を救いたいという欲求は、彼女にとって幸せなのだ。たとえ他人から見て不幸だったとしても、自分が考えて考えぬいた、たった一つの結論だ。後悔はなく、未練もない。

 

 まどかに罪があるとすれば、それをほむらに伝える努力をしなかったことこそが罪なのだろう。ほむらに罪があるとすれば、まどかの本質を知ってなお普遍的な幸せを強要したことこそが罪なのだろう。

 

 だから彼女は、ここで禊を果たした。

 

「――そう。それが……貴女の本音なのね?」

「うん。ごめんね、ごめんねほむらちゃん…」

 

 その言葉を聞いて、ほむらは顔を上に向けた。

 

 ――澄んでいる青空。

 

 初めての友達の不幸を認められなくて、こんなところまできてしまった。何も知らずに老いて死ぬことこそが幸せだと思っていたけれど、それは間違いだった。

 

 何故意固地にそう思っていたかなんて、わかりきったことだ。今のこの状態があまりにも辛いから――自分がそう思っていたからこそ彼女にそれを押し付けたくなかったのだ。ああ、まったく馬鹿なことをした。

 

 彼女が円環の理で在ることと、自分がその役割を肩代わりすることは全然違うのに。勝手に不幸だと決めつけて、勝手に不幸にしてしまった。自分も不幸になって、ああまったく、誰も幸せになっていない。

 

 本当に自分は――

 

「ほむら…」

「…ひっ、うぅ……っく…」

 

 彼女の涙は止まらない。上を向いて隠そうとしても、零れる涙が地面を濡らす。堰を切ったように、今まで我慢していた全てが溢れたように。涙はとめどなく零れていった

 

 女神が彼女を前から抱きしめて、そのカバン持ちが後ろから覆う様に肩を抱く。これでようやく彼女達は“友達”になれたのだろう。すれ違いにつぐすれ違い。誰も彼もがすれ違って、ここがようやく終着点だ。

 

「…これで世界は元通り、なのかな? こうなるともう少しだけ人生楽しみたかったなー」

「さやかちゃん。空気読んで」

「まどか。それは魚に歩けと言っているようなものよ」

「にゃ、にゃにー!? さっきまで泣き虫毛虫だった癖に生意気なー!」

「泣いてなんかないわ」

「嘘付け!」

 

 喧嘩して、仲直りをして、そこまでが友達だろう。長い長い喧嘩ではあったけれど、終わりよければ全てよし。とりとめのない言い合いをして、それでも笑い合えるなら何も心配はいらない。

 

 ――けれど、これにて閉幕というわけにはいかないようである。

 

「えっと……少しくらいなら大丈夫だよさやかちゃん。それに、どっちにしても本体も必要だから探さなきゃ」

「あ、忘れてた」

「そういえば私はどこに行ったのかしら…」

 

 そう、消えていた二人の捜索だ。まどかと“まどか”、二人揃って初めて円環の理。世界を改変するにしてもまずはそれからだろう。そして蚊帳の外だったマミと杏子も、一段落ついたのを見て近付いてくる。そしてその顔は複雑そうで――それでも少しすっきりしていた。

 

「終わったか?」

「あ、うん。ごめんね杏子――ちょっ!?」

「――っ!?」

 

 そして杏子がほむらに近付き、鉄拳を彼女の頬に叩き込んだ。手加減無しの拳はほむらを砂場に少しめり込ませた。がくがくと膝を震わせて、何が起きたか解らないといった風だ。杏子はそのまま彼女に馬乗りになって襟を掴み顔を引き寄せる。その身に立ち昇らせているのは、ただならぬ怒りだ。

 

「…なんで殴られたか、わかるか?」

「…ごめんなさい。ホームレスは言い過ぎたわ」

「そこじゃねえよ!?」

「…ごめんなさい。頭ガバガバは言い過ぎたわ」

「そこでもねえよ! つーか言ったのは“まどか”だろうが!」

「…! あなた、記憶が…?」

「ああ、戻ったよ。すっきりかっちり戻ったさ……で。なんで殴られたか、わかるな?」

 

 息のかかる距離で力強く視線を合わしてくる杏子を見て、ほむらは目を瞑った。ほっぺたが痛すぎて考えられない、と。

 

「わかったみてえだな。そうさ、八つ当たりみたいなもんだ……でもけじめはつけろ。お前もあたしを殴れ」

「…」

 

 わかんねーよと内心で愚痴りつつ、報復をしていいというなら全力でやってやると時間を止めたほむら。灰色の世界で思いっきり振りかぶり、杏子の頬に当たる直前で時間停止を解除した。人は何かくるとわかっていれば準備ができる。殴られるとわかっていれば体を強張らせることもできるだろうが、しかし時間停止はその意味においてえげつない性能を発揮する。

 

「ぐはっ――! なんで時間とめてんの!?」

「だって、殴れっていったから…」

「普通に殴れよ!」

「でも私すごく痛かった…」

「あたしも痛いっつーの! 痛すぎるわ!」

 

 ほむらが魔女になった世界。杏子と彼女は仲間だった。共に魔女を狩り、時には閨を共にした――性的な意味ではないが。そこには確かに絆があったけれど、ほむらを蝕む毒はそれ以上でもあった。だから杏子は約束をしたのだ。決して破らぬ誓いを。

 

 どんなに苦しくても最後まで頑張ろうと。限界を迎えても、最後まで笑い合おうと。円環の理に導かれる、その最後の時まで一緒にいようと。

 

 しかしほむらは逃げた。彼女の前から姿を消した。マミに言伝だけを残して消え去ったのだ。その先にあったのはキュゥべえに利用され、そして利用しもした虚構の世界。世界で唯一の魔女の結界。杏子は約束を破って逃げたほむらにも、そこまで追い詰められていたと気付かなかった自分にも怒りを抱いたのだ。

 

 だからこそ彼女を殴り、自分を殴ってもらった。それで蟠りはなしだ、というように。まったくその意味に気付いてもらえていないが。

 

「暁美さん」

「マミ…」

「ごめんなさい、あの時とめられなくて。ずっと後悔してたの…」

「…気にしないで。自業自得よ」

「それでも――」

「私こそごめんなさい。全部の記憶を思い出したというなら、憎まれても仕方ないくらいよ」

「ううん。私がもっと素直に貴女のいうことを聞いていれば……信じていれば、もっと…」

「結果論よ。そう言うだけなら誰でもできる。これから世界が戻るというなら、三人で頑張らなければいけないでしょう? ずっとうじうじしているつもり?」

「…ふふ、まさか。ベベに会うまでは頑張らなきゃね! …そうだ、これからは『先輩』って呼んでくれるわよ……ね?」

「嫌よ」

「そんな…」

 

 そしてマミも全てを思い出していた。何度も命を落としたことや、そして仲間を手にかけたことすらも。けれど絶望に染まりゆく心に歯止めをかけたのは、ほむらの体の温もり。貴女は悪くないと何度も声をかけてくれた、その時の温もりはいまだ彼女の胸に残っていたのだ。

 

「んー……まあなんかよくわかんないけど、一件落着? 後はまどかとほむらを探すだけだね!」

「そうはいっても、どこを探したものかしら。そもそもあの場から急に姿を消した意味が解らない…」

「うーん、私も今のままじゃ完全に力を使えないし……そういえば杏子ちゃん、すごくタイミングよく公園にきたよね…?」 

「ん? ああ、キュゥべえの野郎が『大変なんだ! 早く!』とか言ってここに――あ…!」

「佐倉さん。私、すごく嫌な予感がしてきたわ」

「今のキュゥべえに何ができるとも思えないけれど……いえ、まさか――?」

 

 ほむらが悪魔としている限り、キュゥべえに自由など与えはしなかった。魔法少女のシステムを存続させるという一点において存在を認められていただけだ。その扱いはあまりにもぞんざいで、ほむらのストレス発散にも利用されていたし、クララドールズの玩具にだってなっていた。

 

 けれど今。ほむらに悪魔の力はなく、まどかも完全に力を扱えない。そしてもし何も知らない“まどか”と“ほむら”が今のまま契約をすれば――契約をさせられれば、どうなるかがまったくわからない。

 

「あれ、もしかして今すごくやばい? もしまどかの本体がもっかい契約すればどうなるの?」

「え……えーと、わかんない。てぃひひ」

「笑いごとじゃねーよ! さっさと探しにいくぞ!」

「あの腐乱器…! もっと痛めつけておくべきだったかしら…!」

 

 魔法少女達は全力で走り始めた。ほんの少しの時間だろうとしても『ピュエラマギ・ホーリークインテット』はここに在った。虚構でも紛い物でもなく、本当の絆を得た『ピュエラマギ・ホーリークインテット』が。最初で最後の活動は、その中二的な名に違わぬもの――“自分探し”であった




次で最後です。果たしてキュゥべえの陰謀とは…! いったいどんな凶悪な狙いがあるというのか! 次回 「もう社畜は嫌だ」 そしてエピローグ。お楽しみに!

…ちなみに新作はもう書いてるんで見てくれると嬉しいな。「私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!」にオリ主突っ込んだやつです。初めて一人称に挑戦してみました。

しかし自分の作品欄見返すとTSとか百合ばっかで性癖全開だなー…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

コネクト☆ルミナリエ

お待たせしました、最終話です。オバロとわたモテの方も更新してますので、よければご覧ください。

※エピローグもあります。


 時は少し遡り、まどかとほむらが融合した直後のこと。さやかが突っ込みを入れながら馬鹿をしている際、“まどか”と“ほむら”は奇妙な生き物に話しかけられ、店外に連れ出されていた。

 

 まどかにとっては意味不明な状況で、そして眼鏡で三つ編みのほむらにとってはそれ以上に訳のわからないことだらけであった。それでもその奇妙な生き物――キュゥべえの導きに従ったのは、あまりにも哀れを誘う風貌だったからだろう。ボロボロの毛皮で、全体的に薄汚れている小動物。人間でもないのに、どこか『社畜』という言葉が相応しいようなみすぼらしさを感じさせていたのだ。

 

 お願いというよりは懇願に近く、その悲壮さも相まって断るという選択肢を奪われたと言ってもいい。中学生の少女が言葉を喋るファンタジーな小動物に懇願されては仕方ないともいえるだろう。

 

「ここまでくれば大丈夫かな」

「え、えと……あの、それで、あなたはいったい…?」

「僕はキュゥべえ。よろしくね、まどか……それとほむら」

「わ、私もですか…? あの、ここはどこ? それに、私……あれ? 病院……学校……どうしたんだっけ…」

「今君達が置かれている状況は複雑怪奇といってもいい。全てを説明するには時間が足りないし、事態は逼迫しているともいえるだろう。だから単刀直入にお願いするよ――僕と契約して、魔法少女になってほしいんだ!」

「ま、魔法少女?」

 

 まどかの願いによる世界の改変はありとあらゆるものに変革をもたらした。その最たるものといえば魔法少女であり、魔法少女のシステムであり、そして魔法少女のシステムを統括していたキュゥべえ達であった。もともと彼等はキュゥべえという種族ではなく、ある一つの種族によって生み出された魔法少女契約のための端末に過ぎなかった。

 

 しかし世界が変わってみればどうだ。キュゥべえは“キュゥべえ”として確立された存在となり、元の種族というものは無かったことにされた。あるいはエントロピーへの反逆の代償として、因果の反動を受けたのかもしれない。結局のところエネルギーというものは、全体の総量として増えるものではなかったとすれば――増えた“ように見えた”部分の報いを、責任を取らされた形になったのだろう。

 

 それが偶然か神の意志かは誰にもわからない。けれど、彼等にとって重要な事はそんなことではない。いまだ感情を獲得していない彼等にとって重要なことは、そんなことではないのだ。

 

「そう、魔法少女だ。人類の負のエネルギーから発生した『魔獣』を駆逐する、人々の希望。僕が見える君達にはその資質がある」

「魔獣…? え、と、そんな急に言われても…」

「深く考える必要はないさ。僕との契約によって、君達は世のため人のために戦う力を手に入れることができるんだ。最初に一つだけ“あること”を願ってもらわなければいけないんだけど、迷う必要はない。生きるために成すべきことを成せっていうじゃないか! さあ早く! 時間がないんだ!」

 

 まどかもほむらも、思ったことは一つ。『胡散臭い』だ。ここまで訳のわからないことを充分な説明もなく受け入れられるとすれば、相当なお人好しか押しに弱い人間だけだろう。

 

 ちなみにまどかは非常にお人好しであり、魔法少女の記憶が無いほむらはとても押しに弱い。

 

「早く! 早く! ほんとに! お願いします!」

 

 感情が無いキュゥべえといえども、ここは語気荒く急かさなければいけないところである。みじめったらしく頭を地面に擦り付け、懇願する感情の無いキュゥべえ。感情の無いキュゥべえが心の底から絞り出す声は、断れば罪悪感を覚えるだろうことは間違いない。これが、間違いなく感情の無いキュゥべえのやり方である。

 

「人のためなんだよ!? 世のためなんだよ!? さあ早く! 悪魔がやってくる前に! …おっと失礼、ちょっとキュゥべえ通信が入った――なんだって、もう和解した!? もっとこじらせるために杏子を向かわせたんだろう! くっ……こっちへ向かってるだって? なんて勘の良い奴等なんだ。二人とも! 敵がこっちに向かってきてるから早く契約を!」

「ど、どうしよう、ほむらちゃん…?」

「えっと、あの……あなたは誰ですか?」

「ええ!? 酷いよほむらちゃん! 私だよ、鹿目まどかだよう!」

「契約すれば思い出すんじゃないかな! 契約すれば痩せる(魔獣との戦いで)し、契約すれば頭もよくなる(戦術眼)し、契約すれば人生順風満帆(個人差があります)だよ! さあ早く!」

「ほんとに? じゃあ私、魔法少女になる!」

 

 ほむらが関係すると、途端に盲目になるまどか。恋は盲目とはよくいったものである。ついでにいうと、まどかにとってはメガネをかけて三つ編みになったほむらこそがジャスティスなのだ。当社比三倍だ。

 

「よっしゃ! じゃなかった……うん、それが君の運命だろう。じゃあ僕が今からいう言葉を復唱してくれるかい?」

「うん!」

「あ、あの……鹿目、さん? 少し、その、危ないんじゃ…」

「待っててほむらちゃん、すぐに思い出させてあげるからね!」

「い、いやあの…」

「っ、まずい、すぐそこまできてる…! 言うよまどか!」

「うん!」

 

 開発の進んだ見滝原の街。つまり意外と人目につく場所は少なく、故に消えていた時間と出発地点から逆算すればある程度の当たりは付けられる。時間を稼ぐために反対方向を進んだと推測したならば、更に絞り込みは容易だろう。そこに杏子の勘の良さを加えればキュゥべえの居場所を看破することも不可能ではない。

 

 ある程度幸運が味方したのは確かだが、キュゥべえの焦りが拙速に繋がったともいえるだろう。少なくともかつての世界でのキュゥべえならば、彼女達の考えを逆手に取る程度のことは簡単にやってのけた筈だ。

 

「――見つけた! まだ間に合うわ!」

「ドンピシャだな! おいほむら、時間停止…」

「さきからやっているけど、発動しないのよ…! さっきので限界だったのかもしれないわ……私、元々魔法少女としての才能は無いから。二つに分かれると更に…」

「あたしのこと殴ったのが最後ってことかよ! 馬鹿なの!?」

「あなたよりはマシよ」

「て、てんめぇー!」

「喧嘩してる場合じゃないよ~。なんとか止めないと…」

「じゃああたしが先に――っ!」

「仕方ないわね、ティロ・フィナーレ……えっ!」

 

 視界内にキュゥべえ達をおさめた魔法少女達。少し距離があり、今にも契約しそうな“まどか”を止めるために走り出す。この中で一番速く移動できるのは、固有能力を考えなければさやかだ。脚に力を込め、一人突出して駆けだす。しかしそれがまずかったのだろう。キュゥべえを止めようと個々で考えていたことが仇になり、彼女が一人目の犠牲者となった。

 

「ぐわあぁーー!?」

「み、美樹さーん!?」

 

 威力を絞ったティロ・フィナーレは、急に飛び出したさやかに直撃してしまった。飛び出し、ダメ絶対。信号機トリオが一人、青色の脱落である。ついでに黄色が彼女を介抱するために足止めされ、残りは三人。

 

「くっ……ならあたしが――っ!」

「食らいなさいキュゥべえ…! 対戦車ロケットランチャー……えっ!」

 

 視界内にキュゥべえ達をおさめた魔法少女達。少し距離があり、今にも契約しそうな“まどか”を止めるために走り出す。残った中で一番速く移動できるのは、固有能力を考えなければ杏子だ。脚に力を込め、一人突出して駆けだす。しかしそれがまずかったのだろう。キュゥべえを止めようと個々で考えていたことが仇になり、彼女が二人目の犠牲者となった。

 

「ぐわあぁーー!?」

「きょ、杏子ちゃーん!?」

 

 

 威力を絞った(?)対戦車ロケットランチャーは、急に飛び出した杏子に直撃してしまった。飛び出し、ダメ絶対。信号機トリオ最後の一人、赤色の脱落である。ビルに思い切り叩きつけられても死にはしない魔法少女だが、しかし戦車もおしゃかにしてしまうロケットランチャーの前に、杏子は頭を爆発させながら倒れこんだ。残りは二人。

 

「ほむらちゃん…!」

「ええ!」

 

 しかし残ったのは、心で繋がっている最高の友人である二人。これ以上の連携の乱れは有り得ないだろう。そして三度目の天丼も有り得ない。目と目で会話をし、どちらがどうするかを確認して頷きあう。女神と悪魔の、最初で最後の共演だ。

 

「まだ間に合うわ、覚悟しなさいキュゥべえ――っ!」

「もう私が契約する必要なんか――ない! …えっ!」

 

 視界内にキュゥべえ達をおさめた二人。少し距離があり、今にも契約しそうな“まどか”を止めるために走り出す。残った中で一番速く移動できるのは、固有能力を考えなければほむらだ。脚に力を込め、一人突出して駆けだす。

 

 ここでなにがまずかったかといえば、伝わらずとも通じ合っているという勘違いがまずかったのだろう。恋人同士だろうが、言葉に出さなければ通じ合えないこともある。いわんや、ずっとすれ違っていた上に共闘も大して経験の無い彼女達が無言の連携をするというのは無理があったということだ。

 

「きゃあぁぁーー!?」

「ほ、ほむらちゃーん!」

 

 威力を絞った女神の矢は、急に飛び出したほむらに直撃してしまった。飛び出し、ダメ絶対。戦隊ヒーローものの特別枠、黒色の脱落である。ほんとにすれ違いしかしないな私達、と悲しい思考をしながらほむらは倒れこんだ。残りは一人。もう天丼のしようもないだろう。

 

「というか気付いてよ私ぃ…! この距離だよ? うぅ、間に合え…!」

「さあ“まどか”、僕に続いて言うんだ。『私の願いは――』」

「うん。『私の願いは――』」

 

 まどかと“まどか”の距離は50メートルといったところだろうか。これだけ騒がしくしていれば気付きそうなものではあるが、生憎と彼女の精神状態は現状、普通とはいえない。これだけ非日常が続けばそれも仕方ないだろう。まどかの弓が引き絞られる前に言葉が紡がれる。

 

 這う這うの体で追いついてきた残りの魔法少女の制止の声も届かず、魂をかけた願いを孵卵器のために使用せんと言葉を続かせた。

 

「クソ、間に合わねえ…!」

「まどかぁ!」

「鹿目さん!」

「まどかぁ! だめ――」

 

 かつての孵卵器。今の奴隷。虐げれば澱みは溜まり、抑圧されればその反動は必ずくるとほむらは気付くべきだったのだろう。千載一遇の好機を、虎視眈々と狙っていた偶機を――そして精神疾患と断じていたものを爆発させて、インキュベーターは叫んだ。

 

「『インキュベーターを週休二日、定時は17時、パワハラや暴力の一切を禁止するように改善すること!』。さあ、願って! もう社畜は嫌だよ! 感情がなくても疲れは溜まるんだ!」

「だめぇぇ――へ?」

 

 そう。ほむらはキュゥべえへの虐待が不足していたかと後悔していたが、実のところ奴隷根性はしっかり染みついていたのだ。彼等は下剋上を望むどころか、目の前の理不尽を少しでもやわらげたいという、とてもとても小さな望みを叶えようと必死だったのだ。どちらが悪者なのか少々悩むレベルである。

 

「え、えーと……インキュベーター? を週休二日、定時はじゅうなな時……パワハラや暴力を――」

「だ、だめぇぇ…………? だめ、よね…? うん。まどか、だめぇぇぇ!!」

「――禁止すること! …これでいいの?」

「ばっちりだよ! さあ、受け取るといい。それが君の運命だ――」

 

 眩い光が迸り、契約が完了される――前に謎の声が天から降ってきた。 

 

『契約は無効です。甲との契約を締結するためには、乙に申請し七日間の経過を待ち許可を経て完了となります。なお現在乙の力の移譲に伴い、契約条項の全てを凍結しています。是を解決するためには右上のヘルプを参照――』

 

「…………うん、そんなところだと思っていたよ。ああ、煮るなり焼くなりすればいいさ暁美ほむら。しかし忘れないことだね、君が悪魔でいる限り第二第三の僕がぎゅっぷいぃぃーー!!」

「…とりあえずお仕置きはするけれど、考えておくわ。とはいっても、もうすぐその心配もなくなるでしょう。よかったわね」

「えーと、ほむらちゃん…? どうなってるの?」

「キュゥべえが存在しているのに“まどか”になにもプロテクトをかけていないわけがないでしょう? ただ私がこうなってしまった以上ちゃんと効果が出るか不安だったのだけど……杞憂だったみたいね。よかったわ」

 

 キュゥべえが契約の力を持っているということは、どう足掻いても契約の不安は付きまとう。故にほむらは、女神の力と“まどか”を紐づけて契約を無効化できるようにしていたのだ。だからこそ不用意に記憶が戻りそうになることもあったわけだが、もう一度悪夢を繰り返すよりもマシだと判断してのことだろう。

 

「おい、ほむら」

「なにかしら」

「いまいち慌ててなかったと思ったらそういう訳か。で?」

「…?」

「人にロケットランチャー当てといてなんか言うことねえのかつってんだ! 大丈夫だってわかってたんなら説明しとけよ!」

「…焦げているあなたも素敵よ」

「よしわかった。ちょっとツラ貸しな」

「イヤよ」

 

 煤だらけの杏子に続き、マミとさやかも追いつきこれで全ての登場人物が揃った。“まどか”と“ほむら”。まどかとほむらに、靴底の染みにされかかっているキュゥべえ。

 

 自分達のドッペルゲンガーに出会った二人は、目を丸くしてキョロキョロと集まった人物を見渡す。双子よりもなお瓜二つの人間が現れれば、その反応も当然のことだろう。

 

「えっと……なにがどうなってるの? わ、私…?」

「あ、あの、その…?」

「大丈夫だよ。手を繋ごう、きっと全部わかるから」

 

 まどかが手を差し伸べ、“まどか”と触れ合う。その瞬間、風が巻き上がり桃色の光が周囲を照らした。ふわりと両者の髪が浮き上がる。目を瞑り――そして開いた時には全てを分かち合い、全てを解りあい、共に微笑み合う。まどかの唇が“まどか”の額にそっと触れ、次の瞬間に彼女達は『円環の理』となっていた。

 

「えへへ、やっと復活だ~」

「いやー、短かったような長かったような……なんにしても感慨深いなー。これでさやかちゃんも堂々とカバン持ちを名乗れるわけだ!」

「堂々と名乗れる役職なのかそれ…?」

「ちっちっち、これでも円環の理世界ではカリスマなのだよ。“ENK48”なんて目じゃないよ!」

「あんだよその集団」

「ジャンヌちゃんとか卑弥呼ちゃんとかがユニット組んで歌って踊ってるんだ。マミさんも円環の理に導かれたら、絶対スカウトされますよ!」

「それ、死んだらってことよね…」

 

 和気藹々と和んでいる魔法少女達。しかしその横では形容しがたい光景がほむらと“ほむら”によって作り出されていた。手を繋ぐことから始まり、額にキス、抱き合い、果てには頭突きをかますロングほむら。三つ編みほむらは怯え切って体を縮こませたままだ。

 

「…なんでくっつかないのかしら」

「ひうぅ…」

「ちょ、ちょっとなにやってんのさ、ほむら!」

 

 姉が妹を虐めているように見えなくもないその様子に、さやかが割って入る。メガネほむらは、まどかでなくとも庇護欲を掻き立てられるような物腰だ。人によってはイライラさせられるタイプの人間ではあるだろうが、姉御肌のさやかにとっては守る対象だ。

 

「…なんでそっちの味方するのよ」

「へ? いや別にそんなんじゃなくてさ……ってかどっちもあんたじゃん」

 

 目の前に自分がいたとして、それを己と捉えられるか――人それぞれではあるだろうが、恐らくは否と答える者が大半だろう。ましてやほむらにとっては忘れたい過去そのものの自分なのだから。きっと本質はあまり変わっていないからこそ、余計に忌避の感情が浮かんでくるのかもしれない。

 

 さやかの背後に隠れ、ぴたりと体をくっつける気弱な己自身はさぞ癇に障ることだろう。くっつけられている方が心なしか嬉しそうにしているのも苛立ちの要因の一つである。

 

「そうだよさやかちゃん! ほむらちゃんが戻るためには必要なことだよ! じゃ、じゃあ次はほむらちゃんがほむらちゃんの後ろから覆いかぶさる感じで…!」

「なんでカメラ構えてんのさ!? どっから出したの!?」

「円環パワーが戻ったから、もう円環ポケットも使えるの。さやかちゃんも力使えるようになってるでしょ?」

「ん……おお。そういえば“フォース・オブ・オクタヴィア”が使える感じが…」

「あれそんな名前だったのかよ!」

「わ、私のは“ペルソナ・オブ・キャンデロロ”なんてどうかしら!」

「お前トラウマどこいったの!?」

 

 中二用語を聞いた時のマミはトラウマよりもウマシカの方が酷くなる。それが世界の節理だ。女神も女神で、ほむらと“ほむら”の絡みを鼻血を出さんばかりに円環カメラに収めようとしていた。一人でほむ、二人でほむほむ、揃って絡めば相乗効果で倍率ドン。これは女神の理性が崩壊するのもやむなしだろう。

 

「というかまどか! あんたならなんとでもできるでしょ? さっさとカメラしまって、ほら!」

「うー……わかった。えっとね、二人が出来る限り同じであれば自然にくっつくよ。ほむらちゃんの記憶……は、ほむらちゃんしか持ってないけど、“記録”なら円環の理にあるから今から“ほむら”ちゃんに送るね」

「へえ、さっき記憶を共有してから戻ったのはそういうことか。お前らアメーバかなんかなの?」

「単細胞生物がなにか言ってるわ、まどか」

「えへへ、杏子ちゃんだから仕方ないよ」

「こいつら、こいつらぁ…!」

「ま、まあまあ、喧嘩は全部終わったあとでいいじゃんか。とにかくほむらを戻さなきゃ」

 

 ここまできてまたなにかあれば堪ったものではない。そう思ってさやかはまどかを急かす。そう、それで全てが終わりだ。終わりの女神が始まりの少女に額を合わせ、“記録”を渡す。これにて事態は収束を迎え、ようやく彼女達は始まる。

 

 ――その筈だった。

 

「うーん…」

「どうしたんですか? マミさん」

「いえその、ちょっと既視感というかなんというか…」

「既視感? ああ、そういやアホみたいなパレードでほむらを迎えにきた時と構図が似て――……! おい、さやか」

「どしたの?」

「『円環の理』にあるほむらの記憶ってどこまでだ?」

「へ? そりゃあ力が奪われた時までだろうけど……あっ」

 

 ほむらが自ら巻いていた鎖は解き放たれた――それは“ついさっき”のことだ。そこまでの記憶も記録も円環の理に保存されているわけがない。つまり、まどかが記録を返しきった時ほむらはちょうど“アレ”な時である。

 

「この瞬間を待っていた…! その力、奪わせてもらうわまどか…!」

「いだだだだ! ちょ、ほむらちゃん! 私が裂けちゃう!」

「だからなんで女神の力を普通に奪えるんだよ!? というかあんなこと言ってますけどほむらさーん!?」

「くっ……我ながら面倒ね! 今ならまだ止められ――」

「たとえ神の力だって奪ってみせる…! 希望よりも熱く、絶望よりも深いもの……“愛”があれば!」

「――くああぁぁぁ!? あ、あれは私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない…」

「ほ、ほむらー!? ダメだって! 頭割れちゃうよ!」

 

 黒歴史を目の前で自分に再現される。それはどんな拷問だろうか。少なくともほむらにとっては、膝から崩れ落ちて地面に頭を打ち続ける程の精神的ダメージがくるレベルであった。

 

 しかし、そう――“再現”だ。ほむらにとっては悪夢で、“ほむら”にとっては初めてで、そして女神にとっては二回目のことである。

 

「ふぬぅぅ…! さ、させないんだからぁ…! もう過ちは繰り返さないよ…!」

「半分繰り返されてるんだけど!? その教訓もっと早く生かそうよ!」

「つーか突っ込む暇があればなにかしろよ」

「砲撃すれば離れるかしら…?」

 

 己の役割は突っ込むことだとでもいうように、怒涛の勢いで叫びまくるさやか。しかしまあ、がっつり手四つで押し合いへし合いしているところに割って入ってはなにが起こるかもわからない。おろおろしているマミ、呆れている杏子、地面に頭を叩きつけているほむらにそれを止めようとしているさやか。それぞれがそうこうしているうちに、ひとまずの決着はついたようだ。

 

「てやぁっ! くぅっ――」

「くっ…! でも、これなら…!」

「離れた! ど、どうなったの?」

「うぅ、6割くらい持ってかれちゃったよぉ……さやかちゃーん、どうしよう…」

「どうしようたって……どうしよう?」

「まだよ…! 全てを奪いつくして、私が世界を維持する! あなたはなにも知らずに幸せに過ごせばいいのよ!」

「まーたそうなるのかよ。おい、もっかい説得しろよまどか」

「う、うーん……やり直すと演技臭くなっちゃう気が……ほ、ほむらちゃん! こんなことされると私は不幸ダヨー」

「嘘よ!」

「ダメだぁ…」

「最後棒読みだったぞおい」

 

 自然な流れでできた感動の場面を、もう一回焼き直してくれといわれても無理な話だろう。演技臭さを感じ取った“ほむら”はなおさら頑なになる。まどかの大根役者っぷりを考えれば願いが届く可能性は絶無である。

 

「ほむらー、そろそろ立ち直ってよ…」

「うぅ、う……あんなの、あんなのは私じゃない。見てられない。この手で消し去らなきゃ…!」

「お、おおう。まあ立てるならそれでいいか…」

 

 態勢を立て直したほむら。そして横に並び立つ魔法少女達。桃色の少女を中心に、鮮やかなカラーリングでそれぞれに武器を構え始めた。対峙するは悪魔の少女の残照。あるいは鏡か――ほむらにとっては磨りガラスか。

 

「さて、と。じゃあいくか」

「ええ! 『ピュエラマギ・ホーリークインテット』最後の戦いよ! みんな頑張りましょう!」

「なんでラスボスが私なのかしら…」

「ぷくく、お似合いだけどねー」

「黙りなさい、中ボス」

「ふふ、みんなで戦うの久しぶりだね。いくよほむらちゃん! 今度こそ幸せにしてみせるから!」

 

 白い女神に寄り添うように魔法少女達が舞い踊る。輝く紅が、煌めく黄金が、澄んだ蒼が――そして紫の少女が。時間を止められなくなって、そして銃器も扱わない。けれどそれでいいのだろう。彼女の手には仲間を守るための盾さえあれば、それでいい。

 

 戦い結末などわかりきったことだ。語る意味すらなにもない。絆で結ばれた魔法少女が負ける筈はないのだから。だからこれは戦いの物語ではなく、幸せを語る物語。一人の少女が歩んだ、とてもとても長い道の終わりを、少しだけ綴った物語。

 

 ――死ぬまで頑張って、死んだ後に続くお話のプロローグ

 

 





次のエピローグで終わりです! 最後までお付き合いありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグ⇒プロローグ マギア・レコード

エピローグです。最終話を同時更新してますので、先にそちらをご覧ください。





 新興都市『神浜町』

 

 円環の理に導かれた魔法少女達が住む幻想世界。魔法少女が増える度に新しい世界が創られ、円環の理は賑わっていく。ここはそんな世界の一つだ。つい先日、この場所に一人の魔法少女が導かれた。

 

 色んな魔法少女が住む街に、ほんの少しだけ存在する“特別”な魔法少女。その最後の一人。散っていく仲間を見送って、最後の最後まで魔獣に抗った勇敢な魔法少女。語られる伝説の魔獣――かつてのワルプルギスの夜にも劣らない暴虐の嵐を、その命と引き換えに打倒し、女神に抱きすくめられながら導かれた紫の少女。

 

「…あれ?」

 

 そんな彼女は、今何故か裸で自らのベッドに転がっていた。ズキズキと痛む頭を手で擦り、いったいなにがあったのか思い出そうと顔を顰める。とりあえず身を起こそうとベッドの端に手をかけようとして――右手に突如触れた柔らかい感触に驚愕の声をあげた。

 

「――っ!?」

「…んん……ふぁ…ー。あれ? ほむら、おは……よう……うおおぉっ!?」

「なっ、ななな…!」

「ちょ、はっ、ええと待って……ひゃんっ!?」

 

 ベッドの上に、生まれたままの姿で寄り添っていたほむらとさやか。両者とも驚きで声が出せず、ただただ悲鳴ともつかない音を口から漏らすのみであった。

 

「あ、お、おはよう…」

「う、うん…」

 

 気まずい空気が漂い、とにかく体を隠そうとほむらが掛け布団を胸元まで引き上げた。同じベッドに寝ていたのだから当然のことだが、布団は共有されている。つまりほむらが使った面積分、さやかを隠していた部分が露になるというわけだが――

 

「あ、あ、あ…」

「え、なに…? ――っな、なな、なんでまた生えてるの!? や、やっぱりあんたがなにかしてたんでしょ! 昨日まではなんともなかったのに!」

「ま、前よりおっきい…」

「見るなー!」

 

 布団をほむらに被せ、急いで服を着るさやか。色々と引っかかって非常に手間取っている様子である。傍から見れば、急に亭主が帰ってくることになり急いで帰らなければならなくなった間男のようだ。

 

 とにもかくにも着替え終わったさやかはほむらに事の次第を問いかけた。

 

「それでえっと……なんでこうなってるんだっけ…?」

 

 二人で話し合いながら昨夜の記憶を引き出していく。昨晩――ようやくかつて仲間が揃ったことで再会の喜びを分かち合い、歓迎会が開かれたのだ。年間の円環予算の内、5割くらいをその歓迎会に注ぎ込もうとするまどかをさやかがチョークスリーパーで落としたのは、二人の記憶にも新しい。

 

 ささやかな、けれど楽しい歓迎会は遅くまで続いた。『円環の理』に時間の概念があるかどうかは謎だが、とにかく遅くまで続いたのだ。お酒も入り(※この作品に登場する少女達はみんな20歳(記憶の上で)を超えています)色々とぶっちゃけたりと、仲が深まる夜であった。

 

 皆が酔いつぶれた後、ほむらの新居への案内はさやかがすることとなったのだ。そう――彼女が“神浜町”へ案内されたのは少し特別な事情がある。ここは現世と『円環の理』を繋ぐ場所。もう少しいえば、とある世界への入り口――橋頭保といってもいいかもしれない。

 

 『円環の理』という存在は過去、現在、未来、そして平行世界といったあらゆるものに繋がり、魔法少女を救済している。現代という時間軸でまどかが女神になったと同時に、全てがそうあるべきと改変されたともいえる。しかし一つだけ……ぽつりと残った一つの世界。女神が現れる以前のように魔女が跋扈し、魔法少女が苦難の道を歩み、絶望に苛まれる世界があった。

 

 女神であっても間接的に干渉できないその世界を、それでも『円環の理』たる彼女は救わなければならない。それが存在理由であり、生まれた意味でもあるからだ。

 

 間接的に干渉できないのなら直接的に。故に彼女はその世界に一つの街を創った。“神浜町”――それが街の名だ。円環の理でありながら現世でもあるその場所は、世界でただ一つの『魔女が居ない街』。魔法少女が魔女にならない奇跡の街。魔法少女が噂を聞きつけて集まり、魔法少女を集めることで『円環の理』が正常に機能しない原因を探るための街だ。

 

 そして原因を探るための人員こそが暁美ほむらという少女なのだ。『円環の理』においては新人といえども、女神とはツーカーの仲だ。ストーカー……もとい、探偵のように行動することにかけては魔法少女随一といってもいい。抜擢されたのも自然といえば自然な流れであった。なによりも、その世界にだって“ほむら”がいる。“まどか”がいる。

 

 そして魔女にならない秘密を探るためその世界の“暁美ほむら”は『神浜町』に向かい、それを追って“鹿目まどか”も訪れている。つまりほむら以上に適任な存在もいないというわけだ。

 

「…思い出したわ。二人ともぐでんぐでんだったから、そのままベッドに倒れこんで寝ちゃったのよ。服は暑くて脱いでしまったんでしょう」

「そ、そうだっけ? …まあそれはそれでいいんだけどさ、ナニこれ!? なんで生えてんの!?」

「私に聞かないで」

「うう、悪夢だぁ…」

 

 生えている時の、いってしまえば“色惚けた”精神状態はさやかの記憶に深く刻まれていた。情緒不安定というよりは、性欲が強まり抑えが効きにくいといったところだろうか。そして恥ずかしい記憶も、気持ちいい記憶も。浮かび上がればほむらの顔をまともに見れない自信が彼女にはあった。

 

「…その秘密もこの世界にあるかもしれないわね」

「そうかなぁ……うぅ。とにかく原因究明してからじゃないと戻れないよ…」

「そう。ならこの世界では私のカバン持ちになるわけね」

「はぁ!? なんでそうなるのさ!」

 

 詰め寄り、食って掛かるさやかにほむらは淫靡に微笑んだ。くるりと態勢を入れ替えて、勢いそのままにベッドに倒れこむ二人。さやかが下で、ほむらが上だ。

 

「う、うわっ! ちょっ…」

「本当に節操がないのね」

「せ、生理現象なんだから仕方ないでしょ!?」

「魔法少女が集まる街よ? 知り合いに犯罪者が生まれてしまうのは避けたいものね」

「う、うぐ…」

 

 だから――仕方なく、よ。そういって、彼女は蒼い少女の頬に手を添える。戸惑う少女も、余裕の笑みを見せる少女も、その顔は朱に染まっている。

 

 ほむらは少女のはだけた服から見える白い腹部をツツとなぞり、そのまま細い指先を下げていく。頭の位置が徐々に下がり、髪の先端がベッドにかかる。いつものように片腕で髪をかき上げ、いつかのように彼女は――キスをした。

 

 二人の任務の始まりは、少し過激に始まるようである





このss、実はマギア・レコードのダイレクトマーケティングssだったんだ。春にリリース予定だから、みんなやろう?

基本無料()だよ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。