ソードドリフターズ・クロニクル (濁酒三十六)
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漂流者邂逅編
1話・その向こうへ
此方の小説はSAOとドリフターズのクロスとなります。初設定はデスゲーム終了直後となります。
2025年、“世界初の完全仮想世界”オンラインゲームとして発売され“デスゲーム”として多くの犠牲者を出したSAOこと“ソードアート・オンライン”は一人の少年の最終ボス攻略により生存者全員が解放された。
桐ヶ谷和人は今、不思議な空間に立ち尽くしていた。…只ひたすらに真っ直ぐ伸びる通路、その両壁にはビッシリと扉や出入口が無限に並び、その通路の真ん中には何やらデスクワークをしている眼鏡をかけた男が居た。和人は混乱する。自分は確かあのデスゲーム…ソードアート・オンラインをクリアした筈であった。自身と最愛の女性の命と引き換えに…。だが今自分は確かに存在している。その服装も“SAO”のゲーム内と同じまま、その背中には二刀の愛剣まで装備している。
「どういう事だよ…、みんなは…どうなったんだ。“アスナ”はどうなったんだよ!?」
和人は思わず目の前の男に叫ぶ。…彼は答えず、和人を一瞥すると事務仕事を始めたかの様に冷たく「次。」と言葉を発した。
「貴方は誰だ、“茅場晶彦”なのか、それとも関係者なのか、アスナは…“結城明日菜”はどうなったんだ、生きているのか、答えろよ!!」
和人は男の態度に憤慨しては彼のデスクへと詰め寄るが、男は書類を用意して何と其処に和人のフルネームである桐ヶ谷和人…そして(キリト)とSAOでのプレイネームまで書き込んだ。すると和人の身体が何処かに吸い寄せられ始める。彼がその先に目を向けると、それは石積みの枠で出来た壁にある出入口…いや、恐らくは“入り口”のみなのであろう。直感だがそう確信をして和人は吸い寄せる力に抵抗をした。入ってしまえばきっと戻れなくなる。家族とも…SAOの中で共に戦った
「嫌だ、俺は戻るんだ!俺の現実に、俺の世界に戻るんだあっ!!」
しかし無情にもその“入り口”はブラックホールの如く和人を呑み込み、深き深遠へと誘うのであった。
デスゲームと化したソードアート・オンラインはクリアされ、二年間眠ったままであった被害者達はゲームの中で生存していたプレイヤーのみが目覚め、日本はその喜びと悲しみが入り交じる日々を迎えていた。
とある病院の個室…、片付けらたベッドをショートボブの少女が悲しげに見下ろし、佇んでいた。彼女の名は桐ヶ谷直葉、SAOの被害者であった桐ヶ谷和人の妹である。直葉は丸椅子に座り片付いたベッドを撫でてうつ伏せになり頬を這わせる。
「何で…、何でお兄ちゃん、
そうSAOがクリアされたその日、次々とゲームに囚われていたプレイヤーが目覚めていたのだが桐ヶ谷和人は違っていた。その日に見舞いに来ていた母親と妹が目を離した隙に忽然と姿を消してしまっていたのだ。SAO被害者と言う事もあり直ぐに警察が動き捜索が開始されたが未だ彼の痕跡すら見つかってはいなかった。
直葉はベッドにうつ伏せたままになり顔を隠し、その場ですすり泣くしか出来なかった。。
「うう…お兄ちゃん……お兄ちゃん……っ」
桐ヶ谷和人が消えた同じ頃、別の病院でも同じ様に消えたSAO被害者がいた。彼女の名前は“結城明日菜”。桐ヶ谷和人と共にデスゲームの最後を看取った少女である。
今、彼女は両壁に連なる扉や入り口に無限に伸びているかに思える通路に立っていた。そして彼女は見た。自分の前にあの見覚えのある黒い外套に背に装備した双剣を…。彼女は駆け出して黒い外套の彼に手を伸ばした。
「キリト君…、キリト君…、“かずと”くんっ!!」
だが彼は脇にある石積枠の入り口に吸い込まれ闇の中へと消え失せた。結城明日菜は彼が消えた入り口の前で呆然として絶望に打ちひしがれるが、その通路の真ん中にはデスクワークをしているかの様な眼鏡をした男が一人居た。そして今更ながらに自分の姿がSAO時の白地と赤のラインが入った血盟騎士団の戦闘着である事に気付き、愛剣である細身の剣までが腰に下がっていた。
眼鏡の男は明日菜を一瞥すると「次。」と冷たい口調で言って書類を用意した。明日菜は彼の前に立ち、挑みかかる様に睨み、言った。
「貴方が誰かなんてどうでもいい、私をかずと君の所へ行かせて!!」
眼鏡の男は明日菜の言葉を聞き、彼女の決意の眼差しを見て不敵に笑うと彼女のフルネームとSAO時のプレイネームを書類に書き連ねた。すると彼と思しき人物が消えた入り口から吸い込む力を感じその瞬間、何と明日菜はその中に自ら飛び込んだのである。
「かずとくん、今行くからね!」
眼鏡の男は其れを見届けるとまた笑みをこぼし標札を出して机の前にかけた。“其処には本日は終了致しました”と書かれていた。
『ルークとヤン+その他の人情紙吹雪』
ヤン「売るよ~、言い値で“アスナっち”売るよ~ん。」
キッド「お得な値段で今こそ買い時だよ~、後一人だよ~。つうか一人しか居ねーよ。」
ルーク「欲しい、むっちゃ欲しいっ!!愚弟、いくらだ!?」
ヤン「お前には売らねえ。」
パンパンパン!!兄の銃が火を吹いた。(愚弟の額に一発と心臓に二発。)
ヤン「ウソです、売りますよ…。」
ルーク「オヤジ、いくらだ!!」
キッド「金貨一千枚。」
ルーク「えっ、課金するといくら…?つうか、言い値って言ってなかったっけ?」
キッド「しゃあねえなあ~、一円でいいよ。」
ルーク「スッゲーッ、一円スッゲーッ、買ったあああっ!!!」
サスカッチ「………ウホッ?」
ルーク「っざっけんなよ、何だよ雪男なんか要らねーよ!!」
須郷「売れーっ、俺に売ってくれーっ!!」
パンパンパン!!キッドの銃が火を吹いた。(須郷の額に一発、心臓に一発、股間に一発。)
完…。
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2話・DEEP RED
〈※はオルテ語。〉
木枯しが吹き抜ける真っ暗な森の中で桐ヶ谷和人は目を覚ました。気にもたれかかり、寝惚けた頭を覚ます為にプルプルと首を振る。和人は周囲を見渡して此処が何処なのかを思考するが全く覚えのない場所で今一度何故この様な所にいるのかを思い返した。
(俺は…、ソードアート・オンラインを…最終ボスの“ヒースクリフ”を倒してゲームをクリアした。そして…アスナと茅場晶彦に出会い…システムの崩壊を見届けたんだ…。)
更に和人はその直後に出会した現象に頭を抱える。あの無限に続くかの様な両壁の入り口や扉に通路、その真ん中でデスクワークをしていた謎の眼鏡男…。余りに非現実的な状況に困惑するしかなくやはり頭が項垂れる。
(あれは誰だったんだ、明らかに普通じゃない。茅場晶彦の関係者か何かか…!?)
もしもそうであれば此処はまた別のゲームの中である可能性もある。試しに和人はコンソールを…、いや、感覚で解る。コンソールやカーソルなんてモノは出てきはしない。この世界は“リアル”である。和人は確信を持つ為にある事を試す。背中に背負った黒と翠の双剣の黒い剣を構え、右人差し指で刃を軽くなぞった。
「っ
確かな痛みになぞった指先には小さな切り傷がくっきりと刻まれていた。和人は思わず生唾を呑み込む。今所有している剣は確実に本物であり、自身の肉体はデータの塊ではなく、
和人は少し頭が冷えたのか立ち上がってもう一度周囲を見渡し、今度は周囲を観察し、改めて此処が森の中であり、真っ暗なのは今が真夜中だからと理解した。ふと脳裏にアスナの顔が横切るが、今は自身の身の安全の確保を優先すると決めて取り敢えずはこの森を抜ける事に決めた。…するとグウ~と腹も鳴る。
「何か…久し振りの空腹感だな…。」
和人は苦笑いをし、森の中を歩き始めた。
どれだけの時間を歩いたかは分からないが、空気がピリピリしてきたのを感じ、身体に緊張感が広がった。SAOの中でも感じた事のあるモノ…“戦場の空気を”である。
「灯りが見える…!?」
木々の隙間から遠くの灯りを確認した和人はその灯りに向けて歩を進めた。すると村なのか、その先に家が幾つもあり和人は警戒しながら一軒の木板で出来た家をそっと覗く。
「誰もいない…?」
だが突然“ボウッ”と周囲が明るくなり空が朱に染まり煙が上がった。和人は更に表情を険しくさせて煙が一番立ち込める場所へと駆け出した。其処は広場で側の家数軒が燃えており、西洋鎧に身を固め、剣や槍で武装した何処かの国の兵士らしき連中とこの村の者達らしき人達がいた。だが彼等は…鎧の連中と違い布の服のみで何より“耳”がかなり長かった。
(まさか、“エルフ”…なのか!?)
その姿は和人が知っている幻想世界の亜人種であるエルフと姿形そのままであった。
(やっぱり此処は…“異世界”なんだ!)
彼等の姿により和人は自分の存在に対しある憶測を得た。恐らく、今ある桐ヶ谷和人はソードアート・オンラインの最終ボスを倒した際のステータスとスキルを全て受け継ぎ、肉体と共にトリップした…謂わば桐ヶ谷和人とキリトが融合した存在なのである。和人は家の角の影に隠れて鎧を着た連中とエルフ達の様子を伺った。双方を見るに鎧連中はエルフを見下し、エルフは彼等に何かを訴えている様なのだが、どうにも言葉が解らず…想像するしかなかった。
(状況から察するに…、エルフ達よりあの連中の方が地位が上なのか?
だけど
鎧連中に対し怒りを覚え思わず右手が黒い剣の柄を握る。…しかし小さく深呼吸をして平静を取り戻し、双方の様子を見続けるが、彼の前で突然の
「キサマラアアアアアアッ!!!!!」
和人は疾風の如く駆け抜けて二人の兵士へ斬りつけた。刃はガードされたが何と鎧を着た男が自分達より小柄な少年に叩き飛ばされ地面に転がされた。兵士達もエルフ達もその光景に呆気に取られるが、その隙に和人は兵士連中とエルフ達の間に滑り込み彼等を守る形となった。兵士のリーダー格が和人を睨み、剣を構えた。
「※貴様、何者だ!?何故耳長共を助ける!?」
その問いには言葉が解らず答える事は出来ないが、彼等の暴挙に対して憤怒を持って声を上げた。
「俺にはこの世界の言葉が解らない、だが俺はお前達が犯した行為を許せない!
この場でみんな
和人はSAOで慣れた剣の構えを取り、敵のリーダーと対峙する。その姿は正にデスゲーム…ソードアート・オンラインをクリアした“英雄キリト”であった。
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3話・紅蓮の弓矢
〈※はオルテ語。〉
煙が周囲に立ち込め、和人…いや、“
「※貴様、
アラムが剣を降り下ろし、槍兵が四人同時にキリトに向けて槍を突いて来た。だがキリトは物怖じせずに迎え討ち、何と四本の槍の刃を二刀流にて切り落とした。その素早く無駄のない剣線に兵士達は戦き、エルフ達も驚いた。その中でバンダナを巻いたエルフの青年…シャラが思わず感嘆の声を上げる。
「※すごい…、あの少年、彼も“
しかし兵士達は棒切れとなった槍を捨てて剣に持ち代え、また三人の槍兵がキリトに切っ先を向けて威嚇した。
「※漂流者が嘗めやがって!」
「※ぶっ殺してやる!」
おそろしい言葉を兵士達が吐き付けて来るがキリトは動じる事なく二本の片手剣を構える。…だがその時、アラムに村の外の見張りを云い使っていた兵士が慌てた様子で報告に駆けて来た。
「※アラム様、大変です!!
“麦畑”に“火”が放たれました!!」
アラムの表情が驚愕に変わり、怒声を上げる。
「※何だと、あれ程気を付けろと言っただろうがあっ、さっさと火を消せえ!!
糞、まだ“収穫前”だと云うのに“税”が減ってしまうぞ!」
「※無理です、もうあそこ迄まわってしまったら…!」
炎の煙は木の家を焼いた火の煙と混じり合って周囲に立ち込めて兵士…エルフも唖然としてあの燃え盛る麦畑を見つめる中、キリトは炎の奥より此方へ駆け走る影を見た。
(あれは…人か!?)
その影は直ぐに赤い軽装の剣士になり兵士の一人に踊りかかると何と手に構えた“刀”を降り下ろし兵士の首をぶった斬った。
「
赤い剣士は大声を張り上げその首を手に持つと血線を引きながらまた駆け出して煙の中へと姿を消した。キリトは赤い剣士が叫んだ言葉を日本語と確信して驚きが隠せなくなる。
(今…、確かに“一つ”…って
そして同時に赤い剣士が迷いなく人の首を討ち跳ねた事実に戦慄する。彼は…
「※何だ、何だ今のは!?」
突然の急変にアラムは困惑し、其れを狙ったかの如く煙の中から赤い剣士が現れ兵士達の背後を取ってまた一人の首を跳ねた。
「ふたあっつ!!」
そして三人目は気合い一線に胴を真っ二つにした。兵士はおろかエルフまでが驚愕と恐怖に固まってしまう。そしてまた一人首を跳ね飛ばし「みいっつうっ!!」と叫び休まずまた一人を斬り伏せ、もう一人の首を斬り落としてまた叫んだ。
「よおっつうう!!」
四人目の首が地に落ち、他の兵士達が逃げ出し始める。赤い剣士の視線がキリトを射止めた瞬間に彼の狂刃がキリトに迫った。“ギンッ”と刃鳴が鳴り、キリトの黒い剣と赤い剣士の刀が鍔迫り合いを始める。
「
「アンタ、日本人なのか、何で簡単に人を殺せる!?」
キリトが言葉を投げかけた途端に赤い剣士は刀を引き、少し驚いた表情となるが直ぐに敵リーダーのアラムに向き直り彼を指差した。
「なあ、
赤い剣士はふと、周囲を見渡す。其処には彼が殺した兵士の死体と兵士達に殺されたエルフの亡骸があり、その中には子供のものもあった。そして赤い剣士はキリトを一瞥して言った。
「小僧、お前無抵抗の
その言葉はキリトの心をザクリと突き刺した。実を言うなら兵士達の前に飛び出した時、心は奴等への殺意に塗り潰されかけて二人の兵士を斬り殺しかけたのだ。僅か残った理性が剣を鈍らせ兵士を叩き飛ばすだけに至ったのである。
「俺…は…」
キリトは悔しげに顔を歪め、黒剣の柄を握り締めるが、赤い剣士はキリトをそのままにアラムを殺意の眼差しを向けた。
「ようも殺ってくれたのう。やっぱりお前の首などいらん、命だけ置いてけ!」
赤い剣士に何人も部下を殺されたアラムは彼の挑戦を嘲笑を持って返した。
「※何を…何を言っている?
この“オルテ”国の邪魔立てをするか、
自分達エルフを助けてくれた赤い剣士に黒い剣士を見つめる。
「※あれが…あれも
エルフの青年シャラは二人の漂流者を見るが、武官アラムが剣を構え、赤い剣士を睨んでいた。
「※言葉も理解出来ぬ蛮徒め、互いの剣にて語るとしようじゃないか。さぁ、来るがいい!」
赤い剣士とアラムが対峙し、皆が…キリトが注目するが何と赤い剣士は刀を逆手に持っていきなりアラムに向けて投げつけた。
「※さかし、窮したか!他愛なし!!」
アラムは造作なく刀を弾き赤い剣士を罵り、造作なく刀を弾くが、その隙に赤い剣士は素手のまま走りアラムの首をガッシリと組み締めて地面に倒し伏せた。
「※なっ、ぐっ!?」
「はん、他愛なか。」
アラムに馬乗りとなった赤い剣士は刀の鞘を逆手に持ち、アラムの顔面を強力に叩きつけた。アラムは悲鳴を上げるが剣士は容赦なく鞘先を叩き込む。何度も何度も、歯が折れ…千切れた皮が飛び、彼の顔は見るも惨く痣だらけになり変形してしまった。赤い剣士はアラムが動けなくなったのを確認すると立ち上がり一息吐いて首をコキリと鳴らした。
キリトは赤い剣士が自分が想像していた以上の手練れであると判断する。今惨めに地面を這っている彼とてかなりの剣の使い手の筈である。なのにあの剣士はその彼を一蹴して見せた。それに恐らく赤い剣士には“仲間”がいると憶測する。あの麦畑に火を放ち此処まで走って来るのはかなり苦しい筈、何よりあの燃え続ける麦畑の方から騒ぎの間ずっと何者かの視線を感じていた。
(少なくとも二人の視線を感じる。…あの剣士は一体誰なんだ!?)
キリトは険しい視線を赤い剣士に向け、彼の正体と目的を考えずにはいられなかった。
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4話・救済の技法
サブタイトル変えました。
〈※はオルテ語。〉
がらがらと燃えていた木の家が崩れ落ち、広場はエルフ達の怒りと悲しみに満ちていた。赤い剣士はキリトにずっと睨まれていて尚不遜に構え先程半殺しにしたアラムに投げつけた刀を拾うと子を殺され、亡骸を抱き締めてずっと泣いているエルフの男性の前に立ち、彼に手に持った刀を逆手にして突きつけた。
「
キリトは絶句する。あの敵のリーダーに止めを刺さなかった理由が解ったのだ。あの剣士は
「アンタ、そこまでする必要があるのかよ!!」
赤い剣士の後ろから右肩を掴むキリトだが剣士は無理矢理引き剥がすと同時にクルリと回りキリトの顔面を右拳で“ゴッ”と殴りつけた。キリトは突然の事に無防備に受け地面に転がされた。
「邪魔じゃ小僧。」
赤い剣士はキリトを一瞥のみしてまたエルフの男性に向き直り声を荒げた。
「殺るのだ、殺らねばならんのだ!」
エルフの男性は赤い剣士が何を言わんとしているのかを理解したかの様にイヤイヤと首を繰り返し振った。
「駄目だ、此処が何処でお前等が誰であろうと“仇”はお前等が討つのだ!討たねばならんのだ!!」
赤い剣士はビッとある所を指差す。其処には首を斬り落とされて殺されたエルフの子の死体があった。
「あの子が応報せよと言っている、お前達の手で
剣士はそう言って今度は地面を這って逃げようとしているアラムを指差した。他の兵士に見捨てられて独り残されたのである。その惨め且つ助かろうとする意地汚さを目の当たりにしたエルフ達の殺意に火が付き、一人…また一人とエルフ達は兵士達が捨てて行った剣を拾って握り締め、子を殺されたエルフも赤い剣士から刀を受け取って立ち上がった。キリトはこれから起こる惨劇に対し止めよう止めよう手は伸ばすが足が動かなかった。
(何で動けない、何で…足が動かないんだ!?このままで良い訳ないだろ!
なのに、何で俺は動こうとしないんだ!?)
キリトは理解してしまっているのだ。此は因果応報なのだと、此は正当な仇討ちなのだと。だが其れを認められる程キリトは人の死に無頓着にはなれない…なりたくないのである。…しかしあのアラム達の行った殺戮は許せる事の出来ない狂行であった。その怒りはキリトとて拭えぬモノなのである。
そして武器を手にしたエルフ達がアラムを囲み、殺意を彼に集中する。
「※やっ、やめろ貴様ら!こんな事してどうなるかわかって…、いやっ、私が悪かった…助け…!!?」
アラムの許しを乞う言葉は彼等の殺意に油を注ぐだけであり、エルフ達の剣は振り下ろされアラムの悲鳴が響く。何度も何度も刃はアラムを突き立て、彼が絶命した後も何度となく突き立てられた。赤い剣士はその光景に何処か哀しげな笑みを浮かべ、仇を討ち果たしたエルフ達を静かに称賛した。
「良か…。」
しかし彼の言葉をキリトは真っ向から否定をして今一度彼に詰め寄る。…彼を否定しなければ自分自身を見失いそうになっていた。
「良い訳がない!アンタは“彼奴”をエルフに殺させる事でこの村に戦いをまた持ち込む事になるんだぞ!」
「ほう、あん耳長は“えるふ”言うんか。小僧、何でそんな事ば知っちょる?」
「そんな事はどうでもいい、アンタはこの村をどうするつもりなんだ!?」
赤い剣士は面倒臭いと言わんばかりに口をへの字にしてキリトを睨めつける。…が、返答は別の人物が返して来た。
「ソイツに関しちゃあ~、話は後よ小僧っ子。
先ずは“豊久”~
豊久と呼ばれた赤い剣士の後ろから二人の男が現れ、キリトは彼等が麦畑に火を放った彼の仲間だと推測した。…豊久は睨む視線を二人の男…特に右目に眼帯をしたざんばら長髪に汚れた袴姿の中年男に向ける。
「お前等、何やっとった?こっちは
訳判らないと言われたキリトは豊久に対し“ムカッ”と腹が立った。だがもう一人…青い袴に弓矢を持った顔立ちの良い綺麗なストレートヘアを頭の後ろで結った美少年がキリトに近寄る。
「へえ、豊久に喧嘩売るなんて…すごいね、君。」
美少年は本気で興味を持たれた様でキリトに顔を寄せて人なつっこい笑顔になり、キリトは思わず顔を赤らめてしまった。そしてざんばら髪の眼帯中年が木箱を用意して何故か其処に豊久に座るよう進めた。
「ままっ、豊久疲れただろう。此所に座るが良い。
儂が座ろうと思うたが、お前座らせてやろうぞ。」
何故か豊久は怪訝な顔をして眼帯男を警戒しながらも木箱に座る。すると美少年がキリトの肩をポンと叩いた。
「さっ、君も
キリトは言われるがままに木箱に座る豊久の後ろに回り、美少年の隣に並んだ。気付けば正面には武器を持ったままのエルフ達が自分達を心酔するかの様な眼差しを向けて何と肩膝を付いてひれ伏した。その時キリトはまだ
次回、カルネアデス編開始。アスナ主役でっす!
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魔軍侵攻編
5話・輝く空の静寂には
〈※はカルネデス語。〉
北方の王国カルネアデス。通称北方カルネアデス国境要塞。遥か北へと追いやられた化物達の南下を数百年に渡って阻止し続けていた強固な城壁を持つ大国である。しかし満月が輝く今夜、正に化物達の軍が攻めて来ようとしており、カルネアデスの軍隊は城壁に次々と配置に付いていた。
あの無限に続く通路より飛ばされた“結城明日菜”はこのカルネアデスの周辺に落とされて直ぐに魔術師結社に助けられた。彼女を助けた魔術師機関…その名を十月機関と言いこの世界では“オクト”と呼ばれ、明日菜以外に別の世界から飛ばされて来た異世界人である漂流者…“ドリフターズ”を保護し、迫り来る悪しき化物達の軍団と対峙せんとしていた。
明日菜はSAOの時に所属していた結盟騎士団の衣装にSAOで出会った親友が作ってくれた細身の剣を装備しており北方である事もあり寒いので上からフード付きの厚いマントを被って城壁から少し離れた城下の町を見回っていた。城下は夜と云う事もあり人気はないが、どの石煉瓦の家も明るい灯が灯り夕食の料理の良い匂いが立ち込め、家によっては赤ん坊の元気な泣き声も聴こえていた。
明日菜は微笑んで城下町を一通り回ったのでカルネデスの兵舎へと戻る事としたが、その途中で荷馬車の傍に立つテンガロンハットに外套姿にダンディーな口髭をした男性に声を掛けられた。
「Heyアスナ、見回りの帰りかい?」
「はい“キッド”さん、これから兵舎に向かう所です。」
「“オクト”の奴等に言っといてくれ、待ち草臥れたってな。」
明日菜がキッドと呼んだ口髭の男性は好感的な笑みを見せ、明日菜も笑顔で返して通り過ぎようとするとまた別の男性に声を掛けられた。
「おい無視すんなよ、キッドに色目使って俺は無しかよ?」
軽薄な口調を平然と投げかけ、明日菜はその相手をジロリと睨んだ。
「何か用ですか…、“ブッチ”さん?」
明日菜はキッドとは反対に声色を低くしてブッチと呼んだフード被りを被ったガンマン風の青年を睨んだまま警戒した。
「あぁ、大有りだ。アスナ、暇だから“SEX”しよう“ぜっ”!?」
ブッチがセクハラ紛いな言動を言い終えた瞬間、明日菜の細身の剣が弓矢の如くブッチの喉笛を狙い彼が髪一重で躱して剣の切っ先が荷馬車にダンッと突き刺さった。明日菜はすわった目付きでブッチを睨めつけ…小さく“チッ”と舌打ちをした。勿論本気で刺すつもりはなかったが…。しかしブッチの喉笛から微かに血が垂れ、何よりその剣を抜いた目にも止まらない手動がまたブッチとキッドを恐怖させた。
(やっべぇ、手元が全く見えなかったぜ~!)
(得物が
そしてキッドは何とか正気を保ち荷馬車に刺さった剣先を指差して言った。
「アスナ、ブッチは構わねえが荷馬車の解体は勘弁してくれ?」
明日菜はハッとして剣を引き抜いて鞘に仕舞いキッドに謝罪する。
「ごっ、ごめんなさい!ついカッとなっちゃって…。」
明日菜は荷馬車の剣による刺し傷を申し訳なさそうに見つめ、キッドは“それくらいなら良い”と言って明日菜を慰めた。この際ブッチは無視である。
「チッ、無視すんなっつってんだろがぁ…。」
ブッチ・キャシディが明日菜にこの様な扱いをされるには理由があった。彼女が十月機関に保護された時にかつてアメリカ西部開拓時代に悪名を馳せたワイルドバンチ強盗団の彼等と顔を合わせたのだが何とブッチは初対面の
そんなワイルドバンチ達を後にして明日菜は兵舎の扉前まで来た。この向こうにはワイルドバンチや自分と同じ様に今日見つけられた
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6話・教えてジィジ
〈※はカルネデス語。〉
「※ふざけた事を言うな!
兵の指揮権を寄越せだと、その漂流者に、馬鹿も休み休み言え魔術師共!!」
扉を開けた明日菜が聴いた第一声は明らかに自分達を否定する怒声であった。明日菜は中へ入り十月機関の構成員である眼鏡の男性…カフェトの後ろで話を聴いた。彼はカルネアデスの兵を宥め且つ事実を説く。
「しかし此所に居る
「※我々を愚弄するか魔術結社があっ!!
図に乗るのも大概にしろ!!」
「※たかが二人だけの漂流者に…、そんな小汚ないじじい共に何が出来るか!!」
彼の言葉に兵士達は憤慨して更に怒鳴り上げる。その状況に明日菜は相手の言葉は解らずとも不安を隠せず、後ろにいり二人の漂流者に視線を向けてしまうがその時漂流者の一人である初老の男性が後ろからカフェトに声をかけた。彼の名はスキピオ・アフリカヌス、ローマとカルタゴのポエニ戦争期にカルタゴの名将…ハンニバル・バルカと渡り合った天才用兵家である。そしてもう一人の漂流者である石畳にぺたりと座っている左目を布で被った白髪白髭の老人こそがハンニバル・バルカその人であった。
「なあなあ、お前達は何を揉めているのだ?言葉がさっぱり解らん。」
「えと…ですね、この国の軍の指揮権を漂流者に委ねるよう交渉を…」
スキピオは呆れたのかカフェトが言い終わらぬ内に突っ込みを入れる。
「はあ、そんなん無理に決まっているだろ!
だいたい何で私がそんな事をせにゃならんのだ!」
「無理は重々承知しています。しかし貴殿方が軍を指揮しなければこの国は滅んでしまいます!」
国が滅ぶ…。カフェトの恐ろしい言葉に一番反応したのは明日菜であった。このままではあの城下町の静かながら家々より洩れてきた暖かいであろう夕食の匂いと家族の団欒…元気に泣く赤ん坊とあやす母親の声…その全てが戦禍に呑まれてしまうと云う事なのだ。明日菜は堪らなくなり言葉の通じないカルネアデスの兵士達に訴えかけた。
「御願いします、この一度だけでいいんです!
スキピオさん達に軍を預けて下さい、そして一緒に戦って下さい!
この城壁の後ろには戦えない人々が居るんです、その人達を守るのが一番じゃないんですか!!」
明日菜は声一杯にして叫んだが、彼等の答えは下卑た嘲笑であった。
「※小娘が何を言っているのかさっぱり解らんわい。」
「※小汚ない漂流者に出来る事など一つもないわ!」
「※お嬢さん、戦が終わったら相手してくれよ、ヒヒッ。」
明日菜やスキピオも言葉は解らずともせせら笑う兵士達の態度を見て罵られているであろうと理解した。それでも尚訴えようと彼等の眼前に出ようとする明日菜をスキピオが止めた。
「そのくらいにしておけ、お嬢さん。コイツ等には何を言っても無駄だ。」
「でも…、貴方達が軍を指揮すれば勝てるのでしょう、この国の人達を守れるんでしょう!?」
スキピオは答えなかった。確かに彼はポエニ戦争では自他共に認める軍略家であった。…だが、例えカルネデスから軍権を渡されたとしても兵士達の練度も分からない上に正体不明の化物軍が相手となると
そしてハンニバルもまた…スキピオの言葉に付け足して明日菜を説いた。
「お嬢ちゃん、時間が無さ過ぎたのじゃ。軍権を渡されずとも時間があればやり様はあった。…だが相手の動きが早過ぎたのじゃ…。
・
・
・
・
じゃがもし“ワシ”が今直ぐ軍権を持ったなら、勝てずとも国民を避難させる位の時間は余裕で稼いでやったわい。…
ハンニバルは腰を据えたままスキピオを見て不敵に嗤った。その嘲笑を見たスキピオのコメカミに青筋が走り、静かな怒りを込めてハンニバルに言い返した。
「ふんっ、貴様に出来て私に出来ない訳がなかろう!
そんな“ホラ”は私に勝ってからほざくがいい!」
「何だとこの白髪野郎!!」
「貴様も白髪だろがあ!!」
「やっ、やめて下さい喧嘩なんて!!」
突然の言い合いに明日菜は止めに入るが座ったままのハンニバルが急に青ざめ、ボソッと呟いた。
「おっ…、おちっこ出そう!?」
突然のアクシデントにカフェトが「ハアッ!?」と奇声を上げ、スキピオもあまりの出来事に対処に困った。
「バッ、馬鹿、我慢しろよボケじじい!?」
「無理、もうあかん、歳取ると小便近いのよ…!
・
・
・
・
あっ…あぁ……うふん」
二人が言い合っている間にハンニバルの座った中心からかなりの量の小便が広がってしまった。この状況に兵士達も開いた口が塞がらず兵舎の部屋に暫しの沈黙が流れた。
「あ~も~イヤだ、このカルタゴの雷光…。」
スキピオは完全に呆れてそう口走ってしまうが、呆けていたカルネアデスの兵士達が声を揃えて大声で嗤い始めた。そして兵士の一人がハンニバルを指差してまた一段とどや顔をしながら嘲った。
「※それ見ろ、只のボケ老人ではないか!
そんな汚ならしい漂流者なんぞに軍権なんか任せられるかよ!!」
そう啖呵を切り、彼等の嗤い声にシュンと落ち込むハンニバルを更に兵士達は嗤った。やはり言葉は解らないがスキピオの心には何故だか怒りが膨れ上がり、彼に罵声を飛ばした兵士を睨み拳を握り締めた時、雑巾を持って来た明日菜がハンニバルに寄り添って何と彼が漏らした小便を拭き始めた。
「ハンニバルさん、立てますか?」
「お嬢ちゃん…、すまん、ずっと座っとったから一人じゃ動けんのじゃ…。」
「分かりました。…カフェトさん、代えの下着とズボンをお願い出来ますか?」
「えぇ、直ぐに用意してきます。」
カフェトは明日菜の行動に感嘆し、下着とズボンを取りに部屋を出、明日菜は先ずはハンニバルの周りの尿を拭いてハンニバルに手を貸し、ゆっくりと立つのを手伝った。スキピオは怪訝そうな表情を取ると木箱に座りながら嘲笑う兵士の一人を襟首を引っ付かんで無理矢理退かし、壁端に移動したハンニバルに此に座る様施した。
「スキピオさん…。」
「すまんな、スキピオ…お嬢ちゃん。」
あのハンニバル・バルカに素直なお礼を言われてスキピオは調子を崩したかの様に照れてしまう。
「なっ、何…、しっ、勝者の余裕と云うヤツだ。
それを聞くや力なくシュンとしていたハンニバルは座った木箱からスクッと力強く立ち上がりスキピオに怒声を飛ばした。
「何じゃとこのハゲ、ワシの方が強いに決まっとろうがパクり野郎めっ!」
「誰がハゲでパクりだボケじじいめ、勝った方が正義なのだ!」
お互いに胸ぐらを掴み合い取っ組み合いの喧嘩を始めるが明日菜は今度は止めずまだまだ元気なハンニバルに苦笑した。
「二人共、其処までにしなさい。」
…と、其所にスキピオとハンニバルを制止する声が響いた。二人が喧嘩を止め、明日菜が声の主の名を呼んだ。
「“セイメイ”さん、城壁から戻ったんですね。」
「アスナ、
明日菜はセイメイと呼んだ細身で外見が若い男性に城下を見回った事を諌められ口籠る。城下町を見回ったのは彼女の独断で何故かは解らないが彼等“十月機関”からは反対を受けていたのである。そして十月機関の中心人物であり構成員からは大師匠と呼ばれている男…セイメイはハンニバルとスキピオに険しい顔付きで言った。
「御二方、脱出の準備をなさって下さい。アスナ、君もだ!
もう直ぐ此所は修羅場となる。何としてもドリフターズは脱出させねば、
どんな犠牲でも…。その言葉に明日菜はショックを受ける。彼は十月機関のトップであるこの男はカルネアデス王国その全てを見切るつもりなのだ。セイメイが何故城下町に行くのを認めなかったのがやっと解った。彼はは…セイメイは明日菜がこの国の民に感情を少しでも寄せてしまう事を懸念していたのだ。其処へ彼が手に持っていた水晶玉から女性の声が途切れ途切れで聴こえてきた。
《大師匠様、こ…ら“セム”で…ど……すか、そ………況…………》
そして声は完全に途切れ、兵舎内に静寂が流れた。
「しまった、魔術妨害だ!奴等が…、“廃棄物”が来る!!」
何処までも並ぶ扉や入口に何処までも続く通路…。そしてその真ん中でデスクワークを続ける眼鏡の男の前に暗き闇を引き連れた黒い長髪に黒い服を着たきつめな顔付きの少女が眼鏡の男を面と向かって睨みつけていた。
「失せよ、EASY。間違いないは正さねばならぬ。
失せよ、EASY。哀れな女よ、お前の好きにはさせぬ。」
彼の言葉に“EASY”と呼ばれた少女は外見とは似つかわしくない恐ろしい形相になり更に眼鏡の男を睨みめ付ける。
「哀れなのは貴方よ、“紫”。私の
EASYはそう捨て台詞を残して闇と共に姿を消した。そして彼女に紫と呼ばれた男は何も起こらなかったかの様に新聞を開き、煙草をふかし始めた。
カルネアデス王国の城壁の前に数え切れない化物共が隊列を組んで陣を敷く。その上空を飛竜を駆るドラゴンライダーが十騎以上飛んでおりその周りをオウムがカルネアデスに対して宣戦布告を謳う。そして軍列の背後にボロ雑巾の様な汚ならしいローブを纏った人物が数人の怪人物を引き連れカルネアデス城壁を指差し一言を全軍に伝えた。
「“死”を…っ!」
次回ジェノサイド。
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7話・魔界舞曲
ボロボロのローブを纏う謎の人物の号令に応え剣、槍、そして鎧を装備したコボルトやゴブリンによる化物達の軍勢が一斉に城壁への侵攻を開始した。城壁からは化物達に弓矢の大雨を降らせバタバタとゴブリン~ゴブリンが倒れて逝く。しかし数が多く化物共はいとも簡単に城壁下に辿り着き壁を登り始めてしまった。
上空で宣戦布告を高らかに謳っていたオウムは彼が手に持つ蜻蛉の装飾をした杖に止まり、その背後で静かに命令を待つ怪しげな五人の男女の名を彼は呼び連ねた。
「土方歳三、ジャンヌ・ダルク、アナスタシア・ニコラエヴァ・ロマノヴァ 行くがいい。」
“廃棄物”となりてこの世界に落とされた彼等彼女等にとって待ちに待った
「とうとうおっ始めたね。本当に世界を亡くすつもりかい?」
「お前は好きにするといい。」
「あぁ、僕はずっとそうしてきたからね。此からもそうさせてもらうよ。」
此れから起きる戦と云う名の虐殺に期待をしながら長髪の少年は戦場を眺める。
「“九郎判官義経”、お前は廃棄物か?それとも漂流者か?」
黒王の問いに長髪の少年…“源義経”はクスッと笑い戦場を眺める。
「さ~てね、面白そうな方さ。」
ハンニバルの掃き代えで未だ兵舎にいる明日菜達はその部屋の窓より外の様子を見る。城壁の上部はカルネアデスの兵士達が必死に眼下に向けて弓矢を無数に射ている。城壁の門もまだ破られてはいないが彼…セイメイは時間の問題だと焦りを隠せずにいた。
「“黒王”、廃棄物の王!
遂に来てしまった、何もかもが遅過ぎた!!」
「こく…おう…!?」
セイメイの傍らで明日菜も外を見、改めてこの世界が自分のいた世界の“違い”を目の当たりにする。暗き戦場の空を何とドラゴンが飛んでいるのだ。そして城壁より弓矢弓矢をいるカルネデス兵に向けて炎を吐き出した。城壁上部で火が走り兵士達を焼く。その惨状に明日菜は目を見開き、口を両掌で隠した。
「ひとが…人が…、アア…ッ!?」
セイメイもまた見るに耐えない光景とばかりに顔を歪めた。
「そんなに憎いか、黒王よ!
城壁上部の弓兵の殆どが焼き殺され、今度はドラゴン…飛竜より運ばれて来たコボルト共が降下して城壁の生き残った兵士達を掃討する。化物達はランプを使い信号にて連絡を取り合い城壁占拠を報告、そして一斉にに城壁の門に群がり門の破壊に取りかかった。セイメイはこの兵舎も危険と判断するが、その時赤黒い戦場の空に異変が起きた。彼等ドリフターズ全員が通ったであろうあの“石組みの出入口”が現れたのである。明日菜は何が起こっているのか理解出来ず、セイメイは何が出て来るのかと戦々恐々としながら空を凝視する。すると激しい轟音と共に現れたのは何と旧日本海軍が実装していた戦闘機…“紫電改”であった。あまりの出来事に皆が驚き、明日菜も頭が状況に追いつけずにいた。
「何で日本の戦闘機がこんな
「ドチラだ、漂流者か!?廃棄物か!?」
セイメイは最早戦闘機そのものには驚かず、あれに乗るパイロットが敵か味方かが気にかけた。
紫電改のコクピットはアチコチのガラスにヒビが入り機体自体もボロボロであった。恐らくは旧日本軍人であろうパイロットは頭から血を流しながらも
「何だ馬鹿野郎、糞があ、糞っ、糞っ、なあにが起きやがったぁバカヤロウ!!」
…と、紫電改のエンジン音が止まり、プロペラも回転を止めてしまい機体が斜め下に傾いた。
「誰が止まれっつうったよ、オラアッ!!
動きやがれえバカヤロウ!!」
パイロットは癇癪を起こしながら思い切り操縦席の計器を殴り付けた。すると停止した筈のエンジンが動き出して化物軍の頭の上スレスレに持ち直した。パイロットは改めて眼下を見渡す。其所は正に人と化物の生死を賭けた
「おいおいおい、何だこりゃあ、
すると紫電改の右横をコボルトが駆る飛竜が並び、そのコボルトとパイロットの目が合った。気付けば紫電改は飛竜の編隊に紛れ込んでいた。
「んだテメエ、この野郎、やんのかコラーッ!
竜とか乗ってんじゃねーぞバカヤロウコノヤロウ!!」
上空でパイロットの罵声怒声が響き渡り
「えっ…、何言ってるのかは解らないけど何か怒ってる…??」
「糞っ、ドリフなのかエンズなのか分からない!
兎も角此所から脱出…、何っ!?」
セイメイが眼下にて見たのはとうとう門が破られてしまったその瞬間であった。大きく頑丈な木扉に剣線が走り、ばらばらと扉が解体されその向こう側から黒い外套に長刀と脇差しを握った男が現れた。明日菜は一瞬ではあったがその風貌からキリトと見間違えそうになる。だがその男はキリトよりも背が高く何より武器が違う。そしてその男に二名のカルネデス兵が斬りかかるが男の両脇に霧が生じ何と二人の“サムライ”を形取り兵士二名を一刀両断のもと斬り伏した。
そして別の門も十字槍を振るう大男…ジルドレと炎を操る女剣士ジャンヌ・ダルクが破り、更には侵入した全てを凍らせる白いドレスの美女…アナスタシア・ニコラエヴァ・ロマノヴァによって全ての門が破壊された。
アナスタシアに付いていた法衣を纏った眼鏡の高僧…ラスプーチンに黒王からテレパシーで命令が下される。
《ラスプーチンよ、
ラスプーチンは右掌で両目を隠し、黒王の言葉に従う。
「畏まりました、恐ろしい黒王様。」
そしてラスプーチンの背後に巨大な次元の穴が現れ、その奥より巨大な怪物が姿を現した。アナスタシアはその怪物に対し怪訝な表情を取る。
「何て醜いの…。」
「そうですね、しかしこの殺戮にはとても
正に“攻城兵器”と呼んでも良いかと…。」
「そう、私はそう云うのはよく解らないわ。」
アナスタシアは興味がないと言わんばかりに冷めた表情でそう呟いた。黒王軍は城壁内へと侵攻を遂げ、城下町にも攻め入る。其処には最早民の営みは消え去り、阿鼻叫喚の叫び声が彼方此方よりわき上がった。ゴブリンやコボルトに追い立てられて袋小路で惨めに殺される者達、家族を守る為に戦うが返り討ちにあってしまう父親に弄り殺しにされる母子。そして飛竜の吐く炎に蹂躙される民衆達。そう、この国…カルネアデス王国は既に風前の灯火となってしまったのであった。
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8話・REALISM
飛竜が吐き出す炎が全てを焼き尽くし、化物達による殺戮と虐殺が続く城塞を空から見ていた紫電改のパイロットはある地獄の光景を思い出していた。夜空を埋め尽くすか程の爆撃機、次々に降り注ぐ無数の爆弾、燃え盛る町、炎から逃げ惑う人々…。
“東京大空襲”…、パイロットはあの
「テメエ、この野郎…よくもやりゃやがったなあっ!!」
パイロットは怒り心頭となり、火を吐いて国を焼き続ける飛竜を睨み付けた。
辺りを炎が燃え上がり煙が立ち込める中、ブッチとキッドのワイルドバンチコンビは未だ待ちぼうけをしていた。キッドはライフル銃を手に持ち危険を間近に感じながら十月機関の連中が来ない事にぼやいた。
「まだかな~、オイ、そろそろヤバくないか?」
「ヤベーな~、ヤベーぞ~、俺らだけで逃げるか…?
………でもアスナいるんだよな~。」
「お前何だかんだ言ってもアスナにはあめーよな。」
「ぁあっ、男が
キッドはブッチの突然のカミングアウトに驚き、ブッチはテレる事なく平然と肯定した。
「マジで…!?」
「マジで…。」
そんな緊張感のないやり取りをしているとやっと十月機関…セイメイ達が二人と合流した。ブッチとキッドはまだハンニバルとスキピオとは顔を合わせてはおらずブッチは彼等を見てつまらなそうに聞いた。
「荷はじいさん二人とアスナか?」
「お~よろしくよろしく。」
此方も緊張感なくハンニバルが答えるがブッチは沈んだ表情のアスナが気になった。そしてセイメイはまだ状況が掴めていないであろうワイルドバンチに告げた。
「最早この国は駄目だ、北壁は…カルネアデス王国は失陥した!」
彼の言葉にブッチとキッドは険しい表情となり、明日菜は悔しげに唇を噛んだ。セイメイは明日菜の様子に気付いてはいたがが今はそのままにし、スキピオとハンニバルに問うた。
「ハンニバル、スキピオ、突然見知らぬ世界にやって来てイキナリ戦えと言われても困惑するだろう。
だが…だがどうか助けてくれ。どうしたらあの“黒王”に勝てるのか、勝目はあるのか!?」
彼の問いは正直…答えに困るとスキピオは思った。あの黒王率いる化物の軍隊があそこまで強大にして強力…そして凶悪だとは予想外であった。しかし現実主義者である彼も只勝目がないとは何故だか言いたくなかった。
「どうかな、
スキピオに話を振られたハンニバルは先程小便を漏らした老人とは別人と思える様な鋭い眼をした笑みを浮かべ答えた。
「フッ、“ゼロ”じゃないさ。」
彼の笑みにスキピオも不敵に笑い、それがセイメイに希望も持たせる。
「“零”じゃない、望みはまだある!
しかし其処で明日奈が思いも寄らない事を言い出し、皆を驚かせた。
「私は…残ります。この国の人達を放ってなんて行けません!」
彼女は真剣な眼差しでセイメイを見上げるが、彼は呆れ返り、冷たく言い放った。
「駄目だ、もうカルネデスはどうしようも出来ない!」
「でも、まだ助けられるかも知れない人達が…っ!?」
「君一人で何が出来る、言葉も通じず…一騎当千を繰り返してあの魔軍と戦うか!?」
「ハイッ!」
そう答えた途端、セイメイは平手で彼女の頬を打ち据えた。セイメイは冷淡に明日奈を見据え、ブッチとキッド…スキピオもセイメイの行為を咎めない。ハンニバルも溜め息を吐き、明日菜の我が儘に落胆する。
「
だが此だけ言わせて貰う、自分の命を省みない者に大勢の人間を救えるなぞあり得ない!君の行為は只の自殺行為でしかない!!」
セイメイに続き、ブッチが惚れた相手である明日奈にやはり冷たく突き放す様に言い捨てる。
「何かよ~、ガッカリだわ俺。行きたきゃ行けよ、いい加減俺らはこっからトンズラこきたいのよ。オメエの我が儘に付き合ってらんねーんだよアスナァ!!」
アスナはセイメイに叩かれた頬を押さえ、ブッチの暴言にグッと更に噛み締めた。スキピオは俯き涙を目尻に溜める彼女にいたたまれなくなり傍らに立ち…説いた。
「お嬢さん、機を待て。今は無力でも多くの力が集まれば必ずあの黒王軍に対抗出来る力となる。今は駄目でも生きていればきっと多くの命を助ける力を手に入れられる。
だから今は…今だけは激情に身を任せるな、堪えるんだ。」
明日奈にはスキピオの言葉をそのまま鵜呑みには出来なかった。しかし生きていれば…と改めて思い返した時にキリトの顔が脳裏に浮かんだ。結城明日奈の目的…それはキリト…桐ヶ谷和人を探し出す事である。彼を想った途端に、我慢していた涙がポロ…と落ちてそのまま止めどなく溢れてしまった。
「スキピオめ、泣かしたな。嬢ちゃん泣かしやがったなあっ!
オンナコ泣かしてどーすんだオメエ!?」
ハンニバルが此処ぞとばかりにスキピオを責め立て、彼は彼で本気でオロオロとあたふためいた。
「いやっ、だって…、てか私だけが悪いのか!?」
ブッチ、キッド、ハンニバルが声を揃えて“そーでーすっ!!”とハモり、スキピオは怒りを噴火させてハンニバルのみならずワイルドバンチの二人にも取っ組み合いの喧嘩を仕掛けた。大の大人が子供の様に頬を引っ張り頭を叩き顔を足蹴にして暴れて十月機関の構成員達が止めに入った。結局の所、皆が皆…明日奈を気遣ってくれているのだ。彼女はそれを悟り、涙を拭って辛くても笑って見せた。セイメイはそんな彼女にもう一つだけ言葉を投げかけた。
「アスナ、君はきっと我々
君はきっとこの世界の人々にとっても“光”となるやも知れない!」
しかし明日奈は首を横に振り、セイメイに自分がこの世界に何をしに来たのかを伝えた。
「セイメイさん…いえ、
きっとその人は……」
其処で明日奈の話はブッチによって遮られた。
「お前等いい加減にしろ、じいさん共はもう荷馬車に乗ったぞコラッ!」
ブッチに急かされて
次回こそグレートエスケープです。
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9話・great escape
明日奈、安倍晴明、ハンニバル・バルカ、スキピオ・アフリカヌス、そしてブッチ・キャシディにザ・サンダンス・キッド達
「おいキッド、“あれ”の出番だ!派手にやっちまえ!!」
「チッ、もうあんまり弾ねえぞ!!」
キッドはライフルを置いて荷馬車の真ん中に陣取る荷物の布を引っ張り投げた。その下より出てきた代物を目の当たりにした明日奈は眼を丸くして驚く。
「がっ、“ガトリングガン”!!
ガトリングガンの名を口にした明日奈をキッドはやはり驚きの眼差しで横目に見た。
(
どんなんなってんだ、俺らの未来の世界は…!?)
そんな事を考えながらキッドはガトリングガンにマガジンを設置してクランクを勢い良く回し、左より迫るコボルト兵に向けて発射した。連射される弾丸の威力は拳銃よりも高くコボルト達の身体を蜂の巣にするだけにとどまらず肉片を飛び散らせて鮮血の海にと叩き込んだ。それでもコボルトの追撃は止まらず荷馬車に取りつきよじ登って来た。だが明日奈が即座に抜いた細身の剣がコボルトの喉元を貫き、コボルト兵は血反吐を吐いて地面に落下する。それを見た明日奈は彼等化物も命ある者達であると理解した。SAOの様にNPCなどではないのだ。奥底から嘔吐感が込み上げる。だが我慢しなければならない。
「スカル…リーパー…!?」
後頭部が異常に長い頭蓋に四つに別れた顎、両腕の鎌、蛇の胴体の骨に生えた百足の様な無数の足。ソイツはSAOで最終ボスであったヒースクリフを除くなら最後に戦った階層ボスである。そしてその頭に乗る人物がいた。
「アハハハハハハッ、逃がさないよ
お前等全員私と同じ“火刑”にしてやるよ!!」
顔の右側が爛れ、その眼より蒼白い火を滲み出す女剣士…ジャンヌ・ダルクが左手に炎を纏わせてスカルリーパーの頭より放った。その攻撃に安倍晴明は即座に反応して“一枚の札”を投げ放つ。すると札は道を塞ぐ程の大きな石壁となりジャンヌの炎のみならずスカルリーパーの追撃の障害物にもなった。するとキッドがその札に対し晴明に文句を言い始めた。
「オオオイ、そんな便利な物あんならサッサと出せよ!
ガトリングの弾マジで少ねーんだからよーっ!!」
「すまない、だがあのサイズの石壁の札は今の一枚しかないんだ。」
しかしその大壁もスカルリーパーに難なく破壊されてしまった。ジャンヌは高笑いしながら今一度左手に炎を纏わせる。
「やるじゃないか、だが次はもっと熱く、もっと広く焼くよおっ!!」
ジャンヌの炎が膨張し、荷馬車に放とうとした瞬間、何と上空より弾丸の嵐がジャンヌとスカルリーパーに降り注いだ。あの“紫電改”である。
「戦果竜四騎目撃墜、ワレ突撃ス!目標…“骸骨の化物”、…何じゃありゃあ、この“菅野直”を舐めてんのか馬鹿野郎この野郎!!」
(…あの戦闘機…助けてくれた!)
アスナは紫電改の支援により助かったとホッとし、晴明は紫電改のパイロットが漂流者であると確信して歓喜した。
「ドリフだ、ドリフターズだった!!」
荷馬車は紫電改がスカルリーパーを抑えている内に城壁の外へと抜け出した。パイロット…菅野直もそれを確認したのか、スカルリーパーより離れて何処かへと飛び去ってしまった。抜け出た小さな城門を晴明とアスナは見捨ててしまったカルネアデスの民を思い、悲しげに見据える。
「お前の好きには絶対にさせんぞ、黒王!
間違いは必ず正す、必ずだ!!」
安倍晴明の決意の傍らでアスナもまた心の中で一つの決意をしていた。
(ご免なさい、私に力がないばかりにこんな…。でも…私は誓います!
必ず…この戦を終わらせます、きっと…必ず…っ!!)
しかし揺れる荷馬車が向かう先に更なる戦場が待っている事を…、そして其処にキリトがいる事を…アスナは知る由もなかった。
カルネアデス北方城塞は完全に陥落してしまった。城壁の内側は人間の死体が無操作に積み重ねられ、それをスカルリーパーがゴリゴリと噛み砕いて食い散らかし、生き残った人々も一人また一人と化物達に弄ばれ殺されていった。
城壁の外ではゴブリンより黒王へと勝ち戦の貢ぎ物である様々な果物が捧げられた。ボロボロのローブを翻し黒王は果物を一つ取り上げるとそれをグシャリと握り潰した。
「最早遅い、お前達は腐り落ちる実なのだ。」
気付けばいつの間にか城壁内へと侵攻した廃棄物達が黒王に跪いていた。
「ジャンヌ、ジルドレ、漂流者を追え。探せ、見つけ殺せ!」
ジャンヌ・ダルクとジルドレは更に頭を垂れてその場から姿を消した。黒王は宣言し、決意を他の廃棄物達に聞かせる。
「漂流者は誰一人と生かしては置かぬ。
我は不退転の災厄を持って命ず、ドリフターズを皆殺しにし、世界をコロス…!!」
次回、またキリトにバトンタッチです。
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エルフ解放戦線編
10話・混ぜるな危険
エルフの村での戦いを終えたキリトは島津豊久と謎の二人に森を抜けた廃城へと連れてこられた。中へ入ると其所には石段と荷物が二~三置いてあり壁にはボロボロになった旗が貼り付けてありその中心に家紋が大きく染められていた。
(この家紋…何処かで見た事ある様な…?)
キリトの疑問は直ぐに解ける事となる右眼帯の男が家紋を頭上にして石段に座った。
「さて、一働きした所でまたもや奇妙な
小僧、そちは一体何処の誰ぞ、名を名乗れ?」
何者かと聞かれたキリトは右眼帯の男…馬尾髪の美少年…そして島津豊久の順に見回り、自身の名前を名乗った。
「俺の名前は…桐ヶ谷和人、渾名はキリト…って呼ばれてた。」
彼の名前を聞き、右眼帯の男は少し怪訝な顔を見せ、無精髭の生えた顎を二度三度撫でる。
「桐ヶ谷和人…?知らんにゃ~、桐ヶ谷なんて家は聴いた事もないわ。
あれか、コイツと同じ“ド田舎”出身か?」
眼帯の男は豊久を指差してゲタゲタと笑い出し、豊久は悔しそうに「ぷっコロス!」と言って刀を構えた。キリトは別に怒ってはいないが馬尾髪の美少年もまた楽しげな顔をしてキリトをからかった。
「あ~あ、君も田舎の人でしたか。道理で“彼”と仲良さげにしていたのですね~。」
「いや…、俺この人に本気で殴られましたよ。因みに田舎の人でもないですよ。」
そうである。豊久がエルフ達に仇を討てと豪語し、それを止めようとした途端にキリトは顔を殴られたのである。
「
ふんっ、と鼻を鳴らし豊久はキリトを睨み、キリトもまた豊久を睨み付けた。
「全く豊久は大人げないのう、もう三十路じゃろが。
ま~、その話は後にして小僧は名乗ったのだ、俺らも名乗ってやらねば小僧がかわいそうよ。」
「そうですね、では私から…。
私の名は与一…“那須資隆与一”でございます。よろしくね、“キリキリ”?」
キリトは目が点になり、その場で立ち尽くし呆けてしまう。那須資隆与一は源平合戦にて源勢にいた弓矢の名手、そんな大昔の人物が目の前にいるなど…先ずあり得ない事である。そして右眼帯の男が右足でバンッと地面を踏み叩き、キリトを自分に注目させて名乗りを上げた。
「サア、我を見よ小僧よ!
我が名は織田家が当主…“織田先右府信長”!愚民、そして愚民よ、この大第六天魔王の前にて跪くがよいよいよい!!」
何やらドヤ顔でガハハと笑いながら織田信長を語る眼帯男にキリトは首を傾げ、更に呆けた。織田信長と言えば言わずもがな安土桃山時代まで活躍した有名な武将である。その名将が自分の前に…と言うか、こんなお調子者のふざけたオヤジである筈がない!…そう、キリトは思った。
「おい小僧、信じられんも無理ないがな、其奴等が信長と与一である
「…えっ、本当…何ですか?…えっ、マジでっ……多分!?!?」
豊久が二人が本物であると弁護し、キリトも彼の言葉は信用出来ると感じながらももう一度“二人”を凝視した。眼帯男…織田信長は怪訝な顔になりザンバラ髪を揺らめかせながらキリトに文句を垂れてきた。
「こら小僧、何で俺の自己紹介は信じんで豊久の言葉は信じるんだ?納得いかーんっ!!」
どうやらキリトに本物だと信じてもらえなかっただけでなく今さっきまで仲違い中だった豊久を疑いながも信用したのが気に入らなかった様だ。
「小僧、何で
「いや、眼帯の人は何か詐欺師くさいなって思って。そっちの美形の人は何処まで本気か解らなかったから…。
けど豊久さんは嘘吐かなそうだし裏は一切無さそうだから。」
キリトの理由に信長のザンバラ髪が逆立ち、与一は与一でヘラヘラと一人納得した。
「成る程~、最もな理由だねキリキリ。」
「納得してんじゃねーよ与一!
つうか誰が詐欺師じゃあ、詐欺師って何ぞやーっ!?」
キリトが詐欺師とは何かを教えると信長は更に憤慨して石段に上がって何とジャンピングボディアタックを仕掛けて来た。…が、キリトに容易く避けられて地べたに思いっきり前面を打ち付けた。
「いて~、与一いて~よ、この若モンがイジメんよ~。」
さっきの勢いは何処へやら、信長は与一の元へ行きエッグエッグとだらしなく嗚咽をし始めた。
「ハイハ~イ、痛くない痛くない。キリキリ~、あんまりノブノブ苛めないでね~、もう五十路だから?」
何とも気ダル気に“ノブノブ”を宥めて“キリキリ”を諫める。キリトはもうどんな顔をして良いやら分からなくなってきた。
(こっ、コイツら絶対に信用しちゃ駄目だ!!)
信長と与一の奇行に豊久も呆れ信長に言われた言葉を返した。
「全っく、
「何が呆れとるじゃ、バカかお前は。“裏が一切無さそう”
途端、豊久は“ギロヌ”とキリトを睨んだ。キリトは背筋に悪寒が走り身の危険を感じ取る。
「信長さん、そんな意味で言った訳じゃないぞ!」
「おんや~、俺が織田さん家の信長さんとは信じんのではなかったのかう?」
「おっ、大人げねえっ!!」
そしてソコへ豊久のストレートパンチがキリトの顔面に飛んで来てソレをギリギリで避ける。透かされた拳は後ろの壁を殴り付けピキリとヒビを作り上げた。
「よけんなコゾーッ!!」
「イヤだ、よけなきゃ顔が潰れる!?」
廃城内はギャアギャアと騒がしくなり、その騒ぎ声は外にまで響き渡り、それを木々の隙間に隠れ、一人聴いてずっと様子を伺っている人物がいた。名をキャサリン・オルミーヌ…、
「どうしよう、
まさかカルネデスが
此方は此方で馬鹿三人…一人増えて四人組がメチャクチャやるし……もうホントどうしよう~!?」
「
何時から其所にいたのか、がっかりした様な顔のキリトが迷彩布を被っていたオルミーヌを足元においていた。オルミーヌは眼鏡を掛けて立ち上がりツインテールを揺らしキリトを警戒しながら尋ねる。
「えっ、いっ、何時から其所にいたの!?」
「いや…、何か視線を感じて
…と、いきなり織田信長と那須与一がズザザーッと木の上から葉っぱを散らしながら勢い良く降りてきた。
「ギャアア!?」
そして島津豊久がオルミーヌの背後より現れ出た。
「何か見られとうと思ったら何だお前、
豊久を見た途端にオルミーヌの顔が引きつり、声は裏返り叫んだ。
「ギャアアアアーッ、妖怪“首置いてけ”出たーっ!!ころっ、殺されるーっ!!」
「誰が妖怪だーっ!?」
豊久は否定したが信長も与一もそしてキリトまでズビリと彼を指差す。豊久はグヌヌと悔しがり、その怒りをオルミーヌへの脳天チョップに込めてかました。
「ギャフンッ!?」
オルミーヌはそのまま気絶してしまい、豊久達は彼女を囲みその処遇を話し合い始めた。
「あの村を襲った輩の密偵でしょうかね?」
与一がそう推測するが信長はまた髪を揺らめかせて与一の推測は否定する。
「…にしては間抜けだにゃーーっ、巨乳だにゃーーーっ。」
「信長さん、アンタの言動のせいで俺の中の織田信長公のイメージがどんどん崩れてるよ。
…と言うか豊久さん、この女の人日本語喋ってた。」
それを聞いた三人は目の色が変わり、豊久は気絶したままの彼女を担ぎ上げて廃城へと足を向けた。キリトは不安になり彼に尋ねる。
「その
「この
豊久の意見に信長と与一も賛同し、豊久に続く。
「そうさな~、俺等だけで手探りするよりこの娘を
「何だかいやらしい響きがしますね~?」
この二人は関しては何処まで本気なのか本当に測りかねるとキリトは思った。考えてみればこの世界に来てまだ一日と経っていない。彼女には悪いが聞ける情報は出来るだけ聞き出そうと彼は思っていた。
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11話・KIMIGAYOは千代に八千代の物語
豊久達は気絶したままのツインテール眼鏡の娘を連れて…と言うかお持ち帰りをして廃城へと戻った。ツインテール眼鏡の女性…オルミーヌは目を覚ますと廃城に連れ込まれて縄で縛られ男四人に囲まれている状況にまたも青醒め、へたり込んだまま泣き叫び出した。
「いやああああっ、ひいいいいい、犯されるー、
まるで無法者呼ばわりなのでキリトは苦笑いをしながら項垂れたが島津豊久は相手の状況などお構い無く怒声を上げて彼女を
「やかましか女ーっ、お前が知ってる事ば洗いざらい吐けーっ!吐き出せーっ!!」
オルミーヌは豊久の迫力に負けて嗚咽を吐きながら自分が何者なのか何故豊久達を監視していたのを話し始めた。
「わっ、エッグ…、私は十、エッグ…、月機関のオル、エッグ…、オルミーヌと言います、エッグ…。
私は大師匠に言われて、エッグ…、貴方、エッグ…、達、エッグ…、
“ドリフターズ”と聞いたキリトの頭には昔
「分がんね、お前の言ってる話ば“サッパリ”分がんねえっ!!」
「おい、コイツ分からん言ってるぞ!もっと“馬鹿”にも分かる様に話せ!」
「エエエエー、そんなあああ~!?」
「誰が馬鹿だ、首
「おっ、やっぱお前“妖怪首置いてけ”だ。」
二人のメチャクチャな尋問を聞いていたキリトは嗚咽が止まらないオルミーヌがあまりに不憫でいい加減騒いでいるだけの彼等には任せておけず、二人を諫めて自分からオルミーヌに質問をした。
「アンタ等ちょっと黙っててくれ。この人が落ち着いて話せないだろ!
…オルミーヌさんだっけ、一旦深呼吸でもして気を静めてよ。それでゆっくりと知っている事を話して?」
キリトに優しくされたオルミーヌは彼の自分に向けられた微笑みにちょっとだけ頬を染め言われた通りに自分を落ち着かせる。豊久は怪訝な表情をしながら黙り込むが、信長はオルミーヌの表情のほんの僅かな変化を見てキリトの首に右腕を絡ませてまた要らぬ事をを言い出す。
「“キリ坊”、お主なかなかの“ヤり手”ではないか。
“以前の時代”では取っ替え引っ替えか、ウヒョヒョヒョ、どうなんじゃ、教えい?」
何ともイヤらしい笑い声を立てて左手の小指を立ててクイクイと立て折り動かす信長。キリトはさすがにビキッとこめかみに青筋が立ち、このエロオヤジにもう一度言いつけた。
「おっさん、マジでもう黙っててくれ!」
其処にやっと泣き止み落ち着いたオルミーヌが自分達と話せる様になった様であった。
「……あの~、お話しても…よろしいですか…?」
「あぁ、お願い。」
オルミーヌの話によるとこの世界は今“
其処まで話を聞いた信長は急にクク…ッと含み笑いを始めた。
「クククク…、残念であったな十月機関のオルミーヌとやら。貴様はとんだ見立て違いをしてしまったぞ!」
信長はまた石段に上がりキリト、豊久、与一、オルミーヌは何事かと彼に注目し、信長は自身満々な顔となって口上をあげ出した。
「こおの天下の第六天魔王さまさまさまに向かって~、良きとかあ悪しきとかあ、始めに言い出したのは一体誰なの~おっ!?
辺りがシ~ンと静まり返り、沈黙に耐えられなくなった豊久が呆れ顔をしながら信長を罵ってみた。
「まーだそんな事やっとったのかアンタ、恥ずかしゅうないのか?」
「全然っ!」
さらっと返答されてしまった豊久はその意味のない自信にちょっとだけ関心してしまう。
「そうか…、強いんだのう…、さすが元
漂流者と廃棄物、キリトはこの世界に自分を送りつけたあの眼鏡の男を思い出した。その事を聞いてみようとしたが、与一が先にある事をオルミーヌに尋ねた。
「因みに僕達はドチラになります?」
「多分
彼女が知る廃棄物…エンズはかつての世界で“非業の死”を遂げた存在で世界全てを憎み、この異世界に連れてこられた死者である。彼等は何もかもを憎悪し、何もかもを殺戮…破壊し尽くす人外である。
廃棄物はこの世界で北の果てに追いやられたゴブリンやコボルトを手懐け、飛竜まで飼い慣らし北方の城塞国家カルネアデスを陥落させた。そして北に拠点を置いた廃棄物達が次に成すのは人間達を滅ぼす事である。
オルミーヌの話に皆の先程までのぬるい空気がガラリと変わり緊張感が漂い始めた。信長の眼に妖しい光が宿りオルミーヌに“本題”を突きつけた。
「…で、お前等の兵は
「えっ!?」
オルミーヌは信長の言っている事が解らず聞き返してしまうが、信長としては予想していた反応なので鼻で笑いもう一度言った。
「軍兵だよ、化物だか何だか知らんが敵は軍勢なのだろう?
貴様等“十月機関”はどれ程の軍隊を有しておるのだ?」
オルミーヌは信長の質問に困り事実をそのままに伝える。
「わっ、私達は導師の結社で…その…、各国の王や君主に軍を出してもらいドリフターズが指揮指導すると言う…」
「“ばーーかっ”!」
信長は縛られ座り込んだままのオルミーヌの前に中腰になり、彼女を前にしてふてぶてしく罵倒した。
「ばーか、ばーか、もいっちょブァアアアアァカアッ!!
そんな簡単に兵なんか寄越すかよ、世界は違えども国なんてモノは何処の奴等もガチガチの石頭だっつうの、この馬~鹿っ!」
オルミーヌは此処まで貶された理由が理解出来ず、信長を上目遣いに睨み付けた。キリトも何故各国の君主が共通の敵を前に兵を貸さないのか解らずにいた。
「何でそう言い切れるんだよ?」
「小僧、お前も馬鹿か。領主は兵権を持っているからこそ領主たりえる。国を支配する者が何処の馬の骨とも分からぬ奴にホイホイ兵権を渡すものかよ!
それとも
織田信長はキリト…桐ヶ谷和人が未来からこの世界にやって来ていた事に気付いていた。キリトはまだ彼“侍達”には自分の居た時代の事は一言も伝えていない。それをこのふざけたおっさんは既に見抜いていたのである。
「この小僧が来世からか、何れ位先の来世だ?」
彼が来るまでは侍の中ではこの島津豊久が一番先の時代より飛ばされてはいたが、キリトはそのずっと先の未来より来た日本人である。頭は良い方ではあるのだが、戦国の世に生きた彼等にどれだけ世界が変わったのかを説明出来る程キリトは勉強はしておらず歴史は詳しくなく、博識でもなかった。
「俺が居たのは2025年でその時代では戦争はおろか人殺しも罪になる時代になってる。
アンタ等みたいに簡単に人を殺める様な事は出来ない世の中だよ。」
「そんな先の時代から来ちょったんか。…だがあ人殺めるん出来んは嘘じゃ、…少なくとも
キリトは驚き…表情を歪めた。彼は…島津豊久までがキリトが人を殺していた事実を見抜いていた。確かに彼はこの世界に飛ばされる前に“四人”…自分の意思にて命を奪っている。だが此も豊久達には話していない事だ。何故彼等に自分の事がバレていたのかが解らなかった。
「何で…分かったんだ……!?」
キリトの質問に信長は勘だと答え、豊久も半ば勘だと言った。
「小僧…お前の剣ば振るうの見たんはまだ一度じゃが人を殺さずとも剣気はかなりの修羅場で鍛え上げあげられたん代物は分かる。刀剣は所詮は“人切り包丁”じゃ、それを重々理解するんは人を斬り殺した者だけが理解出来る理ぞ。
人殺しが法度の世にお前ん様な甘いガキが何故人を斬らねばならなかったかは興味無か、じゃっどんそんなお前が修羅の剣ば身に付けておるんは矛盾が過ぎるんではなかか?」
豊久の問いに対し、キリトは答えたくなかった。SAO内で奪った四人もの命…後悔はしてはいない。しかし平穏な時代で育った16歳の少年が背負うにはあまりに重過ぎるものであった。いや、四人だけではない。キリトの眼前で消えて逝った全ての命をキリトは背負っていたのである。
「豊久、そのくらいにしておけ。この娘との話が進まん。小僧からなら何時でも聞ける。」
信長は危険な眼光をまたオルミーヌに移し、軍権の話を続けた。
「廃棄物が何だか知らんが、其奴等がどれだけ強大だろうと国王君主は絶対に軍権を手放したりゃあしねえよ。
その“世界滅ぼし軍”に最後の城を攻められて尻に火が付いて腹切る直前まで理解出来ねえ、其れが君主ってもんだ。
春秋戦国墨家道が
キリトはかつての世界で恐らくは最も知られ、畏怖された武将に対して胸が熱くなるのを感じていた。彼が生まれ持った才能と戦人としての経験が導き出した持論…彼の説法はオルミーヌを…そしてキリトを納得させるに充分過ぎるものであった。だからこそオルミーヌは悔しく、信長に投げやりに声を張り上げた。
「じゃあどうすれば…、私達はどうすればいいんですか!?
漂流者にしか廃棄物には勝てないんです、私達は一体どうすれば……いいんですか…!」
そしてその答えにオルミーヌは驚愕する。
「……今…何て……!?」
「だからな、そんなものは簡単よ、俺等ドリフターズが国を
「え…っ、ええええええっ!?!?」
オルミーヌは悲鳴を上げ、キリトも只々呆けてしまう。…だがその腕前は既にエルフの村で見せつけられていた。自分は彼等の盾にしかなれなかったが織田信長が村の麦畑に火を放ち、その煙に紛れて島津豊久が斬り込み、逃げ出した兵達を森の中で那須与一が鏖殺にしてしまった。それだけではない、麦畑に火を放ったのは豊久への援護だけではなかった。畑を燃やされた事でエルフは食糧が無くなり、この世界の人間により生きる者としての尊厳を奪われ続けていた彼等には支えとなるモノがなかった。此によりエルフ達は支えと頼れる者として自分達に目を向けざるを得ない様に仕向けたのだ。
“国盗り”、この日よりキリトは改めて
現在、他のタイトルから漂流者廃棄物の参戦考察中。
SAOのクラディールは廃棄物決定。
獣兵衛忍風帖の鬼門八人衆は知ってる人少ないだろうな~。
ヨルムンガンドのヘックスも扱いに困るかも…?
魔界転生(アニメ)はどうでしょうか、と言うかアニメあったの知ってる人いるかな?
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12話・生きてることが辛いなら
〈※はエルフ語〉
「俺達は此より
それに貴様等十月機関が力を貸せ、お前等の言う世界の平和と幸せの為にこの国を亡ぼす企てに加担せい!」
オルミーヌとキリトが驚いたままでいる中、豊久は少々慌てた顔で信長に言い寄った。
「
彼の慌てぶりに与一はちょっと冷たい視線を投げかける。
「ええ、だって村で僕達の真ん中に座ったじゃん。ねぇキリキリ?」
「…確かに、座りましたね。……ところで与一さん、その~
「うん、決まり。」
キリキリは溜め息を吐き、豊久は暫し考えて村での戦の後を思い出した。…確かに信長に勧められて真ん中に用意された木箱に座っていた。
「あの“木箱”か………、そんな意味は…知らん…。」
「あ~、やっぱり…。」
「お前は本当に残念な子じゃのう…。」
少し伏し目がちに豊久はそう言ってはみたが信長と与一の視線は更に冷たくなった。キリトもあの時の空気では豊久がリーダー的存在と見ていたが、与一は兎も角…信長を差し置いて豊久が頭とは…彼の大雑把な性格を考えればごねるのも無理はなかった。
エルフの村ではオルテ国の先遣隊を皆殺しにしてしまった日からずっと村人達全員が集まって許しを乞うか…蜂起して戦うかを話し合っていた。しかし其れはエルフ族の存亡を賭けるに等しい意味を持ち、彼等だけでは明らかに勝ち目はなかった。
「※俺は蜂起するべきだと思う、このまま隣人が…仲間が何も出来ずに殺されるのは嫌だ!!」
村の若者のリーダーであり、殺されてしまった村の長老の息子であるシャラが声を上げた。村のエルフの半数以上がシャラに賛成をしてはいたが、少数の年輩エルフ達はオルテへ謝罪する事を若者達に提言した。
「※みすみす死に急いでどうする、あの漂流者達を奴等に引き渡して許しを乞えば何とかなるやも…。」
この非情とも言える提案にシャラは木のテーブルに拳を叩きつけて憤慨した。
「※馬鹿な事言わないでくれ!
彼奴等は人間だが命を賭けてまで俺達を助けてくれたんだ、そんな卑劣…エルフがやるべきものじゃない!!」
「※分かっているよシャラ、だがこの村で食べる麦がない。このままでは我々は飢え死にだ!」
「※だから蜂起を…っ!!」
「※オルテを敵に今の私達に勝ち目はあるのか!?」
エルフ達が既に話し合いも行き詰まり、蜂起も服従も決められないでいる中、突然木のドアが開いた。其所には那須与一が立っており、また唐突になまりまくりのエルフ語を手振り腰振りのジェスチャーを入れて話し始めた。
「※アルヨ~アルヨ~カチメアルアルヨ~。
オマエタチイッキオコス、コレホントステッキー。」
与一の様子を後ろから見ていた豊久、信長、オルミーヌ、キリトは無表情で冷やかな眼差しで与一が奮闘する後ろ姿を見つめていた。
「おい、大丈夫なんかアレ?」
「駄目だ、
「何か…歌歌って踊ってるみたい…?」
「しかし、よくエルフ語なんて覚えらましたよね。
キリトはそう自分で言って思わずオルミーヌに向き直った。そう言えば何故彼女は日本語が話せるのだろうか、彼女の仲間に日本人がいるのか、ならいつ…どれ程の年数で流暢に話せる様になったのか、信長も豊久も其れに気付いて彼女を凝視した。オルミーヌは嫌な予感がし、身構える。
「オマエーっ、何で
「うわあーっ、来たー、来ると思ったーっ!」
今にも噛みつきそうな顔で睨み付ける豊久に怯えながらオルミーヌは一枚の御札を出した。
「わっ、私達十月機関は長い間
怯えながらもオルミーヌはちょっと自慢気にその御札をビッと前に出した。
「この大師匠がお作りになった便利な御札を貼ればたちどころに言葉が解る様になります。
ウチの大師匠は凄いでしょう!」
しかしその便利な御札の登場により与一が減なりとし、御札の貼った場所が悪かった為か“キョンシー”の様にアチコチを跳ね回る。エルフ達は何事かとざわめき出しやはり騒ぎになり始めた。信長はオルミーヌが御札を出す際にばら撒いた色々な札の一枚を拾い調べ見る。
(京の陰陽師どもの札に似ているな、十月機関の大師匠…一体何者だ…?)
信長は何か思い付いたのオルミーヌを呼びつけた。
「おい、オッパイメガネ、」
「オルミーヌです、誰がオッパイメガネですか!?」
「お前だお前、耳長達の状況を教え。、まぁだいだい想像は着くが…、簡潔にな。」
「うえ…、はっ、はい。」
この世界で彼等はエルフ族と云われる亜人種族である。数十年前に人間の国に攻められて戦の末…敗北し“農奴”に貶められて生かされていた。彼等は長命で本来なら自尊心の高い一族である。信長はオルミーヌから一通り聞くと目を細め、嫌らしい含み笑いを始めた。
「クヒヒヒヒ…、成る程成る程、其れだけ聞けば充分だ。イヒヒヒヒ…!
豊久、今から俺の言う通りに
こういう時はお前の出番だ。」
信長は訳が分からず警戒する豊久にゴニョゴニョと耳打ちし、豊久は
「お前はホントのこつイヤな男だのう、そら反逆もされるわ!!」
「うるさいわい、サッサと言わんか!!」
二人のやり取りを見ていてキリトが理解したのは今より彼等エルフ達を仲間…いや、自分達の尖兵として組みさせるつもりだと云う事。そうなれば自分が経験した事のない…、それこそ本物の戦が始まると云う事だ。そして鼻をフンッと鳴らし、豊久はオルミーヌより御札を背中に貼られて信長に教えられた通りに口上を口にした。
「おいお前等、恥ずかしゅうないのか…祖先に。
恥ずかしゅうないのか…子孫に。
お前達、国ば欲しくはないか、欲しいならばくれちゃる!!
這うて悔いながら死ぬるか、
その言葉は正にエルフ族の命運を決定付けるものとなり、信長はエルフ達が既にどう答えるのか分かっており、此で国盗りへの第一歩が踏めるのだと笑みを浮かべた。
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13話・聖少女領域
其所はまるで密林の様な場所でそんな所には全く似合わない少女が一匹の白く小さな竜を連れて歩いていた。少女は疲れていて汗もかき、食事もほぼ食べておらず空腹な状態であった。小さな竜は其所等にいる虫や小動物を食べてはいるが少女の方はこういったサバイバル知識は全然なく…竜が捕まえてくれた食べられそうな小動物を捌く事すら出来ずに竜にあげてしまっていた。
「何で……、こんな事になったのかな…?
此所…“SAO”なんかじゃないよね、“ピナ”もいるけどゲームの中と何処か違うし、私の身体も…
彼女の名は綾野珪子…、SAOでのプレイネームはシリカ。SAOの電脳世界に囚われて二年が経った以上が時、突然眩い光に包まれたと思われたが気付けば不思議な扉が両壁に並んだ廊下。その真ん中にデスクを置き事務業務を行っている事務員の様な煙草を吹かした眼鏡の男。そして彼女はシリカとして不思議な扉に吸い込まれ今に至っている。シリカは歩を進めるが行けども行けども続くのは密林、体力的にも疲れ果てており心中も限界が近付いて来ていた。
「もう…やだよ…、足痛い…お腹すいた…、あの人に…“キリト”さんに…会いたいよ…。」
ピナが彼女を心配して傍らを飛びながら寄り添い顔をすり寄せるが、シリカは膝を地面に落とし…今にも泣きそうになるが突如頭上を大きな影が現れた。シリカはその影が発した音に顔を見上げてその正体にシリカは目を輝かせた。
「ひこ…き…、飛行機だ、飛行機だわ!!やっぱり此所は元の世界なんだあ!!」
しかしその飛行機はかなり低い場所を飛んでおりエンジン音が聞こえなくなって機体が傾いた。其れを見たシリカは表情を凍りつかせ飛行機が落ちて行く方向へと駆け出した。バキバキと木々を押し倒し飛行機は何とか不時着した様でその現場に着いたシリカはコクピットへ視線を向けて声を張り上げた。
「だっ、大丈ー夫ですかーっ!?
怪我はしてませんかーっ!?」
彼女の声に応えるかの様にコクピットが開きシリカは安堵するが、突然コクピットからドスの効いたダミ声が響いた。
「だぁあれだコラアッ、怪我なんか誰がしてるかバカ野郎この野郎、ふざけんじゃねえぞ、ァアアッ!?」
コクピットから出て来たのは何と
「ぁあっ、何でこんな場所に
彼奴等の仲間か何かか、ガキこら此の野郎!!」
凶悪な顔付きの青年に威嚇されてシリカは涙目となり嗚咽も出始めた。青年はさすがに脅かし過ぎたのを悟り困り顔となり少女を宥める。
「おいおい、お前日本人だろ?例えガキだろうと女だろうとちょっとやそっとで泣くんじゃねえよ。」
凶悪な顔をした青年…菅野直は子供の扱いに馴れていない様でがに股な中腰になりオロオロと右に左に身体を動かす。その仕草が何だか可笑しくなりシリカは嗚咽を少しずつ止めて笑顔を作った。直は取り敢えず溜め息を吐いて自分を落ち着かせ、互いに名乗り合った。
「菅野直…さん…、日本海軍の人で…戦闘機の操縦士。…パイロットさんなんですね。」
「ガキ~、鬼畜英米語使うんじゃねえ、売国奴に成り下がんぞコラア!」
ギロヌと睨まれ、シリカは言葉を詰まらせてポロポロと涙を溢す。直はまたオロオロと慌てふためき彼女に謝る。
「ダアーーッ、わーた、悪かった!泣き止め、俺が悪かった!」
「ぐす…、あんまり怒らないで下さい、せっかく会えた人なのに悲しくなります!
其れに私はガキじゃなくシリカです!」
泣き虫ではあるが意外と強気なこの少女に直は妙な好感を持つ。しかし其処で少女の顔が薄汚れている事に気付いた。服装も日本では見た事のない物でやはり随分と汚れていた。シリカの汚れ様と言動から恐らくは自分と同じ状況にあると推測し、その事について話そうとするが、密林の影から幾つもの眼孔が現れて獣の匂いが立ち込めて来た。
「おいシリカ、機体の影に隠れてろ!」
「えっ、菅野さん?」
直は無理矢理シリカを後ろへ引き、同時に密林から何人もの不可思議な者達が姿を現した。その者達は毛むくじゃらで槍を持ち、更には何と頭が“犬”そのままなのであった。シリカはギャアギャアと騒ぐ小竜のピナを抱き抱え後退るが、菅野直は指をボキボキと鳴らし臨戦態勢になっていた。
「犬だろうが猫だろうが俺あ何時でも喧嘩上等よ、サッサとかかってこいやこの野郎馬鹿野郎があっ!!」
かかってこいと言いながら直の方から飛びかかり何とも犬人間達をボコボコ…蹂躙した。今度はシリカがオロオロとし出し余りにも菅野直の一方的な暴力にキャワンキャワンと泣く犬人間達が痛々しいので思わず叫んだ。
「菅野さん止めて、“ワンコちゃん”達がかわいそうだよ!!」
以後、犬人間…此方の世界で犬人と呼ばれる亜人種族は二人にワンコと呼ばれ、言葉は解らずも直を空神、シリカをその巫女として崇める様になった…。
カルネアデス陥落から何日も立たずにアスナ達が乗る荷馬車に廃棄物エンズの追手が追いついて来た。逃走する道は山中の右往左往する崖道、右は岩壁に左は木々の茂る崖。道幅は荷馬車が多少余裕のある場所だが荷馬車が疾走するにはかなりの無理があった。敵は10騎のコボルト兵が駆る騎馬。三騎並んで走るのが精一杯で条件は似たり寄ったりだがクロスボウを装備していて何本もの矢を発射…攻撃してきた。矢は右に左に曲がる馬車にはなかなか当たらず命中したとしても荷馬車の後ろに刺さる程度であった。
「何をやっている、下手くそ共!私が前に出て奴等を焼いてやる、退けえっ!!」
戦闘の一騎が後ろに退き、指揮官らしき騎馬が前に出て来た。その姿を見て晴明は表情を歪ませた。
「クッ、来たか廃棄物!!」
指揮を取っているのはカルネアデスでスカルリーパーに乗り追ってきたあの火炎使いの女剣士であった。彼女の後ろには十字の槍を携えた灰色の長髪をした大男がいた。恐らくはあの女剣士と同じ廃棄物かも知れない。女剣士は腰ベルトに装備していたダガーを構え、自身の炎を宿らせると荷馬車に向けて投擲した。荷馬車に刺されば炎は溢れて馬車ごとアスナ達を焼き尽くすだろう、さすがに荷馬車を操るブッチや安倍晴明も冷や汗をかき、火炎使いの女剣士…ジャンヌ・ダルクは消し炭になった漂流者の亡骸を想像しながら残忍な笑みを浮かべた。…がしかしダガーはアスナの細身の剣にはじかれて崖下へと落ちて火柱を上げた。ジャンヌは今度は両手に各三本のダガーを持ち炎を宿らせて今一度投げ射るがアスナは透かさず六本全てを崖下へと弾き落とした。崖下の木々が激しい炎に巻かれ、ジャンヌは剣を構えたアスナを睨めつけて叫んだ。
「クロスボウ構ええっ、標的はあの生意気な女だ!」
もう一度ジャンヌが退いてコボルト騎兵が三騎並びクロスボウによる攻撃を再開、だがドンッと銃声がしたのと同時にコボルト兵が一匹額に穴を空けて落馬した。ザ・サンダンス・キッドのウィンチェスターライフルである。キッドはレバーアクションにて弾を装填、二騎目を狙い見事にコボルト二匹目を撃ち抜いて落馬させた。アスナは呆気に取られキッドのライフルの狙撃に感嘆してしまう。
「凄い…っ!
キッドさん、あの女の人の騎馬の前肢を撃ち抜いて!」
「OK、アスナ!!」
彼女に言われてキッドはジャンヌが駆る騎馬の左前肢に狙いを定め引き金を引いた。弾丸はまたもや見事に命中した。ジャンヌの騎馬はよろけて彼女を巻き添えにして倒れ込む。アスナは撃たれてしまった馬には申し訳ないとは思ったがなりふり構ってもいられず、敵指揮官を足止めすれば騎馬隊も止まるとふんだのだ。アスナの思惑通りにコボルトの騎馬は皆止まり、十字槍の大男も停止した。ジャンヌは悔しげに唸り、苦し紛れに炎を荷馬車に向けて放射する。荷馬車は道なりに右へ曲がり炎は強風に煽られて荷馬車には触れもしなかったが、右曲がりの勢いは荷馬車の左後方隅にしがみついていたスキピオの体制を大きく崩し其処でまた強風が吹いて何とスキピオは耐えられず荷馬車から落下してしまった。
「ううおあああっ!?」
「スキピオさん!!」
アスナはスキピオの手を掴もうとしたが彼の指先はスルリと抜けてそのまま崖下の炎の中へと落ちてしまった。
「止めてえっ、ブッチさん馬車を止めて!!」
アスナのかな切り声が響くがブッチは馬車を止めず、晴明が代わりに代弁する。
「アスナ今は無理だ、今の内にを奴等と距離を離さなければならない!
“あの廃城”に急がなければならない!
今はスキピオの無事を祈るしか…ない…っ!」
「でも下は炎で…っ!?」
これには誰も答えてくれず、荷馬車もスピードを緩めず駆け走る。アスナも言葉をなくし絶望感に打たれてガクリと力無く腰を落とした。そしてハンニバルはスキピオが座っていた荷馬車の隅を呆けた顔で只見つめ続けていた…。
シリカ、かわいそうですが参戦…です。
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14話・Raise your flag
織田信長の思惑通り、村のエルフ達はほぼ全員が
先日に全滅させた先遣隊の死体から取り外した鎧兜や剣に槍も物資として頂き、エルフ達は皆が皆弓矢を職人顔負けの勢いで作り始めた。そして森の中で的を用意し、与一がエルフ達の弓の腕前を確める。すると皆全員が真ん中に近い場所に矢を命中させた。
「すごーい、いくら何でも
感嘆する彼の傍らでシャラが自信ある顔持ちで話しかける。
「俺達エルフは元々弓矢が得意なんですよ、戦争が起きる前…ガキの頃は此ばっかり練習してましたから。」
すると与一は弓を手に持ち、「負けてらんない!」と言って対抗心アリアリで的を見据えた。矢を弓に据えて構え、ヒュッと風を切る音が鳴った瞬間、矢は的のど真ん中に命中した。“オーッ”とシャラ達エルフから歓声が上がると与一は気分を良くした様でもう一本矢を用意、その動作も瞬時に行い、二本目を放つ。矢は的のど真ん中にある一本目の矢に命中、何と立て裂きにした。またもシャラ達から歓声が上がりノリノリになってきた与一は三本四本五本と何本もの矢を立て裂きにしてど真ん中に命中させた。さすがに際限なく当て続けているのでエルフ達は引き始め、シャラは最早矢を射ちながら陶酔している与一を止める事とした。
「もういいです、貴方が一番です、だから矢が勿体ないから止めて下さい…。」
「えー、まだやり足りないなあ。」
「お願いですから止めてっ!!」
そんなやり取りを聴いてか聴かずか、少し距離が離れた後ろ側からキリトは与一の凄さを目の当たりにしていた。
(何て命中度だ、森の中で狙われたら大人数でもひとたまりないぞ!!)
前回の先遣隊の半分は島津豊久が…森へ逃げたもう半分は那須与一によって鏖殺された。二人共に尋常ならざる手練れである。その二人が織田信長の計略通りに動いたなら正に敵なしに思えてしまう。そして其れが軍隊であるならそれこそ屍の山が築き上げられる筈である。キリトはそんな光景を近い内に見せつけられるのだと、確かな確信を感じていた。…と、其処に信長の呼ぶ声が聴こえた。
「小僧、サッサと来い!置いてくぞ!」
「あっ、はい!」
キリトは信長から見せたいものがあると言われ森の奥へと豊久とオルミーヌも一緒に行く所であった。奥とはいっても半刻掛からない程度の道程であったが、キリトとオルミーヌはその光景をその瞳に映し絶句した。
酷く糞便の臭いが立ち込めたその場所には首のない死骸が幾つも転がりみな土まみれになっていた。キリトは愕然とし、オルミーヌは吐き気を覚え口を押さえた。そして豊久は地獄の様な光景を平然と見ながら口を開いた。
「“硝石丘”か。」
「お前が首を切って弔ったのだから身体は此方で使わせてもろうたわい。
草土に糞便に死体を混ぜた。…しかし硝石が採れるのには…二年はかかるだろうな。」
豊久と信長はキリトとオルミーヌに関係なく話を進め、流行り病を恐れ此所を出入り禁止を決める。土間と便所の土も
オルミーヌは吐き気を我慢して信長と豊久に嫌悪感を露わにして言った。
「いくら何でも
彼女の言葉に信長は目を細め、まるでその言葉の意味が理解出来ないかの様に答えた。
「何故…何処がヒドイ?土に埋めても同じ、肉は腐り虫に食われ土に戻る。
結局は同じ事ぞ、有効利用せんでどうするのじゃ?勿体ない。」
「首は切って供養してやった。手を合わせるならソッチにすれば良か。糞が汚い言うなら
供養した首ではなく糞が詰まった肉袋に人ん
オルミーヌは豊久に言い返す事が出来ずに口隠る。キリトとオルミーヌは自分達と豊久や信長、恐らくは与一も…決定的な違いがある事に気付いた。それは知識や技術…文化などではなく、“死生観”である。それは幼少時に受けた教育から始まり、成長に連れて垣間見て来た人や環境…言うなれば世界そのもの、其れによって構築されていった経験と思考が互いに大きくズレているのだ。
しかしその中で信長が成そうとしている問題をキリトはハッキリと理解した。
(信長は多分…、“火薬”を作ろうとしている!
日本に渡来した銃にいち早く食いついて実戦で利用したのは他の誰でもない、目の前にいる織田先右府信長だ!
火薬の知識も持っているだろうし、それに廃城で信長の持ち物には確かに火縄銃があった!
恐らくこの世界に銃はない、火縄銃であろうと信長が使うならどんな国よりも軍事的に優位に立てる!!)
信長はキリトが何も言わずに自分を睨み付けている事に気付き、ニヤリと笑う。彼が此所にキリトを呼んだ理由はこの硝石丘に対し何か気付いて敵意剥き出しにして突っ掛かって来るかどうかを試したのである。もし突っ掛かって来たならキリトは言う事を聞かない…役に立たないと判断して豊久が彼を斬り捨てる話になっていた。…信長はキリトが我慢出来ずに自分の胸ぐらを掴み上げるかと踏んでいたが彼は何も言わずに睨み付けるだけだけであった。信長はキリトが自分の激情に囚われずある程度の抑えが利く男だと認めた。
(さて、此ならキリ坊をある程度は操縦出来そうじゃ。
フヒヒヒ…、奴は豊久に次いで…否、恐らくは同等と見るべきだにゃ~。豊久は剛剣、キリ坊は疾風の如くと言った所か、まぁ~
キリト達は廃城へと戻り、そして与一とエルフの偵察によれば信長の予測通りにほぼ三日でオルテの軍隊が無人であるエルフの村を占拠し、陣取っていた。兵の数は凡そ二百…此方はエルフの村民のみなので百どころか五十に満たない。…だが豊久、信長、与一は臆する事なく当晩、敵への夜襲を決行すると決めた。信長の妙案もありエルフ達の士気も大いに高い今ならこその決行である。だが突然豊久は信長にも相談していない作戦を決めてしまう。
「村の敵を倒すだけでは終わらん、そのまま城館まで攻め込んで
代官の首ば取る!」
「なっ、何だとおっ!?」
信長の驚きに豊久は今居るエルフの中で一番最年少の二人の少年に視線を移した。二人の名前はマーシャとマルク、シャラの弟達である。関ヶ原の合戦で重傷を負ったまま此方に来た豊久を助けて信長と与一に引き合わせたのがこの二人でその結果、村をオルテの先遣隊に襲われてしまい…豊久達に助けてもらった。此がエルフと漂流者が関わりを持った
「こやつらから話を聞いた。…何故村に女が一人も居ないのかをな。」
マーシャとマルクは俯き、シャラが二人を代弁する様に豊久の話を継いだ。
「俺達エルフは一年に一度しか子を作れない。
その期間になると若い女は代官の城館に連れ去られてしまう。幼い少女までだ。」
「成る程のう、其れで男共ばかりだったか。
奴等、本気でお前等種族の根を絶やす気でいたのだな。」
信長は皮肉たっぷりに嘲り、キリトは何も言わないが オルテの非道に怒りを覚えていた。豊久は此所でも口上をエルフ達に聞かせた。
「女房子供を取り返せ、其れで初めて畜生ではなくなる!
お前達を畜生に貶めた奴ばら共の首を取れ!
この世に“正”と“邪”があるならば此は“正”ぞ!
例え死んでもあの世で父祖にこう言える、戦って死んだと、家族を守るが為に死んだとな!
女子供を取り返せ、一族の名誉を取り返せ、己自身を取り返せ!
この戦いはお前達にこそ“大義”ばあるっ!!」
シャラ達エルフの目の色が変わった。“己を取り返せ!”、豊久のこの一言が改めて彼等の心に火を付けたのである。信長は彼を考察する。島津豊久は生まれながらの武将なのだと、大名ではなく乱世に生きる武将だと…。豊久はその武将が持つ能力、人を戦に駆り立てる能力…“狂奔”を内に宿した男なのだと…。
次回、信長が脱ぎますっ!(はい、嘘です!!)
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15話・DEAD OR ALIVE
無人となったエルフの村はオルテ王国エルフ領の軍隊凡そ二百人が居座り、村の広場にテントを張り…陣取っていた。先遣隊…代官付きの騎士武官であったアラムとその部下である兵士十数名が皆殺しにされた事で代官は怒り、この村のエルフ達を虐殺する為に村一つにエルフ領の全兵士を攻め込ませた。しかし村は人っ子一人居らずもぬけの殻となっていた。だが井戸には糞が投げ込まれていて使えず、家々の土間や便所の土が大量に掘られ無くなっていたのである。オルテ軍隊の指揮官は尋常ではないこの村に畏怖を感じて周囲のエルフの村にも探索の手を広める事を決めた。もしこの村のエルフを一人でも匿っていたならその村も皆殺しにするつもりでいたのである。
夜になり、見張りの兵士が暇をもてあましお喋りをして時間潰しをする。
「全く、耳長共は何処行ったんだ?」
「分からん、明日になったら他の村にも探しに出るそうだ。」
「もし匿っていたなら、その村も潰すのか?」
「恐らくな。」
その時ヒュッと風を切る音がした瞬間、兵士の一人の首を一本の矢が貫き、何本もの矢がもう一人を突き刺し、二人の兵士は悲鳴を上げる暇もなく沈黙した。
オルテのエルフ領軍隊は広場にテントを幾つも張って夜営をし、交代で見張りをしてはいた。しかし見張り達に緊張感はなく、此方もお喋りに呆けていた。
「あ~、喉渇いたぜ。」
「我慢しろ、持って来た水ももう殆どないんだ。」
「チッ、井戸には糞が投げ入れてあるしな。
一層の事
…と、次の瞬間に兵士の首が飛んだ。傾く兵士の身体の影より何時の間にか近付いた島津豊久がもう一人の首もかき取った。さすがに何事かとテントから兵士達が装備もないまま顔を出し、ソコをエルフ達五人による弓矢が狙い兵士達の命を奪った。そしてキリトも三人程の手足を斬り付けて戦闘不能にする。豊久はそれを見て眉間を寄せるが今は
「良か、退くぞ!」
「逃げ出したぞ、追え!!」
この奇襲に人数を集めたオルテ兵達は仲間を殺されて怒りを露わに豊久達を追い出した。
「やはり漂流者が裏で絡んでいたか、何としても捕らえろ、殺しても構わん!!」
指揮官の命令で更に多くの人数が豊久とキリトにエルフを追い、広場は手薄になり始める。しかしそれこそが
「始まったのう、全員…用意はいいか?」
エルフ達は弓矢を持ち、決意を顔に滲ませて信長の言葉に耳を傾ける。
「速度が全てじゃ、皆前もって教えた通りに動くのだぞ!」
正に本番直前、シャラ達エルフの面立ちに緊張が走る。信長はニタリと笑い、もう一言を付け加えた。
「安心せい、しくじっても只皆“死ぬ”だけよ、気楽に行けい。
“走れいいっ”!!!!」
信長の号令と共に荷馬車を走らせ、エルフ達も駆け出した。信長は荷馬車に乗り、敵二百人に奇策を用いてたった数十人で戦うこの状況下に笑いが顔に張りついたまま前を見据えた。
「曾ては二十万もの兵を率いた俺がこの有り様か、キヒヒヒヒッ。
面白えな、この巷は。たまらねえな!」
広場から敵兵を引き離した豊久とキリトは立ち止まり、同時にエルフ達は二人から離れて姿を消した。信長の本営と合流するのである。豊久とキリトはこの場に留まり大勢のオルテ兵を前に剣を構えた。
「小僧、此処からが
「なっ、捨て…駒!?」
さすがにショックだったのかキリトは呆然と豊久を見る。豊久はいつもの威圧的な表情で言った。
「信長はお前を試しちょる。人ば殺せんは人としては当たり前じゃ、じゃっどん人は己が命ば一番にしてこそ人じゃ!
貴様が人であろうとするなら生き延びてみせい、人でないなら敵の前で腹ば切れっ、死を前にしてとことん考えい!!」
そう一方的に言いつけて豊久は敵兵に斬り込んで行った。キリトは悔しげに歯を食い縛りオルテ兵達を睨み付ける。
「…人?…俺を試す?…ふざけるな、俺は…、俺は…っ!?」
頭の中がグルグルと回り始めるキリト。豊久と信長は生き残りたければ“人を殺せ”と言っているのである。そしてキリトを敵兵の只中に置き捨てた。今本当の意味で囮…餌となっているのはキリトだけなのである。
彼は攻撃して来た敵の一人を斬り付けた。死んでいなければ深手を負った訳でもない。その様な戦い方をして数人を斬り伏せた。…だが此によりオルテ兵に悟られてしまった。
「おい、彼奴人を殺せないんじゃないか?」
「あぁ、このまま数で押し潰せるかも知れない!」
「石弓兵を連れて来い、速攻で殺してやるぞ漂流者!!」
そしてキリトの前にクロスボウを装備した兵士が集まり彼に向けて矢を発射した。キリトは二振りの剣で矢を打ち落としていくが肩に足にと矢が突き刺さり片膝を付いてしまった。
「くっそっ!?」
「死ねや!!」
敵の掛け声と同時に槍が右胸に突き立てられた。
「ウガッ!」
キリトは呻き声を洩らし、両の剣を下げてしまう。此を見たオルテ兵はキリトを取り囲み槍を剣を逆手に振り上げた。幾つもの切っ先を眼上にしてキリトの心が絶望に染まっていく。
(俺はこんな所で死ぬのか、此処で終わりなのか!?
みんながどうなったかも分からないのに…、家族とも会えずに…、アスナとも再会出来ずに死ぬのかよ!?)
SAO…、あのデスゲームの中でも傷を負う等はなく、あくまでHP…ヒットポイントが減り“0”になって初めて死が訪れる形であったが、この世界は仮想世界などではない。現実なのだ。例え自分より弱い相手の一撃でも怪我はするし急所であれば死ぬ事だってあるのだ。今、キリトは走馬灯を見ていた。家族…、妹、SAOの中で戦った仲間達、幻想を追い続けた悲しい男、そして
偽りと現実の世界で契りを交わし、共に再会を約束した愛しい女性…結城明日奈。
(ごめん…明日奈。先にいくよ。もしかしたら、また会えるかな…?)
“…キリト君、いきて…。かずと君…”
そしてオルテ兵達の剣槍によりキリトが串刺しにされた…かと思われたその時、一斉に血飛沫が兵士達より吹き出し、バタバタと兵士達は血みどろになって倒れ伏した。其所には敵の返り血でどす黒く染まった外套の少年が立ち尽くしていた。虚ろな瞳に兵達を映し、彼は一人言を呟く。
「……アスナの声が聴こえた。やっぱり…死ねない。死ぬ訳には行かない。…だって…、生きて君に会いたいから…、“アスナ”…。」
キリトの瞳に生気が戻り、オルテ兵を睨み付け叫んだ。
「死にたい奴はかかって来い、俺は生きなきゃならない。お前達の為に死んでやる訳には行かない。
俺の前に立ち塞がる奴は
彼の発する尋常ではない殺気を感じ取ったオルテ兵達は戦き、彼の狂気を引き出してしまった事を後悔した…。
エルフ勢が村へと進入、広場の手前に止まり何と崩れた煉瓦壁を利用して素早く柵を作り戦闘準備をして陣取った。
「火矢じゃ、此でこの村から…農奴からも貴様等を縛る楔全てからおさらばじゃ、構えい!」
シャラ達エルフは火の付いた弓矢を自分達の家々に向け構える。今までずっと暮らして来た故郷を苦しかった思い出と共に消し去る為に。そんな彼等の思い信長は汲んでか汲まずか一呼吸置いて叫ぶ。
「放ていい!!!!」
一斉に火矢が放たれ村の家々から火が燃え上がった。炎は家から家へと乗り移り、瞬く間に村は炎上していった。豊久とキリトにかまけていた兵士達もようやく自分達が囮に釣られた事に気付き、指揮官は悔しげに顔を歪めた。
「おのれ~、小癪な真似をしおって~っ!
そっちのドリフはもういい、エルフ共を皆殺しにしろおっ!!」
再び発せられた指揮官の号令にオルテ兵士が徒党を組んでエルフ達の柵で囲んだ陣地に雪崩れ込む。だが陣地からは弓矢で応戦、しかも弓一本無駄なく兵一人に当たり兵士達を翻弄した。
「構えいっ!
放ていいっ!!」
信長の指揮により一矢乱れぬ射撃に敵はそれこそ舌を巻いた様子で指揮官は煮え湯を飲まされた顔で悔しがる。
「何をやっている、数では此方が圧倒的なのだ、あんなにわか柵など簡単に突破出来る筈だろが!!」
しかし柵の突破以前に陣地自体に近付けていない。信長は敵兵が弱小である事まで見越した陣形で今回の戦に挑んでいた。そう、“勝ち戦”になると確信していたのである。
「
三~四十倒りゃあ四分五裂よ、それこそ尻尾を巻いて逃げ出すわい!
それに此方は
彼の高笑いの周りでエルフ達は三角巾で口元にマスクをして桶の中にある“糞便”を矢じりに満遍なく付けて矢を放っていた。シャラも糞便の付いた矢を受け取って放ち敵兵の左腕に命中させた。当たった矢からは糞の臭いが鼻をつき初めて兵達は糞便を毒の代わりにしているのだと気付いた。
「くそ、早く水で洗い流せ、“破傷風”になるぞ!」
…だが村の井戸には糞便が入っており使えず、持って来た水もない。
そしてオルテ軍の背後の煙火の中、人影が見えたかと思われた時である。
「オオォオオオオオオオォォオオッ!!!!!!!!」
凄まじい絶叫が響き渡り、オルテだけでなく信長とエルフ達の耳まで劈いた。島津豊久の遠吠えである。
「なんつー声を出すんじゃあ、まるで“猿叫”じゃい。」
信長が呆れているなど考えもせず豊久は刀を肩に乗せて構えた。
「大将首は頂くど、
そして彼が駆け出すとその横に何と捨て駒にされた筈のキリトが並んだ。
「小僧、やりおったか!」
「…アンタ達を殴らないと気が済まないんだよ!」
「ハッ、良かぞ“キリト”!!」
キリトが先に駆け走り、オルテ兵が壁となった瞬間激しく血飛沫が彼と共に駆け走った。キリトは立ち塞がる敵兵を容赦なく斬り刻み、無慈悲にその命を奪い去る。
(何じゃ一体、ありゃまるで刃で出来た風車じゃあ!?)
その後ろに次いで走る豊久も血飛沫を浴びながらキリトの剣技に対し驚いていた。
「御見事ぞキリト、お前の腕前、
豊久はキリトの背を越えんばかりに飛び上がり、眼下に指揮官を見つけて刃を振り下ろした。指揮官の首が舞い上がり、豊久は叫ぶ。
「敵将の首ば
そして自分達の上官の首が地面に転がるのを見てしまったオルテ兵達は恐れ戦き、一人…また一人と退いていき、誰かの悲鳴が上がると同時に一斉に逃げ出した。其れを見たシャラ達エルフは喜びの表情になっていく。
「勝った…、本当に勝ったぞ!」
シャラを皮切りにエルフ達が勝鬨を上げ、漂流者エルフ勢は国盗りの戦を勝利で飾るのであった。
この回でキリトは自身の手を血で染める事となりました。筆者事情としては色々とありますがやはり一番はストーリーにオリジナル要素を増やしたいが為です。不殺を通してしまうと会話以外でキリトが目立てる場所が見つからなかったのです。対廃棄物であれば何とかなるのですがまだ先の話ですのでやはり早めにキリトの見せ場を作りたかったのが一番の理由かな?
…では次回はあの問題回です。
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16話・覚醒ヒロイズム
豊久は倒れそうになったキリトの腕を掴まえて支えた。
「よう吹っ切ったぞ、小僧。お前のお陰で大将首ば討ち易かったど。」
「…此で俺も…アンタ等と同じだな…。」
キリトは皮肉を言って苦笑して見せ、豊久も素直な笑みを見せる。だがまだ終わりではない。このまま漂流者とエルフ達はオルテの城館まで攻め込まねばならない、キリトの負った怪我を見れば此処で休ませるのが妥当なのだが豊久はキリトにこう言った。
「キリト、今一度じゃ…
キリトは豊久に無言ながらも強く頷いた。元より彼等と行くしか選択肢がない身ではあるが、何故だか今は自分の意思でそう決める事が出来た。この島津豊久と言う真っ直ぐな人物にあてられたかの様に。其所へ信長も加わりキリトを褒める。
「キヒヒ、俺は元よりお前を信じとったぞキリ坊。」
信長が顔を見せた途端、キリトは眉を吊り上げ敵意を剥き出しに睨み付けた。
「織田信長、アンタは元いた時代でもああやって何人も“捨て駒”にして来たのか!?」
「戦とは時に味方を切り捨てなければならん時がある。その
キリ坊、お前は俺に切り捨てられて何を悟った?
命の尊さか、命の儚さか、其れとも命の脆さか?
其れこそが開眼、“悟り”よ、生きる者にとって最も強い我欲よ、生きる者が行き着く最上の強欲ぞ!!」
…と次の瞬間、信長の顔面にキリトの
「ヒヒッ、お前世が世なら打ち首獄門じゃぞ…キリ坊よ。」
「アンタの…アンタの言う通りだよ、俺は生きたいが為にあの兵士達の命を斬り刻んだ…。
あれは確かに…、俺の中にあった強欲…だ…!」
苦しげに声を絞り出すキリトを信長は真っ直ぐ見据え、いきなりキリトの槍で刺された右胸のキズに手を押し当てた。キリトは悲鳴に近い呻き声を上げ、力が弛んだタイミングで馬乗りの彼を無理矢理退かした。キリトは横這いになり胸のキズを押さえた。
「全く…、五十路の
「信長、あまり小僧苛めんな。もうキリ坊は
「解っとるわい、シャラ達呼んでキリ坊の傷縫いをさせい。
その間に他のエルフ共はオルテの鎧を装備じゃ。キリ坊の処置が済み次第偽装してオルテの城館に攻め込むぞい。
怪我人がいりゃあそれなりの誤魔化しになんだろうし、城館なら相応の薬何かがあんだろう。」
信長はそう言うと立ち上がろうとするキリトに背を向けてその場を立ち去った。次はエルフ領を締めるオルテ城館を攻めるのだが、実は逃走したオルテ兵の始末がまだ終わってはいなかった。手は既に今回の策謀に組み込まれており、逃げ出した兵士達が通らなければならない森に那須与一と十人程度のエルフ達を待ち伏せ…配置させていた。彼が指揮するエルフ達は中でも選りすぐりで与一の指示で木の上から容赦なく敗残兵達の額や心臓を射抜いた。オルテ兵達はバタバタと倒れ、尖った杭の落とし穴に嵌まり串刺しになる者もいた。その杭にはやはり糞が塗られており、エルフ領に配置された二百名の兵はたった四人の
その地獄絵図を木の上から見ながら与一は普段は見せない険しい表情を露わにしていた。
(まるであの人と同じだ、…此は卑怯な行いだ!)
正直、この信長の策に心から賛同はしていなかった。だが敵の圧倒的な兵力を潰すには奇襲に次ぐ奇襲しかないと彼も理解はしていたからである。流れのまま加わったとはいえ自ら始めた戦、与一は“かつての主君”を信長に重ねながら弓矢をはじいた。
エルフ領オルテ城館の代官は焦りを顔に滲ませていた。エルフの村に全兵力を送り付けはや数日、何の連絡もなく何故兵士が一人も戻って来ないのかと癇癪を起こしかけていた。…すると城門前にエルフ領のオルテ兵が戻って来て開門を要求した。門が開かれ迎えてきたのは初老の副官と太った中年代官であった。二人の護衛には数人の兵士しかおらず、この城館には然程兵士は残っていないと想像出来た。
「おお、やっと戻って来たか!
エルフ共はどうであった、やはり漂流者が絡んだ反乱か!?」
戻って来た兵士達は無言で先頭の一人が兜を取り地面に転がす。そして露わにしたざんばら髪と右眼帯、織田信長は残忍な笑みを剥き出しにして代官に見せつけた。
「…で、あるに。」
「どどど、ドリフターズだと!?!?」
続いて豊久、キリト、シャラと皆兜鎧を脱ぎ捨て剣を抜いた。
「なんつーか、本当に脆いのうお前らオルテは。まぁそのお陰で随分楽したわい。…つう事でな、この城館は頂くぞ、ハゲデブ。」
「ナッ、ナ…ッ!?」
そしてオルテの鎧を脱いだ豊久が出てきて乱暴に代官の胸ぐらを掴み上げた。
「
「ヒッ、ヒィッ、塔…あの塔にいる!!」
代官は自身の立場を忘れたかの様に怯えて即答し、豊久とキリトにシャラ達がエルフの女達が囚われている塔へと向かう。代官は我に返ったのか自分の兵隊達の心配をして「私の兵はっ!?」と喚き出すが、信長が更に残忍に嘲け嗤い哀れなオルテ兵達の末路を教えてやった。
「その…何だ、
ヒヒッ、安心せい、お前等も皆仲良く“火薬”に転生させてやる故。楽しみにしておれ。」
代官は青醒め、ガクリと地面に座り込んでしまった。
豊久達は塔を駆け昇り立ち塞がるオルテ兵を次々に斬り捨てる。キリトは右胸と数ヶ所の矢傷が痛痒くなって来ているのを感じ、全身に熱がこもってきているのが分かった。そして女達が入る階まで上がって来た時…。
「やめてくれ、降参だ、殺さないで!?」
一人の兵士が剣を手放し命乞いをするがシャラと共に来た青年は恨み晴らさんと言わんばかりに剣を振り上げた。キリトは彼を止めようと手を伸ばし振り上げた腕を掴み止めた。
「手を放せ!!」
「駄目だ、もう敵意はない!」
「ふざけるな、やはりお前には俺達の気持ちなんて解りはしない!!」
キリトは口を噤み、もう一度青年は剣で兵士を斬りつけようとするが、今度は意外にも豊久に止められた。エルフの青年もシャラも驚きの顔で豊久を見た。
「刀捨てておる。
「でも、俺達は…っ!?」
「“恥”じゃ!」
豊久は有無を言わさず青年を諌め、シャラが彼を宥めた。そんな光景を見てキリトまだ自分がエルフ達の事情に感情が近づけていないと感じる。そんな落ち込みがちの彼にシャラが声をかけてきた。
「気に病む事はないさ、あれは明らかに俺達の焦りだ。此処で降伏する奴まで手にかけたら俺達までオルテと同じになってしまう。其れだけは絶対に嫌だからな。」
シャラはそう言ってキリトの肩をポンと叩いた。彼は目の前で父親を殺されている。本当ならこの城館の連中を皆殺しにしてしまいたい筈である。そしてエルフの女達がいる塔の部屋に着き豊久が木扉を蹴り開けた途端、シャラ達エルフ…キリトは凍りつき、豊久は歯軋りをして憤怒をその顔に刻み込む。
部屋の中でオルテの兵士達が何人ものエルフの女達を犯していた。だらしなくズボンをずらして女達の腰にあてがい、死んでいるかの様な彼女達を凌辱していたのである。その首に首輪を…、その足に枷をして動けない彼女達を慰みものにしていたケダモノ達は突然の侵入者達に驚いて茫然と立ち尽くし
「何だお前等はっ!?」
「まっ、まさかエルフが攻めて来たのか!?」
「ありゃあ、漂流者じゃないのか!?」
酒池肉林に溺れていた兵士達は現実に引き戻されて慌て始め逃げ出そうとするが島津豊久は突然一番近くにいた半裸の男に刃を振り下ろした。左肩から右腰にかけて斬り割かれ臓腑が飛び出し其処から吹き出した血にまみれてその男はそのまま倒れ事切れた。突然の出来事にエルフの女達は正気を取り戻し悲鳴を上げ、オルテ兵共もだらしのない悲鳴を上げた。
「
撫で切りぞ、根切りぞ、一人残らず地獄ば送っちゃる!!」
今まで以上に尋常ならざる殺意を剥き出しにする豊久。キリトは目の前の非人間的な光景に吐き気を感じ…嘔吐。視界がぼやけ、身体の熱が上がり出して頭痛まで始まり、立っていられなくなってそのまま意識が遠くなり、彼は其所に倒れ伏した…。
今回のキリトの状況をどうしようかと考えた結果、昏倒してしまいました。もしかしたら皆さんが望まぬ形になってしまったかも知れませんが、ご意見批評ありましたら容赦なくお願いします、…出来るだけお手やらかに…。
因みに次回でエルフ解放戦線編は終了です。
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17話・大河の一滴
〈※はラテン語〉
オルテ国内にある草原で廃棄物…ジャンヌ・ダルク率いる追撃部隊は北壁の本陣からの増援部隊を待っていた。数度、漂流者の乗った荷馬車に攻撃を仕掛けはしたが不覚にも全てを躱された上に騎馬を半分も返り討ちにされて今はジルドレと自分を含めて四騎だけになってしまっていた。廃棄物の王である黒王はジャンヌに増援を求められ騎馬を十騎をジャンヌの元に送った。
ジャンヌは終始憤怒の形相で二匹のコボルトはそんな彼女に恐れ
そして向こう先より騎馬の集団が見えて取れ、ジャンヌの口端がつり上がる。…が、先頭の馬を駆る見知らぬ二人の騎士を見た途端にまたジャンヌの表情は不快なものに変わった。騎馬の集団はジャンヌの前にて止まり、先頭を走っていた騎士の一人が馬から降りて代表としてジャンヌにかしずき、もう一人…余りに仰々しい白銀のフルメイルの騎士は馬から降りず沈黙を守る。
「ジャンヌ殿、黒王様の命により増援騎馬十騎…此所に馳せ参じました。」
「誰だ貴様?
カルネアデス侵攻の時にはいなかった。」
「私の名は“クラディール”、新たに黒王軍に加わった廃棄物の一人です。」
クラディールを名乗った騎士は不敵な笑みを浮かべ、その顔がジャンヌを更に不快にさせる。
「黒王様は私とジルドレだけでは信用出来ぬ…そう言う事なのか!!」
悔しげに悪態を吐くジャンヌを無口ながら心配するジルドレ。二人の関係はこの世界に捨てられる前より…フランスとイギリスの百年戦争より続いていた。フランスを勝利に導く筈であったオルレアンの乙女、そして乙女を護る騎士として二人は廃棄物とは違う絆で繋がっていた。
そんな二人をクラディールは蛇にも似た目を細めて薄笑いを浮かべていた。
(廃棄物…世界に捨てられし者が身内感情とは下らねえぜ。
俺は黒王様との密約の為に来ているんだ、黒王様は約束したんだ、漂流者…アスナを俺にくれると。アスナ様を好きにしていいと!…ああ、待ち遠しいよ…、アスナ様…。
俺の物にしたら愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛してっ、…最後も愛しながら…殺してやる!!)
クラディールは陶酔した顔で虚を見つめ、狂気した笑みの口端から小さな涎を垂らした。
北方にある密林秘境地帯、其所に一人の遭難者が迷い込んでいた。白い布服は煤と泥だらけで顔も煤…泥で汚れ、かつてのローマ救国の英雄…スキピオ・アフリカヌスは心からこの現状に嘆き叫んだ。
「※ああああ~もういやだ、おフロに入りたいいい!!
名前が
スキピオはアスナ達が乗っていた荷馬車がジャンヌ・ダルク率いる追撃隊に襲われた際に荷馬車から放り出されて崖から転げ落ちてジャンヌの炎で燃えてしまった森を命からがら抜けて来たのである。崖を転げたにも関わらず怪我は擦り傷と打ち身だけで至って元気であった。
そして草を掻き分けながら進むと何かを引きずった後を見つけ、人家があるのを期待して今に至るのだが、人家どころか最早木々と茂りに茂った草ばかりである。…だがその先で見つけたのはあの“北壁”で見、自分達の退路を作ってくれた“空飛ぶ塊”だった。
「※此は確か
だがその戦闘機に近付いた途端、突然草木より毛むくじゃらで犬頭人身の亜人が何人も現れてスキピオに槍の切っ先を向け威嚇した。
「※えっ、犬!?犬人間だと!?
いやっ、いやいやいや、待て、ちょっと待てえっ!?」
あまりに物騒な歓迎にスキピオは焦るが何処から戸もなく太鼓の音が聞こえて来て犬人間達は両脇に別れ整列した。そしてその中央から犬人間に担がれた神輿が現れた。
「何だこの野郎、俺の愛機に触んじゃねえぞバカ野郎!!」
「ピギャウ。」
「はっ、初めまして…。」
その神座にはあの菅野直が子竜のピナを頭に乗せて股をおっぴろげて煙草を咥え、しかも前両脇の犬人間の頭をペチペチと踏みつけながらふんずり返っていた。その一段下には直のおっ
「んだゴラア、何で外人がいんだ!?
鬼畜米英かこの野郎バカ野郎!!」
直はスキピオを見た途端に何故だかもう臨戦態勢でシリカの苦笑いした顔から脂汗が滲み出る。スキピオはまだ十月機関から言葉を理解する御札を貰っていないので直達の日本語が解らずにいた。
(もう何で
菅野直は神座から立ち上がる其処から飛び降り、シリカも取り敢えず神輿から降りる。すると直はポケットに両手を突っ込み、スキピオに“眼付け”を始めた。
「何だテメエこの野郎、アメ公だったらぶっ飛ばすぞゴルアア~、ァアッ!」
その姿はもう因縁つける不良かチンピラそのまんまでシリカはそんな直の姿に改めてこの人の質が悪さを認識して呆れた。
(ナオさん、貴方コワ過ぎです!)
シリカはスキピオと直の様子を不安そうに見ていると唐突にスキピオから笑顔…と言うか何処か憐れみを浮かべた顔で手を振られたので軽く頭を下げた。シリカは何やら余裕な彼を見ているとザッと掌を直に向け言い放った。
「“ROMA”!」
すると直の動きが止まり、暫し沈黙…そして二人はどういう事か“ガシリ”と互いに手を握り合った。犬人間こと犬人…ワンコ達からも“オ~ッ”と歓声が湧く。
(スゴい、あの人ナオさんをたった一言で止めた!)
そう思った次の瞬間、直はいきなり「“敵”じゃねえか!!」とのたまわってスキピオの顔面を蹴りつけた。
「何で、
驚愕するシリカを余所に直はスキピオに飛びかかり大乱闘をおっ
「※なっ何をするかこの蛮人めっ!」
直に馬乗りにされたスキピオも負けてはおらず下から直にカウンターを決め、それを見たシリカは青醒め、後ろでは何やらワンコ達がボソボソと話しているが言葉が解らない。シリカは半泣きになりながら大喧嘩中の二人に近付くが怖くて何も出来ず後ろのワンコ達に振り返って潤んだ瞳で見つめて無言の助けを求めた。ワンコ達は言葉を交わさずとも巫女と崇める彼女が自分達に助力を仰いでいる事を理解する。…だが彼等は
「ええええええええええええっ!?!?!?Σ(Д゚;/)/」
シリカは暫し放心状態となり、…ふと我に返りまだ喧嘩をしている直とスキピオを見て妙に頭の中が冷えて冷静になり、今の状況を考えてみた。
「………何なんだろう、コレ…??」
シリカは無意識ではあるがボカスカと殴り暴れる二人をとても冷めた目で見つめ、菅野直とスキピオ・アフリカヌスは互いの拳を互いの顔面にめり込ませて相討ちと果てたのであった。
“ハッ”とキリトは目を覚まし、首と目を動かして周囲を見渡した。身体は脱力感のせいであまり動けず此所が何処かの部屋で寝心地の悪いベッドに寝かされているのが分かった。。
「
その声に部屋の扉を見ると相変わらず不敵な笑みを浮かべた織田信長が立っており、キリトは嫌そうな顔を隠そうとはせず睨む。
「何でアンタがその“ネタ”知ってるんだよ?」
「何の話かは知らんがどうやら心配はなさそうだにゃ~。
ちょっと見せたいもんがあるんだが…、動けるか?」
キリトはかけられていた布を剥ぎ取って身体を無理矢理起こす。無理に動かしたせいで四肢の節々に痛みが走るが歩けない訳ではなさそうなので立ち上がり信長を見据えた。
「起きて見たのがアンタの顔なんて、最低だ。」
「随分と嫌われたもんだ、折角この部屋に運んでやったとゆーのに。」
「アンタが?」
「与一が。」
からかわれたキリトが眉を寄せてやはり信長を睨み付け、彼は嬉しげにキキッと含み笑いをする。石積の壁に石畳の通路を信長の後を付いて行き、その間に自分が気を失った後の出来事を聞いた。現在、エルフ達は此処の物資を全て廃城へと運ぶ作業をしており、オルミーヌやシャラは信長に頼まれた檄文を書きしたためる事務をしていた。そしてこの城館にいたオルテの代官や兵士達はエルフの女性達を慰み物にしていた事でシャラ達のみならず島津豊久の逆鱗に触れてたった一人を残し皆弓矢により射殺されたのである。キリトはその残酷な事実に顔をしかめるが、彼等の結末に対して同情などと言う感情はわいて来なかった。
「………偽善者だな、俺。」
そんな一言がポロリと口から出、其れを信長は聞き逃さなかった。
「キリ坊、戦の中に偽善なんてものはない。お前が殺しを嫌う思いは当然のものだ、ならそれは戦の中で善だの悪だのと分別されるものなのか?
答は“否”だ。戦では人であり続けるか獣となり狂うかのドチラかだ。未だお前はまともなのだ、それだけの事よ。其処に正や邪を持ち込むな、キリがなくなるからな。」
キリトは信長の言葉を聞いて少し惚けてしまった。掛けられたその言葉には確かに彼なりの優しさを感じたからだ。敵に対して一片の容赦もなく撃滅する戦国の武将…第六天魔王・織田前右府信長、身内にはとても甘かったと言う話もある。…なら自分は“身内”として認められたのかと…ほんのちょっとだけ思い上がってみた。
信長に連れて来られたのは此処の“元”代官が仕様していた部屋で中に入るととても大きな肖像画がキリトと信長を迎えた。キリトが肖像画がどんな絵かと見上げた時、ある事に気付いて思わず「まさか…!?」と声を洩らした。
「やはり知っておったか~。見せたい物とはその肖像画よ、オルミーパイパイがソイツがオルテを建国した男と言っておってのう。
もしかしたらキリ坊なら知っとるかと思うてな、…で、その
信長は恐らくは彼を知る事でオルテと言う国の本質を見極めようとしているのかも知れないと、キリトは思った。敵を知る事は戦においてとても重要な事だ。
そしてキリトは間違いなくこの肖像画の人物に見覚えがあった。恐らく自分がいた時代でこの肖像画の人物であろう人を知らない人間はそうそういない筈である。キリトは確証はないが明らかにこの人物に間違いはないと云う確信はあった。
「この肖像画の人物は恐らく…“アドルフ・ヒトラー”。
第二次世界大戦において日本と同盟を組み、世界を相手に無謀な戦いを挑んだ男さ。」
キリトは第二次世界大戦については自分が話せる大まかな出来事を教えたのだが、信長は眉を寄せて理解し難いと言いたげな顔となる。
「あまり深く考えない方がいいよ。幾らアンタでも未来の状況を詳しく話しても理解は出来ない、俺自身説明するのに言葉が見つからない。ヒトラーがどんな人だったかも解らない。…敢えて言うなら、アンタとは正反対の人物かも知れない。」
「ふん、あまりよくは分からんかったがヒトラーと云う男はやらかしたデカさに見合う器の人物ではなかった様だ。時折おるのだ、自分では受け切る以上の才を持って生まれる者がな。
ソイツ等の悲劇はその才を開花させてしまう所から始まる。御せぬのだ、だから思い通りにならずその才は“災”となって周囲をも巻き込むのだ。だから誰かが傍らでその者を御してやらねばならぬ、其奴にはそんな臣下がおらなんだ様だな。」
キリトの中で一度は崩れてしまった筈の織田信長のイメージが今目の前にいる織田信長と初めて重なる。
(そう言えば、豊久さんがこの人を傾奇者とか言ってたな…。)
言い伝えでは織田信長は若い頃は傾奇者…或いは大うつけなどと言われていた。きっと彼はそのまま変わらず大人になってしまったのかも知れない…。そんな事をキリトは思っていた。
クラディール参戦しました。廃棄物側ではかなり身勝手に動く予定でいます。
そしてスキピオが菅野直と原作より早めに合流、シリカの気苦労が増えます。
キリトがヒトラーを語る場面は状況上、聞き手は信長のみにしました。なんか信長ってキリトと絡ませ易いです。
そして白銀のフルメイルの騎士はまだ名前は襲撃回まで名前は伏せておきます。
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廃棄物襲来編
18話・荒涼たる新世界
オルテ帝国帝都ヴェルリナでは現在少数ながら有力貴族達が政庁舎にて周辺諸国との戦況について会議を開いていた。北方・西方・東方・南方と各諸国に戦争を広げ現在は四方とも膠着状態で一進一退、北で勝利を収めれば東で大敗を喫していた。言うなれば戦局は悪化の一途である。兵士も物資もまるで足りず一部の貴族からは和平の言葉が口から出る様になっていた。しかし多数の貴族達はかつてオルテを帝国に伸し上げた国父…アドルフ・ヒトラーが上げた千年王国ならぬ万年帝国を国是とし、和平案は取り下げられた。
其所へ議場の扉が開かれて会議に出席していた貴族達は入場して来た人物に注目した。
「やーもやーも、皆さんお久ー。お待たせしただわさね~。」
「さ…っ、サン・ジェルミ伯か!」
現れたのは煌びやかに飾り何とも厚化粧をした言わばオカマでかなり横柄な態度で貴族達と接する。
「遅れちゃってご免なさいね~、出掛けに色々あっても~大変だったのよ~。」
サン・ジェルミと呼ばれたオカマはずかずかと壁にある大きな絵地図の前に立った。絵地図はオルテを中心に北~西方は大陸で東方から南方の下側は海となっていた。
「遅れたお土産に良い話を用意したわよ、その雁首揃えて驚くだわさ。」
サン・ジェルミ伯こと“サン・ジェルマン”は直属の部下二人から口紅を一本殴り取り絵地図の海の部分を大陸沿いに右側から下方へと線を引いて矢印にする。
「あたしさぁ~、船による南方への物資輸送の件で口酸っぱくして言ったわよね~。
其処でオカマは力強くバシバシと下方の線にバッテンを書き殴った。
「今頃“グ=ビンネンの商人達”に捕捉されて沈んでるわよ。」
オカマの情報に貴族達はそれこそ雁首揃えて驚く。このオカマがどの様にして情報を得たのかは分からないが事実…オルテの輸送船団はグ=ビンネン商業連合のグリフォン空挺部隊の奇襲を受けて壊滅状態となっていた。
オルテ帝国と海を挟んだ大陸にある商人達の国…グ=ビンネン商業連合。その間の島に打ち上げられた巨大な鋼鉄の塊…旧日本海軍航空母艦“飛龍”に一つの人影が見受けられた。
「今度ぁ…、勝ったかな~。」
旧日本海軍の軍服を着こなした中肉中背の中年男性がそう呟き、煙草に火を付けた。
「ああ~、“多聞”さんてばまた煙草吸ってる。身体に悪いって言ってるのに~!?」
もう一人、艦内より白い布服に赤の胸を強調したジャケットとやはり赤いスカートに腰エプロンをしたショートヘアの少女が現れて困り気に腰に手をあてた。
「いいじゃないか“リズベット”ちゃん、この世界では私の唯一の楽しみなんだ。」
多聞と呼ばれた旧日本海軍軍人は軽く微笑みを浮かべ少女をリズベットと呼ぶ。二人もまた
「しかし良いのかい、こんな場所よりグ=ビンネン国内の方が住みやすいと思うんだがね。
誘われているんだろう、“彼”に…。」
多聞の心配をリズベットはプッと吹き出して一笑に伏す。
「アハハ…、あの人でしょ、“放蕩なれど出来息子”のバンゼルマシン・シャイロック8世さんだっけ?
いいのいいの、飛龍の艦内って何となく落ち着くし、今更向こうの言葉覚えるの面倒くさいし、あの言葉が解る御札値段が高いし、何よりも
多聞は彼女の話にやはり微笑む。
「私も一応男だぞ?」
「ウフ、おじ様になら…あげても…い・い・わ・よっ。」
リズベットは可愛らしく言って多聞をからかうがそれこそ彼はプッと吹き出して一笑に伏した。
「アッハッハッハッ、後数年したら貰っても良いかな。」
「あっ、何か傷つくな~。」
二人は冗談を言いながら艦内へと戻るがリズベットは立ち止まり何気に空を見た。彼女には予感があった。…また直ぐに会えると、大切な親友に…。大好きな初恋の彼に…。
城館から戻った漂流者達は檄文により集まった各村のエルフ達と廃城にて次の戦いに備えていた。信長はエルフに便所と家畜小屋周りの土を持って来させて怪しい作業をさせ、与一は弓矢の訓練の教官としてエルフ達を扱き、豊久とキリトはエルフ達を何人か連れて剣の訓練を始めていた。
「エヤアアアアアアッ!!!」
気合いと共に島津豊久の太刀が一閃、森の太い木を一太刀で薙ぎ倒し其れを見ていたエルフ達やキリトは只々驚くしかなかった。
(凄い威力だ、それを実戦で使い極す
キリトは幹に背中を預けながら脳内で切り倒された木と鎧を着込んだオルテ兵を重ねる。先の戦で豊久に文字通り真っ二つにされた敵を何人も見てキリトは本気でこの人とは剣を交えたくないと思っていた。豊久は彼の視線を特に気にせずエルフ達に講釈をする。
「
一撃に何もかんも込めて後の事なぞ考えるな、敵をば目にしたら一太刀にて
彼らしい端的な講釈にエルフからも当たり前と言うかとても単純な質問が返ってきた。
「もしその一撃が外れたり避けられたりしたら…、どうするんですか?」
「さぱっと死せい!黄泉路の先陣じゃ、誉れじゃ。」
それを聞くなりエルフ達は縮こまってしまった。それもそうである、一撃が避けられたら死ねなど言われたら剣による近接戦闘など考えたくもなくなる。エルフは剣よりも弓矢を得意とする種族、使える刃物も剣なら細身の剣、或いはナイフ等、余りに重い武器は筋力的にも合わないのである。その事を薄々気付いていたキリトは欠伸をして昼寝でもしようかとその場を離れようとすると豊久に呼び止められた。
「おいキリ坊、
「何でいきなり其処まで話が飛ぶんだよ豊さん?」
「あんまり講釈たれんは苦手じゃし、コヤツ等に一度手練れ同士のかち合いを見せとうなった。
つうか、俺がお前とやりとうなった。」
キリトは不安を過らせながらもあの剛剣を思い出し唾を呑み込み、豊久に確認をする。
「試合…だよな…?」
「おう、死合いではなか。」
豊久は不敵に笑い、エルフ達はまたも“オオーッ”と歓声を上げた。キリトは妙な高揚感に取りつかれ、武者震いをする。
「いいよ、受けて立つ!」
キリトも今回からドリフ三人組を愛称呼びになります。
豊久を豊さん、与一を与一さん、信長は何故か呼び捨て…。なかなか度胸有りだ。
そしてリズベットが登場しました。オヤジと美少女の年上年下コンビです。ドリフ陣営は年齢層高いんですよね、廃棄物も入れて一番若いのはジャンヌですか?
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19話・Life is SHOW TIME
再びオルテ帝国の帝都ヴェルリナ。会議場内はざわつき、有力貴族達は東方…グ=ビンネン商業連合への対策に西方に派遣している第三~第四軍による西方諸国への対応に躍起になり出した。しかしサン・ジェルミ伯…漂流者であるサン・ジェルマンは東方への戦闘を罵り、取り敢えず西方諸国の前に反旗を翻したエルフへの対応をけしかけてみるが議長までが其れを無視した。
(あぁ…、やっぱ駄目だわ、コイツ等。)
南方は戦線が拮抗状態、東方は大敗続き、北方は謎の軍団により北壁が陥落。そして西方は主力を用いても大苦戦の挙げ句その出前でエルフの反乱、此により事実上西方第三第四軍への物質輸送は不可能となる。
(…あらやだ…、この国…、詰んでる!)
サン・ジェルマンことサン・ジェルミ伯は乾いた笑いを立て始め、貴族達から奇特な視線を集める。
「オホホホ、あたし急用思い出しただわさ、だので此処でオイトマするわね。
それじゃあ皆さん戦争頑張ってね~、そいじゃ~ね~ごめんあそぁせえ~。」
そう言って議場を出たサン・ジェルミを二人の部下でやはりオカマであるアレスタとフラメー…そして小柄でマントのフードで顔を隠した人物が出迎えた。
「ウフフフ、アンタの情報であのお馬鹿さん達、度肝を抜いてたわよ“鼠ちゃん”。」
鼠ちゃんと呼ばれた人物はフードを取り意外にあどけない笑顔をサン・ジェルミに晒した。
「ソイツは良かった、今後も
「あらやだ、可愛い。男の子だったら囲ってる所よ“貴女”。」
「おッかね~、女で良かったゼ~。」
本気で青醒める情報屋を営む少女…アルゴに微笑みかけて部下二人に向き直り不敵に笑うサン・ジェルミ。アレスタとフラメーもオカマとは思えぬ腹に一物ありきな笑みになった。
「早速だけどエルフの反乱軍と連絡を取りに行くわよ。漂流者のせいでオルテ情勢は急変中、直に
サン・ジェルミ達が
廃城ではエルフ達が妙に賑わい、城内で各村の村長と会議をしていた信長とオルミーヌが何事かと彼等が集まる広場に出てきた。
「何の騒ぎだ此は?」
信長の問いにシャラが答える。
「豊さんとキリトが剣による手合わせをするみたいですよ。」
「お豊とキリ坊が、何故そうなる?エルフ共に剣技を教えとったんじゃなかったのか?」
「さぁ、其処までは分からないです。」
シャラがちょっと困りげに苦笑いをすると与一が信長の横に立った。
「いいんじゃないですか、ちょっとした余興と思えば。お二人結構仲良いみたいですし。」
与一はそう言うが信長は眉間を寄せて渋面をする。
(…
あの二人は性格こそ違えど根っこは一緒だ、真っ直ぐ過ぎるんじゃ。恐らくはエルフ共にお互いの剣技を見せるつもりで始めたんだだろうが…、無茶しなきゃいいんだがな…。)
そして豊久が野太刀を抜き、キリトが二本の片手剣を抜いた途端、信長だけでなく与一とオルミーヌも青くなり脂汗を額に滲ませた。
「ヤバいんではないか“アレ”は!?」
「ヤバいですね~、アレはっ!」
「止めた方がいいんじゃないですか…!?」
オルミーヌの言葉を聞いた信長と与一は青い顔のままブンブンと首を横に振り拒否し、三人の心配を余所に審判役より“始め”の合図が上がり豊久とキリトは互いに構えた。二人共声は発せずと思いきや、豊久がけたたましく叫び野太刀の刀身を上に右肩に担いでキリトに突進、一気に間合いを詰めて斬りかかった。
「キエエエエエエエエエエッ!!!!」
気合いの初撃上段、キリトはそれを“タンッ”と軽く右へ飛び難なく躱し右手の片手剣で斬りかかる。豊久は即座に立て直し野太刀で斬撃を受け止めた。
「何だよ、最初の一撃避けられたら
ガチガチとかち合う刃が鳴り、豊久は力任せにキリトを押し出し、キリトは後方へ数歩程の間合いを取った。
「ハッハーッ、嫌味な事言うのう。そう簡単に死ぬるにはまだこん巷はおもろ過ぎるわい!」
(随分相性の悪か相手じゃあ、南蛮侍は盾持ち身を守ると聞い取ったがキリ坊の二刀流は正しく
攻守共に無駄なし、“美事”なり!!)
豊久はキリトの剣をはじき、次は胸に突きを繰り出す。キリトは左向きになり、またも左剣で此を流して反転して右剣を豊久の右肩へ振り下ろした。だが何と豊久は右腕の手甲ではじき返しキリトの腹に前蹴りを食らわせた。鳩尾に入ってしまったキリトは苦しげに前屈みになるがその隙を豊久が見逃す訳もなく容赦なく斬りかかった。しかしキリトもまるで待っていたかの様に突進して頭突きを豊久の鳩尾にめり込ませた。互いに腹をおさえまた間合いを置き、睨み合う。そして此処で両者に違いが出て来た。キリトは両肩を上下に動かし呼吸も荒くなって来ているが、豊久はまだ余裕で軽く太刀を振り回して両手で握り締め上段に構えた。
すると何を思ったのかキリトは両方の片手剣を放して拳を握り締め構える。豊久は始めは呆けた顔になったが自分も野太刀を仕舞い、脇差しもその場に捨てて両拳を握りゴツゴツとぶつけて今度は両者眼前に立った。
「まさか喧嘩を売られるたぁ思わなんだぞ。」
「このままじゃあ殺されそうだったし、
そう言ってキリトが笑い、豊久も笑う。
「ハッ、ま~だそんな事で根に持ってたか。ええぞ、付き合うちゃる。」
その台詞が合図かの様に二人は信長と与一にエルフ達が戦々恐々しながら見守る中、いきなり“ステゴロ”…殴り合いを始めてしまった。信長も与一もサッパリ意味が解らず一心に殴り合う二人を見て呆れ果てた。
「お豊は兎も角、キリ坊から喧嘩上等をかますとは思いもせなんだ…。」
「意外に野性的ですね…、キリキリ…。」
「まぁ、真剣で斬り合うよりはましじゃ。好きにやりゃあいい。」
既にキリトに殴られている信長は表情を緩めて笑む。真剣を使わなければガキ同士でじゃれ合っている様なモノ、存分にやり合えばいいと思い傍観する。
「ああ、私もキリキリと喧嘩したいな~。」
与一は何やら自分の世界に入り信長の呆れた視線を無視して綻んでいた。…と、其所へ馬の蹄の音が聞こえて信長達が振り向くと一台の荷馬車が来ており奇妙な一行がキリトと豊久の喧嘩を見ていた。
「何じゃい、お前らは?」
すると赤いラインの入った白い戦闘衣装の美少女が無言で信長の傍らに並び、ジッとキリトの方を見据えていた。
(キリ坊を見ているのか、まさか…?)
すると少女は何を思ったのか暴れ殴り合っている二人の方へズカズカと歩き出した。
「おっ、おい娘、危なあぞっ!!」
信長の制止を無視して二人に近付いて気付いた豊久が一旦止まりキリトもその拳を下ろし、近付く少女を見て絶句した。
「おい小娘、
豊久が少女を掴もうと手を伸ばすが力一杯にはじかれてその気性に少し驚き、キリトは喉元からずっと会いたかったそ少女の名前を口にしようとした。
「あ…っ、アス…ッ!?」
次の瞬間、“パンッ”とキリトはその少女に力一杯の平手打ちを打ち付けられた。周りは茫然とし、叩かれた当人も言葉が出ず、ゆっくりと視線を向けると…、自分の目の前に涙ぐみながらも
とうとうアスナがキリトと合流を果たしました。…が、何やら雲行きが怪しいです。何故アスナは怒っているのか?
濁酒にもサッパリ解りません!
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20話・恋は渾沌の隷也
荷馬車で
「
「
焚き火を囲い、二人の話を信長側に豊久・与一・キリトと晴明側に構成員のカフェト・オルミーヌ・ブッチ・キッド・ハンニバル…そしてアスナと別れて聞き、キリトは豊久と殴り合って腫らした顔をさすりながらアスナを見ていた。
(豊さんに殴られた痛みよりアスナに叩かれた頬の方が痛い。…でも何であんなに怒ってるんだ…折角会えたのに…?)
キリトは意外と女心が解らない様で彼女に叩かれてからは全く口をきいてもらえない上に視線すら合わせてもらえていなかった。豊久は豊久であの時の態度が気に入らなかった様で“生意気な
「何、
「ハイ、我々は北壁より集まった
安倍晴明の話は寝耳に水であると同時に嬉しい情報でもあった。もし彼等が来ていなければ完全な奇襲となり得る為にエルフ達に確実に無駄な被害が出る。だが其れも情報として得た時点で対策が取れる上に廃棄物がどんな者達なのかを見極められる。信長は立ち上がり迎撃の準備を始める事とした。
キリトはアスナに駆け寄り名前を呼ぶが振り向いてはくれず、彼女の肩を掴んで無理矢理に振り向かせた。
「ちょっと、痛いわ!」
「何で無視するんだ、やっと…やっと会えたのに酷いじゃないか!」
「何よそれ、私が来ても目もくれずあの赤い若武者さんと仲良くど突き合ってたくせに…、どっちが酷いのよ!」
キリトは言葉に詰まり沈黙してしまう。…まさかとは思うが、島津豊久に“焼きもち”を焼いているのでは…。
(いやいやいや、豊さん男だし!)
「あっ、アスナに気付かなかったのは謝る。…だけどこんな事でムキにならなくてもいいだろ。」
「こんな事!?
私…貴方を追ったわ、あの
貴方に会いたいと思って…此所まで来たのに…、其れを
二人の口喧嘩は周りのエルフ達にも聴こえ、空気の悪さを滲ませる。すると突然キリトの脇腹に蹴りを入れて来た者がいた。ブッチ・キャシディである。
「おいガキ、いい加減にしねえか。アスナは俺と先約があんだよ。」
ブッチはキリトに眼を飛ばし二人の間に割って入った。キリトもいきなりの蹴りに苛立ち、同じく睨みつける。
「誰だよ、アンタ…?」
「俺か、俺は
キリトはそれを聞いて驚き、アスナを見るが彼女も驚いている様で絶句していた。ブッチは言ってやったと言わんばかりにニヤリと笑い、横で聴いていたキッドはこの後高い確率で面倒臭い事になると理解して右掌で顔を隠し溜め息を吐いた。
「ブッチさんこんな時に冗談はやめて!」
「アスナ、お前も自覚しろよ。北壁であんなに宜しくよがってたじゃねえか、前の男に見せつけ…ッ!?」
ブッチが言い終わる前にキリトの右拳が彼の左頬を打ち付けた。ブッチは踏ん張り、血の混じった唾を地面に吐くと拳を振りかざして殴りかかるが、キリトに難なく避けられて今度は鼻っ柱を殴られた。鼻血を吹いて倒れるブッチにキリトは熱の入った言葉を投げかける。
「アスナを侮辱するな、次は手加減しない!!」
「野郎、やりやがったなあ!!」
キリトの警告も聞かずブッチはキリトに殴りかかる。アスナは本気で怒っているキリトを見つめたまま動けなくなる。ブッチの言った事はあからさまな嘘であるが、彼はそれに嫉妬する訳でもなければ二人を疑う訳でもない。アスナを心から信じている上でブッチに怒り殴りつけた。彼女の胸は熱くなり、唇を噛み締め短気を起こした自分に少し後悔を覚える。そして二人の殴り合いはキリトの圧勝で終わり…ブッチは地べたに大の字になってのびていた。
「何の騒ぎだ!?」
騒ぎを聞き付けたのは信長であった。ブッチとキッドは兎も角、アスナはこの右眼帯の男があの織田信長だと聴いて戦慄を覚えていた。数多くの武勲の倍以上残忍な行為を繰り返して来た戦国の魔人…、其れが結城明日奈の織田信長の印象なのである。
「キリ坊、色恋沙汰は後にせい、今は迎撃の用意だ、お前やお豊…与一、そしてそこの娘の四人で廃棄物を迎え討ってもらわねばならん。」
「ちょっと待て、アスナはまだ廃城に来たばかり…!?」
「廃棄物なんぞに折角形になって来たエルフ共を蹂躙させる訳にはいかん!
敵は追撃隊…、なら機動力を重視する筈。晴明の予測を信じても恐らく合流した騎馬は多くても二十騎おらんだろうよ。廃棄物は二人…騎馬十騎を率いて増えても一人~二人、廃棄物を抑えれば騎馬なぞは何とでも出来る!
お前達手練れ共の出番である!!」
不敵に嗤う信長、残忍な笑みではあるがそんな時は何か策を持っての時であるので味方である以上はとても頼もしい。キリトはアスナをもう一度見つめ、その顔が決意に満ちたモノであると理解した。
「やれるか、アスナ?」
「うん、北壁で廃棄物に人が一杯殺されたわ…。
もし私に…私達に
「分かった、一緒に戦おうアスナ!」
「元よりそのつもりだよ、キリト君。」
二人は互いに微笑み合い、信長に豊久達のいる所へ行く様に言われ二人並んで駆けて行く。残されたブッチとキッドに信長は視線を向け、顔を腫らせたブッチを見た。
「すまんにゃ~、
其れを聴いたキッドはビックリしてブッチと信長を交互に見る。
「ハアッ、当て馬だとお、何時の間にそんな話を…!?
俺はてっきりお前の嫉妬から本気で絡んだかと思ったぜ!」
「ぁあ、実はよう、このオッサンに俺がアスナに気があるのを看破されてな~。
あのガキにちょっかい出していいっつうから
それ以上は口にせず、ブッチは小さく見えるアスナの背中を見つめ後ろ髪引かれる思いで惚けた。キッドはそんなブッチの肩を叩き、隠し持っていた煙草を一本をブッチに差し出した。
「んだよ、まだあんだろ。全部くれよ。」
「バッカじゃねえの、何で全部やらなけりゃなんねんだよ!」
結局、ブッチをけしかけたのは信長であった。戦いを目前にしていて色恋に悩むのは命取りになりかねないと思った彼はブッチのアスナを追う視線で彼の彼女に対する想いを読み取り、どう足掻いてもアスナがなびかないと理解した上で利用したのである。そんなカウボーイ二人を余所に信長は鋭い視線になり、信長は此から戦う廃棄物とキリト達の事を考えた。
(そう、騎馬だけなら何とでも出来る。だが廃棄物共の力量が計りかねる以上は何とも言えん。安倍晴明達の話では炎を操るのが一人いるとだけだ、他の廃棄物も何かしらの能力があると見た方が自然…結局はお豊・与一・キリト…そしてアスナと言う娘の力量次第だ。
出来れば同時に何人も相手はしたくないのう。)
信長は勝ち戦以外はしたくないと言わんばかりに溜め息を吐き、ブッチとキッドにも助成を頼み、自分も皆が待つ場所に歩き出した。
次回、激突です。
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21話・ただ凍える挽歌(エレジー)
安倍晴明達の荷馬車は人目に付かない様に森や草むらに覆われた山道を選びこの廃城まで来た。廃棄物達の追撃隊は晴明達に減らされた数でなら彼等の後を辿り早々に追いついて来たかも知れない。…だが未だ姿を見せないとなると晴明の言う通り増援を呼んで合流したに違いない。ならばその機動力を失わない為に広い草原を選び攻めて来る。敵は信長の予想では二十前後、数だけで考えるなら大した敵ではないが問題は廃棄物。炎を操る女剣士に十字槍の大男は確実として奴等の増援に何人混じっているのかが分からなかった。
「頼むぞ、お豊・与一・キリ坊…後小娘か。」
「何故アスナをいきなり戦場に立たせたのですか、彼女はまだ戦と云うモノを理解していない!」
織田信長の左に安倍晴明とオルミーヌが付き晴明が彼に抗議をする。
「戦なぞは頭で理解するもんじゃにゃあぞい、五感で経験するのだ。殺しの感触を、血の味と匂いを、敵の悲鳴を聴き、死の瞬間を目に焼き付ける。キリ坊は既に経験済みよ。あの娘も北壁とやらで経験しただろうがまだまだ…キリ坊と一緒に血に染まってもらう。」
晴明は彼の言う事を最もと認める反面其れを素直に受け入れる事は出来なかった。彼はアスナを手駒程度にしか考えておらず、恐らくはまだ危ういキリトと組ませる事で彼の盾になれば良いとしている…晴明はそう思っていた。しかし信長は其れ以上の事を二人に望んでいた。
廃城の北側に広がる凸凹の荒れ地を二十騎近い騎馬が駆け走り、その先頭をジャンヌ・ダルクが走っていた。其処に“ヒュンッ”と風を切り弓矢がジャンヌに向けて飛んできた。が、ジルドレが咄嗟に前に出て身を呈してジャンヌを防御、矢はジルドレの左上腕に突き刺さり廃棄物率いる騎馬隊が足を止めた。すると森側より那須与一が遠目に姿を現してエルフ達と共に森の中へと逃げる。ジャンヌは残忍に嗤いジルドレに命令した。
「私達を分断する気か、いいだろう乗ってやる。ジルドレ、クラディール、騎馬七騎を率いて彼奴の後を追え!
森にも何人か隠れている筈だ、皆殺しにしてやれ!」
「ジャンヌ、良き
ジルドレは騎馬七騎と共に与一とエルフが逃げた森へ向かうが、クラディールはジャンヌの命令には従わず動こうとはしなかった。
「お前何故行かない…?」
問われたクラディール蛇を思わせる表情で嗤う。
「私の獲物は此方にいるのですよジャンヌ殿。」
ジャンヌはいけすかないとばかりにクラディールから視線を離し、前方を見据えてほくそ笑んだ。
「お前が黒王様とどの様な約束をしたか知らないが、
ジャンヌが吐き叫ぶ前方からは何時の間にか三人の剣士が身構えていた。赤い足軽鎧の島津豊久、白い戦闘衣装のアスナ、そして黒い外套を着たキリト、三人のドリフは
「お前等が“えんず”か、見た所其所の髪の短か奴が炎の
「そうだ、私が北壁を焼いた“ジャンヌ・ダルク”だ!
黒王様の命によりお前達ドリフ共を焼きに来てやった!」
残忍且つ狂喜の笑みを刻み名乗る彼女にアスナとキリトは驚きを露わにする。
「う…そ、カルネデスの人達を殺した貴女が…ジャンヌ・ダルク!?」
「…ジャンヌってフランスとイギリスの百年戦争で活躍した人だよな!?」
ジャンヌ・ダルクはキリトとアスナ達の時代では世界中に知れ渡ったフランスの英雄にして悲劇の聖乙女である。しかし豊久から見れば鎧を着た只の女でしかなかった。
「“ふらんす”?皆目知らぬ、其いは南蛮の菓子か何かか?」
キリトは「当たり前か。」と呟いた。…が豊久が発した言葉にジャンヌのみならずアスナまで強く反応してしまう。
「南蛮人はどいつもこいつもよう分からん事ゆうてよく人ば惑わす。其所な“じゃんぬ”ゆう女もその口に惑わされて鎧ば着て男ん真似しちょるか、
とっとと帰って
悪びれず敵を前に腕を組みふんずりかえる。其処でアスナが突然豊久相手に怒り出し言い返してしまう。
「それは…私にも向けた言葉ですか!!」
豊久も眉間を寄せてアスナを見下ろして声を上げた。
「
「アスナも豊さんも、敵のど真ん前で喧嘩とかしないでくれ!」
宿敵と呼ぶべき
「随分と余裕じゃないか、私を無視して仲間割れか。
・
・
・
・
……なあめやがっってええ!!」
ジャンヌの異変にアスナとキリト…豊久は騒ぎながらも直ぐに気付いて身構えるが、ジャンヌの右反面の頬が裂けて熱気を噴き出し右目から蒼い炎が宿り両手より燃え上がった炎を三人に向けて放った。
豊久達はは間一髪で飛び退くが其れを狙っていたかの様にクラディールが馬を走らせアスナ…ではなくキリトに向け剣を振るった。キリトは更に飛び退いて地面で一回転しクラディールの攻撃を躱す。
「いい加減無視するなよ“人殺し”、
かつてSAO内でキリトが犯した罪がそのまま形を為して現れた。クラディール…彼はSAOでアスナに異常な執着を見せ、邪魔者であるキリトを殺そうと追い詰めて返り討ちにあった男だ。その時キリトにより倒され…現実でも死を迎えた筈であった。
「…出来ればいろんな意味で会いたくはなかった…。」
「俺を殺した罪悪感に苛まれるか?」
確かに彼の命を奪った事実に罪悪感を感じなかった訳ではない。彼以外の命に対しても…。だがキリトは黒い片手剣を抜いてグッと柄を握るとクラディールを見据え答えた。
「あぁ、だがこの世界で敵同士として出会した以上は俺の殺意でお前を殺すよ、クラディール!」
「ヒハッ、殺ってみろよ!俺はお前を殺してアスナ様を俺の物にするんだ、永遠になああ!!」
アスナではなくキリトを先に狙ったのは単に邪魔者を先に消してしまうつもりでクラディールは騎馬を走らせてキリトに突進。しかしキリトは動かず、馬が間合いに入った瞬間透かさず黒い片刃片手剣…エリュシデータを気合いを込めて横薙ぎに一閃。何と馬の首を斬り飛ばし、クラディールは間一髪キリトの一撃を剣で防御し落馬だけに抑えた。
クラディールは地面を転がり驚く。馬の首を一刀の元に両断してしまう斬撃もそうだが“SAO”では追い詰められれば自分の手を汚すが虫けらにも情けを掛ける様な偽善者であるとクラディールは確信していた。…だがキリトは馬ごと自分を斬りに来た。容赦なく…、馬ごと…。
「さぁクラディール、
キリトは片膝を付くクラディールにエリュシデータの切っ先を向けた。
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22話・夢魔炎上
辺り一面が瞬く間に燃え盛る炎に呑まれた。騎馬を降りたジャンヌはアスナに目を付け見境なしに炎を解き放ち高笑いを上げた。
「あっははははは…っ、手も足も出ないだろう
私に近付く事も出来ないだろう、北壁と同じでなあ!!」
ジャンヌは火を放ちながらアスナをなじり、追い詰め、アスナは彼女の火炎を避けながら距離を保つ。ジャンヌの罵声には言い返す事をせずに無視を決め込み彼女の戦法を見続けた。
(ジャンヌ・ダルク…、ヨーロッパのイギリスとフランスによる百年戦争で19歳で軍を率いてイギリスと戦ったオルレアンの聖乙女。
だけど彼女はイギリスに捕らわれ捕虜としてではなく魔女として火刑に処せられた…。色々と逸話はあったけど…
炎の中を照らされ残忍な笑みをその顔に刻んだジャンヌ・ダルクにアスナは同情を覚えざるを得ない。しかし彼女を放っておけば“カルヌアデス王国”と同じ惨劇がまたもたらされる。…アスナはSAOで親友が鍛え造り上げてくれた細身の剣…“ランベントライト”の柄を強く握り締めて心を決めた。
キリトとアスナの二人から少し離れた場所では島津豊久が角の生えた白銀大鎧の騎士と対峙していた。豊久は太刀を構え、間合いを見る。鎧騎士も鎧と同じ白銀の両刃剣を握り豊久を見ている様だが一向に構える気配がなかった。しかし騎士から発せられる“覇気”は尋常なモノではなく一切の油断も許されなかった。…と、思いきや…何と騎士は顔を隠していた兜を脱ぎ取り素顔を見せ、其れを見た豊久は眉間を寄せて何を思ったのか構えを解いた。仰々しい白銀の大鎧を着込んでいた騎士はあまり長くない金髪を後ろで束ねて結い、まだあどけなさを感じる面立ちは誰がどう見ても“少女”のモノであった。
「此いは一体何の冗談じゃあ、
豊久は呆れ返ったとばかりに吐き捨て鎧の少女は僅かに表情を歪めるがフンッと鼻を鳴らし豊久を侮蔑を込めて睨んだ。
「女女うるせー野郎だなお前。言葉には気を付けな、大抵そんな男は蔑んだ女に寝首をかかれて死ぬのが“オチ”だぜ…サムライ。」
「ヌシの殺り口は寝首をかくんか?」
「ァア、オレはそんなまどろっこしい事はしねえ。
目の前の野郎の首を飛ばすだけだ。」
正に獲物を前にした猛獣を思わせる残忍な笑みを少女は自分の顔に刻む。豊久は其れを見て表情を曇らせた。
「そうか、女で在りながら
「
違うな、オレは“王”の器だ。お前みたいな一兵卒と一緒にすんな!!」
少女のその粗暴ぶりはまるでガキ大将を思わせるモノではあったが豊久はそんな彼女に妙な好感を感じた。
(こん娘には奇妙な魅力があるのう。俺が廃棄物なら共に肩を並べち戦いとうなる。
じゃが女は戦には合わん、それにこのまま殺り合おうも女首なぞ取ろうもんなら
…だが豊久は彼女から発せられたあの覇気は無視出来ず、そして目の前の少女が今まで出会った事のない手練れである事にも気付いていた。
「随分と重か鎧じゃな、そんなんで動き鈍らんのか?」
「良いハンデだろう、質問が多いぜサムライ。」
豊久は敵を前に目を瞑り、思考を動かし…カッと何かを悟るかの様に見開いた。
「
豊久はそう言って太刀を鞘から抜き、彼の答に少女は怒りを露わにし、白銀の剣を構えた。
「テメエの考えはよおおく分かったぁ。ならオレはテメエを容赦せず腹にこの“クラレント”を突き立てて臓腑を抉って生きたまま引き摺り出してやる!!
覚えておけ、オレの名は叛逆の騎士“モードレッド”だ!!」
「
少女は鎧を着ているとは思えない疾走を見せ、二人の剣が重なり刃鳴を響かせた。そして彼女は豊久を“ギロヌ”と睨み今一度名乗る。
「
森の中へ逃げ込んだ率いるエルフは敵の騎馬七騎を森へと誘い込み、森で織田信指示通りに木々の上や陰に隠れ追って来た敵を待ち構える。
そして騎馬からジルドレを引き離した与一はその十字槍に鎖を身体に絡めた大男と向かい合う。
「貴方には此所で私の相手をしてもらいますよ。」
与一は二本の矢を構え同時に放つ。心の臓と額に真っ直ぐに飛んで行くがジルドレが十字槍を振るい二本の矢は弾かれ折られた。ジルドレが与一に突進し槍をまた振るう。与一は余裕で躱して見せるがその槍の凄まじい風圧に驚いた。
「凄いですね、私が知ってる中でそんな芸当が出来るのは武蔵坊くらいだ。」
そう言うと与一は一本の矢を引いてジルドレに放った。矢は彼の左の上腕に突き刺さるがジルドレは抜こうとはせずに与一に攻め入る。与一も身軽に十字槍を躱しながら二本三本と矢を放った。
そんな二人の死闘を枯れ木の枝先に立ち懐かしげに視る者がいた。源九郎義経である。
「楽しかろう与一、それでいいんだよ。お前の
そう一人ごちして今度は遠目のキリトの闘いに目を向ける。彼の剣技に興味を持ったのか義経は不敵に笑う。
「彼奴面白いなぁ、少し遊戯んでやりたくなってきたよ!」
義経は更にニタリと危険な笑みを顔に張り付けてその場から姿を消した。
今回、廃棄物としてfateのモードレッドが参戦しました。サーヴァントとしてではなくあくまでEASYに召喚された死者ですが彼女はジャンヌ達とはかなり異なる役割の予定です。
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23話・Beautiful fighter
荒れた平原を燃え盛る炎が襲い来てアスナは其れを避け一気に駆け抜けてジャンヌにダッシュからの刺突を放つ。ジャンヌは其れを右手の片手剣で流し左手で炎を振るいアスナを後退させた。
「ちょこまかとお前は鼠か、この売婦あぁ!」
かつては聖女と名を馳せた偉人とは思えない罵声を聞き、アスナは少し哀しくなる。彼女の精神を彼処まで歪める程に彼女の最期は惨たらしいものだったのだろう。だがアスナは見ていた。そして理解していた。ジャンヌがカルネアデスの民を嗤いながら焼き殺していたのを、そしてその顔は恐らく彼女を焼き殺した者達と同じ顔であると…。だからこそアスナは彼女の憎しみを認めない。今のジャンヌ・ダルクは只の殺人鬼でありそれ以上でも以下でもないのだ。ジャンヌの戦い方を攻撃を躱し観察しながら得たのは彼女が一対一で戦った事がないと云う確信であった。闘い慣れていないのである。
(
熟練の戦士と一対一なら直ぐに見透かされるレベルだわ。何より…!)
ジャンヌは辺り一面を構わず燃やし周囲は見渡す限り火の海と化しゴブリンの騎馬隊も加勢が出来ずに足踏み状態となってしまう。そんな中でジャンヌ・ダルクはアスナを全く見つけられなくなり苛立ちを募らせていた。
「出て来い、卑怯者め!
それともこの火の海に既に沈んでその可愛い顔を焼いてしまっているのか!!」
ジャンヌは更に炎を放ちアスナを炙り出そうとする。…が、“トスッ”と何かが通り抜けた感覚を感じてジャンヌは胸に目をやる。見えたのは細身の剣の切っ先であった。
「なっ…に…!?」
口端からツ…と血が伝い、ジャンヌは首を回し背後に目を向けた。何と直ぐ後ろにアスナが冷たい視線を向けてジャンヌと目を合わせた。彼女は顔を煤だらけにし、アチコチ軽度火傷も負っていた。燃え続ける炎を隠れ蓑にしてジャンヌの背後を取ったのだ。
「キサ…マ、何時の…間に…!?」
「何時の間にも何も、あれだけ炎で隠れる所を作ってくれれば背後を取るなんて簡単だったわ。私は戦法を変えず
だけど貴女にとって何時の間にか私は
アスナは剣を引き抜き、ジャンヌは力なくその場に倒れ込んだ。実は先程彼女を貫いた刺突は心臓を外していた。一時の僅かな情が邪魔をしたのである。ランベントライトを今一度構え、アスナはジャンヌに止めを刺そうと切っ先をもう一度心の臓に定めた。
「………ッ!」
…だがアスナは息が絶え絶えのジャンヌを見ている内に彼女への殺意が薄れ、構えていた剣を降ろしてしまった。
「どうした…、殺せよ。もう怖じ気づいたのか…?」
暫し黙り込みジャンヌを見おろすアスナ。今虫の息である彼女はカルネアデスで無力な人々を無慈悲に殺戮した憎むべき
「偽善者め、どれだけ強かろうが大義を語ろうが結局お前は自分の手を汚したくないんだよ、売女…。
お前なんかがこんな場所にいて正義を語るなんざ片腹痛い、男共の隣で寝そべって寝物語でも語り合っていた方がお似合いさ…!」
「うるさいッ!
あんなに人を殺しておいて貴女は、あなたは……」
アスナは彼女を殺せない自分に腹を立て悔しくなり涙が流してしまう。その姿を見てジャンヌはゲラゲラと嗤い更に彼女に罵詈雑言を浴びせた。
「何だコイツは、まるで破瓜の痛みに耐えられない処女の様な泣きっ面だ!
肉食獣が聞いて呆れる。売女のくせに何も出来ない小娘がでしゃばるからだ!」
嗤い続けるジャンヌに対し、アスナは何も言えずに立ち尽くす。…だが其処にヒュッと空を切り一本のナイフが飛んで来てジャンヌの頬を掠めた。彼女は嗤い声を詰まらせ再び顔を歪める。気付けばアスナの傍らにキリトが居りジャンヌ・ダルクを見据えていた。
「其れ以上アスナを侮辱するな、ジャンヌ・ダルク!」
「…お前が此所に居るって事はあの“蛇男”は死んだのか?」
「蛇男か、能力もさながら良い渾名だな。クラディールなら仲間を見捨てて逃げたよ。この場にいた騎馬は皆倒した。槍の男は与一さんが、あの鎧騎士も豊さんが抑え込んでる。
お前の味方はもういない。」
彼の言葉にジャンヌは諦めたのかその表情に自嘲を浮かべ、キリトはアスナの代わりに右手の剣を振り上げた。
「キリト君待って、その人を殺してはだ…ッ!?」
キリトを止めようとして手を伸ばしたアスナだったが彼の冷たく鋭い眼を見て絶句してしまった。SAOで戦っていたキリトはいつでも抗う意志を宿した強い眼差しをしていたが、今の瞳にその意志は感じられず…感情を一切を切り捨てた機械のイメージがキリトと重なった。
そしてキリトの黒の片手剣…エリュシデータが振りおろされ、アスナはハッとしてもう一度彼を止めようとした。
「駄目、止めてキリトくん…っ!!」
剣の一閃、刃はジャンヌの額を少しだけ傷付けるに
「
キリトの視線は自分を止めようとしたアスナにではなく、何時の間にか彼女の背後に立っていた長い黒髪の背の低い美少年に向けられており、彼は手に持つ刀をアスナの首…左の頸動脈に押しあてていた。恐らくはキリトの剣がジャンヌを斬り殺していたな場合、アスナの首が宙を舞っていたに違いなかった。ジャンヌもその若武者に驚き、彼の名を口にした。
「“ヨシツネ”…、来ていたのか…!」
キリトはまさかと思い彼に聞き返し、ヨシツネと呼ばれた若武者は何ともイヤらしい嘲笑を浮かべ刀をアスナの首筋から離した。
「ジャンヌ、お前の戦い方まるで駄目。まるで童子が苦し紛れに砂を投げるが如し、てんて幼稚。
面白い玩具を手に入れた餓鬼の様だよ。」
そう罵りながら若武者…“源九郎義経”は歯を食い縛りながら睨みつけてくるジャンヌ・ダルクに肩を貸して抱え、指笛を吹いた。キリトは義経をやはり睨み彼に話しかける。
「まさか源義経が廃棄物になっていたなんて…、与一さんは此方に要るんだぞ。彼と敵対する気か!?」
「残念だが俺は廃棄物じゃない。…かと言って漂流者でもない。
今どちらが面白いかと悩んでいるんだが…、今の所は黒王側についた方が面白そうだ。与一もそうだがお前とも剣を交えたいな~。」
義経の目が鋭く光り、キリトは彼と味方である織田先右府信長を重ねる。
(いや、信長は残忍だが戦争狂じゃない。彼は危険だっ!)
「お前俺を見極めてるつもりか?
お前程度の短い物差しでこの俺を計り切れるものかよ。」
其処で、頭上にてバッサバッサと翼をはためかせ飛竜が現れ、義経の傍らに縄梯子が降ろして彼は其れに手と足を掛けた。キリトは初めて見る
「アスナだったな、今日この私を殺さなかった事を後悔させてやる!
私はこの世界でもっと多くの人間を焼き殺してやる!
殺して殺して殺して殺して殺して、世界すら焼き尽くしてやる!!
お前も絶対に私が灰塵に帰してやるぞ!!」
「胸を貫かれてるのに元気だな~ジャンヌ。
じゃあな、小僧。次は殺し合おうぜ?」
義経がそう言い残すと飛竜は上昇して飛び去った。そしてその後直ぐに森側でワイルドバンチのガトリングガンが火を噴き連続銃撃音が鳴り響いた。
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24話…不完全燃焼
ギンッ!ギンッ!…と、刃鳴を響かせて島津豊久とモードレッドの打ち合いが続いていた。モードレッドはその整った美しい顔立ちを
(剣の腕んさながら男とも勝負ばやり馴れちょる!
気を抜けば即攻め込まんば勢いじゃあ、女だてらにようやいおう!!)
久々に強敵と呼べる相手ではあれど、女であるが故に刃を向ける事は出来ず…豊久は彼女に対し強い責念を感じた。…そして其処に遠くよりガトリングガンの激しい銃撃音が二人の所にまで届き、其れを合図にして豊久とモードレッドは示し合わせたかの様に同時に打ち合いを止めた。
「どうやらオレ達の負けの様だ。
…全くよう、つまらねえ闘いしちまったぜ!」
そう言って彼女は銀の両刃剣を鞘に納め、豊久も刀を鞘に納め真剣な眼差しを向けて…悪びれはせずとも彼女に対し詫びを口にした。
「すまんのう、マトモん勝負が出来のうて…。じゃが此が島津の…
敵である彼の詫び入れを受けたモードレッドは呆気に取られるが、“ぷっ”と吹き出すと気持ち良さげに笑いだした。
「アッハッハッハッ、何だよその馬鹿正直は、呆れ返るを通り越して笑っちまうだろが!」
「そうか、笑うてしまうか。ガッハッハッ!!」
二人して笑い声を上げ、モードレッドは豊久の頑としたその意志を認める言葉を投げかけた。
「つまらねえ打ち合いだったけどよ…、何故か気分は悪くねえ。
…己に課す法度か、嫌いじゃないぜ…そういうの。」
そう言って苦笑いを見せるモードレッドに豊久はやはり好感を感じずには入られず、敵ながら親しげに言葉を交わした。。
「俺も改めえ南蛮流の剣技ば見させてもろうた。荒々しくも美しか剣技じゃあ、かなりのじゃじゃ馬じゃったがのう。」
「誰が“じゃじゃ馬”だよ!!」
豊久は誉めたつもりではあったが最後の言葉が彼女の気に障った様だが、誉められたせいか…照れて頬を微かに染めていた。
「主ゃあ、他の廃棄物とは明らかに違うのう。むしろ俺等の考え方に近う気ばしよる。
いけんだ、俺達と共に戦場を駆け抜けんか?」
其れは予想だにしなかった敵である
「テメエ呆けるのも大概にしておけ。何処の廃棄物に漂流者と手を組む馬鹿がいる?
オレは死者だ、生者と絡む訳がねえだろ!」
「何故ぞ?
共に駆けるのに死者だの生者だの、“どりふ”だの“えんず”だの理由ば必要がか?」
一瞬、モードレッドは豊久の問いに言葉を詰まらせた。“何故”…この世界では漂流者と廃棄物は敵同士、この理は今まで崩れた事がない筈である。しかしモードレッドは彼の誘いに対し…何故かは分からないが妙な魅力を感じてしまっていた。
(共に…か。やっぱオレ達廃棄物共とは違うな、自由が過ぎるぜ。)
彼女は自嘲的な笑みを浮かべ彼の顔を見つめると、無言にて豊久の誘いを拒み、踵を返し…背を見せた。そんな彼女を豊久は腕を組みながら見送る。
「俺は此処にいう。気い変わったら何時でん来い!」
大きな声で勝手に約束を決める豊久。モードレッドは振り返る事なく、残っていた騎馬に跨がってその場を離脱…去ってしまった。
「豊さんっ!」
入れ替わりにキリトとアスナが助成に来て合流するが、無事でいる豊久を見てキリトは笑みを浮かべた。
「そっちは敵を倒したんだね。」
「いや、倒してんぞ。」
キリトは「えっ!?」とすっとんきょうな声を出して驚いた。
「アンタが討てなかったって…どんな奴なんだよ!?」
「
キリトは思い出してはみたがその名前に思い当たりがなく首を横に振った。
「奴も
其れを聞いたキリトは成る程と思い苦笑するが、先程からアスナが暗い顔でいるのが豊久は気になり無頓着な物言いで聞いた。キリトは少し表情を固くさせて事情を簡潔に話す。
「さっきから其所な娘は何を俯いちょるが?」
「…此方もジャンヌ・ダルクとクラディール…俺が戦った相手を逃がしてしまった。
その時新しい敵に一時的にアスナを人質に取られた…。」
豊久はアスナを見据え、彼女はその視線をマトモには見れず顔を反らす。また女と云う理由で強い言葉を投げつけられるかと思われたが、彼は“仕方なし”と一言を口にした。
「俺も
全く此いでは親父っどんに顔向けば出来んが、“もんどれど”と手合わせして女が戦ち出る事にちくと考えば直さにゃならん。
お前も先ずは命があん事ば感謝せ。」
キリトはあの島津豊久に考えを改めると言わしめた“もんどれど”なる女性に何となく興味が沸いた。…しかし廃棄物である以上は殺し合わなくてならない。其れを考えると同時に不安もまた生まれていた。
そしてアスナはあの時ジャンヌ・ダルクの胸を貫くまでして彼女を殺す事を躊躇い、敵の人質となりキリトの足を引っ張った弱い自分にやりきれない思いを抱いていた。
漂流者対廃棄物第一ラウンド終了、次回で廃棄物襲来編が終わります。
タイトル通り不完全燃焼気味ではありますが、取り敢えず廃棄物側はジルドレ以外皆生存。此処でガドルガ攻略前にオリジナルストーリーを入れる予定です。
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25話・瞳を閉じて
廃棄物の襲撃を受けたその夜、
アスナがハンニバルの世話をし、キリトはそんな彼女を横目に見る。晴明はそんな二人を気に掛けながら信長の話を聞いた。
「俺達はこの後、戦の用意が整い次第“ガドルガ”へ攻め込み、“どわーふ”を解放する。お前達はどうするのだ、安倍晴明?」
「我々は廃棄物の動向を調べ、他の漂流者の探索をしなければなりません。
貴殿方の戦に参加は出来ませんが、オルミーヌをこのまま連絡役として置いていきます。彼女なら他にも役に立てる筈です。」
「其所な娘も置いて行ってもらうぞ。戦力としてはまだまだだが剣の腕は捨て難い。何よりキリ坊の相手だ、一緒の方が良かろう。」
此に晴明は少しだけ躊躇ってしまう。アスナの願いはキリトと呼ばれる少年と出会う事であった。其れが叶い流れから此所に残るのが当たり前なのだろう。…しかしこの織田信長が只それだけで彼女を受け入れる筈がない。どの様な過酷な役目を負わせるつもりでいるのかがとても気になった。そして何よりエルフを解放し、次にドワーフの解放を狙いこの国…オルテと対抗するつもりなのは必定であった。
「織田信長殿、貴方はエルフを…ドワーフを解放した後に、このオルテをどうするつもりなのか?」
晴明の問いに信長はニヤリと笑みを浮かべ答えた。
「オルテを内部から蚕食し、地上より消し去る。
その為にオルテに支配された諸族を解いて周りオルテと戦っている国々と手を結び軍備を整える!
オルテを滅ぼした後に他部族連合国家を成し兵権を俺達が握る。豊久を統領としこの世界に“武士”という新しい制度を造り出すのだ!」
彼の話にキリトは今まで感じた事のない衝動が沸き上がった。歴史に名を刻んだ英雄達と共に国盗りを始めて何れ程の刻が過ぎ去ったのか…。エルフの蜂起に加担し、その手を現実の中で初めて鮮血で染め上げて今度はこの世界の危機を救う為に戦うのだと云う。あまりにも急展開が起き過ぎて常識では付いて行けない所だが、織田信長の脳内ではオルテを乗っ取った後の政治対策…まで考えられていたのである。
「俺達が軍閥を握るには此しかない。
彼の言葉は十月機関の活動そのものを否定するものであった。晴明を長とする彼等は
更に黒王を名乗る廃棄物は長い刻を人間に過酷な北の土地へと追いやられていた魔物の群を手懐け様々な怪物を集めた混合廃棄物軍を結成し魔物達への抑止力となっていた北壁の城塞カルネデスを陥落させてしまった。
此のままでは世界は破滅の一途を辿るしかない。その意味で云うなら漂流者による荒療治が必要なのかも知れない。…しかし安倍晴明が懸念するのはそのせいでこの世界の理そのものを変えてしまう恐れがあると云う事である。そして其処でアスナが話に入り信長を批判した。
「武士による軍閥は危険な軍事国家を生み出すわ!
信長さんは日本が何れだけ過酷な道を辿ったか知っていますか!?」
「おうよ、キリ坊より聞いたわ。…日本は幕府を潰し新政府の下で統合され軍閥が力を増し世界への進出を計って失敗し…敗北を喫した。だが此もまた“栄枯盛衰”、俺と何ら変わらぬ結末…。
刻は無情なり…。秀吉も然り、家康も然り、此れだけはどの世界でもある違えられん理よ。
ならば栄盛が続く為に知恵を搾るのが人間だ。人間には其が出来る。未来より来たお前達ならば其が分かりおろう?」
アスナは信長の言葉にも一理あると感じてしまい口を噤む。それを見て信長はフフンと鼻で笑う。
「豊久を統領にするのはコイツが王の器だからだ。差別もせず我欲もなし、恫喝もしない。…だが馬鹿である故補佐がいる。…其が俺だ。」
「誰が馬鹿だ誰が?」
一瞬皆が豊久に目を向けるがアスナは関係なく信長に質問をした。
「…何故…、自分が王にならないんですか…?
私は貴方が何をしようとしているか分かりません。」
「まぁ…、其れはおいおいだ。兎も角オルテを潰して軍備を整え廃棄物に勝つ!…此はその為の戦だ。」
「だから誰が馬鹿だ!?」
もう一度皆が豊久に注目…。すると信長は真剣な眼差しを豊久に向けス…ッと指差した。
「うるせぇ、お前だ馬ああ鹿っ!」
信長が豊久を楽しげな笑顔で罵ったその瞬間、皆が“プツン”といった音を聞いた様な気がした。そして島津豊久が立ち上がり腰の太刀を抜いて“ガーッ”と騒ぎ暴れ出した。
「おまいら全員ぬっコロオオス!!」
「ぎゃあああ、馬鹿が抜きおった!!」
「えっ、ちょ、何この人!?」
「信長、豊さん怒らせてあそぶなあ!!」
「とっ、豊久殿落ち着いて下さい!?」
「ヒヤッ、今どさくさに紛れて胸触ったの誰っ!!」
「危な、刀マジあぶねえ!!」
「こええ…日本人半端なく怖ええぞ!?」
「オォ、ローマが攻めて来たのか。今度こそボコボコのボコボコにボコボコ。」
「うん、終わり楽しければ全て良しだね。」
『終わってねええええええええっ!!!!!!!』
ほぼ全員が叫び慌て、豊久は誰彼構わず太刀を振り回して追いかけ回し最早収集が着かなくなる。アスナはどうして良いか解らずオロオロと戸惑うが、そんな中でキリトが彼女の手を掴み廃城から連れ出した。
「えっ、キリト君!?」
「いいから、来て。」
そう言って二人は廃城から抜け出し、エルフ達のキャンプ場からも離れた人気のない場所へと来た。
「キリト…君、ど…したの?」
二人っきりとなりアスナは強く捕まれた手を見て頬を赤らめ、上目遣いで彼を見つめ、キリトも握った手から彼女のほのかな温度を感じて惜しみながら離しやはり頬を火照らせる。
「えっ…と、今なら二人っきりになれるかな…、と、思って…。」
それを聞いたアスナは更に頬を染めてキリトが握った手を握り胸にあてた。…そして二人は原っぱに隣り合わせに腰を下ろし夜空を見上げた。
「星空の輝き…、私達の世界と同じだよね…。」
「あぁ、そうだね…。こんな形で夜空を見るのは久し振りな気がする」
「SAOで三年も閉じ込められていたんだものね。…でも、私達の世界の空じゃない。」
「あぁ、そして今俺達が生きている世界の空だ。」
キリトは夜空から視線を落とし、何気なく下を向いた。アスナは彼を見つめ、少しだけ表情を曇らせた。
「キリト君、聞いていい?」
「なに?」
「何故…、あの人達に加担するの?」
アスナからの問いにキリトは言葉を探して暫し口を噤むが、彼女は視線を離さずにまた問いかけた。
「彼等は歴史通りの侍…人の命に価値観を持たない人達だわ。このままあの人達と関わっていたら世界以前にキリト君自身が変わってしまうかも知れない!
キリト君がジャンヌ・ダルクに剣を振り上げた時の顔…、すごく恐かった。SAO内じゃああんな顔一度もしなかったのに…。」
キリトは両掌を上にして覗き込み、アスナを見ようとせず顔を険しくさせて掌を睨んだ。
「人を…殺した。SAOでも何人か殺してしまったけど…、エルフの人達を助ける為に…生き残る為に…アスナとまた出会う為に数十人を斬り殺した。逃げようと思えば逃げられたし…戦いを避ける事も出来たんだ。
…だけど、豊さんや与一さん…信長が無茶な戦いを挑むその姿に惹かれた。信長は俺が豊さんが持つ“狂奔”に当てられたって言ってたよ。俺は…、今俺はあの人達と共にある。なら行ける所まで駆け抜けたいと…、そう思ってるんだ!」
キリトはグッと両掌を閉じて拳を作った。アスナは今のキリトが誰の為にでもなく、自分の為に戦場に身を投じようとしているのだと気付く。漂流者…ドリフターズと呼ばれる者達は人ではない何者かに喚ばれてこの世界に流された。廃棄物と呼ばれる同じ世界から憎悪と共に甦った英雄達と戦う為に…。だが喚ばれた漂流者が何者かの思惑通りに動く訳ではない。そして各国もまた彼等を受け入れず災厄と破滅の二文字を信じない。ならば彼等漂流者の力を誇示する戦は必然的なのであろう。
アスナは三人の侍とキリトが行き着く先は解っていた。其れはカルネアデスを亡ぼした廃棄物…黒王軍との全面対決である。しかしキリトは彼等とその先を見たいのかも知れない。彼女はカルネアデスから脱出した時に誓った。黒王軍との戦いを必ず終わらせる…、其は黒王を倒す意志を込めた誓いだ。アスナは身体を傾け、キリトの肩に寄りかかる。
「アスナ?」
「キリト君はこの世界の為ではなく、自分の為に戦うんだね…。
…私は北壁で晴明さん達に助けられて…、魔物達や廃棄物にカルネデスの人達が殺される様を見せつけられ…必ず彼等を討ち倒すと誓った…。今もその思いは変わらない。…でもジャンヌ・ダルクを追い詰めて止めを刺す事が出来なかった。…結局、彼女の過去の無惨な仕打ちと最期に対して同情する気持ちが捨て切れなかった。
一人では何も出来ず、敵を倒す事すら果たせない。なら…私も変わらなければならないのかも知れない。
…いえ、変わらなければならないんだ!」
キリトは寄りかかるアスナがこの世界の理に従うと決意する事を喜ぶ気にはなれなかった。その決意はその手を人の血で染め汚すのと同義であり、彼女が人を殺すのを厭わないと云う事だ。…だがきっと彼女は自分が説得しても訊かないであろう。SAOの中でもアスナと言う少女は頑固で先陣を切って戦っていた。そんな彼女をキリトは危なっかしく思い…守りたく、いとおしかった。
「後戻りは…出来ないぜ…?」
「うん、覚悟は決めるわ。」
二人の瞳が向き合い、顔が近づく…。二人がお互いに目を瞑り唇が重なり…合おうとするが寸での所でピタリと止まった。…人の気配が感じられ二人の耳に奇妙な息遣いが聴こえる。キリトもアスナも額に汗を滲ませて眉間に皺が寄せてしまった。
何者かが自分達を見ているのだと解り二人は同時に顔を離して身構えた。…すると、その向かい前に四つん這いで二人を凝視している人物がいたのだ。その人物にキリトとアスナは見覚えがあり思わずハモって名前を口にした。
『アルゴ~~!?』
アルゴと呼ばれたマントを羽織るショートヘアの少女はいたずらっ子と全く同じにやけた笑みを見せた。
「あっバレたか。…まぁ、お気になさらず、続き…どウゾ。」
「出来るかああ!!」
キリトは思わず大声を張り上げ、アスナは顔をスチームの様に顔を真っ赤っかにしてキリトの胸にしがみつき埋めた。
今回で廃棄物襲来編、終わりです。
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26話・星が瞬くこんな夜に
フードのあるマントを着込み、金褐色のショートヘアで頭の天辺にハートを描いた様な二束の癖っ毛が特徴の少女…アルゴは人懐っこい笑顔をキリトとアスナに向けた
「久し振りだな、お二人さん。お前らが
アルゴの問いにキリトとが頷き、自分達がどの様にしてSAOクリアに漕ぎ着けたのかを話した。アルゴは其れを聞いて面食らい驚きの声を上げた。
「まさか血盟騎士団の団長が茅場晶彦でしかもラスボスとかマジあり得ねぇ!趣味悪すぎだゼ!」
「あぁ、そうだよな…、趣味は良くないよな。」
キリトはアルゴに同意しながらも何処か切なげな笑みをしたのでアルゴは話題を
「そう言やあ“キー坊”と“アーちゃん”は
「まだ十日経ったかな、カルネアデスから此所までにかなりかかってるわ。」
「俺も其れくらいかな、この世界に来てあまりの急展開に付いて行くのがやっとだ。」
アルゴの質問にアスナが答えキリトは自分も同じだと彼女に続いた。するとアルゴがまた驚きの表情を浮かべ、それこそ二人が驚くべき事実を口にした。
「日ぃ浅すぎだロ、オレっち
キリトはそれを聞いて愕然とし、言葉が見つからず何か話さねばと思うも頭が全く付いていかなかず顔をしかめて右手で髪の毛をワシャワシャかき混ぜる。アスナも驚きの表情のまま声を出せず、アルゴは二人の気持ちを察して三年間どの様にして生きて来たのかを語る。
VRMMORPGのソードアート・オンラインに捕らわれ、キリト…桐ヶ谷和人が最終ボスであったヒースクリフである茅場晶彦を倒してデスゲームより解放された筈のアルゴは光に包まれたと思えば、ゲーム内の姿のまま見知らぬ森の中にいた。カーソル画面は出現せず、感覚もゲームのものではなく…生身に戻っていたのを理解した。しかし状況が呑み込めないまま森をさ迷っていると悪漢達に襲われ捕らわれてしまう。悪漢達はこの森を隠れ家にしていた盗賊達でアルゴを奴隷市場に売り飛ばすつもりだった様だがその隠れ家に武装した一団が攻め込み、盗賊達は捕縛されてアルゴも救出された。その一団と云うのが何と十月機関に所属している冒険者達であった。アルゴはその一団の“ドク”と言う獣耳の青年から冒険者のノウハウを教わり二年間程行動を共にし、その後は一人で旅をしてSAOのスキルや経験も生かし情報屋を営み、今に至ると言う。
「そいでもって、
「…“オルテ”!?」
彼女の口からオルテが語られた途端、キリトの目の色が変わりアルゴも予想していたかの如く両手を背に隠して次の瞬間突如キリトが何処に隠していたのか黒の剣を抜き、アルゴは後ろから“何か”を取り出してキリトの顔に向けて
「キリト君!?
アルゴ、彼に何をかけたの!?」
「心配しなさんな、ちょっとした“痺れ薬”ダ。長ければ数十分は動けない上に五感も働かないけど命には関わらんゼ。」
そう言ってアルゴはキリトを抱き抱えるアスナの前に片膝を付いて目線を同じくし、改めて話を続けた。
「オルテって聞いただけで剣を抜かれるなんてな…。SAO内でのキー坊はもうちょっと冷静だったと思ったんだけどな…、まぁ…こんな世界だしもう何人も殺してるだろうしナ。仕方ないか。」
「…アルゴ、私達は此からそのオルテと戦わなければならないの。
多分キリト君は貴女がオルテの貴族と関わりがあると言ったから…、スパイか何かと思ったのよ。」
するとアルゴは切なげにキリトを見つめ、彼の頭を撫でる。
「そうだろうナ…、でもやっぱ昔の馴染みに剣を向けられんのはキツイゼ…。
アーちゃん、この廃城にいる漂流者が誰だか教えてくれるカ?」
彼女に向き直ってアルゴはその場に座り込み、アスナはキリトを自分の傍らに寝かせてアルゴを向き合うが、視線を反らし彼等の教えて良いのかと暫し悩んだ。
「頼むよ~、オレっちが持ってるオルテの情報教えるからさ~。」
人なつっこい声を出してねだるアルゴにSAOでの思い出が頭の中をよぎり、アスナが廃城にいる漂流者の名前を教えると、やはり織田信長がいると聞いて正しく目ん玉ひん剥いた顔となった。
「おっ、おっ、…おだのぶながあああ!?
あの第ナンチャラ大魔王…」
「第六天魔王。」
「第六天魔王の織田信長がいるのかヨオ!!」
アルゴは暫し放心し、アスナは呆ける彼女を見て苦笑した。…恐らく此が現代人の素直な反応なのかも知れない。
「そんで元源氏の名手…那須与一か~、島津ナンタラは知らんがなかなかの顔ぶれだゼ…。」
豊久がいたら歯軋りしながら怒り出しそうだがやはり関ヶ原の戦いは徳川家康と石田三成の戦いとして有名な為に知名度は信長や与一と比べると低いやも知れない。
「そいじゃあ、オレっちが知る情報な。
お前らも知ってるだろうけど現在オルテは四方に戦争を広げ今回のエルフ蜂起で事実上八方塞がりな状態ダ。そんな時だからなんかナ~、今オレっちと繋がりのある“貴族”がある企ての為に此所に来るかも知んね~ゼ。
其れと…、アーちゃん達が落とそうとしてるガドルガにドワーフ以外に人間の奴隷がいるって話ダ。
オレっちも一回中に入ったが彼処はもう奴隷にとっちゃあ地獄の様な所だ。あんまり長居はしたくなかったし…正直
人間の奴隷も確かめられなかった…、もしかしたらもう死んだのかも知れねエしデマなのかも知れねエ…。」
アルゴの仕草や口調からは僅かではあったが不快感と怒りが滲み出ていた。そして未だ痺れ薬で動けないでアスナの膝枕に寝かされているキリトを見おろした。
「アーちゃん…、キー坊から目を離しちゃ駄目だゼ。
コイツかなりまいってるかも知んねヨ。」
「え…、キリト君が…!?」
「アァ、オレっちもこの世界で初めて人を殺した時の事を今でも覚えてル。…SAOとは明らかに違うんダ、感触と匂いが…。
どっかで割りきらなきゃ正気なんて
キー坊はそれがなかなか出来ないんだよナ、だからSAOの時も誰にも頼らず…わざわざ貧乏クジを引いて全部を背負っちまウ…。この世界はそんな奴から先に死んでいくんダ。…だからキー坊からは絶対に目を離したりすんなヨ、アーちゃん!」
アスナは彼女の言葉を真摯に受け止め、目を見つめ強く頷いた。
「アルゴは此からどうするの、私達とは一緒に行ってくれないの?」
「キー坊とアーちゃんに会って確信しタ。
そう言って決意を示すアルゴをアスナは心配ながらも友として笑いかける。
「分かった…、無理しないで…アルゴ。」
「オレっちは二人と違って安全を第一にしてんだヨ。」
「そっか…。
アルゴ、“オレっち”より…“アタシ”の方が可愛いわよ。」
「なっ、何だよ、急に!?調子狂っちまうゼ!
・
・
・
・
じゃあな、
苦笑いをしながらアルゴは立ち上がりまだ動けないキリトに手を軽く振って去って行った。アスナは若爺とオーちんなる人物が誰であるか解らなかったが、いつの間にか寝息を立てているキリトの顔を見て少し不安な気持ちになる。アルゴが言わんとしていた事は自分も感じていた。信長が自分を引き留めてキリトの傍らにいさせようとした理由も理解している。…彼は時に死に急ぐ傾向が見受けられるのである。本人に自覚はなく、誰かが傍にいなければ何処までも突っ走り限界を通り越しても自分を省みない危うさを持っている。其れは彼の最大の武器であり、弱点だ。アスナはキリトにとってストッパーの役割をしなければならない。その使命を自身に改めて課す事に彼女は迷いなく決意を固めた。
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27話・銀閃の風
やっと27話書き上げたので更新します。
… 夜が明けてその場で寝ていたキリトとアスナ。キリトは動けない身体で芝生に寝そべり、その傍らでアスナが彼の左腕を枕に添い寝をしていた。アスナが先に目が覚めて上半身を起こし、まだ寝息を立てているキリトの無防備な顔を覗き込み…微笑む。
(そう言えばキリト君…私より一つ年下だったね。)
彼の寝顔を見つめながらアスナは顔を近付け、キリトの唇に自分の唇を重ねた。…するとゆっくりキリトの瞼が上がり、アスナの顔を間近に見て彼は目覚めた。
「お…っ、おはよう…。」
「うん、おはようキリト君。もう起きれる?」
「あ…、あぁ。みんなの所へ戻ろうか。」
「うん。」
そう二人で言葉を交わし、笑顔のアスナがキリトの手を引っ張り立ち上がらせた。
二人が廃城に着く頃には安倍晴明達は出立の用意をしており、信長と与一に豊久が見送りをしている所であった。アスナは晴明に駆け寄り彼と向き合う。
「もう…行かれるのですか?」
惜しみげな瞳で見るアスナに晴明は微笑みかける。
「あぁ、また我々には他の漂流者の探査や廃棄物の動向を探る使命がある。それにスキピオも探さなくてはならない。」
安倍晴明はそう言うと廃城の壁に寄りかかり座り込みブツブツと言葉にならない言葉を呟く老人…ハンニバル・バルカに視線を向け、アスナもハンニバルを寂しげに見つめた。
「彼がいなくなってからハンニバルは日の殆どをあの様にして呆けている。彼にとってライバルのスキピオは何らかのタガであったのかも知れない。」
再び晴明はアスナの顔を見据え、彼女に忠告を与える。
「アスナ、君がキリト君達と共に行く決意が変わらないなら心する事だ。今の彼等の戦いは守る戦いではない、奪う戦いだ!
織田信長ら三人の侍に君達の世界の常識は通用しない。
…だが、不本意ではあるが必要な戦いでもある。君は…いや、我々はその戦に加担しなければならない!君は彼等の戦の本質をしかと見極めなさい。
…だがもし…彼等を受け入れられないのであれば…、キリト君と一緒に野に下り、元の世界へ戻る方法を探しなさい。自分達を一番に考え、最善を尽くしなさい。」
「はい。」
安倍晴明とアスナは一時の別れを惜しみ語り、そんな二人を何となく複雑な気持ちで見守るキリト。すると傍らから織田信長が右腕をキリトの首に絡ませ、イヤらしい目付きでニタニタしながら彼にひっ付いて来た。
「何だよ、離れろ!」
「そう邪険にすな。あの娘と朝帰りとは良い御身分よのう、キリ坊。騒ぎの中を娘と一緒に抜け出してシッポリとしてきたのであろう?
…なかなか抜け目ない奴じゃ。気を利かして探さずにいてやった事感謝せえ。」
…と、今度は那須与一が左腕をキリトの首に絡ませ、ニコニコしながら取っ付いた。
「そうですか~、此でキリキリも童貞ではなく一端の男となったのですね~。何ともおめでたい事です。」
ウンウンと笑顔で頷く与一をキリトは横目に見て顔をしかめた。どの様な時代でも色事は話のネタとなり男女共が気にかけるモノ。実際信長と与一の様に絡みはしないが先程からオルミーヌもまたキリトとアスナを頬を赤らめながら気付かれない様に交互に視線を向けていた。…皆にはバレバレではあるが…。しかしキリトは眉をひそめ晴明と話すアスナをチラリと見た。
「ほれ、教えんか、あの娘子とヤッたのであろう?」
「キリキリ、隠す様な事でもありますまい。」
与一には“隠す様な事です!”と突っ込みを入れたかったが、キリトは口隠り…二人の顔を見ずに呟いた。
「ヤッ……てない…。」
其を聞いた信長と与一は笑顔のまま数秒固まり、突然“エエエエエエエエエエエエッ!!!!!!”と絶叫しながらキリトから駆け足で後退り離れた。
「きっ、キリ坊、ヤッ、ヤッてないとはどーゆー事だ?
まさか貴様、男が好きなのか、そうなのかこの変態めっ、へーんたーいめーっ!」
「そんな、キリキリが男色趣味だったとは!?
…であれば私も今夜から本気で警戒せねばなりませんね!」
離れた場所で言いたい放題の二人をキリトはギリギリと歯軋りをして睨んだ。
「どうしてそうなる!?誰が変態で男色趣味だ!?
俺は
『……
「女性趣味だ!」
変な所でシンクロする二人のボケにキリトはまたギリギリギリと歯軋りをした。
そんな彼等のじゃれ合いを見てアスナは何とも不愉快になり…羨ましく感じた。既にキリトは三人の侍と強い絆で結ばれつつあり、自身も十月機関の者達を強く思っていた。しかし此からはキリトしか頼れる者がいない。SAOの中ならともかく、この異世界ではその事実が重くのし掛かった。
「な~に湿気た面してんだよ、アスナ?」
「折角の美人が台無しだぜ。」
其処へ彼女に声をかける者達がいた。ブッチ・キャシディとザ・サンダンス・キッドである。アスナは二人に苦笑いをして彼等とも一時の別れを惜しんだ
「やっぱり、奴の傍に行くんだな。」
「うん、ブッチさんの気持ちは嬉しいけど…、私はキリト君が大好きだから。」
アスナの素直な気持ちを聞いてブッチは舌打ちしながらも自嘲的な笑みを浮かべる。
「“ダイ”と来たかよ!
…まっ、しゃーないか。此以上は女々しいってもんだな。」
ブッチは溜め息を吐くと自装していた弾の入っていない1挺のマグナムに弾丸を一発込めると銃身を握りアスナにグリップを向けた。キッドは彼の思惑を量るかの様にハットのつばに隠れた目を細め見つめる。
「ブッチさん?」
「餞別だ、持っていて損はないぜ。
アスナは向けられた拳銃のグリップを右手にて握るが引き金には指を入れず、左手でリボルバー部分を掴んだ。
「うん、ありがとう。」
アスナは安全装置を確認すると拳銃を腰ベルトに引っ掛けた。ブッチはそれを見ると嬉しげに笑い、荷馬車の前に乗り馬の手綱を握り、キッド…晴明達機関の者達は後ろに乗った。そして彼等を見送る為にオルミーヌとハンニバルを連れて豊久が現れた。
「オルミーヌは此方へ置いて行きます。連絡係としてお使い下さい。其れとハンニバル・バルカの事も御頼みします。」
「かまわんが。こん爺さぁの目は
豊久は何故か嬉しげにハンニバルの件を即了承した。其処へ信長に与一…キリトも来て
「まっったく勝手に決めおって…。まぁ、御大将が決めたなら仕方ないにゃ~。」
「その御方も漂流者なのでしょう?…なら老いてはいても戦人ならば只御荷物のままにはならないでしょう。」
呆けたハンニバルに対して信長と与一は苦笑いをしながらも豊久と同じく受け入れた。晴明は表情を引き締め豊久に問う。
「御大将たる島津豊久殿、貴方はこの戦に何を求めなさる?
オルテを倒し、廃棄物を倒し、この異世界を取りなさるか?」
その問いに豊久は不敵に笑み、自信満々に答えた。
「
寝てん覚めてん薩摩
彼の答えに那須与一も織田信長がブッチ・キャシディにザ・サンダンス・キッドまで不敵な笑みを浮かべ、キリトは豊久に向け憧れを露わに表情を輝かせた。反対にアスナはキリトに一抹の不安を覚える。そして十月機関が廃城を後にし、漂流者率いる解放軍はガドルカ鉱山の攻略準備に入るのであった。
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漂流者ガドルカ攻略編
28話・百火撩乱
ガドルカ攻略編スタートです。
オルテ帝国ガドルカ鉱山大工廠…。鉱山を背にし、城門は一つしかなく周囲を高い石壁で囲いその周りを深い堀で囲っている。オルテの武器のおよそ半数近くを製造する最大の兵器廠である。前回、海路による兵器物資の運搬をグ=ビンネン通商ギルド連合の奇襲により阻止全滅させられてその稼働量を更に上げざるを得なくなった。この大工廠を一手に動かしているのがドワーフであり、日夜休む事を許されず…、炉の煙突は煙を上げていた。
唯一の城門前周囲には完成し箱に密封された剣槍等の兵器物資が積み開けられ各戦場へ送られるのを待ち続けていた。
その城門一体を高見出来る丘よりハンニバルに御供のエルフの双子…、そしてアスナを傍らに連れた織田信長がニタニタしながら城門周囲の様子を眺めていた。
「オホッ、いおるいおる。見張りは四の五の…、十か。キキ、弛い弛い。」
嘲笑を顔に張り付け腕を組み構える信長にアスナは怪訝な表情で彼を睨む。
「どういうつもりですか信長さん、私もキリト君と一緒に戦場へ出るのではなかったのですか!?」
彼女の問いに信長は無精髭を撫でながら答えた。
「そうさな、始めは其れも考えた。…だがお前の
よって今回は本場の戦を見させる事にしたわい。
…と言っても、儂らの勝ち戦になるがな~。」
信長はあのジャンヌ・ダルクとアスナの一戦を見届け、彼女の甘さが乱戦になりがちの戦では確実に命取りになると判断していた。自分自身も解ってはいるのであろうが、化け物と人ではやはり違う。人間は無意識に差別をしてしまう生き物だ。それが普通であり、其れを理性でねじ曲げて折り合いをつけるのだ。アスナがコボルトを相手に躊躇なく引導を渡せるとしても…人と判断した相手は力で捩じ伏せても止めを躊躇い、見逃すであろう。しかし戦であればそれが仇となりその隙に背後から剣や槍、弓矢で串刺しとなり亡骸すら凌辱されるのである。
「兎も角、
織田信長の唐突なセクハラ発言を聞くやアスナは素早く細身の剣を抜いて信長の喉元に刃を突き付けた。
「次…不愉快な言動をされたら……私の最初の犠牲者は貴方になります、織田信長公!」
目尻に涙を溜めながらの彼女の脅迫は刃から届く殺気で本気だと理解した。信長は口端をひくつかせて剣の切っ先を摘まみゆっくりと顎から離す。
「ひい~、剣から放たれた殺気で髭がチリチリしたわい!
しかし…真面目な話ヤる事はしっかりとしておけよ、アスナ。キリ坊を癒せるのはお前だけだ。……そしてお前を癒せるのは…キリトだけよ。」
何処か愁いを帯びた視線を向ける信長。アスナは歴史の有名な武将の中で織田信長は嫌悪の対象であった。彼が犯した数多くの殺戮は戦国武将の中では郡を抜いているであろう史実が彼女に信長を嫌悪させていたが、そんな魔人が自分の様な名もない小娘を心配するなどとは考えようもしなかった。
丘の向こうでは島津豊久が率いるエルフの解放軍が身を潜め、機会を見ている。キリトも彼の傍らにおり今か今かと待っているのだろう。先日…まだ安倍晴明達十月機関が発たぬ刻にオルミーヌにより発注されていた硫黄が届き、信長はエルフ達に不可思議な作業をさせていた。
“死ぬぞ、気を付けて混ぜぬと皆死ぬぞ!”
散々脅して何やら
そして激しい爆発音が轟き、ドリフとエルフによる奇襲攻撃が開始した。
ガドルカを守るオルテ兵士は夜襲に備え、焚き火を立てて荷馬車に積まれて行く剣や槍が梱包された木箱を堪らなそうに見届けながら三人の兵が雑談をしていた。
「今月もドワーフが何人か死んだな。」
「そりゃあな、毎日毎日剣槍弓が消費されて毎日在れ寄越せ此れ寄越せって上から来るんだ。此方としては応えるしかないだろ。」
「どうせ武器作るのは使い捨ての“デミ”だ、何人死のうが知ったこっちゃないさ。死ぬなら死ぬで人間様の役に立ってから死ねって事よ。」
好き勝手にくっちゃべってはドワーフをなじる兵士達。そんな奴等の話はドワーフの中に混じり彼等と同じ扱いを敢えて受けている人間の話になった。
「そう言えば
「馬鹿な奴だよ、ドワーフなんぞに何を義理立ててんだかな?」
「どっちにしろ肌の色からしてグ=ビンネンの諜報員だろ。正体バレバレだぜ、あんなのは尋問して即殺しときゃいいんだよ!」
「違いない!」
“HAHAHA”と笑い声を上げるオルテ兵だが、突然ドオオオンッ!!と言う轟音が鳴り響き周囲から火と煙が上がり始めた。三人の兵士は狼狽してアチコチを右往左往と首を動かす。
「なっ、何だ、何の爆発だ!?」
「おい火、物資が燃えてるぞ!!」
兵士二人が驚愕しながら叫ぶが次々に爆発が起きて木箱が砕けて燃え広がり跳ね飛ぶ石や剣に槍が散乱した。ドオオオン、ドオオオンと地が轟音に震え煙が広がり視界を失う。だがその中より人影が現れた。赤い足軽鎧に右手に日本刀を握る侍…島津豊久である。
「なっ、まさか、ドリッ!?」
彼の姿を真っ先に見た兵士は豊久の刃の一振りで首を跳ばされた。豊久は刀を振りかざし共に姿を現した多数の人影…キリトやシャラ達エルフに激を飛ばす。
「突っ込むどお!
敵ば恐れちょる、鬨の声ば上げい!!」
彼の指示通り、シャラは“応おおおっ!!”と大声で吠え、キリトも力一杯に咆哮した。
『オオオオオオオオオッ!!!』
キリト達の咆哮と信長の監督指示により作られた
「ひっ飛べえ!!!」
豊久の号令と同時にエルフ達は弓矢を構えて突撃、彼の横に次いでキリトは漆黒の剣を握り吼えながら駆け走り、恐慌状態の敵兵に無慈悲に振り下ろした。
時間は遡り、あの廃棄物襲来の日…、ジャンヌ・ダルクを見捨てて敗走したクラディールは暗い森林の中で独り苦渋にまみれながらヨタヨタと草を掻き分けて廃棄物本拠他のカルネアデスを目指していた。
「糞、糞糞糞おっ!!
何なのだ、彼奴があの甘ッちょろい筈のキリトだと!?
馬鹿な、アレはSAOにいた男じゃない!…死神だ、黒い死神そのものだ!!糞、俺のアスナ様が……、あんな化け物の慰み物になるのか、……イヤだ…そんなのは絶対に赦せない、アスナさまあ~、アあスナ様ああぁ、ァアブッ!!!?」
一人なのを良い事にクラディールはだらしなく泣き出した。だがその情けない泣き声は突然上から落下して来た人物に頭を踏みつけられて顔面を地面に押し付けられた。
「気持ち悪い男だな~、見ていて流石に殺してしまおうかと思ったぞ。」
頭の上から自分を詰る人物…男に青筋をこめかみに浮き上がらせたクラディールは勢いつけて立ち上がり頭を踏みつける男を振り上げた……、が、男は身軽に宙で一回転をして長い黒髪をなびかせて着地した。クラディールはその男を見るや怒り浸透の形相を蒼白させた。
「なっ、“源九郎判官義経”!何故此所に、ジャンヌ・ダルクを飛竜に乗せて北へ逃げたのでは!?」
長い黒髪の中性的な外観の男…源義経はニヤリと不敵な笑みをクラディールに向けて近寄った。
「あんなのは雑兵に任せた。…其れよりお前、俺の下に付いて言う通りにしろ。悪い様にはしないから。」
邪悪な笑みを見せる義経に対し、クラディールは背筋が冷え、抗うなどと言う思考など起こす事も出来ずに頷くのであった。
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29話・魔王
ガドルカ大工廠城塞城門前はアスナの予想通りに瞬く間に火の海と化した。エルフ達が放り投げる鞄にはビッシリと黒色火薬が詰められており文字通りの爆弾としての能力を見せつけていた。燃え盛る炎に撒かれ逃げ惑う兵士達は同じく炎に包まれ、爆風により吹き飛ばされ、砕けた木箱に武器の破片が飛んできて身を切り裂かれる者もいた。
気付いた見張り矢倉の兵達がクロスボウに矢を組むが、数人の別動隊を率いて動いていた那須与一が放った火薬包みの一矢で爆発…破壊された。
「アハ、すげいやコレ!」
弓の名手である与一と弓矢を得意とするエルフ達が放つ火薬包みの矢はピンポイントで矢倉を破壊していき、城門外のオルテ兵達は総崩れとなった。そんな中でエルフ達は更に敵の混乱を助長する為に大声で戦況を口にして兵士の恐怖を煽っていった。
「爆発するぞ、どんどん燃えてるぞ、早く逃げないと吹き飛ぶぞおっ!!」
「積み荷がアチコチで焼けてる、俺達も燃えてしまうぞ!」
「ドリフだ、早く逃げないとドリフに殺される、逃げろ逃げろ逃げろ!!」
オルテ兵は何処からと聴こえて来る叫び声に恐怖して敵などお構い無しに逃げ惑うが、その隙にシャラが矢で射ち兵を仕留める。
「アアアアアッ!!」
キリトの横凪ぎ一閃が敵兵の首を飛ばし、更に振り向いて二人目の腹を斬り裂いた。臓腑と血が一気に吹き出して兵は絶命する。その無残な死体を冷めた目付きで見つめ、息を荒くさせて肩を上下させた。別に疲れてしまった訳ではないが妙に気持ちが昂るのを感じ、此方に走って逃げて来た一人の兵と目が合うとキリトは黒の片手剣…エリュシデータの切っ先を敵に向けて振りかざしオルテ兵も戦々恐々しながらも槍を構えた。…が、キリトの背後より飛んできた矢が敵の右目を射抜き、バタリと倒れた。
「キリト!」
後ろから声をかけてきたのはシャラでどうやら彼の矢が敵兵を射殺した様だ。
「キリト、先行し過ぎるな!豊さんを追い抜いてるぞ!」
「えっ!?」
どうやらキリトはオルテ兵を追うあまり味方勢から離れ過ぎてしまった様であった。そんな彼をシャラは豊久の指示で他二人を動向させて追って来てくれたのである。オルテ兵達を倒しながらエルフ衆は豊久を中心に集まり、再び集団となりキリト…シャラ達と合流した。豊久がキリトに歩み寄り、彼の黒い外套左襟を掴み上げた。
「気負いし過ぎぞ、
「すっ、…すみません…。」
視線を反らし力なく謝るキリト。豊久は襟から手を離し、前方に見える城門を見据え、刀を翳して切っ先を城門に合わせた。
「突入ぞ、城市んかっ奪れやあ!」
彼の号令からエルフ達は今一度声を張り上げた。キリトは胸に右手を添えてもう一度先程の気持ちの昂りを確認するが、今は落ち着きを取り戻している。豊久の叱咤が彼を鎮めてくれた様である。
(豊さん……俺をキリトと…、呼んでくれた。)
豊久と信長は親近と若輩の意を込めて普段はキリトを“キリ坊〝と呼び、与一は親しみを込め“キリキリ”と呼んでいる。そして本心から言えばこの二つの呼び名を好ましく思っていない。理由としてはそう呼ばれている間は自分がまだ三人と肩を並べられていない気がするからである。…まだ未熟なのだと思われているのだと感じるのである。しかし時折豊久は戦場にてキリトと呼ぶ時がある。其れを聞くと何故だか脳髄が冷める感じになる。……認識させられるのだ、島津豊久は戦場にてキリトを認めているのだと…認めてくれているのだと…。ならばとキリトは剣を二度構えて握った。
(俺を認めてくれている人を……失望させる訳には行かない!!)
駆け出す豊久とエルフ衆の中、キリトも共に城門に向けて走り出した。
「良いな、良いな~、火薬包みの弓矢を与一とエルフに使わせたのは大正解じゃわい!
奴等の腕だからこその大威力なり!
しかし…、こうもボカボカと燃やしちまうとは……、此処の物資は俺達の役にも立つのにな~。勿体無いな~、勿体無い。」
城門を見渡せる丘の上で見守る織田先右府信長は右手を胸元に入れ左手で顎の無精髭を撫でながら下の様子に少々苦笑する。アスナは城門側より聴こえて来る黒色火薬による爆発音と響いて来る阿鼻叫喚の声を危機、エルフ達や豊久により殺められていくオルテ兵を遠くに見据え、そしてキリトがかつてSAOの世界で身に付けた強さを奮って多くの命を切り刻んでいく姿に涙を頬に伝わせていた。
「キリトくん……。」
「アスナ、見ているか、お前の愛しい男が敵を斬り裂く様をっ!
よーく見ておけよ、キリ坊…否キリトが敵の臓腑を抉る様をっ!
敵兵は悲鳴を上げてバタバタと死ぬ、俺達はその屍を踏みつけ前に進むのだ。此が戦場、此こそが我等戦人が生きた戦国の世だ!!」
信長はアスナの眼に刻みつけようと彼女を焚き付ける暴論を謳った。アスナはキッと涙を撒いて振り向き眼帯の男を睨んだ。織田先右府信長…、教科書や他の書物に書かれた織田信長など架空の人物に過ぎない。今この世界にいるこの残忍極まりない男こそが様々な偉業と殺戮を繰り返した魔人…第六天魔王なのだ。アスナに見極められる人物などではないのである。彼女は安倍晴明が言った
「織田信長公、貴方はキリト君を……、いいえキリト君だけでなく与一さんも豊久さんも手駒にしか見ていないのですか!?
戦ならば皆掌で踊らせて悦に浸るのが貴方の勝ち戦ですか!?」
突然の押し問答にエルフの双子はどうしていいか分からず、ハンニバルは二人から目を離さずに見据える。城門からは相変わらずの戦の掛け声と阿鼻叫喚。二人はジッと視線をぶつけ合う。……が、信長の方が先に口を開いた。
「少し違うな。
確かにお豊も与一もキリ坊も俺の掌で踊っておるが……、踊らされておるのではない。……自らの意志で我掌の上に上がり踊っておるんだ。」
信長の言わんとしている事は認めたくなくとも理解は出来ていた。島津豊久も那須与一も戦人、彼等が兵なら信長は軍師である。彼の作戦で戦に勝てると信じているからこそ二人は彼の用意したシナリオに沿って戦っている。そしてキリトはこの世界で生きる為に戦っている。愛する女と共に元の世界に戻る為に…。アスナは信長に言葉を返そうとするが、彼はアスナから視線を外し、城門側にも向けずに山の向こうを見ていた。
「…しかし、実の所此でも結構な綱渡りをしておる状態なのだぞい。
一つは兵の数が少ない。故に一人も死なせず勝ち戦に持っていかなきゃならん!
そして兵となるのがエルフのみでは兵法が片寄っていずれは虚を見抜かれる!…まぁ、此方は今の所はなさそうだし、オルテ馬鹿ばっかしだから。ドワーフも解放するしね。
…だが一番気を付けねばならんのは……、“お豊”だ。
あ奴、俺のゆー事まるで聞かん!戦の玄人でなければ初陣で真っ先に死ぬレベルだ!!
更にはキリ坊よ、あ奴をお豊の歯止め役にしようと考えたがお豊に感化されて時折お豊以上に暴走しかねん!!
戦以外の与一はぶっちゃけ何考えているか解らん。
……俺一人で担ぐには奴等個性が強過ぎるんだーーーーーっ!」
何やら山に叫び始め、木霊が此方に返る。信長心の叫びは少し熱くなっていたアスナの頭を一気に冷めさせた。戦を楽しんでいるには違いないが彼は彼なりに苦労が絶えないのである。戦人二人と未来人一人を扱い、異世界の亜人種を兵にして軍を立ち上げるなど其れこそ前代未聞であり、其相応の問題を信長は一手に引き受けていたのだ。アスナは眉間を寄せ、ガクリと膝を落とした信長に歩み寄る。
「どうしてこの場で弱気な事言うんですか、なら私とキリト君が居なくなれば肩の荷は減るんじゃないんですか?」
「おいおい、ソイツは困る!キリ坊はお豊と並ぶ天下無双の剣士、そうそうは手放せぬ。
二人が敵陣に突っ込んで斬撹、気を取られた敵兵をエルフの無数の弓矢にて射つ。我等の基本的最大なる戦法だ!
今キリ坊に去られてはお豊の死ぬ確率が上がってしまうわ!」
此処でアスナは口隠り、信長を上目遣いで恨めしげに睨んだ。
「そんな、勝手だわ!
豊久さんは好きで戦場にいるのよ、キリト君や私は元々一般人、戦争に参加する必要なんて……っ!」
「
またもアスナは口隠った。そう…、廃棄物を倒すのだとあの北壁にて誓った。見捨ててしまったあの国の人々に誓ったのだ。あの時の激しい衝動が彼女の胸にフツフツと頭をもたげ始めた。廃棄物を倒す為に必要なものは力であり、その力となるのは軍……
(キキッ、相当痛い所だった様だにゃ~。しかし一般人とやらがそんな殺意に満ちた目を簡単にするかよ!
キリ坊といい全くもって想定外の拾い物よ、未来人はっ!
お前にはキリ坊以上に働いて貰わねばならん、其がきっとお前達の為にもなる筈よ。)
信長の顔に影が落ち、キシシと歯を見せて笑う。その油断ならない表情にアスナは彼の言葉を重ね、織田先右府信長を心から嫌悪した。
警備兵となる兵を全て倒し、城門前まで攻め込んだ豊久達は堀に囲まれた城壁の前にて足を止め、門橋の降りた奥を皆で見据えた。すると門よりガシャガシャと音を立てながら重厚な鎧に身を包んだ。騎士の部隊が前進して来た。恐らくはこの工廠を守るオルテの精鋭達であろう。豊久は重鎧達を観察し、笑みを浮かべる。
「矢無し、弓無し、騎無し、退けい!!」
彼の掛け声でエルフ達が豊久と一緒に着いて来ていたオルミーヌを残して一斉に後退した。…だがキリトは動かず、大鎧の兵士の中から有り得ない人物を見つけていた。額から冷や汗をたらし、ワナワナと身体を震わせるキリトに豊久が気付く。
「どうしたキリト!?」
キリトは答えず、敵側の兵が一人…前に出てキリトと視線を合わせた。その人物は背が高いが痩せこけ、黒い肌に黒髭のスキンヘッドをしていた。彼は手に持つ両手持ちのバトルアクスを降ろしてキリトに声を掛けてきた。そして其れが彼を蒼白にさせて困惑させた。。
「まさか……、そんな事が…、キリト……お前なのか!?」
「……“エギル”……!!」
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30話・Don't look back !!
城門より現れたガドルカを守るオルテ重装兵部隊の中にかつてキリト…アスナと共にSAOソードアンド・オンラインをクリアする為に戦ったエギルが今はキリトの前に立ち塞がっていた。
「エギル、何でこの世界に……ッ!」
そう言いかけるが、アスナがアルゴより聞いた話を思い出した。“ガドルカに人間の奴隷がいる”…、と言う話を。キリトは其れがエギルの事なのだと確信する。…ならばこの世界にいる理由は一つである。
「
エギルはキリトの問いに頷くが、構えた戦斧を降ろし重装兵達の前に出た。重装兵の一人が彼を制止しようと手を伸ばすがエギルはその兵に一睨み効かせ片言なオルテ語と低い声で拒絶した。
「俺に触るんじゃねえ!!」
殺意すら隠る視線と怖声に威圧されたのか、重装兵は動きを止める。エギルは視線をキリトに向け直し、苦笑いを見せた。
「あぁ、会った。……が、その話はまた後にしてだ。
…………こいつは頼みだが、……
エギルの思いもしなかった言葉にキリトは困惑した。彼が今まで奴隷として様々な酷い仕打ちを受けていたならオルテに肩入れするなどありはしない。…何か考えがあるのか、其れとも弱みを握られているのか。すると突然城門の上から怒号が下にいる者達に響いた。
「グ=ビンネンの男おお、勝手な真似はするな!
我等はお前の腕を見込んで漂流者と対峙させたのだ、もし我々を裏切るなら
其れを聞くやエギルは焦りを見せて後ろの城門上を見上げ、キリトと豊久…シャラ達エルフ衆も城門の上を見た。するとオルテ兵二人が二人のドワーフの子供を首に縄を縛り端へ立たせて虜にしていた。頭上より子供達の悲痛な泣き声がキリト達の耳を劈き、エルフ達に動揺が立ち込め始めた。キリトもまた動揺し、エギルは焦燥を露わにして今一度キリトに…、否、彼の後ろにいる島津豊久に向け訴えた。
「なあアンタが大将か、一時的でいい。この場は退いてくれ!
アンタ等ドワーフ達を解放しに来たんだろ?…なら子供を助ける事でアイツ等に恩を売れる。違うか!?」
エギルの叫びを真っ直ぐに見据えて受け止めた豊久だが、彼に返した答は“非情”なものであった。
「
エギルの顔が凍りつき…オルテの者達もざわつくが、エルフ達は彼の言葉を予想していたかの様に冷静で、キリトも豊久がエギルの頼みを拒絶すると解っていた。エギルは諦めきれず、子供達を見捨てると言い切った豊久を問い質す。
「何故だ、アンタ達の強さは本物だ!…なら何度攻めても勝ち戦になる筈じゃないか!!」
エギルは豊久を睨み答を待つ。…しかし其に答えたのはキリトであった。
「エギル…、撤退は出来ない。そしてこの好機を逃せばガドルカは
それが解らないお前じゃない筈だ!?」
確かにこの好機を逃したなら次は此程の快進撃は無理である。
「此処でん
エルフ衆は沈黙し、キリトも唇を閉めて彼を見つめる。エギルは後ろで苛立ちを面に出してガシャガシャと鎧を鳴らすオルテ重装兵達と城門上の人質のドワーフの子等を見やる。
「キリト、お前もあの赤い侍と同じ考えなんだな…?」
そう言ってキリトに視線を向けたエギル。その眼差しは敵意を示す眼光を宿す。それを感じたキリトは一瞬躊躇うが、直ぐにエギルを見返して答えた。
「俺はあの人……、島津中務少輔豊久を信じるだけだ!」
その一言はエギルを更に驚かせるに充分なものであった。あの赤い侍があの関ヶ原の戦いで名を馳せた島津豊久であるのもそうだが、あの生意気でその強さ故に
「キリト、お前自身の思いを言葉にしてくれ。この場は退いてくれ、ガキ共の命がかかってるんだ!!」
キリトは少しだけ俯くが、直ぐに顔を上げてエギルに今一度答えた。
「撤退は出来ない!
例えお前の頼みでも聞けない、俺達を止めたいなら力ずくで止めて見せろ!!」
其れはキリトの決意の塊とも言える叫びであった。エギルは自嘲気味に笑い、次の瞬間戦斧を振り上げてキリトに飛び掛かった。キリトは予測していたのか表情を変えず彼の攻撃を後方にジャンプして躱し空中で宙返りをして着地した。戦斧の一撃は地面を爆破でもさせたかの様に土砂を撒き散らせキリトのいた場所を大きく抉り取った。誰が見ても解らぬ筈はない。エギルと云う男はとんでもない強者であると見せつけた一撃である。オルテの重装兵とエルフ達に戦慄が走り、キリトの脳内であの戦斧が自分の脳天に振り下ろされるイメージが浮かび自然に冷や汗が額を流れる。
(痩せた身体で衰えを見せないこの強さ…、
黒い片手剣エリュシデータの柄をギリリと握り締めキリトは腰を低いして構える。その肩は小刻みに震えるがキリトは口端を引き上げ笑みを浮かべた。SAOでは一対一の決闘…デュエルを幾度となく繰り返した。アスナとも剣を交えた事もある。…だがエギルとは共闘はあっても
エギルもまた歯を見せて笑みキリトに語りかけた。
「考えてみりゃあ俺とお前……やり合うのは初めてだな。
まさか本当に殺り合うたあ思わなかったぜ?」
「そうだな、運命なんてどう転がるのか解らないな。」
「あぁ、だが今俺はお前を前にしてゾクゾクしてるぜ!」
「俺もだ、エギル!!」
言うが早きか、先に動いたのはキリトだ。得意の駿足でエギルの視界から消えて背後に回った。エギルは焦らず先読みしたの如く、何と戦斧を放した右の裏拳でカウンターを顔面に喰らわせた。勢いを殺す寸での駿足+豪腕による裏拳の打撃力でキリトの身体は回転しながら城門壁まで飛んで行き叩きつけられた。血を吐いて墜ちるキリトは口元を左袖で拭き取りその表情に僅かな狂喜を滲ませた。
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31話・夢の浮世に咲いてみな
ガドルカの城門を見おろす丘で豊久率いる解放軍の様子を見続けていた信長は下の異変に気付いて焦り始めていた。城門より重装兵が出て来てから双方動こうとしないのである。更には城門上で子供を連れた敵兵が現れたかと思えばキリトが何者かと一騎討ちを始める始末で連絡を取るにも伝令を向かわせなければならないが只様子が解らないと云うだけで戦場真っ只中へと伝令係を動かすのは浅はか且つ危険である。何より夜明けまでにはこの工廠を陥落させなければならない。…しかし城門前の状況も解らなければ対策の取りようがないので信長は口端をへの字に曲げながら苛立ちを露わにした。
「お豊は何をしておるのだ!?何故攻め込まん!?
あの城門上の兵がドワーフの人質でも連れて来たか!?
ふざけおって、お豊なら構わず進むだろうに!…何故進まぬ!?だいたいキリトは誰と闘っておるのだ!?」
ギリギリと歯軋りをする信長とは違い、アスナは凡その推測をしていた。豊久達は人質により足止めをさせられ、キリトはその人質のせいでオルテの兵と闘わされている。そしてその相手は人間であり、キリトと互角に争えるのは豊久か廃棄物以外で上げるなら自分達と同じソードアート・オンラインよりこの世界に流されたプレイヤー……更に搾りその中で共に生死を分かち合った仲間である。そして遠くからでも解る黒い肌の人物は一人しかいない。
「エギル……さん!?」
「エギ…なにっ!?あの黒い男はお前達と同じ来世人か!」
アスナは肯定的に頷き、信長は鼻をフーッと鳴らして腕を組み、眼下の城門を見ながら左手で顎を撫でた。
「うむぅ……、今はお豊を信じるか。」
「…私行きます!」
アスナは鞘に収まった細身の剣…ランベントライトを握る。…が信長は彼女の参戦を良しとしなかった。
「それはさせん、エルフ達の士気が下がる!あの戦場に良心は必要無い!」
彼に否定されたアスナは唇を咬んで信長を睨むが、信長は城門前の決闘に違和感を覚え…改めて見据えて其れが何か理解した。
「キリト君とエギルさんの闘いをこのまま見てるなんて出来る訳ないじゃない!
人質だってあのままだと殺されてしまうわ!!」
「アスナぁ、俺は状況を見極めよと言うた筈だぁ。」
焦りを隠せないアスナとは反対に先程まで苛立っていた信長は落ち着きを取り戻し彼女を説いた。
「お前は今、キリトが本気で闘っていると思うてるのか?
全っく…感情に走り過ぎぞ、お前の様な知的な娘はもう少し高飛車であった方が可愛げがあるぞ。」
相変わらずの小娘扱いが鼻につくがアスナは改めてキリトとエギルの決闘に目を向ける。そして気付いた。…キリトが手を抜いている事に、エギルの裏拳以降一切の攻撃を回避して相手に読まれやすい一撃を送っている。余程場数を踏んだ者か目のこえた人物でなければ二人の闘いが茶番だとは気付かれはしないだろう。
「始めた時…或いは最中にはキリトから茶番劇を始め黒肌の男が其れに合わせ出した。
あの二人は大鎧共が痺れを切らして動くのを待っておるのだ、此方の侵攻を仕切り直す為にな!」
信長に教えられアスナも今一度キリトとエギルの死闘を見定めた。…彼の言う通り、キリトは本気を出さずにエギルに切れ込み…エギルはそれに合わせて戦斧で防御し、其れを振るいキリトが回避するを繰り返すだけであった。アスナは少し表情を和らげホッと胸を撫で下ろした。実は豊久率いるドリフ陣営にはオルミーヌが付いて来ており、先日…まだ安倍晴明達が居る時に彼女も石壁の符術が使える事が分かり豊久が何かに使えると判断して連れて来たのである。そして敵重装兵が先に矛先を上げた時、彼女の本領が発揮される。
そして信長…いや、キリトや豊久達の思惑通りにとうとうオルテの大鎧達が武器を構えた。
「やはりグ=ビンネンの奴隷などに任せられん!
行くぞ、我に続けえ!!」
指揮官の号令と共に重装兵が前方で殺り合うキリトとエギルを踏み潰さん勢いで前進を始めた。密集隊形で弓矢が入る隙間を埋めて前者が槍を突き向ける。キリトとエギルは両サイドに飛び退いて引き剥がされ、オルテの行進先には豊久とその傍らにオルミーヌが立ち塞がった。迫り来る敵の軍隊にオルミーヌは怯むが豊久は“してやったり”とニヤリと笑った。
「オルミーヌ、
「はっ、はいっ!」
豊久の指示にオルミーヌは両手の指に挟めるだけ挟んだ札を迫る重装兵隊に放った。札は重装兵隊の前方から地面に自動的に貼られ突如石壁が現れて道を塞ぎ両側から順番に石壁が出現して敵を囲み後方が塞がれて完全に閉じ込めてしまった。
此を見せられたエギルは呆気に取られ戦斧を下ろした。
「何だありゃ、マジもんの魔術かよ!?」
SAOに魔法はなかったので現実で目にしたので驚いたのだが、その後の対処が余りに現実的で容赦ない追い討ちに彼は声を呑み込んだ。何とあの赤い侍の号令であの黒色火薬が壁の中に投げ込まれたのだ。火薬は石壁に覆われた大鎧達を巻き込んで爆発、彼等の絶叫断末魔は爆発音にかき消されて聴こえなかった。すると呆けたエギルにキリトが駆け寄る。
「エギル、行くぞ!」
エギルは一瞬身構えてしまうがキリトの眼差しを見てSAOのキリトを思い出した。そして戦斧の柄を強く握り、「応っ!」と応え彼と一緒に駆け出した。そしてエルフ達も豊久の号令に再び進軍するが城門が上がり完全に閉められてしまった。しかしエギルだけが駆け走り、城門前まで門を背にして叫んだ。
「来い、キリトぉ!!」
戦斧を投げ捨て、中腰になって両手で足場を組む彼にキリトが全速力で走り込んで来た。そしてエギルの掌に片足を乗せた瞬間、エギルは全身のバネを使いキリトの身体を押し上げ、キリトは彼を踏み台に力一杯にジャンプした。狙いは城門上の人質である。城壁はかなりの高さがあるにも関わらずキリトはぐんぐんと上がるが、微かな失速を感じて背中に背負ったもう一本の片手剣“ダークリパルサー”を城壁に打ち込み、それをまた足場にしてジャンプ。
その身体が城門上まで上がり視線がドワーフの二人の子供を人質にしていた兵士二人と並んだ。
「シッ!!」
そして一息にエリュシデータを引き抜いて兵士一人の首を斬り飛ばした。そして着地と同時に胸元からクナイを抜きシュッを投擲。クナイはもう一人の兵士の喉笛を突き刺した。オルテ兵達は倒れ、キリトは見事ドワーフの子供達を救出して見せたのだ。
「キリトの奴……やりやがった。」
城門下でシャラが呟き、其れを見ていたエルフ達が歓声を上げていたが、島津豊久は険しい表情を取っていた。城門は閉められてしまった今、やはり足止めをされたままである。破壊するには頑丈で黒色火薬一つ二つでは無理であろう。夜が明ける前にこの兵器工廠を制圧しなければ奇襲は成り立たない。籠城をされれば厄介な上に援軍を呼ばれれば此方も無傷ではいられない。只一人城門へ侵入したキリトはドワーフの子供二人を守りながら城門内の敵兵を相手している状況で城門を開ける場所へ行くのは難しいだろう。
丘の上にて信長は頭を捻り、反対にアスナはキリトとエギルが殺し合う事なく協力し合えたのがとても嬉しく思っていた。
「くらぁアスナ、早く城門開けないといかんのだ、優し~げに微笑んでないでお前も考えんか!!」
「なな、別に笑ってなんかありません!!」
二人が四苦八苦と城門攻略を考えているとハンニバル・バルカがムチャムチャとエルフの双子が取ってきてくれた山イチゴを食べながら信長を呼びつけた。
「おい小僧。」
「んっ?」
信長は不機嫌そうに呆けている筈の老人を睨む。…だがハンニバルの眼光は何処を見ているか解らない何時ものものではなく、戦場に赴く軍人の眼光と策士が見せる自信の笑みであった。
西方諸国を相手取り、長き時を戦うオルテ帝国第三~第四軍。第四軍を率いるレメク将軍の元に一人のオルテ騎士が謁見を求めていた。騎士は
「“まこと”なのか、ガドルカが陥落したのはっ!?」
「はい、今から応援を出しても間に合いはしないでしょう。しかしながら直ぐにあの兵器工廠を奪還されたなら補給物資においた全権を第四軍…レメク将軍が掌握出来ましょう!」
自称ガドルカの使者のまるでガドルカを盗ってしまえとも取れる発言にレメクは口を閉ざして思考し企む。
(確かに補給物資を自由に出来れば我が軍は第三軍のジグメンテを出し抜いて戦も優位に進める事が出来る!
…だがガドルカに兵を派遣するだけの余裕があるだろうか?
此処はジグメンテと肩を並べ双方から兵を派遣してはどうか?)
第三軍との連携も考えたレメクであったがやはり自軍が有利となる選択を選び、第四軍からガドルカ奪還を名目とした派遣軍を編成…送る事とした。其れを聞いたガドルカの使者を名乗ったオルテ騎士はその後、第四軍駐屯地から姿を消し、レメクはそんな事は気にも止めずガドルカへと送る兵数は二千もの軍隊となった。
そして駐屯地を見下ろせる丘ではあの廃棄物側に付いた源九郎義経とオルテの鎧を着、兜を脱ぎ捨てたクラディールが嘲笑を浮かべながら馬を駆り其所より去っていった。
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32話・夜を往け
《オッパイーヌの札と与一の腕前なら必ず上手くいく、やれ!》
「うう~、何で名前をまともに覚えてくれないのよ~。」
オルミーヌの持つ水晶玉から信長の荒い声が響き相変わらずのセクハラに彼女が赤らめた顔をしかめながらぼやいた。
敵の重装兵を仕留め、人質を救出したものの城門は閉められたままな上に一人城門上でドワーフの子達を守るキリトはオルテ兵に囲まれ…完全に挟み打ち状態に陥っていた。キリトがいる事で兵も一気に溢れるが囲むだけ囲んで逃げ道を塞いでも斬りかかりはしない。援軍を呼ぶための時間稼ぎを始めたのだ。城壁を登るにも既に敵兵が上に居ては此方も死者が出るのは必至、キリトはドワーフの子を傍らに前後の敵と睨み合い撹乱は出来ずにいる。豊久が城壁登りを決断しようとした時にオルミーヌ達十月機関が所有する通信機能のある水晶玉より信長の伝令が届いたのである。
信長はハンニバル・バルカが右腕のジェスチャーで角の様なものを形取り、信長は直ぐにそれを階段だと連想した。…だが城壁を上がる階段など用意出来る訳もなく…、否、即座に用意出来ると彼は確信してオルミーヌと与一に指示を送ったのだ。
「はい、札を矢に突き刺して。揃い次第射ち尽くすよ!」
直ぐに矢に石壁の札を刺して与一が其れを弓にて城門から斜め上に何本も城壁に向けて射た。すると城壁から石壁が平面に突き出して文字通りの階段となり城壁が昇れる様になったのだ。其れを見ていたエルフ達は腕を高く振り上げて勝鬨を上げた。
「見事、御美事っ!!」
島津豊久は誉め上げて先陣を切り、階段を駆け昇りエギルとシャラ達が後に続いた。キリトがクナイを投射して援護、豊久とエギルが斬撹して城壁のオルテ兵達は混乱しながらも城へと逃げて行った。城壁は完全に
「こん城邑ば貰うたああっ!!」
豊久はそう叫び、城壁から飛び降り建物の屋根を皆と駆け走った。
その様子を丘の上より見ていたエルフの双子は大はしゃぎをして自分達の勝利を確信、信長を誉め讃えた。
「おじいちゃんとノブさんの作戦凄いよ、みんな階段を昇っていくよ!」
「よくあんなの思い付いたよね、本当に凄い!」
しかし信長は双子の言う事など聴いておらず、水晶玉を呆然と見つめ、アスナは城壁から聴こえてくるエルフ達の勝鬨の咆哮に圧倒されていた。彼等の高騰した熱が此方にも伝わり、彼女の胸の奥をも熱する。今キリトもエギルもあの中で戦っているのに対し…自分はこんな所で何をしているのだろう…、と云う疑問が頭の中に浮かぶ。其処に何時の間にかハンニバル・バルカが傍らに立っておりアスナと同じ様に…しかし戦人の笑みを浮かべながらアスナに話しかけた。
「胸が高鳴るか、アスナ?」
アスナはハンニバルを見ずに硬い首を頷かせた。
「戦争は何も産みません、只の人殺しの連鎖でしかない。……なのに私、…は……!?」
「もうええじゃろ、愛しい男と一緒にその剣を振るってきな。」
胸を苦しげに押さえていたアスナはその言葉を聞いてつかえが小さくなった気がし、決意を固めたかの様な笑顔をハンニバルに向けて「ハイッ!」と強い意思の隠った返事を返した。そして丘を疾風の如く駆け降りてキリトの元へと向かった。信長は特に彼女を呼び止める事なくハンニバルを見据える。
「じいさん、アンタ一体何者だ?」
ハンニバルは信長に向き直り、その目を不敵に見据えながら口を開いた。
「小僧、…………………………………………小便したい!」
瞬間、信長は呆れ顔と同時に一人カックンになり左肩が落ちた。ハンニバルはエルフの双子に連れられて草むらに行き、信長はハンニバルの事は追々解るとして先ずは自分達や廃棄物…、あの不可思議な廊下にて出会した眼鏡の男について思考した。
自分達が“漂流者”と呼ばれる所以は別世界より流れ着いた異邦人だからである。そしてこの世界を大きく変えてしまえる程の知識の保有者であり思考の差違者だ。そして漂流者の対になる存在…“廃棄物”。破壊と殺戮の限りを尽くす怪物達の総称。その正体は自分達と同じく送り込まれた別世界の者達で漂流者との違いは特殊な能力があるかないかと、生者か死者かである。彼等は自分達の世界で非業の死を遂げ…この世界に迷い出たかの如く現れ、今や一つの軍集体となって人間殲滅を目指している。……しかし其処で信長は何故この異世界を舞台に
(……もしかしたら
信長は考えを纏めると再び大工廠に向き、勝ち戦になるのは分かりきっているが戦い続ける豊久達仲間の戦を見守る事とした。
工廠内へと攻め込まれて後退するオルテ兵に無数の矢を射て追い込むエルフ達。前衛は島津豊久とキリトにエギルが加わり前に出る兵士を蹴散らす。エギルが振るう柄の長いバトルアクスは一振りで二人…、次は三人と胴を真っ二つに薙ぎ倒してしまうので其れを見せつけられたオルテ兵は漂流者への恐怖を更に膨らませ、その後ろより降ってくる弓矢の雨に晒されて死の恐怖を植え付けれていった。
しかしふとエギルが立ち止まり、頭をふるふると振る仕草を見せて気付いたキリトが彼に声をかけた。
「エギル、
今のエギルはかなり痩せ干そっており、キリトと死闘を始めた際もその戦斧の威力とスピードは衰えていた。
「すまねぇ、実は最近飯を食ったのは一昨日でな。
この大工廠の奴隷は週に夜三度の飯しか出ねえ上に3~4時間程の就寝時以外は全部労働でコキ使われる、此所へ連れて来られてから三ヶ月…、ドワーフ達と同じ地獄だったぜ……。」
疲れが表に見えてきたエギルを心配しながらもキリトは自分達SAO…ソードアート・オンラインよりこの異世界に流された自分達が時間差で辿り着き、まるで配置されたかの様に再会をしているかの様に思えていた。そう…誰かの意思が介入しているかの様に……。
(あの眼鏡の男か!?)
キリトの脳内にあの無限に続く通路の真ん中にワークデスクを置いて不思議な事務業務をしていた眼鏡の男を思い浮かべた。……が、何故か其処に茅場晶彦の顔が重なった。その刹那、眼前を剣閃が走りキリトを射止めようとした矢がパキリと斬り折られた。そして甲高い女性の声が彼を叱咤した。
「何を
キリトとエギルはそれこそ呆気に取られて目の前にいるアスナを凝視してしまった。エギルが彼女の名を呟き、キリトは信長と一緒にいる筈の彼女に尋ねた。
「まさか…、アスナか!?」
「アスナ、何で此所に……信長と爺さん達は!?」
キリトの問いにアスナは微笑んで答える。
「丘の上で戦いを見ているわ、……私は…その……我慢出来なくなって……。」
其れを聞いたエギルは呆れ顔になり、ほくそ笑む。
「まさかとは思っちゃあいたがやはりアンタも一緒だったんだな、
「その恥ずかしい呼び名、広めないで下さいね。エギルさん!」
閃光の…はSAOで付けられてしまった渾名でその剣捌きがあまりにも速く、キリトすら舌を巻く程の腕前から他のプレイヤーから“閃光”と呼ばれていた。…が、当人は恥ずかしいらしくそう呼ばれる度に顔を赤らめていた。
「アスナ……、
「キリト君、私ね……、分かっちゃった。理解したんではなく…分かってしまったの。
ずっと考えてはいたけど…信さんと皆が戦う様をみていて胸の奥から込みあげてくる熱い……抑えきれない高揚感を強く感じたわ!
キリト君も戦場で滾る様な胸の熱さを感じていたんでしょ?」
キリトはアスナを見つめ…哀しげに微笑んだ。彼女の言葉は間違ってはいない。自分も確かに高揚感に胸が高鳴り、熱い衝動に推されて剣を振るい…敵を討ち果たしていた。
しかし後に残るのは見知らぬ誰かを斬り殺した感触と罪悪感である。その重荷をアスナも背負う事になるのは素直に喜べなかった。
「どうやら踏ん切りがついた様だね、御嬢さん?」
其処にエルフの精鋭を連れて後方を守っていた
「キリキリは言うに及ばず、黒肌の御坊も理解が早い。」
綺麗な顔立ちな上に人懐っこい笑顔ではあるがその眼光は猛禽類の如く鋭く、文字通り百発百中の弓矢の腕を見たエギルはこの若者もあのエルフ達を率いていた赤い侍と同じ猛者と悟った。
(そういえばキリトの奴あの赤い侍を“島津豊久”って言ってた筈……)
エギルの脳内で関ヶ原の戦いで石田勢にその名前の武将がいた事が思い出され、その時初めて驚愕した。
「おいキリト、今思い出したがあの赤い侍、本当に島津豊久なのか!?」
今更ではあるがエギルは
「あぁ、其れにこの人は“那須資隆与一”。」
「初めまして、那須与一です。」
…と、美少年を指差し紹介し、本人も賑やかに自己紹介をしてきた。エギルはガバッと口を開き驚きを強調する。
「なん…だと!?」
アスナも丘の上を指差して先程まで一緒にいた偉人の名を教えた。
「彼処にはポエニ戦争の“ハンニバル・バルカ”さんとあの“織田信長”もいますよ、エギルさん。」
「ぬわあんだとおおおおおおおおおおおっ!?!?!?!?」
更に大物の名を聞いたエギルは顎が外れんばかりに口を開き、その膨らんだ驚愕を絶叫と共に吐き出した。
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33話・砂の搭
夜明けが近付く中、オルテの大工廠…ガドルカはドリフターズが率いるエルフ達一公衆により風前の灯火となっていた。既に守るオルテ兵の大半は殺られしまい城将と生き残った兵士達は城へと逃げ込み籠城を決め込んでいる。
そして此を機に豊久は本格的にドワーフの解放をする為、皆を数グループに別けて各収容所の開放を始めた。掘っ立て小屋の戸を開け、暗い
アスナは幾つかの棚の様に段になっている雑なベッドには動く事が出来ずにいるドワーフが横たわっており、小屋の中に充満するアンモニアやカビの臭いに口と鼻を掌で被い、あまりの惨状に言葉がなかった。
「酷い……。」
「ドワーフの扱いは最早囚人奴隷以下だった…、
怒りを露わにするエギル。アスナは奥で寝たきりでいるドワーフの脈を指をあて、胸に耳をあてて心臓の鼓動があるかを調べる。…幸いそのドワーフの脈と鼓動は僅かにあり彼女は少しだけ安堵した。しかし全体的に見るなら早く治療しなければならない者が何人もいて動かせない者達が殆どだ。籠城している敵の数が何れ程かは分からないが、彼等ドワーフを守りながらこのガドルカを陥落させられるのかがキリトは不安になった。…と、キリトは歯をギリリと鳴らし噛み締めると突然壁を力一杯に叩いた。
「クソオッ!!」
彼の怒声にドワーフ達は驚いてキリトに注目し、エギルとアスナもビックリしてキリトの方を向いた。
「おいキリト?」
「キリト君、ちょっと待って!?」
そのまま出ていくキリトをアスナとエギルが呼び止めるが、彼は返事も返さずに何処かへ行ってしまった。
「どうしたんだ、アイツ…?」
エギルの問いにアスナは首を横に振り、彼の去った後を不安げに見つめていた。
アスナ達から離れたキリトは石壁の影に隠れ、今度は二度石壁に額を打ち付けていた。ガッ、ガッ、と数度音がして額からスー…と血が伝った。壁に両手を付いて地面を睨むと額の血が地べたに滴る。眉間を硬く寄せて歯軋りをし、キリトは今ある自分に疑問を持った。
(俺達は…、俺は
……なのに、俺は……。)
あの掘っ立て小屋の中を見たキリトは確かにこう考えてしまったのだ。
オルテの大工廠の奇襲の目的は一番がドワーフの解放の筈である。ドワーフの解放する事で彼等を懐柔してエルフの一揆衆と群衆統一し、軍力を高めるのである。信長に至ってはドワーフとエルフの技術を利用した火縄銃の量産を目論んでいる。キリトも其れを理解した上で戦いに参戦した筈だが……、いつの間にか目的よりも手段の方を優先と考えてしまっていたのである。キリトはまた血が伝う額を石壁にガンッと一際強く叩きつけると壁を背にしてへたり込んだ。
「俺は…、何の為に戦っていたんだっけ……?」
呆けた表情を上に向けて彼は血腥い地上とは正反対な星が彩る夜空を見上げ、自問する。……暫くそうしていたが、何故か答えが出ずにいた。
「キリトくーーんっ!」
するとアスナの彼を呼ぶ声が聴こえ、キリトは立ち上がって額の血を拭い石壁の建物の隅より出てきた。
「キリト君、急に居なくなって何処に……、て、オデコの傷どうしたの!?」
アスナが心配して伸ばした手をキリトは右手で静かに退けた。…しかし其処には確かな拒絶がありアスナは困惑する。
「キリト…君…?」
「何でもない。それより敵は……豊さんはどう動く!?」
キリトが問うとアスナは更に困惑気味に…、否、少し安堵した表情を見せた。
「それが…、豊久さんドワーフの人達の惨状を見た途端……
其れを聞いたキリトは目が点になってしまい、小さく「えっ?」…と、驚きを洩らした。
ガドルカ城市の広場は松明や鍋炊き等で煌々と灯りが増し、鍋を囲いドワーフ達が皆々嬉しげ楽しげに久し振りの御馳走をそのモジャモジャ髭に被われた口に放り込んでいた。収容所で今にも死にそうになっていたドワーフも我先にと鍋の具を頬張り正に宴会が戦場の最前線で始まっていたのだ。エギルも彼等に紛れて食器を両手に肉や麦パン等を嬉しげにかっ込んでいた。
「どうなってるんだよ…、コレ!?」
動揺を隠せないキリトとアスナの前に焼いた鳥の足を食いながら豊久と傍らにニコニコと微笑む与一が現れた。
「おう、キリ坊、探しちょったぞ!
ほい、さっさと付いて
「来いって、何がどうなってるんだよ!?」
詳しい事を話さずに強引にキリトを連れて行く豊久。しかしキリトと一緒にアスナが付いて行こうとすると彼女を一瞥して止めた。
「アスナはオルミヌとドワーフの
「飯炊きって、ちょっと、キリト君!?」
「ごめん…、アスナ。ちょっと行ってくる!」
キリト達はアスナを置いて広場より離れた。豊久と与一はまるで猫の道を辿る様に壁上を歩き、キリトも難なく二人に付いて行く。眉間を寄せた顔をしながらキリトは与一に何処へ行くのかを尋ねた。
「二人は何しに行くんですか、ガドルカはどうするんですか!?」
「どうするも何も、お豊曰く…“此から城ばオトしに行く!”…そうだよ、キリキリ。」
「しっ…、城を
驚きを隠せないキリトは言葉を失いながらも二人の後を付いて行き、城の一番近い狭間の真下に立ち豊久が突然大声を出してわざわざ敵兵を呼びつけた。
「くうらあ、
ドワーフは皆解放したど、今
したら命だけは助けてやうち、生きるか死ぬか、直ぐに決めいい!!!」
豊久はそう叫び手に持つ鳥股に食いついた。与一は彼の脅し文句に感嘆し、キリトは只々島津豊久の破天荒ぶりに驚かされるばかりであった。彼は只ドワーフ達の身体を心配して食事を与えたのではなく、彼等も此方に与し共に城に攻め込む状況を仕立て上げて降伏勧告のネタにしたのだ。そして事実ドワーフ達は腹を満たし体力を回復させて武装を始めていた。
「うらあっ、時間は無かぞ、早よ決めやあっ!!!」
豊久は食い終わった鳥股の骨を城の狭間へと投げ入れた。狭間の奥から戦々恐々と声が洩れ、その場でガドルカを治めていた代官より降伏が告げられた。此れにより
西方より伸びる森の山道をズラリと並び進軍するオルテ第三軍レメク将軍よりガドルカ奪還を使命とする二千にも及ぶ軍隊は列を乱す事なく山道を行進する。森は二千もの兵士の地を踏む震動に揺れ、山鳥が行軍の度にギャーギャーと鳴き騒いだ。その周囲を気にせぬ軍進を森の木の枝に乗って身を隠したフードマントの人物が片手持ちの望遠鏡で様子を見ていた。
「この道先はどう考えてもガドルカ、早すぎるわ!」
少女の声で焦りを口にして木の枝より飛び降り、風が
「“リーファ”ちゃーん!」
其処に少女の名を呼びながらやはり金髪で尖った長耳の大人しげな少年とその傍らに何と赤い日本の鎧を身に付けたほうき頭にバンダナを額に巻いた男が駆け寄って来た。
「レコン、“クライン”。他のみんなは?」
「向こうで静かに待機してるぜ。……で、
ほうき頭の男…クラインがリーファと言う少女に尋ねると彼女は険しい表情で頷いた。
「きっと私達よりも先にエルフ達がガドルカに攻め込んだのかも知れない。…ならグズグズしていられないわ、行きましょう!!」
リーファ達は森の中を駆け抜け、姿を消した。ガドルカは漂流者達の手により陥落したが、また新たな危機が近付いていた。
遅くなりました最新話更新しました。リーファ、レコン、クラインが参戦です。
しかしリーファとレコンはあくまでこの世界の住人なので残念ながら中身が直葉達とかはありません。
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剣鬼抜刀編
34話・時の過ぎゆくままに
ガドルカ大工廠が陥落して次の日、ドワーフ達による宴は朝を跨いで続いていた。オルテが食堂として使っていた建物の中はドワーフで溢れ、まるで終わる気配がない。何処までも飯と酒を要求するドワーフの男共に対して女達が堪忍袋を切らして大乱闘に発展してしまう程である。
本来種族間で嫌い合うエルフもこの戦でドワーフを助ける形となったが、やはりその眼からは蔑みと畏怖が滲み出ており、時折互いに睨み合う者達もいた。食堂内は愉しげな宴とは裏腹に混沌とした怨恨もまた渦巻いていたのである。
そんな食堂端の一角ではキリトとエギル…アスナが喧騒の宴を横目に見ながら静かに食事をしていた。アスナに至っては宴の最初からドワーフの女達と食事と酒を用意し、今やっとその重労働から解放されたばかりである。
「御苦労さん、アスナ。」
苦笑いしながらキリトが隣の彼女に労いの言葉をかけるがあまりの疲労からテーブルに俯せ「う…」と返事も切れてしまう程に反応出来ずにいた。エギルもドワーフ程ではなくとも目の前にかなりの量の食べ物を並べ酒をあおる。
「しかし島津豊久って“侍”はスゲエな。あの状況下で酒盛りを始め、敵が心身共に追い詰められたのを計算に入れて降伏勧告を出す…。戦の進め方が上手過ぎる!」
キリトも同意をし、自身が見て来た島津の戦を今一度痛感しながら感嘆を口にする。
「あぁ、与一さんと三人で城を落とすって言われた時は正気を疑ったが…、三人処か、たった一人の口上だけで城を取ってしまった。本当に凄い人だよ…。」
疲れてはいるのだろうが、その力ない苦笑にエギルとアスナは妙な不安を感じた。アスナは体を起こしてキリトの横顔にソッと…掌を添えた。
「ドワーフの人達を解放した時もそうだけど…、何かあったの……キリト君?」
するとキリトは彼女の手を優しく握って放し、席を立ち上がり、やはり疲れた笑顔を彼女に向けた。
「何でもないよアスナ、悪いけど少し寝てくるよ。」
そう言ってその場を離れていった。…と、入れ替わりに顔を真っ赤にした与一が現れ、エギルの隣にドスンと座り込み左腕をタコイカの如く彼の首に絡めた。
「あれ~、キリキリはいないのですか~?
仕方ないですね~、“エリリン”と“アーニャン”私に付き合って下さいよ〰️〰️!」
与一はデロデロに酔っていて、アスナはアーニャンなどと呼ばれて苦笑いをするがエギルは先ず似つかわしくない呼び名を付けられ、「止めてくれ。」と冷めた目で拒んだ。其処でアスナはスクッと立ち上がり、与一とエギルにキリトの所へ行くと話す。
「ちょっとキリト君の様子が心配だから行ってきます。」
「えっ、おいアスナ!?」
苦笑したままアスナは拝み手をしてみせて席を立った。残されたエギルは横目で与一を見た途端、ペチンッとスキンヘッドを叩かれスリスリスリと円を描くが如く撫でられた。
「エリリンもベンケーみたいにツルツルですな~。
もう本当にツルッツルッ、んふふ♪♪」
ご機嫌な与一は胸元がはだけ、男ながら微妙な色っぽさを醸し出しエギルはドン引きしてしまう。
「ンフ…、どうなされましたか…エリリン殿…?」
耳元でそう呟き、与一はエギルの耳にフッと息を吹きかけた。エギルの悲鳴が食堂一杯に広がったのは言うまでもない。
食堂を出て一人ガトルカの町を歩くキリト。昨日あれ程敵と殺し合い走り回った戦場の筈なのに建物は意外にも焼かれたりはされておらず、城壁付近以外はわりと綺麗な物であった。しかし建物はどうであれ痕跡は見える。オルテ兵の死体はまだ片付けられておらずそのままに打ち捨てられていた。キリトは眉をひそめ其のまま城門に足を伸ばす。最早自分が殺した兵士の数も分からず、殺めた彼等に感情が動いたりもしなかった。そしてドワーフの事すら忘れ、キリトはひたすらに敵を斬り殺し突き進んだ。グッと唇を噛み締める。自身に今一度問い掛ける、お前は何の為に戦っているのだ……と…。
其所へ「おい!」と幼い声が不躾にキリトを呼び止められ、同時に肩に石をぶつけられてキリトはあからさまな不機嫌な表情を剥き出しにして後ろを睨んだ。彼の後ろには三人のドワーフの子供がおり、キリトと同じく此方を睨んでいた。彼等はオルテより非道い弾圧を受け、生きる者として認められずに奴隷として昨日まで生きて来た。人間に対し強い憎しみを抱いていても仕方がない。ドワーフの子供達を見、キリトは視線を落とし何も言わずに踵を返して立ち去ろうとすると、怒鳴り声に近い大声で「ありがとおーっ!!!」と感謝の言葉を投げかけられた。キリトは驚いてもう一度振り向くと三人の子供は笑顔を彼に向けていた。そして照れ臭くなったのか三人共踵を返して走り去ってしまった。キリトは右手を頭にやり、グシャグシャと髪を掻き乱し豊久達と初めて出会ったエルフの村の戦いを思い出していた。
「ああ…そうだった。此は……俺が選んだ戦いなんだよな。」
何かを悟ったのか…其れとも吹っ切れたのか…、キリトの心は少し楽になり、軽い溜め息を吐きもう一度踵を返して食堂…アスナの元へ戻る事にした。
「キリト君!」
名前を呼ばれ、キリトはその声に心地好さを感じて苦笑をし、キリトはアスナを見つけお互いに歩み寄った。アスナは食堂にいた時より穏やかになった彼の表情に先程までの不安が薄らぐ。
「モヤモヤした気持ちは晴れたの?」
「あぁ、俺は何の為にこの戦を続けるのか…って、さっきまで考えてた。アスナとの再開を果たして…エルフの皆を悪政から解放して…、此処まで来て急に何処へ進めば良いのか分からなくなった。でもさっきドワーフの子供にお礼を言われて…、何となく気付いた。
始めはオルテの蛮行が許せなくてエルフの人達を助けたかった。そして…アスナを探す為に島津豊久、織田信長、那須与一の国盗りに自分の意志で加わった。
戦を始めた理由は幾らでもあるが其れを考える前に先ずは自分で決めた事だった。…なら俺は自分が始めた戦いを戦い抜くだけだ、ソードアート・オンラインの時と同じ様に!!」
気を引き締め、アスナと向き合うキリト。そんな彼にアスナは身を預け…自身の心中をうち明ける。
「キリト君はいつも私の助けなしに悟っちゃうんだね。……何だかずるいな。
私はまだキリト君の様に割り切れない、あんなに高ぶった気持ちが終わった途端に冷めて周りに広がる
……それでも、私は進まなければならない。
あの“廃棄物”達を倒す為に、あの北壁の人達を解放する為に、私は足を止めてはいけないの!
だから…、だから一人でどんどん先に進まないでよ……。
…………つらいよ。」
アスナはキリトの胸に叫び…最後は消え入る様な声で訴えた。彼女もまた、キリトとは違う色々なものを背負ってしまっていた。そんな中でキリトと再会し、三人の戦人の国盗りに加担しながら弱音を吐く暇すらなく今日まで来たのである。ずっとキリトの背中を見ながら……。
キリトは自分の胸で泣き崩れようとしているアスナを支え、強く抱き締めた。再会してから彼は彼女と向き合った時間が殆どなかった。それだけ自分の事だけしか考えていなかったのであろう、キリトはアスナに「ごめん……。」と耳元で呟き、二度と離すまいとアスナを抱き締める腕に一層力を込めた。
「
不意に大声で名前を呼ばれたキリトはバッと両腕を開き思わず上に上げてしまい、アスナもビックリしてピョンと跳ねてキリトから離れた。その声は何処かで聞いた覚えがあり、二人は声の主に向き直る。
「ク…、“クライン”!?」
「クラインさん、どうして此処に!?」
日本鎧に身を固めたホウキ頭の武者…SAOでやはり共に戦った仲間である彼…クラインが其処に居た。キリトとアスナはあまりの嬉しさに彼の元へと駆け出し、クラインも半泣きになりながら二人へと駆け出していた。
「そうか~、お前らも来ていたのか~、何か…
一人じゃねえってホントいいよな~!」
クラインは二人に抱きついてメソメソと泣き出していた。キリトは呆れながらもやはり笑顔が零れ、アスナも笑顔で涙を溜めていた。
するとクラインの後方より馬に乗った集団が現れ、その先頭にいた馬より金色の長髪をホーステールにした耳長の少女が降りてキリト達に近付いて来た。
「感動の再会の様だけど、今直ぐ貴方達の大将に会わせて欲しいの。間もなく
耳長の少女…リーファより伝えられた言葉を聞いてクラインも涙を拭いて泣きっ面を戦士の顔に戻し、キリトとアスナはあまりにも早過ぎる敵の進軍に凍りついた。
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35話・騎士行進曲
北壁…カルネアデス。黒王率いる魔軍により陥落し、既に死の都と化してどの位の時間が過ぎただろうか。カルネデスの城壁から遠く離れた森の中で十月機関の若き魔術師と犬耳を生やし顔には十字の刺青…逞しい身体をした冒険者の青年があの日よりカルネアデスを監視していた。北壁の上空を何匹もの
「此以上は近付けないな、空中警戒騎がわんさかいやがる。あれじゃあ札も術式も直ぐに感知される。」
十月機関の魔術師…アレイスは迷彩布で身を隠し、その手に双眼鏡を持ち其れを覗きながら獣耳の冒険者…ドグの話に耳を傾ける。
「難儀な仕事だな、俺も十月機関だから引き受けたが、通常の冒険者ギルドならヤバすぎて引き受けてなんかくれんぞ。」
「あぁ、貧乏クジを引かせてすまないな、ドグ。」
「なに、構わんさ。」
ドグはそう言ってアレイスの傍らに身を置く。アレイスはふと彼の右手に付けられたミサンガを見て彼女を思い出した。
「そういえば、“アルゴ”はどうしてる?」
「ああ、最近は会ってないな。水晶玉を介して何度か話したがどうやら“サンジェルミ伯”に関わってるらしい。」
「危ない橋渡ってるな。」
「全く…、とんだじゃじゃ馬だよ。」
「そう言えば彼女、何で
お前にはかなりなついていただろ?」
アレイスの質問にドグは含み笑いを見せる。
「…なついてはいたが組織に属するのが苦手だったらしい。まぁ、抜ける際に誘われたがね。」
「ノロケかよ。此処にいるって事は断ったのか、何でだ?」
「オクトに忠誠を誓った訳じゃないが…、居心地が良かったからな。金も稼げるしな。」
「……アルゴは振られた訳か。」
…と双眼鏡を覗いていたアレイスが突然に驚愕した表情を強ばらせた。
「何だ此は、一体何が起きてるんだ!?」
「どうした!?」
アレイスは無言で双眼鏡をドグに手渡し、彼も其れを覗くと信じられない光景が目に飛び込んできた。魔物達…ゴブリンやオークが田畑を耕して農作業に勤しんでいるのである。
「あの略奪行為しか知らない化物共が、馬鹿な、俺は夢でも見ているのか!?」
「魔物達が文化に目覚め始めているのか!?
…でも此はあまりにも早過ぎる、此は廃棄物…“黒王”の仕業なのか!?」
「おい、アレイス、アレを見ろ!!」
ドグが指差す先に巨大な影が北壁に向かって飛んでいた。その姿は正に巨竜そのモノで周囲を警戒していた飛竜がドラゴンライダーの言う事を聴かずに一目散に逃げ出していた。その正体はこの世界で最も強大とされる“六竜”の末席…“青銅竜”であった。
織田信長は当初より目論んでいた計画を実行に移す為、工房に豊久と与一にエギル、シャラやドワーフの長老を呼びつけていた。木の机にはこの世界に呼ばれた時から所持していた火縄銃がバンと置かれ、長老達ドワーフの鍛冶師達は訝しげに火縄銃を見下ろす。
「コイツが“てぽう”ってヤツか。一体何に使う道具だ?」
長老が質問すると信長はニヤリと笑った。
「鉄砲は武器だ。コイツに鉛玉を込めて火薬の爆発力で撃ち出して敵を倒すんだ。」
それを聞くと長老達ドワーフは更に首を傾げた。
「飛び道具か、しかし既に弓矢で事足りるのではないか、何でワザワザこんな面倒臭い物を作らなきゃならん?」
長老の疑問に与一も同意する。
「私も其処が解らないんですよね、エルフの里へと走った際にその鉄砲の威力は見ました。飛距離もそれなりで威力は鉄兜を撃ち抜く程。
…ですが、音は大きく一発撃ったら終わり…即撃ち出来ず。武具として使うにはどうかと思いますよ?」
与一が感じた疑問を信長はキシシと笑い、エギルは彼が火縄銃をどの様に活用したのかを歴史上で知っている為に信長の笑みがとても恐ろしく感じた。
(キリトめ、とんでもない大物と手を組んだものだ。
この世界で火縄銃なんかが戦場に現れた日にゃあこの世界の戦争の理なんざ根底からひっくり返ってしまう!)
エギルはこの世界の事はまだあまり分かっていない。基本的な知識はドワーフ達に教わってはいたがその知識はオルテに敗けて奴隷に貶められたドワーフのみのモノである為広い世界には通用しない。そんな
そして信長はニヤニヤしながら無精髭の生えた顎をぞりぞりと擦った。
「確かに弓矢と比べれば即撃ちは叶わん。だが威力と飛距離は此方が上だ。それ以外にも重要な事柄も一杯あるのだ!」
そう言い聞かす信長だが、与一やドワーフ達にどの様に重要なのかを問い叩かれて思わず口隠る。何やら言えない事柄もあるのだろうか。…しかし其処で豊久が信長に助け船を出した。
「銃火は謂わば鬨の声ぞ、お
そいに弓矢より銃の方が調練が早か、昨日までん農民が鎧武者をば倒す。」
豊久の話は其れこそ信長の目論みの一端である。火縄銃を大量生産し、老若男女関係なく持たせて調練を積み重ね兵とする。銃は引き金を引くだけで戦える上に集団による陣形でこそ威力を発揮する。個人技の刀剣の扱いなどよりも殺人による罪悪感を軽くする効果もある。敵への殺意もまた同じなのだ。信長のその不敵な笑みはエギルを凍りつかせる程に影を落とした。
火縄銃の説明が大まかに終わった頃合いにキリトとアスナが見知らぬ人間の男と耳長の…恐らくエルフであろう少女を連れて険しい表情をしてやってきた。豊久、信長、与一は二人の表情と後ろにいる二人の男女に戦の匂いを感じ取った。この中でシャラと数人のエルフが耳長の少女を見て顔を強ばらせた。
「キリ坊、後ろん箒頭とエルフの娘は何ぞ?」
「その前に……
この報告には豊久達も同じく表情を険しくさせ、周囲がざわついた。
「おい、其は本当なのか?幾ら何でも早過ぎぞ、
俺達の奇襲が知られていなければそんな手早く増援なんぞ寄越せんわ!!」
信長が悔しげに喚き、与一は周囲を見渡すと何とも信じがたい事を言い出した。
「裏切り者…、或いは間者が潜んでいて敵へ知らせた?」
此にはシャラ達エルフ衆が大反論で返した。
「そんな事する訳がないでしょう、俺達はオルテから…人間達から国を取り返したいんだ!今更奴等に寝返って何になる!?」
「そうだそうだ!!」
「いくら与一っさんでも言って良い事と悪い事がある!」
エルフ達の反感を買ってしまった与一は苦笑いをしながら「ゴメンゴメン。」と平謝りをし、“ゆるして~”、とぼやきながらエルフ達に抱きついた。
「何でん早う攻めて
其処なエルフん娘、オルテ共の数は、どんくらいで此所ば辿り着く!?」
豊久に問われた見知らぬ顔の耳長の少女が前に出てキリトと並ぶ。
「名前はリーファよ。私達“疾風の旅団”は北から来てオルテ軍を察知したのは昨日の深夜、数は凡そ二千!
私達は馬を走らせて来たから早く着いたけど、オルテも此処までの道は整備されているから明日の夕暮れには軍の前衛が姿を見せるかも知れない。…もう時間は殆どないわ!」
彼女の言葉を信じるなら、今のエルフ達と戦えるドワーフを足して何とかガドルカを死守出来るかと云う所か。だがまともにぶつかれば此方の被害も甚大になるかも知れなかった。そんな中で“キシシ”と嗤う者がいた。…先程悔しげに喚き散らしていた織田先右府信長である。
「心配するな皆の衆。この戦も俺達が勝ちよ、地の利は我等に有り!
半日ありゃあ、余裕で罠を仕掛けられる。ドワーフの長老とシャラを呼べえ!!」
…と勇ましく声を上げる信長。しかし二人は既にこの場におり、
「さっきからいるぞ。」
「此方も居ますよ。」
…と呆れがちに返事を返した。
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36話・地獄の沙汰も君次第
耳長の少女…リーファが率いる疾風の旅団はオルテ領域でゲリラ活動を行っている傭兵集団である。人数は五十人に満たないが皆が皆様々な修羅場をくぐり抜けて来た精鋭揃いである。彼等は時に彼方此方の村々を兵隊崩れの野盗から守ったり、時にオルテ軍の他国進軍を阻止したりとかなり活躍してはいた。しかし彼女達がオルテに対する武力蜂起を訴えても耳を貸す者達は人間はおろか、ホビットやエルフにもいなかった……。
「リーファさん。」
シャラは何処か暗く重い気持ちでリーファに声をかけ、彼女はそんな彼に笑いかけた。
「
「まだ…、その程度しか経っていませんか。でもその五年で俺達の状況はまた一変しました。」
シャラは農奴として悲惨な生活からオルテの襲撃による父親の死…そして
「そっか、村長さんが……。それに蜂起する事に皆反対だったのに此処まで来るなんて、ドリフターズは其程に衝撃的だったのね。」
「蜂起するしかなかったんです。ドリフを助けたせいでオルテに目を付けられて見せしめにされた時に、同時に田畑を
俺達エルフは漂流者にすがる以外なかったんです。」
リーファは絶句する。其れではまるでドリフターズが原因で彼等エルフは追い詰められた様なものではなかろうか。彼女はキュッと唇を噛み締める。
「それじゃあ、まるで…漂流者の思うままに兵士にされた様なものじゃない!」
「確かにそうかも知れません。…でも彼等がいなければ今日の日までの戦を勝ち続けるなんて出来ませんでした。
ドリフターズがいたからこそ、俺達は此処まで来られたんです!」
シャラ達エルフの漂流者に対する信頼はとても大きかった。数年前に疾風の旅団が彼等の村を訪れ、武力蜂起を説いた時は誰一人として耳を貸さなかった。その理由はやはり実績であった。リーファはその旅団としての実績を得る為にドワーフの解放を試み、偵察隊を編成してガドルカに来たのである。
(何て掌握力、エルフのプライドからくる頑固さはハッキリ言ってドワーフと然程変わらない!
一体彼等は何れだけの武力を誇っているの!?)
漂流者の戦術等に興味を引いたリーファだが、一抹の不安もまた感じていた。其処へアスナが現れ、シャラの名を呼んだ。
「いたいた、シャラさん、信長公が作戦のお話で呼んでましたよ。」
「あぁ、分かった。…処でキリト達は一緒じゃないのかい?」
シャラの問いにアスナは苦笑して答えた。
「キリト君達はドワーフの人達と一緒に穴堀に連れて行かれました。」
「もしかしてクラインも連れてかれた!?」
急に話に入ってきたリーファに驚き、アスナは戸惑いながら返事を返した。
「えっ、えぇ、クラインさんも一緒に行きました。」
リーファは気難しげに唸り、何かを決めたかの様にキッとシャラを睨んだ。
「私達疾風の旅団もその作戦とやらに参加します!」
シャラはギョッと目を見開き驚いて彼女を凝視し、アスナは彼女の真剣且つ疑心に満ちた眼差しがまるで自身を映しているかの様に見えた。
ガドルカ正門城壁前方で動けるドワーフ達を総動員し、城壁の端から端までの長さと馬が飛び越えられない位の幅、大人が這い上がり難い深さの溝を掘っていた。キリト、エギル、クラインも駆り出され汗水垂らしてスコップを手に労働に励んでいた。
「おかしい…、感動の御対面の後は歓迎の宴が始まる筈じゃなかったのか!?」
クラインが一堀りしてぼやく。
「うるさい、お前達がオルテ軍の情報持って来た時点で宴なんて有り得ないだろ!」
キリトが一堀りしてクラインを一喝した。
「それにな、宴なんざお前ら来る前に終わってんだよ。」
…と、エギルが一堀りして止めを刺した。クラインはスコップにも垂れ込み、グッと涙を呑んで一言を呟いた。
「俺も参加したかった……。」
すると監督役のドワーフ長老が上からクライン目掛け土砂を御見舞い、クラインは頭からかぶり自慢の箒頭が潰れてしまった。
「テメエじじい、何しやがる!!」
「じゃかあしいわい、くだらん事言っとらんで腕を動かせ腕をっ、明日の朝には堀終えなきゃならんのだぞい!!」
長老はクラインの罵声を更なる怒声で返し、拳程ある石をクラインの顔面に投げぶつけ、クラインは鼻血を吹きながら長老に罵詈雑言を怒鳴り散らした。埒が開かないのでエギルはクラインを掴むと持ち上げて思い切り地上へと投げ捨てた。
「長老、この溝は落とし穴にするのか?」
溝の中からエギルが尋ねると上にいる長老は四つん這いになって溝下にいるエギルとキリトを見おろした。
「そうじゃが、あの“ノブ”とか言う奴は
長老の答えを聞いたキリトは手を止めて身体を強張らせ、顔が青ざめた。そして嫌悪感滲む小さな声で「信長の奴……!」と呻いた。エギルは彼の態度に気付きながらも自身も
(明日の戦は正に魔王の所業と言うに相応しい地獄となるな……。)
エギルはキリトの肩をポンポンと叩き、「サッサと終わらせようぜ。」と声をかけ、彼も「あぁ…。」と俯きながらも返事を返した。
信長はシャラとオルミーヌ、アスナでテーブルを囲み、オルテ二千の軍に対して大きな罠を仕掛け、とことん追い込み撤退させる策をテーブルに置かれた簡単に描かれた城壁から周辺の見取り図で皆に説明していた。
「この戦法は始まりから終いまで地の利を活かした防御戦だ。基本は城門前で押さえ込むだけの事よ。…だが上手くいきゃあオルテ二千の兵士に大損害を与えられる。
敵が撤退すれば俺達の勝ち、無理な追い込みはせんでいい。」
今回は豊久やキリト達の近接戦法はほぼ使わず、ドワーフ達と一緒に工廠内の防御にあたり、終始…エルフ達の弓矢での交戦を信長は考えていた。そしてこの作戦の説明を聞いた皆々は深い戦慄を感じざるを得ず、その表情は何処か迷いすら見せていた。
真っ先にこの作戦に異を示し、信長に抗議したのはリーファであった。彼女は信長を睨みつけ、見取り図に描かれた城壁の前方にある長い溝を指差した。
「狂ってるわ!!
こんな恐ろしい戦法、悪魔の所業だわ!
リーファからいきなりの叱責に信長は眉をひそめる。
「キリ坊が連れてきたエルフの娘か。
落とし穴のみでは最初に落ちた奴等が踏み台となり後方陣営を渡してしまう。
其れでは駄目だ、城壁端まで掘った溝は謂わば境界線よ。其を越えられたら俺達の負け、ガドルカは奪還され、ドワーフとエルフは皆殺し、俺達ドリフは此まで築いた全てを失い、エンズが世界を滅ぼす!
敵がどの様に死ぬのかなど結果でしかない、そんな事などに構ってられるか!
俺達がどの様に勝つのかが問題なのだ!」
リーファ…、そしてこの場所にいる全ての者が言い返す余地を見いだせなかった。今ガドルカにはドワーフの一族全てがいる。女子供もいるのだ。そして現在のドリフ側の兵数は戦えるドワーフを集めて千を越えるかどうか、更には敵オルテ軍二千は西方戦線よりの第四軍…今までの練度の足りない新兵などではなく一人一人が熟練された戦兵である。
極めつけは北の
リーファは反論出来ない歯痒さに下を向いてしまった。
「他に異を唱える者はおるか、言いたい奴は今の内に言っとけ?
・
・
・
・
アスナ、お前からは何もないのか?」
信長は挑戦的な眼差しで彼女を見るが、意外にもアスナは信長の作戦を肯定し、賛同した。
「いえ、私は信長公の策に賛同します。多分この作戦が私達に出来る最良だと思うから。」
「そうかそうか、アスナも合理的に考えられる様になったか!
後で乳を…っ!?」
其れは一瞬、アスナが信長の背後に回り込み、剣の切っ先を信長の右の鼻穴に突き立てた。アスナはプルプル震えた爪先立ちの信長に笑顔でこう告げた。
「信長さん、次セクハラと判断したら私の最初の犠牲者になりますよ…って、言いましたよね?」
「は……っ、はひっ!?」
「後で……、何ですか?」
スゥ、とアスナが目を細めた途端に信長は恐気を全身で感じ取り直ぐに続きを言い直した。
「後で…、後で乳、にゅう、よく、入浴しようと言いたかったのだ!
……ちゃんと一人でだぞ。」
アスナは剣を納めると深い溜め息を吐いた。
「そうですか、なら…
アスナの目は鋭く信長を睨めつけ、それに気付いた信長も二度ふてぶてしい嘲笑を浮かべる。
「任せておけ、この作戦は俺が総指揮を取る。ゆう通りにすれば絶対に勝てるわい!」
そして偵察の与一よりオルテ軍はガドルカには明日の夕刻には着くとの連絡が入り、城壁前の溝もドワーフの踏ん張りで掘り終えた。後は溝底に油を一杯染み込ませた布や薪等を敷き詰め、カモフラージュを施し、戦の準備をして敵の到着を待つだけとなった。信長は残り数の少ない
「全く、火はいいよな~。キヒヒヒヒ…ッ!!」
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37話・Gravity Wall
ガドルカが陥落してから1日と半日が過ぎた。陽が僅かに陰り夕刻に近付く。昔の日本ではこの時間帯を“逢魔が時”などと言われ忌み嫌われた時間であった。
ガドルカ大工廠へと向かう街道をオルテ帝国第四軍の凡そ二千人に及ぶガドルカ奪還大隊が埋め尽くしており先頭は既にガドルカ城門前に到着して陣営を敷いていた。奪還大隊を預かる大隊千人長が陣営に到着すると先頭の兵士達は各 兵長の号令で整列、攻め込む突撃の陣を作り出した。
ガドルカ城門からオルテ陣営までの距離は数百メートル程か、城門前の様子はある程度見て取れた。城壁には人影がなく門は開きっぱなし…更には城壁にはjktw階段の様な石壁が突き出ていた。千人長は自分の目で其れを確認すると眉間を寄せて眉をつり上げ罵声を上げ出した。
「ドリフターズめが、恐らくは城壁の階段を利用してガドルカに奇襲をかけたのだろうが、とんだ愚か者達だ!
あの階段を破壊してしまわないとは本気で我々オルテが攻めて来ないと思っていた様だ!城門も開きっぱなし…まるで観念したかの様だ、馬鹿にしおって…。
・
・
・
・
前衛に兵力を注ぎ一気に進軍突撃する。城門、左右城壁、そして石壁の階段の三部隊に別れ同時に強襲…各工廠を制圧しながら城館を制圧する。ドワーフ、エルフ、ドリフターズは容赦せずに殺せ!
全兵士へ通達せよ!!」
各百人長に命令を下し、オルテ軍陣営は活発に動きガドルカへ雪崩れ込むの時間の問題であった。
ガドルカ大工廠はガドルカ鉱山に造られ、城塞としても攻める場所は開けた城門正面しかなく、ドリフターズとエルフ達は楽な街道を使わず険しい山道を使い深夜による奇襲でガドルカを陥落させた。しかしオルテの奪還大隊は二千人の大軍故に真っ正面からの人海戦術しか取りうる戦術はなかった。
「…だどもマトモん殺り
じゃっどん、あ奴等の勢いは直ぐに消し飛ぶ。
島津豊久は城壁上に身を低くして隠し敵の様子を伺いながら呟き、同じく屈み側にいるエルフ達はその言葉に頷いた。そして城壁下門の傍らで息を潜める信長は壁に寄りかかりジッと時を待つ。
「よいか、奴等が穴に嵌まっても直ぐには動くな。お豊からの合図あるまで待機だ、何があってもな!」
リーファ達疾風の旅団は信長の傘下に付いていた。皮肉にも織田先右府信長と云う男の下卑た嘲笑がリーファは嫌いであった。…しかしこの男が嗤っている間は何故だか負ける気がしない。どうしてこの様な不快極まりない顔がその様に思わせるのか不思議で堪らなかった。
オルテ第四軍ガドルカ奪還大隊を指揮する千人長の片手剣を右腕で引き抜き、その腕が真っ直ぐに上げて其れを中心に二千の兵士に緊張が波立ち…最早引き返す事など考えられなくなる。そして士気が頂点に達したと確信した千人長は高く上がった右腕の剣を勢い良く振り下ろし、高らかに叫んだ。
「
二度千人長を中心に高まった士気が振り下ろされた剣の如く解き放たれて二千の大軍がガドルカ城門目掛けて押し寄せた。ドドドドドドドドと地面に地響きを立てながら最前列三百近い兵が槍の切っ先を前方へ突き付け力一杯に突進し、騎兵が歩兵と並びやはり槍を手に疾走。土埃をも呑み込み荒波となったオルテ軍はドリフターズもエルフもドワーフをも呑み込み引き裂かんと巨大な怪物と化していた。
兵士達は突き進む。
確かにドリフターズはこんなに早くオルテが奪還に来るとは思いもしなかった。しかし信長は万が一の対抗策を持っていた。そして其れは今正に証明される。
「ん、足元が…!?」
先陣を切っていた何人もの兵士が気付いた。地面が僅かに沈んだのである。そして気付いた時には手遅れとなっていた。既に二百近い兵が落とし穴の真上にいたのだ。凄まじい地響きと砂塵を巻き上げながらオルテの前衛二百以上に及ぶ兵士達が城壁の端まで掘られた深い溝へと落ちたのである。其だけでも被害は甚大、落ちた兵士はその勢いの中で同胞や自身の持っていた槍で貫かれ彼方此方で悲鳴が沸き上がった。敵千人長は何が起こったのか解らず、報告を慌ててながら指示、…だが前衛は突撃した勢いがなかなか止まらずに味方をトコロテンの如く押し出して突き落としてしまう。信長が開きっぱなし城門とオルミーヌが召喚した石壁の階段を其のままにした理由は溝へ落ちる敵兵の数を更に多く落とす為…罠の効果を更に示す為の“ダシ”だったのだ。
「いでぇ、槍が足に刺さってる、抜いてくれえ!!」
「腕が曲がってるう、助けてくれぇ!?」
「おい、シッカリしろ、まだ死んでないぞ!」
大人二人あるかと云う深い溝の真下になってしまったオルテ兵の何人かが底に敷かれた異常な物体に気付き始め、皆“まさか”と思いながら青ざめた。
「何だ、
「おい……
「“まさか”!?」
其処で真の恐怖を知った所でもう遅いだろう。溝へと落下した敵陣被害は三百~四百に達し、示し会わせたかの様にガドルカ城壁上に人影が現れて天に轟かんが如く大声を発した。
「今が時ぞ、
赤い足軽鎧の鬼侍…島津豊久の号令で共に城壁上に隠れていたエルフ達がその場で火を起こして火矢を用意、壁上にずらりと並んだエルフの弓兵は渡された火矢を構えた。
「放てええいっ!!!!」
豊久の二度の号令で敵兵が落ち込んだ溝へと無数の火矢が降り注いだ。
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38話・open your eyes
オルテ第四軍ガドルカ奪還大隊の陣の後方で千人長は前衛の様子を聞いて顔が真っ青になった。
「落とし穴だと!?
しかも城壁の端から端の深溝…、我等が来るまでにそんなモノをこしらえたと云うのか!!
既に我等の進軍が知られていたのか!!」
千人長は跨がっていた騎馬の手綱を悔しげに握り締め、歯軋りをしてみせる。そして再び前方にて異変が起きた。今度は後方からも見て取れ、千人長や後衛の兵士達は驚愕し、戦慄した。ガドルカ城壁上より無数の火矢が深溝へと降り注いでいるのだ。
「何て事だ、前衛に後退を伝えよ!!後退だっ!!」
千人長は慌てふためき指示を出し、ようやくドリフターズの企みを知り畏怖と屈辱を顔に滲ませた。
降り注ぐ火矢の雨を溝に嵌まり動けないオルテ兵は上の者がその身に受けてジタバタともがき苦しむ。悲鳴が地の底から聴こえるかの如く響き彼等の衣服に次々に火が燃え移る。「熱い、熱い!!」と溝より声が上がり底の者達からは「火を消せ、消せ!!」と狂ったかの様に喚き立てる。そして、彼等が恐れ…信長が狙っていた現象が起こり始めた。溝の底に大量に敷いた油をタップリ染み込ませた布に火が移り、底下のオルテ兵を焼き始めたのだ。悲鳴は断末魔に変化し、阿鼻叫喚が溝底から響き渡り幅広い溝は炎に埋め尽くされ始めた。
「もっとだあ、もっと放てやああっ!!」
豊久は表情を険しいままに一切の容赦なくエルフに火矢の指示を出し続け、壁上のエルフ達は一切の妥協なくやはり容赦なしに火矢を射続ける。そして溝の炎が程良い高さまで上がったのを確認すると通信用の水晶玉を取り出した。
「ノブよおう、出番ぞおっ!!」
豊久が水晶玉に向かって叫び、其れをオルミーヌの持った水晶が受信。彼の声が大き過ぎてオルミーヌは思わず水晶玉を遠ざけるが、その通信に応えて直ぐに信長の名を呼んだ。
「ノブ、来ました!!……もうトヨってば声煩い!」
オルミーヌに呼ばれた織田信長はニタリと“待っていた”とばかりに笑い、号令を出した。
「出陣せよ!!
敵の前衛は総崩れだ、どんどん圧し返せえ!!」
彼の号令に城壁裏に隠れていたエルフ達が“ワッ”と木板の大盾を持ちながら城門を潜り抜け両端へと並列する。右側にシャラ、左側に与一が立ち互いの陣が並び終えたのを確認して信長の次の号令を待つが、ドワーフが掘った溝からはもう炎の壁と言って良い程に火が上がっておりその中からは未だ死なずにいるオルテ兵の呻き声や悲鳴…断末魔が聴こえていた。シャラやエルフ達はたじろぎ、自分達の所業に畏怖を覚えた。
「狼狽えるなあ、そして見よ、此もまた戦の炎ぞ、昨晩と何も変わらん地獄の炎ぞお!!
後戻りなど当の昔に出来んのだ、此はお前達が生きる為の…奪われた国を取り戻す為の通過点に過ぎんのだ!
さあ眼前の敵を
信長の口上からの叱咤激励に前衛に出たエルフ衆が士気を高ぶらせて大きな鬨の声が上がった。何十枚も立てられた木板の盾の隙間から与一とシャラの号令で無数の弓矢が空より放たれて降り渡り、狼狽するオルテ兵を次々に串刺しにした。更には矢の合間を幾つもの薪が堀溝に投げ込まれ、炎が高まり燃え上がる。最早煉獄の壁となり、オルテ軍を阻んだ。敵も弓矢とボーガンで応戦してくるが、火薬包みの矢が何本も煉獄の壁を飛び越え敵陣で爆ぜる。その爆発力に四肢を砕かれる者や吹き飛ばされ煉獄へ落とされる者と正しく一方的にオルテ側の被害が拡大し、その死傷者は六百人を確実に越えていた。
その圧倒的に有利な戦況下でキリトやアスナ…エギルはドワーフ達と同様に工廠内で後衛待機を言われていたのだが、外の状況を知りたくて信長達の陣まで出て来ていた。
前戦は予想以上に敵の混乱が見られ、既に一方的な殺戮と言っても過言ではなかった。しかしアスナはこの策が実行される前から不安に感じていた事があった。
(酷い惨状……。此でオルテが退いてくれるなら良いけど…、もし長期戦に持ち込まれれば物資が調達出来ない此方が不利になる!)
ガドルカは鉱山の麓を切り開き、山を背にした城塞でもある。物資が豊富であれば此程に強固な拠点もそうはないであろう。…だがガドルカ攻略後の宴酒盛りにより食物は既に一週間ももたない程である。オルテ軍がもし此方の状況を知り、所謂兵法攻めを目論んだ長期戦を仕掛けて来れば此方の勝ち目は薄くなる。際してガドルカは鉱山…“山”である。やはり天候の変化で雨が降ってしまえば炎の壁は消えてしまうであろう。此処で恐らく深堀の溝は泥水により性質を変えて足を取るトラップとなるが此では長期戦の確率が更に高くなってしまう。
やはり敵将を確実に仕留める短期決戦がこの危機を乗り越える一番の策だとアスナは思考した。
(…でもこんな事は織田信長公であれば百も承知の筈、なら次の作戦も…!?)
アスナ…キリト達は急ぎ信長の所へ行くが、其処ではトレードマークとも云える嘲りを潜めた信長が右手に通信機である水晶玉を持って報告を受けている姿があった。
《此方右翼、ノブさん、薪が全部無くなりました!火薬包みの矢ももうありません!》
オルミーヌの持つ水晶玉からシャラの声が聴こえ、もう一つ…信長の水晶玉からは与一の声が届いていた。
《ノブノブ、此方左翼。火矢ももう限界だね、敵さん盾を屋根にして堀を埋め始めてる。それと…
二人の報告から信長は深堀の溝…炎の壁は突破されるのは時間の問題と判断、そして険しい表情に
…と伝えた。そして後ろからキリトが彼に尋ねる。
「信長、オルテは炎の堀を越えるんだな!?」
信長は振り向き、その自信満々な笑みで答えた。
「おう、キリ坊か。敵は短期決戦を決めた様だ。キキッ、未だ想定内よ!」
「オルテが長期戦に持ち込むとは考えなかったんですか!?」
次にアスナが問うと信長は「ソイツはないっ!」とハッキリ断言して理由を語った。
「奴等の動きが早かったのはどう考えても此方の動きがオルテの一部に伝わったからだ。しかし本国には最早自由になる軍隊などはありはすまい、其れはエルフ領の城館にあった書類で明らか。
…ならばあの軍隊は一番近い最前線の大軍より派遣された軍隊だ。…だとすれば本国はガドルカが陥落した事はまだ知らない…知った所で軍は出せんがな。故にあ奴等も物資補給を受けられはしない。その時点であの二千の軍とガドルカにいる俺達は五分五分。
…既に敵兵力は三分の一は削いだ、此で逃げぬなら敵将は只の馬鹿か数々の歴戦を重ねた強者よ。
そうであれば敵将一人を討つのが最低限の犠牲で済ませる方法だ、さすれば敵兵共は本陣か本国へ逃げ帰るわ!」
其処でエギルが戦斧の柄で肩をトントンと軽く叩きキッと信長を睨む。
「…なら…、堀を越えられない内に突撃部隊の急遽編成…敵指揮官を狙うって所か。」
「正面からではなく右翼左翼両端からの敵将への奇襲だ!
右は疾風の旅団とやらに動いてもらう。左はキリ坊、アスナ、エギルと戦えるドワーフで編成する!」
其れを聴いたリーファは驚き、信長を怒鳴りつけた。
「私達が…っ!?馬鹿言わないで、こんな殺戮行為に手を貸すなんて出来ないわ!!」
信長はふんっ、と荒い鼻息を吐いて即右側部隊の編成を変更を告げた。
「ふん、
左翼はアスナが指揮官せよ、キリ坊とエギルとは戦い慣れとるだろう。他にドワーフ数名付けよう!」
編成に於いては全て信長の鶴の一声で決まりそうではあった。しかし疾風の旅団の面々は信長を睨み付け、共闘を断ったリーファに詰め寄った。
「あんな奴に好き勝手言われて悔しくないのか、リーファ!
今までオルテとまともに戦って来たのは俺達疾風の旅団なんだぞ!」
「彼奴等のやってる事はオルテと変わらない!だがこのままでは確かにエルフもドワーフも危ないぞ!」
此の場にいる以外に疾風の旅団は数十人程がいて皆が皆オルテの侵攻により国を失った…謂わばエルフやドワーフ達と同じ境遇の者達である。彼等には今日までオルテに屈せず戦って来た強い稔侍がある。それ故に信長の“使えぬ”の一言は正に侮辱でしかなかった。旅団の面々はリーファの答えを待ち、クラインは口を出せずに見守る。
しかし煮え切らないリーファに対し、キリトが冷めた眼差しを向けてこう言い放った。
「アンタ等、
「おっ、おいキリト、お前そんな言い方!?」
その冷たい言動にクラインが驚き、詰め寄ろうとするがリーファに止められ、旅団の面々はキリトに対し憎らしげに歯軋りをして見せた。アスナとエギルは彼を止めず口を閉ざし、リーファはキリトを睨んで言葉の真意を尋ねた。
「どういう意味で言っているのか知らないけど、此以上疾風の旅団への侮辱は許さないわ!」
キリトの鋭い視線とリーファの険しい眼差しがぶつかり、二人は互いに睨み合った。
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39話・SAVIOR OF SONG
戦況は些か流れが鈍くなってきていた。オルテ兵は攻進を止め、炎の壁を消す為に長く防衛線の如く横に伸びる深堀の中心部を埋め始め、エルフによる矢の雨を大盾小盾を傘にして防いだ。此により
ドリフターズの陣営ではキリトと疾風の旅団のリーファが互いの考えの違いから反発を起こしていた。其れを見かねた信長が横やりが入れ、話を奇襲部隊の編成に戻した。。
「その位にせい、キリ坊。話が進まん。
エルフの小娘、此以上侮辱を受けたくないと言うたがこのまま逃げれば貴様等
(何せその噂は俺がある事ない事広めるからのう。)
其を聞いたリーファ達旅団の者達はハッして強ばった。信長の言う通りなのである。このガドルカの戦は其こそが虐げられていた亜人達がオルテへ反旗を翻す大義の戦、その場におり、戦に加わると云う事は疾風の旅団が目指した亜人達の一斉蜂起が成し得ると云う事だ。…だが其は同時に目的の為なら手段を選ばない彼等“ドリフターズ”の傘下に入る事を意味していた。
「考える余地なんてないぜ、リーファ!」
「そうだ、今まで裏仕事しか出来なかった俺達がやっと表立って戦えるチャンスだ!」
「俺は此処で逃げて臆病者呼ばわりされるのは御免こうむるぜ、リーファよ!」
既に旅団の面々はかなり士気が高まっており、リーファにも抑え切れそうもなく…彼女はなくなく協力に応じた。信長はニヤリと笑い、今一度編成を右側からリーファの疾風の旅団、クラインも今回は此方と行動を共にする。左側をアスナがリーダーのキリトにエギル…エルフ三人とドワーフの戦える若者三人の混成部隊とした。
炎の壁は先程から少しずつではあるが勢いを弱めており、弓矢の雨も今暫くはもつが敵が盾を傘にして防御に徹している為足止め程度にしかなっていない。その間に幅広い堀の真ん中が埋め立てられていき時間は掛かれども突破されるのは確実なものとなっていた。
両部隊は各端に着き、信長の合図をオルミーヌの水晶玉から頂き同時による奇襲を心掛ける為に疾風の旅団は馬を使わずキリト達の様に自足による走駆にて出陣。オルテの前衛の目を気にかけはしたが信長の言う通り前衛は堀を埋めるのに必死な挙げ句傘にした何枚も頭上で低く重ねられた盾が周囲への視覚を奪っているのでなくすり抜けた。
「このまま走り抜けるわ!!」
「みんな、突っ切るわよ!!」
アスナ…そしてリーファが声を上げ、二つの小数集団は敵陣の両脇を難なく駆け抜ける。しかし後衛が見えた頃に敵陣に動きが見えた。アスナの部隊とリーファの疾風の旅団に向けて数騎の騎馬が迫って来た。どうやら敵に気付かれた様だ。
するとキリトがアスナ達の前に出て騎馬に向かって駆け出した。
「オオオオオオオオッ!!!!」
キリトは鬨を上げて槍を向け突き立てようとする一体の騎馬に飛びかかった。黒い片手剣を背の鞘より瞬時に引き抜き、騎兵の首を一息に切り飛ばした。そしてそのまま馬の背に着地して騎兵の死体を落とすと何と手綱を左手に取り、馬を操り「一番槍は任せろ!」と言って走り出した。
その光景を見ながらアスナとエギルは目を丸くして騎馬に乗りながら剣を振るうキリトを見た。
「キリトの奴、馬に乗れたのか?」
エギルが呆気に取られアスナに尋ねるが彼女も軽く首を傾げた。
「分からない、SAOではそんな話もスキルも聞かなかったわ。」
…と、其処に共に付いて来た三人のエルフの内の一人がその答えを教えてくれた。
「アスナさんが十月機関と一緒に来られる前に“豊さん”から習っていましたよ。最初はよく落馬していて皆が面白がって見物してました。」
其れを聞いてエギルは納得するが、アスナは彼が自分の知らないキリトへとどんどん変貌していくのに戸惑いやはり不安を感じざるを得なかった。
(……いえ…、キリト君自身も感じているよね、私と同じ様に……。)
きっとエギルやクラインも同じであろう。この世界に来て様々な人の無残な生き死にを繰り返しその目に焼き付け、己自身もまたその手を血に染めて突き進む現実に心が変質し始めている事を…。
疾風の旅団も接敵して戦闘状態となった。疾風の旅団はクライン含む近接を得意得する四人を先頭に密集陣形で敵陣へと突っ込み、ボーガン…弓矢、そしてリーファの“風の魔法”による真空…旋風…暴風による援護にて敵勢力を圧倒した。リーファはその勢いに任せて旅団に激を飛ばす。
「此のまま突っ走れえっ、敵将は私達疾風の旅団が打ち倒す!!」
彼女に応え、仲間達は力強く鬨を上げる。
「ウォリアアアアアッ、ぶった斬られたい奴は前に出ろやあああ!!」
クラインもまた咆哮し、言葉通りに行く手を阻んだオルテ兵を容赦なく…躊躇いなく手に持つ大太刀にて切り捨て、首を飛ばした。未だ僅かに心が痛むが、疾風の旅団に加わった時に覚悟は決めた。仲間を助ける為ならこの手を汚す事を厭わないと心に誓っていた。
騎馬を駆るキリトによって敵陣左側は撹乱されてアスナ達も弓矢で援護する三人のエルフを囲みエギルと三人のドワーフが戦斧を振り回し敵兵を薙ぎ倒していった。
「フウンッ!!」
エギルが横薙ぎにした柄の長いバトルアクスが二人…折り返しの横薙ぎでまた二人の兵士の胴体を真っ二つにし、ドワーフ達も敵の頭を叩き割り、その防御不能な力任せの攻撃にオルテ兵は脅威し、近付けずにいた。敵の弓兵はエルフ達の命中度の高い矢で脳天を射抜かれて次々に倒れていく。正に理想的に機能した戦闘布陣である。
疾風の旅団もクラインと腕の達つ傭兵が先陣を切り、ボーガンで此を援護。そしてリーファの魔法による変幻自在の風がオルテ兵を吹き飛ばし、切り裂き、味方を弓矢から守る死角のない布陣を確立していた。そして風の魔法を掻い潜りリーファに剣を振り上げた兵は瞬時に片手剣が一閃し、喉元を斬り裂かれた。
「剣に魔法まで使うんだからたまんねぇぜ、ウチのリーダーはよ!」
仲間の一人が敵兵をボーガンで射抜きながらリーファの戦いっぷりに感嘆し、他の者も笑いながら同意した。クラインも彼女の万能ぶりに目を輝かせるが、ふと…漂流者達が率いるエルフ達と何処か違う様に思えた。
(
そんな事を考えながら敵を一人叩き斬る。疾風の旅団の暗黙のルールには仲間の過去を根掘り葉掘り聞かない事にはなっているが何気にクラインは其れが気にかかってしまった。
オルテ敵将の陣営を両端より奇襲し、たった二十人に満たない人数で撹乱しながら確実に追い詰めるキリトとアスナ達、そして疾風の旅団、その戦況をオルテ第四軍ガドルカ奪還大隊の指揮官である千人長は騎馬に跨がったままギリギリと歯軋りをしながら悔しがり、敵の刃がいつ自分に届いてしまうのかと恐怖を膨らませていた。
(何て奴等だ、あれだけの手練れを何人も連れているならあの
…其れに何よりこの狭い戦場の中、兵力で圧倒している筈の
……退却するか、其れとも玉砕か、どうすれば良い!?)
彼の心はこの戦に勝ちたくもあり、この様な戦で命を散らしたくないともあり、其れこそ天秤の如く彼方から此方へとふらついた。しかし彼は千人長であり、オルテ第四軍ガドルカ奪還大隊を預かる指揮官である。此処でおめおめと逃げ出しては上官であるオルテの将軍レメクの顔に泥を塗り且つ自身も臆病者の罵り汚名は免れない。千人長は自分の頭では纏まらないと諦め、手前にいる副官の意見を求めた。
「おい、わた……、我々はどうすればいい!?
何かこの戦況を覆す策はないか!?」
副官は彼を見ずに答えた。
「恐らく我が軍に勝ち目はないでしょう。故に小官から提案があります。」
「何だ、言ってみろ!」
僅かな期待を滲ませた千人長。…しかし次の瞬間、“ゾンッ”と背筋が凍る音と同時に彼の首が宙を舞い、其れを回りの兵士達は其れこそ驚愕の表情を凍りつかせて舞い首を見上げ、地に落ちるまで目で追った。
副官であろう男は右手に血糊が付いた
「何も出来ずに無駄死に…てのはどうだい?」
そしてその惨状に怒りを露わにした一人の兵士が「貴様あっ!!」と怒号を上げて斬りかかるが、義経はつまらなげな笑みを向け此を斬り殺した。鮮血を撒き散らしながら倒れるその者を見て他の兵士達は完全に戦意を失ってしまった。義経は目を細め、オルテの兵士達を嘲笑すると彼の傍らからクラディールも現れた。
「どうしました、もう茶番劇は飽きました?」
「あぁ、
だからお前帰っていいよ?」
義経にそう言われたクラディールは病的な肌の顔を青くさせる。帰る場所と云えば今やあの化物達が文字通り蠢く牙城と化した北壁カルネデス…、先の
「さっ、最後まで付き合います。義経公!」
「ははっ、昔お前みたいな雑兵いたよ。…其なりに生き残っていたぜ?」
クラディールは雑兵など一緒にされて義経をギロリと睨む……が、即そっぽを向いて歯軋りをしながら苦笑いに変えた。義経はクラディールを鼻で嗤い、目を細め…遠くに視認した騎馬を駆り奮闘するキリトに危険極まりない嘲りを向けた。
「さぁぁてぇ…、少しは俺を楽しませてくれよ、キリトォ……!」
そう呟いた義経は騎馬を駆り、恐れ戦き道を開けたオルテ兵達の通路を疾走した。
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40話・悪忌判官
戦も既に佳境となり、オルテの前衛が最早風前の灯である事が織田信長…島津豊久には見えた。…しかし何故か完全な勝ち戦とは思えず、敵への攻撃を緩めようとはしなかった。那須与一もエルフを指揮しながら敵側を観察…敵前衛側は衰える一方で後衛が全くと言っていい程に加勢に来ない。…もしキリト達による両脇よりの奇襲が気付かれたとしても、この状況はまるで攻めるのを止めてしまったとしか思えない程である。オルテの陣で何かか起きているのだと与一は感じ取りオルミーヌより預かった水晶玉を手に取った。
「オルミーヌ殿、早急にノブノブを呼んで下さいませーっ?」
《与一さん?少々お待ちください、ノブー、与一さん呼んでますよーっ!》
オルミーヌの応答から直ぐに信長の声が水晶玉より響いた。
《何じゃい、この忙しい時に小便か!?》
「小便はさっき済ませました~。」
《…したのか。》
「この戦、我等の勝ちでしょうが…、何やら厭な予感が致しまして……、故にキリキリの達の援護へ向かいまする!」
其れを聞いた信長は口をへの字にして渋顔を作り…暫し沈黙。そして目を細め炎の壁の向こうを睨む。
(こ奴もお豊と同じく幾多の戦を生き抜いた強者だ。その直感…無視は出来ぬな!)
《解った、ソチラにお豊と馬を一頭寄越す。其れで行け。
…だがお前一人でだ!エルフ衆も連れていくな。》
「承知致した!」
与一との会話を終えて直ぐに信長はオルミーヌに豊久を呼び出す様指示した。
「
相変わらずのセクハラ言動にオルミーヌは眉間に皺を寄せて「このヒヒジジイめっ!」と毒吐いて水晶玉を持ち変えて豊久を呼ぶと、「
オルミーヌは「エエーッ!!」と驚きの声を上げ、信長は呆れたと言わんばかりに拍子抜けな表情をした。
「ほんと、島津は戦となると動きが早すぎるわい。馬鹿ですか?」
「
「ちっ、妖怪首置いてけめ!
「おい、勝手に御師匠様の名前出さないでよ!」
何処かで同じ様な戯言罵り合いを聞いた様な気がすると思いながらオルミーヌも参加してしまうが…切りの良い処で信長が我に返り豊久に何故降りて来たのかを尋ねた。
「上でん矢ぁ射る必要がのうなったから降りて来ただけばい。……それにキリトんとこが気にのうてのう。」
「…で、あるか。俺も勝ちが見えた時から寒気がして堪らん。オルテ側で何かが起こっておるやも知れん。
お豊、与一がキリトに加勢に行く、あ奴に代わり指揮を頼む。
降りて来た皆も半分に別れて増援だあ!」
「承知した、半分は
豊久達が直ぐに両翼の応援に入り、与一が馬を駆り出陣したのを遠目に確認する信長。此方の奇襲は敵将のいる後衛をキリト達と疾風の旅団が両端から襲撃するもの、作戦そのものは上手くいったのだろう…。しかし何か想定外のファクターが入り込んだかの様に心がざわつく。
「……厭な予感がするわい。」
信長は後ろに組んだ手を強く握り締め、柄にもなくキリト達の無事を願った。
次から次へと襲い来る敵兵をアスナとエギル達は次々と斬り捨てては薙ぎ倒し、無双をオルテに見せつけた。しかし、騎馬を駆るキリトとは離れ離れとなり敵将も見つけられずアスナは焦りを感じていた。
「アスナさん、すみません!キリトを見失いました……!」
何とか彼の位置を確認していたエルフもオルテ兵の猛攻でキリトの影を追い切れなかった。アスナは彼の事も心配だが別の事も気にかかり思考を巡らせ、今の状況を把握しようとした。
(此だけ敵の指揮官を探してもいないのは既に逃げたからかも知れない。
……だけど未だオルテの兵士は此方に向かって来る。指揮官が逃げる為の時間稼ぎ?…いえ、其れにしては逃げる兵達が疎ら過ぎる。敵将の退却の号令が上がっていない!
まだかなりの兵士達が戦場に残っているのに全てを見捨て逃げるなんて……?)
…と、彼女の左から剣を振り上げる兵士が立ち塞がるが、エギルの戦斧が此を叩き潰した。血飛沫がアスナの顔にかかり、驚いた彼女は思わずエギルの顔をまじまじと見てしまう。
「油断するなよ、
まだ敵将が見つからない…早く探し出さにゃあコッチももたんぜ!」
SAOの時に付けられた渾名を言われて苦笑いとなるアスナだが、その敵将の行方についてエギルの意見を聞いてみた。
「その敵の指揮官ですが、こんなに探しても見つからないのは流石におかしいと思います。既に逃亡したか…討たれたかしたのではないですか?」
「…そうだな、だがクライン所で討ち取ったっつう掛け声はまだない。敵の撤退の声も上がってない。まだオルテは此方を攻めている。何処かに隠れている可能性は捨てきれない。」
「…でもこの周囲が山に囲まれた狭い戦場で今まで遠くから指示を出すには軍の行動は早く思えます。私はこの混戦の中で
アスナはエギルに自身の意見を述べた途端に思わず口をつぐみ、まるで我に返ったかの様に自分の顔半分を掌で隠した。敵とはいえ彼女は今、敵将の生死を戦いの中で情の一欠片もなく論理的に思考してしまった。そんな自分に少なからずショックを感じてしまった。エギルはアスナを心配そうに見、軽く溜め息を吐き彼女の肩をポンと軽く叩いた。
「先ずはキリトを探して合流しよう。その間に敵指揮官が見えなければクライン達に撤退の合図を出して俺達も退こう。」
「…はい。」
アスナ達はもう一度仲間達を集めてキリトとの合流を優先し、その後は疾風の旅団と共に自陣への撤退を決めた。…だがアスナもエギルも気付いてはいない。自分達が彼から意図的に引き離されている事を……。オルテ指揮官の陣にいた兵士で漂流者達に一矢報いたい者達がクラディールの指示に従っているのである。
キリトが其れに気付いた時には既に遅く、アスナ達が何処にいるのか分からず、しかし静かではあるが一筋の殺意が自分に向けられている事に気付きその殺意の先にいる人物を睨めつけた。
「…へえ、クラディールの奴なかなか良い仕事するじゃないか。今暫くは脇に置いてやるか。」
騎馬より降りた人物は肩に羽織った羽織が少し乱れたので直し狐目の鋭い視線をキリトに向けた。
「よう、キリト。ジャンヌが廃城を襲撃して以来だな。…つつがなしか?」
キリトは返事を返さず口を開かない。…だが彼の姿を見てから全身からブワッと汗が吹き出、自分も騎馬から降りると突然矢が馬の額に深々と刺さり“ズシン”と音を立てて倒れた。キリトは矢を射たその者を今一度睨む。
「そんな顔するなよ、前にお前だって馬殺したじゃん。ほれ、此方のも殺すから。」
言うが早きか、弓から素早く持ち変えた太刀で自身が乗って来た馬の喉元を斬りつけて殺した。キリトは不快感を露わにして目を細めた。
「馬を殺して逃げる手段を消し去るか。…一体何の様だよ、“源義経”!」
「
…と、突然キリトは瞬時に背の鞘に収まっていたダークリパルサーを抜いて二刀流となり、義経に向かって走り両手剣で思い切り上段から振り下ろした。義経もまた直ぐ様太刀を抜きこの斬撃を受け止めた。
「ハッ、いきなり本気か?見かけより短気だな、そんなに本名を言い当てられたのが不思議か?」
「当たり前だ、何故平安時代の人物であるアンタが俺の本名を知っている!?誰に聞いたんだ!?」
キリトは問いながらも体重を乗せながら両手の剣に力を込め、義経はその圧力に受け止めた太刀を支え切れなくなる。だが途端に義経はスッと背中を地面に向けて倒れ込みキリトに両足を伸ばし挟み身体を捻った。キリトは急にのし掛かっていた上半身を義経が下へと下がった為に前のめりとなって足挟みに反応出来ずに横倒しとなり、義経はその隙に立ち上がり後ろへと跳ね退いた。
「焦るなよ小僧、俺が何故知っているかなんてタダで言う訳なろう。此からは児戯の時間だ、お前が俺に一太刀でも浴びせられれば教えてやる。
もし出来なければ、お前…死ぬやも知れんぞ?」
そう言って源九郎判官義経は太刀を構えてキリトを見据える。キリトもまた直ぐに立ち上がり両手の剣を構えた。
「分かった、…ならもう聞かなくてもいい。
与一さんから源義経が何れだけ危険な人物かは聞かされてる。殺していいのなら……、今この場で殺す!!」
「いいぜ、キリトォ。殺れるものならな、多少は俺を楽しませてくれよ!」
そして二人同時に駆け出し、刃を重ね刃鳴を鳴らし始めた。
今回でガドルカ編終わらせられませんでした。
次回こそガドルカエンドっす。
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41話・愛しさと切なさと心強さと
入口が見えず出口も見えず、両壁は不自然にずらりと並ぶ様々な扉や入り口がある無限通路。そしてその道を遮る様にある不自然過ぎるワークデスクとその椅子に座る事務職員の様な姿をし、一本の煙草をふかした眼鏡の男。眼鏡の度が強いのかレンズには彼の瞳が一杯にレンズを占領し、その無表情は広げた新聞に向けられていた。そしてその新聞は真っ更な状態から面が歪み、ぼんやりと活字が現れて来た。活字は記事となり繊細に形作られ新聞の面は様々な記事で一杯となった。
その中でも彼の眼鏡一杯に広がる瞳を釘付けにした記事の見出しは…“義経、キリト、一対一の一本死合い❗”…と書かれた記事であった。
眼鏡の男は煙草の吸殻が山になった灰皿に半分程は灰となり無くなった煙草を山へと突き入れて新しい煙草に火を付けて吸い始めた。
ふと気付けば無限通路に革靴の踵が鳴らす様な靴の音がカツンカツンと響き渡り、彼の目の前には白衣を着こなした長身で痩せぎすの…此方も眼鏡をかけた男性が立っていた。
「煙草の吸い過ぎは肺癌を引き起こす原因になる。」
デスクの前に立った白衣の男は言葉とは裏腹にデスクの席に座る彼を感心がないかの様な無表情且つ虚ろな瞳で見おろした。
「肺癌を含めた全ての病障害など私とは縁のない物だ。」
其処で二人の会話は一旦途切れる。眼鏡の男は彼に視線は向けずに手に広げた新聞紙を読み続け、白衣の男は彼が新聞紙を読み終わるのを動かずにジッと待ち続けた。
暫くして眼鏡の男は新聞紙をたたみ、咥えていた半分以上吸った煙草を灰皿を覆った吸殻の山に突き入れて腕を組み、やっと白衣の男にレンズ一杯の目を向けた。
「
「あぁ、頼む。」
眼鏡の男は白衣の男にドリフターズの戦果…特にSAOからの漂流者達の事を詳しく伝えた。
「そうか、キリト君は頑張ってくれているのだね。」
「全ては仮想世界に目を付けた“EASY”に見つけられてしまったの事が原因、何も出来ない君の代わりに彼等を漂流させた。」
「…だからせめて私は貴方の力を借りて彼等の肉体にSAOの各ステータスデータをインストールした。
過去の英雄に立ち向かえる様に…
眼鏡の男は両肘をデスクにつき、両掌を組み話を続ける。
「本来なら“あの女”が手駒とするのは君達の歴史より何かを限りなく憎悪して生涯を遂げた英霊なのだが、其れよりも彼女は英霊の様に探す手間をかけない…凶悪な大軍勢を君達の世界で見つけた。
…“SAO ENEMY SYSTEM”!あの女は君の開発したゲーム…“ソードアート・オンライン”に登場するエネミーモンスターの全データのみを奪い
…“茅場晶彦”、君は漂流者にもなれず…廃棄物にもなれず…そして源義経の様に異世界に“転移”する事も叶わない。
君がやらなければならないのはEASYより奪われた“ENEMY SYSTEM”の奪還だ。」
眼鏡の男の言葉に白衣の男…茅場晶彦、キリト達がいた現代世界で仮想世界アインクラッドを創造し、フルフェイス型のダイブゲーム…ナーヴギアの本来VRMMORPGとして売り出された現実感溢れる仮想世界へとダイブして楽しむ筈であったゲーム…ソードアート・オンラインを隔離世界にした上、ゲーム内でGAME OVERになれば現実世界の自分も死んでしまうと云うデスゲームにしてしまった張本人である。
「難しいな、今彼女のパソコンにハッキングをかけている処だがガードが硬い。
あの“北壁”とやらの後はSYSTEMを利用してはいない様だが、ドリフターズに使われてしまう方が確実に早いな。キリト君達にはすまないがね。」
「懺悔はないのかね?」
「異世界の危機に関係のない私達の歴史から武人達を喚びつけて戦わせている貴方はどうなんだ、“紫”?」
「…懺悔などしている暇はないな。」
茅場に紫と呼ばれた眼鏡の男は特に表情を曇らせる事もなく、変える訳でもなく、傲慢にそう呟いた。
その時、“ゾンゾンゾン!”と茅場の背後である無限通路の奥から闇がもの凄い勢いで迫り、その中よりゴシックロリータのドレスで着飾った黒髪の少女が現れた。少女は傲慢につり上げた目付きで茅場の向こうにいる眼鏡の男…紫を睨んだ。
「懺悔をしない…ですって?
貴方の存在そのものが罪深いというのに?
私の邪魔ばかりする溝鼠を毎回送りつけてくるのは大罪じゃないのかしら、“紫”?」
「“EASY”か!」
茅場が特に慌てもせずに後ろを振り向き、ゴスロリドレスの少女の奇妙な名を呼んだ。彼女…EASYは目を細めて不敵に嗤うと左手を腰にあてて声高らかに話し出した。
「お前達の抵抗はもう直ぐ潰えるわよ、廃棄物側に加わった源九郎判官義経が
そうすれば後のSAO生還者なんてクズしかいないし他のドリフターズはやはりゴミクズだから私の勝ちは決まりよ、茅場もいい加減に私に就きなさい。そのひねた頭でもどちらが得か解るでしょ?」
彼女は話次いでに茅場の勧誘まで始めた。幾度となく断られていたが彼の天才的な発想やプログラミングは紫側に置くにはあまりにも惜しいと考えていたのである。しかし茅場は眉一つ動かさずEASYの誘いに首を横に振り、彼女の目に殺意が宿る。
「何故…?」
「簡単な話だよ。……
其れを聞いたEASYのキツメだが可愛らしかった顔が鬼女の如く歪み、甲高く腹を抱えて嗤い出した。
「アアッハハハハハハハハハッ!!!!!!
そう、私の軍門には降らないと!
所詮は視野の狭く頭の硬い幼稚な夢想家ね。理解したわ、なら貴方の信頼するSAOからの漂流者はとことん切り刻んで潰してやりましょう!
奴等のミンチは餓鬼の様に飢えた豚の餌にしてやるわ!
もう許しを乞うても無駄だからね!!」
そう捨て台詞を残してEASYは深き闇と共に去って行った。紫は煙草を一本抜いて咥えるとその先に火を付け、茅場は其れを見て彼に背を向けた。
「行くのか?」
「あぁ、彼等を二度も死地へと送り込んだんだ。出来る事はやらなくては。」
そう言い残して茅場晶彦は紫の前から去った。彼は特に茅場を気に止める事なくまた新聞を広げ、まだ何も書かれていないページをめくった。
曇り始めていた空から雨が降り出した。足元は泥々となり、大勢の兵士達がバシャバシャと地面を駆け走り…ある者は逃げ出し、ある者は戦い果てる。泥沼化するかと思われた戦はオルテ軍側の将がいなくなった事による軍列の総崩れで完全に
SAOからの漂流者キリトと漂流者でも廃棄物でもないが黒王に加担する源九郎判官義経。何度となく刃鳴を鳴らし、幾つもの火花を散らし、キリトが両手に握った二本の片手剣を源九郎判官義経に振るい義経はまるでヌンチャクの様に襲い来る二刀の刃を避けながら応戦した。キリトの右手のエリュシデータを難なく躱し、左手のダークリパルサーを右手に握る太刀で此も苦もなく受け流す。そして僅かな隙をついて義経はキリトの腹部へ横一閃の太刀を浴びせた。…が、キリトは即後ろへ跳んで回避。腹部には黒いコートと服がパックリと開いてうっすらと一文字の斬り傷が浮かび上がった。
二人はお互いを睨みながら透かさず構え、間合いを取る。互いの構えは我流ながら全く隙がなくキリトは冷や汗を額より流し、義経は愉しげに笑みを浮かべた。
「嬉しいじゃないか、俺の時代でこの源義経とここまで渡り合った武者はそうそういない!
この世界は俺が望むものが多く手に入りそうだ!俺は面白いものを望む、俺は猛き強者を望む、俺はありとあらゆる戦を望む。とてもとても面白い戦を切なる思いで望んでいる……。クククッ!」
彼の美形とも言える顔立ちが嘲笑により醜く…嫌みに歪む。キリト達の時代では源義経は兄…源頼朝に疎まれて最期は追われる身となりその命を散らせた悲劇の英雄として語り継がれている。史実通りであるならば源頼朝は血も涙もない悪忌判官であるが、真の源義経を目にすればその考えは即座に消え去る。頼朝は義経を恐れたが故に彼を討った。戦に愉悦を感じ、戦に生き場を求める弟に兄は恐怖し、己が身の危険を感じ得たが故に血を分けた弟を亡ぼしたのだ。
其れが正しいと問われたら人は口を揃えて“否”と答えるだろう。…しかし額に冷たい汗を滲ませ雨と共に流すキリトはその伝説その人である人物を前にして兄の頼朝の思考が自分の事の様に理解出来た。
(源九郎判官義経、彼は
此所で殺さなければならない!!)
今の彼の思考は弟に恐怖した頼朝のものと同じであった。
サブタイちょっと適当につけちゃいました。
やはりキリト対義経終われず、決着は次回!
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42話・七転八倒のブルース
ガドルカ城壁前ではオルテ帝国第四軍ガドルカ奪還大隊は既に壊滅的な状況であった。空を覆っていた雲は雨を降らし始め、ガドルカを守っていた炎の壁を弱め…消してしまう。…だが最早オルテに人跨ぎすれば越えられる筈の堀の境界線を越える蛮勇などありはしなかった。堀を埋める手は止まり、疲れ果てた表情で項垂れは踵を返し撤退を始める。何処からかオルテの将が討たれたと聴こえて兵士達は敗北を知ったのである。
信長はその様子を見届けながら弓矢の攻撃を少しずつ緩めていき、やがて城壁前にオルテ兵は姿を消し…エルフ達の攻撃も停止した。エルフ達から勝鬨の声が沸き上がるが信長はオルテの後衞がまだ残っており混乱も続いている為気を抜く事が出来なかった。
(与一を応援に行かせたのは正解だったかも知れん。
前衛と後衛の動きがバラバラ過ぎて反対に動きが読めん!
此では下手に大勢は動かせん。キリト達を頼むぜ、与一!)
そして未だ混戦が終わらない敵陣後衛ではアスナ達がキリトを見つけられない状況に違和感を感じ始めていた。襲って来る兵士達も疎らではあるが尽きる事なく剣を槍を振り上げて来る。軍兵としてと云うにはあまりに蛮勇で憎しみをダイレクトにぶつけて来た。
「仲間の敵いいいっ!!」
槍を向けて突進してきたオルテ兵をエルフが射殺し、振り下ろされた剣の攻撃をドワーフが戦斧で受け止めて仲間が其を背後から戦斧で切り倒した。彼等も疲弊を隠せず、まだ立ち向かって来る敵兵に畏怖を感じ始めていた。
エギルは行く手を阻み攻めて来る敵を薙ぎ払うが敵の様子が尋常な動きではないと判断し、アスナの傍らへ駆け寄った。
「おいアスナ、俺達確実にキリトから遠ざけられてるぞ!
一体どういう事だ!?」
アスナは敵兵を一人斬り伏してエギルの問いに応えた。
「私もさっき気付きました!
襲って来ている敵に限ってですが確かな意図を持って私達を足止めしています!!
彼等は私達に一矢報いようと強い憎悪を持って攻撃を続けているんです!!」
エギルは彼女からキリトを見つけられない焦り…そして敵オルテ兵より突きつけられた憎しみによるであろう恐怖を感じ取った。彼はエルフとドワーフ達を見る。元々体力は人間に劣るエルフに頑丈だがつい先日まで奴隷として過重労働を強いられていた病み上がりのドワーフ。彼等も疲労が露わとなっておりエギルは潮時と感じた。
「撤退するぞ。」
「なっ、まだキリト君が戦ってます!撤退するならキリト君を見つけてから…!」
「もうエルフもドワーフも限界だ、それにアスナ…あんたもな。
キリトなら大丈夫だろうよ、後はクライン達に任せよう!」
エギルはアスナを説得するが納得のいかない彼女は言い返そうと反発をする。…と、背後から二本の矢が飛び、二人に迫っていたオルテ兵二人を見事射抜いた。敵兵はドッと倒れ事切れた。アスナとエギルは呆然と敵の亡骸を見おろすと背後から聞き慣れた声が二人を呼んだ。
「アスナ殿、エギル殿、御無事か!?」
二人が後ろを振り向くと其処には馬にのった那須資隆与一がいた。
「…与一さん!」
「アンタが此所まで来たって事はガドルカは大丈夫なのか!?」
やはり戦時はいつもと違いおちゃらけた雰囲気は一切消えており猛禽類を思わせる瞳で周囲を見渡すと与一はガドルカの状況を簡単には伝えた。
「ガドルカへの敵兵は敵将を追う必要もない程にほぼ一掃致しました。
…アスナ殿、キリトは今何処におわす?」
アスナは顔を曇らせる。
「キリト君とは……はぐれてしまいました。オルテの狙いは私達とキリト君を分断…だった。
…でも何故、何でキリト君が!?」
与一は眉間を寄せ、目を細めて思考を回らす。
(やはり
「貴殿方は早々に自陣に御戻りなされ、最早我等の危機は去りました。キリトの事は私に任されよ。」
「与一さん、私も行きます!」
アスナがそう言った瞬間、与一は凄まじい殺気を放ちアスナの瞳を射抜く。すると彼女は何と両膝を付き、ペシャリと泥ついた地面に座り込んでしまった。
(殺された…!
今与一さんの殺気で右目を寸分狂いなく射抜かれた、あれが弓矢なら確実に私は殺されていた!!)
「おい、大丈夫かアスナ!?」
エギルが慌てて彼女に肩を貸して起こすと、与一は溜め息を吐き、アスナに伝えた。
「いつものアスナ殿ならこれしきの殺気耐えられたと思うたのですが…、少し買い被ってしまいましたか。
退き時が分からぬ者は無駄に命を散らすだけですぞ、貴女に先に死なれでもしたらキリトに申し訳が立たない。先程とて、エギル殿と二人して油断大敵でしたよ。
どうか、自陣に戻られよ、アスナ殿。」
彼の言葉はアスナの心をチクリと指した。与一の言う通り、今は退くべきなのかも知れない。既に勝利は決し、此以上無駄な血を流す必要もない。そしてアスナも心身共に我が儘を通せる程の余力は残っていなかった。エギルもエルフやドワーフ達から死者が出ない内に味方陣営へ退きたく思い、アスナを今一度説得する。
「アスナ、与一の言う通りだ。向こうでキリトの帰りを待とう。」
アスナは悔しげに唇を噛み締め、無言で頷いた。与一は其れを見て微笑み再び馬を走らせてその場を去った。その後ろ姿を見つめるアスナは心の中で与一に言えなかった言葉を彼の背に投げかける。
(どうか…、キリト君を頼みます。与一さん。)
連続で剣閃が幾本も走り、重なる度に火花を散らせて刃鳴を上げてキリトと源義経が剣を交えていた。二刀流での攻めを義経はその小柄ながらに素早い身のこなしによる回避術と右腕のみの太刀にて
「なっ!?」
此には義経も面食らいまともに受けて跳ね返され地面をバシャバシャと泥にまみれ転がされた。直ぐ様跳ねて立ち上がり泥だらけとなった自分の様を見て…笑った。
「ひでえなぁ、キリト。一張羅が台無しだぜ、責任取れるのか?」
「責任……?
あぁ、取ってやる。アンタを殺せばいいんだろ?」
キリトからその言葉を聞いた義経は目を細め、嬉しげに微笑んだ。
「良い答えだ。
上等だよキリト……ちょっと遊戯のつもりでちょっかい出してみたが……、此所で死合おうぞ!」
そして二度構えた義経からは先程とは比べものにならない剣気殺気が広がった。キリトも構え直し、達人も冷や汗をかくであろう程の剣気殺気を抑える事なく溢れさせた。義経の微笑みが崩れて狂気を孕んだ嘲笑が浮かび上がる。
(お前は俺と同じだな、キリト。嬉しいだろう、同類を前にした事が…。愉しいだろう、強者と戦える事が…。
見てみろよ、今のお前の顔を…。今あるどす黒い感情が表面に現れてしまっている様をよ!)
その通りであった。今のキリトの表情は義経を睨めつけてはいるが口端が上に上がり薄ら笑いを浮かべていた。
“全力”、
「此が…九郎判官義経の実力かよ、この後に及んで出し惜しみでもしてるのか!?」
明らかにキリトは殺し合いを楽しんでいた。今までにいなかった手練れである源義経の実力に舌を巻く程にキリトは心が高鳴っていた。ガドルカ攻略の際にエギルと半ば本気で剣を交えた時以上に興奮していた。左手のダークリパルサーが頭上まで上がり、一気に振り下ろされてまたも激しく刃鳴が鳴り響いた。義経に重圧が加わり、付いた片膝が地面に沈む。キリトは押し切れると確信し、更に力を加える。…だが義経は未だ嘲笑をその顔に貼りつけて汗を掻きながら呟いた。
「強者と殺り合うのはやはり愉しいなぁ、キリト。だがよ…お前は一つ勘違いしている。
今お前達がしているのは殺し合いだが……勝負じゃあないぜ。」
義経がニタリと嗤った瞬間、キリトはハッと気付いた。そして無数の弓矢が周囲からキリトを狙い降り注ぐ。義経を抑え込んだ力が緩み、彼は後方へ大きく跳んで抜け出した。キリトが義経との一騎討ちに夢中になっている間にオルテの弓兵達に囲まれていたのだ。義経はあの激しい剣の打ち合いの中で周囲の変化を把握していたのである。
「…お前達は“戦”をやっているんだよ。」
そしてキリトの両剣が空しく泥の地面を叩きつけ、最早避ける事の出来ない矢の雨を只呆けた表情で見上げる。
(此所で、終わり…なのか、アスナ……。)
そう諦めかけた刹那、キリトを中心に竜巻が起きた。無数の矢は全て竜巻による突風で標的からねじ曲げられてキリトの周囲から吹き飛ばされた。幾つもの蹄の音が聴こえオルテの兵士達が悲鳴を上げた。
「疾風の旅団見参、皆
『応っ!!』と旅団の仲間達が応え弓兵達を蹂躙する。
「キリトォ!!」
先立ち、クラインがキリト救出へと駆ける。だが義経がこの混戦を見逃す筈もなかった。突如クラインの行く手を塞ぎあの嘲りがクラインを驚かせた。彼が
キリトは愕然と俯せに倒れるクラインを見つめて咆哮、義経に突進した。
「よおくもクラインをおオオアアアッ!!!!」
キリトが彼に飛びかかろうとしたが、その動きは完全に読まれており、またも義経はがら空きとなった胴へと横薙ぎに太刀を振るった。キリトは血を吐いて撒き散らし、二刀の片手剣を手放して腹部を抱え込む様に抑え、両膝を泥の地面に付いた。再び雨が降り始め…其れが腹部より流れる血溜まりを広げた。
「此で終わりか…、
・
・
・
・脆いなあ~。」
腹を抱え蹲るキリトを足元に見下ろして義経が嗤う。右手の太刀を握り、キリトに止めをと上げようとしたその時、ストッと義経の右肩に一本の矢が突き刺さった。
「チィ、“与一”か!」
間髪入れずに三本の矢が義経を狙い飛び、彼は太刀を持ち変え三本の矢を一振りに切り払った。泥を散らしながら那須与一が駆る騎馬が義経に向けて突進、彼をキリトから引き離した。与一は騎馬の上から弓を構え、二本の矢を引いて義経を威嚇した。
「痛えなぁ、与一。何て事すんだ?」
「この場はお退きを、義経様!
次は眉間を貫かせて頂きます!!」
義経は言葉通り、自分の眉間に標準を置く与一の弓矢に内心で僅かな畏怖を感じ…その心を何食わぬ顔で口にして与一の言葉を受け入れた。
「おっかねえ~、確かにこの距離でお前に狙われたらたまらない。此処は言われた通りにさせてもらうか。
…じゃあな、よ~い~ち。」
義経は太刀を鞘に仕舞い、厭な笑みを残しその場から去った。与一はキリトを仰向けに寝かせ、斬られた腹部を見…ギリ…ッと歯をくいしばった。腹より内臓がはみ出、出血が酷かった。疾風の旅団も周囲の掃討を終えてクラインの方へと駆け寄り、リーファと旅団の仲間二人がキリトの所へ急いだ。
「キリトのお仲間は大丈夫ですか!?」
「えぇ、クラインには
「
与一は聞いた事のない単語に戸惑うがリーファは彼をそっちのけにキリトの腹部の斬り口に両手をあてた。
「recovery…!」
そう彼女が唱えると斬り口にあてた両手が淡く光り、腹部の傷をみるみる内にふさぎ止血までしてしまった。
「……スゴいですね…!」
与一は治癒魔法の効力に目を見張るが、リーファの表情は曇り、クラインと同じく直ぐに仲間に搬送を指示した。
「傷は確かにふさいだけど、出血が多過ぎる。今日明日保つかどうか分からないわ…。」
与一はリーファの言葉に唇を締め、間に合わなかった自身を責めた。…と、一瞬何処からか此方を窺うかの様な視線を感じた与一は警戒して周囲を見渡す。
「どうしたの?
早くクラインと彼を連れていかないと…!」
「分かりました行きましょう。」
与一は此方へ向けた視線に不穏なものを感じ取り、後ろ髪を引かれるが最早戦は終わりキリト達を放っておく訳にもいかない。与一は今一度見渡し、疾風の旅団と共にガドルカへと凱旋した。
戦場は見渡す限りにオルテ軍の亡骸が横たわっていた。源義経に斬り殺されたオルテ指揮官の首と胴体も胴体ももう何処にあるか分からない。敗走した兵達は二百に満たず、オルテの将軍レメクの第四軍に帰還した者はその半分にもならなかった。
第四軍は無駄に二千近くの兵士を失ったのであった。
雨は止んだが雲は月と星を隠したままで辺りは足元が見えない程に暗かった。その中をびちゃ…びちゃ…とガドルカの門に向けて何者かが独り歩を進めていた。クラディールである。
「義経の野郎~、尻尾巻いて逃げやがった!
あと一歩でキリトの奴を殺せたのによう、糞め!!
……しかし、コイツはチャンスだ。今なら俺でも奴を殺せる!俺の造り出した猛毒で苦しませて殺せる!!
そして…そして…そおおしいいてえええっ、今度こそアスナ様を俺の物にしてやるう!!
お待ちしていて下さいアスナ様…。
ああああすうううなああアアああアAAAAAAAA!!!!!!!!」
クラディールのけたたましい奇声は深い闇夜にかき消された。…そして足元の折れた槍に足を引っかけ、クラディールは泥泥の地面に顔面を突っ込んだ……。
「アスナ……さま……。」
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ソードドリフ43話・インモラリスト
ガドルカはドリフターズが率いるエルフとドワーフの解放軍によって守られ、オルテ第四軍二千は指揮官を失い壊滅的打撃を受けて散り散りに敗走した。城内は勝利の知らせに喜ぶエルフ達ドワーフ達の歓声で沸き上がるが、信長と与一は戸板に乗せられたキリトに付き彼を城内で比較的清潔であろう小さな部屋に運ばせた。クラインは喉元を斬られはしたが出血した割には傷は浅く命に別状はない様子であった。…だがキリトは義経に斬りつけられた腹部の斬傷は深かった為、大量の出血による急激な体温の低下等から治癒魔法で傷が塞がれた今も危険な状態であった。
信長がキリトの額や体を軽くまさぐり、険しい表情を見せ周囲の者達に彼の容態を窺わせる。
「まずい、体が更に冷たくなっておる。オルパイパーイ、残ってる布はまだあるか!?」
「こんな時まで名前間違えるな!
ある訳ないでしょ、全部堀の中に突っ込んじゃったんだから!!」
信長はオルミーヌの批判は無視してもう布がない現実に悔しげに額を叩いた。
「クソ、キリトめ無駄に自分の血い流しおってからにっ!
「脱ぐかああっ!!」
…と、何時ものセクハラに突っ込みを入れたがオルミーヌは信長が自分の名前を間違えずに呼んでくれた事に気付いた。しかしこの場合、大抵信長はほぼ余裕がない時だけ彼女の名前を正確に口にする。その意味をオルミーヌは理解して動けるエルフとドワーフ達に工廠内の隅々を探す様指示を送った。
アスナは部屋の中の床に置かれた板の上に寝かされたままのキリトの傍らに座り込み、彼の右手を両手で強く握り、蒼白で汗を額一杯に滲ませたその顔を見おろした。
「キリト君、わたし置いていかないでって…言ったよね?
…なのにどうしていつも一人で先にいっちゃうの、お願いだから振り向いて足を止めてよ。わたしを見てよ……キリトくん……。」
彼女の涙が零れ落ち、キリトの頬を伝った。その様子をエギルとリーファは見ておれなくなり一旦部屋から出る。…すると突然リーファが綺麗な金髪を逆立て、白い顔を長耳の先まで真っ赤にして「キャアアアアアアッ!?!?」とかん高い悲鳴を上げ、勢い良く真後ろを向いて顔を両手で隠すと…その場にへたり込んでしまった。
エギルは目を細め、リーファが見てしまったであろう羞恥丸出しな光景を口を半開きにして見据えた。その視線の先には何故か解らないが褌一丁しか纏わぬ島津豊久と那須与一が何故か仁王立ちで立っておりその真後ろで信長が頭を掻いていた。取り敢えずエギルは何故二人が裸なのかを訊ねてみた。
「おう、今から
エギルは「ァァ…」と小さな声を洩らした。確かに遭難等の場合暖を取る物がない時は独りでなければ肌を寄せ合う事はベストである。しかしながらふと大の男三人が川の字の如く抱き合い添い寝する光景は見たくはないものであった。それに不謹慎とは思うがキリトの体を温める役目に適した人物であれば
「うっしゃ、キリトの服ば脱がすど!……ん?」
ドアを開け放った豊久が見たものはキリトの傍らに座り込み、バストアーマーとアームウォーマーを外してインナードレスに手を掛けたアスナの姿であった。彼女はまん丸に目を見開いて傷だらけ筋肉隆々褌一丁な島津豊久の裸体を凝視してしまい、更には自身の肩だけではあるが肌をはだけた姿を見られた現状にワナワナと震え顔面を真っ赤に染め上げた。どうやらアスナも豊久と同じ事を考えた様であったが……、
アスナはギュッと両手で自分の胸を隠す様に抱いて目を背けるのだが、此処で部屋に入った豊久が要らぬ一言をアスナに吐いた。
「おう、アスナか。キリ坊さあっためんは
それを後ろで聞いた一同は呆れ果て皆同時に頭を横に振った。アスナは唇を噛み締めて目尻に涙を溜めると立ち上がり、くるりと回って凄まじい後ろ回し蹴りを豊久の腹筋に食らわせた。豊久は仁王立ちのまま飛び出して“ザザザーッ”と素足の踵を勢い良く引き摺りながら向かい壁に背中が“ダンッ”とぶつかって止まり、蹴り出された部屋の扉が“バンッ”と音を立てて閉じた。あまりの出来事に信長もエギルもオルミーヌもリーファですら血の気が失せてまじまじと閉じた扉を見つめる。…と、扉が少し開いてその隙間からアスナの据わった右目が覗いた。それを見た一同は総毛立ちその場に凍りついた。
「皆さん、キリト君の事は私に任せてこの部屋から離れて貰えますか?
誰もドアの向こうで聞き耳立てる事なく、この場から速やかに消えて下さい。…お願い致します。」
妙におどろおどろとした声色とひんやりとした殺気を残し、アスナはまた“パタンッ”と音を鎮めて扉を閉めた。信長は蒼白な表情で溜め息を吐き、豊久の肩をポンと叩いた。
「ふへ~、肝がマジ冷えたわ。キリ坊の事はあの娘の言う通り任せるとしよう。ほれお豊、サッサと服着んかい!」
信長は豊久の返事を待ったが返ってこず一同は豊久の顔を一斉に見てまたも蒼白した。豊久は体をプルプルと震わせながら白目を剥いて口を半開きにし、口端から涎を垂らしていたのだ。与一が豊久の眼前で手を振ると“ガクンっ”と両膝を付いて踞り小さく呻いた。エギル達はあの島津豊久を腹部一発の回し蹴りでのしてしまったアスナに改めて唾を呑み込んで畏怖を感じる。この出来事が“
信長は気を取り直して与一とエギルに豊久を別の部屋に運ぶ様にと指示をした。
「…それと与一な、お前もいい加減服を着ろ!」
信長はとぼける与一を一喝、彼は涼しげな笑顔で服を着始めた。そして部屋の前を後にする彼等だが、リーファは二人の事が心配になりドアの前で番をかって出た。
「…私達エルフならともかく、ドワーフは貴方達と同じくデリカシーなく入ろうとするかも知れないからね。」
そういって微笑み、その言葉にエギルは苦笑いをし、オルミーヌが返事をした。
「えぇ、よろしくお願いします。」
リーファは皆が去った後にドアをコンコンとたたく。…と、向こうからアスナの声が変わらず低い声で返ってきた。
「まだ何方かいるんですか?」
「リーファよ、少しの間だけど門番をしてあげるわ。…かまわないでしょ?」
「…はい、…ありがとう…リーファさん。」
その声は多少安心したかの様な少し疲れた様な…でも小さいながらも落ち着きを取り戻したかの様に聞こえた。
本来ならばリーファにとってキリトは自分達…“疾風の旅団”を罵った憎らしい相手である。…だが戦の中で幾人ものオルテ兵を単騎で蹴散らすその姿に遠目ながらも見ていたリーファは多少なりとも心が揺らいでいた。彼の強さは本物であり、その力で仲間の盾として先陣を切っていたのだ。しかしそれでも“戦”という濁流を見事に利用した源義経に軍配が上がり、キリトもまた戦を理解してはいなかった事が露見した。…その結果が死の淵をさ迷う瀕死の重傷である。恐らくはリーファの治癒魔法がなかったらあの戦場で命を落としていたかも知れない。
…だがそれでも、リーファはキリトを放っておく様な真似は出来なかった。何故なのだろうか…と自問自答をしてみるが、答えは出ず、胸の内がモヤモヤした霧に覆われたかの様なスッキリしないものとなった。
ふと、リーファはこのドアの向こうで
「なっ、何よコレはっ!?…わたし…は……??」
この胸苦しさを不快に感じながらもアスナに門番をかって出た手前この場を離れる訳にもいかず、リーファは壁に寄りかかり、俯きながら足早に時間が過ぎていくのを強く願った。
ガドルカの正門周辺では非常事態が起きていた。見張りをしていた筈の二人のエルフが喉笛を切られ血を吐いて死んでおり、その亡骸を踏みにじりガドルカの領内に侵入した者がいた。…クラディールである。彼はガドルカ工廠区域へと歩を進め、見張りに見つからない様慎重に奥に聳える城を目指した。クラディールは慎重な動きながらもその眼は狂気に囚われ、ニタリと口端からは涎が滲み出ていた。
「もう直ぐです、もう直ぐ会えますよぉアスナさま。…いや、アスナ!
あの黒い悪魔から貴女を解放してあげます、待っていてください…まっていてくださいよおおおお!!」
クラディールは先走る歓喜に酔い雄叫びを上げるが、そのせいで見張り達に完全に気付かれてしまった。
「おい何だ今の気色悪い声!?」
「アスナって叫んでなかったか!?」
「兎に角侵入者だ、探せ!」
「見つけたぞ、彼奴だ!!」
近くよりエルフ達の声が響き、周囲は完全に封鎖区域と化した。発見されたクラディールはあっという間に十人近いエルフ達に囲まれて全員から弓矢を向けられた。彼の能力は自身の血や唾液等の体液に混じる猛毒なのだが…中~長距離の攻撃には対処すら出来なかった。
しかしクラディールは不敵に笑い、エルフ達は直ぐには弓を弾かず、一人のエルフが警告を彼に施す。
「武器を捨てろ、さもなくばこの場で射殺すぞ!?」
その声にクラディールを囲んだエルフ達が弦を引いて構えた。クラディールは人差し指を咥えて湿らせ、風がどちらへ吹いているかを定めるとまたもほくそ笑んで腰に吊るしていた小袋を取り出した。エルフ達は更に警戒してもう一度警告を彼にぶつけた。
「貴様あやしい動きをするな、本当に殺すぞ!」
エルフ達が本気であると殺気立つが、
「…なあ、今日は微風が気持ちいいと思わないか、耳長ども。」
そして同時にクラディールは小袋を開き中に入っていた“粉末”をばら蒔いた。粉末は微風に乗って広がり、エルフ達にも届いたかと思われた途端、ガクリと膝を付いて倒れ込む者達が出始めた。それだけではなく喉を掻きむしりながら苦しみもがいて血混じりの泡を吐いて動かなくなる者、涙腺や鼻と血を流して事切れる者も出、その場で立っているのがクラディールのみとなってしまった。
「効き目いいな~、俺の血を混ぜた小麦粉だ。少量吸っても致命的なんだぜ。」
ケケケ…と残忍に嗤い、立ち去ろうとするクラディールだが、足元に絶命せず…手を伸ばすエルフを見つけて冷たい無表情に顔を変えた。
「苦ぅ、い……、た…す……て…」
エルフは血混じりの涙を流して懇願するのだが、クラディールは剣を引き抜き、何とそのエルフの胸元に切っ先を突き立てゆっくりと刺し入れていった。絶望を刻まれていくエルフの表情を見ながらクラディールは機嫌を直したかの様に三度嗤い、そのエルフが絶命したのを確認して剣を引き抜き、城の方へ消える。
彼が猛毒の粉を撒いた周辺は近付いた者達を区別なく情け容赦なく蝕み死に至らしめるのであった。
進撃?のクラディール、御乱心珍入開始!
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