週末のイゼッタ (ジェーサー)
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プロローグ「週末に來る白き魔女」

 小国とて王女は王女。肩身の狭い思いをするのは至極当然。

 アレがやりたい、コレがしたい。そんな勝手は許されない。

 自分の行動を縛るだけの肩書きなんていっそのこと、この窓の外にでも放り投げてしまいたい。

 

「フィーネ様、そんなに窓から身を乗り出しては危ないですよ。万が一にでも落下すれば、痛いでは到底済まない怪我を負ってしまいます」

 

 出たな……厄介者のウィル。

 

「いいことウィル? 私はエイルシュタット公国の公女よ。そんな詰まらない粗相は滅多な事でもない限り――きゃっ?!」

 

 しまった――

 

「それでフィーネ様、公女がどうしたのですか?」

「……何でもないわ」

 

 助かりはしたけど……やっぱりウィルは意地が悪い。

 涼しい顔をしてるけど、その裏でシメシメとほくそ笑んでいるに決まってる。そう思うと無性に腹が立ってくる。

 

 ――ウィルベルット・オーストイック。

 今はこうして私のお目付役を受け持ってはいるけれど、かつては諜報部の方で活躍していたらしい。元諜報員という事もあってか、普段からそのお澄まし顔を崩す事はなく大抵の事はやってのける。

 お父様からは自ら無闇に敵を作るなと申し付けられているけれど、正直言って私はウィルが大嫌い……いえ、何だか同じ人間とは思えない。

 彼はそう、例えるのならば機械だ。

 精密で無機質で、無感情のままに人を傷付ける銃のような人間。

 

「べえぇ、だ」

「公女らしからぬお姿です。お父上が目にしたらさぞ、お嘆きになられるでしょう」

 

 ほら。引き合いにお父様を持ち出せば私が困るのを見透かした上でこの物言いだ。

 今度、お父様へお目付役の交代を直談判しに行こう、そうしよう。

 

「おやフィーネ様、そろそろお時間になりますが向かわなくても良いのですか?」

「時間……? あ、ああっ、イゼッタ?!」

「しぃ――他の者に聞かれますよ」

「ん……っ」

 

 いけない。あの子の事は私とウィルだけの秘密だった。

 

「それじゃウィル、今日もよろく頼むわ」

「畏まりました。ですが、くれぐれもお気を付けて下さい。フィーネ様に何か有れば、あの子との密会に協力した私めが咎められますので」

「分かってるわよ。それじゃ」

 

 あれ、何か忘れてるような……まあ、いいか。

 何よりも今はあの子の元へと急がねばならない。約束を反故にしたともなればエイルシュタット公女の名折れと言うもの。

 

 

  *公女移動中……*

 

 

 あの湖へ急ぎ駆け付けると、あの子は初めて会った日と同じように湖の上に浮かんでいた。

 まるで緑色の綺麗な光の玉と戯れているだけだよ、とでも言わんばかりにどこまでも自然体を保っている。

 私には――いえ、誰にだってこの光景は浮世を乖離した物に違いないハズ。それなのにあの子、イゼッタは当然の事であるかのように湖の端に立った私を見つけ、いつもと変わらぬ笑みを浮かべた。

 

「こんにちは」

「全く……イゼッタは自分の事をまるで理解していないのね」

「え、ええっ、わたし何かしましたか?!」

「ふふ……別に怒ってなんかいないわよ」

「そ、そうですか」

 

 不思議な力を持っているのに、このイゼッタという子自身はとても素朴で良い子。むしろ、他人の顔色を誰よりも意識しているようにすら思える。

 けれど、私はイゼッタのそんな所が――

 

「好きなのだけれど」

「え、何か言いました?」

「ふふふ、何でもないわ」

「あうぅ……今日のフィーネちゃん、なんか変だよぉ」

「あら、変とは失礼ね」

「え、いや、そういう訳じゃないのっ」

 

 本当にこの子と一緒にいる時間はとても楽しくて、あの肩身の狭い思いをするだけの鳥籠の中のような日々を忘れられる。私の毎週末の楽しみだ。




OPに一目惚れした結果がコレだよ……。


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第一話「日没」

 

 知らぬ存ぜぬでまかり通るのであれば、どれ程に楽だったか。

 フィーネ様とイゼッタという少女とが毎週末に行なっていた密会はある日、エイルシュタット領内の村で起きた小さな事件がキッカケで呆気なくその幕を閉じた。

 

「ウィルベルット、何か言うべき事はあるか?」

「……いえ」

 

 脇腹に切り傷を負ったフィーネ様が誇らし気に帰って来てから数時間が経った現在、公女の脇腹に生涯消える事のない傷が付いてしまった責任の所在は言うまでもなく、付き人である俺へと向いていた。

 フィーネ様の父君でもあるルドルフ様の鋭い眼光を見るに、付き人の任を解任される程度では済まされないだろうな。

 

「しかしウィルベルット。諜報員時代には無感とも呼ばれていた君ともあろう人間がどうしてまた、あの子へ肩入れをしたんだ。情に左右されない仕事ぶりが君の長所だったハズだろう」

「お言葉を返すようで申し訳がないのですが、オルトフィーネ様には人を動かす才覚が備わっておられます。それも並大抵の代物ではなく、特一級品です」

「無感と呼ばれた君自身が動かされたのが何よりの証拠、か……いや、その事については娘を褒め称えてくれた事として受け取っておく。がしかし、娘が傷を負ってしまったのは揺るぎようのない事実であり、その責は君の職務怠慢にある。よってウィルベルット、君には娘の付き人の任を離れて貰う。その他の処分については追って伝える。良いな?」

「承知致しました」

 

 陽がまた、落ちた。

 

 

 

 

 ジーク氏の計らいにより俺はその後、諜報部隊への復帰を果たした。

 

「ようウィルベルット、幾月もしない内に復職しちまった気分はどうだい?」

 

 首都から一番遠くに位置する軍支部へ赴いた俺の元へ、エイルシュタット軍の同じ諜報部隊に所属していた元同僚のアンジェリカが相も変わらない人を喰ったような笑みを提げてやって来た。

 

「どうもしないさ。元から俺の居場所はここにしか無かったと、それだけの事だ」

「ふーん。王室付きになってちょっとは変わったって聞いたけど、さっぱり昔のまんまね」

 

 俺への興味が薄れたのか、アンジェリカはそれだけ吐き捨てると支部の外へと消えて行った。

 数ヶ月ぶり程度では、などと思っていたが支部にいる人間の顔ぶれは中々に変わっていた。先のアンジェリカや他の部隊は置いておくとしても、諜報部隊の面々の様変わりは酷いものだ。

 諜報部隊はその性質上、部隊長と呼ばれる人間は定めてはいないのであるが、俺たちが勝手に決めた長のような存在はいる。それがいま俺の目の前にいるこの人、リンバースさんだ。

 

「立場上こんな事を言うのは許されないだろうが、個人的にはお前さんに戻って来て貰いたくはなかったよ」

 

 リンバース――もとい、バースさんは諜報部隊に於ける統率者兼良心のような人だ。人柄が良く、情に熱い。諜報員としてその資質を問われそうなものではあるが、そこがこの人をここの長とたらしめる所以とも言える。

 他の部隊は戦争に突入しない限りは凡そ非番続きのようなものである。が、俺たち諜報部隊は戦争が起きていない時こそ忙しなく活動しなくてはならない。そうでなくてはこの国を戦場にしてしまうのだから。

 故にこの部隊は常に殺伐とする。そこでバースさんという良心が活きてくる。

 

「そう言ってくれる人が一人でもいてくれただけで有難いです。俺自身、こっちの仕事の方が性分には合ってる自覚はあるんです。あるんですが……願わくは、あの陽の下に居続けたかったですね」

「オルトフィーネ様は噂通りのお方だったという訳だな」

「いえ。噂なんかより、ずっと素晴らしい方でしたよ」

 

 復帰初日、俺は各員への挨拶をしただけで帰宅する事を許された。とは言え、明日からはまたあの日々が始まるのではあるが。

 

 

 本来の自宅は付き人をする事になってから借りたアパートではあるが、いちいち首都と北の国境付近とを行き来するのは手間であり、非効率的である。そこで俺は嫌々に軍人が貸し与えられる寮へと入寮することにした。

 首都ほどの賑わいとまではいかなくとも、寮のあるこの小さな街はそれなりに小綺麗な街並みで、店の種類もそこそこに多い。右を見れば果物屋が客と世間話に花を咲かせ、左を見れば私服姿でも軍人だと一目で分かる身体付きの人間たちが和気藹々とジョッキを片手に盛り上がっているのが見える。

 しばらくそんな街を散策ついでにブラついていると、路地の一角で黒いスーツ姿の二人組が何やら小難しい表情で向き合っているのを見付けた。

 職業病とも言える行為だが、俺はその二人から見られる事のない位置へと瞬時に着き、無意識に息を殺していた。

 二、三言葉を交わすと二人組はそれぞれ反対の方向へと別れた。一方は痩身、もう一方はスーツ越しにでも分かる程に屈強。俺が選ぶべき選択肢は一択……痩身の男の方だ。

 幸いにも俺のターゲットは路地裏の方へ歩み出しており、もう一方の男はそこから一番近い店の中へと消えて行った。この場合に於ける留意点は一つ、焦って後を追わない事だ。向かった方向を把握済みで且つ、相手が歩いているのであれば焦る必要はないからだ。

 俺は数刻待ち、男が消えて行った路地裏へと侵入した。

 予想したより道は短く、男の姿は既に見えなくなっていた。が、抜けてすぐに周囲を確認すると街のすぐ裏手の森へ入って行く寸前の男の後ろ姿が見えた。

 

 道とも言えぬ道を生い茂る背の高い草たちを掻き分けて進むと、男の後ろ姿はちょうど草たちの茂りが終わった位置で止まっていた。

 

「なんだよ、人が悪いな。気付いていたならこんな場所まで尾行させないで貰いたかったんだが?」

「お前はただの軍人ではないようだな」

 

 一人ならまだマシだったのだが、後ろからも声が聞こえて来た。状況は最悪だ。

 

「いやいや、俺は一介の軍人ですよ」

「その余裕ぶった態度を見るに、差し詰めオレたちと同業か」

「まさか自分が炙り出されるとは思わなかったんだろ?」

 

 クックック、とカンに障る笑い声が後方から聞こえて来た瞬間――俺は動いた。

 そう不思議な物ではない。誰しもが生まれる際に天から授かって来る才能の一つに過ぎない。ただ、コレは希少性の高い代物なのだろうが。

 時間感覚――人はそれぞれが体感する時間の感覚に差異が生じる事がある。俺に備わった才能はその時間感覚を操作する事だ。言っても他人の感覚をどうこうできるモノではなく、俺自身の体感時間を弄れる程度のモノだ。

 

「このっ」

 

 優秀だ。後方の男が構えた銃口は正確に俺を捉えている。このままでは間違いなく俺の身体を鉛玉が貫くだろう――が、照準がどこで定まっているのかが分かれば避けるのはそう難しい事ではない。

 鼓膜がダメになりそうな程の発砲音がする頃には、俺の身体は射線から外れていた。さすがに体感時間をどんなに遅くしようとも銃弾が宙を駆ける光景をマジマジと目にする事はできないが、それでも銃弾は俺の身体を僅かに掠める所を抜けて行った事だけは確認できた。

 次弾が来るよりも早く、とそれだけを念頭に男の姿を確認する。

 よく見れば可愛い目をした男だ。俺がこの距離で銃弾を避けて見せたのに驚いて見開いたであろう目はツブラもツブラ。まん丸だ。

 距離にして三メートル弱か――飛び込む形で突っ込めばギリギリ届く。

 常に右足に忍ばせているナイフを引き抜き、男の太い首目掛けて地面を蹴る。屈んだ体勢から足のバネを最大限に活かす形だ。正確に首を捉えれば腕に余計な力を込める必要はない。

 

「がっ――あがっ?!」

 

 世界の動きが通常のソレへと戻る。

 

「ヘンリー!?」

 

 相方が喉元から盛大に血の噴水を上げている様を見て動揺したのか、痩身の方は瞬間的に俺への注意を逸らした。その隙を上手い具合に活用しなくては、諜報員としての名が廃る。

 態勢を瞬時に整えてもう一方の男の方へ走り出す。

 

「クソッ!」

 

 二歩ほど進んだ所でようやく相手は銃口を俺へと定めようとする。が、もう遅い。遅過ぎる。

 

「がっ!?」

 

 男が引き金を引いた瞬間にはもう、俺は男の後方から首を捕らえ、ナイフを喉元へ突き付けた態勢に入っていた。

 

「下手に抵抗すればお前もあの巨漢と同じように大道芸師へと転職して貰う事になるが?」

「わ、わがっだ……」

 

 男の手から銃が落ちるのを確認して、俺はナイフの切っ先を喉元から僅かに放す。

 

「どこから来た」

「……ごふっ」

 

 瞬間、男の口から微量の血飛沫が吹き出た。

 俺の左腕を掴んでいた男の手から力が抜け落ち、次いで重力に抗えなくなった身体は引っ張られるようにして地面へと突っ伏して行った。

 こうなった場合にいつでも服毒自殺を行えるよう、常に即効性の強い毒を持ち歩いていたのだろう。その心意気を天晴れだと褒め称えたいところではあるが、それ以上に俺は自分の甘さを咎めずにいられなかった。

 

「……鈍ったな」

 

 どういう訳だか、その刹那に脳裏を過ぎったのはフィーネ様の姿だった。




すごく設定の資料が欲しい(苦笑)


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第二話「褪せた想い」

  第二話「褪せた想い」

 

 復職後の初仕事は報告書の皮を被った始末書の作成だった。

 

「復帰早々、大変だったな」

「いえ。自分の勘が鈍ってしまっているのに気付けましたし、言葉を選ばずに言うのなら良い機会でした」

「そ、そうか……」

 

 バースさんには申し訳ないがこの言葉は、バースさんの引きつった表情の向こう側でさっきからずっと俺に挑発的な視線を送り続けているアンジェリカへ向けて言い放ったものだ。

 

「それで、銃の製造元は分かったんですか?」

「あ、ああ。分かったには分かったんだが、どうにも手掛かりにはならないようだ」

 

 あそこまでやる連中だ、こうなる結果は予想していた。

 

「連中は北の国境を目指していました。そこから推察できる可能性としてはゲルマニアが有力だと思います」

「ゲルマニアか……お前さんはまた、すごい国を出してきたな」

 

 進言しておいて難だが、これはあくまで少ない情報から推察した俺の勝手な推測に過ぎない。ゲルマニアのような大国が幾ら隣り合っているとは言え、こんな小国の為にあそこまでの人員を送って来るとは考え辛いのも事実だ。

 

「けどさぁ無くはないんじゃないの? 例えば、近い内に攻め入って来る気だったり、とかね」

 

 いつもの冗談だったのだろう。が、事が事なだけに俺は睨みを以ってアンジェリカを咎める。

 

「怖い怖い」

「ゴホンッ――とにかく、何にせよ憶測の域を脱さない話だ。ゲルマニアへ向かわせた者達からその手の報告が上がって来ていない以上、下手にゲルマニアを刺激するような真似はこの国の存亡に関わるものだ。ウィルベルット、アンジェリカに次いで皆、今後は滅多な事を口にするのは謹んでくれ」

 

 保守的が過ぎるが、最もだとも言える。

 その後、ここでも珍しいくらいの重苦しい空気が漂った。

 

 

 任務に就いていない諜報員は基本的にはいない。誰しもが寝ている間以外では任務中である。中でも他国へ派遣された諜報員たちは悲惨だ。昼夜、室内外を問わず、常に気を張っていないといけないからだ。

 その点、国内での任務を預かる人間は幾らかマシと言える。

 

「ウィルベルットさんあの……お噂は予々聞いています。とても優秀なんですね」

「噂か……そんなのが出回っている時点で優秀とは縁遠いとは思うけどな」

「あっ――いえ、軍部内でしか聞きませんよ?」

「それもマズイだろ」

 

 首都にある軍本部を目指す道中、今後しばらく行動を共にするように言われて付いてきている新人のキャロルという子の口は閉じるという事を知らないらしく、支部を後にしてからずっと開きっぱなしだ。

 しかも、そのほとんどが俺の好感を上げようとして空回っている内容ばかり。正直、ただ黙って付いてきてくれた方が好感を持てる。

 

「私、ダメですね」

 

 自覚があるようで何よりだが、こう明から様に落ち込まれるても対処に困る。

 

「支部を出てから未だ小一時間ほどしか経ってないんだ。君が出来の悪い人間かどうかなんて定められはしないよ」

「……は、はいっ」

 

 励ませはしたが……ひょっとしてこれは愚策だったか?

 俺が属している諜報部隊には、基本的に部下と呼べるような関係性の人間は存在しない。誰もが身一つ、手腕一つで上層部からの信頼を勝ち取り、難度の高い任務を任されるようにもなり、そうして自然と高い地位を確立して行く。故に諜報部隊員は軍人でありながらも、部隊内だけに限っては階級制を持ち込まないのが暗黙の了解になっている。

 嘗ては居心地よくすら思いもしたそうした風習が今の俺を苦しめているとは、何とも皮肉なものだ。

 

 キャロルと共に軍本部へ辿り着くと、そこで先ず俺たちを迎えてくれたのは本部務めの諜報部隊員、過去に一度だけ国外での任務を共にしたことのあるリディック元少佐だった。階級章を見るに、今は中尉にまで上り詰めたらしい。

 

「久しいからなのか……ウィルお前、ずいぶんと人間らしい顔付きになったな」

「リディックさんも、見ない内にずいぶんと出世なされたようで」

「階級なんて飾りのような物だろ」

 

 以前はその言葉に憧れを抱いたこともあったが、今のリディックさんが言うと単なる嫌味にしか聞こえてこないのは、俺の気の所為か。

 

「で、そっちの可愛らしいお嬢さんはウィルの彼女か?」

「真顔で冗談を言う癖だけは変わりませんね」

「ええっと、キャロル・オドレズです。諜報部隊へは先日配属となって――」

 

 俺とリディックさんの緩い会話を聞いていたハズだが、キャロルはその空気を察せなかったらしく、場違いな程に凝り固まった敬礼を見せる。

 

「これは有望そうで何よりだ」

「全くですよ」

 

 残念なことではあるが、キャロルに諜報員が向いていないことが確定した瞬間だった。

 

 

 

 昼食を挟んだ後、俺とキャロルはその店の二階へと上がっていた。この宿の主人とは顔見知りで、二階の最奥に位置するこの部屋は俺のお気に入りの場所だ。

 

「えっとあの、その、二人でひと部屋なんですか?」

 

 明珍な程に顔を紅潮させたキャロルが震えた声で訊いてくる。

 

「いや、この部屋は君一人で泊まるんだ。俺にはこっちに借りてるアパートがあるし、この機会に契約も解除しとこうと思ってる」

「そ、そうですよ、ね……」

 

 嫌がっている様にも見えたので、俺は俺なりに気を遣って言ったのだが、今度はどこか残念そうな表情を浮かべている。やはり未だ、このキャロルという子のことがイマイチ理解できない。

 

「とりあえず今夜の会食が始まるまでは自由行動だから、それまで好きにしててくれて構わないよ」

 

 告げるべきことを告げ部屋を後にしようとした際、

 

「あの」

 

 今度もまた、おずおずと呼び止められた。

 

「別に急ぎの用ではないが、俺にもやっておきたいことが――」

「ずっと、お姉ちゃんが羨ましかった」

 

 姉、という単語が俺の心臓を鷲掴む。

 

「ウィルベルットさんは、お姉ちゃんのこと忘れてなんかいませんよね?」

 

 薄暗い視界の中、キャロルが向けてくる銃口が妖しく鈍い光を煌めかせる。

 

「キャシーの妹だっ――」

「気安く呼ばないでっ!」

 

 絶叫は、銃声に紛れて消えた。



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