武人の中に魔術師みたいなのを放り込んでみた (青葉一臣)
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1.全ての始まり

ムシャクシャして書いた。


「なぁ、リン――」

 

 眼前で拳を掲げる絶世の美女は、呟くように俺へ言の葉を向けた。

 漆黒の髪が道場の窓から差し込む日に照らされ、優しく揺らめく。性格とは違い、その部分だけ見れば大層穏やかだろう。その拳に込められた必殺の意思がなければの話だけど。

 凛と構える姿は神々しさまで感じられる気がするから侮れない。普段はおちゃらけてる癖して、武にだけは絶対的な誇りを持っている。

 

「ん、なんだ?」

 

 対峙する俺は両の手をパーカーのポケットへと突っ込み、気怠けにしている。

 俺は武に関して誇りなぞ持っておらず、武の誇りは埃のようなもの。

 武はただの力に過ぎない。これは俺の持論であって強制するものでもない。その力で成すことこそを俺は誇りとしている。

 そしてこの場は武と武がぶつかり合う仕合の場。両者ともに服装は私服と言って差し支えない格好だが、その構えは対極と言っていいほど違っていた。

 

 俺は武と真反対にいる構え――ポケットに手を突っ込み、ただボケっと突っ立っている姿を。

 絶世の美女――モモ姉は正中線を隠す、川神流の構えを。

 

 川神の街に住まう人間がこの場を見れば全ての人はこう思うだろう。

 武神の挑む愚か者。身の程を知らない子供。起きたまま夢を見ている倒錯者。

 数多くの侮蔑と嘲笑がぶつけられるに違いない。

 

 モモ姉――川神百代は"武神"川神鉄心の孫にして、齢十にして既に"壁を超えし者"として知られる武の結晶。

 俺みたいなひ弱な男が、というよりも世界に目を広げても彼女に勝てる人材はそう多くない。

 そんな誉れ高き女と対峙している俺はというと、そこら辺にいる餓鬼そのものだ。

 

 己の肢体は最低限鍛えられてはいるものの、"壁を超えし者"と殴り合えば刹那の間に血反吐を吐いて地面に転がるだろう。

 己の智謀は年齢で見れば才覚はあるものの、本当の知恵者には簡単に足元を掬われるだろう。

 己の運はどうだろう。悪いとも言わないが良いとも言わない。それこそ普通という言葉がよく似合う。

 

「本気で来てくれ。私は飢えたくない。――獣になりたくないんだっ!」

 

 言の葉は言の刃となって俺へ降りかかる。

 万感たる想いが宿った言葉は、俺の胸へと突き刺さる。

 

 強者故に孤独。

 武に魅入られ、愛されたからこその絶望。

 同年代に相手はおらず、自分と同じ領域に立つものはもう高齢の者ばかり。そうした古強者も年齢という敵には勝てず、いつしかモモ姉は頂点へと君臨することは間違いない。

 そうなってしまえば、誰が彼女の飢えを解消出来るというのだろう。

 彼女も獣になりたくてなろうとしているわけじゃない。ただ、性が戦わないことを認めない。

 喰らえ、潰せ、犯せ、奪え、勝て。

 "風間ファミリー"という大切な家族を手に入れてもなお、その性は表面へと侵食する。

 

「姉さん……」

 

 彼女が宝物のように大切にしているファミリーは、その慟哭を聞いて辛そうだ。

 本来は危険すぎるこの場にいるべきではない六人の少年少女。

 当初は俺やモモ姉もこんな血なまぐさい場所に来てほしくなかったが、彼等の強い主張に俺たちが折れるしかなく、立会人の一人であるルーさんに守ってもらうようお願いしてある。

 

 渦巻く空気は普段の楽しげな様相はなく、あるのはただ底冷えするような空気のみ。

 まるで肌を割くような冷たさが六人を襲うが、ルーさんの"気"による防護によりそれらはかき消されていく。

 

 ニヒルな笑いを浮かべる大和も、今日ばかりは心配そうな顔でモモ姉を見つめ。

 泣き虫だったワン子もモモ姉という目標を持て、ようやくその天真爛漫さが生まれたというのに今は鳴りを潜め。

 お調子者のガクトも眉をへの字にし、何も出来ない自分に腹を立たせ。

 力はなく、されどその性根は優しいモロは心配そうに俺とモモ姉とに視線を行ったり来たりを繰り返し。

 風を体現する俺たちのリーダーは悔しそうに、それでも諦めないとでも宣言するように無言で視線を固定し。

 

「――リンッ!」

 

 静謐な道場を鈴の音が切り裂く。

 

「モモ先輩を助けてっ、お願い!」

 

 碧い髪を揺らし、懸命に振り絞った声は涙声。

 残酷な苛めを受けたこの少女は、されど誰かを愛する心を忘れはしなかった。

 子供特有な残酷な行為にすら懸命に抗い、一人では挫けそうになったが最後には立ち上がった。

 

「――はいよ」

 

 だから俺は気負いなくそう答える。

 俺の誇りはただ一つ。

 武なんざ興味ない。強さなんざ興味ない。叡智なんざ興味ない。

 けれど、大切な人たちを守るために必要ならば、俺はそれを迷いなく掴み取る。

 

――守護(まも)ることこそ本懐とせよ。

 

 強すぎる力ならば律せよ。

 力が足りないのならば欲せよ。

 それでも足りぬなら工夫せよ。

 全ては自身の誇りを賭して、大切な者を守るために。

 

 武としての力なんてさらさらない両親が格好つけて俺に送った言葉。

 怖かっただろう。恐ろしかっただろう。

 自分の子供に震えるなんて情けなかっただろう。

 そしてそんな想いをさせる俺は自身が憎かった。

 

 それでもなお、父さんと母さんは抱きしめながら俺に言った。

 

『『愛してるよ、鈴』』

 

 齢十三の少女と齢十二の少年が対峙する。

 まだまだ子供の域を出ない二人であるが、その威はまさしく武人のそれだ。

 

「モモ姉ぇ、悪いけどこの勝負勝たせて貰うわ」

「お? 歳下が生意気なこと言ってるなぁ? これはお仕置きが必要かなぁ~?」

「抜かせよ。大和が、ワン子が、ガクトが、モロが、キャップが、京が。皆がモモ姉を助けてって叫んでるんだ」

 

 気怠げな目線がモモ姉を貫く。

 瞬間、眼前で爆弾が爆発したかのように気が巻き起こる。

 竜巻のように螺旋が昇り、その中心には武神がいた。

 紛れもない、まさしく"武神"。

 

 ――だからどうした。

 "武神"? 結構、結構。

 

「刮目しろ、研ぎ澄ませ、刹那すら無駄にするな。ここに勝負は成って新たな領域へ」

「――ッ!」

 

 大気が震える。空間が軋む。世界が割れる。

 比喩ではなく。ただ事象として在るが儘に暴威を振るう。

 

「ハハッ」

 

 最早人が放出出来る気の総量を軽く超えるそれは、ただ俺の身体から漏れ出しているに過ぎない。

 "壁を超えし者"が武によってその壁を超えたというならば、俺は気によってその壁を超える。

 俺とモモ姉の気が混じり合い、相反するようにバチバチとして炸裂音が鳴り響く。

 

 武による形勢――圧倒的不利。

 気による形勢――圧倒的有利。

 ならば、後は気迫のみ。

 

「やっぱ凄いなぁ……。あぁ、ホント凄いよ、リン」

 

 その顔は子供のような無邪気な顔――ではなく、救われた老体のようで。

 羨望のようで、嫉妬のようで、救いのようで、諦めのようで。

 

「行くぞ、モモ姉。加減は出来ないから怪我させたら謝る」

「出来るものならやってみろぉッ!」

 

 それが気に入らないから俺は往く。

 あの覚えの悪い馬鹿姉貴分が勝手に嵌った泥沼から引っ張り出すために。

 

「「「「「「――リンッ!」」」」」」

 

 "家族"の声が聞こえる。

 恐れも怖れも畏れもなく、ただ信頼のみを乗せた言の葉が俺を包む。

 だから、俺は前を向く。目の前に彼女はある種の鏡だ。もしかしたらあり得た未来の光景。

 飢えはなくとも、畏れにより孤独になってしまっていたら――なんて、IF。

 

 きっと気付いてしまえば簡単なんだ。

 性なんて下らないと思えるくらい、大切で愛してくれる"家族"がいるのだから。

 

「次期武神――川神百代」

「無名――久堂鈴」

「「いざ尋常に――勝負ッ!」

 

 瞬間、世界は産声を上げた。

 

 

 これは無名を超えた物語。

 一人の男が産声を上げた物語。

 

 親友を得て、仲間を得て、家族を得て、好敵手を得て、愛する者を得て――

 

 その果てを目指す物語。

 

 これは名付けられる物語。

 その男は遠くない未来にこう呼ばれる。

 

 "魔術師(キャスター)"と――

 




次はどちらがいいか選択肢をどうぞ。

①高校生編
②幼少期編


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2.家族(ファミリー)

高校生編を希望の方がいらっしゃったので、高校生編をば。幼年期は回想する形で挟んでいこうと思います。


 心地よい春の陽気。まさに春眠暁を覚えず。

 孟浩然が雅に詠ったのも良くわかる。

 

 唯でさえ怠惰な俺がこんなモノに包まれてしまえば、起きるという行為は意味を成さず。

 

「――リン、朝だよ? そして好き」

 

 ふにょん、と俺の顔が柔らかなモノに埋め尽くされた。

 香水のような匂いではなく、ただ女性特有の甘いフェロモンを含んだ香り。それは愛する幼馴染が起床を告げる合図。

 だが、俺はそれに抵抗するようにぐっと腕に力を込め、そのまま布団に引きずり込んだ。

 

「おぉ? 朝からリンってば大胆」

「……京ぉー、もうちょっと、寝ようぜ? 具体的に言うと後三時間くらい」

「それだと学校に遅刻しちゃうでしょ。一応今日から新学期だよ? 皆待ってるよ?」

「むぅ……」

 

 碧い髪の少女――椎名京は、グズる俺を宥めるように髪を優しく撫でた。

 身体は俺に抱きしめられてると言うに、何気に器用である。

 ふんわりとしたマシュマロのような胸が俺の眼前に広がり、甚く眼福。微妙に切ない吐息が漏れているのはご愛嬌。

 

 ブラジャーを付けているのに縦横無尽に姿形を変えるこの秘宝は、最早国宝といって差し支えないだろう。

 

「ほら、そろそろ起きよ?」

「しゃーない、起きるか……」

「相変わらずリンは気怠げだ」

 

 苦笑一つ零し、京は俺の腕からするりと抜ける。

 男として情けないが、徒手空拳――というより、身体能力として京に劣っていた。

 つまるところ、京に襲われれば為す術もなく犯(や)られるというわけで――、それはそれでアリだな。

 

 そんな下らない妄想を繰り広げていると、既に京が用意してくれていた学生服が渡される。

 中に着るシャツにすら皺一つないとは、京もやりおる。

 

「リンの未来の奥さんだからね。しっかりしないと!」

 

 力瘤を作り、ドヤ顔を見せる少女。彼女と出会ってもう五年以上も経つ。

 

 最初の出会いは壮絶だった。

 健康的なエロスを含む肢体も、昔は見る影もなく痩せこけており、その瞳には光が薄らぼんやりとしか灯していなかった。

 家庭内の不和。子供の残酷な苛め。誰も手を差し伸べることのない孤独。

 それは想像すら出来ない地獄だったのだろう。

 

 俺には愛情を注いでくれる両親がいた。

 俺には友愛を向けてくれる親友がいた。

 俺には親愛を振りまいてくれる"ファミリー"がいた。

 

 だが、彼女には?

 そう、彼女には誰もいなかった。

 

 家族はすれ違いによる不和を起こし、一人娘に正しい愛情を注げず。

 根拠のない噂により、彼女と友愛を繋いでくれる友達もおらず。

 温かさを、親愛を与えてくれる"ファミリー"もおらず。

 

 そんな孤独の中で京は生きて抜いた。

 そんな孤独の中でさえ、京は他者を気遣う心を忘れていなかった。

 そんな彼女だからこそ、俺は気付けば好きになっていた。

 

「なぁ、京」

「ん、なに――」

 

 不意打ち気味にキス。

 積極的な癖して、微妙なところで純な奴。

 顔を真っ赤にして恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうにするこの子を俺は好きになった。

 

 

「――ってことがあったんだよ」

「いや誰も朝からそんな惚気話聞いてねーっつーの! 俺様だってそんな朝を迎えたい!」

 

 京は筋骨隆々の男――島津岳人に今朝の出来事をドヤ顔で披露していた。

 晩年モテない勢であるガクトにそれを言うのは酷なものだろう。事実、人を呪い殺せそうな、血涙を流しそうな目で俺を睨んでいた。

 そんな彼の状態を無視する形で京は惚気続ける。そしてガクトも何だかんだ聞いている。

 何気にアイツ優しいからな、いい加減誰か貰ってくれないかな。良い奴なんだよ、あれで。ちょっと鬱陶しいとこあるけどさ。

 

「てーか大和、キャップってどこ行ってんの? ここ数日帰ってきてないだろ」

「なんか東北の方に行ってるみたい。新しいバイト先の店長が東北推しの人みたいで、それに触発される形で出てったよ」

「何故に東北推し……」

「さぁ?」

 

 俺は俺で親友の一人である大和――直江大和に雑談を吹っかけていた。

 俺は軍師! なんて中々痛い言葉を未だに言う彼であるが、その智謀策略は目を見張るものがある。

 事実、彼は俺が通う川神学園でトップの成績を誇る冬馬――葵冬馬と知の二大巨頭とまで呼ばれていた。

 純粋な策略なら冬馬に軍配が上がるが、大和の持ち味はその人脈を活かした政治戦だ。

 嘘、ハッタリ、なんでも御座れ。勝負に勝つためなら何でも利用し、時には己すらもチップに賭けるその姿はある意味ギャンブラーと言えるかもしれない。

 だが、その根底にあるのは"家族"を守る強い意志。大切なモノを守る為なら悪とさえ呼ばれることすら厭わない彼だからこそ、その周りに人が集まるのだろう。俺もそんな内の一人だしな。

 

「――やー、皆おはよう」

「おはよーさん」

「おはー」

「おはよう、モロ」

「お、今日はジャソプの発売日か。何かエロいのあったか、モロ?」

 

 地味で影が薄そうと評判のモロ――師岡卓也。

 女の子が好きな癖に女の子と話すが恥ずかしいシャイボーイである。

 ファミリー内の女の子は女の子と認識していないのか、普通にツッコミを入れるから見ていて面白い。というより、コイツのツッコミのキレは芸人にも劣るまい。ガクトとコンビを組めばM1王者だって夢じゃない!

 

「みんなー! おっはよー!」

 

 次々と合流してくるファミリーのメンバー。

 この犬属性過多の少女はワン子――川神一子。

 "武神"川神鉄心が引き取った養女であり、今では武の聖地、川神院で師範代へ昇りつめるため、日々鍛錬を欠かさない努力の子だ。

 今でも足にはタイヤが括り付けられ、重さなど知った事かと言わんばかりに俺たちに合流して登校している。

 

「まーたうちのキャップは旅に出てるのねー。今度のお土産は何なのかしら?」

「おい大和。東北って何が有名なんだ?」

「場所によりけりだと思うが……。きりたんぽやら牛タンは美味しそうだよね」

「「おぉ……」」

「二人とも涎たらさない。……しょーもない」

 

 人数が四人から六人へと増え、そのまま一行は先へと進むと、そこには大勢の人集りが。

 そこには一人の女性を取り囲む十数人の男の影。あ、察し。

 

「よし、放っといて学校向かうべ」

 

 ファミリーの六人は碌に視線も向けることなく、そのまま川岸を進もうとする、が――

 

「おいおい、こんな美少女無視して行くとかお前たち正気かー?」

 

 気付けば十数人の男は地に伏せ、六人の集団は七人の集団へと姿を変えていた。

 黒髪は朝陽に反射して煌めく。人集りを作っている集団はそんな女性に見惚れているが、ファミリーの全員は呆れ顔だ。

 

「だって姉さんの心配したって無駄でしょ?」

「酷いこと言うなぁ、大和。お姉ちゃんが心配じゃないのかー?」

「姉さんが負ける姿なんて想像できないし。強いて言うならリンと闘うって言うならわかるけど、リン以外に姉さんが負けるヴィジョンが思い浮かばないや」

「むぅ……」

 

 まるでコアラのように大和の背に引っ付くのが川神鉄心の孫にして、"武神"に最も近い女性――川神百代。

 凛とした面と相反するかのような無邪気さ、そしてその圧倒的カリスマと呼ぶに相応しい武によりファンクラブすら設立される女傑である。そんじょそこらの男より男らしく、ファミリー内で太刀打ち出来る男性陣はいないだろう。

 その強さは既に"壁を超えし者"の一角であり、武道四天王最強と広く知れ渡っている。

 何かに特化した能力があるではなく、全てが最高水準で纏まっているが故の隙のなさ。"瞬間回復"という内気功の一種で、自身の怪我を一瞬で治癒するチート染みた技。それらが合わさるが故に太刀打ちすることが難しい強さとなる。

 

「モモ姉もいつまでも大和にくっついとらんで歩く歩く。大和はお前ら武士娘みたく身体が頑強じゃねーの」

「お? リン、もしかして嫉妬か? 可愛いなぁ、よし私の腕の中へ飛び込んでこい!」

「けけけ、大和言われてんぜ? 貧弱ボーイだってさ。俺様みたいに鍛えれば俺様ほどじゃないにしてもナイスボディになれるぜ?」

「俺は軍師担当だから良いのさ。ほら、姉さんもリンの言うとおり離れてくれないと俺が歩けないんですけど」

「そうそう、飛び込まないからさっさとその腕降ろせ。じゃないとさっきから嫉妬の視線が俺を焦がしてんだよ」

「リンは私のモノ、リンは私のモノ、リンは私のモノ、リンは私のモノ、リンは私のモノ――」

「おぉぅ……。京のその一途っぷりも可愛いけど、呪詛は私でも流石に怖いな」

 

 モモ姉も合流し、残るメンバーは俺たちのリーダであるキャップ――風間翔一を残すところ。

 

 アイツは俺にとって特別だ。

 他の皆にとっては頼りになるリーダーってところだろう。アイツの豪運は留まることを知らないし、アイツほど意思を貫き通す男を見たことない。

 だが、俺にとってもリーダーであることは疑いようもない。が、それよりもアイツのことは"親友"と認識していた。

 風を体現する彼が俺を見つけ、そして手を差し伸ばしてくれたからこそ、俺は俺を始めることが出来た。

 

 そう、アイツは風。

 誰にも縛られることなく、突拍子もなく騒動を届ける厄介で、それでいて憎めなく、愛すべき風だ。

 

「――お、全員集合してるな! 風間翔一、ただいま帰還だぜ!」

 

 合計八人。

 "キャップ"――風間翔一。

 "軍師"――直江大和。

 "筋肉担当"――島津岳人。

 "ツッコミ担当"――師岡卓也。

 "天真爛漫"――川神一子

 "俺の嫁"――椎名京。

 "次期武神"――川神百代。

 そして俺こと久堂凛。

 

 いつの間にか絆が繋がり、何時しか名ばかりの"ファミリー"ではなく、本当の家族になったこの集団を俺は愛している。




感想を下さった方々、誠にありがとうございます。なるべくエタらないよう頑張ります。


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3.幼馴染

「そういや大和は新入生の案内か何かやるんだっけ? かぁーっ、そんな面倒なことよく引き受けるよなぁ」

 

 合流を果たしたキャップは、自分の頭に手を回し信じられないとばかり欠伸を噛み殺していた。

 話を聞くに、徹夜で青森から帰ってきたらしい。東北でも北海道を除けば最北端に行くとかこの男半端ねぇな、おい。

 ゾロゾロと歩く少年少女の集団も本来なら奇異の視線を向けられるものだが、生憎ここは魔境川神市。俺らのような集団以上の変人奇人狂人なんでも御座れの街にとって、一つのグループなんて日常の範疇にすぎなかった。

 それに、俺たち"風間ファミリー"はこの街でも名を知られたグループでもあることから、微笑ましい視線はあっても奇異の視線は一つもない。

 

「ま、これも人脈作りの一つってね」

「弟よー、可愛い後輩いたらお姉さんにちゃんと紹介しろよー?」

「姉さんはほんとそればっかりだね……。後輩の貞操の危機なんで却下です」

「なにー? ホントファミリーの男共は生意気だなー?」

「うわっ、ちょ!」

 

 引っ付くの止めたかと思えば、次は弄る方針に鞍替えした模様。

 歳上好きのガクトはそんな光景をまたもや睨む。

 

「俺様も生意気なこと言うからモモ先輩引っ付いてくれませんかね!」

「お前がそんなこと言ったら殴るぞ」

「冷静な声音で酷い返しをされ、ぐゔぁ!? 何も言ってないのに殴ってくるこの人酷い……」

「アハハッ、ガクトってホント馬鹿ねー」

「ガクトは成長しないからね。いい加減無駄ってこと理解すればいいのに」

「ムッツリのモロには言われたくねーな!」

「誰がムッツリだよ!」

「お前だよ!」

「ガクトは変態の癖に!」

「「あぁ?」」

 

 遠慮も容赦のないやり取りこそ、風間ファミリーならばこその光景。

 

「リンは今日はどうするの?」

「んー、始業式はサボるとしてどうすっかなぁ」

「臆面もなく学校行事をサボるというその男気、好きっ」

「始業式終わったら連絡一本くれたまへ。それまでキャップと日向ぼっこでもしとくさ」

「しょーがないなぁ」

 

 

「見事に全員Fクラスだな、おい」

 

 掲示板に貼られたクラス分けを見ると、風間ファミリーは満場一致でFクラスとの文字が。

 モモ姉は学年が違うから仕方ないとしても、まさかこうまで固まるとは思ってもいなかった。

 ガクトとモロとワン子は学力的に仕方ないにしても、大和と京は学年でもトップエリートが集うSクラスも余裕で圏内のはず。

 俺? そんな面倒なことしてられるか!

 

「神経すり減らすような空間はちょっとね。俺としてはもっとスマートに生きたいのさ」

「リンがいる場所こそが私のいる場所」

「熱烈な告白ありがとよ」

「テレテレ」

 

 他の掲示板に目を移していくと、知り合いの名前を発見。

 

「トーマにハゲにユキに英雄はSクラスと。まぁわかってたけどさ」

 

 あの優等生がSクラス以外にいる図を想像できやしない。

 ファミリーではないものの、俺の大事な幼馴染たち。

 どいつもこいつも一癖二癖、腹に一物を抱えたやつばっか。それはファミリーの奴らにも言えることか。

 

 ファミリーの連中はキャップに導かれる形で知り合い、トーマたちSクラス組とは同じ小学校の友達という関係性で今に至る。

 

「それじゃ私は三年の方に行ってくるなー。お前らもしっかりと励め、若人たちよ」

 

 モモ姉はそう告げると、新たな同級生(可愛い子限定)の味見に向かった。

 呆れを向けるファミリーの視線のなど何のその。新天地を前にしてそんなモノに挫ける姉貴分ではなかったようだ。

 

「それじゃ私たちも行きましょうか!」

「おーけー」

「俺様の目に留まる美人な娘はいるかなーっと」

「ガクトってばそればっかり。それじゃ僕たちは行くね」

「「「いってらー」」」

 

 俺とキャップ、大和の声がハモリ、そのまま京たちは講堂へと向かう。

 

「俺は新入生の案内の方に向かうとしますかね」

「おーおー、がんばがんば」

「しっかりと案内してこいよー! それで面白そうな奴がいたら報告忘れんなよ?」

「りょーかい。それじゃまた教室で」

 

 手をフラフラと振りながら、大和も新入生案内役が揃うグラウンドの方へと歩み出す。

 人脈作りとは言うけど、アイツもあれでいて面倒見がいいお兄ちゃんだからな。こういう行事は積極的なものだ。

 

「んじゃ俺らはどっかで時間でも潰してよーぜ?」

「そうだな。日差しもいいし、やっぱ屋上で日向ぼっこだな! 徹夜明けでねみーしよ」

「それはキャップの自業自得だろうが」

「ちげーねぇ」

 

 男二人は肩を組みながら人気のない校舎へ突入し、そのまま施錠されていない屋上へ。

 川神学園の屋上は常に開放されており、ここでお昼ご飯を食べるもよし、談笑にふけるもよしと中々に心地の良いスペースとなっている。

 そんな心地よい空間だからこそ、俺らみたいな駄目人間にとっては至高の場所なるわけで。

 

「おーおー、今頃みんなは面倒な有り難いお話を聞いてる頃だぜ」

「川神学園の始業式とかってなげぇもんなー。何気に一時間以上やってるだろ、あれ」

「校長の長い話は万国共通なのかねぇ。まぁ鉄心爺さんだから面白いと言えば面白いけどな」

 

 そんなとりとめもない会話をしていると、いつの間にか話し声は吐息へと変わる。

 

「気持ちよさそうに寝ちゃってまぁ……」

 

 隣で寝転ぶキャップを尻目に、俺も瞼を閉じる。

 いつ迄も、こんな温かい日常を遅れますように。

 そんな言葉は空へと吸い込まれていった。

 

 

 気が付けば放課後。

 放課後と言っても今日は授業もなく、始業式の後は簡単な自己紹介やらHRやらしかない。

 

「俺はSクラスに顔出してくるけど、お前らどうするの?」

「私の居場所はリンがいる場所。付いてくよ」

「俺様はジム行ってから秘密基地に行くとするか」

「僕は話が合ったクラスメートとゲーセンに行く約束してる。夕方くらいに秘密基地かな?」

「俺とワン子はちょっと買い物してから秘密基地に行くぜ。今日はバイトもねーしな」

「というわけ!」

「大和は?」

「俺は一回島津寮に戻って情報精査した後に秘密基地に顔出すようにするよ」

 

 バラバラなようでいて、結局の帰結点は集合するという。

 

「うぃうぃ。ならまた後でー」

 

 それを皮切りに、各自一斉に行動開始。

 俺らも移動を開始するが、所詮廊下の突き当りまで移動するだけなのですぐに目的地に到着する。

 

「ハロハロー」

「あ、リンだ! はろはろ~」

 

 抱きつくように突進してくる純白の娘は榊原小雪、通称ユキだ。

 無邪気ながらに抱きつくのはいいが、京の目線が凄く痛い。だが、これだけで済むのはユキだからでもある。

 ユキと京は一種の同族。

 家庭内暴力に合っていたユキと苛めを受けていた京。一種のシンパシーがあるからこそ、二人は気心しれた仲となっていた。

 

「ユキ、いつまでもリンに抱きついてちゃいけません! 見ろ、椎名の顔が鬼の形相になってるぞ」

「おおぅ、京は般若の生まれ変わりだったのかー。般若ー、般若ー」

「……ユキ、覚悟はできてる?」

「京が怒ったー。ハゲガード!」

「え、俺壁にされゲフぅ!? 躊躇もなく攻撃するの止めて下さい……」

 

 なんてことを考えていたら、いつの間にかハゲが眩しい男――井上準が京の蹴りに沈んでいた。

 飄々としているがその強さは中々なものではあるが、京にはまだまだ届かない。

 

「――ユキ、余り京さんを怒らせないように」

「あ、トーマ!」

「よ、おはよーさん」

「おはようと言うにはもう昼前ですが。はい、おはようございます、リン」

 

 川神学園のエレガンテ・クワットロの筆頭。

 俺の幼馴染にして大和とその智謀を張り合える数少ない男こそが葵冬馬だ。

 大不祥事があった葵紋病院の跡取りであり、夢は傾いた葵紋病院を立て直すこと。

 彼の病院はトーマの父が数多くの不正を働いており、それをトーマや準、ユキに加え俺たち風間ファミリー、そして九鬼財閥等々の力を集結させることにより終止符を打つことが出来た。

 そういった経緯もあり、学校は違えども俺たちファミリーとトーマ率いるトリオとは仲が良い。

 一応今も葵紋病院は川神市の大病院として機能しているが、やはり離れた患者も多く存在し、そうした悪評を取り除くことが跡取りのトーマとその右腕たる準の夢だ。ちなみにユキもナースとして働くことを希望しているが、患者が心配でならないのが俺の悩みである。

 

「というか、態々俺たちに会いに来てくれたのか?」

「一応なー。始業式をぶっちしたから元気は有り余ってるし?」

「いけませんよ? 余り目立っては教師たちの注目を集めてしまうでしょう?」

「それなら大丈夫。うちのキャップという最大の目眩ましあるし」

「それもそうか。風間がいれば気怠げキャラのリンも余り目立たない、か」

「誰かに目を付けられても私が助けてあげるのだー」

 

 肢体は貧弱、というほどでもないが強くもない俺だが、守ってもらうほど弱くはないんだけどなぁ。

 まぁ能ある鷹は爪を隠すと言うし、俺はこのままで丁度いいだろう。

 俺が力を発揮する機会なんてない方がいい。殆どモモ姉がいれば解決するし。




平日の更新は期待しないで下さい。
もしかすれば、くらいの気持ちでお願いします。
だからといって休日なら更新できるかと言えば怪しいところですけどね……


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4.関係性

 街外れに建設され、所有者はほぼ忘れているであろう廃ビル。ここが俺たち風間ファミリーの秘密基地。

 大和が幼いながらも悪知恵を働かせて所有者と交渉した結果、見回り等々の条件に廃ビルの使用許可を得る事が出来たのだ。改めて考えて、大和廃スペックだな、おい。

 

「おろ、俺らが一番乗りみたいね」

 

 島津寮で京の愛情込もった昼飯を頂き、腹ごなしに散歩しながら秘密基地に辿り着いた俺と京だが、まだそこには誰もいなかった。

 散歩がてらに買ってきたオヤツを冷蔵庫に仕舞い、キャップがバイト先から拝借してきたソファにドスン、と座る。

 その横には京が座り、俺に凭れながら新作の小説を早速読んでいた。いつもならゲームでもするのだが、如何せん手持ちのゲームはクリア済みであった。今度モロから新しいゲームの情報聞かないとな。

 

「京、膝枕」

「どうぞー」

 

 凭れた姿勢を正し、ポンポンと自身の太腿を叩く京の姿を確認し、ダイブ。もっちりとした質感の何とも言えない感触を楽しむ。

 

「誰か来たら起こしてくれぃ」

「リンは今日寝てばっかだね? 夜眠れないよ? はっ、夜通しプレイするために体力を温存してる? バッチコイ!」

「流石にマズイですよ京さん」

「私は構わないのに」

「退廃的だなぁ……」

「エロスに塗れようや」

 

 そんな馬鹿なことを言いながら、俺は静かに瞼を閉じた。

 ふと、唇に湿った柔らかい感触が当たる。そんな幸せを感じながら俺は眠りについた。

 

 

 

「――とまぁ、まさか真剣持った女の子に出会ったと思ったら、まさか寮の新人だとは俺も思わなかったよ」

 

 日は暮れ、夕焼けが照らす頃。秘密基地にはファミリーが全員集合していた。

 

「黛さん、って言ったっけ? 手合わせしてみたいなー」

「おいおいワンコ。端から見れば新人イビリにしか見えねーぜ、それ。流石の俺様も引いちゃう」

「ムキー! そんな強そうな娘がいたら普通手合わせしたくなるじゃない!」

「僕はならないと思うよ……」

 

 刀を持った黛、ね。

 

「恐らく"剣聖"の娘なんだろうなぁ。私もやってみたいぞ!」

 

 国から帯剣許可を得ている国宝。その腕前はモモ姉同様"壁を越えし者"の一角であり、神速の斬撃は何人も逃さないという。

 その娘さんがまさか同じ寮に入ってくるとはなぁ。

 

「ただ何か良くわからないけど、睨まれちゃってさ」

「おいおい大和ー、新人に何かしたんじゃないのか?」

「ガクトならともかく俺がする訳ないじゃん」

「俺様飛び火!?」

 

 寮に帰るのが楽しみになってきたな。

 俺と似たようなことを考えているのか、キャップもワクワクした顔になっていた。

 これは一波乱起きそうだ、それもとびきりのな。

 

「……リン?」

 

 京のポカンとした顔が夕日に照らされ、よく映えている。

 何でもないとばかり頭を撫でれば格好を崩し、これでもかとばかり俺に抱き付く。そんな光景を呆れた表情で見ながら、モモ姉が京に抱き付く様は、ファミリーの日常の一コマであった。

 

✝️

 

「ふーむ……」

 

 黛由紀恵。川神学園一年。

 東北から一人この川神市にやって来た少女であり、後輩ながらその肢体は京を凌ぐほどのスペックの持ち主だ。

 そしてその実力も並ではない。巧く隠してはいるものの、その身に宿る剣気は一度鯉口から抜き放たれれば、何人たりとも両断するだろう。それほどまでの才覚を彼女から感じられた。

 事実、風間ファミリー内でも武闘派である京やワン子にしても鎧袖一触にされるだろう。

 

「ただ何ともまぁ……。笑顔を浮かべようとして引き攣り笑いがガンつけるレベルなのは笑えて仕方ない」

 

 彼女からすれば一大事なのだろうが、傍から見ればギャグでしかない。

 

「どうよ、期待の新人は?」

「様子見だとは思うが、俺はファミリーに入れてみたいぞ!」

「久しぶりの新メンバー加入かな? ま、あと一ヶ月ほど待った方がいいかね」

「ん? 何でだよー、俺は早くアイツと遊びたいぞー」

 

 キャップは駄々をこねるように俺の下手に寝転んでジタバタする。

 こんな情けない姿すらコイツを慕う女子からすればギャップ萌えでしかないだろうなぁ。

 

「二階最後の空き部屋あるだろ? あそこ、麗子さんが大掃除してたから近々もう一人新人が増えそうだからな」

「マジ!?」

「あぁ、多分な。黛が入居する前も同じように掃除してたから、多分来るだろ」

「それはビックニュースだな、おい! こうしちゃいられねぇ! リン、俺はまだ見ぬメンバーが楽しめるようにバイトに行ってくるぜ!」

「お、おう――って、もう行っちまったか。ホント風のような男だねぇ」

 

 颯爽と去っていったキャップを尻目に、俺は喉が乾いたので台所へと向かう。

 何やら人気がするが、どうせ大和か京なので気にせず無心で入った。

 

「あっ」

「ん? 黛か、よっ」

「あわわわわっ、えとえと」

『おいおいまゆっち~。ここで攻めないといつ攻めるのさ~』

 

 どんだけテンパってるの、この娘?

 もしかして男性恐怖症なんだろうか。そうだとすると、俺がこの場にいるのは申し訳なくなってくるな。

 あと、何で携帯ストラップと会話してるの? 痛い娘なの?

 

「何かすまん。お茶飲んだらすぐ部屋に戻るから我慢してくれ」

「いえいえいえいえ! あの、その……久堂さんが悪いわけじゃなくてですね」

「ん? 男性恐怖症かと思ったけど違うのか」

「ええと、その――」

 

 落ち着いて(時々テンパってるが)話を聞いてみると、どうやら彼女は小さい頃から友達、というよりも他人と接する機会がなかったようだ。

 その隣にいたのは彼女の携帯にくっついている"松風"というストラップ。声音はあれだが、何とも妙技なまでの腹話術である。しかもそれを指摘しても狼狽えない徹底ぶり。コイツは逸材だ。

 閑話休題(それはさておき)、その結果、家族と話す以外は今のようにテンパり癖が治らないのだとか。

 

「まぁ真剣担いでガン飛ばしているかのような引き攣り笑い浮かべたら、そりゃ誰も近寄ってこないわな」

「はぅぅっ!」

「それは黛自身でもわかってんだろ?」

「それは……はい」

『まゆっちも頑張ってんだよ~』

 

 悲しそうに、伏し目がちに俺の問いに答える彼女。

 種類は違えど、彼女も孤独の中で育った一人に違いない。

 きっと、幼い頃は"剣聖"が付きっきりで鍛錬付けにしたのだろう。彼女の内包する剣気がそれを証明している。彼女ほどの実力は幾ら才能があっても練磨されるものではない。確かに研鑽せずとも頂きに至る正真正銘の化物もいないことはないが、彼女はそういうタイプではないだろう。努力の末、頂点へと昇るタイプだ。俺や百代とは違う、武芸者。

 

 確かに家族の愛情は受けて育ったのだろうが、他者と触れ合うことなく育ってしまったのは"剣聖"が間違いなく悪い。

 彼女の才覚は本物だ。風の噂ではあるが、"剣聖"である黛大成十一段よりも、その才能は上なのだとか。きっと、剣聖もそんな娘が産まれたから、自分を超える剣士へと育て上げたかったのだろう。だからといって、鍛錬付けにするのは違うんじゃなかろうか。

 

「まぁ、なんだ。俺含めこの寮にいる奴らはちょっとやそっとじゃ怖気づかない人間だからさ。練習がてら話しかければいいんじゃないかな」

「私なんかがご迷惑じゃないでしょうか……?」

「私なんかってそこまで卑下すんなアンポンタン」

「はぅっ!?」

 

 後輩に仕置するように、俺は黛の両頬をびよーんと伸ばした。

 お、コイツのホッペタ柔らかいのな。餅みたいに伸びるぞ!

 

「あんま先輩舐めんな。俺らがそんな冷たい人間に見えるか?」

「いえいえいえい、そんなこと!」

「だろ? だからお前もあんま自分を卑下すんな。そんなんしてたらいつまで経っても友達なんか出来やしないし、何より相手を貶してることになる」

「貶す……」

「そりゃそうだろ。相手を信じれない人間を誰が信じてくれるんだ?」

「あっ……」

 

 目から鱗が落ちたように、パチクリと黛は瞳を瞬かせた。

 俺の言葉が脳髄から爪先まで駆け巡り、全身でその意味を、その言の葉を理解するような姿勢のようで。数瞬、時は止まる。

 俺も彼女も一言一句話さない。聞こえるのは互いの吐息。微かに聞こえる彼女の鼓動は、沸騰するように脈打ちながら、次第にその声音を整えていく。

 そして、ふと一度だけ面を下げ、口をモゴモゴさせながらも上げた顔にははっきりとした決意が宿っていた。

 

「――久堂さん、ありがとうございます」

 

 その面には先程までとは違い、オドオドとした他者の毛色を伺え怯える少女の色はなく、ただただ野に咲く流麗な笑顔がそこにはあった。

 被っていた殻が割れたように、無垢な雛鳥がようやく産声を上げたようだ。そんな光景を見れて、そしてその光景を俺が促せたことに自分ながら誇らしく思った。

 

「やれば出来るじゃねーの」

「へ?」

「黛、お前可愛い笑顔浮かべてるぜ?」

「はわわわわわっ!?」

『やったぜまゆっち~。その笑顔で友達百人魅了するんだぜぇ』

「松風もこのおっちょこちょいな後輩の面倒頼むぜ?」

『合点承知、オイラに任せれば万事解決なのさ』

 

 ポンポンと頭を撫でて、俺は台所を出る。

 いつ迄も黛と話し込んでたら夜が更けそうだし、今日はいい加減部屋に戻っておやすみ五秒前だ。

 

「お、そうそう。俺のことはリンって呼んでくれて構わねーから。んじゃまた明日ー」

 

 プラプラと手を振り、俺はそのまま自分の部屋に戻る。

 そこには般若と化した京がいるわけで。

 

「――リン?」

「あっハイ」

 

 夜分遅くまでこってり絞られたとさ。




次話投稿出来そうな目星が付けば、活動報告か何かに記載する方がいいですかね?


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5.蠢く脅威

 京にしっかりと絞られてから早くも一週間が経過しようとしていた。

 黛はあれから意識を変え、島津寮や風間ファミリーの面々とは何とかコミュニケーションを取れるようにまで進歩している。流石に同級生相手だとまだまだ難しいのか、友達が出来ましたという報告は受けていないが、黛の話を聞いた他の奴らも協力してくれるとのこと。

 この時点でファミリー+ゲンさん――源忠勝は既に友達のようなものだが。特にゲンさんなんか持ち前のツンデレを発揮して黛の世話をせっせと焼いてるようだし。

 

 黛以外のことでも進展があった。

 例えば川神学園では進級すると同時に一泊二日の小旅行を学校行事として行うのが伝統で、例に漏れず俺たちFクラスの面々も京都の方へ行くことになった。

 まだまだ硬いクラスメイトとの垣根をこれを期にぶち壊すのがこの旅行の趣旨であるというのが鉄心爺さんの言である。

 仲良くなった面々を列挙すると手間なので割愛するが、流石Fクラス。色濃い面々が揃ったものだ。

 

 そんなわけで――

 

「だーかーらー! 俺としては以下にエロい写真を撮れるスポットが重要なんだよ!」

「夏の水泳部を視姦するための覗きスポット探す方が俺様重要だと思うぞ」

「ふん、三次元の雌のどこがいいのやら。なぁ、モロ?」

「えっ!? いや、いいとは思うけど……」

「お腹すいたなぁ」

 

 カオスである。

 

「どっかに良い男はいないかなー。今日は風間君もいないし」

「あのイケメンちょくちょくいないよなマジで。イケメンだから許されるってか? イケメンサイコー!」

「あはは……、ただお姉さんもちょっと風間君については考えものですねー。出来れば皆さん一緒に授業を受けたいんですけど」

 

 福本育朗。通称ヨンパチにして、真性の変態。

 熊飼満。クマちゃんの愛称を持ち、いつも何かを食べている癒しキャラ。

 大串スグル。二次元こそ至高と平然と述べることができ、女子相手にスイーツを毒を吐けるほど胆力もあるアグレッシブ系オタク。

 小笠原千花。今時の女子であり、我等がキャップを落とそうとしているとか。ちなみにスタイル抜群。

 羽黒黒子。ガングロ山姥。なお、中々に面白い奴で、何気に良いやつ。

 甘粕真与。混沌極めるFクラスの委員長であり、生まれが早いことから皆のお姉ちゃん。完全ロリのため、友人のハゲから守らないといけない。

 

 こんな混沌とした空間だが、俺は居心地の良さを感じていた。

 例えばスグルと小笠原さんはこの短い期間ながら犬猿の仲とまで苛烈なやり取りを繰り広げているが、時には会話している光景を普通に見れたり、ガクトとヨンパチがエロスについて語り、自己の主張を相手に押し付けようとした次のコマには別のことで同意していたり等々。

 まぁ面白い集団であるわけで、そりゃ俺やキャップは好む空間なわけだ。

 

「今日も今日とてFクラスは動物園だな、おい」

「その檻の中にリンもいるんですけど。それはいいのか?」

「ヒモになりたいから別に気にしないぜ!」

「えぇ……」

 

 ゲンナリとした大和ではあるが、その顔は本気で嫌がっているわけではない。

 どちらかと言えば、大和も冷静さを装ってはいるもののガクトと一緒に馬鹿をやる生粋の馬鹿である。

 そもそもノリの悪い人間が風間ファミリーにいるはずもなく。

 ウズウズしてきたのか、大和の視線はガクトやモロの方へと移り、ヤレヤレと言わんばかりの格好で男集団に加わった。

 

「おおぅ、大和まで行ってしまわれた。ワン子は筋トレしてるし、京は読書してるしで暇だなぁ」

 

 俺も馬鹿話に加わるかなぁ。

 でも俺の場合は京がいるからヨンパチとかガクトからの嫉妬の視線が酷いという理不尽が辛い。

 ならばと女の子とスイーツ話に加わるのもいいが、それはそれで京からの視線が酷い。

 男とも女とも話せない状況とは、これ如何に。

 仕方ないから一人で時間でも潰そうかと思案した途端、ふいに廊下から太陽のような気を感じた。

 

 

「――ハハハッ。我、降臨!」

 

 瞬間、クラスメートの意識が教室の扉に注がれる。

 黄金衣を纏うその男は、俺の友達の一人。

 世界最大の財閥にして、現在進行形で成長を続ける企業の跡取りである――九鬼英雄は、堂々と教室の壇上で全員の注目を浴びていた。

 何が面白いのかわからないが、彼の高笑いは止むことをしれず、呆れた視線も一笑に付すと言わんばかりに気にしない。

 英雄の側に侍るように冥土という名のメイドの忍足あずみが護衛をする形で控えていた。

 

「おい、何でアイツがこのクラスに突撃しに来てんだよ?」

「あぁ、リンの野郎が九鬼と知り合いだから」

「え、マジで?」

「気怠げ野郎だが、交友関係はよくわからんレベルで広いぞ。ある意味大和とタメ張れるレベル」

「直江と同格とか人は見かけによらんな……」

 

 ヒソヒソとこっちを見ながら内緒話をする男どもは無視!

 何を言ってるかわからんが、どうせ碌でもないことに違いない。

 クラスメートに溜息一つ吐きつつ、さっきから視線を寄越している旧友の元へと歩む。

 

「よっ、最近忙しそうじゃん」

「フハハハッ。リン、久方ぶりだな!」

「久しぶりっていうほどではないけど、まぁそんなもんか。あずみさんもおっすおっす」

「なに、我がそう思ってるだけだから気にすることはない」

「お久しぶりです、久堂さん!」

 

 凸凹コンビのようでいて、あずみさんの的確なフォローと英雄の圧倒的カリスマによる人心掌握術のコンビネーションは果てしない。

 色々と危険な場所にも赴くことの多い彼であるが、彼女がいるからこそ俺も安心して送り出せる。

 

「んで、何の用? 俺に会いつつ愛しのワン子でも見に来たか?」

「フン、一子殿は今日も可憐で美しく、そして努力を怠らないその姿は確かに我に活力を与えるが……違う。今日はリンに話があったのだ」

「俺に?」

「少し時間を貰うぞ。あずみ、先に屋上にいって場所を確保しておくのだ!」

「かしこまりました! 英雄様ぁっ!」

 

 珍しい。

 他者に気を使わない、とは言わないが他者を視線を気にするような男でないはずが、どうやら今日は様子が違うらしい。

 まぁ俺の返事を聞く前にあずみさんに命令しているのは相変わらずだが。

 まるで付いてこいと言わんばかりに無駄話をせずにそのまま英雄は教室を後にした。

 

「京、昼までに戻ってこなかったら先にご飯食べていいからな」

「ん、いってらっしゃい」

 

 

 屋上から外へ出ると、春先に温かな陽気が俺たちを包む。

 ここに来るまで英雄は一言も喋らず、俺もそんな様相を見て口を噤んでいた。

 その顔は険しそうでいて、まるで何か迷っているようにも見える。

 あずみさんはいつの間にか英雄の横に控え、気が付けば屋上の扉も閉じられていた。

 

 屋上には俺と英雄とあずみさんの三人。

 他の生徒は当たり前だが既に授業時間で静かに勉強に勤しんでいることだろう。この時間は体育を行うクラスもないようで、静かな空間が生まれていた。

 

 俺は屋上の手すりに寄り掛かり、蒼穹を見上げる。

 吸い込まれるような雄大な空。飛行機雲が横断し、一本の線を繋ぐ。それはキャンパスに描かれる一筆のようで、なんとなく面白く感じられた。

 クスっ、と溢れた笑い声。

 それが皮切りに成ったのかどうかは、神のみぞ知ること。

 だが、確かに場は揺らぎ、動いた。

 

 

「リン、これは独り言なのだがな――」

 

 独り言は宣言してやるものじゃない、と野暮のことを言おうとしたが英雄の顔を見て口を噤む。

 いつにして真剣な顔が、巫山戯る場面ではないと忠告するようだ。

 

「もうすぐ新たなプランが九鬼内で始動する。それはここ川神市で進行するプランだ。大掛かりで大規模なプランではあるが、な」

「ふぅん、それで?」

「内容までは流石に話せないが、ある種禁忌の領域の問題ではあるプロジェクトなのだが、そこはいいだろう。その部分もクリアしているのだからな」

 

 禁忌、ね……。

 

「んで? 英雄が改めて何を言いたいんだ?」

「我自身も確証があって言うわけではない。ただ――」

 

 いつもなら不遜にして、尊大。

 そして自信を体現するように言い切る英雄にしては珍しく、言葉尻が萎んだ言の葉だった。

 

「きな臭い」

「きな臭い、ね……」

「あぁ、こう表現する他に我はわからない。何か問題があるわけではない、だが胸の奥が支えるように何かが引っ掛かるのだ」

 

 腕を組み、思案する英雄の顔を見て俺も考える。

 

「だから、だ。リン、気を付けろ。九鬼関連のことでお前に何か不利益を被るのは我の本意では無いのだがな。お前の方から一子殿含め、ファミリーの全員に伝えるが良い」

 

 九鬼英雄。

 幼い頃はメジャーリーガーを目指していたが、あるテロ行為により利き腕を怪我したことによりその夢は儚く散った。

 だが、幸か不幸か縁に恵まれ、環境に恵まれ、彼は王になることを決意する。

 彼の父は一代で一企業を世界最大の財閥へ成長させた鬼才であり、それを支える人間もまた異才。

 そんな中で育った英雄に王威が宿るのも当然といえば当然のことだろう。

 

「それほどに危険か?」

 

 俺の知る限り、彼を超える器の持ち主は彼の父――九鬼帝しか知らない。

 キャップはリーダーとしての資質なら英雄に伍するが、王という資質では勝負の土台にすら上がれないほど隔絶した差が存在する。そして、このまま成長すれば、九鬼帝すら凌駕する王になり得るだろう。

 そんな彼が忠告する。

 

「測りきれない、というのが本音だな。今までこのような感覚に陥ったことは生まれことこの方ない故」

「だが、英雄の勘は当たるから無下には出来ない、か」

 

 俺の本当の実力を英雄は知らないだろう。

 だが、俺の周りにいる武士娘やモモ姉の実力は知っている。それですら安心できないほどの不安感。

 モモ姉が負けるほどの相手か? 確かに鉄心爺さんを筆頭に、身近で言えばルーさんや釈迦堂さん、他にも潜在能力という意味では辰、爺さんの弟子の一人である"生まれるのが遅すぎた竜"、九鬼従者部隊の筆頭など、数えればキリがないほど豪傑はいることにはいる。だが、彼らが対立するとも考え辛い。

 なら新手? 未だ見ぬ強者も勿論いることにはいるだろう。さっきと同じでそいつらが対立し、モモ姉や鉄心爺さんを食い破るとも到底思えない。

 

 考えればキリがない。さりとて、明確な答えが得られるわけでもない。

 なら、俺が起こせる行動は一つのみ、か。

 

「そうさな、ひとまずモモ姉に警戒レベルを上げて貰って、大和とモロにも情報を集めて貰うようにするわ」

「うむ、意識するのとしないのでは大きな差があるからな」

「英雄もわざわざありがとうな。さっきの独り言だって機密情報の一つだろうに」

「気にするな。我は屋上で少し悩みをボヤいただけであるからな!」

「ハッ、そういうことにしておくかー」

「――スマンな」

「気にすんな。お前はどっしりと構えておけばそれでいいさ。面倒事は俺が片す」

「恩に着る。あずみぃ! 教室へ戻るぞ!」

「はい! 英雄様ぁ!」

 

 そう言い残し、英雄はいつの間にか施錠された屋上の扉を開き、そのままSクラスに戻っていった。

 

「――久堂、英雄様の行為を無駄にすんじゃねーぞ」

「へーへー。ま、どうにかするさ」

「ふんっ……。テメェも早く教室に戻るんだな」

 

 英雄がいなくなるとすぐにこの冥土は口が悪くなるのはどうにかならないんでしょうかね。

 ま、コイツはコイツで心配してくれてるから俺もとやかく言わないけどさ。



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6.対峙

 金曜集会。

 名の通り、金曜日の夕方から始まるそれは、風間ファミリー全員が集合する会合でもある。

 始まりは京が家庭の都合で山梨県に引っ越すことになった際、どうしてもファミリーと離れ離れになりたくなかったが故、学校のない週末に山梨から川神市までファミリーに会いに来ていたことが発端だ。

 まぁ一年後普通に戻ってきたのだが、その名残は今でも続いている。

 

 そこの場で俺は英雄から聞いた内容をファミリーメンバーに伝えた。

 

「九鬼財閥のプロジェクトか……。モロ、ネットに何か情報落ちてるか?」

「んー、今のところはまだないみたいだね。まぁ、あの九鬼財閥だから情報統制もしっかりしてるんじゃないかな」

「それもそうか」

 

 裏事担当の二人には早速何かしらの情報がないか探して貰っている。

 モロは表の情報を、大和にはその人脈を活用して裏の情報を。

 

「俺とモロはとりあえず情報収集に専念するって形か」

「そうだね。僕も毎日それらしいのがないか探ってみるよ」

「骨折り損のくたびれもうけになるかも知らないけど、二人とも頼む」

「任せとけ」

「僕にはこれくらいしか出来ないからね」

 

 情報戦に切れるファミリー内の二枚の札は切った。後はトーマにも後でメールで伝えておくか。

 

「それで、私は気配を探るだけでいいのか?」

「俺の方でも注意するけどモモ姉も注意しといてくれる?」

「強敵に逢えるならそれはそれで魅力的だか、ファミリーに危険が及ぶなら見敵必殺だな!」

 

 ブンブンと、室内でシャドーボクシングを始めるモモ姉はやる気満々だ。

 その矛先はまだ見ぬ敵意ではなく、ガクトの方を向いてるのはご愛嬌か。

 

「ちょ! モモ先輩俺様を仮想敵にしないで、痛いから!」

「ガクトは殴りやすいからね、仕方ないね」

「京テメェ!」

「私も混ざる」

「すいませんでしたー!」

 

 ガクトはモモ姉に加え、京にすら嬲られている。

 モモ姉の空中へ打ち上げる掌底から、追撃とばかりに京が空中コンボへと繋げ、フィニッシュはモモ姉に戻って落撃。

 そんな光景すら日常だと認識するファミリーの面々はおかしな気もするが、俺も気にしない。

 

「一応京とワン子も意識だけはしといてくれ」

「わかったわ!」

「お任せあれー」

 

 これで戦闘担当メンバーにも告知は済んだ。

 キャップはハブられ気味なのがつまらないのか臍を曲げてるが、この段階だとまだキャップやガクトにして貰える仕事もない。それをわかっているからそこ暇そうにしているわけだが。

 

 それにしても、あの流星は吉兆かと思ったけど、悪星でもあったかな?

 蒼穹に煌めいた一本の流星。あの時は黛に出会い、もうすぐ来る寮メンバーのこともあったから吉兆だと思ったけど、英雄のことを考えると楽観的に過ごすことも出来ない、か。

 

 遊ぶ時は思いっきり遊び、楽しむ時は存分に楽しみ、締める時は締める。

 なので――

 

「モモ姉さ、明日って暇?」

「ん? なんだー、お姉さんをデートにでも誘ってくれるのか?」

 

 悪ふざけの笑みを浮かべながら、モモ姉は俺に絡み付く。

 

「ある意味デートのお誘いかな?」

「ん?」

「えっ」

 

 瞬間、空気が死んだ。

 原因は京。負のオーラが空間を歪ませており、俺とモモ姉以外は恐怖に怯えていた。

 だが、俺はそんなことを一切気にせず、次の言葉を言い放つ。

 

「モモ姉、ちょっと仕合おうか」

 

 この言葉でも、空気がもう一度死ぬ。

 怠惰人間である俺が言う言葉ではないことは、ファミリーでは周知の事実だった。だが、それを覆すように告げられた内容に、モモ姉は胡乱げに俺を見つめていた。

 

「リン?」

「なーに、準備体操ってだけさ。英雄があそこまで言うんだ。錆び付く訳もないけど、試運転させておく必要はあるだろ?」

「……ジジィには?」

「鉄心爺さん、ルーさん、釈迦堂さんに立会いと結界はもう頼んでる」

 

 俺の言葉を咀嚼するように何度も噛み締め、モモ姉は獰猛でいて楽しそうに面を変える。

 獣の性は沈静化したと言えど、強者との闘いに楽しみを覚えるのは武術者としての性。

 

「そうか……、そうかっ! それは楽しみだな!」

「明日の朝には真宵山に入山して即効やるつもりだから、しのつもりで」

「リンも珍しくやる気だなー。これは楽しみで今日寝れないか心配だなー」

 

 新しい玩具を与えられた子供のように無邪気に喜ぶモモ姉に苦笑を零しつつ、心配そうに見つめる京を筆頭としたメンバーに問題ないとばかりに笑顔で返した。

 

 

 明朝。

 まだ薄暗く、山内には霧が僅かにかかっている頃、真宵山には幾人かの影があった。

 

「東方――川神百代」

「あぁ!」

「西方――久堂鈴」

「おぅ」

 

 立会いを務めるのは"武神"。

 その横には川神院の師範代であるルーさんと釈迦堂さんが控えている。その三人が川神流の陣地防衛術である天陣を使用し、一種の異界と化した場所で俺とモモ姉は対峙していた。そうでもなければ外界への被害が酷く、まともに戦えないからな。

 他に観戦者として心配で付き添いを申し出た京と、見取り稽古とばかりに修行に来たワン子、釈迦堂さんの弟子である板垣三姉妹の計十人がこの場で俺とモモ姉の仕合を見届けることになる。

 

 釈迦堂さん――釈迦堂刑部とかれこれ十年以上も付き合いだ。

 ある意味で俺の師匠とも言えるかも知れない人間であり、中々に喰えないオッサンでもある。

 最初は俺の莫大な気を見込み、自身と相対する敵として仕立て上げようとしていたようだが、俺が人様のレールに乗っかった人生を歩む訳もなく。いつの間にか悪友とも呼べる仲になっていた。

 また、モモ姉との死闘をキッカケに自身の性を見つめ直し、才能に驕ることなく武の道に戻った変人でもある。その実力は酔拳を使うルーさんと互角に渡り合うほどで、"壁を超えし者"の中でも完成度が極めて高いのが特徴的だろうか。特に鉄心爺さんやモモ姉にはない生来の勘――野生本能とも言うべき嗅覚は異常であり、窮地を脱して隙を食い破ることにかけては世界最高の実力を持っている。

 

 そんなちょいワル親父であるが、川神院の師範代をしながらも川神院の風土に馴染めないアウトロー気味で才覚を持つ人間を好んで弟子に取る傾向もある。それが俺でもあり、先程に挙げた板垣三姉妹だ。

 長女の板垣亜美。次女の板垣辰子、三女の板垣天使。ここにはいないが長男の板垣竜兵の計四名が板垣の名を有する板垣ファミリーである。

 彼女たちとは釈迦堂さん経由で知り合い、兄弟子ということもあり交流もそこそこに深めていた。今回も良い経験になるといって釈迦堂さんが無理やり連れてきたようで、朝に弱い辰はまだ寝ぼけているのか立ったまま眠っている。

 

 この場にいる人間で俺の全力を見たことのない人間は板垣三姉妹のみ。

 俺の実力をある程度は知っているが、常識外の住人であるモモ姉の理不尽さを体験したことがあるのだろうか、始まるまでしきりに俺の心配を甲斐甲斐しくしてくれていた。既にSMクラブで女王様をしている亜美さんすら心配してくれることから、余程のことだと思われているのだろう。

 逆に年長者三人は落ち着いている。実際、俺とモモ姉の死闘を見届けた三人であるし、いざとなったら介入するという自負もあるからだろう。

 最後に京とワン子だが、両者ともに心配そうな顔でコチラを見ていた。

 幾ら俺とモモ姉が強いと言っても、二人が戦えばそれだけ怪我をする確率も大きくなるし、実際骨を折る程度では済まない戦闘がこれから始まる。俺もモモ姉も骨を折られた程度で止まる人間ではない。故に、京もワン子も心配しているのだが。

 

「簡単な手合わせはしてきたが、本気でやり合うのは五年振りか。いやぁ、懐かしいなぁ」

「あの頃のモモ姉は厨二病まっしぐらだったから、俺も抑えるのに苦労したさ」

「うぐっ……、そう言われると反論しようがない」

 

 苦笑しながらモモ姉は拳を構える。

 その姿は五年前と変わること無く、正中線を隠した川神流の構えを。

 それに対し、俺も変わること無く両の腕をパーカーのポケットに突っ込んだまま対峙する。

 

 まるでいつかの光景の焼き直し。

 鉄心爺さんは懐かしいものを見たかのように目を細め、釈迦堂産はニヤニヤとあくどい笑みを浮かべている。

 

 変わることのない関係。

 変わることの出来た己の性。

 変えることのない生き様。

 

「――リン」

「ん?」

「今度は私が勝ってやる!」

 

 大胆不敵に、それでいて今まで見てきた中で最も可憐な笑顔で過激な宣言をされた。

 

「はっ、抜かせ!」

 

 両者が同時に臨戦対戦へ。

 大気が歪み、世界が悲鳴を上げるように空間が軋みを上げる。

 まるでエンジンのギアをローから飛ばして上げるように、段階を踏むこと無く一気に両者が練り上げる気が放出された。

 

「仕合い――」

 

 天陣の異界が故に、周りに影響を及ぼす心配もない。

 普段零にまで落としている己の気を際限なく解放。齎されるのは圧倒的なまでの暴威。ただ立っているだけで周りの木々が大きくその姿を揺らす。

 

 さぁ、始めよう。

 

「――始めぇッ!」

「川神流ぅッ! 星殺しぃぃぃぃいいいいッ!」

 

 開始の宣言と同時に穿たれる、絶対死滅の気撃は地表を抉りながら地平線の彼方まで放出される。

 それは逃げ場所などどこにもなく、そのまま俺を無慈悲に飲み込んでいった。




いい加減戦闘シーンを入れないと怒られるような気がしたので、何とか戦闘シーン開始まで漕ぎ着けました。
戦闘シーンが何話掛かるかわかりませんが、楽しめる作品を提供していけたらと思います。


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7.勝利への執着

「――あっぶねぇな、おい!」

 

 森林に大災害を引き起こした気弾、というよりも気の奔流を無傷で抜け出す俺を察知し、モモ姉は笑みをより獰猛な笑みへと変化させていく。

 お返しと言わんばかりに、俺は魔法陣のように幾十幾百という数の気弾を宙に形成し、射出。光の雨のように降り注ぐ弾幕は一撃一撃が武人の一撃に匹敵するほどの威力を秘めており、それを休む暇も与えることなく攻撃へ転じていく。

 

 俺の闘いは武人のそれではない。

 自身の肢体なぞそこそこまでしか鍛えてはいない。

 鍛えたのは生来から宿るこの莫大な気の運用法だけだ。

 

 生まれ持った資質は人類の枠組みを超えていた。

 両親は平凡な一般人。確かに芯が通った出来ている人間であるが、武については凡百でしかなく。そんな両親から俺(ばけもの)は産声を上げた。

 

「ほんっと、お前は可愛げがないなっ!」

「モモ姉に言われたくないね!」

 

 弾幕を掻い潜られ、モモ姉に超近接距離まで詰め寄られたが焦らない。

 振りかぶられた音を置き去りにする拳を俺は"逸らす"。

 

「気による多重積層型防御膜とか反則だろうが!」

「それを遠慮なくぶち抜いてくるアンタほどじゃねぇよッ!」

 

 逸したはずの拳が積層の四分の三を無残に散らしていく。

 だが、逸したが故にモモ姉の身体は宙に泳ぐ格好だ。体幹が乱れ、二撃目へとは直ぐ様移れない。これは実力どうこうよりも人間の体の構造上の問題でもある。

 その隙を逃すはずもなく、俺は後方へ勢い良く跳躍し、それと同時に気を集中的に高める。渦巻く気の本流はまるで陽炎ように周囲の光景を歪ませた。

 

「おらッ! 紅蓮陽炎っ!」

 

 辺りに散らした気の残留が一斉に芽吹き、火山の噴火のようにその色を変える。

 気の性質変化。

 川神流でも炙り肉や雪達磨といった技があるが、俺の場合はそうしたものを昇華させた技である。

 宙に対空していた無害な気は、俺の意思一つで他を害する業火へと猛り、相手を呑み込まんとした。轟々と、まるでプロミネンスのように波打ちながらモモ姉に襲い掛かる。

 

 魔法を行使するかのような気の運用術。

 これこそが俺の強さの象徴であり、釈迦堂さんが目を付けた理由であり、両親を恐れさせてしまった原因でもある。

 

「かぁーわぁーかぁーみぃー!」

 

 爆発的なまでに気が収縮を起こす。

 モモ姉の腕に集う気。業火を一斉に払うつもりか!

 

「波ぁぁぁぁああああああ!」

「ちっ! 氷柱凍土!」

 

 集約型の川神波に対し、紅蓮陽炎は広域制圧型。一点突破に弱く、そのまま蹴散らされてしまった。

 返しとして地表を一瞬で凍結させ、行動の阻害及び丸太ほどの太さの氷柱を剣山のように形成する。一撃でも当たれば致命傷となるそれを、モモ姉は気の気配を頼りに危なげなく避けていく。

 

 その方向の先には俺。

 モモ姉の得意レンジがインファイトに対し、俺の得意レンジはミッドレンジからアウトレンジによる制圧。ある種相反する距離だというに、俺とモモ姉は拮抗していた。

 

「そらそら!」

 

 懐まで詰めたモモ姉はラッシュを掛けるように、拳による弾幕で俺を圧倒する。

 拳を逸らし、気弾で相殺するがギリギリだ。どうしても一発一発はこの距離だとモモ姉に軍配が上がるので、次第に俺は押され気味になってしまう。

 だが、負けるわけにはいかない。心配そうに見ている京の為にも、俺のちっぽけな誇りの為にも、俺は最強であり続ける。

 

「へへっ、それでこそリンじゃねーの。たかが地表を割る程度の拳に怯えるわけねーよなぁ!」

 

 遠くで釈迦堂さんが喜色を上げているのを感じた。

 

 多重積層型防御膜を前方に集中。より層が分厚くなるように、壊される以上の速度で膜を貼り直す。

 何かしらの行動に移ると感じたモモ姉はこの鉄壁を突破しようとするが、遅い。形成と同時に後方へ跳躍。さらに同時に右手に気を収縮させる。バチバチと炸裂音が鳴り響き、暴発しそうなまでのそれを押し固めてるように固定化した。

 

 出来上がるのは黄金色に輝く一本の槍。

 それは北欧神話から拝借し、こう名付けた。

 

「貫けェッ! グングニルッ!」

 

 必勝を約束された名を冠する槍は、投擲槍のように俺は身体を捻りながらモモ姉へとぶん投げた。

 必中と必勝の槍は避けること能わず、因果すら歪ませて相手へと到達する。回避するには因果にすら打ち克つ豪運か、真正面から対抗するかの二つだけ。

 

「ほんっとリンは私を飽きさせないなぁっ! 川神流、禁じ手! 富士砕きぃぃぃいいいッ!」

 

 モモ姉は、待っていたと言わんばかりに禁じ手で対抗した。

 螺旋渦巻く黄金槍はモモ姉の右腕と激突し、轟音と共に火花を散らせる。

 両者拮抗する覇のぶつけ合い。

 衝撃の余波でモモ姉の右腕は少しずつ皮膚が削れ、そこから夥しい血潮が吹くが、次の瞬間には元どおり絹のような肌へと戻る。

 モモ姉が得意技とし、強者の中でも一際異彩を放つことのなった要因。それは最早異能と言って差し支えないほどの異常であり、俺と同様人間を超越した者の一人だろう。

 己の気が底を付かない限り永遠と体力とダメージを回復する禁忌の業。

 一端の武芸者なら同じ土俵に上がることすら許されず、同格の相手ですら長期戦になればなるほどモモ姉に勝利の天秤が傾いていく。

 

「お前の牙城の一つ、抜けさせて貰うぞっ! リィィイイイイイイイン!」

 

 必勝と必中の槍は、その原形を留めず爆発四散する。

 以前対峙した時はあの拮抗を制し、モモ姉に大きなダメージを与えることが出来たが、今回はそうも上手く行かないようだ。

 幾許かの気を消費させたとは言え、まだまだその力を衰える気配を見せないモモ姉と、大技を乱発しようが無問題の俺の闘いはより速度を増していく。

 

 刹那、距離が零になる。

 唸る豪腕。刈り取る足鎌。貫く閃光。

 逸らす積層。避ける肢体。相殺する迅風。

 

 薄皮一枚を抉られ、神経が鋭敏にその痛みを感じ取るが無視。目の前の脅威から一瞬足りとも目を離す余裕など一切ない。

 貫手を首を傾け避けるが、そのまま強引に腕を横に薙ぎ払われる。自身の腕の可動域を超え、重力にすら無視するその行動によりモモ姉の腕から骨が砕ける音が聞こえるがお構いなしとばかり行動に一切の翳りと躊躇はない。

 

「ガッ、アァァアアアアアっ!?」

 

 ギリギリのタイミングで右腕を捩じ込ませることが出来たが、それまで。

 俺の身体はピンボールのように吹き飛ばされ、幾本もの大樹を己の身体がぶち抜いていく。バウンドを続けながら地表を滑る俺を他人が見れば、間違いなく死んだと錯覚するほどの光景だ。

 事実、純粋な身体能力という意味では京やワン子に劣る俺にとって、先の攻撃は致命傷に近い。

 

 油断はなかった。

 違ったのは勝ちに拘った妄執の差。

 意地でも勝利をもぎ取るという本能が、モモ姉に負けていたのだろう。

 

「ゴフッ」

 

 内蔵がやられたのか、血が喉から逆流する。

 

「……あぁ、いてぇなおい」

 

 地と血に伏せる己の肢体。

 あぁ、何とも情けない。

 

 この光景こそ見られてはいないが、吹き飛ばされた瞬間は京に見られただろう。

 アイツは弓兵故に瞳が良い。高速戦闘といえど、ギリギリ攻撃が通ったところは視認できているに違いない。

 また泣かれてしまう。

 

「……あぁ、ほんとクソみたいにいてぇ」

 

 傷のせいじゃない。

 京に心配させてしまうが故に、心が掻き毟られるように痛む。

 

 ――俺は周りを心配させる為にモモ姉と仕合っているのか?

 

 違う。

 

 ――俺は自己満足の為に己の武を奮っているのか?

 

 違うっ。

 

 ――俺は負けるために地に伏せているのか?

 

 違うッ!

 

「俺は――」

 

 莫大な気による無茶苦茶な運用。

 疑似瞬間回復と言えば聞こえはいいが、その反動は無反動の瞬間回復と比べるまでもなく、モモ姉の一発を喰らった時よりも激しい痛みが俺を襲う。

 だが、そんなもので俺はもう止まらない。

 俺が俺であるがため、俺は克つ。

 

「まだ立てるなんて、思った以上に丈夫じゃないか。高名な武術家ですら屠る威力はあったんだけどな?」

「んな致死性の攻撃をしてんじゃねーよ、アホ」

「アホって言った方がアホなんだぞー? それに、リンに勝つならあのくらいやらないと勝てないだろ?」

 

 それはある種の信頼でもあった。

 俺だからこそ、あそこまで遠慮なしに振る舞える。俺だからこそ自身の全力を賭してもなお届かないかも知れないという認識でいられる。

 好敵手(ライバル)。俺もモモ姉も同年代に敵なしという環境の中で、巡り合えた奇跡のような軌跡。

 

 だからこそ負けたくないし、負けられない!

 

「目、覚めたみたいだな」

「あぁ、強烈(いい)もの貰ったからな。ようやく本当に意味でエンジンがかかったさ」

「なら――第二ラウンドとしようかッ!」

 

 瞬間、俺の真横に移動していたモモ姉の裏拳が襲うが、左に纏わせた気の防御膜を叩きつける。莫大な気を圧縮し、それを多重展開しているからこそ可能となる荒業。

 どれだけ腕力に差があろうとも、気の力がその差を埋めてくれる。

 激突する両腕と、その反動により吹き飛ばされる両者。同時に放たれる気弾をモモ姉は撃墜、回避する形で次の一手を紡ぐ。

 

「川神流、致死蛍っ!」

「しゃらくせェッ! 雷鳴迅っ!」

 

 まるで川辺に飛ぶ蛍のような気の散弾が辺り一面に展開される。

 それと同時に空を切り裂くような轟音とともに、一条の雷鎚がモモ姉を襲った。

 

 俺にとって気の性質変化はどんな属性のものにでも変換することが出来る。

 それが火だろうが氷だろうが風だろうが雷だろうが関係なし。

 気で出来るものなら何だって出来ることこそ、俺の強み。

 

「今度こそっ! リン! お前に勝つッ!」

「負けらんねぇんだよっ! 男の子はなァアアアアッ!」

 

 激突。

 

 第一陣、勝者――川神百代。

 第二陣、開幕。




各話にタイトルを適当に付けました。理由は過去編等が入った場合に、時系列が認識しやすいためにです。


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8.追憶

 俺は幼い頃、鬱屈とした日々を過ごしていた。

 自身に宿る膨大な気のせいで、無自覚ながら漏れる気が、他者にとっては看過し難い威圧となり俺に人を寄せ付けない。両親ですら、まるで壊れ物か爆発物を取り扱うように、おっかなびっくりな対応していたことを昨日のことのように思い出せた。

 

「公園行ってくる」

「え、えぇ。……気をつけるのよ?」

 

 愛情を感じないわけではなかった。

 ただ薄氷のように、両親との間に目に見えぬ壁が隔てていたのも事実。あの時は頷くだけして、そのまま気の向くまま外を出歩いたんだっけか。

 

 小学校に進学してもこの気のせいでクラスメートの友達はおらず、同年代で遊べるような人は存在しなかった。

 今にして俺の小学校にはトーマやハゲ、ユキと英雄はいたのだが、果たして俺がキャップと出会う前に出会っていたとして、本当に友達になれたのだろうか。それほど、幼い頃の俺の気は無差別に人を傷付ける妖刀でもあった。

 

「つまんないなぁ」

 

 気が付けば隣町の公園に辿り着き、人影のない寂しい公園に一人。目に付いた大きなジャングルジムの天辺に腰掛け、そう呟いていた。

 色褪せたように見える世界。何もかもつまらなく感じる現実。

 

 手を握り締めると、輝くように気が収縮され、それを幾つも浮かばせる。光球の即席マジックショーと言わんばかりの光景。そんなマジックショーも観客がいなければただの道楽でしかない。

 

「――スゲー!」

 

 だから、その声が耳に届いた時、本当に俺は驚いていた。心臓が縮むほどの衝撃と驚愕に気のコントロールを乱し、縦横無尽に駆けていた光球も霧散する。

 それを見た幼いバンダナを巻いた少年――風間翔一は、残念そうに眉を顰めていた。

 

「……誰?」

 

 警戒心と期待、そしてまたその期待に裏切られるのだろうという諦念。色々な感情が俺の中で渦巻いていたのをよく覚えている。

 

 あれが己の転換点。

 あの日、あの場所で親友に出逢わなければ、きっと今ここに俺はいなかっただろう。

 

「俺か? 俺は風な子こと風間翔一だ! お前は?」

「……久堂鈴」

「リンって言うのか、よろしくなっ!」

 

 無邪気に、まるで何物にも囚われはしない風のような男は当たり前のように手を差し出してきた。

 

「なに?」

「握手だよ握手! さっきのヤツすげーよな! もっかい見せてくれよ!」

「お前は……怖くないの?」

「なにが?」

「なにって……、俺が怖くないの?」

「なんで?」

「いや、普通人が出来ないようなことしてるんだぞ? それに気、っていうのかな。それが皆には怖がられるから」

「ふーん、お前の周りってつまんなさそーだな。ま、怖くねーよ。それより興味津々ってとこだな!」

 

 ひょいひょいと、気が付けば俺の隣に腰掛けていた。

 まるで気心知れた友人のようにその距離は近く、当時の俺にとっては衝撃的だった。家族以外にそこまで近付く他人はいなかったから。

 

「なーなー、さっきのヤツもっかい見せてくれよー。いいだろー?」

「……いいよ」

「マジで!? やりぃ!」

 

 はしゃぐキャップ――当時は翔一か――を尻目に、俺は再度光球を生成し、宙を泳ぐ魚のように操作する。

 上昇、下降、旋回、螺旋、消失、生成、相殺、合体。

 一手一手の動作に翔一はまるで手品を見ているように感嘆とした声を零し、楽しそうに小さなマジックショーに酔いしれていた。

 

「すげー! おい、リン! お前ホントすげーな!」

 

 俺の肩に手を回し、無邪気に賞賛する翔一に眩しさを感じていた。

 太陽のように温かく、風のように無邪気。あぁ、居心地が本当にいい。

 

「こんなにすげーのに、なんでお前一人なの?」

「さっきの気? っていうのかな。あれが他の人には怖く感じるんだってさ」

「よくわかんねぇや」

「そうだな……」

 

 その時、どうして俺はそれを見せたのか覚えていない。

 翔一なら怖がらないと思ったのか、翔一なら受け入れてくれると思ったのか、はたまた後で怖がられるのを恐れたのか。

 なんにせよ、俺は先ほどまで翔一を楽しませていた光球の一つを、地面に穿つ。

 ドン、と腹に響く音を残し、公園に土埃を上げた。それが晴れた先に見えたのは、軽く抉れた地面だった。

 

「大人でも無理なこと出来るからじゃないかな」

「――で?」

「え?」

「それだけ? いや、確かに当たったらすげー痛いんだと思うけどよ。リンはそんなことする奴じゃないってのは会ってすぐの俺でもわかるぜ?」

 

 不思議そうに、本当にわからないといった風貌で翔一は首を傾げている。

 

「……それじゃあれ。近所に大きな犬を飼ってるところあるだろ? その犬が鎖で繋がれてても、怖いじゃん?」

「べつにー? だってアイツらって俺らがいらんことしなかったら別になにもしてこねーしな!」

 

「風間は――」

「翔一って呼べよ! 俺だってリンって呼んでるし、何より友達だろ?」

「とも、だち?」

「おう! こうやって公園で遊んでんだ。俺たちはもう友達だ!」

 

 快活な笑みと共に差し伸べられる掌。

 あぁ、此奴にとって害意がなければその力がどれだけ異常異質であろうとも関係ないのか。

 だから、力の塊である俺の傍で笑みを浮かべるのだ。力があろうとも、振るわれることがなければないのと同義。真理であった。

 その掌を取った時、きっと俺は初めて心の底から涙したんだ。

 それを見た翔一が凄く慌てていたけど、それが気にならないくらい俺は嬉しさの余り涙を流していた。

 

 

 その出会いから、俺は少しずつ変わっていった。

 翔一に出会ったことで鬱屈とした気持ちは吹き飛び、毎日のようにいつもの公園で待ち合わせをして遊んだ。

他人と触れ合う喜びを思い出し、誰も怖がらせたくないと思えるようになり、少しずつであるが気の制御にも力を入れるようになったのだ。

 その頃に釈迦堂さんと出会い、それが今にまで至る。

 

「川神流、地球割りっ! かーらーのー、心空脚!」

 

 地を蛇のように這う衝撃波と、空気を切り裂く鎌鼬が同時に俺へと襲う。

 飛べば鎌鼬が、残れば衝撃波を直撃することになり、この時点で迎撃しか回避方法は抑制された。

 モモ姉は衝撃波に追走するように距離を詰める。既にその肢体には気によるコーティングを済ませ、迎撃の準備ならびに追撃の用意まで整っている。

 

「――埒が明かないな、おい」

 

 第二陣はまるで千日手のように激しい交錯が繰り広げられていた。

 一手指せば返し手を指され、その返し手を指す。

 

 地空から襲撃されるのならば、全体を薙ぎ払ってやればいい。

 

「奥義ってほど大層なもんじゃないが、細工は流流仕上げを御覧じろってな! 炎獄界ッ!」

 

 強烈な閃光と辺り一面を焼き尽くす熱波が瞬間的膨張により森林一体を焼き焦がす。

 まるで煉獄に突き落とされたかのように、視界に入るのは劫火のみで、存在していたはずの森が消失していた。

 勿論、モモ姉が放った奥義はかき消されるどころか、追走していたモモ姉すら呑み込んでいる。一般人が受ければ間違いなく骨すら残さないそれを受けたモモ姉であるが、その姿が見えない。

 

「まさかおっ死んだか……?」

「そんなわけないだろっ! って言いたいとこなんだが、この姿だとちょっと説得力に欠けるか」

「なんとまぁファンキーな格好で」

 

 姿を表したモモ姉であるが、死に体と言って過言でない様相を呈している。

 自身の右半身は追撃のために気を纏わせることが出来ていた結果、まだその傷は軽症の内だが、左半身がほぼ炭化していた。瞬間回復でも追いつかないのか、徐々に皮膚が新しく生えるように遅遅として細胞が分裂している光景を目の当たりにし、若干トラウマになりそうだ。

 

「えらく大きい隠し玉を持ってたもんだな。それ、爺の顕現よりエゲツないだろ」

「あれよりかはマシだと思うけどなぁ。知覚外の速度で強襲されるとか回避も防御も間に合わないし。俺の天敵だよ、鉄心爺さんは」

「まぁ反則っていうのは同意だな。けど、いつか爺も土に付けてやるさ」

 

 半身が焼け焦げたと言うに、モモ姉の戦意に一向の衰えは感じさせない。

 それどころか、俺の新しい技を見たことによりテンションが上がっている。天元突破しているテンションがさらに上がる。

 事実、モモ姉をしっかりと視界に収めていたと言うに、一瞬その姿を見失った。

 殺気。

 振り返ること無く螺旋を描く気槍を三本射出して迎撃し、身体を捻るように反転させながら辺り一面で燃え盛る火炎を操作する。

 

 紅蓮の華を咲かせるそれを、機雷のように設置して一斉に開花させた。

 ボッボッボと、音こそ小さいものの一瞬で鉄すら溶かし尽くす紅蓮華が赤で染め上げるが、それですらモモ姉を捕らえきれず振りかぶられた豪腕が視界に広がる。

 

「川神流ッ! 無双正拳突きィィイイイイイイイイ!」

 

 禁じ手よりも本来は威力が少ない奥義であるが、モモ姉が何より信頼し、研鑽を怠らなかったそれは時として禁じ手を上回る威力を叩き出す。

 直撃すれば今度こそ俺の敗北が決定するだろう。

 スローモーションに流れていく光景。

 一秒が六十分割され、それをまた六十分割した速度で俺の思考は回転する。

 沸騰するように脳が熱を上げる。

 そして、思い浮かぶのは目の前の脅威に対抗する術ではなく、懐かしい思い出だった。

 

――なーなーリン

 

――何だよ、翔一?

 

――俺さ、家族(ファミリー)が欲しいんだ

 

――はぁ? お前親父さんいるだろ? まぁ年がら年中子供ほっぽって浪漫探してる人ではあるけど

 

――そうだけどそうじゃないんだよ。もっとこう、何ていうかな。俺バカだからいい言葉で言えないけどさ

 

――うんうん

 

――リンみたいに面白くて、それでいて一緒にいると温かくなれるヤツ等と友達になりてぇんだ!

 

――……

 

――それでさ、小学校も中学校も高校も大人になっても、ずっと馬鹿やれるような奴らと家族(ファミリー)になりたいんだよ!

 

 出会ってからそこまで月日が経っていたわけじゃない。

 それでも、俺とキャップは生まれながらの友達かのように付き合っていた。

 

――でもそれってやっぱ難しいことじゃん? 大人になるってのもそうだし、やっぱ色んな問題だって起こるだろうしさ

 

――そりゃそうだろうなぁ。面白くて良い奴でもそいつが厄介事持ってることもあるだろうし

 

――でもそんな些細なことで俺は諦めたくないんだよ、わかるだろ?

 

――翔一だしなぁ

 

――で、だ。俺はこれから"キャップ"になろうと思う! というか、今から俺が"キャップ"だ! それでリン、お前が"風間ファミリー"の一人目だ!

 

――ツッコミどころが多すぎるけど、いいさ。俺はお前に付いてくよ

 

――それでこそリンだな!

 

 笑い合う二人。

 そここそが家族(ファミリー)の原点。

 

――"キャップ"ってことは皆を守る義務も発生する!

 

――お、翔一、じゃなかったキャップが義務なんて難しい言葉を知ってるとは驚きだ

 

――家族(ファミリー)の為なら全力で助けることを風間ファミリーの家訓とする!

 

――カッケーな!

 

――んでさ、俺も身体張って守るけどさ。やっぱ俺って弱いじゃん?

 

――そうか? 普通に同年代相手に喧嘩して無双してるヤツが言う言葉じゃなくね?

 

――同年代はそうかも知んないけどさ。やっぱ上の学年だと歯が立たないし

 

――そりゃ仕方ないだろ

 

――仕方ない、で家族が傷付くことを俺は見過ごせるか! だからさ、リン

 

 俺に宿った魂。

 ちっぽけだった埃のような誇りが、ピッタリと嵌まるように俺の中で形となる。

 

――お前の力で俺たち家族(ファミリー)を守ってくれないか?

 

 守護(まも)る。

 守り手は負けては成らず。

 守り手は諦めては成らず。

 守り手は歩みを止めては成らず。

 

――俺にとってリン、お前はヒーローなんだよ。ちょっと前に生意気だって俺が上級生に叩かれてる時に助けてくれたろ?

 

 異質な力に怯えを見せず、異常な力に信頼を寄せてくれる稀有な男。

 

――ずっとリンは自分の力が、自分が嫌いだっただろうけどさ。俺はその力で守られたんだぜ?

 

 そうだったな、"翔一"。

 

――だから誇れよ! それでこれからも俺たち家族(ファミリー)を助けてくれよな、ヒーロー!

 

 ヒーローはいつだって勝ち続ける。

 きっとヒーローが敗れるのは、守る人がいなくなった時だ。

 そして、今。守る相手は多くいる。

 なら――負ける理屈はどこにもないッ!

 

 さぁ、往こう。

 克ってその先に歩みを進める為に。

 

 ギアが一段階上がる。

 脳髄が焼けるような感覚が襲うが、構いやしない。

 刮目しろ、研ぎ澄ませ、刹那すら無駄にするな。ここに勝負は成って新たな領域へ。

 

「――ァァァァァァアアアアアアアアアッ!」

 

 獣のような咆哮。

 視界を埋める拳の隙間に無理やり気の壁を形成する。

 

 刹那だけでいい。

 その時間を稼げ。心血を贄に、その刻を奪え。

 勝敗を履け隔てるのはここまでくれば力の差ではない。勝ちへの妄執の強さだ。

 さっきは競り負けた。

 けど、二度はない。

 負けられない。負けたくない。

 

 俺をヒーローと呼んでくれた少年がいた。

 俺の為に泣いてくれる少女がいた。

 他にも数多く、俺に力をくれる友がいた。

 

「――獲ったっ!」

「獲らせるかぁぁああああああっ!」

 

 そして、交錯。




一週間連続投稿出来たから、もうゴールしてもいいよね……
Deemo面白いなぁ


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9.決着

 血飛沫が舞う。

 大地を汚す夥しいまでの真紅。雫などではなく、まさしく血の池地獄とまでに相応しいそれは、周囲からすれば致命傷を超えた致死の一撃に見えただろう。

 

 事実、俺の脇腹を抉った百代は勝ちを確信した表情を浮かべている。

 だが、甘い。

 たかが"脇腹が抉れ、内蔵が空気に晒されている"程度で俺は止まらないッ――

 

 本来は俺の心臓を貫くように穿たれた兇手。あの刹那で心血を賭して時間を稼げなければ、俺はこの瞬間地に伏せていたどころか、冗談抜きで死んでいただろう。

 寸止めなんていう甘い結末などあり得ない。俺と百代との間に繋がる、真剣勝負というのはそういうことだ。

 

 身体が悲鳴を上げるように、少し動かすだけで激痛が俺を苛むがそれを意地のみで捻じ伏せる。

 錆び付いた歯車のように、ギチギチと筋繊維の不快音が俺の身体から悲鳴のように聞こえるが、無視。

 内蔵が傷ついているため、食道からせり上がってくる血をそのまま百代へと吹き付けた。

 

「んなっ!?」

 

 流石の百代もここから反撃を受けると想定していなかったのか、驚きの声を上げ一瞬だけ視界を閉じてしまう。

 俺はその隙に後ろに跳躍し、そのまま気を収斂し始めた。

 

「百代ォッ!」

「っ――、ほっんと! お前は私を楽しませてくれるなァ! リィイイイイイイイン!」

 

 獣のような咆哮が響く。

 距離を詰める百代と距離を取る俺。

 当たり前の話で、人間は前進する方がその速度は疾い。だが、行動を始めたのは俺の方が早い。

 此処から先は我慢比べだ。

 

 俺の準備が整う方が先か、百代が俺を仕留めるのが先か。

 

 収斂される気は、未だに大地を汚す俺の血液よりもなお紅い。

 必勝を謳う黄金の槍ではなく、必殺を誓う真紅の魔槍。

 俺が編み出した収縮の限界点であり、到達点により得た二本槍の片割れこそが、一撃において最も火力を誇る最大の必殺技だ。

 

「百代ッ! 俺は必勝の槍を投げてんだ! この勝負負けられるかよッ!」

「抜かせっ! その身体で何が出来る!?」

「ハッ! そんな身体の俺に追いつけないお前はどうなんだよっ!? アァ!?」

 

 言の葉をぶつけ合いながら、俺達は駆け巡る。

 口から漏れるのは言葉だけでなく、血潮も当然のように流れ出る。

 正真正銘、次の一撃が最後だ。これ以上は俺の身体が持ちそうにない。

 

 苦笑を零しながら、それでも俺は止まらない。

 過去の誓ったあの光景のため、俺はもう譲れなかった。

 

 忘れていたわけじゃない。だが、傲慢にはなっていた。

 昔日の日、百代に勝ったあの日から俺は誰にも負けることはあり得ないと勘違いしていたんだろう。

 けれど、それは大きな過ちで。

 獣の性を乗り越えた百代はあの頃と比べるまでもなく強くなった。武神だって真剣勝負では勝てるなんて言い難い。

 

 この世界にはまだまだ強い奴等は沢山いるだろう。

 そいつ等に俺は負けたくない。

 大切な人達を守るために。俺は改めて産声をあげよう。

 

 強さに執着はなかった。

 けれど、そうじゃいけない。

 守護(まも)るために、俺は"最強"を目指す。

 

 武神の孫だろうが、川神流の師範代だろうが、武神だろうが関係ない。

 

 ――なぁ、そうだろ? 親友(しょういち)。

 

「俺が頂点(てっぺん)を獲るッ!」

 

 宣誓された言の葉と同時に、右手に輝く気の収斂が終わりを告げる。

 

 追いつけないことを悟った百代は本能故か、いつの間にか俺の攻撃を迎撃する準備に移っている。

 耐え切る、なんて発想は即座に棄却したのだろう。この一撃は相殺以外に打つ手はないと身体が警告している。

 だからこそ、最高の一撃を繰り出すために百代も俺と同様に気を一箇所に圧縮しているのだ。

 

「これが最後だ」

「通ればリンの勝ち、凌げば私の勝ち、だな?」

「あぁ。流石に俺も持ちそうにないからな」

 

 視線の交錯は一瞬。

 

「穿て――ゲイボルグッ!」

「独技――世壊(せかい)ッ!」

 

 俺の右手から放たれる真紅の投槍は、地表を滑るように穿たれる。

 その速度は音速を超える神速。刹那で対象へと突き刺さるが、百代が反撃とばかりに唸る拳は世界を超え、空間をぶち壊す。

 ガラスの破砕音のように甲高い音が鳴り響き、真紅の槍と百代の拳が拮抗する。

 

 理を捻じ曲げる魔槍と、理を打ち砕く拳。

 どちらも世界の在り方を超越したもので、本来ぶつかるはずもない現象がそこにはあった。

 

 真紅の魔槍はゲイボルグの名を冠した魔槍。ケルト神話の大英雄であるクー・ホリンが使用した魔槍(投擲法)を模したもので、その能力も神話になぞられる。

 つまり、必中。そしてグングニルが必勝を誓うのに対し、ゲイボルグが誓うのは必殺。

 この槍を掲げる時、それは絶対に負けないという意思表示だ。

 

 その時、微かながら俺の視界に映る影が脳は捉えた。

 碧い髪。俺が愛した少女。

 混じり合う瞳。

 

 もう情けない姿は見せられない――

 

「必勝を謳って必殺を投げてんだッ! 負けられるかよォォォオオオオオオオ!」

 

 真紅がより深く、より鮮明にその輝きを増していく。

 俺の意思に比例するかのようにその圧力を増していき、周りから見れば気づかないかもしれないが薄皮一枚ずつ百代の元へとその歩を進めていく。

 獰猛な顔付きで俺を睨む百代。大胆不敵に、口元からは血を零しながらも笑みを浮かべる俺。満身創痍の二人はこの瞬間心が溶け合ったような感触を覚えた。

 

 ――今回も俺の勝ちだな。

 ――勝利は預けておくが、次こそ勝つぞ。

 ――やってみろよ。今度も俺が勝つさ。最強はこの俺だ。

 

 瞬間。

 空間が爆ぜた。

 

 

「あれってホントうちらと同じ人間なんか……? ゲーム以上にファンタジーな動きしてるじゃんか」

「凄いねぇ~」

「いやタツ姉。あれを凄いの一言で片付けるのは流石のアタシでも駄目って分かるぜ?」

「百代が強いことは身に沁みてたけど、まさかリンの奴もあそこまで強いとはね」

 

 私の横で見学している板垣姉妹が各々の感想を零しているが、それに対して返事することも出来ないほどリンとモモ先輩の死闘に目を奪われていた。

 圧倒的武威を目撃したが故の感動ではない。

 ただただ、愛しのあの人が傷付かないか、それだけが私の胸中を染め上げる。そして、それが叶わぬ願いであるということ痛いほど理解している。

 

 昔日のあの日、敗者となったモモ先輩と勝者となったリンは三日間ずっと寝込んでいたのだ。

 外傷は打撲骨折はなんのその、内蔵へのダメージや気の枯渇等など、一般人であれば死んでも可笑しくない重症だった。

 そして、それは今回も繰り返されるだろう。

 

「京……、大丈夫?」

「うん」

「そっか。ムリしないでね?」

「ありがと」

 

 そして死闘は動きを見せる。

 モモ先輩の豪腕に薙ぎ払われるリン。

 リンの業火に半身を焼かれるモモ先輩。

 兇手に貫かれた――リン。

 

 その光景を見た瞬間、私は意識を失いかけた。

 下手をすればあれはリンの命を奪っていた。それほどまでに死の匂いを色濃く残している。それを証拠にルー先生が眉を顰めている程だ。

 

 もういい、休んで欲しい。

 その言葉を伝えることができればどれほど良いだろう。

 あの人はきっとヒーローになることを強いられている。いや、縛られていると言ったほうがいいか。

 一度だけキャップとの出会いの話を聞いて、そんなことを言っていたのをよく覚えている。

 そして実際に私を、モモ先輩を助けてしまった。実績が出来てしまった。下地が出来てしまった。

 誰も、それこそキャップだって束縛するつもりやリンが自己犠牲をしてまで誰かを助けるヒーローになって欲しくて言ったわけじゃないだろう。

 ただ、自身の力に怯えていたリンを励まし、認めるつもりで言ったはずだ。

 

 けれど、彼は自身の在り方を定めてしまった。

 自分が傷付き、血反吐を吐こうが関係ない。守りべき人がいる限り、彼は立ち上がるだろう。

 

 そんな彼が何よりも愛しい。そんな優しさに私は救われたのだから。

 そんな彼を歪めてしまった私は自分を何よりも許し難い。そんな茨の道の第一歩を進ませたのは私なのだから。

 そんな彼から愛情を受ける私は――度し難く、許し難く、そして悦楽に耽ってしまう。

 

 救われたようで壊れている私。

 自身の思考ですら矛盾が生じてしまう。

 ただ唯一正しく証明できることは、私が久堂凛という青年を愛しているということだけ。

 

 だから私に出来るのは、きっと自身の気持ちに嘘をつかず死ぬまで愛することだけだ。

 

「――リン、負けないで」 

 

 最後の激突。

 武の理を超えた先でぶつかり合う二人。

 その時、私の気の所為でなければ、彼が此方に視線を向けていた。

 

「ふふっ」

 

 声に出さなくとも、私の気持ちは伝わるようだ。

 膨れ上がる闘気は、最早"凄く大きい"としか認識できないほど膨大で、それがモモ姉を押し込んでいく。

 

「お疲れ様、リン」



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