紅魔指導要領 (埋群秋水)
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序章
第0話


この話をご覧いただいている皆様に感謝の意を示すと共に、何点か注意事項を述べさせて頂きます。
・作者は原作ゲームをプレイしたことはありません。文華帖や、その他書籍、wiki等を参照にしております故、おかしな設定などある場合がございます。是非とも優しい言葉でご指摘頂きたく存じます。
・作者は今回が初執筆、初投稿、更にはインターネット環境を手にいれてまだ1年ほどの、あらゆる意味でのド素人です。可笑しな部分、失礼な点、各種不具合などありましたら、どうか広いお心で接してやってください。ガラスの心臓(ハート)の持ち主です。
おおよそ、以上となります。どうか、素人の駄文を暖かい目をもってご覧ください。



―はじまり―

 

 

 

 

……キィィー……

 

幻の郷、深い霧、不気味な雰囲気を放つ一軒の真っ赤な館の中に、扉がきしむ音が響き渡る。扉の先は暗くて見えないが、何者かの気配がする。

 

「……おや、魔理沙様以外の――いや、あれはお客様とはいえませんね。兎も角、久しぶりのお客様のようだ。このような場所にどのようなご用件でしょうか?」

 

どこからともなく女の声がする。低く、落ち着いた声だ。パチンッ。指を鳴らす音ともに部屋に蝋燭の光が点る。そこはどうやら書斎、いや、この蔵書量はもはや大図書館ともいえるものだろう。声の主は中心にある机の側で椅子に座っていた。見た目は若い、二十代頃であろうか。黒髪を真ん中で分け、長い後ろ髪をバレッタで1つに纏めている。執事服のような服を着、落ち着いた雰囲気だ。しかし、至って普通の彼女の様相の中、特異な点が1つある。左目につけた片眼鏡の奥、覗く瞳が怪しげに異彩を放つ。

 

(わたくし)の左目が気になるご様子ですね。あまり見つめてはいけませんよ。精神に異常を来してしまいます。」

 

 慌てて目をそらす。どうやら彼女は普通の存在では無いようだ。目をそらした先、1冊の分厚い本が目に入る。タイトルは『紅魔指導要領』。あれは一体……?

 

「この本ですか?これは私がお仕えするお嬢様方の学習計画ですよ。」

 

 彼女は教育に携わる人物のようだ。その落ち着いた雰囲気からよほど教養の高い人物なのであろう。知れず尊敬のまなざしを向ける。

 

「フフフ、そのようなお気持ちは勿体のうございます。私はあくまで家庭教師ですから。」

 

 彼女はこの館に使える家庭教師のようだ。しかし、一体此所は何処なのだろう?気がついたら此所にいたのだが……。

 

「無理に思い出そうとしなくても大丈夫ですよ。まもなく解決いたします。」

 

 解決? 一体何のことだろう。しかし、記憶に靄がかかったかのようだ。何も思い出せない。

 

「時折いらっしゃるそうです。貴方のようにふらっと、この幻想の郷に紛れてしまう方が。普段は紫様がお返しするそうですが、あの方は今冬眠していらっしゃいますからね。近くにいた我々が今回の役目を仰せつかった次第でございます。しかし、よくぞ此所までご無事だったものですね。」

 

 何を言っているのだろう? 全くわからない。しかし何か思い出しそうだ……。

 

「おや、思い出しかけているようですね。……私の仕事はなさそうだ。折角いろいろと用意はしていましたが、まぁ、使わないに越したことはないですがね。」

 

 ……用意とは、後ろに置いてある、明らかに拷問用らしき道具の数々だろうか。何かはわからないが早く思い出した方が良さそうだ。するとその時、本棚の影から幼い少女が姿を現した。

 

「先生、見つかったー?」

 

「……いえ、まだ見つかりませんよ、お嬢様。」

 

「そう、じゃあ向こうに行ってみるわ。」

 

 どうやら彼女の主のようだ。遠くに見える扉へ向けて翼をはためかせ飛んでいった。『飛んでいった』? しかも、かなり若――いや、幼い。あんな子が主? どこか見覚えがある。それにしても、あの娘にはこちらが見えていないのか? さらに、彼女は何故見つからないなどと返答したのだろうか? 疑問だらけだ。いぶかしげに彼女を見る。

 

「貴方が認知されなかった事と、私が見つからないと返事したのが不思議なご様子ですね。前者は私の能力ですよ。お嬢様の目を欺かせて頂きました。後者に関しましては……実は、お嬢様が貴方を元の世界へ帰す前に、血を吸ってから帰そうなどと仰っていましてね。外の世界にはもういない吸血鬼の痕跡を幻想郷の外に示すわけにはいかないと申しましたのに……。また博麗の巫女に叱られてしまいます。」

 

 ……能力? 外の世界? 吸血鬼? 幻想郷? 博麗の巫女?

 ――ああ、思い出した。此所が何処か、自分がどういう存在か。

 

「体が透け始めましたね。外の世界にお帰りになるのですね。それでは、お気を付けて。もう此方へ来てはなりませんよ?」

 

 確かに、危ういところだったのだろう。しかし、この世界が本当にあったとは。まさに幻想の郷だ。もし、ここが妖怪の山などであれば、今頃妖怪の腹の中であろう。感謝しなければ。さぁ、帰ろう。元の、常識の世界へ。私の意識は消えかかる。

 

「さっきも申し上げましたでしょう。私にそのようなお気持ちは勿体のうございます。私とて、家庭教師として契約中の身でなければ貴方を食らっていたかも知れないのですよ?」

 

彼女はそう言ってニタリと凄惨に笑って言った――

 

「私は、悪魔で、家庭教師ですから。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生ー、まだ見つからないの? 見つからないならもういいわ、帰ったんでしょう。それよりもおなかがすいたわ。ご飯にしましょう?」

 

 遠くから聞こえるこの声は、レミリアお嬢様だ。さっきの人間は無事に外の世界に帰ったようだ。――全く、お嬢様も困った方だ。外の世界で不要になった人間ならまだしも、先ほどのように突発的な事態の場合は危害を加えず帰すよう言われていたのに。だが、このようなわがままもいつものことだ。立派な淑女(レディ)になるために教育せねば……。

 

「先生ー? 早くー。みんな待っているわよー?」

 

「そうだよ、せーんせー? お姉様がおなか空かしてうーうー言ってるわよー?」

 

「妹様、嘘はいけませんわ。」

 

「レミィ、わかったからその槍をしまって頂戴。晩餐が消し飛ぶわ。」

 

「パ、パチュリー様、そんな冷静に仰ってないでなんとかしてください!」

 

「ほら、お嬢様、はやく座りましょう! ご飯ですよ!」

 

「……うー! 先生! 早く!」

 

 全く、賑やかな方々だ。まぁ、悪魔である私にとってこの時間など些末にすぎない。しばし、付き合いましょう。……あぁ、お待たせいたしましたね。そこの覗いていらっしゃる皆々様。それでは只今より、私の、私たちの日常をお届けいたしましょう。どうぞ、ご覧ください。

 

「早く、クロエ先生!」

 

御意 ご主人様(イエス マイロード)。」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

―続く―

 




如何でしょうか。連載を続けるかどうかは皆様のお声によって決めたいと思います。筆者自身、こうしてssのウェブサイトを紹介して頂き、皆様の傑作を拝見し憧れ、今回の挑戦と相成りました。願わくは、暖かいお声が届けばと思います。それでは、失礼します。


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第1章 昔語篇
第1話


お詫びと訂正

知り合いから「たった1話じゃ評価のしようがねえだろ。」と指摘を頂き、「あ、確かにその通りだわ。」と考え直したので、ある程度連載を続けてみようと思います。どうか暖かい目で見守りください。
因みに、物語は過去より始まります。それでは宜しくお願いいたします。



 

 それは、(わたくし)が魔界での退屈な日々に少し飽き始めていた頃だった。一般的な悪魔は自身の物語などを記した本を地上に流し、召喚されようとするものではあるが、如何せん私は興味がない。召喚の見返りの報酬も興味がない。一応、知り合いにせっつかれて1冊だけ書きはしたが、それも今やどこにあるのやら。

 ――そういえば、彼は少し前に召喚されて行きましたね。美味しそうな魂の持ち主だと喜んでいましたが、また今度覗きにでも行ってみますか。

 そんな詮無きことを考えていた時、私の元へ魔力による通信が届いた。これは、小悪魔か。

 

「はい、どうしましたか?」

 

「ク、クロエ様! 大変です!」

 

「報告は簡潔に。要点だけ述べなさい。」

 

「ええと、その、あのですね、ク、クロエ様に召喚がかかりました!」

 

「何ですって? 私に? 間違いではないのですか?」

 

「いえ、確かにクロエ様を指定しておりますぅ……。昔、1冊だけ記されました本を仲介していますので間違いありません!」

 

「ふむ、あの本をですか……。普通とは逆に自身のことを卑下して書いたものでしたのに。地上には余程の物好きがいらっしゃるようですね。」

 

「いかがなされますか、クロエ様? 拒否することも出来ますが……。」

 

「いえ、行きましょう。長期的に地上散策できる良い機会です。留守は任せましたよ、小悪魔。」

 

「はい! おまかせください! (いよっしゃぁ! 厄介者が消える!)」

 

 どうやら失礼なことを考えているようだ。あちらへ行く前に少しお灸を据えておきますかね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小悪魔を軽く(私主観)お仕置きした後、召喚された場所はヨーロッパのあたりのようだ。ゴシック風のステンドグラスの窓の向こう側、濃い霧が夜の森を包んでいる。あぁ、良い月だ。

 

「ん? おい、これはどういうことだ? こんな強力な奴を喚んだ覚えはないぞ。……まぁ、良いがな!」

 

 目の前の金髪の若い男がいぶかしげに私の方を睨んでいる。どうやらもっと弱い悪魔が来ると踏んでいたらしい。しかし、どうやらこの男は人間でも、魔法使いでもないらしい。赤く光る瞳と言い、背中の漆黒の翼と言い、そのいかにもな雰囲気と言い、まさか……。

 

「ふむ、どうやら気づいたようだな? そうだ、俺こそがこの紅魔館を統べる主にして夜の王、不死者(イモータル)たる絶対強者、吸血鬼のアレイスター・スカーレットである!」

 

 やはりそうだ。地上に生ける魔族の一種、その中でも強力な部類であろう吸血鬼だ。さらに、目の前にいるこの男、なかなかに力を持っている。そこら辺の悪魔ならとうてい敵わないだろう。

――しかし、何故でしょうか。何というか、残念な気配がします。

 

「さぁ、悪魔よ。君にはある役目を任せたい。何、心配するな、実に簡単なことだからな。それで、君は俺に何を望む? 魂か? 魔力か? まぁ、私には魂などないからな、渡すことも出来ないがな! フフフ、フハハハハハッ!!」

 

「いりませんよ、そんなもの。」

 

「――ハハハ、ハァ!? な、何だと!? な、なら何が望みなのだ! 財宝か? ま、まさか愛する妻と娘に何かしようとでも言うのか!? おのれ、ゲスな悪魔め! スカーレットの名にかけて家族に手出しはさせんぞ!!」

 

「落ち着いてください。それも結構ですよ。魂等も興味ありません。他の悪魔がどうかはよく知りませんが、私には必要のないものです。」

 

「むぅ、そ、そうなのか……。それならば一体なにを望むというのだ?」

 

「基本給プラス出来高でまとまった給金を月払いと、月に5・6日の休暇を頂きましょう。契約は半年ごとの更新で。休日は契約内容を履行しませんし、命令も聞きませんのであしからず。――私の趣味は地上散策なんですよ。お休みの日には外出させて頂きます。」

 

 目の前の男、アレイスターは実に間抜けな表情をさらしている。その視線が如実に『お前は本当に悪魔なのか?』と語りかけているのも無理はない。

――私自身、一般的な見返りとかけ離れているのは承知の上ですからね。

 

「ほ、本当に良いんだな? 止めないぞ?」

 

「くどいですね。良いと申しておりますのに。」

 

 いまやアレイスターのカリスマは崩壊している。最初の威厳は形を潜めて、少しオドオドとしている。

――あれは虚勢だったようですね。この調子では先に進みそうにないですし、さっさと進めますか。

 

「では、契約と参りましょうか。」

 

「う、うむ。では契約を。僕は君に……面倒だな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これで良いかい?」

 

「ええ、構いません。では、()()()()()()ね。」

 

 悪魔の契約は、対人間であれば契約書だとか、刻印だとかがいるようだが、相手が人外なら簡単なものだ。ただこうして相互の意思疎通の上で魔力を込めた言葉を交わせばそれで終わりだ。悪魔は契約に縛られる。破棄した場合は様々なペナルティが課される。向こうが破棄したならばもはや我々は自由だ。取って食おうが問題はない。

――しかし、アレイスターは、いや、旦那様はどうも少し頼りなさげです。折角強い力を持ってらっしゃるのに、それに付随するカリスマが虚勢とは。今も『ただ家庭教師を頼もうとしたのに……弱い悪魔を喚んだはずなのに……』などとつぶやいておられる。一人称も俺から僕に変わっていらっしゃる。……よもや、家庭教師の対象は旦那様なのでしょうか。いや、奥方様とお嬢様がいらっしゃるようですし、違うでしょう。……違うはずです。

 

「では、ついてきてくれ。妻と娘に紹介しよう。他の使用人もいるしな。」

 

 あぁ、良かった。違うらしい。

――何はともあれ、家庭教師。悪魔に頼むのは珍しいのではないでしょうか。私より前に喚ばれた彼は何処で何をしているのでしょう。案外、私のように使用人を任されている――考えられませんね、彼の使用人姿など。まぁ、良いでしょう。せいぜい励むとしますか。

 

「しかし、もう少し力を抑えることは出来ないのか? 他の使用人がおびえてしまう。」

 

「そうですか……では、格好もそれらしくしてみますか。」

 

 私は魔力で新しい服を用意した。従者のような格好に、動きやすさを意識して男性用の物を。――力を抑える物は……良い物がありました。昔手に入れたこの『聖女のバレッタ』で良いでしょう。聖なる者の力を倍増し、悪なる者の力を削るこれならば、ちょうど良い力加減となるはずです。これで長い髪を纏めれば……。

 

「うむ、素晴らしいな。まさに執事のようだ。」

 

「おやめください。私は家庭教師ですよ?」

 

 家庭教師に加え、執事まで任されてしまっては大変だ。丁重に辞退せねば。

 

「そうか? まぁ、良い。よし、では行こう。」

 

 ――さぁ、仕事の時間だ。

 

 

―続く―




いかがでしたでしょうか。このようにしばらくは過去の話となります。近いうちに黒執事の要素が多少混ざる予定ですので、それまで連載が続くようにがんばります。
新規投稿ですが、なるべく早い投稿を心がけるようにします。只、何分素人ですので(タイピング)が遅々として進まない場合があります。そのときは、申し訳ありませんがお待ちください。何もメッセージを残さずいきなり打ち切りとは絶対にしませんので、何卒、お願いします!

追伸
皆様のご覧いただいた回数、お気に入り頂けた事実、心の底から嬉しく思います。只、目を通していただくだけでも、私にとってとても喜ばしく思います。改めてお礼を言わせてください。
有り難う御座います!




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第2話

続きを投稿させて頂きます。今までご覧頂いた皆様に感謝を、この話を読んで頂ける皆様に喜びの意を示させて頂きます。本当にありがとうございます。これからもお願いします。


 

 (わたくし)を奥様とお嬢様のもとへ案内する道すがら、旦那様はこの紅魔館の現状と周囲の状況、そしていかに妻と娘を愛しているかを、それはもうたっぷりと話してくださった。

纏めると、此所はルーマニア公国と言う場所にあるらしい。らしい、というのは、正直魔の者にとって人間の区分けした土地などには興味はなく、ただ、昔からこの場所にあるというだけだからだ。ただ、中には人とうまく付き合う者もいる。その逆も然りだ。この紅魔館に仕える従者の中にも人の世界から排斥された者もいる。彼らには街への買い出しや対外的な仕事が割り振られている。無論、血液を提供するという重大な役目もある。

さらに、旦那様が仰るには、このスカーレット家は遠い祖先に、かの『串刺し公』、ヴラド=ツェペシュを持つ、由緒正しい家系であるとのことだ。確かに、それが本当ならその非常に強力な力も納得できる。

――しかし、最近発刊された、ブラム・ストーカー氏の『Dracula』しか知らない私ではありますが、ヴラド3世に子孫がいたなどは聞いた覚えがありません。家庭教師として、お嬢様には旦那様の話をお教えすべきなのか、真相を調べお教えすべきなのか。考えておかねばならないでしょう。

そして今は現在進行形で家族自慢の話だ。曰く、妻・マリアは吸血鬼でありながら、その美しさは女神のようだとか、娘・レミリアもまた可愛らしく、まるで天使のようだとか。その顔はデレッデレに蕩けており、もはやカリスマの欠片も感じられない。――このような体たらくでこの館を本当に支配出来ているのでしょうか? もし、最悪の想像通りなら従者の教育も平行せねばなりませんね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

惚気を右から左へ受け流していると、ある扉の前に到着した。

 

「あぁ、着いた。中に妻と娘が待っている。一応、家庭教師として弱い悪魔を召喚するとは話してあるが、そこまでだ。自己紹介を頼むよ。」

 

「それは承りましたが……。旦那様、先ほどから聞いておりましたら、従者たる私に対し話し方がフランクではありませんか? 確かに、家庭教師というのは他の従者とは身分が違いますが、これでは他の者に示しがつきません。」

 

「何を言っているんだ。そんな人間社会の常識に合わせる必要が何処にある。僕がどのように話そうと僕の勝手だろう? 事実、他の従者に対しても同じような感じだしな。」

 

「しかし、それでは……」

 

「ええい! 僕が良いと言っているんだからそれで良いんだ! それに、マリアもあまり偉そうにするのは嫌いって言っていたしな。」

 

「ハァ……畏まりました。しかし、私は話し方を変えませんから、悪しからず。」

 

「ああ、君の好きにしてくれて良いよ。さぁ、中に入ってくれ。待ちくたびれたのか中から笑い声が聞こえてくる。」

 

 扉を開けると中に奥様とお嬢様が座っていらっしゃった。奥様は薄い青色がかった髪を長く伸ばし、真っ赤なドレスに身を包んでいる。そこまで力は強くないのか、魔力はそこまで感じられない。しかし、その背中にはおよそ翼とは思えない翼が生えている。宝石のような結晶がきれいだ。その隣でニコニコとしていらっしゃるのは娘のレミリアお嬢様であろう。奥様とよく似た髪をもち、旦那様のような、その小さな体には少し不釣り合いにも感じる立派な翼をパタパタしている。まさにお二方のご息女である。私が見ていると奥様が口を開いた。

 

「初めまして、悪魔さん。私はマリア・スカーレット。そこのアレイスターの妻ですわ。よろしくね?」

 

「お初にお目にかかります。私、この度旦那様に召喚され家庭教師として契約いたしましたクロエと申します。そちらにおわしますお嬢様のお世話を仰せつかりました。」

 

「あら、堅いわ、クロエ先生。同じ女なんだし、もっと親しげにしてちょうだい?」

 

「滅相もない。私は一介の家庭教師。この館の奥様に対し、そのような口をきくわけには参りません。」

 

「つれないわねぇ……。」

 

 奥様がそう嘆息したとき、待ちきれなかったのか、お嬢様が会話に割って入った。

 

「あたしを無視しないで! クロエとか言ったわね、あたしはレミリア・スカーレット。かの偉大な吸血鬼ツェペシュの子孫にして紅い悪魔(スカーレット・デビル)とはあたしのことよ!」

 

――なんとまぁ、ませたお嬢様でしょうか。やりきったと言わんばかりに得意げな顔を浮かべていらっしゃる。旦那様の自己紹介とそっくりでしたね。隣で奥様が『練習していた台詞をちゃんと言えたわねぇ。』なんて仰っている。確かに、そこらの弱小魔族など歯牙にもかけない力を有していらっしゃる。その尊大な態度もあながち間違いではないだろう。まさに、吸血鬼。……しかし、淑女(レディ)としては失格だ。

 

「お嬢様?」

 

 私は抑えていた力を少しだけ解放する。お嬢様が『ヒッ!』と声を上げた。旦那様が止めようとするが、奥様が一瞥して黙らせる。奥様には頭が上がらないご様子だ。――しかし、奥様はただお嬢様を甘やかせるのを良しとしないようですね。意外でした。さて……。

 

「ご口上、大変結構でございました。まさに、吸血鬼といったご様子でいらっしゃる。」

 

「フ、フフン! と、当然でしょ! あたしはスカーレット家の長女なのよ!? な、何か文句でもあるっていうの!?」

 

「ええ、ありますとも。お嬢様、あなたは吸血鬼である前にスカーレット家のご長女でいらっしゃいます。そのよう御方が、先ほどのような言葉遣い、態度……淑女(レディ)としてはまるっきりなっておりません。」

 

 さらに力を解放する。お嬢様がさらにおびえ出す。――おやおや、涙なんか流してしまって。可愛らしいお顔が崩れてしまいますよ? 怖がらせないように笑顔を意識しなければ。

 

「お嬢様? ご安心ください。別にとって食べようと言うわけではないのです。私はただの家庭教師。お嬢様にお仕えする立場の者です。……ただ、曲がりなりにも教師である以上、お嬢様にはそれ相応の振る舞いをして頂きますし、一人前の淑女になって頂くためにもそれなりに厳しくさせて頂きます。よろしいですね?」

 

「ひ、ひゃい……!」

 

「ではまず、先ほどの自己紹介をやり直して頂きましょうか。自己紹介はシンプルに、且つ優雅に。」

 

 笑顔、笑顔……ニコ。

 

「ヒィッ!? ご、ごめんなさい、ごめんなさい!」

 

「おや? 私は謝ってくださいなど申しておりません。自己紹介をやり直してくださいと申したのです。ほら?」

 

 ニコォ……。

 

「う、ううぅー……。は、は、初めまして……。レ、レミリア・スカーレットです……。よろしく、おねがいしましゅ……。」

 

「はい、よくできました。」

 

 

―続く―

 




 次回から、前書きと後書きを他の方々に見習い、もう少し簡易な物にしていきたいと思います。
 序章に入れた挿し絵ですが、つい一ヶ月ほど前にペンタブを手に入れたので、それで書いた物です。同じように各話の挿絵を、余裕があれば描いてみたいと思っています。挿絵を追加したら後書き、または活動報告にてお知らせしたく思います。
 しかし、ド素人の手慰みにも近しい物ですので、何かおかしい点にも目をつぶって頂けると幸いです。


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第3話

続編を投稿します。どうぞ、ご覧ください。



 

 

 力を再び抑える。瞬間、お嬢様は床にへたり込んでしまった。旦那様が小声で『怒らせないようにしなければ……』とつぶやいている。

――ふむ、怒っているわけではないのですが。しかし、お嬢様が予想外におびえてしまった。今も奥様に抱かれてしゃくりをあげている。羨ましい。(わたくし)の腕の中で泣いてくだされば良いものを。これからが大変だ……。

 

「で、では、自己紹介も終わったし、食事にでもしようか! なぁ!?」

 

「フフッ。あなた、何を緊張していますの? ほら、レミリア。泣き止んで? 淑女(レディ)は涙を軽々しく見せてはいけないのですよ?」

 

「ヒック……グ、グスッ。……はい。お母様。」

 

「では、食事にしよう。この館では使用人も共に食事をする決まりでな。すまないが先生、門にいる門番を呼んできてくれないか? 玄関ホールはさっき通った階段を下った先にある。他の使用人はもう食堂の方に向かっているから。」

 

「畏まりました。では後ほど。」

 

 一礼した後、私は部屋を出る。その時奥様が私を呼び止めた。話があるらしい。

――やり過ぎてしまったか?

 

「奥様、話とは?」

 

「先生にお礼を言おうと思ってね?」

 

「お礼ですか? お叱りではなく?」

 

「ええ、お礼。クロエ先生、ありがとうございました。私たち夫婦もあの子のことをキチンと叱らなきゃいけないと、わかってはいたのだけれど、どうしても出来なかったのよ。いえ、怒り方が分からなかったと言った方が正しいのかもしれないわね。あの子は生まれながらにして強い力を持っていて使用人の人たちも迂闊に叱れないみたい。あの人もあの人で、自分が強い力を持つせいで迂闊に叱れないみたいなの。私自身も怒ると言うこと自体あまりなくて。クロエ先生みたいに叱ってくれる人が来てくれて良かったですわ。」

 

「私はそんな意識的に行った訳ではないのですがね……。」

 

「だから良いのですわ。レミリアだって慣れていないだけで、クロエ先生が自分のことを考えて言ってくれたんだって分かっているわ。ね?」

 

 そう言うと、奥様の後ろから少しオドオドしながらもお嬢様が現れた。こちらをちらちらみながら、何か言いたそうだ。奥様が『ほら。』とせかすと、覚悟を決めたのか、堰を切ったように話し出した。

 

「さ、さっきはみぐるしいところを見せちゃったけど、いつものあたしは違うからね!?  あなたのことをあたしの“かていきょうし”として認めるわ! ……え、ええと、そうじゃなくて、その、あの……うー……」

 

「いかがなされましたか、お嬢様?」

 

 言いよどむお嬢様。一体何を言い渋っているのか。

 

「あのね? あたし、ちゃんとおべんきょうするから、先生にお願いがあるの……。」

 

「お願い、ですか?」

 

「美鈴がね、門番だからって、いつも一緒にご飯を食べてくれないの。仲間はずれはいや。美鈴をぜったい連れてきて! そうしたら、あたし、ちゃんとおべんきょうするわ!」

 

 なるほど、ずいぶんと可愛らしいお願いだ。私も今や雇われの身、雇用者のお願いとあっては聞かない訳にもいかない。

――それに、“おべんきょう”してくださると仰っていますしね。

 

「畏まりました。少々、食堂にてお待ちください。すぐに参ります。」

 

私は門へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 玄関ホールを抜け、扉を開き、庭を過ぎ、門へたどり着いた。旦那様とお嬢様が仰っていたが、門番の方の名前は“美鈴”というらしい。数年前にこのあたりに旅の末たどり着き、此所の門番として収まったと聞く。

――名前からして東洋の方の出身でしょうか。明という国のあった頃に数日間観光したことはありましたが、今はどうなっているのでしょうか。料理も美味でしたし、大熊猫もかわいかったですね。また行きたいものです。是非とも門番殿とは懇ろにならねば……。

 

おい、そこのお前。」

 

 そんな詮無きことを考えていると、門の影から鋭い声がかかった。続いて声の主が姿を現す。

 見た目はまだ若い女性である。緑を基調としたドレスのような不思議な服を身に纏っている。『龍』という見たこともない、絵のような何かが書かれたバッジを付けた帽子の下、風になびく髪はまるで燃えさかる劫火の様だ。しかし、見た目よりもその近づく者を切り裂くような雰囲気がとても剣呑だ。

――立ち振る舞い、雰囲気から見るに、徒手空拳の使い手の様ですね。しかし、先ほどから体にまとわりつくようなこれは一体……?

 

「私の操る気に気づくとは、ますます何者だ? この館の使用人のようだが、知らない顔だ。」

 

「これが“気”ですか。お初にお目にかかります。私、この度旦那様より家庭教師の役目を頂きましたクロエと申します。以後、お見知りおきを。」

 

「そうか、私は門番をしている紅美鈴だ。で、その家庭教師様がこのような場所に何の用だ?」

 

「旦那様とお嬢様に命令されまして、貴女を晩餐にお連れしに参りました。」

 

「ハァ……、お前は来たばかりで知らない様だから言っておくが、私にそのような気遣いは無用だ。私はこれでも妖怪で食事も絶対ではない。旦那様方には謝っておいてくれ。」

 

「申し訳ありませんが、それは聞けません。」

 

「何?」

 

 美鈴の視線に殺気が混ざる。これは、そこらの木っ端妖怪では手も足も出ないほどだ。

――しかし、私とて引くわけにはいきません。お嬢様の好感度を上げておきたいですしね。

 

「門番殿が来てくれるなら、お嬢様がきちんと勉強すると仰ってくださったのです。家庭教師としてここで引くわけには参りません。」

 

「そんなことを言われても、私には関係ないことだ。さぁ、戻れ。」

 

 言葉はまだ穏やかだが、雰囲気はすでに敵対のそれだ。とりつく島がないとはこのことか。しかし、先ほどからおとなしくしていれば、門番殿の態度は従者としては全くなっていない。

――ふむ、ここは少しオハナシする必要がありそうですね。

 

「そうですか……では、こうしませんか? 勝負しましょう。」

 

「勝負?」

 

「ええ、お互いの意見は平行線。どちらかが折れねばなりません。我を通すなら、ここは一ついかがですか?」

 

 私はニヤリと笑うと片手をあげ、掌を上に、指を曲げ、挑発する。すると、美鈴は意外そうに顔を惚けさせた後、同じく笑った。

 

「なんだ、話が分かる奴じゃないか。ここ最近襲撃者もなく、暇をもてあましていたんだ。それにお前はなかなかに強そうだし、久々に本気で戦えそうだ。」

 

 美鈴の体からオーラのようなものが立ち上がる。アレが“気”と言うものだろうか。

――しかし、先ほどの見立てよりもさらに力が上がりましたね。これは私も油断できません。

 

「旦那様方を待たせております故、申し訳ありませんが早く終わらせますよ?」

 

「ああ、私の勝利と言う形でな。」

 

 互いの間に緊張が走る。

――門番殿は東洋の出身でしたね。では、おそらく……。

 

「いざ……!」

 

――やはり来ましたか。ならば、返しましょう。

 

「……尋常に……。」

 

 

―続く―

 




如何でしょうか?
拙作をお気に入りにしていただいた方が増えてとても嬉しいです。
UAの数も上昇しており……正直……感動しています。
どれもこれも、この作品をご覧頂いた皆様のお力あってこそだと理解できました。
稚拙なものではありますが、末永くよろしく御願いします。


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第4話

 続編です。どうぞ、ご覧ください。今回少し連続した文章がありますが、字数稼ぎではないので、ご容赦ください。


 

 

私がいつも通り門番をしていたら、家庭教師を名乗る女がやってきて私を晩餐に連れて行くと言ってきた。余計なお世話だと突っぱねると、少し逡巡した後いきなり勝負を吹っかけてきた。わざわざ吹っかけるほどだ。余程腕に自信があると見える。

――久々に楽しめそうだ……そう思っていたのに。

 

「……尋常に……。」

 

 相手はそう呟くが、腕をだらりと下げやる気を感じられない。なんだ、こいつは……!

 

「来ないなら、こちらから行くぞ……!」

 

 私は言うやいなや、相手に高速で接近し間合いを詰める。そして、相手の腹にそっと掌を添え、運動エネルギーと自分の体重、そして全身の筋肉を使い衝撃をたたき込む。

 

「――ハァッッ!!

 

「ヌッ!?」

 

 低くうめきながら相手は吹っ飛んでいった。だが終わらない。空中にいる相手に空かさず連撃をたたき込む。――地面になど降ろしてやるものか。

 

「ラァッ! セイッ! フッ! ハッ!」

 

――右拳、左掌底、抜き手、膝蹴り、踵蹴り上げ、手刀、裏拳、正拳、肘打ち、正中線への三連撃、足刀蹴り、アッパー、鉄槌、蹴り上げ、からの回し蹴り、後ろ回し蹴り、しばらく続けて、身を沈めて、天へ向け蹴り上げ、トドメの浴びせ蹴り!!!

 

「まだだ……! まだまだ終らさんぞ!」

 

 地面に少しめり込んでる相手の首根っこをつかみ持ち上げる。おりた前髪で表情を窺い知ることは出来ない。

――しかし、あれほどこちらを挑発しておきながらこの結果とはな。拍子抜けにも程がある。さぁ、終わりだ――握った右拳に気をためる。

 

「……これに懲りたらもう私に近づくなよ。」

 

 そう言い残し、私は拳を放つ。衝撃の瞬間、ためていた気を爆発させる。単純な殴る力に加えての衝撃だ。無事には済むまい。

 

「――!!?」

 

 叫び声も置き去りに相手は吹っ飛んでいった。館の前にある湖の彼方へ飛び、大きな水飛沫を上げ着水する。

――まぁ、死なんだろう。

 

「ハァ、こんなのじゃあ、準備運動にもなりゃしないな……。」

 

正直言って、拍子抜けもいい所だ。さて、仕事に戻るとするか――

 

「おや? 準備運動にもなりませんでしたか? それは失礼しました。では、改めてやりましょうか。」

 

――?!!?!??!

振り返った目の前にあいつがいた。何故だ? 確かに吹っ飛ばしたはずなのに。一体全体どういう事なんだっ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフフ、理解が追いついていないようですね。」

 

 目の前にある現実が理解できないのか、視線は外さないものの実に隙だらけな体勢である。しかし、(わたくし)の能力とはいえ、初めての体験ではこうなってしまうのも致し方ないだろう。

――しかし、長年生きていますが、誰かの驚愕の表情は何度見ても愉快なものです。特に門番殿は、先ほどまでとの落差が実に良い味を出していらっしゃる。此所で『哎呀ー!?』と仰って頂けたなら最高でしたがね。

 

「一体、何の、まやかしだ……!」

 

「何の事はございません。私の能力ですよ。」

 

「能力だと……?」

 

「ええ、私の能力“欺く程度の能力”ですよ。貴女の目を欺き、あたかも私をズタボロにしているかのような錯覚を与えておりました。」

 

「まて! 確かに感触があった! ただの幻覚であるはずがない。」

 

「高度な幻覚は相手の脳すら騙します。現に、私は此所にいるではないですか。」

 

「……確かにな。だが、私の攻撃を幻覚で避けると言うことは、まともに相手できない証左だろう? 今度こそ、湖に沈めてやる!」

 

 そう言うと、美鈴は再び構え気をためだした。そして、私の幻覚を吹き飛ばしたあの攻撃を再び放ってきた。

――やれやれ、そろそろ格の違いを教えて差し上げますか――私はおもむろに腕を持ち上げた。そして、

 

「――遅い。」

 

「何っ!?」

 

私は微動だにせず拳を受け止める。美鈴は懸命にふりほどこうとしているが、まぁ、外れないだろう。私は掌を開いた。すぐに距離をとる美鈴。私は自然体に近い構えをとる。

 

「さぁ、どこからでもどうぞ?」

 

「クソがぁ……っ!」

 

 美鈴が接近してくる。

――ふむ、懲りずに格闘ですか。気を使って身体能力を上げているとはいえ、私には敵いませんのに。良いでしょう。お相手して差し上げましょう。

 

――殴る、さばく。蹴る、受け止める。掌底、すくい上げる。抜き手、指で受け止める。目潰し、頭突きで受け止める。おや、指がいかれてしまいましたか。痛そうです、直して差し上げましょう。驚きながらも美鈴は後ろ回し蹴り、上段でうける。踵落とし、柔らかいお体ですね、片手で受け止める。ふむ、きれいな脚だ。つい撫でてみる。美鈴の気がふくれあがる。連撃が来ますね。お相手しましょう。相手の拳を破壊しないように、()()()で。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。おや、流れ星が。願い事を……あぁ、消えていました。「よそ見をするなっっ!!」殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。……そろそろ飽きてきました。旦那様方もお待ちですし、終わらせましょう。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、殴り返す。殴る、掌で受け止め力を受け流し空へ投げ飛ばす

 

「うわっ!?」

 

 驚愕の表情で叫ぶ美鈴。なんとか空中で体勢を整えようとするも、先ほどまでの全力の連撃でうまく体が追いつかないようだ。ただ、わたわたと蠢くのみ。

 

「暴れないでください。外してしまうではないですか。」

 

 その言葉を聞くと美鈴はあきらめたように動きを止め、瞳を閉じた。――どうやらトドメをさされると思っておられるご様子。少し、意表を突きますか。

 そして落ちてきた所を、()()()()()()で受け止める。――おやおや、ポカンと惚けてしまっております。

 

「――!? は、はなせっ!」

 

 顔を真っ赤にして暴れる美鈴。

 

「負けを認めてくださいますか?」

 

「えっ!? いや、しかし……。」

 

「ではこのまま食堂へ参りましょうか?」

 

わかった! 私の負けだ! 降ろしてくれ!

 

「正直な方が素敵ですよ?」

 

 美鈴を降ろす。よほど負けたのが悔しいのか、顔が真っ赤だ。

――それだけではないようですね。以外と初心なご様子で。

 

「私の力を認めて頂けましたか?」

 

「……その前に、貴女は何者なんだ? 私はこれでも、生まれた遙か東の国からこの地まで、この格闘で多くの敵を打ち破ってきた。私が世界最強だと驕るつもりはないが、それでも負けないという自負はあった……この館の旦那様に負け、門番となったが……それが我が人生最後の敗北と思っていたのに……それが家庭教師相手にこの様だ。……なぁ、教えてくれ、いや、教えてください。貴女は何者なんですか?」

 

「フフフ、買いかぶりすぎですよ。私は家庭教師を任せられた一介の悪魔に過ぎません。ただ、違いがあるとすれば、長生きしているだけですよ。貴女よりもずっとね?」

 

「……その力、私よりも古い存在、余程高名な悪魔なんでしょうね。私ごときが敵うはずがなかったのですか……。」

 

「買いかぶりすぎですってば。私はしがないただの悪魔です。……それで、私の力は、認めて頂けましたか?」

 

「……悔しいが認めるしかありません。私の攻撃を軽くいなし、全力の連撃も全く同じ力で撃ち返してくるなど、格の違いをまざまざと見せつけられた気分です。」

 

 どうやら認めさせることに成功したようだ。しかし、言葉が丁寧になっている。武人らしく、認めた相手への礼儀は欠かさないと言うことだろうか。

 

「真剣勝負に負けました。文句はありません。貴女様に従います。」

 

「同じ従者なので名前でお呼びください。丁寧な言葉遣いも不要ですよ。」

 

「分かりました。では、どうすれば良いのですか?」

 

 ――分かってない。生真面目な方ですね。

 

「では、食堂に参りましょうか。」

 

「はい、クロエ様。」

 

「様はやめてください。他の使用人に示しがつきません。」

 

「では、クロエさんとお呼びしても……?」

 

「まぁ、それならば良いでしょう。」

 

 しっぽを振る子犬のように私の後を嬉しそうについてくる美鈴。その様子は非常に可愛らしいものだ。――しかし、懐かれてしまったようです。さぁて、どうしたものでしょうか……。

 

 

―続く―




 如何でしょうか?今回投稿の際に少し失敗をしてしまいました。お恥ずかしい……。


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第5話

 手を怪我してしまい、作業が大幅に遅れます。タイピングをほぼ片手で行う状況なので辛いです。しばらくゆっくりになると思いますので、ご容赦ください。
では、第五話をご覧ください。


 

 なんとか美鈴を説得し、食堂へたどり着いた。思いの外時間がかかってしまったが、間に合っただろうか……。

 

「あっ! 先生が来た!」

 

「あら、先生。遅かったわね?」

 

「さぁ、早く座ってくれ。皆まっているぞ。」

 

「皆様、お待たせいたしまして申し訳ありません。食事の前にこちらの人物の紹介を。」

 

 そう言うと(わたくし)は美鈴を促す。雰囲気に慣れていないのか、少しまごついている。――ふむ、時間も差し迫ってきておりますし、ここは一つ……

 私は美鈴を強引に扉の影から引っ張り出した。自らの姿が視線にさらされるとさすがに観念したのか、意を決したように言葉を紡ぎ出した。

 

「……皆様、お待たせいたしました。今までのご無礼をお詫びします。このような私ですが、今後ともよろしく御願いします……。」

 

 今までの非礼をわび、頭を下げる美鈴。そこにはしっかりと誠意が込められている。――さて、受け入れられるのでしょうか。

 

「美鈴、水くさいじゃないか! 私の部下になった時点でお前は私たち紅魔館の一員だ。さぁ、早く席に座れ。今日は共に食卓を囲む仲間が二人も増えたぞ!」

 

「そうよ美鈴。此所にいるみんな、貴女のことを非難なんてしないわ。」

 

「旦那様、奥様……っ」

 

 暖かな拍手と共に美鈴は無事、紅魔館の一員となった。目を潤まし歩き出す美鈴。まさに感動の光景だろう。――だが、皆様私のことを忘れてやいませんか?

 私が小さな疎外感を感じていると何かが私に抱きついてきた。目を下に向けると、何と、お嬢様だ。

 

「約束まもってくれてありがとっ! あたしも約束をまもるわっ!」

 

「いえ、お嬢様。当然のことをしたまでです。それよりも……」

 

「なぁに?」

 

「私の席はあるのでしょうか?」

 

 いつの間にかこちらを見ていた一同が、『あっ……』と言うように目をそらした。そして、一人の人物に視線が集まる。視線を集めた旦那様はおろおろしている。

 

あなた?

 

 皆を代表して奥様が旦那様に問いかける。かなりの威圧が込められている。表情は笑っているはずなのに、何という怒気であろうか。

 

「い、いや。違うんだ!」

 

 旦那様が言い訳を始めた。

 

「家庭教師の分は用意していたんだ! ただ、まさか本当に門番を呼んで来ることが出来るとは思ってもいなくて……」

 

「では、旦那様。やはり私が……」

 

 美鈴がそう言って席を立とうとする。するとその瞬間ずっと抱きついていたお嬢様が声を上げた。

 

「その必要はないわよっ! めーりん!」

 

「お嬢様……しかし、今から場所を増やすことは出来ません。私が急に現れたせいで足りなくなったのですから、此所は私が退くべきでしょう。」

 

「大丈夫よ。めーりんはそのままそこに座っててちょうだい! 先生はこっち!」

 

 そう言うとお嬢様は私の手を引いて、なんと、自らの席まで引っ張っていき、こちらを向いて、

 

「先生はあたしの隣ね!」

 

と言ったのだ。使用人との距離感が近いとはいえ、さすがにそれは認められない。私が丁重に断ろうとしたその時、まるで計ったかのように、お嬢様は言葉を重ねてきた。

 

「先生、断ろうとしているでしょ? だめよ、認めないわっ! あたしは当主のお父様の娘なのよ。それくらいのわがままはきいてもらえるわっ! ねっ? お父様?」

 

「えっ? あ、あぁ。うむ……しかしだな……いや、まぁいいだろう!」

 

 旦那様も解決策を見いだせない状況で、正に渡りに舟であったのだろう。そう悩みもせず了承してしまった。

――これはもしや、私の常識が些か古いのでしょうか。今の観念に従った方がよさそうですね……。しかし、お嬢様はやろうと思えば出来る子だったのですね。すこし見くびっておりました。これは教育が楽しみです。

 私は席を用意し、食卓を囲むこととなった。

 

「よし、では遅くなったが今から晩餐を始めよう。皆、命に感謝を。」

 

「「命に感謝を。」」

 

旦那様に続き、皆が食事の挨拶を述べ晩餐が始まった。しかし、ここで問題が発生する。悪魔である私には()()()()()()()()。私が食べ始めないのを見たお嬢様が不思議そうに尋ねてきた。

 

「どうしたの、先生? 食べないの?」

 

「あぁ、いえ。お嬢様方のような地上の魔族と違い、私のような魔界の悪魔は、言わば魔素の塊のようなもので、厳密に言えば生物ではないので食事や睡眠を必要としません。それでも、低級のものならば地上に出ると存在が薄まってある程度の食事睡眠は必要となりますがね。」

 

「じゃあ、先生はごはん食べなくても大丈夫なぐらいには高位な存在なのね。」

 

「ええ。僭越ながら。まぁ、嗜好品として楽しむ者もおりますし、私もその一人です。なので、心配なさらずともキチンと頂きますよ。」

 

 そう言って私は、サラダを口に含んで見せた。安心したように、にぱっと笑うお嬢様。

――ふむ、可愛らしい方です。魔界では私のかわいい物好きが満たされませんでしたが、やはり地上は良い。先に召喚された彼も、『魔界にも愛玩動物はいますが……あれはいただけません。』と常々言ってましたね。私が地上散策に行ったときに見かけた猫の絵を渡すと彼はいたく感動してましたが、召喚先で良き出会いがあると良いですね。そういえば、食事で思いましたが……。

 

「お嬢様? お嬢様を始め、旦那様方や一部の使用人の者は吸血鬼ですよね?」

 

「? そうだよ? どうしたの?」

 

「吸血鬼も食事はするのですか?」

 

「?? どういうこと?」

 

「クロエ先生、その質問には私がお答えしますわ。」

 

 奥様がこちらを向いて仰った。お嬢様はよく分かっていなかったようだが……

 

「クロエ先生が疑問に思っているのは、血液が主食の私たち吸血鬼が、代謝もしない不死者がはたして普通の食物を摂取するのか。という事ですわね?」

 

「ええ。その通りでございます。」

 

「厳密に言えば、私たちは食物を必要としませんわ。血液と、人間からの畏れがあれば生存には十分。でも、そんな必要最低限な暮らしなんてまっぴら御免ですわ。ほら、少し食べてみてくださる?」

 

 そう言って私にスープの満たされたスプーンを差し出してきた。見た目は変わらないが、かすかにある匂いがする。

――これはおそらく……()()でしょうね。

 

「なるほど。血液を混ぜてあるのですか。」

 

 私はスープを租借して言った。

 

「ええ。その通りよ。こうすれば栄養摂取もできますわ。もちろん、この血液を混ぜた料理は私たちの分にしか出していませんわ。それに、あの人のようにグラスに入れて直接飲むこともありますしね。」

 

 旦那様はさながら赤ワインを飲むかのごとく飲んでいらっしゃる。疑問が解決してすっきりした気分だ。すると、奥様が少し笑いをこらえながら言葉を続けた。

 

「それと、レミィの『紅い悪魔(スカーレットデビル)』なんですけど……」

 

わーっ!? お母様、それ言っちゃだめっ!!」

 

 とても興味深い言葉を聞いた。私の好奇心がうずく。

 

「お嬢様、差し支えなければ是非、聞いてみたいのですが……。」

 

「だめなものはだめっ! これ以上聞くなら、せんせいのこと嫌いになっちゃうんだからっ!」

 

 嫌われてしまっては困る。私はあきらめてお嬢様をなだめた。

――まぁ、いつか探ってみましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、つつがなく食事は済んだ。吸血鬼の住まう館らしく、窓の少ないこの屋敷であるが、その数少ない窓の外をみて推測するに、あと数時間で夜が明けそうだ。隣に座るお嬢様はデザートのプリンを幸せそうに食べていらっしゃる。少し眠いのか、目をしぱしぱさせている様子も見受けられた。非常に眼福である。

――このお屋敷のタイムスケジュールを知らないので分かりかねますが、おそらく日中はお休みになるでしょう。授業は次の夜からですね。私はその間にいろいろと準備をしなければ。

 満腹になったのか、本格的に舟をこぎ出したお嬢様を横に、私は頭の中で指導計画やスケジュールを立て始めた。紅魔館での、家庭教師としての日常が始まろうとしていた。

 

―第1章・完―

 

 




如何でしょうか?
前書きでも述べましたとおり、しばらく投稿がゆっくりになるかと思います。気長に、寛大なお心でお待ちください。


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第2章 英国散策篇
第6話


 お待たせいたしました。第6話をご覧ください。
今回、主人公がイギリスへ飛びます。


 

 (わたくし)が召喚されてから、およそ二週間の時が流れた。お嬢様は非常に聡明な方だった。基本的な読み書き計算は教えるまでもなく、始めから発展的な内容や、その他専門的な内容を教えることが出来た。最初の出会いは少し脅してしまったものの、今では良好な関係を築けていると言えよう。無論、一人前の淑女(レディ)となるためのレッスンも欠かしてはいない。

 美鈴は私との一件があった後、周囲と馴染もうと努力している。周りの環境も良いせいか、笑顔が少しずつ垣間見える様になった。後は武人然とした雰囲気と、丁寧すぎる話し方さえ変われば問題ないだろう。

 この二週間で私自身も周囲の把握に努めていった。使用人はそこまで多くはないようだ。皆、悪い言い方をすれば、何処か平和ぼけしていると言っても良いかも知れないぐらいだ。しかし、これには少し込み入った事情があるという。

 古くからこのスカーレット家に仕えているという使用人から聞くことが出来た話だ。その昔、このスカーレット家はツェペシュの末裔として闇社会に恐れられてきたと言う。逆らう物には容赦せず、また、その強大な力を持って人間のみならず、闇に生きる魔族からも畏れを得てきた。今で言えば、最近イタリアの方で拡大しつつある『マフィア』みたいな物だろう。旦那様も今の様子からは想像できないが、昔はヤンチャしていたらしい。だが、そんな折に奥様と出会われたそうだ。お体が弱いにもかかわらず、意志が固く決して力では振り向かせることが出来ない奥様のために、旦那様は変わっていったという。

 旦那様の本気さが伝わったのか、奥様も旦那様を受け入れ、紅魔館も雰囲気が変わっていったそうだ。雰囲気にそぐわなかった使用人は自ら去って行ったらしい。以上が私の聞いた話の概要である。

 前置きが長くなったが、要するに、この程度過去の話を聞くことが出来るほどには、私はこの館に馴染むことができたのだ。

――お嬢様も問題ないようですし、散策に出掛けたいものです。それに、そろそろ()()が来る頃でしょう。

 その時、丁度考えていたアレが届いた。そう、魔界の小悪魔からの報告である。

 

『――ま。クロエ様。聞こえますか? こちら小悪魔です!』

 

「ええ、聞こえますよ。それで、依頼はどうなりました?」

 

『バッチリです! クロエ様の前に召喚されたあの方の現在地ですよね。しっかり調べてきました!』

 

「それで、どうでしたか?」

 

『はい。現在あの方ははグレートブリテン及びアイルランド連合王国、首都ロンドンにいらっしゃいます!』

 

「なんと、大英帝国ですか……。」

 

 よもや彼がかの霧の都にいるとは。

――最後に訪れたのはエリザベス女王統治下の時代でしたね。ウィリアム=シェイクスピア氏の『Romeo and Juliet』を実際に見に行ったのが最後でした。確かに、最近あのあたりでは黒魔術だとか、悪魔信仰が密かに流行っているようですが、まさか本物の悪魔が召喚されてしまうとは。下手な喜劇よりも面白い。

 

『……あと、因みになんですが。』

 

「はい? どうしたのですか?」

 

『調査した限りだと、どうやら、その……ですね……』

 

「何を言いよどんでいるのです?」

 

『あの方は執事をなさっている様でして……』

 

「……何ですって? 彼が? 執事を? それは真実なんですか、小悪魔?」

 

『ひぃぃっ! そんな威圧しないでくださいよぅ! 私だって信じられないんです……』

 

 青天の霹靂とはこのことか。まさか彼が私と同じように従者になっていようとは。確かに彼は私と同じように些か変わり者な所もあった。契約をとても重んじてもいた。だが、そうは言っても、よもや彼が、執事とは!

――おそらく彼は苦労したのでしょう。仕えられることはあれど仕えることなんてない彼の事です。人間の常識なんて完全に理解出来てもいないですし。料理すらも一瞬で出すに決まってます。人が料理を完成させるのにどれだけ時間がかかるか分かっていない。あぁ、駄目だ、見てみたくて仕方がありません。彼の執事姿! 慇懃無礼な姿が目に浮かぶようです。家庭教師の仕事の方も問題ありませんし、ここは一つ休みを頂いて見に行ってみますか。私ならロンドンへ一時間もかからない。日程も問題ありませんね。

 

「貴重な情報をありがとうございました。早速様子を伺いに行ってみますよ。」

 

『やっぱりですか……。あの方は茶化されるのを嫌ってらっしゃいますから自重してくださいよ? あ、あと、最後に。今あの方は契約主“シエル・ファントムハイヴ”から“セバスチャン”という名をもらっているそうです。』

 

 そう言い残すと通信は途切れた。思わぬ情報を得ることが出来たものだ。

 

「わかりました。セバスチャンですね。見つからないように、気をつけなければ。……フフフ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旦那様に休暇をもらう旨を告げ、お嬢様に宿題を残し、私は単身ロンドンの地に降り立った。まずは情報収集だ。新聞を買い現在の英国の状況を伺う。

――ふむ、切り裂きジャック事件ですか。これは私には関係ありませんね。社交期(シーズン)ですし、セバスチャンの主もロンドンに来ているとは思うのですが……。おや、劇場にてシェイクスピア氏の悲劇がやっていますね。私が魔界に帰った後の作品ですか。見てみたいですね。……しかし、ここらでは彼の気配を感じませんね。こちらは気取られず、相手だけを探るのは難しいものです。それに、彼はとても鋭い。私の能力を全開にせねば気取られてしまうでしょうし。

 私は頭を回転させながら、能力を発動させロンドンの都市を歩き回った。自らを周囲から目を引かない程度の存在感に落とし込む。道行く人々の話を耳に挟みながら状況把握を進めていく。しかし、『シエル=ファントムハイヴ』と『セバスチャン』の名前は一向に聞こえない。ファントムハイヴ社の名前は町中にあるが、関係ないだろう。

――弱りましたね。ただでさえ社交期で人も多いのに、これでは見つからないじゃないですか。此所は覚悟を決めて、魔力を最大限解放してみますか……?さすがに彼も無視できないでしょう。

 私が我慢の限界に達しつつあったその時、ある()()が鼻孔をくすぐった。濃厚な、鼻が曲がるほど、芳しい、死の匂いだ。顔を上げ、目の前の建物を仰ぎ見るそこにあった文字は――

 

葬儀屋(アンダーテイカー)……?」

 

 

―続く―

 




如何でしょうか?
今回から黒執事との関わりが出ます。なるべく早く投稿するように心がけますので、しばしお待ちください。


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第7話

おまたせいたしました。投稿させて頂きます。
どうぞ、ご覧ください。


 

 

 扉を開けると薄暗い室内が目に入る。棺桶が床に散乱し、所々ほこりをかぶっている。人の気配は感じられない。誰もいないのかと思ったその時、どこからか不気味な声が聞こえてきた。

 

「……ヒッヒ……よぅ~~~こそ…いらっしゃい……」

 

 ……? いったい何処から? (わたくし)があたりを見渡すと壁に立てかけてある()()()が音を立てて開きだした。

 

「こんな所に淑女(レディ)が何の用事なんだぁい……?」

 

 中から人が姿を現した。全身黒ずくめの神父のような格好に帽子、傷のついた顔(スカーフェイス)、銀色の長髪、得体の知れない喋り口。端的に怪しいと言える人物だ。

 

「これはこれは。勝手に入ってしまい申し訳ありません。私は人捜しをしているただの旅行者です。街を歩いていたらふと此所が目に入りまして、失礼ながら立ち寄らせていただきました。ここは葬儀屋で間違いありませんか?」

 

「そうだよ、此所は小生がお客さんをきれいにしてあげる場所さ…。でも……人捜しなら此所は場違いじゃないのかなぁ……」

 

「私としてもそう思ってはいるのですが、何分私の勘が此所に手がかりがあると言っておりましてね。」

 

 これは嘘ではない。この葬儀屋に入った瞬間から懐かしい感じがするのだ。最初はこの葬儀屋という死に近い場所だからかと思ったが、違う。彼のセバスチャンの気配がある。

 

「私が探しているのは、『シエル=ファントムハイヴ』とその執事『セバスチャン』なのですが、ご存じないですか?」

 

私が問いかけたその瞬間、対面する葬儀屋の雰囲気が変わった。先ほどまでのこちらに興味なさげな様子が一転、値踏みするような視線に様変わりした。

 

「……さてねぇ。聞いたことがあるような…ないような……。すぐには思い出せないなぁ……。どうやら淑女(レディ)はただの人じゃなさそうだから教えてあげるよ。小生はね…表では葬儀屋なんだけど、裏の仕事として情報屋なんかもやっているのさ。報酬と引き替えに知りたいことを教えてあげるよ……どうするかい?」

 

 ただ者ではないと思っていましたが、裏の世界の住人だったとは。さらに、明らかに彼の情報について匂わせている。これは思わぬ収穫があったものだ。

 

「そうでしたか。では、是非とも先ほど申し上げた二人についての情報を頂きたいのですが、それはおいくらですか?」

 

いくら?

 

 私が情報の値段を尋ねると葬儀屋が今までの態度を一変させ、こちらににじり寄ってきた。

――何です? 何も間違った事は言ってないはずですが……。

 

「小生は女王のコインなんかこれっぽっちも欲しくないのさ。」

 

口の端から軽くよだれを垂らし、息を荒げ近づいてくる。よもや私の身体が目的か? それならそれで問題はないが……。

 

「さぁ淑女(レディ)…小生に()()をおくれ……」

 

――さて、行為に及ぶなら何処にしましょうかね。この室内だと汚れてしまいますし、どこかの宿の方が良いのですが……いや、あえて此所でと言うのも悪くないかもしれません。

 

極上の笑いを小生におくれ…!! そうしたらどんなことでも教えてあげるよ……!!

 

――は? 笑い?

 予想外の報酬を提示され、私は思わず固まってしまった。葬儀屋はその“極上の笑い”を思い出しているのか、息を荒げながら恍惚の表情をしている。ぼそぼそとした呟きを聞くと『あの執事君は理想郷を見せてくれたけど…グフッ…淑女(レディ)はどうかなぁ…』等と言っている。執事君とは間違いなくセバスチャンのことだろう。

――これは引くわけにはいかないですね……。

 

「仕方ありませんね……わかりました、良いでしょう。彼に出来て私に出来ないことはありますまい。」

 

 さて、それでは久々に()()をやりますか。あまりやりたくはないのですがね……。

――そこで見ていらっしゃる皆様も、今少し、ご退出ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ギャッハハハハ!! ブフォッ ア゙ハハハハハッ!! ヒ、ヒィーー…も……やめ……アッハッハッハッ!!

――お待たせいたしました。もういいですよ。

 

 報酬を渡すことに成功し、私は服を整えた。セバスチャンとネタが被っていたらどうしようと思ったが、違ったようだ。その甲斐あってか、葬儀屋は今も痙攣を繰り返し、時折息を詰まらせている。

――魔界では大受けしたネタでしたが、地上でも通用するものですね。

 

「ご満足いただけたようで、何よりです。では、話していただけますね?」

 

「っえふぉ……い、いやぁ…こんな短期間にまた理想郷を見られるなんて……小生は幸せ者だ……何でも教えてあげるよ…」

 

 そして葬儀屋は『シエル=ファントムハイヴ』と『セバスチャン』についての情報を語り出した。途中、ビーカーに入ったお茶と骨型のクッキーをもらった。

――しかし、あのお茶は微かに血の味がしましたね。遺体を整える前に検死す(いじる)るのが趣味だと仰ってましたが……まさか、ね。

 セバスチャンの主、シエル=ファントムハイヴ伯爵は、「悪の貴族」として英国の裏社会の管理人のような職務を帯びているそうだ。そして現在、彼らは切り裂きジャックの事件を調査しているという。私に関係ないと読み流した彼の事件が、よもやこの様なところで巡ってくるとは。

 さらに、実はほんの少し前に彼らはこの場所を訪れていたそうだ。(どおりで彼の気配がするわけだ。)そして、ここで被害者の娼婦の内蔵、子宮が総じて抜き取られているという情報を得て帰って行ったらしい。英国の上流階級は、普段は地方の屋敷(マナーハウス)いるが、社交期などはロンドンの町屋敷(タウンハウス)に出てきているものだ。そうなれば彼らも自分の町屋敷に滞在しているだろう。残念ながら、葬儀屋は彼らの町屋敷の場所は知らないらしい。

――しかし、ロンドンにいること、行動目的、そして情報が判明した今、見つけることはそう難しいことではありません。セバスチャンを見つけたら、気取られない距離でしばらく見ていればいい。社交期がもうすぐ終わってしまうのであまりのんびり出来ませんが、ゆるりと探しに行きましょう。

 

「では、葬儀屋さん。有用な情報をありがとうございました。また機会があればお邪魔させていただきます。」

 

「ぐふっ…またおいで、淑女(レディ)。そして……また小生に極上の笑いをおくれよ……ヒッヒッヒ……」

 

 葬儀屋に別れを告げ、私は外に出た。まだ明るい時間だ。おそらく彼らは現在調査中であろう。今までの情報から推測するに、切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)の条件として「医学・解剖学に精通する者」、「事件の発生日前後にアリバイのない者」、「黒魔術や秘密組織に関わりのある者」が挙げられるだろう。最後の条件は、内蔵が持ち去られている事からの推測である。

――しかし、事件の詳しい内容が知れない私は迂闊に動けないのも事実です。ならば、病院で待ち伏せしておくのが得策でしょう。ファントムハイヴ伯爵の顔は知りませんが、彼の顔なら知っています。さて、とりあえずはBarts、王立聖バーソロミュー病院に行ってみましょう。ロンドンで私の知っている病院と言えばあそこぐらいですしね。たしか、ロンドンの北西部、スミスフィールドのあたりだったはずです。……すこし、急ぎますか。

 

 

―続く―

 




如何でしょうか?
手の状態もだいぶ回復してきたので、投稿をなるべく早くしたいと思っています。……思ってはいるのです。

活動報告も上げました。よろしければそちらもご覧ください。
今の英国散策篇が終わっても黒執事とのクロスオーバーをしたいです。


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第8話

お待たせいたしました。続編をご覧ください。



 

 

 王立聖バーソロミュー病院に着いた。姿を隠して中へ入った(わたくし)は辺りを見回す。

――さて、彼はいますかね……。おや、あの後ろ姿は?

 私の予想は的中したようで、丁度聞き込みをする彼の姿を見つけることに成功した。彼の姿を確認し、私は小悪魔の言っていた執事をしているという情報に間違いがないことを知った。

――疑っていたわけではありませんが、本当に執事をしているだなんて! 長生きはするものですね。

 耳を澄ませると、どうやら彼は医師らのアリバイ調査をしているようだ。私が先ほど推測した条件とほぼ同じものを念頭に置いている。私もまだまだ捨てたものではない様だ。話を聞き終わったのか、彼が一般人には目にもとまらぬ速度で駆け出す。無論、遅れはとらない。つかず離れずの距離でついて行く。

――気になったのですが、彼はこんなに足が遅かったでしょうか? 見るに、ずいぶんと空腹な様子ですね。ただでさえ魔力も薄い地上で、空腹なら力は出ないでしょうね。昔は片っ端から食い散らかしていたのに、今はさしずめ美食家(グルメ)と言った所なのでしょうか。……しかし、彼は気づいているのでしょうか? 切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)は何も()()()()()()()()と言う事実に……。

 すると突然彼が立ち止まった。辺りを見回している。

――まずい、感づかれましたかね……? いや、ヘマは踏んでいません。気づいてはいない……ですよね?

 数刻の後、彼はまた走り始めた。どうやら私の杞憂だったようだ。全く驚かしてくれる。しかし、念を入れて少し距離をとる。さて、ファントムハイヴ伯爵の街屋敷(タウンハウス)は何処だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから少しの間走り続け、一件の屋敷に彼は入っていった。私はと言うと、外にて待機である。私の“欺く程度の能力”といえど、彼のいる屋敷の中に入っていけば流石に気づかれてしまうだろう。今の空腹な彼なら分からないが、念には念を入れたい。

――彼は怒ると厄介ですし、私としても彼を積極的に敵にしたくはありませんからね。それに、外にいてもこれぐらいの壁ならば問題ありません。

 彼は主と別行動したのか、屋敷内には彼以外誰もいなかった。そして驚くことに、午後の紅茶(アフタヌーンティー)の用意を()()()()()()()()、速度は比べものにならないが、しているのだ! てっきり魔力任せにさっと用意していると踏んでいた私としては意外以外の何物でもない。その手際は洗練されていて、遠目に覗いていても味は格別であろう事が容易に想像がつく。

――作っているのは洋梨とブラックベリーのコーンミールケーキですか。ふむ、美味しそうですねぇ。お嬢様も好きそうなお菓子ですし、今度作ってみますか。

 彼は至極あっさりと、しかし人間と同じ手順に沿った上で、午後の紅茶の用意を済ませた。丁度その時、彼とは別の執事が運転する馬車が到着した。お世辞にも上手いとは言えない手並みで馬車を留める。そして中から三人の人物が姿を現した。

 一人は美鈴と同じく、東洋の民族衣装を着た糸目の男性。そして次に、右目に眼帯を付けた小さな少年。最後に全身を真っ赤に染めた女性だ。何やら憤慨している。

――彼女なら、紅魔館に違和感なく溶け込めますね。いや、それよりも、あの執事です。何故あのような存在がこの人間界に、人前に、何よりも執事をしているのでしょう? 何か事情があるのでしょうか? ……これは面白くなってきました。私の推理が確かなら、切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)は恐らく……。

 馬車を降りた一同は屋敷の中へ向かった。セバスチャンが玄関の前で待機する。糸目の中華系の男性が話しながら扉を開けると、彼が出迎えた。それを見た一同は、小さな少年ファントムハイヴ伯爵を除いて、驚愕した。無理もない。私が葬儀屋を後にして、この家に着くまで一時間ほどしかたっていない。あの場所から馬車を追い抜くなど、おおよその人間には不可能なのだから。

――ファントムハイヴ伯爵が驚いていないところを見るに、彼は普段からこの様な感じなのでしょうね。それよりも、よくよく話を聞くと、どうやら彼はロンドン中の医師すべてのアリバイ調査を終えていたようです。糸目さんと深紅さんが驚いていますね。いや、もはや呆れているようです。

 

「……ははっ。一体どんな手を使ったのよセバスチャン? あんた本当にただの執事? O.H.M.S.S.とかなんじゃないの?」

 

 深紅さんが問いかける。そしてセバスチャンは少し微笑んで返した。

 

「……いいえ。私は――あくまで執事ですから。」

 

――今の台詞、恐らく『あくまで』と『悪魔で』を掛けているのでしょうね。彼の正体を知る者でなければ気づけないでしょうが。……良いですね、あの台詞。少し、拝借しましょうかね? 私なら、『(わたくし)は、あくまで家庭教師ですから』ですかね。うむ、良いですね、頂きましょう。彼に知れたら馬鹿にされるでしょうが……まぁ、バレなければ良いでしょう。一層彼に見つかるわけにいかなくなってしまいましたねぇ。

 

 一同は屋敷の中へ入り、午後の紅茶(アフタヌーンティー)と共にセバスチャンの報告を聞いている。どうやら容疑者が一人に絞り込まれた様子だ。一同は気づかないようだが、セバスチャンの様子がおかしい。何ともやる気なさげだ。

――恐らく、彼も私と同じ結論に達しているでしょうね。今までの調査が無駄だと知っている上で、この報告をしているなら……何と意地が悪い事だろう! 正に彼のらしい陰険さですね。

 話は進み、今夜行われる容疑者、ドルイット子爵アレイスト=チェンバー氏主催のパーティーに参加する事になったようだ。何とも無駄なことこの上ないが、観察する身分としては面白い。

――さて、時間まで適当に散策してきますか。お嬢様方はどうしていらっしゃるのでしょうか? 心配ですねぇ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クシュンッ」

 

「どうしたの、めーりん? 風邪?」

 

「いえ、大丈夫ですよ、お嬢様。少し鼻がムズムズしまして……。」

 

 私、紅美鈴は門番である。産まれた遙か東方の国を離れ、何の因果か吸血鬼である旦那様に仕える事になり、門番を任された。正直に言うと、私は誰かに縛られる事が嫌いだった。さらに、配属先が門番という屋外と言うことで爪弾きにされたかのような錯覚もあった。そのせいか、この館の住人に対しつっけんどんな態度で接してしまっていた。そのうち、私に話しかける者は少なくなっていった。唯一、レミリアお嬢様だけはめげずに話しかけてきてくださったが、頑固な私は冷たい態度をとり続けた。

 そうした日々が日常になりつつあった時、私の元へ真っ黒な格好の家庭教師を名乗る女性がやってきた。私を晩餐に連れて行くと言った彼女は、最終的に私を打ち負かし、くだらないプライドも打ち砕いてくれた。国を出て無敗で、初めての敗北で拗ねていた私を叱咤してくれたのだ。おかげで私は態度を改めることが出来たし、住人に受け入れられた。此所が私の家なのだと胸を張って言うことが出来る。感謝をいくら述べても、この思い尽きることはないだろう。

 大恩あるその女性、クロエさんは今休暇中である。何やら古い友人の様子を見に行くと言って出発していった。お嬢様に宿題を残して。そして私は、宿題が多いと嘆くお嬢様の愚痴を聞いていた真っ最中であった。

 

「だいたい、先生はスパルタなのよ! 確かにあたしは『きちんとおべんきょうする』って言ったわよ? でも、ここまで大変だとおもわなかったのよぉ……。あたしてっきりお父様が家庭教師を連れてくるって言ったとき、遊び相手の事だと思ったのよ? だって普通のおべんきょうならもうだいたい出来るもの。いまさら先生なんてって思ってたら、『立派な淑女(レディ)になるためのお勉強です。』って言って難しいこと言ってくるんだもの! なのに、せっかく頑張って終わらせたら先生がいないなんて! せっかく一緒にお出かけしようと思っていたのに!」

 

「ま、まぁまぁ。落ち着いてください。お嬢様が聡明なのは存じ上げております。クロエさんもそのことに気づき、お嬢様にあえて難問を出しているのではないですか?」

 

 私の言葉に『そうなのかなぁ? うぅー……』と悩むお嬢様である。可愛らしいことこの上ないが、それを言うのは不敬であろう。私が内心ほっこりしているとお嬢様が何か思いついた。

 

「そうだわっ! めーりん! めーりんが一緒に行けばいいのよっ! ほら、いくわよっ、めーりん!」

 

「えっ!? ちょ、お嬢様! 私門番の仕事があるのですがああぁぁぁ……。

 

 あっという間に私を抱え月夜に飛び立つお嬢様。幼いながら私を抱え、すさまじい速度で飛行する姿はまさに吸血鬼である。であるが、

 

私このままだと叱られてしまいますよぉ!!

 

 私の受難は続いていきそうだ……。

 

 

―続く―

 




如何でしょうか?
最近東方の原作ゲームを拝見しましたが、アレは初心者から見ると無理ゲーにしか見えないのですが……きちんとクリアできるんですね……。
同人ゲームの方はちょいちょいと手を出してはいます。
ご感想などあれば、ぜひお寄せください!


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第9話

お待たせいたしました。
どうぞ、ご覧ください。


 

 

 ドルイット子爵主催のパーティーが開かれる19時まで暇となった(わたくし)は、ロンドンの中心部、コヴェント・ガーデンにあるロイヤル・オペラ・ハウスに来ていた。今朝読んだ新聞にあった、シェイクスピア氏作の劇を見るためである。人が多かったがなんとかチケットを買うことができ、有意義な時間を過ごすことが出来た。今回の演目は『King Lear』と言うもので、彼の作品の四大悲劇と呼ばれるものの一つだという。他に、『The Tragedy of Hamlet, Prince of Denmark』・『Macbeth』・『Othello』と言うものが四大悲劇だという。

――私が以前観覧した『Romeo and Juliet』は四大悲劇ではないのですね……。しかし、今回の劇も素晴らしいものでした。本当に人間の作る娯楽というものは愉快ですね。寿命が短いからこそ様々な娯楽を求めるのでしょうか。下手に寿命が長いと何分面倒に思えてしまいますからねぇ……。さて、だいぶ時間をつぶしましたが、現在時刻は――

 

懐中時計を取り出し時刻を確認する。17時47分。そろそろファントムハイヴ伯爵の街屋敷に戻らねばならない。

――そういえば、舞踏会へはどういった格好で行きましょうか。ドレスは趣味ではないですし、男装で良いですかね。人が多いと言っても油断せず、つかず離れずを保たねば……。ドレスと言えば、お嬢様の普段着、翼の部分はどうなっているのでしょう? 何か、触れてはいけないような気がしますが……気にはなりますねぇ。

 

詮無きことを考えている内に、ファントムハイヴ伯爵の街屋敷に到着した。子爵邸までは馬車で行くであろうから、それを追っていけば良い。屋敷の向かいで新聞を読みながら張り込む。

 しばらくすると屋敷に馬車が到着した。そして中から衣装に身を包んだ人々が現れた。ようやくか……と顔を上げた私は、思わず吹き出しかけた。

――は? ファントムハイヴ伯爵は少年だと聞いていましたが、なぜモスリンがたっぷりのフリッフリのドレスを着ているのですか? まさか、そっちの趣味があったのでしょうか? いや、元が良いので少年には全く見えないのですが、いやはや、可愛らしいです。私の欲望が刺激されます。帰ったら、お嬢様を着飾って愛でたいですね

 

これまでの思考に2秒を費やし、すぐさま我に返る。置いて行かれてはたまらない。図らずも愉快な事態になっているようである。これを見ずして何が悪魔か。私は馬車を見失わないように後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日も暮れて、辺りが闇に覆われたロンドンの街。そのウエストエンドで煌々と明かりを点し、多くの人々が集まる館があった。ドルイット子爵邸である。

 そこへ、ファントムハイヴ伯爵一行を乗せた馬車が到着した。私も人混みに紛れながら、遠目で様子を伺う。無論、能力は発動してある。このまま人混みに紛れ、パーティーに潜入しようとしていたその時、私は大きなミスを犯していたことに気がついた。

――しまった。私はこのパーティーの招待状を持っていないんでした。このまま伯爵たちと一緒に入ろうと思っていたのですが……諦めるしかないようですね……。

 

私は嘆息しつつ、人混みから離れていった。伯爵ら一行はどうやって手に入れたのやら、人数分の招待状を見せている。その時、セバスチャンがまたもや立ち止まり辺りを見回した。しかし、主人と会話をするとすぐにまた、歩みを始めた。

――今回ばかりは、完全に私の不手際だったようですねぇ……。

 

 

 

 

 

 

「……おい、セバスチャン。どうした、急に立ち止まったりなんかして。……何か問題か?」

 

「……いえ、坊ちゃ……お嬢様。何もありません。ただ、少し、懐かしい気配を感じましたものでして。」

 

「懐かしい気配って、まさか……」

 

「ええ、そのまさかで御座います。ただ、彼女が此所にいるはずがありません。私の行き先も教えておりませんし。」

 

「その知り合いとやらが、今回の件に絡んでいるなんて事はないだろうな?」

 

「それこそあり得ません。私と違い、彼女は人間の魂に興味がないようでしたから。」

 

「まさか、ドルイット子爵が娼婦たちを生け贄に召喚したのか?」

 

「ふむ。彼女の気質からするに、あり得ないとは思いますが……。まぁ、頭の片隅程度にはとどめておいた方がいいかもしれません。」

 

「そうか。……それよりも、早く行くぞ。僕はこの服を早く脱ぎたくて仕方ないんだからな。」

 

「何を仰います。とてもお似合いですよ?」

 

笑いをこらえながら言われて、はいそうですかなんて言えるか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人混みからはなれ、裏口から侵入した私は、現在広間にいた。かなり多くの招待客がいるようである。人の波をくぐり抜け、伯爵ら一行の元へ向かう。因みに、私は今この屋敷の給仕服を着た上で、能力を全開にしている。端から見れば金髪の七三分けの給仕に見えるだろう。

 遠くから観察していると、一緒に来ていた深紅さんとその執事、そして糸目さんは同じ場所に留まっている。なにやら多くの男性からのもてなしをうけて、実に良い身分である。では、セバスチャンらは? 見回すと、どうやら急いで場所を移そうとしているらしい。一体誰から? 不審に思っていると、少女らしき甲高い声が響き渡った。

 

あっ♡ あそこにいる子のドレスすっごくかわいーーっ♡

 

 どうやら彼女から逃げているようだ。大きなケーキの影に隠れて身を潜めている。聞き耳を立ててみると、どうやら彼女は伯爵の婚約者(フィアンセ)であるらしい。これはもしかしなくてもピンチだろう。

――少年とはいえ、伯爵という立場の人間がパーティーに少女の姿で参加していたなんて発覚しようものなら、憤死間違いなしでしょう。本当に、面白いことに巻き込まれますねぇ!

 

 なにやら小声で相談し合っていた二人であったが、不意に表情を一変させた。視線の先にいるのは、このパーティーの主催者、ドルイット子爵である。先ほどの少女も、移動したようで場所を移している。どうやらこの隙に接触しようとしているようだ。私が遠くから見守っていると、伯爵がぎこちない笑みを浮かべながら子爵の元へ近づいていった。そして、声を掛けようとしたその時、

 

あーーーっ いたーーっ♡

 

 先ほどの婚約者(フィアンセ)の少女がめざとく伯爵を見つけ声を上げた。悪態を残し伯爵はその場を立ち去る。

 

「そこのあなた待ってー!」

 

執拗に追いかける彼女の追跡を振り切ろうと逃げる伯爵の元に、セバスチャンが駆けつけた。そして、驚くことに私の側へ近づき声を掛けてきたのだ

 

貴方(あなた)

 

 内心冷や汗を流す私。

――とうとうバレましたかね……?

 

「あちらのレディにレモネードを」

 

「はい!」

 

 ……どうやらバレていなかったらしい。全く冷や汗をかかせてくれる。言われたとおり婚約者(フィアンセ)の少女にレモネードを勧める。あっさりと興味を移し、レモネードを手にした。

――さて、すこし距離をとりますか。しかし、先ほどの彼女は、年頃の少女にしては随分踵の低い靴を履いていましたね。先ほど会話を聞く限り、おしゃれなどに興味がないわけでもないようですし……。まぁ、私には関係ないでしょう。

 

 私がホールの隅に移動すると音楽が鳴り出した。どうやらダンスの時間の様である。さて、伯爵たちはどうするのだろう。今、セバスチャンは身分を家庭教師と偽っている。無論、伯爵もその身分を隠している。公の場でダンスするのに問題はない。無いが……。

――男女でダンスはまるっきり違います。まさか、伯爵が踊れるわけもないでしょうし……。さぁて、どうやって切り抜けるのでしょうか?

 

 

―続く―

 




如何でしょうか?
今回で連載10話を迎えることが出来ました。ひとえに皆様のご支援あっての事だと思います。これからもお願いします。
以前話題に出した挿絵なんですが、構想も十分で、紙の上でアナログなら良いのが出来たのに、デジタルになった途端に出来なくなってしまいます。なにかコツがあるのでしょうか?


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第10話

お待たせいたしました。どうぞ、ご覧ください。


 (わたくし)の心配をよそに、伯爵はたどたどしいながらも、ステップを刻みながら子爵の下へ近づいていった。おそらく私が劇場にいる間に練習したのだろう。セバスチャンの方は、過去に宮殿の方へ出向いた経験があると話していたとおり、問題の無い動きで伯爵をサポートしている。私はといえば、この実に愉快な出来事を見逃すべくもなく、服装を替え、能力を解き、一般の参加者のように紛れている。……能力の解除具合を間違え、ご令嬢方からダンスに誘われたのは秘密である。

 しかし、ここで私はあることに気がついた。深紅さんの(彼女はマダム・レッドと呼ばれているらしい)執事の姿が見当たらないのである。従者が姿を消すことぐらい、何ら怪しい事は無い。

――そう、それが只の人間であるならば、だが……。

 

 おそらくセバスチャンも気づいてはいるのだろうが、一切そのような身振りは見せない。何かしらの契約を主と結んでいるのだろうか。私が思案している内に、伯爵が見事子爵の側へ近づくことに成功した。すると、驚くべき事に、子爵自ら伯爵の下へ近寄っていき声を掛けてきたではないか。すると、セバスチャンは飲み物をとってくると言葉を残し、その場を離れた。そして、何処へ向かうのかと悠長に眺めていると、こちらへ向かってくるではないか! 視線を一切こちらから背けはしない。

――あぁ、これは確実にバレていますね……

 

私が苦笑していると、とうとう彼がこちらの下へたどり着いた。

 

「この様な場所で会うことになるとは、実に奇遇ですね。クロエ?」

 

 彼の方が身長が高いせいか、笑顔に影がかかり圧迫感が凄まじい。

 

「……クロエ? 誰の事でしょう? 私はそのような名前ではないですが……。」

 

「しらばっくれても無駄ですよ。いくら貴女相手とはいえ、私がこの距離で見間違える事はありません。それで、どうしてこの様な場所に貴女がいるのです?」

 

 寒気がするような笑顔を向けて問うてくる。気のせいか、背後に黒いオーラのようなもの見える。ごまかせは出来ないようだ。

 

「……ハァ。バレてしまいましたか。お久しぶりですね、セバスチャン?」

 

「貴女にはいくつか聞きたいことがありますが、それは後で纏めて聞くとして、少しお願いしたいことがあります。」

 

「私に、ですか? それは一体?」

 

「そこにいらっしゃる私の主である坊ちゃ……いえお嬢様が見えるでしょう? 私の予想だとすぐ側にいるお嬢さんが迫ってくるはずなんです。彼女が誰かは、どうせ知っているのでしょう?」

 

「ええ。知っていますよ。私が妨害すれば良いのですか?」

 

「いえ、それよりも此所に書いてあるものを用意して頂きたいんです。」

 

 そう言って彼は紙切れを渡してきた。内容を伺って見ると、およそ話と噛み合わないラインナップがそろっているが、しかし彼のことだ。面白いことをしてくれるのであろう。

 

「クッフフフ、わかりました。すぐに用意しますよ。」

 

「お願いします。積もる話はまた後ほど。」

 

 私は話が終わるとすぐに行動に移る。リストの物品を用意し、彼に渡すと遠くから様子を観察する。丁度ダンスが終わり、婚約者(フィアンセ)のお嬢さんを遮っていた人垣が消えた。伯爵は子爵と話をしながらも、横目でそちらを見ている。

――おや、お嬢さんが駆け出しました。一直線に伯爵の下へ向かっていきますね。伯爵から見れば、さしずめ(社会的)死を運ぶ機関車と言った所でしょうか。

 

 私が半笑いでその様子を眺めていると、突如、大きな箱と共にセバスチャンが降ってきた。私の用意したものを携えて。そして彼は大きな声で、マジックの開催を宣言した。婚約者(フィアンセ)の少女は興味をそらされ、輝いた目でセバスチャンを見ている。人々の目も集中したその時を逃さず、伯爵は子爵と話を進め、奥の扉の先へと消えていった。

 セバスチャンによる手品も盛り上がりを見せていた。今は丁度、自分の入った箱を鎖で縛り、剣で刺して欲しいと糸目さん((ラウ)さんというらしい)に頼み、箱に入ったところだ。劉さんは少し困り顔をしながら「じゃエンリョなく」と言った後、いきなり真上から剣を突き刺した。

 

破ァアアアァ!! ()――――ッ!! ホァタァアアアァ!!

 

 その後も素人にはまるで見えないレベルで箱を串刺しにしていく。周りの目が集中しているのをいいことに私は爆笑してしまっていた。

――エンリョなくって遠慮なさすぎでしょう!? あれはわざとなんでしょうか? いくら我々悪魔といえど、いきなり脳天を刺されては痛いはずなんですが、セバスチャンは無事なんでしょうか?

 

 私が期待しながら見ていると、鎖が音を立てて解かれ、中から傷一つ無い姿のセバスチャンが現れた。周囲から割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こる。それに笑顔で応えるセバスチャンと、なぜか劉さん。しかし、私は見逃さなかった。

――曇りのない笑顔に見えますが、あれは痛いのを我慢していますね。やはり、いきなりの脳天への一撃は堪えたのでしょう。私もあんなの御免ですね。

 

 道具を片付けがてらマダム・レッドと会話をするセバスチャン。そして、ホールの片隅で笑いをこらえていた私の下へやって来た。

 

「フッフフフ、あれは痛そうでしたねぇ? セバスチャン。」

 

「悪魔といえど、あれは痛いですよ。何はともあれ、ご協力ありがとう御座いました。……それで、私のことをどうやって嗅ぎつけたんですか? クロエ?」

 

「魔界にいる小悪魔に探らせたんですよ。そして街を歩いていたら葬儀屋にたどり着きましてね。報酬と引き替えにあなた方の情報を頂いて、王立聖バーソロミュー病院で張っていたら貴方を見つけたんですよ。あとは尾行して、潜入です。」

 

「……貴女の能力は本当に厄介ですね。あのとき感じた違和感は貴女のでしたか。全く……」

 

「それよりも――」

 

 奥へと続く扉を一瞥しながら、私は言葉を続けた。

 

「貴方のご主人様は放置で良いのですか? 何やら怪しいオオカミさんに連れて行かれましたが?」

 

「ええ。今は薬か何かで眠らされていますね。しかし、大丈夫ですよ。」

 

 そう言って彼は手袋を外して、手の甲を見せてきた。そこにあったのは悪魔の契約印だ。我々のような悪魔同士や、対人外ならばいらないが、人間相手の時は重宝するものだ。

 

「これがある限り、坊ちゃんを見失うこともありません。なにせ、坊ちゃんの契約印は右目に刻印してありますからね。」

 

「それはまた目立つところに入れましたね。あぁ、だから眼帯をしていたのですか。」

 

「そういうことです。ところで――」

 

セバスチャンは笑顔を顔面に貼り付けながら言葉を吐き出してきた。

 

「これから貴女はどうするんですか? よろしければ屋敷へいらっしゃいますか?」

 

――100%の社交辞令ですね。内心を言葉にするなら、『(知ったことではありませんが)これから貴女はどうするんですか? よろしければ(すぐに帰れ)屋敷へいらっしゃいますか(まさか頷かないだろうな)?』と言った所でしょうね。

 

「……いえ、折角ですが私も召喚されている身でしてね。バレてしまったからにはすぐに帰らせてもらいますよ。」

 

「そうだ、貴女を召喚する物好きは何処のどちら様なんですか?」

 

「ルーマニアの方にいる吸血鬼様ですよ。そこで私は家庭教師をしています。」

 

「貴女が家庭教師、ですか……。しかも、契約主は吸血鬼……。まぁ、頑張ってくださいね。」

 

「ええ。では、早速私は帰りますよ。よろしければ今回の顛末を手紙なんかで教えて頂けると嬉しいのですけどね。報酬は人の魂で如何です? 空腹なんでしょう?」

 

 私はニヤッと笑いながら顔を近づける。セバスチャンはいやそうな顔をしてかぶりを振った。

 

「結構です。“手紙ぐらいは送って差し上げます”から、すぐにお帰りください。」

 

「“分かりました”よ。相変わらずつれないですねぇ……。あぁ、そうだ。最後に一つだけ。切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)は子爵ではないことぐらい気づいているんでしょう? そして、マダム・レッドの執事の正体と、彼が今此所にいない理由も。」

 

 私が笑いながら問いかけると、彼も笑いながら答えた。

 

「勿論です。今頃娼婦に真っ赤な化粧をしてあげている頃合いでしょうね。」

 

「気づいていながらそれを主に伝えないのは何故なんです? 執事なら主のために行動するものなんじゃないですか?」

 

「いえ、坊ちゃんが私に命じたのですよ。『お前はぼくの“力”であり“手足”であり“駒”……全てを決め選び取るのは自分だ。その為の“力”となれ』とね。駒はプレイヤーの命令を只聞くだけ。『御意 ご主人様(イエス マイロード)。』……ただそう言うだけです。(坊ちゃん)の下に駒の亡骸が積み上がろうとも、王が倒れなければ、王手(チェックのコール)がなるまではゲームは続きます。私はそんな駒の一つなんですから。」

 

「ふぅむ、そんなものですか……。貴方の矜恃は分かりました。それでは、今度こそ帰りますよ。さようなら、セバスちゃん?」

 

 私はそう言うと彼の顔を両手で包み、彼の口にキスをした後、全速力且つ、能力全開で逃げ出した。あっけにとられた顔をした彼だが、これ以上は見ていられない。追いかけては来ないだろうが、捕まったら最後だ。

――さて、最後に彼の愉快な顔も拝めましたし、これで帰りましょう。契約しましたし、手紙はキチンと送ってきてくれるはずです。……でも、しばらくは警戒しておきましょうか。

 

 ロンドンの闇の中、私は少しだけ後ろを気にしながら、お嬢様の下へ足早に駆けていった。

 

 

―第2章・完―

 




如何でしたでしょうか?
今回の話で英国散策篇は終了となります。次回からは少しの日常篇を挟み、話を動かしていきたいと思います。
では、しばしお待ちください。


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第3章 日常篇
第11話


お待たせいたしました。
それでは、どうぞ、ご覧ください。


 

 数日間にわたる英国散策が終わり、久方ぶりに我が主の下へ帰ってきた。今日も今日とて相変わらず紅い紅魔館が、夜明け前の薄暗い湖の向こうに見える。

 

 (わたくし)は霧の漂う湖畔を一人歩いていた。ロンドンのような大都市ではもう見なくなったが、ルーマニアの片田舎の湖には未だに妖精がいる。絵本に出てくるような大きさから、小さな子どもぐらいの大きさのまで多種多様だ。しかし、彼ら彼女らも、もう少し時代が進めばその存在は幻想へと消えてゆくのだろう。科学の発展と共に、人間は闇を恐れなくなり、不思議は不思議でなくなっていった。ロンドンの黒魔術などの流行はその反作用のようなものであろう。私の考えをよそに、妖精は実に間抜けな、幸せそうな顔で寝こけている。

 

 私のような悪魔は、たとえ人間が滅びようが関係はない。我々は魔界に住む存在で、言わば異世界人のようなものだからだ。だが、人の信仰から生まれし神々は別であるし、お嬢様方を始めとした()()()()も例に漏れない。彼らは一様に人無くしては存在し得ないのだ。未だに裏社会に色濃く影響力を残すスカーレット家は、その実吸血鬼一家な訳で、彼らもまたいつかは夢幻の彼方へ消え去る運命(さだめ)なのだろうか?

――私のような悪魔と、旦那様方は別の存在です。彼らは魔界へ来ることは出来ません。私がいつまで紅魔館にいるかは分かりませんが、いつの日か最期を看取る日が来るのでしょうか……? この世界のどこかに、幻想の存在を受け入れてくれるような、素敵で残酷な世界はないものでしょうかね?

 

 静かな霧の湖畔の影響か、久しく感じていなかった感傷(センチメンタリズム)に浸っていると、紅魔館の門が見えてきた。と同時に、まばゆい朝日が湖を、紅魔館を照らす。この時間なら門番の美鈴が立っているはずだ。土産を渡し、少し話もしていこう。私は朝日に光る赤髪を探しに歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 考え通り、美鈴は門の前で立っていた。腕を組み、顔をうつむかせている。自身の操る気を周りに巡らせ警戒も怠っていない。私が内心感心しながら近づいていくと、奇妙な雰囲気を感じ取った。

――美鈴の呼吸がすごく静かですね? それに、この距離まで近づいても何も行動を示さないなんて何か事情があるのでしょうか?

 

 私は訝しげに美鈴の側に近づいていった。そして、謎が解けた。謎と言うほどでもない、美鈴はただ立っているだけだったのだ。ただ、気持ちよさそうに眠りながらであるが。

――これは、これは……。ここまで堂々とサボりをする人(?)は初めてですよ。どれ、少しは悪魔らしい事でもしてみますか。

 

 私は自身の存在を欺き、美鈴の側へ行き、頭に手を置いた。艶やかな髪がサラサラと流れ気持ちがいい。こんな場面でなければ素直に楽しめた物を……。残念だ。私は置いた掌から美鈴の夢の中へ進入する。一体彼女はどんな夢を見ているのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美鈴の夢の中、そこは意外にも紅魔館であった。静かな夜である。夢の中では私は認識されない。あくまで私は侵入者なのだから。それ故に堂々と歩いて回る。

 

 美鈴は庭にいた。庭にはないはずの花壇と、夜なのに咲き誇る花々。これは彼女の願望か、いままで殺伐とした生活を続けていたという話を聞いたことがある。そのうち勧めてみるのも良いかもしれない。

 

 そして、庭に置かれたベンチセットには旦那様と奥様が、美鈴の側にはお嬢様がいる。お嬢様は美鈴と共に庭いじりをして実に可愛らしい笑顔である。

――自らの欲望が如実に表れる夢の中で、この様に穏やかな風景であるとは何と欲のないことでしょう。いや、妖怪だからでしょうか? 何気に妖怪の夢に入るのは初めてでしたが、イケる物ですね。かつて、魔界で旧支配者(グレート・オールド・ワン)と呼ばれる方の夢に入りましたが、あれは悪魔である私でさえもあと少し脱出するのが遅ければ、精神が駄目になるところでしたから。悪魔にとっての精神の死は致命傷です。それ以来夢に入るのは自粛していましたが……こんな平和な物ばかりならまたやっても良いですね。

 

 しかし、ここまで微笑ましい夢だと壊してしまうのは少し惜しい気がする。私がそんなことを考えていると、美鈴が徐に立ち上がりこちらに向かって手を振り、声を上げた。

 

「クロエさーん!」

 

――!!?!?? 

  そんな馬鹿な、私のことを認識できるはずがありません。これは一体……?

 

「騒々しいですよ、美鈴。」

 

 聞き慣れた、しかし少し違和感を覚える声がする。振り向くとそこにいたのは、

 

 

 

――私だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、考えてみれば何も不思議なことはない。私も世界に存在する一個体であり、当然他者からも認識されている。ならば、認知上の人物として他人の夢に登場するのも道理である。

――久々の夢入りで少し混乱していたのかも知れませんね。これはもうそろそろお暇するべきでしょうか。しかし、最初にも思いましたが、何と微笑ましい光景なんでしょうか。そこに私がいるのが少し違和感ですが、考えてみると、美鈴にとってこの光景こそが心の底から望む物なのですかね? だとすれば何と正直な夢なのでしょう。もしかしたら妖怪の夢は人間のそれよりも、遙かに自分の心を映す物なのかもしれません。今後も使えそうな発見ですね。

 

 私は久々の夢入りを終わろうとしていた。すると、今まで美鈴と談笑していた夢の中の私が急に振り返ったのだ。

 

「美鈴の夢の中は如何でしたか、私?」

 

――全く、我ながら何とも驚かしてくれますね。なぜ、夢の中の一登場人物が勝手に行動するという、言わば神に背くかのような行動が出来るのかは知りませんが、まぁ私ですからね。仕方ないでしょう。

 

 夢自体も終わろうとしているのか、周囲がまるで暗転するようにゆっくりと黒くなりだした。夢の中の私が私に近づいてくる。私は笑みを浮かべると口を開いた。

 

「ええ、英国で愉快な思いをさせてもらったと思ったら、今度は他人の夢の中で自分と話すという貴重な体験をさせてもらうなんて。やはり地上は良い物ですね。」

 

「ほう、英国で愉快な思いとは。実に恨めしい。是非ともこの夢の主にも話してやってくださいね。それを通じ私にも共有されますから。」

 

「我ながら何とも不思議な事態なんでしょうかね。もはや、どっちがどちらかも分からなくなってくる。かの旧支配者(グレート・オールド・ワン)の夢の中でも体験し得なかったと言いますのに。これではあちらの方々も混乱を来してしまいますよ?」

 

「こればかりは仕方ないでしょう。今更一人称を変えますか? あまり利口とは言えませんが。」

 

「ええ、精神を支柱とする我々のような存在が一人称を変える、それは即ち自身の存在を揺るがしかねない事態です。」

 

「そのとおり。まぁ、私自身もわかりにくくなっていますが、ね。」

 

「……貴女はもはや私とは違う存在となっています。これ以上話していると、貴女まで変わってしまうでしょう。知っていますか? 自身のドッペルゲンガーに出会ってしまうと死んでしまうそうですよ?」

 

「おお、怖い怖い。では、死なないうちに退場させてもらうとしますよ。また会いましょう? 嫌悪するほどに最も私に近くて、そして恋い焦がれるほど最も遠い私。」

 

「二度と会うことはないでしょう。唾棄するほど最も私から遠く、抱きしめたくなるぐらい最も近くにいる私。」

 

「さようなら。」

 

「ええ、さようなら。」

 

 私は歩き出した。夢の終わりに向かって。今歩いている私は、現実の私なのか。それとも……?

 

 

―続く―

 




如何でしたでしょうか?
ここから日常篇が始まります。しばしおつきあいください。
時代設定、その他諸々が実際とずれていますが、そこは虚構(フィクション)と言うことでスルーしてくれると嬉しいです。なるべく早い投稿を心がけるようにします。最近、少しだけブラインドタッチみたいな物が出来るようになってきましたので……。

また、よろしければ、ご感想や評価などもお願いします。

お気に入り登録数もいつの間にか20件を越し、UA数も増えていました。多くの方々のご支援に、万感の思いです。

ありがとう御座います。これからも、どうぞ、よろしく御願いします。


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第12話

お待たせいたしました。
それではどうぞ、ご覧ください。


 

 

 夢入りを終えた(わたくし)は美鈴の頭から手を離した。長い生涯にも滅多にない、実に奇妙な体験をした物である。夢の中で見たとおり、丁度夢が終わり際だったらしい美鈴も同時に目を覚瞬間、凄まじい勢いで顔を青ざめさせた。

 

「……!!? ク、クロエさんっ!? え、ええと……その……ち、違うんです! 決してサボってた訳じゃなくてですねっ!?」

 

「別にそこまで焦らなくとも、怒りはしませんよ。」

 

「あ、そうですか? では、改めまして。お帰りなさいませ、クロエさん!」

 

「はい、只今帰りましたよ、美鈴。……ところで、私のいなかった間に随分と雰囲気が変わりましたね? 何かあったのですか?」

 

「えっ? そんなに違いますか? 実はずっとお嬢様のお相手をしてまして、お嬢様のあの雰囲気が移ったのかもしれないですね。それに、お嬢様も『めーりんは笑ってた方がかわいいのよっ!』って仰ってくれましてね。私も少し変わろうかなって思いまして。」

 

「良いのではないですか? 夜通しお嬢様のお相手をしてくれていたんですね。ご苦労様です。」

 

「いえいえ。それよりも、英国はどうでした? やっぱり大都会でした? 私はあまり大都市には行ったことがないので興味があるんですよ。」

 

「なかなかに有意義な物でした。折角なので少し話をしましょうか。あちらのベンチに行きましょう。お茶ぐらいは振る舞いますよ。」

 

「わーい! クロエさんのお茶は美味しいんですよ! 土産話もたのしみです!」

 

 私は美鈴を連れて、庭にあるベンチセットへと向かった。夢の中の私にお願いされた事を果たさなければならない。

――安眠作用のあるお茶を用意しましょう。少しは休んでもらわねば。他の使用人の皆様にも土産を渡したいですしね。旦那様方には日が暮れてからで良いでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美鈴が話の途中でウトウトし始めたので、彼女を自室に運び、他の使用人へ土産を渡し少し談笑するなどしていると、すぐに日が暮れてしまった。執事の方にお願いをし、旦那様方への目覚めのお茶を持って行く役目を譲ってもらった。途中、昼寝してしまった事を謝りに美鈴が来たが、特に怒るようなことはせず、お嬢様へのお茶を頼んだ。しばらくの間お嬢様のお相手を任せておこう。

 

「失礼します。クロエで御座います。目覚めのお茶をお持ちしました。」

 

「あら、クロエさん? 珍しいですわね。どうぞ、入って入って?」

 

「失礼いたします。」

 

 ドアをノックし声を掛けると、奥様の声が聞こえてきた。扉を開け一礼をする。奥様も旦那様もすでに起きて着替えも終えられていた。今は窓の側にある椅子に腰掛け、談笑していたようだ。

 

「あれ? 家庭教師か。いつ帰ってきたんだ?」

 

「つい先ほどですよ。恐れながら、お土産をお渡ししようかと思い、執事殿に役目を変わって頂きまして。まずは、お茶をどうぞ。今宵はアールグレイをご用意しました。」

 

 二人分の紅茶をいれ、机に用意する。旦那様方は優雅にそれを飲んでいらっしゃる。一息ついたところで、私は話を切り出した。

 

「旦那様、奥様。この度は休暇を頂き誠にありがとう御座いました。これは些細な物ではありますが、贈り物です。どうぞ、お納めください。」

 

 私はイギリスで手に入れたワインを旦那様に、大人気と評判の新作の香水を奥様に手渡した。

 

「おお、すまないな。ふむ、美味そうなワインだ。ワインセラーに後で入れておこう。……ところで、今、これを何処から出したんだ……?」

 

「フフフ……スカーレット家の家庭教師たる者この程度の事が出来なくてどうします?  まぁ、悪魔の不思議な力の一つですよ。」

 

「う、うむ? そ、そうか……。いや、納得して良い物なのか? いやでもなぁ……。」

 

 私と旦那様の会話を聞いて、奥様はとてもおかしそうに笑っていらっしゃる。どうやらかなりの笑い上戸であられるようだ。そんな奥様の笑顔を見ていると、旦那様も同じように笑い出した。見事に平和な光景である。幻想が幻想に消える(バケモノが忘れ去られる)まで、この幸せな光景は続いていくのだろう。私は呑気にもそう考えていた。

 

 

 

――そう望んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旦那様方にこの度の旅行話の顛末を一部かいつまんで話をした後、私は部屋を後にした。旦那様はスカーレット家が取引をしている人間相手に、正体を隠して会食をしに行くらしい。私と奥様に「行ってくるよ。」と残し、執事を連れて出掛けていった。

 

 私は今、美鈴を先に向かわせたお嬢様の部屋に向かっている。ここ最近で、お嬢様は美鈴との距離を格段に縮めている。

――お嬢様の、あの人々を引きつける不思議な雰囲気は、やはりカリスマのなせる技なのでしょうか? まだまだ幼いのに、将来が楽しみな方です。ゆくゆくはご自身でご自分の部下を選んで頂きたい物ですね。

 

 考え事をしながら歩いているといつの間にかお嬢様の部屋の前に到着していた。中から楽しげな声が聞こえてくる。淑女(レディ)としてはまだまだであるお嬢様だが、その知識、戦闘能力はすでに吸血鬼として一流の域にたどり着きつつある。お嬢様のご年齢からすれば異常なことだ。ゆくゆくは欧州一帯の幻想(バケモノ)を支配するのも、満更夢ではない。

――それならばこそ、それに相応しい威厳(カリスマ)を備えて頂かねば。力でねじ伏せてばかりではいただけません。戦わずしてそのカリスマでねじ伏せてこそ王者なのですから。

 

 私は決意を改めお嬢様の部屋の扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中では美鈴とお嬢様が共に紅茶を飲みながらお菓子をつまみ、話に花を咲かせていた。本来の人間社会なら従者と主が同じ卓に着き、こうして談笑するなど非常にナンセンスな事ではあろう。だが、お嬢様ご本人が許可していると言うこともある上に、館の主人の旦那様の方針もある。私としてもそこまで厳しくするつもりはない。絶対的な境界線さえ理解していれば自由にしてくれれば良い。

 

 余談ではあるが、美鈴とお嬢様は紅茶が好きなようだ。紅茶は元々アジアが原産である。美鈴は産まれ故になじみがあったのだろう。お嬢様については知らない。おそらく格好いいから、等であろう。そんな二人の好みは把握しているので、今回のお土産はイギリスで王室御用達(ロイヤルワラント)の称号を得ているTWININGS社の紅茶と、それに合わせたスコーンである。私がそれを渡すと、二人は顔を輝かせて喜んだ。

 

「わぁー! クロエさん、私にまでお土産をくれるなんて……とっても嬉しいです! 大事に飲みますね!」

 

「先生ありがとっ! 淑女(レディ)はやっぱり紅茶よねっ! 折角だから、先生に入れてもらいたいわ。……あっ、蜂蜜はいれてね?」

 

御意 ご主人様(イエス マイロード)。あぁ、あと、お嬢様にはこちらもお贈りいたします。」

 

 私はそう言うと、お嬢様と同じぐらいの大きさの、ウサギのぬいぐるみを取り出した。これは土産の物色中にファントム社の直営店で購入した物だ。よもやシエル・ファントムハイヴが経営者だとは思ってはいなかったが、これは間接的に彼らに貢献したことになるだろうか? 私が取り出したぬいぐるみを見ると、お嬢様はすぐに飛びつこうとした。だが、我々従者の手前というのもある。普段から淑女(レディ)であれと口を酸っぱくしている私もいる。ピクンと身体を反応させただけでなんとか留まった。

 

「あ、あら。かわいらしいウサギさんね? 先生のお気持ちはとっても嬉しいわ。ありがとう。……せっかくだし、今ここで受け取ろうかしら?」

 

「喜んで頂けて何よりです。では、よろしければお納めください。……美鈴。そろそろ私たちも失礼させて頂きましょう。」

 

「えっ? ……あぁ、そうですね。では、お嬢様。お茶ごちそうさまでした。よろしければまた呼んでくださいね?」

 

「ええ。じゃあ、また後でね。美鈴、先生。」

 

 必死な様子でこらえていたお嬢様であったが、先ほどから目線はぬいぐるみに釘付けだ。からだをそわそわとさせている。私と美鈴は部屋から出ると、しばらく扉の前で待機していた。すると、部屋の中から大きな声で、

 

きゃーーーーっ!! かわいい、すっごくかわいい~~~!! うー、どんな名前にしようかな? きれいな黒だし、ノワールにしましょう!!

 

と、聞こえてきた。私は美鈴と顔を合わせると、クスリと笑い合って部屋を後にした。常に淑女(レディ)である必要は無い。たまには年相応の振る舞いをしても構わないだろう。私は自室に置いてあるというお嬢様の宿題を採点すべく部屋へと戻るのであった。

 

 

―続く―

 




如何でしたでしょうか?

なるべく早く次を投稿したいと思っています。あと、そろそろ原作キャラも出したいです。


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第13話

お待たせいたしました。
どうぞ、ご覧ください。


 

 

 今から語りますのは、なんと言うこともないとある日常の1ページで御座います。その瞬間はなんともなくとも、思い起こせば大事な物であるのでしょう。

 それでは、どうぞ。ご覧くださいませ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方。紅魔館は吸血鬼である旦那様方を中心としているので、昼夜が一般とは逆転している。シェフを始めとした食料関係者は夕餉の準備。執事、または私のようなお嬢様着きの従者はそれぞれの主の朝の、いや、暮れの紅茶の用意をする。私の召喚主は旦那様だが、命ぜられたのはお嬢様の家庭教師である。お相手するのはお嬢様だ。そういう訳で、私は台車に紅茶と軽食を乗せてお嬢様の部屋へと向かっている。正直に言えば私は家庭教師なので、この様なことをする必要は無い。しかし、従者の人数が足りないと言うのもあるが、私がお嬢様に気に入られているというのもある。

――まぁ、私も別に嫌というわけではありませんしね。お嬢様の寝顔はとても可愛らしい物ですし。これも一つの役得という物ですか。

 

 お嬢様の部屋の前についた。服装を整え、ノックをする。

 

「お早う御座います。クロエです。目覚めのお茶をお持ちいたしました。」

 

 しかし、一向に返事が返ってこない。私は再度ノックをした。

 

「お嬢様、如何なされましたか? お茶をお持ちいたしましたよ?」

 

 やはり何も返ってこない。これはおそらく……。

 

「入りますよ?」

 

 念のため断りを入れた後、私はドアノブをひねった。そして部屋の中に入る。部屋の隅、大きな天蓋のついたベッドが目に入る。因みに、吸血鬼と言えば棺桶で眠ると言われているが、お嬢様を始め、この館の吸血鬼は誰一人として棺桶で眠りはしていない。私も棺桶に入っている生者というのはこの前の葬儀屋(アンダーテイカー)位しか知らない。

 

さて、改めてベッドへ目を向けると、そこには可愛らしい様子で、小さな寝息を立てたお嬢様がいらっしゃった。駆け布団を蹴っ飛ばしたのか、床に落ちている。よく見ると鼻提灯の様なものまで出しているではないか。

――いやはや、何とも可愛らしいのは良いですが、これはいくら何でも淑女(レディ)としてはよろしくないですね。今のお嬢様からはカリスマの()の字も感じられません。精々「かりちゅま」が良いところですね。さて、普通に起こして差し上げても良いのですが……。

 

 私は部屋全体に防音の魔法を掛け、お嬢様の側へ行き能力を用いて自身の姿を偽った。そして、その姿のままお嬢様を起こし始めた。

 

「お嬢様、お早う御座います。もう日が暮れました。お目覚めの時間ですよ。」

 

「う~……うにゅ~~……もう起きる時間なのぉ? ……あと五分……。」

 

「駄目ですよ。そう仰ってすぐに起きた試しがないではないですか。ほら、起きてください。」

 

「んぅ~~……わかったわよぅ……。」

 

 お嬢様は渋々といった様子で身体を起こした。そして可愛らしい伸びを挟んだ後、目を擦りながらこちらを振り返った。

 

「ん~~……先生おは、よ……う?」

 

 そして、ポカンとこちらを見つめる。目を見開いて、よく見ると身体をすこしカタカタと振るわせている。私はにっこりと笑顔を浮かべて挨拶をした。

 

「お早う御座います、お嬢様。」

 

ッキャァアアアアーーーーッ!!!?

 

 絹を裂くような悲鳴をあげてお嬢様が叫ぶ。念のために防音の魔法を掛けておいて正解だったようだ。私が手を伸ばすとお嬢様は涙目で後ずさりする。それもそのはず、今の私の姿は、何とも形容しがたい実に冒涜的な姿をしているだろう。これは以前、私が旧支配者(グレート・オールド・ワン)の夢に入ったときにみたある生命体(?)の姿を模した物である。目覚めて目にした物がこれなら、目が覚めることは請け合いだろう。

 

 お嬢様の可愛らしい姿を堪能した私は、能力を解きお嬢様の側へと近づいた。お嬢様はベッドの上で、頭に被ったナイトキャップを握りしめ、さながら頭をかかえて縮こまる幼子のような姿で「うぅー……」と呻いている。一種のカリスマすら感じるその姿に私は感動を覚えた。

 

「お嬢様、ご安心ください。もう大丈夫ですよ。」

 

「……ほ、本当? さっきのやつもういない……?」

 

 お嬢様がおそるおそるといった様子で顔を上げた。いつもの私の顔が見ると安心したような顔を浮かべた。と、同時に怒りだした。

 

何てことするのよ先生!! 全然怖くなんてなかったけど、びっくりしたじゃない!

 

「これはこれは。大変失礼いたしました。しかし、スカーレット家のご息女たるお嬢様ならあの程度何の気にも留めないかと思いまして。」

 

「うぐゅっ! ま、まぁ? あたしは別に気にしないけどね? でも、他の者にやってはだめよ? あたしみたいな淑女(レディ)でないと耐えられないでしょうしね!……漏らしちゃうかと思ったわ。(ボソ)

 

御意 ご主人様(イエス マイロード)。それでは、お嬢様。こちらが目覚めの紅茶で御座います。今朝はアッサムをお持ちいたしました。ミルクは如何ですか?」

 

「いるわ。あと、ハチミツも!」

 

「歯磨きはしっかりとなさってくださいね?」

 

 私は注文通りに紅茶を仕上げお嬢様に渡し、本日の予定を伝えた。今日は午後からテストを用意してある。これに合格すれば、残り時間は遊びの時間となることは伝えてある。

 

「あのね、先生。テストに合格したら、先生にお願いしたいことがあるんだけど……。」

 

「はい、何で御座いましょう?」

 

「一緒にお散歩してほしいなぁって思って……。」

 

「畏まりました。では、朝餉に参りましょう。昼食の後、書斎にてお待ちしております。」

 

 私はお嬢様の着替えを手伝った後、お嬢様をエスコートしながら食堂へ向かった。デザートには私の作ったプリンが用意されている。お嬢様の大好きな一品である。

――何も言わずに出した方が喜ばれるでしょうね。前に出したときは背中の翼がパタパタと動いていましたが、今回はどうなるのでしょう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無事に朝餉も終わった。お嬢様はデザートのプリンが現れると、案の定翼をパタパタとさせて喜んでいた。

――時折見せるあの外見相応の振る舞いの時は、お嬢様ではなく()()()()()とお呼びした方がしっくりくるような気がするのですが……。今度美鈴に話してみますか。

 

 現在、私は午後のテストの用意をしている最中である。すると、自室の扉がノックされて声が聞こえてきた。

 

「クロエさーん、いますかー? 私です、美鈴ですー。」

 

「どうぞ、開いていますよ。」

 

「失礼しまーす。」

 

 入ってきたのは美鈴である。つい先ほどまで門番の仕事をしていた彼女だが疲れはないのだろうか?

 

「あぁ、お仕事ご苦労様です。どうしたのですか? 今は勤務時間外でしょう?」

 

「いやぁ、昼間郵便屋さんからお手紙を預かりまして。クロエさん宛に、ロンドンからなんですけど……。」

 

「ほう! ロンドンからですか。では、おそらく彼からでしょうね。」

 

「彼って……あのセバスチャンという方ですか? おぉ、本当に手紙をくださるなんて、マメな方なんですね! もしかして、クロエさんに気があるんじゃないですか?」

 

よしてください、気色悪い。彼とは手紙を送ってもらうという契約をしましたからね。違えはしないでしょう。」

 

 私は手紙を受け取って観察する。確かに彼の字で間違いない。だが、彼が只で手紙を寄越すはずがない。何らかの警戒はすべきだろう。

 

 私は未だにこちらをみてニヤニヤしている美鈴に向き合った。そしてあるお願いをする。

 

「美鈴、一つ頼み事があるのですが、この手紙をあけていただけませんか?」

 

「えーっ! クロエさん、まさか恥ずかしいとかなんですか? 意外と初心なところがあるんですねぇ?」

 

 鬼の首を取ったと言わんばかりにニヤニヤしながらこちらを見る美鈴。お姫様だっこをされて顔を真っ赤にしていた自身のことはすっかり棚に上げている。

 

「えーあー、そうなんですよーはずかしくてー(棒)」

 

「仕方ないですねっ! では、不肖私、美鈴が開けさせて頂きます! とりゃぁああっ!」

 

 勢いよく手紙の封を開ける美鈴。その瞬間、いかにも怪しい紫色の煙が美鈴の身体を包み込む。必死に抵抗するも抵抗むなしく煙に包み込まれる美鈴。

――ああ、やはり何かしらの呪いでもありましたか。まぁ、美鈴は自業自得ということですね。

 

 しばらくして煙が晴れる。すると、そこにいたのは、

 

 

 

――小さくなった美鈴だった。

 

ブッ!!!! ク、アッハッハッハッハッ!!

 

 

―続く―

 




如何でしたでしょうか?

私は東方の中では紅魔館のキャラクターが好きでこんな話を書いているのですが、皆さんはどうでしょうか? どうにかして妹様を絡めていきたいです。ネタ出し頑張ります。

ご意見、ご感想などあればお待ちしております。それでは。


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第14話

お待たせいたしました。
どうぞ、ご覧ください。


 

 

「アッハッハッハッハッ!」

 

「う、うぇええええっ!? な、なんですかこれぇえええっ!?」

 

 手紙から出てきた謎の煙により、美鈴が小さくなってしまった。とても可愛らしい。丁度お嬢様と同じくらいの大きさである。(わたくし)は床に落ちた手紙を拾い上げ、読み始めた。美鈴は叫び通している。

 

 内容は、先の切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)事件の顛末を簡単に記した物であった。ただ、手紙の最後に、前回の別れの際の行動のお礼として、手紙に呪いを掛けたこと、私が一番困るであろう身体が小さくなってしまう類の物であること、どうせ私はそれを避けて他の誰かに呪いが掛かっているだろうということ、呪いは4~5時間で解ける物だということが書かれていた。

――流石はセバスチャン。私のことをよく分かっている。

 

「美鈴、落ち着きなさい。」

 

「落ち着いてなんかいられませんよぉおっ! こんな小さな身体では門番ができません! あぁ、私は用済みとして追い出されちゃうんだ……。 短い間ではありましたが、お世話になりました……。」

 

「待ちなさい。ほら、この手紙を読んでご覧なさい。」

 

「ふぇぇ、読んじゃっていいんですかぁ?」

 

 美鈴は半べそをかきながら手紙を読み進めていった。見た目と相まって完全に幼女である。涙目であった美鈴だが、手紙を読み進めていく内に表情が変わっていった。そして、読み終わる頃には完全な怒り顔である。

――まぁ、見た目が幼いので精々“ぷんすか”といった程度の迫力なんですけどね。

 

ひ、ひどいですよクロエさんっ!! 罠があるって知ってたんなら教えてくれたって良いじゃないですかっ!! 鬼、悪魔っ!!

 

「はい、私は悪魔で家庭教師です。あと、その甲高い声で叫ばないでください。お姫様だっこぐらいで真っ赤になっていた自分を棚に上げて、私のことを初心呼ばわりした罰ですよ。それに、疑って掛からなかった貴女も悪いでしょう?」

 

「うぐっ! そ、それはそうですけどぉ……。」

 

「大丈夫ですよ。それは4,5時間で解けると書いてありましたから、朝には間に合います。良ければ、お嬢様の下へ伺ってみては如何ですか?」

 

「うーん、まぁ、それもそうですね。では、お嬢様のもとへいってきます!」

 

 彼女は馬鹿なのか? 呪いのせいで精神的にも外見に引っ張られているのかもしれない。まぁ、可愛いので良いだろう。私は意識を切り替えテストの仕上げに取りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食(真夜中)が終わり、お嬢様が書斎にやって来た。小さくなった美鈴を連れて。ずっと考えないようにしていたが、昼食の間も美鈴を隣に置いて食べさせていたりもしていた。

――もしかしたら、お嬢様は一人っ子なので弟か妹がほしいのでしょうか? まだもう一人ぐらい、お子様は出来そうなものですが……。まぁ、今後に期待ですね。

 

 小さくなった美鈴はこの状況を楽しむことにしたようだ。いや、すでに精神面がかなり身体に引っ張られているらしい。言動がだいぶ幼くなっている。つい先ほどはお嬢様が自身のことをお姉ちゃんと呼ぶように言った所、本当にお姉ちゃんと呼び始めた。後で思い出して赤面物だろうが、まぁ良いのだろう。

 

 さて、肝心のテストであるが、お嬢様は見事満点を取った。もうすでに教えることはそうそうなくなってくる。現在も教えていることいえば勉強よりも戦い方やマナーレッスンなどの方が格段に多い。これで相応の威厳と落ち着きさえ身につければ完璧であろうが。

 

「ふむ、さすがお嬢様。満点ですよ、素晴らしい。」

 

「フフンッ! まぁ、当然よね。じゃあ、先生。約束していた散歩にいきましょ!」

 

「畏まりました。では、少し準備いたしますので、先に玄関ホールでお待ちください。あ、美鈴は残していってくださいね。もうすぐ呪いが解けると思いますので。」

 

「そうね。じゃあ、めーりん。しっかりとお留守番してるのよ。」

 

 私はお嬢様を残し部屋を出た。出先で軽くつまめる物を持って行った方が良いだろう。そう思い立ち、私は厨房にて夕食(明け方)の準備をしているシェフらに許可をもらい準備をした。

 

 私が玄関ホールに向かっていると、テラスで手紙を読んでいる奥様を発見した。この時代では珍しい写真も入っているようだ。私の視線に気がついたのか、奥様がこちらを向いて笑った。

 

「不躾に見てしまい申し訳ありません。」

 

「良いのよ、気にしていませんわ。それよりも、これを見てくださる?」

 

 そう言ってこちらに写真を渡してきた。見ると、夫婦らしき男女と、女性に抱かれた赤ん坊が写っている。

 

「こっちの女の人が私の友人でエルザ・ノーレッジって言いますの。最近赤ちゃんが産まれたらしくて、お手紙をもらったのですわ。可愛いでしょう?」

 

「ノーレッジと言いますと、あの魔法使いの一族の方ですか? 奥様のご交友関係は広くいらっしゃいますね。」

 

 ノーレッジ家。その名は魔界でも有名だった。古くから魔法使いを生業とした一族であり、我々悪魔の得意客とも言えるべき相手である。

 

「私の産まれた場所の近くにエルザは住んでいたのですわ。私も他人の事は言えないのけれど、あの娘ったら昔から身体が弱くて、折角魔法使いだっていうのに詠唱が上手く出来なくって。」

 

 奥様はミセス・エルザ氏との思い出話を始め、彼女が夫と出逢い結婚するまでのドラマを熱く語ってくれた。そして、最近一人娘が産まれたという。

 

「ゆくゆくはこの娘とレミィが友達になってくれたら嬉しいのですけどね。」

 

奥様は笑ってそう仰っていた。それはそう遠くない未来に実現するだろう。

 

「そういえば、クロエ先生。どこかに向かっている最中ではなかったのかしら? こんなところで話していて良いの?」

 

 そうだった。ついつい話に興じていたが、お嬢様を玄関ホールに待たせている。急がなければ。

 

「そうでした。お嬢様を待たしております。申し訳ありませんが、これにて失礼させて頂きます。」

 

「フフッ、レミィの事をよろしく御願いしますわ。」

 

御意 ご主人様(イエス マイロード)。」

 

私は一礼して玄関ホールへと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 急いで玄関ホールに向かうと、すでにお嬢様が待っていた。少し不機嫌そうだ。私は跪いてお詫びの言葉を口にする。

 

「大変お待たせいたしました。申し訳ありません。」

 

「先生おそいっ! 忘れられちゃったかと思ったわ!」

 

「私としたことが、言い訳のしようもありません。しかし、お詫びと言うわけではありませんが、散歩の際に外でお茶出来るものを持って参りました。お嬢様にもご報告したい事も御座います。」

 

「まぁいいわ。それよりも早く行きましょ? 夜が明けてしまうわ。」

 

 お嬢様は急ぎ足で玄関を飛び出し門へと向かった。私も後に続く。門を抜け少し行くと大きな湖が目の前に広がる。現在は霧も晴れているようだ。田舎らしく、澄んだ夜空を鏡のように映す湖面が揺れている。人間にとっては不気味な夜道も、吸血鬼と悪魔にとっては静かな散歩道にしかならない。月明かりを一身に浴び歩くお嬢様の儚げな美しさもまた際立つ。

――黙っていればとても絵になる光景ですね。さながら夜を歩く吸血少女(レディ・ナイトウォーカー)と言った所ですか。

 

そういえば、

 

「お嬢様、散歩と仰いましたが何処か目的地はあるのですか?」

 

「うーん……特に考えてなかったけれど、この湖に少し変わった妖精が出るって噂があるわ。」

 

「少し変わった妖精、ですか。」

 

「ええ。冷気を操る青い妖精と、それにくっついている緑の妖精らしいけど、どうやら妖精にしては力が強いらしくて、青い方に至っては最強を自称してるらしいのよ。」

 

「はぁ。それがどうなさいましたか?」

 

 すこし珍しいらしいが、妖精は妖精である。そこまで大騒ぎするような事態ではなさそうだが……。

 

「だって、だって最強を自称しているのよ!? 放ってはおけないわ! 格の違いを教えてあげなきゃね!

 

 どうやらお嬢様はたかが妖精の戯言と流すことは出来ないようだ。妖精は自然現象が形を為したような物であり、死という概念は存在しない。姿が消えてもまたしばらくしたら発生する。私たちはそれを「一回休み」と呼んでいる。

――妖精相手なら危険もないでしょうし、大丈夫でしょう。

 

 湖畔に沿って歩く道すがら。夜の散歩に興じる二人を、夜空の月が静かに照らしていた。

 

 

―続く―

 




如何でしたでしょうか?

年末に向けて少し忙しくなるので、投稿がしばらく待ってもらうことになってしまいそうです。すいません……

年明けに必ず投稿するのでしばしお待ちください。

それでは!


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第15話

明けましておめでとうございます。長らくお待たせ致しました。
今回、⑨が登場します。
それではご覧ください。どうぞ!


 

 

 湖畔をしばらく歩いていると、異様に寒い一帯に入った。この時期ではあり得ない気温だ。(わたくし)は平気だが、お嬢様は少し肌寒そうにしている。

 

「お嬢様、理由は分かりませんが冷えて参りました。こちらをお召しください。」

 

 こんなこともあろうかと用意してきた上着をお嬢様に着せる。

 

「わぁ! ありがと、先生。……でも、なんで持ってるの?」

 

「スカーレット家の家庭教師たる者この程度の事が予想出来なくてどうします? あと、よろしければここらでお茶に致しましょう。」

 

 私はいつもの様にベンチセットを物質精製し、亜空間から温度の変わっていないお湯の入ったポットを取り出し紅茶を用意した。お嬢様はもはや慣れっこでその様子を見ていた。

 

「お待たせいたしました。本日は先日の英国散策で入手いたしましたTWININGSのレディグレイをご用意いたしました。おやつにはマカロンをどうぞ。」

 

「いつもながら美味しそうね。」

 

「おぉ、アタイこんなうまそーな物初めて見たぞ!」

 

「お褒めにあずかり恐縮で……」

 

――何か知らない声が聞こえた気がしましたが。

 

 お嬢様も不審に思ったらしく、二人そろって声の発生源に目を向けた。するとそこには、青色の服を着た、お嬢様と同じくらいの背格好の青髪の少女がマカロンを物珍しそうな顔で眺めていた。いつの間に来たのか、氷で作った椅子まで用意していた。背中には氷の結晶のような羽が浮かんでいる。妖精にしては大きい個体だ。お嬢様が声を掛ける。

 

「……おい、キサマ。一体全体何処の誰だ? 挨拶もなしに同じ卓につくなんて、あたしを誰か知った上での狼藉なんだろうな? 返答次第では細切れになるぞ……!」

 

 明らかに不機嫌な調子で、けんか腰で話しかけるお嬢様。淑女(レディ)としては少しまずい言葉遣いである。

 

「……? おまえ誰だ? 見たことない奴だな?」

 

……ッ!!!!

 

 妖精少女は相手が誰だか知らない様子で首をかしげる。流石はバカの代名詞とも言われる妖精だ。普通の人間ならこの威圧感で失禁していてもおかしくは無かろうに、何処吹く風と言わんばかりに受け流して、否。感じることすらも出来ていない。

 

 妖精少女はマカロンを口にし、感動したかのように叫んでいる。とても幸せそうな顔だ。対照的に、お嬢様の機嫌は絶不調この上ない。キレる寸前で踏みとどまっているのは私がいるからだろう。

――間違っても言葉に出来ませんがお嬢様はワガママでいらっしゃいますし、自分のことを無視される様なことは我慢ならないでしょうしね。

 

 お嬢様の我慢が限界に達し、妖精少女がミンチとなって一回休みにならんとしていたその時、遠くから声が聞こえてきた。

 

「……ちゃ~ん。チルノちゃ~ん! 何処行ったの~?」

 

 見ると、遠くから別の妖精少女が飛んできた。誰かを探しているのか名前を呼んでいる。目の前にいる妖精少女と似たような服に、緑髪。どこか虫のそれに似た羽。気弱げな瞳は様々な方向を探している。

――また妖精にしては強力な個体ですね。チルノという人物を探している様ですが、恐らく目の前のこの妖精がそれでしょう。今気がつきましたが、お嬢様が探していた妖精とは、もしかしなくともコイツらで間違いないでしょう。と言うよりも、目の前のこのチルノとか言う妖精、何勝手にマカロンを食べているのでしょう。いえ、美味しいのは何よりですが。

 

 お嬢様は言い出すタイミングを見失い、目の前で消えていくマカロンを目で追い、もはや呆然としている。もはや泣いてしまいかねない。ここは私が……。

 

「そこの貴女。……貴女。聞きなさい。マカロンを食べるのをやめなさい。」

 

「マカロンって言うのか、これ! おいしーなっ!」

 

「ありがとう御座います。いえ、そうではなくて、あそこで呼んでいらっしゃる彼女はお知り合いの方ではないですか?」

 

「んー? ……あっ、大ちゃんだ! おーーいっ! 大ちゃーーん!!

 

 チルノは大声で声を上げながら手を振った。遠くの彼女も気がついたのかこちらを見て驚いている。そして急いでこちらへ向かってきた。

 

「良かった~、チルノちゃん急にいなくなっちゃうんだもん。探しちゃったよ。……ところで、こちらの人たちはだれ? 知り合いなの?」

 

「知らない!!」

 

 何故かは分からないが、自信満々に言い張るチルノ。その言葉に大ちゃんと呼ばれた彼女はため息をついた。どうやらいつも苦労しているようだ。

 

「……チルノちゃんが迷惑をかけました。ごめんなさい。私は大妖精と呼ばれています。こっちはチルノちゃんです。この湖の辺りで暮らしています。」

 

 どうやら彼女は話が通じるようだ。マカロンを食べられ、未だ半分放心状態のお嬢様には新しいマカロンをお渡ししておく。

 

「初めまして。私はこの湖の畔にある紅魔館で家庭教師をしております、クロエと申します。こちらは紅魔館当主のご息女のレミリアお嬢様です。」

 

「紅魔館って、あの吸血鬼が治めているって言う場所ですか!? しかも、その主の娘様って言うと、まさか……」

 

「ええ、そのまさかで御座います。お嬢様も吸血鬼、しかもとびきり強力な存在でいらっしゃいます。」

 

 私がそう告げると大妖精は「ヒ、ヒェエエェエェエ!」と叫び、気絶せんばかりに顔を青ざめさせた。彼女は妖精の中でも知能が発達しているらしく、正しく力関係を把握しているらしい。

 

す、すみませんすみませんっ!! うちのチルノちゃんが大変ご迷惑をおかけしましたっ! 許してもらえるとは思ってませんが許してくださいお願いしますっ!!

 

 彼女は地に頭をこすりつけ必死に謝罪してきた。吸血鬼という存在を知り、その力の一端でも理解できているなら当然の反応ではある。

――しかし、まさかこんなところで伝聞でしか聞いたことが無いドゲザを見ることが出来るだなんて、地上は本当に面白いですね。しかし、ここまでするとは彼女にとってこのチルノとか言う妖精はそこまで大切な存在のようですね。……私としては別に迷惑も被っていませんし、むしろ珍しい物が見られたので文句は無いのですが……。

 

 プルプルと震えながら頭を上げない大妖精を尻目に、私はお嬢様の方を見た。お嬢様は少し目を離した隙にすっかり機嫌をなおして、チルノと話し込んでいる。先ほどまでの険悪なムードは何処へやら、得意げに自身の事を話すお嬢様と、目を輝かせながらそれを聞いているチルノ。その構図はガキ大将とその子分と言った様子である。二人仲良くマカロンと紅茶を口にしていた。

 

「大妖精さん、頭を上げてください。先ほどの謝罪を受け入れましょう。貴女のご友人のなさったことは不問と致します。お嬢様も気にしていらっしゃらない様ですし、どうやら仲を深めていらっしゃるご様子ですので。」

 

「ほ、本当ですかぁ! あ、ありがとうございます! うぅ、よかったよう……。」

 

 余程怖かったのかポロポロと涙を流しながら安心していた。私の知っている範囲では旦那様方はべつに妖精を大量虐殺したなど聞いたことも無いが……。

 

 いざこざも解け、改めて自己紹介を行った。青髪の妖精はチルノという名前で、“冷気を操る能力”を持つという。夏場は側にいたくなる能力だ。緑髪の彼女は大妖精、チルノからは大ちゃんと呼ばれているそうだ。他の妖精と同じく特に名前は無く、周りの妖精よりも大きな力を持つから大妖精と呼ばれていたという。

 

彼女自身普通の妖精と同じく能力など持ち合わせていないが、特筆すべき点として一回休みからの復活時間の異様な早さである。普通は平均して半日、早くても1時間は掛かるのだが、彼女の場合1分も掛からないという。さらに、自らの意志で一回休み状態になることもでき、その場合復活は5秒に短縮されるという。彼女の特技はそれを駆使した一種のテレポートである。しかし、それが出来るのは妖精の力が高まる豊かな自然のある地域に限られるらしい。

――私個人としては話の通じるその知性こそ最大の特徴であると思いますが……周りがバカばかりなのに自分だけ知性を持ってしまったら、この様に苦労してしまうのですね。

 

 私が密かに同情していると、そろそろ良い時間になってきた。懐中時計を取り出し時間を確認する。

 

「お嬢様、そろそろ夕餉(明け方近く)の時間で御座います。」

 

「あら、もうそんな時間だったかしら。それじゃあ、帰りましょう?」

 

「もう帰っちゃうのか。また遊ぼうな!」

 

 お嬢様とチルノの間には友情が結ばれたようだ。

 

「今日はありがとう御座いました。紅茶、美味しかったです。」

 

「恐縮です。またご用の際は紅魔館へお越しください。門番の者には話を通しておきますので、用件を伝えてくださればお伺いします。」

 

 私も彼女と何か苦労している者同士の繋がりを感じた。ベンチセットをしまい紅魔館へと帰る用意をする。チルノらもまたどこかへと行くようだ。

 

「ではお嬢様、館へと参りましょう。旦那様方も首を長くして待ってらっしゃいますよ。」

 

「そうね。子分も出来たことだし、これであたしもスカーレット家の吸血鬼としてまた一つランクアップしたわね!」

 

「左様で御座いますか。」

 

 静かな湖畔を歩きながらたわいも無い話を続ける。彼女らとは長いつきあいになりそうな予感がする。願わくは、この平穏で愉快な日々が続かんことを。

 

 

―続く―
q




如何でしたでしょうか?
もう少ししたら妹様を登場させられそうですね。
本年もよろしければ見てやってください!

ちなみに、うちの大ちゃんは知性があるタイプの苦労人です。二次創作だし、良いよね?


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第16話

お待たせ致しました。続編でございます。

この次位で日常篇を終わりにする予定です。もうしばらくお付き合いください。


 湖での夜の散歩を終え、(わたくし)達は紅魔館へ帰ってきた。時計を見るとディナーまであと少しという所だ。

 門へつくと、呪いが解け元の大きさに戻った美鈴が立っていた。いつもと変わらない呑気そうな顔をしている。現在は勤務時間外のはずだが、実に勤勉なことだ。単に、他にやることがないだけかもしれないが。こちらに気がついた美鈴が手を振って挨拶してきた。実に平和な光景である。が、私はそこに違和感を得た。

――この懐かしい、食欲をそそる匂いは、恐らく……

 

「お帰りなさい、お嬢様。クロエさん。」

「今帰ったわ、めーりん。」

「もうすぐディナーです。手洗いうがいをなさった後、食堂へどうぞ。何でも良い食材が手に入ったそうですよ?」

「ほんとっ!? それは楽しみだわ! いそがなくちゃね!」

 

 お嬢様はそう言い残すと館の中へ走って行った。私は美鈴の方へ向き直るとねぎらいの言葉をかけた。

 

「食材調達ご苦労様でした。ヴァンパイアハンターですか?」

哎呀(アイヤ)ー。分かっちゃいますか。これでも綺麗にしたつもりなんですけど・・・・・・」

「スカーレット家の家庭教師たる者この程度の事が分からなくてどうします? 貴女から匂わずとも、空間にはこびりついていますとも。」

「そう……だったんですか。」

「まぁ、少なくとも気づくのは私ぐらいでしょう。大丈夫ですよ。」

「良かったです。お嬢様にはあまり私の血なまぐさい所は見せたくないんです。お嬢様ってなんかこう、私から見たら丁度娘みたいに感じるんですよ。」

「ほう、娘、ですか……」

「あっ! も、もちろん不敬だって事は分かってますよ!?」

「別に構わないでしょう。この世のみんなおともだち、なんて事はあり得ない訳です。しかし、味方が多いに越したことはありません。どのような気持ちであれ、お嬢様に味方してくれるというのでわれば文句はありません。」

「……そうですか、そうですよね! 私はお嬢様のお味方ですとも! この命続く限り!」

 

 美鈴はやる気を新たにしているようだ。大変結構である。

 

「それはそうと、クロエさん。」

「どうしました?」

「食事の後で、奥様がある発表をするらしいですよ?」

「発表、ですか……」

 

 散歩の前に聞いたノーレッジ家のご息女の事であろうか。しかし、わざわざ全員が集まる食堂で発表するような事ではあるまい。では、一体何だと言うのだろうか。

――まぁ、楽しみにしておきましょう。

 

 私は美鈴を連れて食堂へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本日最後の食事が終わった。美鈴が捕獲したというヴァンパイア・ハンターも晩餐の一皿を飾っている。忘れられては困るが、旦那様方は歴としたバケモノなのだ。自ら積極的に人を襲うことはないが、それでも降りかかる火の粉は払わねばなるまい。無論、なめられないように、徹底的に、だ。

 お嬢様も人肉に抵抗はない。見た目は棒付きキャンディーをなめているのが似合うお子様とはいえ、その実立派なバケモノである。素晴らしいことだ。

 さて、現在は食後のブレイクタイムである。食堂に穏やかな雰囲気が流れる。すると、旦那様と奥様が突然立ち上がり、一同を見渡した。その場にいる全員が注目する。

 

「諸君! 今宵はみんなにある知らせがある! この度、我が妻、マリアが二人目の子どもを身ごもった! 医者によると女の子だそうだ!」

「「「おおぉぉ!」」」

 

 食堂にざわめきが広がる。実にめでたい事だ。隣に座るお嬢様は目をキラキラさせて立ち上がり、奥様の元へと駆け寄った。

 

「ほ、本当なの!? お母様、あたしに妹が出来るの!?」

「えぇ、本当ですわ。レミィもお姉ちゃんになるんだから、しっかりしなきゃダメよ?」

分かったわ! あたし良いお姉ちゃんになるわ! やったー!!

 

 翼をパタパタとはためかせ、少し浮き上がりながら喜ぶお嬢様。やはり姉弟姉妹が欲しかったようだ。

 その後、使用人達が次々と近づき賛辞を述べていった。笑顔で受け入れる旦那様方。

――ふむ。悪魔の私は子を孕む事はありませんが、あそこまで幸せなものなんですかね?

 

 すると、美鈴も奥様に祝いの言葉を贈ろうとしたのか、私の後ろを通ろうとした。

 

「待ちなさい、美鈴。」

「うぇ? どうしたんですかクロエさん。」

「ただでさえ現在、多くの使用人が詰めかけているのですから後になさい。……後で私と共に行きましょう。」

「うーん、それもそうですね。では、後で向かいましょう!」

 

 美鈴は方向を変えて席へ戻っていった。さて、お祝いの言葉でも考えましょうかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私、美鈴は現在旦那様方の部屋へ続く長い廊下を歩いている。隣には何でも出来ちゃう完美超人(ワンメイチャオレン)のクロエさんも一緒だ。

 クロエさんは悪魔らしいけど、そんな素振りは一切見せない。お嬢様の家庭教師、お付きの従者として完璧な方だ。私はただの門番に過ぎないが、見習うべき事はたくさんある。つい先ほどの場面だって、私の気遣いが足りなさが引き起こしかけた失敗だって、寸前で止めてくれた。何というか、お姉さんみたいな人だ。

 

「美鈴、着きましたよ。何か考え事ですか?」

 

 おっと、いけないいけない。

 

「いえ、没問題(メイウェンティ)。大丈夫です! 入りましょう!」

 

 私たちは部屋に入るべく、扉をノックした。

 

「失礼いたします。クロエと美鈴で御座います。」

「ん? 珍しいな。入ってくれ。」

 

 旦那様の声だ。許可が出たので私たちは部屋へ入る。部屋の中には旦那様と奥様、そしてお嬢様もいらっしゃった。家族水要らずだったのかもしれない。申し訳ないことをしたかも……。

 クロエさんも同じ事を思ったのか、申し訳なさそうな顔をして、

 

「これは気づかずに申し訳ありませんでした。奥様のご懐妊をお祝い申し上げようと参りまして。すぐに退散いたします。」

「あら、良いのよ。今は今度生まれてくる娘の名前を考えていましたの。この二人ったらネーミングセンスが壊滅的ですの……良かったら二人も考えてくれないかしら?」

「マ、マリア!?」

「お母様!?」

 

 なんとまぁ、辛辣ですねぇ。

 しかし、名前かぁ……私の母国語だと合わないだろうし、ここはクロエさんに期待ですねっ! 私の視線に気がついたのか、クロエさんが思案気に目を伏せる。そして数刻の後、その口を開いた。

 

「そうですね……僭越ながら、今度生まれてくる妹様の御髪(おぐし)の色が、奥様やお嬢様と同じなら『翡翠色の月』という意味のモアジェード(Mois Jade)、旦那様と同じ金色でしたら『金色の炎』と言う意味のフランドール(Flamme d’ Or)なんて如何でしょう?」

 

 おぉ、流石のセンスです。……後ほど聞くとフランス語だと言っていました。さすがオシャレ!

 

「良いですわね! ね、あなた?」

「う……うむ、流石は家庭教師なだけはあって、センスにあふれている。僕と並ぶだろう!」

 

 旦那様は何故か自信満々だった。……正直、旦那様のネーミングセンスは、ちょっと、何というか、微妙なんですけどねぇ……

 何はともあれ、次に生まれてくる妹様のお名前はその髪の色で決まることになった。青色ならモアジェード、金色ならフランドールだ。短くするなら、モア様とフラン様って所かな? これは楽しみになってきました!

 私はこれからの日々が楽しくなることを心から信じ、この紅魔館を必ず守り通すことを胸に誓ったのだった。

 

 

 

 

 

――あの、悲劇が起こるその時まで。

 

 

 

―第3章・完―




如何でしたでしょうか。

皆様はご存知でしょうか? あの東京のスカイツリーの近くにある金色のアレみたいな雲のオブジェを。
あれ、金の炎らしいですね。まさにフランドール。僕は初めて知りました。

ご意見ご感想などあればどうぞ!


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第4章 出逢いと別れ篇
第17話


お待たせ致しました。どうぞ、ご覧ください。


 

 美鈴が小さくなって、お嬢様が子分を手に入れて、奥様が妹様をご懐妊された事を報告なさったあの夜から、幾ばくかの時が過ぎた。あの時は平凡な一日と称したものだが、こうしてみると実に盛りだくさんな一日であったように思われる。

 我ら紅魔館の面々は大きな事件もなく、実に平穏な日々を過ごしていた。霧の湖で出逢った妖精2人とはあれからも交友を続けている。美鈴にも顔通しを済ましたため、お嬢様と遊ぶ際は門や庭で集合することが慣例となりつつある。お嬢様のことを娘のようと言っていた美鈴だが、突然増えた妖精2体のことは新たな娘のように思っているようだ。お菓子などを用意して待っている場面を目にすることも多い。

 奥様のおなかは目に見えて大きくなってきた。吸血鬼の妊娠事情は知らなかったが、人間と大差はないようだ。ただ、心配なのは、タダでさえ病弱な奥様が二度目の出産に耐えられるかどうかだ。お嬢様の出産時ですら生死の境をさまよったという。はたして今回は大丈夫なのだろうか?

 旦那様も心配そうにしている様子が時折見える。正直我々に出来ることなど心配すること位なのだが、古今東西、男はこの様な場面では無力である。しかし、私は物理的に助けになることは出来る。魔界の技術を流用すれば奥様の身体に傷1つ付けずに妹様を取り出せる。そうでなくとも、(わたくし)の悪魔パワー的なものを動員すれば苦もない。……最近能力を使う機会もめっきり減ってしまいましたしね。

 この提案に旦那様は乗り気であったが、奥様が断固反対された。曰く、「自然の流れに沿ってこそ正しい流れが生まれますわ。」とのこと。まぁ、私としては文句はないのですけれど。

――さて、前置きが長々と過ぎてしまいました。私が一体何を言いたかったのかと申しますと、この辺りが私の記憶する、スカーレット家の治める紅魔館の、いわゆる幸せな日常の光景の最後であったからに他ありません。日常篇を占める、とびっきり幸せで、残酷なお話しで御座います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日は唐突にやって来た。確か、昼食(夜中)が終わり、各々がそれぞれの時間を過ごしていた辺りだと思う。その時私は偶然にも紅魔館お付きの専属医と話していた。最近お嬢様の具合がよろしくない。何か良い手はないかという相談だった。

 医師の方は「貴女は悪魔でしょう? 私よりも知識はあるのでは?」と言う。確かにその言葉はもっともだ。過去、難病を治して欲しいと言う願いを言う人間と、それを叶える悪魔を何例もみてきた。私自身人の病例には詳しいつもりだ。

 だが、それはあくまで人間のものに限るのだ。単なる風邪に見えても吸血鬼であるお嬢様は違うかもしれない。そう説明すると医者の方も納得したのか、後で見に行くと約束してくれた。

 私が礼を言い部屋を立ち去ろうかとするその時、私が手を掛けた扉が大きな音を立てて開かれた。

 

た、た、大変ですっ!!

「一体どうしたと言うのですか、騒々しい。それでもスカーレット家の女中(メイド)ですか?」

 

 飛び込んできたのは館に数多仕えるメイドの内の一人であった。普段なら使用人として優秀な振る舞いをする彼女らだが、今日は様子がおかしい。何が起きたというのだ。

 

「あっ、クロエ様! 申し訳御座いません。しかし、一大事で御座います! お、奥様が!」

「奥様が、どうしたのです?」

「奥様が産気づきました! お医者様には至急寝室まで来て頂きたいのです!」

「な、なんと! それは本当なのかね!?」

 

 驚く専属医。確かにとても急だ。しかし、まさか赤ん坊がおなかの中から「産まれますよー」なんと言うわけはない。当然と言えば当然である。

 医者はある程度予測は立てていたのか、部屋の隅に置いてあった診察道具一式と、その他必要な道具を持ち慌ただしく準備を始めた。

 

「クロエ先生、申し訳ないがお嬢様の診察は出来そうもない。すまんな。」

「いえいえ、こればかりは致し方御座いません。私の方からお嬢様にも理由を説明し一緒にいましょう。無理を押して奥様の元へ行きかねません。」

「うむ、すまんがそちらは頼むぞ。」

 

 医者はそう言い残すと急いで部屋を後にした。行く道すがらメイド達に指示を飛ばすのが聞こえる。

――さて、妹様のご生誕ですか。お名前はどちらに決まるのでしょう。私はしっかりお嬢様をあやしておかなくては、ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う~! あたしもお母様の所へ行きたいわ! ねぇ先生、良いでしょ?」

「なりません。今日ばかりはベッドで大人しくなさっていてください。」

「いじわるっ!」

 

 お嬢様のご機嫌は急角度である。奥様の様子をお嬢様に伝えたところ、案の定「あたし、お母様のところにいくわっ!」と飛び出そうとしたところを捕まえ、ベッドへ運んだのがつい先ほどの事である。絶対に行くと駄々をこねるお嬢様をなだめるのには苦労する。

 

「でも、あたしに妹かぁ~。どんな娘なのかな?」

 

 私が以前贈った、黒いうさぎのぬいぐるみを抱きかかえながらベッドに寝転がるお嬢様。誰かの前では言わないが、名前を付けて可愛がっているようだ。

 

「奥様と旦那様の遺伝子を受け継ぎ、かつお嬢様の妹様でいらっしゃいます。玉のように可愛らしいこと間違いありません。」

「それは知ってるわ。……たしか、先生が妹の名前を決めてくれたのよね?」

「はい、僭越ながら。」

「あたしね、不思議なんだけど、なんとなく分かるの。産まれてくる妹の髪は、お父様と同じ金髪よ。根拠はないけど断言できる。夕食のデザートだって賭けても良いわっ!」

「おやおや、では妹様のお名前はフランドールとなりそうですね。」

「ええ、フランね。あたし絶対可愛がってあげちゃうんだから。」

 

 笑顔でそう言うお嬢様。なんとなくだが、産まれてくる妹の髪の色が分かるとは、何かの能力の兆しだろうか。

 その時、遠くから泣き声のようなものが聞こえてきた。同時に多くの人々の安堵と歓声。

 

「ね、先生、今の声って……!」

「はい。おそらく、お生まれになられたかと。」

「~っ! お願いっ! 今回だけ! 見に行かせて! お願いよ、先生!」

 

 ――ハァ、仕方ないですね……

 

「今回だけですよ? ただし、これ以上お体を冷やさないように暖かい格好をなさってください。」

「分かったわ! ありがとっ、先生!」

 

 お嬢様にガウンを着せ、支度をする。お嬢様は一刻も早く向かいたくて仕方がない様子だ。

 

「では、参りましょうか。」

「ええ、行きましょう!」

 

 さて、妹様のお顔を拝見しますか、ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長い廊下を二人で歩き、奥様のいるときいた寝室へ向かう。お嬢様は少し寒そうにしているが、ワクワクの方が勝っている様子だ。

 しかし、先ほど聞こえてきた歓声はもう聞こえていない。静まりかえって何やら怪しげな雰囲気である。

 

「楽しみだわ。あたしの妹はどんな娘かしら?」

「それよりもお嬢様、少し妙でございます。新しいご息女様のご生誕にしては静かすぎます。何か起きていなければ良いのですが……」

「や、やめてよ先生。脅かさないでちょうだい……」

 

 しかし、本当に静かである。何もないと良いのだが……

 廊下の角を曲がり、進むと寝室に到着する。すると扉の前に使用人達が集まっていた。しかし、その雰囲気は明るい物ではなく、むしろどこか沈痛なものである。

 

「……みんな、どうしたって言うの?」

「分かりません。しかし、何はともあれ中に入らせてもらいましょう。」

 

 私たちは使用人達に声をかけ、その人垣を割っていった。みな、どこか沈んだ顔をしている。

 

「おお、クロエ先生。それにお嬢様も……」

 

 専属医の先生がこちらに気がついた。この人もまた明るい顔をしていない。

 

「医者殿、妹様は?」

「妹様は無事に産まれましたとも。ほら、向こうのベッドに寝かせておる。今は落ち着いて寝ているがの。」

「本当!?」

 

 お嬢様が喜び勇んで駆けていく。私もそれに続く。

 おくるみに包まれた妹様の髪は、まだ生えそろっていないながらもしっかりと金色をしていた。名前はフランドールで決定だろう。

 

「わぁ~! すっごい可愛いわ! やっぱり合っていたわね、名前はフランよ。」

「ええ。流石でございます。」

 

 お嬢様はしばらく離れそうもない。その間に私は、この場を包む妙な雰囲気について尋ねる。

 

「医者殿、妹様の誕生にしてはこの場の雰囲気はおかしいようですが、何かあったのですか?」

「う、うむ。それはじゃな……」

 

 言いよどむ専属医。何か言いにくいことがあるのか、お嬢様の方をチラチラと見ている。そして覚悟を決めたように小声で話し出した。

 

「すまんが、お嬢様の前では言いにくい。部屋の外で話さんか?」

「……かしこまりました。」

 

 連れだって部屋の外へ向かう。使用人達には各自の持ち場へ向かうように指示を出す。

 部屋の外へ到着し、話をしようとしたその時、門番をしているはずの美鈴がものすごい勢いで走ってきて、私に詰め寄った。胸ぐらをつかまんとするほどの勢いで話し出す。

 

ど、どういうことなんですかクロエさんっ!! お、奥様がご危篤って!? 何があったんです!?

「……なんですって?」

 

 

―続く―

 




如何でしたでしょうか?

私は正直このような暗い話は苦手なんですけど、頑張って書いていこうと思います。

ご意見ご感想などあれば、どうぞ。


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第18話

お待たせ致しました。どうぞ、ご覧ください。


「美鈴、先ほどの発言は冗談では済まされませんよ。それを踏まえた上でもう一度尋ねます。一体どうしたって言うのですか?」

私のほうだってわかりません!! しかし、私にそれを伝えに来たメイドが言っていました! 妹様は無事に産まれたってこと、だけど! 奥様がご危篤だって! 危ない状況だって!!

 

 そこまで叫ぶと美鈴は泣き崩れてしまった。(わたくし)に体重を預け、ズルズルと崩れ落ちてゆく。

 私自身も今来たばかりで状況が分からない。だが、今の言葉が真実ならば部屋の前にいた使用人達の雰囲気の暗さに納得がいく。

 

「医者殿、今の言葉は本当なんですか?」

「……うむ、本当だ。奥様は妹様をお産みになったことでだいぶ体力を消耗なさってしまってな。もともと体調に不安があったのじゃが、まさかこのタイミングでのご出産になってしまうとは。正直、今夜が峠となるじゃろうな……」

 

 なんと、美鈴の言葉は本当だったようだ。確かに奥様はもともと身体が弱かったが、さらに弱まっていたタイミングに妹様のご出産が重なってしまったようだ。不運きわまりない。

 私が美鈴をなだめようとしゃがもうとしたその時、背後に何者かの気配を感じた。振り向くと、そこにいたのはお嬢様だった。まずい、今の話を聞かれたか?

 

「せ、先生……今の話は、本当、なの? お母様、死んじゃうの……?」

 

 しっかり聞かれていたらしい。最悪だ。

 

「お嬢様、落ち着いてください。誰も死ぬとは申しておりません。ただ、少し体調を崩していらっしゃるだけです。」

「で、でも、お母様は最近体調が悪そうだったわ……やっぱり……」

 

 ダメだ、混乱していらっしゃる。なんとか説得しなくては……

 

「お嬢様、とにかく一度落ち着いてください。そこで騒がれては妹様に障ります。お姉さんになるのでしょう?」

「――! そ、そうね……分かったわ。」

 

 無理に動揺を押さえ込むお嬢様。これで一安心かと思ったその時、一人のメイドが奥の部屋から出てきた。そして私たちの方へと近づいてきて口を開いた。

 

「お嬢様、クロエ様。奥様方がお呼びです。こちらの部屋へ、どうぞ。」

 

 せっかくお嬢様が落ち着いたというのに……悪い事は続くと言いますが、今回ばかりは外れないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妹様の寝ているその奥、扉の先にはベッドに横たわり動かない奥様と、その側で椅子に腰掛け、悲壮感を漂わせる旦那様がいた。

 

「レミィ、先生……申し訳ないのだけれど……こっちに来てもらえないかしら。」

 

 とても弱々しい声で奥様が話しかけてきた。悪魔である私にはその声と様子、雰囲気で全てを悟ってしまうことが出来た。

 ――もう、手遅れです。

 

「お母様!!」

 

 お嬢様が半分泣きながら奥様のもとへ駆け寄っていく。旦那様がゆらりと立ち上がり席を譲った。

 

「フフッ……レミィったら、なんて顔しているの? そんなのでは……淑女(レディ)として……いいえ、お姉ちゃんとして失格ですわよ?」

「そんなこと関係ないわっ! ねぇ、どうして、お母様、なんでなの? せっかくフランも産まれて、家族が増えて、みんな幸せなのに、どうして、お母様は辛そうなのよっ!?」

 

 限界だったのだろう。幼いながらにも悟ったのだろう。ここまで言葉を振り絞ると、お嬢様は声を上げて泣き出し、奥様のベッドに顔をうずめてしまった。

 

「……泣かないでちょうだい、レミィ。……ほら、フランの、妹の顔を見たのでしょう? 私も見たの。すっごい、可愛かったですわ……レミィが泣いていたら、恥ずかしいわよ?」

「……でも、でもっ!」

 

 お嬢様が顔を上げた。その顔は涙やらでぐちゃぐちゃだった。奥様は弱々しく笑うと枕元にあったタオルでその顔を拭いた。

 

「泣かないで、レミィ。お母様ね、嘘はつきたくないの。だから、正直に言わせてもらいますわ……もう、お母様は……長くはありません。」

「やめて! お母様、聞きたくないわっ!!」

「そうだぞ、マリア! 何を弱気になっているんだ!」

 

 お嬢様と旦那様が反論する。しかし、私はしなかった。いや、出来なかった。それは、死を覚悟し迎え入れる者にとっての冒涜に当たるからだ。

 

「弱気なんかではありませんわ、アナタ……自分の事は自分が一番よく分かりますの。私はもう保ちませんわ……だから、だからこそ……最期に見る、愛する人たちの顔が、泣き顔だなんて耐えられませんわ……ねっ? 笑ってちょうだい……アナタ? レミィ?」

「いくらでも笑う。笑うから! だから、最期だなんて言わないでくれ……僕を置いていかないでくれ、マリア……」

「お母様……お母様……」

 

 二人は涙で崩れた、ぐちゃぐちゃな笑顔を顔に浮かべた。冷静に見ると、それはとても、笑顔とは呼べない代物であろう。

 

「フフッ……二人とも、面白い顔……満足ですわ。」

 

 奥様はそれでも満足そうに笑っていた。

 

「クロエ先生……そこにいらっしゃいますか?」

「ええ。おりますとも。もしや、奥様。目が?」

「……そんなことないわ。だって先生、気配がしないんですもの。」

 

 嘘か本当かは分からない。ただ、最期の時が近づいているのだろう。

 

「先生、()()()()……()()()()()()()()()……()()()()()()()()()()()?」

御意 ご主人様(イエス マイロード) この命に代えましても、()()()()()()()()。」

「頼もしいわ……」

 

 ここまで話すと、奥様はまっすぐ天井の方を向き、静かにまぶたを閉じた。そして、おそらく最期になるであろう言葉をつむぎだす。

 

「私は、幸せでした……愛する家族に囲まれ……友人にも、恵まれ。最期に、愛する娘を産むことが出来ました。どうか、フランの事を守ってあげてちょうだいね……仲良くしてくださいまし……私は、マリア・スカーレットは、幸せでしたわ……」

「お母様……? お母様!!」

「マリア……目を覚ましてくれ! マリアァ!!」

「……旦那様、お嬢様……」

 

 幸せだった。その言葉を残し、スカーレット家の当主伴侶、マリア・スカーレットは永遠の眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奥様の葬儀はしめやかに行われた。周辺の人間、各地の有力者、交友のあった人物、友人というノーレッジ家の人々。奥様の人柄を表すかのように、数多くの人々がその葬儀に集まった。

 使用人一同はその忙しさに追われ、ろくに悲しむことも出来ないようだ。美鈴でさえ次々とくる来客への対応に追われている。

 しかし、葬儀も終わりある程度の落ち着きが紅魔館を包むと、ふとした悲しみが使用人にも現れるようだ。美鈴が門の影で一人泣いているのを見たこともある。

 お嬢様は奥様の死後、スカーレット家の長女たらんとして立派に来客対応をしていた。私の教育の成果が発揮される場面が、身内の不幸によるものだとは思いもしなかったが。

 そんなお嬢様は新しく産まれた妹様の手本となろうとしたのか、幼い言動は身を隠すようになっていった。「あたし」と言う一人称もいつしか「私」になっていた。悲しいことがきっかけだが、お嬢様は確実に成長されている。

 旦那様はあれから「抜け殻」と呼ぶのが相応しい雰囲気をまとっている。使用人の中にもそのような姿を見て限りを付ける者もいるらしい。

 奥様の死はこの紅魔館に多大な影響を残していた。では、かくいう私は? 私は何ら変わらない。所詮は悪魔だ。世話になった召還主の伴侶が死んだが、私には関係ない。ないはずだ。だが、どこか空虚な気分にはときどき襲われる。わからない。だが、最期に交わした契約は違えてはならない。残された旦那様、お嬢様、そして妹様をお守りしよう。

 

 

 

 

―続く―

 




如何でしたでしょうか?
しばらく忙しいので投稿できなさそうです。ごめんなさい。


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第19話

すいません、1話抜かして投稿してました。ごめんなさい。正しい19話はこちらです。


 

「クロエさーん! お手紙ですー!」

 

 美鈴が手紙をもって私のもとへと走ってきた。奥様が死んだあの日から、美鈴はことさら明るく笑うようになった。どこか暗い雰囲気漂うこの紅魔館を少しでも明るくしようとしているという。

 

「ご苦労様です。宛先はどちらですか?」

「えーっと……ノーレッジとなっていますね。」

 

 私も今や家庭教師だけではなく、使用人全体をまとめるような役割を得ている。あれから幾人かの使用人がここを去って行った。このどこか寂しい雰囲気には、少なくなった使用人の存在もあるのだろう。

 

「ふむ、何の用件でしょう。旦那様は出掛けておりますし、これは預かっておきましょうかね。」

 

 私がそう言って封筒を懐に入れようとしていた時である。

 

「どうしたの、先生?」

「あっ、お嬢様!」

 

 お嬢様がやって来た。すっかり雰囲気も変わり、まさに淑女(レディ)と言うべき立ち振る舞いである。見た目だけは初めて見たときと変わらない。

 

「はい。ノーレッジ家の方よりお手紙でございます。旦那様がいらっしゃらないので、僭越ながら私が一度預かろうかと思いまして。」

「ノーレッジ……お母様の友人だったわね。……いいわ。私が見る。スカーレット家の長女の私なら問題ないはずよ。」

「それは、そうですが……」

 

 私から半分ひったくるような形で手紙をとるお嬢様。亡くなった奥様の痕跡を求めるようにも見えるその必死さは、我々大人からは涙ぐましいものにも見える。

 

「……お母様のご友人だった人からよ。産まれた娘が成長したから、是非とも紅魔館に住まわしてやって欲しいですって。」

「それこそ私たちでは判断しかねる問題ですね。旦那様へうかがった方がよろしいのでは?」

「……別にいいけど、どうせお父様は『好きにしろ』って言って終わりよ。」

 

 最近の旦那様は、どこか無気力になっているというか、何か許可を求めたとしても「好きにしろ」と言うばかりである。いまや半分隠居の身となっているので、紅魔館の当主の座はお嬢様に移りつつある。お嬢様は旦那様のそういった態度に辟易していらっしゃるようだ。

 ただ、お嬢様が不満に思っている旦那様の態度は、それだけに留まらないのだ。

 

「お姉さまぁ~。」

「あら、フラン。どうしたの?」

 

 そう、奥様が自らの命と引き替えにこの世に生を為した金の炎、フランドール・スカーレット様についてである。

 旦那様はあの日の出来事を引きずっているらしく、まだ妹様が赤ん坊だった頃は使用人に面倒を任せていた。それだけならばそこまでおかしいことでは無い。だが、妹様がある程度成長した最近は、なるべく顔を合わせないようにしたり、食事の際なども一人別室で食事をとったりなど、とにかく露骨に妹様を避けている。最初は何の疑問も抱いていなかった妹様も、最近は父親の自分に対する扱いに疑問を感じているようだ。

 

「お父様とおはなししたかったのに、お父様どこにもいないの……」

「……お父様は忙しいのよ。ねっ、お姉様とあそびましょ? フランの大好きなお人形さんをいっぱい持って行ってあげるわ。」

「ホントッ!? わ~い!」

 

 無邪気に喜ぶフランお嬢様。これで誤魔化せる内はまだ良いだろうが、いつかは抜本的な改革を行わねばならないだろう。

 

「じゃあ、先生。居候の件については任せるわ。お仕事を押しつけてばかりだけど、よろしくね? 私はフランと遊んでくるわ。」

「バイバイ、せんせっ!」

御意 ご主人様(イエス マイロード)。お任せください。」

 

 お嬢様とフランお嬢様は姉妹仲良く手をつないで廊下を歩いて行った。その姿はとても仲の良い姉妹に見える。

 

「……クロエさん。少し気になることが……」

 

 今まで沈黙を貫いていた美鈴が、いぶかしげに話し出す。

 

「どうしました?」

「私の能力について、クロエさんは知ってますよね?」

「《気を操る程度の能力》でしたね。しかし、それがどうしたって言うのです?」

「私が普段操る気は、いわゆる(オーラ)みたいな物なんですけど、他の気も自由自在とまでは行かなくとも、ある程度は感知したり操作したりできるんです。」

「ほう、そうだったんですか。しかし、それでは私の疑問の答えになっていませんよ?」

「……すこし、言いづらいんですけど、妹様から、何か、狂気に近い何かを、最近感じるんです。」

「狂気、ですか。」

「今すぐどうこうって言うものではないと思うんですけど……クロエさんには知っておいてもらいたくて。」

 

 この時私は、美鈴の言葉をそれほど問題視していなかった。そういった類の負の面は誰しも持っているものであるし、さらにそれが吸血鬼である。抱えている物が狂気であっても違和感を得なかった。

 

「分かりました。心にとどめておきましょう。貴女もそれとなく気に掛けてください。」

 

 だからこそ、私は、このようなおざなりな言葉を吐いてしまった。もし、ここで美鈴に詳しく探らせるなどしておけば、私がもっと真剣に対処していたら。ありもしないタラレバを惜しむのは愚かなことだが、過去を振り返らずにはいられない。

 この場面こそが、回避出来たはずの、破滅への第一歩だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日の後、紅魔館に一人の少女が訪れた。長い紫の髪を蓄えた、まだ幼さの残る少女である。

 

「初めまして、パチュリー・ノーレッジと申します。この度は紅魔館への寄食を認めて頂き、心より感謝申し上げます。私としては……」

「あ~、やめやめ! そんな固っ苦しいあいさつなんていらないわ。パチュリー、この館で住まうならば、貴女はもう私の家族よ。我が紅魔館の立派な一員なの。それに、使用人として仕えるわけじゃないんだから、遠慮なんて要らないわ。私の事はレミィと呼んでちょうだい。親愛の証よ?」

「そう? ならお言葉に甘えるわ。正直、けっこう無理していたのよ。私の事はパチェとでも呼んでちょうだい。その親愛に答えられるように頑張るわ、レミィ?」

 

 お嬢様とパチュリー様の出会いの場面である。ノーレッジ家が自身をもって送り出した箱入り娘、パチュリー様。今わかる限りでも、素晴らしい魔法の素養をお持ちのようである。

 ただ、気がかりなのは……

 

「ところでレミィ。そちらの方はどなた?」

「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。(わたくし)、この紅魔館でお嬢様の家庭教師を務めておりますクロエと申します。現在は使用人全体をまとめる執事長のような役目もおっておりますが、あくまで仮の物とご認識ください。」

「紅魔館の家庭教師、ね。それは素晴らしい知識をお持ちなんでしょうね。ぜひとも語り合いたいものだわ。」

 

 パチュリー様の目が挑戦的に輝く。魔法使いというのは、往々にして自身の知識に絶対の自信を持つものだ。

 

「やめておきなさい、パチェ。先生には敵わないわよ。だって、先生は悪魔なのよ? 貴女が実家で習った知識や魔法は、先生の方が本家なんだから。」

「えっ!? クロエさんは悪魔なの!? う、嘘、私が全く気がつかないなんて……どこまで高度に擬態しているの!?」

「フフフ、ノーレッジ家の皆様には、同胞がお世話になっております。しかし、私の正体に気がつかないとは、私もまだまだ捨てた物ではないようですね。それか、失礼ながらパチュリー様もまだまだ伸びしろがあるのやもしれません。」

「む、むきゅう……」

 

 パチュリー様は意気消沈したように謎の鳴き声をあげた。流石に年若い魔法使いとは言え、自身の知恵の大元である悪魔相手に勝負をしかけては来ないようだ。

 ――まぁ、それでも挑んでくる方もいないわけではないのですが。悪魔側がよほど下の位階か、召喚側がよほど強くなければ喰われてしまいますし、ね。

 

「レミィ、お願いがあるのだけれど、私にどこか、書物が多くある部屋を与えてはもらえないかしら。さっきクロエさんが言ったように、私もまだまだ伸びしろがあるようだわ。」

「そうね、なら、地下にあるお父様の書庫を改造しましょう。あそこなら先生が時々整理もしてくれていたし、打って付けだわ。」

 

 こうして紅魔館に一人の魔法使いの少女が住み着いた。お嬢様も使用人ではない話し相手が出来たことを喜んでいらっしゃるらしい。フランお嬢様も「新しいお姉ちゃんだ!」と、無邪気に喜んでいらっしゃる。

 ただ、私が最初に懸念したことは当たってしまった。パチュリー様はぜんそくを患っているらしい。詠唱が必須である魔法使いにとって、それは致命的だ。だが、美鈴の気功治療によって症状はだいぶ抑えられるらしい。その点でも紅魔館に来て正解だったのだろう。

 お嬢様を主柱とした、新しい紅魔館の体勢が整いつつある。願わくは、お嬢様の手となり足となる忠実な部下がいれば良いのだが、難しいかもしれない。

 あとは、旦那様だけだ。

 

 

 

―続く―




如何でしたでしょうか?

今回ミスしてしまい申し訳ありません。今後、注意します。


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第20話

お待たせいたしました。
どうぞ、ご覧ください。


 紅魔館にパチュリー様が来て数ヶ月が経った。パチュリー様は地下にある旦那様の書庫を根城に書物を読みあさっている。さらに実家から持ち込んだのか、大量の魔導書が増えていた。

 お嬢様も話が合うのか、よく書庫に行っては何かしら話をしている。魔法に関する事か、はたまた別の何かか。(わたくし)は知らないが、端から見る二人の様子は長年つきあいのある親友のそれだ。たまに湖の妖精コンビも遊びに来るようで、大妖精が混ざり三人で魔法の話をしている。……チルノは理解が出来ないようだが。

 フランお嬢様も新しい姉が出来たと喜んでいる。魔法に興味があるのかパチュリー様に教えてもらっているようだ。そして才能もあったようで、スポンジのように知識を吸収している。この調子では、魔法に関しては姉を抜く日も遠くないかもしれない。

 美鈴はその《気を操る程度の能力》でパチュリー様のぜんそくの緩和に当たっている。パチュリー様曰く、自身のぜんそくは呪いのような物で時々ぜんそく持ちの子がノーレッジ家には産まれるらしい。そしてその子は類い稀なる魔法の才を持つというのだ。確かにパチュリー様の魔法は素晴らしいものである。最近は美鈴のもつ気の力や、東洋の五行説に興味を持っているらしい。

 私はパチュリー様に頼み込まれ、地下の書庫で司書のような業務も行うようになった。確かに彼女はぜんそく持ちで虚弱だ。だが、私も暇ではない。そのような雑事ならパチュリー様自身が使い魔でも召喚すれば良いのに。試しにいつか進言してみよう。ただ、合間合間に魔法について聞かれることもある。契約を結んでいるわけではないので何でも答える訳にはいかないが……まぁ、多少なら良いだろう。

 この様に、これだけ見れば紅魔館はとても安定している。使用人の数は激減したが、維持管理が出来ないわけではない。暗くなりがちだった雰囲気も、パチュリー様という存在が一石を投じたようで少しずつ変わってきた。

 だが、変わらない者もいる。旦那様だ。相も変わらず常にフランお嬢様を避けている。最近はフランお嬢様に限らず、他の者との関わりすら避けている節もある。お嬢様は半分諦めているようだが、フランお嬢様は自身が嫌われていると感じてしまっている。

 ――これはそろそろ、直談判するときが来たかもしれませんね。奥様との契約を果たすためにも、話し合いが必要だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「旦那様、お待ちください。」

 

 皆の集まる食堂を通り過ぎ、今日も一人で食事を取るつもりであったのだろう旦那様を呼び止めた。旦那様は聞こえない振りでもするつもりか、そのまま歩き出そうとしたが私は手をつかみ、それを許さない。

 旦那様は観念したように立ち止まり、緩慢な仕草でこちらへと振り返った。

 

「……なんだ、どうしたと言うのだ。」

「旦那様の最近の行動に対し、僭越ながら苦言を申そうかと思いまして。」

 

 私の言葉に旦那様は苦い顔をする。自身の行動にも思い当たる節があるのだろう。

 

「……お前には、関係ないだろう。家庭教師風情がたいそうな口をきくじゃないか。」

 

 私が召喚された当初と態度が全く違う。これがあの旦那様なのだろうか。

 

「関係ありますとも! 私は奥様との別れの際に契約を致しました。お嬢様方と、旦那様。貴方をお守りすると。貴方がその態度を貫けばこの紅魔館は何時の日か崩壊します。旦那様、本当にそんな状況を望んでいらっしゃるのですか?」

「……分かった。ここじゃまずいだろう。部屋に来てくれ。」

 

 場所を変える提案をしてきた。たしかにこんな廊下では話しにくいこともあるだろう。

 

「かしこまりました。」

 

 私は旦那様と共に私室へと向かうのだった。

 

 

 

――同時刻、食堂にて。

 

「ねぇ、お姉様。今日もお父様はいないの?」

 

 輝く金髪と、およそ翼とは思えない宝石の付いた枝のような羽を持った少女、フランドール・スカーレットは淋しそうに呟いた。

 

「……えぇ、そうね。きっと疲れているのよ。お部屋で食べているわ。」

 

 それに答えたのはお姉様と呼ばれた少女、レミリア・スカーレットである。妹の前でなるべく見せまいとしているのだろうが、不機嫌な様子が漏れている。

 

「……やっぱり、わたし嫌われてるのかな?」

「そ、そんなことないわよ!? ただ、ちょっと疲れてるだけよ。あの人は別にフランの事を嫌ってるわけじゃないわよ。ねっ?」

「でも……」

 

 悲しそうな顔をするフラン。一人の子供として、父親に嫌われることは辛いだろう。周りにいる同居人達も辛そうな顔をする。

 

「……決めた。」

「何を決めたんですか? フランお嬢様。」

 

 赤髪の門番、紅美鈴が尋ねる。普段から周りを明るくしようと努めている彼女だが、今ばかりは真剣だ。

 

「わたし、お父様ときちんとお話ししてくる!」

「えっ、ちょ、フラン!?」

 

 姉の制止も聞かず食堂を飛び出すフラン。レミリアはそれを急いで追いかけようとした。

 

「待ちなさい、レミィ。」

 

 しかし、それを止めたのは最近加わった紫髪の少女、パチュリー・ノーレッジだ。紅魔館に来て日が浅いはずなのに、その態度たるや古参者のようだ。

 

「何でよっ! 急がないと間に合わないわ!」

「このままの状態を続けていたって、それこそ何の進展もないわ。時が解決するような問題なんて限られているのよ。黙っていて気持ちが通じるわけじゃないし、ここらでしっかり話し合った方が良いんじゃないかしら?」

 

 一分の隙もない正論を唱えるパチュリー。自身も理解できるのか、立ち止まりもどかしそうにするレミリア。

 

「ぅ~、もどかしいわね、自分がこんなにも無能だなんて思わなかったわ!」

「そ、そんな、無能だなんてそんなことを仰らないでください。お嬢様は紅魔館のみんなの事をよく考えてくれてますって!」

「……そう、かしら。」

「そうよ、レミィ。貴女は良くやってるわ。私の事だって気に掛けてくれて感謝しているわ。それに、この場にもう一人いない人がいるでしょう?」

 

 パチュリーがある事実を指摘する。そのことに気がついた一同は期待するような雰囲気に包まれる。

 

「……確かに先生がいないわ。」

「ええ。あの人はさっき廊下に出て行ったわ。廊下で何か話し合っていたみたいだし、期待して良いんじゃないかしら?」

 

 その場にいる全員が黙った。その心は一様に、不安と匹敵するほどの期待が渦を巻いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、旦那様。なぜフランお嬢様を避けていらっしゃるのですか?」

 

 場所を廊下から旦那様の私室に移し、私たちは向かい合った。仮にも主従であるので、旦那様は席に座り、私は対面する形で立っている。旦那様は私の問に押し黙っている。だが、探り探りと言った様子で言葉を吐き出していった。

 

「……アレは、フランは、マリアによく似ている。髪色こそ私と同じだが、風貌は昔見せてもらった、彼女の幼い頃にそっくりだった……だからこそ、なんだろうな。フランを見るたびに、彼女を、マリアのことを思い出してしまうんだ。」

 

 旦那様は結局の所、未だに奥様のことを引きずっておられるようだ。ポツポツと語るその姿は、叱られた幼い子供のようだ。

 

「……笑ってくれ、俺は死んだ妻を思い出すからと言って娘を避けていたんだ。」

「旦那様……」

 

 その言葉は、姿は、深い悲しみを如実に表現している。旦那様自身も辛いのだろう。自分の娘に妻の姿を重ねてしまう。それも否応なしにだ。

 

「それに、最近は紅魔館全体の雰囲気も、見ていると辛いんだ。明るい雰囲気を見ていると、そんなことはないと分かっているのに、皆がマリアのことを忘れてしまっているような気がしてな……」

「……旦那様、僭越ながら申し上げますと、皆一様に奥様のことを今も思っております。お嬢様も秘密にしていますが、未だに涙で枕を濡らす日もあります。美鈴は3日に1回は奥様のお墓へ花を手向けております。フランお嬢様とて、なき母の面影を求めております。最近いらっしゃったパチュリー様でさえ、悲しむお嬢様方を見ては心を痛めております。」

 

 そう、皆無理に明るくしようと努めているのだ。全ては未だに奥様のことを引きずる旦那様のために。

 

「だと言うのに、旦那様、貴方の今の体たらくと言ったらどういう事なんですか? それでもスカーレット家のご当主ですか? 悲しいのは分かりますが、当主たる貴方が何時までも引きずっていてどうするというのです! お嬢様をご覧なさい! あの齢にして貴方の代わりにこの紅魔館をまとめようとしておられる! 悲劇の主人公を気取るのもほどほどにして頂きたい!」

「――ッ!」

 

 私の言葉に旦那様は少なくない衝撃を受けたようだ。

 

「先ほどの無礼な言葉遣いは謝罪いたしましょう。しかし、その内容までは取り消しません。貴方が、アレイスター・スカーレット様が何時までもそのような体たらくでは困るのです。どうぞ、今一度お考えください。」

 

 私の言葉に、呆然とする旦那様。魂が抜けたように椅子にもたれかかり、天井を見つめる。しばらくの後に今度は顔を下げ、うつむいた。

 

「……結局の所、俺が、誰よりも幼稚だったみたいだな……」

「心中はお察しします。ただ、心にキリをつけて頂かねば、奥様も浮かばれません。」

「あぁ、そうだな。」

 

 旦那様は立ち上がり、部屋の壁に掛けられた一枚の絵に目を向ける。それは旦那様とお嬢様と、奥様が描かれている家族絵だ。私の召喚前に描かれた物らしい。それをいとおしげに見つめながら旦那様は呟いた。

 

「……しかし、フランには悪い事をしてしまった。俺の幼稚な意気地のせいで、辛い思いをさせてしまった。」

「分かっていらっしゃるなら、行動で表していただかないと。それよりも、旦那様の一人称が俺となってますが……」

「昔は俺だったんだよ。マリアに出逢ってから僕にしてたんだがなぁ。」

 

 遠い目をしながら感慨にふける様子の旦那様。そして、あの言葉を呟いてしまうのだった。

 

「こんな思いをするぐらいなら、」

 

 あぁ、破滅の時が、音をならして近づいてくる。

 

「いっそフランは紅魔館に産まれてこない方が良かったのかもしれないな。」

「…………お、お父、様? い、今の言葉は、ほんとうなの……?」

 

 この場にいないはずの、幼い少女の絶望に満ちあふれた言葉が、響き渡る。私と旦那様は同時に振り返った。そこにいたのは、大きな瞳いっぱいに涙を浮かべた、フランお嬢様だった。

 

 

―続く―

 




如何でしたでしょうか?

もうすぐで原作の辺りに到達できそうです。……たぶん。

それに伴って、今書いているこの作品の表紙絵になるイラストも挙げたいと考えています。その暁には見てみてください。


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第21話

お待たせ致しました。続編です。



「そ、そうなん、だ……わたしは、やっぱり、嫌われてたんだね……」

 

 絶望の表情を浮かべたフランお嬢様は不幸な勘違いをしてしまったようだ。

 

「ま、まて、フラン。さっきのは違う! 言葉を全て聞いてないだろう!?」

 

 旦那様が焦ったように取りなす。今までの会話を聞いていれば分かったろうに、よりにも寄って最悪なタイミングで最悪な言葉を聞かれてしまった。

 

「……ア、アハハ……わ、分かってたから、大丈夫だよ……ご、ごめんなさい、すぐに出ていくから……!」

 

 お嬢様はそう言い残すと駆けだしていった。ご丁寧に魔法を使って行方をくらませている。旦那様は絶望したように崩れ落ちた。

 

「な、何てことに……俺は、そんなつもりじゃ……」

「ほうけている暇があったら後を追いますよ! すぐに追わねば。 取り返しの付かなくなる前に、早く!!」

 

 旦那様を無理矢理立たせ、フランお嬢様を追いかける。早く、間に合わなくなる前に! お嬢様の残滓を探る。紅魔館の中にはもういないようだ。一体どこに?

 すると、廊下の先から美鈴が駆けてきた。焦ったように誰かを探している。こちらを見つけると猛烈な勢いで迫ってきた。

 

ク、クロエさんっ!! い、今、妹様が、すごい勢いで門を走り去っていって!私も止められなかったんですけど、一体どうしたんですか!?

「落ち着いてください、妹様が最悪の勘違いをしてしまいました。このままだとどうなってしまうかわかりません。私と旦那様は外を探しに行ってきます。美鈴、貴女も別方向を探してください。他の人たちには中で待機するように指示をしておきますから。」

「わ、分かりました!」

 

  美鈴はきびすを返し超人的な速度で走り出していった。恐らく《気を操る程度の能力》によるものだろう。さて、私たちも行かないと……。

 

 

 

 

 

 ――同時刻、湖の(ほとり)

 

 一人の少女は道を歩く。月明かりも雲に阻まれ真っ暗な闇の中。一人淋しくトボトボと歩いてく。

 

 ワタシハ、イラナイ子ダッタンダ……オ父様ニ、ウマレテコナケレバッテ、イワレチャッタ……モウ紅魔館ニハイラレナイヨ……アァ、悲シイナ……

 

「おっ? なぁ、大ちゃん。あれフランじゃないか?」

「んー? あっ、本当だね。何しているんだろう?」

「呼んでみよう! おーい!! フラーン!」

 

 ウルサイナ……ワタシノ名前ナンテ呼バナイデヨ……望マレナイ子ダッタノニ……コレカラドウシヨウカ……?

 

「おーい! 聞こえないのかー? フランってばー?」

 

 アァモウ、シツコイナァ……コンナニ悲シイノニ、ダレヨアイツ……アンナノ壊レチャエバイインダ……ソウダ、ワタシニハソウスル力ガアルジャナイカ……

 

「なんだよ、アイツ! 無視しやがって!」

「チルノちゃん、よしとこうよ……何か雰囲気おかしいよ?」

「構うことないって! アタイ最強だし! よーし、氷でもぶつけてみよっと!」

 

 氷ヲ投ゲテキタ……ヤッパリ敵ダッタンダ……手ノ平ニ、破壊ノ目ヲ移シテ……握リツブソウ……

 

「……きゅっとして……ドカーン……」

「――ッ!? な、なんだ!? アタイの氷が砕けたぞ!?」

「チルノちゃん、何か危ないよ! 逃げよう!?」

「嫌だ! このまま逃げられるか! もっと、大きい氷を!」

 

 ホラ、マタ攻撃シテキタ……アイツ、壊シチャオウ……両手ニ、破壊ノ目ヲ……サァ、握リツブシテ……

 

「きゅっとして、ドカーン……」

「また砕かれた! なんだあれ、魔法かな?」

「チルノちゃん逃げよう! って、チルノちゃん……足は……どうしたの……?」

「足……? えっ、あ……い、ぎゃぁぁああぁぁああっ!!? ア、アタイの足が!? 

 足がない!? い、痛い! 痛いよぉ!」

 

 アレ? ……身体全体ヲ壊シタハズナノニ、足シカ壊レテナイヤ……ウルサイシ、今度コソ壊シチャオウ……

 

「きゅっとして、ドカーン!」

ァガッ!!

チ、チルノちゃん!? いやぁぁあああぁあぁああっ!!

 

 モウイイヤ……案外簡単ニ壊レチャウンダナ……ソウダ、ドウセ望マレナインダッタラ……全部壊シチャオゥ……ミンナニ嫌ワレルヨウニ……マズハ……

 

「……お墓かな……?」

「えっ?」

 

 少女はひとり、夜の道を進む。その表情は、いびつな笑みに飾られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅魔館の周りを探してみても、フランお嬢様の行方は分からなかった。美鈴にも探してもらっているが……

 

「弱りましたね……一体どちらに向かわれたのでしょうか?」

「わからん……」

 

 手がかりはゼロ。これでは見つけられる事など出来ない。

 だが、ちょうどその時美鈴が息せき切って走ってきた。腕に何かを抱えている。あれは、大妖精?

 

「クロエさん! 大妖精さんが!」

「どうしたんですか?」

 

 美鈴に抱かれた大妖精は何かにとてもおびえている様子で、カタカタと震えている。

 

「大妖精さん、どうしたと言うのですか? それに、いつも一緒のチルノはどうしたんですか?」

「チルノちゃん……チ、チルノちゃんが!」

 

 彼女はチルノの名前を聞いた途端に慌てだした。血相を変えて美鈴の腕からおりてこちらに近寄ってくる。

 

「チルノちゃんが、チルノちゃんがぁ……!」

 

 

 

 話を聞くと、夜の湖を散歩していた二人はフランお嬢様にであったのだという。うつむきがちにトボトボと歩いていたその様子に大妖精は不審に思ったのだが、バカのチルノは何も考えず声を掛けた。フランお嬢様はそれに応じず無視を決めたらしいのだが、チルノはそれに反感を覚え攻撃をしかけたと言う。

 しかし、攻撃のため投げた氷が空中で粉砕された。続く二投目の氷も同じように粉砕され、チルノ自身下半身を破壊されたらしい。そして続けざまに残りの半身も破壊されたという。

 フランお嬢様の魔法にそのようなものはなかったはずだが、新しく作ったとでも言うのだろうか。

 ――もしくは、能力の目覚め、ですかね?

 

「それで、フランお嬢様は他に何か仰っていませんでしたか?」

「そういえば……『お墓かな』って言ってたのを聞きました……ぅう、チルノちゃぁん……!」

「お墓、ですか……しかし、大妖精さん。何を悲しんでいるのですか、目の前で友人が破壊されたのは衝撃だとは思いますが、貴女もチルノも妖精なんですから一回休みで終わるでしょう?」

「チ、チルノちゃんは、一回休みからの復活が遅いんですぅ……! あと、三日もチルノちゃんに会えないだなんて、耐えられません!!」

「そ、そうですか……」

 

 こちらは心配ないようだ。どうやら、依存していたのはチルノではなかったらしい。

 

「旦那様、フランお嬢様は『お墓』と仰っていたそうですが、心当たりは?」

「……すまないが、全く分からん……」

「弱りましたね、折角の手がかりなんですが……」

 

 私たちが悩んでいると、今まで沈黙していた美鈴がおそるおそるといった感じで話に入ってきた。

 

「あ、あのぅ……この辺りで妹様に関係するお墓は、奥様の物以外にないんじゃないでしょうか?」

「マリアの……? 確かにそうだが、フランは一体何をするつもりなんだ?」

 

 話が見えず首をかしげる旦那様。だが、悩んでいる暇はない。

 

「旦那様、とりあえず奥様のお墓へ行きましょう。現在唯一の手がかりなんですから。美鈴、貴女は引き続き周辺を探り、情報を集めてください。頼みますよ。」

「分かりました、お気を付けて。」

 

 美鈴に指示を出し、旦那様と二人奥様の墓へと向かう。よもや、旦那様と向かう初めての墓参りがこんな状況だとは思いも寄らなかったが。

 ――頼みますから、墓前で自殺なんて愚かなことはしないでくださいよ。

 

 私は空恐ろしい妄想を振り払いながら、夜の森を駆け抜けていくのだった。

 

 

 

―続く―




如何でしたでしょうか。

次で過去編が終了します。


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第22話

今回普段の倍の量となってます。ご注意ください。



 先ほどまで空を覆っていた雲は晴れ、月明かりが(わたくし)たちを照らす。奥様のお墓へと急ぐ私たちの目前に、奇妙な物が目に映った。それは、不自然な形で破壊された木々や岩だ。風化や落雷ではこの様な壊れ方はしない。巨大な手で握りつぶされたかの様な壊れ方だ。何よりも不思議なのは、壊された木や岩などにはもはや生命の雰囲気が感じられない。完全な破壊が為されている。

 不気味な雰囲気を肌で感じながら、私と旦那様は紅魔館が見える高台、奥様が眠る墓地へと急ぐ。嫌な予感がする。今まで感じたことがないような寒気が私の心を包む。この先へ行ってはいけないと私の第六感が警鐘を鳴らす。だが、行かねばならない。

 

「……なぁ、家庭教師。」

「如何なさいましたか、旦那様?」

「フランは、大丈夫だよな? どうにも嫌な予感が離れん。」

「……大丈夫ですとも。旦那様ご自身が信じて差し上げねば、どうするというのです?」

「そうだな……すまん、変なことを言った。忘れてくれ。」

 

 弱気になった旦那様である。だが、その気持ちは分からないでもない。

 

「……もうすぐ、到着いたします。急ぎましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 墓地に到着した。普段は固く閉ざされている門扉もひしゃげてしまっている。地面についた小さい足跡はおそらく……

 

「家庭教師、この足跡は……」

「ええ、フランお嬢様の物でございます。」

「そうか、中にいるんだな。」

 

 旦那様は覚悟を決めたようにうなずき、中へと入っていった。私もそれに続く。墓地の一番端、崖沿いに奥様のお墓はある。フランお嬢様は奥様のお墓の前でしゃがみ込んでいた。後ろ姿からは何もうかがい知ることは出来ない。

 

「フランッ!!」

 

 旦那様が声を掛ける。フランお嬢様は反応を示さない。ただ奥様のお墓の前でしゃがみ込み、時折左右に身を揺らすだけだ。

 

「フラン、聞いてくれ。さっきの言葉は完全に誤解なんだ。今まで父さんはお前に対して辛く当たってしまっていた。それを悔いて、父さんの娘に産まれてこなければ、そんな思いをしなくて済んだかもしれないな、って話していただけなんだ! なっ、フランの事を決して嫌っているわけではないんだ、分かってくれフラン!!」

 

 旦那様は誤解を解こうと必死に言葉を吐き出す。だが、フランお嬢様は依然として反応を示さない。

 一陣の風が墓地を通り過ぎる。突然フランお嬢様が立ち上がりこちらを振り返った。そこには、何の感情も浮かんでいなかった。虚空を映す瞳が、無表情にこちらを見つめる。

 

「フ、フラン……? どうしたんだ?」

「……もういいよ。お父様もせんせーも、そんな無理しなクていいンだよ? わたシ分かってるカら。わたしハ望まれない子だモん。お母様を犠牲に産マれた忌み子だッて、言ってタ人もいたし。」

「……フランお嬢様、ご自身のことをそんな卑下なさらないでください。それこそ、奥様に対し冒涜です。」

「奥様、お母様、マリア様! みーんナいっつもそノ人のこと言ウンダもン! わたしは知ラナイのに、ソンなこと言われたって分カラナいよっ! 誰もわタシを見テクれない! お姉様ダッテそうだ! もう疲レタヨ……ダカラ、ネ?」

 

 フランお嬢様が手を前に出す。手の平を上に向け、何かを手に乗せているかのようだ。猛烈な嫌な予感と寒気を感じた私は、《欺く程度の能力》を発動して、フランお嬢様に私たちのダミーを誤認させた。

 

「ダカラ……全部壊シチャウコトニシタンダ。ホラ、『キュットシテ、ドカーン』!!」

 

 次の瞬間、私たちのダミーが木っ端みじんにはじけ飛んだ。魔法の兆候は感じなかった。つまり、あれは魔法ではなくフランお嬢様の能力と推測できる。

 ――しかし、ダミーを用意しておかなければ、今頃木っ端みじんになっていたのは私たちでしたか。なんとも強力な能力です。流石はスカーレット家のご息女と言った所ですね。

 

 フランお嬢様は狂気の笑みを浮かべ、飛び去っていった。私は、信じられないといった表情を浮かべる旦那様を立たせる。実の娘から攻撃されたのだ、愕然とするのも無理はない。

 

「旦那様、お気持ちはお察ししますが、ここでヘタレている場合ではありませんよ。」

「だ、だが、俺は今、フランに殺されかけたんだぞ!? よもや、実の娘にだ! もう、マリアにあわせる顔がない……」

「いつか会わせる顔の心配より、現在の心配をしましょう。フランお嬢様が飛び去って行かれた方向、あれは紅魔館です。『全部こわしちゃう』と言うあの台詞が本気ならば、今最も危険なのは他のご家族ですよ! それこそ、奥様に何と言い訳するおつもりですか!?」

「――! だ、だが、いくら何でも、他の者に手を出したりはしないだろう!? アイツが、フランが恨んでいるのは俺のはずだ、レミィや門番達に手を出す理由があるか!?」

「……残念ながら、今のフランお嬢様は狂気に飲まれています。狂気に飲まれた者は、失礼ながら、何をするか分かった物じゃありません。我々が到着した頃には、紅魔館の住人皆殺しなんて事もあり得なくはないでしょう。」

「そ、そんな……」

 

 我々悪魔は、人間の汚い部分をよく見てきた。狂気に飲まれた者の末路も嫌と言うほど知っている。旦那様が先祖と称しているブラド公のあの所業とて、正気の沙汰ではあるまい。

 

「……止めるぞ、家庭教師。フランに、家族殺しという重荷を背負わせてなるものか! 付いてこい、紅魔館は俺が守る!」

御意 ご主人様(イエス マイロード)、急ぎましょう。」

 

 吸血鬼と悪魔が、守るべき者のために今、走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 崖を飛び降り、湖を飛び越え、紅魔館に到着する。だが、我々は、手遅れを悟った。紅魔館の外にいながらも存分に匂うこの匂いは、紛れもなく血のにおいだ。

 破壊された門を抜け、粉砕された玄関扉をくぐる。そこには、この館で最期まで従事していた従者が、メイドが、我々の家族たる皆が、目を背けたくなるような惨状で横たわっていた。五体満足で死んでいる者は、一人たりともいない。

 

「……間に合わなかったか……クソッ!! 俺の不甲斐なさのせいで!」

 

 絶望したように膝を突く旦那様。だが、私にはわかる。この館の中に、まだ生きている者の気配がする。

 その時、遠くから爆発音が鳴り響いた。

 

「――! い、今の音は!?」

「旦那様、まだ諦めるには早いようですよ。急ぎましょう、本当に手遅れになる前に。」

「あ、ああ!」

 

 玄関ホールを抜け、階段を上がり、廊下を行き、爆発音のした方向へ急ぐ。遠く、かつ高い位置からの音だ。フランお嬢様の破壊の跡をたどりながら行き着いたその先は、かつての奥様の部屋だった。

 半分壊れ掛かった扉を蹴破り中へ入る。そこにあったのは、右腕を吹き飛ばされ苦悶の表情を浮かべるお嬢様と、それをかばうように立つパチュリー様。そして、それを冷酷な瞳で見詰めるフランお嬢様だった。

 

「レミィ!」

「お父様! それに先生も!」

 

 こちらを見て安心したように声を上げるお嬢様。パチュリー様も少し安心したような顔を見せた。

 

「あレ~、どウしてお父様トせんセーがいるの~? さっきちゃんト壊したはズナのにナぁ?」

「フフフ、スカーレット家の家庭教師たる者この程度の事が出来なくてどうします? ……フランお嬢様、もう止めましょう。これ以上何かを、誰かを壊しても貴女の気持ちは晴れませんよ。」

 

 薄笑いでこちらを見ていたフランお嬢様だったが、私の言葉を聞いた途端に表情が抜け落ちる。その表情からは何も読み取ることが出来ない。悪魔である私が理解できない。

 

「……何さ、せんせーに言われなくたって分かってるよ。でも、わたしはもう、戻れないんだよ? いっぱい、いっぱい殺した。わたしの事を可愛がってくれたメイドさんだって、美味しいご飯作ってくれたコックさんだって……」

 

 フランお嬢様の声が震える。

 

「……何より、お母様だってわたしが殺したようなものじゃないっ!! もう、戻れないんだよ……? 狂気に身を任せないと、わたしが壊れちゃうんだ。」

 

 瞳から流れた一筋の涙と共に、再度お嬢様の顔に狂気が宿る。私に向かって手の平を向ける。

 

「せんセーを壊シタら、お姉様ダッて悲しむカナ? オ姉様はパチュリーが守ってルから、腕しカ壊せてナいし、ココロを壊したイな? アハハ! お人形ミタいにナルかな!?」

「ヒッ!?」

 

 狂気に視線にお嬢様がおびえる。お嬢様の能力の詳細が分からない以上、下手に動く事も出来ない。せめて、もう一度目の前で見る事が出来たなら!

 私が半ば覚悟を決めたその時、今まで黙っていた旦那様が前に出た。

 

「フラン、もう止せ。家庭教師も言っていただろう。これ以上自分を傷つけるんじゃない。」

 

 突きだしたフランお嬢様の手にも臆さず前に進む。その様子にフランお嬢様が一歩たじろぐ。

 

「確かに俺は、立派な父親じゃなかった。マリアが、お前のお母さんが死んでからは特にな。俺のその意気地のなさが、この紅魔館に……フラン、お前に余計な心配を与えていたんだろう。……すまなかった。」

 

 一歩、一歩、また一歩。フランお嬢様の元へと歩みを進める。フランお嬢様はすでに壁際に背中がついている。

 

「すまなかった……すまなかったなぁ……! フラン、これから一緒にやり直そう。お父さんと、手遅れかも知れないけれど、もう一度やり直そう。まだ、戻れる。フラン、お前は優しい子じゃないか。」

「お、とう、さま……」

「なっ、フラン。大丈夫だ、大丈夫。お前の罪も、不安も、全部俺がもらうから……」

「お父様、お父様……!」

 

 旦那様は跪き、フランお嬢様を優しく抱きしめる。フランお嬢様も背中を腕に回し旦那様を迎える。これにて一件落着か、失ったものは多いが、これも一つの運命だったのかもしれない。

 そう、私は安心していた。もう悲劇は幕を下ろしたのだと。……だが、カーテンコールはまだ先だった。

 

「――今更なんだよ、お父様。」

ガハッ!!?

 

 瞬間、旦那様の身体に、大きな穴が開いた。フランお嬢様を抱きしめていた腕から力が抜けて、旦那様は床に倒れた。

 

お、お父様ァアアアァアアアッ!!!?

 

 お嬢様が錯乱したかのように叫ぶ。旦那様の身体に開いた傷は一向にふさがらない。吸血鬼の再生が及ばないのか?

 同時に、私にとってとてもまずい事態が生じる。私の召還主である旦那様が瀕死である現在、私の存在が危くなった。もし、旦那様が死んでしまわれたら、私は魔界へ強制送還である。

 

「アハハッ! 壊れちゃった! ……叫んでも無駄だよ、お姉様。わたしの能力、《ありとあらゆるものを破壊する程度の能力》は吸血鬼の再生能力だって無視しちゃうんだから!」

 

 楽しそうに笑うフランお嬢様。言葉も意志も明瞭に、完全に狂気と一体化している。もうすでに、手遅れだったようだ。

 次の標的を見つけたとばかりに、私の方に手を向ける。だが、皮肉にも能力の発動を見る事が出来たのだ。そのからくりは分かっている。

 

「……無駄ですよ、フランお嬢様。私にその能力は効きません。」

「そんなの試してみなきゃ分からないよっ!? ほら、壊れちゃえ! 『きゅっとして、ドカーン』!」

 

 私に向けて開いた手の平を握りしめる。だが、私には何の傷も生じていない。当たり前だ。フランお嬢様が今握りつぶした私の破壊の目は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「な、なんで!? どうして!? どうして壊れないの!?」

「これだけ能力発動の様子を見せて頂いたのです。もう、私には通用しませんよ。」

「クソッ……なら、お姉様とパチェから壊すもん!」

 

 横を向き、お嬢様とパチュリー様に両の手の平をむけるフランお嬢様。しかし、次の瞬間には、そこにフランお嬢様の肘から先の手はなかった。

 

「……えっ? い、ギャァアアアァアッ!!?

「申し訳ありませんが、切り取らせて頂きました。」

 

 フランお嬢様の腕を抱え謝罪をいれる。お嬢様の能力発動のプロセスには手が必要不可欠だ。少しの間預かろう。

 

「しばらく再生はしませんよ。少しばかりオシオキでございます。」

 

 その時、窓を割って美鈴が飛び込んできた。全身から気をあふれさせ、まさに臨戦態勢といった風である。

 

「ハァッ、ハァッ……み、皆さん……これは一体どういった状況なんですかッ!?」

「美鈴、丁度良いところに! 説明は後です、まずはフランお嬢様の狂気を沈めてください、早く!」

「は、うえぇ!? わ、わかりました!」

 

 美鈴がもだえるフランお嬢様に近寄り狂気を沈める。正気に近づいたフランお嬢様は、今までの疲れか腕の痛みか、意識を失ってしまった。ようやく一息つく事が出来る。

 

「お父様、お父様!!」

 

 お嬢様が旦那様の元へ駆け寄る。涙でぬらしたその顔は、奥様が亡くなったときに見たあの時の顔にそっくりだった。

 

「……ハハッ、なんて顔を、しているんだ、レミィ……マリアが、笑うのも、納得だ……」

「お父様! やだ、死なないで!」

「……死なないで、か……まさか、不死者《イモータル》である俺が、そんな事を言われるときが、来るなんてな……」

 

 旦那様の最期の時が近い。それはつまり、私の最期の時でもある。

 

「美鈴、話があります。少し、こちらへ。」

「……わかりました。」

 

 私は美鈴を連れて部屋の隅へと向かう。

 

「美鈴、率直に言いましょう。旦那様は直に亡くなられます。それに伴って私も魔界へ強制送還でしょう。」

「――ッ! そ、そんな! こんな惨状の紅魔館を置いていくんですか!? あんまりですよ!?」

「私とて本意ではありません! ……時間がない、手短に行きますよ。美鈴、私と旦那様がいなくなった後、この館で大人と呼べる者は貴女だけになります。守りなさい。お嬢様を、フランお嬢様を、パチュリー様を、全霊を賭して守り抜きなさい! 契約を、奥様との約束を守れなかった私が言うのもおこがましい事、ですがね。」

「……私には、荷が重すぎますなんて、言えないですね……分かりました! ……でも、一つだけ条件があります。」

 

 美鈴は私の胸ぐらをつかみ、私の身体を引き寄せた。そして腕を背中に回し、私を抱きしめながら、震える声で言葉を吐き出した。

 

「いつか必ず、帰ってきてください……! 私、待ってますから……!」

「……分かりましたよ。」

 

 美鈴を抱き返し、約束をする。魔力を介さない只の口約束が、こんなにも破りがたいものだとは、今まで知るよしもなかった。肩が熱い。出血にも似たそれは、悪魔である私を持ってしても敬虔な気持ちにならざるを得ない物だった。

 私の身体が光り出した。足下に魔方陣が浮かび上がる。どうやら、時間のようだ。見ると、お嬢様が旦那様の身体にしがみつき泣いている。先に逝かれた様子だ。

 

「……美鈴、時間です。離れてください。」

「…………」

「美鈴!」

「……分かりました。」

 

 私から離れ、真っ赤になった目元を隠すようにうつむきがちにたたずむ美鈴。お嬢様もこちらを見る。

 

「お嬢様、ここで失礼いたします。ご無礼、お許しください。」

「……許さないわ! 絶対に許さないんだから! ……だから、許して欲しかったら、必ず、絶対! 戻ってきなさい! それまで先生の事は許さないんだから……ッ!」

 

 涙を流しながら言われても、何の迫力もないというのに。私は苦笑をしながら最期のお願いをする。

 

「お嬢様、お願いがあります。フランお嬢様の事を恨まないでください。此度の事件は、様々な不幸が重なった、まさに悲劇でございます。ただ、踊らされるしかなかったキャストのことを悪く思わないでください。」

「……それは、お父様にも言われたわ。分かってるわよ、私はお姉様だもの。フランの事を恨みはしない……それにね、私分かるのよ。不思議と確信が持てる。将来、先生とフランを含めたみんなで楽しくお茶会をするのよ。これは外さないわ。デザートを賭けたって良いわ!」

 

 フランお嬢様の髪の色を当てたあの時のように、確信をもって断言するお嬢様。これも能力による物なのか。

 私の身体が透け始める。本当に最期の時だ。

 

「……これでお別れですね。では、皆様。お先に失礼いたします。ご縁があれば、また。」

「待ってるから! いつか絶対、先生の事召喚するんだから! 待ってなさいよ!」

 

 泣き笑いで叫ぶお嬢様の顔を見ながら、私の意識は消えていった。

 

 

 

―第4章・完―




如何でしたでしょうか?

今回で過去編は終了となります。お付き合いくださりありがとうございました!

次回から一気に時代が飛びます。間の話は幕間としていつか投稿します!


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第5章 紅魔郷篇
第23話


かなりお待たせ致しました。続編です。


 

 

――日本のどこか、忘れ去られた者たちの最期の楽園・幻想郷。

 

――その一角の霧の湖のすぐ側、視界のテロとも言うべき真っ赤な館。周りの木々の緑と見事に対立しているその館は、その名前を「紅魔館」と言った。

 

――その館はほんの数年前に、この幻想郷に侵入してきた。多くの魑魅魍魎を引き連れて幻想郷に宣戦布告したその館の住人たちの引き起こした異変を、人々は「吸血鬼騒動」と呼んだ。

 

――そう、紅魔館の主は吸血鬼だったのだ。それも、とびきり強力な。群がる雑魚はさておき、紅魔館の主力らの力はまさに一騎当千。幻想郷に古くから存在する強き者ですらその手を焼いた。

 

――それは、妖怪の賢者・八雲紫とて例外ではなかった。

 

――八雲紫は敵の殲滅を早々に断念。講和を主軸とした作戦を展開する。見事大将同士の一騎打ちに勝利した八雲紫は、様々な諸条件を紅魔館側に認めさせる。

 

――だが、相手の言い分も多いに認め、ここに協定が結ばれた。強力な吸血鬼率いる紅魔館は、幻想郷のパワーバランスの一角を担う事になった。

 

――そんな吸血鬼騒動が終わり数年。霧の湖の赤い館が、もはや見慣れた日常となったある日の事だった。

 

――紅魔館は少数精鋭と言うべきか、主力陣の数は片手で足りるほどしかいなかった。

 

――つまり、当主の吸血鬼と友人の魔法使いを除いた従者の数は圧倒的に足りず、門番である赤髪の女性、紅美鈴がメイドの代わりも務めて人里へ買い出しに行くような事も多々あったのだ。

 

――それこそが、物語を進める重要な役割を果たしていた。当主の吸血鬼少女は【運命を操る程度の能力】を有すると言うが、関与していたかどうかについては不明である。

 

 

 

 

 

「――っと。こんなものですかね? ホントあの紅魔館については謎が多いですねぇ。私の『文々。新聞』の良いネタになってくれるのは良いんですけど……あの家庭教師さんの報道規制はキツいですね……。」

 

 烏天狗の少女が一人、自身のメモ帳を片手に呟いた。一人暮らしなのか、家の中は書きかけの原稿やらで汚れている。

 すると、玄関の引き戸からノックの音が聞こえてきた。

 

「文さーん、紅魔館の方からお手紙ですよ。今度は一体何をしたんですかー?」

「ちょっ、人聞き悪い事を軒先で言わないでくださいよ、椛!」

 

 急いで扉を開けると、そこには一人の白狼天狗の少女が立っていた。手紙を片手に呆れたような半目で、目に前の射命丸文(しゃめいまるあや)と言う名の烏天狗を見ている。

 

「人聞きが悪いと仰っても、もうみんな知ってますよ。今更です。」

「あやや……、誤解が広まって心外ですね。もう今日は上がりでしょう? とりあえず中に入ってください。お茶ぐらい出しますよ。」

「えっ!? あ、や、その……し、失礼します!!」

 

 白狼天狗の少女、犬走椛(いぬばしりもみじ)は緊張したように家の中に入っていく。文は床に散乱した原稿の束などを隅に寄せ、座れるだけのスペースを確保した。だが、椛はそんな様子を見ると「私が片付けます!」と言って部屋の片付けを始めた。怒っているようだがその尻尾はパタパタと振られていた。

 しばらくすると、原稿が散乱していた床は久方ぶりにその姿を現し、机の上も綺麗に片付けられていた。部屋の真ん中にちゃぶ台が置かれ、椛と文が向かい合ってお茶を飲んでいる。

 文は椛から受け取った手紙を見ながら苦い顔をしていた。不審に思った椛は疑問をぶつける。

 

「文さん、一体何が書かれていたんですか?」

「隠し撮りした写真や過去に記事について問いただしたいから、一度紅魔館に来いだってさ。」

 

 敬語だった口調は崩れ、親しみを感じさせる雰囲気になった。どうやらこれが彼女の素らしい。

 

「何してるんですか、まったく……」

「とにかく、明日は紅魔館ね。内部潜入の良い機会だわ。」

「知りませんよ、もう……」

 

 椛は呆れてしまっている。天狗二人の夜は更けていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夜明け、文は紅魔館にいた。応接間にて自身の新聞を広げられ過去の記事について問われている。目の前にいるのは最近紅魔館の面子に加わった家庭教師だ。

 

「それで、これらの写真は明らかに許可を得ていない盗撮ですが、一体どういう了見なのですか?」

 

 笑顔は本来、威嚇の意志を現すものだという。目の前にいる家庭教師の笑顔を見ていると、その事実はとても納得がいく。

 

(客観的に見たら愛想の良い笑顔なのに、どうしてこんな怖気がするのよっ!?)

 

 文も笑顔でいるが、額には脂汗が浮かんでいる。口の端が少し引きつっている。普段の彼女を知っている者が見れば驚く事間違いなしであろう。

 

(しまったわ……軽ーく謝罪して終わらせようって思っていたのに、家庭教師さんがこんな強力な存在だなんて知らないわよ!? 写真にも何故か収められないし、何者なのよコイツ!?)

 

「……(わたくし)は、あくまで家庭教師ですよ。あくまで、ね。」

「はぇっ!?」

 

(えっ!? 心を読まれた!? 何よ、何なのよ!?)

 

「フフフ、ご安心ください、心は読めませんよ。貴女の視線が私の存在を怪しんでいましたから。『目は口ほどにものを言う』って言うんでしたっけ?」

「えっ? え、えぇ、はい。」

「さて、私としましては、最近この幻想郷に来たばかりですので、知らない事が多いのです。故に今回ご足労頂いたのも単に確認ですよ。」

「か、確認ですか?」

「えぇ、確認です。我々紅魔館としては、appointment、事前に許可を頂ければ取材にはなるべく応じます。故に、この様な盗撮まがいの行為は一切なしにして頂きたいのです。この条件を飲んで頂けるのであれば、どうです、貴女を専属の記者とするのも吝《やぶさ》かではありませんよ?」

ほ、本当ですか!

 

 妖怪の山にすむ天狗は基本的に排他的である。それはつまり外部へのツテが少ない事を意味する。この様に公然と取材の許可が下りる事など滅多にない事だった。さらに、番記者認定まで付いてくる。これはとても魅力的な提案だった。文に断る理由などない。

 

(フッフッフッ……幻想郷でも噂の紅魔館の番記者だなんて! これは思わぬ棚ぼただわ! 情報操作をされるかも知れないけど、その時には知らんぷりで探っても良いわね!)

 

「是非にお願いします! 今後は必ず事前に連絡いたしますとも!」

「そうですか。では、()()()()()()()。」

 

 その瞬間、魔力を介する契約が為された。敏感にそれを感じ取ったらしい文は自分の失態を悟った。と、同時に相手の正体についてある程度の予想が立ってしまった。彼女も吸血鬼騒動の主力勢の一翼だったのだ。西洋の魔物については教えられた。

 

(コ、コイツ、もしかして……!?)

 

「では、早速ですが貴女には私の事をお話しいたしましょう。先ほども申し上げました通り、私はこの紅魔館に務める家庭教師でございます。何を隠そう、魔界より召喚された悪魔ですよ。」

 

(や、やっぱりー!!)

 

「さ、先ほども言ったって、聞いてませんよっ!?」

「おや、申しましたよ? 『悪魔で家庭教師ですよ。』とね。」

「……き、気づくわけないじゃないですか!」

 

 悪魔相手に騙くらかしあいをしたのが運の尽きだったのか。悪魔相手に契約を結んだ以上、破った結末など想像するだに恐ろしい事になるだろう。

 すると、応接間の扉を開いてある者が入ってきた。この紅魔館の当主、レミリア・スカーレットだ。

 

「あら、先生。終わったみたいね。」

「お、終わったって、どういう事ですか……?」

「あら、まだ分からないの?」

 

 小馬鹿にしたように笑うレミリア。見た目がまるで少女であろう相手に嘲笑されては腹が立つかも知れないが、まともに戦っては相手にならないのは文も重々承知している。

 

「一から説明してあげると、貴女が私たちの事を盗撮していたのは随分前から知っていたのよ。でも、力ずくで止めさせるには貴女はすばしっこいし、なにより後々面倒だわ。どうしたものかと悩んでいたときに先生を召喚できてね。相談してみたのよ。ね、先生?」

「はい。ですので、ある程度の自由は与える代わりにこちらで情報の取捨選択をさせてもらいましょうと思いまして。」

 

 どうやら一連の事態はすべて紅魔館側の掌の上だったようだ。真実を前に、文は肩を落とした。

 

「……あやや、天狗ともあろう者が、してやられましたね……こうなれば、毒をくらわば皿までも、ですよ! いろいろ聞かせてもらいます!」

「フフッ、そう言った姿勢は嫌いじゃないですよ。」

 

 ただ、転んでもただでは起きないようだ。本来の彼女らしくなってきている。

 

「早速ですが、家庭教師さん。貴女の事が知りたいですね。どうやってこの幻想郷に来たんですか? 吸血鬼異変の時はいませんでしたよね?」

 

 身を乗り出し、目を輝かせ聞いてくる文。こうなった彼女はもう止まらない。

 

「どうします、お嬢様? 答えてしまって良いのですか?」

「……先生に任せるわ。私はパチェの所に行ってるから。」

 

 そう言うとレミリアは応接間を出て行った。家庭教師は席を立つと、二人分の紅茶を用意し文と自分の前に置く。栄養摂取を必要としない悪魔である彼女が紅茶を飲むのは、ひとえに単なる暇つぶしである。

 

「さて、そこまで長い話ではありません。紅茶を飲みながら楽に聞いてください。」

 

 そう言うと彼女は、少し遠くを見ながら話を始めた。語られるのは自身が紅魔館の面々に再会した時の話だった。

 

 

―続く―

 




如何でしたでしょうか?
今回から新しい話です。紅霧異変の辺りですね。


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第24話

お待たせいたしました。続編です。


 

 

 『吸血鬼騒動』という、幻想郷に多大な衝撃を与えた紅魔館の面々。パワーバランスの一角を占めるにまで至った彼女たちだが、その人数は多くはない。紅魔館の規模から考えたら少なすぎるほどである。

 最近は多くの妖精をメイドとして雇っているのだが、その教育は遅々として進まず、結果数少ない従者が多くの仕事を兼任する事になっている。

 燃えるような赤髪を風になびかせ、深緑の中華風の服をまとった女性、紅美鈴もその余波を受けている一人だ。本来の仕事は門番であるのに責めてくる敵がいないので、現在はメイド長のような役目を負っている。今日も足りない調味料などを人里へ買い出しに出掛けている。

 

「ハァ~……忙しい……これから買い物に行って夜ご飯の準備かぁ……時間が止まれば良いんですけどね……」

 

 愚痴を呟きながら森を歩いて行く。人より丈夫な妖怪であっても疲れを得る事はあるようだ。薄暗い森を歩く足取りも心なしか重く見える。

 

(こんな時クロエさんがいてくれたら、妖精メイドたちをもっと教育してくれるんだろうなぁ……いや、だめだ。しっかりしなくては。)

 

「あっ、めーりんだ!! おーい!」

 

 森の奥の方から声が掛けられた。翼をはためかせ飛んできたのは氷の妖精チルノだった。紅魔館の住人が幻想入りする際に付いてきてしまった妖精の内の一匹である。

 

「おや、チルノちゃんじゃないですか。今日は森の方にいたんですか?」

「うん! これから大ちゃんと一緒に、えっと、なんとかって所に行くんだ!」

 

 どうやらチルノはこれから連れ添って出掛けるらしい。自由な妖精を目の前にして最近のハードワークを顧みる美鈴だった。

 

「そうですか……私はこれから人里へ行くんですよ。気をつけてくださいね。」

「おう! めーりんも気をつけてな!」

 

 元気よく手を振って飛んでいくチルノ。その様子はまるっきり幼い子供である。

 

「暇なのが、ああも羨ましいものなんですね……」

 

 どこか疲れた様子で彼女は歩いて行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございましたー!」

 

 人里で買い物を済ませた美鈴は街道を歩いていた。両手に荷物を抱え歩くその姿は、とてもあの「吸血鬼騒動」で名をはせた紅魔館の一員とは思えないほどだ。実際、「吸血鬼騒動」で紅魔館の一員は幻想郷の人間を誰一人として傷つけていない。

 そもそも紅魔館が幻想入りして幻想郷の主力勢に攻勢をしかけたのは、後の紅魔館の立場を確立する目的が主だった。外の世界で排斥された弱者ではなく、圧倒的な夜の王・吸血鬼(ナイト・ウォーカー)が率いる強者である事を誇示する事が必要だった。

 騒動の終了後、こちらにもある程度譲歩された条約が結ばれたのも人間に危害を加えていない事が評価された故である。幻想郷の管理者、八雲紫も何か思惑があったのだろう。

 つまり、何が言いたいか。紅魔館の存在は幻想郷の人間にあまり知られておらず、美鈴の様な人里に多く出入りする存在は、むしろ好意的に捉えられていた位なのである。その証拠に、今も彼女はある存在と話をしていた。

 

「おぉ、これは紅魔館の門番殿ではないですか。」

「慧音さん、そんな堅苦しい呼び方をしなくても美鈴で良いですよ。」

 

 美鈴に話しかけている、長い髪を風になびかせた女性は上白沢慧音と言う名前である。人里の守護者を自負し、普段は人里の寺子屋で教師をしている彼女は、実は半妖であった。

 彼女の存在の半分をしめるのは「白澤」と呼ばれる神獣である。為政者にとっての幸運の証である白澤の血を半分受け継ぐ彼女は【歴史を食べる程度の能力】を有している。どうやら、それだけではなさそうではあるのだが。

 どちらも中国にルーツを持つ存在として、美鈴と慧音は面識があった。慧音自身は中国産まれではないが、親からきいた話で盛り上がる事もあるようだ。

 

「美鈴さん、なにやらお疲れの様子ですが……一体どうしたと言うのです?」

唉呀(アイヤー)……分かっちゃいますか? 表に出さないようにしてはいるんですけど……」

「うむ、単純に顔色が良くない。動きに疲れが見える。紅魔館は最近、妖精をメイドとして雇ったと聞いたが間違いだったのか?」

「いえ、合ってますよ。ただ、その妖精たちはあまり物覚えが良くないようで……まだまだ簡単な掃除ぐらいしかさせられないですし、むしろ妖精たちの教育という仕事が増えたんです……」

「それは、災難だな……」

 

 顔を曇らす両者。慧音も寺子屋で妖精を教える事があるから、その教育の難しさを知っているのだろう。

 

「そう言えば、紅魔館の当主は吸血鬼としてはまだ幼い部類だと聞いたが、その、先生のような、家庭教師みたいな人はいないのか? いればその人に妖精の教育も頼んでみれば……」

「――家庭教師は、いましたよ。ただ、今はいないんです。」

「? それは一体どういう……」

「あぁ、ごめんなさい! こんなに油を売っていたらお嬢様に叱られてしまいます! 申し訳ありませんが、これにて失礼します!」

「えっ? あ、あぁ。わかった、気をつけてな。」

 

 足早にその場を去って行く美鈴。その様子はどこか不自然に見える。ひとり残された慧音は少し困ったような顔をした。

 

「……マズい話題を振ってしまったかもな。こんど茶屋ぐらいおごらなくては、な。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人里を出て一人歩いていた美鈴は、自身が紅魔館とは逆方向に向かっている事に気がついた。慧音の発した言葉が思いの外胸に突き刺さったのかも知れない。

 

「ハハッ……何をやっているんでしょうね、私は……」

 

 自嘲気味に呟いたその言葉に応える物は誰もいない。

 

「……帰りましょう。お嬢様方が待っています。」

「あれ? 美鈴さーん!」

「えっ? あぁ、大妖精さんですか。どうしたんですか?」

「私はチルノちゃんと、無縁塚に行ってきたんですよ。あそこは時々珍しい物が落ちていて、チルノちゃんが今日も『探検だー!』なんて言って。」

「……そんな所に行ってたんですか。気をつけてくださいよ、あそこの付近には風見幽香が現れるらしいですから。」

 

 風見幽香とは、幻想郷に住まう妖怪である。【花を操る程度の能力】と言う実にファンシーな能力の持ち主だが、その実態は莫大な妖力と戦闘能力を誇る幻想郷でも指折りの存在なのだ。

 美鈴は過去、風見幽香と拳を交えた事があった。例の「吸血鬼騒動」の時である。その時に彼女は純粋な身体能力、戦闘能力で彼女に敗れたのだった。それも勝てそうで勝てない程度に加減された上で、だ。それ以来、風見幽香の事を苦手に思っている美鈴である。

 

「幽香さんですか? 今日もお会いしましたよ。でも、別に噂で聞くような酷い事はされませんでしたよ? むしろ、ほら、お菓子もらっちゃいました!」

「……そう、ですか。」

 

 記憶と風評の風見幽香と、目の前の妖精から聞く風見幽香に大きな隔たりを感じるが、特に興味を引くような事ではない。別れの挨拶をし、紅魔館へと帰ろうとしたその時だった。

 

「そうだ、違うんですよ! その、無縁塚に行ったんですけど、古い本を拾ったんです。特に破れているとかじゃないんですけど、何か日本語じゃないものらしくて。チルノちゃんはいらないって言って放り捨てたんですけど……私、どうしても気になっちゃって。美鈴さんのおうちの魔女さんなら読めないかなって思って。」

 

 そう言って大妖精は1冊の本を取り出した。言葉の通り、古そうな本は表紙なども比較的綺麗な本だった。書いてある言語は日本語じゃない。美鈴も知らない言葉だった。

 

「ふむ……じゃあ、私が預かってパチュリー様に見せてみますね。また今度、何の本だったか教えますよ。」

「ホントですか! ありがとうございます!」

 

 手にした鞄に本をしまった。それはこの幻想郷の運命も大きく変える事態の始まりである事を、この場にいる誰もが知らなかった。

 

 

―続く―

 




如何でしたでしょうか?

新章と共に挙げると言っていたイラストですが、もうしばらく掛かりそうです。やっぱり初心者には着色はハードルが高いですね。


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第25話

お待たせ致しました。続編です。
どうぞご覧ください。


 

 

「只今帰りました~」

「あら、遅かったじゃない。」

 

 紅魔館に到着し玄関扉を開けると、そこには美鈴が使える主、レミリア・スカーレットがいた。見た目は幼い少女であるが、その実はとても強大な力を持つ吸血鬼なのである。それを示すかのごとく背中の蝙蝠羽がパタパタと揺れていた。

 

「お嬢様! どうしたんですか、まだ日は沈んではいませんよ?」

「不思議とね……ここに来た方が良いような気がしたのよ。」

「……それは能力による物ですか?」

 

 レミリア・スカーレットは【運命を操る程度の能力】を持っている。名前を聞くと実に応用が利きそうな無敵のものに聞こえるが、本人すらその能力の全容が理解し切れていない。なんとなくの未来予知に近いかもというのは親友のパチュリーの言である。ただ、最近分かってきたのは、自分や他人の選択肢においてその未来がぼんやりと分かると言う事だ。

 

「ええ。今日は珍しく早く起きたのだけど、もう一度寝ようかこのまま起きようか迷ったときに、なんとなく起きていた方が良いような気がしたのよ。」

「……関係ないかもしれないですが、実はつい先ほど大妖精さんから本を一冊預かりまして。それぐらいしか珍しい事はなかったんですけど……」

「本? ふーん、それじゃあ、パチェの所かしらね。いいわ、行きましょう?」

 

 きびすを返したレミリアは地下の図書室へと向かった。後に美鈴が続く。

 元を正せばただの大きめの書斎であった空間が、曲がりなりにも図書室と呼べる様な規模になってしまったのは、ひとえにその図書室の主であるパチュリー・ノーレッジの影響である。生まれつき魔法使いである彼女は精霊魔法を使う事が出来る。ぜんそくを患っており、身体が弱い彼女はその知識の大半を書物に依存しているため、自然とその蔵書量も増えていった。

 紅魔館が幻想入りする前からの知己であるレミリアとパチュリーは、互いを愛称で呼び合う仲であった。その信頼関係はただの友人を越える様にも思われる。まさに紅魔館の参謀と呼ぶに相応しい。

 しかし、彼女自身虚弱である事を除いたとしてもものぐさに近い性質らしく、図書室から滅多に外に出ない。それ故に今回のように用事がある際はこちらから出向くしかないのだ。

 

「パチェ? いるわよね? 入るわよ。」

 

 ノックもそこそこにレミリアは扉を開ける。仲が良いからこその気安さなのだろう。扉を開いたその先にあるのはおよそ館の一室とは思えない大きさの空間である。魔法によって実際の空間より少しだけ広げられたその場所こそが、知識と日陰の少女の居城なのだ。

 

「パチェ? 居ないのかしら……」

「あっ、お嬢様! どうされたんですか?」

 

 本棚の影から本を抱えた女性が現れた。美鈴と同じ長い赤髪を垂らすその頭には蝙蝠のような小さな羽がついている。

 

「あら、こあじゃない。」

 

 こあと呼ばれた彼女、正式には小悪魔という名である。彼女自身本来の名前はあったのだろうが、そこまで強い存在では無いため小悪魔という俗称がそのまま名前になってしまっている。「こあ」というのは何時の頃からか紅魔館の中で使われ出した愛称であり、自他共に気に入っているようだ。

 彼女はパチュリーによって召喚された悪魔である。とある目的のために為された悪魔召喚の場において呼び出された彼女であるが、目的の悪魔と少し関係があっただけの赤の他人であり、パチュリーを始め他の住民も不必要と判断し彼女を魔界へ帰そうとした。しかし、そもそも小悪魔と呼ばれるほどの存在であった彼女は召喚が初めてであり、「召喚されてすぐ返されては私の沽券に関わります!」といって帰ろうとしなかった。召喚の際に使われた媒介がレミリアの物であった為に、もはや小悪魔というレベルでは無いので魔界に帰っても問題はなさそうなのだが。

 その後、紆余曲折を経て彼女はパチュリーの使い魔となる事が決まった。現在は彼女の蔵書を管理する司書のような役割を得ている。ただ、必要とあらば他の業務にもかり出される言わば紅魔館の雑用係なのだ。

 

「パチェに用事があったのだけれど、いるかしら?」

「パチュリー様ですね。奥の机にいらっしゃいますよ。」

「そう、ありがと。」

 

 レミリアはその言葉を聞くと先に歩いて行った。美鈴はそのまま業務に戻ろうとした小悪魔を呼び止めた。

 

「こあちゃん、これ、頼まれていたお茶です。」

「わぁ、ありがとうございます美鈴さん!」

「でも、日本茶なんて一体どうするんです?」

「日本茶はのどに良いって言う古い書物をこの前見つけたんです。それに、パチュリー様はあまり動かれないので、利尿作用のあるこれなら嫌でも動かざるを得ないかなって思いまして。」

 

 ほの暗い笑みを浮かべる小悪魔。普段こき使われている鬱憤がちらほらとあふれ出ている。

 

「……ほどほどにしてくださいよ?」

 

 そう言い残すと美鈴は主人の後を追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 書斎の奥の机、うずたかく本が積まれた空間に動かない大図書館とも揶揄される少女がいた。

 

「それで、私に見せたいって言う本はどれかしら?」

 

 前置きをすっ飛ばしていきなり本題を持ち出してきた。どうやらすでにレミリアからある程度の話を聞いていたようだ。

 美鈴は抱えていた本をパチュリーに手渡した。受け取ったパチュリーは表紙を一瞥すると半目でこう呟いた。

 

「あぁ、魔導書ね。確かにこれは妖精なんかじゃ分からないはずだわ。」

 

 そしてそのままぺらぺらとめくっていく。すると、常に眠たげな半目が徐々に見開かれてきた。その顔には驚きが如実に表れている。

 

「パ、パチュリー様……?」

「……美鈴、この魔導書、どこで手に入れたって聞いたの?」

「無縁塚で拾ったって聞きましたけど、どうしてですか?」

 

 問うておきながら美鈴の返答には答えを返さない。ただひたすらにページをめくっている。

 

「ちょっと、パチェ!? 一人だけ楽しそうにしてるけど私たちにも分かるようにしなさいよ!」

 

 だが、その声にも返事をしない。一度夢中になると周りの声が聞こえなくなってしまうようだ。エミリアもそのことをよく知っているのか、諦めた様子で近くのソファに身を預けた。

 しばらくして小悪魔がやって来た。それとほぼ同時頃にパチュリーも本を読み終わったようで顔を上げた。その瞳は普段の無気力さがうかがえる半目ではなく、自身の好奇心に従う魔法使いのそれである。

 笑みを浮かべレミリアの方へと向き直った。そして、この場の全員が驚愕する言葉を口にした。

 

「レミィ、喜びなさい。クロエ先生に会えるわよ。」

「……なんですって?」

 

 レミリアの顔に驚愕が表れる。そしてそれはこの場に居る全員も同様だった。

 

「ちょ、ちょっと待ってください……パチュリー様、クロエさんと会えるって、どういう事なんですか……?」

 

 美鈴がおそるおそるといった様子で尋ねる。

 

「美鈴、貴女が拾ってきたこの本は悪魔の召喚書よ。それも、クロエ先生のね。レミィのお父様の事があって以来行方知れずだったけれど、まさか幻想入りしていただなんて……これも運命の力かしらね?」

 

 パチュリーがレミリアの方を向いてニヤリと笑った。レミリアはまだ状況が飲み込めないというようにほうけていたが、パチュリーの言葉と共に現実へと帰ってきたようだ。

 

「フッフッフ……かれこれ何百年と掛かったけど、これでようやく先生と会えるのね。良いわ! 早速召喚の準備よ! さぁ、美鈴! 何をほうけているの!? そんなんじゃ先生に怒られちゃうわよ!」

 

 立ち上がり部屋を出て行くレミリア。美鈴も急いでそれに続いていく。残されたパチュリーと小悪魔はその慌ただしさについて行けなかったようだ。

 

「……全く、レミィのわがままっぷりは結局治らなかったわね。まぁ、でも久々の再会だし仕方ないのかしらね。……こあ? 何をそんなに考えているの? 召喚の準備をするわよ、手伝いなさい。」

「えっ? あっ! は、はい!」

 

 立ち上がったパチュリーは美鈴の拾った魔導書を片手に戸棚の方へと歩いて行く。小悪魔はそれに従いながら考えを巡らせていた。

 

(悪魔の召喚書……クロエという名前……まさか()()クロエ様の事なんじゃ……いや、違うよね? また魔界の頃のように胃痛に悩まされる日々なんて御免だわ! なによりまだパチュリー様を()()()()()()()()()……クロエ様がもし来たら絶対邪魔されるわ。)

 

「……こあ? 何してるの?」

「あっ! すぐ行きます!」

 

―続く―

 




如何でしたでしょうか。

この頃咲夜さんはまだいない設定となっています。それに関してはまた後日でお願いします。


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第26話

お待たせ致しました。続編です。
どうぞ、ご覧ください。


「……と、まぁ、この様な経緯があった後に(わたくし)は召喚されたのですよ。参考になりましたか?」

「ええ。貴重なお話しを聞けて大満足です。」

 

 自身の幻想入りの話を話し終えたクロエは文を見送った。誰も居なくなった応接間に静寂が戻る。

 何か気になった事があったのか部屋の中を少し見渡した彼女だったが、すぐに何かに気がついたようである。来客もいないのに新しいカップを取り出して紅茶を入れ始めた。

 

「……黙って覗かれていらっしゃっても、何も面白い事などございませんよ。そんな所にいらっしゃらずに出てきたら如何ですか、妖怪殿?」

「あら、バレていたのね。」

 

 クロエ以外いないはずの部屋に何者かの声が転がった。すると、部屋の隅、何もない空間に一本の亀裂が縦に走った。そしてそれは中心から大きく開かれる。形容するのならばまさにそれは空間に開かれた隙間である。

 その隙間から豊かな金の髪をなびかせた女性が現れた。頭にはリボンのような物がついた帽子を被っている。少女のような見た目であるが、その瞳や挙動には一切の隙がない。

 その少女に続いてもう一人の女性も姿を現した。一見して妖怪と分かるその容姿は、背後に広がる九つの尾が象徴的だ。札の貼られた帽子を被りまるで道士のような装束を身に纏っている。その所作から先に入ってきた女性の従者のような存在である事がうかがえる。

 

「貴女とは初めまして、になるかしら? 私、この幻想郷の管理者を務めております八雲紫と申します。こちらは私の式ですわ。」

「八雲藍と申します。」

 

 隙間から出てきた二人が自己紹介をする。彼女らはこの幻想郷を管理する立場にある存在であり、先の「吸血鬼騒動」においてこの紅魔館の主力勢と死闘を果たした相手でもあった。

 

「これはこれは、ご丁寧な挨拶痛み入ります。(わたくし)、この紅魔館で家庭教師を務めておりますクロエと申します。何卒宜しく御願い申し上げます。」

 

 だが、「吸血鬼騒動」の後にこの幻想郷にやって来たクロエは両者の存在を人づてに聞いただけであった。故にこちらからも自己紹介を返す。

 クロエは二人をソファに座らせ用意していた紅茶を並べた。丁度良い温度、濃さになるよう計算された紅茶は、そのまま彼女の教養の高さを示す。自身も腰を掛け、毒物が入っていない事を示すため自らが口を付ける。それを見てから目の前の二人もカップを手にした。

 

(まぁ、こんな事をしても毒が効くとは思えませんし、私自身も毒は効かないんですけどね……)

 

 そんな事を考えながらカップを机に置いたクロエである。二人もカップを机に置いた。

 

「では、不躾ではありますが、此度の来訪の目的をお伺いしてもよろしいですか?」

 

 クロエは話を切り出した。丁々発止の口撃を交わしても良いのだが、もうすぐ日が暮れてしまう。そうなればこの紅魔館で行う業務が始まってしまうのだ。そのような暇はない。

 

「そうね……端的に言うならば、あなた方紅魔館の皆様に悪者になって頂こうかと思いまして。」

「悪者、ですか……それはどういった意図を含んでいらっしゃるのですか?」

 

 クロエが聞き返す。紫は我が意を得たとばかりに語り出した。

 彼女の言によると、この幻想郷は忘れられた者たちの最期の楽園、妖怪の終の棲家であるという。妖怪や幻想に生きる者にとって、人間の畏れや理解不能がなければ生きてはいけない。しかし、外の世界は科学が進歩し理解不能に根拠をたてて証明してしまった。そして妖怪たちは姿を消してしまっていったという。

 それを憂いた彼女はこの幻想郷をつくり、一定数の人間を囲み管理し妖怪と人が共存していける世界を作ろうとしているらしい。

 だが、最近はそのバランスが崩れかけてきているらしい。自身の存在のために人間を襲う妖怪たちだが、近頃はそれが少しばかり常軌を逸する事があると言う。だが人間側にもそれに対抗する手段があるが、お互いに喰らい合ってはいつかは共倒れを起こしてしまう。このままでは外の世界の二の舞になってしまうと焦った彼女は、一つの解決策を思いつく。

 それこそが「異変」と「命名決闘法」であった。詳細は省くが、妖怪が悪巧みをして人間がそれを打ち砕く。しかも、死者が出ない方法でと言うものである。

 その理念は「妖怪が異変を起こし易くする。」「人間が異変を解決し易くする。」「完全な実力主義を否定する。」「美しさと思念に勝る物は無し。」であると紫は語った。

 

「ふむ……じつに興味深い話です。そしてつまり、その記念すべき最初の異変を我々紅魔館で起こせという話ですね?」

「話が早くて助かりますわ。」

 

 正しく意図が伝わり満足と言った様子で肯く紫。だが、クロエは驚きの言葉を口にするのだった。

 

「お話しは分かりました。ただ、私のような一従者では判断しかねますので、この館の当主であるお嬢様に話していただけますでしょうか。」

 

 そう、ここまで話させておいての対応できませんであった。これには意表を突かれたようで、ソファに座る二人もポカンとした顔でクロエを見ている。

 

「……そ、そう。じゃ、じゃあご当主様を呼んできてもらえないかしら?」

 

 紫がそう要請をする。だがクロエはさらに驚きの言葉を続けるのであった。

 

「失礼ですが、アポイトメントはお持ちですか?」

「ア、アポイトメント……?」

「はい。お嬢様は吸血鬼でいらっしゃいます。まだ日の出ている現在はお休みでしょう。申し訳ありませんが取り次ぎの約束をされていないのであればお通しするわけにはいきません。」

 

 そう言ってクロエは微笑んだ。そして次の瞬間にはその首元に手刀が添えられていた。

 

「貴様……先ほどから聞いていれば、一使用人風情が紫様を侮辱するなど不敬にも程があるぞ!」

 

 警告を与えたのは紫の従者の藍だった。殺気を漏れ出させ、瞬間に首をはねられると言った構えである。

 だが、当のクロエは表情一つかえず言葉を続けた。

 

「おや、剣呑な事ですね。ですが、そんなボロボロの手では何も出来はしないでしょう?」

「何?」

 

 藍が訝しげに己の手に視線を送る。すると、首元に当てていた手が、筋肉は腐乱し骨は砕け原型をとどめないような状況になっているではないか。それを認めた瞬間、とてつもない激痛が脳へと走る。

 

「――ッ!?」

 

 慌てて手を引き距離を取る。クロエは身動き一つ取らなかった。もう一度手に視線を送ると、そこには普段と変わらない手があった。動きにも異常はない。だが、先ほど感じた痛みなどは間違えではない。つまり、残された可能性は……

 

「……幻術か。私に悟られず痛覚神経すらを騙す幻術をかけるなど……貴様、一体何者だ?」

「フフッ、たいした者ではありません。私はあくまでただの家庭教師ですから。」

 

 その言葉を発した瞬間、今まで事の成り行きを静観していた紫が吹き出した。

 

「アッハッハ! 今の言葉、なかなかに素敵なジョークね。掛詞なんて西洋の方には分かりづらいんじゃなくて?」

「……紫様? どういうことですか?」

「藍、手を引きなさい。貴女では敵わないわ。この家庭教師さんは人間ではないわよ。擬態してはいるけど、その正体は悪魔ね? それこそ、()()()家庭教師なんでしょう?」

 

 紫が愉快そうな目でクロエを見る。視線を向けられたクロエは肩をすくめた。

 

「初めてで分かったのは八雲様が初めてですよ。その通り、私は悪魔です。」

「それも、とびきり古い存在のようね? ねぇ、聞いても良いかしら?」

「どうぞ?」

「貴女のような、表舞台に名を残してはいないようですけど、古い悪魔が500年そこらしか生きていない吸血鬼程度にどうして仕えているのかしら? よければ、私の式にでもならない?」

「紫様!!」

 

 藍が紫をたしなめる。紫はおどけたように微笑むと部屋の隅に隙間を開いた。

 

「では、また後日書簡を通した約束を取り付けた後に訪問させていただきますわ。」

「八雲様のご来訪、心待ちにしております。」

「あら、お上手♪」

 

 紫と藍は隙間を通り帰って行った。藍は帰り際にクロエの方へと厳しい視線をおくってはいたが。

 

「……さて、お嬢様に報告しに行きますか。」

 

 一人呟くと、クロエは扉を開け歩いて行った。目指すのは仕えるレミリアの下だ。

 

「何故、お嬢様に仕えているのか、ですか……何故なんでしょうね?」

 

 その答えが出るのは、何時の事になるのか。その答えは誰も知らない未来にあるのだろう。

 

 

 

―続く―




如何でしたでしょうか?

次回、やっと異変が始まります。我らが楽園の素敵な巫女さんも登場です。

彼女らの話口調などに違和感等あるかもしれませんが、そこは原作未プレイのにわかの二次創作としてスルーしてやってください。


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第27話

お待たせいたしました。続編です。
どうぞご覧ください。


 クロエと紫たちとの丁々発止のやりとりから数日後、八雲家から正式な書簡が届きレミリアと紫との会談が開かれる事となった。

 会談にて紫の計画における初めての異変は、紅魔館の一員が起こす事に決定された。その見返りに当主のレミリアにかけられた様々な制約、自由外出の一部禁止などが解除される事になるという。

 ただ、その異変が起こされるのは会談の日からおよそ十年後と決まった。これは人間側の対妖怪勢の主力になる次代の博麗の巫女の教育と、「命名決闘法」、スペルカードルールの推敲普及が目的である。悠久の時を生きる妖怪にとって十年という月日は長くはない。特に反対も起こらず流された。

 

 

 

 

 

 そして、10年に及ぶ月日はあっという間に過ぎていったのだった。

 

「お嬢様、八雲様より例の件の手紙が来ました。」

「そう、ありがと咲夜。」

 

 永遠に紅い幼き月がその牙をむきだして笑う。奇しくもそれは、夜空にうかぶ三日月によく似ていた。

 

「始めましょう? 私たちの紅い夜を。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、霊夢。いるかー?」

「何よ魔理沙。あたしは忙しいんだけど?」

 

 幻想郷の端、少し寂れた神社に二人の少女の声が響いた。その神社は名を「博麗神社」と言った。

 

「忙しい? 参拝客も来ないくせによく言うぜ。どうせお茶をいれるのに忙しいとかだろ。そんな事よりも私の用事なんだが……」

「違うわよ。あたしが忙しいのはこれから。この赤い霧に関して人里から正式に依頼が来たのよ。」

「何だ、私も同じ用事だったのにな。」

 

 現在、幻想郷には謎の赤い霧が蔓延している。人体に大きな影響を及ばさないそれは、始め特に騒がれはしなかった。だが、長期にわたるそれは作物の成長を妨げるなど、生活に少なくない影響を与えた。何よりも、始め人体に大きな影響がないと思われたそれだが、近頃になって咳き込む人が増えるなど無視できない状況となりつつある。

 困った人里の人間たちは幻想郷における異変解決の専門家(プロフェッショナル)である博麗の巫女に解決を依頼したのだった。

 

「……何より、今までほっぽっておいたのがあの人にバレちゃってね。」

「あぁ、紫にか。それは災難だったな。」

 

 孤児だった当代の博麗の巫女である霊夢を育てた育ての親である紫の名前が出た。異変解決・妖怪退治を生業とする博麗の巫女の育ての親というのが妖怪なのはおかしな気もするが、当の霊夢は寸分たりとも気にしていない様子である。曰く、「私が敵と認定した相手が幻想郷の敵よ。その点で紫は敵じゃないわ。」だそうだ。

 今回の異変においてなかなか行動しない霊夢に業を煮やしたのか、あまり干渉しないように決めていたらしい彼女もついに行動するようにせっついてきた。流石の霊夢もとうとうその重い腰を上げざるを得なくなってしまったようだ。

 

「それで、同じ用事って事は魔理沙も何か行動するわけ?」

「あぁ。流石にこの赤い霧にはうんざりしてきたからな。霊夢も誘っていっちょ解決するかぁって思ったんだぜ。」

「そう。それじゃあ行きましょ。」

「行きましょって……当てはあるのかよ。」

「ないわ。勘よ。」

「……勘かよ。」

 

 呆れながらもそれに付き合う魔理沙である。この二人は幼い頃からのつきあいであるようで、その雰囲気は互いに気が置けない仲であるようだ。霊夢は持ち前の【空を飛ぶ程度の能力】で、魔理沙は魔法で浮かび上がる。

 

「よっし! で、どこに行くんだ?」

「そうね……湖、かしら。なんだか怪しい気がするわ。」

「湖か、確かあそこには吸血鬼の住む真っ赤な館があったはずだぜ。」

「そこね。間違いないわ。」

 

 巫女の勘は的確に今回の異変の出所を突き止めた。これが妖怪たちに恐れられる由縁でもある。今、楽園の素敵な巫女と普通の黒魔術少女が動き出した。

 

 

 

 

 

「紫様、霊夢が動きました。」

「そう、やっとなのね。」

「あと、なにやら魔理沙も一緒にいるようですが……排除しますか?」

「構わないわ。『人間がスペルカードをもって異変にあたる。』今回の異変で必要なのはこの事実。その点で魔理沙なら問題は無いわ。それに、魔理沙も一緒の方があの娘も張り切るでしょう?」

「……本当に紫様は霊夢に甘いんですから。」

「だって、私が手塩に掛けて育てた娘なのよ? 可愛くないわけがないわ。その点あの吸血鬼だってあのメイドを溺愛してるじゃない。それと同じ様なものよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 異変解決に向けて飛ぶ魔理沙と霊夢は、湖の手前にある森の上を通っていた。時刻は夕暮れ、日の入りもすぐそこの正に「逢魔ヶ時」である。

 

「太陽がだいぶ傾いてきた。日が沈む前にはあの館に着きたいもんだな。」

 

 ほうきにまたがり空を飛ぶ魔理沙が呟く。夜は人外の時間である。異変の首謀者と思わしき敵を前に、無用な戦闘はなるべく避けたいところだ。

 

「確かに、暗くなると厄介よね――ッ!?」

 

 霊夢がそう返したその時だった。突如二人の周囲が闇に包まれた。

 

「なな、なんだこれ!? 何も見えやしないぜ! 太陽ってそんなに早く沈むもんなのか!?」

「そんなわけ無いでしょう。……この闇、妖力を感じるわ。たぶん、妖怪の仕業よ。」

「妖怪の仕業って……周囲を暗くしたのか、私たちの視力を奪ったのか知らないが、大したもんだ。私たちを奇襲したんだぜ? 相応の報いは受けてもらおうか。」

「……あたしがやるわよ。アンタとは相性が悪いわ。」

「そうか? んじゃあ、高みの見物としゃれ込むか。」

 

 魔理沙がそう言い、高度を取った。と同時に霊夢は集中し始める。巫女の勘を最大限に冴え渡らせ、自身の邪魔をする存在をあぶり出した。

 

「……そこね。」

 

 妖怪退治の針を投げる。闇の一角に飛んでいったそれは闇に蠢く何かに当たった。

 

「あ痛ッ!? ちょ、何々!? 何事ッ!?」

 

 すると、周囲を覆っていた暗闇が突如として消えた。そして下方、そこにいたのは少女のような風貌をした一匹の妖怪だった。

 

「いきなり針を投げつけるだなんて、なんて凶暴な奴! 一体どこの誰よ!」

「あたしよ。」

 

 その声に妖怪少女が顔を上げる。霊夢の存在を認めた彼女は途端に嫌な顔をした。

 

「げぇっ! 博麗の巫女!」

「あら、あたしを知っているのね。」

 

 妖怪少女はふよふよと浮かび上がり、霊夢と同じ視点になった。

 

「知ってるわ。妖怪の間でも有名よ? でもまさか、噂の暴力巫女がいきなり針を投げつけるほどだなんて聞いてはいなかったけど。」

「人は暗いところでは物が良く見えないのよ。だから安全のために針を投げたの。」

 

(それを直感で一発命中させたってことは、自分で自分を人間じゃないって言ってるようなものだぜ……)

 

 魔理沙が心の中でつぶやく。だが、巫女の直感はそれすらも見越すのか、霊夢は魔理沙の方を一瞥した。

 

(うひゃっ!? マジかよ……)

 

「ふーん。あら? 夜しか活動しない人も見た事ある気がするわ。そいつらはどうなの?」

 

 妖怪少女が疑問を発する。魔理沙を睨んでいた霊夢はその声に視線を戻した。

 

「それは取って食べたりしてもいいのよ。」

「そーなのかー。」

 

 妖怪少女は聞いてるのか聞いていないのか分からない態度で返した。どうやら会話に飽きてきているらしい。彼女は両手を真横に広げ、自身の身体の周囲に闇を広げた。

 

「おい、何だよそのポーズは。変な構えだな?」

 

 魔理沙が口を挟む。妖怪少女は顔を上げて魔理沙の方を見た。

 

「このポーズ? 私のオリジナルよ。どう? 聖者は十字架に磔られましたと言ってるように見える?」

「妖怪が聖者だって? 冗談が上手くないぜ。私には、人類は十進法を採用しましたって言ってるように見えるな。」

「そーなのかー。」

 

 またも適当な態度で返す妖怪少女。自身の構えに執着はない様である。

 

「無駄話は終わった? あたしばっかり名前を知られているのも不公平だし、アンタの名前も教えなさいよ。あたしの武勇伝に加えてあげるから。」

「私? 私はルーミアよ。さぁ、アナタはさっき言ってたわね。夜に出歩くような人は取って食べても良いって。」

 

 すでに日が沈み、空の端がわずかに明るいだけである。もはや時刻は夜になっていた。先ほどの霊夢の言を借りるなら、霊夢たちは取って食べても良いはずだ。

 ルーミアが霊夢を指さし言葉を続ける。

 

「――目の前がとって食べれる人類?」

「……良薬は口に苦しって言葉知ってる?」

 

 

 

―1st stage Start―




如何でしたでしょうか?

 まずいきなり咲夜さんが登場している件ですが、ゆかりんたちとの会談後の10年間で加入したという設定です。そのお話はまた後ほどで。
 次に霊夢とゆかりんにすでに面識がある件については、単なる二次創作です。スルーしてやってください。

 原作ゲームに興味が出てきた今日この頃です。それではまた。


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第28話

お待たせ致しました。続編です。
どうぞご覧ください。


「じゃあ、始める前にルールを決めるわよ。」

「待て、霊夢。ルールって何のことなんだ?」

 

 魔理沙が疑問を発する。霊夢は一瞬、「何言ってんだコイツは」みたいな顔をしたが、すぐに説明をしていない事を思いだした。

 

「今回の異変はスペルカード・ルール、弾幕ごっこをもって解決に当たれってお達しがあったのよ。だから、スペルカードは何枚かって決めるのよ。」

「ちょっと待ってよ、私がそれに応じると思う?」

 

 ルーミアが口を挟んだ。確かにその通りだ。ルーミアには従う義務はない。

 

「あら、その言葉本気で言ってんの? アンタ、あたしと弾幕ごっこ抜きで戦って本気で勝てると思う? そのリボンで力封印されてんでしょ?」

「ギクッ!?」

 

 痛いところを突かれたようで、ルーミアの額に汗が流れた。

 

「今回みたいに力の差が歴然でも、対等の勝負が出来るようにって事で弾幕ごっこよ。ほら、どうせ持ってんでしょ? さっさと出しなさい。」

 

(霊夢、まるでそれは強請(ゆす)りだぜ……)

 

 親友のぶっきらぼうと思っていた一面が、別の何かに見えてしまう。催促されたルーミアは渋々と言った様子で応じた。

 

「持ってるけど……今まで遊びでしか使ってなかったのにな……」

「今この時からが本当の弾幕ごっこよ。お遊びじゃない遊びを体験させてあげるわ。」

「分かったわよ……スペルカードは三枚ね。行くわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「喰らえ!」

 

 ルーミアが極彩色の弾幕をばらまいた。弾幕ごっこのルールとして、意味の無い攻撃はしてはいけない。無秩序にばらまいて見える様なそれも必ず避けられるような隙間を作らなければならないのだ。

 逆に言えばその隙間さえ作っておけば、容赦の無い弾幕をばらまいても良いと言う事である。ルーミアの放ったそれも、傍目から見れば本気で相手を殺しにかかっているような容赦のなさであった。

 だが、幼い頃から弾幕ごっこに親しんでいた少女に取ってみれば、それは穴だらけであった。縦横無尽に放たれる弾幕を霊夢は危なげも無く避けていく。右に、左に、自由自在。華麗に舞うように弾幕を避けるその姿はまるで舞を舞っているかのようだ。これこそが霊夢の能力の真骨頂である。

 

「ぬぅ……明らかに手加減しているでしょ!」

「当たり前じゃない。あたしはこの霧を出している黒幕を退治しに行くのよ? 言わばこれは準備運動なんだから。ほら、もったいないからボムは出したくないの。さっさとスペルカードを宣言しなさい。」

「馬鹿にしてっ! そんなに喰らいたきゃ喰らえば良い! 月符『ムーンライトレイ』!!」

 

 ルーミアが一枚目のスペルカードを宣言する。するとルーミアを中心として同心円状に弾幕が放出された。その様子はまるで花火である。一見すると避ける隙はありそうにない。

 

「何よ、それだけ? なめられたものね。」

 

 だが、霊夢にそれは通じないようだ。もといた場所からほとんど動かず、弾幕を避けていく。

 

「まさか、これで終わりって訳じゃないでしょう?」

「当たり前よ、喰らえ!」

 

 その言葉と共に真横に伸ばした両手からレーザーが放たれた。真横に伸びるそれは霊夢を挟まんと迫る。だが、霊夢は冷静に起動を見極め、ビームが当たる寸前で避けた。微妙にビームに当たるように避けられたその動作は「グレイズ」と呼ばれる高等テクニックだ。

 

「おぉ、お見事。霊夢に軍配だな。」

 

 魔理沙が呟く。美しさを求められる弾幕ごっこにおいて、グレイズなどのテクニックは必須だ。幼い頃より弾幕ごっこに親しんできた彼女だからこそ、である。

 ルーミアのスペルカードが時間切れを迎えた。スペルカード・ブレイクである。

 

「ハァ、ハァ……人間のくせに、空を飛んで弾幕をかわすなんて……幻想郷の巫女は化け物ね!」

「言ってなさい、あたしは痛くも痒くもないわ。」

 

 霊夢が大幣を構える。弾幕ごっこはまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

―少女決闘中―

 

 

 

 

 

「はい、これで三枚目ブレイクね。」

「あぁああッ! なんで当たらないの!?」

 

 ルーミアの最終スペル、闇符「ディマーケイション」が破られた。これにて弾幕ごっこは霊夢の勝利である。

 

「さぁ、私の勝ちよ。そこを退きなさい。」

「くっそ、覚えてなさい! 次会ったら食べてやるんだから!」

「はいはい、また良薬を飲ましてやるわよ。」

 

 捨て台詞を吐きルーミアは飛び去っていった。その軌道が少しふらついているのはご愛敬だろう。

 

「……まぁ、良薬っていっても飲んでみなけりゃわからないけどね。」

「お疲れだぜ、霊夢。」

「全く、無駄に時間を使ったわ。早く先を急ぎましょう。」

 

 霊夢と魔理沙は再び飛行を開始した。先ほどの遅れを取り戻すためであろう、少し速度を上げて飛んでいる。

 程なくして森を抜け、霧の湖に到着した。湖の遙か先、ここからは見えないが湖の中のとある島に今回の異変の首謀者と思わしき吸血鬼の住む館がある。

 

「さて、じゃあ島を探すとするか。霊夢場所分かるか? 私もなんとなくしか知らないんだが。」

「知らないわよ、行った事無いんだし……でも、こっちの方な気がするわ。」

 

 博麗の巫女の勘に従い湖の上を飛行する二人。だが、あちこちを飛ぶも真っ赤な館は見つからない。霧も濃くなってきて捜索は困難を極めそうだ。

 

「全く……この湖こんなに広かったかしら? 島を探そうにも、霧で見通しが悪くて困ったわ。」

「うーん……島は確かこの辺だったような気がするが……もしかして移動しているのか?」

「そんなわけ無いじゃない。でも……こんなに探しても見つからないなんて、もしかしてあたしって方向音痴?」

 

 一向に目的の島が見つからず、ストレスばかりが募っていく。ついつい目的外のことに話題が飛んで行ってしまう。

 

「それにしても……なぁ、霊夢。」

「なによー。」

「今はおおよそ夏だぜ。いくら夜だっていっても、なんでこんなに冷えるんだ?」

「来たな、解決者たちめ! 二度と陸には上がらせないよ!」

「さぁ? 熱帯夜よりかはマシでしょ。」

「それはそうだが、お腹が冷えちゃうだろ?」

「……ダメだよチルノちゃん。聞いてないよ。」

「ぬぐぐ……ちょっと、そこの紅白と白黒!! 無視すんじゃないわよ!! こっち向け!!

 

 霊夢と魔理沙がその声に気づき振り向く。するとそこには青っぽい妖精と、緑っぽい妖精がいた。この霧の湖に居着いている妖精の、大妖精とチルノだ。

 

「アンタたち、ちったぁ驚けよ! 目の前に強敵がいるんだから!」

「標的? 妖精ごときがあたしの弾幕の標的になるわけないじゃない。」

「だけど霊夢、あいつら妖精にしては力が強そうだぜ?」

「あら、本当じゃない。こいつはびっくりだぁね。」

 

 幻想郷において妖精は珍しい存在では無く、むしろ人間に悪戯をする非常に鬱陶しい存在として広く認知されている。一部妖精は人間の郷にも出入りをしているようではあり、毛嫌いされているわけではないようではあるが。

 霊夢たちもまさか目の前にいる妖精たちが自分たちの障害になるとは微塵にも思っていないようで、半分以上馬鹿にしたような態度でいる。それが伝わったのか、青っぽい妖精チルノは憤慨した様子をみせた。

 

「ふざけやがってー!! アンタたちなんて、英吉利牛と一緒に冷凍保存してやるわ!!」

「ま、まってチルノちゃん! 戦うときは弾幕ごっこでってレミリアさんから言われてるでしょ!?」

 

 焦ったように緑っぽい妖精、大妖精がチルノを止める。ポロッと重要な名前を口にした気もするが、霊夢たちは聞こえていなかったようだ。

 

「まぁ良いわ。勝負するんだったら早くやるわよ。丁度二人ずついるんだし、二対二で終わらせてあげるわ。」

 

 大幣を構え相対する霊夢。魔理沙も帽子をあげ不敵な笑みを浮かべた。

 

「どうやらお前がこの寒さの原因らしいな? 寒い奴だぜ。」

「よくわかんないけど、それはなにか違う……」

 

 

―1st Stage Clear・2nd Stage Start―

 

―少女相対中―

 




如何でしたでしょうか?

今回前々から言っていた、この作品の表紙になるイラストをようやく完成させることができましたので、目次ページに掲載しました。よろしければご覧ください。

ちなみに、右から
レミリア、フラン、美鈴、クロエ、咲夜、パチュリー、小悪魔です。


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第29話

続編です。どうぞご覧ください。


「あたしはこっちの緑の方とやるわ。」

「それじゃあ、私はこっちの寒い方とだな。」

「その言い方やめろー!」

 

 チルノはそう言うと、出し抜けに氷の弾幕を放った。氷柱のような、ドリルのような形をしたそれはまっすぐに魔理沙の元へと向かう。あわや決着かと思われたが、魔理沙は箒を軸に一回転し難なく弾幕を避けた。

 

「スッゲー! 何だ今の避け方!」

「フッフッフ、凄いだろう? 箒に乗る魔法使い伝統の避け方だぜ。」

 

 そう言うと魔理沙は星のような形をした弾幕を放った。キラキラと輝くそれは、一見すると弾幕には見えない。弾幕ごっこの美しさを表現する部分だろう。

 以外と速い速度で迫る星の弾幕をチルノはひらりとかわす。こちらも弾幕ごっこに慣れている様子がうかがえる動きだった。

 

「ほう、たかが妖精だとなめていたが、なかなかやるじゃないか。」

「当たり前だ! アタイはサイキョーだぞ!」

「ふーん。なぁ、お前チルノって呼ばれてたよな? チルノは弾幕に大切なものは何だと思う?」

「大切な物ぉ……? うーん、やっぱあれだな! 冷たさだな!」

「ダメだな。まだまだ、だぜ。いいか、弾幕に必要なのは冷たさでもスピードでもない。」

 

 魔理沙は帽子をかぶり直し不敵な笑みを浮かべた。ただならぬ雰囲気がにじみ出し、チルノが少し下がる。

 

「弾幕はパワーだ!!」

 

 その言葉と同時に、まるで川のように星型の弾幕があふれ出した。まるで星の奔流のようなその弾幕はチルノをめがけ飛んでいく。

 

「わっ! わわっ!? これ避けれなっ!」

 

 必死に避けるも次第に弾幕がかすりだしていく。それは自ら当たっていくグレイズとは異なるものだ。

 

「くっ、こうなったらスペルカードだ! 氷符『アイシクルフォール』!!」

「早っ! もうかよ!」

「うっさーい!」

 

 チルノから見て斜め前方へと氷の弾幕が射出される。さらにその弾幕から魔理沙を挟撃するように弾幕が生成されて放たれた。妖精の攻撃としては規格外の弾幕である。

 

「うーん、妖精にしてはなかなかのスペルだな。だが、致命的なミスがあるぜ。」

 

 魔理沙は迫り来る弾幕を物ともせずにチルノの方へと突っ込んでいく。左右から迫り来る氷の弾幕を避けながら、ある一点を目指す。

 

「チルノ。お前のド真ん前……がら空きじゃないか!」

 

 そう、この氷符「アイシクルフォール」には死角があった。左右から放たれた弾幕が、さらに中心へ向けて弾幕を放つこのスペルの構造上、宣言した者の正面に弾幕は出来ないのだ。

 

「あっ、ホントだ!?」

「やっぱ妖精はバカだな。まぁ、よく頑張ったと思うぜ。だからこんぐらいで勘弁してやる。」

 

 そう言うと、魔理沙は小さな星型の弾幕を一つ作りチルノのおでこへと軽く放った。デコピン程度の威力のそれは、きれいにチルノのおでこへと命中した。

 

「あたっ! むぅー……負けた……」

 

 これにて弾幕ごっこは魔理沙の勝利である。すると、それを見ていたのか霊夢が魔理沙の方へと近寄ってきた。

 

「もう、冷えてきたわ……そっちは終わったみたいね。」

「ああ、まぁな。それにしても、何だ。いやに早いじゃないか。そんなにそっちの相手は弱かったのか?」

「さぁ?」

「さぁ……ってお前の事だろ?」

「あの妖精、緑の方だけど戦わなかったのよ。『私は戦わないです。』って言われてね……どうしようもないじゃない。それに、妖精にしては話し方も妙に賢そうだったし、侮れないわよ。」

「ふーん、それならなおのこと戦ってみたかったけどな。」

「まぁ、良いんじゃない? 楽できる訳だし――誰ッ!?」

 

 霊夢が突然声をあげ、湖の岸、そこに生えた木の一本に針を投げる。音を立てて針が突き刺さると、その影から一人の人物が姿を現した。

 

「うあっ!? えっ? あ、あわわわわ……見つかっちゃいました……」

 

 そこにいたのは、紅魔郷の門番の紅美鈴だった。うろたえたように視線を泳がしている。

 

「おいおい、門番さんじゃないか。こんなところで何をしてたんだ? まさか偵察か?」

「えっ? えぇーと……とりあえず逃げます!」

 

 思いついたかのようにきびすを返し走り出す美鈴。その速度はなんとか目で追えるほどの速度だった。

 

「あっ! 待ちなさいよ!」

「いいんだ、霊夢。逃すぜ。後を追いかけて案内してもらおうじゃないか。」

 

 そう言うと二人は美鈴の後を追いかけた。その速度は不思議な事に、二人のそれぞれ全速力よりすこし余裕のある程度の速度であった。

 

 

 

 

 

 一方、木陰にて。

 

「ふぅ、美鈴のあの大根っぷりにはすこし肝が冷えましたが、なんとか騙されたようですね。」

 

 木陰から姿を現したのは、紅魔館の家庭教師クロエだった。木に突き刺さった針を引き抜き、月にかざしながら一人言葉をつむぐ。

 

「しかしあれが、八雲様が育てられた今代の博麗の巫女ですか……完全に気配を殺していたのに察知するとは、恐ろしいまでの勘ですね。」

 

 針を懐にしまい、霊夢たちが飛んでいった方向を見る。クロエは見つかった際に、共に二人を()()()()()()美鈴にある指示をして木陰から押し出したのだ。その指示とは、二人を紅魔館へと案内する事。それも、自然な形で、だ。

 

「こんなところでうだうだやられていても困るんですよね。早くしないと夜が明けてしまう。」

 

 月を見上げ、口を笑みの形に歪めさせる。その瞳に掛けられた片眼鏡(モノクル)には霧の影響で紅く見える月が映っていた。

 

 

 

 

 

少女追跡中

 

 

 

 

 

 逃げ出した美鈴を追いかけ、二人は紅魔館へとたどり着いた。固く閉ざされた門扉は来訪者を拒絶しているかのようだ。

 

「あ、さっきはどうも。」

 

 二人を目に留め挨拶をする美鈴。なんとも緊張感のない様子である。

 

「はいはい、道案内ご苦労様。さて早速だけど、どうしてあたしたちを見て一目散に逃げたのかしら? 何か本当に誘導されたみたいな感覚なんだけど。」

 

(えぇー? 私の演技を見抜くとは、なんて勘の鋭い娘なんですか。)

 

 自身の演技力に疑問を覚えていないようである。すこし汗を流しながらもなんとか話をそらそうと試みる。

 

「さ、さぁ? 気のせいじゃないですか? それに、あなたたちが逃げる私に勝手に付いてきたんじゃないですか。私に付いてきてもこっちには何もないですよ?」

「嘘ね。何もないところに逃げないでしょ? それに最初っからここが怪しいと思ってたのよ。さぁ、素直にそこを通すか、あたしに倒されて門をこじ開けられるか選びなさいな。」

 

 大幣を構え闘志を高ぶらせる霊夢。その姿はとてもじゃないが巫女には見えない。

 

(くそ、背水の陣ですね!)

 

 一人で陣なのかという疑問は置いておくとして、すっかり臨戦態勢となった霊夢に流される形で構えを作る美鈴である。しぶしぶといった雰囲気に見えるが、その口元にはわずかに笑みが見えていた。

 

(まぁ、いいでしょう。この娘はちょうど咲夜さんと同い年ぐらいですし、()()()()()のも良いかもしれません。)

 

 だがその時、霊夢の前に躍り出る人影があった。魔理沙である。

 

「なぁ霊夢、悪いがここは私にやらせてくれないか?」

「……何でよ。」

 

 明らかに不機嫌と行った様子で返事をする霊夢。出鼻を挫かれたような心持ちなのだろう。それを知っているのか、申し訳なさそうな笑みを浮かべて魔理沙は訳を話す。

 

「あの門番、名前は美鈴って言うんだけどな? まだ私が里にいた頃よく見かけてたんだよ。昔っから動きに無駄がないって言うか、かっこよくて、実はちょっとあこがれてたんだぜ。だから、折角だし戦いたいんだよ。」

 

 秘めたる思いを打ち明ける魔理沙。幼い頃より神社で育った霊夢が知らない事実であった。友人の真摯な思いを知り、珍しく少し眉を上げる。

 

「……ふぅん、そんな真剣なアンタは久しぶりに見たわ。良いわよ、変わってあげる。その代わり、無様な戦いをしたら承知しないわよ。」

「分かってる。恩に着るぜ、霊夢。」

 

 霊夢は少し後ろに下がった。そして魔理沙が箒に乗ったまま地上すれすれまで降下する。丁度地上の美鈴と対峙する形だ。

 

「私はこれがないと空も飛べない普通の、人間の魔法使いだからな。これで失礼するぜ。」

「……先ほどの会話、失礼ながら聞かせていただきましたよ。本当は、ある程度力量を測ったら適当に負ける予定でしたが、予定変更です。無様な戦いは出来ません。」

 

 美鈴の瞳に真剣な光がともる。本気の構えをとり、全身から気をあふれ出させる。

 

「私は弾幕ごっこが得意ではありませんが、それでも私の全力を持って相対します。――紅魔館が門番、紅美鈴。推して参ります!」

「良い口上だ。私も負けてられないな! 霧雨魔理沙、魔法使い。罷り通るぜ!」

 

 

2nd Stage Clear・3rd Stage Start

 

―少女相対中―

 




 如何でしたでしょうか?

 気がつけば今回でもう30話目となりました。ここまで続いたのも読んでくださる皆様の支え合ってのことだと思います。ありがとうございます。

 続編までもうしばらくお待ちください。


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第30話

お待たせいたしました。続編です。
どうぞご覧ください。


 

 

 美鈴と魔理沙の弾幕ごっこが始まった。両者共に場所を変えながら相手へと弾幕を放っていく。互いに互いの力量や隙をうかがっているようだ。

 魔理沙の弾幕は先ほどと同じ星型弾幕であるが、美鈴の弾幕は自身の能力による物なのか、虹色に輝いていた。縦横無尽に舞う虹色と星が夜のとばりを明るく照らす。少し霧がかかっている中に輝くその弾幕ごっこは、まさに幻想のごとき美しさであった。

 

「苦手と言っていた割には随分避けるのが上手いじゃないか!」

「武術体術は昔から得意だったんですよ。ただ、空を飛んだり弾幕を放ったりするのが苦手なんです。」

「よっしゃ、良い事聞いたぜ。それならもっと近づいても大丈夫だな。」

 

 魔理沙が距離を詰める。射程が縮んだ事により、魔理沙の弾幕が密度を増したように思われる。だが、それは同時に相手の弾幕にも被弾しやすくなると言う事だ。互いに弾幕を避け合うも、空中機動で避ける事の出来る魔理沙の方に分があるらしく、避ける美鈴の表情にはだんだんと焦りが見え始めてきた。

 

「どうした? 余裕がなくなってきてるぜ?」

「クッ、このままじゃジリ貧ですね……」

 

 魔理沙の言葉通り、いくら武術の達人とは言え降り注ぐ雨全てを避ける事が出来ないのと同じように、まるで雨あられのごとく降り注ぐ弾幕に美鈴は苦戦している。紅魔館の門番として、何より自分に憧れてくれた少女の前で無様な姿は見せたくはない。

 

(一体どうすれば……)

 

 美鈴が途方に暮れていたその時、どこからともなく声が響いてきた。

 

『苦戦しているようですね、美鈴。そんなに余裕のない表情は久しぶりに見ましたよ。』

「む……一体どこから?」

 

 霊夢が辺りを見回す。猫の子一匹見逃さないような視線で辺りを見回すも、声の主の姿を見つける事は出来ない。

 

『美鈴、この戦いはお嬢様も見ていらっしゃいます。貴女の戦う理由も含め無様な戦いはできませんよ。しかし、この命名決闘法が貴女と相性が悪いのもまた事実。なので、少しばかり助言をしてあげましょう。』

 

 魔理沙も気になるのか、お互いの弾幕が同時に途切れた。そして謎の声に場の三人が注目する。

 

『美鈴、弾幕ごっこのルールを思い返しなさい。その勝敗は弾幕に被弾するか、スペルカードの時間切れによります。()()()()()()()()()()()()()()()()なんてルールはありませんよね? あとは貴女の機転に期待しますよ。』

 

 その言葉を残すと謎の声は一切聞こえなくなった。辺りが再び静寂に包まれる。

 

「さっきの声は一体何が言いたかったんだ? 弾幕を弾幕で相殺しても良いなんて誰でも知っているじゃないか。」

「……弾幕を弾幕で……私の機転……そうか、そういうことですね! 魔理沙さん、お待たせいたしました。勝負を再開しましょう。」

「おっ、やるか? 何を思いついたのか知らないが負けないぜ。」

 

 魔理沙が再び弾幕を放つ。まっすぐに飛んでいくそれは大質量と共に美鈴を穿たんとする。

 

「……ハァァアアアア……!」

 

 しかし、美鈴は気合いを込め、構えを崩さなかった。その挙動からは避けようとする意志が一切感じられない。

 

「おいおいどうした!? そのままじゃ当たるぜ!」

 

 魔理沙が叫ぶも美鈴は飛んでくる弾幕から視線をそらさない。そして星型の弾幕が当たる直前であった。

 

「セイヤァッ!!」

 

 気合い一閃。神速の拳脚が魔理沙の弾幕のことごとくをたたき落とし、はじけ飛ばし、消滅させた。雨あられのごとく降り注いだ弾幕も、まるで嵐のような連撃にすべて消え去ってしまった。

 

「な、なんだそりゃ!? 弾幕を殴り飛ばすなんて、無茶苦茶だろ!? そ、それにいくら殴ったって被弾だよな、私の勝ちか?」

「魔理沙、相手の手足をよく見なさい。」

 

 霊夢が口を挟む。その言葉に魔理沙は美鈴の手足に注目した。

 連撃を終え、しかし油断無く残心をとる美鈴の手足には、まるで包み込むようにぼんやりと虹色に輝く気が纏われていた。まるでそれは、先ほどまで美鈴自身が放っていた弾幕そっくりである。

 

「何だありゃ……弾幕?」

「その通りです。弾幕を弾幕で打ち落とす事は何ら違反ではありません。ならば、弾幕を放たず手足に留め、それを持って迎撃しても問題は無いはずです!」

「な、何だってー!?」

 

 誰もが思いつかなかった、いや、考えもしなかった発想。弾幕ごっこにおいて弾幕を放たず弾幕で弾幕を迎撃する。思いついたとしても、恐らく美鈴のような弾幕ごっこの苦手な者しか実行に移さないであろう方法である。

 

「お、おい! 霊夢! あれ反則じゃないのか!?」

「……いいえ、何も問題は無いわ。弾幕に当たってないし、勝負に弾幕を使っている。もし、自分の身体全体を大きい弾幕で包んで無敵状態って言うならダメだけど、見てる限り弾幕を打ち落とす瞬間にしか弾幕を出してないし、むしろあの戦い方はハンデよ。」

「マジかよ……」

 

 がっくりと肩を落とす魔理沙。ハンデと言われればハンデだが、美鈴にとってそれはハンデにはならない。むしろ魔理沙にとって初めての戦闘スタイルが相手となる。

 美鈴は改めて構えをとって魔理沙を見上げた。気をみなぎらせ口角を上げる。

 

「さぁ、仕切り直しです。私の弾幕ごっこを見せてあげましょう!」

 

 

 

 

 

 極彩色と星が幻想郷の闇を照らしている。先ほどまでの情勢とは打って変わって、現在は美鈴が魔理沙をおしていた。手足に纏った弾幕を駆使した攻防一体の武闘はまさに華麗の一言である。

 魔理沙は美鈴の放つ弾幕を避けながら、更には美鈴の打撃にも気をつけねばならない。必然的に防御に傾倒しつつあった。

 

(クッ……このままじゃマズい! しかし、隙が無いぜ……)

 

「魔理沙さん、提案があります。」

 

 魔理沙が焦りを覚え始めていたその時、美鈴が攻撃を止めた。魔理沙は怪訝に思いながらも話を聞く。

 

「このまましのぎ合うのも悪くはありませんが、今は異変の最中。そこまで時間を掛けている余裕もないでしょう? だから、提案です。スペルカードを宣言してください。私がそれをしのいだら私の勝ち、私を見事打ち破ったら魔理沙さんの勝ちです。」

「……構わないが、それは私に有利すぎだろ。裏があるんじゃないか?」

「こちらにも、あまり時間を掛けられない事情もあるんですよ……さぁ! どうします? 乗りますか、乗りませんか?」

「いいぜ、やってやろうじゃないか。後悔するなよ!」

 

 魔理沙はそう言うと美鈴から少し距離をとった。そして頭に被った帽子の中からあるものを取り出す。出てきたのは掌ほどの大きさの八角形の道具だった。小さい足のついたそれは、傍目から見れば何の変哲も無い謎の道具だ。

 だが、それを見た霊夢は目を見開いて驚いた。そして慌てて自身の周囲に結界を張りながら叫んだ。

 

「ち、ちょっと! ミニ八卦炉じゃない! まさか()()をやるつもりなの!?」

「ああ! 最大火力だぜ!」

 

 魔理沙がミニ八卦炉と呼ばれたそれを構え、呪文をつぶやき始める。周囲の空気が渦を巻き荒れ始める。美鈴は魔理沙をしっかりと正面に見据えつつも、その異様な雰囲気を感じ取っていた。

 

「……待たせたな。これが私の正真正銘の奥の手、最大の攻撃だぜ。」

「負けません。紅魔館の門番の名にかけて、この門は抜かせませんよ!」

「その門ごとぶっこ抜いてやるから覚悟しろ!! 恋符『マスタースパーク』!!」

 

 スペルカードの宣言と同時に魔理沙の構えたミニ八卦炉から、光の奔流があふれ出た。闇夜を照らし出すその極太レーザーは、周囲の木々を吹き飛ばしながら美鈴の元へと飛んでいく。

 

「……ハハッ、こんなの避けるわけにはいかないですね。」

 

 美鈴がどこか諦めたかのような乾いた笑いを漏らした。だが、すぐに表情を引き締め、一撃必殺の構えをとる。拳に気を貯め、まっすぐに迫り来る破壊の光に臆する様子は一切見せない。

 

「ハァァアアアア……!! 華符『破山砲』!!」

 

 美鈴もスペルカードを宣言した。同時に拳を打ち抜き、マスタースパークを迎撃する。最大まで貯められた気を纏う拳は、マスタースパークに当たると同時に周囲を爆発の渦に巻き込んだ。

 

「キャアッ!!」

 

 結界を張っていたはずの霊夢が爆発の余波を受け吹き飛んだ。湖の霧も岸の周囲に漂っていた分が吹き飛んでいる。

 

「いたた……全く、出力をもっと考えなさいよ……」

 

 木に衝突しなんとか復帰した霊夢が決戦の場へと戻ってきた。土煙が舞う中、そこには美鈴の姿があった。

 驚くべき事に、紅魔館の門や建物には傷一つ付いていなかった。ただ、その前に拳を突き出した姿勢で微動だにしない美鈴の姿はボロボロであった。

 霊夢は宙に漂う魔理沙の元へ近づいた。魔理沙は勝利したというのに浮かない表情をしている。

 

「……アンタの勝ちじゃない、喜びなさいよ。」

「それを本気で言ってるなら、私は二度とお前に話しかけないぜ。」

「冗談に決まってるじゃない。初めて見たわよ、魔理沙のマスタースパークをまともに受けて形が残っているものは。たしか最大出力だと山を消し飛ばしてたわよね?」

「ああ、正真正銘私の最高の攻撃だった。なのに、美鈴から後ろには傷一つ付いていない。まさに、試合に勝って勝負に負けた気分だぜ。」

 

 弾幕ごっこはスペルカードに被弾した美鈴の負けである。だが、門番としての責務と矜恃(プライド)を守り切った美鈴は満足そうな顔をして、そのまま気絶した。

 

 

3rd Stage Clear

 




如何でしたでしょうか?

ようやっと紅魔郷終了までのスジが見えてきました。遅いですね……

これから一狩り行ってきます。


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第31話

お待たせいたしました。続編です。
どうぞ、ご覧ください。


 気絶した美鈴を門の脇に移動させた後、霊夢と魔理沙は門を開け紅魔館へと入っていった。玄関扉を開け館へ入ると、そこは玄関ホールだった。

 広い玄関ホールには一人の人影があった。黒い燕尾服に身を包み、片眼鏡(モノクル)をつけたその瞳は不思議な光を放っている。髪を後ろで結い上げた男装の麗人だ。

 

「いらっしゃいませ、紅魔の館へようこそ。(わたくし)、この館で家庭教師を務めておりますクロエと申します。どうぞお見知りおきを。」

「次の相手はアンタって訳ね。さぁ、やるわよ。」

 

 挨拶もそこそこに霊夢が戦闘の構えをとる。魔理沙はクロエをどこか訝しげな様子で観察していた。

 

「お待ちください。私は今回の異変において戦闘要員に数えられておりません。本来なら貴女方の前に姿も現さない予定だったのですから。」

「じゃあ、なんで今私たちの前に姿を現したんだ? 降伏するって言うんなら、まずは霧を止めるところからだぜ。」

「とんでもない、我々の異変は終わりませんとも。御当主のお嬢様が倒れられるその時までは、ね。私の此度の役割は、表で気絶している門番の代わりですよ。」

 

 そこまで言うと、クロエは振り向き玄関ホールを広げた両手で仰ぐように示した。

 

「この館はもともと広大な敷地面積を誇りますが、今やとある従者の力によりその大きさは外観と一致しない物となっております。お嬢様の待つ大広間までたどり着くだけでも夜が明けてしまうでしょう。ですので、よろしければ途中まで道案内を致します。そこから先はどうぞご自由にしてくださって構いません。如何ですか?」

 

 クロエが二人のもとへ近づき提案をする。その顔に貼り付けられた笑みは一見すると人の良さそうな印象を受ける物だった。

 

「……折角だけど、あたしは遠慮するわ。敵の本拠地で敵に行き先を任せるほど平和ボケしていないの。」

 

 クロエからの提案を霊夢はすげなく断った。そして周囲に視線を巡らせた後、一人無言で飛んでいった。

 

「おや、フラれてしまいましたか。魔理沙様は如何なさいますか? ともすれば霊夢様を出し抜くチャンスかもしれませんよ?」

「……私は、今回の異変解決から降りさせてもらうぜ。」

 

 驚くべき事に、魔理沙は今回の異変からの離脱を宣言した。これはクロエにとっても意外だったようで珍しくその表情を驚きに変えている。

 

「ほう……よろしければ理由をお聞かせいただいても?」

「さっきの門番との戦いで私は確かに勝利した。だけど、内容的には私の負けだ。勝負にお情けで勝っておいて、そのまま先に行けるほど私のプライドは安くないぜ。霊夢もそれを分かってたんだろ、私をおいて先に行っちまったし。これで降参って訳だ。」

 

 両手を上に上げ降参の構えをとる。自身の負けを認めたその表情はどこかすっきりしたような顔だった。

 

「そうですか……では、申し訳ありませんが異変が終わるまでその身柄をこちらでお預かりさせていただきます。ご安心ください、しばらくの間部屋でお待ちいただくだけです。危害を加えるような事は致しません。」

「そうか。できるなら暇つぶしできるような場所がいいな。」

「では、地下の大図書館へご案内いたします。どうぞ、こちらへ。」

 

 クロエが歩き出し先導する。魔理沙は大人しくそれについていった。大図書館へと向かう道すがら、クロエは一人考えていた。

 

(この少女と言い、先ほどの巫女と言い、人間の考える事は分かりかねますね。美鈴もいくらあのままでは気弾が放てなくなってしまうとは言え、あのような提案をしたのか理解できませんし。まぁ、そこがおもしろいところではあるんですけどね……)

 

「おい、どうしたんだ?」

「……いえ、なんでもありません。段差にご注意ください。」

 

 しばらくして、二人は大図書館の前に到着した。重厚な扉を開けると、そこにあったのは本、本、本。見渡す限りの本の大海原のような、恐ろしいまでの蔵書数をほこる正に大図書館であった。

 

「……すっげー、なんだこりゃあ……」

「我が紅魔館が誇る知識の宝庫でございます。その蔵書数は幻想郷はおろか、おそらく外の世界でも類を見ないほどでしょう。」

「見た事無い本が大量だぜ……異変が終わるまでって言ってたけど、それを抜きにしても居座りたいぐらいだな。」

「この大図書館の主のご許可さえいただければ、ご自由にお越しください。その際はおもてなし致しますよ。さて……小悪魔! 小悪魔はいますか!」

 

 声を上げ、何かを呼び出すクロエ。呼ばれてやって来たのは蝙蝠のような羽を持った長く赤い髪の女性だった。司書のような格好の彼女は見た目通りなのか、多くの本を抱えた状態だった。

 

「はいはーい! どうしましたー?」

「お客様です。丁重におもてなしください。くれぐれも、粗相の無いように。」

「……そんなに強調しなくても分かってますよ。ではどうぞ、こちらへお越しください。この大図書館の主、パチュリー様の下へご案内します。」

「よろしく頼むぜ。」

 

 クロエはそのやりとりを確認すると扉を閉めて去って行った。残された二人は広大な大図書館の中を歩いて行く。

 

「なぁなぁ、聞いても良いか? ここにはどれくらいの本があるんだ? お前が一人で管理してるのか?」

「どれくらいあるのかは私も把握し切れてないですねぇ。管理は私が主ですが、つい最近まではさっきのクロエ様が行ってましたし、今は妖精メイドのみんなに教えているんですよ。」

「ふーん、大変だなぁ。」

「ホントですよぉ……」

 

(まぁ、いろいろと役得はあるんですけどね。パチュリー様のいろんな姿が見られたりとか、可愛い妖精メイドちゃんたちに悪戯したりとか……)

 

「さぁ、このまま進めばパチュリー様がいらっしゃいます。私はお茶の準備をしてきますので一旦失礼しますね。」

 

 そう言うと小悪魔は一礼して去って行った。残された魔理沙は指示通りまっすぐ歩いて行く。

 

「……しかしなぁ、まぁよくこんなにも本をため込めたもんだぜ。こんだけあったら一冊ぐらい無くなっても分からないんじゃないのか? どれ、後でさっくり貰ってこ……」

「――待ちなさい。」

 

 不意に制止の声がかかる。魔理沙が声のした方を向くと、そこにはうずたかく積まれた本の山があった。その本の山の向こう、添えられた椅子に全体的に紫色の少女が一人鎮座していた。侵入者に一切目もくれず本のページをたぐっている彼女こそ、動かない大図書館、紅魔館の頭脳であるパチュリー・ノーレッジである。

 魔理沙は本の山を横目にパチュリーの側に寄った。その手にはちゃっかりと本が抱えられている。パチュリーはそれを見ると、少しむっとした様な表情で魔理沙を見上げた。

 

「……持ってかないで。」

「いいや、持ってくぜ。大丈夫、別に盗むわけでも奪うわけでもない。ただ借りるだけだ。私が死ぬまでな!」

 

 盗っ人猛々しい発言が飛び出す。パチュリーはため息一つと共に本を閉じ、魔理沙に向き直って言った。

 

「あなたねぇ、ここにある本がどれだけの価値があるか分かってるの? わかりやすく例えてあげるわ。これらの本は、あなたのお友達のあの巫女、あそこの神社のおおよそ5年分の賽銭程度の価値があるのよ。わかったかしら?」

 

 日本の有名寺社仏閣の一年の賽銭は10億円ほどになるという。パチュリーはそのことを書籍で読んで知っていた。この紅魔館の大図書館の書籍の価値は、実際にしたらお金で買えないほどではあるだろうが。

 だが、根暗な紫モヤシと揶揄される事もある彼女は、博麗神社の現状を知らなかった。

 

「霊夢のか? あそこは年中無休で参拝客がないぜ?」

「……」

 

 二人の間に気まずい沈黙が流れる。パチュリーの瞳が左右に泳ぐ。耐えかねた魔理沙が口を開こうとしたその時、パチュリーが焦ったように発言した。

 

「つ、つまり! この大図書館の主である私にとって、ここの本なんてその程度の価値しか無いってことよ!」

「……それじゃあ、やっぱり借りてくぜ。」

「むきゅう! う、うぅ……え、えぇーと、目の前の黒いのを消極的にやっつけるには……」

 

(それは載ってるのか?)

 

「なになに? ごき○りホイホイと呼ばれるトラップを設置す……」

「その黒いのは別モンだぜ!?」

 

 どうやら黒い物の撃退法は載っていたものの、そこにあったのは頭文字(イニシャル)Gや、這い寄る混沌と揶揄されるアレの事であったようだ。

 

「うーん……最近、目が悪くなったかしら?」

「部屋が暗いんじゃないか?」

「鉄分が足りないのかしら……」

「……まぁ、それも足りなさそうだが。どっちかっつーとビタミンAだろ。」

「あなたは?」

「足りてるぜ、色々とな。なんせ私はアウトドア派なんだ。」

「じゃあ、頂こうかしら?」

 

 パチュリーがそう言うと、急に魔理沙は顔を赤らめモジモジしだした。そして若干上目遣いでパチュリーを見上げて言った。

 

「こ、こんな場所で何言ってるんだよ……恥ずかしいだろ。私を頂くって……そ、そういうのはもっと段階を踏んでだな……」

そそ、そんなこと誰も言ってないわよ!!

 

 

 

 

―4th Stage Nothing・Next is ……?―




如何でしたでしょうか?

投稿が遅れてしまい申し訳ありません。これもひとえに某ハンティングゲームが楽しかったからです(汗)

しばしお待ちください。


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第32話

長らくお待たせしております。続編です。
どうぞ
ご覧ください。


 

 

「……何か失礼な事を言われた気がするわね。魔理沙かしら? あとでとっちめてやらないと。」

 

 広大な紅魔の館を一人浮遊する巫女が呟く。一見すると、ふよふよと宙を行く彼女の姿はただ単にさまよっているだけの浮遊霊にも見えるが、その実思いついたように襲来してくる妖精メイドの攻撃を意図も容易く避け反撃している。さらに、今回の異変の黒幕が待つラストステージに着々と近づいているのだから恐れ入る。

 その時、遠くから叫び声が響いた。

 

「あー! 何をやってるのよ! ぜんぜんお掃除が進んで無いじゃない!」

「「すいませぇーん(棒)」」

 

 どうやら近くの部屋からのようだ。気になった霊夢が声のする方へと近づきそっと様子を伺う。

 とある一室の中で二人の妖精メイドが人間に叱られていた。叱っているのは霊夢が初めて遭遇する妖精以外のメイドだった。銀の髪を揺らして怒りを表す彼女の声は妖精らには届いていないようで、妖精メイドたちは明らかに話を聞いていない。

 叱っているメイドの彼女はそれに気がついたようだ。先ほどまでの怒り顔を一転させ笑顔になると、どこからともなくナイフを二振り取り出し妖精メイドの脳天に突き刺した。

 

「「ギャッ!」」

「……ふぅ、お母さんならこんなことをしないで言う事を聞かせられるのに……」

 

 ナイフを一瞬でしまい嘆息を漏らす。そして霊夢の隠れている方へと向き直り声を掛けた。

 

「そこで隠れている人、出てきなさい。」

「……何だ、バレてたのね。」

 

 扉の影から霊夢が姿を現す。それを見たメイドの彼女は少し目を見開き驚いた。

 

「あなた……は、ここの主人じゃなさそうね。そんな格好した主人なんているはずないし。」

「何ですか、お嬢様のお客様ですか?」

「……まぁ、ある意味そうね。そろそろこの館の探索にも飽きてきたの。窓もないし同じような光景ばっかり続く。自分がどこにいるのか分かりゃしないわ。と、言うわけで、さっさとそのお嬢様とやらの所へ案内してくれない?」

 

 霊夢が振り向き案内を要求した。次の瞬間、霊夢の首にはナイフが突きつけられていた。研ぎ澄まされたそれは人の皮を、肉を、そしてその命すらも容易く刈り取るだろう。

 

「……速いわね、見えなかったわ。」

「ここから先には通さないわよ。」

 

 後ろからナイフを突きつけたメイドの彼女が怒気を込めた声で言った。だが、当の霊夢は首筋に添えられたナイフがまるで存在していないかのごとく、その声に何の感情も乗ってはいない。

 

「お嬢様は滅多に()()会う事はないわ。会えるのは物言わぬ身体になった時だけよ。」

「ただ会うだけなのに、何でそんなに難易度が高いのよ。何? ()()()()()()()()()()?」

「――ッ!?」

「はい動揺した。」

 

 メイドの一瞬の動揺をつき、霊夢は彼女の手を取りそのまま体勢を入れ替えて投げ飛ばした。合気道の要領である。投げ飛ばされた彼女は自身の失態に気がつき顔をゆがませる。だが、その姿は次の瞬間にはかき消え、そして音もなく霊夢の後ろに立っていた。

 

「……さっきの体勢からそこへは移動できないはずだけど、なにか秘密があるのかしら?」

「そんなことより貴女、何を知っているというの!?」

 

 怒気に加え殺気もみなぎらせるメイドの少女は、両手にナイフを構え霊夢をにらみつけた。だが、霊夢はそれに答えず歩き出した。部屋から廊下に出る。その廊下には珍しく窓が取り付けられていた。外には赤い霧が充満しており、月すらも赤く輝いているように見える。

 廊下の先には先ほどのメイドがいつのまにか待ち構えていた。まるで質問の答えを待っているかのように霊夢をにらみつけている。ため息を一つこぼすと、霊夢は口を開いた。

 

「……知らないわよ、何も。さっきのはただの思いつきだし、あたしはただこの赤い霧の異変解決を依頼されてきただけの巫女なんだから。例えこの館に何かあったとしても、あたしの知ったこっちゃないわ。で、この霧は何なの? 何が目的なの?」

 

 窓の外を指で示し疑問を投げる。

 

「……日光が邪魔だからよ。お嬢様は暗いのが好きだし。」

「へぇ、流石は吸血鬼。でも、あたしは好きじゃないわ。止めてくれる?」

「そればかりはお嬢様に言って貰わなきゃ。一使用人の私がどうこう出来る話じゃないわ。」

「あっそ。じゃ、呼んできて。」

 

 メイドの少女は鼻を鳴らし馬鹿にしたような表情をとった。そしてまたも、どこからともなくナイフをまたも取り出すと霊夢に向けて言った。

 

「バカね。自分のご主人様を危険な目に遭わせるわけないでしょ?」

「……あたしに向かってバカって言うなんて言い度胸してるじゃない。名乗りなさいよ、墓前に名前ぐらいは刻んであげるわ。」

「紅魔館の従者が一人、メイド長の十六夜咲夜よ。」

 

 霊夢も大幣を構え、闘気を高ぶらせる。一触即発の雰囲気が場を満たす。

 

「ここで騒ぎを起こせば、アンタの言うお嬢様とやらも出てくるかしら?」

「……そうかもね。お嬢様は何だかんだ言ってお祭りごとが好きらしいし、あり得ない話じゃないわ。でもね、」

 

 懐中時計を取り出しそれを眺めながら咲夜は言葉を続けた。霊夢に向けられたその瞳は冷たく輝いている。

 

「――貴女はお嬢様には会えない。それこそ時間を止めてでも時間稼ぎが出来るから、ね。」

「フン、天岩戸だかなんだか知らないけど、こじ開けてあげるわ。」

 

 

 

 

 

少女決闘中

 

 

 

 

 

 一方その頃、紅魔館・地下大図書館にて。

 

「――いや、そこの理論はおかしいんじゃないか? そこでその詠唱をすると魔力の流れが……」

「それは貴女と私の魔法の差ね。私のは精霊魔法だからこれの方がよく流れるのよ。むしろ貴女の魔法のそこ、その部分は力業過ぎよ。」

「当たり前だろ、魔法も弾幕も肝心なのはパワーだぜ。」

「……それには同意しかねるわね。魔法は精密な魔力のコントロールが紡ぐ芸術よ。」

 

 二人の魔法使いが魔法についての議論を戦わせていた。ただの喧嘩にも見えるそれは、お互いがお互いの知識をすりあわせ、削り、より洗練させていくものである。その証拠に互いに遠慮容赦ない言葉を投げ合っているにもかかわらず、その表情はとても明るい物であった。

 

「こぁ~、お二人とも、お茶ですよ~。」

 

 そしてその議論を遮るようにカートに紅茶のセットを乗せて、小悪魔がやって来た。お茶菓子も添えられたそれは、時間さえ合っていれば立派な午後の紅茶(アフタヌーンティー)であっただろう。

 

「おっ、美味そうだな。なんだ、私も貰っていいのか?」

「ま、まぁ一応お客様だしね。例え本を盗もうとするような相手でもお客様ならもてなすのよ。それが富める者の余裕なの。」

 

 どこか早口で、弁解するような口ぶりのパチュリー。その顔は少し紅潮している様にも見える。それを見た小悪魔は少し底意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「またまた~、パチュリー様さっきの注文で『上質の紅茶と、とっておきのお茶菓子を持ってきなさい!』って仰っていたじゃないですか~。久しぶりにこうして誰かといっぱいおしゃべりできて嬉しかったんでしょう?」

 

 魔力を介した秘密の連絡をあっさりとばらしてしまう小悪魔だった。パチュリーはそれを聞くと、瞬間的に小悪魔へ沈黙の呪いをかけた。そして急いで魔理沙の方へと向き直る。

 

「ちち、違うのよ!? こう、幻想郷に来て久々の来客で浮かれていたとか、誰かと魔法の話が出来て嬉しかったとか、そう言うのじゃないのよ!? か、勘違いしないで!」

 

(……パチュリー様、なんてテンプレなんですか。)

 

 焦ったように取りなすパチュリーの姿を、まるで子犬を見つめるような目で見る小悪魔だった。そして肝心の魔理沙はと言うと、

 

「んぁ? 何か言ったか?」

 

 早速と言わんばかりにドーナツにかじりついていた。幻想郷は日本にあり、そしてその里の文化はおおよそ江戸の頃と一部を除き大差はない。そこで生まれた少女にとってドーナツは聞きかじった事はあれど見た事も、ましてや食べた事などないものだった。夢中になって食べてしまうのも無理はないのである。

 今までの話を聞かれていないとわかり、パチュリーは安心したような、一方でどこか残念そうな表情をして肩を落とした。椅子に座り直し小悪魔の呪いを解くと紅茶を注がせ、叫んで酷使したのどを潤していく。そして、異変の最中とは思えないような穏やかな時が過ぎていった。

 だが、魔理沙がふと呟いたとある言葉がその時間の終わりを告げるのだった。

 

「……なぁ、ちょっと気になったんだが、この館ってもう一個地下があるよな? そこには何があるんだ?」

 

 

―続く―

 




如何でしたでしょうか?

某狩猟ゲームですが、とても面白いですね。私はPSPの頃からやってますがあの頃と比べると様々な面で変わっていて面白いです。

太刀が実装されて以来、ずっと太刀しか使っていない使わないと言う変なこだわりを持つ私ですが、かの山のように大きなドラゴン相手に苦戦です。ソロで太刀は無理なのか……?

終始ゲーム話で失礼しました。続編をお待ちください。


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第33話

お待たせ致しました、続編です。


 

「……なぁ、ちょっと気になったんだが、この館ってもう一個地下があるよな? そこには何があるんだ?」

 

 魔理沙の発したその疑問は、何の深い意図もない純然たる疑問であった。なぜ気がついたのかうかがい知る事は出来ないが、この地下の大図書館のさらに下にもう一つの空間がある事に気がついてしまった彼女は、何の気なしにそれを口にしたのだ。彼女自身どうせ物置とかワインセラーでもあるのかと予想をしていた。だが、返ってきたのは異様に思い空気と、それに伴う沈黙だった。

 

「お、おい、どうしたんだ? なんかマズいこと聞いちゃったか?」

「……え、えぇ~とですね……」

 

 小悪魔が気まずい表情をしている。普段の彼女からすれば考えられないような態度である。平静の彼女を知らない魔理沙からしても、小悪魔のその表情は違和感を得るものだった。魔理沙がさらなる言葉を続けようとしたその時、パチュリーが場を仕切るかのように強い調子で言葉を発した。

 

「――物置よ。普段は使わない椅子とか家具をしまっておく部屋よ。それ以外は特にないわ。」

「ほ、本当か? それにしちゃあ何か黙ってたりしてたじゃないか。怪しいぜ。」

「それは――貴女が気ついたことが意外だったからよ。まさかそんな事に気がつくなんてね。てっきり脳筋のパワーウーマンかと思っていたから。」

「失礼にも程があるぜ!?」

「はいはい、ごめんなさい。ところで魔理沙、もうすぐ夜が明けそうよ。本なら貸してあげるから早く返った方が良いんじゃないかしら? そうしましょう?」

「えっ? あ、あぁ、そうか。それなら有り難く借りていくか。死ぬまでな!」

「……期限は守ってもらうわよ。」

 

 本を物色しに席を立った魔理沙をジト目でみるパチュリーだったが、その姿が本棚の向こうに消えると上半身を机に倒し疲れたようにため息をついた。

 

「……パチュリー様」

「何も言わないで。あれで誤魔化したとは私も思っていないわ。でも、魔理沙が意外と空気を読んでくれたみたい。」

「そうですね。だって話が唐突すぎましたもん。パチュリー様は演技の才能はありませんね~。」

「そんなものいらないわよ。別に役者になろうとかそんな事思ってもいないんだし。」

「そんな、女は皆役者なんですよ! あらゆる場面において男を手練手管に取ってこそです!」

「……貴女の言う女はまるで淫魔(サキュバス)よ。」

 

 カップに残っていた紅茶を飲み干し、小悪魔に片付けを命令する。食器を下げた小悪魔を見送ると、パチュリーは再び本を開きその世界に没頭していった。だが、その胸には消えない一抹の不安がくすぶっていた。

 

(大丈夫よね? 妹様の部屋への扉は魔法で施錠してあるし、そもそもその扉自体先生の魔術で迷彩してある。あれを見破れるはずがないわ。それこそ、先生以外にはね。)

 

 一方本を探しに行った魔理沙は、

 

(私はそこまで変な事を聞いたつもりはなかったんだがな……まぁ、人それぞれに事情があるんだろう。深入りはしない方が身のためだし、本を借りられるようになったから良いだろ。)

 

 先ほどのやりとりを不審に思いながらも気にしないように努めていた。広大な図書館を一人、本を探していく。すでにその手には何冊かの本が抱えられていた。

 程なくすると、無限にも思われた図書館の端に着いた。もはやすでにパチュリーたちの姿や声はおろか、気配すらも感じ取れない。

 

「まったく、呆れるぐらいの広さだぜ。しかも明らかにこの世界の物じゃない本もあるし……アイツがどれだけ凄い魔法使いだとしても、ここまでの蔵書はそろえられないだろ。何か裏の繋がりでもあるのか……?」

 

 疑問を覚えながらもしっかりと本を物色していく。その抜け目のなさは感嘆に値するものだ。

 本を選んでいた魔理沙だが、ふと、とある事に気がついた。彼女の視線の先、図書館の壁に一枚の扉があった。周囲の雰囲気から明らかに浮いた鋼鉄製のそれは、物理的にそして魔法で施錠が施されていた。

 

「……何だ、これ……?」

 

 ここで普通の人間なら無視をするか、不審に思って近づかないだろう。だが、魔法使いとなる者は得てして好奇心が旺盛なのである。世界の秘密を、魔法という一般には知られていない物を知ろうという奇特な存在は、好奇心が飛び抜けている。

 例えそれが、猫を殺すと分かっていたとしてもだ。

 

「興味が引かれたら、徹底的だぜ。」

 

 抱えていた本を床に置き、すぐに解錠に取りかかる魔理沙。幸か不幸か、鍵の仕組みはそう複雑な物ではなく、程なくしてそれは解錠された。物理的な鍵は眼中にない。

 

「さって、何があるのかな~っと……」

 

 金属のきしむ音と共に重々しく扉が開かれた。扉の先、薄暗いそこには地下へと続く石造りの階段があった。

 

「あ? なんだこれ? 何も見えんぞ。」

 

 帽子からミニ八卦炉を取り出し照明にする。そして彼女は一歩一歩、足音を響かせながら階段を下っていったのだった。

 

 

 

 同時刻、地下図書館中央にて。

 

「――ッ!!!?」

 

 大きな音を立てて椅子を倒し、パチュリーが立ち上がった。その顔には焦りと疑問で真っ青になっていた。額から冷や汗が一筋垂れていく。

 

「ど、どうしたんですか~!? 大きな音がしましたけど……」

 

 音を聞きつけて小悪魔が文字通り飛んできた。そして彼女はそこそこに長いつきあいのある自身の主の、初めて見る表情を目の当たりにしたのだった。

 

「パ、パチュリー様……? いったいどうしたんです……? お顔が優れませんよ?」

「……鍵が、」

「鍵……?」

「妹様の部屋へと向かう、扉の鍵が開いた……?」

 

 青ざめた表情で呟くパチュリー。その呟きの内容を耳にした小悪魔も同様に青ざめた。

 

「えぇっ!? そ、そんな! 魔理沙さんには失礼ですけど、あの迷彩を見破れるわけないですよ!」

「ええ、私もそう思うわ。先生の【欺く程度の能力】を使ったあの迷彩、正直私だって見破れない自信がある。でも、その迷彩の先、私の掛けた施錠魔法は確かに解除されたのよ……こればっかりは間違いなんかじゃない。」

「ど、どちらにせよ、早く魔理沙さんを止めに行かなくては! このままじゃあ妹様に!」

 

 混乱が収まらないと言った表情で頭を抱えるパチュリーだったが、小悪魔のかけ声で為すべき事を理解したようだ。視線を見据え、力強い目で立ち上がる。

 

「……分かってるわ。行くわよ、こあ!」

「――少し、お待ち頂けますか?」

 

 だが、返ってきた返事は予想外の方向から聞こえてきた。明かりを点していない本棚の影、薄暗い場所からまるで浮き立つように姿を現したのは、先ほど図書館から出て行った家庭教師クロエであった。

 

「ク、クロエ先生!? どうしてそんな所に……いや、今はそんな場合じゃないわ! 魔理沙が妹様の、フランの所に向かっているみたいなの! クロエ先生の迷彩をどうやって見抜いたのかは分からないけど、とにかく急がなくちゃ!」

 

 焦るように状況説明をするパチュリー。だが、当のクロエはまるで聞こえていないかのように落ち着き払っている。そしておもむろに右手を胸に当て、またも落ち着いた様子で言葉を発した。

 

「落ち着いてください、すべて存じ上げております。魔理沙様の様子は影ながら拝見させて頂きました。それに、迷彩は見抜かれたのではございません。()()()()()()のです。」

「――何ですって?」

 

 パチュリーは普段は見開かない目を大きく見開いた。その瞳には驚愕の感情がこれでもかと込められている。

 

「……それじゃあ、クロエ先生はあの扉の先にフランがいると知っていた上で、ただの()()()魔法使いの魔理沙を行かせた訳なのね……? 人間がフランの前に現れてどうなるかなんて、貴女なら分かるはずなのに……ッ!!」

 

 怒気を込めた言葉をクロエへとぶつける。と同時に魔力を練り上げる。いわゆる臨戦態勢のパチュリーに対し、クロエはまるで不気味なほどに無防備だ。

 

「フフッ、何を怒ってらっしゃるのですか? 何かお気に召さない事でも? 彼女、魔理沙様はすでに異変解決を諦めた身。解決者では無いのならば、死んだとしても何も問題はないはずですが?」

「――ッ!!」

 

 とうとう堪忍袋の緒が切れたのか、魔導書を開き攻撃の意志を見せるパチュリー。次の瞬間には戦いの火ぶたが切って落とされるかと思われたその時、二人の間に飛び込んできた者がいた。小悪魔である。

 

「ま、待ってください! お二人とも、どうか冷静になってください! 何で紅魔館の中で争わなきゃいけないんですか!? 私たちは家族だって、お嬢様も仰っていたじゃないですか!」

「こあ……」

 

 目に涙をため、必死になって二人を説得する小悪魔。パチュリーはそんな小悪魔を見て言葉を失った。そして頭に上っていた血も元に戻ったのか、魔導書を閉じてクロエを見据えた。

 

「……少し、冷静になれていなかったわ。クロエ先生、訳を話してくれる? レミィや、こあ達ほどクロエ先生との関係は長くはないけど、それでも何の訳も無しにこんなことをする人じゃないって知ってるわ!」

 

 何故この様な事をしたのか、真摯な言葉で、気持ちで、パチュリーはクロエに問う。クロエはそれを受け、観念したように天井を仰ぎ見た。

 

「……どうやら、悪役(ヒール)にはなれないみたいだ。ここでパチュリー様が攻撃してくださったら私は何の遠慮もなく独断専行出来たんですがね。」

「残念だったわね、魔法使いってのはひねくれているの。いつも悪魔を出し抜く事を考えているのよ。」

「全く、ノーレッジ家の方々は抜け目がなくていらっしゃる。私の同胞も何名か出し抜かれていましたねぇ。」

 

 昔を思い出し苦笑をもらす。そしてパチュリーに椅子を勧め、自信も腰を掛ける。そしてため息を一つ漏らすと、パチュリー達を見ながら言葉を紡いでいくのだった。

 

 

 

―続く―




如何でしたでしょうか?

某古龍の討伐に成功しました。やっぱ刀は最高だぜ! と言わんばかりでした。

もう少しでこの紅魔郷編も終わりです。しばし、お付き合いください。


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第34話

お待たせいたしました、続編です。

どうぞご覧ください。


 

(わたくし)は常々思っていました。停滞している、このままではいけない、と。」

 

 紅茶を口に含めながら話し出すクロエ。その語り口はとても客観的な物であった。

 

「停滞……? 一体何が止まっているというの?」

 

 パチュリーは訳が分からないと言う風に聞き返した。側に控える小悪魔も同様である。

 

「……パチュリー様は、現在の紅魔館についてどう思われていますか?」

「どうって……別にどうとも……」

「私は常々思っておりました。紅魔館の現状は停滞している、問題を棚上げして見てみる振りをしている。時間が全てを解決するわけでもないのに、時の流れに身を任せすぎているのではないか? とね。」

 

 ここまで言うと、クロエは目の前におかれた紅茶を再び口に付けた。一方のパチュリーらは投げかけられた言葉に反論さえ出来ない。

 

「フランお嬢様の件が最たる例です。あの現状には私にも責任の一端はあります。故に、こちらに召喚された際には、私は真っ先に問題解決に当たろうとしました。しかし、お嬢様はそれを許可せず、パチュリー様もそれに同意なさいました。訳を尋ねた私に仰った言葉を、覚えておいでですか?」

「……私たちは、フランを信じる。あの娘が自分から出てきてくれるその日まで、私たちは待ち続ける。」

「そうです。私はその言葉を聞いた時、内心愕然としましたよ。貴女方はそれこそ、永遠に近い寿命をお持ちだ。人間と違って死期なんて物とは無縁でしょう。そんな方々が時間にすがって解決を信じるとは……何という狂言! 信じる者は救われません。すくわれるのは、足下だけなんですよ?」

 

 辛辣な言葉がパチュリーの身を突き刺す。クロエの言葉は一つ一つが正論で、パチュリー自身思っていた事なのだ。だが、過去の記憶が軽挙な行動を抑制する。絶対の成功が約束された道以外を選べない。絶対なんてものはないこの世界でパチュリーは行動を起こせないでいたのだ。

 

「……先生の言わんとする事は理解できたわ。確かに私たちは慎重すぎたのかもしれない。幻想郷という新しい世界に委ねすぎていた。だけど、それが今回の件と一体何の関係があるというの? 魔理沙を、異変の解決者ではなくなった彼女をフランの下へと送る理由は!?」

 

 一転して、パチュリーがクロエを責め立てた。問をぶつけられた彼女は、紅茶を口に付けて話し出す。

 

「刺激、ですよ。彼女は魔法が使えるとは言え、只の人間です。我々人外の者が少し力を込めるだけで壊れてしまうような、とても脆い存在。しかし、だからこそ、短い寿命の中で少ない命を燃え上がらせて発される言葉には力があります。我々とは全く異なる観点からの指摘が出来ます。私はその可能性に賭けたい。本当なら、咲夜にその役割を負わせたかったのですが、あの娘は少し特殊でしたからね。」

 

 紅茶を飲み干し、立ち上がるクロエ。そして言葉を続ける。

 

「今回の件は、すべて私の一存にて行われています。失敗した際の責任も全て私が。この紅魔館には何の害も被らせません。ただ、少し誤算であったのは、魔理沙様とパチュリー様があそこまで意気投合してしまわれた事でしょうね。全く、地上の方々は度しがたい。」

 

 そこまで言うと、クロエは一礼をして去って行った。図書館の暗がりに溶けて消えるように、その気配までも感じられなくなる。

 パチュリーはその後ろ姿を、ただ何も言わずに見送る事しか出来なかった。側に控える小悪魔もその様子をオロオロとして見るばかりである。

 

「……あそこまで正論を言われたら、何も言い返せないじゃない。正論は正しいからこそ反論が出来ないわね。」

 

 パチュリーは苦笑いを浮かべて立ち上がり、近くにおかれたソファーにその身を預けた。

 

「どうするんですか、パチュリー様?」

「……しばらくは、クロエ先生の計画に従いましょう。確かに私たちは妹様に、フランに対して少し慎重すぎたみたい。」

 

 そう言うと、パチュリーはどこからともなく本を取り出し開いた。しかし、その意識は本に対して全てを裂かれてはいない。

 

「でも、このまま指をくわえて見ているつもりはないわ。あまり近づきすぎるとフランもいい気がしないだろうから今はここで待機よ。でも、もしここから感じられる魔理沙の魔力に異変を感じたらすぐにでも向かうわよ。いいわね、小悪魔。」

「は、はい! 了解です!」

 

 返事と共に立ち去っていく小悪魔。自分に出来る用意をしに行ったのだろう。それを見届けたパチュリーは、天井を見上げ一人言葉を呟くのだった。

 

「まだ出逢ってほんの短い時間だけど、信じているわよ、魔理沙……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、唯一の異変解決者となった霊夢の戦っている廊下は酷い有様となっていた。

 この紅魔館に設置されている数少ない窓ガラスはそのほぼ全てにヒビが入り、中には割れて外の風が入り込んでいる物もあった。床や壁には無数の傷が走っている。壁紙がはがれ内壁が露出している場所もあるほどだ。

 さらに異様なのが、そこかしこに落ちている、ないしは突き刺さったナイフの数々だ。一点の曇りもなく磨かれたそれは、完全であったのならもはや芸術品の域に達しよう様相を見せてくれたであろう。だが、もはやその頃の名残はなく刃が欠けていたり折れていたりする物もあった。

 そして、今まさにこの惨状の中心人物の戦いが決しようとしていた。

 

「……あたしの勝ちね。」

「あっ、ぐぅ!?」

 

傷一つ負わず咲夜を見下ろす霊夢と、壁に上半身を預け全身に傷を負い満身創痍の咲夜。その勝敗は誰の目から見ても明らかな物だった。

 

「クソッ……強い。私の攻撃が当たりもしないなんて……」

 悔しげな瞳で霊夢を射貫く咲夜。その瞳からは闘志が消えていない。だが、視線の先にいる霊夢はどこ吹く風。すでに決した勝負に興味はないのか、きびすを返し廊下の先に視線を向けていた。

 

「……私と貴女で……一体何が違うと言うの……?」

 

 咲夜の脳裏に過去の記憶が走る。

その容姿、その能力故に同じ人間達から忌避され疎まれ。終には両親からも見放された。魔法の森に連れられ、抵抗も出来ないまま木に縛り付けられ、そして置き去りにされた。冬の寒さが幼い少女の身体を、心を無慈悲に切り刻んでいく。悪いのは私。幼い少女の心は誰を責めるのでもなく、ただただ自身の心を責めていた。その瞳に絶望を映し、そして世界に別れを告げ、最期の時を迎えようとしていた。

 

「……私は……負けるわけには……いかない……ッ」

 

 寒さと孤独、絶望に染められた少女を救ったのは、皮肉にも神でも仏でもなく、一体の悪魔だった。悪魔は少女を見つけ、人々から忌避された容姿を、能力を絶賛した。縄をほどき抱きしめてくれた。居場所を与え、役目を与え、そして家族とも呼べる存在に会わしてくれた。その恩は返しても返しきれない。紅魔館の当主に忠誠を誓うのは、ひとえに母と慕う悪魔が忠誠を誓うから。自信の失敗は当主を落胆させ、母と慕う彼女をおとしめる。大切なヒトの顔を思い浮かべ、満身創痍の身体を押して立ち上がる。

 

「私は、負けるわけには……いかないんだッ!!」

 

 そして彼女は、ルールを破った。弾幕勝負以外での攻撃。殺意を乗せて放ったナイフはまっすぐに、ただただ愚直に霊夢の背中へと飛んだ。そのナイフは霊夢の背中を裂き、心臓を貫くだろう。もはや咲夜の頭には異変解決者を殺してはいけない等の理性は残されていなかった。

 だが、彼女のある意味純粋な一心をのせたナイフは、驚くべき事に、()()()()()()()()()()()

 

「なっ……!?」

 

 次の瞬間、霊夢の姿は咲夜の目の前にあった。常の咲夜なら問題なく対処できたであろうが、もはや指の一本すら動かすのも時間がかかる。霊夢の放った当て身を咲夜は無抵抗で受け入れるほかなかった。

 

「がッ……!? うぅ……」

 

 吹き飛ばされ、廊下にうつぶせの体勢で横たわる形になった。しかし、諦めない彼女はさらにナイフを取り出し、顔を上げて霊夢を捉えようとした。

 だが、視線の先に霊夢はいなかった。疑問を感じる間もなくナイフを握る手に痛みを感じる。霊夢がナイフを握る手ごと踏みつけたのだ。そして冷徹とも言える目で咲夜を見下ろしながら、彼女の手からナイフを奪い胸ぐらをつかみあげ彼女を持ち上げた。

 

「そこまでよ。あたしは妖怪退治、異変解決の専門家なの。人殺しはしたくないわ。」

 

 その声と共に、咲夜のあごに拳を刈り取るように拳をはなつ。脳を揺らされた咲夜はうめき声を一つ漏らすと、脱力して言葉を発さなくなった。

 気絶した咲夜を適当な部屋の中に横たえた霊夢は、閉じた瞳から涙をこぼす彼女を見下ろして言った。

 

「アンタにどんな事情があるかは知らないし、知りたいとも思わない。でも、アンタは十分強かったわよ。それこそ、ただの人間とは認めたくない位には、ね。」

 

 霊夢は部屋をでて、廊下を歩いて行った。その瞳には何が映っているのか、それは誰にも分からない。

 

 

―続く―

 




 如何でしたでしょうか?

 今回の霊夢さんはまるで悪役のそれですね。だいぶ原作からかけ離れているような気がします。かけ離れているとすれば咲夜さんもですね。今回書いた彼女の過去は完全に私の創作です。いつかその辺の話を詳しく出来ると良いですね。

 某古龍さんの討伐に成功しました。太刀でのソロは難しいですね。

 では、また次回に。


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