第始章 ミレニアムクエスト外伝【完】 (トラロック)
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国は治めど子は食材
ナーベラル・ガンマ


 

 プレイアデス連合国家の一つ『ガンマ国』を治める統治者の名前は『ナーベラル・ガンマ』という。

 治世は十余年と長く、国はとても安定していた。

 住んでいるのは人間種が八割。残りの一割ずつを亜人と異形種が占めていた。

 国王であり女王であり皇帝とも呼ばれたナーベラル。

 時には『氷雷の女帝』と呼ばれることもある。

 ナーベラルは女性だ。

 統治者の彼女をどう呼ぶかは自由。だから、様々な呼ばれ方をしている。

 部下からは閣下と呼ばれる事が多い。

 美しき女王の業務は『子作り』のみ。外交などは部下が担当している。

 現在のガンマ国の玉座に座しているのは精巧に出来た石像。

 毎朝、部下達は物言わぬ石像に挨拶するのが日課だ。

 ナーベラルは統治者であるが安定した国を作ってしまった今は問題が起きない限り、子作りに励む以外の仕事が無い。

 生まれ出る子供は全て二重の影(ドッペルゲンガー)という異形種で、寝室にこもる彼女の相手が誰なのかは部下達は知らない。

 ナーベラルが産んだ子供に名前は無い。

 ただ、ひたすらに子供を産み続けているナーベラルの真意を理解出来るものはガンマ国には居なかった。

 

 

 生まれた子供は五年ほどしか生きられない。

 手厚く育てても死んでしまう。

 それはそれでナーベラルにとって気にするほどの事は無い。短命だろうと命を(はぐく)める事が大事なのだから。

 生まれ出た子供たちがどうなろうと興味は無いし、育てる気も無い。

 後継者など必要ない、と思っているからだ。

 数を数えるのも面倒。

 

「閣下。お子がまたお亡くなりになりました」

 

 育児担当の側仕えは言った。

 

「なら、調理してお前たちで処分しろ」

(かしこ)まりました」

 

 生まれ出た役立たずは少なくとも食料程度の役には立つようで、育児担当の腹の足しにされている。

 種族が違うだけで食べる側と食べられる側になってしまう。

 ナーベラルは飲食にそれ程、興味は無いが体調管理の点から幾分かは食事を作らせている。

 

 act 1 

 

 ガンマ国の統治者はナーベラルで間違っていない。だが、このプレイアデス連合国家は星を統べる至高の国、いや今は『アインズ・ウール・ゴウン』という名前の星。その中にある一つの国に過ぎない。

 ナーベラル達の上位者にして超越者(オーバーロード)

 和平を持って世界を統一した慈悲深き支配者『アインズ・ウール・ゴウン』の名前が使われている。

 時には優しく、時には厳しい。

 強大な力は愚か者にしか使わない。

 ある日、定例報告会の為に星都とも言われる中心地『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』へ赴くナーベラル。

 半年に一度ではあるが、他の仲間達と顔合わせが出来るので楽しみにしていた。

 全ての関連国家の統治者が集まるので会場は大賑わいだ。

 最初は四年に一度。一年に一度と色々と議論されていた。下準備もあるので。

 部下の顔を長く見ていないと忘れるかもしれない、というので一年の内、二回ある会議の片方は顔合わせ程度で済ませる事にした。

 支配者のわがままではあるが異論は出ない。

 当人からすれば手の届かない国の状況で困った事があれば手助けしたい、という気持ちがあった。だが、支配者としての立場もあるので大っぴらには本音が言えない。

 

 

 数千人を収容できる特設会場にナーベラルは足を踏み入れる。

 妊娠期間中なのでお腹は少し膨れていたが。

 

「半年振りっすねー、ナーちゃん。また妊娠してるんすか?」

 

 ベータ国の統治者『ルプスレギナ・ベータ』は軽い調子で挨拶してきた。かく言う彼女も妊娠している。

 以前は三つ編みにしていた髪の毛は解かれ、マタニティドレスをまとう姿は新鮮だった。

 褐色の肌に赤い髪。獣の輝きを見せる黄金の瞳。

 かつての()()に変化は無かった。

 

「……シズ・デルタ。……推参」

 

 静かな口調で挨拶してきたのはデルタ国の統治者『シズ・デルタ』の一体だ。

 デルタ国は国としては異質で国民が居ない。

 居るには居る。(おびただ)しい数のシズ・デルタ達だが。

 本体は国の中枢で眠り続けている。

 目の前に居るのは多くの端末の一体に過ぎない。

 

「シズちゃん、半年ぶりっす」

「……ルプー、また妊娠してる。……ナーベラルも」

 

 お腹をなでながらナーベラルは苦笑する。

 

「今回は()()()のシズなのかしら?」

「……23845567体目」

「……随分と中途半端ね」

 

 以前まではキリの良い数字だったはず、とナーベラルはいぶかしんだ。

 

「……実験の失敗により色々と破棄したから。……自動人形(オートマトン)にも出来ないこと、ある」

「月の開発は順調っすか?」

「……ルプー。……あれは究極の『世界級(ワールド)アイテム』。……敬称をつけないとアインズ様に叱られる」

 

 そう言われてお腹をさすりながら苦笑するルプスレギナ。

 シズの言う月は既に単なる衛星ではなくなっていた。

 彼女達にとっても崇拝すべき天体の一つで、アインズも軽々しい呼び方を禁じていた。

 世界級(ワールド)アイテムにして侵されざるもの。

 

 無限光(アイン・ソフ・オウル)

 

 当初は実験施設であったが、ある時を境に支配者が一般入植を禁じてしまった。

 本来は新たな移住先として有望されていた。

 現在の月は巨大な墓地のような扱いだ。

 アインズにとって大切な()()が眠っているのだとか。ただ、それが誰なのか知る者は少ない。

 シズはその中で進入を許され、実験施設での活動を今も(おこな)っている。

 

「……『無限光(アイン・ソフ・オウル)』は停止して間もないから特に言うべきことは無い」

「ありゃりゃ。そうっすか。一度は行きたかったっすね~」

「……まだ無理。……許可が出ていないから、というのもあるけど……」

「胎児に悪影響だからっすか?」

 

 そう言うとシズは頷いた。

 

「……太陽からの放射線の影響で68パーセントの確率で奇形児が生まれる」

 

 大抵が短命で多臓器不全を起こしやすい。

 

「……低重力の環境で生まれる子供はこの地に連れて来た途端につぶれてしまう」

「……も、もう分かったっす。わがままは言いません」

「……当初の開発計画が凍結されていなければ色々と解決できた、はず……。……アインズ様は今も許可を出してくれない」

「まだ十年程度ではお気持ちに整理が付かない、ということもあるでしょう」

 

 シズを慰めつつ、指定された席に向かう。

 食事の出来る種族の為に飲み物や食事の支度で多くのメイド達が動いていた。

 かつて『ナザリック地下大墳墓』と呼ばれていた場所で働いていた人造人間(ホムンクルス)のメイド達は先輩であるナーベラル達に一礼していく。

 半年分の話しが聞きたいところだったが今は仕事を優先させた。

 

 act 2 

 

 それぞれ席につく頃になると場がどんどん静かになっていく。

 壇上に上がるのは統一国家のまとめ役にして守護者統括と呼ばれた女性『アルベド・ウール・ゴウン』だ。

 本来は腰から生えた大きな黒い羽が今は片側しかない。それどころか頭に生えていた角も片方しかない。

 数年程前に突如として現れた制裁モンスター『レイドボス』と遭遇し、死闘の末に撃退したものの呪いの影響からか、治癒できない傷を負ってしまった。

 遠くで見えないが耳も奪われている。

 だが、それは演出に過ぎない。呪いのケガを癒すすべは持ち合わせている。そこには彼女なりの打算があるのだが、それを知る者は仲間たちでもごく少数だ。

 そんな痛々しい姿を隠さずに己の身を晒すのは統括という与えられた役職に誇りを持っているからである。

 

「皆さん、半年振りですね。では、定例報告会を始めたいと思います。至高の星『アインズ・ウール・ゴウン』の支配者『アインズ・ウール・ゴウン』魔導皇様はもう間もなくご登場してくださりますので、いましばらくお待ち下さい」

 

 長い説明はせずに簡潔に言った後で壇上から降りていく。

 

 

 ナーベラル達以外の統治者には『ナザリック地下大墳墓』とは無関係の人間や亜人、異形種が居る。

 一部は無駄口を叩いているが、ナーベラル達は押し黙る。それが当然だからだ。

 

「お静かに願いします」

 

 優しい口調でアルベドは言った。

 会場の中央の幕が上がり、重厚な玉座が姿を見せる。

 ナザリック地下大墳墓にある玉座にして世界級(ワールド)アイテムでもある『諸王の玉座』に限りなく似せたものだ。

 さすがに本物を地上においそれと運びこむ事が出来ないため、特別に現地の人間に創らせたものだ。

 

「お待たせしました。至高の星アインズ・ウール・ゴウンの支配者、アインズ・ウール・ゴウン魔導皇様のご入場です」

 

 その言葉の後で場が静寂に包まれる。

 床を歩く音より先に聞こえるのはカツンカツンと叩く音。それは杖の音である。

 現れたのはアンデッドモンスター『死の支配者(オーバーロード)』だった。ただ、それが五体連なっていた。

 彼らはナザリック地下大墳墓の巨大図書室(アッシュールバニパル)に勤務する者たちだ。

 それらが同じような装備で玉座の横に整列していく。

 その後でもう一人、姿を見せた時、どよめきのような音が会場から聞こえてくる。

 床を歩く音は同じだが、杖をつくような音は無い。

 姿を現したのは人間だった。

 黒髪黒目で東洋系の顔立ち。それがごく普通に玉座に座る。

 

「お待たせした、諸君。では、始めてくれ」

「はっ。まずは至高の星アインズ・ウール・ゴウンの支配者であられるアインズ・ウール・ゴウン魔導皇様に一同、敬服を持って挨拶せよ!」

 

 一見、人間に見えるが人前にのこのこ姿を晒す事は危険極まりない。ゆえに偽装である。

 本当のアインズは現在、月で現場の様子を指揮している。

 玉座に座る人間はレイドボス戦の報酬で得たもの。

 遠隔操作で自分と同じ魔法を扱えるし、言葉も伝えられる。なにより超位魔法も使える便利な存在だ。ただし、遠隔操作なので乱戦向けではない。

 二回ある定例会議の内の一回は月で過ごすと決めているアインズ。

 特別な日に特別な場所で過ごすのは支配者の特権だ。

 一番の目的は無慈悲な王とならないためでもある。

 自分は支配者だ。

 世界を統一した全ての王。

 だが、慢心は身を滅ぼす。だからこそ制裁モンスター達が現れて幾度となく窮地に立たされてきた。

 

 レイドボスは一人では倒せない。

 

 仲間が居る事がどれほど大切か忘れてはいけない。

 全てを捨てる事は簡単だ。

 目的は果たした。だが、世界はそれで終わりではない。

 戦闘メイド達に国を任せて変化が起きはじめる。それから十年は過ぎただろうか。

 生身の身体を持つルプスレギナ、ナーベラルが妊娠し始めた。

 命令に従い、戦うしか能が無いと思っていた者たちが新しい命を自主的に育み始めた。だが、育てるためではない、と聞いた時は愕然としたものだ。

 これもまた自分の慢心が生んだ結果なのかもしれない。

 自分の罪なのかは分からない。

 だが、罪としたい部分がある。

 だからこそ月に来た。

 贖罪かも知れない。

 誰かに謝罪したい。いや、ただ、己の歩む道が間違っていると言ってほしいだけかもしれない。

 そんなもやもやする気持ちを吐露するには月が一番、最適だった。

 死者を(とむら)う目的もあるけれど、ここにはナザリック地下大墳墓のかつての姿も再現してある。

 神聖な場所に相応しい支配者の懺悔(ざんげ)を奉納する場。

 今日も長い一日が始まる。アインズは悔恨(かいこん)も交えて各国の報告に耳を傾ける。

 

 act 3 

 

 定例会議が終わり、別室で人間のアインズの下に戦闘メイド達が集められた。

 まずはそれぞれの活動を労っていく。

 

「身重の者は車椅子を使うと良い」

「はっ、ご心配をお掛けして申し訳ありません」

 

 本来なら子供が生まれたら祝福するものだと思っていたが、そうではないのでアインズも言葉がかけられない。

 

「……折角妊娠しているのに勿体ないな。食用とは……」

「短命の役立たずですので」

「ナーベラル。アインズ様はお前を心配くれているのですよ。言葉を慎みなさい」

 

 と、アルベドが(たしな)める。

 同僚のルプスレギナの子供も短命で食用に回される事になっている。

 アインズとしては何故、育てないのか不思議で仕方が無い。

 

「恒例行事のようになってきたな……。いつまでもお前たちを心配する心が養われて助かっているのかもしれないが……」

 

 子供に関してはうまく説明できないアインズ。

 

「各国に派遣して寂しい思いは感じていないか? 代理の者が必要なら遠慮はするな」

「今のところは大丈夫です」

「シズ。全体として異常事態はどれほどだ」

「……13パーセント。……想定内」

「前回より低いな」

「……一部の冒険者が頑張った。……大陸級の発生、無し」

 

 端的な報告にアインズは満足する。

 世界の危機は30パーセントから生まれ始めるらしい事までは調査で分かっている。

 意外と数字が大きくてびっくりしたものだ。

 適度な異常事態が起きていないと国内が腐敗し易い。敵が居る状況というのは意外と使える手段だ。

 

「ユリ。ルプスレギナ。ナーベラル。シズ。ソリュシャン。エントマ。オーレオール」

「はっ」

 

 名前を呼ばれたものはそれぞれ返事を返していく。

 七番目の妹であるオーレオールは妊娠していない。それは彼女の性格などが影響している気がする。もちろん、命令があれば妊娠することも(やぶさ)かではない、と言うかもしれない。

 見た目は人間に見えても女神系やヒューマノイドタイプのモンスターという枠組みに入る存在は妊娠後が大変だ。

 生まれ出た胎児が五分後に成人となって敵対行動を取る。

 それが何故なのかは分からない。そういう仕様だから、と言えば簡単だが。

 複製と違い、胎児まで親と同じレベルにはならないけれど敵対されるのは厄介である。

 本能に従っている部分があり、教育を施すのは意外と面倒くさい。

 

「今回もお前たちの顔を見られて安心した。だが、私は月に居る。直接、労えなくて悪いと思っている」

「勿体なきお言葉にございます」

「アインズ様、そちらでは異常事態は起きていないのですか?」

()()が残した防衛手段のお陰かもしれないな。ここはあいも変わらず平穏だ」

「それはなによりでございます」

「アルベド」

「はい」

「予定通り一週間の滞在の後に帰還する。それまで全権はお前に任せる」

「畏まりました。アインズ様のご帰還を心よりお待ち申し上げます。不測の事態が発生いたしましたら、我等は身命を賭してでも馳せ参じる所存にございます」

 

 人間の男性に向かってアルベドは跪く。その後でユリを含む全員が胸に手を当てて(こうべ)をたれる。

 返事に満足したあと、男性は眠りにつく。

 連絡係とはいえ人間にかしずく事に対して異論を挟むものは居ない。

 最初は戸惑ったがアインズが利用しているのだから従うしかない。

 

 

 月から帰還したアインズは魔導国にある浮遊する居城『ユグドラシル』にある執務室にてナーベラル・ガンマを呼びつける。

 この城もかつての小憎たらしい()が残してくれたものだが。

 十年近く経つが未だに堅牢さを守っている。

 

「んっ? あれから生まれたのか?」

 

 今日のナーベラルのお腹は凹んでいた。

 

「はい。既に次の子種の受精に入っております」

 

 最初こそは慌てたものだが十年も経てば諦めもつく。

 NPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)であるはずの彼女達がどういう気持ちで妊娠するのか、永遠の童貞であるアインズにはうかがい知れない。

 初孫のような気持ちが味わえると思っていたのに食用に回される。それは指摘するべきか悩んだものだ。

 育ててみたいところだが、五年程度の短命な生物。

 自ら腹を痛めて生んだ子供に何の執着も持たないものなのか。

 アインズは色々と悩んだ。本来はナーベラルが悩むところなのに。

 

「ナーベラル。お前は何とも思わないのか? 嬉しくないのか?」

「はっ。……申し訳ありません。アインズ様の疑問点が分かりかねます」

「……分からないのか……」

 

 母親としての感情が元々備わっていない、とヤツは言っていた気がする。

 冷酷のように見えてNPC特有の『設定されていない事は出来ない』ということなのかもしれない。

 生まれた子供に感動する。という設定があれば子育てに励んだり、短命である事を嘆くかもしれない。

 それにもましてあらゆる異種交配を(おこな)い、生まれてきた全てが二重の影(ドッペルゲンガー)という報告が上がっていた。

 月に保有されている様々な種族を用いた研究結果は()()にも適用されることは証明された。

 とはいえ、子種を受け入れる作業を想像するとアインズとしては興奮しそうになる。仮に興奮すると強制的に感情が抑制されてしまう。

 アインズはアンデッドモンスターの『死の支配者(オーバーロード)』であり、一般のモンスターよりも強大な力を持っている。

 

「咎めても仕方が無い。ナーベラル。これは興味からなのだが……、お前は子種を植え付ける行為が好きなのか?」

「好きというよりメスとして発情すれば収めなければなりません。残念ながら私は収め方が思いつかず、現在の方法を採用しているだけです」

 

 伝え聞いた事が事実なら、ナーベラルは永遠に発情し続ける、らしい。

 一度、発情期に入ると治めない限り終わらない。

 ルプスレギナはもっと酷く暴れまわるらしく、オーレオールはある程度は自制できるようだ。

 無表情の冷血漢のように見えるナーベラルも人並みの感情がある。

 一番重要なのは避妊処置を命じなかったアインズにも現在の彼女たちの様子に責任があった。

 我慢すればするほど身悶えするルプスレギナ。

 止むを得ない事態として色々と許した結果が現在の状況だ。

 痴態が無くなった代わりに頻繁に妊娠してしまう。

 一般の人間と違い、数週間で身ごもる。出産後、すぐにまた妊娠できる。

 即席の身体のせいで胎児は短命かもしれない、という予想が立てられていた。

 業務に支障が出るのでそろそろ避妊させようかな、と思うのだが命令を下すにはまだ勇気が足りない。

 というより自分の都合で避妊など命令してもいいのか。

 肉体のある身体なら自慰行為くらい隠れてするくらいは許容する。

 

「身体を壊さないようにな」

「はっ」

 

 生物として相手を求めるのが本能ならば無理して抗え、と言うのは酷だ。

 賢者気分が拭えない童貞は色々と迷惑かもしれない。

 

「もし、病気かと思ったら一人で抱えずに相談しろ。良いな?」

「ありがとうございます」

 

 発情という病かもしれないけれど。

 アインズはナーベラルの頭に手を乗せる。

 

「あ、アインズ様?」

「そうそう、ポンポン妊娠して処分するのは勿体ないな。ナーベラルは子供を育てようという気持ちは湧かないのか?」

「不要な子供に任せられる事は何もありません」

 

 支配者に使いつぶされる事を至上の喜びと思っているナーベラルにとって、その役目を子供に託す気持ちが理解できない。

 アインズとていつまでも妊娠のくだりを議論するのは不毛だと分かっている。だが、それでも言いたいし、聞きたい。

 

 ナーベラル・ガンマよ。母になる気は無いのか、と。

 

 なる気は毛頭ない、と答えるかもしれない。

 ルプスレギナも同様に。

 ギルドメンバーの自己満足によって生み出されたものが自らの欲望に従い、自立することなどありえないことかもしれない。

 ギルドから除外すれば違う答えが現れるかもしれない。それはそれで少し寂しいけれど。

 

 act 4 

 

 支配者との懇談を終えたナーベラルはガンマ国に戻り、報告を受ける。

 平和な国に異常事態は起こりにくい。だが、報告義務は怠れない。

 与えられた任務は以下の二つ。

 

 一割以上の国民を死なせてはならない。

 不足物資は隠さず報告すること。

 

 細かい項目は臨機応変に対応するので、大きな命令としては以上の二つが優先度が高い。

 

「そろそろ各都市の視察の時期かと思われます」

「うむ。では、それぞれ準備に取り掛かれ」

「畏まりました」

 

 二年に一度、自国を巡り、国民や建物、文化などを直接確認する。それはアインズからも大事だと言われていることだった。

 国土はそれ程広くは無いが全てを回るのに早くて半月はかかる。

 

 

 命令を終えて自室にこもるナーベラルは鏡で自分の顔を確認する。

 人間形態から本性の二重の影(ドッペルゲンガー)へ。

 

「……うぉえ……」

 

 その場で嘔吐するナーベラル。

 ここ最近、具合がとても悪い。

 理由は判明している。

 

 悪阻(つわり)

 

 妊娠するようになってから定期的に起きる現象だ。

 分かっていてもやめられない事はある。

 こんな状態でも下半身はうずき続ける。

 避妊の命令を受けないかぎり、止まる事の無い拷問とも言える。

 

「……全く女の身体というのは難儀な事だ……」

 

 顔を洗いつつ顔色を確認する。

 

「……人造人間(ホムンクルス)で代用すれば……。それでは意味が無いんだったな。……アインズ様、この愚かなメイドにお命じ下さい……」

 

 そう懇願しても聞き届けられる事はない。

 

 

 身支度を整えて与えられたベッドに横たわる。

 睡眠不要の身体なので熟睡は本来、出来ない。だが、今は出来る。

 決まった時間に目覚めてしまうのだが、深い眠りは約束されている。

 本来は追加の命令は貰えないのだが、アインズより頂いた褒美の一つとして睡眠の()()をいただいた。

 一日に決まった時間だけ眠る。

 この睡眠は強制ではないので呼びかけられればいつでも目覚められる。

 肉体的な疲労は感じなくても精神的な疲労を回復する上では有効的だ。

 一度、完全に熟睡に入れば具合の悪さも気にならなくなる。

 

「………」

 

 本性に戻り、全裸で眠るのが基本だ。

 ここは自分ひとりの部屋。誰にも文句は言われない。自分達の上位者以外は別だが。

 

 act 5 

 

 次の日、目覚めてから異常に具合が悪く感じた。

 嘔吐はいつもの事だが今日は血まで出てきた。

 いつもの悪阻とは違うかもしれない。不意に嫌な予感を感じたので予定を変更し、カルネ共和国に向かう事にした。

 元々は小さな農村だったが農業の発展によりアインズから国として認められることになった。

 国王はンフィーレア・バレアレ。王妃はエンリ・バレアレ。第一王子のキリイ・バレアレ。

 役職こそ王などに収まっているが、普段は各地を飛び回る研究者だ。

 エンリも農業支援団体の代表者で息子のキリイは村長を兼任している。

 転移によりナーベラルは数人の従者と共にバレアレ家に向かう。

 外から入ろうとすると守護神『アラクネ姉さん』に襲われる可能性が高い。

 蜘蛛女(アラクネ)戦乙女(ワルキューレ)という複合種族はただひたすら己に課せられた任務に忠実だ。

 

「苦しいのは胸ですか? 顔ですか?」

 

 慣れた手つきでナーベラルを診察する国王ンフィーレア。

 

「分からない。吐き気は感じるのだが……」

「分かりました」

 

 と、言って手に持ったのは診察用の粘体(スライム)だ。

 掃除要員で使われる事が多いのだが、ンフィーレアが扱う粘体(スライム)は手術用に訓練されたものだ。他の粘体(スライム)より繊細な動きが出来る。

 

「熱は無いようなので二重の菌類(マイコドッペル)ではないようですね」

 

 二重の菌類(マイコドッペル)とは二重の影(ドッペルゲンガー)(わずら)う特殊な病気だ。

 主な原因は体内に入り込む微細なモンスターが何らかの原因で宿主を攻撃する。

 初症例が二重の影(ドッペルゲンガー)だったので、この名前が付けられた。

 

「鼻から脳に達した限りは特に異常は無いようですね。喉の奥からは胃まで……」

 

 自分の意思ではない(うごめ)く感触は気持ち悪いのだが、耐えた。

 吐血するほど酷いのは体内のどこかに腫瘍(しゅよう)のようなものが出来ている可能性がある。

 今のところ頻繁に吐血はしていないようだから、早期発見すれば問題はない。

 

「必要とあれば腹を裂いていい」

「痛みに強いとはいえ、軽く言われると僕も覚悟を決めなければなりません」

 

 とはいえ、調べられるところには限界がある。

 命令を与えた粘体(スライム)が何の成果も上げられないならば、腹を切るしかない。

 痛み止めの薬を塗り、出血に備える事は怠らない。

 

「では、少し間。身体から力を抜いてください」

 

 何度かお世話になっているので勝手は分かる。

 手際の良い医師なのでナーベラルはよく利用している。

 小さな穴をあけて粘体(スライム)を入れていく。

 体内に異常があれば内側から粘体(スライム)が合図を送る。それを参考に治療方法を考えていく。

 自分の記憶では物足りない部分が多いので、色々な資料を調べていく。

 

「人間の大腸部分に当たる箇所に腫瘍が見られるようですね。吐血については……胃のはずなんですが……、喉にも腫瘍があるのかもしれません。下手をすると声を失うかもしれませんが……。治癒魔法かアイテムを使いますか?」

 

 普通の人間ならアイテムなどを使うところだが、ナーベラル達は主であるアインズの許可を得ないとアイテムを使用しない。

 

「ルプーに頼むとしよう」

「お手紙を書いておきますね」

「いつも手数をかける。……ンフィーレア・バレアレ」

 

 異形種の自分たちを治療する相手を無下に出来ない。だから、ナーベラルはンフィーレアを下等生物扱いはしない。

 人間で特別扱いする存在は数えるほどしか居ない。

 

 

 確認出来た腫瘍を取り除いたあと、声を失ったナーベラルは失意にくれず治療費として金貨二百枚を提示した。

 貨幣価値としてはかなり高額だがンフィーレアは受け取る事にした。

 世界を征服したアインズ・ウール・ゴウン魔導皇は貨幣制度を維持する事にした。

 適度な混乱は必要悪と考えての事だ。

 もちろん、格差はどうしても生まれる。だが、それは己の慢心を(いさ)める為に必要と判断した。

 以前から使えた金貨は通常通り扱えるようにし、多少の競争力を残す事にした。

 いわゆる『モチベーション』の維持と向上だ。

 平坦な暮らしは飽きやすい。

 努力に報いる事は国家運営には必要不可欠と考えての事だ。

 

「こちらの腫瘍は研究用としてお渡ししておきます」

 

 冷却魔法により氷結保存された容器を木箱に封入する。

 

「………」

 

 頭を垂れる事でナーベラルは感謝の意を表す。

 早速、ナーベラルは魔導国の医療検査局に腫瘍を持ち込み、調査を依頼しておく。そのまま次にベータ国に行き、ルプスレギナと面会する。

 

「了解っす……。私も喉の辺りに違和感を感じてたんすよね。病気になるんすねー、NPCも」

 

 治癒魔法により声が出るようになったナーベラル。

 

「ンフィーレアが言うには長命により細胞が想定外の動きをするらしい」

「難しい理屈っぽいっすね」

「腫瘍に治癒魔法は通用しない。傷をつけない限りにおいては魔法の効果は適用されない。ただし、悪化すると膨張して破裂する可能性がある、とのことだ」

「……ちょっと怖いっすねそれは」

 

 元々健康な細胞が何らかの事情で活性化しただけ、というのがンフィーレアの見解だった。

 外部からの菌というわけではない、など色々と推測は出来るが原因は不明。適度に身体検査を受けるように言われていたので今回は丁度良かったのかもしれない。我慢して悪化すれば国家運営に支障が出る。

 

 act 6 

 

 治癒を終えたナーベラルは各都市に出向き、都市長達から報告を受ける。その合間に潜ませている影の悪魔(シャドウ・デーモン)達の意見も聞き、齟齬の割合を調べていく。

 多少の誤差は見過ごすが大きすぎれば修正する。

 適度な忙しさが明日の活力となる。

 完璧なものは理想でよい、というのがアインズの考えだった。

 

「税金は問題ないですね」

 

 経理担当の従者の言葉にナーベラルは頷く。

 多少の延期などは折り込み済みだ。無い袖は振れない、という言葉がある。

 国民を悪戯に減らさず、増やさず。

 細かい部分は実際のところ部下達に任せている。大事な部分だけは統治者が判断するのだが、下等生物(ミヤマクワガタ)の暮らしぶりなど最初から興味は無い。

 治世が安定しているのは放任主義が功を奏したわけではない。ナーベラルの国を監視する者たちが別に存在するからだ。

 軌道修正できるところだけ命令を下せば国は意外と横道に逸れないものだ。

 逸れるとすれば富を多く得るものが強気の発言をする時くらいかもしれない。

 

「極端な過剰供給が無ければ例年通りで処理しろ」

「はっ」

「問題は……、疫病対策か……」

「二年に一度という間隔のようですが……、人的被害も無く問題は無いかと」

 

 最初は対処にてこずったものだと少しだけ過去を思い出す。今は対処されているので恐れるに足りない。

 犯罪率は低いが目立った事件は無い。

 

「人口増加に伴ない、建物の追加が申請されておりますが……」

「こちらはそろそろ手を打つ必要がある」

 

 増えたら減らせばいい、という安易な判断は下せない。

 アメとムチは使いようだと言われているが強引な手法は後の禍根となる。

 

 

 それから数日をかけて各都市を視察していく。

 恒例行事にも関わらず国民は毎日のように働いている。それはそれで別に構わないがナーベラル自身は不満だった。

 本来ならばアインズやナザリック地下大墳墓を守護する戦闘メイドとしての責務があった。今は与えられた国の統治という仕事についている。

 不満を言うのは不謹慎ではあるのだが、自分の仕事とは合わない気がした。

 その不満が日がな一日、子作り作業に興じる結果となってしまったような気がする。

 最初の赤子を産み落としてから母乳も出るようになってしまった。それから数年は仕事を丸投げして狂ったように徹底的に子作りばかりしていた。精神が落ち着いている今は主に報告できぬ恥部として記録だけは残している。教訓として。

 自分の意思では発情は止められず、かつ主からは避妊を禁じられた。

 出来ることなら膨らんだ胸も性器も抉り取りたい。

 ただただ邪魔なだけだ。

 だが、それは自分の我がままなのは自覚している。

 これが罰なら甘んじて受けよう。

 恥ずかしい姿の戦闘メイドの姿を見たら主はきっと軽蔑してくれる筈だ。

 それまでこの(子作り)は続ける事にしよう。

 治世二十年目というのは分かったが、その間に産み落とした子供の数は覚えていない。

 一人残らず誰かの腹の足しになった筈だし、別段、興味も無い。

 老いを知らぬ二重の影(ドッペルゲンガー)は今も昔と変わらぬ美貌。だが、それは人間形態の話し。

 本性を美しいと言ってくれるものは誰も居ない。

 

「……美しさとは何だ」

「閣下……」

「人間的価値観が分からない」

 

 何度も聞いているはずなのに理解できないのは自分自身。

 創造主より与えられた顔を侮辱する事は出来ないが、どこがどう美しいのか。

 

「出て行け!」

「は、はい」

 

 激高するナーベラル。

 一人だけになった私室で答えの出ない問答を繰り返す。

 

 

 ある時、久方ぶりに主アインズに呼びつけられ、戦闘メイド『プレイアデス』は揃った。

 ただ、五年前とは様子が違う。

 長姉のユリ・アルファは首のみの出席。身体は落盤事故により損壊し、修復中。

 危うく滅び去るところだった、と述懐していた。

 ルプスレギナ・ベータは痴呆のように呆けた状態だった。受け答えも満足に出来ず、彼女を支えるのは長生きした彼女の娘だったが名前は与えられていない。すぐ死ぬ生物に名前は不要だから。

 シズは黒い立方体。

 ソリュシャンは特に変化なし。

 エントマは子沢山になったらしく、背後には様々な虫系モンスターを引き連れていた。

 七番目の末妹は昔と変わらぬ姿だった。

 ナーベラル・ガンマはアインズの目の前だというのに自らの胸を揉みしだき、股間を強く掴んでいた。

 服から染み出すほどの発情状態が制御出来なくなっていた。

 

「……よく揃ってくれた。……特に言及はせぬが……。いや、あえて問おうか?」

「アインズ様、発言をしてもよろしいでしょうか?」

 

 首だけのユリが言ったのでアインズは頷きで答える。

 

「ベータはともかく、ガンマはあまりにも見苦しいので退出させた方がよろしいのではありませんか?」

「いや、いいのだ。ナーベラル・ガンマはここに居ても良い」

「……しかし」

「くどいぞ、ユリ」

「し、失礼いたしました」

 

 ルプスレギナは笑い声を上げながら天井を指差す。

 

 act 7 

 

 戦闘メイドに国を統治させて二十年が経過した。

 変化が起きるとすれば十年単位だと見込んでいたが意外と長引いてしまった。

 一部は昔と変わらないが、変わりすぎな者が居るのは分かっていたことだが辛かった。

 ルプスレギナには自分で生んだ子供を大切に思えないなら、それを食料とせよ、と命令していた。その結果が現在の姿だ。

 ナーベラル・ガンマもある意味では自分の命令の不備かもしれない。

 シズは事前に知っていたので問題は無い。

 ソリュシャンとオーレオールも同様だ。

 エントマは随分と家族が増えてしまった。多種多様な種族が家族となっているので、特に問題は無いようだ。ただし、それは見えているままの感想に過ぎない。

 ユリは完全に事故だ。不測の事態の中でも予想しにくい部分だ。それは問題ではない。

 

「ナーベラル・ガンマ。お前には色々と辛い思いをさせてしまったな」

「………」

 

 その言葉が聞こえた時、手に力が入りすぎたのか胸と股間部分が赤くなってきた。

 

「本来なら褒美を与えたいところだが……。お前は自害を願い出そうだな」

「………」

 

 口をきつく結んで言葉を発しない。それは返事をしない愚かな戦闘メイドを処分してください、という無言の嘆願だった。

 本来は黒い穴となっている目からは赤い血が流れていた。

 顔に力が入りすぎて血管などが切れたのかもしれない。

 

「まずは……、ソリュシャン。ナーベラルの乳腺のみを焼ききれるか?」

「はい。……ですが……、いえ。畏まりました」

 

 その言葉が聞こえたナーベラルは胸を強く掴んでいた手を離す。そして、一つだけ胸の奥で安心することが出来た。

 

「子孫も残さず日がな一日発情しているのは辛かろう。どうしてそこまで子供を愛せないのだ?」

「………。そ、それは……」

 

 ナーベラルは主の問いに答えようとした。しかし、声が潰れていて(かす)れた音しか出なかった。

 

「……お聞き苦しい声で申し訳ありません……。アインズ様……、どうして子孫を残さねばならないのでしょうか……。私は懸命に考えました……。ですが、今の今まで満足する答えを得ることは叶いませんでした」

 

 両方の胸から煙を出しつつナーベラルは言った。

 ソリュシャンは出来るだけ外傷が残らないように気をつけつつ消化液を調節する。

 

「子を育てる楽しみを味わいたくないのか?」

「申し訳ありません。……子を育てるのにどんなメリットがあるのでしょうか?」

 

 そう言われてもアインズには答え難い。

 NPC達を子供だと思えば彼らの成長を見るのが楽しみだ、とか答えられそうなのだが。

 

「不死たる存在に子孫は不要……。かえって人口増加のデメリットが発生すると思われます」

「一人や二人は……。まあ、そうなんだけれど……。母になりたくはないのか?」

「我等の父であり母は創造主たる至高の四十一人だけでございます」

「……それでいいのか?」

「はい」

 

 迷いの無い答え。

 作業を終えたソリュシャンは引き下がる。

 

「治癒魔法を使えば意味が無いな、そういえば。一時でも解放されればいいか」

 

 命令を拒否されればどうすることも出来ないけれど。

 褒美に避妊しろ、というのはアインズとしては言いたくない事だった。

 

「……私はアインズ様とナザリック地下大墳墓を守るためだけに生み出されたNPCでございます。人並みの幸福は必要ありません。まして、人並みの幸福を私は理解できません」

 

 一歩前に進み出た時、興奮の頂点に達したのか派手に体液が吹き出た。

 

「ご覧下さい。こんなにはしたないメイドが今、幸せだと言えるのでしょうか? これでは自害を願い出て来た愚か者にございます」

 

 血反吐を吐く気持ちでナーベラルは言い募る。

 

「……子供を生み育てられる幸せを、と願ったのだが……。それは私の自己満足だったようだな」

「支配者として……、うぇ……」

 

 床に吐瀉するナーベラル。

 

「……ここに戦闘メイドのナーベラル・ガンマなど居ません。よがり狂うしか能がない愚か者にございます」

「………」

 

 アインズは黙ってコンソールを呼び出し、ナーベラルのステータスの項目を開く。

 本来は抵抗を感じるので(おこな)いたくなかった事だが、二十年の年月と長きに渡る統治の功績は認めてやらなければならない。

 

「お前達に母という概念を理解出来たものは少ないようだな」

 

 少ないというか、ほぼ居なかった。

 エントマも自身の餌としてしか子供たちを見ていないところがある。

 一時は子孫繁栄で喜んだものだ。だが、NPCは期待以上の成果を見せてはくれなかったようだ。

 個人設定で出来ることは()()()。ただ、一方通行が多く、やり直しが出来ない事もまた多かった。

 そんな状態でも出来ることはある。

 

 殺すことだ。

 

 必要な文章を書き加えていく。

 殺して復活させる事で状態をリセットする。既に変化した肉体があるかぎり設定の効果が適用されない為だ。

 

「部下の気持ちも察してやれない支配者を許してくれ」

「……アインズ様……。貴方様が謝罪なさ……、うぉぉう……、あぅおぉ……」

 

 言い知れない圧迫感がナーベラル・ガンマを襲う。

 

「……お休みなさい、ナーベラル」

 

 背後からソリュシャンがナーベラルの頭に手を当てていた。

 粘体(スライム)系モンスターであるソリュシャンは見苦しいナーベラルの頭部を膨張させ、そして、そのまま破裂させた。

 

「うむ。よくやったソリュシャン」

 

 と、アインズはソリュシャンを賞賛する。

 

「装備を外し、身体も処分しておけ。掃除はメイド達に任せるとしよう」

「畏まりました。……ルプスレギナはいかが致しましょう」

「しばらくはそのまま良い夢を見せてやろう。究極の幸せとは思考しない事らしい。それは真理ではあるのだが……。現実逃避とも言える」

 

 アインズは玉座から立ち上がり、軽く飛び跳ねているルプスレギナの元に近づく。

 母を守るように一歩前に出る勇敢なる名も無き少女。

 

「この娘の歳はいくつだ?」

「長生きしているので……、確か七歳だったはずです」

「ほう。それはすごいな。このまま長生きするなら死なせるのは可哀想だ。お前を生んだ母を大切にするがいい」

「アインズ様、申し訳ありません。その娘は声帯を持たずに生まれた為に声が出せません」

 

 同族食いで生まれた奇形の子供。

 それでも食事は出来る。教育も大体は理解している。

 ただ、アインズは手話が理解できないから通訳としてソリュシャンから話しを聞く。

 

「口唇蟲を与えよう。エントマよ。手ごろな声を渡しておけ」

「畏まりましたぁ」

「生まれてくるのが全て女というのも……。NPCだからなのかな……」

 

 二十年。

 NPCは二十年も耐えてくれた。この先の見えない土地で。

 不死である事を恐れもせず。

 かつて()()()()()が残してくれた資料は色々と参考になった。

 だからこそ自分(アインズ)はNPC達の痴態を咎めずにいられた。

 目を背けたくなる気持ちは何度もあったが逃げ出さずに向き合えた。だからこそ、もう充分だ。NPC達を苦しめるのは。

 

「ソリュシャン、かねてより頼んでいた研究はどうなった?」

「申し訳ありません。私の毒製作師(ポイズンメーカー)をもってしても抑制剤の製作は遅々として進みません」

「……まあ、それは仕方が無い。新薬というものはそう簡単に出来るものではないからな。研究は引き続き続けてほしい」

「畏まりました」

「……目標の百年まで五分の一まで来たわけだが……。惨憺(さんたん)たる結果だな。もう二十年後にはユリとソリュシャンが脱落しているかもしれない」

 

 国の運営には問題ないがNPC達の気持ちの変化は(いちじる)しい。

 忠誠心溢れるナーベラルが壊れるほどなのだから。

 復活後には気持ちも昔に近くなっているに違いない。

 

「シズ。宇宙(そら)は快適か?」

「……宇宙塵の影響、音声を、届け難い、……す」

 

 ノイズがかったシズの声が黒い立方体から聞こえてくる。

 

「……あっ、ああ、あああ……。……演算能力の向上は……」

 

 黒い立方体から煙が立ち上ってきた。

 

「……結果をお届けできそうに……。……プロトタイプの限界……」

「分かった。研究に区切りをつけて戻って来い」

「……畏まりました。……接続、遮断」

「シズは相変わらずですねぇ」

「どんな形だろうとお前たちの姿が見られて嬉しく思うぞ。この場の失態については折り込み済みだ。気にする必要は無い。改めて……、()()()()()でナザリック地下大墳墓の一同に集まってもらおう」

 

 その場に片膝をついたのはソリュシャンとエントマとオーレオールだった。

 次の二十年はどんな形になっているのか、不安でもあり、楽しみでもある。

 もう少し女性に対する扱い方を学ぶ必要がある。

 

 act 8 

 

 復活後のナーベラルは個人的にアインズの執務室に呼ばれた。

 前回の痴態振りを思い出し、顔が発火するほど羞恥心を感じていた。

 今は発情は感じない。身体的には平静であった。

 

「まず、ナーベラル。お前を苦しめた事を深く詫びよう」

「……お、おそれながら」

「いや、ここは謝るところだ。急に話しは変わるが、お前の部下から聞いたのだが……、美しさに悩んでいるそうだな」

「えっ? は、はい……」

「前回の痴態の件は終わりだ。いつまでもグダグダと言っていては話しが進まないからな」

「は、はぁ……」

 

 アインズとしても何度も部下を殺していられない。

 復活費用は無限ではないから。

 

「お前は美しい娘だと思うのだが……、どうして気に入らないのだ?」

「創造主より与えられた顔に文句はありません。ただ……、人間的な美的感覚が私には理解できません。理解しなければならない気がするのですが……」

 

 アインズがナーベラルを美しいと思うのは元々の身体が人間だった事が関係している。

 異形種でも人間からかけ離れていればどう美しいのか分からない事がある。

 蜥蜴人(リザードマン)山小人(ドワーフ)の顔の見分け方も得意ではない。

 その点で言えば異形種としての気持ちは入っていないかもしれない。

 ナーベラルは異形種。人間的な美的感覚は元から無い。そんな状態で何々が美しいと言われても理解できなくて困惑してしまうのは当たり前だ。

 

「お前が理解する必要が無い、という時もある。別に美的感覚を持て、とか強制はしない」

「アインズ様……。ですが、それでは国の運営に影響が出ませんか? 国民の多くは下等生物(無知蒙昧なる愚か者)です。相手の立場になって考えろ、という言葉がありますが……。未だに私は下等生物(オニヒトデ)達の気持ちがわかりません」

 

 本物のオニヒトデの気持ちを本当に理解出来るとは思えないし、アインズも海洋生物の事を理解出来るか、と言われれば無理と答える。

 

「だが、二十年も治世を安定させてきたではないか。発情は除いて、今の状態を維持する努力をすれば良い筈だ。それでも納得できない問題でもあるのか?」

「会合の席で化粧をしない事で彼らのモチベーションを減退させているのではないかと……」

「うむ。それは一大事だな。化粧については何人か向かわせよう。お前が理解しなくとも真似る事は出来る筈だ。二重の影(ドッペルゲンガー)なのだから」

 

 そもそも人真似は得意なはずなんだが、と首を傾げるアインズ。

 全ての種族が横並びで能力を使うわけではない、のかもしれない。

 百人の中に落ちこぼれがどうしても出てしまうように。ナーベラルにも不得意なものがあるのようだ。それが真似かもしれないけれど。

 

「一人で思い悩むな。手遅れになってからでは私も困るぞ」

「……お手数をおかけしてばかりなもので……」

「なにを言っている。お前たちに頼られるのは私も嬉しい事だ」

 

 頼られすぎるのは困るし、無視されるのも嫌だ。

 ものには限度や程度というものがある。

 NPCに物事の微調整は不得意な分野かもしれない。それを無理にやれ、と言っても仕方が無い。

 普段は堅苦しい戦闘メイドが化粧で困惑するのは二十年経った今は可愛く見える。

 気持ち的にも余裕があるからかもしれない。

 そんなNPC達とあと何十年、一緒に楽しく世界を治められるのか。

 永遠の統治は精神の磨耗(まもう)の恐れを生む。だからこそ、ヤツは『ドロップアウト』の方法を模索していた。今度は自分の番かもしれない。

 今から終わりを考えても仕方が無いけれど、頭の片隅に置かなければいけない大切な事なのは理解している。

 なにせ、少なくとも千年か二千年後に挨拶する予定なのだから。

 後は何回、プレイヤー候補と出会えるかだ。気長な楽しみがある分、まだ絶望はしない。

 ナーベラルを教育する楽しみが出来た事だし。

 少なくとも子作りよりはマシかもしれない。

 

 act 9 

 

 時は流れガンマ国百周年記念祭。

 寿命のある人間種の古き部下は新しき世代へと変わっていく。

 長命の者。不死の者などは代わり映えの無い顔をさらしていた。

 

「ナーベラル閣下。また子作りに励んでいるのですか?」

 

 鏡に映る腹の膨れたガンマ国の統治者『ナーベラル・ガンマ』は従者に向き直る。

 

「子供を生む感覚は適度に自分を落ち着かせる。苦しみを感じる事はなかなか出来ない経験だ」

「……育てないクセに」

 

 部下の小言はいちいち指摘しない。

 

「ベータ国のルプスレギナ陛下から返事は来たか?」

 

 人間相手に仲間内の敬称は言いたくない。だが、時々、口を滑らせてしまう事がある。その時は知らない振りをする。

 数十年かけて培ってきた下等生物との付き合いで身に付けたものだ。

 

「はい。『病を克服して二十年』を祝っている最中だとか」

「ふむ。それは上々。祝いの花を贈ろう。それとも我が子の丸焼きが良いか?」

「オー陛下に似てきましたね」

「オーは元々()()だ」

 

 オーことオーレオール・オメガ。

 ゲシュタルト崩壊せず。

 今も昔もブレない治世を歩んでいた。

 

「シズ陛下は二つの新たな星の開発計画に着手。開始期間は十二年後になるとか」

「移動距離が長いから仕方が無いわ。それでも随分と巨大な姿になったものね」

 

 ガンマ国の城から肉眼で見えるほどの巨大な物体が空に映っている。

 それはシズが開発していた研究施設。

 

 当初は『太歳星君(プロメテウス)』と名付けられていた。

 

 距離感が掴み難いが月の十倍近い大きさで球体だ。

 それが現在、三機ある。

 小型の転移拠点『万魔殿(パンデモニウム)』を設置しながら移動する。

 一つは『地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)』で既に外宇宙に飛び去っていった。残りの『天国の瞳(アイ・オブ・パライソ)』は現場待機。ナーベラル達が今、見ているものだ。

 最後の『煉獄の瞳(アイ・オブ・プルガトリオ)』は先ほど連絡があったように別方向に向けて移動中だ。

 開始期間が十二年後なのは転移拠点作りがそれだけ大変だという事だ。安全確保には途方もない時間と労力を要する。無計画に突き進むことはできない。

 膨大な資源を現地調達することも長い期間の原因でもある。

 資源は有限である。一箇所から採掘出来る量は無限ではない。

 宇宙船の内部に生産拠点があり、金属などを精錬している。

 ユリ。ソリュシャン、エントマはナーベラル同様にそれぞれ自国で祝い事に向けて忙しい毎日を送っている。

 

「今日の私は美しいか?」

「はい。人前に出しても恥ずかしくない美貌でございます」

 

 自分で判断する事は未だに出来ない。

 だから、従者に判断してもらう事にした。

 部下に丸投げするのは統治者の特権である。と、尊敬する支配者(アインズ・ウール・ゴウン)の言葉だ。

 

『終幕』

 

 



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永久不変の先にあるもの
マーレ・ベロ・フィオーレ


 

 世界が統一されて早百年。

 その間に色々な出来事があったが治世としては安定している方だ。

 『ナザリック地下大墳墓』の第六階層の守護者で闇妖精(ダークエルフ)の『アウラ・ベラ・フィオーラ』と『マーレ・ベロ・フィオーレ』は新たな拠点作りに忙しい毎日を送っていた。

 自分達が統治していた『バブルケトル国』に不満点はないが、運営に関して殆どを大臣や従者に任せていた。

 NPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)でもあるアウラ達は転移後から数十年経った今、立派な大人の姿に成長していた。ただ、装備品に変化は無い。

 創造主にそうあれと設定されたものが今も有効となっているようで変化を付けることに抵抗があるらしい。

 男装の麗人となったアウラは立派な女性だ。マーレはより女性的に成長してしまった。

 言葉使いはさすがに男性のままだが。

 偽装も兼ねてマーレの髪の毛は長めにしてもらっている。

 

「数十年かけて緑地化してきたのに遅々として進まないのはもどかしいわね」

「魔法で楽をすると反動が来るかもしれないっていうよ」

 

 腕を組んで眼下に広がる緑豊かな元砂漠地帯を眺める。

 気候変動により気温上昇に伴ない雨季が少なくなり、植物が枯れる。それを魔法で適度に防いでも限界がある。

 

 絶対量。

 

 この概念が星の安定化に深く関わっている。

 いくら魔法で水を出しても時間が経てば消えてしまう。永続効果は意外と少ないし、あってもコストがかかる。

 この問題にアウラ達は長年取り組んできた。

 時間のかかる研究ではあるけれど世界を急激に悪化させるわけにはいかない。

 

「増やさず減らさず。安定というのは難しいわね」

「ばたふらい効果っていうそうだよ。小さな失敗が後に大きな反動となってしまうみたい」

「つまりあたしたちの行動も後々、凄い事になるってこと?」

「そうだね。僕たちだけの問題じゃないけれど……」

 

 天候操作の魔法も後々大気の活動に深く関わってくる。

 魔法の中にはもっと凄い事が出来るものがある。そして、それらを作り出した先人たちは数百年先の事など考えてはいない筈だ。

 

 

 星の気候の管理を終えて自国に帰還するアウラ達。

 国民として受け入れた森妖精(エルフ)達の半数は死に絶えた。

 絶滅は回避できたが定期的に襲ってくる疫病対策は毎年のように大変だった。

 強い種を作ればいいのか、と言われると頭を抱える事態となる。

 なによりアウラ達は国を治めた経験がほぼ無かったから。

 それでも百年統治までこぎつけた。今のままもう百年は統治できる自信もついた。

 大人として成長したから跡取り作りも始めなければならない、という気持ちが出て来た。それは『ガンマ国』などの統治者が子作りに励んでいるからだが。

 姉と弟で近親相姦するわけにはいかない。それは星の支配者からも命令されているので出来ない。

 かといって見知らぬ他人と結婚する気は二人共無かった。

 褐色肌の森妖精(エルフ)は絶滅寸前だ。過去の戦争や強大な魔物に駆逐されてきた為だ。

 強者はいくつか確保しているけれど、扱いに困っている。

 

闇妖精(ダークエルフ)を増やす計画はどうして承認されないのかしら」

 

 子供を作る行為において近親相姦がなぜ、駄目なのかNPCであるアウラには理解できない。

 人間の価値基準は創造されたものには理解しにくい問題だった。

 人の世の倫理観は元から持ち合わせていない。

 治世百年にしてアウラ達にとって未だに解決できない問題だった。

 

 act 1 

 

 百年を超えてから仲間が集まる機会が減り始める。以前は毎年の行事だったのだが支配者の気まぐれで二年、五年と長くなる。ただ、今は検討段階なので支配者抜きの会合は通年どおりだった。

 

「じゅ、十年ですか!?」

 

 久方ぶりにアウラ達は『ナザリック地下大墳墓』の第九階層にある支配者の執務室に集められた。そして、叫んだ。

 

「毎年いちいち集まってもらうのもそろそろやめようかと思う」

 

 そう言ったのは星を統べる魔導の王を超越する皇。

 

 『アインズ・ウール・ゴウン』

 

 種族はアンデッドの『死の支配者(オーバーロード)』だが。今も昔と変わらぬ穏やかな雰囲気で話し始める。

 周りの風景は幾分か変わってしまったが。

 

「あくまで案の一つだ。決定事項ではない」

「で、ですが……」

 

 アウラが飛び掛らん勢いだったものを防ぐ存在が居た。

 腰から黒い翼を生やし、側頭部から牛の角のようなものが生えている。

 地に着くほどの長い黒髪。白いドレスと金色の装飾品を見にまとうのは守護者統括の『アルベド』という女淫魔(サキュバス)だった。

 人前ではアルベド・ウール・ゴウンと名乗る事があるけれど、ナザリック内では名前のみとなる。

 

「百年ごとの『プレイヤー』候補も気になるところだが、今となっては数の暴力でもない限り恐れる事は無い。我々は力で支配しているわけではない」

 

 アインズは成長し、立派な大人になったアウラ達を眺めて感心する。

 本来ならば色んな祝いの言葉を送りたいところだが、独り身の自分には何も言葉が出てこなかった。

 尚且つ、後継者作りの話しが出たので近親相姦をするのではないかと危惧したものだ。

 現に元戦闘メイド達が()()()()()()になってしまったので。

 

「治世百年……。それは決して容易いものではない。……私としては一定期間の支配で満足して終わりたいところだ」

 

 永久(とこしえ)の統治。

 

 言葉としては魅力的だが永遠に世界に君臨し続けるのは精神的に拷問ではないかとここしばらく感じていた。

 不老不死は魅力的だ。だが、実際のところは『終われないゲーム』を延々とプレイしているのに等しい。

 現に『ユグドラシル』というゲームのキャラクターが現実世界を支配しているのだから、滑稽だ。

 元の世界に帰れるわけでもない。だが、戻りたいほどの価値も無いほど荒廃している現実にも辟易している。

 時間経過で元の自分はきっと死んでる。今さらな話しだ。

 

「支配者を引退なさりたいと……」

「それもいいだろう。世界が荒れたらまた支配しなおせばいい。丁度良い気晴らしにはなる」

 

 毎日変わらぬ日常を延々と過ごすのは退屈だ。時には刺激がほしくなる。

 支配者ロールプレイも潮時だ。

 

 そんなことは絶対に許さない。

 私達は貴方様の支配があってこそ。

 アインズ様、ご命令を。

 皆殺しにしてきます。

 逆らうものは全て殺せ。

 人口を調節しましょう。

 

 ここ数年、聞こえる幻聴。それが現実になりそうで怖い。

 被害者意識なのは分かっている。

 それはきっと罪の意識かもしれない。自分が今までやってきた事が間違っていた、という。

 精算する時が来るかも知れない。ここでやめなければ次はまた百年後になるかもしれない。

 アインズは『(無限光)』で瞑想しながら思っていた。

 

「それとも私の決定に不満か? それはそれで構わない」

「……い、いえ。アインズ様のご決断に逆らおうとは……」

「長い統治というものは色々と不安を覚えるものだ。気が付いたら全て夢だった、という結末に強制的に挿げ替えられたりするのではないか、とな」

 

 ありない事は無い。

 実際に制裁モンスターは幾度も現れた。その度に仲間たちが死んでいく。

 圧倒的な力を持つ彼らは慢心は許さないと言った。

 闘争溢れる混沌とした世界であれば彼らは自然淘汰を祝福するようだ。それを邪魔する者は許さない。つまり、世界を制定し、平定したアインズは正しく彼ら(レイドボス)の敵ということになる。最初こそは世界征服に肯定的だったと思ったのだが、実際は違った。

 彼らは欲望を叶える者が起こす混沌を許容し、それを終えることを許さない。

 平和な世の中にするな。争い溢れる状態を維持しろ、という言い分なのかもしれない。

 

「アインズ様、発言をお許し下さい」

 

 と、一歩前に出たのは第七階層守護者の悪魔『デミウルゴス』だった。

 今も昔と寸分の狂い無く存在する規則正しい姿に改めて驚かされる。

 

「うむ。どんな意見でも構わない」

「はっ。支配者を引退なさるという事は国を解体なさる、ということでしょうか?」

「国はそのままで良い。支配者は偶像でよいのではないかと……。分かり易い言葉では『隠居』かな。また冒険者となって旅がしたいものだ」

 

 旅をする未知の世界はこの星には無い。無くなってしまった、が正確か。

 モンスターを狩る。珍しいアイテムを求める。

 それは既に失われた夢。無い物ねだりだ。だが、夢はなくしていない。

 

「アインズ様が苦悩しているというのに我々は何の役にも立てない事が……」

「お前たちは思い詰めなくて良い。お忍びで世界を漫遊するのも悪くない事だ。便利なものに頼らずにな」

 

 レベル1から再出発は出来ないけれど。

 それもまた案の一つとして残しておこうと思った。

 

ア、アインズ様! 頑張って妊娠しますから、居なくならないで下さい」

ア、アウラ!? いや、あくまで案だぞ。まだ検討段階だ」

 

 アウラはアインズの足元に這いずるように移動する。左右の色違いの瞳から涙が溢れ出ている。

 

「妊娠するのはいいが、ナーベラル達みたく育てず食用とか言い出すのではないか?」

「えっ? あ、ああ……確かに……」

 

 ええっ、お前らもかよ。と、アインズは驚き、がっかりする。

 

「父や母にならない、という事か? アウラ達は人間種だから母性とか父性はあるだろう?」

「実際に子供を産んでみないと分かりません。ですが、親という感覚があたしたちには……」

「急に親になるのは誰でも混乱するものだ」

 

 確かマタニティ・ブルーと言ったはずだ。

 ナーベラル達は異形種ではあるが色々と悩んでいたような気がした。よく分からなかったけれど。

 それ以前にアルベドと擬似的に婚姻を結んだ自分は何なんだ、ともう一人の自分が言っている。

 お前も親じゃねーの、と。

 子供が居ないから親ではないけれど、自分が一番駄目な事は自覚している。

 部下に手本を見せられない無能ぶりに辟易する。やはり隠居した方がいいかも、と思った。

 

 act 2 

 

 治世百十年に達する頃、世界が少しずつ荒れ始める。

 平和を享受することが出来ない者が喚き始めた。

 アウラとマーレは暴動が起こらないか監視する。

 

「人間達は平和が嫌いなのかしら?」

「アインズ様が統治しているからこそ幸せなのに、それが分からないんだよ」

 

 その支配者も平和には否定的なところがあったりするのでマーレは少し混乱気味だった。

 平和の何が駄目なのか、と。

 レイドボス対策なのかもしれないし、別の問題があるのかもしれない。

 与えられた国を平和的に治める仕事を全うできるのか不安になってくる。

 

 

 マーレは単独で支配者アインズとの謁見に望んだ。

 

「マーレよ。お前一人で来るとはな。それで聞きたいこととはなんだ? 遠慮は無用だ」

 

 玉座に座る支配者は穏やかな口調で言った。だが、側に居る他の階層守護者たちは殺気を振り撒いていた。特に統括のアルベドは視認出来るほどに黒いオーラを発している。

 彼らが怒る原因はただ一つ。

 支配者を強引に呼びつけたからだ。

 

「……おそれながら。アインズ様は平和な世界の統治に肯定的なのでしょうか。それとも否定的なのでしょうか。それが少し気になったもので……」

 

 最初は気弱だったマーレも大人として成長した今ははっきりと意見を言うようになった。その変化はアインズとしては意外だと思い、そして嬉しく思った。

 NPCもちゃんと成長するのだと。

 

「……はっきり言えば……、そのどちらでもある。時と場合による、と言った方が正確に近いか」

「……そ、そうですか」

「世界征服しておいて平和に否定的なのは理解できないと思う。言ってる自分でもそう思うけどな」

 

 アインズは苦笑する。

 死の支配者(オーバーロード)という種族なので骸骨が笑う顔というのは本来は不可能だ。だが、微妙な工夫は出来る。

 

「宝は手に入れて飾っていれば(ほこり)を被るものだ。今の世の中はそういう時期に入っている」

「では、その埃を払えばまた……」

 

 と、言い出したマーレをアインズは手を突き出して止める。

 

「その作業を永遠に繰り返す気か? 美しい宝は飾り、そして、次代に受け継ぐ。時には失われる。そういうものだ」

「はっ」

「美しい宝を自分の手で破壊するのは勿体ない。国を焼くのは簡単だが……。時には他人に委ねてみたくなるものだ」

 

 正直、百年も治世を安定化させる未来は思い描いていなかった。

 実現した今は新たな目標が欲しくてたまらない。かといって世界を壊してまた作り直すのも虚しい作業になりそうだ。

 シズに他の星の開発を依頼しているが、広大な宇宙に進出する事もいずれは(おこな)う予定になっている。

 気がかりとしては百年毎に現れる『プレイヤー』候補を野放しにする事だが、それはまだなんともいえない。

 元々、サラリーマンの『鈴木(すずき)(さとる)』が征服王にまで上り詰めてしまった。そこから先は考えられない。

 やりこみプレイにも限界がある。

 

「この世界を捨てて新しい世界に行くことも考慮する時が来るのかもしれない」

 

 宇宙は広大だ。征服するには何億年もかかる。億年というよりは天文学的数字と言った方が適切か。

 移動に数万年以上もかかるようだし。

 

「この星が寿命を迎えた場合はどうすればいい?」

「……次の移住先に……、いえ、アインズ様の気がかりを理解できず……」

 

 マーレは床に頭を付けて平伏する。

 永遠の統治はそもそも不可能だ。星には寿命がある。

 形あるものが滅びるのは決定事項のようなもの。

 

「気の早い未来の話しだが……。不死の存在は滅びを恐れる。そういうものなんだろう。人間であれば千年後まで考えなくて済むから刹那的で楽しみを持続できる。だが、我等は違う」

 

 違うと言ったけれど、仲間達と楽しく過ごせれば文句は無い。

 そう無心に思えたら幸せなのだがな、と。

 

 



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アウラ・ベラ・フィオーラ

 

 平穏な治世と適度な混乱を経て千年が経った。

 文明は維持されているので科学技術の発展はほぼ無い。せいぜいシズが大規模な存在になっている程度だ。

 無数の星々に派遣した開発部隊のいくつかは無人の星にたどり着き、その他大勢は未だに星に辿りつけていない。

 星との距離はそれ程開きがあるという事だ。

 一光年先の星に向かうだけで途方もない年月がかかる。確か九兆四千六百億キロメートルだ。

 途中で朽ちるかもしれないし、未知の障害にぶち当たって滅びるかもしれない。

 

 

 千年後の星を統べる『アインズ・ウール・ゴウン』は未知の敵性体と思われる『プレイヤー』候補を監視していた。

 正確な時間ではないけれど確実に未知の存在は居るようだ。

 彼らが『ユグドラシル』のプレイヤーならばシャットダウンの時期が同じはずだ。

 つまり現実世界の時間が停止しているのではないかと数百年経ってから気付いた。

 違う時間にそれぞれ転移されているのであれば、この推測はそれ程間違っていない事になる。

 つまり。

 

 現実世界に戻ったら、朝の四時には起きなければならない。

 

 この世界で目的を果たした以上は戻る事も想定内とすべきか。いや、戻っても辛い毎日が待っているだけで幸せは来ないかもしれない。

 あと、戻ってしまうと能力やアイテムを全て失ってしまう気がする。最悪、今までの冒険者などの記憶も。

 支配者ロールプレイの終焉とも言える。

 

「……アルベド達を残して戻るのは……。いずれはそうなるかもしれない」

 

 一緒に連れて行けたら、それはそれですごい。確実に世界が破滅しそうだが。

 人間である『鈴木悟』にアルベド達が敵意をむき出しにする可能性もある。

 

NPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)はゲーム画面から出る事はできないけど」

 

 幸せとは簡単ではない事は理解した。

 『遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)』に映る冒険者たち。

 昔であれば色々とシモベを派遣するのだが、今は見守る事にしていた。

 『ナザリック地下大墳墓』に置いてあった必要な物はこの星にはすでにない。あるのは擬似ダンジョンと化した大墳墓だ。

 攻略されて困る宝は無いが、仲間達と共に開発した元々の大墳墓を荒らされるのは少しだけ不快ではある。一応、最下層に強大なモンスターを数体配置している。それらを倒しても何も恩恵も貰えはしない。ただ徒労なだけだ。

 

「アインズ様、お呼びでしょうか?」

 

 事前に呼び寄せていたアウラを近くに招く。

 千年を生きる闇妖精(ダークエルフ)は今も健在だった。

 本来なら老化して死んでいても不思議は無い。

 この世界において新たな進化とでもいうのか。種族名は変わっていないが神々しい雰囲気が備わっていた。

 

 闇聖霊(ダークハイエルフ)

 

 不死というか不老長寿の闇妖精(ダークエルフ)に相応しい名称だ。

 喜んでばかりではない。

 不死性の影響で未知の病気にかかりやすくなっている。

 死ぬことを運命付けられた身体の機能の一部が暴走する。定期的に身体検査を受けなければ肉塊と化してしまう。

 特にマーレは適度に精子を出さないと睾丸が破裂するほど肥大してしまう。

 溜め続ける事の出来ない身体となっている。

 一部は発情が止まらなくなったりと、無限の時を歩む者特有の病のようなものを発現する。

 

「マーレは元気か?」

「はい。星の天候管理。砂漠化の抑制は滞りなく」

「支配者のわがままで子を成す事を禁じているようで申し訳なく思うぞ」

「いえ。変な後継者が生まれて国を荒らしては一大事ですから」

 

 変な後継者でも愛着が湧くかもしれない。そう言いたかったがやめた。

 決めるのはアウラだ。彼女が望むなら許可したい。

 あと、大人となっているアウラを膝に乗せるのは苦労する。

 重いからではない。

 アルベドの嫉妬を買いそうだからだ。

 一千歳。正確にはもう少し多いけれど、かなり高齢となっている。

 不死性の生物に年齢という概念は無意味かもしれないが。と色々と思うアインズ。

 

「自然溢れる世界の維持に対して褒美を与えよう」

「ありがたき幸せに……」

 

 途中まで喋ったアウラは側で血を吐く。

 

「毒無効のアイテムはちゃんと外しているようだな」

「……お戯れを……」

 

 アウラは室内に毒が充満していることは理解していた。そして、それをあえて吸い込む。

 時間経過と共に身体に変調が現れる。後数分もすれば血管が破裂していく。

 それでも何の不満も持たない。

 

「NPCのお前たちは変わらないことを運命付けられた。私としては変わってほしいと願ったものだ」

 

 百年経てば無機物にも魂が宿ると言われている。だが、NPCは千年経っても変化しない。

 魂が変質しない、とでも言うのか。

 自分は色々と変わった気がする。

 

「……うぼっ」

 

 びちゃ、と床に落ちるのは紫色に変色した舌。

 

「高レベルのNPCは丈夫だな。こういう事をこれからも続けるかもしれない。それでも私に敬意を払うならば……」

 

 なんて悲しい存在なんだ、と言おうと思ったがやめた。

 仲間たちが生み出した子供たちを自分はここ最近、いじめている。

 NPCであるという事が引っかかっているのかもしれない。

 融通の利かない機械人形。ゲームのキャラクター。生物とは似て非なる者達。

 

 act 3 

 

 謁見を終えたアウラは自国に戻り、湯船につかる。

 腐りかけた肉体は既に治癒している。

 

「……至高の御方のお考えは千年経っても難しいわ」

 

 支配者としての権利を行使する事に躊躇いは不要。

 だからアウラは気にしない。

 

「大事にされているのかな」

 

 それはそれで嬉しく思う。

 いつでも切り捨てられる覚悟は持っているけれど、見捨てられるのは嫌だ。

 毒を吸え、と言われれば吸う。

 命令遵守は当たり前。

 だが、自己判断については色々と悩んでいる。

 子を成す意味が見出せないところとか。

 命令ならば、と思うのだが至高の存在は自主的に子供を育てよ、と言っているような気がする。

 母となって後継者を育てろ、という意味かもしれない。

 それはそれで命令ならば、と。

 そう。

 命令で無いことを自分が自主的に判断する意味が分からない。

 

「分からないと駄目なんだろうな」

 

 女性として生まれたからには子を成すのが生物的かもしれない。

 大きくなった胸や体内臓器は何の為にあるのか。

 弟のマーレも子種を作るための器官があり、それを使わなければ膨張して破裂するという。

 同様に母乳も溜まり過ぎて破裂しそうなものだが。

 

「あ~、分からないわ~」

 

 長い耳を洗いつつアウラは顔を顰める。

 こんな調子では一万年、十万年と過ぎても答えが出せそうに無い。

 

 

 自然を守りつつ気がつけば五十万年が過ぎていた。

 安定した世界の構築に力を注いだお陰で危機的状況は起きていない。それはアウラ以外の統治者達の尽力も関係している。

 星は安定していたが宇宙空間は劇的に変化していた。

 転移拠点の『万魔殿(パンデモニウム)』の数はもはや数え切れないほどだ。

 風化の影響が少ない世界なので故意に邪魔しなければ何億年でも変わらぬ姿を維持すると言われている。

 それでも開発している星は百も無い。それだけ各星々は遠いということかもしれない。

 星の統治者である魔導皇『アインズ・ウール・ゴウン』は他の星の開拓の視察の為に不在であった。支配者は既に引退しているのだが、NPC達は昔と変わらず支配者でいてほしいと願い出て、形式的な形だけ残している。

 今、この星を統べるものは『アインズ・ウール・ゴウン』という名の偶像だ。ある意味、神格化とも言うべき存在となってしまっている。それには当人であるアインズことモモンガも苦笑していた。

 支配者が居なくとも何かにすがりたい象徴が欲しいのかもしれない。

 それに対して彼らの思うようにさせた。モモンガには彼らを止める権利は持ち合わせていなかったので。

 長命な不死の種族なので一度、外出すれば数百年も帰ってこない事は当たり前になってきている。その代わり『伝言(メッセージ)』は定期的に届く。

 魔法とて時差があるようで、不定期の連絡は全て文字に残して保存されている。

 

「成長が止まった森妖精(エルフ)というのは何だか損した気分ね」

 

 そう言いながら弟のマーレに国産のお茶を提供する。

 

「新陳代謝は止まってないから完全に停止したわけではないと思うよ」

「そうね。毎日のお風呂は欠かせないもの」

 

 定期的に身体検査を受けて健康を保っている。

 大きな混乱は無いけれど、長い統治というのはあっと言う間だと過去を振り返る。

 百年毎に変わる短命生物の顔。

 多少は進化しているはずなのだが、どう変わったのかは未だに分からない。

 定期的に来るプレイヤー候補も人間種であれば寿命に勝てず。

 

「そういや、あんたのアレ……。えらくバカデカくなってたわね」

「数百年も放置すれば大きくなるよ。いずれ破裂するはずなんだけど……」

 

 高レベルNPCの肉体はそう簡単には壊れない、という事だ。

 一部の肉体は特別な処置をすると本体と共に()()()()成長する。

 処理を誤れば危険だが、そこは管理する者が優秀なので数万年後の今も異常は見られない。

 

 

 アウラ達は長年の存在維持に影響が出てはいけない、というので避妊処置が施されている。なので互いに生殖機能は無いし、自己再生も起きていない。ただし、排泄器官としての穴だけは残されている。

 マーレは既に声変わりはしていたが会う度に女性らしく見えてしまう。

 ホルモンバランスというものはNPCだからか、影響されているような兆候は数字では見せていない。ただ、外見は影響されているように見えている。

 

「死なない身体で良かったのか、悪かったのか。あんたはどう思うの?」

「死ねない事で自害は無理そうだけど……。モモンガ様のお役に立てるシモベとしては都合がいいと思う」

 

 定期的に今の自分をどう思っているのか、感想文を提出するように言われている。

 死を賜りたい場合は願い出ろ、と。

 NPCであるアウラ達には何年、何千年経っても至高の存在の考えは理解できないようだった。

 姉と弟は日々に文句などあろうはずが無く。

 与えられた命令を全力で全うするだけだ。

 その身がボロボロに風化するまで。

 

『終幕』

 

 



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栄華の夢は終わりを告げる
アルベド


 

 永久(とわ)の治世を歩む『ナザリック地下大墳墓』の支配者で昔と変わらぬ不死性の偉大な統治者にして至高の存在『アインズ・ウール・ゴウン』の側に仕えて幾千万の時が過ぎた。

 各階層の守護者を束ねる守護者統括『アルベド』は最後の時を迎えようとしていた。

 いわゆる肉体的な限界だ。

 NPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)である女淫魔(サキュバス)の存在も有限である事が証明される。

 全身が硬直し、末端部分は崩壊。

 顔はひび割れて血も出ない。

 活動する生物は無限の細胞分裂は出来ない。本来ならば。

 天文学的数字の分裂を得て今を生きる。その齟齬が現れないはずが無い。

 

「……今まで……、モモンガ様のお側に居られて……、このアルベド、幸せでした」

 

 側には白い骸骨の姿の死の支配者(オーバーロード)が居た。

 アインズ・ウール・ゴウンではなく『モモンガ』というプレイヤーネームだ。

 

「不死は死なないと思っておりましたが……。生きながら崩壊していくのですね……」

「もはや治癒魔法も効かないくらいだ。ここがお前たちの限界という事だ」

 

 息も絶え絶えのアルベド。既に片目は砂と化している。

 崩壊は一気に襲ってくることは無く、少しずつ身体を削るように進んでくる。

 

「永久の治世は完成した。私は誰も成し遂げられなかった栄華を極めたのだ」

「おめでとうございます」

「……だから、もう終わりにしようか」

「……御身が望むままに……。このアルベド、永久にモモン……まと……」

 

 静かに活動を停止するアルベド。その身体はそのまま静かに砂の粒子へ、と。

 他の従者も気が付けば一人も居なくなっていた。

 

 

 長く仕えてくれた従者は最後のアルベドの崩壊により死に絶えた。

 静寂なる世界。

 悪のロールプレイを極めた邪悪な存在ならば喚起するところだ。

 無の世界こそ我が望み、と。

 だが、中身は一般サラリーマンのモモンガは違う。

 

 寂しい。

 

 簡潔にして明快。素直な気持ちで思った。

 原初の風景に立ち返ったかのようだ。

 最初と違うのは付き従う者が誰も居ないことだ。

 どの階層もほぼ無人。自動的に湧き出るモンスター以外といってもいい。

 掃除するメイドも砂と化し、あちこちが荒れ放題だ。

 

「……最初の頃より汚くなっちゃったな」

 

 扉に触れれば砕け散る、というような事は無く、無機質なオブジェクトは崩壊しないようだ。

 かつてギルドメンバーが作り上げた堅牢なる地下施設。

 それはこれからも不動の未来を歩むのかもしれない。

 モモンガは最下層の玉座の間に向かった。

 夥しいNPC達の成れの果てが出迎える。一部は現地の人間かもしれない。あるいは亜人や異形か。

 死者の住まうダンジョンに相応しい様相となっている。

 

「死体が転がるところは凝りすぎ、と言われそうだな……。誰も動かないんだよな」

 

 ため息に似た吐息を吐いたつもりになりながら玉座に座る。

 

「もうすぐゲームが終わる。えっと確か……、サーバーダウンまでのカウントダウンが始まるんだったな」

 

 コンソールを呼び出す。

 現在時刻は23時50分。

 

「……楽しかった。……うん。もう思い出せないくらいたくさんの事があったな~」

 

 51分。

 

「世界征服。これは大変だったな。力による制圧ではなく、和平とか。腹に一物抱える権力者たちが素直に従うわけないじゃん」

 

 52分。

 

「手っ取り早く魔法で都市を落としていれば楽だったよな」

 

 53分。

 

「楽をしたら今日までの日々がもっと退屈になってしまう。地道な活動と研究は色んな事を教えてくれた。それは確かな筈だ。でければ仲間を失ったり、性格の暗いのアンデッドらしい支配者が今、ここに居る事になる」

 

 54分。

 55分。

 

……ふざけるな! ここはみんなで作ったナザリックじゃないか! って激高したのはいつだったっけ? ついこの間だったような……」

 

 56分。

 57分。

 

「最後は誰も居なくなっちゃったけど……。それはそれで運命だったのかな」

 

 58分。

 

「……ここまでのことは軽い冗談だったんですよ~。……と言ったら笑われるかな……。しかも、夢オチ」

 

 59分。

 

「あっ、メンバーの名前を言うの忘れていた。あ~、もう覚えていないよ~」

 

 00分。

 

「新年、明けましておめでとうございます」

 

 階下(かいか)に向かってモモンガは言った。

 先ほどまで死者が転がる不穏な世界は何所にも無く、滅びたはずのアルベドを含む多くの従者たちが勢揃いしていた。

 

「おめでとうございます!」

「……アイ……、モモンガ様、定期的に(おこな)われる、こな儀式はどんな意味がありんしょう?」

 

 昔と変わらぬ姿のシャルティア・ブラッドフォールン。

 

「心機一転、気分転換。そんなものだ」

 

 光り輝くオーラを身にまとう闇聖霊(ダークハイエルフ)のアウラがモモンガの近くに寄り、片膝をつく。

 年齢という概念は無くしたが女性としての一番美しい時期を今も保っている。

 不死性を身につけたとはいえ飲食は出来る。

 

「アウラよ、発言を許す」

 

 言葉使いは昔のまま。それは彼らが望んだ事だった。

 

「はっ。……ナザリックを毎回汚すのは……、いかがなものなのでしょうか? メイド達がとても心配しています」

「雰囲気作りは大切だぞ。それに私が許可した。何の問題も無い。……だが、お前たちにあまり説明しなかったのは……、サプライズというやつだ。それは感情を持つ者にとっては定期的に必要な事だと思ったのだ」

 

 一連の作業を定期的に(おこな)う事で精神の初期化を計っていた。

 慢心せず。最悪の結果を想定する。

 (おご)りは支配者にとって禁物だからだ。

 

「世界の全ては今や私のものだっ!」

 

 両手を広げて天に向かってモモンガは叫ぶ。

 

「……そんなことを恥ずかしげも無く叫ぶバカな支配者にはなりたくないぞ。……少なくとも大抵の支配者というものは自滅するものだ」

「叫ぶところは別に構わないと思いんすが……」

「いやいや、これはこれで結構恥ずかしいものだぞ。今日は特別な日だから恥ずかしい事を言ってみただけだ」

 

 周りの従者達からどよめきが起きる。

 

 

 ここにギルドメンバーが居ればバカにされているかもしれないし、もっといい別のセリフを用意してくれたかもしれない。

 そう考えるとまた少し恥ずかしさを感じる。

 

「本来ならお前たちに『自由』を与えたいのだが……。NPCは自主的な行動が理解出来ないところがあるようだ。それで構わないとお前たちは思っているようだが……」

「……ア……、モモンガ様のお気持ちに応えられないことはあたし達も申し訳なく思っております」

「出来ない事を無理にやれ、と言うつもりは無い。……だが、もったいないと思う」

 

 目の前に居る従者達はすべて幻。

 そういうシチュエーションも想定していた。

 

「もはや私は支配者でもなんでもない。ただのアンデッドモンスターなのだぞ」

「この身が朽ちるまで御側に置かせていただきたいのです。……なかなか丈夫な身体なので自分でもびっくりですけど」

「そうでありんす。アンデッドの常識を逸脱しているから、わたしも驚いておりんす」

「コノナザリック地下大墳墓ニハモモンガ様ガ居テコソ価値ガアルト思イマス」

「隠居されたとしても我々はいつでもあなた様のお声一つで馳せ参じますとも」

 

 コキュートスとデミウルゴス。無言で佇む執事のセバス・チャンの姿もある。

 全員が居るわけではない。

 時と共に失われた命も多くある。

 

「……そうか。今日はめでたき新年だ。無粋な話しはやめておこう」

 

 扉が開き、アウラの弟マーレが巨大な料理を持ってきた。

 それは現地の住民と共に作り上げた『ケーキ』と呼ばれるもの。

 

「正月はおせちなのだが……。クリスマスと間違えたのか?」

「ああっ!」

 

 マーレは失態に気付き、その場に平伏する。

 モモンガに内緒で作らせていた物だったからだ。

 

「よいよい、ケーキもめでたいものの一つだ」

 

 さて、とモモンガは頷き、周りを見据える。

 時は満ちた。

 この言葉は毎回のように言っている気がするが、あえて胸の内で言う。

 時は満ち、新時代が始まる。

 

「ふん、戯言を……」

 

 と、聞き覚えの無い声が第十階層に響き渡る。

 モモンガは中空(ちゅうくう)に顔を向ける。そこには宙に浮く椅子に座った状態で片肘を突く尊大な態度の存在が居た。

 煌びやかな全身鎧(フルプレート)をまとう人間。

 

「お遊戯の時間は終わったか、下等なる死体よ」

「……レイドボス……か?」

 

 しかも、ナザリック地下大墳墓に出現した。今までそんな事態は起きた事が無いので少しだけ驚いた。

 

「んー……。今度の相手は貴様では無い様だな……」

 

 椅子に座った人間はモモンガの頭上付近に魔法のようなものを打ち込む。すると空間に亀裂が入った。

 

「出て来い、下郎。その薄汚い肉塊の全てを無に帰してやろう」

「ウバァァァ!」

「ゴブァブゥ!」

「ギャァァン!」

 

 亀裂からおぞましい叫び声がいくつも響き渡る。

 

「そこの骸骨、死にたくなければ下がるが良い。それとも戦いに参加するか? 盾役ぐらいには役に立てよ」

「いやいや、我々もそれなりに戦えると自負していますよ。……英雄王とお見受けしますが……、お名前をうかがいたいものです」

 

 モモンガの予想では『古の英雄王(ギルガメッシュ)』ではないかと思う。

 何となくそんな気がしただけだが。

 

「おいおい、私も混ぜてくれよ」

 

 転移阻害を無視して現れたのは全身を赤い茨で包んだ存在だった。

 それはモモンガにも見覚えがある影の国の女王(スカアハ)のイベントボスバージョンだった。

 正確な名前はど忘れした。というか、各モンスターは自分で名乗らないので知らない事が多い。

 それにしてもボス級が二体も来て、しかも敵対行動を取らないのが不思議だった。

 

「私だけじゃないんだな。そこの骸骨君。警戒しなくていいが、協力は大歓迎だぞ」

「そうですか」

「危なくなったら逃げていいぞ。我々の敵はあくまで『世界を穢す者』だからな。……それから、新年、明けましておめでとうございます」

「あっ、どうも。これはこれはご丁寧に」

 

 影の国の女王(スカアハ)がお辞儀してきたのでモモンガは条件反射的に挨拶を返した。

 顔を上げると影の国の女王(スカアハ)が五人に増えていた。それぞれ色が違う。

 もちろん、それらとは過去に戦ってきたのだが、勢揃いすると戦隊もののように見えて滑稽だった。

 

 白化・影の国の女王(アルベド・スカアハ)

 黒化・影の国の女王(ニグレド・スカアハ)

 翠化・影の国の女王(ウィリディタス・スカアハ)

 黄化・影の国の女王(キトリニタス・スカアハ)

 赤化・影の国の女王(ルベド・スカアハ)

 

 五人共にレベルは100を超えている。

 

「あいつは『福音の雫(オメガ・オブ・ユグドラシル)』っていうとんでもないモンスターだけど、無理して相手をするな」

 

 聞いた事の無いモンスター。

 『世界』が異物と判断した者達を排除する抗体として作り出す強制力としての制裁モンスター。

 またの名を『星の守護者(ヘレティック・フェイタリティ)』という。

 『ユグドラシル』由来の敵というのは殆ど居ない。だから、モモンガの知識に無くても不思議は無い。中にはモモンガ専用の敵として作られるものが居たりする。

 彼らの目的は個体によって様々で全てが同じ目的意識を持っているわけではない。

 時には気まぐれに。時には意味も無く現れる。

 モモンガが出会った者達は進んで都市などを破壊したり、殺戮したものは居なかった。

 

「小さく見えるけれど、あの空間内全てが肉塊と化した気持ち悪いものだと思ってくれ」

「適度に痛めつければ退散する卑怯者よ」

「本気で倒す場合は君がもっとレイドボスを倒す必要があるよ。倒すたびに仲間が増える。これ、サービスだから」

「ど、どうも」

「平和な世界を作りやがって。これしか出て来ないじゃないか」

「……君は支配者なのに臆病なんだね」

「……言葉もありません。あと、……支配者は随分前に引退しました」

 

 モモンガは自然と敬語になってしまった。

 実際、彼女達の言う通りだ。

 レイドボスを恐れて波風立てない統治を心がけていたのだから。

 

「それはそれで別に責めているわけじゃないよ。とても偉いと思う」

「今回は味方だ。我々も君達と無闇に敵対しているわけじゃない。……ほら、あれだ。そういう()()だと思ってくれ」

 

 武器を構える影の国の女王(スカアハ)達。

「戦闘が終わったら退散するから安心して。無粋な真似はしないから。この影の国の女王(スカアハ)姉さん達は嘘はつかない。約束はちゃんと守る」

 亀裂から血管のようなものが躍り出てきた。それを迎撃する名も知らぬ英雄。

 

「応援はまだ来る予定だが……。手伝う者は残り、それ以外は退出を勧めるよ」

「ご心配なく。我等ナザリックに臆病者はおりません」

 

 と、メガネを光らせてデミウルゴスは言った。

 それぞれ武器を携え、回復アイテムの用意などを指示していくアルベド。

 

「新年早々、派手な開幕となったな」

「……その前に君は名乗りたまえよ」

 

 と、影の国の女王(スカアハ)に言われて英雄は顔をしかめる。

 

「下等な存在に……」

「今は仲間。ちゃんと名乗れ、ゲス野郎!

「き、貴様……。まあ、よい。後で始末してやろうぞ。聞け下等なる下郎共! 我が貴き名を!

 

 椅子から立ち上がり、大仰な態度で名乗りを上げようとする英雄。

 モモンガが自ら生み出した『パンドラズ・アクター』に似ていて何故か、恥ずかしくなってきた。

 

「我は太陽神の子(エンメルカル)! 畏怖を持って地に(こうべ)をたれよ!」

「……!?」

 

 ナザリック勢のほぼ全員の頭上に疑問符が浮かんだ。

 

「……だ、誰?」

 

 全く知らない英雄だった。いや、本当に英雄なのか分からない。

 モモンガとて全ての神話を熟知しているわけではない。メジャーなものならいざ知らず。

 きっとマイナーな王様の名前なんだろうな、と思った。

 

「え、えんめるかる……。そ、そうですか……」

「……古の英雄王(ギルガメッシュ)じゃないんだ……」

 というアウラの呟きに太陽神の子(エンメルカル)は眉間に皺を寄せる。

「ヤツより長く国を治めたのだから俺の方が偉い」

「そ、そうですか」

 

 古の英雄王(ギルガメッシュ)を知っている、という事は同時代の英雄か何かだ。だが、全く知らないモモンガ達は首を傾げるばかり。

 

 

 疑問ばかり抱いても現状は変わらない。

 目の前には今にも出てきそうな気持ち悪いモンスターが居る。それだけははっきりと分かる。

 

「アインズ・ウール・ゴウンのギルドの名の下にナザリックの威を示せ!」

「勝利を御身に捧げます!」

 

 長い戦いが始まる。

 力を持つ者の責務のように。

 最後に残る勝利者は何を手にするのか。

 

 act 0 

 

 誰も居ない廃墟と化したナザリック地下大墳墓。

 あたり一面瓦礫の山。

 形だけ保っている玉座に向かって()く者が居た。

 透き通っているように見えそうなエメラルドグリーンの身体を持ち、腰まで伸びた赤く炎のように揺らめく髪の毛。

 白銀の鎧と光り輝く鞘を腰に下げる。

 

「……出遅れた……」

 

 第八階層に住まう守護者統括『アルベド』の妹『ルベド』だった。

 

「……炎舞剣(ラハット・ハヘレヴ・ハミトゥハペヘット)の試し斬りが出来ると思ったのに……、残念」

 

 光り輝く鞘から剣を引き抜き、吹き出る炎を制御しつつ適当に壁を切りつける。

 その後でルベドは地上に上がる。

 自然豊かな平原の他には宙に浮かぶ都市がいくつも見えていた。

 

「……虚空の門(ヨグソトース)

 

 と、呼ぶと太陽を覆うような発光体が動き出す。

 発光する球体の集合体が百メートル規模の大きさを形成している邪神モンスター。

 

「……無貌の神(ナイアーラトテップ)

 

 次に呼ぶと暗黒空間が現れる。それは不定形の粘体(スライム)のようであり、非実体のモンスターでもある。ただし、規模が大きい。

 その黒き不定形は人間台の大きさにまで収縮していく。

 無貌の神(ナイアーラトテップ)の別名の中に『燃える三眼』というものがあり、()()()敵対ギルド名にも使われていた。

 他にも居るけれど、これらの超ど級モンスターと共にルベドは外の世界に一歩、踏み出した。

 邪神モンスターを引き連れた超越者(オーバーロード)は一先ずの目的として(アルベド)を探す事にした。そして、新たな物語が始まる。

 

『終幕』

 

 



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あなたの胸に残るもの
超越者


 

 この世に生を受けたナーベラル・クルクル・ガンマは由緒正しい人間種。

 ご先祖様の名前をつけられたんだけど、その彼女(ご先祖様)二重の影(ドッペルゲンガー)という異形種です。なんと今もご健在の女神様であらせられます。

 今日は私の二十歳の誕生日。それをなんとご先祖様自ら祝ってくれるそうです。

 それは何故なのか。

 二十歳まで生き残ったガンマ家の人間はごく僅かだからです。いえ、殆ど居ないと言ってもいいくらい希少な存在です。

 異形種。亜人種の子孫も同様です。

 二十歳まで生きられた者に祝福を与えるのがガンマ家のしきたりのようなもの。

 明日には命を落とすかもしれない。

 両親は居ないのか、と聞かれますが、居ました。既にお亡くなりになっております。

 生前の親の年齢は十二歳。これでも長生きした方だと言われます。

 一般家庭から見れば若いように思われますが生命力というか繁殖力が元々強いようです。

 下は一歳から妊娠できると言われています。

 

「……今日を生きられる喜びを与えてくださり、感謝いたします。我等の創世神アインズ・ウール・ゴウン様……」

 

 神に感謝しつつ身支度を整えます。

 

 

 私が住んでいた場所はかつて『ちきゅう』と呼ばれた灰色の汚い星でした。

 現在は緑豊かな星に改造され、人々は呼吸器なしで暮らせるようになりました。

 眼下に見える星の現在の名前は『アイン』と言います。

 下に星が見えるならば私が現在、居る場所は何なのか。

 緑の星アインを守るように配置された七つの衛星の一つ。

 

 ガンマ。

 

 ここはご先祖様が住まう星、衛星です。

 アインから引っ越して一ヶ月くらいしか経っていないけれど。

 名前の通り、ここには私の他に五歳くらいまでのガンマの姓を持つ親戚が数多くいます。

 九割方は女性で男性は見つけるのが困難なほど居ません。

 人口は十億人ほどでしょうか。

 短命なので数は減ったり増えたりしますけどね。

 この星での規則は同族食い以外は比較的、自由です。

 望めば飲食、教育、睡眠に繁殖が許される。

 同性で繁殖というところが理解できないのですが、項目に記されているので仕方がありません。中には殺人もあったりします。

 引っ越して一ヶ月経ちますが殺人事件は聞いた事がありませんけどね。

 支給された服装に着替えて神殿に向かいます。

 両脇には自動人形(オートマトン)が控えていて、警護してくれるようですが、護送されているように見えるかもしれないので笑いそうになります。

 長生きする事は特別なのでしょう。

 命を生み出すご先祖様に祝福を受けることは滅多にありません。過去に二十歳まで生きたものはごく少数と言われております。

 

 

 厳かな神殿は掃除係の自動人形(オートマトン)達が綺麗にしています。

 白亜の宮殿とも評されるほど美しい内部には余計な装飾品がない分、壁自体が光っているのではないかというほど白いです。

 建物は百メートル規模でそれ程巨大な建築物ではありませんが、神聖な儀式に使われる事が多いです。

 無駄口を叩かずに進んでいくと上へと続く長い階段が見えてきます。

 その白き階段を登っていくと踊り場があり、そこで裸になります。そこから先にも階段がありますが一メートルほどしかありません。

 その先にご先祖様が座する玉座があります。ですが、簡単にご尊顔を拝謁する事は禁じられています。しきたりに厳しいので来る前に色々と厳しい礼儀作法を学ばねばなりません。それらを乗り越えなければ神殿に入ることは許可されません。

 ご先祖様のご尊顔を拝謁する前に跪く事になります。そういう決まりなので我慢です。

 

「ナーベラル・クルクル・ガンマ。御身の前に」

「……下等生物(マンボウ)がやはり生き残ったか……」

 

 舌打ちのような音が聞こえました。ですが、仕方がありません。

 ご先祖様は大の人間嫌いなのですから。それでも祝福する為に私を呼びつけたのです。

 

「我が名を受け継ぐ資格があるとは思えないが……。多くの役立たずの中で生き残ったのであれば仕方が無い事かもな」

 

 厳しい意見が紡がれる。

 それでも私は許可を貰っていないので顔を上げる事が出来ません。

 下手をすればこのまま殺されることもあるとか。

 

「祝福の前に……」

 

 ボタタと音を立てて私の目の前に何かが落とされる。

 白亜の階段が赤く染まる。

 

「まずその肉を食らって見せよ。心配するな。亜人だ」

 

 肉と言われたものは人間の赤ちゃんにしか見えない。へその()や胎盤が付いている。

 落とされた拍子に死んでしまったのか、とても大人しい。というか動かない。

 

「さっき産んだばかりだ。新鮮なうちに食え」

「く、食えと……」

「お前は何の為に来たんだ? 神に逆らう愚か者になりに来たのか?」

 

 ご先祖様が産み落とした赤子を私が食べなければならない理由が分からない。けれども食べなければ殺されてしまうかもしれない。

 短命ばかりのガンマ家は掃いて捨てるほど大勢居るのだから。命の価値はとても低い。

 長く生きてきたから色々と学べた。これからも多くを学ぶためにはこの試練を乗り越えろ、という事なのか。

 命をいただくことは初めてではない。ただ、こんな形で食べなければならないとは思わなかった。

 今までの生活で食べてきたものは家畜の肉や野菜などだ。

 家族を食らうようなことは無かった。

 だけれど、それでも命を頂くという事に疑問をさしはさむ事は出来ないのかもしれない。

 他者の命を食らって私達は生きている。

 

「……い、頂き……ます」

 

 抵抗はある。せめて調理してほしい。元々の形が分からない方がまだ幸せかもしれない。とは思うけれど後で知れば絶望しそうだ。

 血の匂いがする。

 胎児を拾い上げるとまだ体温が残っていた。この状態では異形なのか亜人なのか人間なのか区別がつかない。

 身体全体が柔らかい。死にたてで新鮮そうだ。野菜の緑がとても映える気がした。

 

「……う、ううっ……。くっ……」

 

 涙が自然と出てきて嗚咽が止まらない。

 

「生では食えんか?」

「……い、いえ……。大丈夫です」

 

 二十歳の私は顎は強い方です。だから、食べられない事は無い。

 産みたての胎児の骨は柔らかい。

 家畜の肉を食べるように私は噛み付きました。

 亜人の肉料理は初めてではありません。だから、食べられるのです。

 

 

 吹き出る血や内臓を見ないように一口、なんとか口に入れて咀嚼し、飲み込みました。もちろん、味なんて分かりません。

 目蓋を開けたら食いかけの胎児を見てしまいそうになります。

 

「お前が私の産んだ子だというのならば、正しく自分の妹を食べる浅ましい人間だ」

 

 ご先祖様は満足そうに言いました。

 妹を食べる姉。

 なんとおぞましい事を平然と言えるのか。

 

「もう少し食べろ。半分以上は食えるだろう?」

「は、半分……」

 

 もう食べてしまった。ここでやめても意味が無さそうです。

 もう一口、噛み付いたところで力尽きました。

 全身が物凄く震えて、それ以上の動きが出来ません。

 自分が食べているものが妹だと言われたせいでしょうか。

 

「最初の一口は食べられたのに、もう無理なのか。お前達が日頃食べている肉と大して変わらんだろう」

 

 変わらない。そうだとしても。いえ、豚肉だと思えば食べられるかもしれません。

 これは妹ではない。と、自分に言い聞かせてみます。

 

 そんなことをすんなりと受け入れられるはずがありません。

 

 それを受け入れれば自分はきっと浅ましい同族食いの生物になるでしょう。

 既に手遅れのような気がするけれど。

 死んでいるから平気。と、割り切れないのは自分が弱いからでしょうか。

 それでも懸命に私は顎を動かしました。

 ただ、頭部分は齧れそうにありません。

 それから食べられる部分は食べたかもしれない。半分以上はきっと無理だったと思います。

 

「食い物に手間取るとは……。それでは餓死してしまうぞ」

「……し、少食なもので……」

 

 それは嘘ではない。

 

「今度はちゃんと食べやすいように調理しておこうか」

「………」

 

 カツンカツンと階段を下りるような靴の音が聞こえてきました。

 ただ、私は目蓋を開けられません。

 開けると食いかけの胎児を見る事になりますから、とても怖いのです。

 

 カッ。

 

 物凄く近くで硬い音が鳴った。きっと目の前に居るのでしょう。

 

「浅ましい下等生物。もう一度、名乗ることを許可する」

「な、ナーベラル・クルクル・ガンマ……でございます」

「その名前は誰が与えたものだ?」

「私の親でございます」

「……お前の親はどういう存在だった?」

「申し訳ありません。私を産んで、そのまま死んでしまいましたので」

「感謝しているのか?」

「親にですか?」

「うむ」

「もちろんでございます。この世に生を与えてくれた親と住む場所を与えてくれた創世神アインズ・ウール・ゴウン様に毎日の感謝を……」

「アイ……創世神に感謝しているのか……。下等な存在の分際で」

「も、もちろん、ご先祖様であられるナーベラル・ガンマ様にも深く感謝を……」

 

 と、言った時、顎を掴まれました。

 最初に名前を出さなかったのが、いけなかったのか。

 私はこのまま頭を潰されてしまうのか。

 

「感謝していて、この様か。ガンマの姓を名乗る資格はお前には無い。明日から排泄物を名前にしろ」

「えっ!?」

「下等な人間は神に逆らうな。命令一つまともにこなせない者に名前など不要だ」

 

 親から貰った名前を排泄物に変えろ、とご先祖様が言った。

 それはとても辛かった。

 今まで慕ってきた人から見捨てられるのはなんて悲しい事なのか。

 

 

 ご先祖様は人間が嫌い。それは下等な存在だからだ。

 様々な部分で劣る人間は家畜同然だ。

 そうであってもナーベラル・クルクル・ガンマは二十年も親から貰った名前を名乗っている。それを一言で捨てる事は出来ない。それがたとえ神であっても。

 だが、自分には抗えない。

 下等な存在なのは認める。だが、それでも自分は人間として生きてきた。排泄物ではない。

 

「ご先祖様にとって私は排泄物なのですね」

「そういえば、胎児というものは排泄物に似ているな」

 

 そんなことを平気で言うご先祖様。

 自分が産んだ子を愛せない、というのは本当のようだ。

 

「……むっ。それでは駄目ではないか……。排泄物……、下等とはいえ私の娘……。そうであった。ついうっかり忘れるところだった」

 

 神が急に態度を変えた。それはナーベラル・クルクル・ガンマにはうかがい知れ無い事だった。

 

「危うく目的を間違えるところだった。そうそう、お前を祝福しなければならないんだったな。下等生物だと思うと憎しみしか湧かないから困ったものだ。えっと……、クルクルだったな」

「は、はい」

「お前はこのまま死ぬまで暮らすか。それとも何か望むことはあるか」

 

 望み。それは特に思った事は無い。

 日々を平穏に暮らせれば幸せだったから。

 教育も不満は無い。

 

「今を生きる喜びに勝るものはありません」

 

 と、言った後で具合が悪くなり、吐いてしまった。

 目は瞑ったままなのでおそらくはご先祖様に吐瀉物がかかったかもしれない。

 

「……やはり生物(なまもの)は具合が悪いようだな。亜人は生でも食べるというのに……」

「も、申し訳ありません」

「下等生物に優しくする事は愛か……。よく分からないな、やはり……」

 

 色々と悩みながらご先祖様は言いました。たぶん、ですが。

 私が人間であるから分からないのかもしれません。

 

 

 儀式が終わり、身体を綺麗にされた後で改めてご先祖様に会える事になりました。

 場所は同じ白亜の階段。その最上部に向かいます。

 既に掃除が終わったのか、血の跡などは微塵もありません。

 

「よく来たな。……クー……。まあよい。名乗る事を許可する」

「はい。ナーベラル・クルクル・ガンマ、御身の前に……」

「顔を上げよ」

 

 今度はちゃんと目蓋を開けてご先祖様を拝謁する。

 姿は写真や映像で見た事があるので知っているけれど、どことなく自分と似ている。

 子孫だから、ということもあるのかもしれない。

 艶やかな黒髪に東洋人の面影のある顔。だが、それは彼女の偽装の一つに過ぎない。

 それでもご先祖様である『ナーベラル・ガンマ』様は美しいと感じられる姿だった。

 黒と金をあしらった不思議な儀式用の巫女服とでも言うような服装で金属製の手袋というか手甲と足甲を身に付けていらっしゃいました。

 

「私が直接産んだ娘ではないようだな」

「……そうなりますね」

「……うむ。それでも二十年を生きたか……。祝福だが……、しばらく排泄物……いやクルクルよ。私の秘書として付き従え」

「ひ、秘書、ですか?」

「そうだ。特に用事など無いだろう?」

「か、下等生物に排泄物と呼ばれる私を?」

「……文句があるなら本当に排泄物を名乗らせるぞ」

「申し訳ありません」

 

 私は平身低頭でひれ伏しました。

 

 

 身支度を整えるのですが、服は全てご先祖様が用意してくださいました。

 それから先は夢でも見ているのではないかと思いました。

 ご先祖様と様々な場所に移動するのです。

 他の衛星に行ったり、アインにも降りました。

 正しく夢のような時間を過ごしました。

 

 ですが、夢は覚めるものです。

 

 秘書としての時間は私にとってはとても長かった。けれども実働時間は半年ほどでしょう。

 元々が短命のガンマ家です。

 二十年でも奇跡だったのです。

 

「……やはり下等生物(ミンミンゼミ)下等生物(ミンミンゼミ)か……」

「……お役に立てず……、申し訳ありません」

 

 多臓器不全。テロメアの減少。急な老化現象と色々と大変な事態になりました。

 免疫力の低下で色んな病気にかかったりもしました。

 

「共に行動するだけでも仲間からは『愛』だと教わったが……、私には理解できなかったようだ」

「……私にとっては特別でしたよ、ご先祖様……」

「そうか」

「色々と話したい事がありますが……。申し訳ありません。……あっ、望みが一つ出来ました」

「言ってみろ。今は何でも許可しよう」

「ありがとうございます。……私のように……長く生きた者が現れたら……、一緒に色んなところに連れて行ってあげて下さい」

 

 それだけでも充分、うれしいと思います。

 なにせ、ご先祖様と一緒に行動できるのですから。

 私の最後の言葉は発音できず、またご先祖様からのお返事も聞く事が出来ませんでした。

 最後に見えたご先祖様は涙を一つ(こぼ)したように見えたのは幻でしょう。それでも私にとっては一番の宝でございます。

 

 

 死体を処理したナーベラル・ガンマは子孫の言葉を電子端末に書き留めた。後々、正式な書類にしたためなおす。

 そうしないと忘れてしまいそうになる。特に下等生物の言葉は覚える価値が無いから。

 

「愛があれば私も悲しみで『涙』を零す、かもしれないそうだが……。生憎と私は異形種だ。それはありえんな。……だが、胸に届いたぞ、ナーベラル・クルクル・ガンマ。お前で二百三十七人目となった」

 

 その人数だけナーベラルは名前を覚えている。

 一度覚えた名前は決して忘れない。それが彼女の自慢できる能力一つだ。

 物覚えが悪いと仲間内から言われてから必至に頑張ったのだ。数億年ほどかかったけれど。

 次の長生き候補はどんな生き物なのか。

 次代に受け継ぐに足る者はまだ現れない。けれども、今のナーベラルの楽しみは短命の者がどう頑張るのか。そして、その結果を自分の主に報告することだ。

 超越者(オーバーロード)となった今でもナーベラルは頑張っている。

 

『終幕』

 

 



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機械が造りし子供たち
シズ・デルタ


 

 暫定的に『月』と呼ばれていた天体は『無限光(アイン・ソフ・オウル)』と改名し、更に数千年の時が流れた。

 大規模な実験場があり、地下空間が作られている。

 一般の人間の立ち入りは数千年以上経った今も許可されていなかった。だが、そんな施設に出入りする者は居る。

 

 自動人形(オートマトン)と呼ばれる者達だ。

 

 容姿はほぼ同じ。それは別個体が居なかっただけだ。

 夥しい自動人形(オートマトン)達は日々、様々な研究や実験を繰り返してきた。

 多岐に渡る研究の一つが星の開発だ。

 無人の星に向かい、生物が住める環境を作る。

 もう一つは広大な宇宙空間を行き来する宇宙船の建造。

 そして、自らの機能を向上させる。

 数千体規模で演算効率を上げていく。時には一億体も費やされる。当然の如く失敗もある。

 そんな事を繰り返して十万年の年月が流れる頃に大元の自動人形(オートマトン)である『シズ・デルタ』は気付いた。

 自分は既に時代遅れの骨董品である事に。

 赤金(ストロベリーブロンド)という色の腰まで真っ直ぐ伸びた髪の毛。黄緑色の明るい瞳。片方は普段、眼帯で隠されている。

 迷彩柄のマフラーを首にかけ、金属のスカート。厚めの手袋。メイド服の体裁を残しているが戦闘を想定したようないでたち。重火器を得意とする戦闘メイド。

 他のシズ・デルタ達は途方も無い演算効率をたたき出す最新型ばかり。

 

「………」

 

 老兵は静かに去るのみ、という結論を出し、眠りにつこうかと思った。

 自動人形(オートマトン)が眠る事は機能停止を意味する。

 自分で停止は出来るが起動は出来ない。誰かに起こしてもらう必要がある。だが、その役目はもう必要ないと判断し、自主的に機能を停止する。

 

 

 無の境地でいつ目覚めるとも知れないシズは停止した瞬間に思考が途切れて、次の起動で目覚めるまでの間の事は何一つ記憶に留めない。

 眠った次の瞬間には起きるだけだからだ。それがたとえ数億年が経っていようとシズの体感時間では一瞬だ。

 

「目覚めたか、シズ」

 

 その声はどれだけの時間が経とうと忘れる事が出来ない。

 すぐさま床に降り立ち、片膝をつく姿勢を取ろうとしたが止められた。

 

「起きたばかりだ。少しそのままでいろ」

「……畏まりました」

 

 普段は眼帯を左に付けているのだが今は太いケーブルが左目のあった部分に差し込まれていた。

 無理に引き抜こうとすると頭蓋に収められている記憶野が焼き切れてしまう恐れがある。

 

「何の連絡も寄越さないから心配したぞ」

 

 白亜のごとき白き容貌は自らの主『死の支配者(オーバーロード)』である『アインズ・ウール・ゴウン』だった。

 

「……役立たずは廃棄処分が妥当と判断……」

「それは私が決める事だ。とにかく、勝手に判断するな」

 

 穏やかな口調で白い骸骨のアインズは言った。

 時を経るごとに部下達が自分達の判断で消えていくような気がした。

 自主的に判断する事は悪い事ではないのだが、もう役目は終わった、という風潮が広がっているような気がして心配でたまらない。

 

「お前が設計した新たな自動人形(オートマトン)達は優秀かもしれない。だが、最初から仕えてくれたシズはお前だけだ。今でも大事な部下だと思っているぞ。それは忘れないでほしい」

「……ありがたき幸せ……。……でも、色々と機能不全、起こしている。……シズ・デルタの予備パーツはもう……」

「魔法でどうにかならないのか?」

「……型落ちの私は治す価値、無い」

「価値はあるとも。私はお前が必要だと思っている」

 

 機械に詳しくないのでケーブル類はシズ自ら外してもらう。

 型落ちの機械では最新型の情報を受け取る事に限界が来ていた。それでも僅かばかりのエネルギーは供給してもらっている。

 今のシズに出来る事は何も無いかもしれない。

 

 

 身支度を整えて歩き出すにも杖が必要だった。

 治せない不具合が増えていた為だ。

 尿漏れのような状態になったり、歩いてすぐに腕の機能が停止したり。とにかく、様々な不具合が歩行を妨げていた。

 介護用の機械がシズの身の回りに待機しており、彼女の世話を(おこな)っている。

 人気(ひとけ)の無い客室にてアインズはシズを出迎えた。

 ここは『(無限光)』の研究室の一室。

 

「……シズ・デルタ。……御身の……前に……」

 

 異音を鳴らす脚は曲げた瞬間に砕け散る。

 床に手をつけようとしても動かない。なので、そのまま顔を床に打ち付けるシズ。

 そんな彼女を無数の機械が支え上げていく。

 

「もはや修理は不可能か?」

「……同一規格の製造許可が降りません」

 

 と、答えたのはシズと姿形が同じ自動人形(オートマトン)の一人だった。

 機能的には遥かに優れている。それでも自らの創造者であるシズを軽んじる者は居ない。

 シズの肉体を構成する内部機械は既に時代遅れとなっており、それを必要とするのは今ではオリジナルのシズただ一人。ゆえに唯一の存在の為に無駄なコストはかけたくない、というのがシズの言い分だった。

 予備の部品は許可が降りれば造れない事はない。

 拒否する理由としては自分の肉体を構成する部品全てが至高の存在から頂いたもの、という意識があるからだ。それを失う事は自動人形(オートマトン)のシズでも辛いと感じる事らしい。

 

「ならばお前の創造主が用意した予備パーツならば文句はあるまい」

「……はい」

「うん。至高の存在の命令は……、呪いのようなものだな」

 

 絶対というほどではないが強情なところは困ったものだ。

 散らばるパーツは全てシズの宝物として保管を命じている。

 

 

 新たな部品によって復活したシズ・デルタ。ただ、頭部の替えは簡単にはいかない。

 既に型落ちした古い機械だ。入れ替えは簡単ではない。

 他の自動人形(オートマトン)が数分で出来る仕事がシズには数十年かかっても出来ない差が生まれている。

 

「後の作業は他の自動人形(オートマトン)に任せて隠居するか?」

「……ご迷惑になるくらいならば……」

 

 シズは反論しなかった。役に立たない自分を受け入れる事にした、という答えを出したのかもしれない。

 それはそれで悲しい事だが、部下を失う事に比べれば我慢できるし、耐えられる事だ。

 最終的にバラバラの部品に変わるよりは。

 

「月は永住には相応しくない。永劫管理できる施設が良いのだが……」

「……アインズ様のお側がいいです」

()()()のデルタ国はまだ建設中だったな?」

「……そこを私の永住の星と致します。……シズ・デルタの我がままを受け入れてくださるのであれば……、もう何も要らない……」

 

 長年仕えてきた部下達も色々と肉体的な不具合を見せている。

 このまま活動させるのは酷な事かもしれない。

 既にパスワード類の移行は済んでいるし、シズの役目を次代に引き継ぐ事も考えなければならない。

 

「……よかろう。だが、一同を集めるイベントには参加してもらうぞ」

「……御身が望むままに」

「シズ・テルタ。月の管理の任を解く。だが、引継ぎ作業には時間がかかる筈だな?」

「……およそ二年三ヶ月は必要」

 

 即座に答えるシズ。

 

「デルタ国が出来るまでユリの星で休むが良い」

「……畏まりました」

 

 堅苦しいやり取りを終えてアインズは軽く息を吐く仕草をする。

 アンデッドの身体なので呼吸をする必要は無いが人間の頃のクセが染み付いているので、なかなか無くせないものとなっていた。

 

「あえて聞くが……、お前が最新の機械を受け入れていればもっと活躍できたのではないか?」

「……最新バージョンのシズは昔のシズ・デルタではなくなってしまう。……至高の御方に創造されたシズ・デルタは未来永劫、変わってはいけない」

「いくつか保存しているから構わない、と思っていたのだがな」

 

 全てのNPCの身体は()()()場所に保管されている。今の身体を失ったとしても実は大して問題ではない。

 部下のための散財にケチケチしたりはしない。

 それを知っていたとしても与えられた身体は大切だと思っているのかもしれない。

 

 act 0 

 

 惑星『アイン』を守護する七つの衛星の一つ『デルタ』にシズ・デルタは足を踏み入れる。

 数億人の同型種が(ひしめ)きあっていた。

 時代遅れの骨董品が向かうのは神殿のような建物だった。

 他の衛星と違い自動人形(オートマトン)しか居ないが生物のための食料の研究も(おこな)われている。

 この衛星は丸ごと実験施設となっていた。

 『無限光(アイン・ソフ・オウル)』から持ち込んだものも多数存在する。

 生物は実験専用以外に無く。機械のみが支配する。

 神殿の奥深くには寝台が用意されていた。その中にはあらゆる衝撃、酸化などから守る緩衝材の液体が満たされている。

 装備品の全てを脱ぎ去ったシズは寝台に足を入れる。

 全身を入れて目を瞑れば永遠に近い時を過ごす事になる。もう二度と目覚めないかもしれない。それでもシズは選んだ。

 永劫の時を止める事を。

 

「……あっ」

 

 と、眠る前に(おこな)わなければならない事を思い出し、足を引き抜く。

 骨董品となってから物忘れがあるとは思わなかった。

 

「……停止の準備を」

「……畏まりました」

 

 シズの命令にシズと姿形が同じ自動人形(オートマトン)は無感情に頭を下げた。

 必要事項を電子端末に書き、床に寝転がる。そして、自らの活動を停止する。

 その後で複数のシズ型が近寄り、シズの頭蓋をこじ開けて部品を引き抜いていく。

 

「……では、先達に黙祷を」

 

 それぞれ数分間、沈黙した後でシズの身体に処置を施していく。

 停止したシズの身体が寝台に納められたことを再確認し終えてから蓋をする。

 

 

 十年の歳月はあっという間に過ぎていく。

 デルタ国は知的生物の渡来に制限がある。事前審査を受けなければ大統領だろうと国王だろうと拒否権を行使する。もちろん、例外はある。信奉する支配者や仲間たちは特別扱いする。

 他の衛星の(あるじ)達には身分証を提示すれば比較的、簡単に入国できる。

 

「ここがデルタ国だ」

 

 黒い巫女装束をまとうガンマ国の支配者『ナーベラル・ガンマ』は従者と共にデルタ国に足を踏み入れる。

 

「みんな同じ顔ですね」

「訪問客を受け入れないからな。あと、迂闊に声をかけるな。お前は彼女達に登録されていないのだから」

 

 本来は別々の個体を用意する予定ではあった。

 数が多くなってきたので飽きてしまった。ただし、最重要施設に居るいくつかの個体は専用の外装が与えられている。

 

「は、はい」

 

 ナーベラルと従者は真っ直ぐに神殿へと向かった。

 目的は献花だ。

 数年に一度、仲間に花を供える。別に死んだわけではないが、愛の象徴ということで(おこな)っている。

 人間愛の無いナーベラルにも仲間が大事だと思う心がある。

 

「……ユリ姉さんはやはり一番か……」

 

 寝台を開けるのは数百年に一度だけ。それはナーベラルでも勝手に開けられない事だった。

 身体に不調が現れるNPCの末路。それは滅びと永遠の停滞。

 命を生み出すようになってからナーベラルも死生観について考えるようになった。

 仲間の一人が停滞を選んだ。自分もいずれは停滞を選ぶのか、滅びを選ぶのか。

 広い宇宙に出てから長い時を歩んできた。その歩みに終わりがあるのか。

 

「……シズは何を考えてこの結果を導き出した?」

 

 自動人形(オートマトン)の彼女が選んだ道を自分は知りたいのか。

 知ってもどうしようもない。そんな気はする。

 

「目覚めた時に聞けばいいか。おい」

「はい」

 

 従者に声をかける。

 シズの為に作らせた可愛い動物のぬいぐるみをいくつか飾っておく。

 時と共に滅んでいくものなので、掃除がてら置いていく事にしていた。

 数十年程度は保つのだが、いくつか過去に置いていった物は形が崩れていた。

 

「また十年後に来る。ゆっくり眠ってくれ」

 

 思考が停止しているのであればゆっくり眠る事など出来はしないけれど、言葉は自然と出てしまった。だが、それをいちいち覆す野暮な事はしない。

 

 

 ナーベラルが去って自動人形(オートマトン)の従者が管理する事になり、五年が過ぎた。

 適度に室内は自動人形(オートマトン)達が掃除しているので清潔を保っている。

 そんな中、新たな客人が訪れた。

 そして、花を添えて黙祷を捧げる。

 オリジナルは道半ばで停滞を選択し、他の自動人形(オートマトン)達は与えられた命令を今も実行していた。

 効率化と宇宙開発。

 本来ならば参加したいところだったシズは自らの発展を諦めた。

 それもまた彼女の選択であり、尊重すべき結果だ。

 自らの創造主の為に自分を捨てる事が最後まで出来なかった。そんな彼女を責める事が出来るのは創造主のみだ。

 

『終幕』

 

 



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太陽よりの使者
ペロロンチーノ


 

 朝起きて寝るを繰り返すこと幾世紀。

 無理に起きている必要は無いのだが、長き眠りにつくのが少し怖いだけだ。いや、少しどころではないかもしれない。

 輝く鎧を身にまとう『至高の四十一人』の一人にして鳥人(バードマン)の異形種『ペロロンチーノ』は窓の外を眺める。

 猛禽類の姿を持つが本来の鳥人(バードマン)はもっと動物に近い姿をしている。

 

「ペロロンチーノ様。変わり映えのしない景色ばかり見ていると気が滅入りんせんか?」

 

 そう声をかけたのは黒を基調とするボールガウンに大きく膨らんだスカート。フリルとリボンの付いたボレロガーディガンを着ていて、色白の肌に白銀の髪と赤い瞳を持つ小さな少女。

 真祖(トゥルーヴァンパイア)の『シャルティア・ブラッドフォールン』だ。

 

「……確かにな。今でも実感は無いが……、宇宙を旅するとはな」

 

 異世界ライフを味わえると思っていたが何故か自分は宇宙に居る。

 大量の自動人形(オートマトン)達により制御されている不思議な宇宙船。動力が飛行魔法というのも驚きだ。

 既に旅を始めて数千年が過ぎている、らしい。

 

 

 最初に目覚めたのは随分前だ。その後は睡眠を繰り返し、今に至る。

 時を飛び越える技術の獲得に素直に驚く。

 自分達が居ない間にギルドは強大な力を得たようだ。

 それも飛び切りハイレベルに。

 

「……問題があるとすればアバターの姿なんだよな……」

 

 異形種は不死になりやすい。黙っていれば寿命で死ぬ事がない()()だ。

 近隣の星に普通に行くだけで数千年はかかる。ギルドマスターの元に戻ったとしても数千年も待っているものか。と考えたが案外、特別な睡眠で待っているかもしれない。

 一年、十年くらいなら自分も待てるかもしれないけれど数千年は冗談だろう、というレベルだ。自分の常識を遥かに凌駕している。

 そして、ペロロンチーノは思った。

 

 やっべー、これからどうしよう。

 

 起きた時に『伝言(メッセージ)』を使うと時間差はあるようだが繋がる。

 他の仲間とも連絡は取れるが寿命のあるものはまず不可能なことだ。

 『ユグドラシル』というゲームをやめた自分がそもそもアバターとして顕現している理由が分からない。

 サービス終了時に何があったのか。

 何らかの不具合が起きてアバターと現実(リアル)の精神が分割されたと考えるのが普通かもしれない。

 それにシャルティアを始め、多くのNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)達が自我を持っているように見える。尚且つ、コンソールが出せない。

 ログアウト出来ない創作物はいくつか知っているが、自分が体験するとは思わなかった。もちろん、それを最初に体験したギルドマスター『モモンガ』は更に苦労を重ねてきた。たった一人で。

 

「シャルティア」

「はい」

 

 通常は呼んでも無表情の彼女は今では色々と表現豊かに表情を変える。時には自発的に行動したり喋ったりする。

 

「帰ろうか」

「我が主の望むままに」

 

 その前に()()()()()()()()()()()()みたいなことをするんじゃなかった、と後悔した。

 

 act 1 

 

 転移パネルというもので本拠地に帰還する。

 案の定、かなり文明が変わったように見えた。空に浮かぶ建築物とかの数が多いから。

 

「……やべー……。下手すれば数千年も留守にした()()が……」

 

 軽い気持ちで散歩して数千年は酷い。

 普通なら待っている者など居る筈がない。

 そう危惧するのだが、空に浮かぶ建築物の数がやたらと多いのも不安を覚えさせる。

 相当な文明発達が起きているのは目で見て分かった。

 かつて『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』と呼ばれた国がどうなっているのか、見るのが怖い。

 シャルティアと共に移動を開始してすぐに気付く。魔法で移動すればもっと早い事に。

 混乱してきたのかもしれない。

 

「畏まりんす。〈転移門(ゲート)〉」

 

 何の文句も言わずにシャルティアは魔法を使った。それが当然だと思っているので疑問など微塵も感じなかったようだ。

 命令する行為はまだ少し不慣れではあるけれど、それが当然だ、という気持ちになるのは不思議なことだ。

 不安をにじませつつ我が家たる『ナザリック地下大墳墓』に戻るとたくさんの一般メイド達が出迎えてくれた。

 

「お帰りなさいませ、ペロロンチーノ様!」

 

 見た目は人間と変わらないが彼女たちは異形種の『人造人間(ホムンクルス)』達だ。不老長寿というか不死性を持っているようで見覚えのあるメイド達が居て少し安心する。

 体感時間的には十年ほどなので完全に記憶から消えていなくて良かったと思った。

 

「う、うん……。随分と遅くなったけれど……」

「二千八百二十七年振りの無事のお帰りを心よりお待ちしておりました」

「……あ、ああ……、そんなに経ってるんだ……」

 

 脱力感が一気に襲ってきた。

 置いてきた宇宙船は今も次の星に向けて移動している事になっている。

 少し、いや、かなり罪悪感がある。

 

「他のみんなは元気かな?」

「一部の至高の御方々は睡眠を取られております。起きていらっしゃる方はアインズ様とぶくぶく茶釜様。ヘロヘロ様でございます」

「あの三人、起きてるの? というか今も居るの?」

「え、ええ……。何か気になることでも?」

 

 不安そうな顔でペロロンチーノを見つめるメイド達。

 ゲーム時代は無表情で反応など示すことは無かった。それが今では見違えるように変化している。

 ペロロンチーノは一度だけ唸り、メイド達を下がらせた。

 不安の色が濃いままアインズが居る第九階層の執務室に向かった。

 

「た、ただいま~」

 

 まずは軽い挨拶をしてみた。

 部屋に居た他のNPC達は深々と一礼していく。

 

「ああ、お帰りなさい、ペロロンさん」

「おう、弟。随分と遅かったな」

 

 弟と言ったのは赤い粘体(スライム)紅玉の粘体(ルビー・スライム)』の異形種にして至高の四十一人の一人『ぶくぶく茶釜』といいペロロンチーノの実の姉だ。

 仕事中の骸骨は『死の支配者(オーバーロード)』でGM(ギルドマスター)のモモンガこと魔導()『アインズ・ウール・ゴウン』という。

 二人共、聞き覚えのある声で不思議と安心する事ができた。今日ほど自分の『絶対音感』に感謝した事は無い、と思う。

 すぐそばにある椅子には返事は無かったが眠っているのかもしれない黒い粘体(スライム)漆黒の古き粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)』という異形種にして至高の四十一人の一人『ヘロヘロ』が居た。大人しいが身体の形は今も変化し続けている。

 

「宇宙旅行で遅くなっちゃって……。その……、遅くなってごめん!」

 

 勢いのままペロロンチーノが頭を下げた。

 

「二千年以上も留守にすれば待っている人間はとても心配する。……その前に死んでいるか……。だが、安心しろ、弟。我々は異形種だ。意外と平気なようだぞ」

「それぞれの種族的な特性で不安とか抑制するみたいです」

 

 と、補足するアインズ。

 

「そ、そういうもんなの?」

「返事が無い……。いや、便りが無いのは元気な証拠というくらいだ。無事に帰ってきてくれて嬉しく思うぞ」

 

 と、ぶくぶく茶釜は言うが粘体(スライム)なので表情が分からない。

 ゲームでは表情アイコンが出るので、それを目安に出来た。

 

「………」

「……ヘロヘロさんは静かだけど寝てるの?」

「睡眠を楽しんでいるから、邪魔するなよ」

 

 睡眠不要の異形種でも眠る方法がある。それが出来るのはギルドマスターのアインズだけだ。

 ヘロヘロはペロロンチーノの記憶の中では現実(リアル)の仕事が忙しすぎて身体を壊すほど大変な目に遭っていると聞いていた。睡眠も削って働かなければ生きていけない荒廃した世界が自分たちが本来住んでいた所だった。

 その世界に現在、攻勢をかける為に宇宙船が派遣されている。

 優秀な自動人形(オートマトン)のお陰で宇宙の星図と呼ばれるものはかなり作り上げられていた。

 移動している間に滅びていそうなものだが、それはそれで別に問題ではない。

 至高の四十一人を顕現させた妙技がある。

 自分達が住んでいた世界『地球』の存在が確認出来ればいいのだから。

 

「二千年も宇宙に行けば数世代は顔が変わっているよね」

「い、イビルアイとかさすがに滅びたんじゃない?」

「ところがどっこい。ちゃんと生きているよ」

「ウソ!?」

「そのままだと危ないからね。保存容器の中で静かに余生を過ごしているよ」

「それはそれで可哀想な気もするけど……」

「……必要な個体は殆ど保存しているから心配は無いよ」

 

 ペロロンチーノががっかりしたので、ぶくぶく茶釜は弟と共に転移していく。

 残ったアインズは書類の確認に集中し、様々な問題は仲間に委ねることにした。

 

 act 2 

 

 ペロロンチーノ達が移動した先は第六階層だった。

 森林地帯が広がる場所で様々な動物が暮らしていた。それと亜人種がいくつか村を形成している。

 以前見た時より物凄く発展していてペロロンチーノは驚いた。

 

「二千年も経つとここまで発達するんだ……」

「さすがにナザリックだけでは許容量に限界があるから表にも村をいくつか作っている。私らはこの世界で既に神の領域に入っているんだよ。すげーだろ、弟」

「う、うん……。規模が桁違いだ……」

 

 ぶくぶく茶釜が魔法を使った後にすぐに転移してきた存在が居た。

 それは大人ほどの背丈に成長したNPC達。

 千年の寿命制限を乗り越えた闇妖精(ダークエルフ)

 

「もしかして……。アウラとマーレ?」

「そうよ。ナイスバディになったでしょ」

 

 ナイスバディというか一番変わったのは男性であるはずの『マーレ・ベロ・フィオーレ』ではないのか。

 マーレの姉の『アウラ・ベラ・フィオーラ』は少し女性的な部分を覗かせつつも凛々しい顔立ちだった。

 闇妖精(ダークエルフ)は褐色の肌に金色の髪の毛。加えて彼女達の瞳は左右色違い。

 元々は小さな少年少女だったものが成長して大人の雰囲気を醸し出している。

 マーレも服装こそドレス風だが凛々しい佇まいに見える。特に金色の髪の毛がかなり長い。

 前に会った時は神経質そうな気弱な雰囲気があったが、今は自信に満ち溢れていた。

 

「二千八百年ぶりですね、ペロロンチーノ様」

 

 ペロロンチーノの感覚ではまだ十年くらいしか経っていない。

 小さな子供から一気に大人に成長してしまったようで、途中経過を観察できなかったのはとても残念だ。

 

「……帰るのが遅くなってすまない」

「い、いいえ。謝ることではありませんよ」

「そうですよ。宇宙というのは移動だけで一万年くらい経つと聞いています」

 

 はきはきした喋り方のマーレは少し新鮮だった。既に声変わりしているようだが、何かあったのか。

 それを確認しようとすればきっと姉は怒る筈だ。

 

「髪の毛伸ばしたんだ……」

「はい。女性的で困惑されると思いますが、敵を油断させる上での偽装なので」

 

 そんな設定を姉が施したのだから責任は自分で取ってほしいとペロロンチーノは思った。

 自分で色々と設定した後で自我が芽生えるとは想定外だったはず。それなのに姉は平気そうに見えるのは何故なのか。

 二千八百年も経てば考え方もいくつか変わる事もあるのかもしれない。

 

「いくら弟でもアウラとマーレはいじらせないからな」

「分かってて呼んだの? 酷い姉を持ったものだ」

「自慢の子供たちだ。折角、自我が芽生えたのだから大切にしてやりたいのさ。なにせ、親だからな」

「……姉貴がそれでいいなら、俺は何も言わないよ」

 

 そもそも粘体(スライム)だし。

 

「いや、しかし、可愛くなったものだ。アウラも少年という気がしないね」

 

 というか、胸が張り出しているように見える。

 男装の麗人というやつか。物凄くかっこいい。

 

「鷲掴みしたいな」

「いいですよ。あたしの自慢の胸をご堪能下さい」

 

 自信満々に胸を突き出すアウラ。しかし、ぶくぶく茶釜が弟に見せまいと邪魔をする。

 

「こらこら、アウラ。変態に余計な希望を持たせるんじゃない」

「アウラがいいって言ったんだから、いいじゃん」

「……あっ!? 殺すぞ、弟」

 

 凄んでも粘体(スライム)なので怖いというよりは、気持ち悪い。

 何所を向いているんだか分からない。

 

「……同士討ち(フレンドリーファイア)は解除されたままか……」

「久しぶりの弟いじりも悪くは無いな。しかし、私の創造したNPCには触れさせたくないな……」

「えー! 鬼ー、悪魔ー」

 

 そんなことを言ってもエロゲーの声優だったくせに、と小声で呟くと低い声でぶくぶく茶釜が唸りだした。

 久しぶりの反応にペロロンチーノは何故だが懐かしさを感じた。

 二千年経っても姉は姉だった、という事に素直に安心出来た。

 

 act 3 

 

 第九階層に移動し、久しぶりに食堂で食事を注文した。

 飲食不要の指輪を外せば食欲を感じる事が出来る。

 餓死することは無いかもしれないが、適度な食事は精神を和ませる。特に満腹感は大事だと思っている。

 

「ペロロンチーノ様、お帰りなさいませ」

 

 近づくメイド達が一礼していく。

 至高の四十一人に誰もが敬意を払っている証拠だ。それは時がどれほど過ぎても変わらないものかもしれない。

 

「……姉貴。……ナザリックってこんなに賑やかだったっけ?」

「宇宙での寂しい時を過ごしすぎて感覚が戻らないんじゃないか。()()()それ程変わっていないぞ。話しかける手間が省けるから」

「いやいや、いちいち挨拶を返さないと駄目なんじゃないのって話し。人間として」

「今の私らは異形種だよ」

「それでもだよ」

 

 ぶくぶく茶釜は息を吐く音を出しつつペロロンチーノの頭を撫でる。

 粘体(スライム)とはいえ粘液をつけずに行動できる。それはそういうアバターだからとしか言いようがないけれど。

 

「慣れろ、とは言わないが。その優しさは無くすんじゃないよ」

 

 二千年以上も過ごせば種族の特性に引っ張られて人間的な感情や感性を失うと思った事がある。

 弟は適度に寝ていたから、()()人間の部分が多く残っているようだ。

 

「思考力はまだあるようだが……。粘体(スライム)としてのモンスターにいずれ成り果てるかもしれない。お前は覚えていてくれるといいな」

「じゃあ、アウラの胸を……」

 

 と、続きを言う前にスパンという小気味良い音を鳴らしつつぶくぶく茶釜は弟の頭を引っ叩いた。その事に周りのメイド達が驚いたようだ。

 

「……やっぱりお前に任せると不安だわ。意地でも一人で頑張ってやるよ」

「痛て……。粘体(スライム)のアバターのクセに力が強いんだな」

粘体(スライム)なめんなよ」

 

 周りの反応はやはりペロロンチーノには慣れないものだった。

 プレイヤーのちょっとした仕草にも反応するようになっているのだから気を使ってしまう。

 気にしなかったゲーム時代とは違うのは頭では分かっている。

 メイドに触れても警告音は鳴らないし、警告文も来ない。姉の攻撃は来るかもしれないけれど。

 

「……私の見えないところでエロい事をするのは勝手だがな……」

 

 と、ぶくぶく茶釜は小声で言った。

 生物として備わっている機能の全てを否定するつもりは無い、という意味かもしれない。

 現に二千年を生きるアウラ達の様子にぶくぶく茶釜は驚いていた。

 NPCでも成長する事に。そして、マーレの変化にも驚いた。

 我慢させるのは他のNPCにも悪影響なのは思い知った。だから、適度な発散は必要な処置だと理解する事にした。

 それでもついつい弟を苛めたくなる。それは愛情だと信じたいが、ペロロンチーノ自身はどう思っているのか。

 

「あー、それからイビルアイに手を出すなよ。ギルドマスターの許可無く、あれらの解放は許さない。いいな、弟」

「許可要るの?」

「頻繁に開けるわけにいかないからな。見るだけは問題ないが……。ほどほどにな」

「うん」

 

 異形種の者に年齢は無意味な概念かもしれないが、姉は今、二千八百歳以上なのは確かだ。

 見た目には分からないが精神的には老化している部分があったりするのか、と脳裏にそんな疑問が浮かぶ。

 

「姉貴はあと少しで三千歳か……」

「そういうお前もだぞ。毎年誕生日を祝うのも面倒くさいから、他のメンバーも気にするのをやめてる」

「あらら、みんなで祝うことを無くしちゃうのかい?」

「千年ごとに祝うようにしている。あと百年ちょっとで三回目のお祝いに参加できるかもしれないぞ」

「コールドスリープなんてするもんじゃないね」

「その事については何も言わない。もう戻ってこないと思っていたし」

 

 未知の冒険に送り出した手前、何らかの事故で戻れない事も想定しなければならない。

 少なからず姉として心配はしていた。

 ゲームではないのだから。仮に死んでも復活させる気はある。

 どんなに離れていても確認する方法があるので、生存に関しては問題が無かった。

 

 

 ぶくぶく茶釜は第六階層に転移した。あまり残っていると泣きそうな気がした。粘体(スライム)だけど。

 残ったペロロンチーノはメイドを全裸にしようかな、などと思いつつもイビルアイが気になったので食事を切り上げて移動を開始した。

 現在、イビルアイはペロロンチーノの私室に安置されていた。

 もちろん、イビルアイ以外の者も居るのだが。

 メイド達に部屋の外の警護を命じておく。

 数千年ぶりの再会はあまり懐かしさは無い。それはコールドスリープによる時間経過だから、とも言える。

 実質の体感時間は十年。もっと短いかもしれないけれど。ペロロンチーノにとってはそれくらいの時間経過でしかない。

 部屋に入り、片隅に置かれていた容器にかけられていた布を剥がす。

 

「おお、懐かしきイビルアイ」

 

 全裸の女性が眠るように佇んでいた。

 容器は寝台型で特殊な魔法により、身体の時間を止めていた。なので床ずれの心配はしていない。

 容器の中には保存液と呼ばれる溶液が満たされている。念のための処置だが、長期保存する上では劣化しにくくて蒸発はほぼしない。

 金色の長い髪の毛が微動だにしていないのは魔法による効果のためだ。

 

「モザイク無しの裸体はいいですな~」

 

 と言いつつも自分は人間ではなく、鳥人(バードマン)の異形種だ。人間的なエロい事が出来るのか謎である。出来そうで出来ない気もする。

 

「二千八百年ぶり」

 

 様々な騒動の後に手に入れた女性で、手を出さない事を条件にペロロンチーノの部屋に置かれている。

 それにイビルアイは()()()女だ。ある意味では生殺し状態とも言える。

 裸を見せてくれるだけでもありがたいと思わなければならない。

 他にも容器はあるけれど。

 久しぶりの女の裸に興奮するが、手が出せないのはもどかしい。

 姉も粘体(スライム)でなければマーレに手を出そうとするものなのか、という事が浮かんだ。

 出しそうだが、異性を求める本能を制限する事は良くないと思う。

 万年童貞を貫くような紳士でもない限り。

 

「あっ、そういえば有翼人(ハルピュイア)の可愛い娘がどこかに居たはず」

 

 似た種族なら問題は無い筈だ。姉に見つからなければ、という条件が付くと思うけれど。

 今しばらくイビルアイには眠っていてもらおう。確か約束の刻限は一万年後。それまでは大切に保管しなければならなかった。

 既に三割方の時間を消費していたので一万年後はもうすぐのように思えておかしかった。

 

「未来永劫の封印はしない。それはちゃんと守るよ」

 

 そう言いながら布で覆い隠していく。

 長い時を生きる者は様々な事で思い悩む。それを解消するのは睡眠が一番の手だが睡眠できない者も居る。イビルアイのように。

 

 act 4 

 

 部屋の様子を確認した後はシャルティアを連れて『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』に向かった。

 二千八百年前には無かった空中に浮かぶ巨大な城に驚いた。

 シャルティアはペロロンチーノと共に行動していたので城の存在は知らない。

 石ではなく金属の光沢。

 西洋風の城のようだが、すごい規模に素直に驚いた。

 

「仲間に聞いてみるでありんす」

 

 ペロロンチーノは無言で頷く。

 数分のやり取りの後、城の名前は『ユグドラシル』というのが判明した。

 空中建築を(おこな)う人間はアインズ・ウール・ゴウンのメンバーには居ないが一人だけ心当たりがある。その者の設計かもしれない。

 

「……モモンガさんが無茶な要望でも出したのかな?」

「ペロロンチーノ様。城に向かうのでありんすか?」

「んー、いやいい。まずは都市部の調査だ。あまりにも長期間留守にしていたから文化とか変わっているかもしれない」

「畏まりました」

 

 機械文明が発達しているような気配は感じない。

 鳥人(バードマン)の種族スキルで飛行し、都市の近くに降り立つ。

 シャルティアには都市の情報を事前に得るように命令しておいたので、頻繁に『伝言(メッセージ)』を使っている。

 第一位階魔法だから回復も早い。

 

 『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』

 

 長い名前だが元々はギルドメンバーに名前を伝える為に付けられたのでもっとマシな名前に変更したらどうか、と打診した事はあった。結局は変更にかかる手間で否決されてしまったけれど。

 様々な種族が仲良く暮らせる国を目的に作られている。だから、一般市民は多種多様の種族でにぎわっている。

 全ての種族が居るわけではない。アインズでも危険な種族と判断したものは受け入れない。

 世界征服というバカみたいなことを実現した、後の事を全く考えていないモモンガを最初はバカにしたものだ。

 今は折角作った国を滅ぼすのは勿体ないとしてギルドメンバー総動員で管理運営を(おこな)っている。

 

「……あんまり文明レベルは変わっていないんだな」

 

 中世の西洋ファンタジーの世界は科学文明を拒否しているのか。

 一部は便利に改良されているのかもしれないけれど。

 魔法文化があり、二千年も経てばもっと活気的な文明発展を遂げていてもおかしくはない。

 例えば『オンラインゲーム』の開発とか。

 自動人形(オートマトン)達が居るのだから出来なくはない、気がする。宇宙船も作れるんだし。

 

「……異形種が歩いても違和感が無いとは……」

「至高の御方がいらっしゃるのに平伏しないとは不敬な……」

「別に構わない。彼らは大切な国民だ」

「は、はっ……」

 

 命令の仕方は中々慣れないものだが、格上の存在らしい行動は部下に示しをつける意味では必要な事かもしれない。友達というわけでもない存在だから。

 さすがに信賞必罰は得意な方ではないけれど。

 

「定番のモンスター退治とかは今もあるのか?」

 

 と、尋ねてみたがシャルティアは自分と共に長い宇宙旅行をしてきたので世界の事は殆ど知らない。

 

「あるそうです」

 

 仲間から聞いてシャルティアは答えた。

 

「二千年以上も文明を維持するのは……逆に凄いな」

 

 普通なら効率化を図り、科学が発展したりする気がするのだが、彼らは現状維持に努めていたらしい。だが、もし自分ならエロゲーを作ってほしいとか思うんだろうな、と思った。

 そもそも電気とかはどうなっているのか。

 雷系の魔法はあるし、電球も魔法が代用されている。

 便利な魔法を駆使すれば色々と出来そうな気がする。

 だが、数千年もそれらの可能性を拒否してきた。それはそれで勿体ない。

 自然環境を破壊しない、という意味では最良なのかもしれないけれど。

 ペロロンチーノは通りの真ん中で思考の海に溺れつつ何度か唸っていた。それをシャルティアは心配するのだが、決して邪魔はしなかった。

 

「……そういえば、『黄金』と名高い王女、ラナーってどうなったっけ?」

「少々お待ち下さい」

 

 仲間とのやり取りを数分で終える。

 

「頭部だけ安置されておりんす」

「頭だけ?」

「詳しくは分かりんせんが……。二千年以上も前のことでありんすので……。詳しく調査しないと……」

「う~ん。不穏な空気を感じるな。仕方ない。時間的には彼女たちは死んでいる事になっているのだから」

 

 死刑に処されるとは思っていなかった。と思ったが、本当に死刑なのか、保存の意味で頭だけになっているのか、様々な場合が考えられると気付いた。

 宇宙に出る前はまだ生きていたので元気そうだった印象が今も残っている。

 人間世界は時の流れが物凄く速いのだな、と意気消沈するペロロンチーノ。

 

 

 知り合った人間の殆どが今の時代には誰も居ない。それはとても残念なことだ。

 普通に考えれば寿命を持っているのだから当たり前だ。

 商店街に向かってみる。

 古き良き中世の古臭い雰囲気が広がっていた。

 ゲームで言えばアップデートされずに残ったデータとも言える。

 一部の人間は成長するし、人生が一年ごとにリセットされたりしない。ちゃんと恋愛し、子孫を残せる。

 これがゲームであれば不可能なことだ。

 定番の酒場に入ってみる。酒自体は飲める。毒無効のアイテムなどは持っているけれど。

 アバターなのに食事が出来る。しかも味覚があると分かった時は一通りの食事を楽しんだものだ。おまけに排泄行為もちゃんとできると言う。

 現実の身体が今頃、とんでもない事になっていると思うと知りたくないな、と思った。だが、二千年以上も過ぎたからとっくに死んでいる筈だ、普通ならば。

 派手に輝く防具をまとうペロロンチーノが店に入れば照明いらずだ。

 

「うおっ!?」

「随分と光ってんな」

 

 見た目から人相の悪そうな大人たちが昼間から入り浸っていた。

 服装は二千年以上経っても変化が無いような粗末なもの。腰に剣を下げている者も居る。

 

「物凄く懐かしい見覚えのある画面だわ」

 

 小汚い雰囲気は郷愁を誘う。

 狭い店内にたむろする人々。それはそういう風にプログラムされたNPCのようだ。

 軽い足取りでカウンターと思われる場所に向かい、椅子に座る。

 

「ペ、ペロロンチーノ様!? 汚い椅子にお座りにならなくても……」

「別に構わないさ。シャルティアはハンカチでも使いなさい」

 

 連れて来た子供に語りかける優しさで言った。

 

「は、はい……」

「オヤジ。うまい酒を一杯」

「生憎、うちは不味い酒しか無いよ」

「上等。いいから一杯」

 

 何の不満も見せずにペロロンチーノは他にもいくつかの料理も注文した。

 

「そういえば……。シャルティア、お金は持っているかな?」

「魔導国のものは全て至高の御方のものでありんすえ」

「そういうわけにはいかない。経済を回すことは大切なんだよ」

 

 少しだけ口を尖らせるシャルティアは仲間に連絡し、現地通貨を取り寄せる。

 紙幣は無く、すべて貨幣だった。

 あと、店内で『転移門(ゲート)』を使わせると色々と騒ぎになりそうだから影の悪魔(シャドウ・デーモン)を転移で呼び寄せる。

 見た目は影そのものだが決まった形というものはちゃんと存在する。

 大きな小悪魔(インプ)という感じなのだが、醜悪な生物を説明するのは意外と難しい。悪魔の像(ガーゴイル)とも言えるし。

 

「俺は武闘派だから命令するのは苦手かな」

 

 獰猛な猛禽類の手がシャルティアの頭を撫でる。

 ゲームだからと色々と設定したが、かいがいしく付き合ってくれると自分の娘のように可愛い。

 種族がアンデッドなのでエロい事は無理そうだが、彼女の住まいは素晴らしい事になっていた。もちろん、仲間からはドン引きを食らってしまったけれど。

 呪われた騎士(カースドナイト)の影響でデータ量の少ない武器は触れるとボロボロに滅びてしまう。特別なもの以外は持てない、というのは今となっては可哀想な事をしたのかもしれない。

 ゲームの枠組みから逸脱している。それに慣れなければいけない。

 それは他の仲間たちも思っている筈だ。少なくとも二千八百年も自分より考える時間があったはずだから。

 出された酒を軽く飲む。確かにこれは不味い。だが、美味いとペロロンチーノは言い、満足した。

 

 

 飲食を終えて外に出たペロロンチーノは空を見上げる。

 暗い宇宙空間しか見た事が無かった為、少しまぶしさを感じた。日の光りを受けると身体が温かくなる。側にいるシャルティアは日傘で遮断していたけれど、種族の特性で日光を苦手としているから仕方が無い。

 元の世界(地球)よりも美しい世界を自分達のギルドは制圧してしまった。

 それ自体は男のロマンとして納得はするが、今現在は思い切った事をしたんだな、と少し後悔が混じる。

 現地の人間やモンスターを凌駕する力で蹂躙すべきだったのか。

 止められなかった自分達にも責任があると思う。

 

「文明が発展していけば自然が崩壊するのは自明の理ってヤツなのかな」

 

 科学が発展すれば水質などが汚染されていく。人々は楽をして儲けようとする。そして、自然と治安が悪くなる。

 

 世界征服。

 

 暴力による世界の簒奪(さんだつ)。それ自体はモモンガこと現()()()たるアインズは(おこな)わなかったようだ。

 大義名分という縛りを自ら設けたせいもあるかもしれないが、今まで自制してきたのはいつか来るであろうギルドメンバー達の為だったのか。それとも人間の頃の残滓が止めたのか。

 いい人なのか悪の魔王なのか。

 面倒見の良いところはモモンガさんらしい、とも言える。

 野望が無ければ普通に冒険をして終わっているところだ。

 

「……シャルティア」

「はい」

「何か望むものはあるのか? あれがしたいとか、何かが欲しいとか」

「急には……。ペロロンチーノ様のお側に仕えられるだけで幸せでありんすから。至高の御方々がお隠れと聞きいんした時はとても……、寂しかったでありんす」

 

 数十年もNPC達の面倒をモモンガ一人で見ていた事を考えれば無理も無い。

 今はそれぞれのNPCは創造主たる親の元にいる。とても嬉しそうな顔は今でも思い出せる。

 感情を持つキャラクターになるとは想定外だ。

 それが例えゲームのキャラクターだとしても。そうだと分かっていても、が正確か。

 どうせなら色んなエロゲーキャラも持ち込めたらいいのに、と思わないでもない。

 

「四六時中は連れて歩けないが、出来る限り善処しよう」

 

 というか二千八百年も一緒に居た気がするけれど。

 とにかく、シャルティアはとても嬉しそうにしていた。

 本性は化け物だが、お互い異形種だからか、それほど嫌な気はしない。

 

 act 5 

 

 ある日、夜間飛行を楽しんでいると空飛ぶ巨大な(ドラゴン)を見かけた。

 白銀の鱗を持つ美しき(ドラゴン)は『白金(プラチナム)()竜王(ドラゴンロード)』の『ツァインドルクス=ヴァイシオン』という。

 不死性を持ち、最上位にして最強の(ドラゴン)の飛行は言葉にして表現するのが勿体ないと思わせるほど優雅なものだった。

 だが、()()竜王(ドラゴン・ロード)は偽物だ。

 そもそも魔導国の上空を飛行する許可は他国には与えられていない。とすれば答えは一つしかない。だが、排除するのも野暮だ。

 生物である彼らにも飛行の自由はあっていいと思う。

 ペロロンチーノは偽物の竜王(ドラゴンロード)の身体に触れる。

 抵抗らしい動きは無く、ただ飛行しているだけのようだ。

 二十メートルとも三十メートルとも言われる長くて大きな巨体を空に浮かべているのは改めて不思議ではある。

 最強種の(ドラゴン)も今は自分達の仲間だ。確かこの(ドラゴン)はどうして居るんだっけ、と小首を傾げる。

 北方方面にある『アーグランド評議国』という国に永久評議員を務める五体の竜王(ドラゴンロード)が居る。

 ペロロンチーノが顕現した時は既に偽物の竜王(ドラゴンロード)が居たのだが、二千八百年も経ってしまったせいか、色々と忘れている。

 最初に冒険したモモンガがあらかた調べ尽くしてしまったせいか、自分達の楽しみが損なわれている。だから宇宙に出たんだったかな、と昔の事を思い出す。

 

 時は無情だ。

 

 確かにそうだなと今なら実感できる。

 急にギルドに反旗を(ひるがえ)して冒険の旅を始めるのは徒労のような気がする。自分より強いメンバーが居るので味方を増やさなければならない。

 デメリットの方が大きい筈だ。姉は間違いなく敵側に行く気がする。

 

「これからどうしよう」

 

 様々な力を行使できるが将来が不安だ。そもそも大好きなエロゲーが無い。

 働かなくても困らない。けれども暇なのは嫌だ。

 適度な忙しさに飢えている気がする。

 第九階層にあるモモンガの執務室に向かう。

 

「モモンガさん」

「は、はい!?」

 

 支配者のアインズ、という呼び方はどうにも慣れない。だから、多くはモモンガと言ってしまう。

 改めてアインズというのも他人行儀で恥ずかしい。

 

「仕事が欲しいです。特にモンスター退治とかエロいこととか」

「急にそんな事を言われましても……」

 

 骸骨のアインズは今、引退の準備を整えている最中だった。

 長年の支配者プレイに一区切りを付ける意味で。

 既に偶像は出来ている。後はいつ支配者を引退するかの日程の調整や引継ぎなどが残っていた。

 

「世界征服後の世界が楽しくないです。……いや、あちこち自由に行き来出来るのは楽なんですけど……」

「……すみません」

 

 未知の冒険がしたい、という意味ではペロロンチーノ達には申し訳ない気持ちがある。殆どの世界の情報を握ってしまったから、新しい発見が見つけにくい。

 敵対プレイヤー候補も今のところは大人しく生活している。

 

「異世界に転移と分かっていたら俺も残っていたでしょう。でも、こっち(地球側)にも生活がありますからね」

「……はい。それは分かっております」

 

 ギルドメンバーにはそれぞれ自分の生活がある。ゲームを優先することなど出来るわけがない。それを責める事はギルドマスターとて出来はしない。

 

(くだん)のレイドボスとかまた戦ってみたいな~」

「そ、それはやめた方がいい。確実に死亡者を出してしまいますから」

「歯ごたえがある強者と戦ってみたいです。……雑魚モンスターばかりと戦わされるのは退屈ですよ。危機的状況に飢えているのかもしれません」

 

 さすがにギルドや国を危機に陥れることは出来ないけれど、適度な強さのモンスターとは戦ってみたい。弱いモンスターばかりではストレスが溜まる一方だ。

 かといって仲間と戦うわけにはいかない。

 

 

 モンスター退治が出来ないならエロい事を解禁してほしいと願い出てみた。もちろん無茶は承知だ。それにアインズは万年童貞野郎だ。許可など出るわけがないと分かっている。

 

「……それほどエロいことがしたいんですか?」

「したいというか、今は純粋に女の裸に飢えてます」

「どうしようもない人ですね」

 

 アインズとてペロロンチーノの性癖をある程度は知っている。童貞だが自分もエロゲーは大好きな方だ。死の支配者(オーバーロード)という種族のアバターなので色々と不都合な身体になっているだけだ、と言いたかった。恥ずかしいので言わなかったが。

 

「二千八百年も過ぎたんですよ。ゲームキャラと結婚していいですか? バンバン子作りがしたいです、モモンガ先生」

「落ち着いてください、ペロロンさん。顔が近いです」

 

 興奮が治まらない。アンデッドなどとは違い、精神の抑制が起きる者と起きない者が居るようだ。

 

「確かにゲームのアバターとはいえ永遠の童貞では可哀相ですね」

「可哀相なんです。姉貴も二千八百歳のババァなんですよ」

 

 アインズは唸る。

 異形種はある時期から不老不死の存在になるので年齢という概念はあまり意味をなさない。そして、ぶくぶく茶釜は今は年齢については気にしていない。

 元々開始年齢が何歳だったのか覚えていないからだ。

 アバターには最初に色々と設定事項があるのだが二千年も経てばどうでもよくなる。

 経過年齢によるペナルティも発生していない。

 

「急に許可は出せませんが検討させていただきたい」

「本当に検討するんですね?」

「本当です。さすがに二千年も経てば俺も色々と考え方が変わったりしますよ」

「……遅ぇ……」

「……すみません」

 

 決断の遅さは自覚している。それにペロロンチーノの言葉も理解出来る。

 愛する者を待つアルベドの気持ちとか、色々と悩んでいた時期があったから。

 万年童貞は多くの者を不幸にする。それは長年の経験で知った事だった。

 

 act 6 

 

 第九階層に行き、ペロロンチーノ専属の一般メイドを室内に入れる。

 一日一回、全体的に掃除したり調度品のチェックなどをしていく。

 ゲーム時代は気にするほども無いただのオブジェクトのような扱いだった。

 連れ出してモンスターと戦闘できるほど強くないし。

 それが今は個性を持ち、様々な表情を見せてくれる。

 身体を触ることも可能だ。

 反応はそれぞれ違うのも意外だと思った。

 

「君は眠る事が出来るんだったか?」

「一応は……」

 

 おどおどと気弱な様子を見せるメイド。

 

「手が震えているな。病気か?」

 

 人造人間(ホムンクルス)は基本的に精神作用を受けにくい。病気にも強い。あと、意外と賢いところがある。

 ペロロンチーノ付きのメイドは先ほどから寒さに震える小動物のように小刻みに震えていた。

 

「わ、私はペロロンチーノ様の役に立っているのか……、分からないもので……。その……」

「いつも掃除してくれることに満足しているよ」

 

 と、言うとメイドは少しだけ表情を和らげた。

 

「長い間、留守にしていたのに埃っぽくないし……。君が……、(メイド)達が掃除をしてくれたお陰だ」

「も……、申し訳ありませんでした!

 

 急にメイドが床にひれ伏した。その様子を見てペロロンチーノはびっくりした。

 

「ど、どうした!?」

「経年劣化の為に装飾品を自分の勝手な判断で取り替えてしまいました」

「そ、そう」

「ペロロンチーノ様の身の回りの維持に努めてまいりましたが……。私には劣化を止める事が出来ず……。真に申し訳ありませんでした」

 

 ペロロンチーノは改めて自分の部屋を見回す。

 二千年以上も経てば最初に何が飾られていたのか、普通なら覚えていない。現実には実質として十年だ。しかしながら、それほど大事なものは飾っていなかったと記憶している。

 ベッドも取り替えられている。ふかふか感は新品同然だ。

 メイドがひれ伏すのは部屋にある全ての物品はペロロンチーノの大切なもの、という認識ゆえの行動で、それを自己判断とはいえ取り替えたのは重罪だ、という罪の意識でもあるのかもしれない。

 

「罰を受けたいと……」

「両手両足の切断も覚悟の上でございます」

「……じゃあ裸になってみろ」

「畏まりました」

 

 涙目のメイドは二つ返事で服を脱ぎだした。それを慌ててペロロンチーノが止める。

 つい勢いで命令はしたが本当に脱ぎだすとは思っていなかった。

 そんな命令を素直に聞く女性は自分の記憶の中には居ない。

 

「本当に脱ぐとは……」

「ご、ご命令だったのでは?」

「ま、まあ、そうなんだけど……。命令は大事か?」

「もちろんでございます!」

 

 力いっぱいに答えるメイド。

 

「死ねと言ったら死ぬのか」

「はい!」

 

 またも力いっぱい返事をし、自らの首を捻ろうとするメイド。運がいいのか、自害するだけの筋力が足りなかったようだ。

 

「こらこら、死のうとするな」

「……申し訳……ありませ~ん」

 

 滂沱(ぼうだ)の涙を流して謝罪する。

 女の子を泣かすことになるとは思わなかった。

 これがゲーム時代ならあり得ない事だ。ゲームキャラが泣こうが実際はどうでもいいことだ。むしろ死んだところで悲しみなど生まれない。

 

 自我を得た今は様子が変わっている。

 

 ペロロンチーノは泣いているメイドの涙を(ぬぐ)う。

 ゲームキャラクターだろうと自我があるキャラクターだ。慰めてやらなければ男が(すた)る。

 涙を(ぬぐ)いながら呆れる。

 自分は何をしているのか、と。

 種族を抜きにすればとても可愛いメイド達。命令ひとつで裸に出来る。

 ペロロンチーノにとっては素晴らしい展開が山盛りなのだが、ゲームのようにはいかないようだ。

 場合によればキスし放題だ。だが、やはり自分が異形のアバターということが引っかかってしまう。

 人間の姿であればどんなにいいか。

 肌の感触や食欲に味覚などは人間と同様に感じる事が出来る。自慰行為ですら快感も人並みにある事は確認済みだし、戦闘メイドの『ナーベラル・ガンマ』と『ルプスレギナ・ベータ』にも人並みの感覚があると聞いている。

 人並みというか生物として備わっている子孫を残そうとする意思のようなもの。

 端的に言えば『発情期』に類するものだ。

 特に二重の影(ドッペルゲンガー)であるナーベラルは下腹部が()()()()してきて気持ち悪いという。

 NPC達にも激しい血流の流れが起きている。

 マーレも聞いたところによれば()()()()()()()の現象が起きるとか。

 実際にぶくぶく茶釜が確認したと言っているのだから間違いない、かもしれない。

 というか、桃色の肉棒が何をしているんだか。

 

「……調度品で残すべきものは今のところ無いから、君の判断で処理してもかまわない」

 

 ここが自分本来(人間)の部屋ならば処分されては困る様々なポスターとか飾っているかもしれない。それを勝手に処分されたらさすがに本当に怒る自信がある。だが、二千八百年も経てば色落ちや経年劣化で色々と壊れてしまうかもしれない。そう思うと処分はやはり妥当だったと言わざるを得ない。

 

「留守の期間が長すぎた俺の責任もある。いつも綺麗にしてくれてありがとう」

「……勿体なきお言葉……。恐悦至極に……存じます……」

 

 神と崇める至高の存在からのお礼は何よりの宝のようだ。

 それはそれで、こそばゆいのだが仕方が無い。

 アウラがそうであるようにNPCの女性全てに頼みごとをすれば、ほぼ断られる事はない気がする。もちろん守護者統括『アルベド』のように別の創造主が居る者などは例外かもしれない。

 裸になって、と言ったら『タブラ・スマラグディナ』に殺されるかもしれない。

 せいぜい腰から生えている黒い翼は触らせてくれると思う。

 シャルティアが居る手前、浮気はいけないけれど。

 

 

 物は試しと第十階層の『玉座の間』でNPCの管理データをチェックしているアルベドに頼んでみた。

 左右の側頭部から牛の角のようなものが生えていて、大きな瞳は縦割れの金色。

 白人系の顔立ちに長い黒髪は少し雑目だった。

 胸元は蜘蛛の巣のような金色の装飾品がかけられており、純白のドレスをまとっている。足元は素足にヒールの高いサンダル。長いスカートによって滅多に彼女のおみ足は拝めない。

 胸は大きく張り出し、スカートにはスリットが入っていて白っぽい素肌の太腿が見え隠れしている。一見すると下着を履いていないかのように錯覚してしまう。

 

「腰の翼……ですか? ええ、構いませんが……」

 

 どうして触るのか、目的が全く理解できないアルベド。

 ペロロンチーノはアルベドの腰の辺りから生えている下半身を覆うほど大きな翼に触れた。

 女淫魔(サキュバス)という種族が持つ特徴だが、じっくりと触れることはゲームではほぼ出来なかった。

 今は好き放題に触れるし、感触もある。

 

「……もし、切り取って飾りたいと言ったらくれるかい?」

「えっ!? せ、切断なさるのですか!?」

 

 突飛な質問に困惑するアルベド。

 自慢の翼を急に切り落とすのは抵抗を感じるようだ。

 当たり前だが、無茶な質問だ。質問というよりはお願いだ。

 治癒魔法で再生するとしても即決で了解できるわけが無い。ペロロンチーノ自身も背中の翼や去勢できるかと言われれば無理と即答する自信はある。

 目玉が欲しいと言われてすぐに抉り出せるわけがない。

 大半のNPCは抵抗した。一般メイドも泣きながら抵抗を感じていたくらいだ。

 

「至高の御方のお望みならば……」

「聞いてみただけだよ。便利な魔法で治せはするけれど、痛いのは嫌だよね」

「そうであっても……」

「無理は良くない。悪かったね、アルベド」

 

 命令を遂行できないNPCに存在価値は無い。

 ペロロンチーノはそんな言葉を思い出した。それは誰の言葉だったか。

 

「いえ、守護者統括としての矜持がございます」

 

 そう言いながら虚空からブロードソードを取り出した。

 この剣はただの武器ではない、と聞いた覚えがある。それが何だったのか、すぐには思い出せないが切れ味がとても良い筈だった。

 

「アルベド? 無理に実行しなくていい。ただの質問だぞ?」

「命令を遂行出来ないNPCでは組織運営に障ります。軽い冗談だと言われるかも知れませんが、我々は至高の御方によって生み出され、生きる事を許されたNPCでございます。要望一つこなせないNPCは存在価値がございません」

 

 軽い命令一つでもNPCにとっては一大事だ、と言ったのはアインズことモモンガだった。

 NPCに通じる軽い言葉はもちろん存在する。だが、頼みや要望のたぐいは言葉を慎重に選ばなければならない。

 彼らは至高の存在を失う悲しみを知っているから。

 アルベドはペロロンチーノが存在してくれるのならば自らが傷つくこともいとわない。それがナザリック地下大墳墓守護者統括アルベドの矜持だからだ。

 黒い翼を掴み、容赦なく切り離される自分の翼。一度の動作で二つの翼は血を撒き散らしながら床に落ち、しばらく微動した。

 反撃スキルはもちろん解除している。

 腰から血を噴き出しつつニコリと微笑むアルベドは床に落ちた翼をペロロンチーノの前に差し出した。

 

「『保存(プリザーベイション)』や『仮初めの停滞(テンポラル・ステイシス)』をお使い頂ければ永久(とわ)のご観賞が出来ますわ。このような部位は大元の肉体に治癒魔法を掛けると消滅してしまいます。なので保存(プリザーベイション)などの魔法を部位に掛ける必要がございます」

「……この翼は消えるのか?」

「はい。推測では万能の魔法の加護を与える事でデータ消失を免れていると考えられております。料理が安易に消滅しないように……。一手間かけなければ無駄にケガをするだけでございます」

 

 床に血を垂らしつつ痛みに耐えて微笑みを崩さないアルベドは説明を続けた。

 本来、NPCの肉体はデータで出来ている。何もしなければ召喚物と同じく消滅する部分があるのかもしれない。

 

「ちなみに原住民も同様なので同じ方法を取らなければ何も保存は出来ません」

 

 だから、腰から血を流しても落とした部位にまず魔法をかけない限り、治癒は拒むとアルベドは言った。

 低位の保存でも存在を維持する。そもそも治癒で部位が消えるのは何故なのか。しかも、それは現地の人間やモンスターでも同じ現象が起きるという。

 ペロロンチーノの脳裏に『質量保存の法則』という言葉が浮かんだ。

 ものの絶対量を維持する為に余計な物体を消しているのではないのか。そして、それを覆すと色々と危険かもしれない、という予感がする。だが、それを素直に信じる事はできない。なぜならば、生物は子孫を増やすものだから、そもそも論で言えば矛盾が生じてしまう。あと、大量生産できない事になってしまう。

 色々と考えても即座に答えは出せない。

 魔法は万能であるがゆえに常識外れの現象を引き起こす。今はそれだけしか分からないし、言えないと思う。

 

「部位に関しては今の説明ですが……。物体に治癒魔法は効果がありませんので」

 

 割れた皿に治癒魔法をかけても直らない。実際には治癒魔法ではないのだが直す魔法には覚えがある。それならば可能では無いのか。

 

「……機械のシズはどうなんだ?」

 

 血まみれのまま質問攻めにしているがアルベドは簡単には死なない。

 並みの存在ではないから。

 

「不思議な事に治癒魔法が通じるようです。NPCだから、と今は推測されております」

 

 一部の種族は専用の治癒方法が必要だ。それは知っている。

 自動人形(オートマトン)に治癒魔法が通じるのは凄い事ではないのか。

 いや、そもそも色々と実験されてきたのだなと気付き、驚いた。

 シズの場合は人間的な姿の内は通じるようで、部位は機械部品として扱われ、小さいものは復活しないらしい。

 ネジに魔法をかけても無駄。ある程度の塊でなければ効果が現れない。

 聞けば聞くほど感心させられてしまう。

 

「……お前たちはバカだ」

「はい」

「至高の存在のためなら腕も落とせるのか……」

「もちろんでございますわ」

 

 使い慣れた刃物の如くアルベドはいとも簡単に自分の左腕を肩口から切り飛ばした。

 ボトっという生々しい音が聞こえる。

 落ちた腕。本来なら気持ち悪い事この上ないし、見ているだけで吐き気を催すか、目をそらしているところだ。だが、今の自分は異形種のアバターだ。不思議と平気で見ていられた。

 切り落とされた女性の腕を拾い上げて思った。

 

 美しい腕だ。

 

 それは素直な感想だ。

 だから、もう片方も欲しくなる。

 震える右腕でペロロンチーノに武器を渡そうとするが弓兵(アーチャー)が得意な彼に剣は上手に扱える自信が無い。装備できない事はないけれど。

 アルベドは息を呑んだ。そして、それはペロロンチーノも確認した。

 平気であるわけが無い。とても痛くて泣き叫びたい気持ちに必至で耐えている。

 そんな彼女は唇をかみ締めて右腕で右腕を切り落とす。

 剣を脇に挟んで勢いをつけて跳ね上げるだけだ。失敗すれば半分ほど切り込んだところで腕が動かなくなる。

 例え失敗しても床に腕を置いて足で踏みつけて引き千切ればいいだけだ。

 そうして二本とも切り落とした腕を崇拝する至高の存在に献上する。

 

「……本当にバカだよ……」

「はい」

 

 微笑む彼女を殴り飛ばしたかったが、無茶な命令をした自分が一番悪いのだから仕方が無い。

 『伝言(メッセージ)』にて保存と治癒担当のシモベを呼びつける。

 折角貰った翼と腕。それらの保存も依頼する。

 

「最後に首も、と言われたら、やはり首を落すのか?」

 

 ペロロンチーノはあえて言った。

 

「はい。私の身体がお役に立つのであれば命など惜しくはありませんわ」

 

 迷いの無い黄金の瞳。

 首の代わりに貰って行こう。

 

「喜んで」

 

 と、満面の笑みのアルベド。

 

 

 得るものを携えて第九階層の自室に向かう。途中で『脳食い(ブレイン・イーター)』の仲間であるタブラ・スマラグディナと出会う。

 白い病的な肌の烏賊(イカ)が無数の拘束具で身体を支えているような姿をしている。

 頭部から何本か触腕が生えているが、それらを全て制御しているのかは本人にしか分からない。

 

「……俺は謝らないからな」

 

 怒りを込めた調子でペロロンチーノは言った。その手に持つ腕などを隠さずに。

 

「……さすがに命までは勘弁願うぞ」

「うるせー、バカ」

 

 去り行くペロロンチーノは少し涙をこぼしていたようにタブラには見えたかもしれない。だから、というわけではないが引き止めはしなかった。

 NPCの扱いはタブラもペロロンチーノが居ない時に色々と知って驚いた。

 だから、彼の気持ちは分からなくは無い。

 自分の部屋にもアルベドの身体の一部が飾られているのだから。いや、正確にはアルベドだけではない。

 他のメンバーも色々と思う事があり、小さなものから大きいものまで部屋に飾っている。

 これは言わば通過点というものだ。

 自分達が何者なのかを再確認する上で。

 異形種なので部位くらいでは動じない一般メイド達。必要な魔法や機材を用意してペロロンチーノはアルベドの翼や腕などを飾っていく。

 要らなくなったら捨てればいい。ここからアルベドが再生するわけではないのだから。

 明日になれば五体満足なアルベドの姿が拝める筈だ。ここは万能な魔法に感謝するしかない。

 万能ゆえに危険な実験が出来てしまう。

 自分のNPCはアンデッドだ。シャルティアの腕を落せばどうなるのか。

 ケガは高速治癒で治るし、負のエネルギーで治癒魔法のように回復できる。

 例えば信仰系の第六位階魔法『致死(リーサル)』などで。

 

「完全に切り離されたとしても時間はかかりんすが、腕の完全再生は出来ると思いんす」

「安易に切るなよ。これはあくまで質問なんだからな」

「はいでありんす。そう簡単にペロロンチーノ様から頂いた身体を粗末になど致しんせん」

 

 自分のNPCが何故か、とても心強く感じる。

 

首無し騎士(デュラハン)のユリはどうなるんだ?」

「あー、あれは治癒魔法でも首は繋がりんせんそうで。繋がったら首無し騎士(デュラハン)という種族ではなくなりんすから。……想像の域でありんすが……」

 

 首有り騎士。それはただの騎士だ。いや、ただの動死体(ゾンビ)とも言えるな。

 それはそれで面白くない気がする。考え方は面白いけれど。

 一応、確認の為に戦闘メイド『ユリ・アルファ』を呼びつけた。

 黒い髪を夜会巻きという髪型にまとめ、レンズの入っていないメガネをかけている。

 両手には棘突きの凶悪なガントレットを装備しているが普段から身につけているのが謎だった。

 首に装着しているチョーカーというリボンのようなものを取ってもらった。

 自分の頭部をいとも容易く引き抜く、というか単純に外れた、という方が正確か。さすがに『スポン』という間抜けな音は鳴らなかった。

 胴体の首の切断面から青い炎が揺らめいていたがユリの裁量で消す事ができる。消したら滅びるという事は無い。もしそうだったなら息を吹きかけるだけで首無し騎士(デュラハン)が簡単に滅びてしまう。そんなバカなモンスターではない。

 もし、そんなモンスターが居れば作った奴はとんでもないバカ野郎だ。

 離れた首を床に置くユリ。事前に敷物は敷いておいた。

 

「これでよろしいでしょうか、ペロロンチーノ様」

 

 と、首だけの状態でも普通に会話できるところは凄いと思う。

 喉が断ち切れているので普通なら無理なはずだ。

 

「……うん」

 

 首より巨乳が気になる。あと、足元まで長いスカートの中身とか。

 確か生脚でヒールを履いていたはずだ。それが見えないのがエロ心をくすぐる、とか色々と想像していた。

 

「床では可哀相だから……。テーブルに置こうか」

 

 シャルティアは手ごろなテーブルをシモベの吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達に運ばせた。

 ユリの頭部を移し終わり、改めて身体を眺める。

 首の切断面は細部まで再現された気色悪いものだった。

 細かな血管の切断面と丸く開いた食道が見える。それらは微妙に動いていた。

 ゲーム時代はここまで忠実に再現されたものではなく、多少のデフォルメ処理が入っていたはずだ。

 他のNPCもそうだがモザイク処理がされなくなった事と生物と遜色のない質感と反応など。それらに色々と驚かせてもらった。

 

「アンデッドなのは分かっているけど……。ここまで忠実に再現されているんだね」

 

 痛みに強いアンデッドで触られても特に問題は無いそうだ。

 

「痛みは無いんだ、この切断面」

「そのようです。多少の水が入っても寝転がっていれば水抜きが出来ます」

 

 無理な場合は粘体(スライム)系で吸い出すらしい。

 今回はあまりいじり過ぎると『やまいこ』に殴り飛ばされるから研究目的のみに留めた。

 下手をすれば数時間ほど説教を食らうかもしれない。

 

「胸は触ってもいいのかな?」

「はぁ……、それは別に構いませんが……。母乳などは出ませんよ」

 

 アンデッドだから腐っている、気がする。むしろチーズとかになっているかもしれない。

 

「そういうのは種族が違うから平気なのか? それとも何か別の理由があるとか?」

「特に思う事はございません。至高の御方が望むのであれば我々はいついかなる場合でも身体を差し出す覚悟がございます。……という答えではご不満でしょうか?」

 

 素晴らしい。と大声で叫びたくなったが我慢した。

 命令遵守の部分も気になるけれど、NPC達はなんて献身的なんだと泣けてくる。アルベドの時と違い、嬉し涙だ。

 

「それはシャルティアもかい?」

「損壊だけは勘弁してほしいところでございます。アンデッドは核となる部分にダメージを受けると滅びる可能性があるので。もちろん、それは粘体(スライム)系にも言えることでありんす」

「なるほど。……確かに一部のアンデッドや召喚物は滅びる可能性がある。ならシャルティア」

「はい?」

「俺がお前の首をポキリと折るとしよう。それで滅びるか?」

「骨折ダメージであれば滅びないと思います。治癒に時間がかかると思いんす」

「では、そのダメージが肉体限界だった場合はどうだ?」

「同じ動作で大ダメージ……というのが全く想像できません」

 

 大きな攻撃の中には同じ動作でダメージ量が違う場合もある。

 レベル1が小鬼(ゴブリン)という低位モンスターを切りつけるダメージと至高の存在が同じ方法で同じ攻撃をした場合のダメージ量は違う。

 後者であれば一瞬でミンチになる気がする。

 数値のダメージである限り、そういうおかしな現象も想定しなければならない。

 

「ユリの場合はどうなる。首を破壊したらちゃんと復活するのか?」

「……たぶん復活はしません。身体にアンデッドの回復魔法を掛けても首は再生成されないと思います」

 

 元々が首無しだから、首が生えてくること事態、ありえない。

 突飛な質問だが奥が深そうな気がした。

 種族にとって色々と事情が違う筈だ。

 

 

 首が外れた状態でもユリの胴体は動く。これは精神的な繋がりがある為らしい。

 魔法でモンスターを召喚した時、術者とのリンクが出来る事に似ていると言われている。

 それでも首と胴体のどこかにある核を破壊されると滅びてしまう。

 

「つまり核さえ無事なら復活できる可能性があるんだな」

 

 頭部はどの程度の損壊ならば滅びるのか、という実験はさすがにできない。

 胴体は心臓より下の部分の損壊くらいならば平気らしい。

 

「そう……なりますね」

 

 だからといって切り刻むのは可哀想だ。やまいこが許すとは思えない。

 首だけ持ち帰ってエロい事をするわけにもいかない。

 胴体だけ持ち帰っても接触の感覚は首にも伝わっているというので隠れてエロい事は不可能。

 頭部を股間に挟み込むのも可哀相だし。

 

「そういえば、長時間頭が戻らないと具合が悪くなる事はあるのか?」

「それは無いと思います。双方無事ならどれだけ離れていても……。星との距離になると自信がありませんが……」

 

 ペロロンチーノはユリの頭部を元の位置に戻した。

 

「色々と興味深いな。激しい運動すると首が取れたりしないものか?」

「想定外の衝撃でも受けない限りは精神的な繋がりにより、逆立ちしても離れることはありません」

 

 知れば知るほどモンスターに興味が湧く。それは自分の知る()()も興味を持つ筈だ。むしろ、色々と自分たちよりも研究するかもしれない。

 

 act 7 

 

 翼と腕と眼球。

 何の処置もせずに置いておくといずれは腐ってしまうかもしれないし、腐敗臭が部屋にこもってしまう。

 そろそろアルベドが復活している頃だと思われる。それでも部位は未だに健在だ。つまり仮説が実証された。

 魔法の加護は無機質にも及ぶらしい。ならば、その魔法を今、解呪するとどうなるのか。フッと突然に消えるのか。

 適切な保存方法を巨大図書室(アッシュールバニパル)の司書長達から教えてもらう。

 知恵者の意見は有用だ。

 ただ、イビルアイ達を保存した妙技はペロロンチーノの仕業ではない。

 世の中にはもっとすごい手法を編み出した()()()()が居る。

 上には上が居るものだ。だからこそ、かもしれない。

 NPC達が意外と平気でいるのは。

 おぞましい手法なのに慣れた感じ、というのは少し気持ち悪い。というよりは自分がものを知らないだけだ。

 タブラに聞いたところ()()()()()から自分も学んで驚いたといっていた。

 それはアインズが厳重に管理していて複写版、それもごく一部しか閲覧できない代物となっている。

 あまりにも危険な方法などの様々な事柄が書かれた書類だという事は聞いた。

 

「……まあいいや。俺も負けずに自分の力で見つければいいだけだ」

 

 アルベドの腕を撫で付けながらどう飾ろうか悩んでいると姉がやってきた。

 今さらだし、隠し通せるものではないので部屋に入れた。

 開口一番に殴られるかと思っていたが、ため息のような音を聞かせてきた。

 

「さすがは()()なだけはあるな」

「何のことだい?」

「なんでもない。腕なんてもぎ取ってどうする気なんだ?」

「どうしよう。いい飾りつけの方法があれば教えてほしいものだよ。美女の美しい腕だよ」

 

 と、粘体(スライム)に見せる鳥人(バードマン)

 

「アルベドの腕を壁に釘で打ちつける真似は可哀相だし、棚とか作ればいいんじゃないか。『仮初めの停滞(テンポラル・ステイシス)』はコストがかかるけど、野ざらしにも耐えられるらしいよ」

 

 埃をかぶってしまうのが難点だとぶくぶく茶釜はアインズから聞いていた。

 

「それから、アンデッドはバラさない方がいいらしい。独りでに動くかもしれないから」

「なるほど。……っていうか姉貴も色々と知ってるんだ」

「ま、まあ、それなりに」

「つまりマーレの何かが……」

「……弟。去勢してほしいなら素直に言ってくれ。治癒魔法で数百回は練習できるぞ」

 

 股間を押さえて縮こまるペロロンチーノ。

 姉の言葉は高位モンスターよりも恐ろしい。

 

「自害せよ、とでも言わない限りはNPC達は従順に言う事を聞く。だが、何事もやり過ぎはよくない。それが弟のアバターの特性であってもだ」

「姉貴も何か精神が引っ張られるような事があったのか?」

「三千年近くも活動してきたんだ。色々とあったさ」

 

 魔法がいかに万能で便利なものであるか、などを。

 ぶくぶく茶釜も驚きの連続だった。

 

「この状態で魔法を解除するとどうなるんだ? 消えるの?」

「確か……、本体が復活すれば問題は無かったはずだ」

 

 そうでなければ大量の『複製(クローン)』は作れない。

 にわかには信じられなかったぶくぶく茶釜は知ってはいけない真実のようなものを見せられて大層、驚いた。

 部位程度で驚いている場合ではない。

 それは数千年経った今も恐ろしくて説明したくない事だったが、弟も自分達と同じ道を歩もうとしている。だが、それは阻めるものではない。

 時が過ぎればいずれは通る事になる。拒否してきた自分がそうだったように。

 

 

 最初に見せられたのはアウラの眼球とたくさんの耳が入った容器だった。

 再生魔法の妙技に嫌悪感と殺意を覚えたものだ。

 アウラ達は役に立つのであれば耳くらい切り落とす、と本人から聞いた時は粘体(スライム)の身であるけれど血の気が引く感覚を覚えたものだ。

 

「一つだけ約束しろ。二つに増えるかもしれないが……」

「うん……」

「NPCを気軽に殺すなよ。治癒魔法を使える奴を配置しておけ。いいな?」

 

 それは命令ではあるけれどぶくぶく茶釜として、実の姉としてのお願いだった。

 だから優しく言った。

 

「命令不履行は重罪。NPC達は()()()()()()で生きている。それを忘れないでくれ」

「……姉貴も色々と体験してきたんだな」

「もうババァだからな」

「死なせないように充分気をつけるよ」

「……モモンガさんの手前、エロい事は出来るだけ控えろ。せいぜい胸揉みだけにしておけ。キスとか全裸は……、後が怖い」

「あの童貞め。じゃあ外部の女ならいいの?」

「んっ? ま、まあ、遥か遠い国ならテメーの責任でな」

 

 エロい事に頭使いやがって、と低い声色で呟く桃色の粘体(スライム)

 長い時を過ごしてまだ元気に振舞えるようならしばらくは安心だ。

 一人ではないし、仲間も居る。だから、苦難を乗り越えられそうな気がする。

 

「一般メイドは傷つけるなよ。とても弱いんだから。足がもげただけで死ぬぞ、きっと」

「案外、生き延びそうだけどね」

 

 姉の口ぶりではメイドをバラバラにした奴が居るようだ。

 自分の知らないところでおぞましい実験が(おこな)われていたのかもしれない。

 ギルドマスターが知らないはずが無い。NPCの管理データも見られるのだから。

 隠れてこそこそ出来るとも思えない。

 

 act 8 

 

 アドバイス通り、治癒担当のシモベを用意した。

 今回狙うのはペストーニャ。

 

「私の身体が目当てなのですか、わん」

 

 二つにかち割られた犬の頭部を縫い合わせた頭だが首から下は人間。尻尾のあるメイド長の『ペストーニャ・ショートケーキ・ワンコ』は一般メイドと同じく人造人間(ホムンクルス)という種族だ。だが、それだけではない。

 高位の神官(プリースト)で回復魔法を嗜んでいる。

 

「そういうわけじゃないけれど……。治癒魔法は高位のものか?」

「はい、わん」

 

 シャルティアも独特の喋り方をするがペストーニャは語尾に『わん』と付ける設定だ。

 

「……たぶん、何をするのか知っているような気がするけれど協力してほしい」

「お時間の空いている間ですが……。それでも構いませんでしょうか? ……わん」

「うん」

 

 ペストーニャは一般メイド達の指導と外部の者達の指導も(おこな)っている。

 比較的、忙しい存在だ。興味本位で連れ回せるほどの余裕は無いようだ。

 アルベドも忙しいのだが、つい勢いでやっちまった。

 そういえば一部の魔法はコストがかかるんだったとペロロンチーノは思い出す。だからこそ無駄に乱用は出来ない。

 ギルドの保有する資金はとても豊富だ。それを下らない事で消費する事はアインズが許さない筈だ。

 

 

 治癒要員を確保したもののペストーニャをいきなりバラバラにする予定は()()なかった。

 意外とあっさり協力してくれるのが意外だと思うし、怖いとも言える。

 自我を得てから彼ら(ナザリック勢)は何を体験してきたのか。

 

「それは極秘事項に指定されていることか?」

 

 漠然とした言い方だったので正確に言い直した。

 身体をバラバラにして再生する実験などを(おこな)ってきたのか、と。

 

「我々は治癒担当ですので、武器を持って(おこな)った事はありません、わん」

「……ペスなら出来そうな気がするけどな」

 

 高位の神官だし、多少の武器は扱える気がした。

 

「いえいえ。興味本位で人体をバラバラにするのは得意ではありません」

 

 バラバラにされた人間を丸齧りにするのは大好きですが、と呟いた。

 一部の異形種は人間種を食材とする。それは何度か聞いていたので知っていた。

 そういう文化があることも学んだ。もちろん、外の世界の亜人種の国では一般的なので止める権利は本来は無い。

 そもそも人間種だけを優遇する事はできない。ここは自分達が住んでいた『地球』ではないから。

 

「もしや、ペロロンチーノ様は人体の解体に否定的なお考えをお持ちなのですか?」

「……もう手遅れかな」

 

 アルベドを解体してしまったから。

 悪のロールプレイを主とするギルドでもあるし。今さら善人ぶっても手遅れだ。

 

「メンバーそれぞれの考え方は違うからね。否定も居れば肯定も居る。だからといってペスにどちらかの派閥に入れ、とか言わないぞ」

「はぁ……。分かりました、わん」

「実験する時、死なないように治癒の仕事を(おこな)ってほしい。それも万全の体制でって話しだよ」

「畏まりました。一人では心許ないでしょう。……ですが、解体は簡単ではないようです。ただ単に武器を奮うだけでは痛いだけと聞いております」

「だろうね。俺はその辺りが分からない。するかどうかは別として知識として知りたい」

「……ただ……、申し上げにくいのですが……」

 

 両手を合わせて胸元に当てるペストーニャは何か心配事でもあるような態度を見せる。

 

「アインズ様はその……、人体の解体に否定的なお方でして……。詳細は最重要機密指定にされております。たとえ自力で解明されましても……、私共にも協力の限界がございます。それがたとえ至高の御方であられるペロロンチーノ様であっても」

「……機密指定? モモンガさん、そこまでヤバイネタを教えられたのか……」

 

 人体解体の詳細を機密指定にする、という事は相当ヤバイ、としか言えないが、何を知ったのか。

 これは勝手に行動すると他のメンバーからも吊るし上げを食らうかもしれない。下手をすれば監禁もあるかも、とペロロンチーノは背筋に悪寒を感じた。

 

 

 ペストーニャには協力できる範囲で付き合ってもらう事で話しをまとめた。その後でペロロンチーノはギルドマスターに会いに行った。

 第九階層のアインズの私室に。

 扉の前には複数のシモベと不可視化した『八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)』が数匹、天井に配置されている。

 扉を守るのは強固な外皮を持つ昆虫型モンスターだ。殆ど外敵は来ないけれど、それなりに強い部類のシモベだ。

 八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)はその名の通り八本の腕を持つ蜘蛛に似たモンスターで忍者装束をまとっている。

 それぞれの腕は刃物状になっていて敵を切り刻む。レベルは中位程度だが監視には役に立つ傭兵召喚モンスターだ。

 全部で十五体居るのだが貧乏性なギルドマスターは一体たりとも失いたくないとして今も大事にしている。これはユグドラシル時代から使っているので、かなり愛着のあるモンスターとなっている。

 ペロロンチーノが扉をノックすると中で待機している『アインズ付きメイド』と呼ばれる一般メイドが取り次ぎをする。

 支配者として君臨してから利用しているシステムで今もメイド達に仕事を与える意味で使っている。ただ、やり取りが少し面倒くさいのが難点だ。それはアインズや他のギルドメンバーも同意見のようだ。

 数分の沈黙の後で入室が許可された。

 至高の存在とはいえナザリックの最高支配者は今もアインズで、自分達は二番目以降になっている。

 気軽に面会できるのは執務室の外くらいかもしれない。それほどこの部屋には重要なものがあるので仕方が無い。

 

「『伝言(メッセージ)』をくれればいいのに」

 

 と、執務室に入ってすぐにアインズは言った。

 

「折角の手続きは使わないとね。メイド達も仕事をしているって気分にはならないでしょうから」

 

 ペロロンチーノはメイドが用意した椅子に座る。

 彼女たちはそれだけで喜ぶ。

 飲食できるペロロンチーノに飲み物を提供する。これはアンデッドや飲食不要の至高の存在には出来ないことなので貴重な仕事だった。

 メイドは一礼して部屋を出る。

 アインズの部屋は複数有り、メイド達は控え室で次の命令を待つ。

 

「……それで何か話しがあるんですか? もしかしてアルベドのこととか?」

「それもありますが……。あ~、まず言っておきます。俺は謝らない」

 

 はっきりとペロロンチーノは言い切った。

 それも怒りを込めて。

 

「命令遵守にも程度があるだろう!」

 

 執務室は基本的に完全防音。外部からの探知と感知の防衛は何重にも張り巡らされている。

 だから、扉の外に居るメイドには中の様子はうかがい知る事が出来ない。

 

「取り消しが出来ないっておかしいだろう!」

 

 今まで溜めた不満を爆発させるペロロンチーノ。それに対してアインズは黙って聞き入った。

 

「血だらけなのにニッコリと微笑むんだよ。たかがゲームのキャラなのにっ!」

 

 机を叩こうとした時、アインズがペロロンチーノの手を止めた。

 

「今は机も普通に壊れます」

「……すみません」

 

 つい条件反射的に謝ったがカウントには入れない。

 ゲーム時代は壊れるオブジェクト(物体)と絶対に壊れないオブジェクトがあった。

 洞窟などはどんな魔法だろうと吹き飛ばせなかった。例外はあるけれど。

 今はどこでも破壊の意志があれば壊せる、可能性が高くなっている。

 ゲームの世界ではない、という事なのかもしれない。

 ナザリック地下大墳墓のオブジェクトが世界と同調している、とでもいうような感じだがアインズはそれをうまく説明できない。

 

「ペロロンさんは怒る人なんですね」

「そのようです」

「俺も最初は怒りましたよ。それは今もですが……。命令遵守はNPCにとって生きる証のようなものらしいです。我々が創造した子供たちは親たる至高の四十一人に見捨てられるのが怖いんだそうです。だから、身体を傷つけることも平然としています。もちろん、多少は抵抗を感じるそうですけど」

 

 落ち着いた口調でアインズは言った。

 様々な場面を見たり、聞いたりした経験があるからこそ落ち着いて話せるのかもしれない。

 

「……それは一種の呪いのようなものと誰かが言ってました。至高の存在の役に立つ為ならば全力で命令を遂行する……。それがNPCです」

「つまりギルドマスターの命令ではない、と?」

「ギルドマスターも驚いているんですから、世話ないですよ」

「……モモンガさんは俺たちよりも長く一人で頑張ってきたんでしたよね」

 

 NPCに囲まれているとはいえアバター一人で孤独な戦いを繰り返してきた。それは一種の人形遊びと変わらない。

 もし自分なら、NPCを見捨てられる自信が無い。

 

「あっ、また俺……。モモンガって」

「いいですよ、モモンガで。そろそろ支配者も引退しようか迷っていましたし」

 

 『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』を建国してもうすぐ三千年になる。

 そろそろ支配者として君臨して命令を下すのは止め時かもしれない。

 潮時はどんな事にも起こりうるものだ。

 次代に引き継いで見守る事も悪くはない。

 

「一部では俺達、神になってますからね」

「そうなんですか。ちょっとした宇宙旅行が裏目に出ちゃったな……」

「NPCの行動原理は今さら覆せない。彼らは設定以上のものを手に入れたらしいので」

 

 それは殺害してもリセット出来ない『個性』や『自意識』というものだ。

 世界級(ワールド)アイテムでも使わない限り、設定変更は無理ではないかとアインズは予想している。だが、NPC達の命令変更のためだけにアイテムを使用するのは安直な気がする。

 折角自らの意思を手に入れた彼らから取り上げるのは抵抗がある。

 

「俺が引退したらエロい事も好きなだけやってください。ですが、守ってほしい事があります」

「童貞がエロい事を許可するとは……。明日は世界が滅びそうですね」

 

 世間ではそれを『死亡フラグ』と呼ぶ。

 

「いやいや、真面目な話しですよ。不必要に(しゅ)を増やさないで頂きたい」

「はっ? なんで? 人口増加は駄目なんですか?」

「無秩序な増加は駄目です。世界がつぶれます。手に負える種族以外は手出しすべきではありません」

「……それは機密事項とかに書いてあるんですか?」

「はい」

 

 アインズは隠さずに即答する。普段なら言葉を濁すところだ。

 真面目に答えたアインズが言う事だから少し信じるに足るような気がしてきた。

 

「多くの仲間にも伝えましたが、色々と……、ヤバイんですよ。不死たる我々が長く存在している事も……」

 

 ゲームの世界では不死でも永遠に存在し続けられる事は無い。

 運営が終了と言えば全てが消える。だが、自分達はその制限を突破している。そして、数千年も存在を維持している。普通なら不可能だ。

 長命の森妖精(エルフ)でも1000歳が限界だと言われているのだから。

 

「増えたものは減らせばいい。普通はそう言いそうですが……」

「部位などは処分するのが妥当です。無限に増やさない為に必要数だけ確保する。それが比較的、健全なようです」

ああいう部位(アルベドの腕)って処分できるんですか?」

「『エクスチェンジ・ボックス(シュレッダー)』で簡単に処分できます。……生きたままはさすがに怖いので試してませんけど……。処置をした部位でも処分できるのは確認済みです」

「……ああ、なんとなく分かってきました。ギルドの資金が豊富な理由とか」

 

 ペロロンチーノの言葉にアインズは苦笑する。

 

「まあ、そういうことです。ちなみにこの方法は俺が見つけたわけではありません。我々のギルドはそこまでの非道に()()本格的に手を染めたわけじゃないです」

 

 アインズ・ウール・ゴウンよりも前におぞましい方法を試したバカが居るらしい、ということを感じた。それはペロロンチーノの中では数人浮かぶ。

 一人は『ウルベルト・アレイン・オードル』だ。

 もう一人はギルドの一員ではないが自分がエロの道を伝授した弟子のような存在だ。

 

「……とんでもないバカだってのは分かりました」

「ペロロンさんが言いますか?」

「ええ、言いますね。そいつは間違いなく、大バカ野郎です」

 

 はっきりと断言するペロロンチーノ。

 そして、魔法がいかに便利であるのか、本当に実践した勇者でもあると。あと、クソ野郎も付くかもしれないし、人間のクズ、とか呟いた。

 アインズの言葉が本物であるならば自分も勇者になりつつある。

 姉が言っていた『さすがは師匠なだけはある』というのも気になる。

 つまりは自分が原因なのか。

 

「……俺はエロゲーの師匠と呼ばれたことはあるけど、バラバラ死体の作り方は詳しくないですよ」

「いやいや、そこに便利な魔法をトッピングした新しい分野。しかもエロ風味で」

 

 エロい事の為にバラバラ死体の製造を思いついた、という事なのか。

 いや、確かにそうかもしれない。

 ユリの巨乳を部屋に飾りたいとか、色々と妄想したのは事実だ。

 

 なるほど。

 

 ペロロンチーノは色々と納得してきた。

 巡り巡って因果応報。

 全ての原因は自分かもしれない、ということに気付き始めた。

 

「モモンガさん的にはどうなんですか?」

「バラバラ死体ですか?」

 

 それだけではないが、ペロロンチーノは頷いておいた。

 

「最初はびっくりしましたし、怒りも湧きましたし、悲しかったですよ。その上、NPC達は元の身体に戻せば平気と言い出すんですから。……もう、それは色々と混乱しましたよ」

「……というのを俺は最近になって体験したんですね」

「そうなりますね」

「……じゃあしばらく怒りは治まりそうにないですね……」

 

 時と共に慣れるかもしれないけれど、今はまだ受け入れられない。

 アインズことモモンガは長い時間をかけてNPC達と付き合ってきた。

 モモンガの場合は諦めたのか。

 雰囲気的には納得はしていないように見える。

 

「元の身体に戻せば平気……。その理屈をあいつらが言うんですか?」

「言いましたね」

 

 理屈としては納得出来そうだが、何かが違うと言いたかった。

 頭ではそう思っても戦闘に際しては腕がもげたりする事もある。そこに高位の治癒魔法をかければ再生し、戦闘を続行する。

 それが戦闘以外の普段の生活にも適用されている。

 便利な魔法があるからこその理屈。

 

「……という研究をしたとんでもないクソっ垂れが居たんですね」

「……居ましたね。ペロロンさんの弟子っぽい人ですよ」

 

 弟子をクソ野郎呼ばわりするのはモモンガにとっては意外だと思った。

 同族嫌悪なのか。

 それならペロロンチーノもとんでもないクソ野郎だ。それはあながち間違っていない気もするけれど。

 というか、お前(ペロロンチーノ)のせいでNPCがおかしくなったんじゃねーの、と胸の内で絶叫するモモンガ。何故か、その後精神の安定化が起きてしまった。

 

「……とにかく、程ほどに。一部にはすぐ自害しようとするほど繊細なヤツがいますから」

「そ、そうですか。気をつけます」

「あと、大々的にエロい事を口走ったり、見せたりしないで下さい。ものすごく恥ずかしいし、なんか残念な気持ちになります。至高の御方って言われているんですから」

「……そうですね」

 

 ペロロンチーノは言い返せなかった。言い返したいとは思わないが、色々と納得した。

 正論ではあるけれど、モモンガなりの気遣いだと思えた。

 大々的に卑猥な単語を口走りそうだし、あながち痴態に走るところは容易に想像出来た。

 アルベドの生脚ゲットだぜっ、物理的に。とか言いそうだ。

 それは種族の特性で不可抗力って、言い訳は出来ないんだろうな。

 

 

 NPCの前では尊敬される至高の四十一人らしさを見せるように言われた。だが、元々、支配者っぽいことは苦手だ。

 シャルティアに命令するくらいなら出来るが全てのNPCとなると話しが変わる。

 ペロロンチーノが合間合間に押し黙るので色々と考えていることは分かった。

 一概に大喜びして自慢しない所は流石(さすが)だと思う。

 アルベドはタブラ・スマラグディナが面倒を見ているのでギルドマスターとしてはもう言う事は無い。

 極秘資料はまだ開示しない方がいい気がした。ペロロンチーノ自身が色々と悩んで考えた結果の後でも遅くは無い。

 ギルドは簡単には解体できないが、折を見て判断する事にする。

 

「アルベドの全身をゲットするにはどうすればいいかな」

 

 安心した自分がバカだった事をモモンガは知った。

 

「殴っていいですか?」

 

 比較的、優しくモモンガは言った。

 そういう予感はあったが、仕方が無いかもしれない。

 一度、覚えた方法は色々と試したくなるものだ。

 

「さすがにアルベドの胴体を横に、とか解説したくないですよ。彼女だって痛いはずだし」

「死なない程度で頑張れば……。あちこち切り落とすよりもっと効率のいい方法がありそうな気がします」

「……本当にマジで師匠だな」

「……そうかもしれないですね」

 

 言うだけタダだと思っているのかもしれないけれど。

 古き友人の顔をモモンガは思い浮かべた。

 思考パターンが師匠譲りなのは確かなようだ。だが、変態の考え方は今でも同意したくない。

 

「どうしてもアルベドが欲しいんですか?」

 

 というか、なぜアルベドに(こだわ)っているのか。

 女淫魔(サキュバス)だからか。

 確かにペロロンチーノは女淫魔(サキュバス)などの女性モンスターが大好きな人間だ。無理も無い。

 ただ、シャルティアが可哀想な気がする。

 お前は何の為にシャルティアを創造したんだよ、と叫びだしそうになって精神が安定化する。

 

「俺よりタブラさんと話したらどうなんです? 今は彼の預かりになっているんですから」

 

 アルベドとは色々と長く付き合ってきたし、創造主というか親でもあるタブラからモモンガは色々と許可を得ている。というか公認の間柄だ。

 異形種でもあるし、恋愛感情は辛うじて残っている。完全なモンスターとしての特性には至っていない。

 身体はどうしようもないが。

 というか、俺の女に手を出すんじゃねーよ、と何故言えない。と、自分で自分に腹が立ち、また強制的に精神が安定化される。

 身体全体がオーラで光るのは少し恥ずかしさを感じる。

 こういうのが有名な『三角関係』というものなのか。

 少なくともペロロンチーノはアルベドに恋愛感情というものを抱いているようには思えなかった。

 

「……あえて聞きますが……。アルベドのこと好きになったんですか?」

「いやほら、綺麗な身体だなと……」

「この変態めっ!」

 

 ついモモンガは叫んだ。そして、オーラが発生する。

 遠い昔にも同じように怒りが湧いた覚えがあり、何故か懐かしさを感じた。あと、ペロロンチーノと誰かの幻影が重なった様な気もした。

 

「確かに綺麗な身体として創造されたんですから、当たり前かもしれませんけど……」

 

 あれは俺の女だ。と胸の内で言った。

 自分の女を取られると怒りが湧く。それはきっと正しい感情だ。

 更に変態から身体を取られるんだから心配する。

 

「命令遵守の彼らに対して俺はただ……。そんな命令を聞くぐらいなら身体を貰うぞ、と……」

「……ペロロンさん。過去に同じ事を言ったバカで変態が居たんですけど……。立派な弟子思いなんですね。だから、思いっきり殴っていいですか? 奴も結構な回数、ぶっ飛ばした覚えがありますが、全然懲りませんでしたよ」

「それは凄い。さすがは我が弟子だ」

 

 弟子に負けず劣らず立派な変態で逆にびっくりだ、とモモンガは呆れ果てた。

 殴られても持論を曲げないところが本当にそっくりだった。兄弟ではないのかと思うほどだ。

 

「弟子が出来て師匠が挫折しては沽券に関わりますね」

「……いい加減にしろよ、ペロロンチーノ」

「それはこっちのセリフだ、万年童貞野郎」

 

 互いに一歩も引かない至高の存在。

 久しぶりの本気の怒りに互いに気持ちが高揚し、外で決闘する事で話しがまとまった。

 多くのNPCは顔を青ざめさせていたが、タブラ達は黙って見守る事にしていた。

 二人の争いはきっと今後の活動に必要だと思い、ぶくぶく茶釜も口出しはしなかった。ただ、やるなら手加減するな、と弟にアドバイスをしておいた。

 そして、アルベドをかけた意外と下らない理由で男二人が激突する。

 その戦いの顛末(てんまつ)は筆舌に尽くしがたいものとなった。

 

 act 9 

 

 戦いを終えて半年が経過する。

 穴だらけになった地表は既に戦いの痕跡を消していた。

 

「モモンガさんも沸点は低い、とは思っていたけれど……」

「すみません」

 

 ぶくぶく茶釜に頭を下げる『モモンガ』と名前を戻した死の支配者(オーバーロード)は言った。

 

「いやいや、あれはあれでかっこよかった。アルベドと新婚旅行に行けばいいのに」

「偽装ですって。さすがにNPCと結婚ってなんか恥ずかしくって」

 

 世間的にはアインズとアルベドは婚姻している事になっていた。ただし、ナザリックの中では偽装の為の演技として処理されているので実際には()()()()()()()()()はしていない。

 余計な女の影(政略結婚の打診など)を追い払う為の方法だっただけだ。

 

「ゲームのアバターなんだから遠慮しなくていいのに。変なところで遠慮するから万年童貞って言われてバカにされるんだよ。異形種なんだよ、私らは」

「頭ではそう割り切れなかったもので……」

 

 ぶくぶく茶釜もアバターだからと割り切れていないけれど。

 元々の人間の身体ならばまた違う結果になっていたと思う。

 

「ストレスの発散は必要だ。溜め込むだけでは駄目だろう。弟にもよい刺激になったよ」

「そうでしょうか」

「エロくて変態だが色々と悩めるチェリーボーイなのさ。長く生きると色々とおかしくなる。きっと弟もそれを感じていたのかもしれない」

 

 その弟こと鳥人(バードマン)のペロロンチーノは空を飛んで世界を旅していた。

 時々、飛竜(ワイバーン)に襲われるらしい。

 

「それはそうと、新天地への移動は順調なの?」

「シズの報告によれば順調のようです。月の施設も普段通りだとか」

「……『無限光(アイン・ソフ・オウル)』……。まさか夢を実現するとはね、()()()が……」

「会ってあげたらどうですか?」

「……あまり気乗りしないのよね……。でもまあ、気が向いたら行くわ。()()()

 

 ぶくぶく茶釜は夕暮れに染まりつつある空に視点を向ける。

 白銀の大きな月が映っていた。

 この月の表面には蜘蛛の巣状に構造物が張り巡らされている。それが『無限光(アイン・ソフ・オウル)』という施設だ。

 モモンガ達の居る星から肉眼で見えるほど大規模なものだ。『無限光(アイン・ソフ・オウル)』という名称は月の名前でもあり、施設の名前でもある。そして、その規模からNPC達には世界級(ワールド)アイテムに匹敵する事を伝えている。

 星を丸ごと傘下に収めたのだから、それは正しく世界級(ワールド)アイテムに相応しいとモモンガは判断した。

 その『無限光(アイン・ソフ・オウル)』という実験施設は度々、異常事態が発生し、機能不全に陥る事がある。

 計画案が中途半端のまま建築計画を進めてしまったので仕方がない。どうしてもシズが作りたいと言い張ったので、つい許可してしまった。

 約束の刻限に達すれば少しは改善するらしいが、あと七千年ほど残っている。

 安易に約束を破る事はできない。モモンガは少なくとも約束を破るような男にはなりたくなかったから。

 

「……弟の部屋にアルベドシリーズが飾られてしまったわけだが……。やはりバラバラだと気持ち悪いわね」

「そうでしょうね。ペロロンさんは平気なんだろうか」

「変態の考える事は分からん。分かりたくもないな」

「同感です、ぶくぶくさん」

 

 ただ、保管する事自体は二人共理解できた。

 猟奇的な趣味はさすがに真似たくない、という意見も一致している。

 他のメンバーも似たような趣味に走らないように毎日、祈るのが日課になりそうだった。

 

 

 ナザリックに帰還したペロロンチーノは自室にある戦利品を眺めたり、触ったりした。

 腐敗しない処理をしているとはいえ、自然と動きそうな気がした。

 部位だけとなっても利用価値はある。

 家具として飾る、くらいしか今は浮かばないけれど。

 日がな一日触り続けても面白くない。美しいものは美しいまま残すのが紳士だ、と自分でも良く分からない持論を展開する。

 

「個別に分割すべきではなかったな。……なんか気持ち悪くなってきた」

 

 切断面は綺麗に塞がってはいるけれど、生々しさはやはり不味かったかもしれない。というよりは切断させておいて気持ち悪いというのは酷いな。

 自分の事だが極悪人だと思った。

 かといって部位を返しても今さらな話しだ。

 

「何してるんだろう、俺……」

 

 これは自分の意思なのか、鳥人(バードマン)としての特性なのか。

 少なくとも人間であった頃の自分に猟奇的な事など出来はしない。

 常識で考えも切断された女性の腕を弄ぶ事などありえないことだ。

 

「腕ばかり百本とかじゃなくて良かったのかな。……溜め過ぎたら一緒か……」

 

 生々しい部屋になりそうで怖くなってきた。

 我が弟子はどういう部屋を作ったのか。

 それを知るのは師匠でも怖いと思う。

 弟子はどこまで突き抜けたのか、と。

 一応、部位の処分方法は聞けたから飾る分には問題ない。というか、アルベド、マジでごめん。

 ペロロンチーノは直接の謝罪が出来ない自分に腹が立つものの呆れもした。

 こんな趣味は長くするものではないのだが、今後の将来もちゃんと考えなければならない。

 時は結構、長い。

 新たな趣味を見つけるのが当面の課題だ。

 それも世界が困らない範囲で。

 宇宙進出はまた改めて考えよう。まだ三千年経ったわけではないから。

 明日は少し遠出をしてメスのモンスターでも探そうかな。いやまず先にアルベドに謝ろう。もやもやしたままでは気持ち悪い。

 そう決断してペロロンチーノは目蓋を閉じた。

 明日からまた人生設計の模索を始めよう。長い時を無駄するのは勿体ない。

 

『終幕』

 

 



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滅亡から勝ち取るもの
至高の四一人


 

 戦争が終わり、様々な事件が収束して数十年が過ぎた。

 一部は年老いて冒険者などを引退。中には魔法で若さを保つ者も居る。

 世界の情勢は劇的に変化した。

 新興国家『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』という国の出現に各国は戦々恐々とした。だが、それはもう遠い昔のことのようになっていた。

 世界は不安定ながら秩序を保ちつつ人々はいつもと変わらぬ生活を営んでいる。

 以前と違うのは人間種の他に亜人種と異形種が混ざり始めた事だ。

 国が国として機能しなくなるところも出始めた。

 

 そんな平和な日常も突然に失われる。

 

 かつて『蒼の薔薇』というアダマンタイト級冒険者の一人だった『イビルアイ』は魔導国の地下にある『ナザリック地下大墳墓』の第十階層に居た。

 周りには異形種が無数に立ち尽くし、最後の審判が下されるのを待っているようだった。

 

「……モモン様……」

 

 消え入りそうな小さな声を発するのは赤黒いローブを頭から被り、隙間から金色の髪の毛がのぞく人物で少し砕けた白い仮面を被っていた。

 冒険者を引退した『イビルアイ』という()()は希望にすがりつく気力を失いかけていた。

 

()()()()さん、イビルアイを俺に預けてくれませんか?」

 

 と言ったのは薄暗い地下空間の中で一際目立つ光り輝く鎧をまとう鳥人間。

 鳥人(バードマン)の異形種である至高の四十一人の一人『ペロロンチーノ』だった。

 

「エロい事は駄目ですよ」

 

 と釘を刺すのは星を統べる魔導の王を超越する皇。

 死の支配者(オーバーロード)という死の大魔法使い(エルダーリッチ)の上位種のアンデッドモンスター『アインズ・ウール・ゴウン』魔導皇だった。そして、モモンガはアインズとなる前のプレイヤーネームだ。

 征服後はアインズでもモモンガでも好きなように呼ばせていたので指摘しないことにしていた。

 

「あと、弱っているのでお手柔らかに」

「はい」

 

 猛禽類を思わせる姿のペロロンチーノはイビルアイを抱っこした。全く抵抗されなかったが、それは仕方が無い。

 極端に衰弱しているからだ。

 

 

 ペロロンチーノは自室にイビルアイを運び、一般メイドたる人造人間(ホムンクルス)達を呼び寄せる。

 予備のベッドや女性用の着物類などを持ってくるように命令した。

 

「……世界を……潰さないでくれ」

「うん。俺達は世界を破壊する気はないよ。だから、安心して休んでくれ」

 

 本来は眠らないはずのイビルアイだが極度の衰弱により起きている事が苦痛となっていた。

 『世界の強制力』たるモンスターの攻撃で大ゲカを負い、未だに治りきらない為だ。

 死にはしないと思うが数ヶ月は完治しないらしい。それは治癒担当の見解なので当てになるのかはペロロンチーノには分からなかった。

 切り傷も塞がらず、毎日を苦しみぬいていた。

 痛みに強いイビルアイが人間的にダメージを受けているのだから相当苦しいのかもしれない。

 イビルアイの世話は引き続きメイドとメイド長の『ペストーニャ・ショートケーキ・ワンコ』に任せて一旦、部屋を出る。

 そこには桃色の大きな粘体(スライム)が居た。

 『紅玉の粘体(ルビー・スライム)』の『ぶくぶく茶釜』でペロロンノーチの実の姉だ。姿は全く違うのだが、それはゲーム時代のアバター(プレイヤーキャラクターとしての身体)だからだ。

 

「しばらくは安静にしないといけない」

「イビルアイちゃんは可愛いし、弟好みかもしれないが手を出すなよ」

「分かってるよ」

「……毎日キスとか気持ち悪い事するなよ」

「……俺はそこまで変態か?」

「……変態だな。……自慢できるほどに」

「……俺の姿からは想像も出来ない有様だな。開き直っちゃおっかな~」

「その日がお前の人生の終着地点だと思え」

 

 底冷えのするような低い声色でぶくぶく茶釜は言った。

 対するペロロンチーノは背筋が凍る感覚に口を(つぐ)んでしまった。

 

 

 姉を怒らせるのは怖いのでペロロンチーノはメイド達と共にかいがいしくイビルアイの世話をした。時には風呂に入れるのだが、それはメイド達に任せた。本当は一緒に入りたかったが、メンバーが仕掛けた(トラップ)が発動するのが怖かったので諦めた。

 仲間たちの目を気にしつつも自室では比較的、イビルアイの身体に触れる事ができるからマッサージなども(おこな)っている。

 そうして半年程経過した。極度の衰弱から呪いが抜けきり復活したのは。

 『吊り橋効果』で恋愛感情が現れたりする都合の良い事は起きなかったが大層、感謝された。

 

「帰るのか?」

「世話になった国がどうなっているのか……。心配だからな」

 

 イビルアイはとても真面目で正義感に厚い女性だった。無理に引きとめる材料はペロロンチーノには無い。だが、せっかく知り合った女性なので仲間には入れられなくともよいお付き合いがしたいと思った。あと、異形種だし、勧誘のチャンスはあるはずだと気付いた。

 一概に敵だ、と断ずる事はアインズもしないのだが、イビルアイの意思は尊重したいという意見になった。

 

「お前たちが自分達の仲間を大切にするように私にも大切にしているものがある。歩む道が違うだけだ」

 

 イビルアイは並みの女性ではない。

 数百年を生きる吸血鬼(ヴァンパイア)()ではあるがアダマンタイト級の冒険者だ。

 楽して上に昇り詰めた誰か(漆黒)とは違う。

 一礼した後、イビルアイは自らの故郷と定めた『リ・エスティーゼ』とかつては呼ばれていた滅びゆく国に戻っていった。

 

 act 1 

 

 死都リ・エスティーゼ。

 半壊した建物と夥しいアンデッドモンスターに蹂躙されつつある王都。

 低位のモンスターを撃破しつつ生き残りを捜索するイビルアイ。

 半年も留守にしていたが避難が完了したのか、間に合わなかったのか分からないがモンスター以外の姿はまだ見えなかった。

 中心地では今も抵抗を続ける兵士達や多くの冒険者が戦っているのかもしれない。

 もちろん、他の都市も同様だが。

 凶悪で巨大なアンデッドモンスターが世界にモンスターをばら撒いた結果が今の惨状となっている。

 大元のモンスター自体はナザリック勢と人間、亜人、異形の冒険者達で苦戦しつつも撃退には成功した。

 多くの犠牲者が出る壮絶なものだった。それはナザリック勢も同じ事。

 最強と名高い彼らですら苦戦するのだからとんでもないモンスターのようだ。

 

「……随分と様変わりしてしまったな」

 

 空を飛びつつイビルアイは失望感が一杯だった。

 復興には何年もかかる筈だ。だが、それはどうでもいい。

 復活できるのであれば歓迎すべきだ。

 風光明媚と謳われた都市の惨状にはただただ悲しかった。これが人の住む都市の末路なのかと。

 多くの田畑は疫病のモンスターによって壊滅的に汚染されている。

 食糧の備蓄が尽きれば人間は飢えに苦しみ、そして、最悪の結末が訪れる。

 それを防ぐには時間が足りない。物資も足りない。

 生きていればいい、という生半可な希望では駄目なのだ。

 

 

 人類の最後の砦たる『ヴァランシア宮殿』にたどり着くと魔法と剣戟が飛び交い合う風景が見えてきた。

 突如、巨大な空間が開き、様々なモンスターが溢れ出た中心地。

 塞がる気配を見せない次元の穴。

 

 遥かに遠い銀の月(アウター・スペース)

 

 それが敵の名前だ。

 教えてくれたのは英雄級のモンスターだった。

 剣の使い手で自分にとっては敵なのだが、いくつかは協力的だった。既に倒されてしまったけれど。

 第一のスキルで世界全土にアンデッドモンスターが降り注いできた。

 撃退するには敵を知らなければならない。

 イビルアイは様々な魔法を放ち、敵の出方などをうかがっていた。

 並みのモンスターではないようで、尚且つ活路が見出せない。

 仕方が無いので人類は決断に迫られた。

 国を捨てて低位モンスターを駆逐し続けるか、強引にでも次元の穴(アウター・スペース)を葬るか。

 王や貴族が出した答えは迎撃なのだが、撤退も視野に入れなければいずれは市民生活に影響が出てしまう。というよりも既に影響が出ている。

 世界全土なのでバハルス帝国。スレイン法国。竜王国にアーグランド評議国も被害を受けている。

 イビルアイは生き残りと合流する。

 現れるモンスターは低位なので倒せない事は無いのだが、途切れる事の無い数に兵士達は疲れを感じていた。

 相手は疲労を知らないアンデッド。しかも、同じアンデッドを使役する能力を持つアインズをもってしても味方として取り込むことが出来なかった。

 極端に強力なものはナザリック勢が倒してくれたのだが、そのナザリック勢の魔導国も被害を受けているので大変な事態になっていた。

 アンデッド対アンデッドの混戦は筆舌に尽くしがたいものとなった。

 そのお陰で国同士は争わず、人々の生活はモンスターさえ撃退できれば安定しているといえる。

 半年の療養の間に離れた村などは復興を始めているという明るい話題を聞いた。

 

「見た目は酷い有様ですが……。悪い事ばかりではありませんよ」

「……そうか」

 

 モンスターが湧き出しているのに平和というのもおかしなものだ。

 あと数ヶ月もすれば王都を囲むだけで事態は沈静化されるという。

 問題は『遥かに遠い銀の月(アウター・スペース)』が動くことだが、こちらは監視要員がいて逐一報告が来るようになっている。

 最初の戦闘は失策だったのかもしれない。だが、未知の敵に悠長に構えることは出来ない。

 交代しながらモンスターを撃退する兵士達。

 それは半年前に見た絶望に満ちた顔ではない。希望に溢れる顔だ。

 人類の反抗作戦はまだ始まったばかり、なのかもしれない。

 

 

 半月後には周りの国々も復興を始めていく。

 所詮は低位のアンデッド。ミスリル級以降の冒険者達の敵ではない。

 魔導国から色々とモンスターが派遣されて敵性体を駆除していく。

 田畑の復興は森祭司(ドルイド)や生き残りの村民たちにより(おこな)われる。

 一見平和が取り戻されたと思われるが原因の大元である『遥かに遠い銀の月(アウター・スペース)』は今も健在だ。ゆえにモンスターは今も溢れ出ている。

 ナザリック勢はこの次元の穴のようなレイドボスと呼ばれる超ど級モンスターに対抗する為に助っ人を集めている。それがペロロンチーノ達だ。

 残念ながら時間がとてもかかるらしく十年、二十年は大元に手出しが出来ないらしい。

 ナザリック勢が言うほどレイドボスというのは凶悪無比ということだ。

 もう一つ気がかりなのは彼ら(アウター・スペース)の目的が不明ということ。それについてアインズは何か知っているようだが黙して語らない。世界の根本に関わることらしい。

 悪の組織のように世界征服とか言ってくれた方が何倍もマシだと思える。

 我々を不安にさせない為だと思うのだが、いつか教えてもらいたいと思っている。共に戦う仲間でもあるのだから。

 

「この戦いに終わりがあるのか」

 

 無限に湧き出るモンスター。

 それも無秩序に暴れるアンデッドモンスターが多い。

 交渉の通じない相手ほど厄介なものは無い、と思い知った。

 

「……それでも我々は戦い続けなければならない」

 

 ナザリック勢とて傍観者ではいられないし、協力してくれると言っていた。

 自国(魔導国)が襲われているのだから当たり前かもしれない。

 

「都合のいい味方はそうそう現れないものだな」

 

 無い物ねだりは不毛だ。

 イビルアイは溢れ出るモンスターを駆逐していく。

 

 act 2 

 

 一ヵ月後に各国からの無事の知らせが届くようになる。

 一見すると希望が見えたように錯覚する。

 問題なのは敵性体は未だに顕在である事とナザリック勢がもたらした衝撃の事実。

 世界を穢すスキルはまだ何回か使われる、というものだ。

 なにせ、()()()()()だ。

 あと二回。最悪、五回以上は覚悟しなければならないという。

 もちろん、数に根拠はないと教えられた。

 世界全ての生物が死に絶えるのが先か、相手を滅ぼすのが先か。

 それとも今の状態を保つのが最善か。

 どの選択肢も絶対の平和が約束されたわけではない。もっと最悪な結末が訪れるかもしれない。

 

「それでも我々は国を守りたい」

 

 自己満足と言われても仕方が無いのだが。

 愛する国を守りたい。ただそれだけだ。

 イビルアイはモンスターを駆逐しつつ仲間達と合流する。

 

「ナザリック勢が戦える状態になるまで我々は雑魚を駆逐する」

 

 それはつまり魔導国を将来的に攻略できなくなる、という意味につながるかもしれない。

 それはそれでイビルアイにとっては都合が良い事かもしれない。

 どの国が台頭しようと平和に治めてくれれば文句は無い。敵なら倒すだけだ。

 

 

 それから長い戦いの歴史が続く。

 多くの犠牲が出た。

 一般の人々の平和の為に散った命は数知れず。

 

「レイドボスっていうか、もうあれは世界級(ワールド)エネミーでいいんじゃね?」

「そうかもしれませんね」

 

 と、苦笑をにじませる死の支配者(オーバーロード)のアインズ。

 あらかたモンスターの掃除が終わり、反抗作戦の打ち合わせが始まった。

 いつまでもモンスターを放置するのは不健康だから、という意見が多数を占めた為だ。

 『アインズ・ウール・ゴウン』というギルドは多数決で物事を決定する。だから、多数が出した意見が優先される。

 

「こっちには強力なメンバーが色々と揃っているから一方的な蹂躙にはならないと思います」

「『黒い仔山羊(ダーク・ヤング)』も居ますからね」

「個人的にはたっちさんとウルベルトさんのタッグプレイが気になります」

 

 聖騎士(パラディン)を思わせる白銀の全身鎧(フルプレート)をまとうギルドメンバー最強の男『たっち・みー』と魔法職最強にして最大火力を誇る悪魔『ウルベルト・アレイン・オードル』の二人の仲は険悪だ。だが、それも昔の事だ。いや、それは現実(リアル)でのことでゲーム内に私情を持ち込んでも不毛なのは二人とも分かっている。

 ギルドメンバーは全員が社会人だ。大人気ない事は言わない。例外は居るけれど。

 ウルベルトは『黒山羊の悪魔(バフォメット)』という種族で顔を縦半分だけの仮面で隠し、両手は指一本ずつがナイフになったような武器を持つ。

 悪に対してこだわりがあり、正義を重んじるたっち・みーとは何度もぶつかる間柄だ。

 

「……しかし、たっちさんの文字エフェクトってこの世界でも出るのが意外でした」

「当たり判定ってありましたっけ?」

 

 暢気に会話している彼らは総じて世界最強の化け物たち。

 それらと相対するのは超ど級モンスター。

 互いに全力を出せば星が壊れるのではないかとギルドメンバーの何人かは思ったし、そのまま戦ったら国が滅びそう。という感想もちらほらと聞こえてくる。

 彼らとて世界を破壊したいとは思っていない。

 自然豊かな土地を穢す事に抵抗は感じている。

 

「とはいえ、あの化け物を野放しには出来んだろう」

「化け物の我々が言いますか」

「可愛いイビルアイの頼みを断るのは男として恥ですよ」

 

 と、力説するのはペロロンチーノだった。

 すっかり気に入ってしまったようだ。

 

「……イビルアイは他人の女って忘れてないだろうな? 浮気はいかんぞ、変態エロ魔人」

「むっ? 失礼だな。俺にも常識くらいありますよ」

「はっ? なに言ってんのお前」

 

 人間の姿なら冷たい視線を向けるであろう喋り方で姉のぶくぶく茶釜は言った。

 そんなバカ話しも長くは続かない。

 ギルドメンバー総出でモンスター退治をするのだから気を引き締めなければならない。だが、精神的な余裕は必要だ。

 ありとあらゆる事に対処する為にも。

 

 

 そんな彼らの背後に控えていたイビルアイは決戦の時刻に向けて精神統一していた。

 世界の命運は戦いに勝利する事以外に存在しない。

 広範囲に及ぶ大規模スキルにイビルアイ一人では対処できない。それだけは分かっている。

 長い戦いになると誰もが予想していた。

 『遥かに遠い銀の月(アウター・スペース)』は実体のようで非実体的な姿をしている。名前の通り月にそっくりだ。

 大きさは最初は一メートルほどだったが最初のスキルの使用からニメートルほどに膨れ上がった。だから、まだ大きくなる可能性がある。

 身体は揺らめく月。液体のように揺らめき、身体からは止め処も無くモンスターを排出し続ける。

 移動は今のところ無いし、魔法攻撃や物理攻撃らしいものはやってこない。

 こちらから攻撃しない限り、だが。

 一度(ひとたび)、戦闘に入ればある程度の攻撃を物理、魔法にかかわらず反射して応戦してくる。それも呪いの効果つきで。

 効果は『魔槍ゲイ・ボルグ』の悪化版といったところだ。

 様々な毒や継続ダメージを与え続けるもの。

 それはアンデッドでも容赦なく通じる。しかも、魔法やアイテムでも防げない。ただ、受けた呪いは解呪できる。かなり高い位階魔法でなければ駄目なのだが。

 攻略するポイントは複数人で出来るだけ同時に攻撃を仕掛けることだ。

 全ての攻撃を全て反射するわけではなく、一回の攻撃で反射する対象は一体のみとなっている。もちろん、スキルを使うごとに人数を増やすかもしれない。

 かといって放置も出来ない。

 確実に葬らなければ延々とアンデッドモンスターが排出され、田畑が汚染されてしまう。

 ただの骸骨(スケルトン)ばかりではない。

 疫病系のアンデッドも多い。

 負のエネルギーを撒き散らすので倒しにくい。アンデッドの身体を持つ者には回復アイテムのような効果だが。

 それでも低位のアンデッドは冒険者でも倒せるけれど長期戦は不味い。

 じわじわと病気によって脱落者が出始めるから。

 物資の枯渇は星に住む全ての命運が尽きる事を意味する。

 

「頼れるものはモモン様達くらいだ。……どうか……力を貸してくれ」

「もちろんだとも」

 

 と、即答したのはペロロンチーノだ。

 シャルティアと同じく可愛い吸血鬼(ヴァンパイア)の必至の頼みを断るのは男じゃねー、と力説する。そして、そんな彼に呆れるメンバーたち。

 

「我が身は()()()()()()()を果たすまでは渡せないが……。それが終われば好きにしても構わん」

「ひゃっほ~」

「うるさい、黙れ」

 

 喜ぶ弟の頭を姉であるぶくぶく茶釜は容赦なく引っ叩き、半魔巨人(ネフィリム)の『やまいこ』が巨大な拳で吹き飛ばし、白面金毛九尾(ナイン・テイルズ)の『餡ころもっちもち』の魔法攻撃の雨にさらされる。

 三人の女性の見事なコンボに男性陣は戦々恐々とした。

 

害虫(変質者)退治は得意なんで、私達に任せてね」

「……お、うん。あいつは大丈夫なのか?」

「へーきへーき。いつものことだから」

 

 それにしては相当な火力に見えたが、とイビルアイは身体から煙を上げているペロロンチーノを見つめた。

 

「最大戦力は温存という方向でいいですね」

「殲滅戦は久しぶりだ。腕がなる」

 

 と、魔法剣士と言い張るが粘体系モンスターにしか見えない呟く者(ジバリング・マウザー)という種族の『ベルリバー』が言った。

 口と思われる器官が無数にあるが声は一定の音量で騒がしくなることはなかった。

 

「……どこに腕があるんだ?」

「ここだ、と思ったところだ」

 

 至高の四十一人達は敵に顔を向ける。中にはどこが顔だか分からないものも居るが。

 

 

 敵の推定レベルは456。とても馬鹿げている。

 レベルがカンスト、どころじゃないけれどゲームの基準が生きていれば、それほど問題では無いけれど、と思っている。戦闘がびっくりするくらい長期化するだけだ。

 攻撃が通じているという事は倒せる、という事なので。

 完全無敵のエネミーなど存在して良い訳が無い。

 

「ルベド。君にも参戦してもらうぞ」

 

 と、烏賊(イカ)に似た死体じみた白い体色の身体を拘束具で縛り付けたような装備をまとう脳食い(ブレイン・イーター)の『タブラ・スマラグディナ』に呼ばれて一歩前に出たのは宝石の碧玉(エメラルド)を思わせる身体を持ち、炎のような揺らめきを現す腰まで真っ直ぐ伸びた赤い髪の女性だ。ただし、設定では、と付くけれど。

 張り出した双房は白銀の全身鎧(フルプレート)に僅かな痕跡を残すのみ。

 人間的な容貌は形のみが分かる程度でほぼ緑色に統一されている。

 金剛石動像(アダマンタイト・ゴーレム)でありナザリック地下大墳墓を支える階層守護者たちを統括している『アルベド』の妹だった。

 腰に下げた鞘は光り輝き、引き抜けば炎が舞い散る。この武器の名は『炎舞剣(ラハット・ハヘレヴ・ハミトゥハペヘット)』という。

 智天使(ケルビム)という天使が持っている剣と言われている。

 

「……命令受諾。……タブラ様、そいつ殺していいの?」

「殺しきる。そちらのお嬢さんの事じゃないぞ」

 

 イビルアイも標的に入っているのでは、と気付いて聞きなおした。

 ルベドはヴァランシア宮殿の方に人差し指を向けた。

 

「ならば問題は無い」

「……畏まりました」

 

 ルベドは動像(ゴーレム)系だが呪いを受けるものなのかとタブラは疑問に思う。だが、アンデッドには通じていた。だから、何がしかはペナルティを受けるかもしれない。

 実際に戦ってみれば分かる事だが。無策での突貫はとても危険だ。

 

「でも、敵はまだスキル使用回数を残しているんだよね。控えは足りる?」

「いきなり全滅してはかっこ悪いからね。ちゃんと交代制にする。さすがに手持ちのチームで当たれるほど余裕は無いと思うけれど……」

 

 敵はレイドボスと呼ばれているが数段変身で更に凶悪になる可能性は高い。

 ナザリック勢だけでは数が足りない。それでも戦わなければならないので参謀役はかなりの重労働を強いられる。

 それらの敵の本当の名称も聞いていた。

 

 星の守護者(ヘレティック・フェイタリティ)

 

 この世界特有の世界級(ワールド)エネミー、のような存在。

 百年毎に転移してくる高レベルプレイヤーを味方に引き入れられればいいのだが、経過時間が圧倒的に短い。しかも、ギルドマスターが長年警戒してしまったせいで味方に加えにくくなっている。

 それはそれで色々な事情があるので誰にも責められないのだが、少しは社交的になろうぜ、と他のメンバーに説教を食らって今はとても大人しくなってしまった。

 ギルドメンバー勢ぞろい、とは行かないが戦闘自体は充分に(おこな)えるだけの人材は揃った。後は開始の鐘が鳴るのを待つだけだ。

 世界の命運をかけた戦いまで後三時間。

 

 

 支援者たちには『伝言(メッセージ)』を駆使し、他国にも現れるモンスターの状況を報告してもらっていた。

 場合によれば対処不能の凶悪なモンスターが降り注ぐ場合がある。

 避難誘導も同時進行で進めていく。

 

「……雰囲気的には『俺達の戦いは始まったばかりだフラグ』が立った気がします」

 

 全身が植物の(つる)で出来ている『死の蔦(ヴァイン・デス)』という種族の『ぷにっと萌え』が呟いた。

 指揮官系の職業を多数持つギルドの頼れる参謀だ。

 

「青春、というにはかなり荒廃した世界になっていますが……」

「死亡フラグよりマシでしょう」

 

 湧き出る雑魚モンスターは数が多いだけで脅威ではないのだが、この世界の住民にとっては話しが変わる。

 低位とはいえ金級以上の冒険者でなければ対応できないものが出てきたりする。

 信仰系魔法の使い手もまだ充分に育っていない。

 

「朝日に向かって意味も無くギルドメンバーが走ってエンディング……。なるほど。それはそれで死亡フラグだ」

「エンドフラグの間違いでは?」

 

 暢気に喋りつつ低い位階魔法で雑魚モンスターを吹き飛ばすギルドメンバー。

 実力差があるので雑魚モンスターに限っては問題は無い。

 簡単に蹴散らせる。

 一部は身体を慣らすために相手をしている。

 

「ナーベラル。そこで無駄に高い魔法を使うな」

「申し訳ありません」

 

 NPCも総動員して戦い方を至高の四十一人自ら指導している。

 その中にあってイビルアイは呪いの影響や様々な恐怖体験、実力不足などで戦闘には参加できていなかった。

 以前に遭遇した尋常ならざる超ど級モンスター『終末の産声(デス・オブ・ラグナロク)』との戦闘は苛烈を極めた。その影響がまだ残っているのかもしれない。

 聴覚を破壊するおぞましい胎児の鳴き声。

 アンデッドの絶対耐性が通じない様々な精神攻撃はかなり長い期間続いた。

 当時、戦闘に参加した多くの兵士達は発狂し、その後、身体が破裂していった。

 推定レベルは884。

 遥かに遠い銀の月(アウター・スペース)より強いはずだがイビルアイには想像も付かない領域なので数値は意味を成さないものとなっている。

 数ヶ月かけて撃退したのだが最終的にどうやって倒したのか、イビルアイは目撃していない。というか物理的に眼球が破裂していたので見る事ができなかった。

 二十年も昔の事だが、あの悪夢がまた(よみが)えったかのようだ。

 

「……私はなんて無力なんだろう……」

 

 無意識の内に地面を殴りつけるイビルアイ。

 そこらのモンスターには負けない自信はあるのに。

 己の無力さを嘆いていると桃色の肉棒が近づいてきた。

 

「あんなのと一人で戦うなんて無理だよ、イビルアイちゃん」

「……無理……」

「私らだって無理だって。前回の気持ち悪い赤子は犠牲は大きかったけれど無事に倒せたし。今回も乗り切れるって」

「理不尽を絵に描いたようなモンスターって結構居るもんだよ」

 

 ぶくぶく茶釜の弟は言った。

 イビルアイとしては一人で倒して一人前だと思っている。だが、レイドボスや星の守護者(ヘレティック・フェイタリティ)(けた)が違いすぎる。

 ウルベルトとたっち・みーも一人で倒すのはほぼ無理だと答えるほどだ。

 

「無理と言うのは簡単だけど……。逃げたら国どころか星が滅ぶんだよ。頑張らないでどうするの」

「イビルアイちゃん。そこらの雑魚モンスターなら倒せるでしょう? 大物は我々が責任を持って駆除する。だから、君たち原住民は大船に乗ったつもりで待っていたまえ」

 

 本来なら外部の人間というかモンスターに助けなど求めたくは無い。だが、自分がいかに無力な存在なのか知ってしまった以上は他に方法が浮かばない。

 逃げるとしてもどこへ逃げればいい。イビルアイは自分に尋ねた。もちろん、逃げ場などありはしない。

 モモンガはアダマンタイト級冒険者『漆黒』のモモンに姿を変えた。

 黒い全身鎧(フルプレート)をまとい赤い外套をたなびかせ、背中には大きなグレートソードを二本装着している。

 

「このモモンに任せろ」

「……モモン……様……」

「……えー。モモンガさん。それは卑怯じゃない?」

 

 不満の声を上げるのはペロロンチーノだった。

 折角イビルアイと仲良くできると思っていたのに横から掻っ攫われた気分だった。しかし、誰かにすがりたいイビルアイの意思は尊重しようと思ったぶくぶく茶釜に弟は引っ張られる。

 

「弟。モモンガさんが先なんだから諦めろ、今はな」

「ううっ。あの子は絶対、俺が貰うんだからな」

「シャルティアはどうする気だよ」

「もちろん、シャルティアはシャルティアで愛でるよ」

 

 イビルアイは現地の吸血鬼(ヴァンパイア)少女だ。年齢は三百歳以上だけど。

 色々と調べたいし、様々な話しも聞きたい。

 NPCではないから変な命令で迂闊に自害はしない。

 エロい事も出来ないと思う。確認していないだけだが。

 

「……だから、イビルアイは他人の女っつったろ、弟。お前は学習能力が無いのか?」

「……僅かな可能性にかけても良いだろう」

「約束を必至で守る女に、その理屈は通じないな。素直に諦めろ。……異形種なんだし」

 

 というかシャルティアが居るんじゃん、と思った。

 浮気性は健全な男の子だから仕方が無いのかな、と思うが、すぐにやっぱり駄目だ、という結論に至る。

 

「痴話喧嘩はよそでやってくれるか?」

 

 他のメンバーの冷たい視線を受けてぶくぶく茶釜はペロロンチーノを引っ張って退散した。

 

「物理担当は雑魚モンスターの掃討をお願いします」

 

 モモンことモモンガは命令を下した。

 物理最強のたっち・みーは軽く頷いた後で剣を引き抜き、駆け出す。

 今度の相手は不定形っぽいので単純な戦闘は難しい。

 

「ウルベルトさん。一発強烈なヤツをお願いします」

「久しぶりの大物だ。遠慮は無用で構わないんだな?」

「もちろんです」

 

 許可は得たものの現場まで移動しなければならない。

 雑魚掃討を担当してもらうNPCを引き連れて敵が居るヴァランシア宮殿に向かう。

 残りは援護と補給の準備なのだがすぐには向かえない。

 敵性体のスキルの射程距離が不明な上に巻き添えを食らう可能性があるからだ。

 

「MP補充要員は控えているか?」

「はいっ!」

 

 元気の良い声が近くから聞こえてきた。

 

「すみませんが、イビルアイを安全なところまで……」

「了解した」

 

 いくつかのチームに分かれて長い戦いが始まる。

 人類の未来をかけた戦い、どころではない。

 世界を滅ぼす者達から未来を勝ち取る為の戦いだ。

 世界を手中に収めたモモンガにとって敗北はありえない。せっかく仲間たちを呼び寄せたのだから。

 そう簡単に潰されては困る。

 混沌とした世界は多少は容認するがやり過ぎは良くない。

 少なくとも王国を廃墟にする気はモモンガには無かった。だから、戦う。

 自分の手の内にある国は全て。

 そう。

 全てだ。

 

 だから、お前(星の守護者)は死ね。

 

 胸の内で叫びつつ死の支配者(オーバーロード)の姿に戻って魔法を放つ。

 ギルドマスターの攻撃を契機に大規模戦闘が始まった。

 イビルアイの願いを聞き届けたのはメリットを感じたに過ぎない。それが()()への恩返しになればいいとも思ったけれど。

 モモンガも()()()()()()()を破りたくなし、仲間に顔向けできなくなる気がした。

 好感度を上げる為の戦いに過ぎない。

 今はそういう事にしたい気分だった。

 このモモンガ(ギルドマスター)の為の踏み台となれ、星の守護者(ヘレティック・フェイタリティ)よ。というセリフはさすがに恥ずかしいか。

 つい余計な事を考えるのは何年経っても変わらないようだ。

 

「反射の対策はいかがしますか?」

「耐え続ける。()()()捨て身も考慮する必要がある」

 

 先ほどの魔法の行使で受けた反射攻撃の影響は信仰系を持つシモベ達によって解呪させた。

 スキルを使用するまでは様子見も必要だが()()()心強い味方が多い。だから、安心して全力で戦える、気がした。

 

「信仰系っ! 配置に着け~!」

 

 復活資金は潤沢だし、レベルドレイン対策も整えている。だから、遠慮は無用だ。

 仲間が居ると精神的な余裕があるものだな、と思いつつ次の魔法の準備を整える。

 範囲が世界全土なら逃げ道などありはしない。

 もちろん、負けるつもりは微塵も無い。

 勝利する、一択だ。

 

『終幕』

 

 



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星の継承者たち
モモンガ


 

 全ての『星の守護者(ヘレティック・フェイタリティ)』を撃破して数年の時が流れた。

 強大な強さを見せ付けた現地産の世界級(ワールド)エネミーの再出現に警戒するも二年が過ぎれば気持ちも緩む。

 それぞれのプレイヤー専用に生成されるという事なので抵抗が強ければ反発力も比例する。

 最後の敵を倒したとしても安心は出来ない。

 

「あんなモンスターを百年毎に相手をしなければならないとは……」

 

 長い激闘を終えた超越者にして白き骸骨姿の死の支配者(オーバーロード)はため息のようなものを吐き出す。

 不死たる存在になって九千年以上が経過した、気がする。

 百年毎というのは新たなプレイヤーの転移によって『星の守護者(ヘレティック・フェイタリティ)』が生成される、という意味だ。

 発生条件は結局のところ未だに不明だが、世界のどこかに生まれ、時には次元の狭間にて機会をうかがっている、らしい。

 最終スキルには『対消滅』が多い。

 まさに制裁モンスターだ。

 

「敵対プレイヤーの分もお相手なさったのですから……」

 

 静かな口調で答えたのは色白の肌に腰まで長い黒髪を真っ直ぐに伸ばした絶世の美女。

 白きドレスを身にまとい、大きな胸元を飾るのは蜘蛛の巣に似た黄金の装飾品。

 婦人用の手袋は付けているが足元は素足にサンダル。

 スリットの入ったスカートを背後から隠すように覆うのは彼女の腰から生えている天使の翼に匹敵する黒き翼。

 側頭部からは前面に突き出した牛や山羊の角のようなものが生えている。

 瞳は黄金で縦割れの虹彩が輝いている。

 

「世界の抗体を自称する奴らが打ち止めとなるのか」

「また現れれば撃退するまででございます」

 

 運が良い事は自己増殖するような相手が現れなかった事だ。

 モンスターを大量召喚するやつは居たが、と白骨の死体のような外見を持つ『モモンガ』は過去の敵の姿を思い浮かべる。

 

 act 1 

 

 混沌を好む彼らは静かな日常の敵だ。

 その存在意義はゲームでは有用かもしれない。

 事実、彼らはゲーム的な振る舞いで立ち塞がってきた。

 

「これから()()()()()平和な生活が始まるのか」

 

 全てを撃退しても不安が拭えない。

 それは全ての『星の守護者(ヘレティック・フェイタリティ)』を撃破した時に色々と教えてくれる存在が居るはずだと思ったからだ。

 過去には七色鉱や超位魔法を使える現地産のアバターなどの報酬を貰う事ができた。

 今回は()()が欲しい。

 神出鬼没な敵なので玉座に座らなくてもいいのだが、雰囲気的には待っていると何者かが現れそうな気がした。

 日がな一日座っている事は出来ないが、ここ数年は日課のようになっていた。

 答えを教えてくれる者を待っている、という感じか。

 来なければ、それはそれで構わない。だが、なんとなく現れてほしいという思いで座って待っている。

 

 

 半年後、第六階層守護者『アウラ・ベラ・フィオーラ』が謁見を求めてきた。

 既に支配者を引退した身ではあるけれど、彼らNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)の為に支配者として出迎える。

 今は演技ではなく、普通に接する事はできるが彼らが思う『アインズ・ウール・ゴウン』であり続けようと思った。それが彼らの願いでもあるようだから。

 寿命制限を突破し闇妖精(ダークエルフ)から闇聖霊(ダークハイエルフ)と暫定的に超越者の()()()()は名付けた。

 一定の成長の後に成人のまま不老化し、今も老いを知らぬ身体となっていた。

 それ(不老化)がどうして起こったのかは不明だ。

 浅黒い肌に森妖精(エルフ)の特徴である長い耳。色違いの瞳を持ち、女性でありながら男性物の服装を身につけている。

 髪の毛は伸ばしたり、切ったりを繰り返しているようで、会う度に髪型が変わっている。今は背中にかかる程の長めのものとなっている。

 

「よく来たな、アウラ」

 

 階下で片膝をつくアウラは微笑んだ。

 

「お目通りをお許し頂き、恐悦至極にございます」

「堅苦しい挨拶は抜きにしようか。私に何か話しでもあるのか?」

「もうじきイビルアイとの約束の刻限……。そろそろ内容を教えていただけたらな、と思いまして」

「……もうそんな時期か……」

 

 世界を穢さない事を条件に一万年の保護を約束した事柄だった。

 今から思えば、イビルアイも『星の守護者(ヘレティック・フェイタリティ)』に似ている気がする。

 

「……うむ……」

 

 今までその発想は無かった。青天の霹靂というやつなのかもしれない。

 考えすぎ、という事もあるけれど。

 

「……最後に彼女と戦闘になるのは……、気が進まないな……」

 

 いつでも殺せる機会はあった。ただ、理由がなかっただけだ。

 今は殺す理由が出来た。出来てしまった、かもしれない、という憶測ではある。

 何事も起こらなければ、それはそれで願ったり叶ったりだ。

 

「ペロロンさん、今、いいですか?」

 

 通信用の魔法『伝言(メッセージ)』を使う。

 様々な出来事を経験し、かつての仲間たちの顕現も成功した。

 ある意味では()()()()に自分の我がままで縫い止めてしまった、とも言える。

 

『あ~、モモンガさん。どうしました?』

 

 明るく元気な声が聞こえてきた。

 それだけで自分の苦悩がバカらしく感じる。

 それぞれのメンバーは今も世界、どころか宇宙まで駆け巡っている。

 うっかり『コールドスリープ』はしないようには言っておいた。

 

「『イビルアイ』をそろそろ目覚めさせる刻限が近くなってきましたので、色々と準備を整えようかと……」

『あら、そうですか。丁度、メイド達に身体を洗わせているところです』

「……ペロロンさんも一緒に、ですか?」

『いやいや、いくらエロ魔人でも常識はまだ持っている方ですよ』

 

 ウソつけ、と言いそうになったが言葉は飲み込んだ。

 無類の女好きなのは知っているけれど、一定の常識は持っている。そうだと分かっていても心配になる。

 鳥人(バードマン)という異形種ではあるけれど、中身は地球人の男性だ。

 健全な男子でもあるし、()()保存されているイビルアイに何もしていないのは信じがたい事だが。

 

『溶液の入れ替えが終わったら……、持っていけばいいんですか?』

「大々的に見世物にする予定はありませんので、直接こちらから向かいます」

『了解しました』

 

 少し不安は残っているけれど、魔法を解除するモモンガ。

 前までは支配者『アインズ・ウール・ゴウン』と名乗っていたけれど、その役目は偶像に委ねてしまった。

 

 act 2 

 

 イビルアイというのは吸血鬼であり『国堕とし』と呼ばれていた魔法詠唱者(マジック・キャスター)の女性だ。

 金髪で吸血鬼となってから赤い瞳になっている。

 この世界の原住民は大体が黒髪黒目。金髪碧眼が基本だ。

 あまり特徴的な変化は持っていない。

 持ってきたライトノベルのように赤い髪や桃色に水色などの多種多様な色彩を持つ者はほとんど居なかった。いや、変わった髪の毛は居る。それは染めているからだ。

 一部の冒険者は目立つ為に派手な色合いに染める傾向にある。

 

 

 洗浄を終えたイビルアイに会いに行くと多くのメイドが部屋の側に控えていた。

 第九階層の自室に待機させた覚えはないのだが、ギルドメンバーの命令でも受けているのか。

 それぞれ退出を命令すると静かに一礼して出て行った。ただし、モモンガ専属のメイドは残った。

 

「生け贄の儀式をするわけじゃないんだから」

 

 モモンガは苦笑しつつイビルアイを寝かしつけている部屋に向かう。

 本来は全裸だが、今は白い服を着せられている。

 数千年も容器の中に入れっぱなしだったが血流の乱れによる肉体の変化は認められない。

 それは吸血鬼だから、というよりは彼女の身体にかけられた魔法の効果のお陰かもしれない。

 

 第八位階『仮初めの停滞(テンポラル・ステイシス)

 

 高い位階魔法だが行使には多くの金貨が消費される。

 便利そうだが多用するには当然、莫大な金貨を用意しておかなければならない。

 基本的に第十位階の『時間停止(タイム・ストップ)』に似た魔法だが、解呪方法を確立しないと永遠に止まったままになる。

 自力で魔法を打ち破れないので魔法を使う場合は色々と下準備が必要だ。

 

「メイドよ」

「はっ」

「魔法はまだかかっているんだよな?」

「そのようでございます。髪の毛一本すらも動きませんでした」

 

 メイドの答えに満足し、モモンガはイビルアイの頭に触れる。

 何者にも害することが出来ない身体。

 究極の保存とも言える。

 髪の毛に触れると鉱物のような硬さがある。それはいかにレベル100のアインズでも仲間の『たっち・みー』でもNPCの『ルベド』であっても微動だに出来ない。

 世界級(ワールド)アイテムなら切れるかもしれないけれど、それはそれでなんか可哀相だ。

 とんでもない方法でもない限りは安全、ということにしておこう。

 

「もうすぐ一万年だが……。襲ってこないよな?」

 

 メイドに椅子を持ってこさせ、イビルアイを眺めつつ座る。

 一万年前の出来事は今ではあまり思い出せない。

 死の支配者(オーバーロード)というアンデッドモンスターではあるけれど、興味の無い事柄は記憶に留めない傾向にある。

 それは他の(NPCなど)にも言えるが。

 

 

 世界を征服してから『星の守護者(ヘレティック・フェイタリティ)』なる敵に故郷を半壊させられたイビルアイは絶望した。そんな感じだったはずだ。

 自分に出来ることは何も無いと悟ったから一万年の眠りを選んだように思う。

 目覚めた世界が希望に溢れていれば、その身の全ては『アインズ・ウール・ゴウン』のものとしてもよい。

 それで喜んだのがペロロンチーノだったはずだ。

 女の子なら誰でもいいのかもしれないけれど。

 

「……ところで……残り時間はどれくらいなんだ?」

 

 大雑把に一万年と言われたので正確な時刻までは考慮していなかった。

 そういう契約書を交わしたわけでもないし。

 まだ139年も残っている、と言われるかもしれない。

 

「モモンガ様。発言してもよろしいでしょうか?」

「んっ? うむ、発言を許す」

「はっ、では失礼致します。約束の刻限である一万年まで残り69日と三時間ほどでございます」

「……本当か?」

 

 モモンガの言葉にメイドは頷いた。

 だが、メイドの言葉が本当に正しい、とモモンガには証明出来ない。それでも度々メイド達の賢さには驚かされる。

 残り二ヶ月ほど。その刻限になると自動的に魔法が解呪される、というわけではないけれど交わした約束はちゃんと守りたいので今しばらく我慢する事にする。

 

 

 そして、約束の刻限である一万年後の今日が訪れた。

 盛大なイベントにする気は無く、ベッドに寝かせたイビルアイにかけられた魔法を解呪するだけだ。

 事前に同じ魔法の解呪は練習しておいた。

 その度に金貨が盛大に消費されてしまったけれど。

 ギルドの貯蔵する金貨の枚数は兆を遥かに超えている。なおかつ、別の施設にも金貨の貯蔵施設があり宇宙開発に使っている。

 細かいところを気にしてしまうのは元々が貧乏性な性格だからだ。

 今も昔もお金とアイテムは大切にしている。

 『仮初めの停滞(テンポラル・ステイシス)』は行使した術者よりもレベルが高くないと解呪に成功しない。

 絶対に解呪されない、というわけではないが魔法が成功しないと不安を覚える。

 時を止められている間、夢は見ないらしい。

 イビルアイの体感時間は眠って目覚める、という一瞬のみ。

 身体の経年劣化が起きないからコールドスリープに最適な魔法だ。

 

「目覚めよ、イビルアイ」

 

 いちいち大仰なセリフは言わなくてもいいのだが、雰囲気的に言ってしまった。

 ゲシュタルト崩壊しない身体のせいか、ゲーム感覚は未だに残っているようだ。

 解呪魔法によりイビルアイの身体に変化が生まれる。

 微動だにしなかった身体が動き始め、髪の毛も連動して揺れ始める。

 イビルアイは吸血鬼だが眠る意志を持てば眠れると聞いた覚えがある。だが、モモンガは同じアンデッドだが眠ったことは無い。

 種族によって出来ることと出来ないことがあるようだ。

 長い時を過ごしたイビルアイは周りの音に気が付いたようだ。

 目を閉じてから数分も経っていない。

 

「……誰か居るのか?」

「私だよ、イビルアイ」

「……アインズ? 魔法は……」

 

 と、言いかけてイビルアイは気付いた。空気が違うことに。

 目蓋を開ければ見知った顔がある。

 見事な白骨死体はアインズ・ウール・ゴウンに間違いなかった。

 

「………。まず、魔法は成功したのか?」

「ああ。今日は約束の刻限だ」

 

 その言葉に少しだけ驚くイビルアイ。

 体感的には一瞬なので時間の経過が把握できない。アインズが真実を言っている保証は無く、自分の目で確かめるほかはないけれど。

 それでもなんとなく、約束は守られた気がする。

 

「敵はどうした?」

「全て倒した。リ・エスティーゼという国は色々あって様変わりしたがな」

 

 リ・エスティーゼという名を持つ国は存在しない。

 バハルス帝国も無い。スレイン法国も同様に。

 

 

 目覚めたイビルアイにメイド達に用意させた歴史書などを見せていく。

 失った時間を取り戻すにはかなりの時間が必要だ。

 人間種には寿命がある。かつての仲間たちは既に墓の中。本来は。

 

「ラキュース達は今も顕在か……」

「主要な人間は、な」

 

 この星には無いけれど人体標本の一部は様々な場所に保管されている。

 それはNPC達も同様に。

 

「……時間経過は本物のようだ」

 

 疲れたようにため息をつくイビルアイ。

 世界が平和になった事は喜ぶべきだ。だが、失ったものは多い。

 不老不死たる身体になってから何度も経験した孤独感。

 それでも知った顔があるだけまだ自分は恵まれているのかもしれない。

 それから数日かけてイビルアイは様々なことを学んだ。それで得た答えは変わらないが、人々の営みが確認出来ただけで満足した。

 黒いローブ姿となり、改めてアインズの下に向かう。既にモモンガと名前を改めているけれどイビルアイはアインズの他には『モモン』しか知らない。

 普通の長期睡眠ならば筋肉の衰えなどが起きるのだが、万能の魔法は肉体の劣化を完璧に止めてしまったようで歩行には何の支障もなかった。

 一万年後の世界は眠る前とあまり変わらない。だが、外に出れば全く違う印象を受ける筈だ。

 時の経過を示すもの。

 かつて自分たちが活躍していた時代は遠い過去のものとなっているはずだ。

 それが数百年ならば歴史家などが伝えている。

 一万年後ともなればイビルアイとて想像がつかない。

 

「この度は約束を守ってくれて感謝する」

 

 両膝を床につけて平伏する姿勢を取る。

 人間社会で生きてきたイビルアイは滅多に平伏はしないが例外はある。

 異形種である自分を召抱えてくれた王国に対して。命を救ってくれたものに対して。そして、約束を守ってくれたものに対して。

 

「おこがましい事は重々承知しているのだが……」

「……『月』か?」

 

 モモンガの言葉にイビルアイは頷いた。

 

 月こと『無限光(アイン・ソフ・オウル)

 

 目覚めた時に連れて行く約束を交わした事も思い出した。

 『伝言(メッセージ)』で部下に転移の準備を伝える。

 目覚めたからといってモモンガは今までの出来事をイビルアイに説明する気は無かった。面倒くさい、ということもあったけれど。

 過ぎ去った過去は取り戻せない。

 世間話しはいつでも出来る、と判断した。

 『転移門(ゲート)』にてモモンガとイビルアイは移動する。

 お互い会話も無く、淡々と移動する。

 転移で向かった先は『月』の表面に設営された広大な実験施設で『無限光(アイン・ソフ・オウル)』という。

 月でもあり、実験施設の名前でもある。

 太陽に照らされる部分は数百度もの温度になるので熱に強いドーム状の覆いがいくつか設置されている。

 この施設の中で活動するのはほぼ自動人形(オートマトン)。生物は居る事は居るのだが各部屋で眠っている。

 一部はサバイバル用に改造され、生物が死ぬまでに何が出来るのかの調査が(おこな)われている。

 そこで使われる生物はほぼ『複製(クローン)』で擬似人格を与えられている。

 それらの説明を簡単にモモンガは話しつつイビルアイと共に歩き続けた。

 地図が無ければモモンガとて迷う自信があるほど『無限光(アイン・ソフ・オウル)』は広大で入り組んでいる。

 わざと迷うように設計しているわけではなく、地形の問題も関わっているらしい。

 地下もあり、水源などの確保も(おこな)われていた。

 

「食糧生産プラントというものがあり、なかなか見ごたえがあるぞ」

「そんなことも出来るのか」

 

 施設の外は音の無い灰色の世界。

 生物の気配を感じさせない施設だがお互いがアンデッドのせいか、精神的な部分では気にならないようだ。

 普通は人間を入れると孤独感で精神が乱れてくるらしい。

 何度かの転移を説明書を読みながら続ける。

 『転移パネル』というものがあり、それで移動していくのだが番号を間違うとやり直しが大変になる。

 施設の中は代わり映えのしない風景なので、ループしているように感じさせてしまう。ゲシュタルト崩壊する生物にとっては不安を覚えさせる場所だった。

 

「アインズでも一度の転移は無理なのか」

「悪用されない為の措置だから仕方が無い」

 

 そうして数十回近い転移の果てにたどり着いた場所は『無限光(アイン・ソフ・オウル)』の中心地。

 いくつか存在する制御を司る最重要施設。その内の一つだった

 

「……これほどの施設を作り上げる御技は感心するな」

「安全を考慮しながらな」

 

 モモンガとて一人で作り上げることは不可能だと思った。

 長い時間をかけて建設されたものではあるけれど、自分は国取り合戦で忙しかった。まして、月を開拓しようだなどと考えたことは無い。

 更に外宇宙に進出し、新たな星の開発まで(おこな)っているのだから驚きの連続だ。

 

 世界征服という野望の小ささに愕然とした。

 

 イビルアイが目的の部屋の前に移動するとどこからとも無くたくさんの同じ顔をした自動人形(オートマトン)が現れた。

 それぞれ武装しており、武器を構え始める。

 壁の一部はそれぞれ自動人形(オートマトン)達によって開閉が制御されているので知らずに入ってきた侵入者にはどうする事も出来ない。

 モモンガは慌てずに説明書を見る。そして、片手を上げる。

 

「ウィキラキラパイゾルファンシアルルリ……ララルゥゼック。アルソ、マヌーピメチ、ユルルホーワイ、……スカモアーヤタタテ……」

 

 パスワードのようなものだが、それがおよそ2000文字もある。

 何か意味があるのか、仲間達に分析を依頼したが何も分からなかった。

 間違った場合は手を挙げて、最初から言い直す。

 最初のパスワードは諦めるまで何度も挑戦できる。特にペナルティは無いと聞いていた。というか文字数が多いので間違うことがペナルティかもしれない。

 本来は『シズ・デルタ』を連れてくれば解決するのだが、彼女は遠い場所で仕事中だった。

 他の自動人形(オートマトン)に覚えさせないのは自我に目覚めて反乱されることを恐れた為だ。

 ならば今言っている言葉を誰かが覚えるかもしれない、となる。実際にはパスワードを聞いた全ての自動人形(オートマトン)はこの言葉を保持できない、ことになっている。

 変更するにも色々と面倒な手続きがあり、それらの説明書はモモンガが厳重に管理している。

 経年劣化により、説明書がボロボロに朽ちない処理もちゃんと施されている。

 十分ほどでパスワードを言い終わった。これは規定の時間以内に言わなければいけない仕組みではない。発音だけはっきりしていればいいらしい。

 正しいパスワードが言えない限り、先に進めないだけで撤退は出来る。

 言い終わった後、自動人形(オートマトン)達は武器を下ろした。

 

「パスワードを受諾。開閉パスワードを提示してください」

 

 次のパスワードはモモンガは持っていないし、説明書には書かれていない。

 イビルアイは一歩前に出る。

 そして、大きく息を吸い込もうとした。だが、呼吸を必要としない身体である事を思い出し、苦笑しながら取りやめた。

 

「……改めて……」

 

 イビルアイは事前にパスワードを教えられていた。それは今でも覚えている。

 体感時間が短かったことで忘れずにいられたのが幸いしたのかもしれない。

 

「全ての女体モンスターを我が手にっ! むさ苦しいオスなど要らぬっ!」

 

 口にするには恥ずかしいのだが()()()()()()()()()と言われていた。だから、男性であるモモンガではパスワードとして受け取らない可能性がある。

 

「パスワードを確認いたしました」

 

 恥ずかしさを我慢してパスワードを言っても自動人形(オートマトン)は無表情。それはそれで虚しさを覚える。

 だからこそ簡単には突破できない、とも言える。

 本当に女性の声でなければ駄目なのか、モモンガは疑問に思った。

 イビルアイの代わりに叫べる勇気は無いけれど、思い切ったパスワードだなと呆れてしまった。

 

 

 二重の厄介なセキュリティを突破し、自動人形(オートマトン)達が左右に移動する。

 荘厳な大扉。というほど豪華な装飾は施されていないが、アインズも入るのは初めてではない。

 前はまだパスワードが設定されていなかったので簡単に入れたのだが、今は()()()()を失っているので色々と面倒くさい事になっている。

 よく利用していたシズは二つのパスワードを駆使できる、ことになっている。

 殆どシズに任せていたので運営については知らないことが多い。

 モモンガとイビルアイは扉の奥に進むと背後で扉が閉められた。

 新たな侵入者が飛び込みで侵入しないようにする為だ。そして、転移阻害対策が何重にも施されているので高位の転移魔法でも入り込むことはできない。

 

「……最重要施設というのは……なかなか荘厳なものだな」

「……うむ」

 

 モモンガの言葉にイビルアイは頷く。

 『無限光(アイン・ソフ・オウル)』の中心にして最重要の施設にあるもの。

 全NPCと重要人物たちの『複製』が収められた保存容器が並べられている。

 部屋は数百メートル四方の広さがあり、訪れるものをまず驚かせる。

 巨大なコンピュータが設置されていると最初はモモンガは思っていた。

 

「月の楽園という奴か」

 

 死者たちが眠る場所をイメージして作られた場所に相応しい風景だ。

 厳密には『複製(クローン)』という魔法で作られたものではなく、ただの予備体に過ぎない。

 何者にも邪魔されない点で言えば立派な保管庫だ。

 それらの容器を眺めつつ向かう先は部屋の奥。そこには下に続く階段がある。

 一つ一つパスワードが設定されているわけではなく、厄介なものは入り口だけだと聞いている。

 そうして二人は階段を下りていった先には制御室と呼ばれる施設内の環境を司る機械類を収めた部屋が見えてくる。

 当初はシズが管理していたが今は放置されたままになっている。

 複数の制御室を作り、どれか一つに不具合が起きても対処できるように何度も試行錯誤されている。

 仮に全ての制御室に不具合が起きた場合、各部屋は切り離されて月から排出される。例えできなくても外部から引き抜ける仕様にはなっているらしい。

 この月の周りには『万魔殿(パンデモニウム)』と呼ばれる転移拠点が無数に浮遊している。

 内部と外部で対処できる仕組みがちゃんと作られているとシズから説明を受けていた。

 二重、三重の対処をするのは危機意識をちゃんと持っている証拠だとも言える。

 

 

 制御室を通り、更に下に向かう。

 延々と降り続けるわけではなく、建設の過程であまり深く掘り勧められない事が判明しているので、モモンガの居る場所では三階層までとなっていた。

 極端に深い場所は無いとシズは以前、言っていた気がした。

 月の地下には豊富な水源がある。多くは凍り付いているのだが施設を永劫管理できるほどの量があると試算された。

 それらを使い、食糧生産などに当てている。

 月だけでは心許ないので外宇宙の新たな水源探しも(おこな)われている。

 

「……人海戦術の恐ろしさ……だな」

 

 月には大気が無い。

 呼吸不要の人材の大量投入によって短期間で掘り進められている。

 それは普通に考えれば不可能な事だ。少なくとも人間社会では。

 一人ひとりの安全を考慮するだけで莫大な費用がかかる。だから建設は物凄い時間がかかってしまう。

 それを安価に(おこな)うのだから信じられない事だ。

 同じ施設を人間が造ろうとすれば数百年はかかる。

 この施設の建設期間は五年ほど。それがどれだけ凄いかはモモンガでも理解出来る。

 そんなことを思いながら目的の場所にたどり着く。

 そこは非合法の人体実験施設、に見える程おぞましい光景が広がっていた。

 無数の容器類はあるのだが、それらの中には内臓類ばかり納められている。

 

「……バラバラにされて……」

「慌てるな。ここはそういう施設だ」

 

 モモンガの言葉にイビルアイは我に返る。

 異様な光景は何度も見て来たはずだが、想像では平気でも実際の風景は未だに慣れないものかもしれないと思った。

 低重力による胎児の影響の調査。それも実験内容には含まれている。

 人が月に住む為には色々な障害を乗り越えなければならない。その為の実験施設はどうしても必要だ。

 そんな施設だからこそ、ここにしか置けないものがある。

 容器類は全て規則正しく整頓されていた。その最奥にあるものが目的地だ。

 イビルアイが向かった先にあったのは人間の『脳』だけが浮かんでいる無数の容器だった。その数は見えているだけで二十体以上はあるかもしれない。

 

「……他の臓器が無ければ復活できないのでは?」

「心臓は別の場所にあると聞いた覚えがある。これでも生きていれば復活は出来る」

「……そうか」

 

 人間や亜人などは『脳』と『心臓』が無事なら治癒魔法で再生できると言われている。

 時間はかかるけれど脳が無事な場合は記憶の欠損は発生しない。ただ、心臓の場合は色々と感情がおかしくなるらしい。

 

「見るものは見た。どうするイビルアイ?」

「永久に側に仕えたいところだが……。その願いは叶いそうにないようだな……」

「……目覚めて間もない内に滅びを望むのは早計だぞ」

「そうだな」

「定命の人生を楽しんだのだから、永久の眠りも理解してやらなければ……」

 

 人間である限り、退屈からは逃れられない。

 区切りを付ける事も精神的には大事なことかもしれない。そして、それを実行するには障害が一つだけあった。

 ()()を取り除く事は世界級(ワールド)アイテムでも容易ではなかった。だからこそ(おびただ)しい実験を繰り返して答えを得ようとした。

 答えが得られたのかはモモンガは知らない。

 見えている風景が幻ではないのならば失敗していそうな気がするけれど。

 

 

 モモンガには伝えられていないけれど、この施設にある容器類はイビルアイの為だけに残されている。

 なので全て、というわけではないが()()()大事なものは()()()()に安置されている。

 イビルアイとの約束は果たされたわけだが、モモンガの約束はまだだ。

 故郷(地球)に連れて行く、というものだが、まだ当分は無理そうだ。

 確かに一万年後にイビルアイを目的の場所に案内する約束は守ったぞ、とモモンガは苦笑気味に胸の内で言った。

 そして、もう一つの約束はモモンガが個人的というか一方的に交わしたものだが、そちらは下手をすれば数億年ほどかかりそうだと付け加えておいた。

 静かに泣き崩れていたイビルアイを慰めつつ、落ち着いたところで階段を登り、自動人形(オートマトン)達に引き続きの管理を託す。

 最重要施設というのはいくつもあり、広大な施設を一つの部屋だけで管理するのは負荷が大きくなる。

 モモンガは渡された説明書に従ったが全体を記したものではない。

 見た目では分からないが人間が一日で周れるような所ではない。

 中央制御室のような重要施設以外はモモンガの権限で比較的、自由に見学できたりする。

 そのような権限は外の人間にも与えられており、施設は運用されてきた。

 一万年の時を経て、大気の無い月は結局のところ緑豊かな星には出来なかった。

 ただ、各所の地下施設は数百年の滞在を可能とする居住区には出来るので一時的な避難場所として有効なことは証明されている。

 

 act 3 

 

 地上に戻ったイビルアイとモモンガは何とはなしに空を見上げる。

 長い年月を経たモモンガと眠りから目覚めたばかりのイビルアイはそれぞれ将来の事を考え始める。

 ここで終わるべきなのか、まだまだ先に進むべきなのか。

 その選択肢が目の前にちらついているように感じられた。

 モモンガはまだまだ目標があるので先に進められるが、イビルアイはどうするのかと疑問に思った。

 

「ペロロンさんに素直に貰われるつもりなのか?」

 

 モモンガとしては変態には渡したくない気持ちがあった。

 拒否したとしても咎めるつもりはなかった。

 

「……私の旅はとうに終わった……。ならば、先に進む者に後を託すだけだ」

「そうか」

「また永久(とわ)の眠りか?」

「真面目な参謀役は多いに越したことはない。ペロロンさんには変なことはしないように言っておくよ」

「……ありがとう」

 

 イビルアイは苦笑しながら礼を述べた。

 目的が見つからないので当面はモモンガの側に居ようと思った。

 長い時を過ごすと孤独感に襲われるものだが、仲間が居るのはいつだって心強い。

 今度の仲間はモモンガだ。

 モモンガ()が正しいか。

 いわゆる『新しい冒険の始まりだ』になるんだろう。

 物事はそう簡単には進まないのだが。

 背中を見せるモモンガの像が揺らめいたようにイビルアイには見えた。それはモモンガが歪んでいるのではなく、見ている自分(イビルアイ)の視界がおかしくなった為だ。

 

「……きっと……、ここが……」

 

 旅の終着地点。

 そして、イビルアイは()()()星の守護者(ヘレティック・フェイタリティ)』となる。

 

「先を行くか、超越者よ」

 

 気配で察したのかモモンガは慌てずに振り返る。

 既に声はイビルアイのものではなかった。

 

「行けるところまで行く予定だ」

 

 長い時の間に『星の守護者(ヘレティック・フェイタリティ)』の正体も色々と議論された。その中で話しの通じるものから色々と得た情報によれば、彼らはモモンガ達と同じく元『プレイヤー』となる。

 仮説の段階だが、そうだとすると化け物じみた実力が不可解になる。ただ、ゲーム時代では前例が無い訳ではないけれど。

 仮説の一つに平行世界で敗北したプレイヤーの成れの果て、というものがある。

 死んでも復活するようなプレイヤーだ。妙な存在に変質しても不思議は無い、という意見が出た。

 モモンガも色々と聞いて信じられなかったが、今は()()()仮説が有力候補に挙がっていた。

 それも『星の守護者(ヘレティック・フェイタリティ)』の正体が何か、というものだが。

 もし、その仮説が正しいとなると納得出来ることが色々とある。だから口に出して言う勇気が出ない。何が起こるか分からないくらい怖くなったからだ。

 

「最後だから名前を当ててやろう」

 

 今この場でもっとも相応しい名称は既に検討が付いていた。

 というか、仲間からも色々と意見を貰っていたので自分ひとりで特定したわけではないけれど。

 イビルアイの姿を借りている敵の名は『機械に関する百科事典(ヤントラ・サルヴァスヴァ)』の筈だ。

 他の『星の守護者(ヘレティック・フェイタリティ)』も対応するプレイヤーにちなんだ名前を形成する傾向にあるらしい。

 希望を抱いて志半ばで滅びたプレイヤーの魂を取り込んで変質するモンスター。

 それは正しく自分達の敵だ。

 敵に名前を告げると苦笑した。

 

「……賢い仲間のお陰だな」

「そうなんだが……。あまり戦いたくはないな……」

 

 イビルアイに憑依したのは驚いたが。

 

「一つの条件を満たせば退散するさ」

「んっ?」

一目(ひとめ)故郷の様子を見せてほしい」

「……承った」

 

 モモンガの言葉の後でイビルアイは微笑み、その後すぐに額に第三の目のような模様が現れる。

 

「イビルアイを連れて行け、ということか」

「戦闘を避けるなら方法は限られてくると思うがな」

「確かに」

 

 『星の守護者(ヘレティック・フェイタリティ)』達の故郷はおそらく一つだけだ。

 それはきっと多くの『星の守護者(ヘレティック・フェイタリティ)』達の願望でもあるのかもしれない。

 だから、モモンガは詳しく尋ねなかった。

 既に自分たちで実行していることでもあったから。

 

 地球への帰還。

 

 それもタダの凱旋ではない。

 あの()()()を綺麗に掃除するために。

 転移魔法も人海戦術を駆使すれば不可能を可能にすることが出来る。

 仮説は実証してこそ意味がある。

 足りない部分は数で押し切る。

 その為に『太歳星君(プロメテウス)』を作らせたのだから。

 

「失敗を重ねてここまで来たのだから、そろそろ背中を押してほしいと思っていたところだ」

「……そうか。それでは、その時まで楽しみにさせてもらうよ」

「このモモンガに任せておけ」

 

 そして『アインズ・ウール・ゴウン』に不可能なことなどない事を証明してやろう。

 意識を失って倒れそうになったイビルアイを抱えてモモンガは自らの拠点である『ナザリック地下大墳墓』に帰還する。

 これより『星の守護者(ヘレティック・フェイタリティ)』達の出現は認められなくなるが、野心を抱くものの前にまた現れるかもしれない。その時は対応するプレイヤーが頑張れば良い事だ。

 モモンガ達の次の目標が決まった。

 

 地球征服だ。

 

『終幕』

 

 



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