BALDR IS (てんぞー)
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帰郷 - 1

 ―――夢。

 

 微睡みの中で夢を見る。

 

 優しく暖かい夢を見ている。柔らかな感触の中でぬくもりに包まれ、意識をもっと深く、さらに深く、眠りの世界へと引きずり込もうとしてくる。だけど知っている。これは長く続かない。あと少し―――あと少しだけ。そう願っていても長くは続かないのだと。だから今、今だけこうやって夢を見れる間に懐かしい夢を見るのだ。

 

 夢の中で、まだ若かった頃の彼女達の姿が見えた。

 

 見える。

 

 まだそこにいたころの姿だ。彼女と彼女がそこにいて、そしてお互いに笑みを向け合っていた。そこにおーい、と声をかけると片方が笑みを向けながら返答し、もう片方がゴミ虫を見かけるような視線を向けてきた。そうだよな、お前はそういう奴だったよな、と、夢の中でさえ一切美化されない彼女のその態度に苦笑し、だけど悪くはないと思った。あの兎の魔人は媚びないでいい。あの女は孤高でいい。交わるということを覚えなくていい。

 

 靡かず、孤高で、そして自由に―――美しい。

 

 そんな彼女と親しくあれる彼女にはやや嫉妬を覚える事もあるのも事実だった。だがそこまでを求める事はしなかった。誰よりも自分が平凡であるという自覚があったから。あの孤高の姿を見れるだけで満足で、触れることなんて思ってもいなかった。そんな懐かしい過去の夢を見ていた。

 

『―――い、―――尉!』

 

 消えてゆく微睡みの中で、こちらへと向けられ、振られる手に気付いた。もう何年も見ていない平和な風景、平和な景色。だんだんと色素を失ってゆく世界は覚醒を示していた。あと少し、あと少しだけ―――そういつも願っている。平和な時代、平和な時、今はもうない、かつての記憶。

 

『―――てください、―――尉!』

 

 あぁ、解っている。いつまでも夢に浸っていることはできない。だから夢は音を立てて崩れる。白く染まる世界の中で過去の残像は消え去って行く。浮遊感と共に世界は消え、そして意識は徐々に浮上を始める。それは夢の終わりを告げる事だった。

 

『起きてください、お願いです中尉!』

 

 ―――目覚めた。

 

 目を見開けば爆炎と、そしてこちらにとびかかってくる鋼の姿が見えた。素早く足元からバーニアを噴かせ、体を後ろへと飛ばしながら宙返りを取るように回転し、両足で大地に立った。そのまま動きを連動させるように兵装プログラムへとアクセスする。何千、何万と繰り返し利用してきたプログラムは一瞬のレスポンスで手にライフルを出現させ、迷うことなくその引き金を引いた。鋼の体が、鋼の指が引いた引き金に連動し、ライフルの銃口から三発の銃弾が放たれた。飛びかかってきていたカニの姿をした鋼にライフルの弾丸が突き刺さるも、動きを止めず、先ほどまでいた場所に着地してから再び飛びかかってくる。

 

 今度はたっぷりと余裕を持ち、ショットガンに切り替えてとびかかってきた瞬間に引き金を引く。

 

 フルヒットしたショットガンの弾丸がカニを―――ウィルス名バグに対して打ち込む。

 

 一瞬で破壊されたウィルスが爆散しながらリソースへと変換される。その一部を吸収してシュミクラムの修理に当てながら、鋼の体のまま、息を吐く。直後、ホロウィンドウが出現する。出現したホロウィンドウに表示されるのは銀の長髪を持った、人形のような女の姿だった。その両目は閉じているが、しっかりとホロウィンドウを通してこちらを捉えており、やや心配そうな表情を浮かべていた。

 

『―――中尉、起きましたか!』

 

「……すまん、ちょっと寝ぼけていたようだ少尉。クソ、まだ頭がズキズキと痛むぞ……!」

 

 再びクソが、と吐き捨てるのと同時に、レーダーの表示が更新される。

 

『中尉、アンカーの展開とウィルスの追加を確認しました』

 

了解(ヤー)、アンカーの位置を転送しろ。破壊して脱出する」

 

『ご武運を』

 

 即座にデータが送られ、レーダーにアンカーの位置が表示される、が、わずかに逃げるように移動しているのが見える。ウィルス型のアンカーとは面倒なものを用意してくれたな、と吐き捨てながら鋼の体を―――シュミクラムをブーストで走らせる。受けたダメージが原因でわずかな痛みと軋みを感じるが、戦闘にも行動にも影響しないレベルに落ち着いている。その為、一切頓着する事無くまっすぐ、アンカーへと向かって突き進んでゆけば正面、その歩みを邪魔するように出現するウィルスの群れが見えてきた。その数はざっと見て30を超えている。戦い始めれば無限に援軍が出現して脱出どころじゃないな、と判断する。

 

 迷うことなくスティンガーを取り出し、飛び上がり、先頭のウィルスにASスティンガーを叩き込みながら爆風と慣性を利用してミサイルを取り出し、その上に着地して飛行する。今度はそれめがけて飛び込んでくるウィルスが出現するため、蹴り落とすように飛び降りながらジェルン・グラビティで重力弾を生成、それを打ち込めば群がるウィルスが一か所に吸引される。その中央へと追撃でバズーカを打ち込めば、連鎖するような爆発でウィルスが一気に四散する。

 

 その隙を突いて一気に飛び出し、加速する。

 

 ―――その先に、レーダーにマーキングされているアンカーウィルスが見えた。バツの字型の大型ウィルスの姿であった。逃亡するように動いているがさすがに大型ウィルスらしく、機動力が低い。軽量二脚型のシュミクラムであるこちらのほうが圧倒的に速い。守ろうとウィルスが殺到するが、

 

「遅い! ―――オープン・コンバット!」

 

 ブーストダッシュで一気に加速しながら刀を取り出して武装コマンドIAIを発動させる。一瞬の加速と共に慣性を乗せた鋼の体は上昇し、斬撃を残しながらすり抜けたウィルスを貫通した。斬撃に導かれて上昇したアンカーウィルスの姿をショックハンマーで殴りつけ、大地へと向かって叩き付け、次元拳法アッパーカット―――拳を虚空から出現させて食らわせるアッパーで一気に跳ね上げさせた。

 

 カイザーキックからサマーソルトで追撃を食らわせ、蛇腹剣を取り出し、アトラクターエッジを、伸ばして突き刺して一気に接近したところからパイルバンカーを打ち込む。

 

 鋼の杭がウィルスを貫通し、そしてその姿を真っ二つに割った。

 

「撃破!」

 

『アンカーの解除を確認しました!』

 

 着地する間にもウィルスの大軍は逃がさないと群がってくるのが見えていた。しかしすでにアンカーが存在しない今、自分の存在をこんなところに留める事はできない。迫ってくるウィルスの集団を眺めながら、ログアウトプロセスを開始する。

 

LOGOUT

 

 白く染まり、全てが0と1に分解され消えて行く中、鋼の構造体もウィルスの姿もすべてが消失して行く。その先で出現するのはリアルだった―――もはや電脳世界と現実世界での違いなんてほぼ存在しないのも等しい、だがそれとは別に、実体を失えば死が待っている。故に肉の感触はまだ生きている、ということの証明でもあった。建物と神経挿入子(ニューロジャック)の接続を解除する。軽く頭を横に振りながら見る世界は先ほどの鋼の構造体とは違い、寂れた、薄汚い部屋だった。接続に使っていたケーブルを回収しながら立ち上がる。軽い立ちくらみを覚えるが、大丈夫だ。動ける。

 

「脱出した、合流地点へと向かう」

 

了解(ヤー)、此方も合流地点で待機します』

 

 ふぅ、と息を付きながらもマーキングされている可能性はいつだって残っている。素早く没入(ダイブ)に使っていた廃屋から逃亡するように離れる。

 

 

 

 

 ―――かつて一人の天才がいて。

 

 男は人間の精神を、あるいは魂と呼べるものをネットワーク上で活動できるように人類の生存圏を広げ、電脳世界が生まれた。そこに人々は生活圏を広げ、そしてネットワークは広がり、AI達はそれを学習して世界がさらに大きく広がって構築されていった。最初は残骸すら残ることのない、電子のネットワークだった。

 

 だがある少女が摘んだ花を残したいと願った。

 

 そして少女の願いに答えようと、AIはネットワークをアップデートし、電脳世界に変化が訪れるようになった。

 

 そうやってネットワークが進化して数年―――さらに科学技術が発展した。電脳世界でのみ再現が可能といわれていた科学は天才とも、あるいは天災とも呼べる人間たちによってさらに発展した。今では治療用ナノマシンが存在する他、それで脳にチップを生み出し、それを通してネットワークへとアクセスすることだって出来るようになっていた。新時代。或いは黄金期と人々に呼ばれる時代がやってきていた。だがそれを黄昏時と呼ぶ人間もいる。

 

 緩やかに地球は滅びへの道を進んでおり、電脳世界を開拓したところで地球が修復されるわけではないからだ。

 

 資源は採掘されて行く。

 

 大地は枯れて行く。

 

 海は汚染される。

 

 徐々に、そして徐々に地球という星は破壊されて行く―――人類の未来はもはやこの地上には残されていないのは明白だった。それゆえに、一人の天才がこの時代に生まれた。彼女は電脳世界ではない、現実世界での技術的ブレイクスル-を生み出すことに成功した。人類のステージを地上から大空へ―――宇宙へと広げるための鋼の翼を生み出した。

 

 ―――それを彼女はIS(インフィニット・ストラトス)と呼んだ。

 

 

 

 

『クソが! 論理爆弾(ロジックボム)を拠点になんぞ仕掛けるかキチガイ共め!』

 

 秘話(チャント)を使って言葉を贈る。

 

 拳をテーブルに叩き付ける。テーブルの上に広げられている珈琲が大きく揺れて、その中身が零れそうになる。対面側に座っている、銀髪長髪の女はそれを片手で止め、溜息を吐く。その恰好はフリフリの多いドレスであり、動きづらそうなイメージが付きまとうが、そんなことは決してない、というのは自分がよく知っている。

 

『落ち着いてください中尉』

 

『危うく死にそうなところだったんだよ、これが落ち着けるか……はぁ、まぁ、過ぎたことにキレててもしょうがないけどさぁ―――それよりも命がけで抜いてきたデータはどうなんだクロニクル少尉?』

 

『今デコードしているので少々お待ちください』

 

 ふぅ、と一息をつきながら椅子の背もたれに寄りかかり、太陽の日差しを浴びながら珈琲を口へと運ぶ。太陽が燦々と照り付けるこの国は日本なんかよりも非常に暑い。何がまかり通って南米まで来てしまったのかなぁ、と口に出すことなく嘆く。飲んでいる珈琲も普通のものではなく、冷たく、砂糖が大量に入ったアイスコーヒーの類だ。日本で飲むやつよりもかなり甘い内容はしつこくすら感じるが、疲れもあって糖分は必要に感じられた。

 

「ふぅー……荒れてるなぁ」

 

「南米は現在企業間戦争で荒れていますからね。私たちのような傭兵にとってはビズの時間ですね」

 

 利用しているカフェから道路へと視線を向ければ、原住民以外にも自分のような外国人の姿が多くみられる―――それも懐に銃等を隠している、明らかにカタギではない人物たちだ。

 

 IS台頭によって現実世界ではISが、電脳世界ではシュミクラムが、という形で明確な武力の形が出来上がっていた。国家、そして企業の力とはどれだけ優秀なISと操縦者を保有するか、電脳における武力はどれだけ優秀なシュミクラム部隊を保有できるかで決定している。しかし、現在、ISの武力利用は条約により禁止されている為、戦争に使う事ができない。そのため、戦争の舞台はネットワーク上、電脳世界がメインとなった。

 

 シュミクラムと傭兵資格があればそれで立派な傭兵だ。戦争に参加するのもだいぶ楽な時代になった。

 

 とはいえ、ISに価値がないと言えば嘘だ。電子体で永遠に生きる事はできない。実体があってこその電脳世界だ。故にISとは安心感であり、国力の象徴でもある。上と下での武力のバランスはそういう風に整えられている。ただやはり、現実で無双できるISという化け物兵器がある分、現実での武力のほうが少しだけ重い部分もある。

 

「ディテクト・アース社とファルカーゼ社が土地を巡って戦争秒読み段階に入っていて緊張感が高まっていますからね。今は外国から傭兵達が食い扶持を求めて大量に流入してます」

 

『それを利用した、って事か』

 

『ですね。人の流れに紛れて移動するのが痕跡を隠しやすいやり方ですから―――相手が相手ですし』

 

亡国機業(テロ屋)共め……次に戦場で会ったらマジ容赦しねぇぞ』

 

『中尉はそう言いながら一人たりとも逃さないじゃないですか』

 

 気持ちの問題だ、気持ちの。そう言って溜息を吐く。自分にしては珍しく悪態を吐き続けているな、と自覚する。いや、理由は解っている。夢だ。懐かしい、あの頃の夢を見てしまったからだ。それがすべての元凶だ。あんな夢を見てしまったから名残惜しくも思い出してしまうのだ―――昔を。まだ平和だったあの頃を。

 

 まだISという兵器が存在せず、戦争がシュミクラムでのみ行われていた時代を。

 

 段々と温くなってきたアイスコーヒーを喉の中へと押し込みながら人の流れを眺めていると彼女―――クロエ・クロニクルから秘話がくる。

 

『デコードに完了しました。論理爆弾で虫食い状態でしたが部分的に読み込めました』

 

 そこでクロエは一旦言葉を区切った。此方へとデコードされたデータが送られて来る。出現するホロウィンドウを視線で追い、その内容を確認する。その内容はサイバーグノーシス主義を謳う教団のミッション内容、そしてその護衛に亡国機業(ファントム・タスク)がついているということ。そこまではすでに自分たちが何年間も追いかけている相手だけあって、既に知っていることだった。だが焦ることなく先を読んでいけば、新たな情報が書いてあるのを確認できた。

 

『―――日本か』

 

『次の目的はそうみたいですね。それ以降はほぼ壊れていて読めませんがIS学園という言葉が出ている以上、おそらくそこにターゲットがあるのではないかと』

 

『IS学園か……』

 

 確かあそこでは千冬が教職を務めている筈だった―――連絡を入れてコネを利用すれば何とかIS学園に潜り込めるか? と考える。だがとりあえず解っている事はすでに連中はここにはおらず、亡国機業もイカレカルト集団も、すでに日本へと旅立ってしまったという事実だ。

 

『で、どうしますか? 南米で休暇でも過ごしますか?』

 

『冗談言うな。直ぐに日本行きのチケットを手配して日本へと向かうぞ』

 

了解(ヤー)、では今日中に日本へと向かえるようにチケットを購入しますね」

 

「頼む」

 

 ため息を吐きながら残ったアイスコーヒーを喉の中へと流し込む―――日本は規制が激しくて銃器の類は持ち込みにくいから裏ルートを通らない限りは難しいんだよなぁ、と軽く嘆く。こういう時はどこかの企業(メガコーポ)の所属だと話がめちゃくちゃ早いのだが。まぁ、傭兵組合発行のライセンスで正式に中尉身分が存在しているだけ、まだ自分はマシだろう。だからさて、と呟き、立ち上がる。

 

「行くか」

 

 ―――篠ノ之束を探し、そして助け出しに。




 バルドハートクリア記念に欲を抑えきれずに思いを気づけば書き殴っていた。今作も非常に面白かったけどやっぱりシナリオや設定関連はバルドスカイが一番面白かったなぁ、ってアレは1&2+Xあるからさすがに比較するのはかわいそうだなぁ、と。

 0? 知らない子ですねぇ……。

 というわけでバルド汚染されたISだよ。


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帰郷 - 2

 日本という国は割と複雑な位置にある。

 

 その最大の原因は篠ノ之束という女が存在したことにあるだろう。

 

 今世紀最大とも最悪の発明される兵器、IS(インフィニット・ストラトス)の生みの親の篠ノ之束は日本人である。ISには絶対防御等というふざけたシステムのほか、音速飛行を可能としており、その上で戦車並の砲撃を可能とする火力まで搭載されており、元は宇宙開発用だったらしくも、完全に軍事転用されて核に変わる抑止力として各国に保有されている。ここまでは別にいいだろう、だが問題はこのISのコアに関する解読は現状の技術力だと篠ノ之束以外には不可能であるという事実、彼女がその気になればコアをフリーズさせる事が出来る事、そして彼女にのみコアを生産する知識があるという点にある。

 

 誰かが言った、彼女こそが19の悪魔(ノインツェーン)の再来ではないか? と。

 

 その言葉を否定する人間は少ない。束という人物は非常に身勝手であり、自身の興味以外には一切視線を向けず、自身が身内と認めた存在以外は視線さえ向けない。ゴミのような視線を向けるのでも否定するのでもなく、()()()()()()()()()()のだ。身内を偏愛し、他者を徹底して無視する。束という女を説明するなら成長することなかった女児、という言葉が一番近い。学ぶべきことを学ばずに知識だけを与えてしまった。その為、基本的な倫理が欠如しているのだ。故に天災、そう表現される。

 

 篠ノ之束の生まれ故郷である日本にはISを生み出して大きくバランスを崩した責任がある―――だが同時に日本を威圧しすぎ、それを通して彼女の身内に何かがあった場合、その復讐を浴びるのはプレッシャーを与えた国である。

 

 利権が欲しく、技術もISも欲しいから日本を威圧したい―――しかしやりすぎたら束からの制裁を食らいかねない。あの駄々っ子の様な女の癇癪はどこから来るのか、どこがラインかなんて探りたくすらない。そんなめんどくささの煽りを全力でくらっているのが現在の日本という国である。それが影響してか、警備は非常に厳重であり、そして世界でも有数の安全な国として今は記録されている。

 

 ―――なにせ、篠ノ之束は世間的には失踪しているのだから。

 

 だがその事実は違う。

 

 篠ノ之束は囚われているのだ。少なくともそれが真実であると自分、藤原亮(ふじわら・りょう)中尉が、そしてクロエ・クロニクル少尉が知っている。そのために二人で傭兵になり、世界を飛び回って追いかけているのだ、篠ノ之束の行方を。

 

 判明している事実は篠ノ之束の実体(リアルボディ)はサイバーグノーシス主義の過激派カルト教団に奪われて、電脳世界から逃げられない事。篠ノ之束の電子体はまたそれとは別の場所に幽閉されており、実体と合流する事ができないという事。そしてそのカルト教団には亡国機業というテロ集団が雇われており、護衛として常に一緒に行動している、ということだった。

 

 日本で始まり、アメリカ、中国、ロシア―――何個もの国をわたり、束の痕跡を、亡国機業の足跡を追ってきた。

 

 そして何の因果か、再び日本へと戻ってきた。

 

 

 

「―――入国早々クソみたいな検査だったな」

 

「仕方がありませんよ、中尉。今の日本は厳戒態勢もいい所ですから」

 

 時間を惜しんで空路から日本へと入り、荷物をすべて回収し終わって空港から出たところで、そんな言葉を漏らすしかなかった。パンツ一枚になるまで剥かれてチェック、その上で違法データを所持していないかブレインチップ内を軽くだがスキャンされた。これでもまだ独立傭兵組合から身分を証明されているからマシな方だった。だがそれでも繰り返される検査とチェックには辟易するしかなく、海路で密入国した方がマシだったのではないか、というレベルだった。

 

 ただやはり、空路が一番安定して早い。亡国機業を追いかけることを考えればやはり、空路を外す事はできない。公的に傭兵身分を保持しているのだから、もう少しここら辺のチェックを楽にしてくれれば、と、どこかの国に入国するたびに考えている。とはいえ、今度の日本に関しては今まで経験した中でも相当レベルの高い警戒態勢だった。クロエから此方へと早速データが送られ、ホロウィンドウにそれが表示される。会話も即座に密談へと切り替えられ、ホロウィンドウの内容を確認する。

 

 そこに表示されているのは織斑一夏、一人の青年の姿だった。

 

『数週間前に織斑一夏のIS適性が発覚、世界で唯一ISを操作できる男性という事実に殺気立っていますからね』

 

 現代における武力の象徴、IS。それは本来女性にのみ動かす事のできる超兵器である。だが、そんな中、男性である織斑一夏がそれを操縦できることが判明してしまった。神の悪戯か、或いは製作者からの身内に対する優遇なのだろうか? どちらにしろ、一夏の未来はIS操縦者となってデータ提供し続ける事以外になくなった。それにそんな貴重な検体、各国がほしがるに決まっている。今、日本では他国のスパイと企業(メガコーポ)のスパイで溢れかえっており、何故、そしてどうやって織斑一夏がISを操縦できるのか、それを血眼になって求めているだろう。

 

 それがもし判明するような事があれば、軍事バランスがまた傾くのだろう。

 

「……ま、それを利用させて貰うがな」

 

「南米にいる時にニュースを見たときは驚きましたが……いえ、或いはあの時から日本へと渡る事を決意したのかもしれませんね」

 

 連中の動き、態々警戒が厳重な現在の日本へとやってきた理由―――その中核に織斑一夏という青年の存在があってもおかしくはないだろう。何しろ彼はあの篠ノ之束が身内と認めた数少ない人間の一人なのだから。政府の重要人の保護プログラムを昔の事件以降は受けていると話には聞いていたが、IS適性が判明して表舞台に立った以上、()()があるのだろう。

 

『それで……日本に到着したのはいいのですが、ここからはどう行動するつもりですか?』

 

『コネを使うのに決まってるだろ? そうでもなきゃIS学園になんて潜り込めるわけがないだろ』

 

 デコード出来る範囲にあった情報ではIS学園の単語があった。そして一夏のIS適性の発覚、これを考えれば彼がどこに行くかは見えてくる―――彼もIS適正なんてものが発覚しなければ普通の学校通うことができただろうに、と、同情するしかなかった。とはいえ、それは利用させてもらう。ホロウィンドウを消去し、そして所持しているアドレスを選択して連絡を入れる事にする。新たなホロウィンドウにCalling、と表示される。

 

 数秒間、そのまま相手がそれを受けるのを待っていると、やがて、ホロウィンドウの表示が変化する。そこに表示されるのは鋭い釣り目に黒髪の女の顔だった。女は驚いたような表情を浮かべており、そして此方へと向けて言葉を放ってきた。

 

『貴様……亮、なのか』

 

『なんだその表情は。まるで死人を見ているかのような様子じゃないか……酷いなぁ、学生時代は一度、付き合った事もあるだろうに』

 

 その言葉で驚きから立ち直ったのか、彼女が睨むような視線を向けてくる。

 

『昔だ、それは昔の話だ。それよりも……そうか、貴様今日本にいるな? 成程、大体読めたぞ』

 

『だったら話は早い、旧交を温めないか? 通話で話すのにはお互い、もどかしすぎるだろう?』

 

『誤解させるような言い方はやめろ愚か者が。……まあ、いい。家の住所は変わっていない。来い』

 

 そう告げるだけ告げて、通話が切れた。懐かしい不愛想な表情、そして無駄な会話を好まない性格、そして男を寄せ付けない雰囲気、通話の向こう側からであっても一切変わることなく伝わってきて。あーあ、やれやれ、と呟き、ホロウィンドウを消去してクロエへと視線を向けた。

 

「―――見たかよ千冬の顔? 絶対この歳になっても絶対処女だぞ」

 

 俺の知っている織斑千冬は、どうやらそのままだったらしい。

 

 

 

 織斑千冬という女は、実に筆舌にし辛い。

 

 幼い頃に両親が蒸発した織斑千冬は親戚の援助を受け入れながらも、それ以上の力を借りることなく、弟である織斑一夏の面倒を一人で見ていた。外から見れば美談の類に聞こえるだろうが、実際そんなことはない。まだ中学に上がったばかりの子供に税に関する話は無理だし、生活のアレコレを教えてくれる人間も居らず、放っておけば発狂してしまうのは目に見えることだった。そこに色々と声をかけたのが、

 

 篠ノ之家、そして藤原家―――つまり自分と束の家になる。

 

 近所だった事で当然見過ごせる訳はなく、そして変にコンプレックスを拗らせていた千冬を助けるために色々と奔走した記憶がある。当時から自分がすべてをやらなくてはならない、と変な方向に責任感を突き抜けさせていた千冬はそれが原因で何度か疲労で倒れそうになっていた。それにあれこれと世話を焼いたり手伝ったりをしているうちに家ぐるみでの付き合いが始まって、しかし、

 

 おそらくはそのコンプレックスの一端が束をISの開発へと導いたのだろう、と本人は思っているのだろう。

 

「―――ここら辺は変わらないなぁ」

 

 空港からバスに乗って一時間、それから更にタクシーに乗って一時間ほど。久しぶりに歩く日本の街中は少し前までいた南米と比べるとはるかに平和で、安全で、バスが全く汚れていないことや、清潔なタクシーの姿に思わず驚いてしまうぐらい整っており、しかしこれがちゃんと国家として機能している場合の風景、と考えるとどこか安心感を覚える。

 

 何より自分の故郷がまだ自分でも解るぐらいに形を残しているのが良かった。昔は見慣れていた景色でも、傭兵として世界を飛び回っている間に、どんどんと見知らぬ景色で記憶が上書きされて行く―――その結果、こうやって直に見ないと思い出せなくなるのは、当然ながら寂しいものもあった。自分でもまだ郷愁を感じるんだな、なんてことを思い、記憶に従って道を進んでゆく。

 

 やがて小さな一軒家を見つける事ができた。ここからさらに歩けば篠ノ之道場や、実家を見つける事もできるだろう。が、自分の実家も、篠ノ之道場ももはや無人となっており、誰もいない。さすがにすべてが昔通りとはいかないか、嘆息しながらクロエにすまんな、と心の中で謝りつつ、視線を織斑家へと向ける。各所に見える警備システムを除けば昔とあまり変わらないな、と心の中で思い、家の前のインターホンを押す。

 

 ピンポーン、と音の鳴るインターホンの前で待つこと数秒、ガチャリ、と音を立てて扉のロックが外れる音がした。どうやら門前払いされることはないらしい。クロエに視線で来いと、と指示を出しつつ自分が前に、織斑家へと通じる扉を開ける。扉を開けた向こう側にいたのはスラックスにワイシャツ姿、ホロウィンドウに映し出されていた織斑千冬、本人だった。

 

「……本物か」

 

「俺のような個性の塊を騙る様な奴がいるなら一度見てみたいもんだ」

 

「それに関しては完全に同意だな。後ろにいるのは……」

 

 千冬がこちらの後ろへと視線を向け、それを受けたクロエが頭を下げた。

 

「初めまして織斑千冬様、私は副官のクロエ・クロニクル少尉と申します。よろしくおねがいします」

 

「様はいらん……上がれ、そこに突っ立っていられると近所迷惑だ」

 

「それじゃあ邪魔するぞ」

 

 居間へと向かって行く千冬を追いかけるように玄関へと上がる―――思わず靴を履いたまま上がってしまいそうになるのは、西洋文化に長く浸かりすぎた結果だろうか、そういえば日本では室内では靴を脱いでいたよな、とくだらないことに懐かしさを感じつつ靴を脱いで上がる。懐かしさを感じつつある景色に、やや戸惑い気味のクロエを背後に連れつつ、彼女の背景を考えれば戸惑いもするか。そんなことを考えながら懐かしい居間へと上がった。

 

 中央に足の低いテーブルがあって、そこから見える位置にテレビが、と、本当に普通の、どこにでもある日本の家庭の姿があった。そんな一家の風景を見て、意外と思ったのは、

 

「小奇麗にしているんだな? 昔は一夏がいなければ掃除さえできなかったというのに……」

 

「幾らなんでもそのままに甘んじている訳がなかろう。流石に社会人にまでなってそうなっている奴の方がおかしいだろう……」

 

 まぁ、それもそうだよなぁ、と納得しつつ、示されるままに足の低いテーブルに座る。慣れている此方と千冬に対して、こういう文化に馴染みのないクロエはやや困惑しているよく考えればクロエはドレス姿だからそりゃあ床に座布団で座ることを想定していないよな、という話だった。まぁ、習うより慣れろだ、困惑しているクロエに横の座布団に座れ、と密談で伝える。それを表情に見せずにせっせとクロエが座布団へ、此方を真似るように正座で座り込む。

 

 そこでテ-ブルに音を立てて乗せられるのは、

 

「麦茶だ……飲むか?」

 

「懐かしすぎて涙が出そう……貰うわ」

 

 どうせこれからいやというぐらいに話をするのだから、喉を潤す何かは欲しかった。麦茶の入ったボトルとともに運ばれてきたグラスに勝手に麦茶を注ぎ、それに口をつける―――特に美味しいというわけでもない、普通の麦茶の味だった。

 

 旧交を温めたいところだが、

 

「さて、旧交を温めよう……つってもどうせ信じないだろうしとっとと本題に入ろうか」

 

「あぁ、そのほうが私としても楽だな。で、いまさら日本へ何しに来た?」

 

 解っているんだろう? と言葉を置き、続ける。

 

「―――()()()()()()()()()()()()()()




 こっそり更新。自覚している汚点を克服しないわけないだろう、という簡単な話。


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