艦上OVERDOSE (生カス)
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オリキャラ&独自設定

タイトル通り、このSSで出てくる独自設定とオリキャラをまとめて紹介してます。
物語進行に応じて随時更新する予定です。



独自設定

 

・5年前の事故

 

某日未明。首都高環状線で2台の車による衝突事故が発生した。車種は日産180sxと日産フェアレディ240zg。2台とも猛スピードで走っており、180sxが推定時速300km/h前後を出した時にコントロールを失った。ガードレールに激突しそうになったところをZが無理矢理割り込み、180sxを押し出し、強引に進路を変えた。結果、180sxとその運転手は無事だったが、Zがガードレールに激突し大破炎上、また運転手は死亡した。

 

 

・艦上高速道路

 

通称艦高、または普通に艦上。学園艦は内部が区画ごとにブロックのような構造で分かれており、ブロック間での移動を効率化するために、そのすぐ上に高速道路が作られた。大洗学園艦の場合は1周12kmほどで、構造はなかなかに入り組んでいる。

 

 

オリキャラ(※ネタバレ含む)

 

・雨水永太

 

本編の主人公。一見知的そうだが、常にぼーっとしているような男。勉強も運動も不得手であり、得意と呼べるものはなく、愚鈍であり、小さい頃から周りに煙たがられていた。本人は気にしてない体を装っているが、根っこにはそれなりのコンプレックスがあるようだ。しかし、SXと出会ってから、彼の中の何かがゆっくりと変わり始めている。好きなことは寝ること。苦手なことは肉体労働。

 

 

・180sx

 

通称SX。現在はスクラップになる寸前のところを雨水に見つけられ、復活している。一見何の変哲もないボロ車だが、その実態は、狂ったような速度で走り、ドライバーを陶酔させ破滅に追い込む呪われた謎のクルマ。雨水という新しい主を手に入れたことによって、その力は今まで以上に大きくなりつつある。

 

 

・小山蜜柑

 

中学校以来の雨水の数少ない友達。柚子ちゃんの1つ下の弟。口は荒いが生真面目で面倒見が良く、なまけ気味な雨水の世話を焼きがち。高校になって寮住まいになってからは特にそれが顕著になった。小柄な体躯と、姉によく似た顔のせいでよく誤解されるが、れっきとした男性。学業の成績は良く、頭の回転も速い。好きなことは料理。苦手なものはホラー全般。

 

 

 

 

・九十九樹

 

名家・島田家の専属の運転手で、SXの元オーナー。5年前の事故の当事者でもあり、事故で仲間を失ってからは、憑りつかれたように最高速にその身を投じている。冷静沈着であり、どんな運転でも決して自分のペースを乱さない並外れた精神の持ち主。SXを憎んでいるが、それ以上に執着しているふしがある。好きなことはクルマ弄り、苦手なものは島田愛里寿。

 

 

 

 

・織戸真一(学園長)

 

長身痩躯の、大洗学園学園長。5年前の事故の関係者の1人であり、SXの秘密を知ってる人物でもある。雨水のSXのセッティングに協力する。フランクで、いい大人を装っているが、実のところ快楽主義者でもあり、SXと雨水がどこまでいって破滅するのかを楽しみにし、期待しているようだ。乗っている車種は80スープラ。好きなことは夜遊び、苦手なものはデスクワーク

 

 

・寺田陽花

 

雨水の所属する自動車部の部長。5年前の事故の関係者の1人。昔スクラップになる寸前のSXを見つけた人物。そのためなのか、5年前の事故の原因は自分にあると思いこんでいる。優しく、責任感の強い性格だが、しかし故に未だ自責の念から逃れられないでいる。高校に進学した際、あることがきっかけで自分のすべてにけじめをつけるために、SXを止めることを決意した。好きなものは甘いもの。苦手なものは織戸さん。

 

・寺田千秋

 

陽花の姉であり、5年前の事故の関係者の1人。未だ過去にとらわれている九十九と、自責の念に苛まれている妹を心配している。

 

 

・島田

 

九十九の昔の仲間であり、故人。5年前の事故ではフェアレディ240Zに乗っており、SXを庇い、この世を去った。

 

 

・ナツ

 

継続高校の生徒。島田のフェアレディZを偶然見つけ、手に入れた。独自の雰囲気を持つ人物で、まだ見ぬSXに興味を持っている。



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1 Here's to you

とりあえずプロローグ的なアレ
ガルパンキャラが1人しか出てないのさ…


- 夕方 ある街道 -

 

時間帯の割には不思議とすいている道路で、フーガを走らせていた。お嬢様の送迎のためだ。

もうとっくに戦車道の練習が終わっている頃だろうか。急がないと大目玉かもしれない。

それから十数分後、大学に到着し、クルマから降りて演習場に行くと、探していた人を見つけた。

やはりとっくに演習は終わっており、他のメンバーと談笑しているようだ。

手を振ると、自分の存在に気づいたようで、メンバーと別れの挨拶を交わした後、此方に向かってきた。

 

「すみません。お待たせしました。」

 

「ううん、大丈夫」

 

謝罪をすると、そんな言葉が返ってきた。どうやらお嬢様からのお咎めはないようだ。正直ほっとした。

お嬢様を車に乗せ、帰路につく。

 

「どうですか、大学は?」

 

「楽しいよ、みんないい人達だし。歳が離れていても、優しく話しかけてくれる。」

 

「歳が離れているからこそじゃないですか?小さい妹みたいに見られているとか。」

 

「…遅れたこと、お母様に言いつけるよ?」

 

いらんこと言ってしまったかな…。そんなやり取りの後、しばらくは俺の謝罪が続き、ボコ?だかなんだかのぬいぐるみをおごることでさっきの失言に関してはお許しを貰った。お嬢様の送迎を続けて随分経つが、彼女も俺に慣れたのか、最初に比べてだいぶ遠慮がなくなってきた。人のことは言えないかもしれないけれど。

 

「奥様には内緒ですよ?」

 

「わかってるよ」

 

お嬢様は上機嫌にそう答えた。

まさかあんな一言で予想外の出費を出すことになるとは思わなかった。

 

 

----数十分後

 

正直この街のデパートには進んでいきたいとは思わない。

デパートに行くためにいつもとは別のルートを走らなければいけないからだ。

いつもは意図的に避けている、嫌いなルートだ。

嫌いな理由は簡単

 

 

 

「…まだ直してないのか…。」

 

 

 

道路脇に広がるオイルのシミ、ひん曲がったガードレール、そしてそれを覆うように位置している

コーンとバリケードを見て、そう呟く。

そう、嫌いな理由は、昔ここで事故を起こしたトラウマがあるからだ。

 

あれから5年、きっともう忘れることはできないだろう。

いつも俺の前を走り、そして俺の代わりにいなくなったあいつのzは、もうスクラップになって

しまったのだろうか。あいつを殺したあの180は、もう分解されて売り飛ばされてしまったの

だろうか。いくら後悔してももう遅い。

 

ふと、昨日旦那様と話していた内容を思い出した。

-

--

----

 

『九十九くん、いま帰りかい?』

 

『はい』

 

『そうか、いや、ちょっと伝えたいことがあってね。』

 

『カレラの件ですか?』

 

『そう、それだよ。さっき電話がきてね、キミのポルシェ、セッティングが完了したらしい。

明日には受け取っていいそうだよ。ただ、時間がなくてシャシダイで慣らしができなかったみたいだから、こっちで実走してくれ。とのことだ。』

 

『どの位必要ですか?』

 

『1000km、回転数は一応4500までにとどめておいてくれといっていた。』

 

『分かりました。ありがとうございます。』

 

『…まだ、忘れられないのかい?』

 

『……』

 

諭すような声で、旦那様はつづけた。

 

『もういいんじゃないかな?自分を許してあげても。それにそんなことを続けていても、何も生み出さない。

それどころか、自分が破滅に向かう一方だ。』

 

『…心配して頂きありがとうございます。でも、本当にそんなんじゃないんですよ。ただ無理なく趣味で続けたいだけなんです。』

 

『……』

 

『お心遣い、感謝します。それでは』

 

そういって無理な言い訳をして帰路についた俺を、旦那様は何も言わずに見送ってくれた。

 

----

--

-

 

その通りだ。

 

こんなこと、誰が見ても間違っている

 

何も生み出さない。

 

きっと後悔することになる。

 

 

それでも

 

 

そんなことを堂々巡りに考えていると、目的地のデパートに着いた。リクエストした張本人を見てみると、

後部座席でぐっすりと眠っていた。どうりで静かだったわけだ。

もし、俺がいなくなったら、この人はどう思うのだろうか?

そんなことを少しだけ考えて、そしてすぐにやめた。

たられば話をいくらしても意味がない、どちらにしろ、自分がやることは変わらないのだから。

 

(終わったらクルマを取りに行って…それから慣らしだな…)

 

仕事後の予定を頭の中で立てながら、気持ちよさそうに寝ている眠り姫を起こすために、名前を呼んだ。

 

 

「着きましたよ、愛里寿様」

 

 

それでも、最後まで止まることはできないだろう

 

 




九十九 樹(つくも いつき)
25歳、男性、元々はクルマ弄りが好きなただの学生だったが、ある事故をきっかけに愛里寿の父に目をかけられ、島田家の専属運転手となる。

この人はとりあえずここでフェードアウト。次からは大洗学園が舞台になります。


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2 Virtual insanity

ガルパンの世界の人って何歳ぐらいから免許取れるのかしら。
アニメ見てそれが気になる今日この頃


- 昼休み 大洗学園 屋上 -

 

「なあ、雨水」

 

「どうした、小山」

 

「大洗学園てのは今年から共学になったんだったよな?」

 

「ああ、俺はそう聞いているよ」

 

「俺も聞いているし、その情報は間違いないとは思う。そうじゃなかったら俺たちはここでこうしてだべっていることもないわけだしな。」

 

「その通りだと思うよ。で?それがどうしたのよ?」

 

「すまない、前置きが長くなったな。何が言いたいのかっつーと、

 

 

 

 

 

 

どうして男子が俺たち2人以外にいないんだ?」

 

「……」

-

--

----

 

拝啓、親父様、お袋様、お元気でしょうか。私、雨水永太は元気です。

私が大洗学園に入学して、早1週間が過ぎました。おぼつかないところも多々ありますが、中学からの友人もいるので、今のところ充実した日々を送れています。

 話は変わりますが、大洗学園にいる男子生徒が、私とその友人だけなのはご存知でしょうか?驚かれると思いますが、本当のことなのです。マジで。

恐らく、共学化の告知が遅すぎたのが原因だと思います。さすがに去年の12月にするのは私でも遅いと思います。12月て。

第一そんな告知をしても、受験に向けてしっかりと準備してきた方々はとっくの昔に受験勉強に専念しています。逆にそんな時期に進学先の学校を探してこの学校を見つけたような人は、普段ぼーっとしていてぎりぎりになってようやく焦り始めるような計画性のない人でしょう。はい、私です。ごめんなさい。

でも、怪我の功名と呼べばいいのか、おかげで実家から一番近い母港の学園艦に通うことができたのは大きいと思います。

そんなこんなで、私と同じような理由でこの高校に入った小山と共に、学園生活を謳歌しています。本当ですよ。本当です。

くじけそうな時もありますが、私は大丈夫です。

 

----

--

-

 

「これ行事の班分けとかどうなるんだ?」

 

「やめろよ…あんまり考えないようにしてたのによ…」

 

こんなことになるとはさすがに予想していなかった。小山の言う通り、グループとか作るときどうするんだろうか?ヤバイ、ハブられる未来しか見えない…。

 

「まあ1年間の辛抱だろ、頑張ろうぜ」

 

「果たしてそうかな……果たしてそうかな…」

 

何で2回言うの…

と、そんな他愛ないことを考えていると、どこからかボウ、と低い音が聞こえた。

グラウンドの方向からだ、何かと思ってグラウンドを見ると、1台のクルマが見えた。

どうやらエンジンをかけた音らしい。

 

「自動車部か?」

 

小山が問いかける。

 

「だろうな。テスト走行かねありゃ?」

 

途端に、そのクルマは咆哮のような音を発し、走り出した。

ある程度スピードが乗ったかと思うと、突然クルマの挙動が変化。

車体が横に傾き、そのまま後輪を滑らせながら、前輪で調整しつつ、

慣性と遠心力を利用して急カーブ。

見事なドリフトだ。

 

「すげえ…」

 

「圧巻の一言だな…」

 

小山も俺も呆然としながら率直な感想を述べ合う。

 

「ありゃGT86か?」

 

「BRZじゃねえのか?」

 

「そうかもなあ…でもあんなドリフトするぐらいなら最初からリヤサス硬い86のほうが良い気がする、多分」

 

「相変わらず妙に詳しいよな」

 

「好きだしな、自信はないけど。足回りセッティング変えてたらもうわかんねーわ」

 

「自動車部入ってみれば?今からでも遅くはねーだろ。」

 

「…車は好きだしクルマ弄りに興味がないわけじゃないけど、あの輪に入る勇気はないねぇ…

それに、放課後拘束されるのもなんかなあ…。」

 

そう、先ほども説明したとおり、学園の男子は俺とこいつ2人だけ。かつ2人とも帰宅部。

つまり、今学園にある部活動はもう女子のグループしかないわけで…。

そこに入るほど大胆さは俺にはなかったのだ。

 

86の運転席のドアが開き、ドライバーが出てきた。

ここからではよく見えないが、癖の多い茶色がかった髪の小柄な少女だった。

 

「誰だ?自動車部の新歓のときにはいなかったよな?」

 

「ああ、ありゃ土屋だよ。最近入ったんだろ」

 

俺の問いに小山が答えた。

 

「知っているのか?」

 

「同じクラスだろ…」

 

「そうだっけ?」

 

「つか同じ中学だったろ…」

 

「…覚えてないな……」

 

あきれ顔になる小山をしり目に、土屋を見る。すると土屋のほうも視線を感じたのか、此方に顔を向けた。

目が合ってしまった気がした。なぜか気恥ずかしくなり、目をそらす。

 

「そういやお前、クルマ欲しいとか思ったことあんの?」

 

小山が唐突にそんなことを聞いてくる

 

「そりゃ、買えるんなら欲しいさ。」

 

「じゃあよ、もし買えたとしたらそのクルマで何したいんだ?さっきのみたいなドリフトとかか?」

 

「…いや、どっちかっていうと、ただ速く走らせてみたいな。」

 

「なんだそりゃ?やる意味あるのかそれ?」

 

「さあな」

 

その後、昼休み終了を告げるチャイムが学校に響き渡る。俺たちは急いで屋上を降り、次の授業にはぎりぎり間に合った。

 

小山に問いで、ふと、小さい頃のことを思い出した。

何をするにものろまで、いつもビリッケツだった。

作業も誰よりも遅いから、よく先生にも叱られた。

そんなある時、俺はレース物のアニメに夢中になっていた。主人公よりなにより、そのアニメに登場するマシンがかっこよかった。

あのマシンがあったら、俺ものろまじゃなくなるのかな。

なんて馬鹿なことを、子供の頃の俺は本気で考えていた。

 

- 放課後 街はずれ -

 

「どっか寄り道してかないか?」

 

「そうだな、掘り出し物のCDとかあるかも」

 

「よし、いこいこ」

 

ということで行くことになった某中古ショップに俺たちは足を運んでいた。

歩きながら2人でだべっていると、不意にある場所が目に映る。

 

「…こんなところにこんな大きな空き地なんてあったのか」

 

「ああ、この辺あまり通ったことなかったからなあ…。学園艦にもこういうとこあるんだな」

 

「へえ、やっぱ広いから管理しきれないとこって出てくんのかねぇ」

 

そして、それ以上の感想は特に抱くこともなくその場をあとにしようとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーー・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・?」

 

何か、音が聞こえた気がした。声、のような、

誰かを呼んでいるような。

 

そんな声が、聞こえた気がした。

 

 

迷子になった子どもでもいるんだろうか。

その声が妙に気にかかり、無意識に空き地へと足を踏み入れる。

 

「おい、どうした?」

 

「悪い、ちょっと気になってさ…。先に行っててくれ」

 

「なんなんだ…?」

 

困惑する小山を残して、空き地に入った。

それからしばらくは空き地の中をひたすら探し回った。

 

(どこだ?誰だ?)

 

見えるのは背の高い雑草ばかりだ。

先程の声ももう聞こえない。

広いと言っても見晴らしのいい空き地だ。全部回るのに、それほど時間はかからなかった。

それでも見つからず、やっぱり気のせいだったのかと諦めかけた。

 

 

すると、後ろから熱を感じた。

夕日のそれとは違う、火のような熱

何かと思いその方向に目をやると、目の前に、

 

 

 

 

 

壊れかけの1台のクルマがあった。

 

 

 

 

 

見つけた

 

 

 

 

 

そのクルマを見たとき、何故だかそう思ったんだ。

 

 

 

 




雨水 永太(うすい えいた)
普通のメガネ。一見理知的に見えるが、普段からぼーっとしており、成績もあまりよろしくない。
顔だちが似てるので一回某生徒会広報(1年後)の弟疑惑が浮上したが、赤の他人である。

小山 蜜柑(こやま みかん)
男の娘。此方は正真正銘某生徒会副会長(1年後)の弟。姉によく似た顔、小柄な体格、ウェーブのかかった髪等々の要素で、学ランきているのが不自然なレベルに達している。
本人にとってはコンプレックスだったりする。

またまたガルパン要素が薄いのさ…

ガルパンキャラと本格的に絡ませられるのは次々回あたりになると思います。ご了承ください…


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3 wonderwall

今回もあまりガルパンキャラ出てきません。
許してください、なんd(ry


- 夕方 学園艦 郊外の空き地 -

 

背の高い草むらに囲まれ、埋もれていながらも、そのクルマはあった。

特徴的なリトラクタブルヘッドライト

家庭用ではあまり見ないクーペタイプ

それらの特徴で、ぱっと見でもスポーツタイプであることがわかる。

 

ボディや内装、足回り、更にはボンネットを開いて内部を見てみる。

どうやら見た目に反してそれほど損傷はない様だ。

そこまでやって、ようやく車種が分かった。

 

180sx

 

たしか90年代に流行ったクルマだったか。今でもたまに若い人が走らせているのを見かける。

結構前からある車だし、そんなに希少な車種でもないから、こういう場所に1台や2台あっても

何ら不思議ではないだろう。

 

そのはずなのに、

 

なんでか、俺はこのクルマから目が離せないでいた。

さっきの声の主が、このクルマであるような気さえしていた。

 

「このクルマがどうかしたのか?」

 

気づくと、いつの間にか小山が後ろにいた。

 

「ああ、なんか気になってな…」

 

「ふーん、随分ボロボロだな。でもまあ…確かに妙な雰囲気があるな、色もあまり見ないタイプだし。」

 

小山がそう言っているのを聞いて、ようやく気付いた。

 

言われてみれば、珍しい色だ。

一見はガンメタルだが、それにしては妙にくすんでいる。

それよりは鉄、そう、ボディを塗装もせずに組み立てたような

そんな色だった。

 

「君たち、こんなところで何しているんだ?」

 

後ろからそんな声が聞こえた。

振り返ってみると、初老の男性がいた。近所の人だろうか。

そういえば、探し回っているときに何度か見たっけか。

 

「勝手に入ってもらっちゃ困るよ。一応は私有地ってことになっているんだから。」

 

「す、すみません。すぐに出ていきます。」

 

「すいませんこの180sxてこれからどうなるんですか?」

 

「おい雨水!」

 

「ワンエイティ?ああ、その車かい?どうなるって…こっちもそのクルマには困っていてね。

誰かが不法投棄していったらしいんだ。明日には業者さんに引き取ってもらって、スクラップに

してもらうことになっているんだよ。おかげで廃車費用を支払わなくちゃいけなくなってねえ…」

 

「あの…レストアする予定はないんですか?見たところエンジンも無傷だし…

見た目ほど損傷はないように思えるんですが…」

 

「まあ、できればそうしてやりたいが、私は乗らないし、きれいにするのにかかるお金も

バカにならないしね…買い手でもいりゃ別なんだろうけど…」

 

「!つまり、買い手がいれば直してもらえるってことですか?」

 

「雨水、お前何する気だ?」

 

小山の抑止も聞かずに、俺はつづける

 

「それって、どの位かかるんですか?」

 

「…なあ雨水、まさかと思うがお前……」

 

「キミ、買い取る気かい?私が言うのもなんだが、あまりお勧めはしないぞ?」

 

「お願いします。必要なお金は…すぐには無理ですが、なんとか工面してみます。」

 

「…ちょっと待ってて、今連絡してみるから。」

 

「ありがとうございます!」

 

「マジかよお前…」

 

結局その日は、相談やら何やらですっかり遅くなってしまい、

某中古ショップには行き損ねた。

 

 

 

 

- 翌日 昼休み 大洗学園 屋上 -

 

「お前ってたまにすげー考えなしなとこあるよなぁ」

 

「ハハ…」

 

「良かったな、かかる金が修理分だけで。しかも、ボロボロの見た目に反してダメージは

ほとんど無いときたもんだ。クルマ1台手に入れるにしちゃ信じられないほど

破格だったな。」

 

「それでも貯金は全部とんでしばらくはバイト三昧だけどな…。」

 

「良かったじゃんか、その程度で済んで。もう少しで親に土下座して

借金するところだったんだろ?ラッキーだったな、債務者にならずにすんで」

 

「そう言わんでくれよ…俺だって考えなしだったなと思っているよ…」

 

「どーだか」

 

そうなのだ。あの後交渉の末、何とかあの180sxを譲ってもらえることになったのだ。

しかも、修理費と、その他手続きにかかる諸経費をこっちで負担すれば、クルマ自体

はタダで譲ってくれるというのである。

もちろん、何があっても責任はとれない、という前提でだけど。

 

「つーか、なんでお前がそこまで怒るんだよ?お前別に損してないだろ」

 

「昨日お前に付き合ったせいで門限大幅に過ぎちまったんだよ!おかげで姉ちゃんに怒られたんだぞ!」

 

「ああ…怒ると超怖いもんなお前の姉ちゃん…。でも先に帰っていいって言ったろ?」

 

「いや…だって…怖いじゃんか…あんな暗い道…」

 

「えぇ…」

 

お前高校生だろ? そんな言葉が出そうになったが、何とか飲み込んだ。

 

「しかし、よく親御さんも許してくれたよな」

 

「結構説得に骨は折れたけどな…」

 

あの後、両親の許可がないと売れないと言われたので、親に相談すると、

ものの見事に反対された。その後しばらく交渉が続き、なんとか「購入費、維持費含め、

両親は一切金を出さない。自分だけで工面する。」という条件で、何とか購入を許可してくれた。

かくして、俺は見事あの180sxを自分のものにすることができたのだ。

正確にはまだだけれど。

 

「で?いつぐらいに終わんのよ?修理」

 

「2週間後ぐらいには終わるみたいだ。受け取った後に名義変更とか、他の手続きもやって、

晴れてゲット、て感じ」

 

「そっからは大変だな。ガソリン代に維持費、金が飛んでいきますなあ?」

 

「そんな皮肉言わんでくれって…」

 

悪かったよ、そう言おうとした瞬間、グラウンド方面から音がした。

昨日もしたGT86(多分)のエンジン音だ。

俺たち2人はグラウンドの方向を見る。昨日と同じようにドリフトの練習でもしているようだ。

 

「土屋か。」

 

「そうだ。お前、土屋にアドバイスでも貰ったらどうだ?もしかしたらいいバイト、紹介してくれるかもしれんぞ?」

 

「あれって自動車部の備品じゃないのか?さすがにあんな新しいクルマ買える高校生は少ないだろう」

 

「そうだな、どっかの誰かみたいに金もないのに衝動買いするほど馬鹿でもないわな。」

 

「しつこいなお前も…」

 

ひとしきり練習が終わったのだろうか。土屋がクルマから出てきて思い切り背伸びをする。

それをぼーっと見ていると、昨日と同様に、土屋が屋上のほうに顔を向け、また目が合った。

また顔をそらそうかと思ったが、どうにもタイミングを逃してしまったような気がする。

土屋も何やらこちらのほうをじいっと見ている(気がする)。

このままにらめっこするのもあれなので、試しに小さく手を振ってみた。

そうしたら、土屋はいやに大げさに手をブンブンと振り、此方に返事した。

あいつ目いいな…。

 

「なんか犬みてえだな。」

 

「やめてくれ小山、なんか妙にしっくりきちゃうからそれ。」

 

アドバイスね…土屋に運転の仕方教えてもらおうかな…

 

 

 




学園艦にも郊外とか空き地はあるんでしょうか?
あの大きさならあってもいい気がしますが…


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4 I might be wrong

醒めちまったこの街に…熱いのは…俺達のWRITING…

Poemはいいぞ(ステマ)


- 昼休み 大洗学園 屋上 -

 

あのsxを見つけてから早2週間、修理、手続きも終わり、晴れて俺の元にそれは来てくれた。

それから更に数週間は、慣らしのためにすいた道路で流す形で乗っていた。

結論から言うと、実に乗りやすいクルマだった。運転している間は少しも負担を感じない。

学園艦を十数時間かけてドライブしてみたりしたが、集中力は少しも途切れることはなかった。

そこまでいろんなクルマに乗ったことはないが、それでも自分のsxは普通じゃないことが分かる。

最高だ、まさかここまでとは。

 

…--い…-すい…

 

今夜はついに全力で走らせてみよう。楽しみで仕方ない。

 

「おい!雨水!」

 

「ウォ!?…なんだ小山か、びっくりさせるなよ…」

 

「なんだじゃないだろ…大丈夫かよお前?いつもぼけーっとはしてたけど、最近特にひどいぞ」

 

「平気だよ、ぼーっとしてんのはいつものことだろ?」

 

「…またあのクルマか?」

 

「ああ、本当に良いぞあれ!そうだ!昨日慣らし終わって、今日ついに全開試すんだよ!

良かったらお前も一緒に…」

 

「雨水」

 

「お、おう…、どうした?」

 

「…お前もう、あのクルマに乗るのはやめろ」

 

神妙な顔で、突然小山はそんなことを言い出した。

 

「…なんだよ?藪から棒に」

 

「お前気づいているか?今日の授業中、何回か先生に注意されてたこと」

 

「…そうなのか?」

 

「ああ、上の空っていうか、気づく気力もない、て感じだったぞ」

 

「…でもだからって別に」

 

「そこじゃない」

 

「…なんだよ」

 

「一番問題なのは、お前がそのことに少しも自覚がないってことなんだよ。お前、そのうち本当に死ぬぞ?」

 

「……」

 

「なあ、あのクルマがどれだけいいのかはわからないけど、絶対お前には良くないよ。クルマもさ、あんなただでさえ先の短いボロにあんまり無理させるなよ?な?」

 

「…言いたいことはそれだけか?」

 

「雨水!」

 

「悪い、先に教室戻ってるわ。今日、少し冷えるしな」

 

「お前死ぬぞ!本当に!待て雨水!おい!」

 

小山の声にも振り返らず、俺は屋上を後にした。

あいつも心配性だな。無理なんかさせてるもんか、本当に最高なんだ、あのクルマは

 

 

 

 

- 深夜 学園艦 駐車場 -

 

この日がついに来た。待ちに待った全開解禁日だ、駐車場でsxを見つけ、

早速乗って、エンジンをかけてみる。ボオゥ、と、伸びのあるエンジン音。sxから、

srエンジンから発せられるその獣のような音に、俺は興奮を隠せないでいた。

 

今日は工業専用地域に行こうと思っている。工業専用地域とは言っても昔の話で、実際はかなり前にその役目を終えて稼働をはしておらず、半ば廃墟と化している。立ち入り禁止とされているけど、どうせ周辺には誰もいないので、そうそうばれることもない。

車道が広く、長いストレートからタイトコーナーまである。クルマの性能を試して下さいと言わんばかりの場所だ。

 

アイドリングと油圧を確認してから、発進させる。熱を感じた。

血が滾るとかではなく、体に直接火が灯ったような感覚。

すっかり俺は舞い上がってしまい、浮かれたまま目的地に向かった。

 

 

熱に埋もれて、再びあの音が聞こえた気がしたけれど、

その時は気にもとまらなかった。

 

 

- 深夜 学園艦工業専用地域 -

 

乗り回して、このsxの性能と特性が大体わかった。

0-100m約5秒、中速度域で特に安定した走りを見せ、老朽化は激しいものの全体的なボディのヨレはそれほど感じない。

限界速度はまだ確認していないが、今までの性能を見ると、リミッター解除で260km/hはいきそうだ。

性能は飛び抜けて良いというわけではないだろう。それでも俺はコイツが一番だ。

タイヤが地面を蹴る感触が、エキゾーストの音が、エンジンの振動が伝わるたびに、

どこまでも行ける気にさせてくれる。こんなクルマ、他のどこにあるというんだ。

 

それからしばらく走らせ、気づいたらガソリンのメーターが3分の1を下回っていた。なんだか、いつも以上に燃費が悪い。

 

「そろそろ帰るか…」

 

そう思った矢先、バックミラーに光が映った。

しかし一瞬の後、その光は俺を横切り、閃光のように過ぎていった。

光の正体はすぐにわかった。クルマのヘッドライトだ。しかも2台。

どうやらレースをしているようだ。

 

過ぎてゆく2つの閃光を見て、俺はある欲求に駆られた。

sxを試してみたい

気づいた時はもうアクセルを踏んでいた。

 

ハンドルを切る。

道を確認。長いストレート。

フルスロットル

タコメーターを見る。6000rpm前後

4速にシフトチェンジ

200km/h

更にアクセル

目の前のランプが近づいてくる。

250km/h

6500rpm

5速にシフトチェンジ

車種が分かる距離まで近づいた。

 

直線的なデザイン

この音

ロータリーサウンド

FCだ

白の

 

そしてその前を走っているのは、F40、色は赤。初めて生で見た。

不思議と、笑みがこぼれる。

 

260km/h

 

FCとの距離がだんだんと近づいてくる。

もうちょっとだ…

 

 

だけど

 

追いつく直前、FCとF40が突然加速しだした

さっきまでは本気じゃなかったのか?

俺とsxに合わせていた?

 

 

 

なめるなよ

 

 

 

 

270km/h

 

まだ加速は終わらない。

 

280…

290…

 

離れた2台に、再び距離を詰めていく

FCがすぐ横にいた

抜いてやる…

 

295…

 

 

300…!

 

 

 

まだだ、まだいける

 

このクルマなら、どこまでだって

 

 

 

 

 

どんな遠くにだって

 

 

 

 

 

聞いたことのない音が、聞こえた

純粋にそうなのか、いろんな音と混じることでそうなったのか

子どもが泣いているような声が、聞こえた気がした

 

 

後輪がスリップを起こした。

目の前にガードレール

とっさにブレーキを踏み、ハンドルを切った。

 

ブレーキも、ステアリングも反応しなかった。

 

-

--

----

 

 

 

 

……どこだっけ、ここ?

 

…公園?

 

…なんで、だれもいないんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

ああ、思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

またおいてかれたんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----

--

-

 

 

 

「--…?」

気を失っていたんだろうか?変な夢を見た気がする

 

気づくとクルマは止まっていた。

頭から生暖かいものが滴ってくる。頭をぶつけて切ったのだろう。

傷を手で押さえながらクルマから出て、外からクルマの様子を見る。

バンパーが潰れている、だけどボディのダメージ自体は大したものではなかった。

擦り傷が酷い。ヘッドライトも壊れ、ドアミラーにいたっては片方完全に折れてしまっている。

自走はできそうだった。でも、sxがいつも以上に静かな気がして、

その姿を見ていると、何故だか消えかかっているように見えて、

自走させる気にはなれなかった。

 

血が抜けて、すっかり冷めた頭で、やっていたことの恐ろしさを確認する。

しかしそれ以上に、自分の中には後悔の念が渦巻いていた。

 

気づきたくなかった

 

最初から知っていたはずだ。それなのに、俺は目を背けた。

気づく機会はいくらでも与えられたのに、俺のエゴで、コイツに浮かれるばかりで、

コイツがもう長くない事実に、気づきたくなかったんだ。

 

きっと裏切ったのだろう。俺はこいつを

 

接し方とかそういうのではなく

もっと深い単純なところで、

俺は裏切ってしまった。

 

「うわー、やっちゃったねぇ」

 

突然、後ろからそんな声がした。振り向いてみると、小柄な少女が、さっきのFCにもたれかかっていた。さっきまで一緒に走っていた人だろう。わざわざ様子を見にきてくれたのだろうか。

 

「…て、雨水くん頭怪我してるね、大丈夫?ほらハンカチ」

 

そういってその人は、ポケットからハンカチを出して、俺に差し出してきた。

 

「…え?ああ、大丈夫ですよ、すいません…」

 

ありがとうございます。そう言おうとしたが、その前に、その少女の言葉にある違和感を覚えた。

 

「…なんで、俺の名前を?」

 

「ん?だって結構目立つもん。やっぱ2人だけ真っ黒な学ランだとさ」

 

2人?学ラン?何の話だ…?

確かに俺の制服は学ランだけど…

あ……!

 

「…もしかして大洗の?」

 

「そ!名前は中嶋、2年生だよ」

 

 

 




やっと原作のキャラ出せた……最後だけ
ナカジマのクルマがFCなのは特に深い意味はありません。
元ネタの御方がロータリークーペ乗っていた話を聞いて何となく連想しただけです。

次回は会話オンリーでお送りします。


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5 Flim

前回申し上げたように、今回は会話シーンオンリーです。
キャラが再現できていないかもしれません。あらかじめご了承ください。


- 深夜 学園艦 工業区域 -

 

「…コーヒー、どっちにします?」

 

「んー、じゃあこっち」

 

「どうぞ」

 

「ありがと」

 

事故を起こしてから早数十分。レッカー移動ができるかどうか携帯で調べていたところ。

中嶋さんが

 

「良かったらうちでやるよ?まだ部活の備品のレッカー車動かせると思うし」

 

といってくれたので、お言葉に甘えさせてもらった。

 

「その代わりというわけじゃないけど…良かったらコーヒーか何かおごってくれない?」

 

というわけで、俺はその辺にあった自販機からエメラルドなマウンテンとジョージアなオリジナルを買い中嶋さんにエメラルドなほうを渡して、現在に至る

 

「甘いの好きなの?」

 

「気分によりますよ。大体オリジナルかブラックのどっちかです。」

 

「また両極端だねぇ…」

 

「言われてみりゃ、そうですね…」

 

レッカー車が来るまでの間、そんな何でもないような話をしていたけど、

正直何も頭に入ってこなかった。

あるのは、ただ後悔だった。本当は気づいていたはずなんだ

だけど俺は、それを受け入れられなかった

sxの内にあるダメージを省みようともせず、俺の意思を押し付けた

 

「……大丈夫だよ」

 

「大丈夫?」

 

「うん、雨水くんのあのワンエイティ、ちょっと見てみたけど、見た目ほどダメージはないよ、ボディの重要な部分に歪みはないし、内部機関も無事。板金と、パーツ交換で済む。まだまだ走れるよ」

 

「…そうですか」

 

「次からあんな運転しなければ、の話だけど」

 

中嶋さんが諭すような声でその先を続ける

 

「傍目からみても危なっかしかったよ。自殺行為にしか見えなかった。

ちゃんとセッティングも見直さずに、簡単なメンテナンスだけで走らせたでしょ?」

 

「……はい…」

 

「普通に乗るだけならそれで十分だと思うよ。でも、ああやって本気で走るんなら、そうも言ってらんないでしょ…。正直さ、走らせ方を見たとき、クルマを大事にしない人だなぁ、て思ったよ。やだなぁって…」

 

「……」

 

何も言い返せない、言い返せるはずがない。この人の言う通りだ。未熟とか、それ以前の問題だ。

sxを知れば知るほど、不安が膨らんでいった。クルマにこんな感情を抱くのは変かもしれない、

でも、

 

本当に俺でいいのか?コイツは別の誰かを欲していたんじゃないか?俺を拒絶するんじゃないか?

 

そう思えて仕方なかった

 

 

 

いやちがう

 

 

 

本当は、あの空き地で、最初にsxを見つけたときから、

あの声を聞いたときから何となく気づいていた。

 

コイツは俺を拒絶している

 

でも俺は、気づかないふりをした

少しでもそれを自覚してしまったら、見捨てられるような気がして、だから無理矢理にでも全部ねじ伏せようとしたんだ。…まるでわがままな子供じゃないか。

何が拒絶だ。拒んだのは俺じゃないか。sxの内側にあるものに目を背け、悲鳴を上げるまでアイツに鞭を打ちつづけた。その結果がこれだ。俺はもう少しでsxを殺してしまうところだった。

そして何より、ここまでのことをしておいてまだ、あのsxに受け入れられたい、という願望を持っている自分に吐き気がした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…まあ、でもこうやって話してみると、そうでもないって分かって、良かったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……へぇ?」

 

 

 

何だ今の声……

不意打ちで中嶋さんにそんなことを言われたものだから、妙な声しか出なかった。

 

「あ、いや、すいません……。ど、どういうことです?」

 

「ん?だって、事故った自分のクルマ見るたびに分かりやすくしょげてるんだもの。あんな運転してたとは思えないくらい。」

 

「え?そんなに分かりやすかったっすか?」

 

「うんすごく」

 

まじかぁ…自分ではそこそこポーカーフェイスだと思ってたんだけどなぁ…

 

「まあ、理由はそれだけじゃないけどね」

 

「と、いうと?」

 

中嶋さんがそうだねえ、と言って続ける

 

「なんで、あの時レッカー車を呼ぼうとしたの?見た感じ自走でも行けそうだけど?」

 

「ああ、それは……確かに最初は自走しようとも思いました。…でも、なんでかsxが、酷く弱っているように見えて、今無理に自走させたら、二度と走れないくらいに壊れそうな、いやな予感がして…」

 

「そういうとこだよ」

 

「?」

 

「そういう、クルマを本気で心配しているとこ。恋人みたいに大事なんじゃない?

あのワンエイティが」

 

「は、はあ…」

 

いきなりの恋人認定に少しむず痒さを覚えながらも、尚も中嶋さんの話に耳を傾ける。

 

「…恋人みたいに大事だから、自分の理想をつい押し付けて、暴走しちゃったのかもね……」

 

「……」

 

まあ、恋人いたことないからわからないけど。中嶋さんは笑いながらそう付け加えた。

言われてみればそうかもしれない。理想を押し付けて、結局自分自身がその理想に押し潰されて、

何も見えなくなって暴走して、結果こうなるまで、何も気づけなかったんだ。

 

自責の念も後悔も消えることはなかったけれど、中嶋さんの話のおかげで、不安の理由が分かった気がした。

 

「そうだねぇ…だから君はクルマを粗末にする人じゃなくて…」

 

中嶋さんは少し考えてから、「うん、これだ!」と、手をポンとたたいた

 

「あのワンエイティにフラれてこじらせちゃった人だ!」

 

「はい?」

 

何その苦い例え?この人の中ではさっきのよりはランクアップしてるのかしら?

ある意味さっきのよりもダメージあるんだけどその称号

 

「こじらせてる?」

 

「そう!雨水くん多分、レースして離されかけたとき、こんな風に思ったんじゃない?『俺のワンエイティが一番だ。負けるはずがない。』って」

 

「それは……」

 

「それとも、クルマが悪いから、離されたんだって思った?」

 

「…いいえ、それはないですよ。クルマは最高なんです、ホントに。性能というより、うまく言えないけど、それ以外の何かがある気がして」

 

「そっか…うん、いいね、ホントに好きなんだ。やっぱりいい感じにこじらせてる」

 

こじらせるのにもいい感じっていうのはあるんだろうか?

 

「…ちなみに、その何かっていうのが、どうしてあると思うのかな?」

 

「え?いや、別にそんな確信みたいなのはないですよ。ホントただ何となくで…」

 

「本当に?その何となくであそこまで暴走できる人には見えないけどなー」

 

「…そう…ですね……」

 

あの感覚を何とか言葉にしようとするが、足りないボキャブラリーでは稚拙にしか紡げない

 

「何というか…生きているんじゃないかって思うことがあるんです。」

 

「生きている?あのワンエイティが?」

 

「はい。その…たまになんですけど、熱…みたいなものが伝わるんですよ。機械が発するのとは違う、もっと静かな、何ていうか…焚火か、埋火の火みたいな、といえばいいのか…」

 

「……」

 

「それに、エンジンの音か排気音かはわからないんですけど、どうしても生き物の声にしか聞こえない時があるんです。そういうのもあってか、時々あのsxそのものに意思があるんじゃないかって思う時があって…あ、いや、ホント、そんな気がする、てだけなんですけど…」

 

「……うん…」

 

「あ、いや、すいません…わけわかんないこと言って…気にしないでください……」

 

「……」

 

「………あの…中嶋さ…先輩……?」

 

「……」

 

急に黙り込んでしまった。やはり、俺が行ったことの馬鹿さ加減に呆れてしまったんだろうか?それもそうだろう、俺自身、何を言っているのかよくわからないのだから。

 

「…かな……」

 

「?」

 

落ち込んでいると、中嶋さんがsxを見ながら何かぶつぶつ小声で言っているのが聞こえた。

 

「…音ってことはインマニかエキマニかなそれともマフラー?さっきちらっと見たときチューニングはされてはいたけどどこにでもあるようなパーツでしか構成されていなかったし組み立ても結構雑だしインマニもエキマニもよくある形状と配置だしじゃあマフラーかって言われるとあれも見た感じ純正だしそんないい音が出るとは思えないじゃあ雨水くんの気のせい?いやいや仮にそうだとしてもあの加速は説明できないそもそもあんな老朽化したsrでしかもあのパーツと組み立てであんな加速が出るわけがないそれに大したボディ補強もされている感じじゃなかったのにどうしてあの速度であんなに安定してたんだろう?不思議だなぁ不思議すぎるなぁ隅々まで見てみたいなぁ乗ってみたいなぁでも雨水くんあの感じじゃそんなに長い間貸してくれそうにもないし…そうだ修理を自動車部ですることにしてそのまま流れでワンエイティを人質にして…それで雨水くんを入部させてワンエイティを部の備品ってことにすればゆっくりじっくり…いやうまくいけば一回全バラもさせてもらえるかも…よしじゃあ……」

 

よしじゃあじゃねえよ

びっくりした。何?この人こんなキャラだったの?

何だか真剣な顔でそら恐ろしいことをぶつぶつ言っていると思っていたら、自動車部のレッカー車が来た。

 

「中嶋ー!」

 

「おぉ、星野!ありがと!」

 

「ふわぁ…勘弁してよ。やっと整備終わって仮眠取ってたのに…あのクルマ?」

 

「そーそれ!リフト下げて…あ!ごめーん!やっぱりちょっと待って!」

 

そういうと、中嶋さんは俺のほうにとてとてとよってきて、満面の笑みで俺を見つめてくる

 

「ねえ雨水くぅん。」

 

「な、なんすか…?」

 

 

 

「自動車部って興味ない?」

 

 

怖い目論見しか感じないその台詞を、顔を上げて俺を見ながら発する彼女に、俺は苦笑いしか返せなかった。

 

 




自動車部の人達って個人的に強キャラ感が半端ない気がします。
特にナカジマは押しが結構強いと思う(勝手な妄想)


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6 Lay your hands on me

書き溜めした分が尽きたのさ…。
どうしようかしらこれから…。


- 深夜 学園艦工業区域 レッカー車内 -

 

「珍しいね」

 

「何が?」

 

雨水くんのワンエイティをレッカー車で学園のガレージに運んでいる最中、運転中の星野が突然そんなことを聞いてきた。

 

「中嶋がだよ。他人のクルマに興味持つのはいつものことだけど、あんな交渉してまで調べたいだなんて今までなかったんじゃない?」

 

「アハハ、言われてみればそうかも」

 

あの後、あのワンエイティを部の備品にしたいがため、雨水くんを自動車部に勧誘したが、あっさりと断られた。

じゃあ修理だけでもといったが、私の目論見はすっかりばれているみたいで、それも断られた。だがそれでも諦めきれなかった私は、最終手段としてワンエイティにかかる修理費(やや盛った)を見せつけて現実をたたきつけた後、自動車部ならロハだよといい、しばらくの壮絶な戦いを終え、ようやく雨水くんが陥落したのだ。やったね。

 

「そんなに良かったの、あれ?」

 

「いやあんまし、エンジンの組み方も雑だし、シャシーもガタガタ、ボディも雨水くん手入れはしてるんだろうけど、その前に随分長いこと放置されてたみたいで、結構大きいダメージ負ってる。極めつけに全体的な老朽化もひどい。正直、今まで走れてたのが不思議なくらいだよ。」

 

「もうボロボロ、か……。でもそれなら、どうしてあそこまで気に入ってるの?せっかくだから直してあげたい、ていうわけでもないでしょあの感じは?」

 

「…だから、不思議なんだよ」

 

「どういうこと?」

 

「あのワンエイティ、全開した私のFCに追いついてきたんだ。しかも工専(工業専用地域)の長いストレートで」

 

「…ほんとに?」

 

思わずなのか、ホシノがそんな声をあげた。無理もないだろう、私だって信じられない。

全開したチューンドFC、自動車部の秀作のひとつ、約250km/h以上の領域で、まっすぐ走り、しっかり曲がる。

それをあのガタガタの足回りで、最高速を経験したことのないドライバーと共に、走るのもやっとなはずのあのワンエイティは、追いついてきた。

 

それだけじゃない

いやむしろ、こっちが調べたいと思った理由だ。

 

雨水くんはワンエイティのことを話した時に、まるで生きているように感じるときがある、と言っていた。

火のような熱を感じるときがあると、生き物の声に聞こえる音があると言っていた。

それに笑うことも、呆れることも出来なかった。

だって私も一瞬、見てしまったのだ。

 

 

 

 

 

後ろから刹那で近づいてきたあのクルマに

 

 

 

 

 

ゾッとするような何かがまとわりついているのを

 

 

 

 

 

オカルトはあまり信じるタチじゃない、きっと何かあるはずだ。

あのワンエイティに何があるのか見てみたい、それに

 

「気になるのは、クルマだけじゃないしね…」

 

「それって雨水のこと?」

 

「うんそう、いい奴だよ!ちょっと危なっかしいとこもあるけど。」

 

「…ふーん、まあ確かに悪い奴ではなさそうだね」

 

そう、彼だ。彼がどうして、どうやってワンエイティを手に入れたのかそれも聞きたいし、何より、これから彼があのクルマにどうやって向き合っていくのか、興味がある。

彼のあのクルマに対するスタンスは少し特殊だ。

私はさっき、クルマが恋人みたいに大切なんだろうと彼に言った。でも、今は正確には少し違う気がしている。クルマを恋人や友達みたいに見立てて、あるいはあくまで機械として、大切にする人はたくさんいる。

でも雨水くんはどうにもそれには当てはまらない気がする。

見た感じ落ち着いてはいたけど、彼のあのクルマに対する執着は異常だ。

今思うと、動かなくなったワンエイティを見てる時の彼の姿は、

大切にしているというよりも、あのクルマに縋っているように見えた

 

「でもなあ、見た感じひょろっちいしぼーっとしてるっぽいし…自動車部入ってから泣き見なきゃいいけど…」

 

「あれ、星野のタイプじゃない?」

 

「え!?い、いや別にタイプとかそういう意味で言ってるわけじゃなくて…!」

 

「アハハハハ!冗談だってジョーダン!星野は相変わらずそういうの弱いねえ」

 

「もお…勘弁してよ中嶋…」

 

「大丈夫大丈夫!多分雨水くんもすぐ慣れて上達するって。星野は心配しすぎだよ」

 

「あんたが楽観的過ぎるんだよ…」

 

そうこうしているうちに、大洗学園に着いた。みんなこのワンエイティを見たらどう思うんだろうか?少し楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

- 深夜 大洗学園 ガレージ前 -

 

sxの中でレッカー車の振動と一緒に体を揺らしていると、学園の校門が見え、奥のほうから明かりが見えた。恐らくガレージの照明だろうか。カーブの遠心力を受けた後、レッカー車は止まった。

遠くにあった明かりが、今はすぐ近くに見える。どうやら着いたようだ。

 

「それじゃ降ろすから、しっかりつかまっててね」

 

「はい、お願いします。」

 

レッカー車の助手席から出てきた中嶋さんの言葉に応答し、その少し後、リフトが動き出す。

sxの搬入作業も無事終わり、中嶋さんから許可を貰ったので、シートベルトを外し、外に出て、

目の前の中嶋さんと話をした。

 

「ごめんねー閉じ込める形になっちゃって、だいぶ揺れたでしょ?」

 

「いえ全然、此方こそ直してもらうことになって有り難いです。必ずお礼は致しますので。」

 

「いいってお礼なんて~、……sx共々部に入ってくれるんでしょ?」

 

「……記憶にございませn」

「雨水くん?」

 

「……」

 

ちきしょうめぇ。やっぱりごまかすのは無理か。

中嶋さん、怒らせると絶対怖いタイプだ。

 

「諦めなよ雨水、中嶋は一度言ったら聞かないんだ。」

 

「あ、えーと…」

 

「私は星野、中嶋と同じ2年、よろしく」

 

「分かりました、星野先輩」

 

「これからわかんないことだらけだろうけど、挫けないで何かあったら聞きなよ。…ちなみここに来た以上、毎日必ず家に帰れるとは考えないほうが良いよ」

 

「ありがとうござ…え?…すいません、え?」

 

すごい業の深いことが聞こえたんですけれど…だから部活は入りたくなかったんだ。だから部活は入りたくなかったんだ!労基は大事だって古事記にも書いてあるじゃないか!いや、違うな、古事記に書いてあることはアイサツが大事ってことだけだ。古事記にもそう書かれて…

 

「へえ~、君が件のsxの持ち主?」

 

「ん!?」

 

と、あほなことを考えている間に突然意識してない横から話かけられ、思わず変な声が出てしまう。

 

「ハハ!!今のいいね、面白い!雨水だっけ?鈴木だよ!よろしくね。」

 

鈴木さんか…。褐色の肌に癖の多い黒髪、まるいな目はどこか猫を彷彿とさせる。

なんか全体的にさわやかな雰囲気の人だな。

 

「よろしくお願いします…。」

 

「うん、どーも。直ったら、走ってるとこ見せてよ!」

 

「ええ、それは是非…」

 

「まだいるんだけど、今席外してるみたいだからちょっと待っててね。あ、ちなみに、1人は君とおんなじ1年だよ」

 

中嶋さんにそういわれ俺はふと、あることを思い出したので、聞いてみることにした。

 

「たしか…土屋でしたっけ?」

 

「あれ?土屋のこと知ってるの?」

 

「あっはい、面識は…まあ、あるっちゃあるんですけど…。いつも昼休みに校庭でドリフト練習してますよね?86で」

 

「お、見てたんだ!すごいでしょ!土屋のドリフト技術!」

 

「ええ、開いた口が塞がりませんでした。」

 

「でしょでしょ!あ、それはそうと、面識があるっちゃあるってのは?」

 

「ああ、俺いつも友達と屋上で飯食べてるんですけど、そん時に土屋がドリフト練習してるの見かけるんですよ。んで、たまに手振ったりするとこっちに気づいて振り返してくれたりすんですけど…これ面識あるって言えますかね?」

 

「……ほほー」

 

中嶋さんが途端ににやけ面になった。え、何なの一体…?

 

「そっかそっかー、最近昼休みに張り切って自主練してたのはそういうことかー。へー、へ~」

 

さらにニヤニヤした顔になり、からかうような口ぶりの中嶋さん。どういう答えに行きついたのかしら…。

気にはなったが、何となく聞かないほうが良い気がしたので何も言わなった。

 

とそんなことを考えていると、外のほうから足音が聞こえた。どうやら走っているようだ。

 

「おお、噂をすれば、だね」

 

中嶋さんがそういった直後、ガレージの扉のほうを見ると、開いている部分からひょっこりと、あのくせ毛がにぱっとした笑顔で入ってくるのが見えた。

 

「ただいま~。いや~もう5月だっていうのにまだまだ寒…」

 

「よう」

 

「………へ?」

 

「……」

 

「え?あれ?…どうして雨水がここに?」

 

「あれ?俺土屋に名前言ったっけ?」

 

「いやだって中学から一緒じゃん…」

 

やっぱり中学からの同級生って覚えてるものなの?小山にもおんなじリアクションされたし…

……小山か、アイツにも謝っとかなきゃな…。変に八つ当たりしちゃったし…。

今度お詫びにケーキか何か奢ろうかな…。

 

「いやそうじゃなくて、どうしてここに?」

 

「おっと、そうだそうだ、それはな」

「今日から自動車部に入るんだよ、ね?」

 

「アッハイ」

 

なんか俺に対して押し強くないすかねナカジマ=サン…

 

「おぉ…!そ、そうなんだ…」

 

「ああ、やっぱ迷惑だろ?いきなり良く知らないやつが入部するなんて…」

 

「え!?あ、いや全然そんなことないよ!大丈夫大丈夫!」

 

「お、おう…?」

 

なんかいやに必死だな…何だろう、ここも部員不足に悩まされているんだろうか?最近ただでさえ生徒不足らしいからなこの高校

 

「さて、あとは…土屋、寺田先輩は?」

 

「ん?ああ、先輩なら、テスト走行に出てるよ。もうしばらくかかるっぽい」

 

「おっけー、わかった。じゃ顔合わせはとりあえず、先輩が帰ってきてから再開するとして、さっそくワンエイティの修理に取り掛かろうか。ほら、雨水くん、このツナギに着替えて、私服のままだと危ないから。」

 

「あ、ホントだワンエイティがある。どしたのこれ?」

 

「ああ土屋には言ってなかったっけ?まあ後で説明するよ」

 

「あの…俺板金ってやったことないんすけど…」

 

「やりながら教えるからだいじょーぶ!」

 

「は、はぁ…」

 

「よし、それじゃ改めて」

 

中嶋さんが、コホンと咳払いをする

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ!自動車部へ!」

 

 

 

 

 

 




手元に自動車部の資料がないから先輩が寺田先輩しかわからない…
もし知っている方いれば教えて頂けないでしょうか?


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7 Thirst

普段よりだいぶ長くなっちまった…冗談じゃねえ…
今回からちょっと新展開入ります。


- 昼休み 大洗学園 屋上 -

 

謝罪とは、謝るということである。

いきなり頭痛が痛いみたいなことを言って申し訳ない。けれど、呆れずにもう少し話に付き合ってほしい。人は何か悪いことをしたら、相手に謝る。多くの場合これは美徳とされているだろうし、俺自身も別に間違えているとは思わない。それに、謝ることができれば自身の罪悪感は薄まり、相手との友好関係を回復させることもできるかもしれない。だがここでちょっと待ってほしい。本当にそうだろうか?確かに謝罪をすれば罪悪感は薄まるだろう。だが本当にそれでいいのだろうか?

謝罪とは自分の罪悪感を薄くするためにするものではないし、まして相手に寛容になってもらうためにするわけでもない。謝罪とは、ただ相手に謝るためにする行為なのだと思う。いくら謝罪をしても自分のやったことは決して消えることはない。きっと謝るという行為は、自身にケジメをつけるためにあるのだと思う。

つまり何が言いたいのかというと

 

 

 

「めんご」

 

「は?」

 

 

 

 

謝っても許されないことってあるよね

 

 

「え?お前それで謝っているつもりなの?」

 

「うん、いや、うん…本当にすまん…。」

 

「……はぁ」

 

土下座をする俺を見て、小山が小さくため息をする。すんごい呆れたような顔しながら。

 

「…で、他には?」

 

「…フレンチクルーラとゴールデンチョコ3個ずつでどうでしょうか?」

 

「5個ずつだ。あと近くのケーキ屋のショートケーキと苺タルトもつけろ」

 

「おまっ!それはいくら何でも横b」

「あ?」

「謹んで捧げよう…」

 

「ハハハ…」

 

そういう場合許されるには別に対価が必要なんだと、乾いた笑いをしている土屋を横目に、思い知った。

 

 

 

--

 

 

 

「で、本当に大きい怪我はないんだな?」

 

「さっきも言ったけど、頭ちょっと切っただけで、それ以外は俺に怪我はないよ。」

 

「そうか…たく、だから昨日あんなに言ったじゃないか。事故ったって聞いたときはどうしてやろうかと思ったぜ?」

 

「ああ、マジごめん」

 

「ホントに反省してんのかね全く…土屋もごめんな?自主練休んでまでこんなアホのおもりしてもらって」

 

「大丈夫、私は全然気にしてないよ。むしろどんどん頼ってよ」

 

そういって土屋はにぱっとした笑顔を俺たちに向ける

 

「…よかったな雨水、優しいお方で」

 

「…俺もそう思うよ」

 

これが星野さんだったら俺は泣いたり笑ったりできなくなるかもしれない。別にあの人が某軍曹のように厳しいというわけではないが、sxの修理しているときの俺を見る目がえらい鋭かったのは記憶に新しい。中嶋さん曰く「あれがデフォだから大丈夫」らしいが、正直あの目で昼休み中見られると考えると生きた心地がしない。

ちなみに今どういう状況かというと、小山、土屋と一緒に昼飯を食べながら、土屋に自動車のメカニズムついて教えてもらっている最中だ。俺は入部時期的に他の新入部員(土屋だけだけど)と比べて自動車知識に遅れがあるらしく、ある程度別の時間で補わなければいけないらしい。本でも読んで自習しようかと思っていたところ、土屋が昼休みに教えると言ってくれたので、お言葉に甘えさせてもらったという訳だ。

 

「でも良いのか?しばらく自主練できなくなっちゃうだろうけど…」

 

「大丈夫だって、自主練て本来昼休みじゃなくて部活動中にやるもんだし、それにご飯食べる時間なくなるからそんなやりたいもんでもなかったし」

 

「そうか、それなら良かった…ん?じゃあなんであんなに昼休みにやってたんだ?別にやらなくてもいいんだろ?」

 

「え!?え、えーと…その…あ!ダイエット!そうそう、ダイエットでご飯抜いてたからついでにって感じで!うん!」

 

「そ、そうなのか…」

 

あからさまに焦る土屋を見て別の理由があるんだろうという察しがついたが、特に突っ込まないことにした。下手に探って地雷踏んでも嫌だし。小山も土屋をみて俺と同様に察したんだろう、何かに気づいたような顔をしていた。そしてなんでか俺のほうをじっと見たあと「まさかな…」とか言い出した。お前はどんな答えに行きついたんだ…

 

「それはそうと、お前のあのクルマ、ワンエイティだっけ?まだ修理してんの?」

 

先の会話を振り切るかのように小山が俺に聞いてくる。

 

「まあそりゃ、壊して修理始めたのが昨日…いや下手すりゃ今日の夜中だったからなあ…そりゃそんなすぐに終わんねえよ。まして、俺みたいな素人が自分で修理するんだ。時間もかかるさ」

 

そう、あのsxの修理担当は入部したての俺ということになっている。これは自動車部の方針らしく、修理でもなんでもとにかく自分の手を動かせとのことだ。自分で機械に触れてこそ、きちんとした技術を得ることに繋がり、自身のノウハウの基盤になるのだと。

まあ言っていることはわかるんだけども、だからっていきなり素人に任せるのはどうなんだろ?わからないところや技量的にまだできない部分は先輩方が手伝ってくれているとはいえ、やっぱり不安だ。

 

「ふーん、ま、そうだよな」

 

「それでも2,3日くらいで終わると思うよ?中嶋も言っていたけど、やることはパーツ交換とちょっとの板金、あとは塗装ぐらいだから、私たちも手伝うし、そんな難しいところはないと思う。あーでも、塗装はちょっと時間かかるかも、あまり見ないタイプの色だから新しいの調合しないと」

 

「ごめんね土屋、あんな変な色で」

 

「なんでお前が謝るのさ…あと変な色っていうな…」

 

小山の変な色発言を受けて内心少し落ち込む。結構気に入ってるんだけどな、あの色…。

 

「ま、結果的には良かったんじゃねえの、自動車部に入ってさ。これからあのクルマと付き合っていくんなら、そういうのも必要だろ」

 

「まあ、そうな」

 

「それに土屋さんにも運転教えてもらいやすくなっただろうし」

 

「え?私?」

 

「うん、雨水が土屋の運転みてるときにぼそっと『土屋に運転の仕方教えてもらおうかな』て言ってたんだよ」

 

あの時口に出してたのか…全然気づかなかった…

 

「……そうなの、雨水?」

 

「…土屋さえ良ければ、お願いしていいか?」

 

「…!うん!いいよ!」

 

そういって土屋は、満面の笑みを俺に向けた。

何故だか、妙にむず痒く感じた。そしたら小山がさっきのような顔で「やっぱりもしかして…」とかほざいていた。だからお前はどんな推理をしているんだよ…

 

そうこうしているうちに、昼休み終了のチャイムが鳴った。今日は雑談ばっかだったな…

 

「じゃ、そろそろ戻るか」

 

「ああ………雨水!」

 

「なんだ?」

 

「もうあんな運転するなよ?」

 

「……ああ、分かってるよ…」

 

「…土屋、雨水のこと、頼んだ。」

 

「…うん、頼まれた。」

 

 

そうさ…もうあんな無謀なことはしない。公道で猛スピードで鉄の塊を走らせ…一歩間違えればすべてが終わる。あんまりにも狂った行為だ。

もうあんなことはやめよう。誰が見たって間違えている。あんなセーブを忘れた走り方をしていれば、命がいくつあっても足りない…これからは、しっかりとセーブして走ろう、命を落とさない走り方をしよう…それが一番だ

 

 

 

 

 

 

そう決めたのに

 

 

 

 

 

 

 

それが正しいはずなのに

 

 

 

 

 

 

 

あのスピードの中で聞こえたあの声が

 

包み込まれるような熱の感覚が

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺にこびりついて、離れないんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

- 深夜 学園艦内のアパート 自室 -

 

あれから数日、俺はsxの修理を終え、自宅に戻っていた。

家に着いた頃には時計の針は午後10時を回っていた。思ったより遅くなったみたいだ。

結局、自動車部のメンバーは最後までsxの修理に付き合ってくれた。あの人たちには当分頭が上がらないな…

そういえば部活動が終了した帰り際、寺田先輩に呼び止められた。何かと思って聞いてみたら、sxをどうやって手に入れたか気になったらしい。俺が手に入れたいきさつを話したら、寺田先輩は俺にこう言った。

 

-

--

----

 

 

『なるほど…雨水、あのsx、随分大事にしているみたいだね』

 

『まあ、なんだかんだ自分の初めての愛車ですからね。愛着もわきますよ。』

 

『そうか…それはいいことだ。でも、気を付けてね?深入りしすぎないように……』

 

『…どういうことです?』

 

『そのまんまの意味だよ…クルマにのめり込みすぎて、スピードに溺れて、ろくでもない目にあった人を、私は知っている。』

 

『………』

 

『君には、そういう風になってほしくないってだけさ…分かってくれるかい?』

 

『は…はい……』

 

『フフ、それなら良いんだ。じゃ、気をつけてね。ご苦労さま』

 

『…はい、お疲れさまでした……』

 

 

----

--

-

 

あの時の寺田先輩の、どこか哀しそうな目が、ひどく印象に残った。

もし、

もしあのまま事故らずに走っていたら、どこまでいけたんだろうか

もうあんな走りはしないと決めたのに、そんなどうしようもない考えが、俺の脳に居座っていた。

 

 

--

 

 

時計が12時を指すころ、借りていた中嶋さんのハンカチを洗ったまま放置していたことを思い出し、しわになっていないかを確認していると、電話からメールの着信音がした。小山か?と思いながらメールを確認してみると、差出人不明、件名なしと、何とも気味の悪いメールだった。それだけなら無視しようとも思ったが、本文を見てそうも言ってられなくなった

 

 

大洗学園正門前にいる

 

180sxを壊されたくなければすぐに来い

 

 

誰なんだコイツ、なんでsxのことを知っている?

正直かなり怖かったが、何よりsxが心配だったので、俺はすぐに家を出て大洗学園に行った。

 

 

- AM00:30 大洗学園 正門前 -

 

さすがにこの時間帯になると学校にはだれもおらず、門ももちろん閉まっている。

言われた通りに正門前に来たが人の姿が見えない。もしかしてもうsxのあるガレージに行ってしまったのか?

 

が、どうやら違うらしい

後ろから、唸り声のようなエンジン音が聞こえたんだ。

振り返ってみたら、そこにいたものに思わず息をのんだ

 

 

丸みを帯びたフォルム

ハイパワーに耐えるjzエンジンの咆哮

 

青い80スープラが、俺の後ろに佇んでいた

 

あっけにとられていると、エンジンをかけっぱなしで、運転席から誰か降りてきた。ライトの逆光でよく見えないが、長身の男性のようだ。

それを見た俺は思わず身構える。だけど次の瞬間、俺はまた虚を突かれてしまった。

 

「やあ、雨水くん、メール届いたみたいだね。あの事故の後、怪我はないとは聞いていたけど、本当みたいで安心したよ。」

 

「え…あ、はあ……」

 

「様子見に行ってやれなくてごめんね。立場上、生徒と一緒に夜遊びしてるのがばれたらまずいからさ…」

 

「あ、あの…どうして俺のこと…?」

 

「あれ?わからないかい?入学式とかで見たと思うんだけど…」

 

「す、すいません…」

 

「うーん、じゃあそうだなあ…これ名刺、ケータイのライトかなんかで見てみて」

 

「は、はあ」

 

そういって、名刺をもらう

 

「えーと…大洗学園学園長……学園長!?」

 

「そ、よろしく」

 

「で、でもなんで俺の事故のこと知ってるんですか?あれどこにも情報出てなかったと思うんですけど…」

 

「ああ、それはね、俺も一緒に走ってたからだよ」

 

一緒に?一緒に走ってたのって中嶋先輩のFCとあとF40くらいだし…あ…!

 

「もしかして、あのF40?」

 

「そうそう!速かっただろう?おっと、でも本命はあのスープラなんだぜ?」

 

「は、はあ…あ、あの、それより、なんで俺をここに?」

 

「…ああ、そうだね、そろそろ本題に入ろうか」

 

そこまで言うと、学園長は今までとは少し違う雰囲気で、俺にこう言った。

 

「君のsxが直った、このタイミングで君に質問したいことがあったんだ…単刀直入に聞こう、君はあのsxで、これからどう走りたいんだい?」

 

「どう…というのは?」

 

「前の工業専用地域でのレース…あの後、君はどうしたいと思った?」

 

「…どうもこうも、あんな走り方をするのは二度とごめんですよ……」

 

「ほう…」

 

「あんな、一歩間違えれば命を落とすようなことはもうしないって決めたんですよ。他の先輩たちみたいに、きちんと自分の技量と車を理解して、決して無理はしない。スピードにのめり込みすぎないように、セーブを覚えて走るって、決めたんです。」

 

「フッ、なるほど、よくわかった……でもね雨水くん

 

 

 

 

 

 

 

君はもう…それはできない」

 

 

 

 

 

 

 

俺はその言葉を聞いて、ひどく動揺してしまった。

だかそんなことは意に介さず、学園長はつづけた。

 

 

 

「もう君は、あのクルマにある何かを見て、それに魅入られてしまった。そうなった以上いくら御託を並べても意味はない。もう君は、いけるところまでいくことしか、できなくなってしまったんだよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たとえ、全てをなくしてしまったとしても……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




しかし学園長ってF40なりディーノなりよくPONG☆と買えますよね。
それともどこかでレースしてGET REWARDSしてるのか…?


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8 Born in the echoes

Storyの境目…
ドラマはここから加速するのさ…

(要約:独自設定&急展開注意)


- AM00:40 大洗学園 正門前 -

 

「…何を…言っているんですか?」

 

言われたことの真意がわからず、だけどその言葉を言われた瞬間、全て考えられなくなった。

なぜかその言葉から逃げられる気がしない、こんな日に限って、閉じ込められているみたいに暗い夜だ。何も見えない狭い檻のような夜の中で、男とスープラだけが、ただ俺を見つめている。

 

「そのまんまの意味さ。惚れたんだろう?あのsxに?そうなってしまった以上もう止まれない…何を失っても、君は走り続ける。きっとね」

 

「……ッハハ、やめてくださいよ…冗談にしても笑えない…」

 

「限界以上で走った時のあの感覚は、もうないのかい?」

 

「……数日前のことなんだから、そりゃまだ覚えていますよ…」

 

「フーン…じゃ1ヶ月経てば?それとも1年?もしかして10年くらいしたら、忘れられると思うかい?」

 

「………」

 

「できやしないさ…逆に日が進むごとにその感覚は募り、いずれタガが外れる、それは君自身が一番よく分かっているだろう?」

 

「……なんでそう…言い切れるんです?」

 

「…もう5年くらい前になるのか」

 

「?」

 

ぽつりぽつりと、学園長は語り始めた

 

「走り仲間に2人の男がいてね…変わった奴らでなぁ…クルマ狂いで馬鹿みたいに走らせてるくせに、レースとかには全然興味ないんだ。特に片割れの方は競争っつーもんが苦手らしくてな。いっつもビリだったって言ってたよ……」

 

「その人は今、どうしてるんですか?」

 

「…死んだよ」

 

「!……」

 

「300km/h以上でぶっ飛ばしてた時に、もう1人のクルマを庇ってな……ホント、おかしな奴だったよ…自分よりも自分のクルマよりも…乗っていた友達よりも、友達のクルマに固執してたんだからな…」

 

「……」

 

「おんなじなんだよ」

 

「…え?」

 

「おんなじ目をしてるんだよ君は…死んだ彼と、いや……」

 

 

 

 

 

 

「sxに殺されたアイツと」

 

 

 

 

 

 

「……」

 

何となくだが、口ぶりと話すタイミングから、察しはついていた。やっぱり、sxのことだったんだ。詳しいことはともかく、その死んだ人は恐らく、俺と同じようにsxに心を奪われて、そして守って死んだのだろう……

だけど…だからって……

 

「殺されたって…なんでそんな言い方」

 

「だってそうだろう?あのクルマさえ奴の前に現れなかったら、あいつは死ぬことはなかったんだ。あのクルマに関わったやつはどいつも碌な目にあってない、いわくつき…死神なんだよあのsxは……」

 

「…クルマに責任なんかないですよ、クルマはただ、言われたことに応えてくれるだけだ……」

 

「……本当、言うことまでアイツにそっくりだな…」

 

「知りませんよ、そんなこと」

 

学園長相手だというのに、苛立ちか動揺か、自分の話し方が少し荒くなってきていた。

 

「結局、何が言いたいんですか?あのsxにはもう乗るなとでも?それともスクラップにしろと?」

 

「できないだろうね…君はきっと乗ることになる。スクラップにしようとしたところで、寸前で別の誰かの手に渡って復活するだろう…今までそうだった…今回もな。そしてその誰かがきっと殺される……そういうものなんだよあれは。まるで呪いだ…」

 

「…じゃあどうするんですか?あのメール通り二度と走れないくらいにぶっ壊すとでも?」

 

自嘲気味にそう問いかける。自分でも半ばヤケになっていることが分かった。

しかし学園長から返ってきた答えは、意外なものだった。

 

「逆だよ。あのクルマを走らせ続けるんだ」

 

「…え?」

 

「…見せたいものがある、隣に乗ってくれ……」

 

「乗れって…どういうことですか?それに見せたいものって…」

 

「なに、すぐにわかるさ…さぁさ、早くしないと夜が明けちゃうぞ」

 

「は、はあ…」

 

少し胡散臭い感じがしないでもなかったが、考えても仕方ない気がしたので、言わるままスープラの隣に乗った。すぐに学園長も運転席に乗り、スープラが動き出す。

 

「どこに行くんですか?」

 

「着いてからのお楽しみ」

 

…とりあえず、今日の帰りは遅くなるだろうな………

 

 

--

 

 

- AM1:00 大洗学園艦 郊外 -

 

「あの…かれこれ20分くらい走っているんですけど…」

 

「まあまあ、もうそろそろ…ほら、あれだよ」

 

そういって示した方向の先には、学園艦内にしては大きい邸宅があった。

 

「ご自宅ですか?」

 

「ああ、ここのガレージにあるんだ」

 

「ガレージ?てことは見せたいものって…」

 

「そう、クルマさ…」

 

「でもなんでまた?知っての通り俺にはもうsxがあるんですけど…」

 

「…ま、理由はすぐにわかるよ」

 

いまいち納得ができないまま、スープラにガレージへ連行される。入り口の形から察するに地下にあるのが分かった。入り口から少し走った後、広い空間に出た。どうやらここがガレージみたいだ。スープラを自動車同士の間に駐車し、エンジンが切られた。

 

「さ、着いたよ」

 

「あ、はい」

 

言われて、シートベルトを外し、外に出た。改めて周りにあるクルマを見渡してみると、車種が分かる。この間のF40はもちろん、ディーノ、テスタロッサ、あ、あっちに458もあるじゃないか。しかもイタリアとスパイダー両方、すげえ。フェラーリだけじゃない、AMGにランボルギーニ、アストンマーティンまである。高級車がズラリだ。どんだけクルマ持ってんだこの人……

 

「ハハハ、すごいだろう?苦労したんだぜここまで集めるの」

 

「すごいですね…あの、見せたいものっていうのは、これですか?」

 

「ん?まあこいつらも見せたいものではあったけどね…本命は別にあるんだ。ほら、こっちだ」

 

まだ何かあるようなので、言われるまま学園長についていく。どうやら、本命とやらはこの奥にあるようだ。ガレージを歩いて突き当りまでいくと、扉があった。物置かなんかだろうか?

 

「ここだよ」

 

 

言うと、学園長はその扉を開けた。

扉の先にあるものを見て、かなり驚いた。どうやら物置ではなく、ここもガレージだったようだ。それもさっきのような半ば駐車場のようなものではなく、多分整備用に設けられている。目に映る機材と工具が、それを物語っていた。

だが、驚いたのはそこではない、そこにあるはずのないものがあったからだ。

何故かナンバープレートが変わっていたが、すぐにわかった。

 

 

 

「…どうして…sxがここに…」

 

 

 

そう、俺の180sxが、そこにあった

 

「な、なんでここに?確か学校のガレージにあったはずじゃ…」

 

「俺が移動させたのさ。君が来る1時間くらい前に、レッカー車使ってちょこちょこっとね」

 

またレッカー車か。俺のクルマレッカー移動されすぎじゃない?いや、そんなことより

 

「でも、どうしてそんなことを…」

 

「言っただろう?走り続けるんだよ」

 

「だからそれってどういう」

 

「君がsxを最後まで走らせ続けるんだ。あれが全て吐き出し、力尽きるまで」

 

「!……」

 

「そのための力を俺が貸す。そのためにここにおいたのさ」

 

「力って…この設備とか、技術を教えてくれるとかですか?」

 

「設備はそうだが、知識と技術は自動車部の子たちに教えてもらいな。多分俺より上手いしな」

 

「じゃあなんでわざわざ?お言葉ですが、設備だって自動車部はここと同じくらい上等ですよ?」

 

「命を蝕みながら走るようなクルマを作るのを、彼女たちが許すと思うかい?君が、いや俺たちがやろうとしていることは、そういうものだ」

 

「……」

 

「でもそのくらいしないと、コイツの限界出す前に雨水くんが終わっちまうかもなあ」

 

くっくと笑いながら、彼はsxを見据えてそう言う。

やっぱりというか何というか…コイツはいわくつきなんだと、薄々と感じていたものに確信を持った。幾多の人を魅了し、スピードに溺れさせ、そして死なせた、呪われたクルマ…

だが魅了され、溺れかけているからこそ分かる。

人を引き寄せたその力は、決して上っ面だけのものじゃない。

その力の奥に絶対に何かあるんだ

 

「それに、設備だけじゃない…俺が君にしてやれることが、もう一つだけある。」

 

「…何ですか?」

 

「…経験だよ」

 

「経験?」

 

「ああ…艦上高速は知ってるかい」

 

「ええ、まあ一応」

 

艦上高速、それはこの学園艦の第2甲板にある高速道路エリアだ。他の学園艦は知らないが、大洗学園は基本的にブロックを繋げているような構造で、それ故に隣接するブロックに直接行き来することができない。なので一旦甲板に上がりそこから移動しなければいけない。等の理由により、ブロック間の移動をより効率的に行える場所が必要となった。それが艦上高速だ。つまり、学園艦で一番さっさと移動できるエリアという訳だ。

 

「でも、そこが一体?」

 

「…そこを走るんだ。全開で、このsxで……」

 

「な!?」

 

悪い冗談だと思った。あそこは前の旧工業専用地域とは違う。一般車だって普通に走っているんだ。

 

「なに考えているんですか?そんなとこ全開で走ったら、それこそ事故じゃすみませんよ」

 

「そう、そういう場所だからこそだよ…」

 

理由を、彼は静かに語り始めた

 

「この話を聞いて、君は怖いと思ったか」

 

「そりゃ…まあ…」

 

「ああ、それで良い。じゃあ、旧工業地で走っていた時は?その怖さはあったか?」

 

「……それは…」

 

…そうだ、あの時、心の中にあったものは恐怖じゃなかった。ただひたすら、スピードの快楽に溺れていた気がする。今改めて考えると、その時の自分にゾッとする。

 

「それがスピードだ。本来の危険度が増すにつれ、それに反比例するように恐怖を感じなくなる。誰が言ったか、麻薬なんてピッタリな例えがあるくらいだ。そして、その麻薬の快楽も、感じなくなってしまう恐怖も、一番大きいのが、あの艦上高速なのさ」

 

「……」

 

「本当のスピードがどんなものかを知り、その快楽を受け入れ、そしてその快楽に隠れている恐怖を自覚する…それができなければ、全開したsxは、君に牙をむける…」

 

「……」

 

「事故を起こしたら、今度こそ怪我じゃすまないかもしれない。最悪死ぬ可能性もある。それだけじゃない、一般車を巻き込んで関係ない人まで死なせてしまうかもしれない…ここから先はもう戻れない…今ならまだ、さっき言ったみたいに、sxを捨てて後の誰かに任せるってこともできる」

 

「……」

 

「…どうする?やめるなら今だ。」

 

「……」

 

そうだ、やめるなら今だ。あんなスピードで人の走っている公道なんで、正気の沙汰じゃない。決めたじゃないか、セーブして走るんだって…もうあんな、自ら死にに行くような走り方はしないって、小山にも土屋にも約束したじゃないか。やめるべきなんだ。それが一番正しいんだ。

 

 

 

 

 

 

でも

 

 

 

 

 

「俺は…」

 

 

 

 

 

 

それでも

 

 

 

 

 

 

 

 

「走りますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はsxが良いんだ

 

 

 

 

 

 

 

俺が走る意思を示すと、学園長は悲しそうな、でもどこか納得したような顔をしてこう言った。

 

「1週間後、また正門前に来てくれ。詳しい時間は後日で教える…すっかり遅くなったな、悪かった。今日はもう送るよ」

 

「…ありがとうございます」

 

もしかしたら今日、俺の人生はもう修正できないところまでずれてしまったのかもしれない。

でもそれは、俺が自分で決めたことなんだ。

 

 

- AM3:00 帰路にて -

 

 

「そういえば、自動車部の人達にはどう説明するんです?さすがにいきなりsxがガレージからなくなったら怪しむでしょうに」

 

「大丈夫だよ、なくなってないから」

 

「…え?どういうことですか?」

 

「ま、明日学校に行けばわかるさ」

 

大丈夫かな…明日何にもなければいいけど…

 




この辺から独自設定が多くなってきます…
許してほしいのさ…


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9 Out of control

まさかよ~書き始めて1ヶ月くらいでUA1000突破なんてよ~思わなかったんだな~

皆さまいつも読んで頂きありがとうございます。
これからもお付き合いいただければ作者はとてもうれしいです。

読んでくださった皆様に…最大限の『R』を送るのさ…



- 放課後 大洗学園 ガレージ -

 

「どういうことだってばよ…」

 

今、俺はわけのわからない状況にいる。階段を登っていたと思ったらいつの間にか降りていたやつくらいにわけのわからない状況にいる。昨日、俺は確かに学園長の家のガレージの中にsxがあるのを見た。ナンバープレートはなぜか違っていたが、あの色も消え切らなかった傷痕も、間違いなく俺のsxだった。

もう一度状況を確認しよう。ここは大洗学園、自動車部が使っているガレージ、そして俺のsxは学園長のガレージにあるのを昨日見た。

 

 

 

じゃあここにあるsxは何なんだ……?

 

 

 

そう、sxがもうひとつあるのだ。色も傷跡も内装も使っているパーツも全く一緒、昨日の奴との違いと言えばナンバープレートがちゃんと俺が登録した時のやつってことぐらい。どうなってんだ?まるで意味がわからんぞ。瞬間移動とか超スピードとかそんなちゃちなもんじゃあ断じてねえ…もっと恐ろしいものの片りんを…

 

「雨水?」

 

「ウォ!?」

 

気が付くと土屋が目の前にいて話しかけてきていた。

 

「どしたの?いつにもましてぼーっとして」

 

「あ、ああ…昨日ちょっと寝るのが遅くなってな…」

 

「そーなんだ、なんかあったの?」

 

「え?いや…何にも…ネットみてたらついね…ハハハ」

 

「?…ふーん」

 

「お、いかがわしいサイトでも見てたの?」

 

「あ、はい、そうですね…」

 

鈴木先輩がからかうように問いかけてきたけど、それに焦っていられるような心の余裕は今の俺にはなかった。それがいけなかったのか、鈴木先輩は怪訝に思ったようだ。

 

「?…ねえ、ホントに大丈夫?疲れてるんなら、少し横になったほうが…」

 

「す、すいません、ホントに大丈夫ですよ。さ、作業作業」

 

「「?」」

 

2人とも俺の行動を見て、よくわからないといった顔をしていた。俺も何が何だかわからない、どうしてsxがここに…

 

 

…?

 

 

…なんだろう?何か違和感が…まるで、sxから何かが抜け落ちたような…

 

 

そこまで考えて、俺の頭にある推測がよぎった。

思い出したのは、昨晩のこと、別れ際に学園長が俺に言った言葉

 

--

 

『大丈夫だよ、なくなってないから』

 

--

 

……あのオッサン…なんかしたな…

確証はないが昨日のあのセリフで、この違和感は学園長絡みであろうことは予想できた。

そして予測が間違ってなけらば、学園長はかなり手間と金のかかることをやったことになる。

でもどうしてここまで…

 

「おーい、雨水ー」

 

そんな考え事をしていると、寺田先輩に呼び出された。

 

「今良い?」

 

「え?はい、どうしました?」

 

「うん…実は…この学園艦、もうすぐ母港の大洗に寄港するじゃない?その時に雨水のsxが見たいっていう人がいてさ…もしよかったら見せてあげてもらえないかな?」

 

「それはいいですけど…いったい誰が?」

 

「ああ…私の姉だよ…ええと…そう、結構なクルマ好きでさ…あんたのクルマのこと話したら興味持っちゃって…」

 

「そうなんですか…じゃあ、それまではあまり弄らないようにしときますか?」

 

「じゃあ、そうしてもらえるかな?」

 

「分かりました」

 

「…うん、ありがと…話はこれだけだよ、ごめんね、作業中に」

 

それじゃあ、と言って寺田先輩は自分の作業に戻った。でも、わざわざ寄港日に寄ってまで見たいだなんて物好きな人だな。俺が言うのもアレかもしれないけど、上辺だけ見ればただの180sxだし、そんなに珍しいクルマでもないと思うんだけどなあ。

 

 

まあ今はそんなことより、1週間後のことだ。

 

 

艦上高速…俺だけじゃない、他のクルマだって走っている一般的な高速道路

そこを、全てを失う速度で走る。どう考えたって狂った行為だ。

だけど、そこでしかわからないことがあると言うならば

どうしたって、俺は走るんだろう

 

それにあのオッサンに聞きたいこともある。

とりあえずその時までは、こっちのsxにお世話になることにしよう

 

 

 

 

 

 

- 同時刻 ある喫茶店 -

 

sxについて話がある

 

愛里寿お嬢様をご自宅に送った後、昔の知り合いからそんな電話が来た。いまさらそんな話、とも思ったが、あのクルマがまだ生きているとなれば、放っておくわけにもいかない。結局、仕事帰りに行くことにした。

喫茶店に入り、件の人物を探していると、奥の方から手を振っている女性が見えた。手招きされるままに、その女性に対面する形で席に座った。彼女が頼んでおいたのだろう、テーブルの上に2つあるコーヒーの内ひとつを渡された。

 

「久しぶり、九十九」

 

「そうだね、寺田。もう5年ぶりくらいになるのかな」

 

「へえ、もうそんなになるの…今は良家の専属運転手だっけ?良いとこに就いちゃってまあ」

 

「君こそ、その年で文科省の秘書官だろ?俺達の中では一番出世してるじゃないか?すごいよね」

 

彼女の名前は寺田千秋(てらだ ちあき)、古い知り合いであり、昔一緒に走っていた仲間の一人だ。

 

「適当な感じね、どうでもいいって思ってるでしょ」

 

「まあ、今日はその話をしに来たわけじゃないから…寺田」

 

「…うん、わかってる、sxのことでしょ?」

 

「…ああ、頼む……」

 

そして、5年前のあの事故の当事者の一人でもある。

 

「…妹の陽香(はるか)は、知ってるよね?」

 

「ああ、昔は君がいつも連れてきてたね、よく覚えているよ…もしかして、彼女が見たのか?」

 

「うん…あの子今、大洗の学園艦で自動車部に所属しているんだけど…そこに最近入部した子が、持っていたらしいの。黒鉄のような色をした180sxを…ナンバーは、多摩019の『は』2003-05……どう…?」

 

「……間違いない…あのsxだ…その子はどうやって手に入れたのか、何か聞いた?」

 

「なんでも、学園艦の郊外の空き地で、不法投棄されているのを引き取ったらしくて…スクラップになる寸前だったのを、修理して走らせてる…て話よ」

 

「また…甦ったのか…」

 

冗談じゃない…これじゃ本当にあの人の言う通り、タチの悪い呪いじゃないか…

どこまで走るんだ…お前は……人を破滅に追い込み、自分すら蝕んでまで、どうしてそこまで走ろうとするんだ…

 

 

 

sx…お前は何を求めているんだ…

 

 

 

「…次、学園艦がどこに寄港するか、知っているか?」

 

「……近いうちに、母港の大洗町に数日間寄港するらしいわ。正確な日取りは、調べれば出てくるでしょ」

 

「分かった。ありがとう」

 

「…やる気なの?」

 

「確認したいだけだよ…」

 

「そう…ねえ九十九…」

 

「ん?なんだい?」

 

「……そんなことしても、島田はもう戻ってこないよ…」

 

「…そんなんじゃないよ、ただ、あのsxがこれ以上誰かを不幸にするのは、もう見たくない」

 

「……」

 

「…コーヒー代、ここに置くよ。それじゃあ…」

 

そういって、足早に喫茶店から出た。

 

なんでsxはそこまで走ろうとするんだ。どうしてその引き取った子は、そうまでしてsxを欲したんだ。

……なあ島田、お前もそうだったよな

 

 

息絶える最後の最後に、お前はsxを見て、笑ったんだ

 

 

お前も、その引き取った子も、sxの何を見たんだ?

 

 

 

教えてくれよ、島田…

結局俺は、今もわからないままなんだ

 

 

 

- 1週間後 AM0:30 大洗学園 正門前 -

 

「…待たせたかい?」

 

「いえ…」

 

今日は母港である大洗町に寄港しているため、大半の学生や住人は陸に帰省か旅行に行っている。

そのせいか、酷く静かな夜だ。あたりに見えるのはせいぜい街灯の明かり程度で、潮風が耳に触る音がいやに大きく聞こえた。

そんな中だからか、俺を迎えに来た彼とスープラに、妙な存在感があった気がした。

前と同じように俺はスープラの助手席に乗り、そしてあのガレージに向かってスープラは動き出した。

 

「学校のガレージ、見たかい?」

 

「ええ、正直驚きましたよ…どうしてあそこにsxが?」

 

「なんでだと思う?」

 

 

 

「……あれ、違うやつでしょ?」

 

 

 

「…ハハハ、ご名答」

 

どうやら俺の推測は当たっていたようだ。

そう、学校で見たsxは俺が言ったように、昨日学園長のガレージで見たものとは違うもの…つまり学校と学園長宅、合わせて2つあったらしい、そして俺のsxは学園長宅の方だろう。学校のは乗った時に何か違う感じがしたので、すぐわかった。

 

「にしても、どうしたんですか、あれ?」

 

「君がレースで事故った日があったろ?あの時にもうひとつ180sxを用意して、友達の整備士グループに頼んでそれを君のsxそっくりに改造してもらったのさ…」

 

「何者なんですかその人達って……」

 

4,5日で何もかもを俺のsxそっくりにしてすり替えたっていうのか…?しかも全く気付かれずに…?人が死ぬノートを一晩ですり替えた人もびっくりな所業だな…

 

「でも、さすがに気づかれませんか?自動車部の人達もクルマのことはかなり良く見てますし…」

 

「違和感は感じるかもしれない、だが確証には至らないだろう。決定的な何かがない限りはね。そのくらい再現率が高いし、あの子たちはまだそこまであのsxを知っているわけでもないだろうからね、まあ、ばれたらばれたで、それまでの話さ…」

 

「……」

 

「そんな心配しなくても大丈夫だよ…ほら、着いたぞ」

 

言われて、シートベルトを外し、ドアを開けた。

クルマの外に出て、例のガレージへと足を運ぶ。

ガレージの扉を開けると、やはりそこには俺のsxがあった。

 

しかし

 

「…あれ?」

 

そこにあったのは確かにあのsxだ

なのだけれど、色々なところが変わっていた。

 

まず、色があの黒鉄のような色から、それよりは少し明るめの灰色になっている。そしてフロントバンパーも変わっており、リア部分はついていた純正ウイングではなく、薄いリアスポイラーになっていた。

 

「ああ、それな、なるべく身元バレしたくないから、色とエアロは弄らせてもらったよ。ま、エアロはダウンフォースも目的だけどね。無断でやったのは許してくれ」

 

「…まあ、これからすることがすることですから、いいんですけど…」

 

でも、sxのレプリカと言い、どうしてここまでしてくれるんだ?

 

「…これ後で恐ろしいレベルの請求とか来ませんよね…?」

 

「金は請求しないよ、その代わり、今度何かしらの手伝いをしてもらえればそれで良い」

 

「は、はあ……」

 

手伝いという不明瞭な単語がいささか不安だが、ここまでしてくれたのだ。できるだけのことは手伝おう。

 

「さて…じゃあ」

 

学園長は息を大きく吐いてから、言った

 

 

 

 

 

 

 

「準備はいいか?」

 

 

 

 

 

 

 

「……はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ついに向かう、艦上高速へ

 

 

 

 

 

 

 

 

- 同時刻 艦上高速 北口PA -

 

出会うとしたら、きっと艦上高速(ここ)だろう。

予感がする。

きっとアイツは俺の前に現れる

この夜、この場所で

 

 

 

 

「…行くか」

 

 

 

 

sx

 

 

 

もういい

もう終わらせよう

俺と、このカレラが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前を撃墜(おと)

 

 

 

 

 

 

 

 




ようやく次回はバトル突入さ…

やっとメインである艦上高速を舞台にできました。
導入に9話も使って申し訳ない…

作中に出てきたクルマのナンバーは実在するナンバーと被らないようにしただけで、特に深い意味はありません。


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10 Dreamscape

BATTLEの描写が…思った以上に難しいっていう……
正直伝わるか不安じゃんか

今回から視点変更が多くなるのでside:○○と変更する際に付けさせて頂きます。
「冗談じゃねえ…余計見にくくなってるのさ…」という人がいらっしゃいましたらすぐに戻しますので、その際は申し上げて下さいますようお願い致します。


- AM1:00 大洗艦艦上高速 第2ブロック線・北口付近 side:雨水 -

 

呑まれる

 

襲われた感覚を言葉にするなら、そうとしか表せなかった

 

艦上高速、そこの第2ブロック線と言われる場所で、俺は学園長のスープラと共に走っている。艦上高速は移動の効率化を図るために、いくつかの道路に分かれており、だいぶ入り組んで複雑になっている。

 

南、西方面間のブロック移動を目的とした第1ブロック線

北、東方面間のブロック移動を目的とした第2ブロック線

そして、俺たちが住む街から、中央ブロックと第1、第2ブロック線へ移動するための接続道路

 

この3つにそれぞれ分けられる。

 

その中でも俺たちが走っている第2ブロック線は、他2つに比べて交通量は少なく、コースとしてもそれほど難しいものじゃない。あまり自分のリズムを崩さずに走れる…そんな場所だ

 

でも、この場所においてそれは、魔物となり得る

 

狂わないリズムは思い通りに走ることができ、しかしそれはスロットルを開けさせ、そしてスピードに狂わされる

そしてそれは毒のように脳に回り、恐怖を麻痺させる

この毒に呑まれたら、どれだけ心地良いのだろう…そう思えてしまほど

けれど、それはできない

 

 

してはいけない

 

 

目に映る赤い閃光

それが俺の麻痺しかけた脳を再び呼び覚ました

スープラのブレーキランプだ

とっさにブレーキに踏みかえる

 

260km/h

クラッチ

シフトチェンジ

4速

制動力が体に伝わる

3速

140km/h

目の前にコーナー

更にブレーキを強く踏む

ステアリングを回す

減速、100km/h

図らずもリヤタイヤが滑りだす

タイミングを外したか

急いでカウンターをする

何とか持ち直し、コーナーを出る

 

 

危なかった…学園長が知らせてくれなかったら、曲がり切れなかったかもしれない。

でも、スープラの、彼の後ろを走るのがここまで大変だとは思わなかった

F40に乗っていた時とまるで違う、俺の力量を見極めて、ギリギリでついていけるように、針を通すようなコントロールで走らせている

これが学園長の本気か……

 

-

--

----

 

『学園長も一緒に走るんですか?』

 

『ああ、走り方を教えることはできないが、ブレーキ役くらいにならなれる。限界速度の恐怖を、君に知らせるための役だ。いいか、スピードの恐怖を忘れるな、そして拒絶するな…しっかり受け止めてやるんだ……でなければ、sxはきっと応えてくれない………』

 

『恐怖を、受け止める?』

 

『そうだ、受け止め、なおアクセルを踏み続ける…そうしなければ、何もできないまま死ぬぞ…努々忘れるなよ……』

 

----

--

-

 

死ぬ

 

分かっていたはずだ…こんなことをしている以上、何時そうなってもおかしくないことは…

だけど、ここで走り出した瞬間、その言葉が酷く重いものに感じる

一歩間違えれば死んでしまう…誰かを死なせてしまう…そう考えると、怖くて仕方ない

怯える心を押し潰してまで、こんなことをする意義なんてないだろう

そんな思考と相反して、足はアクセルから離れようとしない

隙さえあれば、少しでもスロットルバルブを開こうとしている

全く逆のはずなのに

 

減速したら、全てが終わってしまう気がしたから

 

 

 

 

 

 

 

 

- 同時刻 200m後ろ side:??? -

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…見つけた

 

ナンバーも、色も、外装も違う

でもな、sx

どうしたってお前の声は

すぐにわかるんだよ

 

 

 

 

 

 

 

- in 180sx side:雨水 -

 

 

 

 

 

…なんだ?

後ろから1台、すごい勢いで追い上げてくる

あれは…?

 

 

 

 

 

また

音が聞こえた

今までとは違う、

包み込まれてしまうような

浸ってしまうほどに、不思議な感覚

その音は

声は

 

 

 

 

 

まるで、無邪気に笑っているように聞こえた

 

 

 

 

 

この音は…sx……なのか?

 

 

 

 

 

- in 80supra side:学園長 -

 

ミラー越しに後ろを見ると、1台のクルマが引き寄せられるようにsxに近づいていた

あれは…あの走りの雰囲気は…

 

 

そうか…アイツか……

もう気づいたとは、随分と嗅ぎ取るのが早いな

 

気を付けろよ、雨水くん

そいつに乗せられるな

そいつはそのsxを憎んでいる

そしてそれ以上に、焦がれている

いつだって…そうさ…sxに心を奪われた奴は

その熱に中てられ、戻れなくなっちまうのさ

 

 

 

お前もそうだろ…?

 

 

九十九

 

 

 

 

- in 180sx side:雨水 -

 

息を整え、なるべく落ち着きながら、後ろのクルマに少しだけ意識を向ける

アンバーカラーの…

991…カレラ…

ポルシェってやつか

 

完全にsxを見据えてやがる

コイツ…やる気だ…

 

 

いいぜ…断る理由もない…

 

 

来いよ

 

 

フルスロットル

足を潰すぐらい、アクセルを踏んだ

4速

6000rpm

まだだ

7000

まだ…

8000

シフトチェンジ

5速

270km/h

車体がぶれる

少しのずれでどこに吹っ飛ぶかわからない

290km/h

 

300…

310…

 

よし…このまま…最高速まで…

 

 

 

 

でもそれは、叶わなかった

 

 

すぐ前にトラック、別の車線には一般車…

パスできる隙間はある、それはわかっていた…それができる程度のマージンもあった

けれど、俺は目の前の恐怖に耐えきれず、

 

ブレーキを踏んだ

踏んでしまった

 

 

タイヤの削れる甲高い音が聞こえる

リヤタイヤが滑り、車体がスピンする

カウンターを当てる

でも、間に合う訳がない

そしてスピンする最中、見えたのは、此方に向かってくるカレラ

 

ああ、だめだ

ぶつかる

 

 

ぶつからない

カレラは一切減速せずにラインを変え、俺をパスした

信じられない…あの距離で、あの速度で、避けれるだなんて

いや、それよりも

 

あのカレラ、少しもスピードを緩めなかった…

 

sxは止まった、幸いどこにもぶつけることはなかった

すぐにクルマの体制を直し、再発進させる

あのカレラは、いつの間にか闇に溶けて、いなくなっていた

 

 

--

 

 

あれから十数分後

俺は事前に集合場所として知らされた西口PAに向かっていた。PAに着くと、学園長のスープラが見えた。先に建物の中にいるんだろうか?

だけど、スープラの隣にあるクルマを見た瞬間、俺は一瞬頭が真っ白になった

さっきの、アンバーカラーのカレラが停まっていた

sxを駐車場に止め、すぐ前にある喫茶店に入ると、学園長を見つけた。そしてそこに1人の男が対面して座っている。多分、あのカレラの持ち主だろう。

なるべく動揺を悟られないように、その席に足を運ぶ

 

「おお、来たか」

 

「…織戸さん、彼が?」

 

織戸さん…?ああ、学園長のことか。そういえば、最初にもらった名刺に書かれてた名前、そんなだったっけか…

 

「ああ、君が会いたがってた新しいオーナーだ」

 

「…どうも、雨水と言います」

 

「九十九です。どうも…」

 

九十九さんか…何だか、不思議な雰囲気をまとった人だ…感情が見えない、というよりは、感情の底がないような、そんな感じがした

 

「さっきは危なかったね」

 

さっき…というのは、sxがスピンした時のことを言っているのだろう

 

「ええ、すいません。俺のミスで…」

 

「…ミス…本当にそれだけなの?」

 

「……どういうことですか?」

 

心がざわつく…どういうこと、とは聞いたが、彼が言いたいことは何となくわかっていた。でも、それを聞いたら、それを事実と認めてしまう気がしたから、しらばっくれてしまいたかった

でも、そうはいかなかった。九十九さんが口を開く

 

「ブレーキ…踏んだんだろ?」

 

「…ええ、まあ……」

 

「後ろから見てたけど、正常だったらあんなスリップはまずしない…左タイヤだけブレーキが利かなかったんだろうさ。そういうクルマだ…少しでも守りに入ろうものなら…すぐにいうことを聞かなくなる…」

 

「……」

 

「…単刀直入に言おう、あのクルマに乗るのはもうやめたほうが良い…あれは必ず、君を破滅に連れて行く…

 

 

 

俺やアイツのように………」

 

 

 

なるほど、この人、sxの元オーナーか……それに口ぶりからすると多分、学園長が言っていた事故の当事者なのだろう。後悔しているんだろうな…見ず知らずの俺に、わざわざ会って警告までしてくれるぐらいなのだから

 

 

でも、だったら、俺の答は何か、わかっているだろう?

 

 

 

「できませんよ…ここまで来たら、もう戻れない………」

 

「…そうか…やっぱりな……」

 

そして、少しの沈黙が続く…でもその沈黙は、他のどんな言葉よりも、重く、お互いの意思を鮮明に伝えた…そして、九十九さんがその沈黙を破った

 

「じゃあ織戸さん…俺はこれで…」

 

「もういいのか?」

 

「ええ、聞きたいことは聞きましたから」

 

そういって、彼はテーブルに金を置いて席を立つ。俺に「じゃあ、また」と言った後、そのまま喫茶店を出て、夜の奥へと消えていった

 

 

「少し早い気もするが、まあいいだろう…雨水くん、彼についてはまた今度話す。だが、これだけは先に言っておく…彼の走りをよく見ておくといい、きっと君の糧になる…まあ、今日はもう時間もないし、別の機会にね……」

 

学園長は俺をいい加減席につくように促し、テーブルに置いてあるコーヒーを差し出してきた

 

「奢りだよ、飲んで帰ろうぜ…まあ、すっかり冷めちゃったけどね……」

 

そうして、俺はコーヒーを口に運んだ

冷めていたけれど、そのわずかな温度は確かに俺の震えを止めてくれた

 

また…か…

そうさ………

 

 

 

また、走ろう、ここで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

艦上高速(ここ)で、終わらないためにも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




織戸 真一(おりど しんいち)
大洗学園学園長。多分50、60代。sxの事情を知っており、雨水が死なないように力を貸す。
ようやく名前を出せた

ここに来れば……なんとかなる
冷めちまったコーヒーだって自分以外の誰かの温度は伝わるから
西口PAの喫茶店…そんな店さ…

次回からは自動車部メンバーの出番が増える予定です。


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11 In a silent way

だいぶ更新が遅れちまった…許してほしいのさ……

ちなみに、このssの自動車部にあるクルマは大体が業者から譲り受けたか、廃車をRestorerしたもの、という独自設定がある…ごま塩程度に覚えといてくれ……


- PM10:00 学園艦閉鎖道路 in 33R side:星野 -

 

「……はあ」

 

エンジンが止まったばかりのクルマ。部活の備品を持ち出している形にはなっているけれど、私がチューニングとテスト走行の大体を担っているため、ほぼ私のクルマと言っても言いくらいには愛着がある。そのステアリングにもたれかかりながら、思わずそんなため息が出た。

足りない

タイムの伸びも良いし、現状で満足しているわけではないけれど、特にこれといった不満があるわけじゃない。でも何か物足りない。もっと走りを今よりも先にある走りをするために必要な何か、それをきっと私は持っていない。そんな気がする

 

じゃあ足りないものって何だろう?テクニック?セッティング?それとも両方?

もちろんそれもあるだろう。けど、欠かせないものはもっと別にある気がする。テクニックやセッティングとは違う、もっと異質な何か。それが私にはないんじゃないだろうか。

それが何なのかなんてわからないけど、その何かみたいなものが確かに存在していることは、間違いない。

 

雨水のワンエイティ

 

あのクルマにはその何かがあった。不気味だけど、どこか心が惹かれるような、そんな何かが……

中嶋の言う通りかもしれない、あのクルマは少し普通じゃないかも。何故か今のワンエイティからは、その何かは感じないけれども、最初のあれは絶対に気のせいなんかじゃない。

あの何かが欲しい。あれを手に入れれば、もっと速くなることができる。そんな気がする

 

まだだ

こんなんじゃ全然足りない

もっと

 

 

 

もっと、スピードを

 

 

 

 

 

 

 

 

「--……-…----………」

 

 

 

 

 

「…?」

 

 

何だろう?今、話し声が聞こえたような…誰だろう、こんな場所で

でもあたりを見回してみても、誰もいなかった。何だか薄気味悪い…今日はそろそろ引き上げよう…。そう思い、クルマのエンジンをかけ、帰路についた。何だか今日は不思議な夜だ

 

 

 

静かで、閉じ込められたみたいに、真っ暗な夜

 

 

 

 

 

- 同時刻 学園艦ファミレス side:寺田陽花 -

 

大洗に寄港する数日間、私は雨水の180のことで千秋姉さんに連絡し、部活に遊びに来たという名目で180を見てもらった。寄港日だから学校としては休みだったけど部活は普通にやっていたので、結局こんな時間までかかってしまった。

 

「それで…どうだったの?姉さん」

 

「…間違い、ないと思う。あれは九十九のだったsxよ…」

 

「…やっぱり、そうなんだ……」

 

返答を聞いて、息が詰まった。

最初、雨水の180を見たとき、まさかとは思っていたけど、姉さんの言葉を聞いてそれは確信に変わった。

やっぱり、あの180だったんだ…

 

「…それなら、やっぱりやめさせないと」

 

「一回事故って死に目に会って、それでも直して走らせているんでしょう?…相当惚れ込んでるみたいだし、きっと、いくら止めても止まらないわ」

 

「でも…」

 

「それに、なんだか変な感じもするの……」

 

「…え?変な感じ?」

 

「ええ…あのクルマ、確かにsxのはずなんだけど、何て言えばいいのか…違和感みたいなものを感じるのよ、昔あったものがなくなっているような、そんな感じ…陽花は何か感じなかった?」

 

「ううん、私は何も…」

 

「そっか…まあ、違和感って言っても完全に感覚的なものだから、私の気のせいかもしれないけどね」

 

「違和感って、具体的にはどんな?」

 

「ええとね…あのクルマ、5年前はもっとこう、機械にはない何かがあったの。それこそ、生物にしか感じられない時があるくらいの何かが」

 

「生物……それが今はなくなってるってこと?」

 

「まだわからないわ、5年の間に本当にそうなったのかもしれないし、私の方が見えなくなっただけかもしれない…そもそも理屈として考えるには曖昧過ぎるしね」

 

「………」

 

「とりあえず、今はこっちから動くよりも、しばらくは様子を見たほうが良いと思うわ。今のsxが昔とどう違うのかも、もう少し調べておきたいところだし」

 

「…分かった、じゃあ何かわかるまでは、とりあえず私が見ているよ」

 

「ええ、お願い。私はそろそろ陸に戻らなきゃだから、わかったことがあったら携帯に連絡して。それと、わかっているとは思うけど、あまり深入りはしないで…あの2人みたいに、戻れなくなるわ」

 

「……うん、わかってる」

 

あの2人、スピードに魅せられて、それぞれが別の、行ってはいけない場所に行ってしまった2人。そうなった原因があの180だというのなら、やはりどうにかしなければいけないのだろう。

雨水にも、自動車部の子たちには、あの2人のようにはなってほしくない。できるならあの子たちには関わってほしくない。。

 

あんな悲しいことが起こるのは、もうたくさんだから

 

そのあと会話はなく、私がジュースを飲みほしたところで、ファミレスを出た

結局お店では飲み物以外頼むことはなかった

 

 

 

- 翌日 部活動中 大洗学園ガレージ side:雨水 -

 

「…てなわけで、直4のエキマニのレイアウトは目的によって変わるんだよ。掃気効率なら4本、2本、1本の順番に集合する4-2-1レイアウト、排気効率なら4本からいきなり1本にする4-1レイアウト…ま、この2つが基本っしょ」

 

「なるほど…じゃあ、4-1レイアウトなら出力が上がったりするんですか?」

 

「うーん、出力が上がるっていうよりは、元々パワーのあるクルマの力を引き出すって感じかなー?まあやっぱりエンジンとの整合性が重要だと思うよ」

 

「ほーほー」

 

今、俺は鈴木先輩に排気系の基礎について教えてもらっている。sxの修理が終わってひと段落着いたので、そろそろ本格的にクルマ弄りをしていこうという訳だ。とりあえずは目下sxのSR20VETの形式である直4エンジンに適した技術を習得し、出来ればこっちのsxで試してみて、実際はどうなのか確かめてみる、といった流れでやることになっている。で、まずは何をやりたいかと聞かれたところ、俺が排気系をリクエストして今に至るっていう。

 

「そういえば、なんで最初に排気系がやりたかったの?何かこだわりがあるとか?」

 

説明がひと段落着くと、鈴木先輩はそんな質問を投げかけてきた

 

「えーと…まあ、単純に面白そうだなって思っただけなんですよ。あ、もちろん他のがつまらなさそうって言っているわけではないんですけど」

 

「へぇー、排気系に一番惹かれたわけだ。良い良い、実に良い傾向だぞ少年よ」

 

「ハハハ…」

 

もちろんそれもある。だけど一番の理由は別のところにあるんだ。

こっちのとは別の、俺のsxが時折聞かせるあの声、今でもほんのたまにしか聞こえないけども、もしかしたら音に係る機関を弄れば、もっと聞こえるようになるかも…と思ったんだ。といっても、あの声はそんな単純なものじゃないんだろう。何もしないよりは、何か変わればいいけど

 

「…ん?」

 

と、そんなことを考えているとある人が目についた

あれは星野先輩か、何だかいやに難しい顔をしているけど、どうしたんだろうか?

隣にいる中嶋先輩も気になったのだろう。心配そうな顔で星野先輩と話している。

 

「どしたのさ星野?なんか雰囲気おっかないよ?」

 

「ん…いや、大したことじゃないんだけどさ…ただちょっと、走らせ方で行き詰ってる感じがして…」

 

「タイムが伸びないとか?」

 

「いや、そういう訳じゃないんだけど…なんて言うか、どうもしっくりこないというか…」

 

「う~ん…ここ最近おんなじ走り方ばっかしてたから、マンネリになっちゃってるとか?あ、そんじゃさ、今度みんなで一緒に走らない?何かわかるかもよ」

 

「…うん、そうだね…ありがとう」

 

「雨水も出なよー!いい機会だからみっちりしごいてあげる♪」

 

「お手柔らかに頼みますよ…」

 

そんなわけで突如練習メニューが追加されてしまった。いや、別にいいけどさ…

しかし、あんな星野先輩見るのは何気に初めてかもな、ああいう一面もあるっていうのは、失礼かもしれないけど、少し意外だった。

 

走らせ方か…今日は艦上高速では、どうやって走らせようか…早いとこ、学園長に頼らずに、1人で走れるようになりたいよな…そのためにもいろいろ知らなくちゃな、あそこで死なないように、死なせないようにするためにも

 

そんなこんなで時間は過ぎ、部活も流れ解散になった。ちなみにこの部活、流れ解散になった後も、部活動自体は夜12時前までやっている。この時間は整備以外にも、テスト走行をしたり、ただだべったりする自由時間だ。俺もそのご多分に漏れず、8時くらいまで整備の練習を続けた。もう少しやっていたかったけど、俺は最近入ったバイトがあるのでその旨を中嶋先輩に伝えて帰った。

帰る直前、星野先輩が、虚ろな目でこっちを見ていた。どうしたのかと聞こうかと思ったけど、どうしてか聞いてはいけない気がしたので、俺は「お疲れさまでした」と軽い会釈だけしてその場を後にした。その目は、どこか俺を不安にした。何に不安を感じているのかは、自分にも分らなかったけれど

 

 

それは今夜、わかることになる…

 

 

 

- PM12:00 学園艦閉鎖道路 side:星野 -

 

マンネリ、か……

 

確かにそうかもしれない。このところ、ずっと何かが足りない気がして、ひたすら夜中に走っていたけど…逆にそれが良くなかったのかも。中嶋の言う通り、たまにはみんなでっていうのも悪くないな。特に、雨水の走りを見るのは初めてだし、ワンエイティをどう走らせるのかも気になる。

……もしかしたら、それで何かわかるかもしれない

 

「…っと、もうこんな時間か……」

 

いつの間にか部活の終了時間だ。もう他のメンバーはみんな帰っちゃってるだろうな…まあ、今日のガレージのカギ閉めは私が担当だし、遅れても問題ないだろうけど…

どうしよう…もうちょっと走っていくか…きりも良いしもう帰るか…

 

 

「…-----……-」

 

 

…まただ、またこの音……

昨日も聞いたけど、何なんだろう、この音は…

音っていうより、声のような、まるでこっちに話しかけているような、そんな感じがした

…ああ、そうだ昨日も声が聞こえたときは、こんな夜だった

酷く静かで暗い、まるで檻のような、別のどこかへ逃げ出したくなるような

そんな……

 

 

「---……… … ・・ ・- -   -  」

 

 

そんなことを考えているうちに、あの音はフェードアウトして、ついに聞こえなくなった。一体、何だったんだろう、あれは?

 

完全に聞こえなくなってすぐに、何故か、とある場所が思い浮かんだ。なんで今この場所を思い出したんだろうか?

まあ、でも、ちょうどいいかもしれない…物思いにふけっているうちに、また妙に走り足りない気分になっちゃったし、最後に気分転換に流すくらいには、いい場所でしょ。

 

 

 

 

艦上高速ね…たまには行ってみるのも悪くないかな

 

 

 

 

 




寺田 陽花(てらだ はるか)
18歳、自動車部現部長であり、自動車部で唯一5年前の事故を知っている。sxについて知っている事情が事情なだけに、その渦中にいる雨水にどう接していいのか悩んでいる。

寺田 千秋(てらだ ちあき)
23歳、元々は走り屋だったが、5年前の事故をきっかけに引退、その過去を振り払うかのように猛勉強をし、文科省所属の秘書にまでなった。sxの復活の話を聞き、走り続けようとする雨水と決着をつけようとする九十九を止めたいと思っている。

なんで星野のクルマがGT-Rなのかって……?
元ネタさんの息子さんがNISMO GT-RでSuper GTに出たらしいからさ…
え?なんでわざわざ33Rなのかって…?

単純に作者が一番好きなGT-Rというだけです。ごめんなさい


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12 The dark side of the moon

最近更新が遅れてすまない……今の俺には謝ることしかできねえ……


- AM0:50 艦上高速第1ブロック線 in33R side:星野 -

 

艦高(艦上高速)に来るのも久しぶりだな…高1のとき以来じゃないかな?あの時はまだ接続線が開通してなかったんだ。そのせいもあってか、あの頃に比べると、思っていたより随分と複雑になっているように思えた。

 

なんで今日久しぶりに艦高に来たのかっていうと、特にこれといった理由はない。本当にただなんとなくだ。真直ぐ帰る気にも不思議となれなかったから、この辺をぐるりと流してそれから帰ろうと思った。ただそれだけ。

 

(…のはずだったんだけどなあ)

 

すぐ帰るつもりだった。それこそ10分かそこらまで軽く走ってから、さっさと上の方に戻るつもりでいた。でもそう思いながらも、かれこれもう1時間近く経ってしまっている。

別にすぐに帰ってもいいんだけれど、私はそうしない

何か引っかかるものがあった

誰に言われたわけでも、私自身意識していたわけでもなかったけれど

私はこの場所で何か見つけようとしていた

 

 

そしてその願望は、あっけなく現れた

 

 

(……!?)

 

 

バックミラーに見えた、2台のクルマから発せられるヘッドライト

それだと認識した時には、すでに1台が私の横をパスしていた

 

(あれは…80スープラ……

こんな場所でバトルか……)

 

正直かなり驚いた。だけど実際のところ、危ないなあと思った程度で、まだ頭の中は大分冷静だったと思う。

 

問題なのはそのあと、もう1台のほうが私を横切った時

 

 

見た瞬間、何も考えられなくなった

 

滲んだような鋼色のワンエイティ

その中に一瞬見えた、ドライバーの影

 

(アイツは…)

 

見えたのはほんの一瞬、ただのシルエット

けど何故か、誰なのかはすぐにわかった

 

いや、顔を見たからじゃない

最初にアイツのクルマを見たときの感覚

それと同じ感覚が今あったんだ

 

街灯の明かりと、夜の闇に溶けていく

気づくと、いつの間にか遠くへ消えている

 

 

まるで亡霊のように

 

 

数秒経ち、我に返った時には、もうあのクルマはいなくなっていた。

 

見つけた

見つけてしまった

時間にすれば1秒にも満たない、一瞬の中にしかない世界

 

ずっとその場所に行きたかった

でもそのための何かが、私にはわからなかった

 

でも今、それは私の前に現れた

そこへ行くための何か

とてもおぼろげで、すぐに消えてしまうけれど

でもそれは確かに、私の手が届く場所にある

それがわかってしまった

 

待っていろ

今はまだ無理だけど、必ず追いついてみせる

 

必ず捕まえてやる

 

気づくと私の頭は、明日のことでいっぱいになっていた

色々とわからないことだらけだ。聞きたいことが山のようにある

 

(雨水…何を企んでいるの?)

 

そう思いながら、私は帰路についた

 

 

 

 

- 翌日 放課後 学園内 side:雨水 -

 

 

話がある、すぐに体育館裏に来て

 

           星野

 

 

部活用のツナギに着替えようとして自分のロッカーを開けると、そんなふうに書いている紙切れが置かれていた。いきなり呼び出しなんてどうしたんだろうか?

もしかしてカツアゲ?GET REWARDS(カツアゲ)なの?え、俺なんか気に障ることした?

内心ビクビクしながら体育館裏に行くと、制服姿の星野先輩がいた。何気にこの人の制服姿は初めて見たかもしれない。部活でいつも見ている健康的な日焼け肌とは対照的にスカートから伸びる脚は思っていたよりも白くて、それを見て妙にドギマギしてしまう。

 

「…どうしたの?変な顔して」

 

などと邪なコトを考えていると、どうやら顔に出ていたようで、先輩が訝しむようにそう聞いてきた。

 

「いえ、なんでもありません。本当に」

 

「そ、そうなんだ。ならいいけど…」

 

ごまかすようできる限り力強く答えたらそれがあだになったか、若干引かれた。文字通り引かれた。俺のheartがちょっとbreakしそうになったぜ…

 

「…まあいいや、それより聞きたいことがあるんだけど」

 

「聞きたいこと?」

 

「うん」

 

何だろうか?星野先輩が俺に聞きたいこと?いまいち検討がつかないけど…

 

 

「…昨日、夜中に艦高で走ったんだよ、33Rで」

 

 

それを聞いて、星野先輩の"聞きたいこと"が何なのか確信した。同時にいやな汗が出てくる。

 

「その時に、すごいスピードで走っているスープラとワンエイティに出くわしたんだよ…230km/hは出てたね、あれは……」

 

「…そりゃまた随分と、危ないことする奴もいたもんですね……」

 

「うん、全くね…それで、その2台が私をパスしていったんだけど…その時にね…見えたんだよ…ワンエイティのドライバーの顔が…」

 

「………へぇ、よくわかりましたね。艦高って言ったら、結構暗いでしょうに」

 

「いやあ、私、夜目が利くから…それで何がびっくりしたって、そいつは私が知っている奴だったんだよ…」

 

まずい

まずいぞ

まさかこんなに早く気づかれるなんて…

でも待てよ…いくら夜目が利くからってあの速度でドライバーの顔が見えるとは考えにくい…カマかけている可能性も捨てきれないし…どっちにしても、とりあえずここは限界までしらばっくれて、さっさと退散した方が良いか……

 

「…そ、それはホントにびっくりですね…でもなんでそれを俺に話すんd」

「まだ白をきるの?」

 

「……」

 

ダメだわ、カマかけるどころかギロチン首にかけてきたもの。もうなんか完全にばれてるもの。

……これ以上はもう誤魔化せないか…

 

「…まあいいさ、あんたを呼んだのは別に説教するためじゃないんだ…ただひとつだけ、伝えたいことがあるの」

 

だけど聞かされた言葉は、予想とは違うものだった。少し面食らってしまい、言われたことを何のひねりもなくそのまま聞き返す。

 

「伝えたいこと?」

 

「…3日後…の午前0時半、艦高B2(第2ブロック線)北口PAで」

 

「……」

 

星野先輩が言った日時と場所、それだけでこの人が何を言いたいのか、俺に何を伝えたかったかが、驚くほど明確に理解できた。

 

ああ、そうだな

 

この人にはこれ以上、偽る意味もないかもしれない

 

「…わかりました」

 

「…うん」

 

この人も、もう手遅れだろうから

 

「…さて、私はそろそろ行くわ。あんまり遅れると中嶋がうるさいし」

 

「ええ……」

 

「……雨水も、早く来なよ?」

 

「もう少ししたら、行きますよ…」

 

「ん…」

 

できることなら、少なくとも、俺の周りの人には関わってほしくはなかった。

得るものなんか何もないのに、失うものがあまりにも大きいから、一歩間違えれば、全てが終わってしまうから

 

でももう、止まらない

彼女もまた、魅せられてしまったみたいだから

 

あの夜彼女と、あの場所ですれ違ったのは偶然なんだろうか

それとも

 

sx

 

あの時、33Rとすれ違ったとき、珍しい音を出してたな

カレラと走っいた時とも違う、楽しそうな、子供がはしゃいでいるような声

 

なあsx、もしかして

 

 

 

 

 

 

 

お前が呼んだのか?彼女を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--…-…-……-------……

-……………---…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

- 3日後 AM0:28 北口PA side:雨水 -

 

時間帯のためか、広さの割に停めている自動車が極端に少ない駐車場

そしてそこにいるのは俺と、俺に対面している星野先輩だけだった

遠くからのように聞こえる自動車の走行音

でもそれすら、sxと33Rのエンジン音にかき消されて、その存在が薄れて行く

 

ちなみにここにはまだ学園長はいない。あのスープラが学園長だって星野先輩に知られたくないから、あとで合流すると言っていた。

 

飲み込まれそうな暗闇の中、目に入る光はいくつかの街灯と、2台のクルマのヘッドライトのみ

そんな中で先輩は、覚悟を決めたように、口を開いた

 

「じゃあ…そろそろ行こう」

 

「そうですね…時間も限られてる……」

 

そう言って、俺がsxに乗ろうとするけど、彼女の「ちょっと待って」という言葉で俺は動きを止めた

 

「ルールはどうする?」

 

「ルール?勝ち負けの条件ってことですか?」

 

「ああ」

 

「無しでいいんじゃないですか?俺は勝負するつもりはないですよ」

 

「私は勝負するつもりで来たんだけど……」

 

「大丈夫ですよ。一緒に走っただけでも、何となくわかると思いますよ」

 

「……そう」

 

俺の言葉が予想通りだったのか、彼女は俺を見て微笑した。街灯に照らされたその顔は綺麗で、だけど儚げで、俺は少しだけ見惚れてしまっていた。

 

「よし、行こうか…前は雨水が走って。私が後を追うから」

 

「あ、はい…分かりました」

 

見惚れていたのを悟られないよう、なるべく平静を保って改めてsxに乗る

 

油圧……アイドル……水温……すべてOK

 

シートに身を預けると、またあの声が聞こえた

前と同じ、子供がはしゃいでいるような無邪気な声

 

 

わかってるよsx

 

 

一緒に遊ぼう

 

 

PAを出て、その身を高速へと投げ打つ

今日も俺を連れてってくれ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬の、あの世界へ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




- 走る少し前の会話 -

「最初、星野先輩に呼ばれたとき、俺追い剥ぎされるのかと思ってました」

「お前は私をなんだと思ってるんだ」


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13 Weekend warrior

明けましておめでとうございます。(遅刻)

大分投稿が遅れてしまい申し訳ありません。
それでも読んで下さっている皆様方にはただ感謝するばかりです。

これからもよろしくお願いいたします。


- AM0:40 B2(第2ブロック線) in33R side:星野 -

 

210km/h

7500rpm

次の左コーナーまで100mもない

もう少しでオーバーレブ

5速…

いやこのまま4速

左コーナーまで40m

3速

アクセルを緩める

左足でブレーキ

140km/h

カーブ

よし、良いラインだ。このまま…

 

(!?…しまった!)

 

前方に一般車

どうする…右…左……

右は…ダメ、曲がり切れなくなる

左だ

ブレーキをさっきより少し強く踏んだ

重いステアを強引に左に回す

何とか一般車をパス、車間距離は5cmあるかないか

 

危なかった…

もし、あのクルマがあと数メートル近かったら…

ステアを切るタイミングが、あとコンマ数秒遅れていたら…

そう思うとぞっとする

 

……何をしているんだろう、私は

こんな場所で、こんな猛スピードを出して…

ほんの僅かな差で、簡単に死んじゃうのに…

ついさっきだってそうだ、もう少しで関係ない人まで巻き込むところだった

頭がおかしいと言われればそれまでだ、それに異を唱える気はない

 

でも、そんな理性とは逆に、私はアクセルを踏み続ける

際限なくスピードを求める

だって…

 

 

赤く光るフォグランプ

それに応えわずかに反射する、鈍い鋼色

暗闇に溶けていって、消え入るように目の前を走って行く

生きた鳴き声のような音を、響かせながら

 

ワンエイティ

 

 

なんでアイツは、こんなに私を惹きつけるんだ

 

走る姿をもっと見たい

あのクルマの前を走りたい

あのクルマよりも速くなりたい

あのクルマと走りたい

 

気づけばもう、以前の迷いは無かった

何かが足りないあの感覚が、急にどうでもいいように思えてきた

これが私の求めていたものなんだろうか?

 

なあ、雨水

お前と走っていれば、何かがもっとわかるのかな

迷いは消えたけど

私はまだ、どこか渇いたままなんだ

 

 

- in180sx side:雨水 -

 

「やっぱ速いなあ、この場所じゃなかったらすぐに抜かれてたろうな、俺…」

 

バックミラーを見て、思わずそんなことをぼやいた。流石"大洗一速い女"。艦高を本気で走るのは初めてのはずなのに、もうここのリズムを掴み始めている。これじゃあすぐにでも抜かれるだろうな。

 

それにあの33R、星野先輩のウデを抜きにしても、本当に良いクルマだ

確か1.8ちょっとだったか…黄金比をだいぶ上回り、GT-Rの中でも特に高いトレッド比、大きくなったボディと長くなったホイールベースは、旋回性能を従来より低くし、誰が言ったか、全体的にダルい走りになったという。

本当にそうなんだろうか?

他の33Rは知らないけれど、少なくとも、今一緒に走っている33Rはとてもそういう風には見れない

全くぶれることなく、まっすぐと此方に向かって突進するように走る様は、驚くほどの力強さを呈していた。

走りを見てわかる

高い直進性、33Rの大きな特徴であろうそれを理解し、存分に伸ばす形で施されたチューニング。しかもただ伸ばすだけじゃない。そこから発生する更なるパワー、

 

それをクルマが受け止められるように、各パーツ強化とセッティングも恐ろしく精密に行われている。

あのクルマをノーマルから全部組み立てたっていうのか……改めてすげえな…星野先輩………

なるほど、いやにあの33Rが気になった理由が、なんとなくわかった気がする。

俺も、もしかしたらコイツも、一緒に、対等に走ってくれる奴が欲しかったんだろうか

 

「…できることなら、もうちょっと2人で走っていたかったけど…」

 

 

200km/h級のクルーズの中

はるか後方に映るヘッドライト

しかしバックミラーに映るそれは、みるみるうちに大きい光となっていく

 

「そうも言ってらんないわな……」

 

 

 

光が横切る

sxと33Rをパスし、

目の前に現れた。

ディープブルーのスープラ

 

(おいでなすったか…さて、ここからだ……)

 

-

 

--

 

----

 

『…そうか、星野君にばれたか……』

 

『ええ、どうします?』

 

『どうします、ね…君はどうしたいんだ?』

 

『…まあ、そりゃできれば、こんなアホなことには介入してほしくはないですよ。わざわざあの場所で走らなくったって、星野先輩にはもっと、ちゃんとした場所があるんですから………………でも……』

 

『…でも?』

 

『…なんでしょうね…本当はこんなこと思っちゃいけないんでしょうけど、嬉しいんですよ、なんか。彼女がsxを受け入れてくれたような気がして……お前はそれでいいんだと、言ってくれたような気がして』

 

『……』

 

『俺は星野先輩と走ってみたいです。理由とかはないですけど…ただ、走れば何かが分かる気がするから…』

 

『…そうか……分かった。君がそうしたいんなら、そうすればいい。ただ、その日は、俺も参加させてはくれないか?』

 

『大丈夫ですか?星野先輩もいますけど…』

 

『別の場所から入って途中で合流するから問題ない。それに…その日はサポートで参加するわけじゃないから』

 

『え…?』

 

『その日は、俺も全開で行く。星野君もいるし、ちょうどいいだろう

 

 

そろそろ確かめる時だ…全力のsxを』

 

 

 

 

----

 

--

 

-

 

きっと否定されると思っていた

それでいいと、むしろそうであるべきだとも、思っていた。

でもそうはならなかった

そしてそれが嬉しかった

 

星野先輩

どうしてあなたはsxを求めるんですか

珍しい車種でもない。特別なパーツが使われたわけでも、緻密なセッティングがされたわけでもない。何年も前に打ち捨てられた、いつ終わってもおかしくない。そんなクルマを

 

…分かってる。俺と同じだ。

コイツの中にしかない何かに

生き物と錯覚するようなそれに

彼女も気づき、求めている

俺も彼女も、その何かの正体を、知りたいんだ

 

そうさ…今日ではっきりさせる。

sxに眠る異質、それが本当にあるのか。その異質が一体何なのか。

 

B2北東高架橋、1000mストレート

 

そこで全て確かめる

 

見ててくれ、星野先輩

 

- in33R side:星野 -

 

「あのスープラ…」

 

間違いない。前にワンエイティと走っていた、あの青いスープラ。でも前見た時とは速さが段違いだ。あの時はセーブしてたってワケ?

何にしても、こんな場所であそこまで冷静に走らせているところを見ると、相当なウデの持ち主だってことは疑いようがない。

あのスープラ、雨水とはどういう関係なんだ?仲間か…ライバルか…

ひとつだけ確かなのは、あのスープラもワンエイティを狙ってるってことだけだ。

 

…雨水とワンエイティ………

 

不思議な奴らだ。

どうして私は、こんなにもアイツらが気になるのだろうか

私は、走るときはいつも、心の中で少なからず闘争心を燃やして走っていた

部活仲間と走る時も、一人でタイムアタックをするときも、いつもいつも、心の内が燃えていた。

 

だけど、今はその熱さはない

 

アイツらと走っている今、何故だか、酷く切ない

一緒に走れば走るほど、心がただただ渇いていく

今はただ、スピードが欲しい

 

どうした雨水

お前のワンエイティはその程度じゃないだろう?

あの日この場所で見たときは、もっと思い切り踏んでいたはずだ

何で抑えているの?

 

そう思っていると、ワンエイティはウインカーを出し、右に車線変更をした。私はその意図を読み取ってそのまま速度を維持し、ワンエイティをパスした。

先行させた?でもなんで?

このすぐ先のコースは、確か……

 

……そうか、あの場所でやる気なんだ

良いよ雨水、見せてくれ

そいつの本領を

 

 

- side:雨水 -

 

鼓動がはやい

不安と恐怖に押し潰されそうだ。

だけどそれ以上に、

期待と高揚に俺の脳は侵されていた

緩いカーブが終わり、目の前に広がる真っ直ぐな道

邪魔するものは何もない

 

ここで決める

この場所で

 

全て決まる

 

 

- side:星野 -

 

「来るか…!」

 

ワンエイティの音が変わった

さっきまでとはまるで違う

腹をすかせた獣のように、急加速して迫ってくる

上等…

 

「ここで逃げ切れば…私の勝ち!」

 

踏んだ

今までの全部を出し切るつもりで

目いっぱい踏んだ

あんたにも見せてあげるよ、雨水

私と、33Rの本気を

 

4速

240km/h

6000rpm

体に重力がのしかかる

目の前の空気が、巨大な壁となり障害となる

でもそんな障害をものともせず、33Rは速度を上げる

250…260…270…280…

290km/h

7500rpm

ここだ

 

5速

 

シートに体が押される

空を飛んでいるような感覚に襲われる

ここからだ

 

over300km/h

 

320…

いいよ、もっとだ

330…

もっと、もっと……

340…

 

350km/h

 

もっとスピードを……

 

 

 

 

 

 

--……-----…------………

 

 

 

 

「…!?」

 

声が聞こえた

あの時、一人のときに聞いた、あの声

でも聞こえたのは、前みたいに遠くからじゃない

すぐ後ろから、耳元で、囁かれたような

 

バックミラーを覗いてみると

 

 

 

ワンエイティが、後ろにぴったりと張り付いていた

 

 

 

(そんな…いくらなんでも…)

 

速すぎる

350以上で走ってるんだ

いくらなんでもワンエイティで、SRエンジンで出せる速度じゃない

何もかもが、もうボロボロのはずでしょうに

 

ワンエイティが、私に言っているような気がした

もっと速くと

もっとスピードをよこせと

もっともっと…

 

 

 

 

 

たとえ、全部壊れても

 

 

 

 

 

 

 

背筋に悪寒が走った

ワンエイティの発する音がさっきとはまるで違う

泣き叫んでいるような不協和音

だけど何故か聴き入ってしまう音で

聞いてるうちに気が狂いそうになる

今までの恐怖とは違う種類の怖さを感じた

 

嫌だ、こんなの・・・

私は、こんなものが見たかったわけじゃない

こんな狂ったものが欲しかったんじゃない

 

あれは、触れちゃいけないものだ

そっとしておくべきだったんだ

 

あのクルマはやばい

 

速いとか遅いとか、もうそういう問題じゃない

あのワンエイティは危険だ

今のまま一緒にいたら、こっちまで気が狂う

 

スピードに、溺れる

 

 

(だめだ…これ以上は)

 

 

これ以上は、もう戻れない

 

 

 

そう思うと私は、車線を変更して、ブレーキを踏んだ

 

ワンエイティはただ私の横を通り過ぎて、スープラと共に、闇に消えていった

それを見た瞬間、さっきまでの悪寒は嘘のように消え、体が軽くなった

 

…だめだ、雨水

そのクルマは、あんたを殺す

なのにどうして、そのクルマにそこまで固執する?

どうしてそこまで走ろうとする?

 

私にはわからないよ、雨水

 

 

 

 

- side:織戸(学園長) -

 

やはり星野君は止まったか、

賢明だな、正直ほっとした

こういうことには、彼女たちをあまり巻き込みたくはないからな

 

それにしても…

あのsx

僅かずつだが、雨水君というドライバーを得て覚醒してきている

徐々に周りにも影響を及ぼし始めているな

今回の一件でそれを確認できた

 

(さて、俺は一足先に帰らせてもらうか…)

 

そろそろ新しいパーツのカタログでも用意してやるか

今のままじゃそろそろ限界だろう

 

ここからだぜ…雨水君……

 

この先どうなるか、全ては君次第だ

 

 

- AM2:30 東口PA side:雨水 -

 

「……なんで、あの時減速を?」

 

俺たち以外誰もいない。不気味なくらいに静かなパーキングエリアで、星野先輩にそんな質問を投げかけた。なんであの時、車線変更をして減速したのか、聞いたけど理由はなんとなくわかっていた。ただそれを認めたくなかった

 

「…雨水」

 

「……」

 

「あのクルマは危険だ。もう乗るのはやめた方が良い」

 

結局否定されるのがいやで、そんな自分の子供みたいなわがままに気づくのがいやで、認めたくなかったんだ

 

「…何故です?」

 

そう言い返すと、彼女は真剣なまなざしでこう言ってくる

 

「何故?あんたが知らないはずないだろう?あのクルマがどんな代物か」

 

ああそうか、この人も声を聞いたんだ。そして分かったんだろう、あのsxがどんなものか

そうさ、あのクルマは危険だ。関わる奴はみんな碌な目に合わない

 

でもそれでも

 

「知ってますよ。だから俺はアイツなんです」

 

「…相当、惚れ込んでるみたいだね」

 

「ええ…すいません…」

 

「…そう」

 

しばしの沈黙

重く、どこか酔いそうになる

 

「…わからないよ」

 

そう言うと彼女は、どこか悲しそうな目で俺を見つめる

そしてとても苦しそうに、ゆっくりとその続きを紡いだ

 

「ごめんね、雨水…今の私にはわからないんだよ…」

 

「……」

 

「…悪いけど、先に帰るね。また明日………」

 

「……ええ、また明日」

 

そして彼女はクルマに乗り、低いエンジン音を小さく響かせながら、その場を去った

そしてそこには、俺以外に誰もいなくなった

 

 

わかっていたじゃないか、こうなることくらい

あたりまえじゃないか

こんな誰も何も得ることができないようなこと、

こんな何の意味もないようなこと、俺だって理解できない

星野先輩が言っていることが正しい

俺だって、これで何か手に入るとは思っていない

これに何かの意味を求めているわけじゃない

 

 

 

でもそれでも

 

 

 

 

「…もう一周して帰るか」

 

 

 

 

それでも俺は走るんだろうな

多分、俺の意思で

 

 

 

- side:星野 -

 

わからない

雨水が何を思ってあのワンエイティに乗り続けているのか

あんな恐怖を感じたのは初めてだった

あのクルマに関わるのは危険だ

何故か直感で、それを理解することはできた

正直な話、あのクルマにも、あのクルマに中てられた雨水にも、あまり関わるべきじゃないだろうと思った。

 

なのに、雨水のあの目が、私の頭から離れない

あのワンエイティと一緒にいるときのあいつの顔が

どこかにいなくなってしまいそうなあいつの雰囲気が

 

何故か雨水のことが、気になって仕方なかった

 

 

結局私はその日からしばらく、雨水とワンエイティのことを忘れることができなかった。

 

 

 

 




はい、星野編でした
次の構想まだ決まってません、どうしよう…


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14 Sweetest thing

お気に入り登録数が徐々に増えてきて嬉しい今日この頃です。
毎度読んで頂きありがとうございます。
今回から中嶋編に突入します




『本当、使えないな』

 

 

 『なんでそんなこともできないの?』『役立たず』『どっか病気なんじゃない?』

『誰でも出来ることすらできないんだね』『生きてる意味あるの?』

   『いるだけで邪魔なんだよ』『ノロマ』『それってふざけてるの』

      『もう帰っていいよ』『無能』

 

 

 『いらないよ、お前』

 

 

ああ、まただ

周りが当たり前にできることができなくて、できてもひどく稚拙で遅くて

そして気づいたら、もう周りに誰もいない

もうみんな、俺よりずっと先に行っている

どこに行ったのかもわからないほどに

どこまでも愚鈍で、足手まといになって

だからいつも置いてけぼりだ

そして気づけば自分がどこにいるかさえわからなくなっている

 

 

…もし、もし俺が愚鈍でなければ、世界はどんなだっただろう

俺が白痴でなく、ちゃんと周りについていけたのならば、どれだけ迷惑をかけずに済んだのだろう

 

 

 

俺が俺じゃない別の誰かであれば、世界はどれだけ綺麗だったろう

 

 

もういい

 

もううんざりだ

 

どこか別の場所へ行きたい

どこか別の…

 

 

俺を消してくれるような、どこか……

 

 

 

 

-----……--…---

 

 

 

- AM07:00 男子寮 side:雨水 -

 

「……」

 

目を開けると、見慣れた天井が俺の視界にあった。カーテンがかかっているので部屋は薄暗いけれど、そのカーテンから漏れている光が、朝であることと、今日は晴れであることを教えてくれた。時計を見ると7時を回っており、起きる時間としてはちょうどいいくらいだった。

だけど

 

(やな夢だったなあ…)

 

妙に夢見が悪かったせいか、どうも眠れた感じがしない。まあ夜更かししたのもあるだろうけど。

昨日、あれから結局艦上を数周してから寮に帰り、床に就くころには既に東から日が出かかっている頃だった。そのため寝たのは実質2,3時間もないだろう。むしろ良く7時に起きれたもんだ。むしろこれは二度寝しても良いという神からの啓示ではないだろうか。

 

神は言っている。ここで起きる運命ではないと……

 

「おーい、うーすーいー」

 

と、そんなくだらないことを考えていると、玄関の方からノックと共にそんな声が聞こえてきた。俺はのそりと布団から這い出て、その声の主を迎えるために玄関に向かい戸を開けた。

 

「よー、おはよー小山」

 

「おはよう、起きてたか?」

 

「今起きたとこ。」

 

「そっか、ならちょうどいいな、朝飯出来てるぜ」

 

そういうと小山は皿にのったベーコントーストをこちらに差し出してきた。さっきからのいい匂いはこれか

 

小山はこんな具合に毎日朝飯を作ってくれる

 

大洗学園の男子寮は、女子寮のように最初から寮として造られたわけではない。そもそも絶対数の少ない男子のために女子寮と同じ規模の寮を建てるには当然ながら割に合わず、ではどうしたかというと、学園艦内にある格安な廃アパートを探して、急きょ寮として見繕ったのである。そのため管理人や業者なんてひとはおらず、形式上門限がある(意識したことないけど)以外はアパート暮らしと変わらない。

…まあ、小山はその形だけの門限を守らなかったおかげでひどい目にあったことがあるけれど

 

ともかく、そんな背景もあってか俺と小山で家事を分担して行っている。料理や洗濯は主に小山が、掃除やゴミ出しは主に俺がやっている。

 

そして今日も今日とて彼は俺より早起きして朝飯を作ってくれたのである。俺たちは居間へと移動し早速そのベーコンエッグをほおばりながら、俺は小山にこう言った。

 

「すまん、俺もうちょっと寝てから学校行くわ。悪いけど、先行っててくんない?」

 

「ええー、またかよ?お前最近ずっと遅刻ギリギリじゃないか」

 

「ごめんな」

 

「…たく、しょうがねえな…さぼんなよ?」

 

「………………………………………………ああ」

 

「なにその間」

 

ため息をしながら小山は立ち上がり、「じゃあ、いってくる」とだけ言い、その場を後にした。多分、いったん部屋に戻り支度をしてから学校に行くんだろうな。

 

そんなことを考えながら、俺は朝飯の残りを平らげ、二度寝した

 

 

 

 

 

- AM9:40 通学路 -

 

はい、寝坊しました。いやあ睡魔は強敵でしたね

現在、時刻は9時40分過ぎ、1時間目はとっくに終わってしまっているだろう。そして2時間目まではあと10分足らず、そして俺のいる場所は寮から出て間もないところ。歩いて行ったら2時間目までには確実に間に合わないだろう。しかし、走った場合は別かもしれない。そう思えた。

 

なら、俺のとる行動は決まっている……

 

 

 

 

 

「よし、今日は帰って寝よう」

 

 

 

 

 

SA☆BO☆RU

ここまできたらもうさぼるしかねえ…そもそも走ったって間に合うかどうかもわかんねえんだ……

……そうさ……俺は……

 

……100m22秒の男……

 

小山には後で連絡しておこう。さあ、そうと決まれば話は早い。俺は三度寝をするために踵を返し、寮へともど

 

「帰るの?」

「…わぁ」

 

ろうとしたら目の前に私服姿の中嶋先輩がいた。この時俺はどんな顔をしていただろうか、多分アホ面であったことは間違いないだろう。

 

「驚くにしてももうちょっとましなリアクションがあるでしょうに…」

 

「…中嶋先輩、どうしてここに?先輩も遅刻ですか?」

 

「ん…まあ、昨日ちょっと夜更かししちゃってさ」

 

「へえ」

 

「それで?」

 

「え?」

 

「学校だよ、学校。さぼるの?」

 

「…止めたりとかはしないんですか?」

 

「んー、まあ、いいんじゃない?たまにはさ」

 

「そうすか…」

 

遅刻のことと言い、随分おおらかというか、気にしない人だな。俺も人のことは言えないだろうけど

 

「あ、部活はどうするの?今日テスト走行の日だけど…」

 

「あー、ええと…」

 

そうか、すっかり忘れていた。今日も普通に部活あるんだよな。どうして忘れていたんだろう。

当然、星野先輩もいるんだろう。昨日の今日だし、行きづらいなぁ…

 

「……」

 

「どうしたのさ?何か行きたくない理由でもあるの?あ、まさか星野あたりとケンカしたとか?」

 

「ち…違いますよ」

 

遠からず、ではあるけれど

 

「なーんか怪しいなー」

 

「…何にもありませんよ、ホントに……」

 

そうだ、本当に大したことじゃない。それこそ、ケンカなんて言う上等なものなんかじゃない。

 

 

 

 

 

彼女が、あの時あの場所で求めたものは、彼女とは相いれないものだった。

彼女は俺とはちがう。もっとちゃんとした、明るい場所にいる人

だから彼女が本当に欲しいものは、もっと別の形で表れて、そして彼女はそれを手に入れるだろう。

 

大勢の称賛と共に

 

 

 

 

 

昨日それがわかって、そしてそれが気に入らなくて、拗ねているだけだ。我ながらガキそのものだなとは思う。自分のそういうところが昔から好きになれなかった。

 

「…ふーん?」

 

「ああ、大丈夫ですよ。部活にはいきますから」

 

行きづらいけれど、今日行かなかったらこれからずっと行けなくなる気がするし。

 

「……んー…」

 

中嶋先輩を見てみると、何やら考え事をしているようだった。指を顎に当ててうーんと唸っている。何か似たようなことが前にもあったな。デジャヴ?

 

そして彼女は何やら思いついたようで、手をポンと叩いて俺の方を見た。マンガなら頭で豆電球が良い感じの輝きを放っていることだろう。あ、なんかヤな予感

 

「ねえ雨水、どうせ今日部活以外はさぼるんでしょ?」

 

「いやさぼると決めたわけじゃ」

「さっき、帰って寝ようって言ってたね?」

 

「……」

 

「もしさぼるんなら、ちょーっと手伝ってほしいことがあるんだけどさ」

 

…三度寝は諦めよう。こうなったらもうこの人の言うことを聞くほかないんだ。毎回聞いちゃう俺も俺なんだろうけれど

 

「……仰せのままに」

 

「うん!ありがと!」

 

「…先輩はいいんすか?学校」

 

「大丈夫、私はもともとさぼる気でいたから」

 

ああ、なんで私服なのかとさっきから気になってたけど、そういうことだったのか。大物だなあ、この人。

 

「…それで?俺は何をすればいいんですか?」

 

「ああ、それなんだけどね…デートしよっか、私と」

 

「はあ…

 

 

 

 

 

 

……は?」

 

 

 

 

 

- AM10:00 学園艦内 町はずれ -

 

「デートって言うから何かと思えば…」

 

最初はその言葉にびっくりしたけど、聞いてみたらなんてことはない。最近ある倉庫で見つけた廃車があるからレストアに手を貸せ、ということだ。

 

 

「残念だった?」

 

「ええ、まあ正直……」

 

「え……!?そ、そなんだ……」

 

言って、中嶋先輩はバツが悪そうに顔をそらした。こういうことを言われ慣れていないんだろうか?何気にこの人がうろたえているのを見るのは初めてな気がする。

 

「…あ、着いた着いた!あそこだよ、ほら!」

 

どこか誤魔化そうとしているようなオーバーリアクションで向こうに指をさす中嶋先輩。指をさしたその先には、古びた倉庫がぽつんとあった。

 

「あの中に?」

 

「うん、最低限必要な工具とかは、昨日のうちに用意しといたから」

 

「…さっき言ってた夜更かしって………」

 

「うん、まあ、これが原因」

 

「さいですか…でも、学校に搬送してから修理じゃダメなんですか?」

 

「それでもいいんだけど、この辺、道がちょっと複雑だし、狭かったでしょ?だからキャリアカー持ってくるの骨なんだよ。それにあれ、事故ったときとか緊急時なら省かせてくれるけど、普段は申請して認可させなきゃいけないから、結構めんどくさいんだよね」

 

「なるほど。要はその場で直して自走させた方が楽ってことすか」

 

「そゆこと。ま、場所が倉庫っていうのはラッキーだったかな」

 

他愛のない会話をしながら足を進め、倉庫の扉を開けようとした。

その時だ

 

 

 

----…………--…--

 

 

 

「……!?」

 

思わずドアノブから手を放してしまった。

 

(今の音は………)

 

不思議な感じだった。どこからか、子どもの声のような音が聞こえた

聞いたことがある。この音を、いや正確にはこれと似たような音を、俺は聞いたことがある。

でも違う。アイツのそれとは決定的に違う

なんて言えばいいのかは、わからないけれど

 

「雨水?」

 

「あ…」

 

長いこと上の空だったんだろうか。中嶋先輩の声がして、ようやく我に返ることができた

 

「大丈夫?どっか、具合悪いの?」

 

「あ、いえ…なんでも……」

 

「ならいいけど…ほら、入ろうよ」

 

「あ、はい…」

 

そうして言われるがままに、俺は倉庫の扉を開けて、中に入った。小さい窓から差し込む陽の光以外に光源はなく、全体的に薄暗い。倉庫の中は、さび付いた床と壁、さっき中嶋先輩が言っていた工具もある、

そして

 

「…あれは……………」

 

 

 

そこにあったのは、直線的なフォルム、廃車とは思えないほどの、雪のように白いクルマ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソアラが、そこにあった。

 

 

 

 

 

 

 




・180sx
雨水が乗る車種。後期型、sr20VETエンジン搭載。セッティングやパーツも普遍的であり、劣化もだいぶ進んでしまっているが、稀に声ともとれる不可解な音を発し、そういう時にはありえない速度にまで行くことがある。ヤンデレ

・ソアラ3000gt
原作劇場版にも登場したZ20型。中嶋が見つけたときにはすでに倉庫の中にあったという、由縁のわからないクルマ。別にRB26に換装されているわけではないので、前のオーナーがセルシオに乗り換えたわけでは多分ないだろうと思われる。きっとツンデレ

ちなみに100m22秒は作者よりは大分マシ


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15 White room

もうそろそろここに書くことがなくなってきたのさ……

「じゃあ書かなきゃいいじゃんか」

しかしここでは前回のあらすじをEXPLAINしなければならない

「今まで一回もEXPLAINできちゃいねーヨ…そんなまえがきはPASSさ…」

冗談じゃねえ……



はい、始まります


- AM10:15 町はずれのガレージ side:雨水 -

 

「ソアラ…ですか」

 

学園艦の町はずれにある、今はもう使われてないであろう寂れた倉庫の中。そこにあったのは、白のトヨタ・ソアラ。確かバブルに流行ったクルマだったろうか。若者に大層人気だったと、前に誰かから聞いたことがある。廃車と聞いていたけど、それは多少時代の流れを感じる程度のもので、随分ときれいだった。

 

「なんか、とても廃車には見えませんね」

 

「うん、でもここらの業者さんに聞いてみたら、もう十何年前からここにあるみたいだよ。ナンバープレートも外されてて、オーナーも結局わからずじまいだったみたいだし、車籍もあやふやなまま、いつの間にか廃車ってことになってたんだってさ」

 

「そりゃ、難儀なことですね……」

 

「ハハ、そうだね」

 

「でもそれにしちゃ綺麗ですね。中嶋先輩が掃除したんですか?」

 

「少しだけね。でも、私が見つけたときにはもうこんな感じだったんだよ。昨日私がやったことっていったら、せいぜいホコリを拭いたくらい。エンジンだって、きれいなもんでさ。見てみる?」

 

「あ、はい」

 

よしきた。そう言って彼女は、ドアを開けてオープンレバーに触れた。ガコン、という音と共に、ボンネットが少し動く。俺はボンネットを開け、ステーを付けてからエンジンを見てみた。

 

結論から言うと、エンジンはいたって綺麗だった。エンジンは7M-GTEU。汚れこそ少しあるものの、ぱっと見破損らしい破損はどこにも見当たらない。ラジエター系統、フューエルホースすら液漏れひとつない。十年以上も放置されているなんて信じられないくらいだ。強いて言えば、ベルトとオイルは一応交換した方が良いだろうか。そう思う程度だった。

 

「すごいな、エンジンだけなら新品だって言われたら信じちまいそうだ……」

 

このクルマにどういう背景があるかはわからないけど、こんな形で放置されるには、勿体ないくらいの代物だ。それとも盗難されてそのままなんだろうか?このクルマ。だとしたら運が悪かったな。このクルマも前のオーナーも……

 

そんな他人事にクルマのバックグラウンドを妄想していると、不意にあるものが目に入った。

 

「ん?先輩、これ……」

 

「気づいた?そうなんだよこれ。タービン2基がけしてるんだ」

 

「直列タイプのツインターボですね…しかもかなりきれいに組まれている」

 

なるほど、真面目そうな見た目に反して、中身は大分ごつく弄り回されたらしい。しかもこのタービン、何だか普通じゃない。純正品じゃないのはもちろんなんだけれど、一体どこのメーカーのものなのか皆目見当がつかない。これといって変わった外見はしていないけど、どこか怪しい雰囲気を漂わせていた。

 

…不思議なクルマだ。何だか、sxと少し似ている気がする。

コイツにも何かがあるんだろうか

sxにも感じた、ただの機械以上の何か

 

(…コイツ、走ってくれるかな)

 

もし、走ってくれるなら、誰を乗せて走るんだろうか。自動車部の誰かなんだろうけど。

その誰かは、コイツに乗って、どう感じるんだろうか。

…何故か俺はこのソアラがこれからどうなるのか、気になって仕方なかった。

もし、もし叶うならば、sxで、コイツと一緒に走りたいと思った。

……何が何でもレストアしたいな、コイツは

 

「…あれ?でも中嶋先輩、さっきレストアしたいって言ってましたよね?コイツのどこを修復する必要があるんですか?」

 

「…足回りを見てみな」

 

「…え?」

 

そう言って、中嶋先輩はどこから取り出したのか懐中電灯を俺に手渡し、ホイールを指さす。嫌な予感を感じながら、俺は恐る恐るリムの奥を見てみた。懐中電灯で照らしてみると

 

「……おぅふ」

 

思わずそんな声が出るような光景が目の前に広がっていた。

これはひどい。ブレーキディスクが錆まみれだ。パッドカスもひどいし、キャリパーにもひびが入っている。そしてちらっとだけダンパーが見えたけど、これに至ってはバネがちぎれてる。

 

「先輩、もしかしてほかのところも…?」

 

「…うん、ていうか、足回りは1から組み立てなきゃいけないと思うよ?」

 

「マジすか……」

 

「マジなんすよ……」

 

二人のため息を吐く音が、白い倉庫に響き渡る。あの破損具合だと、交換しなくちゃいけないだろうなあ。洗浄して交換してから、自走できる程度までセッティングして…部活行く前に終わらねえだろこれ……

 

「ハハハ…まあ、本格的な調整は学校でやるから、大丈夫だよ。ほら、時間もないし、早く始めよ?必要なパーツは昨日のうちに揃えたからさ」

 

「へーい……」

 

俺の生返事を皮切りに、俺と先輩は作業に取り掛かった。まあいいさ…俺がやることは変わらない。意地でも直してやるさ。

 

 

 

でも、ホント謎なクルマだ。足回りだけこんなに腐食しているのに、他の部分は傷ひとつない、エンジンに至っては、現役でもおかしくないレベルだ。そう、まるで、そこだけ時が止まっているみたいだ…

 

…あの時聞こえたあの音……ソアラから聞こえるように感じた。声のようなあの音……

あれは何だったのだろうか、結局よくわからず仕舞いだった。

ただ…なんだろう……

 

あの声は、俺に向けられたものじゃない気がした

ここにいない別の誰かを、呼んでいるような……

 

 

 

……ん?そういえば、やんなきゃいけないことがあったような…

 

 

「…あ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…そういえば、小山にさぼるって連絡すんの、忘れてた………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

- PM12:30 教室 side:土屋 -

 

「…あんのヴァカが……」

 

お昼休み中、一緒にご飯を食べていた小山君が携帯を取り出して画面を見るや否や、苦虫を噛み潰したような顔でそんなことを言っていた。今日は雨水はいない。無断欠席らしいけど、大方さぼりだろうな

 

「どうしたの?」

 

そう私が聞くと、彼は脱力したように、私に携帯の画面を見せてきた。どうやら雨水からメールが来ていたみたいだ。

メールの文面には…

 

 

『用事ができたからさぼるわ、悪いけど部活には出るって土屋に伝えといてくれないか?連絡遅れてゴメンネ☆』

 

 

…という文章が書かれていた。

 

「なにがゴメンネ☆だ。ご免なのはアイツの頭の残念さ具合だっつーの」

 

「本当、テキトーというか、のほほんとした人だよねえ…」

 

「まったく、少しは振り回されるこっちの身にもなってほしいもんだよ…」

 

「でも、用事って何だろうね?寝る口上とか」

 

「…いや、雨水は寝るときは普通に『今日は寝る』って言ってくるしなあ」

 

「もういっそ清々しいね…じゃあ何だろ?」

 

「さあな……ま、ふざけたメール打ってくるぐらいだし、学校行く途中に、何か面白いもんでも見つけたんじゃねーの?」

 

「学校さぼるレベルの?」

 

「大したもんじゃなくてもさぼるね、アイツなら」

 

「雨水ェ……」

 

自由だな、つくづく。寝坊かと思ってたけど、まさかいきなりさぼられるとは…小山君じゃないけど、確かにもうちょっとこっちのことも気にかけてほしいってのはあるなあ。今日はクルマの何を教えようかなーとか、何の話しよっかなーとか、結構楽しみだったんだけどな……

そっか…今日は雨水とは部活まで会えないわけか……

 

「…………私も一緒にさぼろうかな…」

 

「………フムン」

 

「………あ」

 

しまった……と思ったときにはもう遅い。小山君の方を見てみると、彼は何とも愉快なものを見るような目で私を見つめていた。

 

「……な、何?」

 

「いんやあ?別にい………?ああ、そういえば」

 

「?」

 

「なんだっけ……中嶋先輩?も今日さぼってるんだっけか?」

 

「う、うん…たまにあるみたいなんだよね。散歩だったり、寝坊だったり、理由はまちまちだけど。今日もなんか、用があるからーとか言って」

 

「…んで、雨水もさぼりと」

 

「………え?」

 

え?まさか…

え?ちょ、マジで?

 

「もしかして二人でデートとか……」

 

「え、そ、それはダメ……」

 

 

 

 

 

 

 

--・-----・-・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

…今、何か……

 

「…あれ、土屋さん?」

 

 

聞こえた、ような…

 

 

「…え?あ、あれ?」

 

「ど、どうしたの?大丈夫?」

 

「あ……う、うん…何でもない……」

 

「ならいいけど…さ、さっきの話ならほとんどジョーダンだからさ、あんま気にしないでくれな。第一、あの二人がそこまで仲良いとは思えねえし」

 

…小山君には、聞こえなかったんだろうか?

 

「あ、うん…大丈夫……」

 

「…飯、食っちまおうぜ…そろそろ昼休み終わっちまう……」

 

「……うん」

 

空耳?にしては、随分と耳にこびりつくような、そんな音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…あの音は、一体……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




小山(何か地雷踏むようなこと言っちゃったかな…)

中嶋編とか言っておきながら話的に土屋に焦点が言ってる感じしますね、すいません……
中嶋さんはしばらくは走りよりも、作り手っていう形で活躍してもらうと思います。


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16 More than a feeling

バレンタイン…俺には関係のないことさ…


- PM4:00 郊外の倉庫 side:雨水 -

 

「…お、終わったあ…」

 

ぶっ続けでソアラの修理をして5,6時間。足回りだけとはいえ、さすがにパーツ全交換と整備のフルコースは、体力のない俺にとってはかなり堪えるものだった。

 

「お疲れさま。いやーホント助かったよ、私ひとりじゃどうしようもなかった」

 

「…俺はそうは思えませんけどね……」

 

この人はなんでこんなケロッとしているんだろうか。俺の数倍以上の仕事をこなしていたと思うんだけどな…

そういえばこの人が疲れているところって見たことないな、年がら年中クルマの整備をしてると体力がつくもんなんだろうか。それとも単に俺の体力がクソ雑魚なだけなんだろうか。

 

「それにしても、やっぱりすごいっすね。中嶋先輩」

 

さっきチラッと彼女が作業しているのを見たときは、正直度肝を抜かれた。彼女は俺なんかじゃ比較にならないくらいのスピードで、かつ機械みたいに、いや下手すれば機械より精密に部品の組み立て、交換、調整を行うのだ。この人が高校2年生っていうのが正直信じられなくなるくらいだ。

最初にsxを修理した時に、俺は業者さんが作業しているところを見ていたけど、こう言っちゃ何だが、腕前は中嶋先輩の方に軍配が上がるんじゃないかと思った。

…実は美少女の皮を被ったベテランチューナーのオッサン…なんてことはないよな…?

………ないよね?

 

「どうしたのさ、いきなり?褒めたって何にも出ないよ?」

 

「褒める、ていうよりは、ただの率直な感想ですよ。でも悪い気はしないでしょう?」

 

「まあね…」

 

そういって彼女は「ん~」と背を伸ばし、脱力した後こういった。

 

「じゃ、良い時間だし、学校いこっか!ツナギのまま行くから服そのままもってきて、私は簡単な点検しとくから」

 

「分かりました」

 

「あ、服、私のも持ってきてくれない?」

 

「はいよ…」

 

学校…か…行きたいような行きたくないような…なんだか複雑な気分だ……妙に気が重いよ…

 

「…あ、私の服、ちょっとだけ匂い嗅いでもいいよ?」

 

ニヤニヤしながら中嶋先輩はそんなことを突然言い出した。

何なのこの人?思春期の男子高校生をからかうのがそんなに楽しいの?生きがいにでもしてるの?

…このままやられっぱなしでいるのもそろそろ癪だな。

よし、たまにはカウンターをさせて頂こう。

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

「……え?ほ、ホントにやるの?」

 

先程のニヤニヤとは打って変わって、彼女は赤面して狼狽している。この辺で終わらせても良かったけど、その反応が少し面白かったので、此方もつい突っかかってしまう。

 

「あれぇ?少しくらいならいいんじゃないんですかあ?それともやっぱり気持ち悪いすかね?」

 

「い、いや、そんなこと、お…思って…ない…けど……」

 

「嫌ですよね、そりゃあ」

 

「うぇ!?いや、別に嫌ってわけじゃ…ない…けど…あ!今のは違くて!だから…その…」

 

真っ赤な顔で、しどろもどろになりながら必死に弁明する先輩。この人カウンターに弱いんだな。

 

「……」

 

「…ええと、雨水……?」

 

「……ブフゥッ」

 

「…え?」

 

「ハハハ!い、いや、すいません。冗談すよ冗談(笑)。たまにはちょっと仕返ししてみたくて、まあ、先輩もいつもやってくるし、お相子ってことで、ハハハハハ!」

 

「……」

 

「ハハ、ハ……ハ…」

 

「あの…先輩?あれ、もしかして怒ってま…す……?」

 

「……」

 

おやぁ?どうしたんだろうか、いつもみたいに圧力のある笑顔で怒られると思っていたんだけど…あ、やべえ、なんか涙目になってる。そして拳を握りしめてプルプル震えている。どうしようかなマジなやつっぽいなあれ。やりすぎちゃった?あ、もしかして照れてるだけだったり……しねえなあれ、羞恥の顔じゃねえもんあれ、どう見ても憤怒に身をやつしたそれだものあれ。どうしようかしら、とりあえず謝罪した方がいいのかしら

 

「…雨水」

 

「ハイ」

 

「さっさと服もってきて」

 

「アッハイ」

 

拗ねたような声で出された彼女の命に従い、俺は脱兎のごとく服を取りに行き、ソアラを運転し、中嶋先輩と共に学校へと向かった。学校に行く途中、中嶋先輩はそっぽを向いて、一言たりとも喋ってくれなかった。

 

少しかわいいと思った、でもそれを言ったら今度こそ何されるかわからないので黙っていることにした。

 

 

 

- PM4:20 自動車部ガレージ side:土屋 -

 

「…ねえ星野」

 

「ん?どうしたの?」

 

「どうしたもこうしたもないよ。何か最近の星野変だよ?今日なんてずーっと上の空だしさ。…大丈夫なの?」

 

「ん…別に、何でもないよ。ただ、そういう気分の日もあるってだけさ」

 

「そう…?」

 

「そうそう。だから別に気にすることないよ…」

 

「…」

 

そういってホシノは、作ったような笑みを私に向けた。ここ最近の星野はずっとこんな調子だ。いつもだったらクルマを弄っているときでも、走っているときでも、目の前のことに全力で打ち込むような、そういう…なんていえばいいのか…そう、とにかく真っ直ぐな人っていうのが、私の星野に対する印象だ。

でも、今の星野は、はっきり言って変だ。何をやるにも集中できていないみたいで、まさに心ここに在らずって感じ。何かあったんじゃないかと思って聞いても、本人は「何でもない」の一点張りだけど……ううむ、寺田先輩とかだったら星野も素直に話してくれるんだろうか…?でも、今日は先輩、用事で部活出れないみたいだし、どうすれば……

 

「ホントになんでもなかったら、そうはなんないっしょ」

 

「鈴木…」

 

「…なんでもないったら、2人揃って心配しすぎだよ。ありがたいけどさ」

 

「そんなひっどい隈こさえた顔で言われても、説得力ないって」

 

鈴木の言う通り、今の星野は酷い顔をしている。目に隈ができているのもそうだし、目はどんよりとしている。何より、普段の星野からはまず出ないような、虚ろな表情をしていた。

 

「ただの寝不足。昨日ちょっと寝れなかったってだけ」

 

「そんなになるまで?」

 

「そうだよ。もういいでしょ?その話は。それより、中嶋はどうしたのさ?今日まだ見てないけど、サボリ?」

 

星野がそう聞くと、鈴木が少し意外そうな顔で、私と星野を交互に見て言った。

 

「あれ?中嶋から連絡きてると思うんだけど、きてない?」

 

「ああ、ゴメン。私学校では携帯の電源切ってるんだよ」

 

「ああ~…ごめん。私は普通に気付かなかったっぽい…」

 

急いでポケットから携帯を取り出し確認してみると、案の定新着メールが一件来ていた。メールの内容を確認してみると、確かに中嶋からのものだ。メールには、用事があるから、少し遅れてから部活に出る。という内容の文章が書かれていた。ただ、そこには少し気になることも書かれていた。

 

「ねえ鈴木…中嶋、今雨水と一緒にいるみたいだけど、なんでまた?」

 

「雨水…?」

 

雨水の名前に反応してか、星野は少しだけ眉を顰ませる。

 

「さあ?それが私にもよくわからなくってさ。用事って何?って返信しても、『まだ秘密』って言って教えてくれないし、2人で何してるんだか…」

 

鈴木は肩をすくめてそう言った。あの2人って、そこまで仲良かっただろうか?でも2人でいて用事があってしかもそれが秘密って……

そこまで考えて、昼休みに小山が言っていたことを思い出した。

 

(も、もしかしてホントにデ、デート…とか? )

 

考えて、でもすぐにその考えを振り払った。

 

(…や、ないないないない。あの2人にそんなのあるわけないって)

 

ない、ない…………ないよね……?

 

「ねえ土屋」

 

「うわっ!?な、何?」

 

不意に鈴木に話しかけられて、私は思わず声をあげてしまう。考え事してたから全然気づかなかった…考えてたこと、声に出たりとかしてないよね?

 

「わっ!急に大声出さないでよ。びっくりしたっしょ」

 

「あ、ゴメン…それで、どうしたの?」

 

「あれ」

 

「?」

 

鈴木がそういって指をさした方向に顔を向けると、やや遠くから此方に向かって走ってくるクルマを見かけた。

 

「…なんだろアレ?ソアラ?」

 

「みたいだね…あれ乗ってるの中嶋と雨水じゃない?」

 

星野がそう言ったのを聞いて、私は目を細めて座席の部分を見てみた。確かに、それらしい影が2つあるのが見える。

 

…もしかして、件の用事っていうのはこれのことかな?

なんだ、クルマ関連のことだったんなら、わざわざ秘密にしてくれなくたっていいのに…

雨水は…まあ、大方なにかの拍子に中嶋に捕まったんだろう。ご愁傷さま

ソアラが近づくにつれ、そのエンジン音もより鮮明に、明確に聞こえてくる。

 

 

 

あれ?この音、どっかで聞かなかったっけ?

 

 

 

- side:??? -

 

 

 

「ねえ雨水、このソアラさ、最初は土屋に乗ってみてもらおうと思ってるんだけど、どう思う?」

 

「…それは構いませんけど、なんでそう思ったんですか?」

 

「…えーと、それが私にもよくわかんないんだけどさ…なんだろう、性能云々とかじゃなくて…ただ一瞬、そうした方が良いんじゃないかって、なんでか思ってさ…理由になってないね。ゴメン、忘れて」

 

「…実はですね先輩、俺も全く同じことを思い浮かんだんですよ。でも…ちょっと、変なこと言いますけど…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思ったっていうより、どこかから、そう聞こえたような気がしたんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-…・--・・・-

 

 

 

 

 

 

 

 




次回はBATTLEです。

また、まだしばらく後なのですが、そろそろ番外編みたいなのもやってみたいと思っています。なので、もしリクエストなどがありましたら、メッセージ等に頂ければと思いますので、よろしければどうぞ。


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17 Don't stop believin'

カーアクションと銘打たれた映画を借りてみた
パッケージに映ってるクルマほとんど走らなかった
冗談じゃねえ…



- PM4:30 自動車部ガレージ side:雨水 -

 

「ジャジャーン!」

 

今、俺の目の前には、颯爽とソアラから降りるや否や、集まった部員の前に立ち、ソアラを満面のドヤ顔で見せびらかしている中嶋先輩がいた。どのくらいドヤ顔かというと、もし擬音が現実に聞こえるなら『ドッヤアァァァァァ』という音が聞こえるであろうと予想できるくらいの顔だ。少しはしゃいでんのかしら?ちなみにほかの3人の方々はポカンとしている。中嶋先輩ソアラのこと話してなかったんだろうか…。

 

まあ何にせよ、機嫌は良くなってるみたいで安心した。星野先輩に続いて中嶋先輩とまで気まずくなったら、俺は余計部活に出づらくなる。

そうなったら最後、俺はきっと部活から消えるのがDestiny……

 

「雨水?」

 

「ん?」

 

考え事をしてると、土屋が話しかけてきた。

 

「雨水が言ってた用事って、これ?」

 

「ああ、ちょっとな」

 

「…ふーん、だから今日サボったの?」

 

心なしか、俺にそう聞いた時の土屋は、ほんの少しつまらなそうにしている感じがしている。

 

「俺がそんな殊勝だと思う?」

 

「全然」

 

即答された。それはそれでガーンだな…。

 

「…まあ、多分土屋の予想通りだと思うよ。朝にちょっと中嶋先輩に捕まっちゃってさ、そこからはまあ、流れで」

 

「それからずっとソアラの修理?」

 

「ああ、ぶっ続けでな…勘弁してほしいよ」

 

「あ、でもそれは…ちょっと羨ましいかも……」

 

え?マジで?やっぱクルマ好きならそのくらい普通なの?それともやっぱり俺の体力がゴミカスなだけなの?

 

「でも、嫌だったんなら断ればいいのに」

 

「いや、まあ、嫌ってわけではなかったんだよ。」

 

これは本当だ。あのソアラには俺もすごく興味がある。

…始めてみたときに聞こえた、声を聞いたような不思議な感覚。それがあのソアラにはあった。それが根拠ってわけではないけれど、このソアラにはSXと同じような何かがあるんじゃないかと、そんな気がしてならないのだ。

まあ、理由はもうひとつあるけれど

 

「まあ、中嶋先輩の頼みなら、ちょっと断れないしな」

 

断ったら後が怖いしなあ、あの人の場合……

 

「…そうなんだ……」

 

「え?う、うん…」

 

何だろう、なんで土屋はこんなにしょぼくれてんだろうか。まるで叱られてしゅんとしてる犬のようだ。あれ?俺また何かやらかした?

 

「いやー…しっかしまたすごいモン掘り出してきたねぇ…」

 

鈴木先輩がソアラを見てそう呟く。

 

「そうでしょ!最初見たときは私もびっくりしたよー。放棄されてたわりにはすごい綺麗な状態で残っててさー」

 

中嶋先輩が嬉しそうに話す。綺麗でしたね。足回り以外は…

 

「…」

 

「?」

 

少し物思いに更けていると、星野先輩が此方を見ていることに気づいた。けれど俺が彼女の方を向いた途端、目をそらされてしまう。

 

(…やっぱ、昨日のことまだ怒ってんだろうなあ……)

 

昨日の一件があるから、会ったら気まずいだろうなとは思っていたけど…

やっぱりこう、実際に避けられてしまうと、少しへこんでしまうものがあるな…まあ、身から出た錆と言われればそれまでなんだけども

 

「ほら、ぼさーっとしてる暇ないよ」

 

うなだれていると、中嶋先輩が俺の肩を叩いてきた。俺がそれに従い、顔を向けたのを確認すると、彼女は話を続けた。

 

「それじゃ、遅くなったけど、これからテスト走行を始めたいと思いまーす!」

 

「おー!」という鈴木先輩の掛け声のあと、まばらに拍手の音がガレージに響く、俺もそれに倣い、パチパチと軽い拍手をする。

 

「それで?今日はどんな感じでやるの?…まあ大体は予想ついてるけど」

 

星野先輩がそう問いかけると、ナカジマ先輩は待ってましたと言わんばかりにこう答えた。

 

「うん、多分星野が考えている通りだよ。今日、主に見るのは2台。1台目はもちろんこのソアラ。そして2台目は、180sx。そしてこの2台の走りを見るために、私がFCにカメラを搭載して、後追いするっていう感じだよ。これでいい?」

 

「あれ?ソアラは中嶋が運転するんじゃないの?」

 

首を傾げながらそう聞く土屋。

 

「うん、今回はちょっと、乗ってみてほしい人がいるんだ」

 

「へぇ~、誰々?」

 

「土屋」

 

 

 

 

「…え、私?」

 

 

 

 

 

 

- PM5:00 旧産業道路 side:土屋 -

 

「今回は現状どんなもんか見るだけだから、短いスプリントで行くよ。どっちもほとんど組んだだけだから、雨水も土屋も無理はしないでね」

 

そろそろあたりが暗くなってきたころ、私たちは普段からレースに使っている旧産業道路に来ていた。この辺りは閉鎖されているわけではないものの、車通りが極端に少ないし、出口から入り口まで1本道だから、見張りもしやすい。レイアウトも、まあ…テストとかで軽く走るにはいい塩梅なので、こういう時には丁度良い。

 

「よし、じゃあそろそろ始めるよー!」

 

中嶋の号令のもと、私と雨水はスタートラインにつく。今日走るのは私と雨水。中嶋は車載カメラを付けて私たちの後ろを走って、後でどんな走りだったか見るためのビデオ撮影を担当。見張りは鈴木と星野が担当。そんな感じ。クルマは雨水が180sx、そして…

…私がソアラ……

 

(…なーんか不思議なんだよね、この子…)

 

普段クルマに乗っているときとはなんか違う感覚…なんというか…そう、馴染む感じがする。まるで、自分の体の一部みたいに、いや、私が部品の一部になったみたいに、すごくしっくりとくるような、そんな風に思った。

 

「土屋ー!雨水ー!準備いいー?」

 

…と、そろそろスタートか

 

「あ、いいよー!」

 

「こっちもダイジョブでーす」

 

「よーし、じゃあカウントダウン始めるよー!」

 

中嶋がカウントダウンを始める。隣のワンエイティが、エンジンから甲高い音を響かせ始める。追うように、私もサイドはそのまま、アクセルを踏んで回転数を上げる。

 

「5!4!3!…」

 

オーバーレブ一歩手前で、ギリギリのところを狙う。回転したリアホイールが熱を帯び始める

 

「2!1!…」

 

目の前の道に全神経を向ける。

 

そうすると

 

 

 

 

ほんの一瞬だけ、何も聞こえなくなる

 

 

 

「GO!!」

 

サイドを外す

アクセルを踏み潰す

体が、後ろからすごい力で押される

結構なドッカンターボだなこれ…でも嫌いじゃないかな…

 

スタートダッシュは良好

ワンエイティは…まだ隣…

ここからだ

ギアを3速に

100km/h

110…120…130…

140

4速に上げる

 

すぐにコーナー

タイミングは…3秒…2…1…

ここ

 

サイドを引く

ドリフト

ガードレールに近づく

オーバーテイク

ノーズとガードレールが紙一重

 

コーナーを出る

もう少し

よし、ここ

カウンター

車体を真っ直ぐに

3速

抜けた!

 

かなり理想のラインだった

今のでワンエイティを離した

…何だろう、今日はすごく調子が良い

なんていえばいいんだろう

まるで、自分の体そのものみたいな…

 

よし、このまま…

120…130…140…

4速

150…160…170…180…190…

5速!

 

加速も最高だ

トルクが大きいのか、グングンと前へ出れる

200…210…220…230…240…

すごい…!

まだまだ余裕がある…

まだ加速できる

まだいける

どこまでもいける

 

まだ…まだ…

 

まだ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

 

 

目の前に、カーブ

 

 

 

 

「!しまっ…!」

 

急ブレーキをかけて、どうにかドリフトに移行する

でも、ミスを許してくれるほど、それは甘くはなかった

後輪は滑った、確かに

でも、コントロールを失ったそれは、ソアラを明後日の方向に持っていった

雨水の、ワンエイティに向かって

 

 

 

だめ、ブレーキ…だめだ間に合わない

 

…ぶつかる

 

 

 

 

 

- side:雨水 -

 

何だ!?ソアラがこっちに来る

コントロール失ったのか?

クソ!どうする?

 

ブレーキ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-

 

--

 

----

 

 

『いいか、スピードの恐怖を忘れるな、そして拒絶するな…しっかり受け止めてやるんだ……』『受け止め、なおアクセルを踏み続ける…』

 

 

----

 

--

 

-

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

違う!止まるな!踏め(アクセル)!!

 

 

 

 

 

 

- side:中嶋 -

 

…今、何が起こったの……?

 

今、確かに土屋がスピンを起こして、ワンエイティの方に突っ込んでいった。

正直、私も絶対にぶつかると思った。どうか、頼むからどっちも無事でいてと、柄にもなく祈った。

 

…でもぶつからなかった

 

普通こういう時は、ブレーキを踏んで、衝撃を最小限に抑えようとする。少なくとも私はそうだ。

でも雨水は、ワンエイティはそれをしなかった

 

 

 

 

あいつは、加速した

よりアクセルを踏み込んだ

 

 

 

結果的に、紙一重で避けることができたけど…

 

 

 

 

 

雨水は、あんな走り方をする奴じゃない

少なくとも、私が出会った数か月前は…

…それに…

ぶつかる寸前、ワンエイティが

いや違う、ワンエイティの方じゃない、雨水だ

ウインドウ越しに見えたアイツは…

…まるで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

化物みたいだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




番外編のリクエストを受け付けました。ありがとうございます。

近いうちに番外編を投稿したいと思います。
お付き合いして頂ければ嬉しいです。


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18 Sunny

- PM11:00 女子寮:中嶋の自室 side:中嶋 -

 

「……」

 

もうどれくらい時間が経ったんだろうか。自分が撮ったビデオのワンシーンを、何度も繰り返し見ても、何が起こったのかわからない…ずっとそんな調子で、テレビ画面の前から離れられないままだ。

 

「…やっぱり、ここで加速している……」

 

いや、何が起こったのかがわからないんじゃない。どうしてそんなことしたのかが理解できないんだ…

見ているのは、昨日のテストレース…土屋のソアラがスピンを起こして、雨水のワンエイティと衝突しそうになった時の映像だ

 

また巻き戻して、よく見てみる。当然、映し出されるものはさっきと寸分違わない。

土屋がスピン…コントロールを完全に失う

ソアラがワンエイティのコーナーラインに侵入する

でもそこでワンエイティは減速しない

 

…加速して、強引にラインをアウトに膨らませて、交差するタイミングを変えて回避する

 

(なんで…こんなこと…)

 

確かに、あそこで減速しても多分間に合わないし、そういう点で考えればあの行動は最適解だったんだろう。

 

でもそれは、結果論だ

 

もし加速のタイミングがあと一瞬でも遅れていたら、きっとひどいことになっていただろう。猛スピードで衝突して、最悪2人とも…なんてことも考えられる。あんまりに危険な賭けだ。

…なんで雨水はできたんだ?そんなことが…

テクニックどうこうの話じゃない、なんでそんな…一歩間違えれば大惨事になるような危ない橋を、あんななんの躊躇もなくできる…?

 

(雨水…)

 

…あの時の雨水は、いつもと雰囲気が違った。

いつものとぼけたような感じじゃない…

なんでか、得体の知れない何かに見えた

 

…正直私は、あの時の雨水が、怖かった…

 

 

 

…雨水の、あの時の目…

あの時あの子は、何を見てた…?

 

 

 

 

 

 

- …翌日 PM0:30 学校屋上 side:雨水 -

 

「…なあ雨水さんや」

 

「…なんだい?小山さんや」

 

小山が俺に近づき、ひそひそと喋りかけてきた。

いつもの学校の屋上、天気は晴れ、例にもれず昼飯の真っ最中だ。

メンツはいつも通り…俺、小山、土屋の3人。ここまでは普段通り…

何だけども…

 

「…なんで、土屋はこげな露骨に落ち込んでおられるとですか…?」

 

「……ちょっとした事情があるんどすえ…」

 

そう、土屋が何だか異様にしょげているのである。いつものあの屈託のない笑顔はどこへやら…完全に意気消沈している。

 

「いや、マジな話。ホントにどうしたんよ?コイツがこんなあからさまに落ち込んでんの俺初めて見るぞ?」

 

「いや、まあ…話せば長くなるんだけどさ…」

 

話をしよう。あれは今から18時間…いや、19時間前だったか…まあいい…

君たちにとってはつい昨日の出来事だが…俺にとっても昨日の出来事だ…

彼女にはあだ名があって、何て呼べばいいのか…

確か最初にあった時h

 

「はよ話せや」

 

「わかったわかったから右ストレートの構えはやめてくれ…その技は俺に効く…」

 

少しふざけすぎた…まあ、内容自体は別段大したものでもない

なんで土屋がこんなしょげているか…理由は多分昨日のこと、恐らくあのミスことを引きずってでもいるんだろう

 

「…ていうわけよ」

 

「なるほどね…らしくないミスして自信喪失ってわけか…」

 

「ま、大体…」

 

「しっかし、これは…」

 

俺と小山は、もう一度土屋の方を見る。さっきと変わらず顔は伏せっぱなし、焦点のあってない眼で自分のご飯に全く手を付けてない状態のままだった

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

…うん、気まずい……

うーん、どうしよ…やっぱりなんか気の利いたこと言っといた方が良いのかしら?でも気の利いた言葉って何かしら?「ケッ!俺たちグッドラックだったな」とか?俺が逆に気遣われそうだな…

 

「…ア、ソーダオレネーチャンニ生徒会ノ仕事手伝エッテイワレテタンダーソレジャナー」

 

「は?ちょ…待ってこやm」

 

と言った頃には小山はもう昇降口から学校に入っていった。おそろしく速い移動…俺でなきゃ見逃しちゃうね…

 

(…さて、と)

 

…どうしようこの状況…

 

「……」

 

「…ええっとさ…まあ、良かったじゃん?お互い怪我なかったんだしさ…ええと…

 

 

 

ケッ!俺たちグッドラックだったな!」

 

 

 

「……」

 

…うん、なんか俺も落ち込んできたな……

 

「………」

 

「ん?」

 

「……………」

 

「お、おいおい…?」

 

彼女は震えていた。水滴のようなものがぽろぽろと目から落ちているのが見える。どうやら泣かれるレベルで滑ったようだ。俺も泣きたくなってきた

 

「ま、待て待て、落ち着けよ…そんな気にすんなって、初めて乗るクルマだったんだから、ミスっても仕方ないって…」

 

「…そうかもしれない…でも……」

 

たまった涙を袖で拭いてから、彼女は言葉を続ける。目が、少しだけ腫れていた

 

「でも、やっぱり割り切れないんだよ…」

 

「…つまり?」

 

「…あのソアラ、最高だったんだ…今まで感じたことないフィールで、自分にかっちりとはまる感じがしたんだ。これなら最高の走りができる。これならどこまでもいけるって、思ったんだ…」

 

「……」

 

「それで浮かれて、忠告も無視してはじめから全開で走らせて、それで全部台無しにするとこだった…ソアラも、そして雨水も……私さ、クルマが大好きだよ…」

 

「…知ってるよ」

 

「うん…そして、ないんだよ。これ以外に…得意なこととか、誇れることが、クルマ(これ)以外何もない…それなのに……」

 

「…」

 

…意外とデリケートな奴だ。

 

「…あーっと……」

 

「雨水……ん?…ふぇ!?」

 

土屋が驚いたように声を出す。原因は恐らく、

俺がいきなり彼女の頭を撫でだしたからだろう。

 

「え、ええと…雨水?」

 

やべ、どうしよ…咄嗟に頭撫でちゃったけど、なんも言葉浮かんでこねーよ…

えーとなんか気の利いた言葉…気の利いた言葉…

 

「…うーんと、なんだ…まあ、大丈夫だろ」

 

「え?」

 

「上手く言えないけどさ…お互い生きてるんだ。なら大丈夫さ」

 

「でも…」

 

「…まあ、何とかなるって…心配ないよ…」

 

「…何それ」

 

やっぱフォローになってない?でしょうね。言ってる俺もよくわかってないし

 

「…でも、うん。少し元気にはなったかな……」

 

まだどっか無理してる感じだけれども…それでも彼女はようやく笑った…なんかほっとしたよ。やっぱり笑っているのが一番似合ってる…

 

「…雨水」

 

「ん?」

 

「ありがとね」

 

「…別に」

 

一時はどうなることかと思ったけど、良い顔の土屋が見れたことだし、それで良しとするか…さてと、いつまでも頭撫でられているのもうっとおしいだろうし、いい加減やめて飯の続きを…と思って土屋の頭から手を離そうとした

 

「…あ、待って」

 

「は?」

 

「…も…もーちょっと…だけ……」

 

「…あ、はい……」

 

まさかの続きををご所望のようだった。再び撫で始めると、土屋は目を細めて、俺の方に少しだけ身を寄せた。

…不覚にもドキッときたのと、やっぱり犬っぽいなと思ったのは内緒だ。

 

「…なあ土屋、まだか?」

 

「ん…もーちょっと…」

 

「アッハイ…」

 

 

結局その後、昼休みが終わるまで土屋の頭を撫で続けた

 

 

…誇れるもの…か……

 

 

 

俺にそんなもの、何か一つでもあったかな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あー…今は間が悪いかな……後で電話しよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

- AM0:30 男子寮:雨水の自室 side:雨水 -

 

「あー疲れた…」

 

今日もだいぶ部活長引いたなあ…まあ、新しいクルマが来たばっかなわけだし、無理もないけど…バイト遅刻しちゃったのは痛かったよなあ…店長が寛容な人だったから良かったけどもさ…まあ、過ぎたこと考えても仕方ない

 

(…さて、今日の用事は終わったし、そろそろ艦上に…)

 

そう考えていると、携帯の着信が鳴り出した。こんな時間に誰だ?

携帯の画面を見てみると、そこには「中嶋先輩」と表示されている。

 

(中嶋先輩?こんな時間にどうしたんだ?)

 

だけど考えても埒が明かない、とりあえず着信が切れる前に電話に出た。

 

「もしもし」

 

『あ、雨水?ゴメンね、こんな時間に』

 

「構いませんけど、どうしたんすか一体?」

 

『いや、ちょっとドライブでも誘おうと思ってさ』

 

「ドライブ?」

 

『学校近くの駐車場で待ってるから、急いでねー』

 

「いやちょっと待って下さいよ。今日はちょっと都合が、あ…」

 

なんだってんだ一体?ドライブ?こんな時間に?

…どうしよう、嫌な予感しかしないんですがそれは…

 

「…しゃーない」

 

すっぽかしても後が怖いし…そう思い、おとなしくそのドライブとやらに付き合うことにした。

 

 

 

 

 

 

…そしてこの後すぐ、嫌な予感は見事的中することとなった

 

 

 

 

 

 




土屋のシーンにここまで文字数使うことになるとは…正直思ってなかってさ…


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19 Beyond the bounds

3300UA突破…読んでくれている皆様に…『R』…圧倒的『R』……
それを贈らせてほしいのさ…


- AM0:50 通学路 side:雨水 -

 

一体今度は何を手伝わせようと言うのだろうか?

中嶋先輩に呼ばれるがまま学校近くの駐車場に向かっているとき、そんなことをふと考えていた。

…ここ何ヶ月間の経験から察するに、恐らくまた私用に巻き込もうとでもいうのだろう。自動車部に入ってから、というより、最初にあった時から、あの人には良いように使われている気がしてならない…

あの人の頼みはどうも断り切れないんだよな…まあ、自動車部の人達には、SXを直してもらった恩があるからってのもあるけど…

 

(…でもわざわざ電話で呼ばれるってのは初めてじゃないか?)

 

そう思って改めて考え直してみると、今まで中嶋先輩に巻き込まれるきっかけは、いつもたまたまバッタリ会ったとか、そういう偶然だった気がする。今回みたいにわざわざ呼ばれるなんてことは今までなかったはずだ。

 

…ドライブとか言っていたな…何か企んでいるんだろうか…?

 

(…考えても仕方ないか……)

 

どちらにしろ、今更逃げることも出来んのだ。

何かあったらその時はまあ、その時だろう…

 

 

 

 

- …数分後 駐車場 -

 

 

 

 

(…ここらへんかね……)

 

歩くことしばらく…指定された駐車場に着いた。深夜ということもあってか、停まっている車もほとんどない…コンクリートに描かれた白線が、ただ静かに街灯に照らされていた。

 

…さて、件のお人はこの辺にいるはず何だけど、一体…

 

(…お、あれかな?)

 

奥の方を見てみると、街灯の明かりの下で佇んでいる人が見える。目を細めてよく見てみる。案の定、中嶋先輩だ。

 

「中嶋先輩」

 

そう言いながら彼女のもとへ駆け寄り、手を振ってみる。どうやら彼女も気づいたようだ。俺の方を向いて、少しはにかんでいるのが見えた

 

「お、来たね…ごめんね、急に呼んで」

 

「いえ…それより、一体どうしたんですか?こんな時間に…」

 

「ほら、さっきも言った通り、ドライブだよ」

 

「はあ…」

 

「…まあ、すぐにわかるよ…ついてきて」

 

「……?」

 

一体なんだというのだろうか?いまいち釈然としないまま、俺は中嶋先輩の後を追う。まさかホントに、ただドライブして一緒に夜景を楽しみましょうとでも言うのだろうか?

…まあ、それならそれで別にいいけれども…

 

「…そういえばさ……」

 

「はい?」

 

歩きながら、彼女は話しかけてきた。…何だ?何か神妙な顔してるけども…?

 

「土屋さ…まだ落ち込んでる…?」

 

「?…ええと…何のことです?」

 

「いや、私さ…今日、いやもう昨日か…昼休みにさ、雨水のこと探してて…屋上にいるって聞いたから行ったんだけど、その時にその…ね…?」

 

「………Oh」

 

…つまり、昼休みのあの惨事をご覧になった…と仰りたいらしい。マジかよオイ…冗談じゃねえ…今日の部活の中嶋先輩、なんだか妙に気まずい気がしたのはそういうことか…

…あれ?これもしかして俺が土屋のこと泣かしたって思われてるんじゃあ…

 

「雨水…」

 

「いや先輩、あれはですね…」

 

「…そんな怖がらなくたって、わかってるよ。大方、土屋のフォローしてくれてたんでしょ?」

 

「…まあ、そんなとこです」

 

「それにしても、土屋も意外と繊細だよねー。やっぱ曲がりなりにも女の子ってことかな」

 

「そりゃ先輩もでしょう」

 

「まあ、ね…ねえ雨水」

 

「はい?」

 

「土屋にさ、伝えといてほしいんだ。あまり気負いしないで、一緒にいて欲しいって。私たちも土屋のこと好きだからさ…いなくなってほしくないんだ…」

 

 

「…ええ、そうですね……」

 

 

 

いなくなってほしくない、か…

 

 

土屋の周りには、土屋のことを必要としてる人がたくさんいる。アイツは有象無象の一人なんかじゃない。いてもいなくてもいい存在なんかじゃない…

 

 

そうさ…誰かに必要とされて……

 

 

 

 

 

-

--

---

 

 

 

 

 

 

 

 

『いらないよ、お前』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----

--

-

 

 

 

…やめよう、今そんなことを思い出して何になる

別に悲観することじゃないだろう?

こんなに楽なことはないのだから

 

 

……そうさ…どうでもいいことさ………

 

 

「…ハハ、ゴメンね、しんみりした空気にしちゃって。さ、もうすぐだよ。はやく行こう」

 

「そうですね……」

 

彼女は小走りで俺の先を走って行った。俺もそれに倣って少し足取りをはやくしてついていく。

 

「…」

 

「?」

 

けれど彼女は何故か立ち止まり、何か考えていたのか、思い出していたのか…その場で少し佇み、また俺の方へと戻ってきた。何か言い忘れていたことでもあったんだろうか?

 

「……ねえ雨水」

 

その時の彼女は妙に落ち着きがなく見える。何か言いにくいことなのだろうか?

 

「はい?」

 

「えーっとね…」

 

「?」

 

 

 

「雨水も、いなくなっちゃヤだからね?」

 

少し照れくさそうに、彼女はそう言った

 

 

「………ん?え?」

 

「返事」

 

「え、あ…はい…」

 

「それだけ。じゃあいこか」

 

彼女はそう言って、再び俺の前を小走りで走って行った。

 

 

 

 

「……」

 

言われたことが随分と予想に反したものだったので、俺は再び彼女に呼ばれるまで、その場で茫然と立ちすくんでいた。

 

 

…ホント、あの人が相手だと、調子狂うなあ……

 

 

 

 

 

--

 

 

 

 

「…よし着いた。ほら、あれだよ。あのクルマに乗ってほしいんだ」

 

「あれって…」

 

中嶋先輩の指した方向を見ると、そこにはリトラクタブルのクーペで、リアウイングのついたくすんだような鉄の色をしたクルマが…

 

「…て、ワンエイティじゃないすか」

 

そう、要は自動車部に置いてあるほうのワンエイティがそこにあった

 

「なんでまたこんな所に?」

 

「なんでって…そりゃ、私が持ってきたからだよ」

 

「はあ…でも、なんでわざわざ?」

 

「使い慣れたクルマの方が、実力も出しやすいでしょ?」

 

「実力……あ」

 

そこまで聞いて、ようやく中嶋先輩が俺に何をさせたいのかがわかってきた

 

「先輩、ドライブってもしかして……」

 

「そう、雨水には、ある場所を全開で走ってもらいたいんだ。私を隣に乗せてね。今、雨水の仕方がどうなっているのか、見てみたいの」

 

「…随分とまた、急ですね……」

 

「確かめたいんだよ」

 

「と、言うと?」

 

そう問いかけると、彼女はその答の言葉を紡ぐ

とても、重く

 

「…ねえ、責めるわけじゃないけどさ…教えて?ソアラと走って、衝突しそうになったあの時、どうして止まらずにアクセルを踏んだの?」

 

「それは…その方が避けれると思ったから…」

 

「嘘だね」

 

「!…」

 

「確かにあの時、加速したから、うまく避けれた…でもはっきり言って危険すぎる賭けだよ…ほんのちょっとタイミングがずれてたら、2人とも…」

 

「…」

 

「それにあの時、避けるためっていうよりも」

 

 

 

 

 

 

「ただ、止まりたくなかったように見えたよ」

 

 

 

 

 

 

「……」

 

ただ黙るしかなかった。それは違うと唱えようもない。だってその通りなのだから

 

「教えてほしいんだ…この数か月で、一体何を見てそんな走りになったのか…どうして止まることにそんなに怯えているのかを…ただ隣に乗せて走ってくれるだけでいいんだ。言葉で聞くよりも、そっちの方がわかる気がするから…」

 

「…分かりました」

 

「うん…ありがと」

 

そう言って彼女は、どこか寂しそうな顔をして、笑った

 

「それで、どこを走るんですか?」

 

「あの場所だよ。私たちが初めて会った場所」

 

 

 

 

 

「あの、旧工業地域だよ」

 

 

 

 

- AM1:10 旧工業専用地域 side:雨水 -

 

「…それじゃあ、行きますよ」

 

「いつでも…」

 

その言葉に返事はせず、ただ俺はアクセルを踏んだ

 

 

長いストレート

体に重力が覆いかぶさる

90km/h

まだ3速

5000回転

回転が上がる

一気に7000

130km/h

4速へ

140…150…160…170…

回転数6000…6500…7000

200km/h

7500

オーバーレブ

5速に

220km/h

 

このワンエイティ、SXとは特性が違う

こっちはトルクに比重を置いてる感じだ

操作にしっかりと応えて、反応してくれる

なるほど、素直でいい子だ

あのじゃじゃ馬(SX)とは正反対だな…

 

240km/h

 

緩いカーブ

減速はしない

遠心力が体にかかる

 

再びストレート

再加速…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、まて!

 

バックミラーに、光が見えた

 

猛スピードでこっちに追いついてくる

 

それが普通じゃないことは、すぐにわかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雨水!後ろ!」

 

「わかってます!」

 

そう言い終えるころには、それはもうすぐそこまで来ていた

そしてそれは、いつの間にか俺たちの隣に並んだ

 

 

 

 

 

 

 

アンバーカラーの…カレラ…

あれは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「九十九…さん…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




補足ですが、九十九の乗っているカレラはgt3仕様ではなくgts仕様です。リアウイングはなく、ホイール以外はパッと見ノーマルということにしています。


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20 Come as you are

久しぶりのContribution…
それを待っててくれる人がいる……

…誰かが言っていた…
…それは最高にグッドラックなことだって……


(要約:遅くなってすいませんでした。)


- AM1:12 旧工業区域 side:雨水 -

 

それはまるで、誘いを受けているようだった。俺たちにヘッドライトの光を後ろから浴びせ、その存在を誇示するように、しかし猛然としたスピードで迫ってくるそれを見て、どこかそれは、一緒に遊ぼうと言われているようにも思えた

 

…ライトとボディの色がスピードで溶けて混じる……

琥珀色の閃光を発するそれを…

……彼を…俺は知っていた……

 

 

 

 

 

 

アンバーカラーのカレラ…

 

…九十九さん…

 

 

 

 

 

 

「雨水…あれって…」

 

隣から、中嶋先輩が俺に効いてくる。まさかこんなところにポルシェが出てくるだなんて、思いもしなかったのだろう、驚いているのが見て取れる。

…けれど、彼女が俺に言いたいのはそういうことではないだろう

 

「ええ…どうやら目つけられたみたいですね…」

 

カレラが、九十九さんが、ワンエイティの隣を陣取り、そこからつかず離れずのまま走っている。そうまでされるといやでもわかる。やる気のようだ…

 

(……せっかくのお誘いだし、OKしたいところだけど……)

 

チラッと、中嶋先輩の方を見る。今このワンエイティに乗っているのが俺一人だけだったら良いが、今回は彼女がいる。出来ればあまり巻き込みたくはなかった。けれど、彼女は俺を見て察したのか、こう言った

 

「…いいよ雨水、やってみなよ」

 

「先輩、でも…」

 

「私も気になるしね、あのカレラが何なのか……でも、約束して、無理はしないって…」

 

「……」

 

九十九さんに目を向ける。すると彼も此方を見て、お互いの目が合う。彼の眼が何を物語っているのかはわからないけれど、どこかそれは、覚悟か執念か…あるいは似た何かが、見えた気がした…

 

「先輩…すいません…」

 

「うん…」

 

 

 

 

 

目を再び、前に向ける

 

それが合図になった

 

 

 

 

 

フルスロットル

 

 

 

エンジンの回転が上がっていく

甲高い音へと変わってゆく

先に前へと出た

 

長いストレート

 

7000rpm

ギアチェンジ

4速

体がグンと、前に押される

速度の重力が、俺を潰そうとする

 

 

200km/h…

5速

 

210…220…230…240…

 

250…

 

 

 

 

(!……)

 

 

 

目の前にカレラ

抜かれたか

 

やることは何も変わらない

ただ走るだけだ

 

こっから先、すぐそこにコーナー

ここをどう切り抜けるか…

 

カレラがコーナーに近づく

速度は、落としてない

まさか、減速せずに行くのか?

 

コーナーに入る

減速は…している様子はない

あの状態から曲がるつもりだ

 

カレラの後輪が滑る

ダメだ、吹っ飛ぶ…

 

 

 

 

飛ばない

パワースライドを必要最小限に抑える

体制を立て直してコーナーを抜ける

 

…狙ってやったってのか?

あのパワースライドまで全部…

 

(…分かってはいたけど、やっぱり桁違いだ…)

 

俺たちも続いて、コーナーに近づく

 

250…260…

まだだ…

263…

加速が鈍くなり始める

まだ…

 

一気に3速

ブレーキ

 

 

ステアは右に

アクセルは戻さない

コントロールがぶれ始める

パワースライド

タイミングを探る

 

3…2…1…

 

カウンター

 

ブレーキを離す

 

アクセル

加速

再びストレートへ

 

カレラは…だいぶ先だ…

さあて、どうしたもんかな……

 

 

 

 

- side:中嶋 -

 

(…すごい)

 

そんな、簡単な言葉しか頭に浮かばなかった

あの991のドライバー…かなりのウデだ。動きのひとつひとつに全く無駄が感じられない。いやそれどころか、ありとあらゆる要素を走るためのプラスにしているような、そんな感じさえする。

 

(すごいのに遭遇しちゃったな…いや、でもそれ以上に…)

 

雨水…

運転の仕方が、最初にあったころに比べてだいぶ変わった。

技術はもちろんそうだけど、それ以上に、雰囲気と呼べばいいのか…それが変わったような気がする…

 

隣に乗っているとわかる…

焦りや恐怖、あるいは高揚や興奮、そういう感情の波みたいなものが見えない。ただ落ち着いて、自然体で走っている。

さっきのだってそうだ。コーナーを曲がった時もそう…少なくとも、雨水の今のテクニックじゃ、かなりきついやり方だったはずだ。それを少しも力まずにやってのけた。

それはまるで…

 

…クルマのことを、体で直接感じているみたい…

 

当然、そんな感覚、一朝一夕で手に入るようなものじゃない。そんな能力、それこそ、長い年月をかけてようやく手に入るか入らないかだ。もし、短期間でそれを手に入れるというのなら…

修羅場をくぐるしかない。気が違うくらいに、何度も…

あと一歩で死ぬ…そんなことを何十回、何百回と繰り返せば、あるいは…

 

(……)

 

考えただけで悪寒が走る。できるわけない、そんなこと。意味も何もない、ただただ狂っている…そんなこと、雨水はしない…できないはず…

 

(…雨水)

 

不安をなるべく表に出さないように、私は雨水の方を見た。その時に見たものを、多分私は忘れることができないと思う……

雨水の、その眼……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

温度のない、優しい眼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

- side:雨水 -

 

(…ダメだ……)

 

コーナーを出て、またストレートへと舞い戻る

カレラのテールランプが、小さく目に映る

 

 

 

 

 

追いつけない…そう悟るまで、時間はかからなかった

 

 

 

 

 

 

ずっと、フルスロットルだった…でもそれでも、カレラの明かりが近づいてくることはなかった。どんどん遠ざかって行って…

気づけば、景色の一部になるくらいに離れていった。

どうやら、あのストレートは出口に繋がっていたらしい。そのまま帰ったみたいだ。

 

(…さすがとしか、言いようがない)

 

アクセルを緩める

今日はもうこれ以上は走れない。そんな気がした

ギアダウン

制動力が、体に伝わる

エンジンブレーキがかかり、回転数が落ちる音がするのを聞いた

普通の巡行に移る

体の重力が軽くなったのを感じながら、少しだけ、深く息を吸う

 

 

…終わった

 

中嶋先輩が、緊張していたのか息を大きく吐き、俺の方を向いた

 

「…すごかったね……」

 

「ええホントに…気持ち悪いくらい速かったっすね」

 

「まさかあんな凄腕がこんな場所にいるなんてね…もしかして、知り合い?」

 

「…どうして、また?」

 

「さっき、お互い目を合わせてたとき、そんな感じだったから」

 

「…まあ、知り合いってほどのもんでもないすよ…ほんの少し、面識があるくらいです」

 

「そうなんだ…雨水ってさ、結構謎だよね」

 

「はあ…」

 

「…ねえ、雨水。これからどっか食べに行かない?今日のことで、いろいろ話したいこともあるしさ…」

 

「ええ…いいですよ」

 

腹減ったのかな?そんなことを考えながら、俺はそのまま出口へと向かって行った。

俺も、何だかのどが渇いた。どこかで何か飲んでいこう…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-…10分後-

 

 

 

 

 

 

 

「…まだ開いてる店、ありますかね?」

 

「さあ…でも一個くらいは…あ、あそこは?」

 

先輩が指した場所には、まだ建物の明かりがついている、少し小さめのファミリーレストランだった。停まっている車もちらほらあるし、まだやってるみたいだ。学園艦にもこういう場所があるっていうのは、少し意外だった。

 

「じゃあ、ここにします?」

 

「そうしよう。何食べよっかなー」

 

店の駐車場に入って、ワンエイティを停めた。外に出て、店の入り口に向かう。

ここ高くないよな…?そんなことを思いながら

 

「……」

 

「あれ?…先輩、どうしたんです?」

 

「雨水、あれ…」

 

「え…あ…」

 

彼女が見るその方向、その先に、さっきまで一緒に走っていたあのカレラがあった。俺も先輩も互いに顔を見合わせる。まさかこんなところで会うとは思わなんだ。

 

「…当然、ここにいるってことだよね?」

 

「そりゃ、まあ…」

 

「…行ってみよう」

 

さっきとは違い、緊張した顔で彼女はそう言う。俺も同じような感じで、店の中へと足を運んだ。店に入り、少し店内を見回すと、その人はいた。コーヒーと、小さめのケーキを食べているようだった。先輩も気づいたようだ。

店員さんが席案内をするために来てくれたけど、「友達が先に来ているんです」みたいなことを言ってから、九十九さんの席に近づいた。

 

「…やあ、久しぶり…でもないか」

 

「…どうも、ご一緒しても?」

 

「どうぞ」

 

そう言われ、彼の向かいの席に座る。先輩も俺に続いて、隣に座った。

 

「…そちらは?」

 

「あ…すいません…初めまして、中嶋と言います」

 

「九十九です。どうも」

 

「あの…雨水とは、知り合いなんですか?」

 

「うん…まあ、ちょっとした縁でね…」

 

「はあ…」

 

「それにしても、意外でしたよ。九十九さんが、あんなとこで走ってるなんて」

 

「仕事でね…俺も会えるとは思わなかったよ、雨水君。まあ…デートの邪魔しちゃったみたいだけど…」

 

「「デート?」」

 

俺と先輩の声が被る。デートって?

 

「ん?違った?雨水君の彼女なんだろう?中嶋さんって」

 

「え?は…?ええ…!?」

 

言われて、中嶋先輩が困ったか顔をしてあたふたする。…そこまで嫌がんなくたって良いでしょうに…九十九さんも、真顔でおくびもなくそういうこと言ってくるとは、読めない人だ…

 

「ち、違いますよ。私と雨水はそんなんじゃ…」

 

「そうなのかい?」

 

「ええ、全く違いますよ。この人は部活の先輩ですよ。それ以上でもそれ以下でもありません」

 

「……」

 

…あれ?なんで先輩はあんな不機嫌そうな目で俺をにらみつけてくるんだ?何か俺失礼なこと言った?そうこうしているうちに、店員さんが来たので、俺たちはとりあえずドリンクバーを注文した。

 

「…ええと先輩、何かとってきます?」

 

「……コーラ」

 

「わかりました」

 

だからなんでそんな拗ねているんだ?ホントわかんねえこの人…

 

「…俺もちょっと、コーヒー淹れてくるよ」

 

言って、九十九さんも俺と一緒にドリンクバーコーナーへ向かう。席がある程度離れたところで、歩きながら、彼は俺に話しかけてきた。

 

「…で、あのワンエイティはどういうつもりだい?」

 

「……」

 

まあ、気づくわなそりゃ…

 

「まあ、大方予想はつくさ…織戸さんが絡んでるんだろう」

 

「……あの、出来れば、SXの話は、中嶋先輩の前では…というより、俺の他に誰かいるときは、伏せといてもらえませんか?」

 

「秘密にしてるのか…まあ、無理もないな。別に構わないよ…わざわざ話す意義もない」

 

「すいません…」

 

ドリンクバーについて、お目当ての飲み物をコップに入れる

 

「…どちらにせよ、ばれるのは時間の問題だと思うけどね」

 

「え?」

 

ふいに、九十九さんはそんなことを俺に言ってきた。

 

「わかっているだろう?あんなことやっているんだ。いくら巧妙にやったとしても、いつまでも隠し通せるものじゃない…」

 

「……ええ、でしょうね」

 

「そして、もしばれたときに、なおSXを手放さないというなら…きっと君は、全部失うことになる。大事なもの、全部ね…」

 

「……」

 

俺は、何も言葉を返さず、ただ黙って九十九さんの方を見た。今の俺は、どんな眼をしているんだろうか。自分でもわからない…

ただ、九十九さんがその時の俺を見て、何かに気づいたように、少し目を見開いていた。気のせいかもしれないけれど、その表情がどこか寂しげに見えたのが、俺にとっても意外だった。

 

「君は…」

 

「…?」

 

「……いや、なんでもない…急ごう、女の子をいつまでも一人にしとくもんじゃない…」

 

「ああ、そうだ。急がなきゃ」

 

言われて、少し早歩きで席に戻る。戻ると案の定、中嶋先輩が待ちくたびれていた。

 

「すいません。遅くなって」

 

そう言って、彼女にコーラを渡す。

 

「ん…いいよ、別に。ありがと」

 

それからは特に変わったことがあるわけでもなく、ファミレスでのひと時を過ごした。

…まあ、先輩があのカレラについて、九十九さんに根掘り葉掘り聞いて、終わるころには九十九さんがげんなりしてたのが、少し面白かったけれど…

 

 

 

 

 

 

- AM2:10 ファミレス駐車場 side:九十九 -

 

「どうもありがとうございましたー!」

 

中嶋先輩と雨水君に呼ばれていた娘が、そう言って俺に手を振った。まさかああまで質問攻めにあうとは…彼女も思った以上にクルマ好きらしい……

 

「あ、ああ…じゃあ、雨水君もまた…」

 

「ええ…また……」

 

すると、雨水君は微笑み、軽くお辞儀をしてくれた後。さっきの中嶋さんと一緒に、ワンエイティの方へと向かっていった。

 

「さて、と…」

 

それを少しばかり見届けたあと、俺もすぐにカレラに乗り、駐車場を後にした。

 

 

(…雨水君の、あの目……)

 

そして、あの雰囲気…

 

昔から知ってる。あの感じ…

 

あの目をした彼を見たとき、

 

俺は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SXを見たときと、同じものを感じた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(彼は…)

 

もしかして、彼はもう…

 

 

 

 

 

本当の意味で、取り返しのつかないところまで来てるのかもしれない…

 

 

 

 

 

 

そこまで考えて、すぐに考えるのを中断した。こんなことを考えても仕方がない。どちらにしろ、彼とSXに対して、俺がすることはひとつだけなんだから…

 

すぐに頭を仕事のことに切り替えることにした。ただ仕事とは言っても奥様から個人的に頼まれたことで、数年後、愛里寿お嬢様が高校に行く予定なので、一通り調べておいてくれとのことだ。その間の送り迎えはどうするんですかと聞いたら、それは臨時を雇うので心配しなくていいと言われた。

 

(大学行ってるんだから高校行く必要もないと思うんだがな…)

 

雇い主の意向に逆らう気もないけれど…

そう思いながら、手元にある資料を確認する。大洗学園は大体調べ終わり、情報もまとめた。そろそろ次の場所に行かなくてはならない。

ええと、次は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「継続高校か…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

さて、次回は少しだけ大洗学園から離れて、継続高校が舞台になります。継続高校側にもオリキャラとクルマを出す予定ですので、お付き合いいただければ嬉しい限りです。


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20.5 Hey hey, my my

だいぶ更新が開いてしまいました。楽しみにしてくださっている方すいません……
今回は継続高校が舞台、本編に絡みますが、実質ちょっとした番外編みたいな感じです。

あと、ここで書くのもなんですが、番外編のリクエストは現在も受け付けております。
もし、こういう話を書いてほしいというのがあれば、活動報告内にコメントして頂ければと思います


- PM10:30 継続高校学園艦 side:九十九 -

 

「…よし、こんなところか」

 

現在、ちょっとした諸事情で継続高校に来ている。諸事情とは言ってもそんな大げさなものじゃない。雇い主の娘さん、つまりは愛里寿お嬢様が高校進学を控えているから、ピックアップした学園艦を一通り、余裕があったらそれ以外……先日行った大洗なんかがそうだろう……それも調べてくれとのことだ。

 

(とは言っても、ほぼ私情で行ったようなものだけどな…)

 

奥様に大洗に行った理由を聞かれたら、何と答えれば良いものか…

そんな風に頭を悩ませながら、宿への道を辿る。建物が見当たらない、街灯もほとんどない、ヘッドライトと月明りだけが頼りの、雄大な景色だ。

 

一通り調べてみたけど、結構いい高校だと思う。この自然もそうだし、何より戦車道がかなり盛んに行われている。お嬢様も、ここなら存分にその実力を発揮できるだろう。

…まあ、生徒があまりに自由すぎるのと、予算が少なすぎるのは、タマにキズだが……

あと個人的に、ラリーのイベントが良く行われているのが興味があった。見学の途中でデルタS4を見たときはびっくりしたな…トイヴォネンだっけか、ふと昔の有名なラリー選手を思い出した。

 

 

今日のことを漠然と考えながら、単調な道を走る。

何となしにバックミラーを見てみると、少しだけ黄色がかった白い光が、やや遠くにいるのを見つけた。後続車がいたのか。少し呆けていたからか、気づかなかった…

そう思う間にも、その後続車はグングンと此方に近づいてくる。どうやら結構な速度で走っているようだ。こんなに見晴らしがよくて、車の少ない道なら、無理もないかもしれないが…

 

もうだいぶ近づいて、すぐ後ろ位の位置にきた。

 

 

(…どこかで聞いたようなエンジン音、直6か…)

 

 

少しだけ左により、追い越しをするように促す。あちらも察してくれたようだ。ウインカーを出し、右によってカレラを追い越した。その時に、そのクルマを見た。

 

 

 

「……!」

 

 

 

まるで日本刀のような、シャープなシルエット

 

それをさらに鋭く見せる追加のノーズが付いたクルマ

 

 

 

(コイツは…いや、なんでもっと早く気が付かなかったんだ……)

 

 

 

鳴り響く、渇いたL型の音…

 

この音を、俺は知っていたはずなのに……

 

 

 

 

 

 

 

錆び付いたマルーンの、240…Z……

 

 

 

 

 

 

「島…田……?」

 

 

 

 

 

 

それからの行動は早かった。

さっきの長距離クルーズ用の運転じゃない

 

アクセルを深く踏んだ

加速

回転率が上がる

オーバーレブ直前

ギアチェンジ

さらに加速

 

Zに追いつく。ナンバープレートの数字が、はっきりと見えた。

 

…多摩002、『す』の1958-11……

 

見覚えのあるナンバー…決まりだな…

なんで…こんなところに……

甦ったのか…?あんな状態から…あんな惨事から……

 

(…いや、そんなことよりも……)

 

 

 

一体、誰が乗ってるんだ…?

 

 

 

 

 

 

- side:??? -

 

「何だろ、あのクルマ?」

 

後ろから追いかけてくるクルマを見て、そんなことを呟いた。よくわかんないクルマだ…追い越させたのかと思ったら、途端、血相変えたみたいに追っかけてきたし、何がしたいんだろ?

 

(…あのクルマは……)

 

改めて後ろのクルマを見てみると、どこかで見たような形をしていた。確か…ああ、そうだ。今日学校にいたポルシェじゃないか。この辺じゃあんな高級車はなかなか見ないから、結構目立ってたっけ。

どこの偉い人が乗ってるのかと思ったら…

 

(…なかなかどうして…ぶっ飛んだ人が乗ってるみたいだ…)

 

どうしようか。つまりこれ、ロックオンされてるってことだよな…

時計を確認すると、10時後半。ありゃ、もう随分遅刻してるや。いい加減うちのリーダーが空腹で立腹してる頃だな。またあのカンテレを弾きながら、詩人みたいな口調で俺に嫌味を言ってくるに違いない。

 

(…まあ、いいか…)

 

どっちみち飛ばさなきゃいけないし、それにこんな機会めったにないしね

 

「それじゃあ」

 

 

 

 

 

ちょっとだけ、遊ぼうか、Z

 

 

 

 

- side:九十九 -

 

!……Zの走り方が変わった…

 

Zが急加速して、再びカレラから離れる

負けじと、俺もアクセルをより強く踏んだ

 

250km/h

ギアチェンジ、5速

再加速

車体の接地感が薄れる

300km/h

またZが近づく

彼も300km/h強で走っているみたいだ

ほぼ並び、ランデブー走行へと移る

 

 

…嘘みたいだ…

またあのZと、こうやって走ることができるだなんて……

 

いつ振りだろうか、こんな気持ちで走れるのは

ただただ、楽しい

まるで、初めて走った時みたいに

 

 

 

月が、2つのクルマを照らす

 

 

 

 

蒼い光が、全部を曖昧に見せかける

 

 

 

 

 

現実感が、俺の頭から剥がれてゆく

 

 

 

 

 

 

これは夢なのかもしれない

 

 

 

 

 

 

 

そう思うくらい

 

 

 

 

 

- side:??? -

 

 

…へえ、やっぱり速いな。しかもそれだけじゃないや…

良い雰囲気で走るなあ、あのクルマ……

 

嬉しいねえ…こんな風に、速い人と公道で走れるだなんて、ひょっとして初めてじゃないかな…?うちの高校もクルマ好きは多いけど、大体がラリーだからなあ……

 

 

「…おっと、そろそろかな」

 

 

もうちょい続けていたかったけれど、そうもいかないみたいだ。いい加減にしないと、罰として飯抜き、なんてことも有り得る。それは嫌だ。

でも惜しいなあ…こんな機会多分もう二度とないかもなのに…

 

 

 

 

 

「…あ、そうだ」

 

 

 

- side:九十九 -

 

まるで水の中にいるような、そんな感覚。出来れば、もう少しこのまま続けていたかったが、どうやらそういうわけにもいかないみたいだ。

 

前にいるZが、カレラの左によって、ブレーキランプを点灯させる。

もう終わりだなと思い、Zに続いて減速して、通常の巡行にもどる。

 

 

(ん?…あれは……)

 

 

だがどうやら、Zのドライバーはまだ俺に用があるみたいだった。

 

運転席の窓が開き、そこから腕が出てきたとおもったら、俺に手招きをしてきた。どうやらついて来いと言っているらしい。

 

先の道に、分かれ道が見える。一方は宿のある小さい街に、もう一方の方には森林地帯に続いている。Zは森林の方に向かうようだ。

Zに従い、俺も森林方向に進路をとる。特に断る理由もなかったし、何よりあのZに乗っているのが誰なのか気になったので、素直に後をついていくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

--

 

 

 

 

 

 

 

 

Zについていき、森林の中に入ると、さっきまでの整備された道路とは違い、舗装がない、土が露出している道になっていた。ダートと言った方がわかりやすいかもしれない。所々に轍があるのが、ライトの陰影で見て取れる。結構荒い感じの跡だ。普段はラリーの練習場所なんだろうか。

その中に、ひときわ大きな轍を見つけた。跡も深く、クルマではないだろう。もっと重いものだ。

 

(これは…キャタピラか?)

 

ショベルカーでも通ったのだろうか。それにしては大きすぎる。

 

(…もしかして、戦車?)

 

そういえば、島田家で戦車道をしていた時に見た、戦車のキャタピラがこれくらいだった気がする。

なるほど戦車か…でもなんでこんなところに?

 

 

そこからさらに進むと、少し開けた場所に出た。少し見渡してみると、オレンジ色の明かりのようなものが端に見えた。焚火だろう。そしてその横には大きい鉄塊、そう戦車が鎮座していた。件のキャタピラ跡の当事者だろう。

 

Zが端によってから停車し、ライトが消えた。エンジンを切ったみたいだ。どうやらここが目的地らしい。それに倣うように、カレラを停めた。

 

ドアを開け、外に出てみる。ライトは全て消したが、月明りと焚火の明かりが、周りを照らしていた。

 

 

 

「へーえ、思ったより若い人だ」

 

「!…」

 

 

だからだろうか、彼の姿は結構はっきりと見えた。

高校生くらいだろうか。若い人には珍しいくらい、白髪の多い髪をした男性だった。長髪というわけではなかったが、目が髪に隠れている。その見た目も相まってか、どこか掴みどころのない雰囲気を持った子だと思った。

 

「…うん、でも、オレよりは年上かなあ…初めまして、ポルシェのおにーさん」

 

「……君が、あのZの…?」

 

「うん、そうだよ。はやかったでしょ?」

 

 

……そうか…彼が…

 

 

「…気に入ってるみたいだね……」

 

「まーね。かっこいいし…ああ、そうだ。まだ名乗ってなかったよね?オレは…」

 

「ナツ!」

 

「げ…」

 

彼が自分の名前を口にしようとしたその時、先程の焚火のあたりから声が聞こえた。見てみると、女の子が2人、彼に向って来ている。声をあげたのはクリーム色の髪を両サイドにまとめた、小柄な子だった。

 

「もー遅いよ!一体何時間かかってるのさ!」

 

「悪かったよ、アキ…思ったよりも入れ食いでさ、辞め時がわかんなかったんだ」

 

「へーえ、じゃあ遅れた分の見返りは期待していいわけだ?」

 

もう1人の方、赤毛の髪の、これまた小柄な子が彼に向ってそう言う。

 

「ああ、見てくれよミッコ。大漁だ」

 

そう言うと、彼はZのトランクを開け、中に入っているクーラーボックスを取り出した。釣りの帰りだったらしい。彼が箱の中身を開けて見せると、中には言う通り、あふれんばかりの魚介類が入っていた。それを見て、ミッコと呼ばれた子が「お~」とシンプルに感嘆する。アキと言う子は怒りが収まってないのか、まだ少し頬を膨らませている。

 

「…学園艦で、釣りができるのかい?」

 

「ん?ああ、ほかのところは知らないけれど、うちの学園艦、穴場があるんだよ。まあ、行くにはちょっと裏技が必要だけど…良かったら教える?」

 

「いや、遠慮するよ…ところで…」

 

「ああ、ゴメン。話が脱線しちゃったね…さっき聞いた通り、オレはナツって言うんだ。おにーさんは?」

 

「九十九だ。よろしく」

 

名を名乗り、改めてどうして俺をここに連れてきたのか聞こうとしたが、その前にアキと呼ばれた子が、彼に話しかけた。

 

「…ねえナツ、この人は?」

 

「今言ってただろ?九十九さん」

 

「いやそうじゃなくて、知り合い?」

 

「今知り合った」

 

「えぇ…」

 

その返答に呆れたのか困惑したのか…とにかくそんな顔をしていた。まあ無理もない。俺もまだ状況が飲み込みきれてないのだから。

 

「お、あれポルシェじゃん、スゲー!あれおにーさんの?」

 

「う、うん…まあね…」

 

ミッコさん…だっけか?その子はその子でキラキラした目で俺のカレラを見てはしゃいでいた。このままでは埒が明かない。そろそろ本題に入らせてほしいのだが…

 

 

 

 

 

「~~♪」

 

 

 

 

 

(…何だ?…楽器?)

 

 

不意に聞こえた、弦楽器のような音。Zの方向からだ。ナツ君がなにやら「げ…」というような顔をしている。

何かと思いそちらを振り返ってみると、そこには、チューリップハットをかぶった女の子が、Zのボンネットに腰かけ、小さい琴のようなものを弾いていた。落ち着いた微笑を浮かべたその顔は、長い髪も相まってか、とても大人びて見える。

 

他の3人も、Zに座っているその子の方を向いた。すると、彼女は楽器を弾きながら、口を開いた。

 

「こんなに長い釣りをすることに、何か意味はあったかい?ナツ」

 

「…あーミカ。あのあれだよ…風がオレにそうしてと囁いたんだよ、うん」

 

「風は囁くことはないよ。何かを乗せることしかできない」

 

「そっか。じゃ囁いたのは風じゃなくてガイアだ。悪かったよ。だからミカ、ボンネットに乗るのはやめて欲しいな。その子、結構デリケートなんだよ」

 

「誰かさんのおかげで、今の私はすごく軽くなれてるからね。この子も受け入れてくれるさ。お腹いっぱいにならない限りは、私がどく意味はないんじゃないかな?」

 

「はーいはい、わーかってるよ…今からごはん作るから…」

 

「そうだね、それが今一番大切なことだと思うよ…ところで、その人は?」

 

「あ…ごめんおにーさん。だいぶ待たせちゃったね…」

 

今、完全に忘れられてたな……

 

「ああ、いや…と言いたいところだが、そうだな…もうそろそろ本題に入ってくれると助かるよ…」

 

「うん、そうだね…と言っても、大したことじゃないんだ。ただ九十九のおにーさんとお知り合いになりたかったってだけ」

 

「俺と…?」

 

「そうだよ。うちの高校、クルマ好きは多いけど、みんなラリーでさ、オレみたいな公道好きは肩身が狭いんだよね。だからちょうど、おにーさんみたいな相手が欲しかったんだ」

 

「だってラリーの方が面白いじゃん」

 

「ちょっと静かにしててよ、ミッコ」

 

そう言われると、ミッコさんは「ちぇっ」と言い、少し放っておこうとアキさんに言われ、一緒に焚火の場所へと戻って行った。チューリップハットの彼女はまだZのボンネットだが…

 

「…で、俺がそういう人間だと?」

 

「あんな走りを見せてもらったら、さすがにわかるさ……」

 

「…それもそうか」

 

まあ、さすがにあんなふうに走る一般車などいないだろう。言い逃れようがない。

でも、何だろうな…彼と話してると、どことなくアイツのことを思い出す…

顔立ちや立ち振る舞いじゃない、ただ嬉しそうに俺と話す彼が、俺のよく知っていた奴と重なって見えた。

 

「でも、ここに呼んだ理由はそれだけじゃないんだ」

 

「…と言うと?」

 

「おにーさんさあ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気が狂ったみたいに速いクルマの話。知らない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!……」

 

きっと、あのクルマのことを言っているのだろう。きっと、あの化物のことを言っているのだろう。

 

 

 

SX…

 

 

 

 

 

「なんで、その話を…?」

 

「Zを引き取った時に聞いたんだよ。何でも、そのクルマを庇って大事故起こしたんだとか…何のクルマかまではわからないんだけど、おにーさん何か知ってる?」

 

「…知って、どうするつもりだい?」

 

「…知ってるんだね?」

 

「……」

 

教えられない。教えられるわけがない。なんでかはわからない。だけど、あのZとSXは、もう二度と、会わせてはいけない気がする。

 

会せたら、また同じことが起こる

そんな気がしてならなかった

 

 

でももし、もし偶然会ってしまったら?万一偶然会って、何も知らず、共に走ってしまったら?

 

そうなるくらいなら、いっそ存在だけ教えて、手を出さないように警告した方がいいんじゃないか?

 

「…おにーさん?」

 

「…ああ、そうだな…聞いたことはあるよ…」

 

「!…じゃあ……」

 

「ああ、そのクルマは……」

 

 

 

ポロンッと、あの楽器の音が静かに響いた。それと共に、あのチューリップハットの彼女が、彼の名を呼んだ

 

「ナツ、いい加減君は、ご飯を作るべきだと思わないかな?」

 

「ちょっと待ってよミカ。今…」

 

「ナツ?」

 

「…ああ、わかったよ、ごめんおにーさん、もうちょっとだけ待っててよ、ご飯ご馳走するから」

 

「あ、ああ…わかった」

 

そう言って彼は、クーラーボックスをもって焚火の方へ足を運んだ。アキさんとミッコさんも相当待ったのだろう。彼を怒っているのがここからでも見えた。

 

「…ねえ、旅人さん」

 

チューリップハットの彼女…ミカさんが、再び口を開く、旅人さんとは、恐らく俺のことだろう。

 

「なんだい?」

 

「ナツを…彼を無意味なことに巻き込まないでくれないかな?」

 

「……」

 

そう言った彼女は、静かな、しかし確かな敵意をもった目で、俺を見つめる。

勘のいい子だ…恐らく、理屈か直感か、彼女はわかったのだろう。彼のやろうとしたことを…

……そしてそれが、どんな結果を招くことになるかを……

 

 

「…大丈夫、そのつもりだよ……」

 

俺がそう言うと、彼女は何も言わず、ただ黙って、再び楽器を弾き始めた。

 

どこか、哀しい曲だった

 

結局、俺は宿に帰ってやらなきゃいけないことがあると言ってなんとか誤魔化し、ナツ君に名刺だけ渡して、その場を後にした

 

 

 

 

 

 

 

そうさ…もう繰り返させはしない……

…もう二度と、Zを殺させやしない……

 

 

 

…雨水君、やっぱりだめだ……

 

SXは、在っちゃいけない

 

今はまだ、準備が要る…

 

だが、次会った時は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

潰す

 

その最高速の中で

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ナツ

本名不詳。男性。中学時代ミッコとクルマ好き同士ということで仲良くなり、高校になってミッコに誘われる形で戦車道の見習い整備士になり、その関係でアキ、ミカとも仲良くなり、現在に至る。釣りが趣味、学園艦から海で釣りをするための裏技を知っているらしい。ミカが突っ込み役になるくらい掴みどころのない性格をしている。


ちなみにミカさんが劇中弾いた曲は、サブタイトルと同じ名前の曲です。いろんなバージョンがありますが基本同じ曲なので、興味があったらググってみてください。

次回からまた大洗に戻ります。継続編難しいけど書いてて面白かったなあ…また近いうち書いてみたいと思います。


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21 21st Century Schizoid Man

一か月近く開いてしまい申し訳ないです
今回からチューニングに入っていき(たいなと思い)ます




- AM2:00 艦上高速・西口PAのカフェ side:雨水 -

 

「ふー…今日も遅くなっちゃったな…何か食べるかい?雨水君。俺カレー頼むけど…」

 

「あ、俺もカレーで」

 

「OK…あ、すいません。カレーライス2つ」

 

現在、俺は学園長と共に艦上高速の西口PAのカフェにいる。最近は1人で艦上を走ることの方が多くなったけど、そんな今でも学園長は、暇を見つけては俺に付き合ってくれているのだ。そういう時は大体、SXのセッティングを出すのを手伝ってもらっている。

今日もその一環だ

 

「はあー水が上手い…で、どうだった雨水君?今回は?」

 

「ああ、今回はなかなかいいところまでいったと思いますよ。前より安定性はなくなったけど、その分レスポンスが良くなって、高速域でもちゃんと左右にロールするようになったんです…かなりいいですね」

 

「…と、言う割には、あまり納得してないように見えるけど……」

 

 

 

「……」

 

この人は結構鋭い、役職柄そうなんだろうか?

その通りだ。納得なんてしていない。それどころか、走れば走るほど、不安が募っていくばかりだった。

 

「…息が詰まるんですよ」

 

「ほう…と言うと?」

 

「合ってないんですよ、エンジンのタイミングというか、リズムが…まるでカムが、ピストンが、コンロッドが、全部違うテンポで回っているような、全部がかみ合ってないような…そんなこと、ないはずなのに…」

 

「…全体的にばらついてると?」

 

「いえ…ばらついてること自体は問題じゃないんですけれど、なんていえばいいのか…ノれないんですよ。なんか…」

 

「ノれない、か…ダンスの曲でも選ぶような言い回しだな。」

 

「そうですか?…いえ、すいません変なこと言って…忘れてください」

 

「いや、面白いよ。なるほど、ノれない、ね…そうだな、ただでさえ長い間放っておかれたままのエンジンなんだ。ここらで一回、大きな点検が必要かもな」

 

「オーバーホールってやつですか?」

 

「ああ、そういうことになるな」

 

オーバーホール…か…

確かにただでさえボロボロだったし、パーツとセッティングでごまかすのにも、そろそろ限界が来たとも思う。この辺で一回大きな点検をしたい

…でもオーバーホールとなると、一介の高校生にはどうしようもない領域だ。さすがにこれは自動車部でも…

 

(…いや、でもあの人たちならできそうで怖いな……)

 

まあ、どっちにしろ頼めるはずはないけれど

 

「…そうだな…いいタイミングだし、そろそろ次のステップに進むか…」

 

学園長が、何でもないような口ぶりで言った

 

「次のステップ、ですか…」

 

「ああ、もうセッティングだけってわけにもいかなくなってきたしね…そろそろ、本格的なチューニングが必要さ…」

 

そう言われると、今までセッティングや簡単な整備点検こそやってはいたけど、チューンと言えるようなことはしてなかった気がする。

理由は至極単純、技量がない。

 

「でも、どうするんですか?そこまでいくと、もう素人が下手に手を出すものじゃないでしょうに」

 

「もちろんだ。だから今回はプロに任せることにする…前にした、フェイクの方のワンエイティを造った時の話、覚えてるかい?」

 

「ええ、確か知り合いの職人さんにやってもらったって…もしかして、その人に?」

 

「まあ、そんなとこだよ…で、どうする?やるかい?」

 

「…もちろんやりますよ、その人が引き受けてくれるなら」

 

「…その心配はないさ。あいつは引き受ける。というよりかは、引き受けざるを得ないさ…」

 

「…?」

 

学園長の少し含みのあるような返答に若干の違和感を感じたけれど、特に気にしないことにした。

 

「それで、その人はどこに?学園艦内にいるんですか?」

 

「それが、ここからじゃ日帰りで行けない程度には遠いところでな…陸にいるんだよ。すぐに行くことは、ちょっと無理かな…」

 

「学校の方はさぼればいいすけど…問題はSXを運べないことですね…」

 

「学園長を目の前にサボタージュ宣言とはいい度胸だな、君も」

 

学園長は苦笑いしてそう言った。そういえば、学園長って学園長だったな。普段が普段だからすっかり忘れてた。

学園長はため息をついてから、言葉をつづける

 

「…そんな心配しなくても大丈夫だよ。言ったろ?いいタイミングだって」

 

「いまいち要領を得ないんですけれど、それ…」

 

「うーん…そうだな、明日になればわかるんじゃないか?」

 

「明日?」

 

どういうことだ?結局場所も費用もわからないし…妙にもったいつけるときあるんだよなこの人…

 

「なーに、悪いようにはなんないから、大丈夫だって…おとなしく、明日を楽しみにしてな」

 

「はあ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

- 翌日 PM4:00 自動車部 -

 

 

 

「そうだ峠行こう」

 

「は?」

 

次の日の午後、放課後となりいつものように自動車部に行くと、中嶋先輩が唐突にそんなことを言い出した。まるで意味が分からんぞ

 

「…つまりどういうことです」

 

「ああうん、それなんだけどね」

 

俺のその疑問に答えたのは、寺田先輩だった

 

「そろそろ夏休みが始まるでしょ?」

 

「…あー、そういえばもうそんな時期ですね」

 

「うん、それでうちの部活は毎年この時期を利用して、何日間か強化合宿に行くことになっているんだよ。陸の峠に行ってね」

 

「ああ、それで…」

 

「合宿かあ…楽しかったなアレ…確か去年は日光のいろは坂だったよね、星野?」

 

話を聞いていたであろう鈴木先輩が、星野先輩に話を振る

 

「ああ、そうだよ。でもムズかったなあ…あのヘアピンの多さと来たら…」

 

「ま、R自体が峠むきじゃないし、仕方ないっしょ」

 

そうか、さっき中嶋先輩が言ってた峠ってのはそういうことか

 

「でも寺田先輩、いろは坂って一般車道でしょ?大丈夫なんですか?一般車両とか…あと、警察とか…」

 

艦上で暴走してる俺が言える台詞じゃないけど…

 

「そりゃもちろん、対策はしてるよ。深夜に走って、走んない人がスタートとゴール見張ってね。それで大体大丈夫だよ」

 

「へー…」

 

「ねえねえ、それで今年はどこ行くの?」

 

土屋が、高いテンションで中嶋先輩に問い詰めている

 

「榛名山?それとも赤城山?あ、でも氷室峠もいいよね!それともまたいろは坂かな?」

 

いや本当テンションたけえな。ドリフト・ジャンキーかこいつ

 

「まあまあ、落ち着きなよ土屋。今回の行先は学園艦の巡航の関係でちょっと特別でさ、南の方に行くんだよ」

 

「と言うと?」

 

星野先輩がそう聞くと、中嶋先輩はどこからかパンフレットを出し、こう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「熊本。俵山峠だ!」

 

 

 

 

 

 

 

- …同時刻 ある大学 side:九十九 -

 

「♪~」

 

…珍しいな。この時間に電話が来るなんて

画面に表示された見慣れない番号に訝しんだが、とりあえず電話に出てみた

 

「…はい、もしもし」

 

『よう、九十九。今大丈夫か?』

 

「…織戸さん。俺あなたに番号教えましたっけ?」

 

『いや?こっちで調べただけだよ』

 

どうやって?と聞こうと思ったがやめておいた。この人のことだから、あまり褒められた手段は使っていないだろうし

 

「それよりも、何ですか一体?一応仕事中なんですが…」

 

そろそろお嬢様が来る時間だ。あまりこういう電話をしているところは見られたくない

 

『まあそう言うなよ。短めに済ますからさ』

 

「…それで、用件は?」

 

『ああ、お前のカレラだけどな。あれしばらく俺に預けろ』

 

何を言い出すのかと身構えていたら、思っていた以上に突拍子もないことを言ってきた。

 

「何を企んでいるんですか?」

 

呆れた口調でそう言うと、彼は電話越しからも伝わるくらい楽しそうに話し始める

 

『ちょっとな…熊本に、ある男に会いに行くんだ』

 

そこまで言われてピンと来た。

 

「あの人に、俺のカレラを?」

 

『察しが良いな、ご名答だ』

 

尚も上機嫌に彼はつづける

 

『前にお前と走った時…いい走りだったが、随分強引な走らせ方だったじゃないか?』

 

「そんなもんでしょう?991って?」

 

『それはどうかな?コンロッドのフリクションひとつで、大化けするかもしれないぜ?』

 

「でしょうか?」

 

『でしょうだ』

 

いつも以上に強気な口調で彼はそう答えた。ああ、これは断ろうとしても無駄だな。とここまでで察することになった

 

「はあ…それで、いつ取りに来るんです?」

 

『お?いやに聞き分けが良いな?もうちょい渋ると思ってたが…』

 

「結果が変わらないことに、労力を費やす趣味はありませんよ」

 

『クールだな、相変わらず…安心しろ、もうとっくにこっちで預かってるよ』

 

「……」

 

ほら見たことか。最初っから俺に拒否権はなかったわけだ

ため息をついていると、電話越しに憎たらしい笑い声が聞こえた

 

『ハハ、まあいいだろ?どっちみち今のままじゃ、あの死神を撃墜すことなんかできねえぞ。特にこれからは…』

 

あの死神…SXのことを言ってるのだろう。いやそれより待て、今この人はなんて言った?

 

「…もしかして、彼も?」

 

『ああ、そうだ。化けるぜきっと…』

 

…そうか、SXも…

…もう、泥沼だな…

 

なあ?雨水君?

 

「…織戸さん、お願いします」

 

『ああ、期待して待ってな』

 

「ええ…それと、織戸さん…」

 

『ん?』

 

 

 

 

「SXに…彼に、相当入れ込んでるみたいですね…」

 

『…言いたいことはそれだけか?』

 

「ええ、それじゃあ、お願いします」

 

『…ああ、またな』

 

それが最後となり、電話は切れた

 

「…入れ込んでるのは、俺もかな……」

 

 

 

楽しみだよ、雨水君(SX)、君と走る日が

楽しみだよ、SX(雨水君)、お前を潰す時が

 

 

 

「…イツキ?」

 

後ろから幼い声で名前を呼ばれて、振り返ってみる。そこにはジャケット姿のお嬢様が立っていた。

 

「ああ、すいません、お出迎えもせず」

 

「いいよ、別に…それより、さっきの電話、誰から?」

 

「…友達ですよ、昔の」

 

「ふーん…」

 

彼女は一応は頷いてくれたが、どこか怪しいと思ったのか、訝しんだような目で俺の方を見てくる

バツが悪いので、どうにかごまかそうと、彼女を後部座席に迎えながら、適当な話題を振った

 

「そういえば、代理の人達はどうでした。俺みたいに粗野じゃないでしょう?」

 

「んーん…イツキが一番良い」

 

「それはどうも」

 

「だって気を遣わなくていいし、たまにグッズ買ってくれるし」

 

「……」

 

 

 

 

…本当かわいくない子供だな……

 

 

 

 

 

 

-…深夜 side:織戸(学園長) -

 

「…入れ込んでる、か……」

 

そうだな、九十九、お前の言う通りだ。

俺はもっと見たいんだ。走るアイツを

乗り手を殺してまで、自分の命を削ってまで、尚も走ろうとするアイツを

あの死神(SX)を受け入れて、破滅に向かうあの子の結末を

 

俺は最後まで見てみたいんだ

 

クク、と思わず笑いがこぼれた

 

そうさ…お前のカレラだって…お前だって、俺にとっちゃその材料なのさ…

死神を速くするには、飛び切りのスパイスだ

 

「いいね…最高だ…」

 

材料は揃えた。あと必要なのは調理する奴だけだ

 

「…元はと言えば、お前のまいた種だ…責任とって、最後まで育ててくれや…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ?常夫……」

 

 

 

 

 

 

 

 




「何とあのSXを作り上げたのは常夫さんだったんだよ!!」

「ナッナンダッテー」

それはそうと俵山峠って走り屋さん的にはどのくらいの難易度なんでしょうか?
ググってみたらきれいな場所だなーと思いました(小並感)


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22 Journey to reedham

……今回はクルマの描写は全くと言っていいほどにNOTHING……
……そうさ…作者は定期的にギャグ回をぶち込まないと死ぬ病気なのさ……


- AM10:00 熊本 side:雨水 -

 

 

-

 

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…南阿蘇…

火山活動で出来たいわゆるカルデラ地帯であり、またそれだけに温泉がたくさんあります。特に当館の温泉は量も多く、種類もたくさんあります。お客様は実際満足するでしょう。

 

この場所は観光名所としても有名で、豊かな自然と様々な伝統芸能や料理、数々のイベントがあり、それらはきっと皆さまを飽きさせることはないでしょう。そして何よりここで素晴らしいのはドライブです。南阿蘇はドライブスポットとしても大変魅力的な場所で、車から見える雄大な景色は、ドライバーを癒すことでしょう。

 

当館ではそれらを全て十分に満喫できるよう最大限のサービスと努力を行っています。例えば、当館では自分の車でドライブしたいというお客様のために、格安で輸送サービスを行っています。

 

あなたは悩んだ末に、当館が一番だということに気づくでしょう。

スタッフ一同心よりお待ちしております。

 

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-

 

 

 

 

 

 

(ローカライズ版みたいな日本語だな)

 

電車の中で宿のパンフレットを読んだ時、真っ先にそう感じた。他に突っ込むべきところもあるんだろうけど考えないことにした。だってめんどくさい

 

「どしたのさ雨水?そんな何とも言えない顔しちゃって?」

 

「うん…いや、うん……」

 

「?」

 

「いや何でもない…土屋は随分はしゃいでるな」

 

「だって峠だよ!TO☆U☆GE!!学園艦に住んでたらこんなこと滅多にないからね!!本当最高で…うん、すごいし最高だし…ほらヤバイし、最高だよ!」

 

「よーしわかった。落ち着こう」

 

そう言って俺は興奮している土屋を向かいの椅子に座らせた。なんで2人揃って突然言葉のレパートリー減ってんの?電車の揺れで酔ったの?

 

「ほえー、確かに怪しい場所だねー」

 

隣で中嶋先輩たちとトランプをやってた鈴木先輩が頭をこっちに寄せて俺の持ってるパンフレットを覗いてきた。色々近いし当たってるし柔かい。

 

「でもよくこんなとこ見つけたよねー。調べるの大変だったっしょ、中嶋?」

 

「んー?そこ見つけたの私じゃないよ?」

 

「え?そうなの?あんなに自信満々にパンフ見せびらかしてきたから、てっきりあんたが調べたもんだと…お、ファイブカード」

 

「ゲェ!?その一手待った!」

 

「そりゃなしっしょ星野ぉ!」

 

「待たないしありだよ。じゃ約束通りハーケンダッツね。チョコブラウニーで」

 

「うう…ゴメンね雨水…余計な出費させちゃって…私マカデミアナッツ」

 

「次は絶対勝つから期待してて!あと私はレアチーズで」

 

「え?なんで俺が奢る流れになってんの?」

 

「ね、ねえみんな、いくら何でも雨水がかわいそうだよ…」

 

「土屋は何食べたい?」

 

「バニラ」

 

「えぇ……」

 

「ハハハ、災難だな、雨水」

 

「て、寺田先輩…」

 

「抹茶で」

 

「あなたとは趣味が合いそうですね畜生」

 

そんなこんなで、電車は目的地へと向かって行った

 

 

 

 

 

-…2時間後 南阿蘇 -

 

「はあ~疲れた」

 

「さすがに数時間座りっぱなしだとくたくたっしょ」

 

「ええ…消耗しましたね本当に……」

 

特に財布と精神が…な…

 

「ご、ゴメンって…まさかホントに払ってくれるとは思ってなくてさ」

 

「こ、今度なんか奢るから…ね?」

 

中嶋先輩も鈴木先輩も、さすがに悪いと思ってくれたのか、バツの悪そうな顔をして俺にそう言ってくる。結局俺はあの後5人分のアイスを大盤振る舞いするはめになった。おかげで俺の貯蓄はボドボドだ

 

「…ほら雨水、これ」

 

「え?…うわっ…とと」

 

星野先輩に呼ばれて振り向くと、何かを俺の方に飛ばしてきていた。慌てながら何とか受け取ると、掴んだ手の中には500円玉があった

 

「先輩、これ…」

 

「やっぱ返すよ、悪いし」

 

「でも、釣りが来ますよ?これ」

 

「細かいのないし、迷惑料込みってことで」

 

「だけど…」

 

「いいから。ほら、みんな行っちゃってるし、私も先行くよ」

 

「あ…」

 

そう言って、星野先輩はそそくさとみんなの方へ向かって行った

 

(…ある程度は、歩み寄れたんだろうか?)

 

彼女とはあの日あの時から、意識的にしろ無意識にしろ、お互い避けるようになっていた。正直、今みたいにまともに話したのも、だいぶ久しぶりかもしれない。まだ壁は感じるけれど

 

(そうさな…このままってわけにもいかないよな)

 

この合宿中に、この気まずさはなるべく何とかしよう。そう思いながら、手に持った500円玉を握りしめ、みんなの後を追った

 

 

--

 

 

そうこうしている内に俺たちは旅館に着いた。昔ながらの木造建築で、古き良きという言葉が似合いそうだった。

 

「へ~ここが…」

 

「何というか…独特の雰囲気だね…」

 

「思ったよりおっきいな…」

 

「そんなことより早く走ろうよはやく!もう車届いてるよ!」

 

各々が各々の感想を口に出す。いや一人だけ違うか。あのドリフトジャンキーはもう辛抱堪らんといった感じだ。

 

「落ち着きなって土屋、走るのは夜になってから。まずは部屋に荷物置かなきゃさ」

 

寺田先輩が旅館の入り口に入り、「すいませーん」と奥の方に呼びかけた。すると、ここの女将さんだろうか?着物を着た、目がぎょろっとした痩せこけたおばあさんが、ふらふらとした足取りで奥の方から出てきた。

 

「…コれハ、こレ、は。よウ、こそ、いラっシゃいマシた…」

 

無表情でおばあさんはそう、方言ともカタコトとも違う、いかんとも形容しがたいイントネーションを発しながら、床に三つ指をついてお辞儀した。

 

「え、ええと…予約してた者なんですけど…」

 

寺田先輩もそれに違和感を感じたのか、少したじろいでそう答える

 

「大洗の、方デ…」

 

「はい、そうです。今日から数日間、お世話になります」

 

「遠慮せずニ、ごゆっクり…お客様方以外ノ他には、泊まる方ハおりませんノで…」

 

そう言って、女将さんは寺田先輩に部屋のキーを渡し、その場から離れた。

 

「なんか、変わった人だね」

 

「幽霊だったりして」

 

「こら土屋、失礼」

 

中嶋先輩にたしなめられながらも、土屋は冗談めいてそんなことを言っていた。幽霊かどうかはさておき、確かに妙な感じだなとは思った。俺たち以外に客がいないっていうのも、夏休みにしては珍しい。

とは言っても、そんなこともあるんだな程度にしか感じていないのだけれども

 

「そういえば寺田先輩、今回の旅費のこと、俺たち何も聞いてないんですけど。結構立派な旅館だし、今回高くついたんじゃないですか?」

 

俺のその質問に、寺田先輩はたった一言

 

「1800円」

 

と答えた

 

「「…へ?」」

 

中嶋先輩と星野先輩の声が重なる。意外だったんだろうか?こっちは正直安く済んだなくらいにしか思わなかったけれど。星野先輩が恐る恐るといった感じで寺田先輩に

 

「…もしかして、今回の旅費全部で一人1800円ですか?」

 

と問う

 

「まさか、違うよ」

 

その答えに中嶋先輩はそりゃですよねと言う感じの顔をする。

 

「全部含んで全員で1800円だよ」

 

 

 

 

 

 

「「「…は?」」」

 

 

 

 

 

さっきの2人に加えて、今度は鈴木先輩も『何言ってんのこの人』みたいな顔をしている。ちなみに土屋はさっきから走りに思いを馳せているのか、いつもより2割り増しくらい緩んだ笑顔のまま上の空だった。目がヤバイ

え?ていうか、全部で1800円てことは…

 

「寺田先輩、それつまり一人当たり300円てことですか?」

 

「まあ、6人だからそうなるね」

 

「お、やったー」

 

「いや、やったーじゃないよ!?やったーじゃないよ!?」

 

俺が両手をあげて喜びを表現した途端、中嶋先輩が俺の肩を掴んでグワングワンと揺らしてきた。痛い痛い

 

「何なんすか先輩。安く済んだんだからいいじゃないすか」

 

「いや雨水、よく考えてみて!これで一人300円て、どう考えても安すぎるでしょ!?絶対何かあるよきっと!」

 

「そうなんすか?寺田先輩」

 

そう聞くと寺田先輩は露骨に目をそらし、それ以上は微動だにしなかった

 

「ほらぁー!見てよあの反応!知っちゃいけないこと知ってる人の所作だよあれぇ!」

 

さっきから中嶋先輩のテンションがすごい。こんな必死にこの人に迫られたの初めてかも。と言うより頼むからグワングワンすんのやめて欲しい。さっきから地味にダメージが直に骨にいっててきつい

 

「いや別にいいっすよ、それにあっても壁に人埋まってるくらいでしょ?」

 

「え?何その発想。怖いんだけど…」

 

「おかしいっしょ…」

 

中嶋先輩に続き、鈴木先輩までもが今の俺の発言にドン引きしていた。え、何?俺そんな変なこと言った?

 

「…たく、バカやってないで早く部屋行こうよ。雨水も、そんなことあるわけないだろ?ホラーやサスペンスの見すぎだよ」

 

「あれ?星野何か足震えてるよ?寒いの」

 

「は!?べ、別に全っ然ビビってないから!壁にひひ人だなんてそそんなのあるわけないし!?だだだ大体、日本の薄い壁で人が埋まってるなんて物理的にあり得ないってゆーか!?なぁ、土屋!?」

 

「う、うん…そうだね…」

 

「(現実に)お帰り土屋」

 

「?…ただいま?」

 

首を傾げながらも彼女は笑顔でそう答えた。何か今日は軒並みテンションが高い。まあ旅行だし無理もないか。

 

 

 

数分後、俺たちは泊まる場所である大部屋に着きました。ふすまを開けると部屋中にめっちゃお札が貼られていました。星野先輩が頑なに部屋に入りたがらなかったのが意外でしたまる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

- 同時刻 熊本 -

 

「…ん?鍵が開いてる?」

 

犬の散歩から帰ってきたら、カギをかけたはずのドアが開いていたのを確認して、異変に気づく。

変だな、今日はお母様は外出なさってるはずだし、みほは確かぬいぐるみのショー(ボコだったか)を見に行ったはずだし…

 

(菊代さん?いや、この時期はお休みを取ってたはずだけど…)

 

「泥棒…?まさかこんな昼間から…?」

 

どうしたものかと思い、試しに家のインターホンを鳴らしてみる。泥棒なら即座に反応があるはず…

待つこと数秒、家の奥からのそっと、よく見覚えのある人が出てきた。それを見て、私の不安は杞憂だと知り、少しほっとした。

 

「…お父様、お帰りになられてたのですね」

 

「ああ、まほもおかえり。はやかったね。戦車道は?」

 

「今日は戦車道はお休みです。ちょっと犬の散歩に行ってまして…と言うより、帰ってくるのなら連絡してください。急に来られたものだから驚きましたよ」

 

「ごめんごめん、急に連絡がきてね。こっちでやらなきゃいけないことができたんだ」

 

「お仕事ですか?」

 

「いや、プライベートさ。友達からの頼みでね…そういえば、家の奥にあるガレージ、使ってもいいかい?」

 

「奥の?ああ、奥の空きガレージのことですか?多分大丈夫でしょうけど、一応お母様に確認を取ってください」

 

「うん、わかったよ。ありがとう」

 

「ご友人の頼みとは、車か何かの整備なのですか?」

 

「そんなところだね。結構特殊なクルマでね。こういう言い方は何だけど、あんまり僕以外には弄ってほしくない代物なんだ」

 

お父様がそういうのを聞いて、少し驚いた。確かに昔から、自分が整備した物には人一倍愛着を持つ人ではあったが、「僕以外には弄ってほしくない」なんて言葉は初めて聞いた。この人にそこまで言わせるとは、きっと相当な車なのだろう。

 

「気に入っているのですね。その車を…」

 

「いや」

 

しかし、聞こえてきた言葉は予想とは全く真逆と言っていいものだった。お父様は、先程と全く変わらない笑顔で、全く変わらない口調でこう言い放った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌いだね。なくなってほしいくらいには」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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23 Nannou

UA5000突破!皆さまいつもありがとうございます。


- AM4:00 旅館内 side:鈴木 -

 

ふと東の空を見てみると、おぼろげに日が出ているのが見えた。淡い赤と青のコントラストがきれいだ。旅館についてしばらく後、夕ご飯を食べてからこの時間までずっと、私たちは俵山峠を走り続けた。いくら走るのが好きって言っても、さすがにもうへとへとだ。思いっきり背筋を伸ばしてまた力を抜くと、脱力感が一気に全身を走る

 

「っくあ~!走った走った!もーへとへとっしょ」

 

「えー?私はまだ走り足りないんだけどなー」

 

「ホンット土屋は元気だねぇ…で、星野、ライン取りまた上手くなったんじゃない?もう少しで私ともいい勝負できるかもね?」

 

「言うじゃんか中嶋…思いっきりアンダーで膨らんでたやつのセリフとは思えないよ」

 

「うぐ…痛いところを…」

 

「眠い…眠い……」

 

久しぶりの陸…それも峠ってこともあって、あんなに走ったっていうのにみんなまだそれなりに体力が残ってるみたいだ。一人死にそうなのがいるけど……

寺田先輩が手を叩いてから、これからの指示を出した。

 

「はい注目。みんな今日はお疲れさま。明日、いや今日か…次の練習までは各自自由行動で大丈夫、ゆっくりしてね。ただし練習までには必ず自分が乗るクルマを簡単でもメンテナンスしておくこと、じゃあおしまい!」

 

「「「「「お疲れ様でしたー」」」」」

 

簡単なミーティングも終わり、私たちは部屋へと戻ることにした。そういえば温泉ってまだやってるかな?汗だくだから寝る前に入りたいんだけども…

そう思っていると、中嶋も同じ気持ちだったんだろう。今にも寝そうな雨水にお風呂に入るよう言っていた。

 

「雨水ー?寝る前に温泉入りなよー?せっかく来たんだから」

 

「うぇー…布団直交じゃダメすか…?」

 

「ダーメ!入んないと明日体中べったべただよ?あ、それに歯磨かないつもりだったでしょ?ダメだよー、1日くらい大丈夫と思っててもそれが…」

 

「あーはいはい、わかりましたわかりましたよ」

 

 

「…何か、親子みたいだな……」

 

「思春期の息子とその母親って感じっしょ…」

 

雨水はあんなんだし、中嶋も中嶋で結構世話焼きたがるからなあ。自然とああなっちゃうのかもしれない。

 

「そういえばさ、星野は大丈夫なん?あのお札まみれの部屋でちゃんと寝れr」

「やめろ。やめろ…」

「ま、まあみんなおんなじ部屋で寝るし大丈夫…ね?」

 

それともうひとつ。この合宿で初めて分かったことだけど、星野は心霊の類が苦手らしい。はじめは部屋を見るや否や頑なに部屋に入ろうとしなかった。説得するのにめちゃくちゃ時間かかったっしょ……

ていうか何なのこの旅館?羽生蛇村系列か何かなの?

 

ちなみに部屋は大部屋で全員一緒。まあ、雨水の布団は少し離れた場所に置かれたけど

 

「い、いやだから別に怖いわけじゃないし?別に部屋に意味深なお札が貼ってあるとか天井に人の顔みたいなシミがあるとか掛け軸の絵の女の人が幽霊っぽいとか?全然気にしてないし?」

 

「星野…」

 

明らかに強がりを言う星野に、土屋は優しい顔で語りかけていた。

 

「大丈夫だよ星野…怖かったら一緒に寝てあげるから、ね?」

 

「いや、だから別に怖くなんか…おい、なんだその生暖かい目は。やめろ!怖くないって言ってるだろ!おい!」

 

「あ、ダメだ、死ぬ…」

 

「ちょ、雨水。こんなとこで倒れちゃダメだってば!てかもうちょっと体力つけようよ」

 

「かゆ…うま…」

 

「んもー!」

 

 

 

「賑やかだねえ…」

 

「ハハハ…てんやわんやっしょ…」

 

そんなことを寺田先輩と話しながら、私たちは足を運んでいった。床につくころには、誰もかれも泥のように眠った。

 

 

 

 

 

 

--

 

 

 

 

- …AM5:45 -

 

「…眠れない」

 

うかつだった…風呂上がりの牛乳が効いたっしょ…まさかこんな時間に起きるはめになるとは…とにかく早く…ん?

 

「雨水?」

 

「!?」

 

布団から起き上がってみると、抜き足差し足でそろそろと出口に向かう雨水が目に入った。

しかも昨日みたいな浴衣姿じゃなく、Tシャツにジーンズという、ラフではあるが外出用の恰好をしている。おまけにショルダーバッグだ。私が起きているのにだいぶ驚いてるみたい。雨水からは「ギクッ」て擬音が今にも聞こえてきそうだった。寝ている他のやつを起こさないように、小声で話し合う

 

「…どっか行くん?」

 

「す、鈴木先輩…ええ、せ…せっかくだしちょっと観光に…」

 

「こんな時間に、どこもまだやってないっしょ?」

 

「…あ、早朝のドライブに行ってきます」

 

「ちょっ雨水……行っちゃった……」

 

ていうか今「あ」って言ったな、絶対ドライブ云々は今思いついたな…

……怪しい、すんごく怪しいっしょ……

 

「…て今はそれどころじゃないっしょ!トイレ!」

 

なんとか臨界点が来る前に間に合い、私は難を逃れることができた。部屋に戻って二度寝しようとすると、まどろみの中、SRエンジンが遠ざかる音が、微かに聞こえた気がした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

- AM7:15 side:雨水 -

 

「あー危なかったー…」

 

まさかあそこで鈴木先輩に見つかるとは思わなんだ。言い訳が苦しすぎたけど、逃げ切れたんだ。俺にしては上出来な方だろう。一応「観光してきます」っていう書置きはおいてきたけど、効果はあるかどうか…

 

「しかしよく起きられたもんだよなあ…」

 

ばれないようにしなきゃいけないから目覚ましもかけることができない、自分の力だけで起きる必要があった。正直起きれる気が全くしなかったから、今こうしてしっかりと目を覚ましてられているのが不思議なくらいだった。

 

「…さて、そろそろのはずだけど……」

 

今いるのは、熊本のかなり郊外の方、俵山峠とはかなり離れている場所だ。

そういえば、なんでこんな時間に、この場所まで1人でワンエイティを走らせているのか説明していなかったと思うので、ここらで話したいと思う。

 

とある整備士さんに会いに向かっているのだ。学園長曰く、SXをつくり上げた張本人らしく、また曰く、彼はSXが大嫌いであり、曰く、しかし彼はSXのチューニングをやらざるを得ず、そして曰く、彼はチューニングは俺に会ってみてから…と言っていたらしい。

 

俺自身いまいち要領を得ないけど、とにかくチューニングをしてもらうためにその整備士さんに会う必要があるのだ。

 

そしてSXが彼の元に届くのが昨日の夕方ごろ、そして今日は1日自由行動。これほどいいタイミングはないだろう。

そして、例によってSXに関することは自動車部の面々には知ってほしくないのだ

 

と、おおざっぱにいえばこんな理由だ。

 

「にしても、ホントにこの辺なのか?」

 

見た感じ工場らしいところは見当たらないし…見えるのは民家ばかりだ。

もしかして場所間違えたか?そう思っていると、道の奥の方にとても大きな、古風な建物が見えた。

 

「…もしかしてあれか?」

 

一旦路肩にクルマを止め、学園長に渡されたメモを見直してみる。住所を改めて見直してからケータイで調べてみると、ドンピシャ。ケータイはあのでかい屋敷を示していた。どうやらここで間違いないらしい。

 

クルマを屋敷の壁まで移動し、少し端に寄せて、路駐した。見た感じ人気のない感じだし、少しくらいなら大丈夫だろう。

 

屋敷の正門まで歩き、門の前に立つ。門の隣に表札があり、そこには『西住』と書かれていた。もう一度、学園長メモ(今名付けた)を見てみる。

確か、整備士さんの名前が『西住 常夫』さんだから、やっぱりここってことか…

 

「オイオイオイ、こんなでかい屋敷なんてきいてないわ…」

 

こんなとこのインターホンいきなり鳴らして大丈夫なのか?いきなりヤーさんとか現れたら死ぬわ俺。炭酸抜きコーラ飲んどいたほうがいい?

 

「あ、あの……」

 

「ん?」

 

果てしなくどうでもいいことを考えていると、いつの間にか隣に少し怯えた表情女の子が立っていて、俺に話しかけてきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

…あれ?この感じ…どっかで……

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの…うちに何か御用でしょうか?」

 

「ああ、す、すいましぇん」

 

噛んだ…落ち着け俺……

さっきも言ったけどもう一度言おう。隣に女の子が立っていた。夏の日差しで、影が強くできているからか、心なしかどこか悲しそうな顔をしている気がした。

 

「ああいや、すいません。怪しいものじゃないんですよ…あの、西住常夫さんと言う方のお宅を探しているのですが、表札を見て此方かと思って……」

 

「お父さん?あ、はい、それならうちで合っていますけど……」

 

どうやらここで合っていたようだ。内心少しほっとした。そうか、この子は娘さんか…

 

「ああよかった。実はその方に会いに来たんですけど、今は御宅に?」

 

「いえ、今は出かけていて…あ、よければ、私の方から父に連絡してみますか?」

 

「それは是非、お願いします」

 

「わかりました。じゃあ、ちょっと待っててくださいね」

 

そう言ってその子はケータイを取り出し、連絡を始めた。

あーよかった。何とか問題なく事が進みそうだ。

 

「うん、うん…あ、そうだ、お名前はなんて言うんですか」

 

「雨水です。雨水永太」

 

「ありがとうございます…うん、そう、雨水永太さんって人で……うんわかった。はーい」

 

どうやら話はついたようだ。彼女はケータイをしまい、再び俺の方に顔を向けた。

 

「お待たせしました。もうすぐ帰って来るらしいので、少しだけ客間で待っててくれませんか?」

 

「あ、はい、わかりました」

 

そうして、その女の子に客間まで案内してもらい、俺はそこで待つことになった。

 

「それじゃあ、少しだけ待っていてもらえますか?」

 

「ええ、どうも」

 

そう言って彼女は案内を終え、客間から出て

 

「……」

 

「……」

 

…あれ?出ていかないな、どうかしたんだろうか?

 

「…えー…あの…」

 

「あ…すいません、今家にいるの私だけで…お客様ほおっておくのも…」

 

俺の顔で察したのか、彼女は少し困った顔で俺に答えた。

そうだったのか、少し悪いことしたかもしれない。でもちょっと意外だ、こんなにでかい屋敷ならお手伝いさんとかいると思っていたけれど…

 

「そういえば、お父さんにはどういった御用なんですか?」

 

「ああ、それは…」

 

 

 

 

 

「大したことじゃないよ、だろ?」

 

 

 

 

 

「!……」

 

声の方を見てみると、スーパーのレジ袋を持った男性が一人、俺の方を見て立っていた。

 

「あ、お父さん、お帰りなさい」

 

「ああ、ただいま、みほ。お客さんの対応ありがとう」

 

「あなたが…」

 

「ああ…」

 

 

 

 

 

 

「君かい?あのガラクタの今の持ち主っていうのは…」

 

 

 

 

 



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24 Brace yourself jason

もしかして話のテンポがSLOWLY何じゃないかと最近思ってきたのさ……

ご意見、批評、罵詈雑言、お待ちしております。


- AM8:00 熊本 side:みほ -

 

どうしよう

お父さんとお客さんを会せて、最初に頭に浮かんだのがこの言葉。

 

お父さんが開口一番にお客さん…たしか、雨水さんだったかな?その人ことを『ガラクタの持ち主』って言っていた。それが何を示すのか私にはよくはわからないけれど、褒めてはいないことはなんとなくわかる。普段そんなことは絶対に言わない人なのに…

 

雨水さんはそのガラクタ発言に怒ったのかもしれない。何も言わずにただじっとお父さんの方を見たまま動かない。

お父さんはお客さんに失礼なこと言うし、雨水さんはただじっと黙ってるし、何だか険悪な雰囲気だしで、頭が状況に追いつけない。

 

(ほ、ほんとにどうしよう…)

 

困ったなとそう考えていると、雨水さんが口を開いた。

 

「あなたの言うガラクタってのは、あのクルマのことで?」

 

「それ以外何かある?」

 

お父さんがそう聞くと、彼は少し嬉しそうな顔をした。ガラクタ云々の話をしていたみたいだから、事情をよく知らない私にもその顔は意外だった。

 

「もうこっちに届いてるんですね」

 

「…一つ聞きたい。どうしてあんなクルマにそこまでこだわるんだ?あんなガラクタ、どれだけ手を入れたってどうしようもない。どうしてそんな無意味なことを?」

 

「……」

 

ここまでの話を聞くと、この人がお父さんにしてもらおうとしていることは、きっとよくないことなんだろう。それこそあの優しいお父さんが、頑なに拒もうとしているくらいには…

 

 

「…ただ、ガラクタでも無意味でも、あのクルマのエンジンを組めるのは、あなただけなんだ」

 

「……」

 

「俺はただ、あのクルマで走りたいだけです」

 

その人は、静かに、だけどはっきりとそう言い放った。それを聞いたお父さんは、寂しそうな……

 

 

 

けれどどこか、優しい目をしていた

 

 

 

「…来て欲しい、まずはあのクルマの状態を見てもらうよ」

 

「やってくれるんですか?」

 

「織戸から話は通ってるんだろ?ならそんな問答は時間の無駄だ」

 

そう言ってお父さんと雨水さんは、お互いに立ち上がって、出口の方へと向かって行った。

 

「みほ。奥の方のガレージには今日は近づかないでほしい。まほにもそう言っといてもらえるかい?」

 

「え、あ、うん…わかった……」

 

そう言って二人は、部屋を後にした。

 

 

 

 

なんでだろう…私は『この人は絶対にそう答えるだろうな』っていうおぼろげな確信があった。この人とは、今日始めて会ったはずなのに…

さっきも、初めて会ったはずの、この人を玄関で見たとき…

 

 

 

 

 

 

 

ああ、やっと来たんだと、何故かそう思った

 

 

 

 

 

 

 

- side:雨水 -

 

「広いですね…」

 

ガレージに向かう途中、思わず考えたことを口に出した。玄関の時点ででかいなとは思っていたけど、正直ここまででかいと個人の家のレベルじゃない気がする。特に庭なんてグラウンドと言ってもいいくらいだ。

 

「ここってご家族だけで使っているんですか?」

 

「いや、お手伝いさんとかはいるんだけど、ちょっと今休暇をとっててね。この時期は他のことが忙しくて、道場もお休みさ」

 

「道場?」

 

「玄関の看板、見なかったのかい?」

 

そういえば、表札の他に何か書いてたような…

 

「ウチは戦車道の名家なんだよ。身内の僕が言うのもなんだけど」

 

「戦車道…てなんですか?」

 

俺の質問に、西住さんはガクッとうなだれた。

 

「そうか、知らないか……まあ、どっちかっていうとマイナーな方だし無理もないけどさ…」

 

「剣道や柔道みたいなもんですか?聞いた感じ、戦車でも使いそうですけど」

 

「戦車を使うのは、その通り。でもどちらかって言うと、茶道や華道のような乙女の嗜みに分類されるものだね」

 

「へえ…」

 

随分ミリタリーな武芸だな。炎の匂い染みついてむせなきゃいいけど……

と思ったのは黙っておこう。

 

「…さっきいた娘さんも、戦車道を?」

 

「みほのことかい?」

 

みほ…確かそんな名前だったか。

彼女を最初に見たとき、どこか不思議な感覚に襲われた。デジャヴのような、そうでないような…ただ、何だろう…

彼女を見たのは今日が初めてだ。それはきっと間違いない、けれども彼女を見たとき

 

 

 

どこか、懐かしいような、そんな気がした

 

 

 

「…言っとくけど、変な気は起こさないでくれよ?」

 

「はい?」

 

西住さんが唐突に変なことを言いだしたと思ったら、奥の方に大きめの建物が見えた。件のガレージだろうか

 

「さ、無駄話はおしまいだ。こっちの一番奥のガレージだよ。」

 

そう言ってガレージの横を歩いて、西住さんについていく。歩いている途中、どのガレージの中にも戦車が鎮座しているのが見えた。疑ってたわけではないけど、どうやら戦車道の名家と言うのは本当らしい。タイガーなりパンターなり、素人の俺でも知ってる名戦車が多くあった。

 

そうこうしているうちに一番奥のガレージに着いた。他のガレージと違って、シャッターが閉まっていてどこか閑散としている。普段は使っていないんだろうか?

 

「ここだ」

 

西住さんは短くそう言って、シャッターを上げる。ガレージの中には、太陽光が入りにくい故の暗闇と、その暗闇で、わずかな光を鈍く反射させる、灰色

 

「…SX……」

 

SXが、そこに在った。

 

「……」

 

こうやって改めて見れば、本当にただの車。どこにでもあるような、ちょっと古びたクルマだ。

 

なのにコイツには、どうしようもなく惹かれてしまう

 

そう言うクルマだ。コイツは

 

「特別なことはしない」

 

横にいる西住さんが、淡々と話しだす

 

「全バラして、全て洗浄し、的確なパーツに交換する。カムシャフトとコンロッド、コンロッドとピストン、パーツの噛み合いを全て見直し、余分なフリクションは全て消し、マウントの位置と閉め具合を最適化する。フルオーバーホールだ。」

 

ぞくりと、場の空気が震えた気がした。まだ始まってすらいないのに、もう火が入る瞬間が待ち遠しくて仕方なかった。

 

早く声が聴きたい

 

あの声をもう一度

 

 

 

例えそれが、俺を拒絶するものだとしても

 

 

 

「…一つだけ、頼みがある」

 

「頼み…?」

 

「死なないでほしい」

 

「……」

 

「もう嫌なんだ。このクルマのせいで、誰かが死ぬのを見るのは…」

 

「…約束できるものでも、ないでしょうに……」

 

「…その話をするために、俺をここへ?」

 

「ああ、どうしても直接会って、最後の意思確認をしたかったんだ。物わかりのいい子なら良かったんだけどね。どうにも、そうではなかったけど」

 

「それはどうも」

 

「半月で終わらせるよ」

 

「早いですね、もうちょいかかると思ってましたけど…」

 

「他の仕事も立て込んでてね…さ、先に客間に戻っててくれ、少しだけ整理しくから。すぐに戻るよ」

 

淡々と話を終え、俺は言われた通りに、客間に向かって歩き出した

 

 

 

 

「…ありがとう」

 

 

 

 

彼がそう、ぽつりと呟くのを聞いて、俺は彼の方を振り向かず、ただ少しだけ足を止めた

 

「誰もかれも、この子を憎んでいる。この子を知る人は、みんな例外なく、この子を拒絶した。僕も、この子のことはどうしても許すことができない」

 

「……」

 

「でも君は…君だけは、拒まなかった…この子が君を拒絶しても、それも全部ひっくるめて、君はこの子を全部受け入れた…」

 

「……」

 

 

 

 

「この子を好きでいてくれて、ありがとう」

 

 

 

 

俺は何も言わず、言うことができず、その場を後にした

 

 

(……ありがとうなんていわれる筋合いは、ないはずなんだけれども…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-…再び客間-

 

「…どうしたんですか?」

 

俺が客間に戻ると、何やら西住さんの娘さんがあたふたしていた。見たところ出掛ける準備をしているようだけれども

 

「あ、お客さん!ご、ごめんなさい!今ちょっと手が離せなくて…」

 

「何かあったんですか?」

 

「それが…」

 

彼女がそう言おうとしたその時、西住さんが客間に戻ってきた。

 

「ふーあのガレージ少し掃除しないとな…て、みほ?どうしたんだい、そんなに慌てて?」

 

「あ、お父さん…そうだ!ごめん、実は戦車道の特別演習が会ったんだけどその日取り間違えてて…今日のこの時間なの!お願い!送ってって!」

 

そう言って彼女は頭を下げながら一枚のプリントを西住さんに見せた

 

「この時間…てもうすぐじゃないか。…ご、ゴメン、送ってあげたいけど、僕の車、仕事場に置いてきちゃって…今ないんだ。ゴメン」

 

「そ、そんな…」

 

車ない発言を聞いた西住さんの娘さんは、まるで神は死んだと言ってるかのような顔をして、絶望していた。そんな自分の娘の様子に西住さんはあたふたしていた。娘さんのことになるとキャラ変わるなこの人…

と思っていると、西住さんは俺の方を見た。

 

「あ、そうだ雨水君!君クルマで来てるよね?」

 

「あっはい」

 

「これから帰るとこだよね?」

 

「は、はい…」

 

あ、このパターンは……

 

「申し訳ないんだけど、ちょっと娘をこの場所まで送ってってほしい」

 

「え?お父さん?」

 

突然のことに困惑する娘さんをよそに、ある程度そんな予感がしてた俺は…

 

 

 

 

「いいね?」

 

「アッハイ」

 

 

 

まあそれもいいかと、そう思いながら返事をした。

 

 

 

 

 




タイトルは作中の主人公に向けてのものなのか…それとも作者が適当に付けただけなのか…

…すいません…いっつも適当に付けてます…すいません……


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25 Bohemian rhapsody

5000UA突破&あとちょっとでお気に入り40突破…読み続けてくれているWarrior達に、最大限の『R』を…




- AM9:00 熊本の国道 side:雨水 -

 

「…」

 

「…」

 

「……」

 

「……」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 

「「……………………」」

 

 

 

 

…まいったな、まさかこんなことになるなんて…

娘さんは…ああ、そっちもすごい気まずそうね。いきなり知らない男と2人っきりになっちゃったらこうもなるよね……

 

 

 

…やっぱ断った方が良かったかねぇ?…

 

 

-

 

--

 

----

 

-…10分前 -

 

『…娘さんを戦車道の訓練場に、ですか』

 

『そう、この時間までにみほをここに送ってってくれ。遠いけど、車なら十分に間に合う距離だから』

 

『えーと…それは構いませんけど…』

 

『ね、ねえお父さん?いくら何でも、お客さんにそんな…』

 

『遅れると、母さんが怖い』

 

『お願いします雨水さん』

 

『はい』

 

----

 

--

 

-

 

 

と、俺は娘さんからの迫真のお辞儀をもってのお願いに屈し、今に至る。今ワンエイティは助手席に西住さんの娘さんを乗せて、訓練所と呼ばれる場所に急行している真っ最中だ。

別に送っていくこと自体は構わない、けれどこの気まずい雰囲気は実際どうしたもんなんだろう。

 

こういう場合どういう対応をすればいいのかわからない。かわいい女の子と2人きりになるなんて経験が…あ、いや、でも土屋とか先輩たちとかとはたまにそうなるか…でもあの場合は間にクルマのことが入るから対して参考になんないしなあ…

…どーしたもんかな…このまま目的地まで押し黙ってるしかないか……

 

「あ、あの…」

 

「はい?」

 

諦め半分にものを考えていると、隣の娘さんが話しかけてきてくれた。正直これには助かった。この人もあまり間が持たない人らしい

 

「その、本当にごめんなさい、いきなりこんなご迷惑かけて…お父さん、何だか今日は強引で……」

 

「ああ、いや大丈夫っすよ。どっちみち帰り道ですし」

 

申し訳ないように彼女がそういうので、俺は気にしないでもらうようにそう答えた。これ以上ここの空気が重くなっても困るし

 

「で、でも……」

 

けれどまだ良心の呵責があるのか、まだ少し納得いってないらしい

 

「じゃあ、お父さんへのお礼替わりってことにしといてください」

 

そう答えると、娘さんは思い出したかのように、そして若干戸惑いながら俺に聞いてきた

 

「そういえば、聞きたかったんですけど…お父さんにどんなことを頼んだんですか?」

 

「…ただのクルマの整備ですよ。この車とは違うのですけど」

 

「…車の整備ですか?でも、それにしてはお父さんの態度が、その……」

 

「……あー」

 

普段の父親との態度の違いから、俺が何を頼んだのか気になったんだろう。どうするか、まあろくでもないこと頼んでいるのは事実なんだ。黙ってるのが無難だろう

 

「いやまあ…依頼した車がボロボロだったから、もっと大事にしろって言いたかったんですよ、きっと」

 

「ガラクタって言ってたような気がするんですけど…」

 

「…あーっと…それより、いいんですかこのまま行って?あんまり気のりしてないみたいですけど」

 

「…!」

 

話題をそらすために、苦し紛れにさっきから気になっていたことを素直に口にした。何故かこの人、目的地の練習場に近づくごとに顔がどんよりとしてしてきてる。こういう表情は行きたくない場所に行かなきゃいけない時の表情だ。こういうのは結構わかる。小山にたたき起こされて学校に行く月曜の朝の俺も全く同じ顔してるから。

 

それを口にした途端、娘さんは怯えたような顔をしてそのまま俯いてしまった。その反応を見て自分の言ったことに後悔した。初対面の俺が聞くべくことじゃなかっただろうと

 

「別に…そんな……」

 

「……」

 

…どうしよう、すごい空気重くなった。どうして俺はこう会話が壊滅的に下手なんだろうか…

 

 

 

 

「気のりしてないん……でしょうか…」

 

俯いたまま、か細い声で彼女は言う

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだか私、わからなくなってきちゃったんです……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

- 同時刻 旅館 side:鈴木 -

 

「どこに行ったのさ、雨水ったら」

 

ちょっとだけ寝坊した午前、約1名を除いたみんなで遅めの朝ご飯を食べている時、中嶋はふくれっ面でそう言った。例えるんなら、おもちゃを取られて不機嫌な子供っていう感じ

 

「観光にでも行ったんじゃないの?アイツのワンエイティ、なかったし」

 

「いや、それはわかってるよ、書置きあったし。でもそういうことじゃなくてさ…」

 

隣にいる星野が言うと、中嶋はジト目で星野を見てそう言い返した。

 

ちなみ今どういう状況かって言うと、まず雨水がどっかいった。

確か、それがわかったのは8時半くらい。一番最初に起きた中嶋が、「観光に行ってきます 雨水」と書かれた書置きを見つけたことで判明した。

 

中嶋が、「この機会に、雨水に自動車知識をみっちり叩き込んでやるんだー」と昨日楽しそうに話していたのを考えると、あの不機嫌さMAXの顔の理由は大体察せる。

 

「鈴木は見たんだよね?雨水が出ていくとこ」

 

おっと、こっちにも火の粉が飛んできた。こんなことなら朝に雨水見たこと、黙っとくんだったなあ…

 

「あーうん…でも確かに観光に行くって感じのかっこではあったよ」

 

挙動は怪しさ全開だったけど

 

「でも5時か6時くらいのことでしょ?なんでそんな朝早くに…?」

 

「中嶋にめんどくさいこと言われる前に逃げようと思ったんじゃない?」

 

「土屋~何か言った~?」

 

土屋が冗談交じりにそう言うと、中嶋が唸り声を上げながら土屋のほっぺを引っ張る

 

「そんな生意気言うのはこの口か~?」

 

「いふぁいいふぁい!ふぉうはん!ふぉうはんやっへば!!」

 

「コラコラ、食事中に行儀悪いよ?」

 

寺田先輩の抑止も聞かず、中嶋は土屋のほっぺを引っ張る。土屋が何を言ってるのかよく聞き取れないけど、やめて欲しいのはまあ伝わる。しかし中嶋は面白くなってきたのか、土屋のほっぺたを引っ張ったり縮めたりしだして、それはそれは面白そうに弄っていた。

 

ひとしきり弄り倒して満足したのか、中嶋は土屋のほっぺを放した。

 

「ふう……よし!雨水を探しに行こう!」

 

と思ったら突然そんなことを言いだした。

 

「…あたしはパス。もう少し寝ていたい」

 

星野が、なんでかちょっとだけ気まずそうにする。ここ最近、なんでかは知らないけど、星野は雨水に関することなるとこんな感じだ。

 

「うーん、ゴメン私も…早めにクルマの点検済ませておきたいんだ」

 

「そうですか…土屋と鈴木は?」

 

寺田先輩にも拒否られて不安になったのか、中嶋は縋るように私たちの方を見て、聞いてきた。別に1人で行きゃいいのに…

 

「私は行こうかな、雨水がどこ行ったか気になるし…」

 

「私もいーよ。面白そうだし」

 

土屋と私の返答を聞いて、中嶋が嬉しそうに少しだけ笑った

 

「よし、じゃあご飯食べたらいこっか。せっかくだからソアラで行ってみよう」

 

「あれ、FCじゃなくていいの?」

 

「燃費が……」

 

「ああ……」

 

かくして、放浪する部活仲間を探す旅が始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

- 同時刻 side:みほ -

 

なんで見ず知らずの人に話す気になったのかは、わからない。もしかしたら、全く接点のない人だからこそ、話そうと思ったのかもしれない。

身の上話なんか、あんまり人に話すものじゃないとは思う。なのに私の口は堪えきれないように、言葉を発していった

 

「私の家って、ちょっと変わった家なんですよ。いわゆる、伝統芸能のなんとか流っていうので…」

 

「確か戦車道、で合ってます?」

 

「はい、そうです。それで、そんな感じの家柄だから、小さい頃から戦車道が身近なものだったんです。戦術とか、戦車の知識とか、そんなのばっかり教えられて…遊びに行くのにも、戦車に乗って行ったんですよ?」

 

「そりゃまた、パワフルな…」

 

「あはは…でも私も、その頃は戦車道もそんなに苦しいとは思わなかったんです。お母さんは厳しいけど優しいし、お父さんだって、それに…お姉ちゃん……だって……」

 

「…姉さんが、いるんですか……」

 

「…はい。勉強も運動も得意で、さっき言った戦車道なんて、誰よりも優秀で…みんなに尊敬されて…お母さんにも期待されて…それで……」

 

なんでだろう。どうして、お姉ちゃんの話をするだけで、こんなに苦しくなってくるんだろう…

 

「それで…誰かに疎まれたりしないで…七光りだなんてバカにされないで…誰にも…嫌われないで……」

 

どうして喋るたびに、口が震えてうまく言葉が発せなくなるんだろう

 

「だから…だから………」

 

どうして

 

 

 

 

 

「だからきっと、私の意味なんか、ないんだと思います…」

 

 

 

 

 

どうしてこんな風に、考えるようになったんだろう

 

 

「……」

 

 

その人は何もしゃべらない。ただ黙って、私の話を聞いてくれていた

 

 

 

「分からなくなっちゃったんです…どうすればいいのかが……そんなのはただの弱音だって、逃げちゃダメだってわかってるんです。それでも…」

 

「……」

 

「…あの、あなたなら、どうすればいいと、思いますか……?」

 

「…わかりませんよ、俺に聞かれても……」

 

「…ごめんなさい、変なこと聞いて……」

 

「いいえ…あ、あそこみたいですね。もう着きますよ」

 

前を見れば、練習場の看板が目に映った。荷物をもって、降りる準備をすると、車は看板の横に止まってくれた。

 

「じゃあ、ここで」

 

「は、はい。あの、送ってくださりありがとうございました。あと、ごめんなさい…変な話、聞かせて……」

 

「いいえ…それじゃあ」

 

「はい…」

 

そう言って、私は車から降りて、入り口に向かう。

…何で、あんなこと話したんだろう?あんなの、迷惑だって分かってるのに…

 

 

 

「西住さん」

 

 

 

「え、は、はい?」

 

呼ばれて振り返ると、その人は、私を見据えて、言った

 

「俺ならどうするって、言ってましたよね?」

 

「…はい…」

 

「多分、どうすればいいのかわからないまま、なんかしでかちゃうと思いますよ」

 

「…え?えーと…」

 

…何だろう、多分さっき聞いたことに答えてくれているんだろうけれど、いまいち意味が分からなかった。申し訳ないけど…

 

「あ、いやだから、あんまり深く考えない方がいいかもよって感じで…別に逃げたきゃ逃げりゃいいし、そんな力まないでいったほうが良い気が…するな…ちょ、ごめんなさい…自分でも何言いたいのかわからなくなってきた…えーと何だっけ…あーと…」

 

「…プ…フフッ」

 

何だろう、励ましてくれているのはわかる。わかるんだけれど、そして励ましてくれてるのにものすごく申し訳ないんだけど笑ってしまった。いや、だって何か、さっきの重い空気との落差で余計に…

 

「フフ…フフフフ…」

 

「……」

 

「フフ…あ!ご、ごめんなさい…」

 

気付くと、その人はきょとんとした顔で私の方を見ていた。何だか、今日は御免なさいばかり言ってる気がする…

 

「ああ、いえ…それよりその、時間は大丈夫なんですか?」

 

「あ…!い、急がなきゃ!雨水さん、本当にありがとうございました!」

 

「ええ、それじゃ、さよなら」

 

「はい…また…」

 

最後にそう言って、私たちは別れた。

 

そうかもしれない、あれこれ深く考えても仕方ない。必要以上に自分を追い込む必要もない。まずは力まずに、目の前にあるものを見てみよう。

 

 

 

たまになら、そんなふうでもいいかもしれないな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

- …2時間後 AM11:00 街のファミレス side:雨水 -

 

なんで俺はあーいう時くらいかっこつけられないのか

 

「ハア…」

 

ジュースをすすりながらそんなことを考える。しかしまあ、見た感じ娘さんも元気にはなってたみたいだし良かった…のかね?

悩みを話されたときは正直どうしようかと思ったが、何とかはなったらしい

 

(しかし、不思議な雰囲気の娘だったな…)

 

何というか、底のしれないような何かがあるような感じで、それが少し怖いけれど、どこかどうしようもなく惹きつけられるようで…

 

 

 

…そう、初めてアイツを見たときみたいな、そんな感じだった

 

 

 

「しかも抜群にカワイイ娘ときたもんだ。アドレスくらい交換しときゃよかったかな…」

 

「へぇ~そんなにカワイイ女の子だったんだ~」

 

「ええもう、美少女っていうのはああいう娘のことを言うんだ…な…と……」

 

「……」

 

 

…振り返るとそこには、中嶋先輩がいた。

 

 

「な、中嶋先輩…」

 

「ふーんそっかー、どこ行ったのかなと思ったら女の子ナンパしに行ってたのかーへーそっかー」

 

ヤバイ、顔はニコニコしてるのに目が笑ってない。ヤバイ、何がヤバイってマジヤバイ

 

「雨水…」

 

「アハハー、ご愁傷さまっしょ」

 

そして後ろには何故かむくれ面の土屋と、めちゃくちゃ面白がってそうな鈴木先輩もいた。

 

 

 

「さ、詳しく聞こうか?」

 

「…ハイ」

 

 

 

 

…俺の場合は、もうちょっと考えて行動した方がいいかもしれないと、中嶋先輩の顔を見ながら、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 



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26 La Lune

久しぶりに投稿です。待っててくれた方すいません……


- AM00:00 露天風呂 side:雨水 -

 

 オーバーホールの依頼に行ったり、人生相談されたり、何故か尋問されたりで色々あったその夜。旅館で晩飯を食べ終えた俺は、露天風呂に浸かっていた。確か、明日の夜頃には学園艦に帰る予定だったか。何だかいろんなことがあって、月並みに言えば、あっという間だった気がする。

 

「…いい景色じゃん……」

 

 ふと空を見上げると、満月が空に上がっているのが見えた。それに隠れて他の星なんて見えやしない。

 光が風呂の水面にまで反射して、夜中だってのに少しまぶしいくらいだ。月の光に中てられすぎると気が違うらしいけど、こんな調子ならあながち間違いでもないかもしれない、なんて思ってしまう。

 

(…まあ、まだ気が違ってない、なんていい切れもしないけど…)

 

 やや自嘲気味にそう思う。初めてSXを見かけたときから、俺の中の何かは、確実に変わっていった。それとも、隠れていたそもそもの本性が、アイツのせいで引っ張り出されたのか…

 わからないし、どちらでもいいけど、とにかく俺はアイツに固執するようになった。改めて考えると、いや考えずとも初めから、どうしてここまで執着しているのかわからないままだった。

 

 

 意味がないと言われた。すべて失うと諭された。愚かだとわかっている。なのに、どうしようもなく惹かれてしまう。どこまでも執着して

 

 理由なんかない。きっとこれからも走り続けるんだろう。少なくとも、アイツが走る限りは

 

 ……けれど

 けれどもし、アイツが走らなくなったら、その時はどうなるのだろう……

 俺が終わるよりも先に、アイツの方が終わってしまったら、俺はどうするんだろう……

 

 

 

 その時、俺は……

 

 

 俺が在っていい場所は

 

 

 

 

 

 

 

『いらないよ、お前』

 

 

 

 

 

 

「ッゲホ、ウ……」

 

 昔、誰かに、誰もに言われ続けたその台詞。それが鮮明に頭の中で響いてくる。それを忘れようと、お湯で顔を洗った。その拍子にお湯が口に入ってむせてしまった。なぜこんな言葉をこんなに気にしてるのか、自分でもわからない。言われ慣れてるし、似たようなことも散々あったはずなのに

 

「ん……?雨水?」

 

そうしていると、隣の女湯のほうから、塀越しに声が聞こえて気た。星野先輩の声だった。

 

「星野先輩?あれ?他の人達は…」

 

「中嶋たちは先に入ったよ。私たちが遅いの」

 

「あー……そっすか……」

 

「……うん……」

 

「……」

 

 ……まだどうにも、この人とはお互い気まずいままだ。どうにかして、あの日の夜のこと、彼女を巻き込もうとしたこと、謝らなくっちゃいけないのに。これがその絶好の機会かもしれないのに、上手く口が動こうとしてくれない

 

「……雨水」

 

そうしていると、彼女の方から言葉を紡いだ

 

「あの夜のこと、なんだけどさ……」

 

 とても言いにくそうに発したその言葉。この人もまた、一緒に走ったあの日のことが気になっていたらしい。

 

「……悪かった。逃げるみたいに帰っちゃって。それだけじゃない。その後も、アンタのこと避けて、ろくにハナシもしなかった」

 

「……いえ、こっちこそ、巻き込んですいません」

 

 どうにもそんな言葉しか出せなかった。彼女からあの夜のことを話してくるなんて思わなかったから、どう対応すればいいのかわからない。

 

「……結局、あの後も走ったの?」

 

「ええ、まあ……」

 

「そっか……随分好きなんだね。あのワンエイティが」

 

「どうなんでしょうね」

 

「雨水」

 

 少しだけ強いトーンで、星野先輩は俺の名前を呼んだ。

 

「……なんで、そこまでできるの?」

 

 けれど、そこから先の言葉は、とても弱々しく感じた。普段の彼女からは、想像できないくらいに。

 

「……あの後、あの日から、アンタのことが怖いんだ」

 

 言いづらそうに、けれどはっきりと言葉をつづける

 

「あんな世界を見て、あんな恐ろしいところに身を置いて、平然としてられるアンタが怖くて仕方ないんだ」

 

「……」

 

「でも、怖いのに、それが羨ましい自分がいる。それが何より怖い……あんなふうに、全部受け入れて走れるアンタを見て、アンタがすごく遠くにいる気がして、なんだか、それがすごく嫌だった……笑えるだろ?」

 

 自嘲気味に彼女はそう言った。知らなかった、星野先輩がそんな風に思っていただなんて……

 

「……俺はそんな大層な人間じゃないですよ」

 

「だろうさ。でもそれでも、アンタを見るたびに、あたしが否定されてるような気がして、怖いんだ……」

 

「そんなことは……」

 

「そうだよ。怖いから否定される前に否定したんだ。酷いもんだ」

 

 酷いものか。先のない快楽に溺れる前に、その快楽を断ち切った。彼女は正しいことをしただけだ。

 

「羨ましかったんだ。アンタが……私には無理だ。自分の弱い部分から、どうしても目を背けちゃうんだよ」

 

「……俺だって、自分の弱いところは見たくありませんよ。でも弱いところしかなかったから、背けようがなかったってだけです」

 

「そんな風に、私は今の自分を受け入れることができないんだよ……」

 

「……」

 

 きっと不安だったのだろう。艦上で走ったあの日から、自分が否定された気がしたのだろう。でも大丈夫。あなたを否定しないで、受け入れてくれる居場所がある。それをあなたはちゃんと持っている。

 ……俺はただ、否定されてなお、縋っているだけだ……

 

「……それとも」

 

 小さく、けれどはっきり聞こえる声で、彼女は言った。

 

 

 

 

「雨水が私のこと、全部受け入れてくれる?」

 

 

 

 

「……え?」

 

 それはどういう意味なのだろう? そう聞いた方がいいのだろうが、俺は茫然として、そのまま何も話すことができなかった。

 

「……なんてね。そろそろ時間じゃないの? 今日、鈴木と組んで走るんだろ」

 

「あ、ええ……そうですね。先にあがらせてもらいます」

 

 結局俺は何も聞けずに、風呂から上がることにした。

 ……なぜ彼女が、わざわざ俺にそんなことを聞いてきたのか、わからないままだ。あの人は俺なんかに、そんなことを求める人じゃないはずだけれど

 

「雨水」

 

「あ、はい……?」

 

 あがろうとすると、星野先輩に呼び止められた。柵越しに聞こえる声はどこか上擦っている

 

「……まあその、あれだ……」

 

「……?」

 

「今度艦上行くときは、私に言って」

 

「え? でも……」

 

「もちろん、つるんで走ったりしないよ。でも……ほら、知らない場所で勝手に死なれても嫌だし、監視役はいたほうが良いでしょ」

 

「いや待てくださいよ、それは……」

 

「いいから。ほら、話は終わり。はやく行け。私もすぐ行くから」

 

 どこか誤魔化すような早口で、星野先輩は俺にそう言った。

 

「あ、はい……じゃあ」

 

 そのまま俺は風呂を出て、急いで着替えをした。

 ……もしかしてあの人も、なんだかんだ、俺のこと気にかけてくれてたんだろうか? 柄にもなくそんなことを考えてしまっていた。

 

 

 

 

--十分後

 

 

 

 部屋にある荷物を取って、集合場所である駐車場に向かった。浴衣ではなく、運転に適したラフな格好をして、外に出る。携帯の時計を見るに、何とか間に合ったようだ。

 

「おっす! ぎりぎりだったね」

 

 駐車場に行くと、鈴木先輩が待っているのが見えた。そばには、彼女が乗るクルマである、赤いs2000が佇んでいる。

 

「すいません、待たせて」

 

「大丈夫、時間通りだよ。中嶋たちは先に配置に着いたよ、星野ももうちょっとしたら来るって」

 

 ああ、なるほど。鈴木先輩しかいないのはそういうことか。

 

「ま、もう少しかかるらしいから、少し待ってよ」

 

「そっすね」

 

 そう言えば、何気にこの人と2人きりってのは初めてかもしれない。この人のクルマをここまで近くで見たのも、多分今までなかった。

 

「……ふーん」

 

「な、なんすか……」

 

 何かニヤニヤしたご様子で、鈴木先輩は俺を見てくる。顔に何かついてるんだろうか?

 

「いや、今日会った女の子のことでも考えてんのかなーと思って」

 

「勘弁してくださいよ、もう……」

 

 みほさんを送って、中嶋先輩たちに会ったあの後、何故か凄く糾弾された。確かに勝手に出てったことは悪いけれど、中嶋先輩と土屋があそこまで機嫌が悪いのかよくわからなかった。

 

「あはは、まあ中嶋たちが怒るのもしょーがないよ。罪な男だねー君も」

 

「いまいち、言ってることがよくわからないんすけど……」

 

「まーまー……でも、実際なにしに言ってたの、あんな朝早くに?」

 

「……観光ですって」

 

「だからどこも開いてませんって」

 

「……」

 

 やっぱりあの言い訳は無理があったか……どうしよう、他にいい感じの理由も思いつかないしな……

 

 

 

「……私たちには言えないこと?」

 

 

 

「……」

 

「……事情はよくわかんないけど、雨水のこと見てればなんとなくわかるよ。だって、私たちと話してるときの雨水、たまに壁感じるもの。今朝もそうだった」

 

「……そうすかね?」

 

「そうすよ。多分、最近星野とギクシャクしてるのも、それが原因でしょ?」

 

 ……勘が鋭いというか。よく見ているというか。自動車部(うち)の先輩方はエスパーか何かなのだろうか?

 

「……ま、話す気がないなら、今はいいけどさ……もう少し、私たちのこと信じてくれてもいいんじゃない?」

 

「別に、信じてないわけじゃないですよ……」

 

 信じる信じないの話じゃない。ただ単に、こんなことに巻き込みたくないだけだ。……星野先輩も、ああは言ってくれたけど、できればやってほしくない。俺の身勝手に、彼女が付き合う義理などどこにもないのだから。

 

「むー……生意気」

 

「ちょ、いだだだだ」

 

 鈴木先輩にいきなりほっぺたをつねられた。いまいちこの人がやることは予測がつかない。

 

「今じゃないけど、いつかちゃんと話してもらうからね? ……ほら、そろそろ私たちも準備しよう。最後の点検、手伝って」

 

「あ、はい」

 

 いつか、か……この人にも、他の人達にも、いつか話さなければいけない時があるんだろう。その時は、きっとちゃんと話すほかないだろう。

 

 

 

 

 

 

 ……俺が、終わってなければ……

 

 

 

 

 

 

 

 

--同時刻、西住邸

 

 

 

 

 ……雨水君、あの子はきっと、最後まで走る。それがどんなことを意味するだろうと

 ……SX……彼なら大丈夫だ。彼ならきっと、お前を最後まで連れてってくれる。

 

 だから……彼を……

 

 

 

 

「……わかってるよ、それだけじゃ、受け入れられないよな」

 

 

 

 だから、確かめに行くのさ

 

 

 

(……織戸の話では、確かこの時間の俵山峠だったな。なら最適か)

 

 そう思いながら、SXの隣にある、カレラを見た。SXの後継、あの子(九十九くん)の狂気の結晶だ。テスト走行がてらに、ちょうどいい

 

 

 

さあて

 

 

 

「最終確認だ。雨水君」

 

 

 

 




しほさん「旦那がガレージでぶつぶつ独り言言ってる……」


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27 Idioteque

……そろそろSTORYも終盤……
……ただ、それだけさ……


--AM0:30 雨水

 

 ついさっきまで見えていた満月は、厚い雲に覆われたのか、かけらも見えなくなっていた。もう月光はない。街灯もないこの辺で、今日頼れるのは、少しの標識の反射と、クルマのライトだけだ。

 

「それじゃあ位置について」

 

 寺田先輩の指示に従って、車を移動させた。隣では、鈴木先輩のS2000が、そのエンジンを低い声で唸らせたまま、ただじっと佇んでいる。

 車を位置に付けてすぐ、トントンと、窓をノックする音が聞こえた。星野先輩だ。声が聞こえるように、窓を開けた。

 

「雨水、アンタ自分のケータイ持ってきた?」

 

「ええ、ここに入れてますよ」

 

「じゃあそれ出して。自動車部のグループには入ってたよね? スピーカ状態にして、グループ通話を入れて」

 

 その言葉に従い、俺はケータイを取り出し、チャット用のアプリを起動した。自動車部に入って間もない頃、連絡が楽だからという理由で入れるよう言われたモノだ。半分は雑談用と化しているふしがあるけど……

 グループ通話に参加し、スピーカをオンにする。するとケータイから、中嶋先輩の声が聞こえた。

 

『やほー雨水、聞こえる―?』

 

「聞こえますよ。そっちは?」

 

『聞こえるよー。そう言えば、雨水が通話に参加したの初めてじゃない? チャットも全然でないしさ』

 

「チャットには顔出してるじゃないすか」

 

『了解、とか何時に行きます、とか事務連絡ばっかじゃん。もっと雑談とかにも参加しなよ、淡泊だなー』

 

 そんなこと言われても、女子グループの通話に入っても話せることないしなあ……一回チャット見てみたら通話履歴5時間って書いてあってびっくりしたよ。いわゆるガールズトークってやつはそんな時間まで盛り上がれるんだろうか? 

 

「へいへい。じゃあいつか参加させて頂きますよ」

 

『絶対する気ないやつじゃんソレ、まあいいけど……それより、このケータイで一般車が来たらすぐ言うから、この状態で車のどっかに固定して』

 

「ああそうだ、雨水これ、ケータイ用のホルダー。いい場所がないならこれ使って」

 

 そういって星野先輩は、ポケットの中からホルダーを取り出して、俺に手渡した。車に取り付けるための、小型のやつだ。

 俺は「どうも」と言ってそれを受け取った。見てみると、タンポポのシールがところどころに張られている。少し意外だ、好きなんだろうか?

 

「……なんだよ、文句あんの?」

 

「あ、いえ、なんでも……」

 

 どうやら顔に出ていたらしく、星野先輩は俺を睨みながらそう言ってきた。それを見てからかいたい気持ちも少し出てきたけど、倍以上に仕返しされる未来しか見えないので、俺は黙ってホルダーを付けて、そこに自分のケータイを固定した。

 

「よし、こっちは準備OK。鈴木、そっちは?」

 

「こっちもOK、いつでも行けるよ」

 

 隣と通話状態のケータイ、両方からスズキ先輩の声が聞こえた。どちらの準備もできた。あとはカウントがゼロになるのを待つだけだ。

 

「よーし、カウント始めるよ!」

 

 寺田先輩のその言葉を皮切りに、あたりは水を打ったように静まり返った。エンジンの鼓動だけが、待っているように響いて、それが暗闇の中に溶けていく。

 

「3、2、1……」

 

 アクセルを

 

 

 

 

 

「GO!」

 

 

 

 

 

 潰した

 金切声

 レッドゾーン

 シフト

 S2000が前に出た

 テールランプが、怪しく尾を引いている

 

『お先!』

 

 電話越しの受け答え、鈴木先輩は心底楽しそうな声色でそう言った。S2000は尚もスマートに加速を伸ばす。でも全体的な速度ならワンエイティ(こちら)も負けちゃいない。実際、スタートダッシュで遅れながらも、何とかS2000についていけていた。

 すぐにカーブ地点に差し掛かる。半径()のでかい緩いコーナーだ。S2000が先にアウトから差し掛かった。

 

 テールが赤く光る

 最小限にリアを滑らせて

 インに入る

 タイヤが焦げる音

 それが鳴ったと思っていたら

 彼女はとっくにアウトに出て

 次のストレートへと加速してゆく

 

「マジかよ……」

 

 そう言う俺の顔は今苦笑いでもしているのだろうか? でも、悪い気はしていなかった。むしろ、鋭く加速していくS2000をみて、見惚れてさえいたと思う。

 

「……キレイだ」

 

 多分無意識に言ったのだろう。普段ほとんど言わないようなことが自分の口から出てきて、少しだけ驚いてしまった。

 見惚れるのもいいけれど、今は走っているんだ。クルマに愛想を尽かされない程度には、かっこつけなきゃな。そう思って、俺は気を取り直した。

 ……けれど、サイドミラーに一瞬だけ、閃光が見えた。遠くに小さく、けれどものすごいスピードでこちらに来ているように見えた。

 

『雨水、鈴木、聞こえる?』

 

 少し焦ったように、星野先輩が通話内で俺たちを呼んだ。

 

「どうしました?」

 

『一般車両だ。でも速度が普通じゃない。多分他の走り屋だ』

 

『車種は何だった?』

 

 鈴木先輩は何か感じるものがあったのか、星野先輩にそう聞いた。けれど俺にはそれが何なのかはもうわかっていた。

 

 ……もう後ろに、来ていたから

 

『車種は暗くてよく見えなかったけど、多分黒か……』

 

 

 

 

 

「『アンバーの、ポルシェ』」

 

 

 

 

 

 気づけば、そいつはボクサーサウンドを響かせて、俺のそばにいた。でもなんで、こんなところに……

 九十九さん? いや違う。走り方というか、雰囲気が、彼のそれとは違っている気がした。

 ……じゃあ一体……

 

 

 

--同時刻 西住

 

 

「なんとか、終わる前に着いたな」

 

 夜中に俵山峠で走っているというのは本当だったらしい。織戸のヤツにしては珍しく適当なことを言ってたわけではないみたいだ。

 前に見えるのはワンエイティ、少し奥にS2000……ワンエイティが雨水君だろうな。

 

「なんだ、いい雰囲気で走らせてるじゃないか。まあ、決して上手ではないけれど……」

 

 あのワンエイティ……織戸にSXそっくりに造れと言われたときは何かと思ったけど、なるほど要は、雨水君以外にはなるたけ秘匿したいわけだ。まあ確かに、とてもじゃないが、SXはクルーとつるんで走れるクルマじゃない。

 

「できるなら、そのワンエイティで満足してもらいたいものなんだけどね……」

 

 自分で言うのもなんだけれど、あのワンエイティはかなりの出来だ。使ったパーツは旧式の物にも関わらず、加速の伸び、安定性、どれをとっても平均以上の性能を出す。高水準でバランスが取れた逸品だ。正直な話、総合的なスペックを見るなら、SXよりも高い。

ハッキリ言ってしまえば、雨水君レベルのドライバーには過ぎた代物だとすらいえるだろう。

 けれど彼は、SXに固執する。どんなに振り回され、殺されかけようと、彼はそれを拒絶すらしない。その執着はもはや病気と言っても差しさわりないだろう。

 

「……」

 

 そんな様になってまで、君がSXを求める理由はなんだ? 求めたその先に何がある?

 

「……いや、それを確かめに来たんだったな」

 

 いくら言葉を並べても意味はない。そんなことをしても、結局のところ何もわからない。言葉より、もっと奥の単純なところは、もっと単純な方法じゃないと、踏み入れることすらできない。

 だからこそ、ここで走るのさ。

 

「見せてくれよ。じゃなきゃ、あの子はやれない……」

 

 コーナーを抜けた先、ワンエイティが前に出る、すぐ次のコーナーだ。

 ワンエイティの後ろに張り付き、様子を見る。パワースライドをし、アンダーを出しつつ、どうにか抜ける。拙くはあるけど、順当にはできている。

 

(見た感じ、突出した部分はない……けれどなんだ、この違和感は?)

 

 突出した部分は何もない、技量としてはごくごく平凡なレベル……けれどなんだろう? 得体が知れない。滑稽だけど、そうとしか言えない雰囲気が、あのクルマにはあった。

 

(あの感じは、なんだ? 確か、どこかで……)

 

 不気味だけれど、どこかデジャヴのように感じるその感覚の正体を、僕は気づかないでいた。いや、気づかないふりをしていたのかもしれない。

 

 長いストレート

 少し奥にS2000

 だいぶ差をつけられたようだ

 ワンエイティは加速

 S2000に迫る

 エンジンが叫ぶ

 それに呼応してより加速する

 まるでそれは、生き物のように

 

「……あの走り、まるで……」

 

 そんなはずはないと、頭の中で否定する。けれど、その走りを目で捉える度に、あるクルマの影が脳裏から離れない。

 

 ストレートが終わる

 またコーナー

 S2000が減速する

 順当だ

 ワンエイティは……

 

「!……」

 

 減速しない、S2000を抜いて、コーナーへ

 

「何してる! 死ぬぞ!」

 

 そんなことを言っても、届くはずはない。減速しないまま、コーナーへと突っ込んだ。

 ダメだ、飛ぶ……

 

 

 

 

「……なに?」

 

 

 

 

 彼は飛ばない。恐らくサイドブレーキだけを使ったのだろう、減速しないまま4輪を全て滑らせ、コーナーを曲がった。

 しかし、ドリフトの際の減速が過ぎたか、それともS2000の加速力が上だったか。ワンエイティはすぐに追いつかれてしまった。

 けれど、そんなことは問題じゃない。飛ばなかったのだ、あの速度で。限界まで、一瞬の遅れで死ぬその領域まで、スピードをもっていき曲がった。リスクの計算も何もない。1km/hでも速く走ろうとするそのやり方。

 

 

 

 

 ……それはまるで……

 

 

 

 

「SX……」

 

 彼がSXを欲する理由が、ようやくわかった。彼の走り方は、SXそのものだ。興奮も焦燥もなく、ただひたすら、静かに速度の快楽を求める、その愚行。

 あの子のすべてを受け入れて、彼はもはや、あの子の一部になってしまっている。そんな気さえした。

 

 

 

「……なるべく早く、返してあげないとね」

 

 

 

 僕はいつの間にか、口角がほんの少し、つりあがっていた。

 許されないことだけど、この時僕は少し嬉しかった。ようやくあの子の全てを、許容してくれる人が現れたのだと。

 

 

 あの子を、最後まで連れてってくれる人が現れたのだと

 

 

 これが終わったら、すぐにオーバーホールを始めよう。そう思いながら、僕は2人のレースを最後まで見届けてから、そのまま真っ直ぐ家に帰った。

 

 

 

--翌朝 AM9:00 雨水

 

 

 

 合宿ももう終わりだ。俺たちは帰りの電車の中にいた。あの時のポルシェはやっぱりみんな気になるようで、帰りの話題はそれで持ちきりだった。

 

「え、中嶋あのポルシェのこと知ってるの?」

 

「うん……ていうか、そのことなら雨水の方が知ってるはずだよ。ねえ、知り合いでしょ?」

 

「え、ホント!? 誰なの?」

 

 中嶋先輩がそう言うなり、土屋の質問攻めの対象が俺へと変わる。合宿終わったばかりなのに元気だなーこいつ……

 

「別に知り合いってほどのもんでも……それに、その人の走り方とは違う感じだったし、多分違う人だと思うけど」

 

 でもだとしたら、誰なんだろう? 首都高とかのルーレット族とかならともかく、ポルシェで峠に現れるような走り屋なんて、そんなにいない気もするけどな。

 

「誰にしても、いきなり乱入してくるなんて、随分無茶だな。寺田先輩は、何か心当たりあります?」

 

「ん……いや、わかんないかな」

 

 星野先輩のその問いに、寺田先輩は静かに首を振った。その様子がどこかぎこちないような気がしたのは、俺の気のせいだろうか。

 

「あ、無茶と言えば雨水。すっごい無茶な走り方したらしいじゃん。鈴木から聞いたよ」

 

「げっ……」

 

「もーダメだよ! 熱くなるのはわかるけど、あんまり危険な走り方しちゃいけないって言ってるじゃん! ちょっとのミスが大事故につながるんだっていつもいつも……」

 

「わーかりました。わかりましたって……」

 

 チクショウ完全にヤブヘビじゃないか、恨むぞ星野先輩。いや非があるは俺なんだけどさ。

 

「……」

 

「……?」

 

「!……ッ」

 

 ? なんだろう、鈴木先輩と目が合ったと思ったら、露骨に目をそらされてしまった。俺の顔にゴミか何かついてんだろうか?

 

「ちょっと雨水、聞いてる?」

 

「へーへ―わかりましたってば」

 

 ……なんか、中嶋先輩に怒られてばっかりの合宿だったなあ……

 

 

 

 

--鈴木

 

 

「……」

 

――

――――

 

 

 

 

『……キレイだ』

 

 

 

 

――――

――

 

 

 

 

 

「……ずるいっしょ、あれは……」

 

 

 

 

 

 




……合宿は終わり、来月からまた、OARAI……
……舞台はまた、艦上さ……


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28 Diver down

……聞いてくれ、とても怖いんだ……
……頭の震えが、止まらねえ……

……7ヶ月だ……
……気づいたら、7か月以上、経ってやがったんだ……


――AM1:00 雨水

 

 合宿から1週間がたった日、部屋でなんとなしに夜更かしをしていた時、学園長からメールが来た。SXが届いたらしい、手続きは済ませたから取りに行けとのことだ。すぐ支度をして、風の冷たい外に出た。曇った空にしては、澄んだ空気だと思った。

 この1週間、SXがどうなるのか、そればかりが気になって仕方なかった。いつも以上にぼうっとしていて、小山や中嶋先輩にどやされたのも、何となくしか覚えていない。

 学園艦という場所の性質故か、歩くと、灯のついた建物はもうほとんどない。寝静まった夜の中、誰一人も見当たらず、ただ遠くからかすかに、巨大な船が、波をかき分けて進む音しか聞こえない。自分以外に誰もいないような錯覚に陥った。

 街灯だけを頼りに、メールに書かれていた倉庫の前にたどり着く。倉庫のシャッタに手をかける。キシリと、錆びた音はするけれど、しかしカギはかかっていないらしい。するすると、非力な俺でも開けることができるほどには、軽かった。真っ暗な倉庫の中、スイッチを探して照明を付けた。どこから入ってきたのか、蛾が時代遅れの白熱灯と戯れて、明かりがゆらゆらと揺れる。それに照らされ、それは在った。

 

 鈍い光を反射して、亡霊のように佇んで、静かにそのライトを閉ざして、それは在った。

 

「SX……」

 

 少しだけ遠くからそれを見た。相も変わらず、どこにでもあるようなクルマ。けれど、どうしようもなく目を離せなくなる。見るたびに感じる、心が締め付けられるような感覚は苦しいけど、不思議といつも嫌ではなかった。

 

「なに自分の車見てにやけてんのさ」

 

 不意に声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。いつの間にか、後ろに星野先輩がいた。

 

「……どうしたんです? こんな夜更けに」

 

 振り向いて彼女を見る。いきなり声をかけられたのにも関わらず、不思議と驚きはしなかった。俺が沈着ということではなく、単純に今は、彼女に関心が向いていないのかもしれない。そう思った。

 

「なんとなく、この辺にいるんじゃないかと思って、ぶらぶらしててさ。本当にいるとは思わなかったけど」

 

 当たり前かのようにそう言い放つ。こういう場面に会う度に思うんだけど、どうしてこう、俺の周りの女性は異常に勘が良いのだろうか。小山曰く、姉もそうらしい、そのへんで言ったら、杏ちゃんはもろにそうかも。もしかして女性とは総じてそうなのかもしれない。

 少しずれた考え事をしていると、彼女はそのちょっとだけ不機嫌そうな顔を、俺に近づけていた。俺を少しだけ見上げるような距離まできて、俺をじっと見つめる。目をそらしたかったけど、それはやめた方が良いかもしれないと、なぜか思った。

 

「私も行く」

 

 彼女の目は、有無が言えるようなものではなかった。理由は多分……そうだ、合宿のときに言っていた。俺が事故らないためのストッパーを果たすつもりなのだろう。

 

「……事故ったときに、隣にアンタがいるからって、助かるわけでもないでしょう」

 

「だから事故らせないために来たんだ」

 

「先輩が隣に乗れば、俺は無茶な運転しないって?」

 

「うん……違う?」

 

 優しい声色は、切望しているからか、俺を案じてか。どちらでもいいと思った、どうにしても、これから自分のすることに、変わりはないから。

 

「走りますよ、俺は」

 

「……」

 

「……最後まで走ります、俺は」

 

 

 

「燃えて、灰になるとしても」

 

 

 

 俺は今どんな顔をしているだろうか。彼女は俺の言葉を聞いて何を思っただろうか。ただ彼女は、憐れんでいるのか、何か堪えているような顔を俺に向けていた。

 

「……それでもいい、乗せてよ」

 

 怒られるだろうなと思った俺の予想に反して、彼女は尚もそう言った。それでもいい……その言葉が何を意味するのか、わからない人でもないだろう。なのにそれを言うということは、きっとそういうことなのだろう。

 

「……わかりました。じゃあ、乗ってください」

 

「え……」

 

 俺が促すと、彼女は少し、あっけにとられたような表情に変わった。

 

「え……て、今日は付き合ってくれるんじゃないんですか?」

 

「あ、いや、ゴメン。思ったより、簡単に許してくれたなって思ってさ……」

 

「……先輩、ホントの目的は、俺のお守りなんかじゃないでしょう?」

 

「それは……」

 

 バツが悪そうに、彼女は目をそらして、それきり口をつぐんでしまった。もしかしたらと思って聞いてみたけど、どうやら当たっているようだ。だってそうだ。俺が事故らないようにと言っときながら、巻き添えで死んでも良いような口ぶり、彼女は矛盾していた。

 合宿の時、不意に彼女に言われた言葉を俺は思い出した。『全部受け入れてくれるか』と。

 彼女が今日ここに来たのは、俺のお守りというのも一応あるだろう。けど、本当の目的は、明確にはわからない。合宿で言ったあの言葉と、何か関係があるのだろうか?

 一瞬考えて、けどすぐにどうでもいいと思えて、思考を切った。

 

「もう行きましょうよ。夜は短い」

 

「……どうしてって、聞かないんだ」

 

「……自分で考えてください」

 

 俺はSXのカギを開けて、ドライバシートに座った。一拍置いて、星野先輩も俺の隣に座って四点(シートベルト)を付けた。

 

「わかった……」

 

 キーを回す

 呼応するように、スタータの鳴き声が五感に響く

 スタータがギアに噛み付く

 モータがクランクを回す

 オルタネータへ

 信号、回転、噴射、点火、循環

 そして、爆発

 

 獣が目を覚ました

 

(これは……)

 

「ッ……」

 

 星野先輩が目を見開き、驚嘆したような顔をしている。俺も顔に出さないけど、その胸中は同じだった。

 

「雨水、これ……」

 

「……やっぱスゲぇんだな、あのおっさん」

 

 見た目は何も変わってない、計器で見ても、明確に変わったところはない。

 けど違う、上手く言えないけど、なんというか、枷が外れたような、そんな感覚。

 

「おっさん?」

 

「なんでもないです。行きましょうか、そろそろ走ってる頃です」

 

「走ってるって……誰かほかにもいるの?」

 

「いますよ」

 

 

 

 

「同じ穴の(ムジナ)が……」

 

 

 

 

――AM1:20 星野

 

 自分の気持ちがわからないということを、私はここ最近で、身をもって体感していた。けれど、それがこんなに辛いとは思わなかった。

 

「すごい……」

 

 艦上に入って数分、私は思わずそう呟いた。200km/hの中でのスラローム、一般車のランプが光の糸を作って、強烈な速度で後ろに下がる。それが一歩間違えば死ぬ世界であることをよく表していた。

 なのに、なぜかとても安らぐ。ゆりかごに乗っているような感覚に襲われる。それが危険な感覚だとわかっていても、身を委ねてしまいそうになる。

 

「ッ……どういうコースなんだ?」

 

 取り返しのつかなくなるような安楽を振り払うように、私は雨水に聞いた。

 

「第2ブロックです。直進性を見ます」

 

 雨水はそれだけ答えて、あとはまた黙った。さっきからずっとこう。艦上に入ってから、いや今日会った時から、きっと、雨水は私を見ていない。今この瞬間、雨水が私を認識してるのかも怪しい。コイツの冷めた暗い目が、何を探しているのかが、私にはわからない。

 速さでも、ましてや『速い奴』なんて称賛(レッテル)でもない。もっと暗い場所にあるような、そんなものな気がする。

 

「……いいクルマだよ。最初に見たときは、廃車同然だったってのに」

 

「……」

 

 私の言葉は雨水に届いているだろうか? そう思いながらも、私は言葉を続けた。

 

「なあ、このクルマって、学園艦の隅っこで見つけたって話だけど、どうして、乗る気になったの?」

 

 聞こえていないのか、やはり雨水は黙ったままだ。けれど私はまだ口を開く。そうしないと、耐えれそうになかった。

 

「雨水は、何を探してるの? このクルマで、どこに行きたいの?」

 

「……」

 

「……その場所に……」

 

 

 

 

「私はいないの?」

 

 

 

 

 自分の気持ちがもうわからない。ただ雨水のことを考えると、不安になって仕方ない。少し目を離したら、もう手の届かないような、遠いところに消えていくような気がして、それを考えると、息ができなくなる。

 それならいっそ、と思ってしまう時もあった。いっそ、一緒に消えることができれば、なんて。でも、恐かった。消えること以上に、雨水が私を拒絶するんじゃないかってことが。私を突き放すんじゃないかってことが。

 学校で、外で、部活で……雨水の、底の見えない暗い目を見るたび、不安がフラッシュバックした。

 どうすればいいのか、それともどうかしてほしいのか、自分の感情がわからない。今はただ、それに突き動かされるまま動いて、雨水の隣にいる。

 

 ……いや、違う

 わからないんじゃない

 きっと、表す言葉がないだけだ

 

 私は、多分、雨水を……

 

 

 

 

 

 

「何も探してなんかいない」

 

 

 

 

 

 不意に雨水が、そう溢した。思わずその顔を見る。気のせいか、一瞬だけ、子供のような顔をしていたような気がした。

 

「ここにいたって何も得られるものなんかないし、いればいるほど、深みに沈んでいく」

 

「じゃあ、なんで……」

 

「……目的があるんじゃないです」

 

 

「ただ、止まったら、全部終わるんだ。俺も……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつ等も」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 後ろから急スピードで迫ってくる。

 楕円の白光

 ボディ色の影響か、青みがかっている

 2JZの音

 

 あれは……

 

 蒼い白光が、隣に並んだ

 

「スープラッ……!?」

 

 それは見たことがあった。そうだ……あの日、雨水と走った日、一緒にいた。80スープラだ。

 

「先輩、ここには得るものなんか何もありません」

 

「雨水……」

 

 雨水は、少しも表情を変えない。かといって、余裕があるというふうにも見えない。

 ただただ、抑揚のない声で、優しい目をして、こう言った。

 

「全部失くして、それでも走る。成れの果てだ」

 

 

 

 

 

 

――同時刻 学外

 

「……ねえ、ホントにここで降りるの?」

 

「だぁら、そう言ってんじゃんよ、アキ」

 

 暗にやめようと言ってる私の言葉も意に介さず、ナツは目の前の学園艦に乗り込もうとしていた。

 

「でも、なんでここなのよ? 大洗なんて、私たちに何の関係もないじゃない」

 

「お前たちになくても、オレにはあんだよ。別にいいだろ? プラウダの戦車、ネコババする手伝いしたじゃんか」

 

「ひ、人聞きの悪いこと言わないでよ!」

 

「ミッコ、俺の240Z(ゼット)出してくれ」

 

 私のそんな反論も聞き入れず、学園艦の移動用に使う車を、ナツはミッコに降ろすように言った。この人はいつもそうだ。私の話なんて、ちっとも聞く耳を持たない。

 

「いいけどさぁ、帰りはどうすんのさ? 私たちは行かないよ?」

 

「なに、いざとなりゃ、風に運んでもらうさ」

 

「ミカみたいなこと言わないでよ、もう」

 

 そして本当に行き当たりばったりだ。それなのに、きっちりと帰ってくるんだから、そのバイタリティは大したものだと思う。

 

「何かを、探しに行くのかい?」

 

 今まで黙っていたミカが、口を開いた。……なんだろう、いつもみたいに笑ってない。パクられて、ちょっとむくれてる?

 

「ああ、そういうこと」

 

「……刹那主義には、賛同できないな」

 

「お前の賛同は、重要なことじゃない」

 

「……」

 

 それを聞いて、ミカがさらに不機嫌な顔になる。一体、何のことなのか察せない私は、ただそれを傍観していた。

 

「それにな、ミカ」

 

 

 

 

 

 

 

「刹那でしか、わかんないもんもあるさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「-・-・ --- -- ・  --- -・」




こんなに時間がたってしまって申し訳ありません。
これからはもう少し早く更新できるように頑張りたいと思いますので、まだ読んでくださっている方には、もう少しだけお付き合い頂ければと思います。


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番外編
EX前編 Regret


番外編…リクエストしてくれた方には俺流の『R』を遅らせて貰うぜ……

寺田先輩が入部するときのお話です。そのためガルパンキャラが寺田先輩以外出てきません。ごめんなさい

しかも今回は前編後編に分けるために短め&ポエム濃いめです…
すまねえ…今の俺には謝ることしかできねえ…


-

 

--

 

----

 

…音が聞こえた

嫌になるくらい膨大な音が、意識の中に入ってくる…

 

サイレンの音

警察の人達の声

そして、お姉ちゃんの叫び声

 

目の前のクルマが燃える轟音

 

 

なんで…?なんでこんなに聞こえてくるの?

あのクルマが…Zがクラッシュした時は、何も聞こえないような気さえしたのに…

もう嫌だ、こんなの、もう聞きたくない…

 

 

…わかってる…

聞こえてくるんじゃない、私が、自分から聞かずにはいられないんだ

 

 

いくら嫌だと思っても、目の前にある現実が、私を逃がしてくれないから

 

壊れたZ

炎の中でうなだれて、動かなくなった島田さん

その様子を茫然と見つめる九十九さん

その横にある

 

 

 

Zが、身を挺して守った、180sx……

 

 

 

どれも全部が、ただひとつの事実を私に伝える

認めたくないけれど

 

 

 

 

 

 

あの人は、死んだんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の、せいで…

 

 

 

----

 

--

 

-

 

 

- side:寺田 -

 

あの事故から3年が経って、私は本来進学しようとした地元の高校をやめて、大洗学園に進学した。…別に目的があってここに来たわけじゃない。どこでも良かった…地元から…あの事故が起きた場所から少しでも離れられれば、それでよかった。

…あの日見た景色を、一刻も早く頭から消すことができれば、それで……

 

入学して間もない頃、学校の体育館でイベントが行われた、部活の新入生歓迎会のようだった。特に何か惹かれるものがあったわけでもなく、ただぼうっと見ているだけだったけど。

 

「えーそれでは、次に自動車部のみなさんお願いしまーす!」

 

進行役の生徒が発したワードに、無意識に反応してしまう。…自動車部…クルマか……

正直な話、今はそんな話聞くだけでも嫌だった。

聞いているだけで、あの日の記憶がフラッシュバックしてしまうから…

結局すぐに私は、体調が悪いと言って、早退してしまった。

 

 

 

--

 

 

 

その日の夜は、珍しく休みが取れて家にいるお姉ちゃんと一緒に、家で晩御飯を食べた。ご飯を食べている最中、お姉ちゃんが学校のことを聞いてきたから、今日は部活の新歓があることを伝えた。

 

「…で?結局部活どうするのよ?陽花」

 

「…うん、いいよ別に…どこかに属さなくちゃいけないわけでもないし…」

 

「そう…まあ私も、別に無理に入れとは言わないけどさ…」

 

「…うん……」

 

「…ねえ陽花…まだ、あの事故のこと引きずってるの?」

 

「…!」

 

「言ったでしょ?あの事故は、あなたのせいなんかじゃないって…」

 

「…どうして、そんなこと言えるの?」

 

「陽花…」

 

心配そうに、お姉ちゃんが私の名前を呼ぶ。でも、私はそれを無視して、声を荒げてしまう

 

「私のせいなんだよ!全部私の!私があのクルマ…ワンエイティなんか見つけたりなんかしなきゃ、あの人は死なずに済んだの!」

 

「…陽花」

 

「あのクルマが来てから、みんなおかしくなっていった…みんな何かに憑りつかれたみたいに、スピード上げて…最初はただ、楽しかったのに…」

 

「陽花」

 

「私のせいだ…私があんなもの持ってきたせいで…全部、私の…」

 

「陽花!」

 

「!あ…」

 

「陽花、もういい、もういいから…ね?」

 

「…お姉ちゃん…ゴメン、私…」

 

「…ほら、ご飯食べよ?冷めちゃわないうちにさ…」

 

「……」

 

その後、結局2人とも一度も口を開かないまま、ただ時間だけが過ぎていった。

 

 

 

 

--

 

 

 

 

その日は、夜中に海沿いの、人気のない場所を歩いていた。学園艦だから、ここは船端とでも呼べばいいのだろうか?ともかく、その辺の部分だ。

建物の少ない場所なのに、もしくはそんな場所だからか、道路が結構広くて、潮風とも相まってどこか不思議な開放感がある場所だ。気が沈んでいるときにたまに来る、お気に入りの場所でもある。そう、ちょうど今日みたいに…

 

(…分かってる、いつかは踏ん切りをつけなきゃいけないってことぐらい…)

 

お姉ちゃんや周りの人は、もうあの事故のこと、きちんと割り切って、前へ進んでいる。きっと、立ち止まったままなでいるのは、きっと私だけ…いつかは前へ進まなきゃいけない、それはわかっている…

 

(けれど…)

 

けれど、前に進める気がしない、罪悪感と自責が、それを許してはくれない。それもあってか、私自身、前に進むことを、あまり望んではいなかった。

 

(…私は…)

 

私は…贖罪をしたかった。あの人を…あの人たちを壊してしまった罪滅ぼしをしたかった。あの時の過ちを償えるなら、私は何でもしたい…前に進めるのは、それからな気がした

 

「…もう、遅いよね…」

 

自嘲気味に、そう独り言をつぶやく…当たり前だ、もう3年も経ったんだ…もう誰もそんなこと、望んじゃいない…そんなことしたって、死んだ人は生き返ったりなんてしない…

それに…何ができるっていうの?私みたいな、何の力も持っていない子どもが…

何にもできやしない…

そう、何にも…

 

 

その時だ

 

 

 

 

疾走する閃光達が、私を一瞬で横切っていった

 

「!?」

 

何事かと思って見たときにはもう遅い。その閃光達は、もう私のはるか先を走っていた

 

(今の…もしかして自動車部の…)

 

もう、そんなこと関わり合いになりたくなかった。でも、私の足は何故か、エキゾーストの鳴る方向へと向かっていく。追いつけるはずのない足で、私は必死に閃光の軌跡をたどっていった。

 

 

 

--

 

 

 

(…見失ったかなあ?)

 

しばらく追いかけ続けたものの、結局途中で見失ってしまった。もうエンジンの音はしない、終わって帰ってしまったんだろうか?

 

(…なんでこんなことしているんだろう、私?)

 

見つけて、それからどうするつもりだったんだろう?もうああいうことに関わるのは、嫌なはずなのに……だけど…

 

 

 

あの景色が、あの閃光が、すごく懐かしいものに思えてしまった

 

 

 

もう失くしてしまった。私が壊してしまった、私の居場所…それがまた、私の目の前に現れたような気がしてしまった気がした

 

(やっぱり…帰っちゃったみたい…)

 

もう諦めて帰ろうと思った

その時だ

 

(!…向こうから声が…)

 

声のする方向へ、走って向かう。少しでも早く、少しでも早く会おうと、まるで昔みたいに…

角を曲がったその先に…

 

 

「…えーっと?」

 

「あ…すいません!大洗学園自動車部の方たちですか?」

 

「うん、そうだけど…君は?」

 

数人の女の子と、何故かおじさんが1人

そして、

 

 

2台のクルマ、フェラーリと、レビン

 

 

 

 

 

 

 

始めて見た、けど酷く懐かしいような光景が、そこにあった

 

 

 

 

 

 

 

 

 




…書き終わった時に思ったのですが、もしかして現在の3年って「ガルパン原作で現在の」という意味だったんでしょうか?
もしそうだったらすいません…
別の自動車部キャラの番外編もいつか書きたいと思います。


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EX後編 Another day

時間ができたので2日連続投稿。
相変わらず不定期ですみません…


- side:寺田 -

 

「あ…あの!大洗学園自動車部の方々ですか?」

 

深夜の街はずれ、建物も少ない、どこかこざっぱりした場所。天気も悪く、月明りや星の光なんて気の利いたものもない。街灯だけが道を照らしている。その陰にある端っこの空き地で、その人たちは集まっていた。集まっている人たちは…一部を除けば新歓のときに見た自動車部の人達だった。

 

「うん、そうだけど…君は?」

 

そのうちの1人が、私の問いに答えてくれた。どこか精悍で、だけど落ち着いた雰囲気をまとった不思議な女性だった。この人がリーダーかな?

 

「あ、すいません…私は」

 

「あー!もしかしてキミ!」

 

名前を言おうとしたところで、帽子を被った別の人にさえぎられる。

 

「ひょっとして私たちの追っかけ?さっきのレース見て私たちのこと気になってここまで追っかけてきたんでしょ?いやー参るじゃん!人気者は!」

 

「山田~少し静かにしよ~」

 

更にもう一人、柔和な顔をした人が、さっきの帽子の人を制止する

 

「えー!でも難馬先輩!せっかくファンが来てくれたんですよ?サービスしましょうよサービス!」

 

「お前がいると話が進まないんだよ。いいから、少し静かにしててくれ」

 

「ヘーイ…分かりましたよ、藤沢先輩」

 

山田と呼ばれたその人は、拗ねたように口をとがらせてそっぽを向いてしまった。

 

「……」

 

「?」

 

気付くと奥の方の一人が、私の方を興味がなさそうに一瞥してきた。さっき藤沢先輩と呼ばれた人と同じように、鋭い目をした人だ。でもあの人はもっと近寄りがたいような、そんな雰囲気をまとっていた。

 

「…さてっと、話の腰を追ってすまない…ええと、君は…」

 

「あ…すいません。私、寺田って言います…さっき、レースしてるところを見て、それで気になって…」

 

緊張のせいか、うまく口が回らない

 

「へえ…それで見にきてくれたってわけか…」

 

「ええ…えっと皆さんは…」

 

「ああ、そういえば自己紹介がまだだったね。私は藤沢一果(ふじさわいちか)、3年で自動車部の部長だ。こっちのおっとりしたのが同じく3年で副部長の難馬恭子(なんばきょうこ)。このさっきからうるさい帽子が山田琴三(やまだことみ)。コイツは2年だ。」

 

「ちょっと先輩!もーちょっとましな自己紹介の仕方あるじゃんよ!」

 

「ハハ…」

 

「…たく、よろしくねー寺田ちゃん」

 

「よろしく~」

 

なんか…失礼なのは承知だけれど、なんか愉快な人たちだなっていうのが第一印象だった。

 

「……」

 

「…ええとそちらの奥の方は?」

 

さっきまで話していた人達とは違い、奥にいる人は一言もしゃべることなく、奥で86レビンをただじっと見つめている人がいた。

 

「ああ…悪い、アイツ不愛想でさ…赤崎ー!ちょっとこっち来い!」

 

赤崎と呼ばれたその人は、藤沢さんの声を聞くと、ポーカーフェイスは崩さないまま、ゆっくりとこっちに向かってきた。

 

「コイツは赤崎葉(あかさきよう)。山田と同じ2年だ」

 

「…よろしく」

 

「ど、どうも」

 

紹介された赤崎さんは、気怠そうな感じで挨拶をした。

 

「コイツすっごい無愛想じゃん?だから私くらいしか友達いなくてさー。よかったら仲良くしてあげてよ」

 

「…余計なこと言うな、山田……」

 

…なんというか、見た目よりも話しかけやすい人なのかな…

 

「さて、それじゃ全員の自己紹介は済んだかな?」

 

「あれ?学園長いたんだ?」

 

「うーん、山田君、ナチュラルに傷を負わせるような発言はやめて欲しいなー…おじさん最初っから君たちといたからね?」

 

「え、学園長…て、大洗学園の…ですか?」

 

「そうそう…あれ?確か君は?」

 

「私のこと知ってるんですか?」

 

「…まあ、君のお姉さんと知り合いでね…」

 

「は、はあ…でもどうしてそんな偉い人がここに…?」

 

「あーっと、それはね…」

 

「学園長がレースしてたんだよ、赤崎と、私たちはその付き添い。学園長、クルマ好きでさ」

 

「ちょ…藤沢君…」

 

「レース…?」

 

これには正直驚いた。だって学園長っていうことは、事実上かなりお堅い立場にいる人のはずだ。こういうレースとかはむしろ止める側だと思うけど…

 

「いいじゃないですか、どっちみちこんなとこ見られたんじゃ言い訳できないでしょう?なあに、変な誤解生むよりはいいですって」

 

「全く…君ってやつは…」

 

そういうと学園長は、踵を返し、私の方に向き直す

 

「藤沢君の言う通りだよ…俺たちはレースをしていたんだ。まあ、そんな本格的なものなんかじゃない、セッティングや諸々のテストも兼ねたやつさ…そこにクルマが2台あるだろう?あそこの白黒のクルマ…レビンっていうんだけど、それに赤崎君と山田君、難馬君が乗って、そっちの赤いF40てやつに俺と藤沢君が乗って、一緒に走ってたってわけ」

 

なるほど、つまり学園長はクルマ好きが高じて、自動車部のレースに参加しているってことか…この部活の形態はまだよくわからないけれど、学園長はさしずめ顧問みたいなものなんだろう。それはわかったし納得もいった。

…でもどうしてもぬぐえない違和感が、まだ私の中にあった。

 

「…あのレースって、この2台でしてたんですよね」

 

「そうだよ~?」

 

難馬さんが答える

 

「あの、実は私、さっきこの2台がレースしているところに遭遇した気がするんですけど…あの時のスピード、フェラーリならともかく、とてもレビンが出せるような速度じゃなかったと思うんですけど…」

 

そうなのだ。あの時、私は船橋付近でこの2台に遭遇した。今思い返すと、あそこは結構長いストレートだったはず…どういうコースで走ってきたのかはわからないけれど、ああいう場所はクルマの性能の差がもろに出るはずだ。

確かにレビンは良い車種だと思う。でもそれでも、コーナーが続く場所ならともかく、ああいう場所で、F40に追いつけるものなんだろうか?

それに…あくまで体感でだけど、さっきの速度は、普通の速さじゃなかった…気がした

 

「…へえ、やっぱりこんなとこまで追っかけてくるだけあって、詳しいな」

 

私が疑問をぶつけると、藤沢さんは嬉しそうにそう答えた。

 

「気付いたご褒美だ…どうしてなのか教えてあげるよ、赤崎!」

 

藤沢さんが赤崎さんを呼ぶと、赤崎さんは静かに首肯し、私を手招きで呼び、レビンのボンネットを開けて見せた。そこには予想外のものが入っていた。

 

「これは…RB26!?」

 

そう、そのレビンの中にあったエンジンは4A-Gではなく、本来はGT-R用であるRB26DETTが入っていた。随分とムチャな…

 

「…ラジエータサポートを加工して載せてるんですね…」

 

「お、ホントに結構詳しいじゃん!でもラジエータサポート弄っただけじゃ入らなくてさ、バルクヘッドも切り貼りしてエンジンルームそのものの形変えてようやくスワップ完了って感じ、苦労したじゃんよ…」

 

山田さんがチューニングの成り行きを説明してくれる

 

「でもなんでわざわざ…それならいっそGT-Rにでもした方がいいんじゃ…」

 

「ん~まあそうなんだけどね~、赤崎がレビンじゃなきゃヤダっていうのよ~」

 

「赤崎さんが…」

 

「……」

 

私が難馬さんの話を聞いて、赤崎さんの方を見ると、彼女はバツが悪そうにそっぽを向いた。

 

「赤崎は、このレビンが大のお気に入りみたいでさ…何でも、一番自分を受け入れてくれるから、ていうことらしいけど…」

 

「そうなんですか…」

 

受け入れてくれる…か…昔、同じような理由でZに乗ってた人がいたっけ、それが本当なのかウソなのかは、もう確かめようがないけれど…

そう考えていると、赤崎さんが私に話しかけてきた

 

「…別に、そんな感傷的な理由だけじゃない…このクルマは特別なんだ…」

 

「特別…ですか…」

 

「ああ…そうさ…他のクルマに乗っているときとは違う、コイツに乗っているときは、まるで歯車がピッタリ合うみたいに、自分の体以上に、自由になれている気がするのさ…」

 

「…本当に、好きなんですね、そのクルマが」

 

「そうさ…それに…私が今狙っている獲物には、コイツとじゃなきゃきっと…喰らいつけない…」

 

「獲物?」

 

私がそのワードに疑問を抱いていると

 

「…私たちは今、ある目標を掲げて活動しているんだ」

 

、藤沢さんが神妙な顔で、ぽつぽつと語りだす

 

「目標…」

 

「ここ1、2年の間だろうか…ある異常に速いクルマが現れたんだ…そいつは、普段はなんてことないただのクルマなんだが、最高速の領域にいるとき、そいつは化物に変容する…どんなに速い相手でも、そいつはまるで無限に加速するように、追い越していくんだ…」

 

「それは…確かにすごいですね…」

 

「…それだけなら、良かったんだ…」

 

「…え?」

 

藤沢さんの顔が段々と険しいものになっていく

 

「…そいつは、みんな狂わせる…そいつに乗ったやつも、その周りもみんな…みんな…まるで自分から死にに行くみたいに、いや違う、自分の死なんか目もくれないみたいに…狂っていっちゃうんだ…まるで死神だよ」

 

胸騒ぎがした…自分の頭に、あるひとつのクルマの影が浮かんだ…もう見たくない…その死神のような影が…

 

「そんなだから、そいつは当然何度も事故を起こしてきた…でもそいつは、その度に助かっているんだ…自分に乗った命が、あるいは他の命が代わりみたいに死んでいく中でだ」

 

「…その…クルマの名前は……?」

 

私は、恐る恐る聞いてみた…聞きたくない…だけど聞かなくちゃいけない気がしたから…

 

「そのクルマは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

180sx…くすんだような鉄の色をしたやつだ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、そうだった…そうだったんだ…まだ、生きていたんだ…

もう嫌だ、もうやめてよ…どうして、そっとしておいてくれない…?

これじゃ、まるで呪いだ…みんなを狂わせて…死なせて…なのにまだこびりついてくる…逃げられない…呪い…

 

「…ね、ねえ…大丈夫?どっか具合悪くなっちゃった?」

 

どうやら顔に出ていたようで、山田さんが心配そうに此方を見てくる

 

「いえ…大丈夫です…それより、さっきそのワンエイティのこと、獲物って言ってましたよね?どういうことですか?」

 

「…私たちは、そのワンエイティを止めたいんだ。アイツは、狂うみたいに速く走って、周りもまた狂わせる…だから、私たちが証明してやるんだ…狂ってまで走ったって、命を犠牲にしてまで走ったって、それは本物の速さじゃないって…アイツの前を走って、証明してやるのさ…私たちが…」

 

「……」

 

「…すまない、なんでだろうな…初対面の君に、こんな話するべきじゃないのに…」

 

「……」

 

ワンエイティ…いやSX…

あなたはまだ…走っているの…?

何もかも全部犠牲にしても、足りないの…?

 

…もう、あの事件から3年が経った。もう私にできることは何もない…罪滅ぼしの機会は、もうとっくの昔に失われた…

 

「…藤沢先輩」

 

ならせめて…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私に何か、手伝えることはありませんか?」

 

せめて…今できることをしよう…あんな悲しいことが、もう起きないように…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-…現在-

 

 

「…先輩、来ましたよ…あのSXが…」

 

昔の自動車部の写真を見ながら、私はそんなことを呟いた。

 

…島田さん、大丈夫だよ…

もうあんなこと、絶対に起こさせたりしないから…

あの日から5年…もう…終わりにしよう…

 

 

180sx

 

 

あなたは必ず、私が潰す…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう二度と、目覚めないように…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




番外編はまたご要望がない限りはここで一旦終了としておきたいと思います。次回からはまた本編を更新したいと思います。

え?旧自動車部メンバーの名前の由来?
…このss読んでくれている人なら多分ご存知の通りだと思うのさ…


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