生きる負けフラグと相成りまして (菊池 徳野)
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序章という名の手記

Q.目を覚ましたら周囲が血まみれだったときの私の気持ちを述べなさい(配点10点)


2月10日

記憶整理を兼ねて今日から日記をつけることにする。

今日からといっても昨日からの記憶しかないのだから書くこともあまりない。日記なんてつけたことがなかったのだが

 

白い壁に白いベッド、窓から見える景色はちらちらと雪が舞っている。看護師さんに聞いたら今は2月なのだと教えてくれた。道理で寒いわけだ。

たまに昨日見た光景がフラッシュバックする。明日はカウンセリングと精密検査を行うらしいがどうなるのだろう。

鹿島 忍(かしま しのぶ)というのが僕の名前らしい。忘れないようにしよう。

 

2月13日

今日は幾月という人が見舞いという形で会いに来た。記憶を失う前の僕を知っているらしいが、どうにも変な気分だ。

幾月さんは月光館学園というところの理事長で、僕はそこの生徒らしい。なんで親でなく理事長が来たのかと聞けば僕は孤児だったらしい。孤児院から特待生枠で入学したんだとか。

どうにも他人の話をされているようで妙な気分になるが、両親がいないというのは良かったと思う。正直記憶がない事が原因で気まずい空気になるのが嫌だし

 

何だろう、自分の事ながらえらく反応が淡白な気がする。記憶をなくす以前の僕はどんな人間だったのだろうか。あまり知りたくなくなってきた。

あと、僕は高校二年生らしい。17か。

 

2月17日

僕の退院日が決まった。25日らしい。

看護師さんがおめでとう、と言ってくれたがなんと返していいのかわからなくて曖昧に笑顔を浮かべておいた。

記憶がなく、後ろ楯もなく、社会的地位もない。僕の人生がハードモードすぎて泣きたくなる。

一先ずは寮に戻った後に色々と僕の情報を集めよう。理事長は落ち着くまで欠席でもいいと言ってくれたけれど特待生という立場上あまり長期の休みは取りたくない。

頭がいたくなってくる。

 

2月20日

今日、また幾月さんがやって来て、公欠の手続きの書類と寮の移動についての書類を置いていった。

記憶が混濁していると今までの寮生活は辛いだろう療養も兼ねてどうかな、と言われたが情報を集めようと思った矢先だったので少し悩む。

明後日また来るからその時にどうするか教えてほしいと言われたがどうするべきか。

一先ず手元にある資料を読んで決めるとしよう。特別寮か、どういったものなのだろうか。

 

2月22日

結局、寮の移動をすることにした。それというのも情報は学校で集めればいいということに気づいたからだ。

少人数の寮というのも決め手になった。既に二年経った学生生活で今から新しく輪を作るよりはその方がいいと思ったからだ。

それを幾月さんに伝えるとどこかほっとしたように笑っていた。どうやら心配してくれていたらしい。

退院日に迎えを出すと言ってくれたけれど、何から何までしてもらって申し訳ない。

 

フラッシュバックが起きなくなった代わりに事故の瞬間を夢に見ることが多くなった。日常に支障がでないのはいいがあまり長く眠れず、深夜帯に起きてしまう。

購買で買った雑誌を読んで気をまぎらわせる日々が続く。

最近、夜が長く感じる。

 

2月25日

退院して寮に移ったのだが、驚いたことに寮生は三人だけだった。

同級生が二人と後輩の女子が一人。本当はあと一人居るらしいのだが何やら事情があるらしく教えてもらえなかった。

二年の桐条さんが寮則や建物について教えてくれたのだが思っていたよりもかなり緩い。

夜間の外出可、なんていいのだろうか?とも思って聞いてみたが桐条さんは家の事情等で夜出る事もあるからありがたいのだと言っていた。

けれど、外出するのなら学業に響かない程度にな、とも言っていたので割りと厳格な育てられ方をした人なのだろうと思っていたら一年の岳羽さんから桐条さんが大企業の社長令嬢だと教えられた。

さらに生徒会長も務めているらしい。なんか桐条さんはすごい人だった。

でも桐条さんの事を話す岳羽さんは妙に不機嫌そうだったので、桐条さんと喧嘩でもしているのかもしれない。話題には気を付けるとしよう。

もう一人は真田君という二年生の男の子がいるようだが、今日は会うことが出来なかった。なんでも大会が近いのだとか。

今日は頭が痛む。色んな人に会って疲れたのかもしれない。

 

3月1日

記録として残していいのかわからないが、今までの常識がひっくり返るようなことがあった。

説明を受けてから頭が痛い。もしかすると僕の記憶に関係するのかもしれない。詳しい話は明日にしようと言われたので今日は休もうと思う。

 

3月4日

昨日大切なことを思い出した。

いや、以前の記憶など、思い出せてないこともあるのだが、色々と書けない事を思い出したのだ。

だが、なんというか、だから何だという話で、何を書けばいいのか。

頭が痛む。疲れすぎたのだろうか。

もう、どうでもいい。

 

でも神様、なんで僕のペルソナは「ザ・ニンジャ」なんでしょう。

 




導入と面倒なペルソナ3の基本知識説明をざっくり飛ばしてしまおうというパートでした。
用語や事件の細かい話は追々説明を挟んで行く予定です。

『ザ・ニンジャ』
ゆでたまご先生の作品『キン肉マン』『キン肉マン二世』に登場する超人。
名前の通り忍装束に身を包み、一人称が「拙者」の元悪魔超人である。
ブロッケンに負けハンゾウに負けサタンクロスに負け、と全戦全敗を記録に持つある意味伝説の人。(後にカラスマン戦で初勝利をおさめる)
作者が一番好きな超人で、技の多彩さと噛ませらしい勝てなさ加減が魅力的なキャラクター。
この小説ではペルソナとして活躍していただきます。


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寮の中、寮の外

前回、人生ハードモードと言ったが、あれは嘘だ!
▂▅▇█▓▒░(’ω’)░▒▓█▇▅▂うわあああああああ


6月4日誤字修正と描写追加


朝練のある日、私、岳羽ゆかりの朝は早い。いつもより早く起きて、ゆったりと或いはばたばたと学校に向かう。まぁ、ほとんどはゆっくりできる日なんて無いのだけど。

特に最近はシャドウの動きも活発になってきており、真田や鹿島程ではないが夜遅くまで起きていることが増えた。寝不足ではないが疲れが取りきれていない、そんな日も多くなって来た。

だからだろうか、こういう場面に出くわす事も多い。

 

「おはよう、桐条さん」

「おはよう、今日も早いのだな」

 

階段を下りてきた桐条先輩と隣に座っている鹿島先輩が挨拶を交わすのを横目に見て、それに倣うように桐条先輩に挨拶をする。そして食べかけのトーストを少し急いで食べ進める。急いでといっても失礼じゃない程度にだけれど。

 

私は桐条先輩が苦手だ。…苦手、とは少し違うのだがあまり仲良く話す気になれない。

だから、朝の時間はあまり会話が続かない。嫌な沈黙が流れる。だから前は耐えきれずにさっさと学校へと出掛けていたのだけど。

桐条先輩が席に座るのを確認してか鹿島先輩が声をかけた。

 

「トーストを焼こうかと思うけど、桐条さんはどう?」

 

そう言って立ち上がろうとする鹿島先輩に、いただこう。と桐条先輩が答えるのを聞いてなんとも言えない複雑な気分になる。

時間はまだ余裕があるし朝食も食べきれて居ないので席をたつのはあまりよくない。けれど二人きりというのは歓迎しがたい。…だからって何か言える訳じゃないのは私が一番わかってる。

 

「了解。目玉焼きかチーズか乗せようか?」

「いや、結構だ」

 

じゃあ、新しいの焼いてくるからちょっと待っててね。と言って居なくなる鹿島先輩を少し恨めしげに睨む。おそらくは100%の善意で行ってくれているのだろう。皿の上に残された食べかけのトーストを見ると余計にそう思ってしまう。

あの先輩はお人好しなのだろう。いや、10日足らずとはいえ一緒に生活してきたのだから大体の性格はわかっているつもりだ。孤児院の出身だと聞いたからそれも関係があるのかもしれないけど、うん。

だからか桐条先輩が鹿島先輩に仕事を押し付けているような、風に見えてしまう。勿論先輩達にそんな考えがないというのはわかってても、つい考えてしまう。なんかいやな子だな、私。

そうやって勝手に一人で悩んで据わりの悪い気持ちになるのがここ何日かの朝の私の日常。

 

「はいどうぞ。飲み物は牛乳かオレンジジュースで勘弁してね」

「あぁ、ありがとう」

 

先輩たちのお互いに特に気にしてないだろう姿を見ると、余計に自己嫌悪が進む。桐条先輩だって本当は悪い人じゃない、私の勝手な考えだ。

 

「鹿島、学校には慣れたか?」

「んー、ぼちぼちって所ですかね。なんか転校生とも言えない妙な立ち位置なので馴染むのはもう少ししてからかな。」

「そうか。何か不都合があれば言ってくるといい。できる限り力になろう」

「あはは、春休みまでは一先ず頑張ってみるよ。ありがとね桐条さん」

 

結局、いたたまれなくなってさっさと出て行くことにした。荷物は用意してあるのでグラスに入った牛乳で残ったトーストを流し込んで席を立つ。今日は朝練もあるし、急いで出ていってもおかしくないよね。

 

「じゃあ、すみませんが私、先行きますね!」

「うん、部活頑張ってね。気を付けて行ってらっしゃい」

 

そういって手を振って見送ってくれる鹿島先輩に、心の中で謝りながら扉から外にでる。

最初は妙な先輩が増えたと思っていたけど、今では一番お世話になってるんだから、我ながら現金な話である。

 

「いってきまーす」

 

こういう人の触れ合いって悪くないと思う。何となく、今日も一日頑張れそうだ。

 

 

 

 

 

憂鬱だ。

憂鬱だ、憂鬱だと言っていても事態が好転するわけではない。ないけれど言わずにはいられない。もっとも聞かれてもあれなので心の中で呟くに留めてはいるが。

 

「身体の方は大丈夫か?」

 

それでも感情が表に出てしまったのだろうか、少し心配そうに尋ねてくる真田君に大丈夫だと告げる。夜のパトロールに殆ど無理矢理着いてきたのだから文句は言えない。

実際は大丈夫ではなくとも、やると決めた以上、弱音は吐けない。

 

「そうか、無理はするなよ」

 

そう言って気にしないように振る舞う真田君は好い人だと思う。こんな境遇になってハードモードだ何だと言っていたが、交流関係は確実にイージーな気がする。後輩の岳羽さんは優しくて良い子だし、真田くんも桐条さんも頼りになる。

まぁ、シャドウだ戦闘だと、やってることはハードなのは変わらないのだが。

だがいきなり不測の事態に陥って、ぶっつけ本番で戦えるほど自分は強くないし戦闘慣れもしていない。だから真田君のやっているパトロールに着いてきたのだが、あまり気分は優れない。

 

「シャドウだ!気を付けろ!」

 

その言葉に思考を切り替えて身構える。無意識に召喚器を握る右手に力が入る。

視線の先に得たいの知れないものが映り込む。

…戦闘だ。

 

ゲームで言えば初エンカウントになる敵は何やら黒いヘドロに仮面のついた化け物だった。

これがシャドウ、そう考えながらも心に有るのはこいつらが俺の記憶を奪ったのだという憤りで、でも埒外の存在への恐怖や手にした物、いろんな事への嫌悪感から目を背け、右手に握った召喚器に神経を集中させる。

銃口を自分の顎に当てて脳天目掛けて打ち出す。

ガチンという撃鉄の落ちる音を認識すると同時、体が軽くなったような妙な感覚を覚えながら大きな声で名前を叫ぶ。

 

「やるぞ!ザ・ニンジャ!!」

 

言うが早いか、ホログラフのように自分の背後に現れるザ・ニンジャを身に纏うと、ホルスターに召喚器をしまって腰に差した小太刀を抜く。

そして先手必勝とばかりにシャドウに斬りかかる。

 

「あまり前に出すぎるな!初めは戦闘に慣れる事を優先しろ!」

 

後ろから聞こえる真田君の言葉にシャドウへの攻撃の勢いを少し緩める。浅くだが感じた手応えに反撃を喰らう前に後ろに引く。

素早くバックステップで距離を取って相手を見やると、真田君には目もくれずこちらに突っ込んでくる様子がはっきりと見えた。大したダメージは入っていないようだが、ヘイトは稼げたらしい。

その隙を突いて真田君が雷撃を打ち出し、それにシャドウが痺れたところを仮面目掛けて小太刀を降り下ろした。

粘土を貫いたような感触を味わいながら、断末魔を上げてシャドウは地面に溶けるように消えていった。

 

「よし、殲滅完了だ。初めてにしては上出来だな」

 

その言葉に、肺にたまった空気をゆっくりと吐き出してペルソナを解除する。するとまるで全身を蝕むかのように緩く疲労が纏わり付くのを感じて、これが勝利の感覚かと馬鹿な思考を巡らせる。

 

「元々今日は早めに引き上げるつもりだったからな。無理そうだったらいつでも言ってくれていい。」

 

確かに疲労は感じているがまだかなり余裕があるので折角の提案だが遠慮させてもらう。続ける意思を真田くんに伝えると了承の意と、何やら嬉しそうな様子が見てとれる。

次に進もうと前を歩く真田くんに着いていきながら、自身のペルソナである『ザ・ニンジャ』について考える。戦ってみて思うにザ・ニンジャは原作同様スピードとテクニックで押すタイプのペルソナらしく火力はそれなりで手数で戦うのがいいようだ。所謂ヒットアンドウェイというやつだ。慣れてくれば強硬偵察や奇襲なんかもできるようになるかもしれない。

その事を追加で伝えると真田君は、どこか嬉しそうにそうか、と返してくれた。

岳羽さん曰く、「バトルジャンキー」らしいのでこういう会話が楽しいのかもしれない。男同士だから楽しめる事ってあるよね。今はそんな余裕ないけどな!

 

「では散策の続きといこう」

 

真田君の先導に従って散策を再開する。戦闘前にあった負の感情は大分薄れていた。

夜はまだ長い。

 




ということで、今回は寮のメンツとの関係性についてのお話でした。
桐条先輩だけ内容が薄いので次回のメインは桐条先輩になると思います。主人公の身に起こったことについてはまぁ、そのうち。
そういや春休みってどれくらいの期間なんだろうか。

思ったよりお気に入り登録が多くてびっくりしました。ありがとうございます。
投稿ペースはかなり遅いですが、最後までお付き合いいただければ幸いです。

『ペルソナ』
ジョジョでいうスタンド。

『召喚器』
ピストル型。自分の頭に向かって撃つとペルソナが召喚できる空砲。ペルソナ3だけの要素。作者的には4のタロットが好き。

『ホルスター』
召喚器ってどこにしまってるのかな?と思ったので主人公には持たせてみた。

『小太刀』
本当は忍者らしく忍刀(直刀)にしようと思ったけど需要無さすぎて桐条グループでも準備できなさそうだったので大人しく小太刀にした。
戦闘スタイル的にコロマルと被りそうだけど、スキルで差別化できる、はず。手裏剣とか使わせたい。

『戦闘スタイル』
流石に素人に徒手空拳で戦わせるのは無理と判断したので小太刀で戦います。
テイルズのすずとかDoAのハヤブサとかそんな立ち回りができたらいいな。

『ペルソナを身に纏う』
普通できない。けど、何故かできてしまう。
理由はあるので想像してみてくだされば、作者はとっても嬉しいなって。


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第一試合 対大型シャドウ

2評価をいただいてしまったので、少し書き方を工夫してみました。
試行錯誤するのは楽しかったのですが、その為に投稿が遅くなり申し訳ございませんでした。

桐条先輩は犠牲になったのだ。犠牲の犠牲にな。


草木も眠る丑三つ時、もとい魑魅魍魎の跋扈する影時間。調子が良いからと付き合ったのが運の尽きだったか、今日も元気に真田君と共に夜間パトロールという名の散策中である。

調子がいいとはいえ、長いこと活動していれば疲労が溜まってくる。かれこれ体感で3時間程シャドウの掃討作業を続けている気がする。桐条さんに影時間はおよそ1時間だと聞いたけれど、絶対嘘だ。

 

 

「その角にシャドウの影が見えるね。真田君、注意して」

「了解だ」

「ほんとにこれで最後だから。俺のペルソナ燃費悪いんだから止めにしようね!」

 

 

何度も強く念を押す。しつこく感じるかもしれないがこれで三度目のやり取りなのだからしつこくもなる。

初めて夜の散策を一緒にした日から、真田君は遠慮をやめ、バトルジャンキーのあだ名通りのアクションを取るようになった。

この執拗なシャドウ狩りもその一つである。

 

 

「俺から仕掛けて注意を引くから真田君はその隙にやっちゃって」

「任せろ」

「それじゃあ、行きます!」

 

 

疲れているからと戦闘を長引かせても変わらないのでさっくりと倒してしまうことにする。

助走をつけて、シャドウに視認されたと同時に跳んでシャドウを飛び越える。降り立つ前にダーツを投げて牽制し、着地と同時に腰の小太刀を抜いて突貫。

 

よしっ!今だ!

 

相手の警戒がこちらに向いている間に後ろから真田君がシャドウを正確に捉え殴り抜く。その勢いのままに中に浮いたシャドウに追撃の小太刀を一閃し、フィニッシュ。

消えていくシャドウを尻目に、足下に転がっているダーツを回収する。

流石に数をこなしてきたこともあって動きがかなりスムーズになってきた。とはいえそろそろ足元が覚束無くなってきて立ち眩みのようになっている。少し無理をしすぎたかもしれない。

 

 

「随分あっさりだな。味気ない。もう少し手応えのある相手でもいいんだが…」

「やめて」

 

 

このバトルジャンキーを誰か止めてくれ。

これで明日疲労と筋肉痛で動けなくなるなんて事になったら、桐条さんに言い付けてやる。きっと彼女なら喜んで真田君の押さえつけに協力してくれる事だろう。一月もいれば力関係なんて透けてみえるのだ。

 

 

「明日もあるし、そろそろ探索を引き上げようよ」

 

 

だが最後の注意くらいはしておこうと、身体も悲鳴をあげているのでさっさと帰りたい、という本音をオブラートに包んで言葉に乗せる。

もしこれでNOと言われた場合、さっさと一人で帰るつもりだ。目眩がするレベルの疲労なんて普通じゃない。

 

それでも悩んでいる真田君に呆れながら周囲に目をやると、巨大な発光する塔が目に入った。

夜の姿の学校、たしかタルタロスって言ってたっけ。その姿もこの位置からならよく見える。満月である事も相まってその姿は幻想的で、現実味のない物に見える。それを不気味だとも思ったけれど、つい目が離せなくなる。

 

心がざわつく。

そういや、俺が倒れてたのってあそこの近くだったんだっけ。

 

 

「…それもそうだな。なら帰るとするか」

 

 

ぼんやりとそんなことを考えていたら真田君は結論が出たのか帰る事にしたらしい。桐条さんに連絡を入れ始めた真田くんの姿に安堵の息がもれる。

――良かった、やっとこれで帰れる。

 

そこで気を抜いたのが悪かったのか。振り向いたから良かったのか。

巨大な影が真田君の後ろに佇んでいるのが目に飛び込んできた。

咄嗟に真田君をシャドウから引き離そうと手を伸ばし、ありったけの声量で叫ぶ。

 

 

「真田君!後ろ!」

 

 

木を叩いた時のような音が響くと目の前で真田君が弾き飛ばされた。空しく空をつかむ右手を見て情けなさが沸いてくるが、今はそんな場合ではない。

ザ・ニンジャの索敵に引掛からなかったのか!?

 

 

「くっ、何てでかさだ。さっき倒したやつの5倍はあるぞ!」

「何嬉しそうにしてるのさ!一旦退くよ!」

 

 

幸い真田君は無事だったようでのんきなことを言っているが、そんな場合じゃない事くらいわかってほしい。

もうやだこのバトルジャンキー。

 

 

「真田君達はあんな大きさのシャドウと戦ったことは?」

「初めてだ。帰ったら美鶴のやつ驚くぞ!」

 

 

なんでこんなに元気がいいのか、腕があらぬ方向に曲がっている人間の台詞ではない。というかあの一瞬で咄嗟に腕で身体を庇ってたのか。凄い反射神経だな、流石スポーツマン。

しかし腕は使いものにならないくらい悲惨な事になっており、戦闘に参加するのは無理だ。つまり戦えるのは俺しかいない。

 

 

「桐条さんに連絡しないと。あいつの注意を引いてるからお願い!」

 

 

状況を理解するや否や小太刀片手に敵に吶喊する。真田君への注意を反らして時間を稼ぐ。時間を稼げれば撤退でき次第桐条さんが対策を講じてくれることだろう。

少し違うが、ここは俺に任せて先に行け!というやつである。

 

 

「鬼さんこちら!」

 

 

うぞうぞと蠢く触手を躱し、顔とおぼしき仮面に斬りかかるが触手の持った剣で弾かれ、お返しと言わんばかりに此方に斬りかかってくる。複数の変則的な太刀筋を見極めきれず、致命的ではないものの肩や脇腹に何発かもらってしまう。

どうやら見た目は最近狩っていたシャドウによく似ているが、明らかに強く、動きも段違いである。

牽制とばかりにダーツを投げるが、刺さっても意に介さずに突っ込んでくる様からちまちまとした戦闘はできなさそうである。

 

 

「うっそ、ダメージ通ってないの!?」

 

 

大きく飛び退く事で回避をし、距離をとる。まずは機動力を削ぐところから勝負!

 

 

「食らえ『忍法クモ糸縛り』!」

 

 

何処からともなく縄を取り出して、しゅるしゅるとまるで蛇のように大型シャドウを雁字搦めに縛り付ける。

シャドウも縄を切ろうと手に持った剣を振り回そうとするが、そうは問屋が卸さない。物理が効きにくい相手には魔法が効くと相場が決まっている。

疲労か体力の限界か、ガンガンと警鐘を鳴らす頭を振って、無理やり次のアクションに移る。やるなら短期決戦しかない。

 

 

「派手に燃えろ!『灼熱地獄』!」

 

 

口から火球を吐き出して縄に引火させる。会心の一撃。手応えありだ。

縄を介して燃え移った炎がシャドウの身体を焼き尽くさんと威勢よく燃える。ゴムの焦げるような異臭が周囲に漂っていてシャドウは熱さからかのたうち回るように暴れている。うまくいった。

撤退戦のつもりだったがこれはあれだ。「別に倒してしまっても構わんのだろう?」という奴だ。格好よく決められたのではなかろうか。

なんて、きりきりと痛む頭のことをまぎらわす為にできるだけ別の事を考える。

 

瞬間、目の前が炎で埋め尽くされた。

 

火球。俺がさっき放った物の何倍もの規模の火球が俺めがけて飛んできていた。

あれは食らえばよくても瀕死は免れない。

その場から飛び退く事ができたのは殆ど奇跡だった。いや、本能的な行動だったのかもしれない。

全身のバネを最大限活用して大きく跳ねる。直撃はしなかったものの、着弾直前に飛び退いたので足に多少の火傷が出来ていた。身体はまだ動くが、機動力は落ちた。正直まずい。

驚きのままに視線を向けると、先程までのたうち回っていたシャドウはいつの間にか此方に視線を向けまるで嘲笑うかのようにその身体を揺らしていた。騙された。

 

嘆いていても現実は非情である。

技を使いすぎたのが原因か頭痛が酷いことになってきていて目の奥がちかちかと白く明滅している。

元々余力がない状態で短期決戦を想定していたのでこれ以上戦闘を続ける余裕なんてあるわけない。対して敵はまだ余力がありそうでやる気も十分ときている。これ以上は戦えない。

 

 

「連絡がついた!一度寮まで退くぞ!」

「っ!了解!」

 

 

天はまだ見放していなかったらしい。真田君の言葉に、これ幸いと撤退行動に移る。

『クモ糸縛り』と火傷のおかけでシャドウの動きが鈍くなっている今、撤退するなら絶好のチャンス。前を走る真田君の背中を追うように足を動かす。

 

時折飛んでくる火球を避けながらも追ってくるシャドウから逃げ続け、飛び込むように寮に入り、その場にへたりこむ。

肩で息をするように呼吸するが、呼吸音に異音がまじる。どうやら喉も焼けているらしい。

だが生き延びた。その事実を確認して気を抜いたのがまずかった。

桐条さんと真田くんが何か言っているのを聞きながら、ぷつんとテレビの電源が落ちるように俺はその場で意識を手放した。

 

 

 

 

 

目を覚ますと知らないベッドの上に寝かされていた。

ぼんやりとした頭の中で冷静な部分が叫んでいる。このパターンつい最近味わった事のある奴だ。…ということはまた病院に逆戻りしたらしい。

視線をさ迷わせるとベッド脇に腕にギプスを嵌めた真田君が座っていた。

 

 

「…ゃあー、さ、だくん」

「無理に声出さなくて良い。ほら、飲め」

 

 

声をかけようと口を開くが、どうにも声が掠れていて喋りづらくうまく話せない。見かねた真田君が枕元に置いてあった水差しを取って手渡してくれた。ありがたい。

身体を起こして水を飲んでいると、あの後、俺が意識を失ってからどうなったのかを聞かせてくれた。

曰く、あの日入寮してきた新入生が速攻で倒したとのこと。

マジかよ、あいつ滅茶苦茶強かったのに、どんな奴だよ新入生。え?入院中?怪我はしてないけど初めてかつ突発的にペルソナを使って精神的な疲労が出た?そっか、やっぱり大変だったんだ。

喉が痛かったので相槌もそこそこに最低限の事しか言えなかったけど、要点と思われる聞きたいことは聞けたと思う。それにしても意識不明の状態が続いてるって大丈夫なんだろうか。俺も今しがた目を覚ましましたばかりだから何とも言えないが、やはり心配だ。

 

それから暫くの間お互い無言だった。俺は喉の痛みと話題の無さから。真田君はたぶん、罪悪感からだったんだと思う。

 

 

「無理させて悪かった」

 

 

沈黙を破ったのは真田君の方だった。謝罪の意図は、まぁ言葉の通りだろう。

俺の制止を聞かず無理に戦闘して、疲れてボロボロの状態で強敵からの奇襲、更に自分は即座に負傷して戦力外。下手したら二人とも死んでいても不思議ではない状況だった。それで自分を責めているのだろう、それ故の謝罪。

たぶん、その事を俺が責めても真田君は何も言わず謝罪してくれる事だろう。だが――、

 

 

「仕方なかった。って事でいいじゃない」

「え…」

 

 

許す理由は色々ある。過ぎたことを責めても仕方ないだとか、死ななかっただけよかったとか。

だけど一番の理由は、今責めてしまったら真田君はもっと無茶をしてしまうんじゃないかとそう思ったからだ。

 

 

「だから仕方なかったんだよ。お互い無事…ではないけど死んでないんだから儲けものだよ」

「そんなものか?」

「そんなものだよ」

 

 

後輩に全部任せちゃったのは流石に情けないけれど。

そう言って笑ってみせると真田君も少し笑ってくれた。その時にはもう、先程までの暗い雰囲気はなくなっていた。

 

 

「ありがとう」

「どういたしまして」

 

 

化け物に襲われて大怪我を負って、しまいには病院に逆戻りという散々な結果だったけどこうして笑えているなら問題ないかな。

 

鹿島忍 17歳。

この世界に来て、初めて友達ができました。

 

 

 

 

 

「…あのシャドウ、再戦できないものか」

「ほんとやめて」

 

 

反省はしてくれたものの、どうやら俺の災難は暫く続きそうである。

なお、その後倒れたという後輩の見舞いに行ったところ女の子だった事に驚いて変な声をあげてしまい、看護婦さんに怒られたという事を追記しておく。

 

 

 

第一試合 鹿島忍 vs 大型シャドウ「マジシャン」

鹿島忍の逃走により決着

勝者 マジシャン(決まり手 アギダイン)

 

勝ちはまだ遠い。

 




ということでいきなりの本編開始でございます。

前話からこの話まで、色々と考えたのですが戦闘とイベントがないと花がないという理由で三話ほど没になりました。遅れた理由その二ですね。
前書きでも書いた通り文章量や書き方を変えてみましたがいかがでしょうか。何かご意見、感想等あれば一言でもいいのでよろしくお願いします。

また、お気に入りが二桁に到達したのでとてもモチベーションが上がっております。ありがとうございます。

次回は女主人公の話と学校での鹿島くんの話の2つがメインになるんじゃないかと思います。
ハム子の名前どうしようか。




『影時間』
一日の終わりと始まりの狭間にある隠れた時間。シャドウ達の作り出す四次元的異相とかなんとか難しい説明のついて回る時間帯。
ペルソナ使いとシャドウ、シャドウの支配下にあるものしか生物は活動できない。
謎時空。

『俺に任せて先に行け』
死亡フラグである。

『倒してしまっても構わんのだろう?』
死亡フラグその二である。

『大型シャドウ』
満月の夜に現れる強いシャドウ。
タロットカードをモチーフにしており、一体目の呼称は「マジシャン」である。
なおこのマジシャン、見た目が最初に出てくる雑魚敵の「臆病のマーヤ」によく似ており出番も少ないことから印象がとても薄い。(が、鹿島くんでは勝てない)

『忍法 クモ糸縛り』
ザ・ニンジャの使う忍法。ロープで敵を縛り上げ身動きを封じる技。原作ではブロッケンJr.が掛かり、苦戦を強いられていた。
ペルソナ的にはスピードダウンのデバフ技「スクンダ」のようなものと捉えていただければ問題ない。

『灼熱地獄』
アギラオ。ただし魔法は口から出る。

『新入生』
P3Pでのプレイヤーこと女主人公である。正しくは転入生。
名前がプレイヤー個人でバラバラのためネットでは『公子』や『ハム子』と呼ばれる事が多い。『主人公子』が元ネタである。
また、男主人公の場合は『ハム太郎』と呼ぶ場合があるが、その見た目故に圧倒的に『鬼太郎』と呼ばれることの方が多い。
どうでもいい。



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日記という名の状況整理

Q.命の危機に瀕した人間がその記憶を曖昧にする理由を答えなさい。(配点10点)


3月5日

 

昨日は混乱していて整理がつかなかったが、今日は少し落ち着いた。それでも精神的な疲労からか朝起きるのが遅くなってばたばたとしてしまったのだけれど。

戻った記憶がどうにも事件の直前と『以前』の記憶の一部程度なので核心と言える事は何も分からないが、それでも以前と同じ事をしていれば思い出せる事もあるだろう。

孤児院の時の記憶にあったので、一先ず料理からやってみようと思う。

 

 

3月6日

 

(何か書かれているが黒く塗りつぶされている)

 

 

3月7日

 

今日は荷物が届いた。以前いた寮にあった俺の私物をまとめた荷物らしい。教科書などの最低限の荷物は既にあったので残りということだろう。

今は大変だろうからと、幾月さんが手配してくれたようだ。ありがたい。

今日は一日、記憶を取り戻す物が無いかを探す予定だったのできっかけになるものが有るかないかでは大きく違うので、そういう意味でもこのタイミングでの荷物はありがたかった。

中身は本が数冊と不恰好な小物と音楽プレーヤー程度しか入っておらず、見てもあまり思い出せる事は無かったが、ただその中に一冊のレシピ本があったので、今あるこの記憶は無くなる前の物で合っていたようだ。

今日、寮の台所の使用許可を桐条さんからいただいたので、早速明日から作ってみよう。

 

 

3月9日

 

朝御飯を作っていたら朝練に向かおうとする岳羽さんに出会したので一緒に朝御飯を食べた。

寮に入った日以来あまり話せていなかったので中々楽しい一時を過ごすことができた。

彼女は基本明るい性格の様で朝から元気でこちらも楽しくなる、そんな人だった。

サラダとトーストという簡単な朝食だったのだが、喜んでくれたので明日からは少し頑張ってみようかと思う。

 

 

3月13日

 

岳羽さんと朝食をとっていたらランニングから戻ってきた真田くんも加わった。

どうやら朝食を作っている事を知らなかったようで、たまに一緒に食べる事になった。食べる人は多いほうが楽しいから良いのだが、プロテインでトーストを流し込むのはやめていただきたい。

 

動きが良いからと真田くんに影時間ぎりぎりまで付き合わされたせいで体が悲鳴を上げている。明日は一日きつい事になるだろう。

朝御飯、真田君だけハムエッグ抜きでトーストをかじればいい。

 

 

3月16日

 

朝の面子に桐条さんと、たまにだが真田くんが加わった。というか記憶を思い出す為にやっていたのだが、何時の間にやら朝食担当のような位置になってしまった。

結局記憶も戻らず終いなので成果自体は無かったが、寮の皆と仲を深められたので良かったのかもしれない。まぁ、それでも世間話ができる程度でしかないのだが。

学校でも未だに距離感が掴めず一人で過ごしているので、友達作りを少し頑張らないといけないだろう。

というか記憶を失くす前の授業内容がわからなさ過ぎて辛い。更に真田くんに貸してもらおうとしたらノートはとってないらしく、とても辛い。

とにかく今は記憶の回復とペルソナ関連の情報収集に努めよう。ただでさえ俺のペルソナは変わっているのだから。明日は明日の風が吹くと、偉い人も言っていた。

そういうことにしておこう。

 

夜に参考書片手に唸っていたら桐条さんに心配された。

授業の内容が思い出せないのだと言ったらノートを貸してくれた。いい人だ。

今度何かお返しをしよう。それがいい。

 

 

3月20日

 

昨日寮の食費を纏めておいてくれと言われたが、どうやら経費で落とそうということらしい。

今までは寮の雑費の中からいくらかいただいていたのだが、思いの外桐条さんに受けが良かったらしく晴れて食費をきちんといただけるようになった。これを嬉しいと捉えていいのか俺には分からない。だって、ついでとばかりに家計簿をつけることを義務付けられたのだから、喜んでばかりもいられない。

何にせよこの寮の食事事情を一手に引き受ける事になったのだから頑張らねばなるまい。

今は朝食だけにとどめておくが、休みの日なんかは全員分の晩御飯を作る事も考えてみようかと思う。岳羽さんと桐条さんの仲が少し不安要素ではあるが、いつかできたら良いと思う。

なんだか最近自分が生きていると実感する。だれかと関わっていると楽しい気持ちになれる。

これで学校でも友達できるといいんだけどなぁ。

二年生もそろそろ終わりが近い。

 

 

3月24日

 

春休み、何をしようか、無計画。

いや、寮にいる以外無いんだけどさ。

 

 

4月3日

 

新学期から寮に新しい子が来るらしい。なんでも2年からの転入生とか。

つまり完全に俺の後輩、ということになるのか。仲良くできるといいんだけどな。

 

最近ペルソナの扱いに慣れてきた。夜の散策が効いているのだろう。体つきも少し良くなったし、悪いことばかりでも無いようだ。

今度お礼に真田くんに朝食のリクエストでも聞いておくとしよう。

短かったが、そろそろ春休みも終わりだ。

 

 

4月8日

 

今日はすこぶる調子がいい。

影時間程ではないが、日中でも体が軽かったように思う。バック転位ならできるんじゃないだろうかと思って軽く運動してみたが、体力自体はたいして変化なかったようでただ疲れた。

逆に運動したせいで目が冴えて中々寝付けそうにないので、今日は少し本でも読もう。

少し走ってきてもいいのだが明日から新学期だ。疲労を残してはおけない。

 

 

4月11日

 

『マジシャン』と名付けられた大型シャドウとの戦闘から2日。今日は真田くんに続いて新しく友達ができた。

長谷川沙織(はせがわ さおり)さん、年上だけど後輩の二年生。休学していたせいで年が嵩んだとかなんとか言っていた。

穏やかな人で、今度おすすめの本を教えてもらう約束をした。ガチガチの純文学は手を出しづらかったのでありがたい。

本人は年上なことを気にしているようだったが、記憶喪失の人間よりは特異性はないよと言えば笑ってくれた。うまく壁が取れたようでその後はただ楽しく話ができた。

休みの日は散策か本を読んでいるかしかないので、本について話せる相手は貴重である。基本は図書室にいると言っていたので明日辺りまた訪ねてみよう。

 

 

4月19日

 

転入生、有里公子(ありさと こうこ)ちゃんが目を覚ました。

朝桐条さんから話があり、明日の夜にペルソナの説明をするから集まるようにとのことだったので今日のうちに顔合わせをしておくことにした。

 

一言で言おう、パワフルだった。

 

いや、岳羽さんと桐条さんが比較的静かなタイプだからというのもあったのだろうが今時の女子高生感が凄かった。『今時』と言っても記憶も何もないのだが。

しかし、はじめは面食らったがかなりいい子だった。素直と言うか世間知らずと言うか、そこは年上として気にしてあげたほうが良いだろうが仲良くできそうでホッとした。

朝は苦手らしく、朝ごはんの誘いをしたら「頑張ります!」と言っていたのでOKを貰えたと思っておいてよいのだろう。本当に変わった子だ。

ペルソナに影時間にと、明日は彼女の常識を覆すような事を説明する事になる。

彼女の人生に幸多からんことを。




大型とやりあったので日記を挟んでみました。
説明不足を補っていれたら良いな・・・。

活動報告を更新しました。興味があればどうぞ。
今後の事と雑談としております。


『『以前』の記憶』
前世(仮)の記憶。持っている記憶が少なすぎるので確信出来るほどの物ではない。

『音楽プレーヤー』
P3といえばコレのイメージ。
鹿島君のには洋楽が結構入っている。

『友達作り』
並みのコミュニケーション能力ではまず無理である。
なんだよ記憶喪失+学年の終盤って!とは鹿島君談である。

『食費』
寮母さん鹿島誕生。
実は食費だけでなく寮のお金の管理を全部やらされている。

『長谷川沙織』
隠者コミュのあのお方。
作者は女主人公と男主人公とでコミュが一新されている事を思い知らされました。
コミュ関係では彼女を出したかった。ただ、それだけ。

『有里公子』
ハム子。
悩んだ挙句、有名な名前をお借りした。

『岳羽さんと桐条さんが比較的静かなタイプ』
えっ!?
・・・え?


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お金で買えない価値がある

お待たせしました。
どうにも筆をとる気力が湧かず放置気味になってしまいかなり遅い更新となりました。そして字数もあまり無いという…すみません。
べ、別に今更ダンガンロンパにはまったとかFGOに沼ってたとかじゃないんだからね!
…ホントダヨ?


新学期早々2日で入院による欠席を決めた俺は、二年生同様まるで腫れ物に触れるのように扱われ早速孤立した。

休み時間を全て読書に費やし、昼休みには作った弁当を一人で食べる。早い話が、寮以外での友達が未だにいないのである。

明彦くんや桐条さんとはクラスも別なので休んでいた二日間のノートを隣の席の山田くん(仮)にお借りして事なきを得たが、それで友達になれたかどうかと言われれば微妙である。二三言話をしたが、その程度の関係では友人とは言えないだろう。

 

因みにあの大型シャドウとの戦闘で怪我をしたことは、ジョギングの最中に不審者に襲われて怪我を負ったという事に世間的にはなっているらしい。

 

だから脇腹の切り傷や火傷跡を隠す為に包帯を巻いていても奇異の目にさらされる事はないのだが、だから心配しなくてもいいという話でもない。

小市民の俺からすれば理事長の幾月さんと桐条グループの根回しによるその隠蔽工作ができるという事実の方が、よっぽど恐ろしい話である。

また、その説明があった為か俺と真田君が一緒にジョギングするくらい仲がいいという話になり、事実あの一件以来仲良くなっているので否定できず、真田君のファンクラブらしき方々への受け答えに四苦八苦したのだが完全に些事である。

 

そんな事もあり、放課後は雨で寮に戻ってもやることもないので、面倒事とは縁遠そうな図書室へと足を向けることにしたのだった。

友達作ろうと思っていたのに人目を避けている事は決して突っ込んではいけない。

そんな建設的ではない思考を遮るように図書館の中をざっと見ると、図書委員のオススメ!と書かれたポップの立っているコーナーやベストセラーの置いてあるコーナーが目についた。

 

「流行、知ってたら話も広がるかな…」

 

ぽつりと呟くが返事は返ってくる筈もなく、妙な気恥ずかしさだけが残ってしまう。周りには聞こえてないと思う。聞かれていたら赤面だけで済むものではない。

女々しいとは言うなかれ、一人ぼっちの高校生活なんて耐えきれない故のいじらしい努力なんだ。と、自分に言い聞かせながら適当に目についた本をベストセラーの中から一冊手に取ってみる。

 

「この本って、多分読んだことない…よな?」

 

少し頭を捻ってみるが、当然のように思い出せなかったので軽く目を通してみる。立ち読みになるが、人もあまりいないし邪魔になることもないのでいいだろう。

結局10分程ぱらぱらと捲って読んでみたがどうにも肌に合わず、それならばと他の本も手に取ったのだがどうにも楽しめない。

視線が活字の上を滑るだけでどうにも頭に入ってこず、結果的に無為な時間になってしまった。

 

「あの、どうかしましたか?」

 

適当にイヤホンで音楽でも聞いて放課後の時間を潰そうかと半ば諦めた気持ちになっていると、ふいに声を掛けられた。

視線を遣ると、どこかおっとりとした印象の女性徒が立っていた。立ち読みしていたのを見かねて声を掛けたのやもと思い、話題作りの部分は伏せて面白い本が無いか尋ねてみる事にした。

 

「では、これなんていかがでしょう」

 

不躾な発言にも関わらず嫌な顔ひとつせずにポップの立ったコーナーから本を探して差し出してくれる。

流行のブースで渋い顔をしていたのを見られていたのか図書委員のおススメコーナーから選んでくれたのだが、本のタイトルを見て面食らってしまう。

 

「えっと、これは…」

「私の選んだ本なんですが、よろしければ」

 

おそらく純度100%の善意なのだろうが

 

「実はこの本、持ってるんです」

「あら」

 

そう、今差し出されている本は実は最初入院していたときに暇をもて余していたところを見かねた看護師さんが貸してくれた本と同じなのである。

恋愛小説に分類されるそれは、男子高校生があまり好きこのんで読むようなものではない。目の前の彼女もそう思ったのか驚いた様に見える。

何となく居づらい雰囲気になったのでひと事お礼を言い、さっさとその場を立ち去ることにした…。

 

 

 

 

「心理描写とか主人公の葛藤とか、細かい部分が綺麗に纏まっていて読んでて入り込んじゃう作品ですよね」

「分かります。最後はハッピーエンドなのも素敵ですよね」

 

したつもりだったのだが、あれよあれよという間に談話スペースで先程の本について語り合っていた。

確かに退出の流れまで持っていった筈だったのだが、長谷川さんの謎のオーラに流されてしまったのかもしれない。

 

「よかったら他にも長谷川さんのオススメの本があれば教えてもらえませんか?」

「はい、喜んで」

 

彼女の名前は長谷川沙織さん、図書委員をしている1つ年上の二年生。何やら諸事情により留年してしまったそうで、仲の良い友人が居ないのだと言うことから一気に親近感がわいて、ものの数分で話に華を咲かせる間柄にったのである。

ちなみに、

「浮いちゃうのってイヤですよね。俺なんて記憶喪失ですから、妙な距離感を感じちゃってクラスに友達居ないんです」

と言ったら長谷川さんの「(同情してるんでしょ?)」みたいなオーラが消えたことも一気に仲良くなれた要因な気がしないでもないが、深くは考えない事にする。可哀想な物を見るような目を向けられたなんて事実は存在しないのだ。

 

イヤァ、共通ノ話題ガアルッテイイナー

 

「また、お話してくれますか?」

 

長谷川さんオススメの本の貸し出しを済ませ、話も一段落したところで寮に帰ろうかとしたら突然そんなことを言われた。

 

「そう…だね。じゃあこの本読み終わったらまた来るよ。」

「はい、楽しみにしてますね」

 

無難な返しだがまた来るつもりだし、こんなものでいいだろう。長谷川さんも心なしか嬉しそうにしているし良かったんじゃないだろうか。

 

「またね、長谷川さん」

 

友達との別れの挨拶は「またね」だけだって偉い人も言っていた。

そんな事を考えていたからか、外はまだ雨がぱらぱらと降っていたけれどその時の僕には気にならなくなっていた。傘は無いのでとっとと帰るとしよう

 

 

 

「鹿島か、ちょうど良かった。話がある」

「話?」

「ああ、彼女の件だ」

 

寮に着くなり桐条さんからそんなことを言われた。

彼女――転入生の女の子の事だろう。

 

「他の皆にはもう言ったの?」

「岳羽にだけな。どう君に連絡をとったものかと考えていたからちょうど良かった」

 

どうやら待たせてしまったらしい。普段は直ぐに帰ってくるから困らせてしまったようだ。

それにしても岳羽さんだけにしか話してないと言うことは明彦くんにも話してないということだろう。腕が折れたというのにどこで何をしているんだ。

 

「明彦くんもそろそろ戻って来るだろうからその時にまとめて聞いた方がいいんじゃない?まだ話してないよね?」

「あぁ、ならそうしようか」

 

彼を待つ間、手持無沙汰になったのでキッチンへ紅茶を淹れにいく。桐条さんもいるし、それに雨で少し体が冷えているのもあって色々と都合がいいのだ。

 

「どうしたんだ二人とも。珍しいじゃないか」

「おかえり、明彦くんを待ってたんだよ」

「俺を?」

「明彦、それと鹿島に話がある。転入生の件だ」

 

桐条さんと二人、紅茶のカップを傾けながら待っていると10分もしない内に明彦くんが帰ってきた。雨とは別に濡れている所から察するに運動でもしてきたのだろう。

先ほど淹れた紅茶を飲みながら、桐条さんの言葉に耳を傾ける。

なんて事無い話の筈なのに何故か肌が粟立つ――。

 

風邪でもひいたかとこの時は思っていた。

今にして思えば、この時からおかしくなっていたのかもしれない。いや、正しかったのかもしれない。

どちらにせよ、この時はまだ夜は長かったのだから。

 




一応プロローグはこれでおしまい。
次回は転入生との顔合わせからですかね。書き溜めとかないので気長にお待ちください。

『隣の席の山田くん(仮)』
恐竜ではないです。
突然大量の消しゴムを使ってドミノもしません。

『不審者』
最近物騒ですからみなさんも気をつけてください。

『理事長と桐条グループの圧力』
権力は偉大。鹿島くんは小市民だから吹けば飛びます。後ろ楯も家族も無いので紙のように飛びます。

『流行とか分かれば~』
マジで実行に移ったことがあります。つまりはそういうことです。

『恋愛小説』
最近、妹のすすめで色々と読んでいるのだけれど青春パワーが強すぎて死んでしまいそう。
私は日の下では生きられないオケラのような生き物なのです。

『紅茶』
作者はコーヒー派。でも胃が弱いのでブラックでは飲めない。お酒もあまり飲めない。
一切酔わないのに穴は開く。理不尽


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俺の女子力は53万です。

前書きを書いたはずなのに消えてしまった…。

他の作品に浮気をしてしまい、またしても投稿が遅れてしまいました。
今回の話は初めてのタルタロス攻略です。

あと、転入生の名前を変更しました。
読者の皆様にはご迷惑をおかけします。申し訳ありません。

では、どうぞ


騒がしい。

子供たちが遊んでる。追いかけっこして、ボール遊びしておままごとして…いつものように遊んでる。

 

いつも?いつもって何だ?僕はこの光景を初めて見たはずだ。

 

──ねぇ、どうしたの?

 

うるさいな。考え事してるんだから放っておいてよ。

小学生くらいのお兄さんが話し掛けてくるのを邪魔に思って拒絶する。

 

お兄さん?こんな子供が?

困惑する僕を置き去りに何やら話が進んでいく…ここに至ってようやくこれが僕の見ている夢だと思い付いた。

 

──何だそんなことか!遠慮すんなよ!

 

夢というより思い出している、というのが正しいのだろう。多分この時の僕は「どうすれば一緒に遊べるか分からなくて…」とか言っていたのだろう。何故かそんな気がする。

 

──ここでは皆が友達で皆が兄弟なんだ

──昨日先生だって言ってただろ?

 

あぁ、そうだ。僕は先生から忘れちゃいけない事だって言われて育ったんだ。それこそ耳にタコができるほど。

 

──遊ぼうぜ

 

覚えてる。

確かに彼は僕の兄で、先生は僕らのお父さんで…。

視界がぼやける…夢が終わる。

 

待ってくれ、彼の名前が思い出せないんだ。もう少し、もう少しだけ…。

 

 

 

「なんだったんだろ、あの夢」

 

なんて呟いてみても返事をくれる相手はいない。多分なくした記憶の一部だと思うけれど心当たりどころか既に夢の内容も朧気になり何の役にも立ちそうもない。

 

一人寂しく無地のエプロン(百均)を着けて朝食作りに取りかかる。今の時間だと岳羽さんも夢の中、早起きは三文の徳と言うけど朝のロビーの寂しい雰囲気は好きになれない。

 

ミニオーブンで鮭を時間を短めにして焼き、その間に溶き卵にネギを入れて薄く焼き巻いて、さらに卵を入れてを繰り返して卵焼きを作る。

夢のせいで早起きした、というのもあるが今日は伊織くんのリクエストで和食なのでいつもより少しだけ手の込んだ朝食を作っている。

あとは野菜炒めでも作れば問題ないだろうと焼き上がった大きな卵焼きを大皿にのせて、空いたフライパンに切ったベーコンを敷いてから適当にざく切りにした野菜を放り込んだところで上の階の方から声が聞こえてきた。

時間を確認したら6時20分を回った辺り…この時間だと岳羽さんかな?

 

「おはようございます。鹿島先輩」

 

焦げない程度に野菜に熱を撹拌させていると、予想通り岳羽さんがキッチンの垂れ幕から顔を覗かせていた。

そして、その後ろから「おはよぅ、ざぃまぁ~」という気の抜けた挨拶が続く。

どうやら聞こえていたのは彼女を起こしていた声だったらしい。

 

「はい、おはよう」

 

と、二人に挨拶を返してガスの火を少し緩める。作業の手を止めて二人の方を見ると、いつもの様子の岳羽さんと、左右に揺れながらうわ言を呟いている公子ちゃんの姿があった。

どうやら彼女は朝に弱いらしい。

 

「座って待ってて。もうすぐできるから」

「すみません、私も手伝いたいんですけど」

 

いつもなら飲みものでも持っていって貰うところなのだが、岳羽さんの背中を枕に幸せそうな顔で夢の国へと旅立つ彼女の姿を見てしまっては仕方ない。

その姿を確認していいよいいよ、と言いながらそのままキッチンで作業を続けることにする。岳羽さんには彼女の世話を任せるとしよう。

苦笑いが押さえられないのは許容していただくとして、だ。

 

そうして、できた料理を運んだりと朝の準備をし、桐条さんが降りてくる頃にはすっかり目が覚めたのか野菜炒めを緩やかなスピードでもしゃもしゃしてる彼女の姿があった。

小動物チックで非常に可愛らしいのだが、できればそれなりのペースで食べてあげてほしい。さっきから岳羽さんが居心地悪そうに桐条さんの方を意識して見てるから。

 

「それで、昨日はよく眠れたか?」

「はい。ゆかりちゃんに起こされるまでぐっすりでした」

「まぁ、だいぶ疲れてたみたいだったからね。影時間、すごかったでしょ?」

「というかタルタロスが、ですかね。それに鹿島先輩も凄かったです!かっこ良かったですよ!」

 

極力岳羽さんの態度には気づいていないフリをしながら桐条さんの言葉に乗っかるように適当に昨日の初のタルタロス探索についての話題を振ると、思った以上に食いついてきてくれた。

いや、フィクションの中のような出来事があったんだしこの反応も当たり前か。今だ興奮冷めやらぬ様子の公子ちゃんが可愛らしく思えてつい暖かい目を向けてしまう。

やだ、家の後輩、可愛すぎ?

 

なんてアホな事を考えながらそのまま話に花を咲かせていると、ふと伊織くんがまだ降りてきていないことに気が付いた。明彦くんが居ないのは事前に聞いていたから知っているが、伊織君は?

 

「そういや伊織君は…まぁ、寝てるよね。何となくわかる」

「多分今日は遅刻ギリギリまで寝てるんじゃない、ですか?あいつずぼらだから」

「あはは、ゆかりちゃん辛辣だね…」

「初めての影時間での探索だったからな、疲れが抜けないのも仕方あるまい」

 

時刻を確認すると7時10分…まぁ、あと20分くらいは寝かせておいても大丈夫だろう。

それにしてもタルタロス、か。確かに昨日は少し張りきり過ぎたような気もする。疲れが抜けきっていない感じがするし、でもまぁ、後輩の前で格好つけたかったというのもあったので後悔はない。

 

「私は一回見たことあったけど、鹿島先輩のペルソナは、なんていうか…変わってますよね?」

「そうだな。ペルソナと合体、身に纏うことができる人間というのは今のところ鹿島しかデータがない状態だ」

「なんかそう聞くとモルモットにされそうで怖いんですが…」

「理事長も興味を示されていたよ。あの人も元は研究者の一人だからな」

 

少し話題から離れて昨日の事について考えていると俺の話になっていた。しかも不穏な方向に話が進んでいた。

あの、桐条さん?懸念を否定も肯定もされないと不安しか無いんですが。

などとは言い出せなかったので曖昧な返事を返しておく。桐条さんも理事長もとてもいい人だとは思うのだけど、どうにも権力のある人というのは慣れない。

何にせよ、昨日のように実力を示し続けるしかないわけだ。

特待生の肩書きもあるし、やることが多いなぁ…。

 

みんなが穏やかな朝の時間を過ごしている裏で、ひっそりと心のなかでため息を吐く。

とにかく今は出来ることをしていこう。走り続けてないと不安に押し潰されそうだ。焼き具合が完璧な鮭を口に運びながら見えない将来についての懸念を振り払うように再び談笑に混じる。

商店街のおじさんに勧められた鮭はとても美味しかった。

 

 

 

 

 

時刻は深夜の12時、いや少し手前か。我らが特別課外活動部こと『S.E.E.S』に新たに参加した後輩二名、有里公子ちゃんと伊織順平くん、を連れて皆で夜の学校までやって来た。

 

「そろそろ時間だな」

「えっ?」

 

『タルタロス』に行くぞ、と声を掛けて出てきたので後輩たちは少し騒いでおり、近所迷惑というワードが頭を過る。

確かに勇んで出てきて見慣れた学校に連れてこられたら騒ぎもしたくなるだろうが説明するよりも見た方が早いから流しておく。明彦くんもそう考えたのか突然カウントダウンを始めた。

 

「3、2、1…」

 

ゼロ、と明彦くんが言った瞬間に影時間独特の空気と光景が周囲を包み込んだ。そしてそれと同時に目の前の月光館学園が奇妙な現代アートのようなその本来の姿を見せる。

これが『タルタロス』――。■■が■■した愚か者達の■■の塔。

 

「ここが俺達の攻略目標、『タルタロス』だ」

「中にはシャドウが犇めいている魔窟…解りやすい言い方だとRPGのダンジョンみたいなものになってる」

 

多少見慣れている岳羽さんとは違い、呆然とタルタロスを見ている二人が騒ぎだす前に先手を打って説明を入れる。もっともそれは順平くんが男の子らしい反応を返(おおさわぎ)してくれたことで意味がなくなったのだが。

細かな説明は桐条さんに任せて明彦くんと二人、先行して中に入っていく。どうやら話に聞いた通り入り口は安全らしい。

 

「私はサーチや通信といったバックアップを行う、明彦も今日は待機だ」

「それじゃあ、俺が引率でいいよね?」

「あぁ頼む」

 

タルタロス攻略に向けての大まかな指針と細かな説明を終え、いざ探索というタイミングで二年生達に武器を渡していく。薙刀、大剣…どちらもレプリカだが、雑魚を相手にするなら性能は申し分ない。

 

「今日は二年生を中心としたパーティーで攻略してもらう。今回は初めてということで二年生三人に鹿島を入れた四人構成だ」

 

説明の間に既に自分の装備は済ませてある。

不安そうな子や興奮冷めやらぬ様子の子もいるようだし、先輩として一肌脱ぐとしますか。

だから明彦くん、羨ましそうにこっち見ないでよ。しょうがないだろ怪我してるんだから。

 

 

 

 

「俺の事はいざという時の手段、程度に考えておいてね。今日の目的は皆に影時間やシャドウに馴れてもらう事だから」

 

だからあんまり期待しないでね。と言っている先輩は確かに戦う男!って感じの人ではなく、桐条先輩のようにサポートをメインに行うタイプのペルソナ使いなのかもしれないが、落ち着いた人が居るだけで気持ちはだいぶ楽になった。

 

それでも手に収まったずしりと重い薙刀がもたらす緊張感を完全に拭い去ることはできなくて、何度か握って手になじませようと試みる。効果があるとは思えないが、やらないよりはマシだ。

 

「じゃあ、始めにリーダーを決めようか」

「えっ、鹿島先輩がするんじゃないんですか?」

「俺のペルソナ自体があんまり燃費がよくないからね。司令塔が直ぐにバテちゃったら大変だろう?それに人を纏めるのは性に合わないんだ」

 

どこか有無を言わせない雰囲気に、そこは性に合わないとかでなくやってくださいよ。とは言えず、仕方ないので二年生の中で決めることになった。

やる気があるのは順平だけど、どうにも力が入りすぎてるみたいに見える。なら、とゆかりちゃんを見るがこちらは逆に不安げだ。三人の中で一番影時間に馴れているのはゆかりちゃんだけど、あまり無理強いをする訳にはいかない…。

 

「ふむ、有里。お前がやれ」

「ええっ!なんでこいつなんスか」

「彼女はこの異常な環境で適応しようと思考し、何よりこの中で一番落ち着きが見られる。司令塔としては最適だと判断したまでだ。それに、先日の大型シャドウを討伐した実力もある」

 

思い悩んでいると桐条先輩に指名された。突然の事に目を白黒させているうちに決定してしまい、口を出す暇が無かった。

自分が選ばれなかったのが不満だったのか順平が噛みついていたが桐条先輩に論破されその勢いは削がれてしまい、不満そうではあるが桐条先輩の鶴の一声が効いたのかおとなしくしているし、ここは私がやるしかない、のかな?

 

「まぁ、そんなにむくれるなよ。確定ってわけじゃないし、実力を示せばいいんだから」

 

更に鹿島先輩に諭されて完全に順平の勢いが消えてしまった。ここで「いや、私にはできませんよー」とか言い出すのは無理だ。流石にこの流れは壊せない。

成り行きとはいえ仕方ない。

 

「じゃあ行こうか」

「はい。出発します」

 

気持ちを切り替えて、簡単にみんなの装備を確認し終えると、それを見計らったように鹿島先輩が此方に寄ってきた。先程まで真田先輩と話していたようだけど良いのだろうか。

そう言おうと口を開きかけたが、出発を促すようにして遮られてしまった。どうやら問題ないらしい。それならと気を取り直して皆に出発を告げる。

 

出発間際、後ろから「俺も怪我さえしていなければ…鹿島だけ、何故…」とか聞こえてきて鹿島先輩が何故急かして来たのかを理解した。

 

 

 

 

『一先ず先に進んでくれ。シャドウの反応は近くにないからあまり気にすることはない』

「了解しました」

 

桐条先輩からの通信を耳に着けたインカムで聞きながら学校の廊下にどことなく似ている通路を警戒しながら歩いていく。

前方を私と順平が、その後ろにゆかりちゃん、最後尾を鹿島先輩という隊列だ。ちらりと後ろを確認すると、鹿島先輩はどこかリラックスした風にも見える程自然体で、ガチガチに緊張している私たちとの経験の差が感じられた。

「今日は馴らし」というのはこういう事だったのか。

 

『前方に敵シャドウ反応アリ。気を付けろ』

 

桐条先輩の通信に逸れていた注意を前方に戻すが、シャドウらしき姿は確認できなかった。

 

「こっちでも視認したよ」

「「「えっ?」」」

「目を凝らして見てみなよ」

 

そう言われてシャドウがいるであろう方向を注視すると…見えた。黒い泥に青い仮面がくっついた奇妙な巨大アメーバのような物体、あれが、シャドウ…。

 

「うわっ、グロっ…」

「はじめはお手本として俺がやろう。それでいいよね?」

『うむ、任せる』

「了解」

 

初めてまじまじと見るシャドウに三人ともが動きを止めていると、後方で待機していた鹿島先輩がすっと前に出る。その手には既に召喚器が握られており――。

 

「行こうか、ザ・ニンジャ!」

 

言うが早いか召喚器で眉間を撃ち抜き、続け様にシャドウに躍りかかる。

先程までのリラックスした雰囲気なんて微塵も感じさせない、無駄の無い動きに圧倒されながらも何とか視線を追い付かせる。

地面を蹴り出して一気にトップスピードに乗る。そこから二体見えるシャドウのうち遠い方にダーツを二本投擲して機動力を奪い、手前にいるシャドウの脳天目掛けて小太刀を突き刺す。

その動作が殆ど瞬きの間に行われ、当然不意を突いた奇襲ということもあり、全体重を乗せた一撃はシャドウを消滅させた。

そしてそのまま小太刀を引き抜く勢いでもう一体のシャドウも処理する。

 

「流石に見慣れた雑魚に苦戦はしない…かな。ん、この手袋凄いね。ダーツ回収する手間が省けたよ」

『ならよかった。君の戦闘スタイルは独特だからな、気に入ってもらえたなら開発部の者も喜ぶだろう』

 

手元に伸びた糸を引いて、糸の先に結ばれたダーツを回収しながら仕事は終わったとばかりに通信機で桐条先輩と話し出す姿を見て、唖然としながらもふつふつと沸き上がるものを感じる。

ヤバイ、この世界かっこいいかもしれない!

 

「格好良かったッス!何て言うか、凄かったです!」

「あはは、何かそんなに言われると照れるな。皆より経験があったから出来ただけだよ」

 

興奮が抑えられなかった順平が鹿島先輩に声を掛けているのを見て、心を落ち着ける。ゆかりちゃんなんかは馬鹿なものを見る目で順平のことを見ているが、一歩間違えれば私があの目を向けられていたかもしれない。平常心、平常心。

 

「このように敵の不意を突くと有利に立ち回れる。初めての戦闘だし、とにかく身長勝つ安全にね」

 

そうやって何気なく言っているが先の戦闘を見るとハードルが高すぎる。

 

「そら、次が来たぞ」

『鹿島が見せたようにやれとは言わんが、倒せると言うことはわかっただろう。敵二体、来るぞ』

「はい!行くよ、皆!」

「おう!」

 

しかし先程までのシャドウとの戦闘に対する不安はもうない。皆気合い十分みたいだし張り切っていこう!

 

 

 

「…公子ちゃん。かなり言い動きしてるね」

『あぁ。被弾は最小限に、だが岳羽に攻撃が向かないよう前に出て指令もだす。これは本当に逸材かもしないな』

「伊織君は少し前に出すぎかな。今はいいけど息切れしたら…あ、被弾した」

 

一仕事終えたので多少気楽に後輩たちの働きぶりを後方で観察する。時折桐条さんと通信しながら動きを評価していく。

致命傷を受けそうなら助けにはいるつもりだったが、あの様子ならまずあり得ないだろう。

 

「やったぜ俺!すげぇぜ俺!」

「はぁ、緊張した」

「ナイス援護ゆかりちゃん!」

 

無事に勝利を納めた後輩たちは互いに勝利を噛み締めているようだ。今は周囲にシャドウの反応がないのを確認して傷の手当てを行っている。

 

「順平も、怪我してるじゃん」

「この程度唾付けときゃ治るって。しゃあ!それより次の獲物はどこだぁ!」

「治すから落ち着きなよ」

 

血の気が多いのか元来の気質なのか、テンションがおかしくなっている伊織くんについ苦笑が漏れる。治療をしている岳羽さんも呆れているようだ。

 

「元気なもんだ」

「でも、頼りになりますよ」

 

それからは特に問題が起きることもなく順調に事が運び、二、三回戦闘を行って皆に身体の慣らしを行わせていると、不意に目の前に次の層への階段が現れた。

 

「っと、階段か。桐条さん、どうする?」

『なに、先を急ぐこともない。今日は飽くまで馴らしが目的だ。先には進まず帰還ポータルを見つけ次第帰還してくれ』

「了解。皆も聞こえたろう?今日は撤収だ」

 

そう告げると皆少し緊張が解けたらしく空気が弛緩する。伊織くんはまだ行けると言っているがその表情には疲れが見える――。撤退だな。

 

「ポータルを見つけるのに散開…してもいいが、初回だし三人は固まって動くようにしてくれ」

 

探索はお手のものであるし、戦闘は殆ど後輩に任せてしまったからここらで働いておくとしよう。ザ・ニンジャの速さを最大限に利用して通っていない道を探索する。

役に立ってこそ、だしね。

 

 

 

「…何て言うか、凄いな鹿島先輩」

「うん、何かもっと…普通の人かと思ってた」

 

心の中でひっそりと寮母さんのようだと思っていただけに今日の出来事は衝撃的だった。まさかあれほど人間離れした人だったとは。

順平もおんなじようなことを思っていたのか改めて不思議そうにしている。

 

「何やってんの二人とも置いてくよ?」

「あ、待てよゆかりっち!」

「よし!鹿島先輩よりも先にポータルを見つけよう!」

 

と、気を抜きすぎた。

ゆかりちゃんの言葉で気合いを入れ直して私たちもポータルの探索を開始する。最初は不安だったが、新しい生活は楽しいものになりそうだ。

 

その後無事に寮に戻った私たちが、疲れのあまり即泥のように眠ったのは言うまでもない。影時間ってこんなに疲れるんだ…。

 

 




次回は風花救出と大型シャドウ討伐です。またいつ更新できるかわかりませんので気長にお待ちください。
ギブミー長期休暇。

『やだ、家の後輩、可愛すぎ?』
皆さんご存知の某ネット広告のパロ。
type-moonのエイプリルフールネタで使われたこともあり知名度はかなりのもの…ですよね?

『ペルソナと合体』
合体事故は今のところない。
今のところ、ね?

『S.E.E.S』
特別課外活動部、の別名。で良かったはず。
主人公達ペルソナ使いが所属するグループと考えていただければよろしいかと。

『不思議なグローブ』
ざっくりとしたイメージは、ダーツが飛び出すフックショット。
その内クナイになるかもしれない。

『ヤバイ、この世界かっこいいかもしれない!』
ハム子、何かに目覚める。

『あ、被弾した』
作者的にゲーム本編でも何かとクリティカルやweak食らって倒れてるイメージの強い順平。
たぶん最初のエリアボスがガルを使うからだと思う。


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無理無茶無謀は若者の特権

少し遅刻をしてしまいましたが投稿します。
そういや先に『女教皇』戦がありましたね。すっかり忘れてた。


学園生活にも寮生活にも慣れてきた頃、寮に戻ると珍しく理事長がラウンジのソファーで一人寛いでいた。

まだ俺以外の寮のメンバーは帰ってきていないらしいので適当な飲み物を出して話し相手になる。

忙しい人なので最近会う機会が無かったのだが、誰かに用事でもあったのかと声を掛けると俺に用事があると言うのだ。

 

「人間ドック、ですか?」

 

その意外な言葉に目を丸くしてしまう。

学校指定の健康診断、というわけでは無いのだろう。しかし、この間も(不本意ながら)また入院していたし健康状態は分かっている筈なのだが、何か特別な事でもあるのだろうか。

もしや人体実験というやつではないか、と一人警戒心を高めていると、俺の不安そうな様子を感じ取ったのか「大したものじゃないよ」と声をかけてくれた。

 

「鹿島くんのペルソナは今までに類を見ないモノだというのは前々から言っているだろう?

ペルソナは心の形、平たく言えばそれが実体化したものだ。今までのデータに無い…ある種の異常を抱えた不確かなモノだ。もしペルソナが暴走したら下手をすると大惨事が起こりかねない。気づいたときには手遅れに、何て事になっては大変だからね。

だから形式上は人間ドック。実際は君のペルソナ関連の問診や血液検査等だね」

 

あぁ、と納得する。確かに知らない人からすれば『ザ・ニンジャ』は未知のペルソナである。それにペルソナは力の暴走で宿主を傷つけ、時には命を奪うこともあると聞いた。それならこの申し出も分かろうものである。

 

「なるほど、そういうことでしたら構いません。よろしくお願いします」

 

理由が分かれば不安があるはずもなく、俺は早々に快諾した。理事長には恩もあるし、先程はああ言った非人道的な事をされるとも思えない。

 

「そう言ってもらえると助かるよ。この間入院した時に一緒に検査できれば良かったんだが、いろいろと予定が着かなくてね」

 

機材や人員の準備も必要だろうし、何よりこの間は俺がさっさと退院したせいで時間もなかったのだろう。仕方の無いことである。

 

「僕の事故に大型シャドウ、転入生に新しいペルソナ使い…それに加えて学園でのお仕事もありましたから、時間が無くても仕方ありません」

 

言外に謝罪と承諾を伝えて理事長を労っておく。相手の仕事を一部とはいえ増やしているのだ、多少のことは気にしない、というスタンスで場を乗りきろうとしたのだが。

 

「実に情けない話だよ。子供を守るのが大人の仕事だというのに、都合が悪いからと君を危険に晒しているかも知れないだなんて」

 

そう言う理事長はいつものお人好しそうな表情に、確かな苦悶を滲ませていた。きっと、教育者として人として今の理事長の言葉に嘘はないのだろう。

まさかそんなに真剣に考えてくれているとは思ってもいなかったので、こちらも態度をあらためる。

 

「…僕は理事長に感謝してますよ。ペルソナ能力を持っていたのが理由だとしても、こんなに気にしてくださってるんですから。それだけでも十分です」

 

だからせめて真摯に応えるとしよう。恩返しになるとは思ってないが、少しでも負担が軽くなればいい。それが言葉やちょっとした我慢でできるなら安いものだ。

 

「鹿島くん…うん、ありがとう。

じゃあ検査の詳しい話なんだけど…」

 

あまり暗い顔はしてほしくない。疲れから来るものは仕方ないが、そういう時くらい精神的な負担は少ない方がいい。うん、人好きをする笑顔に声のトーンも上向き、いつもの様子の理事長だ。

と、見ていくだけでなく内容もしっかり確認しなければ。

 

「――以上だね。なにか質問はあるかな?」

 

血液検査と問診、影時間中にペルソナの召喚とそのデータ取り。ついでに記憶喪失の治療の手伝いをしてくれるらしい。

内容に特に妙な事柄はない。それに記憶を取り戻す手伝いもしてくれるのならこちらとしては願ったり叶ったりである。

 

「問題ありません」

 

「よろしい。では当日は迎えの車が寮に来るからね。

車が来るまで、待っててね?ぶふっ!!」

 

…でた。

せっかくそれなりによい空気だったのだが、実に反応に困る。これがなければ本当に付き合いやすいいい人なんだけどな。

 

「あー、はい。分かりました。では」

 

作り笑いを浮かべて理事長を見送る。台詞がぞんざいになってしまったのは致し方ないことだと思うんだが、どうだろうか?

 

…それにしても

 

「異常なペルソナ、ね」

 

理事長の意図としては主に『宿主に装着することで能力を発揮する』という点についての言葉なのだろうが、俺にとってはそれ以上に引っ掛かる部分がある。

寮の扉を閉めて、ラウンジのソファーに腰を落として先程の理事長との会話に思考を巡らせる。

 

俺のペルソナ『ザ・ニンジャ』は、かの名作漫画『キン肉マン』に登場する悪魔超人をモチーフにしたものである。それはペルソナの外観や使える技を考えれば一目瞭然、すぐにわかることであるのだが、問題なのは、この世界の誰も『ザ・ニンジャ』を知らないという事なのだ。

もっと言えば、この世界には『キン肉マン』という名前の漫画は存在しない。

これについては古本屋や書店で確認して確証を得たのだが、この事から導き出されるのが――

 

「結局はこの記憶が別世界の人間のモノ、或いは俺の妄想ってこと」

 

後者については流石に無いと思われるので除外するが、別世界とは、またとんだ奇妙奇天烈な話である。もしかすると未来の記憶なのかもしれないが、記憶にあるかぎりこの世界の文化レベルは記憶のそれと大差ないのでおそらく違うだろう。

 

…それにしても、転生して新たな生命として生まれ変わった!というならまだ納得はいく。いや、納得はいかないが諦めは着く。

しかし別世界の俺がどうなったのかは知らないが、瀕死の青年の身体を…そう、憑依したかのように乗っ取り今生きている、というのは訳がわからなさすぎる。

しかもこの身体の記憶も別世界の記憶もほぼ覚えていないというのはどういうことだろうか。

これでは、その、なんと言えばいいか分からないが…造られた物と大差ないではないか。

 

「何か他に思い出せればなぁ…生きていくのに役立つ知識とか無いもんかな」

 

何にせよ親もなく、金もなく、後ろ楯も何もない。無い無い尽くしのハードモードで、しかもニューゲームですらない他人のコンテニューをやらされる事になるとか、もう頭が追い付かない。

せめて前世(前の世界)の俺が寿命を全うしていたら、何かしら今後の就職や大きく言えば人生に役に立つノウハウを得ることができるのだが、記憶がなければ何にもならない。

どうしてこうなっているのか、前世の俺が死んだのかどうかも分からないのだ。完全にお手上げである。

 

「何で唯一覚えてるのが漫画の事なのか…」

 

我が事ながら本当に謎である。いっそ情けない気持ちになってくる。親兄弟との記憶や愛しい人との思い出ではなく漫画って…。しかもそれがペルソナに反映されるとは。

ペルソナはその人を映し出す鏡のようなものだと聞いた。影に生き、悪を成し、全戦全敗の悪魔超人…それが俺の本質に近いとは、なんというか自分が嫌いになりそうだ。

あ、でも原作で一勝はしていたか。

 

それにしても、皆が神話に出てくるようなカタカナの格好良い名前を叫んでペルソナを召喚するのに完全に自分だけ仲間外れである。

ほぼ和名な上に(この世界では)知名度ゼロ。あーあ、格好良いなぁオルフェウス…。

 

「でも強いんだよな、ザ・ニンジャ」

 

そう。何故か強いのだ。ザ・ニンジャ、まさかの強キャラである。生きる負けフラグなんて呼ばれてるのに。

弱点としては、『使える技数が少ない』『使用後の疲労感が凄まじい』『外見が忍装束になり不審』と、最後は冗談だがピーキーな感じが否めない性能だ。だが、素の戦闘力が凄まじく高い。

合体するという特性上、多少身体は丈夫になるし(『魔術師』との戦いで軽症ですんだのはそれが理由である)、走る早さや跳躍力など基本的な身体能力が並のアスリート以上に向上する。というかぶっちゃけ天井からぶら下がったり壁を歩いたりできる程度には化け物染みている。

そして何より――

 

「影時間じゃなくても出せる、か」

 

そして強く意識すれば召喚器もいらない。いや、元々あれは儀式的な意味合いが強いので絶対必要という訳ではないらしいのだが。

ふと周りを見回して、誰も居ないことを確認してザ・ニンジャを召喚してみる。

瞬間、何かがごっそりと体から失われる感覚がして、輪郭のぼやけたザ・ニンジャが現れる。

影時間の比ではない疲労感にすぐさまペルソナを消すが、心臓が早鐘を打っているのがよくわかる。

この召喚は非常に疲れるのであまり乱用は出来ない。十分に使えるようにするには練習が必要になるだろう。

ただ日中であってもペルソナを出すことができるだけ、活躍の場があるとは思えない。

それに少なからず性能は落ちるので本来の性能は出せないし、何より見た目が怪しい。

 

「特に日常生活で役に立つ技もないしな」

 

『順逆自在の術』が唯一使えるかとも考えたが、他者と場所を入れ換える事ができたところでそれが利益になる状況なんて稀すぎる。

対シャドウ戦であっても試した限りだと人型相手にしか効かないというデメリットがあり、更に敵が魔法を使ってくるとあっては尚更役に立たない。

どうせ忍者になるなら、チャクラとか念能力とかスペシウム光線とか使えるタイプの忍者が良かった…。

 

「将来就活の時に「特技は螺○丸です」とか言ったら一芸で受かったかな…ねぇよ」

 

そろそろみんな帰ってくる頃だろうか、時計を見るとちょうどそんな時間である。

考えていても埒が明かないし、絶対に答えが分からないことに思考を巡らせても、おかしな方向に行き始めることになる。時間は有意義に使った方がいい。

 

晩御飯の用意をしようとキッチンに向かう。もし誰かが食べたいと言った時のために少し多目に作る。余った分は明日の弁当につめるとしよう。

それにしてもペルソナを日中でも召喚できることを理事長たちに説明すべきか否か…まぁ、なんとでもなるか。

 

「…ベルリンの赤い雨程度なら使えるんじゃないか?」

 

思考がまた妙な方向に行きだした。とっとと晩御飯の支度に移るとしよう。

…まぁ、それに関しては要検証である。

 

 

 

 

今日のタルタロス探索も終わり皆が寝静まった頃、特別課外活動部三年、桐条美鶴の仕事はまだ続いていた。

戦闘データのまとめ、アナライズの詳細作成、メンバーのダメージや体調…様々な戦闘後の処理が必要なのだ。

特に今日は身体検査のために鹿島が抜けていたせいで二年生達の負担が大きかったのだ。

真田の怪我もまだ治っておらず自分もサポートで手が離せない。歯がゆい思いを飲み込んでデータを纏める作業に戻る。

いつもなら作戦室で行う作業だが、今日はラウンジで行っていた。

というのもいまだに帰ってこない鹿島の出迎えも兼ねてのことである。

 

「たっだいまぁ~…」

 

いつもよりだいぶ気の抜けた声と共に寮の扉が開く。

時計が2時を回った頃、ちょうど大まかなデータを入力し終え、休憩を挟もうとした時のことだった。

 

「おかえり」

 

恐らく皆が寝ていると思っていたのだろう、声をかけると大変驚いた様子でこちらを凝視してきた。

その様子が面白くて悪いと思いながらもつい笑ってしまう。

 

「あれ?桐条さんまだ起きてたの。あはは、変なところ見られちゃったな」

 

なんともばつの悪そうな顔でそう言う姿に、話を適当に変えて空いた席を勧める。

 

「検査だったのだろう?理事長から聞いている」

「結果としては収穫なし。ただし特別異常も見られなかったから個人的には問題もなし、ってところかな」

 

ざっくりとそう告げられた内容はあまり喜ばしいものではなかったが、鹿島の様子を見るに不安や嘘は無さそうなので一先ずは気にすることはないだろう。

それよりも気にしないといけないのは帰ってきた時間についてだろう。普段の門限を大きく越えての帰宅は本来なら処刑案件である。

 

「それにしてはやけに疲れてるな。今日は検査だけと聞いていたがそんなに大変だったのか?」

「検査自体は簡単だったよ。血を抜かれたり問診があったりはしたけどね。

問題は記憶喪失の方でさ…」

 

もしもついでとばかりに夜遊びをしてきていたら処刑だな、と物騒なことを考えていたが杞憂に済んだらしい。

そのまま目の前で話を続ける鹿島も疲れからか特に気づいた風もなく少し疲れた顔で笑みを作っている。

 

「初めは良かったんだけどさ。

いろんな機械試したり心理テストしたり、でも記憶って曖昧なものだし数字も上手く出ないからって研究員の人達が躍起になっちゃってね。

最後には催眠術だとか言って五円玉見せられたりして、結局結果が出なかったからまた来てくれってさ」

 

もう、散々だった。と締めくくった鹿島の表情にいつもの笑みは無く、ただ泥のように眠りたいという意思がありありと浮かんでいた。

適当に相槌をうってはいるが、正直同情してしまう。

 

「何か飲みもの淹れるけど、桐条さんもどう?」

「あぁ、いただこう。チョイスは君に任せるよ」

 

さてどのように声をかけようかと逡巡していると鹿島の方から切り出してきた。

頭を使うテストもやっていたと言うし、恐らく寝ようにも寝付けないのだろう。

ふらっ、と怪しい足取りでキッチンへと向かっていったが、ものの5分程で帰ってきた。

手には湯気をたてる二人分のマグカップ。

 

「お待たせ。熱いから気を付けてね」

「これは…ホットミルクか」

「疲れたときには甘いもの、って言うしね。桐条さんもお疲れみたいだしちょうどいいかなって」

 

そう笑って取り繕おうとする鹿島に、感謝の言葉とともっと楽にしていい旨を伝える。

すると少し驚いた顔をして、難しい表情をし始めた。

なんだか今日は鹿島の驚いた顔ばかりみているような気がする。

 

「それで、何か悩み事があるんじゃない?言いにくい事ならいいけど、話ぐらい聞くよ?」

 

少し逡巡した後、いくぶんか柔らかな表情になった鹿島はそんなことを言い出した。

なんでも愚痴を聞いてくれたお礼だとか…。

普段なら断っていただろう申し出だが、しかし今日の私は疲れており、更には悩んでいたことがあった。

 

「あぁ、そうだな。少し愚痴に付き合ってくれ」

 

そう切り出してからは長かった。

二年生の間で起こる不和について、伊織の暴走を止める役がおらず手を焼いていることや、高い階層では少し細かなサポートが難しい時があること、明彦の怪我が月明けには治りそうなこと等、今ある懸念事項についてとにかく言い尽くす勢いで口に出した。

 

「あー、うん。なんというか…ごめんなさい。

でもそっか。伊織くんも男の子だし公子ちゃんがリーダーなのが気に入らない。

いや、親切心とかそういうのかな、これは。

どっちにしても難儀な…」

 

鹿島も不和については思うところがあったのだろう。

先程までの私同様、頭を抱えて悩んでいる。

 

「現状特に問題が出ているわけではないから処罰もできん」

 

そう締め括ってマグカップを口に運ぶ。どうにもできないことを悩んでも仕方ないとわかっているが、それを実行に移せるほど私はまだ大人ではない。

 

「わかった。俺の方も気にしておくよ」

「すまない」

 

鹿島には悪いが、もう暫くの間二年生達の緩衝役として頑張ってもらおう。

気にしないでいいといってくれるが、今度何か礼をした方がよいだろう。普段の事もあるしな。

 

「それじゃあおやすみ。桐条さんも大変だとは思うけど、夜更かしはあまりしないようにね」

「あぁ、おやすみ」

 

今日はもう終わりにしよう。

明日は休日とは言えあまり生活リズムを崩すわけにはいかない。

 

 

 

 

 

こちら現場の鹿島でーす!

現在時刻は午前0時から時計が動かなくなった影時間で、視線の先にはヤバいスピードで暴走した電車が見えておりまーす!

では向こうに返してみましょうか。通信先の桐条さーん?

 

「あぁ、見えた。ヤバイね、ちょっとスピードですぎじゃない?」

『衝突まで残りおよそ30秒だ!しかも大型シャドウの討伐に手間取っていてブレーキもできない!』

 

はーい、ありがとうございます…ってこれ以上ふざけてる余裕はないね。

現在、俺と明彦くんが不在のタイミングに感知された新たな大型シャドウ『女教皇』は電車を乗っ取り猛スピード

で二年生の後輩たちを乗せて移動中である。

桐条さんの算出だとあと30秒ほどで影時間のせいで止まっている前の電車にぶつかるのだという。

 

今回、俺の役割は電車の通り道に『忍法 蜘蛛糸縛り』で作った網を設置し減速を図ることである。

正直無茶苦茶な命令だが、外部からやれる手助けなどこのくらいのものしかない。

 

「これで時間が稼げるといいけど…」

 

鉄塔にくくりつけた縄を軽く引っ張って強度を確認するが、とても耐えられるとは思えない。

鉄塔に登って、向かってくる電車を待ち構える。ここまで来たら腹を括るほかない。

南無三!

 

衝撃、それと同時に電車に飛び乗る。

鉄塔のへしゃげる恐ろしい音を聞きながら先頭車両の中を見ようと窓を覗き込むがよく見えない。

 

「桐条さん!中の様子はどう!?」

『今討伐が終わったところだ!有里!急いで電車のブレーキをかけるんだ!』

 

通信機の向こうから桐条さんの叫ぶ声と、それに続く後輩たちの混乱したような声が聞こえてくる。

幸い俺の行動が功を奏したのか、心なしか電車の勢いが落ちたような気がする。

しかし、減速したとはいえ今から間に合うかどうかは運次第になる。

 

「ちょっと間に合いそうもない…よね!」

 

やるしかない!

そう考えると同時、身体は空を舞っていた。車体に手を添えて正しく直線を描くように足を地面に向ける。躊躇や慢心などする余裕など無い、出せる限りの力を込めて全力でペルソナを使う。

そう、電車を素手で受け止める!!

二度目だけど…南無三!

 

「はいだらあぁぁぁぁ!!!」

 

着地と同時、自分でもよくわからない叫び声をあげて衝撃を堪える。

幸い数瞬で轢き飛ばされることはなく、微力ながらも電車の速度を下げられている。しかし少しでも気を緩めたらミンチになるのは避けられないだろう。

線路をつなぐ木材が電車が通るたびに壊れ飛び散っていく…確実に減速はしているが間に合わない!

突然電車が明らかに速度を落とす。中で誰かがブレーキをかけたのだ。

車輪がけたたましい音を立てて火花を散らす。

次第に腕にかかる負担が小さくなっていき、それが完全に無くなったのを確認して前を向くと、多くの人を乗せた鉄の箱は目の前で静かに佇んでいた。

 

「止まった、かぁ…」

 

完全停止、成し遂げたのだ。

脳が理解するよりも早く、思わずその場に倒れ込む。

 

『おい!鹿島!返事をしろ!』

 

ペルソナの能力を酷使したからか頭痛がひどい。全身隈無く赤疲労状態である。

じんじんと足が痺れる感覚がしているが感覚が鈍った今でこれなのだ、恐らく落ち着いたら痛みに苛まれるのは確定事項だろう。通信機から聞こえてくる声もどこか遠く感じる。

 

「死んだかと思った…もう無理…やっぱテリーマンは偉大だったんだ…」

『何を言っている!おい!…ちっ有里、鹿島が今そちらにいるはずだ。合流して…』

 

いくら身体強化ができようと、元が超人ではなくただの人間では新幹線を止めるのは確実に無理だろう。今回の電車だってギリギリなのだ、おそらくあと一輛追加されたら無理だった。

考えれば考えるほど自分の無茶が浮き彫りになる。

ifの恐怖から目を反らそう。こういうときは考えるのを止めて目に止まったものを観察するに限るのだ。

 

「でかいお月様だなぁ…」

 

非日常を象徴する緑の月。その狂気を孕んだ艶かしい光に身を任せ、そして後の事は皆に任せてぼんやりと影時間を過ごすとしよう。

あとに確実に待っている桐条さんによるお説教と入院生活については今は忘れてしまいたかった。

 

 

 

第二試合、VS『女教皇(の操る電車)』辛勝

 




ということで今回は鹿島くんのペルソナについての説明回でした。
何?戦闘が少ない?
上級生がいたら順平は暴走しないだろうからね、仕方ないんだ。
本当はもう少し先まで書きたいですが、一万字越えると見辛いからこのくらいで。べ、別に書く気力が尽きたとかじゃ無いからね?ホントダヨ?

まぁ、8月はちょこちょこ休みがあるので書き貯められるといいなぁ。
では、また。



「…でた。」
理事長名物、ダジャレ。
これを一々考えるのが面倒という理由だけで彼の出番は少なくなっております。
幾月ファンの方ごめんなさい。

「影時間じゃなくても出せる」
これについては申し訳ないのですが、本作品では私がペルソナの内容をキチンと理解しておらず鹿島くんの特殊能力ということにしております。
本編でこの事について言及があったかを覚えている方がいらっしゃれば、コメント等で教えていただけるとありがたいです。

「順逆自在の術」
ザ・ニンジャといえばコレ!という忍術。
巧みなテクニックで相手との状態を入れ換える技で、悪魔超人編にてブロッケンJr.を大変苦しめた。
…なお調子に乗った挙げ句、同じ技を返されてピンチに陥った技でもある。

「チャクラとか念能力とかスペシウム光線とか使える…」
前から順にNARUTO、HxH、ウルトラ忍法帳。
もしもどれか一つでも使えたら多分人体解剖待ったなしである。とくにスペシウムは。

「ベルリンの赤い雨」
ドイツ代表、ブロッケンJr.の必殺技。
ブロッケンは人間が超人になったケースの一人で、状態としては鹿島くんに割りと近いかもしれない。

「処刑」
修学旅行イベントは神だ。とだけ言っておきます。

「いくぶんか柔らかな表情」
自分のパトロンに雑な態度は取れないよねって話。

「はいだらあぁぁぁぁ!!!」
Z.O.Eに出てくる謎の掛け声、誕生や詳細など一切わからない。
ただ、ひとつ。
「逃げるときはお前も一緒だ!!」
『え…』
の流れは最高にテンションが上がった。

「赤疲労状態」
艦これや刀剣乱舞でお馴染みの疲労標示。
どちらもちまちまとやってた。

「やっぱテリーマンは偉大だった」
言わずと知れたキン肉マンのパートナー。
超人オリンピックにて子犬を助けるために猛スピードで走る新幹線を止めたことがある。
でも私のお気に入りのシーンは腕もげてもアシュラマンからドローをもぎ取るところ。


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それで、何か言い訳はあるか?

二ヶ月ぶりの投稿です!
間違えて消してしまったので再投稿です。
…もちろん書き直しです。
今回は閑話的なお話です。なので文章量もあんまりありません。
次はできるだけ早く投稿するからご容赦を!

追記
コメントにてペルソナの日中での召喚について教えていただき、ありがとうございました。

11/13
少し手直し&後書き修復


大型シャドウ『女教皇』との戦闘から凡そ二週間が経過した。

あの後病院に担ぎ込まれたのだが、なんと本格的な入院は不要ということが判明しその日は検査入院だけ必要ということで翌日検査した後、二、三日の通院を告げられ即刻退院となった。

学校にも事故の後遺症が無いかを見るための定期検査が長引いたからと公欠扱いで処理され、個人的には丸く収まったと思っている。

 

え?お説教はどうしたって?

ははあ、やだな。マサカ泣クマデ怒ラレタ、ナンテコトナイヨ?

…うん、怒られました。

 

理事長から厳重注意を受けたというのもあるけど、桐条さんから滅茶苦茶怒られたことの方が身に染みた。

曰く、生身で電車を止めるなどという無茶をするとは何事か!ただでさえお前は不安定な状態なのを理解しているのか!私を心労で殺す気か!と…。

 

全くもってその通りで、言い返す言葉がなかったよね。

そしてそのまま頭下げてる間に色々と制約を決められてしまった訳です。ざっくり言えば謹慎処分を受けたという話。

 

ただでさえサポートしかしていなかったにもかかわらず、一人だけ大怪我を負ってしまってテンションが低いのに更に活躍の場が無くなったとなればやる気も出ない。まぁ、文句なんて言えた身分ではないのだが。

 

名目上、身体が鈍ってはいけないということから影時間内の寮周辺の『パトロール担当』ということになっているけれど戦闘は禁止。シャドウと遭遇したらすぐに連絡をいれること、影時間が終わるまでに寮に戻ること。

そして三週間の間はそれを守ること、というのが処分の内容である。

 

勿論周りに負担を強いるなんて!と反対したのだけれど皆の満場一致で可決されてしまった。

当然最後まで抵抗はしたのだが、明彦くんから

「俺が復帰するから安心しろ」

と言われてしまっては引き下がるしかなかったのだ。

汚名返上の機会を得ようとした下心があったとはいえ…解せぬ。

 

なのでここ最近は凝った料理の練習や、図書室で長谷川さんと駄弁る日々が続いている。

正直、少し退屈である。

初めは記憶を取り戻すのにちょうどいい調査期間だ、と開き直って考えていたのだがそもそも何から手をつけるか取っ掛かりが無かったので早々に諦めることにした。

まぁ、諦めて図書室で駄弁っていたら、前世か過去かで読んだことのある本を見つけたのは皮肉の効いた話だが。それは置いておこう。

 

 

ところで、何故このように色々と説明するように考え事をしているかというと、それはもう天井より低く、水溜まりより浅い理由があるのだ。

 

「おい、聞こえてねぇのか?」

 

真夜中…どころか影時間のただ中にあからさまな不良に絡まれているからである。

最悪なことに突然沸いたシャドウを仕留めている所を目撃されてしまったので、何とかこの場を乗り切らねばならない。

色々考えが巡るが一先ずコンタクトをとるべきだ。

 

「ヤ、ヤッハロー」

「あ゛?」

 

空気が死んだ。

 

ファーストコンタクトは最悪だが、それどころではない。いや、そもそも今は影時間なのに何故動いているのだろうか?

もしやペルソナ使い!?いや、巻き込まれただけの一般人かもしれない。なら救助?でも落ち着いてるように見えるしなぁ。

 

 

――この時、救助という発想が出なければきっと一目散に逃走を選択し、無事に逃げ仰せることが出来ただろう。

しかし皮肉にもこの時に正しい判断をしたせいであとで自分の首を絞めることになったのである。

 

 

とにかく、何とか穏便な方向に話を持っていくか、もしくは目の前に居るニット帽のヤンキーを宥め透かしてから逃走するしかない。

幸いにしてザ・ニンジャを出しているので姿はバレていないだろうから身バレする事はないだろう。

 

気を取り直して行動に移る。優先すべきは彼の身の安全の確保と状況の説明である。

 

「怒らないで聞いて欲しい。えっと…君もペルソナ使いなのか?」

「チッ」

 

体感温度が二度くらい下がった気がする。

もうすぐ夏だというのに不思議だ。決して目の前のヤンキーが物凄く不機嫌そうにしてるからなんてことはない。それにビビってるなんてない。

それにしても疑問や否定が無いってことは、少なくともペルソナについての知識はあると思われる。

 

「こんな時間にこんなところを彷徨いてると危ないよ?不審者とか」

「…お前、鏡見てから物言えよ」

 

すごく残念な物を見るような目でため息混じりにそう言われた。

これは確実に変なやつだと思われてるのだろう。ザ・ニンジャの格好はあからさまに不審者と言った様相であるが…失礼じゃなかろうか。

自分だって変な格好してるくせに。

 

「自分だって夏場なのに物凄く暑そうな格好じゃないか…」

「んだと、こら」

 

ヤバい、口から漏れた。間違いなく、こちらが歩み寄ろうとしてるのに何だこいつ?とか思っていたせいである。

こうなったら話し合いは難しいかもしれない。ならば撤退を選択するべきだろう。

今退けば妙な奴に会った程度の認識で終われるはずだ。影時間に慣れているようだし放っておいても大丈夫だろう。

そうと決まれば自分の情報が漏れない内に逃げるとしよう。申し訳ないがシャドウよりも目の前の人間の方が脅威である。

 

「お前、アキの…真田明彦の仲間か?」

「えっ、うん」

 

自分のバカさ加減に頭を抱えそうになる。

何を脊髄反射的に返事をしてるんだ!ほぼ特定されたようなもんじゃないか!

うごごごご…。

 

「えらく素直な奴だな。まぁいい、その覆面取れ。話しづらい」

「話しづらいなら別に話さなくてもいいよ?そろそろ帰ろうと思ってたところだし」

「あ゛ぁ!?」

 

あ、これはダメなパターンですね。間違いない。

兎に角今は寮に帰りたいからと言葉を告げるが、どうにと言葉が足りなすぎたらしい。

とはいえここで掌を返すのも心象最悪に違いない。となれば本心を話すことで相手の理解を得るしかない。

 

「明彦くんの友達とはいえ俺にとっては完全な初対面だから。正直怖いから逃げたい」

「素直に本心述べたからって許される訳じゃないからな?」

 

戦線離脱!

青筋って本当に出るもんなんですね、なんて悠長なことを考える余裕もなくその場から跳び上がる。

 

経験値も資金も何も要らない!ただ逃走あるのみ!

 

 

――その日、俺はビルをかけ登り空を飛んだ。

 

 

あぁ、最近本当に忍者染みた動きが出来るようになったな…。なんて考えながら今日の出来事について忘れるように努めていた。

当然、知り合いだとバレているのだから後で必ず会う事になると気づいたのは寮のロビーで息を整えている時だったりする。

 

 

 

 

「鹿島先輩、大丈夫ですかね」

 

タルタロスの探索を行いながら、鹿島先輩の話題を振ってみた。

周囲にシャドウの気配は無いし、『桐条先輩激怒事件』(別名『鹿島先輩正座反省会その1』)から日も経ち話題に触れるのもいいタイミングだと思ったが故である。

 

「流石に無茶をしすぎたな。あんなに怒った美鶴を見たのは久しぶりだ」

 

真田先輩はいつも通りのようだ。

まぁ、この人は事件当日も正座して項垂れていた鹿島先輩を見て笑っていたからある意味予想通りの反応だ。

というか身体を動かすのが趣味(バトルジャンキー)なだけあってタルタロス探索中はどこかテンションが高いので、そのせいかも知れないが。

 

「ここのところ無茶し通しだったからちょうどいいんじゃねえかな。先輩、寮の仕事も色々してっから」

「確かに。朝御飯から掃除から、殆ど家政婦さんだもんね」

 

ゆかりちゃんと順平の反応も概ね予想通りだ。

特に順平は先輩達が自身の暴走に気を揉んでいたと知ってか、現状に特に賛成している節がある。

あと、何となくゆかりちゃんの言葉にトゲがあるように感じるが今は触れるべきではないと思う。私の気のせいかもしれないし。

 

でも確かに二人の言う通り、鹿島先輩は働きすぎなところがあったのでちょうどいい機会かもしれない。朝食作って夕食作ってタルタロス探索して休日は寮の掃除に買いだし…うん、休んでください先輩。

 

まぁ、謹慎中だからと夕食だけに飽きたらず夜食も作り始めたので『家政婦』としては磨きがかかっているというのはあまり笑えない話なのだが。

…先輩、お願いですから善意100%の笑顔で夜食を勧めないでください。乙女にそれは酷ですから。

 

『周囲にシャドウの気配は無いが、あまり気を抜くんじゃないぞ』

「了解です」

 

そして恐れていた桐条先輩の反応だが、これは予想外な事に、話に触れることはないが、その声色からは怒りの感情は感じられなかった。

あれだけ怒った上に鹿島先輩も大人しくしているし、と今は整理がついたということなのかもしれない。

 

「そういえば、鹿島先輩ってあまり自分の趣味の話とかしないですよね。なんというか私生活が不透明というか」

「あ、それわかる。先輩のイメージってシャドウと戦ってるところと家事してるところしかないんだよな」

 

これなら安心だろうと続けて鹿島先輩の話題を振る。

あれだけ献身的な人なのだし、もしかすると何か過去にあったのかもしれない。

それだけではなく、普段お世話になっているのだから気になってしまうのは仕方ないだろう。

 

「一概にどうかは知らんが記憶喪失になるとそういう風にもなるだろう。趣味らしい趣味も思い出せないようだからな。とはいえ最近は本を読んでる姿を見ることが多いな」

「「えっ?」」

 

今、聞き捨てならない単語が飛び出した気がする。

 

「どうした?」

「鹿島先輩、記憶喪失なんですか?」

 

私と順平がキョトンとしているのを不思議そうに見ている目が四つ。

この感じだとゆかりちゃんも知っていたようだ。

 

「あいつは、本当に自分の事に対しておざなりというか…」

『私達の学年では常識のような話だからな。岳羽が知っていることもあって説明するのを忘れていた』

 

先輩方から呆れたような声があがるが、どう反応するべきか…。

 

「ということは知らなかったのは俺とハムっちだけだったわけか…。なんかショック」

「ハムっち言うな」

 

一先ず順平の発言にツッコミを入れておく。

やめろよ、人の名前で望まないあだ名つけていじるの。

 

『すまなかったな。こちらの説明不足だった』

「いえ、大丈夫ですよ。少し驚きましたけど…それだけですから」

 

本当なら鹿島先輩が話すことだと思うし、桐条先輩が謝るのはお門違いだろう。

にしても、『記憶喪失』…なんというか実感がない。

確かにあまり自分の無い人だとは感じていたがそんな理由があったとは。

 

「まぁ、そういうわけだ。あいつが無茶しようとしてたら少し警戒しておいてくれ」

「了解です」

 

献身的過ぎるのも考えものだということだろう。特に桐条先輩の心労を考えると先輩の行動が裏目に出ることもあるだろうから。

それならばと了承の意を伝えて話題をそこで切り上げることにする。

 

「でも、警戒してても鹿島先輩って突拍子もなく無茶しそうじゃないですか?」

 

…切り上げるつもりだった。

一気にしん…とした空気に皆呼吸困難気味になる。

おそらくゆかりちゃんもつい言ってしまったのだろうが、タイミング最悪である。

順平もボソッと「空気詠み人知らず…」とか言っているが止めろ、笑うからやめろ。

 

『…まぁ、今は謹慎中だ。あいつだって無茶はしないだろう』

 

絞り出したかのような桐条先輩の発言を聞いて、今度こそ話題を切り上げて探索に戻る事にする。

影時間が長いとはいえ、あまり時間も掛けられないので仕方ない。そういうことにしておこう。

 

実はその頃鹿島先輩は不良に絡まれていたのだが、このときの私達が知るよしはない。

まぁ、近々バレる事になるのだがそれはまた別の話。

待て、次回!




そういえば、最近になってようやくペルソナ5をプレイし始めました。
現在オクムラパレス中盤なのですが、一二三嬢と世紀末覇者先輩で揺れております。
彼女は複数作るべきか否か。うごごごご…。



「私を心労で殺す気か!」
実際プレイしていて桐条先輩のストレスって凄かっただろうと思います。
それもすべては大好きな父の為…健気っすなぁ。

「凝った料理の練習」
煮物とか飾り切りとか保存食とか。
ところでゲームの中に出てくる『ミステリーフード改』って、謎を改造した食べ物何ですよね…説明一切なし。

「前世か過去かで読んだことのある~」
この時代なら何があるだろう…。
取り合えず作者はセブン=フォートレスのリプレイとか読んでましたね。分かる人いるのかな?

「ヤッハロー」
由比ヶ浜は可愛い。小町も可愛い。アホの子可愛い、ヤッター。(俺ガイル)
「オハロー」とどっちを採用するか迷った結果こちらにした。とかいうどうでもいい裏話。(FF8)

「空気が死んだ。」
最近では割りとよく見る台詞だけど…初出はよく分からない。所謂「オタク」って言葉が出来てから聞くようになった気がする。
サスペンスや推理を扱った小説ではもっと難しい描写してるしね。

「鏡見てから物言えよ」
ほんそれ。

「経験値も資金も何も要らない!」
ピラミッドに出てくるアヌビスに殺意を抱いておりました。でも水銀欲しいからソロで狩りにいく。

「忍者染みた動き」
その内、影に潜り込んで天井から逆さにぶら下がってシャドウを爆発四散させるようになる…かもしれない。

「鹿島先輩正座反省会その1」
近々反省会その2、その3がある模様。

「善意100%の笑顔で夜食を勧めないで」
お握り、鍋ラーメン、ポテチ…うーむ、夜食というのは悪魔の食べ物に違いない。

「記憶喪失」
どのタイミングでフラグ回収しようか悩み中。もういっそのこと理事長の最大の見せ場まで置いておこうかなぁ。

「ハムっち」
リアルにやったら白い目で済まないニックネームだよね。とか思いながらもきっとこの主人公なら許してくれると確信してる。
順平からの女友達への呼び方って名前呼びなの風花だけなんですよねー。まぁ、千鳥もそうですからゆかりが特別なのかも知れないけど。やはり彼女はマドンナ。

「空気詠み人知らず」
もうこうなったら諦めるしかないですね。両手を挙げてお手上げざむらーい。

「待て、次回」
サイボーグクロちゃんのアニメの引き。本当は誰かに台詞として言わせたかったけど技量不足の為断念。
アニメしか知らないのでいつか漫画も読みたい。
お気に入りのシーンはミー君がクロちゃんに剣の収納場所を教えるところ。「もっと奥!盲腸の辺り!」


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日本人の素敵なお髭ランキング上位だと思う

夜の学校侵入からエンペラー等戦までの話もいれるつもりだったけど話を変えた方が分かりやすいかと思ってできてるこっちだけ投稿します。
遅くなってごめんなさい。


どうも皆さん、鹿島忍アワーのお時間です。

・・・世の中に溢れている不思議な話。そういうのって意外と身近なところにあるものなんですよ・・・

 

おや、岳羽さんどうしました?

え?ノっからないで止めてくれって?いやいや、たまには遊ばせてよ。

それに、怖くないって証明するんでしょう?

 

こほん。

では、私の体験した不思議な話をしましょうか。

 

この寮には部屋に備え付けのシャワー以外に共同のお風呂があるのはご存知ですね?

皆さんは、お風呂に入ってると誰かの視線を感じるってことありませんか?

 

…あれはついこの間。10日程前の事だったでしょうか。

部屋のシャワーの調子が悪くて一階のお風呂を借りたときの事です。

 

その日私は何時もよりも広いお風呂に気分を良くしていたためかついうっかりタオルを部屋に忘れてしまったのです。

 

しかし既に体を洗っている最中、備え付けの物を借りるべきかと頭を悩ませて視線をさ迷わせていると、扉の外に赤い人影が見えたんです。

 

――しめた!きっと明彦くんだな。

――悪いんだけどタオルを部屋に忘れたから取ってきて貰えないかな?

 

私がそう言うと彼は擦りガラス越しではありますが了承の意思を返してくれました。

そうして風呂を上がると脱衣かごにはタオルが…。

あぁ、よかった。明日の晩御飯は好きなものを作ってあげようなんてことを考えていたんです。

 

でもね?その時ふっ、と思い出したんです。

 

明彦君に今日は走りに行くから夜食を用意してくれないか?と言われていたのを。

 

もう私、ゾクーーッとしました。

急いで着替えてロビーを見渡しましたが誰もいませんでした。

 

血の気がサーッと引いていきました。

さっきの赤い服の人影は誰なのか、私の見間違えだったのか、あのタオルはどうしてかごに入っていたのか…。

 

・・・私、考えましたよ。

もしかすると此れは俗に言う、心霊現象なんじゃないかって。

 

本当のところは私にも分かりません。

ですが、その日以降私はあのお風呂は使っておりません…。

 

世の中にはどうも不思議な事ってあるようなんですよ・・・。

もし、下のお風呂を使う事があるなら・・・忘れ物はしない方がいいでしょうね。

 

・・・ま、それで何が起こるかはその時にならないと分かりませんがね。

 

これでお話はおしまい。どう?怖かった?

うん、割りと怖がってもらえたようで嬉しい限りだね。喋った甲斐があるというか。

 

え?ホントにあったことだよ。不気味だからお風呂を使ってないのもホント。

でも被害はないし、むしろタオルについては助かったからなぁ。

 

 

 

 

 

 

「不思議だよねぇ」

 

そう言って話を締め切った鹿島先輩だが、こちらの空気は最悪です。

ゆかりっちはただでさえ口数が減っていたのに完全に青い顔で口塞いでるし、他の面子も顔が青い。

まさかマジで怖い話のストックがあるとか思ってなかったし、何よりそれを聞いてガチでビビってる人がいるって認識してないのが余計に質が悪い。

俺と一緒になって煽った真田先輩も顔を青くしているが、あれは俺のとは違う。もっとヤバいタイプのそれだ…!

 

「じゃあ俺は洗い物の続きしてくるから、何かあったらまた呼んでね?」

 

そんな空気を察してか知らずか、場の空気を換えることなく上手いこと鹿島先輩は退場してしまった。

 

「ま、まぁ人には苦手なものの一つや二つあるもんだよな。ねぇ?真田先輩!」

「ん、あぁそうだな。誰にでもあr…」

 

「・・・変な慰めしないでくれる?」

 

真田先輩と二人して今の話を煙に巻こうとしたのだが、どうやら逆効果だったようだ。いやに低い声の否定が飛んできた。

 

「いーわよ!元から調べるつもりだったし、この際全部調べるわよ!」

 

そう言ってゆかりっちは威勢よく立ち上がるが、明らかに一時的な気持ちの高ぶりで…「ビビってねぇし!」と虚勢を張ってる子供と大差ない。

でも今止めると躍起になるに決まってるからなぁ。

 

「消えたE組の子の事も、赤い服の人影の事も!お互いコレから一週間いろんな人からテッテー的に話を聞いて回って、真実を突き止めるわよ!」

 

何故か俺まで巻き込まれるし、桐条先輩はさらっと流してるし…。運がなかったと諦めるしかない。

ところで有里さんや?隣で手を叩いて煽ってるけど自分も調査に駆り出されるってこと分かってるんだろうか…。




今回は風花救出、の前話でした。
ペルソナ3の小説を書くと決めたときに順平アワーは書こうと決めていたので満足です。
作中に出ている話は私の実体験です。


『鹿島忍アワー』
言わずと知れた『稲川淳二アワー』のパロディの『順平アワー』のオマージュ。
あの人の話を聞くパターンとそれに沿ってドラマが始まるパターンとあった気がするけど、ビビりの作者は詳しく知らない。

『不思議だよねぇ』
天然、というか霊を怖がりも信じても居ない人は割りとあっさりしている。
UFOとかとおんなじ不思議なもの扱いである。

『俺と一緒になって煽った』
途中参加のため、普通に怪談話をしてると思って聞いてた鹿島君を二人で煽った。
まさかガチの怪談話を持ってくるとは思っておらずいろんな意味で痛い目を見た。

『ビビってねぇし!』
色んな作品で見かける返しだが、やはり一番イメージ残ってるのは某フリーホラーゲームである。
映画化したり新作出たり小説化したり、その発展は止まらない。若干ファンとしては蛇足な感じがして白けてる節が…と、誰か来たようだ。

『ところで有里さんや?隣で~』
家の主人公は天然か、若干アホの娘が入ってるかもしれない。これも全部アホガールって奴の仕業なんだ…。


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