トリコと小松の人間界食欲万歳 (Leni)
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マスタージュエルクラブ

 とある日の早朝、料理人の小松は勤めているホテルから一日の休暇を貰い、あるグルメ港へとやってきていた。

 様々な大きさのグルメ漁船やグルメ貨物船、グルメ客船などが入り交じって泊まる巨大港で、小松は待ち合わせていていた男を見つけた。

 

「あっ、トリコさーん! おはようございます!」

 

 手を振る小松の先にいるのは、巨漢の美食屋、トリコである。

 

 美食屋。それは世界各地から食材を集め、首を長くして口を大きくして食事を待つ人々の元へ集めた食材を供給するこのグルメ時代における花形職業である。その中でもこのトリコは四天王と呼ばれるカリスマ美食屋の一人なのだ。道行く人に美食屋トリコを知っているかと聞いて、知らないと答える人間は一人もいないであろう。

 そして料理人である小松も、そこらの安ホテルに勤めている小間使いのような者ではない。IGO(国際グルメ機構)と呼ばれるグルメ時代の最重要国際機関が運営するホテルグルメ内のレストランにて料理長を務めている男なのだ。

 この時代、料理店は三ツ星、二ツ星など星の数で店の格付が行われている。ホテルグルメのレストランは、最大十ある星の内、五ツ星に認定されているなかなかのレストランだ。カリスマ美食屋トリコと並ぶとだいぶ格の落ちる小男だが、まだ年若く店と共にまだまだ伸びしろのある料理人だ。

 

「おう、おはよう。今日はグルメツアーに連れて行ってくれるんだって?」

 

 葉巻樹の枝(葉巻煙草のように火を付けて煙を吸うための木の枝だ!)を咥えながら、走り寄ってくる小松に向けてトリコが挨拶を返す。

 その言葉を受けて、小松は背に負ったリュックサックから二枚の紙切れを取り出した。

 

『ジュエルクラブ日帰り食い倒れグルメツアーINジュエル島』

 

 そう書かれたペアチケットである。

 

「ジュエルクラブの食べ放題ツアーです! メルク包丁が欲しくて応募した月刊コック・スクエアのグルメ懸賞で当たったんですよー!」

 

「その雑誌は見てねえが、シェフ用の懸賞でただのグルメツアーなんてあるんだな」

 

「それがですね、料理人用に貸し出し厨房もあるんですよ。若手の駆け出し料理人にとっては高級食材を扱う良い練習になると思いますよ。まあボクも若手ですけど……」

 

「ふーん、だったらペアチケットだしホテルの見習いでも誘ってやればよかったんじゃねーの? オレは食えるから良かったが」

 

「それも考えましたけど、トリコさんには今まで虹の実やフグ鯨の料理を経験させて貰ったりしていますから、これでお礼になればなと。ジュエルクラブの捕獲も自分達でやっていいらしいので、好きなだけ食べられますよ!」

 

 食材の捕獲。美食屋達が行うそれは本来なら危険な仕事であるが、今回に限っては違う。

 それはジュエルクラブが危険な生物ではないからだ。ジュエルクラブは、ルビークラブ(原作十四巻に出てきたカニだぞ! 解説は十七巻だ!)やサファイアクラブ、エメラルドクラブといった鉱山ガニが交雑していった結果生まれたとされる、複数の宝石が散りばめられた殻を持つ甲殻獣類である。

 IGOは獲物の危険度と捕獲難易度によって、捕獲レベルというものを制定している。捕獲レベル1で猟銃を持ったプロの猟師が十人がかりでやっと仕留められるレベルという厳しいものだ。そしてルビークラブは捕獲レベル46(ただし危険性ではなく発見の困難さによるレベルである!)と並の美食屋では調達不可能なカニだが、交雑種であるこのジュエルクラブはなんと捕獲レベル0。ごく普通の漁師が獲り一般家庭に並ぶようなカニと似たようなサイズと温厚さである!

 しかしその肉が持つ旨味は普通のカニとは比べものにならず、さらに殻の宝石も高い価値がある素材であるので、高級食材とされているジュエルクラブが一般家庭に並ぶことは少ないだろう。

 

「今年はジュエル島の大繁殖期だっていうからな。ちょうど行って腹一杯食いたいと思ってたところだ。良い機会だあんがとよ」

 

「トリコさんがお腹いっぱいって、相当な量ですよね……まあ聞いた限りの繁殖数なら何日泊まっても尽きないでしょうけど。日帰りなんですけどね」

 

 小松はリュックから取り出したグルメガイドをめくってジュエル島のページを開きながらそう言った。

 そのページを小松の頭上から眺めながら、さらにトリコが言う。

 

「しかし日帰りチケットかぁー。ジュエル島にホテルはなかったはずだが、客船での宿泊プランとかもあるだろうにちと物足りんな」

 

 おごって貰う立場のはずのトリコであるが、この男、美食屋業で金は膨大な金額貯めており、食事というものに支出を惜しまない人間だ。ゆえに、日帰りツアーというのはちょっとコンビニに行って肉まんを買って食べてくる程度の感覚だったりする。物足りなく感じるのも仕方ないのかもしれない。

 

「そのあたりの豪華客船で行くツアーは懸賞賞品の格が何段階も上でしたので、さすがに当たりませんよ……」

 

 豪華客船ツアーよりもはるかに価値のある最高級包丁である、メルク包丁を狙って懸賞を送ったとは思えない言葉を返す小松。

 

「ははっ、食運が足りてないな小松」

 

「いえいえ、ジュエルクラブなんて高級食材が食べ放題なんて、今のボク食運絶対すごいですよ!何か降りてきてますよ!」

 

「んじゃ今回ばかりはその微妙な食運に感謝してお相伴にあずかりますかね」

 

 そう話を締めて、二人はジュエル島行きのグルメ船乗り場へ向かって歩いて行くのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 高さ二メートルもある巨大な鍋にトリコはきらびやかに光るカニを次々と放り込んでいく。

 そして鍋の中を見守る小松が、これまたずいぶんと柄の長いおたまで頃合いに茹で上がったカニを鍋からすくい上げていく。

 ジュエルクラブの殻は宝石でできているため、ごく普通のカニやエビと違って茹でて色が赤くなるということはない。また、複数の種類の宝石でできた殻のため、熱伝導率にばらつきがあり最適な茹で時間にばらつきがある少々扱いが難しい食材だ。

 しかし小松はホテルグルメで何度もジュエルクラブを扱ったことがあるので、この食材を釜茹でにする程度朝飯前のことだった。ホテルグルメはIGO直属の高級ホテルなだけあって、高級食材の入荷は多いのだ。

 

「へへー、来た来た」

 

 釜揚げの熱々のジュエルクラブの脚をトリコはまるでパスタでもへし折るかのように折る。本来なら専用の鉱石ハサミを使わなければ割れない殻であるが、剛力を持つトリコはそんなもの必要としなかった。カニを食うのに道具を使っていたら、食べるペースが落ちてしまうとは先ほどハサミを使っていた小松に向けてトリコが言った言葉だ。

 指の力で割った殻を横に放り捨て、姿を現わしたプラチナのように白く輝く肉にかぶりつく。じゅぶ、と肉汁と水晶塩を溶かした煮汁が口の中に広がっていく。

 

「んー、うんめぇなあああ」

 

 脚の殻から身を吸い出しながら、空いた左手で茹でジュエルクラブを解体していく。ぱかりと胴体部分の殻を頭から取り外すと、そこには金色に光るカニミソがぎゅうぎゅうに詰まっていた。

 トリコはそこに熱燗にした酒を振りかけると、甲羅を杯にしてカニミソと酒が溶けた芳醇な香りのする液体をぐいっとあおった。

 ジュエルと名の付くカニであるが、そのカニ肉とカニミソは貴金属のようなかがやきを持っており、陸地に住む鉱石ガニでありながら白銀タラバのような海の雄大さも感じさせる味であった。

 

「いやー、美味しいですねぇ。こんな美味しいカニを食べ放題だなんて幸せだなぁ」

 

 小松も鍋の中身を見守りながら鉱石ハサミでカニの殻を割り切り、カニ肉の味を楽しんでいた。

 料理しながら食事を取るのは本来なら料理人として褒められたことではないが、この場にはトリコと小松だけ。客と料理人の関係ではなく、二人の男がプライベートでただひたすらにカニを食べているだけである。

 

「おっと、そろそろカニが足りなくなってきたな」

 

 鍋の中にカニを放り投げていたトリコが、捕獲したカニを入れていたカゴを見ながら言った。

 カゴの中身はほぼ空だが、トリコの横にはジュエルクラブの殻が小さな山となって積み重なっていた。それら全て、身を食べ尽くした後の殻と甲羅である。二メートルある鍋をはるかに超えた高さまで積み上げられている。

 

「しかしこれだけ食ってもこの付近だけでもまだまだいるものですねぇ。あ、今トリコさんの足元歩いてますよ。無警戒だなぁ」

 

「なにせ十年に一度の大繁殖だからな。こんな食い倒れツアーなんてやってるのも、食い終わった後の残骸の宝石を集めるために客を利用してるって話だからな」

 

「え、そうだったんですか」

 

「食材として市場に流そうにも、殻自体に価値があるから大繁殖してても安値で放り出せない。だから島で全部食べ尽くしてから殻だけ加工して売った方が儲かるってわけだ。わざわざ工場建てて中身だけ取り出すのもロスだって判断だろうな」

 

「へぇー、面白い話ですねぇ」

 

 さらに食べ終わったジュエルクラブの甲羅を殻の小山に向けて投げつけるトリコ。

 

「しかしこれ、出汁出ないのか。カニの殻って言やあ出汁取ってスープにしたり雑炊にしたりあるだろう?」

 

 昼下がりの日の光を受けて芸術品のように輝く殻の山を眺めながら、トリコがぼやく。

 

「出ないんですよねぇー。鍋の中のゆで汁も、身の味しか染み出してませんよ残念ながら」

 

「殻も食えたら最高だったのにな」

 

「もし食べられるなら、さっきのトリコさんの話だとツアー自体が成り立ってなかったんじゃないですかね?」

 

「ははは、それもそうか」

 

 そんな話で笑いながら、小松も鍋から視線を外して殻の小山を眺める。五ツ星レストランの料理長でありながら、常識的な範囲でしか給金を貰っていない小松にとって、光り輝く色鮮やかな宝石の山は非日常的な光景に映る。そして、その小山を見ながら呟いた。

 

「持って帰っちゃダメだけど少し欲しいなぁー、甲羅」

 

「なんだ小松、お前宝石とかに興味あるのか」

 

「いやいや無いですよ。ただですね、平らに磨いたら包丁用の良い砥石になるらしいんですよ。使ったことないんですけど」

 

 ジュエルクラブの甲羅と殻。それはただの装飾品の宝石としての価値しかないわけではない。

 ダイヤモンドが鋼鉄を切り裂くカッターになるように。ルビーの粉末が研磨剤になるように。琥珀が漢方薬として用いられているように。複数の宝石が集まってできているジュエルクラブは様々な用途が見つけられていた。

 

「よし、追加で獲ってくるか」

 

「あ、ボクはもうお腹いっぱいなので茹でるのに専念しますよ」

 

「なんだ、もう腹一杯なのか。早いな」

 

「いえいえもう二時間も食べ続けてますからね。トリコさんがめがっさ食べ過ぎなだけですよ」

 

「めがっさか」

 

「はいめがっさです」

 

 小松の謎の言語にトリコはジュエルクラブを入れるためのカゴを背負いながら、乾いた笑いを返した。

 

「そうだ、なあ小松。もう腹一杯なら、茹でるだけじゃなくて何か料理してくれねえか? まだまだ食えるが味に変化が欲しくなってきたからな」

 

「えっ、いいんですか!? トリコさんの料理をボクが!」

 

「お、おお。そりゃあいいよ。虹の実のときもフグ鯨のときもお前に任せただろ」

 

 小松の突然の勢いに若干引きながら、トリコは答えた。

 

「わかりました! 料理の準備して待っていますね! いやぁー、茹でながらホテルで使えるメニューいろいろ考えていたんですよ。楽しみだなぁー」

 

 そんなはしゃぐ小松を横目に見ながら、トリコは近くにあるジュエルクラブの群生地帯に向けて歩き出し始めた。こいつも何だかんだでプロの料理人なんだな、などと思いながら。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 トリコがカゴ一杯のジュエルクラブを捕獲して貸し調理場へ戻ってきたとき、調理場の備え付けテーブルの上には足元を歩いていたものを小松が捕まえたのだろうか、すでに多様な料理を施されたジュエルクラブ達が所狭しと並べられていた。

 思わずよだれが吹き出るトリコであったが、ふと小松の隣に見知らぬ小太りな小男が立っていることに気がついた。

 

「いただきます」

 

 それはそれとして、トリコは料理を食べ始めた。

 

「うめっうめっ。おっ、この刺身は黒真珠酢が効いていて最高だな!」

 

「あの、トリコさん……。なんだかトリコさんに依頼したいという方が来ているんですが……」

 

「おうそうか。ん、カニコロッケにするとこんな味になるのかぁ~」

 

「あのー、これはどうすれば……」

 

 困ったように小松へと視線を向ける小男。それを受けて、小松も困ったように眉をハの字に曲げ、はあ、とため息をついた。

 

「こうなったら食べ終わるまで止まりませんから、このまま話すしかないと思います。聞いてくれているかは半々ですけど」

 

「わかりました……トリコ様、わたくし、このジュエル島事業の総支配人でございます」

 

「茹でもいいけど焼きも良いよな~! へへっ」

 

「本日はトリコ様に獰猛なカニのハントの依頼をお願いしたく参上した次第でして――」

 

「おーい、小松! さっきの刺身おかわりだ!」

 

「は、はい!」

 

「標的は、このジュエル島のヌシであるジュエルクラブの親玉でございます」

 

 ぴたりと。トリコの食事を進める手が止まった。

 

「特別なジュエルクラブがいるのか?」

 

「ほっほっ、そうでございます。そもジュエル島の大繁殖とは、十年かけて島内の生態系の頂点に立った一匹のジュエルクラブが島のヌシとなり、島のあらゆる場所に産卵することで起こるものでございまして……」

 

「その情報は初めて聞いたな」

 

「左様で御座いますか。このヌシは生態系の頂点に立つ王者なだけあって、ジュエルクラブでありながら巨大で非常に獰猛なのです。そこで、かの有名な美食屋のトリコ様に捕獲をお願いできるならと急いで参ったのでございます。このヌシの甲羅はわたくしどもとしては是非とも確保したいのです」

 

「ふむ、よし、その依頼受けよう」

 

 トリコの言葉に、小男は満面の笑みを浮かべる。

 

「まことにありがとうございます。報酬はざっとこの程度でいかがでしょうか」

 

 小男は懐に手を入れると、グルメ小切手を取り出した。すでに値段が書かれており、そこに書かれた金額はなんと億の桁まで達していた。

 

「いや、金は良い……」

 

 トリコの言葉にきょとんとした顔をする総支配人の小男。そして小松。

 

「それよりもだ……仕留めたヌシは食わせて貰う。身もミソも食えるところ全部だ。報酬はそれでいいか」

 

「は、はあ、その程度でしたら……こちらとしては甲羅があればいいので」

 

 そんなやりとりを聞きながら、このグルメ時代に仕留めた獲物の肉がいらないとは、ずいぶんと変わった話もあるものだと小松は思った。一方のトリコの言い分は実にわかりやすい食欲優先の台詞であった。

 そんな小松の胸中を知ってか知らずか、小男は言葉を続ける。

 

「主の甲羅ならば、削り出しで良質なテーブルができますのでね」

 

 しかしそれもまたグルメ時代。食卓を囲むためのその食卓や高級レストランのテーブルなどにも非常に高い需要があり、一級品ともなればルビークラブの肉とは比べものにならない値がつくのだ。

 そう、甲羅を砥石に欲しいと言った先ほどの小松のように、甲殻獣類の素材は食べるためだけにあるわけではないのだ。

 

「ヌシはこの島で一番高い鉱山の天辺にある洞窟の中に潜んでいるはずです」

 

「よーし、小松さっそく行くぞ!」

 

 総支配人の話が終わると共にテーブルの上のカニ料理を食べ尽くしたトリコは、立ち上がるとそう小松に向けて言った。

 その思わぬ言葉に、小松はぎょっとした顔をする。

 

「え、トリコさんボクもですか!?」

 

「お前もだ! 機会があればオレの捕獲に付いてきたいんだろ」

 

「えっと、トリコさん! ボク今回遺書用意してないですよ! だからここで待っていていいですよね! 今回はジュエルクラブの料理研究でいいかなーって!」

 

「何言ってんだ、甲殻獣類の肉は獲って新鮮なうちに料理した方が美味いんだぞ、お前が料理するんだよ料理人!」

 

「そこは仕留めた後急いで持ってきて貰えば……」

 

「いいから行くぞ!」

 

「ぎゃわー! 今回は覚悟決めてきてないのにー!」

 

 そんなトリコと小松の会話劇にスマイルを浮かべて眺めながら、総支配人の小男は「お待ちしております」と一つお辞儀をした。

 トリコ達が目指すのは島の中心にそびえ立つジュエル鉱山。湯の入ったままの鍋を片手に、もう片方の手に小松を抱えながらトリコは鉱山へ向けて走り出すのであった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「ぴいいいいきああああああ!」

 

 ジュエルクラブのヌシ、マスタージュエルクラブが威嚇する鳴き声が洞窟内に響き渡る。

 

「ぎゃあああああ! でかい! 怖い! ぐわわわわわ!」

 

 そしてトリコに連行された小松の悲鳴も響き渡る。

 

「うるせえなぁ……」

 

 小松と鍋を地面に下ろして両手が自由になったトリコが、ヌシの前に立ちはだかる。ヌシは、両腕のハサミを天井に向けて突き出し、今度は姿でもって威嚇を行う。

 せいぜい人間の頭サイズが限度であったはずのジュエルクラブが、ヌシとなるとまさかの体高三メートル超えである。威嚇によってその姿はさらに大きく見え、小松は見事にその威嚇によって萎縮していた。

 しかし、対面するトリコはどこ吹く風だ。

 

「ぎぎぎぎぴぴぴぴぴぃ!」

 

 威嚇の通じぬトリコに、ヌシは唐突に天井に向けて突き上げていた巨大なハサミを振り下ろして攻撃した! まさに獰猛である。

 

「ふん!」

 

 しかしそれをトリコは手の平で軽々と受け止めた。大重量が衝突する鈍い音が洞窟内に響き渡るが、受け止めたトリコは無傷である。

 

「オレにケンカを売るとは大した度胸だが、この様子じゃあアレを使うまでもないな」

 

 そう言うと、トリコはその場で飛び上がると、拳を強く握り三メートルあるマスタージュエルクラブの頭頂部に向けて勢いよく腕を振り下ろした。

 トリコの拳により鉄槌の一撃により鈍い轟音が洞窟に響く。

 そして、トリコの着地と共にヌシは脚から力を失い、ゆっくりと後ろへ向けて倒れていき、腹を天井に向けて沈黙した。

 

「あ、あれ? 終わり?」

 

 洞窟の壁際に避難していた小松が唐突な戦闘の終わりに疑問の声を投げる。

 

「おう、終わりだ」

 

 そう、すでにヌシは息絶えていた。

 美食屋トリコの代名詞である必殺技ナイフ・フォークも使われていない。戦闘前のいただきますの合図も、戦闘終了のごちそうさまの言葉もない。ただの拳の一撃でヌシは体内をシェイクされ死んだのだ。しかも今回トリコは、依頼主の甲羅を使いたいという言葉を受けて極力破壊力のない一撃を心がけていた。

 捕獲レベル0のカニの親玉は例え巨大になって命知らずの獰猛さを得ても、この程度の存在でしかなかったのだ。

 

「この程度ならわざわざオレが倒すまでもなかったな。他の美食屋に取られる前に会えたのも、今回の小松の微妙な食運のおかげか?」

「またその微妙って引っ張ってるんですか!」

 

「ははっ、まあとりあえず脚一本茹でてみてくれ」

 

 トリコは倒れる主の脚を持ち上げると、戦闘では使わなかった右手の“ナイフ”で小松が抱えられる長さに切り落とし、小松へと渡した。

 

「むむ、重たい……ですけど、殻の重さですかね。身が詰まってる感じがしない気がします」

 

「マジか? まあでも食ってみてからだな」

 

 小松はトリコに手伝って貰い洞窟内の岩を集めて鍋を載せるための簡易かまどを作り、さらにここまでの道中に集めていた鉱石炭に火を付けて鍋を温め直す。

 そして沸騰したところで、切り分けた一本分の脚を鍋に入れ、ほどよく茹で上がったところで取り出す。

 殻を皿代わりにした、白く光り輝く大きなカニ肉がトリコの前に並ぶ。それに向けて、トリコは手を合わせて食前の挨拶した。

 

「では、この世のすべての食材に感謝を込めて、いただきます」

 

 食器はないので、トリコは手でわしづかみにしてカニ肉を持ち上げる。

 体高三メートルもあるカニの脚の身だ。わしづかみにしても指が輪を作らない。

 そしてトリコはおもむろにそのカニ肉へと大きな口を開けてかぶりついた。

 

「んぐ、んぐ、んぐ……。ん? うーむ……」

 

 ゆで汁を口の回しにべたべた垂らしながらヌシの肉を咀嚼するトリコ。しかし、その顔に浮かぶ笑顔はどこか薄い。

 

「口いっぱいに頬張れるのはいいが、味は普通のより大味だなぁ」

 

 とりあえず食べてみての感想がそれだった。

 

「十年生き続けて美味しくなっているとかではないんですね」

 

 小松は、初めてトリコと一緒に食材の調達に行ったバロン諸島での冒険を思い出す。

 あのときはターゲットであるガララワニが本来の寿命を遥かに超え三百年生きたまさに諸島のヌシとも言える存在であり、その肉の味は通常のガララワニよりはるかに円熟されて美味しくなっていた。だがこのマスタージュエルクラブはそのようなことはなかったようである。

 

「そういえば島中に産卵したって依頼人が言ってたな。よくあることだが、それで疲労して味が落ちてるのかもしれん」

 

「確かに、産卵後はそうなるのいますね。特に海から帰ってきて川を登った後の魚とかが」

 

「ふーむ、しかし十年に一度の食材だ……よし小松、でかさを利用して美味く料理してみてくれ! ここお前に任せたぞ!」

 

「えっ!」

 

 トリコの突然のそんな言葉に、小松は思わずテンションが上がった。あのトリコが! 美食屋トリコがまた自分に任せてくれた!

 

「はい、わかりました!」

 

 まず、小松は地面に倒れ伏すヌシの死骸を近くで眺めることにした。小松のような五ツ星料理長レベルのシェフともなると、新しいメニューを考え出す閃きというものが必須である。なので、余すところなく隅々まで食材を観察するのだ。

 と、そこで小松はふと料理人としての感覚に引っかかるものを覚えた。

 

(あれ、この殻って)

 

 小松は気づいた。マスタージュエルクラブの殻、これは通常のジュエルクラブの殻と違い、料理すれば食べられるようになる可能性があると。

 小松の調理を待つ間に足元を行き来するジュエルクラブを捕獲してまわっているトリコの様子を見るに、彼の特別優れた嗅覚では殻から旨味を感じ取れていないのだろう。だが小松の料理人としての感覚が言っている。これは一定の工程を得ることで絶品料理に化けると。

 通常のジュエルクラブの殻とは違う。これは食材だ。

 

「どうするかな……」

 

「ん? 何か言ったか?」

 

「あ、いえ……別に何も」

 

 小松は迷った。もしここで食べられると言おうものなら、トリコはこの殻を根こそぎ食い尽くしてしまうだろうと。ガララワニのときの経験がそう告げている。あのときは小松側からの依頼のためにガララワニを仕留めたときは、試食という体で肉を一部焼いて食べ始めたが、結局全て平らげてしまった。

 そして今回の依頼でトリコが要求した報酬は「仕留めたヌシは食わせて貰う」だ。肉だけをではない。対象はヌシ全てだ。何も残さず食べ尽くしたとしても、契約違反にはならない。

 しかし、そうなると依頼主は大損である。

 告げるべきか否か。

 

(今回はボクのチケットで来たんだし……トリコさんの食欲を優先しなくても良いかな……?)

 

 小松は料理人としての興味ではなく、小市民としての良心の方を選んだ。

 そして料理を進め、トリコは依頼主に告げた言葉通り、カニ肉もカニミソも全て食べ尽くした。甲羅とハサミと脚の殻を残して。

 

 その後、新たな主が追加で現れるということもなく、主の殻を依頼主に渡しトリコと小松二人の食い倒れツアーは無事に終了したのだった。

 

「いやー、ヌシも料理するとジュエルクラブにはない美味さがあるもんだな。なあ小松、またどこか調理場付きの食い倒れツアー懸賞で当ててくれよ」

 

「いえいえいえ、ボクはツアーのためじゃなくて調理道具のために懸賞送ってるんですからね!」

 

 帰りのグルメ船の中で、そんな言葉を交わすトリコと小松二人。

 

 さて、実際に小松が殻が可食部位であることを告げたとして、トリコは殻を全て食い尽くしてしまったであろうか。

 十年に一度しか知る機会のないその答えは今のところ闇の中である。




ジュエルクラブ(甲殻獣類)
捕獲レベル:0
ルビークラブ、サファイアクラブ、アメジストクラブといった貴重なカニを人間の手で交配させ、大量繁殖できるように品種改良した雑種のカニ。海を渡れないためジュエル島にのみ生息しており天然ものは存在しない。原種の一つのルビークラブは体長六十センチメートルとそれなりの大きさを持つカニであるが、このジュエルクラブは人間の頭程度の大きさしかない小さな甲殻獣類である。その味は高級珍味と呼ばれるルビークラブほどではないが、濃厚な旨味を持った人気の高級カニである。
殻は交雑種ゆえの様々な宝石が入り交じった外観をしているが、一つとして同じ配置をしたものがなく、それが天然の芸術として評価されており、ジュエル島内での養殖が容易なことからも装飾品や調度品の材料として世界各地で使われている。


マスタージュエルクラブ(甲殻獣類)
捕獲レベル:3
五年という短い寿命のジュエルクラブの中でボスとなった一匹だけが十年生き、巨大な姿となったもの。天然の鉱山ガニや通常のジュエルクラブと比べて肉の価格はさほど高くないが、その外殻はテーブルやイス、床材などに加工され非常に高い値段で取引される。
料理人の中にはこの外殻を調理可能なことに気づいている者がごく一部おり、特に熟練家具職人が加工した後の甲羅は非常に美味な食材となっているため、マスタージュエルクラブの甲羅で作った家具は現存数が生産数より少なくなっており十年に一度の素材にしては取引額が極端につり上がるっているという。ちなみにジュエル島事業の総支配人は外殻を食べられることを知っていたが、トリコ達にそれを察知させなかった。人間の焦ったときの汗の臭いを容易に嗅ぎ取れる嗅覚を持つトリコでも、グルメ時代に揉まれた苦労人の営業スマイルの裏側は見破れなかったようである。


ジュエル島事業の総支配人
島の所有者であり、ジュエルクラブの交配・養殖を一代で成し遂げた人。一流の装飾・家具職人でもある。お菓子の家のような食べられる食器・家具・調度品というものを快く思っていないグルメ時代の人間には似つかわしくない人間で、手製のマスタージュエルクラブの家具が陰で食されていることを苦々しく思っている。目指せ調理不可能にする処理の発明。
食することでどんなものでも食べられる味覚に目覚めるアナザは、彼のような人間にとっては悪夢の食材であろう。


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お一人様向けオゾン草

 IGO直属ホテルグルメ。数千を超す部屋数を誇るその高級ホテル内にあるレストラングルメの一部フロアは本日貸し切りとなっていた。

 団体客が来たわけではない。とんでもない「食いしん坊」一人が食事をしているのだ。

 

「ふう、ごちそうさま」

 

 美食屋トリコである。彼の前にある広いテーブルの上には、空いた食器が山のように積まれており、それをウェイター達が数人がかりで忙しそうに下げていた。

 

「トリコさん、今日はどうでしたか!」

 

 そのトリコの元に、料理長である小松がやってくる。シェフと客にしてはずいぶん気安げだが、実はこの二人、コンビである。

 美食屋と料理人のコンビ。それはこのグルメ時代において憧れの二大職業が組み合わさった夢の共演のような存在だ。

 美食屋は食材を集める、料理人は食材を調理する。最高の料理を作るには欠けてはならない組み合わせである。

 

「いやー、美味かった。それに満腹になれた。一つの店で腹一杯になれたのも久しぶりだぞ」

 

「はい! 今日は予約を頂いていたので、精一杯の用意をさせていただきました!」

 

 トリコがここホテルグルメのレストランで食事をしたことは、今まで何度かある。

 だが、虹の実実食のときは、小松はまだトリコの腹具合の上限というものを把握し切れていなかった。そしてセンチュリースープ披露のときは、来賓達にスープを披露することがメインで、他の食事を腹一杯食べるような場ではなかった。メロウコーラのときはトリコに匹敵する大食漢のゼブラがいたため、食材の供給が追いつかなかった。

 今日はそれらメインの品があったり他の客がいるときとは違い、小松は食事全体を楽しんで貰おうとメニューの考案と食材の仕入れに努めたのだ。相棒の美食屋を食事で満足させることはコンビの料理人として当然の義務だと小松は思っている。

 

「ふうー」

 

 葉巻樹で食後の一服をするトリコ。その顔は実に満足げだ。

 その様子をにこにこと笑顔で見守る小松。厨房へと下がる様子はない。食事の後に少し話があると、予約の際トリコに言われていたのだ。

 

「それでだな、小松。お前にコンビとして調理してもらいたいものがある」

 

 葉巻樹を半分ほど吸い終わったあと、トリコはそう話を切り出した。

 そのトリコの言葉に、小松は破顔一笑。

 

「本当ですか! それは腕が鳴りますね!」

 

 この小松、トリコのコンビになれたことを最高の栄誉に感じている。……いや、栄誉というような言葉は少々相応しくない。心底嬉しいと感じている、といった純粋な歓喜である。

 

「それで、今回はどんな食材なんですか?」

 

「ああ、お前も知ってるやつでな……オゾン草だ」

 

「えっ」

 

 オゾン草。オゾン層ではない。食材の名前だ。

 

「オゾン草ってあのオゾン草ですか」

 

「ああ、あのオゾン草だ」

 

 オゾン草。それははるか空の上、ベジタブルスカイという食の楽園に存在する野菜の王様。これを食べてトリコは小松とコンビを組むことを決めたという記念すべき野菜だ。二人で同時に噛みつかないと食べられないという、コンビの結束力を試されるような特殊な食材であった。

 本来はIGO会長一龍の依頼で捕獲に行った食材であるが、ベジタブルスカイに多数生えていたため彼らも試食してみたのだ。

 

「オゾン草……。そうですね、あのときはまるのままを生で食べただけですから調理らしい調理は外側の葉を剥くくらいしかしてませんもんね」

 

 オゾン草は五十センチメートル程度の大きさの野菜であるが、天然に実っている姿は高さにして十数メートルもある何十層もの葉に包まれた包被型の野菜だ。中身を取り出すには、特殊な手順で二枚ずつ葉を剥がしていく必要があり、これまたコンビ二人の連携が求められるものとなっていた。

 

「いや、そういうわけじゃねーんだ。あれって、二人で食わなくちゃいけないだろ。それを一人で食べられるようにして欲しいんだ。できるか?」

 

「えー! あれは二人で食べるからコンビ結成記念に相応しい食べ物だったんでしょう!? それをお一人様用にしろってことですかー! なんだか台無しですよ!」

 

 コンビとしてそこは譲れないと食い下がろうとする小松だったが、しかし。

 

「そう言われてもなぁ……あの時食ったのは一個だけだからあの食い方でよかったが、腹一杯食おうと思ったらオレが二人いなきゃ無理だろーが」

 

 コンビであってもトリコと小松の腹具合は、同じではない。小松は常人の範疇でしか食事をできないが、トリコを満腹にさせようと思ったら、このレストランのスタッフ総出で当たらなければならないほどなのだ。

 確かにそう言われてしまっては仕方ない、と小松は引き下がった。美食屋には人生をかけて作り出すフルコースという概念があり、オゾン草はトリコのフルコースのサラダにはなるにはあと一歩足りなかったが、例えそうだとしても確かにお腹いっぱい食べたい最高の野菜だった。

 

「でも、あのGTロボみたいなのがやっていたみたいにこう……首を速く動かして二回噛めばいいんじゃないですか? ……ボクには絶対無理ですけど」

 

 小松はベジタブルスカイでの光景を思い出す。二人でオゾン草を食べた後、突然空の上から(ベジタブルスカイ自体が空の上に存在するのだが)GTロボのような謎の生物が降ってきたのだ。

 GTロボ――グルメテレイグジスタンスロボットは遠隔操作のグルメ用ロボットで、かつてジュエルミートを巡って敵対した組織、美食會が使っていたものだ。そんなGTロボに酷似した外見の生物が、実食中のオゾン草を前にしたトリコ達の元へ現れ、一人で食べると腐ってしまうはずのオゾン草を高速で動き二箇所ほぼ同時に噛みつくことで食べ、そして咀嚼したオゾン草を飲み込まず吐き出して去っていったのだ。

 ちなみにトリコと小松は知る由のないことだが、彼らが依頼でオゾン草を渡したIGO会長一龍も、その謎の生物――ニトロと同じようにして一人でオゾン草を食していた。

 

「小松、お前はそれでいいのか」

 

「えっ?」

 

「料理人のお前がそんな客を選ぶようなことしていいのか? オレ以外の他のやつにオゾン草を料理して出すときにも、素早く二回噛みついてくださいなんて言うのか」

 

「それは……確かにそうですね……」

 

 トリコの言葉にぐうの音も言えなくなる小松。

 

「なーんてな! 冗談だ冗談。小松が客を困らせてもオレは困らんからな」

 

 このグルメ時代、客に特殊な食べ方を強要する“人を選びすぎる”料理店というものは存在する!

 そこにトリコは文句などないのだ。自分がその店の客に適していないときは心底悔しがるのだが。

 

「ええー、コンビなんですから気にしてくださいよそういうの!」

 

「ま、そのまんま食えるようにして欲しいってのは本気だ。あんだけ美味いんだ、いろんな食い方をしてみたいもんだ」

 

 サラダ、焼きもの、田楽、シチュー、チーズフォンデュ……と料理名を上げていくトリコの横で、小松はふとあることに気づいて頭を抱えた。

 

「そうなると、またあの雲の上まで行くのはトリコさんが守ってくれると言っても辛いなぁ~」

 

 そう、オゾン草を手に入れるにはベジタブルスカイに行かなければならない。ベジタブルスカイに行くには、空から垂れ下がるスカイプラントの蔓を伝って上空二万メートルはるか空の彼方、雲の上の成層圏まで向かう必要がある。二人がかりで葉を剥く必要があるので、トリコ一人に捕獲を任せるわけにはいかない。

 小松は一流の美食屋トリコのコンビだ。捕獲までの困難な冒険に同行することは今後も多いであろう。諦めたように小松はため息をついた。

 

「ああ、そのことなら気にしなくてもいいぞ」

 

 ちょうど葉巻樹を吸い終わり、しょぼくれる小松へと顔を向けたトリコは、ニヤリと笑ってそう言った。

 

「今度は安全な雲の上だ」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 そしてその二日後、トリコと小松はとあるIGOの施設へとやってきていた。そこは標高一万二千メートルの大山脈の上に立てられた空中庭園。IGOが所有するビオトープガーデンの一つである。

 ビオトープとは人工的に作られた動植物の生息空間のことで、この天空ビオトープガーデンでは高地に生息する動植物を集め生態観察と様々な食品研究を行っている。

 

「はぁー、このビオトープもすごいですねぇー」

 

 研究員通用口の窓からビオトープ内を見渡しながら、小松が言った。彼は今までIGOの第1ビオトープと第8ビオトープに入ったことがあるが、それらとも違う高地特有の風景が広がっていた。

 

「危険動植物の捕獲レベルアベレージは8。危険性のない動植物に関しては、世界中の秘境と言われる高地から捕獲したものを元に飼育・栽培しているので、本来ならば捕獲レベル40を超える入手難度のものも存在するぞ」

 

 そう小松に対して説明をしたのは、黒スーツにサングラスをかけた男。IGOの職員で、IGO開発局食品開発部長のヨハネスという名だ。

 小松はIGO直属のホテルグルメレストランの人間なので、このヨハネスとはしばしば共に仕事をする機会がある顔なじみである。トリコが訪ねてきて二日という早さで小松が仕事の休暇を取れたのも、今回このヨハネスが手を回したからであった。小松はつい最近、メロウコーラという食材を捕獲するために月単位の長期間レストランを離れていたため、本来ならば仕事を休めるような身分ではないのだ!(と小松は思い込んでいるが、トリコと行く食材捕獲の旅はIGO会長直々の依頼なのでホテルの支配人は依頼を優先して構わないと思っている)

 また、ヨハネスはIGOの事情でトリコに食材の捕獲を依頼することもあるため、トリコとも知り合いである。

 

「それで、ここにオゾン草があるんですね」

 

 そう訊ねる小松に、ヨハネスが「ああ」と答える。

 

「まだ情報としては流していないが、一年前の時点で試験栽培に成功している。天然物にはまだまだ及ばない品質らしいが」

 

その言葉に、トリコも頷き感慨深げに言った。

 

会長(オヤジ)が煎れたあのクソ苦い『オゾン茶』もここのものを使ってたんだろうな」

 

 オゾン茶とは、依頼品のオゾン草を届けにIGO会長の下へと行ったとき、彼から振る舞われたオゾン草の外側の葉を使ったお茶である。トリコ達が捕獲して持っていったのは葉を全て取り除いた中核部分だけだったので、会長はすでにオゾン草の葉を何らかの手段で入手して加工していたというわけだ。

 

「ガララワニのときにもこんなことあったんだよなー。IGOの依頼で獲ってきたものがすでに研究中で、わざわざ獲りに行かなくても問題なかったっての」

 

 じろりとヨハネスをにらむトリコ。ヨハネスはわずかに冷や汗を流しながら、そういうこともありますと答えた。

 

「でも、オゾン草を個人的に食べたいなんていうボク達の都合なんかで、本当にIGOのビオトープに入っていいんですか?」

 

 そんな疑問も小松がこぼす。それに対し、ヨハネスは右手でサングラスのツルをわずかに持ち上げながら言った。

 

「今回は特別だ」

 

 そう、特別だ。今まで小松が各地のビオトープ内に脚を踏み入れられたのも、ビオトープ内にある虹の実、宝石の肉(ジュエルミート)といった食材を捕獲して欲しいというIGOによるトリコへの依頼があったゆえの特例だった。

 

「我々としても、食し方が特殊なオゾン草の問題点を解決してもらえるのは非常に助かるんだ、小松くん」

 

 サングラスの奥の眼で小松をじっと見つめるヨハネス。

 

「これを達成した暁には、こちらでレシピの特許を管理させて貰い、適切な特許料を支払うことを約束しよう。また特許料以外にも追加報酬の支払いやランキングへの反映などもさせてもらう」

 

 ヨハネスは以前から、小松という当時五ツ星店の料理人にそこそこ目をかけていた。そんな小松はトリコの捕獲に同行するようになり、センチュリースープのレシピを短い期間で編みだし、ついにはカリスマ美食屋トリコのコンビにまで登り詰めた。いろいろ感慨深いものがあった。

 

「えっ、本当ですか! ランキングかぁ~ホテルの星とかにも影響するからな~」

 

 ぐへへ、とよこしまな笑顔を浮かべる小松。ランキングとは、世界中の料理人を格付したIGO発表の世界料理人ランキングのことだ。トップ100に入ると雑誌などで大々的に発表され、グルメ時代の憧れの的として注目されること必至だ。

 

「では、ここからさらに成層圏の上を突破するグルメスカイツリー研究所へと向かいます」

 

 そうトリコと小松をうながすヨハネス。

 

「あっ、そうですよね。ベジタブルスカイは成層圏にあったから、山の上だとオゾン草は育たないのか」

 

 ヨハネスの言葉になるほどと小松はうなづき、長い通用口を進んでいった。

 そして彼らは途中で消毒施設を経て、巨大なエレベーターに数分間乗り込み成層圏階層までやってきたのだった。

 

「わー! すごーい! ベジタブルスカイそっくりですよ!」

 

 扉を何重もくぐり、目に見えたのは雲の上にできた陸地。

 それは火山灰を積み重ねて土壌を作り出した人工のベジタブルスカイだった。

 

「うーん、空気が澄んでる」

 

 人工ベジタブルスカイに生えた多数の植物によって、標高数万メートルという高さにもかかわらず清浄な酸素が供給されている。以前訪れたベジタブルスカイを忠実に再現してあるようであった。

 

「うーむ、ベジタブルスカイの野菜の良い香りだ……。しかしこんだけ生えてるのにこいつらを食える店に行ったことがねーな」

 

「そこはまだ研究段階ですので市場には流しておりません」

 

 灰の土壌の上に実る野菜を見たトリコの疑問に、そう答えるヨハネス。

 かつてトリコは第8ビオトープから虹の実を持ち帰り、それがグルメ中央卸売市場を通じて世界中に販売されたことがあったが、この人工ベジタブルスカイの野菜はまだその段階にはないようだ。

 

「トリコさーん! ありましたよオゾン草!」

 

「おっ、さっそくかー!」

 

 テンションが上がって土壌の上に出来た草の絨毯を一人走り、オゾン草を探し回っていた小松が無事見つけたようだ。

 トリコが向かうと、そこには高さ十数メートルもあるオゾン草がいくつも生えていた。

 さらに、オゾン草の横にはこれまた大きな謎の工業機械が置かれている。

 

「ヨハネス部長、あれは?」

 

 小走りでやってきたヨハネスに、小松は機械を指さして訊ねる。何やら多関節のアームが二本機械から飛び出している機械だ。

 

「オゾン草の外側の葉を取り除くためのマシンだ。かかる時間はオゾン草一個あたり四十分だな」

 

「そりゃあ時間かかりすぎだぜ!」

 

「葉を剥く動作は問題ないのですが、適切な順番を探し当てる機能がまだまだですのでね。失敗もあります」

 

「今のオレ達にかかれば十分もかからないぜ! 今回は料理に失敗してもいいように数を揃える必要あるから待ってられん! 小松行くぞ!」

 

「あっ、トリコさん待って下さい!」

 

 さっそく手前のオゾン草に向けて走り出すトリコとそれを追う小松。

 そしてオゾン草の処理が開始され、言葉通り五分もかからずオゾン草の中核部位が姿を現わした。

 

「うひょー、うんまそー!」

 

「食べるのは料理した後ですよトリコさん! それより次に行きましょう!」

 

「まあ待て……。首に力を入れて……!」

 

 ベジタブルスカイで謎の生物ニトロがやっていたように首を高速で動かし、ほぼ同時に二回オゾン草を咀嚼するトリコ。しかし。

 

「み゛ゃぁ~不味い! 腐った! 失敗だー」

 

「あー、何やってるんですかトリコさん。そうやらなくて済むようボクが挑戦するんですよ!」

 

「お、おう……。危険なところに行かなくて済むとなるとやっぱり元気だなお前……」

 

 そんなこんなで二十ばかりオゾン草を採取したトリコ達は、研究室へと戻り、実験調理場へと入る。

 

「小松ー。早く成功させろよー」

 

 人工ベジタブルスカイから持ち出した生野菜をかじりながら、小松へと声援のような違うような声をかけるトリコ。小松はコック服に着替え、オゾン草をじっと見つめている。

 ヨハネスは、勝手に野菜を持ち出さないでください、とトリコに苦言をていするが、言われる側はどこ吹く風だ。

 

「はー、しかし腹減ったな」

 

 野菜を食い尽くしたトリコがそうぼやくと、ひたすらにオゾン草を眺めていた小松が仕方ないな、という顔をして包丁を手に取った。

 

「すぐに一品作るので、それでしのいでください」

 

「おっ、まさかもうできそうなのか」

 

「いえ、オゾン草ではなく……これを」

 

 そう言って小松が手にしたのは、オゾン草と一緒にケースに入れて持ってきていたオゾン草の外側の葉を切り取ったものだ。

 

「これって、なんでそんなの一緒に持ってくるんだと思ったら、お前……」

 

「まあ見ていてください」

 

 そう言って調理場に置かれていた他の食材も手元に集め、三分もかからずに小松は一皿(といってもトリコ用に大皿だが)の料理を作り上げた。

 

「オゾン葉チャンプルーです。あ、ヨハネス部長もどうぞ」

 

「むむっ、チャンプルーかね。興味深い」

 

 小松はヨハネスへも小皿で料理を取り分け、テーブルの上に皿を載せた。

 

「ふーむ、苦い野菜でチャンプルーっつーのは定番だが」

 

 トリコは箸でチャンプルーを掴み、香りを嗅ぐ。それはやはり強烈な苦味を持った香りであった。

 そう、オゾン草の外側の葉は苦い。とても苦い。会長に振る舞われたオゾン茶をトリコは我慢できず吐き出してしまったほどだ。

 

「前に会長に煎れていただいたオゾン茶を飲んでいて思いついたものなんですけど……」

 

 小松もその茶は印象に強く残っていたようだ。

 あの苦味が来るならとても食えたものではなさそうだと考えながらも、トリコはコンビを信じて箸を口に運んだ。

 

「!」

 

 苦い。やはり苦い。しかしそれは……。

 

(茶のときと違って、舌が拒絶するような苦味じゃないぞ……これは秋刀魚のはらわたのようなじんわりとした旨味を含んだ苦味……そうか! チャンプルーに使われている豆腐、これはクリーム大豆の豆腐か! それがうまく混ざり合ってこの優しい味へと変わっているのか……! でも苦味を消しているわけではない、あくまで強烈な苦味を残しつつ旨さに変えているんだ!)

 

 思わず口角が上がるトリコ。そしておそるおそる口にしたヨハネスも、おお、と喜びの声を上げている。

 その様子に満足した小松は、再びオゾン草を見つめる作業に戻った。

 小松は悩んでいた。オゾン草の処理の仕方が思いつかないわけではない。“自分以外が”どう処理をすれば食べられるようになるかを考え続けているのだ。

 

(ベジタブルスカイでもトリコさんは言っていた。オゾン草はボクを好んでいる食材なんだ。だからか、簡単にやり方は思いついたけど……)

 

「ふー、美味かった。ビールがないのが片手落ちだな」

 

 悩む小松を横に、すでにトリコは大皿の中身を全て食べ終わっていた。料理する小松も早かったが、食べ終わるトリコも早い。

 そんなトリコを見て、小松は一つのことを思いついた。

 

「トリコさん、ちょっと手伝って貰っていいですか?」

 

「おっ、なんだぁ。料理でオレが手伝えるようなことあるのか」

 

「はい、トリコさんは料理はちゃんと出来る人ですし、それにボクだと“上手くいきすぎる”んです」

 

「? なんだかわからねーが食えるようになるならやるぞ」

 

 トリコは美食屋だが、捕獲した食材を自分で食べるためにある程度の調理技術を身につけている。フグの調理免許だって持っているのだ。だから、小松はトリコを使って自分以外が調理した場合のケースをここで見てみようとしたのだ。

 トリコは小松の指示で包丁を握り(この包丁は厨房備え付けのもので、小松自慢のメルク包丁ではない! 扱いが難しすぎるからだ)、オゾン草へと刃を当てる。

 

「刃を入れるのは一ミリで、ここの光っている葉脈から二ミリずらして、二ミリの間隔を保つように葉脈に沿うように……はい、そうです」

 

 新鮮なオゾン草からただよう旨そうな香りによだれを垂らしながら、トリコは小松の指示に従って包丁を動かしていく。

 するとやがて――

 

「おお! 葉脈の光が葉全体に広がりだしたぞ! これはもしかして――!」

 

 喜び顔で小松へと顔を向けるトリコに、そしてそれを受けて頷く小松。

 

「どうぞ、食べてみてください。今度は“普通に”」

 

 小松の言葉を受け、トリコは輝くオゾン草を持ち上げる。

 そして、大きな口を開けてゆっくりと口に含み、噛みついた。

 

(おお――!)

 

 その食感に、トリコは歓喜した。ベジタブルスカイで食べたときは、小松と同時に食べるタイミングを気にして味わい切れなかったその最初の一噛みが、筆舌に尽くしがたい最高の感触であったのだ。

 

(肉厚なハンバーグステーキを噛んだような食感……それでいて他に例えるものがないような清涼な爽快感が口に広がる……!)

 

 そして二噛み、三噛みと咀嚼を続け、ごくりと飲み込む。

 

「――成功だ! やったな小松!」

 

「はい! やりました!」

 

 オゾン草を右手に掴み、隣に居た小松を左肩に載せトリコは体全体を使って料理の成功を祝福した。小松もトリコの肩の上で万歳をしている。

 それを後ろから眺めるヨハネスも、どこか嬉しそうだ。

 

「じゃあ、残ったオゾン草を使って、トリコさんがお腹いっぱいになる料理を作りましょう! ヨハネス部長、いいですよね!?」

 

「ええ、ビオトープの食材は外に持ち出しできませんから、ここで食べていってください」

 

 トリコが腹一杯オゾン草を食べたいという話が伝わっているからか、ヨハネスは小松の言葉に即快諾した。

 小松は喜び勇んでまずは調理場の食材の再確認から入った。

 

「レストランで出す正式メニューとしていろいろ考えていたんです! 今日はそのテストもかねて、頑張りますよー!」

 

 その様子を眺めながら、トリコは今度は何も口にせず料理ができるまで待ち始めた。お腹をすかせ料理が来るのを期待しながら待つ。それもまた食事の楽しみ方の一つである。

 素早く小松の手が動き、メルク包丁で用意した食材達、そしてオゾン草を切っていく。オゾン草はその刃を受けて腐り始めることもなく、葉脈の光が増しその性質が変わっていく。

 

(小松の腕も上がったな)

 

 料理に勤しむ小松の動きを見ながら、トリコはそんなことを思った。

 トリコは今、グルメ界に入るための修行を行っている。会長(オヤジ)に任された修行用の食材依頼をこなすため、様々な環境に適応できるように身体を鍛えているのだ。そして小松も、そんなトリコの頑張りに追いつこうと料理の腕を日々磨いている。

 

「さあ、まずは第一陣ができました。食べている間にどんどん作っていきますよ」

 

 トリコの待つテーブルに、小松が皿を並べていく。トリコの分だけではなく、ヨハネスの分もそこにはあった。小松は今、ヨハネスに依頼を受けている状態だ。彼が試食する分のオゾン草を用意するのも道理だ。

 

「よーし、じゃあいただきます」

 

 トリコが始めに手を付けたのは、薄くスライスしたオゾン草と葉野菜のサラダだ。酢っ葉レモンから作った特製ドレッシングがかけられている。

 そのサラダをトリコは新鮮な葉野菜が鳴らす爽やかな快音を立てながら咀嚼していく。

 

「おお、本来の肉厚なオゾン草とはまた違ったこのパリシャキとした食感、心地良いぜ」

 

 まずは新鮮な生野菜で口内と胃袋をフレッシュにしたトリコは、次はずっしりと重たいものを食べようとテーブルの上の料理に目星を付ける。そこで目に止まったのが、天ぷらだ。

 なんと計二十個しか採取してきていない、大きさ五十センチもあるオゾン草の一つを丸ごとそのまま使った天ぷらである。横には、人工ベジタブルスカイ製の野菜の天ぷらも添えてある。

 これにはトリコも思わず満面の笑みを浮かべる。小松と二人で本物のベジタブルスカイに行ったとき、生でしかそこの野菜を食べていなかった(天然状態でフライになっていたものはあったが!)。オゾン草だけでなく、改めてこの野菜達を調理したものを食べられるのは実に嬉しい。

 天ぷらを次々と口へと運んでいく。トリコはベジタブルスカイの味と香りで一杯になった。

 

(この油……これもベジタブルスカイの野菜から絞ったものか。なかなか憎いことしてくれるじゃねーか)

 

 箸が止まらない。天ぷらの皿は瞬く間に空っぽになった。

 

「ふう、こっちは漬け物か。箸休めに良さそうだ」

 

 さすがに長時間漬け込む時間はなかったからか、小さな皿に載せられたオゾン草の漬け物は浅漬けであった。天ぷらの油分で満たされた口をリセットしようと手を付ける。

 

(この静かな味はありがたい……。テンションの上がりすぎた心がしっかりと落ち着いて、また新しい気持ちで食事に向き合える)

 

 そしてまた次の料理へと取りかかるトリコ。

 

「こっちは……おっ、ポタージュラーメンとは変化球で来たなぁー」

 

 オゾン草をポタージュにした汁を使ったラーメンを勢いよくかっこんでいく。

 

「超うめえええええ! 麺に匂いを抑えたオゾン草の葉が塗り込んであってパンチがある! お前ラーメン屋でも行けるぞ小松!」

 

 そして次はオーソドックスに野菜炒めだ。ニンニクのかすかな香りがガツンと食欲を刺激する。

 

(オゾン草本来の爽やかさから一転、重厚な味付けでどんどんと胃袋に溜まっていく……! これは身体を動かすエネルギーになる活力の味だ。クセのある素材なんてわずかなガーリップだけなのに、まるでレバニラ炒めのような力強さがある!)

 

 オゾン草料理の旨さにトリコの食べる速度がどんどんと上がっていく。

 腕を上げて素早く料理できるようになった小松も、段々とそのペースに追いつけなくなっていく。それを見かねたヨハネスが研究スタッフを呼び、小松の補助につけることでようやく食べる速度に追いつくようになった。

 そして次から次へとテーブルの隅に皿が積み上がり――

 

「ごちそうさまでした」

 

 そう言って満足そうに手を合わせるトリコ。つい二日前に小松のレストランで腹一杯食事したばかりであるが、今日も小松の料理で限界まで食事を満喫することができた。

 こいつとコンビを組んで良かった、と食後の余韻をトリコはまろやかな味付けに変わった食後のオゾン茶をすすりながら思った。

 

「――うまかったぜ、小松。満腹だ」

 

「ありがとうございます!」

 

 わずかに息があがった小松が満面の笑みで答える。

 トリコの食事速度に合わせる料理風景は激しい戦いのようであった。ヨハネスの呼んだ補助スタッフはくたくたになって座り込んでいる。それを見て小松は、自分のレストランのスタッフ以外でも人を上手く使えるようにならなければ、と痛感した。彼は料理長なのだ。

 それはそれとして、オゾン草の調理もトリコの食事も大成功である。

 

「この感じならホテルグルメにも出せますね! 試験栽培のものでもこの品質なら十分目玉メニューになるぞー!」

 

 オゾン草の調理にもすっかり馴染んだのか、小松は拳を硬く握って天井へと突き上げた。

 

「いや、それは難しいぞ」

 

 しかし、それを否定するのが一人。ヨハネスである。

 はて、調理に不手際があったのか、と戦々恐々とする小松だが。

 

「お忘れかね、ビオトープからの食材の持ち出しは禁止されている」

 

「あ、ああ。調達の話ですか。もちろん勝手に持ち出さずに、レストランを通じて仕入れを……」

 

 そんな小松の言葉にも、ヨハネスはいいやダメだと首を振って否定する。

 

「このオゾン草栽培はまだ実験初期段階。市場に流すにはまだ多くの試験をクリアせねば」

 

 そう、問題があるのはビオトープ側であった。このオゾン草は特殊な環境でしか生えない天然物を人工栽培したもの。市場に流しても問題ない品質かということを時間をかけてしっかりと調査せねばならなかった。小松個人が認めた保証で良しとなるものではない。

 

「そ、そうなるとレストランで出すには天然物を使うしかないってことですね……。すごい値になりそうだなぁ……」

 

 ホテルグルメレストランは高級食材を多く扱う高級店であるが、それでも仕入れ価格とメニューに付けられる値に際限というものがある。ホテルグルメは階によって客層が違うがセレブ専用ホテルというわけでもないのだ。

 さらにそんな小松の悩みに追加するように、別の視点から問題が上がった。

 

「オゾン草なんてワールドキッチンでも見かけたことないぜ?」

 

 ワールドキッチンとは世界中からありとあらゆる食材が集まってくる卸売市場で、正式名称をグルメ中央卸売市場という。トリコはそこでも見かけたことがないというのだ。

 小松がベジタブルスカイに行く切っ掛けとなったのは、最高級の野菜を取り扱っている焼き肉店へるスィ~での食事の席でトリコに誘われたことだが、オゾン草はその店でも取り扱っていなかったほどのものなのだ。ちなみに市場にオゾン草が出回った場合、末端相場で一枚十億円になるだろうと言われている。

 

「ということは、店でオゾン草を出そうと思ったら……」

 

「取りに行くしかないな。本物のベジタブルスカイに」

 

 ええー、と肩を落とす小松。

 しかし小松には、オゾン草をレストランで扱わないという選択肢は無かった。料理していて、それほどオゾン草に魅せられたのだ。絶対に店で出すんだ、という思いが危険なベジタブルスカイへの旅路の恐怖を打ち消してしまっていた。

 

「あの、ヨハネスさん……今回の報酬の話ですけれど……」

 

「はい」

 

「お金とかじゃなくて……ベジタブルスカイに行くためのスカイプラントで、身を守るのに役立つIGO製の最新器具とかでお願いできませんか……」

 

「……では、そのように手配しよう」

 

 食運に恵まれている小松も、どうやら金運には恵まれていないようであった。

 

「なお、小松くんが自分でオゾン草を取りに行っても、レストランでの適正価格は守って貰うのでそのつもりで」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 その後、無事オゾン草料理がホテルグルメレストランのメニューに載ることとなったが、看板メニューのセンチュリースープのように常時メニューに並ぶことは残念ながらなかった。ただ、期間限定として大いに客が賑わったという。オゾン草は超高級食材で六ツ星のホテルグルメとしても少々格が高い料理となったので、むしろ期間限定の方が相応しかったのかもしれないが。

 

「トリコさーん、トリコさん一人でオゾン草採ってこれる方法、美食屋として考えてくださいよー」

 

「んー、そこは料理人の仕事じゃねーの? あの葉剥くのって調理の一環だろ。つーかコンビとしてつれないこと言うなよ」

 

「店の仕入れのたび何度も同行するわけにはさすがに……じゃあ葉っぱ剥かないで良いので持ってこれませんか」

 

「あれでけーから、テリーに手伝わせても数個しか持ってこれないぞ」

 

「ああー、常設メニューにはやっぱり無理かぁ……ビオトープの試験栽培早く成功してー!」

 

 なお、このとき小松が料理法を編み出したお一人様向けオゾン草は、数年後トリコの結婚披露宴にてサラダメニューを彩る食材の一つとして使われたとのことである。




天空ビオトープガーデン
大山脈の上に作られた人間界に八つあるIGOのビオトープの一つ。研究所も併設されている。高地の動植物を集めたビオトープだが、壁で囲っても脱出される可能性が高いため捕獲レベル10を超える獰猛な鳥獣類は飼育されていない。人間界の名所ベジタブルスカイを再現するため、軌道エレベーターかと見まがうような高いタワーが内部に建設されており、最上階部分では軌道上を漂う類の宇宙食材の研究も行われている。

クリーム大豆(穀物)
捕獲レベル:0
人の手によって栽培されるまろやかな甘味のある大豆。主に豆乳を取るために使われ、その豆乳は貴重なグルメ動物の乳にも匹敵する旨さが認められ、さまざまな洋菓子の材料に用いられている。また、クリーム大豆から作る豆腐は安価な定番スイーツとしてコンビニにも並ぶことがある。

酢っ葉レモン(果実)
捕獲レベル:7
標高一万五千メートルを越す雪山の山頂部にのみ生育するというレモンのような形をした葉っぱ。その絞り汁は、爽やかな酸味と寒さに耐えた食物ゆえの甘味の混じった良質な酢になるという。


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トリコの日常的狩猟風景

今回はトリコの一人旅です。


 腹の鳴る音でトリコが眠りから覚めた。ある日の早朝、空いた窓から射す日の光から快晴であることがわかる。

 そして風がわずかに吹き込み、甘い香りが朝の空きっ腹のトリコを刺激する。そう、甘い香り。ここはトリコの自慢の我が家、お菓子の家(スウィーツハウス)である。

 

「くぁー、よく寝たぁ」

 

 そんなよくある言葉をあくびと共に呟きながら身を起こすと、トリコは今まで頭の下に敷いていた枕を掴み取り、勢いよく噛みついた。この枕もお菓子の家の自慢である食べられる寝具の一つ、べたつかない飴でできた繊維を織り込んで作られた枕だ。中には綿菓子が詰まっている。

 さらにトリコは、ベッドのすぐ横の棚に用意しておいたチーズケーキ1ホールを丸ごと口の中に頬張る。

 

「んぐんぐ、ふうー、しかし腹減ったな。どこで朝飯食ってくかな」

 

 ケーキを食べてすぐにこの言葉。まさに食いしん坊かつ大食漢だと巷で有名な美食屋トリコに相応しい台詞である。

 そしてベッドから完全に立ち上がると、部屋に備え付けられていたウエハース製のタンスを開けて、中から服を取り出し着替えていく(さすがに服はお菓子製ではない)。普段二の腕を露出するラフな格好の多いトリコには珍しい、長袖の厚手の服である。

 着替え終わったトリコは壁に備え付けている様々なお菓子を食べ、時には壁材そのものを食べながら寝室のある二階から一階へと降りていく。

 リビングのテーブルの上には昨日のうちに用意しておいた朝食用のバケットが置かれており、トリコはそれにピーナッツクリームを塗ってから口いっぱい頬張る。ついでにバケットの載っていた堅焼きせんべい製の皿も口に入れてばりばりと咀嚼していく。

 そうやって腹を少しずつ満たしながら次に玄関へと向かう。玄関で履くのはブーツだ。

 

 板チョコでできた玄関の扉を開け、トリコは外の扉のすぐ横に置かれた彼の背丈ほどの黒い箱の前で立ち止まった。

 この箱は、鋼鉄飴で作られた宅配ボックス。家主が不在でも郵便物を収納しておける箱で、トリコは美食屋の仕事でこのお菓子の家を長期間離れることが多いため用意してあるのだ。

 鍵は付いていない。そもそもトリコはお菓子の家自体にも鍵を付けていなかったりする。

 

「届いてるな。んじゃあいくかぁー」

 

 宅配ボックスの中からトリコが取り出したのは、大きなリュックサック。中身もすでに詰められている。背が高く体格も良いトリコの肩周りでも背負えるように肩紐がサイズ調整された特別製だ。

 トリコはそれを背負うと、素手でへし折った宅配ボックスのフタの一部を口に含んで舐めながら、クッキー生地で作られたポストから新聞を取り家を離れていった。

 

「ん、騒ぎになってるな」

 

 歩きながら開いたグルメ新聞には、ジェラートマウンテンに猛獣現るとの記事が書かれていた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 そしてトリコは新聞記事に名前が載っていたジェラートマウンテンのふもとまでやってきていた。お菓子の家からここまで美食鉄道に乗って六時間ほどの行程だ。朝食と昼食は汽車の中に大量の駅弁を持ち込んで食べ終えていた。

 ジェラートマウンテンは常に細かい氷粒状の雪が降り積もる火山で、山頂の火口からは熱いマグマではなく甘いシロップが湧き出ている。

 危険な生物はおらず、天然のかき氷を楽しもうと年間一千万人のグルメ登山家が訪れるという。

 

「おっ、グルメポリスか」

 

 だがそんな山のふもとの観光街では、登山客ではなくグルメポリスが多数うろついていた。

 今のジェラートマウンテンは頻繁に吹雪に見舞われる時期で、腕に自信のあるグルメ登山家しか山に登らないシーズンであるが、それでも絶え間なくふもとの町に人が訪れる人気が途絶えない場所だ。グルメ登山家だけでなく、彼らが山から持ち帰る氷菓を買って食べるのが目的の観光客もいるという。しかし、トリコが見渡しても街中を出歩くそれらしき姿は見受けられない。

 

「まだヤツはいるみてーだな。よし」

 

 周囲を警戒するグルメポリスを横目に、登山口へと向かうトリコ。

 だが、途中で一人の警官がそれを見咎めた。

 

「こらキミ、今この山には大変危険な猛獣が出現しているんだ今すぐ引き返……はっ! あ、あなたはまさかトリコ!」

 

「おう。勝手に捕獲させて貰うが、いいよな?」

 

「はっ、はい! していただけるなら是非!」

 

 敬礼をしながらトリコに向かって返事をするグルメポリスの警官。

 警官が話したように山のふもとにグルメポリスが出動している理由は、安全なはずのジェラートマウンテンに危険な生物が突如出現したとの報があってのことだった。

 

「特別グルメ機動隊の出動予定が立てられていましたが、ご協力いただけるなら大変助かります」

 

 特別グルメ機動隊はグルメポリスの鎮圧・戦闘用精鋭部隊である。

 それだけ出現した生物の危険さが見てとれるが、そんな場所に来たのがトリコである。

 

 今日のトリコは獲物を食べるためにここまで来たのではない。獲物を捕獲し人々へ供給する美食屋の仕事として来たのだ。

 トリコ自身は今回他者から依頼を受けてはいない。美食屋のルーチンワークとして自分で狙い定めた猛獣を捕獲し、食肉を扱う食品卸売業者に売り払って金銭を稼ぐという目的でやってきたのだ。

 トリコは食いしん坊の美食屋だが、捕獲した獲物全てを自分で食べるというわけではない。金を稼がねば、人の経営する店で腹一杯飲み食いができなくなるのだ。つい先日も、トリコはIGO直属のレストランから依頼を受けて、バロン諸島へガララワニの捕獲に行ったばかりだ。何やら料理人が一人道中のおまけについてきていたが。

 

「退治に成功しましたらご一報ください」

 

「おうよ」

 

 そうトリコが答えると警官は敬礼を止め、道の脇に止められたグルメパトカーへと向かい、無線機を使って何かを話し始める。トリコのことを報告しているのだろう。

 その様子を確認することもなく、トリコは観光用の登山ルートへ向かって再び歩き始めた。

 

 ジェラートマウンテンは初心者から上級者まで様々なグルメ登山家の集まる名山だが、その中でも観光用のルートは夏シーズンで防寒具と靴さえ十分なら、登山未経験の若者でも歩いて辿り着けると言われている。トリコはその楽なルートを歩こうとしているのだ。

 トリコの目的は獲物を捕獲することだけ。わざわざ厳しいルートを通るのは獲物が逃げ込んででもいない限りする理由はなかった。

 

「オレが行くまで逃げないでくれよ、アマヅラビースト」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 途中で小腹が減り兎を捕まえて焼いて食べたり、順路から外れた岩陰に生えていたポキポキキノコを遠慮なく食べたりしながら、道草を食って道すがらで足を止めつつもトリコは日が暮れる頃には山頂に到着していた。

 息は上がっていない。トリコのような美食屋達は厳しい環境に身を投じることが日常であるため、この程度の運動では疲れはしないのだ。むしろ、山頂の清浄な空気を吸おうと深呼吸を繰り返している。

 

「ううーん、フルーツの良い匂いだぁー!」

 

 トリコの視界の奥では、ジェラートマウンテン名物フルーツマグマが火口から勢いよく吹き出し積もった雪へと降りかかり、天然のかき氷が出来上がっていた。マグマと言っても雪が溶けるような熱いものではなく、むしろ湧き水のように冷たいシロップだ。山肌に降り注いで時間が経ち凍り付いたものは、これまた天然のシャーベットに変わっている。

 

「うはー、いただきます」

 

 地面の雪へ頭を突っ込むように飛びかかるトリコ。そして大口を開けて体全体で降り積もった雪へと食いついていく。雪は氷を薄く薄く削ったようなきめ細やかさであり、まさしく極上のかき氷となっていた。

 

「くー、頭がきーんって!」

 

 氷菓特有の頭痛の洗礼を受けながらかき氷をかきこんでいくトリコ。するとやがて、口へと入ってくる雪の食感と味が変化していく。かき氷がジェラートへと変わったのだ。

 これは、このジェラートマウンテン最大の名物、天然ジェラート。山頂付近の山肌の一部からはフルーツマグマとは別に砂糖や卵白に似た成分を含む湧き水がじわじわと染み出しており、それがフルーツマグマと雪とで混ざり合って、極上のジェラートになっている。

 

「うーん、まろやか。この味は高級店でもなかなか出せねえぞ」

 

 食べ尽くすことで掘り進んだ雪の奥へと座り込み、手でジェラートをすくい取っては口へと運んでいく。食べ物の上で、食べ物を食べる。人里の店では味わえない、自然の食材を前にしないとできない贅沢だ。そんな豪快な贅沢ができるスポットが美食屋達に発見され、世界各地に名所として存在するのがこのグルメ時代である。

 次から次へと甘い雪を口にするトリコ。時にはフルーツマグマの冷たい原液を口にして喉をうるおしたり、凍り付いたマグマのシャーベットも食す。そして、腹が満ちると共にトリコは体温の低下を感じた。

 グルメ登山家ならばここでキャンプを張り身体を温めるところであるが、

 

「シバリング!」

 

 トリコは身体を勢いよく振動させ、体温を一気に高めた。

 人は体温が下がるとぶるぶると身震いする。これは筋肉などを運動させて熱を作り出そうというシバリングと呼ばれる生理現象であるが、トリコはそれを技術として昇華しており膨大な熱を作り出すことが出来る。筋肉を動かすために必要なカロリーはフルーツマグマからたっぷり補給してある。トリコの身体は寒空の下、湯気が立つほど温まっていた。

 

「それじゃ探してくかね」

 

 体の暖気が十分となったのを合図にして、トリコは頭の中身を食べることから捕獲の仕事へと切り替える。

 狙いの獲物を探すのだ。トリコはフルーツマグマの吹き出す火口へと向けて歩いていく。勢いよくマグマが吹き出しそして降り注ぎ続ける火口付近で、トリコは顔を下に向けた。フルーツマグマの量が多すぎて雪は溶けきって積もっておらず、冷たいマグマが溜まって下へ下へと滝のように流れ落ちている。トリコはその甘い香りが漂う場所で臭いを探った。トリコの美食屋としての特技の一つは、犬をはるかに超える嗅覚能力を使った獲物の追跡だ。

 

「ビンゴ! マグマを飲みに来てるな。この臭い、覚えたぜ」

 

 今回のトリコの捕獲ターゲットは甘い木の汁をすする食性の生物だ。トリコは自慢の鋭敏な嗅覚で火口付近に漂うフルーツとは異なる甘い香りと、わずかな獣臭を嗅ぎつけていた。

 そしてトリコは捉えた臭いを追い、警察犬のように臭いの主の行く先を辿っていく。獲物は山頂付近から山を下っているようであった。

 日が完全に落ち切る前にと今更急いで動き始めるトリコ。雪の降るこの地では、残った臭いが消えてしまうのも早いのだ。

 

 十分ほど山を駆け下りたトリコは、山腹にある林の地帯へと足を踏み入れた。獲物の臭いはどんどん強くなってきている。

 やがてトリコは、木の間に降り積もる雪の上に大きな獣の足跡を発見した。

 その足跡を辿ると、雪の下から生えた太い針葉樹が何本も根元から折られている様子が見てとれる。

 さらに足跡を辿った先で、トリコは目当ての標的を見付けることに成功した。

 

「巣作りとは、本格的に移住のつもりかい、アマヅラビースト」

 

 倒した木を重ねて大きなねぐらを作り上げ、そしてトリコの気配を察知していたのかすでに臨戦態勢を取った一匹の獣が、トリコを待ち構えていた。

 アマヅラビースト。体長(頭の先から尾の付け根までの長さ。尾の長さは含まない)6メートル、体高(足の底から肩の上までの高さ)3.2メートルの四つ足の巨大な獣。頭部は猪に似て、胴体はオオカミ、尻尾は鳥の尾羽のようなものが生えているなんとも形容しがたい見た目で、森林地帯で甘い樹液や花の蜜をすすって生きる草食性の哺乳獣類だ。だが草食・樹液食といっても侮ることは出来ない。縄張り意識がとても強く、他の生物に樹液をわずか一滴たりとも奪われないよう、視界内で動く生き物を全て殺してまわるという大変獰猛な獣なのだ。

 

「グロロロ……グワッ!」

 

 威嚇の鳴き声と同時にトリコに襲いかかるアマヅラビースト。

 その口には、獲物を噛み殺すためだけに存在する鋭い牙が生えている。

 だがトリコはひるむこともなく、拳をその牙に向けて叩き込んだ。

 

「ガウッ!? ……グウッ!」

 

 拳を受けて牙を叩き折られのけぞるも、すぐに体勢を直して再び飛びかかる。

 トリコはそれを屈み込むことで回避、アマヅラビーストの腹の下へと潜り込む。そして。

 

「ふん!」

 

 拳の一撃が今度は胴体へと突き刺さる。

 アマヅラビーストは大きく吹き飛び、倒木で作ったねぐらへと激突する。

 さすがの衝撃に巨獣も足元をおぼつかなくさせ、その場でふらついてしまう。

 それを見逃すようなトリコではなく、助走を付けてアマヅラビーストへと飛びかかった。

 

「ノッキング!」

 

 だが振るわれたのは拳ではない。ノッキングガンという捕獲用の特殊な銃だ。

 アマヅラビーストの鼻先に押しつけられたノッキングガンの先端から針が飛び出し、鼻の奥、脳へと針が達し神経組織に刺激を与える。その刺激で、アマヅラビーストは麻痺状態へと陥った。ノッキングと呼ばれる生け捕り用の技術である。

 四肢が麻痺したアマヅラビーストは、雪の上へとゆっくりと倒れ込む。

 

「よし、捕獲レベル7ならこんなもんか。何やら手負いっぽかったしな」

 

 アマヅラビーストはどうやら左後ろ足を怪我しているようであり、飛びつく勢いもどこか弱くなっていた。

 そこに推測を浮かべつつも、今更かと動かなくなったアマヅラビーストを肩に担ぐように持ち上げ、トリコは下山し始めた。

 ジェラートマウンテンは危険な生物の生息しない場所だ。そこに怪我を負った獰猛な獣がやってきた。それが何故かを考え対策を取るのは、食の生活を守るグルメポリスやIGOの仕事。美食屋であるトリコの領分ではなかった。

 

 針葉樹の林から離れ、再び登山コースへ。優に1トンを超える重さの獲物を抱えての下山は、さすがに軽やかというわけにはいかない。やがて日は完全に落ちきり、そして雪が強く降り始めた。

 

「予報通り、吹雪かなこりゃ」

 

 トリコはアマヅラビーストを道の脇に降ろすと、背中に背負ったリュックからテントを取り出し始めた。黒い昆布のような素材で出来たテントである。いや、昆布のようなではない。昆布そのもので出来ているのだ。

 そんなテントをトリコは岩陰に組み立て終わると、アマヅラビーストを放置して早々にテントの中へと入っていった。

 しだいに雪は強くなっていき、やがて吹雪へと天候は変わっていく。ジェラートマウンテンの雪は、水分を多く含むみぞれのような雪だ。さすがのトリコもこのような空模様の中、無理に下山する気はないようだった。

 

 アマヅラビーストがテントの外に置かれたままだが、この獣が本来生息する場所はジェラートマウンテンから北に800キロメートルほど離れた甘葛(アマヅラ)の樹海と呼ばれる、年中雪の降り積もる森林地帯の奥地である。

 吹雪の中でノッキング状態のまま放置しても、凍死してしまうことはないだろう。

 

 やがて一夜明け、天候が静まったことを感じたトリコは、テントの外へと出た。

 雪が深く降り積もっており、アマヅラビーストが横たわる場所がこんもりと山になっている。トリコはアマヅラビーストの呼吸を確保するために頭部分の雪を除け、そして朝食の準備を始めた。

 

 まずは岩を砕いて石にしてそれを並べ火をおこすためのかまどを作り、固形燃料を並べて火をつける。火の熱でみるみるうちにかまど周辺の雪が溶けていき山肌が露出する。

 次にリュックから金属色に光るシートを取り出し、それを火であぶった。するとシートはどんどんと形を変え一抱えほどもある鍋へと姿を変えた。形状記憶合金で出来たキャンプ用グルメ鍋である。

 そして、トリコは周囲の新雪を塊でつかむとその鍋へと投入。鍋の中で雪は火の熱でゆっくりと水へと変わっていく。運ぶ水の量を減らすため、雪を溶かして飲用水にしているのだ。極上のかき氷やジェラートの元となっている水だ。そのまま飲んでも美味であろう。

 次に、トリコは一晩明かしたテントをたたみ、束ねると、鍋の上で勢いよく引きちぎった。すると、昆布でできた生地の間から、ぼとぼとと何かが鍋の中へとこぼれ落ちていく。大根、ゆで卵、ちくわ、さつまあげ、こんにゃく、がんもどき、餅巾着。なんと、フリーズドライにしたおでん種である。最後に昆布のテントを鍋に投入すると、固形燃料の火で鍋を煮込み始めた。このテントは、トリコ特製おでんテントだったのだ。

 

 鍋の中の水が湯へと変わっていき、昆布から香りの良い出汁が出る。そしてフリーズドライだったとは思えないほど具材が瑞々しさを取り戻していく。透明だった湯はいつの間にか薄い琥珀色へと変わっていた。

 おでんの香りが甘味の山へと場違いのように漂う。実に旨そうな匂いだ。――だが、不意に視界に影が差すとその匂いを汚すような獣臭が周囲へと広がった。甘い体臭を持つアマヅラビーストの臭いではない。肉食獣特有の血と臓物の臭いである。

 

「……そうか、お前に追われてアマヅラビーストがここまで来たのか」

 

 トリコはおでんがこぼれないようにしっかりと鍋にフタを固定すると、強烈な獣臭が漂う頭上へと向かって顔を上げた。

 そこにいたのは、五つの首にダチョウのような丸みを帯びた胴を持つ、体長10メートルを超す巨大な鳥。

 なんと怪鳥ゲロルド(原作三巻に登場した鳥獣類だ!)が空から降下してきているのだ。その捕獲レベルはアマヅラビーストの7を大きく超える15! 死神とも呼称される大変危険な鳥だ。この捕獲レベルともなると、並の美食屋では太刀打ちができない領域だ。

 

 なぜこのような危険極まりない生物がジェラートマウンテンにいるのか。それは、甘葛の樹海から狩りの獲物であるアマヅラビーストを追ってやってきたのだ。

 アマヅラビーストは甘い汁を糧とする獣であるが、特に好むのは木の樹液。ジェラートマウンテンのマグマのようなフルーツテイストのシロップは、樹液豊富な甘葛の樹海を出てまで食べる対象ではないはずなのだ。それなのにこんなところにいたのは、このゲロルドに襲われ縄張りから逃げ出したからだ。

 

「甘い匂いしかしないはずのアマヅラビーストから、どういうわけか漂ってた獣臭。やはりマーキングか」

 

 そう、樹海から800キロメートルも離れたこんな場所へとゲロルドが追ってこられたのも、自分の臭いを獲物につけていたから。山頂から臭いを辿って探り当てたトリコのように、樹海からずっとアマヅラビーストの臭いを辿ってきたのだ。

 鳥獣類でありながら狩猟民族のように一つの獲物を時間をかけて追い続けるこのゲロルドの狩猟スタイル。五つの頭部が存在することによる、狩りの知恵がもたらしたものであろうか。

 

「こんなのが人里の近くまで来るとは、機動隊が出ていても被害が広がったかもしれんな。丁度良い、お前をおでんのつくねにしてやる」

 

 トリコは思う。美食屋の仕事上、予定外の事態に見舞われることは珍しくもない。相手は厳しい自然の中で生きる動植物達なのだ。ただ、途中で起こるアクシデントのうち、凶暴な生物に襲われた場合……それが食べられる生物ならば自分にとっては吉である。

 どれだけ危険な目に遭おうが、最後に美味しくいただけるなら全て幸運なのだ。

 この出会いを幸運と見たトリコは、くの字に曲げた左手の指先を勢いよく右手の手の平へとこすり合わせる。トリコの戦闘前の所作――プリショットルーティーンだ。

 そしてすっと両の手を身体の前で合わせた。合掌である。

 

「いただきます」

 

 ゲロルドがその大きな羽を広げ、斜めの角度で雪の降り積もる山肌へと降下してくる。

 向かう先はトリコではない。ノッキングで動けなくなっているアマヅラビーストだ。ゲロルドの目的は戦闘ではない、獲物の狩猟だ!

 

「させん! 2連! 釘パンチ!」

 

 降下のタイミングに合わせ、トリコの得意の一撃がゲロルドの胴体へと突き刺さる。いや、一撃ではない。瞬時に二回殴ったのだ。トリコが釘パンチと呼ぶ、打撃を複数回同時に打ちつけ衝撃を奥へと浸透させる技だ!

 トリコのパンチで吹き飛んだゲロルドが、もう一度空中で大きく吹き飛んだ。釘パンチの二回目の衝撃が遅れて炸裂したのだ。

 

「ゲコオッ!」

 

 口から血とよだれを吹き出し、ゲロルドが大きな鳴き声をあげる。

 そして、空中で体勢を取り戻したゲロルドはトリコの上で大きく旋回しはじめた。トリコを仕留めなければ獲物を奪うことはできないと判断したのか、五つの頭の目線は全てトリコを捉え凝視している。

 ゲロルドが狩りで得意とするのは空から強襲して傷を負わせてはまた上空に逃げる、ヒット&アウェーの戦法だ。

 ゲロルドは旋回速度を上げトリコの背後を取り、そしてもはや落下と言っていい角度で突進をかけた。

 

「こんな近場の狩りでこの技を使わされるとはな――フォーク!」

 

 並の獣では反応できない空からの突進に加え、五本の首による複数の角度からクチバシ攻撃が飛ぶ。

 だが、それを全てかわしきるトリコ。

 さらに左手を食器のフォークに見立てたするどいトリコの一撃が、ゲロルドの首の一本に見事突き刺さり、肉を穿つ!

 トリコの攻撃はそこで止まらず、ゲロルドの首に刺さったままの左の腕を縦に大きく振りかぶった。

 ゲロルドの身体が上下を逆にして空中で振り回され。そしてそのまま弧を描くように地面へと角度を変え、雪ではなく岩の露出した山肌部分へ叩きつけられた。首にフォークを突き刺したまま投げ技をかけたのだ。

さらに、トリコは左手を首から抜き取り右腕を大きく振りかぶり――

 

「ナァーイフ!」

 

 右手を食器のナイフに見立てた手刀で、トリコの胴周りほどもある太さのゲロルドの首を五本全て切り落とした!

 そして振り切った右の腕の残心を解き、トリコは万歳をするかのように腕を天へと突き上げ、戦闘開始時と同じように左の手の指と右の手の平を胸の前で打ち合わせる。そして合掌だ。

 

「ごちそうさまでした」

 

 その言葉と共に、成人男性一人分はあろうかという大きさの鳥の頭が五つ、血を吹き出しながら雪の上へと転がり落ちた。

 首を全て刈られてはさすがの五本首でも生きてはいられない。瞬時の決着、そして無傷の決着だ。

 捕獲レベル15の怪物に一歩も引かず勝利する。それが美食屋トリコという男なのだ。

 

「――よし、食事の時間だ!」

 

 真面目な顔から一転、腹が減ってどうしようもないという緩んだ表情へと変わるトリコ。だがそれも仕方ない。朝食を食べる直前に襲撃されたのだ。幸いなことに、この攻防の中でもフタを閉めたおでん鍋は無事なようであった。

 トリコは鍋をかまどに置き直し燃料に再び火を付けると、ゲロルドの解体作業に入る。

 まずは皮から羽毛を剥がしていく。抜いた羽毛は一箇所にまとめ少量の固形燃料と一緒に火を付け、焚き火をおこす。鍋は小さいので、おでんとは別にこれで余った肉を焼くつもりだ。

 次は右手のナイフで腹へと切り込みを入れ、モツを取り出し雪の上で一旦冷やしておく。モツの熱で溶けた雪でミノやホルモンといった汚れたモツを洗うのだ。

 そして残るのが、たっぷりと脂の乗ったぷるぷるの皮が付いた肉。これを切り分け、一部を焼き、一部をおでんの種とする。

 

 リュックサックの中から荷物をあさり、十徳グルメキャンプ調理道具と小袋に入った小麦粉を取り出す。これで肉をつくねへと変えていくのだ。

 この調理道具や調味料、おでんテント、形状記憶合金鍋などが入ったリュックは、一昨日アマヅラビーストを狩りに雪山へ行くと決めたときに急ぎで宅配を頼んだものである。美食屋としてトリコはいろいろな業者に話を通してあり、即日で捕獲に必要な道具を取り寄せられるようにしていた。

 

 ゲロルドは脂の少ない肉質だが、味は濃厚で良い出汁が出る肉だという。

 それとは別に皮に脂が乗っているが、つくねには混ぜないでおく。

 早速トリコはおでん鍋へと完成したつくねを投入していく。それにより漂っていたおでんの香りにまた一つハーモニーが加わり、鍋の中の汁にもごくうっすらと鳥の脂が溶けて染み出してくる。

 さらに、羽毛の焚き火では皮の付いた骨付き肉が、香ばしそうな匂いを漂わせながら良い焼き色を付けていた。

 

「朝飯だ!」

 

 そしてトリコはリュックの中に入れていた皿と箸を取り出し、ようやくの食事を始めた。

 熱々のおでんが、雪景色の中でもうもうと白い湯気を立ち上らせている。その中からトリコはゲロルドのつくねを箸で掴んで顔の前へと持ってきた。

 実はトリコは昨夜山頂でアマヅラビーストの甘い匂いに混じった獣臭から、ゲロルド強襲の可能性をわずかに考慮に入れていた。夜を明かしたテントの中でも、襲撃を警戒して一睡もしていなかった。その間、ずっとゲロルドをおでんに入れたらどんな味がするかということを考えていたトリコ。ゲロルドの襲撃は予定外であったが予想外ではなかったのだ。

 湯気を漂わせるそんなゲロルドのつくねを口の中へ放り込み、咀嚼する。

 

(つなぎはわずかな小麦粉しか入れていないから、口の中でほろりと溶ける……それでいて力強い味だ。なのにおでんの出汁とはケンカしていない)

 

 その味と温かさに、思わず口元がにやける。ゲロルドの肉は強壮のある味わいだ。それが寒空の下、熱々のおでんの具となることによって身体を芯から温めてくれる。テントの中で一晩過ごして枯渇していた胃の中に、まだ熱を持つ肉が送られていく。

 途端に元気満点となったトリコは、次の具を口へと運んでいく。

 汁を味わいたかったのでがんもどき。重さが少し欲しくなったので卵。大根で染みこんだ汁の味と熱さを同時に味わう。箸休めにはんぺん。すり身をもっと味わいたくなったのでさつまあげ。ここで一つ腹にどしんとくる餅巾着がありがたい。そしてまたつくねで肉味を補給だ。みるみるうちに鍋の中身が消えていき、具も出汁の昆布も全てが胃の中へと収まっていく。

 

「ふーう、温けえ……」

 

 氷点下の山の上にいるというのに、小さな火が灯ったような温もりを胃の奥から感じる。そして、まだ鍋の中には汁が残っている。トリコはここに細かく切り分けたゲロルドのモツを投入していく。おでん汁のモツ鍋だ。

 モツに火が通るまで、トリコは羽毛の焚き火で焼いた骨付き肉を食べることにした。火にあぶられ皮からしたたり落ちた脂がとても香ばしい匂いを周囲へ振りまいている。

 大きな口を開け、肉へとかぶりつく。巨大な鳥獣類ゆえの厚い皮。それがぱりぱりに焼けてとてもよい食感を出していた。

 

「うまっ脂うまっ!」

 

 口のまわりを脂まみれにしながら食いついていく。皮の下には肉。今度は鳥肉特有の舌に絡まないしつこさのなさのおかげでどんどんと食べ進められそうだ。それでいてパンチのある味だ。これこそがゲロルド味であった。

 骨付き肉を食べ終わり、残った肉も火にくべて、モツ鍋も食していく。

 だが鍋の汁は限りがある。雪を溶かせば湯はいくらでも作れるが、出汁が足りないのだ。仕方なくトリコは残ったモツも焼くことにした。直火焼き、そして鍋を使った鉄板焼きだ。出汁ではなく調味料ならばリュックの中に入っている。

 ゲロルドを食しているうちにトリコはアマヅラビーストの肉も食べたくなってきたが、そこは我慢した。捕獲するたび獲物を食べていたのでは、仕事にならない。そこはプロの美食屋として弁えているのだ(たまに忘れてガララワニのように食い尽くしてしまうこともあるが!)。

 

 そしてやがて、その場には雪が溶けて岩肌が露出した火の焼け跡と、空っぽの鍋と、たくさんのゲロルドの骨だけが残った。完食である。

 トリコは荷物から取り出した葉巻樹に火を付け、食後の煙を楽しんだ。

 

「ふぃー。よーし、んじゃ、アマヅラビーストをトムの店にでも卸して仕事完了だ。おっとグルメポリスにも連絡しないとな」

 

 ワールドキッチンにて商いを営む卸売商十夢(トム)の顔を思い浮かべながら、トリコは火の始末を始めた。後片付けは念入りに。キャンプの基本マナーである。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 ワールドキッチンにて、小松は目当ての食材もなく掘り出し物を探してあちらこちらの店舗を回っていた。

 今日は休日だ。しかし、料理が仕事であり最大の趣味でもある小松にとって、休みの日というのは料理の腕を上げ食を探求するために存在している。なので、様々な食材を実際に自分の眼で見ることも彼にとっては休日に行うべき勉強だ。ワールドキッチンはそれにうってつけの場所だった。さらに良い食材があれば、レストランの料理長として買い付けて明日以降のメニューに加えられる。何だったら休日出勤して一晩中仕込みをしても良いくらいだ。

 そんな意気込みで食材を見て回る小松の周りで、ある声が飛び交った。

 

「獲物を卸しにトリコが来ているらしいぞ!」

 

「マジか! 急いでチェックしねえと! あの人は気前が良いからな!」

 

「今日は何を持ってきたんだ! うおおおお!」

 

 トリコ。美食屋トリコのことだろう。小松は一度そのカリスマ美食屋の捕獲任務に同行したことがあった。つい最近のことであったが。

 

「トリコさんかぁ……この間のガララワニは本当にすごかったなぁ。また捕獲に同行したいな……」

 

 小松の勤めるホテルグルメにて世界各国の首脳やIGOの幹部を集めたグルメパーティが先日行われ、そのときのメインディッシュの食材ガララワニの捕獲をトリコに依頼したのだ。

 小松は生きている食材を見たいという好奇心と勉強心から、トリコに頼み込んでそれに同行したのだ。その過程で小松は食材が生きているときの瑞々しい姿、凶暴な姿、食欲を満たそうとする姿を見て新しい世界が開けたような感覚を持った。(レストラン)の中だけが料理人の領域ではない。そう感じた。

 

「ボクもいつか美食屋の人とコンビを……あっあの肉は!」

 

 そのときの想いを言葉にしようとしているときに、小松はある食材が今ちょうど仲卸(なかおろし)の店先に並べられているところを目撃した。

 

「おじさん! その肉全部ください!」

 

 仲卸の中年の男に、勢いよく頼み込む小松。個人で買おうというわけではない。レストランの料理長としての注文だ。

 

「むっ、お目が高いねぇ。これはあのアマヅラビーストの胸肉だよ!」

 

 並べられているのは、あのアマヅラビーストの肉であった。うっすらと甘い香りが周囲へと漂っている。

 

「はい、森林地帯に住む珍しい哺乳獣類ですよね! 是非うちのレストランでメインディッシュとして扱いたいです!」

 

「ほう、メインかい。どんなメニューにするんだい」

 

「じっくり一日かけて本格バーベキューで焼き上げるとかよさげですかね。甘味のある肉に馴染むよう、ソースはほどよい酸味の灼熱オレンジで! アマヅラビーストに足りないフルーツの味も足して深い味わいになりますよ」

 

「おっ、いいねぇ。灼熱オレンジは特殊調理食材だったね。兄ちゃん調理できるのかい?」

 

「料理学校時代に友人達と一緒に覚えました」

 

「そうか、兄ちゃんなら美味く料理してくれそうだ。よし全部だな、売った!」

 

 小松は注文書にホテルグルメの住所を書きながら、目の前に並んだアマヅラビーストの胸肉を見て思う。この肉は、このような部位にばらされる前はどんな姿をして、どんな大きさで、どんな生態をして、どんなものを食べてきたのだろうか。本に書いてあるような情報は知っている。年間数百冊の料理本を読みこんできている。しかし実際に生の姿を目にしたことはない。生きているときの姿を見れば、この肉はより美味しく調理できるのだろうか。

 また行きたい。またトリコの捕獲に同行したい。食材の本当の姿をこの目に焼き付けたい。

 そんな想いが小松の中で膨らんでいく。

 

 その想いはけっしてくすぶることはなく、小松が再びここワールドキッチンへ訪れたときに果たされる。

 




鋼鉄飴(菓子)
鋼鉄のように硬い飴。水には溶けないが唾液に含まれる酵素に反応して溶けるという性質を持ち、その硬度から自重のかかる巨大な飴細工などに利用される。唾液に触れるとすぐに柔らかくなるが、口の中がからからに乾いている状態で噛みつくと歯が負けてしまう危険性があるので食べる際には注意が必要だ。

ジェラートマウンテン
甘いフルーツシロップのマグマが山頂から吹き出す火山。年中山に降る雪と、砂糖・卵白に似た成分を含む湧き水が混ざり合って天然のジェラートが山頂付近で自然に出来上がっている、グルメ登山家に人気の山だ。活火山であるため、ときおり大噴火を起こしてはふもとの町をシロップまみれにする。

甘葛の樹海
甘い樹液を持つ木や草が多数生えた森林地帯。甘い物が大好きな動物や虫が多数生息しており、中には人に対して襲いかかる凶暴なものも存在するため危険区に指定されている。だが、珍しい植物の樹液を採取するために足を踏み入れる美食屋は後を絶たない。

アマヅラビースト(哺乳獣類)
捕獲レベル:7
甘い樹液と花の蜜を好んで食べる樹液食動物。縄張り意識が強く、自分の縄張りに入り込んだあらゆる生物を攻撃するが、敵わないとみると縄張りを捨てて遠くへ逃げ出す臆病な点も。その肉は今まで食べてきた樹液や蜜の味がたっぷりと染みこんでおり、脂ののった肉でありながら肉料理としてだけでなくデザートとしても楽しめるという。
飼育して特定の樹液や蜂蜜だけを食べさせ、肉の味をコントロールする研究がIGOで進められているらしい。


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温泉村の鏡開き(前編)

 のんべぇ達の楽園、酒豪諸島。その中心にある酒乱島に、トリコと小松の二人のコンビが訪れていた。ある目的のために王酢と呼ばれる酢を探しにはるばるやってきたのだ。

 ……やってきたのだが、酒とつまみが山ほどある酒飲みの楽園で気が緩み、二人は道中で偶然出遭ったノッキングマスター次郎と共に酒宴を繰り広げていた。

 三日三晩にも渡るらんちき騒ぎに、旅の目的などすっかり忘れていた二人。だが、酒に弱い小松が三日続いた宴にとうとうついていけなくなり、音を上げたところで本来の目的を思い出し、酒を飲む手がようやくゆるんだ。

 

 彼らが王酢を探しに来たのは、そもそもはトリコがIGOの会長である一龍から修行を課せられたことが始まりだ。

その修行とは、美食屋らしく食材の捕獲。その過程でトリコと小松はこれまでオゾン草、メルクの星屑、メロウコーラ、サンサングラミー、メテオガーリックと五つの食材を食すことに成功していた。

 そして次なる六つ目の食材が、人間界最大の樹海のどこかに存在する、食林寺という寺の中にあることがわかっている。が、その樹海ロストフォレストは広大な面積を誇り、その中のどこに食林寺が存在するのかがわからない。

 そこで、トリコはその場所を占い師に占って貰うことにした。その占いとは、恵方巻を使った方角占い。恵方巻を作るためには具材と何より酢が必要とのことで、トリコ達はこの酒豪諸島に最高級の酢、王酢を取りに来たというわけだ。

 

「なるほど、そういうわけじゃったか」

 

 酒豪諸島へやってきた理由を聞き、次郎がうなずく。当然その最中にも地面から湧き出る酒を杯にすくい、勢いよく酒を飲み干している。

 

「つーわけで、恵方巻の具材も集めなきゃならねーんだ。ついでだから聞くけど、恵方巻に合いそうな珍しい食材って何か知らねーかな?」

 

 これまた地面の酒を飲みながらトリコは次郎にたずねた。小松の脱落で宴もたけなわと言ったところだが、酒を飲む口が休まる様子はなかった。

 その横の小松はと言うと、伝説の美食屋から食材のありかを聞きだそうとしているトリコの行動に、ぎょっとした顔をしている。

 

「恵方巻のぅ……」

 

 トリコの問いに、しばし考え込む次郎。

 

「おお、そうじゃ、名酒(なしゅ)温泉村の黄金卵とかどうじゃ」

 

「名酒温泉村? 聞いたことないな……小松知ってるか?」

 

「いえ……、知らないですねぇ」

 

「ふむ。旨い酒温泉の沸く村での、そこで飼われている黄金鶏(おうごんどり)の卵が名産品なのじゃよ。太巻きなら卵も入れるじゃろ?」

 

「なるほど、黄金鶏の卵なら他の具材にも負けない味を出してくれますよ、トリコさん!」

 

 先日も小松達は、恵方巻の具材として、マダムフィッシュという稀少な魚を捕獲したところだ。

 

「料理人のお前がそう言うならありかもな。でも黄金鶏の卵ならわざわざその温泉村まで出向かなくても調達できそうだぜ」

 

 そんなトリコの言葉に、いやいやと次郎は首を振る。

 

「あそこの酒温泉の湯が重要なのじゃよ。酒湯で作る温泉卵とゆで卵は絶品じゃし、出汁に酒湯を使った出汁巻き卵も美味かったのぅ」

 

「へえ! そりゃあ行ってみる価値ありだな!」

 

「ただのぅ……最近伝え聞いたところによると、どうも廃村になったらしい」

 

「えー、なんだそりゃあ」

 

「有名なグルメ温泉郷じゃったのにおぬしら若い者が知らんということは、その廃村が原因かもしれん。じゃからの、卵が欲しいならちと村を見てきてくれんか」

 

「是非行ってみましょう!」

 

 酒が抜けてきたのか、元気にトリコに向けてそう言う小松。

 廃村とは言え元は人の住んでいた場所。危険の少なそうな場所とあって小松は行く気満々になっていた。トリコとコンビになっても身の危険のある場所は苦手のままのようだ。

 

「でも旨い酒の沸く場所だろ? 次郎は行ってみないのか、温泉村」

 

「ワシゃしばらくここでゆっくりしていくからの」

 

 なるほど、とトリコは頷いて、宴の間ずっと借り受けていた酒杯を次郎へと返却する。

 宴はこれで終わり。次郎はまだまだ酒を飲み続ける気満々のようだったが、トリコと小松はいい加減王酢探しを再開しなければならない。

 

 黄金卵のことを念頭に置き、王酢の探索を始めるため二人は次郎と別れ、酒乱島の酒とつまみに溢れた道なき道を歩き始める。

 酔いの覚めてきた視界で前を見すえ、周囲の食材を観察しながらトリコはぼやいた。

 

「ほっといたら年単位でここに居着いたままになってそうだな、次郎のじーさん……」

 

「まあ、もう美食屋の現役は引退している人ですし、いいんじゃないでしょうか……」

 

 ちなみにこの後も酒乱島での二人の道草は止まらず、王酢が見つかったのはこれから十日後のことだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 三十年前。

 酒温泉の沸く村に、一人の迷い人がやってきた。

 迷い人は腹を空かせた若者で、優しい村の者達は彼に食事を振る舞った。

 よほど腹がすいていたのかまたたくまに食事を平らげる迷い人。そしてさらに食事を出せと要求する始末。

 仕方無しとおかわりを出すも、それもすぐさま食べ終わる。さらに飯を食わせろと言う迷い人に、さすがにこれ以上は出せぬと村人は拒否する。

 すると迷い人は突如暴れ出し、厨房に、食料庫に押し入り食料を全て食い尽くし、そして村中の食料が食い尽くされ、さらには口を蛙のように大きく開き人を丸呑みにした。

 これはたまらんと村人達は迷い人を酒温泉に誘い込み、好きなだけ飲めと酒湯を差しだした。酔いつぶす算段だ。

 見事に罠にかかった迷い人は、温泉の源泉を枯らすかのような勢いで酒を飲み干し、やがて満足したのか眠りこけた。しかし、村人達が見てみると、酒温泉で横たわるのは人の若者などではなく、巨大な獣であった。

 村に迷い込んだのは人に化ける化生だったのだ。

 一時はしのいだが、これからどうしたものかと悩む村人達の元に、今度は旅の修験者が訪ねてきた。修験者はたいそう酒好きで、酒温泉を化生が占領していることを知ると、神通力でこの化生を打ち払った。神通力を食らった化生は岩と化して動かなくなった。

 化生が退治されたことに喜ぶ村人達。化生の岩は酒温泉の横に置かれ露天風呂の名風景の一つとなった。

 

 だがある嵐の日、強風で岩がごろりと転がり、酒温泉の源泉を塞いでしまった。

 これはいかんと岩をどかそうとする村人達だったが、岩はびくともしない。さらには岩から毒の霧が吹き出し、村中で体調を崩す者が続出し客足が途絶え、そして村人達も毒にやられてはいかんと村から逃げ出した。

 やがて温泉村からは人がいなくなり、この岩は毒の岩、殺生石と呼ばれ周辺の村々から恐れられるようになった。

 旅の修験者が再び現れることはなかった。

 

「そして、今はすっかり廃村ってわけだ」

 

 そんな名酒温泉村のあらましを小松に言って聞かせたトリコ。彼ら二人はすでに酒豪諸島を抜け、恵方巻の具材を集めながら温泉村へとやってきていた。そんな道すがらでトリコはグルメ情報屋へと電話をかけ、温泉村のことについて情報を仕入れていた。

 

「何百年も昔のおとぎ話みたいですけど、三十年前なんですね。グルメ観光村の危機とあればグルメポリスあたりが対処に動いてもよさそうな……」

 

「今は平和だが、当時この国は戦時体制にあったっていうからな、そのせいだろう……」

 

 なるほど、と納得する小松。周囲を見渡すと、木造の家々が立ち並んでいる。廃村から三十年とあってまだ建物は無事だが、蔦上の植物に壁が侵食されていた。

 

「殺生石かぁ……怖いなぁー」

 

「殺生石が一体何なのかはわからんが、毒の正体はわかったぞ」

 

「えっ、そうなんですか」

 

 トリコは頷くと、鼻をひくひくと動かした。美食屋トリコは警察犬を超える優れた嗅覚を備えている。その嗅覚で村に漂う毒気を嗅ぎ分け、正体を特定したのであろう。

 

「村に立ちこめるこの臭い……これはアルコールを分解したときにできるアセトアルデヒドだ。煙草の煙とかに含まれている毒素だ」

 

「アルコールを分解、ですか? ……まさか殺生石がお酒を飲んでそれを分解してるとか?」

 

「はは、元が獣ならそんなこともあるかもな」

 

 笑いながらトリコは空気を嗅ぎ分け、毒気の強さを判断する。

 その程度は「数時間滞在したら体調を崩す」といった程度だ。場合によっては四天王の一人であるココの協力もやむなしかと思っていたトリコだが、杞憂に終わったようだ。

 

「キキョー!」

 

「うわっ! 何だ!?」

 

 突然背後から聞こえた叫声に、小松が勢いよく振り返る。

 するとそこには、黄金のとさかをした体高五十センチほどの大きな鶏が、羽をばたつかせながら小松達へ向けて威嚇をしていた。

 黄金鶏だ。気性は荒いが危険な獣ではない。

 

「黄金鶏が野生化しちゃってますね。名物だって次郎さんが言っていましたし、卵用に飼っていたんでしょうけど……」

 

「おっ、じゃあ黄金卵の現地調達ができるな」

 

 嬉しそうに笑みを浮かべるトリコ。彼らは酒豪諸島から休憩を挟むことなく名酒温泉村へとやってきていたので、黄金卵を仕入れる機会がなかったのだ。黄金卵料理が名物と言えども、酒さえ汲んでしまえば別にここでわざわざ調理をここで行う必要はないので、卵の調達は後回しにしていた。

 

「おっ、良い匂いがすると思ったら、そこらに卵が転がってるじゃねーか」

 

 草が生え放題となっている村の道。その茂みの中で野生化した黄金鶏は無精卵を産んでは放置していた。

 

「毒が漂っているらしいのに、たくましいですねこの鶏……」

 

 獣とは人間の住めないような厳しい環境でも、すんなり順応したりするものである。

 

「さて、酒温泉の源泉は旅館の中にあるとのことだが」

 

 卵を拾いながら、トリコは視線を遠くに向ける。

 村の中からならどこからでも見える、巨大な建物が視界の先にあった。

 村が放棄されてから三十年経ってもその建物、温泉旅館は健在であったようだ。その立派な佇まいから、グルメ観光場所としてのかつての人気がうかがえるようであった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 旅館跡へと足を踏み入れるトリコ達二人。

 その玄関ロビーにはぼろぼろの正月飾りが飾られていた。

 

「廃村になる前、お正月だったんですかね」

 

「ということは厨房とかに正月料理が残っていたり……」

 

「やー、さすがに三十年前じゃあ全部腐ってるでしょう」

 

「いや待て、あそこにある鏡餅を見てみろ。真っ白だぞ」

 

「ええっ」

 

 旅館のロビーの奥に、どんと巨大な鏡餅が置かれていた。横幅八メートルもありそうな三段重ねの鏡餅だ。

 その表面は真っ白で、ひび割れてもいない。三十年の月日を思わせない新鮮そのものな鏡餅だ。

 

「これ、三段餅米の三段鏡餅だな」

 

「えっ、あの作ってから百年経っても食べられるっていう高級餅ですか? こんな大きさの鏡餅なんて、なかなかできない贅沢ですよ。国が戦時体制だったって言うけど、この旅館儲かってたんだなぁ……」

 

 そんな小松の言葉に、お前はちょくちょく下世話な話をするな、と呆れた顔をするトリコ。

 だがそんな表情も一瞬、すぐに食欲が顔に出てくる。

 

「食いてえなぁ、三段餅」

 

「えっ、良いんですか? 駄目ですよね?」

 

「む!」

 

「だって、廃村って言っても土地の所有者はいるわけですし……勝手に中の品を漁るわけには……」

 

「ぐ、ぐぐ、そこはまた持ち主に連絡を取ってだな……。いや、その手間で餅を普通に買いに行けちまう。だー! 仕方ねえ、諦める!」

 

 ここが誰の所有地でもない自然の中なら、食材は思う存分確保し放題なのだが、自然のようで自然じゃない廃村という環境が美食屋トリコの調子を狂わせていた。

 そんないつもと違う様子のトリコに困惑する小松だったが、とりあえずグルメポリス沙汰にならずに済んでほっとする。

 ちなみに酒温泉を復活させて酒湯を拝借すること自体は、情報屋を通じて旅館の土地の持ち主に了承は得ている。廃墟探索と言っても彼らは不法侵入ではないのだ。

 

 とぼとぼと旅館の奥へと進んでいくトリコ。

 空腹を慰めるかのように、外で調達した黄金卵を生でばりばりと殻ごと咀嚼している。

 

 そんなことをしているうちに、やがてトリコ達は旅館の中庭へと辿り着く。

 中庭。そこに酒温泉の源泉が存在するとのことだった。

 そんな中庭の中央付近には、黒光りする岩が鎮座していた。

 

「おお、これが殺生石か」

 

「大きな岩ですねぇ」

 

 饅頭型の巨大な岩だ。トリコがみたところ、本当に何の変哲も無い岩石だ。

 廃村の三十年昔話に出てきた化生が化けているという、そんな生物らしさは微塵も感じられない。

 

「岩の下から酒の匂いがする……。源泉を塞いでいるというのは本当のようだな。とりあえず殴って砕くか」

 

 トリコの腕力からすると、この程度の岩石などパンチ一発で粉々に砕け散るはずだ。

 ナイフやフォーク、釘パンチと言った技を使うまでもない。

 

「ちょおーっと待ったぁー!」

 

 だがそんなトリコを止める声が響く。

 何事かと声の主へと振り返るトリコと小松。

 

「その岩の対処、オレに任せてくれないか」

 

 そこに居たのは、緑髪のリーゼントの男。

 

「鉄平!?」

 

「鉄平さん!」

 

 食の再生屋、鉄平であった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「鉄平さん、こんなところで奇遇ですね!」

 

 突如現れた鉄平に、小松が声をかける。

 彼と小松、そしてトリコはセンチュリースープという食材を巡って共にいろいろ経験した仲だ。

 美食屋のトリコと再生屋の鉄平。普段はそう顔を合わせる機会もないはずだが、どういうわけか今こうして顔を合わせていた。

 

「おう奇遇奇遇。ところで、どういう理由でその岩を壊そうとしてるんだい、トリコ」

 

「おお、この村の酒湯が必要なんだが、この岩が温泉村の源泉を塞いでるってんで手っ取り早く壊そうと」

 

「なるほどなるほど。あ、オレは久しぶりに次郎(ジジイ)にあったら酒温泉再生の依頼を受けてな。それではるばるとここに」

 

「えっ、そうなんですか? ボク達も次郎さんに村の様子を見てきてくれって言われて来たんです」

 

「マジかー」

 

 同依頼主からの見事なダブルブッキングであった。

 

「酔っ払いのジジイの言うことだ、同じことを何度も繰り返していてもおかしくないってか……」

 

 呆れたように鉄平がぼやく。

 酔っ払ったまま野生の獣にノッキングをして、その解除を忘れるというのが過去に何例もあるのが、次郎という男だ。割とフリーダムなジジイである。

 

「で、この岩の対処をあんたに任せれば良いんだな。もしかして壊すと毒が爆散するとかだったり?」

 

 特に考えも無く殺生石を破壊しようとしていたトリコが、そう鉄平にたずねる。

 

「いやー……、その岩、()()()()()()()()()んだ。実は生きてる」

 

「えっ、マジか!?」

 

 トリコも中庭に来るまでは、昔話の化生が生きたまま源泉を塞いでいる可能性を考えてはいた。

 が、実際に殺生石を目にして鼻で嗅いで、紛れもない岩石だと判断していた。アセトアルデヒドを散布し続けては居るが、生き物特有の匂いというものがそれ以外皆無だったからだ。

 

「石化ノッキングという特殊な技法が使われている……。言葉の通り生き物を石にしてしまう。こうも見事に生き物の原型を留めない、岩の形にするのは初めて見たけどな……」

 

 殺生石に手を触れながら鉄平がそう語る。

 なるほど、と小松は頷き、そしてふと浮かんだ問いを投げかける。

 

「それで、本来はどんな形をした生き物なんですか?」

 

「…………」

 

 小松の問いに、鉄平は沈黙を返す。

 そして静まること十秒。

 

「……わからん」

 

「あ、そうですか……」

 

 つまりはもともと岩の形をした生き物である可能性もあるということだ。

 

「まあさすがに、その石化ノッキングとかいうものの対処は、オレにはできんな。任せる」

 

 と、納得したように殺生石から距離を取るトリコ。

 

「おう、それじゃあ任せてくれ。――石化ノッキング解除!」

 

 殺生石に向けて指を突き入れる鉄平。

 すると突如として殺生石から煙が吹き出し、中庭中を覆い尽くした。そして、それからわずかに遅れるように上から雨が降ってきた

 いや、雨ではない。吹き出した酒が勢いよく空に向かって飛び出し、重力に従って降り注いできているのだ。

 

 降り注ぐ酒の滴で、煙はすぐに収まっていく。

 煙が晴れたそこには、殺生石はすでになく、代わりに――

 

「ぐえーっぷ! 飲み過ぎた……うえっ」

 

体長四メートルほどの大きな獣……二股の尻尾を持つ狐がその場でえずいていた。

 

【後編へ続く】

 



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温泉村の鏡開き(後編)

 

「ういっぷ、どこだここ?」

 

「しゃ、しゃべたああああ!?」

 

 二股の尻尾を持つ狐の言葉に、驚愕し叫び声を上げる小松。

 一方、トリコと鉄平は、平静を保ったままである。

 

「うわうるさっ。なんだお前は」

 

「トリコさんえらいこっちゃですよ。動物が喋ってますよ」

 

「まあそういう生物もたまにはいるな」

 

 と、トリコ。

 

「いるいる」

 

 と、鉄平。

 

「いるんですか!?」

 

 カルチャーショックに驚きを隠せないのは小松だ。

 

「本当にうるさい小僧だな……」

 

 前足を上げて小松の頭を軽く押さえに行こうとする狐。その行動に、小松は「わ゛っ」と驚き距離を取る。

 殺気も何もない行動だ。故にトリコも鉄平も小松を助けようとする動きはない。

 

「なあ鉄平、この生物なんだかわかるか」

 

「ああ、妖食界に生息するという又々狐だな」

 

「又々狐! 聞いたことあるぜ。焼いたら美味いっていうから、一度食ってみたかったんだよな」

 

 前足で小松にじゃれつこうとしていた狐だが、トリコの言葉にぎょっとした表情を浮かべ、横たえていた身体を咄嗟に起こして身をかがめた。

 だが、その動きは緩慢で、とても数メートルある肉食の哺乳獣類のそれには見えなかった。

 

「食って……!? おそろしいことを言うな!」

 

 ふー、とトリコに向けて威嚇する巨大狐。だが、それに驚いたのは小松だけで、トリコと鉄平は脅威を一切感じていなかった。

 

「でも、お前だって人間を食ったことあるんだろう? 食って食われておあいこ様だぜ」

 

「人を食ったことなど一度もないわ!」

 

 その狐の言葉に、はてと首を傾げるトリコ。

 

「ん? 聞いた話じゃ、この村の食料を食い尽くした後に人間も丸呑みにしたって……」

 

「あれはちょっと化かして驚かせただけだ! ワシは変化の能力があるからな!」

 

 二本の尻尾をぴんと立て、ふー、ふー、と威嚇を続ける又々狐。しかしやはり脅威にはならない。

 その気配から感じる戦闘能力を捕獲レベルで表わすと、レベル1と言ったところだろう。小松にとってみれば捕獲レベル1でも十分脅威となるのだが。

 

「で、どうするんだトリコ。食うなら止めないが」

 

 そうトリコにたずねるのは鉄平だ。

 

「よし、食う」

 

 その言葉に逃げ出そうとする又々狐。だが、トリコが眼にわずかな気迫を込めると、狐はへなへなとその場で崩れ去った。

 一瞬で圧倒的力量差を感じ取ったのだ。逃げられない。逃げるのは諦めるしかなかった。

 

「ええ、トリコさん相手は喋る動物ですよ。ちょっと気が引けるというか……」

 

「いやいや小松、動物だって鳴き声くらいあるだろ」

 

「え、そういうのとは違わないですか?」

 

「九官鳥は人間の言葉をそっくり真似る発声器官を持ってるだろ? そしてテリーみたいな賢い動物は人語を完全に理解してる。その二つを持ち合わせた生物ってだけで、普段食っている動物となんら変わらない存在だ」

 

 むう、と小松は反論の言葉を無くした。確かにどちらも生物としてはありえる存在だ。たまたまそれを二つ兼ね備えた存在を今まで見たことが無かっただけで。

 だが、その理屈で納得しないのは当事者である又々狐だ。

 

「や、やめてくれ……ワシは美味くないぞ……。そうだ、尻尾! 尻尾ならすぐに生えかわるからそれで許してくれ!」

 

「…………」

 

 トリコは今まで無数の獲物を仕留めてきた。その中には屈服して腹を見せるものも存在したし、命乞いするかのように鳴き続けるものも存在した。

 今更人語で助命を求められたところで、食欲を収めるトリコではない。しかし。

 

「あの、トリコさん。ここまで言ってるんですから、尻尾で勘弁してあげてもいいんじゃないでしょうか」

 

 またもや小松が擁護者として立ち塞がる。

 小松は動物の屠殺というものに忌避感を覚えるような料理人ではない。そもそもからして、食材が部位に解体(バラ)される前の姿を見たいと言って、トリコの捕獲に同行してきたような男なのだ。しかし、今のトリコと小松の間には、この目の前の獲物を『食材』として見ているか否かという違いがあった。

 小松にはこの狐を食べたいという欲求が存在しない分、人語を解す存在を人間の仲間だと見ているのだ。それはペットを食材と見なさない感覚にも似ているだろうか。そもそも今回の旅は酒温泉を復活させるための旅で、獲物を捕獲するための旅ではない、という意識がそれを後押ししていた。

 そんな小松の内心を推し量ってか、トリコはとりあえず妥協を考えてみることにした。

 

「そうか……おい、尻尾はどれくらいの早さで生えるんだ」

 

「そ、そうだな、十分な餌を食って寝転んで鋭気さえ養えるなら、一時間もかからん」

 

 一時間での再生。再生能力を持つ生物としてはなかなかの早さだ。

 もっとも、捕獲レベルの高い生物の中には、瞬時に肉体の再生を行うデビル大蛇などといった者もいたりするのだが。

 

「一時間かぁー。切って生やして繰り返しても、すぐに一匹分の肉になるわけじゃないならなぁー」

 

「ええっ、トリコさんどれだけ食べたいんですか。ほら、鉄平さんもトリコさんに何か言ってあげてくださいよ」

 

「いやぁー、絶滅しそうな稀少な種ってわけじゃないから、再生屋として獲物を前にした美食屋に口を挟むようなことはないよ。焼き又々狐は美味いって耳に挟んだことあるし」

 

「ええー」

 

 又々狐はグルメ界のどこかにあるという妖食界に生息する生物だが、別に絶滅危惧種というわけではない。なので鉄平が止める理由はなかった。

 

「ワ、ワシは美味くなんてないぞ」

 

「とりあえず、尻尾だ」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「ぐえっまずっ!」

 

「ほら言っただろう、ワシは美味くなんかないって!」

 

 小松に焼いて貰った尻尾焼きを口にしたトリコは、その思わぬ味に口から肉を吐き出した。

 又々狐は今まで外敵に襲われたときも尻尾を犠牲にして逃げてきた。毒を持つ生物が外敵に襲われないように、又々狐の肉には独自の刺激臭と突き刺さるようなえぐみがあるのだ。

 トリコの頼みで尻尾を焼いた小松も、それを感じ取っていた。食材に完全にそっぽを向かれる感覚。だが、この尻尾肉を美味しく調理するための閃きは一切やってこなかった。

 

「焼いたら美味いって聞いたんだけどな……いや、焼き餅にしたら美味いだったかな」

 

「トリコさん、それって餅に化けさせたら美味しいってやつじゃないですか。それこそ昔話にあるような……」

 

 それは、廃村の経緯のような最近の実話ではなく、民間に古くから伝わる昔話。民話というやつだ。

 昔々、恐ろしい鬼がある寺の和尚さんの元にやってきた。鬼と和尚さんは問答勝負をすることになり、和尚さんは鬼に「小さく化けられるか」と問い、鬼は「できるとも」と豆粒の大きさに変化した。そして和尚さんは変化した鬼を餅でくるんで食べてしまった、という話だ。

 

「又々狐さんは別の物に化けられるんですよね? それこそ人間とかに。尻尾だけとか出来るんですか?」

 

「おお、そうだな。これでも故郷の群れでは変化の又三郎と――」

 

「それか! よし又々狐、尻尾を餅に化けさせろ!」

 

 又々狐の言葉も聞かず、トリコはそう指示を出す。

 しかし。

 

「餅? 餅とはなんだ?」

 

「そうきたかー」

 

 度重なる頓挫に、トリコは頭を抱える。

 

「こうなったら、ロビーにある三段鏡餅を鏡開きするぞ!」

 

「ええー、結局食べちゃうんですかあれ!」

 

「土地の所有者には事後承諾で行く!」

 

 と、そこまでトリコが意気込んだところで、鉄平が言う。

 

「ああ、ロビーの鏡餅のこと? こっち来る前に元旅館経営者に連絡取ったんだけどさ、ゴミとか食材とか残ってたら処分しておいてくれって言われてるから、食っても大丈夫だぞ。再生屋は掃除夫じゃないんだけどなあ」

 

 鉄平も同じように村へ立ち入る許可を元村人に取っていた。有名な再生屋が旅館を再生してくれると聞いたその村人は、旅館が再開するなら腐った食材が中にあってはたまらないと、その除去を鉄平にお願いしていたのだ。もっとも、鉄平がその頼みを聞くつもりはさらさらなかったが。

 

「マジか! よしじゃあ、ロビーへ行くぞ!」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 殺生石には炸裂しなかったトリコのパンチが、三段鏡餅をほどよいサイズへと砕く。

 三十年越しの鏡開き。酒温泉も無事開通し、長らく止まっていた時がようやく動き出した。この名酒温泉村に人は戻ってくるだろうか。

 

「美味いなあ、美味いなあ。はあー、やっぱり人間の作る食事美味しい……」

 

 小松の焼く三段餅をほふほふ、むにむにと平らげていく又々狐。味付けは小松が普段から持ち歩いている調味料セットから出した醤油だ。

 横幅八メートルもあった巨大鏡餅であるから、小松の用意した調味料ではとてもまかないきれない、が、三段餅はそれ自体に塩気があり旨味もたっぷりなので、何も付けないでも焼くだけで美味しく食べられるのだった。

 

「んぐっ、むぐむぐ……。グルメ界にある妖食界の獣とは思えないこと言ってるぞこいつ……」

 

「この貧弱な生物がグルメ界を渡れるとは思えないから、出身は人間界じゃないかな」

 

 そんな会話を交わすトリコと鉄平だが、二人も三段餅を食べながらの会話だ。

 小松はというと又々狐の給仕に徹していた。餅を焼くなど料理の素人でもできることなので、トリコと鉄平は自分達で焼いて食べているが、野生の獣である又々狐はそうもいかない。料理という概念がないので素人以前の問題なのだ。

 

「んぐんぐ、で、もう餅に変化は出来そうなのか?」

 

 口いっぱいに餅を頬張りながら狐に問いかけるトリコ。手には酒湯を汲んだ杯を携えている。

 対する又々狐はというと。

 

「いやー、もうちょっと食ってみんことにはわからんなぁー」

 

「そうか、じゃあたらふく食え」

 

「あ、はい。実はもう変化できそうです……狐変化します……」

 

 あわよくば餅を独り占めしようと考えていた狐。だが、トリコの食事を惜しみなく分け与える姿勢に、一体何を考えているんだと萎縮して、その目論見を取りやめた。お前を食うと言うかと思えば、飯をたらふく食えと言ってくる。何が何だかわからなかった。だが、逃げられそうにもないので従うしかないのは確かだ。

 そして狐は残り一本となっていた尻尾を尻から自切し、餅へと変化させる。

 

「お、おお……」

 

 初めて見る変化の光景に思わずトリコの食事の手が止まる。

 どるん、と奇妙な音を立てて煙が立ち上り、尻尾の姿形が餅へと変わる。その餅は、割られた鏡餅と同じ角張った形状だった。大きさは人の頭ほど。

 

「おほー、なんだこれ。硬い餅なのに、つきたてほやほやの餅みたいな良い香りがするぞぉー」

 

 匂いに驚き、そして色にも驚く。色つやが三段餅とは明確に違うのだ。三段餅は透きとおるような白さだが、この餅は初日の出の光を浴びたかのような太陽の輝きをまとっていた。

 思わずかぶりつきそうになるトリコだったが、ぐっと我慢する。この場にはトリコ一人だけがいるわけではないのだ。

 トリコは餅を小松へと渡す。

 

「四人分切り分けてくれ」

 

「四人分ですか」

 

 トリコの言葉に、小松は周囲を見渡す。

 そこにいるのは、小松(じぶん)、トリコ、鉄平、又々狐。

 

「えっ、ワシ、自分の尻尾を食うのか……」

 

「なーに、自分で自分を食うなんてオレもたまにやってることだ。自食作用(オートファジー)ってな」

 

 トリコの言葉にどん引きする又々狐。狐がトリコを見る目は、まるで異星人でも見るかのようなものになっている。

 

 一方小松は、包丁で餅を切り分けて網に載せて焼き始める。

 そんな小松の料理風景を見て、トリコがふとしたことを思う。

 

「しかし、恵方巻の材料を探しに来たというのに、すっかり正月気分だな」

 

「あー、そういえば本来は卵を調理しに来たんでしたっけ」

 

「まあ今は餅だ餅餅」

 

 卵と餅を使った料理もあるにはあるが、まずは純粋な焼き餅を味わいたかったトリコだった。

 火に炙られ、餅が膨らむ。

 丸く膨らんだ餅はうっすらと光をまとう。

 香ばしくそして柔らかそうなほっこりとした香りが周囲に漂っている。

 餅が膨らむ様子を見るのはなぜこんなに楽しいのだろう。そんなことをトリコが思ったときだった。

 

「焼けましたよー。みなさんいただきましょう」

 

「おうっ、又々狐の尻尾焼き、今度こそいただきますだ」

 

 トリコは餅を手に取り、かじりつく。

 まず始めに感じたのは焼き餅特有の香ばしさだ。それがとてつもなく深い。一瞬で鼻の奥まで焼けた餅の良い香りが通り抜けていく。

 次は柔らかな甘味がしっとりと口全体に広がる。柔らかいのは味だけでなく、歯ごたえもだ。つきたての餅のような香りの通り、ふわふわと口の中で餅が踊る。

 そして今度はほんのりとした塩気が味を引き締めにかかる。ただ柔らかく甘いだけではない、メリハリの利いた整った味を感じる。

 ごくりと餅を飲み込むと、胃の中がぽかぽかと温かくなってきた。その温かさはやがて全身に広がり、まるでコタツの中でうたた寝をしているかのような心地よい暖気が身体を支配した。

 

「はぁー、美味いというかなんというか……心地の良い味だ……」

 

 温かい。まるで春の木漏れ日のような温かさを感じる餅だ。落ち着く。それでいてしっかりと美味しいのだから何も言うことがない。

 見ればトリコ以外の二人と一匹もほっこりとした表情を浮かべていた。

 

「冬の寒い日に食べたら格別なんでしょうねぇ」

 

「そうだな、今が正月じゃないのが惜しまれる」

 

「美味い……ワシ美味い……」

 

 小松、鉄平、又々狐が思い思いの感想を述べる。

 そしてまた、網の上の餅を各人が口にしていく。

 しばしの無言の時が続く。その味は、大きな叫び声を上げるような強烈な美味さを持っているわけではなかった。ただ、気が落ち着くしっとりとした美味さがそこにはあった。

 

「はー、この餅で雑煮を食べたいですねぇ」

 

「よし、作るか、雑煮」

 

 小松のふとした言葉に、トリコが乗った。

 雑煮。餅を具材とした汁物だ。

 

「え、今からですか」

 

「おうよ。思い立ったら吉日だ。とりあえず尻尾を生やすために、狐もっと餅食え食え。よし小松、黄金鶏の卵も料理に追加だ!」

 

 余韻に浸る静かな時間は終わり、トリコが騒がしく網へと三段餅を並べていく。

 狐は促される通りに次々と餅を平らげていく。いつの間にか尻尾が一本再生していた。

 

「まずは村を出て、材料調達だな。あ、鉄平も雑煮食ってくか?」

 

 村で拾っておいた黄金鶏の卵を小松へと渡しながら、トリコは鉄平へと話を振る。

 

「ああ、ごちそうになるよ。この後しばらく仕事はないし、それに、この後ちょっと二人にお願いしたいことがあるからな」

 

「お願い? 鉄平がオレ達に?」

 

「ああ、再生させた食材でちょっとな。詳しくはそのとき話すよ」

 

 どこか困ったような表情で鉄平が言う。

 彼のやらかしでトリコと小松が世界一臭い果物の洗礼を受けることになるのは、この時まだ知るよしもなかった。

 

「雑煮の味付けはどうします? 醤油と味噌どちらがトリコさんの好みですか?」

 

「全部だ」

 

「えっ」

 

「一種類だけしか食べちゃいけないと、決まってるわけじゃない。材料用意して、汁と具材の組み合わせ全パターンをコンプリートだ」

 

 にかっと笑みを浮かべながら、そんなことをトリコが宣言した。地域差、そして家庭差で何かと言い争いになる雑煮の味付け。だが食いしん坊のトリコなら、そんなこと個人間の差など気にせず、全部用意して全部食べてしまえるのだ。

 そんな人間の事情を知らない狐は、ただひたすらに餅を平らげていた。

 

「はー、もっと人間の作る食事食えるのか。幸せだなぁ」

 

「おまたせしました、酒湯で茹でた黄金ゆで卵です」

 

 そんな狐の前に、さらなる料理が用意される。金色に輝く鶏卵がほくほくと湯気を立てており、ほのかな酒の匂いが食欲をそそる。

 殻は剥かれていない。殻ごと食べられるのがこの黄金卵の特徴なのだ。

 

「おっ、待ってました! うほー、これが名酒温泉村名物かぁ」

 

 ささっと狐の前に置かれたゆで卵をつまんでいくトリコ。

 

「うんまあーい!」

 

「ほら、又々狐さん、ぼやっとしてたらトリコさんに全部食べられてしまいますよ」

 

「お、おう。ではいただくとしよう……ほあ! ぱりぱりしたと思ったらほくほくで美味いぞー!」

 

 そしてトリコ達は三日間かけて又々狐に食事を与え続け尻尾餅を量産させ、最後に雑煮三昧の食事を繰り広げたとか……。

 ちなみに黄金鶏の卵と名酒温泉村の酒湯は無事、恵方巻の材料の一つとして用意された。

 

 なおこの後の又々狐だが、トリコに散々尻尾をむしられ雑煮を食べ終わった後は、特に捕獲されるということもなく解放されることができたようだ。

 そして、人の作る料理というものに味を占めたらしく、また人里に現れ食料を食い散らし――ということはせず、好きなときに好きなだけ料理を食べるために人に化けて料理学校に通い、自分で料理を覚えて料理人の道を進むことになったようである。




黄金鶏(鳥類)
捕獲レベル:0
家畜としてごく一部の地域で飼われている、金色に光る卵を産む鶏。卵の殻は食用可能であり、ゆで卵にして丸ごと食べるのがお手軽な食し方だ。
成鳥で体高五十センチを超える大型の鶏だが肉は硬く味が悪いため、食肉としては市場に流通していない。

三段餅米(穀物)
捕獲レベル:3
黴びず腐らず割れず、と三拍子揃った特長を持つことから、餅にして長期の保存食として食されることが多い餅米。その味わいは、あまりの美味しさに正月太りで三段腹になるまで食べ続けてしまうほどだとか。
その特長にちなんで鏡餅にするときは、三段重ねにするのが縁起が良いとされている。

又々狐(哺乳獣類)
捕獲レベル:不明(生物としての強さは1)
グルメ界のどこかに存在すると言われている妖食界に住んでいる大型の狐。その身をあらゆるものへと変化させる、怪しげな術を使うらしい。
生物としての強さはさしたるものではないが、そもそも世の中に存在する大半の美食屋は、生息地である妖食界に辿り付くことすらできないため捕獲は困難を極めるだろう。
肉は食用にならないが、成長した又々狐は人語を解するので、うまく騙して餅に化けさせ炭火で焼けば非常に美味な焼き餅になるという。


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やきいもたべたい

「焼き芋食いてえ」

 

 唐突にトリコは小松に告げた。

 

「焼き芋ですかー。良い芋が入ってますから作りますね」

 

 秋も深まる頃、ホテルグルメの別館プライベートテラスにて、小松はトリコを料理でもてなしていた。

 小松は美食屋トリコのコンビの料理人である。コンビになって以来、トリコはちょくちょく小松に料理をねだりにやってきていた。勿論料金は支払ってであるが。

 トリコと違って小松は薄給なのだ。大食漢のトリコに奢ってあげられるほど小松に余裕はない。

 

「はい、できました! 焼きモアイモです。秋の定番ですね!」

 

 大皿に山盛りとなって出されたのは、モアイ像の形をした楕円形の芋である。サイズは大きめで、一個三〇〇グラムほどある。

 香ばしくオーブンで焼き上げられていて、トリコがかぶりつくとほくほくと湯気が立ち上った。

 瞬く間に無くなっていく皿の上の焼きモアイモ(原作十七巻に出てきた食材だ! 解説は二十巻!)。がぶり、がぶりとトリコがモアイモにかじりつくたび、甘く香ばしい匂いが周囲に漂っていく。

 

「はー、焼き芋食いてえ」

 

「あれ、足りなかったですか。追加で作りますね」

 

「いや、そうじゃなくてな、石焼き芋が……」

 

「あ、石焼きがよかったですか。別館には道具が置いてないので、本館から持ってこなくちゃいけませんが」

 

「いやー、違う違う。石焼き芋祭りがあって、食いに行きてえなって」

 

 焼きモアイモを完食し、口休めにドリンクを飲みながら、トリコはそう言った。

 

「祭りですか! 良いですね」

 

「それがよくねえんだ。辺境の村の祭りなんだが、昔、食い過ぎで出禁くらっちまってな……」

 

「うわあ……」

 

 トリコは食いしん坊である。しかも、一般的なそれとは桁が違う。重さにしてトン単位でものを食べるのだ。

 それが小さな祭りで猛威を振るったとなると、出禁もやむなしである。食が尊ばれるグルメ時代にあっても、限度というものが存在したのだろう。

 勿論その場で詫びを入れて、食い尽くした損害分の補填は行ったのだが、それでも出禁である。

 

「あそこの村には石焼き芋の達人がいて、祭りの時だけ腕を振る舞ってくれるんだ」

 

「じゃあ、改めて謝って出禁取り消して貰って、少なく食べるというのは……」

 

「そうだなぁ。出来れば腹一杯食いてえが、これ以上迷惑かけるわけにもいかんし、いっちょ詫び入れに行くか」

 

 腹一杯食べたい。その気持ちはわかる。が、自分達は美食會のような食のアウトローでは無い。人様に迷惑をかけてまで食事をすべきではない。そう小松は思った。

 

「あ、じゃあこういうのはどうですか。美食屋らしい方法で」

 

 そう述べ始めた小松の意見に、トリコはすぐさま了承を返した。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「つーわけで石掘りだ!」

 

 思い立ったが吉日。それ以外は凶日と、トリコは小松を伴い食材の確保に奔走していた。

 食べ過ぎて出禁を食らうなら、食べる分は自分達で用意して参加すれば良い。そんな小松の発案により、石焼き芋の材料を集めることにしたのだ。

 芋は既に確保済みだ。先ほども焼き芋にして食べたモアイモ。これは山岳地帯の断崖絶壁に生える芋で、他の美食屋が立ち入らない、トリコ曰く“穴場”にて、トリコですら一食で食べきれない量を確保してある。

 そして次に探しに来たのが、石である。

 

「いやあ、まさか食材でなく、石を取りに行くなんてことあるとは思ってませんでしたよ」

 

「グルメ石やグルメ岩を外殻として身に纏っている猛獣も珍しくないからな。直接口に入らない材料獲りも美食屋の仕事の一つだ」

 

 石焼き芋は石で味が変わる。少なくとも、このグルメ時代においてはそれは真実である。このような料理の味に影響を与える調理用の石は、グルメ石として料理雑誌で特集が組まれるほどである。

 

「でも今回はこの岩山から掘るだけなので、危険はないですね! いやー、モアイモ掘り中に滑落しそうになったときはどうなることかと」

 

 高さ20メートルほどの小山に二人は足を踏み入れていた。地面に露出しているのは岩肌。石を掘るには相応しい岩山だった。

 

「ん? あるぞ? 危険」

 

「え゛っ」

 

 そんな言葉を交わした直後、二人の足元が大きく揺れる。

 

「わわっ、地震!?」

 

「いや、違う……」

 

 強い揺れに立っていられなくなり地面に伏せた小松は、地面の揺れる音とは別に腹の底に響くような重低音を耳に感じた。

 

「この山が生き物なんだ。今回のターゲットだ」

 

 ――マウントリザード。動く岩山と言われる巨獣である。

 石や岩を身にまとっている甲殻獣類などの生物といえば、その石の下には柔らかい肉があるのが本来の姿だ。

 だが、この巨獣は違う。可食となる肉は全身どこにもなく、全てが鉱物で構成されている岩の化物なのだ。岩の塊がそのまま動いていることから、ファンタジー小説で語られるようなゴーレムのようだ、とも言われている。

 肉が無いので、食材として見られることもなく美食屋の狩猟の対象にはなっていなかった。そうトリコは説明する。

 

「――が、最近グルメ鉱物学者が、こいつは良質のグルメ石だって発見してな」

 

「な、なるほど。石焼き芋の石に相応しいと。この山のサイズだとちょっと量は多いかもしれませんが」

 

「大丈夫だ。そこんところは問題ない」

 

 揺れがいよいよ激しくなってきたところに、トリコも本格的な臨戦態勢を取る。いくら揺らしても身体の上からトリコ達がどけようとしないので、マウントリザードが敵意を向けてきたのだ。

 マウントリザードは石食の生物で、人間を捕食することは無いが、自分の身体の上に居座られても大人しくしているような生き物ではない。

 

「ひええええ。……あ、でも今背中の上にいるなら、揺れるだけで迎撃手段が無いからもしかして安全ですかね?」

 

「いや、それはないな」

 

 ひょい、とトリコは小松を片手で抱え上げると、肩の上に乗せる。すると次の瞬間、小松が座り込んでいた場所の岩肌がうごめき、槍とでも呼称すべきな岩のトゲが勢いよく突き出してきた。

 

「ひゃあああ!」

 

「こいつは自在に“肌”を尖らせるんだ。よっと」

 

 足元から突き上げられた石の槍を跳躍してかわすトリコ。すると、そのトリコの動きを追うように次々と地面からトゲが勢いよく生えてくる。それをトリコは小松を肩に乗せながら縦横無尽に避け続けていく。

 

「こ、これどうやって倒すんですか。肉も全部岩なんですよね。巨大な岩山を相手にしているわけで……」

 

「生物な以上、頭を潰せば一発なんだが……」

 

「頭、どこですかね」

 

 腹に響く重低音は続いている。これがマウントリザードの鳴き声だが、それを発している口らしき部分は見当たらない。

 

「まあやってみるか。小松、よくつかまってな」

 

 マウントリザードの攻撃を避けながら、トリコは勢いよく右の手の平と左の手の先をこすり合わせる。そして、胸の前で両の手のひらを合わせると――

 

「この世のすべての食材に感謝を込めて、いただきます」

 

 それはトリコの戦闘前の所作であった。

 

「相手は全身岩石で食べられないですけど、いただきますなんですね」

 

「食べられんが、まあ石焼きで料理してしまえば食べるのと似たようなもんだ! とあっ!」

 

 気合い一発、トリコは右の腕を大きく後ろに振りかぶる。

 

「10連! 釘パンチ!」

 

 振りかぶった腕をトリコは真っ直ぐ下に向けて振り下ろした。

 釘パンチ。数回のパンチを一瞬で対象に叩きつけることで、釘を打つかのように対象の奥へと衝撃を浸透させる、トリコの得意技だ。今回は10連。十回のパンチを同時に地面、すなわちマウントリザードの身体へ叩き込んだのだ。

 

 十回の強烈な衝撃が岩肌を突き破る。マウントリザードの肌は、砕け、ひび割れ、剥がれ落ちていく。

 その衝撃に耐えきれなかったのか、マウントリザードは岩肌の一部が盛り上がり、頭部らしき部分が上に向かって生えだしてくる。そして、大きな汽笛のような鳴き声を叫んだ。悲鳴をあげているのだ。

 

「全身が岩でも、痛覚はあるようだな」

 

 トリコはその頭に向かって、駆け出す。

 だが、マウントリザードの頭部にある宝石で出来た瞳が、ぎょろりとトリコを捉えると、トリコの進路を阻むように石の槍が次から次へと生えてきて、行く先をはばむ槍ぶすまとなる。

 

「まるでハリネズミだな」

 

 目の前に広がるトゲの山に、トリコは右手を構え――

 

「ナイフ!」

 

 手刀を横に一閃。

 するどい石の切っ先は、全てトリコの手によって刈り取られた。

 

「うおお!」

 

 そして頭に向かってトリコはダッシュ。一瞬でトリコはマウントリザードの頭部へと肉薄する。

 大型車ほどもある巨大な頭だ。

 マウントリザード唯一の弱点だが、これもまた岩の塊。生半可な攻撃ではびくともしない。

 

「――15連釘パンチ!」

 

 先ほどよりも回数を増した釘パンチが、マウントリザードの頭部へと突き刺さる。

 轟音と共に、十五回の衝撃が頭部を粉々に破壊していく。

 そして、地面からけいれんでもするかのように大きな揺れが一回。重低音の鳴き声はすっかり収まっていた。

 

 揺れもなく、音もない。まるではじめからただの岩山だったかのように、ただ沈黙がその場に残った。

 トリコは拳を解き、再び右の手の平と左の手の先をこすり合わせ、そして胸の前で両手の平を合わせる。

 

「ごちそうさまでした」

 

 戦いが終わる。その様子を小松は一人、トリコの背に負ぶさりながら眺めていた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 何はともあれ実食である。

 マウントリザードの岩山の麓で、トリコと小松は石焼き芋の用意を整えていた。

 いきなり祭りの場に食材を持っていくということはせず、念のための試食だ。トリコの小腹が空いたというものもある。

 

 ナベの中に細かく砕いたマウントリザードの岩石を敷き詰め、その上に天然モアイモを乗せる。それを焚き火であぶるという、野趣溢れた調理風景である。

 

「はー、焚き火って見ていてなんだか落ち着きますねぇ」

 

「そうか?」

 

 小松にとっては焚き火とは非日常の光景だが、普段から美食屋として野を駆け回り現地で食材を調理しているトリコにとっては、焚き火とは日常の一風景の一つでしかない。トリコにとって特別感はなかった。

 

「なんだかこう、じわじわと心が温まってくるような」

 

「単に火の熱で身体が温まってるだけじゃないかそれ……」

 

 そんな益体もない会話を繰り返す後、モアイモが焼き上がる。

 

「それじゃあ」

 

「いただきます――」

 

 小松は早速モアイモにかじりつく。崖で滑落しそうになりながら彼が掘り当てた天然モアイモである。栽培ものと比べて、どことなくモアイの顔の掘りが深い気がする。

 

「な、なんだこの焼きモアイモはー!?」

 

 小松はその焼きモアイモの味と食感に驚きの声を上げた。

 

「焼き芋なのに肉を頬張っているようなジューシーさが口の中を満たしていく! ほくほくなのにじゅわじゅわ!」

 

 その小松の反応に、その味を知っていたトリコがニヤリと笑って返した。

 

「マウントリザードの岩石は、石だけど“肉”なんだ。だから、その肉の旨味や脂といった成分が溶け出して、芋に染み渡るのさ。オレも実際に石焼き芋として食べるのは初めてだけどな」

 

「これがグルメ石の肉の旨味なんですね。でも、天然モアイモの甘さと全然喧嘩していないぞ。肉っぽさと芋っぽさが調和している!」

 

「主にピザ焼き用の石窯に使われるマウントリザードの石だが、石焼き芋に合わせても悪くない。いや、美味い」

 

 そんな言葉を交わしながら焼きモアイモを食していく二人。

 小松にとってはモアイモ一個は十分一食をまかなえる大きさだったが、この美味しさを前にしてはまだまだ食べられる、と物足りないくらいだった。

 

 だがこれは試食だ。大量のモアイモと、マウントリザードの石を持ってこれから祭りの会場に向かわなくてはならない。

 撤収の用意をしよう、と小松は周囲を眺め、そして死体となったマウントリザードの岩山が目に入る。

 

「これ、どうなるんですか。石焼き芋の石にするにはいくらなんでも多すぎますし」

 

 岩山を指さしながら小松はそう訊ねた。祭りに芋は大量に持っていくが、石は小松が料理に使う分だけあればいい。別に現地で石を配るつもりもないのだ。

 

「直接食えないにしろこいつも“食材”だからな。無駄にしないよう石屋に売るよ」

 

 さすがのトリコも、自分一人で石材を使い切る予定は無いらしい。

 そもそも美食屋は猛獣を狩ってそれを売り生計を立てる商売だ。その対象が、食べるためではない調理道具の材料というケースも多々あるものだ。

 

 小山と言えども岩山は大きく、さすがのトリコでも持ち運ぶことはできない。別の業者が来て死骸を回収していくのだろう。

 小松は美食屋の仕事風景をまた一つ学び、料理人としての成長の糧となるようこの光景を目に焼き付けるのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 それは10トントラックと共にやってきた。

 辺境の村のこぢんまりとした祭り。特に収穫祭というわけでもなく、市場で調達した芋を焼き村の皆で食べ、酒を飲み交わすそんな小さな祭りに、美食屋トリコがやってきた。

 本来ならば、食のカリスマトリコと言えば、諸手を挙げて歓迎されるような有名人だ。

 しかし、小さな祭りではこの大食漢を到底支えきれるものではない。なので出禁となった。

 そんなトリコが、自分で食べる分は自分で用意したからと、年をまたいで頭を下げて再度やってきたのだ。

 トラックの荷台には、奇妙な顔の形をした芋がびっちり。そしてよく見てみるとただのトラックではなく、大きな石焼き釜が備え付けられている。こんな巨大な焼き芋屋台は、この村の誰も見たことがなかった。

 

「参加、許してくれるかい」

 

 トラックを降りたトリコが向かい合っているのは、祭りの実行委員長だ。以前、トリコに祭りの出禁を食らわせたのが彼だ。

 その彼にトリコは昔の詫びを入れて、祭りの参加を取り付けようとしていた。

 

「ふうむ、自分の分は自分でか……」

 

「問題ないだろ?」

 

「ふーむ、問題と言えば問題か」

 

「えっ、そうか? 何かダメだったか?」

 

「自分の分を自分で作って食うだけ。それは祭りと言えるのか?」

 

 そんな実行委員長の言葉に、トリコは満面の笑みになり、言葉を返す。

 

「おう、じゃあオレたちも祭りの一員として焼き芋を配るから、その分だけオレたちにもみんなの焼き芋を食わせてくれな!」

 

「うむ。それでよし」

 

「ああ!」

 

 快く出禁を解除してくれた実行委員長にトリコは満足げにうなずき、トラックに再度乗り込む。

 そして、祭りの会場へトラックを乗り入れていく。

 そのトラックの焼き芋屋台は他を圧倒する大きさで、否応なしに祭り参加者からの注目を集めていた。

 

「トリコ? 美食屋トリコが今年も来たのか?」

 

「センチュリースープの小松シェフだってよ!」

 

 祭り会場で止まったトラックの周りに、参加者が次々と集まってくる。

 そんな彼らに向かって、小松は声をかけた。

 

「さあ食べていって下さい。秘境の天然モアイモですよ! それに石焼きの石もグルメ石製です!」

 

 そんな小松の言葉に、村人たちは驚きの声を上げた。

 

「うおー、こんな寂れた村の祭りに、そんなグルメ食材が!」

 

「寂れた言うなや! でもまれに見る贅沢!」

 

「祭りだー! 宴だー!」

 

 栽培もののモアイモは一本千円ほど。グルメ食材としては特別高いとは言えない程度の価格だが、それでも安いサツマイモと比べると格段に高い。そしてこの祭りで振る舞われる焼き芋はその安いサツマイモが大半なのだ。グルメ時代でも辺境の村ではそれが現実だった。そんな中で、焼きモアイモはまれに見る贅沢ではないが、ちょっとした贅沢になる一品だった。

 

「じゃあ小松、屋台はよろしくな! オレは石焼き芋名人のところで焼き芋食ってくるわ」

 

「あ、トリコさん一人でずるいですよ! ボクの分も貰ってきて下さい!」

 

「おー。じゃあ屋台ごと持ってくるわ」

 

「屋台ごと!?」

 

 焼き芋祭りの屋台は、どれも焼き芋の移動屋台を利用したものであった。

 なので、持ってこようと思えば出来るのかもしれない。

 

「小松シェフー! こっちに三つおくれ!」

 

「あ、はーい!」

 

「うめえ! モアイモうめえ! なにこれ肉味!?」

 

「シェフー! この村名物の芋焼酎だ! 是非飲んでみてくれ!」

 

「……おっ、いいですねぇ。名産品ですか」

 

 料理中に飲酒は、と一瞬小松は思うが、これも祭りか、と周囲を見渡しながら思い直す。

 周囲はみな酒のコップを片手に祭りに興じていた。屋台の主たちもである。

 

「小松! 持ってきたぞ! この人が石焼き芋名人だ!」

 

「本当ですか! サイン貰って良いですか!」

 

「ど、どうも小松シェフ……あの、名人って言っても別に料理人じゃないんですけど……私もシェフのサイン下さい」

 

 屋台を引っ張って戻ってきたトリコの手にも、すでに焼酎の酒瓶が握られていた。

 焼き芋用の芋が育つ気候ではないが、輸入した芋を使った酒造が盛ん。ここはそんな村だった。

 酒に使う芋に感謝し石焼き芋を食べ、酒を飲み交わす。祭りは一昼夜続く。

 

「うんめぇー。この焼き芋が食べたかったんだよ!」

 

「はい、すごい美味しいですねトリコさん! これは確かに石焼き芋名人だ!」

 

「いんやぁー、シェフのモアイモも最高だよ」

 

 石焼き芋名人の作る石焼き芋は、安い芋、素朴な屋台で作られる、何の変哲も無いただの石焼き芋だった。だが、それが無性に美味い。まさに名人の技だった。

 そんな名人と知識を交し、小松もまた一つ料理人としての腕を上げる。

 

「乾杯だー!」

 

 もう何度目かというくらいの乾杯の音頭が祭りの空に響き渡る。

 10トントラック一杯のモアイモ程度では満腹にはとても足りない、とトリコが空輸でワールドキッチンから芋を大量に取り寄せる、などといったハプニングが途中で起きたものの、祭りの夜は無事に過ぎていく。

 石焼き芋以外の料理が並ぶことはなく、ただ焼き芋と芋焼酎を腹一杯平らげる。

 そんな辺境の奇妙な祭りはトリコと小松コンビという思わぬ闖入者によって、盛況の内に終わるのであった。

 

 なお、盛り上がりに盛り上がったトリコと村人たちは、冬の備蓄用に回されるはずだった分の芋焼酎にまで手を出してしまう。たった一晩でそれらを全て飲み尽くしてしまい、トリコは実行委員長に次は酒も持参で、と強く懇願されるのだった。

 




グルメ石
調理器具の材料となる石材のうち、特に料理の味に影響を与えるものを言う。
適切な温度を保つことで料理の出来に影響を与えるようなものから、直接味に作用して美味さを増幅させるようなものまで幅広く存在する。グルメ石を謳っているものの中には、何の科学的根拠も持たないオカルト詐欺的なものもあるので、IGOに認可されたものを選ぶのが賢い選択と言える。

マウントリザード(爬虫獣類)
捕獲レベル:34
全身が石でできた巨大なトカゲ。主に荒野や岩石地帯に生息する。岩の小山のような外観をしており、動くことも少ないため素人目には岩山との見分けは難しい。
食料は鉱物全般で、生き物の肉は食べない。ただし、身体に触れられることを嫌うため、山と勘違いして上に乗った生き物を攻撃する。
身体は石でありながら肉でもあるというグルメ石でできており、直接口にすることは出来ないが、石鍋や石窯といった料理の器具として用いることで肉の旨味を取り出すことができる注目の石材である。また、人の背丈ほどもある巨大な目玉は宝石として高く取引されるという。


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樹海の特殊賞味食材

「はあ、今回は本当に大変だったな」

 

 とある料亭の座敷席で、トリコはそう疲れたように小松へと話しかけた。

 トリコと小松は、ある食材の捕獲についさっきまで挑戦していたのだ。

 それは、IGO会長の依頼、食林寺の食宝シャボンフルーツの捕獲である。

 

 シャボンフルーツを得るまでの旅路は、長く困難に満ちていた。

 食林寺の場所を占いで見つけるのに必要な恵方巻の材料調達に始まり、樹海の奥にある食林寺への到達、食林寺での食義の修行、シャボンフルーツの捕獲、そして突然の美食會による襲撃。

 

「でも苦労に見合うだけの成果がありましたよ」

 

「まあそうだな」

 

「食義の修行のおかげで繊細な調理法が身につきましたし、何より調理速度があがったので今まで以上にトリコさんの食欲に対応出来ます!」

 

「ああ、食材だけでなく料理を作ってくれる我が相棒にも感謝だ」

 

 そんな談笑を続けていたトリコ達。そんな彼らの元に、覆面をした一人の女がお盆を両手に持って歩み寄ってきた。

 お盆の上には、酒の入ったとっくりが一つとおちょこが二つ載せられている。

 

「お待たせしました。まずは食前酒。昆布石から出汁をとった昆布酒でございます」

 

「おっ、きたきたー」

 

 ここは雲隠れ割烹。人間界最大の樹海『ロストフォレスト』の中にある、伝説の十星料亭だ。

 トリコたち二人は、食林寺でシャボンフルーツを確保した後、食林寺までやってきていた雲隠れ割烹の料理長千流(ちる)を伴い、この店まで戻ってきていたのだ。

 その目的の一つは――

 

「うはー、ようやく前回食えなかった料理を味わえるってもんだ!」

 

 前回この店で食事をした際、食義を習得していなかったため味わえなかった“特殊賞味食材”の数々。その料理に再度挑戦するために、ここまでやってきたのだ。

 

「まずは合掌、そして一礼だ」

 

 昆布酒を前にして、トリコと小松は食義の基本である一礼の所作を取った。そして――

 

「いただきます」

 

 トリコはゆっくりととっくりへと手を伸ばした。

 昆布酒は飲むときに特定の所作を必要とする特殊賞味食材だ。その所作を怠ると、蒸発するように旨味が全て消えてしまうのだ。前回、トリコ達もこの昆布酒の食事に失敗している。

 その所作はとても根気のいるものであり、姿勢を崩さずじっくりゆっくりとっくりを動かす必要がある。

 トリコと小松は、食義で身につけた綺麗な身のこなしで、少しずつ少しずつとっくりを口に近づけていく。

 そして三十分後――

 

「んっ……」

 

 ようやく、とっくりが唇に到達し、するすると酒が口の中へと入っていく。

 

「これは――」

 

 時間をかけてようやく味わえたその酒の口当たりは、とても濃厚だった。

 昆布の旨味を何千倍にも凝縮したような旨味が、ねっとりとした甘口の酒の味と複雑に絡み合い、口の中にいつまでも残り続ける。つまみはいらない。酒そのものが濃厚な味があって美味いから。そうトリコは感じた。

 

「すげえ、この一杯だけでつまみもなしに胃が完全に覚醒してやがる」

 

「はい! これは、まさに食前酒に相応しいお酒ですね!」

 

「まあ飲むのに何十分もかかるから、食前にしか飲めないというのもあるがな!」

 

「言われてみれば確かに……」

 

 食事の途中にこれを飲むには、食事を三十分も中断しなければならない。食後のドリンクとして飲むにも、昆布酒を口に含む頃には食事の余韻がなくなってしまっているだろう。

 まさに食前酒のための酒に、二人は強く満足したのだった。

 

「では、次の料理をお持ちいたします。前回と同じコースでございますね」

 

 トリコと小松が無事に昆布酒を飲み終えるのを確認した千流は、料理を用意するために席を立つ。

 

「ああ、前回ほとんどの料理を味わえなかったリベンジだからな!」

 

 意気揚々と構えるトリコの前に、店員の千輪(ちりん)が次の皿を持ってくる。

 サンシャインチーズ。太陽熱を吸収して熟成するという特殊なチーズだ。これは常に太陽の光を当てながら食べなければいけないチーズで、前回無事に食べることが出来た数少ない料理の一つだ。

 トリコは窓の外を一瞥すると、無事に晴れていることを確認し、チーズを口に含む。

 

「はあああ、うめぇ」

 

「口の中でとろりととろけるこの口溶けがたまりませんねぇ……」

 

 小松もサンシャインチーズの重厚な味わいと口溶けにうっとりとしている。

 

「続いてミリオントマトでございます」

 

 銀色に輝く美しいトマトが皿に載って出された。ただトマトを丸ごとそのまま出しているだけのように見えて、実は千枚ある皮膜を一枚一枚丁寧に剥ぐという繊細な調理がほどこされている。

 これは実を潰さないよう、やさしくつまんで食べる必要がある。だが、食義の修行で散々繊細な食材を扱ってきた二人にとっては、その程度容易いことだった。

 

「んんー! 濃厚で豊潤なトマトの旨味!」

 

 うっとりした表情で小松が料理の感想を述べる。それに遅れるようにしてトリコも感嘆の声を上げた。

 

「ベジタブルスカイで食べたトマトよりも美味い! これが十星の料理……!」

 

 さらに料理は続く。

 

「星米でございます」

 

 一粒一粒が夜の星のように輝いている米だ。一粒ずつ洗い、一粒ずつ炊くことによってこの輝きがもたらされているという。

 これを美味しく食べるには、一度も瞬きすることなく食する必要がある。

 本来なら目が乾いてしまい、とても瞬きせずに食べきることができないように思える。しかし、食林寺の修行で尋常ならざる集中力を身につけた二人には、なんら問題もなかった。

 

「はー、この美味しさは、おかずなんて全くいりませんね。だからこれ単品で出てくるんですか」

 

「ああ、星米の美味しさに感謝だ」

 

 その後も料理は続いていく。そのことごとくを食義にて身につけた所作と集中力で見事に食していく二人。

 そのどれもが上品かつ繊細な味で、まさに最高峰の十星料亭に相応しい美味であった。

 高給取りゆえに普段から高級料理を食べ慣れているトリコですら味の虜になり、高級レストランの料理長である小松に到っては、感動の涙、いや、感謝の涙を流すほどであった。

 そして、とうとう最後のメニューを食べ終わる。

 

「ごちそうさまでした」

 

 食義で身につけた綺麗な所作で合掌すると、二人はその場で両手を上げ――

 

「やったー!」

 

「完食だ!」

 

 勢いよくハイタッチを交す。特殊賞味食材の料理ラッシュを見事こなし、全ての料理を味わいきることができたのだ。

 全ては食林寺で身につけた食義のたまものであった。

 

「まさかこんな短い期間で食義を完全に身につけてくるとは、脱帽です。覆面は脱ぎませんが」

 

 料理長の千流が食事を終えた二人の元へとやってきてそう言った。

 覆面に隠れてその表情は見えないが、どこか楽しげな雰囲気を漂わせている。彼も料理人のはしくれ、客が料理を食して美味いと言ってくれるのは嬉しいものなのだろう。それが料理を無事に食べられる人が少ないとなればなおさらだ。

 そんな料理人に向けて、トリコと小松は食事に向けていたのと同様に、感謝の意を向けるのだった。

 

「それじゃ、後やり残したことと言えば――」

 

「シャボンフルーツの調理ですね」

 

 食後の一休憩を入れながら、トリコと小松はそう話す。

 シャボンフルーツの調理。それは、雲隠れ割烹の前料理長である千代が最も得意としていた料理であるという。

 薄皮を剥いて茹でる。それだけに聞こえる調理手順だが、現料理長である千流では腕が未熟で未だこなせないという。

 料理を完成させるには、料理人としての腕だけでなく、食義を極める必要があるとのことだった。

 

「申し訳ありませんが、今の私一人では腕が足りず……」

 

「ええ、ですから二人で力を合わせて成功させましょう、千流さん!」

 

 頭を下げる千流に、小松はそう言って千流の手を力強く握った。

 そう、小松はシャボンフルーツの調理に挑戦しようとしているのだ。シャボンフルーツの捕獲は美食屋のトリコが命を賭けて成功させてくれた。ならば、次は料理人の自分の番だと意気込んでいるのだ。

 

「頼むぜ、小松」

 

「はい、時間はかかるかもしれませんが必ず!」

 

「はは、レストランを休んでやるんだ、早くに越したことはないだろうさ」

 

「ああー、そうなんですよねぇー。まあ十星料亭での修行と言えば短期間はなんとか……」

 

「しかし、その間オレはどうするかねぇ。会長(オヤジ)の食材依頼は、時期がまだの最後の一つを除けば、このシャボンフルーツで終わりなんだよな」

 

 IGO会長に課せられたグルメ界に入るための修行である、食材の捕獲依頼。一つ目のオゾン草から始まり、六つ目がこのシャボンフルーツだった。最後の依頼対象はまだ人間界に姿を現わしていない。そしてシャボンフルーツの依頼は捕獲であり調理では無いため、トリコ自身の修行はこれで一旦打ち止めだ。

 だが小松はシャボンフルーツの調理に挑戦するのだという。トリコはその間フリーの状態になる。普通の美食屋の仕事を続けても良いのだが……。

 

「ではトリコ様、美食屋としての貴方へ依頼をお願いしてよろしいでしょうか」

 

「お、何だ、仕事か」

 

「はい」

 

 千流が、トリコへそう仕事のお願いを始めていた。

 

「在庫が心許なくなってきたある食材が必要なのですが……、いつも調達に行っている私はシャボンフルーツの調理に専念したいので手が空かず、店員の千輪は未熟故に任せられず……」

 

「へえ……」

 

「この樹海『ロストフォレスト』内で手に入るものです。とは言っても樹海は広大ですが」

 

 ロストフォレストの総面積は3000万平方キロメートル。アフリカ大陸とほぼ同じ広さだ。

 闇雲に探してどうとなるものでもないが――

 

「他の美食屋にはなかなか依頼の出来ない食材です。なにせ……捕獲するのに食義が必要なのですから」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 思えば、食林寺の修行中に出された食事は、保管されている場所から取り出すのや実際に食べるのに食義が必要だったと言えども、自分達で自然界から捕獲して用意するということは行わなかった。全て食林寺側が用意した食材だ。その場で栽培して食べるローズハムといった食材もあったが、その種を用意したのは食林寺だ。

 ではその食材達がどこから用意されていたかというと、食林寺内部で栽培されていたものを除くと、この広大な樹海、ロストフォレストで採取されていたのだろう。一度迷い込んだら二度と出られないとまで言われる森だ。そう易々と外部からの輸送に頼れるとは思えなかった。

 

 そんなことを考えながら、トリコは樹海を進んでいく。常に感謝の心を持ちながらだ。目的の食材は捕獲に食義が必要な食材だという。ならば、食林寺の修行のときと同様に食への感謝を忘れないでいる必要がある。

 だが、そんな感謝の念に雑念が少々混じることが起きた。

 小腹が空いたのだ。

 雲隠れ割烹で食事はしてきたが、あれは常人一人前程度の食事量だった。大食漢のトリコにとっては物足りないものだったのだ。

 シャボンフルーツを得る過程で、トリコは空腹時でも深い感謝を抱くことが出来るようになっていた、が、修行を終え食林寺を出たことでトリコは少々緩んでしまった。感謝の心に食欲という雑念が混ざってしまったのだ。

 

「おわっ、しまった!」

 

 突如、トリコの周りの風景が全て消えてなくなった。周りの木々も、地面も何もかもだ。

 ここは食林寺や雲隠れ割烹の建物の建材として使われている、食義と相性の良い隠形樹が並んでいたが、食義を乱してしまったためその姿をくらませたのだ。

 

「食欲か。食義にとっては雑念かもしれんが、オレにとっては大事なものだ。ならどうするか……」

 

 食義の基本の構えとは、あらゆる物への感謝と敬意を常に心の中心に据えておくことだ。

 それさえ守られているならば、食欲を抱いても良い。食林寺の珍師範が雲隠れ割烹で食事をしていたときのように、雑な食事の仕方をしたっていい。食義の奥義とは、食に没頭すること。それは、食欲を抜きには行えない奥義でもあった。何せ、自分の体重の何十倍もの食事をし、身体に栄養を蓄えるのだ。食欲を抜きにそれをやり遂げようとすると、満腹の腹に無理矢理食事を詰めることになり、ただの苦行にしかならないだろう。

 感謝と他の欲や感情は同居できる。それがトリコの見いだした食義のありかたであった。

 時には強い激情に身を任せることもあるだろう。それでも、そんなときでもトリコは食義を乱さず使い続けられるだろうと確信していた。

 

 だからトリコは、空腹と食欲を全開にしつつ、食義の基本の所作である合掌、一礼を行った。

 心がこもっていなければ、雑念があれば、森は姿を消したままであろう。

 だが、森は答えた。

 消えていた森の木々は始めからそこにあったかのように姿を現わし、消えた地面もしっかりと見えている。そして――

 

「おお、一面のローズハム畑じゃねえか!」

 

 感謝の念によって発芽し生育するという特殊な植物、ローズハムがトリコの食義によって育ち、大輪の花を咲かせていた。

 

「小腹の空いていたところにこれはありがたい。では、いただきます――」

 

 トリコはローズハムの花畑に向かって手を合わせると、花を手折って口にし始めた。

 花はハム、葉はレタス、茎はアスパラガスだ。

 

「うーん、修行中に何度も食ったが、自然に生えているものを食うのもまた格別だな!」

 

 むしゃむしゃ、ぽりぽりとローズハムを食していくトリコ。

 その旨味はトリコの食欲を満足させていくが、美味いという感情で先ほどのように森が姿を消すことはなかった。

 そもそも食義は食の礼儀作法。食事を取るのに必要な技と心構えだ。食欲や空腹といった食の生理作用を否定するものではないのだ。

 先ほど森が姿を消したのは、空腹で心の芯に備えていた感謝の念が揺らいだことが原因であって、空腹や食欲そのものは悪くも何もないのだ。

 修行で食義を身につける前のトリコは、食義の所作を守ることによる窮屈さ、そして行動の阻害を僅かながらに心配していた。が、実際には食義によって身体の動きは最適化され無駄はなくなり、また今までの美食屋としての行動になんら障害をもたらすこともないことにトリコは安心をしていた。

 食林寺という寺で習得することから一見宗教じみて見えるが、感謝と礼儀を心の奥底で守るという以外には、戒律などでトリコを縛ることはなかった。

 

「はー、レタスとハムを同時に味わえるのは良い食材だなぁ。茎を花びらに巻いて食うのも絶品だ」

 

 足元のローズハムを次々と引っこ抜いては食していくトリコ。

 数分ほどその食事を続けた後、トリコは食事の手を止めた。

 

「まだまだ残ってるが、取り過ぎ注意だな。ごちそうさま」

 

 そうして合掌すると――

 

「おわっ、花が枯れ出したぞ! 何か間違ったか!」

 

 瑞々しかったローズハムの花びらが、急にしおれだしたのだ。

 食義を何か間違えてしまったのかと焦るトリコ。だが、それは杞憂だった。

 枯れ落ちたローズハムの花びらの後に残ったのは、小さなバラの実だった。そう、種ができたのだ。

 

「なるほど、修行では花が咲き次第、花から葉まで全部食っちまったが、本来植物は種を残すために花を咲かせるんだよな」

 

 ぽとりぽとりと地面に落ちていく実。これがまた感謝の念を伝えると発芽して、花を咲かせるのだろう。

 

「お、枯れた花びら、良質のジャーキーになってるじゃねえか! 拾って行動食にするか」

 

 枯れたローズハムの花をかき集め、トリコは再び歩を先に進めることにした。

 樹海『ロストフォレスト』は特殊な磁場が一帯を覆っており、方位磁針を狂わせ、さらには電波を妨害しGPSをも無効化させるそんな天然の迷宮だ。本来ならばトリコも無策で向かっては迷い込んでしまうこと必至だったが、今のトリコは目的地へと真っ直ぐと向かっていた。

 その方法はと言うと、匂いだ。

 目的の食材は、雲隠れ割烹に僅かながら在庫が残っていた。犬や豚よりも優秀な嗅覚によって、トリコは雲隠れ割烹で嗅いだその食材の匂いを頼りに、遠い目的地に迷うこと無く向かえているのだ。

 

 花のジャーキーを口にしながら、トリコは進む。

 時折猛獣が襲ってくるも、それを威嚇で追い払う。普段ならば獲物を狩って食事をしながら進むものだが、森は資源豊富でそこらに食べ物が転がっているため、特に獣を狩ってまで食事をする必要性は感じていないトリコだった。

 

「しかし、森が姿を消さないってことは、この辺の獣は食義を習得しているのか……。珍師範の言っていた“食の作法を極めなければ誰もが餓死する時代”があったっつーのも真実味を帯びてくるな」

 

 そんな独り言を呟きながら、トリコは匂いを辿って進み続ける。

 そして、遂にトリコは目的の食材の元へと辿り付いた。

 そこは、森の切れ間であり、大きな湖が広がっている場所だった。

 トリコは湖畔へと歩き、湖の中を覗いてみる。

 そこに、それはいた。

 

「水うなぎ。うじゃうじゃいるな……」

 

 半透明の透きとおった身体をした小ぶりなうなぎが、湖の中でひしめいていた。

 これが今回のトリコの捕獲対象である。

 試しに、トリコはそのうなぎをそうっと丁寧にすくい上げようとする。しかし――

 

「おお、手の中で水になって溶けちまった」

 

 そう、この水うなぎは捕獲するのに特定の手順を必要とする食材なのだ。

 手ですくうのがダメなだけでなく、何か容器で水ごとすくおうとしても、容器の中でどろどろに溶けて水になってしまうという。

 そんな繊細な食材の唯一の捕獲方法とは……箸ですくうことである。

 つるつるすべるうなぎを箸ですくう。一見無理難題に思えるそれだが、食義を身につけたトリコにはなんら難しいことではなかった。

 なにせ、食林寺の修行中に、白魚そうめんというつるつる滑る魚をそうめんのように箸でつまみ上げて食べる、などという離れ業を成功させていたのだ。食義は食の作法。その箸使いも格段に上達していたのだ。

 

 トリコは箸を取りだし、湖へと挿し入れる。そして、一匹の水うなぎを優しくつまみ、水面からゆっくりとすくいあげた。

 

「おお、生きてるのを陽にかざすとこんなに綺麗なのか」

 

 その透明な水うなぎの身は、太陽の光に照らされきらきらと輝いていた。

 トリコは満足げにその姿を眺めると、持参したグルメケースの中へ水うなぎを優しく投入する。そして、大量に確保すべく、箸を再び湖の中へとすくい入れるのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「小松ー! 戻ったぞ!」

 

 グルメケースを限界ギリギリまで満杯にしたトリコが、雲隠れ割烹へと帰還する。

 だが、そんな彼を出迎えたのは小松でも千流でもなく、店員の千輪だった。

 小松と千流の二人は未だにシャボンフルーツの調理に挑戦し続けているのだ。トリコは千輪に案内されて厨房へと向かう。そこでは二人が難しい顔をして頭をひねっていた。

 

「どうだ二人とも、シャボンフルーツはいけそうか?」

 

「あ、トリコさん。……いやー、ちょっと難しいですね」

 

 どうやら思うように調理は上手く行っていないようだった。

 

「先代料理長のレシピは残ってるみたいなんですが、食義を駆使してもまだ今の力量では一手足りないんですよねー」

 

「そうか。食義が足りないんだったら、食林寺で追加の修行を付けて貰うのも手だが……」

 

「いやあ、純粋に料理人としての腕なので、試行錯誤するしかないですね」

 

「そうか。頼むぜ、相棒さんよ」

 

「……はい!」

 

 そんな会話をトリコと小松がかわす中、千流はトリコに納品された水うなぎの状態を確認していた。

 傷も無く、水に溶けている個体もいない。食義を駆使した見事な捕獲と言えた。

 

「それにしても小腹がすいたな……」

 

 そんなことをぽつりと漏らすトリコ。それに反応したのは、千流であった。

 

「では食事にしましょうか」

 

「お、今回のメニューは前と違うコースで頼むぜ!」

 

「いえ、せっかくですし小松さん……水うなぎの調理してみませんか?」

 

「えっ?」

 

 突如話を振られた小松は、驚きの声を上げる。

 

「水うなぎはこの『ロストフォレスト』にしか生息しておらず、樹海の外には滅多に流通しない食義が必要な特殊調理食材……食義をここに来る前に習得していなかった小松さんも扱ったことはないはずです。この機会にどうでしょう」

 

「本当ですか! やります! やらせてください!」

 

 千流の言葉に、早速とばかりに小松は水うなぎの入ったグルメケースを覗き込む。

 

「これが調理前の水うなぎですかー。綺麗ですねー」

 

 小松は菜箸を握ると、何でもないかのようにひょいっと水うなぎをケースから取り出し、まな板の上に載せた。小松もまた、トリコと同じように、食林寺で短期間に一流の食義を極めた者であった。

 そして小松は自慢のメルク包丁で、水うなぎを背開きにしていった。

 

 通常うなぎをさばくときは、目打ちと呼ばれる技法でうなぎをまな板に固定してさばく。だが、水うなぎを調理するに当たって、小松はその手法を取らなかった。水うなぎは食義を駆使して箸でつまみ上げなければいけないほどの繊細な食材だ。目打ちのために釘を打ちつけるなどしてしまえば、たちまち水うなぎは水になって溶けてしまうだろう。

 

 やはり彼の腕は自分に劣っていない。彼とならばシャボンフルーツの調理もきっと――小松の調理を横で眺めながらそんなことを思う千流。

 

 そして小松は水うなぎを蒸し、その間にタレを即興で作り始めた。

 その材料の一つに千流はぎょっとした表情を向ける。

 

「小松さん、その醤油は……」

 

「ああ、これですか? これなら、上手く行くと思うんです。ボクらしい料理に」

 

 そして、蒸した水うなぎを蒲焼きにする小松。目打ちと同じ理由で、串は刺していない。それでも身が縮こまったり崩れたりしていないのは、料理の腕によるところだろう。

 タレの焼ける香ばしい匂いが、調理場を漂い、トリコはそれを今か今かと待ち続けていた。

 

「おまたせしました! 水うなぎの蒲焼きです!」

 

「うっほほーい! 待ってました!」

 

 座敷へと座ったトリコが、小松の料理を全身で歓迎する。手を合わせ、いただきます、と食材そして小松に感謝し、箸を手に取る。そして食義をもって水うなぎの身をすくうと――

 

「ん?」

 

 手に伝わってきた違和感に、一瞬トリコは箸を止めるが、それより早く食いたい、と箸を口まで持ってくる。

 

「んぐ、おお――」

 

 水うなぎを頬張ったトリコの口に広がったのは、海の香りだった。

 水うなぎは湖で捕れたことからわかるように、淡水に生息する魚だ。磯の香りなどしようはずもない。となると、調味料に秘密があるわけだが……。

 

「これはのり醤油の香りか」

 

 そう、蒲焼きのタレに使われている特殊な醤油の香りだった。

 トリコ達はすでに水うなぎは、白焼きとして雲隠れ割烹のメニューの一つとして食していた。その白焼きの繊細で上品な味とは違う、がつんとした海の味に、トリコは酔いしれる。

 淡水の水うなぎと海草から作られるのり醤油は、意外なほどマッチしていた。

 

「どれもう一口。……ん? これは……」

 

 水うなぎの蒲焼きを箸でつまんだトリコは、今度こそ違和感の正体に気づく。

 

「なあ小松、この水うなぎなんだが……食うのに食義いらないな?」

 

 トリコの問いに小松は、はいと答える。

 

「のり醤油は食べる海苔でありながら、くっつく糊でもありますからね。乱暴に扱ったら溶けてしまう水うなぎを糊でおおって崩れないようにしたんです」

 

 なるほど、磯の香りをつけるためだけでなく、水に溶けてしまう欠点を糊で固めて補っているのだな、とトリコは頷いた。

 トリコは乱暴に口の中へ蒲焼きを放り込む。だが、身が溶ける様子がない。それでいて、噛むとじわりと身が溶ける水うなぎ独特の食感は失われていなかった。

 文句なしに美味いと言えた。

 

「でもなんだってこんな改良を? 食義を習得したオレらにとっちゃ、不要な調理だろう?」

 

 食義を習得した今なら、水うなぎのおどり食いだってやってみせる。そんなトリコにとっては、小松のこの気遣いとも言える調理法は特に必要なかった。しかし小松は、首を振る。

 

「食義なしで食べられない料理は、ボクのレストランの客層に合いませんから……」

 

 そう、小松は自分の(レストラン)で水うなぎを提供したときのことを考えてこの蒲焼きを作ったのだ。

 

「……そうか、料理長らしい考えだな」

 

 小松の店、ホテルグルメレストランは、ホテルに泊まる一般客を相手にするレストランである。この雲隠れ割烹のように客を選ぶ店とは違う、高級店ではあるがある意味大衆向けの店だ。食義の修行が必要な料理など提供できるはずもなかった。

 そんな小松の姿勢に、雲隠れ割烹料理長の千流は感心していた。

 なるほど、食義の必要な食材を食義の不要な料理に。この店の方針からして真似しようとは思わないが、自分にはあまりない観点だ、と。彼が大衆向けの料理をするのは、グルメフェスティバルなど、店の外での大会などで料理を必要とされるときくらいだ。

 自分にはない観点。それがあれば、行き詰まっているシャボンフルーツの調理もきっと上手く行くのではないか。そんな確信にも似た気持ちになっていた。

 そんなことを千流が思っていたときのことだ。

 

「トリコー。おいトリコー」

 

 店員の千輪が座敷へトリコを呼びにやってきた。

 

「何ですか千輪、お客様相手に慌ただしい」

 

 そんな千輪を千流は咎めようとするが。

 

「いや、それがトリコに電話だ」

 

「電話ぁ? こんなところでオレにか」

 

「おう」

 

「誰から?」

 

「あいじーおーのなんたら所長って……」

 

 その言葉に、トリコはため息をついた。どこの何の所長かはわからないが、IGOからの電話とは面倒臭そうな予感がする。

 

「って、電話……? え、ここ電話通ってんの?」

 

 席を立ったトリコが、そんな疑問を口にする。それに答えるのは千流だ。

 

「ええ、お客様の予約を受けるのに必要ですし……」

 

「そりゃあそうか。まあ予約できても辿り付くのが大変だろうけどな」

 

「そこは致し方ないところです」

 

 そしてトリコは店のバックヤードに案内され、古めかしい黒電話を手にする。

 

「もしもし」

 

『おお、トリコか。ワシだよワシ』

 

「ワシじゃわからねえよ、マンサム所長」

 

『なに? ハンサムっつった今!?』

 

「言ってねえよ」

 

 いつものやりとりに、トリコは辟易したようにため息をついた。

 電話の先の人物は、マンサムだ。IGO開発局長兼グルメ研究所所長である。

 

『トリコ、今すぐグルメタウンへ向かえ。ある害獣の討伐を任せたい』

 

「あ? 討伐? 捕獲じゃなくてか」

 

『ああそうだ』

 

 そのマンサムの声に、トリコは一瞬押し黙った。真面目な声なのだ。あの年中酔っ払って馬鹿笑いしているようなマンサムが、真面目なのだ。

 これは何かのっぴきならない事態が起きているのでは、とトリコは眉をひそめた。

 

『四獣だ』

 

「なに!?」

 

『グルメ界の怪物、四獣が人間界に近づいている。そいつの討伐をお前達四天王に任せる』

 

 四獣。数百年に一度、グルメ日食が近づいたときに現れるという伝説の悪魔である。

 前回の数百年前にそれが発生したときは、数億人の人間がその悪魔の餌食になったと言われている。

 

『詳しいことはリンのやつが会長から映像を預かってるから、それを見るように』

 

「……わかった」

 

『集合場所は、グルメタウンのナイフビル最上階、膳王本店だ』

 

「なにっ、あの十星レストランだと!?」

 

『ああ、食没は覚えたな? お前達には四獣との戦いに備えて、膳王で腹一杯以上に食事をして貰う』

 

「行く行く! 今すぐ向かうぞ!」

 

『おう、はよせい。任せたぞ』

 

 そんな言葉とともに、電話は切れた。

 トリコはよし、と気合いを入れ、小松達の元へと戻る。そして、小松へと電話の内容を伝えた。

 

「し、四獣ですか。人間を好んで食べるというグルメ界の悪魔ですよね……大丈夫なんですか」

 

「ああやってやるさ。だからよ、小松……」

 

「はい」

 

「四獣との戦いの前に間に合うよう、シャボンフルーツの調理、任せたぞ! オレは先に向かってるからよ」

 

「……はい!」

 

 そうしてトリコは雲隠れ割烹を後にし、小松はシャボンフルーツの料理を成功させるため、食材に真摯に向かい合うこととなった。

 そして、一週間の後……人間界に四獣の脅威が近づいている最中、小松と千流は無事シャボンフルーツの調理に成功するのであった。

 トリコの修行となる最後の戦いが今、始まる。




水うなぎ(魚類)
捕獲レベル:15
水で出来ているかのように透きとおった体をしたうなぎ。不用意に触れると、水となって溶けてなくなってしまうため、捕獲には細心の注意が必要となる。調理の過程であってもその特性は失われず、さらに身だけでは無く骨や内臓までも全て透明な水のようであるため、腑分けには高度な技術を必要とされる特殊調理食材である。また、食事の際にも箸で丁寧に取り扱わないと身が溶けてしまうため、特殊賞味食材と言われている。
十星料亭の雲隠れ割烹では白焼きにして提供されている。

のり醤油(調味料)
糊のようにべたべたしたペースト状の醤油。ある海草を原料にして醸造される醤油で、調味料として使い食すると、醤油の香りと濃厚な海苔の風味が口に広がるという。
食用可能な接着糊として使えるので、芸術性の高い立体的な料理を作るときなどに重宝される。


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クリスタルなシンデレラ(♂)

 それは、トリコと小松、そしてサニーの三人がサンサングラミーを捕獲し実食した後のこと。

 メルクの星屑を振りかけたサンサングラミーのから揚げは満足いくものであり、サニーのグルメ細胞の成長の壁を見事に破ってみせていた。

 サンサングラミー捕獲成功を祝した宴も終わり、トリコ達はマザースネークのクインの頭の上で、次の予定を話し合っていた。

 

「とりあえずボクはホテルに戻って、このモルス油を発表してみようと思います」

 

 小松は腕に抱えたグルメケースをトリコに見せながら言った。

 ケースの中には、透明な油が入っている。ここモルス山脈のデスフォールを超えた先にある、滝の中の洞窟から採取した新種の天然食用油である。

 

「オレは会長(オヤジ)からの次の依頼食材の調査だな。メテオガーリックにするか」

 

「メテオガーリックですかー。どんな食材なんでしょうね!」

 

 次なる冒険の予感に、小松はわくわくとした気持ちで言葉をそう返した。

 そんな二人を横で眺めていたのがトリコと同じ美食四天王であるサニー。彼は、二人の会話が途切れる間をぬって、小松へと話しかけた。

 

「おい小松(まつ)

 

 なんでしょう、と小松は返す。

 

「時間があるなら、オレとちょっと出かけね?」

 

「お出かけですか。どこにです?」

 

「ちと食材を手に入れにな。――お前(まえ)のそのブタっ鼻のブサイク面を改善する方法、紹介しようと思ってな」

 

 ブサイク面の改善。サニーの言うとおり、小松の鼻は横に広く、鼻の穴は大きく開いている。ブサイク面と言われても否定できない鼻筋だった。

 

「はあ、整形手術ですか? ボクそういうの興味ないですけど」

 

「――んな(つく)しくない方法、オレが紹介するわけねーじゃん」

 

 やれやれ、と肩をすくめるサニー。その様子に、小松はわけがわからないといった感じに頭をひねる。

 

「えー、じゃあなんですか」

 

「顔の作りを整える、美容食材だ。つい最近()が見つけた」

 

「ええっ、何ですかその怪しい食材は……」

 

「怪しくねーよ! IGOにも正式に認可された食材だっつーの」

 

 そんな会話をしながら、小松は何故サニーは自分の顔をどうにかしようと思っているのだろう、そういえば四天王の一人、ゼブラにもブタ鼻をなんとかしろとか言われたことあるなぁ、などと考えていた。

 

「じゃあトリコ、松連れてく。食材調達だ」

 

「待てや」

 

 会話を黙って聞いていたトリコが、ここで待ったをかけた。

 

「小松はオレとコンビだぞ」

 

「そだな。で?」

 

「小松を連れて行くならオレも行く」

 

「んだそれ。お前は松のかーちゃんかなにかか。キしょ!」

 

「ちげえよ! コンビってのは一緒に旅をするもんなんだよ!」

 

 小松の肩に手を置き、そんなことをトリコは言った。コンビを組んだら一緒に旅をしろ。IGOの会長にトリコが言われたことだった。

 とは言え、トリコは別に全ての旅に小松を同行させるつもりもないし、小松の全ての用事に同行するつもりもなかった。

 だが、トリコには今回一つの懸念があったのだ。

 

「サニー、最近お前が発見した食材、聞いたことあるぞ。それの獲れる場所が問題だ」

 

 ぎろりとサニーをにらむトリコ。

 

「クリスタル平野。危険指定区域だ」

 

 小松は危険指定区域と聞いて、またか、とうんざりした表情を浮かべた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 クインに乗ってトリコ達三人は道なき道を真っ直ぐ進んでいた。

 クインはマザースネークだ。成長すると地球を一周するほどの体長になると言われるグルメ界の覇者だが、まだ子供。大人ならば目にも見えぬ速さで動くとされているが、クインは時速四百キロメートルを出すので精一杯だった。それでも、人間界の移動手段の大半よりは高速だ。

 

 そんな特急の蛇に乗りながら、小松はサニーへと話しかけた。

 

「それにしても、食材調達ですか。サニーさんがその美容食材を持ってきてくれるわけじゃないんですね……」

 

「――()が最近発見したばっかでな。今市場では高騰してて一食一億円もする。松、払えるか?」

 

「無理です……」

 

 あまりもの値の高さに、小松はしょんぼりとうなだれた。特に興味も引かれないその美容食材だが、値段を聞くと何か尻込みするものがある。

 

「手元にあれが残っていたら渡してもよかったけどな――ざわざオレ一人で取ってきてまで、施しをするつもりはねーな。ま、オレのフルコースはいつかごちそうしてやるけどな」

 

 そんな会話を繰り広げながらもクインは道を進み、やがて人間界の隅っこ、辺境の地へと辿り着く。

 ここはクリスタル平野。天然の水晶が露出し地面を埋め尽くしている、輝ける荒野だ。

 そして、危険指定区域でもある。

 ただし、危険指定を受けているのは、危険な獣がいるからではない。

 

「――じゃ、クインはここで待っててくれな」

 

 クインの背から飛び降りながら、サニーはそう言った。

 

「クインちゃん置いていくんですか?」

 

 そう小松がサニーに訊ねる。平野は遠くまで続いており、目的の食材がある場所からはまだまだ距離があった。

 

「ああ、目的地(くてきち)はクインのでかさじゃ入れねーし――()より道中連れていくとクインに無理をさせちまう」

 

「無理ですか。やっぱり猛獣とか出るんでしょうか」

 

「は、猛獣なんぞクインは物ともしねーよ。別の理由があるじゃん」

 

 そんな会話を交しながら、サニー達は平野へと足を踏み入れる。

 一面が水晶で出来ており、太陽の光を浴びて溢れんばかりに輝いている。

 

「わあー、綺麗な場所ですねー」

 

「だろ。が、(つく)しいばかりじゃない。ほら、早速だ」

 

「え?」

 

 そんな疑問符を頭に浮かべた小松の足元が、突如爆散した。

 何かが勢いよく空から降ってきて、足元に突き刺さったのだ。

 

「み゛ゃー!?」

 

 突然の事態に奇妙な叫び声を上げる小松。

 

「おっと小松危ねえ」

 

 またもや空から何かが飛来し、小松に衝突しようとする。それをすんでのところで、トリコが受け止めていた。

 

「な、なんですかそれ」

 

 トリコの手には、直径三十センチほどもある透明な塊が握られていた。

 それを見て、小松は言う。

 

「水晶?」

 

「なわけねーだろ。(ひょう)だ」

 

 トリコは掴んだその透明な物体を小松へと手渡した。それはとてもひんやりしていて、氷の塊であることが理解できた。

 

「こんなに大きな雹が……」

 

「ま、それはここの雹じゃ小さな部類だな」

 

 サニーがまたもや空から降ってきた雹を触覚で絡め取りながら、そう言った。

 その雹は大きさ一メートルを超えていた。それを小松に見せながらサニーはさらに言葉を続ける。

 

「ここは一年中巨大な雹が降る、特殊な気候をしてんだ」

 

「じゃあ、危険指定区域というのは……」

 

「――猛獣(もうじゅ)じゃなくて雹が危ねからだな」

 

 そう会話を続ける最中にも、空から次々と雹が落ちてくる。

 一面の水晶風景に見えるこのクリスタル平野だが、水晶に混ざって雹が地面に転がっているようだった。そうとわからず足を踏み出したら、氷で滑って転んでしまうこともあるかもしれない。ただし足元などに注意を払っていたら、空から降る雹を頭に食らってしまうことになるだろうが。

 

「ここは巨大な雹が降る地域だが、グルメ界には隕石の雨が降る地域があるというぜ」

 

 雹を手で払いながらそう言うトリコに、サニーも言葉を続ける。

 

「ここは人間界の隅っこ。グルメ界の気候の影響を受けてないともかぎらねーな」

 

 隕石の雨って、どんだけグルメ界は恐ろしいんだ。などと戦々恐々とする小松だが、直撃したら死ぬのは隕石も雹も変わらないか、と思い直した。

 だが、雹のことごとくはトリコとサニーの手によって撃ち落とされており、小松に直撃することはなかった。

 だからか、周囲の景色を小松はじっくりと眺めることができた。

 一面の水晶。そして雹。だがそれだけではない。

 

「一見、水晶しか生えていないきらびやかな荒野に見えますけど、ところどころ透明な草が生えていますね」

 

「ガラスグラス。雹に当たっても砕けない、しなやか(なやか)(つく)しい植物だ。ここに住む草食動物の餌でもある」

 

 小松の指摘に、サニーがそう説明をする。

 

「へえ、こんな雹の降る危険地帯でも動物っているんですね」

 

「いるぜ。――勿論(ちろん)、肉食のもな」

 

「ええっ、肉食動物もですかー! 猛獣じゃないでしょうね!」

 

「そこは安心な。少なくとも“地上”では」

 

 そんな会話を続けながら進むこと二時間、だんだん雹の勢いが強くなってきた。

 大きさ数十センチもある雹が毎秒十個以上身体に目がけて飛んでくるのだ。

 そしてその勢いは段々と強くなっていき、気がつくと太陽は身を潜め雹の嵐と言える天候に三人は見舞われていた。

 

「この先は雲が厚い。回り道するか」

 

 雹を撃ち落とすために両手を振り回しながらそう提案するトリコだったが。

 

「――や、この嵐の先に目的地がある。強行だ」

 

 そんな言葉を言うや否や、強風が吹き荒れ雹が散弾のように襲いかかってくる。

 

「サニー! 任せた!」

 

髪誘導(ヘアリード)!」

 

 サニーの目に見えない触覚が、雹を誘導し、左右へと流す。

 轟音を立てながら、サニー達の横で雹が地面へと突き刺さった。

 

「てかトリコ、お()もグルメ界に挑むなら自力でなんとかしろよ!」

 

「ええー、お前が何とかしてくれるならそれでいいじゃん」

 

「クソがっ! オレが直観を身につけてなきゃ、今頃挽肉だぞ!」

 

 風は勢いを増し、毎秒数百個という勢いで襲ってくる雹を弾くために、常に触覚を使い続ける必要があるこの状況。以前までのサニーだと瞬く間に消耗し撤退を余儀なくされていただろう。

 だが今の彼は、直観という新たな武器を身につけていた。それは、膨大な経験に支えられた感覚に身を任せ、余計なことを考えずに身体を動かすこと。その直観により、サニーはストレスなく髪の毛の先から生えた触覚を自在に操ることが出来るようになっていた。

 そんなサニーの活躍で嵐を進むこと一時間。

 

「お、向こうにデカイ木があるぞ。“雨宿り”していこうか」

 

 トリコは雹の嵐の向こうに、かすかに輝く何かを見つけた。それは巨大な樹だ。あの大きさなら、近くに寄れば雹の遮蔽物となって雨宿りで一休みも可能となるだろう。

 サニーに誘導されながら、トリコと小松は樹の根元へ向かう。

 

「って、水晶の樹じゃねーか! こんなにでかいものは始めてみたぞ!」

 

 トリコはその樹の輝く外観を見て、驚きの声を上げた。

 

「ああ、何度見ても(つく)しい……」

 

 サニーはこの樹のことを知っていたのだろう。驚く様子はないが、樹の美しさに感嘆していた。

 水晶の樹はほんの一センチ成長するのに千年はかかると言われており、この巨大な水晶の樹が育つまでにかかった年月はどれほどのものか、想像も出来ないほどであった。

 

「実が生ってるが、コーラとして飲むには加工が必要だから、この場で飲めないのが残念だ」

 

「てこらトリコお()、この(つく)しい光景を見て考えるのが飲み物のことかよ!」

 

「だってこんだけでけえ水晶の樹だぜ? 実ってる実も特大版だ。きっとすげえ水晶コーラができるぞ!」

 

「雹にも揺らぐことのない、この永遠の美がわからねーのか!」

 

 水晶コーラ。それは、水晶の樹に実る実の種を加工して作られる高級コーラである。近年水晶の樹の人工栽培に成功したため、水晶コーラは比較的簡単に飲むことが出来るが、天然物は水晶の樹の発育条件から、超稀少な一品となっていた。

 

「あ、トリコさん、サニーさん。嵐の向こうから何かやってきますよ」

 

 水晶の樹で雨宿りをしながら、小松は遠くから何かが近づいてくるのを見つけ出した。

 それは、体高三メートルほどの牛だった。全身が赤い甲殻に覆われ、荒れ狂う雹をその甲殻ではじき飛ばしている。

 

「甲殻バッファローじゃねえか」

 

 トリコはその生物の種類に当たりを付けた。その名の通り、身体に甲殻を持つバッファローの一種だ。

 その甲殻には、ところどころにヒビが生えている。頑丈な甲殻も、嵐の強い風による雹は完全には防ぎきれなかったと見える。

 そんなバッファローが、樹に向けて真っ直ぐ走り寄ってくる。

 

「こいつも雨宿りにきたんか」

 

 サニーはその甲殻バッファローを見て警戒する様子がない。甲殻バッファローは温厚な草食動物なのだ。隣の小松はそのサイズにびびっていたのだが。

 

「小腹がすいてきたところだ、仕留めて一休憩といこうぜ」

 

 一方トリコは戦う姿勢を見せる。ここまで飲まず食わずで歩いてきたのだ。ここで一つ体力を補給する必要があった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「見えた、大地の裂け目だ」

 

 嵐を超え、水晶の平野を進むこと数時間。サニー達三人は、水晶の大地に大きく走る亀裂を見つけていた。

 それが今回の目的地。クリスタル平野に出来た大地の裂け目である。

 裂け目は深く大地を穿っており、外からはその底は見渡せなかった。

 

 サニーに先導され、トリコと小松は大地の裂け目へと足を踏み入れる。

 その奥は、水晶で出来た鍾乳洞とも言える場所であった。

 

「わ、地下なのに何故だか明るいですね。なんでだろう」

 

 小松はその光景に驚きの声を上げる。

 水晶で出来た地下空間。それがぼんやりと光って、まるで水晶が照明のように輝いているのだ。

 

「月光苔がそこらに生えてるからな」

 

 サニーがそう小松の疑問に答えた。

 月光苔は、月光のように淡い光を周囲に発する苔の一種だ。その光により、三人は危なげなく地下空間を下へ下へと潜っていくことが出来た。

 道中、危険な猛獣が襲ってくる、ということもなく歩を進める三人。

 やがて、彼らは地の底へと辿り付いたのだった。

 彼らの歩みが止まる。

 そこに広がっていたのは、キラキラと光輝く湖であった。

 

「地下水が溜まってできた地底湖か」

 

 トリコが湖のフチへと歩み寄る。そしてその場でしゃがむと、地底湖へ手をさし入れた。

 

「うお、なんだこの水。手が妙に浮くぞ!」

 

 そう驚くトリコに、サニーは説明を入れる。

 

「ここの水はただの水じゃない。アクアクリスタルっつー液体の水晶だ。ちなみに飲用不可な」

 

「く、飲めないのか。喉渇いてきたのに」

 

 トリコは湖に入れた手をばしゃばしゃと揺らし、そして水を両手ですくい上げた。

 

「なるほど、比重が人間の身体よりずっと重いから、泳ごうとすると死海みたいに過剰に浮きそうだな」

 

 水晶でできているという不思議な水を手からこぼしながら、トリコはそう独りごちた。

 そんなトリコを横に、サニーは湖へと足を踏み出す。

 

「松、いくぞ」

 

 サニーは宙に浮いていた。水面に触覚を張り巡らし、アメンボのように水から浮いているのだ。

 そして、きょろきょろと周囲を見渡していた小松を触覚で引っ張り上げると、自分の後ろに小松を付けて水面を前へと進み始めた。

 そんな様子に、トリコは眉を僅かに上げる。

 

「おいおいオレは運んでくれないのか」

 

「しらね。泳げば?」

 

 サンサングラミー捕獲の時にデスフォールへと挑んだときは、サニーは触覚のイカダ『ヘアラフト』でトリコと小松を水上で運んでくれていた。だが、今回のサニーはそんなこと知らないとばかりに小松だけを触覚で運ぶ。深い理由はない。単にそういう気分だったからだ。

 トリコを無視してサニーは進む。そもそも今回の食材捕獲、サニーはトリコを呼んではいないのだ。勝手に付いてきたという扱いである。

 そんなサニーの思いを知ってか知らずか、小松は触覚に宙ぶらりんにされながら湖の中を眺める。

 

「わあ、泳いでる魚、どれも身体が水晶で出来てますよ! あ、水晶エビだ!」

 

「ああ、アクアクリスタルは鉱水だから普通(つう)の魚が住むには適さねー代わりに、鉱石生物にとっては住みよい水になるらしいな」

 

 そんなことを話しながら進むサニーと小松。一方、トリコとは言うと――

 

「ぬん!」

 

 水面を飛び跳ねて、進んでいた。

 

「んな、トリコなにやってんだ。キモっ動きキモっ」

 

「ん? ああ、会長(オヤジ)にやり方教わった」

 

 トリコは水切りの石のように水面をぴょんぴょんと跳ねながら、前に進んでいた。

 この水面移動方法は、トリコがIGOの会長から教わったものだ。

 とはいっても、手取り足取り教わったわけではない。手合わせという名のケンカで殴られつつ教えられたのだ。会長とのケンカの最中には身につけることが出来なかった水面走りだが、その後秘かに特訓することで身につけていたのだ。

 

会長(かいちょ)にか」

 

「おう、スパルタだったけどな」

 

 そんな変わった方法で水上を進む一行。

 やがてサニー達は、地底湖に根を張るある一本の樹へと辿り着いた。

 マングローブのように水中に根を張った大きな樹だ。その樹の根に、三人は足を下ろす。

 

「――到着(ちゃく)、と」

 

 大きな樹を小松は見上げる。樹には瑞々しい葉っぱがうっそうと生い茂っており、さらにはエメラルドグリーンに輝く樹の実が所々に実っていた。

 この樹の実が目的の美容食材、シンデレラジュエルだ。

 

「じゃ、適当にもいで帰るし」

 

「はー、ようやくゴールですか」

 

 サニーが触覚で樹の実をひょいひょいともいでいくのを眺めながら、小松が言った。

 

「雹は怖かったですけど、猛獣がでないのはよかったですね!」

 

 そう、危険な旅に慣れた小松でも、やはり猛獣に会わないに越したことはないのだ。

 

「思えば、デスフォールでのカバザメ以来、猛獣に襲われてませんね。道中はクインちゃんが捕食してくれていたから安全でしたし。良いことだ!」

 

「あー、小松」

 

「お()、そういうこと言うから……」

 

「え?」

 

「グロロロ――ギャワー!」

 

 突然、小松の耳になにやら恐ろしげな獣の鳴き声が届いた。

 小松は、おそるおそるとその鳴き声のした方向を向いた。

 そこには、水晶の山があった。

 

「なんだー!?」

 

 水晶の山。そこから、巨大な亀の頭が首を伸ばしていた。

 

「クリスタルタートル! 捕獲レベル62の猛獣だ!」

 

 トリコはすぐさま戦闘体勢を取る。

 

 水晶の甲羅を背負った巨大な亀。亀でありながら、口にはびっしりと鋭い牙が生えそろっていた。それはこの地底湖の主。クリスタルタートルだ。

 クリスタルタートルは、水中を勢いよく泳ぐと、頭を引っ込めトリコ達に向けて体当たりをしてきた。

 体高十数メートルもある亀が、彼らの立つシンデレラジュエルの樹ごと破壊しようと勢いよくぶちかましをしようとする。

 だが、それを黙って見ている彼らではない。

 

「スーパーフライ返し!」

 

 サニーの触覚による反射が、クリスタルタートルを大きく吹き飛ばす。

 サニーの得意技、ダイニングキッチン。それは、周囲五十メートルの範囲に入った獲物を目に見えない極細の触覚でもって自在に捕らえ、攻撃を反射するものだった。

 そのサニーの反射攻撃に、トリコは歓声をあげる。

 

「よおっし! じゃあそのまま任せるぞサニー!」

 

「や、オレもうここ動かねーし。トリコが行け」

 

「あ?」

 

「シンデレラジュエルの樹守らないとだし。だからトリコ、行け」

 

「ちっ、仕方ねえ」

 

 スーパーフライ返しを食らってひっくり返ったクリスタルタートルだが、その場で勢いよく回転し、上下入れ替わり元の体勢に戻る。そして、再び突進を開始しようと足を大きくばたつかせ始めた。

 そんなクリスタルタートルに、トリコはまず牽制を入れる。

 

「フライングフォーク!」

 

 トリコは左の手を勢いよく前へと突き出した。すると、フォーク状の衝撃が宙を走り、クリスタルタートルの鼻先へと突き刺さった。

 

「グギャアッ!」

 

 その衝撃に、クリスタルタートルは反射的に頭と手足を水晶の甲羅の中に引っ込めた。

 水中をかく足がなくなり、突進は中断する。

 その隙を狙って、トリコはクリスタルタートルへと近づこうとする。

 水切りのように水面を飛び跳ねるトリコ。そしてその勢いを活かし――

 

「ナイフ!」

 

 強烈な手刀がクリスタルタートルの甲羅を真っ二つにしようと襲いかかる。しかし。

 

「く、固え! ナイフじゃ無理か」

 

 ナイフは甲羅に効かなかった。だが、トリコはすでにクリスタルタートルの元へと辿り付き、甲羅の上へと登っている。

 

「斬撃がダメなら、打撃はどうだ! 食らえ」

 

 ――18連釘パンチ!

 

 18回の衝撃が、クリスタルタートルの甲羅を襲う。その衝撃は奥へ奥へと突き刺さり、甲羅の中へと隠れていた亀の本体へと伝わった。クリスタルタートルはたまらず甲羅の中で叫び声を上げた。だが、不用意に甲羅から頭を出すということはしない。

 

「さらにだ! 18連釘パンチ!」

 

 先ほどは右手での釘パンチ。今度は左手でだ。

 その衝撃に、とうとう甲羅にひびが生える。

 

「もう一丁! うおおおお! 36連ツイン釘パンチだあああ!」

 

 左手と右手同時の18連釘パンチ。それは合計36回の衝撃となって、甲羅を粉々に破壊する。そして、甲羅の中の姿を現わし、肉が露出した。

 そこに向けて、トリコはさらに攻撃を繰り出す。

 

「フォーク!」

 

 左手の貫手で、クリスタルタートルの動きを固定し――

 

「ナーイフ!」

 

 右手の手刀で、肉を裂き巨大な体躯を真っ二つにした。

 捕獲レベル62の猛獣は、こうして一切の抵抗を許すことなく、トリコの手によって打ち倒されたのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 ホテルグルメ最上階、展望レストラン。

 そこにトリコとサニーは礼装をして訪れていた。クリスタル平野で手に入れたシンデレラジュエルを実食するためだ。

 

「ここが松の(レストラン)か」

 

「あれ、サニーここ来るの始めてだっけか」

 

「んだな」

 

 席に着きながら、のんびりと会話を交しながら料理が運ばれてくるのを待つ二人。

 そんな二人の元へ、ウェイターが食前酒を運んでくる。

 いきなりシンデレラジュエルを食すると言うことはないようで、小松曰く、今回の旅で得た食材を少しずつ料理していくとのことだった。

 

「食前酒、天然の水晶コーラを使ったルシアン・コークです」

 

 カクテルがクリスタルグラスに入れられ、テーブルの上に置かれる。

 高級ウォッカ、白金(プラチナ)レモン、そして水晶コーラを混ぜて作られるコーラカクテルだ。

 水晶コーラ特有のきらめく炭酸が白金レモンの果汁と合わさり、グラスの上に美しい気泡を夜空の花火のように打ち上げていた。

 

「んじゃ、――乾杯」

 

 グラスを手に取り、上に掲げるサニー。それにトリコも応じる。

 

「おう、今回はお疲れ様だ」

 

 グラスを口に付け、あおる。

 ほどよい炭酸と、上品なのどごしが口の中を駆け巡る。人工栽培ものの水晶コーラとは違う深みのあるコクが、舌の上にいつまでも残り続けていた。

 トリコはすでにメロウコーラという最高峰のコーラを味わった経験がある。だがこのコーラカクテルも、小松によるその組み合わせの妙により満足度はそう劣ってはいないものだった。

 

 美味い。そう飲み干したカクテルの余韻に浸っているところに、一皿目の料理が運ばれてきた。

 

「前菜のバゲットです。月光苔のパテを付けてお召し上がり下さい」

 

 焼きたてのバゲットと、そこの横にかすかに発光してたたずむパテがテーブルの上に並ぶ。

 月光苔は平野の地下で小松が採取していたものだ。

 トリコはバゲットを一つ手に取ると、パテを塗って一口でバゲットを頬張った。

 月光苔の自己主張しすぎない優しい味が、香ばしいバゲットの味と調和している。そしてほんのりとアルコールの香り。

 

(これは太陽酒(サマーウイスキー)をパテに少量混ぜているのか。月と太陽、ずいぶんと詩的な内容だが、この組み合わせは悪くない)

 

 少量の太陽酒が身体をぽかぽかと温め、胃を元気にする。起きた胃により空腹が刺激され、食欲がより増してくる。

 

「アクアクリスタルのコンソメスープです」

 

「おお、地底湖の水か」

 

 トリコは運ばれてきたそのスープに感嘆の声をあげた。

 サニーに飲用不可と言われた地底湖の鉱水。それを小松は見事なスープに仕立て上げてきたのだ。

 トリコの対面に座るサニーは、スプーンを手に取ると、スープをさっとすくい上げて眺める。

 

「液体の水晶がコンソメによって色づけされ、黄金に輝いている――なんて(つく)し」

 

 一通り眺めた後、スープを口にするサニー。それはアクアクリスタルの粘度によるものかポタージュのようにとろりとしており、コンソメによって味付けされたその液体は、ねっとりと舌に絡みつき深い味わいをもたらした。

 

(センチュリースープは“アレ”が嫌で飲まんかったが――松の特製スープ、なんて美味いンだ)

 

 味もさることながら、腹にどっしりと溜まるそのスープは、満足度がとても高かった。

 

「水晶エビのモルス油アヒージョです」

 

 ここであのモルス油が来た。最新最先端の天然食用油を使った油煮はとても贅沢で、“モルス油自体の味”を楽しめる一品となっていた。

 

(これがモルス油の味――油料理の新時代を感じるぜ)

 

 がっつりとエビを頬張りながら、トリコはおかわりをすぐさま所望したくなった。だが悲しいかな、今回のメニューはサニーに合わせたメニューらしい。そんないっぱいは作っていないだろう。

 

「甲殻バッファローのステーキです」

 

 ここでステーキが来た。

 オーソドックスな肉料理であるステーキ。そして温厚な甲殻バッファローもまた新米美食屋にとってのオーソドックスな食材と言われていた。

 そんな基本料理を六ツ星レストランの料理長が料理する。するとどうなるか。

 

(――んまい! ただ純粋に美味()い。最高級って程でもねー牛肉をここまで美味く仕込むとは――やっぱ松の料理は素晴らし)

 

 ステーキを堪能したところで、今度はウェイターではなく小松が皿を運んできた。その数は三皿。これだけは小松も一緒に食事するのだ。

 

「お待たせしました」

 

 テーブルに皿を並べていく小松。

 その料理はと言うと。

 

「本日のメインディッシュ。クリスタルタートルのロースト、シンデレラジュエルソースがけです」

 

 亀肉であった。

 オーブンでじっくりと焼き上げられたクリスタルタートルの肉。それは水晶を含んでいるのか、僅かに輝いて見えた。そして、そこにたっぷりとかけられたエメラルドグリーンの輝くソース。美容食材であるというシンデレラジュエルを潰し、クリスタルタートルの肝を混ぜて作られた至高の一品だ。

 

「では、シンデレラジュエル、いただきます」

 

 そう小松は言い、ナイフで切り分けた亀肉にたっぷりとソースを絡ませ、口へと運ぶ。

 それは、しっとりとしていた。深みがあった。旨味があった。爽やかさがあった。そして、頭の中を巡ったのは、一つの思い。“食べられる宝石”――そういうものがあったら、こういう味がするのだろう。そう感じた。

 それは大地の底で何千万年何億年も眠り続けて、旨味を蓄え続けたかのような、そんな深みがあった。

 

 気がついたら小松は、皿を空にしていた。

 

「――お、松、男前になってんじゃん」

 

「えっ?」

 

 突然のサニーの言葉に、疑問の声を上げる小松。

 

(ああ、そういえば――)

 

 これは美容食材だったな、と思い出す小松だった。亀肉とソースの美味さに、そのことがすっかり抜け落ちていたのだ。

 

「――ほれ、手鏡」

 

 サニーの触覚で渡された鏡を覗き込む小松。そこには、鼻筋の通った一人の青少年が映っていた。

 どこか童顔で、とぼけた感じのする顔。鼻がまともに整形された小松の姿だった。

 

「ほわー! 本当に顔が変わってる!」

 

「だから言ったろ?」

 

 その変化に、小松は困惑しっぱなしだった。

 ここまで印象が変わってしまうと他の人に自分だと認識してくれるだろうかと心配になる。

 鏡を一通り眺めて、満足したのか鏡をテーブルの上に置いた。そして改めて周りを見直して見ると――

 

「あれ、トリコさんとサニーさんは特に何も変わってませんね」

 

 美容食材を食べたのに、二人にこれと言って変化は見受けられなかった。

 

「――美容(よう)食材っていっても、実際の所、(つく)しくなれる食材じゃない」

 

 そんなことを唐突にサニーが語りだした。

 美しくなれる食材じゃない? では、自分のこの変化はなんなのだ、そう小松は疑問に思う。

 

「ま、不細工(さいく)面がまとも面になるだけの食材さ。つまりオレには不要な食材だ」

 

 つまらなさそうにサニーは鼻をならした。

 

「あ、つまりこの中で唯一ブサイクだったボクにだけ効果があったと」

 

「そいうこと」

 

 なるほどなー、と複雑な気持ちで頷きを返す小松。

 まあそれでも見てくれが良くなったのなら喜んでおこう、と小松は気を取り直す。料理人は客商売だ。外見が少しでもよくなれば、その分お客様に与える印象が良くなるかもしれない。そうポジティブに考えることにした。

 

「では、一旦ボクは下がりますね。サラダをお持ちします」

 

 そう言って小松は席を立ち、そして数分後に新しい皿を伴って戻ってきた。

 

「ガラスグラスのシーザーサラダです。ドレッシングにはモルス油も少量使いました」

 

 そう言ってサラダの皿を並べる小松を見たトリコ。

 

「ぬわ、小松! 鼻が元に戻ってるぞ」

 

「えっ!?」

 

 トリコの言葉に、テーブルの上に置いたままだった手鏡を小松は覗き込んだ。

 そこには、ブタ鼻と呼称された特徴的な顔つきが映り込んでいた。メインディッシュを食べる前に戻ったのだ。

 

「サニーさん、これ時間制限ありなんですか」

 

「なわけねーだろ! 一食一億円の美容食材だぞ!」

 

 サニーは触覚で小松の顔をべたべたと触る。それは、まごうことなきブタ鼻面だった。

 

「どんだけ強烈なんだその豚っ鼻はー!」

 

 信じられない、とばかりに小松を睨み付けるサニー。

 

「わっはっはっは。残念だったな小松ぅー。わははは」

 

「まあボクは別にこの鼻のままで全然構わないんですけど……」

 

 トリコの笑い声を聞きながら、精一杯の負け惜しみをこぼす小松であった。

 

 ――小松に美容食材が効かなかった理由、それは小松の食事情にあった。

 トリコと出遭って以来、様々な美味いものを食べ続けてきた小松。その身体には経口摂取でもたらされた“グルメ細胞”が蓄積しており、彼の身体は少しずつグルメ細胞に作り替えられ始めていた。そして彼の身体のグルメ細胞は、美容食材による別方向の急速な変化を嫌い、その効果を保留にしたのだ。

 効果は打ち消されたわけでは無く、優先順位の低い変化として細胞の奥底にプールされた。

 その効果は、小松がグルメ界に滞在する数年後にようやく発揮することとなる。

 小松は“普通人”である。トリコ達のようにグルメ細胞による超人的な力を発揮したりはしない。それでも、グルメ細胞は確かに彼の身体に蓄積していた。

 




クリスタル平野
人間界の隅っこ、グルメ界の近くにある水晶の平野。年中雹が降り注ぐため危険指定区域とされている。
一年に十数日ほど雹の降らないシーズンオフがあり、危険な猛獣も存在しないため、その期間は水晶を採掘するための人出で賑わうという。

ガラスグラス(植物)
ガラス質の繊維でできた牧草。一見脆そうに見えるが、しなやかで衝撃に強い。
比較的栽培が容易なうえに栄養価が高く、サラダの材料として好まれているが、鉱物を身体に蓄える特性を持った家畜の餌としても最近注目されている。

甲殻バッファロー(哺乳獣類)
捕獲レベル:4
硬いガラス質の甲殻に覆われた野牛。温厚で人を見ても襲いかかって来ないため、駆け出しの美食屋がこぞって狙うが、頑丈な甲殻の守りを突破できるかは美食屋の持つ破壊力次第。
甲殻は食用に適していないが肉は美味で、高級焼き肉店でよくお目にかかる一品である。

月光苔(苔類)
ほのかな光を発する発光苔類。その光量と色合いから月光苔と名付けられた。自然な照明として栽培されるほか、食用としても用いられることがある。太陽酒との組み合わせが絶品だとか。

アクアクリスタル(鉱水)
クリスタル平野の地下に流れている、液体状の水晶で出来た地下水。
そのままでは飲用に適さないため、この水を泳ぐ生物はどれも“水晶に適性を持つ”ものたちである。また、特殊な加工をすることで飲用が可能となり、良質な調理用の水として使うことができるようになる。

水晶エビ(甲殻類)
捕獲レベル:2
水晶の甲殻を持つ甲殻類。天然の河川に多く生息する比較的身近な食材だが、人工飼育しようとすると途端に難易度が跳ね上がる。普通の水では生きられず、鉱水を含んだ水ではないと飼育ができないのだとか。
大きさは伊勢エビほどもあり、食べごたえがある上に車エビ以上の旨味を持つ。

シンデレラジュエル(果実)
クリスタル平野の地下に広がる大空洞に生えているとある樹に生る果実。不細工な顔の造形を作り替えるという摩訶不思議な特性をもっており、そこからシンデレラの名が付けられた。
この樹は美しい生物の死骸を養分に成長する特殊な植物で、美しい生物を少しでも多く作り出そうとしてその実の特性を得たと考えられる。美しい者を糧にきらびやかな実を付ける様は、シンデレラという名が本当に相応しいか疑問が残るところである。
本来この樹はクリスタル平野に存在しなかったと言われており、雹の雨に混じってグルメ界から飛来した可能性がある。

クリスタルタートル(爬虫獣類)
捕獲レベル:62
クリスタル平野の地下深くにある、アクアクリスタルの水脈に生息する巨大な亀。鋭い牙を持つがこれは肉を食べるためではなく、水晶を食べるために発達したものである。そのため本来は肉食性ではないのだが、クリスタル平野の地底湖に住む生物はどれも水晶を身にまとっているので、結果的に肉を食んで生活している。
縄張り意識が強く、水晶を身に持たない生物が縄張りに近づくと体当たりで追い払おうとしてくる。


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ぐるキャン☆☆☆☆☆☆

「食品開発ですか? ボクが?」

 

 ホテルグルメの最上階、展望レストランの奥、スタッフ用の応接室にて小松はとある客を迎えていた。

 迎えた客は黒スーツにサングラスをかけた男。名前はヨハネス。IGO開発局食品開発部長という肩書きを持つ人物だ。

 

「そうだ。是非とも小松くん、君に頼みたい」

 

 そのヨハネスから、小松はある打診を受けていた。

 それは、新たな食品の開発。食品開発部の部長の依頼である以上、依頼内容は食品開発となるのは当たり前のことと言えた。

 

「またホテルグルメグループ系列店の季節メニュー考案でしょうか」

 

 小松の所属するホテルグルメは、ホテルグルメグループという系列に連なるホテルである。ホテルグルメグループはIGOの直属グループだ。

 ホテルグルメレストランの料理長である小松は、グループの他店舗のメニュー開発を任されることもあった。

 今回もその案件かと小松は思ったのだが……。

 

「いや、違う。今回は、ホテルグルメとは関係ない食品開発だ。つまり、ホテルグルメの従業員としての仕事ではなく、IGOの職員としての仕事になるな」

 

「ええっ、レストランが関係しないIGOの仕事ですか。初めてですね、そういう依頼を部長から受けるの」

 

「それだけ開発局は、センチュリースープの開発と、六ツ星認定という小松くんの功績を評価しているのだよ」

 

 そう、小松はついこの間、センチュリースープという伝説料理の開発に成功した。そして、その功績でホテルグルメは六ツ星ホテルに認定されたばかりなのだ。

 センチュリースープ開発の影響は大きく、店には世界中からの予約が止まらない状況だった。

 

「で、開発する食品というのは一体……」

 

「ああ、それは……」

 

 サングラスを指先でくいっと上げ、もったいぶった感じで答えるヨハネス。

 

「国連軍の戦闘糧食。つまりグルメコンバットレーションだな」

 

「グルメコンバットレーション! それはまた変わった依頼ですね」

 

「そこらのスーパーマーケットに並ぶような商品開発をお願いするとでも思ったかね? そういうのはグルメ企業に任せておけば良い」

 

 そんなことを言いながら、ヨハネスは椅子の横に携えていた鞄の中から、缶詰を取り出してきた。来賓席のテーブルの上に、様々な大きさの缶詰が並べられていく。缶詰の表面には、『gourmet combat ration』と印字されていた。

 

「これが現在の国連軍のグルメコンバットレーションだ」

 

「どうしてこれから更新することになったんでしょう?」

 

「これは国連軍の兵站部隊が開発したそうだが、星認定などされていない普通の部隊員が調理開発したもの……つまり、グルメの名を冠していながらそこまで美味しくないのだ」

 

「はあー、なるほど」

 

 小松はレーションを見るのが初めてなのか、物珍しげに缶詰を手にとって眺めていた。

 

「ちなみに、レーションを作れと我が食品開発部の研究者に開発させて出来たものがこちらだ」

 

 ヨハネスは新たに鞄からあるものを取り出して来賓席のテーブルの上に置いた。

 それは、大きめの錠剤だった。この錠剤の表面にも文字が印字されており、そこには『サーロインキノコ food tablet No.0023』と書かれている。

 

「フードタブレットという。この錠剤に、食材一つの栄養素が丸ごと収まっている」

 

 この手で摘まめる大きさの錠剤の中に、人の頭ほどのサイズがあるサーロインキノコ一個分の栄養素が全部入っているのだという。もちろん錠剤なので旨味や香り、食感などはなく食の喜びは得られない。食事は栄養さえとればいいという、このグルメ時代に真っ向から反逆するような製品だった。

 

「これはこれで困窮者支援などに役立ちはするんだが……味がしないのではレーションにはとてもな。士気に関わる」

 

「このグルメ時代に味のしない錠剤が食事って、どんな拷問ですか……。未来的である意味わくわくしますけど」

 

「食品開発部の研究者はこんな調子だから、小松くんが頼りなのだよ」

 

 なるほど。直属の部下である食品開発部がまともに機能していないなら、普段からヨハネス部長には世話になっていることだし依頼を頑張ろう。そう思う小松だった。

 

「なお、開発したレーションは携帯食として一般販売も行うつもりだ」

 

「あれ、軍用レーションって一般人でも買えるものなんですか?」

 

「全部が全部ではないがそういうものもある」

 

 そう言いながらテーブルの上に置かれたレーションをヨハネスは手に取り、缶詰の印字部分に指を這わせた。

 

「開発したレーションのパッケージには、六ツ星レストランを表わす星六つのマークが印字される。心しておくように」

 

 六ツ星に相応しい食品を作れと、念を押したのだ。

 小松は突然増したプレッシャーに、ただ大きく頷くのであった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 食品の開発は、小松にとって特に苦手とする分野ではなかった。

 レストランの料理長という立場。ホテルグルメレストランのメニューだけではない。ホテルグルメグループに連なる他の店のメニュー開発にも多く携わることがあった。二十五歳という若さで小松は、その料理の才能を遺憾なく発揮しているのだ。

 

 だが、そんな小松でもグルメコンバットレーションの開発経験はない。いや、そもそもレーションを食べたことがなかったのだ。

 

 そこで小松は開発に当たり、まずはヨハネスを通じて世界各国のレーションを取り寄せ、食べることにした。

 さすがグルメ時代の携帯食。どれも極上の美味さであった。当然、フードタブレットのような変化球は混ざっていなかった。唯一国連軍のものだけが平凡な味をしていた。

 

 一週間毎日三食レーションを食べる日々が終わり、小松はようやく開発を開始する。

 

 気をつけなければいけないのは、工業生産可能な料理にしなければならないということだ。

 今回のグルメコンバットレーションは国連軍に定期的に大量配布される予定のため、料理人が厨房で料理するのではなく工場で大量生産されることになる。

 それはつまり、高度な調理法が施せないということである。

 

 小松がトリコに連れられた宝石の肉(ジュエルミート)捕獲の際、第1ビオトープのグルメ研究所で見た食品加工工場は、自動化されていながら高度な調理を可能としていた。

 しかし、今回のレーションを作る工場がそのクオリティであるとも限らない。ヨハネスとの打ち合わせは必要だろうが、小松は難しい調理法を採用するつもりはなかった。

 少なくとも、六ツ星レストランのシェフでないと作れない料理にはしないつもりだ。

 一般の料理人でも簡単に料理ができる方法、それを目指す予定であった。

 

「グルメコンバットレーションの栄養価は高い。軍人は良く動くからそうなっているんだろうけど……。相応しいカロリーと栄養価はどれくらいだろう?」

 

 小松は一週間食べ続けたレーションの内約を思い出してみた。

 

「国ごとのレーションを比べてみても、そこは安定していない……。最適値を導き出す必要があるな」

 

 小松はヨハネスに連絡を取り、国連軍の軍人の消費カロリーを示す資料を用意するよう頼み込んだ。

 ここで必要なのは、主に歩兵部隊の消費カロリーと必要カロリー量だ。普段軍人は基地で作られる食事を取っており、レーションのお世話になることは少ない。そんな中でレーションを食することが多いのが歩兵部隊なのだ。

 

 資料は即座に届けられた。IGOは基本的に優秀なのだ。食品開発部の研究員のように暴走することもあるが。

 

「よし、じゃあ後は美味しいレーションを作るだけだ。どの国のレーションにも負けない味を目指すぞ!」

 

 レーションに使う食材は、小松が普段レストランで提供している食事の材料とは全然違うものが必要だった。

 ホテルグルメレストランは高級レストランである。食材の確保のために、美食屋に依頼して稀少な食材を取ってきて貰うことだって頻繁にある。

 一方で、レーションは大量生産品だ。美食屋の必要な捕獲レベルの高い食材を採用してしまえば、美食屋が何人居ても足りなくなってしまう。ゆえに市場にありふれた素材で作る必要があった。それは、普段のレストランでの仕事とは大きく異なる部分となった。

 

 ここで小松のセンチュリースープを作った経験が生きる。

 小松はスープを作るために、今世紀発見されたあらゆる食材を試していたのだ。なので、大量生産に向いた食材がどれで、その調理法はどうなのかということを把握していたのだ。

 スープを作る前だったら、小松はトリコと一緒に食材の捕獲に向かった際、知らない食材をトリコに教えて貰うというケースが頻繁にあった。だが、今の小松ならトリコと珍しい食材について会話をしてもある程度話に付いていける自信があった。

 

 そんなこんなでレーション開発を始めてから二十日後、小松は試作品の開発に成功していた。

 その試作品は二セットあった。

 

 栄養補給を重視した一号セットと、六ツ星レストランを意識した高級路線の二号セット。どちらも捕獲レベルの低いありふれた食材を使ったグルメコンバットレーションだった。しかし、二号セットは調理方法に工夫を入れ、安価な原価ながらも高級感を出すことに成功していた。

 栄養を補給するだけなら、極論になるがそれこそフードタブレットでも良い。

 六ツ星レストランの高級路線こそヨハネス部長が求めているものではないのか。小松はそう思って二号セットを開発したのだ。

 

 だが、レストランのアウトドア好きのスタッフに小松は言われた。一号の方が良い。料理長はわかってないなと。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「よーう、小松、元気か」

 

 ホテルグルメのスタッフルームでレーションを前に頭を悩ませる小松の元に、美食屋のトリコが訪ねてきた。

 

「あ、トリコさんお久しぶりです。本日はお食事ですか? 予約されてないので食事の量は限られてしまいますが」

 

 席を立ち上がり、トリコに挨拶を返す小松。

 トリコとは完成したセンチュリースープを与作とサニーに届けに行って以来の再会だ。結局サニーはセンチュリースープを飲んでくれなかったのだが。

 

「いやあ、今度オレの新しい家が建つことになって、それにお前を招待しようと思ってな」

 

「新しい家ですか! トリコさんの家って確か、お菓子の家なんでしたよね?」

 

「ああ、それがしばらく家に帰っていない間に家がなくなっていてな……」

 

「えっ、それって……」

 

 家がなくなる。まさかの事態に小松は絶句した。

 

「なにせお菓子の家だ。放って置いたら野良の生き物に食い尽くされちまう。それでまた新しく建てることにしたってわけだ」

 

 今までもトリコの家、お菓子の家(スウィーツハウス)がなくなってしまうことはあった。それは毎回トリコが家を自分で食べ尽くしてしまうというのが原因だった。しかし、今回は違う。半年以上家を留守にしたため、甘いものを好む自然界の生物に家を食べられてしまったのだ。

 小松はその説明に、なるほどと頷きを返す。

 

「そうですかー。新築お祝いを持って行きますね!」

 

「おう、厚かましいだろうが、できれば祝いはセンチュリースープでお願いするな。飲ませるって約束したヤツがいるんだ」

 

「任せて下さい!」

 

 レストランは連日センチュリースープを所望する客で満員御礼だ。

 スープの用意は万全であった。

 

「ところで、さっきから美味そうな匂いがしてるが、その料理はなんだ、小松」

 

 トリコは、スタッフルームのテーブルの上に広げられている缶詰をめざとく発見すると、小松へと詰め寄った。

 缶詰はどれも開けられており、美味しそうな匂いを漂わせている。

 

「あ、これですか? 実は今開発中のグルメコンバットレーションなんですよ」

 

「へー、お前、そんな仕事もしてるんだな」

 

 トリコは感心したようにレーションを眺め、匂いを鼻一杯に吸い込んだ。美味しそうなその匂いに、思わずよだれが垂れてくるトリコ。

 

「ボクもレーションの開発は初めてなんですけれどね……それで、これが本当に良いものなのか今一自信がないんですよ。軍人さんがどういう料理を好むのとか知らないですし……」

 

「なるほど……」

 

 トリコは納得したように頷くと――

 

「じゃ、出かけようぜ!」

 

 突然小松を外出に誘った。

 

「えっ、急になんですか」

 

「軍人がどういう飯を好むのかわからないなら、同じ行動を取って同じ目線で飯を食えばわかるだろ」

 

「同じ行動ですか……」

 

 小松はトリコの言葉に、いぶかしげに視線を返した。

 

「ああ」

 

 トリコはそんな小松の肩を叩いて、言葉を返す。

 その顔は楽しげであった。

 

「行軍だ」

 

 小松はいやーな顔をトリコに向けた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 トリコと小松は山を登っていた。

 その山は、グルメ登山家に人気のとある地方の山で、今のシーズンは一般の登山客もちらほらと見受けられた。けっしてハードな道程ではない。初心者向けの山だった。そんな初心者向けの山が何故グルメ登山家に人気かというと――

 

「行軍って言うからどんな物々しいことをさせられると思ったら、グルメ山でグルメキャンプでしたか」

 

「オレの食材捕獲に付き合って小松もだいぶ体力が付いてきたと思うが、これといった目標もなしに何百キロも歩き続けるのはさすがに辛いだろ?」

 

 山は自然豊富で、食べられる食材がそこらに生えており、登山客はそれを歩きながら手に取り行動食として食することが許可されている場所だった。

 さらには、山頂付近は広間になっており、キャンプをすることができる。勿論、キャンプ場にも美味しい食材がそこかしこから採取可能となっている。獣は出ないため肉は調達出来ないが、それは逆に言えば危険な獣が一切出ないことを表わしてもいた。

 

「何百キロって……。せめてそこは二桁で」

 

「ああ、今日はせいぜい二十キロってところだな」

 

「それでもハーフマラソン並なんですね」

 

 そんな会話をしながらトリコは道ばたに生えていた多肉植物をおもむろに掴むと、引っこ抜いて口にし始めた。

 

「おおー、美味いな霜降り草。ほどよい脂がカロリー補給にぴったりだ。登山の優秀な行動食だな」

 

「文字通り道草を食ってる……それでもボクが歩くより速いんだよなぁ」

 

 トリコは小松の1.5倍近い身長を持ち、それゆえ歩幅も広い。移動速度は当然トリコの方が段違いに速く、小松がトリコの狩猟についていくときはいつもトリコに歩くペースを落として貰っていた。このように食料を確保しながらでも、トリコが小松に遅れることはなかった。

 

「ボクも小腹が空いてきたなぁ」

 

 トリコの食べる様子を見ていると、小松も空腹を感じるようになった。そのため、トリコの横で霜降り草を抜こうとするが。

 

「お前はダメだ」

 

 小松がむしった草をトリコは横から奪って食べてしまった。

 

「えっ、何するんですかトリコさんー」

 

「お前が今回食べるのは、レーションだけだ。そのために来たんだろう?」

 

「そんなー、せっかくのグルメ登山からのグルメキャンプなのに」

 

 小松はがっくりとした様子でうなだれると、背中に背負った荷物から手の平サイズの包装された袋を一つ取り出した。

 包装の封を切ると、中から棒状の食料が顔を出す。これはレーションの一つで、三食用の一号や二号セットとは別に小松が開発したものだ。

 そしてそれをパクリとくわえ、もぐもぐと咀嚼していく。

 

「うん、美味しい。クズもぽろぽろこぼれないし問題なさそうだ」

 

 そしてレーションを全て食べ終えると、今度は包装を口に含んで食べ出した。

 このレーションのコンセプトはゴミの出ない行動食。行軍中の栄養補給を想定して作ったものだ。包装部分も食べられるように作ってあった。

 

「あ、でも喉が渇く……」

 

 小松は荷物から水筒を取りだし、水をがぶがぶと飲んだ。

 

「はは、さっそく問題点が見つかったな、小松シェフ?」

 

 小松の様子を楽しげに見ていたトリコは、霜降り草を抜いていた手をふと止める。

 

「ところでそのレーション、オレも食って良い?」

 

 そんなトリコの言葉に、小松はしょうがないなぁ、といった表情で荷物から新しいレーションを取り出し、トリコに渡した。

 トリコはレーションを受け取ると、包装を解かないままがぶりとレーションにかぶりつく。

 

「ん、これは炒った濃麦にクリーム大豆を混ぜ込んであるのか。カロリー補給重視って感じの組み合わせだが、味と食感が抜群に良い。それにこのチョコレート味の包装が絶妙だな! おかわりだ!」

 

 そんなトリコの食べる様子を嬉しそうに眺めながら、小松は新たにレーションを取り出す。

 

「もう、ボクの食べる分がなくなるじゃないですか」

 

 そんなことを言いながらも小松の顔は笑っていた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 山頂付近のキャンプ場に、トリコと小松たち二人はグルメテント(中で食事の煮炊きが可能となっているテントだ)を設置する。

 時刻はすでに夕方近く。だがグルメキャンプはまだまだこれからだった。

 小松は、荷物からレーションを新たに取り出した。夕食用の一号セットと二号セットだ。それが二人前ずつ。

 カロリーの多いレーションを小松は二食分も食べられないが、そこは半分ずつ食べて残りをトリコに渡してしまうつもりだ。

 そして、トリコはそれだけではとても一食分の食事量には足りないため、周囲から自然の食材を調達しに行っていた。食材を現地調達できるのがグルメキャンプの特徴だ。

 

 テントの設置、そして焚き火の設置と、小松はこれまでトリコとの食材捕獲の旅に同行して何度か行ってきた行為だ。

 だが、小松はそのときとはまた違う、どこかわくわくした感情に心を躍らせていた。

 キャンプなのだ。キャンプ飯なのだ。男心がくすぐられて当然だ。何より危険がない。これが大きい。周囲に気を配ることもなく、ただ純粋にアウトドアを楽しめるという行為に胸が弾んでいた。

 小松は荷物からグリル機能付きの焚き火台を取りだし、中に炭を並べる。そして着火剤を燃やし、炭に火を付ける。

 

「小松、用意できたか?」

 

 トリコがどっさりと食材を両手に抱えて戻ってくる。そのいつもの光景に小松は苦笑を返しながら言う。

 

「あとはレーションを温めるだけです」

 

「おっ、いよいよだな!」

 

 小松のレーションは、温めなくても美味しく食べられるよう工夫が凝らしてある。

 だが、それでも温めた方が美味しいのは確かだ。湯煎でも良いし、直火で温めても良い。そんなことをコンセプトに作ってある。なので缶詰だ。

 小松は缶詰を開封すると、グリル式焚き火台の鉄板の上に缶詰を並べていく。缶詰は缶切りを使わなくても開封できる。この辺の缶詰のギミックは、小松がヨハネスに頼んで食品開発部の研究員に用意をして貰っていた。

 夕食はレーションを温めて食べる。そしてテントに一晩泊まって、朝食には温めないレーションを食す予定だ。

 

 缶詰が温められ、湯気を漂わせるが、匂いはあまりしない。匂いを過度に撒き散らさないよう加工されているからだ。それでもトリコはその驚異的な嗅覚で匂いを感じ取ると、その美味な香りに思わずよだれが垂れてしまった。

 

「もうそろそろ良いでしょう。あちち」

 

 小松は軍手をつけて缶を掴むと、用意してあったトレイ二つにそれぞれレーションを並べていく。

 食器は箸とスプーンだ。このグルメ時代に箸を使えないなどという軍人はいない。なので、かさばるナイフとフォークではなく、もっぱら箸がグルメコンバットレーション用の食器として採用されていた。

 

 まずは一号セット。がっつり飯をコンセプトにした栄養満点のレーションだ。

 

「この世のすべての食材に感謝を込めて、いただきます」

 

「いただきます」

 

 手を合わせて、食べ始める。メニューは生姜豚の炊き込みご飯。アーモンドキャベツの牛肉ロールキャベツ。生姜豚のたっぷりもつ煮込み。イカマグロのごろごろ野菜煮。バターオレンジの粉末ジュース。デザートは焼きチョコレートマト。

 腹一杯になれる満腹メニューだ。スープはないが、ロールキャベツの汁ともつ煮込みがスープ代わりになってくれる。

 

「おお、炊き込みご飯ともつ煮込みの組み合わせが最高だな! どっちも生姜豚を使っているからマッチしているのか」

 

「はー、温かいですねぇ」

 

 ここは山の山頂付近。時折寒い風が吹くが料理の温かさのおかげで辛くはなかった。むしろ、その気温の冷たさがより一層料理を美味しくさせていると感じた。

 

「イカマグロにじっくりと染みこんだ出汁の味がたまらん。美味え……」

 

「野菜を大きくして正解でした。イカマグロから出た旨味が野菜の奥まで染みこんで、ほろほろと口の中で溶けていきます」

 

 瞬く間に料理は無くなっていき、そしてジュースとチョコレートマトをデザートに食して一号セットの食事を終える。

 

「チョコレートマトは焼いてあると果汁がこぼれなくていいな。んまっ」

 

「ええ、かじりつくだけでこぼれてしまうと、レーションとしては食べにくいでしょうからね」

 

 気がつくと小松は、レーションを全て食してしまっていた。本当なら半分残すはずだったのに、缶の中身は空だ。小松は意外と食いしん坊なところがあった。そして、まだ食事を続けられると感じていた。満腹ではない。予定通り二号セットは食べられると。

 小松は気を取り直して、二号セットの缶を開封すると、焚き火台の上に並べ始めた。食事の続行だ。

 やがて、缶詰は温め終わる。

 

「お待たせしました、こちらも食べましょう」

 

「おう、まさしく待ってたぜ」

 

 トリコは調達していた自然食材で小腹を満たしながら缶詰が温まるのを待っていたようだった。

 そして、二号セットの食事に取りかかる。メニューは、マイタケノコの炊き込みご飯。イモウナギのポタージュ。生姜豚のやわらか角煮。ホネナシサンマのコンフィ。水飴ダイコンとマカロニのしっとりサラダ。バターオレンジのパウンドケーキ。

 一号セットに負けず劣らず腹一杯になれそうな高カロリーメニューだったが、その料理された外見はどこか高級感に溢れていた。

 

「お、マイタケノコ。キノコの旨味がご飯にじっくり染み渡っていて、これはうみゃあ……」

 

「温かいポタージュは冷たい夜風の下で飲むと格別ですね」

 

 ポタージュ用にスプーンも用意していたが、小松は行儀悪く直接缶に口を付けてポタージュを飲み干していた。

 

「角煮のこのとろとろと崩れる感じがたまらなく美味え……!」

 

「温めたサラダはどうなるかと思いましたけど、悪くないですね」

 

 順調に料理は消費されていく。パウンドケーキを手づかみで取って食べると、食事はこれで終了した。またもや小松は半分残すということなく完食していた。

 ホテルで試食を作っていたときには、ここまでがっついてレーションを食べると言うことはしていなかった。何がこうさせたのか。それは、キャンプという環境がもたらしたものなのであろう。

 

「どうだった? レーションの品評は」

 

 トリコは満足していないのか、集めていた自然食材を次々と平らげていく。そして食事をしながらも、小松へとレーションの評価を訊ねていた。

 

「美味しいのは二号。そのはずなんですが……」

 

 高級路線の二号は、味と見た目が六ツ星らしくなるよう特に手をかけただけあって、非常に美味であった。しかし。

 

「一号の方が満足度が高いんですよね。食べていてより幸せな気持ちになれたというか」

 

「はは、そうか」

 

「栄養価が多いほど美味しい。そんな持論はボク持っていないんですけどねぇ」

 

 高カロリーは美味い。いや、栄養素はともかく総カロリー数は、一号と二号どちらもそう変わらないように作っていたのだが、二号はその高カロリーさを感じさせない高級な作りになっていた。だから、一号のがっつりさは飯を腹一杯食べているという気にさせてくれるのだ。

 

「それに、高級さがキャンプ料理という場面で足を引っ張っていたというか……」

 

 そして何より、二号セットの高級感はキャンプ道具の中では浮いていた。レストランでの食事に使うような高級カトラリーなど、用意していない。軍人だって用意しないだろう。将校ならまた話は別だろうが、今回の依頼は国連軍の一般兵が食べるグルメコンバットレーションの開発だ。

 その点で見ると、一般兵が野外で作戦中に食べるレーションとしては、一号セットがシチュエーションに相応しいといえた。

 

 では、六ツ星らしさはどこで出せば良いのか。

 そんな疑問をトリコにこぼしてみる小松であったが……。

 

「あ? そんなもん……」

 

 一通り食材を食べ終わり、葉巻樹の枝に火を付けながらトリコは言った。

 

「六ツ星店のシェフが作れば、それが六ツ星らしさなんだよ。背伸びする必要なんてない。もっと自分に自信を持て、小松!」

 

 背中をバン、と小松は叩かれる。トリコは小松より星付きの店を知っている。美食屋として高給取りなため、最大十星の店にまで通って食事をしている。その彼が六ツ星らしさを語っているのだ。小松の思う六ツ星の高級店らしさなどより、説得力がある。

 なので、小松は一号セットを基本にレーションの開発を進めることを決めた。キャンプから帰れば、そう遠くないうちに開発は完了するだろう。

 

 小松は気合いを入れて拳を握ると、残った缶詰の処理を始めた。なおこの缶詰は唾液と胃液に反応して柔らかくなる素材で出来ており食べられるため、処理とは食べて胃の中にしまうことである。

 缶詰は料理の汁が付着し味がついていたため、とても美味しく食べられた。

 

 そうして食事も終わり、グルメキャンプの夜は更けていく。焚き火台の前でトリコと小松は今までの旅の思い出を語り合い、夜も深くなってからグルメテントで就寝した。

 朝は再びレーションを食べて、一号セットの良さを再度確認し、下山する。

 

 そしてキャンプから戻って五日後、グルメコンバットレーションの開発は完了した。

 さらにそれから半月の後、小松は国連軍のお偉い様達と一緒に、レーションの品評会を行っていた。国連軍の面子の中には、元帥であるジャンピンまでもが出席していた。

 そのビッグネームに、小松は聞いていないと震え上がるが、品評会の結果は好評。

 

「な、なんて美味いんだー! これが我が軍の糧食として採用されるのか! すばらしい!」

 

 と驚きの声を上げていたジャンピン。高級感がないなどといった指摘は全くなく、小松は胸をなで下ろすのであった。

 

 そしてレーションは無事国連軍に配布され、さらに一般販売を開始。

 安価な割に非常に美味いと評判になり、小松の料理人としての名声をさらに高めることとなるのだった。

 トリコも遠くへ食材捕獲に出かける際には、このレーションを持ち運ぶことも多くなったのだとか。

 

 レーションの缶には、六ツ星を示す☆☆☆☆☆☆のマークが燦然と輝いていた。

 




霜降り草(植物)
捕獲レベル:0
脂が葉の繊維に走っている多肉植物。霜降りの脂はジューシーかつしつこくなく、肉を食べないベジタリアンに好まれている。
栄養豊富な山岳地帯によく生えており、これを食べ歩くことを目的としたグルメ登山なども行われている。

濃麦(穀物)
捕獲レベル:0
濃い霧の中で育つ大麦。元々は濃霧の発生する自然界にあるものだが、品種改良されて人工的に栽培されるようになった。
食感はしっとりとしていて、主に麦粥にして食べられる。また、ビールの原材料としても使われており、大地の精霊ノームがパッケージに描かれたノームビールは夏の暑い日に喉を潤すために広く愛飲されている。

クリーム大豆(穀物)
お一人様向けオゾン草の回を参照

バターオレンジ(果実)
捕獲レベル:0
バターの風味がするオレンジ。バターの風味を活かし、ケーキのトッピングなどに利用される。
栄養価が高く高カロリーなため、バターオレンジを使ったスイーツはダイエットをしている人にとっては悪魔の菓子だと言われる。

チョコレートマト(果実)
捕獲レベル:0
トマトの形をしたチョコレート。生でかじりつくと、チョコレートドリンクで出来た果汁が口いっぱいに広がる甘いスィーツ。味だけでなく糖度が重視され、チョコレートマト農家はこぞって糖度を競い合っているらしい。

マイタケノコ(キノコ)
捕獲レベル:1
成長すると巨大なマイタケになるタケノコ。成長した後のマイタケは大味であまり好んで食されないので、タケノコ状態のマイタケノコを収穫する専門のマイタケノコマイスターが存在する。タケノコの味は繊細でしゃきしゃきしており、なおかつキノコ類の旨味が強い。


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新食材を求めて

 小松がトリコと知り合ってしばらく経ったある日のこと。トリコは食材捕獲の旅に小松を誘っていた。

 久しぶりとなるその誘いに、小松は快諾。二人はグルメ列車に乗って目的地へと向かっていた。

 

「トリコさん、また誘っていただけで嬉しいです」

 

 この間も、宝石の肉(ジュエルミート)を手に入れるためにIGOの第1ビオトープで大冒険を繰り広げたトリコと小松。

 その旅の終わり、小松はココに「仕事休みすぎじゃないの」と言われ、今日までレストランの仕事を頑張ってきた。だからトリコも今回の誘いは断られるかもしれないと思っていたのだが、小松は仕事を休んでトリコに付いてくることにしたようだった。

 

「一流の食材を生で見て勉強したいとか言っていただろ? なら、オレの普段の仕事を見て貰おうと思ってな」

 

「ありがとうございます。……でも普段の仕事ですか? 今まで何度もトリコさんの仕事に同行してますけど……」

 

 トリコが食材捕獲の旅に出る主な理由は、自分で食材を食べるためと、食材を卸売りに売るため、そして依頼を受けて食材を捕獲するための三つである。

 小松は今まで、ガララワニ、虹の実、フグ鯨、宝石の肉(ジュエルミート)といった食材を求める旅に同行していた。いずれもハードな旅だった。

 だがそれらは有意義な旅であった。

 小松はトリコと初めて会うまで、生きた猛獣を目で見たことがなかった。そして大きな食材はほとんど卸売りから仕入れた段階で、部位ごとに細かく分けられた肉塊の状態で届いていた。

 それではいけない、と小松はトリコの旅に同行させてもらえるよう頼み込んでいた。一流の食材を生で見ることで、料理人としてより高みへ登りたい。トリコはその小松の要望に応え続けていた。

 

「今回はIGOから依頼を受けてな」

 

 列車に揺られる中、トリコは酒を飲みながらそう言った。それはフグ鯨を食べる旅の途中、ココに会いにグルメフォーチューンに向かう車中でしたのと同じように、車内販売の酒をめいいっぱい買い込んでの飲酒だ。おつまみも持ち込んでいた。トリコは酒をあおりながら会話を続ける。

 

「内容は……、新食材の発見だ」

 

 新食材の発見。それはトリコが得意とする美食屋の仕事の一つであった。現在世界には約三十万種類の食材が存在すると言われているが、そのうち二パーセントはトリコが発見したものとされている。まさしくトリコは一流の食材発見屋なのだ。その功績をもってトリコはカリスマ美食屋と称されている。

 

「IGO非加盟のとある小国が目的地だ。そこはあまり良い食材が産出しない貧困国でな。その貧困を打破するために、新食材を見つけて欲しいんだと」

 

「IGOの依頼なのに、IGO非加盟国での依頼ですか」

 

「貧乏な国じゃあ、グルメ税を納められんからな。まあ今回の依頼の達成内容次第では、加盟も視野に入れるらしいが」

 

 政治は興味ねえ、とトリコはそれ以上の言及をやめる。

 自分の見つけた食材で国が潤うかどうかまではトリコは責任が持てない。トリコはただの美食屋だ。政治屋でもIGOの職員でもない。だが、新食材の発見はトリコの得意分野である。依頼を断る理由はなかった。

 

「つーわけで、新食材の発見の旅なら、小松も体験したことないと思ってな。依頼を受けるついでに呼んだわけだ」

 

「なるほどそういうわけでしたか」

 

 納得したように小松は頷く。トリコは買い込んだ酒を次から次へと空けていくが、小松はそれに手を付けることはない。列車に揺られながらでは悪酔いしそうだからだ。実際には、食事を取ることを考えて設計されているグルメ列車で酒を飲んで、悪酔いするということはないのだが。

 

「それにテリーの口に合う食材も、見つけてやらんとならないしな」

 

 トリコは新たにパートナーにしたテリーの名前を口に出した。

 テリーとは、トリコが宝石の肉(ジュエルミート)の捕獲の依頼を受ける最中で出遭ったバトルウルフの子供である。第1ビオトープのグルメ研究所、そこにあるグルメコロシアムで、一匹のバトルウルフが単為生殖で子供を出産した。そのときのある出来事で親のバトルウルフは死に、天涯孤独となった子供、テリーをトリコが引き取ったのだ。

 

「テリーちゃん、食事ちゃんと取れてないんですか?」

 

「テリーちゃんって……。ああ、理由はわからんがあまり飯を食わないでいる……。好みに合う食材が見つからないか色々試しているところだ」

 

「未知の食材なら好みに合うかもしれないってことですね」

 

「そういうことだ」

 

 そんな会話を続ける中、グルメ列車は進む。線路はIGO非加盟国まで続いており、列車はトリコと小松を乗せて真っ直ぐと走り続けていた。

 小松は今度の旅ではどんな光景が見られるのだろうか、と秘かに胸を躍らせていた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 エルド大公国。高温多湿の湿地帯で国土が占められている国だ。

 IGO非加盟国ながら、地下料理界で有名なジダル王国のような無法国家ではない。大公国の国民は働き者で、犯罪率の低さはIGO加盟の先進国に劣ってはいなかった。ただ、国土からこれといった資源もグルメ食材も産出しないというだけの貧乏国家である。

 

「とまあそんな国だ」

 

 グルメ列車から降りたトリコは、傍らに立つ小松に国の概要を説明していた。

 その説明を受けて小松は、うーんと考え込む。

 

「湿地帯ですか。稲作とかが出来そうですけれど」

 

「してるぜ、稲作」

 

 小松の疑問に、トリコはそう答える。

 

「え、それじゃあ米を輸出して外貨を稼げば良いんじゃあ」

 

「そうはいかねえんだ。この国の土壌が厄介でな、ことごとく高級米が育たないんだ。育つのは安くて旨味の少ない米ばかり」

 

「ああ、このグルメ時代にそれじゃあ輸出品目になりませんね……。今時は家畜もグルメですし」

 

「だが、自分達で食う分には困らない。だから、IGO非加盟国には珍しく国民は飢えていないんだ」

 

「なるほどー」

 

 国民は働き者で、自分達で食べるための稲作は盛んだ。

 さらに穀物に不足はないということから、自分達で育てる家畜の餌には困らない。しかし、湿地ばかりで家畜を放牧するには適していない。ゆえに高級食材となる家畜を育てるということもされていなかった。育てられているのはさほど高値の付かない普通の豚ばかりだった。その豚のおかげで、国民が肉を食うに困ってはいないのだが。

 

「だから今回オレが求められているのも、この国の土壌で栽培可能な食材の発見さ」

 

「責任重大ですね」

 

「そだな」

 

 トリコは全くプレッシャーを感じていないとばかりに笑って、小松の言葉に返した。

 そして列車から降りた駅を出て、タクシー乗り場に向かっているときのことだ。

 

「あれっ、トリコじゃね?」

 

「え、本当? トリコだわ!」

 

「なに? トリコだと?」

 

 道中がなにやら騒がしくなってきた。

 道行く人々がトリコを見つけ、彼の周囲に集まってくる。

 

「美食屋トリコだ!」

 

「食のカリスマだ!」

 

 どうやら、IGO非加盟国でもトリコの名声は轟いているようであった。人が人を呼び、周囲がどんどんと騒がしくなっていく。

 そして――

 

「トリコー! 食材の発見よろしく頼むぞー!」

 

「オレたちの明日のために、頼む!」

 

「グルメ時代の仲間入りをさせてくれー!」

 

 トリコが食材発見のためにこの国を訪れたということも知っているようだった。

 そんな様子を見て、小松は笑顔をトリコに向ける。

 

「本当に責任重大ですね、トリコさん」

 

「そーだな」

 

 トリコは面倒臭そうに周囲の人々を散らすと、タクシー乗り場に向けて歩いていった。

 

「そういえばトリコさんは超有名人でしたね」

 

「そういえばって何だそういえばって」

 

「だって、ボク達が普段行くのは無人地帯ばかりですから、こういうシーンにお目にかかるのって初めてで……」

 

 そんな会話をしながら、二人はタクシーへと乗り込む。後ろに付いてきていた人々が、名残惜しそうにそれを見送った。

 なお、タクシーの運転手にはサインをねだられた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

『この先キケン』『はやまるな』『命を大切に』『猛獣注意』

 

 そんな看板がかかるフェンスを乗り越えて、トリコ達は無人の湿地へと足を踏み入れていた。

 ここはエルド大公国の危険地帯。この国唯一の猛獣が住む区域であり、まだ見ぬ食材が眠っていると考えられている未知の領域だ。

 猛獣の最大捕獲レベルは20を超えるとされ、そんじょそこらの美食屋では危険すぎて立ち入ることの出来ない場所だ。

 それゆえ、美食屋として実力のあるトリコに今回の依頼が回ってきたのだ。

 トリコはその戦闘力もさることながら、発達した嗅覚により未知の食材の匂いを嗅ぎ分ける能力に優れていた。強いだけではカリスマ美食屋にはなりえないのだ。トリコ達四天王は、いずれもトリコの嗅覚のような個々人ごとの特殊能力を身につけている。

 

 そんなトリコに無謀にも付いてきた小松は、ぬかるんだ地面に足を取られながらも湿地を少しずつ進んでいた。

 猛獣注意の看板を見ても怯むことはなかった小松は、最早トリコとの危険な旅に慣れきっていた。ここに来る前に、しっかり遺書は書いてきたのだが。

 しかし、猛獣の出現を警戒してか、周囲をきょろきょろと見渡しながら歩を進めている。慣れても臆病さは治らないらしい。

 

 湿地には丈の長い野草が生えており、まるで森の中のように動物の影を隠していた。

 嗅覚の優れたトリコにとってはあってないような障害だが、小松にはそうもいかない。最大限の警戒をしながら歩くことになった。

 

「あっ、トリコさん、あそこにイネ科の植物らしきものが」

 

「ありゃキビの原種だな。食えんこともないが美味くもない。ここいらはそんなのばっかりだな」

 

「そうですかぁ」

 

「新種なんてそう簡単に見つからんさ」

 

「そうなんですけど、トリコさんはずばーって見つけちゃうんでしょう?」

 

 そうトリコに向かって期待の目を向ける小松。だが、トリコはというと、首を振ってそれを否定した。

 

「そう上手くはいかんさ。今回の旅だって、成功する確証はどこにもない。ここに立ち入ったヤツの情報も、これといって有意義なものは何にも無かったしな。見つかるかどうかは努力も必要だが、最終的には運次第だ」

 

「ええー、運次第ですか」

 

「ああ、運次第。食運次第さ」

 

 そんなことを笑顔で話すトリコだが、突如その表情は崩れる。トリコ達の近くを徘徊していた獣達が、こちらに近づいてくるのを感じ取ったのだ。

 湿地に生える草をかきわけて、獣が姿を現わす。それは、体高三メートルほどの獣の群れ。

 

「わ゛ー! 猛獣だー!」

 

 突然の猛獣来襲に、思わず驚き声を上げる小松。

 そしてトリコはというと、小松を守るように一歩前へと踏み出した。

 

「医食牛か」

 

「えっ」

 

 トリコの言葉に、小松は獣を二度見する。

 

「これが生きている医食牛ですか!? 牛と言うよりは豚みたいな……」

 

 医食牛。豚のような顔に、鋭い牙。牛のようながっちりした体付き。捕獲レベル4の猛獣だ。

 それが群れで十匹ほどトリコ達の道を阻むように立ち塞がっている。囲んで退路を断つような知能は無いらしい。

 

 戦いの予感を感じる小松。だがトリコは戦闘の構えを取らず、立ったままだ。

 トリコはただ視線を医食牛へと向けるだけ。そして――

 

「――オレと()り合おうってのか? 豚……!」

 

 軽い威嚇を医食牛の群れに向けて叩きつけた。

 その威嚇を受けた医食牛達は、瞬時に後ろへ向き直ると、一目散に遠くへ向けて走り出した。

 トリコにとって捕獲レベル4の獣は片手でも相手できる、そんな取るに足らぬ存在。その実力差を威嚇で感じ取った医食牛は、命が惜しいと全力で逃げ出したのだ。

 そんな一連の光景を慣れたような目で見ていた小松だが、一つ気になったことがあった。

 

「食べないんですね、医食牛」

 

 食いしん坊のトリコが一匹も手を出さないことを不思議に思ったのだ。

 そんな小松の疑問に、トリコはため息をついて答えた。

 

「食える獣が出るたび一々食ってたんじゃ、いつまで経っても何も見つからん。何せ目標の見えない旅だからな、今回は」

 

 とはいいつつも、これまでの道中で道に生えているキノコなどは、しっかり口にしていたトリコだった。

 今回手を出さなかったのは、医食牛が大きく、食べるのに時間がかかりそうだったからだ。トリコは食べない獲物は狩らない。狩った獲物は全て食べ尽くすか、市場に卸すかすると決めている。

 小松はなるほど、と納得すると、再び食材を探しに歩を進め始めた。

 

 そして歩き続けること丸一日。珍しい獣は見つかったが、栽培できそうな美味しい植物は何も見つからなかった。

 トリコ達は地面が湿っていない丘を見つけると、そこにキャンプを張り一夜を明かすことに決めた。

 

「稲作が盛んなら、ここに生息していた高級食材の獣を家畜化するというのも手じゃないでしょうか。湿地に適応しているでしょうから」

 

 これまでの道中で夕食用にトリコが仕留めた蟹ブタを調理しながら、小松はそう訊ねた。

 だがトリコの答えはというと。

 

「ダメだな。どれも獰猛で家畜化には向いてない。出来るとしても何年もの品種改良が必要だろうな」

 

 否だった。料理中の蟹ブタも捕獲レベル8の猛獣である。一般人が迂闊に近づけば、瞬く間に挽肉にされてしまうだろう。

 その答えに、小松は納得して料理を続ける。旅の途中とあって調味料は豊富ではないが、今回小松は包丁とフライパン、そして鍋を一つ持ち込んでいた。

 一方のトリコの今回の荷物。それは、一抱えほどもあるグルメケースだった。

 

「こんな大きなグルメケース、何に使うんですか」

 

 料理をこなしながら再び小松は問いを投げかける。

 

「ああ、目的の食材を見つけても、種が実っているとは限らんからな。そのときは、根ごと掘り起こしてグルメケースで運んで、国の畑に植え替えるって寸法よ」

 

「なるほどー、と。出来ました。蟹ブタのペッパーステーキです」

 

「おお、やっぱり小松を連れてきて正解だったな! 美味そー!」

 

 蟹ブタを枝に刺して焚き火で焼いていたトリコはその手を離し、小松の料理へと向き直る。

 そして、いただきますと合掌をしたのち料理へとかじりついた。ステーキは一口大に予め切り分けられていたが、それを箸で何個もまとめて口へと運ぶ。

 

「うーん、この濃厚な旨味。たまらねえな」

 

 蟹ブタは脂身は少ないが肉の旨味は凝縮されていて、最上級の蟹を食べているような味わいが楽しめる食材だ。それが塩とコショウを使った小松の料理で極上の料理へと仕上がっていた。

 

「どんどん焼きますから、ゆっくり食べていってくださいね」

 

「おう、小松も適当に食べろよ」

 

 ペッパーステーキは瞬く間に無くなり、焚き火で焼いていた蟹ブタの肉もすぐさまトリコの胃の中へと収まる。

 やがて3トンもある蟹ブタは骨を残して全て食べ尽くされ、その日の夕食は終了となった。

 陽は既に落ちきり、焚き火の火と月の光のみが周囲を照らす。トリコと小松は寝るためにグルメテントへと入った。

 

「明日はちゃんと新食材見つかりますかねー」

 

「食運のおもむくままにってな」

 

 睡魔はすぐにやってくる。小松は爆睡。トリコは周囲へ警戒を向けながらの就寝となった。

 明くる朝、そこらを徘徊していた獣を狩り丸焼きにして、昨夜のうちに仕込んでいた蟹ブタの豚骨スープと共に朝食とすると、心機一転、食材を探しに二人は行動を開始した。

 

 何時間も歩き続けて日も真上に昇った頃、小松が歩き疲れてトリコ達は小休憩を取ることにした。

 道中で採取した食べられるキノコを生でかじりながら休んでいる最中、不意に強風が吹いた。なんてことはない、ただの風であったが――

 

「……! この匂いは!」

 

 その風の中に、トリコが嗅いだことがない匂いが混ざっていた。

 かすかな獣臭。それだけでなく、イネ科の植物の美味そうな匂いまでだ。

 

 トリコはすぐさま行動を開始する。疲労していた小松を肩に抱えて、匂いの方角へと走り出す。

 そして走ること三十分ほど。そこには、これまでの湿地とは違う風景が広がっていた。

 原野だ。イネ科の植物がびっしりと生えそろい、さらに黄金色に輝く穂を実らせていた。天然の田園地帯である。

 

 小松はトリコの肩から降りると、その光景を視界いっぱいに納めた。

 

「この植物……実ってますね。収穫すればすぐにでも食べられそうです」

 

「ああ、今まで見たこともない穀物だ。こりゃ依頼の品、見つけたかもな。……小松!」

 

 トリコは突然小松を両腕で抱えると、その場から全力で横に跳んだ。

 それから遅れるようにして突如地面が爆砕する。否、何かが地面から飛び出して来たのだ。

 それは巨大な蛇だった。口にはびっしりとトゲが生えそろう凶悪な顔つき。その蛇は、奇襲に失敗したことを悟ると地面へと逆戻りに潜っていく。

 そして、次の瞬間、地面がもこもこと大きく盛り上がり、田園の泥の中から巨大な獣が姿を表わした。

 体高五メートルほどもある猪。尻尾には、長い胴を持つ蛇がくっついている。蛇の尾を持つ巨大猪。摩訶不思議な猛獣だった。

 

「こいつもオレが知らない獣だ。未発見種か?」

 

 そんな猛獣を前に、トリコがまず行ったのは。

 

「――かっ!」

 

 威嚇であった。トリコの鬼を彷彿とさせる威嚇を受けた獣はというと――

 

「ブモ。ブモオオオオオオオオ!」

 

 気合いを入れるような鳴き声。猛獣は威嚇を受けても逃げ出すことはなかった。

 その様子を見て、トリコは戦うために気合いを入れる。

 

「こいつは強敵だ。本気でやるか」

 

 トリコはその場で右手の平と左手の甲をこすり合わせ、そしてぴたりと両の手のひらを胸の前で合わせる。

 

「この世のすべての食材に感謝を込めて……いただきます」

 

 トリコの戦闘の合図であった。トリコは合掌の構えを解くと、左の手を獣に向けて突き出した。

 

「フォーク!」

 

 それは確かに獣へと突き刺さった。だが、浅い。獣はわずかに出血するが、表皮を軽く貫いた程度だ。

 

「固えな! ナイフ!」

 

 右手の手刀。だがそれは、猪の口から伸びる巨大な牙に弾かれる。偶然ではない。獣が能動的に牙を動かし、ナイフを弾いたのだ。

 攻撃を受けて動じる様子はない獣。そして獣はわずかに身をよじる。

 

「うおっ!」

 

 斜め上から、蛇が口を開けてトリコに襲いかかってくる。それを咄嗟に回避するトリコ。トリコは空中で一回転して地面に着地した。そして一つ忘れていたことを口にする。

 

「小松ッ! 下がってな!」

 

「はいっ、もう下がってます!」

 

 小松は先のトリコの威嚇と共に、獣とトリコから全力で距離を取っていた。

 その様子を見て安心するや否や、獣がトリコに向けて全力で突進してきた。猪の身体の仕組み上、口を前にしての突進。その最中に獣は大きく口を開け、突進と共にトリコに噛みつきを行ってきた。

 肉食獣のものとしか思えない鋭い牙が、トリコを襲う。

 トリコは間一髪で噛みつきを回避するが、突進は避けきれずにその身に受けてしまった。

 

「うぬ……!」

 

 だが、直撃ではない。後ろに向けて跳躍することで勢いを殺したのだ。当たりはしたが、ほぼ無傷と言えた。

 トリコは反撃とばかりに獣へ迫ると、右腕を大きく振りかぶった。拳は力強く握られ、腕の力こぶが大きく盛り上がる。

 

「5連……釘パンチ!」

 

 鈍い音を立て、トリコの拳が獣の巨体に突き刺さる。釘パンチ。五発のパンチを瞬時に叩き込み、衝撃を奥へと突き刺すトリコの得意技だ。

 獣は白眼を剥いてその衝撃を受ける。しかし――

 

「シャー!」

 

「ぬ? うおおお!」

 

 釘パンチの衝撃を受けていない尾の蛇が、トリコの胴へと噛みついてきた。

 トリコは咄嗟に両手を蛇の牙に当て、腕力で口を閉じられないようにこじ開けた。

 

「ふん!」

 

 全力で蛇の口を開き、さらに顎に膝蹴りを叩き込む。

 足の無い蛇はまるでたたらを踏むように、その場でふらふらと後退する。

 だが、それも一瞬のこと。釘パンチの衝撃を受け終えた猪が、身体をその場で三六〇度横に回した。巨体から繰り出される華麗な一撃。鞭のようにしなった尾の蛇が、トリコの身体へ襲いかかる。

 蛇による横殴りの一撃は、トリコの胴体へと見事に命中していた。

 ぐふ、と口から血反吐を吐き出すトリコ。

 

「トリコさん!」

 

 思わず離れて見ていた小松が悲鳴のような声を上げる。

 だが、トリコは倒れない。胴へと当たった蛇を両腕で掴むと、それを大きく後ろに振りかぶり、勢いよく振り回し始めた。

 尾の蛇に引っ張られ、猪の重たい身体が連動して動く。

 そしてトリコは思いっきり縦に手に掴んだ蛇を振り下ろすと、獣は弧を描いて宙を舞い、勢いよく地面へと叩きつけられた。

 原野の地面はわずかに湿っており、柔らかい。巨体が叩きつけられたと言えど、致命傷にはならない。ゆえに、トリコは追撃の構えを取る。

 

「8連、9連、10連……」

 

 右腕を後ろへと振りかぶり、ぐぐぐ、と力を溜める。腕には血管が浮き出ており、力が全力で蓄えられていく。

 そして、その溜めた力が一気に解放される。

 

「10連釘パンチ!」

 

 必殺の一撃、いや、十撃が獣の顔面に突き刺さる。

 獣は勢いよく吹き飛び、さらに内部へ伝わった追加の衝撃により、その身を激しく宙に躍らせた。

 合計十回、獣は衝撃により吹き飛ぶ。全ての衝撃が収まる頃には、獣は頭部を半分潰されて完全に息絶えていた。

 尾の蛇が起き上がってくることもない。どうやら猪部分が死ぬと尾の蛇も連動して死ぬようだ。

 

「ごちそうさまでした」

 

 トリコは手をこすり合わせ合掌をして、その戦闘を締めくくるのであった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「この植物、こりゃあ米だな」

 

 戦闘を終えたトリコがまず取りかかったこと。それは獣を食べることではなく、原野に生える未知の植物を確認することであった。

 収穫間近の稲のように穂を垂れたその植物を手に取り、まじまじと眺め匂いを嗅ぐ。

 小松も戦闘が終わったのを確認するとトリコの元へと戻っており、トリコの横から植物を眺めていた。

 

「ただのお米じゃないっぽいですね。なんだか穂がぷるっぷるしてます」

 

「ああ、ぷるっぷるだな」

 

 一通りの確認を終えると、トリコはとりあえず、と前置きして言葉を続ける。

 

「まずは実食だな!」

 

「はい、お米なら脱穀してみましょうか。プルプルしているので、力業じゃちょっと難しそうですけれど」

 

「できそうか?」

 

「なんとかやってみます」

 

「頼むぜシェフ!」

 

 小松は持ち込んだ道具で稲から実を落とし、なんとか殻を外していく。

 そして鍋に脱穀した米を入れると、原野の横に流れていた小川で米をとぎ、鍋に水を浸す。

 焚き火を起こし、鍋を火にかけフタを閉め、米を炊き始めた。

 

「こっちの猪も食べられそうですね」

 

「そうだな。うーん……」

 

 小松の言葉に返事しつつも、トリコは何かを悩む様子であった。

 

「どうかしました?」

 

「この獣も未発見種の可能性があるから、仮の名前をどうしようかと。ヘビイノシシ?」

 

「あー、(boa)(boar)ですから、ボアボアーとか?」

 

「お、なんだか可愛い名前じゃないか。それにするか」

 

 名前が決定すると、小松はボアボアーの解体を始めた。瞬く間に死骸が精肉へと変わっていく。

 

「報告に使うから、頭は残しておいてくれ」

 

「わかりました」

 

 十分もかからないうちに、巨大な猪の身体は肉ともつに腑分けされていた。尾の蛇部分も肉へと変わっている。

 小松は肉を包丁で薄切りにすると、これまた用意していた小さな網で焼肉にし始めた。香ばしい匂いが周囲へと漂っていく。トリコもその香りに待ちきれないと、よだれを垂らすばかりだ。

 そうするうちに米も炊きあがる。小松はおそるおそると鍋の蓋を開けた。するとそこには――

 

「おおー、すごいですね!」

 

「うお、プルプルしてる!」

 

 炊きあがったご飯は、炊く前の状態よりさらにプルプルとして、一粒一粒がキラキラと輝いていた。

 小松はそのプルプルさを崩さないように優しくかき混ぜると、持ち込んでいたお椀にご飯を盛っていく。ついでに焼けた肉も皿に盛り、食事の用意は万端だった。

 

「じゃあ、この世のすべての食材に感謝を込めて……」

 

「いただきます!」

 

 箸でぷるっぷるのご飯を掴み取り、口へと運ぶ。

 その独特の感触を舌で楽しみ、そして咀嚼する。噛むたびにご飯がプルンプルンと踊り、旨味が染み出してくる。

 

「こいつは……美味いな。噛むたびに旨味と甘味が踊るように舌に伝わってくる……」

 

「噛めば噛むほど美味しくなりますね」

 

「ああ、噛めば噛むほど。ご飯の原点みたいな美味しさだ」

 

 トリコと小松は、焼肉にも手を付けずただしばらくご飯だけを食べ続けた。

 そして、小松はあることに気づく。

 

「あれ、トリコさん、なんだか顔がぷるっぷるになってますよ」

 

 そう言われて、トリコは右手の指先を頬に当ててみた。すると、頬がなにやら、うるおいたっぷりのプルプル肌になっていた。

 

「おお、食べると肌がプルプルになる効果があるのか。これはコラーゲンの効果か?」

 

「サニーさんが知ったら喜びそうですね!」

 

 食事の思わぬ副次効果に、トリコは笑みがこみ上げてくる。

 

「原野で採れるコラーゲン豊富な米か。よし、この米をコラー原米と名付けよう」

 

「良い名前ですね!」

 

 そしてようやくトリコ達は焼肉へと箸を伸ばした。こちらはどこか繊細な味だったコラー原米とは打って変わって、猪特有の野趣溢れる味である。だが、嫌な臭みは全くなかった。

 野外で肉を食べるならこれくらいワイルドな味が良い。そんながっつり食べられる肉であった。

 そんなボアボアーの肉の味に、小松はしばし考え込むと、やがて何かを思いついたのか鍋へと向かう。

 そして、炊いたコラー原米を手に取ると、おもむろに握り始めた。

 

「お、なんだ。おにぎりか」

 

「いえ……」

 

 小松はおにぎりを握り終えると、今度は焼いた肉をおにぎりに巻きだした。

 

「出来ました。がっつりプルプルの肉巻きおにぎりです。どうぞ食べて下さい」

 

「うひょー、美味そー! いただきまーす!」

 

 トリコは肉巻きおにぎりを掴むと、一口でおにぎり全てを頬張った。

 そしてもぐもぐと咀嚼し、満面の笑みを浮かべる。

 

「固めの肉とプルプルの米の食感の差が楽しくてたまらん! それに繊細だった米の味が肉に引き立てられて、がつんとくる旨味へと変わっている!」

 

「美味しいですか。良かったです」

 

 その後もコラー原米とボアボアーの実食は続き、日が落ちるまでトリコは飯を食べ続けるのであった。

 

 そして、また一晩眠り、トリコはグルメケース一杯に根ごと掘り出したコラー原米を採取して帰還する。グルメケースの保存データは小松が現地で入力を行ったため、地面から抜いたコラー原米がしおれてしまうということはないだろう。

 

 危険区域を脱出し、トリコ達はエルド大公国の市街地へと戻ってきた。

 すると、そこには大公国の国民達が待ち構えていた。

 

「トリコだ!」

 

「トリコが帰ってきたぞー!」

 

「食材は、食材は見つかったのか」

 

 市街地は瞬く間に大騒ぎになった。そんな中に、トリコは言葉の爆弾を投下する。

 

「見つけたぜ! それも新種の米だ!」

 

 トリコの言葉に、わっと人々が沸いた。

 

「やったー!」

 

「米! オレたちのグルメ食材が米だぞ!」

 

「トリコー! ありがとー!」

 

「四天王ばんざーい!」

 

 人々に詰め寄られ、もみくちゃにされるトリコ達。小松はそんな人々から「アンタ誰?」と言われるが、彼は五ツ星レストランの料理長ながら無名の料理人なのでそれも仕方がない。

 そしてトリコ達は街中をパレードし、急遽セッティングされた大公との謁見もこなし、ようやく解放される。その間も、トリコはグルメケースを大切に扱っていた。

 

 持ち帰られたコラー原米、そしてボアボアーの頭部はIGOに引き渡され、研究所にて調査が行われる。

 それらは無事に新種と認定され、トリコへの依頼は成功となった。

 コラー原米はエルド大公国の土壌で育つことも確認され、大公国での試験栽培が早速始まった。

 

 危険区域にあるコラー原米はIGOにより捕獲レベル42と認定され、その危険度の高さから美食屋が採取に挑戦するということもなく、月日は過ぎていく。

 そして栽培に成功したコラー原米は早速グルメ市場への輸出が決まり、そのコラーゲンの豊富さと美肌効果から注目を浴び、小売価格一キログラム十五万円で取引されることとなった。このまま取引が年単位で上手く行けば、エルド大公国のIGO加盟ももう少しといったところだろう。そしてトリコはまた一つ、食のカリスマとしての名声を高めたのであった。

 




エルド大公国
エルド大公によって治められている国連、IGO未加盟の小国。グルメ資源に乏しく外部との交流が薄いうえ、IGO未加盟国のため悪質な独裁国家と諸外国に勘違いされているが、実態は優しい君主に統治される平和な国。国土一面が湿地に覆われており、稲作が盛んだが高級なグルメ米が育たない土壌であるため、グルメ資源での輸出が行えず外貨の獲得に頭を困らせている。

ボアボアー(哺乳獣類)
捕獲レベル:38
トリコがエルド大公国の危険指定区域にて発見した大型の猪。尻尾が大蛇となっており、胴体の猪部分と尻尾の蛇部分で肉質が違う、二倍味を楽しめる食材だ。
コラー原米の生える原野に生息し、コラー原米を食べに現れた草食動物や鳥を捕食する肉食性の猛獣。泥遊びが好きで、よく湿った土の中に潜っている。

コラー原米(穀物)
トリコが過去に発見した食材として原作29巻に登場。解説は35巻。


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ココのフルコース(毒)

 フグ鯨を食すために洞窟の砂浜を目指し、大迷宮となっている洞窟へと入ったトリコ、小松、そして四天王の一人であるココの三人。途中で小松が死亡するという大事件が起こるも、ノッキングマスター次郎の手によって蘇生し、三人は何とか洞窟の砂浜へと到達した。

 ノッキングにてフグ鯨を捕まえ、小松の手によって毒袋の除去による解毒に成功。三人はフグ鯨を無事に味わうことが出来た。

 その未知の味に感動する最中、突如海から謎の生物が這い出てきた。

 いや、それは生物ではなかった。不気味な雰囲気を漂わせるその人型の物体は、ノッキングしたフグ鯨を多数携えており、高い知能を持つことが推察出来た。

 その物体はトリコ達を一瞥するだけで、その場を去って行く。

 戦いにならなかったことに胸をなで下ろすココだったが、その物体の持つまとわりつくような気味の悪い電磁波に、嫌な予感がぬぐえなかった。

 

 そして、しばしの休息を挟んでから洞窟を脱出するトリコ達。

 行きのようにデビル大蛇に狙われるということもなく、無事に脱出に成功した。

 すると、洞窟の前には――

 

「ぎゃー! 人が死んでる!」

 

 腹から血を撒き散らし、息絶えた死体が複数転がっていた。

 

「……あの謎の人型がやったのか」

 

 死体の顔を確認するココ。それはいずれも、洞窟に入る前に死相が見えた荒くれ者達の顔だった。

 洞窟に入る前のココ達は、フグ鯨を横取りするための山賊や盗賊が多数待ち構えていたのを目撃している。その山賊、盗賊達がことごとく死んでいるのだ。

 

「ああ。二酸化チタンの臭い……あの人型の物体の臭いがこびりついてやがる」

 

 そうトリコが答える。そして、その理由を考える。

 

「あいつはフグ鯨を大量に捕獲していたからな。洞窟を出たところで奪い合いになったんだろう」

 

 獲物の奪い合い。それは野生でもよく起きることだ。だから、トリコは死体を前に嫌な顔もせず、怒りも感じていなかった。

 だが、小松は人の死に慣れておらず、動揺するばかりだ。

 これはいけない、とトリコ達はその場から急いで離れることにした。

 

 青くなっていた小松の顔は、数分ほどで元に戻る。

 小松は脳裏に先ほどの光景が浮かびそうになるが、それを振り払うようにトリコに話しかけた。

 

「ところでトリコさん。デビル大蛇の肉どうやって食べるんですか?」

 

 トリコは洞窟を脱出するときからずっと、デビル大蛇の肉塊をロープで縛って背負い、運んでいた。巨大な肉塊だ。重さにして1トン以上はあるだろう。

 この肉は、トリコとココが二人がかりで倒したデビル大蛇の肉である。

 デビル大蛇は捕獲レベル21の猛獣で、体長四十メートルほどもあり、とても全身を丸ごと運ぶことができなかった。そのため、この肉塊は一部を切り出してきたものである。

 

「毒が混ざっていて、加熱しないと食べられないんですよね? まあ肉はそもそも生ではあまり食べないですけど……」

 

 トリコ達がデビル大蛇を倒す際、その動きを止めるためにココはデビル大蛇に神経毒を撃ち込んでいた。それはトリコがデビル大蛇を食べたがることを予想して、300℃以上で加熱すれば分解されるような毒にしてあった。

 

「どうやって食うかか。そうだなー……」

 

 うーん、としばし悩む様子を見せるトリコ。そして、閃いたとばかりに笑みを浮かべる。

 

「ハンバーガーにして食おうかな。デビル大蛇の肉は分厚いパテ、チーズはとろけるミネラルチーズ。葉物はどうするかな」

 

「ハンバーガーですか! 贅沢にハクキャベレタスなんてどうですか」

 

「おっ、いいねぇ。帰りに買っていくか」

 

 そう楽しげに言葉を続けるトリコと小松。

 そんな二人の会話に、ココも横から口を挟みだした。

 

「トマトも必要じゃないかい?」

 

 笑みを浮かべながら言葉を続けるココ。

 

「そろそろ実る時期なんだ。旅のついでだ、ボクのフルコースのサラダ、ネオトマトをごちそうしよう」

 

 美食屋ココの人生のフルコース。そのサラダのネオトマト。

 その言葉に、トリコも思わず笑みを浮かべ、よだれを垂らした。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「ここはデトックスガーデン。ボクの所有する庭園兼畑なんだが……」

 

「なんだかすごい生い茂ってますね」

 

「ああ、美食屋を引退している間ずっと訪れていなかったから……」

 

 洞窟を脱してから移動する事半日。トリコ達三人は、無人の荒野へとやってきていた。その荒野の奥に来ると、途端に植物が生い茂る広大な領域が広がっていた。

 ここがココの言う、ネオトマトを栽培しているという場所らしいのだが、植物が生え放題で見事に荒れ果てていた。

 

「庭師とか管理人とか雇っていなかったんですか?」

 

「ここには危険な毒食材とかもあってね。そうそう人は立ち入りさせられない場所なんだ」

 

 荒れた庭へと分け入っていくトリコ達。毒があると聞いて警戒するトリコと小松だったが、ココはなんでもないというように伸びきった草をかき分けて進んでいく。

 

「どれくらいの広さがあるんだここは」

 

「25ヘクタールくらいかな」

 

 東京ドーム5個分ほどの広さだ。

 個人が所有する庭としては、あまりにも広かった。

 

「美食屋をしているときに気になった解毒植物とか、気に入った食材とかをここで育てていてね。本来なら人に見せるでもないから、放置しても気にしていなかったんだけど……」

 

 歩く最中、時折小動物なども姿を見せる。

 

「……さすがに放置しすぎだね」

 

 肩を落としながら草をかきわけ進むココ。それを無言で追うトリコと小松の二人。

 すると、道行く先に大きな木が一本生えているのをトリコが見つけた。それについてココは解説を入れる。

 

「あれはドムロムの樹。ボクのフルコースのデザートが実る樹なんだけれど……まだ実の生る時期じゃないね」

 

「……それは残念だ」

 

 ドムロム、と聞いた瞬間顔を輝かせたトリコだったが、時期じゃないとココが言った瞬間、しょんぼりと顔を暗ませた。

 

「実の生る時期には、峠に住む捕獲レベル25の猛獣、G2フェニックスが実を狙いにやってくるから、一筋縄ではいかないよ」

 

「それもお前のフルコースの肉料理じゃねえか! くそ、時期が来たら教えろよな」

 

 ドムロムの樹を一通り眺めた後、トリコ達は再び庭を進み始める。

 そんな中、トリコは一つ思い付くことがあった。

 

「オレも虹の実栽培しようかな……」

 

 虹の実は、トリコのフルコースのデザートだ。

 

「トリコが栽培? 何の冗談だい? 枯らすのがオチさ、やめておいた方が良い。君はガサツでそういうのに向いていないんだ」

 

「自分の庭を年単位で放置してたやつに言われたくねえよ!」

 

 うがー、とココに噛みつくような仕草で威嚇をするトリコ。そんなトリコに、小松は疑問を一つこぼす。

 

「虹の実ってその香りに誘われて動物が集まってくるんですよね? せっかく育てても、実った先から香りで血眼になった動物に奪われちゃうんじゃないでしょうか」

 

「じゃあトロルコングを飼って番犬代わりにすりゃあいい」

 

 トリコが以前虹の実を手に入れたのは、第8ビオトープでのことだ。そこには、トロルコングという肉食性の猛獣が群れを作っていて、虹の実を食べに来る動物を補食していた。

 

「そこまで手間をかけるなら、第8ビオトープで実ったものを買う方が良さそうです……」

 

「それもそうか。オレの代わりに、IGOが栽培してくれていると思えば良い」

 

 そんな会話をしながら道をかき分けて進むことしばらく。

 ココが突然歩みを止めた。

 

「あったあった、あれがネオトマトだよ」

 

「おおすげえ!」

 

 トリコ達の前に、巨大なトマトの木が姿を現わした。

 高さは十メートルほど。その木の枝には、赤く熟したトマトが無数にぶら下がっていた。

 

「でけえトマトだな。子供の頭くらいのサイズがあるぞ」

 

 早速とばかりにトリコはネオトマトの木に近づき、枝から一つネオトマトをもぐ。そしておもむろに口を開き、よだれのからまった歯で噛みつこうとするが――

 

「トリコ、待て!」

 

 突如ココから待ったがかかった。それにトリコは素直に応じ、残念そうな顔でココを見る。

 その様子に安心したようにココは息をつくと、トリコに向かって説明を始める。

 

「ネオトマトから危険な電磁波が見える……」

 

「危険? どういうことだ?」

 

「ちょっとそのネオトマトを貸してくれ」

 

「はいよ」

 

 トリコからネオトマトを受け取ったココは、いきなりそれにかぶりつく。

 

「あー! 何食ってんだ! ……って、この臭いは」

 

 ココにかじられたことにより、ネオトマトの果汁の香りが周囲へと漂う。トリコはその成分をすぐさまその優れた嗅覚で分析していた。

 

「ああ、やっぱり。これは毒だ」

 

 ココは口から体内へと入り込んだネオトマトに含まれる毒を分解しながら、そう言った。

 本来なら毒など何もないはずだったネオトマト。しかし、ココが食べたネオトマトには、毒が含まれていたのだ。

 その理由をココは周囲を見渡しながら推測する。

 

「周囲の毒植物と交雑して、毒化してしまったみたいだ。ネオトマトを狙っている動物がいないなと思ったら、まさか……」

 

「おまっ、それ、お前以外ネオトマト食えねえってことじゃねえか!」

 

「そうだね。どうしよ……」

 

 心底困った、という風にココが気を落とす。ココの身体には数百種類の毒の抗体が存在しており、あらゆる毒を無効化する。未知の毒にも、新たに抗体を生成することで適応が可能なほどだ。それゆえ、毒化したネオトマトを食べても平気だったのだ。

 一方、トリコはドムロムの実とG2フェニックスを食べ逃し、さらにはネオトマトも食べられないとあって憤慨している。

 そこに小松が言葉を投げかけた。

 

「フグ鯨の時みたいに毒を除去出来れば良いんでしょうけどねぇ。毒袋みたいに除けば良いってものじゃないから無理でしょうけど」

 

 その言葉にココは、はっとした顔を見せた。

 

「それだ。解毒しよう」

 

「できるんですか!」

 

「ここはデトックスガーデン。世界中のあらゆる解毒植物が揃っている場所さ」

 

 解毒薬が毒になることも多々あるんだけどね、とおどけて言うココ。

 トリコは目を輝かせて、ネオトマトへの期待に腹を鳴らすのだった。そう、ココがかじったネオトマトからは毒の臭いがしたが、美味そうな香りも漂っていたのだ。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 ゲドクタケの傘。レスキューリの絞り汁。デトックスエスカルゴの殻。毒林檎の芯。八種の乾燥薬草。それらを庭の一角に建てられていた管理小屋にて混ぜ合わせ、煎じる。

 

「おいおい、毒林檎って、猛毒じゃねえか」

 

「混ぜれば解毒されるから大丈夫だよ。かの毒料理専門店『毒の巣』では、フルコースメニューに毒林檎のアイスが出てくるらしい」

 

「へえ、じゃあ芯だけじゃなくて実も解毒してアイス作ってくれよ」

 

 トリコは腹が空いていた。いつもならば道すがら何かを食べながら進むのだが、ここは毒と薬の庭。見覚えのある食材でも、毒を持っていないとも限らず手を出せないでいた。この庭は、毒を専門とするココの支配する領域なのだ。

 腹ぺこトリコの要求だが、ココはさらりとかわす。

 

「ネオトマトが先でいいかい?」

 

「そうだな、何より先にネオトマトだ!」

 

 解毒食材を煎じて出来上がった解毒汁。ココはそれに湧き水を足して強制的に冷ますと、次の工程に取りかかろうとする。

 

「ここからがちょっと難しい。40℃で三十分、60℃で一時間、その温度に温めた解毒液にネオトマトを浸さなければならないんだが……ここには温度計がない」

 

 そこで、ココは小松を見る。

 

「頼めるかい、小松くん。低温で煮詰める作業といえるから、料理人の君なら出来ると思うんだけど」

 

「ボクですか? やります、任せて下さい!」

 

 ココの要請に、小松はやる気十分といった顔で応じ、背中に背負ったバックパックからコック服を取り出して着替え始める。

 そして、解毒汁を溶かした水と複数のネオトマトが入った大鍋を前に、エプロンをきつく締めて気合いを入れた。

 

「ガスは通ってないから薪で温めなければいけないよ。難しいかもしれないけれど……」

 

「大丈夫です。やってみせますよ」

 

 小松はかまどの火を確かめながら、ココに言葉を返す。

 頼もしいものだ、とココは一つうなずきながら思った。

 

「これでも小松は五ツ星レストランの料理長だからな。実感したのは今回の旅が初めてだが」

 

「ホテルグルメでシェフをしていると言っていたね……ボクの手助けがあったとはいえ、フグ鯨の解毒を成功させるのも納得だよ」

 

 小松の立場を説明するトリコの言葉に、ココは感心したようにそう言った。

 

「それよりもココ、まだ一時間半もかかるなら、庭から食える食材持ってきてくれよ」

 

「はあ、しょうがないなトリコは。まあ勝手に庭の食材を食べて毒に当たられても迷惑だ。行ってくるよ」

 

「おう、頼むわ」

 

 そして庭からココが食材を運んで来ては、トリコはそれを生で食していく。小松は鍋につきっきりのため、料理を頼めない。今もかまどの薪を調節しながら温度管理を徹底している。

 木の実や野菜を食べながら、トリコは小腹を満たしていく。その中には、解毒された毒林檎もあった。

 

「アイスにして食いたかったなぁ」

 

 そうぼやくトリコに、ココが言葉を返す。

 

「この小屋の設備じゃ氷菓子は無理だよ」

 

「ココお前、凍る毒とか出せないの?」

 

「出せるのは熱毒だね。冷える類の毒は無理だ。毒林檎のアイスを食べたかったら、『毒の巣』に食べに行くんだな」

 

「世界料理人ランキング上位のタイランの店か。一度食いに行ってみるかなぁ」

 

「なんだ、行ったことがないのかい。フグ鯨の乾燥毒袋とか変わったものも出てくるから、是非行ってみるべきだよ」

 

「フグ鯨の毒袋って、お前それ大丈夫なのか……」

 

 そんなこんなで時間は過ぎていき、一時間半経過が近づいてきたときのことだ。

 突然起きた鍋の中の異変に、小松は声を上げる。

 

「わー、ココさん、ちょっと見て下さい!」

 

「どうかしたかい!?」

 

 ココはあわてて鍋の元へと向かう。するとそこには、鍋の中で太陽のように輝いたネオトマトの姿があった。

 

「大丈夫だよ小松くん。これは、ネオトマトが美味しく調理されたときの反応だ」

 

「な、なんだー。あっ、じゃあこれで解毒は完了ってことですね」

 

「ああ、ついでにただもいでそのまま食べるよりも美味しくなっているよ。ただ、美味しく輝いているのはたった十分だけだ。早速食べよう」

 

「うほー、待ってました」

 

 ゲドクタケを一人頬張っていたトリコも、解毒完了したと聞いて近づいてきた。

 小松はそんなトリコを尻目に、ネオトマトを食べやすいサイズに切り分け、小屋に用意されていた皿に盛っていく。

 テーブルがないため三人は床に座り、光り輝くネオトマトを前に一斉に合掌する。

 

「では、ネオトマト実食だ。いただきます!」

 

 トリコの合図を皮切りに、切り分けられたネオトマトへと手を伸ばす三人。

 黄金に輝くネオトマトを今度こそ口にするトリコ。

 

「――!?」

 

 トリコは驚愕する。口に入れた瞬間、豊潤な香りが鼻を抜けて全身に伝わった。

 続いて感じたのが、爽やかな酸味。

 それに遅れるようにして、濃厚な甘味が口いっぱいに広がってきた。

 

「――っはあ!」

 

 息をするのを忘れてその味に浸っていたトリコは、飲み込むと同時に呼吸を思い出し、息をつく。

 それは、間違いなしに、美味かった。酸味と甘味のコラボレーション。流行りの甘いだけのトマトとはまた違う、複雑な美味さだ。そこには一言では言い表せない味の奥深さがあった。それをトリコは、無理矢理一言で言い表す。

 

「美味え!」

 

 全身に力がみなぎる。これが、この美味さが、四天王ココのフルコースのサラダ。ネオトマト。

 

「はああー、これは、はぁー」

 

 小松はその美味さを言葉に表せず、ただ感嘆の声を上げるのみだった。

 そんな二人の様子をココは満足そうに見つめている。食事に誘って良かった、そう喜びを噛みしめていた。ココはネオトマトを自分のフルコースに入れるほど気に入っている。その美味しさを他人と共有できることがたまらなく嬉しかった。

 引退していた美食屋。やはり再開すべきだ。フグ鯨の実食をしていたときにも思ったことを再度噛みしめていた。

 

「さ、まだまだあるよ。輝きが消える前に食べよう」

 

 ココは二人をうながし、自分もネオトマトの味を楽しむのであった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 デトックスガーデンを出て荒野に戻る。ココとトリコ達二人はここでお別れだ。トリコは解毒されたネオトマトをお土産に貰っている。すでに輝きは失われたが、それでもなお美味い。トリコは予定通り、デビル大蛇のハンバーガーにネオトマトを使うつもりだ。

 

「お、キッスが迎えにきたな」

 

 空を見上げてココが呟いた。

 荒野に、巨大なカラスが降り立つ。エンペラークロウのキッス。ココの唯一のパートナーであった。ココはそのキッスに乗って、グルメフォーチュンにある自分の家に飛んで帰るのだ。

 

「小松くん、短い旅だったけど、キミに会えて本当に良かった……」

 

 そう小松へと切り出すココ。彼が美食屋をまた始める気になったのは、間違いなく小松がいたからである。小松のおかげでフグ鯨を食することができ、その感動を味わうことができた。そしてネオトマト実食を通して、人生のフルコースを探す気力を取り戻したのだ。

 

「ココさん! ボクも……! とても勉強になりました! ありがとうございます!」

 

 小松もまたかけがえのない経験を得ることができた。ココの助けにより、特殊調理食材のフグ鯨を自らの手で料理できた。さらには、ココのフルコースであるネオトマトに触れる機会を得た。有意義な旅だったと間違いなく言えるだろう。

 

「今度レストランに顔を出すよ」

 

 そうココが小松へと言葉を投げかける。それに対し、小松を嬉しそうに言葉を返した。

 

「ハイ! いつでもいらして下さい! 最高のフルコースを用意して待ってますね!」

 

「ああ、楽しみにしてるよ」

 

 そしてココは、トリコへと身体を向ける。

 トリコの傍らには、ロープで縛られたデビル大蛇の肉塊と、ネオトマトの入ったリュックサックが置かれている。

 

「……じゃあなトリコ。また、すぐに会うことになりそうだが」

 

「ああ……そうかもな……」

 

 お互いニヤリと笑い別れの合図とし、それ以上何も話すことなくココは去るのだった。

 そしてトリコと小松はグルメ列車に乗って一路帰還の道を進む。

 トリコは特製トリコバーガーを作るために、道中でミネラルチーズとハクキャベレタスを買い込み、小松は今回の旅で経験した料理のメモを一心不乱に取る。

 やがて、二人はホテルグルメへと辿り付いた。ここで二人は別れる。そのはずだったのだが……。

 

「トリコさん。IGOから依頼があります」

 

 IGO開発局の食品開発部部長ヨハネスが、トリコを訪ねてやってきていた。

 どこからかトリコ達の動向を耳にしていたらしく、ここホテルグルメに帰ってくるのを待っていたらしいのだ。そんなヨハネスから、美食屋トリコへの依頼が告げられる。

 

「第1ビオトープにて、古代の食宝『リーガルマンモス』を捕獲していただきたい」

 

 トリコはその依頼を了承し、二日後の出発を約束した。そしてせっかくなのでホテルグルメの宿泊を決めたトリコ。一方小松は、次なる冒険の予感を感じていた。

 だが、次の旅は一筋縄ではいかないものとなる。リーガルマンモスの持つ宝石の肉(ジュエルミート)を狙って、美食會の魔の手が第1ビオトープへと伸びようとしていた。

 




ハクキャベレタス(野菜)
捕獲レベル:0
白菜の肉厚さ、キャベツの食物繊維、レタスのシャキシャキとした食感を併せ持つ葉物野菜。サラダに良し、千切りにしても良し、漬け物に良し、炒め物にも良し、鍋にも良しと、これ一玉であらゆる料理のニーズに応えられる万能野菜だ。

ゲドクタケ(キノコ類)
捕獲レベル:3
キノコ毒の解毒薬の材料になる特殊なキノコ。食用も可能だが、味は薄く旨味も少ない。もっぱら薬の材料として用いられるキノコだ。

レスキューリ(野菜)
捕獲レベル:2
ハートマークの形をしたウリ科の野菜。キュウリの仲間だが、キュウリと違って栄養価が高く、健康食材として世間の注目を浴びている。薬の材料としても使われており、絞り汁を加工すると強心作用のある薬へと変わる。

デトックスエスカルゴ(貝類)
捕獲レベル:1
食用のカタツムリの一種。濃厚でクリーミーな味から、幅広い層に親しまれる食材だ。また、その身と殻には食べた者の身体から悪いものを排出する作用があり、食中毒患者に接種させることで一晩で元気になるほどの効果があると言われている。


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大漁旗を振って

 恵方巻きを作る。

 そんな名目で、トリコと小松はマダムフィッシュの捕獲に挑んだ。恵方巻きの具材にこれを選んだのは、会長から捕獲の指示を受けたからだ。その捕獲には、美食四天王全員が招集された。

 凍った鍋池に四天王のトリコ、ココ、サニー、ゼブラ達全員と小松、リンが集まり、四天王達の力とさらには小松の食運の働きもあって、マダムフィッシュは無事捕獲された。

 恵方巻き分の切り身と見栄えの良い頭を確保したのち、マダムフィッシュは小松によって美味しく調理される。

 それを四天王達は一つの食卓を囲み、仲良く食べたのだった。

 

「だー! ゼブラてめえ一人で全部食うつもりか!」

 

「ふん、早い者勝ちだ」

 

 ……あまり仲良くはなかった。

 

「オレのフルコース入りするには味が今ひとつ足りねえな」

 

 料理のほとんどを一人で食べきったゼブラがそんなことをのたまった。

 その様子に他の四天王達はあきれ果て、料理も全て無くなったので解散することとなった。

 

 会長に指示された修行の食材確保がまだまだあるとのことで、ココとサニーは一足先にと鍋池を去る。

 IGOのメンバーとしてトリコに付いてきていたリンも、仕事があると言って名残惜しそうに帰っていった。

 

 そして鍋池に残ったのは、トリコと小松とゼブラの三人だ。

 

「なんだ、ゼブラ。真っ先に帰りそうなお前がなんでまだ残ってんだ」

 

 そうゼブラに尋ねるトリコ。対するゼブラはふん、と鼻息を吐く。

 

「トリコ、てめえに用がある」

 

「あ? なんだぁ? オレに用って。珍しい」

 

「捕獲しに行く食材がある。足を用意しな。恵方巻きとかいうやつの食材集めに協力してやったんだ。てめーもオレに手を貸しな」

 

「はあー? 足ぃ?」

 

 食のカリスマであるトリコは顔が広い。食材の捕獲をしにいくときに、様々な伝手を使って移動手段を確保している。

 一方ゼブラはと言うと、そんな伝手は欠片も存在しない。世界中から災害扱いされているゼブラだ。彼に協力する者と言ったら、IGOくらいなものだ。

 

「どこに行こうってんだ?」

 

 トリコの問いに、ゼブラは簡潔に答える。

 

「海のど真ん中だ」

 

 海。歩いては行けない場所。確かに、船などの足を用意しなければ食材の捕獲は難しい。そして、ゼブラが船を用意しようと思ったら、他人から奪うくらいしかできないだろう。

 ゼブラは言葉を続けた。

 

「ジェットボイスで空は飛べるが、海の向こうに行けるほどまだ声は続かねぇ」

 

「はは、まだって、いつかは海を横断でもするのか?」

 

 そう笑うトリコだが、ゼブラは当然といった顔で言う。

 

「ふん、それくらいすぐに出来るようになる」

 

 そうか、とトリコは適当に同意しておく。そしてトリコは続けて言った。

 

「足を用意するのは構わねえが、オレも付いていくぞ、ゼブラ。お前がオレに頼んでまで食おうとする食材、オレも食ってみてえ」

 

「勝手にしろ」

 

 そう簡潔に了承の意をトリコに伝えると、ゼブラは二人のやりとりをぼーっと見ていた小松に視線を向ける。

 

「オイ、小僧。お前も付いてこい。料理を作れ」

 

「あ、はい! 勿論です!」

 

 当然、といった様子で返事をする小松。小松はトリコのコンビだ。トリコが向かうとなれば、小松も向かうのは必然と言えた。

 

「で、何を捕獲しに行くんですか?」

 

「あー、なんて名前だったか……」

 

 小松に尋ねられたゼブラは、曖昧な記憶を探るように視線を上に向ける。そして、思い出したのか再び視線を小松へと戻す。

 

「深海カジカだ」

 

 船を用意するので集合はまた後日、ということでこの場は改めて解散となった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 とある港に、トリコと小松は訪れていた。

 漁業が活発で、日々様々なグルメ食材が水揚げされている場所だ。

 だが、そんな普段なら人で賑やかなはずの場所も、今日この日は港に誰も人がいなかった。

 ゼブラ来訪。その情報をテレビのゼブラ予報で聞きつけた人々が、この周辺地域から逃げ出したのだ。漁船を破壊されることを恐れて、港には船が一隻も泊まっていない。

 

 だが、そんな無人の港でただ一人、巨大な亀を携えて待っていた勇気ある男が一人いた。

 卸売商十夢(トム)である。

 彼はトリコに依頼されて、ゼブラと一緒に乗る頑丈な船を用意していたのだ。それが、巨大な亀である。

 

「依頼通り、軍艦タートルの子供、船舶タートルだ」

 

 そうトリコに亀を紹介する十夢。

 その亀は、名前通り甲羅が船の形をしていた。古来から船の代わりとして美食屋の漁で使われてきた亀で、家畜化されており人間に従順である。甲羅は非常に頑丈で、海の猛獣に襲われてもびくともしないという。

 その亀を見て、トリコは満足そうに言う。

 

「おう、しっかりした良い船だ。報酬は振り込んでおいたぞ」

 

「あいよ。亀、壊したら弁償だぞ。間違っても食おうとするんじゃないぞ」

 

「請求はゼブラにしてくれ」

 

「できるかっ!」

 

 なんて恐ろしいことを言うんだ、と十夢は冷や汗を流した。

 そして、ゼブラが来る前にと十夢は亀をトリコに引き渡し、この場を去ることにした。

 

「じゃあ、オレはこれで失礼するわ」

 

「なんだ、漁には付いてこないのか」

 

 去ろうとする十夢の言葉に、トリコは残念そうに言う。だが、十夢はとんでもない、といった表情で言葉を返す。

 

「あのゼブラが来るってのに、付き合ってらんねーよ! ただまあ、深海カジカが獲れたらうちにも卸してくれよ」

 

「余ったらな。多分余らないけど」

 

「ちえっ、そうかい。じゃ、大漁を願っておくよ」

 

 そう言って、十夢は足早に去って行った。よほどゼブラが恐ろしかったのだろう。世間一般の人々にとって、ゼブラは災害と同義である。

 トリコと小松は、彼を見送り終わると、船舶タートルの甲羅に早速乗り込んだ。

 甲羅の船はなかなかに大きく、一般的な漁船とは比べものにならない広さだった。

 中にはキッチンもあり、床に置かれた大量のクーラーボックスには、食材も用意されていた。これは、トリコが注文していたものだ。食いしん坊のトリコとゼブラ二人が乗るとあって、予め用意させていたのだ。料理人には六ツ星レストランの料理長である小松がいるので、豪勢な船旅になりそうだった。

 

 やがて、港にゼブラがやってくる。

 それをトリコと小松は船舶タートルの前で迎えた。

 船舶タートルを見たゼブラは、よだれを垂らしながら言う。

 

「なんだぁその亀。食って良いのか」

 

「よくねーよ! これが約束した今回の足だ。食いもんじゃねえ」

 

「ちっ、そうかい」

 

 ゼブラは舌打ちして、船舶タートルの甲羅に乗り込んでいく。トリコと小松もそれに続き、ほどなくして彼らは出港した。

 船舶タートルはよく飼い慣らされているのか、揺れが少なく快適な船旅だ。

 小松はさっそくキッチンへと入り、料理を次々と作り上げていく。

 トリコとゼブラは食材を少しでも増やそうと、甲板で釣りに興じていた。ゼブラには水中を探査する超音波の声があるため、釣果はそこそこだ。

 

「おまたせしましたー」

 

 小松は甲板に設置したテーブルの上に、料理を並べていく。

 

「おっ、待ってました」

 

「遅いぞ小僧」

 

 トリコとゼブラが釣り竿を放置しテーブルへと駆け寄ってくる。

 そして、すぐさま食事が開始された。

 小松はそんな二人の様子を満足げに眺めながら、ふと疑問に思っていたことをゼブラに訊く。

 

「ゼブラさん、なんでまた今回、深海カジカの捕獲をしようと思ったんですか? 確かに幻の深海魚と言われてますけど」

 

 それは、今回の旅の動機を尋ねる言葉だ。

 それをゼブラは料理を勢いよく口に掻き込みながら答える。

 

「フルコースの魚料理が決まってねえことが会長(ジジイ)に知られたら、言われてな」

 

 IGOの会長に、深海カジカを紹介されたらしい。

 

「稚魚を食ったが、なかなか美味かったぜ」

 

「稚魚ならボクもレストランで扱ったことがありますよ。確か稚魚は海じゃなくて河口に住んでいるんですよね」

 

「じゃあ料理は任せても良いな。小僧、不味かったら承知しねーぞ」

 

「大丈夫です、任せて下さい」

 

 そんな会話を交しながらも、船舶タートルは海を進む。用意した食材を使い切る勢いでトリコとゼブラは料理をむさぼっていくが、途中釣り上げる大型魚のおかげで、なんとか食材は間に合っていた。

 そして、一面の大海原でトリコはGPSマップを確認して、船舶タートルを止まらせる。

 深海カジカがいるという海域に到着したのだ。

 

「さて、いるかどうか。頼むぜ、ゼブラ」

 

 トリコの言葉に返事を返さず、ゼブラは口を大きく開いた。

 

 ――エコーロケーション。魚群探知機(ボイスソナー)!

 

 ゼブラの喉の奥から超音波が発せられ、水中から跳ね返ってきたそれをゼブラの類い希なる聴覚が正確に聞き取る。

 海の中に何が潜んでいるか、ゼブラは水深約三千メートルの底まで把握しきった。

 そして、見つけた。海の底にそれが悠々と泳いでいるのを。

 

「ボイスミサイル!」

 

 それに向けて、ゼブラは声の砲弾をぶちまけた。だが。

 

「ちっ、避けやがった」

 

 ゼブラのボイスミサイルは、海中を高速で泳ぐ深海カジカに見事に避けられていた。

 音速は秒速約三四〇メートル。だが、水中での音速は秒速約一五〇〇メートルにもなる。それを深海カジカは避けたのだ。

 ゼブラはさらに、三発連射してボイスミサイルを放つ。が、いずれも軽やかに深海カジカは回避してみせた。

 

「ちっ、チョーシにのってやがる」

 

 ゼブラはその深海カジカの様子に、怒りの表情を見せる。

 

 突然のそんなゼブラの行動の一部始終を眺めていた小松は、ゼブラの捕獲が失敗したことに驚きを見せていた。

 

「どうやって捕まえるんですか? 深海なら網は無理ですよね」

 

 その小松の疑問に、トリコは答える。

 

「深海カジカは捕獲レベル70を超える大物だ。網なんか使っても破られるだけだ。勿論、マグロみたいに釣るのだって、耐えられるワイヤーなんか無い」

 

「じゃあどうやって漁を?」

 

「そりゃ勿論……己の肉体でだ!」

 

 トリコは着ていたシャツを脱ぎ、海へと潜る構えを見せた。

 向かうのは光りの届かぬ深海とあって、手に水中ライトを持っている。

 

「己の肉体でって……トリコさん、深海ですよ!?」

 

「その程度の水圧、耐えられないようじゃあ、グルメ界なんて挑戦できねえぜ!」

 

「オレも行く。直接ぶち込んでやる」

 

 トリコとゼブラは、二人して船舶タートルの甲板から、海中に向けて飛び込んでいった。

 頭を真下に向けて腕を掻き、ものすごい勢いで海を潜っていく二人。当然、激しい水圧が二人を襲うが、彼らの強靱な肉体の前にはさしたる負担とならなかった。

 

(ヘビーホールでの超重力の経験が、オレの内臓を圧力に強くしてくれている……)

 

 トリコは、かつてメルクの星屑を取りに向かった、ヘビーホールを思い出していた。

 身体に激しい重力の負荷がかかる場所で、トリコの身体は酷使され、そしてその環境に適応した。その経験を身体のグルメ細胞は覚えており、内臓は強い水圧にも負けない強度となっていた。

 

 ゼブラもどういう経験によるものか、水圧をものともしていなかった。

 トリコはそんなゼブラの様子を横目で眺め、そして深海へとさしかかった水中を眺め見た。水中ライトに照らされる魚たち。その中から、トリコはある一匹の魚を発見した。

 

(おっ、フグ鯨じゃねえか。獲っていって小松に毒抜きさせよう)

 

 トリコは深海を泳ぐフグ鯨にそっと近づき、ノッキングの要領で人差し指をエラから脳に向けて突き入れた。

 ノッキングされ、ぐったりと力なく止まるフグ鯨。それをトリコは、よし! と喜び、腰に付けていた網袋にフグ鯨を入れた。

 

(なんだぁ? 美味そうなの捕まえてるじゃねーか)

 

 ゼブラも、水中を泳ぐもう一匹のフグ鯨を捕まえようとするが。

 

(バカ、よせ)

 

 わしづかみをしたところ、フグ鯨は瞬時に毒化。黒いまだら模様に体表が覆われてしまった。

 

(うお、なんだこりゃあ)

 

(毒だ毒)

 

 トリコはゼブラの手から、フグ鯨を払う。そして毒化したフグ鯨は、慌ててゼブラの元から泳ぎ去って行った。

 

(ちっ、毒魚か。オレの趣味じゃねえな。あの毒野郎に任せれば良い)

 

 ゼブラは興味を失ったのか、再び海の底へと向かって泳ぎ始めた。それを追うようにトリコは水中ライトを頼りに海中を泳いでいく。トリコのお得意の嗅覚は、海中では使えない。手に持つライトが頼りだった。

 

 一方、ゼブラは空気を少しずつ吐き出しながらエコーロケーションを海中に広げ、深海カジカの位置を正確に捉えていた。

 そして、それは海底にて姿を見せる。

 

(うお、でけえ!)

 

 ライトに照らされるその姿。体長五メートルほどもある巨大なカジカが海中を漂っていた。

 さっそく、仕留めようとトリコは泳いで近づこうとするが――

 

(!?)

 

 物凄い速さで、深海カジカはトリコの元から逃げ去った。そして、ある程度離れるとぴたりと止まり、再び水中を漂いはじめる。

 

(こしゃくな……。喰らえ、水中フライングフォーク!)

 

 銛で魚を突くように、トリコは左手のフォークを飛ばす。

 しかし、それも物凄い速さで動く深海カジカを仕留めるには至らなかった。恐ろしいまでの反射神経と、その遊泳速度。捕獲レベル70オーバーとされるに足る、捕獲の困難さがそこにはあった。

 

(くそ、仕方ねえ。頼んだぜゼブラ)

 

(こいつチョーシにのってやがるな。ボイスミサイル!)

 

 ゼブラは声による一撃をぶちかまそうとする。

 

「がぼっ!」

 

 しかし、声と共に吐き出された息は、あぶくとなって海中に散り、ボイスミサイルは不十分な威力で海中を走った。深海カジカにボイスミサイルが命中するが、びくともしなかった。

 

(クソ、水中じゃ声を上手く出せねえ。思ったよりも頑丈だなこいつ)

 

(マジかよ!)

 

 超音波を発する分には水中でも問題ないが、勢いよく叫ぶ必要がある声による攻撃は、水中では十分な威力を発揮できないようだった。

 海中では声による攻撃を満足に行うことは出来ない。一方で、声による攻撃を海上から海底まで届けることはできる。ゼブラはマダムフィッシュ捕獲の際、鍋池に潜む猛獣たちを陸上から水中に向けて力業で攻撃し、捕獲に成功している。だが、今回の深海カジカは危機察知能力に優れており、海底から三千メートル上の海上から攻撃しても、避けられてしまう。

 ゆえに深海カジカを仕留めるには、海底まで潜り、近くに寄ってからどうにかして声を直接当てる必要がある。不十分なボイスミサイルでも仕留められると思って潜ったは良いが、思いのほか深海カジカの肉体は強固であった。

 

(さて、どーするか。諦めるって手はねえ)

 

 そこでゼブラは考えた。水中で声を発する方法を。

 そもそも、今回の深海カジカの情報は、IGOの会長からゼブラに伝えられたものだ。これはおそらく、会長がわざわざゼブラの修行として、水の中に入るのを促したのだろう。どのような環境でも、声を武器として発揮できるようにと。

 海水を喉まで入れて、それで声を発してみせるか? いかにも会長が好みそうな小細工だ。トリコなどは、そうやって小細工を駆使してグルメ細胞の成長を促すことで、様々な環境に適応してきた。だが、ゼブラはそんなこと御免だった。何故わざわざしょっぱい海水など口一杯に含まねばならぬのだ。

 

 そしてゼブラが出した答えは――ゴリ押しだった。要は水中が地上と同じ環境になりさえすれば、声を自在に出せるようになると考えた。

 環境に自分を合わせる必要などない。環境が自分に合わせれば良い。それがゼブラの持論だった。

 

(サウンドアーマー!)

 

 ゼブラはその場でサウンドアーマーを顔にだけまとう。

 声による空気の膜が、ゼブラの口周辺から海水を押しのけた。これで水に邪魔されることなく、全力で声を相手にぶつけることが出来る。

 そして、ゼブラは深海カジカに向けて、全力で声による攻撃を発した。

 

「サウンドバズーカ!」

 

 声の衝撃が深海を蹂躙する。

 海中での音速は地上の4.5倍。それを至近距離から受けた深海カジカは、音の奔流に巻き込まれ、その身を打ち据えられ動きを止めた。

 

 仕留めるチャンスだ。動かなくなった深海カジカの元へと、トリコが泳いで向かう。そこでトリコは考える。

 水中は水の抵抗が強い。ただの釘パンチでは威力が弱まってしまう。だから、銛のようにするどく突く!

 

(二十連! アイスピック釘パンチ!)

 

 トリコの突きが、動きを止めた深海カジカの頭へと突き刺さり、見事にその巨体を仕留めるに至ったのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 体長五メートルの巨体が、船舶タートルの甲板へと揚げられる。

 深海魚らしいグロテスクな見た目だが、そもそも淡水魚のカジカからしてこんな見た目だ。表面はぬめっとしている。

 それを前に、さっそく小松は料理を開始した。

 ただのカジカや、深海カジカの稚魚は調理したことがある。その感覚に従って、小松はメルク包丁を動かし解体を行う。

 

 瞬く間に解体されていく巨体。小松の技術もさることながら、メルク包丁の優れた切れ味によるところも貢献が大きかった。

 深海カジカは捌かれ、一口サイズに切られる。

 内臓は丁寧に扱い、メルク包丁で叩いていく。

 さらに小松はキッチンに用意されていた野菜も取り出し、刻み始める。

 大きな土鍋に水をひたし火に掛け、丁寧に出汁を取る。

 

 料理は進み、やがて――

 

「できました、鍋壊しです!」

 

 甲板でのんびりとしていたトリコとゼブラの元に、大きな土鍋を持った小松が現れる。

 土鍋は蓋を閉められているが、その隙間から美味しそうな匂いが漂っていた。

 

「うひょー、良い匂いだぜ」

 

「早く食わせろ」

 

 小松はその言葉に満面の笑みを浮かべながら、土鍋の蓋を取る。

 中に入っていたのは、深海カジカを使った汁物だ。野菜もたっぷりと入っている。カジカの汁物を鍋壊しと呼ぶ。小松はそれを深海カジカで作ったのだ。

 

「いただきます。って、ゼブラ早えよ。先に食うな!」

 

「ふん、まあまあだ」

 

 トリコが食前の挨拶をしているうちに、一足先にとゼブラは鍋から深海カジカの身を箸で取り、口へと運んでいた。

 ゼブラはまあまあと言ったが、その口角はつり上がり、実際には美味しく感じているのが見てとれた。

 

「オレも早速……美味え! ぷりぷりとした食感がたまらねえ!」

 

 そうトリコが料理の感想を言っている間も、ゼブラは鍋に箸を突き入れて口に料理を運んでいく。

 

「だから早えって! オレの食う分が無くなる! クソッ!」

 

 そうしてトリコはゼブラと競うように、土鍋から深海カジカの身や野菜を取って食べていく。

 汁には深海カジカの内臓が溶かし込んでいるため、野菜にもとても深い味が染みこんでいた。

 そして――

 

「あっ」

 

「…………」

 

 二人がかりで勢いよく突き入れられていた箸によって、土鍋が割れた。

 

「すまん、小松。鍋壊れたわ」

 

 しょんぼりとした顔で、トリコが小松に言う。

 それを見ていた小松はというと――

 

「うぷっ、はは、あははは、確かに鍋壊しですもんね! 美味しければ壊れちゃいますよね、土鍋!」

 

 鍋壊しという料理の名前は、カジカ汁の鍋が美味しすぎて取り合いになり、箸の勢いで鍋が壊れてしまうということから来ている。そのカジカよりもはるかに美味しい深海カジカの汁物を、食いしん坊の二人が食べるともなれば、鍋が壊されるのも当然の結果と言えた。

 

「大丈夫です、深海カジカはまだまだ、たんまりありますから。次、すぐに作ってきます。トリコさんの獲ってきてくれたフグ鯨もありますしね」

 

 そう笑って、小松はキッチンへと戻っていった。

 

 トリコは、まいったな、と呟き、割れた土鍋を片づけることにした。

 ゼブラはと言うと、食事が途中で止まったためか、不満げな顔でふんぞり返っている。

 そんなゼブラに、トリコは一つ気になったことを尋ねた。

 

「深海カジカ、フルコースにはどうなんだ?」

 

 そうトリコに問われたゼブラは、ふんと鼻息を吐き、答える。

 

「まあまあの味だが、これは違うな」

 

「ああ、違うのか。そりゃあ仕方ないな」

 

 違う。フルコースに入る料理は、波長が合いピンとくるものがあるため、ただ美味いだけでは駄目だ。それを違うとゼブラは表わした。

 トリコのフルコースの魚料理も、まだ埋まってはいない。

 海は広く、深い。トリコはまだ見ぬ未知の食材に思いをはせる。いつか自分に合う魚が自分の前に現れてくれるだろう。いつの日になるかは解らないが。

 そして、とりあえず今は、フルコースに入らないまでも大層美味い魚である、深海カジカの料理を全力で楽しんでやろうと思うのであった。

 




深海カジカ(魚獣類)
捕獲レベル:72
深海に生息するカジカの仲間。体長五メートルにもなる巨大な魚獣類だが、鯨のようにプランクトンや小エビ、小魚を食べて生きるため、温厚であり他の大型生物を襲うことはない。産卵期には河口に近づき産卵し、稚魚は河口付近の淡水で生活し、成長すると深海へと潜る生態を持つ。
危機察知能力が高く、泳ぎが非常に速いため、深海に住むことも加味して高い捕獲レベルが与えられている。

軍艦タートル(爬虫獣類)
捕獲レベル:40
船の形をした甲羅を持つ、非常に巨大な亀。人間の手により家畜化され、古くから軍船や秘境に挑む美食屋の船として使われてきた。家畜化されたものは人に危害を与えることはないが、天然ものは獰猛であり捕獲は困難を極める。
小さな子供は船舶タートルと呼ばれ、漁船としても使われる。


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お腹いっぱいに音楽を

 小松は終業後のレストラングルメのキッチンで、一人頭を悩ませていた。

 彼は今、新しい料理を考えていた。

 いや、それは果たして料理と言って良いのだろうか。

 彼が作ろうとしているのは、料理にして料理にあらず。彼は食べられる楽器を作ろうとしていた。

 

 そもそもの始まりは、小松の直属の上司、ホテルグルメの総支配人スミスが、小松へレストラン業務以外の仕事を持ってきたことだった。

 ホテルグルメはIGO直属のホテルであり、ホテルグルメグループというホテルチェーンが存在する。今回の仕事は、そのホテルグルメグループの系列ホテルの一つから回ってきたものだ。

 

 その仕事の内容は、とある町で祭りが開かれるので、その祭りの神事に使う食べられる楽器を用意して欲しいというものだった。そのとある町に系列ホテルが建っているらしい。

 祭りは音楽の奇祭で、神事の内容は町中で音楽を奏でて騒いだ後、最後に使った楽器を食するというものだ。

 楽器を食べることで、食を通じて神に音楽の全てを捧げるという趣旨だ。ここでいう神とは、美食神アカシアである。

 

 アカシアが音楽を好んだという逸話は特には存在しないのだが、何故か食ではなく音楽を捧げる、そして楽器を食べるというあたりが、奇祭扱いされている理由である。

 このグルメ時代にあっても、楽器を食べるというのは奇妙な行動の範疇に入るようだ。

 

 その祭りが開かれる町の系列ホテルの料理長は、地元出身の料理人だ。

 彼は祭りに慣れ親しみすぎているため、新しい楽器料理を思いつかないでいるらしい。そこで、グループ総本家であるホテルグルメのレストラン料理長の小松に、新作楽器の開発を依頼をしたのだという。

 

 小松は二十代中盤とまだ若いが、一流のコックだ。

 系列ホテルからも、そしてホテルグルメの総支配人からも新料理の開発を期待されていた。

 祭りを目当てに町に来る観光客を新作楽器で系列ホテルに呼び込みたいのだろう。

 

 だが、しかし、小松の心境としては――

 

「うわー、本当にこれ、専門外だ!」

 

 食べられる楽器とは、なんぞや状態であった。

 

 ホテルグルメレストランは結婚式の披露宴などにも使われるとあって、料理長の小松は芸術性の高い料理にも精通している。立体的なケーキを作れるし、飴細工を使って立派なオブジェだって作れてしまう。

 

 しかしだ。見た目だけではなく、楽器としての実用性まで叶えた上で食べられるというものは、小松の作ってきた料理のレパートリーにはなかった。

 容器が食べられる、というアプローチならば小松も今までに試したことはある。

 通常時は頑丈だが、スープに付けたら柔らかくなったり、唾液に触れたら溶けたりと、そういった食材や調理法ならいくつか思い当たることがある。

 

 だが、綺麗な音色を奏でる料理というのは、完全に小松が着手したことがない分野だった。

 揚げたての魚に熱々の餡をかけて、料理から聞こえる心地の良い音で客を楽しませる、といったことは出来る。だが、料理を物理的に楽器として使用するというのは門外漢だった。

 

 唯一の望みは、楽器を生でそのまま食べなくてもいいということ。楽器料理と称したが、実際には楽器を食材にして料理を作っても良いということだ。

 つまりは、全て食べられる素材で楽器を作り、それを祭りの最後で調理してしまえば良いのだ。

 

 しかしだ。楽器作りは小松の専門外。

 食べられる素材で笛を作ろうとも、それを吹いて綺麗な音が出るとは限らない。

 魚の皮で太鼓を作ろうとも、重厚な音を奏でられるとは限らない。

 折れない乾麺で弦を張ろうとも、軽やかな音が鳴るとは限らない。

 

 ゆえに、小松は用意した様々な食材を前に、どう楽器の形に成形すべきか悩んでいた。

 

「どうするかなぁ……」

 

 夜のキッチンで、小松は一人頭を悩ませ続ける。

 

(小松くん、頑張ってくれたまえ――)

 

 そんな小松が四苦八苦する様子を総支配人スミスは、ただじっと見守っていた。

 他のホテルの仕事を小松に振った総支配人。無茶をさせるとは思っているが、小松ならきっと良いものを作ってくれると信じていた。

 

(達成してくれたら特別ボーナスだぞ小松くん――)

 

 ホテルグルメレストランの料理長の給料は、その星の数に見合わず安かった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 数日後、未だ楽器料理の試作にはげむ小松の元に、トリコが訪ねてきた。

 レストランに食事をしにきたわけではない。小松にある頼まれごとをされて、その経過を説明しに来たのだ。

 

「小松、ニワトラ世話してくれる奴見つかったぞ」

 

「本当ですか! よかったぁ」

 

 実は最近、小松はグルメジャンボ宝くじの8等を当て、その当選金である食材が採れる土地を買った。

 その食材は、ニワトラの卵。超高級食材の卵が採れる一坪の土地を小松は、ある老人から100万円で買い取っていたのだ(詳細は単行本17巻を参照だ!)。

 その土地には猛獣ニワトラのメスとヒナが住み着き、定期的に卵を産み落としてくれる。だが、小松にはレストランの仕事があり、離れた土地にいるニワトラの世話を毎日のようには出来ない。そこで、トリコに頼んで世話役を探して貰っていたのだ。

 

「IGOの信頼できる部署の職員達だ。ただ、飼育の代金として卵を少し持っていかれるがな」

 

「大丈夫です、IGOなら卵も安心して任せられますよ。それにボク、お金ないので現金で雇うなんて出来ませんし……」

 

 小松は薄給であった。捕獲レベル50もあるニワトラの世話・飼育をしてもらうだけの給金を出す余裕など無かった。

 

 そんな小松のいつもの事情をトリコは笑って流す。そしてトリコは、小松が何やら先ほどから手に持っている物体に注目した。

 それは、ラッパの形をしていた。しかし、トリコの優れた嗅覚はそのラッパから金属の匂いではなく、糖と果実の香りを嗅ぎ取っていた。

 

「小松、なんだそれ?」

 

「ああ、これはですね。ラッパ飴です」

 

「それは見りゃわかる」

 

 小松はこの数日で、このラッパの形をした飴の試作をしていた。

 金管楽器の型を取り、鋳造の要領で飴を流し込んだ管楽器、それがこれだ。楽器として使えるし、飴として食べることも出来る。

 

「なんでまた飴でラッパを?」

 

「ああ、それはですね、とある町で音楽の祭りがあってですね――」

 

 トリコの疑問に、楽器料理を作るに至った経緯を説明する小松。それに対し、トリコはと言うと。

 

「へー、そんな祭りもあるんだな。でも、楽器食うくらいで奇祭扱いしてたら、本当の奇祭を見たときにびっくりするぞ」

 

 世界は広く、そんな世界を美食屋の仕事であちこち見て回っているトリコ。祭りの日にのみ食されるような限定料理目当てに、各地の祭りに顔を出すことも多かった。

 

「でも、食べられる楽器には興味があるな……。よし、参加してみるか! そのラッパちょっと貸してみてくれ」

 

 トリコは小松からラッパ飴を受け取ると、マウスピースに口を付け、息を吹き込む。可愛らしい音がラッパから鳴り響く。

 

「よし、次は肝心の味だな。小松、これ食って良いのか?」

 

「はい。試作なのでどうぞ」

 

「よーし、じゃあ早速……」

 

 トリコはラッパのマウスピースに食いつくと、それを歯でもぎ取った。軽快な音を立てて折れるマウスピース。どうやら小松は、食べやすいようにあまり固い飴にはしていないようだった。

 

「おお、リンゴの酸味のおかげで、爽やかな味わいになってるな。これならラッパ丸ごと一個食っても、甘さに飽きたりしなさそうだ」

 

「味付けの果汁に、ビックリアップルの余ったやつを使ってみました」

 

 ニワトラの土地を買うより少し間に、トリコ達は驚きの度合いで味の良さが変わるリンゴをビックリ島という場所に採りに行っていた。それがビックリアップルだ。

 トリコは瞬く間にラッパ飴を噛み砕いていく。そして、綺麗さっぱり食べ終わると、満足そうに小松に笑いかけた。

 

「良いなこれ。もうこれで料理決定で良いんじゃね?」

 

 そう言うトリコだが、小松は苦笑を返した。

 

「でもこれ、わざわざ料理人のボクが作らなくても良い物の気がするんですよね」

 

「ん? どういうことだ?」

 

「楽器の型を取って、飴を流し込んだだけの単調な料理です。料理に貴賤はありませんが、もっとこう、食材を組み合わせて美味しい料理になるようなものを作ってみたいんです」

 

「ほう?」

 

「わざわざホテルグルメレストランの料理長に依頼してくると言うのは、そういうことだと思うんですよ」

 

 そう言う小松に、トリコはなるほどと頷く。

 

「確かにさっきのラッパは美味かったが、あれだけで満腹になりたいとまでは思わなかったな」

 

「そう、それですよ! 食べてくれる人が満腹になりたがるような料理を作りたいんです」

 

「そうか。そうなると、食材も吟味しないとな」

 

「ええ。でも、本格的な料理を作るとなると、今度は楽器としての機能が損なわれてしまうんですよね。難しいところです」

 

 そう眉をひそめる小松。対するトリコは、にかっと歯を出して笑い、言った。

 

「なんだ、そんなことか。難しく考えすぎだな、小松」

 

「え? どういうことですか?」

 

「楽器として作るのが難しいなら、最初から楽器になってる食材を用意すれば良いんだ」

 

 トリコの言葉に、小松は疑問符を頭に浮かべた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 セレナーデアイランド。そう呼ばれる島がある。

 そこに住む生物は、皆共通したある特徴を持っていた。それは、鳴き声などで音を奏で、求愛行動を取ること。

 その島では日々様々な生物が愛の音楽を奏でており、それを聞くためにこの島を訪れる音楽愛好家もいるのだとか。

 

 そんな音楽を愛する島に今日やってきたのは、美食屋と料理人の二人。当然、音楽を楽しむためにやってきたわけではない。食材を集めに来たのだ。

 セレナーデアイランドに生息する生物の平均捕獲レベルは0。安心安全な島なため、小松は全く緊張することなく島に足を踏み入れていた。

 

 自然に満ちた島の中をトリコと小松の二人は進む。

 島の奥からは、動物たちの鳴き声が合奏となって、一つの楽曲を奏でていた。各々の生物が好き勝手に鳴き声を鳴き散らすわけではないようだ。

 

「はー、すごいですね。天然のオーケストラって感じの合奏ですよ。こんな平和な島で狩りをするのって、ちょっと気が引けちゃいますね」

 

「ははっ、何言ってんだ? こんな島でも肉食獣はいるし、そいつらによる弱肉強食の狩りは日常的に行われてるんだぞ」

 

「ええっ、いるんですか肉食獣!? 捕獲レベル0の島なんじゃあ」

 

「捕獲レベル1の基準を思い出してみろよ」

 

 捕獲レベル。それは、IGOの定める食材捕獲の難易度を示した数値である。

 捕獲レベル1は、猟銃を持ったプロの狩人(ハンター)(美食屋では無い)が、十人がかりでやっと仕留められるレベルである。

 一般人からしてみれば、猟銃で仕留められる熊や虎などの捕獲レベル0の猛獣ですら驚異だ。

 

「はー、トリコさんと出会ってから感覚麻痺してましたけど、普通の猛獣って猟銃で撃てば仕留められるんでしたね」

 

「そうだな。そしてそんな獣の中にも、食材として美味いやつは山ほどいる」

 

 捕獲レベルは捕獲の難易度を示すものだ。食材の美味しさを示す指標ではない。それに、天然の生物が飼育されている生物よりも必ずしも美味しいというわけではない。さらに、食材の値段というのは捕獲の難しさが加味されるので、値段が高ければ高いほど美味しいというわけでもない。食材を狩ってお金を稼ぐトリコは気にしないでも良いが、料理人の小松はそれを肝に銘じなければならない。 平均捕獲レベル0の島で食材を集めるのも、小松にとっては良い経験になるだろうと、トリコは思った。

 

「今回は簡単に楽器になる食材の捕獲だな……例えば良い鳴き声の鳥の声帯を笛にするとかだが……」

 

「それはちょっと、調節が大変そうですね。お手軽に楽器にとはいかなそうです」

 

「じゃあ、あいつだな」

 

 トリコはおもむろに足元から小石を拾うと、それを遠くにある草やぶに向けて投げつけた。

 石は草やぶの中に潜んでいた一羽の鳥に命中する。鳥は奇妙な鳴き声をあげて、草やぶの中から転がり出てくる。トリコはそれに歩み寄り、鳥の首をわしづかみにして小松へと掲げてみせた。

 

「トロンボーンチキンだ。こいつの骨付き肉は、から揚げにすると美味いんだ」

 

 それは、くちばしがトロンボーンの形をしている奇妙な鶏だった。トロンボーン部分にはしっかりとその特徴的なスライドが存在している。だが、鶏なのでスライドを手に持って動かすことはできない。クチバシの一部なので、顔の筋力でそのスライドを動かすのだろう。

 

「どうだ小松、クチバシだが料理にできそうか?」

 

「はい、問題ないですよ」

 

 クチバシは角質でできた器官だ。固くて食材には向いていないと思われるが、このグルメ時代ではその調理法も確立されている。クチバシも骨も爪も丸ごと料理して食べられるのだ。

 トリコはその返事を聞き、何羽かトロンボーンチキンを狩ることにした。その間、小松は楽器料理に必要ない他の部位をこの場で料理してしまうことにした。

 料理法は、トリコが言っていたから揚げだ。片栗粉は小松が持参している。卵は草藪を探したら、トロンボーンチキンが産んだ卵がそこらに転がっていた。油はトロンボーンチキンの皮を焼いて、鶏油(チーユ)を取り出した。

 肉の量に対して鶏油が少ないため、半ば焼くようにしてから揚げを揚げていく。

 

「出来ました! トロンボーンチキンのから揚げに、鶏皮のカリカリ焼き、内臓の串焼きです!」

 

「待ってました! いただきます!」

 

 早速、鶏肉料理を食べ始めるトリコ。トロンボーンチキンのから揚げと言えば定番の家庭料理だ。トリコはそれを好きか嫌いかで言うと、大好きだった。

 肉に付いた骨ごと平らげていく。鶏皮焼きは酒が欲しくなる味だ。内臓の串焼きも、こりこりとした食感がたまらない。

 そして瞬く間にトロンボーンチキンは、クチバシを残してなくなった。

 トリコはクチバシの前で手を合わせて、食後の挨拶をする。

 

「ごちそうさまでした、と。よし、次行くか!」

 

「はい、次はどんな楽器が出てくるんでしょうか!」

 

 鍋とクチバシを荷物にしまい、鶏油を持参したグルメケースに入れた小松が、先に進むトリコに追従する。

 トリコが向かうのは、ぽんぽこと軽快な太鼓の音が聞こえる方角。

 数分歩いたその先には、二足歩行で立つ小さなたぬき達が腹を叩いて音を出していた。

 それを見て、トリコは小松に言う。

 

「腹たたきたぬきだ。腹部が空洞になっていて皮が張っている。あれは太鼓になるぞ」

 

「腹たたきたぬきですか。レストランで扱ったことありますよ。でも、よく昔話でたぬき汁って言いますけど、実際にはムジナの肉を使っているなんて話がありますね」

 

 たぬきの肉は、獣臭が強くてまともに食べられないと言われている。だが、これはただのたぬきではない。

 

「その点、腹たたきたぬきは腹を叩けば叩くほど、肉質が良くなって美味くなるからな」

 

「ええ、そうですね。太鼓にして祭りで散々叩いた後は、とても美味しく食べられそうですね」

 

 トリコは腹たたきたぬきの群れから数匹捕まえると、残りの者達は一目散で逃げていく。

 小松は腹たたきたぬきから腹の太鼓部分を取り出し、余った肉は塩を振って焚き火で焼いていく。

 先ほどまで腹を叩いて合奏していたからか、腹たたきたぬきの焼肉はとても深い味わいとなっていた。

 

 腹を少々満たしたトリコは、次に何を捕まえに行くか思案する。

 

「管楽器、打楽器と来たから、次は弦楽器でいくか」

 

「弦楽器なんて高度な楽器を持ってる獲物、いるんですかね」

 

「ああ、見たことあるぞ」

 

 荷物を抱え島の奥へ奥へと進んでいく二人。

 木々の姿が消え、代わりに竹林が姿を見せる。その奥からは、弦をつま弾くような美しい音が聞こえてきた。

 竹の合間を縫うように進むトリコ達。そして、姿を見せたのは、長い毛を持った一匹の虎だった。虎はその長い毛の一部を竹に巻き付けぴんと張り、前足で器用に毛を弾いて音を奏でていた。

 

「リュートラだ。あの毛は麺として食べるとなかなかのもんでな。肉は固くて食べられないから、毛だけ失敬していこう」

 

「毛が麺にですか……弦にはなりそうですけど」

 

 そんな小松のコメントを聞きながら、トリコはリュートラに近づいていく。

 リュートラはトリコの持つ底知れない実力を本能で察知し、その場を退こうとする。しかし、毛が竹に巻き付いているため、動けずわたわたとその場で前後ろ足をばたつかせた。

 トリコは、そんなリュートラに向かってノッキングガンを突き付ける。

 軽快な音が響き、ノッキングガンから針が射出される。針で神経を刺激されたリュートラは、その場に伏せて動かなくなった。

 

「デリケートタイプだ。三十分もすれば動けるようになる。その間に毛をいただいてくぜ」

 

 ノッキングガンは、生分解性ポリマーでできた特殊な針を打ちつける道具だ。脳や神経に針を打ちつけることによって、対象を麻痺させる。

 今回はそのノッキングガンのうち、デリケートタイプという細く柔らかい針を使うものを使用した。針は体内ですぐに分解されるため、短い時間で麻痺は解ける。

 

 トリコは右手の手刀でリュートラの長い毛を刈っていく。ただし、演奏が出来るようにと竹に巻き付いた部分は残してだ。

 そして毛を刈りきったトリコは、小松を連れて竹林を離れた。

 

「この毛を弦にすれば、後は飴細工でもなんでも胴体部分を用意して、何らかの弦楽器に出来るだろう」

 

 そうトリコは小松に言うが、小松はどこか心配顔をしている。

 

「それは良いんですけど、これ食べられるんですかね? 食材の中には毛も確かにありますけど、これ弦になるくらい固いですよね。麺になるのかどうか」

 

「不安か? じゃあ食べてみっか!」

 

 小松はトリコに促され、リュートラの毛を調理していく。

 先ほども使った鍋に鶏油を入れ火で熱し、食べられる野草を入れ炒める。追加で毛を投入し、塩で味付けして炒めていく。

 そして出来たのが、リュートラの毛麺の塩やきそばだ。

 

「これは……」

 

 漂ってくる香ばしい匂いに、小松はごくりとよだれを飲み込む。

 小松は調理しているうちに理解出来たことだが、この毛は火を通すと途端に柔らかくなる。そして加熱された毛から香るのは、焼けた麺のそれだ。

 持参した箸で毛麺をすくい、口に入れる小松。素朴な塩の味に、香ばしくほどよい歯ごたえのある細麺の食感。それは、一言で言うと、美味しかった。

 

「んー、この手打ちじゃ作れないような超極細麺の食感が、独特でいいですね!」

 

「ああ、なにしろ毛の細さだからな。自然の食材だからこそ出せる味わいってやつだ」

 

 トリコと小松は焼きそばをぺろりと一皿食べきると、再び出発の準備をする。

 

「次はどんな楽器食材が待っているんでしょうね!」

 

「ああ、適当にぶらぶらして見つくろってみるか」

 

 そう会話を交す小松とトリコ。

 その後、二人は丸一日掛けて島を巡り、楽器として使える多くの食材を集めに集めたのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 町中から様々な音が鳴り響く。

 美食神アカシアに捧げる音楽の祭り。それがここ、ノイズタウンにて開催されていた。

 普段は音楽の町として、プロの音楽家やアーティスト達によってコンサートやライブなどが繰り広げられている町だが、この日は違った。音楽素人の町民達が、思い思いに音を繰り出しているのだ。

 

 乾物で作った胴に、巨大魚の皮を張った太鼓を鳴らす男がいる。

 駄菓子屋で売っている笛になるコーラ味のラムネ菓子で、騒がしく笛の音を撒き散らす子供が居る。

 桶に入れた乾麺を牛骨でひたすら叩き、麺が折れる音を音楽と称する主婦がいる。

 

 皆好き勝手に音を鳴らし、統一感の無い音楽が神へと捧げられていく。

 

 そんな町中で楽器を持たず歩く二人組が居た。観光にやってきたトリコと小松である。

 

「はー、思ったよりも雑多というか、カオスですねえ。奇祭呼ばわりも納得できるような……」

 

 そんなことをのたまうのは小松だ。一応、町民達に聞こえないよう小声である。

 

「はは、祭りなんて、やっている本人達が楽しければ良いのさ」

 

 一方、世界をまわって様々な祭りを見てきたトリコが、そう面白そうに言った。

 

 二人が向かっているのは、楽器料理の依頼をしてきたホテルだ。小松が作った楽器料理は、既に郵送でホテルに送り届けられている。それを使うところを見物に行くのだ。

 やがて、二人は大きな建物へと辿り着く。ホテルグルメノイズタウン。ホテルグルメグループの系列ホテルだ。

 ホテルにチェックインした二人は、従業員の案内でホテルの野外区画へと向かう。

 そこで待っていたのは、小松の作った楽器料理を手に持ったホテルの従業員達だった。

 

「お待ちしておりやしたぜ、小松シェフ、トリコ様」

 

 そう挨拶してきたのは、このホテルのレストランの料理長。小松に今回の依頼をした人物だ。

 彼は手に、小松の作ったリュートラ弦のバイオリンを携えている。

 

「ホテルグルメノイズタウン音楽隊のお目見えでさあ」

 

 料理長はそう言うと、整列した音楽隊の隊列へと戻っていく。

 そして、炒った豆を棒状に固めた指揮棒を持った従業員が音楽隊の前に立ち、指揮棒を振った。

 

 音楽が、響く。

 それは、セレナーデアイランドの生物たちにも負けない、見事な合奏だった。

 町中で聞いたような一心不乱な騒音とは違う。かといって演奏に気合いが籠もっていないわけではない。

 

 言うならば、彼らはガチ勢であった。

 

 不協和音など許さぬ。完璧な音楽に仕上げる。そんな心意気だった。

 小松が用意した楽器料理は、通常の楽器と比べても遜色のない代物だった。それはそうだ。動物達が日々求愛をするために進化を遂げてきた器官の楽器を流用したのだ。良い音が出ないはずがない。

 

 合奏は続く。小松や祭りを見に来たホテルの宿泊客達は、そんな音楽を楽しんでいたが、やがてそんな曲に重なるように、ホテルの野外区画の外から音が響いてきた。

 

「あれ? これは……」

 

 小松はその突然の音に、驚きの顔を示す。

 

 ここは音楽家達の町。祭りに興じるのは素人ばかりではない。そんな彼らが、音楽隊の音楽に合わせてきたのだ。

 そして、音を聞きつけた音楽家達や、祭りの観客達がホテルの野外区画に続々と集まってくる。

 いつしか野外区画は人で溢れかえり、様々な楽器による見事な合奏が繰り広げられるようになった。

 

 小松はそんな祭りの様子を感動して眺めていた。そして、楽器を演奏出来ないのを残念がっていた。

 ちなみにトリコはと言うと、その音楽の共演の最中にも、ホテル側の用意した軽食を次々とむさぼっていた。彼の興味は、音楽そのものではなく、音楽の後の楽器料理の実食だ。

 

 演奏は日が陰るまで続けられ、そしてとうとう楽器を食す時間がやってきた。

 そこで小松はいつものコック服に着替え、ここのレストランの料理長と協力して料理を行うことにした。

 

 野外区画に、巨大な鍋が用意される。大鍋には水が入れられており、いつでも火を付けられるよう準備が整えられていた。

 

「では、音楽隊の皆さん、楽器をこの鍋の中に投入して下さーい!」

 

 その小松の言葉に、音楽隊から歓声が上がる。

 

「小松シェフが料理をするのか!」

 

「本店の料理長! 六ツ星シェフだぜ!」

 

「いつか食べに行きたいと思ってたんだ、ホテルグルメレストラン!」

 

 ホテルグルメノイズタウン音楽隊の面々が、楽器を次々と大鍋の中に投入していく。

 

「ここに来ている皆さんにも、料理を振る舞いますので、少々お待ち下さいねー!」

 

 それを聞いた音楽家達や観客達が、嬉しそうに声を上げる。

 

「高級ホテルの料理が食えるのか!」

 

「この鍋で作ってるのかい?」

 

「この中に楽器を入れればいいんだな?」

 

 そして、音楽家達も音楽隊に続くように楽器を大鍋の中に投げ入れた。

 

「ああっ、なんてことを!?」

 

 その様子に、ホテルの料理長が驚愕の声を上げる。今回の料理は、小松の作った楽器料理のみを使って一つの料理を作るはずだったのだ。だが、予定にない音楽家達の楽器まで大鍋の中に投入されてしまった。

 

「これじゃあ闇鍋だぁー。おしまいだぁー」

 

 そう絶望する料理長。しかし、小松はそれを笑って流す。

 

「はは、大丈夫ですよ。調味料は十分ありますね?」

 

「あ、ああ。宿泊客の方々にお出ししていた軽食を作るのに用意したものが、野外キッチンにありますぜ」

 

「それなら美味しく作れますよ。手伝って下さい」

 

 小松には、センチュリースープ開発という経験で、色々な食材をごったにして煮込むということに慣れきっていた。センチュリースープ自体は具のないスープだが、具を美味しくいただく鍋料理だってお手の物になっている。

 

 大鍋に火がかけられ、小松は巨大な料理用かき混ぜ棒で大鍋をかき混ぜていく。そして、料理長に指示を出し調味料の量を測らせ、それを豪快に大鍋に加えていく。ふつふつと鍋が煮立ち、美味しそうな匂いが周囲に漂い始める。

 

「うおお、こりゃまた良い匂いだな!」

 

 トリコが食欲を我慢しながら、大鍋の中を覗き込む。

 すると中では、一口大になった具材がぐらぐらと沸く汁の上に漂っていた。

 トリコはそれを見て驚きの声を上げる。

 

「おお、こりゃあどういうことだ? 丸ごと楽器を突っ込んでいたのに、具が切れてやがるぞ」

 

「楽器にした段階で、隠し包丁を入れていたんですよ。強度が落ちないギリギリで。後は熱とかき混ぜ棒で力を加えてやれば、こうなるってわけです」

 

「なーるほど。ああ、でも後から投入されたやつは、丸ごと底の方に沈んでるな」

 

「あれはあれで良い出汁が出るんですよ」

 

 そして鍋は二十分ほど煮込まれ、椀に一杯ずつこの場に居る人々に振る舞われる。

 

「それじゃあ食材になった楽器と料理人と美食神アカシアに感謝を込めて、いただきます!」

 

「いただきます!」

 

 食前の挨拶が唱和され、皆手に持った椀を天に掲げた。

 とろりとした汁で、そこに具材がたんまりと入っている。それを人々は、はふはふと息を吹きかけ口へと運ぶ。

 

 ぱくりと一口。そして、皆はその美味さに仰天した。

 一言では言い表せない、複雑な味。それは様々な楽器から出た出汁によるもので、味同士が喧嘩せず見事な味わいになっていた。

 大食感であり食通でもあるトリコも、この味には大満足だ。

 

「はー、美味い。お、これはトロンボーンチキンのクチバシか。サクサクとした食感が楽しいな」

 

 そして、瞬く間にトリコの椀の中は空っぽになる。

 

「おかわりだ!」

 

「はーい! あ、皆さんもまだおかわりありますからね」

 

 その言葉に、わっと大鍋の周りに人が集い始める。やがて、大鍋の中の汁は全て無くなり、丸ごと底に沈んでいた音楽家達の楽器も切り分けられて皆に振る舞われた。

 みんな食事を楽しみ、満腹になった。だが、まだ解散する様子は見えない。

 いつしか人々は歌を口ずさみ始め、大きな合唱となっていく。楽器は既になく、アカペラだ。その歌は、美食神アカシアを讃えるグルメ聖歌だ。この町に居てこの歌を知らない者はいないだろう。祭りの締めに歌われるものだ。

 

 楽曲を神に捧げ、楽器を神に捧げた。最後に歌を神に捧げるのだ。

 彼らの音楽は美食神アカシアの元へと届いただろうか。小松はグルメ神社で見たアカシア像を思い出しながら、そんなことを思ったのだった。

 




セレナーデアイランド
北ウール大陸の南部にある島。そこに生息する生物は、いずれの種も音を奏でることに秀でており、求愛行動や仲間とのコミュニケーションのために昼夜を問わず常に生物たちが音楽を合奏している。
危険な生物が少ないため音楽愛好家が良く訪れる一方で、美味な食材も数多くあるため美食屋の新米が狩猟に慣れるために足を踏み入れることもある。

トロンボーンチキン(鳥類)
捕獲レベル:0
セレナーデアイランドに生息する鶏の一種。クチバシがトロンボーンの形になっており、そのクチバシを楽器として使い求愛の曲を奏でる習性を持つ。
チキン(鶏肉)の名を付けられるくらいに肉が美味しいのが特長で、食肉用の家畜としても育てられている。トロンボーンチキンの一口から揚げと言えば、子供が喜ぶ定番の家庭料理である。

腹たたきたぬき(哺乳類)
捕獲レベル:0
イヌ科の哺乳類。セレナーデアイランドの山林に群れで生息しており、太鼓状になった腹部を叩き音を出してコミュニケーションを取る。
食材としての味は、たぬきの一種にしては獣臭くなく極上で、腹を叩けば叩くほどその味わいは深くなる。

リュートラ(哺乳獣類)
捕獲レベル:0
セレナーデアイランドの竹林を住処とする肉食獣。毛の長い虎の姿をしている。その長い毛を木などにくくりつけ、前足でぴんと張った毛をつま弾くことで音を出し、つがいを得るためにアピールをする習性がある。
肉は食用としては適していないが、その長い毛は炭水化物で出来ており、食用の麺として美味しく食べることができる。

ノイズタウン
プロの音楽家や歌手、アーティストといった者達が集う音楽の町。いたるところにコンサートホールや歌劇場が建ち並び、日々音楽が絶えず鳴り響いている。音楽の素養がない者も住んでいるが、そんな彼らでも年に一度の音楽の祭りでは、心一杯食べられる楽器を鳴らし、最後にその楽器を食べて楽しむ。

ホテルグルメノイズタウン レストラン料理長
ノイズタウン生まれの料理人。幼い頃はバイオリンを習って育ち、将来はバイオリニストになることを目指していたが、ある日心から美味いと思う料理に出遭い、料理人の道に進むことになった。ノイズタウンの音楽の祭りは、音楽と食が融合した祭りとして心から愛しており、自分のプライドを捨て、最高の楽器料理のために他所のホテルの料理長へと依頼を出せる、粋な男である。


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