サブキャラ転生〜金色は闇で輝く〜 (Rosen 13)
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第1話

ISのサブキャラ達が可愛いかったのでついノリで書いてみた。後悔はしていない。


「うん?ここはどこ?」

 

 

 気がつけば私は真っ白な空間にいた。夢の中だろうか。だけどそれにしては妙にリアリティがあるような気がする。現実なのか夢なのかよく分からなくなってきた。

 

 

『やあ、お目覚めかい?』

 

 

 後ろから声が聞こえた。振り返るとその気のお姉さんにお持ち帰りされそうな、天使のコスプレをしたショタが立っていた。金髪碧眼の美形で将来有望そうだ。

 

 

「あなたは一体誰?ここはどこなの?」

 

『僕は天使だよ。ここは転生の間っていうんだ』

 

 

 転生の間?やっぱり夢なのかな。転生って私が死んでるみたいじゃん。私に死んだ記憶なんてないし、自分が死んでるなんて信じられるわけがない。

 

 

『残念ながらこれは夢じゃない。憶えていないようだけど、君は間違いなく死んだんだよ……ただどうやって死んだか憶えてないのは、ある意味幸運だったかもしれないね』

 

 

 天使君は私を見ながら哀しそうに笑う。多分、後半部分は私の死についてだろう。彼は私の死を知っている。だけどわずかに彼の笑顔が曇ったのを見て、私は自分の死について聞くのをやめた。

 しばらくすると、死んだ時の記憶がないのに自分は死んだんだなと何故か理解した。悲しみや虚しさが押し寄せてきて一瞬気持ちが混乱しかけたけど、時間が経つにつれて次第に気分は落ち着いていった。

 ようやく冷静になれた私は彼と向き合う。

 

 

「それでこれから私はどうなるの?天国か地獄でも行くの?」

 

『どちらでもないよ。ここは転生の間。君には異世界に転生してほしいんだ』

 

 

 それっていわゆる異世界転生?私としては別に構わないけど。

 

 

『ごめんね、理由は言えない。できれば天国に行かせてあげたいけど、上司の命令でそれはできないんだ』

 

 

 彼ーーいや天使君と呼ぼう。天使君は眉をハの字に曲げてショボンとしている。ちょっとかわいい。

 

 

『でも転生先で困らないように特典を与えるから安心して』

 

 

 なんかテンプレみたいな展開だ。

 

 

「チートって奴かな?それと転生先ってどういう世界か分かる?」

 

 

『転生先はランダムだからこっちも分からないんだ。できれば平和な世界に行ってほしいけどね』

 

 

 転生先までランダムなのか。ここはテンプレとは違うんだね。でもミジンコとかに転生したくはないなー。

 

 

「ランダムなのは仕方ないね。じゃあ特典の方は?」

 

『特典もランダムだね。ちょっと待ってて、準備してくる』

 

 

 そう言うと天使君の前にズモモモッと金ピカのでっかいガチャガチャが地面から生えてきた。

 

 

「ふええええええ!?」

 

 

 な、何ぞこれ! 女性として平均的な身長だった私より大きい。少なくとも二メートルはありそうだ。

 

 

『これは特典を決めるためのガチャだよ。チャンスは三回だ。やり直しはないからね』

 

 

 むむむ、チャンスは三回ということは貰える特典は三つということだね。やっぱりリセマラはないのか。転生先はランダムらしいから、出来れば特典は汎用性のあるものが欲しい。

 

 というわけで早速ガチャを回す。

 

 出てきたのは野球ボールほどの大きさをした銀色のカプセルだ。ガチャガチャの大きさに比べてカプセルは小さいな。いやカプセルもデカかったら開けづらいだけだから、むしろこれで良いのか?

 

 

『お、いきなり銀色とは運が良いね。ちなみにガチャに入っているカプセルの色はレア度の高さ順に金、銀、銅、白の四種類だよ』

 

 

 つまり銀は結構レア度が高いんだ。ソシャゲで例えるならハイレアぐらいかな。ともかく一回目で銀が当たったのは幸先が良い。どんな特典かな?

 ドキドキしながらカプセルを開けるが、中には何も入っていなかった。

 ちょっとどういうこと! と天使君に抗議しようとすると、突然女性の声が頭に直接響いた。

 

 

 “【肉体強化(大)】を取得しました”

 

 

「えっ?」

 

『おっ、無事特典を取得できたようだね。で、特典は何だった?』

 

「えーと、肉体強化(大)だって。これってどういう効果なの?」

 

『効果はその特典の名前を頭の中で念じれば分かるよ』

 

 

 ふむ、【肉体強化(大)】!

 

 

【肉体強化(大)】

◯筋力、敏捷、耐久などの身体能力を大補正。常時発動。鍛錬によってさらなる効果が期待できる。スキルに驕らず、地道に頑張ろう。

 

 

「身体能力を大補正って。これ結構当たりじゃん」

 

 

 でもこれで安易にチートできるとは思っていない。怠けて貧弱な身体になれば補正があってもせいぜい人並み程度にしかならないだろう。説明に書かれてる通り、運動はしっかりやった方が良さそうだ。

 さて切り替えて再びガチャを引こう。いきなり当たりがでたからこれ以上良いものが出る気がしない。そんなに期待はしないようにしよう。

 

 コロンコロン

 

「うわぁ……」

 

『えっ嘘っ!?』

 

 

 出てきたのは金色。つまり最初のやつよりレア度が高い。金色が出るとは思わなかったのか、天使君は顎が外れそうなほど口を開いている。私もまさか金が出るとは思いもしなかった。正直、喜びより戸惑いの方が強い。

 

 

「えっと、開けるね?」

 

 

 恐る恐る開けると、先程と同じく中には何もない。

 

 

 “【悪のカリスマ】を取得しました”

 

 

「……DIO様かよ」

 

 

 まず名前からして明らかにヤバイやつなんですが。当たりである金なのに嬉しくもありがたくもない。

 

 

【悪のカリスマ】

◯絶大なカリスマ性。特に悪党から慕われやすい。常時発動。目指せ裏社会の首領。

 

 

 説明見て、改めて思った。この特典マジいらねぇと。だって悪党から慕われやすいって明らかに面倒事じゃない。裏社会なんかに関わってたまりますかっての!

 

 

「ねえ、特典のやり直しって……『もちろんなしだよ』デスヨネー」

 

 

 まあ分かりきっていたことだけどね。天使君の黒い笑みで淡い期待は砕け散ってしまった。トホホ。

 

 

「仕方ない……最後は白でも良いから本当にマシなものが欲しい」

 

 

 変なの出ませんように変なの出ませんように変なの出ませんように変なの出ませんように変なの出ませんように変なの出ませんように変なの出ませんように変なの出ませんように変なの出ませんように変なの出ませんように変なの出ませんように…………

 

 覚悟を決めてガチャを回す。出てきたのは——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……虹色?」

 

 

 出てきたのは金でも銀でも銅でも白でもなく、虹色に輝くカプセルだった。

 うわー虹色なんてあるんだ……ってこのガチャって四種類だけだったよね?

 

 

『えっ虹色?こんなの僕知らないよ……』

 

 

 どうやら天使君にもこの現象が分からないようだ。

 

 

「バグなのかな?」

 

 

『分からない。もしかしたら上司が悪ふざけで入れたかもしれないね。そのカプセルに邪悪な気配はないようだし、開けても問題はないと思うよ』

 

 

 いや開けても良いのか!? 微妙に不安だけど引き直しはできないようだし開けるしかなさそうだ。

 せめてさっきみたいなヤバイ感じじゃないやつ来てください。

 

 パカッ

 

 

 “エキストラスキル【魔弾の射手】を取得しました”

 

 

 エキストラスキル【魔弾の射手】

◯あらゆる遠距離兵器における人類最高峰の類稀なる才能。射撃はおろか、知識、開発にも極大補正。成長スピード五倍。才能は英雄クラス。死後は英霊になるかも。

 

 

『「………………………………」』

 

 

 二人とも絶句して言葉がでない。英雄クラスの才能なんてある意味【悪のカリスマ】よりタチが悪すぎる。

 

 

『ま、まあ……このスキルを生かすのも殺すのも君次第だからね……』

 

 

 天使君よ、声が震えてるぞ。

 でも出てしまったものは仕方ない。チート過ぎるけど、このスキルを眠らせておくのは、さすがにもったいない気がする。

 

 

『あっ、もう時間だから転生させるよ! とにかく頑張って。後、マジでごめん』

 

 

 突然、私の身体が落ちる(・・・)。落ちる?

 

 下を向くと私の足下には真っ暗で底が見えない穴ができていた。

 

 

「うひゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 最後に私が見たのは、穴に吸い込まれるように落ちていく私に向かって笑顔で手を振っていた天使君の姿だった。

 

せめて君の上司に一言文句言わせろやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

『さてさて、あの子の転生先はどこかな~?』

 

 

 ガチャガチャの後ろに備えてあった転生先を決めるルーレットを見る。

 

 ルーレットの針が刺していた転生先の世界は——

 

 

 

 

 

『インフィニット・ストラトス』



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第2話

かなりオリジナル設定です。


——米国 某所

 

 都市部から離れた海岸沿いの高台に大きな屋敷がそびえ立っている。如何にも童話に登場しそうな白くて綺麗な屋敷だが、その周囲には鈍色の鉄柵と鉄条網、屋敷の敷地内には常にいかにもカタギではない黒服達が巡回している。

 そんな屋敷に黒いリムジンが入ってくる。リムジンが屋敷の前に止まると、一人の若い男が姿を現した。

 

 

「ただいま〜。さて愛しい娘はどこかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なーんか、すごい所に転生しちゃったなー」

 

 

 キングサイズのベッドに寝転びながら、明らかに高級マンションの一室より広いこの部屋を見渡す。相変わらずこの広さにはなかなか慣れない。特に今は幼児の姿なので、ベッドからドアまでの距離がとても遠く感じる。暇だゴロゴロ~。

 転生した当初はこのデカイ屋敷を見て、『勝ち組キタコレ! 』って浮かれていたけど、三年も経つとそんな気は全くなくなった。

 

 

『おかえりなさいませボス、シマで例のヤクを売りさばいていた売人を捕まえました』

 

『そうか。で、そいつは今どうしてる?』

 

『地下で拷問班がヤクのルートを吐き出させています』

 

『オーケー。じゃあそっちは頼んだよ。僕はこれから天使ちゃんに会いに行くから』

 

 

 チートによって強化された聴力のせいで廊下の物騒な話し声が聞こえる。こんな話を聞いても動揺しなくなった私は末期なのだろうか。

 

 

 コンコン

 

 

「どうぞ」

 

「やあ、会いたかったよ僕の天使ちゃん」ダキッ

 

 

 

 部屋に入ってきて私を抱きしめたのは、さっきボスと呼ばれた金髪のイケメン。そしてーー

 

 

「わたしもあいたかったわ、パパ(・・)

 

 

 私、『ティナ・ハミルトン』の父親である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私ことティナ・ハミルトンは米国有数の勢力を誇るマフィア『ハミルトンファミリー』の首領エドワード・ハミルトンの一人娘である。

 ハミルトンファミリーは一般的なマフィアと異なり、治安維持や要人の護衛などが主な仕事だ。ヤクの取引なんてもってのほか。むしろそういうものは積極的に潰している。

 だけどハミルトンファミリーは善人というわけではない。カタギには手を出していないが殺しもしてるし、みかじめ料も受け取っている(というより地元の人達から無理矢理渡される)。それでもパパの部下曰く、地元の人々からは畏れられながらも慕われてるから悪い気分にならないらしい。

 ただ時々『粛清』や『拷問』という言葉が耳に入るのは怖い。やっぱり他と違ってもマフィアはマフィアだった。

 

 

「そうだ、今日はティナにプレゼントがあるんだよ」

 

「プレゼント!? 」

 

 

 私は思わず大きな声を上げてしまった。実はパパからのプレゼントは私の楽しみのひとつだ。前世の記憶があるくせに、と思われるかもしれないが今の私はマフィアの首領の一人娘。

 だから屋敷のみんなは過保護で、三歳になった今も庭にすら出たことがないのだ。そのため基本的に家の中で過ごしているけど、やっぱり外に出れないのはストレスがたまる。

 そんな時にパパは珍しいものをプレゼントしてくれた。最初は仕方なくって感じだったけど、次第にパパのくれる謎の書物や変わった玩具に夢中になって、今では毎回パパのプレゼントが楽しみになっている。

 パパは目をキラキラさせた私を蕩けるような笑顔を浮かべて抱き上げると、プレゼントがあるであろう広いリビングへと連れて行く。途中で黒服のみんなにすれ違うと、みんなはパパだけでなく私にもちゃんと頭を下げている。ボスの一人娘だからと理解してるけど、これもなかなか慣れないな〜。

 

 

 

 

 リビングに到着して、パパが渡してくれた大きな箱を開ける。後ろには何人かの黒服が待機しているが、私達は完全に空気として扱っている。これも慣れです。

 

 

「こ、これは……! 」

 

「いやあ、この前日本で商談したときにたまたま玩具屋で見つけてね。何故かはわからないけどティナが喜ぶって確信したんだ」

 

 

 パパのプレゼントは子供向けの小さな弓の玩具だった。それは前世が日本人の私には懐かしさを感じられた。だがそれと同時に、私はあるチートのことを思い出した。

 

 

 エキストラスキル【魔弾の射手】

 

 

 それは貰った中で一番強力だろう特典。たしか効果は弓、銃の才能とそれに関する知識だったはず。今まで平和な日常を過ごしていたからすっかり忘れてたよ。

 

 

「……ありがとうパパ」

 

 

 ゆっくりと弓の玩具を手に取る。その時、弓矢に関する情報が濁流の如く私の頭の中に流れ込んできた。うっ頭が…………

 

 

 

 

「ティナ? 」

 

「……ハッ!? 」

 

 

 気づいたらパパが心配そうに私を見つめていた。どうやら少しばかり意識が飛んでいたようだ。

 

 

「ボーッとしてたけど、気分が悪いのかい?」

 

「ん、なんでもない」

 

 

 パパにそう告げると、いつの間に落としていた弓の玩具を拾う。今度は情報が流れこまなかったけど、手に取った瞬間に私は弓の使い方を理解していた。チートまじスゲー。そこでふと疑問を抱く。

 

 

 ……【魔弾の射手】ってどれくらい凄いのだろうか?

 

 

 平穏な生活ではまず不要なスキルだけど、もしかしたら使う時があるかもしれない。というか本音を言うと、一度でいいからチートしてみたい。

 私はつい【魔弾の射手】を試したくなった。

 

 

「むい」

 

 

 箱にあった玩具と一緒についていた的を取り出すと、少し離れた場所に設置する。私は的から離れて弓を身体と平行に構えた。先端に吸盤が付いている矢を弓に対して十文字に番ると、意識を的に集中させる。

 

 あらゆる雑音がシャットアウトされ、私の世界は静寂に包まれる。唯一聞こえるのはギリギリギリという弦を引き絞る音のみ。まるで時が止まったようだ。

 

 ふーっと長く息を吐き、的に向かって矢を放つ。矢は幼児が放ったとは思えないスピードで的を捉えていた。

 

 スパーンッという音が無音の部屋に響く。矢はわずかに中心から右にずれていた。

 

 惜しい。けど初めてにしてはかなり上出来かな。的を穿つことはできなかったけど、威力自体は【肉体強化(大)】の効果も相まって子供が出せるものじゃなかった。

 

 しっかし、初心者の私があんなことできるとは思わんかった。

 わあ、このスキル強すぎ(小並感)

 

 

「すごいよティナ! 嗚呼、まさか娘にこんな才能があったなんて! 」

 

「ハッ! 」

 

 

 パパ達が私を絶賛する声に私は我にかえる。やばい……スキルを試すのに夢中でパパ達がいたことをすっかり忘れてた! なんで自ら平穏な生活をぶっ壊してんだ私は!?

 

 

「やはりティナは天才だったのか……英才教育させないと(ぼそり」

 

 

 聞こえてますけど!? 独り言のつもりでも私ばっちり聞いちゃったんですけど!? 勘弁してください、私は平穏な生活が送りたいだけなんですぅぅぅぅ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 このあと滅茶苦茶英才教育させられた。まさに自業自得……



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第3話

短いです。


「はあ、今日も平穏ね~。お茶が美味しい。随分と淹れるのが上手くなったね」

 

「ありがとうございます、お嬢様」

 

 

 緑茶入りの湯呑みを卓袱台に置いて、ほっと一息つく。畳の香りと障子の隙間から見える海岸線が私の心を落ち着かせる。私の後ろには世話役のメイドが控えていた。しかし紅茶とは勝手が違う緑茶も上手く淹れることができるメイドってすごい有能だね。しかも緑茶を淹れたのは少し前が初めてなのに。

 ここは屋敷の一角にある六畳半ほどの広さがある純和風の部屋。何故洋風の屋敷に和室があるかというと、日本の物が恋しくなった私がパパにおねだりして造ってもらったからだ。パパは私の日本らしいという要望に応えるために、畳、障子、襖、卓袱台などは最高級品を日本から直輸入し、部屋も日本らしさを徹底するため日本から職人を呼んで設計させた。パパァ……

 

 そして完成したのは何処ぞの書院造かと言いたいほど立派な和室だった。

 部屋の中央に卓袱台が設置されていて、床の間には一振りの日本刀が置かれている。部屋の右側にある障子を開けると、そこには海岸線を眺められる縁側まで付いていた。

 普通の和室を予想してた私がその立派な部屋を見て、驚きのあまり顎が外れそうになったのは余談。

 最初は立派すぎて行く度にビクビクしてたけど慣れというものはおそろしく、今ではリラックスできる場として、暇さえあればいつもここに通っている。洋風一辺倒だった屋敷にできた和室(?)の存在感は際立っており、黒服達が物珍しそうに見つめてるのは風物詩になりつつある。

 私の世話役であるメイド達はマフィアの中でも仕事ができる有能な人材だ。そんな彼女達も最初は和室に慣れてなかった。しかし今では作法も完璧にこなしている。中には日本に興味をもった人もいるらしい。元日本人としては嬉しい限りだ。

 

 

「平和だね~」

 

「そうですね。今週はお嬢様を狙った敵対組織の幹部を生け捕りにできましたし」

 

 

 後ろに控えているメイドの一人がそう答える。

 

 

「……平和だね」

 

「そうですね……」

 

 

 ハミルトン・ファミリーには敵が多い。故に抗争なんて日常茶飯事だし、私自身も狙われていることもある。その場合、パパが恐ろしい報復をするけど。

 最近、死人が出なければ平和だと思っている私はマフィアに毒されたのだろうか。

 

 平和ってなんだろう?(哲学)

 

 

 遠い目をして黄昏てると、一人の黒服の男が部屋に慌てて駆け込んできた。

 

 

「お嬢!」

 

「ちょっと! 土足で入らないでよ、靴を脱ぎなさい! 」

 

 

 土足で和室に入るな! 最高級の畳が傷むでしょうが。一大事でも最低限のマナーくらい守りなさいよ。

 

 

「スイマセン! でもお嬢、日本が大変です! 今すぐテレビをつけてください」

 

 

 屋敷の人間は私が大の日本好きと認識している。まあ日本が恋しくて日本の物を集めてるからあながち間違いじゃないけど。

 黒服が慌てて私に伝えようとするほど、日本で何かが起きたのか。でも残念ながらここにはテレビは置いていない。

 

 

「お嬢様、携帯用ではありますが、これをご覧ください」

 

 

 私はメイドの一人が取り出した小型の携帯テレビの画面を覗く。

 

 

『速報です! 先程日本が射程圏内にある各地の軍事基地がハッキングされ、二千発以上のミサイルが日本に向けて発射されました。現場から中継です』

 

 

「ふぇ!? な、何よこれは!? 」

 

 

「こ、これは一体……合成、ではありませんね」

 

 

 それは信じがたい映像だった。

 

 映像には雨のように降り注ぐミサイルを高速移動しながら刀一本で斬り落としていく人型のナニカが映っていた。やがてミサイルの大半を斬り落とし、自衛隊の戦闘機が到着するとそのナニカは猛スピードで現場から離脱。反応もロストしてしまった。

 この映像を見た評論家達から様々な意見が出るが、遂に正体を特定することはできなかった。

 

 

「「「「………………」」」」

 

 

 誰も声を出すことができなかった。それ以前にこの映像について理解することができなかったーー私以外は。

 

 

『あれ?これって白騎士事件じゃね?』

 

 

 ニュースを見てなんとなくデジャブを感じた私はふと前世で読んだある小説を思い出した。

 それはライトノベル『インフィニット・ストラトス』。そして白騎士事件はその中でISが登場するきっかけになる重要な出来事だ。

 でもその白騎士事件がニュースでやってるということは——

 

 

 もしかして私、インフィニット・ストラトスの世界に転生しちゃってた?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………っは!?

 

 いかん、どうやら少し意識がとんでたみたい。でもまさか転生した先がインフィニット・ストラトスの世界だなんて誰が思っただろうか。

 転生の間で会った天使君は転生先はランダムと言ってたけど、創作物の世界まで対象とは予想もしていなかった。

 しかしインフィニット・ストラトスの世界に転生したことを理解した時から妙に何かが引っかかってるような……

 

 

「インフィニット・ストラトス……IS……ティナ・ハミルトン……あっ 」

 

 

 思い……出した!

 

 ティナ・ハミルトンってIS学園の生徒だったじゃないか! しかもヒロインの一人だった鳳鈴音のルームメイト。ほとんどモブだったから存在を忘れてたよ。

 うーん、でもインフィニット・ストラトスかあ。別に嫌いではないけど、いざ自分が当事者となるとあまり関わりたくないのが本音かな。だって原作だとIS学園って無人機やテロリストに襲われるんだもん。それに主人公とヒロイン達の痴話喧嘩って一般生徒からしたら相当危険だよね。だってよく考えてみてよ。しょっちゅう癇癪起こして日本刀で斬りかかったり、ビーム兵器撃ったり、不可視の弾丸(空気砲)撃ったり、パイルバンカーぶつけてきたり、ナイフで襲ってきたり……って普通に怪我人どころか死人でる案件じゃん! てか原作、よく怪我人出なかったな! 特にあの酢豚の空気砲は確実に死人出るわ!

 一度だけヒロインに会ってみたいという気持ちもないわけではないけど、わざわざ危険地帯に行くつもりはない。幸い女として転生したから、女尊男卑の世界で虐げられることはないだろう。尤も前世の記憶を持つ自分としては女尊男卑は好ましく思っていないから、生きやすいとは感じていない。

 

 しっかしモブとはいえ原作キャラに転生したけど、馬鹿正直にIS学園に行く必要性はないよね。いくらチートがあってもテロリストとバトる原作に関わる気は毛頭ない。ぶっちゃけIS学園を受験しなければ何も問題ないのはラッキーといえる。

 私はこの世界でのんびり生きたい。IS学園に行ったなら間違いなくのんびりとは程遠い日常になるのは確定だろう。願わくばISと関係ない人生を歩みたい。ちなみにマフィア関係は諦めた。

 

 

 

 

 しかしこの時の私はこれがフラグだったことに全く気づくことはなかった。



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第4話

 人生とはそうそう上手くはいかないものだ。それは強力なチートを持った転生者すら例外ではない。

 

 ISの登場によって大きく変化した世界で、ティナ・ハミルトンもまた時代のうねりに巻き込まれていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 数発の銃声と薬莢の落ちる音が屋敷の地下にある射撃場に響く。

 

 

「ふう、まあまあね」

 

 

 構えてた愛銃ベレッタM92を降ろし、後ろに控えているメイドのナンシー・ブラウンケットからタオルを受け取る。射撃のためにつけていた耳当てとサングラスを外した私の視線の先には頭と心臓の部分を貫かれた人型の的があった。

 十発中五発が頭、もう五発が心臓部分に命中したけど、今回は銃を構えて撃つまで普段よりわずかに時間がかかった。一方で前と比べて命中精度は上がっているのは収穫だろう。

 

 

「お嬢様、先程ヤスから伝言を受け取りました。旦那様がお呼びのようです」

 

 

 ナンシーから召集の旨が伝えられた。ヤスとはパパの腹心で、パパと私との連絡役であるヤスティンのことだ。よくナンシーに軽口を叩いては怒られてる。白騎士事件の時に和室に駆け込んできたのは彼だった。

 

 

「ヤスが?姿は見えないようだけど」

 

「ヤスは射撃場の外に立たせています。今のお嬢様の姿を見せるわけにはいきませんから」

 

 

 ナンシーの言葉で今の自分の姿がどうなっているかようやく思い出した。

 今の自分が着ているのは白の薄手のTシャツにデニムのショートパンツ。しかも地下は蒸し暑く、汗のせいで服はびっしょり濡れている。ピンクの下着が完全に透けていた。うわ、ナンシーに言われるまでまったく気づかなかった。

 

 IS登場から数年経った私は中学生とは思えないほど身体が発達している。すでに前世の頃より胸が大きい。たしかにこんな姿はヤスには見せられないし、もし見てしまったらヤスはナンシーとパパに殺されるかもしれない。

 

 

「あー、着替えってある?」

 

「こんなことがあろうかと、ちゃんと用意しております」

 

 

 流石ナンシー。でも何でナンシーはメイド服着てるのに汗ひとつかかないのだろう。ここ室温三十度近くあるんだけど。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「やあティナ。よく来てくれたね」

 

 

 部屋に到着すると、パパが笑顔で私に抱きついてきた。親子のスキンシップだとしても最近激しすぎて結構ウザったい。

 

 

「はいはい、自分から呼び出した癖に何言ってるの。で、何か用?」

 

 

 両手を突き出して強引にホールドを解くと、パパはなんか落ち込んでた。

 

 

「言葉のキャッチボールくらい付き合ってよ……まあ、いいや」

 

「いや、良いのかよ」

 

「よく考えたらティナと話せればそれで良いからね。とまあ、世間話はここまでにしよう」

 

 

 今の、世間話だったの?

 

 

「今回ティナを呼んだのは他でもない。君に頼みたいことがあるんだ」

 

「それはお願い?……それとも仕事(・・)?」

 

「仕事だね」

 

 

 無意識に声が低くなる。パパの声もそれまでの明るい口調からマフィアのボスとしての声へ一変し、一瞬で部屋の空気が下がったように感じた。

 

 

「……それで、仕事の内容は?」

 

 

 パパの冷徹な目に臆することなく、会話を続ける。明らかに娘に向ける目じゃないよね。慣れたけど。

 

 

「内容は篠ノ之束博士の救出。依頼人は博士自身だ」

 

「は?」

 

 

 思わず間抜けな声を出してしまった。じゃなくて、えっ、どういうこと?何がどうなって私達マフィアが篠ノ之束から自身救出を依頼されるの?

 

 

「そう言えばティナは知らないのか。実はね、私と篠ノ之博士は白騎士事件以前からの友人なんだよ」

 

「はあぁぁぁあ!?ちょっ、それどういうこと!?」

 

 

 パパが篠ノ之束と友人?しかもそれは白騎士事件より前のことだって?ナニソレイミワカンナイ。

 

 

「あはは……話せば長いんだけどね。ティナは白騎士事件前に篠ノ之博士が学会でISについての発表をしたことは知ってる?」

 

「もちろん。たしかそこでISの存在を認められなかったって聞いたわ。でもそれが今関係あるの?」

 

「まあね。ティナの言う通り、彼女の発表は子供の空想あるいは机上の空論と学者達に馬鹿にされたよ。あれは酷かった。一人の少女を大の大人達が一斉に責め立てるなんてね。彼女は最後まで発表したけど、結局ISの存在は認められなかった」

 

「パパはその場にいたの?」

 

 

 パパの語り方はまるで現場にいたかのように具体的で臨場感があった。

 

 

「偶然だけどね。友人に誘われたんだ。それまで彼女の存在なんて知らなかったよ。そして彼女が笑い者にされ会場を去ったとき、僕は彼女を追いかけたんだ。……えっ、友人はどうしたって?彼も彼女のことを笑ってたから置いてったよ。今じゃ友人ですらないね」

 

 

 そこまで言うと、パパは一息ついてコーヒーを口にする。

 

 

「ええと、僕が博士を追いかけるまで話したかな。何故追いかけたというと、僕には彼女の発表は素晴らしいと思ったんだ。ISは宇宙開発において新たな手段として用いられる存在になりうるとね」

 

 

 そしてパパは篠ノ之束と話をしてすっかり意気投合したらしい。パパは彼女に資金援助を申し入れたと話した。

 

 

「だけどいざ援助する直前、あの白騎士事件が起きてしまったんだ」

 

 

 あの事件をきっかけにISの存在が世間に認知されたが、おかげで世界から狙われた篠ノ之束とのコンタクトがとれなくなってしまった。そんなある時、彼女の方から連絡がきたのだ。

 

 

「彼女は泣いて僕に謝ってきたよ。『事件のせいでISが兵器として認知されてしまった。どれだけ宇宙開発用と発表しても相手にされなかった。宇宙開発としてのISに理解を示してくれた僕に申し訳ない』ってね」

 

 

 パパは話し終えると、すっかり冷めてしまったコーヒーを一気飲みした。

 

 私はパパが嘘を言ってるようには見えないし、言ってるとは思っていない。だけどパパのいう篠ノ之束とテレビで言われる傍若無人で我儘という篠ノ之束は全くの別人だ。原作の篠ノ之博士の性格はテレビのものと同じだけど、私がティナであるように篠ノ之束の性格も原作とは違うかもしれない。

 まだ原作知識や前世の記憶による先入観が消えたわけじゃないけど。

 

 

「正直、情報量が多すぎて混乱してるわ」

 

「そうだね「でも」うん?」

 

「パパが篠ノ之博士を助けたいことは分かったわ。今はそれで十分よ」

 

 

 ISの在り方とか篠ノ之博士の真意とかどうでもいい。そんなの本人に直接問い質せばいいだけだ。

 

 

「パパ……いやボス、命令を」

 

「うん。ハミルトン・ファミリーが首領、エドワード・ハミルトンがハミルトン・ファミリーIS部隊『クラウン』隊長ティナ・ハミルトンに命ずる。彼女を、篠ノ之博士を救出せよ」

 

「イエス・マイ・ロード。ハミルトンの名に誓って」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ハア……」

 

 

 廊下を歩きながら溜息をつく。

 

 あれほど平穏を望んだのに今はIS部隊の隊長か。理想と真逆すぎて笑える。昔なら泣いてもISに関わろうとしなかっただろう。

 

 

「ああもう、これも全て女性権利団体のせいだ」

 

 

 そもそも『クラウン』が設立されることになったのは、大量のISを所持する女性権利団体が闇社会に介入し始めたからだ。

 ISの登場以降、女尊男卑を主張して勢力を伸ばしていた女性権利団体はさらなる利権を求めて闇社会に進出してきた。女性権利団体はISの武力を背景にそれまであった闇社会のルールを無視して好き勝手し始めたのだ。これに怒ったのはそれまで闇社会を支配していたマフィア達。

 だがISの存在は大きかった。ある時、ルールを無視して市場を荒らす女性権利団体に我慢できなくなったとあるマフィアがカチコミに入ったが、ISによって返り討ちに遭いファミリーは壊滅してしまった。

 その事件以後、ISの恐ろしさを思い知った多くのマフィアは女性権利団体に逆らうことができなくなり、彼女らの横暴にひたすら我慢を強いられることになる。

 だがハミルトン・ファミリーは彼女らの横暴に屈しなかった。ハミルトン・ファミリーはパパがかつて運営していて今やアメリカ有数の複合企業に成長した『ハミルトン・インダストリー』からISを横流しさせて自衛のIS部隊を設立した。これが『クラウン』である。

 

 しかし基本的に男所帯であるファミリーにISを動かせる女性は少ない。ナンシーすら適性がDという有様だ。そして最後に測った私の適性はまさかのA。パイロットとして文句なしだった。当時IS嫌いだった私を知るパパは難色を示した。外部を信用できない組織の長として考えるなら選択肢は私しかいない。しかし一人の親からすると娘が嫌がることをさせたくないというのが本音だった。

 私も最初は原作に関わりたくない一心でISに乗ることを拒否していた。だけもそんな時、ファミリーが恐れた事態が起こってしまった。

 ついに自分達のファミリーからISに襲われた者が現れたのだ。たまたま巻き込まれた構成員は幸いにも軽傷で済んだが、私はこの時ほど後悔したことはない。

 

 

 自分の我儘のせいでファミリーの一人が傷ついた。

 

 

 彼らとは血の繋がりなんてないけど、ファミリーの一員は皆私の家族だ。家族を傷つけられて黙っていられるはずがなかった。

 そして私は平穏を諦めて、戦いに身を投じることを選択した。必死に訓練して強くなった後、ファミリーを傷つけたISはしっかり報復した。戦利品としてコアを奪ったけどなんか未登録だったみたいだから、それはハミルトン・インダストリーに渡した。パイロットはファミリーの誰かに引き渡されたみたい。女尊男卑に染められ、ファミリーを馬鹿にした女だったからどんな目に遭おうがどうでも良い。

 

 と、過去を回想していたらいつの間に屋敷の武器庫まで着いていた。武器庫では黒服達によって格納されているハミルトン・インダストリーから流れた一機と戦闘で奪ったコアがベースの二機のISを大型トラックに積む作業が行われている。

 

 

「あらリーダー、出撃かしら?」

 

「やっとかよ。待ちくたびれたぜ」

 

 

 武器庫にはすでに『クラウン』のメンバーである二人の女性がいた。

 最初に私に話しかけた金髪の美女はスコール・ミューゼル、茶髪の美女でやや乱暴な口調なのはオータムだ。彼女達はパパがあるツテを使って引き入れたらしい。二人は原作だと亡国機業だったからそこから引き抜いたのかな。

『クラウン』のメンバーは私を含めた三人だけだけど、それぞれ歴戦の猛者だから戦力的にはそこらの雑兵なんて相手にならない。

 

 ISの積み込みが完了し、私達はトラックの荷台乗りこんで現場へと向かう。本当なら屋敷からISを展開していきたいが、エネルギーの節約と政府に感知されないためにある程度の位置までトラックでの移動となる。

 しばらく経つとトラックの動きが止まる。どうやら到着したらしい。

 

 

「ミッションを確認するわよ。私達の目的は篠ノ之束の救出、そして敵は恐らく女性権利団体か亡国機業。ISは複数の可能性が高いわ。何か質問は?」

 

 

 すると、スコールが手を挙げた。

 

 

「敵の対処はどうするかしら?」

 

「敵の生死は問わないわ。コアも可能なら回収してちょうだい。オータムは質問ある?」

 

「いや、特にないぜ」

 

 

『お嬢、ポイントに到着しました。いつでも出撃可能です』

 

 

 無線で運転手の黒服から改めて連絡が入る。

 

 

「ではこれから出撃準備に入ってください」

 

「「了解! 」」

 

 

 トラックに搭載された三機の内、私は緑色の全身装甲の機体を装着する。シンプルかつシャープなデザインで赤いモノアイ型のカメラが特徴だ。他の二人もすでに装着し終えている。

 外にいる黒服達によって荷台の扉が開かれた。辺りは暗い。乗ってる間に外は完全に日没していた。

 

 

「ハイパーセンサー反応良好。カメラに異常なし」

 

 

 兵装の確認完了。マガジンの予備も確認。異常なし。

 

 

「二人とも、準備OK?」

 

「おうよ、一番槍は私が戴くぜ!オータム、ゲイレール・シャルフリヒター行くぜ!」

 

「オータムったら相変わらずね。リーダー、お先失礼するわよ。スコール・ミューゼル、ゲイレール・シャルフリヒター発進する」

 

 

 ありゃ?猪武者なオータムは仕方ないとしても、沈着冷静なスコールもなんだかソワソワしてるわね。何か嬉しいことでもあったのかな?

 

 

『お嬢、どうかご無事で。発進、どうぞ』

 

 

 相変わらず黒服達は私に過保護ね。ま、らしいと言えばらしいけど。

 

 

「『クラウン』隊長ティナ・ハミルトン、ゲイレール出撃するわ」

 

 

 闇につつまれた山岳に三機のISが解き放たれた。




◇ハミルトン・インダストリー
マフィアの首領に就任する前のエドワードによって創業され、わずか十数年でアメリカ有数の複合企業に成長した。元々兵器関連の開発を主要としていたが、ISの登場以降ISの開発も行うようになった。経営から手を引いているが創業者であるエドワードの影響力は大きく、実質ハミルトン・ファミリーの傘下企業。エドワードの指示で開発したISを『クラウン』に流しているが、その見返りとしてISの戦闘データや『クラウン』が奪ったISコアを受け取っている。表向きはアメリカ政府から渡されたコア一つだけ所持しているとしているが、実際は『クラウン』の所持する三つと社内で研究している未登録コア二つを所持している。


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第5話

 ティナ出撃からおよそ二時間前。

 

 

『WARNING!WARNING!WARNING!』

 

 

 アメリカ某所に位置するとある隠れ家の警報が鳴り響く。隠れ家の外に設置されてるセンサーが侵入者を感知したのだ。監視カメラには隠れ家に向かって進軍している複数のISの姿が映されている。

 

 

「くっ、予想以上に敵の数が多い!セキュリティを最大レベルに移行し、迎撃システムを作動」

 

 

 隠れ家の主人——篠ノ之束はコンソールを介して隠れ家中に仕掛けてある迎撃システムを作動させる。

 通路を遮断する障壁を全て降ろし、大量に設置している遠隔操作式の機銃が侵入者を待ち受ける。だが相手がISだと機銃では火力不足で効果は薄い。

 

 

「資材不足とはいえ、この束さんがあんな奴らに後れをとるなんてね。でも多少は時間を稼げる。今のうちにこの娘(・・・)を安全な場所へ逃がさないと」

 

 

 束の視線の先には液体で満たされた医療ポッドの中で眠る銀髪の少女の姿があった。

 彼女は束がドイツの違法研究所を潰した時に救出した実験体の一人だった。彼女以外にも実験体を数人確認したが、束が着いた時にはほぼ息絶えており、唯一救出できた少女も過剰な薬物投与や非人道的な実験によってかなり衰弱していた。

 束はすぐに医療ポッドを作製し、隠れ家へ連れてきた少女をそれに入れさせて治療を行なった。急遽作ったせいで、隠れ家にある資材の多くを消費してしまったが、後悔はなかった。

 だが彼女の状態は束が思ってる以上に酷く、二週間が経った今でも目が覚めていない。

 そして、そんな時にこの襲撃である。

 

 

「やっぱり敵は女性権利団体か。あれほど協力はしないって言ってるのに本当にしつこい」

 

 

 束はこれまで女性権利団体に何度も襲われてきた。向こうの狙いは篠ノ之束の身柄。彼女らは自分達の利益の為に世界で唯一ISコアの開発ができる束を利用しようとしていた。

 最初は甘言を弄してくる程度で束も相手にしなかったのだが、どうやらそれが女性権利団体のプライドを傷つけたらしい。次第に対応が過激になっていく女性権利団体はついにISで束の身柄を拘束するという強硬手段にでた。

 束からしたら女性権利団体はわけわからない主張で自分を祀り上げ、利用してこようとする組織でしかない。元々女尊男卑に否定的だった彼女にとって迷惑極まりない話だ。

 

 

「何が『篠ノ之束は女性の救世主で我々の理想の体現者だ』だよ。勝手に人を政治の道具にすんな。大体私は宇宙開発の為にISを作ったのに、みんなして兵器扱いしやがって。いや白騎士事件が原因なのは分かっているけどさ……」

 

 

 本当なら女性権利団体の妄言を訂正したいところだが、下手に介入すると再び世界中から狙われかねない。別に自分だけなら構わないが、最悪家族が狙われる危険性もあった。

 ISコアを停止させるという手段もあったが、長年の研究によってISコアに自我があることに気づいた束にはそれはできなかった。その為、ここ数年表立って動くことができなくなっていた。

 

 

『くそっ、何なのこの壁! 硬すぎるでしょ!』

 

『IS相手でもビクともしないなんて。流石篠ノ之博士の隠れ家ね』

 

 

 襲撃してきたISは入り口付近に集まっているが、入り口の扉(束特製の五層の障壁)に苦戦してるようだった。いくらISと言えどもしばらくはこの障壁を破れないだろう。だが障壁と貧弱な機銃では結局時間稼ぎにしかならない。

 資材不足、燃料不足のせいで脱出用のロケットは使えないし、たとえ無理矢理稼働させたとしても少女がロケットのGに耐えられそうにない。少女を見捨てれば脱出の可能性があるが、束の中にその選択肢はなかった。

 

 

「どうしよう……って、これは!?」

 

 

 頭を悩ませていると、ふとコンソールの傍に貼られていた一枚のメモが目に入った。それにはある番号が記されていた。その番号に束は憶えがあった。

 

 

「この番号、まさかエドのやつじゃ……」

 

 

 メモに書かれていたのは、かつて学会でISの発表をして参加者から嘲笑を浴びせられた時、その中で唯一ISとISによる宇宙開発に理解を示してくれて、意気投合した友人の電話番号だった。

 彼とはここ数年会っておらず、このメモは白騎士事件前に会った時の別れ際に友人から受け取ったものだった。

 

 

 

『これは?』

 

『そのメモには私の電話番号が書かれている。何かあったらそこに電話しなさい』

 

『ええ!? それは悪いよ。エドには十分お世話になってるから、これ以上迷惑はかけられないよ』

 

『迷惑じゃないさ。ただ僕は心配なんだよ。たしかに君はとても優秀だ。大抵のことは自分一人で解決できてしまう。だけどそのせいで誰かに頼ることを苦手にしている。違うかい?』

 

『ううっ、それはそうだけどさ。でもエドには十分頼ってると思うんだよ』

 

『あれでかい?なら一度君の【頼る】という概念をぶち壊した方がいいみたいだ』

 

『や、やめてー!』

 

 

 

 今となっては懐かしい思い出。

 結局、彼から受け取ったそのメモを使ったのは一度だけだ。それも唯一使った用途は白騎士事件後の謝罪だったのだから泣けてくる。彼とはメモを渡された以降、罪悪感もあり会えていなかった。

 

 

(今電話したらエドは助けてくれるのかな……って何考えてるの私は!こんなことにエドを巻き込めるわけない!それに私には彼を頼る権利すらないよ。白騎士事件を起こして彼を裏切った私には……)

 

 

 頭では分かっているのに、どうしてもあの時の彼の言葉が束の頭から離れない。もう五年以上も前の出来事なのにエドと過ごした日々は鮮明に憶えている。

 基本的に日本にいた束とアメリカに住むエドワードの二人が実際に会えるのはごく稀だ。唯一会えるのは束がわざわざエドに会うためにアメリカを訪れる時だけだった。

 交友関係が乏しく、同い年か年下しか知り合いがいない束にとってエドは兄的な存在であり、また話も合うことからよく懐いていた。束自身にも分からなかったが、何故かエドワードの傍にいると日本にいる時と違って素直に甘えることができた。もし日本にいる束の親友がそんな姿を見たとしたら卒倒するか、別人格かと疑うに違いないだろう。

 一方、エドも束のことを歳の離れた妹のように可愛がり、彼女の親友ですら辟易する束の壮大な話をいつも面白そうに聞いていた。

 時間としては短かったが、ISや互いの日常生活について二人で語り合った日々はいつしか束の中でかけがえのないものになっていた。

 

 

「なんでこんなことになっちゃったんだろうね……私はただ、みんなで宇宙に行きたかっただけなのに」

 

 

 ISを開発したことに後悔はない。

 だがあの時のことを思い出すだけで心が引き裂かれるように痛く、そしてつらかった。

 

 隠れ家の警報の音がまた大きくなる。監視カメラを見ると、敵のISは頑丈な入り口を破壊して侵入に成功していた。続々とISが隠れ家に侵入してくる。中にもたくさんの障壁があるが、入り口ほど堅固ではない。

 束に残された時間はそう多くはなかった。

 

 気合いを入れ直すために束はバチンと両手で頬を叩く。叩いた場所が赤くなり顔がヒリヒリと痛むが、さっきまでの悲壮感は吹っ飛んでいた。

 

 

「うん、やっぱり篠ノ之束に悲しみは似合わないや。……“天災”はやっぱり大胆不敵でないとね。もうウジウジするのはやめやめ」

 

(そう、篠ノ之束が今できることは最善を尽くすだけ。それにあの子もいる。私一人の命じゃないんだ)

 

 

 投降という選択肢はない。束は基本的に女性権利団体を信用していない。たとえ自分が協力する代わりにあの少女の命を助けてほしいと懇願したとしても、おそらく向こうは約束を守らないだろう。

 束は自作の携帯電話を取り出すと、一瞬躊躇したが、すぐに迷いなくある番号を押した。

 

 

「もすもすひねもす?……うん、久しぶり。突然ごめんね、ちょっと頼みがあるんだーー」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 四機のISが一列に並んで、長い通路を進んでいた。途中には侵入者達によって破壊された十メートル毎に設置されてる障壁の残骸が転がっている。

 破壊した障壁が軽く十を超えたところで漸く長い通路から部屋へとたどり着いた。強固な入り口を何とか破壊し、さらに数えるのも億劫になるほど障壁を突破したせいか、侵入者達の顔には疲れが滲んでいるように見える。

 部屋はIS四機が余裕で入れるほどの大きさで高さもかなりあるアリーナのような形をしている。だが部屋には白い壁があるだけで他は何も置かれておらず、どこか殺風景な印象だ。

 

 

 ガシャン、ガシャン!

 

 

「なっ!?」

 

 

 特に何があるわけではないと判断した侵入者達が次の場所へ向かうべく、部屋に完全に入った途端、突然壊したはずの障壁が現れ、先程の通路と部屋を遮断する。

 

 

『侵入者達ヲ捕捉。迎撃システム作動シマス』

 

 

 慌てる侵入者達を嘲笑うかのように無機質な機械音声が部屋に響いた。

 

 

 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ

 

 

 声をきっかけに、それまで何もなかったはずの部屋から無数の機銃が姿を現す。機銃は侵入者達を囲むように三百六十度全てに展開されていた。銃口の先は勿論侵入者達だった。

 

 

「まずいっ……!正面突破だ!今すぐこの場から離脱しーー」

 

 

 侵入者の一人が咄嗟に指示しようとしたが、その声は爆音のように響く機銃の一斉掃射によってかき消されたのだった。



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第6話

「オイオイオイ、ちとオーバーキル過ぎるんじゃないの、あの部屋」

 

 

 長い通路を進みながら侵入者の一人である金髪の女(コードネーム“オニキス”)が愚痴をこぼす。

 

 

「でも本当に死ぬかと思った。私ちょっとちびったかも」

 

 

 オニキスの愚痴に反応したのは隣にいる黒髪の小柄な女(コードネーム“トリフェーン”)。無表情のまま「怖かったー(棒)」と呟くトリフェーンをオニキスはジト目で見ながら、こいつ本気でそう思ってるのかと呆れていた。

 

 

「まあISがなかったら今頃私達は肉の塊になってたからな。私もあの無数の銃口はトラウマになりそうだ」

 

「こら、今は作戦行動中です。私語は慎みなさい」

 

「へ~い」「あいあいさー」

 

 

 後方に位置していた眼鏡の女性(コードネーム“ベリル”)に注意され、二人は口を閉ざす。

 

 

(ったく、ベリルの言う通りだけど、ちょっとくらい許してほしいぜ。ましてはあの地獄を突破した直後なんだからよ)

 

 

 そうオニキスが思っても無理はない。

 現在、侵入者達は障壁を無理矢理突破することで機銃だらけの部屋から何とか脱出することに成功し、さらに奥へと進んでいた。しかしその代償は大きく、女性権利団体から与えられた彼女達の乗る第一世代のISのシールドエネルギーはかなり削られ、機体のところどころに損傷がみられた。そして無数の機銃から蜂の巣にされかけたことで侵入者達は少なからず精神的ダメージを負っていた。先程二人に注意したベリルもまた例外ではない。

 

 

「隊長、て、撤退しますか?」

 

 

 ベリルが隣にいる顔をしかめていた女へ問いかける。先程の蜂の巣にされかけた光景を思い出したのだろうか、声が若干震えていた。

 だが隊長と呼ばれた女は一度眼帯で隠している左目をさすり、銀糸のような銀髪を靡かせながら首を横に振った。

 

 

「撤退はしないわ。我々はこのまま篠ノ之博士の探索を続行します。戦果もなしでのこのこ戻ることを上層部が許すわけない」

 

「り、了解です」

 

 

 作戦続行という判断に一瞬憂鬱になりかけたベリル達だが素直に隊長の指示に従う。彼女達も隊長の上層部に対する意見に同意だったからだ。

 

 

(もしこのまま帰れば私達は用済みとして消されるでしょうね。はあ、お金に釣られて雇われるんじゃなかったわ)

 

 

 隊長は女性権利団体の人間ではなく金で雇われた傭兵だ。実力を買われて女性権利団体のIS部隊に所属していたが、実力がないのにプライドを肥大化させた部隊の人間とは相性最悪だった。それでも隊長は努力したが本部との軋轢は増すばかり。結局、隊長は部隊から外され、そして隊長と同じく外部から雇われた者達で編成されていたこの部隊に配属された。この部隊のメンバーは実力こそあるが、それぞれ問題を起こしていた問題児でもあった。初めはそんな部隊を纏めるのに苦労したが、対話に対話を重ねて遂には女性権利団体内の部隊で最強の称号を得ることに成功したのだ。

 しかし実力を評価された自分達の存在を身内びいきの女性権利団体上層部が快く思っていないことを隊長は察していた。

 それに第二世代の登場によって旧式となっていた第一世代はシールドエネルギーや量子化の容量が少なく、機銃レベルの攻撃でも深刻なダメージを負う可能性もあった。予想外とはいえ、この程度なら任務の続行に支障ないと隊長は判断した。

 

 

「それに隠れ家の規模を考えれば、そろそろ奥に到達してもおかしくないわ。逃げられてる可能性もあるけど、できるだけ部屋の隅々まで探すべきね」

 

 

「「「了解!」」」

 

 

 

 

 

 一方、侵入者達が隠れ家の最終防衛ラインだった機銃だらけの部屋を突破した様子をモニタリングしていた束は冷静さを失っていなかった。

 資材不足の影響で他の隠れ家より迎撃システムが脆弱であることを把握してる束にとってこれは想定内の出来事だった。

 

 

(あそこを突破されたとなると、この部屋に辿り着くのも時間の問題かな。出入り口は隠れ家の中で最も強力な障壁にしてるけど、耐えても二十分が限界みたいだね)

 

 

 二十分あればこの部屋の真下にあるシェルターに匿った少女を連れて外に逃げることは可能だ。しかしその場合、少女を医療ポッドから取り出さなければならなかった。未だ容態が不安定な少女を医療ポッド抜きで外に出すのはあまりに危険だ。逆に少女を見捨てるのは当然却下。

 

 

「退路はなし、救援もまだ来ない。やっぱりここで迎え撃つしか方法はないね。ここにあるデータは盗られたり消えたりしても問題ないやつだったのは幸いと言うべきかな?」

 

 

 侵入者達を映しているモニターから目を離さないまま、別のモニターにあるコマンドを打ち込む。

 するとそれまで何の変哲もないデスクトップだったのが突然赤一色に染まった。そしてまるで血がぶちまかれたような真っ赤な画面に浮かび上がったのは画面一面を埋め尽くす無数の『WARNING(警告)』。

 束はそれに動じることなく淡々とWARNINGの表示を消していく。最後の表示を消すと、

 

 

『パスワードを入力して下さい』

 

 

 しかし画面に表示されてるのはその文字だけ。どうやら音声入力のようだった。

 

 

「************」

 

 

 もしここに束以外の者いたならば、恐らく束の近くにいたとしてもそれを聞き取れることはできなかっただろう。だが束が早口だったりボソボソだったわけではない。

 

 たた単純に彼女が(・・・)何を言ってるのか(・・・・・・・・)理解できない(・・・・・・)のだ。

 

 それはまさしく天災(人ならざる者)と言うべきか。

 

 

『ロックの解除を確認、対IS用兵装の使用が許可されました』

 

 

 画面にそう表示されると、束から少し離れた位置の床に一メートル四方の穴が現れ、そこからギターケースのような物が真上に射出された。

 束をそれを見ずに片手でがっちりと掴み取る。ギターケースらしきものにはこう書かれていた。

 

『束謹製対IS用長刀“蒼羽(あおはね)”』と。

 

 対IS用兵装––それはISの開発者ではあったがISの操縦者でなかった篠ノ之束が女性権利団体によるISでの襲撃を受けて考え出した、IS以外でISに対抗するための特殊兵装だ。ISと渡り合うをコンセプトにしているので当然対IS用兵装にはISと同等かそれ以上の性能を有している。

 例えば蒼羽は見た目こそ普通の野太刀だが、実際は超小型高出力の高周波振動発生機が装備された高周波ブレードである。また刀身は束が独自で配合した高密度玉鋼製、ISに踏まれても折れない耐久力、そして切れ味も鉄筋コンクリートの塊も豆腐のようにスパスパ斬れるなど性能もぶっとんでいる。

 他にも何処ぞの光の御子が使っていた魔槍のレプリカやら何故か床に刺したら抜けなくなった剣やら異様に馬鹿でかいとっつきなどがあるが今回は割愛。束曰く、『何故作れたか自分でも分からない』らしいが。

 

 

「さてと」

 

 

 ギターケースから取り出した蒼羽を肩に担ぐ。侵入者がこの部屋まで辿り着くにはまだ時間の余裕がある。既に進路上にある障壁は展開済みで、モニターには障壁に悪戦苦闘する侵入者の姿が映されていた。

 

 

「……着替えるか」

 

 

 今、束が着ているのは上下ともにイモいジャージ。とてもこれから侵入者を迎え撃つのに相応しい格好ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ウラアアアアアアア!!」

 

 

 オニキスの掛け声と共に繰り出された右ストレートで障壁がグシャア、と音をたてながら吹っ飛んでいく。殴り飛ばされた障壁は見事に変形し、元の姿をとどめていない。

 

 

「うはぁ、私達があんなに苦しんだ障壁をこんなに粉々になるなんて。……流石は雌ゴリラ」

 

「おい聞こえてるぞ、くそチビ。誰がゴリラだ誰が。喧嘩売ってるなら買ってやろうか?ああん?」

 

 

 ぼそりと呟いたトリフェーンに青筋を浮かべながらオニキスがキレる。一応オニキスの名誉の為に言っておくが、彼女の外見は目つきが悪いスレンダーな金髪美女である。決してゴリラには似ていない。拳で障壁を壊すなどの野生じみた行動を除いては。

 

 

「つーか、弾薬の節約の為に殴って壊してやったのにゴリラ呼ばわりってどうよ?」

 

「でも最初からああやってれば弾薬の消費は抑えられたかもしれない」

 

「いや無理無理。そんなことしたら腕部の装甲が壊れちまう」

 

「普通にできないって言わないあたり貴女も大概です。それと作戦中なので揉め事は後回しにしてください。あまり私を怒らせないでくださいね……」

 

「「イ、イエス、マム!!」」

 

 

 笑顔だが目が笑っていないベリルからはゴゴゴゴゴッと闘気らしき何かを背中から発している。二人は流石にヤバイと気づき、滝のように冷や汗を流しながら惚れ惚れするほど綺麗な敬礼をビシッと決めた。

 

 

「ハァ……そろそろ奥に着くわよ。気を引き締めなさい」

 

 

 もう侵入者は束がいる部屋の扉の目の前まで来ていた。扉は入り口ほどではないが相当分厚そうな造りになっている。突破するのは少々骨が折れそうだった。

 

 

「これは殴り飛ばすのは無理だなぁ」

 

「寧ろこれを素手で壊せたら正真正銘の人外。怪力だけで言ったらあの織斑千冬と同レベルになる」

 

「しかし既に想定以上の弾薬を消費してる身としては素手で壊してくれた方がありがたかったがなああ!!」

 

 

 そう言いながら、隊長はアサルトライフルを構えて扉に向かってありったけの弾丸を浴びせる。隊長の発砲を合図にオニキスとトリフェーンはサブマシンガンを扉に放つ。

 

 

「っちぃ!全然駄目じゃねえか!」

 

「これは……結構分厚い」

 

 

 マガジンひとつを使い終えたオニキスとトリフェーンは思わず悪態つく。

 隊長が無言でマガジンを取り換えていると、彼女の後ろからベリルが大きな声で叫んだ。

 

 

「みんな伏せてぇえええ!」

 

 

 声に反応してそれぞれが咄嗟に地や壁に這い蹲る。

 その直後、ゴオォォォォォンという爆発音が鳴り響き、爆煙が通路を覆い隠した。

 

 

「ぬおおおおお……」

 

「あー!耳が、耳がー!」

 

 

 爆煙が晴れるとそこには爆発音で耳をやられて悶絶してるオニキスとトリフェーン、何気に耳栓をしていた隊長、ひしゃげた見事に扉、そして大きなバズーカ砲を構えていたベリルの姿があった。

 

 

「扉は開きました。さあ突入です」

 

 

((あ、悪魔だ……))

 

 

オニキスとトリフェーンはにっこり笑うベリルを見てそう思ったのだった。



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第7話

 バズーカから放たれた一撃が束が籠っていた部屋の障壁を突き破った。障壁はひしゃげて部屋からは黒煙が上がっているが、誰も油断せず改めてそれぞれの武器を構える。

 張りつめた緊張の中どれだけ時間が経ったのだろうか。しばらく様子見したが、部屋からは何の動きもみられなかった。これ以上の観察は不要と判断した隊長の『Go!』のかけ声で半壊した入口から部屋へと突入したが、襲撃犯達は目の前の光景に言葉を失ってしまう。

 

 

「これは、思った以上に酷いことになってしまったな……」

 

 

 皆が呆然としてる中、頭を抱えた隊長の独り言がぽつりと溢れた。

 彼女達が見たものは砲撃とその爆風によってボロボロと化した部屋だったものだ。

 なんとか部屋の体裁は保っているものの、壁はところどころ崩れ落ち、地面には粉々に砕け散った巨大なモニターらしきものにもはや原型を留めていないバラバラとなった椅子、木っ端微塵になった火花を散らしている何かしらの機械などが散乱している。弾道の直撃ルートだった部屋の奥中央部は完全に瓦礫の山と化していた。

 そんな惨状を目の当たりにした隊長以下襲撃犯のメンバー全員(特にバズーカをぶっ放したベリル)は冷や汗が止まらなかった。上からの命令は篠ノ之束の拘束。しかも彼女の知識と技術を利用する目的のため五体満足の状態で連れてこなくてはならなかった。しかし目の前にあるのはバズーカによって地獄絵図と化した部屋。彼女達の誤算は障壁の耐久性が彼女達の予想より低かったことだ。その影響で砲撃は障壁を吹き飛ばすだけでなく、部屋にまで甚大なダメージを与えてしまっていた。もし部屋に人間がいたならば爆風によって物言わぬ肉塊になるのは簡単に推測できる。たとえ“天災”篠ノ之束だとしても無事で済むとは到底思えなかった。

 

 

「もしかして、私やらかしましたか……?」

 

 

 ベリルの声が震えている。

 

 

「「「……うん!!」」」

 

 

 そしてオニキスとトリフェーンはオリジナル笑顔を浮かべながら軽く半泣き状態のベリルを取り囲んで更に追い討つ。

 

 

「てめぇふざけんな。障壁どころか部屋までぶっ飛ばしてどーすんだ! もし篠ノ之博士も木っ端微塵になってたらハラキリってレベルじゃねぇぞ!(ガシガシ」

 

「ベリルのせいでクビになってご飯食べられなくなったら、一生どころか来世まで恨む。えいえい(ゲシゲシ」

 

「ちょっ、痛っ!殴らないで蹴らないで暴力反対〜!ってトリフェーン、メガネは踏まないで!メガネだけは!……嗚呼ぁフレームが、フレームがァァァァ!! 」

 

 

 その後しばらくオニキスとトリフェーンによってベリルは袋叩きに遭ったが、隊長の仲裁によってなんとか救出された。隊長がしばらく放置したのはベリルの失態に何かしら思うところがあったからだろう。

 

 

「……やってしまったことは仕方ない。とりあえずこの辺を捜索しよう。せめて何かしらの手がかりは見つけなければならん」

 

「ああ、博士が怪我してるのなら探すなら早いうちがいいな」

 

「私もそれに賛成。 時間をかけるのは色々問題が出てくる」

 

 

 コホンッと咳払いしてさっきまでの茶番劇をなかったことにしようとする隊長とその流れに乗って急に真面目になるオニキスとトリフェーン。ベリルはフレームが曲がったメガネを胸に抱えながらまだ泣いていたが無視した。

 

 

「とにかく目下の目標は篠ノ之博士の捜索だ。もし博士が見つからなかったとしても、部屋の様子からしてここには篠ノ之束の研究成果があったと考えられる。最低でも何かしらのデータは持ち帰るぞ」

 

 

 もし篠ノ之束が死亡してしまっていたとしても束の研究データさえ手に入れれば自分達の首はつながる可能性がある。運が良ければ博士の発見、悪くても博士の死体とデータを持ち帰るという隊長の指示に従ってメンバーはそれぞれISで瓦礫を取り除く作業を始めるのだった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 隠れ家から爆発音が聞こえて数分が経過した頃、私たちはようやく隠れ家の入口にたどり着くことができた。

 

「これはひどいわね。 入口どころか隠れ家自体滅茶苦茶じゃない……」

 

 扉は鈍器のようなもので破壊され、壁は無数の銃弾が撃ち込まれていた隠れ家の惨状に息を呑む。入口の向こうから何か焦げた臭いが漂ってきた。先程の爆発音も含めてどうやら状況はかなり緊迫しているらしい。時間はあまり残されていないようだ。

 

 

「どうする?ここは手分けしてドクターを探すか?」

 

「悪いけどオータムの意見には賛成できないわね。 私達はここの構造も敵の数も把握してない。下手に戦力を分散させたら敵の数次第で逆に私達が撃破されてしまうわ」

 

 

 オータムの意見はスコールによって却下されてしまった。オータムの戦力分散は篠ノ之博士の捜索に関しては悪くない考えだが、スコールの言う通り敵の戦力が不明かつこちらが少人数である状況では逆効果だ。いくらオータムとスコールが百戦錬磨の猛者だとしても一対多に持ち込まれれば戦況がどう転ぶか分からない。ましてや三人しかいない中で一人でも脱落したら救出活動を行うのは困難を極める。 そう考えるとスコールの主張は正しい。だけど私の意見は違った。

 

 

「スコールの指摘も尤もだけど、私はオータムの意見に賛成かな。 狭い空間だとISが密集したらかえって逆効果だと思うよ」

 

「それもそうね。 だけどティナはまだ経験が浅いからオータムと一緒に行きなさい。 私は別のルートで探ってみるわ。 もし篠ノ之博士を見つける前に敵とかち合ったらすぐに連絡するのよ」

 

 

 そう言ってスコール、私とオータムの二手に分かれて私達は銃痕がある通路へと向かった。

 私のゲイレールより重装甲のゲイレール・シャルフリヒターを纏ったオータムを先頭に通路を駆け抜ける。

 

 

「オイオイ、随分とヒデェ有り様じゃねぇか……」

 

 

 先頭を駆けるオータムが驚きながらボソッと呟いた。通路は至る所に銃痕や鈍器のようなもので破壊された障壁の残骸が転がっていて、ここで激しい戦闘が行われたのが一目瞭然だった。特に障壁があったらしき場所にはまるで鈍器で殴られたような凹みがたくさん見られた。警戒しつつさらに先へ進むと、やがて奥からひしゃげた扉と部屋らしきものが見えてきた。ハイパーセンサーを介して奥の部屋の様子を見てみると、

 

 

「オータム」

 

「ああ、地面がさっきまでのと比にならねぇくらいボコボコになってやがる。 多分相当な死闘になったんだろうな。 こっからは気ぃ引き締めて行くぞ! 」

 

「言われなくても! 」

 

 

 ここから先は一切の油断や気の緩みは命取りになりそうだ。部屋までの距離が二十メートルを切ったと同時に右手にドラムマガジン式ライフルを展開させる。いつでも撃てるようライフルを構えながら部屋の数メートル手前で動きを止め、中の様子を伺う。部屋は天井が高いドーム状となっていて、壁には無数の銃痕が確認できた。人の気配は感じず、ジリジリと部屋へ近づきオータムと目で合図するとライフルの引金に指を掛けながら一気に中へ突入した––––––その時だった。

 

 

 ガシャンッガシャンッガシャンッッッッ

 

 

 私達がドーム状の部屋に入った瞬間、さっき入ってきたところとその反対側にあった出入口の扉がひとりでに閉まってしまった。

 

 

「な、なんだァ!? 」

 

「扉が、閉められた。 なんで、扉は壊されていたはず……」

 

 

 いや違う。閉じられた扉はひしゃげたものでなく真新しいものだった。つまり破壊されてた扉とはまた別物……

 

 

「畜生、トラップか! 」

 

「嘆くのは後よ。 何か、嫌な予感がするわ」

 

 

 頭の中で自身の危機を知らせるアラームが鳴り響いた。身体はゾクゾクと何かを感じ取り、背中から冷や汗が流れ落ちるのが分かる。

 これは自慢ではないが、こういう時の勘はよく当たるのだ。そして今回のはかなりやばい。

 

 

 ガシャッガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャンッッッ

 

 

 不安は的中した。先程とは比にならないほど金属音が密室のドームに響き渡り、そして

 

 

 ––––天井から無数の機銃が私達の前に姿を現した。

 

 

「おいおいマジかよ……随分と過剰防衛すぎじゃねぇの?」

 

「流石は篠ノ之束と言ったところかしら、って軽口も叩けなさそうね」

 

 

 思わず乾いた笑い声が出そうになるがなんとか堪える。数えるのも億劫になりそうなほどの機銃を前に私達は身動きひとつとることができず、まさに蛇に睨まれた蛙といった状態となっていた。互いにライフルこそ構えているが、あれ(無数の機銃)を防ぐことができそうな盾など持ち合わせていなかった。まさか助けにきた側が侵入者用の凶悪な罠に引っかかるなんてとんだお笑い草だわ。まあとりあえず、

 

 

「まずは生き残ることが最優先事項ね」

 

 

 その瞬間、まるで雷鳴のような轟音を鳴らしながら機銃の火が吹き、雨霰の如く弾丸が私達に降り注いだ。




ティナ・ハミルトン&オータムVS篠ノ之束謹製防衛システム『三千世界』

開始


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第8話

めっちゃ投稿遅れてしまいました。


−追記−

5/3 日間で10位にランクインしました。とても嬉しいです。本当にありがとうございます。


「ッ!?この音はまさか……」

 

 聞き覚えがある音が侵入者の耳に入る。それは十数分前、自分達にトラウマレベルの地獄を与えた無慈悲な機械から放たれた銃声。そして彼女らは気づいた。

 

 ——『三千世界』の再稼働を。

 

 おそらく誤作動ということはないだろう。だが上層部から援軍の報告は入っていない。にもかかわらずあの迎撃システムは作動したのだ。

 

 つまりそれは第三勢力の介入を意味していた。

 

 

「これはまずいな。捜索のペースを上げるぞ。向こうが来る前に篠ノ之博士を確保する」

 

「そんなこと分かってるっての……ん?」

 

 

 奥の瓦礫の山を漁ってたオニキスは中から妙な手応えを感じた。一部分だけ何かが引っかかってるようだ。

 

 

「んだこれ……ッ!?」

 

 

 手応えのあった場所を掘り進めてみると出てきたのは何かを握りしめた人間の左手首らしきもの。さらにまわりを掘ると手首の下から純白の服を身につけてる左腕が姿を現す。

 状況からみてこの腕は篠ノ之束のものに違いなかった。肌の色がまだ青白くないことや出血してる様子がないことから腕が千切れてるとは考えにくく、生死は不明だが篠ノ之束の身体はこの瓦礫の下に埋まってる可能性が極めて高い。

 

 

「おい腕を見つけたぞ! 誰か瓦礫どかすの手伝ってくれ! 」

 

 

 オニキスがそう叫んだときだった。

 

 それまでピクリとしなかった腕が突然手首を捻りオニキスに向かって握っていたナニカを投げつけた。

 振り返ったオニキスの目に入ったのはテニスボールよりやや小さな黒い球体。それがISのバイザー越しにオニキスに当たった瞬間ーー

 

 

 キイィィィィィィィィィンッッ

 

 

 球体は破裂し、甲高い音が大音量で部屋に鳴り響いた。した。

 

 

「グゥッッ!」

 

「ガァァァァァァァァ!?」

 

「み、耳が……!?」

 

 

 尋常でない甲高い音は全員の耳に甚大なダメージをもたらした。

 

 強力な音波による鼓膜の破壊。

 

 それは致死性のダメージを防ぐ絶対防御やシールドエネルギーの裏をかく一撃。

 

 現にその物体から離れていたメンバーも鼓膜に小さくないダメージを負っている。

 至近距離で三半規管をシェイクされたオニキスは脳震盪を起こしたのか両耳から血を流しながら倒れていた。気絶はしてないが両耳の鼓膜は破れ、脳震盪を起こした影響で身動きがとれない。そんな意識朦朧としたオニキスの目に映るのは瓦礫に手をつけて身体を持ち上げようとしてる左腕。

 パラパラと瓦礫が崩れて埋まっていた身体がその姿を現した。

 

 

「趣味で作った束さん特製音爆弾の効果が想定以上だった件。高級耳栓してなかったら絶対私の耳も無事じゃなかった……それにしてもやっとここから出ることができたよ。いきなりバズーカをぶち込むなんてとんでもないね君達。おかげでここにあった研究成果はほとんど台無し。今回の襲撃もそうだけど女性権利団体は私の神経を逆撫ですることが好きなようだね」

 

 

 瓦礫の上に立つその人物は刀を肩に乗せて侵入者達をまるで家畜を見るような冷たい目で見下ろす。

 

 

「……あなたが篠ノ之博士ですね。上からの指示であなたの身柄を拘束させていただきます 」

 

 

 隊長の言葉をきっかけに倒れてるオニキス以外のメンバーが束に銃を突きつける。

 だが隊長は内心目の前の人物が本当に篠ノ之束なのか確信がもてなかった。汚れひとつない(・・・・・・・)漆黒のドレスアーマーに日本刀というアンバランスな装備をした彼女は事前に聞かされていた『人間嫌いの人格破綻者』とは全くの別物。狼のような鋭い瞳や隙がありそうでない佇まいは一人の戦士を思わせる。

 

 

「拘束?……真面目な顔して面白い冗談言うねお前。全然笑えないけど」

 

 

 一発当たるだけで生身の人間が一瞬でミンチになるIS用の銃を突きつけられてもなお束は全く動じることはなかった。いやむしろ侵入者達を煽ってくるほど余裕が感じられた。得体の知れない様子を不気味に思いながらも隊長は諭すように警告を促した。

 

 

「どうやらあなたは我々があなたに危害を加えられないと思っているようですが、上からは“生きて連れてこい”としかいわれてません。そのため我々は死なない程度に痛めつけられることができます。それに私の部下達は少々血の気が多いので下手に煽るのはお勧めしませんよ」

 

 

 要は痛い目に遭いたくないなら大人しく捕まれということだ。普通なら生身で複数のISに囲まれる状況に追い詰められた相手はここで素直に投降する。稀に反発する者もいるが、見せしめに何人か死なない程度に痛めつければ大人しくなった。

 

 

「残念だけど束さんに脅しは通用しないよ」

 

 

 しかしその警告は天災には通用しない。

 

 

「いちいちそんなものに屈してたら身体がいくつあっても足りないって。何で脅せば『天災』をいいなりにできるって思えるんだろうね。束さんには愚者の考えなんて理解できないよ」

 

 

 束はくだらないと隊長へ嘲りの視線を送る。だが部下が一人やられ、こちらが絶対的有利の状況でも余裕を崩さない束に苛立ってた隊長からしたらそれは途轍もなく不愉快なものだった。

 

 

「そうですか……なら」

 

 

 ——そちらが泣いて懇願するまで痛めつけるとしましょうか

 

 

 隊長はアサルトライフル無表情で束に向かって引き金を引く。

 

 突然の暴走に部下達も目を見開いたままだ。普段の彼女ならこんな軽率な真似はしなかっただろう。だが隊長という立場の責任感、隠れ家への侵入、不意打ちによる部下の負傷、捕獲対象の彼女に対する嘲りで彼女のストレスは暴発してしまった。

 

 タァンッと一発の乾いた銃声が部屋に木霊し、放たれた弾丸は束の胸元へ。

 

 チンッ

 

 

 誰もが最悪の事態を予想していたが、次の瞬間彼女達が目にしたのはいつの間に鞘から抜かれていた刀と地面に転がった真っ二つの弾丸。

 

 

「えっ?」

 

 

 銃弾が斬られた?

 

 涼しい顔のまま刀を鞘に収める束を呆然と眺める隊長。部下達も先程の光景を目の当たりにして言葉を発することができない。

 

 

「篠ノ之流抜刀術“雲海”。単発の銃弾ならこの程度で十分ってね」

 

 

 刀を腰の左側に据え、柄を握り親指を鯉口に添える。瞳を閉じて外界の情報を遮断し精神は明鏡止水の境地に達した。

 

 

「篠ノ之流抜刀術“三日月”」

 

 

 ぼそりと束が呟いた直後、チンッチンッチンッチンッチンッと金属音が連続して鳴り、さらにボトッボトボトボトッボトと何かが地面に落ちた音がした。

 

 

「え……」

 

「嘘でしょ」

 

「…………っ!?」

 

 

 落ちたのはかつて彼女達が束に向けていた銃だったもの。それは銃口など何箇所も綺麗に切断されて銃の機能を完全に失った残骸と化していた。

 ISのハイパーカメラでも何が起きたのか動きを捉えることができなかった。間違いなく束が何かしたはずなのに、束の体勢は何も(・・・・・・・・)変わっていない(・・・・・・・)。こんなの到底人間業とは思えなかった。

 

 

「化け物め」

 

「そんなことは言われ慣れてるよ」

 

 

 刀を完全に抜いて鞘を無造作に放り投げる。鞘がカランカランと乾いた音をたてながら地面を転がり、誰も鞘のことを気にする者はいない。

 

 

「私はこう見えても戦国時代から続く対人戦闘術篠ノ之流の師範代を務めてたときがあってね。本分は研究者だけどーーー剣の腕は実はちーちゃん以上だったりするんだよね」

 




おかしい……束救出編が全然終わらない……


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第9話

「ば、化け物……」

 

 

 束にバラバラにされた銃は侵入者の手からこぼれ落ちる。パズルのピースのように細かく斬り落とされて元の機能は完全に失ってしまっていた。

 

 その場から一歩も動いていないにもかかわらず自分達の得物を切り刻んだ束の底知れぬ実力に侵入者達は今更ながら畏れを抱いた。

 

 

(完全に見誤っていた。篠ノ之束の脅威はその頭脳だけじゃなかった)

 

 

 侵入者達は決して束を侮っていたわけではない。寧ろ女性権利団体の中で最も束の脅威を認識していた方であった。だがそんな彼女達の認識も束を知る者から見ればとても甘いものでしかない。侵入者達は束の人外じみた頭脳と最も脅威と感じていたが、本人を目の前にしてその考えが間違っていたことを悟る。

 

 

 脅威だったのは彼女の頭脳ではない。篠ノ之束の存在そのものだったのだ。

 

 

 天才的な頭脳をもつ人格破綻者? いや彼女はそんな生温い存在ではない。あれはその気になれば玩具で遊ぶような気軽さで世界をどうにだってできるまさに“天災”そのものだ。とても女性権利団体が扱えるようなモノじゃない。

 

 しかしそんな彼女達の絶望的な心情なんて知る由もない束が硬直する侵入者の隙を見逃すはずがなかった。

 

 ダメージが抜けきれず目の前に倒れたままのオニキスの背中を足場にして人間離れした脚力で思い切り踏み抜き、ISのハイパーセンサーでも目で追うのがやっとのスピードで隊長目掛けて一直線に跳んだ。

 

 一方IS越しとはいえ無防備で背中に強烈な一撃をくらったオニキスはグエッ、と潰れたような声を上げながら地面にめり込む。

 

 

「…………しまっ!?」

 

 

 気づけば束は抜刀した状態で隊長の懐に潜り込んでいた。隊長が束を視認した時には既に刃は脇腹から逆側の肩口を斬り上げるように放たれる。

 

 反応が遅れ迎撃は困難と判断した隊長は身体を反るようにして刃から逃れようとしたが、完全には避けきれず浅いながらも斬撃は直撃してしまった。

 

 

「チッ、浅かった」

 

 

 舌打ちする束を尻目に斬られた勢いを利用してそのまま後ろに下がる。束は口では悔しそうにしてるがそれほど焦りは感じていないようだ。

 

 一方油断してなかったにもかかわらず簡単に懐に侵入を許してしまったことに隊長は動揺を隠せない。手練れの筈の部下達も今の一瞬の攻防に目を奪われ呆然としている。

 

 

(まずい展開になったな)

 

 

 想定以上の近接格闘をこなす束に隊長は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。ただでさえ底知れぬ束の実力をさらに上方修正しながら、最初に飛び道具を潰されたことを悔いていた。後付武装がない旧式の第一世代は搭載できる武装の量はさほど多くない。実際隊長の武装も破壊されたサブマシンガンと近接ブレードの二つのみである。

 部下達も似たようなものだ。そのメインウェポンを破壊されたことで侵入者達は束に接近戦を強いられている。

 

 一撃離脱を繰り返しながら放たれる束の鋭い斬撃を近接ブレードでなんとか捌いていくが、束の剣さばきと人外じみたスピードを前に反撃の糸口を掴めない。

 

 隊長も必死にブレードを振るうも不慣れな近接戦に次第に地力の差が顕著になり、やがて束の動きに反応しきれず斬撃を浴びるケースが増えていく。

 

 

「隊長の、援護を……! 」

 

「う~、当たらない。速すぎる」

 

 

 部下達も加勢しようとブレードを振り回すが壁や天井も足場にして翻弄する束の動きを捉えることはできない。

 そんな戦況の中、ある事実に隊長は焦りを隠しきれなくなる。

 

 

「シールドバリアーが発動してるだと……? クソッ、このままでは……」

 

 

 削られる度にシールドバリアーが発動し、既に『三千世界』て四割近く消耗してたシールドエネルギーの残量が更に減っていく。ミサイルならまだしもただの刀でここまでシールドエネルギーを削れるのは本来不可能に近い筈だった。

 

 

「その刀、ただの刀じゃなさそうだな」

 

「ようやく気づいた?ま、仕組みなんて教えないけどね!」

 

「いや、その刀が脅威だと分かった時点で十分だ」

 

 

 それまで蒼羽の射程圏内ギリギリの距離感を保っていた隊長は突如防御を捨てて束に接近する。

 束は隊長の捨て身の行動に面食らうが既に振り下ろす動作に入っていたため避けることができない。結局振り下ろさせた刃はモロに隊長に直撃した。

 それまでの浅い当たりと違った会心の一撃はこの戦闘で初めて絶対防御を発動させる。絶対防御の発動で隊長のISのシールドエネルギーはみるみる減少していき、ついに残りは一割を切ってしまう。

 このまま順調に押し切ればすぐに戦闘不能にすることができる。だが苦悶の表情を浮かべる隊長に束は何故か嫌な予感がしてならない。

 

 そしてその予感は的中してしまった。

 

 

「ガハッ……なんてな」

 

 

 それまで苦悶の表情を浮かべてた隊長がにやりと嗤う。その両手には蒼羽の刃とそれを握る束の腕ががっちりと掴まれていた。

 

 

「しまったッ…… 」

 

 

 ここにきて束に初めて焦りの表情が表れる。腕を掴んでいるISの力は強力で束の怪力をもってしても簡単に振りほどくことができない。

 

 

「やれ! トリフェーン、ベリル! 」

 

「「了解」」

 

 

 隊長の合図に応えた二人はブレードを構えて身動きがとれない束に向かって突貫する。手練れの二人にとって止まった的に軽くブレードを当てることなど朝飯前。しかし相手は生身の人間でこちらはIS。加減を間違えれば束をミンチにしてしまうので慎重に適度なダメージを与えなければならない。

 

 

「……てい」

 

 

 一瞬悩んだ末にトリフェーンが選んだのは柄頭で後頭部を殴ることだった。ブレードを振り上げて柄頭を束へ叩きつけようとする。さすがに無防備で後頭部を殴られればいかに強靭な肉体を誇る束といえども無事では済まされないだろう。

 

 ベリルはトリフェーンが決めると思い、ブレードを構えたまま束のすぐ近くに待機している。隊長の指示に反して二人での攻撃は過剰だと感じたベリルの考えはやや浅慮ながらも間違いではなかったが、この時ベリルは相手が篠ノ之束だということを完全に失念していた。

 

 

「篠ノ之流戦闘術“胡蝶之夢百花繚乱”」

 

 

 それが意識を失う前にベリルが聞いた最後の声だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「あぁ……本気で死ぬかと思った。いやオータムがいなかったら絶対死んでたわ」

 

 無事(?)にあのえげつないトラップを突破した(ティナ)はおそらく篠ノ之束がいるだろう部屋へ向かっていた。

 オータムは同行していない。彼女はあのトラップで出口を破壊してた軽装甲の私を庇いながら銃弾を集中的に浴びて行動不能になってしまったからだ。

 

 

『オータム!』

 

『こんくらい気にすんな。こっちはスコールからてめえのお守を頼まれてんだよ。さすがにこの先にゃ行けねぇが、てめえなら大丈夫だろうよ』

 

 

 そう言って壁を背に座り込んだ。ぶっきらぼうな物言いだけど面倒見の良いオータムらしい。

 

 彼女の様子も気になったけど、オータムから武装のいくつかを譲り受けて奥へと進んだ。

 侵入者に破壊されたであろう通路を直進していくと、道の奥にひしゃげた扉を確認した。扉はそれまでの通路の銃痕とは異なり明らかに爆破された痕跡があった。それにまだ真新しい。篠ノ之束がいるかは分からないけど、扉の先に侵入者がいる可能性が出てきた。

 

 手にしたライフルをきつく握る。緊張からか心臓の鼓動が早くなり、呼吸も荒くなっている。ここから先は訓練やさっきまでとは違い本当の戦闘になる。よく見ると手が震えてる。頭では分かってるけどやはり心のどこかでそれに怯えてるのか。

 

 はあ、と一旦深呼吸して心を落ち着かせて、じっとライフルを見る。……よし完全に震えも止まった。何故か昔から銃を見ると気持ちが穏やかになるから試したけど効果は抜群だった。

 

 

「よし、仕掛けるか」

 

 

 覚悟を決めてジリジリと部屋へ近づいていく。……部屋からは何も音が聞こえない。だがセンサーには部屋の中に四つのISの反応を示していた。

 何が起きてるのかさっぱり分からないが、どうやら突入してみるしかないようだ。

 

 ライフルのセーフティを外し、いつでも発砲できる準備は整った。そして意を決して部屋へ飛びこんでみるとそこには——

 

 

 

 




やっと終わりが見えてきた……


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第10話

「そのモノアイ型の全身装甲……ハミルトン・インダストリー社の第一世代、ゲイレールだね。なるほど、君がエドの言ってた援軍なんだ。来てくれたのはありがたいけど、でも欲を言えば、もうちょっと早く来てほしかったなぁ……」

 

 

 まず部屋に突入した私の目にとびこんできたのは内部で爆発でも起きたのかと思うほど瓦礫とスクラップで滅茶苦茶になっている部屋。あたりに転がってる機械の残骸を見る限りここは篠ノ之束のラボだったと思うけど、無残に破壊されていてその面影はほどんど残されていない。液晶が割れたモニターや何に使うか分からない大きな機械がなかったらここが何の部屋か分からなかった。

 そんな部屋にいたのは地面に横たわる数人の女性と彼女らが装着してたと思われるISの残骸も放置されている。地面に突き刺した刀で身体を支えながら片膝をつく篠ノ之束の姿だった。

 

 

「篠ノ之博士!?」

 

 

 彼女は肩で息をしながらドバドバと鼻血を流していた。明らかに尋常じゃない様子に焦った私は急いで篠ノ之博士のもとへ駆け寄る。篠ノ之博士は安心したのかふらりと私に倒れかかった。

 

 

「ううっ頭が痛い……やっぱり禁術って使うもんじゃないや。代償の脳への負担が予想以上……これ、束さんじゃなかったら、絶対廃人になるね……」

 

 

 禁術? 代償? 廃人?

 事情は分からないけど何か色々とやばいフレーズが聞こえてきた。いや本当にどういうことなの? ていうか絶対科学者言うセリフじゃないよねそれ。

 

 

「だ、大丈夫ですか——ッ!?」

 

 

 苦い表情で頭を押さえる篠ノ之博士を支えようと手を伸ばしたその時。突然背筋が凍るようなぞわりとした悪寒が私に襲いかかった。

 

 一瞬遅れてこちらが狙われてることを知らせるISの警告アラームが鳴り響く。

 

 アラームが示してる先は篠ノ之博士の背後。

 

 そこには左手で耳を押さえ、残った右手でIS用のハンドガンを構えたISを纏う金髪の女がいた。

 

 うそっ、さっきまで全員ISが解除されてたのに! まさか一人だけ見逃してた!?

 

 

「クソッタレがァァァァ!! 」

 

「クッ、ウゥゥゥ! 」

 

 

 考えるより先に篠ノ之博士を庇うように女の前に飛び出すと同時にパンパンパンッと銃声が上がった。

 

 

「グゥ……! 」

 

 

 身体中に衝撃が走り、シールドエネルギーが削れる。

 

 何発かは左腕に装備してたシールドアックスで防げたけど、残りの銃弾は食らってしまったみたい。だけどおかげで後ろにいる篠ノ之博士には一発も銃弾は跳んでこなかったようだ。

 

 

「チキショウ……」

 

 

 篠ノ之博士の無事を確認しほっと安堵してると女は弱々しく悔しそうな声をあげた。ガチャッガチャッと引き金を引いてるが弾は出てこない。どうやら彼女の銃が弾詰まりを起こしてしまったらしい。

 

 チャンスだ。だがゲイレールの標準装備であるシールドアックスはさっき盾として使ってしまった。武器として使うにしてもタイムロスが起きてしまう。ならば私が選ぶのはひとつ。

 

 空いてる右手にオータムと別れるとき彼女から受け取ったもうひとつの武器を展開する。そしてその柄を掴んだ瞬間にそのまま女に向かって投げつけた。

 

 それはピッケル。

 

 

「ふぇ?」

 

 

 女は思わず呆けた声を上げる。ハンドガンを投げ捨ててブレードを展開していたが、既に疲労困憊だった女にかなりのスピードで回転しながら飛んでくるピッケルを避けることはできず、ピッケルの先端が女の頸に勢いよく突き刺さった。急所に命中したけど絶対防御が発動したので死ぬことはない。だけどその絶対防御の発動でシールドエネルギーが底をついたのかISが強制解除された。女は声を上げることなく、受け身もとれずにそのまま地面に倒れる。ぐったりしてるから死んだかもと焦ったけど、胸が上下してるのが見えたからただ気絶してしまっただけだった。

 

 しばらくは大丈夫だけどまた動かれると困るのでさっきのを含めた倒れてる女達は篠ノ之博士から借りた専用のロープで全員拘束させてもらった。ちなみにISは彼女達から離れた場所に一箇所で集めてある。

 

 

「ねえ、君に頼みがあるんだけど」

 

 

 まだ体調が回復せず横になってた篠ノ之博士がISの回線でスコールに連絡してた私に話しかける。

 

 

「何でしょうか? 救援ならさっき仲間に連絡したのでしばらくしたら到着しますよ」

 

「そうなの? なら君の仲間が来たら話すとしようかな。人手が必要だからね」

 

 

 数分後、私から連絡を受けたスコールが部屋に到着した。ISのダメージが大きかったオータムは一足早くトラックに戻ったらしい。

 しかしオータムがいないとなると困ったな。こっちには拘束した女四人とそのISがあるんだけど。

 

 えっ、何個か処分すればいい? いやいや絶対数の少ないISは確保しておきたいし、この人達も貴重な情報源なんだから面倒って理由で消しちゃだめだって!

 

 結局、ISと女達は後でトラックと控えていた他のメンバーを引き連れてきたオータムに丸投げ。オータムは怒ってたけど、私には篠ノ之博士の頼みを聞かなくてはならないのでさらば。

 

 

「それで頼みとは一体何でしょうか? 」

 

「それは…………」

 

 

 篠ノ之博士曰く、この隠れ家の最奥部にある核シェルターに博士が違法研究所から助け出した少女がいるらしい。しかし衰弱しており、現在も意識が戻らず医療用カプセルで眠っている状態だという。離脱が可能だったにもかかわらず篠ノ之博士が侵入者と対峙したのも身動きがとれないその子を守るためだったようだ。

 

 他に要救助者がいるなら頼みに応えないわけにはいかない。

 まだ本調子でない博士を抱えながらその部屋に辿り着くと、そこには銀髪の小柄な美少女が医薬品らしき黄緑色の液体が入った巨大なカプセルの中で眠っていた。少女は治療のため衣服を纏っておらず、液体の中で髪をゆらゆら揺らしながら眠るその姿は同性である私が見惚れてしまうほど神秘的に見えた。

 

 

「ほら、惚けてないでさっさと運びなさい」

 

 

 ジーッと少女を見つめてたらスコールに叱られてしまった。少女の入ったカプセルはIS一機では持ち上がらず、私とスコールの二人掛かりでようやく動かせることができた。

 

 行きは私が抱えていた篠ノ之博士は帰りは自力で歩いている。大丈夫かと聞くともう副作用だった脳へのダメージは回復したそうだ。脳へのダメージってこんな簡単に回復したっけ?

 

 落とさないように慎重にカプセルを外に運び出すと、外にはISと女達を回収済のトラックとややイラついているオータムが待ち構えていた。オータムはカプセルと篠ノ之博士を女達を詰め込んだのとは別のトラックに乗せる。いつの間に二台目のトラックが、と荷台に乗るオータムを見てると、オータムは頭をガシガシかきながら面倒くさそうに事情を語った。

 

「あ~、トラックの手配はボスからの指示らしいぞ。アタシ達が出撃した後に篠ノ之束を乗せるためにつってな。あの野郎、絶対アタシ達が最初のトラックに敵を乗せるって分かってやがったぜ」

 

 だったら最初から二台連れてくって言えよな、とぼやくオータムを宥めながら私達も同じトラックの荷台へ乗る。スコールから状況を連絡されたパパの指示によって篠ノ之博士と少女はこのままハミルトン・ファミリーの息がかかった病院へと搬送することになった。

 

 ブロロロロッとエンジン音を上げながらトラックは鬱蒼と木々が茂る山道を駆け抜けては廃墟となった隠れ家から遠ざかる。やがて二台のトラックは闇の中へと姿を消したのだった。

 

 

 

 

 



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第11話

途中で視点が変わります。


 パン、パン、パン、パン、パン

 

 

「五発中五発命中。内訳は頭部二発、心臓二発、局部一発。お見事ですティナお嬢様」

 

 

 ナンシーの報告を聞きながら手元のベレッタM92をくるりと一回転させてホルダーに納める。格好いいからと始めたこの動作も随分と様になってきた。最初は臭いと思っていた射撃場に広がる煙硝の匂いが今では心地よい。

 まだ的を確認していないが、ナンシーの報告が正しければ何発か急所から外れた前回と違って今回は全弾急所に命中させることができた。魔弾の射手の恩恵なのか射撃をこなすうちに手応えも感じるようになり、日に日に射撃の腕が上がってきてる気がする。

 ナンシーに事前につけていた目隠しを外させるると五発撃ち込まれたという目の前の人型の的に近づく。

 銃弾はナンシーの言う通り、それぞれ急所を貫いていたが、頭部の二発は数ミリの誤差だが微妙に額から逸れていた。部位から外れてるわけじゃないけどまだまだ成長の余地はありそうだ。

 

 

「目標が高すぎませんか?」

 

「甘いわねナンシー。この程度で根を上げてたらIS乗りとして生きていけないわ。特に裏の連中は化け物よ。妥協してたら命を落としかねない」

 

 

 本人達曰く、相当な手練れであるはずのスコールやオータムもIS乗りとしての腕は中の上、よくて上の下らしい。IS誕生から数年しか経ってないのに化け物多すぎでしょ。

 それに比べて私は一応チート持ちだけど単純な身体能力は常人以上軍人未満だ。

 それに強力なチートといえる魔弾の射手は実は努力なしでどうにかなるような万能なものではない。若干の補正はあるものの魔弾の射手はあくまで英雄に至れる可能性をもつ才能にすぎない。当然努力を怠れば英雄クラスに至れる可能性を秘めた力もただの宝の持ち腐れに成り果てる。

 

 この力を生かすのも殺すのも自分の努力次第。

 

 そんなことはとうの昔に分かってたつもりだったし、自分はちゃんと努力してると思っていた、いや思い込んでいた。

 でも現実はそう甘くなかった。

 

 篠ノ之博士救出戦。

 

 あのとき私は罠から逃れるのに精一杯でほとんど何もできなかった。

 篠ノ之博士を救出できたのも彼女自身が襲撃犯を返り討ちにしたから。罠に手間取って時間をロスした私達にできたことは無力化された襲撃犯を輸送するだけ。事実上の作戦失敗だった。

 それまで能力に驕らず真面目に努力をしてたつもりだったけれど、結局それは「つもり」でしかなかった。

 初陣だったからか私は終始冷静を欠いていた。なんとか生き残れたのはベテランのオータムが私をリードしてくれたからだ。

 だから余計に自分の認識の甘さと未熟さが恨めしかった。周囲からは初陣だから仕方ないと慰められたけど思ってる以上に無力だった自分が悔しくて情けなくて、許せなかった。

 

 もう二度とあんな思いはしたくない。

 

 

「ナンシー、新たな的を用意してちょうだい。もうワンセットやるわ」

 

「かしこまりました」

 

 

 結局私はワンセットだけでは満足できず、ナンシーに止められるまで射撃訓練を続けたのであった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 その日の深夜、ハミルトンファミリー幹部御用達のバーのカウンターにオータムとスコールはいた。最近の彼女達の話題は同僚のティナについてだった。

 

 

「それでティナの様子はどうだった?」

 

「チッ、あいつ今日も夜遅くまでやってたぜ。ナンシーがいるおかげで無茶はしてねぇみたいだ」

 

「アレからずっとあの調子よね。正直初陣のティナにあの任務は荷が重すぎたわ。あれはあまりにも不確定要素が多すぎた」

 

「あんとき分かってたのは隠れ家の座標だけだったからな。しっかし襲撃犯に迷路のような隠れ家、限られた時間さらにはオーバーキルな迎撃システム、か。そう考えると初陣のあいつが無事に戻れたのは奇跡に近かったんだったんだよなぁ。アタシも何度か走馬灯が流れたことか……」

 

 

 特に『三千世界』のときは酷かった、と苦い記憶を振り払うようにスクリュードライバーを口に流し込む。

 好戦的なオータムすらも死を覚悟した今回の任務。誰もが生きて帰れただけで充分と初陣のティナを責めようとしなかった。

 けれどティナはそうは思わなかった。

 作戦終了以降、自分の未熟さを責めた彼女はより訓練に没頭するようになる。訓練の時間が長くなるのは勿論、内容も以前より濃密になっていた。

 新人時代に似たような経験をしたオータムとスコールは挫折を味わったティナの気持ちを痛いほど理解できる。二人も何度も苦い経験を糧にして這い上がってきた。

 最初はティナの変化を快く思ってた二人だったが、どんどんハードになっていくティナの訓練の様子に次第に顔を曇らせるようになった。

 忘れているかもしれないが彼女はまだ十二歳なのだ。成人女性でも根をあげる彼女の訓練は未成熟な身体に過度の負担を強いていた。しかしティナは週に一回休息日を設けるなど身体が壊れないように工夫しているため、頭ごなしに訓練をやめて休めとは言いづらかった。

 

 

「できればティナには年相応な暮らしをしてほしいんだけどね。友達、いるのかしら……」

 

「スコール……それ完全に母親ポジのセリフだ。あと、あいつ本人にダチのことは絶対聞くなよ、ブッ壊れるから」

 

 

 オータムは一度だけティナに友達の有無を尋ねたときがある。オータムとしてはちょっとしたからかいのつもりだったのだが、質問を聞いた途端にティナが急に挙動不審になりはじめたのだ。

 

 

『えっ、と、友達?い、いるし!ちょーいるし! 百人とかよゆーなんですけど!』

 

 

 声を震わせて視線を明後日の方向に逸らす姿にオータムは目頭が熱くなった。その後も必死に友達いるアピールしまくるティナに二度とこんな質問はしないと心に誓った。

 

「そ、そうなの……」

 

 なんとなく察したスコールは気まずそうにカクテルの入ったグラスに手を伸ばす。

 甘いはずのピニャ・コラーダがほんの少し、苦く感じた。

 

 

 

 



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第12話

 篠ノ之博士を救出してから数日後、大きな円卓の会議室に組織の大幹部の面々が一斉に顔を並ばせている。その円卓の中には私とスコールの姿も含まれていた。

 

 

「各部門の代表者が勢揃いしてる。これは中々壮観な眺めね」

 

「そう? ああ、そういえばティナは総会に参加するのは初めてだったかしら 」

 

「そうよ。おかげで場違い感が半端じゃないわ」

 

 

 げんなりと胃をおさえてる私の様子を見てスコールは笑ってるけどこっちからしたら全然笑いごとじゃないんだよ。。

 

 ーーー総会

 

 ここでいう総会はボスが定期的にファミリーの最高幹部を召集して開く会議のことだ。会議では各々の参加者が現状の報告し、それを踏まえて組織の指針が決定される。そのため召集されるのは幹部の中でも上位の者に限られ、内容も外部に漏れにくくその実態を知る者は組織内でもそう多くはない。クラウンの隊長である私も今回IS部門の代表者として初めて召集されるまで総会については小耳に挟む程度の知識しかない。

 補佐役にそれまでIS部門の代表を務めていたスコールが出席してるとはいえ、十三も迎えていない小娘にとってファミリーの重鎮達が顔を揃える会議は場違い感が半端ない。そのメンバーの中には普段私を可愛がってくれてる人もいるけど、今回の私は『ボスの一人娘』じゃなくて『IS部門の代表者』という一幹部としての立場であるから、この場で私に甘い態度をとる者はいない。一度でも幹部として相応しくないと見做されば私の地位は剥奪され、ボスの一人娘としても失格の烙印を押される。マフィアの中でも比較的アットホームなハミルトンファミリーでもさすが裏社会、このあたりは非常にシビアだ。

 

 

「ああ、胃がキリキリする……早く会議始まらないかしら」

 

「ご愁傷様ね。私もティナの召集は時期尚早だと思ってるけど、私達は今回の議題の当事者だから仕方ないと諦めた方が賢明よ」

 

 

 スコールの慰めになってない慰めにがっくりと肩を落とす。

 そうなのだ。今回の会議の議題には篠ノ之束についても含まれている。というかメイン。そのため篠ノ之束救出作戦の当事者として今回はスコールだけでなく私も召集されたのだった。

 

 それから数分後、幹部が全員揃った中、ようやくボスが円卓に姿を現した。ボスの登場と共に幹部達は一斉に立ち上がり頭を下げた。勿論、私も例外ではない。

 軍隊のように一寸の狂いもない光景を満足げに見渡したボスが席に着くと、幹部達も頭を上げて着席する。

 

 

「うん、全員揃ってるようだね。では早速会議を始めようか。皆、知ってるだろうけど今回の議題のメインはDr.篠ノ之に関してだ。と、その前にスコール、篠ノ之束救出作戦についての報告を頼むよ」

 

「IS部門代表補佐のスコール・ミューゼルよ。まず手元の資料をーーー」

 

 

 スコールは資料を片手に、作戦概要、篠ノ之博士の安否、こちらの被害状況、そして捕虜と四つのISコアの確保といった戦果等の結果を淡々と報告し、時折挙がる質問もスラスラと澱みなく答える。不足のない回答に他の幹部達も満足そうに頷き、彼女が説明し終えると周囲から拍手があがった。

 

 

「実に素晴らしい報告だったよ。特に今回の資料はとても分かりやすかった。この調子で次回も頼むよ」

 

「あら、ありがとうボス。でも残念、今回の資料を作ったのは私じゃなくて、うちの可愛い隊長さんよ。褒めるなら彼女を褒めてほしいわ」

 

 

 そう言ってスコールは私に軽くウインクをすると、驚いた様子のボスや幹部達の視線が一斉に私に向かう。

 

 

『お嬢が? 嘘だろ、ウチの部門のやつのよりよっぽど出来がいいぞ』

 

『しかしお嬢はまだ十二歳だ。いくらお嬢でもこれは信じられんな』

 

『それはスコールがこの場で嘘をついてるとでもいうのか?』

 

『それこそありえないわ。彼女はそんな人間ではないし、そもそもこのような嘘をつく必要性がない』

 

『なら、これは本当にお嬢が…… 』

 

 

 ああ、大幹部たちからの尊敬と羨望のまなざしで胃がジクジクして痛い……

 

 たしかにその資料をつくったのは私なんだけど、それは前世の知識があったからできたことで神童扱いはやめてほしい。元凶のスコールは我が子の成長を見守る母親のようにニコニコ笑ってるだけだし、ボス――というかパパはキラキラと顔を輝かせてうちの子すごい、うちの子すごいと近くの幹部に自慢していてすっごい恥ずかしいんだけど。

 さすがに会議で新参の私がボスに直接「恥ずかしいから私の自慢するのはやめて」とは言えないのでジト目でボスをじっと見てると、ボスは私の無言の抗議に気づいたようで、コホンと咳払いをするとそれまで和やかだった空気がもとの厳粛なものへ引き戻される。

 

 

「さて話を戻そうか。スコールの報告のとおり、僕の独断とはいえ我々は篠ノ之束博士とその関係者を保護している」

 

 

 幹部たちにはすでに情報が届いているのか特に驚いた様子はない。

 

 

「彼女たちは現在、関係者らしき子が衰弱しているということでファミリーの息がかかったとある病院に療養中だ。病院からの報告によると患者の容態は安定しており、一か月もあれば退院できるということらしい。僕としては退院ができるまでは彼女たちを匿いたいと考えてるが、君たちの率直な意見を聞きたい。遠慮なく言ってくれ」

 

 

 ボスが話し終えると、何人かの幹部が一斉に挙手をする。最初に選ばれたのは情報部門のトップを務める初老の男性。名をバーンズといって、小さい頃から私をよく可愛がってくれた人だ。かなりの古参でファミリーの中でも重鎮として畏怖される大物らしいが、今でも時々和室の縁側で一緒にお茶をする私からしたら孫に劇甘なおじいちゃんっぽいという印象しかない。それをヤスに言ったらドン引きされた。何故だ。

 

 

「ボス、私はドクター篠ノ之を保護することには賛成ですが情報部門の立場から言わせてもらいますと、一か月という期間は他勢力に嗅ぎつけられる危険を考慮すると長すぎかと存じます。特に彼女に刺客を放った女性権利委員会は血眼になって行方を捜しているでしょう。あちらの上層部は俗物の集まりですが人海戦術をとれば厄介です」

 

「なるほど、参考になるよ。束はフットワークが軽いし情報操作もお手の物だからそこまで心配していなかったけど、今回は彼女ひとりじゃなかったことを考慮すべきだったね。バーンズ、彼女と協力して情報操作すると仮定した場合、どれだけの効果が期待できる?」

 

「どうでしょう、恥ずかしながら彼女の情報はあまりもっていないもので。ですがもし彼女と協力できたなら一か月は問題ないでしょう」

 

 

 ………………ここから先は私が関与することはなかったので省略する。

 

 

 

 最終的に総会で決まったのは『一か月間の篠ノ之博士たちの保護、対価や研究の要求はなしだが博士側の好意による技術提供等は例外』というものだ。

 対価等を要求しなかったのは篠ノ之博士に恩義を売るためとしているが、実際はボスが単純に博士を助けたかっただけじゃないのかな。

 

 

「って思うんだけどバー爺はどう?」

 

「ほっほっほ、さてどうでしょうな。おっ、この饅頭はなかなかの美味」

 

「もうバー爺ったら」

 

 

 総会を終えた後、私はバー爺もといバーンズをいつもの縁側に誘ってお茶をしている。ちなみにバーンズをバー爺と呼んでいるのは私だけだ。

 

 

「もし会えたら篠ノ之博士をここに招待しようかしら」

 

「おお、それはいい考えですな! ティナ様の部屋は日本より日本らしいと評判ですから博士もさぞ喜びになるでしょう」

「だったら嬉しいんだけどねぇ」

 

 

 思えばこのとき私は気づくべきだった。私に劇甘なバー爺がこれをただの世間話で終わらせるわけがないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日

 

「本日はお招きありがとうございます」

 

「こ、こちらこそわざわざお越しいただき恐縮です……篠ノ之博士」

 

 

 どうしてこうなった(白目)



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第13話

 普段は私の癒しの空間だった和室が緊迫した重苦しい空気に包まれている。

 時折庭から聞こえてくる添水の音が部屋の緊張感を煽るように感じてしまうのは決して気のせいではないだろう。

 

 篠ノ之束

 

 彼女の突然の来訪は私だけでなく普段は沈着冷静なナンシーを始めとした私の世話役達をも慌てさせた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 事の始まりは数分前に私の携帯にかかってきた一本の電話からだった。

 相手はボス。

 

 

『やあ、僕の天使。さっき束に娘に会ってって頼んだらOK貰えたからこれから和室に向かわせるね』

 

『はあ!? ちょっとパパ……じゃなくてボス、それってどういうーー』

 

『久しぶりにティナのパパ発言キター! これで後二十四時間頑張れる。じゃあね、愛してるよ』

 

『いや愛してるじゃなくて説明を』ガチャ

 

 

 ツー、ツー、ツー

 

 ……切れやがった。無言で携帯を見つめる。

 

 

「あの、お嬢様……?」

 

 

 携帯を強く握りしめて、わなわなと身体を震わせる私にナンシーは心配そうに恐る恐る問いかけた。

 

 

「あー、なんかこれから篠ノ之博士が来るみたい」

 

「え?」

 

 

 キョトンとするナンシー。

 うん、その反応はわかる。だって私もまったく状況が理解できてないから。

 

 ただ分かっていることは、これから篠ノ之博士がここにやってくるということだけ。

 

 時間が経つにつれて、ふつふつとボスへの怒りが湧き上がってきた。いくらボスといってもせめて数日前に連絡するのが筋じゃないのか。向こうからしたらサプライズのつもりだったのかもしれないけど、それを急に言われたこちらの身を考えてみろ。

 

「とにかく大至急、博士をもてなす準備をしてちょうだい」

 

 怒りで頭の中が沸騰しかけてた私がなんとか出せた指示はそれだけだった。

 

 

 

 

 

 電話がかかってきてからおよそ十分が経過すると、本当に篠ノ之博士がやってきた。スーツの上に白衣という格好で神妙な顔つきをしている。

 もてなしの準備は元々こまめに部屋の掃除や整理整頓をしていたのとナンシーや臨時に手伝わせたメイド達の奮闘によって博士が部屋に到着する前にある程度は完了することができた。しかし最上級だとは言えず、この会合の出来不出来は実際に博士と話す私自身にかかっているといえる。

 救出作戦以降、篠ノ之博士は情報隠匿のあめファミリーとの接触は最低限となっていて、彼女に会えるのはボスと彼女が許可した一部の幹部のみとなっていた。名ばかり幹部の私は当然会うことはできないはずなのに何故私は篠ノ之博士と対談する事態になるんだ……

 ああ……また胃が痛くなってきた。しかも今回に至ってはスコールは別件で離れているせいで彼女の助力を得ることができない。これなら先日の会議の方が断然マシだったわ。

 オータム? 知らない子ですね。

 

 

「どうぞ、粗茶ですが」

 

 

 博士が到着し、それぞれ軽く挨拶を交わした後、私たちはお互いに正座で向かい合い、私は和室の空間に相応しく緑茶と和菓子を黒漆の盆に乗せて差し出した。

 

 

「これはどうもご丁寧に。あっ、美味しい……」

 

 

 博士は美しい所作でお茶を飲むと、その美味しさに驚いたようだ。最初の掴みに成功したことに内心ガッツポーズを決める。

 

 

「それはよかった。実はこのお茶に使ってる茶葉はファミリー所有の農場につくらせていたものなんですよ」

 

「嘘っ!?てっきり日本産かと思ってたよ。アメリカでもこんなに美味しいのが飲めるんだ」

 

「日本から農家や専門家を雇ったりと日本より日本らしさを追求した結果です。ちなみに一緒にお出しした和菓子は日本の老舗から引き抜いたファミリー専属の和菓子職人によるものですよ」

 

 

 そう私が薦めると、博士はゴクリと喉を鳴らして恐る恐る和菓子を口へ運ぶ。和菓子を口に含んだ途端、彼女の目は驚きのあまりカッと見開いた。

 

 

「うわっ、これすっごく美味しい! 日本にいたときもこんな美味しい和菓子は食べたことがないよ!」

 

 

 目を輝かせて喜ぶ姿に私はほっと胸を撫で下ろした。お茶を飲んだ頃から上がっていた博士のテンションはさらに上がり、最初の重苦しさは霧散している。

 よし、『和』に重点を置いたもてなしは大成功だ。少ない時間で最大限の準備をしてくれたナンシーや職人たちには本当に頭が上がらないよ。

 

 

「いや~、この和菓子といい和室の雰囲気といい、ちょっと実家が懐かしくなっちゃったよ。エドに『ティナの日本へのこだわりはちょっとした病気だから、束は気にいるんじゃない』って勧められたけど、予想以上のクオリティで束さんびっくり!まるで本当に日本にいるみたい!」

 

「日本人の篠ノ之博士にそう賞賛されてくれるなんて光栄です。ですが驚くのはまだ早いですよ。和室の外には縁側と庭園がーーー」

 

 

 気づけば私たちは日本談義で見事に意気投合し、いつの間にか博士から『なーちゃん』と呼ばれるまで気に入られて、私も博士から束さんと呼ぶようになった。日本文化について語れる仲間が欲しかったらしい。日本談義では特にサブカルチャーの話題が盛り上がった。束さんがゲームやアニメを見ているとは思わなかった。本人曰く、発想のヒントになるし、暇なときはアニメなどに登場する道具を再現しているという。ただ最初に再現したのが透視ができるメガネってどうよ。

 最初は不安だったけど、いざ話してみると意外にもまともな性格だった。口調は原作の篠ノ之束と大して変わらないけど、他人を見下すことなく、普通にコミュニケーションをとることができる。天災ゆえに若干世間からズレてるのは否めないけど、中身はやや天然な常識人(?)だ。

 

 

「いや~、長い間逃亡生活してるとつい日本が恋しくなっちゃうんだよね。ほら、海外行ってると日本食が恋しくなるでしょ。それと同じ。で、ごく稀に我慢しきれないで日本に行くときがあるんだけど、そこら中に暗部やら変な組織やらがうようよいるからのんびり観光なんてできやしないよ。かといって箒ちゃんの様子を見にいってもねえ…… 」

 

「あれ? 束さんって妹さんとの仲って良くないんですか? 」

 

 

 原作だとウザいくらい構ってたけど、この世界だと姉妹仲は良くないのかな?

 そう思ってたら束さんは笑いながらそれを否定する。

 

 

「うんにゃ、そんなことないよ。寧ろ仲は良い方だね。ただ……」

 

「ただ?」

 

「様子を見に行く度に箒ちゃんが束さんとは別のベクトルで人外に成長してるんだ……」

 

 

 束さんは何故か遠い目をしている。

 

 

「この前見たときなんか箒ちゃんに絡んできた不良共をボールペン一本で瞬殺してたんだよ。何でボールペンで鉄パイプを真っ二つにできたんだろう……ちーちゃんならできるのかな? 」

 

 

 ちょっと待って。それ本当に篠ノ之箒なの? 私の知ってる篠ノ之箒とは全くの別人だよそれ。



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第14話

 束さんの妹談義が始まってから早くも一時間が経過したが、彼女の勢いは衰えることをしらない。日本文化について語ってたときよりも断然と熱が籠った語りに呑まれて私はひたすら相槌を打つだけの聞き手に徹する羽目になっていた。

 

 

「箒ちゃんのことは好きだよ。でもあの子が建物とか壊す度に周囲にバレないよう修理してるの私だからね! しかも私が見た日に限って無自覚のままトラブル起こすから見て見ぬふりはできないんだよ! 昔から浮世離れしてた子だったけど最近より悪化しちゃった。それでね、それでね、箒ちゃんはもっと周囲の目を気にするべきだと思うんだ! 」

 

 

 そんなこと私に言われても困るよ。それとまだ見ぬこの世界の箒さんも理由はどうあれ世界を混乱に陥れた元凶に周りを見ろなんて言われたくないと思う。

 そろそろ別の話題にしたいけど、束さんの話が止まる気配がしないなぁ。

 

 

「でもそんな箒ちゃんにもちゃんと可愛いところがあるんだよ。例えば夜寝るときなんて日本刀を抱き枕代わりにしてるし、休日は精神統一の一環で写経もしてるんだよ」

 

「うん、ごめん。それのどこが可愛いか私にはわからないや」

 

「むむむ……じゃあ、朝四時から剣の鍛錬でひたすら竹を斬ってることや男子に変な視線浴びても全く動じないくらい羞恥心が存在しないこととかも!? 」

 

 

 いや、むしろそれを可愛いと思える束さんが不思議だよ。さっきのだって妹さんがどれだけ浮世離れしてるかのエピソードでしょ。貴女の妹は武士か何かですか?

 私の共感しない態度にムキになったのか、私は日が暮れるまで束さんにひたすら幼少期から現在までの篠ノ之箒の様々なエピソードを語られる羽目になった。妹馬鹿の束さんの頭の中にはプライバシーなんて言葉は存在しない。おかげで私は会ったこともない篠ノ之箒について不本意にも詳しくなってしまった。

 しかし束さんの話を聞いてると、キャラの性格といい大分原作と乖離しているみたいだ。まあ私がティナ・ハミルトンの時点で原作とは違うのは確定してたわけだけど、IS学園入学前でここまで変わってるとは思わなかった。

 そうなると気になるのは主人公の織斑一夏の存在。だけど束さんとの会話では『ちーちゃん』という単語は登場したものの織斑家については一切語られていない。箒についての話ももっぱら彼女の私生活についてだった。

 下手に私が本来知らないはずの織斑家を匂わせる発言をしようものなら、束さんは間違いなく私を警戒する。そうなればこれまでの努力は全て水の泡だ。でも私も積極的に織斑家の情報がほしいわけではないからボロを出さないよう気をつければいいか。

 

 

「おや? 空が暗くなりはじめました。そろそろ日が暮れそうですね」

 

 

 ずっと箒のことについて語られて疲れた私はわざとらしく外を眺めて太陽が沈みかけてることを告げると、

 

 

「ほんとだ。もうこんな時間かあ。じゃあ束さんはそろそろ帰ろうかな。今回は有意義な時間だったよ。なーちゃんに出会えたしね」

 

 

 束さんはそう言うと満足そうに笑った。有意義な時間と言ってくれるのは嬉しいけど、妹自慢はもうこりごりなんですが。長時間聞いてたから耳にタコができそうだよ。でも束さんに気に入られたのは望外な結果といえる。今後、また妹自慢される可能性大で今から億劫だけど。

 

 束さんが屋敷から去ると和室から私を含めて安堵したようにため息が漏れる。特に短い時間で準備し、長時間部屋の外で待機してたナンシー達は精神的に大分お疲れのようだ。あとで諸悪の根源(ボス)にナンシー達の分の特別手当を要求しとかないとね。大丈夫、かなりの額を分捕ってきてやるから。

 

 ちなみに織斑家の情報は得ることはできなかった。せめて幼少期のエピソードで織斑一夏との絡みとかほしかったけど、彼女が話したのは篠ノ之箒単体のエピソードだけ。織斑家との絡みは束さん的に印象がなかったのかそれともわざわざ話す必要性を感じなかったのか。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「ふん、ふん、ふふ~ん」

 

 

 ファミリーが用意したとある地下室から上機嫌そうな鼻歌が聞こえてくる。

 

 

(今回は思った以上の収穫だったな~。まさかいきなり束さんと意気投合するなんてなーちゃんは本当に面白い子だよ。どんな子か警戒してたけど少なくとも人格面は問題はなさそうだね)

 

 

 声の主は先程までティナと会談していた篠ノ之束。彼女はいかにも高級そうにみえる自作のソファーで横になりながらくつろいでいた。普段、物に無頓着な束が珍しくこだわった一品はそこらの高級ブランドの比にならないクオリティだったりする。

 

 そんな折、突然ピリリリリッと束のプライベート用の携帯に着信が入った。束が面倒くさそうに床に落ちてる携帯に手を伸ばし画面を確認すると怪訝な表情を浮かべる。電話をかけてきたのが『エド』だったからだ。

 さっきまで屋敷にいたのにわざわざ電話してくるなんて何かあったのだろうか。

 

 

「もすもすひねもす? わざわざ電話してくるなんて何か用かな? 」

 

『やあ、束。今回は娘に会ってくれてありがとう』

 

 

 電話の相手はやはりエドワードだった。酒でも飲んでいるのか妙に口調が明るい。

 

 

「別にお礼なんていいよ。束さんもなーちゃんと仲良くなれたし」

 

『なーちゃん? それってティナのことかな? 君が誰かを渾名で呼ぶなんて珍しいね』

 

 

 エドワードは本気で驚いてるようだった。彼が知る限り、篠ノ之束という人物は意外にも自身のガードが固く、エドワードすら友好的にしててもある程度の線引きをされていた。そんな気難しい束を自分の娘が懐柔させたのだ。驚きもする。

 

 

「いや~、珍しく意気投合しちゃってね。……ところでいつ本命の件を切り出すつもり? わざわざお礼を言うために電話してきたわけじゃないんでしょう」

 

 

 エドワードは親馬鹿であるが善人ではないことは束は知っている。今回もただのお礼だけで電話してきたとは到底思っておらず、さっきまでのおちゃらけた雰囲気を引っ込めた。

 

 

『何のことだい……って誤魔化しは無駄か』

 

「束さんに誤魔化しは通用しないなんて承知のくせに…… 」

 

『ま、そんなに身構える必要はないよ。僕が聞きたいのはただひとつだけさ。

 

 

──篠ノ之束から見てティナ・ハミルトンはどう映った? 』

 

 

 その声は酷く冷たかった。



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第15話

やっと更新できた……


『篠ノ之束から見てティナ・ハミルトンはどう映った? 』

 

 

 電話越しから気が弱い者ならばたったそれだけで気絶しかねない圧力が伝わってくる。さっきまでとは全くの別人の声音に束は冷や汗を流しながら、エドワードが友人モードから冷酷なマフィアのボスへ切り替わったことを確信した。

 今のエドワードに普段のような茶化した言動は通用しないどころか逆効果だということを、過去に一度だけマフィアモードのエドワードの逆鱗に触れてトラウマになりかけた束は知っている。

 

 

「どうって言われても、実際に会ってみた印象はさっき言ったとおりだよ。女尊男卑に汚染されてないし、良識もある。けど──ただの世間知らずの甘ちゃんでもないみたいだね」

 

 

 長い間人間の暗部に触れてきて、それなりに人を見る目を養ってきた束にはティナの人格は裏社会の人間にしてはかなり善良なものに映っていた。だが善良といってもそれは裏社会の人間として、が頭につく。

 あれはファミリーを家族として大切に想っている反面、そのファミリーを傷つける敵対者には一切の容赦がない冷酷なタイプだ。

 事実、ティナはメンバーを襲った女性権利団体を毛嫌いしており、既にそのメンバーを襲った当事者には苛烈な報復を行なっていた。

 

 

『ふぅん、嘘は言っていないようだね。でも僕が聞きたいのはそれじゃない。君のことだ、僕が言いたいことは分かっているはずだろう。ティナの戦闘データを入念に調べていた君ならね』

 

「……気づいてたんだ」

 

 

 束がティナと会談する前からスコールとオータムの戦闘データに見向きもしないで、秘密裏にティナのあらゆる戦闘データを収集し分析していた。彼女が分析してたのは主に襲撃事件時の戦闘データだったが、中には厳重なセキュリティで守られていたはずの研究所でのゲイレールの実験データなども含まれていた。

 ビジネスパートナー相手にハッキングとは非常識極まりないが、普段はともかく知的好奇心の赴くままに突き進む束に常識なんて通用しない。

 

 

『気づいたのはただの偶然さ。ハッキングについてはあまり感心しないけど、今の君に何か言っても無駄だし、その話は一旦置いておこうか』

 

「何気に束さんの扱いが酷い件」

 

『自分の行動を振り返ってみたらどうかな。君は普段は常識人(?)なのに、一度たがが外れると途端に非常識になるのだから始末に負えないよ』

 

「非常識とは失礼しちゃうね。束さんはただ知的好奇心に正直なだけなのだ(ドヤァ)」

 

『オーケー、しばらく黙っていようかポンコツ』

 

「ポンコツ!? 」

 

 

 束はプンスカしているが、知的好奇心に正直になりすぎて暴走し、結果として非常識な行動をとるのがいつものパターンだと知っているエドワードには全く通じない。

 しばらく束はギャアギャアと騒いでいたが、話が進まないことに苛立ちはじめたエドワードの様子を察知したのかようやく口を閉ざした。

 

 

『さてやっと静かになったところで本題に戻ろうか。これ以上の誤魔化しも話の脱線も必要ない。素直に質問に答えてもらおうか、束』

 

「ぐっ…… わかったってば」

 

 

 先に釘を刺されて束は苦い顔を浮かべてたが、どうやら観念したらしくしばらく沈黙した後、重々しく話しだした。

 

 

「正直エドには言いたくなかったし、今回のことは私の心の中に留めていようかと思っていたけど、実は──」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 執務室にて

 

 束との電話が切れて受話器を置いた瞬間、緊張から解放されたからか、エドワードの身体から力が抜けて椅子の背もたれに沈んでいく。

 全体重を背もたれに預けながら、エドワードは遠い目をしながら部屋の天井をじっと見つめた。

 

 

「イレギュラーか…… 」

 

 

 IS開発以前から篠ノ之束と付き合いがあり、時折ふざけた言動があるものの彼女が基本的に嘘を吐かないことを知っているエドワードからしても、今回束からもたらされた情報だけは素直に信じることができなかった。

 

 

『実はなーちゃんは世界にとってイレギュラーとなりうる存在かもしれない』

 

 

 あまりの荒唐無稽さに最初は冗談かと思っていた。だが束の表情は真剣そのものだった。

 

 

『ごめん、突然イレギュラーって言われても分からないよね。エドはドミナント仮説って知ってる? あ、知らないか。まあ、聞いてよ。ある科学者がそのドミナント仮説にてドミナントというのを提唱したのさ。で、そのドミナントというのは先天的な戦闘適応者のこと。ドミナントには先天性と後天性の二種類があって、前者が純粋に高い戦闘能力の所有者、後者が強化によって戦闘能力を得た者を指すんだって。そしてそのドミナントは総じて世界にあらゆる形で変革をもたらしてきたらしいよ。でも具体的にどんな存在をドミナントに定義するかは不明だし、確実な証拠もないことから仮説自体は信憑性の低い妄言扱いだったけどね。うん? それとイレギュラーに何が関係あるかって? 関係なくはないけど、これはまだ前置きに過ぎないんだ。話の本番はここから。何故束さんが妄言扱いされてたドミナント仮説を持ち出したのか。それはね

 

 ──篠ノ之束がドミナントだったからさ。

 

 尤もそれを自覚したのはドミナント仮説を発見してからなんだけど、妙にしっくりくるんだよね。ISの方に注目されがちだけど、束さんは戦闘能力も凡人やただの天才とは次元が違う。私は天災だから。それにISを生み出したことで私はある意味世界に変革をもたらした。まさにドミナントそのもの。そして世界を変革したイレギュラー(・・・・・・)というわけ。

 ここまできたらエドももう理解できているよね。うん、そうだ。君の愛娘ティナ・ハミルトンもドミナントの一人さ。束さんほどではないけどね。でも安心して、束さんやなーちゃん以外にもドミナント仲間はいるからさ。箒ちゃんとかちーちゃんとか。

 

 でもね、ひとつだけ言っておくよ。これは篠ノ之束ではなくなーちゃんと同じドミナントとして言えることなんだ。なーちゃんはね、ドミナントとしても異常なところがある。

 

 それは、精神の成熟性。束さんにはまるで精神だけ大人のように見えたよ。まあ、これもただの妄言に過ぎないけどね! 話が長くなったね、じゃあ、また』

 

 

 今思い出してもあのときの束はまるで嵐のようだった。しかも地雷どころか核のような置き土産を残すというタチの悪さ。

 仮に束が言ってることが全て事実とするならば、ティナは世界を変革できる素養の持ち主だということになるが、束はドミナントにも能力に差があるようなことも言っていた。

 凡庸或いはそれ以下なら問題はない。だがもしティナが例外(イレギュラー)だというのなら──

 

(いや、これ以上考えるのはやめにしよう)

 

 一瞬浮かんだそれを振り払うかのようにエドワードは首を横に振った。

 たとえ正体が何者であろうとも、ティナは自分の可愛い娘に違いない。そう考えると一気に気が楽になった。

 どれだけ力を持っていようが、その使い方はティナ自身で決めることだ。

 自分達大人はその力を向ける先を間違わせないように見守れば良い。

 

 

「そうと決まれば、早速ティナに会いにいこうじゃないか」

 

 

 思い立ったら吉日。ここ最近は父娘としての触れ合いが減り、ティナ欠乏症になりかけていたエドワードは欲望に従ってティナのもとへ向かった。

 

 

「やあ、ティナ。調子はどうかな? 」

 

「良好だ…… とでも、言うわけねぇだろ! 風呂から出てけえええええ!!! 」

 



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第16話

「いやいや! あの、僕はただ親子のスキンシップをね…… 」

 

「はいはい話は尋問室で聞きますからね。ったく……ボス、お嬢にセクハラなんてマジで笑えねえよ」

 

「ガチトーン!? え、ちょ、本当に連行する気かい? 」

 

 

 風呂場に突撃してきた変態は駆けつけてきた警備部隊の隊長によって連れていかれました。

 なんかティナニウムが不足してるから補給しにきたとかほざいてたけど、どんな事情にせよ思春期の娘の裸を見た罪は重い。弁解の余地なしでギルティ。

 メイド達が警備部隊に連行されてく変態を養豚場の豚を見るような冷たい目で見ていた。ざまぁ。

 多分尋問の後、幹部の皆から〆られるだろうな。自分で言うのも何だけど、皆私を娘または孫のように可愛がってくれてるから。

 

 

「んだよ、ギャーギャーと騒がしい。おかげで目が覚めちまったじゃねーか」

 

 

 変態が連行されるのを見届けてると、見るからに寝起きのオータムが目をさすりながら変態が連行されたのと反対の方向から歩いてきた。

 

 

「おはよう、オータム。といっても、もう昼過ぎなんだけどね」

 

「あん、別に今日はオフだったんだから、いつ起きても関係ねーだろ」

 

「まあ、それはオータムの言う通りなんだけどさ。でもその格好で外を歩くのは、ねぇ」

 

 

 オータムは気づいていないみたいだけど、今の彼女の格好は色々とヤバい。

 薄い紫色のネグリジェは明らかに乱れてるし、下着もつけていないのかネグリジェから中身が透けて丸見えになっていた。さらにキスの跡らしきものも身体中についていて、彼女の身体からはむせるような濃厚な雌の匂いが。

 どう見ても事後です本当にありがとうございます。

 

 

「はっ? …………あ」

 

 

 顔を赤らめて目を逸らす私とメイド達の様子を不審に思ったオータムはようやく自分の格好に気がついた。

 

 

「き…… 」

 

「「「き? 」」」

 

「キャアアアアアアアアアアア!!! 」

 

 

 顔を真っ赤にさせて普段からは想像できない女性らしい甲高い悲鳴をあげると同時に、両腕で身体を隠しながらしゃがみこむオータム。だけど下着を着けていないからか彼女の豊かな双丘が自分の腕の中で自在に形を変えていく。めっちゃ眼福です。

 

 

「うううう! み、見るなぁ…… 」

 

 

 あの気が強いオータムの涙目上目遣いでこちらを見ている。これがギャップ萌えというものか。実に素晴らしい。

 

 

「あの、お嬢様…… 鼻血が…… 」

 

「…… そんな目で見ないでよ。これは不可抗力。だって今のオータムの破壊力半端ないもん。仕方ないね」

 

「こ、この野郎……! ムカつくからそのにやけ顔はやめろ! 」

 

「ごめん無理。おっと、そういえば開発部門から呼び出しがあったっけ〜。というわけだから私行くね。あ、メイドさん。オータムに適当に上着か何かを掛けてあげて。このまま放置は可哀想だからさ」

 

 

 ちなみに呼び出しがあったのは事実だったりする。私は床に座りこむオータムをメイドに任せて、開発部門があるハミルトン・インダストリーの研究所へ向かった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 屋敷から車を出させて研究所に到着すると、そこには研究員だけじゃなく開発部門の幹部達の姿があった。私は今回の招集についての詳しい説明がなかったから、てっきり今回もゲイレールのテストかと思って、Tシャツにホットパンツっていう結構ラフな格好なんだけどここにいて本当に大丈夫かな?

 とりあえずいつもゲイレールのデータ収集担当してる主任に話を聞いてみよう。

 

 

「主任、何で今日は開発部門のお偉いさん達が来ているの? 」

 

「ああ、そんなの今日が第二世代のお披露目だからに決まっているじゃないですか」

 

「えっ? それ初耳なんだけど…… 」

 

「えっ? こちらは第二世代のテストに参加してほしいって連絡したのですが」

 

「えっ? 」

 

「えっ? 」

 

 

 なにそれこわい。どうやら互いの認識に齟齬がある模様。

 でも私が受けた連絡は『実験があるので研究所に来てほしい』というもので、第二世代なんて単語は一切なかったし、それを匂わせる文脈もなかった。反対に主任のは『第二世代の機体が完成したので、稼働実験のためにお嬢様(私)にテストパイロットとして参加してほしい』という内容で連絡するよう指示したらしい。

 

 

「ということはつまり」

 

「ええ、お嬢様に連絡した者に話を聞く必要がありますね」

 

 

 この時の主任は笑顔だったが、目は全く笑っていなかった。変なオーラも出してたし、多分キレてたんだと思う。

 それから数分後、私に連絡してきたらしき人物が何故か身体がボロボロの状態で主任に引きずられながらやってきた。主任の顔は引きずってきた疲労だけとは思えないほど非常に疲れている。

 

 

「申し訳ありませんでした。どうやらこのスタッフが敢えて第二世代の事を伏せて連絡したようです」

 

「何でそんな真似を…… まさか企業スパイだったっていうオチじゃないでしょうね」

 

 

 私だけじゃなく私付きのメイド兼護衛達も険しい表情を浮かべている。ファミリーの機密が外部に流出なんてマジで笑えないぞ。

 だが主任は強張った表情で冷や汗を流しながら企業スパイ説を否定した。

 

 

「お嬢様の懸念も尤もなのですが、事実はそうではないのです。実は色々と面倒な事情がございまして…… 」

 

「その面倒な事情って? 主任は気の毒だと思うけど、こっちはちゃんと説明されないと色々納得できないよ」

 

「そうですよね。……実は話は第二世代完成時点に遡ります」

 

 

 躊躇い気味に話しはじめた主任の面倒な事情の内容はこうだった。

 

 開発部門が第二世代を完成された時点で開発スタッフはまずボスや最高幹部にちゃんと報告をしていた。当然ボスや最高幹部は機体の完成を把握していた。ちなみにIS部隊のスコールや私は最高幹部ではなかったのでこの情報は知らなかった。

 普通ならこの後私達通常の幹部に情報が届くはずだったけれど、ボスはこの情報を最高幹部のところで止めていたのだ。理由は呆れるもので、私へのサプライズだったらしい。

 新機体が出来ればデータ収集のために私がテストパイロットを務めるのは組織の中でも周知の事実。そこでボスは私に普通の実験だと思わせてといて、当日で新機体のパイロットをやることを自ら教えようと企んでたというのだ。しかも現場スタッフまで外堀を埋める周到さ。私に連絡してきたこのスタッフもその一人だったようだ。

 

 だけど結果としてこのサプライズは大失敗に終わった。分かってると思うけど、この当日にボスは私の入浴中に乱入したことで警備部隊に連行されたから。速攻連行されたので、当然第二世代完成の報せは私に伝わることはなかったのだ。

 

 それを聞いたとき、私は色々脱力して本当に頭を抱えてその場にしゃがみ込んでしまった。

 

 

「普段は有能なのに、何でボスは私が関わると途端に馬鹿になるのさ…… 」

 

 

 サプライズされても嬉しくないっての。いや第二世代完成は良かったと思っているけどさ。ただサプライズにするなっての。

 

 

「「「……………………………」」」

 

 

 ああ、その心底同情するみたいな憐れみの視線はやめて! 実の娘だからダメージがより大きくなるわ!

 

 

「その、も、申し訳ございませんでした」

 

「いや悪いのはウチのボスだから、あまり気にしないで」

 

 

 連絡したスタッフが謝罪してきたけれど、この人も巻き込まれたようなものだから責める気にはならない。護衛達の目つきも柔らかくなってるからこの人のことを許しているのだろう。

 あ〜、いつまでも嘆いているわけにもいかないな。

 

 

「よし、帰ったら改めて〆るとしますか。主任、早速なんだけど、その例の第二世代のところへ案内してくれる? 」

 

「かしこまりました。でも前半の言葉は聞かなかったことにしますね」

 

 

 そんなビビらなくても大丈夫。ちょっとふざけたサプライズを仕掛けた馬鹿共に説教するだけだから。粛清なんてしないよ。本当だよ?



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第17話

「こちらが我々が作り上げた第二世代のIS“グレイズ”です」

 

 

 主任に連れられて案内された実験場の一角にソレは鎮座していた。

 

 正式名称 EB-06 グレイズ

 

 ハミルトン・インダストリーの特徴であるモノアイ型の全身装甲型だが、良くも悪くも実験機の色合いが強かったゲイレールと比べてデザイン等が全体的に洗練されている印象を受ける。

 ゲイレールとの違いを調べようと手渡された資料を片手に機体を隈なく観察していると、主任の方から説明が入った。

 

「第二世代グレイズは大量生産を念頭に置いた機体で構造の単純化をコンセプトにしています。その結果、開発・運用コストの低減化に成功しています。本来なら完成の予定は大分先だったのですが、ボスから新しいコアとゲイレールの対通常兵器の戦闘データを提供していただいたおかげで大幅に期間を短縮させることができました」

 

「ああ、新しいコアって私達が回収した奴ね。というか解体されてたんだ、あのIS」

 

 

 回収後はすぐに情報部門と開発部門に押収されてたから消息が分からなかったんだよね。でも出来れば一度だけでも乗ってみたかった。スコールにはあんな寄せ集めのジャンクに乗りたがるなんて物好きだと呆れられたけど、あのツギハギ感や左右非対称な感じの良さが理解できない方がおかしいと思う。

 

 

「ええ、元のパーツは使えないので溶かしてリサイクルさせていただきました。では準備が出来たようなので、早速テストの方をお願いできますか? 」

 

 

 主任に急かされて更衣室でISスーツに着替えてから戻ると、既にグレイズの周りにはたくさんのスタッフと機材が集まっていた。

 初回のテストということなので、今回は基本的な動作で反応速度や不具合の確認がメインとなる。

 しかしいざ新機体に乗るとなるとちょっと緊張しちゃうわね。

 

 

「お嬢様、乗り心地はいかがでしょうか? 」

 

「悪くはないわね。でもハイパーセンサーが良くなってるからか、視界がよりクリアになったかな。特に支障はないから問題ないと思うけれど」

 

 

 むしろより遠くまでくっきり見れるようになったから、戦闘の場面ではかなり助けになるかもしれない。

 新しいハイパーセンサーに目を慣らした後は、ゆっくりと歩いたり手を動かしたりするなど基本的な動作を繰り返して、機体が正常に反応するかどうかを確認する作業がひたすら続いた。

 地味で単純な作業だけど、これもテストパイロットの大事な仕事だ。

 

 

「スタッフ、さっきの右腕を上げた際に反応速度が〇.〇七秒の遅れ」

 

「今度は左足を曲げた時に反応速度が〇.二八秒速くなってる」

 

「スラスターの出力が一定していない。特に旋回時の出力が不安定ね」

 

 

………………………………………………………………

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 それから大小の不具合を微調整しつつテストを始めてから数時間が経過した。ちょくちょく調整や休憩を挟みつつの作業とはいえ流石に疲れた。

 ISスーツのまま壁にもたれかかり、スタッフから渡されたゼリー飲料を飲んでいると、作業を終えたらしい主任がこちらに向かってくる。

 

 

「ではこれで今回のテストを終了いたします。協力ありがとうございました。今日だけで大部分の誤作動や不具合を再調整することができました。実際に乗ってみた感想はいかがでしたか? 」

 

「そうだね。一番感じたのはグレイズの操縦のしやすかったことかな」

 

 

 そう素直に思ったことをそのまま口にしたら、突然主任が「良かった、良かった…… 」と静かに涙を流しながら膝から崩れ落ちた。

 

 

「ちょっと主任!? いきなりどうしたの!? 」

 

「嗚呼、申し訳ありません…… 少々、お嬢様のそのお言葉で天に召されそうになりかけただけですので」

 

「ごめんちょっと何言ってるのか分からない。ところで主任がガチで灰になりかけてるんだけど、これどうすればいいのよ? えっ、いつものことなんでスルー? いやこの人、本当に人類? 吸血鬼じゃなくて? 」

 

「実はですね、お嬢様の操縦しやすいという言葉はグレイズ開発スタッフにとって最高の褒め言葉なのです」

 

「(みんなスルーしてるし、灰のことは放っておこう)どういうこと? 」

 

「何故ならゲイレールの時の反省を踏まえてグレイズの操縦性は構造の単純化と並行して徹底的にこだわり抜いてきた部分だったからです! 目標は初心者からベテランまで扱える機体。おかげで連日残業残業残業残業。連勤、休日出勤は当たり前。その分給料やボーナスは出てましたけど、やっと取れた休日は一日中睡眠だけで終わってしまった。ここは、日本じゃ、ないんですよ……!! 」

 

「あ〜、その、お疲れ様ですマジで」

 

 

 後半部分ほとんど仕事の愚痴になってんじゃないですかやだー。いや本当にちゃんと身体休めてね。

 

 ゲイレールの時はバランスとかが繊細で慣れれば問題なかったけど、操縦しやすかったかどうかと言われると微妙だったからね。私も慣れるまでよく壁に激突してたっけ。シールドエネルギーと絶対防御がなかったら何度機体をスクラップにしてたことやら。

 そう考えると今回のグレイズはそういった癖みたいなものは全くなかったので、とてもスムーズに操縦することができた。

 開発・運用コストを抑えられて操縦もしやすい第二世代、しかも整備もしやすいなんて、これが本格的に実用化できれば世間は絶対欲しがるだろうね。

 まだ試運転以前の段階だけど、ひとりのパイロットとして私はグレイズにとても満足している。

 

 ただ満足はしているんだけど、ひとつだけ注文があったりする。まあ、注文というより個人的な要望(わがまま)なんだけど。

 

 

「ねえ、主任。資料には標準兵装はマシンガンとアックスって書いてあるけど、追加や変更って可能? 」

 

「結論から言いますと可能です。標準兵装はあくまで標準に過ぎませんし、今回から兵装を全面的に量子化いたしましたので、容量の問題はありますが積載量を気にする必要はありません。しかし何故そのようなことを? 」

 

「いや、マシンガンとアックスだけじゃちょっと心許ないかなって。競技用ならこれで十分なんだろうけど、実戦を想定すると不測の事態に備えてあといくつか武器が搭載できればありがたいんだよね」

 

 

 これは篠ノ之博士救出作戦のときに強く思ったことだ。あのときもマシンガンとアックスのみだったので、篠ノ之博士特製の通常兵器の突破に相当苦労した。もしバズーカか何かひとつでもあったならば、戦術の幅も広がりもっと楽な展開になったかもしれない。

 それにマシンガンがジャムったりする可能性も考えると、やはり標準兵装のままだと不安がある。

 

 

「なるほど。一考の余地ありですね」

 

 

 個人的には予備のマシンガンとアックス、あとは牽制用のミサイルや狙撃用ライフル、グレネードランチャー、チェーンガンは欲しい。そういえばハミルトン・インダストリーと提携してる企業の中に火炎放射器やとっつきといわれる武器を作っているところがあった気がする。気になるからそれも追加してみたいな。

 実験を終えて屋敷に帰る際、追加したい兵装の希望を主任に伝えると、途端に顔を引攣らせてたけど一体何故だったのだろうか。



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第18話

無事就活終了しました。

約5ヶ月ぶりの更新になります。大変お待たせしました。


 その少年には歳が離れた姉と()()()()がいた。その二人はいわゆる天才というもので、特に双子の兄は神童として幼少期から周囲に期待されていた。少年は物心がついた頃から神童と比較され続けて、その度に落胆あるいは蔑まれてきた。学力も双子の兄に勝てたことがなく、兄と姉もやっていた剣術も上の二人は才能に恵まれていたが、少年にはその才能がなかった。しかしそれはあくまでも兄に勝てないだけで本来なら少年も褒められるに値する優秀な成績を残していたが、常にその上を行く神童の兄の存在がそれを許さず、『兄に劣る出来損ないの弟』という傍から見たら不当なレッテルを貼らされていた。

 それでも失踪した両親に代わり少年を育ててきた姉やその姉の親友と家族など少年に好意的な人々もいて、少年は悪意ある視線に影響されることはなかった。特に姉の親友である女性からは姉から接触禁止令を出されるほど溺愛されていて、よく二人きりで勉強を教えてもらったり彼女の研究の手伝いをしたりなどある意味家族以上に親しくしてた。

 だが異様に少年を嫌う兄とそのシンパとは不仲だった以外は平和だった少年の日常はある事件によって突然終焉を迎えた。それも少年と親しくしていた女性──篠ノ之束の発明品によって。

 

 

 「ごめんね〇〇〇〇。私、もう〇〇〇〇の側にいれないんだ。……なんでこんなことになっちゃったんだろうね。私はただ、みんなと一緒に宇宙(そら)に行きたかっただけなのにッ……!」

 

 

 束が少年の前から姿を消す直前、少年の前に現れたのは無邪気で明るかった普段の彼女ではなく、まるで暗闇の中で迷子になっている幼子のようにどこか途方に暮れた姿だった。当時まだ何も知らなかった少年を不安にさせないよう、泣きそうになりながらも無理やり笑いながら少年を抱きしめた彼女の体が震えていたのを少年は憶えている。あのとき、ただ彼女に抱かれるままだった少年の瞳が最後に映したのは別れ際に見せた束の憂いの帯びた微笑みだった。それ以降、束が少年の前に姿を現すことはない。

 束が消息を絶ち、ISが登場するようになってから世界は少しずつ女尊男卑の社会へと変貌しはじめた。最初は一部の過激派の主張に過ぎなかった女尊男卑主義はISが世間に定着するにしたがってその勢いを増していき、次第に国のトップに女尊男卑主義を掲げる女性政治家が選ばれるようになっていた。世間には女尊男卑の波が広がり、街中には女性だからというだけで威張り散らす輩が跋扈し、男性はそういった女性に絡まれるのを恐れて萎縮する。そしてそんな態度の男性を見て、女尊男卑派がさらに助長するという悪循環が生まれて、世界は歪んだ価値観に支配されていった。

 そしてすでに優秀な姉と兄をもつ身として二人と比べられていた彼のもとにも女尊男卑の波が押し寄せる。特に姉がIS分野におけるレジェンド的な存在で国内外の女性の憧れの的だったことが少年の不幸を加速させた。

『織斑家の出来損ない』、『織斑の出涸らし』と以前から教師、生徒、近所の人間問わず言われていたことに加えて、姉を崇拝する女尊男卑主義の信者やファンからにも、『千冬様の弟の癖に生意気なのよ』、『あんたみたいなのが弟だなんて千冬様が可哀想』、『もう一人と違ってお前が生きてることが千冬様にとって汚点』と聞くに堪えない罵詈雑言を浴びせられるようになっていった。

 親代わりに弟二人を養う偉大な姉、神童と称され少年を嫌う双子の兄、レッテルだけで少年に悪意を向ける周囲の目。ただでさえ多感な時期に必要以上に悪意やプレッシャーに晒されてきたことで少年の精神は摩耗していく。数少ない少年に好意的な友人たちの支えもあって最悪の事態にこそ発展することはなかったが、少年の精神状態は決して健全ではなくなってしまった。

 そんなある日、少年のもとに一通の手紙が届く。それは普段仕事で家を長期で空けている姉からで、手紙の中には姉から家族にあてた短い手紙と少年とその兄の分であろう二枚のチケットが入っていた。

 

 

「これは第二回モンド・グロッソの招待状?しかも開催地はドイツかよ、日本開催だった第一回は行ったから今回はいいかな。どうせ兄貴も行くんだろうし、俺がいても向こうの反応がうざいだけだし」

 

 

 そう考えて姉の千冬に断りの返事をした少年──織斑一夏だったが、千冬に問答無用と無理矢理双子の兄とともにドイツへと連行されてしまう。それが自身の運命を左右することを知らずに。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「お前、織斑一夏だな。無駄な抵抗しないで大人しく我々についてきてもらおうか」

 

「悪いが、これも仕事なんでな。お前さんも痛い思いはしたくないだろう」

 

「……誰だ、あんたら?」

 

 

 モンド・グロッソ決勝直前、トイレのために一度席を離れていた一夏は大会関係者以外立ち入り禁止のはずのエリアで謎の黒服の男達に囲まれていた。本来ならどこかしらに警備の人間やスタッフがいるはずなのだが、彼らのいる場所には不自然なほど人気がない。

 

 

(助けを呼ぼうにもこの近くに奴ら以外の人影や気配が全くない。もしかして消された?いや、血の匂いはしていない。ってことは買収された可能性が高いのか)

 

 

 もし買収されていたとすれば、仮に逃げ出せても助けは期待できない。

 おそらく彼らの目的は織斑千冬のモンド・グロッソ連覇阻止だろう。黒幕が何者かはわからないが、心のどこかでこうなる可能性は考えてはいた。圧倒的な強さで順当に決勝まで勝ち進んだ千冬の連覇はほぼ確実視されている。そのため、これ以上IS分野において日本の立場が強まることを快く思わない各国が何かしらの妨害工作を仕掛けてくるのは自明の理。

 そして最も千冬の連覇を阻止できるのが家族の誘拐だ。

 

 

「はっ、俺を人質にして姉貴を不戦敗にさせる気か?」

 

「ほう、噂と違ってなかなか聡いな、織斑家の出来損ない君。こちらにしても本当なら君の兄の方が期待できたのだが、放置同然の君と違って警備が厳しくてね。まあ、君でもそれなりに期待できるだろう」

 

 

見下すように一夏を嘲笑う黒服達。一夏はその嘲笑を不快そうに顔を歪めるが、彼らのいうように大会スタッフから不平等な扱いを受けていたのもまた事実だった。

 航空チケットこそ兄と同じクラスだったが、二人が現地に到着するやいなや周囲からの互いの扱い方が一変した。兄には挨拶に現れた役職持ちらしき大会関係者を筆頭に大勢での歓迎するなどどこぞの王族かというような待遇だったのに対し、一夏には現地で雇われたらしき態度が悪い案内人が一人だけ。ただそんなのはまだ序の口に過ぎず、その後の行動や宿泊場所、食事の質、周囲の目、挙句の果てに大会のスタッフが本来VIP待遇の一夏本人に八つ当たりするなど理不尽な扱いをされていた。世界中から英雄視されている織斑千冬の家族に対する待遇とは考えられないような扱いだが誰もそれを咎めることはない。それは大会スタッフや各国政府関係者の間に女尊男卑という歪んだ価値観が浸透しており、その中でも織斑千冬を崇拝する過激派が出来損ないと噂される一夏を汚点として嫌悪し暴走したのが原因だった。さらに神童と持て囃される兄との不仲や一夏に剣の才能がなかったこと、兄の方が日本政府関係者の覚えが良いことなどの情報が彼女らの行動を後押しさせていた。

 

 

「君も織斑千冬に泣きつけばこんなことにはならなかっただろうに。いや、彼女のまわりの人間が許すわけないか……」

 

 黒服の一人が一夏に聞こえないようにそうつぶやく。

 織斑千冬のまわりは彼女を崇拝す日本政府関係者とスタッフしかいない。もし泣きついてきても、彼女が多忙で弟に直接会うことができないことをいいことに自分達が不利になる訴えを握りつぶすのは目に見えている。つまり第三者の目から見ても織斑一夏は完全に詰んでいた。それを本人にわざわざ指摘しなかったのは彼らなりの慈悲なのかもしれない。

 

 

「正直ここまで虐げられてると本当に人質の価値があるか不安になるぜ。おい、仮に無視されたらどうする?」

 

「ふん、そのときはただ死ぬだけの話だ。こいつにそれ以上の価値はない。それより買収したとはいっても、ここに長居は危険だ。とっとと連れ出せ」

 

 

背中に銃を突きつけられ、逃げることもできないまま、一夏は大人数人がかりで押さえつけられる。抵抗しようにも中学生がその筋のプロの大人に敵うわけがなく、抵抗らしい抵抗もできないまま身体を拘束される。

 

 

(ちくしょう……ちくしょう……)

 

 

 手足を縛られ、顔に袋をかぶせられて意識を失う直前、彼を襲ったのはやるせない己に対する無力感と今後の運命に対する諦念だった。

 

 



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第19話

  あれからどのくらい時間が経ったのだろう。気づけば俺は袋を外された状態で薄暗い廃工場らしき場所で拘束されていた。両手はロープで後ろに縛られ、足には逃げ出せないように鉄製の足枷が廃工場の柱にくくりつけられている。あたりを見渡すと、どうやら自分達は廃工場の奥にいるらしく、男達は俺を囲むように立っていた。目を開くと黒服の男がこちらを覗いてきた。

 

 

「おう、目を覚ましたか坊主。寝起きのところ申し訳ないが、坊主にとってバッドなニュースだ。こいつを聞いてみろ」

 

 

 男はそう言うと、仲間からラジオを受け取り、俺の近くに置いて電源をつける。ラジオは周波数が合わないのかノイズが酷くて内容を聞き取ることができない。ただ雰囲気からして何かの中継のようだった。

 

 

「これがどうした? 」

 

「まあまあ、そんなに急かすな。こっからが本番だ」

 

 

 男がダイヤルを弄り周波数を変えていくと、次第に音声からノイズが少しずつ消えていき──

 

 

『決まったぁぁぁぁ!! 零落白夜によって相手選手のSEが0になったこの瞬間、日本代表織斑千冬のモンド・グロッソ二連覇が現実のものへとなりました!! 』

 

 

 え……?

 

 

「残念だなぁ。お前の姉さんは弟の命より名誉と金を選んだみてえだぞ。坊主じゃなくて兄の方だったら助けたかもしれないが、所詮出来損ないの弟相手じゃあ割りに合わないようだぜ」

 

 

 男が俺の肩を掴んで何か言っているようだが、あまりの衝撃で俺の耳に入ってこなかった。

 

 

 姉貴が優勝? 二連覇?

 

 ということはもう決勝が終わった?

 

 そういえばこいつらの目的は姉貴の優勝阻止のために決勝を辞退させることじゃなかったか?

 

 じゃあ何で姉貴は決勝に出ていた?

 

 

 そこで俺は男から言われたことをようやく理解することができた。理解してしまった。

 

 嗚呼、そうか。俺は家族に捨てられたのか、と。

 

 ラジオの向こう側で姉貴がインタビューを受けている様子を聞きながら、暗闇に沈むように全身の力が抜けていく。

 ショックで泣きも喚くことすらできず、俺はただ茫然と虚空を見つめることだけしかできなかった。

 裏切り、絶望、悲観、諦念、納得。様々な負の感情が身体中を濁流のように駆け巡り、ほんの僅かに残っていた希望がポキリと折れる。

 

 

「向こうが交渉に応じてくれたなら無事に解放させてやったが、この結果じゃあ解放するわけにはいかない。だが目的が破綻した今、見捨てられたお前に人質の価値もねえ。そんな役立たずが唯一できることといえば、奴らへの見せしめだけだ」

 

 

 冷酷に蔑むように見下ろす男の手には拳銃が握られ、その銃口は俺の頭部に向けられている。逃げようにも手足は拘束されて身動きはとれないし、さっきのショックのせいで正直逃げようとする気力が湧かなかった。不思議なことに恐怖はなかった。というより、もうすでに感覚が麻痺してしまっているかもしれない。

 

 俺はこれから家族に見捨てられ、犯人達にも人質の価値もない役立たずとして殺されるのか。結局、最期まで俺は『織斑の出来損ない』のままなのか……

 

 

 「あばよ、出来損ない」

 

 

 男が拳銃のトリガーが引かれるその瞬間、銃声とともに()()()()が破裂した。

 まるで潰されたトマトのようになった男の血肉が目の前にいた俺に降り注ぐ。そして頭部を失って崩れ落ちた男を踏み潰すかのように俺の目の前にソレは降り立った。

 

 

 『間に合ったか。まずは一人』

 

 

 現れたのはいたるところに男の返り血に染まった漆黒のIS。一般的な搭乗者の身体が見えるデザインとは異なり、全身が装甲に覆われていてパイロットの表情を窺うことができない。機体から聞こえる声も機械音声らしくパイロットが何者すらもわからない。

 

 

「あんたはいったい……?」

 

『……………………』

 

 

 黒いISは俺の問いかけに答えることなく、突然のISの登場に混乱している男達に狙いを定めている。

 そこからは漆黒のISの独壇場だった。男達の断末魔の叫びをBGMに、あのISは廃工場内を駆け回りながら銃や斧らしきもので男達を殲滅していく。懇願も命乞いも無視して容赦なく殺していく姿に本当は人が乗っていないのではないかと錯覚しそうになる。数分のうちに十数人いた男達はあっという間に皆殺しにされ、埃臭かった工場内は血の生臭さが充満する。感覚が麻痺しているのか、目の前でたくさんの人が殺されたにもかかわらず、恐怖といった感情が何も湧いてこない。

正気に返り、ふと周りを見渡してみると、自分のいた場所には銃弾の跡や返り血が一切なかった。もしかしてあの戦闘の中で俺の位置を把握していたのか。気づくと返り血でドス黒く染まったISが俺を見つめている。

 

 

『君がイチカ・オリムラね?私はある人物に依頼されて君を救出にきた。信じられないと思うけれど』

 

「俺を?一体誰が……?」

 

『悪いけど、それは私の独断では明かすことはできない。今言えることは、あなたの味方であるということだけ』

 

 

 本当に味方と信じてもいいのだろうか。声に敵意はみえないが、いかんせん相手の正体と目的が不明すぎる。でもわざわざ男達を皆殺ししてまで俺を騙す必要があるとは思えない。それに俺を助けるように依頼した人物の正体もわからない。だけど助けてくれなかったら俺は確実に殺されていた。

 俺はこれからどうなるのだろう。このまま解放されたとしても俺を見捨てた家族のもとに戻るなんて考えられない。向こうも見捨てたはずの俺が戻ってくることを快くおもっていないはずだ。仮に戻れたとしても、おそらく今まで以上に過酷な日常が待っている。下手をすれば今回の件をきっかけに友人に手を出してくる輩も現れてくるだろう。それに、もうこれ以上、いたるところで自分を否定され続けるあの地獄のような日常に耐えられる気がしなかった。

 

 

 『正直に言うと、あなたには二つの選択肢がある。ひとつはこのまま私達と一緒についていく。そしてもうひとつの選択肢は私達についていかず、家族のもとへ戻ること。私達についていくなら悪いけど今までの日常を捨ててもらう必要があるわ。逆に変化を望まないのならこのまま家族のもとへ戻ることね。私はあなたの救出を依頼されてるけれど、あなたがそれを望んでいないのならば私はそれを尊重する。我ながら卑怯な物言いなのだけど、変化を求めるか否か、あなたはどちらを選ぶ?』

 

 

 答えは決まりきっていた。

 

 ごめんな、鈴、弾。俺、もうそっちに戻ってこれそうにないや……

 

 

 

 答えた直後、プツッと何かが切れて、俺の視界は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こちらT。ターゲットを無事に確保したわ。ただ日本政府がやらかしてくれたおかげでかなり危うかったわね。……ええ、了解。あとは手筈通りってことね』



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第20話

再び大変お待たせしました。卒論が終わったのでようやく執筆再開できました。

リハビリを兼ねての投稿です。

今回は一夏視点です。


  ツンとくる薬品の匂いが鼻腔を刺激して、ぼんやりと遠のいていた意識がゆっくりと浮上する。目を開けようとしたが、瞼が鉛のように重くて、ただ目を開けるだけなのにかなりの労力が必要だった。

 

 

「こ、ここは……?」

 

 

 知らない天井だ。それに声が掠れていて、瞼だけでなく身体もひどく重く、指一本すらまともに動かせない。腕に異物感があり、目を動かして見ていると、俺はベッドの上で右腕に点滴をされていた。ここは病院の個室?

 

 

「いっくん!よかった、目が覚めたんだね」

 

 

 少し離れた場所から懐かしい声が聞こえた。身体が重くて視線を向けることができなかったけど、この声を聞き間違うはずがない。

 

 

「た、ばねさ……ん?」

「そうだよ。久しぶりだね、いっくん」

 

 

 嬉しそうな笑顔を浮かべて、ベッドの上から動けない俺のもとに姿を現したのは間違いなく姉の親友で自分の理解者でもあった束さんだった。

 枕元まで近づいてきた束さんは、動けない俺を労わるように静かに頭を撫ではじめた。頭を撫でられるなんて小さい頃以来で少し気恥ずかしかったけど、身動きのとれない俺には抗う手段なんてない。けれど悲しそうな表情をした束さんを見て、撫でられるのを拒否する度胸もなく、結局なされるがまま彼女の気がすむまで撫でられ続けたのだった。

 

 数分後にやっと解放されると、束さんはベッドの隣に置いてあった椅子に腰掛けて神妙な面持ちでこちらに向かい合った。

 

 

「いっくんはもう気づいていると思うけど、ここは病院だよ。ただし、アメリカのだけどね」

 

「アメリカ?たしか俺はドイツで誘拐されたはずじゃあ……」

 

 

 そう言いかけた瞬間、俺はある光景を思い出した。それはこの病院にいる前の最後の記憶。

 

 家族に見捨てられすべてに絶望したときに突如現れた深緑色のIS、潰れたザクロの如く鮮血の華を咲かせる人体、そして俺を誘拐した男達の断末魔。

 

 

「そうだ、たしかあのとき俺は殺されかけて……」

 

「その様子だと思い出したようだね」

 

「うん、何もかも思い出した。殺されかけたことも、ISに助けられたことも、そして家族に見捨てられたことも」

 

「いっくん……」

 

 

 そう、覚えていた。人が目の前であのISによって殺されるところも。殺されかけたとはいえ、普通なら目の前で人が殺されたらトラウマになったり、トラウマではなくとも精神的にクるものがあるだろう。でも俺は恐怖も、忌避も、嫌悪も何もかも感じなかった。唯一あったのは、まるで死んだ虫を見ているような冷たい無機質さだけ。

 

 あれが本当に自分だったのか。それとも感覚が麻痺していただけなのか。はたまたあのときに表れたのが自分の本性だったのか。まるで自分が自分でないような、よくわからない感情が頭の中で駆け巡る。

 

 

「今は色々混乱していると思うから、余計なことは考えない方がいいよ。いずれ落ち着いてきたら事情を説明するから、今日のところはゆっくりと休んでね」

 

 

 もし自分の身体が自由だったなら猛烈に頭を掻きむしりたくなる激情に駆られた俺を案じてか、束さんはそう言って一度俺の頭を撫でてから静かに病室を後にした。

 

 束さんが病室から去ると、元々俺しかいなかった病室は機材の機械音を除いて再び静寂に包まれた。

 

 正直今の状況とか色々聞きたいことがあったけど、多分今の俺は自分が思っている以上に冷静ではないだろう。束さんもそれがわかっていたはずだ。思考を放棄するというわけではないけど、今日は束さんの言う通りにしてもう休もうかな。思っていたより疲れていたのか、俺は泥のように意識を沈めた。

 

 

「やあいっくん、久しぶり。その様子だと大分良くなってるみたいだね」

 

 

 束さんが再び俺の病室を訪れてきたのは数日後のことだった。この頃になると、俺の状態も以前と比べてかなり回復していて、室内限定だけど自由に動けるようになっていた。

 

 俺を担当した医師のカルロス先生はアメリカの病院ということでもあって外国の方だった。英語が話せないから不安だったけど、カルロスさんは日本に留学した経験があったらしく日本語がかなり流暢だったのは本当に助かった。

 

 

「よかった。事情があって日本じゃなくてアメリカの病院にしちゃったけど、あの子が勧めたこともあって正解だったみたいだね」

 

「あの子?」

 

「ああ、それも含めていっくんにはそろそろ事情を説明するべきだね。私としては、できればいっくんには関わらせたくはなかったけど、この状況で何も教えない方がむしろ危険かもしれないし」

 

 

 束さんはそう言うと、「少し重い話なんでけど」と前置きして俺の誘拐事件の全容を話し始めた。

 

 

「……ということだね」

 

「そっか……」

 

 

 束さんの話によると、やっぱり俺は千冬姉の優勝を阻止する目的で誘拐されたようだ。しかもこの誘拐には国際IS委員会の人間も関わっていたらしく、誘拐されやすくするために俺のまわりから人を外すように仕組んでいた。どうやら千冬姉の連覇によって、これ以上ISにおける日本の立場が強くなることを避けたかったらしい。

 

 

「愚かとしか言いようがないよね。自分達のくだらない面子やプライドのために他の誰かを平気で陥れるなんて反吐が出るよ。よりによってまだ子供のいっくんに手を出すなんて……」

 

 

 束さんは本気で怒っているようで、今まで見たことがない冷たい表情のまま、力強く握られた拳をブルブルと震わせていた。

 

 

「それに許せないのは日本政府もだよ。いっくんが誘拐されたというのに全く気づきもしないし、犯人からの電話も最初から悪戯と決めつけて相手にしない。直前にようやく本物だと気付いたみたいだけど、モンド・グロッソ二連覇という名誉欲に目が眩んでちーちゃんに連絡するどころか黙殺するとか無能にも程があるっての!」

 

 

 そう、今回の誘拐事件について千冬姉は一切知らなかった。犯人の要求に従って千冬姉が決勝を棄権することを危惧した日本政府が俺の誘拐を黙殺したせいで、千冬姉が俺の誘拐の事実を知ったのは優勝して自分の控室に戻ってからだったらしい。どうやら会場を警備していたドイツ軍が日本政府とは別口で俺の誘拐に気づき、千冬姉に問い合わせたことで発覚したとのこと。

 

 

「当然、ちーちゃんは誘拐の事実を隠していた日本政府を殺気をふりまきながら問い詰めたけど、それに対する向こうの言い分は酷かったよ。『たかが男一人のために決勝を棄権なんて馬鹿らしい。むしろ黙ってあげた我々に感謝すべきだ』だってさ。それも弟を誘拐されたちーちゃんにむかって。信じられないよね?さすがのちーちゃんも我慢できずに罵詈雑言を浴びせて、そのまま現役引退を表明。そのあと、いっくんの監禁場所を割り出したドイツ軍と共に現場に急行したけど、既にいっくんは救出済みで残ってたのはかつて誘拐犯だったものの残骸だけ。流石のちーちゃんも茫然自失だったよ」

 

 

 まるで現場を見ていたかのような物言いに俺は束さんが本当に監視していたと気づいた。よく考えれば、束さんにとっては衛星をハッキングすることすら朝飯前なのだから監視など造作もないだろう。

 

 

「それで千冬姉に俺のことは……」

 

「うん、連絡してないよ!」

 

 

 えっ……?

 

 

「今、なんて?」

 

「ああ、ごめんね。さっきの言い方だと勘違いしちゃうか」

 

 なんだ、言い間違いか。ホッと息をつ──

 

 

「正確にはいっくんを保護したことは伝えてないよ。こちらが誘拐されたことを知ってるということは伝えたけど」

 

 

 だって、なんで束さんがそんなことしなくちゃいけないの?

 

 



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第21話

 束さんの一言に俺は言葉を失った。

 

 

「うーん、何故って顔をしているね。まあ、束さん的には今回の件はちーちゃんに同情するけど、それ以外のことは少し思うことがあるのさ。だからちーちゃんにいっくんのことをいわなかった」

 

「思うところ? 」

 

「まあ、色々だよ。怪我人のいっくんに話すようなものではないし、楽しい話題じゃないからね」

 

 

 暗に話すつもりはないと示した束さんに、俺は「そっか」としか言えなかった。なんだかんだあっても姉貴と束さんは仲が良かったと思っていたが、どうやら色々と確執があったみたいだ。束さんがあまり言いたがらないので、これ以上知る由はない。

 しばらく沈黙したのち、束さんは手を叩いてこう切り出した。

 

「ハイハイ、暗いお話はこれで終いにしよっか。それで、これからいっくんはどうしたい?」

 

「どうしたいって……? 」

 

 

 質問が漠然としすぎて、どう答えればよいか窮していると、束さんは苦笑いしながらごめんごめん、と謝ってきた。

 

 

「やっぱり、いきなり言われて困惑するよね。束さん、ちょっと焦ってたみたい。じゃあ、まず最初に今のいっくんの状況について説明しておこうかな」

 

「助かります。正直自分でも状況がわかっていないので…… 」

 

「だよねえ。じゃ、説明するね。今、いっくんはアメリカ西海岸のとある病院に入院しています。この病院はちょっと特殊で一般人が入れない場所なんだけど、その中でもいっくんがここにいるという情報は秘匿されているよ。いっくんの存在を知っているのは君の主治医をはじめとした一部の人間だけさ。当然ちーちゃんもいっくんがここにいることは知らない。世間ではいっくんは行方不明扱いになっているけど、誘拐の事実を知っている奴らはいっくんは死んだと思い込んでいるみたいだね、特に日本政府上層部とか。ちーちゃんはいっくんが死んだとは信じていないみたいだけど、あれはまだ状況を受け止められていないってだけかな」

 

 束の説明を聞く限り、どうやら俺が救出された後の現場は誰が殺されたのか、誰の血なのかわからないほど悲惨な状況だったらしく、俺がどうなっているか判断できなかったようだ。

 そのため俺の扱いについて死亡にするか行方不明にするかでかなり揉めたのこと。結局は死亡と断定できるほど材料がないということで行方不明で落ち着いたようだ。

 それでもほぼ生存は絶望的と思われているようで千冬姉もいずれ俺の死を受け入れるかもしれない。いや死んでないけど。

 

 

「話を戻すけど、いっくんはこれからどうしたい? 過去のことを忘れて新天地で生きるのもあり、このまま束さんに養われるのもありだ。ちなみに束さん的には二番がおすすめだよ」

 

 

 束さんはニャハハと笑う。冗談かと思ったけど、目がマジだった。こわい。

 

 

「それとも、ちーちゃんのもとに戻りたい? いっくんが望むなら不本意だけど、ちゃんと戻してあげるよ。いっくんが本当に望むのならね」

 

「…………………… 」

 

「もう気づいているかもしれないけど、私は今までのいっくんの状況を知っている」

 

 

 束さんの一人称が“私”に変わった。これは束さんが一切のおふざけを排除して真剣になった証拠だ。

 薄々気づいていたけれど、やっぱり束さんは俺の状態を把握していた。

 

 

「はっきり言わせてもらうけど、私はいっくんをあんなところに戻すのは反対なんだ。たとえちーちゃんが泣いて懇願しても、いっくんが望まない限り、私はちーちゃんのもとに帰すつもりはないよ」

 

 

 ────あんなところ。

 

 今、思い返せばこれまで俺が置かれた環境は正直イカれていたと思う。

 以前から出来のいい千冬姉や兄貴と比較されてきたが、ISが登場してからはそれが更にタチが悪くなった気がする。ISの登場により誕生した極端な女尊男卑思想。しかもIS界の有名人である千冬姉の弟というだけで、いわゆる千冬姉の信者に攻撃され始めた。

 兄貴の方は神童と持て囃されていたのに対し、出来損ないと呼ばれた俺への攻撃はより強くなっていった。気づけば千冬姉の信者以外に兄貴の取り巻きやそれまでごく普通の関係だった同級生からも織斑の出来損ないとして見下されていた。

 多分イジメだったかもしれない。誰がけしかけたかは知らないが、一度不良グループに襲われたときは秘密裏に撃退した。それ以降、襲われることはなくなったが、代わりに陰湿な嫌がらせが続いた。鈴や弾といった友人の支えがなかったら、俺は心が折れていたと思う。

 千冬姉は多忙で俺の状況を知らなかったと思うけど、一方で俺を褒めることは一度もなかった。兄貴の方が成績が良かったから仕方ない部分があったけど、目の前で兄貴が褒められているのに自分には叱責や溜息をつかれるだけなのは、なかなかくるものがあったのも事実だ。

 なるほど、これは束さんが嫌悪するわけだ。どうやら過去の俺はかなり感覚が麻痺していたらしい。一度殺されかけたからか、今は却って自分を俯瞰的に見ることができた。

 

 

「あー…… 振り返ってみると、俺よくあんな環境で生きていましたよね。普通に迫害でしたもん、あれ」

 

「だよね。束さんも初めてこれを知ったときは本気で核を撃ちこもうかと思ったもん。スイッチ押す直前に思いとどまったけど」

 

 

 さらっと恐ろしいこと言ってるよ、この人。というかさっきから目が笑ってねえし。

 

 

「まあ、言っておきますけど、俺は織斑に戻るつもりはありませんよ。千冬姉には気の毒だけど、向こうには兄貴がいるから俺がいなくても大丈夫でしょう。それにまた迫害されるのは御免被ります」

 

 

 行方不明のまま消えることで鈴や弾たちを悲しませるのは心残りだが、正直言って今の俺に日本に帰りたいという意思はなかった。

 もちろんさっき言ったことも理由のひとつでもあるけど、なにより自分を見捨てた日本政府に対する不信感があった。

 

 誰が自らの失態を隠蔽したいがために俺の死を望んでいる政府のお膝下に戻ろうとするのだろうか。

 

 

「そう。いっくんがそう言うなら束さんも全力で協力しようじゃないか。たとえちーちゃんがクレーマーの如く束さんに鬼電してきても返り討ちにしてあげる」

 

 

 そう言って束さんは俺の意見を尊重してくれて今後のサポートを申し出てくれた。

 

 

「ありがとう束さん。でもこれからどうするかは全くのノープランなんですけどね」

 

「そんなの束さんが養ってあげるから気にすることないのに…… 」

 

「いくらなんでもそこまで甘えるわけにはいきませんって。今でも十分過ぎるくらい恩をいただいているのに、これ以上もらったら返せなくなっちゃいますよ」

 

「子供がそんなこと言わないの。恩とか関係なく私がいっくんを助けたかったから助けただけなんだから。もっとお姉さんな束さんに甘えちゃってもいいんだよ? でもいっくんが気が引けるなら天災束さんがひとつアイデアを教えてしんぜよう。というわけでもう出てきていいよ。

 

 ────そこにいるんでしょ、なーちゃん」

 

 

 なーちゃん? 束さんの視線が病室の出入り口に向く。俺も出入り口に視線を送ると、少し間が空いてゆっくりと出入り口の扉が開いた。

 

 

「はあ、何か面倒なタイミングにここに来ちゃったみたいね」

 

 

 腰に手を当て、溜息交じで部屋に入ってきたのは俺と同じくらいの歳か少し上に見える金髪の少女だった。しかし落ち着いた雰囲気から見た目より大人びた印象を受ける。

 

「久しぶりだね、なーちゃん! 」

 

「お久しぶりです。最後に会ったのは彼を引き渡したとき以来でしたか」

 

 

 少女がちらっと俺の方を見た。

 束さんの知り合い? それに二人の話からして彼って俺のことか?

 頭の中が混乱していると、少女がこちらに近づいてきた。

 

 

「あなたのことは話に聞いているわ。初めまして……ではないと思うけど、ティナ・ハミルトンよ。よろしく、イチカ・オリムラ」

「よ、よろしく。織斑一夏です。あの、初めましてではないってどういう…… 」

 

 

 ティナ・ハミルトンが笑顔で差し出した手を握り返したが、「初めてましてではない」という言葉に困惑を隠せない。

 束さんとも親しそうだったし、どうやら俺のことを知っているようだ。

 

 彼女は一体何者なのだろうか。

 

 これがのちに長い付き合いとなる俺とティナ・ハミルトンの初めての邂逅だった。

 



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第22話

今回からティナ視点に戻ります


 気まぐれに織斑一夏が入院している病院を訪れたら篠ノ之博士に見つかって織斑一夏に自己紹介することになりました。

 

 いやなんでこうなった。

 

 ここにきたのは本当に偶然で、たまたま近くを通りかかったからなんとなく寄っていこうかなって思っただけなんだよなあ。織斑一夏が目覚めたことも知らなかったし、まさか篠ノ之博士までいるとは思わなかった。

 結局見つかってしまったので、無駄な抵抗をせずに流れに身を任せたままこうやって会談しているわけだ。

 

 

「いやあ、いい本当にタイミングで来てくれたよ、なーちゃんは」

 

「いいタイミング?」

 

 

 なんだろう。すごい嫌な予感がする。

 

 

「実はさっきまでいっくんの今後について話していたんだけど、いっくんのこと引き取って──「あ~急用思い出したので帰りますね」はいそこ逃げないの~」

 

 

 くっ、逃走失敗した。ワンチャン可能性あると思っていたけど、やっぱり天災から逃げることはできなかった。私の方が出口に近かったはずなのに、気づけば博士は私の背後に回り込んでいた。

 

 

「なーちゃんは本当に勘がいいんだから。束さんかちーちゃんじゃなければ確実に逃げられていたね。大丈夫大丈夫、そんな無理強いするようなことは頼まないからって」

 

「わ、わかりましたから……逃げようとしたことは謝りますし、話も聞きますから首から手を放してくれません?」

 

「あっ、ごめんごめん」

 

 

 ふう、やっと解放された。いや嫌な予感があったといえ、いきなり逃げようとした私に非があるから文句はいわないけどさ。

 しかし改めてこの人が人類から逸脱した存在であると再認識したわ。まさか数メートル離れていた私との距離を一瞬で詰めて私の襟首を掴むなんて人間離れした芸当をされるとは思わなかった。

 

 

「さて本題に移ろうか。突然だけどなーちゃん、いっくんと家族になる気はないかな?」

 

「「はあっ!?」」

 

 

 突拍子のない提案に思わず素っ頓狂な声が織斑一夏とハモってしまった。

 おいおいおい本当に突然過ぎるわ。説明するにしても色々すっ飛ばしてる気がする。

 

 

「ん? どったの、二人とも。鳩がコジマキャノンを食らったような顔をして」

 

「コジマは、不味い……じゃなくてコジマキャノン食らったら鳩死にません? せめてアクアビットマンに出くわした程度にしとかないと」

 

「いやいやあれはEN無制限状態だと洒落にならないから」

 

「じゃあ雷電くらい?」

 

「うーん、なんか微妙じゃね? だったらホワイト───」

 

「あの、お二人ともそろそろツッコんでもいいですか!?」

 

 

 無駄に盛り上がっていたが織斑一夏の声でハッと我に返った。

 

 

「「はっ!? 何の話してたっけ?」」

 

「おいコラ」

 

 

 そろそろ織斑一夏がキレそうだったので真面目に戻るとしよう。まさか博士とは意外なところで話が合うとはね。

 博士も真面目モードに入ったみたいだし、ここからが本番かな。

 

「コホン、話を戻そうか。いきなり家族って言ったのは説明不足だったね。じゃあ、まずなーちゃんにはいっくんの現状を説明しよう」

 

 

 ……なるほど。博士から織斑一夏の状況を説明されたわけだが、これは原作以上に悲惨な状態だ。原作以上に女尊男卑思想と織斑千冬との比較の影響が大きい。正直原作の織斑一夏もよくグレなかったと思っていたけど、それは周囲に恵まれていたということか。実際この世界の織斑一夏は周囲から迫害を受けていた。

 そして特に私が気になったのは織斑一夏の兄の存在。織斑一夏の兄なんて原作ではいなかったはずだが、この世界では間違いなく存在する。たまたまなのか、それとも私のようなイレギュラーかは分からない。それでもその兄の存在が周囲の織斑一夏への迫害を更に煽った。

 ただ優秀なだけだったら二人とも周囲から煽られた被害者だったかもしれない。しかし博士の話を聞く限り、どうやらこの兄という人物はかなり厄介な存在だそうだ。

 彼はいわゆる天才というもので、織斑千冬には及ばないが周囲からは神童と称されていたらしい。だが彼の人格は最悪らしく、自身を持て囃す周囲を利用して以前から嫌っていた織斑一夏を陥れるよう画策していたようだ。

 また性格も傲慢で、自分は己の才能に驕り努力をしようとしないのに人並み以上に努力する織斑一夏を無能と罵って周囲の笑い者にしたのだという。

 

 

「なんというか、まさに人間の屑を表現したような輩ですね。しかし意外です。話を聞く限り、織斑千冬が嫌いそうな人物のように感じましたが……」

 

「あいつは外面を繕うのが異常に上手いからな。あいつの本性を知ってる奴なんて俺とかほんの一握りだろうさ。大抵の奴は外面に騙されて、あいつが真っ当な人間に思っている。千冬姉もその一人さ」

 

「ちーちゃんは人を見る目はあるって思ってたんだけどね。ちなみに束さんは一目見たときから気づいてたよ。だからあれの名前も覚えてないし、覚える気もないね。温厚な束さんにここまで嫌われるのはあれぐらいじゃないかな」

 

 

 織斑一夏が苦い表情で口を開くと、博士もそれに同意した。

 

 

「大体ちーちゃんの弟だから大人しくしてたのに、あの野郎、束さんの可愛い可愛い箒ちゃんに近づいてきやがって! 下心丸見えなんだよバーカ!」

 

「束さん落ち着いて! 箒は兄貴に関心なんてないから。むしろ認識してないかうるさい羽虫程度にしか思われていないから」

 

 

 なんかヒートアップしてきたなあ。というか織斑兄のアプローチ無意味だったんか。ざまぁ。

 織斑一夏に宥められて妹ラブの博士はようやくクールダウン。あのままギャーギャー騒がれたらあとで私が病院側から怒られるところだったのでホッとした。

 というか、話脱線し過ぎじゃね? 

 

「で、織斑一夏をウチで引き取るって話はどういうことです? 大体私に言われたところで私の独断で許可できる話じゃないんですが」

 

「あっ、それは大丈夫。もうエドからOKもらってるし」

 

 

 えぇ……(困惑)

 

 

「えっとハミルトンさん、なんか束さんがすいません」

 

「いや君は被害者だから謝ることないって。あと私のことはティナでいいよ。私も一夏って呼ぶから」

 

 

 というか何でパパ許可したのさ……

 

 

「あれ? なーちゃんはもしかして反対だった?」

 

「反対というか。いや別に一夏を引き取りたくないってわけじゃないんですよ。ただ、ウチはちょっと、いやかなり特殊なんで何も知らないカタギの子供を巻き込むような真似はしたくないんです」

 

 

 ハミルトンファミリーは他の組織と比べればかなり真っ当な所だけど、それでもいちマフィアということもあって血生臭い生業と無縁というわけじゃない。実際にIS部門でも人を殺めているし、他の部門も少なからず後ろめたいこともやってる所もある。

 そんな場所に少し前まで普通の生活を送っていた子供を引き取るのは褒められることではないと思う。仮に一般人として引き取るにしてもマフィアの抗争に巻き込まれる可能性がないわけではないのだ。

 それに日本で暮らしていた一夏はハミルトンファミリーの存在を知らないはずだ。

 このままなあなあで、引き取り先がマフィアだと知らないまま引き取られたら“騙して悪いが”ということになってしまう。

 一夏もウチが引き取るということは初耳だったような様子だったので、改めて一夏に引き取る先がハミルトンファミリーというマフィアであるということ、私も幹部であるということを話したんだけど────

 

 

「えっ、ハミルトンファミリー? なんだ、ユリアーナさんのところじゃん。俺、あそこと結構関わってたし、マフィアだっていわれても今更なんだよな」

 

 

 えぇ……(困惑その二)

 

 

 

 

 

 

 

 というか、ユリアーナって私のママじゃねえか!!




というわけで最後の最後に名前だけですがティナの母親登場。


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第23話

 自由を愛する旅人

 

 ユリアーナ・ハミルトンを一言で表すのなら、彼女を知るほとんどの者はこう答えるだろう。

 一見ハミルトンファミリーのエドワード・ハミルトンの妻であると同時にファミリーの幹部でもある人物らしくない評価だが、私はこの評価はかなり的を得ていると思っている。実際、彼女はハミルトンファミリーに関わる前は本当に世界中をひとりで旅していた。ISが登場する前の時代で女性がひとりで旅することは今以上に危険なことだった。日本のように治安が良ければまだマシだが、彼女が訪れた国の中には紛争中だったりスラム街が多かった地域もあった。だが彼女はハミルトンファミリーと出会うまでヘビーな旅好きでも無謀と避ける行為をやめることはなかった。

 ここで勘違いしてほしくないのは、ユリアーナ・ハミルトンは考え足らずの愚者でも無知な旅好きでもないということだ。ただの旅好きとは違って、彼女の行動の根幹には自由への渇望があったという。

 これはパパから聞いた話なんだけど、ママは元々とある富豪のお嬢様で、将来も結婚相手も親に決められており自由なんて存在しなかったらしい。不自由のない生活を過ごす反面、自由への渇望が次第に大きくなる一方で、あるときそれが爆発し出奔したというのだ。

 その後、なんやかんやあってパパと結ばれてファミリーの一員となった今も自由への渇望は止まることがなく、パパは世界中にある支部へ出向という形でママの希望をかなえている。

 これだけではただのママのわがままになるけど、ママが各国の支部に出向くことはハミルトンファミリーにとっても大きな意味を成した。それはママの人脈の豊富さにあった。ママは旅人時代からなぜか訪れた国や地域の有力者から気にいられることが多く、そのコネクションを通じてハミルトンファミリーと有力者たちを結びつけてることができた。その結果、ママは地元の有力者の支援を受けて既存の支部を発展させたり、新たに支部を設立させたりと外交面でハミルトンファミリーの利益に大きく貢献した。当初は否定的だった幹部たちも掌を返すようにママを褒め称え、ファミリーの中でも欠かすことができない存在となっていった。

 そういった事情もあって私とママとの交流は限られていた。ビジネス兼旅として世界中を飛び回るママと会う機会は年に数回あるかないかだ。幹部を集めた総会でもママが欠席となっていることも少なくなく、出席していたとしても総会中は互いに幹部としての立場があるため親子として振る舞うことはない。総会が終わってもママは多忙ということもあって出口付近で数分立ち話する程度だ。そのため口ではママと言っているが、どちらかといえば近所のお姉さん感が強かったりする(ママの実年齢はともかく見た目は二十代にしか見えないから)。

 

 閑話休題。

 

 

 一夏の話によると、ここ数年ママは日本支部に出向していたらしい。ママと一夏の出会いはママが道に迷っていたところを一夏が話しかけて案内したのがきっかけだという。

 

 

「英語に自信なかったけど、困っている人を放置できなかったからな。でもユリアーナさんが日本語ペラペラだったのは助かったよ。おかげで目的地もすぐわかることができたし。まさかちょっとあれな同人ショップに案内することになるとはそのとき思わなかったけど……」

 

 

 ママ……ショタにアダルトな同人ショップを案内させるんじゃないよ。下手すれば事案だって。

 まあ、それがきっかけでお互いの交流が始まったらしい。ママは道案内のお礼に一夏を食事に招待したがったらしいが、防犯意識が強かった一夏はやんわりとそれを拒否。よく考えれば誘拐犯に間違われそうなシチュエーションに見えないこともない。結局近所のクレープ屋でクレープを奢ることで決着したという。

 

 

「そのあとはたまに道端で会ったら会釈するくらいだったんだけど、ある日俺のことをよく思わない連中が地元の不良をけしかけてきたときに偶然鉢合わしちゃって──」

 

 

 一対複数という圧倒的不利な状況の中、なんと一夏はまだ小学生にもかかわらず中学生不良グループに勝ってしまったのだ。一夏には剣の才能はなかったが、彼に闘いの才能を見出していた博士に秘密裏に鍛えられていたという。戦闘体術篠ノ之流の使い手である博士に鍛えられた一夏は不良中学生程度に遅れをとるはずがなかった。

 

 

「フッフッフ、いっくんは束さんが育てた(ドヤァ」

 

「束さんステイ」

 

「えー……」

 

 

 なんか締まらないなぁ。

 一夏が不良グループを倒したとき、ママ率いるハミルトンファミリーが現れた。

 どうやらこの不良グループはハミルトンファミリーのシマで随分好き勝手に暴れてたらしい。最初は子供だからと多少のことは黙認してたらしいが、更に彼らが調子に乗ってしまったことでついにファミリーの琴線に触れることになったのだ。

 一夏に返り討ちに遭った不良グループの連中は突然現れた明らかにカタギではない集団に囲まれて震えてた。恐らくハミルトンファミリーのシマで暴れてたなんて知らなかったのだろうが、彼らはやり過ぎた。

 無知は罪とはいうが、私は至言だと思う。結局不良グループはどこかに連れていかれたらしいが、一夏はそれ以上のことは知らない。

 流石に海に沈められることはないだろうけど、一応遠回しに出した警告を彼らがそれを無視したようなので自業自得だ。彼らがどんな末路を迎えようが興味はない。

 

 

「その後はユリアーナさんの事務所に案内されて怪我の手当てをしてもらったくらいだな。ただ何故かあのときからヤクの取引を見つけて命狙われたところをユリアーナさんに助けてもらったり、友人に絡んだ輩を返り討ちにしたらハミルトンファミリーからシマを奪い返そうとしてた若い衆だったり、調子乗って暴れるチーマーをハミルトンファミリーのみんなで制圧したり、敵対する組織のスパイと死闘を繰り広げたり……いやぁ思い返すと、束さんに鍛えてもらえなかったら間違いなく死んでたよなぉ。最後に関してはなんか完全に外部協力者って認識されてたし。そのとき小学生だぜ、俺」

 

 

 いや、なんと言いますか……その、

 

 ウチの母が本当に申し訳ございませんでしたああああ!!!! (五体投地)

 

 いやいや本当に何やらかしてんのあの人は!? 

 一夏が完全にこっちの世界に巻き込まれてるじゃねえか! 

 

 

「これはパパに報告だね。場合によってはしばらく監禁もやむを得ないか……」

 

「待って!? 半分は俺が足突っ込んだせいでユリアーナさんは不可抗力だから!」

 

「半分は?」

 

「あっ」

 

「あははははははは」

 

 

「あっ」じゃないよ。って博士はなに爆笑してるんですか。

 はぁ、なんか疲れたからこれ以上言及するのはやめにしよう。ただしパパには報告させていただきます。

 

 

「ユリアーナさん、逃げて超逃げて……」

 

 

 とまぁ、話を戻すとしましょうか。

 

 

「一夏がウチと関わりがあることは分かったわ。それで一夏はどうする? ウチで引き取られることを拒否しても私は君の意見を尊重する。でもハミルトンファミリーに引き取られるということは、今まで以上にこちらの世界に身を置くことにもなる。もちろん、ハミルトンファミリーに籍を置きながら一般人として生きる手もないわけではないけれど、こちらの事情に巻き込まれないという保障はできないわ。脅すような真似で申し訳ないけど、これが今の私にできる精一杯の助言よ」

 

 

 正直一夏がどのような選択をしたとしても、私には()()()()()()()()()()

 すでに私や一夏の兄という存在がいるため、私が覚えている原作知識は役に立たないし、この世界の一夏がISを起動できるかも分からない。

 けれど家族や周囲に疎まれた不遇な少年が少しでも幸せになれるような選択をしてくれたら、とも思う。

 

 

「ティナ、決めたよ。俺は────」

 




「えっ、ティナってユリアーナさんの娘さんだったの?」

「あれ、言ってなかった?」

「うん。あー……」

「なにその気の毒そうな表情は?」

(言えない。ユリアーナさんが娘の土産にってBでLなものを買い漁っていたなんて絶対言えない)


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第24話

「ちくしょう……こんなはずじゃあ……」

 

 

 男は撃ち抜かれた左肩を庇いながら、かつて自分が支配していた街の路地裏を這うように逃げていた。

 地元の警察すら手出しできないほど治安が悪いこの街は周辺地域屈指の繁華街であると同時にマフィアの支配下に置かれていた。

 

 

(クソッ、何故こうなった?)

 

 

 街を支配していたマフィアのボスだった男の頭の中はその一点に尽きていた。

 自分はほんの少し前までこの街の頂点だったはずだ。

 あのとき男は事務所である高級ビルでいつものように女を侍らせていた。高価な酒を浴びるように飲み、好きなように女を貪る。稀に部下に飽きた女を与えるときもあった。

 

 だが彼らの栄華は唐突に潰える。

 

 彼らを襲ったのはビルに轟く爆発音。同時にビル全体の電気が消えた。ビルの発電施設を爆破されたのだ。ビルはすぐに非常用電源に切り替わったが、女達はパニック状態に陥っていた。酒池肉林の場が一気に喧騒で霧散してしまった。男は女の悲鳴に苛つきながらも部下に状況確認するよう指示するが、このとき既に手遅れであった。

 会場であった最上階のスイートルームの外から銃撃音と部下達の断末魔の叫びが聞こえたのだ。それもかなり近い距離で。

 明らかな襲撃。しかもビル内に何十人もいたはずの自分達が不利な状況であることにいくつかの疑問を抱きながらも、スイートルーム内に残っていた部下に総員で迎撃するよう命令して自分は奥の部屋に避難──するように見せかけて密かにビルから脱出を試みていた。

 部下は時間稼ぎの駒に過ぎない。中にはたまたまこの場に呼ばれていた女や古参の幹部もいた気がするが、自分の命が最優先だった。

 しかし状況は男の想像以上に悪化していた。ビルからの脱出は成功したものの、途中で捕捉されてしまい肩に銃弾を受けてしまった。

 自分の街の中でコソコソ逃げなければならない屈辱に唇を噛むような思いに駆られる。だが無様を晒してでも今は逃げなければ。

 襲撃者が何者か分からないが、あっという間に部下達を制圧した実力といい、明らかに只者ではない。この街にもまだ自分達に反抗的な組織もいるがそれとは別口だろう。奴らがあれほどの戦力を揃えているとは考えられなかった。

 

 

「……一番近い支部は何処だ? だが幹部までやられたのは痛かったか……」

 

 

 不幸なことに襲撃を受けた日は組織の重鎮達が集まっていた。当然支部長もそこに含まれる。恐らくあの場にいた幹部は生きていないだろう。

 本拠のビルが失陥した今、支部の方も無事か知らないが背に腹はかえられない。

 一夜にして幹部と本拠を失うなど誰が想定できようか。仮に逃げ切れたとしても組織の衰退は明らかだった。この街は再び男を支配者として認めないだろう。支配者不在となれば、街はその座を狙う者達が互いに争う混沌に包まれるはずだ。そして力を失った男はそんな奴らの格好の餌でしかない。

 

 

「死んでたまるか。俺は、俺はこの街の支配者なんだぞ……!」

 

 

 だが現実は無情だ。

 

 

「見つけた」

 

「ひっ!?」

 

 

 男は怯えながら恐る恐る声が聞こえた後ろを振り返り、そして後悔した。

 

 死神が、いた。

 

 見た目は黒づくめの服装をした東洋系の少年。だがその身体には無数の返り血がこびりついていた。よく見てみれば彼の服は返り血でどす黒く染まっている。

 そしてなにより男を怯えさせたのは少年から放つむせるほど濃厚な死の臭いだった。これでも長い間闇の世界で生きてきた男はどれだけ人をヤったか見分けをつけることができた。それでもこれほどヤバいと直感した奴はほとんどいなかった。

 

 

「お前らは誰に喧嘩売ったか分かっているんだろうな!? この街の支配者トリトンファミリアだぞ!?」

 

「知らねえよ」

 

「は?」

 

「たかが街ひとつ支配してる程度の木っ端マフィアの名前なんか知らねえってんだろ」

 

 

 少年は無慈悲に持っていたサイレンサー付きの銃の引き金を引く。

 放たれた銃弾は男の額を貫き、かつて繁華街を支配したトリトンファミリアの首領は呆気なくその命を落とした。

 

 

「雑魚を甚振る趣味はないが、女性権利団体と結託してウチのシマにヤクを流したんだ。地獄でもせいぜいその報いを受けていろ」

 

 

 その日、女性権利団体と結託してハミルトンファミリーのシマに麻薬を流したトリトンファミリアは首領および幹部全員が死亡し壊滅した。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「──ってことがあってな」

 

「久しぶりに再会した義弟が随分マフィアに染まっていた件」

 

 

 一夏をハミルトンファミリーで引き取ることになってから二年の月日が経過した。

 身寄りのない一夏はハミルトン家に養子入りすることになり、イチカ・ハミルトンと名を改めた。ちなみに私が姉である(重要)。

 養子入りしたイチカは本人の希望もあってハミルトンファミリーの一員となった。私は反対したけど、本人の希望と実戦経験があり素質もあることから他の幹部達が賛成に回ってしまったので渋々私も受け入れざるを得なかった。

 最初は研修としてしばらく屋敷にいたのでよく一緒に行動していたけど、数ヶ月後にママがイチカが欲しいと直属の部下として引き抜いてしまった。

 外交担当として各支部を飛び回るママの直属になってしまったのでイチカも同様に世界中を飛び回ることになり、屋敷に戻ってくるのはごく稀になってしまった。

 毎日電話しているけど、実際に顔を合わせられるのは年に数回しかないので少し寂しかったりする。

 そしてこの間、数ヶ月ぶりにようやくイチカが屋敷に戻ってきた。ずっと働きっぱなしだったらしくパパから特別休暇をもらったそうだ。なおママはしばらく謹慎の模様。また何かやらかしたみたい。

 

 

「あの人はなぁ……優秀だし結果も残してるけど自由過ぎなんだよ。何でいつの間にかマフィアやテロ組織の殲滅することになったんだか。本来外交担当だったんだぜ俺ら」

 

 

 イチカが深い溜息をつく。

 ごめんイチカ、あの人トラブル体質だから今後も同じようなことが起きるかも。

 流石にそれは口にしないけど、ママ直属で間違いなく巻き込まれるだろうイチカに涙を隠せない。多分発狂するかもしれないけど私には何もできないんだ。

 

 

「ま、まあ今は仕事の話はなしにしてさ。せっかくの休みだし、イチカは何かやりたいことでもある?」

 

「やりたいこと? 長い間留守にしてた部屋の掃除に日用品と消耗品の補充、あとは訓練かな。勉強も通信教育で間に合ってるし、そのくらいか?」

 

「え? 他にはないの?」

 

「いやないけど。だから休みが長すぎると正直困る」

 

 

 ストイックなのか趣味がないのか知らないけど、それ社畜のセリフだよイチカ。

 

 

「へえ、じゃあ結構暇な時間あるんだ。だったらさ、一度ウチの部署来てみない?」

 

 

 イチカの予定が味気ないし、普段あまり関わりのない部署だから何かイチカの刺激になるかもしれない。

 ただの下っ端なら問答無用で門前払いだけど、幸いイチカはファミリーきっての期待のホープとして構成員に高く評価されてるからそこまで問題にならないだろう。

 それにイチカはあのママの副官的役割を二年近くも担ってたのだ。当初イチカのことを快く思っていなかった連中もこの事実を聞けば掌を返すように彼を賞賛する。それだけママの部下を長期間努めるということはファミリー内でも難しいと認識されていた。みんなママの自由奔放さについていけないのだ。どれだけ我慢しても一年持てば上出来、最悪一時間で音をあげる者もいた。

 だから私はイチカのことで問題になることはないと踏んでこの提案をした。

 べ、別に一度部署のみんなにイチカを紹介したいとか模擬戦とかでイチカに良いところ見せたいからじゃないよホントだよ? 

 

 

 ただ私は失念していた。

 

 イチカ・ハミルトンが()()()()であったことを。

 

 

 



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第25話

 イチカを伴ってハミルトン・インダストリーにあるラボを訪れると丁度ウチの隊員達が模擬戦をおこなっていた。

 三機のISが実験場で舞っている姿を見てイチカは言葉を失っている。

 

「ほらほら動きが鈍くなってるわよ。それとももう限界かしら?」

 

 第二世代のグレイズを駆るスコールは一対二の状況でありながら対峙する他のグレイズ二機を翻弄していた。

 的確な位置取りと無駄のない動きで銃弾を避けるさまは見事の一言に尽きる。なかなかスコールにダメージを与えられないことに焦りか苛立ちがでたのか、二機のグレイズの動きは次第に精彩を欠いていく。

 

 

「くそがっ、なめやがって!」

 

 

 しびれを切らした一機がスコールの挑発に乗り、銃撃を止めてスコールめがけて突貫を仕掛ける。もう一方が「ダメ!」と制止したときにはすでに手遅れで、二機の距離は離れすぎてしまっていた。

 突貫をしかけたグレイズは被弾覚悟でイグニッション・ブーストを繰り返して、徐々にスコールとの距離を詰めるがスコールは余裕を崩さない。

 

 

「とどけえええぇえぇえ!」

 

 

 ブレードを展開して刃をスコールへ突き出す。

 スコールはなぜかそれを避けようともせず、そのまま刃が装甲に届くかと思われた。

 

 

「はい残念♪」

 

 

 陽気なスコールの声と同時に突貫したグレイズの胸に巨大な杭が突き刺さった。

 

 

「……え?」

 

 

 困惑した声を上げたグレイズは突き刺さった杭の勢いに押されてそのまま地上へ墜ちる。スコールの手にはそれまで使っていたマシンガンから無骨で巨大なパイルバンカーが握られていた。

 パイルバンカーをもろに浴びたグレイズは一気にSEをゼロに削られてそのまま戦闘不能。もう片方のグレイズも奮闘はしたが、練度と技量で勝っているスコールに徐々に追い詰められて結局力負けした。

 

 

「やっぱりキサラギのパイルバンカーはひと味違うわね。五発しか撃てないのと扱いにくさが玉に瑕だけど」

 

 

 グレイズから降りたスコールは上機嫌そうで、さっきまで模擬戦をした疲れを微塵も感じさせない。

 

 

「くそぅ、また勝てなかったぜ」

 

「残念無念」

 

 

 一方スコールを相手した二人は疲労困憊と地面にへたりこんでいた。二人ともたくさんの汗をかいており、しばらく立ち上がれなさそうだ。

 

 

「情けないわね。そんなんじゃあオータムの練習相手にもならないわよ。オニキス、トリフェーン」

 

 

 オニキス、トリフェーンと呼ばれた二人はスコールのジト目から逃れるように同時に視線をそらした。

 彼女達は篠ノ之博士を襲撃した実行犯だったメンバーだ。篠ノ之博士に返り討ちに遭い、駆けつけた私達に捕らわれた彼女達はハミルトンファミリーで尋問された。その際に彼女達の飼い主だった女性権利団体に見捨てられたことや彼女達に関心がない篠ノ之博士からハミルトンファミリーに丸投げされたこと、彼女達に利用価値があることなど様々な事情もあって今ではウチの隊員となっている。最初は反発気味だったけど実力で黙らせたら従順になった。

 かつて隊長と呼ばれた一人を除いたメンバーはスコール達にはまだ勝てないけど、代表候補生程度に遅れをとらないくらいの実力はある。なんでも元々彼女達はそれぞれ傭兵上がりだったらしい。ISの技量が劣っていても戦闘のセンスは極めて高く、ISなしの肉弾戦ではウチの男衆と互角かそれ以上の実力をもっているので、よく私の練習相手になっている。肉弾戦ではまだまだ彼女達に敵わない。

 

 

「あらティナの隣にいるのってもしかして……」

 

 

 クールダウン中のスコールが一夏の存在に気づく。スコールの声で他のメンバーも普段見慣れない人物が私の隣にいることにようやく気づいた。隊員達から注目を浴びた一夏は若干居心地が悪そうだったが、彼女達の視線を不快に感じてはいないようだ。

 

 

「紹介するわ。最近までママの副官を務めていたから顔を合わせるのが初めての人がほとんどかもしれないけど、彼はイチカ・ハミルトン。私の義弟よ」

 

「へえ、あなたが例の自由人の手綱を握ってたイチカね。私はスコール。IS部隊副隊長とティナの代理をやっているわ。よろしく」

 

「こちらこそ。けど手綱を握ってたなんて過大評価もいいところさ。本当にあの人の手綱を握れるのはボスくらいだからな」

 

「違いないわね」

 

 

 どうやらスコールはイチカのことを気に入ったようで笑顔でイチカと握手を交わした。その後に紹介した他のメンバーもイチカに対し比較的好意的だった。その要因としてウチのメンバーに女尊男卑主義者がいないので歪んだフィルターでイチカを見なかったこと、メンバーがイチカの評判を知っていたことが大きかった。

 

 

「というわけで今回イチカには私の勇姿を見てもらおうと思います」

 

「いやどういうわけよ」

 

 

 はいスコールそこつっこまない。スコールが呆れ顔してるがスルー。

 私は今イチカに飢えている。なぜならイチカが屋敷にいるのは久々で、前回いたときは私がどんなことをしてるのか全然話せなかったからだ。

 出会った当初は原作主人公云々と複雑だったけれど、今ではひとりの義弟としてイチカのことを家族だと思っている。だから今回こそIS部隊の紹介をすると同時に私の仕事ぶりを見てもらいたい。そしてあわよくば「お義姉ちゃんかっこいい」って褒めてほしい(本音)。

 

 

「なのでオータム、模擬戦しよっか♪」

「うへっ、まじかよ」

 

 

 とまあ、こういった流れで私はオータムと模擬戦することになった。

 私とオータムが展開しているのは互いに第二世代のグレイズ。しかし同じ機体ではあるが、お互いのグレイズの見た目は大きく異なっている。

 まずオータムの機体は基本的にグレイズの標準装備のままだ。粗雑な口調が目立つオータムだが戦い方に関しては意外と堅実で奇をてらしたものではない。そのため兵装もあまり奇抜なものは使用していない。

 一方私のグレイズは標準装備のオータムのグレイズと違ってかなりの重装備になっている。標準装備のマシンガンとアックスは外しており、長距離ライフルとアサルトライフル、近接用の小型ブレードを二本、そして右肩にはチェインガンに左肩には六連装ミサイルポッドを装備している。その他に切り札のとっつきや実用性は皆無だけど個人的な趣味で入れてる火炎放射器などもある。正直チェインガンで少し重量オーバー気味なので本来のグレイズより若干スピードが劣るけれど、同じ第二世代の打鉄よりはスピードはあるから決して鈍足ってわけではない。

 

 

「ったく、相変わらずゴテゴテな重装備だなあ。そんなんで動けるのかよ」

 

 

 オータムが呆れながら私の装備を見て舌打ちする。

 

 

「それ、いつも言ってるじゃない。もしかしてもう更年期? スコールより若いくせ「ティナ?」ハイゴメンナサイ」

 

「何やってんだよ……あと更年期じゃねえって。そんなのはスコールに「オータム?」あっスマン」

 

 

 スコールは笑顔だがゴゴゴゴゴゴゴッと恐ろしい凄みが全身からあふれ出して、私とオータムは小動物のように震えていた。

 女性に年齢のことでイジってはいけない(戒め)。

 

 

「ま、まあ、気を取り直してはじめようか」

 

「お、おう」

 

 

 なんだか締まらない感じではじまった模擬戦だったけど、いざはじまれば互いに気持ちは完全に切り替わっている。

 私は模擬戦の開始と当時にオータムから一気に距離をとり、ライフルでオータムの動きを牽制する。

 機体性能と濃密な鍛錬の成果によって近距離から遠距離まで戦闘をこなすことができるが、私が最も得意とする戦法は遠距離からの引き撃ちだ。高機動での戦闘も得意ではあるけど、私の射撃に特化した能力を十全に発揮できるのは引き撃ちだった。そのため私の装備は射程距離が長い兵装が主体となっている。チェインガンは一発のダメージが大きくなく、そこまで射程距離は長くはないが、その代わり近中距離戦では十分な火力と牽制用として機能しているので重宝している。使っている間はあまり動けなくなるのは玉に瑕だけど。

 相手が近づいてきたら距離をとり、逆に遠のいたらある程度の距離を保ちながら接近していく。言葉にしてみれば簡単そうに聞こえるかもしれないけれど、これが意外と難しい。なぜなら常に自分と相手の位置と距離を正確に把握し続けるのとISの操作、装備の有効距離、選択、不意を突かれないように相手の動きの予測と観察を同時におこなわければならないからだ。もちろんこれは一般的なISのパイロットにも求められることだけど、特に私の場合は射撃の能力を最大限生かすためにこれらの動きを他の誰よりも高精度におこなわなければならなかった。

 こちらが射程距離ギリギリからライフルで射撃を繰り返し、オータムが懐に飛び込もうとすればチェインガンで蜂の巣にする。チェインガンのダメージを無視して近づいてみようものなら六連装ミサイルポッドが火を噴く。しかし弾数は有限で撃ち尽くしたらその兵装はIS内にしまうかパージするかの二択だ。

 普段なら時折長距離ライフルを織り込んで遠距離から地道に削るか、こちらの弾が尽きるのを待つ相手の思惑に乗って近距離で決着をつけるつもりだけど、今回はイチカが見ているわけだからそんな地味で時間がかかる方法をとるつもりはない。

 私はライフルとチェインガン、ミサイルポッドをパージして、ブレード二振りを展開させた。

 

 

「あん? いつもみてえにチマチマやんねえのか」

 

「今日はちょっとね。たまにはこういうのもいいでしょ」

 

「ハッ、どうせ愛しい義弟ちゃんに恰好つけたいだけだろうが。でもいいぜ。最近はオニキスぐらいしか付き合ってくれねえから少し退屈にしてたんだ」

 

 

 そう言うとオータムは小さい子供が見たら号泣しそうな凶悪な笑顔でアックスを展開させた。標準装備であるためやや小型で扱いやすいアックスをクルクルと掌で回し、手になじませるとオータムは嬉々とした表情でアックスの刃先を私のいる方向に突きつける。

 

「久々の喧嘩だ。簡単にくたばんじゃねえぞ」

 

「それはこっちのセリフよ。イチカの前で無様な姿は見せるつもりなんてないわ」

 

 

 待っててイチカ、お姉ちゃんが格好いい勇姿を見せてあげるから! 

 

 そう意気込んでチラッとイチカのいる場所を覗き見た。

 

 

 あれ、なんかイチカが光ってるんですけど……

 

 オータムもその様子に気づいたようで私と同じようにイチカを見つめていた。

 

 そしてようやく光が消えると───イチカがグレイズを纏っていました。

 

 

「「えええええええええええええええ!?」」

 



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第26話

 女性しか動かせないとされてきたISが男性に反応したという前代未聞の出来事によって訓練は当然中止となり、イチカはいつの間に現れた篠ノ之博士に検査という名目で彼女のラボへ連れていかれた。おそらく今日一日は拘束されてるかもしれない。

 私は原作知識でイチカが動かせることを知っていたので、あのタイミングで動かしたことには驚いたけどそれだけで動かした事象については驚きはなかった。けれど大して驚かなかったのは私だけでまわりは目の前で起きた前代未聞の出来事に驚きを通り越して軽くパニックになっていた。オータムらは口をあんぐりしたままフリーズするし、常に冷静沈着なスコールさえも一時は思考が完全に止まっていた。すぐに再起動したものの周囲の様子に訓練の続行は無理と判断して解散させるとスコール自身も疲れたといって部屋に戻っていった。

 日没までの予定が完全に空いてしまった私は開発部から渡されたポテトチップスの試作品をつまみながら暇を弄んでいた。

 どうやら最近開発部が新しいシノギとしてなぜかポテトチップスの開発をしているらしく、その試作品ができるたびに毎回私に味見役として渡してくるのだ。私はポテチも好きだしどれだけ食べてもこの身体は太らない体質だったこともあって最初は快諾したんだけど、開発部は何をトチ狂ったのか普通のはつまらないといって毎回変な味の試作品を送ってくるのだ。

 

 

「うわ、あっっっっま!」

 

 

 なにこれ甘すぎてポテチなのに塩っ気どころかポテトの味すらしてないんですけど。というか一口食べただけなのに甘すぎて口の中から甘さが抜けない。食感はポテチなのに味は大量の角砂糖を頬張ってるような甘さで正直微妙。ほんのりした甘さだったらさつまいものチップスみたいになると思うけどこれは限度を超えている。これ一袋全部食べろなんて新手の嫌がらせか何か? 

 袋の裏面を見て何味が確認したら書かれていたのはグラブジャムンフレーバー。そしてその隣に注釈で『ほぼ本物に近づけました』の文字。グラブジャムンって世界一甘い食べ物だったよね? 

 量は試作品ということもあってそこまで多くはないけど、あまりの甘さゆえにさすがにこれを全部食べ切るのは厳しい。なんとなくオータムを贄もとい道連れにしようかなと考えてたところに一通の着信が入る。それはイチカを検査していたはずの篠ノ之博士からだった。

 

 

「どうかしましたか篠ノ之博士? てっきりイチカの検査をしていると思ったのですが」

 

『いっくんの検査はもう終わったよ〜。検査といってもバイタル測定といっくんに束さん特製のお注射を一本ブッ刺しただけだからね。今後の研究材料としていっくんの遺伝子をちょろっと拝借しちゃったけど。あともう検査は終わったけど今日一日いっくん借りてくね〜』

 

 

 どうやらイチカは今夜篠ノ之博士のところに泊まるようだ。元々検査で今日は帰ってこないと思ってたから大丈夫だと伝えると篠ノ之博士からとても感謝された。なんだかんだイチカも世界中飛び回ってたから篠ノ之博士とあまり会う機会がなかったので話したいことがたくさんあるかもしれない。

 そういえば篠ノ之博士のところにはとある研究所で博士が保護したクロエという子もいたことを思い出す。篠ノ之博士と一緒に彼女を保護した際はしばらく治療が必要な状態だったけど、今では目も覚めて普通に日常生活を送れるまでに回復していた。ただ彼女の両目にはIS用のナノマシンが移植されているらしく、それに伴う脳や目への負担を避けるために普段は目を閉じている。しかし視覚なしでも空間把握は完璧で特に支障はないそうだ。

 篠ノ之博士はどこで保護したのか明らかにしなかったけど、おそらく彼女の目に移植されているのはヴォーダン・オージェかそのプロトタイプである可能性が高いことからドイツの軍事施設で保護したかもしれない。

 クロエという名は篠ノ之博士がつけたという。性格は大人しく従順的だが好奇心旺盛で世間知らずな彼女の存在を篠ノ之博士はすこぶる可愛がっており、まるで娘かのように愛情を注いでいる。

 そこで私はふと気づいた。今日イチカが篠ノ之博士のところに泊まるということはそこにクロエも含まれるのではと。

 

 

「いやいやいや、今のイチカは原作とはほぼ別人だしフラグだったりハプニングがそうそう起こるなんて……」

 

 

 

 



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第27話

短いですが今の自分の全力になります


 篠ノ之束のラボから小気味良い包丁の音と高火力の中華鍋で具材を炒めている音が聞こえてくる。しかしそれらを奏でているのはラボの持ち主ではなく、検査のために連れてこられたイチカだった。

 

 

「はい、酢豚に回鍋肉、青椒肉絲、炒飯の出来上がりだ」

 

 

 テーブルに並べられる料理の数々に目を輝かせる束とクロエの様子に満足そうに笑みを浮かべる。

 中華料理屋を営む二人の友人の親から直々に学んだ中華料理は日本にいたときからの得意料理だ。中華鍋と材料があればメジャーマイナー問わず一通りのものは作れるが、特に酢豚はプロの料理人から絶賛されるレベルでイチカの中でも思い入れのある料理のひとつだったりする。

 

 

「どれも美味しそう〜! どうしてもいっくんの手料理食べたかったからいつでも作ってもらえるように密かに調理器具集めてた甲斐があったよ」

 

「それで妙にキッチンの設備だけ異様に豪華だったんすか……束さん家事全然できないのに何でだろうとは思ってましたけど」

 

 

 一方イチカと束が談笑している傍ではクロエがお預けをもらった子犬みたいにじっと料理の方を凝視していた。普段は大人しく束に従順なクロエでも空腹を刺激するイチカの料理の魅力には抗えないらしい。その様子を二人から微笑ましく見られていることに気づいたクロエは顔を真っ赤にして俯く。

 クロエの小動物みたいな愛らしさに

 

 

「しばらく会わないうちにずいぶんとスーツが似合うようになったね。身体つきも大人っぽくなってる」

 

「ここ二年は世界中飛び回って荒事こなしてましたからね。自然に身体も鍛えられますよ。そういう束さんは昔と全然変わらないですね」

 

 

 イチカと束。二人が最後に会ったのはイチカがハミルトンファミリーに保護された二年前までに遡る。イチカのハミルトン家に養子入りが決まったあとはイチカが世界各国に飛び回ることになったので二人が直接会う機会はなかった。何度か電話でやり取りしていたといっても簡単な世間話程度しかなかったので二人でじっくり話すのは久々だった。

 イチカがマフィアになったことに束は内心複雑だった。マフィアにするためにイチカを助けたつもりではなかった。イチカには一般人として平和に暮らしてほしかった束は一時は恩人ではあるがエドワードに預けるべきではなかったのではないか、自分が多少無理してでもイチカを引き取るべきだったのではないかと自分を責めた。

 しかしイチカがマフィアになったことに後悔はしていないこと、あのまま日本にいたらいつか壊れてしまったかもしれないこと、そもそも日本にいたときからマフィアと関わりがあったことを告げられ、逆にイチカから命を救ってくれたことや自分のことを思い感謝された。

 気づけば夕餉の時間からかなり時間が回っていた。

 

 

「ありゃりゃ、もうこんな時間なんだ。いっくんお風呂入る? 実はこのラボには檜風呂があってね〜。流石にエドくんちの大浴場には及ばないけどその辺の高級旅館には劣らない出来だから是非堪能してほしいな」

 

 

 束の言うことに従って着替えを片手に風呂場に案内されると入口は暖簾がかけられている本格的なもので引き戸を引いて中に入るとそれなりに大きい脱衣所があった。何度かハミルトン本家の大浴場に入った経験はあったがほとんど外で暮らしていたイチカにとってこういった純和風の風呂を味わうのは久々だった。

 だからなのか、イチカは完全に油断していた。このラボにはいたのは束だけではないということを。

 

 

 何の警戒もせずに風呂場に入ったイチカの目に飛び込んできたのは薄い湯気と神秘的ともいえる白い肌をした小さな背中だった。全く想定してなかった光景に絶句してしまい僅かに物音を立ててしまう。そして相手がその物音に気づいて振り返ってしまったことでイチカは自分の状況にようやく気づいてしまった。

 先に風呂場にいたのはクロエ・クロニクル。とある実験場から束に救出されそのまま助手として束に仕える少女。イチカがハミルトンファミリーによって救出された際に同じ病院にいたことから少し親交があった人物だった。

 そしてクロエが物音に気づいてタオルもないまま振り返ってしまったことでイチカの視界に彼女のあられもない姿が映ってしまい、少女の悲鳴が風呂場に響き渡ることになったのだった。



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第28話

「どうしたんだいイチカ、顔に紅葉ができてるじゃないか」

 

 

 

 帰ってきたイチカの頬には明らかに誰かに叩かれたであろう手形の跡がついていた。これはもしかして、いやまさかね。

 

 

 

「もしかして風呂場でラッキースケベでも発動したの?」

 

 

「な、なんで知って……あ」

 

 

 

 マジで図星だったかー。原作とは違うと思ったのにこういったところは変わらないのかい。

 

 

「いや私からは何もいわないけど、ほんと気を付けてね。身内で性犯罪者がでるのはいやだよ」

 

 

「……すまん、気を付ける。いやほんとに」

 

 

 イチカは本気で反省してるようだし、これ以上言及するのはやめておこう。

 

 

 

「ところで束さんから聞いたけど、今日からISの訓練を始めるんだってね。ま、動かしちゃったんだから仕方ないことなんだろうけど」

 

 

 今のイチカはIS用のスーツを身にまとっている。束さん特注の男性モデルらしく女性モデルより露出は少ない。まだスーツに慣れてなさそうだけど着ているうちに慣れてくると思うよ。むしろ慣れれば変な運動着より快適だったりする。

 

 

「ああ、束さんが言うには俺がIS学園に入学することは確定らしい。正直IS学園行くのは嫌だけどまわりに迷惑をかけてまで拒否はできねえよ。だから今のうちにISの動かし方を学ぶつもりだ」

 

「真面目だねー。今日は私がコーチとして教えるわけだけどISは何使う? あるのは第一世代のゲイレール、ゲイレールシャルフリヒター、第二世代のグレイズの三つだね」

 

「おすすめは?」

 

「個人的にはグレイズ。今主流の第二世代だし、ゲイレールより扱いやすいよ」

 

 

 じゃあそれで、というので早速イチカにグレイズを展開してもらう。ちなみに私はゲイレールにした。

 最初は展開に戸惑うと思ったけど、イチカはすんなりとグレイズを展開させる。イチカの学習能力に一瞬驚いたけどイチカだしと思い、そのまま歩行の仕方をレクチャーする。さすがにいきなり歩行できるということはなく、バランスを崩しながらゆっくりゆっくり一歩ずつ歩みを進める。

 けれど一時間ほどすると歩行は完璧になっていた。改めてイチカの学習能力の高さを思い知る。私なんか一日でようやく不自由なく動けるようになったのに。

 

 

「素晴らしいね。これじゃ基礎訓練もあっという間に終わりそうだよ」

 

「そうなのか? まだ違和感とかあるからもっとやりたいんだが」

 

「初心者のうちはやりすぎはよくない。後で平衡感覚がぶっ壊れるよ」

 

 

 代表候補生クラスになればトータル何百時間と馬鹿みたいな数字になるけど、それはその分鍛錬を積んだから。初心者は下手すれば一時間で根を上げる人もいる。

 私は代表候補生ではないけどそれに劣らないくらいはISに乗っている。特にIS部門では模擬戦も実戦もしょっちゅうやってるから下手な代表候補生よりは強い自信があったりする。実際オータムやスコールは代表クラス並みの実力者だし、最近入ったメンバーも代表候補生よりレベルが低いのがいない。彼女らは元傭兵なだけに実戦の強さも相当だ。

 イチカがこのメンバーに並べる実力を身につけるかどうかはわからないけど、このペースだと入学するときにはそれ相応の実力は手に入れられるかもしれない。

 しばらくは私と基礎訓練に徹するつもりだけどある程度動けるようになったらうちらの訓練に投入するのもありかもしれない。競馬で例えると新馬戦通り越していきなり古馬王道路線にぶっこむような感じになっちゃうけどイチカなら大丈夫でしょう。

 

 

「なんか悪寒が……」

 

 

うん、気のせいじゃないかな?



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第29話

 イチカがISを学び始めてからしばらくの月日が経った。初めは基礎訓練に終始してたイチカも最近ではすっかり動かし方を理解してオータム達と実戦経験を積んでいる。まだまだオータムらの壁は厚く、勝ち星を上げられていないけど、努力の成果か少しずつその差を縮めつつある。私もまだイチカに圧勝することはできているけど、このペースじゃいつか追いつかれてしまいそうだ。

 そんな折に久しぶりに上からクラウンとしての依頼が舞い降りてきた。ここ最近は篠ノ之博士救出以来何もやることがなかったから自然とやる気が上がる。シマの治安も改善傾向にあるし、女性権利団体が介入してきたヤクの密売も私らで壊滅状態にさせてからすっかり大人しくなっている。ちょこちょこトラブルは出てるらしいけど、それは表の男衆が解決させているから議題に上るほど大きくなっていない。

 さてそんな中で言い渡された今回の任務なんだけどどうも毛色が違うようで些か面倒な事案だったりする。

 

 

「どこかの組織を潰すのかと思ってたけど、今度はフランスでお姫様の救出ねえ……」

 

「オレらは白馬の王子様じゃねえんだけどな。しかし依頼主があのデュノア社の社長だとは」

 

 

 スコールとオータムは作戦が記された資料を読みながら微妙な表情を浮かべる。私もこんな任務を言い渡されるとは思っていなかったよ。だいたいフランスは私たちのシマの外だしあのISシェア世界第三位のデュノア社とハミルトン・ファミリーにつながりがあったなんて思わないじゃん。

 なんでもパパとデュノア社の社長は友人関係らしく昔はファミリーの方にも取引があったらしい。デュノア社が大きくなり始めてからは周囲の目が厳しく取引は断念してたみたいだけど、交友関係は続いてたらしい。

 で、ここからが肝心なんだけどデュノア社の社長には一人娘がいた。それも今の社長夫人ではなくいわゆる愛人との子らしい。けれど実態は違って愛人ではなく元々将来を約束した恋人同士だった。しかし周囲は二人の仲を認めず、女性権利団体関係にコネクションを持っていた大企業の令嬢と無理矢理結婚させてしまった。それが今の社長夫人で恋人同士の二人は泣く泣く別れることになった。しかしこの段階で恋人は社長との子供を身ごもっていて、後にひとりで出産し密かに育てていた。社長は娘に気づいていたようで匿名で援助していたみたいだけどそれが夫人にばれた。夫人は母娘の存在が気に入らなかったらしく、自分の配下に二人を消そうと画策してるらしい。社長も保護に動こうとしたみたいだけど夫人に牽制を受けてていて身動きがとれないらしい。そこで友人のパパに助けを求めたみたい。

 これって完全にシャルロット・デュノアのことだよね。原作だとそのままデュノア社の駒にされていたけど、もし助け出すとしたら一体どうなるんだろうか。

 というか助けるなら別にクラウンじゃなくてもいいと思ったけど、パパがいうには向こうがIS動かしてくる可能性が高いそうだ。ISが出てくるならクラウンに出番が回ってくるのは必然だ。

 さて本作戦の目的はシャルロットおよびその母マリーナの救出となる。夫人側も消しに動いているらしいのでこちらも早く行動することになりそうだ。

 

 

「メンバーはどうする? 大人数だと動きずらいし、ひとりじゃ救出は難しいね」

 

「ベストは二、三人ってところかしら。あとはバックアップに数人ほしいわね」

 

「となると実行班はオータム、私、スコールにする?」

 

 

 スコールは首を横に振る。

 

 

「今回は私はバックアップに入って司令塔の役割を担った方がいいかもしれないわ。オータムとティナは実行班でいいわ。私の代わりはそうね。トリフェーンでもいいかもしれないけど、貴女の方が適任かもしれないわね……」

 

 

 そう言うとスコールはオニキス達から隊長と呼ばれた女性──マドカに目を向けた。

 

 

「私か?」

 

 

 壁に背を預けていたやや小柄な女性。歳は二十代前半で目つきが鋭く、そしてあの織斑千冬と瓜二つ。まさかと思ったけど彼女はマドカと名乗っていた。原作と違って成人済みで傭兵をやっていたとは思わず、最初は信じられなかったけど、篠ノ之博士が驚きイチカが本物と見間違ったくらい織斑千冬とそっくりということもあってやはりマドカなのではと確信する。

 そんなマドカに今回の作戦の白羽の矢が立つ。隊長もといマドカとは訓練で何度か一緒にコンビを組むことがあったけど彼女の実力は本物だ。近距離も遠距離もこなせるオールラウンダーで近接武器には刀を愛用している。彼女なら今回の作戦でも十分力を発揮してくれるはずだ。

 こうして救出の実行メンバーは私とオータム、マドカの三人で決まりミーティングがこれで一度お開きになった。今回の作戦には当然だがイチカは同行しない。バックアップとしては優秀なのだろうけど今回の作戦にはイチカは不向きだった。

 

 

「ということでごめん。しばらくイチカの練習相手ができなくなっちゃった」

 

「仕事なら仕方ねえって。しばらくの間は束さんのところに通って座学に専念するよ。あとは同僚と筋トレとかかなあ」

 



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第30話

 フランス ブルゴーニュ

 

 のどかな田舎の一角にある人里から少し離れたところに黒ずくめの装甲車が不自然に置かれていた。その装甲車の中でカタギとは思えない雰囲気の女たちが依頼主の愚痴をこぼしている。

 

 

「例の女がいるというのがあの家ね。なんとも田舎臭いところにすんでいるのね」

 

「社長夫人も面倒なことを言ってくれるわ。夫の元恋人を子供ごと消すとかさ。大人しくしてるんならほっとけばいいのに」

 

「でも社長が秘密裏に支援してたんでしょ? あの独占力の強い夫人からしたら十分抹殺対象よ」

 

「夫人も気の毒というか自業自得というか。デュノア社長夫人の肩書ほしさに権力で無理矢理夫人の座に昇りつめたのに、社長本人は自分より無理矢理別れさせられた元恋人に情を移している。自分が周囲を利用して別れさせたから余計にプライドが許さなかったのでしょうね。ところで家の様子はどうなってる?」

 

 

 女の問いに家を監視していたひとりが返事する。

 

 

「異常なし。外に出た様子もないし、変な物音もし……。ちょっとまって、おかしい」

 

「何がおかしいのよ」

 

「物音がしなさすぎる。生活音すらしない……」

 

 

 事態を察知した女たちは急いで装甲車の外を出て武装を固めながら家の様子をうかがう。そして気づいた。

 

 

「してやられた! 中はもぬけの殻だ」

 

 

 銃を片手にドアを蹴破り中に侵入すると家の中は電気がついているものの人の気配はしなかった。女達はシャルロット母娘が家に入る瞬間を目撃し、そのまま監視していたから二人は突然家から蒸発したことになる。

 

 

「家の中を探せ。どこかに外に通じる道か地下空間があるかもしれん」

 

 

 リーダー格の女の命令で家の中を細かく捜索すると床下の一部から地下に通じるであろう階段の存在を発見した。一見普通の住宅なのに明らかに不自然な階段の存在に警戒を強める。

 

 

「こんなところに階段があったなんて。しかもまだ真新しい……」

 

「おそらくここから逃げたに違いないわ。追いましょう」

 

「けどこの狭さじゃISは展開できなさそうね。厄介だわ」

 

 

 それでも女たちは意を決して階段を下りて先へ進む。どうやら物置というわけではなさそうで、階段の先は細い通路になっていて、それはかなり長い距離がありそうだった。

 レンガ積みでできたアーチ状の通路は地下特有のカビ臭さがあり女達は顔をしかめる。

 

 

「この道で逃げたとなればかなりまずいわね。どこに続いているか知らないけど外につながってるかもしれないわ。急ぎましょう」

 

 

 女達はこういうことになるならば、さっさと依頼人の指示を待たずにすぐに殺害を実行すべきだったと後悔したが過ぎたことを嘆いても仕方がない。

 ISを使えば一瞬の距離を女達は自らの足で進むしかない。常人より体力はあるが普段ISに乗り慣れた者にとって通路の距離は長く感じた。

 しかし頑張った成果もあり次第に通路の先から足音らしき音が聞こえていた。徐々にその足音との距離が縮んでくる。

 ようやく追いつける。そんなときだった。

 突然先頭にいたひとりが頭部に強い衝撃を受けて後ろにのけぞった。命の危機だったのか頭部にISが緊急展開をしていた。ふと地面を見ると一発の弾丸が転がっていた。つまり先頭にいた女は通路の先から狙撃されたのだ。すぐに女達はターゲット以外の敵の存在に気づきISを部分展開する。

 通路の先に武装した誰かがいる。狭い通路で動きを制限されてISも満足に展開できない状況に女達がとれる方法はふたつ。ひとつは来た道をそのまま戻ってシャルロット母娘の追跡を断念するということ。そしてもうひとつは多少の犠牲を覚悟してでも先に進み通路の先に出るということ。

 一瞬悩んだが女達は任務を遂行するために後者を選んだ。

 

 

「撃て撃て撃て撃て、撃ちながら進むんだ」

 

 

 ISを部分展開しながら見えない敵に銃を乱射し突き進む。そのおかげか向こうからの銃撃は減り、多少の被弾を食らいながらもようやく通路の出口近くに辿り着く。通路の出口は外ではなく広い空間になっているらしく、この広さだったらISを展開できそうな感じだった。ようやく出口に出れることに安堵した女達だったが、通路を抜けた直後、出口の真横──彼女らの死角になる場所に妙な武器を構えた一体のモノアイの悪魔が彼女らの視界に映る。

 次の瞬間、超至近距離で放たれた一撃でISが破壊された音と共に鮮血が飛び散った。

 

 

「ああああああああああああああああああ!?」

 

 

 直撃を食らった先頭にいた女のISのSEは一気に削れてあっという間にゼロになってしまい、ISが防ぎきれなかった分のダメージが女の身体に襲い掛かった。その結果、敵の武器から飛び出した棒状のなにかが女の身体を貫通していた。女は自分に何が起こったのか正確に理解できないまま意識を暗転させた。

 

 

 

 

 

 



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