ワールドトリガー《ASTERs》 外伝 (うたた寝犬)
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和水スナイプ
第1話「和水真香と訓練」


『和水スナイプ』は、本編にてオペレーターをやっている和水真香の前職であるスナイパー時代の物語になります。




ゲートより現れる謎の侵略者「近界民(ネイバー)」の脅威に三門市が晒されてから、早数年が経った。ネイバーは依然として現れ続けるが、彼らに対抗する界境防衛機関「ボーダー」の活躍により、三門市は警戒区域と呼ばれるエリアを除いて平穏を保っていた。

 

ボーダーはネイバーに対抗できる唯一の技術である「トリガー」を用いる戦闘員を、常に警戒区域と呼ばれるエリアに配置することによってネイバーの侵攻を食い止め続けている。

 

そしてボーダーにおいて、戦闘員は入隊した訓練生の時点で大きく3つのポジションで区別される。

 

ブレードを模したトリガーで勇猛果敢に斬りかかる「攻撃手(アタッカー)」。

複数の弾丸を操り中距離からの射撃で戦う「銃手(ガンナー)」と、それの類型である「射手(シューター)」。

スナイパーライフルを用いて遠距離からの狙撃を得意とする「狙撃手(スナイパー)」。

 

そしてこれは、誰よりも狙撃の魅力に取り憑かれた若きスナイパーの物語。

 

和水真香の、物語。

 

*** *** ***

 

過ごしやすい気候が続いた、とある日曜日。

ボーダーで最も広い部屋であるスナイパーの訓練場に、多くの隊員が集まっていた。今日はスナイパーの合同訓練であり、訓練生・正隊員の区別なく、スナイパーのほとんどが集まっていた。

 

そしてその中に、訓練室の壁にもたれかかっている、1人の少女がいた。

 

射抜くような鳶色の瞳に、首を隠す程度まで伸ばされた黒髪。スラリと高い背丈に似合う、黒い隊服。大人びた外見とは裏腹に、醸し出す雰囲気は13歳という年相応なものであり、彼女は正隊員に支給されるタブレットに目を落とし、自分にしか聞こえない程度の小さな音量で鼻歌を歌っていた。

 

そんな少女に、1人の少年が声をかけた。

「おー。和水ちゃん、今日は随分と機嫌がいいじゃねーの」

 

和水(なごみ)と呼ばれた少女はパッとタブレットから顔を上げ、声をかけてくれた少年にニコッとした笑みを向けた。

「当真先輩こんにちは」

挨拶をされた当真勇は和水に挨拶を返し、軽い雑談を始めた。

「最近の調子はどうよ?」

 

「今ひとつって感じです。雷…、寺島チーフにトリガー調整してもらったり、新しいトリガー入れたりしてるので、安定感が今ひとつ掴めなくて…」

 

「相変わらず熱心だねぇ」

 

「いえいえ。東さんや鳩原先輩、それに当真先輩に比べたら、私はまだ未熟なので、これくらいやるのは当然です」

凛とした芯のある声で和水はそう言った。

 

(向上心が高いというか生真面目というか…。まあ、いいことだけどよ)

当真は目の前にいる若きスナイパーの向上心の高さと真面目さを素直に嬉しく思った。

「あ、ところで和水ちゃん。今日の合同訓練の内容って分かるか?」

 

「今日は通常狙撃訓練ですよ」

 

「通常狙撃か…。今日は何描いてやろっかな」

通常狙撃と聞いた当真は、どこか楽しそうに呟いた。

 

通常狙撃訓練というのは、100メートル先にある50センチ弱の大きさの的を規定の弾数分狙撃する訓練である。5発撃つごとに的は遠くなっていくため、いかに集中力を保てるかが重視される訓練である。

 

しかし通常というだけあってポピュラーな訓練でもあり、特別変わったことは無い。だがそう考えると、当真が呟いた「描く」という単語がとても不自然に思える。

 

当真は高い技術を持つスナイパーであり、彼からしてみれば動かない的に当てるのは息をするように当たり前にできることである。それゆえに彼はこの通常狙撃訓練において中心部分をあえて狙わず、弾痕の1つ1つを使って、絵を描くという独特な訓練に改変していたのだ。

 

そしてその「描く」の意味を理解している真香は、嬉々として当真に尋ねた。

「トランプのマークとかどうですか?スペードとかクラブとか」

 

「悪くはねーけど、この前それ描いたんだよな」

 

「描けたんですか?じゃあボーダーのエンブレムとかはどうですか?」

 

「おいおい和水ちゃん、それはさすがに弾数が足りないぜ」

 

「そうですねぇ」

和水と当真は互いに笑いあって会話をしていたが、その途中で開始を知らせるアナウンスが鳴った。

「時間だな」

 

「はい。結局、今日は何を描いてくれるんですか?」

 

「そうだな…。ま、見てからのお楽しみってことにしといてくれ」

 

「あはは!了解です!」

楽しみにしてますね、と、屈託の無い笑顔で和水はそう言い、2人はいつも使うブースへと移動していった。

 

衝立で軽く仕切られ、小さなモニターがあるブースに入った和水は、射程に優れたバランス型のスナイパー用トリガーの「イーグレット」を展開し、100メートル先の的めがけて構えた。

 

無駄な力が入っていない綺麗な構えで一息ついてからスコープを覗いて的を捉え、引き金に指をかけた。

(それじゃあ、行きますか)

自分を落ち着けるように頭の中で唱えた和水は、訓練開始の合図とともに引き金を引いた。

 

*** *** ***

 

そして訓練が終わり、和水は106人中9位という順位であった。訓練が終わり一息ついたり、帰っていく隊員がいる中、和水は休むことなく自主練習にかかった。

 

タン…

 

タン…

 

タン…

 

規則的で、リズムを正確に刻むメトロノームのように淡々とした狙撃を和水は繰り返していく。だがそれは決して雑ではなく、さっきまで行っていた合同訓練よりずっと集中し、1発1発に気迫がこもった狙撃であった。

 

そして事前に決めただけの弾数を撃った和水は、1度集中力を緩め、中腰だった姿勢を解いて立ち上がった。

 

「やっと休憩か?」

 

だが立ち上がったのと同時に、和水は背後から話しかけられた。

「わ!奈良坂先輩!」

話しかけたのは奈良坂透という少年で、当真や和水と同じスナイパーだ。

「すまない、驚かせたか?」

 

「いきなり話しかけられたら誰だって驚きますよ」

 

「そうか、次からは気をつける」

実を言うと奈良坂は和水に何度か声を掛けたのだが、的に集中力しきった和水の耳に奈良坂の声は全く届いていなかっただけの話なのだが、奈良坂はそこをあえて指摘せず、何事も無かったように会話を続けた。

「随分と集中していたな」

 

「はい。今回も東さんや鳩原先輩に勝てなかったので、こんなんじゃまだまだです」

今回の通常狙撃訓練のトップは1位は鳩原未来という女子隊員、そして僅差の2位は東春秋というベテラン隊員だった。

 

スナイパーでトップの技術を持つとされる鳩原と、ボーダーにおいて初のスナイパーとなった東。訓練では常に上位にいる2人であり、彼らに負けるのはなんら恥じるものではないが、それでも和水は言葉の奥に悔しさを滲ませていた。

 

同期入隊の隊員として、和水かいつも見せる明るさの奥に潜む負けん気の強さを知っている奈良坂は下手な慰めはかえって逆効果になると感じ、

「これが今の俺たちの実力だからな」

それだけ言って、会話を1度止めた。

 

互いに言葉を止めたことによって流れた沈黙により空気を1度リセットし、奈良坂は話題を変えた。

「そういえば、和水はまだソロ隊員だったな」

 

「はい。奈良坂先輩は確か、新設の三輪隊に入隊したんですよね?調子はどうですか?」

 

「…まずまずだな。三輪も米屋も頼りなるフロントだが、チームとしてまだ噛み合い切ってないといったところだ」

 

「大変そうですね…」

 

「確かに大変ではあるが…、まあ、その分楽しいぞ」

感情があまり表に出ない奈良坂だが、そんな彼にしては分かりやすく楽しげな表情になっていたので、和水は彼が今本当に楽しんでいるのだと感じ取った。

「…本当に楽しそうで、何よりです。…あ、何の話でしたっけ?」

うっかり奈良坂がしたかった話から脱線していきそうになったところで、偶然にも和水が話の流れを修正しにかかり、奈良坂は本題を切り出した。

 

「ああ…。確か今日、正隊員だがまだチームを組んでいないソロ隊員は上の会議室に集まるようにと通達がされてたんだが、和水は行かなくていいのかなと思ってな」

 

そしてそれを聞いた数秒後、

 

「………忘れてた」

 

和水の顔は一気に青ざめた。そして次の瞬間、和水はあわてて奈良坂に向けて叫ぶように問いかけた。

「な、奈良坂先輩!今何時ですかっ!?」

 

「じ、10時半だが…」

 

「ありがとございます!まだギリギリ間に合いそうですっ!」

現在の時刻と移動にかける時間、現在地と目的地をそれぞれ天秤にかけ、和水はそう判断して行動に出た。普段から愛用している肩掛け式の小さなバックに荷物を詰めて移動を開始したが、その足はすぐに止まった。

「ブースの片付けしてなかったっ!」

和水が使っていたブースには荷物こそもう無いが、モニターには自主練で使ったデータが出しっぱなしになっており、和水はそれを片付けるのを忘れていた。

 

大きなロスだと和水は思ったが、今の彼女の事情を知る奈良坂が助け舟を出した。

「和水。ここのブースは俺がこのまま使うから片付けはいらない。すぐに会議室に向かうんだ」

 

「奈良坂先輩ありがとうございますっ!今度お礼に何でもしますっ!」

全身全霊を込めた綺麗なお辞儀で奈良坂へ感謝の念を示した和水は急いで走り出し、目的地である会議室へ向けて姿を消していった。

 

完全に和水の姿が見えなくなったところで、奈良坂はひとまずといった様子でブースに入った。もともと今日はもう上がるつもりだったが、和水にブースを使うと言った手前、少しくらい撃っていこうと思った奈良坂はすぐにイーグレットを展開し、的を見据えた。しかし見えたのは和水が撃ち抜いて見るも無残になった的だった。どうせなら新しい的を使いたいと思った奈良坂はすぐに的を用意するためモニターを操作しかけたが、違和感を覚えて手が止まった。

 

漠然とした違和感だったが、奈良坂はすぐにその正体に気づき、和水が使っていた的へと視線を向けた。

(和水はかなり集中して狙撃をしていたのに、なんで的がこんな雑に撃ち抜かれているんだ?)

奈良坂が感じた違和感とは、誤射したと言ってもいいほどに乱雑に射抜かれた的だった。

 

和水のスナイパーとしての腕前は高順位である。それは先ほどの訓練で9位という結果で現れている上に、その時に使っていた的もほぼ全ての弾丸が中心を射抜いている。

 

そしてそのことを考えると、人の声が聞こえなくなるほどに集中した和水がここまで狙撃が乱れるなど到底思えず、奈良坂の違和感は疑問へと変わった。

 

しかし考えても疑問は解決せず、奈良坂は和水の調子が最後になって大きく崩れたのだろうと考えることにした。

 

そうしてひとまず疑問を保留にした奈良坂だが、その疑問は和水が自主練のためにモニターに表示していたデータを片付けようとした時に解決したと同時に、驚いた。

 

表示されていたデータは2つ。

1つ目は今日合同訓練に参加した()()()()()()()の的の記録。

2つ目は今日和水が自主練で撃ち抜いた()()()()()()()の記録。

 

本来ならば異なるはずのデータを見比べた奈良坂だが、異なるものだと分かっていても同じデータなのではないのかと錯覚しそうになるほど、2つのデータは似ていた。よくよく見比べると違いは分かるが、はたから見る分には違いはほとんど分からない。233番ブースに描かれた「水」という文字のコピーに至っては、まさしく瓜二つだった。

 

そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そのことを理解した奈良坂は、和水の底知れない才能の片鱗に触れたような気持ちになった。

 

「………休んでる場合じゃ無いな」

 

そして奈良坂は純粋な闘争心に駆られ、黙々と自主練に取り掛かったのであった。

 

*** *** ***

 

スナイパーとしての和水真香は、確かに底知れない才能の持ち主であった。

狙撃技能に対する貪欲な向上心と深い集中力を持ち合わせた和水真香は、いわゆる天才だったのだろう。

 

 

これは、誰よりも狙撃の魅力に取り憑かれた若きスナイパーが、失墜するまでの物語。

 

和水真香が引き金を引けなくなるまでの、物語だ。




後書きです。

番外編も読んでいただきありがとうございます。

本編よりも若い(というか幼い)真香を書くのは新鮮でした。

投稿ペースは曖昧ですが、どちらも投稿頑張っていきます。


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第2話「和水真香と防衛任務」

会議室へ呼び出されていたことをすっかり忘れていた和水だが、奈良坂の助言と機転によって辛うじて時間までに辿り着くことができた。会議室には和水と同じようなソロ隊員や数名の職員、そして本部長である忍田真史がいた。人が大方揃っていることに対して、常日頃から10分前行動を心掛ける和水はどこか悔しさを覚えつつ空いている席に座った。

 

席に着いた和水は少し落ち着き、周囲をさりげなく見渡した。知ってる顔ぶれが全くいないことは無いが、席の位置関係上遠かったため話しかけることはせず、和水は大人しく席に座って待つことにした。

 

そして数分経ったところで、

「時間だ。始めさせてもらおう」

会議の進行役を務めるであろう忍田が口を開いた。

 

それを合図として数名の職員が動き出し、ソロ隊員たちに紙の資料を配り始めた。全部で10ページ少々の資料であり、それを受け取った和水はパラパラっとページをめくった。

ページに目を通したのは20秒足らずだったが、

 

(あー、そっか。修学旅行で隊員が何人か居なくなってる期間限定の、臨時の編隊についての説明会ってことね)

 

その20秒で和水は資料の内容を読み解いていた。

 

 

 

ボーダー正隊員の多くは学生である。昼夜問わず侵攻してくるネイバーに対してボーダーは常にシフトを組んで人員を回している。だが常に隊員がシフトに入れるかと言われるとそうではない。学生である以上定期試験を受けないわけにはいかず、文化祭や修学旅行といった学校行事も無視できるものではない。

そのため学校行事に合わせてシフトが変更になることもあり、今回もその類の会議(というか説明会)なのだと和水は理解した。

 

 

 

忍田本部長が資料を基にして今回のシフト編成についての説明を進める中、和水はそれを片手間に聞きながら再度資料を自分のペースで読み進めていた。

最初に読んだ時は見出しや注目すべき部分を優先して読んでいっただけであり細部には目が届いていなかったからだ。

 

(…、編成は大きく分けて2つ。ソロ隊員同士で臨時にチームを組むタイプと、欠員がでるチームにソロ隊員が代理で加わるタイプ…)

 

元々勉学に秀でた和水は資料の読み込みは得意であり、そのペースも早い。忍田本部長が説明するよりもずっと早いペースで、和水は資料を読み解いていく。

(どうやら私は後者で、どこかのチームに加わる方、か…)

あっという間に最後のページにまで辿り着いた和水は、そのページに書かれた編成部隊の中にあるであろう自身の名前を探した。

1つ1つ丁寧に指でなぞりながら探していたが、「和水真香」の名前は思ったより早く見つかった。

 

(…夕陽隊)

 

和水が加わることになった部隊は、『夕陽隊』。

 

ボーダー本部所属A級4位に位置する上位部隊であり、良くも悪くも本部内で知らぬ者はいないとされる有名チームであった。

 

*** *** ***

 

(…A級4位夕陽隊、か)

 

資料の内容を懇切丁寧に解説された説明会は、忍田本部長の、

「既存の部隊に編入する隊員は明日の内に顔合わせをするように」

という一言で締めくくられた。

 

説明会後の時間帯に防衛任務が割り当てられていた和水は、説明会が終わるや否や昼食も摂らずに防衛任務に直行し、ボーダー本部を中心とする『警戒区域』の警護に当たっていた。

 

無人の市街地を巡回しつつ、和水はぼんやりと考える。

(顔合わせって言われても、夕陽隊の人との接点ないし、なんか気まずいんだよね…。最悪、東さんに頼んで仲介してもらえばいいかな…。明日は平日だし、行くとしたら放課後…。あ、何かお茶菓子みたいなの持っていくべきだよね?)

と、和水が明日の段取りについて考えていたところへ、

『おい和水隊員、距離が離れ始めた。しっかり陣形を保ってくれ』

通信回線を経由した諌めるような声が、和水へと届いた。

 

声の主は、和水と共に防衛任務に出ている正隊員だった。

ボーダーの防衛任務は基本は警戒区域内に5部隊を配置した3交代制である。普段から部隊単位で活動する隊員ならば問題無いが、和水は未だどの部隊にも所属せず活動するソロ隊員である。そのため防衛任務の際は既存の部隊に混ぜてもらうか、同じようなソロ隊員同士の混合部隊として活動している。

そして今回は後者であり、和水より年上でアタッカーの隊員とガンナー隊員、加えて本部から情報支援を行うオペレーターの計4人体制で防衛任務に参加していた。そして、メンバーの中で一番年上であるアタッカー隊員に一応の指揮権があった。

 

和水は立場上、そのアタッカー隊員の指示を聞かなければならないのだが、

『…この程度の距離なら私の射程内ですし、問題無いと思います』

その指示に対する和水の返答は辛辣なものだった。

 

言葉にこそ出さないものの苛立ちを匂わせつつ、アタッカー隊員は和水へと続けて通信回線で声をかけた。

『射程は関係ない。距離を詰めて陣形を保ち、連携を密に取るための指示だ』

 

あくまで距離を離しすぎるなという主張に対して、和水は間髪入れずに言い返す。

『これ以上近寄るとスナイパーではなくガンナー・シューターの射程です。先輩の指示はスナイパーの利点を殺して戦闘力を落とすものになり、デメリットが大きすぎます』

 

『…個々の実力には限界がある。…メンバー間の連携を強化すれば、その程度のデメリットはカバーできる』

 

『メンバー間の連携なんて一朝一夕で磨けるものじゃないです。固定メンバーでチームを組み続けるならまだしも、この場限りのメンバーで無理やり連携組むよりなら個々の実力を生かすべきではないですか?』

あくまで距離を詰めて連携を主張するアタッカー隊員の意見を、和水は口八丁で捌き続ける。

 

『…、と、とにかく今、指揮権は一番年上の俺にあるんだ。指示に従え』

最終的に上下関係を盾にして和水を従わせようとしたが、

『B級に上がった時期とソロポイント、防衛任務の経験は私の方が上です』

和水は実力と経験の優位性を示し、最後まで指示を受けることを拒否した。

 

頑なにアタッカー隊員からの指示を受けることを拒む和水だが、何も他人の指示を全て拒否しているというわけではない。単に今回は、このアタッカー隊員の指示が適切ではないと判断しているがために指示を拒んでいるのである。

 

どちらも意見を譲らず、共に参加しているガンナーとオペレーター隊員がどうするべきか慌てていたその瞬間、警戒区域中に警報が響き渡った。

 

(来たっ!)

 

その警報はボーダー正隊員にとっての仕事が来たことを示す…、すなわち異世界からのゲートが開き、ネイバーが攻めてきたことを知らせるものだった。

 

警報が鳴った瞬間、和水は動いた。近くの塀に跳び乗り足場として、一気に民家の屋根へと駆け上がる。その身体能力は中学生女子のそれをはるかに凌駕したものであり、彼女が生身でないことを物語っていた。

 

 

 

 

トリオン体。

ネイバーの技術たる「トリガー」は、「トリオン」と呼ばれるエネルギーを用いる技術である。トリオンとは、人間ならば誰しもが心臓の横に持っている見えない内臓の「トリオン器官」より生成される生命エネルギーであり、トリガーを起動している人間の身体は生身ではなくトリオンで構成された「トリオン体」へと換装されている。

生身より高い身体能力・耐久力を備えたトリオン体を生かして、ボーダー正隊員はネイバーとの戦闘を行うのだ。

 

 

 

 

トリオン体の身体能力を生かした跳躍で民家へと駆け上がった和水は、素早く周囲を見渡してゲートの位置を確認した。

(ゲート数は4。距離からして担当は私たち。地形的に市街地を背にする形だから、突破される前に撃ち抜く)

状況把握と並行して戦闘プランを立てた和水は、狙撃用トリガー「イーグレット」を起動した。

 

起動すると当時に、通信回線を介したアタッカー隊員の声が和水へと届いた。

『陣形を整えろ!陣形が整ったところでネイバーを撃退するぞ!』

 

それを聞いた和水は、

(遅い)

素直に、そう思った。

 

そうしてる間にゲートが開ききり、ネイバーが姿を見せた。

 

現れたのは「モールモッド」と呼ばれる個体だった。

サイズ的には普通車程度。白いボディに昆虫のような4本の足を持ち、戦闘時にはカマキリを思わせるブレードを振るう、戦闘向けの個体である。

そのモールモッドが空中に開いた各ゲートから1体ずつの、計4体現れた。

 

モールモッドは重力に従い落下し、地面に足をつける。だが、

(まず1体)

和水は腹這いの状態で構えに入り、落下しているモールモッドの内の1体に素早くスコープの照準を合わせ、イーグレットの引き金を引いた。

 

放たれた1発はモールモッドの弱点である「眼」の部分を撃ち抜いた。空中で狙撃されたモールモッドは地面に叩きつけられ、動かないことを確認した和水はすぐに次の標的へと移った。

 

着地し、これから動き出して行動を開始しようとしているモールモッドに対して和水は容赦なく、それでいて淡々と照準を合わせて引き金を引く。放たれた弾丸は、まるで磁力で引き寄せられるかのように正確にモールモッドへと向かい、再度「眼」を撃ち抜き抉る。

 

(これで2体目)

しかし2体続けて撃ち抜いたことで残る2体のモールモッドに場所を勘付かれ、警戒された。

 

(流石に対応されるよね)

和水は慌てることなく一度攻撃を止め、民家から飛び降りた。市街地とモールモッドの間のエリア内で狙撃に適した場所へと移るべく走り出したところで、

 

『てめぇ!勝手に交戦すんじゃねぇよ!』

 

アタッカー隊員からの通信が入った。さっきまでと違って声が荒ぶっているものの、戦闘中にはよくあることなので和水は気にせず応答した。

『トリオン兵が来てるのに呑気ですね』

 

『うるさい!いいから隊列を…』

整えろ、と、アタッカー隊員は言ったが、和水はそれを無視した。

 

トリオン体基本装備であるレーダーでモールモッドの位置を確認しつつ、和水は狙撃ポイントを模索する。

(この辺だと民家の高さが似たり寄ったりだから、屋根の上からの狙撃は適さない…。最悪同じ目線で撃つけど、高いとこから撃つに越したことはない。なら、()()を使おう)

周囲の地形条件と敵の位置から、和水は目的の物を吟味し、

「これがいいかな」

そしてそれを見つけ出した。

 

和水が探していたのは、電柱だった。電柱は場所や様々な条件によって高さが多少異なるものの、高いものでは10メートルを軽く越える。和水は近場にあった登ることが出来るタイプの電柱を手早く登り、そこから狙撃に最も適した位置にある電柱へと跳び移った。

「おっと…」

バランスを崩しかけたがなんとか整え、敵がいる方角へと視線を向ける。

 

「見つけた」

 

標的はすぐに見つかった。市街地を背にした和水からすればジワジワと迫り来るようにモールモッドは移動していた。距離が詰まってしまう前に仕留めるべく、和水はすぐさまイーグレットを構えた。

不安定な足場に少し違和感を覚えつつも態勢を安定させ、和水はスコープ越しにモールモッドを捉え、引き金を引いた。だが、

(あ、反応された)

引き金を引きながら和水は、モールモッドこの一撃に反応したことに気付いた。

 

モールモッドの「眼」は剥き出しになっているのではなく、一見すると口のように見えるものの中に存在している。舌の先に眼がついてきるような状態であり、当然ながら口を閉じてしまえばその中にある眼は守られる。

和水の一撃を察知したモールモッドは瞬時に口を閉じ、眼を保護した。イーグレットの弾丸は硬い歯に防がれたものの、ヒビを入れることには成功した。そして、

(あれ?調整で思ったより威力落ちてるかな?ライ兄さんに後で相談しよう)

和水はそんな事を考えながら、4度目の引き金を容赦も躊躇いもなく引いた。防がれた弾丸と全く同じと言っていいほどの弾道で4発目の弾丸はモールモッドへと直撃し、ヒビが入り脆くなった歯を砕き貫通し、眼を破壊した。

 

「よし、3体目」

 

残り1体になったが、標的は確実にこちらに視線を送り警戒していた。数的には1対1だが距離は十分にスナイパーである和水の間合いであり、攻撃手段がブレードしかないモールモッドが相手では負ける気は全くなかった。加えて後数十秒あれば確実に仲間が到着するため、万に1つも和水に負けは無い状況である。

 

その優位性があるがゆえに、

(…状況もぴったりだし、新技やってみようかな)

和水は、ちょっとした実験まがいの事を試すことにした。

 

トン、と、電柱から跳び降り、地面に着地する。着地と同時にトリガーを切り替えにかかった。

(メイン側をイーグレットからアイビスに、サブ側をバッグワームからエスクードに、それぞれ切り替え実行)

僅かなラグを経てトリガーの切り替えが実行された。

 

右手は持つトリガーはバランス重視の狙撃用トリガー「イーグレット」からパワー重視の「アイビス」へ、左手のトリガーはレーダーから反応を消す隠密トリガー「バッグワーム」から堅固な盾を地形から生成する守備的トリガー「エスクード」へと、それぞれ切り替わった。

 

そうして切り替えている間にも、モールモッドは迫り来る。同じ目線に降り立った和水めがけて、道路を我が物顔で歩き距離を詰めてくる。本来こうして間合いを詰められることはスナイパーに取って悪手であるのだが、今の和水にとっては好都合だった。

 

迫り来るモールモッドを、和水はじっと見つめる。目に焼き付けるかのように、動きと位置、距離をよく見た。

 

(さて、上手くいくかな…)

 

ほんの少しの不安を感じつつも、和水は攻撃に移った。

 

「エスクード」

 

左手側にセットしたエスクードが、和水の少し前方に生成された。本来ならば飛び道具を防ぐ盾として使われるエスクードであるがゆえに、近距離メインのモールモッドには効果が薄い。だがそれは盾として扱った場合であり、和水はこのエスクードを盾だと微塵も思っていなかった。

 

このエスクードは盾では無く、ブラインドなのだ。敵から姿を隠し銃撃のタイミングを掴ませないための、目隠し。和水自身もエスクードが壁となり敵の姿を視認できなくなるものの、視認出来ないことは問題ではなかった。エスクードが生成された位置というのは和水の前方であり、ちょうどモールモッドの姿が隠れるギリギリの位置である。そのため、()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

エスクードの生成が完成すると同時にアイビスをエスクードの向こうにいるモールモッド目掛けて構えた。

 

「これで、ラスト」

 

意図して作ったとはいえ、標的の姿が見えない状況でありながらも和水は先ほどと何ら変わりなく引き金を引いた。

 

狙撃用トリガーどころか遠距離攻撃系統の全トリガーの中で最大の威力を誇る一撃は、和水自身が生成したエスクードを貫き、その奥にいたモールモッドに直撃した。

 

オーバーパワーとも言われているアイビスの一撃を受け、モールモッドのボディはあっけなく砕け散った。

 

疑いの余地なく絶命したモールモッド(の残骸)を見た和水は、深く息を吐いて集中力を緩めた。銃口から硝煙が僅かに出ているアイビスを肩に担ぎつつトリオン体に設定して装備したウエストポーチを漁り、和水はぼんやりと思考する。

 

(…、試してみたけど、やっぱり実用性には欠ける戦法だったかな。でもまあ、エスクードを使って試してみたい戦法はまだあるし、それもボチボチ試してみよっと)

 

そこまで考えたところで、和水はポーチから固形タイプのバランス栄養食(フルーツ味)を取り出し、一口食べた。

 

(まあ、ひとまず…)

 

そしてそれを飲み込んだところで、

 

「…討伐完了。これにて、戦闘終了です」

 

戦闘を終える一言を、ほんの少し満足気に呟いたのであった。




ここから後書きです。

忍田本部長を除けばオリキャラ+モブキャラという原作要素が薄いお話になりました。本来ならば実力派エリートが登場する予定でしたが、次話に持ち越しになりました。

本作にてスナイパーである和水真香ですが、トリガー構成は、
メイン(右)側
・イーグレット
・アイビス
・シールド
・ライトニング

サブ(左)側
・バッグワーム
・エスクード
・シールド
・(Free trigger)
と、なっております。

第1話から更新が遅れてしまい申し訳ありませんでした。
今後も遅々とした更新ペースになると思われますが、読んでくだされば幸いです。


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第3話「和水真香と少年少女」

前書きです。
これまた久々の投稿です。
スナイパーの真香も書いてて楽しいです。


和水真香は不機嫌だった。

 

モールモッドを実質単騎で4体撃破した和水だったが、その後隊員たちと合流し、隊列を崩したという旨で弧月使いの隊員から小言をネチネチと言われたからだ。防衛任務こそ無事に終わり本部へ一度帰投した和水だが、機嫌はなかなか元に戻らなかった。本来ならばこの後狙撃の練習をもう少ししようとしていたが、今日はそれを取りやめてこれで帰宅することにした。

 

「あーもう、イライラする…」

 

時折無意識に独り言を呟きながら本部内を歩く和水は、ランク戦ブースを通りかかった。出口に向かうルート上仕方なく通るだけで、ランク戦をするつもりは毛頭無かった。だがそんな和水の元に、

「ねえねえ!おねーさん今時間ある!?」

小柄で茶髪の、どことなく猫を連想させる女子隊員が声をかけてきた。

 

「え?」

声をかけられるなど思っていなかった和水は反応に戸惑うが、少女はそれを全く意に介さず言葉を紡ぐ。

「えっとね、ボクたち今ちょっとチームランク戦しなきゃいけないんだけど、1人足りなくて…。だからおねーさん、1回だけでいいから参加してくれない?隊服にB級って書いてるから、正隊員でしょ?1回だけ!1回だけでいいから!」

 

「いや、でも…」

 

「お願いしますっ!この通りっ!なんなら隠れてるだけでもいいからっ!」

両手を合わせて頭を下げて頼み込む少女には、このまま断れば土下座しそうな勢いがあった。それを感じ取った和水は、

「…わかりました。1戦だけですよ」

根負けという形で首を縦にふった。

 

和水の承諾を得た少女は、ぱああっとした明るい笑顔を見せた。

「やったー!それじゃおねーさん!来て来てっ!」

そしてそう言うや否や和水の手を取り共に走り出し、モニター前に向かっていった。和水を引き連れた少女は、モニター前で待っていた中性的な顔立ちをした黒髪で細身の少年に声をかけた。

「見つけて来たよっ!このおねーさん、一緒に戦ってくれるって!」

 

「見つけて来たというか、強引に連れて来たんじゃん」

 

「いーの!」

自信満々な笑顔の少女と、呆れ顔の少年の2人が対照的だなと和水はぼんやりと思った。

 

だがそんな笑顔を見せていた少女が前触れもなく表情を一変させ、好戦的な光りを猫目に灯した。

「それで、あいつらは?」

 

「もう中に入ってるよ。確か119番」

 

「そっか。んじゃ、やるよ。ボッコボコにする!」

わかりやすい、苛立ちにも似た感情をむき出しにした少女は1人、近場で空いていた103番と書かれた部屋に先に足を踏み入れた。

 

少女の後を追う形で少年と和水は歩き出すが、すぐに和水が少年に声をかけた。

「あの…。私今ひとつ状況を理解してないんですけど、これは普通のランク戦なんですか?」

 

「ん、そうですよ。というか、その様子だとあの小さいのから説明されなかったんですね」

 

「はい…。1回だけでいいから、としか…」

和水の言葉を聞き、少年は再度呆れた表情を見せた。

「端折り過ぎ…。えーと、3対3の模擬戦形式の…、まあ普通のランク戦です」

 

「普通の模擬戦で、あそこまで好戦的になる人も珍しいですね」

 

「ああ、試合自体は変わったことはありませんけど」

103番の扉に手をかけた少年は和水を見つめて答えた。

「これから戦う相手はさっき…、ある正隊員に対して陰口を言ってたんです。まあ、その正隊員ってのは俺もあいつも直接会った事はないんですけど…、それを聞いたあいつが怒って勝負を挑んだんです。こっちが勝ってもポイントはいらない、その代わり相手はその陰口叩いた正隊員に謝罪する。向こうが勝てば、俺とあいつのソロランクポイントを好きなだけやるって条件で」

 

「ば……」

バカじゃないの、と口から出そうになった言葉を和水は飲み込んだ。

この2人はメリットとデメリットが全く釣り合ってない条件で、見ず知らずの人のために戦おうとしていた。お人好しを通り越して、愚かだとすら和水は思った。

 

そしてそれが表情に出ていたようで、少年は和水の表情を見て苦笑した。

「バカらしいって思いました?」

 

「え、あ…、はい」

図星を突かれた和水はわずかに目を伏せるが、少年は嫌な顔1つせずに口を開いた。

「あはは、別にいいんですよ。それが普通の反応ですし。俺も…、出会った頃はあいつのそんなところに呆れましたけど、もう慣れました」

 

「それは、慣れちゃいけない類のことじゃ…」

 

「本来はそうです。でも…、そういうところがあいつらしいので」

だからいいんです、と少年は言って扉を開けた。

 

*** *** ***

 

3人対3人。

時間無制限。

1ラウンド。

ステージ設定『市街地B』。

天候『晴天』。

 

和水真香と2人の少年少女が挑んだ勝負は、捻りのないシンプルなものだった。和水は特別指示を出されておらず、2人だけで相手に挑むようで、本当に数合わせとしてだけ呼ばれたのだと和水は判断した。

 

開戦と同時に、和水はバッグワームを起動してレーダー上から姿を消し、適当なビルへと忍び込んだ。仮想空間で生成される市街地Bというステージはビルなどの高い建物が多く射線が制限されるのが1つの特徴だが、幸いにも和水が選んだビルは複数の射線が確保されていた。

 

窓に張り付きながらレーダーに表記される方向へと慎重に視線を向けると、少年少女と対戦相手である3人との戦闘が見えた。

(遠い…、550…575くらいかな)

目測で距離を測った和水はメイントリガー側のイーグレットを展開して構えた。どことなくこの勝負において部外者であると感じていた和水であるため、実際に撃つかどうかは別としてひとまずスコープを覗いて戦闘を観察しにかかった。

 

そして観察してすぐ、和水は驚いた。

(……あの小さい子、すごく速い。スコープに収めるので精一杯)

1つ目の驚愕は、右手に軽量ブレード『スコーピオン』を持つアタッカーの少女の機動力であった。生身とは比べものにならないほどの運動能力を発揮できるトリオン体だが、少女の動きは和水は見てきたどの正隊員よりも生き生きと躍動し、軽やかに戦場を舞っていた。

 

小柄であるがゆえの軽量さ。本人に備わっていたであろう運動神経や空間認識能力にイメージ力。

それに加えて、少女の動きには膨大な反復を積み重ね努力した人特有のものが宿っており、和水は少女に対して素直に尊敬の念を送った。

 

2つ目の驚愕、それは少女の相方である少年に対してのものだった。

圧倒的な機動力を発揮している少女に対して、少年の動きは明らかに遅い。トリオンをキューブにしてそれを弾丸として扱っている少年は『シューター』というポジションであり、お世辞にもスピードには優れていないポジションだ。

厳密に言えば相棒たる少女の動きが速すぎるゆえに少年の動きが遅く見えているのであって、少年の動きそのものは一般的なシューターと比べれば大分速く、スムーズだ。

しかし事実として少年の動きは少女に比べて遅い。遅いのだが、それゆえに和水は驚く。

 

(動きの速さは全然違うのに、連携が全く滞ってない。あの人、女の子の動きを完璧に先読みしてるんだ)

 

少女が相手に攻め込み、少年がその後ろから相手を牽制したり攻撃を妨害するような射撃を送る。少女が特定の相手を狙い始めた時、他の2人の攻撃を一手に引き受け妨害させない。シンプルな連携を1つのミスもなく2人は行なっている。しかし戦闘の中で少女は少年を全く見ず、2人の間にサインを送ったりもしているような素振りはない。

 

和水が見る限り、この2人は互いの意思を確認することなく連携を取っている。和水の中でそこから考えられる答えは、どちらかが相手の動きを読み切って合わせているしかなかった。そして合わせているとしたら、相方の動きを常に視界に収めていられる少年の方だ。

 

(あの子の動きを完全に先読みした上で、対戦相手3人もほぼ抑え込んでる……。そんなの、人間業じゃ……)

 

スコープの先でほんの少し、それでいて確かに好戦的な笑みを見せる少年に対して和水は薄ら寒い何かを感じ取った。

 

 

そして3つ目の驚愕。厳密には驚愕というよりは単に気付いただけなのだが、対戦相手たる3人のうち2人には見覚えがあった。

 

(どっかで見た顔…、というかさっきまで組んでた2人じゃん)

 

ついさっきまで防衛任務で組んでいたアタッカーとガンナーが対戦相手側にいたのだ。よくもまあ防衛任務の後にランク戦するだけの元気があるものだと思った和水だが、今の自分も全く同じ状況である事に気付き、苦笑した。

 

そして苦笑が収まると同時に和水の瞳に真剣味が宿り、今一度イーグレットを構え直して戦場を見据え始めた。

 

 

*** *** ***

 

 

持ち前の機動力をブーストさせる機動力拡張系オプショントリガー『グラスホッパー』を主軸にして少女は対戦相手の周りを高速で動き回り、ヒットアンドアウェイの要領で攻め立てていた。少女の一撃は軽く、ほとんどが相手の弧月やシールドで防がれるものの、戦闘開始から積み立てた攻撃は相手に精神的なダメージを与えていた。

 

特に同じアタッカーである弧月使いの隊員は苛立ちが露骨に現れており、太刀筋が乱れていた。それを感じ取った少女は、1つ挑発した。

「あれれ?おにーさん疲れちゃった?弧月ブレブレだよー?」

 

「うっせえぞドチビ!」

あっさりと挑発に乗った弧月使いとの間合いを詰め、斬撃の応酬を交わしながらさらに言葉を投げかける。

「そのドチビにいいようにやられる気分はどーお?」

 

「言ってろ!テメーの速さとテンポはだんだん捉えてきたぞ!」

弧月使いは威勢良く言うが、少女はそれが満更ハッタリではないと勘付いた。事実、少女の斬撃は序盤ほど決まらなくなっていた。

 

動きを読まれてきたにも関わらず、少女は楽しそうに笑った。

「あっはは!じゃあ、これならどう!?」

言いながらバックステップで距離を取った少女は、スコーピオンを一旦解除した右手を掲げ、その直後に4本のナイフ状のスコーピオンを展開して見せた。

 

「な…!」

なんだそりゃ!と言いかけた弧月使いの先手を取るタイミングで少女は4本の内2本のスコーピオンを上空に無造作に放り意識を誘導し、その隙に残る2本を携えて少年が抑えていた2人のガンナーへと突撃した。

 

少女が標的を切り替えた事を弧月使いが理解すると同時、落ちてきた2本のスコーピオンを少年が左右の手で1本ずつ掴んだ。

 

『トリガー臨時接続』

 

他人のトリガーを一時的に使用する臨時接続の起動音声が流れ、少年は弧月使いめがけて動いた

左手に持つスコーピオンを投げつけて牽制し、弧月使いの反応を狂わせてから剣戟へと持ち込む。手数を重視した、独特のリズムとテンポのナイフ捌きで攻め立てる少年だが、弧月使いはその動きを見切り少年の大振りの一撃に自らの一撃を合わせて動きを無理やり止めた。

 

「お見事」

高くもなく低くもない、淡々とした声で少年は賞賛の言葉を送った。

 

「さっきのドチビに比べりゃ、下手だな」

優越感が滲み出た態度と言葉を発した弧月使いに対し、少年は鍔迫り合いの最中にも関わらず妖しい笑みを浮かべて言葉を返した。

「まあ、俺は剣士じゃないんでね」

そしてそう言った次の瞬間、

 

ボキン

 

と、何かが折れるような嫌な音が弧月使いの手元から響いた。

 

何が起こったか理解した瞬間、弧月使いから脂汗が吹き出し、

「……!このクソガキっ!お前、指を……!」

殺意が込められた言葉と目を少年に向けた。

 

しかし少年はそれを全く意に介していないように、柔和な笑みを崩さず、

「トリオン体だし、折れてもそんな痛くないでしょ?」

なんてことないようにそう言った。

 

言い終えた少年は対戦相手と少女を視界に収めるために大きくバックステップを踏み、それに気付いた少女が後を追う形で下がり、少年の隣に並んだ。

「折ったの?」

「利き手の小指ね」

「うーわ、性格悪い」

「自覚してる」

少女は笑顔で少年の性格の悪さを指摘し、少年もまた少女と同じような笑顔で答えて受け入れる。

 

戦場には不釣り合いな笑みを見せる2人には明らかに余裕があり、それが相手の神経を余計に逆撫でた。そのことを察した2人はメンバー間共通の通信回線を開いて素早く意思の疎通を取った。

『よし、いい感じに冷静さを崩した』

『速攻で決めるよ。ボクが仕掛けるから、()()()()()

『オッケー』

少女の指示を受けた少年は素早く右手を構えてトリオンキューブを生成した。右隣にいる少女に向けてそのキューブを差し出し、それに合わせて少女は空いている左手を掲げ、2人は声を合わせる。

 

「「トリガー臨時接続」」

 

言うと同時に見えないプラグが繋がるような感覚が少女の中に流れ、少年が差し出したトリオンキューブが自らのものになった事を確信し、思わずといった様子で破顔した。

「アステロイドっ!」

少女はキューブをスタンダードな正四角形型ではなく、矢を思わせる細長い四角柱型に分解し、それを対戦相手の3人めがけて乱雑に放った。放った本人すらどこに飛ぶか把握しきっていないアステロイドを向けられた3人は、それぞれがシールドを張って防いだ。

的確な対処ではあるが、それゆえに3人の行動を少年は読み切り、すでに手を打っていた。少女にアステロイドを受け渡した直後から少年は間合いを詰め、3人がシールドを展開したのを見て両手にキューブを生成した。そして少女のアステロイドに続く形で少年は分割せずに2つのキューブをガンナー2人に放った。

 

「アステロイド」

 

分割していない上に威力を重視して設定したアステロイドは2人のシールドを小気味良い音と共に破壊した。慌てて壊されたシールドを再展開しようと2人は試みたが、それより速く少女が接近しスコーピオンで2人の首を掻き斬った。

 

矢継ぎ早に駆り出された連携に翻弄された2人は訳がわからないまま、正隊員のトリオン体に組み込まれている緊急脱出機能『ベイルアウト』によりステージから追い出された。

 

仲間を失った弧月使いは思わず舌打ちを鳴らし、シールドを解除して鞘に収めていた弧月を抜刀しようとした。少年と少女は構え、迎え撃つ態勢に移った。

 

 

 

 

 

弧月使いの意識は少年少女に向き、また少年少女の意識も弧月使いに向いている。そのタイミングで、誰からの意識から外れたタイミングで和水真香は動いた。

 

 

 

 

(ここだ)

スコープの中心に弧月使いの胸元、生身ならば心臓、トリオン体ならばトリオン供給器官がある場所を捉えた和水は、淡々と、躊躇いなく引き金を引いた。

イーグレットの先から放たれた銃弾は、和水が思い描いた通りの軌道でターゲットの胸元に辿り着き、あっさりとその身体を貫いた。

 

貫かれたターゲットは当然として、味方である少年少女ですら鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているのを見た和水はイーグレットを収めた。一撃必殺が信条と言ってもいいポジションであるスナイパーとして、1つの理想に近い一撃を放てた和水はその出来栄えに満足して身震いした。

 

和水は知らず知らずのうちに口元に笑みを浮かべた表情で、ベイルアウトしていく弧月使いの光跡を見送っていた。

 

*** *** ***

 

戦闘が終了し、仮想戦闘ステージから103番のブースへと戻ってきた和水だが、なぜかそこには少年しかおらず、少女の姿はどこにも無かった。

「ああ、お疲れ様です」

ぺこりと頭を下げながら挨拶をする少年に倣い、和水も一礼して部屋に備え付けられている椅子に腰かけた。

「いえいえ。私結局ほとんど見てるだけだったので、そこまで気を使って貰わなくてもいいです」

 

「そうですか。それにしても、最後の狙撃はお見事でした。一瞬、何が起こったかわかりませんでした」

 

「ありがとうございます。最後のは上手く決まりましたけど、ほとんど偶然です。多分相手の人達、私がスナイパーだって知らなかったですよね?」

 

「きっとそうです。そもそも、俺も貴女のポジション知りませんでしたし」

あっけらかんと言い放つ少年に対し、和水は苦笑した。

「そういえば…、一緒にいたもう1人の女の子はどちらに…?」

 

「すぐに外に出て行ったけど、多分そろそろ…」

言いながら少年が部屋の出入り口に目を向けたところで、

「お待たせー!」

勢いよく扉が開き、少女が戻ってきた。

 

やんわりとした笑みを浮かべ、少年は口を開いた。

「おかえり。どうだった?」

「うん、バッチリ!次に会った時に謝るって言ってたよ!」

「口約束じゃん。信用ならない」

「そこはほら、明日確認できるかなーと思って」

「それもそうか」

「でしょ?」

テンポ良く明るい声で会話する姿を見た和水は、この2人が本当に仲が良いのだと感じ取った。

(それか長い時間を一緒に過ごして、お互いの考えとかわかってるとか…)

いずれにせよ、そこまで親しい友人がいない和水には2人のことが羨ましく思えた。

 

するとそこで、少女が過敏な動きで和水の方を向き、その可愛らしい猫目を和水に合わせた。

「おねーさんありがと!ってかおねーさん凄かった!あんな綺麗な狙撃、ボク初めて見た!」

「え、えーと…」

こちらの反応を無視して言葉を重ねてくる少女に和水はたじろぎ、見かねた少年が少女の頭を上から抑えて黙らせた。

「ちょっとペース落とせ。お姉さん困ってる」

「ごめーん。ついね」

「全く…。というかそもそもお姉さんで合ってる?同い年くらいだと思ってるんだけど…」

「え!?そう!?綺麗だし背高いし、話し方も落ち着いてるから高校生かと思ってた」

そこで2人は1度会話を止め、何才ですか?と言いたげな視線を送った。

 

視線に込められた意図を察した和水は、少しばかりの気不味さを覚えながら答えた。

「えーと…、中学生です。13歳の中2です」

答えを聞いた2人はギョッとした表情を見せた。

「年下!?」

「大人っぽいんですね」

 

昔から雰囲気や背の高さから年を上に見られることが多かった和水からすれば新鮮味に欠けた反応だったのだが、それとは別の意味合いで和水は1つ驚いた。

 

驚いた和水は思わず、

「…ということは、お2人とも年上なんですか…?」

身長が150に届いていないであろう少女に向けてそう言った。

 

「小さい言うなっ!」

和水の言動を『小さいのに私より年上なの?』と曲解した少女は抗議するが、少年が再度頭を押さえつけて少女を落ち着かせつつ、和水の言葉に答えた。

「ええ。2人揃って中3ですよ」

「1つ上なんですね」

「そうそう」

少女の方はともかく、少年の方はなんとなく年上かなと思っていたため、話す時に敬語にしておいてよかったと和水はひっそりと胸をなでおろした。

 

そこでふと、少年が何かに気付いたように眉をひそめた。

「…女子中学生で、スナイパー…?」

そしてわずかに首を傾げてから和水に問いかけた。

「もしかして、和水真香さん?」

本名を言い当てられた和水は一瞬驚きつつ、すぐに肯定した。

「えっと…、はい。私は和水真香ですけど…、それが何か?」

 

その答えを聞いた少年と少女は顔を見合わせ、笑い始めた。

「えっ、ちょっ…!こんな偶然ある!?」

「出来過ぎだろこれ。つかあの中から和水さん見つけてきたお前の引きが凄えよ」

 

2人の会話を聞く和水はなんとなく事情を察し、外れていないこと願いながら口を開いた。

「…さっきの試合、もしかして私も当事者でしたか?」

 

「そうみたい!ボクたち、和水ちゃんの悪口言われたのにイラついて戦ったからさ!」

和水の問いかけを少女は笑顔で肯定し、少年がそれに続いた。

「もう少し早く…、というか試合前に確認出来てたら、終わってすぐに謝らせたのにな」

 

「いえ…。さっきあの人たちと防衛任務に出てまして、ちょっと…というかかなり気まずい感じで仕事してたんですよ。ですから終わってすぐに顔合わせるのは流石にバツが悪いです」

 

「あー、そういう考えもあるか」

 

「はい。ちなみにですけど、私どんな陰口言われてたんですか?」

詳細を尋ねられ、少年は記憶を遡らせてから答えた。

「…年下のくせに生意気だとか…、スナイパーのくせにでしゃばりだとか…、そんな感じかな」

 

「ああ、そういう…。別に普段からちょくちょく言われてるようなやつですね」

嘆息した和水は気持ちを切り替え、2人に向かって頭を下げた。

「何はともあれ…。見ず知らずの私のために戦ってくれて、ありがとうございます」

 

その丁寧な所作に面食らった2人だが、すぐに落ち着きを取り戻した少年が口を開いた。

「そんな丁寧にお礼しなくてもいいんですよ。俺もこいつも、平気な顔で人の悪口言うような奴に納得いかないから戦っただけで、感謝されるためにやったわけじゃないですし」

 

「そうですか。でも何か、こう…、借りができた感じですね」

俯き、どことなく申し訳なさそうに和水が言うと、いつの間にか近づいた少女が和水の顔を下から覗き見て、悪戯っ子を思わせる表情で言葉を紡いだ。

「じゃあ1つ貸しにするから、明日返してよ!」

 

「明日…、ですか?…すみませんけど私、明日は夕陽隊の人たちに会わなきゃいけなくて…」

 

「うん、だから明日から!」

そこまで言った少女は和水から離れ、少年の隣に並んでから自己紹介を始めた。

「ボクは地木彩笑。それでこっちが月守咲耶」

2人分名乗った地木はクスッと小さな笑みを挟んでから、

「ボクたち2人とも、和水ちゃんが明日から合流してくれる夕陽隊のメンバーだよ」

夕暮れ時を思わせる色合いの隊服の右腕にある、黒の生地から細く抜き取られた白い円が刻まれたエンブレムと、『A』と『04』の階級を見せながら、そう言った。




後書きです。
本来なら迅さんやら太刀川さんやら登場させる話を構想していたのですが、なんやかんやでまたオリキャラだらけの回に…。本編から1年半くらい若い彩笑と月守が出てきました。中学時代は(も)生意気だった2人ですが、こっちも書いてて楽しいです。


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第4話「和水真香と夕陽隊」

前書きです。
本編と番外編では登場人物を示す際の、名前と苗字を敢えて入れ替えてます。本編では「真香」、番外編では「和水」と言った具合です。


偶然に偶然が重なったような日曜日を過ごした翌日。

 

和水はいつも通りに学校に来ていた。いくらボーダー正隊員が街の平和を守るために戦っていると言えども、その大半の本業は学生である。和水も例外ではなく…、むしろ成績優秀で通っている彼女にしてみれば、自分は正隊員であるというよりも学生であるという意識の方が強かった。

 

「…であるからして、この場合は…」

昼過ぎ、生徒の眠気を誘発するような穏やかな口調で授業する教師の板書を、和水は綺麗な字でノートに書き写す。中学の勉強の範囲などとっくに学び終えている和水からすれば、定期試験は知識や学力を競うものというより、教師の意図を読んで彼らの望む答えを書くものになりつつあるため、ノート作成は一際大事になっていた。

 

真面目にノートを作成するため目線を前に向ける和水だが、その視界に、

「…すぅ……すぅ……」

規則正しい寝息を立てて眠る同級生の姿が映っていた。

 

細く華奢な身体つきに、背中まで届く長く艶のある黒髪。

 

この春から同じクラスになった彼女が居眠りする姿を見て、

(天音さん、また寝てる…)

和水は内心、ため息をついた。

 

和水真香にとって、天音神音というクラスメイトは少し変わり種な存在だった。

きっかけは初めてクラスで顔を合わせた時。何の感情も篭っていない見事なまでの無表情でありながらも、和水は彼女のことを綺麗だと思った。あまりにも整った顔立ちに驚き、思わず二度見した。それから和水は度々、神音を視界に捉えて意識を向けるが…、彼女は誰とも一緒にいることも、話すことも、ニコリと笑うことさえしなかった。授業やホームルームの流れで誰かと話すことはあっても、完全な無表情。ましてや、自主的に神音がその鈴の音が鳴る様な声で誰かと話すことなど、なかった。

 

(話したくない…、というよりは、そもそも誰かと話す発想がないみたい。1人でいるのが当然みたいで…、自分1人で世界が完結してる感じがする)

 

周囲に対して、徹底的なまでの無関心。そんな神音を、和水はもったいないと思っていた。

 

(もし人並みに何かに意欲があって、作り物であっても笑顔を向けることをしてたなら…。きっと、天音さんにとって人生はすごく楽なものになるはずなのに…)

 

しかしそう思うことはあっても、和水は神音にそれを言うことはない。ただのクラスメイトでしかない彼女にそこまでする義理などなく、ましてや人の生き方や性格に意見する気など、和水にはサラサラ無かった。

 

(…言う必要なんて、ないよね。ただのクラスメイトだし…、それ以上に親しい関係になんて、なるはずないしね)

 

和水がそう自らの思考を締めくくったところで、

「はい、それでは次の問題を天音さん…、は寝てるので、代わりに後ろの席の和水さん、答えてください」

教師が神音に当てようとした問題を代わりに答える羽目になり、和水はスヤスヤと可愛らしい表情で眠る神音に『いつまで寝てるのさ!』と言いたげな視線を送った。

 

*** *** ***

 

他の生徒に比べて多少大目に問題に答えること以外は何の問題もなく、全ての授業を終えた和水は教科書類をまとめてスクールバッグにしまい込み、教室を後にした。今日はこのまま、夕陽隊との正式な顔合わせに向かうことになっている。

初めはどうなることかと思い緊張こそしていたものの、昨日偶然にも夕陽隊のメンバーと顔を合わせることができていたため、和水の気分は幾分か楽になっていた。

 

楽になる、ということゆとりがあるということであり、そこからある種の油断に繋がる。つまるところ、学校を出る時点で油断していた和水にとって、

 

「あ!来た来た!おーーい!なごみちゃん!なごみちゃーん!!」

 

昨日知り合ったばかりの地木が満面の笑みで校門で待ち伏せしているのは、完全な不意打ちだった。

 

(……ちょっと待って?なんでいるの?)

 

和水の心に浮かんできたのはそんなシンプルな疑問だったが、その気持ちは周囲が向けてくる奇異な目にあっという間に塗りつぶされ、和水は若干赤面しつつ、小柄な先輩のもとに早足で移動した。

 

「あのですね、地木先輩…」

 

公衆の面前で大声で名前を連呼されるということはこれまでの和水の人生には全く無かったことであり、ちょっとした羞恥的な出来事ですらあったため文句の一つでも言おうとしたが、

 

「こんにちは和水ちゃん!昨日ぶりだね!」

 

和水が言葉を言い切るより早く、地木は和水と会えた事が心底嬉しいと言わんばかりの笑みを見せながらそう言った。

 

「っ…」

笑顔に気圧される、というこれまた人生初の経験をした和水は、

「…そう、ですね」

口から出かけた文句は何処かへと霧消していた。

 

ぴょんぴょんと飛び跳ねそうな雰囲気を漂わせながら、地木はニコニコしたまま会話を続ける。

「和水ちゃん今日、防衛任務とか入ってなくて普通に学校だって聞いてたから、隣の学校から急いで走ってきたよ!見つけれて良かった!」

 

「走ってきたって…、わざわざそんな事しなくても、こちらから作戦室に向かいましたけど…」

 

「うーん、それはそうだけどさ。ボクは早く和水ちゃんに会いたかったの!だから走ってきたんだ!」

そこまで言った地木は「ダメだった?」とでも問いたげに小首を傾げた。

 

この、ほんの1分足らずの会話で和水は悟った。

(…あーもう……、だめだ。この人には敵わない…)

 

人が持ってるパーソナルスペースに笑顔で入り込んできて、でもそこに悪意は全く無くて、純粋な嬉しさだけが伝わってくる。和水なら長い時間をかけて築くであろう人との繋がりを、一瞬にして超えてくるような親しみやすさを持つ地木のことを和水は素直に羨ましく思った。

 

「……?おーい、和水ちゃん?固まっちゃってるけど大丈夫?」

思考に没頭して会話を止めてしまった和水に地木は近づき、見上げながら話しかけた。

「え?ああ、大丈夫ですよ」

「ホント?」

「ええ、本当です」

和水が大丈夫なことを伝えると、やはり地木はニコリと笑った。

「そっか!じゃあ行こっ!ボクらの作戦室に!」

そして笑ったまま差し出された彩笑の小さな右手を、

「はい、行きましょう」

同じような笑顔を見せた真香はそっと握った。

 

*** *** ***

和水と地木はその後、月守咲耶と本部入り口の手前で合流して、それから夕陽隊作戦室を目指した。

 

「修学旅行2日目の自主見学はどっか一個見る所減らした方がいいって。色んな所慌てて見るより、一個一個じっくり見ようよ」

「えー?でもせっかくの京都だよ?色んな所見たいじゃーん?」

「彩笑の要望全部通したら移動が大変なんだよ。電車とかバス一本遅れたら間に合わなくなる」

「なんとかなる。最悪、現場で調整すればいい!」

「出たよ、行き当たりばったり。…ちなみに、その調整ってのは誰がするんだ?」

「咲耶以外にいるわけない」

「無茶振りやめろ」

合流直後から、地木と咲耶は間近に迫った修学旅行の打ち合わせを始めた。和水は2人の数歩後ろを歩きながら会話を聞き、

(この2人、クラスとか修学旅行の班まで同じなんだなぁ)

とか、

(私も来年修学旅行だけど…、一緒にそういうこと出来る友達いないな…、どうしよう…)

とか、

(仲良さそうだけど…、この2人付き合ってるのかな?)

などと、無言でそんな事を考えていた。

 

そうして歩いていると通路が十字で交差する場所に差し掛かった。和水は前日の内に夕陽隊の作戦室の場所を頭に入れてきたため、その通路を左に曲がる事を知っていた。そのため曲がる左側に先んじて意識を一瞬向けた。するとまるでそれが合図だったかのように、オペレーターの制服を着た人影がそこから現れた。

 

スラリとした体型と濡れているかのような艶やかさがある黒髪に目を引かれる、綺麗な人だった。その人は目線を和水たちに向けると、知的さを感じさせる整った顔立ちに柔和な笑みを浮かべた。

「彩笑ちゃんにつっきーちゃんだ、やっほー」

決して大きな声ではないが、不思議と耳に届く芯のある声で女性がそう言うと、

「澪ちゃん先輩!」

まるで帰ってきた飼い主にじゃれつく子犬のように、地木がその女性に抱きついた。

 

澪ちゃん先輩、と呼ばれた女性はこれまた子犬をあやすように地木の頭を撫でながら言葉を紡ぐ。

「いきなり抱きつくのは危ないからやめなさいって言ってるでしょー?」

「あはは!ごめんなさーい。澪ちゃん先輩に会えたのが嬉しくてつい!」

「つい、じゃないの」

澪は呆れつつ、それでいてとても嬉しそうに地木をあやす。

 

地木と戯れながら、澪は咲耶へと視線を移した。

「つっきーちゃん、頼んでたもの買ってきてくれた?」

「商店街で売ってる、緑茶の茶葉ですよね?買ってきましたよ」

「ふふ、ありがと。今丁度切らしててね…。うんうん、それそれ。助かったよ」

咲耶に頼んだお茶っ葉が望んだ通りのものだと確認した澪は、空いている左手を伸ばして咲耶の頭を撫でた。咲耶は、子供扱いしないで下さいと言いたげな雰囲気と、それでいて満更でもない雰囲気を同時に醸し出しながら、されるがままに撫でられていた。

 

澪は2人とじゃれた後、ようやくといった様子で和水に目を向けた。

「…彩笑ちゃん、ちょっと離れてね」

地木の背中を軽くトントンと叩きながら、澪は静かに言った。「ん」と返事のような1文字を発音してから、地木は聞き分けよく澪から離れて、クルッと半回転して澪の隣に並んだ。

 

「えーと…、貴女が和水真香さんね?」

確かめるように澪が尋ねる。尋ねる形ではあるものの、その奥には確信に近いものがあるように和水は感じた。それと同時に、

(この人…、話し方は柔らかいけど…、なんだろう、何か変。違和感がある)

和水の中には1つ、懸念にも近い疑問が生まれたのだが、それを押しつぶして和水は会話を続けた。

 

「そうですよ。…夕陽隊の、オペレーターさんですか?」

和水もまた、疑問形ではありながらも心の底では確信を持って問いかけた。澪も同じような事を感じつつ、答える。

「正解。夕陽隊でオペレーターを担当してる、白金澪よ。真っ白の白に、金字塔の金で、白金。澪はさんずいに漢数字の零って書くわ」

「丁寧にありがとうございます、白金先輩」

「あはは、そんな堅苦しく呼ばなくてもいいよ?彩笑ちゃんみたく気軽に、澪ちゃん先輩とかでいいのに」

「…できれば白金先輩で呼びたいんですけど、ダメでしょうか?」

「うーん…、まあ、いいかな。呼び方なんて、私が呼ばれてるって分かればなんでもいいし…」

仕方ない、とでも言いたげに困った表情を見せた後、澪はニッコリと微笑んで、ゆっくりと和水の側に寄った。手を伸ばせば届くくらいまでの距離に近寄られたところで和水は思わず身構えたが、澪はそこで歩みを止めて、和水にしか聞こえない程度の声量で、

 

「じゃあ私は、和水さんのこと『狙撃卿』さんって呼んでもいいかしら?」

 

スナイパー組の中で広がりつつある、和水の二つ名を口にした。

 

「っ!」

そしてその二つ名を聞いた瞬間、和水は一層身構えつつ、澪と同じように相手にだけ聞こえるような小さな声で和水は会話を試みた。

「…調べたんですか?」

「うん。マー坊…、ウチの隊長が今回の件で貴女を選んだ時点で、簡単なことはざっと調べさせてもらったよ」

澪は赤みがかった独特な色合いの黒い瞳を細めて見据えるが、和水はたじろぐことなく会話を続ける。

「よく調べましたね」

「調べたって言っても、スナイパーの人たちからちょこっと話しを聞いた程度だけなんだけど…。貴女凄いのね、東さんもレイジさんも、ひたすらベタ褒めだったわ」

「…年が離れてるので、可愛がってもらってるだけですよ」

「謙遜しなくてもいいのに…。あ、結局呼び方は狙撃卿さんで良い?」

「…………できれば名前か苗字でお願いします」

「ふふ、おっけー。じゃあ、和水ちゃんだから…、なーちゃんで良いかな?」

 

名前か苗字って言ったのにと思いつつも、恥ずかしい二つ名で呼ばれるよりはよっぽどマシだと判断した和水は、ゆっくりと息を吐き出してから、

「…、じゃあ、それでお願いしますね、白金先輩」

なーちゃんというあだ名を受け入れ、

(この人、食えない人だ)

心の中の警戒リストの1番上に、白金澪の名前を書き込んだのであった。

 

澪は笑みを崩さないまま、パチンと一度手を叩いた。

「長々と立ち話もなんだし、作戦室に行こっか。みんな、それでいい?」

質問の形はとったものの、澪は誰の答えを聞かずに作戦室の方へ歩き出し、3人はそれに続いた。

 

「ところで、澪ちゃん先輩は何でこっちに来たの?作戦室で待ってるんじゃないの?」

歩くペースを上げて澪に並んだ地木がそう訊ねると、澪は肩をすくめて答えた。

「んー?彩笑ちゃんが迷子になってないか心配して来たんだよ〜?」

「えへへ、ありがとー。でもそういうウソじゃなくて、本当の理由は?」

「え?彩笑ちゃんが迷子になってないか心配だったからだけど?」

「ウソじゃなかった!?ってか澪ちゃん先輩ひどい!ボクが迷子になると思ってる!」

「あは、ごめんね」

 

まるで姉妹のように仲良い2人を後ろから見ていた和水は、隣を歩く咲耶に雑談のつもりで問いかけた。

「月守先輩。あの2人って、親戚か何かだったりしますか?」

「いや、そういうのじゃないけど…。…白金先輩は昔から妹が、彩笑は昔からお姉さんがそれぞれ欲しかったみたいでね。だからお互い、相手にそれっぽいものを求めてるんだと思うよ」

「ああ、なるほど…。…私、妹がいますけど、あんなので良かったら白金先輩にいくらでもあげますよ」

「あっはっは」

和水の発言を聞き、咲耶はそうやって笑ったあと、なんて事無いように、

 

「…和水さん、例え冗談でもそういう事は言わないでくれるかな」

 

と、言った。

 

表情も声のトーンも、何一つ変わったものはないが、その一言を聞いた和水の背中に激しい悪寒が走り、同時に理解した。

(地雷だった。今の私の発言は、この人にとって特大の地雷だったんだ)

昨日会ったばかりで咲耶の人となりを知らない和水には、彼がどんな過去を持っているのかは分からない。でもそれでも、今の発言が咲耶の心の触れてはならない何かに触れたのだと、否応にも分かった。

 

「分かりました。以後、気を付けます」

言葉短くそう言って和水は咲耶との会話を切り上げ、それから作戦室に着くまでひたすら無言を貫いたのであった。

 

*** *** ***

 

「…よく来たな。待ってたぞ」

たどり着いた作戦室の扉を和水が開けると、6人掛けのテーブルが目に入り、続いてそのテーブルの上座に位置する場所に座る、1人の青年が目に入った。

 

精悍さを感じさせる顔付きに、切りそろえられた黒の短髪。鋭い眼光を宿す鳶色の瞳が特徴的な青年。一目で、和水は察した。

(この人が、夕陽隊隊長の、夕陽柾か…)

名前が思い浮かぶと、昨日の夜に詰め込んだ彼についての情報が連鎖的に頭をよぎる。それらの情報と、今ここにいるだけで発している佇まいだけで、彼が只者ではないと、嫌でもわかる。

 

嫌でもわかるのだが…、

(分かるんだけど…、なんだろう、こう…、バカっぽい?)

失礼なのは百も承知で、和水は自分が抱く夕陽への印象を頭の中で言葉に置き換えた。

 

和水が夕陽のことをそう思ってしまった理由は、2つ。

1つ目は、和水を迎え入れた時の彼のポーズだ。10人中6人がイケメンと言うであろう青年が、両端をテーブルに付き顔の前で指を組み、(恐らく)渾身のドヤ顔をしていたのだ。

2つ目は、それを見た夕陽隊メンバーの反応である。3人とも、

「うわー…、こいつまたやったよ…」

と言いたげな表情だった。

 

深い深いため息を吐いてから、澪は不承不承といった様子で和水に声をかけた。

「えーっと…、なーちゃん。こちらが、このチームの…、一応、隊長の、夕陽柾よ」

「あ、はい…」

 

最低限度で紹介を済ませた澪に対して、夕陽は抗議を入れた。

「ちょっ、シロ!オレの紹介雑じゃない!?もっとこう…、色々あんだろ!?」

「もっと、ねえ…。そんなことよりマー坊」

「そんなこと!?シロ今、オレの紹介のことそんなことって言った!?」

抗議を続ける夕陽に対して、

「黙れ」

澪は言葉に鋭い刃のような殺気を乗せて言うと、

「すいませんでした!」

夕陽は高速で頭を下げて謝った。

 

2人のやり取りを見て、地木と咲耶がクスっと笑った後、その会話に割って入った。

「夕陽さーん、澪ちゃん先輩怒らせちゃダメだよ?また夕陽さんの飲み物だけ緑茶じゃなくて青汁にされちゃうよ?」

「おおう、それは勘弁だ。…あの青汁、本当に苦かったからなあ…」

「苦かったでしょ!?健康重視だけど味は全く考慮されてないようなやつ、ボクが頑張って探してきたんだからね!」

「彩笑ぃ!シロのイタズラの片棒担ぐなって何回言えば分かるんだよ!」

「うーん…、夕陽さんがとびきり美味しいココアを買ってくれたら、1発で覚えられる気がする!」

「こいつ…!」

 

アタッカー2人が口撃の応酬を交わす傍ら、咲耶は澪を宥めにかかった。

「白金先輩も、冷静に…。夕陽さんがしょうもないことをやるのはいつものことでしょ?」

「それはそうなんだけどね…。分かっててもイラつくわ」

「はいはい。俺が飲み物用意しますので、それ飲んで落ち着いてください。何飲みますか?」

「…コーヒー。いつもの」

「豆から挽いたやつですね、了解です」

やんわりとした笑みでオーダーを受けた咲耶は、口戦中のアタッカー2人にも声をかけた。

「何飲みます?」

「ココア!」

「コーラ!」

注文を受けた咲耶は再度「了解」と呟いたが、

「あ、つっきーちゃん。マー坊には戸棚の1番奥にある緑色のドクロマーク付いたやつでいいから」

と、澪が注文を上書きした。

 

「おいぃぃ!それ明らかに例の青汁!超苦いやつじゃん!」

上書きが聞こえた夕陽は慌てて咲耶に向けて声を荒げた。

「いいか咲耶!その緑のやつは絶対に入れるなよ!いいか!絶対だぞ!」

夕陽の心の底からの警告を聞いた咲耶は人の悪い笑みを浮かべ、

「絶対ですね?了解です!」

今日一番の生き生きとした声で答えた。

 

「分かってない!お前絶対分かってないだろ!この確信犯!」

背後で夕陽がそう叫ぶが咲耶は素知らぬ顔で、和水にもオーダーを取った。

「和水さんは、何飲む?」

「そうですね…、炭酸でなければ何でも…、あとその、例の青汁でなければ、なんでも良いですよ」

「ん、りょーかい」

全員分のオーダーを取り終えた咲耶が鼻歌まじりで奥の部屋へと消えていく姿を見て、和水は無意識の内に嘆息した。

 

(凄いのか凄くないのかよく分からない隊長。

一癖も二癖もありそうなオペレーター。

子供みたいに屈託なく笑う点取り屋。

人当たりよさそうだけど底が見えないシューター。

そして何より、びっくりするくらいの仲の良さ…。これが、A級4位夕陽隊、か…)

 

正直、こんな規律のないチームがちゃんと任務をこなしているのか疑問に思わなかったわけではない。それでも他のチームを知らない和水からすれば、この空気感はどのチームにもあるのか、それともこのチームだけのものなのかの判断がつかなかった。

 

だが、和水が初めて触れるボーダー正隊員同士のチームは嫌なものでは無かった。むしろ…、いつもどこか張り詰めている和水の心の緊張を自然に緩めてしまうほどの、妙な居心地の良さがある、暖かなものだった。

 

そんなことを思いながら立ち止まっていた和水を見て、夕陽はスッと立ち上がって、自然な足取りで彼女のそばに歩み寄る。そしてそれに和水が気付いたところで、夕陽はどこか気恥ずかしそうに口を開く。

「和水真香ちゃんだよな?」

「あ、はい」

「そうか。…まだ正式に決まったわけじゃ無いけど、これからしばらく一緒に任務をやるわけだから、ひとまずこれは言わせてくれ」

夕陽は敢えてそこで一度言葉を区切り、

 

「ようこそ、夕陽隊へ」

 

隊長として、迎い入れる言葉を和水へと届けた。




ここから後書きです。
ASTERsメンバーの過去を書くのは案外楽しいです。本編以上に更新遅いですが、こっちもぼちぼち投稿していきます。


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第5話「和水真香と実力テスト」

「和水ちゃんの実力知りたいから、簡単なテストをやろうと思う」

夕陽隊作戦室のミーティング用デスクに案内され腰を下ろし、適当な雑談を10分ほど挟んでから、夕陽柾は本題を切り出した。

 

ちなみに彼の前に置かれている飲み物は、シュワシュワと小気味良い音を立てるコーラだった。咲耶は最初こそ例の青汁を夕陽の元に差し出して彼の苦悶の表情を見て楽しんだが、口をつける前に、

「冗談ですよ。ちゃんとコーラ用意してあります」

やんわりとした笑顔でコーラが注がれたグラスと取り替えた。なお、その青汁は直後に咲耶が一気に飲み干し、その苦さを知る夕陽と地木から驚愕の目を向けられていた。

 

閑話休題。

 

「テスト…、ですか?」

不意に出て来た単語を拾い、和水は確認するように問いかけた。

「ああ。つっても、和水ちゃんは正隊員だし、オレと仲良いスナイパー組もみんなこぞって太鼓判を押してる。…何より、昨日君にお世話になったウチの2人が…、というか彩笑が嬉しそうに何度も君の話をするから、実力に間違いは無いとは思ってる」

丁寧に落ち着いて夕陽がそう説明し、

「いやだってさ!あんな綺麗な狙撃見ちゃったら何回も話しちゃうって!夕陽さんだって一回見ればわかる!」

途中で地木が割り込み、

「はいはい、彩笑ちゃん静かに。珍しくマー坊が真面目に話せてるんだから、もうちょっと待とうねー」

白金澪が微笑ましいものを見る顔で地木を押さえつけた。

 

地木が落ち着いてから夕陽は説明を再開させた。

「だから今からやるのは、君がどんな戦闘員なのかを知るためのものだ。これからしばらくオレたちは…、正確にはオレと澪は君と組んで任務をするわけだから、お互いの事は知っておくべきだろう?」

「そうですね。知っておいて損は無いものですし…、テスト、やりましょう」

「よし、決まりだ」

 

快諾した和水を見て、夕陽は安心したかのように肩張っていた力を抜いた。

 

「テストやるとして、どんな方法にしますか?」

やる事が決まったのを受けて、ここまで口を閉ざしていた咲耶が意見を出した。するといち早く、地木が挙手して元気よくアイディアを出した。

「はいはい!あれやりたいあれ!」

「あれじゃ分からん。広範囲防衛シュミレーションか?」

「それ!あれが一番その人の素が出るじゃん!」

「そうかもしれないけど、凄い疲れるし余裕が無いからお互いに相手の戦い方確認出来ないよ?」

「ログ撮って見れば良くない?」

「それもそうか」

 

サクサクと中学生2人で話が進んでいくが、そんな2人を見て夕陽が申し訳なさそうに口を開いた。

「あー…、すまん2人とも。実はテストの内容はもう決めてあるんだ」

それを言った直後、

「もー!夕陽さん言うの遅い!」

「だったら最初から言ってくださいよ夕陽さん」

「マー坊、私に黙ってテストの内容決めるなんていい度胸ね」

戦闘員とオペレーターが隊長の敵に回った。

 

「ちょっ、悪かった!謝る!ごめんよ!」

夕陽は謝罪するも、

「せっかくボク意見出したのにー」

「出鼻を挫かれた感じがします」

「今からでもテストの内容変えよっか?」

依然、3人は夕陽の敵だった。

 

一見すると四面楚歌(一面足りない)状態だが、これが本気で隊長を貶しているものでは無いと、和水は雰囲気で感じ取った。お約束というか、お決まりのおふざけのようなものだと分かるだけの、和やかさがあった。

(…このチームで、隊長の権力って低いのかな…)

和水は夕陽隊のやり取りを、フルーツジュースを飲みながら見ていた。

 

このまま夕陽隊が落ち着くまで待とうと思った和水だったが、彼らの隊長いじりが五分たっても終わる兆しを見せなかったので自分から切り出すことにした。

「あの…、ちなみにテストの内容ってどんなものですか?」

問いかけると、彼らはきっちりおふざけを終わらせて、夕陽が質問に答えた。

「形としては、チームランク戦になる。ただ複数のチームが入るとそれこそさっき咲耶が言ったみたいにお互いの戦い方を見る余裕が無くなるから、相手は1チームだけだ」

「なるほど、チームランク戦…」

その内容に、和水は少しだけ不安を覚えた。

 

夕陽隊は現在、暫定A級4位部隊であり、ボーダーの中でも十分に強いチームだ。大抵のチームに負けることは無いだろう。しかしそこに自分というイレギュラーが入り込み、チームの歯車を崩してしまったとしたら…。互いの実力を知る調整試合のようなものだとしても、普段勝てているところに負けてしまうようなことがあれば申し訳ないと、和水は思った。

 

そう考えてしまい、自然と視線が下がった和水からその考えを感じ取ったのか、夕陽が明るく声をかけた。

「何回も言うけどさ、お互いの戦い方を知るためだから勝ち負けとかは二の次でいいんだ。作戦とかも、特に無しだ」

「…作戦無し…、わかりました。でもその…、本当に勝ち負けには拘らなくていいんですか?」

念を押すように和水は確認するが、夕陽は努めて笑った。

「あはは、本当に気にしなくていいぞ。むしろオレたち、本番でもちょいちょいポカやらかしてランク下のチーム相手に負けるとかよくあるから、大丈夫だ!」

負け自慢を何故かドヤ顔でする夕陽が面白おかしくて、和水は思わずクスっと笑った。

 

そしてそのタイミングで、夕陽がポケットに入れていた正隊員の連絡端末にメールが1通届いた。

「お、丁度いい。相手も準備できたってさ」

端末を見て夕陽が言うと地木、咲耶、白金はすくっと立ち上がった。

「じゃあ行こーよ!夕陽さん、場所は?」

「ランク戦室。適当に空いてるブースでやることになってる」

「りょっかーい!」

「彩笑、張り切るのいいけど、先にコップ片付ける。持ってくよ」

言いながら咲耶は飲み終えたメンバーからコップを集め始めた。和水のものはまだ少し残ってたが、一口程度の量だったのでそれを飲みきった。

「無理して飲み切らなくても良かったですよ」

「いえ、片付けるのに中身残ってるのは失礼だと思って…」

「あはは、丁寧にありがとうございます」

柔らかな口調で咲耶は言い、受け取ったコップを持って作戦室奥の給湯室へと姿を消して行った。

 

*** *** ***

 

夕陽隊メンバーと和水が作戦室を出て、数分。彼らは迷うことなくランク戦室に辿り着いた。そしてそこで待ち構えていた対戦相手を見て、これまで夕陽をお遊びでいじり倒していた3人が、

「「「このっ、バカーーーーー!!!!」」」

お遊びでは無い叫び声をあげた。

 

周囲にいた訓練生や正隊員の目が一斉に集まるが、それに構うことなく3人は夕陽を容赦なく責める。

「夕陽さん!俺の記憶違いじゃ無かったらアンタ確か()()()テストをやるって言いましたよね!?」

「チーム対チームのランク戦だ。簡単だろ?」

咲耶が真剣に問い詰めるが夕陽は難なく躱す。

 

「そこだけ聞くと簡単そうに聞こえたよ!?でも相手が簡単じゃない!なんでこのチョイスなの!」

「この時間に都合ついたのがこのチームだけだったんだ」

地木のツッコミを夕陽はしれっと事情を話す。

 

「マー坊。お前は報連相って言葉を知ってるか?」

「おひたしにすると美味いやつだな」

白金の殺意が篭る追求に対して夕陽はワザと全然違う答えを返した。

 

そうして3人が、

「こいつマジでふざけるなって言いたいけどこうなったらしょうがない」

という表情を浮かべたのを見て夕陽は満足そうに笑い、相手チームの大将の元へ歩み寄り、誰がどう見ても好青年だと答える外面の良さを全開にして、

 

「…まあ、そういうわけで。今日は一戦よろしくお願いしますね。A級1位の東隊の胸を借りるつもりでいきます」

 

と言いながら握手を求めた。

 

夕陽の先にいる人物と、彼が率いるメンバーを見て、和水の身体が一瞬だけ震えた。

 

(実力テストの相手って…、東隊だったんだ…)

 

そこにいたのは、和水にとってスナイパーの師匠のような存在の東春秋が率いるボーダー最強の部隊、東隊だった。

 

東はどことなく眠たそうに瞼を少し下ろしつつも、その瞳をしっかりと夕陽に向けて握手に応じた。

「こちらこそよろしく頼むぞ。だけど柾、少し訂正だ。もう俺たちは解散したから正式には隊じゃないし、1位どころか順位すらないぞ」

「あはは、そうでしたね。けど、東隊が築いた1位を超えてくるチームは今のところ…、いや、この先も無いと思うんで、1位って呼ばせてくださいよ」

「はは、嬉しいことを言ってくれるじゃないか。それより柾、お前は変わらず隊員を困らせてるな」

「ええ、変わらずですね。一応、本気で困るようなことはしてないつもりなんですけど…」

「そうか。あんまり人の隊に口出しするのは気乗りしないから、その辺の見極めはしっかりしろよ」

「気をつけます」

 

隊長同士が挨拶している間、両チームの隊員同士もそれぞれ話し込んでいて、和水はそれらを視界に入れた。

 

(地木先輩と話してるのは、加古さんか…)

 

加古望。女性にしては高い173センチの長身と雰囲気のある佇まいからセレブを連想させられる、東隊の射手。特別、和水とは交流がないが珍しく和水より背が高い女性ということもあって、和水の記憶に残っていた。

 

「地木ちゃん、今日はよろしくね」

「うん、よろしく!ねえねえ加古さん、新作のチャーハンある?」

「残念だけど、最近閃くものがなくてね…。地木ちゃん、何かアイデアある?」

「今の時期だと、ギョウジャニンニクが美味しいからネギの代わりに使ってみるのはどう?」

「そうねえ、材料費と相談して試してみようかしら」

 

ボーダー屈指の高身長女子とボーダー屈指の低身長女子がチャーハンにギョウジャニンニクを混ぜ込む話をしている間、月守咲耶は二宮匡貴に絡まれていた。

「月守、最近大人しいな。何かあったのか?」

背が高い二宮は見下ろすように咲耶を見て問いかけ、

「修学旅行の準備で忙しいんですよ。ニノさんこそ、最近忙しそうですね。この度は二宮隊設立おめでとうございます」

咲耶は二宮の近況を祝った。仏頂面を少し崩した二宮は、小さく嘆息した。

「まだ形だけだ。…だが、すぐにA級に上り詰める。月守、それまでAで待っていろ」

「待ってますから、早く来てくださいね」

約束ですよー、と咲耶は小さな声で言った後、

「なんなら指切りでもします?」

「誰がするか」

冗談めかして提案したが、二宮がポケットハンドしたままの両手を出すことは無かった。

 

(…なんか、二宮さんって怖いって噂あったけど、案外そうでもないんじゃ…?)

和水の中で二宮の印象が変わりかける中、両チームのオペレーターが合間見えていた。

東隊のオペレーター月見蓮は白く細い指を頰に当て、小首を傾げながら苦笑いを浮かべた。

「白ちゃんは相変わらず夕陽くんに振り回されっぱなしね。大変でしょう?」

「お気遣いありがとうございます、月見先輩。でもそういう月見先輩も大変そうですよね。新しいチームのオペレーターやったり、太刀川くんをスパルタで指導したりとか、色々してるそうですけど…」

「そうね。確かに大変だけど…、なんでかしらね、手のかかる子ほど伸ばし甲斐があるのよね」

「ああ、同感です」

白金澪が月見と似たような動作、似たような表情を作って答える。

 

(白金先輩、意図して月見さんの真似をしてるのかな…?)

無言で和水がそんな事を考えていると、

「和水、ちょっといいか?」

いつの間にか夕陽との会話を抜けて来た東に話しかけられた。

 

「あ、どうもお疲れ様です、東さん」

「おう、おつかれ。話は聞いたが、これからしばらく夕陽隊と組むことになったんだな」

「はい。それで今日顔合わせをして、それから実力テストをすることになりまして…、それで今に至ります」

話の途中で和水は苦笑しながら頰を掻いた。

「まさかテストの相手が東さんだったなんて思わなかったので、びっくりしましたよ」

「あいつは人を驚かすのが好きだからな。まあ、夕陽の話はここまでにして…」

 

話に一度区切りを付けた東は、その表情に真剣味を加えてから口を再び開いた。

「和水。正直なところ、俺は今日の対戦が少し楽しみなんだ」

「楽しみ、ですか?」

「ああ。いつも訓練でしか競ったことのない和水と、初の手合わせだからな」

「そう言われれば、そうですね。勝てるとはあまり思えないですけど…、楽しみにしてもらった東さんの期待に添えたら嬉しいです」

あまり、という表現を使った和水だが、実際は勝算は限りなくゼロだと思っていた。

 

和水抜きのチーム順位は向こうが上で、ましてや和水は夕陽隊との連携が取れない状態だ。1人加わったところで戦力の増加はたかが知れている…、むしろ下がるかもしれない。

 

東と握手を交わしながら、せめて足を引っ張らないように頑張ろうと和水は心の中で意気込んだ。

 

そして東が夕陽との会話を抜けて来た直後、

「夕陽さん」

「おう、秀次。久しぶりだな」

東隊最後の1人、三輪秀次が夕陽に話しかけていた。

 

硬い表情の三輪と対照的に、朗らかに笑いながら夕陽は雑談を始めた。

「聞いたぞ。タカと同じように、お前も自分のチーム作ったんだってな」

「そうです」

「隊長になった気分はどうだ?」

「あまり、隊長になったという実感が湧いてこないですね」

「だろーな。オレだって自分が隊長っつー感じしてないしな」

 

あっさりと夕陽はカミングアウトするが、夕陽隊はボーダーの部隊制度黎明期から発足している古株チームであり、年数にして2年近く存在している。にも関わらず隊の長としての自覚が薄いという宣言は如何なものかと三輪は思ったが、野暮なことは言うまいと、その思いを心の底へと沈めた。

「…だとしても、自分は夕陽さんは立派な隊長だと思ってます」

「お、嬉しいこと言ってくれるな。オレとしては、お前のその気づかいを彩笑や咲耶にも向けてほしいなと思ってるんだが…」

「……すみません、それは少し難しいです」

「はは!言うと思った!」

 

三輪が正直に話した事実を聞き、夕陽は声を上げて笑った。

「まあ、お前から見ればアイツらは確かに受け入れがたいっつーか、合わせるのが難しいとは思うよ。だから、無理に合わせなくていいし、無理に歩み寄らなくてもいい」

そこまで言った夕陽は今一度しっかりと三輪を見据えて、

「…何も、全員と仲良くする必要は無いよ、秀次。だからその分、ちゃんと、チームメイトは見てやれよな」

隊長の先輩として、そのアドバイスを送った。

 

不意に授けられたアドバイスに三輪は一瞬だけ驚いたが、しっかりと受け入れてから、意思を示すように頷いた。

 

その意図を感じ取った夕陽は、朗らかだった表情を一変させ、張り付くような闘志を隠すことなく表に出した。

「さて、仲良しこよしのフレンドリーモードはここまでだ。秀次、試合中に当たったら遠慮なくブッタ斬るから、覚悟しとけ」

「ブッタ斬りにくるなんて甘いんじゃないですか、夕陽さん。叩き潰すつもりで来ないと、いくらNo.1レイガスト使いでも足元すくわれますよ」

つられるように闘志を引き出された三輪は戦う意思を隠すことなく夕陽へとぶつけ、踵を返した。

 

三輪が歩く先には、すでに相手との会話を終えた東隊が揃い踏みしていた。全員が揃ったところで、隊を率いる東が4人を見渡してから、一言、

「…よし、勝つぞ」

ただ、それだけを言った。

 

シンプルで明確な目標を東が口にしただけで、4人の雰囲気が変わった。無駄な物が何一つ無く、それでいて圧迫感すらある何か…、言うなれば、王者のオーラとも言える雰囲気が、場を満たした。

 

 

「…あれがあるからこそ、1位なんだろうなぁ…」

三輪と同じように踵を返してメンバーと合流した夕陽だが、急に湧き出てきたそれを感じ取り、思わず苦笑した。そして苦笑したまま、

「んー…、セッティングしといてなんだけど、これテストにしては難易度が適切じゃねーなー」

と、散々忠告した3人の熱に油を注ぐような発言をした。

 

当然のごとく咲耶達は、

「だから言ったじゃ無いですか!」

と言おうとしたが、

 

 

「けどまあ、それはそれだ。オレたちのやることは変わんねえ」

 

 

夕陽は静かに、それでいてはっきりとそう言って、その場に自らの存在感を強く示し、

 

 

「だから頼むぞ、お前ら」

 

 

全幅の信頼を乗せた言葉をチームメイトに送った。

 

*** *** ***

 

対戦直前、両チームは10分間のミーティングを設けた。

 

「夕陽隊だが…、特別な作戦は練らずにいく。何度も戦った相手だ。対夕陽隊の戦いで行くぞ。各自、よく考えろよ」

戦術でも高い能力を持つ東にしては、無策に近いオーダーだった。

 

しかしそこには、一人前になって、すでに新しい隊を率いている隊員に対する、尊重と敬意、そしてケジメがあった。

 

それを感じ取ったのか、4人は不満1つ言わずに承諾した。作戦を共有した上で、加古が東に質問した。

「ねえ東さん、夕陽隊にいたあの子って、最近東さんがよく見てるって言うスナイパーですよね?」

「そうだ」

「どんな子ですか?」

 

和水のことを知りたいという加古の質問は最もなものだった。

順位や対戦成績から見ても、東隊は夕陽隊より上である。まともにやればまず勝つ戦いになる。しかし今回はそこに、和水真香という不確定要素が混ざっている。勝ちを求める上で、不確定要素を少しでも減らしたいというのは至極真っ当なことだった。

 

和水真香がどんな子かと問われた東は、自身が持つ和水の印象から話し始めた。

「率直に言えば、『よく考える子』だな。向こうの夕陽や地木と違って、理論立てして行動する子だ」

「理論派なんですね。向こうだと、月守くんや澪ちゃんと似てるタイプか…」

加古はそう分析したが、東はかぶりを振った。

「半分合ってるが半分違う。和水は理論派だが、月守とは真逆のタイプだ」

「…?」

言われた加古だけでなく、他の3人も揃って東の言葉が理解できずに困惑した。

 

全員がその言葉の意味を知りたかったが、東はその意味は自分達で考えて欲しいと思い、疑問に答えることなく次の説明に移った。

「狙撃の技術は、平均以上だと考えていい。特に構える速さと姿勢の良さは正隊員でもトップクラスだ。ただ、まだ若いからか性格的なものなのか集中力にはムラがある。平凡な出来に終始することもあれば、逆に…、集中力が嵌った時には俺や鳩原でも難しい難易度の狙撃を成功させることもある」

 

実際、東はスナイパーの合同訓練時に、コンディションが良い状態の和水にスコアを迫られたことが何度かあった。その経験や普段の様子から推測する和水の情報をメンバーに伝えていく。

 

「個人の実力としては中学生クラスだと思わない方がいいだろう。ポイントも今は確か…、イーグレットとアイビスで8000越え、ライトニングでも7000は届いてる。ただ、彼女はチームランク戦の経験はほぼ無い筈だ。チームの一員としてのスナイパーの動きはやったことがないだろうから、この試合ではそこを攻めるべきだろうな」

 

東から伝えられた情報を4人は正確に受け取り、戦闘員としての和水真香のイメージを構築していく。

 

和水について話すのはこれくらいで良いだろうと東は判断して会話を切り上げようとしたが、最後に1つだけ、スナイパー界隈では有名な彼女の情報を付け加えた。

 

「ああ、あとな…、和水は、()()()()()()()()

 

*** *** ***

 

その一方、夕陽隊。

 

「…ざっとこれが、オレたちのチームの戦い方と東隊の戦い方だな」

夕陽は和水に自分達のチームの戦い方と相手の戦い方をレクチャーしていた。特別作戦は立てないという話だったが、流石に1位相手に失礼な試合は出来ないとして、簡単な作戦会議を行っていた。

 

「なるほど、分かりました」

一度の夕陽の説明だけで、和水はそう言った。

 

この時、夕陽は説明にある仕掛けをしていた。お互いのチームの戦い方を説明する上で必要な要素を、敢えて一部隠して話したのだ。しかし隠したと言っても、全体の説明を聞いて理解していれば推測で十分埋められる程度のものだ。

 

その説明を聞いて、和水は「わかりました」と答えた。

 

(今の説明でそう言えるってことは…、この程度の推測なら推測のうちに入らないレベルで頭良いからか、それにすら気付いてないかのどっちかなんだが…)

二択の判断に迷った夕陽だが、心の奥では根拠は無いが彼女は前者だろうと思った。

 

それを夕陽は確かめる事なく、作戦会議を説明から次の段階へと進めた。

「さてと。両チームの戦い方を頭に入れた和水ちゃんに、1つ指示を出す」

指示と聞き、和水の肩に少し力が入った。

 

どんな指示が来るのだろうかと楽しさに似たワクワク感と、実行したく無い指示じゃなければいいなと思うモヤモヤとした思いが混ざり合った和水に、夕陽が出した指示は、

 

「自由にやれ」

 

だった。

 

漠然としすぎた大雑把なオーダーを聞き、和水の頭の上には自然とクエスチョンマークが浮かんだ。そんな和水を楽しそうに見ながら、夕陽は指示に詳細を加える。

「別に和水ちゃんはオレたちの戦い方に合わせようとか、そんなの考えなくていい。いや、合わせたいと思ったならそれでいいけど…。できれば、今説明を聞いて和水ちゃんが一番最初に頭に思い浮かんだことを、この試合でやってほしいと思ってる」

 

「一番最初に頭に浮かんだこと…、ですか?」

確認しながらも、和水は頭の中で夕陽の指示を正確に咀嚼していた。

 

一通りの説明が終わる頃、確かに和水の頭には1つのアイデアが浮かんでいた。しかしそれはリスクが多大に存在する作戦であり、開始早々に和水が倒される可能性を多分に持っていた。自分の実力や戦い方を知ってもらう為の試合でやっていいものなのかと、和水は大いに悩んでいた。

 

しかしその悩みを見抜いたかのように、夕陽は言葉を重ねた。

「危険が大きいとか成功率が低いとか、そういう事を気にしてやりたい事を躊躇う気持ちは分かる。けど、真っ先に頭に浮かんだそれは1番和水ちゃんらしい選択肢の筈なんだ。もし失敗したとしても、一番自分らしい選択が出来てたなら、失敗なんて問題じゃない」

失敗を問題にしないと明言した上で、夕陽は、

「だから遠慮なく、自分が思ったように戦ってくれ」

和水へのオーダーを締めくくった。

 

(遠慮なく…、自分が思ったように、か…)

静かに夕陽の言葉を反復して、和水は腹をくくった。

 

上手くいく保証は無いし、上手くいったとしても決して良い出来栄えにはならないであろう。しかし、それでも良いのだと夕陽は言ってくれた。

 

ならば思いっきり遠慮なく、それでいて私らしくやろうと、和水は決意した。

 

そこでちょうど、試合開始1分前となり、カウントダウン表示が始まった。

 

59…58…と、着々と数字が減る中、和水は精神状態を整える。熱しすぎず冷めすぎず…、沸々と湧き上がる闘志を、冷静さというカバーを何重にも掛けて覆い隠す。スコープ越しに覗いた相手に殺気が届かぬよう、覆い隠した闘志を心の奥深くへと沈める。

そうして十分に精神状態が整ったところで、

 

『東隊対夕陽隊、戦闘開始』

 

無機質な機械音声によって開戦が告げられ、8人が一斉に戦場へと転送されていった。

 

*** *** ***

 

転送が完了したところで、二宮匡貴は視界に入る情報からステージを割り出した。

(市街地Aか…)

ランダムによって選ばれたステージは、もっともオーソドックスなステージである『市街地A』だった。

 

ランダムに選ばれたステージに転送された直後なら、普通はどこのステージかを確認する。いや、確認するというよりは、それが一番最初にするべき事であり、一番最初に出来てしまう事である。

 

それをしていたが故に二宮は、目の前に吹き飛ばされた自分の右腕がある、という事実を飲み込むのが、一瞬遅れた。

 

「……!なんだと…!?」

 

開戦後僅か1.8秒、二宮匡貴は右腕を失った。

 

 

 

 

「ちっ……、外れた」

二宮が驚愕を示すと同時に、1人のスナイパーが舌打ちをした。

 

言うまでもなくそれは、No. 1シューターを仕留めるつもりでアイビスの引き金を引いた和水真香だった。




ここから後書きです。
作中に出てきたギョウジャニンニクこと別名アイヌネギですが、個人的には天ぷらで食べたいです。

そこまで深く考えないで書いてたら、本編でも番外編でもランク戦をやってるという事態に…。

開戦早々、真香が二宮さんに喧嘩ふっかけました。
次回、二宮先輩激おこ!


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第6話「和水真香とサイドエフェクト」

脱力して転送された和水は対戦ステージである市街地Aに降り立つと同時に視界から周囲の情報とレーダー位置を確認する。レーダーレンジを広げて敵の位置を確認すると同時に射線が確保されていることを知り、アイビスを展開して構えた。

 

スコープを覗くことにより余計な情報の一切を遮断し、和水は狙うべき敵だけを見据えた。

 

(二宮さんか)

 

狙う敵が誰なのかを認識した次の瞬間、和水は躊躇いなく引き金を絞ってアイビスを放った。精度にある程度目を瞑った早さ重視の射撃であり、直後、弾丸が当たるより早く、和水は感じた。

 

(外れた。腕一本かな)

 

和水の予感通り、弾丸は二宮に当りはしたものの致命傷にはならず、右腕を吹き飛ばすのみにとどまった。着弾するまでの二宮の動きが、回避の一助となったのだ。

 

「ちっ……、外れた」

舌打ちをして和水は悔しがる。仕留めるつもりではあったが、二宮の腕を吹き飛ばすという結果は、和水が試合前に考えた狙いとしては、十分合格点だった。

 

振り返った二宮とスコープ越しに視線を交えてから、和水はリロードが終わったアイビスの引き金を再び絞る。威力の高いアイビスの反動を感じながら、

「あとは任せましたよ、夕陽隊のみなさん」

和水はそう呟いて、夕陽隊に通信を入れた。

 

*** *** ***

 

狙撃を受けて右腕を失った二宮匡貴は素早く撃たれた方向に目を向けて、狙撃手の居所にあたりをつける。と同時に、狙撃手が2発目の攻撃を繰り出してきた。

「舐められたものだ」

傷口を左手で抑えながら二宮は、メインとサブ両方にセットしているシールドを同時展開してシールドの強度を上げるフルガードでその攻撃を防ぐ。正隊員屈指のトリオン能力を持つ二宮のフルガードは和水のアイビスを防ぐが、直撃した感じから二宮は和水もまたそれなりに高いトリオン能力を持っていることを察した。

 

(東さんと同等クラスのアイビスか……)

 

追撃を警戒する二宮に、一本の通信が入った。

『二宮くん、まさかとは思うけど開幕スナイプされてないわよね?』

通信越しに聞こえてくる加古の声は楽しそうなものであり、二宮はこの状況を把握した上で訊いてきてるのだと確信して舌打ちをした。

 

『右腕をやられた』

『あら、情け無いわ。油断してたんじゃない?』

『否定はしない。だがスナイパーの位置は掴んだ。今から仕留めにいく』

加古に必要以上におちょくられないように二宮は行動に転じ、マズルフラッシュが見えた場所へと距離を詰め始めた。そこへ、隊長である東からの通信が届いた。

『匡貴、フォローはいるか?』

『いえ、いりません。位置が割れたスナイパーなら、1人でも問題ないです』

『そうか。……、よし、匡貴。チームを持ったお前への練習として、この試合の指揮権は譲る。指示を出してみろ』

『わかりました』

指揮権を得た二宮は、移動の足を止めないままレーダーで全体を見渡して状況を把握してから指示を出し始めた。

『加古は秀次と合流して、近くの反応を叩いてくれ。東さんは……夕陽隊が3人揃うまで待機でお願いします』

『はいはい、加古了解』

『三輪、了解しました』

『東了解だ』

3人からアンサーバックが返ってきたところで、二宮は指示を追加した。

『月見にはバッグワームした奴の位置予測を頼みたい。出来るか?』

『月見了解』

 

全員から指示の了承があったのを受けてから、二宮は今一度、移動してる和水へと意識を向けた。

「……大した早撃ちだったが、詰めが甘かったな」

二宮が詰めが甘いと言い切るだけあって、確かに和水には至らない点が複数あった。

 

1つ目は、単純に狙撃を外したこと。二宮の右腕を吹き飛ばすのに成功してはいるものの、試合を通して数少ない無警戒の状態の対象を仕留め損なったのは痛手である。

2つ目は、トリガーのチョイス。警戒してる相手の守りを貫くためならまだしも、無警戒の相手に対してアイビスを選んだのは適正な判断とは言い難い。威力に比例して発砲音が大きく位置が割れやすいためだ。

3つ目は、トリガーの展開順番。ランク戦においてスナイパーは鉄則として、位置バレしないためにバッグワームを開幕同時に展開するが、和水はその展開が少し遅かった。少なくとも、初弾の時点ではバッグワームの展開が終わっておらず、レーダーに位置が写っていた。

 

二宮からすれば和水は3つの失策をしており、それ故に位置を掴むことに成功して追撃をかけることができていた。

 

「ハウンド」

移動しながら牽制として、二宮はハウンドのキューブを生成して放った。視線誘導によって導かれる四角錐の弾丸は、二宮の視界の端でチラチラとバッグワームを揺らしている和水へと襲いかかる。

姿が完全に見えているわけでは無いため、着弾した瞬間は見えなかったが、ベイルアウトの光跡が見えないため仕留めたわけではないと二宮は判断した。

 

(完全に外れた、というわけでもないだろう。このまま牽制を続けるか)

二宮がそう判断してもう一度キューブを生成した、その瞬間、

『匡貴、まずいぞ。夕陽隊の陣形が完成した』

東から、そう通信が入った。

 

 

 

 

開戦前の時点で、東隊のメンバーは程度の差はあれども、『和水真香を先に倒そう』という認識があった。元1位と4位というチームの順位から分かるように、地力は自分達の方が上。和水をいち早く除外して、『いつもの状況』を作りたいという狙いが、心のどこかにあった。

 

そしてそれこそが、和水真香が見出した作戦だった。

 

 

 

チェスの世界チャンピオンに上り詰めたとある偉人は、

「神とチェスをしても、自分が先手なら引き分けにできる」

と言った。

 

勝負ごと、特に手番がある勝負に限ってはやはりどうしても、手番による有利不利が存在する。もちろん、露骨に有利というほどでなくても「こっちの方が戦いやすい」とプレイヤーが感じやすい程度の、わずかな差かもしれない。

 

開戦前に両チームの戦績や戦闘スタイルを夕陽から説明された和水は、真っ先に思った。

 

(夕陽隊だって決して弱いわけじゃないから、東隊に何か綻びがあったら勝てるのでは?)

 

そこから和水の思考は一瞬で、一気に深く沈む。

 

(地力は確かに向こうの方が上。経験の浅い私が加入したところで、おそらくそのパワーバランスは変わらない。まともにやり合ったら、負ける。なら、まともにやりあわないためにはどうすればいい?相手を妨害する、いや、そこまで大層なことをしなくてもいい。ほんの少し相手の初動を遅らせるような、狂わせることができればいい。どうやって狂わせる?この試合でいつもとの違いは何?臨時で入った私だ)

 

そうして和水は答えに辿り着く。

 

(私が囮になろう。開幕スナイプで目立って、向こうの注意を引きつけて、その間に夕陽隊には陣形を完成させてもらおう)

 

和水が出した結論は、自らが囮になり東隊を足止めして、そこへ万全の構えになった夕陽隊をぶつけるというものだった。

 

そして結果として、和水の目論見は成功した。

 

東隊が一手を打つ間に、夕陽隊は最も得意な布陣(定石)を完成させたのだ。

 

 

 

東が二宮に夕陽隊の陣形が完成させたことを伝えたのと、同時。

「スッ!ラスタァーー!」

威勢の良い声と共に、夕陽柾のレイガストが唸りをあげて三輪に襲いかかった。

 

「ぐっ…っ!」

三輪は抜刀した弧月で防ぐが、夕陽の一振りに押されて苦悶の声が出た。レイガスト専用オプショントリガーであり、トリオンを刃から噴射させて斬撃をブーストさせる「スラスター」によって威力が増した一撃は重く、三輪はとっさに力の方向を操作して斬撃をいなすようにして逸らしたが、夕陽の攻撃は止まらない。

 

「甘えぞ秀次!」

夕陽は熟練したレイガストの技術とスラスターのオンオフ、噴射の方向転換を駆使してすぐに攻撃を再編した。

 

夕陽は斬撃の出だしや方向転換のタイミングに合わせてスラスターを一瞬だけ吹かすという技術を完璧に習得しており、まともに受ければ体勢を崩される重さのある斬撃を連続で繰り出す。

 

(やっぱりこの人の一撃は重い……っ!)

再度その事実を確認した三輪は、大きく後退して距離を開ける。後退と同時に弧月から左手を離してハンドガンに持ち替えて素早く牽制して、夕陽からの追撃を防ぐ。だが、

「秀次!撃つ相手を間違えてんぞ!」

夕陽がレイガストをシールドモードに切り替えて防ぎながら忠告すると同時に、三輪の視界の端で小さな影が素早く動いた。

 

「地木!」

動く影に焦点を合わせると、そこにいたのは夕陽隊において遊撃を担う高速アタッカーの地木彩笑だった。地木の姿を確認した三輪は対応の矛先を切り替えるが、その瞬間に背後から狙っていたかのような絶妙なタイミングで、トリオンキューブが分割される音が響いた。場所取りやタイミングの嫌らしさから、その音が十中八九咲耶によるものだと瞬時に判断した三輪は、思わず舌打ちをした。

 

視界の中には夕陽と地木が、背後からは咲耶が攻めてくるという状況は限りなく詰んだ状況であったが、

『三輪くん、背後は私が守るわ』

危機一髪のところでチームメイトである加古の声が届き、三輪は背後を任せてアタッカー2人の対応に全力を注いだ。

夕陽に対してアステロイドの牽制しつつ位置取りに意識を配り、間合いに飛び込んできた地木の斬撃を防ぐ。防ぐ際にもう一度立ち位置を上手く変えて、地木の身体を盾にして夕陽の追撃を防いだ。

 

指示に従って合流しにきた加古は、今にも三輪に攻撃しそうな咲耶を見て、シールドとハウンドを同時に展開した。咲耶が三輪に向けて放ったアステロイドを加古はシールドで防ぎ、咲耶に対してハウンドをばら撒くようにして撃って対応させた。

 

夕陽隊の攻撃を一旦切ることに成功した三輪と加古は、合流して並び立ちながら内部通話を繋いだ。

『三輪くん大丈夫?』

『ええ。加古さんがフォローしてくれたので、なんとか凌げました』

『なんとか、ね』

答える三輪の表情には余裕の色があまりなく、本当にギリギリのところで凌げたのだと加古は判断した。

『それにしても……、夕陽くんは相変わらず火力が高いわね』

『スラスターの扱いが上手いので、斬撃の速度や連続攻撃の練度が他のレイガスト使いより優れてますから。それでも攻撃自体は大味なところがあるので、一対一なら辛うじて対応は可能ですが……』

『そこに地木ちゃんと月守くんが入るから面倒なのよね。細かい攻撃で立ち回りを制限してくるから、結局夕陽くんのラッシュを受け続ける羽目になっちゃうわ』

 

夕陽隊の基本戦術は、夕陽がラッシュを仕掛けて地木と咲耶がそれをフォローするというものだ。夕陽との間合いを外そうとすれば、2人が細かい攻撃でそれを潰し、そこを夕陽が捕まえて再びラッシュを仕掛ける。ハマれば火力は高いが、フォローに入るのが2人ではなく片方だけなら抜け道が辛うじてあるため、対応としては3人を揃えないようにすれば良い。揃えてしまっても、最低でも同じ頭数を揃えて各人の動きを制限させれば良い。

三輪も加古も、その対策は当然わかっていたのだが……、和水の機転もあって、かつてないほど早く合流を許してしまったのだ。

 

開戦早々追い詰められたと思った加古は、この試合の指揮官に通信を繋いだ。

『ねえ二宮くん。あなたの指示に従ったら早速ピンチよ?どうしてくれるの?』

しかしその声には焦りなど欠片ほども存在せず、むしろとても楽しそうですらあった。

 

加古の声に対して二宮は思わず舌打ちを返し、そこへ東の声が割って入った。

『匡貴、気にするな。俺も夕陽隊がこんなに早く合流してくるなんて思ってなかったさ。狙いが読めていれば、合流前に狙撃して数を減らしたかったが、揃ってしまった以上はしょうがない。さあ、どうする?』

『……』

 

無言でしばらく悩んでから、二宮は判断を下した。

『東さん、向こうのスナイパーを抑えてもらえますか?』

『わかった。居処に目をつけて索敵しつつカウンタースナイプを狙う形になるから、誰か1人は撃たれるかもしれないが……それでもいいな?』

『ええ、それでお願いします。俺は今から秀次たちの所に向かいます』

 

合流の旨を聞いた加古は一瞬だけ小さく眉を釣り上げた。

『右腕持っていった子を、みすみす逃しちゃうのね?』

『タダでくれてやる。このまま俺があいつに惹きつけられてる間に、こっちの人数を減らされるのが1番厄介な展開だからな』

 

言いながら方向転換して合流に動き出した二宮を、東は視界の端で捉えでいた。二宮のリスク管理に東はひとまず安心し、駒としての役割に徹することに決め、なんの感情も映さないその瞳で市街地に潜む和水を探しにかかった。

 

*** *** ***

 

これ勝てんじゃね?

 

というのが夕陽柾が戦闘中に感じた手応えだった。自分たちのもっとも得意な形を、相手の布陣が整っていない場面でぶつけることに成功し、実際に数度の攻防で三輪と加古に少なくないダメージを与えた。

このまま押し切れると夕陽が確信した時、上空に無数の細かな影が現れた。

 

「くそっ!来やがったな!」

 

言いながら夕陽は空いている左手でハンドサインを出して、2人に後退の指示を出した。3人は互いの距離を開けながら後退しつたシールドを傘のように展開して、降り注ぐハウンドに備えた。

豪雨を思わせる密度のハウンドが、夕陽隊に襲いかかる。防御能力にかけてはピカイチの評価を誇るレイガストを持つ夕陽はともかく、トリオン能力が低い地木と特別な体質によりシールドが脆い月守のシールドは砕け散ったが、それでも大きなダメージを受けるには至らなかった。

 

『無事か?』

確認のため夕陽が問いかけると、

『だいじょぶです!』

『かすり傷くらいですね』

地木と咲耶がそれぞれ答える。

 

ハウンドの第二波が来ないか警戒した夕陽隊だが、建物の陰からハウンドではなく、二宮本人が姿を見せた。

「来たな、射手の王め」

レイガストを構えながら夕陽は呟き、チーム全体への通信を繋いだ。

 

『澪、向こうのトリオン残数予想は?』

『二宮さんが7割、加古さん7割、三輪くん5割強、東さん9割以上だよ』

『貴の7割が地味にキツいな……』

合流しようとして移動する二宮を、夕陽は次の手を練る。

『咲耶、貴を足止めできるか?』

『無理です』

『おま、即答かよ』

『無理なものは無理です。俺じゃ、二宮さんの()()()は出来ません』

 

含みのある言い方をした咲耶の意図を察し、夕陽はニヤリと口角を上げた。

 

『はっ。じゃあ、何なら出来るんだ?』

『勝ち負け度外視、即決着になるくらいの特攻射撃なら出来ます』

『よし、なら勝ってこい。ただし負けたら、修学旅行のお土産で買ってくる八つ橋は1番高いやつな』

『了解です』

指示を受けた月守は好戦的な笑みを浮かべて、1人隊列を飛び出す。それに続いて夕陽と地木が三輪と加古との間合いを詰めて動きを制限して、二宮と月守の一対一の状況を作り上げた。

 

対峙した二宮は2つのキューブを展開して大小分けて周囲に浮かべ、月守もまた両手から生成したキューブを細かく無造作に散らした。

 

2人の間に、開戦のための取り決めや合図は無い。しかしそれでも、彼らは計ったように同じタイミングで、

 

「「アステロイド」」

 

相手をねじ伏せ、己が上だと証明するために、攻撃を開始した。

 

 

 

 

 

最高峰のアタッカーと、屈指の速度を持つアタッカー。

 

お手本のような動きをこの上なく高いクオリティで披露するオールラウンダーに、変則であり我流ながらも強さを誇るシューター。

 

射手の頂点に立つ男と、それを引きずり落とさんとして挑む少年。

 

和水は彼らの戦いをビルの一室から眺めていた。窓際にいるようなヘマは踏まず、窓から引いた位置からスコープ越しで外の情報を得つつ、逃走経路はきちんと確保している。

 

画面越しではなく同じフィールドにて見るA級の戦いは、確かにすごいと和水は感じた。だが同時に、

 

(……でも、これならそのうち、たどり着けそうかな……)

 

彼らの領域に、自分がいずれ割って入れると確信した。

 

もちろん、まだまだ和水の実力は足りない。実際今とて、援護のためにスナイプしようものなら東によるカウンターを食らう可能性があるため、和水は下手に身動きが取れない状態である。しかし、それは東も同じだった。東もまた、仲間を助けようものなら、たちまち和水に居場所がバレる。

本気ではないことがわかっているが、それでも東の行動を制限できている自分に、和水は喜びを覚えた。

 

このまま自分が東の抑止力となっている間に、夕陽隊に3人を片付けてもらう。それが和水が二宮の腕を吹き飛ばした瞬間から思い描いたプランであり、今はそれの真っ只中にいた。これをデビュー戦と言っていいか微妙だが、それでも初のランク戦にしては十分な働きが出来たと、和水は満足していた。

しかし、そんな慢心に浸る彼女に、隊長である夕陽は通信回線を繋いだ。

 

『おーい、和水ちゃん生きてるかい?』

 

スコープで見る今の夕陽は三輪たちと距離を少し開けてジリジリとしたゆっくりな動きで互いの隙を探っているような状態だった。そんな戦闘中にどこか間の抜けた声で問われ、和水は一瞬キョトンとしつつも、応答した。

 

『生きてます。場所は……』

『あ、居場所はいいわ。生きてるのが分かればそれでいい』

 

夕陽はそう言うが、彼は実のところ和水の居処など、とうにレーダーで把握している。わかった上で、あえておどけた様子でそれを尋ねていた。

 

『ぶっちゃけさ、和水ちゃんの事は開幕直後の1発と、それを使った作戦を言ってくれた時点で、オレはもうめちゃくちゃ評価してる。お陰で今、オレ達は今までに無いくらい、東隊に対していい状態で試合を進めてる。想定以上の出来だよ』

『……ありがとうございます』

 

和水のことを夕陽は褒めた。怒られることは無いだろうなと思っていたが、逆にここまで褒めらるとそれはそれで、なんだかくすぐったいと和水は思った。

 

だが夕陽は、和水を褒めた上で、

 

『でさ、良かったらここでもう一回、オレの想定を超えてみないか?』

 

さらにその上を要求した。

 

『……はい?』

思わず口をついた素っ頓狂な声が回線に乗り、それが聞こえた夕陽は誰にも聞こえない程度の声で小さく笑ってから、心の内を和水に明かす。

『もちろん、今の和水ちゃんの行動がスナイパーとして正しいってことは分かってるし、君が正しい判断を下せるってのも、分かってる。けどこれはテストだ。勝ち負けはどうでも……、そりゃまあ勝てたら嬉しいけど、それ以上にお互いのことを知るためのテストなんだ。まだ隠してることがあったら、オレはそれを見たい。ただそれだけだ』

 

今の夕陽の心にあったのは、ただ純粋な好奇心だった。

 

[息を潜めてチャンスが来るのを待ち、その一瞬を逃さずものにする]

[忍耐強く、冷静に戦況を把握し、慎重に動く]

[敵を撃つ時はその姿を見せず、ただ撃たれたという結果のみを残す]

夕陽柾の中では、スナイパーとはそういうポジションだった。しかし、和水真香というスナイパーは、開戦と同時に自からチャンスを掴みに行き、誰よりも思いっきりよく堂々と姿を晒しながらも、自分たちの隊を優位なポジションに導いた。

 

今まで自身が思い描いていたスナイパーの概念とはまるで逆のことをしながらも戦果を残した和水に対して、夕陽は強い好奇心を覚えた。だからこそ、自身のスナイパーの概念を壊すような働きをした和水の底を見たいと願った。和水が想像を超えるような何かをまだ持っているかは分からない。でも、持っているならそれを見てみたい。それが、夕陽の偽らざる気持ちだった。

 

「……」

そしてその好奇心は、イーグレットを握る少女の手に届き、

「……わかりました」

その瞳を静かに煌々と輝かせた。

 

 

 

 

 

二宮と咲耶による撃ち合いは、二宮が押していた。攻撃面では火力に勝る二宮に対して咲耶が手数とアイディアで対抗して互角に見えるが、咲耶が背負う守備の面でのハンデは大きく、機動力で優位を取るにも限界があり、戦局は徐々に二宮に傾いていった。

 

「ハウンド」

 

細かく分けたハウンドを二宮は左右と上空に、それぞれタイミングをずらして撃つ。視線誘導によって高い精度で追いかけるハウンドは、咲耶を確実に捉えて襲いかかる。

 

「…っ!シールド」

 

咲耶は走りながらシールドを展開する。圧縮気味に展開されたシールドはトリオン体の弱点の1つである『トリオン供給器官』を守るように展開しているが、彼の身体全体を守るほどではなく、咲耶は避けきれなかったハウンドを数発被弾する。

咲耶は基本戦術として、自身がある程度ダメージを受けることを前提としている。ノーダメージで終わる気はさらさらない。ある程度ダメージは受けるものとして割り切るが、その分、最小の損傷で済むように避け方を選んでいる。

そしてその基本戦術を、咲耶は二宮戦に限っては特に徹底する。撃ってきた攻撃は食らうが、その分、反撃は鋭く出る。

 

「アステロイド!」

 

二宮のハウンドが着弾すると同時に展開したアステロイドを大きく分割し、威力と速度重視の攻撃として放つ。それに対応させることで二宮の次弾を遅らせた咲耶は続けて左でバイパーを放ち、全方位から取り囲むような攻撃を繰り出したが、二宮はそれも冷静にシールドで対処した。

 

「まだ足りないか……」

 

呟きながら咲耶は仕切り直すように態勢を整えて、2人はキューブを展開し合う。トリオン体の損傷具合は咲耶の方が激しく、どちらが有利に戦闘を進めているのかは火を見るよりも明らかだった。

傷口からトリオンを漏出させる月守を見て、勝ちを確信した二宮はキューブを割ると同時に宣言する。

「俺の勝ちだ、月守」

そうして二宮が攻撃のモーションに入ると、同時、

 

再びアイビスの銃弾が二宮を襲った。

 

 

 

 

 

(撃ってきたか。意外だな)

戦場を広く見渡していた東は、二宮の胴体を銃弾が穿ったのを見て、方向や弾道の角度から瞬時に狙撃地点の逆算をした。

(見つけた。あそこだな)

ビルの一室に目をつけた東は、アイビスを構えてスコープを覗き、和水に狙いを定める。和水はアイビスを持って棒立ちに近い状態であり、東はそれで和水の狙いを看破しつつも、誘いに乗った。

 

和水の胴体に照準を合わせて、引き金を引く。マズルフラッシュを伴ったその一撃は着弾必至なものとして、狂いなく和水に向かう。

 

 

 

 

だが、

(そこか!)

東の狙撃地点を見ていた和水は、その一撃を回避し、撃ってきた東に向けて素早くアイビスを構えた。

 

 

 

 

ヒトの目は、2つの視野を使い分ける。

特定のものにピントを合わせてそれがハッキリと見える反面、その他のものが見えなくなる『中心視野』。

広い視野で全体を捉える反面、その1つ1つの細かい描写が拾えない『周辺視野』。

 

深く狭い視野と、広く浅い視野。相反する2つの視野だが、和水は高いトリオン能力者の一部が持ち得る才能……トリオンが脳に影響して発現する『副作用(サイドエフェクト)』により、その2つの優れた部分を併せ持つ第三の視野を持っていた。

 

『拡張視野』と呼ばれるサイドエフェクトにより、和水は広い視野でありながらその全てを正確に視認していた。そのため、本来なら出所が分かっていなければ避けられない狙撃でも、和水は広い視野で全てを正確に視認することで、出所を認識した上に的確な回避を実行した。

 

サイドエフェクトを抜きで考えた場合、スナイパーとしての和水真香の長所は構えるまでの早さと安定感。そして集中がハマった時に見せる精度の高さである。

淀みなく流れるような所作でアイビスを構えた和水は、スコープを覗いて東を捉える。自分と同じようにアイビスを構えてこちらを狙っている東を見て、和水は躊躇わず引き金を絞った。

 

戦場に2つの閃光が瞬く。

 

その直後、その傍らからトリオン体が破裂する音が響き、光跡が飛び出した。




ここから後書きです。

外伝ではスナイパーとしての和水真香を書いてますけど、オペレーターの真香ちゃんとは性格違うなぁと思ったりしてます。時系列が1年違うのもありますけど、スナイパーの方の和水ちゃんの方が生意気感あって、これはこれで書くのが楽しい。

あと補足ですが、和水ちゃんは特別恨みがあって二宮さんを狙い撃ちしてるのではありません。たまたま誰でもいいから撃とうと思った時に、真っ先に二宮さんが視界に入ってくるんです。


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