闇影の軌跡 〜黎明〜 ( 黒兎)
しおりを挟む

序章
歯車の廻り始めし時





はいはい、原作:英雄伝説で検索した人の一部では見た事ある人もいるかもしれないと思ったけど、実際はそんなに見てる人いないよねっていう位に存在感の無いことで有名な『 黒兎』です!

えーと、軌跡シリーズの二作目です。厳密に言えば、一作目にして処女作である『闇影の軌跡』のリメイク版です!

活動報告で報告させてもらった通り、リメイク前が行き詰まったが故のリメイクです。………もうちょっと色々と言いたいですが、後で活動報告に纏めます。前書き長くて、読むの萎えられたら、私悲しくて泣いちゃいそうです、ヨヨヨ………とまぁ、冗談は抜きで、一読頂けると幸いです





あ、あと! リメイク版という事もあって、心機一転。新しいタイトルを付けたいので、ドシドシ募集中です!











 執行者(レギオン)

 

 それは、この世界においては裏社会で暗躍する結社《身喰らう蛇(ウロボロス)》が飼っている実行員の事である。各々の加入順によって、ナンバーと異名が振り当てられている。

 誰も彼もが人外魔境にして、桁外れの戦闘能力を持っている実力者。生半可な実力を付けた程度で挑もうならば、敗北は必定の事実。仮定として考えるだけ無駄と思っても相違無いだろう。

 

 故に少年……齢17歳にして、執行者の中でも最強格の一人と謳われるNo.Ⅱ。…………いや、厳密にはNo.Ⅱを特例で約2年前に引き継いだ《天帝》ゼダス・アインフェイトには下された指令の内容に眉を顰めていた。

 

「エレボニア帝国で……学生を演じろ、と?」

 

 ゼダスがいるのは結社の最高幹部である蛇の使徒(アンギス)の会合の場として用いられる電脳空間。通称、星辰の間(アストラルコード)。ただ……そこにいたのはゼダス一人。

 なのに、言葉を発していると、結社の背景を知らない者にとっては奇怪極まりない光景に見える。だが、それも致し方無いこと。そう……ここにはもう一人。いや、“人”と称して良いのか分からない存在がそこにはいるなどと気付けという方が無理あるだろう。

 

 

『ええ、そうです』

 

 

 脳内に流れ込んでくる声。こんな芸当が出来るのは世界広しと言えど……しかも、この空間内において、出来るのはただ一人のみ。

 

 結社の長にして、絶対的権力者。空の女神の様な典雅な声と慈悲深さに加え、他の追随を許さないカリスマの持ち主である《盟主(グランドマスター)》だ。

 

『貴方が適任だと思いましてね』

「適任、ですか……」

 

 容姿といい、年齢といい、学生の範疇なゼダス。

 だが、《盟主》の言葉に納得のいかないゼダスは細やかな意見を述べる。

 

 

「俺が適任ってのも語弊がある気が……だって、《盟主》こそ知っているでしょう? ……俺の手が、どれだけの人を殺めてきたか」

 

 

 細やかでも芯の通った声音に意見。それもそのはず。

 何を隠そう、このゼダス・アインフェイトという執行者は……その位を与えられてからの2年間。結社の手となり、足となり、任務を遂行してきた。

 その任務を遂行する過程で、数え切れない程に人を殺した。まともな人間(・・・・・・)では正気に居られない程に。

 とは言え、ある事情により、ゼダスは至って正常。……厳密に言えば、正常に見える(・・・)

 が、どれだけ正常に見えようとも、何度も赤く染まった手を持つ存在が学生を演じる。配役としては最低だ。

 加え、執行者は結社側からあらゆる自由が保障されている。故にこの指令を跳ね除けるのも容易いと言えば容易い。

 

「そんな俺が、今更学生? 流石に冗談が過ぎますよ」

『これも結社の計画の為。加え、貴方が欲している物を見付ける手掛かりになるやもしれませんよ?』

 

 

 だが……ことゼダスにとって、《盟主》の勅令には逆らえない。大きな要因といえば二つ。

 

 

 一つ目は、ゼダスには執行者になった2年前以前の記憶が無い。そして、ゼダス自身がその無き記憶を取り戻すと渇望している。

 故に記憶の手掛かりをちらつかされたら、拒否は出来ない。記憶の為なら、どれだけ残酷無慈悲な殺戮でも任務でも喜んで行おう。その結果が執行者の中でも最強格と謳われる様になった所以。

 

 二つ目が、執行者になった2年前。つまり、現在の記憶の開始時点の際、ゼダスは《リベル=アーク》とかいう空中都市の墜落に巻き込まれたらしく、生死を彷徨っていた。

 最初にある記憶は、身体に伸し掛かり、所々に瓦礫が刺さって、灼ける様な痛みを味わう中で垣間見た一人……いや、人と称して良いか分からぬ存在からの一言だった。

 

 

『君は───生きたいかい?』

 

 

 何を言っているのか。記憶喪失による混乱と激痛による意識の不定さの所為で理解が及ばなかった。あの時は幻覚を見ていたのだと言われても納得するに違いない。

 だが、当時のゼダスにその様な思考に至る余裕も無く、ただ只管に。直向きに願っていた。懇願していた。

 

 

 ───生きたい

 

 ───生かしてくれ

 

 ───まだ……まだ死ねない

 

 

 何故、そこまで生きることに拘ったのか。未だに理解出来ずにいる。

 まぁ、その命乞いの懇願が功を成し、ゼダスは生きる為の力を得た。

 それこそが、ゼダスが命を落とす切っ掛けとなった空中都市《リベル=アーク》の中枢となっていた《空》の至宝、《輝く環(オールオール)》。その断片だったのだ。

 

 至宝、というのは、この世界において、古代の人々が《空の女神》エイドスから授かったとされる七つの───七属性の聖遺物。通称、《七の至宝(セプト=テリオン)》の事を指す。

 

 その至宝の一つの断片とはいえ、放つ力はまさしく神の威厳の体現。しかも、空間操作・掌握・制御に加え、絶大なる治癒能力を有する空属性の至宝ともなれば、それはもう凄まじい速度でゼダスの傷を癒していったものだ。

 そして、記憶無く、全快したゼダスだが、行く宛を失っていた訳だ。記憶が無いのだから、当然だろう。

 だが、そんなゼダスの元に舞い降りたのは、一人の天使………………とかいう綺麗なものではなく、道化師だった。

 その道化師はゼダスを見て、こう言ったのだ。

 

『………へぇ〜………君が。ちょっと予想外の反応を示したと思ったら、そういうことか。いつの時代にも例外は付き物って事なんだよねぇ』

 

 完全に己が納得するだけの言葉に聞こえた為、ゼダスにとっては道化師の言葉は理解出来なかった。

 さっきから、理解出来ない事が多過ぎる。やはり、いきなりの状況を無意識に混乱を齎しているのか………。その割には、随分と冷静で、おかげで問いを返す事が出来た。

 

『………………誰だ、アンタ』

『ふむふむ………なーんだ。至宝が人体を持ったのかと思ったら、逆か。数秒前のボクの感動を返してほしいよ、全く』

『回答になってないぞ』

『分かった分かった。ボクは結社って所の執行者さ。君………厳密には、君に中と外に産み落とされた《輝く環》を回収しに来たのさ』

 

 で、後に分かったのだが、その道化師は執行者No.0にして、《盟主》の代行者だったのだ。

 そこからはトントン拍子で進んで、結社入り。見事に執行者になったのだ。

 ゼダスは記憶を、結社は《輝く環》を。

 ゼダスが結社に籍を置く事で互いの側にWinWinな関係を築けるから、別に利用されようとも何も思わないが………

 

 

 

 ───と、長くなったが、要約してしまえば、結社に恩があるのだ。故に断れない。

 

 

 

「はぁ………分かりました。要するに行けば良いんでしょ、行けば」

『そうしてくれると有り難いです』

 

 きっと、《盟主》の顔が見えていたならば、慈愛に満ちた笑顔を浮かべていたに違いない。

 だが、今回に限っては見えてなくて正解かもしれない。だって、学生を演じる事自体は不服なのだから。

 

『まぁまぁ、そう拗ねないで下さい。私から細やかながら、贈り物をさせて下さい。───手、出して下さい』

 

 言われるがまま、ゼダスは手を常闇の虚空へと差し伸ばしていた。

 すると、眩い光が手先へ集まり、凝縮。右手の人差し指に輝く白銀の指輪が嵌っていた。

 

「これは………」

『一応の為の保険です。もし、貴方の中にある《輝く環》の断片だけで起こせる奇蹟の度合いを超える状況に面した際には、その指輪を使って下さい。一時的にですが、こっち側で回収してある《輝く環》の本体にアクセス、そして能力を借りれる様にしてありますから』

「………凄い貰い物ですね、これ」

 

 ただ、学生を演じるだけで、この様な物騒極まりない物が必要かと聞かれれば、疑問符しか出てこないが。

 

 だから、ゼダスは重要視していなかった。

 

 別にこの指輪が使う場面なんて来るはずも無く、学生を演じるなんて今までの任務と同じで、きっと時期が来れば終わる───そんな話だから。

 どうせ、学生を演じて、誰かと仲良くなる必要は無い。そう………結社の計画の為。そこから察するに、入学する学校に諜報するだけなのだろう。

 

 故に………気付けなかった。

 

 この任務が彼、ゼダスにとって………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────掛け替えの無いものになるなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学院までの旅路に安息無し


───七章、解禁。史上最高難度の第七特異点が幕を開ける…………のが今から凄い楽しみな「 黒兎」です。

今夜実装ということに加え、考査明けで随分おかしなテンションです。昨日のFGOのニコ生はノッブが凄い楽しそうで、見てるコッチまで嬉しくなってました。お誕生日おめでとーございマシュ!




と、軌跡シリーズの二次創作で、Fateの事を延々と綴るのは流石にどうかなぁ〜って思うので、そろそろ本編へ






あ、後書きの所に主人公(ゼダス)のイメージイラストが添付してあります(ちゃんと貼れていれば)。拙いですが一見頂けるとイメージし易いのではと思いますのでので




追記:原作プレイが二年前の所為か、盛大なミスをしていました。地理把握完全に間違えてました。この場をお借りして謝罪しておきますm(_ _)m
   その為、ゼダスの転移先をケルディック→ヘイムダルに変更させて頂きました。把握し切れてなくてスミマセン………


 ───さてさて、何でこうなったんだかな?

 

 

 眼前に広がる光景…………如何にも自分がテロリストですと名乗っている服装……いや、現に名乗っていた複数人の野郎どもが銃口を向けている光景。それを見て、ゼダスは何故、こんな状況になったのか。少し前に記憶を逆行してみる事にする。

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

「ここら辺で大丈夫か?」

 

 裏路地。

 そう称しても大して間違いじゃない様な場所に突如として現れたのは黒髪の少年、ゼダス。

 結社御用達の転移装置で翔んだ先はエレボニア帝国にあるヘイムダルである。ここで少し、この国と町に関してを纏めよう。

 

 エレボニア帝国。

 それはゼムリア大陸西部に位置する君主制国家であり、軍事大国である国の事を指す。

『黄金の軍馬』を紋章に掲げ、歴史は何と1,000年以上前から続くとされている。

 そして、何よりも特徴的なのが………………貴族と平民の格差。通常貴族と平民の差も中々の物だが、それよりも凄いのが《四大名門》と呼ばれる帝国における最も家格の高いとされる貴族四家の事だ。

《四大名門》の各家々が帝国東西南北の地方を統括している。

 東のアルバレア家、西のカイエン家。南のハイアームズ家に北のログナー家。

 因みに中央の帝都だけが貴族と平民の格差が多少はマシだったりするが………まぁ、その話は後の機会でも良いだろう。

 

 で、ゼダスが転移した先の街のヘイムダル。ここは“帝都”───つまり、この帝国の首都にあたる都市である。

 ただ………一つ言っておくと、ゼダスの受けた任務………つまりは『学生を演じる』の為に入学する学院。このヘイムダルには存在していないのだ。

 その学院が存在するのは、大陸横断鉄道で一駅先にある近郊都市トリスタである。

 

 ならば何故、ゼダスがわざわざ一駅前の街に転移したか。

 理由としては、単純に気分で列車に乗りたかったけど、長時間乗るのが面倒だなーとかいう割と我が儘なもの。

 ゼダスという人物は、思いの外直情的に動く。そりゃ、重要な任務や場面では何手もの先を読み、冷静冷酷に動くが、こういった特に支障を来さないことに関しては、自分の欲望に忠実。その点だけ見れば、随分子供っぽく見えたりもしたりしなかったり………

 

 

「───ってか、そうだ。時間無い………早く駅向かわないと」

 

 

 現在の時刻を腰に下げていた携帯端末───学院側から支給された戦術オーブメント《ARCUS》で確認し、ゼダスは荷物を持って、足早に移動する。

 

《ARCUS》。

 

 正直な話、ゼダスにそう言った名称の戦術オーブメントが存在している事は一切合切知らなかった。

 しかも、学院の赤い制服と共に付属されていたのだが、全く説明が無かった。

 流石に不思議に思い、結社の独自のネットワークやら、己の持っている知識を元に解体してみたりして、大まかには理解出来た。

 この世に導力革命を齎したエプスタイン博士により設立された財団である『エプスタイン財団』。そして、この帝国に本拠地がある超大型技術メーカーである『ラインフォルト社』の二グループが共同開発した代物らしく、試験運用中の物らしい。

 既存の戦術オーブメントで行う導力魔法(オーバルアーツ)も、少しは原理が違うとはいえ、問題無く起動は出来たが………ゼダスには最後まで理解出来ない点があったのだ。それが設計、である。

 ───無駄が多過ぎるのだ。

 大型二グループが本当に共同開発したのかさえ疑わしいレベルで無駄が多い。

 その無駄があるが故の試験運用中なのかもしれないが、そうとしては完成され過ぎている。

 従来の戦術オーブメントで使用する導力魔法も使えるし、通信機能も付いている。現時代の表社会の技術で出来る最前線の出来。

 だが、その機能を搭載して組むのなら、もっと効率の良い組み方があったはず、と技術職でも無いゼダスが思うほど。

 

 

 

 

 ………まぁ、この時のゼダスが知らなかっただけで、その無駄な組み方は“ある機能”を搭載する為に必要不可欠だったらしい。

 

 

 

「よし、間に合った」

 

 出発ギリギリに滑り込む様に列車に乗り込むゼダス。本当に切羽詰まった時間だったらしい。ギリギリの乗車に車掌さんも決して、良さそうな表情はしなかったが気にしない気にしない。時にはスルーするスキルも必要なのだ。

 

「えーっと、席は………まぁ、何処でも良いか」

 

 とりあえず、空いてる席に座る。

 そして、今チラッと見えた光景に「ん?」とゼダスは思った。

 

「(なんで………席に座っている大半の人間が緑の制服を着ていたんだ?)」

 

 この次の駅が学院のある町だから、この列車に乗ってる大半の人間が学院に入学する為に帝国各地………ともすれば外国から来た者だろう。故にここにいる人の大半が同じ学び舎で学ぶ生徒………なのだが。

 何故だろう………自分の眼が可笑しいのか? とゼダスは思わざるを得なかった。

 皆が緑の制服なのに………自分が着ている服は紛れもない“赤”。これでは一枚の葉っぱだけが生き急いで、周り緑の中、紅葉してしまった様なものだ。………いや、それも語弊がある。別にゼダス一人では無かった。限りなく少ないのは少ないが、確かに存在はしている。

 

「…………何か嫌な予感しかしないな」

 

 少数だけが異なるという事例は、往々にしてロクな結果にならないと知っているが故の溜息混じりの呟き。

 だが………このタイミングで、どう予想出来ただろうか。

 その呟きがよもや………………全く別の方向(・・・・・・)で現実になるとは。

 

 

 ───バンッ! バンッ、バンッ!

 

 

 列車前方から響く甲高い音。鼻に来る独特な臭いから察するに………間違いなく、銃声。

 その事実は入学前で浮き足立っていた学生たちから希望の明るさを奪い────

 

 

「う、うわぁぁぁぁああああああああぁぁぁぁぁ!」

 

 

 ───たった一人。そう、一人が叫ぶだけで………驚きという名の混沌(カオス)がこの場に一気に伝播する。

 冷静さなんて、誰一人………いや、一人を除き、全員が失っていた。………まぁ、その一人は間違いなく、執行者であるゼダスなのだが。

 ゼダスにとって、予定外の不祥事なんて物は慣れている。いきなり、銃声を聞かされても、多少耳障りなだけで、特段驚きはしないだろう。

 ただ、思った事は………

 

「(面倒な事になったなぁ………)」

 

 これだけ。

 

 銃声が響いた以上、きっとロクでも無い状況が待っている。

 ただ頭がイカれた奴が発砲しただけならまだ良いにしろ、何らかしらの目標を持った複数人での犯行とかなら、厄介だろう。

 ゼダスとしては穏便に行きたいのだ。命じられているのは「学生を演じる」。たった、それだけなのだ。

 なのに、何が悲しくて、わざわざ面倒事に巻き込まれねばならんのだ。ゆっくりまったりイージーモードで学生生活しても、命令には逆らってないんだから、別に良いはず。

 

 ───と、脳内で理論展開していると車内放送で野太い声が流れてくる。

 

『皆の諸君、御機嫌よう。生憎、悪いが楽しい楽しい談話はここで終わりだ。何故なら、この列車は私たちが乗っ取らせてもらったからな。君たちには………ここで死んでもらう』

 

 ───決定的な一言だった。

 

 その一言に無数の学徒の一部は怒りに拳を震わせ、また一部は生の終了の宣言に涙を流し、また更に一部は思考を停止させられていた。

 もう駄目だ。冷静さを取り戻す要因を完全に摘まれた。

 

「(銃声で注意を惹きつけた上で、非日常を突き付ける事によるマトモな思考を奪う……実に単調な作戦だが、上手い)」

 

 ゼダスが思った通り、文面化してしまえば、実に単調な策なのだ。

 だが、この列車に乗ってるのは大半が入学前の学徒………つまりは子供だ。大人であっても難しいと思われる、緊急時に思考の切り替えを即座に行えないに違いない。加え、一発目の銃声の後からの手際の早さ………流石のゼダスも「上手い」と思わざるを得なかった。

 そして、問題は相手側が何を望んでいるか、だ。

 多分、金目当て………では無いだろう。襲撃に掛かる人員、労力、資金を換算して、こんな学徒だらけの列車を襲うメリットはさして無い。

 しかし、他の目的と言われても、思い付かないのだが────と思う中、相手側が要件を述べる。

 

 

『そうだなぁ………助けてやっても良いが、条件があるな。赤制服。この列車の中に乗ってる赤制服を全員、先頭車両に連れてこい。勿論、武器とかは持ち込ませるなよ。それで他の奴らは助けてやろう』

 

 

 ………

 

 

 ………………

 

 

 ………………………

 

 

「(………………………………嘘だろぉぉぉぉぉ⁉︎)」

 

 まさかのピンポイント指名。いや、ピンポイントでは無いのかもしれないが、限定され過ぎれる。

 と、ゼダスは若干、驚きを隠せないでいる中………列車内は面倒な状況になっていた。

 生きる唯一の光明を見出せたのだ。大多数の緑制服は極少数の赤制服を物量で無理矢理、身柄を拘束する光景がチラホラと見えてしまった。

 赤制服も頑張って、反抗するが多大な物量の前には無力。そして、ゼダスも………呆気なく、捕まった。

 本気を出せば、幾らでも掻い潜れたのだが、状況が状況だ。

 

「(今は………今だけは流れに身を任せる方が良い)」

 

 そう思い至ったゼダスは、大人しく先頭車両に連れて行かれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

「これで……全員か?」

 

 先ほど、車内放送で聞こえてきたのと殆ど差異の無い声を発するは車両の奥扉側に立つ身体付きの良い男だった。

 筋骨隆々と言っても差し支えない身体に防弾ジャケット等々の防具類。手に持っているのは、車両内という狭い空間ではロクに取り回せないであろうM134………通称、ミニガンと呼ばれる大型機関銃。まぁ、目の前に立つ対象を撃ち穿つだけなら、充分事足りるレベル。むしろ、過多な気もしなくはない。

 男の左右には一人ずつ控えがいるが、そいつらも似た様な装備に持っているのは、普通のアサルトライフル。殺傷するには充分。

 

 ────と、ゼダスが襲撃者連中の装備云々を換算している中、集められた赤制服6人の内にいた、如何にも正義感強そうな緑髪眼鏡野郎が声を荒げていた。

 

「一体、お前たちは何なんだ⁉︎」

「何、と言われてもなぁ………正当な仕事で来た“死神”か?」

 

 男の応答にゼダスは若干眉を顰める。

 仕事………この手際の良さから、目標があることは明白だった。しかも、“死神”と称したところ、赤制服を殺しに来たんだろう。

 だが、そこまでして、赤制服だけを殺しに来た理由が未だに分からない。

 何か………何か嫌な予感がする。放っておくと悪化して、取り返しの付かないことになる悪性腫瘍の様に。

 まずは理由を引き出せると良いのだが、目立ちたくない。

 正直な話、相手が如何なる装備を用い、場所がどれだけ劣悪だろうと───あの程度(・・・・)の練度ならば、ゼダス一人で制圧は十分だろう。それも、一切の被害を出さずに。

 だから、交渉だろうが何だろうがやろうと思えば出来はする。下手を踏んだら、責任取って瞬時制圧で済むのだから。

 しかし、その手が後々に響く影響を鑑みれば………………ちょっとどころか、かなり面倒なのだ。

 まず、この襲撃者連中に仕事を頼んだ奴が面倒な系列の相手だと、早速厄介ごとを抱え込む事になる。そして、例え面倒な相手じゃないにしろ、こっち側に飛び火しそうならば、根源を叩いておいて損は無い。つまり、結局、仕事が増える。無給仕事絶対反対。

 加え、この列車には多くの学徒が乗っている。そんな列車にやってきた襲撃者を、たった一人で追い返したなんて知れたら………確実に注目の的だ。穏便に過ごすつもりが最初っから瓦解してしまう。

 

「まぁ、死神といえど………チャンス位はくれてやる」

 

 と、思考を割いて降りかかる声。それにここにいた全員が疑問符を浮かべる。

 

「全員、名前を言え」

「名前、ですか………?」

 

 おっとりしてそうな薄紫色の髪の眼鏡っ娘が困惑気に言う。

 だが、この場で抗うのは得策で無いと判断したのか、名乗り始める。最初に名乗ったのは黒髪の少年。

 

「リィン・シュバルツァーだ」

 

 次に名乗ったのが赤茶髪の小柄な少年。

 

「え、エリオット・グレイグです………」

 

 先ほど、声を荒げていた緑髪眼鏡野郎。なお、今も声は荒げていた。

 

「マキアス・レーグニッツだ!」

 

 金髪ツインテール女子………って、その人物にゼダスは内心、

 

「(………マジかよ………………なんで、こんな所で)」

「アリサ・ラインフォルトよ」

 

 で、ゼダスを除き、最後の薄紫色の髪の眼鏡っ娘。

 

「エマ・ミルスティンです………」

 

 ほぼ全員を名を聞いて、ゼダスは確信した。

 

「(赤制服組……随分と出がバラバラだな。まさかと思うが………………赤制服だけは特殊クラスか何かかだなコレ)」

 

 身分格差激しいこの帝国において、ある種の異端である境遇をバラバラにしてあるクラス。

 そんなものを企画し、実現させる………それ相応の無茶を成せる上、随分と発言権のある人がいると見た。予想としては、一人いるが………今はそんなことを考える時では無い。

 

「おい、そこのお前………名前は」

 

 催促され、ゼダスは一瞬、偽名を使おうか悩んだ。

 この状況で真名を晒すのは………絶対に危険だ。執行者としての勘がそう告げている。

 だが、ここで偽名を使うとなると、後々の学院生活で疑心を抱かせる要因にも成り得ない。学生登録は本名で行われてるっていうのが《盟主》の話だし。

 結局、真名で応える事にした。

 

「ゼダス………アインフェイト」

「───ッ! ………くくく、ああ、お前が」

 

  男は一瞬、呆気にとられた様にしたが、次の瞬間には笑いに変わっていた。

 

「随分と………随分と聞いてたよりも少年なんだな、貴様は」

「アンタ………たった今確定した」

 

 何が確定したかというと、ゼダスの中で、完全に面倒臭さよりも眼前にいる連中の排除の優先度が上回ったこと。

 あの反応………知っているのだ。いや、伝え聞いただけかも知れない………執行者No.Ⅱ《天帝》の側面を。

 

「今から、アンタら全員、制圧対象だ。大人しくしろよ。殺さないでやるから」

「「「ッ⁉︎」」」

 

 ゼダスの言葉に他の奴らは驚きを隠せないでいる。

 確かに数では赤制服の方が多いが、いかんせん無武装。しかも、こんな閉鎖空間では銃は確実に当たる必殺凶器。

 そんなものを持った相手に、こいつは何を言っているんだ⁉︎ ………大まか、そう思われているに違いない。事実、客観的に見たら、そう言われてもおかしくない。むしろ、正しい。

 

「ほぅ………随分と威勢の良いことだが、この状況では流石に無理があるのでは無いか? 俺たちは確殺の飛び道具があると言うのに、貴様は丸腰。この優劣差をどうやって埋める?」

「………なんだ、アンタらも所詮は三流かよ。────優劣差なんてモノは関係無い。俺にとっては………この程度の修羅場は超えれて当然なんだよ」

 

 そう言えるだけの自信はゼダスにはある。………いや、そう言えねばならない。今までゼダスが辿って来た軌跡が「言える」と断言させるのだから。

 

「別にアンタらがどれだけの銃弾を放ってこようが問題無い。俺にはそれを覆せるだけの“力”がある」

 

 と、発しながらゼダスはゆったりと歩みを進める。

 一歩一歩を滑る様に、だが確実に。

 そのゼダスの行進に、進路の先に居る襲撃者達はゾゥっと身の毛が一気に逆立つ様な感覚に襲われる。

 

「なん、だ………」

「正直な話、まだ見せたくは無かった。他人に見せて、ロクな事になった覚えが無いし」

 

 男らの震えた声には一切取り合わず、ゼダスは歩みを進め、ただ真っ直ぐをジッと見据えていた。

 正面から見て、漸く理解した。こいつは………ゼダス・アインフェイトは─────

 

「(────敵に回しちゃいけない相手、だと………)」

 

 分かる………分かってしまった。

 ゼダスは………執行者は規格外過ぎる。百聞してきたつもりだったが、たった一見だけで見解を改める必要がある。こんなのはただの“殺戮者”と同じだ。

 知識、戦略、経験………そんなものは規格外相手には障害にすらならない。ただ無意識の内に蹂躙して行く。

 例え、得物の一つも持っていないとしても、ゼダスならば余裕で────

 

「───ッ! お、お前らッ! 撃て、とりあえず撃てェッ!」

 

 リーダー格の男が控えていた二人に射撃を促しながら、ミニガンを炸裂させる。

 毎秒100発の発射速度を誇るミニガンの銃撃に左右からもアサルトライフルの雨。完全に蜂の巣。

 見るも酷い死体と化したであろうゼダスの姿を見まいと全員が眼を瞑っていたが──────カラン。

 突如、響いた謎の音に眼を開くと、そこにいたのは無傷のまま、何も無かった様に立っているゼダスと、列車の床にバラバラに落ちている無数の銃弾。

 

「………満足か?」

 

 何も感じさせない声音で呟くゼダス。

 

「無駄だと分かったなら、早く制圧されろ。別に殺したりはしないし」

「ッ………」

「あ? まだ反抗するのか? 止めとけ止めとけ。アサルトライフルの方はまだしも、ここを襲撃する為にミニガンの銃弾数だいぶ減らして来てんだろ? もう弾切れだから、主武装(メインアーム)は使いモンに───」

「───なら、副武装(サイドアーム)があるのは常識だろうッ!」

 

 と、男は声を張り上げながら、隠し持っていた拳銃を抜き撃ち。流れる様な動作の抜き撃ちは鍛錬故の練度を感じさせ、ゼダスも舌を巻くほどのクイックドロウ。

 放たれた銃弾は眼にも止まらぬ速度でゼダスの胸中へと迫る。

 だが、

 

「───だから、止めとけって言ったのに」

 

 変わらぬ声音で言い切り、ゼダスは迫る銃弾を手で掴み(・・・・)回転方向と(・・・・・)真逆の回転を(・・・・・・)掛けて(・・・)威力を(・・・)完全に(・・・)殺した(・・・)

 

「なぁッ⁉︎」

 

 人並み外れ過ぎているゼダスの曲芸に男は裏返った声を発する。

 だが、声を出せただけまだマシな反応。他の全員、何が起きたのか全く理解出来ずに変に口が開いていただけなのだから。

 

「流石にもう良いだろ。こんなトコで無駄に時間を喰いたくねぇっての」

 

 ゼダスにとっても、流石に嫌気が差してきた。

 

「(ミニガンから拳銃と来たら、次はコンバットナイフとか出て来そうだし)」

 

 もし、コンバットナイフを持ってたとしても、出させなければただの無用の長物と化す。

 ならば、取る行動は単純明快にして、凄い簡潔なもの。

 

「ふぅ………《聖扉戦術》」

 

 腰を低くし、身体中のバネに力を凝縮。

 それを呼吸のタイミングと完全に同期した瞬間に解放。

 全員の視線を置き去りにする速度を得たゼダスは男の懐へと潜り込み、正拳突きを撃ち込む。

 

 

「───断空」

 

 

 その一撃は男の意識を刈り取るには充分過ぎていた。

 この方法ならば、相手が何を持っていようとも大して問題無い。使わせる前に制圧出来るのだから。

 

「どうする、そこのお二人さん? 武器を捨てて投降してくれるんなら、痛い思いはしなくて済むけど」

 

 ゼダスのその一言は物凄い笑顔で発していた。見方を変えれば、笑える程に怒っている。

 これでは注目を集めること間違い無しなのだ。ゼダスにとっては避けたかった事なのだから、当然と言えば当然。

 男の傍に控えていた二人は即座にアサルトライフルを捨て、手を挙げての降伏の意志表示。

 

「流石に無謀な相手はしない、か………そんな常識的な判断出来るんなら、普通に働いて過ごした方が賢明なことに気付けって。まぁ、俺の人生じゃないし、口出さないけど。とりあえず、まだ襲撃者いるんだろ? 全員に投降を呼び掛けて来てくれると嬉しいんだけどなぁ〜」

「「さ、サーイエッサー!」」

 

 ………なんだか、軍隊風の返事になっている気もするが足早に、そして、素直に従ってくれるところ、ゼダスにとっては嬉しい限り。全世界の人間がこうも素直ならば、どれだけ良かったのだろうとも思った。

 

「───で、アンタらは無事か?」

 

 頭を少し横に向け、視線だけを後方にいる赤制服達に向けながら、ゼダスは問い掛ける。

 見た所、大した傷も見受けられないが………見えない所に傷を負われていては流石に気付けない。それが故の質問。

 しかし、全員が頭を縦に振る───つまり、無事という意志を伝えてくれたのを尻目にゼダスは頷く。

 

「なら、良かった。じゃあ、後方車に戻ってくれて良いぞ。俺は色々とやらないといけないっぽい事が残ってるから」

 

 ハァッと溜息を吐きながら、発する言葉に、黒髪の少年──リィンは、

 

「君は………一体………………」

「だから、さっきも言っただろうが」

 

 ゼダスは、ちゃんと真っ直ぐから見据え────

 

 

 

「ゼダス・アインフェイト。ただのしがない学生さ」

 

 

 

 

 

 




さてさて、本編では何か銃弾が勝手に落ちていたり、胸中に飛んできた銃弾を殺し掴んだりと随分と人離れした曲芸を使っている執行者にして《天帝》の異名を持つゼダス・アインフェイトのイメージイラストですっ!


【挿絵表示】


……ちゃんとリンク繋がってる? 後々で確認しますが……一応言っておくと手描きです。新しいペンタブが手に入り次第……描くのかな? 依頼するよりかは安くつくはず。多分、きっと!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

執行者と学徒の二面性

 ゼダスが襲撃者を制圧してからは、特にこれといった異常事態は起きなかった。

 とりあえず、車内にいた襲撃者全員を一車両に集めて、ゼダスが監視の目を光らせていたのも、異常事態が起きなかった理由の一つだろう。

 

「……はぁ」

 

 だが、やはり溜息しか出ない。

 こうも悪い方向にばかり物事が進むのだ。誰だって嫌気が差す。

 結局、襲撃者達は学院のある街──近郊都市トリスタの駅で憲兵に引き渡した。それが最善だと分かっていたが故の行動だが、やはり無駄に時間は喰わされた。

 

「だから、嫌だったんだ……ったく、最善と分かっててもメンドくせぇ……」

 

 愚痴りながら、ARCUSに『あとで襲撃者の詳細確認』と打ち込んでおく。そうメモっとかないと後で忘れそう。

 

「……よし、気を取り直して行こう。事を荒立てずに、穏便に過ごすんだ!」

 

 と、自分に喝を入れ直し、ゼダスは駅舎を出る。

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 駅舎を出たゼダスを迎えたのは、綺麗な街だった。

 商業都市の様な盛り上がりも無ければ、帝都の様な繁栄も無い。だが、それであっても、何処と無く落ち着く雰囲気の街という印象を抱かせるのがこの街、トリスタ。

 

「(帝都近郊って利便性の割には雰囲気が落ち着いている……やっぱり、アレが原因か)」

 

 と、思い、見据えたのは、この街の北方部にある大きな建物。

 随分とデカいそれが、ゼダスが入学することになる学院───トールズ士官学院である。

 この学院は約220年前───七耀暦984年頃に設立されたとされる古い学院だ。

 だが、古いと侮る無かれ。むしろ、古くから在り、今も健在と言うのだから、その凄さが分からなくもない。

 なんと創設者は昔に帝国で起きた大規模内戦《獅子戦役》を平定に導いたドライケルス・ライゼ・アルノール。因みにこの帝国の皇族の先祖にあたる。

 しかも、この学院は帝国情勢的には異を貫いており、出自云々の差なんぞ関係無く、優秀な人材を集めているのだ。………と言っても、身分制度は学院においても残っているらしいが。

 トールズ士官学院の存在が、トリスタの中心とも言え、それ故にこの街は学生の本分を果たすには十二分に事足りる様になっている。

 憩いの場としてのカフェや公園もあり、文具等々を買う雑貨屋もある。その上、本屋にブティックに………と、色々ある。

 だが、今日はその中心の士官学院の入学式だ。何処の店も開いていない。故に落ち着いては見える。多分、普段ならば生徒がそこらかしらに見られるに違いないのだろう。

 

「(……まぁ、無駄に騒がしいよりはマシか)」

 

 静かな町……そういうものも悪くは無い。程良い平和を感じられる様で悪くない。

 だが、その感想が浮かぶのと対照的に騒めく自分(ゼダス)がいた。───執行者、としての自分だ。

 執行者としての自分は“冷酷”の化身。果たすべき願いと勅令の為ならば、人の生命だろうとも遠慮無く断つ。

 執行者の自分が平穏なんて望まない。絶対に望まない……唯一望むのは自身の記憶のみ。それ以外はどうだって良い(・・・・・・・)。例え、戦乱の渦中だろうが、叛逆の起こす混乱の中だろうが、気にする話では無い。

 そんな素と思しき自分と執行者としての自分の相容れない二つの想い。これまでも、そして、これからも決して交わる事にないだろう。

 

「……止めだ。こんな考えても明確な答えが出ない事に思考を割くだけ馬鹿馬鹿しい」

 

 人の心ほど、不可解なものは無い。

 委細明瞭に分析出来ない上、他人に伝えるにも考えたこと、思ったことを言葉に変換しなければならない。大抵の物事の場合も言葉に変換しなければ伝えられないが、心の内を言葉にするのはそのどれよりも難度が高い。

 

「自分でも心の中が分かんないんだ……他人の心の中なんて尚更分からん」

 

 完全に独り言をボヤき、ゼダスは歩みを進める。勿論、士官学院の方に向けて、だ。

 まだ入学式までは時間は十二分にある。別に少しばかり寄り道しても良いのだが、それでもしもトラブルに巻き込まれて遅刻してみろ。これ以上に注目を浴びる。そんなのは嫌だ。

 ゼダス以外にも、念には念を入れて早めに向かう学徒らも見受けられ、その流れにさりげなく後ろから付いていくことにした。流石に流れの中に混じろうとは思わなかった。如何せん、その流れを形成している殆ど───というか全員が緑制服。服色違うのに混じったら、余計に注目の的になるのは予想に易い。

 ならば、後ろからテキトーに雰囲気を消して付いていけば良い。別に雰囲気を消して、ほぼ空気扱いになるのは容易い。

 

 ───と、完全に雰囲気を殺していたからこそ、ゼダスの後ろから突いてきた感触には内心驚いた。

 

「───ッ⁉︎」

「わわわ⁉︎ え、えっと……驚かせてしまいましたか?」

 

 背後を突かれた驚きから、物凄い速度で後ろを振り向くと、そこには薄紫色の眼鏡っ娘───列車内でのトラブルの際に居た女の子がいた。確か名前は───エマ・ミルスティン。

 

「別に大丈夫だけど……で、何か用?」

「列車内で落し物をしてたので届けに来たのですけど……」

 

 と、おずおずと差し出してきた手には大した装飾の無い首飾り(ネックレス)が置かれていた。

 

「え……って、ホントだ。悪いな、手間掛けさせちゃって。落としてる自覚は殆ど無かったよ」

「なら、良かったです。えっと……あの、名前……なんでしたっけ? 先ほどは気が動転していて殆ど覚えてなくて……」

「ゼダス・アインフェイト。普通にゼダスで良いよ」

「ゼダスさん、ですか……先ほどは命を助けていただき、ありがとうございました!」

 

 御礼の言葉+お辞儀……しかも道のど真ん中で。

 勿論、注目集める訳で───

 

「止めろ、止めてくれ! 感謝の意は伝わらなくもないが、路上では止めてくれ! これ以上無駄に注目浴びたくないんだって!」

 

 ───結果、ゼダスの方が止めに折れる。

 

「(ったく、ホント今日は良い事一つも無いな! 事件に巻き込まれるわ、それ原因で無駄に動かなきゃダメだわ、挙句にこの首飾り落とすとか……不運にも程がある)」

 

 再度、溜息を吐く。溜息を吐く度に寿命が縮むというが、それならゼダスの寿命は風前の灯火に等しい。それくらい溜息を吐いた気分である。

 

「別に感謝されることは何もしてないよ。気にすんな」

 

 と、ゼダスは言い残し、エマから離れ歩みを進める。このまま居ては注目浴びるの確定だから、距離を置くのが得策と踏んだが故の行動。

 そういえば───と、ゼダスは歩きながら、疑問を抱いていた。

 さっき、ゼダスの背中を突いてきたエマ……思い返せば、何故その存在に気付かなかった? あの程度で突かれるようでは執行者としては致命的。そして、執行者最強格のゼダスにとって、背後から突かれるなんて絶対に(・・・)あっては(・・・・)ならない(・・・・)。実戦なら確実に死んでいた。

 しかも、『ミルスティン』の家名……車内で名乗らざるを得ない状況で聞いた名前の中で唯一、ゼダスの知識に無かった家名。

 ただの偶然、ただの杞憂なのかもしれない。

 だが、赤制服の他の面々を鑑みると…………流石に偶然と容易く割り切ることは出来ない。

 

「……警戒しておいて損は無いかもな」

 

 また厄介事を抱えた……と思ったゼダスは前方に人が居たのに気付かずにぶつかってしまう。

 

「おっと……悪い悪い。完全にこっちの不注意だ……大丈夫か?」

 

 どうやら前にいたのは少女……というか、奇しくもまた赤制服。しかも、列車内で見た事のない少女。

 晴れ渡る青空の様な色の髪をポニーテールに纏めていて、随分と爽やかに見えた。

 だが、多分ゼダスの不注意でぶつかった事が原因で若干不機嫌そうなのが爽やかさを数割抜けて見せるが。

 

「……別に大丈夫だ。それよりも注意散漫で歩くなど危ないであろう」

「(初対面で説教かよ……)」

 

 と思うゼダスだが、非はこちらにある。説教されても文句の言える立場では無い。が、面倒事を嫌うゼダスは即座に、

 

「だから、悪かったって。謝るから───」

「───剣客が不注意など有ってはならぬだろう」

 

 ピクッとゼダスの眉が動く。

 このぶつかってしまった少女……今何と言った?

 何気に悪寒を感じ、ゼダスは訊ねる。

 

「なんで俺が剣客だと思った?」

「先ほど、そなたとぶつかった折に一瞬だけ見えた掌。あの肉刺の出来方……剣術とまでは断言出来ないが、何らかの武術に精通しているのでは、と思ったのだが?」

「へぇ……」

 

 感嘆の声を漏らしながら、ゼダスは感心。

 ただ────惜しい。

 

「当たらずとも遠からず、だな。俺が修めてるのは剣術、槍術、体術などの多種多様を取り込んだ……うーん、そうだな。言うなら『独自流の総合戦闘術』を使ってる」

 

 取り込めるものは何でも取り込み、状況によって使い分ける。それがゼダスの執行者業を支える大きな要因の一つである独自流派《聖扉戦術》。列車内で見せた“断空”も、この流派の技の一つである。

 因みに《聖扉戦術》を修めている存在はこの世界でも極僅かな数しかいない。正直、流派として定義されるかも怪しい。が、ゼダスは流派と言い張る。だって、そっちの方が見栄えが良いのだから。

 

「まぁ、それでも誤差の範囲内で当ててくる所、凄い観察眼だ。アンタ、名前は?」

「私は───ラウラ。ラウラ・S・アルゼイドだ」

 

 少女───ラウラの名前を聞き、ゼダスは色々と合点行く。

 帝国において、武の双璧と呼ばれる片割れの流派であるアルゼイド流の筆頭継承者の御息女ときた………ならば、先ほどの観察眼も納得行く。

 きっと、幼い頃から身近に“武”という物が有ったのだろう。そうして、観続け、実践する事で自分の技へとしていく………きっと、ラウラはそういった部類の剣士だ。そして───

 

「(───似てる、よなぁ………)」

 

 一年近く前の記憶に居た人物の記憶と酷似して見える。外見、姿では無く………その剣士としての在り方、が。

 あまり心の機敏に聡くないゼダスでさえ、ラウラの在り方に酷似した人物の記憶を思い出す度に、様々な後悔ばかりを思い浮かべてしまうのだが………

 

「(………別に今思い返す事じゃないな)」

 

 そこで思考を停止させた。わざわざ、苦い思い出を掘り返しても碌な事にならないのだし。

 

「それでそなたは何と言うのだ? 一方的に名乗るのは不公平であろう」

「ゼダス・アインフェイトだ」

 

 面倒事を極力避ける為に簡潔に名乗る。ラウラの要望には必要最低限達しているのだし、とやかく言われる謂れは無い。

 これ以上、特に話す事はないと独断したゼダスは勝手に歩みを進める。

 もう直ぐで士官学院の校門だ。近かった様な遠かった様な………

 

 

「───君がゼダス・アインフェイト君で合ってるかな?」

 

 

 ………気付かれずに背後から突かれ、次にぶつかり、次は突然声を掛けられる。

 さっきから、何か無駄にイベント発生率が高い気がするのだが、それを無視して、ゼダスは応答するが──

 

「そうですけど………───って、小さっ!」

 

 ───声を掛けてきた人の背の小ささにちょっと驚く。

 その人は小柄な少女で、普通の男性くらいのゼダスの一回りは小さく見えた。が、本人はいたく気にしている様子で………

 

「………ううぅ、ジョルジュ君。今日だけで『小さい』って言われたの何人だろう………」

 

 涙目で横にいる対照的に大柄な男性に悲しげな問いを掛け、大柄な男性は苦笑いしながら答える。

 

「少なくとも2桁は超えてるね………まぁ、気にしなくても良いよ、生徒会長」

 

 ………ん? 生徒会長………?

 何か気づいてはならない事実が聞こえた気がするが無視する方向で。こんな小さな少女が士官学院の生徒会長? ははは、そんなバカな。

 色々と逃避気味のゼダスに大柄な男性は、

 

「君がゼダス君だね。申請してた物、預からせてくれるかい?」

「了解しました」

 

 自分の得物が学院に持って行けるのは事前に《盟主》から聞かされていた。そして、申請して、校門で預けなければならないのも知っていた。故に迷わず、得物を差し出す。

 ゼダスが差し出したのは随分と大きな包み。この中にゼダスの得物が入っている。

 

「これか……預からせてもらうよ───って、随分と重いんだね」

 

 ゼダスは渡す前に「重い」事を伝えるべきだったと思う。現にあの中に入っている物はまさしく“怪物”に等しい。並の人間では持つのが精一杯で振るう事は出来ないであろう。

 だが、それでもゼダスは、

 

「重量感覚なんて慣れですよ。前から使ってると何も感じないですし」

 

 と言い切れる。

 いかんせん、普段使いの得物だ。嫌でも慣れる。

 そう思い至ったと同時間にようやく本調子を取り戻したのか、小柄な少女はしっかりとした眼差しをゼダスに向ける。

 

「入学式はあちらの講堂であるので、真っ直ぐどうぞ」

 

 どうやら、ここから左手に見える大きな建物が講堂らしい。アレなら迷わないだろう。

 などと思っていると小柄な少女は満面の笑みを浮かべて、よく通る声で───

 

 

「入学おめでとうございます! 《トールズ士官学院》へようこそ!」

 

 

 その笑みは不意を突かれたとはいえ、ゼダスは「可愛い」と思ってしまったりしていた……

 

 

 







やっぱり、日常パートは苦手な「 黒兎」です

今回は随分とタイトル詐欺な気が……ええ、単純に思い付かなかったんですよ! 序盤からこんなグダリ具合で大丈夫かっ? と思いますが、次回はね! 普段の二割り増しで頑張らないといけない局面だからね! 「 黒兎」さん頑張りますとも!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学式



最近、不運な出来事しか起きない「 黒兎」です………え、やってたゲームのデータ吹っ飛んで、執筆中にPCフリーズして原稿吹っ飛んで、自転車に足轢かれて、自転車の空気入れ中にハンドルに頭ぶつけて………もう私のライフはゼロよっ

今話投稿して直ぐにメンテ明けるFGOでもきっと爆死するんだぜ………行ってまいります






………今回、オリキャラ出てます! ただ、名前は出てないよ!←





 校門前にいた小柄な少女の言葉通りに進んだ先にある講堂にて、ゼダスは入学式が始まるのをボケーっと座って待っていた。勿の論、出来るだけ目立たない様に後ろの方の席の一番端っこを陣取っている。

 流石にまだ時間に余裕があるということで、講堂の中にいる人の数は疎ら。

 人が少ないと目立つ云々の事柄を気にしなくて良いので、他の事を考え込んでしまう。

 

 

 まず、列車内での事件について。

 襲撃者全員の制圧後、監視がてらに色々と聞いたが………特に実入りのある話は聞けなかった。

 ゼダスが《天帝》と呼ばれていて、凄く強いことを知らされていたからこそ、潰しておきたかった。と、襲撃者らの依頼主が言っていたらしい。

 ただ、奇妙な事に、制圧した連中の中で依頼主に関する情報が一切合切出てこなかったのだ。

 下っ端連中には情報が与えられていないのか、もしくは何らかの記憶操作を受けているか。ゼダスの素性を知った上で依頼してくる輩だ。記憶操作なんていう異能を使えても何ら不思議では無い。

 ゼダスが断空で意識を刈り取った、襲撃者の中でのボス格の奴は未だに意識が戻ってないから問答出来なかったし………あいつの口から何か情報を引き出せれば、それなりに結果は変わっていたに違いない。流石にボス格さえも情報を規制されている筈が無い。少なくとも、下っ端連中よりかはマシだろう。

 しかし、憲兵に引き渡してしまった以上、それ以上の情報を得るには伝手を使わなければならない。とりあえず、入学式後に連絡を取ってみて確認するのが最善策と見える。

 

 

 そして、結社の事も考え込んでいた。厳密には、ゼダスに学徒である命令を下した《盟主》の思惑に関して、だが。

 《盟主》の命令の意味が、目的がよく分からないのだ。

 このトールズ士官学院に何らかの情報や重要物があり、それを回収すると仮定すれば分からなくは無い。だが、それならわざわざ学生として過ごす必要は一切無いのだ。何故なら、執行者としての力を遺憾無く発揮すれば、力づくで回収出来るのは目に見えているから。

 だが、他の目的で結社の利益となる可能性があるかと言われれば───

 

「……思い付かないな」

 

 ───全く頭の中から捻り出せなかった。

 ただ、《盟主》曰く、ゼダスが学院に入る事と結社の計画が繋がるらしいが……やはり合点がいかない。

 せめて、何がどう繋がって、どういう結果を生むかの説明が欲しかった。じゃないと、納得出来ない。納得のしようがない。

 

 考える事に疲れたのか、それともここに辿り着くまでの過程で疲労が溜まったのかは分からないが、若干の倦怠感を感じ、ゼダスは徐に瞼を閉じる。

 

 そうして見えてきたのは……執行者としての所業の追想光景だった。

 

 降り頻る雨すら効果を成さないほどに燃え盛る街並み。鼻を刺す様な充満する“死”の臭い。

 無数の屍の上に立つ一つの影。影が纏うコートが風で棚引く度に想起される“死神”の印象(イメージ)

 その瞳に宿るのは────深淵の底よりも濃い無感情の闇。“虚無”と揶揄しても差し支えないであろうその瞳は見るもの全てに警戒心を抱かせると同時に、絶望感を与える。

 あんなものを相手にすれば死ぬ。深い闇の中に引き込まれて呑まれ尽くされる。斃れるよりも酷い何かが待っている……などなど。

 きっと、本人にとっては迷惑極まりない。だが、他人から見れば当然の無数の思いはあったに違いない。

 しかし、それはゼダスが執行者として辿ってきた軌跡を鑑みれば当然の帰結。本来なら、その思いを全てこの一身に背負わねばならない。

 だが……だが─────!

 

 

 

 

「──────────ッ!」

 

 

 

 

 突如、カッと眼を見開き、口元を手で押さえる。

 

「(結局、克服出来ず終いか……)」

 

 気を緩めてしまった時に時折、見える光景。

 実体験の時の感覚も寸分違わずに想起してしまうからか、思い出す度に気分が悪くなってしまうのだ。現に制服の裏は洒落にならないくらいの冷や汗を掻いている。

 別に大した運動もしてない筈なのに息が乱れていたので、一旦深呼吸すると……ちょっと目の前の光景に驚いた。

 

「…………」

 

 その……何というか。

 ゼダスが追想光景を眺めている間に入学式は始まっており。

 その上、壇上では如何にも学院長っぽい人が話をしており。

 そのまた上、話は終盤に差し掛かってる風な雰囲気を感じとり。

 まぁ、その……何だ。

 客観的に見たら、入学式始まってから終了間際まで居眠りをしていた様に見えるのでは……と。

 とはいえ、まだ話が終わったわけでは無さそうなので、耳を傾ける。

 

「───さて、最後に諸君らにはかの大帝の遺した言葉を伝えようと思う」

 

 その言葉は講堂内によく響く。果たしてそれは、純粋に大きな声音だからか。それとも、聞く皆の心に刺さる様なものだからか。

 

 

「『若者よ、世の礎たれ』───“世”という言葉が何を指すのか。何を以って、“礎”とするのか。その意味をしっかりと考えてほしい」

 

 

 かの大帝───この学院の創立者であり、内乱を収めたドライケルス大帝の言葉。

 確かに若者が考えるべき、課題(テーマ)の様な言葉。

 人は人の数だけ別の捉え方を持つ生き物なのだから、この言葉だって、捉え方はまさしく千変万化。

 

「(だけど、今考えるべきことでは決してない……な)」

 

 と思うのも理由がある。

 さっきの意味深めいた言葉がどうやら、入学式終了の御言葉だったらしく、講堂内にいる大多数の緑制服の生徒とその半分くらいの人数の白制服の生徒がゾロゾロと行動を始めたからだ。

 結果、何も聞かされていない赤制服……都合11人は講堂内にポツーンと取り残された形になる。

 全員が全員、強弱の差はあれど戸惑いを見せる中、突如声が届き聞こえる。

 

「はいはーい。赤い制服の子たちは注目〜!」

 

 その言葉通り、全員が音源の方に眼を向ける。………が、ゼダスはその音源の方にいた姿に若干顔を強張らせる。

 そこにいたのは深紅の髪を後ろで束ねた女性。一般的な観点から見れば、充分に“美女”と扱われるに違いない。

 だが、ゼダスにとってはそんな一般的な見方で見れていない。もっと………もっと警戒すべき存在。

 

「………………」

 

 無言で睨み付けるゼダスを女性は一瞥。何か言いたそうにしていたが、言葉を呑み込み話を続けていく。

 

「どうやら、クラスが分からなくて困ってるみたいねぇ〜。まぁ、勿論事情があってのこと、なんだけど」

「んな、御託はいいから早く本題には入れよ、バカ教官」

「アンタねぇ………少しはその悪口調直しなさいっての」

 

 深紅髪の女性───教官と呼ばれた女性の言葉に喰いついていたのは白髪の生徒だった。

 だいぶ小柄で赤制服の中でも一、二を争う小ささ。だが、言動から見るに態度は大きい。

 随分と反抗的に見えるが、反抗したくなるお年頃なんだろう。仕方ない………………でも、一応力をだいぶ抜いて、教官は白髪っ子を小突いていたが。

 

 

 

「………ったく、調子狂わせられるわね。えーっと、君たちには今から『特別オリエンテーリング』に参加してもらいます」

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 「『特別オリエンテーリング』に参加してもらいます」の言葉で連れられた場所は学院裏手にある廃墟………もとい旧校舎。完全に夜中には立ち入ってはいけない部類の雰囲気を醸し出すのは、無駄な不安を煽って来る。

 だが、教官は随分と楽し気に鼻歌を歌いながら、旧校舎の鍵を解錠していた。ゼダスとしてはそっちの方が数倍怖い。

 そして、開かれる扉。勿論、外見のボロさに比例して中もだいぶボロい。

 ただ、その『特別オリエンテーリング』とやらの会場がここなんだろう。全員続いて入るが────

 

「………………ん?」

 

 ───何処からともなく感じる気配にゼダスは振り返る。が、あるのは木々ばかり。

 

「………………………まぁ、気にする程度の事じゃないか」

 

 と、一人で断定して小声で呟き、ゼダスも旧校舎の中に姿を消す。

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

「──ほっほう………アレが俺たちの後輩か」

 

 旧校舎を見下ろせる丘に人影が二つ。その内の一つ………頭にバンダナを巻いた青年は言葉を漏らす。

 

「にしても、あの殿にいた黒髪………だいぶヤベぇな。なぁ、ゼリカ」

 

 “ゼリカ”───と称された黒いライダースーツの女性はその言葉に同意すると同時に驚きを隠せないでいた。

 

「普通、あそこからこっちの存在に気付くか………? 相当距離はあるはずなんだけどね」

「まぁ、あいつが“訳アリ”の特別クラスの中でも教官が一番危険視しているらしいしなぁ。マジでバケモンじゃねぇの」

「確かに怪物に近いとも言えそうだね。あの旧校舎の“仕込み”に関しては同情を禁じ得ないつもりだったが、彼だけは平然と攻略しそうだ」

「うわぁ………あんだけ苦労したのにって言いたいが、確かに平然としてそうだよなぁ。クソったれの規格外かよ、ったく」

 

 青年は悪態を吐くものの、表情は実に楽しそう。きっと、規格外な後輩が出来るとその眼で見て、理解出来た事に熱くなったのだろう。

 やはり、心は少年か────と、女性は微笑み、言葉を発する。

 

 

 

 

 

「さぁ、見せてもらおうか。帝国の未来を形作るであろう彼らの初陣を」

 

 

 

 

 

 








いやぁ、文字数少ないっすね。配分間違えるのは悪い癖だと自負してるけど直らない(泣)

なんだかんだ言いながら、リメイク前に出せなかったアンゼリカ先輩! 書いてて凄い新鮮だったさ………


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

赤制服大集合





FGO終章でガチ泣きしました! マシュ………マシュは良いぞ! 遅過ぎることはない! 今から始めても問題無いからFGOやってみて! 感動するからさぁ!


と、FGOの宣伝をしてしまうくらいに感動してしまった「 黒兎」です。福袋はキャスター引く模様。玉藻はお呼びでねぇですよ?


今回は年末最後の更新かな? 話としてはあんまり進んでない………文字数も案外少なめです。というか意識的に少なめにしないと私執筆辛いことに気付きました(今更)


 先述の通り、帝国には貴族平民間に大きな差が存在している。昔からの慣わしなどというくだらない&大して重要でも無いことだというのに、それは今現在進行形で存在している。

 故にこの世界……少なくともこの帝国に限っては、『人間皆平等』などという理想は絶対に成し得ない。

 その理想は平民が掲げるもの。虐げられしものが掲げるべきものであり、貴族という名の搾取する側にとっては不要なもの。貴族にとっては現状が一番都合が良いのだから。

 

 だが……まぁ、その、なんだ。

 結社に籍を置くゼダスにとってはどうでも良い話なのだ。

 そんな生まれながらの身分云々よりも、自分の持つ実力が重要なのだから。

 上に立ちたければ、強くなれ。弱き者は下に着け。

 こういう実力主義の環境なのに加え、ゼダスは他人の環境に関心があるとはあまり言い難い。

 結果、貴族が何だろうが、平民が何だろうがだってどうでもいい。現に世界にはもっと良い環境……反面もっと悪い環境の国家だって存在する。なのに、たかが帝国の事情に割く要領なんて無いっての……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───と割り切れると思っていた時期もありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*――― 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………君、何か文句でもあるのか?」

「別に。“平民風情”が騒がしいと思っただけだ」

「これはこれは………どうやら大貴族のご子息殿が紛れ込んでいたようだな。その尊大な態度………さぞ名のある家柄を見受けるが」

 

 場所は旧校舎一階。

 眼前で引き起こされるはクラスメイト同士の実に面倒な雰囲気しかない言葉の応酬。しかも、貴族と平民の関係性が絡んできてると見た。

 どうやら、啀み合っているのは“平民風情”の緑髪眼鏡野郎………列車内で出会ったマキアス・レーグニッツに───

 

「ユーシス・アルバレア。“貴族風情”の名前ごとき、覚えてもらわなくても構わんが」

 

 帝国貴族の最高峰《四大名門》が一角。東のクロイツェン州を治めるアルバレア公爵家のご子息こと、ユーシス・アルバレアときた。

 

 

 

 

 

 

 さてさて、何故こうなったかというと、この旧校舎に連れてこられて、教官───サラ・バレスタインが説明がてらにある爆弾発言を打ち込んできたのだ。

 

 

「今年からもう1つもクラスが新たに立ち上げられたのよね〜。君たち───身分に(・・・)関係なく(・・・・)選ばれた(・・・・)特科クラス《Ⅶ組》が」

 

 

 この帝国において“異端”ともとれ、それでいて概ねゼダスの予想通りの言葉だったが、その言葉が与える衝撃は凄まじい。

 本来、この学院は貴族と平民ごとにクラス分けが成されていた。………去年までは。

 今年は身分制度一切関係無しでありながら、きっと何らかの共通点を持つ者のみで結成される特科クラス《Ⅶ組》が設立されたのだ。で、その証は他とは違う赤制服。つまり、旧校舎に集められた計11人は《Ⅶ組》に与する者ということで───

 

 

「───冗談じゃない!」

 

 

 ───反対意見が出てくる。こんな重要に見える情報を事前に聞かされていなかったのだ。ある意味当然とも言える。

 大声を挙げたのはマキアス。まぁ、マキアスが反論するのはゼダスの推測通りだったが。

 何故なら、マキアスの家名(ファミリーネーム)は「レーグニッツ」。現帝都知事であるカール・レーグニッツと同名。つまり、現帝都知事の息子がこのマキアスなのだろう。

 平民の帝都知事ということはこの帝国を二分する勢力の片方───《革新派》を率いるギリアス・オズボーン宰相と盟友ということで知られており、《貴族派》は敵の認識。そして、それはそっくりそのまま息子(マキアス)に引き継がれている。

 ならば、反対意見を挙げるのは必然。何故なら───如何にも大貴族の雰囲気漂う人物が居るのだから。

 

 で、その大貴族の雰囲気漂う人物……ユーシス・アルバレアが名乗る先の場面へと繋がるのだ。

 

 勿論、マキアスとユーシス。互いの立場を鑑みれば、どう見ても良い雰囲気になるはずも無く、寧ろこのまま喧嘩してしまうのでは? としか心配したくなるのが当事者以外の全員の見解。

 そういった一触即発の事態に直面した際に収拾付けるのは教官の仕事にして使命。サラは空気を入れ換える意味を含み、パンっと両手を叩き、言葉を挿す。

 

「はいはーい、そこまで。言いたいことは山程あるだろうけど、“特別オリエンテーリング”始めるわよー」

 

 両者共に………いや、マキアスだけかもしれないが、頭に血が上っていたとしても、サラを教官と認識しているからか、一度敵対心を鞘に納め込む。ここは士官学院。今は他の進路に進む人も多いと聞くが、仮にも軍隊の研修所でもある。教官の言葉は絶対だ。

 先の二人の険悪な雰囲気をサラが無理矢理収めたからか、全員に強弱はあれど、緊張感を張り巡らせる中、ゼダスは他の事を考えていた。事というかは違和感。

 

「(やっぱり、下……………何かあるというか空いてる、よな。こんな人気無い場所でオリエンテーリング………しかも、“あの”サラ・バレスタインときた。これは嫌な予感しかしない)」

 

 確かめるかのように靴底で気付かれない程度に床を小突き、衝撃が妙に反響している事を確認。やはり、空間がある。

 しかも、何か“仕込み”があるように思える。これは────

 

 

「───じゃ、行ってらっしゃい」

 

 

 思考が追いつくよりも早く、駆動した床。どう駆動したかを簡潔に表現するならば────扉の様に開いて穴になった、が正しい。

 その常識外の展開に全員が全員……というわけではないが、殆ど全員驚き、対応出来ずに落ちていく中、二つの影だけは行動を起こしていた。

 片方の影は、制服の中に仕込んでいたのだと思われるワイヤーを袖から飛ばし、天井を支える柱に巻き付け、ぶら下がり。

 もう片方は、形容し難い“何か”があったように柱を掴み、空中にぶら下がっていた。

 

「はぁ……やっぱり、アンタ達二人は普通に落とされない、か。……まぁ、もう一人、候補はいたけど、事前に言い聞かせてたし、聞いてくれて良かったわ」

「サラ、冗談にも程がある。猟兵としての経験が無かったらキツかった」

 

 サラの言葉にムッとしながら悪態を吐くのは片方の影。先ほど講堂で教官に楯突いてた子とよく似てはいるが、別人であろう銀髪の女の子。

 

「(……? ………どっかで見たことある、か?)」

 

 何か記憶の片隅に引っかかる。そんな顔をしている。

 何処かで……そう、多分、こんな平和な場所ではない何処かで出会った事があるような。思い出したくても思い出せない。

 

「文句は後で聞いてあげるから、早く行きなさい」

 

 サラは短刀を抜くや否や、即座に投擲。綺麗な線を描き、銀髪少女のワイヤーを断ち切る。

 

「はぁ……めんどい」

 

 と、言い残し、穴の中へと誘われる。

 そして、残るはゼダスとサラ。互いの間に流れるのは……凄まじい程の敵対心。

 

「ようやく……ゆっくり話せるな」

「いや、話せないわよ。アンタにもオリエンテーリング受けてもらうんだから。……まぁ、でも聞かせなさい。なんで……なんでアンタみたいな執行者(バケモノ)がこんな所にいるの? また何か企んでるの⁉︎」

「知るか、そんなこと。むしろ、俺が知りたいことだ。それより、お前が教師業とか何があったんだよ、《紫電》」

 

 《紫電》。

 サラ・バレスタインという人物を語る上で決して無下には出来ない二つ名だ。

 彼女は現職教師。前職遊撃士。

 

 遊撃士というのは様々な依頼で頼まれたことをこなす「何でも屋」で、全員が遊撃士協会(ブレイサーギルド)に属している。

『民間人の安全と地域の平和を守る』事が信条であり、幼き子供達が憧れを抱く職業の一つだ。

 資格を取るには、最低でも16歳は必須であり、その上で修練過程を経ることでようやく正式な遊撃士となれる。その上に細かいクラス分けがあり……と、遊撃士の最低限の情報を連ねるとしたら、こんな感じだろう。

 

 そして、眼前にサラ・バレスタインという存在は、《紫電》という二つ名を持ち、最年少でA級遊撃士と成り得たという経緯の持ち主なのだ。

 それだけの実力が確定されている人物が。眼前で。教師業をしている………ゼダスにとってはただただ首を傾げたくなる案件でしかない。

 

 ここで誤解を招かぬ様に言っておくが、ゼダスとサラ。執行者と遊撃士はどう言い繕っても良好な関係とは言えない。

 二年前に起きた大事件、リベールの異変を筆頭に、結社と遊撃士協会の悪関係性は世界の色々な場面で垣間見得たりしている。………まぁ、この世界を普通に生きているだけなら、その片鱗すら見ずに済むのだが。精々、流れ弾の被害を浴びるかもしれない程度が関の山である。

 

「その反応………まさかアンタ何も───まぁ、良いわ。私にも色々あったのよ。アンタに心配される謂れは無いって」

「別に心配する様な間柄じゃないのは分かってるだろ」

「それもそうね………で、アンタは行かないの?」

「行く必要あるか? メンドくさそうな雰囲気しかしない」

「いや、何の事情か知らないけど、学院入ったんなら行きなさいよ。教官命令」

「うわー、職権乱用かよ。生徒じゃなかったら逆らってたな」

 

 ゼダスは実に面倒くさそうに溜息を吐くが───

 

 

「あのメンバーはアンタにとっても思う所があるはずよ。参加して得はあっても、損は無い。それに───最後まで辿り着いたら、遊んであげるわよ?」

 

 

 ───続くサラの言葉に心が湧き立つ自分がいる事を自覚する。

 「遊んであげるわよ?」………その一言が文字通りの意味では無いのは、サラが纏う闘気が物語っている。

 ピリ立つ様な「紫電」の殺気。

 ああ、分かる。実感出来る。これこそ────

 

 

「(強者との戦い………血生臭い掃討戦よりかは確実に楽しめる)」

 

 

 無意識的に口角が上がる。血が湧き立つ。心が震える。

 

 

「………分かった。面倒だけど行ってやる」

 

 

 と言い残し、ゼダスも穴の中へと落ちていく。

 

 

 

 

 







さて、次回からは特別オリエンテーリング! 1話で終わる様に調整よー。とりあえずオリキャラとの絡みが胸熱になる様に頑張ります(自分でハードル上げてコケる奴)




今年も一年、ありがとうございました! 良いお年を!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特別オリエンテーリング





最近、不運だらけの「 黒兎」です………ホント何も当たらないんですけど。吐血しちゃうよ………


今回はね………オリキャラ要素強いよ。意識して多めにしたよ。Ⅶ組少なめよ←








 落ちた先は旧校舎地下一階。形状としては円状の広間だった。

 そこで見たのは───

 

「何があったかなんと無く分かるから聞かないでおく」

 

 ゲンナリした表情でゼダスが言う先にあったのは列車内で会ったリィンが痛々しいくらいに赤い頰を手で押さえている姿とアリサが妙に涙目でそっぽ向いてる姿。

 もう察しの良い方ならば、何があったのか気付くだろう。

 

 多分、床が抜けて、落下する中にリィンは見たんだろう。──落ちるアリサの姿を。

 そして、彼の良心が無駄に働いたのだろう。自分が不利な体勢な事も忘れて、助けに行った結果、俗に言うラッキースケベが発動。

 で、助けられた結果云々よりも羞恥心が上回った結果、アリサが涙目で怒って、リィンに思いっ切りビンタ。概ねそんな所に違いない。だって、リィンはそんな雰囲気する。女難というか何というか……

 

「……まぁ、それはさておき」

 

 人間関係について、当事者以外が云々言うのは御門違いだ。よっぽど悪関係になるか、助けを請われない限りは介入しない。本音を言えば、誰がそんな面倒くさそうな沼に突っ込まなければならないのだ。

 

 それよりも気になるのは落ちた先の空間……随分と広い。声がよく反響する位と言えば想像出来るだろうか。

 そして、そこに円状に並べられた11の台座には、各々が校門で預けたであろう得物と小さな箱が鎮座していた。

 全員が疑問符を浮かべ、ゼダスは考え得る限りの可能性を検討する中、突如鳴り響く電子音。それはここにいる全員が持っている戦術オーブメント《ARCUS》から鳴っていた。

 どうやら通信が入っているようだ、と思うゼダスと、《ARCUS》に関して何も御知らせが無かったであろう他全員はとりあえず開いてみるとサラの声が聞こえた。

 

『全員無事ね?』

 

 多少肝が冷えるくらいの高さだったが、怪我するレベルでは無かった。………怪我したとしても、これを仕組んだであろう学校側に責任を問えば良いだけだ。それで万事解決なのだし。

 

 そして、サラは《ARCUS》に関する説明を始めるが────結社で探った内容とさして変わらなかった。やはり、結社のネットワーク恐るべし。

 

 

 で、説明が終わった後に促されたのが、この部屋にある台座に置かれてある各自の得物を受け取り、小さな箱の中身の確認。

 ゼダスも自身の預けた包みを手にし、満足気に頷く。別に開けて確認する必要は無い。“そこに在る”───そう聴こえる。

 それより件の小さな箱だ、と思い、開くとそこにあったのは金色の宝玉。これは────

 

「マスタークオーツ、か」

 

 戦術オーブメントの中央部に填めるマスタークオーツだった。

 

 クオーツという物は、七耀石(セプチウム)と呼ばれる鉱山から採掘される天然資源の結晶体の欠片であるセピスを原材料に作られた結晶回路の事である。これを戦術オーブメントに装着、同調させる事で導力魔法(オーバルアーツ)が使うことが出来るのだ。

 そのクオーツの進化系。“成長する”クオーツのことをマスタークオーツという。

 ゼダスの台座に置かれていた金色のマスタークオーツは、この世に存在する七属性の内の空属性の物で銘を『オリジン』。奇しくも、《輝く環(オーリオール)》と同属性だった。

 まぁ、別に今更、導力魔法が使えるようになったからといって、総戦力に足しになるかは分からないが、無いよりはマシだ。《ARCUS》に填めてはおく。

 

 そして、全員が得物を装備し終えた頃にサラから通信が。

 

『それじゃあ、始めるとしますか。そこの広間の扉からダンジョン区画になってるから頑張って戻ってきなさい。割と広いし、入り組んでるし、ちょっと魔獣が徘徊してたりだけど………そこまで苦労するのはいないはずよ。無事、終点まで辿り着くことが出来れば、旧校舎一階に戻ってこれるわ』

 

 想像通りというか、随分と面倒というか、一歩踏み間違えば危険のあるオリエンテーリングだとは思うが、多分、文句言った所で何も変わらない。そんな気しかしない。

 

『───それではこれより、士官学院・特科クラス《Ⅶ組》の特別オリエンテーリングを開始する。各自ダンジョン区画を突破して、旧校舎一階に戻ってくること。文句があったら………ま、その後にでも受け付けてあげるわ』

 

 どうやら、文句は後でぶつけて良いらしい。その時に遊んでもらうとしよう。本気で戦りに行って壊れないと良いが………

 話が終われば、わざわざ待つ用はない。さっさと進軍して、さっさと到着して、さっさと戦闘。

 やる事が分かっているのなら、進めば良い。

 

 台座から包みを手に取り、ゼダスは足早に扉を目指すが───

 

 

「───待て、ゼダス」

 

 

 先程も聞いた涼しげな声。ラウラのものだ。彼女も赤制服だったから、Ⅶ組なのだろう。

 だが、言葉の内容にはただただ首を傾げるもので、別に問い返す必要は無かったのだが、尋ねる。

 

「………何かな、ラウラさん(・・)? 止める理由とか有りましたっけ?」

 

 行動寸前の時に止められて、無性に癪に障ったゼダスはきっと漫画だったのならば、怒りマークが付いていた表情なのだろう。笑ってはいるが。

 

「そこから先は魔獣が徘徊している………そう、教官が言っていたな」

「(止めたのはそういう訳か………)」

 

 合点が行き、面倒くさそうに頭を掻く。

 こういった筋の話から導き出される話といえば───“護衛”か“協力”だろう。

 だが、どちらも受け入れるつもりは無い。何故なら、得がないし、無駄に気を配らねばならない。生憎、そこまでお人好しでは無い。

 それにこれからの人付き合いを考えて、放つ言葉はこうなった。

 

「護衛も協力も嫌だ。何で俺がそこまで世話しないと駄目なんだ? 出会って、一時間もしてない仲だぞ?」

 

 ───盛大に突き放す一言。しかも、瞳には“信用”の欠片も無い濁った黒さを醸し出しながら。

 

 

「だから、仲良しこよしは勝手にしろよ、気にしないから。ただ自分の力量は自分がよく知っている。この程度で負けるようじゃ話にならないっての」

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 コツーン、コツーン………

 

 歩く度に靴底と石床が鳴らす音が響く。

 

 旧校舎地下ダンジョンの作りは随分単純。これなら少し迷う程度だろう。まぁ、出てこれないなんて結果にはならないに違いない。

 そして、件の魔獣だが…………

 

「準備運動にもならないな。武器使う必要すら無い」

 

 ………感想をまとめれば、こんな所だ。

 弱い。弱過ぎる。

 確かに学生のオリエンテーリング用の強さだとは思う。だが、やはり味気ない。

 現れてきて、襲ってきたものだけは倒すようにしているが、全ては徒手空拳で殺れている。

 

「あー、くそっ………こんな萎えそうな相手ばっかりで気分落ちた状態で《紫電》と戦うとか嫌だぞ。最大に楽しめそうに無い」

 

 口を開ければ、漏れるは愚痴ばかり。

 これはもう、思考停止して完全作業状態で練り歩くか───と思った瞬間。ふと、ゼダスの歩みが止まる。

 

「………………」

 

 気配を感じる。前方20アージュ先の曲がり角の先に何かの気配を感じる。

 明らかに魔獣とは違うその気配は、冷たく鋭利。………ゼダスの首を狙っているように。

 

「………武器だけは出しておくか」

 

 抱えている包みには触れず、制服の袖から拳銃を取り出す。襲撃者らから押収した拳銃の一丁をパクる──もとい拝借していたのだ。

 

 スゥッと息を吸い、止めた上で気配を薄くし、壁伝いに進軍。

 そして、辿り着く曲がり角寸前。

 一気に石床を蹴り、進行方向に拳銃を突き付けると───そこにいたのは白髪の生徒。赤制服なところⅦ組に違いない。

 いきなり拳銃を突き付けられて、呆気に取られているかと思ったが、その瞳に宿るは鋭い刃のような眼光。そして、手に持っているのは鋭い短刀で、現にゼダスに突きつけようとされていた。

 即ち、互いに互いの生命を殺めれる状況で───

 

「…………」

「…………」

 

 殺気の篭った視線を交わし合い───先に折れたのは白髪の生徒。手に持った短刀を手放し、カランと音を立てて地に落ちた。

 

「あークソったれ………聞いてた通りの手練れかよ」

 

 先に折れた判断は正しい。

 あの場で短刀を突き刺すよりも、引鉄を引いて銃弾を打ち込む方が数瞬ばかり早い。

 ならば、サッサと折れてしまう方が吉。殺されるよりはマシだろうし。

 

 だが、ゼダスは警戒を解いた訳では無かった。

 

「………何者だ?」

 

 銃口を向けたまま、静かに問う。

 先程の素早い身のこなしに、「聞いてた通りの手練れ」の言葉。これから導き出すに───こいつは何か知っている。知ってしまっていると本能が告げている。

 場合によっては撃ち殺す………とまではいかなくても、口封じだけでもしておかねばならない。

 

「なんつーか、名乗れば良いのか? 名前はシノブ・エンラ。ちょっと流派を納めてるだけで………ほら、あのアルゼイドの娘とかと同類だ」

「違う」

 

 心の芯まで冷え切り、思考が冴えている状態にあるゼダスは断じる。

 

 

 ────そんな論点のズレた話など求めていない、と。

 

 

「別にその手腕について尋ねている訳じゃない。お前………背後に何がある? 誰から『手練れ』と聞いた?」

「やっぱ、怖ぇわ。凄い怖い。その殺してきた目………清々しいまでに吐き気がする」

 

 己に銃口が向けられていることも気にしない風に睨むシノブ。

 随分と強気なことだ───と、ゼダスは思うが、別に何も問題では無い。

 しかし、どれだけ強がったとしても、銃の存在がある限りは生命は刈り取れる。その上、まだ納得の行く回答を貰っていない。

 

「分かった分かった……少しは落ち着けよ、《天帝》さんよ」

 

 その言葉に銃を握る力が少しばかり強くなる。

 こいつは結社の事を知っている。でもなければ、《天帝》の異名に辿りつくはずが無い。

 ならば、執行者として執るべき対応は───

 

 

 ───バンッ!

 

 

「───ぬわっ⁉︎」

 

 シノブは素っ頓狂な声を出すが、ゼダスは少なからず驚かされた。

 あれだけの至近距離……最早、ほぼ密着状態での発砲を───

 

「避けた、のか?」

「ま、まぁ、テメーの手の力の入り方が確実に発砲してくる風になってたからな。なら、あとはタイミングを合わせて……と言っても、間一髪だったけどな。少しズレたら死んでたぞ」

 

 胸に手を置き、息を吐くシノブ。

 

 今の言い分を鵜呑みにするなら、シノブはゼダスの手の動きを見ていたという訳だ。───近くに死を齎す拳銃があったにも関わらず。

 その死の間際での視点を切り替えれる胆力は生半可な経験だけで鍛えれる物ではない。それこそ、幾度も死線を潜ってきたでもしないと実戦に耐え得るものに成長しないだろう。

 

「お前……本当に何者だ?」

「だから、普通の生徒だっての。…………バカ教官(サラ)の養子ってだけで」

「そういうことか。納得した」

 

 遊撃士の入れ知恵…………なら、結社云々の事について知っていても不思議では無い。

 これなら別に殺すまでしなくて済むだろう。

 常識的に考えて、わざわざ得て危険になる情報を他人に言伝しないだろう。その危うさは《紫電》………サラだって知っているはず。

 そこから導き出すにシノブが結社に関して知っている情報に秘匿性の高い物が孕まれている可能性は皆無と見ていいはず。

 

 ………全部“はず”で無理矢理片付けている感が否めないが、これが一番考え得る最高確率の可能性なのだ。仮定として扱うには十分。

 

  だと理解したなら、次にとる行動はただ一つ。───進軍あるのみ、だ。

 

「………………」

 

 拳銃に安全装置を掛けておき、制服に隠したゼダスはシノブの横を通り抜け、先に進む。

 

「お、おい、テメー! 置いてく気か⁉︎」

「別に付いて来いなんて頼んでないし、いてもいなくても変わらないだろ」

「〜〜〜ッ! っ頭に来た! 意地でも付いて行ってやる!」

「は、はぁっ⁉︎」

 

 まさかの意固地なシノブの選択に思わず声を荒げるゼダス。

 さっきの言葉も十分に人を突き放す物だった。なのに──

 

「(その上で付いてくると言ったのか、シノブ(こいつ)は?)」

 

 訳が分からない。

 その選択は互いの益にならないのは分かっているだろうに、何故その選択をした?

 だが………なんだ。

 今のシノブに何を聞いても、楯突かれる予感しかしない。

 こういう場合は盛大に嫌なのだが───

 

 

「───勝手にしろ」

 

 

 と言い残し、歩みを進める。

 その言葉にシノブはニッと笑い、ゼダスの横に走り寄り、

 

「じゃあ、よろしくな! ……え、えっと名前何だっけ?」

 

 ……まぁ、名乗ってないのだから、シノブがゼダスの名を知る由も無い。

 だが、このまま名乗らずに沈黙を続けるのは得策では無いに違いない。……なんか噛み付いてきそうだし。

 

「ゼダス・アインフェイト」

 

 シノブとの会話は疲れそうな雰囲気がすると理解に至ると名乗りも随分と雑に。ただ名前を述べただけの簡素なものになった。

 

 

 

 

 ─────と、こんな感じで行き当たりばったりで組む事になったゼダスとシノブのパーティーでの行動が始まった。

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 一人が二人に。純粋に頭数が二倍になったということは、負担は単純計算で半分になり───多かれ少なかれ負担自体は軽くなる。

 そして、それはゼダスとシノブのパーティーでも例外では無かった。

 

「………なぁ」

 

 何度目か分からない魔獣戦。シノブが合流してから、魔獣と遭遇(エンカウント)する割合が高くなった気がする。………まぁ、ゼダス単独の時は回避して楽してきただけなので、戦闘が増加するのは当たり前だろう。

 

「テメー………何もしてなくないか?」

「付いてくる奴が一人増えた。しかも、完全に予想外にな。なら………普通こき使うだろ」

「何も普通じゃねぇな⁉︎」

 

 ただ戦闘が増えたとしても、その全てを処理するのはシノブ。ゼダスは運良く討たれなかった魔獣を体術で去なしたり、距離を開けたりするだけ。完全に負担の比重が偏っている。

 

「テメーなぁ………実力自体は十分なのに振るわねぇとか損だろ。しかも、その包みは主武装っぽいし………そんな慢心してると足元掬われるぞ」

「───この程度、慢心とも言えないぞ」

 

 ゼダスのその言葉は主武装を使わない理由が根拠となっている。

 

「だって、使うほどの相手がいない(・・・・・・・・・・・)んだ。現に体術だけで何とかなる相手しかいないだろ? ならば、主武装使うよりも楽でいいし………」

 

 と、ここで言葉を区切る。

 その先を言うのは、ちょっと憚られた。言ってしまえば、多分シノブはやる気になって、戦いにくるはずだ。そういう性格だと嫌でも理解させられた。

 因みにその内容というのが………

 

『主武装の露見を極力避けたい』

 

 ………というものだ。

 どんな強力な武器であれ、その使い筋を視られては対抗策を立てられかねない。ただの凡人程度なら、その可能性も皆無と切り捨てて問題無いのだが………何時何処で洒落にならない位の相手が見ているか分からない。気付かない位に隠蔽された使い魔とかが付与されていたらと思うと………

 

「(少しでも危険性を絶っておいて損は無いからな。仕方ないだろ)」

 

 あえて口に出さずに思うだけで留めておく。口は災いの元とも言うし。

 

「そういう楽優先なトコが“慢心”じゃねぇのかよ………まぁ、テメーのことだから、どうでも良いけどな。気にしねぇよ」

「気にしないなら、聞くなよな。触れられたくない事の一つや二つ、誰でも持ってるだろ」

 

 何気無くに吐いたゼダスの言葉。

 だが、それにすぐには返答してこなかったシノブは歩みを止め、若干俯いている。

 

「どうかしたか?」

「………いや、別に何でもねぇよ。テメーでも聞かれたくない事ってあるんだな。つーか、勝手にしろって言った割には構うんだな、テメー」

 

 今何かの片鱗を垣間見えた気がした。

 これは弱味を握るチャンスか───? と思い、ゼダスが言葉を掛けようとしたその時、

 

 

 

 

 グァァァアアアアァァァァァァァァァァァァ!

 

 

 

 

 突如響く竜の咆哮。

 

「これは………」

「随分と大物の雰囲気がするな………行くぞ、シノブ(・・・)

 

 と、言い、走り始めたゼダスの背を見て、シノブは────

 

「───応よ!」

 

 良い声で返し、ゼダスを追いかけて行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 







如何でしたでしょう? リメイク前を知ってるかと思われますが、オリキャラのシノブ………口調といい、細部変更加えてます。ただ色んな意味で訳ありなこの子………好きになってくれる方が増えることを祈るばかりですよ………(全ては私に掛かってると思うと胃が痛い)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Ⅶ組発足



完全に調子乗りながらガーッて書きました。突貫工事ってまさにこういうこと。書きにくいところはやんわりさせながら、何とかするのは仕方ないですよね〜? ね?

最後の方は完全に手抜k────いえ、なんでも無いです。決して書くの面倒だなー尺長くなりそうだなーとか思ってないよ。ホントホント








あと、活動報告欄に質問所開設しました! 答えれる範囲でなら答えていきます!


ー追記ー
最後の方加筆しました。内容に変わりはありません


 旧校舎地下のダンジョン区画を全速力で駆け抜ける二人。

 だが、表情自体は殆ど変わっておらず───つまり、必死では無い。というか、普通に話しながら走っているまである。

 

「さっきの咆哮………こっちか?」

「閉鎖空間の中では音は反響する。しかも、入り組んでいたら尚更、な。耳で入る情報なんてものは殆ど当てにならない」

 

 シノブの言葉を指摘するゼダス。しかし、「だが───」と続け、

 

「───それは単純に当てにした場合だ。ちゃんと計算さえすれば、使える情報に化ける」

 

 確かに反響した音をそのまま情報には使えない。

 だが、多方向から聞こえる音の反響を予測し、その上音の強弱を割り出せば……と繰り返せば、音源に辿り着く。ただ、途轍もなく多大な演算が必要になるのだが。足で探した方が早いまである。

 つまり、何だ。七面倒な計算してる暇と口動かす余裕あるなら、その分足動かして探した方が良いというのがこの場における最善の回答。

 しかし、これはあくまでオリエンテーリング。最悪の事態に陥りそうになったら、サラが助けに入るだろうし、態々急ぐ必要は無いのだが………と、言いたいのだが、実際に助けに入る保証は無い。だって、明言されていないし。

 それ以前にそこまで強敵じゃない可能性もある。というか執行者の尺度で測ったら、多分雑魚。よっぽどの事が無い限り、遅れは取らないだろう。

 ただ、駆け付けた時にまだ魔獣は殺されてなくて、戦闘に参加すればどうなるか………きっと凄いくらいに一方的な展開になる。それでオリエンテーリングと称して良いのか? ただの執行者実力披露会ではないのか? ………まぁ、Ⅶ組メンバーでゼダスが執行者と知っている者はほぼいない筈だろうし、ゼダスが色目で見られる未来だけが残る。

 

「(何そのメンドくさい未来………参戦遅らせようかな)」

 

 とも思ったりするのだが、もし遅れて参戦した時が窮地であってみろ。それはそれで脚光を浴びる。

 どうしたら穏便に進められるのか分からなくなってきた。もしかして、穏便に済むパターンなんて無いのかもしれない。

 そう分かってしまうと、溜息を吐きそうになった時───

 

「────あれじゃねぇか?」

 

 暗い通路の先から光が差し、開けている。

 確かにこのオリエンテーリングの締め代わりに最終地点でボス魔獣と戦うというある種の王道シチュエーションだと仮定するなら、光が差してる所が戦闘地点だろう。

 これ以上、到着を遅くさせるのは無理そうだ。というか、元よりそんなに遅らせれていない。

 

「らしいな。───行くぞ」

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

「うげ……これは面倒だぞ」

「同意だ。まさか────」

 

 光が差す旧校舎地下一階のダンジョン区画最奥の広間。先には地上へと続く階段があるところ、ここが終点と言って間違いない。

 そう、そこまでの理解は良い。良いのだが…………眼前に広がっている光景にちょっとばかり頭を抱えたくなった。

 ゼダス&シノブを除いた他Ⅶ組メンバーは多分全員先に着いているように見える。少し探索しながら、進んでいたから、先に終点に着かれていても何もおかしくない。うん、おかしくない。問題は───

 

 

「中型翼竜三体とか学生のオリエンテーリングで出す内容か?」

 

 

 ────この場にいる魔獣の数。

 硬質そうな皮膚を持ち、穿つに充分過ぎる鋭利さを宿す角を生やす翼竜。頭に叩き込んだ知識を叩き起こし推測すると、全員で一体に集中して戦えば、十二分に斃し切れる。

 だが、個体数を鑑みれば、そうは簡単な話では無い。

 キャッチフレーズとかでよくありがちな1+1の式の答えでさえ無限大という謎の答えが出てくるのだ。それに更に1を加えたら、どうなるか分かったものではない。

 となれば、ここで取る手段は限られてくる。

 過剰に目立つのは嫌だが、眼の前で怪我されたりするのは余り良い気分にはならない。

 気は乗らない………非常に乗らないのだが、

 

「お前らっ! 全員、一個体に集中しろ! 残り二個体は………俺とシノブで何とかする」

 

 こんな形で指揮を執るのは得意でないし、さっき突き放しておいて取る選択でもない。

 だが、こうするのが一番確実な策であるのは分かりきっている。

 

 大声で指揮を放ったから、全員に伝わっているらしく、一体に戦力が集中し始めている。

 ここまで簡単に信用されるのはどうかと思うが、現状では有難いの一言だ。

 

「シノブ、さっきの戦闘等々で一定の実力があることは分かった。だから、あの一体分は任せるぞ」

「テメーはあいつらは信用しないのに、オレは信用するのか? よく分かんねーな」

「実力があると分かれば信用する。今のところ、基準はそれだけだ」

 

 そう言うと、拳銃を抜き撃ち。ニ発放ち、両弾とも翼竜に命中。注意を惹き、こちらに向かせる。

 

「じゃあ、片方頼む。一人で行けるな?」

「執行者ほどじゃねぇけど、オレでも………行けるか? やるだけやってみるけど」

 

 何処からともなく、シノブは小太刀を抜き出し、逆手持ちで腰低く構える。

 あのスタイルはダンジョン区画内で発生した戦闘で毎度の様に見てきたシノブの基本姿勢。

 随分と小柄な身体を活かし、速度で搔き廻すという対人戦闘においては中々面倒な対処を必要とされる戦法。それは勿論、魔獣に対しても一定の効果は期待出来る。

 そして、シノブの実力も織り込んで考慮すると、あの程度遅れは取らない。決め手に欠けるかもしれないが負けることはないだろう。

 

 なら、次に考えるのは己の事だ。

 何処まで隠せるのか。何処まで出せるのか。

 視て得た情報で斃し切れるのは分かっていても、何処まで使うかはあまり定かではない。

 

「(分からないなら、打つかりながら検証、だな………まぁ、主武装は使わない前提で進めよう)」

 

 戦闘方針は大体決まった。

 意識を集中し、研ぎ澄ませる。

 余分な思考の一切を断ち切り、視ているのは相対すべき翼竜一体のみ。他は視ているというか、視界に入っているだけ。

 戦闘において、視野が狭いのは時に致命的な傷へと至る。他の物事が見えていないと、外部からの妨害に対応出来ないからだ。

 故にゼダスの取った視界を狭めるのは愚策なのだが────今この場合において気にする必要は無い。

 この空間の内装と戦況的には不確定要素と化けるものは殆ど無いと言って差し支えないのだから。

 

「───推して参る!」

 

 力を溜めた拳を構え、ゼダスは石床を砕き蹴る。

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 各翼竜ごとに始まった三つの戦闘。

 予想通りといえば予想通りなのだが、確実に戦闘の主導権を握っているのはゼダスの所とシノブの所。他Ⅶ組メンバーの所も主導権を握るまではいかなくとも、優勢であるのは間違いない。

 これなら───

 

「(まず負ける事は無い。じゃあ、ササっとカタを付けるか)」

 

 翼竜の攻撃自体は竜種としては普通(スタンダード)なものだった。火炎放射とか、角を活かした突進とか、尻尾による薙ぎ払いとか。

 しかし、行動の全てが大振りというか予備動作が長いというか、冷静に立ち回ればただの羽根の生えた雑魚蜥蜴に見えなくもない。というか見えてる。

 

 頭を小刻みに振ってからの火炎放射をゼダスは限りなく最小限の移動で避け、そこから繋げてくる薙ぎ払いの予備動作を見据えた今。

 足に力を収束。機会(タイミング)を狙って────加速(アクセル)

 眼にも止まらぬ速度で翼竜の懐に飛び込み、撃ち込むは昇竜拳。列車内で使った時とは撃ち込み方は違うが───

 

 

「────断空」

 

 

 ズドンッ! と捻じ込んだ拳で殴り付けた音が響くや否や、翼竜は少しの間痙攣してから、その身体を地面に沈ませる。

 

「よし、一丁上がりっと」

 

 ゼダスは研ぎ澄ませていた意識を平常時に切り替え直す。

 打ち抜いた感触が「仕留めた」と告げているし、一頭目はもう思考に挟まなくても良い。

 

「───で、他はっと………………」

 

 視点を変えて、見るはシノブの方。未だ戦闘中ではあったが、そろそろ決着が付きそうである。

 

 シノブは逆手持ちの小太刀で連撃を仕掛けていた。翼竜に一切の反撃を許さず、縦横無尽に斬り付けるその姿を形容するとすれば「苛烈」。

 それに加え、相手の急所をしっかりと割り出し、的確に当てるところ、眼といい身体の運用の仕方といいよく出来ている。

 

 

 ───随分と戦闘慣れしている。それがシノブに対してゼダスが抱いた感想だった。

 

 

 立ち回り方や技のキレ。どこを取ってもそれなりに上手い。元々、才があったのだろうが、加えて血の滲むような鍛錬を積んでいるように思える。

 何がシノブをそこまで押し動かしたのかは分からないが……まぁ、そこまで分かる必要性も無いか、と思い至ったゼダスはその戦いの末路を見ることにした。

 

 翼竜は滅多斬りを喰らい、その身体をグラっと崩す。その瞬間を狙っていたのか、小太刀を即座に納刀。片足を踏み込ませ、身体中を収縮。あの構えは───抜刀術。

 瞬時に溜めた力を解き放ち、その時の摩擦で発火したのか、小太刀は焔を纏っている。焔の小太刀で放つ瞬速の抜刀技の名は────

 

 

「────螢惑!」

 

 

 翼竜の身体を斜めに斬り上げ、爆炎が包む。轟々と燃える焔はまるで………

 

「(怨嗟の焔………)」

 

 とゼダスの瞳に映った。

 理由も根拠も無いのに、不意にそう直感してしまう。

 理解出来ないと思うと同時に見過ごしてはいけないような気もした。が、今どうこう出来る話題じゃないと頭の片隅に追いやる。

 

 これで二体沈み、残り一体だ───と思って、視線を移すや否や、謎の光景が広がっていた。

 最後の一体と戦う全員が淡く光る青い輝きを宿し、まるで絵に描いたようなまでに綺麗に行動は繋がった。

 全員が全員の動きを阻害せずに、最も効果が発揮されるように動いている。それこそ、十年来の友人くらいの息の合わさりようで。

 その時に垣間見えた表情から察するに、この連携現象は意図して行われたものでは無い。きっと、何らかの要因によって発生した偶然の産物に過ぎない。

 だとしたら、考えるべきはこの現象の発生原因。このメンバーの共通点といえば赤制服であり、特科クラスⅦ組。そして、特科クラスと呼ばれる所以といえば────

 

 

「(───ARCUSの存在)」

 

 

 そこに至り、あの戦術オーブメントの無駄の多い造りも一緒に思い出す。

 もしや、この現象を起こす為にそういう造りを避けられなかったのか───と頭の中で試行をしようとした瞬間、最後の一体も討ち倒される。

 Ⅶ組メンバーが負けるとは思ってなかったが、連携現象によるここまでの瞬時戦力増強は完全に誤算というか思考の外。

 この場にいる全員が理解の追い付かない現象に頭を悩ませる中、コツコツと鳴らし、奥にある階段から降りてくるはサラ。

 

「これにて入学式の特別オリエンテーリングは全て終了なんだけど……なによ君たち。もっと喜んでもいいんじゃない?」

 

 と言ってくるが、各々に感じた疑問と不信感が沈黙を齎す。そんな中、ユーシスは、

 

「──単刀直入に問おう。特科クラス《Ⅶ組》……一体何を目的としているんだ?」

 

 と全員が思うであろう疑問を包み隠さずぶつける。流石、《四大名門》の一角の後継ぎ。発言に遠慮というものが感じられない。

 だが、ゼダスはその問いに答えれるだけの推測は持ち合わせている。

 

「さっきの現象が関係してるんだろ。例えば、ARCUSとの特殊機能とかか?」

「……まあ、流石の洞察力ね。君たちが身分や出身関係無しに選ばれたのは色々な理由があるんだけど、一番判りやすい理由はゼダスの言う通りARCUSにあるわ。エプスタイン財団とラインフォルト社が共同開発した最新鋭の戦術オーブメント。様々な機能があるけど、その真価は《戦術リンク》───先ほど君たちが体験した現象にある」

 

 あの時の連携現象が《戦術リンク》。

 戦場においてこれがもたらす恩恵はある種の革命だ。

 殆ど初対面で互いのことなんて分からないであろう状況で、あそこまでの連携を発揮する。そんな技術が普及すれば、味方として使えば最大の剣となり、相手から見れば被害を齎す悪魔そのもの。

 しかし、サラはそんな有り得る理想論を一蹴した。

 

「でも現時点で、ARCUSには個人的な適性に差があってね。新入生の中で、君たちは特に高い適性を示したのよ。それが選ばれた理由の一つね」

 

 一通り、疑問に答えた後、サラは咳払いし、

 

「トールズ士官学院はARCUSの適合者として君たち10名を見出した。でも、やる気のない奴に参加させるほど予算に余裕があるわけじゃないわ。それに、本来所属するクラスよりもハードなカリキュラムになるはずよ。それを覚悟した上で《Ⅶ組》に参加するかどうか───改めて聞かせてもらいましょうか?」

 

 と問う。

 全員が答えを出すのを躊躇う中、備考が加えられる。

 

「あ、因みに辞退したら本来所属するクラスに行ってもらうことになるわ。貴族出身ならⅠ組かⅡ組、それ以外なら、Ⅲ〜Ⅴ組になるわ。今だったらまだ初日だしそのまま溶けこめるでしょ。」

 

 辞退しても、道は残されている………………が、

 

「ゼダス・アインフェイト、Ⅶ組参加させて貰う」

 

 と参加宣言していた。

 理由としてはこのⅦ組だけがハードなカリキュラムだからだ。他よりも難度が高いということは、他のクラスの生徒と同じ場所時間で過ごすことが少なくなるはずだからだ。目立たなくなるには、まず大衆の人目に付かないようにするのは当然だ。

 

「ふーん………アンタが一番手とは意外ね。最悪、辞退と同時に自主退学するかと思ってたわ」

「俺も一応、“上”が絡んでくるとなると自由は効かないからな」

 

 完全に二人の間でしか分からない言葉のキャッチボールに他全員が首を傾げていた。が、その宣言を皮切りに各々が参加表明。

 

 ある者は自身を高める為に。試練と取り、それを乗り越える為に。やり甲斐のある道を歩みたい為に。

 またある者は、技術の発展に少しでも役立てるように。…………と真面目な理由と立てる者もいれば、少々難ある理由と付けた者もいたが、まぁ気にしなくて良いだろう。

 

 結局、全員参加だった。

 

 

 

「────それでは、この場をもって特科クラス《Ⅶ組》の発足を宣言する。この一年、ビシバシしごいてあげるから楽しみにしてなさいー!」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

《紫電》戦から幕開く学院生活




最近、プリヤの曲好き過ぎて作業用BGMとして起用している「 黒兎」です


さぁ、ようやく序章終了です。やったー 黒兎さん大勝利!(本来なら昨年末までに到達しておきたかった所)



超久々の対人戦闘………空白期間長過ぎて感覚を忘れててすまない………読みにくいかもです







 正式に特科クラスⅦ組の発足が宣言され、それは全員無事に特別オリエンテーリングを終えた事を指し示している。

 故にもうこの旧校舎地下に留まる理由は無い……無いはずなのだが。

 何故か、誰も一向にこの場から離れようとしなかった。

 その原因は────

 

 

「…………」

 

 

 ────無言で軽くウォーミングアップしているゼダスと。

 

 

「…………」

 

 

 ────同じく無言で髪色と同じ深紅の導力銃をクルクルと回しているサラがいたからだ。

 

 当の本人たち以外は、何故こんな状況になったかは理解出来ていない。

 しかし、この二人の眼の真剣さが何か普通でないことが起きると物語っているように思え………結果、誰もがその光景を無言で見入る他無かった。

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 特別オリエンテーリング前に交わした口約束───「最後まで辿り着いたら、遊んであげる」。

 そして、ゼダスは現に最後まで辿り着いた。ならば、叶えてもらっても何の問題もない。

 その事実から来るゼダスの随分と押し殺した闘気はサラの肌を以って、ひしひしと感じていた。

 

 

「(今まで何度かは執行者と殺し合ったことはある………けども、ここまで明確で一点集中な戦意は初めてだわ)」

 

 

 他者には一切欠片すらも露見させずに、ただ対象を襲う細き、鋭き戦意。

 だが、細くありながら、その戦意はまるで竜が顎門を開いて待ち構えているよう。軽々に飛び込めば、即座に呑まれるのが眼に見ている。

 これは簡単に済みそうにないと思うサラを尻目にゼダスも思考を奔らせる。

 

 

「(強くはあるかもしれないが、充分勝てるな。………なら、楽しむだけ楽しもう)」

 

 

 と、思うところ、負けるなんて毛頭考えていない。

 執行者がこんな所で負けない。負けていられない。

 失った記憶を取り戻すべく、全てを喰らわんとしたからこその絶対勝利の想い。

 その想いが胸中にある限り、ゼダスという存在は決して負けないし、折れない。

 そう………そうするしか────

 

 

「そろそろ良いかしら?」

 

 

 不意に掛かるサラの声。

 少し思案に暮れ過ぎて、周りと見ていなかったことを反省しながらもゼダスは、

 

「ああ、いつでも良い」

 

 と応答する。

 しかし、言葉と裏腹にゼダスは素手のまま。つまり、サラ相手でも主武装を使う気が無いのである。

 だが、サラはゼダスの主武装に関しては知っている。学院側に申請しなければならかったのだから、当然と言えば当然。

 故に主武装を使わないで戦うというのは完全に“慢心”にしか思われないのだが、生憎この場にいるのはゼダスとサラだけでは無い。別に居なくてもいいⅦ組メンバー(ギャラリー)がいる。

 そんな衆の前でゼダスの主武装───ちょっと世間一般ではお目にかからないであろう物は極力使いたくない。…………が、相手は十二分に実力者。最悪は使わざるを得ないかもしれないが、それはその時で。

 

 つまりは最初は徒手空拳で戦い、相手の力量等々を計ってから展開を変える戦法で行く。

 

 ゼダスの意が固まったことを確認し、サラは左手に握った深紅の導力銃から弾丸を一発取り出して、言い放つ。

 

「今からこの銃弾を投げるわ。そして、銃弾が地面に着いた瞬間、スタートで良いわね?」

「別に構わない。ルールはそっちに全部任せる」

「あっそ。じゃあ、致命傷以外は全部当てに来ていいわよ。フィニッシュは寸止めってことで」

 

 こうやって戦うことになっても、今は教師と生徒。流石に戦場宛らに生命の奪い合いとは洒落込めないようだ。

 少々落胆したいが、常識的な判断で安堵すべきか否か……と思っていると、サラはコイントスの要領でピンッと銃弾を跳ね上げる。

 そこまで明るいとは言えない空間の中、煌めく銃弾の輝き。それは天の彼方まで昇り行くのかと一瞬錯覚を覚えたが、次の瞬間には重力に押し負け、地へと回帰してくる。

 その様を眼で追い───落ち終わる直前、サラと目線が合う。

 明確な闘気と鋭利な戦意を宿すその琥珀色の瞳がより一層ゼダスの心を踊らせた。

 

 

 嗚呼、ゾクゾクする。身体の芯から震えてくる。なんと───心地良いことか。

 

 

 ────カキンッ!

 

 石床に銃弾が跳ねる音が響くや否や、ゼダスは地面を蹴り砕き、一気に加速。

 一切速度を緩めずに近付き、開幕速攻を狙おうとするが───それを許すほど、サラは甘くない。

 導力銃を高速三連射。しかも、両端の逃げ道を塞いだ上での中央射撃。

 先手を取られた時の対応としたら、定石にして模範と取れる。よく出来ている。

 

 ……だが、今日の列車内での一件を知っている者ならば、理解出来ているはずだ。ゼダスの体術の前には銃弾はさして意味を成さない事に。

 

 しかし、その程度の事実は執行者であると知っているのならば、予想出来て然るべき。寧ろ、ただの銃弾風情に殺られる訳ないのだ。

 故に放った弾丸はただの銃弾では無く───

 

「(雷電を纏った銃弾………《紫電》の異名を頂くだけはあるな)」

 

 流石に紫電の弾丸を素手で掴んだり、弾いたりすることは難しいというか無理。

 普通の弾丸を掴むよりも痛覚に響くし、雷電の影響で数瞬の硬直なんて発生しようものなら、後々の戦闘に影響を及ぼす。

 

 ならば、この状況を切り抜けるにはどうするのが最適解か。ゼダスの頭は刹那よりも短い時の間、一気に思考を加速させる。

 

 順当に考えれば、防げないのなら避けるに限る。

 だが、左右は紫電の弾丸が通り抜けている所為で横への回避は無理と見ていい。

 ならば、上。上なら跳躍すれば避けれる。だが、サラの導力銃に弾丸が残っていたら、空中にいる間に撃ち抜かれる。

 と、残るは………

 

「(───下。多少は無謀だが………………試すだけ試すっ!)」

 

 加速によって生まれた運動エネルギーを全部右腕部に収束。力の溜まった右拳を───地面に叩き付ける。

 すると、石床はいとも容易く砕け散り、破片が舞い上がる。そして、ゼダスは瞬間の時の中、極限まで集中し、一番大きな破片を左ストレートで弾丸の様に撃ち出し、紫電の弾丸と衝突させる。

 

「避ける手段はほぼ対策されていると仮定してからの破片で相殺、か………随分と荒技だけど、神業でもあるわね」

 

 流石のゼダスも、砕いて跳ね上がった破片を動く弾丸に打つけるなんて高等技を試す訳が無かった。結果、自らの腕で撃ち出すという工程を挟まざるを得なかったが、それでも間に合わせるという手腕の良さは舌を巻くものがある。

 

「まだまだ朝飯前だっての。その場凌ぎの即興技にそこまで言われる筋合いは無い」

 

 地面を殴り付けた右手に付いた欠片を払いながら、何でも無いと断言するゼダス。

 言葉を交わすよりも戦いたい───そう言わんとする風に拳を構え直す。

 その姿にサラは過ぎった疑問というか意見を発したくなった。

 

「アンタ………やっぱり、主武装使わない理由が分からないわね」

「………………別にどうでも良いだろ」

「だって、徒手空拳だけでもそれだけの実力持ちなら、別に主武装露見したところで対応出来るでしょ? なら───他に(・・)あるんでしょう(・・・・・・・)理由(・・)

 

 何気無く言い放ったサラの言葉。

 その言葉にゼダスは表情を変えずに───不自然なまでに平静を装って、言葉を返す。

 

「もう一度言うが、どうでも良いだろ? 別に主武装が使えない訳じゃないし、最悪の場合は使ってみせる。だったら、御託を並べるよりも戦え。戦って、本気を引き摺り出せよ。そっちの方が普通に早い」

 

 くだらない言葉を並べる暇があるのなら戦え───と、態度でも示し、構え直す。

 しかし、ゼダスがそう言ってくるのは最初から予想の範疇だったのだろう。サラは深紅の強化ブレードを構え、仕掛けてくる。

 

 《紫電》サラ・バレスタインの主武装は導力銃と強化ブレード。遠距離も近距離も対応出来るという優れた組み合わせだ。

 それに加え、彼女の魔力自体がそうなのかは分からないが、雷の扱いにも長けている。

 その才能に血も滲むような努力の末が最年少のA級遊撃士という結果。

 確約された実力。それを体験出来るとなると多少は胸が踊るのだが、さっきの問答が心に苛立ちを残していったからか、素直に楽しめそうに無い。

 

 風切る音と共にゼダスの身にサラの刃が襲い来る。

 その全てを手刀で跳ね返すのだが、刃には雷電が付与されていて、接触を限り無く少なくしてはいるが………

 

「(チッ………)」

 

 身体に雷撃が流れ込んで来て、ゼダスの身体を蝕む。

 雷撃の度に身体に命令を下す電気信号が狂うが、その度に無理矢理信号を書き換えて、何とか運用させているが、こんな荒技が何度も何十度も使えるはずは無い。

 早めに決着を付けるが吉だ。そして、押し切る術は持ち合わせている。

 まだ身体に自由があることを拳を握り締めて確認。

 

「(嗚呼、まだ動く。次───斬撃一往復分の後の射撃を躱し、反撃で終局だ)」

 

 今まで蓄積してきた行動パターンから次の手の数々を割り出し推測。

 他聞よりも自分の体感して得た情報の方が的確であり、ゼダスの執行者としての観察眼を以ってすれば、殆どの場合読み違える事は無い。

 予測通り、左右への斬り払いを避け、その瞬間を狙った射撃は紙一重で回避。

 その瞬間、サラの攻撃が止む一瞬。ゼダスは左腕に溜めた力をパイルバンカーが如く、最短射程最高火力でサラの腹部を撃ち抜く。

 一切の容赦も情けも慈悲も無い一撃にサラは表情を歪ませるが───

 

「───ハァッ!」

 

 まさかの強化ブレードで反撃。

 充分過ぎる程の痛みで行動不能のはずなのに反撃してきた。この場合は予想外で、完全に避け切れずに頰に刃が掠めて行く。

 その時、ゼダスの中で何か(・・)が燃え、衝動的に思いっ切り裏拳を叩き込み、サラの意識を刈り取る。

 

 ぐったりと地に倒れるサラを見下ろすゼダスはハァハァと肩で息をしていた。

 別に苦戦した訳じゃないし、大して疲れている訳ではない。執行者として働いていた時にはもっと疲れたこともあった。

 なのに………それなのに。

 

「(胸糞悪くて、吐き気がする………何だ、この気分)」

 

 変な気分が絶え間無く襲い来る。

 雷撃を喰らいながら無理に身体を動かしたからか? 電気信号を自ら書き換えたからか? それとも───サラの言葉に柄にも無く精神を揺すられたからか?

 

「………………クソッ」

 

 漏れた言葉は短いながらもゼダスの現在の心境を表すには充分で………

 

「お前らの誰でも良いけど、教官運んでやってくれ。確か駅近くの建物が寮なんだろ? 先に行かせてもらう」

 

 そう言い残し、ゼダスが去って行く姿をⅦ組メンバー全員、呆然と見詰める事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 貴族専用の学生寮、平民専用の学生寮とは別にⅦ組にも専用の学生寮が誂えてあった。貴族の第一、平民の第二と来て、Ⅶ組の第三学生寮。

 駅近くの空き家を改修したらしいが、学院からは若干遠い。しかし、交通の利便性を考慮すれば充分に良い立地だ。

 

 気分悪い中、何とか寮まで辿り着いたものの、安全上を鑑みれば当たり前なのだが施錠されていた。ちょっと………ほんのちょっとだけ癇に障った結果、秒速で解錠(ピッキング)。古めかしい鍵で良かった。電子錠とかだったら叩き割っていただろう。

 寮に入るや否や、玄関(エントランス)を足早に通過。階段を昇り、自身に割り当てられた二階の一室に入る。

 とりあえず、荷物の類いを部屋の端っこに全部押しやり、備え付けてあるベッドに倒れ込む。

 気配を探るに、周りには誰もいない。ならば、いつでも動ける様にだけはしておいて、休憩して良いはずだ。

 

「………………」

 

 特に独り言や愚痴をボヤくでなく、全身を弛緩させる。特段疲れた訳で無いにしろ、多少楽に感じる。

 地下での戦闘が終わった頃には既に夕方だったのだろう。窓から差す夕焼けが妙に眩しい。

 

 

 さて───何故、気分が悪くなったか。そこを考えれるまでに思考が落ち着いてきた。

 

 

 気分が悪くなった要因は分かっている。行動不能のはずのサラが放った最後の反撃だ。

 故に分からない。───何故、その要因で気分が悪くなる? ここまで胸糞悪くなる?

 完全に思考の迷路に陥っているのは理解出来ている。そして、今のゼダスがその迷路から抜け出す解法を持っていない事も理解出来てきたところだ。

 

 

「初日から、こんな面倒な課題に打つかるとはな………先が思いやられるというか何とやら」

 

 

 そんなこんなで始まる埒外過ぎる執行者の初めてにして、新たな学院生活。

 周りで巻き起こる様々な事案や事件が織り成す人間模様。

 その結末を知るのは在るか分からぬ神か、それとも《盟主》か、それとも────………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1章
《天帝》、学院生活始めました




最近、真面目なサブタイが浮かばなくて困りまくりの「 黒兎」です。自分で言うのもどうかと思うけど、こんなサブタイで良いのか………もっと盛り上がった場面なら、少しはカッコいいサブタイになるはず、多分!(根拠の無い自信)







 そこは小さな村だった。だが、人が住んでいたとは到底考え難いレベルに廃れ、その上轟々と燃えている。見るも無残な光景とはまさしくこう言う事を指すのだろう。

 

 無数に積み上がる瓦礫の山。その上に細い刀身の大剣を携えた少年が一人立っていた。

 

 少年の紫の瞳に宿すものは圧倒的な“虚無”。ただそれだけ。

 

 ひたすらに無為な蹂躙の限りを尽くした少年はハナから感情というものが無かったのか。或いは乏しかったのか。それとも何処かで抜け落ちたのか。真相を知る者は誰もいない。が、一つ。一つだけ分かっているとすれば────

 

 

 ────この惨状を引き起こした張本人こそがこの少年、ということだけだ。

 

 

 惨状の跡に残るは死の臭い。常人を狂気の奥底に叩き落とす濃厚なまでの血の香り。

 この場にいても尚、何にも無感動でいられることこそが狂っているのかもしれないが、当の本人は眉一つ動かさずにただ虚空を見つめていた。

 そんな中、何かを感じ取ったのか、少年は明後日の方向に視線を動かす。

 

 そこにいたのは、この惨状の現場の中では妙に輝き美し過ぎる存在。手を伸ばしてくるその姿は女神にも見えはする。

 物理的に輝いているのでは無く、内面的なもので。そして、妙に霞んで見えるところ、幽霊なのかもしれない。

 

 

「(…………いや、分かっている)」

 

 

 それ(・・)が何者なのかの答えは出ている。

 だが、少年の心が無感動では無くなっただけで、喉からは声の少しも絞り出せない。まるで、少年に話をさせないように。少年が───それを自身の手で掴ませないようにするように。

 

 そう理解すると、鼓動が速くなる。

 それの存在を前に興奮したのか? ───否。

 それの存在に緊張しているのか? ───否。

 そう……この鼓動の原因は純然たる恐怖(・・)

 

 

「(止めろ……止めてくれ)」

 

 

 強くあるはずの少年が、不確定性の何かに脅え、心の声で助けを求む。

 だが、助けてくれる者なんて誰も、何処もいなかった。何故なら、その全てを───自らの手で蹂躙したのだから。

 でも……それでも心の声は止まらない。

 

「(止めろ、消えてくれ。もう、あんな(・・・)苦しい思いはしたくない。来るな、近付くな、近寄るな。これ以上、俺を弱くするな。来るな来ないでくれ。止めて、止めろ、止めてくれ────…………!)」

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

「────────ッ!」

 

 悪い夢を見た。ゼダスが最初に思ったのはその一言分の感想だけだった。

 随分と寝汗も凄く、昨日着たままの制服は若干皺が出来ている。

 どうやらベットに倒れこんだのを最後に意識を落としていたらしい。

 もう朝日も昇って良い時間だ。そろそろ起きなければ────────って、ん? 朝日?

 

「〜〜〜〜ッ!」

 

 執行者としての即座な思考活性化が働き、状況の整理をすると今の状況が盛大に不味いものだと気付く。

 今、窓から覗いてるのはどう見ても朝日。つまり、一晩意識を落としていた………のはこの際どうでも良い。

 だが、今のゼダスは執行者であり、同時に学生だ。完全に────

 

 

 

 

 

「──────遅刻だ、俺のバカ野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

「───で、初日から普通に遅刻してくる、と。何、バカなの?」

 

 急いで身支度を済ませ、全速力で学院のⅦ組教室へと向かったのだが、起床した時にはもう手遅れだったのだ。今更急いだところで焼け石に水なのは変わりなく………結論だけ言えば、教室に到着するや否や、サラから文句というか短い説教を喰らう羽目になった訳だ。

 

「ぐっ………遅刻しただけあって、言い返せる言葉が一切無い。あーあー俺が悪うございました」

 

 こういう時はこっちからサッサと折れてしまった方が良い。謝罪したくないオーラを出しながらも一応は謝っておく。

 最優先事項である謝罪も済ましたゼダスは教室内の端っこの席に腰掛ける。

 すると、サラは話し始める。………正確に言えば、再開なのかもしれないが。

 

「どっかのバカが遅刻してきたけども、これでⅦ組全員集合ね。じゃあ、もう一度、Ⅶ組のカリキュラムについて説明するわ」

 

 Ⅶ組には普通のクラスでは導入されていない特別なカリキュラムが二つ存在する。

 

 一つ目が「実技テスト」。

 月一回周期で行われる試験らしく、文字通り実技。昨日のオリエンテーリングから察するに戦闘試験だろう。

 

 二つ目が「特別実習」。

 実技テスト後に行き先が発表されて、複数班に分かれての遠出実習。大よそ、日程は二泊三日。その時の行き先と予定によっては多少変動するらしい。

 

 簡潔に説明された感が凄いが、両方に通じて言えるのは………そのカリキュラムの必要性が一切説明されていない点だ。

 

「まぁ、詳しくは追々説明するわ。一気に情報を伝えたところで頭がパンクして付いて来れないとかいう事態は極力避けたいし」

 

 まさかの詳細説明は後回しとな。ゼダスの理解許容容量はまだまだ空きがあるから、詳細説かれても良いのだが、他の人は全く同じとは言えない。特に銀髪の猫っぽい奴とかは理解してない風だし。というか、あれは純粋に眠たいだけにも見える。益々、猫に見えてきた。

 

「(───それより…………)」

 

 思考を切り替えながら、ゼダスは頬杖を付きながら思う。

 

 

 

 

 ────朝飯食ってなかったな、と。

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 気付けば、終礼の鐘が鳴り、もう夕暮れだった。

 殆ど脳内思考停止しながら授業を受けていたが、別に問題のある話では無い。普通の士官学院で習う内容など、執行者行の傍らで勝手に身に付いていたのだから。

 しかし、そんな問題よりも……

 

「(腹減り過ぎて辛い)」

 

 ……ゼダスの空腹事情の方が急速に解決すべき案件だったりする。

 人間、三食抜いた所で余程の事がない限りは死にはしないが、やはり堪えるものがある。苛立っている訳ではないが、何事にもやる気が出ないというか、妙に怠気が強いというか何とやら。

 とりあえず、寮に帰って適当に何か作って食い凌ごうと思い、荷物提げて帰ろうとすると、

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 ………何でこうも行動を起こそうとした時に呼び止められるのだろうか、と不思議に思うが、空腹状態だ。普段と殆ど違わないとはいえ、若干不機嫌な声音で言葉を返す。

 

「何?」

 

 呼び止めたのは赤毛の少年。エリオットだ。

 

「いや、あの………ゼダス君はこれから帰り?」

「それ以外の何に見える? 割と急ぎたいんだけど」

「そうだったんだ………えっと、一緒に帰っても良い?」

 

 まさかの一緒に帰寮する申し出。

 きっと、いつも通りなら、アレコレ理由付けて断るのだが………まぁ、なんだ。それすらも怠い。

 

「………勝手にしろ。一緒に帰ること自体、別に迷惑じゃないし」

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 そんな感じでエリオットと一緒に帰る事になったゼダス………だったのだが。

 

「………一つ言わせてくれ」

「どうしたの?」

「何でお前らまで増えてるの?」

 

 聞いてないぞ、みたくに半眼で見る先にいたのは黒髪の少年───リィンと背高い留学生。

 

「あ、悪い。ダメだったかな?」

「それなら済まなかった」

「いや、別に良いんだが………ただ何でついて来たのかが疑問なんだが」

「一緒に帰るのに理由なんて要らないだろう」

 

 簡潔にして、暴論っぽい理由で片付けられて、ちょっと理解に苦しむゼダスだが、反論する気も起きない。こうなったら、流れに全て任せようと心に誓うのだった。

 

 夕焼けに照らされる街並み綺麗だなぁとか割とどうでも良い感想を述べたくなったその時、エリオットが何やら手間の掛かりそうな事を発言する。

 

「そうだ! 自己紹介しない? 今までなんだかんだ言って出来てなかったし」

 

 え、自己紹介してなくて、こんなに絡んでくるの………こいつらのコミュ力高過ぎじゃね? 的な想像がゼダスの脳内で繰り広げられるくらいに驚いた。ただ口には出さないでおく。

 

「じゃあ、僕からね。僕はエリオット・グレイグ。よろしくね」

 

 ………列車内で名前聞いてたし、知っていたのだが、ここまで簡単な自己紹介で良いなら楽だ。そこまで内容を考える必要も無い。

 

 次は───

 

「俺はリィン。リィン・シュバルツァー。これからよろしく」

 

 リィンも列車内で知っていた。

 

 で、この中で唯一列車に乗ってなくて、名前の知らない背高い留学生は、

 

「ガイウス・ウォーゼルだ。ノルドから来た留学生だが、よろしく頼む」

「(ノルド、かぁ………)」

 

 ノルドといえば、確かゼムリア大陸西部の北東部辺りにある高原を住処とする民がいる地域だったか。

 見渡す限り草原で、徒歩で移動など自殺行為に等しいとかいう噂も聞いたことがある。

 と、物騒な想像をしながらも、この3人の名前はバッチリ覚えた。

 

 そして、残るはゼダスの自己紹介なのだが、勿論簡潔に済ませる。

 

「ゼダス・アインフェイト。よろしくな」

 

 自己紹介としての意味を成させ、その上で余計な情報の一切を露見させないという執行者としては完璧なのではと思えるところ、実はまだ空腹に耐える余裕があるのかもしれない。

 

「(いや、そんな事ないな。割とギリギリ耐えれてるだけだし。早く何か腹の中に放り込みたい………)」

 

 と油断した瞬間に空腹の苦しさが襲うところ、タチが悪い。

 意識してしまうと苦しいし、意識しないようにしようと思っても、もう遅い。そう思っている時点で意識しないようにするなんて無理なのだから。

 

「そういえば………」

 

 不意にリィンが声を漏らす。エリオットとガイウスはそれを拾い聞こえたのだが、ゼダスは無視。というか、聞こえておらず、淡々と歩みを進めていたのだが、

 

「ゼダス、ちょっと聞いていいかな?」

 

 流石に名指しで呼ばれては応える他無い。

 

「………何? 答えれるかどうかは内容によるけど」

「昨日のオリエンテーリングで最後にガーゴイルと戦っただろ?」

 

 ふむ、ガーゴイル………脳裏で記憶を精査し、その名が地下戦で戦った翼竜の固有名だと解する。怪物の形に彫刻した雨樋(ガーゴイル)という名を取る以上、きっと元は石像の類だったのだろう。益々、旧校舎とはいえ、学院の地下に置いておくものじゃないなと思った。

 

「確かに戦ったな。それがどうかしたか?」

「あの時はみんな必死で気付かなかったというか気にしてられなかったんだけど、まさかゼダスは一人で一頭相手取ってたのか?」

「あー………」

 

 いつかは来ると思っていた質問というか疑問。そして、ここから派生する問いも何となくは想像が付く。

 故に即座に答えを返す事が出来なかった。

 考えに考え、後に押し寄せるであろう問題を考慮した結果───

 

「まぁ、そうなるな。多少、相性が良かっただけだ、多分」

 

 ───凄い謙遜混じりの回答になってしまった。と言っても、実際に相手取るには相性良かったのだ。

 ガーゴイル自体の攻撃力があったとしても、基本は大振りだし、反動も大きいから、懐に一気に嗾けて仕留めれる。半分以上、遊んでいても勝てる相手だった。

 

「───で、それがどうした? 別にそれで聞くようなことある?」

 

 聞くようなことがある事くらい、想像付いているのだが、それを露見させない為に敢えて尋ねる。

 

「いや、その答え難い質問だってのは分かってるんだけど………どうすればそこまで強くなれるんだ?」

 

 少し想定外な質問ではあったが、想像外な質問では無かった。故に即座に答えは出せる。

 

 

「強くなる必要があったから。そうしないといけない理由があったからだ。結果、強くなってた。言ってしまえば、そんな簡潔な話だよ」

 

 

 ───寸分も違わない事実だった。

 

 自身が取り戻すべく記憶は結社の情報網を以ってしても片鱗も掴めなかった。ならば、世界全部を掌握してしまえば良い。それを成せるまでに強くなれば良い。

 馬鹿げている。暴論だ。そんなの無理に決まっている………嗚呼、全く以てその通り。世界全部を掌握するなんて、普通では無理だし、叶わぬ理想論に他ならない。

 そう理解していても、もう他の道なんて残されていない。他の方法なんて思い付かなかったし、結社の執行者として生きていくには強くなるしかなかったのだから。

 

 だが、結社の執行者であることは勿論、二年以上前の記憶がないことはⅦ組メンバーの誰にも教えていない。故にゼダスの発言は表面上でしか捉えることしか出来ないだろう。

 でも、その発言に文面以上の“何か”が重く伸し掛かっていることは察することは出来たのか、リィンは、

 

「悪い………何か、聞いちゃいけないことを聞いた気がする」

「気にするなよ。答えたってことは聞いても大丈夫だったって事だし」

 

 そう、気にされる必要は無い。そんな失言を気にされるよりも空腹の方を気にかけてほしい。というか、空腹のことも話してなかったなと思うゼダスであった。

 

 

 ………嗚呼、いつ寮に着くのか。ただその事だけがゼダスの脳内思考を殆どを占める中、四人は夕焼けに照らされる街中を歩いて行ったのだった。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

実技テスト前日







文才と時間と画力とマトモなサブタイが思い付く頭が本気で欲しい「 黒兎」です。正直、今回のサブタイは本気で思い付かなかったので、なんか凄い簡単に………極力、前回みたいなサブタイは付けたくないのです。ああいうのを連続で使うと、それで一貫しないと綺麗に並ばないですし………

一応、今回からは本ストーリーに乗った………はず。ただ、原作シーンがあるかと言われれば微妙という………ま、二次創作だから是非も無いよねっ!






「はい、朝飯だ」

 

 朝。

 器用に料理の盛った皿を第三学生寮の食堂に運んできたのはゼダス。

 で、運んで行った先にあったのは長机と備え付けられた椅子に座るⅦ組メンバー&サラ教官だ。

 何故、こんな事態になったのか。遡れば、入学式の翌日へと至る。

 

 あの時のゼダスは殆ど何も食ってなかった。故に空腹だった訳で………寮に帰るや否や、適当にあるもので料理を作ったのだが存外美味く好評で。しかも、Ⅶ組の第三学生寮には貴族が入っている第一学生寮とは違い、使用人の類が居ない。となれば、完全に自炊することが求められるのだが………まぁ、なんだ。トールズ士官学院は帝国内でも名門校。それなりに授業の内容は高度で日々付いて行くのが精一杯。

 結果、疲れ過ぎて誰も自炊しようとしない………というかしていられない状況。

 ただ、誰かが飯を作らねばならないのは生命活動的に明らか。で、そんな余裕のある奴はゼダスしかいない訳で。しかも、料理の腕自体も良いと露見してしまうと、後は察せる通り。

 サラの元で開かれたゼダス側に誰も味方のいない理不尽な投票の末、ゼダスが全員分の料理を担当する事になったのだ。

 料理担当という事で献立自体も考えねばならないし、料理に合った材料も調達しなければならない。それには金が掛かるということで、学院から寮に支給される資金の会計も任された。

 

「(───入学式から早三週間。なんとか支給された分の資金で賄えてるが………そろそろヤバいんだよなぁ)」

 

 で、最近の悩みの種は学業では無く、資金の減りも速さだったりする。

 いかんせん、食べ盛りの少年少女がゼダス含め11人いる上に教官1人だ。一食あたりに使う素材量が多過ぎて資金が目に見える速度で無くなっていくのは流石に考えものだ。

 最悪、執行者時代に稼いだ貯蓄を切り崩すのも一手だが、それは貧窮状況に陥った場合の最終手段として残しておきたい。極力は節約していきたいものだが………

 

「どうしたもんか………」

「ぬ? いきなりどうしたのだ?」

 

 椅子に座り、朝飯の一つであるトーストを齧りながら、心の声が漏れていたようで………目の前に座っていたラウラが声をかけてくる。

 そういえば、この少女………ラウラが妙にゼダスを気にかけてくることが本人としては凄い気になっている。別に悩みに化してる訳では無いが、変な奴と思ったことは一度や二度では無い。

 

「別に何でもない。ちょっと考え事してただけだ」

 

 と、短く答えて、口の中のトーストを咀嚼し、呑み込む。

 

 正直に話すと、ゼダスはⅦ組メンバーの中の誰とも話しても、今のように短く返すのが殆どなのだ。

 話を続ける気が無いというか、人に興味が無いのか………最低限の会話はしているとはいえ、何人を寄せ付け難い雰囲気を纏ってはいる。ただ、オリエンテーリングの時の大まかな指揮と本人自身の実力。加え、家事スキルの高さは信用に足るものなので、誰一人邪推にはしていないのだが。

 とはいえ、ゼダス自身に協調性という物が無い。故にゼダスはⅦ組内で完全に浮いた存在となっていた。

 

「よしっ、ご馳走様っと」

 

 結局、一番早く朝食を食べ終えたゼダスは空の食器を纏め、とりあえず流しに置く。すると、何やら足早に食堂を後にする。

 このゼダスの行動はⅦ組メンバーが毎朝見掛ける光景で、そろそろ見慣れてきたのだが………

 

「ゼダス………あいつ毎朝何してるんだろうな?」

 

 リィンは不意にそう口に付いていた。

 原因は勿論、ゼダスの行動。毎度の様に朝食後に何処かへ消えるのだが………その行き先は誰も知らないのだ。

 色んな人が何度か尾行してみたのだが、その度に気付いていたのだろう。毎回、綺麗に撒かれる結果にある。

 

「行き先は誰にも分からないけど、やりたいことは何となく察しは付いてるわ。やっぱり、アイツは馬鹿だわ、うん」

「馬鹿、ですか? でも、教官。ゼダスさんは成績は良さそうですけど………」

 

 サラの言葉が解せなくて、エマは意見する。が、サラも無考えで発した言葉では無かった。

 

「アイツは確かに頭は凄く良いわよ。多分、定期考査で高得点掻っ攫ってく位に。でも………そういう問題じゃない。阿保じゃなくても馬鹿よ」

 

 そこまで言って、サラは手元の皿の料理を食べ終えていた。加え、教職として、普通の授業が始まる前に色々準備があるのだろう。席を立ち、食堂を後にしようとする。

 そして、これからゼダスというⅦ組の中でも最大の異端な存在と良い付き合いをしていく為に、彼らがいずれ直面するであろう課題と成り得る言葉を残していく。

 

 

 

「私がアイツを馬鹿と呼んだ意味───とりあえずはこれを考えてみなさい。私としてはちょっと癪だけど、多分何か得れる物はあるはずよ」

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

「ここら辺まで来れば大丈夫か………」

 

 食堂を後にした後、学院で使う荷物を鞄に纏めたゼダスは街から少し外れた街道にいた。

 その荷物の中には、特別オリエンテーリングの時にも持っていた大きな包みも含まれている。

 

 ゼダスは一度、周囲を見渡しながら、気配を探り………

 

「誰もいない、な」

 

 ………何者もいない事を確認すると、両掌に可視化出来る程に濃い魔力を集中。パンッと合掌し、簡易的な空間断絶の魔術を行使する。ゼダスの中に取り込まれている《輝く環(オーリオール)》の断片が常時、空間を司る空属性の魔力を供給し続けるからこそ出来た芸当だ。

 誰かに見られる可能性を確実に潰す為とはいえ、毎朝毎朝、空間断絶なんて通常の手順を踏んだら、高等魔術の域に達するであろう物を行使しなければならないのは面倒だ。だが、これ以外に有力な手段が無いのもまた事実。ならば、仕方ないと取って良いはず。

 

「じゃあ、今日もササっと終わらせて、通学しますかね」

 

 気持ちを切り替え、持ってきた包みを開く。そこにあったのは真紅の大剣。刀身に触れれば、全てを焼き焦がすであろう熱量を孕んでいる様にも見えるソレは明らかに普通とは掛け離れている。

 

 ゼダスが毎朝、空間断絶による人祓いをしてまで行っているのは自身の鍛錬。特に真紅の大剣───銘を『レーヴァティン』と呼ばれる物による剣術の鍛錬だ。

 日々、鍛錬を続けねば、自身の腕は衰えてくる。

 執行者たる者、いつも万全であるべきと考えるゼダスにとって、それは避けるべきものであった。

 故に鍛錬。継続は力なりという事だ。

 

 充分、重量のある武器なのだがゼダスは実に軽やかに振るい、剣技を重ねていく。その度に風切る音が鳴り響き、放たれる技の威力を如実に物語っている。

 その姿を見た者はこう意見を発するだろう。───確かに強い、と。ただの剣技から滲み出る“強者”の圧。生半可な者ではその刃を止めることが叶わないのは事実。

 だが、ここ最近でゼダスが感じているのは全くの正反対。正直な話、前よりも若干弱くなってる気がしてならない。

 日々鍛錬は怠っていない。そう簡単に弱体化なんてしない………と、言い切れればどれだけ楽か。

 本当に弱くなっているとすれば、原因は大凡予想はついている。

 前の環境に有って、今の環境に無い物。それは────

 

 

 

「(─────生命の遣り取りをするレベルの死線)」

 

 

 

 執行者業を主としていた頃は幾度も死線を潜ってきた。

 しかし、学院に入ってからは勿論の事なのだが、そんな状況自体が無いのだ。

 

 生命を交わす程の死線ともなれば、全身全霊を以って掛からねば死ぬ。その為、自身の持てる全てを使うことになり、結果自分の底力の強化に繋がる。

 つまり、真に強くなるなら、死線との邂逅と突破は絶対に必要不可欠なのだ。

 

「考えれば考える程に何とかしたくなる問題だな。何処かに良い具合の猛者がいれば良いんだが………《紫電》も微妙だし、他にいるとも思えない。これは完全に手詰まりか………?」

 

 思考を動かし、ぶつくさと言葉を発し続ける中、そろそろ良い頃合いとなってきた。近い内に学院に向かわなければ、遅刻する可能性が出てくる。それだけは勘弁したい。

 まだまだ鍛錬し足りないが、ゼダスはレーヴァティンを包みに直してから、もう一度《輝く環》を使う為に魔力を集中。断ち切った空間を元あった様に“再生”することで、そっくりそのまま空間を繋ぎ戻す。

 そして、鍛錬に邪魔で断絶空間内の隅っこに置いていた荷物を手に取り、そのまま学院へと向かって行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 一限目の授業開始の鐘にも間に合い、ゼダスは特に変わった様子も無く、授業を受けていた。

 延々と講義を聞き、出された課題を空き時間に適当に片付ける。よくある普通の学生としての姿を演じていると言えた。

 ただ、その演技がゼダスにとって、酷く退屈であった。

 もう理解の終えている内容の講義を聞くほど無為に時間を費やすことは無い。最早、復習にも成り得ない。ゼダスにとって、講義内容は完全に常識の範疇だったのだ。

 そして、それは士官学院にある教科全てに当て嵌まる事柄故、基本的に講義の時は思考は別方面に働かせていたりする。主に二つ存在する。

 

 一つ目が結社の動向についてだ。思惑についての方が近いかもしれない。

 どうして、執行者一人をわざわざ殆ど普通の学院と変わらない所へ派遣………というか、左遷させられたのか。これから結社がどういう方向に向かって行くのか。

 生憎、結社の“計画”とやらに関しては知らされていないし、正直学院行きが決まるまでは興味はあまり無かった。その所為で、計画にゼダスがどう関係するのかが今更モヤモヤしてもどかしい。………まぁ、この件に関しては、何度も脳内討論の末に明確な答えが出ないのは経験則で分かる。何処まで思考が及んだとしても、それは所詮推測以外の何でも無いのだ。

 

 そして、二つ目がⅦ組内で生じている人間関係の軋轢だ。単純に分かっているだけでも二案件分は確実に生じている。

 リィンとアリサの特別オリエンテーリング序盤でのトラブルが引き起こしたのと、ユーシスとマキアスの貴族平民間の軋轢。

 前者は時と各々の気持ちが落ち着けば勝手に解決するだろうから、別に気にする必要は無い。───問題は後者だ。

 初対面からアレだけの嫌悪感漂う関係性から始まり、その原因は帝国に蔓延る貴族と平民の格差問題ときた。こればっかりはどうしようもない。どれだけ手を尽くした所で意味を成さないだろう。唯一の手段といえば、純粋に格差問題を根本から叩き壊すことだが、それが出来ればここまで頭を悩ませる案件で無いのは火を見るよりも明らか。

 ………一つ誤解を招かない様に弁解しておくが、ゼダス自身、別に人間関係がどう転び、どの様な結末を迎えるかに関しては一切興味が無い。ただ、無駄な飛火を避ける為と無意味な時間が余っていたから考えていただけのこと。それ以上もそれ以下も有りはしない。

 

「解決方法が浮かばないなら、こっちに被害が飛ばない様にするべきか………」

「はい、ゼダスさん。授業中に私語は厳禁ですよ〜」

 

 どうやら、心の声が漏れていた様で注意された。

 今の講義の科目は帝国史で、担当教官は如何にも怪し気なメガネを掛けている事が特徴なトマス・ライサンダー。この人から微かに漂う妙な違和感が凄く嫌いな雰囲気しかしないのだが………流石に注意を無視する訳には行かない。

 

「はい、すいませんでした」

 

 凄く簡潔な謝罪だとしても、無視はしていない。ならば、問題無いだろう。

 注意されたことにより、思考は若干途切れる。故に再び思考を巡らせるのは面倒になっていた。

 

 

 

 はぁ…………退屈だ。

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで今日の授業も全て無事終了。

 終礼時にサラから「明日、実技テストあるからね〜」という重要連絡を唐突に告げられたのは少し驚いたが、同時に今晩の飯の献立を考え直さねばならないのが面倒であった。

 流石に実技テストの前日となれば、翌日に響く物は余り好ましくない。だからと言って、力の湧かない物も却下だ。

 …………なんかすっかり主夫さが板についている気がするのだが、もう気にすることすら辞めた。

 

「ゼダス。ちょっと時間あるかしら?」

「無い。そんな時間は無い。今日も夕飯作るの俺だぞ。この諸悪の根源(サラ)め」

「あー……じゃあ、リィンで良いわ。あとで職員室」

「えっ⁉︎ ま、まぁ分かりました」

 

 サラの申し出をゼダスは速攻で拒否した結果、リィンに飛火。完全に貰い事故と化したが…………嘘は言ってないですし? 毎日三食作らされるのゼダスですし? 問題無いはずだ。

 とりあえず献立を考えながら帰るか……と思い、荷物を取り、教室の外へと行こうとしたその時。外に出る寸前で一度立ち止まる。

 

「(流石にさっきのは不味かったか……? 別にどう思われようが関係ないと言えば関係ないが、後々に面倒な蟠りになるのは避けたい)」

 

 人間というのはこの世の中でも一二を争うレベルで数奇で、奇妙で、理解不能な存在。そんな存在同士が絡み合う人間関係となれば、何が原因で変動するか分かったものでは無い。潰せる原因なら先に潰しておいて損はない。

 

 

「……悪いな、リィン。厄介ごと押し付けたのは謝るが、まぁ頑張れ」

 

 

 応えなんて要らない。

 そう行動で示し、ゼダスは謝罪か激励かよく分からない言葉を残して、教室を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 夕食を終え、食器洗いなどの後片付けも一通り終えたゼダスは自室で一人、ベッドに倒れ込みながら、本を読んでいた。…………いや、“本”と称するのも、“読んでいた”というのも些か違う。

 何故なら、ゼダスが手にしている“それ”は全頁白紙で、その字面通り何も表記されていないのだから。何も書いてないなら読むことも出来ないし、本とも言い難い。

 しかし、そんな得る物が何一つ無いものをひたすら眺めているのだ。仮にその姿を他人が見たなら、きっと奇妙に思うことだろう。

 だが、ゼダスにとって、その行為はちゃんと意味のあるものなのだ。

 

「………………」

 

 白い頁をゆっくりとだが一定の速度で捲り続ける。

 眼は随分と眠たそうで、少しでも気を抜いたら寝てしまいそうだ。まだ風呂に入ってないのに眠ってしまうのはちょっと………

 

 備考だが、この第三学生寮には本来風呂なんて無かった。

 でも、この寮に集ったのは年頃の少年少女+α。流石に風呂が無いのは困るし、有って困ることは絶対に無い。

 しかも、玄関(エントランス)と食堂がある一階には空き部屋も何個かあって………まぁ、何だ。

 多忙な学院生活の中で月一に存在する休日である自由行動日を使って、突貫工事して、男女別の大浴場作ってしまったのだ。

 と言っても、そこまで大掛かりなことをした訳ではなく、無駄な壁を取っ払い、浴槽作って、配管繋げて、風呂っぽく仕立て上げただけだ。………………え、充分に大掛かり? 何気に《輝く環》の奇蹟を利用したので、そこまで苦労してなかったりする。

 

 今日はまだ風呂に入ってないが、入る気分では無い。それよりも泥の様に倒れて、寝てしまいたい気持ちの方が勝ってしまっている。

 手にしていた“それ”を閉じ、机に放り投げて、本格的に寝てしまおう………と思った矢先、コンコンと部屋の扉を叩かれる音が耳朶に響く。

 

「………………」

 

 ───怠かった。正直、居留守を決め込むレベルで怠かった。

 一度、休息の命令を下した身体を再稼動させるのは、普段以上に体力を喰う。なのに、今に来客とはタイミングが悪過ぎて、笑えない。

 

「(悪い、来訪者………俺は眠いんだ)」

 

 心の内で謝罪し、意識を落とそうとするのだが、ノックの次は声が聞こえてくる。

 

『おーい、ゼダスいるか? ちょっと渡したい物があるんだが………』

 

 どうやら、声主はリィン。でゼダスは思考をもう一度稼働させ始めた。

 リィンには先程、サラからの事情を押し付けた“貸し”がある。しかも、このタイミングでの渡したい物………多分だが、その事情とやらも絡んでくるだろう。その上、わざわざ自室までの足労を煩わせてもいる訳で………

 

「(………………出ないと割に合わない気もするな)」

 

 頭で状況を精査すればするほどに何故か、罪悪感ばかりが募ってきた。

 少し面倒だけど、サッサと出て、サッサと要件を済ませて、サッサと倒れよう。フカフカのベッドが俺を待っているーーーー! みたいな普段では考えられないであろう可笑しいテンションで、身体を起こし、扉を開く。勿論、そこにいたのはリィンだ。

 

「なんだ、ゼダス。寝てたのか?」

「あー………ちょっと違うけど、そんなところ。で、何か用?」

「教官が『渡しといて』って、これを」

 

 差し出されたのは手の平サイズの手帳。

 

「ああ、確かに貰ってなかったな。………というか、今更生徒手帳かよ」

「俺たち、Ⅶ組はARCUSがある分、他の生徒手帳とは記載内容の濃さが違うらしいし、時期が遅れたもの仕方ないんじゃないか?」

「まぁ、別に良いけどよ。有っても無くても大して変わらない」

 

 生徒手帳を制服のポケットに入れて、ゼダスは扉を閉じようとする。が、リィンはそれを良しとしない。

 

「えっ、と………まだ用ある?」

「用って言う程の事じゃないんだけどさ。あの………ゼダスは何か後ろめたいことを抱えてるのか?」

 

 ………きっと、そのリィンの言葉は純粋な疑問なんだろう。

 Ⅶ組という一集団に与しながらも、確実に関係性に壁を築いている。何人たりとも寄せ付けない“孤高”の存在。形では近付いていても、真に心からは近付いていないその姿勢に関する疑問なのだ。

 

「(───分かっていた。いつか、こうやって切り出してくると)」

 

 分かっていたならば、幾らでも対策は取れたし、それなりの解答も作り、選べもした。

 基本、こういう時の対処は素直に話すか、それなりにはぐらかすか、一気に突き放すかの三択。

 勿論、一つ目は脳内会議で速攻で除外。三つ目も今後の展開を鑑みれば、あまり好ましくない。

 ならば、必然的に二つ目の選択が残る訳で………

 

「まぁ、色々あるんだよ。別に気にされる事じゃない」

「そうなのか………」

 

 ………このリィンの反応では妙に突き放した感が否めない。

 どうかして、修正したいが─────と、考えた瞬間。頭の中である案が急速に浮上。

 これなら、あくまで突き放してない風を装わせながら、上手くいけば最近の悩みも潰せる可能性もある。しかも………Ⅶ組のメンバーは素質自体はあるのだから。

 

「───でも、教えてやっても良いぞ」

「ッ! ホントか⁉︎」

 

 人の後ろめたいことを教えても良いと言った瞬間のこの反応は受け取り方によっては良くも悪くもなるが、今は気にする事ではなく、ゼダスは言葉を続ける。

 

「だが、条件がある」

「条件?」

「ああ、条件だ」

 

 少々の手間は掛かるが、成功すれば僥倖。失敗しても、退屈凌ぎにはなるであろう案をゼダスは告げる。

 

 

 

 

 

 

 

「これから出来る限り毎日特訓してやる。で………それで俺を完膚無きまでに倒してみせろよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初の実技テスト 意外に生じた《天帝》の欠陥



みんなの幸運を私に少しでも良いから恵んでくださいって言いたくなるレベルで壊滅的な不運ステータスを持ってる「 黒兎」です。そろそろ当たりくれていいのよ………?

今回はタイトル通り、実技テスト回です。ただ………うん、まぁ、なんだ。話の展開とはいえ………いや、これ以上は読んでから察して下さい。本来あるべきシーンをここまで省けるってあり得ないなって自分で思い返しただけなので




「おいおい、こんなもんか?」

 

 まだ朝日が昇って間もない頃。街道には二つの影があった。

 

 一つはリィン。

 ハァハァと息を切らしながら、汗を流す彼の姿は全力を出し切っているように見える。というか、出せる全力は出しているのだろう。

 

 もう一つはゼダス。

 疲労困憊なリィンとは対照的にまだまだ余力があるようで、終いには欠伸までし始めている。

 

 何故、こんな朝早くから二人が街道にいるかというと、原因は勿論昨晩の一幕だ。

 リィンはゼダスの抱える“何か”を知る為に勝ちを取りに来て。ゼダスはリィンを特訓させることで自身が欲している死線を感じさせてくれるレベルまで育て上げる。

 互いに利害が一致しているからこそ、わざわざこんな朝早くから模擬戦なんてものをしているのだ。

 何故、特訓なのに模擬戦なのかというと「口で言うよりも体感して掴んだ方が早い」という理屈もあるが、ゼダス自身が単純に教える柄じゃないから。

 しかも、ゼダスの仕事が減る訳ではないので、こういう模擬戦を行えるのは朝食準備に執り掛かる早朝か、夕食の片付けが終えてからの晩かの二択しかないときた。……まぁ、ゼダスとしては大して苦では無いので良いのだが。

 

「初日ってことを考慮してはいるが、もう少し頑張れ。せめて、徒手空拳の俺を防勢に回させろよ」

 

 如何にも「掛かって来い」という態度のまま、挑発。リィンはその行動に少し苛立ちを覚えたが、同時に理解してしまう。

 

「(ゼダスのあの態度………それも仕方無い(・・・・)んだ)」

 

 ──そう、仕方無い。

 リィンがどれだけ力を搾り出しても、無手のゼダスに防勢に持ち込めていないのだ。その上、主武装は全く手を付けていない。

 つまり、彼我の戦力差が天と地ほどに空いているのだ。ならば、ゼダスに挑発する余裕があるのは至極当然。

 

「(でも………せめて、一矢。一矢だけでも報いれれば………)」

 

 そんな現状でも、少しでもその差を埋めれないかと思考を走らせる中、“ある力”に行き着くが………リィンは即座に首を横に振る。

 

「(ダメだ………アレ(・・)はまだ上手く使えないし、そもそも使わないって決めてるんだ。だが、それなら───)」

 

「………ゼダス、今日のところは降参だ。完敗だよ」

 

 リィンは自身の得物である太刀を地に置き、降伏宣言。それにゼダスは脱力しながら、言葉を紡ぐ。

 

「そうやって、自身の負けを潔く認めれるって所が垣間見えただけでも、初日としては上出来ってことにしといてやるよ」

 

 と、言いながら、もしかして使うかもと持ってきた得物を入れた包みをゼダスは担ぎ、寮へと帰っていく。

 

「少し休憩したら、適当に帰って来いよ。全員分の朝飯用意したら、先に学院行ってるから」

「そんなに早く行くのか? もしかして、今日の実技テスト絡みか?」

「あー……それに関してはノーコメントで」

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

「誰にも……見られてないよな?」

 

 まだ朝は早い。トリスタを行き交う人は殆どいないし、見知った気配もしない。

 一応、辺りを見渡し、誰もいないことを確認し───路地裏へと脚を運ぶ。

 路地裏の更に入り組んだ奥へと足を進め、辿り着いたのは行き止まり。

 だが、そこには何も無く、ただの変哲も無い行き止まりのようにしか見えないのだが………………

 

「(………見えないだけで、そこにいる。武人がある一定の領域に至ることで会得出来る隠形技能(ハイドスキル)か………流石というべきかな)」

 

 一般人の目は誤魔化せても、執行者のゼダスの目は誤魔化せない。確実にそこに“在る”ことを実感し、建前抜きで本題に入る。

 

「…………で、朝っぱらから何の用だ、《雪華》?」

「流石は先輩。私程度の熟練度じゃ、普通に視えているのですか?」

 

 返答が返ってくると自ずと場所が分かり、焦点が合い始める。

 どうやら、相手は正面数アージュ先に立っていたらしい。

 そこにいたのは、短く切り揃えた薄紫色の髪に、綺麗な紫の瞳をした少女だった。それだけならば、普通の美少女と捉えれるのだが───そうは問屋が卸さない。背面に背負っている少女の背の丈程の大きさの盾が少女を普通とは言わせなかったのだ。

 

「別に視えた訳じゃないけど、気配を辿った時に感じる空間情報と見た視界情報とが食い違うだろ? そこから察しただけだ」

「情報の不整合さから見抜いたんですか。やっぱり、凄いです」

「というか、呼び出したのはお前だ。一体、何の用だ?」

「先輩は余程時間が無いようで。では、これを」

 

 少女が取り出したのは書類の束。結構な量を束ねられたそれにゼダスは納得が行く。

 

「ああ、アイツに頼んでた入学式の日に襲撃してきた奴らの資料か。というか、それを届ける為だけにわざわざ執行者(・・・)を使うか?」

 

 言葉通り、眼前に立っている少女はゼダスと同じ結社《身喰らう蛇》に属している執行者の一人で、与えられた番号はⅪ。二つ名は《雪華》。さっき、ゼダスが少女を呼ぶ時に使ったのは二つ名だったのだ。

 別に本名で呼んでも良かったのだが、両者共に執行者だ。名前で呼んでしまった場合、もし衣類の中に盗聴器でも仕込まれていたら、素性を辿られるかもしれない。それは処理が面倒なので却下したい。

 で、その《雪華》と呼ばれた少女は苦笑を浮かべながら応える。

 

「まぁ、他の誰かに任せるより、私が少し足労する方が情報漏れが少なくなりますからね。雰囲気を一般人に近付けたり、気配を搔き消したりなどで注視されませんから」

「確かにそれなら執行者に任せるのが適任だな」

「それに…………先輩と久しぶりに会いたかったから」

 

 顔を仄かに赤くし、上目遣いで見上げる少女。

 普通の人ならば、少しは動揺するであろう状況だが、ゼダスは一切揺るがず、至っていつも通りに返答。

 

「……そうか。会いたかったなら連絡くれれば、こっちから行ったのに」

「私だって、この間までは任務入ってたんですよ。会ってる暇なんて無かったんです」

「何の任務だ? しかも、執行者なら断れただろ?」

「護衛任務です。それも結社宛じゃなくて私個人への。そういうのは断れないんです」

 

 少女の表情から察するにきっと何か厄介な出来事とか嫌な事があったのだろう。話され始めると愚痴だらけになりそうな気しかしないので、ここは追求しないが吉。

 ついでに学院に向かう時間としては良い頃合いに差し掛かっている。今くらいに学院に向かい始めれば、普段通りの時間に到着するはずだろう。

 

「ふーん、お仕事お疲れ様。じゃあ、俺これから学校あるからさ。行かせてもらうぞ?」

「はい、じゃあ先輩。お元気で」

 

 ヒラヒラと手を振りながら立ち去るゼダスに少女は祈りを込めながら、お辞儀していたのであった。

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

「───それじゃ、昨日言った通り、実技テスト始めるわよ」

 

 サラによって、Ⅶ組全員が朝一番にグラウンドに呼び出された。どうやら、ここでテストするらしい。

 しかし、事前に明確なテスト内容が聞かされていない。その為、マキアスが挙手して、訊ねた。

 

「教官。テスト内容とは、一体どんな感じになるのですか?」

「そういえば、まだ説明してなかったわね。なら、最初に納得出来るレベルに説明してしまおうかしらね」

 

 一度、咳払いしてから、サラは説明を始める。

 

「実技テスト。その名の通り、『実技』のテストよ。計測方法は実戦ね。でも、単純な戦闘能力で点をあげる訳じゃないから、そこは留意しておいてね」

「じゃ、何で点稼ぐの?」

 

 意外にもサラの言葉に突っ掛かって行ったのは猫のような銀髪少女───フィー・クラウゼル。普段、教室や寮で見た時の雰囲気では、決して自分から突っ掛かるような質ではないと思っていたのだが………

 

「いい質問ね、フィー。でも、アンタが自分から質問なんて珍しいわね………ま、いいか。評価するのは『状況に応じた適切な行動』よ」

 

 きっと、これが普通のクラスの普通の実技テストならば、単純な戦闘能力で評価しても良いのだろう。

 だが、これは特科クラスⅦ組で行う特別カリキュラムの一つだ。当然のことながら、普通な訳が無く、それが『状況に応じた適切な行動』という評価の形なのかもしれない。

 

「(だとすれば………ちょっと厄介だな)」

 

 評価が『状況に応じた〜』ということになると、純粋に火力押しで瞬殺は一切評価にならないということだ。つまり、それなりに力を制限しなければならないという面倒で、スッキリしない結末になるのは最初から眼に見えてしまっている状況なのだ。

 どこまで下げれば、相応の点を獲れるのか。というか、相手は何になるのか。

 割と訊ねたいことが山のように積まれている気がするが、実践してみて確かめる他無い。

 

「そろそろ良いわね。それではこれより4月の実技テストを開始する。リィン、エリオット、ガイウス。まずはアンタたちよ」

 

 どうやら、テストは何人かに分けて行われるらしい。一斉にテストしても、採点漏れが出るだろうし、当然といえば当然か。

 サラに名前を呼ばれた3人は各々に得物を持ち、前に出てくるが………そこに広がるのはただのグラウンドな訳で。どう見ても、テストを始められるような状況では無い。今呼ばれたメンバーによる三つ巴の乱戦がテストならば、確かに他の用意は要らないが………と、変な方向に思考が走る中、サラは、

 

「───それじゃ、とっとと呼ぶとしますか」

 

 と言い、指をパチンと鳴らす。

 すると、虚空から突如、流線型のフォルムの機械が姿を現わす。

 全く機械っぽくない緩やかさで、その上駆動している原理が一切分からないそれにある者は驚き、ある者は首を傾げ、また他のある者(ゼダス)は─────

 

「(………………あっれー、アレって確か結社の人形兵器だよな? 何故に学院にあるんだ?)」

 

 と、その機械の正体に見当を付けながら、ここにある原因を探るが、直接サラに訊ねた方が正確だし、早いし、無駄が無い。………変にはぐらかされる可能性も無くは無いが。その時はその時で対処法を考案することにする。

 

「これは一言で表せば『作り物の動くカカシ』よ。ま、テスト用に反撃とか攻撃とかするように設定してあるし、誰かさんの場合を除き、頑張れば勝てるようにしてあるわ」

 

 視線で明らかにゼダスの事を指すサラに当の本人は苦笑。

 サラが言わんとした通り、ゼダスならば何も頑張らずに勝てる。むしろ、負ける可能性を考える方が難しい。

 

 それが彼にとっての“常識”であり、追い求める物を掴むために辿ってきた軌跡の“結果”だ。

 そして、それはきっと、これからも変わらずに続いていく道なのだと彼は理解出来ている。

 未だに追い求める物は掴めていない。ならば、掴める為に強くなるしかない。

 

「(自分の願いを叶える為なら、それが茨の道だろうが修羅の道だろうが歩んでみせる。歩み続けるしかないんだ)」

 

 静かにゼダスはグッと拳を握り締める。少し爪が指肉に食い込み、痛みが走ったが別に気にするほどでは無かった。

 

 そうやって、ゼダスが決意を固め直す中、もう実技テストは開始されていた。

 流線型のフォルムを持つ機械──通称、戦術殻がそれなりの速度で突進してくるが、リィンたちは回避し、反撃を叩き込む。しかも、個人単位での反撃では無く、複数人による連携反撃だ。

 しかし、そんな芸当は出会って数週間しか経たない間柄では不可能。では、何故出来ているか?

 答えは簡単だ。Ⅶ組に支給されてる戦術オーブメント《ARCUS》によって引き起こされる高度な思想共有機能───戦術リンクだ。

 あれならば、連携に関する大抵のことを実現するのは容易だろう。それこそ、連携を絡めた反撃なんて朝飯前に違いない。

 

 そんな感じに推測していると、戦術殻が行動を停止する。きっと、ダメージが蓄積して、一時的に全機能が停止したのだろう。これでリィン、エリオット、ガイウスの3人の実技テストは終了らしい。

 

「───うん、アンタたちは充分合格点ね。前の自由行動日に旧校舎の探索してもらったのが特訓になったのかしら?」

 

 どうやら、前の自由行動日にあの3人はそんなことをしていたらしい………ゼダスといえば、ひたすら大浴場造ってたのに。何処かで「楽しそうだなおい羨ましいぞ」と思うゼダスがいたりいなかったり。

 

「それじゃあ、次! ラウラ、エマ、ユーシス、マキアス、フィー。前に出なさい!」

 

 実技テスト二組目のメンバーが発表され、先ほどと同じように開始されたのだが、その戦闘光景を見て、ゼダスは思う。

 

「(うわー……あれは酷い。酷すぎるわ)」

 

 一組目が充分出来過ぎていたことも相成り、二組目の酷さが如実に表れている気がした。

 

 集団行動に向かず、一人で淡々と行動するフィーに、貴族と平民のいざこざで不協和なマキアスとユーシス。最早、連携なんて無いに等しい。

 入学当初からアルゼイド流を会得しているラウラと元から才能があったのか導力魔法(オーバルアーツ)の運用が上手いエマが何とかその穴を補填しようと頑張るが、焼け石に水だろう。

 

 結果的に言えば、勝てた。勝ててはいた。

 しかし、一組目が快勝ならば、二組目は辛勝。戦闘の出来に差があり過ぎるのが現状だ。

 

「フィーの協調性の無さはまだ何とかなるにしても、ユーシスとマキアス。アンタたちもう少しどうにかならないの? 明らかに足引っ張ってるじゃない」

 

 サラは険しい声音で妥当と取れる厳し気な評価を下す。

 しかし、当の本人たちは反省よりも────

 

「この平民が合わせれば問題無かった話だ」

「貴族に合わせるものか!」

 

 ────と、互いが相手の方に非があると言い張る。

 これはしばらく口論が終わりそうにないと全員が呆れながら溜息を吐き、サラは実技テスト最終組のメンバーの名を呼ぶ。

 

「最後はアリサ、シノブ、ゼダスよ。前へ」

 

 アリサはそれなりに緊張した面持ちで、シノブは良い感じにリラックスした様子で、ゼダスは完全にいつも通りの様子で前に出てくる。

 

「何で貴方たちはそんなに平然としていられるのよ………」

 

 シノブとゼダスの様子に疑問しか湧いてこないアリサは訊ねていた。が、二人は一度顔を見合わせた後、

 

「まぁ、なぁ………」

「そうなんだよな………」

 

 全く意思の読み取れない言葉を漏らし、何故か頷き合う。

 ゼダスはシノブのことを。シノブはゼダスのことを詳しくは知らない。が、この時だけはきっと、思っていることは一緒だろうとお互い直感で理解していた。

 

 

 ────別に死ぬ訳じゃないんだから緊張するだけ無駄だ、と。

 

 

「それじゃあ、テスト開始するから、戦術リンク繋ぎなさいな」

 

 と、サラに促される。その言葉にゼダスは───

 

「(そういえば俺、戦術リンク一回も使ったことないな。まず、特別オリエンテーリング以来、戦闘する羽目になったのはリィンの特訓だけだし。複数人戦闘とか何時以来だ?)」

 

 そもそもⅦ組だけの特権であるARCUSの機能を何一つ使ってないことに気付く。

 つまり、この実技テストが初使用、ぶっつけ本番だが………まぁ、大して支障は無い。きっと、すぐに順応するのだから。

 

「これって、どう繋ぐんだぜ?」

 

 どうやら、シノブも使った事がないらしく、質問していた。

 大抵、こういうものは心と機器を同調させて、それを他人のと結び付ける感じのイメージで行けるはずだ。

 

 ゼダスは自身の心意をARCUSに読み込ませ、シノブとアリサの二人と結び繋ごうとする、が────

 

 

「「────ッ⁉︎」」

 

 

 二人して何か感じ取ったのか、頭を抑えながら、片膝を着く。その上、微かに聞こえる漏れ出た声は随分と苦し気だ。

 そんな状態の二人にサラは、

 

「まさか────! ゼダス! 戦術リンクを断ちなさい、早く!」

 

 そう叫ばれ、ゼダスは心とARCUSの間に壁を作るように想起し、強制的に戦術リンクを断ち切る。

 すると、二人は尋常じゃない量の汗と共に息を吐く。

 

「何アレ………今のは一体何なのよ?」

 

 アリサは頭を撫りながら言う。それと対照的にシノブは今の現象について無言で考え込んでいる様子だった。

 だが、サラは何が起こったのかを理解しているようで───

 

「………誤算だったわ。予定変更。実技テスト最後はアリサとシノブの二人で行うわ」

「ちょっと待て! じゃあ、俺は一体どうなる⁉︎」

 

 いきなり、最終組から除外されてゼダスは困惑気味に訊ねる。

 しかし、そういう反応を取ることは最初から分かっていたのだろう。サラは、

 

 

 

「アンタは特例で合格点ギリギリ分の点は入れとくわ。代わりに後で個別に話があるから、逃げずに職員室に来なさい。良いわね?」

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 結局、ゼダス以外の全員が戦術殻と戦って、実技テストは幕を閉じた。

 

 先から聞いていた通り、特別実習の班分けと行き先が発表されたのだが───

 

 

【4月特別実習】

 

A班:リィン、アリサ、エリオット、ラウラ、ゼダス(実習地:交易地ケルディック)

 

B班:エマ、マキアス、ユーシス、フィー、ガイウス、シノブ(実習地:紡績町パルム)

 

 

 

 比較的にどういう環境でも安定していそうなエマとガイウスに、問題児たち+シノブをB班にし、その他をA班に纏めたような感じの分け方で、ゼダスは一応安堵していた。Ⅶ組最大の面倒な問題であるユーシスとマキアスの関係をどうにかする為に頑張らなくて良いのだし。きっと、B班が何とかしてくれる。そうに違いない。そう信じている。

 

 

 ───と、頭の片隅に思っただけで、ゼダスの脳内は実技テストで起きた事だけを考えていた。

 

 確実に戦術リンクの起動法は合っていたはずだ。現に接続に成功しようとはしていた。

 だが、繋ぎ終える寸前で二人が膝を折った訳で───つまり、その瞬間に何かが起きたのは明らか。

 

 何が起きた? 何が原因だ? 何処かに間違いがあったか?

 

 幾ら考えても答えの欠片も見えない疑問に、延々と思考を重ねていると、何時の間にか特別実習に関する話は終わり、自由解散状態だった。

 しかし、ゼダスはサラから「個別の話がある」と告げられた為、言葉通り職員室に向かうのだった。

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

「───で、一体どういうことだ?」

 

 言われた通り、職員室に着くや否や、開口一番ゼダスはサラに問う。

 サラはそれに答える前に自分の席に腰掛けて、フーッと息を吐いていた。妙に落ち着いているところ、若干の苛立ちを覚えかけたが耐える。この程度を耐えるのは別に苦じゃない。

 すると、ゼダスの顔をジッと見据えてから、サラは先ほど起きたことについて話し始める。

 

「戦術リンクはまだ試験段階の技術よ。分からないことだって、まだまだ一杯ある………けども、さっきの現象は私も見覚えがある」

 

 どうやら、特科クラスⅦ組を設立するにあたり、昨年に現在二年生で先輩にあたる人複数人でARCUSの試験運用をしていたらしいのだ。

 その時に一回だけ起きた現象………しかも、戦術リンクを(・・・・・・)使い始めた(・・・・・)その時に(・・・・)起きた(・・・)現象(・・)がある、とサラは言う。

 全く同じ条件で起きている現象にゼダスは、

 

「何なんだ? 一体何が起きたんだ?」

「今から話すから落ち着きなさいっての………で、多分だけど、アンタは戦術リンクに適応(・・)し過ぎ(・・・)なのよ」

「適応、し過ぎ………?」

 

 サラの言葉にゼダスは首を傾げる。

 

 適応し過ぎていて何が悪いのか? 元からⅦ組はARCUSの適性値の高さで見出されているのだし、適応出来て当然だろう。それが偶々、上手く出来ただけで、何故失敗する?

 

 更に疑問が深まった気しかしない現状に文句を発しようとした瞬間、サラは言葉を続ける。

 

「そう、適応し過ぎているの。言い換えれば、ARCUSとの同調率が異常なまでに高いのよ」

 

 

 ───人の心とは、解析不能にして一生理解出来ない代物である。

 

 

 ふと、ゼダスの頭を過ぎった言葉。

 その言葉とサラの言葉が今だけは繋がって思えた。

 

 心が解析不能で一生理解出来ない───それはつまり、心に関する情報量が多過ぎて、解析しようにも理解しようにも“全”を捉えきれないということで。

 加え、ゼダスには二年以上前の記憶が無い故に生じる『虚無』と、この二年間の執行者としての記憶の情報量の多い二面性が存在している以上、生半可な心では受け止めきれない。

 その上、ゼダスはさっきの戦術リンク接続の時に全開で同調率を引き上げた。

 結果、アリサもシノブも脳での情報整理が追いつかずに膝を着いたという訳だ。

 

「───って、いうことは………」

「察しが良いわね。アンタが戦術リンクを使うには、同調率を無理矢理引き下げるか、膨大な情報量に耐えれるまでにⅦ組のみんなを強くするしかないわけよ。………ただ、どっちにしても貴方に面倒ごとを押し付けることになるわ」

 

 前者の同調率を無理矢理引き下げるということは、ゼダスが自身で掛けている制限を更に増やせということだ。これ以上、制限を増やせば、逆に体力を使うだろうし、ストレスも溜まる。きっと、持って数週間が関の山だ。

 で、後者の膨大な情報量に耐えれるまでにⅦ組メンバーの強化だが………………

 

「どっちも厄介で面倒なのは分かってるが………………よし、決めた」

 

 一瞬で思考を走らせたゼダスは実に簡潔に述べる。

 

 

 

 

 

 

 

 

Ⅶ組(あいつら)の強化、請け負うよ。ササっと強く仕上げてみせるさ。それこそ──執行者(おれたち)レベルまでな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 







主人公から発せられてしまった公式チート化発言。Ⅶ組が一体何処まで化け物になるのか、私ワクワクしてます………





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕開く特別実習初日





FGO始めて今日で一年。記念に私のFGOで初めて召喚出来たSSRの天草ピックアップを10連したら、いつも通りの爆死をした『 黒兎』です。そろそろ私に運をくれって言いたいんですけど、ミリアサだと当たり引けてるしなぁ………もうちょっと運を調整出来ないものか………









 ゼダスがⅦ組メンバーの魔改造………もとい強化を請け負うことを宣言して早半週間。

 今日も今日とて、早朝から街道には死屍累々とした光景が広がっていた。

 

「今日から特別実習だから、早めに切り上げるぞ」

 

 平然としながら言うゼダスはその光景を眺める。

 そこにいたのは全身から大量の汗を流し、グテーっと倒れ込んでいる男女二人。リィンとラウラだ。

 

 流石に一気に全員を鍛え上げるのは無理というか非効率的なので、とりあえず最初の特別実習の行き先が一緒で、前衛組の二人を特訓に誘ったのだ。リィンは「勝てたらゼダスの抱えているものについて話す」という約束がある以上乗ってくるし、ラウラは元からゼダスの戦闘技術に興味があったのだろう。快く承諾してくれた。

 で、この半週間、早朝からひたすら実戦訓練を積ませてみたのだが………まぁ、そんな一朝一夕で埋まるような戦力差では無く、未だにゼダスは一太刀も食らっていない。

 しかし、まだ主武装は使っていないにしろ、ゼダスの流派である《聖扉戦術》の体術技は随分と使わされているのだ。

 やはり、リィン単独だったのがリィンとラウラの二人構成になり、その上戦術リンクが絡んできた結果、単純に二人を相手しているよりも大変になってきたのが大きいのだろう。

 

「(思いの外、戦術リンクが厄介だな………今のところはまだ主武装隠したまま戦えているが、これは近いうちに使わされるかもな)」

 

 特別実習の内容にもよるが、行き先であるケルディックで何らかの強化イベントが発生したとすれば………みるみる内に強くなるのは想像に難くない。ただ、血の滲むような努力が必要になるが、それは各個人の問題だ。本当に強くなりたいのなら、勝手に努力するだろう。そこに関して助言するほど、お人好しでは無い。

 

 さて───、と思考を切り替え、ゼダスは、

 

「それじゃあ、お前らも落ち着き次第戻って来いよ。飯作って待ってるから」

 

 と、言い残し、寮へと引き返して行く。

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 入学してからの日課となった対大所帯の料理製作。随分と手慣れてきたように自分でも感じてしまい、ゼダスは少しばかり苦笑。

 入学前はこんな風に毎日大量の料理を作る羽目になるとは露程も思っていなかった。これも全てサラが原因なのだが、割と感謝していたりはする。調理している間は他のことについて、余り考えなくて済むし、他人も絡んで来難い………来難い………………はずなのだが。

 

「………………」

 

 時期としては実技テストを終わった翌朝から。

 何故か、調理し始めて、ようやく料理が完成するであろうという時にフィーが寝室から降りてきて、無言で摘み食いを始めているのだ。しかも、ジッと料理に勤しんでいるゼダスを見つめながら。

 正直、落ち着かない。この程度で手の操作を誤るほどヤワでは無いにしろ、どこかむず痒く感じるのだ。

 

「(だけど、何を言っても聞かないんだよな………)」

 

 現に前にわざわざ朝早く起きてまで摘み食いしにくる理由を訊ねてみたのだが、それにすら答えなかったのだ。訊ね直しても、きっと答えないだろう。

 この時、ゼダスはふとある疑問を思い出す。

 

「そういえば、フィー。俺、お前と何処かで会ったことあるか?」

 

 特別オリエンテーリングでフィーの顔を見た時から感じていた疑問だ。何処がで見たこと有るような無いような………

 だが、フィーが真面目に答えてくるかは分からない。というか、ゼダスの訊ね方はベタな口説き文句のそれに近い。いや、直球ストレートか。怪しまれて、答えられない可能性の方が高い気がしてきた。

 これは完全に選択間違えたか………と、思うゼダスを余所にフィーは、

 

「………………どうだろ。あんま、気にしたことない」

 

 と回答。

 肯定か否定か捉え難い答えにゼダスは内心げんなりするが、表には出さずに調理を続ける。

 しかし、フィーがマトモに問いに答えたのだ。これを機に聞きたかったことは聞いておこう。

 

「───特別オリエンテーリングの時、サラとの会話で聞こえたんだが………お前、猟兵なんだな」

「“元”猟兵。今は違う」

「まぁ、そこはどっちでも良いけどな。で、元々所属してたのは何処?」

「………………」

 

 フィーは押し黙る。きっと、答えたくないのか答えれないのだろう。

 だがしかし、沈黙というのも一種の回答なのだ。

 そこから推測混じりで推理すれば、それなりに視える物は確実にあるのだ。

 

「(元いた所属を答えられない、か………だが、元猟兵ということに関して引け目の意識は持っていないっぽいな。じゃなきゃ、即座に猟兵だと認めれないだろう。つまり、考えられる可能性は『元いた所属先の仲間が大事で、情報を渡せないから』答えられないのか、『答えたら作動する即死トラップの類でも仕込まれているから』答えられないのか………って、流石に後者は無いか)」

 

 自身の発想にゼダスは苦笑。そんな物騒なトラップなんて仕込まないだろう。………結社レベルの頭可笑しい集団なら、割と有り得ない話では無いのだが。それかもう後が無くなって、自棄になった集団とかも有り得る。実際にゼダスはそういうことを目にしたことがある。

 今思い出しても、アレは酷かった。死よりも惨く、酷い呪いの類い。

 殺すことでしか、救えなかった。ゼダスは殺すことに抵抗はあまり無くとも、あの時だけは凄い嘔吐感に苛まれたものだ。

 

「(────くそっ………随分と嫌な思い出が出てきたな)」

 

 思い出すにしても、調理中は不味かったか………と、後悔するゼダス。

 もう残っている作業といえば、盛り付けくらいなものなのだが、今日だけは手先と思考を分断して行おう。妙に雑念が混じりそうな気がしないし。

 

「フィー」

「何?」

「もう朝飯出来るから、他の奴ら呼んでこい」

「めんどい」

「朝飯抜きにするぞ」

「分かった。行ってくる」

 

 メンドくさいを理由にサボろうとしたフィーに朝飯を盾にゼダスは言う。

 すると、フィーは渋々と実行し始める。………………やはり、メンドくさいよりも食欲の方が勝るのだろう。食欲とは恐ろしいものだ、と思うゼダスがいた。

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 朝食を終え、各々が実習へ赴く準備が出来たところで、トリスタの駅のホームでⅦ組一同は集合していた。

 ある者は実習に期待し、ある者は面倒くせーと思っていたりする中、一人でホームのベンチに腰掛けて考え込んでいる人物がいた。───シノブだ。

 考えることなんて色々あるのだが、同班のユーシスとマキアスの険悪過ぎる関係性が主だ。

 

「(どうすっかなー………あんだけ溝深い悪関係なのを改善させるのって割と無理ゲー感漂ってるんだよなぁ)」

 

 班分けが発表されてから、ずっと考えていたのだが未だに具体的な解決策が出てこないのだった。

 どう手を打っても、きっと無駄。焼け石に水というか、思わぬ所で種火を撒く始末になるやもしれない。そうなっては完全に悪手だろう。

 だからと言って、この実習という普段とは明らかに違う環境になるであろう状況で、何も好転しないというのは不味いのだ。完全に手の打ちようがないことの証明に成りかねない。それだけは何としても避けねばならないのだ。

 

「(でもなぁ………手詰まりなのは変わりないんだよなぁ。というか────)」

 

 はぁ………と、一度溜息を吐き、シノブは思い直す。

 

 

 ───そもそも自分に(・・・)彼らを(・・・)助ける(・・・)資格(・・)なんて(・・・)あるの(・・・)だろうか(・・・・)、と。

 

 

 シノブ自身の今まで辿ってきた軌跡、その過程で抱えることになった物。その全てを、片鱗の一つも露見させずにいる自分が口を挟むのは良いのだろうか?

 Ⅶ組に入って一ヶ月。全員が全員、馴染めたとは言い難いとはいえ、何とかやっていこうとはしている人もいる。…………まぁ、中にはユーシスとマキアスみたく、どうしようもない位に険悪な仲の奴らもいるのだが。

 そんな未来へ進もうとしている人が多数を占める中、一人過去に囚われている。他の人も過去に囚われている可能性も有り得なくはないが……それはあくまで可能性の話だ。シノブはあるかも分からない可能性に縋るような性格では無いのだ。

 

「あんまり考えたくないんだよなぁ……」

「どうした?」

 

 思考に身を委ねていたから気付かなかったが、シノブのすぐ側にはガイウスが立っていた。

 記憶が確かならば、同班だったか………と思うシノブは応える。

 

「んぁ、別に気にされるようなことじゃねぇって。オレ個人の問題だっての」

「そうか………なら、詳しくは聞かないでおこう」

 

 ガイウスのこの深くは踏み込んでこない姿勢は素晴らしい。下手に色々喋らなくて済むのは有難いのだ。

 

「つーか、そろそろ出発じゃなかったか?」

「だから、呼びに来たのだが」

「あー、なるほどな。悪い悪い。今から向かう」

 

 さて、トリスタから実習地のパルムは相当遠い。ずっと列車に揺られても、きっと到着は夕方頃になるだろう。

 その間、ユーシスとマキアスの険悪な雰囲気をなんとかするか、躱さねばならないわけだが………

 

 

 

「(───まぁ、行くとしますか)」

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

「B班、行ったみたいだな」

「そうね。なんて言っても、パルムは帝国最南の町だし」

 

 列車が一本、出発し終わった頃にそう呟いたのはリィン。で、それに応えるように言葉を紡いだのはアリサ。

 A班はA班の方でそれなりに纏まりながら、目的の列車を待っているのだが………………うーむ、何かがおかしい。

 例えるなら、故障していたはずの時計がいつの間にか直っていたとかいう感じが適切だろうか。

 

「なぁ………さっきからずっと気になってたんだが………………」

 

 余りにも自然過ぎて、完全に聞くタイミングを逃していたのだが、この際聞いてはっきりさせておこうと思いゼダスは訊ねる。

 

「リィンとアリサ。お前ら二人、仲直りしたのか?」

 

 さっきから、オリエンテーリング以降からの嫌な雰囲気が消え失せ、如何にも普通に話しているリィンとアリサ。しかも、同班のエリオットとラウラは何も気にしていないし…………これはゼダスさん完全に聞いてないんですけど、と本人困惑気味の状態。

 そのゼダスの問いに答えたのは当の本人らでは無く、ラウラとエリオット。

 

「今朝───確かゼダスは実習に持って行く物を用意してたのだったか」

「その時にね、二人とも『このままじゃ、実習に支障を来す』って思ったんだろうね。ラウラと一緒に集合場所に向かった時に、互いで謝りあってて───」

「ちょっ、貴方っ⁉︎ べ、別にそういう訳じゃ………」

「まぁまぁ、アリサ。落ち着いて」

「ええ、そうね───って、リィン! 貴方も当事者でしょうが! ああ、もうっ! なんで私だけこんな恥ずかしい思いを………」

 

 謎にアリサが一人だけ、変に思考が先走ってる感じがしなくもないが、とりあえずリィンとアリサの関係は何とかなった模様。これなら、A班の懸念材料の一つは無くなったと言えるだろう。これで少しは安心出来る。

 さて、そろそろ乗るべき列車の到着の時刻だ。A班全員、荷物を持って、列車の方へと歩みを進める。

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 列車に乗り込み、全員が席に座った頃に列車は出発した。

 ガタンゴトンと揺られる中、何やらアリサが今回の実習地であるケルディックに関する情報を語っていた。

 

 交易町ケルディック。

 帝国東部、クロイツェン州にあり、広大な穀倉地帯の中心に位置する昔から交易が盛んな町だ。

 帝都ヘイムダルとクロイツェン州を統治するアルバレア公爵家の総本山とも言える翡翠の都市バリアハート、更に貿易都市クロスベルを結ぶ大陸横断鉄道───今、現在進行形で乗車中の列車の中継駅の役割もあるのだ。

 毎週開かれる『大市』は農作物は勿論のこと、バリアハート産の毛皮や宝石、大陸諸国の輸入品等々が流れてくるため、帝国の中でも活気溢れる町と言えるだろう。

 

「───と、言った感じに普通に旅行で来るなら楽しめるんだけど、サラ教官のことを考えると全然安心出来ないのよね………」

 

 そのアリサの言葉に全員が満場一致で首肯。現地で何をすることになるのか、一切聞かされていない状況で安心しろという方が無理である。

 各々がそれぞれに溜息を吐きたくなる中、リィンは、

 

「町に到着したら、一度宿に寄ろう。そこで実習内容を記した封筒を受け取る手筈になってるはずだ」

「へぇー、そうなのか」

「ゼダス………流石に聞いていなさ過ぎであろう」

 

 ラウラが呆れながら呟くと、それにエリオットはハハハと苦笑。

 

 そんな光景を眺めながら、ゼダスの脳裏にある思いが過ぎる。───Ⅶ組の“重心”足り得るリィンこそがこの班のリーダーだろう、と。

 単純な戦闘能力ではゼダスは勿論、ラウラ相手でもリィンは太刀打ち出来ないかもしれない。が、別にリーダーであるために戦闘能力の高さなんてものは必須ではない。

 かなりキャラの濃いメンバーが揃っているⅦ組で、全員と分かりあおうとコミュニケーションを取る彼の姿勢は紛れもなく、リーダーむきだ。少なくとも、協調性の欠片も無いゼダスよりかは適している。

 

「しかし、さっきの駅といい、妙に準備が良過ぎるというか………」

 

 と、アリサは若干警戒。まぁ、普通に列車に乗る為に要る切符とか手続きとかを全てスルー出来たとなると警戒したくはなる。

 が、その答えは意外な所から飛んできた。

 

「───それだけ士官学院も君達に期待してるってわけよ」

 

 A班が腰掛けている席の裏側から響く声。その声の主はサラ教官だった。

 何故、ここにいるのか───と疑問符が浮かべそうな表情をするゼダスを除くA班メンバーを尻目に、ゼダスは特に驚きもせずにいつも通りの声音で、

 

「最初の特別実習だからって説明に来たのか? リィンとアリサの関係も修復出来てるし、人選自体安定してるから大丈夫だけど、B班はヤバいんじゃないか? ユーシスとマキアスの所為で他のメンバーに迷惑掛かりそう───というか、確実に掛かるだろ」

「まぁ、ヤバいでしょうね。えー、でもそれってメンドくさそうじゃない? 険悪さが極まって、どうしようもならない最悪の状態にでもならない限りはフォローしに行きたくないわー」

 

 教職に就く者が発するものに思えない発言に、全員が半眼で見詰めるが、サラ自身は殆ど気にしていない様子で、

 

「ま、A班を手伝うのは宿のチェックインまでよ。そこからは何とか頑張りなさいな」

 

 と言い残すと、どうやら寝落ちしたらしく、スヤスヤと寝息が聴こえる。

 きっと、口では教職らしくない発言をしているが、ここ数日はこの実習の為に徹夜で色々と頑張ってきたのだろう。

 そんな姿を見れば、誰でも報いたくなる。何としてでも実習を成功させねばならないと思うA班一同なのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

緩やかに迫る何か





もうさ………サブタイ思い付かない! どれだけ頭絞っても出てこないわ!


今回は若干………というか、だいぶ文量少なめです。次回はもう少し文量増やせれば良いんですけど………







「やっぱり、トリスタから近いって良いな、ここ」

 

 列車が実習地であるケルディックに着き、下車するや否やゼダスは呟いていた。

 情報通り、それなりに繁盛しているようで、道を行き交う人の姿が多く見受けられる。

 

「そういえば、ゼダスって何処から来たの? ここら辺から?」

「いいや、違う。家はまた別のところにある」

 

 エリオットの質問にゼダスは即座に答える。…………まぁ、真実を告げた訳では無いのだが。

 執行者であるゼダスにとって、明確に“家”と呼べるものは存在しない。結社自体を家と出来るのかもしれないが、あんな危険極まりない所を家として良いのか?

 本来、家というものは心の底から落ち着けるような場所が相応しく、間違っても常時死と隣り合わせなのは何かが可笑しい。それは暗殺業を生業とする一家とか、それに類似する系統のイかれてる奴らの家だろう。

 

「(───って、それこそ結社だな。あそこほど、イかれてる連中が揃ってる所なんて、早々無いぞ)」

 

 改めてゼダスが結社の危険さを感じた時、

 

「んじゃあ、宿まで行くからついて来なさい〜。ちなみにここの特産品はライ麦を使った地ビールよ。あれ美味しいのよねぇ〜。あ、でも君たち学生だから飲んじゃダメよ」

 

 と、サラが。妙に後半部分の声音が弾んでいたので、A班全員「この教官、A班に説明しに来たというよりも地ビール飲みに来ただけじゃないのか?」と思ったりしていた。多分当たっているに違いない。

 

 

「………………………」

 

 

 ────と、サラの思惑云々に思考を割いていた時、ふとゼダスは明後日の方向に何かの気配を感じた。しかも………そう簡単に無視出来ない気配。

 

「悪い、教官。先に宿の方に行っててくれないか? ちょっと気になることが出来た」

「……はぁ………分かったわ。サッサと戻って来なさいよ」

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

「一体何の用だ、《怪盗紳士》」

 

 ケルディックの通りを横に曲がり、日が差し難い裏路地へと足を進めた先にゼダスが感じた気配の主がいた。

 如何にも高価そうな白い服を纏う姿は貴族に見える。……………その顔に趣味の悪そうな仮面さえ付いていなければ。

 

「おやおや、これは《天帝》よ。こんな所で会うとは奇遇だな」

「別に俺としては会いたい訳じゃないんだけど。で、何で執行者のお前が此処に居る?」

 

 眼前にいる男はゼダスと同じ結社の執行者でNo.Ⅹ。さっき呼んだ通り《怪盗紳士》が二つ名で、執行者としては珍しいのだが、表社会である名でよく知られている人物である。

 

 その名も───怪盗B。

 

 西ゼムリア大陸全土を股にかける神出鬼没の怪盗として名が通っているのだ。数々の芸術品等々を鮮やかな盗むところから、一部熱狂的なファンがいるとも言われている。

 

「はは、そう殺気を出さなくても大丈夫さ。この地で何か問題を起こすつもりは無いのでね。………強いて言うなら、《天帝》の君に忠告が用、なのかな」

「忠告───? 一体、どういう内容だ?」

 

《怪盗紳士》の言葉に眉を顰めるゼダスは問うていた。

 普段からテンションの変な奴だ。何かの冗談、妄言な可能性だって充分有り得る。

 だが、執行者の本能が「これは聞き逃すべきでない」と告げているのだ。

 

「まぁ、君が執行者としての実力を十二分に発揮出来るのなら、別に苦ならないだろう。何故なら、こういった事は今まで何度もあった筈だからな」

「要点を掻い摘んで説明しろ、ブルブラン(・・・・・)!」

 

 話の進め方が一々回りくどいのに苛立ち、ゼダスは《怪盗紳士》の本名───ブルブランの名を呼んでいた。

 

「そんなに語気を強めなくともちゃんと伝えるさ。君が全力で殺しにかかってこられては私も危ないのでね」

 

 ブルブランは一度、咳払いをし、その忠告とやらを告げる。

 

 

 

 

「───執行者No.Ⅱ、《天帝》ゼダス・アインフェイト。君は今………中々に厄介な相手に目を付けられている。用心しておくと良いかもしれないぞ」

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

「どう考えても可笑しいでしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 ゼダスはブルブランと別れ、A班と合流しようと宿泊する宿である「風見亭」に足を運び、A班が泊まることになる部屋に向かうや否や、そのようなアリサの悲痛な叫びが聞こえてきた。

 

「何叫んでるんだよ………下の階の人たち驚いてたぞ」

「あ、ゼダス。おかえり〜」

「気になること、とやらの確認は済んだのか?」

「まぁ………済んだって言えば済んだな」

 

 少し歯切れが悪そうに答えるゼダス。

 ラウラの質問に答えた通り、確認は済んだ。だが、あの忠告の内容が全く理解出来ずに現在進行形で考え込んでいるのだ。

 誰かに目を付けられている………狙われているのはよくあることだ。執行者業をこなしていれば、恨みを買うことだってあるし、その報復しようと企てられることもある。現にあった。

 しかし、あんな巫山戯た形でも執行者であるブルブランが「中々に厄介な相手」と言う相手で、恨みを買った相手なんて………いない訳では無いが、わざわざコソコソ嗅ぎ回ってくるような奴はいなかった筈だ。

 

「(なら、誰だ?)」

 

 考えれば考える程に混乱する。ハッキリとした答えが出ないというのは、やはりモヤモヤして心地の良いものではない。

 

 

「────ス………ゼダス?」

「………どうかしたか?」

 

 どうやら、いつの間にか深く考え過ぎていたようで、完全に周りの状態をおざなりにしていた。ゼダスはリィンの呼び掛けに気付き、顔をあげる。

 

「そろそろ実習始めるけど………大丈夫か? 何か考え事してた風だったけど」

「別に大丈夫だ。気にされるような事じゃないし」

 

 執行者という素性をゼダスはⅦ組には隠している以上、忠告内容に関して考えていたなんて言える筈がない。

 とりあえず、変に勘繰られないようにA班と一緒に実習に赴くことにする。

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

「………なぁ、リィン。ちょっと思ったんだが」

 

 ケルディックの街中を歩きながら、遅れて合流した為に見通せていなかった実習内容が記された紙を眺めながらゼダスは思ったことをそのまま口にする。

 

「これ、どう見ても全員で一個一個こなすより、分担してやった方が早く片付くよな?」

 

 その紙に記されていた実習内容は───

 

 

特別実習・1日目、実習内容は以下の通り

 

・東ケルディック街道の手配魔獣

 

・壊れた街道灯の交換

 

・薬の材料調達

 

実習範囲はケルディック周辺、200セルジュ(1セルジュ=100メートル)以内とする。なお、1日ごとにレポートをまとめて、後日担当教官に提出すること。

 

 

 というもので、一項目の依頼の難度は楽であっても、三つある。

 この程度の難度ならば、A班全員で一つに当たるより、分担してやった方が効率が良いだろう。

 

「ゼダスの言う通り、確かに分担した方が早く片付くけど………」

「でも、これ一応実習だしね………全員でやった方が良いんじゃない?」

「………そうだよな、忘れてくれ。普通にやっても早く終わるだろうしな」

 

 ハナから通るなんて思っていなかったのか、すぐにゼダスは意見を下げる。

 これは学院が定めたⅦ組特有のカリキュラムだ。流石にいきなり別行動が認められることはないと薄々気付いていた。せめて、何らかの目に見える結果……その先にある信頼を得ないことには了承されないだろう。

 それがいつになるかは分かったものではないが…………

 

「(今回の特別実習じゃ、無理だろうなぁ……)」

 

 と、思っていたゼダスは気付いていなかった。さっきの発言にただ一人……そうたった一人だけ、違う解釈をしていたことに…………

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 時は夕刻。

 提示されていた依頼の全てを片したⅦ組A班は宿である「風見亭」へと向かう帰路についていた。

 別にそこまで面倒な依頼は無かったのだが、町中を何度も行き来する羽目になれば、疲れが溜まるだろう。

 

「あー………疲れた、早く寝たい。でも、今日のレポートも纏めないとだし、しかも、男女共用部屋………はぁ」

「え、何。宿泊部屋って男女共用なのか?」

 

 何それ聞いてない………そんな雰囲気を纏いながら、ゼダスは訊ねていた。

 

「ああ、ゼダス遅れて合流してたんだったな。うん、男女共用らしい」

 

 丁寧にリィンが答えてくれた。言われてみれば、確かに部屋には五つベットがあったような………だから、部屋に到着した時にアリサが叫んでいた訳だ。合点がいった。

 男女一緒の部屋とか道徳的な意味ではあまりよろしくない気がするが、今の所属は士官学院───軍人として育て上げる場所だ。そして、軍とは昔から男女問わずに寝食を共にするところ。

 故にどれだけアリサが納得していなくて、どれだけ抗議しても絶対に男女共用部屋は覆らないだろう。

 

 そういうところで騒がないところ、ラウラの方が軍人としての心得というか素質があると言えるのだろうか。………アリサの方が素質があろうが、ラウラの方が素質があろうがゼダスにとってはどうでもいいのだが。

 

「そうかー、男女共用部屋……まぁ、気にすることでもないか」

 

 一般的に考えて、年頃の男女が同部屋とか、ある種の間違いが発生する可能性も無くはないが、ゼダスに限っては絶対に有り得ない。

 ゼダスが執行者として生きていた二年間の間に恋だの愛だのの感情が絡んだ事案で良い思い出なんて殆ど無い。しかも、半ばトラウマに成りかけている記憶が原因で随分前にそういった感情は捨ててきた。

 今なら、別に目の前で女が無防備な姿を晒していても襲うなんて行動を絶対に取らないだろう。一時の感情に任せて行動するのは良くないのだ。

 

 

「───ちょっといいか?」

 

 

 唐突に響く声。それはA班の中で一人、一歩引いた位置で歩いていたラウラだった。

 

「どうかした、ラウラ?」

 

 ラウラの言葉にアリサは訊ねるが、

 

「いや、皆に話がある訳ではなくてな………ゼダス。そなたに少し聞きたいことがある」

「んぁ? 何、聞きたいことって」

 

 怠そうにゼダスはラウラの言葉の意味を問う。

 だが、ラウラはすぐそれに答えるでなく、

 

「とりあえず、他の人らは先に宿の方に向かっててもらえるか? 二人で話がしたい」

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

「───で、なんだよ。話って」

「………………」

 

 ゼダスの呼びかけに応えず、道を歩く人の流れに逆らって、歩みを進めるラウラ。そして、全くの無反応に少しばかり苛つきを覚えるゼダスは、そんなラウラに付いて行っていた。

 

 その後、どれだけの時間が経ち、歩き続けただろうか。

 ケルディックの町を抜け、街道に出てきた頃。初めてラウラは振り抜き、ゼダスを真正面からジッと見詰める。

 夕陽に照らされているその表情はまるで何かに怒っているように思える。

 

「ゼダス………そなたに聞きたい」

 

 静かに、それでいて芯の通った声。何の気配も無い街道によく響いて聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

「そなたは………………Ⅶ組を何だと思っている?」

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

灯台下暗しな弱点に新たな敵との邂逅





………………るみるみの声って良いよね(唐突&無関係)







 場所は宿である「風見亭」の一階で営まれている酒場。そこでⅦ組A班一同、一つの卓で食事を共にしているのだが………

 

「………………」

「………………」

「あの………お二人さん?」

 

 黙々と料理を食べ続けている二人───ゼダスとラウラがいた。食事を始めた時から今に至るまで、ずっと何も話さずに料理を口に運んでいる。

 流石に居心地が良い訳がなく、他の人たちが懸命に話を振るのだが、それでも全く意味が無かった。もうかれこれ数回試したが、全て不発だった。

 

 ゼダスとラウラがこんなに無口になったのは二人同士で話し合った以降だ、と全員理解している。故にその話した内容がこの今の状況の根源なのだろうが………会話に発展しないのだから、探りようが無い。

 

「(単なる剣術バカだと思ったら、普通に面倒な部類の人間だったのかよ。ああっ………別に期待していた訳じゃないが………)」

 

 ゼダスは先ほどの会話から勝手にラウラの評価を纏めていたが、良いところを一つも挙げていなかった。

 ゼダスという人物は興味こそ持たせれば、その対象を良くも悪くも視れるのだが、ラウラに関しては良い点の一つも出てこなかった。

 判断材料が少ないのか、そもそも興味を持っていないのか。本人でもどちらか判断し難いが………単に興味が無いんだろう。というか、興味が失せた、の方が適切なのかもしれない。

 

 そんな感じの評価を下す原因となった件の話し合い。ゼダスは少しの時を遡り、その話し合いの内容を思い返す─────

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

「Ⅶ組を何だと思っている、だって?」

 

 夕焼け照らす街道で、ゼダスはラウラから問われた内容を聞き返していた。

 

「ああ、そうだ。そなたの口から意見を聞きたい」

「なら、何で二人っきりで話すことになる? そういうことなら、俺以外のⅦ組メンバーとも共有しとくべき話題だろ」

 

 ゼダスの言っていることは間違ってはいない。

 Ⅶ組に対する思い……それを一人の立場から見たのでは、確実に偏りが出てしまう。何故なら、その本人の価値観という物が大きく関わるからだ。

 それを防ぐ為に、考えるのは一人で良いとしても、最終的な答えを出すには他人の意見も聞く必要が出てくる。

 そういうことを早く理解したのはラウラの呑み込みの速さ故か……ただ問題なのは、ゼダスが言った通り「二人っきりで話をする」という所なのだ。

 これでは意見の偏りは避けられないし、Ⅶ組にとって重要な話題なのにゼダスとラウラ。この二人間での共有となってしまう。後々、他のメンバーに説明とかしなければならないのだから、完全に無駄な時間と手間がかかるのは誰でも想像付く。

 

「それは…………」

「悪い。ちょっとばかり意地悪い質問だったな、忘れてくれ」

 

 答えるのに叶わず、言い淀んでいたラウラの姿にゼダスは先の問いを撤回。だが、言葉は止まることなく続いていく。

 

「でも、不思議なもんだよなぁ……別にその手の話をするのに二人きりになる理由も無いし、学生の時とかに抱き易い恋だの愛だのの感情が絡むほどにまで親密な仲でも無い。ってことはつまり───」

 

 そして、呼び出された時から内心に芽生えていた“警戒”の雰囲気を一切隠さずに現し、ゼダスは怪訝そうな表情で言いたかった一言を紡ぐ。

 

 

 

「───言いたいことがあるんだろ? それも他人に聞かれたくないようなものが。俺はまどろっこしいことは苦手なんだ。さっさと言え」

 

 

 

 ゼダスの言葉にラウラは微かにだが確実に息を呑む。その反応は言われたことが図星だったからか、それとも他の何かが原因だったのか。お生憎様、ゼダスに推し量る術は無かったが、まずこの場で推し量る必要は無いのだから問題無い。

 

 その後、少しの間沈黙が二人を襲う。その沈黙はラウラが紡ぐ言葉を考えている時間だとゼダスは理解出来た為、特に何も思わずに待っていられた。客観的に見たら、ちょっと気不味そうに見えるのかも知れないが、そんなことはどうでもいい。まず客観的に見ている人は街道にいないのだから。

 そして───

 

「………やはり、回りくどいのは苦手だ」

 

 ラウラの中で言葉が選び終わったのだろう。ジッとゼダスを見据えて、言葉を発する。

 

「そなたは一体、何様のつもりだ?」

 

 開口一番、いきなりの言われ様だがゼダスは特に態度に出さずに、

 

「何様って聞かれたら、普通の一学生って答えるしかないんだが」

「それは違うだろう。………いや、違いはしないが合っている(・・・・・)訳でも(・・・)ない(・・)だろう」

 

 うーむ………ハッキリと分かってはいなくても妙に聡い奴だ、と思うゼダス。

 確かにⅦ組の中でも群を抜いている実力があること自体は露見しているから、普通の一学生じゃないと思うのは当然なのかもしれない。しかし、ここまで確信めいた風に言い切れるのだから、ラウラの中で何か決め手があったのかもしれないが………ゼダスが知る術は無い。

 

「まぁ、そう言われるわな。でも、答える訳には行かない」

「何故だ?」

「答える必要がない、義理がない、意味がない」

 

 三段構成でラウラの問いを叩き落とすゼダス。流れる様な即答にラウラは少し唖然としたが、すぐさまに取り直し、ゼダスの言葉に喰らいつく。

 

「そ、それはどういうことだッ⁉︎」

「お前、さっきから聞いてばっかりだな………ちょっとは説明しろよ。そんなこと聞いてどうする───」

「───私たちは仲間(・・)であろう! 何故そこまで隠したがる! 少しは教えてくれても良いだろう! なのに、なのに───!」

 

 ゼダスの文句の様な言葉を遮って、ラウラは吼えるが───それは不味い。

 発言した本人は気付いていないだろうが、その文言にはゼダスに効く地雷が含まれている……それも盛大にヤバい部類の。

 

「……………………る」

「何だ、何を言っている⁉︎」

「───お前に何が分かるッ!」

「ッ⁉︎」

 

 明らかな“憤り”を露わに叫ぶゼダス。その様子にラウラは少なからず驚いていた。驚いた原因は……まぁ、分からなくもない。

 この一ヶ月、ラウラが見てきたゼダスという存在は、きっと何時も冷静で、それでいて殆どの事をこなせて、そして“強者”だったのだろう。

 そんな人物が、こうも感情を露わに叫ぶなど考えていなかったのかもしれない。

 しかし、当時のゼダスが驚いた原因などに思考を割けるはずがなく、ひたすら感情的に、非常にらしくなく吼えたてる。

 

「さっきから聞いてたら好き勝手に言いやがって! 俺のこと何にも知らないくせに!」

「ああ、知らない。私は知らない! だから、知りたいのだろう! Ⅶ組として、仲間(・・)として!」

「仲間仲間って何なんだよ! そんなもんは信頼の上に成り立つ関係性だ! 高々、出会って一ヶ月程度でただのクラスメイトって間柄だけで言える関係性じゃない!」

 

 と、ゼダスは吐き捨て───吼え捨てる。

 柄にもなく憤りを感じているからかは分からないが、ゼダスはラウラの制服の襟元を掴み、そのまま街道に押し倒していた。

 別にこのまま襲うなんて頭の片隅にも思っていないし、とりあえず黙って欲しかった。

 それ故の行動だったのだが、押し倒したとなると必然的に互いの距離が縮まってしまうわけで…………結果的に黙ってはくれたものの、正直気不味い雰囲気が流れている。

 

 そして、どれほどの時間が経っただろうか。

 ラウラは押し倒された最初の頃は気が動転して何が何やら理解の追いつかないような表情を浮かべていたが、今は随分と平静に戻っている。

 一方のゼダスは依然、瞳に怒りを宿したままラウラを睨んだままだった。余程、先の発言がゼダスの中で許せなかったのか、未だに怒りの炎が消えることは無い。

 

 そんな中、突然ラウラが徐に、ポツリと呟く。

 

 

「ゼダス……まさか、そなた…………怖い(・・)、のか?」

 

 

 …………何を言ってるんだ、ラウラ(コイツ)は。

 

 それがゼダスが今のラウラの発言から感じ取れた率直な感想だった。

 全く意図が理解出来ない。

 怖い? 一体何に対して?

 執行者として生きてきて、眼の前に立つ排除すべきもの全てを捩じ伏せてきた。必要だから捩じ伏せた。

 なのに、それで怖い───?

 純粋な価値観の違いか、欠片も理解出来ないその言葉にゼダスはただ困惑するしかなかった。

 

 だが、発言したラウラにはちゃんと根拠があったのか。ゼダスの瞳を覗き込みながら………そして、ゼダスの手を握りながら、言葉を続ける。

 

「そなたの手………先程からずっと震えている。最初は怒っているからだとばかり思っていたが、ようやく理解出来たよ。そなたは怖がっている。人を(・・)信じる(・・・)ことを(・・・)怖がって(・・・・)いる(・・)。違うか?」

「─────ッ⁉︎」

 

 俺が、人を、信じることを、怖がっている?

 

 ちゃんと内容を聴かされてもゼダスはピンと来なかった。

 

「(別に信じている人がいない訳じゃ────って、あれ?)」

 

 反論すべく、すぐさま頭の中を整理して、ゼダスは気付いてしまった。

 

 

 

 ─────俺が、心の底(・・・)から(・・)信頼を(・・・)置いた(・・・)人物(・・)って(・・)誰だ(・・)

 

 

 

 Ⅶ組のメンバーは? ────いや、信頼出来ていない。

 結社の連中は? ──────あれも同じだ。信頼出来ない。

 結社の長、《盟主》は? ──執行者の人生を歩む道をくれたとしても、信用は出来ていない気がする。

 

 思い付いていく全てが信頼も信用もし切れていない事実に、自分のことなのに驚きを隠せないゼダス。

 そして、最後に行き着いたのは執行者生活で一番トラウマと化している記憶にいる“とある一人の騎士”の存在。

 

 あの騎士にならば、心の底から信頼を置いていたのかもしれないが………

 

「(でも………あいつは俺を絶対に許さない。俺はそれだけの罪を犯したんだから。だから、俺が信頼を置くなんてこと自体が間違ってる)」

 

 ………もう全てが潰えた。

 きっと、ラウラの言う通りなのかもしれない。

 誰も信じてないし、信じれない。───勝手に信じても、傷付くと知っているから。故に怖がっている。

 ゼダスの脳裏で立式が完成してしまった以上、多分それは真実なのだ。現に反論する材料が無い。

 

 でも、それを素直に認めるのが無性に嫌で。

 だからと言って、何も言い返せないし、考え無しで言い返すとみっともなく見えるだけで。

 ゼダスが取れる行動は一つだけ───

 

「………………」

「なっ………ど、何処に行く⁉︎」

 

 振り返らずに、ただ無言で、その場を去ることだけだった。

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 その後、半ば逃げるように立ち去ったゼダスは適当にケルディックの街中を歩いていた。勿論、見つからないように氣を操作しての気配遮断は使用している。おかげで見つかりはしないが、同時に街行く人にも見えてない風なので、当たらないように注意しなければならないのは面倒だが仕方ない。

 一定の速度を維持したまま歩き続けて、向かったのはケルディックの目玉である大市。確か、あの広場の奥には簡素だが休憩所があったはずだ。そこである程度時間を潰して休憩しながら、あとで書かないとならないレポートを仕上げてしまおうという魂胆だ。

 

 休憩所に辿り着くや否や、すぐに一席確保し、座り込む。そして、サッサと七面倒なレポートを書き上げてしまおうと紙とペンを取り出すのだが────

 

 

「………………くそっ………」

 

 

 レポートに何を書こうか考えると、最初に出てくるのがさっきのラウラとの一幕で、形容し難い悪感情が湧いてきた。

 

 思考の切り替えは戦場では必須。故に執行者であれば誰でも出来るはず。ならば、自分にも出来る………とゼダスが思うのだが、全く切り替わる気配が無い。完全にドツボにハマっているような感覚だった。

 

 これ以上、深く考えてもロクなことが思い付かないことは何となく察せてしまい、ゼダスはとりあえず脱力しながら、椅子に凭れ掛かる。

 

「あー………もう嫌だ。俺、あいつ苦手だ」

 

 完全に独り言をボヤく変な人なのだが、気配殺してるし、余程のことでもなければ視えないはずだ。別に気にする必要もない。

 もうレポートに綴る内容よりも、ラウラに対する愚痴の方が優先的に頭から湧いて出ている気がする。

 

 ───そんな中、ゼダスはある疑問に打つかった。

 

「そういえば………なんであいつは俺をあんなに気にかける?」

 

 ゼダスがⅦ組の中で浮いてるのは分からなくもないが、そんな奴がいたら、まずは関わらずにした方が良い。そっちの方が面倒ごとを抱えなくて済むし、余計な世話をする必要もない。今回のような案件だって起きなかったはずだ。

 ラウラだって、マトモな思考回路ぐらいは持ち合わせているだろう。ならば、ゼダスを避ける。触らない。関わらないとしておけば良かっただろうに………何故?

 

 頭の中で思い浮かんだ疑問なだけあって、自身の考えだけでは答えが出ないことは理解している。だが、答えが出ないと分かると余計にモヤモヤする。難儀な頭だ。

 

「………………もう今日は何やってもダメっぽいな。最低限の出来でレポートを纏めるか」

 

  ───と、ボヤきながら、レポートを書く際の在り来たりな言葉を適当に並べながら完成させていく。整合性とかは完全に度外視。とりあえず、余白を埋めることだけに専念する。

 そのまま、書き続けて十数分。数枚綴りになっていたレポートも残り一枚に差し掛かったころだ。

 

 

 ───ギィ………………

 

 

 突如、前方から椅子を引く音がした。

 レポートを書いている時も気配遮断を怠った訳では無いから、他からは視え難いはずだ。完全に視えない可能性だって十二分にあり得る。しかし、完全には違和感が消えないので、普通の人は無意識にゼダスの周囲を避けてしまうはずなのだ。

 しかも、大市で開いている殆どの店は今日の営業時間を終えかけているこの時間帯にわざわざ休憩所を使う人はいないだろう。客は客で家やら宿に帰るだろうし、商人は店仕舞いに追われているはずなのだから。

 

「………………」

 

 故に気に掛かり、ゼダスは顔を上げて確認するのだが───その表情は凍り付いた。

 

 無駄に長い髪で顔の殆どが隠れているのだが、紅玉のような眼だけが煌めいて見えるという、顔の造りが理解し難い上に。

 服装は無駄にダボダボな白いローブを着ていて、身体のラインが分からない以上、性別の判断もつかない。

 完全に不明なところしかない姿なのだが………まぁ、そこはどうでも良いのだ。そもそも見たことが無いのだし。ゼダスの表情が凍り付いた理由は他にある。

 

 その座ろうと椅子を引いた席がゼダスと同卓で、対面の席。しかも、無駄に長い髪から覗く赤眼は完全にゼダスの姿を捉えていて………そして、極め付けは物音を立てられるまで全く(・・)気配を(・・・)感じ(・・)取れなかった(・・・・・・)ことだ。

 

 例え、レポートを書いていたとはいえ、普通なら気配は感じ取れる。この程度が出来なければ、実戦でとっくの昔に命を落としている。故に感じ取れないなんて、あってはならない。つまり───

 

 

「(つまり、こいつは─────!)」

 

 

 その時、脳裏には数時間前にブルブランから言われた忠告が浮かんでいた。

 

 

 

『───執行者No.Ⅱ、《天帝》ゼダス・アインフェイト。君は今………中々に厄介な相手に眼を付けられている。用心しておくと良いかもしれないぞ』

 

 

 

 

 

 

 ────ブルブランの言ってた相手かッ!

 

 

 

 

 

 今起きている出来事と忠告が噛み合い、ゼダスは即座に戦闘態勢へと移行する。

 

 

 

 

 

 

 







次回は久々に戦闘シーンな気がします。違うかもしれません




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

奇妙な相手






久々にぐだぐだしながら書いた気がします!







 以前───といっても、一ヶ月から二ヶ月前の頃だっただろうか。

 まだ“学生”ではなく、純粋な“執行者”だった頃のゼダスがある相手と会話していたことをふと思い出した。

 

『───貴方は強いです。執行者としては十分過ぎるほどに強いです』

『いきなり何だ? 未だにアンタから勝利の一つも取れてない俺に対する嫌味か?』

 

 場所はゼムリア大陸地図の何処にも記載されていない所に存在する謎の領域。景色的には、遥か彼方まで続く草原のように見える。

 ただの草原に見えても神聖というか厳かな雰囲気が漂っていて、人が軽々に言葉を発せれるような空気ではないのだが、その二人は特に何を思うでなく、会話を重ねていた。

 

『いえ、違います。純粋な評価ですよ』

『ふーん………まぁ、そこはどうでもいいかな。で、何が言いたいんだよ?』

『これからも貴方は戦い続けるのでしょう。きっと、自身の追い求めているものを手に入れても戦い続けるでしょう』

 

 一部仮定を含む内容なのにゼダスと話している相手───中世の騎士甲冑を纏っている金髪の女性は凛とした声音で言い切る。が、ゼダスは、

 

『あー………いや、戦い続けるかは分かんないぞ。記憶さえ取り戻したら、正直他のことはどうでもよくなるだろうし』

『………貴方の中で本当にそう思っているのなら、今はそれでもいいです。あくまで私から見た貴方ならば戦い続けると思っただけなので』

『そう見えるってことは、俺そんなに戦闘狂なのか? 自覚無いんだが………』

『そんなことはありません。貴方は戦闘を“楽しんでいる”のではなく、戦闘を“必要としている”ようには見えますが』

 

 その言葉の意味をゼダスは一度考える。

 確かに戦闘を“楽しむ”というかは“必要としている”方が合ってはいる。今の記憶が始まった直後には結社入りが確定していたのだし。

 力が無ければ生きていけないし、自身の望んだものを手に入れられない。

 ならば、必然的に力は必要になる。故に彼女はそう見たのか───と、ゼダスは結論付けた。

 

『───生涯戦い続けるかは別として、少なくとも貴方は自身の望むものを手に入れるまでは戦い続けるでしょう。その過程において………そうですね。私にような、というと変な気はしますが、勝てない相手と戦うことになったらどうしますか?』

『別にアンタみたいな、で合ってるよ。今の俺だと勝てないんだし………で、勝てない相手か。だとしたら、答えは一つだろうな』

『一体それは?』

『───“生き残る”。それだけだ』

 

 ゼダスが発したのは至って当然の理論。

 生きていれば何とでもなる。死んでしまえば元も子もない。ただそれだけの話だ。

 命があれば、準備を整え直して再戦するも良し。勝てぬと割り切って逃げてしまうも良し。選択肢は幾らでも見えてくる………のだが、死んでしまってはどうしようもない。屍は動かないし、意志もないのだから。

 

『“抗い続ける”───この選択肢は無いのですか?』

『勝てないって結果が分かってる相手に、その選択肢無いな。抗い続けることで得る結果は良くて引き分け。悪くて負け………つまりは死だ。完全に無駄だろ』

『その理屈に辿り着けているのなら、私も安心です。その上で一つだけ助言させて下さい』

『ん? 何?』

『貴方はこれから、きっと想像も付かないような出来事に次々と出会うことになるでしょう。その中でさっき言った通りの勝てない相手と戦うことになっても絶対に諦めないで下さい。今は勝てなくとも───次は(・・)次こそは(・・・・)と思えるようになって下さい』

 

 

 それが結社の執行者であるゼダスと、結社《身喰らう蛇》の使徒が七柱にして《鋼の聖女》の異名を冠する世界最強クラスの達人───アリアンロードとの最後の会話だった。

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 ブルブランの言っていた“厄介な相手”の出現にゼダスは座していた席を離れ、一気に後方に跳躍する。緊急による行動の為、自身の得物である真紅の大剣《レーヴァティン》を収納してある包みを手には出来ていないが………まぁ、それも仕方ない。そんなことをしたら、死んでいた(・・・・・)

 さっきまで使っていた卓が、見事に綺麗に一刀両断されていたのだ。………いや、その表現は正しいとは言い難い。結果を見たら「一刀両断されていた」という事実だけが観測出来ただけなのだから。

 

 正直な話、何が起きたのか理解出来ていない。卓の切断面から察するに“何か熱い物体で斬られた”のは分かるのだが、相手の纏っていた白いローブの裏からいつ抜き斬って、納刀したのかが全く見えなかったのだ。

 純粋に動体視力が足りなかったのか、それとも何らかの絡繰か。現段階では判別出来ないが厄介なのに変わりはない。

 一つ分かった事と言えば、相手に明確な戦意があることくらいか。そうでなければ、攻撃はしてこないだろう。

 

「(あぁ………くそっ。今の段階で出来ることと言えば………)」

 

 順当に考えれば“応戦”か“撤退”の二択だ。ただ、応戦は悪手に近い。

 相手を最初見た瞬間から表情が凍り付いたレベルなのだから、きっと相手の練度はゼダスと同等。もしくは同等以上。

 

「(勝てる………勝てるか?)」

 

 ゼダスは内心、自身に問うてみるが正直言って勝ち目が見えない。無理に押し切れば勝利とまでは行かなくとも、相手を退かせることは出来るかもしれないが、こちらも無傷では済まないし、そもそも手元に得物が無い時点で成功する確率は減っている。 

 ならば、撤退────なのだが、流石にここで得物を置いての撤退は後々に響く結果を考えて不味い。逃げても追われて戦う羽目になったら、尚更不利な状況に成りかねないし。

 つまり、今やるべきことは何が何でも得物であるレーヴァティンの回収。これ一つだ。

 

 やることを決めたゼダスは一度姿勢を低くし、ただ一点………得物を納めてある包みに視線を合わせて一気に床を踏み込んで、疾った。

 速度は充分。常人の視界には留まらないのだが、相対する相手は確実に常人では無いから勿論、視線は少しも外れていない。

 

「(さて、どうくる?)」

 

 相手が認識出来ている以上、ゼダスの行動を必ず阻害してくる。その妨害が原因でレーヴァティンが取れなくとも、せめて相手の攻撃をちゃんと目視で確認しなければならない。

 

 

 さぁ、レーヴァティンまで残り数アージュ。………3アージュ………2アージュ………1アージュ───と来たところで煌めいた。

 

 

 突如、虚空に煌めいた緋点。それは弧のような軌跡を描き、ゼダスの横腹を殴り付けて、勢いよく吹き飛ばす。

 

「────ってぇ………致命傷だけは回避したけど………」

 

 攻撃を喰らった横腹からは尋常じゃないほどの熱を感じると同時に相当な量の出血が見て取れた。だが、瞬時にゼダスの有している《輝く環(オーリオール)》が反応。物凄い速度で治癒を開始していた。

 今の攻撃は………と、ゼダスは刹那の間に考える。

 さっきの攻撃が卓を両断した攻撃と同じものだとするならば────

 

「(───アレは炎を纏った斬撃、か………しかも、どうやら自分の意志で斬れるっぽいし)」

 

 これなら辻褄が合う。

 両断された卓の断面は若干溶けていた(・・・・・)し、感じた熱もただの痛覚が反応しただけのものとは考えられないくらいに熱かった。しかも、出血の仕方から考えるにアレは間違いなく斬撃。

 ただ厄介なのは………刀身で相手の身を斬る工程を省いて、相手を斬れるらしい。

 文字に起こすと全く訳の分からない話だ。斬る工程を省いて斬れる?

 

「(それ結局、斬ってるじゃねぇかよ………)」

 

 内心で悪態を吐くゼダス。………まぁ、どれだけ武器の特性が分かっても、視えるのは緋点となった斬撃だけなのだ。

 それを避け続けながらにレーヴァティンを回収。やることはそれだけなのに変わりは無い。

 

「つか、聞いてなかったけど、アンタ何者だ?」

 

 レーヴァティンの回収の成功率を少しでも上げるべく、注意を惹こうと思い、ゼダスは問い尋ねる。

 敵なのは、明確な戦意がある時点で明らかだ。結社の連中が面白半分で殺しにきた可能性も無くは無いのだが、よく分からない白いローブを纏った相手なんて見たことは無いし、あんな能力持ちの武器を使っている奴がいるなんて聞いたことも見たことも無い。

 ならば、明らかにしておくべきなのは相手の素性、なのだが………

 

「………………」

「(予想はしてたけど、やっぱり答えないか………)」

 

 黙ったまま攻撃を仕掛けてくる相手が、こんな問いに答えるわけもない。

 長い髪が邪魔で表情が読めないが、紅い眼は未だにジッとゼダスを捉えている。ずっと捉えられ続けるのも癪なので、別に仕返しにもならないのだが、ゼダスは相手の眼を睨み返してやる。───と、その瞬間。眼の奥のより一層紅い瞳がキランと輝いて───

 

 

「────ッ!」

 

 

 何処からともなく発生した緋点。しかも、数が一つではなく、複数。

 その全てが無規則な軌道で、そして同じタイミングでゼダスに牙を剥く。

 ゼダスは己の流派である《聖扉戦術》の体術技で防いだり、去なしたりしているのだが、数も数だ。完全には防ぎ切れていない。

 

「(当たれば斬撃なんだが、飛んでくる時は自動追尾ミサイルみたいな動きしてくるな、これッ! 全く軌道が読めない!)」

 

 無数の光がゼダスを襲い、その副次結果で戦闘場所になっている休憩所にも相当な損害を与えているのだが………………何かがおかしい。

 

「(そういえば………何でこんな戦闘になってるのに誰も気付かない? 大市のすぐ隣だぞ、ここ)」

 

 不思議に思い、《輝く環》で周囲の空間を一気に調べ────答えが出た。

 ゼダスとしては凄く認めたくはないのだが、人祓いの魔術が起動していたのだ。

 何故、認めたくないのかというと、人祓いはその性質上、空属性と幻属性の混合魔術なのだ。それなのに、空属性最高峰の古代遺物(アーティファクト)である《輝く環》を持っているゼダスが気付けなかったのだ。

 その事実にゼダスは少しばかり悔しいのだが、そんなことを思う暇も与えないつもりなのか、相手は素早く接近してくる。

 駆け抜けてくる度に白いローブを棚引く。しかし、角度的な問題か、その中身は見えなかった。

 

「とりあえず、一撃撃ち込む─────ッ!」

 

 近付く相手にゼダスは足裏から練り上げた氣を拳に纏わせ、全力ストレート。

 相手だって高速で動いているのなら、急には方向転換は勿論、制動なんて不可能なはず。故に必中なのだが────

 

 

 ────ガキンッ!

 

 

 白いローブを突き抜け、中身に拳が通った瞬間、その様な甲高い音と共にビリビリと響く衝撃が伝わった。

 そして、ゼダスには何が起きたのか即座に理解出来た。

 

「(あの野郎………芸達者かよ。あんなことを実戦でやる奴いるとか思わねぇ………)」

 

 相手は今、あのローブの中でゼダスの拳を迎撃した。しかも、感触的に迎撃した物は………………太刀の柄頭だ。

 衝撃が一切分散しなかったから、その防御は完全に成功している訳だ。流石にローブの中は相手も視界が届かないだろうに、何たる精度。純粋に怖くなってきた。

 

「(まぁ、今ので相手の武器が分かっただけでも僥倖か。太刀なら使うのは剣術とかだろ。最悪、視えなくても何となる………と良いな)」

 

 現状況にゼダスは願望込みでそう思っていた。負ける気は毛頭無いとはいえ、少しは弱音を吐きたくなっても良いだろう。

 

 そんな中、相手はもっと過激に、苛烈に畳み掛けてくる。

 ローブ越しに撃ち込まれる蹴りに殴り、更に相手の得物である太刀の特性による緋点が暇の一つも与えずに次々襲い来る。素晴らしくも厄介なコンビネーションだ。

 ゼダスもゼダスで応戦はするが………この戦いが起こる直前にラウラに変に動揺を受けさせられた所為か、妙に本調子じゃない。辛うじて対応出来ているが、それもいつまで保つかは分かったものではない。

 

 その後数分間、応酬が続いていたものの、やはり劣勢なのはゼダス。現状に踏み止まれていても───

 

「(───あと、二十三手。このまま撃ち合い続けてたら、そこで詰む)」

 

 執行者としての観察眼が確実な敗北までのカウントダウンを告げていた。

 何とか打開せねばならない。

 そうゼダスは知らず知らずの内に焦燥感に襲われて、打つ手が荒くなる。普段なら呼吸をするのと同じ様に出来ていることが出来なくなっていたり、精度が悪くなっていたりする。

 すると、ゼダス自身が予想していたよりも早く王手に追い詰められる訳で………

 

「………………」

「………………」

 

 体勢を崩されたゼダスは、相手がローブの隙間から太刀の抜身を突き付けられた。少しでも動かされると、即座に首が落ちてしまうであろう中─────

 

「(あっ………これ死ん─────)」

 

 

 ────ズバッ!

 

 

 一切の慈悲も無く、ゼダスは斬られ、盛大に血を吹き出しながら身体を地に落とす。

 倒れたゼダスの身体からは波紋の様に血が流れ続けている。出血量的には確実に死んでいる。これで生きていたら、それこそ奇蹟(・・)だ。

 

 そうやってゼダスを視たからか、その相手は太刀を納めて、姿を眩ませた。

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「(しっかし、まぁ………あの時はヤバかったな)」

 

 数時間前の思い出から我に返るゼダス。いつの間にか、ラウラとの話し合いの後───奇妙な相手との戦闘まで思い返していた。

 

 因みにゼダスはあの時に一度死んでいる(・・・・・)

 なのに、今は平然に飯を食っていられるのは、紛れもなく《輝く環》のおかげだ。

 ありとあらゆる奇蹟を成す事が出来る完全規格外の古代遺物。その手に掛かれば、一回くらいの死なら打ち消せる。………代償として、大量の魔力を持って行かれたが、生きる為だ。これで暫くの間、マトモに魔術の類を使うことは出来なそうだが仕方ないと割り切る他無い。体術等々で乗り切るだけだ。

 

 と、現状を纏めていると皿に盛られた料理が気付かない内に無くなっていた。

 別にこのまま会話に洒落込むのも悪くはないのだが、いかんせんラウラとの関係はお世辞にも良いとは言えない。しかも、それが関係で他の面々にも気を使わせてしまっているのだ。

 ならば、この場で取るべき行動は自ずと見えてくる。

 

 

「ご馳走様。俺は先に部屋戻ってるから、お前らはゆっくりしてろよ」

 

 

 ───雰囲気が悪くなった原因である自分がこの場から立ち去る。それ一択だ。

 

 その行動に全員が何か言いたげな表情を浮かべていたのは視界の端に見えていたが、気にしない様にしていた。だって、気にしていたら面倒だろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

僅かな変心





FGOにて、セミ様用の石ガチャ禁ゲッシュがあるにも関わらず、CCCコラボでメルトリリスのダンスに魅了され、10連爆死しました「 黒兎」です。戒めとして、呼符も使用不可になりました。これからのイベントどうしよ………






 ゼダスが部屋に戻ってから、まず寝た。

 

 

「(………一回死んだからな。少しは休んでも文句は無いだろう?)」

 

 

 ──との謎自論により、数時間は寝ていたのだ。

 体内の魔力は殆ど枯らしているから、その改善の為に休息は急務。そんじょそこらの相手ならば、体術だけで何とかなるのだが………夕刻の相手並みの手練れが再び襲ってくる可能性も無くは無いのだ。

 ならば、少しでも早く魔力回復を済ませておきたい。いつでも万全の力を使えるようにしておく。これは重要だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───次は(・・)次こそは(・・・・)勝つ為に(・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 不意にゼダスは眼が覚めた。

 特段、何かを感じて反射的に起きた訳では無い。感じたのは、部屋に備えつけられている窓が開いていて、夜風が流れ込んで来たことくらいだ。その程度で眼が覚める様な奴ではない。

 

「………そういえば、実習で泊まる宿の部屋は全員一緒なんだったな。すっかり忘れてた」

 

 同室に感じる人の氣から、その情報を思い出していた。

 ということは、良い雰囲気ではないラウラもこの部屋で寝てる訳で………普通に寝ていた。別に何かしようとは思っていないゼダスである。

 きっと、実習初日という慣れない環境での行動で疲れが溜まったのだろう。他の面々も心地良さそうに寝ていた。

 だが、その中に在る一つの違和感をゼダスは見逃さなかった。

 

「一人居ないな………多分、リィンか。あの野郎、何処行った?」

 

 一人分の気配が足りない。

 女子二人は視界に入ってるから確認出来ているし、残りの気配は多分エリオット。とすれば、居ないのはリィンだと消去法から導き出せる。

 

「(このまま放っておいても問題無いんだが………)」

 

 リィンだって、自分のことに関する管理くらいは出来るはずだ。深夜の危険等々は何とかするだろうし、仮に何とかならなくてもそれは自己責任だ。別にゼダスが責められることはない。

 それに一人で何とかした方が本人の実力向上には適している。わざわざ探しに行く必要も義理も無い………そう、無いのだが───

 

「………ああっ、もうっ! 変に気になって、マトモに寝れそうに無いだろ!」

 

 先ほどから寝続けていたからか、それとも本当に気になったのか、妙に眼が冴えて睡眠に戻れないゼダス。

 気付いたら、勢い良く宿部屋から飛び出して行っていた。

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 探し始めて数分。ケルディックに繋がっている街道にて、案外アッサリとリィンの姿を見つけることが出来たゼダスは、とりあえず付近の木に身を寄せ、気配を断ち切っていた。理由としては二つある。

 

 一つは、リィンがこれから何をするのかを探るためだ。すぐに姿を現してしまうとはぐらかされる可能性も無くは無い。問い質せばいつか吐かせることは簡単なのだが、無駄に心理戦で体力を喰いそうなので却下。

 

 二つ目は、無闇矢鱈に気配を晒したくないからだ。ゼダス以上の強敵と戦う際にリィンが一緒だと面倒というか苦戦する確率が大幅に上がる。《輝く環》がマトモに機能しない今、それは出来る限り避けておきたい。

 ゼダス級の気配遮断ともなれば、並大抵の相手では違和感すら気付かない。違和感に気付けたとしても、そこからゼダス本体を見つけるとなると更に難易度が跳ね上がる。リィンくらいならば、そう易々と見つかりはしないだろう。仮に他の相手に見つかったとしても、瞬時にその場を離れれば、リィンに飛火することはない。単純な話だ。

 

「(………まぁ、何と取り繕うともストーキング紛いのことをしていることに変わりは無いんだよな)」

 

 別に悪いと思いはしないが、男が男をストーキングなど変な意味と取られかねない。………そもそも、そんなことで騒ぎ立てる様な輩がゼダスの姿をちゃんと視認出来るのかは分からないが。

 

 リィンの観察を始めて約数分。彼は太刀を素振りしたり、彼が修めている流派の《八葉一刀流》の技の感触を確かめていたりした。

 技のキレも冴えていて、それ相応の技量を持っているのだと見受けられる。………まぁ、それでも執行者には遠く及ばないのだが、内に秘めたる力はまだまだ残っているのだろう。これからもドンドンと強くなっていくに違いない。

 

「(将来に期待ってところか………)」

 

 心の中でリィンに対する評価を改めて定めるゼダス。割と上々だったりする。

 しかし、それは今はどうでも良く、するべきことは他にある。

 

「(翌日に疲労を残されるとこっちが被る手間が増える可能性があるしな………そろそろ止めるか。オーバーワークはあまりよろしくないしな)おーい、リィン」

「えっ………ゼダスか? どうしてここに?」

「夜中に一人でほっつき歩く奴なんて見掛けたら、少しは追いたくなるだろ。勝手に抜け出すな、危ないから」

「それは悪かったよ。確かに夜中に一人は危ないな………だけど、俺だって強くはないけど、自分の身を守ることくらいは───」

「馬鹿か。この世界は広いんだぞ? お前よりも強い奴なんて巨万といるんだ。少しは気を付けろ」

 

 ゼダスは止める体でリィンに話し掛けたのだが、流れで説教染みたことをしてしまっている。

 こういうのは大抵の場合、面倒くさがられるから避けるべきなのだが、ゼダスは今のⅦ組メンバーにどう思われようが正直どうでも良いわけで………結果、止まることなく話し続けていたが、その途中でリィンは口を挟む。

 

 

「────ゼダスって、なんだかんだ言いながら人が良いよな」

 

 

 ────今日はよく理解されにくいことばかり言われるな。

 

 リィンの突然の発言にゼダスはそう思わざるを得なかった。夕刻のラウラの発言だって、理解し難い内容だったのだし。

 

「そんな訳無いだろ。こんな奴が人が良い判定なら、全世界の殆どの人間が良い奴だよ」

 

 そう言いながら、ゼダスはそこら辺の木の元に腰を下ろす。それに吊られて、リィンも同じ木の元に腰を下ろした。

 

「そうかな? 学生寮の運営を一人で執り行って、しかもこうやって心配して付いて来てくれたんだろう? 普通に良い人じゃないか」

「違うよ、良い人じゃない。お前らが知らないだけで、俺はもっと醜いしロクでなしだ」

「仮にそうだとしても、俺から見たら良い人だ。今はそれで良いよ」

 

 リィンの言ってることは穴だらけで、どの角度から攻めても反論出来る。

 しかも、発言内容を鑑みるに反論は必須なのだが………

 

「(………くそっ………………なんで言葉が纏まらない? というか、なんで反論したくない自分がいる様に感じるんだ?)」

 

 ………何度考えても、思い付かない。ちょっとむず痒く感じ、頭を少し掻いていた。

 そんなゼダスを見て、リィンは少し微笑んでいた。まるでゼダスの考えてることが分かっているようだ。………………実際にはそんなことはないだろうが、今のゼダスの表情に幾らかの情報が浮かんでいるのだろう。

 

「夕飯の時の雰囲気から察せたけど、今ラウラと険悪な雰囲気なんだろう? 俺も『どうして本気を出さない?』って聞かれて、あまり良い雰囲気じゃ───」

「───あいつは単純に頭が堅いんだよ。言い換えれば、人の事を何一つ考えてない」

 

 リィンが言い切る前にラウラに対する意見をきっぱりと言い放つゼダス。その言葉には明らかな棘が含まれている。そして、一度口にしたら止まらないのか、そのまま言葉を紡ぎ続ける。

 

「こっちの事情を全く理解せず───いや、俺に関しては殆ど話してないから理解はされてないんだろうが。寧ろ、理解されたくないし。まぁ、その点を除いても、頭は堅いわな。愚直なまでに剣術一本で戦うし、しかもそれを曲げようともしない。あれか、あいつは馬鹿なのか? 別に馬鹿でも良いが、せめてこっちに迷惑掛けるなっての………」

「───やっぱり、ゼダスは良い人だよ。今ので確信出来た」

「はぁ⁉︎ お前、ホント何言ってんだ⁉︎」

 

 リィンの発言に思わずゼダスは叫んでいた。幸い街道だったから良かったものの、街中で叫んでいたら近所迷惑は避けられなかったに違いない。だが、ゼダスが叫ぶのは何もおかしくはないのだ。

 ゼダスが述べたのは明らかにラウラに対する悪態だ。何処からどう見ても悪態以外の何物でもない。なのに、それを受けてリィンはゼダスを良い人と呼ぶ。首の一つでも傾げたくなるのは必然だろう。

 しかし、そんなゼダスの疑問を一蹴するかのようにリィンは、

 

「だって、出会ってから一ヶ月も経ってないのにそこまで深く視れているんだろう? 並大抵の人間じゃ、そんなことは出来ないだろうし………そして、その視る相手に悪い印象を抱いていたら絶対に無理だと思うんだ」

「だからなぁ、俺はあいつに良い印象は抱いてな───」

「でも、最初は? 最初はどうだった? 最初から悪い印象を抱いていたのか?」

「それは………」

 

 言い淀むゼダス。

 ラウラと初めて出会った時といえば───士官学院のあるトリスタで、ゼダスの不注意が原因でぶつかったのだ。

 あの時は確か………ほんの僅かな要素を見つけてくる凄まじい観察眼と、そこからゼダスを剣客だと瞬時に結び付ける判断力に舌を巻いた記憶がある。あれをどう解釈しても悪い印象とは言い難い。

 

「即答出来ないんなら、ゼダスの中で何か思うところがあるってことだ。それが何かは分からないけど、何処かに良い所がある訳だ。なら、そこだけでも認めて(・・・)信じて(・・・)あげれば良いんじゃないか? 少なくとも俺はそう思うよ」

「………………」

 

 ゼダスはリィンの言葉に絶句していた。

 何も、何処も納得はしてない。でも、その言葉を否定してはならない気がした。

 根拠なんてない。あるわけがない。故に戸惑いしか湧いてこないのだが………そんな中、ゼダスは返す。

 

「別に認めるわけじゃない………が、俺もまだ頭が堅いってことかよ。ああ、もう!」

 

 他人に対して偉そうに言っていたのに、ゼダス自身が相当に頭が堅かった事実を認めた。

 それが妙に恥ずかしいのか、ゼダスはリィンに、

 

「リィン! これ以上、明日に───つか、もう日変わってるはずだから今日になるのか。今日に疲れを残されると色々と困るからな! そろそろ戻るぞ!」

 

 ────と言い、ケルディックの町へと引き返していく。

 そんなゼダスにリィンは微笑みながら付いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝一番、ラウラは困惑を隠せずにいた。

 

 昨日の夕方から、ゼダスとの会話から発生したいざこざの様な物が原因で互いに口を利き難くなっていた。現在進行形で今も口を利けていないのだ。

 そこからラウラの胸中にはちょっとしか引っ掛かりというか何というかを晴らすべく、早朝から剣でも振ろうかと思っていたのだが───

 

 

「─────昨日は済まなかった」

 

 

 ラウラが宿の一階に降りるや否やゼダスが頭を下げて謝ってきたのだ。

 一体、何の心境の変化があったのか。それが全く分からずにラウラは怪訝な表情を浮かべるが、その謝るゼダスの姿からは真剣さを感じられ、冗談半分で行なっている訳ではないのだと嫌でも理解出来る。

 

「お前の言う通りだ。確かに俺は人を信じるのが怖いのかもしれない。だから、今でも俺はⅦ組(お前ら)を信じる気がない」

「そなた、まだ眼を背けるのか………?」

「馬鹿か、最後まで聞け馬鹿」

「馬鹿と言ったな⁉︎ しかも二回も!」

 

 ゼダスは謝罪の姿勢を解きながらラウラを貶すと、本人は声を荒げる。

 だが、ゼダスはそんなことを気にしていないのか、自分の言いたいことをそのまま続けた。

 

「───だが、今の段階で信じれないって断じるのは話が違うだろ? だから、俺に(・・)お前らを(・・・・)信じさせてくれ(・・・・・・・)

「なっ────!」

 

 きっと、ラウラは今、「何こいつ、凄い我が儘なことを言ってるんだ?」と思っているのだろう。現に言った本人のゼダスでさえ、我が儘過ぎて無茶苦茶な言葉だと自覚している。

 

「ああ、分かってるさ。俺にとっての都合の良い話だ。都合の良過ぎる話だ」

 

 零から信用まで結び付けるとなると、その過程において異常なまでに多く、そして絶大な労力を伴う。なのに、それで得られるのは、ゼダス・アインフェイトという人物からの信用のみ。

 損得の天秤が全く釣り合っていないのだ。

 故にこんな話を受ける必要はない。────普通なら。

 

「だから、お互いの納得の行くようにしよう。お前らは俺に対する信用を稼ぐ。そして、俺はお前らに強さを与える。それでどうだ?」

「強さ………?」

「そうだ、強さだ。強さは有っては困らないだろ? ………まぁ、俺に関する情報は渡せないとしても、強さなら与えられるしな。俺的には等価交換なんだが、どうかな?」

 

 交換材料としては、あまり適切とは言い難い。きっと、これが他のⅦ組メンバーだったなら、交渉成立する確率は下がっていたに違いない。

 だが、ことこのラウラにおいて、強さを引き合いに出した交渉は良い判断なのだ。

 

「(ラウラが目指す先が何処かは知らない。だが、あいつの環境とかを鑑みるに剣術………強さが関わってくるのは絶対だろう)」

 

 だから、殆どの確率で乗ってくるはずなのだ。実際───

 

「私はそなたを仲間だと思っている。これは入学式の時から揺るがぬ見解だ。だから、信じると誓おう。それで強さが手に入るのなら、私としても願い叶ったりだ」

「それじゃ、交渉成立───」

「だが、この内容で他の全員を納得させられるのか? 誰もが強さを求めている訳では無いと思うのだが………」

「まぁ、そこは何とかするさ」

「そうか………なら、これからよろしく頼めるか?」

 

 そう言い、ラウラは手を差し伸べてくる。

 ゼダスはその手を一瞥した後───

 

「交渉が成立している間はよろしく頼む、ラウラさん」

「………辞めにしないか、その呼び方。あまり、さん付けで呼ばれるのは好きではない」

「分かったよ。よろしく、ラウラ」

 

 と言いながら、ラウラの手を取り、握ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

突如起きた事件




前回の投稿から一ヶ月も経ってました。お待たせしてスミマセンm(_ _)m

現実生活が忙しかったのもあるのですが、FGOしてたりミリアサしてたりしたら、執筆時間取りにくくなってて………←おい
だ、だって、へヴリディーズの報酬美味いのが悪いんだ! 私は悪くない!






「………」

「………」

「あの………お二人さん?」

 

 何か、昨日辺りの状態とほぼ同じように黙々と朝食を食べ進めるゼダスとラウラの二人。だがしかし、その沈黙には昨日のような気不味さはなく、ただ普通に無言で食事をしているという、寮で見掛ける光景となっていた。

 口に含んでいたパンを呑み込んだゼダスは、リィンの言葉に答えるべく問い返す。

 

「ん? どうかしたか?」

「いや、問題が解決した感じがしてるのは何でだ?」

「そうよ、昨日なんて口の一つも利けそうにない雰囲気だったじゃない」

 

 リィンの指摘に便乗するアリサ。口を挟んでいないエリオットも気になった風の視線を向けてくる。

 朝から追求されるという状況は、あまりゼダスとしては好ましくないのだが、返す言葉は自然と出てきた。

 

「リィンが口利けって言ったから、口利いたんだろ」

「なっ、ゼダス貴様! そういう訳だったのか⁉︎」

 

 猛然と喰ってかかるラウラにゼダスは、

 

「あー、いや、違うといえば嘘になるが、あの時の言葉に嘘偽りは無いからな。交渉は全く問題無く成立してるんだから、別に良いだろ」

 

 と弁解。

 何処も間違ってないし、ラウラだって分かっているだろう。だが、他のメンバーにとっては要領を得ない発言だったに違いない。

 朝の二人っきりの会話を聞いていなければ、“あの時の言葉”や“交渉”などの明確な意味は理解出来ない。出来るはずがない。

 いずれ、各自に伝えねばならないのだろうが、今はラウラだけで手一杯な気もしている。一度に複数の関係を掛け持つのは宜しくないと理解しているが故、まだ言わなくても良いだろう。

 

「というか、リィン。お前もラウラと色々あって気不味いんだろ? だったら、今の内に解決しとけよ。後に持ち越されると面倒極まりない」

 

 昨晩の会話から得た情報をゼダスは忘れていなかった。言葉通り、後々に響くと厄介なのもこのタイミングで発言した原因の一つなのだが、原因として最たるものは単純に話を逸らしたかったから。

 

「そうだな………ラウラ、昨日は済まなかった」

 

 別に図った訳ではないのだろうが、今朝の謝罪と似たり寄ったりな文言にゼダスは吹きそうになるが、ここは堪える。流石に真面目な雰囲気を叩き潰す気は一切無い。

 

「何故謝る? あの事に関してはそなた自身の問題故、謝る必要はないと言ったはずだが?」

「いや、違うんだ。謝るのは、“剣の道”を軽んじる発言をしたことについてだ」

 

 詳しくは聞いていなかったものの、何となく話の流れを掴めてきたゼダス。確かにリィンとラウラが揉める内容としては納得出来るものだった。

 “剣の道”に対しての価値観は剣を振るう者によってそれぞれだ。そして、この二人に関しても例外ではない。故に、意見が食い違った末に揉めても何ら可笑しくは無い。

 

「『ただの初伝止まり』なんて、よく考えたら失礼な言葉だ………老師にも、八葉一刀流にも、“剣の道”そのものに対しても。それを軽んじたことだけは、せめて謝らせて欲しいんだ」

 

 しかし、どうやら和解する雰囲気らしいし、ゼダスが口を挟む必要は無いだろう。というか、口を挟むつもりは元から無かった。

 

「………一つ抜けている」

「え………」

「そなたの事情は知らぬ。だが、身分や立場に関係無く、どんな人間だろうと誇り高くあれると私は信じている。ならばそなたは、そなた自身を軽んじたことを恥じるべきだろう」

 

 ラウラの言葉に何やら思うところがあったのか、リィンは一度押し黙る。が、そんな中ラウラは問う。

 

「リィン………そなた、“剣の道”は好きか?」

「………好きとか嫌いとかいう感じじゃないな。あるのが当たり前で、自分の一部みたいなものだから」

 

 そのリィンの答えに納得したのか、ラウラは頷く。

 

「そうか……ならば良い」

 

 こうして、解決解決───と思ったのも束の間。

 

 

「女将さん! 大変大変!」

 

 

 そんな声と共に勢いよく開かれた宿屋の扉。あまりの勢いにA班全員は、驚きの度合いは違うとはいえ、驚いていた。エリオットなんて、相当凄い顔をしていた。写真にでも収めておけば、後々弄る素材としては申し分無い気がしたが、そんな話は今はどうでも良い。

 服装から察するにこの宿屋のウエイトレスだろう。その声音からは相当の焦りが垣間見える。

 

「朝っぱらから五月蝿いよ、ルイセ。出て来るのが遅いよ」

 

 宿の女将さんの言葉を察するにウエイトレスの少女はルイセという名なのだろう………そのルイセは遅刻に関して謝りながら、慌てている事情を説明し始めた。

 どうやら、大市の方で事件があったらしい。昨日から屋台の出店場所をかけて争っていた二人がいたらしいのだ。で、その日には決まり切らなかったそうなのだが………昨晩中の内に両方の屋台が綺麗に壊されていたそうだ。しかも、商品まで盗まれたと言う。

 そして、今現在─────

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

「────喧嘩してるって訳か」

 

 

 Ⅶ組A班は現場となった大市に出てきた。

 そこでは、平民風貌の男性と貴族風貌の男性が喧嘩していた。初老の男性が何とか仲裁を試みているが、多分その程度で怒りは収まらないだろう。

 商人にとっては商品は文字通り生命線といっても差し支えない上、全部盗っていかれたのだ。争っている相手の所為にしたいのはよく分かる。が、冷静に考えたら有り得ないのだ。

 何故なら、互いに商品を綺麗さっぱりに盗まれているからだ。相手の所為にするのなら、別に自分の商品を紛失させる必要は無い。………そういう一般的な思考を逆手に取ったが故に、“紛失した”体を装っているのかもしれない。まぁ、今幾ら考察しても答えが出る話では無い。

 

 現状を把握したゼダスは一度頷き、言葉を発する。

 

 

「───よし、俺らは実習課題片付けるか」

 

 

「「「「────ッ⁉︎」」」」

 

 ゼダスの言葉に何やら驚いた表情を浮かべるその他大勢にゼダスは首を傾げる。

 

「何か間違ったことを言ったか? 至極真っ当な意見だろ」

「助けるって選択肢は……?」

「“助ける”だぁ? どう見ても、学生の分際で首突っ込める内容じゃないだろ」

 

 言い分としては何処も間違っていない。

 商人同士のいざこざ相手に学生が何が出来るというのか。普通に考えて、何も出来ない。それでも何かしようとして、話の内容が拗れても駄目なのだ。結果的に迷惑を掛けることになってしまうのならば、何もしない方が良い。

 しかも、こういう問題に関しては、もっと別に適任な役職の人達がいるのだ。

 

「だから、俺達がわざわざ動く必要は無いんだって。………ほら、彼奴らに任せれば良いから」

 

 ゼダスの視線の先にいたのは、武装をした軍隊………このケルディックの街を統治しているクロイツェン領邦軍だった。

 街で起こった盗難事件なのだから、彼らには解決する“義務”がある。ならば、任せてしまっても何も不思議ではない。

 そう思い、そそくさとゼダスは大市から離れようとしたのだが────

 

 

「こんな早朝から何事だ! 即刻解散しろ!」

 

 

 ───その怒号が耳朶を打った瞬間、足が止まった。

 そのまま、話の内容を聴いていたのだが、解決する気が更々無いのだと嫌でも理解させる。

 流石に異を唱えたくなり、ゼダスは走り出して、商人と領邦軍の隊長の間に割って入る。

 

「『いがみあう2人の商人が同時に同じ事件を起こしたと考えたら、辻褄が合う』って………仮にも大市に出店するとなったら相当の量の商品があったはずだろう? それを一晩で綺麗さっぱり盗むのでさえ大変過ぎるのに、屋台までも破壊だぞ? しかも、互いの身に起こってるんだ。アンタらが示した意見を元に考えると、その上に互いに気付かれないようにやったってことだろ? そんなの有り得る訳が無い」

「いきなり、しゃしゃり出てきてなんだ、貴様は。学生風情が知ったような口を利くなよ。生憎、領邦軍にはこんな些事(・・)に手間を割く余裕なんてないのでな。さて、どうする? このまま騒動を続けるのなら、両者拘束して処理するだけだが」

 

 完全に隠蔽する気しかない。本来、権力を振り翳すことが出来る領邦軍が行ってはならない行為だろう。

 その言葉に当事者2人とその現場を見ていた野次馬達は一同に押し黙る。それに隊長は、

 

「フン、それで良い。それでは失礼する。我々も忙しいのでな」

 

 と言い残し、隊を率いて大市を後にして行った。

 残された当事者たちは、何に当たって良いか分からず、行き場の無い怒りを地面に叩きつけた。その気持ちもよく分かる。

 ただでさえ、商品窃盗に屋台破壊というだけで心情の荒れ具合はある程度凄いのに、その上にあの領邦軍の不適切な対応だ。故に怒りを地面に叩きつけたことを咎める者は誰一人として居なかった。

 

 

 だから…………だろうか。

 

 

 別に困った人を助けようとする世間一般の綺麗な“正義”では無い。

 もっと、単純で。明確で。そして───私欲的な理由。

 

 

 

 ───単に腹が立ったから。

 

 

 

 ただそれだけの理由で、ゼダスは呟いていた。

 

「この一件、任せてもらえませんか?」

 

 学生では身に余る。それはさっき他のメンバーに言った通りだ。

 だが、このゼダス・アインフェイトという人物は“学生”であり、“執行者”である。この程度の案件ならば、別に捌けない訳ではない。

 

「お前ら、この件を何とかしたかったんだろ? なら、良かったな、関われて」

「でも、さっき無理って………」

無理(・・)なんて一言も言ってねぇよ。ただ、普通にやったら手に余る可能性が高かっただけで………ま、俺がちょっと本気出せば何とでもなるだろ」

 

 若干キレ気味だからか、投げ捨てるような言葉を吐くゼダスだが、その身からは自信で溢れているように視えた。

 

「───で、A班の班長さん(リィン)? やるかやらないかはお前に任せる。………まぁ、最悪俺一人で何とかするしさ」

「………ゼダスの言う通りだ。ハナから見過ごすことは出来ないし、解決出来る見込みがあるなら、やってみるべきだ」

 

 その言葉に異論は無いのか、一同は頷いた。

 

 

「それじゃあ、解決に向けて動き始めますか」

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 その後、大市の元締めであるオットーから事態の一時収拾及び解決に向けて動くことになったⅦ組A班に礼が施された。その際にこのケルディックの現状についての情報を聞き出したのだが、得ていた知識以上に深刻だった。

 

 どうやら、このケルディックを納めている翡翠の都バリアハートの公爵家にして、クラスメイトであるユーシスの実家であるアルバレア公爵家が二月ほど前に、大市の売上税を大幅に上げてきたそうなのだ。しかも、その増税の量は並大抵の商人だと普通の生活を維持するのが危うくなるレベル。

 その為、元締めであるオットーはその増税の量を少しでも下げてもらおうと、直接公爵家に訴えに行くのだが、全て門前払いに遭っている。しかも、公爵家はそれを煩わしく思っているのか、領邦軍を利用した嫌がらせを行ってくるのだ。今回のような諍いにも不干渉だし、基本困っていても助けないと来た。

 

「ホント、無茶苦茶じゃない!」

「お前、ちょっと五月蝿いぞ。もう少し静かに出来ないのか?」

 

 男女二人────ゼダスとアリサは、そんな会話をしながら、ケルディックの街中を歩いていた。

 何故、こうなったかというと、班内で役割分担をしたからだ。因みに分けたのはゼダス。

 リィン、エリオット、ラウラには聞き込みを任せ、ゼダスとアリサは証拠を探すことにしたのだ。が、先程からアリサの愚痴ばかりを聴いてる気しかしない。別にいいのだが、少しは証拠を探す方に注力してほしい。

 

「(んー、一晩の内に商人二人分の品物を盗み出す方法か………あの領邦軍(クズ)どもが自ら危険な事に足を踏み入れるとは考え難い。となると、人を雇ったか? それなら、人手は確保出来る。あとは商品を何処に隠したかだが、一晩で膨大な量の品物を遠くまでは運べないはず。なら、発見され難い所でやり過ごしたか………? というか、そもそも、領邦軍が関わってるか………? 第三者って可能性も無くは無いし………)」

「なんなのよ、あの対応は! もう思い出しただけで腹立つ!」

「てめぇ、本当に五月蝿いなッ! 考えが纏まらないだろ!」

 

 思考が纏まり切らない苛立ちとアリサの愚痴が合わさり、耐えきれなくなったゼダスは猛然と叫ぶ。

 その瞬間、ゼダスの脳裏に一筋の光明が差した。

 “これ”ならば、推理がある程度進むだろうし、アリサの愚痴だって少しは減るだろう。若干の危険は伴うだろうが、そこはゼダスの手腕で何とかするしかない。いや、何とかなる。

 

「よーし、分かった分かった。そこまで領邦軍の野郎どもに言いたいことが溜まってるんだな?」

「………? そうだけど、何よ………」

「それじゃあ──────」

 

 

 

 きっと、この時のゼダスは良い笑顔をしていたのだろう。………どういう意味で良い笑顔かは想像に任せるが。

 

 

 

 

 

 

「領邦軍の詰所に突撃しに行こうぜ? 俺ら二人だけでさ」

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

真実は見えてくる





結局またもや前話から一ヶ月空いて申し訳ございません! 色々立て込んでいました!(と言ってみるけども、普段のTwitterの感じだと立て込んでる感/Zeroなんですけどね)

最近、シンフォギアに嵌って大変です。ストーリーが胸熱過ぎて好き過ぎる………楽曲を歌いたい絶唱したい。感化されて御蔵入りしてた歌姫キャラ引っ張り出そうと思ったけども、歌の表現ってどうするのが正解か分からないので諦めたという………悲しい(泣)





「ぜ、ゼダス! 貴方、本気なの⁉︎」

「お前が愚痴ばっかり漏らすからだろ。本人達に言ってやれ、スカッとするから。あと、俺も確認することあるし」

 

 一切止まるつもりは無いのか、歩みを止めないゼダスにアリサは言葉を掛けていた。

 ゼダスが向かっているのは言葉通りクロイツェン領邦軍の詰所なのだが、このやり取りは数回繰り返した。それでも止まらないのだから、もう何を言っても通じないだろう。妙に頑固である。

 

「いやー、楽しみだなー。アリサの本音聴いて、あいつらどんな顔するかなぁー」

「それって、敵のど真ん中で言うことになるんでしょ⁉︎ 袋叩きされる未来しか見えないんですけど!」

「そこは何とかするさ。うん、きっと何とかなる」

「なんで、きっととか不確定性しかない言葉なのよ! 不安しかない!」

 

 アリサが無駄に喚くから街行く人たちの視線が痛い。故にちょっと足速に歩みを進めるゼダスである。

 

 そして、約数分後。目的地である領邦軍の詰所に着いたのだが、その門には警備員が二人立っていた。時間帯が合えば、誰も居ないという可能性も無くは無いと思っていたのだが、流石にそう上手くはいかなかった。まぁ、居ても居なくても大して支障は無い。

 歩いてきたそのままの勢いで詰所の中へと突き進んで行こうとしたのだが………

 

「おい、そこのお前。ちょっと止まれ」

 

 ………警備員に止められた。当然だ。

 

「? なんか止められる用事あります?」

「お前、ここが何処か分かっているのか?」

「領邦軍の詰所だろ? このラインフォルト家の(・・・・・・・・・)御息女様(・・・・)が今から愚痴を思いっ切り打ちまける舞台な────」

 

 瞬間、空気が凍った。というか、この場の全員の表情が凍った。

 警備員達はラインフォルト家の御息女(アリサ)の家名故に。そして、当の本人(アリサ)は何故サラッと家名を告げられた故に。

 

 “ラインフォルト”といえば、帝国最大の重工業メーカーのことを指す。

 導力製品の製造・開発を主業としていて、Ⅶ組で支給されている戦術オーブメント《ARCUS》やエリオットとエマが試験運用に携わっている魔導杖なども作っている。

 元々、武器工房が発展し、大規模になって成った企業だからか、軍事関連の兵器開発事業なども数多い。その為、帝国正規軍や各州の領邦軍と契約を結んでいるのだ。

 そんな所の家名を背負っている御令嬢を? ここで無下に追い払ったら? 最悪は契約打ち切りからの何らかの嫌がらせが飛んでくる可能性だって無くは無いのだ。

 

「という訳で、サッサと通してくれ? ここで面倒な問答を重ねる気は無いんだ。それとも、堪忍袋の尾が切れかけてる御息女様の御機嫌を損ねた結果、色んな兵器で嗾けられるような地獄でも見たいか?」

 

 そんなゼダスの言葉に何を感じたのかは知らないが、警備員達は無言で道を開いてくれた。

 その開いた道を「ありがとさん」と随分気軽そうに言いながら進むゼダスに急いで着いて行くことしか出来ないアリサであった。

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

「───待ちなさいよ!」

 

 領邦軍の詰所の廊下を悠然と歩くゼダスは突如上げたアリサの言葉に足を止めた。

 

「さっきからなんなんだ? 何か気に掛かることでも?」

「あるわよ、大いにあるわよ! ───なんで、なんで貴方が私の家名(ファミリーネーム)を知ってるのよ!」

 

 ───そう、それがさっきアリサが驚いた一番の原因。

 

 アリサは特別オリエンテーリングの時から一貫して家名を「R」で通してきている。

 そもそもⅦ組自体、平民とか貴族とかの階級による問題を一部の誰かさん達を除き、触れないようにしているからか、本来の家名を隠していても誰も気にしていないし、誰も触れようとしてこなかった。

 故にアリサの本来の家名を知る由など無いはずなのだが………………まぁ、アリサ本人の言葉から察するに気付いていないのだろう。

 

「そこまで隠したがるんなら、隠し事が上手くなるように少しは努力しろよ。列車での事件の時、全く隠さず普通に家名言ってたからな」

「え、う、ウソ………」

 

 やはり、無自覚だった。

 アリサは軽く絶望し掛けているが、ゼダスは気にせず歩みを進め始めた。

 

「(………………ま、お前の家名は随分前から知ってたんだけどな)」

 

 と、内心呟くで止めたゼダスはアリサに言う。

 

「んじゃあ、そろそろ行こうぜ。この扉の先だろうしさ」

 

 ゼダスが指差す先には扉があった。最奥に位置する所にあったことを考えると、この先には領邦軍の奴らがいる訳だ。

 アリサは少しばかり緊張している風だったが、そんなことを気にせずにゼダスは扉を壊すかのように思いっ切り押し開く。ちょっと扉から危ない音がしたが、外れてはいないし大丈夫だろう。

 

「な、なんだいきなり!」

「誰の断りで入ってきた!?」

「あーあーうるさいったらありゃしない。ちょっと黙るってこと出来ません? 流石に目障りだぞ───って、この場合は耳障りか」

「て、テメェ───!」

 

 きっと、領邦軍の中に一際短気な輩がいたのだろう。平然としたままのゼダス目掛けて殴り掛かってくるが、相手は執行者。その行動をしっかりと視て、パシッと受けながら、その力を利用して投げ飛ばす。

 ゼダスは投げ飛ばした相手の方に歩み寄り、懐に隠されていた拳銃一丁を拝借。いつでも発砲出来るように準備した後に相手の眉間に銃口を突き付けた。

 

「これで良しっと。おーし、お前ら動くなよー。下手に動いたら、この人即殺しちゃうからな」

 

 ゼダスは間の抜けた声でそう言うが、一切の冗談さは感じられない。つまりは本気。殺ろうと思えばいつでも殺る訳だ。

 

「それじゃあ、ラインフォルトのお嬢様。言いたい愚痴というか文句、存分にどうぞ!」

 

 アリサのことを名で呼ばず、あえて家名で呼ぶ。しかも、いつも以上に嬉々とした声音で。

 ここで本当に言って良いのだろうか判断しかねているアリサはゼダスに視線で尋ねるが、返した応答は無言の首肯のみ。

 

「(───ってことは、言えってことだよね………)」

 

 後がどうなろうと知ったことではない。ゼダスが自信満々にしているのだ。きっと何か策があると信じて、アリサは口を開く。

 

「あなた達は一体何なの………あなた達は何の為に存在しているの!?」

 

 一度口から漏れ出せば、止まらなかった。

 

「領邦軍なんでしょ! なら、自分たちが治めている土地で起きたトラブルくらい解決しようと努めなさいよ! 何なの、あの理不尽な収め方は!」

「小娘に何が分かr「───分かるわよッ!」」

 

 アリサの言葉は有無も言わせない。言わせる暇も与えない。

 

「あなた達が間違ってることくらいは分かるわよッ! 絶対におかしい! 絶対に違う! なんで………なんで困っている人をあんな風に見捨てられるの! 理解出来ない………ッ!」

 

 冷静さを欠いて文句を吼えているように見え、それ故にアリサの身体は僅かながらに震えているように見えるが───それは少しばかり違う。

 

 ────普通に怖いのだ。そして、それは真っ当な人間としては当然の反応である。

 

 ゼダスが人質を抑えているから領邦軍の連中は身動きを取れていないとはいえ、敵陣のど真ん中というのに変わりはない。その上、相手の数は優に二桁に達している。未だに本気の片鱗を見せてないゼダスだとしても、容易に“数の差”を覆せるとは思わない。

 しかも、下手をしなくても退路を塞がれる可能性だって無くはないし、一見優勢に見えてもたった一手で挽回不能の劣勢に追い詰められる可能性がある現状で、怖くならないほうが変なのだ。

 

「ま、ちょっとは感情的過ぎはするが、概ね言いたかったことは言ってくれたぜ………確かにあの対応の仕方はお世辞にも良いとは言えないな。何であんな対応を取った? あれは不信感抱かせるには充分過ぎるぞ」

 

 と、アリサの言葉を継いで、ゼダスは領邦軍に問う。

 

「………あの状況において、あの対応が最善だと判断したからだ。それ以外にあり得ると思うのか?」

 

 どうせ思ってもいない建前だらけの回答にゼダスはうへーとしたくなるが、表情には出さずにして返す。

 

「…………人の判断は、人それぞれの価値観によるからな。そう言われると、こっちもあまり言い返せる言葉は無い訳だ。それじゃあ、用は済んだ(・・・・・)し、そろそろお暇させてもらおうかな」

 

 そう言ったゼダスは拳銃を突き付けることを止め、アリサの手を引き、領邦軍の詰所を後にしようとするが────まぁ、ただで出てる訳が無かった。

 いきなりズカズカと入ってくるわ、サラッと赤子の手を捻るかのように投げ飛ばされるわ、挙げ句の果てに拳銃を突き付けられて脅されるわなどで散々とコケにされたが故、領邦軍のプライドはズダズダ。ゼダスとアリサが部屋から出る前に領邦軍は二人を包囲する。

 

「(素直に帰らせてはくれないか……)」

 

 完全に予想のままに事が進んでいたからか、ゼダスは一切動揺せずに歩みを進める。

 その先に誰が立ち塞がろうが構わない。誰であろうと前に立つなら“障害”と同義なのだ。踏み倒して、貫いて、突き進むまでのこと。

 ゼダスは片手片足で綺麗に巧く領邦軍の連中を捌く。が、実際の力で劣る領邦軍だが、ある一点においては優位に立っていた。

 

 

 ────それは“数”。

 

 

 二人と多数では、そもそもの数が違う。しかも、戦闘力に換算すればゼダスは物凄い強大な存在でも、アリサはさして問題になるほどに強い訳ではない。

 一人に対して大人数で当たれ、その上片方の相手は気にする必要が無いとなれば、確実にゼダスたちは不利なのだ……なのだが。

 

「死ね───!」

 

 それは殺意の篭った一撃。人の影に隠れたところから放たれた致命的な一発の銃弾。

 しかも、狙うはアリサ。反応する暇も無く、ただ命を散らすだけ──の運命は一瞬で覆った。

 

 まるで視えていたかのようにゼダスは瞬時に対応していた。

 まずはアリサを詰所の外へと蹴り飛ばし(・・・・・)、そして銃弾は手刀で弾き飛ばしたのだ。

 

「───ったく、無駄に数が多いとやっぱり厄介だな」

 

 信じられないものを観たかのように呆然とする領邦軍の連中。それもそうだ。銃弾を手刀で弾き飛ばすなど常人が出来るような技ではない。

 銃弾を弾くのに使った手を軽く振りながら冷ますゼダス。流石に無傷という訳では無かったが、動きに鈍りが滲み出るほどではない。軽く振っておけば大丈夫だろう。

 

「無駄な事をせず、ここから出してくれればお互いに下手な手間を掛けずに済むんだけどな。序でに言うとさっき起きてたトラブルに関しても首を突っ込まないでくれると助かるんだが」

 

 心からの願いを吐露する……………が、それを聞き入れる連中でないのは百も承知。結局、道を空けず仕舞いにゼダスは。

 

「そうか………それがお前らの選択ってなら文句は言わないさ。ただ─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───────ちょっとばかし痛い目見てもらうぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

「………ったく………………一体何なのよ」

 

 気がつくと領邦軍の詰所から出ていた────もとい蹴り飛ばされたアリサは困惑の表情を浮かべながら言葉を紡ぐ。

 “困惑”───と称してはいるが、あの状況でゼダスに蹴り飛ばされた理由が分からないほどアリサという少女は馬鹿でも疎くも無かった。

 

「(あの場において私は完全に足手纏いだった………何も出来なかった)」

 

 蹴り飛ばされる寸前、ほんの数瞬だけ見えた気がしたが、あのまま踏み止まる………または同速度で行進を続けていたら、間違いなく命を摘まれていた。そして、それを一人で反応し、回避出来たかと問われれば、否としか答えれないだろう。

 だが、ゼダスならば余裕綽々に反応出来たに違いない。彼の素性・経歴に関して何か知っているわけではないが、彼からはそう言わんとする“何か”が滲み出ているから、そういう思考に辿り着くのだ。

 

 そんなことを思い始めたからか、アリサは若干気分が落ち気味になるが、瞬間。詰所から轟音が鳴り響く。そして、その音が鳴り終わると特に変わった様子が無いゼダスが歩いて出てくる。

 

「い、今の轟音は一体何よ⁉︎」

「アリサか………さっき思いっきり蹴り飛ばしたけど大丈夫っぽいな。ちょっと領邦軍の奴らを懲らしめただけだ」

「“懲らしめた”であの音って何したのよ………?」

 

 と問うたが、アリサは尋ねたことを後悔した。何故なら、ゼダスはただ無言で笑みを浮かべていただけだから。

 

「(きっと口に出ないようなことをしたのね………)」

 

 そう思ったアリサは苦笑を返すことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────みたいなことがあった」

 

 

 聞き込みを任せていたリィン、エリオット、ラウラと合流し、詰所での一件を報告したゼダス。

 

「それって、ただ領邦軍に喧嘩を売っただけなんじゃ………」

「確かにそうだ。これではこちらの行動に茶々を入れられるだけではないか?」

 

 エリオットとラウラの指摘にゼダスは首肯を返す。

 勝手に侵入して、言いたいことだけ言って出てきたのだ。それ相応の仕返しがあっても可笑しくないし、寧ろ仕返しがない方が可笑しい。が────

 

「普通に考えればそうなんだが………まぁ、なんだ。殺してはいないが(・・・・・・・・)軽く行動不能(・・・・・・)にはしてきた(・・・・・・)。数日は動けないだろうから大丈夫だろ」

 

 何やら物騒なことを呟くゼダスに全員の半眼の視線が突き刺さるが、当の本人は全くもって気にしていない。ゼダスとしては建前だらけの回答が聞けた時点で領邦軍の連中は用済みだったのだ。寧ろ、これ以上この件に介入してほしくないのが本音だ。なのに殺していないのだから、その事実だけでマシだと思ってほしい。

 

「───で、そっちは何か有益な情報を掴めたのか?」

「有益かは分からないんだけど、ちょっと気になることは聞けたんだ」

「気になること………?」

 

 リィンの発した「気になること」にアリサは食い付く。

 

「どうやら最近、いきなり勤め先をクビにされた人がいたらしい」

「そいつが単に無能だった可能性は? 別に気になるような内容じゃないだろ」

「最後まで聞いてくれよ………で、その人はこの町の郊外にある自然公園の管理をしていたらしいんだ」

「自然公園といえば、『ルナリア自然公園』よね?」

 

 ルナリア自然公園といえば、リィンが発した言葉にあった通り、ケルディックの郊外に位置する自然公園だ。しかも、相当の広さの敷地があると有名だ。そこの管理を任されていたとなると、クビになったというその人は仕事が出来る人なのだろう。

 しかし、そうなると理解し難い点が出てくる。───それほどの人が即日クビという点だ。せめて、事前通告の一つを入れるべきだろう。

 

「ほう………」

 

 脳裏に疑問点が浮かんでくるとゼダスは考え始める。そして、聞いておきたい疑問を素直に口にした。

 

「因みにその後任はどんな奴か分かるか?」

「その人曰く『チャラチャラした若僧』らしいが、いかんせん酔っ払ってたからな………」

「聞いた感じ、後任の方が仕事は出来なさそうだな………で、言ってることは事実なんだろうな。多分、それ自棄酒だ。そんな奴を何人か見たことある」

 

 そう答えるとゼダスはまた思考に身を落とす。

 深く、深く、深く。己の仮説を組み立てるべく、脳内の情報を整理する。

 そして、徐ろに口走り始めた。

 

「一晩で二人分の商品を盗み出す方法………これに関しては人を雇えば解決と前に結論出来ている。そして、隠すには一晩で商品を持って移動出来る距離と隠せるだけの広さがあるという条件の場所が必要だ。それこそ、さっき話題に挙がった『ルナリア自然公園』が最適だろう。で、管理を任せられた人を理不尽に解雇されたことにも辻褄が合う。だって、首謀者側の人間に管理させないと真夜中に運び込むなんて無理だろうしな」

 

 ズラズラと推理を並べたゼダス。

 

「確かにそれなら不整合な点が無いと言えるのか………」

 

 ふむ、と頷きながらラウラは納得する。

 

「ってことは………」

「次の行き先は………」

 

 次の行き先は決まった。なら、するべきことは決まっている。

 

 

 

 

「それじゃあ、この面倒な一件に終止符を打つ為にルナリア自然公園に向かうとしようぜ」

 

 

 

 

 

 








次話こそは! もっと早く書き上げます!(失敗フラグ)




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

解決までの道筋と立ちはだかる相手






シンフォギア面白いよ、シンフォギア!
もう最近はずっとシンフォギアの楽曲ばかりを聴いてる「 黒兎」さんです。おかげで響&翼&クリスの「RADIANT FORCE」は耳コピしちゃったからね。これでもしカラオケに行くことになっても安心!(そもそも行く相手なんて殆どいないけど)。というか前奏長くて、間が持ちそうない気が………






「流石に開いてないか……」

 

 目的地であるルナリア自然公園に到着した特科クラスⅦ組A班御一行はいきなり問題に直面していた。自然公園に入る為の門が錠で閉められていたのだ。

 当然と言われれば当然だ。ゼダスの推理通りならば、この先には盗み出された商品が置かれていて、最悪はその実行犯が居座っている可能性もあるから。

 

「これじゃあ入れないじゃない……どうするの?」

「私が大剣で砕けば──」

「バカか、お前は。そんな派手にやると音で気付かれるだろ。出来るだけ静かに行きたい」

 

 ラウラの提案を即刻却下したゼダスはこの場の対処について思考を走らせる。

 さっき言った通り、ラウラの大剣で処理するのは却下。だからと言って、アリサの弓やエリオットの魔導杖ではそもそも火力不足。ゼダスが素手で叩き割っても問題無いが、それではラウラのと同じ理由で却下されるだろうし、本人が却下する。

 と、なれば───

 

「───リィン。お前の太刀で音無しに両断出来るか?」

 

 随分と無理な要望を提示しているのは重々承知。だが、ゼダスの瞳にはリィンならば出来ると踏めていた。

 それは何の根拠もない“信頼”ではなく、この入学からの少しの間にゼダスの観察眼を用いて導き出した“確信”だ。その程度の芸当ならば多少は難しかろうとも成功出来る。そう………リィンが現在初段止まりとはいえ、あの《剣仙(・・)》と呼ばれる無双の剣士が拓いた『八葉一刀流』の使い手ならば。

 

 《剣仙》───その二つ名は、この世界で剣に精通する者ならば相当の知名度を誇っている達人級の使い手である。噂に聞いた通りならば、ゼムリア大陸各地を転々としている放浪者らしい。

 執行者として同じく各地を転々としていたゼダスだが、《剣仙》と戦ったことはない。

 

「(いつかは戦ってみたいと思っていたりはしているんだけどな……)」

 

 と思うや否や、即座に頭を横に振る。今必要でないことは考えなくていい。

 

「…………出来るか分からないけど、やるだけやってみるよ」

 

 承諾したリィンは太刀を抜き構える。スゥっと息を吸って、太刀を思いっ切り振り下ろす。

 すると、錠は音の一つも立てずに両断されて、地面に落ちた。

 

「ここまで静かに断てるのか……」

「よくそんな細身の剣で……侮れないわね」

「正直、予想以上の出来だ……よし、これなら侵入出来るな」

 

 

 道は開かれた。ならば───後は進むだけだ。

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「ほら、急げ! まだ何も終わってないんだからな!」

 

 自然公園の中を疾駆するゼダスと、それを死に物狂いで追いつこうと全力疾走を強いられる他のメンバー。だが、正直言って全く追い付きそうにない。

 そもそもゼダス自身の身体能力が秀でているから追い付ける道理は無いし、何より厄介なのが────

 

「ゼダス! これはどういうつもりなのだ⁉︎」

 

 ───先走ったゼダスがわざわざそこら辺を徘徊している魔獣を引きつけて戦わせてくるのだ。疾走しながらの戦闘は普段よりも体力を多く消耗するのだと実感させられる。

 

「どういうつもりって言ってもなぁ………ちょっと色々な理由でサッサと強くなってもらわないとダメなんだわ。こういう荒技で特訓ってのも良いだろ?」

「それでもこんなの求めてないわよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!」

 

 悲鳴にも似た声を挙げながら、アリサは次々と矢を番え、魔獣に向けて放つ。単発の火力は若干控え目だとしても、何度も連続で刺されると魔獣は沈んでいく。

 他のメンバーも抗議をしながらも得物で魔獣を討っていくが数が数だ。頭数が減ってる実感は正直言って無く、寧ろ増えている感じしかしない。

 それもそのはず。今も変わらずゼダスが魔獣を引きつけてくるのだから。これでは進行などロクに出来たものではない。しかし、進まねばならぬが故に疾走を強いられるという矛盾。相当に理不尽だ。

 

「(うーむ………俺が招いておいて言うのは御門違いなんだろうが、流石に無茶か? 後のことを考えると体力の擦り減らし過ぎるのは良くないか)」

 

 自分のした行動を顧みるゼダス。だが────

 

 

「(………まぁ、後十分はやらせるか)」

 

 

 

 

 ………………多分、殆ど反省してない。

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 その後、Ⅶ組A班が殲滅活動に専念するものの一向に頭数が減らなかった魔獣たち。

 しかし、心の中で決めていた時刻になったことを確認するとゼダスは行動を開始。目にも止まらぬ速さで自然公園を縦横無尽に駆け、魔獣を数瞬の内に討ち切った。

 

「ふぅ……終わりっと」

 

 眼前で明らか過ぎる格の違いを見せつけられ、唖然とするゼダスを除く全員。武器を何も持たない徒手空拳で四人分の頑張りを凌駕する結果をあっさりと出したのだ。唖然とされても、驚かれても何も可笑しくはない。現に逆の立場なら絶対に驚いている。

 

「ほら、道拓けたぞ。んじゃあ、行くか───って、休憩必要そうだな」

 

 全員の状況を一見で把握し切ったゼダスは休息を提案。その選択に安堵したのか、全員はへなへなと座り込み、盛大に息を切らす。今までサウナに入れられてたかのような量の汗を流してるところ、余裕無く頑張っていたのだと理解させられる。

 しかし、休憩に割く時間があるかと言われると正直微妙なところだ。間に合うとは思う───思いたいが、打てる手は全て打ってしまおう。

 そう思ったゼダスは何も言わずに地を蹴って、自然公園の木々の上を跳んで行く。きっと全員が行動可能なまでに回復するにはある程度時間が掛かる。その間に先の方を偵察する腹だ。

 

「(特に変わった罠とかは仕掛けられてないようだな………しかも、さっき色んなところから魔獣を掻き集めた甲斐あってか、この先に魔獣の反応は殆ど無いっと。進行には時間掛かりそうにないな。───って、アレは………)」

 

 ゼダスが視界に収めたのは、自然公園の奥の方で開けた地形の場所だった。銃器を武装した男が四人くらいいて、木箱が一箇所に纏めて大量に積んである。きっとあれが今回の一件の騒動の引き金になった二人分の商品だろう。

 このまま突っ込んでも商品を取り返すのは余裕だ。というか、そちらの方が楽で簡単なまである。

 だがしかし、この一件を請け負ったのはゼダス個人ではなく、Ⅶ組A班だ。単独で取り返す必要はないし、意味もない。ついでに───

 

「(この気配………………奥に進めば進むほどに濃くなるぞ)」

 

 先ほどから感じていた“気配を感じない”という独特の気配。この気配はもう二度目だ。流石に間違えるはずがない。

 

「(あのローブ野郎────)」

 

 昨日、ゼダスを殺した相手───その気配がこの自然公園の中に在る。

 

 正直、これに関しては誤算だった。

 昨日のあの時間、あの場所にわざわざ赴いてまでゼダスを殺しにきたのだ。そして、現に殺せた訳だ。

 となれば、もうとっくにこの街から離れていると思っていたのだが……どうやらそれは希望的観測だったらしい。

 他に目的があったのか、それともゼダスが一度では殺し切れないことを知っていたのか。今現在、推し量る術は無いが、どちらにせよ面倒なことになっているのに変わりはない。

 

 

「(出来ることならこの一件を終わらせるまでは戦いたくないんだよなぁ………………まぁ、でも)」

 

 

 心に秘めた想いは一つだ。

 それが何時、どんな状況であれ─────

 

 

 

 

 

 

「(次は(・・)次こそは(・・・・)絶対に勝つ─────ただそれだけの話だ)」

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 ゼダスがⅦ組A班の元に舞い戻る頃には離れた時から約十分近くの時間が経過していた。

 未だ全員が全快とは言い難いが、あと数戦なら本気を出せる程度には回復しているとゼダスは視えた。これならば、上手く立ち回れば支障は無いだろう。

 

「よし、もう大丈夫そうだな」

「こ、これのどこを見て大丈夫そうに見えるのよ……何? 目悪いの? それとも頭?」

「それだけ軽口叩けるんなら大丈夫だろ」

 

 ゼダスはアリサの抗議を切って捨てる。

 

「それよりもサッサと行くぞ。また魔獣が集まってくると厄介だ」

 

 

 ───これは勿論、嘘だ。

 

 

 先程行った偵察した限りでは魔獣の姿一つも無かった。この自然公園内を隈なく探せばまだ出てくる気はするが、進行するのには問題無いはずだ。

 では、何故ここで嘘を吐いたのか───その答えは少し考えれば導き出せるものだった。

 

「(その方が色々と都合が良いからな………あの相手と再戦するにしても、A班の前で本気を出したくない。だが、本気を出さないと勝てない相手だ)」

 

 そんな相手が同じ場所にいる。明確な目的が分からない以上、どういう行動に出るかは予測の域を出ない。仮に目的がゼダスの命としたとしても、何時襲ってくるかは不明。

 となれば、必然的に請け負った事件の早期収束が求められる訳だ。何時でも対応出来るようにしておくのは必要だろう。

 

 だが、そんなゼダスの思考など露知らずリィンは。

 

「ゼダスの言う通りだ。これ以上、戦闘を重ねるのはあんまり良くない」

 

 と、同意を示す。

 ゼダスを除く班としての総意は「せめて事件解決まではこれ以上に無駄な戦闘を増やしたくない」になったのか、他の面々もリィンの同意に異議を申し立てなかった。

 

「全員が納得してるなら早く行くぞ。さっき見てきた感じだともう直ぐ目的地っぽいし」

「いきなりいなくなってると思ったら、偵察に行ってたんだね………ゼダスの体力は凄いや」

「体力なんて普段からある程度運動してたら勝手に付くからな。それよりも意識することは『如何にして体力を使わないようにするか』だ。そこさえ踏まえてたら、誰でも出来る。結局は慣れだ」

 

 偵察に行ってたことについてエリオットに触れられたから、ゼダスなりのコツを教えたが、これが役に立つかは分からない。そもそも、エリオット───というかこのA班の面子が偵察に行かなければならない場面なんてそう来ないだろう。というか来てほしくない。

 だって、今回みたく体力に余裕があった場合以外で偵察しなければならない場面なんて、きっとロクなことが起きてないに違いない。しかも、そういう状況での偵察は一つのミスすると終わりだ。事態を有利にする為の偵察が逆に相手側が有利になってしまう為の足掛かりとなってしまいかねない。

 ならば、偵察をしない───というかリスクの高い行動を取らない場面で在り続けることを祈るのが一番正しいのだ。………まぁ、戦場ではそんな理想的な展開になる可能性など殆ど無いのだが。

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 その後、自然公園の中を道なりに、そして最短に駆け抜けていったⅦ組A班。道中に目立った妨害などは無かった為、十分も掛からない間に最奥部手前に到着した。

 何故直ぐに突撃しなかったかなのだが、作戦会議をする為だ。

 ゼダス単独ならまだしも、今回は班行動だ。そして、偵察通りなら相手は全員が銃器持ちときた。となれば、無策に突っ込むのは愚策中の愚策なのである。

 

「───と、まぁ、説明した通り連中は全員が飛び道具持ちだ。『銃は剣より強し』という言葉がある通り、順当に考えれば近距離戦闘が得意なリィンとラウラは相当不利になる」

「ゼダスはどうなのだ? そなたも基本は近距離戦闘ばかり行うではないか」

「俺はどの距離でも戦えるっての。少なくとも、あの程度の連中には絶対に負けない。────で、一見凄い不利に見えそうな現状だが、攻略法なら正直幾らでも思い付くんだ」

 

 ゼダスは攻略法を説明し始める。

 

「まず前提として、相手側はまだコッチの存在には気づいていない───これが俺らが持ってる最高のアドバンテージだ。こうやって作戦会議を出来るのもそのお陰だしな。もっと言えば、今の内に導力魔法でも立ち上げておくことで、出て行った瞬間に遠距離から奇襲を掛けることも可能だ」

「確かに言う通りだけど………そこまで制圧力の高い魔法を使えるのなんて誰もいないでしょ」

 

 手にしてまだ一ヶ月も経っていない戦術オーブメントであるARCUS。それで広範囲に影響を及ぼす魔法を使えるものはまだ誰もいなかった。………………厳密に言えば、ゼダスは使えなくはないが残り魔力は未だに殆ど残ってないし、裏でコッソリとARCUSを魔改造し始めている最中だ。そんな状態で魔法の式を立ち上げようものなら多分不発な上に爆発する。

 

「別に制圧力が高くある必要は無いさ………まぁ、高いに越したことはないが、今は度外視して良い要素で────一瞬だけだ。一瞬だけ隙を作れれば問題無い」

 

 そう、勝負は一瞬で決まるのだ。

 

「ほんの一瞬だけでも気を反らせることが出来たなら、その間にリィンとラウラが近付いて、無力化して勝ち。何処も難しいところはないだろ」

「こうやって説明されれば、簡単そうに聞こえるが………成功率としてはどれ位だ?」

「説明通りなら確実だ………………と、言い切れれば良いんだが、ここは仮にも戦場だ。“絶対”なんて存在しないことは肝に銘じとけ」

 

 丁寧に説明し切ったゼダスは最後に。

 

 

 

「────それで、だ。この先はお前らに任せて良いか?」

 

 

 

「いきなりどういう訳だッ⁉︎」

 

 一応隠れて作戦会議している最中なのだから、叫ぶのはどうかと思ったゼダスだが、そこは注意しない。正直、そこに割く余裕なんて一瞬で吹き飛んだ。

 

「どういう訳だって言われてもなぁ………」

 

 ゼダスが明後日の方向に向けている視線の先を全員が見ると、そこには白いローブを身に纏った人影が立っていた。

 

「“アレ”を無視して作戦成功させるとか不可能だろうからな。俺が何とかしてる間にサッサと終わらせてきてくれ」

 

 あの相手に勝てるのは間違いなくゼダスだけ。他の面子では足元にも及ばないのは自明の理。

 ならば、対処に当たるのはゼダスというのも何ら不自然な話ではない。

 

 

 

 

「それじゃあ────頼んだ(・・・)

 

 

 

 

 そう言い残し、学生ゼダス・アインフェイト────否。執行者No.Ⅱ《天帝》ゼダス・アインフェイトは駆けて行った。

 

 

 







いやったぁぁぁぁぁぁあああああああ! ゼダスが初めて「頼んだ」って言ったぁぁぁぁぁぁ!(多分初めてのはず。多分きっと)

次回は全編戦闘パートになる予定。久々に自分の語彙力の限界に挑むことになりそう………←毎回挑んでるわ

一章は残り二話で片付けたいね!




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Battle in Lunaria nature park

「(何でこんなことになってるんだろうな………)」

 

 自然公園の中を縦横無尽に跳び、駆け抜ける白いローブを纏った相手を追い掛けるゼダスはふとそう思った。

 Ⅶ組A班の姿が見えなくなった頃から自身の得物である真紅の大剣───レーヴァティンを抜剣して、自然には良くないと分かっていても邪魔と成り得る木々を薙ぎながら進んでいる。その為、余り速度が出ていないから未だに追いつけてないと言えるのだが………しかし、それでも“追い付けない”と断定出来るほどに距離が離れている訳でもなかった。

 相手の方も特段速いとは言えなかった。だがしかし、遅いとも言えない速度で複雑に生えている木々の間を駆けて行けているのは素直に賞賛に値する。

 

「(あの速度での移動となれば一つのミスが命取りになるはずだ……なのにあれ程スムーズに駆けて行けるとなるとやっぱり相当な手練れか……)」

 

 昨日殺されたことも含め、ゼダスは改めて相手の評価をし直した。

 アレ相手には本気を出さざるを得ない。しかし、問題は何処まで出すか(・・・・・・・)、なのである。

 

 レーヴァティンの抜剣───────これは勝つ為に必要だ。無手ではまた遅れを取る可能性がある。

輝く環(オーリオール)》の使用──────────これは昨日に蘇生に使った以上、今はもう殆ど使えない。使えたとしてもほんの少しの“奇蹟”の形での事象改変程度だろう。

 ゼダス自身の流派である《聖扉戦術》───これは適宜使用を見極めなければならない。きっと勝敗はここに掛かってくるだろう。

 

 内心で考え終わったゼダスは地を踏み締める力を強め、駆ける速度を上げる。

 ただでさえ一度敗北を喫している相手なのだ。どうせ正面から撃ち合うことになろうとも、せめて先手は取って見返す必要がある。

 

「(だって、そうでもしないとコッチの気が収まらないからな………せめて、相手のプライドにちょっとは傷付けてから戦いたい)」

 

 そんな愚にもつかない意地を張っているが、ゼダスにとっては重要なのだ。昨日殺されたのは多かれ少なかれゼダスのプライドに泥を付けられているのだ。故にそれくらいのことでもしないと対等にならない。

 

 ─────と、思った瞬間。未だに背後を向けたまま駆ける相手がチラッとゼダスの姿を一瞥。すると相手の周囲から無数の緋点が出現し、物凄い速度で飛翔してくる。

 

「(昨日と同じ武器か………ッ!)」

 

 となれば、飛んできている緋点は炎を纏った斬撃。昨日散々と苦労させられた要因の一つ。

 だがしかし、アレに対抗する手段なんて幾らでも思い付く。それが一晩も時間があれば尚更。

 昨日、あの緋点は素手で去なせた。ならば────

 

「(大剣でも同じことは出来るだろ!)」

 

 そう思い至っていたゼダスはレーヴァティンで緋点を迎撃する。予想通り叩き落とせた。

 しかし、この対処法には弱点が存在する。

 それは大剣という武器のリーチの長さと重量による取り回しの速度の遅さ、だ。

 確かにゼダスの技量も大したものではあるのだが、武器の性質自体は曲げることが出来ない。

 となれば、いつかは対応し切れない緋点が出てくることは想像に難くない。そう、それが………………

 

 

 

 ────達人クラスの手練れで無ければ、の話だが。

 

 

 

「………………ッ!」

 

 ………特段、声がした訳ではない。が、驚きの余り少し息を呑んだ音が相手側から聞こえたのは確かだった。

 それもそうだ。まさか、大剣の反動を用いて軽やかに足を運ぶなど普通は想像しないのだから。

 

「(こういう使い方が出来るのなら、別に武器に振り回されるのも悪くないんだよなぁ………)」

 

 己の力で振り回し、己の大剣に振り回される。重量のある武器を取り扱う上に存在する曖昧な境界線を上手い具合に渡り歩く。そうすることで、一切の淀みなく、まるで踊るかのように動くことが出来るのだ。その姿は舞者(ダンサー)そのものである。………まぁ、ゼダス自身はそんな感じに舞踏したことはない。が、身体の動かし方を理解しているとこういうこともすんなりと出来てしまうのだ。

 

 緋点を弾き、弾いて、弾きまくって突き進むゼダス。進むに連れて、段々と距離が詰まって来ているのは実感出来ている。現に相手の姿が先程よりも近く、大きく見えている。相手はゼダス側を攻撃しながら進み、ゼダスは減速せずに迎撃しながら進んでいるのだから当然と言われれば当然だ。

 

 

「ハァァァァァアアアァァァッ!」

 

 

 ────遂に追い付いた。

 

 

 ゼダスは大剣を振り翳し、飛び掛かる。相手側もそんなゼダスを迎撃せんが為に纏っている白ローブの中から太刀を振るってくる。

 ゼダスの記憶には初めてなその太刀の姿は“綺麗”と称するには掛け離れていた姿をしていた。刃渡りこそ太刀なのだが、あの刃は明らかに鋸で、太刀の美麗さなど無くなっていた。何方かと言えば“禍々しい”の方が正しい気もする。

 だが、そんなことをゼダスは考えたのはほんの一瞬。即座に相手を斃し切ることに思考を切り替える。

 

「(高々、一回の攻勢で攻め切れるなんて思ってない……ここから畳み掛けるッ!)」

 

 太刀を大剣で跳ね除け、ゼダスは果敢に攻め立てる。

 しかし、相手も相当の腕前を持っている。となれば、ただただ攻められる訳が無かった。ゼダスの大剣をのらりくらりと避けながらも太刀を放ってくる。が、それも当たらない。

 互いに手練れが故、至近距離での攻防でも殆ど被弾が無い。互いの得物が衝突し合う音だけが響いていた。

 そんな中、ゼダスは一つ気掛かりなことがあった。

 

「(…………これだけ近くても顔が見えないのか)」

 

 ───ローブの中にある顔が全く見えないのだ。

 そう言えば、昨日の戦闘の際も顔が見えてなかった。あの時は角度的な問題かと思っていたが、此処まで来ると他の要因───下手すれば、あのローブが古代遺物(アーティファクト)の可能性も出てくる。

 そうなると少々厄介だ。ただ自身の素性、姿を隠蔽するだけのローブな訳が無い。きっと他に何かの機能が付いているに違いない。それが面倒極まりないものならば良いのだが………そうは問屋が卸さない気がする。

 あくまで直感がそう警告を鳴らしているだけなのだが、こういう場合の直感は大抵外れない。だが、このまま己の内側で考えていたところで拉致が開かない。剣戟を繰り広げる中、ゼダスは口を開く。

 

「昨日も聞いた気がするが聞かせろ……お前は一体何者だ? 何が目的だ?」

「…………」

 

 無反応。ゼダスにとって想定内……というかは予想通りの反応だった。

 しかし、ゼダスは構わずに言葉を紡ぐ。

 

「まぁ、そんなことはどうだって良い。お前が何者で何が目的だろうと、俺の前に立ち塞がるなら超えるだけのこと。…………気にならないって訳じゃないが、言いたくないなら言わなくて良い。だって、それが────ゼダス()個人に対する“復讐”とかだったら、言わせるのは酷だろう?」

 

 ………………きっと、この場に第三者が居たとすれば、全員が満場一致でこう言ったに違いない。

 

 

 

 ────ゼダス(こいつ)、とんでもなく下衆い奴だ、と。

 

 

 

 現に今の台詞を吐いた時の顔は相当嗜虐的だった。そこら辺の子供なら泣いて逃げ出すのが大半に及ぶのは想像に難くない。大人でも軽く引くレベルだ。

 なのに相手は───

 

「………………」

 

 依然無反応…………と思ったら少し違っていた。

 

「(ほんの少し……そう、少しだけだが太刀に込められた力が強くなってる。図星か)」

 

 だとすれば、相手の正体はほぼ割り出せたも同然。───ゼダスが執行者時代に恨みを買った相手だ。…………と言っても、その数はどれ程に至るかは想像付いてないのだが。今まで色々と熟してきた手前、恨みを買った人間の数など覚えていないし、数える気もない。

 

「(もう少し絞り込めれば思い出すかもしれないが……まぁ、誰か分かったところでやることに変わりは無いんだ。気にせず戦うか)」

 

 と思い至ったゼダスは左手で大剣を振るいながら、空いてる右手を懐に突っ込む。そして、抜き出したのは拳銃。結局、さっき領邦軍から盗んだ───もとい拝借したのをそのままにしていたのだ。

 その抜き出した拳銃を即座に発砲。達人級の高速抜き撃ち(クイックドロウ)だったとはいえ、相手は太刀で叩き落とす────予定通り。

 

「─────ッ!」

 

 瞬間、ゼダスは拳銃を捨てた。厳密に言えば、高速抜き撃ちをすると同時に拳銃を投げ捨てた。

 理由は相手のローブを剥ぐ為。発砲はただの囮だ。

 空いた拳を握り突き出し、相手のローブを掴む──────

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 ゼダスが謎の相手と戦っている頃、リィンたちⅦ組A班は事態の収拾に専念していた。具体的に言えば、商品を盗んだ相手の制圧と商品の無事の確認なのだが────相手の制圧に関しては片付けることが出来た。先程のゼダスプレゼンツ、魔獣軍団討伐鬼畜訓練(仮称)が効いているのか、想像以上に早く楽に終わったというのが全員の感想だった。

 そして、今。盗まれた商品の無事を確認しているのだが───

 

 

「………………そういえば、ゼダスは大丈夫なのかな?」

 

 

 ───エリオットが徐に発したその一言が勝利の安堵から別の感情へと全員を変えさせた。

 

「大丈夫───と信じるしかないな」

「助けに行くって選択肢は無いの?」

「あの白ローブを相手に我らが加勢したところでゼダスの足を引っ張ることになるのが目に見えている。行くだけ無駄ということだ」

 

 ゼダスが離脱したあの瞬間、白ローブの相手を目にして、背筋凍る心持ちにさせられたのは実際にゼダスと撃ち合ったことのあるリィンとラウラだけだった。

 あの白ローブはどれだけ少なく見積もろうともゼダスと同等な位に強いはずだ。ゼダスは未だに全力を出し尽くしていないのも事実だが……多分、それを計算に加えたとしても追随出来るだけの実力はあるに違いない。

 ならば、助けに行ったところでそれはゼダスに対しての重荷を背負わせるだけの行為となってしまうのは必然。ここで待つことしか出来ないのだ。

 

「もっと……もっと私が強くあれば…………っ!」

 

 悔しそうな表情を浮かべ、拳を握り締めるラウラ。

 明らかに雰囲気がだだ下がりの状況を何とか改善しようと話の方向を変え始めたのはアリサだった。

 

「そ、そういえば! こうやって商品を無事取り返した訳だけど、これからどうするの? 街まで運ぶ?」

「それは多分無理だ。俺ら四人で運べる量じゃないし、何よりこの自然公園の何処で戦ってるか分からないのに無闇に動くのはあまり良くない」

 

 バッサリとアリサの案を切り捨てるリィンだったが間違ってはいない。

 この自然公園全域を駆使して戦っているのなら、何処も安全な場所なんて無いのだが、それでも邪魔になり難い場所なら存在している。───今いる自然公園の最奥部である開けた場所だ。

 ここならば、ゼダスと白ローブが激闘を繰り広げながら雪崩れ込んで来てもある程度は対処出来る。自然公園の道、しかも荷物運搬しながらよりかは十二分にマシだ。

 

 ───と、今後の行動について話をしている最中。この中で音楽に精通しているエリオットだけがある異音に気付いた。

 

「あれ、この音……笛?」

 

 エリオットの耳に入ってきた音は笛の物だった。だが、自然公園で笛の音なんてものは勝手に聞こえるはずが無く…………つまり、これが指すことと言えば─────

 

「誰か………まだいる?」

 

 そう呟いた瞬間、突如地響きが聞こえてきた。規則的に鳴り響くそれは、一回一回の音が鈍く重い。段々と大きくなるところ、こちらに近付いて来ているのだと否が応でも分からされる。

 

 

「ヴォオオオオオオオオオォォォォォォォォッ!」

 

 

 A班がこの最奥部に至るまでの道を雄叫びをあげながら駆けてきた“そいつ”は大型の狒々だった。極彩色の剛毛が全身を覆っており、特段と目を惹くのは頭部に生えた四本の角に、巨木と言われても相違無いほどの太さを持つ巨腕。明らかに自然公園のヌシ足り得る風貌に茫然とする他無いA班だったのだが────そんな状況を一気に叩き壊すことが起きた。

 

「耐え………ろ………………ッ!」

 

 明後日の方向から物凄い勢いで木々を掻き分け、時々薙ぎ倒しながら飛んできたのはゼダスと白ローブの相手。見た感じだと、ゼダスが思いっ切り押されている。現に余裕の無い表情で、歯を食いしばりながら先程の台詞を絞り出していた。

 A班の前では初めて見せたことになるゼダスの真紅の大剣。それが相手の太刀と火花を上げながら鍔迫り合いを繰り広げている。

 そのまま勢い止まらずに押されていくのだが、その時に先にいた狒々を突き飛ばした。

 今目にしている状況の整理がつかないA班だが、直感で感じ取れたことはあった。

 

 

 ────あの狒々を片付けるには今が絶好の機会だ、と。

 

 

「────行くぞ、あいつを倒す!」

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

「クソっ……たれが…………」

 

 長い鍔迫り合いの後、勢い良く突き飛ばされたゼダスはそこら辺に生えていた一本の大樹に衝突し、身を地に落としていた。目立った外傷は背中に集中していた。

 

 戦闘中に相手のローブを剥がして、キチンとした姿を拝もうとしたゼダス。包み隠さずに言うなれば、その行動は失敗に終わった。

 ローブを掴んだあの瞬間、きっと古代遺物としての異能が発揮されたのだろう。手とローブが瞬時に縫合され、軽く行動不能にされたのだ。

 持ち直すまでには一秒と掛からないのだが、戦闘における一秒というのは戦況を覆すには充分すぎる時間と言える。相手は動きが止まった瞬間に太刀を煌めかせ、無数の緋点をゼダスの背中へと襲わせた訳だ。

 そこからはもう散々だった。《輝く環(オーリオール)》のサポートも殆ど見込めない現在では痛みに耐えるのが精一杯で。為すがままに為された結果がこの体たらく。

 

「(こんな姿、あいつ(・・・)に見られたらどう思われるんだろうな…………)」

 

 ゼダスの心の奥底に苦い記憶として残っている相手───金髪の姫騎士が見たらどう思うのか?

 きっと怒る。「貴公はそんな奴ではない!」と憤慨されるだろう。彼女はそういう奴だ。

 いつも苛烈でありながらも、華麗な彼女。そんな彼女の剣技に何度感服させられたか。その微笑みに何度救われたことか。

 そんな彼女に誰が過酷な運命を背負わせた? 課せられる必要の無かった運命を背負わせたのは誰だ?

 

「(俺、だ…………)」

 

 それはゼダスが忘れたい記憶だ。だが、同時に絶対に忘れてならない記憶である。

 

「そう、だ………そうだよな」

 

 ならば、ここで死ねない。死ねる訳がない。死んで楽になろう(・・・・・・・・)なんて考えて良いはずないのだから!

 

「次で最後だ。お前のそのローブごと斬り刻んでやる」

 

 相手への戦意だけを露わにし、大剣を構え直すゼダス。万全とは言えないにしろ、構えに一切の隙は無い。

 そのゼダスの姿勢に相手も何かを察したのだろう。露わにした太刀をゼダスを殺し切る為に構えると同時に周囲に緋点を展開。勿論、顔は見えないのだが、きっとそこにはゼダスに対する激情か殺意が浮かんでいるに違いない。

 

「──────ッ!」

 

 互いに決意をし、踏み込んだタイミングはほぼ同時。

 緋点を伴い、駆けてくる相手の姿は地上に在る流星群のように見えた。だが、そんなものに見惚れるゼダスであるはずがなく───

 

「(緋点が邪魔だ……と言っても決して無視して良い代物でもない)」

 

 ───瞬間に策略に思考を走らせていた。

 

 これまでの戦闘であの緋点は、使用者の意志を反映して追尾してくるミサイルであることは嫌でも理解出来た。……まぁ、厳密にいえばミサイルではなく熱を帯びた斬撃なのだが、形容するにはミサイルで間違ってはいない。

 弱点といえば、通常の物理攻撃で弾けること…………だが、一回に発生させられる量を考えると弱点とも言い難い。

 

「(抜け穴の少ない厄介な技だ……そこは認めざるを得ない)」

 

 だが、それは抜け穴が少ないだけで無い訳ではない。

 

「(───と言っても、これは充分に賭けだ。成功すれば殆ど勝ち、失敗すれば確実に負けだ)」

 

 普段ならば、まだ考えて他の手段を探しただろう。しかし、命のやり取りをする戦場において、分の悪い賭けをしなければならない時は必ず来る。それが今なだけだ。

 

 考えが纏ったゼダスは駆ける足に込める力を一気に増す。そして、緋点がゼダスの身体に突き刺さる寸前、ある行動を起こす。

 

「────ッ⁉︎」

 

 相手から微かに息の漏れる音が聞こえた。しかも、それは完全に予想外を悟らせる部類のもの。

 

「(そりゃ、そうだよな。常識的に考えて、戦闘中に制服の(・・・)上着を(・・・)脱ぎ捨てる(・・・・・)なんて予想出来るはずないんだからな!)」

 

 学院指定の赤い上着を相手に向けて投擲したゼダスは内心ほくそ笑む。

 だがしかし、これが賭けの本旨ではない。上着を投擲することに関しては完全に不意を突いたのだから賭けとも言えない。狙いはこの先…………

 

「(───よしッ! 緋点の(・・・)動きが(・・・)止まった(・・・・)!)」

 

 …………あの緋点の能力がゼダスの推測通りなら、対処する手段は二通りあったのだ。

 一つ目がゼダスが実践してみせた物理攻撃により弾く方法。触れても爆発する訳ではないのだから、確かに有効ではあったが数が増えると捌き切れないのは先日のゼダスの実体験で理解している。

 二つ目が相手の視界を遮ること、だ。推測通り、使用者の意志を反映して追尾してくるのなら、確実に当てるには視認するという工程が必要となる。現に今まで、相手が緋点で攻勢に出る時は大抵の場合視線をゼダスに向けていた。大まかに当てるなら勘で何とかなるかもしれないが、今回は不意を突けたこともあり、緊急的な対応が間に合わなかったのだろう。

 

「ハァァァァァァアアアアアアッ!」

 

 手にした好機は取り零さない。瞬時に駆け寄ったゼダスは力任せに、それでいて鋭い斬撃を相手に叩き込み、吹き飛ばす。

 

「さす、がに…………腹部ざっくり斬れば動けないだろ…………」

 

 正直、死んだとは思っていない。あれだけ苦戦した相手がこの程度で死ぬようなタマである訳ない。

 とりあえず相手の確認をしようと思ったゼダスは横たわる身体を持ち上げ────ようとした時、まるで霞を掴んだように身体が跡形もなく消えてなくなった。

 でも、気配が無くなった訳ではないので、少し周りを見渡すと相手は立っていた。

 咄嗟に分身体でも作って一撃を受けたのかもしれないが、それでも一瞬遅かったようで相手の姿は“惨い”の一言で片付けれるレベルだった。

 身に纏っていたローブは横に裂かれ、下の方は地面に斬り落ちている。それによって受けた斬撃の所為か、夥しい量の血が流れている。あの出血量では動くことは勿論のこと、マトモに意識を保つことも難しいと思われる中、相手はゼダスの記憶では初めて言葉を紡ぐ。

 

「………………《天帝》。貴様からこの身に受けた傷はこれで二度目だ」

 

 男性とも女性とも取り難く、機械音だと言われても違和感の無い声だったが、ゼダスは眉一つ動かさずに返す。

 

「そうか。だが、生憎こっちとしては記憶に無い。そのローブをさっさと脱いで、姿を見せたらどうだ?」

「………………」

 

 ゼダスの言葉に相手は無言。きっと脱ぐ気はないのだろう。ならば、ゼダス本人が脱がせれば良いのだが────

 

「───って、待てッ!」

 

 多大な怪我を気にさせない程に相手は軽快な動きで自然公園の中へと姿を眩ませる。ゼダスも即座に追えれば良いのだが、この二日間で重ねた無理が響いて、追う体力が残っていない。昨日の一回の蘇生に、先ほどの背中に受けたダメージを考えれば当然のことだった。

 

 完全に打つ手なし───と思った瞬間、希望は現れた。

 

 

「────先輩(・・)!」

 

 

 満身創痍のゼダスに声を掛けたのは、短く切り揃えた薄紫色の髪に、綺麗な紫の瞳をした少女。結社の執行者にして、No.Ⅺの《雪華》。本名を───

 

「───リンナ(・・・)ァァァァァアアアアアア! 俺のことはいい。今逃げた奴を追ってくれ!」

 

 ───リンナと呼ばれた少女は頷きながら、相手が逃げた方へと駆けて行く。

 

 彼女が来た、という事実は色々な意味でゼダスを安心させた。

 

 

 

「(───ってことは、アイツら(・・・・)が来たってことだ…………もうこの一件で俺が出張る必要が無いわけだ……)」

 

 

 

 安心したゼダスは自然公園の中ということも忘れ、一人地面に身を落とし、気を落とした…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








残り1話だよ!






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

事の顛末と第一回特別実習終了のお知らせ





毎週毎週、シンフォギアで泣いたり興奮したりで大変な「 黒兎」です
先週は切ちゃんで、今週は響の所為で私のメンタルは大惨事です。大変です。ヤバいです(語彙力)






「ここは…………」

 

 眼が覚めたゼダスは今見えている風景に首を傾げた。

 前後左右何処を見渡しても、視界に入るのは金色に光る世界のみ。寧ろ、他に何も見えないし、何もない。

 ただ眩く光るこの世界はこの世に在らざるもののような雰囲気がした。

 

「そっか……ここは《輝く環(オーリオール)》が見せてる世界か」

 

 自身の身体の中に《輝く環》の欠片が在るのだから、こういう現象に巻き込まれても何らおかしくない。こんな何を伝えたいのか不明瞭なものを本人の自由意思関係無く見せることなんて《七の至宝(セプト=テリオン)》の一つなら造作もないのだろう。

 ということは、眼が覚めたという錯覚に陥ってるだけで肉体はまだ覚醒していない訳だ。肉体が覚醒していれば、自然公園────少なくとも見知った光景を眼にしているはずなのだから。

 

 そう思い至った瞬間、金色の世界が形を変え始める。

 金は色を変え虹に。無だった世界は有に。変異していく世界は最終的に黒一色に染まった。

 しかし、それは先の完全な無の金色空間ではなく、何かを感じれる黒い空間。

 

「何処と無く冷たさを感じるな………」

 

 この冷たさは恐らく人為的なもの。これならさっきの金色空間の方がマシだ、と思うゼダス。

 だが、《輝く環》はこんなものを見せて何をしたいのか。理解出来ない中、突如光が差す。

 どうやらここは内装から察するに研究室の類いらしい。が、何の研究をしているのかまでは分からなかった。

 

 

 

 ────コツン、コツン。

 

 

 

 ふと、響き渡る足音。先の光はその足音の主が入ってきたことによって差されたようだ。その主を見ようとするが………

 

「(………………? なんで見えない………?)」

 

 その姿が鮮明に捉えられない。特に顔。顔の部分なんて、そもそも視認すら出来ない。別に何かで覆って隠されているわけでもないのに見えない………

 

「(これは一体………………)」

 

 理解が追いつかない内に、その人影は歩み寄り、まるで語りかけるように言葉を紡ぎ始める。

 

『あぁ………いつ見ても綺麗ね。やはり、私が────するだけあるわ』

「(? ………今なんて………………)」

 

 所々聴こえないが、そんなこと御構い無しに言葉は紡がれ続ける。まぁ、これは《輝く環》が映し出した世界だ。ゼダスに対しての言葉で無い以上、別に問題無いのだが………だが、何故か心に引っ掛かる。

 

 

 

『でも、お前は────な存在。───な存在だ。如何に綺麗だとしても────ならない』

 

 

 

『だから、私は───をする。お前を使って、私は───』

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

「──────ッ!」

 

 急に起き上がるゼダス。その顔には相当な量の汗が見えた。

 

「さっきのアレは…………クソっ。なんでこんな気持ちになる……」

 

 あの一方的に語りかけてきた相手。喋ってた内容もその姿も全てが不明瞭な相手にゼダスが抱いた感情は摩訶不思議と言われても問題無いものだった。

 

「(本来は正体とか発言内容に疑問を浮かべるべきなんだ……それは分かってる。なのに…………なのに何で俺は───あいつに懐かしさを(・・・・・)覚えた(・・・)⁉︎)」

 

 まるで何処かで見たことがあるような。そんな既視感を感じざるを得なかった。…………相手の素性の何一つも分かっていないのに。

 そもそも、アレは《輝く環》が映し出した世界だ。それが実在しているなんて保証は無い。

 そんなもので一々情緒不安定になっていたら気が保たないし、その程度では《七の至宝》を扱うのに分不相応なのだろう。気にせずの精神が大事だと学んだゼダスである。

 

 ちゃんと意識が覚めたと実感出来たからか、状況を理解するためにゼダスは一度周囲を見渡す。

 記憶の最後にいた場所であるルナリア自然公園とは全く違っていて、内装から考えて多分軍の医療用テントだろう。本来ならば、そう察するには材料が少な過ぎるのだが、ゼダスにとっては確信でしかなかった。何故なら───

 

「───目が覚めたのですね」

 

 と言って、テントの中に踏み入ってきたのは透き通る様な薄氷色の髪をサイドテールに纏め、灰色の軍服を身に纏った女性だった。

 彼女はTMP───《鉄道憲兵隊(Train Military Police)》と呼ばれる組織の統率を担っている人物。名をクレア・リーヴェルト。

《鉄道憲兵隊》は帝国の治安維持を主としていることとその名の通り帝国内に張り巡らせてある鉄道網を駆使して各地に展開することで有名である。

 そんな帝国政府直轄の組織……しかも、その統率を担っている人物がわざわざゼダスを訪ねに来た。事情の知らぬ者から見れば首を傾げる一択のこの状況にゼダスは特に何かを思うでなく、普通に会話を始める。

 

「悪いな、迷惑掛けて」

「別に良いですよ。どうせゼダスさんのことですから、無茶をしでかすのは想定内でしたし」

 

 謝罪混じりの御礼にクレアはあっさり返答。内容に納得のいってないゼダスは、

 

「何だよ、その俺が毎回無茶してるみたいなのは」

「少なくとも私が見ている時の殆どは無茶してますよ。少なくとも客観的に見たら“無茶”です」

 

 そこまで言ったクレアはゼダスが寝ていたベットの横に設置してあった椅子に腰掛ける。

 その行動を境に二人の空気が変わった。軽口を叩ける様な雰囲気でなく、真剣な───そして、冷たい緊張感が感じ取れる様にはなっていた。

 

「───で、ゼダスさん。一体どういうことか説明して頂けますか?」

 

 この一言だけ見れば、何のことを指しているのかは全く以って理解出来ない。だが、当事者であるゼダスにとっては何のことか分かっている。

 

「いつまで経っても動かない《鉄道憲兵隊(お前ら)》を焚き付けた────ただそれだけだ」

「それはこのケルディックの街で起きていた貴族平民間の軋轢があそこまで酷いと思っていなかっただけで……」

「…………悪い悪い。ちょっと意地悪な言い方をしたな。お前らに出張ってもらった方が収拾付き易かっただけだよ」

 

 二人が話すは、ケルディックの街で起きていた先の一件──Ⅶ組A班が解決を請け負っていた事件の話だ。

 請け負った手前、解決しないわけにはいかなかったのだが、そうなると最後の最後で厄介ごとが溜まりかねない。例えば、太刀打ち出来ない“何か”をぶっ込まれるか、自棄になって後先考えない決死の策を講じてくるかとか。

 ならば、そういう厄介ごとは他人───専門家に任せるのが一番楽で手っ取り早い。

 というわけで、ゼダスは《鉄道憲兵隊》を頼ったのだ。

 

「……にしても、普通に連絡してくれれば良かったのに」

「普通に連絡しても聞き入れてくれないだろ。何かのイタズラ電話かと思われて一蹴されるのがオチだ。本来は街でのイザコザとかは領邦軍が何とかするべきなんだし。…………まぁ、今回はそいつらが敵だったから無理だったけど」

 

 ゼダスがクレアの耳に街の事態を伝えた方法は少々と遠回りの方法だった。因みに関わってくるのはアリサと一緒に領邦軍の詰所に押し入った時のこと。

 あの時は無理矢理押し入った挙句にゼダスが中の連中を殆ど行動不能にしたという訴えられても文句は言えないような内容だったのだが、その過程においてゼダスはアリサを蹴飛ばして詰所の外に叩き出している。

 もし、学徒と思しき服装の少女が領邦軍の詰所から思いっ切り飛ばされていたら、否が応でも話題になる。そして、それが街中に蔓延すれば、自ずと《鉄道憲兵隊》の耳にも入り───そして、何か異常事態が起きている、と思わせることは辛うじて可能なのだ。

 

「あんな回りくどい方法で伝えたのは悪いが、実際動いてくれたし良かったってことで。────現に俺も助けられたしな。な、リンナ」

 

 ゼダスはテントの外に目線を移す。すると、居心地悪そうに顔を覗かせる紫髪の少女───リンナがいた。

 

「それにしても盗み聞きとは全く柄にもないことを」

「ち、違っ───別にこれは事情聴取的な意味も持ってるんですから、先輩とクレアさんの会話に入り込む必要無いですよ⁉︎」

「別に会話に入り込んでこいとか言ってないし、しかも事情聴取盗み聞きとか尚更良くないだろ」

 

 言い訳を完全に切り落とされたリンナは小さく「うぅ……」と唸りながら、テント内に入ってくる。

 

「リンナを向かわせたのはクレア───お前だろ?」

「一応はそうですけど、殆ど彼女の独断です」

「先輩の近くに厄介な雰囲気がしたのを薄っすらとですけど、感じ取れましたからね。念には念を、ということで駆けつけました」

 

 ゼダスと謎の相手との戦いはほぼ引き分けに近かった。相手に痛手こそ負わせたものの、まだ動けたようだし。あの場でリンナが駆けつけてくれなければ、間違いなくゼダスの首は今ここに無い。

 

「そういえばあの後、どうなった?」

「残念ですが、仕留め損ねましたね。あと伝言を預かってます」

「ふむ……内容は?」

 

 リンナは記憶してある文言を一字一句逃さずに復唱する。

 

 

「『次は……次こそは殺す。忘れるな、貴様という存在が犯してきた罪の数々を』」

 

 

「……内容としては予想通りと言えば予想通りか」

「あの相手についての話があるので、先輩には後でお時間頂きますね」

「分かった。後で向かうからちょっと外出てろ。クレアとの話は終わってないしな」

「了解です」

 

 その言葉を区切りに再び外へ出るリンナ。別にこれからの話を聞かれても困るわけではないのだが、事情聴取的な意味を含んでいるらしいのだから、一対一の会話が望ましいと判断してのことだった。

 

「───で、話を戻すが、次はこっちから質問だ。お前の質問に対しても答えたし、ちゃんと答えろよ……あの後Ⅶ組はどうなった?」

 

 自然公園内で途中から別々に行動していたが故、事の顛末を知らないゼダスが問うには納得の質問内容にクレアは、

 

「結論から言うと大丈夫です。寧ろ、学生の身で出来る最良の結果だったと言えるでしょう」

「そこまで断言出来るってことは、もうそっちの事情聴取は済ませたって感じか?」

「ゼダスさんが目覚める前には殆ど終わってましたからね」

「それじゃあ、詳細な説明を頼む」

 

 すると、クレアはⅦ組A班の事情聴取によって得られた事の顛末について語り始めた。

 

 ゼダスと別行動を取る事になった後、戦闘が続いたと。盗品を監視していた武装集団───こちらに関してはゼダスも姿を確認していたので覚えている───は余裕綽々に倒せたらしい。きっと戦術リンクを活用したのだろう。そう簡単に遅れを取るはずがない。

 その次に自然公園のヌシと思われる大型の狒々が現れたそうなのだが───

 

「(そういえば、あの謎の相手と戦ってる最中にそれっぽいのとぶつかった記憶があるな……アレか)」

 

 と、不意に思うゼダスであった。

 その狒々相手にも勝利を収めていたのだが、どうやら少々不可解な点があったらしい。何やら、その狒々が現れる寸前に微かに(・・・)笛の音が(・・・)聞こえた(・・・・)そうなのだ。これを“偶然”と片付けるのは執行者としての勘故か出来なかった。

 

「そして、ゼダスさんから見れば少々誤算かもしれませんが、ここで領邦軍が一隊規模で介入してきたという供述がありましたね」

「はぁッ⁉︎ どういうことだ⁉︎」

 

 先も話した通り、詰所に押しかけた時に領邦軍の殆どを行動不能にしている。仮に取り零しがあったとしてもさしたる数では無かっただろう。

 なのに、一隊規模で介入してきた? 明らかに何かがおかしい。

 

「普通なら有り得ないことを可能にする手段………まさか別種の古代遺物(アーティファクト)があったってことかよ」

「そこら辺のことに関しては真実が分かっていないので何とも言えませんね………一応こちらでも調査を続けるつもりですが」

「止めとけ、どうせ証拠が出てこないから完全に無駄な苦労になる。証拠を残すなんて三流なことをする相手な訳がないだろ」

「敢えて残したって可能性も無くは無いですか? 見つけてもらうことに意味があったりすれば………」

「うーむ………そこまで考え始めるとどの可能性も検討しなくちゃならないからなぁ………で、その後どうなった?」

「丁度その時に《鉄道憲兵隊(私たち)》が現場に駆け付けることが出来たので、そこからは順を追って事態を収束させましたね」

「そうか………なら良かった」

 

 聞きたいことをほぼ聞き終えたゼダスは一度息を吐く。

 先のクレアの一言から、Ⅶ組A班のメンバーが無事だったことは察せていたのだが、こうしてちゃんとした流れを聞くとしっかりと安心出来る。………………安心?

 

「(ん………? 俺が何でここで安心した?)」

 

 何故安心したのか。全く以って理解出来なかったが、ゼダスは不要な情報だと判断し、深く考えることは止めておいた。

 

「聞きたいことはそれだけですか?」

「そういうわけでも無いんだが、今聞く必要はあんまり無いんだよなぁ………ありがとな、事の顛末教えてくれて」

「別にお礼を言われるようなことはしていませんよ。どうせ私の口から聞かなくても、ゼダスさんなら何処からともなく情報を伝え聞くでしょうし」

「ハハッ、確かにな。遅かれ早かれ耳に入ってきてただろうな。でも、礼は言っておきたいんだ。後に貸しとか作りたくないし」

「ゼダスさんらしいですね」

「よく言われるよ」

 

 このような軽口を叩き合える仲。互いが互いに既知の存在であるかのような───否。事実、既知の存在であるのだが、何故ここまでの間柄になったのか。それはまた別の機会に綴るとしよう………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼダスは運ばれていたテントから出るや否や、気配を探りながら歩き始めた。誰の気配を探っているかというと「後で話がある」と言っていたリンナだ。

 探り始めて数分。いつの間にかケルディックの街に入っていたゼダスは、街中のベンチに座っているリンナの姿を確認した。

 

「予想以上に早かったですね」

「こっちとしても話が気になって仕方なかったんだ。別にいいだろ」

 

 リンナの言葉に応答しながら、自然と隣に腰掛けるゼダス。……クラスメートや知った仲の奴に見られると良からぬ噂を立てられそうな気がしなくもないが、二人ともこういう野次馬対策には慣れていた。きっちりと気配を遮断し、普通では知覚出来ても意識は向けられないようにしておいていた。

 

「で、話というのは先の相手の話ですが、どうしても伝えておきたいことが一つありまして……そして、内容的には一対一で話すのは最善かと思って、わざわざ呼びました。で、肝心の内容ですが、相手の身元と対人性能───についての憶測です」

「憶測? 確定した情報じゃないのか?」

「確定させるのには圧倒的に時間が足りなかったのと、不確定でも伝えなきゃいけない情報(モノ)と判断したんです。真偽の判断は先輩に任せますよ」

 

 一度コホンと咳払ったリンナは情報を一つ一つ並べ始める。

 

「まず、相手の身元についてですが、これに関してはほぼ判断材料が無いので、正直割り出せてません。正体を隠すことに特化した古代遺物(アーティファクト)の所為で、性別すらもあやふやですしね」

「やっぱり、アレは古代遺物だったのか?」

「そこに関しては首肯しますね。仮に異能によるものだとすれば、少し不便過ぎませんか?」

「それもそうか………」

 

 古代遺物ならば、その能力の解除は大抵の場合は身から外せば行えるが、身に根付いた異能となれば話は変わってくる。

 しっかりと異能と向き合い、それを克服し律することが出来れば意のままに解除することくらいは造作も無いかもしれないが、いきなりのことで気が動転させられたりした衝撃(ショック)で能力が暴発するだろう。

 そして、ゼダスが謎の相手に致命的な一撃を叩き込んだ時、多かれ少なかれ気は動転したはずなのだ。

 仮に相手の正体隠しが異能ならば、その時点で視界に入れることすら叶わなかった可能性がある。

 だが、あの場、あの状況においてゼダスはしっかりと視れてはいれた。

 ならば、消去法で古代遺物と踏むのが妥当だろう。

 

「─────でも、ここまでは先輩でも予想付いていたでしょう」

「そりゃ、勿論。戦闘中に何度か考えてたしな」

「戦闘には集中してくださいよ………流石に今回は余裕をこき過ぎでしたよ? ちゃんとしてれば先輩が遅れを取ることなんて………」

「それに関してはリンナの言う通りだ。ちゃんと出来てたら遅れを取ることも無かった気はするが、もう一ヶ月近く本格的な戦場に出れてないし、任務もこなしてない。否が応でも腕が鈍ってるのを感じさせられたよ」

 

 この後、ゼダスは口にこそしなかったが、このままの状態で同等の相手と戦うことになったら………

 

 

「(………………勝てない、よなぁ………)」

 

 

「で、お前の方で何か掴んだのか? さっきの言い振りだとそう聞こえるんだが………」

「こっちも事態の収集と平行して、結社の諜報網………と言っても、結社内で私が使える権限なんてたかが知れてますから、期待はあまり出来ないんですけども、今のところは何も(・・)出て(・・)こなかった(・・・・・)んです」

「何も出てこなかった、だと………?」

 

 リンナが及ぼせる影響力が多くはないとはいえ、結社の諜報網で何も引っかからないなんてことはそう無い。どれだけ微かでも証拠があれば、ある程度の目星が付くはずなのに、一切合切出てこないなんてことは果たして有り得るのか?

 

「これは嫌な予感しかしないな」

「同感です。何か進捗があれば連絡はしますけど………多分出てこないでしょうね」

 

 相手の身元に関しては最早無証拠で探すのと大差ないことに気付かされて終わった。次は───

 

「───対人性能、だが何か分かったのか?」

「これに関しては実際に剣を───というか私は盾ですけど───を交えての感触に加えて、結社のデータベースから探って大方の憶測は付きました」

 

 そう言ったリンナは何処からともなくタブレットを取り出し、ゼダスに差し出す。

 その画面に映し出されていたのはリストだった。きっと目ぼしい武装を見易い様に並べてくれたのだろう。

 ゼダスはそれに目を通し───

 

「─────って、これ全部古代遺物か?」

「そうとしか考えようがないというか………それくらいに厄介でしたよ」

「だが、古代遺物の複数操作は………」

「先輩もご存知の通り、それには相当な技量が必要とされます。半端な腕では古代遺物に身体も精神も喰い潰されますしね」

 

 古代遺物はとても強力な存在ではあるが、それ故に危険を伴う。

 使用者自身の技量で使える性能以上に力を引き出そうとすれば、身体の一部が動かなくなったり精神が変質したりすることもよくあると聞く。下手すれば精神が崩壊して、廃人となった例も無くは無い。

 それなのに古代遺物の複数操作を行う奴は、余程自分に自信があるか、全てを捨ててでも力を手に入れたいのだろう。

 

「まぁ、このタブレットは先輩に貸しますので、寮で寛いだタイミングにでも目を通しておいてください。もう直ぐ、トリスタ行きの列車が出発しちゃいますし」

「え────?」

 

 言われて初めてゼダスは気付いた。もう少し時間が経てば、陽は地平線の先に沈んでしまいそうだった。

 確か実習帰りに使う便はそろそろ出発だったはず。………別にもう少し遅れた便でも良いのだが、説明に手間が掛かりそうな予感がしたので、出来れば同班の面子と帰りたい。

 

「というわけでちょっと話を巻いて、伝えなきゃいけないことを伝えてしまいます」

「まだ何かあるのか?」

「先輩も体感したかもしれませんが、アレは東洋系の流派ですよね。しかも、護身術」

「俺、あんまり東洋系の流派詳しくないんだけど………そうなのか?」

「あくまでも私の感想ですよ。身を護る系の技に関しては少々齧っているので、そう思ったんでしょうかね………」

「お前がそう言うなら、多分そうなんだろ。注意しておくよ」

 

 ここで時間が来た。そろそろ行かねば間に合わない。

 

「以上で最低限伝えたいことは伝えました。先輩にはあの相手に関して注意を割いておいてもらいたいですけど、それ以上に学院生活を楽しんでくださいね。人生そう何度も体験出来るものでもないですし」

「別に楽しむつもりは無いんだが………………まぁ、一応は気をつけるよ」

 

 そう言って、またゼダスは駆けていく。そして、その背を見たリンナが静かに微笑み手を振る。

 それはいつの日にかあった、先輩(ゼダス)後輩(リンナ)の関係からなる「行ってきます」と「行ってらっしゃい」の光景に思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リンナと別れたゼダスは無事、Ⅶ組A班と合流出来た。その際に色々と質問されたが、それとなく適当に返してやり過ごした。

 そして、丁度良いタイミングで来た列車に乗り、学院のあるトリスタへの帰路に着いたのだが────その列車が駆けていく姿を遠くの丘から見つめる眼鏡の男がいた。

 

「………………」

 

 ただ無言で静観しているだけなのだが、それに横に並ぶ様に背後から新たな人物が歩いてくる。

 全身の漆黒のマントで覆い、フルフェイスの仮面を付けた人。そうとしか形容出来なかった。

 

「やれやれ、あのタイミングで《氷の乙女(アイスメイデン)》が現れたとは………少々段取りを狂わされたな」

「………想定の範囲内だ。今後の障害と成り得る《鉄道憲兵隊》の手腕が見えただけでも大きな成果と言えるだろう。それに………」

 

 眼鏡の男が視線を移した先にはボロマントに身を包んだ人がいた。ボロマントと同じくらいに身もボロボロで、今も血を流し続けていた。

 

「謎の提供者から預かったこいつの強さも把握出来た時点で今回は勝利を言えるだろう」

「ふふ、確かに………それではこのまま《計画》を進めるとしようか?」

「ああ、勿論だ。全ては“あの男”に無慈悲なる鉄槌を下すために」

「全ては“あの男”の野望を完膚なきまでに叩き潰すために」

 

 まるで示し合わせたかの様な台詞を吐いて、立ち去っていく仮面の人。そして、訪れるは“静寂”だが、そんな中ボロマントの人は誰にも聞こえない声で一言だけ本音を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次は、次こそは………殺す。殺して、殺して、殺して、殺して、そして殺さ(救わ)れるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







一章ようやく終了デスよ! というわけで、キャラ設定とか公開出来る範囲内でする(かもしれないし、しないかもしれない)




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2章
確実に緩やかな変化


 私は何も求めていなかった。母親がいれば良かった。それだけで良かった。

 

 他に何が欲しかった訳でもなかった。……当時からそう思っていたかは定かではないが、今ならばそう思える。

 父は私が生まれる前に死んでしまっていたからかそんなに印象が無いのだが、母は別だった。

 母が生業としている職業上、あまり家に帰ってこなかった。しかし、それ故に母の愛の大切さを体感してきた幼少期。

 いつの間にかフラッと帰ってきてはお土産話を聞かせてくれた。あの場所ではこんなことがあり、この場所にはあんなものがあった。嬉々として語る母の顔は今でも脳裏に浮かぶ。

 母が無傷で帰ってきたことの方が少なかった気がするが………まぁ、元気が取り柄な人だったからかいつも笑っていた。

 

 そんな母から愛を貰い、そのまま健やかに成長していく。そんな本来あって然るべきな生き方をしたかった。

 だが、“神”という存在は普通の幸せさえも許してくれなかった。

 

 一つの選択ミス。それをたった一つと言うのか、されど一つと言うのか。………この場合は明らかに後者だろう。

 その所為で私は母親を殺させてしまった。実際に手を掛けた訳ではないとしても、これは私を蝕む事実に他ならない。

 

 だからこそ、私はやらねばならない。果たさねばならない。母が死ぬ原因となった出来事を引き起こした奴らを一人残らずに殺さねばならない。

 

 その為に私は強くなると心に誓った。灯さねばならないのは怨嗟の焔のみ。

 復讐を成す為ならば、人で亡くなろうとも構わない。鬼にでも修羅にでもなってやる。

 

 そういった破滅的な考えを抱くと、それに吊られて本人自身の精神も崩壊すると聞くが、正直な話どうでもいい。関係無いのだ。

 自分が壊れるよりも復讐を遂げることの方が私の中では重要度が高いのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………まぁ、もう既に壊れているのかもしれないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 士官学院に入学してから約1ヶ月。暦上では5月を迎えていた。

 特別実習を経たからかほんの少し、だが確実に変化が訪れていた。

 一見今まで通りに見える日常でも、以前に比べて明らかに会話の数が増えていた。特にA班はその傾向にある。その上、毎朝の対ゼダスでのトレーニングも実習前は参加者がリィンとラウラだけだったのに、今では残りのA班メンバー───アリサとエリオットも加わってきている。計4人になったこともありゼダスも戦い甲斐を感じていたが、まだ未熟ということもあり物足りなさも感じていた。

 

 

 ────と、A班は順調に良い傾向へと進んでいるのだが、問題はB班の方だった。

 

 

 聞いた話によると、どうやら特別実習でまた貴族と平民───ユーシスとマキアスの喧嘩があったそうなのだ。入学当初から段々と酷くなっていっていた気はしたが、それは実習中でも健在だったらしい。B班の良心と言っても過言ではないガイウスとエマが助け舟を出したらしいがそれも全て無駄だった。フィーとシノブは………そういう立ち回り方に秀でていなさそうなので期待はしてない。

 

 

「(個人的にはどうでもいいのは今も変わってないんだが、こっちに飛び火してこないかがなぁ………さっさと丸く収まってくれないかなぁ………)」

 

 

 完全に思想が他力本願なゼダス。

 大抵の問題は時間が解決してくれると言うが、この件に関しては期待できそうにない。時間に全てを委ねていてはいつ解決出来るのか分かったものではない。

 とはいえ、首を突っ込みたくないのも事実。何処かの誰かが都合良く解決してくれれば良いのだが………

 

 

「──────という訳で〜、ゼダスくん。これ分かりますかぁ?」

 

 

 突如ゼダスの思考に割り込む声。それはホワホワと柔らかく、気が抜ける声だった。

 その声の主は一般的な観点からみても“綺麗”と分類される女性だった。輝くような金髪に大空のような青い眼。その豊満な身体付きの上に眼鏡をかけているという女性教師という職が似合い過ぎていた。

 名をシア・ヴァレン。先日、この学院に配属された教官だ。担当教科は『魔法学』。

『魔法学』とはその名の通り、魔法について学ぶ科目なのだが、この場合の“魔法”は導力魔法(オーバルアーツ)のことを指す。現代で普及している魔法が導力魔法なのだから当選といえば当然である。それに加え、各地域で噂や伝承になっているオカルトめいた“魔法”なども学べたりするので、そういった風なことが好きな人には堪らない内容である。

 因みに今までは教科担当の教官が居なかった為、サラ教官が請け負っていたのだが、シア教官が配属になって交代してたりする。それもそうだ。『私はぁ~元ぉ~魔法に関して研究していたのですよぉ~』と本人が言っていたのだから、それ相応の専門の知識を持っているに違いない。

 

「(…………そりゃ、そうか。だって───なぁ………)」

 

 ───と、ここまでがシア教官に関する基本的な情報なのだが、ゼダスは他の観点からでしか見ることが出来なかった。

 

 

 もっと他の何か………もっと恐ろしく、おぞましい“何か”。どこか懐かしさを想起させるその溢れ出る雰囲気というかなんとやら………

 

 

「────ーい………ゼダスくーん、起きてますかぁ?」

「……別に寝てた訳じゃないですよ。考え事してただけです。で、えー何々………」

 

 当てられていたことを思い出し、ゼダスは机上に広げていた教科書に眼を落として、答え始める。

 

「『現代社会で使用されている導力魔法と各地の伝承として“在る”とされる真なる魔法との明確な差異』ですが、個人的には数値で表せるか否か、という点を挙げたいですね」

「その心はぁ?」

「文字通りですよ。導力魔法は数値で表すことが出来るんです。発動しようとした導力魔法の種類、放つ位置の座標、出力を決めるために入力する変数などなど………挙げればキリがないんですけども、全ての要素を数字で表せれます」

「ほぅ……」

「対し、純然たる魔法に関してはそういうわけには行きません。神秘に近しい物を数値で表すのは無理があります。仮に出来たとしても、一般人がその数値を元に魔法が引き起こした事象を再現するのは到底無理でしょう。───これが自論ですが如何です?」

 

 すらすらと自論を展開したゼダスにクラスメイト全員は呆然。別におかしなことを言ったわけではないので、多分流れるように展開したから呆然とされているのだろう。多分、きっと。

 しかし、シア教官はそのゼダスの自論をある程度は解していたのか、

 

「明確な差異を挙げ始めるとキリがないので間違いではないですよぉ~」

 

 と言葉を紡ぐ。

 ここで『正解』と言わずに『間違いではない』と言うところ本当に性格が悪い、と思うゼダスである。そして───

 

 

「それじゃあ、どうしたら正解だったのか説明していただけますかね?」

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 その後、ゼダスとシア教官の自論の張り合い&相手の自論の欠陥を見つけ突きまくり授業が終わった。

 この展開はシア教官が魔法学の授業を担当することになってからの日常風景に他ならなかった。他の授業では大して目立とうとしないゼダスが敢えてつっかかるこの展開に最初の方はクラスメイト全員ハラハラしたものだが、流石に慣れてきていた。

 

「ゼダスはよくもあそこまで教官に食ってかかるものだ………」

 

 最早、何も不思議に思わなくなっていたが、ラウラはふと呟いていた。

 別に何を思ったでないであろうその一言にラウラの横の席───シノブは頬杖をつきながらに言葉を返した。

 

「なぁ、お前、前の実習でゼダスと何かあったのか?」

「? 何故だ?」

「いや、明らかにゼダスに関する発言が増えてるんだから、そう思われても仕方ないだろ。自覚無いのか?」

 

 そう言われたラウラは考え始めた。

 確かにシノブの言う通り、ゼダスに関する発言が増えている気はしなくもない。これはゼダスのことを意識している………ということなのだろう。

 ならば、その切っ掛けは何か?

 

「(うーむ………分からんな。特に何かあったわけでも無いし………)」

 

 ただ班が一緒だっただけだ。何も変わらずにケルディックに赴き、実習をこなして、トリスタに戻ってきた。その間に事件に首を突っ込んだりもしたが、それも無事解決できたのだから、初回ということを鑑みても充分すぎる結果といえただろう。

 

「(そういえば………)」

 

 そこまで思い返して、ようやくラウラは思い当たる節を見つけた。

 あのケルディックでの一件が終わる直前、ゼダスは独りで謎の相手と死闘を繰り広げていたのだ。その結果がどうなったのかは知らないが、生きていたのだから最悪の結果にはなっていないに違いない。

 しかし、その死闘の片鱗を垣間見た時が一瞬だけとはいえあったのだ。

 今まで見たことの無かった彼の本気の顔。辛く、苦しく、だが愉しそうだったその表情にラウラは『心配』の情を抱く前に何処か『安堵』していたのだ。

 何故かは分からない。今も分かりそうにない。

 ただその表情が忘れられなくて。眼を離せない存在になった………ということだろうか。

 

「………分からんな」

「ふーん………まぁ、今はそれでも良いんじゃねぇの」

 

 シノブの何やら含みのある発言にラウラは首を傾げざるを得なかった。ついでに何故かニヤニヤしていたことにも首を傾げざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本日の授業が全て片付き、放課後に洒落込んだ夕方時。ゼダスは独り、学院のグラウンドの端っこにある倉庫に足を向けていた。

 普段ならば、確実に岐路に着いて夕飯用の材料の買出しや調理をしているであろう時間帯なのに、まだ学院に残っている。それはハッキリ言って異常だった。

 

「(でも、仕方ねぇよなぁ………)」

 

 内心ボヤくゼダス。これがただの呼び出しならば、別に問題ない。寧ろ、倉庫という場所指定で生徒から呼び出しだったら、健全な男子ならば少しは心踊るようなイベントが発生するかもと期待出来たかもしれない。それか身の危険を感じるかの二択か。

 だが、今回は教官からの呼び出し。しかも、あのシア教官なのだ。何もときめかない。どころか、また互いの意見の言い合いになりかねない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────と、普段の授業風景を見る者なら思うだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「(そんなわけないはずだ。だって、アイツは………)」

 

 

 と思い至った時、目的地である倉庫に辿り着いた。………今まで気付かないフリをしてきたのだが、心臓がバクバクしている。ここに来て、心音がより一層増して聞こえた。

 深呼吸し、気持ちを落ち着かせたゼダスは一思いに倉庫の扉を開き、中に踏み入る。

 

 トールズ士官学院の敷地内には何箇所か倉庫が存在している。

 各部活で用いる備品を置く為の倉庫や、馬を留める為の倉庫、その他にも色々とあるのだが………ゼダスが踏み入ったそこはその中でも少々と“異質”だったりする。

 そもそも倉庫としての出来が他に比べて低い。それもそう。この倉庫はほんの少し前に出来た仮設的なもの。言い換えればプレハブ小屋に他ならない。で、出来た明確な時期だが、シア教官が転属してきた直後くらい………つまりはそういうことである。

 因みにここに置かれている物の内容なのだが………

 

「(うっわ、改めて見ると物騒なモンしか並んでねぇ………)」

 

 一括りに纏めて称すると、そこには色んな色で中身が煌めく瓶が無数に並んでいた。

 それは導力魔法が一般的に世に普及するよりも早くから在るとされる真なる魔法の触媒とされていた“精霊”と呼ばれている魔法生命体である。

 どうやって造られるのかは未だ分からず、どういった風に使用することで真価を発揮するのかも定かでない。そんなあやふやな存在なのだが、それ単体が持つエネルギーというのが洒落にならない。具体的に言うと、ここで瓶の一つでも割ってしまえば、精霊の動きが暴走して連鎖爆発を起こす。

 そんな取り扱いご注意な品がこうも数多く並んでいるというのはハッキリ言って異常だ。

 

 しかし、そんな光景に特に何かを思うでなくゼダスは歩みを止めない。ここに置かれている物なんかよりもずっと注意を割かねばならない存在があると知っているのだから、当然といえば当然なのである。

 

 一歩、二歩、三歩。ゆったりとだが確実に進むゼダスは、倉庫内に出来ている曲がり角を曲がり──────

 

 

「(見つけた………)」

 

 

 ────視界に収めたのはシア教官の後ろ姿。見たところ、ゼダスの存在にはまだ気付いていない。

 教室内で見せたような雰囲気とは一転、静かにその瞳に殺意を映したゼダスはその手に真紅の大剣、レーヴァティンを顕現。音を殺して、歩み進める。

 

 本来、ゼダスは“アレ”と日々あんなくだらない内容で論争を繰り広げれるはずがないのだ。アレは違う………そう、違う“何か”。

 そもそも、こんな場所にいて良い存在ではない。出てきて良い存在ではない。

 

 もう大剣の刃渡りを考えるに充分届く所まで来た。

 無音で振り上げながら、ジッと見据えたゼダスは無慈悲にその刃を振り下ろす─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───────甘いわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チリンッ………

 

 

 突如、鈴の音が鳴り渡る。

 声が響いた方向は背後。それに吊られ、ゼダスが冷徹な眼を向けた先にいたのは金髪金眼の美女だった。

 女性にしてはそれなりの身長で、身に纏うは東洋の伝統衣服である着物。その上に頭からは何やら狐耳が生えている。その見る者全てを魅了するであろう美貌を携えたその相手をゼダスは知っていた。

 ゼダスは裂いたシア教官の“残像”の感覚を確かめながら、怪訝さを声音に乗せて言葉を紡ぐ。

 

「これは一体どういうわけか説明してもらおうか、“師匠”」

「どういうわけ、ねぇ………全く以って皆目見当が付かんなぁ」

「惚けるんじゃねぇッ! アンタほどの手練れが何平然と教官職やってるんだよ!? 理解が及ばなさ過ぎて、ここ最近ずっと脳内大混乱中だったんだぞ!」

 

 思わずに声を荒げるゼダス。だが、これは仕方のないことだった。

 ゼダスが“師匠”と呼称したその女性は一般人では無い。………もっとも、執行者が“師匠”と言っている以上、その相手が普通であるわけないのは分かっていたのだが。

 

 元々シア教官の姿をしていた金髪美女の名はシーナ・ゼロ・フリスディア。

 彼女はゼダスと同じ、結社《身喰らう蛇》に所属しているのだが、少々立ち位置が歪である。

 結社の中で最高幹部と呼ばれる使徒。表上では7人いるとされるのだが………彼女は8人目の使徒なのだ。本来の席と合致しない存在が故に結社内でも根も葉も無い噂扱いとされる《番外使徒(イレギュラーアンギス)》その人なのである。

 外された為に数字が無い存在………つまりは零なので、第零柱と呼ばれている。本来は別の異名も持つのだが………まぁ、ここで話すような話でもないだろう。

 

 ゼダスから見ても埒外な存在。そんな人が姿を偽ってまで学院に入ったのは間違い無く結社の意向だろう。何を考えてるんだとゼダスが思ってしまうのは当然だった。

 

「まぁ、生涯一度はこういうのやってみたかったし、別にええやろ」

「だ・か・ら! なんでそう話を逸らすんだよ! 結社最高クラスの戦力をわざわざ学院に寄越すか!? 普通に考えて可笑しいんだよというか俺一人じゃ駄目だったのか信用無いのか!?」

 

 ……余程、言いたいことが溜まっていたのだろう。正にマシンガンのように息を継ぐ暇も無くゼダスは言葉を捲し立てた。

 ただシーナもそんなゼダスの様子に口を挟まずにはいられなかったようで───

 

「アンタに信用が無いとかじゃないやろなぁ………ウチとて好きで来た訳じゃないんやし」

「いや、さっき『やってみたかった』って────」

「バーカ、『やってみたい』と『実際にやる』とでは話が違うんや。実際にやると多分つまらんと思うし。現に今はつまらん」

「んじゃあ、サッサと辞めて結社に戻ってくれホント頼む」

 

 もうただの懇願に等しい内容にシーナはカカカと高笑い。その光景にゼダスは若干の苛つきを覚えつつも何処か懐かしみを感じていた。………懐かしみよりも苛つきの方が大きかったのだが。

 

「ま、結社に蜻蛉返りは土台無理な話や。ウチだって《盟主》からの命令やったんよ。流石に背けんって」

「ったく………何考えてんだ………」

 

 困ったようにゼダスは言う。

 結社の戦力たる執行者に加えて、使徒までもただの学院に集中させている。この状況に《盟主》が何の考えがあるのかなんて想像付かなかった。

 しかし、シーナは何やら会得のいってる様子で言葉を紡ぐ。

 

「何やアンタ、自覚しとらんのかいな」

「自覚? 一体何のことだ?」

「ゼダス・アインフェイトという存在の危うさや」

「────ッ!?」

「………その様子を見るに本当に気付いてなかったんやな」

 

 呆れ口調で呟くシーナ。

 

「アンタは執行者とはいえ、まだまだ若人なんや。自分でどれだけ強いと思うとうてもその実は“脆い”。いつ壊れて狂うか分からん。───しかも、それが至宝の一角たる《輝く環》を取り込んだアンタが暴走したら、周囲にどれだけの影響を齎すか分かったもんじゃない。そんなことも分からなかったんか?」

 

 言われてみればその通りだ、とゼダスは思う。それ程にまで、《七の至宝》というのは厄介で強大な存在なのだ。

 世界を構成する七つの属性。その中でも視覚では確認するに叶わない世界基盤の元である上位三属性の一角である空属性の最高位古代遺物。古代に《空の女神》が授けたとされるそれを本来の力を無差別に奮おうものならば、世界すらも壊しかねない“兵器”と化す。

 となれば、その“抑止力”として近くに超が付く程に強力な存在を配置するのも頷ける。ゼダスとしては妙に信頼されてない感がして納得はしたくないのだが、それだとしても最悪の状況になる前に潰すことが出来るのには賛成だった。

 

「……そう考えると師匠が来るのは妥当ってわけか」

「大方そーいうことやろなぁ。ウチならアンタがどれだけヤバ目の暴走を引き起こしても殺し得れるし」

「流石は結社屈指の古代遺物キラー。壊すのは得意ってか」

「それはちっとばかし違うわ。ウチは“壊す”でなく“掌握する”のが得意なんや。……ま、危険と判断したら遠慮なく壊すけど」

「師匠だったら、俺が《輝く環》を暴走させたら絶対に殺すだろ? 危険だし、何より『自分で律せないことを呪って死ね』くらいのことは言われそうだ」

「確かに違いない」

 

 コロコロと笑いながら歓談するシーナに微笑むゼダス。

 

 思い出せば、殆ど後悔すべき事柄しか残ってない二年分の過去。

 幾度も世界を呪い、運命を呪い、そして自分をも呪った。

 何故俺だけがこんな目に会わなければならない、何故あそこであんな選択をした、何故させた…………嗚呼、今でも鮮明にゼダスの脳裏には浮かんでくる。

 だがしかし、そんな中でも確実に繋げたものはあったのだ。得れたものがあったのだ。

 それが今のゼダスにとって“救い”となっている。態度や口調では表立って表しはしない…………いや、本人さえも気付いていないのかもしれないが、それは確実に“救い”なのだ。

 

 

「───それじゃ、俺はそろそろ帰ろうかね」

 

 

 その後も世間話混じりに雑談を興じていたゼダスはふとそう言う。

 

「もうかいな」

「生憎今は“執行者”であり“学生”でありながら、“第三学生寮の代理管理人”なんだよ。そろそろ帰って夕飯の支度しないと、腹空かせた奴らが暴動を起こしかねん。ただでさえ、今日は師匠に呼ばれて若干遅めになってるし」

「カカカ! そうか、そうかいな! アンタが管理人……管理人って……あー腹痛。どんな笑い話だ!」

「……悪いか?」

「いやいや、良えと思うよ。うん、良いと思う。似合っとるし」

「なに言ってんだこの人………」

 

 管理人に似合うも何もないだろうと思うゼダス。

 

「そういうわけだから、先帰るからな!」

 

 と言い残し、ゼダスは倉庫を後にする。そんな姿をシーナは手を振りながら見送った。

 

 さっきまで実に楽しげに話していたせいか、若干の寂しさを感じながらシーナは倉庫内に置いていた机に頬杖を突く。

 外は夕焼けが沈み、月が上がっていた。倉庫に備え付けてあった小窓からは月光が差し込んでいて、見る人は見ればそれはまるで一枚の絵であるかのような美しさを誇る空間の中、一人シーナは呟く。

 

 

 

 

「なーんや…………ちゃんと“変われてる”んや。これだったら、完全に杞憂やったわ」

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5月の自由行動日




リアルの方で一段落着いたので久し振りに執筆に取り掛かった「 黒兎」です

割と変なテンションで一話分殴り書いたので文量少なめ&誤字脱字あるかもしれませんがよろしくねお願いします………






「だぁッ!!! 負けだ負けだ、もう一回!」

「せーんぱーい、ムキになって挑み直すとか破産まっしぐらのギャンブラーっすよー。一旦冷静になりましょうって」

 

 場所は学院の校舎のすぐ近くに置かれている技術棟。

 そこで賭け事───もといカードゲームを勤しんでいる生徒が2人いた。

 

 片や、快勝を続けている黒髪の少年───ゼダス。その表情には勝利が続いているからか、何処と無く余裕を感じられた。

 もう片や、敗北続きのバンダナを頭に巻いた青年。名前をクロウ・アームブラストと言う。学院ではゼダスよりも一個上の先輩、つまり二年生。だが、一年生のゼダスとは対象的に余裕が無かった。表情でいうと相当焦っていた。余程、負け越しているのだろう。

 

 互いに学生である以上、賭け事は教育的には良くないのだが、そんな事いざ知らずにこの2人は賭け含めてのカードゲームを興じている。………と言っても、賭けている物は少量の金くらい。これならば別に問題無い────

 

 

 

「あーーーー! またゼダスくんとクロウくんが賭け事してる! まだ未成年だからダメだってもう何回も言ったでしょ!」

 

 

 

 ─────訳がなかった。

 

 突如、開かれた技術棟の扉。そこには非常に愛らしく、小柄な女の子が立っていた。学院の制服を着ているから辛うじて生徒だとは認識出来ているが、服装が違えばそうはいかない。きっと実年齢より一回りも二回りも下に見られるだろう。本人が気にしているから、実際には口にはしないが。

 そんな子がこの学院の生徒会長なのだから、本当に驚きなのである。

 

「おいおい、トワ。別に賭けてるのは微妙な物ばっかりだし少しくらいは良いだろ」

 

 クロウは小柄な女の子───トワと呼ばれた子に苦笑気味に言葉を返すが───

 

「そういう問題じゃないの! 普通に考えて賭け事してるってことがダメなの!」

 

 即座に切って落とされる。

 トワが言っていることは最もだし、本当に怒っているのだと絡みが少ないゼダスから見ても分かるのだが、いかんせん見た目が足を引っ張っている。明らかに怖く見えない。寧ろ可愛く見えるまである。

 因みにゼダスがトワと初めて会ったのは入学式の日。その時に学院の正門で新入生の確認をしていたのがトワ───つまり、ゼダスに話しかけてきた小柄な女の子がトワだったのである。

 入学式以降はそれといって接点があったわけではないのだが、最近になって技術棟に入り浸るようになってからは鉢合わせる頻度が増えたので、それなりに会話はするようになっていた。

 

「そうだよ、クロウ。この可愛らしいトワがわざわざ注意してくれてるんだ。少しは自重したまえ。………どうせ、ゼダス君にまたもや負かされ続けているのだろう?」

「んだとゼリカ! 事実負け続けてるから言い返せねぇけど、やっぱ腹立つな!」

 

 トワと一緒に技術棟に訪れたのは学院内なのに制服でなく黒いライダースーツを身に纏っている美形の女性。名前をアンゼリカ・ログナーといいこの人も二年生で先輩。

 家名から察するに帝国の四大名門の一角である「ログナー家」の息女なのだろう。そんな人がまさかの男より女好きだったとは……まぁ、愛に性別は関係無いのだし、別に良いのだろう。そこはゼダスも納得していた。

 

「そういえば、何故に先輩方は技術棟に? 今日は月一の自由行動日なんですし、少しはリフレッシュがてらに適当に過ごすのかと思ってたんですけど」

 

 言い忘れていたが、そう───今日は自由行動日なのだ。

 わざわざ技術棟に用があった様子にも見えなかったゼダスは気付いたら、その疑問を口にしていた。

 

「んーと、確かに何処かに出掛けてリフレッシュするってのも大事だと思うけど……ね」

「ああ、言わんとすることは分かるよ、トワ。やはり、技術棟(ここ)での“日常”が私たちにとっての一番のリフレッシュな訳だよ。……それを言ったら、君こそどうなんだい? まだ入学して一月余りだ。疲れもあるだろうし、ゆっくり休むべきだと思うがね?」

 

 逆にゼダスに問われてしまった。

 意外にもこの学院生活に順応してしまっている感があるが、言われた通りまだ入学して一月しか経っていないのだ。普通に考えれば、疲労が溜まっている方が当然なのだし、休息せずに技術棟に顔を出しているところを不思議に思われても何ら可笑しなことではない。

 しかし、ゼダスはその事に対する明確な回答を持っていた。というか、純粋に技術棟に用があって訪れていたのだった。

 

「───っと、そうだそうだ。ジョルジュ先輩、ちょっとこれ見てほしいんですけど」

 

 と言って卓上に置いたのはARCUS。だが、本来のそれとは大きく形状が異なっていて………無理に言葉にすると何かよく分からない突起物が色んな所から出ていた。外見だけではまともに導力魔法が発動しそうになさそうに思えた。

 その最早異形と化したARCUSを見に、奥から黄色のつなぎを着た大柄な男が出てきた。この人がゼダスが「ジョルジュ先輩」と呼んだ相手。名前をジョルジュ・ノームという。因みに入学式当日にトワと一緒に校門前に立っていたのはこの人なのだ。

 

「………一体これは何なんだい?」

「知っての通り、ARCUSっす」

「僕の知ってるのとは相当違うんだけど」

「まぁ、事情を話せば少し長くなるんですけど─────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「─────ARCUSの魔改造!?」」」」

 

 事情を聞くや否や、二年生組は全員口を揃えて叫んだ。で、そのゼダスが話した事情なのだが───

 

 入学前からARCUSという未だに目にした事の無かった戦術オーブメントに関して調べたり解体したりと色々試したのだが、その時にゼダスは致命的な弱点を見つけてしまったのだ。

 それが導力魔法の立ち上げ、発動からの処理終了までの一連の工程の速度の遅さだ。

 ………一応弁護しておくが、ARCUSは次世代型の戦術オーブメントだ。従って、従来のオーブメントと性能を比べれば間違いなく高水準なのだが………………だがしかし、ゼダスはそれでも満足してないという。

 その為、入学後も時間を見つけては分解して改良して試作するということを延々と繰り返してきたのだが、最近になってそろそろ取り返しのつかない状況になってきたという訳だ。因みにその作業をしていたゼダスでさえ「そろそろこれはヤバい」と思い始めている始末。

 

「────というわけで、こういうの得意そうなジョルジュ先輩に助力を求めに来たわけなんですよ」

「で、元の形に戻せば良いのかい? ………と言っても、戻る保証は無いけども」

「あー………そこなんですけど………もっと魔改造したいんですよね」

 

 

 

 

 

「「「「─────は?」」」」

 

 

 

 

 

 またもや声を挙げられる。それもそうだ。

 後戻り出来ないレベルにまで弄り回して、ほぼ失敗と言っても良い結果しか残していないのに、まだやりたいと言う。

 それを聞いた者は殆どは「こいつは何を馬鹿なことを」と思うのだろうが、生憎とゼダスはそういう無茶でもやり通したがるのだ。

 

「(というか、今の処理速度だと実戦では運用し難いんだよなぁ………)」

 

「ゼダスくん! 何馬鹿なこと言ってるの!?」

「トワの言う通りだ。これ以上は止めておくべきだよ」

「そうだぜ。下手な改造はどんな結果を齎すか分かったもんじゃねぇからな」

「まぁ、そりゃそうなんですけど、そうも言ってられない状況というか………もうすぐ実技テストですし、ARCUS使えないと流石に教官に怒られる………」

 

 別に教官に怒られようが、点を差し引かれようが痛くも痒くも無いが、流れでそう口走る。

 その後もトワ、アンゼリカ、クロウの三人からの説得をゼダスは様々な言い分で躱していく中、徐にジョルジュは口を開く。

 

 

「───良いよ、その話乗ろう」

 

 

「ちょ、ちょっとジョルジュくん!?」

「確かに変に弄ると危ないのは事実だけど、ゼダス君の話も技術者として興味深いんだ。最新型で、更に導力魔法の工程時間を短縮出来たとしたら、それは凄いことだよ」

「あー、ダメだコイツ。技術者としてのスイッチ入りやがった。もう俺らの話聞かねえやつだこれ」

 

 呆れた口調でクロウは言う。ゼダスとしては事が思い通りに運んで良い気分だったりしてる。

 

「───但し、僕はゼダス君のARCUSには一切触れるつもりは無いよ。こちらとしては『どの様なアプローチで工程時間を短縮するか?』が気になるだけだからね。それについての話し合いの中でゼダス君はARCUSを改造すると良い」

「んん………? なーんか想定してた内容とは違いますが、それで納得しますわ。それじゃあ………有意義なお話始めましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「───よしっ。それじゃあ、ジョルジュ先輩。今日はありがとうございました」

 

 時は既に夕暮れ。結局、自由行動日の殆どを技術棟で過ごした結果となったが、その見返りとしては十分過ぎる物を得た。

 これならば理想的な物へと昇華させれる。何一つ不自由無く………どころか、想像を超えた物となるはずだ。

 

「こちらこそありがとう。僕の方もあんな方法があったとは盲点だったよ」

「やっぱり悩んだ時は相談するに限るって再認識させられましたわ。んじゃあ、早速寮の方に戻って試作してきます!」

 

 とても楽しそうな表情で技術棟を飛び出して行ったゼダスにジョルジュは、

 

 

「────青春だなぁ………」

 

 

 と、ふと思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 翌日、通常登校日にして5月の実技テスト2日前。

 ゼダスは放課後に職員室に寄り、サラにある事を頼み込んでいた。

 

「本当にお願いします次回の実技テストで“これ”試させて下さい本当にお願いします」

 

 ………………正直、普段ならこんなに必死に頼み込むことなんて無いんだろうが、今回に関しては別だった。

 

 折角の良いアイデア。試作品が出来たとしても、実戦で試せる場所が近くにないというのは余りに辛い。サラ自身が実戦相手になってくれるならまだしも、この駄目教官はきっと引き受けないのは想像に難くない。

 ならば、結社の人形兵器を使ってくれる実技テストで試す他無いのだ。あの人形兵器に関してもある程度の情報がある分、効果を分析し易いし、とても条件が良い。

 

「ふーん………アンタがここまでして頼むなんてよっぽどね。でも、これ………想像以上にぶっ飛んだ発想ね」

 

 因みにサラに渡したのはその試作品の現物ではなく、設計用紙。流石に一晩で現物を用意するのは無理だった。

 

「それは昨日、ジョルジュ先輩と延々と談義した結果に出てきたんですけど、個人的には相当納得がいってるんですよね」

「────ま、今回は特別に認めましょう。でも、テスト当日までには間に合わせなさいよ。じゃないと、無条件で0点にするから覚悟しておきなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………どうやら、2日連続で完徹することになりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

想像の答え。それ即ち、創造である





はっぴーくりすます! 「 黒兎」です
今年最後の更新ということで、色々なことを記した活動報告を上げておきますので、この話を読み終わった後にでもお暇があればご覧になってくださいな







「いよっしゃぁぁぁああああああああああ!!!!!!!! 何とか間に合わせてやったぞ!!!」

 

 まだ日が昇り始めた様な時間帯。ゼダスは1人自室で柄にもなく絶叫していた。

 

 本日は5月の実技テスト当日。つまり、3日前からゼダスが取り掛かったARCUSの魔改造に関する一件を何とかして形にしなければならない期日でもある。

 普段の生活にその空き時間を全て魔改造に捧げるという殆ど休みなしの突貫作業で何とか形に出来た。想像以上に無理矢理なスケジュールでの作業だったが思いの外満足行く形はしている。……と言っても、今日のテストの結果次第ではまた問題点が見つかるのは避けられないのだが。

 しかし、それはそれ、これはこれだ。取り敢えず試験段階までこじ付けれたのだから良しとしよう。

 

「────っと、そうだ。そろそろ朝飯の用意始めないと不味いか」

 

 因みにこの魔改造作業中もしっかりと全員分の料理を作ったりなどの寮の管理人としての仕事も果たしていた。流れで引き受けなければならなかったといえ、仕事は仕事。きっちりとやっていた。

 

 

「──────おい、ゼダス」

 

 

 控えめなノックと共に扉の奥から声がしてきた。この声はシノブだろう。ゼダスは扉を開きつつ───

 

「ん、何か────って、んぐっ!?」

 

 ───シノブに用事を問うたのだが、言い切る前にいきなり口の中に何かを押し込まれた。半ば勢いで咀嚼したのだが、食感と味から察するにサンドイッチか何かだろう。

 ゼダスは何が起きてるのか理解出来ずに眼を白黒させるが、その様子からシノブは意図を汲んだのだろう。事情を説明し始める。

 

「お前、最近根を詰めてただろ。しかも、今日は実技テストだ。少しだけでも良いから休んどけよ。オレが代わりに朝飯の支度やっておいてやるから」

「…………お前料理出来るのか?」

「失敬な! 簡単なのしか出来ねぇけど一応は出来るんだからな!」

 

 簡単なのしか出来ないのか、と内心思うゼダスであったが、正直な話この申し出はとてもありがたかった。

 確かに休みなしでの実技テストは少々辛いものがあるだろう。そういった場合の身体の動かし方なども体得しているとはいえ、休めるに越したことはない。

 

「つーか、最初に言うのはそれかよ………ったく、もっと他にあるだろ」

「分かったよ、不貞腐れんなよな………ありがとな。割と助かる」

「初めからそう言っとけば良いんだよ。んじゃあ、サッサと寝ろよ。………少ししか寝れないけどな」

 

 そう言うシノブの姿は妙に頼りに見えた。小柄な体躯で、見た目だけでは絶対に頼り気ないのだが、その時だけはそう見えたのだ。

 

「(………寝不足か)」

 

 きっと休みを取ってなかった所為だろう、とゼダスは思い、自室のベッドで寝ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーし、それじゃあ今月の実技テスト始めるわよー」

 

 先月と同じように学院の敷地内にあるグラウンドに集められたⅦ組一同。各々がこのテストに全力を尽くそうとしているからかとても真剣な表情だった。ただ一人凄い楽しげでそわそわしている奴もいたが、それでも真剣だった。楽しそうだけど真剣だ。

 そんなⅦ組の姿を見て、サラは説明を始める。

 

「今回もこの戦術殻を使って実技テストを行うわ。でも、前回と違って少々手を加えてるし、何より───」

 

 そこで一旦区切ったサラは指をパチンと鳴らす。すると、元いた戦術殻一機に加え、その両脇に新たに二機が虚空から現れた。

 

「───三機同時に相手して貰うわ」

 

 まさかの内容に各自が頭を抱える。

 一応、まだ入学1ヶ月後なのだ。だと言うのに、いきなり跳ね上がった試験の難易度。結社の執行者であるゼダスにとっては別に問題ないとはいえ、ただの学生に向ける内容としては酷に他ならない。

 しかし、そんなことはサラも分かっていたようだ。

 

「少し辛いかもしれないけど、先月の特別実習で何かしら得た物があるなら勝てるはずよ」

 

 何処にも明確な根拠の無い発言に見えるが、その発言は間違っていなかった。

 あの実習の意図。それは取り様によっては如何にも変容するが、Ⅶ組という特科クラスが「ARCUSの真価を探る」を旨に創設させられた以上、そこに関わってくるのは間違いない。

 そして、その意図通りに実習をこなして満足が行く結果を叩きだせたら、ARCUSの特殊機能である戦術リンクが成長を遂げれるだろう。それは確実だ。

 

「最初は先月の特別実習のA班───って言っても、ゼダスは外れなさい」

「ん? 何故ゼダスは外されねばならぬのだ?」

 

 至極当然なラウラの問い。ここでサラに回答させるのではなく、自分自身のことなのでゼダスが答える。

 

「俺はちょっとこのテストでしたいことがあるんだわ。だから、今回は俺一人だ」

「そうか………」

 

 何故か若干残念そうなラウラ。だが、別にゼダス一人の欠員くらい問題ないだろう。現に先月の特別実習終盤ではゼダスが抜けて、戦闘を任せたこともあったのだし。

 

 

「それじゃあ、そろそろ始めるわよ────!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言うと、最初にテストを行ったA班は非常に高得点を叩き出していた。

 先月の特別実習での実戦が功を成したのだろう。戦術リンクの扱いが1月前に比べれば非常に巧くなっていた。

 しかも、3日前の自由行動日にまた裏手にある旧校舎の探索に赴いていたそうなのだ。それもこの結果を助長したに違いない。

 

「(つーか、また俺呼ばれてねぇ………って、あの日は朝から技術棟に行ってたんだったな)」

 

 と、思い返しながら、制服裏に仕舞っているARCUS────と、試作品を制服越しにソッと手を添える。

 一応形として組み上げれたとはいえ、ちゃんとした起動実験はしていない。理論上は動くはずなのだが………

 

「(こればっかりは運だよな。時間無かったし)」

 

 自分の番が回ってくるまでは柄にもなく神に祈ろうとするゼダスであった。

 

 

 ────で、打って変わってB班。こちらのテスト結果は………あー、その………何と言うか………もう「酷い」と称するのも憚られるくらいには大惨事だった。

 チームワークなんて糞食らえ。連携も何も無かった。

 このB班の欠陥と言っても差し支えないユーシスとマキアスの不和が原因で戦術リンクはまともに機能せず、フィーは独断で行動する。この班の良心と言っても過言ではないエマ、ガイウス、シノブは何とかチームとして成り立たせようと奮闘していたが、結果虚しく終わっていた。

 

「A班に比べて、B班ときたらもう………殆ど成長が見られないわね。ガイウスにエマにシノブはまだしも………ユーシスにマキアス。あんた達、もう少し何とかならない訳? フィーもフィーで独断専行が過ぎるわよ?」

 

 サラからの酷評に返す言葉も無さそうな雰囲気のB班。現に散々たる結果なのだから仕方ないとも言える。

 

「まぁ、教官。言い始めたらキリ無いんで後にしないか?」

「───ってのは建前で、アンタ早く試したいんでしょ。良いわよ───最後はゼダス! 前へ!」

 

 サラに呼ばれ、ゼダスは前に出る。

 相手は変わらず、戦術殻は三機。どれほどの設定にされているかは分からないが、それなりに骨が折れるのに違いない。明らかに執行者として動いていた時よりも腕は鈍っているし、その上に結社の人形兵器が相手なのだから当然だ。

 とはいえ、胸が高鳴っていないと言えば嘘になる。

 これくらいの相手でなければ、試すに値しない。そういった物が完成したと自負している。

 

「あれ………ゼダス笑ってる?」

 

 ふと聞こえたエリオットの呟き。どうやら無意識のうちに笑っていたらしい。………だが、その笑みが良いもので無いのは想像に難く無い。

 

「あーれーはヤバい笑顔だわ………きっとロクでもないこと考えてるわね」

「ごちゃごちゃ五月蝿いぞ、教官。こちとら楽しみ過ぎて自制心利かなくなってきてるんだよ」

「分かってるわよ。───それじゃあ、始めッ!」

 

 サラが宣言した瞬間、三機の戦術殻は動き始める。それも、先の二組の時とは違い、超高速な上に連携の取れた動きをしてきている。それこそ、戦術リンクを用いての意思疎通が完全に出来ているような動きだ。これは手強い。

 と言っても 、ゼダスなら苦戦するような相手ではない。ならば、心の底から湧き上がる愉しみのままにやるとしよう。

 

 ゼダスは制服をはためかせ、“それ”を抜き出した。

 陽光を跳ね返す白銀の身体、そしてスラッと伸びたそれは──

 

「………拳銃?」

 

 ──何処からどう見ても拳銃だった。

 だが、通常の拳銃とは様変わりしていて、弾倉部分からゼダスが腰に提げているARCUSに配線で繋がれていた。

 

 これがジョルジュとの意見交換を行なった末にゼダスが導き出した解答。銘を「アンチ・ゴスペル」と言う拳銃型補助オーブメントだ。

 

 ゼダスは握ったアンチ・ゴスペルの感触を確かめながら、行動を開始する。

 迫り来る戦術殻。その内の一機が真正面から突っ込んでくる。

 それを目にしたゼダスは適当だが正確に標準を合わせて、アンチ・ゴスペルの引鉄を引く。放たれたのでは普通の銃弾ではなく、光弾。というか、あの輝きは────

 

「───空属性魔法ね。なんだ、ちゃんと作動してるじゃない」

「教官、ゼダスの持つアレは一体何なのだ? 見たところ、通常の拳銃で無いのは分かるが………」

「あいつの強さへの貪欲さの産物よ。私も大体の構造しか知らないけど………」

 

 外野の声を聞き届けながら、ゼダスは戦闘中にも関わらず、アンチ・ゴスペルの特徴を整理し直した。

 

 

 このアンチ・ゴスペルは先述通り、ARCUSの外部補助オーブメントとして作ったものだ。

 ARCUSは現在の表社会に出ている中で───いや、裏社会を含めても「戦術リンク」という特殊機能に着眼点を置くならば───次世代戦術オーブメントと称されるだけあり、性能順に並べると相当上に位置するものだ。となると必然的に導力魔法に関しての動作も速いはずなのだ。現に速いのだ。

 が、ゼダスはそれに満足せずに更に速度を求め、火力を求めた。その結果がアンチ・ゴスペルだ。

 

 ARCUSに登録されている導力魔法を単純に処理速度を特化させたアンチ・ゴスペルで作動させる。これだけでコンマ1秒分位は短縮が可能となっている計算だ。

 その上、導力魔法を発動させる時に決定する必要がある変数の一つである「対象の位置」を簡易的に、直感的に指定出来るようにする為にオーブメントを拳銃状にしたのだ。これで導力魔法使用時の負担が若干和らぎ、連続使用も特段負荷なく実現しているという優れ物。

 ………………突貫作業で作ったことだけあり、本来は無線で扱う物なのだが、未だにARCUSと有線で使用している。戦術リンクとの同期させるには時間が足りなかった。

 

 

「(これが俺の答えだ─────ッ!)」

 

 

 放たれた導力魔法───空属性の初歩的な魔法である「ゴルトスフィア」を束ねた弾を寸分も絶やすことなく撃ち続ける。

 従来の拳銃とは違い、残弾数という概念は存在しない。使用者の魔力が底尽きない限りは幾らでも放つ事が出来る。こと、空属性の至宝《輝く環》と繋がっているゼダスにとって、空属性の導力魔法なんぞは魔力使用を最小限に抑えても存分な火力で発動出来る。弾切れなど起こすはずがない。

 無数の魔力弾が戦術殻達を襲う。戦術殻の装甲何のその。段々と戦術殻は無残な鉄塊へと変貌していった。

 

 ………それからどれだけの時間が経っただろう。そこまで長い間では無かったのは確かだが、ある程度の時間が経過した後、戦術殻は三機共に煙を上げて行動を停止した。見るも無惨とはこういう事を指すのだろうというくらいに穴だらけになっていた。

 

「あー満足満足! 試作中でも案外いけるもんだな!」

 

 学院に入って以来の最高の笑顔を浮かべ、感触を述べるゼダス。そんな状況にサラは顳顬に皺を寄せながら、

 

「ゼ〜ダ〜ス〜………アンタ、調子に乗り過ぎでしょッ! 一体これどうする気なのよ!?」

「は? そりゃ、教官が何とかしてくれるんだろ? だって、俺許可貰ったし。俺が本気でやったら、こうなるって想像ついただろ? だって俺は───」

 

 そこまで言ってゼダスは慌てて口を噤む。

 余りの出来に自分の想像を超えて浮かれていたのだろう。あのままでは自分の素性に関してうっかり口を滑らせてたに違いない。そうなれば色んな意味で大惨事確定だ。

 

 急に黙ったゼダスをクラスメイト一同は不思議そうに見つめるが、サラはゼダスが押し黙った理由に察しが付いたのだろう。ニヤニヤと何か悪さを感じさせる笑みを浮かべながら、

 

「へぇー、うん、そうね。確かに私の考えが足りてなかったわ。でー? 俺は何なのかしら〜?」

 

 ………………あとで絶対逆襲してやる。

 

 サラの言葉に内心そう思ったゼダス。ただこの場では何か別の話題で話を背けなければならない。

 

「そういえば、また実技テストの後に次の特別実習の行き先とメンバーの発表するんだろ?」

 

 我ながら話の逸らし方が下手だとゼダスは思った。

 しかし、サラとて無闇に弄るつもりは無かったのだろう。ゼダスの話題転換に乗り、封筒を全員に配布し始めた。

 先月通りなら、ここに特別実習のことが記されている。全員即座に封を切り、中を確認するが───全員固まった。それもそうだ。その内容が………

 

 

 

【5月特別実習】

 

A班:リィン、アリサ、エリオット、ガイウス、ラウラ(実習地:古都セントアーク)

 

B班:ゼダス、マキアス、ユーシス、エマ、フィー、シノブ(実習地:公都バリアハート)

 

 

 

 最早、犬猿の仲であることが周知されているマキアスとユーシスがまた同じ班。これに関してはまだ分かるとしても、実習先がバリアハート………ユーシスの実家であるアルバレア家が直接治めている有数の貴族都市だ。これは最悪のパターン、もう二人の関係が改善出来なくなる可能性もありえる。

 それくらいに環境が悪い。サラは何かの思惑があるのだろうが………そんなことを抜きに異議を唱えたくなる人はいるわけで………

 

「───冗談じゃない! サラ教官! いい加減にしてください!」

「こんな班分けは認めない。再検討をしてもらおうか」

「もう決定したから聞いてあげるわけにはいかないんだけど………ま、良いわ」

 

 サラはそう言いながら収めていたブレードと導力銃を構える。

 瞬間、鳴り荒れる雷撃。可視化されるまでに高まったサラの戦意にフィーとシノブは溜息を吐く。

 ああなってしまっては止めようが無い。そして、異議を唱えたマキアスとユーシスがそんな状態のサラを止めれるはずもないのは全員の共通の見解だった。

 しかし、二人にとっては退ける戦いでないのも理解出来る。そんな中───

 

「折角だし、リィンも交わりなさい。まとめて相手してあげるわっ!」

「お、俺!? ………了解です!」

 

 急な要請に驚きを隠せずにいながらも、リィンは太刀を抜き構える。

 勝てないどころかまともな戦闘とすら呼べないものになることは分かっているのに参加するところ、リィンも男の子なのだろう。

 

「トールズ士官学院所属、サラ・バレスタイン参るッ!」

 

 その戦意に塗れた名乗りが耳に届いた瞬間、対峙していた三人は同時に宙に舞った。

 雷光一閃。眼にも止まらぬ速さで振り抜かれた斬撃に三人はやられたのだ。

 こういう身近な場所にいて、普段はあまり意識していないのだが、サラは昔は《紫電》の異名を持った元A級遊撃士。弱いわけがなかった。

 

「あらー、もう終わり? ………まぁ、これ以上立ち上がられても結果は同じだから、やろうがやらまいがどっちでも良いけどね」

 

 明らかな挑発だが、彼我の戦力差を顧みると抵抗するのも馬鹿馬鹿しい。リィンにとってはゼダスを相手取っている時と感覚は大して変わらなかった。

 今の自分ではどれだけ抗っても届かぬ場所にいる相手。武と知を振り絞っても圧倒的な“力”の前には意味を成さない。

 

 

「───というわけで、行き先も班編成も変更無しで次回も頑張ってきなさいな。お土産楽しみにしてるわよ〜」

 

 

 絶対に教官宛にお土産とか買ってこないから………

 

 そう思うⅦ組一同であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、ゼダス………」

 

 実技テストが終わり、各々にグラウンドを離れ始めた時、ふとゼダスはそう呼び止められた。

 声の主はフィー。銀髪で、動物で例えるなら猫みたいな子だった。

 

「ん? なんか用か?」

「………………」

 

 無言で薄緑色の瞳に見つめられ続ける。別に見つめられた程度でたじろぐ様な柔な精神では無いが、流石に気持ちよくは無い。

 とりあえず話を進めようとゼダスは口を開くが────フィーは背伸びして、ゼダスの口元に指を置き、言葉を発すことを止めさせた。

 

「………その様子だと覚えてないっぽいね」

「は………?」

「でも、いい。絶対に分かる時が来る。時間が解決してくれる。だから────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────ゼダスはゼダスのままでいて。約束だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2回特別実習

「うーむ………………」

 

 差し迫った5月の特別実習日の前日の夜。自室でゼダスは1人、寮の食料庫からパクり………もとい拝借したチーズを貪りながら悩んでいた。

 

 一つは同班のユーシスとマキアスの確執について、だ。入学式以降、改善の兆しが見られないどころか時が経てば経つほどに劣悪な関係になっているのは誰の目から見ても明らか。今ある記憶の中ではまともな人付き合いした経験の少ないゼダスにとってはこの問題の解決は難易度が高い。

 本来、こういう問題はⅦ組の重心と成り得る素質のある奴───具体的に言えば、リィンが適任なのだからリィンに任せれば良いのだが、今回に関してはそういう訳にもいかない。なんて言っても、リィンと班を分けられたからだ。というか、人付き合いが得意そうな連中が軒並みA班に流れたまである。B班でそういうのが得意そうなのと言えば、委員長くらいだろうか。最早詰んでいる気がしなくもない。

 解決の為の一歩として考えられるのが、互いが互いの意見を頭ごなしに否定しない前提で腹を割って話し合うことなのだが、これ自体が叶いそうにない。次に武力行使で強制的な和解に持ち込む手段も無くは無いが、それをそもそも「和解」と称するのが正しいのかは疑問点であるし、その方法では結局問題を先送りしているだけな感じもする。

 

「………やっぱり、こういうことは慣れてないんだよなぁ………………というかチーズ美味い」

 

 未だにムシャムシャとチーズを貪るゼダス。悩みながら摘んでいたとはいえ、気付けば自室に持ち込んでいた量の半分は腹の中に消えていた。

 

 だがしかし、ゼダスの脳内を占領していたのは全く別の案件だった。

 

 前回の実技テスト。その後に急遽呼び止められ、一方的に語り掛けられたフィーからの言葉。あの内容に関して何度も何度も考え直した。

 

「(『時間が解決してくれる』って一体どういうことだ………? しかも、『俺が俺のままいることが約束』って何なんだよ………)」

 

 だがしかし、納得のいく答えは出てこなかったのだ。

 フィーに関する話と戦闘スタイルから元は猟兵たったのはほぼ確実と言って良い。それを頼りに記憶を辿れば………

 

「(潰したとか壊滅的な被害を与えた猟兵団の思い出とか一々覚えてる訳ないんだよなぁ………)」

 

 幾らでも情景が浮かびはするものの、その全てがロクでもないようなものばかり。

 命令を受けて、猟兵の数を減らしたこともあった。団間の争いが激化していたから、わざと手出しして更に状況を引っ掻き回した時もあった。全てに通ずるのは、まともに記憶しているのは血の匂いが濃かったことくらい。とてもじゃないがフィーみたいな少女が出てくるような記憶はなかったはずだ。

 

「うーむ………………」

 

 ───ここまで考えて、行き詰まる。こんなことをここ数日ずっと繰り返してきた。

 本人に直接問えば、答えてくれるかもしれない。が、丁度上手い具合に避けられ続けている。気付けば何処かに消えている。この案件に関して聞けずじまいで良いにしろ、避けられるのは気持ち良くはない。

 

「(───って、別に学院での人間関係はどうでもいいんだろうが………何気にしてんだ俺)」

 

 もう夜も遅い。きっと、思考が鈍っているのだろう。

 そう判断したゼダスは寝ることにした。明日は実習だ、朝は早い。先月のに比べれば人間関係的な意味で大変だろうが、頑張るしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 特別実習当日の朝。結局何も好転しておらず、最悪の空気のまま班ごとに行動することとなった。………B班から漂う同情の目線がとても辛かった。誰も好きでこんなメンバーで行動する訳ではないのだ。一層の事、無視してくれた方が気が楽である。

 別の街での実習であるから、列車での移動なのは先月と同じ。だが、勿論駅での待ち時間の時も気不味い雰囲気だった。そして、それが列車に乗った後も継続するのは自明の理で………

 

 

「ふぁー………」

 

 

 険悪極まりない空気が漂う列車の中、ゼダスは欠伸をしながら手元の本に眼を落としていた。内容は実習先のバリアハートのことに関して纏めてある観光本だ。初めて行く土地である以上、事前にある程度の情報を入れておきたかったのがゼダスの思うところ。で、内容を掻い摘んで纏めると────

 

 

 《翡翠の公都》バリアハート。

 

 

 帝国東部クロイツェン州の州都であり、四大名門が一角、『アルバレア公爵家』が直々に治めている総本山でもある。

 帝都から特急列車で約5時間半の距離で、かつては皇帝が住んでいた事があり、由緒ある都市である。

 人口は約30万人。大貴族である公爵家の総本山である為、住民の多くが貴族階級であると印象を受けるが、割合的にはそんな事もなかったりする。それでも、やはり貴族階級の住民が多いのも事実なのだが。しかし、平民は貴族の使用人として、出稼ぎに来ている事が多い事からは目をそらす事は出来ない。

 平民を使用人として働かせているという事が貴族の間で需要の高い宝石類や毛皮などが特産品として取り上げられている背景には存在する。広大な敷地内に鉱山なども多く存在するみたいだし、それで産業を回しているのだろう。戦術オーブメントに組み込みクオーツの元である七耀石も取れるらしいので、実習中に貰えるだけ貰いたいのだが、多分そんなことをしてる暇はないのだろう。

 

 

「すぅ………すぅ………………」

 

 

 ────と、そこまで思い至った時、腕に感じた感触。その元凶はフィー。どうやら眠ってしまったらしく、何故かゼダスの腕にしがみついていた。慎ましいとはいえ胸を押し付けられているのだから青少年的には色々思うべきなのだろうが、大して何も思わずに読書を続けた。他のメンバーからは白い目で見られたのは内緒の話。

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 程なくして、目的地のバリアハートに到着した。無事到着した………のだが、

 

「うわっ………なにこれ」

 

 ボソッと呟くフィー。しかし、そう呟きたくなる光景が広がっていたのは確かだった。

 列車が駅に止まり、Ⅶ組B班がホームに降りるや否や、直ぐに駅員たちに囲まれたのだ。

 ここはバリアハート。《四大名門》の一角であるアルバレア家の総本山だ。となれば、子息であるユーシスがくるとなると当然、普通の対応をされるわけがないのは分かっていたが………まさかこの時からだったとは誰も想像はすまい。

 だが、この状況の原因でもあるユーシスは快く思っていない様子だった。

 

「過度な出迎えは不要だと伝えておいた筈だ………───っ!」

 

 ユーシスは制止をかけるべく言葉を紡ぐが、途中で息を呑む。それもそう………何故なら、いきなり駅員たちの集団が割れ、高貴な御人が入ってきたから。そして、その相手が────

 

「────兄上っ!?」

 

 ────ユーシスの血縁者となれば当然か。そんな人が出迎えに来るのはもっと予想外だった。

 

「親愛なる弟よ。三ヶ月ぶりくらいかな? いささか早すぎる再開の様な気もするが、よく戻ってきたと言っておこう」

「………はい。兄上も壮健そうで何よりです」

 

 普段のユーシスの態度からは想像出来ない位に殊勝な態度に他のメンバーは多かれ少なかれ驚きを隠せなかった。因みにシノブは口元を隠して肩を震わせていた。余程面白かったのだろう。

 

「そして、そちらがⅦ組の諸君という訳か」

 

 急に話を振られて戸惑うが、こういう目上の相手への対応には慣れている。ゼダスは特に萎縮した様子を見せずに、

 

「お初にお目にかかり光栄です。………その口振りだと、特科クラスのことも知っておられるご様子で。ただのアルバレア家のご子息ではないんでしょう? ………一体何者です?」

「そういえば挨拶がまだだったね。私はルーファス・アルバレアだ。この弟のことだから、私という兄がいたことを話していなかったのだろう」

「仰る通りで。話したくないことはわざわざ踏み込んで聞かない主義なんで」

 

 だって、俺だって話してないし────内心そう思うゼダス。寧ろ話したことの方が少ない。だって、説明が面倒だし、後処理が厄介だし。余程のことがない限りは話すことはないだろう。

 

 その後、ゼダスとルーファスは終始笑顔で他愛もない会話を続けていた。今さっき初めて会ったとは思えないくらいに。

 ルーファスが話しやすい人柄なのか、ゼダスが世渡り上手なのか。又はそのどちらでもない何かかは分からないが、他のメンバーにとって拭えない違和感があったのは確かだ。

 誰かがその違和感の正体に気付けたか気付けなかったかした頃。ルーファスの先導でⅦ組B班は今回の宿泊先であるホテルに連れていかれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 流石大貴族と言うべきか、豪華なリムジンでホテルへと連れて行かれた。

 世間話やユーシスの話で盛り上がっている中、特別実習の課題が記されている封筒を受け取った。という事は──

 

「この封筒を持っているって事は、ルーファスさんは学院関係者だったりするんですかね?」

「洞察力は大した物だな。そうだよ、私は学院の関係者だ」

「それだけですか?」

「ゼダス君は中々踏み込んでくる人なんだな」

「よく言われます」

「そうか………。隠してても仕方無いし言わせてもらうと、常任理事だ」

 

 突然のルーファスの告白に俺を除いた全員が目を見開く。その様子を見ると、弟であるはずのユーシスも知らされていなかった様だ。

 学院に通ってる身としては、目の前にいる人が──ユーシスから見たら身内が──学院の高位関係者なのだから、この反応は仕方無いと言える。

 その衝撃の告白から直ぐに、宿舎となるホテルに着いた。明らかに学徒が、ましては実習中に泊まるには場違い過ぎる雰囲気だった。

 荷物をまとめて、ホテル内に入ろうとする中、ルーファスが言う。

 

「Ⅶ組の諸君。ちょっとゼダス君を借りても良いかな?少し二人きりで話をしたい」

「おや、奇遇ですね。俺も面倒な課題さえ無かったら、そうしたかったですよ。でも、それでⅦ組を待たせる訳にはいかないんですけど」

 

 相手を立てた上でのやんわりとした否定。正直な話、ルーファスと二人きりでの会話とかしたくないゼダスである。

 正真正銘、先の邂逅が初対面な相手に抱くような感想ではないのだが──

 

「ほんの少しで良い。話している間に課題を進ませて貰えば良いのではないかな?」

 

 ──その一手さえも潜り抜けてくる。内心、悔しかった気もするが、平常心を心掛け、

 

「ま、それなら問題ないでしょう。理事なら、この程度の裏合わせぐらいは余裕でしね。と言う訳で、お前ら。後、頼むわ」

 

 と手を振り、後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼダスが連れてこられたのはバリアハートの中でも高い位置の土地に聳え立つアルバレア公爵家の本邸だった。

 並大抵の貴族の家でもここまでの規模を誇る館はそうそう存在しないだろうと思わせる雰囲気にゼダスは割と引いていた。聞いていた以上に凄かった。というかもはや要塞であった。

 我が家に先々進むルーファスに三歩後ろをゼダスは付いていく。大きな門を潜り、広大な庭を超え、館の扉を開いた先はまさに豪華絢爛の体現。

 

「一面大理石の床に、レッドカーペットに、シャンデリア。一体、何処の大貴族だ………」

「ここはその“大貴族”の本館なのだが」

「ああ、そうか。ルーファスさんが“妙に”人に好かれそうな感じの人だから、大貴族って事を忘れてましたよ」

 

 そんな感じの話をしながら、辿り着いた先は広いスペースのある一室。中には長机が置いてあった。

 

「お茶を二つ頼めるかな?」

 

 ルーファスの一言に部屋のすぐ外に待機していた執事風の男は一礼して、指示に従う。

 これが貴族か………と思うゼダスにルーファスは、

 

「立ち話も何だし、座ったらどうかね?」

「それじゃあ、お言葉に甘えて」

 

 ゼダスはルーファスが座ろうとしていた席の対面側の席に座った。付け加えるならば、一番ルーファスと距離を置ける席に座った。

 椅子に着いてからは二人の間に沈黙が流れ続けた。側から見るならば「気不味い」と思われても仕方ないこの状況。

 

 しかし、ゼダスはそんなことを思うよりもルーファスに対しての警戒心が心の中で渦巻いていた。

 

 これから実習を始めるというのは先刻、常任理事としてB班に課題を渡していたから知っているはず。そんなタイミングでわざわざ「二人っきりで話がしたい」ときた。何かがあると思って当然だし、思わない方がおかしい。

 そして、ゼダスの本能が先程からずっと警鐘を鳴らしているが、目の前の相手(ルーファス)は十二分に厄介な相手だ。どういう点で厄介かは明言出来ないが、厄介であることには絶対的な自信がある。

 故に極力は関わらないが吉。だが、知らないままでいることが吉でないことも確かだったのだ。

 出来ることならば本人には触れられずに周りからの情報を揃えたかったが、そんなことをさせてもらえる訳も無いのか、あっちから先手を打ってきた。これは非常に不味い。

 

 脳内が現状と推測で一杯になり永遠循環し始めた頃、部屋の扉がノックされる。きっと、さっきの執事だろう。流石は大貴族の家に仕えているだけのことはある。仕事が早い。

 

「お待たせ致しました」

 

 執事は手にした紅茶の入ったポットとカップ、それに茶菓子を長机に並べ準備して部屋を跡にした。まるでルーファスの意を言外に汲み取ったみたいに。

 

 セットされた紅茶を一口含んだルーファスは会話を始める。

 

「改めて、はじめまして、ゼダス君」

「こちらこそ、はじめまして」

「君の話は学院側からよく耳に届いているよ。活躍しているそうじゃないか」

活躍(・・)ねぇ………俺は出来ることをしているだけなので」

「それは謙遜かな? 出来ること(・・・・・)で先月の特別実習で正体不明の相手を撃退したというのはどうかと思うが」

 

 そこまで話が渡っていたか………と思うゼダス。別に予想していなかった訳ではないが、これで不味い結果になることは確定した。

 学院に編入するにあたっての資料に目を通されているとすれば、聡い奴ならばゼダスの素性に疑問符が出るはずだ。妙に普通過ぎる(・・・・・・・)と。明らかに裏に何かあると思われても是非は無い。

 そして、それを探り───又は確信を得るために先の特別実習でのことを引き合いに出してくるということは………

 

「……………………………めだ………」

「ん? 何かな?」

「まどろっこしいことはやめだッ!」

 

 ゼダスはガンッと机に拳を叩きつける。

 

「建前とか回りくどい攻め方するくらいなら、さっさと本題に入れよ。その方が互いに時間が掛からなくて済む」

「………それもそうだ。では、すまなかったと同時に言わせてもらおう。────一体何が目的だ、《天帝》」

 

《天帝》───その名でゼダスを呼ぶ者はつまり、結社に関してある程度知っているも同然。しかも、あの棘の含む言い方。結社の執行者が如何に危険であるかは把握しているらしい。

 だからといって、ルーファスに今手にしている情報を詳らかにする必要はない。………といっても、「何が目的だ?」と聞かれても納得の答えを出せる訳ではないのだが。しかし、「伝えれる明確な情報が無い」というのも一種の強力な情報だ。

 ならば、ここは黙るに限る。が、ゼダスを何故《天帝》と称することが出来たのか───これに関しては問わねばならない。

 となれば、これは必然的に………

 

「………良いぜ、答えよう。だが、代わりに俺の質問にも答えてもらう。────これでどうだ?」

 

 ゼダスの中でルーファスに対する一応の敬意よりも警戒心が強くなっていたのか、いつの間にか執行者としての口調で話していた。

 学生を演じている時の一定の壁を置きながらも会話しやすい雰囲気を出してたのとは対極。

 自軍の利益だけを尊重し、他のものは思考から外す。利用出来るものならば徹底的に使い潰した上で捨てる。絵に描いたような冷酷な執行者。

 それが執行者NoⅡ《天帝》ゼダス・アインフェイトなのだ。

 

「………良いだろう。では、話したまえ」

「よし。で、目的だが………俺も分かってない。上からの命令でね。詳しく聞かされてない」

「それは本当かね?」

「俺の言葉の真偽はアンタが判断しろよ。どうせ、言葉をそのまま鵜呑みにするような柄でも無いだろうし」

「確かにその通りだ。言葉を字面通りの意味でしか捉えれないとなると貴族()の世界では幾ら命があっても足りないからね」

 

 そりゃそうだ、と内心嘲笑うゼダス。

 貴族の世界は本音なんてものは存在しない建前だらけ、相手の口から出る言葉全てを虚構だと思っても問題ないようなところだ。鵜呑みにすれば最後、貴族社会的に殺されるがオチだ。余程恨みを買っていれば物理的に殺されるだろう。

 そして、ルーファスはかの四大名門の一角のアルバレア家の長男坊。並大抵の貴族とは潜って来た場の数が違う。故にそこら辺に関しては弁えていて当然だ。

 

「───で、君の質問とは一体何かな?」

「別に言わなくても分かってるだろ。───何処でその《天帝》の名を知った?」

「君の編入時の資料の中に記載されているといえばどうする?」

「そんな訳あるか。こっちの連中がそんなミスらしいミスするかよ」

「意外だね。君みたいな人がそう簡単に信用するとは思えないのだが」

「バッカ、情報とかは専門家に任せるのが一番なんだよ。この程度のミスを犯すような奴はいないんだわ」

 

 事実、提出書類にあからさまに結社からの出向だと仄めかすような記載をするようでは情報を扱う者としては三流。そして、結社に籍を置く者は余程の末端でない限りは多方面で一流だ。実力主義寄りなところのあるゼダスにとっては信用に足る存在であるのは自明の理。

 なのに、眼前の男(ルーファス)は真実が透けて見える嘘を吐く。その程度しか出来ないただの馬鹿か、あるいは────

 

「(───それすらも織り込んだ上での対話を可能としている“天才”、か………十中八九、後者だな)」

 

 そうでもなければ、ゼダスと………結社の執行者と、自分の領域とはいえ一対一で対談しようとは思うまい。もし機嫌を損ねようものなら、相手によるが最悪首が飛びかねないのだから。

 誰が好き好んで猛獣と同じ檻に入れられる状況になろうとするのか。余程の物好きか───それともその危険を冒すだけの価値がある利益を見込めるか。

 

「で、本当の所はどうなんだよ。何処で、何が原因で知った? ここまで聞き質しても何とか答えずやり過ごそうなんて考えるなら………」

 

 ゼダスは手元に真紅の大剣レーヴァティンを顕現。その切っ先をルーファスに向けて、言葉を紡ぎ続ける。

 

 

 

「────今ここでアンタを殺す。正直、俺の勘だとお前をそのまま生かしておくのは嫌な予感しかしないしな」

 

 

 

 会話を重ねる度に這い寄る形容し難い“何か”。それがルーファスの中にあるのは確実だった。

 底が見えず、何かは分からない。ただロクでもないものが眠っているのは最早確定事項と言っても差し支えない。

 ならば、ここで処分しておくのが賢い選択だ。しかも、肝心な情報を吐かないのだから、相手にかける慈悲などもゼダスの中には無かった。

 だが───

 

 

 

 

「………………分かった。ならば、ちゃんと答えよう。だが、君が私に仕掛けたように君も私の言葉を真偽を判断したまえ。君の名は─────」

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔女






とても重要な活動報告が上がってます。必ずご確認ください







「…………」

 

 ゼダスは無言で振り返り、アルバレア公爵邸を後にする。先ほどルーファスから色々聞かされた以上、出来るだけ長居したくなかったりするのだ。

 

 

「(…………まさか、な……)」

 

 

 吐かれた言葉の真偽は自分で判断しろ。それが互いに情報を提供する上で合意した点だ。

 故にルーファスの言葉だって、全てが真実とは思わない。むしろ、全てが嘘の可能性だってなくはないのだ。…………だが。もし……言っていたこと全てが真実だとするなら…………!

 

「(…………ダメだ、マトモに思考が働きそうにない。ちょっと考えるのを止めよう)」

 

 これ以上考えても堂々巡りになることは不可避の現状。なれば、少しは思考を止めるのも有効な手の一つだ。

 そんな時、ゼダスは気付いた。────只今、特別実習中だ。合流するためにエマに連絡を取った。

 

 どうやら、険悪な雰囲気ではあるもののエマと、そして意外にもシノブの尽力により、何とかかんとか実習はこなせているらしい。今からは街道の手配魔獣を狩りに行くそうだ。

 ならば、そこで合流しよう───。そういった旨の返信をするのは想像に難くなかった。

 

 

 

 

 ────それじゃあ、今からそっち行くんで場所の座標を教えてくれ、と。

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 エマに指定された場所に来たゼダス。そこはバリアハートの外れにある街道だった。

 

「ほうほう………俺がいない間にそんなことが………」

 

 B班に合流し、ルーファスと対談している間にこなした依頼の話を聞いたゼダスはそう呟いていた。

 

 どうやら、実習課題として渡されていた依頼の中に結婚指輪用のドリアーズ・ティアという名の樹液の結晶体を取ってきてほしいというものがあったらしいのだ。

 街道にある色々な樹木を探し、苦労の末に見つけたのは良いのだが、問題はその次にあったのだ。

 そのドリアーズ・ティアをバリアハートの宝石店に居た依頼主に届けに行った時、偶々その場に居合わせた貴族が金に物を言わせて横取り───もとい、買い取ったらしい。

 その貴族曰く、ドリアーズ・ティアは漢方薬として重宝されるらしい。その事はゼダスも知っていた。だが、それはちゃんとした支度をした上での服用が必要だったはず。話を聞く限り、その貴族はその場で丸呑みしたそうだから、最悪の場合は腹を下すだろう。横暴な真似をしたのだ、それくらいの天誅くらい落ちても良いとは思う。

 しかし───

 

 

「まぁ、無い話では無いか」

 

 

 ───平民が貴族に虐げられる状況(これ)が今の帝国の現状なのだ。

 

 

 いつ考えても、古い固定観念だと思う。たかが、この世界に生まれ落ちた時の血筋が偶然良かっただけで下の者を差別する。己がどの様な環境で生まれるのかは完全に運でしかないのに。

 だが、そんな不条理がまかり通る世の中が既に成り立っているのだから、それを変革するとなると相当な労力と時間が掛かるのは必至。常識を塗り替えるのはいつ何処だって大変なのだ。

 

「だろ? ンなのにさっきからずっとマキアスの野郎が愚痴愚痴と………」

 

 溜息交じりのシノブの台詞。そう言いたくなるのも少し考えれば理解出来る。

 貴族嫌いのマキアスのことだ。貴族が我が物顔で横暴する現場を目の当たりにさせられれば、愚痴の一つや二つは出てくる。というか、止まらなくなるだろう。

 

「あはは………」

 

 ある意味自由度が高過ぎるB班にエマはもう笑うしかなかった。色々と諦めていた。

 どのメンバーとも上手くやっていけそうなエマが諦めの境地に達しかけているのだ。この班は本当に辛い。そう思うゼダスを連れてB班は手配魔獣がいるとされる街道の丘へと足を向けるのであった。

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

「ん。アレかな?」

 

 フィーが指を指しながら言う。丘近くの岩陰から覗いた先にそいつはいた。

 全体的に鋭利なシルエット。二足歩行で、その尖った爪の様な腕から繰り出される一撃は生身でそのまま食らうと無事では済みそうにない。

 

「だろうな。えー、何々……名称は『フェイトスピナー』か」

 

 フィーの問いに推測で答えを出しながら、アンチ・ゴスペルで解析を掛けるゼダス。やはり、銃身を向けるだけで導力魔法の類いを使えるのは良い。直感的に使えると考える手間が少しは減るのだから。

 そんなことを思っている中、シノブが、

 

「見た目で明らかだが、アレ近接型だろ? どうやって立ち回るよ?」

「正直な話、この班の面々を見た感じ近接特化の方が多いんだよな。だからといって、前衛ばっかり固めても互いの動きを阻害しかねんし……」

 

 多分、この班における戦闘立案を担うのはゼダスになるのだろう。考えに考えを張り巡らせ、如何に特別実習らしさを出させるか───

 

「よし。前衛はシノブ、フィー、ユーシスで。中衛はマキアスに任せる。で、エマは後衛だ。これで行く」

「あ、あの……ゼダスさんは何処へ……?」

「状況に応じて、付く場所を変えるつもりだよ。ただ層の薄い中・後衛辺りになりそうだけど」

 

 これで大まかな役割分担は終わった。もう後は戦うだけなのだが……最後に一つ、言っておかねばならないことがあった。

 

 

「別にあの程度の相手、普段通りの力が出せるなら万一に負けはないだろうな。だが、戦闘に絶対はない(・・・・・・・・)何が起きるか分からない(・・・・・・・・・・・)。それだけは肝に命じといてくれよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 フェイトスピナーと呼称される魔獣の姿から鉤爪での攻撃や飛び掛かり、その他色々と攻撃手段があったとしても全てが単調なものであると想像は出来る。ならば、必然的にその対策も容易。どれだけ力強い魔獣であっても対策が簡単であれば、特に苦戦することはない…………ない………はずなのだが。

 

「あー、クソっ! やりづれーな!」

 

 学生である以上、特定のメンバー以外は戦闘能力は大したことない。その上に協調性皆無の連携糞食らえなB班にとっては“強敵”と称しても何の問題もないくらいには脅威だった。

 単調な相手ならば通しやすいであろう攻撃もさして効果的に刺さらない。ちゃんとすれば出来ることが分かっているだけあって、出来ないことに焦りを覚え、それが班全体の流れを更に加速させ、淀ませ、空転する。戦闘における最悪の悪循環が成り立ってしまっている。

 これは不味い、非常に不味い。重々理解していても、このままでは何も変わらないことが分かっていた。

 せめて……せめて、何か切っ掛けがあれば────

 

「────よし、ここは俺がッ!」

 

 そう焦る間にも戦況は流転し、好機は訪れる。魔獣の体勢がよろけたのだ。それを逃すまいと前衛のユーシスが騎士剣を手に攻勢に打って掛かる。

 接近してからの連続突き。帝国貴族に代々伝わる宮廷剣術の模範的な技だ。

 しかし─────

 

「(────アレだと浅いな)」

 

 冷静に戦況を見極めているゼダスはユーシスの突きでは魔獣の生命を刈り取るに届かないことを察せていた。

 仕留めるには何かで後押しせねばならない。そして、それをゼダスが行う事は非常に容易い。お得意の聖扉戦術に組み込まれてる体術で近付いてトドメを刺すも良し、手にしているアンチ・ゴスペルで導力魔法を撃ち込んでも良い。

 如何様にもやり方はあるが、それを(・・・)ゼダスが(・・・・)行っては(・・・・)ならないのだ(・・・・・・)

 

 特別実習である以上、班として何か成果をあげる必要がある。先月の場合は、出会って一ヶ月ちょっとの間柄で新世代の機能「戦術リンク」を効率的に展開させることが出来たとかがその顕著な例と言える。

 そして、Ⅶ組の現状を顧みた場合、今回の実習でこなさねばならないのはユーシスとマキアスの関係悪化を少しでも改善することと先月達成出来なかったB班での戦術リンクの効果的な発動だ。

 ならば、ここでゼダスは動けない。第三者から見れば「他力本願」と思われるだろうが仕方ないのだ。

 

「───マキアス、アシストッ!」

 

 手は出さないが口は挟むゼダス。

 戦闘時という状況下。しかも、これを逃すのが惜しい程の好機。

 流石に何とかなるだろう───と高を括っていたが、ここでゼダスは致命的な見落としをしていた。しかし、気付かなかった。

 

 

 

 

 ──────この程度の好機(チャンス)を逃さないのなら先月の実習で戦術リンクはマトモに機能していただろう、と。

 

 

 

 

 ユーシスの騎士剣による突きを喰らいながらも、刺し違えるように振り抜いてくる魔獣の鉤爪。それをマキアスが己の得物であるショットガンで吹き飛ばせば勝ちの局面で、彼は撃たなかった。撃てなかった。

 理性では撃たなければならないと重々理解していただろう表情を浮かべている。同時に大貴族の息子であるユーシスを助けたくないという平民としての矜持に似た何かを感じさせる表情にも見えた。

 

 このままではユーシスが危ない。死ぬ、とまではいかないかもしれないが、間違いなく重傷は避けられないだろう。

 だが、現状況において咄嗟に動けるのはゼダス………とシノブとフィー。シノブはまだしもフィーは助ける気は無いらしい。やはり、まだ結束力が皆無らしい。

 

「(………って、こんなこと呑気に思ってる場合じゃないな)」

 

 ならば、ゼダスが動く他に無い。元執行者だ、助けに行く程度は余裕で達成出来る。その上で今後のこの班の行方を少しでも明るいものにしようとするなら───

 

 

 

 グサッ!!!!!!!

 

 

 

 ───一度班の仲を木っ端微塵に崩してしまおう。

 

 

 ユーシスと魔獣の間に割って入ったゼダスは片手で騎士剣を、もう片手で鉤爪を受け止め───いや、鉤爪の方は深々を腕に刺さった状態で戦況を膠着させた。騎士剣を握っていた手を離し、すぐさまアンチ・ゴスペルを抜き撃ち。起動させた風属性導力魔法で魔獣を吹き飛ばした。消費した魔力量を鑑みれば、あれだけで魔獣は消し飛んだと見て間違いない。

 ズキズキと痛む片腕。刺さった場所を考えて、すぐに死ぬということはないが、《輝く環》の奇蹟が反応するくらいには痛い。だが、ここでは(・・・・)発動させては(・・・・・・)ならない(・・・・)

 今はただ演じなければならない。痛さを忘れずに、それでいて冷静で、明確に怒りを宿して。

 ゼダスは歩みを進め、マキアスの元へ。そして、ネクタイを引っ張って非常に冷めた声音で言葉を紡ぐ。

 

 

「────ふざけてんじゃねぇぞ」

 

 

 その言葉で周囲の空気は体感で明らかに下がった。だが、そんなことは御構い無しで言葉は続く。

 

「良いか、ここは戦場だぞ? ミス一つで戦況は簡単に覆るし、それで生命を散らす奴だって吐き気がするほどにいるんだ。なのに、何であそこでちゃんと連携しなかった?」

「そ、それは………」

「この場のおける事態の重要性から眼を背け、私情を持ち込んだからだろ。そんな下らない理由で仲間を危険に晒すとか馬鹿かよ」

 

 淡々と説教するゼダスの口調は次第に皮肉めいたものへと変容していく。

 

「というか、この班のメンバーは駄目な奴しかいないな。互いに協力する気もないし、助ける気もない。………協調性って面なら委員長とかはまだ救いようがあるが、それも一人じゃ意味無いし。本当に委員長が可哀想だわ」

 

 嘲りをも含む完全な挑発。だが、それに言い返せるような成果が無いのは明らかな事実なのだ。

 そんな中、それでもフィーは、

 

「………でも、それを言うならゼダスも一緒。協力する気無さそうだし」

「薄々気付いてるかもしれないが、お前らとは実力的に明確な差があるんだわ。連携しないとさっきも魔獣も処理出来ないお前らと一緒にすんな。実習じゃなかったら、あの程度の魔獣片手間で撚れたっての………」

 

 最早、班全員を敵に回すような発言。───だが、これで良い。

 生半可な繋がりだからこそ、下らない原因で変な拗れが生じるのだ。そんな繋がりは一度潰し切った方がいいのは自明の理。

 故にゼダスは容赦無く言葉を吐き続けるのだ。

 

「というか、今の状況を考えてこれから実習続けるとか不可能だろ。討伐課題の一つもロクにこなせないんだからな。結局、お前らは先月の二の舞を演じるだけな訳だ。何にも成長してねぇ」

 

 そして、言いたいことは言い尽くしたのか、急に呆れた口調へと移行する。

 

「あーあ、もうやめだやめだ。こんなのに時間潰すとか阿呆らしい。実習点が欲しいなら勝手に個人でやってろよ、俺はもう知らん」

 

 呆れを通り越し、完全に諦めムード漂わせたゼダスは先来た道を引き返し始めた。フィーやシノブは一応静止の言葉をかけたが、それも意に介さずにゼダスは進む。

 しかし、そんなゼダスの姿に思うところがあった───否、多分他にも言いたい事があったのだろう。エマはゼダスの後を追って行った。

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

「待って……待って下さいっ!」

 

 きっと急いで来たのだろう。そう予想するのが容易いくらいの必死具合でエマはやってきた。

 ゼダスの方としては人目の付かないところで刺さったままの鉤爪を抜き、《輝く環》の奇蹟で治癒するつもりだったのだが、この状況ではそう上手くいきそうにはない。

 

「……何? あとは勝手にやってろって言っただろ? 俺を追い掛ける必要が何処に────」

「一個だけ、聞かせてもらえませんか?」

 

 何故この状況で質問があるのか。全く以って理解出来ないゼダスであったが、少しの考えた後──

 

「───取引だ。俺が質問に答える代わりに腕の傷の応急処置頼めるか?」

「分かりました、それで呑みましょう」

 

 というやりとりを経た後、ゼダスとエマは街道の脇道逸れた───魔獣も寄り付かなければ、人目も殆ど無い場所へと移動した。流石にバリアハートに戻る時に鉤爪が刺さったままだと確実に混乱を招く、と判断してのことだった。ついでにゼダスにとって、何を聞かれても第三者に答えたことが漏れにくいという利点もあったが、そんなことはエマの知るところではないだろう。

 一つあった岩を背に腰を下ろしたゼダスは一思いに刺さっていた鉤爪を引っこ抜く。すると必然的に血が相当量噴き出る訳だが、それをエマは水属性の導力魔法で塞き止め、その上で治癒を開始した。

 上着を脱いでもらった方が魔法の狙いや色々な面でやりやすいとエマは進言していたが、ゼダスが頑なに脱ぐことを拒んだのでこういう形で二人の時間が無言で流れていく。

 それからどれくらい経っただろう。徐にエマは口を開き、取引条件としていた質問を聞く。

 

「あの……形容し難くて大変申し訳ないのですが……ゼダスさんは何故、自分を犠牲にする形で事を運ぼうとするんですか?」

「は? 俺が自分を犠牲に? 一体何の冗談だそれ」

「でも、ゼダスさんは先月の特別実習でも自分を使って班としての成功を収めたと聞きました。───そして、今回もそうしようと思って、あそこで敢えて魔獣の攻撃を受けたんじゃないかって思うんです」

 

 ……案外と見抜かれてるもんだな、と思うゼダス。

 エマの指摘は正しい。よく周囲を見ることが出来ているのだろう。ついでに凄いお人好しでもあるのだろう。でなければ、先の言葉でその発想には至るまい。

 

 だが、「正しい」と言っても、それはある一点を除いた場合の話だ。

 

「俺は一度だって犠牲になったつもりはない。俺の行動理念はその場における最適解か自分にとって有利に事を運べるかの二択なんだから。今回はああするのが最適解だったってだけで、それを犠牲とは言わないだろ?」

「それはそうかもしれませんが……」

 

 エマは口が篭る。

 何故そこまでして、気にかけるのか。なんでクラスメイトという関係以外は無い赤の他人の為にそこまで悩んだ顔をする(・・・・・・・)のか。

 理解しろと言われれば無理だと切って捨ててしまう自信はある。だって、そういう事に意味があるのかを疑問に思ってしまう性根だ。仕方がない。

 しかし、興味が湧いたのは事実だった。

 

「委員長は優しいよ。よく人を観て、その上で意思を汲み取ろうと努力して、思い悩む。それは優しい人にしか出来ないことだろう。だから……そんな委員長だから、俺からも言わせてくれ。───なんで自分を犠牲にする?」

 

 さっきの問いをそのまま投げ返す。

 

「言ってしまえば、他人だろ? 死のうが生きてようが、どうなろうが知ったこっちゃない。そう割り切った方が絶対に楽だ。自分にかかる負担が少ないんだから。だからこそ、俺から見たら理解に苦しむが?」

 

 きっと、問いを返されるとは予想していなかったのだろう。エマはええっとと唸りながら、答えを探している様子だった。

 

 自分のことは自分がよく知っている、とよく言われるがアレは嘘だ。

 自分のことなんて自分が一番分かってない。容貌でさえ、何かを通さねば確認出来ないのだ。そして、人間の中でも最も不可解とされる己の感情となれば尚更分からない。

 感情は全ての行動に結び付く。無意識の行動も例外でない。故に行動の意を問われては、そう簡単に答えれずに思い悩む。エマの今の長考はその意味では正しいのだ。

 

「答えが被ってしまうんですが、犠牲ではないと思います。だって、自分がしたいからする行動ですし」

「委員長ってそんなキャラだったか………? まぁ、それが本心なら別に問題無いが………って、応急処置しても痛いのは痛いな」

 

 制服の一部を千切って、包帯代わりに傷口に宛て巻いたがこの程度ではやはり気休め程度にしかならない。今の状況なら一応、街中を歩いても然程目立たないだろう。

 だが────仕掛けるなら(・・・・・・)今だと(・・・)思った(・・・)。周囲に誰もいない、気配を感じない。完全に二人っきり………そして、全てが予想通りなら十分に有利な取引が出来る。

 

「………なぁ、委員長?」

「なんですか?」

「どうにかして痛みを和らげる方法って知らないか? 街まで歩いて戻ろうにもこの痛みだとちょっとキツい」

 

 ………我ながら相当に無茶苦茶な言い分だと思う。

 普段から隠し隠しでやってきていたとは言え、十二分に過剰性能なゼダス。なのに、高が腕の痛みで行軍がキツいというのは無理がある。

 しかし、相手に思い込ませるのは決して不可能ではない。その程度の演技は造作でもない。

 

「無くは無い、ですけど………」

「んじゃあ、頼めるか? 今頼めるのは委員長だけなんだ」

 

 渋々、といった様子のエマは徐に眼鏡を外した。何故眼鏡を外す必要があったのか───そこはどうでもよく、今は何が来ても即座に反応出来るようにすることが必要だ。

 

「ゼダスさん………ごめんなさい」

 

 エマはゼダスの両頬を両手で抑え、ジッと見つめる。──────瞬間、ゼダスは見えた。

 

 

 

 

 

 ────エマの瞳の奥で駆動した魔力炎が。

 

 

 

 

 バシッ!!!!!!!!

 

 そこからの行動はまさしく迅速だった。空いていた片手でエマの頭を無理矢理掴み、視線を外させる。別に片手が負傷していても問題ない。その時用の訓練はとっくの前に終えているのだから。

 

「ぜ、ゼダスさん………?」

「最初から勘繰ってたさ………マトモな経歴、出生の奴が例外無く誰もいなかったⅦ組の中で唯一不明な存在。絶ッッッッッッ対に何かあるって………やっぱりか────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───なぁ? 《魔女の眷属(へクセンブリード)》さんよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。