ウルトラマンオーブ外伝∼FUSION UP R&H∼ (K/K)
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ウルトラマンオーブ外伝∼FUSIONUP R&H∼

初めてウルトラマンの二次創作を書いてみました。
時系列的にはサンダーブレスターを手に入れる前ぐらいです。


 獣や鳥、虫たちの鳴き声が静かに響く深夜。森の奥深くで周りに民家など無く明かりとなるものは全く無い。唯一あるとすれば空に浮かぶ月だけであるが、大きく欠けた三日月ではその明かりも心許なかった。

 普通であればこんな時間に人など好き好んで近付かないであろうが、今宵だけは違った。

 森の住人たちの鳴き声に混じって聞こえてくる落ち葉を踏み付ける音。淀みの無い一定の間隔で深夜の森に響く。

 紛れも無い足音であった。

 不思議なことにその聞こえ始めた途端、森の住人の鳴き声は次第に治まっていき遂には完全に消え去ってしまう。

 通常では在り得ない静けさの中、その足音だけは消えることは無かった。

 だが、その足音も止まる。

 僅かに輝く月の光の下で照らし出されたのは、少し癖のある髪をアシンメトリーに整えた若い男性。森に不似合いかつ不自由な黒のスーツ姿であるにもそのスーツには汚れどころか皺一つ無い。

 深夜、独りという状況にも関わらずその男性は笑みを浮かべている。それは人を小馬鹿にし、見下す様な傲慢さを感じさせる笑みであった。

 そんな男性の前には歴史を感じさせる御堂。それを守護する様左右に赤と白の前掛けをした地蔵が一体ずつ置かれている。

 男は御堂の中へと入ろうとする。すると見えない力に弾かれ二、三歩後ろへ下がった。

 何事も無かったかの様にスーツを二、三度叩いて埃を払うと男は傲慢な笑みを嘲笑へと変える。

 スーツの内側に手を伸ばし、そこから一対の紺色の翼状のパーツとその間を通る赤く輝く輪で構成された道具を取り出した。

 道具についているグリップを左手に握りながら、一方の手にいつの間にか現れた一枚のカードを持ち、それを額に当てると目を閉じて呟き始める。

 

「……マガタノゾーア」

 

 名を呼ぶと共にカードを輪の中に通す。すると輪が一層禍々しく光ると通されたカードが光に包まれ、カードから包んでいた光が飛び出す。

 撃ち出されたカード状の光は御堂から放たれている見えざる力と衝突。僅かの間拮抗していたがガラスが砕ける音が場に響き渡った。

 男は口角を吊り上げて一笑。御堂に向かって歩く。今度は彼を阻むものは無く、あっさりと御堂の中へと侵入出来た。

 御堂の中にあるのは厳重に祭られた武士の像とその前に飾られている鞘に入った一本の刀。それ以外は何も無い。

 その刀を手にすると鞘から少し抜いてみた。暗闇であるというのに輝きを放つ刀身と波紋。

 

「良い刀だな」

 

 満足そうな表情をした後、刀を鞘に戻す。

 すると突然大地を震わす地震が起きる。上から下へと突き上げる激しい揺れ。古びた御堂が悲鳴の様に軋む。

 その中でも軸がぶれることなく男は平然と立っていた。その顔には喜びがあり、この地震のことを待っていたかの様にも見えた。

 暫く地震が続いていたが、やがてそれも止まる。大地が揺れる音は止まった。しかし、その代わりに響き渡る音があった。

 

 ギャアアアアアアアアアアアアアアア

 

 断末魔の叫び。あるいは怨嗟に満ちた人の叫びにも聞こえるそれが大地の底から聞こえて来た。

 男はまるで音楽でも楽しむ様にその音に耳を傾け、堪能するが如く目を閉じていた。

 

「良い声だ。きっと世界の終わりにはこんな声が響き続けるんだろうな……」

 

 少しの間、男はその音に酔い痴れていた。

 だからこそ男は気付かなかった。自分以外の別の存在の声に。

 

『これは、不味いことになったな……』

 

 

 ◇

 

 

 本。望遠鏡。衣服。配線が絡まりながら置かれた三つのパソコン。汚くは無いが統一性が無い為に見る者に雑多な感想を部屋の中で、二十歳前後の女性一人と同じぐらいの年齢の男性二人がパソコンが置かれた机で何らかの作業を行っていた。

 

「あー、今月も赤字か……」

 

 パソコンと向き合っていた女性は、天井を仰ぎ見ながら嘆く。その際後ろで一房に結んだ黒髪が左右に揺れる。

 

「もっとバイト増やさないとダメかな……」

 

 あらゆる怪奇現象を追跡し調査するチームSSPことSomething Search Peoplの発起人であり代表を務める夢野ナオミは家計簿を見ながら呟いた。

 調査した内容と結果を動画や記事にしてSSPのホームページにアップするのはいいが、その過程で発生する調査費用、SSPの事務所としている部屋の家賃、その他諸々の費用のせいで常に経営状況は火の車。

 ミステリーや怪奇現象とは殆ど無縁なアルバイトをしてそれを埋めなければならなかった。

 

「キャップー」

 

 ナオミをキャップと呼ぶ同年代の茶髪の青年。どこか軽そうな印象を受ける彼は彼女と同じSSPの設立に関わり、ナオミとは大学時代の友人である早見ジェッタ。SSPのグループ内では主にサイトの更新と撮影を担当している。

 

「バイトばっかりして調査出来なくなったら本末転倒じゃん」

 

 少し呆れた表情をしながら言う。以前にもバイトを優先されて調査を丸投げされた経験があった。

 

「しょうがないでしょー。私がここを支えなきゃあっという間に電気や水が止まっちゃうんだから」

 

 不満を言うジェッタに対し、文句を言うなと言わんばかりに睨み付ける。これ以上言えば怒らせると感じてジェッタは逃げる様にサイトの更新作業に戻った。

 その時、バチリという弾ける音がする。その直後ゴムが焼けるニオイが漂ってきた。狭い部屋である為、ニオイはすぐに充満する。

 

「うえ! ちょっとシンさん!」

 

 異臭に顔を顰めたナオミらは慌てて窓を開け、ニオイを外へと逃がす。そして、異臭の原因となった人物の方を見た。

 机の上に置かれた数々な工具と部品、配線。それらが向けられているのはラジカセに複数のパラボナアンテナと液晶画面が付けられた奇怪なものであった。

 その奇怪な道具の一部分から黄色い煙が立ち昇っている。

 

「またそんな変な発明を……」

「変ではありません! 大気中に発生した微弱な振動を――」

 

 ジェッタの声に素早く反応したのは縁の丸い眼鏡をかけ、切り揃えられた髪型の青年、SSP内で調査分析を担当している松戸シンである。

 大学を飛び級して卒業する程の天才であるが、天才である故の独創性からか暫し奇怪な発明をすることがあった。まったく役に立たないものもあればそこそこ役に立つものも発明することがあるのだが、その過程で人の私物を利用したり大量の電気を消費したりするので二人からの受けはあまり良くはなかった。

 

「キャッチした振動は一旦パソコンの方に通しデータ化! 更にそこから!」

「シンさん、もう分かったから。取り敢えず、一旦作業は中断して換気の手伝いしてくれる?」

 

 熱が入り始めたのを見てナオミが口を挟む。常人よりも遥かに優れた頭脳を持つため、一般的常識がやや欠けているものの完全に欠如している訳では無いのでナオミの言葉に従い、作業を止めて換気を手伝う。

 外から入ってくる風で異臭が散っていくのを感じながらそれぞれの作業を再開する三人。

 

「にしても何かいい情報は無いかな……ん?」

 

 サイトを更新する過程でインターネットのささいな情報を探していたジェットの手が止まる。

 

「キャップにシンさん! これちょっと見てくれる?」

 

 ジェッタに言われ、二人は彼が見ているパソコンの画面を身を屈めて覗いた。

 画面に映っていたのは、あるスレッドの文章であった。そこには最近頻繁に地震に被害に遭っているというのに、ニュースや新聞に全く載っていないことを愚痴るものであった。

 

「これがどうしたんですか? そもそも地震は震度一未満なら一般発表されません。震度一未満の地震は年間十万回以上起こっています。これを日ごとに直せば一分間に約二回の地震が起こっていることになります」

 

 何も見ずにすらすらと知識を語るシン。

 

「まあまあ、続きを見てよ」

 

 スレッド内ではシンと同じ様なことが書かれ、気にしない様に言っていたが投稿者は明らかに一以上の震度であったと主張している。

 初めは優しく諭す様な文章であったが、投稿者が頑なに認めない姿勢をとり続けると段々と他の投稿者たちの文章は刺々しいものとなり、終いには『嘘つけ』『構ってほしいだけ』など罵る言葉も混じり始めた。

 売り言葉に買い言葉ということわざが有る様に周りの反応に投稿者の文にも熱が入って来たのか荒れたものとなってきていた。

 そして最後にとある住所を記載。『嘘だと思うならここに来て。実際に確かめてみろ』という捨て台詞を残して、それ以上その投稿者から書き込まれることは無かった。

 記載された場所は都市部から離れた山林地帯であり、人の手があまりついていない土地である。

 

「なんかさあ、怪しいとは思わない」

「超局地的に起こる地震ですか……」

「スクープのニオイがするわね」

 

 どんな些細な情報も見逃すことは出来ない。ましてや今は至る場所に怪獣が現れる様になった危険な時期である。

 

「もしかしたら地中深くに怪獣、もしくはそれに類するものが眠っているかもしれません!」

「だったら一足先に俺たちがその正体を暴いて皆に警告しないとな」

 

 段々と全員の意見が決まりつつある。誰も知らない特ダネを撮りたいという欲求はある。だが、それ以上に怪獣の危険から皆を遠ざけたいという使命感があった。

 

「なら少しでも早く動くべきよね! そうと決まれば――」

 

 振り返りながら最近SSP内事務所で暮らすこととなった居候の名を呼ぼうとするが、いつも寝ているハンモックの上に目当ての人物の姿は無かった。

 

「――何処行ったの?」

「さあ?」

「そう言えば朝から姿を見ませんでしたね」

 

 風来坊という言葉が似あう神出鬼没で謎の多い人物であるため、ふらっといなくなったことを深く心配することは無かった。せめて一言告げてから出発したかったが。

 

「しょうがないわね。取り敢えず書き置きだけは残しておきましょう。――じゃあ、気を取り直して!」

 

 三人が揃って並ぶとナオミは高らかに声を張り上げ、右手を上げる。

 

「サムシングサーチピープル! 出動!」

『了解!』

 

 取材の開始を告げる声に合わせ、ジェッタとシンも右手を掲げながら声と動きを揃えるのであった。

 

 

 ◇

 

 

 風に僅かに切れる木々の葉。一枚一枚ならば大したものではないが鬱蒼とした森の中ではそれらのざわめきが重なり合い、大きな音となる。

 人の手が殆ど入っていない未開の森。苔や腐った葉、木々、湿った土のニオイが混じり合い自然という一つのニオイと化す。

 そんな人気の無い筈の地で場違いに響き渡る音があった。

 悲しく、切なく、優しく、温かいハーモニカの音。

 それを奏でるのは黒のジャケットを羽織るのは凛々しくも整った顔立ちをした男性であった。彼が吹く楽器はハーモニカとよく似ているが細かく見ると通常のハーモニカとは異なる形をしていた。

 木々の根が出ているなど足元が整っていない場所だというのに、彼の歩みは淀むことなく、また奏でる音も乱れることは無かった。

 何故、この森の中で男が音を奏でているのかは分からない。だが、男の音に聞き入る様に森の中で鳥の鳴き声も獣の鳴き声も虫の鳴き声も静まり返っていた。

 暫く男は音を奏でながら歩いていたが、突如発生した地震に演奏を中断させられる。

 

「全く、こんな静かな場所で無粋なことをしてくれるぜ」

 

 楽器から口を離し、首を振ってやれやれといった態度をとる。周囲の木々は揺さぶられて大量の葉が落ちるほどであり、まともな人間ならば立っているのも困難な揺れの中で男は真っ直ぐ立っていた。

 揺れは数十秒程続いて止まる。

 男は楽器をしまうと、何も無い空間に向けて手を翳してから目を閉じる。

 常人には何をしているのか全く分からない行為であろう。だが、男の頭の中にはある光景が映し出されていた。

 

「成程、これが地震の原因って訳か。しかし、気味の悪いもんだ」

 

 暗い地中の中を掘り進んでいく右腕。地中を右腕には片刃の剣が握られており、その剣先で地面を削り、先へと進んでいく。不思議なことにどんなに男が集中して視ても右腕以外のものが視えない。つまり右腕だけが意思を持ったかの様にひとりでに動いていることになる。

 

「魔王獣……いや、気配は違うな……だが何だこの感じは……? 不気味な……」

 

 初めてケースなのか男は眉間に皺を寄せ、険しい表情となる。

 

「向かう先は……あそこか」

 

 右腕が進んでいく方角に見当をつけ男は森の中を走り出す。

 それはまるで風の如き速度であり、男の羽織っている黒のジャケットのせいもあって空間に黒い一の字が描かれていくようであった。

 

 

 ◇

 

 

「やっと着いたー」

 

 SSPの専用車SSP-7から降りたナオミの一声がそれであった。

 長い時間車に座っていた為、固まった体を伸ばしながらナオミは目の前に広がる緑の光景を見た。

 都会の喧騒とは正反対といえる静けさ。聞こえるのはせいぜい鳥と虫の鳴き声だけ。吸い込む空気は森が近くにあるせいか、いつもよりも新鮮に感じる。

 偶にはこの様な場所で日々の忙しさから解放されるのも悪くはないと一瞬思ったが、すぐに本来の目的の為に気持ちを切り替える。

 

「ここが住所付近だけど、何にもないな。コンビニすら見つからない」

「前以って調べてみましたが、何度か土地開発の計画はあったみたいです。ですが、その度に事故や怪我人が不自然な程大量に発生して、計画が何度も白紙になっていたようです」

「そういうのを聞くと如何にもって感じがするわねぇ」

 

 不気味な噂と怪現象。一つなら偶然かもしれないが、二つとなるとその偶然は薄まり、SSPが求めるスクープのニオイが香り出す。

 

「それじゃあ行くわよ!」

 

 スクープを前にやる気を漲らせるナオミ。ジェッタもハンディカメラを構え、シンは事務所で作っていたよく分からない発明品を構えて応じる。

 

「何をしているんだ? あんたたちは?」

 

 そんな彼女らの出鼻を挫く様に掛けられる老人の声。ナオミらが見ると、そこには作務衣を着た腰の曲がった高齢の男性がいた。

 

「あの、この土地の方ですか?」

「まあ、そうだが?」

 

 老人の目は明らかに警戒している目であった。自分たちの住む場所に見慣れない人物らが来れば無理も無いことではある。

 

「最近この辺でおかしなこと、ありませんでした?」

 

 ナオミの質問に老人の警戒心がますます増すのが分かった。

 

「……そんなことを聞いてどうするんだ?」

 

 否定では無く、質問に対し質問で返してくることから何らかの心当たりがあるらしい。

 

「実は私たち、この辺りで起こっている異変について調査しに来たんです」

 

 老人に自分たちの目的と素性を話す。少しでも警戒心を解くためのものであった。

 それが功を奏したのか老人の目付きが僅かに変わる。

 

「……悪いことは言わん。とっとと帰った方が良い。この森に入って物の怪の祟りにあうかもしれん」

「祟り……ですか?」

 

 科学の発展した現在から聞くと時代錯誤の言葉に聞こえる。しかし、今は怪獣などという科学を嘲笑う存在が跋扈している。非現実的、非科学的などという概念はあやふやになり始めているのだ。

 

「わしもじいさんから聞かされ、そのじいさんもじいさんから聞かされたことだ。この森には物の怪が封じられておる。この森に手を出そうとするならその物の怪の祟りを受けると、実際にその祟りのせいで未だにここは手付かずの土地だ」

 

 シンから先程聞かされた話と今の老人の話が結び合い、噂の信憑性が増す。

 

「そうなんですか!」

 

 怯えるよりも目を輝かせる三人に老人は、若干不気味なものを見る様な目を向ける。

 

「話を聞いておったか? ここ最近変な地震も頻発しておる。他のもんも恐れて森の中に入ろうとはせん。今、森に入ればお前さんたちも祟られるぞ?」

「やっぱりここではおかしな地震が起きているんですね! その正体を私たちは知りたいんです!」

 

 使命感か好奇心かあるいは無知故の無謀か、会って間もないが老人は三人が一切怯まないのを見て、これ以上説得するのも馬鹿らしくなったのか老人は最後に助言を送る。

 

「もし森に入るって言うんだったら最初に森の中にある御堂へ行け。そこにはこの土地に物の怪を封印した偉いお侍さまが祀ってある。そこで祈って加護を貰っておいた方がいい」

「侍ですか? お坊さんとか陰陽師とかじゃなくて?」

 

 侍が物の怪を封じたという伝承が珍しいと思ったのかナオミは侍の詳細を尋ねる。

 

「『錦田』様という偉いお侍さんだ。手を合わせておいて損は無い」

 

 老人は御堂の場所を教えると三人に背を向けて去ろうとする。これ以上関わると間接的に自分も祟られると思ったのかもしれない。

 去って行く老人の背に三人には礼の言葉を飛ばし、老人の助言に従って御堂を目指すことにする。

 ナオミたちが森へと入っていくのを尻目に見て、老人は小声で呟く。

 

「『怨魔業』の祟りに遭わなければいいが……」

 

 

 ◇

 

 

 一時間以上森の中を歩く。御堂までの道はそれなりに整備されているもののそれでも快適というには程遠く、歩くナオミたちの額には汗が滲んでいた。

 

「まだ……ですか……?」

 

 発明品に重量と運動不足からシンは息絶え絶えとしている。

 

「もうすぐだから頑張ってシンさん」

「偶には運動した方がいいんじゃない? シンさん」

「ボクの体力は……科学と人類の発展の為……にあるんです! それに……運動するには……僕は進化し過ぎているんです!」

「退化しているの間違いじゃない?」

「進化も……退化も……同じです! 環境に……適合した……結果です!」

 

 屁理屈にしか聞こえない言い訳をしつつ、シンは歩みを止めずにゆっくりとだが先へ進む。時折ナオミたちも肩を貸しながら漸く目的の御堂まで辿り着いた。

 

「ここが……」

「『錦田』っていう侍が祀ってある場所かぁ……」

 

 カメラを起動させ、御堂を映す。

 想像していたよりも小奇麗な建物であり、日頃から手入れをされているのが見て取れる。

 

「じゃあ、手を合わせましょうか」

「信仰というものをあまり全面的に肯定したくはありませんが、だからといって折角の忠告を無視するのも人として如何なものと思いますので」

 

 科学を信奉するシンにしてみれば眉唾もののオカルトにしか見えないが、あくまで人道に反するという前置きをしながら御堂の前で手を合わせるナオミを倣いシンも手を合わせようとする。

 

「あれ?」

 

 撮影していたジェッタは気付いた。御堂の扉が僅かに開いている。

 

「ねえねえ。なんか開いてない?」

 

 ジェッタに言われ、ナオミとシンも気付く。

 

「……中をちょっとだけ撮影しちゃ駄目かな?」

「罰が当たらないかしら」

「別に悪いことをするつもりもないし、その『錦田』っていうお侍さんがどんなのか撮れるかもしれないじゃん」

「ですが……」

「撮れたら記事にするときにちゃんと目立つとこに写真を載せるから!」

「それはありなんでしょうか?」

 

 渋る二人であったが、ジェッタは都合の良い言い訳をしながら『お邪魔します』と言って御堂の扉を開ける。

 

「こんな風になってんのか……」

 

 思っていたよりも何も無かった、それがジェッタの感想であった。あるのは台の上に置かれた侍の像があるだけである。

 

「もう、勝手に」

「先走るのは駄目ですよ」

 

 仕方ないといった様子でナオミとシンもジェッタの後に続いて御堂の中に入って来た。

 

「これが『錦田』様?」

「そうみたいですね」

「何か只の古い像って感じだよね?」

『失礼な小僧だ』

「ん? 今誰か何か言った?」

「え? 別に何も……」

「僕も何も」

 

 空耳かと思いつつ、ジェッタは周りを探る様に撮影する。

 

「んん? ちょっと見て下さい」

 

 何かに気付いたのかシンが二人に声を掛ける。シンが何かを指差している。

 指差す方を見ると像の前に置かれている平たい板の上に凹の形をした一対の突起が付いた台であった。

 

「これは刀掛けですね。ここに刀が置かれていたのかもしれません」

「じゃあ、それが無いってことは……」

「誰かに盗まれたってこと?」

 

 その時、突然御堂が揺れる。否御堂では無く大地が揺れているのだ。

 

「地震!」

「僕の機械には何の反応もありませんでしたよ!」

「そんなことはいいから早く外に出よ!」

 

 埃が上から落ち、ギシギシという軋み音を上げる御堂。このまま中に居ると崩壊に巻き込まれる危険があるので急いで御堂の外に出る。

 外に出ても揺れは続いており、まともに立っていられない。

 

 

「皆さん! 出来るだけ倒れる可能性のあるものから離れて下さい!」

「分かったわ!」

「分か――ぐおっ!」

 

 シンの必死な声に従い、木など側に寄らない様にする。

 やがて揺れは小さくなり、完全に止まる。

 地震が治まるとシンは興奮した面持ちで持って来た発明をナオミの前に突き付ける。

 

「この装置は、活断層のずれから発せられる電磁波は事前に察知し、地震が起こるのを予測する装置なのですが、今回の地震では全く反応しませんでした! つまりこの揺れは活断層のずれから生じるものではありません!」

 

 何も表示されていな画面を指差し、叫ぶ様に説明する。

 

「じゃあ、やっぱりこの地震は普通のものとは違うってわけね。ますます調べ甲斐がありそうね。シンさん! ジェッタ! 早速調査開始よ!」

「はい!」

 

 意気込む二人であったが、そこに違和感を覚える。シンとジェッタの名前を呼んだのに戻ってきた返事はシン一人だけ。

 

「ジェッタ?」

「ジェッタ君?」

 

 返事の無いジェッタを探すとすぐに見つける。ジェッタは二人の背後で白目を剥いて仰向けに倒れていた。

 

「だ、大丈夫! ジェッタ!」

「ジェッタ君! ジェッタ君!」

 

 慌てて駆け寄り声を掛けるが返事は無い。完全に気を失っていた。

 

「一体どうして……ん?」

 

 ジェッタの体を少し動かすと、丁度彼の後頭部の辺りに拳ぐらいの石が埋まっているのを発見する。

 

「これが原因みたいですね……」

 

 推測するに先程の地震でバランスを崩し転倒したジェッタは運悪く地面に埋まっている石に後頭部を叩き付けてしまい、それのせいで気絶してしまったようであった。

 

「ジェッタ! 大丈夫!? ジェッタ!」

「こういう時はあまり揺らさない方が……」

 

 その時、突如白目を剥いていたジェッタの目が戻り、勢い良く立ち上がる。急に起き上がったことで二人は驚き、尻餅を突いた。

 目覚めたジェッタは体の調子を確かめる様に首を軽く振り、肩を回す。

 

「ジェ、ジェッタ、大丈夫なの?」

 

 心配するナオミにジェッタの一言。

 

「すまんが、この体借りるぞ」

「へ?」

「え?」

 

 意味が分からず戸惑う二人。どういう意味か問い質そうとする前にジェッタが突如走り出す。

 

「ちょっと! 何処へ行くの!」

「ジェッタ君! どうしたんですか!」

「お主らは早くここから去れ! 今の奴は拙者でも封じきれんかもしれん!」

 

 古めかしい言葉遣いの忠告を残しながらジェッタの姿は瞬く間に消えてしまった。

 

「一体何が起こったっていうのよ……」

「頭を打ったショックで? だとしても何であんな時代劇みたいな口調に……?」

 

 残されたSSPメンバーは呆然とするしかなかった。畳み掛ける様におかしなことがあったので無理も無いことである。

 すると――

 

「お前たち、ここで何をしているんだ?」

 

 ――二人に声を掛ける新たな人物。だが二人には聞き覚えのある声であった。まさかと思いつつ振り向くと、そこには黒のジャケットを羽織った男性の姿。

 

『ガイさん!』

 

 この男こそ最近SSPに住み着いた居候であり、謎多き好漢クレナイ・ガイである。

 何故、どうしてここにと聞きたかったが、そんなことよりも言わなければならないことがある。

 

「ジェッタが! ジェッタが!」

「あいつがどうした? 何が起きたんだ? 落ち着いて話してみろ」

 

 ナオミを宥めながらガイは何が起きたのかを尋ねる。慌てていたナオミもガイの言葉と存在に少し安堵したのか、口早であるがさっきまでの出来事を話す。

 

「そんなことが……」

「早くジェッタ君を探さないと!」

「いや、ここから先は俺一人で探す。お前たちは言われた通りこの森から出るんだ」

「そんな、ジェッタはSSPの大切なメンバーなんですよ!」

「分かっている。あいつのことが心配なのは。俺も心配だ。だが同じくらいお前たちのことも心配なんだ。もしお前たちがあいつを追ってそのせいで遭難するかもと思うと、安心して探せない」

 

 真っ直ぐな目で真っ直ぐな言葉がナオミたちに向けられる。

 

「そ、それは……」

「ここは俺を信用してくれないか? 安心しろ。人の期待に応えるのは得意なんだぜ?」

 

 他人が言えば気障に思えるかもしれないが、ガイという男が言うと様になり言葉に安心感が生まれる。

 

「……分かりました」

 

 納得し切れてはいないが、ガイを信用して取り敢えず従うことにする。

 その時、再び地面が揺れ動く。

 

「また地震!」

「今度も前兆を感知出来ませんでした!」

 

 地面に伏せて必死に耐えるナオミとシン。揺れは数十秒程経ってから止まった。

 

「ガイさん、大丈夫ですか?」

 

 安否を確認するが返事は無い。

 

「ガイさん?」

 

 既にガイの姿は無くなっていた。

 

 

 ◇

 

 

 消えたジェッタの後を追って森の中を疾走するガイ。その速度は人を凌駕するものであったがいなくなってから追うまでそれなりの間があったせいで未だにジェッタの姿は見えない。

 溶ける様に後ろへと流れていく森の景色に目を凝らしながらジェッタを探し続けるが、突如走るのを止めて急停止した。

 その直後、ガイの鼻先を影と疾風が通り抜けていく。

 

「いきなり随分な歓迎をしてくれるな」

 

 ガイの足元に叩き付けられている太い木の枝。それが先程通り過ぎていった影の正体であった。

 木の枝を辿ればその先にはそれを握る手。更に辿ればそこには目的の人物であるジェッタが居た。

 いつもの軽そうな雰囲気は完全に消え、刀剣の様な鋭い気配を纏っている。その人の変わり様にガイの目を自然と鋭くなる。

 ジェッタは叩き付けた枝を持ち上げ、その先をガイに向ける――のではなく刀を帯刀する様に腰へと持っていき、ガイに向かって頭を下げた。

 

「すまん」

「――おいおい。なんだそりゃあ?」

 

 奇襲してきたかと思えば謝ってきたのでガイも脱力してしまう。

 

「拙者の刀を盗んだ者と同じ様な気配がしたので仲間かと思ったが、どうやら違う様だ。お主からは邪な気配を感じられん」

「俺もあんたからは普通じゃないものを感じる。……一体誰なんだ?」

「申し遅れた。拙者、錦田小十郎影竜と申す」

 

 名乗るジェッタこと錦田小十郎影竜。この時ガイにはジェッタではなく着物と袴を着た壮年の侍の姿が重なって見えた。

 

「錦田……名前は分かったがあんたの目的は何だ? そいつは俺の知り合いなんだ。出来ればその体を返して欲しいんだが?」

「すまぬが少し待ってくれぬか? 拙者にはやるべきことがあるのだ」

「やるべきこと?」

「見て分かる通り拙者の肉体は既に滅んでいる。今の拙者はこの地に込められた魂の一部。生きていた時の力はもう出せないがそれでも『怨魔業』を封じなければならない」

「エンマーゴ?」

「エンマーゴではない『怨魔業』だ」

「地面を掘り進んでいた奴のことか……」

「ほう? 既に気付いておったか。流石は光の人」

 

 光の人とあっさりと見抜いた錦田にガイは目を丸くする。

 

「そう驚くな。拙者は生来物の怪を見極める力があった。その力を使って全国の物の怪たちを退治したり封じたりしてきたのだ。その中でお主と同じ者と何度か会ったことがある」

 

 思い出を語る様に理由を話す。

 

「その『怨魔業』もあんたが封じた物の怪という訳か」

「如何にも。尤もあれは他の物の怪とは少々異なる存在だがな」

「どういうことだ?」

「奴はある呪術によって生み出された存在。自然に生まれ落ちたものではない」

「成程、人工の怪獣という訳か……どうりで不気味な気配がした訳だ。趣味の悪い」

「数百年前、奴を生み出した呪術師魔頭鬼十郎を後一歩の所まで追い詰めたが結局は取り逃してしまった。まあ、その時は『怨魔業』を封じるだけでも精一杯であったがな」

「それでどうやってそいつをもう一度封じるんだ?」

「それには拙者の力が込められた刀が必要だ。幸いその刀を奪った盗人はまだこの地にいる」

 

 錦田の目がある方角に向けられる。その方角に盗人がいるらしい。

 

「残された時間はあまりない。拙者は奴の四肢と頭を切り落とし、この森に別々に埋めた。今、奴の手足や頭は胴体へと向かっておる。揺れの間隔が短くなるほど奴の体が一つになる時も近づいている」

「あんまり地震ばっかり起こされちゃこの土地に住む人間にとっても迷惑な話だ。ならとっとと再封印と行こうか。手を貸すぜ」

「助太刀かたじけない」

 

 共に刀を奪い返す為に協力し合うことを決め、錦田の刀がある場所に向かって駆け出す。

 その道中――

 

「しかし、あれほど大きな相手をよくバラバラに出来たな」

「ん? 実は『怨魔業』を封じる時に手を貸してくれた者たちが居ってな。その者たちの御蔭とも言える」

「それってもしかしてあんたが言っていた光の人か?」

「あれは光の人というよりも――」

 

 そこまで言い掛けたとき二人の足が揃って止まる。

 錦田は刀の気配が近くにあることを察知して、ガイは良く知る人物の気配を察知して。

 

「遅かったな、ガイ」

 

 木の陰から姿を現したのは軽薄な笑みを浮かべる男。肩に担ぐ様にして刀を持っている。

 

「ジャグラー! お前の仕業か!」

 

 現れた男――ジャグラーと面識があるガイは怒りを込めて、その名を呼んだ。

 

「魔王獣を探していて面白いものを見つけたからちょっと起こしてやろうと思ってね」

「盗人が……! 拙者の刀を返して貰おうか!」

「拙者の刀?」

 

 古い言葉を使うジェッタに怪訝そうな表情を見せるが、すぐに錦田の正体を見破ったのか薄ら笑いを浮かべる。

 

「こっちもまた珍しいな。彷徨う亡霊か。この世は魂を留まらせるほど価値があるとは思えないが」

「それを決めるのは拙者だ。もう一度言う。拙者の刀を返せ。怪我をしないうちにな。闇の人よ」

 

 ジャグラーは鼻で笑うと担いでいた刀を地面に突き刺し、御堂の結界を破った時の道具を取り出す。

 

「何をする気だ!」

「なに、俺からこいつにエールを送ってやるのさ。こうやってな!」

 

 立て続けに二枚のカードをリングの中に通す。

 

『マガタノゾーア』

『マガゼットン』

 

 リングを通してカードから放たれた禍々しい光が地中に吸い込まれていく。

 

「いかん!」

「ハハハハハハハハハハハハ!」

 

 何が起きるのか察し、錦田とガイは急いで今いる場所から離れる。それを見てジャグラーは高らかに笑う。

 すると今までとは比べものにならない程の地震が起こる。激しい揺れに地面は裂け、隆起する所もあった。

 その時地面から放たれる不気味な叫び。苦しみ様な嘆く様な恨む様な憎む様な鳥肌が立つものであった。

 地面が大きく裂け、土砂を撒き散らしながら巨大な物体が地面より現れる。

 それはくすんだ金色の鎧を纏った胴体であった。手足の部分は無く鎧の中央には大きく『大王』の二文字。

 現れた胴体に呼応する様に別々の場所でも土砂が噴き上がり、そこから剣を持った右腕、円形の盾を持った左腕、具足を填めた両足が現れ、それらが胴体に向かって飛んで行き切断面同士が接合する。

 そして最後に現れたのは長く垂れ下がった黒い顎髭を生やし、鮮血の様に輝く両目、鋭く伸びた牙を持った悪鬼の如き赤面の首。被る冠には王の一文字。

 飛び上がった首があるべき場所に収まったとき、そこには人々が思い描く『閻魔〈じごく〉』の姿があった。

 

「これが……『怨魔業』!」

 

 現れた『怨魔業』の姿にガイの表情は厳しいものとなる。

 

「うーむ。復活してしまったか……」

「何か手立てはあるのか?」

「無い」

「おい」

 

 錦田の即答に思わず呆れた声を出してしまう。

 

「今は、な。言った通り今の拙者は魂だけの存在。刀も無い拙者には今の奴を封じるのは無理だ。――尤もどこかの光の人ならば奴と戦えるであろうがなぁ?」

「――まったく世話が焼けるぜ。怪獣ならぬ物の怪退治だなんてな!」

 

 そう言いながら懐に手を伸ばす。取り出されたのはジャグラーが持っていた道具と酷似していたが翼の部位は銀と赤、リングが透き通った薄水色をしており対照的と呼べるものであった。

 この道具の名はオーブリング。クレナイ・ガイに秘められた力を顕現させる為の物。

 そしてガイは腰に着けられたホルダーに手を伸ばす。

 

「ウルトラマンさん!」

『ウルトラマン』

 

 名と共にリングに通され、オーブリングから上げられる名は遥か銀河の彼方からやってきた光の巨人ウルトラマン。

 

「ティガさん!」

『ウルトラマンティガ』

 

 続けて通されるのは超古代の地球の守り神であった光の巨人ウルトラマンティガ。

 ガイの左に銀と赤の巨人。右に赤、青紫、銀の三色の巨人が並ぶ。

 

「光の力、お借りします!」

『フュージョンアップ』

 

 高々とオーブリングを掲げると二人の巨人が光となりガイの体へと重なり。

 

『ウルトラマンオーブ、スペシウムゼペリオン』

 

 一人の巨人となってその姿を現す。

 

『俺の名はオーブ。闇を照らして悪を討つ』

 

 流線型の頭部に赤、紫、銀の体色を持ち、胸にはO字型の発光器官にして命の象徴カラータイマーが備わった光の巨人。ガイのもう一つの姿であり、その名はウルトラマンオーブ。

 

「おお! それがお主の真の姿か!」

 

 変身したガイに錦田は感嘆の声を上げるが、すぐに表情を引き締める。

 錦田はジャグラーの姿を探すが見つけることが出来なかった。怨魔業の復活のどさくさに紛れて逃げられたらしい。

 刀を取り戻したかったが、今の錦田にはそれよりもするべきことがある。

 

「耐えろ、光の人よ。恐らくお主の力だけでは怨魔業には勝てん。『あの者達』の力を借りなければ!」

 

 錦田は来た道を逆走し始めた。目指すは自分が祀られていた御堂。

 

 

 ◇

 

 

「キャップ! 見て下さいアレ!」

「何! 新しい怪獣! ああ、ウルトラマン!」

 

 森から脱出していたナオミらは一際大きな地震が起きたかと思えば突如として怪獣らしきものが現れたのに驚き、そこにウルトラマンオーブが現れたことにも驚く。

 

「まさか地震の原因はあの怪獣!」

「兎に角少しでも離れましょう!」

 

 怪獣とウルトラマンオーブの戦いの余波から逃れる為に出来る限り距離をとる。

 だが、内心では消えたジェッタのことで不安が一杯であった。

 

(ガイさん! ウルトラマンオーブ! ジェッタを助けて!)

 

 心の中で友の無事を祈る。それを合図にしたかのように怪獣とウルトラマンオーブの戦いが始まった。

 

 

 ◇

 

 

 『デュワッ!』

 

 気合いを込めた放たれる拳。しかし、怨魔業の盾によって軽々と防がれ、逆に剣による反撃がオーブを襲う。

 胴体を薙ぐ為に迫る剣。それを後ろに飛びながら避けると両手を広げる構えをとった後、右手に無数の刃が連なる光輪を生み出して怨魔業へと投げ放った。

 怨魔業は断末魔の叫びの様な鳴き声と共に剣を一閃。光輪は容易く両断され、光の粒子へと変える。

 オーブは着地と共に再び光輪を放つ。

 剣を振り抜いた体勢を狙われた怨魔業は、今度は盾によって光輪を弾いた。真上に飛ぶ光輪。それを見たオーブの姿が霞む様に消えると次の瞬間弾かれた光輪に先回りをし、空中で光輪を掴むと真下に向かって投げ落とす。

 不意を突かれた怨魔業は背中を光輪によって裂かれるが、鎧を薄く削った程度しか傷付けられなかった。

 

(頑丈な奴だ!)

 

 オーブの中のガイは苦々しい表情となる。今の技が効かないとなれば次に出す技は一つしかない。

 オーブは宙を飛び、怨魔業と距離をとってから着地すると指先を揃えた右腕を掲げる。オーブの前方に紫の光の輪が浮かび上がると今度は左腕を水平にまっすぐ伸ばす。

 両腕に込められた力が最大にまで高まった瞬間、光の前で右腕と左腕が十字に重なる。

 

『スペリオン光線!』

 

 交差した力がスパークし合い、それによって発生した力が光の輪を通過し光の奔流となって放たれる。

 スペシウムゼペリオン最大の一撃。二つの光が重なることで生み出された滅する力が怨魔業を呑み込もうとする。

 すると、スペリオン光線に対抗するべく怨魔業の口から黒煙が吐き出された。

 スペリオン光線が黒煙に包まれる。すると黒煙の中で眩かった光はみるみる減衰していき、怨魔業に届く時には淡く輝く程度まで弱まっていた。

 そんな弱々しい光など防ぐ必要も無いのか鎧で受け止める怨魔業。スペリオン光線は焦げ跡一つ残せず終わってしまう。

 

(何!)

 

 最大の一撃が簡単に無力化されたことに驚きが隠せない。

 スペリオン光線を防いだ怨魔業は再び黒煙を吐き出す。黒煙が通った後の木々は一瞬にして朽ち果てていく。

 オーブは手で円を描く。すると空間が歪み、そこに障壁が生み出される。それによって黒煙を防ごうとしたのだが、ここで予想に反することが起こる。

 黒煙が障壁に触れると、触れた箇所が瞬く間に消失したのだ。

 得体の知れない黒煙がオーブに迫る。

 咄嗟に腕を振るう。風圧で散らそうという考えであった。考え通り眼前にあった黒煙は何処かへ消えていく――かに思えた。

 

『ヘアッ!』

 

 凄まじい激痛が腕に走る。まるで体の中に劇物でも流し込まれたかと思える程であった。

 何が起こったのかと痛む腕を見た時、オーブは驚く。払った筈の黒煙が腕に纏わりついていたのだ。

 痛みの原因を知り、それを払おうと腕を何度も振るうが黒煙は粘糸の様に絡みついて離れない。

 怨魔業は苦しむオーブを見て、吐き出す黒煙の量を増やす。

 阻むものを失ったオーブは大量の煙をその身に浴びせられた。

 

(くっ! 力が、抜けていく!)

 

 痛みだけでなく強烈な脱力感が襲ってくる。

 怨魔業が吐き出す煙には木々を枯らす命を蝕む効果だけでなく光線やバリアを消失させた様に光、即ちウルトラマンの力を蝕む効果もあるのではないかとガイは推測する。

 全身に纏わる黒煙はどんなに手で払おうとも剥がれない。

 

(だったら!)

 

 ガイは黒煙を吹き飛ばすべくオーブの中で二枚のカードを取り出す。

 

「メビウスさん!」

『ウルトラマンメビウス』

 

 左に現れるのは、無限の力と可能性を持つ若きウルトラの戦士ウルトラマンメビウス。

 

「タロウさん!」

『ウルトラマンタロウ』

 

 右に現れるのは、偉大なるウルトラの父と慈悲深きウルトラの母から強さと優しさを受け継ぐ誇り高き戦士ウルトラマンタロウ。

 胸の前で両腕を交差させた後オーブリングを掲げる。

 

「熱いやつ、頼みます!」

『フュージョンアップ』

 

 ガイにウルトラマンメビウスとウルトラマンタロウが重なり、そこから熱と炎と共に別の姿へと変わったウルトラマンオーブが現れる。

 

『ウルトラマンオーブ、バーンマイト』

 

 赤を主とした体色に炎を彷彿とさせる紋様が浮かんだ肉体。側頭部から天に向かって伸びる二本の角。思いと力を熱にした紅蓮の戦士がここに現れた。

 

『紅に――』

 

 バーンマイトの全身が七色に煌き始め、力が収束しているかのように輝きは体の中心へと向かっていく。七色の輝きはやがて炎という紅蓮一色に染まり上がる。

 

『燃えるぜっ!』

 

 纏わる黒煙を全て吹き飛ばす程の爆炎がバーンマイトの体から放たれた。一瞬で高熱となった空気はバーンマイトの周囲で陽炎となって揺らいでいる。

 余波の熱波を受けた怨魔業であったが、熱がる所か瞬きもせずバーンマイトの姿を凝視している。怒りの表情をしているがその表情は張り付けられているだけのようで感情が感じられない。空虚という言葉を体現しているかのようであった。

 怨魔業の口から黒煙が吐き出される。だが今度はオーブに向けられたものではない。吐き出された黒煙は怨魔業の足元に向かい、地面に当たると跳ね返る様にして煙が昇り立つ。

 すると怨魔業の体に黒煙が絡み付いていく。それはまさに黒煙を『着ている』様であった。

 守ればウルトラマンの力を無効化し、攻めれば蝕む。まさに攻防一体と化している。

 しかし、バーンマイトはそれに臆することは無い。

 

『そんな煙、吹き飛ばしてやる!』

 

 バーンマイトの体に炎が走る。太陽の表面で起こるプロミネンスが如く炎はうねり、それが胸に描かれた炎の紋様へと集っていく。

 集まった炎は胸前で一つとなる。それはまるで灼熱の太陽であった。

 巨大な炎塊の周囲を七色の光線が惑星の様に周回し、更なる力を与える。

 

『ストビュームバースト!』

 

 掛け声と共に放たれた炎塊は、一直線に怨魔業へと向かう。

 怨魔業に着弾すると同時に怨魔業の体は爆炎に呑み込まれ、その衝撃で纏っていた黒煙が宣言通り吹き飛ばされていく。

 だが、間もなくして炎が消えるとそこには盾を構えている怨魔業の姿。盾によって直撃を防いでいた。

 

(頑丈な盾だな!)

 

 一撃で倒せる筈が無いと思っていたので防がれたことに対してのショックは無い。故に怨魔業の姿が見えた時には次に行動に移っていた。

 走り出すバーンマイト。相手が動いたのを見て怨魔業は盾を引いて、剣を構える。

 詰められていく両者の距離。先に攻撃を仕掛けたのは怨魔業の方からであった。

 剣の間合いに入った瞬間、横薙ぎの一閃。しかし、その一閃は空を切る。

 剣の下を潜り、地面を滑りながら炎を纏うバーンマイトの足が怨魔業の脛を蹴り飛ばす。

 足を払われた怨魔業は前のめりになって顔から地面に倒れた。

 怨魔業の下を滑り抜けたバーンマイトはすぐに立ち上がるとまだ倒れている怨魔業に拳を振り上げ――そこで止まる。

 

(これは……)

 

 倒れている怨魔業。だが何故か左腕が無い。何処へ行ったのかと思った時、背中に衝撃と痛みが走る。

 

『ジュワッ!』

 

 咄嗟に振り返りそこで見たものは、宙に浮かぶ左腕から盾による殴打が繰り出されていた光景であった。

 浮かぶ左腕は容赦なく盾で背中を叩き続ける。

 バーンマイトは数度受けた後に、体を無理矢理捻って左腕を掴む。手の中で暴れる左腕。何とか抑え付け様としたが、視界の端に映る鈍色の光を捉えそれを中断せざるを得なかった。

 いつの間にか起き上がった怨魔業による斬撃。身を屈めて回避するも追撃の前蹴りを肩に受け、捕まえていた左腕を放してしまう。

 バーンマイトの手から逃れた左腕は元の場所へと収まり、怨魔業は何事も無かったかのようにバーンマイトへ迫る。

 今まで戦ってきた怪獣たちとは明らかに違う。生きている相手と戦っている気がしないのだ。

 だが、それを理由に臆することなど出来ない。

 膝を突いていたバーンマイトは身を起こす勢いに生じて跳び上がり、炎を纏った拳を怨魔業の眉間に叩き込む。

 拳の勢いによって後退はするがそれだけであった。今まで戦ってきた怪獣はどれも真面に攻撃を受ければ怯み、体が強張っていた。だが、この怨魔業にはそれが無い。拳の感触に相手が痛みや熱で体が強張るのが伝わってこない。

 痛覚が全く無いのかあるいは――

 

『オォォォイヤアッ!』

 

 バーンマイトの拳が今度は怨魔業の頬に突き刺さる。すると怨魔業の首が百八十度回転し、後頭部を見せる。

 全力で殴ったのは間違い無い。しかし、予想を上回る結果に一瞬戸惑いから動きが硬直した。

 その時、怨魔業の首が更に百八十度回転して後頭部から正面に戻ったかと思えば、そこから首が飛び上がりバーンマイトに向かって襲いかかってきた。

 明らかに可動域を超える程の大口を開けながら咬みつこうとする怨魔業の首。紙一重のタイミングで首を傾けてそれを回避する。

 すると今度は胴体から左腕で右腕が切り離され、バーンマイトに迫る。

 宙を飛んで来る斬撃を躱すとそれを見計らって飛んでくる怨魔業の首。迎え撃つ為に拳を放つが盾を持つ左腕がそれを阻む。

 すると残された胴体が急接近し、バーンマイトの脇腹に膝を叩き込む。

 息を詰まらせるバーンマイトに今度は剣を握る右腕が斬撃を放ち、バーンマイトの右腕を斬り付けた。

 

(くっ! 一対一の戦いなのに囲まれるなんてな!)

 

 首と左腕、右腕が周囲を飛び交い、隙を狙う様に胴体が動く。実質多対一の状況。

 今のままでは対処出来ないと判断。ガイはスペシウムゼペリオン、バーンマイトに続いてもう一つの力を使うことを決断し、二枚のカードを取り出す。

 

「ジャックさん!」

『ウルトラマンジャック』

 

 解き放たれた力は、人々の救いを求める声に応じ宇宙から地球へと帰ってきたウルトマン、ウルトラマンジャックが左に現れ。

 

「ゼロさん!」

『ウルトラマンゼロ』

 

 頭部に輝く雌雄一対の刃とその身に浮かぶ赤は、父であるウルトラセブンの血を引く証。始まりの名を持つ若きウルトラの戦士、ウルトラマンゼロが右に現れる。

 右腕を頭上に掲げた後、水平に伸ばしていたオーブリングを持つ左手を突き上げる。

 

「キレの良いやつ、頼みます!」

『フュージョンアップ』

 

 ジャックとゼロが光となってオーブと一つになり、新たなる姿へと変身する。

 

『ウルトラマンオーブ、ハリケーンスラッシュ』

 

 空の様な青と夜の様な黒の体色。頭部にはゼロと同じ一対の刃が備わったその姿。疾風迅雷を体現する速き戦士となって、四方を囲む怨魔業と対峙する。

 

『光を超えて、闇を裂く!』

 

 その言葉を合図にして四方を囲んでいた怨魔業の部位が一斉に動く。前後左右、逃げ場を潰す包囲攻撃。

 ハリケーンスラッシュはそれに焦ることなく、両手で頭頂部にある刃に触れるとその指先を刃に沿って滑らす。

 すると刃から二本の光刃が飛び出し、ハリケーンスラッシュの意思に従い周囲を旋回。前後左右から来る怨魔業の部位を斬り裂く。

 斬り裂かれた部位たちは地面に落とされるが、すぐに浮き上がり胴体の方に戻っていく。

 同時攻撃全てを迎撃すると、飛び回る光刃を目の前で回転させ光の渦を作り上げると、その中に手を伸ばす。

 渦の中で何かを掴んだ瞬間光の渦は消え、ハリケーンスラッシュの手には三つ又の槍が握られていた。

 

『オーブスラッガーランス!』

 

 出現させた槍を旋回させると風が巻き起こり、足元の木々が雑草の様に揺れる。

 両腕と首を元の位置に戻した怨魔業は、悲鳴の様な鳴き声を上げながら剣を上段に振り翳しながら迫る。

 ハリケーンスラッシュの頭を割る為に振り下ろされる剣。それを槍の穂先で受け止めると手首を返す。槍の動きに絡められ、怨魔業の剣先は地面へと落とされ、先端が地中に埋まる。

 それと同時に槍の柄頭を怨魔業のこめかみに打ち付け、頭が傾いた隙にハリケーンスラッシュはその場で跳び上がり、追撃の回し蹴りを柄頭で打ち付けた箇所へ正確に蹴り付ける。

 頭だけでなく体ごと傾く怨魔業。

 ハリケーンスラッシュは体ごと振り回す勢いで槍を振るう。しかし、更なる追撃は怨魔業の盾によって防がれた。だが、ハリケーンスラッシュの動きはそこで止まらない。

 そこから体を屈めて怨魔業の両足を斬る様に蹴ると、更に蹴りの動きに合わせて上体を起こしながら穂先で怨魔業の胴体を斬った。

 鎧が削られ火花が散る。

 怨魔業も剣を振るって反撃しようとするが、振るう直前にハリケーンスラッシュの手刀を打ち込まれて動きが封じられる。

 怨魔業の腕を手刀で抑えたまま片手で槍を回し、柄頭で地面を突くとその反動で飛び上がりながら首元を蹴り飛ばした。

 よろけた怨魔業を見て、ハリケーンスラッシュは槍に備わっているレバーを三回連続で引く。

 槍に青と赤の光が集まる。

 

『トライデントスラッシュ!』

 

 怨魔業は振り下ろされる青い斬撃を受けたかと思えば、下からくる赤い光に斬り上げられ、袈裟切りにされ、横薙ぎにされる。瞬きすら許されない超高速の斬撃の嵐。振るうハリケーンスラッシュの姿が残像となって幾人にも見える。

 一瞬にして斬られた数は数十を超えた。

 怨魔業の鎧に無数の切り傷が残り、腕や手足は皮一枚で繋がっている状態。片目は裂かれ、上顎から伸びていた牙は一本欠損していた。

 それでも止まらない槍の連撃。このまま原型も残されないかと思った時、怨魔業の裂かれた傷口から黒い煙が噴き出した。

 ハリケーンスラッシュの体が光と共に消え、次に現れたのは怨魔業の煙の範囲外の場所であった。

 

(頑丈――とは違うな)

 

 噴き出された黒煙が今度は傷口へと吸い込まれていき裂かれた傷が時を巻き戻されているかの様に修復されていく。生命力のある怪獣も短期間で重傷を治すことが出来るが、目の前のこれはそれの比ではない。

 あれほどの傷をあっさりと消し去ってしまった怨魔業。命を懸けた戦果を無に帰せられれば並み者ならば動揺するであろう。

 

(こいつはここで倒さなければならない!)

 

 だが、ガイは逆に戦意を高める。これ程の脅威を秘めた怪物が人々の前に現れたらどれほどの悲劇を生むか容易に想像出来た。だからこそ守る者として悲しみが生まれる前に倒す必要がある。

 槍を強く握り締めた時、怨魔業が剣を掲げる。

 掲げた剣に黒煙を吐きかけると黒煙は剣の形に沿って形を変えていき、吐き終えるとそこには幅も長さも倍以上の大剣と化していた。

 ハリケーンスラッシュが持つ槍とそう変わらない長さ。先程の様に槍の間合いで戦うのは危険だと判断したハリケーンスラッシュは、槍のレバーを一度引く。

 穂先が輝きを放ち始めた瞬間、怨魔業が大剣を振るった。

 明らかに間合いの外。しかし、振るわれた剣身が伸び、鞭の様にしなりながらハリケーンスラッシュを襲う。

 

『デュワッ!』

 

 大きく後ろへ飛びながらハリケーンスラッシュは輝く穂先を怨魔業に向ける。

 

『オーブランサーシュート!』

 

 穂先から放たれる青と白の光線。だが、回避と同時に放ったそれは僅かに狙いが逸れており怨魔業の肩を掠めた後何も無い空へと消えていく。

 技を外したハリケーンスラッシュに怨魔業の剣がうねりながら迫る。

 首を狙ってきた横からの斬撃を前屈みになって回避するが、剣身がそこから直角に曲がり先端を頭部に突き刺そうとする。

 素早く地を蹴り、側転でそれを躱すと外れた剣身は頭部の代わりに地面に深々と突き刺さった。

 この隙に怨魔業に接近しようと考え、最速を出す為に両足に力を込め、それを解放したときハリケーンスラッシュの体がガクンと急停止した。

 足に襲い掛かる激痛。目線を落とすと足に巻き付いている黒い剣身。外れた筈の先端が地面を密かに掘り進んでいたのだ。

 急激に消失していく力。瞬間移動で脱出を試みようとするも、その力も黒煙によって吸い出されていく。

 怨魔業が手首を回す。すると残りの剣身が地面から現れ、それが螺旋状となってハリケーンスラッシュの体に巻き付いた。

 

『ヘアッ!』

 

 全身を襲う痛みと脱力感。眠気の様に意識が黒く塗り潰されていく。

 ハリケーンスラッシュの胸にあるカラータイマーが青から赤の光となって点滅し始める。それはオーブとして活動出来る限界が迫っている状態であった。

 ハリケーンスラッシュの体から半透明のジャックとゼロの苦しみながら抜け出そうになる。二つに重ねた力を維持できなくなってきた為に起こる現象である。

 

(どうする! このままじゃ、負ける!)

 

 心はまだ折れてはいない。だが勝機が見えない。

 怨魔業の無感情な瞳に苦しむハリケーンスラッシュの姿を淡々と映し続ける。

 

 

 ◇

 

 

「耐えろ、もう少しだ」

 

 怨魔業の力によって苦しむオーブを一刻でも早く救う為に錦田は全力で走る。

 

「くっ! 体が思ったよりも動かん! 小僧! 若いのならもう少し体を動かせ!」

 

 思ったよりも動きの鈍いジェッタの体に文句を言いつつ、目的の御堂に何とか辿り着く。が、そこで錦田の足が止まった。

 

「どうした? そんなに急いで?」

 

 嘲笑を浮かべながら御堂の前に立つジャグラー。錦田は無言で木の枝を構える。

 

「お主がここに現れたのは丁度良い。拙者の刀を返して貰おうか」

「さて、どうしたものかな?」

 

 ジャグラーは焦らす様に鞘で自分の肩を叩く。

 その時、オーブの苦鳴が森に響き渡った。

 

「ふん。どうやら苦戦しているようだな。ははは、無様な姿だ」

「光の人が苦しむ姿がそんなに滑稽か? 闇の人よ」

「ああ、最高に愉しいね」

「――そうか。拙者には苛立っている様に見えるがな」

 

 笑みは浮かべているもののジャグラーの笑い声が消える。

 

「あんな奴に押されて情けない。自分に無様な姿を見せるな、と本当は思っているのではないか?」

 

 ジャグラーの笑みが剥がれる様に消える。

 

「あまり人を見透かした様な台詞を言わない方が良い。死ぬことになるぞ?」

「既に死者である拙者にそんな脅しは効かんな」

「二度殺してやろう」

 

 御堂前に立つジャグラーが地を蹴り付けると十数メートル開いていた距離が無いものとなる。

 錦田の目の前にまで近付いたジャグラーは、錦田の側頭部目掛け担いでいた刀を振るう。それを木の枝で受け止める錦田。そこで気付く、ジャグラーが鞘を抜かずに刀を振るっていることに。

 挑発かあるいは何か狙いがあるのか、どちらかは分からないが得物が木の枝しかない錦田にとっては都合の良い展開である。

 少しの間鍔迫り合いをしていたが、錦田が木の枝を回して刀を絡めると、先を叩いて逸らしジャグラーの胴に隙を生み出させ、そこを狙う。

 ジャグラーは、そらされた刀の動きに逆らわずその動きに合わせて片足を軸に回転。錦田に背を向ける格好となる。

 戦い最中に敵に背を向ける。普通なら愚行と言える。だが錦田がジャグラーの背を見た時、そこで感じたのは好機では無く濃密な死のニオイであった。

 背を向けていたジャグラーが正面を向こうとする。その時錦田は見た。ジャグラーの右肩が僅かに上がるのを。まるで何かを引き抜いているかの様な――

 そう思った時には体が動いていた。膝を曲げ、その場で体を沈める。

 直後、ジャグラーは正面を向くよりも先に背後に向かって右腕を振るう。その手に鞘から抜かれて刀を持って。

 ジャグラーの一閃は錦田の頭すれすれを通過していく。剣速で髪が揺れ動くのが分かる程のものであった。

 手応えが無いことから避けられたのを察し、攻撃を続行しようとするも先に錦田の方が動く。身を低くした体勢から後ろに跳んで間合いの外に出る。

 

「よく避けたな」

 

 褒める言葉とは裏腹にジャグラーは詰まらないといった表情をし、錦田に見せつける様徐に刀を鞘に納めていく。

 錦田は背中に冷たい汗が流れていくのを自覚した。生きていた頃ならばまだ何とか戦えたかもしれないが死者な上に魂の一部であり人の体を借りている錦田は全力を出すことが出来ない。戦いが長引けば長引く程錦田にとって不利であった。

 ジャグラーの足が僅かに地面に沈むのが見えた。踏み込む為の力が溜められている。

 次の瞬間にはジャグラーの足元の土が爆ぜる様に飛び、錦田に向かって刀を振り上げながら飛び掛かっていた。

 頭を狙っての上段からの振り下ろし。木の枝を頭上に掲げてそれを受け止める。

 ミシリという音が木の枝をから聞こえてきた。所詮はそこからで拾った太めの木の枝に過ぎない。寧ろここまで持ったことに感謝するべきであった。

 反撃に転じ様と考えたとき、錦田はジャグラーが奇妙な持ち方をしていることに気付く。

 片手で鞘の根元を掴んでいる。即ち柄を握っていないのである。

 ならばどうなるか、その答えを示す様に鞘から刀が滑り落ち、その刀身を錦田へと晒す。――と同時にジャグラーが空いた手が下から突き上げてくる。

 

(不味い!)

 

 何が来るのかが分かり限界まで上体を逸らす。

 ジャグラーの突き上げた手は鞘から滑り落ちた刀の柄を流れる様に掴み、そのまま錦田を下から斬り上げる。

 錦田の体が後方へゆっくり倒れていく。

 ジャグラーは振り上げた刀身を見詰め、そこに映る自分の顔を見た。

 

「やはり良い刀だな」

 

 コン、という音と共にジャグラーの後ろに何かが落ちる。それは斬られた木の枝であった。

 

「お前もそう思わないか?」

「ふん。当たり前だ。拙者の選んだ刀だぞ」

 

 仰向けに倒れていた錦田が上体を起こす。彼に傷一つ無かった。

 あのとき木の枝を構えていた御陰でそれを斬ったジャグラーの斬撃が錦田に届くまでほんの少しだけであるが間が生じた。その僅かの間で何とか避けることが出来たのだ。

 だが依然として危機的状況なのは変わらない。逃げるにも倒れた状態ではそれもままならず、手元にある得物は斬られて短くなった木の枝だけ。

 

「その選んだ刀に斬られるんだ。本望だろ?」

 

 見下ろしながら刀を振り上げる。目を細め、口の両端を吊り上げる。錦田にとって最早見飽きたとも言っていい邪な者たち特有の腹立たしい笑みである。

 

(お主には悪いが、少々賭けをさせてもらう)

 

 体の主に詫びを入れ、錦田は覚悟を決めた。

 

「もう一度死ね!」

 

 ジャグラーが刀を振り下ろすその瞬間、錦田は手に持っていた木の枝をジャグラーの目目掛けて投げた。その直後刀が振り下ろされる。

 眼前に急に何かが現れたことで一瞬体が硬直する。それによって振り下ろされる刀の動きも鈍る。

 この時を錦田は待っていた。刃が頭を斬り裂く寸前で錦田の両掌が刀を挟んで止める。錦田も初めてやって初めて成功した真剣白刃取りである。

 受け止められたことに驚くジャグラーに、錦田は立ち上がりながら胸部に頭突きを食らわす。

 頭の上で呻く声が聞こえる。そして、そこに間髪入れず足裏を叩き込み、刀を奪うと同時にジャグラーから離れる。

 

「返して貰うぞ」

 

 奪い返した刀の先をジャグラーに向ける。ジャグラーは不愉快そうにそれを見る。

 

「だからどうした」

 

 ジャグラーの手の中に黒い光が灯る。その光は形を変え、一本の抜き身の刀となった。

 

「まだ俺の愛刀を見せてなかったな」

 

 ジャグラーは取り出した愛刀――蛇心刀を振るう。一陣の風が奔ったかと思えば錦田の背後の大木が根元から切断されて倒れた。

 

「俺に勝てると思っているのか?」

「拙者が勝てぬと思っているのか?」

 

 挑発に挑発が返る。

 ジャグラーは錦田の言葉を鼻で笑うと何かを計る様に歩き出し、御堂の前で足を止める。

 

「時代というものは常に進んでいる。ましてや古い亡霊の剣が先を行く俺に勝てるとでも? この地蔵と同じで価値の無いものだ」

 

 そう言って刀の先で地蔵の頭のコツコツと叩いた。この時、ジャグラーは気付かなかった。二つの地蔵の目が僅かに光るのを。

 

「とっとと終わらせ――うっ!」

 

 急に頭を押さえ始めるジャグラー。

 

「誰だ! 誰の声だ!」

 

 辺りを何故か見回し始める。

 

「うるさい! うるさいぞ! くっ!」

 

 痛みを堪える様に顔が顰められる。

 

「誰なんだ、お前らは! くそっ! 物騒なことを言いやがって!」

 

 錦田には聞こえないが、ジャグラーだけに何かの声が聞こえているらしい。

 悶えるジャグラー。この隙を錦田は逃さない。

 

「隙有り!」

「ぐっ!」

 

 踏み込み刀を一閃。ギリギリで錦田の接近に気付き、蛇心刀で防ごうとするが僅かに軌道を逸らしただけであり、錦田の刀はジャグラーの肩を浅くではあるが斬り裂いた。

 

「ちっ!」

 

 舌打ちをすると肩の傷を押さえながらジャグラーの姿が消える。

 ジャグラーを退散させた錦田は深く息を吐いた後に、地蔵の方に向かって頭を下げた。

 

「また御二人に助けてもらったようだ。かたじけない」

 

 そして、地蔵たちに向かって手を翳す。

 

「甦った怨魔業を再び封じる為、あの光の人に力を貸してほしい」

 

 すると二体の地蔵から光の球体が飛び出し、錦田の手の中へ収まる。

 

「感謝する。赤き人よ、白き人よ」

 

 錦田はオーブに向かって叫んだ。

 

「受け取れ! 光の人よ!」

 

 

 ◇

 

 

「受け取れ! 光の人よ!」

 

 苦しむガイの耳に錦田の声が聞こえてくる。

 声の方を見ると錦田がこちらに向かって光の球を投げ放っていた。

 投げられた光の球は赤く点滅するカラータイマーの中に吸い込まれ、オーブの中にいるガイの手の中へ。

 

「これは!」

 

 光の球はガイの手の中で二枚のカードと化した。

 

「――力を貸して貰います!」

 

 ガイはオーブリングを持ち、手に入れたカードを掲げる

 そのカードに記された名は――

 

「レッドマンさん!」

『レッドマン』

「ハヌマーンさん!」

『ハヌマーン』

 

 力となって姿を現すのは、全身が赤で覆われた色をし、上向きに差し出た部分が一周覆う頭部に黄色い目を持っている。

 赤い星からやってきた赤い戦士、その名はレッドマン。

 現れたもう一方は。白の生地に金の刺繍が施された衣装に身を包み、人では無く猿の顔を持つ獣人。

 風の神を父に持つ勇者にして英雄、白猿ハヌマーン。

 右腕を斜め上に掲げた後、オーブリングを頭上に掲げる。

 

「凄いやつ、頼みます!」

『フュージョンアップ』

 

 それぞれが赤と白の光となり、それがガイと一つに重なってオーブの新たな力となって生まれ変わる。

 

『ウルトラマンオーブ、レッドウインド』

 

 突如吹き荒れる風。否、それは風などというレベルを遥かに超え局地的な嵐となっていた。

 

『風となり――』

 

 絡みつく黒煙が荒れ狂う風によって引き剥がされていく。剥がされた黒煙はそのまま風に包まれて天高くへと昇っていく。

 

『戦士となりて――』

 

 上昇していく風によって雲が裂け、太陽の光がその下に立つ者へと降り注いだ。

 

『悪を断つ!』

 

 レッドマンと同じ形状の頭部。両側面には炎を模した黄金の飾りが付けられている。胸のカラータイマーを覆う翼の様に広がった金の装飾。赤く染め上げられた肉体を彩る黄金の紋様。その腰には白い縄の様な帯が巻かれている。

 レッドマンとハヌマーンの力を借りて誕生したレッドウインドは、その黄色の目で怨魔業を捉える。

 

『トライデントナイフ!』

 

 右手を頭上に掲げると、その手の中に刃が三つ又に別れた短剣が現れる。それを逆手に持ち、レッドウインドは怨魔業に向かって駆け出す。

 

『トウッ!』

 

 下から上へ向かう斬撃。それを盾で防ぎ、怨魔業が剣を振るう。それを一歩下がって難なく回避すると踊っている様な軽快な足運びで怨魔業の側面に移動し、脇腹にトライデントナイフを深々と突き刺す。

 だが刺されたことを気にすることなく突き刺された状態から怨魔業はレッドウインドの喉目掛けて突きを繰り出した。

 ガキンという音を立て剣が止まる。レッドウインドの左手に握られていたもう一本のナイフによって剣が受け止められていた。

 脇腹にナイフを刺したままレッドウインドが離れる。その直後、ナイフが刺さっていた箇所が爆発。そして炎上。怨魔業の脇腹は深々と抉られた。

 負った傷を修復し始める怨魔業。だが、傷が深いせいか治る速度が遅い。

 レッドウインドは再び右手を頭上に掲げた。

 レッドウインドの右手を中心にして風が集まっていく。急速に集められていくせいで轟音の様な風の音が響き渡り、空の雲がその影響で凄まじい勢いで流れていく。

 掌へと収束された風は、やがて半透明の長槍と化す。

 

『ハリケーンアロー!』

 

 掛け声と共に投げ放たれた槍。その瞬間怨魔業の体が一瞬震えた。自分の身に何が起こったかも分からない様子で目線を落とす。そこで初めて自分の胸に大きな穴が開いていることに気付く。

 それは音を超え、光に迫り受けた本人すら何が起こったのか理解出来ない程の超高速の投擲。

 怨魔業の体から力が抜け、仰向けになって倒れていった。

 

 

 ◇

 

 

「勝った!」

「オーブが勝ちましたね!」

 

 倒れた怪獣を見て、我が事の様に喜ぶナオミとシン。

 

「こんなことなら撮影しとけば良かった……シンさんがカメラを回してくれてたらなー」

「それは僕の担当じゃありません! それに僕にはカメラの構造が単純過ぎて逆に使えないので!」

 

 戦いが終わって気が抜けたのか緊張感の無い言い合いが始まる。

 

「あれ?」

「どうしたんですか?」

 

 ナオミが疑問の声を上げ、一点を見始める。シンもその視線を追うとそこにはオーブ。

 そこでシンにもナオミの疑問が分かった。いつも怪獣を倒せばすぐに空へと去って行くオーブなのだが、どういう訳かまだ去らずに倒した怪獣をじっと眺めていた。

 まるで何かを確認している様な仕草である。

 

『えっ!』

 

 ナオミとシンは声を揃えて驚いた。何故ならいきなりオーブが短剣を振り上げながら怪獣に馬乗りになったからである。

 

『えっ!』

 

 ナオミとシンは更に驚いた。何故なら馬乗りになって振り下ろしたオーブの短剣を怪獣の盾が防いだからである。

 まだ戦いは終わらない。

 

 

 ◇

 

 

(やっぱり生きていたか!)

 

 馬乗りになりながら怨魔業に拳を振り下ろす。あれ程しぶとい相手がそう簡単に死ぬとは思っていなかった。

 怨魔業の口から黒い煙が吐かれる。それを至近距離で受けてしまったが、前の時と比べて痛みも脱力感も少ない。赤い星出身であるレッドマンと神の子であるハヌマーンには煙の効果が薄いらしい。

 怨魔業の口を短剣の柄で叩き上げて無理矢理閉じ、顔面に手刀の連打を降らす。

 

(どうやったらこいつを倒せる!)

(倒すことはまず不可能だ)

 

 頭の中に錦田の声が直接聞こえる。いわゆる念話〈テレパシー〉である。ガイはそれに驚くことなく言葉の意味を問う。

 

(どういうことだ?)

(怨魔業の正体は、人が持つ地獄への恐怖、すなわち死への恐れ、生きることへの執着を集め、それに形を与えられたものだ)

 

 そのことを聞いてどれだけ攻撃をしても怯まなかったことに納得する。元から生き物でないのならば当然であった。

 

(そういう大事なことは早く言え!)

(すまんな)

(……それでどうすればいいんだ?)

(奴は人の思念を糧にしている。故に不滅。だからこそ数百年前に封じるしかなかった。だが、奴とて溜め込んだ力に限りは有る。お主によって溜め込んでいた力も大分削がれた。あと少しだ! あと少しだけ頑張ってくれ!)

(――まったく。期待に応えるのは何時だってしんどいぜ!)

 

 錦田と念話をしている中、怨魔業が剣を振り上げる。そのままレッドウインドの胴体を斬り裂こうとして腕を振るう直前、レッドウインドの腰に巻かれていた帯が独りでに解け、怨魔業の腕に巻き付き動きを止める。

 帯かと思われていたそれはレッドウインドの腰から伸びる白い尾であった。

 レッドウインドは怨魔業の上から飛び退いた。それと同時に巻き付いたいた尾は解け、再び腰に巻き付く。

 地面を削りながら後退するレッドウインド。怨魔業は糸で吊られたかの様な不自然な動きで立ち上がる。

 カラータイマーの点滅も早まる。活動時間もそろそろ限界に達する。

 ガイはここで勝負を決めることを決断した。

 左手に持つトライデントナイフの剣身を右手でなぞる。銀に輝いていた剣身が白い光によって包まれた。

 

『トオォォッ!』

 

 白く輝くトライデントナイフを前方に向かって振るう。するとその軌跡に合わせて三日月状の光が出現する。

 

『サンダースラッシュ!』

 

 技の名と共に両手で握り締めたトライデントナイフで三日月状の光を突くと、三日月状の光は小型の三日月に分裂し、それが怒涛となって怨魔業に迫る。

 数百を超える三日月の光が怨魔業に衝突。三日月が当ればその箇所は切断され、刺されば爆発を起こす。

 斬撃と爆撃の奔流に呑まれ、怨魔業の体は瞬く間に破壊されていった。

 三日月の群が通り抜け、その後に残った怨魔業の体は辛うじて人の形を保っていると言っていい程のものであった。

 その時、御堂の方からレッドウインドに向かって光が飛んで行く。光の正体は錦田の刀であった。

 刀はレッドウインドのトライデントナイフに当たり、その中へと吸い込まれていく。

 

(お主の武器に拙者の力を注いだ! それを奴に!)

(分かった!)

 

 錦田の力を受け、黄金色に輝き始めるトライデントナイフ。それを怨魔業に目掛けて投げ放つ。

 放たれたナイフは怨魔業の額へと突き刺さる。すると力が抜けた様に武器を構えていた怨魔業の両腕が垂れ下がった。

 

(今だ! 奴を再びこの地に封じてくれ! 光の人よ!)

 

 レッドウインドは怨魔業の両肩を掴む。すると二人を中心として風が集まり、竜巻が起こす。

 天に向かって逆巻く風。竜巻の中にいる二人が風の力によって空に向かって舞い上がっていく。

 

『閻魔は閻魔らしく地獄の底で眠っていな!』

 

 高度数百年メートルの高さまで上昇すると同時に怨魔業こと竜巻を掴み、地面に向かって投げる。

 

『ハヌマンフォール!』

 

 天に向かっていた竜巻が今度は地に向かって落下していく。落下先にあるのは怨魔業が最初に出現した穴。

 そこに頭から突っ込む。竜巻によって付けられた回転は着地だけでは止まらず、そこからドリルの様に地面を掘削していき最後には体全体が地中へと埋まってしまった。

 地面の中に怨魔業が埋まったのを確認したレッドウインドは空を見上げ、右腕を斜め上掲げるポーズをとった後、空に向かって飛び上がりそのまま空の彼方へ姿を消していった。

 

 

 

 ◇

 

 

 変身を解いたガイは、御堂に向かう。御堂の前には錦田が立っていた。

 

「礼を言う。光の人よ」

「こっちもあんたとこの人たち助けて貰ったんだ。おあいこだ」

 

 ガイはそう言ってレッドマンとハヌマーンのカードを見せた。

 

「怨魔業はこれからどうなる?」

「また拙者たちが封印し、見張っていく。お主の御蔭で大分弱らせることが出来た。次に奴が目覚めるのは恐らく数百年後だろう」

「……完全に倒すことは無理なのか?」

「人の心の中に恐れがある限り、奴はそれを少しずつ取り入れ必ず復活する。……お主に人の心から恐怖を取り除くことが出来るか? 神や仏の様に?」

 

 錦田の言葉にガイは微かに笑う。それは自嘲の笑みであった。

 

「オーブ〈おれ〉は神じゃないさ。だが――」

 

 真っ直ぐと錦田を見詰めるガイ。その時には先程の笑みは無くなっていた。

 

「人を脅かす闇を払うことは出来る」

「良き答えだな」

 

 錦田は満足そうな笑みを浮かべた。

 

「そろそろ去るとしよう。お主にもこの体の持ち主にも迷惑を掛けたな」

「全くだ。早くそいつの体を返してやってくれ。待っている人たちが居るんだ」

「では、達者でな」

 

 別れの挨拶を言うとふっと糸が切れた人形の様にジェッタの体が崩れ落ちた。

 ガイの持っていたカードも光の球となって手から離れ、地蔵の中へと戻っていく。

 数百年もの間、人々を護る為に番をしていた者たちに労いと敬意を持ってこの言葉を贈る。

 

「お疲れ様です」

 

 

 ◇

 

 

「んん? あれ?」

 

 ジェッタは目を擦りながら体を起こす。気付かない内に眠っていたらしい。

 

「起きたか?」

「え? ガイさん? 何でいるの?」

 

 予期せぬ人物が自分を見下ろしていることにジェッタは目を丸くする。

 

「まあ、色々あってな。立てるか?」

「ああ、うん」

 

 答えをはぐらかされていまいち納得が出来なかったが、取り敢えず立とうとして――

 

「いだだだだだだだだだ!」

 

 絶叫を上げる。

 

「どうした?」

「か、体中が痛い! 何これ! 筋肉痛!? 何で急に! いででででででででで!」

 

 体中を襲う痛みにジェッタが悶絶する。憑依した間、錦田が当然の様にしていた動きも常人であるジェッタの限界に近い動きであったらしい。

 

「あの侍め……碌でもない置き土産をしていきやがって……」

「いだい! いだい!」

「ジェッタ!」

「ジェッタ君!」

 

 その時、避難していた筈のナオミたちが現れた。怪獣が居なくなったことで改めてジェッタを探しに来たらしい。

 嬉しそうに駆け寄る二人。だがその二人を見てジェッタに悪寒が走る。

 

「大丈夫! 俺は大丈夫だから! だから――」

 

 最後まで聞かずに二人は走り寄り、そしてジェッタを力一杯抱き締めた。

 それを見たガイは目を背け、耳を押さえる。

 森の中にジェッタの悲痛な叫びが木霊するのであった。

 

 

 ◇

 

 

「ちっ……倒されたか」

 

 怨魔業がオーブに倒されたのを見て、ジャグラーは顔を顰める。

 錦田から受けた傷は既に治りかけていたが、今の彼は別のことに悩まされていた。

 

「くっ! またか!」

 

 頭を押さえるジャグラー。その彼の頭の中では――

 

 レッドファイト! レッドファイト! レッドファイト! レッドファイト! レッドファイト! レッドファイト! レッドファイト! レッドファイト! レッドファイト! レッドファイト! レッドファイト! レッドファイト! レッドファイト! レッドファイト! レッドファイト! 

 

 レ ッ ド フ ァ イ ト !!

 

 地蔵を大切にしろ! 大切にしない奴は死ぬべきなんだ! 地蔵を大切にしろ! 大切にしない奴は死ぬべきなんだ! 地蔵を大切にしろ! 大切にしない奴は死ぬべきなんだ! 地蔵を大切にしろ! 大切にしない奴は死ぬべきなんだ! 地蔵を大切にしろ! 大切にしない奴は死ぬべきなんだ!

 

 死 ぬ べ き な ん だ !!

 

「黙れっ! 黙れぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 しばらくの間、ジャグラーは謎の幻聴によって苦しめられるのであった。

 

 




「レッドマンさん! ハヌマーンさん!」この台詞が書きたくて書いた作品です。この話の全てはここです。
ネットのコラ画像を見て、真面目に書いてみたらどうなんだろうかなと思って書いてみました。
この台詞のインパクトを出す為にクロス先を敢えて伏せました。
見てくれた方が少しでも喜んでもらえるならば幸いです。


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