とある脇役達の物語 (waiwai)
しおりを挟む

無印編
第1話


ギャラクシーエンジェルで検索→0件
GAで検索→同じく
GALAXY ANGELで(ry→同じく
という現状に泣いたので書いてみました。批判は大歓迎です。作者が消して書き直したくなるまでフルボッコにしていただいても構いません。


 人々が星々の海を行き来するようになり、しかし“時空震(クロノ・クェイク)”と呼ばれる未曾有の大災害により分断されるようになってから数百年。

 小国であった惑星国家“トランスバール皇国”は、“白き月”と名付けられた巨大人工天体の持つロストテクノロジーによって版図を広げ、一大強国となっていた。

 そして、トランスバール皇国歴412年。本星からさほど離れていない宙域に存在する、センパール士官学校に、一つの船団が入港していた──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 センパール士官学校。それは、トランスバール皇国の中でも最も格の高い士官学校の名である。軍中央や近衛艦隊といったエリートコースの代表的な部署に配属される新米士官の過半数が、ここの卒業生で占められていると言えば、その凄さが分かるだろうか。

 

「アルベルト教官、お客様がお見えです。例の……」

「ああ、通してくれ」

 

 センパール士官学校教官、クリストフ・アルベルト中佐は教官補佐の中尉の取り次ぎに鷹揚な返事をする。それと並行して、今までやっていた士官候補生の考課表を机に放り込む。

 引き出しに鍵を掛けるのと同時に、教官室のドアが開かれ、中尉と二人の男が姿を現した。片方の男は黒髪を無造作にあちこちはねさせ、茶の瞳を持った平凡な顔立ち。もう一人は金髪碧眼の美形で、生真面目といった言葉が似合う男だ。中尉は僅かに険を含んだ視線で二人を一瞥すると、クリストフに一礼して退室した。

 彼女がドアを閉めてから数秒して、黒髪の方がきっちりした敬礼をクリストフに送りながら口を開く。

 

「民間護衛企業“コマース・ガード”所属、第2護衛隊司令のアーウィン・フレーザー二等宙佐です。ご要望の品をお届けに上がりました。確認をお願いいたします」

 

 クリストフは黙ったまま頷き、もう片方から手渡された納品書に目を通した。

 

「“スペクター”航宙攻撃機が6機。及び補修用機材が12セット。訓練用の中型対艦ミサイルが24発。そしてマニュアル一式……」

「……確認した。品は?」

「宇宙港で搬入を始めています。後1時間もすれば終わるでしょう」

「ご苦労だった。ところで……」

 

 淡々と事務的な口調で話していたクリストフは、そこでニヤリと口の端を吊り上げた。

 

「そろそろ芝居は止めにしたらどうだ? 貴様の堅苦しい口調など、聞き苦しいだけだぞ、フレーザー候補生」

「……もう卒業してんですから、生徒扱いは止めていただきたいもんですね、アルベルト教官殿。あと一応真面目に仕事してるんで、芝居とか言われると腹立つんですが」

「在学中の自分の行動を振り返ってみるんだな。ヴィルケ候補生、貴様も大変だろう? こんな馬鹿の下で働くのは」

 

 言葉に詰まり、露骨に視線を泳がせたアーウィンから視線を外し、クリストフは彼の傍らに立つ男に声をかけた。男は感情を感じさせない声で返す。

 

「……私は与えられた役職に全力で取り組むだけです。それと、今の私は候補生ではありません。第2護衛隊副司令、エーベルハルト・ヴィルケ三等宙佐です」

「ああ、それは済まなかった、ヴィルケ三等宙佐……言い辛いな」

「我が社では、階級は頭の数字と末尾の位で省略するのが常となっています。私の場合は三佐、フレーザー司令は二佐で略せばよろしいかと」

「ふむ、なるほどな」

「……俺と扱い違いすぎませんかね……?」

 

 二人の会話に、アーウィンが不満を口にするが、クリストフは鼻を鳴らして応じる。

 

「ふん。いかなる時も礼を失しない副司令と、猫かぶりを早々に止める程度に堪え性の無い司令、どちらを評価するかは自明の理だろう?」

「お言葉ですが、『状況に応じて対応を変えられるようになって半人前を卒業できる』とおっしゃったのは、他でもないアルベルト教官閣下だと記憶しておりますが? そちらから一線を越えた以上、応じるのは当然かと愚考いたしますが」

「全く……相変わらず屁理屈だけは一人前だな。それだから貴様は、いや貴様らはあんな措置を……」

 

 思わず口に出しかけてしまうクリストフだったが、不意にアーウィンが右手を挙げてそれを遮る。

 

「あー、その話は今はしないでおきましょうよ。俺らは気にしてませんが、思い出して愉快な記憶じゃないでしょう、アレ」

「……そうだったな。済まん」

 

 いえいえ、と返したアーウィンは、再度自分の持つ明細書に目を通して呟く。

 

「しかし、珍しいですね。パイロット科に実戦機を導入するなんて。センパール(うち)は参謀やら艦長職やらが人気なはずですが」

 

 彼の発言に間違いは無かった。センパールにもパイロット養成科はあるが、どちらかといえば優秀な指揮官や参謀を数多く輩出させているために、パイロット科の肩身は狭い部分があった。トランスバール皇国の広大な領土を維持するには、戦闘機や攻撃機よりも艦隊の方が向いているため、艦隊勤務士官の配属が前線から熱望されていたこともある。アーウィンが在学していた頃も、それは変わっていなかった。

 

「教育方針の転換か何かですか? 尤も、それにしては中途半端な感じが拭えませんが」

「いや。それはパイロット科の生徒達からの陳情でな。どうも、貴様の代以上に熱意のあるのが多いようだぞ、今期のパイロット科は」

 

 そう言いながら、クリストフは二人に応接セットのソファに座るよう促す。彼自身は反対側に座り、端末で補佐の中尉にコーヒーを持ってくるよう言いつけた。

 

「パイロット科が自主的にってことですか。それなら納得できますね」

 

 学校側の方針ならば、より多くの機材が導入されるはず。特に実戦機まで入れるとなれば、かなりの大事だ。反対に、ただの消耗機材の補充にしては大掛かりすぎる。中途半端な理由が分かり、アーウィンも疑問が解けたらしい。エーベルハルトも、黙ったままではあるが感心しているようだ。

 

「そうだな。まあ、貴様ら程ではないが、異端児扱いされてるんで適度にフォローしてやらんといかん面もあるんでやや面倒だが」

「……教官、その発言は問題だと捉えられる恐れがありますが」

「そう言うなって。貴様ら相手でも無いと言えん愚痴だ。有難く聞いておけ」

 

 クリストフの教官としては許されざる発言を聞き、アーウィンは苦笑し、エーベルハルトは軽く溜息を吐いた。尤も、彼の発言の真意が生徒同士の対立を憂慮したものであることぐらい、二人にも分かっている。クリストフもそう受け取られるからこそ、二人に本音を吐けるのだ。

 丁度そのタイミングで、中尉がトレーにコーヒーカップを載せて入室してきた。相変わらずの態度でカップをテーブルに置くと、最低限の礼で出て行ってしまう。

 

「……嫌われてますねー、俺達」

 

 ややあってから、アーウィンがドアの方に首だけ向けのんびりした口調で呟く。クリストフも肩をすくめながら答える。

 

「貴様らの所属のせいだろうな。世にも名高いセンパールの卒業生が、民間護衛企業なんて職に就けば、大抵の一般軍人は軽蔑するだろうさ」

「そういうもんですかねえ……」

 

 ──民間護衛企業という組織の起こりは先代の皇王の時代まで遡る。当時、既に版図の拡大よりも維持に重きを置いていた先王は、あまりにも広くなりすぎた領土の安全確保に苦慮していた。

 領土を守るだけならば、各惑星国家に駐留艦隊を編成して配備しておけばいい。トランスバール程の大国に反旗を翻す国家はまずおらず、治安維持だけに主眼を置くとすればそれも小規模で済む。

 問題となったのは、領土間の通商航路の保護だった。巨大国家故に海賊行為も頻発したが、当時のトランスバール宇宙軍には、主要な航路を警備する以上の戦力の余裕が無かったのである。全ての航路に充てる戦力を用意しようとすれば、その維持費だけで国家経済を自壊させてしまう。かといって、放置しておけば商船の持ち主達は被害を恐れて出航しないか船賃の吊り上げを始めるだろう。それは最終的には、『海賊にすら対処できない無能』のレッテルを皇国軍に貼ることに繋がる。

 そこで考え出されたのが、商船護衛をビジネスにしてしまう、ということだった。つまり、護衛戦専門の傭兵企業を作り、商船の守りは彼らに任せる。一方の皇国軍は、航路のパトロールや大規模な海賊の討伐を担当するということだ。

 軍としての存在意義を問われかねない決断だったが、結果から言えばこれは上手くいっていた。皇国軍としてはモラルの下がりがちな護衛戦を行わずに済み、商船側としても勝手の分からない軍よりも同じ民間企業の方がやりやすいというものだ。また、予備役軍人や退役軍人の受け皿ともなり、軍出身の失業者減少にも役立っていた。現皇王ジェラール・トランスバールもこの方針を維持し、民間護衛企業は数多く存在している。

 しかし、正規軍人の間では評判が悪いこともまた事実であった。彼らからすれば、民間護衛企業は自分達の仕事を横取りしていることになる。正規軍人という立場にプライドを持つ者は、民間出身者や不正規軍人を見下す態度を取っている。

 そんな背景があるのだから、中尉の態度も理解できるというものだ。尤も、クリストフ個人としては納得していないが。

 

「それよりも、貴様らの会社、あのネーミングセンスはどうにかならんのか。通商護衛(コマース・ガード)そのままとは思わんかったぞ」

 

 話を変えるように告げられた言葉に、アーウィンが苦虫を噛み潰したような表情となり、エーベルハルトは僅かに表情を動かして仏頂面といっていい顔になる。

 

「俺らに言わんで下さい。ありゃ社長の命名です」

「……一目見て業種が理解できる社名を選んだ、というのが社長の言い分でしたが」

「そうは言ってもなあ」

 

 そんな他愛もない雑談を続けていた彼らの話を遮るように、クリストフの端末が鳴り、中尉の声が流れた。

 

「アルベルト教官、パイロット科の生徒が来ていますが……いかがいたしますか?」

 

 暗に、この二人と会わせたくないという感情が見え隠れする声音にやれやれといった表情を浮かべ、クリストフは答える。

 

「通してくれ。折角一応は現役の卒業生が来ているんだ。生徒にも何かしらの刺激になるだろう」

「……分かりました」

 

 通信が切れ、彼が視線を二人の教え子に戻すと、アーウィンは腰を浮かしかけた格好で動揺を表に出し、エーベルハルトは目の動きだけで同意を示していた。対象的な二人の様子に思わず笑みが漏れてしまう。

 

「……フレーザー。何をビビっているんだ。戦争処女でもあるまいし」

「いやいやいや。だってですね……俺みたいな人間が刺激与えたらどうなるか分かったもんじゃないでしょう。俺の代みたいにぶっ飛んだ連中じゃないんでしょ?」

「そうだな。貴様らとは正反対だな。だが、そうであるからこそ得られるものもあるだろう」

「いやいや。悪影響及ぼすだけですよ。そう思うだろ、ハルト?」

 

 アーウィンが脂汗を滲ませながら隣のエーベルハルトに話を振るが、振られた側は平然としていた。

 

「……別にいいじゃないか。教官が許可を出したということは、問題が無いと判断されたのだろう。問題発言があれば、教官自身が止めてくれるさ」

「いや、そういうことじゃなくてさ……」

 

 アーウィンがそう言った瞬間、ドアが開けられ、中尉と一緒に三人の生徒が部屋に入ってきた。四人は敬礼し、中尉はそのまま退室した。残った三人の内の一人、黒縁眼鏡を掛けた銀のショートカットの少女が携帯端末を見ながら口を開く。

 

「アルベルト教官、訓練用機材が届いたとのことですが」

「ああ、つい今しがたな。後20分もすれば搬入が終わるだろう」

「ありがとうございます。それで、自主訓練の計画表を持ってきたのです……が?」

 

 少女の語尾が疑問形になる。どうやら彼女はアーウィンとエーベルハルトの存在に気付いていなかったようだ。他の二人も、そこで来客を見つけたらしい。

 どうも、中尉は来客があったことを三人に伝えていなかったらしい、とクリストフは他人事のように考えた。ささやかな嫌がらせと言うべきか。彼からすれば大したことではないので軽く叱責するに留めようと思っていたが、哀れなのは、とばっちりを食らった生徒と卒業生だった。

 

「……ッ! も、申し訳ありませんでした! お客様がお見えになっているとは思わず……ッ」

 

 数秒の間をおいて、少女が裏返った声で叫び、途中で不自然に言葉が途切れる。その後ろから、茶化すような少年の声が来る。

 

「おいおい。慌てて舌噛むとかそんなベタな反応する奴、いまどき珍しいぞ」

「う、うるさいわね! ちょっと黙ってなさいよ!」

「ははは、そう怒るなよ天然記念物」

「こ、このッ……!」

 

 怒髪天を衝くといった言葉が似合う表情を見せる少女に対し、茶髪の背が高い少年はからかうような発言を止めない。少女の怒り様を見かねたのか、最後の一人、長い黒髪を赤いリボンで結わえた少女がオロオロしながら間に入った。

 

「お、オリヴィエさん。少し落ち着いて……」

「烏丸さんは黙ってて!」

 

 しかし当人から怒声と共に退けられてしまう。そのまま口論を始める男女二人と止めに入れずうろたえる少女というカオスな状況に、アーウィンとエーベルハルトは唖然としていた。

 

「どうだ。貴様らの後輩は」

「……個性的ですね」

「俺らとはベクトルが違いますが、まあ、何ですか。いい感じに異端児ですね」

 

 クリストフの問いかけに、再起動を果たした二人はそれぞれの感想を口にする。それだけでなく、アーウィンが眼光を鋭くしているのを見て、クリストフは生徒達に呼びかけた。

 

「その辺りにしておいたらどうだ。ここにいるのは、一応貴様らの先輩だぞ」

 

 その一言に、口論を繰り広げていた男女は何事も無かったかのように、黒髪の少女は飛び上がるように姿勢を正した。この辺りは、流石にエリート校の生徒というところだろうか。三人とも整った敬礼を送り、銀髪眼鏡の少女が真っ先に口を開く。

 

「……見苦しいところをお見せいたしました。私は、センパール士官学校パイロット養成科のアンヌ・オリヴィエ候補生です」

「同じくパイロット科のエミリオ・ファーゴ候補生です」

「ぱ、パイロット科の烏丸ちとせ候補生です。先程は失礼いたしました!」

 

 銀髪の少女は生真面目そうな、茶髪の少年は気の抜けた、そして黒髪の少女は緊張か羞恥に顔を真っ赤にしながら自己紹介をする。アンヌがエミリオを睨むが、睨まれた側はどこ吹く風といった様子だ。

 アーウィンらも挨拶を返す。民間護衛企業所属という点については、生徒達は特に問題としていないらしい。最初から偏見が無いのか、それとも彼らがどう見られているのか理解していないだけなのかは分からない。

 

「しかしまあ、面白いな、君ら」

 

 アーウィンのその一言に、アンヌが憤慨するような表情で返す。

 

「……お言葉ですが、ファーゴ候補生のような軽い人間とひとくくりにされるのは納得がいきません」

「おいおい、似た者同士じゃん、俺ら」

「一緒にしないで!」

 

 再び諍いが始まり、クリストフは苦笑いを浮かべた。アーウィンにチラリと視線を走らせれば、彼は立ち尽くしていたちとせに話しかけていた。

 

「烏丸候補生、だったっけ。あの二人、いつもあんな感じか?」

「え、あ、はい……」

 

 緊張でガチガチになっているちとせを横目に、アーウィンは何度も頷いて見せる。

 

「なるほど……確かに似た者同士だな、うん」

「心外です! 私はこんな人と……」

 

 言い争いの中でも、アンヌは周囲の状況を把握していたらしい。その勢いに、ちとせがビクリと身を竦ませる。だが、アーウィンは堪えた様子も見せず、笑みを浮かべて応じた。

 

「別にいいじゃないか。俺は少しはっちゃけた方が面白いと思うがね」

「な……」

 

 彼の言葉に、エミリオが我が意を得たりと右親指を挙げて見せる。アーウィンも口元を歪めながら同様のポーズを取る。そして、アンヌの裏切られたと言いたげな表情を素早く見てとると、宥めるような口調で続けた。

 

「俺の経験則から言わせてもらえば、ぶれない自分の意見を持つのはいいことだが、それで仲間や部下の個性を潰すようじゃ、人を上手く扱うことは出来ないぞ」

「う……」

 

 アンヌは悔しげに押し黙る。自身でも弱点を自覚していたらしい。アーウィンはそのまま他の二人に向き直る。

 

「ファーゴ候補生は、その陽気な性格を大事にしろ。戦場だと悲観的になる奴が多すぎるからな。ただ、TPOは弁えろよ?」

「りょーかいです」

「烏丸候補生は、この二人の仲裁をしようという心意気は立派だ。ただ、オリヴィエ候補生と似てるんだが、やや考えややり方が直接的だな。遠回しに入る、或いは誰か宥められる味方を呼んでくる等、柔軟な対応を覚えよう。そこの教官殿なら、相談に乗ってくれるさ」

「は、はい! ありがとうございます!」

 

 二人に言いたいことを言い終え、アーウィンはスッキリした表情でクリストフの方に振り向いた。

 

「……こんな感じでどうでしょう?」

「ふん。なかなかよく出来るじゃないか」

「いやいや、俺なんかはとてもじゃないですが……」

 

 不意に言葉を断ち切るように、アーウィンの懐からブザーが鳴る。彼はその瞬間、すっと真顔に戻ると、通信機を取りだした。

 

「俺だ。どうした?」

 

 それに応じたのは、若い女性の声だった。

 

『──今より10分前、センパール校周辺に放っていた当隊の無人哨戒機(UAV)が1機、連絡を絶ちました』

「事故か故障じゃないのか? わざわざ緊急(エマージェンシー)コール鳴らす程じゃ……」

 

 怪訝な顔をしたアーウィンだったが、次の言葉を聞いた瞬間、表情を険しいものへと変えた。

 

『こちらでもその可能性を疑い、別のUAVを飛ばしたのですが、こちらも消息不明です。しかも、最初と二番目はほぼ同じポイントです。事故にしては偶然が過ぎます』

「そうだな……よし、第2護衛隊全艦、第2戦闘配備発令。出港準備急げ」

『既に進めています。それと、私の独断で《ウィザード》中隊より1個小隊を現場に先行させました』

「分かった。俺達もすぐ向かう」

 

 通信を切り、アーウィンとエーベルハルトは慌ただしく立ち上がった。

 

「というわけですので、我々はこれで退散しますよ」

「……次にお会いできる日を望みますよ」

「おう、二人とも、武運を祈る」

 

 三人は見事な敬礼を交わす。アーウィンとエーベルハルトは腕を下ろすと同時に脱兎の如く駆け出した。

 後に残された生徒達は、状況の急変についていけず、ただ呆然としていた。

 

「……何だか、忙しい人達だったな……」

 

 エミリオが最初に我を取り戻し、間の抜けた呟きを漏らす。それに触発されたわけではないだろうが、アンヌが眉根に皺を寄せて口を開く。

 

「……私としては、あんな人が卒業生にいるということが意外でした」

「ま、アレは異端児の極端なパターンだからな。そうそうお目にかかることは無いさ」

 

 クリストフは苦笑しながら応じた。あんな軍人が世に溢れていては、その軍隊の能力が疑われるというものだ。

 

「あの方達……大丈夫でしょうか」

 

 ちとせはと言えば、二人の安否を気遣っているようだった。クリストフは、安心させるように笑みを浮かべる。

 

「大丈夫だろう。あれでも、海賊相手ならそれなりに場数を踏んでいるはずだからな。内乱か何かなら駐留艦隊が動いているだろうが、そうでないならただの賊か本当に事故なのだろう」

 

 そうであってほしい、と考えるのは、元生徒に思い入れが強すぎるだろうか。笑みの裏側で、彼はそんなことを思っていた。




……書き終わった後に思ったんですが、これ本当にGAの二次なんでしょうか。いや、書いた本人が何言ってんだっていう話ですけど。
つーか原作キャラほとんど出てない……いいのか、これで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話

「状況報せ」

 

 センパール校のある衛星都市より出港しつつあった“コマース・ガード”第2護衛隊、その旗艦、商船改造空母『アーチャー』のブリッジで、アーウィンは部下にそう命じた。それに答えたのは、第2護衛隊の唯一の参謀役、通信幕僚のマリーヤ・アリョーシナ一等宙尉だった。

 

「現在、《ウィザード》A小隊(アルファ)が出撃、後3分程でUAVをロストした地点に達します。また、《インディゴ・アルファ》と《プリースト》中隊全機で攻撃隊を編成し、発艦待機中。全機、対艦兵装です。センパール駐留艦隊へは連絡済みですが、恐らく、現時点で動くことは無いかと」

「御苦労。……で、どう見る?」

「……単なる事故ではないと思います」

「理由は?」

 

 問われ、マリーヤはセミロングの黒髪を片手でかき上げ、ハキハキとした口調で答える。

 

「いずれのUAVも、消息を絶つ直前まで何ら異常を示しませんでした。いきなり反応が消えたのです。これは、何者かによる攻撃と推測されます」

「なるほどな……俺も副司令も同意見だ」

 

 アーウィンは同意の頷きを示す。彼とエーベルハルトの推測の根拠は、消息を絶った場所の地形だった。小惑星帯であれば不測の事故と判断する材料となっただろうが、その宙域はデブリも小惑星も、隕石すらあまりない場所だったのだ。この状態で、2機も事故を起こしたと考えるのは、あまりにも不自然だった。

 

「では、海賊でしょうか?」

「……それも可能性は低いな。航行中ならいざ知らず、船団が入港中にUAVを墜としてもこちらを不要に警戒させるだけだ。そんなヘマをやる奴は、とうの昔に皇国軍によって駆逐されている」

 

 マリーヤの新たな推測は、エーベルハルトによって否定される。彼女も食い下がらず、「そうですね」と同意して見せた。彼らにとって、海賊との遭遇は日常茶飯事であり、当然その襲撃パターンもある程度予測できる。

 

「残るは内乱……ですか」

「そのとばっちりってわけだな。だとすると少し厄介か……」

 

 マリーヤの確信混じりの問いかけに、アーウィンは小さな呻きを上げる。現状、第2護衛隊は『アーチャー』の他、大企業ブラマンシュ商会が民間護衛企業向けに建造した小型フリゲート4隻で構成されている。フリゲートは生産・維持コストと航続距離に優れているが、その反面火力・防御力・速力は最小限だ。小艦艇を操る海賊ならまだしも、内乱となれば駆逐艦クラスが出てくる可能性が高い。これらと撃ち合うには荷が重すぎる。

 また、『アーチャー』も商船からの改装された艦であり、搭載機は“シルス”航宙戦闘機8機にスペクター攻撃機16機のみ。相手取れるのはどんなに奮闘しても駆逐艦換算で4隻までだ。もし、それ以上の戦力で来れば、その先に見えるのは全滅だ。

 ついでに言えば、センパール駐留艦隊も駆逐艦2隻に若干の小艦艇という編成であり、頼りにはできない。

 

「……逃げるか?」

「逃げられるなら、な」

 

 そしてその場合に取り得る“退却”の選択肢も無い。第2護衛隊、そして彼らが護衛してきた船団は鈍足であり、軍用艦艇にはいずれ追い付かれる。つまり、彼らが取れるのは交戦以外に無いのだ。

 エーベルハルトの問いはそれをクルーに自覚させるためのものだったのだろう。事実、ブリッジ内の空気は一層引き締まり、誰もが覚悟を決めたような表情となる。

 通信士の一人が報告を寄こしたのは、その時だった。

 

「《ウィザード・アルファ》、目標地点に到達しました」

「周囲に異常は?」

『こちら《ウィザード・リード》、目標ポイントに異常なし……いや、UAVのものと思われる残骸を発見』

 

 《レイピア》中隊の指揮官機からの報告と同時に、彼の乗るスペクターのカメラが映像を送ってくる。そこには、皇国内で広く使われている無人機の無残な姿があった。原型はほとんど留めておらず、辛うじて残った細長い胴体と根元まで抉られた右主翼がその名残を残している。

 

『損傷が酷いですね……ここまでバラされてると断言できませんが、駆逐艦クラスの主砲が直撃した場合、こうなると思います』

「解析はこちらでやる。《ウィザード・アルファ》は残骸を回収、至急帰投せよ」

 

 やはりか、と思いながらアーウィンは小隊に指示を出す。これでますます内乱の可能性が高くなったわけだ。そうなれば、一刻も早く彼らを撤収させなければならない。

 指揮官もそう感じたのだろう。即座に応答が返ってくる。

 

『了解。速やかに……おい待て、何だ?』

「どうした、《ウィザード・リード》」

 

 《ウィザード・リード》の疑問符に、アーウィンも怪訝な声で問う。ややあって、《ウィザード・リード》の困惑した声が返ってきた。

 

『当隊前方距離3000に駆逐艦……ありゃ、『スパード』級か……?』

「映像回せ」

 

 ブリッジのメインスクリーンに、《ウィザード・リード》からの映像が届く。確かに、皇国軍の主力駆逐艦『スパード』級だ。スマートな艦体、その両側に突き出した兵装ユニットは間違いない。だが──。

 

「あんな塗装の艦、見たことありませんけど……」

 

 マリーヤが判断に困るといった表情で呟いた。彼女の言う通り、その『スパード』級はおかしかった。皇国軍の正規塗装は純白に青のラインのはず。だが、目の前の艦は、黒を基調に赤紫のラインだ。どこか禍々しさを感じさせる。同様に見ていたエーベルハルトが、仏頂面のまま呟く。

 

「……特殊任務に就いている艦とかじゃないのか? 聞いたことは無いが」

「……《ウィザード・アルファ》、その駆逐艦とコンタクトは取れるか?」

『……駄目です。応答ありません。敵味方識別装置(IFF)にも反応なし』

 

 アーウィンが確認を取るも、《ウィザード・リード》からの返答は芳しいものではなかった。彼は通信士を一瞥するが彼女も首を力なく振りながら報告する。

 

「こちらも同様です。オープン・チャンネルで呼びかけているのですが……」

「……だそうだ、《ウィザード・リード》。悪いが、もう一仕事頼む」

『引き受けるしかないっすね……了解。ったく、危険手当上乗せですよ』

 

 《ウィザード・リード》のぼやきに、アーウィンは苦笑で応じる。

 

「人事部にはかけ合っておくさ」

『期待してますよ……《ウィザード・リード》、アウト』

 

 通信は打ち切られ、4機のスペクターは加速を始める。固唾を呑んで見守るブリッジ要員の前で、メインスクリーンは『スパード』級に最接近したスペクターの機影を映し出した。

 

『──こちらは民間護衛企業“コマース・ガード”第2護衛隊所属、《ウィザード》中隊A小隊。そこの駆逐艦、応答せよ。貴艦の現宙域に留まる目的を述べられるか、速やかに退避されたし。繰り返す──』

「……駄目かな、やはり」

 

 《ウィザード・リード》が呼びかけを始めるが、相変わらずだんまりを続ける駆逐艦を眺め、エーベルハルトが首を傾げて誰にともなしに言う。彼の推測──特務を担当する艦である可能性が高まっていたからだ。

 

「このまま、何事も無く立ち去ってくれればの話だが、な」

 

 反対に、アーウィンはその可能性を疑っている。あからさまに皇国軍ではないことを喧伝するような塗装だ。逆に目立ってしまうだろうし、特務ならこちらに存在がバレた時点で撤収にかかっているはずだ。

 様々な思惑が渦巻く中、《ウィザード・アルファ》の内の1機が駆逐艦と並走する位置についた、その時──。

 

『……ッ! ロックオン警報(アラート)!?』

 

 けたたましい警告音が通信に流れ、《ウィザード・リード》が悲鳴じみた叫びを漏らす。次にアーウィンが警告を飛ばすのと、《ウィザード・リード》が怒鳴るのはほぼ同時だった。

 

「《ウィザード・アルファ》、逃げろ!」

『《アルファ》全機、散開(ブレイク)!』

 

 4機が散開した直後、彼らの頭上から無数のミサイルと光弾が降り注ぐ。複雑な回避機動を取るスペクターだったが、その内の1機が被弾する。右主翼を光弾が掠め、翼端を削り取る。

 

『きゃあッ!』

『畜生、《ウィザード03》が被弾した!』

『クソったれ! 《リード》より《アルファ》各機! 《ウィザード03》は直ちに帰還しろ! 05、07は俺に着いてこい! 時間を稼ぐ!』

『了解!』

 

 通信系が慌ただしくなると同時に、『アーチャー』のブリッジも瞬く間に喧騒に包まれた。

 

「《ウィザード・アルファ》の直上に新たな駆逐艦1! 尚も砲撃中!」

「全艦、第1戦闘配備! センパール駐留艦隊に救難信号(メーデー)発信! 『我、所属不明艦ノ攻撃ヲ受ク』だ!」

「《インディゴ・アルファ》、《プリースト》緊急発艦(スクランブル)。目標、不明艦群」

「司令部より全艦、全機へ。先に発見した艦を《ボギー01》、新たな艦を同02と呼称!」

「《ウィザード03》帰還します! 整備班は緊急着艦の用意を! 医療班は格納庫へ!」

 

 警報が鳴り響き、クルーが部署へ駆ける足音が艦内にこだまする。同時に、待機状態にあったシルス4機とスペクター8機が甲板から放り出されるように発艦してゆく。

 最後の機が甲板を離れた際どいタイミングで、被弾機が甲板に滑り込む。右翼から煙を噴いた機体は甲板上でバランスを崩し、展開された制動ネットに斜めに突っ込んで停止した。

 

「《ウィザード03》着艦! 収容します!」

「攻撃隊、発艦完了。攻撃目標の指示を求めて……」

「どうした。報告は正確に」

 

 通信士の一人が報告を途中で切らす。エーベルハルトが促すと、彼は切迫した口調で叫んだ。

 

「《ウィザード・リード》より報告! 《ボギー02》、針路変更! こちらに突っ込んできます!」

 

 その瞬間、ブリッジ内に戦慄が走る。いち早く回復したのは、アーウィンだった。

 

「──《ボギー01》の針路は」

「反転しました! こちらから遠ざかりつつあります!」

 

 そこで彼は迷うことなく命令を下した。

 

「よし、攻撃隊は全機《ボギー02》を狙え。01は無視しろ。但し、撃沈はするな、鹵獲する」

「了解。伝えます」

 

 アーウィンの冷静さに我を取り戻したのか、クルーは落ち着いた仕草で職務を再開する。部下の様子を観察しながら、苦々しげに呟く。

 

「クソ……本当に撃ってくるなんてな……」

「奴らが何であれ、過ぎたことは仕方ない。攻撃隊が仕事を果たすことを期待しよう」

「それしかできんか……ったく、これだから指揮官って役職は……」

「ま、貴様の反応は良かったさ。私が貴様の下につきたくなるだけのことはあるな」

「お褒めのお言葉は無事に生き残れてから頂きますよっと」

 

 適当な会話をエーベルハルトと交わす間に、スクリーンに表示された攻撃隊と《ボギー02》の距離は急速に縮まりつつあった。そして、管制士官が緊張を孕んだ声で報告した。

 

「攻撃隊、接敵しました!」

 

 

 

 

 

目標視認(ターゲット・インサイト)。全機、攻撃位置(アタック・ポジション)へ」

 

 攻撃隊総指揮官も兼ねる、《プリースト》中隊隊長エリオット・オースティン二等宙尉は、漆黒に彩られた駆逐艦を睨みながら11機の部下に告げる。シルス4機の《インディゴ・アルファ》が前に出ると、《プリースト》の2個小隊がそれぞれその斜め後ろにつき、三角形を形成する。

 

(全く。無茶苦茶だぜ、おい)

 

 展開を終えた部隊を眺めながら、彼は忌々しげに思う。海賊相手に命のやり取りをしてきたことは数多くあれど、軍の駆逐艦と正面から殴り合うなど想像もしていなかった。そして、出来れば永遠にしたくもない。

 尤も、えり好みしていられる状況ではないのも確かだ。彼は未だ前線に留まる《ウィザード・アルファ》に呼びかける。

 

「《ウィザード》、助けに来てやったぞ! とっとと逃げろ!」

『有難い、感謝する!』

 

 それまで牽制に回っていた3機のスペクターが、翼を翻して艦隊の方に機首を向ける。どれも損傷を被り、1機は制御系をやられたのか、挙動が怪しくなっている。

 内心で敵へ罵声を投げかけながら、彼は努めて冷静を装って下令する。

 

「……全機、いつも通りの手順で仕掛けるぞ! ビビるなよ、《インディゴ・リード》?」

『誰がだ、ドアホウ! てめえこそ、しくじるんじゃねえぞ!』

「ぬかせ、間抜けが。カードのツケ、返すまで墜ちるなよ?」

『てめえこそ、俺が勝ち越すまでくたばるなよ!? ──《インディゴ・アルファ》、突入!』

 

 《インディゴ・リード》の号令一下、4機のシルスが駆逐艦に向かって常識的な(・・・・)最大加速で突撃する。皇国軍でも主力航宙戦闘機として使われている機体の胴体下には、対艦用装備として中型ミサイルが1発ずつ積んでいる。

 駆逐艦側も新たな脅威を認識したらしい。今まで《ウィザード》を追撃していた砲火が止む。急接近する《インディゴ》に狙いを定めているはずだ。それを証明するかのように、駆逐艦の両舷からミサイルがばら撒かれる。

 通常なら、回避運動で避けるところだ。だが、《インディゴ・リード》が取ったのは、全く別の方策だった。

 

『そんなヘナチョコ弾に当たってやるかよ、馬ぁ鹿野郎!』

 

 してやったりという《インディゴ・リード》の快哉が通信を駆け巡る。彼らはミサイルが直前に迫った瞬間、更に増速をかけたのだ。結果、常識的なシルスの速力を予測していたミサイルの誘導装置は対応できず、全て《インディゴ》の後方にすり抜ける。

 彼らのシルスは、エンジンを軍用から更にカスタマイズしたものに換えていたのだ。正規軍では安全面から許されない行為、だが民間企業までもがそれに従う道理はない。

 回避しない分距離を稼いだシルスは、次々に対艦ミサイルを放ち、更に接近して小型ミサイルを叩きこむ。大抵はこれで目標にかなりの損害を与えられるはずだが──。

 

『クソ、しくじった!』

 

 《インディゴ・リード》の悪態が届く。目標を穿つはずだった対艦ミサイルは、いずれも回避行動を始めた駆逐艦の脇を流れてゆく。回避のせいでも、《インディゴ・アルファ》がミスしたわけでもない。

 

「《リード》より《プリースト》全機へ。目標は電子欺瞞(ジャミング)を行っている模様。各機、直接照準で叩きこめ」

 

 エリオットはミサイルが命中しなかった種明かしを部下に伝える。次いで、後席の兵器管制士官(WSO)にからかい混じりの口調で話しかける。

 

「おい、三尉。漏らしたくなっても我慢しろよ? 俺の愛機がションベン臭くなるのは嫌なんでね」

「も、漏らしたりなんてしませんッ」

 

 相方となって日が浅く、これが初陣の少女が緊張こそすれど怯えていないことに満足したエリオットは、「じゃ、いくぞ」の一言と共に機体を加速させた。7機のスペクターがこれに続く。

 皇国宇宙軍のドクトリンにより、あまり重要視されなくなった一世代前の攻撃機は、中型対艦ミサイル2発を腹に抱え、他にも副兵装として中口径レーザー砲2門を搭載している。速力ではシルスに及ばないが、火力・装甲・ペイロードでは遥かに勝っている。また、中古機が溢れた結果、民間護衛企業で最も多く使われている機体でもある。

 軍に半ば厄介払いされた機体が、己の仕事を奪った艦を撃破しようとする。エリオットがそんな皮肉な運命に口元を歪めていられたのは、ほんの一瞬のことだった。《ボギー02》が射撃を再開したのだ。

 対艦ミサイルが命中しなかったとはいえ、小型ミサイルは何発か被弾したようだ。弾幕がやや弱まっている。

 8機はその合間をすり抜けるように突撃を継続する。何度か至近弾が機を揺さぶるが、異常は無い。エリオットからしても、少し外がうるさい程度の認識だ。

 

「目標、ロック……無誘導で撃ちます!」

「当てられるならやっていいぞ!」

 

 WSOの具申に無意識に怒鳴り返す。聞く必要は無いのだ。どうせロックしてもジャミングで外されるのだから。

 数秒後、「発射!」の掛け声と同時に機体が僅かに揺れる。2発の重量物が消えたために、バランスが崩れたのだ。エリオットは操縦桿を抑え込みながらついでとばかりにレーザーも撃ちこんで離脱する。狙いは両舷の兵装ユニット。ここを潰し、次いで機関部を適度に損傷させればこの艦は無力化される。

 

「……目標に命中多数! 沈黙します!」

 

 離脱してからややあって、WSOの歓喜の声が届く。エリオットが首だけ後ろに曲げれば、両舷から火を噴きあげて沈黙した駆逐艦が視界に映った。前進も止まっている。どうも、兵装ユニットの誘爆が機関部にまで及んだらしい。

 

「手間が省けたな……」

 

 そう呟き、彼は母艦に報告を送るべく通信機のスイッチを入れた。彼らの仕事はここで終わり。後は司令部の仕事なのだから。

 

 

 

 

 

「終わったか……」

 

 《ボギー02》沈黙の報を受け、アーウィンはほっと一息吐く。なし崩しに発生した戦闘だったために、殉職者を含めたある程度の損害は覚悟していたが、死者なし、損傷機は全て修理可能という予想以下の被害に留まっていた。

 

「で、どうする?」

「鹵獲するに決まってんだろ。ここまで苦労したんだ。乗ってる奴らの横っ面ぶん殴らないと気が済まん」

 

 エーベルハルトの問いかけに、アーウィンは憮然とした表情で答える。既に第2護衛隊は、《ボギー02》を視認できる位置まで進出していた。

 

「《ボギー01》、ロストしました」

「……仕方ないだろうな。こちらには余裕が無かった」

「ま、そうだな……」

 

 もう1隻が消えていたことに、二人とも特に反応は示さなかった。一応、シルスとスペクターが4機ずつ残っているが、やや不安が残るし、出撃させれば部隊を丸裸にすることにもなる。

 

「あの、司令……」

「ん?」

 

 女性通信士が言いにくそうな表情でいるのを認め、アーウィンは顎で促す。彼女は間を置いてから、躊躇いがちに切り出した。

 

「その……《ボギー02》の艦内をスキャンしたのですが、生体反応が一つも検出されませんでした」

「……は?」

 

 アーウィンはその報告に呆気にとられる。エーベルハルトが後を引き継いで問う。

 

「主要ブロックだけじゃないのか? 全ブロックか?」

「はい。全てのブロックにおいて、生体反応がありません。これは……」

「明らかにおかしい、な」

 

 攻撃によってクルーが全滅する、という可能性はまず無いと言っていい。軍艦には無駄なスペースなど存在せず、重要区画でなくともクルーが配置される部署も多い。主計科の戦場である食堂などがいい例だろう。その点から言えば、生体反応ゼロというのは、おかしいにも程があった。

 

「どういうことだ……」

「それも捜索部隊を乗りこませれば分かるだろう。人員の編成は……」

「あの、今気づいたんですが……」

 

 二人の会話に、マリーヤがおずおずと割り込む。二対の視線に射すくめられ、彼女は思わず肩を縮こまらせるが、それにもめげず発言した。

 

「映画とかだと、激しく抵抗したのに、こんなに大人しく捕まえさせてくれるものでしょうか? 例えば……」

 

 一瞬、ブリッジが静まりかえる。マリーヤ自身、自分の言葉が何を連想させるのかに思い至り、身を強張らせた。

 

「……全艦、対ショック防御! 《ボギー02》は自爆する可能性が高い!」

 

 アーウィンがそう怒鳴った直後、男性通信士が絶叫を上げる。

 

「ぼ、《ボギー02》より、高エネルギー反応──!」

 

 彼の言葉は最後まで発されることは無かった。漂流していた駆逐艦が突如として爆発したのだ。巨大な火球が漆黒の宙に生まれ、次いで衝撃波と無数の破片が第2護衛隊を襲う。

 シールドに当たった破片が艦を激しく揺さぶり、悲鳴がブリッジ内で連鎖する。アーウィンも手近なパネルに掴まって衝撃をやり過ごす他ない。

 衝撃波と破片の雨は数分続いた。それが止んだ後、アーウィンは即座に叫ぶ。

 

被害報告(ダメージ・レポート)!」

「本艦、損傷なし!」

「僚艦各艦、異常なしです!」

「《インディゴ・アルファ》及び《プリースト》、全機健在!」

 

 損害は無かったことに安堵し、アーウィンは再度スクリーンに視線を戻す。そこには駆逐艦の艦影は無く、細かく砕かれたデブリが漂っているだけだった。

 

「一体……何だっていうんだ……?」

 

 訳が分からず立ち尽くす彼の疑問に答える者は、この時点では一人もいなかった──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後。トランスバール本星の衛星軌道上に位置する近衛軍総司令部。その一室で、二人の男が椅子に座り、向かい合っていた。

 

「──以上が、当社の部隊が不明艦艇と交戦した際の戦闘詳報(アクション・レポート)です」

 

 スーツ姿の中年男性が紙媒体にプリントアウトされた資料を机の上に滑らせる。皇国近衛軍第1艦隊司令長官のコンラート・ローゼンベルガー准将は、気難しげな表情でそれを眺めた。

 そこには、“コマース・ガード”第2護衛隊が交戦した不明艦の情報があった。尤も、対象が自爆したために、あまり量は多くない。彼はその情報をもたらした男に語りかける。

 

「……どう見るかね、オットリーニ君?」

「……私は一介の企業家ですので、何とも……」

「おや、君は私の元生徒ではなかったのかね? センパールをかつて首席で卒業した優秀な元軍人が、自身の見解一つ述べられないとは……」

 

 嘆くような言い草に、“コマース・ガード”社長、アンドレーア・オットリーニの顔が引きつった。彼らはかつて教官と生徒の関係にあったが、その力関係はこの歳になっても続いているようだった。

 アンドレーアはしばし悩んだ後、「あくまでも私見ですが」と前置きして続けた。

 

「第2護衛隊司令官フレーザー二佐は、大規模内乱の予兆と一応結論付けていますが、私としても概ねは同意見です」

「一応、と言ったな? その根拠は」

「行動がチグハグすぎます。こっそりと隠れてよからぬことを企んでいるかと思いきや、UAVを墜として注意を惹きつけ、挙句派手に交戦して自爆しています。これでは、何か大きな物事が動いていると自ら宣伝しているようなものです」

 

 アンドレーアの目は、社長のそれでなく、軍人の物に変わっていた。まだ現役でいられるな、と感心しつつ、コンラートは更に問いかけた。

 

「ならば何だと考えている?」

「……その動機が分からないから、こうして閣下の元に持ち込んだのです。これは私の手に余ります。まあ、この不明艦の行動は何となく察しがつきますが」

「それは?」

 

 一息置き、アンドレーアはゆっくりと己の推察を話し始めた。

 

「……この艦が自爆する直前に行われたスキャンでは、生体反応が一切検知されなかったそうです。無力化を狙い、成功させた以上、全滅はあり得ません……人が最初からいたのであれば、ですが」

「……無人艦だったと、そう言いたいのかね、君は?」

 

 僅かな驚愕を表に出したコンラートに、アンドレーアは頷いて見せる。

 

「はい。であれば、本来あり得ない行動を繰り返すのも理解できます。恐らく、インプットされた命令──センパールを監視するか何かでしょう──を遂行しようとしていたところを、偶然UAVによって発見され、つい撃墜してしまった……そんなところではないでしょうか」

「しかし、全自動で軍艦を動かすなど……どれだけ高等な技術なんだ?」

「はい。ですから……」

「なるほど、な」

 

 コンラートは呻き声を上げて沈黙する。軍艦を少人数で動かすことこそできるが、完全無人化はしばらく出来ないだろう、というのが一般的な見解だ。そうするには、現行の人工知能(AI)の性能が不足しているのだ。逆に言えば、それが可能と出来るのは、余程の財力と技術力を持つ組織となる。

 アンドレーアもそれに気付き、コンラートに協力を願ったのだろう。彼は近衛軍に属しながら裏の世界ともそれなりに繋がりのある大貴族だった。彼であれば、そういった組織の動きも分かると踏んだのだろうが、コンラートはかぶりを振った。

 

「残念だが、どこかの貴族が反乱を起こしそうという噂は無いな。まあ、上手く隠蔽しているのだろうが、今のところ宇宙は至って平和だ」

「そうですか……ですが」

「うむ。“例の部隊”、召集を始めた方がいいかもしれん。何か、嫌な予感がする」

 

 “例の部隊”とは、コンラートが“コマース・ガード”内で唯一関わった組織だった。一歩間違えれば皇国へ反逆を企てていると断定されがちな行動だったのだが、彼は敢えて関わりを持っていた。そこには、大貴族の力がどうしても必要だったためだ。尤も、現在は動く必要もないため休止状態にある。

 

「そうですね。私もそう思っていたところですよ」

 

 そう言って、アンドレーアも立ち上がる。方針がある程度定まった以上、迅速に動くべきだった。彼は山高帽をかぶり、部屋を出て行きかけ、立ち止まって顔だけ振り向かせる。

 

「ああ、そうそう。教官殿は、第一線で活躍する生徒達へ何かメッセージは?」

 

 その言い方に、コンラートは苦笑して応じた。

 

「特に無いさ。あの年頃は、褒めると図に乗りかねんからな」

「未だに子供扱いですか? 私から見ればもう立派な男ですがね」

「私からすれば子供同然だよ。違うかね」

「道理ですな。それでは」

 

 気取った仕草で帽子を掲げ、笑いながらアンドレーアが退室した。一人きりになった室内で、コンラートは自分のデスクに歩み寄ると、そこに立てかけてあった小さな写真立てを手に取った。

 そこには、十数人の若者が彼を囲んで集合している写真が収まっていた。彼はその中で、黒髪を無造作にはねさせた青年を認め、小さく苦笑する。

 彼の心中では、自分の考えが早とちりであればいいと思っている。全てが無駄になればいい。そうなれば、笑い話として、酒の席の肴程度にはなるだろう。

 彼はただ願った。この宇宙が、数百年続いてきた皇国の平和が、これからもずっと続くことを。

 

 

 

 

 

 ──それから一月後、それが儚い望みであったことを、彼は否応なしに思い知らされることとなる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話

2012/08/15追記
第3話は旧第2話です。最新話をご覧になりたい方は、第4話になります。


 ──“それ”を最初に認識したのは、皇国宇宙軍第1方面軍に属する、1隻の通報艦だった。

 この艦は識別不明の反応多数を検知、これと接触した直後、『所属不明艦隊発見』『不明艦隊発砲。交戦中』『航行不能。総員退去発令』といった通信の後、消息を絶った。

 この一件を、第1方面軍では始めは真に受けていなかった。何かの誤報、果ては悪質な悪戯と断定する者までいた。彼らは、つい先日自身の管轄下で起きた、謎の艦艇との交戦報告をも忘れきっていた。

 彼らがそれを事実と判断できたのは、更に同様の報告が何件も上がってきてから。慌てた彼らは主力部隊の動員と本星への緊急警報を飛ばしたが、既に手遅れだった。

 そして最初の通報艦撃沈から3日後。第1方面軍総司令部に謎の艦隊が出現。圧倒的な戦力差、そして何よりも動員の遅れからくる鈍さもあり、半日で第1方面軍主力は壊乱した。

 更に、それから僅か4日後──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スクリーンが、直視できない程眩い光に包まれる。即座に減光フィルターが作動したが、そこに映し出されていたのは、中央から真っ二つにへし折られた巡洋艦の残骸だった。

 コンラートは、近衛第1艦隊旗艦『レゾリューション』の司令官席からそれを無感動に一瞥し、正面に視線を戻す。直後、オペレーターの切迫した報告が舞い込んできた。

 

「右30度、距離6000に巡洋艦4! こちらに突っ込んできます!」

「迎撃始め! 『ロイヤル・オーク』にも伝えろ!」

 

 艦長が身を乗り出して命じる。2隻の『ザーフ』級戦艦は、艦上部に据えられた5連装3基の砲塔を旋回させ、光弾を叩きこむ。一拍遅れて艦の上下にあるミサイル発射管も無数のミサイルを放つ。

 接近してきた巡洋艦は、先頭の2隻が集中砲火を浴び、瞬く間に爆沈する。残りの2隻も回避運動を行うことなく正面から突っ込み、砲門を開く前に沈められた。

 コンラートは一時的に脅威が無くなった間に手元の戦況図を参照する。そこには、目を覆わんばかりの、皇国軍本星防衛艦隊の劣勢が表れていた。

 

(これが怠慢の代償、というわけか……)

 

 見ている間にも1隻、また1隻と数を減らす味方を眺め、彼は唇を噛みしめた。メインスクリーンが映し出す敵艦隊は、いずれも闇のような黒一色。正確には赤系統のラインが入っているが、遠目には宇宙に溶け込んでいるようにしか見えない。いずれも、艦種こそ違えど、1ヵ月前に資料で見たカラーリングだった。

 自分の動きは何もかも手遅れで無意味だったということか。彼は絶望の入り混じった目で戦況を見つめていた。やれることはやったはずだ。噂という形で迫る脅威の警告はしたし、艦隊の練度も可能な限り高めた。嘲笑覚悟で皇王陛下に奏上すらしたのだ。その結果が、目の前にあった。何ら、意味が無かったのだ。

 

「新たに駆逐艦4! 左舷方向より接近!」

「友軍駆逐艦2、迎撃します」

「援護射撃始め、味方に当てるなよ!?」

「近衛第2艦隊司令部より、救援要請!」

「アーネル大佐の巡洋艦部隊を充てろ! あそこが突破されれば総崩れになる!」

 

 『レゾリューション』のブリッジも修羅場だったが、本星防衛艦隊よりはマシだっただろう。黒の艦隊は本星艦隊の絶対防衛ラインを突破することに躍起になっているようで、“白き月”の防衛に充てられた近衛軍には目もくれていなかった。たまに気まぐれのように中規模の艦隊が突撃して少なからぬ被害を及ぼしていたが、そこまで深刻ではない。

 尤も、本星艦隊はその分致命的な打撃を受けつつあった。

 

『巡洋艦『セイロン』轟沈! 『ローリー』大破、落伍します!』

『第39駆逐隊全滅! 防衛ラインに穴が空くぞ!』

『後退、後退しろッ! このままだと俺達はオダブツだぞ!』

『どこに下がれって言うんだ、これ以上下がったら、本星が……!』

『第397、455機動群全滅! 第202機動群、損耗率80パーセント超えました!』

『こちら駆逐艦『ミラー』、僚艦は全て沈んだ! 畜生、誰か援護してくれッ!』

 

 怒声、悲鳴、救援を求める声……阿鼻叫喚の地獄模様が、回線を通して伝わってくる。敵は無数とも思える数が湧きだし、その正体も不明とくれば、そうなっても仕方ないだろう。

 そして、近衛軍にそれを救援する余裕は欠片もない。散発的とはいえ、こちらに来る艦隊はいずれも無視しえない規模で、その対処のために1艦たりとも動かすことはできない。近衛艦隊のクルーに出来ることは、降りかかる火の粉を払いつつ、本星艦隊が崩壊していく様を見守ることだけだったのである。

 そして、遂に決定的な状況が訪れた。

 

「本星艦隊旗艦『ペンシルヴァニア』、ご、轟沈ですッ!」

「な……ッ」

 

 オペレーターの報告に、艦長が顔色を変える。本星防衛ライン総司令部が、配置されていた宇宙港ごと粉砕されてから防衛戦の指揮を執っていた艦だ。それが何を意味するのかは、眼前の光景が物語っている。

 

「本星艦隊、隊列乱れます! 壊乱している模様!」

「敵艦隊多数、絶対防衛ラインを突破! 衛星軌道上に侵入しつつあります!」

「まずい……」

 

 コンラートは絶望的な面持ちで立ち上がった。衛星軌道に侵入した敵艦が何をするか──彼は己の知識で、そして数多くの実戦で学んでいた。

 軌道上に位置した黒の艦隊は、艦首をトランスバール本星のある一点に向けた。数十隻にも及ぶ艦隊は、一瞬だけ静止し──次の瞬間、そのありったけの火力を地上に解き放った。

 

「……!」

 

 コンラートは声にならない呻きを漏らした。まるで流れ星のようにも見えた光弾の群れは地表のある場所──皇宮に降り注ぐ。数秒の後、円状に生じた爆炎が連鎖する。

 

「皇宮が……」

 

 愕然とした艦長の声。黒の艦隊は電撃的に本星に迫っていたため、脱出の準備は行われていなかったはずだ。そして、皇宮には皇王始め、皇族の血縁にある全ての人間が揃っていたはず。これが意味するところはただ一つ。この日、トランスバール皇族の血はこの世から抹消されてしまったのだ。

 

「何という……」

 

 コンラートもそれしか言うことができない。皇族もそうだが、その周囲には市街地があったはずだ。それも合わせれば、今の軌道爆撃でどれだけの人命が失われたのか、想像もつかない。

 黒の艦隊は数斉射撃ち込んだ後、それで満足したのか後退していった。後に残されたのは、呆然自失となっている近衛艦隊と尚も粛然と存在する白き月、そして指揮系統を粉砕され、烏合の衆となって分散しつつある本星艦隊のなれの果てだけだった。

 

「……本星艦隊残存艦に向け、信号弾。生き残りをこちら側に集めろ」

「しかし司令官、皇宮は……」

 

 絞り出すようなコンラートの命令に、生気の抜け切った顔で参謀長が呟く。そう、皇族が死に絶えた以上、自分達軍人は戦う意味を見失っている。そう言いたげな顔つきの参謀長に、コンラートは逆に生気を取り戻した。

 

「だから何だね? 敵の正体は不明だ。もしかしたら、皇国全ての人間を焼き払うつもりなのかもしれん。そして我ら軍人は皇族を守るだけが仕事ではない。皇国民全てを守るためにも存在しているのだ。それを忘れたか!」

 

 最後は怒声にすらなっていたコンラートの一喝は、しかし、ブリッジの人間を動かすに十分だった。通信士が気を利かせたのか、艦隊全艦にも繋がっていたようで、各艦からは指示を求める声が相次ぐ。

 その勢いに押されるかのように、彼は矢継ぎ早に命令を下す。

 

「残存艦艇の収容急げ。それが完了次第、白き月に針路を取る。それと参謀長、近衛艦隊の戦力再評価を頼む」

 

 にわかに慌ただしくなったブリッジの中で、彼は椅子に座り直すと制帽を目深に被り直した。その奥で何を考えているのか、それは周囲からは判別できなかった。

 

 

 

 

 

「……残存艦艇は、我が近衛艦隊が、戦艦3、巡洋艦5、駆逐艦11、シルス航宙戦闘機38のみです。尚、第2、第3艦隊の司令部全滅につき、第1艦隊司令部が総指揮を執ることになります。この他にも、ヴァイツェン准将麾下の衛星防衛艦隊が、ほぼ無傷で残っています」

 

 1時間後、コンラートは司令部付の大尉が報告するのを黙ったまま聞いていた。予想はしていたが、酷い有様だ。近衛艦隊は3個に分かれ、それぞれ戦艦3、巡洋艦6、駆逐艦18、数個戦闘機隊を有していたが、現在はその2割強しか残っていない計算になる。生き残りとて、損傷を抱えた艦が多い。

 一方の衛星防衛艦隊は、白き月の警護を第一とする部隊だ。その性質上、白き月に張り付いたままだったため、近衛艦隊以上に戦力を残している。尤も、敵艦隊の侵攻が再開されれば一息に揉み潰されるだろうが。

 

「また、本星防衛艦隊残余はまず戦力として期待できません。大型艦の大半を失い、士気もどん底に落ちています。ここで使い潰すよりは、脱出させるべきかと」

「了解した……大尉、貴官が私の立場だとしたら、この先どのような方策を選ぶ?」

 

 唐突な問いかけに、大尉は目を見開いた後、数分の間をおいてゆっくりと語り出した。

 

「……まず、第一に挙げるのは生き残りを掻き集めて敵艦隊へ殴りこみです。尤も、犬死となるのは確実なので除外します。閣下が自殺願望に満ち溢れているのなら是非ともお勧めしますが」

 

 4つも階級が離れた上官への口調ではなかったが、コンラートにとっては不快ではなかった。寧ろ、最低限の礼儀を弁えていれば、この程度の毒舌は好みだった。

 彼が目線で先を促すと、大尉は目礼で応じて続ける。

 

「第二の方策は、このまま全軍で白き月に籠ることです。あそこは要塞としてみればなかなか上等な場所です。数ヶ月は凌げるでしょう」

 

 それに関しては、コンラートも同意できた。白き月はロストテクノロジーを皇国にもたらし、その後の繁栄を授けたということで崇拝の対象になっている。だが、軍人の視点から見れば、兵器工場に転用可能な設備を多数持ち、強力なシールドを張ることもできるという、鉄壁の要塞とも考えられた。

 

「しかし、これもお勧めしません。籠城戦を繰り広げたところで、援軍が来なければ飢え死にするのが早いか継戦能力を失うのが早いかという事態となり、第一案とさほど変わらなくなります。それに無敵の盾は存在しません。いつか破られる可能性も無くは無いかと」

「……では、どうする?」

 

 コンラートの静かな問いに、僅かの間を空けて大尉は口を開いた。

 

「……私としては、打って出ることが最上と考えます。無論、敵にではありません。一時的にでも本星を放棄し、他の辺境……例えば、まだ手が及んでいないであろう第2、第3方面軍に合流するというのはどうでしょう?」

 

 その具申は、司令部参謀の反発を招いた。

 

「何を言っているんだ、君は! 本星を捨てる? 考慮にも値しない!」

「大体、我々は近衛だ! 皇王陛下が亡くなったのならば、我らも命運を共にするのが……」

「何寝言吐いてるんですか?」

 

 その瞬間、ブリッジに沈黙が下りた。誰もが、信じがたい目つきで大尉を見つめている。彼は不機嫌さを隠さずに周囲を睨み、言い切った。

 

「私は一般将兵にまで心中しろとは言えません。彼らは軍人です。であるからには、司令部は彼らが生存できるよう努力し、それが叶わずとも意味ある死を迎えさせてやるべきです。私は、つまらない意地で愚者と罵られるのだけは我慢できません」

 

 言いたい放題だな、とコンラートは大尉を面白げに見やった。彼は顔を紅潮させ、肩で息をしている。一方の参謀達が別の意味で顔を真っ赤にし、口を開きかけた瞬間、コンラートはよく通る低い声を割り込ませた。

 

「……大尉、貴官の具申は一考の価値があるな」

「では……?」

 

 怒鳴るタイミングを逃し、次いで唖然とした参謀達を尻目に、コンラートは大尉に頷いて見せる。

 

「ああ。近衛艦隊は、貴官の第三案を前提として行動準備に入る。参謀長、艦隊陣形の構築を頼む。大尉はその補佐に当たってくれ」

 

 命じられた二人は、敬礼を送って各艦との回線を開き始める。コンラートは次にオペレーターに問いかけた。

 

「ヴァイツェン准将とは、まだ連絡が取れんか?」

「はい……先方を呼び出し続けてはいるのですが、『現在所用につき不在』としか……」

「ふむ……」

 

 奇妙を感じ、コンラートは顎に手を当て黙り込んだ。先程から今後の行動について協議しようとしていたのだが、連絡がつかないままなのだ。尤も、無能な指揮官に在りがちな、逃亡の準備というわけではないことだけは確信できる。

 ルフト・ヴァイツェンという男は、平民の身分でありながら准将という地位にまで上り詰めた軍人だ。もし貴族の血を引いていたのなら、方面軍司令官にまでなっていただろうという憶測まで成り立っている。そんな軍人が、長時間前線を空けることがあるだろうか。それも、いつ敵が襲ってくるか分からないというのに。

 

「……! 司令官! 全周波での通信が流れています! 発信源は……敵艦隊!?」

「スクリーンに出せ」

 

 不意に、通信士が声を上げる。困惑した声は、黒の艦隊が今まで何ら反応を見せず機械的な動きしかしていなかったからだろう。コンラートは静かな声で命じた。

 メインスクリーンが、映像を映し出す。そこには、皇国軍の物ではないブリッジらしき場所にたたずむ、浅黒い肌をした金髪の青年がいた。

 

「あれは……」

 

 コンラートは大きな衝撃を受け、それだけを絞り出した。その姿は、彼が5年前、一度だけ見たものだ。その名を口にする前に、青年自身がその正体を告げた。

 

『旧政権に与する皇国軍残党に告げる。わが名はエオニア・トランスバール。トランスバール皇国第14代皇王である』

 

 その名は、『レゾリューション』のブリッジに激震をもたらした。

 

「な……」

「馬鹿な、エオニア皇太子だと!?」

「追放されたはずじゃなかったのか!?」

 

 その青年の名を知らない者は、皇国軍にまずいない。エオニア・トランスバール。5年前、大規模なクーデター未遂事件を起こし、宇宙の彼方に追放されたはずの、廃太子。その男が、謎の艦隊を率いている──それは、敵を謎のままにしておくより、遥かにショックな事実だっただろう。

 

『白き月のロストテクノロジーを独占し、怠惰を貪る旧態依然の俗物は、我が手により粛清された。諸君らには、私に敵対する意義は最早存在しない』

 

 確かにな、とコンラートは妙に覚めた気分でエオニアの演説を聞いた。忘れられたはずの皇太子が現れた、という衝撃も、通り過ぎてしまえば何でもない。言っていることも、自らの行いを正当化するだけの言い訳に過ぎない。

 

『私の目的は、この宇宙に眠っているであろうロストテクノロジーを発掘し、皇国を更なる発展へと導くことである。皇国の繁栄のため、輝かしい未来のために、貴官らにも協力してほしいと、私は願っている』

「そのために白き月を明け渡せということか。馬鹿馬鹿しい」

 

 コンラートの呟きは、ブリッジ内の視線を集める。しかし彼は、肘かけに頬杖をつき、完全に聞き流す態勢に入っている。

 

『……主君を失いながらも、尚も忠義を果たさんとする貴官らの心意気は、皇国のためにも是非とも必要だ。返答の期限は1時間後。貴官らの賢明なる判断を期待する』

 

 演説は答えを待たずに一方的に打ち切られた。ざわめきが起こる中、コンラートは参謀長と大尉を呼んだ。彼は小声で二人に問いかける。

 

「……どう見るかね?」

「最悪ですな。我々は、これで大義を失ったも同然です」

「同感です。ったく、面倒な奴が出てきたもんです」

 

 二人とも、コンラートと同意見だった。これがただの将軍によるクーデター、或いは未知の異星人の侵略であれば、まだ彼らも戦う大義名分があった。皇国民を守るためという、最大の理由が。

 しかし、相手が唯一となった皇族となれば話は別だ。方法はどうあれ、血筋で見れば、エオニアが皇王の座に就くのはおかしくない。自分達が間違っているという、何よりの証拠となる。

 万事休すか、とコンラートが思った時、通信士が待望の報告を寄こした。

 

「司令官、ヴァイツェン准将です」

「回してくれ」

 

 スクリーンに、初老の将軍の姿が映し出される。ルフト・ヴァイツェンは、コンラートの姿を認め、深みのある声を放った。

 

『申し訳ない、ローゼンベルガー准将。少々、こちらでこみ入った事情があってな』

「いえ、構いませんよ。今しがた、相談の必要が無くなったようなので」

 

 暗に打つ手なしということを告げると、ルフトもそれを感じ取ったのか、険しい顔つきになった。

 

『こちらでもエオニア皇太子……いや、最早エオニアと言った方がよいか。あの男の演説は届いておる』

(元皇族を呼び捨て、あまつさえ“あの男”呼ばわりか……何か考えがあるのか?)

 

 コンラートの予想は当たった。ルフトはこう続けたのだ。

 

『こちらには、一案があるのだが……他には聞かせられぬ話なのだ』

「分かりました。少しお待ちを」

 

 そう言って、彼は席を立った。参謀長に後を任せ、司令官室に急ぐ。

 ──それから3分後、彼は一人きりの状態でルフトと端末越しに向かい合っていた。

 

「それで、一案とは? 正直なところ、私としてはお手上げですよ。皇族が敵なんて、それこそこちらにも皇族の隠し玉でもいない限り、兵の士気が保てません」

 

 コンラートとしては、本音半分、軽口半分のつもりだった。だが、ルフトが絶句している様を見て、彼の方が唖然としてしまう。

 

「……まさか?」

『うむ……そのまさかだ。白き月に、トランスバール家最後の一人が預けられていたことは、知らぬのだろう?』

「……初耳です。どなたですか?」

 

 言ってみるものだ、と思いながらも、彼は首を傾げた。彼の知っている限り、皇族は皇宮に住まうはずだ。白き月にいること自体、意外としか言えない。

 

『シヴァ皇子という名を、聞いたことがあるのではないか?』

「……そういえば、何かの行事で拝見した記憶が……」

 

 しかし、ルフトの一言で、コンラートも記憶を掘り起こす。まだ、自分の孫くらいの年齢だったはず。尤も、大々的に取り扱われたわけではないから、その程度の認識だ。

 そして、一人だけ白き月に預けられていた理由も察しが付く。大方、世間に公表できない生まれだったのだろう。手元ではなく、白き月に身を置けば、下世話な輩に悪評を嗅ぎつけられることもない。結果として、その措置が正当な皇族の血を存続させたわけだ。

 

「……なるほど、皇族の生き残りを奉れば、我々も大義を得ることが出来ますな。『親を殺し、権力を簒奪した逆賊エオニアを討て』と」

『まさにその通り。また、シヴァ皇子自身もそれを望んでおられる』

「つまり、脱出の必要がある、というわけですな。了解しました。元より、我が艦隊は突破戦を想定して再編しています。そちらの準備が整い次第、いつでも動けますが」

『了解した。今、シヴァ皇子に『エルシオール』への移乗を始めていただいておる。今しばらく、待機してくれ』

 

 その後、短い脱出作戦の打ち合わせが行われた。全てが終わり、彼がブリッジに戻ると、大尉が剣呑な目つきでコンラートを見つめていた。

 

「……どういうことです。私や若手士官らに脱出せよとは」

 

 脱出作戦では、近衛艦隊と衛星防衛艦隊の一部が盾となり、ルフトが指揮する儀礼艦『エルシオール』と随伴艦隊を逃がすとなっていた。しかし、脱出の過程で、近衛艦隊に属する若手士官には、『エルシオール』や随伴艦艇への移乗が命じられていた。

 

「まさか司令官は……」

「勘違いするな。脱出艦隊の方が足が速く、戦場から離脱しやすい。つまり、損害を相対的に抑えられるのだ。私の艦隊は船足の関係上、しんがりで損害を受けやすいからな。若手をここで無駄死にさせるわけにはいかん」

 

 自分の言葉を返され、大尉は黙りこくった。コンラートは尚も続ける。

 

「無論、我々も可能な限り努力する。しかし、世の中には力及ばぬ時もあるのだ。もしも我らが倒れた時、後を受けるのは貴官らのような若者だ。貴官らは逃がされるのではない。意志を継ぐために生かされるのだ」

 

 参謀長や、それまで敵対していた参謀達、そしてブリッジクルーまでもが大尉に視線を注いでいる。その無言の訴えとコンラートの説得が止めになったのだろう。大尉はガクリと肩を落とした。

 

「……了解しました。ですが、私はまだ後継ぎになるつもりはありませんよ」

 

 負け惜しみのような気分らしい大尉に、コンラートもからからと笑った。

 

「当然だ。私こそ、君のような若造に後れを取るつもりはないさ」

 

 その一言に安堵したのか、大尉もつられるように笑みを浮かべた。もう大丈夫だろう、とコンラートは真顔に戻り、彼に向かって敬礼を送る。

 

「大尉、後を頼むぞ」

「はっ! 微力ですが、最善を尽くします!」

 

 見事な返礼。大尉はそのまま踵を返し、ブリッジを出て行った。その後ろ姿を微笑ましく見つめたコンラートに参謀長が囁きかける。

 

「……本気で逃げられるとお考えで?」

「まさか。配置上、我々はまず逃れられんさ。だが……皇国の未来を繋ぐためならば、ここで礎になるのも悪くは無かろう?」

「全くもって。では、各艦への通達を徹底しておきます」

 

 参謀長はそれだけ言い残し、傍から離れる。コンラートはブリッジを見渡し、全員が慌ただしく、しかし強固な意志を持って動いているのを確かめ、満足げな表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 期限の1時間後。再度エオニアからの通信が全周波で入る。

 

『時間だ。貴官らの──』

「作戦始め!」

「了解! 質量弾、投射始め!」

 

 しかし、それに覆いかぶさる形で命令が飛び交う。直後、白き月の周囲に浮かんでいたデブリ群が一斉に炎の尾を引いて加速する。それらは白き月を包囲していた黒の艦隊に突っ込み、大部分が迎撃されながらも激突した。

 宇宙空間に飛び散る黒の装甲。旧式のロケットブースターを取り付けた即席の弾丸は、しかしその質量に物を言わせ包囲網にひびを入れる。その隙をついて、近衛艦隊が出撃する。

 

「全艦、目標は前方ただ一点のみ! 撃ち方始め!」

 

 混乱に乗じて出撃した近衛艦隊は、増強され戦艦6隻を核として再編されていた。その火力が正面の最も薄い一点に集中される。爆砕される艦艇。反撃の砲火は弱く、大した損害にならない。この瞬間、始めて皇国軍が戦力において上回った場面が現出された。

 そこに出来た小さな穴は、すぐに別の艦によって埋められようとする。だが、後続していた『エルシオール』から発艦した5機の大型機がその穴に飛び込む。それらは次々に攻撃を黒の艦隊に叩きこみ、沈黙させてゆく。

 

「あれが紋章機……白き月から発掘された最強の戦闘機か……」

 

 コンラートは感嘆の声を上げる。後に続くシルス部隊も懸命だが、5機に全く追いついていない。気がつけば、近衛艦隊だけでは開かなかったであろう突破口を、たった5機で開いて見せていた。過去の軍との演習で、巡洋艦2隻分以上の戦力を持つと言われていたが、それ以上にすら思える。

 

「脱出艦隊、包囲網抜けました!」

「よし、こちらも続くぞ! 包囲網を突破し次第、後衛各艦は180度回頭!」

 

 オペレーターの報告に、コンラートは高揚した声で応じる。柄にもない、と内心の冷静な自分が苦笑しているが、構うものかと割り切る。

 ふと思い立ち、艦外カメラの映像を手元のモニターに投影させる。彼らが放棄した白き月には、当然というべきか、黒の艦隊が迫っていた。艦隊からの砲撃で、白き月が炎上しているようにも見える。だが、よく見れば、それは全て直撃する前に不可視のシールドで阻まれていた。

 

「強引なアプローチでは、ガードの固い女にフラれるわけだ。当然の結果だな」

 

 ひとりごち、その例えに苦笑してしまう。月の聖母と呼ばれる、白き月の管理者シャトヤーンは、謎となっている部分が多い。それを白き月の堅固さに例えてしまったわけだが、あながち間違っていないのかもしれないと思う。

 そんな余計な思考を働かせている内に、艦隊は包囲網を抜け出していた。後ろからは追いすがる黒の艦隊。それは砂糖に群がる蟻の大群を連想させる。

 一方の近衛艦隊は二つに分割されていた。一つはルフトの艦隊に追随する艦艇群。そしてもう一つは、反転して黒の艦隊に向き合う艦隊だ。『レゾリューション』を含む戦艦3、巡洋艦4、駆逐艦9はいずれも損傷激しく、足を引っ張ると判断された艦ばかりだった。

 

「さて、と」

 

 迫りくる大艦隊を一瞥し、コンラートは晴れ晴れとした表情で、最後の命令を下した。

 

「後衛各艦、射撃自由。撃って撃って撃ちまくれ! 奴らに、近衛の意地を見せつけてやれッ!」

 

 それに応えるように、16隻の艦艇は猛然と射撃を開始した。漆黒の宇宙は、瞬く間に無数の閃光によって彩られつつあった。

 

 

 

 

 

 『エルシオール』のブリッジで、大尉はじっと後方の映像を見つめていた。再度の軌道爆撃で爆炎に包まれる本星と白き月、そして脱出艦隊の盾になるように砲戦を繰り広げるコンラート麾下の艦隊の姿が映されていた。

 

『皇国が……白き月が……!』

 

 通信回線に、少女の悲鳴のような声が流れる。確か、紋章機のパイロットの一人だ。若い彼女にとって、この光景はショックしか与えないだろう。

 

「……ヴァイツェン准将。これからどこへ行きますか? やはり第3方面ですか?」

 

 大尉は弱々しくなっていく砲火の瞬きから視線を逸らし、ルフトを見やった。敵は電撃的に第1方面と本星に侵攻していたが、一方で辺境を守る第3方面軍は手つかずのままのはずだ。今の内に駆け込めば、まだ何とかなるかもしれない。

 だが、ルフトは首を横に振った。

 

「いや、まずはクリオム星系に向かう」

「クリオムですか? あそこはほぼ未開の星系、何も得る物は無いと思いますが」

 

 しかもそこは第2方面軍の管轄下。つまり向かっている最中に陥落する可能性も少なくない。なのにわざわざ危険を冒すのだろうか。

 大尉の疑念に気付いたのだろうか。ルフトは険しかった表情をやや緩めて答えた。

 

「あそこには、ワシの生徒達がおってな。彼らに、この『エルシオール』とエンジェル隊の指揮を任せようと思っておるのじゃ」

「……信頼できるのですか?」

「うむ。あやつは優秀ではあるのだが、それ以上に先が読めない男でな。ワシ以上にエンジェル隊を上手く指揮してくれるだろうと思っておる」

「そうですか……」

 

 大尉は一応は納得したと引き下がる。さっさと第3方面軍に逃げ込んだ方がよいのではないかという思いは消えないが、ルフト程の将軍がそう言うのなら、決して無意味ではないのだろうと自身に言い聞かせる。

 

(それに……)

 

 彼は周囲に気付かれないよう、そっと手元の端末にメモリースティックを差し込んだ。そこに記されていたのは、十数人の軍人、民間人の名の他に、第2方面軍管轄下に存在する、ある部隊のことだった。

 このメモリーは退艦する直前に渡されたものだった。コンラートの言伝いわく、『必ず、ここにある情報は役に立つ』とのことだったが……。

 

「全てはたどり着けてからか……」

 

 彼は呟き、メモリーを抜き出してポケットにそっとしまう。そこにあった情報は、いずれも正規軍人には見せられなかった。何しろ、皇国軍ではない艦隊が、第2方面軍のど真ん中で訓練しているのだから。

 

 

 

 

 

 この日、トランスバール本星は陥落。これは皇国始まって以来の歴史的敗北、そして、平和な時の終わりを告げる鐘の声であったと、後の歴史家は記している。




相変わらず原作キャラの出番の少なさ。というか、忠実な再現が難しい……。
というか、オリ主すら出てないとかどういうことですかね。
まあ、徐々に原作組とも絡んでいくんじゃないかと。メインはオリキャラばっかですが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話

「──駆逐艦『ファラガット』より警報。3時方向、距離1万2000より敵攻撃機と思われる反応多数接近。艦隊防空圏到達まで約600秒」

 

 照明が絞られ、薄暗いブリッジ内にオペレーターの報告が響く。それを皮切りにするように、一気に様々な声が飛び交い始める。

 

「全艦、対空戦闘用意。艦隊間データリンクは?」

「正常に作動しています。統制射撃戦可能です」

戦闘空中哨戒(CAP)任務中の《インディゴ》中隊へ通達。直ちに発見された敵部隊を迎撃せよ」

『──こちら《インディゴ》中隊、了解した。速やかに目標へ向かう』

「待機中の連中も順次発艦させろ。CAPの連中だけじゃ防ぎきれん」

 

 艦隊に属する巡洋艦や駆逐艦の砲座が起動し、艦隊の真横方向を指向する。同時に、発艦済みだったCAP任務のシルス戦闘機が次々に翼を翻し、敵へと向かう。艦隊の中央にいる2隻の空母の甲板にシルスが並べられ、発艦の合図を待つ。

 各部署が急速に戦闘態勢を整えていく様を、司令官は黙って見つめていた。やがて、配置完了の報が入ると同時に、艦載機部隊の管制士官が叫ぶ。

 

「《インディゴ》、交戦(エンゲージ)! 指揮官機より通信、敵は護衛機を伴う模様!」

「後続を出せ!」

『了解。《バーミリオン》各機、続け』

 

 司令官の命令に、空母から後詰めの部隊が舞い上がる。そうこうしている内に、状況は新たな段階へと進んでいく。

 

「敵編隊、防空圏へ侵入しつつあり」

「迎撃始め」

「了解。各艦、対空ミサイル発射始め!」

 

 敵編隊を射程内に捉えた艦が、次々に砲門を開く。多数のミサイルが発射されたことがスクリーン上の戦域図に表示される。数十秒の間を置いてミサイルの信号が途絶える。迎撃は成功したかに思えたが──。

 

「……! 敵編隊、尚も80パーセントが健在!」

「《バーミリオン》中隊、接敵します!」

 

 編隊を殲滅出来るだけの物量が投下されたにもかかわらず、ほとんどが命中していない。敵が何らかの欺瞞行動でかわしたのは明白だった。《バーミリオン》中隊がそれらを迎え撃つが、5、6機を墜としたに留まる。

 

「敵、個艦防空圏に侵入……いえ、ミサイル発射されました!」

「近接防御始め! 回避運動自由!」

 

 残った“敵機”は10機以上。それらはいずれも2発の対艦ミサイルを抱えていた。計20発を越える銛が艦隊を襲う。やがて、スクリーン上の艦艇を示すいくつかのアイコンが点滅し、複数の艦艇が被弾したことをブリッジに示した。

 

 

 

 

 

「──第1次演習は終了。繰り返す、第1次演習終了。艦載機部隊は速やかに帰投せよ」

「各艦へ通達。陣形の再構築急げ」

 

 中型空母『アクィラ』のブリッジで、アーウィン・フレーザー二等宙佐は、先程とは打って変わって緩やかになったアイコンの群れを見つめ、小さく息を吐いた。周囲には気取られないようにしたつもりだったが、つき合いの長い副官の目はごまかせなかったようだった。

 

「……不満そうだな」

「……まあ、な。あんまりいい結果じゃないよな」

 

 副司令エーベルハルト・ヴィルケ三等宙佐にそう返しつつ、彼は後ろに控えている二人の幕僚に問いかけた。

 

「アリョーシナ一尉、何か意見は?」

「何とも言えませんね」

 

 幕僚の一人、通信幕僚のマリーヤ・アリョーシナ一等宙尉が、気難しげな表情で答えた。

 

「攻撃側、防御側共に、命中精度が低いです。初期よりはマシですが、程度問題ですね。特に防御側は、データリンクで射撃データの共有が可能にもかかわらず、撃墜3機は酷いです。動員、編成から1ヵ月前後と言う事実は考慮してもいいですが、泣き言吐いている余裕は無いですから」

「攻撃側も、シミュレーションでは命中率50パーセントを記録していますが、実際には30パーセント弱です。まあ、実機に慣れていないパイロットやWSOが多いせいもあるでしょうけど。それと、機数不足もありますね。飽和攻撃でもない限り、艦隊相手に打撃は望めません。これは、防御側にも当てはまります」

 

 もう一人の幕僚、航海幕僚の御門楓一等宙尉も問題点を指摘する。アーウィンはそれらを聞き、嘆息しながら再度問う。

 

「聞きたくは無いんだが……つまり、単純に言い換えると?」

「質量共に、絶対的に足りていない。こうなります。ついでに付け加えさせていただくならば、日頃からの練成不足のツケが回ってきたとも言えます」

「耳が痛いな」

 

 マリーヤの辛辣な物言いに、指摘された側もした側も苦笑を浮かべるしかない。足りない部分はお互い十分理解しているが、現状ではどうしようもないことだ。また、練成不足に関しても、現場の努力だけではどうにもならなかった。それを承知の上で、マリーヤは敢えて問題点を再認識させたのだろう。

 

「量はもうどうにもならんだろうが、質については向上の余地がある。練成は今以上に派手にやろう。幸い、物資は後2ヵ月はもつ計算だからな」

「そうですね。司令部は当然として、現場の意見も取り入れて訓練計画を練り直します」

「よろしく頼むわ。で、他に何か足りない物あるか? 可能なら上申しておくが」

「あ、じゃあ一つ」

 

 アーウィンの問いに、楓が手を挙げた。彼女は真面目だった顔を緩めて、右手の人差し指を顔の前に立てたポーズでその言葉を口にした。

 

「この服、地味なんでどうにかなりませんかー? 部隊の士気向上に差し支えると思うんですけど」

 

 彼女が話題にしたのは、彼女らが着ている制服のことだった。皇国軍の白メインの明るいイメージのある軍服と違い、濃緑で飾り一つない、まさに地味という単語がぴったりの制服だった。

 

「まあ、言わんとしているところは理解できるが……聞くだけ聞いておこう。具体的には?」

 

 制服の変更など、それこそすぐにできるものではない。それでも一応意見を集めておくのも指揮官の仕事、とアーウィンは割り切り、そう尋ねた。対する楓は満面の笑みを浮かべて答える。

 

「えっと、色が明色なのは当然として。あとは女子のスカートをヒラヒラにしてほしいんです」

「……色は分かるが、スカートの変更に意味はあるのか?」

 

 後半の意図が掴めず首を傾げるアーウィンに、楓は嬉々として言い切った。

 

「当然です! だって、ヒラヒラしてないと女の子のスカートの中覗けないんですよ!」

 

 ブリッジ内に、沈黙が訪れる。女性クルーはその瞬間に不自然なまでにコンソールに集中し、男性陣は一言一句聞き逃さないように耳をそばだてる。

 アーウィンからすれば、理解に苦しむ一言だった。出来れば関わり合いになりたくないが、会話の糸口を作った手前、聞かないフリをするわけにもいかない。助けを求めるように周りの同性に視線を向けるが、エーベルハルトは露骨に顔ごと目を逸らし、今まで会話に入ってこなかった中年の艦長は、手元で雑務をこなしているようだった。尤も、端末に表示されているのが家族からの手紙な時点で逃げたい一心がばれていたが。

 

「……それが、士気向上に繋がるのか?」

 

 苦し紛れに放った疑問も、強い語調で肯定される。

 

「そうですよ! 男の子達の士気はもう天にも届かんばかりに上がっちゃいますよ! 女の子だって同じです!」

「……で、本音は」

「私が見て楽しみたいだけです!」

「……ああ、そうだろうな。そんなことだと思ったさ」

 

 楓の力説にアーウィンは投げやりな口調で応じた。彼に代わり、マリーヤが厳しい口調で諌めにかかる。

 

「御門一尉。貴女、自分の欲望のために職権を乱用してはいけないと何度言ったら……」

「えー」

 

 楓は頬を膨らませて子供のように不満を露わにする。が、すぐにその表情は悪戯っ子のそれに変わる。

 

「そんなこと言って、実は自分の見せるのが恥ずかしいんでしょ。あ、でも今日のマリっちゃん、黒のレー……」

 

 その瞬間、目にも止まらぬ速さでマリーヤが楓の背後に回り、首を腕でフックする。

 

「黙ってなさい。というか、いつ見たのよ!?」

「だってマリっちゃん無防備すぎるんだもの。朝ごはんが大好物の目玉焼きだったから嬉しかったのは分かるけど、下のガードお留守にしちゃ駄目だよ?」

「普通はその瞬間を狙わないわよッ!」

 

 ぎゃあぎゃあと言い争う二人を横目に、アーウィンは疲れた表情でエーベルハルトに話しかけた。

 

「……もうこいつら纏めて宇宙に放り出していいか?」

「やってもいいが、幕僚全滅して私達の仕事量が殺人的になるだけだと思うが」

「あーそうだった畜生。女三人で姦しいとは言うが、二人でもなるとは思わなんだ」

「御門一尉が二人分担当してるようだがな」

 

 そんなことを言い交わしている間にも、女性幕僚達の会話は更にエスカレートしていた。

 

「そうそう、いつも目の保養をさせてくれるマリっちゃんに耳よりな情報ー」

「……一応遺言として聞いておくわ」

「うんうん、そんな素直なマリっちゃんが大好きだよ。──司令の好み、お淑やかなタイプだってさ」

「……死にたいの?」

「またまたぁ。カエちゃん知ってるよ。マリっちゃんがアレ穿いてくるの、司令と一緒の時間が多い時──」

「し・に・た・い・の?」

 

 アーウィンが不穏な空気に気付き視線を移すと、マリーヤが一層強く腕に力を込めている様子が視界に入った。楓が真っ青になりながら笑顔なのがやや恐ろしい。

 

「……アリョーシナ一尉。その辺にしとけ。棺桶は必要な奴の分しかないぞ」

「そうですね。残念ですが、司令の言う通りですね」

 

 そう言って、マリーヤは渋々と腕を離す。一方の楓は、窒息死の危険から脱したばかりにもかかわらず、元気な声を発した。

 

「あ、それじゃああたしは物資消費量の見積もり、計算し直してきますねー」

 

 そう言い残し、楓は軽やかな足取りでブリッジを出ていく。後に残されたのはぐったりと手近の椅子に座りこむマリーヤと微妙な面持ちになったアーウィン以下ブリッジ要員の大半、そして何故か悔し涙を流して項垂れる一部男性クルーだった。

 

「……まあ、何だ。悪いな、いつもストッパー役押し付けて」

 

 楓と入れ替わりに入ってきた従兵からドリンクボトルを受け取り、アーウィンはマリーヤを労いながら手渡す。彼女はボトルを受け取りながら力無い笑みを返す。

 

「もう慣れましたから。それに、楓も相当ストレス溜まってるでしょうから、これくらいは」

 

 もちろん、時と場所は選んで欲しかったですけど、と言う彼女に、アーウィンもボトルを手にしながら気難しげな顔になる。

 

「確かに、あいつは色々役職兼ねてるからなぁ。本職の航海に、副職の補給に……」

「航宙も兼任です。私なんかは通信と砲雷、それと名目上になっている法務なのでたまに手伝うのですが……それでも仕事量が多すぎます」

 

 そこまで言って、マリーヤは何かを決意した目でアーウィンに問いかける。

 

「司令、何とかして司令部要員を増やせませんか? このままでは、誰か一人倒れた瞬間司令部が機能しなくなります」

「まあ、いつかはそういう具申が来るだろうとは思っていたが。とは言ってもなぁ……参謀教育どころか、士官教育受けた奴自体、希少だからな……」

「それは分かっているのですが……」

 

 納得いかないと言いたげなマリーヤに、アーウィンは内心では同意しながらも諭すように語りかける。

 

「大体だな──仮に幕僚が来たとしても、間違いなく御門並みの変人が来るんだがそれでもいいのか?」

「彼女はもう変態です……何でウチにはまともな元軍人がいないのでしょう……」

「まともなのは軍辞めてねえよ普通。というか、お前は比較的まともだろ」

「……私は場の空気を読めず、疎まれるだけの存在ですよ。ここだと、受け入れてもらえますが」

 

 マリーヤはどこか寂しげな笑みを浮かべる。アーウィンは言葉に詰まり、後頭部を掻いて済まなさそうに応じる。

 

「……悪い。あまり思い出したくないだろ」

「いいんですよ。今は笑い話にできる環境ですから」

「……そうか」

 

 今後気をつけようと戒めを胸に誓う彼に、マリーヤは不意に真顔になると、顔を彼に近づける。

 

「……それと、これはついでですが、先程の楓と私の会話は忘れて下さい。ええ、絶対に」

「よく分からんが……俺、基本的にお前らの話聞いてないぞ。脳の容量オーバーするの目に見えてるから」

「そ、そうですか……」

 

 ほっとした様子のマリーヤに、アーウィンは疑問符を浮かべるが、「まあいいか」とすぐに忘れることにした。

 

「あ、司令に一つお聞きしたいことが」

「ん?」

 

 そのまま数分が過ぎ去った後、唐突にマリーヤが声を上げる。何事かと顔を向けたアーウィンに、彼女は他に漏れ聞こえないよう囁きかける。

 

「……我が部隊の練成にも関係するのですが……例のクーデターの噂の件です」

 

 マリーヤが言うのは、つい数日前から艦内に伝わりだした、噂の一つだった。曰く、どこそこの大貴族が反乱を起こしたから自分達も動いたのだと。その内容も様々で、もう鎮圧されて掃討戦の段階、未だ激戦中、そもそもクーデター自体デマである等、尾びれがついて小さな混乱を引き起こしていた。事実を確認しようにも、辺境で訓練中の彼らが得られる情報などたかが知れている。

 

「通信科に軍の回線を傍受させてみたのですが……」

「ああ、そんなことやってたな。で、結果は?」

 

 アーウィンは彼女に傍受を許可していた。犯罪行為に等しかったが、そうでもしない限り情報は集まらないし、足がつくようなヘマはやらかさないだろうという通信科への信頼もあった。

 

「ええ……どうやら、相当大事のようです。昨日まで第2方面軍の通信量の増大が確認されていますし、その中では、『本星失陥』や『第1方面軍壊乱』といった単語が数多く見られます」

「そいつはまた……穏やかじゃないな」

 

 アーウィンも表情を険しくする。デマや流言にしては物騒過ぎる。それに数多く見られるということは、ある程度裏付けもあるのだろう。無論、情報撹乱の可能性も否定できないのだが。

 それに、彼が気にかけるのは『本星失陥』の単語だった。それは白き月がクーデター勢力の手に落ちたということとも取れるし、そこを守る艦隊には、彼らの恩師ともいえる人物がいる。その消息も気になったのだ。

 マリーヤもそれに行き着いたのだろう。どこか浮かない顔だ。それでも、彼女は職責を果たすべく、アーウィンの手元の端末を操作し、周辺の宙域図を表示した。

 

「この周辺で有力な皇国軍は、クリオム星系の駐留艦隊です。尤も、巡洋艦1、駆逐艦2の小艦隊ですが」

「そいつらは何かアクションを起こしたか?」

「いえ。クリオムの軌道上で待機しつつ、情報を得ているようです。無論、こちらは気付かれていません」

「まあ、接触しても期待できないだろうしな……ああ、上からも情報は下りてきていないぞ。本社が第3の勢力圏にある以上、当然だろうが」

 

 もし彼らが第3方面軍の支配宙域で活動していたのなら上層部からの支援を受けられただろうが、第2方面軍では遠すぎて連絡を取ることさえおぼつかない。

 

「やはり、ですか……期待はしていませんでしたが……」

 

 落胆を露わにするマリーヤ。情報を司る立場の彼女からしてみれば、現状は歯がゆい限りなのだろう。

 

「気持ちは分かるが落ち着け。人間、どうしようもないことだってあるさ」

「それはそうでしょうが……私としては悔しい限りです」

「ま、俺も同意見だがな。ったく、どこかに都合よく情報落ちてないかな」

 

 諭した直後に説得力を奪い去るセリフを吐くアーウィンに、マリーヤが苦笑いした、その時。オペレーターの一人が声を上げる。

 

「あの、司令……星間ネットで何か変な声明が出されているようなのですが……」

 

 二人は思わず顔を見合わせた。まさかという思いが湧きあがる。

 

「……メインスクリーンに出してくれ。それと、御門一尉を呼び出し……」

「お呼びとあらば即参上ー!」

 

 妙な掛け声と共に飛び込んできた楓に一瞬視線が集まるが、誰もが即座に無視した。

 

「アリョーシナ一尉、一応だが録画準備頼む」

「了解しました」

「ヴィルケ三佐、各艦にも通達を……」

「もうやってある」

「流石に仕事早いな」

「うぅ、スルーされたぁ……」

 

 ブリッジに一気に活気が戻る。唯一の例外は放置されて萎れていた楓だけだが、彼女も一応は軍人上がり、すぐに自分の配置に就く。

 

「映像、スクリーンに回します」

 

 オペレーターが端末を操作しながら言う。そしてメインスクリーンは、黒を基調とした演壇と、その中央に立つ一人の男を映し出した。その背後には、女性一人と不気味なマスクを付けた兵士が十数人。

 

「何か気味悪いですねー……」

 

 楓の感想には反応を示さず、アーウィンはオペレーターに尋ねた。

 

「これはどのチャンネル使ってる?」

「それが……全帯域なのですが……」

「何……?」

 

 アーウィンは思わずオペレーターを凝視してしまう。彼女が「妙な」といった意味が理解できたのだ。その理由は──。

 

「全帯域の使用、って……皇王陛下の声明発表ぐらいのはずですが」

「だけど、あの人陛下じゃないよ。若すぎるもん」

 

 マリーヤの疑念の言葉に、楓も首を傾げながら応じる。一方、エーベルハルトは顎に手を当て、何事か考えていた。

 

「ハルト、どうした?」

「いや……あの顔、どこかで見た記憶があるんだが……」

 

アーウィンの問いにエーベルハルトが答えた直後、画面の向こう側から答えが来た。

 

『──愛すべき皇国の臣民達よ。私はエオニア・トランスバール。トランスバール皇国第14代皇王である』

「……エオニアだと!?」

 

 そう叫んだのは、艦長だった。彼は艦長席から腰を浮かし、画面を凝視している。

 

「エオニアって言うと……」

「5年前、大規模なクーデターを起こして追放された皇太子だったな。私達がまだ軍人に成り立てだった頃の話だったと思うが」

 

 アーウィン達からすれば、知識でしか知らない男だ。だが、艦長の世代では実際に鎮圧に駆り出された者も多いのだろう。

 

「……にしても、皇王陛下名乗る割には人材に恵まれてねぇな。後ろのアレ、女一人除けば、他全部戦闘用ドローンだろ」

「だな。まあ、エオニア皇太子が追放される時、家臣は根絶やしにされたし付いていけたのはたった数人だって話だからな。それも致し方ないだろう」

「ざまあ見ろって思う俺は捻くれてるか?」

「いや。だが、そう言ってられるのも今の内だろうな。エオニア側が優位に立ったと確信すれば、日和見連中は雪崩を打ってエオニアに付くだろうさ」

「バスに乗り遅れるなってか。クソみてぇな話だな」

「身の安全を考えるのは現実的な回答の一つだろう。責めるのは酷だ」

 

 そんな会話を交わしている内に、エオニアの演説は終わり、同じ映像が繰り返し流される。それに気付いたアーウィンは、そのままマリーヤに顔を向けた。

 

「──というわけで、アリョーシナ一尉。ろくに聞いてなかったんでまとめ頼む」

「私も頼む。聞く価値が無さそうだったんでな」

「司令はともかく、副司令まで……やりますけど」

 

 嘆息した彼女は、ポケットからメモ帳を取り出して要点を書き綴っていく。

 

・先代皇王や一部貴族は自身の権力のためにロストテクノロジーを独占していたので粛清した。なのでこのクーデターは正しい。

・まだ宇宙には発見されていないロストテクノロジーがあり、皇国を繁栄させるためにもそれが必要だから協力しろ。“月の聖母”シャトヤーン様も同意済み。

・今なら受け入れてやるから、こちらに付きたければ早くしろ。

 

「……こんなところですか」

「……どこから突っ込めと」

 

 マリーヤのメモを覗きこみながら、アーウィンは思わずそう漏らした。

 

「ロストテクノロジーを独占とか、誰に分かるんだよ。大体、ただでさえ繁栄してたじゃねぇか。未開惑星も同じ水準にするとか夢物語ほざくつもりじゃなかろうな」

「そもそも粛清とか言ってる時点でマイナスイメージ植えつけてると思うんですが……」

 

 エーベルハルトと楓も同じく意見を口にする。

 

「……シャトヤーン様の名を出すのは効果的かもしれないが、少し考えればおかしいだろう。説得力を増させたいならば、本人の口から言わせるのが一番だ。たぶん、白き月にはまだ手を出せていないな」

「というか、これで釣られてエオニア側に付くのいるんですか?」

 

 白き月の管理者シャトヤーンは、月の聖母と呼ばれトランスバール皇国民の崇拝を集めている。その名は確かにエオニアの演説に箔を付けるだろうが、本人が言っているという確信が持てない以上、今一つ説得力に欠ける。

 

「司令、各艦から意見を求める声が上がっていますが……」

 

 オペレーターが困惑した表情でアーウィンの方を見る。ブリッジ要員の大半が、艦隊内での問い合わせの対応に追われていた。

 

「……各艦には、司令部は現状協議中。待機せよと伝えろ。軽挙妄動は控えろ、ともな」

「は、はい!」

「艦内放送を私に回せ。……本艦のクルーにも同様の通達を出しますが、よろしいですか?」

「願います、艦長」

 

 指示が実行されるのを眺めていると、エーベルハルトがアーウィンにだけ聞こえるように呟いた。

 

「……で、これからどうするのだ?」

「どうって?」

 

 聞き返した彼に、エーベルハルトは真剣な目を向ける。

 

「とぼけている場合じゃない。エオニアを認めるのか、反逆するのか。どちらを選ぶ?」

「……お前こそ、耄碌したんじゃねぇの? まだ若いんだから気を付けろよ」

 

 茶化すように言ったアーウィンは、次の一言を発する時には一人の司令の顔に戻っていた。

 

「……奴が何と言おうと、平和を乱しているのは奴の方だ。そして俺達の部隊の設立理由は……」

「『皇国の平和を脅かす者は、何人たりとも許されざる』だろう?」

「よく分かってんじゃねぇか。なら──」

 

 その時、不意にオペレーターが鋭い叫びを上げる。

 

「司令、救難信号を受信しました!」

「どこからだ?」

 

 その問いには別のオペレーターが答える。

 

「当艦隊より10時方向、距離は不明ですが、3万はあるかと。通信、入ります」

 

 彼がコンソールを操作すると、切迫した男の声がスピーカー越しに伝わってくる。

 

『メーデー、メーデー! こちら、第1方面軍所属、駆逐艦『フォルゴーレ』。現在、我が艦隊はクーデター軍の追撃を受けつつあり。至急、救援を乞う!』

「……救難信号を更に受信。第2方面軍や……民間船の物もあります」

「……交戦中と思われる宙域、拡大します」

 

 メインスクリーンが、その宙域を映し出す。幾つかの光線が飛び交い、爆発の火球があちこちに起こる。一際大きい火球は、艦艇が撃沈された時のものか。

 通信は、尚も皇国軍側の劣勢を伝えていた。怒声や悲鳴の響きが、只ならぬ事態であることを否が応でも知らしめてくる。

 アーウィンはしばらくその通信に耳を傾けたまま沈黙する。エーベルハルトら司令部幕僚も、艦長以下のブリッジクルーも口を挟めない。そうして何分か経った後、アーウィンは決意したように顔を上げた。

 

「……アリョーシナ一尉。艦隊内の全回線を俺に回してくれ」

「了解」

「何するつもりだ?」

 

 興味深げな問いを投げかけるエーベルハルトに、アーウィンも不敵な笑みでもって応える。

 

「これは“俺達”の初舞台だ。指揮官から直接方針示した方が付いていきやすいし……不満を向ける先も明確になる」

「なるほどね……」

「回線、回します」

「おう」

 

 マリーヤからマイクを手渡され、アーウィンはそれを握りしめて立ち上がる。

 

「……こちらは部隊司令官、アーウィン・フレーザー二等宙佐だ。諸君らも今しがた知ったと思うが、現在、エオニア・トランスバールが起こしたクーデターによって、トランスバール皇国は大きな混乱に陥っている。これを聞いている諸君の中には、エオニアの主張に賛同する者も少なからずいるだろう」

 

 そう、司令部の面々からすれば性質の悪い冗談としか思えないエオニアの演説だったが、一部には同意できる部分もあったのだ。この宇宙には、まだ多くのロストテクノロジーが眠っているだろうし、それによって皇国が繁栄するというのならば万々歳だろう。だが──。

 

「……だが、例え奴の思惑がどうであれ、奴が皇国に弓引いたのは紛れもない事実である。そしてこれは、我が部隊にとって座視すべき事態ではない。我々が皇国の危機に備えて存在し続けたのは、まさに今のような事態のためである」

 

 危機への備えとは大げさな、と彼は言葉を紡ぎながらも内心で苦笑する。しかし、誇大妄想と嗤われてもおかしくない備えは、今、意味を成しつつある。

 

「よって、我々はこれよりクーデター軍と交戦態勢に入る。異議がある者もいるだろうが、申し立ては後で聞く。今は私に従ってほしい」

 

 そしてアーウィンは、これまでの静かな口調から一転、叩きつけるような声音で叫んだ。

 

「現時刻を以て、我が第1遊撃部隊は、所定の行動計画に則り皇国軍及び民間船の救援を開始する! 各員の奮闘と……武運を祈る!」

 

 

 

 

 

 ──これが、“コマース・ガード”社特務部隊“ゲシュペンスト”麾下、第1遊撃部隊の長きに渡る戦いの幕開けだった。




本当はまだ先があったのですが、長くなりすぎるのが確実なのでここで切らせていただきました。中途半端に思えた方は申し訳ありませんが、第5話をお待ち下さいませ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。